【関連】
◇01-01[Sad Fad Love]
◇01-02[Xavier]
◇02-01[Mr.Droopy]
◇03-01[FOXES]
◇04-01[Nightmare]
◇04-01[Come Down]
◇01-02[New Year's Eve]
◆05-01[Nowhere]
◆05-01[STALKER GOES TO BABYLON]
◇05-01[Subhuman]
◇06-01[Gazelle City]


304 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:27:09 ZAbQZ7bQ 1158/1236



◆01[Энергия]

 
 カーステレオから、「デイドリームビリーバー」が流れ始めた。
 
 うたた寝から目覚めるように、俺はぼんやりと意識を取り戻す。

 まっすぐに伸びる田舎道を、車は走っていた。
 うんざりするような田園風景。ずっと似たような景色が続いている。
 俺は助手席に座っている自分に気付く。

 歌っているのはモンキーズだった。 
 でも、この曲を聴くたびに、俺はタイマーズ版の日本語詞を思い出してしまう。

     もう今は 彼女はどこにもいない
     朝はやく 目覚ましがなっても
     そういつも 彼女と暮らしてきたよ
     喧嘩したり 仲直りしたり
 
 その連想は俺の中の何か重大な記憶を静かにノックしはじめる。
 けれど結局、その記憶がいったいいつの、どんなものなのか、分からずじまいだった。
 意識がおぼろげで、自分が今どこにいるのか、何をやっているのか、分からない。


305 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:27:41 ZAbQZ7bQ 1159/1236



 運転席には女が座っていて、進路をまっすぐに見据えながらハンドルを握っていた。

 俺はその女が誰なのか、思い出せなかった。
 たしかに知っているはずだ。そういう実感がある。
 ……でも、思い出せない。

「おはよう」と女は言った。

「……おはよう」と俺も返事をした。
 ぼんやりとした俺の口調がおかしかったのか、彼女はけらけら笑う。

「今どこにいるか、ちゃんと分かる?」

「車の中」

「そう」と女は頷いた。

「それだけ分かってれば十分」

 女はそれから自嘲するみたいに笑った。


306 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:28:37 ZAbQZ7bQ 1160/1236



「どこへ向かってるの?」

 そう訊ねると、彼女は奇妙そうに首を傾げた。

「さあ?」

 そんなことを自分が知るわけがない、とでも言うみたいに。

「わたしに分かるわけがないでしょ」

 じゃあ誰なら知ってるんだよ、と俺は思った。

「とにかく車は走り続けるんだよ」と彼女は言った。

「あなたが走らせているんだろ?」

「どうだろう。実は関係なかったのかもしれない」

 女はおどけたように笑ったけれど、その冗談はあまり面白くなかった。

「またつまんない顔してる」


307 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:29:09 ZAbQZ7bQ 1161/1236



「……そりゃ、つまらないから」

「せっかくのかわいい顔が台無し」

 からかわれたのかと思ったけど、彼女の声音には、どこか寂しそうなものが含まれているような気がした。
 道はただ延々と続いている。
 
 景色が後ろへと、めまぐるしく吹き飛んでいく。似たり寄ったりの光景の中に。

「ねえ、どうして過去形なの?」

「なにが?」

「"関係なかったのかも"って。今も車は走っているのに」

「耳聡いなあ。……うん。その話をしようか」

 そう言ったのはいいが、彼女はそれ以降、言葉を絞り出そうとするみたいに黙り込んでしまった。
 なにか難しそうなことを考えているような顔。


308 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:29:58 ZAbQZ7bQ 1162/1236



「……うまく言えないや」

 困ったように笑う女の顔は、なんだか混乱しているようにも見えた。
 頭の中に脈絡もなく散らばってしまった無関係の思考。
 それらを繋ぎ合わせることができずに、呆然としているみたいな。

 それから俺は、ふと思い出して、口に出してみた。

「やっぱり俺は罰を受けたのかな」

「……なにが罰だって言うの?」

「覚えてるんだ、俺。……妹が、車の前に飛び出して、それで……」

「……」

「さんざん好き勝手しておいて、何も失わずにいられるほど、世界は都合よくできてないってことなのかも」

 女は黙ったままだった。
 うまく説明したいのだけれど、どこから説明すれば分からない、というふうに。


309 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:30:58 ZAbQZ7bQ 1163/1236



