※関連
最初: 美琴「す・・・好きです!!付き合ってください!!」上条「何やってんだ、御坂」
前回: 上条「立てば芍薬!」美琴「座れば牡丹!」心理「歩く姿は」垣根「ラフレシア!!」【4】
番外編
ロシア編読み返してたら、どうしても熱い物語を書きたくなったのでちょっとした長編?
ブラックマンみたいなのを書きます
しっかし、ロシア編の盛り上がりは異常だったな・・・
不幸、という言葉がある
幸せではない、人生が常に暗闇、何をしても上手くいかない、どの選択肢も結局はダメ
クジを引いても絶対にハズレを引いてしまう、なぜなら何らかの手違いでクジは全てハズレだったのだから
それは人々から忌み嫌われ、疫病神として扱われる存在
誰もが不幸を嫌い、幸せを望んでいる
ならば
もしも、二つの選択肢のうち、片方が素晴らしい結果を生むものだったとしたら
そして、それでも必ず最悪のほうの選択肢を選んでしまう人間がいたら
それは、不幸と呼べるのだろうか
イギリス清教
十字教の中心であり、総本山と言っても申し分ないほどの機関
そこには様々な人種が所属している
イギリス人はもちろん、アメリカ人、ドイツ人、イタリア人、日本人
宗教に人種の壁はなく、救いを求めるのならば誰しもが救われる
それが十字教の教えだ
ステイル「・・・救い、か」
目の前にある一つの書類を見つめながら、ステイルが溜め息をつく
彼は十字教を信仰し、そのために働いている青年だ
しかし、その人生が救われたと感じることは少なかった
禁書目録を架せられたインデックスという少女に出会った時も。その少女と一年間、幸せな生活を過ごした時も。そして、その少女がある青年に救われたときも。
結局、幸せだと感じることなんてなかった
ただその平穏な毎日が失われることに不安を抱き、そこに焦りを感じるだけだった
ステイル(・・・救い、なんていう曖昧なものがこの世の中にあるのかな)
現に、目の前にある書類も決して救いとはかけ離れたものだった
彼の所属している必要悪の教会は、イギリス清教の脅威になる危険因子の排除、抹殺を専門としている
それらは、何も他の宗教や軍隊に所属している人間だけではない
過去にもあったように、イギリス清教内部の人間を殺すことさえあった
内部アンチだろうが、知らない間に危険因子になろうが、関係はない
ただイギリス清教の脅威になるのであれば、それは殺すべき対象となる
イギリス清教を信じた人間が同じイギリス清教の人間に殺される
ステイル(・・・何が救いなんだろうね)
もう一度溜め息をついてから、その書類をゴミ箱に放り込む
仕事が始まる
だが、その仕事にはある協力者が必要となってしまった
面倒なことに、今回の敵は複数である
それだけならば、問題はなかった
今回の対象、標的に一人だけ、気になる人物がいたのだ
ステイル(・・・日本人・・・か)
上条「・・・でさ、さすがにそろそろインデックスにも美味しいものを驕ってやりたくて・・・」
土御門「にゃー、そんなこと俺に言われても分からないぜぃ」
上条「い、いや・・・同じ必要悪の教会のメンバーだろ?」
土御門「でも、俺は腹ペコシスターさんには萌えないんだ」
とある日本の学校
二人の「クラスメイト」はそんな他愛もない話をしていた
片方は必要悪の教会のメンバーである土御門元春
そしてもう片方は、幻想殺しを宿している青年、上条当麻
魔術側の人間が学園都市で暮らしていることには、少し疑問があるだろう
そして、それがスパイだと知ったら
クラスメイトはもちろん、学園都市の全てが敵に回る
上層部には既に知られているようだが、そこまでなら問題はないのだ
上条「はぁ・・・もっとさ、イギリスらしいものを食べればいいと思うんだ、インデックスは」
土御門「にゃー、んなこと言ったって・・・」
ピリリリ、という高い音が二人の会話を遮る
土御門の携帯が鳴ったのだ
土御門「・・・カミやん、少し人気のないところに行こう」
上条「・・・どうして」
土御門「・・・こいつからの電話なんて、あまりこっちの人間には聞かれたくないだろう?」
土御門が携帯電話のディスプレイを見せる
そこには、「ステイル=マグヌス」の名前があった
上条「・・・ここなら問題ないだろ」
ビルの隙間にある路地裏
スキルアウトによく絡まれてしまう上条からすれば、あまり来たくはない場所だ
しかし、今はそんなわがままも言っていられない。もしもステイルからの連絡が、上条にとっても関係するのだとすれば
土御門「・・・どうした、携帯に連絡してくるなんてよっぽどのことに違いない」
ステイル『すまないな、少し仕事が入ったものでね』
土御門「・・・仕事?必要悪の教会の仕事はお前に任せているはずだが」
ステイル『そうもいかなくなった、イギリス清教としても、出来ればイギリス清教内だけで問題を片付けたかったんだが・・・』
上条「な、なぁ?どういう話に・・・」
ステイル『・・・上条当麻の声が聞こえたが』
土御門「あぁ、すぐ近くにいますたい・・・ちょっと待っててくれ」
スピーカーモードに切替え、土御門が話を促す
ステイル『・・・ちょうどいい、上条当麻、君にも聞いて欲しい話だ』
上条「・・・イギリス清教で何かあったのか?」
ステイル『あぁ、少しめんどうなことだ・・・危険因子の排除をしなければならないのだが・・・』
排除、という言葉に上条は眉をひそめる
それが仕事であり、イギリス清教の治安を守るためだとは分かっていても、あまりいい気はしない
ギロチンの縄を握っているのが、自分の友人なのだから。尤も、ステイルにとって上条は友人ではなくあくまで利害の一致する人間でしかないのだが
ステイル『・・・我々が今回排除するべき相手は四人』
土御門「・・・それで?あまり多い人数とも思わないが」
ステイル『しかし、その四人が全員天使の力を扱う術式を使っていたとしたら?』
土御門「・・・なんだと?」
ステイル『・・・もちろん、こちらにあるデータでは不完全な術式らしいがね』
上条「ま、待てよ・・・天使の力なんて、誰でも簡単に使えるものなのか?」
ステイル『だから言っただろう、不完全だと・・・完璧にそれを使いこなせるなら、今頃その四人はイギリス清教全てを掌握するほどになっているはずだ』
土御門「・・・御使堕し」
上条「?な、なんでここでそれが・・・」
土御門「分からないか、天使の力を完全に掌握するなんて、普通では難しいが・・・天使そのものを引きずり出すには、特定の術式を行うだけでいい」
ステイル『まぁ、その引きずり出す術式だって簡単に出来るものではないがね』
上条「・・・父さんみたいな素人にだって出来てしまったことだ・・・まして、知識のある人間なら・・・」
土御門「・・・だが、それでもこっちには神裂がいる」
ステイル『そうだ、不完全な天使の力など、彼女にかかれば問題はない・・・だが、今僕が言っている問題というのは力量の差ではないんだよ』
上条「・・・どういうことだ?」
ステイル『四人のうち三人はイギリス人、そしてもう一人は・・・日本人なんだ』
日本人、その単語を聞いた瞬間に上条の背中に少し冷や汗が流れる
土御門や神裂、天草式十字清教
それらを知っていれば、日本人でも十字教信仰者がいること自体は決して珍しいとは思わない
問題は、それが危険因子であり、天使の力を使おう、などと考えていること
上条「・・・それの、何が問題なんだ?」
ステイル『・・・もしも、イギリス清教が日本人を殺害してみたと報道されてみろ』
土御門「にゃー、日本人はただでさえそういうのに敏感だ、そんなことになればイギリスと日本は対立関係になっちまう」
上条「・・・そうか、そうだよな」
上条が顎に手を当てて考える
だが、彼に相談してきたからといってどうなるのだろうか
上条「・・・もしかして、そいつらを殺さずに済ませる解決法があるのか?」
ステイル『あぁ、君のその右手を使った方法が、ね』
上条「・・・幻想殺しか」
土御門「分かるとは思うが、天使の力を使うのなんて聖人でもないかぎり、何かしらの儀式場や霊装が必要になる」
ステイル『君の右手で触れればそれは簡単に壊れてしまう』
上条「・・・俺が右手でそれを壊して、その隙にお前達はそいつらを捕らえる、って感じか」
ステイル『出来れば君を巻き込みたくはないんだが・・・イギリス清教としては、学園都市と対立関係になってしまうのは避けたいんだ』
日本と、と言わない辺りイギリス清教が日本にそこまで興味がないことを示している。学園都市はイギリス清教にとってかなりの利益をもたらすが、日本政府はそれほど関係ないのだろう
ともあれ、人を殺さずに問題を解決できるのならそれが一番だ
上条「・・・俺がそっちに行けばいいのか?」
ステイル『あぁ、あと・・・出来れば、何人か人員を連れてきて欲しい』
上条「?科学側の人間を魔術側に関わらせるのは・・・」
土御門「カミやん、今はそういう悠長なことを言っている場合じゃないってことだぜぃ」
上条「・・・そんなに危険な状態なのか?」
ステイル『・・・相手の目的、実力、そして現在の行動・・・それらは全て、推測でしか分からない』
土御門「天使の力を用いて何をするのか、なんて分からないんだぜぃ」
ステイル『しかも、不完全とはいえ恐らく一時的には聖人レベルの力を使うことが出来ると思われる』
上条「・・・イギリス清教には、それに対応できる人間がそこまでいないのか?」
ステイル『そうだな・・・神裂くらいしか思いつかない、もちろん最大主教はその人員に入れるわけにはいかないからね』
上条「・・・天使レベルと相対できるような人間・・・」
上条の頭には、ある二人の超能力者が思い浮かんだ
一方通行と垣根帝督
彼らなら、もしかしたら
上条「・・・俺と神裂・・・一方通行と垣根、これで四人」
土御門「・・・一対一なんて、上手くいくかは分からない」
上条「なぁ、相手が使う天使の力の種類は分からないのか?」
ステイル『・・・恐らくは・・・四人それぞれが四方のそれぞれを司っていると考えられる』
上条「神の右席と同じ感じか・・・」
土御門「しかも、天使の力を完全に使いこなせるとしたら・・・それ以上になりますたい」
ステイル『・・・僕達魔術師も、全員が天使の力を借りてはいるが・・・完全に扱いこなすことは出来ない』
上条「・・・それを扱いこなすってことは、つまり・・・天使と同じレベルの存在になるってことか」
土御門「まぁ、そこまで難しく考えることはないぜカミやん、敵を潰せばそれでトントンだ」
ステイル『・・・頼めるかな、上条当麻』
上条「・・・あぁ」
上条が力強く返事をする
上条「・・・天使・・・か」
垣根「・・・で、俺達に協力してくれと仰いでるってわけか」
土御門「そういうことだ」
一方「ちっ・・・なンでまた魔術なンてわけわからねェもンと関わらなきゃならねェンだよ」
上条「・・・そう言わないでくれよ」
上条の寮室
そこで、四人は話をしていた
イギリス清教、というものをそもそも垣根と一方通行はそこまで詳しく知らない
イギリスにある宗教団体だ、と説明するほかないのだ
上条「・・・天使の力ってのは・・・簡単に言えば、LEVEL6みたいなもんだ」
土御門「にゃー、とはいってもそこまで科学的なものではないけどな」
垣根「・・・で?俺達に協力する義理はねぇだろ」
上条「お、おい・・・」
一方「勘違いするなよ、俺達はたしかにお前の友達かもしれねェ、だがイギリスの友達じゃねェンだよ」
垣根「イギリスの宗教団体が一個潰れたからなんだよ、心理定規に影響があるわけでも、俺達が明日死ぬわけでもねぇ」
上条「それは・・・」
一方「・・・上条、オリジナルはどォする」
上条「!!」
一方「あいつを魔術の事件にまた巻き込むつもりか?」
上条「それは・・・」
一方「・・・あいつには何もできねェだろォが」
土御門「・・・そうだな、御坂美琴はそこまで今回の件では戦力にならない」
上条「土御門・・・」
土御門「勘違いするな、彼女が弱いと言ってるわけじゃない・・・現に、そこらへんの魔術師なんか束になっても超電磁砲には敵わないはずだからな」
垣根「・・・てめぇと一緒にイギリスに連れて行って、無力感を味わわせるか?それともこのまま何も言わず、お前はただ一人で戦地に向かうか?」
一方「どっちにしろ、オリジナルにはいいことがねェンだ」
上条「・・・」
一方「・・・上条、よく考えてみろ・・・てめェがイギリス清教とかいうヤツらに手を貸す義理もねェ」
土御門「・・・そうだな、別に俺達が日本人の裏切り者を殺したところで・・・それが報道されるという確証もない」
垣根「・・・俺は降りるぜ、意味わかんねぇヤツらと戦って怪我なんかしたくねぇよ」
一方「俺も降りる、てめェらに手を貸す理由なンてねェ」
土御門「・・・そうか」
垣根「悪く思うなよ、別にそいつらが死んでも構わねぇって言ってるわけじゃねぇ」
上条「・・・あぁ、悪かった」
一方「・・・じゃあな」
一方通行と垣根が部屋のドアを開ける
美琴「あ・・・アンタ達、来てた・・・」
そこには、美琴が立っていた
ちょうど今帰ってきたところなのだろうか
垣根「御坂」
美琴「な、なに?」
垣根「お前は・・・上条がまたどこかに行ってしまうとしたら、どうする」
美琴「・・・どういうことよ、それ」
垣根「そのままの意味だ、どうする」
美琴「・・・止めるわよ、私は」
垣根「・・・そうだな、それでいい」
ポン、と美琴の肩を叩いてから垣根が歩き出す
垣根「行こうぜ一方通行」
一方「・・・あァ」
美琴「・・・た、ただいま・・・」
上条「・・・美琴、お帰り」
土御門「邪魔してるぜぃ」
美琴「・・・うん」
カバンを下ろしてから、美琴が上条の隣に移動する
部屋の中にある、嫌な沈黙が美琴の背中を撫でた
美琴(・・・どこかに行ってしまう・・・?)
垣根の言葉の意味が、分からなかった
美琴「・・・ねぇ、当麻」
上条「・・・なんだ?」
美琴「・・・また、何かあったのね」
ピクリ、と上条の肩が跳ねた
それを見て、美琴は確信する。彼はやはり、何らかの事件に巻き込まれようとしている
そして、それを美琴には悟られまいとしているのだ
美琴「・・・土御門さん」
土御門「・・・ご明答、としか言えないぜぃ」
上条「土御門!!」
今にも胸倉を掴むかのような勢いで上条が立ち上がる。が、それを土御門は片手で制した
土御門「・・・垣根と一方通行の協力が得られないなら、次に戦力になるのは超電磁砲だ」
上条「それだけはダメだ!!絶対に!!」
美琴「戦力・・・」
土御門「イギリス清教ってのを・・・」
上条「美琴!!関わるな、これは危険な問題なんだよ!!」
美琴「危険・・・そう、やっぱり何かまた事件に巻き込まれてるのね!!」
上条「それは・・・」
土御門「・・・カミやん、諦めろ・・・この子はどうしても、お前の力になりたいみたいだぜ」
上条「・・・イギリス清教で、また事件があったらしい」
美琴「・・・うん」
土御門「とはいっても、まだそこまでハッキリとした事件は起こしていないが・・・明らかに怪しい動きをした危険因子が四人、確認されたんだ」
上条「そのうちの一人が・・・日本人らしくてさ」
美琴「日本人・・・」
土御門「イギリス清教としては、政治的な問題であまり日本人を無下には出来ない」
上条「でも、俺の力があれば・・・その人たちを殺さずに済むんだ」
美琴「・・・一番平和的な解決が出来るのね?」
上条「・・・そうだと思う」
土御門「・・・現在、俺の仲間・・・ステイルがそいつらの動向を確認している」
美琴「どんなヤツらなの?」
上条「・・・天使の力を使って、何かを起こそうとしてるみたいなんだ」
美琴「天使・・・」
美琴が想像しているものとは、おそらく違うのだろう
ラッパを吹いていて、背中には綺麗な翼が生えている
そんな可愛らしい天使ではなく、あの第三次世界大戦で見かけた不気味な存在
美琴「・・・それを止めなきゃいけないのね?」
土御門「一方通行と垣根なら、そいつらに対処できるかもと思って呼んでみたんだが・・・」
両手をパッ、と広げて土御門がおどけてみせる。無理だった、という意味のジェスチャーだ
美琴「・・・あいつらは・・・どうして?」
上条「責められるわけがないさ」
美琴「だって!!」
上条「・・・もしも、もしもあいつらがイギリスに行くってなったらどうなる」
美琴「どうなるって・・・」
上条「・・・お前は、俺が一人でイギリスに行こうとしてるって知ったとき、どうした」
美琴「一緒に・・・」
そこまで言って、美琴が感づく
垣根と一方通行、その両名も、ある巻き込みたくない人間がいるはずだ
土御門「垣根は心理定規を、一方通行は番外個体を巻き込みたがっていない」
上条「かといって・・・いつ帰ってこられるか分からないのに、一人にしておくことは出来ない」
土御門「・・・別にあいつらが悪いんじゃない、カミやんの正義感が強すぎるだけって話だ」
美琴「でも、心理定規と番外個体なら・・・」
土御門「あぁ、ついてくるに決まってる・・・そうなれば、垣根と一方通行は二人を守りながら戦わなくちゃならない」
上条「・・・リスクが相当でかい、その上見返りなんて何もないんだ」
美琴「・・・」
上条「・・・責められるわけが・・・ないんだ」
天井を見上げながら、上条が呟く
彼が再び学園都市に帰ってこられるか、それさえ分からない
そんな戦いに、友達や美琴を巻き込むのはイヤだった
美琴「私は行くわよ・・・巻き込まれたんじゃなくて、自らの意思で」
土御門「・・・だとよカミやん、しっかり守ってやることだ」
上条「・・・そうだな」
土御門「さってと・・・俺はステイルからの連絡を待つ、詳しい出発日時は今度な」
美琴「・・・また、イギリスに行くことになるの?」
土御門「そうなるな」
上条「・・・一つ約束してくれ、土御門」
土御門「なんだ」
上条「・・・俺に、嘘をつくなよ」
土御門「・・・あぁ、俺が傷つくのがイヤか?」
上条「・・・友達が一人で傷つくのなんて、堪えられるかよ」
土御門「分かった、それは絶対に約束しよう」
上条「じゃあ、またな」
土御門「あぁ」
キィ、とドアが軋む
その音が、妙に不気味に聞こえてしまう
一方「・・・ただいま」
番外「ん?お帰り、何の用だったの?」
マンションの一室
そこでは、番外個体がソファーに座りながらテレビを見ていた
6年前に学園都市の外で起きた飲酒運転ひき逃げ死亡事故の犯人が釈放されました、というありきたりなニュースだ
一方「・・・なンでもねェ、ちょっと頼まれごとをされただけだ」
番外「へぇ、上条が?」
一方「・・・あァ、でも断った」
番外「なんで?断ることないじゃん」
一方「・・・めンどくさかったンだよ」
風呂場に向かいながら、一方通行が答える
番外「シャワー?」
一方「あァ、そォだ・・・」
番外「珍しいね、いつもは帰ってきたらすぐにコーヒー飲むのに」
一方「・・・」
番外「?どうしたの?なんかアナタ、変だよ」
一方「なンでもねェ」
風呂場のドアを開けた一方通行が、ぽつりと最後に呟いた
一方「・・・水に流したいことだってあるだろォが」
垣根「ただいま」
心理「お帰りなさい・・・なんだったの、呼び出しって?しかも私は来るなってことだったけど」
垣根「くっだらねぇ話だよ」
ソファーに身を投げ出した垣根が適当に答える
ただいま、と言いたい場所が彼にも出来たのだ
わざわざそれを投げ捨てるような必要は無い
イギリスでの問題がどうだろうと興味が無かった
