◇01-01[Sad Fad Love]
人に言ったら鼻で笑われそうなほど嘘くさい話なんだけど、俺には幼馴染がいる。
それこそ子供の頃からの付き合いで、結婚の約束をしたりなんかもした。
まあ、だからなんなのよって言われたらそうなんだけど。
人にはそうそうない経験らしいので、話の種くらいにはなるかな、と思っていた。
で、実際にその話をして、鼻で笑われたことがある。
「俺、幼馴染の女の子と結婚の約束したことあるんだよね」
「はあ?」(冷笑)
こんな具合。
彼女と話したのはそのときが初めてだった。
いくらなんでも初対面でその態度はどうなんだよ、と思いつつも。
そもそも初対面の女の子に、幼馴染と結婚の約束云々なんて話をする方がどうかしてたわけで。
だからその嘲りに対しても、
「……まあ、うん。そういう反応だろうなって、判ってはいたけどさ」
情けない声音でそう言い返すくらいしかできなかった。
元スレ
こんな日が続けばいいのに
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1392981242/
こんな日が続けばいいのに.
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1396034605/
そんな出会い方だったけど、彼女とはそれから、割と長い付き合いになった。
といっても、放課後の暇な時間、屋上で雑談する程度の交流しかなかったんだけど。
初対面がそんな調子だったせいで、男女二人が一緒にいるというのに、それらしい空気も生まれやしない。
そう思っていたし、そのことにさして不満も感じていなかったので、出会いのたった二ヵ月後に、
「あのさ、あんたのこと、好きかもしんない」
と真顔で言われたときは、さすがに冗談か、からかっているか、どちらかしか思い浮かばなかった。
意識は「好き」という一語に吸い取られる。
その一方で、「かもしんない」ってどういうことだよ、などと混乱。
かと思えば、「これ告白? 告白か。いやからかってんのかも」と奇妙な冷静さもあったりした。
一言で言えば、パニクった。
とっさに口から漏れたのは、「は、はあっ? えっ?」みたいな、言葉とも言えない声。
俺は心底戸惑った顔をしていたと思う。
もし、彼女との今までの交流の中で、俺が犯した最大の失敗は何かと誰かに訊ねられたなら。
たぶん、そのときの反応が一番の失敗だったと答える。
彼女は俺のその反応に、怯えたような、傷ついたような顔をしたから。
もちろんそのとき俺はパニクっていたわけで、自分の犯した失敗に、すぐには気付けなかった。
彼女の表情の変化に、さらに混乱を深めただけだった。
「ごめん。今のなし。やっぱ忘れて」
ようやく俺が冷静さを取り戻したのは、その言葉を聞いてからで。
そのときには、たぶん手遅れだった。
彼女はわりかし不器用な方で、たぶん細かい作業とかは苦手なんだろうと思う。
それは人間関係とか、そういうものに関しても同じことで。
怒ってないのに怒ってると思われて、嫌じゃないのに嫌がってると思われて。
寂しいのに一人が好きなんだって勝手に納得されて。
そういう俺の中の彼女像が正しいものなのかどうかはともかく。
そんなふうに見えた。
彼女が器用だったら、たぶんこのとき「今のなし」なんて言い方はしなかった。
「冗談だよ」って笑ってくれたら、なんだ、今のは冗談か、ってこっちも騙されてたんだけど。
「今のなし」じゃ、言ったことをなかったことにはしたいけど、言った内容は本当なんだと受け取れてしまって。
つまり、俺のことが好きなんじゃね? なんて推測が湧きあがってしまって。
でも、喜んだり困惑したり、何かのリアクションをするほどの時間はなかった。
彼女は俺が何かを言いかけるよりも先に立ち上がり、