「好き勝手っていうのは、女の子たちのこと?」

「……」

「それとも、女の人の記憶のこと? 友達を、そうとは知らずに死なせていたこと?」

「……全部だよ」

「どれも事故みたいなものでしょう」

「……でも、引き金は俺だ」

「……まあ、そうとも言えると思うけどね」

 女は溜め息をついた。

「でも、罰なんてものはないよ。自分でそう言ってたんでしょ。
 起きたことは起きたことで、そこに意図はない。受け手の解釈次第だって」

 たしかに、そんなことも言った。でも……。


310 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:31:43 ZAbQZ7bQ 1164/1236



「あなた、誰?」

「……」

「どうして、俺のことを知ってるんだ?」

「……どうしてもなにも、それはもちろん、知ってる。なぜって、わたしはあなたの一部だから。
 たぶんね。でも、どうかな? 本当のことは分からない。
 それこそほら、好きなように解釈してよ。そういうの、好きでしょ?」
 
「……」
 
 俺は、女のその言葉を深くは考えずに窓の外を見た。
 景色はいったい、いつまで続くんだろう。


311 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:32:13 ZAbQZ7bQ 1165/1236



「……バカみたいだ」

「……なにが?」

「……ループは終わって、登場人物はみんな幸せになるんだ。
 不幸になるのは、繰り返しを引き起こしていた悪者だけだ。
 分かりやすい罰を食らって……物語は綺麗に終わる。ハッピーエンドだ」

「……つらくない?」

「なにが」

「そんな他人事みたいな言い方してたら。余計、つらいでしょ」

「……」

「それに、誰が幸せになれるっていうの? あなたの見た、その結末でさ。
 あなたの友達も、そんな場面に出くわして、悪役をやっつけてハッピーエンドだって思えるの?」

「……」


312 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:32:47 ZAbQZ7bQ 1166/1236



「手を繋いでたら……」

 と、女は言った。

「……なに?」

「手を繋いでたら、道路には飛び出さなかったかもね」

「……じゃあ、手を繋がなかったから、死ぬことになったのか」

「……ねえ、だったら手を繋ぐべきだったって、思う?」

「……」

「手を繋がなかった自分の落ち度だって、それに気付かなかった自分の怠慢だって、思う?」

 答えなかったけど、俺は、そう考えようとしていた。……たぶん。


313 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:33:40 ZAbQZ7bQ 1167/1236



「本当に、もう……」

 女は呆れたみたいに溜め息をついた。
 そして、咎めるみたいな鋭い口調で、口を開く。

「わたしに言わせれば、あなたに罪なんてほとんどない。 
 まったくないとは言わないけど、でもそんなの、事故みたいなものよ。
 あなたはいつも、自分の行動を、ああすればよかったとか、こうすればよかったとか、そんなことばかり。
 でも、いつだって常に最善の行動をとれる人間なんて、どこにもいない。そうじゃない?」

「……」

「あなたが自分を責めるのは、結果論。
 起こったあとに、ああもできた、こうもできたって考えてるだけ。
 どんな状況でも、自分が正しい判断と行動を見失わなければ、悪いことは起きないなんて……。
 それこそ、都合の良い妄想みたいなものよ」

「……」

「いいかげん、目を覚まして。あなたは物語の主人公じゃないの。
 どんな状況でも過不足ない正確な情報が与えられるわけじゃない。
 どんな状況でも公正な判断力を失わずにいられるわけじゃない。間違えるし、失敗する。
 あなたは普通の人間なのよ。普通の人間なんだから……仕方ないことを、受け入れなさい」


314 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:34:25 ZAbQZ7bQ 1168/1236



 ためらうような間をおいてから、けれどそれでも、女は言葉を続けた。

「……自分が過ちを犯しさえしなければ、誰も不幸にならなかった、なんて。
 そういう考え方をね……傲慢って言うのよ」

 女の声は、俺の耳から体の内側に入り込んで、静かに俺を傷つけた。

「……でも、俺は受け入れたくなかったんだ」

「……」

「仕方ないことだって、そんなふうに受け入れたくなかった。
 ずっと悲しいんだ。もっとやれることがあったはずだって思うんだよ」
 
「……きっと、わたしのせいなんでしょうね」


315 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:35:16 ZAbQZ7bQ 1169/1236



 でもね、と女は言う。

「わたしは後悔なんてしてない。わたしは、自分がやれる限りのことはしたって思う。
 あなたたちにとっては勝手な話だったかもしれない。本当はずっと謝りたかった。
 それでも、わたしはわたしなりに最善を尽くそうとしたのよ。その結果がどんなものであったって。
 それに、そうすることで守れたものだってちゃんとあったんだから」