それに巻き込まれて今の居場所を失うことに比べれば、日本とイギリスの関係が少し悪化するほうが彼にとってマシなのだ
垣根「・・・なぁ、心理定規」
心理「なに?」
垣根「・・・もしもさ」
それでも、垣根は何か胸に引っかかるものを覚えていた
上条は、恐らく戦地へ向かうはずだ・・・そして、美琴も
垣根「・・・友達が困ってたら、お前は助けたいと思うか?」
心理「当たり前じゃないの」
垣根「それが、かなり危険な問題でも、か」
心理「えぇ、例え・・・それが、自分にとって何の見返りのないことでも」
クスクス、と心理定規が笑う
垣根「あぁ?なんだよ・・・なんで分かった」
心理「あら、当たっちゃった?」
垣根「・・・」
眉をひそめる垣根を見て、心理定規が嬉しそうに笑う
心理「話してくれるなら嬉しいけど・・・でも、話さなかったってのは私を巻き込んでしまうから?」
垣根「そこまで分かるかよ・・・ちょっと話しただけだぜ?」
心理「あら、人の心には詳しいのよ」
垣根「・・・オーケー、やっぱり黙ってるってのはよくねぇな・・・恋人に隠し事なんて二流のやることだ」
心理「・・・それで、何があったの?」
垣根「・・・実は、だな」
心理「・・・イギリスでの問題・・・ね」
垣根「・・・そりゃ断りはしたけどさ、どうも引っかかるんだよ・・・」
心理「良心の呵責?」
垣根「いや、もっと・・・面白いものが手に入りそうなんだ」
一方通行が魔術に触れたことで、新たな力を手にしたように
垣根がもしも魔術に触れれば、何か大きな力を手に入れられるかもしれない
垣根「・・・そうだ、利益なんて最初から用意されてるもんじゃねぇ・・・暗部の時にそう学んだ」
心理「・・・」
ゆっくりと垣根が体を起こす
垣根「・・・心理定規」
心理「なに?」
垣根「・・・俺について来いよ」
心理「あら、てっきりお前は来るなって言われると思ったのに」
垣根「どうせ待たせても辛い思いをさせるだけだ・・・それに」
ニヤリ、と笑いながら垣根が振り向く
垣根「もしも何か掴んだら、真っ先にお前に披露してやりたいからな」
心理「ふふ・・・そういう強気な表情のほうが、あなたには似合うわよ」
垣根「だろ?やっぱりそうだよなぁ」
心理「そうと決まれば、上条君に連絡しなさいよ」
垣根「いや・・・」
脳裏に浮かぶのは、もう一人の化け物の姿だ
彼と一緒に、その誘いを断った
垣根「もう一人、誘わなきゃならねぇヤツがいるんだよ」
心理「誰?魔術に詳しい人?」
垣根「いや・・・」
そして、魔術を掴めば垣根以上の力を手に入れるはずの超能力者
かつて、彼が挑んでも勝つことの出来なかった男
垣根「・・・相棒だよ、相棒」
心理「?」
番外「・・・どうしたんだろ?」
一方通行の様子は、明らかにおかしかった
いつもなら家に帰ってきてすぐ、ブラックコーヒーを飲むはずだ
そして、番外個体と少し喧嘩にも近い会話をして、それからテレビをつける
くだらないニュースを見て、自分なりの考えを少し言ってからテレビを消し、ふてくされたようにしてソファーに寝転がる
そういった一連の行動を、今日の彼は取っていない
番外「・・・まさか、何か・・・」
ピンポン、というチャイムの音が番外個体の独り言を遮る
こんな時間に来るのは夕刊の勧誘くらいだ
学生が多い学園都市でよくもやるものだ、といつも一方通行と二人であきれているから分かる
番外(あーあ、今はそれどころじゃないってのに)
そのチャイムを無視して、思考をめぐらせようとする
しかし何度も何度もチャイムは鳴らされる
堪忍袋の緒が切れた番外個体が、玄関に向かい、ドアを勢い良く開けた
番外「夕刊なら間に合って・・・」
垣根「・・・いたか、番外個体」
番外「あ・・・か、垣根か」
心理「ごめんなさいね、一方通行はいるかしら」
番外「・・・今シャワー浴びてるけどさ・・・なんか不機嫌なんだよね」
垣根「・・・だろうな」
番外「だろうなって・・・まさか、なんであの人が不機嫌か知ってるの?」
垣根「あぁ、俺だってそのことで悩んでたところだった」
番外「垣根も・・・?ねぇ、何かあったんじゃないの?暗部絡み・・・」
垣根「暗部じゃねぇ・・・いや、学園都市の問題でもない」
番外「じゃあ・・・」
垣根「上がるぞ、あいつがシャワー終わらせたら話してやるよ」
心理「・・・ちょっと」
垣根「こいつに話せば、一方通行は決めるしかなくなる・・・迷ってる状態ってのが一番いけねぇのさ」
靴を脱ぎ捨て、垣根がズカズカとリビングへ向かう
清潔感が溢れているのは、恐らく潔癖症気味の黄泉川のせいか
正確には、彼女が仕事でヘマをしたからなのだが。垣根がそんなことを知っているわけはない
垣根「・・・番外個体、お前は・・・たしかLEVEL4程度の能力者だよな?」
番外「まぁ、一応はね」
垣根「・・・戦力としては・・・あまり期待できないな」
番外「戦力?何かドンパチやらかす予定なの?」
垣根「あぁ、派手にな」
番外「そりゃ楽しみだ」
垣根「・・・そこまで楽しくはないだろうけどな」
心理「・・・えぇ、そうね」
ざぁぁ、というお湯の流れる音
それを聞きながら、一方通行は何もせずただ突っ立っていた
雨を思い出させるその音は、悩んでいた一方通行の胸をより一層締め付ける
水に流せるかもしれない、と思ったのは間違いだった
一方(・・・関係ねェ)
イギリス清教の問題なんて、彼には全くもって無関係だ
土御門からその話を聞かせられなければ、決して知ることはなかった
結局、一方通行にとってはその程度の問題だ
関わっても関わらなくても、人生には影響しない。関わってしまえば、何かを失うかもしれない
そんなリスクだらけの戦いに、首を突っ込むわけにはいかなかった
命が惜しいのではない
一方(・・・番外個体を巻き込むわけにはいかねェンだ)
彼女がついてきたとして、彼には何が出来るだろうか
触れたもののベクトルの向きを変える能力
それは、自分だけを守り通し、他人は決して守ることの出来ない力だ
離れてしまえば意味がない、近くにいても自分の反射したベクトルが仲間に牙を剥くことさえある
そんな戦場に、彼女を晒していいはずがなかった
一方(・・・だったら、なンで俺は悩ンでンだろォな)
上条当麻が巻き込まれているからか、御坂美琴が巻き込まれそうだからか
いや、違う
一方(・・・俺は、聞いちまったンだ)
イギリス清教で、問題が起きている
それを止めるためには、敵を殺さなければならない
そして、もしも自分が協力すれば・・・そうはしなくて済むかもしれない
敵を殺すなんてこと、一方通行にとっては当たり前だった
自分が何万回も繰り返してきたことだ、それを今更咎められるわけはなかった
一方(・・・それでも)
彼は知っている、誰かを守るための戦いというものを
壊すためでも殺すためでも、自分が満足するためでも相手に恐怖を植え付けるためでもない
ただ、大切な人を守るために力を振るうことを
一方(それだけじゃダメなンだよ)
上条当麻のような、ヒーローになるためには
関係ない人でも、手を差し伸べなければならない
彼はヒーローにはなれないのだろう、しかしそれでも無駄な殺生を見過ごすことが出来なかった
丸くなったものだな、と自嘲する
自嘲はするが、悩みはしない
一方(・・・ちっ、こンなの俺の柄じゃねェ)
そう思いながら風呂場を後にする
彼の横顔は、笑っていた
垣根「よぉ、来たか」
一方「・・・お前、いつ来たンだ」
垣根「さっきな、カップラーメンでも作ってたらちょうどいい時間だったぜ」
一方「そォかよ」
リビングに入った瞬間、垣根の姿が目に入った
横には心理定規もいる
こんなときに何の話か、なんてことは考えもしない
一方「・・・お前も行くつもりか」
垣根「お、ってことはお前もだな」
一方「・・・イギリスの問題になンて興味ねェし、そこで何人死のォが関係ねェ」
垣根「ただし、俺達はその話を聞いてしまった・・・か、美談にするには少々手荒だな」
一方「小説書こうってンじゃねェ、これは現実だ」
垣根「・・・番外個体に説明は」
一方「今から・・・俺がする」
垣根「・・・オーケー、頼むぜ相棒」
一方「・・・番外個体」
番外「あいあーい」
一方「いいか、よく聞け・・・そしててめェが選べ、俺と一緒に来るか、それとも」
番外「一緒に行くよ」
一方「・・・あァ?話を聞いてから・・・」
番外「どうせ行くって言うんだし、早めに答えは言っといてあげる」
一方「・・・そォか」
小さく笑ってから、一方通行が話を切り出す
一方「イギリス清教の問題なンだけどよ」
アレイ「・・・」
テクパトル「?何笑ってるんだよ、アレイスター」
アレイ「・・・笑っているかね、私は」
テクパトル「あ、あぁ」
アレイ「そうか」
ソファーに身を預け、本を読みながらアレイスターが笑う
アレイ「・・・テクパトル、君は明日も仕事かね」
テクパトル「あぁ、明日も明後日もな」
アレイ「そうか、それがいい」
テクパトル「?どういう意味だよ?」
アレイ「いや、仕事というのは楽しいものだろう」
テクパトル「あ、あぁ・・・」
アレイ「・・・結構」
愉快そうに笑うアレイスターが、ページを捲っていく
テクパトル「・・・なぁ、さっきから何を読んでるんだ?魔道書じゃないし・・・」
アレイ「あぁ、これかね」
アレイスターが表紙を見せながら答える
アレイ「オレステイア・・・ギリシア悲劇の代表作だよ」
「なぁ、本当に引越すのか?」
「・・・あぁ、父さんが学園都市に行けって言うからさ」
「・・・そっか、それがいいかもな」
「・・・学園都市だったらさ、俺の問題も解決するかもしれないし」
「そこはオカルトなんて信じないからな」
「・・・でもさ、もしも学園都市でもみんなから厄病神って言われたらどうしようかな」
「帰って来いよ、また俺と遊ぼうぜ」
「ははは、そりゃいいな」
「・・・クラスのみんなもさ、正直ちょっと寂しいんだと思う」
「そうか?みんな俺がいなくなってせいせいするだろ」
「・・・そういうヤツも中にはいるけどさ、でもお前はいつも笑ってたじゃないか」
「・・・そうだな」
「・・・そろそろ時間だろ、行って来いよ」
「あぁ、帰って来たらまた一緒に遊ぼうな」
「・・・きっと、きっと遊ぼうな」
「それじゃな」
「あぁ・・・」
「絶対に帰って来いよ、上条!!!!」
上条「・・・ん?夢か・・・」
むくり、と体を起こした上条が時計を確認する
朝の7時
学校はまだ春休みであるため、普段なら安らかな朝と形容するべきだろう。が、今はそんな晴れやかな気持ちとは対象とさえいえる
イギリス清教で起きた問題
それが、ずっと頭から離れない
美琴もイギリスに共に行くことになった
そして、垣根と一方通行も協力する気になってくれたらしい
昨晩のメールを読み返し、上条が小さく笑う
上条(・・・あいつらも、なんだかんだ人助けがしたいんだろうな)
美琴「ん・・・おはよう・・・」
上条「あぁ、おはよう美琴」
隣で体を起こしながら目を擦る美琴
華奢な体つきに見えるが、これでも学園都市で三番目に高い能力の持ち主である
上条(・・・学園都市の上から三番目までが全員、俺と神裂・・・これならいけるか?)
敵の実力が分からないため、確信は持てない
だが負けるということは想像しにくかった
上条(・・・何はともあれ、俺が今待つべきは・・・)
トントン、と玄関がノックされる
その向こうにいるのが誰なのか、なんて考えるまでもない
上条(・・・俺達がどう動くべきかを教えてくれる、土御門だよな!)
ステイル「・・・聞いたかい、神裂」
神裂「えぇ、もちろん」
イギリス清教の聖堂
荘厳な雰囲気とは裏腹な二人は、短い言葉を交わしていた
一人は2M以上の身長を誇る神父
もう一人はあまりにもルーズな格好をしている女性
もしも二人を知らない人間がその光景を見ていたら、「なんて無礼な観光客なのか」と思うはずだ
それほどまでに、二人は変わった格好をしている
ステイル「今回の件はインデックスには内密にするそうだよ」
神裂「・・・少し前の事件で、彼女はひどい目に遭いましたからね」
ステイル「・・・もう、あの子に手は出させないさ」
神裂「・・・上条当麻とその友人がこちらに来るのですよね」
ステイル「あぁ、今頃は空の旅だと思うよ」
神裂「・・・そうですか」
ステイル「何か引っかかるかい?」
神裂「いえ、ただ・・・」
神裂が腰にぶらさげた刀を見つめる
それは、彼女の力の象徴でもあった
神裂「・・・本当に、今回の標的は天使の力を完全に使いこなそう、などと考えているのでしょうか」
ステイル「さぁね、もしそうだとしたら相当な愚か者だけど」
神裂「・・・おかしいとは思いませんか、天使の力を不完全ながら操る・・・それが、一体どういうことか・・・あなたには分かるでしょう」
ステイル「・・・僕達だって、天使の力を不完全ながらに扱っている、と言いたいのかい」
神裂「魔術師は、大なり小なりそれを用いているのです・・・正直な話、それだけで危険因子と言えるのでしょうか」
ステイル「・・・となると、最大主教は何か・・・」
ローラ「別に理由で今回の標的の殺害を命じた、と」
ステイル「!!最大主教・・・」
神裂「し、失礼しました!」
ローラ「正解なりてよ、それで」
ステイル「・・・なんだって?」
ローラ「今回の敵は、決して特別な魔術師ではない・・・所詮はただの魔術師、それだけのはずだったの」
神裂「・・・はず、だった?」
ローラ「・・・3人は問題ない程度の実力者、しかし・・・もう一人が厄介でね」
ステイル「一体それは・・・」
ローラ「・・・天使を呼び出すには、ある程度の儀式場が必要ではあるけれど・・・それを簡略化し、ほんの一瞬だけ天使を堕とすことも出来る」
ステイル「・・・それが?」
ローラ「分からないのかしら」
突然現れたローラは、愉快そうに笑いながらステイルの横へと歩いて移動する
その当たり前の行動が、嫌に恐怖を覚えさせる
ローラ「・・・危険因子の一人はそれを行おうとしているのよ」
神裂「・・・」
ローラ「・・・まぁ、それだけなら何の問題もない、一分や二分で滅ぼされるほど、イギリス清教も柔ではないのよ」
ステイル「ならばなぜ危惧するのですか」
ローラ「それだけの理由で、イギリス清教に歯向かうと思う?」
神裂「いえ・・・何も、天使を呼び出すならそんなことをしなくても・・・」
ローラ「そう、だとすれば何か別の目的があるはず・・・天使を呼び出してから行う、何かが」
ステイル「・・・それが何なのかは分からない、と」
神裂「・・・その一人とは誰なのですか?」
ローラ「そこまで細かい情報はない、掴もうと思った矢先にヤツらは身を隠してしまった・・・」
ステイル「・・・ならば、せめて敵の特徴を」
ローラ「・・・三人はそれぞれ、大地、水、火を司っているとされている」
ステイル「・・・風は?風はどうなっているのですか」
神裂「四人いれば四方をそれぞれが司っている、など考えるのが愚かとは分かっていますが・・・」
ローラ「そんなこと気にするな、それぞれが三方の術式を使う、とだけ覚えていればいいのよ」
神裂「・・・もう一人は、どうなのですか」
ローラ「詳しい術式がつかめていないのはそいつなのよ」
ステイル「・・・ヒントだけでもないものですか」
ローラ「・・・その男が住んでいた家に押し入ったときには、蛻の殻・・・それらしきヒントはなかった」
ステイル「・・・そう、ですか・・・」
ローラ「・・・ちなみに」
話を終え、歩き出そうとしていたローラが振り向いて少しだけ付け加える
ローラ「・・・その男はね、てんびん座生まれらしいのよ」
ステイル「・・・は、はぁ?」
垣根「・・・それで、俺達は何をすればいいんだよ」
空を飛ぶ飛行機の中で、垣根が土御門に訊ねる
土御門「そうだな、ビーフかフィッシュかまずは・・・」
一方「ンなこと聞いてねェよ」
土御門「・・・そんなにカリカリするな、冗談だって必要だろ」
美琴「それで?何をすればいいんですか?」
幼い印象を与える私服を着た美琴がもう一度訊ねる
土御門「簡単に言えば、敵を倒せばそれでいい」
上条「・・・そう言ってもさ、俺達は敵の顔も知らないんだぜ?」
土御門「問題ないさ、カミやん達には神裂が、一方通行達には俺が、垣根達に
はステイルがついていく」
心理「ふーん・・・そう、それなら問題はないわね」
番外「でもさ、そうやってばらけたほうがいいのかな?」
土御門「・・・さぁな、敵がばらけてくれるかもしれないし固まって行動するかも
しれない」
一方「・・・どォすンだよ、俺達は敵の情報なンてしらねェぞ」
土御門「・・・そこは上手くやるしかない、大体俺達だって相手がいつどうやって
動くかも分からないからな」
上条「・・・相手が動くっていう確信は」
土御門「ないな・・・だが、動くとしたらすぐにでもやるはずだ」
一方「・・・少しでも感づかれる前に、だな」
垣根「・・・確信もねぇのに、俺達を誘うとは中々だなおい」
土御門「そう言ってくれるな、俺達だって早いうちに危険な芽は摘んでおきたいのさ」
美琴「・・・敵の使う能力は分かるの?」
能力、という言い方に少し土御門が笑う
土御門「大地、水、火を司る魔術師が一人ずつ、そしてもう一人・・・そいつだけは何を使うのか分からないとされている」
心理「へぇ・・・」
土御門「出来れば、その魔術師に対処するのは垣根に頼みたい」
垣根「俺・・・か」
土御門「あぁ、一方通行は能力に制限がついている・・・カミやんには、あまりにリスクが大きい」
上条「・・・垣根、いいか?」
垣根「あぁ、問題ないぜ」
心理「・・・気をつけましょう、私達には魔術の知識なんてないんだから」
垣根「分かってるよ・・・んなことぐらい」
上条「・・・そろそろ着くな」
土御門「いいか、着いたらそれぞれの班に分かれて行動することになる・・・それとカミやん」
上条「あぁ、なんだ?」
土御門「悪いんだが、カミやんは一度イギリス清教の女子寮に向かってくれ・・・神裂は少し仕事が長引くそうで、そこでしか待ち合わせが出来ないみたいだ」
上条「あぁ、分かった」
一方「・・・幸運を祈ろォぜ」
垣根「誰に祈るんだよ・・・ったく」
垣根がはぁ、と溜め息をつく
垣根「祈るはずの相手を、俺達はこれから敵に回すんだぜ」
上条「・・・さて、俺達も行動を始めるか」
垣根達と一方通行達はすでに行動を開始した
とは言っても、上条達がまずするべきことはイギリス清教女子寮へ向かうことだ
他の二組は捜索を始めている、遅れを取るわけにはいかない
美琴「・・・なんだか、ここに来るたびに事件に巻き込まれてる気がするわね」
上条「そうだな・・・」
上条がぐるり、と空港内を見渡す
とりあえず、待ち伏せられて狙われる、ということはなかった
敵もそこまでの情報を掴んでいないのだろう
もしかしたら、自分達が追われていることにさえ気づいていないかもしれない
上条「・・・行こうか、美琴」
美琴「うん・・・」
二人がくるり、と向きを変えたその時
視界に、ある日本人の姿が映った
イギリスで日本人を見るのは、少し珍しいかもしれない
年齢は上条と同じくらいだろう
少し変わった服装をしているが、それ以外に目立つところはない
観光客、と思われるが
なぜかその人物は、驚いたような顔をしながら上条に近づいてきた
「上条!お前、上条だろ!?」
上条「・・・?え、えっと・・・」
「久しぶりだな!!小学校の途中でお前が引っ越して以来だ!!」
上条(ま、まずい!!)
