【関連】
◇01-01[Sad Fad Love]
◇01-02[Xavier]
◇02-01[Mr.Droopy]
◇03-01[FOXES]
◇04-01[Nightmare]
◇04-01[Come Down]
◇01-02[New Year's Eve]
◆05-01[Nowhere]
◆05-01[STALKER GOES TO BABYLON]
◇05-01[Subhuman]
◇06-01[Gazelle City]
◆01[Энергия]
カーステレオから、「デイドリームビリーバー」が流れ始めた。
うたた寝から目覚めるように、俺はぼんやりと意識を取り戻す。
まっすぐに伸びる田舎道を、車は走っていた。
うんざりするような田園風景。ずっと似たような景色が続いている。
俺は助手席に座っている自分に気付く。
歌っているのはモンキーズだった。
でも、この曲を聴くたびに、俺はタイマーズ版の日本語詞を思い出してしまう。
もう今は 彼女はどこにもいない
朝はやく 目覚ましがなっても
そういつも 彼女と暮らしてきたよ
喧嘩したり 仲直りしたり
その連想は俺の中の何か重大な記憶を静かにノックしはじめる。
けれど結局、その記憶がいったいいつの、どんなものなのか、分からずじまいだった。
意識がおぼろげで、自分が今どこにいるのか、何をやっているのか、分からない。
運転席には女が座っていて、進路をまっすぐに見据えながらハンドルを握っていた。
俺はその女が誰なのか、思い出せなかった。
たしかに知っているはずだ。そういう実感がある。
……でも、思い出せない。
「おはよう」と女は言った。
「……おはよう」と俺も返事をした。
ぼんやりとした俺の口調がおかしかったのか、彼女はけらけら笑う。
「今どこにいるか、ちゃんと分かる?」
「車の中」
「そう」と女は頷いた。
「それだけ分かってれば十分」
女はそれから自嘲するみたいに笑った。
「どこへ向かってるの?」
そう訊ねると、彼女は奇妙そうに首を傾げた。
「さあ?」
そんなことを自分が知るわけがない、とでも言うみたいに。
「わたしに分かるわけがないでしょ」
じゃあ誰なら知ってるんだよ、と俺は思った。
「とにかく車は走り続けるんだよ」と彼女は言った。
「あなたが走らせているんだろ?」
「どうだろう。実は関係なかったのかもしれない」
女はおどけたように笑ったけれど、その冗談はあまり面白くなかった。
「またつまんない顔してる」
「……そりゃ、つまらないから」
「せっかくのかわいい顔が台無し」
からかわれたのかと思ったけど、彼女の声音には、どこか寂しそうなものが含まれているような気がした。
道はただ延々と続いている。
景色が後ろへと、めまぐるしく吹き飛んでいく。似たり寄ったりの光景の中に。
「ねえ、どうして過去形なの?」
「なにが?」
「"関係なかったのかも"って。今も車は走っているのに」
「耳聡いなあ。……うん。その話をしようか」
そう言ったのはいいが、彼女はそれ以降、言葉を絞り出そうとするみたいに黙り込んでしまった。
なにか難しそうなことを考えているような顔。
「……うまく言えないや」
困ったように笑う女の顔は、なんだか混乱しているようにも見えた。
頭の中に脈絡もなく散らばってしまった無関係の思考。
それらを繋ぎ合わせることができずに、呆然としているみたいな。
それから俺は、ふと思い出して、口に出してみた。
「やっぱり俺は罰を受けたのかな」
「……なにが罰だって言うの?」
「覚えてるんだ、俺。……妹が、車の前に飛び出して、それで……」
「……」
「さんざん好き勝手しておいて、何も失わずにいられるほど、世界は都合よくできてないってことなのかも」
女は黙ったままだった。
うまく説明したいのだけれど、どこから説明すれば分からない、というふうに。
「好き勝手っていうのは、女の子たちのこと?」
「……」
「それとも、女の人の記憶のこと? 友達を、そうとは知らずに死なせていたこと?」