「……」

「そのあとのことは、わたしにはどうすることもできなかったから。
 だから、あなたが落ち込むのも止められなかったし、あの人のことも……。
 でも、もうそろそろ、そんなのはやめにしなさい。あの人のことも、ちゃんと叱っておくから」

「……」

「わたしがしたことで、あなたがそんなに苦しむとは思わなかった。
 でも、体が勝手に動いたの。今のあなたなら、それが分かるでしょう?」

 どういう意味だろう? それがよく分からなかった。

「きっとあの子は、自分のせいだって思う。だってあなたたちは兄妹だもん。
 たぶん、父親に似たんでしょうね。……似なくてもいいところばっかり」


316 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:35:58 ZAbQZ7bQ 1170/1236



 女は、不意に、ゆるやかにブレーキを踏んだ。

「さ、降りなさい」

「……え?」

 どこかに着いたわけではない。
 さっきまでと何も変わらない。長く伸びる道。退屈な田園風景。
 
 誰もいない。何もない。そんな場所。

「残念だけど、わたしが一緒にいけるのはここまでなの」

「……こんなところに下ろされて、どうしろっていうんだよ」

 女は勝手に助手席のシートベルトを外し、強引に扉を開けて、俺を車から追い出した。


317 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:36:31 ZAbQZ7bQ 1171/1236



「わたしだって、本当はもっと遠くまで、一緒に行きたかった。
 一緒に見たい景色も、一緒にしたいことも、待ち望んでいたことも、たくさんあった」

 ふと、思い出す。 
 デイドリームビリーバー。タイマーズの訳詩。あれは……。
 本当かどうか知らないけど、あれは恋人との別れの話じゃなくて……。

「……でも、ごめんね」

「待ってくれよ! こんなところに放り出されて、どうしろっていうんだ?
 俺は自分がどこへ行けばいいのかもまだ分かってないんだ。
 何をすればいいのかさえ、分からないんだよ。急に置き去りにされたって……」

「……あなたがどこに向かえばいいかなんて、わたしには分からない」

「……そんなのってないだろ。だって、あんたが俺をここに連れて来たんじゃないか」

「自分で決めなきゃ」と女は言った。

「……そんなの、勝手だ。勝手な、押し付けだ」

「うん。……そうかもしれない。でも、引き受けてくれるでしょう?」


318 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:38:24 ZAbQZ7bQ 1172/1236



 俺は頷きもしなかったけど、それでも彼女は満足そうに笑った気がした。

「ひとつ、訊きたいんだけど」

「なに?」

 俺の言葉に、彼女はさっきまでよりは晴れ晴れとした表情で応じた。

「俺が見た、最後の景色。あれは、間違っているのか?」

「……つまり、あの子が車の前に飛び出して、そのあとどうなったかってこと?」

「……そう」

「それは、あなたが自分で確かめないと」

「……そっか。そうだよな」


319 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:39:14 ZAbQZ7bQ 1173/1236



「走れば……」

「え?」

「走れば、分かるかもね」

「どういう意味……」

 問いかけの途中で、強い風が吹いた。

 風は砂埃をあげて、俺の視界を覆う。
 とっさに目を瞑り、風が通り過ぎるのを待つ。

 再び瞼を開いたときには、さっきまでたしかにあったはずの車は、どこにもなかった。


320 : 以下、名... - 2014/05/03(土) 01:40:21 ZAbQZ7bQ 1174/1236



 ひとりぼっちになった俺は、とにかく、自分の居る場所を確かめようとした。
 空は高くて青い。太陽がうるさいくらいの光をまき散らしている。

 退屈な田園風景。でも、嘆くほど悪いものだとも思わなかった。ただ退屈だというだけだ。

 放り出された俺は、どこに向かえばいいのかも、どこに向かうことができるのかも分からなかった。
 俺に分かるのは、自分が今ここにいるということだけだ。
 
 仕方ないか、と俺は思った。とにかく道は続いている。歩いてみよう。
 そして、ふと、彼女の最後の言葉を思い出す。
 
 立ち止まり、息をつく。それから、数字を数えた。
 五、四、三、二、一……。

 ゼロで、走り出す。

 俺の身体が、空を切り裂く。
 ――視界が、鋭く歪んで見える。
 ――風を切る、音が聞こえる。

 当たり前の感覚の中、走り続けるうちに、唐突に、ひかりが現れる。
 俺の視界を、塗りつぶすみたいに、覆い尽くす。
 世界が、真っ白になる。走っているのかどうかも、分からなくなる。

 ――ひかり。




続き: ◇01[Happy Birthday]



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