恐らく、この日本人の青年は上条の小学校の同級生だろう
そして、きっと久しぶりに見かけた上条に懐かしみながら声を掛けたのだ
しかし、上条はそんな昔の記憶など無くしてしまっている
イギリスに来て、最初の問題が魔術師ではなくこんな災難だとは思わなかった
上条「あ、あぁ・・・」
美琴「・・・あの」
「ん?えっと・・・なぁ上条、この子って妹・・・じゃないよな、お前って一人っ子だったしさ」
上条「い、いや・・・」
上条が一人っ子ということも知っている
間違いない、彼は明らかに昔の上条の友達なのだ
美琴「私、当麻の恋人です・・・」
少しムスッとしたように、美琴が答える
「恋人・・・?お前、恋人出来たのかよ!!」
突然、その日本人がゲラゲラと笑い出す
上条「な、なんだよ!?」
「あはは!!不幸不幸って言いながら恋人が出来てたとはなぁ・・・」
上条「・・・・ま、まぁな・・・」
不動「はは・・・あぁ、悪い悪い・・・俺は不動拓馬だ、よろしく」
美琴「御坂美琴です・・・」
不動「はぁ・・・上条、お前ホントよかったな・・・」
上条「な、何がだよ?」
昔の知り合いに会うのは本当に久しぶりだ
しかも、こんな所でいきなり会うなんて思ってもいなかった
そのため心の準備もへったくれもなく、戸惑ってしまっている
不動「お前は一生不幸のまんまだと思ってたけど・・・親友として安心するよ」
上条「あ、あぁ・・・サンキュー」
親友、という言葉が少しズキリとくる
そんなにまで自分を慕ってくれている友達を、彼は覚えていないのだ
不動「・・・にしてもさ、お前はなんでこんなとこにいるんだ?学園都市に住んでるはずだよな?」
上条「いや、ちょっと・・・」
不動「あ、もしかして彼女と二人で旅行か!?そうなんだろ、今日本は春休みだからなぁ」
ウンウン、と頷きながら不動が笑う
美琴「そ、そうなんですよ、だから・・・」
不動「よーし、でもイギリスなんてそんなに詳しくはないだろう、俺がガイドしてやるよ!!」
上条「は、はぁ!?」
美琴「あ、いえ・・・」
不動「大丈夫大丈夫、お前達がいいムードになってきたら自然消滅するって!!」
笑いながら、不動が二人の背中を押す
上条「あ、あのさ・・・お前はなんでイギリスにいるんだ?」
不動「まぁまぁ、そんなことはどうでもいいから・・・まずはどこ行きたい!?って言っても、そこまでイギリスの観光地も知らないかな」
美琴「そ、その・・・」
上条(・・・仕方ないか、ちょっと付き合ってから探したほうがここは早い・・・)
下手に焦って怪しがられると、一般人を巻き込むことになる
それも、かつての友人を
不動「さぁ、どこがいい!?」
上条「じゃあさ・・・ビッグベンがいいな!!」
不動「えー・・・あそこさ、ただビッグベンが聳え立ってるだけだぜ?んなとこよりな007のMI6、行ってみようぜ!!」
上条「いやいや!!そんな言われたら俺達の観光じゃなくなるだろ!!」
美琴(そもそも観光じゃないんだけどね・・・)
不動「そうかそうか、ならビッグベンにでも行くか!!」
上条「そ、そうしてくれ・・・」
このハチャメチャな男が本当に自分の友人だったのか、と上条は肩を落とす
しかし、土御門や青髪などと友達だった彼なのだから、不思議でもない
上条(・・・にしても)
先ほどから一つだけ疑問に感じていた
上条(・・・不動って、なんでそこまでイギリスに詳しいんだ・・・?日本に住んでるはずなのに)
垣根「・・・それで?俺はその詳細不明の魔術師と戦えばいいんだな」
ステイル「あぁ、そうなるよ」
イギリスの街中を歩きながら、三人は今後の行動を確認していた
心理「・・・その魔術師、まさか相手を乗っ取ったりはしないわよね」
ステイル「そんなことが出来る術式は聞いたことがないよ」
垣根「・・・なんのヒントも無いのか」
ステイル「・・・天秤座」
心理「?」
ステイル「その男は天秤座らしいんだ」
垣根「天秤座・・・ねぇ、そんな情報、あんまり役には立たないな」
ステイル「しかし他には何も分からない・・・名前以外は、何も」
垣根「・・・名前はなんなんだよ」
ステイル「・・・シュミット、シュミット=サミア」
垣根「・・・なんかややこしい名前だな」
心理「・・・顔は分かってるのよね?」
ステイル「あぁ、それは安心してくれたまえ」
一枚の封筒を、ステイルが差し出す
それを受け取った垣根が中身を確認する
書類は二枚、一枚は今回の標的の分かる限り細かいプロフィール
もう一枚は、彼等が使うと思われる術式
垣根「・・・日本人の顔写真はないんだな」
他の三人は顔写真が載っていた
しかし、なぜか日本人だけはその欄が空白になっている
ステイル「あぁ、彼の顔写真だけは手に入らなかった」
心理「何か理由があるの?」
ステイル「さぁ・・・他の写真も、別にこの書類を作るために撮られたわけではないからね」
垣根「・・・だろうな、このシュミットってヤツのは恐らく集合写真の拡大だろうし」
シュミットという男の後ろに、シャツのボタンらしき物が見えている
後ろに、シャツを着た人間が立っていたのだろう
心理「・・・他の二人のは記念写真かもしれないわね、何か晴れやかな感じがするもの」
垣根「てことは、その日本人はあまり写真を撮られる機会がなかったってことか」
ステイル「だろうね・・・だが、僕達が今回相手にするべき第一目標はあくまでシュミットという魔術師だ」
垣根「・・・天秤座、ねぇ」
ステイル「気になるかい?」
垣根「・・・何か引っ掛かるんだよ」
ステイル「天秤座・・・審判の意味も持っている星座だ」
心理「・・・善悪を分ける審判ね」
垣根「ムカつくな・・・善悪なんて簡単に決められるもんじゃねぇのによ」
心理「・・・」
垣根「なんだよ、驚いたような顔して・・・」
心理「ふふ・・・なんでもないわよ」
垣根「はぁ?」
ステイル「とりあえず、僕達はまずある場所に向かう」
垣根「ある場所?」
ステイル「天使を堕とすには、儀式場が必要だ」
ステイルがくるりと振り返る
ステイル「なら、そんな大切な儀式場に一人の見張りもよこさないなんてことはないだろう?」
一方「・・・俺達が戦うのはどれなンだよ」
土御門「そうだな・・・火を司ってる魔術師が一番楽だと思うぜぃ」
土御門の差し出した書類を見つめながら一方通行が眉をひそめる
火を司っている魔術師は、10代前半の少女だった
土御門「・・・名前はイリーナ=イフリート、わざわざ名前にイフリートなんてつけるほど自分の魔術を誇りに思ってるみたいだな」
番外「イフリートってなんなのさ?」
土御門「イスラム教の、火の魔神さ」
一方「イスラム教だと?」
土御門「そのイリーナって魔術師は元々イスラム教を信仰していたらしいんだ」
トントン、と書類を叩きながら土御門が笑う
土御門「理由なんて分からないが、イギリス清教に改宗したってわけだ」
番外「でもわざわざイスラム教の名前を名乗るなんて挑発的だね」
土御門「あぁ、昔から内部アンチなんじゃないかと疑いは掛けていたが・・・本当にそうだったとはな」
あまり悔しくもなさそうに土御門が笑う
土御門「・・・だが、イフリートを扱う魔術師ってのは面白いだろ」
一方「・・・魔術ってのは一体なンなンだよ、俺が知ってる十字教やイスラム教はただの宗教だ、それを信仰してる人間が能力を使えるなンて・・・」
土御門「ようは、宗教の中で語られている神様や事象を無理矢理現実にしようってことだ」
番外「・・・アダムとイブとか?」
土御門「まぁ、そういう伝説を元にして術式を練るんだ」
一方「・・・俺には分からねェ、そンな何でもありの能力なンて有り得るのか」
土御門「何でもあり・・・か」
番外「違うの?」
土御門「魔力を精製するには生命力を必要とする・・・それに、超能力と違って霊装やカードなど、細かい道具を必要とするんだ」
一方「・・・」
土御門「魔術師は何でもありの素晴らしい者なんかじゃない、自分の生命力を削り、細かい下準備をした上で成り立っている」
一方「はン、能力者よりも便利じゃねェか、火も水も同じ人間が生み出せるなンてよ」
土御門「たしかに便利だな、しかしリスクも高い」
番外「まぁまぁ、今はそんな話じゃないじゃんか」
番外個体がイリーナの顔写真を指差す
番外「この魔術師さんはどこにいるか・・・見当くらいはついてるの?」
土御門「いや・・・正直、掴めていないんだ」
一方「虱潰しにイギリスを探せってのかよ、無理だな」
土御門「誰もそこまでは言ってない、さっきも言ったようにこいつはイスラム教崩れだ」
番外「ってことは・・・イギリス清教の世話にはあまりなりたがらないの?」
土御門「あぁ、居場所を作るために一応、イギリス清教に属しているだけだろうな」
一方「なら、イギリス清教の寮はねェかもな」
土御門「それどころか、イギリス清教を信仰している人間が営んでいる宿さえ嫌がりそうだぜぃ」
番外「そこまで嫌いながら・・・それでもイギリス清教にいたんだね」
土御門「あくまで推測だ、本当にこの女がイギリス清教を嫌っているかは分からない」
一方「・・・いや、こいつは絶対にイギリス清教を憎ンでやがる」
番外「なんで分かるのさ」
一方「この写真、イギリス清教の人間が撮ったンだろ」
土御門「あぁ、たしかその女が初めて参加した集会での写真だ、ご丁寧に一人で写真を撮られたみたいだな」
一方「・・・目が死ンでやがる」
土御門「目が・・・か」
一方「もしも自分のやりてェことをやれてるなら、もっとまともな目をするはずだからな」
番外「アナタも随分と曖昧な理由で語るね」
一方「・・・あァ、曖昧だな」
だが、と一方通行が続ける
一方「・・・俺達はその曖昧な物に動かされてここまで来た、だったら曖昧な物を信じるのも悪くはねェ」
不動「で、ここがビッグベンってわけだ!」
不動が自慢げにビッグベンを指差す
上条と美琴が空港に辿り着いてから二時間
二時間も、無駄にしてしまったと言っていいだろう
理由は目の前にいる、上条の「旧友」だ
上条が記憶を無くす前の友人らしく、イギリスを案内してやると言って無理矢理二人を引っ張っていったのだ
不動「はぁ、ここは相変わらず地味だなぁ・・・ホームズの家でも訪ねたほうがいくらかマシだ」
上条「・・・そ、そうなのか」
美琴「あ、あの・・・不動・・・さん」
不動「あぁごめんごめん、別にお前達の邪魔したいわけじゃないんだ」
人懐っこい笑みを浮かべながら不動が肩を竦める
不動「・・・たださ、やっぱり久しぶりに友達に会ったら舞い上がるもんなんだ」
上条「そ、そうだよな・・・」
不動「・・・上条、その子と付き合って長いのか?」
上条「あぁ、わりと」
不動「・・・そうか、ずっと仲良くいられるってのはいいな」
美琴「・・・不動さんは恋人、いないんですか?」
不動「そういうのとは程遠いのさ・・・俺は不遇だからな」
上条「不遇?」
不動「おいおい忘れたわけないだろ?お前は不幸、俺は不遇ってよくネタにされてたじゃねぇか」
上条「あ、あぁ!そんなこともあったかな!」
不動「なんだよ、変なヤツだな・・・」
少し顔をしかめながら不動が上条に近づく
もしかしたら、彼のおかしな反応に気づいたのかもしれない
美琴「あ、あの!」
不動「ん、なんだ?」
美琴「その・・・不遇、ってどんな感じにですか?」
記憶がない上条をフォローするため、美琴が訊ねる
不動「うーん・・・上条の不幸ってのはさ、全ての選択肢が全てハズレ、みたいなもんだ」
上条「・・・」
不動「クジを引く前からどうなるか分かる、なにせ全てハズレしか入ってないんだからな・・・それが、上条の不幸さ」
美琴「じゃあ・・・あなたの不遇は?」
不動「・・・全ての選択肢のうち、たった一つだけがハズレなんだ」
上条「・・・普通、だよな」
不動「・・・でもさ、それをずーっと引いてしまうんだ・・・100回やろうが1000回やろうが、俺はその一つしかないハズレだけを引いてしまう」
美琴「そんなことって・・・」
不動「・・・あるのさ、だから俺もイジメられっこだった」
美琴「俺・・・も?」
不動「なんだよ上条・・・お前、恋人にも身の上話してないのか?」
上条「あ、あぁ・・・」
不動「上条も昔から不幸だったのさ・・・そのせいで、周りからは疫病神って言われて石を投げられるわ、テレビじゃ腫れ物扱いで面白半分に取り扱われるわ・・・一時期は、ある占い師が悪魔の化身だとか言って騒いだこともあったな」
美琴「ひどい・・・」
不動「ひどいけどさ、でもよくよく考えればそれが普通の反応さ」
手を広げ、不動が笑う
生まれつき「不遇」な彼にもよく分かる。人間というのは自分よりも下の生き物を見つけると、それを傷つけることで優越感に浸ろうとしてしまうものだ
不動「・・・だからこそ、俺にとっちゃ上条は唯一の救いみたいなもんでもあったな」
美琴「?」
不動「っといけねぇ・・・二人はまだデート、するんだろ?」
上条「あ、あぁ」
不動「邪魔しちまって悪かったな・・・俺はここらへんでお暇するよ」
美琴「そ、そうですか」
内心、少しほっとしながら美琴が答える
不動「・・・あぁそうそう、最近はイギリスも物騒だから気をつけろよな」
上条「物騒・・・か」
そんなこと、上条もよく知っていた
特に今は、その物騒の原因となっている人間を相手にするためにここにいるのだから
不動「まぁ、不幸のお前はヘタすりゃ巻き込まれるし・・・ホント、気をつけろよ」
上条「あぁ、ありがとよ不動」
不動「じゃ、またな」
手を振ってから不動がその場を去る
上条「・・・待てよ、最近は物騒・・・って」
美琴「まるで・・・長い間イギリスに住んでいて、最近のイギリスの変化に気づいた・・・みたいな言い方ね」
上条「あぁ・・・もしかしてあいつ、イギリスに移住してきてるのか?」
美琴「さぁ・・・!!ってそんなことより女子寮行かなきゃ!!」
上条「おわ!!そうだった!ここから何分で行けるっけ!?」
美琴「下手したら時間単位よ・・・」
上条「嘘だろ!?」
上条「不幸だぁぁぁぁぁぁ!!!!」
垣根「ここもハズレ・・・か」
ガン、とゴミ箱を蹴り飛ばしながら垣根が眉をひそめる
ステイル「・・・おかしいな、イギリス清教の息が掛かっていない場所を選ぶはずなんだが・・・」
心理「・・・そうね、それに最近まではここにいたみたい」
心理定規が垣根の蹴り飛ばしたゴミ箱から飛び出た新聞を見つめる
日付は今からわずか2日前、それを捨てた人物がいるはずなのだ
ステイル「・・・一足遅かったかな」
垣根「一足敵が先に進んでたんだよ、クソが・・・本当に感づかれてなんかなかったんだろうな」
心理「・・・それとも、ここがその儀式場にふさわしくないと思ったのかしら」
垣根「・・・なぁ、その天使様は一体どうやって呼び出すんだよ」
ステイル「・・・天使の力を借りるだけならば、物の配置、物の色を選ぶだけでいい」
垣根「・・・」
ステイル「だがしかし、天使を呼び出すにはそれなりの儀式場が必要だ・・・たとえば、ガブリエルを呼び出すには青にして後方・・・それも、飛び切り大きな物を用意する必要がある」
垣根「青で巨大・・・となると?」
ステイル「海だよ・・・水の象徴でもあるからね」
心理「あら、わざわざそこまでしないと呼び出せないの?」
ステイル「これは極論さ・・・一瞬だけ呼び出すなら、何人もの魔術師が同時に祈ればいい・・・」
垣根「ガブリエルさんガブリエルさん、姿を現してくださいましってか・・・笑えねぇよ」
ステイル「・・・だが、それらしき現象も起こされているんだ」
垣根「・・・青、ねぇ・・・ガブリエルじゃないほかの天使ってのもいるのか?」
ステイル「君は少し聖書でも読んだことがあるのかい?やけに飲み込みが早いな」
垣根「別に、上条から少し話を聞いてただけだ」
儀式場、としてステイルが見当をつけたのは何も大仰な大聖堂などではなかった
普通の、民営であるマンションの一室
そういった、あまり意味のないと思われる場所を選ぶのがセオリーらしい。たしかに、隠密的に行動するのならばもってこいの場所でもある
そのマンションのテーブルの上には、一枚の地図があった
部屋に入ってすぐ、もしかしたらと思ってそれを覗いたが何の意味もなかった
イギリス全土の描かれている地図であり、相手がどこにいるのかを示すようなものではなかった
恐らくマンションに備え付けられていたものだろう
心理「それで?いつまでこの部屋にいるつもりかしら、不法侵入で拘束なんてイヤよ」
垣根「・・・これで3箇所目もスカだ・・・本当に目立たない場所なんだろうな?もしかしたら堂々とやってのけるかもしれねぇぞ」
ステイル「・・・」
垣根「おい」
ステイル「・・・今まで行ったほかの2箇所も、人がいた痕跡はあった」
心理「そうね・・・タバコが捨てられていたり、まだ腐っていない食べ物が冷蔵庫に入っていたり」
垣根「それがどうしたんだよ」
ステイル「・・・恐らく、彼ら自信も突発的な行動に出ているんだ・・・計画的に行われていれば、事前に儀式場にふさわしい場所を選んでいるはずだ・・・この部屋は東を向いてしまっている、しかしそこでは合わなかったという事は・・・ラファエルではないな」
垣根「ラファエルって風の神様だろ?敵は元々、風の魔術ってのを使わないって言ってただろうが」
ステイル「・・・それだけでは何のヒントにもならないか・・・」
心理「はぁ・・・どうしてそう、魔術の事件を魔術の方法ばかりで考えるのかしら」
垣根「あぁ?」
心理「私達が今まで行った二箇所はここ、そして今はここ」
地図の中の、それぞれの地方をピックアップしたページ
そこに、心理定規が赤いペンで丸をつけていく。どうやら近くにあったテーブルから拝借したようだ
心理「きっかり2kmずつ、西に向かって移動しているわね」
ステイル「・・・2kmずつ・・・か」
垣根「西に向かうのは意味があるのか?」
ステイル「西はガブリエルの方角だ・・・そして、もちろんイギリスは周りを海に囲まれている・・・」
垣根「・・・十中八九、そのガブリエルってのを呼び出すつもりか」
ステイル「ガブリエルはイギリス清教が把握しているだけで、二度も地上に呼び出されている」
垣根「・・・より確実なものを、ってことか」
心理「・・・ここから西に2km、その辺りに都合の良さそうな場所はある?」
ステイル「・・・一つ、ある」
地図の上を指差し、ステイルが笑う
そこはマンションではない
しかし、とてもだだっ広くなおかつ他の人間のあまりいなさそうな場所だ
ステイル「巨大な廃工場さ・・・ここなら問題ないだろう」
垣根「ちっ・・・工場とは、あまりにも科学的だな」
心理「皮肉でもあるんじゃない?こんな場所で魔術の骨頂の天使を呼び出すなんて」
ステイル「行こう、少しでも時間が惜しい」
垣根「オーケー」
マンションのドアを勢いよく開け放った垣根が、空を見上げる
垣根(・・・夕方か、急がなきゃならねぇな)
一方「・・・それで、このイリーナって野郎はどこにいるンだよ」
土御門「・・・まぁ待て、こっちも色々考えてはいるんだ」
地図の上にペンを走らせ、不機嫌そうに土御門が答える
土御門「・・・イギリス清教をあまり好いてはいない、つまり宗教関係は避けるはずだ」
番外「ねぇ、イギリス内にイスラム教の建物とかないの?」
土御門「無いことはない・・・だが、今更イリーナが行ったところで何になる?イスラム教を捨てた魔術師、そうしか思われないさ」
一方「・・・それで、てめェは何をしてンだ」
土御門「・・・この近くでイギリス清教の息が掛かっていないとなると、ここになる」
土御門が指差したのはある廃工場だった
番外「近くには海があるね・・・」
土御門「・・・しかし、イリーナは火の魔術を行使するはずだ、そうなるとここに行ってもどうすることも出来ない」
一方「・・・海があンなら、水の魔術師がそこにいるンだろ、そいつから先にやっちまったほォが」
土御門「いや、相手もそこまで馬鹿じゃない・・・一人ずつ見張りを交代して、その間に他のメンバーは必要な霊装を集めるはずだ」
番外「霊装?」
土御門「イギリスはご存知の通り、周りを海に囲まれてる・・・水に関する土産品だって様々だ」
一方「ンなもンで魔術なンて起こせるのかよ」
土御門「俺の知ってる中年親父は、長年掛けて買い続けた土産品で、偶然天使を呼び降ろした」
一方「・・・可能ってことか」
土御門「となると厄介だ・・・イギリスは西ももちろん、ほとんど全てが海に面している」
番外「その海を媒体にして天使を呼ぶの?」
土御門「正確には儀式場の一部にして・・・だがな」
一方「行くか」
土御門「あぁ、それしか方法がない」
土御門が近くにあるバスの時刻表を見つめる
しかし、その廃工場に向かうバスなどあるわけがない
近くの繁華街まで向かうバスも、あと15分ほどしなければ来ないようだ
番外「歩いて行ってもいいんじゃない?」
一方「そォだな・・・」
土御門「じゃあ行くか・・・」
一方「あァ」
目的地を確認した三人が少しめんどくさそうにして立ち上がる
だが
その時突然、土御門の体が吹き飛んだ
土御門「がはっ・・・!!」
一方「!?」
チョーカーのスイッテイを入れ、一方通行がすぐさま土御門の後ろに回る。その体を受け止めるが、ヌルリとした感触に頭が冷えた
一方「・・・どこからだ」
何が起きた、など聞く必要もない。恐らくは、敵がどこからか自分達を監視していたのだ
番外「・・・さぁ」
土御門「・・・上だ・・・」
一方「上だと?」
土御門「・・・くっそ、何が・・・」
イリーナ「はいはーい、さっきから私達のことを嗅ぎまわってるっていうのはあなた達でオーケー?」
一方「・・・」
上からの攻撃、土御門はそう言っていた
しかしその声が聞こえたのは、目の前の交差点の向こう側からだ
突然の怪奇現象に逃げ惑う一般市民と対照的に、その声の主は落ち着いた様子で優雅に歩いてきていた
アラジンと魔法のランプの本を読んだことがあるなら分かるだろう、ターバンを巻き、少し露出度の高いドレスのようなものを着た少女
番外「・・・アンタがイリーナって魔術師?」
イリーナ「はいはい、そういうことそういうこと」
土御門「く・・・イフリート・・・!?まさか、イフリートを煙にして・・・」
イリーナ「煙にしてっていうのは間違いなの、元々イフリートの本体は煙・・・」
パチン、とイリーナが指を鳴らす
彼女の目の前に、何か黒い煙のようなものが集まった。やがてそれは、一人の巨人の姿に変貌する
イリーナ「イフリートは煙が本体・・・どこにでも撒き散らすことが出来るし、どんな細い空間でも存在させられるの」
土御門「ほざけ・・・イフリートは知能が低いジンだ、監視なんてそんな大仰なことが・・・」
イリーナ「そう、イフリートに監視しろなんて言っても無理かもしれないわね・・・」
一方「・・・監視なンてする必要がねェ」
土御門「・・・なに?」
一方「いくら馬鹿だろうが、おかしな動きをするってことくらいは分かるはずだ、そのイフリートって野郎も」
イリーナ「正確には野郎なんていう可愛い存在じゃないわよ、でもそういうこと」
番外「・・・」
イリーナ「別に、監視させている相手がどういう行動をして、何人いて、どういう目的を持っているかなんてイフリートに考えさせることはしなくていいのよ、大体魔術で作り上げた偶像にそんなことが出来ると思う?無理無理、そんなの無理」
土御門「・・・煙の一部を相手の体に纏わりつかせ・・・お前自身がその動きを魔術的に読み取っていたのか・・・」
イリーナ「一種の監視魔術みたいなものね、最も他の監視魔術なんかと比べたら性能は劣るわ・・・相手が変な動きをしたってのはなんとなく分かるけど、どういうことをしてそんな動きになってるかなんて分からないもん」
番外「だから、アンタは近くでそれを感知していた・・・」
イリーナ「変な動きをするヤツがいたら、すぐに駆けつけて対処する・・・まぁ、元々直接戦闘が得意な私にはそっちのほうがいいってもんよ」
土御門「ふん・・・一人でやってくる度量は褒めてやるよ」
イリーナ「そりゃどうも」
再び、土御門の体が地面に叩きつけられる
土御門「ぐっ・・・」
一方「そォか・・・!!」
地面を踏み鳴らし、風のベクトルを操る。一方通行を中心とした破壊の渦は、土御門の体についている煙を一時的に払った
一方「てめェはそうやって、煙を相手の体に付着させ・・・そこに直接何らかの刺激を咥えて攻撃してたって訳だ」
イリーナ「ありゃ、バレちゃった」
番外「!!」
番外個体が自分の体を見つめる
何か、黒いすすのような物が右腕に纏わりついている
一方「ちっ」
その煙も、一方通行が風を用いて払ってしまう
イリーナ「ありゃりゃ・・・ひっどーい、イフリートが痛いって泣いてるわよ」
一方「聞こえねェな」
何はともあれ状況は逆転した、恐らくすぐさまイリーナは煙を二人の体に付着させるはずだ
その前に、目の前の敵の意識を奪う。一方通行の能力ならば、簡単にそれを成すことができるはずだ
一方「!」
バン、と地面を蹴り、イリーナの元へと突っ込んでいく
そして
その体が、大きく横へと吹き飛ばされた
神裂「・・・ずいぶんと遅かったですね」
上条「悪い・・・」
イギリス清教女子寮
その中で、上条と美琴、神裂は落ち合っていた
時刻は既に夕方になっている、他の二組はとっくに捜索を進めているはずだ
神裂「・・・連絡がありました、ステイル達はすでに儀式場と思われる場所に見当をつけ、そこに向かっているそうです」
美琴「・・・私達は?」
神裂「・・・我々が一番に行うべきは、天使の力を行使させないこと・・・その儀式場を破壊すれば、少なくとも数日の猶予は得られるはずです」
上条「・・・そこ、今から行けるか?」
神裂「行くしかありません、あなたにも着いてきてもらいます」
美琴「私も・・・」
神裂「あなたはここで待っていて欲しいのですが・・・しかし、そう言っても上条当麻が心配でならないでしょう?」
美琴「!!ありがとう!!」
神裂「とりあえず、敵の顔と資料を・・・」
上条「んなの後だ、一刻も早く行かなきゃならないんだろ!?」
神裂「・・・えぇ、そうですね」
上条「行くぞ、二人とも!!」
美琴「う、うん!!」
神裂「・・・えぇ」
何もかもがあまりにもスムーズだ
神裂はそう思っていた、まるであのブラックマンの事件と同じように
神裂(・・・まさか)
神裂(・・・まさか、我々は・・・敵の思い通りに動いてるのでは・・・)
垣根「・・・ビンゴ、みてぇだな」
ステイル「あぁ」
シン、と静まり返った廃工場
その中心には、明らかに他の機械とは不釣合いな物が置かれていた
天秤
巨大なそれは、普通のイメージの天秤とは異なっている
グラグラと今にも揺れだしそうなそれには、小さな文字の羅列が記されている
心理「・・・あれは何なのかしら」
ステイル「・・・魔術師の中には、酔狂なことに自分の用いる魔術と関係するものを常に身の回りに置きたがる物もいるんだ」
垣根「お前が髪を赤く染めているのと同じ、か」
ステイル「・・・そうすることで、より魔術の純度を上げることができる」
垣根「ってことは、ここには例のてんびん座の野郎がいるってことか」
心理「・・・でも、姿は見えないわよ」
ステイル「・・・君達、戦闘の準備は出来ているかい」
垣根「あぁ、お前達魔術師と違ってこの身一つで戦えるからな」
ステイル「・・・それは好都合だ」
ステイルがルーンのカードを辺りにばら撒く
心理「何をするの?」
ステイル「・・・簡単なことだ」
突然現れた摂氏1000度を優に超える、魔術的な炎がその天秤を打ち砕いた
パリン、と音がしてその破片が地面に転がっていく
ステイル(・・・さぁ、こちらの存在は示したぞ)
シュミット「おやおや・・・全く、誰だ」
垣根「・・・出てきやがったな」
心理「・・・行きましょう」
カンカン、と音を立てて三人がシュミットに近づく
だらりと腕を下げたその魔術師は、威圧感などというものを全く纏っていない
下手をすれば、そこらへんのチンピラにも勝てなさそうな風貌をしている
ステイル「・・・僕の名前を言う必要はあるかな」
シュミット「んー・・・?必要悪の教会の神父さんじゃないか、なんのようだ」
ステイル「そこまで分かっているなら、僕が何をしに来たかも分かるはずだよ」
シュミット「・・・天使の力を発言させようとしている我々に罰を加えるかね、愚かなことだよ」
地面に転がった天秤の欠片を見つめながら、シュミットがクツクツと笑う
ステイル「何がおかしい」
シュミット「善悪を決めるなんてこと、君達に出来るのか?」
垣根「うるせーな、ゴチャゴチャ言うな」
シュミット「そっちの二人は日本人だな、イギリス清教の問題に日本人を関わらせるとは、最大主教は何を考えているのか」
ステイル「それは問題ではないよ」
ステイルがルーンのカードを一枚取り出す
シュミット「・・・炎の魔術師、しかもルーン魔術の天才と来た・・・こりゃ、中々面白いな」
ニヤニヤと笑いながら、シュミットが顎を撫でる
シュミット「それで、私の術式は分かったのか?」
ステイル「いや・・・君以外の三人の術式は判明している」
シュミット「一人はイフリートなんていう異教の魔神を使うのだよ・・・全く困ったものだ」
垣根「お前だって結局はそのイギリス清教を裏切るような真似をしたんだろ」
ふん、と垣根が鼻で笑う
シュミット「・・・そうだな、イギリス清教ははなはだしくも私が悪だと決め付けたのだ」
ステイル「・・・?」
シュミットがポケットから何かを取り出す
掌に収まるほどの小さなそれは、天秤の形をしたキーホルダーだった
ステイル(・・・天秤・・・!!)