「……全部だよ」
「どれも事故みたいなものでしょう」
「……でも、引き金は俺だ」
「……まあ、そうとも言えると思うけどね」
女は溜め息をついた。
「でも、罰なんてものはないよ。自分でそう言ってたんでしょ。
起きたことは起きたことで、そこに意図はない。受け手の解釈次第だって」
たしかに、そんなことも言った。でも……。
「あなた、誰?」
「……」
「どうして、俺のことを知ってるんだ?」
「……どうしてもなにも、それはもちろん、知ってる。なぜって、わたしはあなたの一部だから。
たぶんね。でも、どうかな? 本当のことは分からない。
それこそほら、好きなように解釈してよ。そういうの、好きでしょ?」
「……」
俺は、女のその言葉を深くは考えずに窓の外を見た。
景色はいったい、いつまで続くんだろう。
「……バカみたいだ」
「……なにが?」
「……ループは終わって、登場人物はみんな幸せになるんだ。
不幸になるのは、繰り返しを引き起こしていた悪者だけだ。
分かりやすい罰を食らって……物語は綺麗に終わる。ハッピーエンドだ」
「……つらくない?」
「なにが」
「そんな他人事みたいな言い方してたら。余計、つらいでしょ」
「……」
「それに、誰が幸せになれるっていうの? あなたの見た、その結末でさ。
あなたの友達も、そんな場面に出くわして、悪役をやっつけてハッピーエンドだって思えるの?」
「……」
「手を繋いでたら……」
と、女は言った。
「……なに?」
「手を繋いでたら、道路には飛び出さなかったかもね」
「……じゃあ、手を繋がなかったから、死ぬことになったのか」
「……ねえ、だったら手を繋ぐべきだったって、思う?」
「……」
「手を繋がなかった自分の落ち度だって、それに気付かなかった自分の怠慢だって、思う?」
答えなかったけど、俺は、そう考えようとしていた。……たぶん。
「本当に、もう……」
女は呆れたみたいに溜め息をついた。
そして、咎めるみたいな鋭い口調で、口を開く。
「わたしに言わせれば、あなたに罪なんてほとんどない。
まったくないとは言わないけど、でもそんなの、事故みたいなものよ。
あなたはいつも、自分の行動を、ああすればよかったとか、こうすればよかったとか、そんなことばかり。
でも、いつだって常に最善の行動をとれる人間なんて、どこにもいない。そうじゃない?」
「……」
「あなたが自分を責めるのは、結果論。
起こったあとに、ああもできた、こうもできたって考えてるだけ。
どんな状況でも、自分が正しい判断と行動を見失わなければ、悪いことは起きないなんて……。
それこそ、都合の良い妄想みたいなものよ」
「……」
「いいかげん、目を覚まして。あなたは物語の主人公じゃないの。
どんな状況でも過不足ない正確な情報が与えられるわけじゃない。
どんな状況でも公正な判断力を失わずにいられるわけじゃない。間違えるし、失敗する。
あなたは普通の人間なのよ。普通の人間なんだから……仕方ないことを、受け入れなさい」
ためらうような間をおいてから、けれどそれでも、女は言葉を続けた。
「……自分が過ちを犯しさえしなければ、誰も不幸にならなかった、なんて。
そういう考え方をね……傲慢って言うのよ」
女の声は、俺の耳から体の内側に入り込んで、静かに俺を傷つけた。
「……でも、俺は受け入れたくなかったんだ」
「……」
「仕方ないことだって、そんなふうに受け入れたくなかった。
ずっと悲しいんだ。もっとやれることがあったはずだって思うんだよ」
「……きっと、わたしのせいなんでしょうね」
でもね、と女は言う。
「わたしは後悔なんてしてない。わたしは、自分がやれる限りのことはしたって思う。
あなたたちにとっては勝手な話だったかもしれない。本当はずっと謝りたかった。
それでも、わたしはわたしなりに最善を尽くそうとしたのよ。その結果がどんなものであったって。
それに、そうすることで守れたものだってちゃんとあったんだから」
「……」
「そのあとのことは、わたしにはどうすることもできなかったから。