「わたし、帰るね」
と言い切ると、振り向きもせずに屋上を後にした。
声が少し震えているように聞こえたのは、気のせいだったのかもしれない。
その翌日の放課後、ほんの少しの躊躇を振り払い、俺は屋上に向かった。
そこに彼女の姿はなかった。
吹奏楽部の練習の音。陸上部のホイッスル。ボールを叩くバットの鳴き声。
低くて近い青空。切れ目を入れたみたいな細い飛行機雲。からりとした夏の日差し。
残っていたのは、せいぜいそのくらいのものだった。
◇
俺の一日は、ぺたぺたという静かな足音から始まる。
それは扉越しに、廊下の奥の方から近付いてきて、いつも俺の部屋の前で止まる。
次に聞こえるのはノックの音だ。遠慮がちで、どこかそっけない音。
ノックの音にもその人の性格が出るものなのかもしれない。
続いて、ドアがぎいと軋む。
俺の意識は、そのあたりで半分以上浮上している。
そしていつも思う。また一日が始まったのだ。起きなければならないのだ。
足音も、ノックの音も、それに続く声も、そのことを知らせようとしている。
「お兄ちゃん、起きてる?」
開かれたドアから聞こえる、控えめな、気遣うような声。
俺は腹にぐっと力を込める。そして頭の中で念じる。朝だ、起きろ。
念じることで、まだ睡魔に支配されている残りの意識を引っ張りあげる。
それに成功したら、あとは体を起こすだけだ。
瞼を開けて上半身を起こすと、妹と目が合った。挨拶する。
「おはよう」
「おはよう。すごい寝癖だよ」
妹はそう言って、自分の頭を指で示した。
仕草を真似して自分の頭を触ると、たしかにすごい寝癖のようだった。
わしゃわしゃと自分の頭をかいていると、意味もなくあくびが出た。
まあ、あくびには意味なんてないのが当たり前だけど。
「二度寝しないでね」
ぼんやりした調子で言い残すと、妹はドアを閉めてあっさり去って行った。いつもみたいに。
毎朝六時四十五分。二歳下の妹が俺を起こしに来る。
歳の割には落ち着いていて、穏やかな俺の妹。勉強もスポーツもできる秀才。
押しが弱く人見知りはするが、友達は少なくない様子。
容貌は、ちょっと幼く見えるけれど、身内の欲目を除いても整ってる。
宿題だって忘れずにやる。教科書だってちゃんと家に持ち帰る。
どこに出しても恥ずかしくない妹。根が真面目で勤勉、少し臆病だが心優しい。
兄はひとりで起きれないほどのダメ人間なのにもかかわらず、よくああも良い子に育ってくれたものだ。
我がことながら、いい年して自分ひとりで起きられないのはどうかと思う。
しかも、自分より年下の妹に起こしてもらっているんだからろくでもない。
まあ、そのあたりは追々改善するとしよう。と言い続けて、もはや結構経つのだが。
さて、と俺は思う。朝だ。朝だよ。朝が来たんだ。学校へ行く準備をしなければ。
大丈夫、ちゃんと起きている。余計なことは考えていないし、体にだるさもない。
今日も元気だ、と俺は思った。大丈夫。
それでもしばらく動く気になれなかったので、目を閉じて三回深呼吸をした。
おまじないみたいなものだ。
それからようやくベッドを抜け出す。
カーテンを開けるとき、太陽の光がかすかな痛みを伴って目を刺した。
今日も暑くなりそうだ。そう思った。
◇
俺がなぜ毎朝、妹に起床の手助けを受けているのか。
理由は単純にして明快だ。朝が苦手なのだ。
別に学校に行きたくないわけではない。
でも起きるのは嫌だ。つまり眠るのが好きなのだ。
睡眠はもっとも手軽で原始的で絶対的な快楽だと俺は思う。
眠るのは気持ちのいいことだ。眠って夢を見るのはとても気分のいいことだ。
よく晴れた土曜や、寒い冬の朝。そんな日に二度寝するときなど、もうたまらない。
睡眠は人類に与えられた至上の幸福であると俺は断言できる。
この人類における至上の悦びを害するものとは何か?