シュミット「善悪など、簡単に人間が測っていいものではないのにな」
ステイル「魔女狩りの王!!」
ゴォ、という音を立てて魔女狩りの王がシュミットを飲み込もうとする
しかし
シュミット「知っているか、十字教において、悪が全に勝ることはないのだよ」
その炎が彼を焼き尽くすことはなかった
垣根「・・・あぁ?おいステイル、てめぇの魔術効いてねぇぞ」
シュミット「・・・君は何もしないのかい、日本人」
垣根「垣根だよ、垣根帝督」
シュミット「そうか、では垣根帝督よ、君は何もしないのかい」
垣根「・・・」
垣根が睨みつけるのは、シュミットの手の中にある天秤のキーホルダー
先ほど言っていた、「悪が善に勝ることはない」というのは、どういうことなのか
ステイル「・・・天秤には様々な意味がある、金の価値を測るもの、均衡を保つもの・・・そして」
シュミット「善悪を測るもの・・・ギリシア神話にはアストライアーという神様がいてね、そいつは天秤を用いて善悪を測っていたそうだが・・・」
心理「・・・あなたは、その天秤を用いている・・・」
シュミット「私が悪だと認定したものが、一体どうして私に攻撃できる?」
ステイル「ちっ!!」
魔女狩りの王が何度もシュミットに牙を剥く
だがしかし、やはりその炎を見に浴びても彼は顔色一つ変えない
それどころか、馬鹿にしたような笑みさえも浮べている
シュミット「勘違いしている人間がいるが・・・ギリシア神話と十字教は中々深い関わりがあってね、ギリシア神話のディオソニスがキリストのモデルになったとする説もあるくらいだ」
垣根「・・・」
垣根が眉をひそめる
先ほど少しばら撒いた未元物質も、なぜか彼にダメージを与えることがない
シュミット「愚かだな、善悪の知識を持たない人間というのは」
垣根「・・・てめぇ、自分が善だと思い込んでやがるな」
シュミット「実際に私は善だよ、人々を救うために天使の力を使おうというのだから」
垣根「あぁ?」
シュミット「天使の力・・・それは、突き詰めれば神にさえたどり着くことが出来るのだ」
ステイル「何を言っている・・・」
魔女狩りの王が通用しないと気づき、ステイルが歯を食いしばる
シュミット「・・・神は人々を復活させ、空からマナを与え、新たな生命さえも作られた・・・私がその力を手に入れたらどうなる?」
垣根「・・・お前は人々を救えるってことか」
シュミット「その通り」
満足そうに頷いて尚、シュミットが言葉を続ける
シュミット「それを神への冒涜だと笑う人間もいるだろう・・・あぁしかし!!神がなし得てくださったことに感謝の念を抱き、その御力をもってして再び人を救おうとする!!まるで主のように素晴らしい行動だとは思わないか!?」
ステイル「君はこの時代に・・・第二のキリストにでもなろうと言うのか!?」
シュミット「あぁ・・・それも、もっと素晴らしいまでに世界を救ってみせるよ」
垣根「・・・面白いな、そりゃ素敵な夢だ」
シュミット「おぉ、君もそう思うかい?」
垣根「世界を救う、人を助ける、それのどこが悪なんだよ、なぁステイル」
ステイル「耳を貸すな!!その男は天使の力を自らの物にしたいだけだ!!」
垣根「そりゃ、お前達はそういう考えをするしかないよな」
ゆっくりとシュミットに近づきながら、垣根が柔和な笑みを浮べる
垣根「・・・宗教なんてそういうもんだ、昔から自分達と少し違う考えの人間がいたらそいつをすぐに排除しようとする」
シュミット「ほう、日本人というのは宗教に傾倒しないというのは本当のようだ・・・素晴らしい、中立の立場だよ」
ステイル「垣根帝督!!その男は罪人だ!!」
垣根「誰が決めた悪だ?お前らの信じてる神様が直接啓示したのか?違うだろ」
心理「・・・垣根」
垣根「お前らの都合に悪い敵を全て、神の御意志という名の言い訳を用いて殺害する・・・実に合理的かつ倫理的な殺し方だがな」
とうとう、シュミットの目の前にまで歩いた垣根はくるりと向きを変える
ステイルの揺れる瞳を見つめながら、優雅に垣根が手を広げる
垣根「それは俺達が昔やっていたのと同じだ、ただ自分が殺したい相手に無理矢理な理由をつけて牙を剥く・・・」
ステイル「違う!!そいつは・・・」
垣根「悪か?いや違う、こいつのほうがよっぽど善さ」
シュミット「ふふ・・・ははは!!残念だったなルーンの魔術師、日本人はそこまで宗教にはこだわらないようだ!!私のように誰かを救う人間こそが善なのだよ!!」
ステイル「貴様・・・!!」
垣根「・・・勘違いするなよステイル」
未だに笑顔を浮べている垣根
その背中から、6枚の翼が現れる
心理「はぁ・・・あなたは本当に、ずるがしこいのね・・・垣根」
シュミット「・・・な・・・」
ビュン、という音が聞こえたときには、既にシュミットの体は壁に叩きつけられていた
酸素が口から一気に吐き出される、滑稽だとは分かりながらも肺は必死に酸素を求めていた
シュミット「な、なぜ・・・」
垣根「心を許すな、お前のその魔術は本当に不安定なんだな」
壁に叩きつけられたシュミットの体を、もう一度翼が殴りつける
鈍器で殴られたような衝撃と、刃物で切られたような鋭利な痛みが同時にシュミットを襲う
垣根「てめぇが悪だと決めたものは全て自分に攻撃できない・・・裏を返せば、自分の信頼できる人間、悪だと認められない人間には全く効かない術式だ」
シュミット「貴様・・・まさか、私を油断させるためにわざと・・・!!」
垣根「あぁ、そうじゃねぇ・・・正直なところ、俺は本当にお前を善だと思うぜ?そりゃ世界中を救えるのならそれが一番さ」
ガリガリ、という音がシュミットの胸から聞こえる
翼の先端が、彼の胸元を締め付けている
シュミット「こ、これは一体何の術式・・・」
垣根「へぇ・・・なんだ、俺のこれが魔術だと思ってるのかよ・・・」
シュミット「ごぱぁっ・・・」
垣根「・・・それと、一度悪ではないと認識したものを無効化するには、再び悪だと認識しなきゃならねぇ」
翼の大きさが見る見るうちに増していく
シュミットの頭の中が、少しずつ恐怖で埋め尽くされていく
垣根「だったら、そう認識させる前にてめぇの精神自体を恐怖で破壊すればいいんだよな」
シュミット「・・・ふ、ふふ」
垣根「・・・何がおかしい」
シュミット「・・・君は・・・やはり、悪だよ」
垣根「!!」
シュミットが垣根の翼を素手で掴む
それを振り払おうとしても、なぜか翼はシュミットに傷一つつけることはない
垣根「ちっ・・・」
シュミット「悪と認識すればどうということはないんだよ・・・」
胸元を押さえながら、シュミットが立ち上がる
ステイル「・・・八方塞がりだな」
垣根「同じ手は二度も使えない・・・悪が善に盾突くことは出来ないんだってさ」
心理「・・・ダメね、私の能力も通用しないみたい」
垣根「そうかよ」
たいして悔しそうにもせず、垣根が素っ気なく返事をする
シュミット「・・・随分と余裕をかましているな・・・」
垣根「別に、それにお前一人を相手に必死になるのもめんどくさいからな」
シュミット「・・・」
シュミットが指を垣根に向ける
シュミット「私はね、あまり攻撃に向く魔術師ではない」
垣根「その魔術は防御に最大の要を置いている・・・」
シュミット「だから、恐らく君を殺すなんてことは出来ないのさ」
指の先に、水の泡のようなものが生まれていく
シュミット「・・・ご覧の通り、私から天秤の術式を無くしてしまえばこの程度の魔術しか使えない」
垣根「だからなんだよ」
シュミット「・・・だからこそ、私はこの術式を愛していた」
言葉の端々に憎しみを篭めながら、シュミットが垣根を睨みつける
垣根「その術式を逆手にとった俺が許せないってか?」
シュミット「・・・そういうことだよ」
垣根「くっだらねぇ」
ステイル「垣根帝督・・・僕達には今成す術がない、一度・・・」
垣根「いや、そんな必要はないみたいだ」
心理「・・・どういう・・・」
突然、シュミットの体が何者かに蹴り飛ばされた
短く切られたジーンズ
そして腰にぶら下げた長い刀
ステイル「神裂・・・!」
神裂「・・・遅れました、申し訳ありません」
上条「・・・あっぶねぇ・・・間に合ったか・・・!?」
美琴「はぁ・・・走ってここまで来るなんて・・・思わなかった・・・」
垣根「・・・よう、来たか」
上条「お前達が先に来てたんだな・・・どうもこっちは他の魔術師の手がかりも無くて・・・」
垣根「応援には感謝するぜ上条、そしてこれはてめぇがやるべき相手だ」
上条「え・・・?」
シュミット「ぐ・・・貴様・・・また必要悪の教会か・・・」
神裂「ステイル、この男は・・・」
ステイル「シュミット=サミアだ、自分が悪だと認識した全ての相手の攻撃を一切受け付けない」
神裂「・・・」
神裂がシュミットに向けてもう一度蹴りを放つ
しかし、それはもう通用することはなかった
美琴「そ、それじゃ・・・」
垣根「だから言っただろ、上条の出番だってな」
上条「・・・」
上条が右手に目を落とす
その拳で、まずは一人目の敵を倒さなければならない
シュミット「くっ・・・」
上条「・・・やってやるよ」
シュミット「来るな・・・!天使の力さえ手に入れば、世の中を幸せにすることが出来る!」
上条「無理だな・・・」
シュミット「もう誰かの苦しむ顔など見なくて済む!」
上条「だからなんだ・・・」
シュミット「それが君達には分からないのか!」
シュミットが駆け出す、上条の胸元に体重の全てをぶつけるために
上条「・・・それじゃ結局、誰も救えない・・・天使の力を間近で見た俺には分かる、あれはそんな素敵な力じゃないんだ」
小さく笑ってから、上条がシュミットの体をかわす
元々肉弾戦など得意ではないのだろう、シュミットはその上条の動きにさえ対応することは出来なかった
上条「・・・誰かを救うなら、お前の手だけで救ってみろよ」
ガン、と衝撃がシュミットの頭に走る
全ての悪を受け付けないはずの彼の頭が
上条「・・・お前が、自分が世界を笑顔に出来たんだって誇れるような方法じゃなきゃ、ダメなんだ」
揺れる意識の中でシュミットが聞いたのはそんな言葉だった
一方「な・・・」
反射の壁が、今の一撃を反射しなかった
いや、壁の内側からダメージは来たのだ
体表面ギリギリから
イリーナ「あなたにも一応、イフリートの煙はついてるのよ?」
ニヤニヤと笑うイリーナが自慢げに話す
その言葉に、一方通行は舌打ちしてしまう
彼がチョーカーのスイッチを入れる前から、イリーナな監視をしていた
ならば、最初からイフリートの煙が自分の体にも付着していると考えるべきだった
一方「・・・めンどくせェ・・・」
煙を振り払い、一方通行がゆっくりと立ち上がる
これで、イリーナの攻撃が彼に届くことはないはずだ
イリーナ「にしても君の能力?すごいね、それがもしかして学園都市の超能力ってヤツ?」
一方「黙ってろ・・・」
地面を軽く踏み鳴らすだけで、石畳がめくれ上がる
一般市民は既に避難している、今なら好き勝手暴れられるのだ
イリーナ「・・・どういう仕組みなんだろ・・・」
番外「おいおい、ミサカの存在も忘れないでよね!」
バチン、と発せられた電撃を、イリーナな間一髪避ける
イリーナ「あっぶな・・・そっちの子も能力ってヤツなのね、ふーん・・・」
一方「・・・」
イリーナ「・・・でも困ったな、一体どうやれば・・・」
イリーナが呆れたように肩を竦める
しかし、突然彼女の顔が曇った
イリーナ「ありゃ・・・シュミットのヤツ、動きが止まったな・・・」
一方「あァ・・・?」
イリーナ「もしかしてもしかしてさ、あなた達他に仲間がいたりした?」
土御門「ふん・・・今更気づくとは遅いな・・・」
イリーナ「あっちゃー・・・」
ペタン、とおでこに手を当ててからイリーナがため息をつく
イリーナ「・・・仕方ない、ちょっと応援しに行かないと」
番外「何言ってるのか分からないけどさ・・・ここから逃げられると思ってるの?」
イリーナ「うん、さっきあなた達が言ってたでしょ」
自分の胸元を指差しながら、イリーナが笑う
イリーナ「イフリートの煙の一部に、自分の意志を混ぜている・・・つまり、イフリートと私はいわば同化しちゃってるのよ」
土御門「・・・あくまで術式を行使している時は、だろう・・・」
イリーナ「そうそう、つまり逆に言えば・・・」
一方「!」
目の前にいたイリーナの体が突然霧散する
土御門「まさか・・・!」
イリーナ「私が煙になるのも可能だったりしちゃうのよ」
一方「クソ・・・」
一方通行が慌てて攻撃を加えようとするが、もはや姿は見えない
ただ、ケラケラという軽い笑い声だけは聞こえてきた
イリーナ「御免ね、続きはまた今度・・・あと、もし私を追いたいなら西にある廃工場に来なさいな」
最後に小さな声で、イリーナが呟いた
イリーナ「・・・飛び切りの絶望を味わわせてあげるからさ」
打ち止め「ただいまー、ってミサカはミサカは挨拶をしてみたり!」
芳川「あぁ、お帰りなさい」
打ち止め「?ニュースを見てるの?ってミサカはミサカは・・・」
芳川「えぇ、外で6年前に起きた事件のニュースよ」
打ち止め「事件・・・?」
芳川「可愛そうな事件よ、飲酒運転のトラックが、普通乗用車をはねたっていう事件」
打ち止め「ひ、ひどい・・・」
芳川「家族四人で旅行に行ってた帰りの悲劇・・・しかも、そのトラックはぶつかったにも関わらず闘争」
打ち止め「・・・」
芳川「・・・後部座席に乗っていた母親と娘、運転していた父親は死亡・・・運転席側からトラックが突っ込んだのね」
打ち止め「で、でも四人だったんだよね?ってミサカはミサカは訊ねてみたり」
芳川「えぇ、もう一人乗っていた少年は重傷ながらもどうにか命を取り留めたっていう事件・・・そのトラック運転手が、仮釈放されたんですって」
打ち止め「・・・6年だけで?ってミサカはミサカは確認してみたり」
芳川「えぇ、あまりにもむごいニュースよね・・・それより、早く風呂に入っちゃいなさい」
打ち止め「うん・・・あ、あのさ」
芳川「なに?」
打ち止め「一方通行と番外個体は・・・どこなのかな?ってミサカはミサカは首を傾げてみたり」
芳川「さぁ・・・きっと」
芳川「二人で楽しいデートでもしてるんじゃないのかしら」
垣根「・・・で、こいつはどうする」
地面に転がっているシュミットの頭を、垣根が強く踏み付ける
少しうめいただけでそれ程抵抗しないということは、もはやその力さえもないということだ
上条「・・・ステイル、こいつの霊装ってのは?」
ステイル「恐らくはこの天秤だ」
シュミットのポケットから取り出した天秤のキーボードをステイルが掲げる
美琴「・・・これを壊せば、この魔術師は無力化出来るの?」
ステイル「あぁ、少なくとも新しい天秤を模した物を手に入れるまではね」
心理「ならさっさと壊して頂戴、上条君」
上条「あぁ」
右手を伸ばし、それに触れようとする
しかし、その行動はある人物の出現によって遮られた
イリーナ「ありゃりゃ、ホントにやられちゃったんだ」
上条「!?誰だ!?」
ステイル「・・・あれは・・・」
垣根「・・・イリーナってヤツじゃねぇか、資料で見たぞ」
イリーナ「気安く呼ばないで、って言いたかったけど・・・お兄さんは結構可愛いから許してあげる」
クスクスと笑うイリーナは、どこからとも無く現れたのだ
ステイル「・・・」
神裂「一体どうやって・・・」
イリーナ「うーん、あなた達は魔術師ね?なら分かるはずじゃないかしら」
ステイル「君、もしかしてイフリートと同化しているのか」
イリーナ「正解・・・まぁ、イフリートの力を自分の体にも宿してるってとこかしら」
イリーナが指を鳴らすと、彼女の前に煙の魔神が現れた
イリーナ「こうやって、別々の存在でもあるんだけど」
垣根「・・・今のてめぇには、イフリートの力は宿ってねぇんだろ」
イリーナ「ご心配なく、そこまで不便じゃないの」
そう言ったイリーナの姿がぐにゃり、と歪んだ
上条「な、なんだ・・・!?」
神裂「気をつけてください、イフリートとは煙の魔神・・・その力を宿しているということは、彼女もまた煙になることが出来るはずです!」
七天七刀を握り、神裂がイリーナを睨みつける
イリーナ「そんなに怖い顔をしないでよ」
姿が歪むのと呼応するかのように、声までもが歪んでいく
上条「ステイル!!」
ステイル「君に言われるまでもない・・・魔女狩りの王!」
魔女狩りの王が、イリーナの体を焼き尽くすために腕を振るう
しかしほんの一瞬早く、イリーナの体は完全に煙になってしまった
垣根「・・・なるほどな、ここに突然現れたのもそれを使ったんだ」
美琴「・・・どこにいるのよ・・・」
美琴が辺りをぐるりと見渡す
しかしイリーナの姿を目に捉えることは出来ない
闇の暗さに紛れた彼女は、言葉通り「煙にまかれた」存在なのだ
神裂「・・・どこから攻撃して来るか分かりません、構えて下さい!」
美琴「・・・」
上条「・・・どこからだ」
上条の背中を冷や汗が伝う
心理「・・・さて、攻撃なんてしてくるのかしら」
そんな中、心理定規だけは平常心を保っていた
ステイル「・・・どういうことだい」
心理「・・・イフリートっていうのは、力持ちなのかしら」
神裂「・・・えぇ、それはあまりにも・・・」
心理「なら、傷ついた仲間を一人連れて帰るくらい簡単なんでしょうね」
ステイル「!」
上条「まさか!」
シュミットが先程まで横たわっていた場所に、一同の視線が集まる
だがそこには、彼の姿はなかった
上条「しまった・・・!」
垣根「ちっ・・・どこからか攻撃が来るもんだとばかり思ってたな」
垣根がその場にしゃがみ込む
地面に転がっているのは、ステイルが砕いた巨大な天秤のかけらだ
垣根「なぁ、ここに付着してる能力の痕跡から逆探知は出来ないのかよ」
ステイル「そんな科学的な言い方をしないでくれ・・・それに、探索魔術は僕や神裂が専門ではない」
上条「でもお前・・・」
ステイル「・・・そこに残されたわずかな魔力の痕跡から、相手の居場所を探れるのは・・・」
土御門「俺くらいってわけだ、カミやん」
上条「!土御門・・・どうしたんだよ、そんなにボロボロになって!」
工場の入口から、一方通行と番外個体が歩いて来る
その二人に肩を貸されながら、土御門は引きずられるようにして上条の元に近づいて来ていた
土御門「・・・すまない、イリーナって魔術師に一杯くわされた」
神裂「・・・仕方ありません、実体が無くなってしまう相手というのは、あまりに相性が悪いですから」
垣根「・・・こっちは一人、打っ倒したとこだったんだが」
一方「・・・肝心のぶっ倒れたヤツはどこだ」
心理「あなた達が逃がしてしまったイリーナって女に連れて行かれたわ・・・仲間意識が強いのかしら」
垣根「もしくは口封じ・・・ま、どちらにしろ俺達が手がかりを失ったことには変わりない」
上条「・・・だから、ステイルに探索魔術を使えないかと頼んでみたんだが・・・」
ステイル「相手が常に、こちらに向かって魔力を放出しているわけではない・・・」
神裂「・・・それどころか、この天秤に残されている魔力さえ、ほとんど無くなりかけています」
土御門「・・・俺みたいな手慣れにしか探索は出来ない、か」
一方「・・・おい」
土御門「あぁ分かってる・・・能力開発を受けた人間が魔術を使えばどうなるか、お前は身を持って知っている」
それでも、と土御門は言葉を続けた
土御門「・・・俺はやらなければならない、イギリス清教を好き放題使われて堪るかよ」
神裂「・・・いいのですか」
土御門「あぁ」
上条「待てよ土御門!」
土御門「よせよカミやん、ここは友情ごっこが許される場所じゃない」
地面に何かの陣を描きながら、土御門が笑う
上条「ごっこなんかじゃねぇ!お前は俺の・・・」
土御門「友達だ・・・なら、友達のことくらいたまには信じてくれよ」
上条「!」
土御門「それに、このままじゃもっとやばいことになる・・・そんなのをほって置けるカミやんじゃない」
土御門が目を閉じる
その腕やこめかみ、腹部や背中、足に内臓、全ての血管が一瞬にして悲鳴を上げた
内側から弾けるような痛みと言うべきか、しかしそれは外から鋭い刃物で刺された時の痛みにも似ていた
体が急に重くなり、少しでも気を抜けば一瞬にして意識を持って行かれそうになる
その痛みと戦いながら、土御門は平然を装っていた
土御門「・・・探索結果が出たですたい」
上条「・・・どこなんだよ」
友人が傷付くのを見ていることしか出来ない、その事実が上条の胸を締め付けた
土御門「・・・中々面白いとこに逃げたもんだ・・・」
ステイル「なんだい?もしかして、煙の好きな高い場所とかかい」
土御門「その逆だ・・・」
床を指差し、土御門が笑う
土御門「地下通路だ、ヤツらは地下に逃げたんだよ」
イリーナ「・・・重い・・・この馬鹿、図体だけは一人前じゃん・・・」
シュミットを背中に背負いながら、イリーナは顔をしかめていた
イフリートと同化して、シュミットを上手く取り返すことには成功した
しかし、それは決して救うためではない
敵の情報を彼から聞き出し、もしも彼が自分達を裏切るような行為をしでかしていたら、即座に切り殺すためだ
イリーナ(とは言うものの・・・やーっぱり一時的にでも手を組んだ人間を殺すなんてしないわよね)
内心、イリーナもそう感じていた。仲間、というわけではないが利害が一致する同士ではあるのだ
少なくとも、敵を切り殺すのと同じように味方を殺すとは思えない
イリーナ「・・・くっそ、イフリートと同化するとこっちも負担がでかいのに・・・」
彼を回収するまでは煙の姿になっていたが、地下通路に入った瞬間、彼女は普通の人間に戻っていた
そもそも「人間」が「魔神」の姿になろうというのがおかしな話だ・・・普通ならば一瞬でも堪えることはできない
イリーナ(・・・それに、あの魔女狩りの王を使うルーンの魔術師は相性が悪いもんなぁ・・・)
「よぉ、回収には成功か」
イリーナ「ん・・・リガルディーじゃん、どしたのさ」
リガルディー「・・・別に、シュミットが失敗したと聞いたのでな」
イリーナ「この通りだよ・・・」