だから、あなたが落ち込むのも止められなかったし、あの人のことも……。
でも、もうそろそろ、そんなのはやめにしなさい。あの人のことも、ちゃんと叱っておくから」
「……」
「わたしがしたことで、あなたがそんなに苦しむとは思わなかった。
でも、体が勝手に動いたの。今のあなたなら、それが分かるでしょう?」
どういう意味だろう? それがよく分からなかった。
「きっとあの子は、自分のせいだって思う。だってあなたたちは兄妹だもん。
たぶん、父親に似たんでしょうね。……似なくてもいいところばっかり」
女は、不意に、ゆるやかにブレーキを踏んだ。
「さ、降りなさい」
「……え?」
どこかに着いたわけではない。
さっきまでと何も変わらない。長く伸びる道。退屈な田園風景。
誰もいない。何もない。そんな場所。
「残念だけど、わたしが一緒にいけるのはここまでなの」
「……こんなところに下ろされて、どうしろっていうんだよ」
女は勝手に助手席のシートベルトを外し、強引に扉を開けて、俺を車から追い出した。
「わたしだって、本当はもっと遠くまで、一緒に行きたかった。
一緒に見たい景色も、一緒にしたいことも、待ち望んでいたことも、たくさんあった」
ふと、思い出す。
デイドリームビリーバー。タイマーズの訳詩。あれは……。
本当かどうか知らないけど、あれは恋人との別れの話じゃなくて……。
「……でも、ごめんね」
「待ってくれよ! こんなところに放り出されて、どうしろっていうんだ?
俺は自分がどこへ行けばいいのかもまだ分かってないんだ。
何をすればいいのかさえ、分からないんだよ。急に置き去りにされたって……」
「……あなたがどこに向かえばいいかなんて、わたしには分からない」
「……そんなのってないだろ。だって、あんたが俺をここに連れて来たんじゃないか」
「自分で決めなきゃ」と女は言った。
「……そんなの、勝手だ。勝手な、押し付けだ」
「うん。……そうかもしれない。でも、引き受けてくれるでしょう?」
俺は頷きもしなかったけど、それでも彼女は満足そうに笑った気がした。
「ひとつ、訊きたいんだけど」
「なに?」
俺の言葉に、彼女はさっきまでよりは晴れ晴れとした表情で応じた。
「俺が見た、最後の景色。あれは、間違っているのか?」
「……つまり、あの子が車の前に飛び出して、そのあとどうなったかってこと?」
「……そう」
「それは、あなたが自分で確かめないと」
「……そっか。そうだよな」
「走れば……」
「え?」
「走れば、分かるかもね」
「どういう意味……」
問いかけの途中で、強い風が吹いた。
風は砂埃をあげて、俺の視界を覆う。
とっさに目を瞑り、風が通り過ぎるのを待つ。
再び瞼を開いたときには、さっきまでたしかにあったはずの車は、どこにもなかった。
ひとりぼっちになった俺は、とにかく、自分の居る場所を確かめようとした。
空は高くて青い。太陽がうるさいくらいの光をまき散らしている。
退屈な田園風景。でも、嘆くほど悪いものだとも思わなかった。ただ退屈だというだけだ。
放り出された俺は、どこに向かえばいいのかも、どこに向かうことができるのかも分からなかった。
俺に分かるのは、自分が今ここにいるということだけだ。
仕方ないか、と俺は思った。とにかく道は続いている。歩いてみよう。
そして、ふと、彼女の最後の言葉を思い出す。
立ち止まり、息をつく。それから、数字を数えた。
五、四、三、二、一……。
ゼロで、走り出す。
俺の身体が、空を切り裂く。
――視界が、鋭く歪んで見える。
――風を切る、音が聞こえる。
当たり前の感覚の中、走り続けるうちに、唐突に、ひかりが現れる。
俺の視界を、塗りつぶすみたいに、覆い尽くす。
世界が、真っ白になる。走っているのかどうかも、分からなくなる。
――ひかり。
続き: ◇01[Happy Birthday]
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