言うまでもなく目覚まし時計の存在である。
俺と目覚まし時計の因縁は、俺がまだ幼稚園児だった頃にはじまったと言われている。
というか母が昔、そう言ってた。
「ホントに寝るのが好きで、何回起こしたって隙をついて寝ちゃってたなあ」
なんて具合に。
我が家のアルバムを漁れば、その事実を裏付けるような写真がいくつも出てくる。
まずはスタンダードに、俺が寝ている写真。四歳、とカッコ書きがある。
次のページには、七歳の誕生日のときの写真。
プレゼントが目覚まし時計だったことに落胆して大泣きしている幼い頃の俺がいる。
その脇では、これまた幼い頃の妹(五歳)が、どうにかして俺を落ち着かせようとおろおろしていた。
俺たち兄妹の関係は、この頃から既に決定的なものだったらしい。
この誕生日の事件を境に、俺は子供の期待に応えられる大人になろうと誓った。
そして同じく七歳。目覚まし時計が壊れている写真。俺が寝惚けて投げたらしい。
「そりゃもう、すごい音がしたもんだったわよ」
と母は当時のことを振り返る。
その朝、俺はかしましく泣き喚く目覚まし時計を掴み、枕元から思い切り放り投げた。
時計は母が普段使っていた鏡台の上に墜落した。
幸いにも鏡は割れなかったが、鏡台のうえに散らばっていた母の化粧品のいくつかはダメになったらしい。
そのような事態が四、五回続いた。母の危機感は次第に強まる。
ひょっとしたらうちの子は何かの病気なんじゃないのか。そんな懸念が浮かんだのも無理からぬことだろう。
なんせ、ほっとけば半日は寝てたんだから。
かといって、与えるたびに目覚まし時計を壊されたんじゃ金も手間もいくらかけたって足りない。
母は考えた。どこかに抜本的な解決手段が転がっていないものかしら。
具体的に言うと、この子が毎朝すっきりと目覚めて、二度寝もしなくなるような。
もちろん、生半可な手段では不可能だと言えた。
なにせ、毎晩十二時間寝たって、まだ眠りたがるような子供だったのだから。
けれど、母はその解決手段が案外近い場所に隠れていたことを知る。
それは少し肌寒い秋の朝のことだった。俺、当時八歳。
その朝、母が俺を起こそうとしたとき、電話のベルがけたたましく鳴った。
もちろん俺はその程度の音じゃ目をさまさない。
母は仕方なく電話台に向ったが、その際、まだ六歳だった妹にさして期待もせずこう告げたのだ。
お兄ちゃんのことを起こしてきて。
それまで母は、俺を起こすことを困難な仕事と考えるあまり、自分以外の誰かに任せたことがなかったのだ。
電話の内容は今となっては思い出せない、と母は言っていた。
親戚からの連絡だったことは確かだったらしいが、相手はあまり重要ではない。
電話を終えて、母は子供部屋へと向かった。
二段ベッドの下の段が、その頃の俺の領域。けれどそこはもぬけのからだった。
「あのときは本当に驚いたんだから!」
その日俺は、妹に促されるままベッドを抜け出し、洗面所に向かい、顔を洗い、歯まで磨いていたという。
そのとき母が受けただろう衝撃は想像に難くない。
翌朝、母はその事態が偶然かどうかを確認するため、妹に再びこう告げた。
お兄ちゃんを起こしてきて。
その実験は今朝まで続き、今のところ問題なく実効性を証明し続けている。
◇
小学生になっても俺は眠るのが好きで、授業中でもなんでも関係なく眠り続けた。
もちろん学校じゃ、叩かれるなり呼ばれるなりすれば、どうにか起きたけど。
当時つけられたあだ名は、今思えばうってつけだった。女顔だったのも拍車をかけた。
みんなは俺を、眠り姫、姫、とよくからかった。
今ならもっと怒っただろう。でも当時はあだ名なんてどうでもよかった。
ただ眠かった。だから姫って呼ばれたところで気になんてしなかったのだ。
そのうちみんなは、面白がって「姫」と呼ぶのをやめた。
代わりに真面目なあだ名になった。
「おい、ヒメ。起きろよ、サッカーやろうぜ!」
そんな具合に。
そのあだ名を今でも使う奴がいるんだから、人生なんてみんなテキトーだ。