イリーナがリガルディーと呼ばれる男にシュミットの無様な姿を見せ付ける
リガルディー・・・かつてアレイスター・クロウリーの無給秘書を勤め、「生命の樹」なる本を著した男の名
それを冠するということは、彼が酔狂な黄金系の魔術師であることを表してもいた
リガルディー「ご苦労だな、そいつは防衛には向く男だが攻撃にはてんで向かない」
イリーナ「せめて善と認めた人間の攻撃を強くする、とかいうラッキーで素晴らしい魔術が使えればねー」
リガルディー「ふん・・・その男が我々を善と認めるかの保証もない」
イリーナ「よっと・・・でさ、この哀れな子羊ちゃんはどうするの?」
リガルディー「・・・まぁ問題はないさ、それに俺が水の魔術を扱うという「嘘」もヤツらにはバレていない」
イリーナ「でもさでもさ、イギリス清教も馬鹿じゃないんでしょ?」
リガルディー「なに、最大主教には恐らく気づかれているさ」
イリーナ「いいの?そんな状況じゃ、遅かれ早かれ打開策が・・・」
リガルディー「打開策などあるわけがない、そもそも最大主教が表立って前線に立つと思うか?」
楽しそうな笑みを浮べながら、リガルディーが笑う
リガルディー「まぁ生命の樹自体の守護天使にガブリエルもいるものだ・・・水の魔術師というのも、存外間違いではないがな」
イリーナ「よく言うよ・・・ラファエルだって生命の樹には属してるじゃん、たしか」
リガルディー「だからこそ、だよ」
タロットカードのようなものを取り出したリガルディーが笑う
リガルディー「・・・俺の魔術は、これといった属性がない・・・いや、そもそもタロットを用いる魔術師は全員そんなものだ」
イリーナ「・・・羨ましいよ、そういうのってさ・・・私なんて火の魔神を操るだけだよ」
リガルディー「いいじゃないか、それでもまだそこの木偶の坊よりは役に立つ」
イリーナ「・・・じゃ、この木偶の坊ちゃんには目を覚ましてもらわないと・・・」
リガルディー「その必要は無い」
イリーナ「?」
リガルディー「そいつを降ろせ、そして離れることを勧めよう」
イリーナ「う、うん・・・」
地下通路の地面に、シュミットの体を横たえる
わずかな意識の中で、シュミットはひんやりとした床の温度を感じる・・・いや、その冷たい空気の正体は、物理的なものではなく
リガルディー「生かしておいたところで、どうせ背負うには重過ぎる図体だ」
彼の持ったタロットカードの一枚が、淡い光を放ったのを見た恐怖から生まれたものだった
リガルディー「・・・さて、敗北の理由を短く纏められるのだとすれば、お前は何だと言う」
シュミット「わ・・・たしは・・・」
力の入らない拳を握りながら、シュミットが口を開く
シュミット「ま、まだ・・・やれるはずだ・・・」
リガルディー「無理だよ・・・そもそも貴様のようなただの魔術師が善悪を測ろうなどとしたのが間違いだ」
タロットカードの一枚、「5」の数字
岩にうずくまる豹の姿の書かれたそのカードが、不気味な赤の光を放ち始める
リガルディー「残念だよ・・・お前がもしも、善悪の知識の実を食べていたのだとしたら、俺も少しは興味を持てたのだが」
シュミット「な・・・」
一匹の豹、赤い豹
シュミットが生きてきた中で、見たこともない不気味な姿をした豹
それが、ゆっくりと彼の元に歩み寄ってくる。身を捩じらせても、力の入らない体ではどうすることも出来ない
シュミット「やめ・・・」
リガルディー「生命の樹と知識の実さえあれば、俺は神にもなれたのだがな」
シュミット「お前は天使の力を・・・何に使うつもりだ」
リガルディー「静かにしろ、そしてもう話すこともあるまい」
牙を剥いた豹は、シュミットの頭にそれを突き刺した
ゴリゴリ、という音と脳味噌が削られる感覚、それらを覚えてもシュミットは叫ぶことさえならなかった
リガルディー「残念だ、断末魔くらいは聞いてやろうかと思ったんだが」
ブルブルと体を震わせるイリーナを無視して、リガルディーが怪しげな笑みを浮べる
リガルディー「まぁ、最後が無様なのよりはマシだろう?裁判官様よ」
リガルディー「・・・ところで、あの日本人はどうした」
イリーナ「い、今は・・・別行動中だよ・・・」
豹がシュミットの亡骸を齧っているのを見て、イリーナは軽い吐き気を覚える
リガルディー「・・・そこに排水溝がある、吐くならばそこにしろ」
イリーナ「・・・いいの・・・?日本人なんて信用して」
リガルディー「さぁ、しかし実力はそれほどでもないが、何せあの日本人は考えていることが俺と似ている」
イリーナ「・・・だからって信用するの?」
リガルディー「・・・信用ではない、利用だよ」
シュミットの頭を食い終えた豹が、まるで主人に懐く犬にでもなったかのように、リガルディーに近づいてくる
その頭を優しく撫でながら、リガルディーは続けた
リガルディー「そうだ、必要悪の教会と・・・日本の学園都市の人間が来ているらしいな」
イリーナ「そうそう・・・不意打ちできたから上手く出来たけどさ、あんなの正面からやりあったらぜーったいに勝てないよ・・・」
ムカムカと胸焼けを起こす胸をさすりながら、イリーナが答える
リガルディー「・・・まぁ派手にやればやるほど、イギリス清教の目はこちらに引き付けられる」
イリーナ「・・・イスラムもね」
リガルディー「お前が絶対的な力を手にしたところで、所詮裏切った過去を持つことには変わりない」
イリーナ「いいのよ、それでも・・・」
立ち上がったイリーナが、少しふらつきながら歩き出す
リガルディー「・・・排水溝はそちらではないぞ」
イリーナ「違うわよ・・・どうせ、また私には戦えって言うんでしょ?」
リガルディー「木偶の坊より頭がキレて助かるよ」
イリーナ「全く・・・」
イリーナ「排水溝のほうが・・・まだ綺麗に思える世界よね・・・」
垣根「・・・地下通路だと?」
土御門「・・・地上を進むとしたら、あらゆる障害物がある・・・」
血の流れ出す腕や腹に包帯を巻きながら、土御門が垣根の問いに答える
土御門「しかし地下には障害物なんてほとんどない・・・くっそ、ここは元々密輸でも行っていたのか・・・」
ステイル「・・・恐らく、ここから港まで一本道になっているのだろうね」
地下通路の階段を確認したステイルが、顔をしかめる
心理「・・・ねぇ、海って一番儀式場に向くんでしょう?」
神裂「えぇ・・・少なくとも、ガブリエルを呼び出すのならば」
美琴「・・・このままじゃ、相手はすぐに・・・」
一方「・・・仕方ねェ」
杖をつきながら、一方通行はその地下通路へ通じる階段を覗き込む
一方「俺が後を追う」
上条「お、おい・・・お前一人じゃさすがに危険だろ」
番外「そうそう、30分のタイムリミットなんて映画でもない限り、ただのお荷物機能だよ」
一方「・・・垣根」
垣根「しゃあねぇな・・・オーケー、俺もこっからは地下探索だ」
上条「・・・じゃあ、俺も」
垣根「アホか、お前は地上から敵を探索しろ・・・残りがまだいるはずなんだからよ」
美琴「・・・そうね」
番外「じゃあミサカも・・・」
一方「お前はここに残れ」
番外「ど、どうしてさ!?」
一方「・・・俺一人ならどォにでもなる、だがお前を守りながら戦うのは難しいンだよ」
番外「だったら自分は・・・」
垣根「それに、こっちは二人で十分なんだよ・・・第一位と第二位だぜ?申し分ない」
心理「そうね・・・負けるわけないじゃないの」
美琴「・・・でも」
一方「・・・地下通路にあいつらが何か仕掛けてるかもしれねェ・・・そンなところに、無駄に何人も入っていくわけにはいかねェだろォが」
垣根「俺達ならある程度の不意打ちには耐えられる・・・上にはお前達がいれば問題ない」
神裂「・・・お願いしてもよろしいですか」
一方「あァ」
カタン、と一歩階段に脚を踏み入れる
一体どれほど下に下りれば地面を踏むことが出来るのか
まるで奈落の底に注ぐ九かのようなその階段は、本能的に恐怖を植えつけてくる
番外「・・・気をつけてね」
一方「心配すンな・・・オリジナル」
美琴「・・・なによ」
一方「しばらく、番外個体を頼む」
美琴「・・・分かった」
垣根「・・・上条、心理定規を頼んだ」
上条「あぁ、お前も気をつけて」
心理「・・・無理しないでね」
垣根「おうよ」
土御門「さーて・・・俺達は・・・!!」
包帯を巻き終え、地面に書かれた陣を消そうとした土御門の表情が驚愕に変わる
ステイル「・・・どうした、土御門」
土御門「・・・魔術師の反応が消えた」
心理「・・・・それ、どういうこと?」
土御門「・・・あの天秤の魔術師の魔力が感じられなくなった・・・いや、無くなったと言ったほうが正しいかな」
上条「無くなった・・・?どうして」
美琴「・・・魔力って、生命力を精製して作るのよね?それが無くなったってことは・・・」
上条「まさか・・・死んだのか、あの魔術師・・・!?」
土御門「・・・急に消えたんだ、普通の死に方ならジワリジワリと消えていくものが」
番外「・・・殺された、ってこと?」
土御門「恐らくは」
神裂「一体誰に・・・」
土御門「さぁな、イリーナってヤツか、それとも他の仲間か・・・はたまた、全く関係ない一般人の物好きか」
ステイル「どれにしろ、地下通路は危険が潜んでいるはずだ」
番外「ね、ねぇ・・・あの人は大丈夫なの!?」
上条「・・・行こう、みんな」
番外「ちょっと待てよ上条!」
上条「・・・俺達が今、何を出来るか考えなくちゃいけないんだ」
番外「!」
上条「ここであいつらの心配をして何になる?後を追うか?そんなことをしても意味が無い・・・」
ステイル「・・・今の僕達に出来ることはただ一つ、この局面を少しでも有利にするために・・・敵の戦力を削ることだ」
美琴「・・・地上から、解決するのね」
ステイル「そうだ」
土御門「・・・カミやん、お前は御坂と二人で捜索をしてくれるか」
上条「あぁ、分かった」
神裂「・・・私は一人でも問題ありません」
心理「それなら、残りの四人は一緒に行動しましょうか」
番外「・・・うん」
ステイル「・・・連絡は携帯ででも取れるはずだ」
上条「・・・俺達は、この辺りを探索してみる」
神裂「私は港へと向かいます、ステイル達はその中間を固めていてください」
ステイル「分かった」
一同が顔を見合わせる
不安、焦り、期待、憎しみ
それら全てを抱えた表情は、どこか悲しげにも見えた
上条「・・・みんな、無事で」
ステイル「あぁ」
神裂「それでは行きましょう・・・」
神裂「・・・我々の明日を守るために」
上条「・・・もう夜になってたんだな」
街灯で照らされた道を、上条と美琴は歩いていた
美琴「・・・これから捜索を始めるの?」
上条「・・・どうするか、一旦どこかで休憩するほうがいいかもしれない」
美琴「・・・うん」
上条「でも・・・どこで」
宿に泊まるほうがいいのかもしれない
しかし、それでは自分達がそこに滞在したという記録が残ってしまう
もしも、相手がその記録を見てしまったら。関係のない一般人まで巻き込むことになる
かといって、イギリス清教の女子寮なんていう分かりやすい場所に隠れるわけにもいかない
上条「くそ・・・どうしたら・・・」
不動「あれ、上条じゃないか」
上条「ん・・・あ、あぁ不動か」
不動「こんな夜に・・・まさか、恋人さんとデートでも?」
美琴「ち、違いますよ」
上条「ちょっと人探しをさ・・・」
不動「人探し?友達か何かか?」
上条「ま、まぁそんなところだけどさ・・・」
実際は真逆だ、これから命を懸けて戦わなければならないのかもしれないのだから
上条「お前はどうしたんだ?」
不動「あぁ、ちょっとした買出しさ」
手に抱えた買い物袋を見せ、不動が肩を竦める
不動「・・・最近は少し物価も高くなってるからな、節約しないといけなくて大変だ」
上条「そ、そうか・・・あのさ」
不動「ん、なんだよ」
上条「もしかして・・・お前って、イギリスに住んでるのか?」
不動「あれ、言ってなかったっけ・・・」
美琴「やっぱり・・・妙にイギリスに詳しかったから、そうだと思ってたんですけど」
不動「あぁ、少し前にこっちに来たな」
上条「・・・ってことはさ、家もあるのか?」
不動「家なんて大層なもんじゃないさ、ただのマンションだよ」
上条「・・・す、少し頼み事してもいいか?」
不動「あぁ、どうした」
上条「・・・お前のマンションにさ、一日だけ泊めてもらえないか?」
不動「・・・はぁ?」
上条「あれだよ・・・そのさ、ホテル予約してたんだけどなんでも予約を失敗してたみたいで!!」
手を振りながら、上条がその場任せの嘘をつく
不動「へぇ・・・不幸なお前らしいな」
上条「う、うるせぇ・・・」
不動「オーケー、一日くらいなら問題ないだろ」
上条「本当か!?」
不動「あぁ、でもベッドでは寝かせないからな」
上条「・・・?あ、あぁ」
不動「・・・あっれ、このジョークは今ひとつだったか」
美琴「?」
不動「じゃあ着いてきてくれよ」
上条「サンキュー・・・恩に着るよ」
昔の友人を利用するようで、少し後ろめたい気もする
しかし今はそんな悠長なことを考えている場合ではない
不動「・・・にしても、お前とこうやって会うなんて思わなかったな・・・本当はさ、もう一生会うこともないと思ってたんだぜ」
上条「なんでだよ?」
不動「不幸なお前のことだ、どっかで殺されたりとかしてそうでさ」
上条「・・・」
それも、半分は当たっていた。不動拓馬が知っている上条当麻は、もういないのだから
上条「・・・んなわけねぇだろ」
不動「あはは、そうだよな・・・その通りだよ、まったく」
上条「・・・へぇ、いいマンションじゃねぇか」
不動「そうか?そこまでいい感じでもないさ」
不動のマンションに辿りついた三人は、床に置かれたコタツの中に足を突っ込んだ
とは言っても、季節はすでに春。それが暖かさを持っているわけはない
不動「本当は夏のテーブルも用意するべきだったのかもな・・・でもさ、やっぱりコタツは日本の心だよ」
美琴「そうですね・・・」
不動「・・・なぁ、上条と御坂さんは付き合ってどれくらいなんだよ」
上条「え、あぁ・・・どれくらいだっけ」
不動「馴れ初め!!馴れ初め聞かせてくれよ、馴れ初め!!」
上条「そ、それは・・・」
美琴「わ、私が不良に絡まれてたら・・・当麻が助けてくれたんですよ」
不動「へぇ・・・なんか上条らしいな」
上条「そ、そうか?」
不動「覚えてないのかよ、昔俺がイジメられっこにイジメられてた時さ・・・いっつもお前が途中で割って入って助けてくれてたじゃねぇか」
上条「そ、そうだった!!そんなこともあったな・・・」
自分の昔の話をされても、それが実感を伴わない。この感覚は久しぶりだった
不動「・・・でもさ、お前はいっつもそうやって前向きだったよな・・・石ぶつけられても、そうやって真っ直ぐ前を向いてた」
上条「・・・」
不動「・・・不幸を言い訳にはしなかった、おかげで周りからは言い訳もしない残念な子って思われてたけどさ」
美琴「そんなにひどかったんですか?」
不動「あぁ・・・俺も昔から不遇だったけどさ、初めて上条を見たときはビビったな・・・こいつ、車に轢かれて死に掛けたこともあったんだ」
なぜか、その話をするときだけ不動の顔が曇った
不動「・・・本当に、よく生きてたよな」
上条「・・・いや、最近も何度か死に掛けたんだけどさ」
不動「ははは!!面白いよな、それでも死なずにこうやって生き残ってるんだから・・・」
上条「・・・お、お前はあの後どうだったんだ?」
不動「あの後?」
上条「俺が引っ越した後だよ・・・」
不動「・・・ぼちぼち、かな・・・相変わらずこの不遇体質は直らなかったし」
美琴「・・・そう、ですか」
不動「・・・お前を空港で見つけたときさ、羨ましいとも思ったんだぜ?不幸ってハンデを背負ってるのに、恋人が出来て、笑顔でいれて・・・いいよな、そういうのってさ」
上条「・・・ハンデなんかじゃないって、ちょっと不便だけど」
不動「はは、それも昔からよく言ってたな」
上条「・・・そっか」
不動「・・・俺はさ、昔からお前に憧れてたんだ」
上条「俺に?」
不動「・・・俺も、お前みたいに前向きに生きられたら・・・どんな困難にでも立ち向かえたら、もうちょっと楽しい人生を送れるのにってさ」
上条「・・・」
不動「・・・風呂入ってこいよ、俺は最後でいいから」
上条「あぁ・・・美琴に手出すなよ・・・」
不動「分かってるって、そんなことしたらまた不遇になりそうだ」
ケラケラと笑いながら、不動が手を振る
上条「じゃ、行ってくる」
美琴「うん」
不動「はぁ・・・なぁ、御坂さん」
美琴「は、はい」
不動「あいつのこと、好きかい」
美琴「?大好きですけど・・・」
不動「そうか・・・よかった、上条は本当に幸せになれてるんだな」
美琴「・・・きっと、そうだと思いますよ」
不動「不幸ってのは、幸せじゃないと書くけどさ・・・不幸な人生の中にも、少しくらいの幸せはあるはずなんだよ」
美琴「・・・不動さんは、どうなんですか?」
不動「・・・どうかな、これから先に幸せがあったら御の字だけどさ」
ぽん、と上半身を床に投げ出したまま、不動が笑う
不動「・・・なにせ、今までの人生が不遇すぎて・・・期待なんて出来ないんだ」
美琴「・・・そうですか」
少し気まずい雰囲気になってしまい、美琴がそれを紛らわせるために部屋の中を見回す
殺風景、というほどではないがあまり家具がない
男の部屋、というシンプルな感じでもあるが、同時に「あまり毎日の生活に楽しさを見出していない」とう感じでもある
だが、そんな部屋の中にはあまりにも不釣合いなものが一つだけあった
家族写真・・・不動の家族だろうか、両親と妹、そして幼い頃の不動が映っている
美琴「あの・・・そこの写真って、家族写真ですよね」
不動「んー?あぁ、これね」
ぐい、と起き上がった不動がそれを美琴に差し出す
不動「いい写真だろ、俺の7歳のときの誕生日のだ・・・牧場に遊びに行ったときに撮ったんだぜ」
美琴「へぇ・・・」
その写真の中の不動の笑顔は、とても幸せそうだった
不遇なんて思わせないほど、嬉しそうで楽しそうな笑顔
美琴「・・・この女の子は妹さんですか?」
不動「あぁ、可愛いだろ・・・」
美琴「・・・お母さんも美人だし、お父さんも俳優さんみたい・・・」
不動「あっはは・・・だからさ、一家の中で俺は少し劣等感も持ってたんだけどな」
美琴「・・・そうですか」
不動「でも、この頃はとにかく不遇なんてものは気にならなかったんだ・・・」
美琴「どうして・・・ですか?」
不動「上条がいたからさ、俺と同じくらい不憫なヤツで・・・でも、前向きでさ」
美琴「・・・当麻が、ですか」
不動「放課後にはいつも二人で帰ってたな・・・あ、君の前で言うのは少しあれだけど、上条は女の子には人気があったな」
美琴「今もそうですよ・・・」
不動「不幸なんだけどさ、正義感はあったから・・・困ってる子を助けて、自分は傷ついてしまう・・・まるでヒーローみたいなヤツだった」
美琴「うっわ・・・今と全然変わらない」
不動「・・・そんな女の子の中にはさ、上条に告白するヤツもいたけど・・・上条は全部断ってた」
美琴「・・・」
不動「どっかで、君と結ばれる運命を感じてたのかな・・・なんてさ」
美琴「そうじゃないと思いますよ・・・当麻は、そういう決まった道なんて大嫌いですから」
不動「・・・あぁ、そうだな」
美琴「・・・あ、あの」
不動「ん、なんだい?」
美琴「不動さんは・・・あんまり、今の話をしたがらないんですね・・・」
不動「・・・」
美琴「当麻とは真逆だから、ちょっと・・・」
不動「・・・そうだな、俺はあんまり今の話をしたくはないんだ」
美琴「・・・」
不動「さーて、上条があがったら小学校の頃のアルバムでも見てみるか!!」
美琴「そんなのもあるんですか!?」
不動「あぁ、上条、今と全然顔が変わってないからな・・・面白いぞ、きっと!」
美琴「た、楽しみ・・・」
そんな話をしていると、上条が風呂からあがってきた
小学校の頃のアルバムを見て、不動は嬉しそうに思い出を語り、上条はそれに話を合わせ、美琴はそんな二人を見て苦笑する
楽しいはずの「今」を彩っていたのは、なぜか「遠い昔」の話だけだった
「ねぇ、父さん」
「なんだ、拓馬?」
「俺さ、もう少し花火・・・見てたいんだよ!!」
「うーん・・・でも、優佳はもう帰りたいって言ってるぞ?飽きちゃったみたいだ」
「えー、俺はもう少し見てたい!!」
「うーん・・・母さんはどう思う?」
「そうですね・・・だったら、もう少しだけ」
「やったぁ!!」
「えー・・・お兄ちゃんの意地悪!!」
「いいじゃんか・・・あの花火、学園都市製なんだってさ!!」
「ははは、拓馬は本当に学園都市が好きなんだな・・・」
「ふふ・・・そのうち、自分も学園都市に行きたいなんて言い出したりして」
「でも、ちょっと行ってみたいかも・・・」
「どうしてだ、拓馬?」
「だってさ父さん・・・」
「学園都市には、上条がいるんだ!」
垣根「・・・地下通路って言うからもっと狭いのをイメージしてたんだけどよ」
一方「ンな映画みてェな地下通路があるかよ」
地下通路を歩く二人はそんな会話をしていた
ところどころに埃が溜まっていることを除けば、それ程不潔感もない
どうやら、未だにここを通る人間がいるようだ
それが何かを密輸している人間なのか、それとも魔術師の一味なのかは分からないが
垣根「・・・ちっ、かなり分岐してやがるな」
一方「あァ・・・一本道ってわけじゃねェみたいだな」
垣根「辿り着くのはどこを進もうが港なんだろうが・・・」
一方「・・・どォせ麻薬か何かの密輸に使われてたンだろ、追われてもここまで分岐してる地下通路なら簡単には追いつかれねェ」
垣根「・・・だが、今はその構造が仇になっちまうな」
一方「・・・どこに敵が潜ンでるか分からねェ」
垣根「・・・チョーカーのスイッチは」
一方「杖ついてるだろォが、無駄使いは出来ねェな」
垣根「・・・そんなんじゃ、奇襲の一発で死ぬかもしれねぇぞ」
一方「・・・その時はお前が盾になれ」
垣根「ふざけんな、誰が・・・!」
目を凝らしていた二人の視界に、何かが写った
人間・・・正確には、人間だったはずの「物」だ
頭を何かの猛獣に食いちぎられたかのような人間の屍
もしも死体というものを見慣れていない人間が見つけていたら、すぐさま嘔吐していただろう
だが、二人は至って冷静だった
死体に見慣れているのもある、それにその死体がそこにあるかもしれないという予想もしていたからだ
垣根「・・・シュミットってヤツだな」
一方「あァ、天秤のキーホルダーが転がってやがる」
垣根「・・・口封じにやられたか」
一方「さァな・・・だが魔術ってヤツでこんなグロテスクな傷口になンのかよ」
鉄の臭いに少し顔をしかめながら、一方通行が垣根に尋ねる
垣根「俺が知るわけねぇだろ・・・」
一方「・・・携帯は」
垣根「通じねぇ・・・圏外みたいだな」
一方「・・・こいつの死亡を伝えたほォがいいンだけどな」
垣根「後でいいだろ・・・それより、先に進むぞ」
一方「・・・待て」
進もうとした垣根を、一方通行が制する
垣根「なんだよ、一体・・・」
一方「・・・二手に別れたほうがいい」
垣根「あぁ?」
一方「・・・もしも魔術師が逃げている最中なら、どこの道を進ンでるか分からねェンだ」
垣根「お前、一人で大丈夫なのかよ」
一方「あァ・・・」
垣根「・・・分かった、無理はするなよ」
一方「俺は右に行く、お前は前に進め」
垣根「・・・次に会うのは、港になるか」
一方「さァな、もしかしたら地獄かもしれねェ」
垣根「そうならねぇように祈っとくよ」
じゃあな、と垣根が手を振り歩き出す
一方(・・・チョーカーの電池も残りが少ない・・・イリーナってヤツとの戦闘で少し使っちまったな)
かといって、それを完全にオフにすることは出来ない
もしもそうしてしまえば、彼は歩くどころか言葉を話すことさえままならなくなるのだから
一方「・・・学園都市最強が笑わせるな」
自嘲の笑みを浮かべた一方通行が歩き始める
足音と杖が地面に当たる音だけが不気味に響いていた
ステイル「・・・あまり手がかりは得られなかったな」
心理「そうね・・・やっぱりこの辺りには逃れていないみたい」
土御門「・・・当たり前と言えば当たり前だな・・・」
番外「・・・大体、ここに手がかりを残す理由もないし、滞在する意味もないからね」
ステイル「・・・土御門、君はどう思う」
土御門「何をだ」
ステイル「・・・敵がどう動くか、ということさ」
土御門「・・・さぁな、真っ直ぐ港に向かうか、それとも何かしら準備を行うか」
ステイル「・・・あの廃工場は恐らく彼等のアジトに近かったのだろう」
心理「・・・そうね、あそこからなら港に直接向かえるし・・・」
番外「何より人に見られる可能性が少ないか・・・でもさ、見張りに防衛に向いてる魔術師を置かせたのは分かるけど・・・だったらなんでそもそも、あのイリーナって魔術師が魔術を使わなかったのかな」
心理「・・・あの煙になる魔術?」
番外「そうそう、煙ならあそこにも置いていけるでしょ?」
ステイル「そうする理由なんてないさ、シュミットが防衛に向いているなら彼に任せたほうがより確実だからね」
土御門「その分の魔力を攻撃に回したほうがいい」
番外「・・・あともう一つ気になるんだけどさ・・・」
土御門「あぁ、なんだ」
番外「シュミットってかなり弱かったよね・・・なのに、まるでイギリス清教の情報ではトップシークレットみたいに扱われてた」
土御門「・・・そういえばそうだな、あんな魔術なんてわざわざ隠す必要がない・・・第一、相手に知られたところでなんら影響のない魔術だ」
ステイル「・・・ということは、彼等は情報を操作することが出来る・・・と?」
番外「そう、まるで一番の黒幕はシュミットだと思わせるように・・・」
心理「・・・なら、残りの三人の情報はどうなのかしら」
ステイル「イリーナが炎の魔術師というのは本当だったが・・・残りの二人はまだ分からないな」
土御門「・・・こうなってくると、顔写真も間違っているかもしれないな」
番外「あーあ・・・そうなったら振り出しだよ」
土御門「いや、そうでもない・・・相手は情報を操作しなければならなかった・・・つまり、イギリス清教と面と向かってぶつかれば勝つ見込みはないと言っているようなものだ」
ステイル「・・・動員数を増やすかい?」
土御門「今のメンツで十分だ・・・天使を堕ろされなければな」
ステイル「・・・そうだな、たしかにそうだよ」
土御門「・・・問題は、相手がどのような魔術を使うかということだ、イリーナの魔術もそもそもイギリス清教のものではなかった」
ステイル「北欧神話か、それとも別のものか・・・全く見当がつかないよ」
土御門「・・・俺達がもしもめんどうな敵と遭遇したら・・・勝ち目はないな」
ステイル「・・・その時はその時だ、今はただ相手を捜索することに集中しよう」
番外「さて、こんな無駄話をしてる時間があるなら少しでも捜索を続けちゃおうぜ!」
心理「・・・そうね」
心理定規がため息をつく
すでに夜も遅い、疲れが溜まってきていた
ふと空を見上げると、小さな星たちが綺麗に瞬いている
心理(・・・垣根、あなたは今・・・何をしてるのかしらね)
神裂(・・・敵の目的が分からない以上、ヘタに動くことは出来ませんね)
捜索を続けながらも、神裂は別のことを考えていた
天使を堕とす、というのは恐らく彼らの「手段」でしかない
その先には、一人一人が別々の「目的」を持っているはずだ
絶対的な力を手に入れたい、人を救いたい、知的好奇心を満たしたい・・・そのような理由が、彼らを動かしているはずだ
だからこそ、「手段」の同じ魔術師を集めて行動を起こしているのだ
神裂(・・・最大主教もよく気づいたものですね、そんな些細な蜂起に)
それでもそこに驚きはない
あの人間は、どこでどのようなことを誰が話しているか、全てお見通しのようだ
もしかしたら今神裂がここにいることさえ把握しているかもしれない
恐ろしい、とも神裂は思っていた。かつてインデックスに禁書目録を科したあの最大主教を
神裂(・・・いえ、今はそんなことはどうでもいいのです)
地下通路に渡った二人の「科学側」は恐らく、敵の捜索を進めているはずだ
関係のない一般人を巻き込んでしまったことに罪悪感を覚えながらも、神裂は進む
神裂「・・・早く見つけなければなりません」
天使の力を手に入れるには、天使を飛び出すだけでいい
儀式場についての詳しい知識があるものなら、数日で行えることなのだ
神裂(・・・一体どの天使を呼び出すつもりかは分かりませんが・・・もしも天使が堕とされてしまったら)
それは、世界の終わりを意味してしまう
神裂(・・・救いというのは、本当にあるのでしょうか)
垣根「・・・ちっ、だんだん暗くなってきやがった」
地下通路の中は肌寒く、奥に進むに連れて寒さも増してきた
季節は春だが、地下というのは不気味な寒さを帯びている
まるで本当に黄泉の国にでも連れて行かれるかのような感覚を垣根は感じていた
垣根(・・・こっちの道であってたか・・・?)
多数の分岐点があることは判明した
それに、いくつかの道は途中で行き止まりになっていたのだ
正確には行き止まり、ではなかったのだが水の中へと続いている、事実上の終着点だった
恐らくは元々作られていた下水の通路を無理矢理改造したのだろう
ところどころには排水溝が見られるし、それに異臭も漂ってきた
垣根(・・・服に臭いが染み付かないといいな)
そんなことを考えてから、体の回りに未元物質をばら撒く
垣根(・・・暗くて見えづらいが・・・恐らくここは相当な広さのはずだ)
足音の響き方がおかしい、まるで大きなコロッセウムの中にでもいるかのようだ
ドーム型にでもなっているのだろう、あちこちから足音が響き返ってくる
垣根(・・・これじゃ、追跡者が後ろからやって来てても気づけないな)
密輸用の荷物を整理するための広場なのかも、と考えながら垣根は歩く
先ほどのシュミットの死体以外、特におかしな点はなかった
だからこそ違和感もあるのだが
垣根(・・・一方通行のほうが当たりだったか・・・?)
ふと上を見上げ、垣根が考える
そこには光などなく、ただ暗闇だけが広がっていた。見慣れていたはずのその光景も、今となっては恐怖さえ覚えさせる
垣根「・・・」
シン、とした空間の中には彼の存在以外何もない
何も
垣根「・・・あぁ?」
何もなかったはずの地面が、いきなり膨れ上がる
突然現れた炎の柱
それによって地面が高熱を発し、その結果として石畳が溶けたのだ
溶解したその石畳は、高温の液体となって垣根に降り注ぐ
垣根(・・・魔術か)
鼻で笑いながら、未元物質を用いてそれを防ぐ
ほんの一瞬、違和感を覚えたものの、その火柱はすぐに消え去った
その中心であった床には、一枚のタロットカードが置かれている
書かれた数字は「1」、王の横顔が描かれている
垣根(タロットカード・・・?こんなもんでも魔術を発動できるのかよ)
ステイルのルーンのカードと同じく、一枚ではそれほどの威力を持たせることも、長い間持続させることも出来ない
しかし不意打ちには向いているとも言える、そのカードに気づかずに真上に立ってしまえば命はない
垣根(・・・にしても、さっきの感覚はなんだよ)
未元物質のぶつかった素粒子は、「この世の物理法則」から外れた動きをするはずだ
その感覚に垣根は慣れている。何度もそれを繰り返し、どのベクトルがどのようにおかしな動きをするかは知っていた
しかし、先ほどの炎の柱は違う、通常の炎と違い、「垣根の知らないプロセス」によって弾かれたのだ
垣根(・・・一方通行が言ってたな、あいつが魔術を反射したときも正反対の向きではなく、後方に弾かれたって・・・)
垣根は魔術などというものを知らない
一方通行はすでにそれの法則を読み取っているようだが、それは彼の能力が「事象の解析」に向いているからだ
垣根の能力は、それには向いていないと言えるはず
垣根(・・・下手をすれば、魔術の攻撃を弾けない可能性も出てきたな)
未元物質の翼は、様々な用途がある、その中には、防御として使う方法も
直接相手の攻撃を弾き飛ばすこともあれば、相手の操ったベクトルをおかしな動きにして捻じ曲げ、結果的に自分に当たらせないことも出来る
だがそれはあくまで、「相手が全て化学側の人間」だったから出来た芸当だ
相手の攻撃が何のベクトルなのかを垣根が瞬時に逆算し、それを未元物質で捻じ曲げることが出来ただけ
つまり、そもそもどういう法則なのか分からない「魔術」に関してはそれを利用できるとは限らないのだ
「科学ではあり得ない」魔術と「この世のものではない」未元物質
未知と未知がぶつかり、偶然「この世の法則としてありえる動き」になったとしたら
木原数多が「反射の壁にぶつかる直前、ベクトルを反転」させた攻撃に一方通行が「反射」を適用し、攻撃が通ってしまったのと同じ事になる
垣根(・・・魔術を解析する・・・か?)
しかしどうやって
垣根の新しい力は、あくまで「一方通行の黒い翼」によって生み出されたものであって「非科学の法則を解析」した結果のものではない
垣根の能力でそれを解析することは出来るのか
垣根(・・・)
目を閉じて、演算を開始する
しかし方法も分からず、まして魔力などというものを感知することも出来ない彼にはどうすることも出来なかった
魔術などというものに科学的な法則があるとも限らない
垣根(無駄足だな・・・クソ)
一方通行には出来たことが自分には出来ない、なぜかそれがイライラを募らせる
垣根(・・・いや、関係ない・・・魔術なんて解析しなくても、俺の力で捻じ伏せればそれでいい)
今回彼がイギリスに来た目的は魔術の解析ではなく、あくまで友人を助けることだった
ならばわざわざ時間を掛ける必要はない
垣根「・・・」
足元にタロットカードが落ちていないか、その他のおかしなものはないか・・・それらに気を配りながら垣根は進む
ピリピリとした彼の感情が、まるで空気にも伝わっているかのようだ
だんだんと、本当に少しずつだが気温が下がっていく
垣根(・・・時間は)
腕時計は既に夜中の1時を差していた
どうりで寒いはずだ、それに体も疲れを訴えている
だからといって立ち止まり、無防備に眠るわけにもいかないが
垣根(・・・進むか)
孤独を抱えながらも、垣根は地下通路を進む
一方(・・・垣根のほうが当たりだったか?)
一方通行も同じことを考えていた
彼の進んだ道は、少し狭い横道だった
隠れながら逃げるにはもってこいだが、今のところ敵の姿は確認できない
杖をつきながら歩いているため、それほど早く動けないのも理由の一つだが
一方(・・・電池は大丈夫か・・・?)
今は奇襲よりもそちらのほうが心配だった
魔術的な力を感じれば、彼の胸は締め付けられるような感覚を覚えるはずだ
それにより、魔術を感知した瞬間にチョーカーのスイッチを入れればいい
だが電池がなくなってしまったら、彼はただの「無能力者」になってしまう
あの翼が出てくるという確証はない
一方(・・・気味が悪いな)
そういう不安を一つ一つピックアップすればするほど、焦りは積もっていく
自らの首を絞めるような行為は愚かだが、しかし最悪の場合を考える必要性もある
一方(・・・どォする・・・?)
充電器は持っているが、この地下通路にプラグなどはない
番外個体がいるわけでもないため、充電をしてもらうことも出来ない
一方(・・・)
感覚では、通常モードで残り3時間、能力使用モードにしてしまえば恐らく2分ももたないだろう
一方(・・・クソ、替えのバッテリーなンてねェンだ・・・)
もしも今敵に襲われてしまったら
そして、もし2分の間に決着がつかなければ
一方(・・・!!!)
その時、一方通行の表情が驚愕のそれに変わった
12345「・・・おや、一方通行ではないですか、とミサカは突然の遭遇に内心驚きつつも平静を装いながら語りかけてみます」
地下通路の先
そこから、彼のよく知っている顔が現れたのだ
妹達
かつて一方通行が10031人を葬った、「超電磁砲」、御坂美琴の軍用クローン
その一人が、なぜか地下通路の中を悠々と闊歩していたのだ
一方「・・・お前、何号だ」
12345「ミサカは12345号ですよ、覚えやすい数字ですよね、とミサカは噴出す真似をしながら・・・」
一方「なンでこンなところにいる」
12345「それはこちらの台詞です、とミサカは一方通行の顔を指差しながら問い返します」
一方「・・・俺は今、人探ししてンだよ」
12345「おやおや、こんな汚い地下通路を通ってですか?とミサカは確認を取ります」
一方「・・・俺だって好きで通ってるンじゃねェ、ただ表沙汰には出来ねェ敵だからな・・・」
12345「敵・・・?もしかして何かしらの問題に巻き込まれたのですか、とミサカは映画並の超展開に胸を躍らせながら・・・」
一方「俺は答えた、てめェも答えろ」
12345「簡単ですよ、ここはミサカ達の暮らしている施設への近道ですから、とミサカは答えます」
一方「近道?」
12345「えぇ、さすがに表の通りを堂々と通るのは、少しばかりリスクが高いもので、よくミサカ達は使わせてもらっています、とミサカは答えます」
一方「待て・・・お前、もしかして港からここに来たのか」
12345「港?なんでミサカがそんなところに行かなければならないのですか、とミサカは・・・」
一方「・・・何・・・?ってことは、この地下通路は途中に出口があるってことか!?」
12345「は、はい・・・とミサカは突然顔を近づけてきた一方通行に少々ドギマギしながらも頷いてみます」
一方(・・・クソッタレ!!)
ということは、魔術師は港に直接向かうというわけではないのかもしれない
12345号がやってきた入り口から・・・いや、もしかしたら他にもいくつか存在しているかもしれない入り口から、外へと出たのだろうか
それとも、それもダミーで本当に港に向かっているのか
一方(・・・ただでさえ選択肢は多いンだ・・・この上いくつも出口なンかあって堪るかよ・・・)
冷や汗が伝っていく、このままでは自分が敵を発見する前にあの「天使」という存在が発現するかもしれない
エイワス、その化け物を見たことのある一方通行には分かる
あれは、決してこの世の中に存在していいものではない
12345「あ、あの・・・」
一方「・・・おい、頼みがある」
12345「は、はい、なんですか?とミサカはまだ状況を飲み込めずに・・・」
一方「俺のチョーカーを充電してくれ、今すぐに」
12345「あ、あの・・・」
一方「お前は電気をこいつに浴びせればいいンだ、細かい調整は俺がする」
12345「は、はぁ・・・」
首を捻りながら、一方通行のチョーカーに微弱な電磁波を当てる12345号
しかし、その時間さえも今の彼にはじれったかった
一方(・・・垣根はこの事実を知らねェ・・・もちろン、地上のヤツらもだ!!)
この状況を一刻も早く打開しなければならない
かといって、他の仲間達に伝えに行くだけの猶予は果たしてあるのか
地上のどこにいるか詳しく分からない、仲間達に
一方「・・・なァ、イギリスにはあと何人妹達がいる」
12345「ミサカを除けば3人ですが・・・」
一方「そいつらをここに呼べ」
12345「は、はい」
一方(・・・クローン共を巻き込むのは気が引けるが・・・)
一方(・・・時間がねェンだ・・・)
不動「・・・上条、起きろって」
上条「ん・・・あ、あれ・・・おはよう・・・?」
美琴「・・・もう朝よ、当麻」
上条「そっか・・・!!!朝!?」
ばっと起き上がった上条が時計を確認する
既に朝の8時を過ぎていた
上条(しまった・・・目的を忘れてた・・・!!)
魔術師との戦い、という非日常の中ではかつての友人という日常がとても甘い誘惑へとなってしまう
その日常に身をゆだねてしまった上条は、実に多くの時間を無駄にしていた
不動「人探しだったっけ?御坂さんがずっと起こしてたのに起きなかったんだぜ、お前」
上条「わ、悪い!!すぐ行くからさ!!」
不動「・・・はぁ、飯くらい食ったほうがいいんじゃないか?」
上条「い、いや・・・すぐ探さなきゃならない人なんだ」
不動「へぇ・・・まぁいいや、俺もそろそろ出かけないといけないんだ」
上条「そっか・・・ありがとう、世話になったよ」
不動「どういたしまして・・・見つかるといいな、その探し人」
上条「あぁ、それじゃ!!」
会話の間にぱぱっと着替えを済ませた上条が、すぐさま部屋から飛び出す
美琴もその後に続いた
不動「・・・慌しいな、上条も」
残された不動は一人、溜め息をついていた
友人だった上条との再会
それがまさか、イギリスで実現するとは思わなかった
不動「・・・日本じゃなくて、少し残念だったかな」
独り言を口にしながら、不動が笑う
テーブルの上に置かれた家族写真の笑みとは遠過ぎるほど、悲しい笑みを浮べながら
不動「・・・でもまぁ、悪くはなかったか」
彼がポケットに部屋の鍵を入れる
不遇という絵の具で塗りつぶされた彼の人生も、最後の最後に面白い幸せが舞い降りたものだ
本当によかった、と不動は感じていた
不動「・・・」
もしも
もしも、全ての選択肢の中の一つだけが間違いで、それを必ず選んでしまうなら
この再会も、最悪の選択肢だったのかと不動は考える
不動「・・・いいじゃねぇか、それならそれで」
ガチャリ、とドアは重たい音を鳴らして閉じられた
もうこの部屋に来ることもないだろう
不動「・・・じゃあな、上条」
最後の最後にぽつりと呟いてから、彼はその場を去った
ステイル「・・・」
土御門「結局、一日掛けて情報は何もなし、か」
心理「・・・正直、落胆するわ」
番外「そうだね・・・」
イギリスのある民営の宿
そこの食堂で四人は眉をひそめていた
ちなみに、食事はお世辞にも美味しいものとは言えなかったため、日本人である三人はコーヒーだけの朝食を取っていた
土御門「・・・カミやんからのメールだ」
ステイル「なんだって?」
土御門「友人宅で一泊していたら寝過ごした、とさ」
ステイル「ちっ・・・」
番外「でもさ、一日掛けて何も掴めずに終わったミサカ達より、一晩休んで体力を回復させた上条達のほうがよかったかもね」
心理「えぇ、こっちは一晩中街中を歩いたせいで足が棒になってるから」
土御門「その足を、今日もまだしばらくは使うことになるぞ」
心理「・・・どこに向かうの」
土御門「・・・今日は神裂と合流する、港へ向かおう」
ステイル「いいのかい、この辺りの捜索もまだ完全には済んでいないけど」
土御門「・・・やはり港が一番何かありそうなんだ、俺はそう考えている」
心理「・・・同感ね、少なくともここでダラダラ捜索を続けるよりはマシよ」
土御門「すでに神裂とは連絡を取った、向こうも情報は得られなかったみたいだ」
心理「そう・・・それは残念ね」
番外「ま、今日から本格的にするってことでいいじゃん」
ステイル「それを負け惜しみと言うんだよ」
番外「ネガティブになるよりはマシだよ」
土御門「さて、俺達も急ぐと・・・」
ふと、土御門が宿の外を見つめる
イギリスの朝、人々が行き交う道路
その向こうに、見覚えのある女がいた
土御門「!!伏せろみんな!!」
心理「!?」
その女の姿がユラリと揺れる
不気味なほどの笑みを浮べたその女の姿が消えた直後、凄まじい爆風が宿のガラスを叩き割った
突然の爆発に、客は混乱している。中には金切り声を上げる者もいた
イリーナ「ハーイ、イギリスの朝はいかがかしら日本人?」
その惨状とは似つかわしくない、楽しげな声
客達はどこから聞こえてくるかも分からないその声に、恐怖を覚えた
割れた窓から一斉に客が外の路地へと向かう
残されたのは、四人と「襲撃者」だけ
壊れたテーブルの影に隠れた土御門が、歯を食いしばる
イリーナ「ホントはめんどくさいんだけどさぁ・・・アンタ達に計画を邪魔されるわけにはいかないの」
実態を表したイリーナが、ゆっくりと土御門の隠れているテーブルへと近づく
土御門(・・・こちらの位置を知っている・・・いや!!)