(「三年寝太郎」でなくて本当によかったと思う。そっちの方がよっぽどいやだ)
◇
太陽の熱気がジリジリと降り注いでいる。
空はやけに近く、雲はやけに立体的。
どこかからどこかへ飛行機が飛んでいき、白い航跡を残していった。
青い空にくっきりと残るその筋が、ひっかき傷みたいに見える。
グラウンド脇の高いネット。その付近の木陰に、やる気のないクラスメイトどもがたむろしている。
その中に、俺もちゃんと含まれていた。
体育の時間が少し余って、残りが自由時間になったのだ。
指定ジャージ姿の集団は、どこにいても見るからに暑苦しい。
ネットに力を抜いてもたれかかっても、ジャージが擦れて汗の気持ち悪さに拍車がかかるだけだった。
木々の梢が風に擦れる音でも聴けば、多少の涼やかさを感じられるかと思ったのだが、あいにく今日は風がない。
かさりとも音がしない。
自由時間、なんて言われれば、普段だったらサッカーやらなにやらをやっているところだ。
でも、今日の暑さは、ちょっと尋常じゃない。……そんなわけで、男子の大半は木陰で休んでいた。
最初こそ解放感で高まっていたテンションも、時間が経つにつれて下降気味。
だって暑いし。
集団の中の誰かが、気だるげな声で言った。
「夏だな」
ぽつりと。
水面に雫を垂らしたみたいに、ささやかな一言が波紋のような反応を誘った。
「夏だわ」
「夏だよなぁ」
「夏だわ。この熱気は」
「うん。夏だわ」
どうでもよさそうに、そこらじゅうから気だるげな声が漏れ出てくる。
みんなが何を見て夏だと感じたのかは分からない。
太陽か、空か、木漏れ日か。とにかくそれくらい、そこらじゅう、どこもかしこも、夏だった。
「夏」
と俺も呟いた。それが最後だった。あとは誰もなにも言わなかった。
元気に騒いでいるのは、遠くにいる女子たちだけだった。水道近くで濡れながらはしゃいでる。
おかげで水分補給に赴くにも気が重い。
グラウンドの方からホイッスルの音が聞こえた。集合の合図ではない。走り始める合図だ。
誰かが記録を計ろうとしているのだろう。
目を向けると、見慣れた男子がグラウンドを駆け抜けていく。
誰かが声をあげる。
「佐藤君だな」
誰かがどうでもよさそうに続けた。
「甘いマスクの佐藤君だ」
やまびこみたいに次々と重なっていく。
「五月に女子生徒の間で秘密裏に開催された学年別・イケメン男子投票一年の部第一位の佐藤君だ」
たしかに佐藤君が走っていた。ちょっと唖然とするほど綺麗に。
遠くの女子が、ささやかに感心するような溜め息をもらしている。そんな気がした。
あっという間に100メートルを走りきると、彼は教師に駆け寄ってストップウォッチを覗き込む。
それから大きくガッツポーズをした。遠目で見ても爽やかな笑顔だった。
「佐藤君すげえな」
と誰かが気だるげに言った。誰かが気だるげに頷いた。
「な。すげえよな。ホントすげえよ」
「……俺ら、嫌な奴じゃねえ?」
「なんで?」
「……なんとなく」
俺はネットにもたれかかって座り込み、近くの雑草を抜きながら、その話に耳を傾けていた。
べつに話の内容に興味があったわけじゃない。他に意識を向けるべきものがなかったのだ。
そんな俺に声を掛けてきたのは、タイタンだった。
「暇そうだな、ヒメ」
頬を伝った汗をシャツの肩口で拭いながら、彼は目を眇めてこちらを見た。
俺は草をいじっていた手を止めて、声の方を見上げる。彼の身体が俺の上に大きな影を作っていた。
彼のあだ名の由来はその体格。とにかく大きい。というか、大きかった。
今となっては成長がだいぶ収まって、俺と並んでいても違和感がないくらいにはなったのだが。
小学生のころはすごかった。並んでいるとまさに大人と子供。その頃ついたあだ名だ。
当時の彼は遠目で見ると、ランドセルを子供に預けられて困った顔をしている参観日の父兄みたいに見えた。
巨人タイタン。
小学時代は卒業までずっと環境美化委員に所属していた。
毎朝の日課は、ジョウロに水を汲み、花壇のパンジーやマーガレットやチューリップに水をやること。
気がよく人気者だったタイタン。