タン、と地面を蹴って土御門が移動する
先ほどまで彼の隠れていたテーブルが、勢い良く叩き割られた
土御門(・・・イフリートを既に煙にしていやがった・・・!!)
イリーナ「ありゃりゃ、みーつけた」
土御門「!!」
横から聞こえたのは、イリーナの声だった
いつの間に彼の横に移動したのか、しかしそんなことはどうでもよかった
ステイル「魔女狩りの王!!」
土御門を庇うために、ステイルが炎の魔人を生み出す
宿の天井まで届くほどの大きさの巨人、それはイリーナの体を飲み込もうと襲い掛かる
イリーナ「ちっ!」
体を煙にすることで、イリーナはそれをかわす
土御門の目の前を、魔女狩りの王の拳が掠めた
土御門「た、助かったぜぃ・・・」
ステイル「・・・油断するな、あの女・・・」
イリーナ「・・・アンタがルーンの魔術師よね、知ってるわよ・・・」
少し離れたテーブルの上に、イリーナの姿が現れる
ステイル「・・・君と同じ、火の魔人を使う魔術師さ」
イリーナ「同じ?馬鹿にしないでよ、ただの魔女狩り皇帝が火の魔神と同じですって?」
ステイル「十字教にいながら十字教に歯向かう異端を審問するにはピッタリだろう?」
イリーナ「ふざけるな!!」
煙の魔神が、勢い良く息を吐く
それは地獄の業火となってステイルを飲み込もうとする
ステイル「僕と魔術決戦ということか、面白い!!」
対するステイルは、魔女狩りの王の腕を振るわせる
イギリス清教の火の最高峰と、イスラム教の火の最高峰
互いの衝突は、凄まじい衝撃と業火を放った
心理(・・・番外個体、大丈夫?)
番外(な、なんとか・・・)
その戦いを、宿のカウンターの影から二人は見つめていた
魔術というのはあれほどにまで恐ろしいのか、と怯えながら
発火能力者というものが学園都市にもいる、しかしそれと目の前の業火とはまるで比べ物にならない
番外(・・・信じられないね・・・こりゃ)
心理(・・・ねぇ、ステイルは勝てるの・・・?)
番外(ミサカに聞かないでよ・・・)
ステイル「くっ・・・」
イリーナ「・・・中々やるじゃない、さっすがルーンの魔術師さんね・・・」
戦いは既に20分を経ていた
ステイルの右腕には少しの火傷の痕がある
対するイリーナは無傷
攻撃が当たる瞬間に煙に姿を変えられてしまっては、そう簡単にダメージを与えることも出来ない
イリーナ「・・・でも、そろそろ決着をつけないと・・・うちの荒っぽい男もかんかんかもしんないし」
ステイル「・・・ふん、君は四人の中で使いっぱしりだったということか」
イリーナ「・・・言ってくれるじゃない」
ビュン、という凄まじい音と共にステイルの体が道路へと弾き飛ばされる
外はすでに、野次馬達さえいなくなっていた
ステイル(う・・・)
イリーナ「甘い・・・甘いのよ、ルーンの魔術師」
割れた窓ガラスを気にせず、イリーナが窓をくぐってくる
従えているイフリートは少しずつ大きさを増していく
イリーナ「イフリートはあなたの魔女狩りの王と違って、体が燃えているわけではないの・・・だから、腕を振るっただけで敵を焼き殺すことは出来ない」
コツコツと響く足音がやけにうるさい
イリーナ「その代わりね・・・イフリートってのは、腕力が相当強いの・・・ねぇ、あなたは今イフリートに殴り飛ばされたのよ?」
ステイル「ごほっ・・・」
口の中に、わずかだが鉄の味が広がる
イリーナ「痛いでしょ?怖いでしょ、それが普通よ」
悦に浸ったような表情のまま、イリーナが鼻で笑う
イリーナ「・・・それと、建物の外に出ちゃったからあなたはもっと不利よ」
ステイル「何を言って・・・」
イリーナを睨み付けたステイルがはっとする
彼女の後ろにいるイフリートが、どんどんと巨大になっていくのだ
ステイル「・・・なんだ・・・これは・・・」
イリーナ「イフリートの最大の特徴は、実態が煙であること・・・そして、大きさが自由に変更できること」
周りの建物と同じほどの高さにまで大きさを増したイフリートが、息を吸うような動作を見せる
ステイル「!!魔女狩りの・・・」
イリーナ「クルアーンを読んだこともないあなたは知らないわよね」
そして、その巨大な口から息が吐かれた
それは凄まじい業火だった、まるで火山の噴火のようなそれが、ステイルを目掛けて吹き荒れる
イリーナ「イフリートの吐息はね・・・あなたのその魔女狩りの王なんかより、もっともっと強いんだから」
ステイル(しま・・・)
番外「ステイル!!」
ステイル「!」
バチン、とステイルの体を何かの衝撃が襲った
彼の体が吹き飛ばされる
ステイル(で、電撃・・・?)
近くの建物の壁にぶつかって、彼の体は静止した
少し背中が痛むが、今はそんなことを言ってはいられない
何しろ、さきほど彼がいた場所は石畳が溶け、赤い地獄絵図になっていたからだ
ステイル「・・・」
ヒヤリ、と背中が気持ちの悪い感触を覚える
もしも、番外個体が電撃で自分を飛ばしてくれなかったら
あのドロドロと溶けたアスファルトの中に、彼の骨だけが浮かんでいただろう
いや、下手をすれば骨さえも残らない
イリーナ「あっちゃー・・・ちょっとずれたか、残念残念」
そんなことに気も留めないかのようなイリーナは、すぐさまステイルのほうに目をやる
ステイル「・・・悪魔か・・・もしも民間人がいたらどうするつもりだ!?」
イリーナ「知らないよそんなの、それにいなかったじゃん」
ステイル「し・・・知らないだと・・・?」
イリーナ「あれ、もしかして自分が今不利になってるのは周りに気を遣ってるから、とか言い訳しちゃうのかな?」
ステイル「・・・少なくとも、それは多少なりとも影響しているさ」
イリーナ「うっわー、興醒め・・・」
呆れた様に肩を竦めながら、イリーナがイフリートを見上げる
それは、何かの物語にでも出てくるような大きさの化け物だった
イリーナ「・・・君はさ」
ステイル「・・・なんだ」
イリーナ「その力を、どうして手に入れようと思ったの」
突然の問いに、少しだけ戦意が削がれてしまう
油断をしてはいけない、頭はそう命じているのに体は動かない
ステイル「・・・それが君に関係あるのかい」
イリーナ「一応聞いておこうと思ってさ」
ステイル「・・・なんてことはない、ある女の子を助けるためさ」
瓦礫に背を預けながら、ステイルが笑う
そんな理由で手に入れたのは、拠点防衛に向いている「魔女狩りの王」だった
しかし、それでも結局彼はその女の子を救えなかった
イリーナ「ふーん・・・素敵な理由」
ステイル「・・・」
ほんの一瞬、本当に見間違えかと思うほどの一瞬だけ、イリーナの表情が悲しくなった
イリーナ「・・・私はね、この力を・・・仲間のために手に入れたんだ」
ステイル「仲間のため・・・だと」
イリーナ「あぁ、勘違いしないで・・・イスラム教にいた頃の話」
懐かしむような表情で、イリーナが語る
イリーナ「十字教、それもイギリスだけではなくローマ、ロシア・・・それと日本の天草式だっけ?それってさ、一つの国の軍隊を軽く滅ぼせるくらいの力があるでしょ?」
ステイル「それが・・・どうしたんだ」
イリーナ「・・・恐ろしいよね、同じ神様を信じてるのに、それぞれがいがみ合って力を誇示しあってさ」
ステイル「それが何だろ言うんだ」
イリーナ「・・・イスラムってさ、あんまりそういうことに詳しくなかったんだ、だから魔術師なんてほっとんどいないわけ」
イフリートの足に手を当て、イリーナが笑う
イリーナ「・・・もしもそんなイスラムが、イギリス清教みたいなのに襲われたらどうなると思う?」
ステイル「そんなことするわけが・・・」
イリーナ「ない、なんて言い切れないじゃん・・・現に第三次世界大戦では、魔術と科学が手を組んでしまった」
ステイル「・・・そうだ」
イリーナ「・・・私は、仲間を守る力を手に入れたくて・・・イフリートの魔術を覚えたの、知ってる?イフリートってとっても獰猛で馬鹿で好戦的だけど・・・仲間や家族が殺されたら、その仇を取るために自分の命さえも投げ出すんだ」
ステイル「!」
イリーナ「・・・結果として、私はイスラムの教えに背いたって追われちゃったんだけど・・・でも、後悔なんてしてないよ」
ステイル「君は・・・」
イリーナ「・・・天使の力を手に入れれば、イスラムの教えを広められる・・・?それとも、このイフリートよりも強い力を手に入れられる?そんなのどうだっていいんだ」
イフリートの拳が、ゆっくりと握られる
それは恐らく、ステイルの体を叩き潰すためだ
イリーナ「・・・私が強くなって、イスラムの仲間をずっと守ってあげたい」
ステイル「魔女狩りの王!!」
イリーナ「・・・例え、裏切り者の化け物って言われてもさ」
魔女狩りの王がゆっくりと立ち上がる
しかし、まるで大きさが違う
イリーナ「私は力を手に入れたいの、守るために」
それが、少女の戦う理由
今はもう隣に行くことはできなくても、それでも大切な仲間を守るために
どこかステイルにも似ている理由だった
だからこそ、彼は知っている。その願いは、そんな形で叶えてはいけないと
イリーナ「・・・だから、ここでお別れ」
ステイル「・・・」
イリーナ「ゴメンね、ちょっと君には親近感も覚えてるけど・・・でも、やらなくちゃいけないから」
高く振り上げられた拳は、魔女狩りの王諸共、ステイルを叩き潰そうとする
ステイルがゆっくりと目を閉じた
番外個体の電撃も、壁が背にあっては吹き飛ばせない
土御門はもうボロボロの体だ
ステイルだって、もう
心理「へぇ、中々可愛い戦士さんじゃないの」
ステイル「!」
その時動いたのは、恐らく一番戦力にはならないと思っていた少女だった
クスクスと笑いながら、宿の中から歩いてくる心理定規
無防備なんてものではない、どこかの商店街でも歩くかのような軽さで、彼女はイリーナに近づいていく
イリーナ「・・・なに?あなたって、学園都市の能力者ってやつ?」
心理「あらあら、ずいぶん情報が早いじゃない」
イリーナ「・・・昨日ちょっと戦ったのよ」
心理「・・・ふーん、一方通行かしら?まぁどうでもいいわよね」
イリーナ「なによ、もしかして私と戦うつもり?そんな丸腰でさ」
最後の一撃を邪魔されたため、イリーナはかなり不機嫌になっている
ステイルが体を動かし、どうにか瓦礫の中から立ち上がる
しかし、魔女狩りの王を駆使して戦うほどの体力は彼に残っていない
立っているのがやっと、というのはこういうことだろうか
心理「戦う必要なんてないわよ」
イリーナ「っ!!」
その挑発的な言葉に、イフリートの体が180度反転する
狙いはステイルから心理定規へ
ステイル「ダメだ、避けろ・・・」
イリーナ「・・・一足先に、地獄の彼方へレッツゴーってことね」
ブン、と振り下ろされる巨大な拳
ステイルが思わず目を閉じる
次の瞬間には凄まじい衝撃が起こり、彼女の姿はグチャグチャの肉塊に変わっている・・・
はずだった
心理「・・・ふふふ、ホント・・・仲間思いの優しい子」
そんな声を聞くまでは、そう思っていた
ステイル「!」
勢いよく目を開ける
心理定規の姿は、何一つ変わっていない
その真上では、イフリートの拳が止まっていた
心理定規が何かの衝撃を与えたのか
いや、それも違う。彼女は動く気配など見せてはいなかった
イリーナ「あ・・・」
心理「・・・どう?あなたは敵を殺すには容赦しないし、民間人にだって手を出せるほどの人間だけど」
ゆっくりと心理定規がイリーナに近づく
それなのに、イリーナは彼女を攻撃しようとしない
心理「・・・その大切なお仲間さんのことなんか、攻撃できないわよね?」
イリーナ「な・・・な、なんで・・・」
ステイル(・・・なん・・・だ?)
目の前の現象を、ステイルは理解できなかった
戦力にならないと思っていた少女が、ステイルを粉砕しかけたあの「イフリート」を抑えている
それも、傷一つなく、完膚なきまでに
心理「・・・あなたが戦った能力者が誰なのか分からないけど・・・イギリスに来た能力者で心を操るのは私だけなのよ」
イリーナ「ここ・・・ろ・・・?」
心理「私の能力は心理定規・・・相手の心の距離を自在に操れるの」
イリーナ「ど、どういうことよ・・・」
心理「今、あなたと私の心の距離単位は10・・・あなたと、その大切な仲間との距離と全く同じ」
イリーナ「ち、違う・・・アンタは私と・・・」
心理「他人よ、全くの赤の他人・・・だったら今すぐ殺してみなさい」
柔和な笑みを心理定規が浮べる
いや、その笑みはどこか恐ろしさを含んでいた
あのステイルやイリーナさえもがゾっとするほど、不気味なものだった
まるでモナリザのように、美しく不気味な笑み
心理「出来る?それほど大切な仲間を・・・この巨大な拳で叩き潰すことが」
イリーナ「い、いや・・・」
一歩、確実に一歩、イリーナが後ろに下がった
ステイルが決して出来なかった、有利への転換
それを、学園都市の「能力者」は成し得た
心理「・・・はぁ、あんまりこの能力を使いたくはなかったのよ?あなたって優しそうだから、壊れちゃいそうだし」
イリーナ「来ないで・・・」
心理「・・・本当なら、ここで私があなたを片付けるべきなのよ、仲間に殺される惨めな気持ちを味わわせるために」
肩を竦め、心理定規が続ける
心理「でもそれはかわいそうだから」
心理定規の後ろ、壊れた宿の窓
その向こう側から、番外個体の姿が見えた
心理「ちょっとだけ、気絶してもらえるかしら」
バチン、という衝撃を覚えたイリーナの体が、床に叩きつけられた
あぁ、倒れたのだと気づいたときには既に体に力が入らない
彼女の意識と共に、巨大なイフリートの姿も消えていった
ステイル「・・・すまない、助かったよ」
心理「いいわよ、それにちょっと私もヒヤヒヤしてたところ」
ステイル「・・・?」
心理(・・・逆上されなくてよかったわ、本当に仲間思いだったのね)
地面に倒れた魔術師を見つめながら、心理定規が溜め息をつく
これではどちらが悪人かも分からない
土御門「・・・ハラハラしたな、ステイル」
ステイル「・・・君は隠れていただけだろう」
土御門「おいおい、俺だっていざとなったら助けに行く・・・」
番外「はいはい、そういう嘘はいいよ」
心理「あなたもありがとう、銃なんて持ってきてないから私じゃどうしても攻撃手段がなかったのよ」
番外「ううん、隙を作ってくれたのは心理定規だしさ」
心理「・・・それで、この子はどうするのかしら」
ステイル「・・・意識が戻ったら、情報を聞き出そう」
心理「・・・素直に話すかしら」
ステイル「さぁ、それでもやらなければならない」
イリーナの前にステイルがしゃがみこむ
こういう光景は何度も見てきたが、流石に慣れるものでもない
ステイル「・・・さて、とりあえずこのまま地面に寝かせておくわけにもいかないし、どこかへ・・・」
リガルディー「連れて行くのは勘弁してくれよ」
ステイル「!!」
後ろから聞こえた声に、ステイルが振り向く
土御門「誰だ!?」
リガルディー「派手にやらかしたみたいだが・・・トドメを刺せなきゃ意味もないってことだな」
突然現れた男は馬鹿にしたような笑みを浮べながらイリーナの元に近づく
心理「・・・」
心理定規が目の前の男との距離単位を縮める
リガルディー「ん?お前が話に聞いた学園都市の能力者ってヤツか・・・」
心理「えぇ、それに私だけじゃないけど・・・」
リガルディー「おかしいな、お前のことがまるで両親のように思えるのだが・・・これが能力ってヤツか、わりと魔術と似通っているな」
心理「あら、そうかしら」
リガルディー「・・・だがやめておけ、俺は両親になど興味は無いし、お前が敵ならばすぐ叩き殺すぞ」
心理「!」
番外「やれるもんならやってみなよ」
リガルディー「・・・まぁ落ち着けよ、別に今はお前達と殺しあおうなんて思っちゃいない」
ステイル「ふん・・・どうせまたこの魔術師の回収だろう」
リガルディー「そうそう、仲間を相手の手の中にいさせるのは不安なタチでね」
ステイル「・・・取り返せるものなら取り返してみてくれ」
魔女狩りの王がリガルディーに牙を剥く
手負いのステイルではあるが、無防備なままのリガルディーにならば多少なりとも効果はあるはずだ
リガルディー「・・・魔女狩りの王・・・そうか、お前がステイル=マグヌスってヤツだな」
ステイル「・・・知っているなら話が早い」
リガルディー「そうだな、早いものさ」
すっと、一枚のタロットカードをリガルディーがポケットから取り出す
ステイル「タロット・・・」
リガルディー「俺の名前はリガルディーだ、覚えておくといい」
土御門「!!生命の樹・・・」
リガルディー「そうだな、正確にはその中の10のセフィラとダアトを操る魔術なんだが・・・」
タロットの数字は「9」、色は紫、描かれているのは裸の男性
土御門「ステイル、そこから離れろ!!」
ステイル「!」
土御門の言葉に従い、ステイルがイリーナの元から離れる
心理定規と番外個体もそれに続いた
リガルディー「・・・なんだ、もうこいつに用はないのか?」
土御門「・・・ステイル、魔女狩りの王はどれくらいもちそうだ」
ステイル「・・・ルーンをまともにばら撒いていない、それに体力も相当消費しているよ」
土御門「番外個体、お前の電撃は」
番外「通じるだろうけどさ、でも相手がどんなものを使ってくるか分からないし」
土御門「・・・心理定規も通用しない・・・くそ、こちらの不利だ・・・」
リガルディー「言っただろう、別にお前達を殺すために来たわけではない、それにそんな必要もない」
イリーナ「う・・・」
リガルディー「お、ちょうどいいタイミングで目が覚めたな」
イリーナ「!リガルディー・・・!!」
リガルディー「目覚めの調子はどうだ、見たところ少し傷があるようだが」
イリーナ「わ、私を殺しに来たの・・・?」
リガルディー「安心しろ、お前は木偶の坊と違って使えるからな」
リガルディーが別のカードを取り出す
数字は「8」、色は橙
土御門「ラファエル・・・癒しを司る天使!」
リガルディー「そちらの金髪の男は中々詳しいな、タロットにも興味があるのか?」
土御門「・・・生命の樹を知らない人間が・・・十字教にいるものか」
リガルディー「へぇ、日本人で十字教か・・・」
笑いながら、リガルディーが魔術を発動させる
白い翼の天使が、一瞬にして姿を現す
ステイル「まさか・・・天使の力・・・!?」
リガルディー「そんな大仰なものではない、お前達だって天使の力を借りて魔術を行使しているだろう?俺のは少しそれを改良しているだけさ、こいつだって本物のラファエルではない」
土御門「・・・無理矢理天使を作り上げているのか」
リガルディー「それとも違うな、魔力を無理矢理天使の力に似たものに変えているだけだ、大体そんな大層なことが出来るなら今回のような計画など立てるわけもない」
土御門「・・・くそっ・・・」
土御門が拳を握り締める
目の前の男に、なぜか勝てる気がしないのだ
リガルディー「どうした、先ほどまでの戦意は喪失してしまったか?」
ステイル「・・・そんなわけがないだろう!!」
魔女狩りの王が右腕を振りかざす
イリーナのイフリートに比べれば矮小だが、それでも人一人を殺すには十分すぎるほどのものだ
リガルディー「・・・若いな、青さはいいがあまりにも幼い」
先ほどの「9」のカードをリガルディーがそっと掲げる
それは、あの「ガブリエル」の力を宿しているカードだ
大量の水がそこから溢れ出す
ステイル「!!」
魔女狩りの王は、その炎自体が本体ではない
ルーンのカードを破壊されない限りは決して消えるはずがないのだ
だが、今は違う。天使の力にも似たその魔術により、魔女狩りの王は一瞬にして消し去られてしまった
ステイル「な・・・」
リガルディー「ルーンは拠点防衛でこそ本領を発揮する、こういう急な戦になど向くわけがないだろう」
諭すような口調のリガルディーが、イリーナに肩を貸す
リガルディー「あぁ、それとこれはまだ警告段階だ・・・もしももう一度攻撃をするなら、俺は本気でお前を潰すことになる」
ステイル「・・・」
わなわなと拳が震える
それでも、ステイルは攻撃をすることが出来ない
もしもここで攻撃をすれば、他の三人まで巻き込まれてしまう
リガルディー「懸命な判断だ、それには敬意を表するよ」
ゆっくりと背を向けたリガルディーが歩き出す
まるで、後ろにいる敵を気にもしていないかのように
ステイル「・・・やられた」
どさり、と地面に膝をついたステイルが呟く
振り出しに戻ってしまった
それも、圧倒的なまでの力の差を見せ付けられて
土御門「・・・別にお前が弱かったんじゃない、相性が悪かった・・・」
番外「・・・どうするのさ、こっちは手負いが増えちゃったよ」
土御門「・・・すまない、俺達が率いなければならない立場なのにな」
心理「構わないわよ、それに・・・私だって何も出来なかったんだから」
悔しそうな表情を浮べながらも、心理定規が優しい言葉をかける
番外「・・・さーて、ミサカ達はどうするのかな?これじゃあどうしようもないね」
土御門「・・・ステイル、お前は一旦最大主教に連絡をしに行ってくれ」
ステイル「しかし・・・」
土御門「逃げろと言っているんじゃない・・・出来れば、最大主教の護衛に回ってくれ」
ステイル「・・・」
土御門「・・・あいつらの目的が分からない以上、イギリス清教を無防備には出来ない、頼む」
ステイル「・・・分かった」
土御門「さて、俺達は進むとしようぜ・・・」
心理「・・・えぇ」
番外「・・・ったく、本当にイヤになるよ」
傷だらけの土御門に肩を貸しながら、番外個体が言葉を吐く
番外「・・・イヤになるよ、本当に」
イリーナ「・・・」
リガルディー「そう怯えるなよ、本当に殺すつもりはないさ」
街中を歩きながら、リガルディーは言っていた
傷のあったイリーナの体も、すっかり元通りになっていた
恐らく、二人は少し仲のいいカップルにでも見えているのだろう。街ですれ違う人々は大して気にも留めていない
イリーナ「・・・わ、私は何をすればいいのかしら」
リガルディー「・・・ふん、本当に俺が怖いみたいだな」
イリーナ「・・・当たり前よ、目の前でシュミットを殺したのは誰よ・・・」
リガルディー「なんだ、人が死ぬのを見るのは初めてか?」
イリーナ「・・・仲間が死ぬのを見るのが、よ」