ときどき飼育委員の女の子と一緒に兎小屋で餌をあげていた。
動物を愛し、草木と語らうタイタン。
ぶっきらぼうでありながらも優しい態度。
感情を表に出すことこそ滅多にないが、行動の節々に滲み出る誠実な人柄。
人は言う。まるでラピュタの巨神兵じゃないかと。俺はそのたびに反論した。
ラピュタのアレはロボット兵だ。巨神兵はナウシカだ、と。
そんな彼も、年が経つにつれて、体格が平均に近付いてきた。
もはやタイタンでもなんでもない、ただ少し大柄なだけの男子高校生。
でも彼はいまだにタイタンと呼ばれているし、俺も呼び続けるのだろうなあとぼんやり思っている。
彼が俺をヒメと呼ぶように。
「まあね」
俺がしばらく経ってから返事をしたものだから、タイタンは一瞬困った顔をした。
自分がどう話しかけたのか、分からなくなってしまったのだろう。
彼が自分の言葉を思い出すまでに、また十数秒の間があくことになった。
「ああ、うん」
やっと思い出したあげくのタイタンの返事が、それだった。俺も俺だが、タイタンもタイタンだ。
まあ、不満はべつにないんだけど。
なにせ暑くて話をするのもだるい。
「ちょっと常軌を逸した暑さだよね?」
それでも、何も話さないのもなんだかおかしいような気がして、俺はどうでもいいようなことを言った。
タイタンもまた、どうでもよさそうに頷いた。
「たしかにな」
「どうして水泳じゃないんだ?」
「プールの設備が故障してるらしい。水泳授業でもどうせ、入る奴ろくにいないだろうしな」
「そりゃ入らないけど、水の近くにいるってだけで、だいぶ違うのにさ」
「学校の授業だって天気と同じだよ。俺たちの事情を省みてくれるわけじゃない」
タイタンはつまらなさそうに呟くと、また汗をぬぐった。
「あと二週間の辛抱だって思えば、耐えられない暑さじゃない」
たしかに、あと二週間の辛抱だった。二週間後、一学期が終わり、夏休みが来る。
期末も終わったし、あとは休みが来るのを待つだけなのだが。
でも、暑さが変わるわけじゃなかった。頬から顎に汗がつたう。空は透き通っていた。
「どうしてこんなに暑いんだろうね」
「夏だからだよ」
俺の問いに、タイタンはこれ以上ないほど的確な答えを返してくれた。
夏なのだ。夏がまた来た。これまで何度もやってきたように。
「眠いのか?」
暑さにやられてぐたっとしているのを誤解したのか、タイタンが呆れたように訊ねてくる。
「まあね」
べつにどうでもいい質問だったので、否定もせずにうなずく。
タイタンは興味なさそうに溜め息をついて、また汗をぬぐった。
「何度も訊いたことあるけど、今になっても疑問だな。なんでそんなに眠っていられるんだ?」
「眠いからだよ」
「どうしてそんなに眠い? 寝不足ってわけでもないんだろ?」
「よくわからないけど、寝るのが好きなんだ」
「分からないな。眠ってると、損してるみたいな気分にならないか?」
「感受性の違いだな。……それに、夢を見られるだろ」
「夢を見てどうなる?」
「楽しくないか?」
彼はうんざりしたように溜め息をついた。たぶん俺との会話にじゃなく、暑さにだと思う。
俺に対して溜め息をついてたとしたら、ちょっと傷つく。
「つまり、夢のいいところっていうのはさ」
タイタンが何も言ってくれなかったので、俺はごまかすみたいな気持ちで話を続けた。
「現実じゃありえないことだって起こりうる、っていうところにあるんだよな」
「空を飛んだり?」
「家の玄関を出たら遊園地だったって夢を、昔見たんだ。それ以来、何度も見る」
「実際に遊園地に行けるわけでもないだろ」
「『もしそうだったら』を想像すると、楽しくないか?」
「むなしいよ。それなら俺は、睡眠時間を削ってバイトでもして金溜めて、遊園地に実際にいくけどね」
「……ま、それもありだと思うけどね」
チャイムが鳴って、追うようにホイッスルが鳴った。授業が終わるのだ。
遠くの方では佐藤君が女子と楽しそうに話していた。見てるとなんだか胸焼けしてくる。
続き: ◇01-02[Xavier]