リガルディー「・・・そうだな、別にお前には何をしてもらう必要もない」
イリーナ「!!ほ、本当に殺され・・・」
リガルディー「・・・ただ、ガブリエルを堕とすのに必要な小道具を集めてくれ、残りもそろそろ揃うはずだ」
イリーナ「そ、そんなことでいいの?」
リガルディー「あぁ、ほとんどは日本人が上手くやってくれた」
ニヤニヤと笑うリガルディーが、満足そうに頷く
リガルディー「・・・天使の力、か・・・第三次世界大戦で一度拝んだことはあるが、あれを俺達の手で呼び出せる日が来るとはな」
イリーナ「・・・ねぇ、あなたは・・・天使を呼んで、そしてどうするつもり?それを自分の下僕にするの・・・?」
リガルディー「・・・いや、少し違うな」
小さく、秘密事を教えるようにリガルディーがイリーナの耳元で囁いた
リガルディー「・・・天使になるんだよ、俺が」
不動「・・・」
自分は何をしているのだろうか、とたまに人間は我に返ることがある
人生という名の長い長い迷路の中では、時として出口が見えなくなることがある
その人生の中で光を見失ったが最後、人間は出口を無くしてしまう事もあるのだ
もしも誰かが光を灯してくれたら、もしも誰かが手を引いて出口まで連れて行ってくれたら
救いを求める人間は常にそう感じている
不動拓馬もそうだった
上条当麻と空港で再会したとき、彼はそれを期待してしまった
何も変わらない上条に、手を引いて欲しかったのだ
だが、どうして自分の悩みなんかを彼に打ち明けられるだろうか
打ち明けてしまえば、きっと上条じゃ自分のために傷ついてしまう
それは、不動にとっての「最悪の結果」ではないだろうか
不動「・・・あいつには、関係ないんだ」
彼の思い出の中にある上条には、もう重荷など持たせたくはない
何度も彼に救われたのだから、もう彼に救いを求めてはいけない
不動「・・・なぁ上条、もしもお前が今の俺を見たらどう思うのかな」
小さく笑ってから、不動が携帯を取り出す
そこには、ある人間からの着信があった
垣根「・・・ちっ、まるで出口に近づいてる気がしねぇ」
真っ暗な道など、いくら進んでも出口など分からない
もしかしたら同じ場所をグルグルと回っているかもしれないのだ
足音の響き方からすると、若干違う場所のようだが
垣根「・・・んな曖昧な理由じゃ意味がねぇからな・・・」
今が何時なのかを確認して、ため息をついてしまう
朝の8時
いつの間にか朝を迎えていたのだ
地上は今頃、明るい陽射しに照らされているだろう
地下にそれが届くことはないが
垣根「・・・」
一枚のタロットカード以外、これといったトラップはない
あの一枚で仕留められると思われていたのか、それとも相手が罠を配置するのを面倒がったか
どちらにしろ、垣根にとっては好都合だった
細心の注意を払いながらも、一歩、また一歩と歩を進める
垣根「・・・あぁ?」
再び分岐点に辿り着いた
これで何度目だろうか
垣根「・・・」
目を凝らしてみるものの、どちらもかなり奥行きがあるらしい
未元物質を使って壁を壊すことも出来るが、さすがにそこまで派手には動けない
敵がこの地下通路にまだいるかもしれないのだから、現在地を教えるような真似など出来るわけがなかった
垣根「・・・右から行くか」
気まぐれで道を決めるが、はたしてこれでよかったのか
そんなこと、垣根には分からなかった
上条「・・・ちくしょう、一体いつになったら敵の手がかりが掴めるんだ・・・」
美琴「・・・もう他のみんなが見つけてるんじゃない?」
上条「いや・・・連絡が来てないから・・・」
携帯をポケットから取り出した瞬間、着信音が響いた
上条「!土御門からだ!」
通話を始め、上条が情報の交換を行う
上条「・・・あぁ、あぁ・・・分かった、あぁ」
上条「・・・港、か・・・俺達はもう少し別の場所を探してみる」
上条「あぁ、何もなかったらそっちに向かう」
それだけの言葉を交わして、携帯をポケットにしまう
美琴「ね、ねぇ・・・どうだったの?」
上条「土御門達はイリーナって魔術師と遭遇して、どうにか勝利・・・」
美琴「!じゃあ情報が聞き出せたの!?」
上条「いや・・・そのあと、もう一人の魔術師が現れて・・・イリーナを回収されたらしい」
美琴「・・・そっか」
上条「・・・相当強い魔術師だったみたいだ、ステイルも心理さんも・・・通用しないくらい」
美琴「みんなは無事なのかな・・・?」
上条「あぁ・・・ただ、ステイルは最大主教の護衛に回るんだってさ」
上条が眉をひそめる
彼は、あまり最大主教にいいイメージを持っていない
どの世界でも、No.1というのは少なからず黒い部分を持っている
いや、人間自体がそんなものでもあるが
美琴「・・・それじゃ、戦力は・・・」
上条「・・・神裂、垣根、一方通行・・・俺達だな」
美琴「・・・そうね」
上条「・・・しかし、神裂からもらったこの書類の手がかりなんて意味がなさそうだからな・・・」
上条がポケットから封筒を取り出す
中身は詳しく見ていないが、恐らく既に知っている情報ばかりだろう
美琴「・・・一応見ておけば?確認にもなるし」
上条「・・・あぁ」
封筒を開け、中の小さな書類を取り出す
シュミット、イリーナ、そしてリガルディー
敵の名前だけは分かっているようだ
しかしそれだけでは何の手がかりにもならない
上条「・・・やっぱり、なんにも・・・」
最後の一人の情報に目をやる
その一人だけは顔写真が無かった
恐らく、写真自体がないのだろう
だが
上条は我が目を疑った
写真ではなく、名前が載っていた
最後の一人は日本人、それは分かっていた
問題は、そこにある名前
上条「・・・不動・・・拓馬・・・」
美琴「・・・なに?」
上条「・・・魔術師の・・・最後の一人の名前・・・」
美琴「!」
美琴が書類を覗き込む
顔写真が無いため、確証は持てない
だがその名前は、上条のかつての友人のものではなかったか
美琴「どういうことよ・・・どうして不動さんの名前がここにあるの!?」
上条「・・・あいつ・・・」
冷や汗が背中を流れる
あの人懐っこい笑みを浮かべていた不動が
上条のことを、「ヒーロー」と言って憧れていた不動が
上条「・・・あいつが・・・魔術師だって・・・?」
パサリ、と書類が地面に落ちる
不動のある言葉が蘇る
「最近物騒だから気をつけろ」
もしかしたらあれは、上条に対する警告だったのかもしれない
だとしたら
上条「・・・不動・・・」
彼はやはり
天使の力を利用しようとしている魔術師なのだ
一方「・・・集まったか」
10398「・・・何のようですか、とミサカはふて腐れながら尋ねます」
11116「ちょうど朝になりましたね、昨日の夜に呼び出されてからずいぶん葛藤がありました、とミサカは・・・」
一方「召集を掛けたのは昨日の夜中だったな、なンで今朝になるまで一人も来なかったンだよ」
若干いらつきを覚えながら、一方通行が尋ねる
19999「いやぁ、寝てたのさ、とミサカは・・・」
一方「・・・こっちは時間がねェンだよ」
12345「そんなことを言われましても、とミサカは肩を竦めます」
一方「・・・人探しだ、手伝え」
19999「うっわ・・・上から目線とかムカつくのさ、とミサカは眉をひそめてみせます」
一方「・・・お前ら、魔術師ってのを知ってるか」
10398「そりゃ知ってますよ、ここはイギリスですから・・・とミサカは答えます」
一方「・・・アホか、イギリスにいるだけで魔術師なンかの情報は手に入らねェだろォが」
10398号の言葉が本当なら、今頃イギリス全土は混乱の渦だ
12345「実を言いますと・・・あるミサカ達が、魔術師と一緒に住んでいまして」
一方「・・・テクパトルか」
11116「まぁ・・・それで、ネットワークを通じて話は一通り聞いてます、とミサカは答えます」
一方「なら話は早い・・・今、ある魔術師達が天使の力を引き出そうとしてやがンだ」
12345「天使の力ですか・・・?とミサカはよく分からない単語に首を捻ります」
一方「・・・LEVEL6って言えば少しは理解出来ンだろ」
19999「・・・ミサカ達が生まれた理由だから理解しないほうがおかしいのさ、とミサカはおどけてみせます」
一方「・・・俺は第三次世界大戦で一度、天使って野郎を見たことがある・・・それ以外にも一度」
10398「・・・勝てるような相手なのですか?とミサカは尋ねます」
一方「あンなもンを呼び出されたらおしまいだ、だからその魔術師達を見つけ出して潰す必要がある」
11116「そのためにミサカ達を?とミサカは状況を把握します」
一方「・・・俺と一緒に行動してくれ、お前らだけで行動させるつもりはねェ」
12345「おや、男らしいですね、とミサカは」
一方「・・・充電器代わりにはなンだろ」
12345「訂正します、男らしいなんてありえませんでした、とミサカは一方通行を睨みつけます」
一方「それに・・・お前らだけじゃ魔術師になンて対抗出来るわけがねェ」
11116「・・・悔しいですが、それは事実ですね・・・とミサカは首を縦に振ります」
一方「・・・協力してくれるか」
19999「仕方ないのさ、とミサカは妥協してみます」
一方「・・・まずはこの地下通路の出口を知ってる限り教えてくれ」
時間はない
全ての可能性を潰していく時間などあるわけがなかった
相手がどう動くかを考え、その可能性だけに賭ける
それしか、今の彼には出来なかった
土御門「・・・神裂のほうも、大した情報は得られていないということは・・・相手はあの地下通路から港の間のどこかにいるはずだ」
徒歩で移動しながら、土御門が眉をひそめる
心理「・・・もしかしたら、地下通路はいくつか出口があったのかもしれないわね」
番外「あっちゃー・・・それじゃ選択肢が増えていくだけだよ」
土御門「・・・地下のほうはあの二人に任せろ、今は神裂と合流することを考える」
心理「・・・そうね」
土御門「・・・恐らく、港にはあのリガルディーって野郎が向かうはずだ」
番外「・・・どうしてそう思うの?」
土御門「天使を呼び出すには、魔力が高いほうが有利だ・・・それに、あいつみたいなタイプは自分で目的を達成させようとする」
心理「他人を利用せず・・・いや、他人の力を借りずに、ね」
番外「・・・ここから港まで、徒歩ならどれくらい?」
土御門「ざっと見て4時間だ・・・バスを利用すれば少しは短縮出来る」
心理「・・・相当掛かるわね」
番外「・・・それまでみ、また魔術師の襲撃を受けちゃってね」
土御門「・・・それでも構わないさ、手がかりが得られるなら」
心理「殺されたら元も子もないわよ」
番外「・・・あのイリーナって魔術師は心理定規がどうにかできるけど・・・」
土御門「リガルディーってのは厄介だ、恐らく俺達では手も足も出ない」
かつての自分ならもしかしたら、と言い掛けるが所詮今の土御門は「ただの人」なのだ
土御門「・・・神裂なら恐らくどうにかできるはずだ」
心理「・・・そう、なら大丈夫そうね」
土御門(・・・まぁ、それもねーちんが不意打ちをされなければ・・・だが)
番外「・・・さーて、バスはどこかなどこかな」
時刻表を眺めた番外個体が顔をしかめる
イギリスの時刻表はなにやらややこしいのだ
番外「ねぇねぇ、あと何分で来るの?」
土御門「・・・7分だ、港の近くにあるビルまで行くのに・・・2時間ちょっとだな」
心理「その間、ずっとバスに揺られるの?」
土御門「・・・あぁ」
番外「・・・ねぇ、さっきからずーっとミサカは思ってたんだけどさ」
土御門「どうした?」
番外「あのイリーナって魔術師は、ミサカ達の現在位置を知っていた・・・だから宿までやって来れたんだよね」
土御門「・・・!!俺達の居場所は向こうに筒抜けなのか!?」
番外「・・・だったら、バスみたいな密閉空間に入るのは一番危ないんじゃ・・・」
心理「・・・他人を巻き込む、逃げ場がない・・・そうね、最低の条件かしら」
土御門「・・・誰が探索魔術を行っているんだ・・・」
土御門が目を閉じる
しかし、自分達に魔術を掛けられているようではない
そう、街中のあらゆるところから魔力を感じるのだ
土御門「・・・タロットカード、か」
心理「?どうしたの?」
土御門「・・・数字は1、その名はメタトロン・・・」
番外「メタトロン・・・?何それ」
土御門「世界に匹敵する大きさを持った火の柱と言われ・・・無数の目を持っているとされている」
心理「目・・・?それで私達を観察しているっていうの?」
土御門「確証はない・・・だが、あちこちから魔力を感じるんだ・・・」
番外「イフリートじゃないの?」
土御門「いや、この魔力の流れは恐らく十字教のものだ、イスラムのものとは思えない」
心理「・・・ねぇ、その火の柱で突然焼かれるなんてことは?」
土御門「ないとは言い切れないが・・・もしもメタトロンを完璧に操れるなら、それは天使を操るのに匹敵する・・・恐らく力の一部一部を使うことしか出来ない、それも劣化版の力をだ」
番外「どうでもいいよ・・・結局、ミサカ達はバスで移動することは出来ないでしょ」
土御門「・・・あぁ、そうなったな」
舌打ちをしてから、土御門が地図を握り締める
土御門「徒歩になるが・・・構わないな?」
心理「新品の靴じゃなくてよかったわよ」
番外「はーあ・・・いつになったら敵とドンパチやれるんだよ・・・」
土御門「・・・そんなに時間は掛からないさ」
歩き出した土御門が、苦い顔で続ける
土御門「・・・むしろ問題は、相手と対等に渡り合えないってことだ」
ダンダンダン、と音を立てながら上条は階段を上がっていた
確かめたいことがあった。信じたくないことがあった
上条(不動・・・!!)
昨日見せられたアルバムの中で、彼と上条は肩を組んで笑っていた
無邪気なその笑みは、なぜか記憶を失っていたはずの上条の中にも残っていたような気がする
上条(どうしてだよ!!)
上条刀夜がかつて、偶発的に魔術を発動したときと同じほどの絶望感
そして、明確な憤り
それが彼の足を、マンションへと進めていた
後ろから美琴が追いかけてくるが、今はそれに気を留めてもいられない
階段を上がりきり、不動の部屋の前に辿り着く
勢いよくドアを叩くが、返事はない
鍵も掛けられている・・・そういえば、彼も今日は「用事」があると言っていた
それは、一体何の「用事」なのか
上条「・・・不動・・・」
ふとドアの下に目をやる
そこには、一枚の手紙のようなものが置かれていた
美琴「ど、どうしたの・・・」
息を荒げながら、追いかけてきた美琴が訊ねる
上条「・・・」
そっとそれを手に取り、開いて読み始める
少し汚い文字だが、心の篭っているということは一目で分かった
「親愛なる上条へ
なんていう堅苦しい始め方は似合わないかもしれないけど、とりあえずは呆れないで読んで欲しい
まさか、お前とこんなところで最後に再会できるとは思わなかった
不遇だと思っていた俺の人生も、最後には少しだけサプライズがあったってもんだ
多分これをお前が読んでいるなら、俺はこの部屋にはいないはずだ
それを申し訳ないと謝りたいところだが、後悔はしていない
ガキの頃からイジメられていた俺とお前が、自然と友情を持つようになったのは運命だったのだろう
でもまぁ、そんなものをお前は鼻で笑いそうだけど
だとしても、俺はその運命に感謝している
俺の人生を彩っていたのは、家族とお前だけだった
お前と会えたことを、本当に嬉しく思っている
多分、もうお前と会うことはないだろう
だから最後に言わせてくれ、俺はお前に感謝している
ありがとう 不動拓馬」
上条「・・・ざけんな・・・」
クシャリ、と手の中で手紙が悲鳴を上げる
何か熱いものが目頭に感じられた
上条「ふざけんな!!」
感謝している、最後に、後悔はしていない
そんな言葉を、かつての友人から聞かせられたくはなかった
例え記憶には残っていなかったとしても
上条「・・・行こう」
美琴「・・・なに?」
上条「・・・不動のところに行かなくちゃならない」
美琴「ちょ、ちょっと待って!!」
上条「・・・」
美琴が上条の手を握り締める
美琴「どこにいるか分からない・・・それに、もしかしたら不動さんは・・・」
上条「・・・関係ないんだ」
美琴「・・・どうして・・・?」
上条「あいつの理由も・・・あいつが魔術師だって事実も、どうだっていいんだ!!」
上条が心の中の何かを言葉にする
上条「あいつが魔術師だろうが、何か理由があってこんなことをしたのだろうが、関係ないんだ!!」
あの写真の中にいたのは、不動拓馬だ
無邪気に笑っていたのは、彼なのだ
上条「・・・俺は・・・あいつの友達だったんだ」
美琴「当麻・・・」
上条「友達を助けるのは当たり前なんだ」
右手を握り締めながら、上条が歩き出す
もしも、もしも不動拓馬が何か悲しい幻想を抱いているなら
そして、それを「不遇」のせいだと言って諦めているのだとしたら
上条「・・・あいつの幻想を、殺さなくちゃならねぇ」
一方「・・・ちっ、陽射しってのはこンなに眩しいもンだったのかよ・・・」
地下通路を実に半日以上彷徨っていたのだ、地上の明るさは目に染みる
12345「・・・何か詩人的なことを言っていますが、少しよろしいですか?とミサカは確認を取ります」
一方「なンだ」
12345「・・・その魔術師は、どこへ向かっていると思われますか」
一方「港だ、この先にある港に向かってるはずなンだよ」
12345「・・・では、恐らく地上に逃げていますね、とミサカは・・・」
一方「だからその可能性に賭けたンだろォが」
12345「・・・それで、これから直接港へ向かいますか?」
11116「ミサカとしては、そこまで急ぐ必要は・・・」
一方「あるンだよ・・・急がなきゃならねェ」
10398「しかし、その杖をついた体ではキツイのでしょう?」
19999「そうそう、それじゃ走れないのさ・・・」
一方「・・・構わねェ、今から出来る限り早く港につきたい」
12345「・・・仕方ないね、民間人に顔は見られるし、疲れもするけど・・・」
12345号が地図を確認する。現在地点から港までは1時間もあれば着けるはずだ
12345「乗りかかった船だ、やってやろう」
垣根「・・・こっちが港までの正解ルートでした・・・ってことか」
ようやく地上に辿り着いた垣根
陽の光に目が慣れるまでは分からなかったが、少し向こうには港が見えている
港と言っても、完璧に整理されているのではなく浜辺も残っているような、半分海岸のような港だ
垣根「・・・ここから歩けば10分ってところだな」
満足そうに笑いながら、垣根が一歩を踏み出そうとする
その時、地面に違和感を覚えた
何本かの触手のようなものが、彼の足元で蠢いている
垣根「!」
未元物質を発動させ、空に舞い上がる
一瞬後で、その触手は彼がいた場所を飲み込んだ
垣根(なんだ・・・ありゃ?)
地面から現れたのは、漆黒の山羊だった
だがしかし、何か明らかな違和感を覚えさせる
まるで、心の奥底に直接恐怖を植え込まれたような違和感が
不動「・・・驚いたな、本当に学園都市の能力者が来ていたのか」
垣根「・・・あぁ?誰だてめぇ」
不動「不動だ、不動拓馬・・・魔術師だ、お前も知っているのだろう?」
垣根「・・・なんで俺のことを知っているのか気になるな」
不動「イリーナからの連絡だ、茶髪で長身、ホストのような見た目の日本人は能力者だと」
垣根「・・・へぇ、そりゃまた便利な情報網だな」
不動「しかし驚いた、お前は天使にでもなるつもりか?」
垣根「そりゃお前だろ、天使の力を呼び出そうとしているくせに」
不動「こっちの手段はすでに露見している・・・か」
楽しそうな笑みを浮べながら、不動が歩き始める
地面から現れるのは、一匹の黒い山羊
体に触手が生えており、冷笑を浮べている
垣根「・・・なんだよ、そいつは・・・俺の知ってるギリシャ神話やイギリスの話には、そんな化け物はいなかったぜ」
不動「俺は日本人だ、別に十字教にこだわる理由はないんだよ」
垣根「・・・答えてやろう、シュブ=ニグラスだな」
不動「へぇ、科学側にも関わらずオカルトの知識もあるのか」
垣根「・・・クトゥルフ神話の豊穣神だ、そして1000もの子山羊を孕んでもいる」
不動「そうだな・・・そんなところだよ」
ウネウネと蠢く触手が、垣根の体を襲おうとする
翼でそれを防ぐが、やはり何か手ごたえを崩されたような感触を覚える
垣根(・・・ちっ、気味が悪いな)
不動「そしてその山羊というのは、十字教では悪魔を象徴することもある」
垣根「だからなんだよ」
不動「・・・分からないか、神話というのは所詮ただの作り話に過ぎない、そして魔術はその作り話を現実にしてしまうんだ」
能力に似ている、と垣根は直感で感じ取る
学園都市の能力は「自分だけの現実」を現実に引き起こす
一方の魔術は、「神話や伝承」という非現実を現実に引き起こすのだ
根本的な部分は、非常によく似ている
神話や伝承というのも、元はといえば作り出した人間だけが抱いていた現実なのだから
不動「・・・ならば話は簡単だ、様々な神話を混同させ、新たな神話を作り出せば・・・自分だけの魔術が出来上がる」
垣根「!」
触手の中から、何か黒い影が飛び出す・・・いや、それは小さな山羊だ
垣根「・・・なるほどな」
不動「その山羊はただの山羊のはずだが・・・十字教的な意味を無理やり持たせれば、一匹一匹が悪魔並の凶悪さに変わる」
未元物質の翼が、次々と黒い影を切り落とす
しかしシュブ=ニグラスの体からは、絶えることなく山羊が生まれてきている
垣根「・・・面倒な魔術だな」
不動「ふふ・・・イリーナのように圧倒的な破壊力はないし、リガルディーのような応用性もないが」
笑いながら、不動が答える
不動「・・・弾数だけなら、俺の魔術の右に出るものなどほとんどいないのさ」
垣根「・・・一つ聞きたい」
不動「天使の力をどう使うか・・・か?」
垣根「そうだ、俺はてめぇの目的を聞いてみたいんだ・・・どうして日本人がここまでオカルトに没頭したのか」
不動「・・・没頭などしていない、俺はただ神に等しい力を手に入れてみたかったのさ」
垣根「なに?」
聞き覚えのある言葉だ
科学側でも、それを手に入れるために様々な実験が行われている
不動「・・・お前は、神とはなんだと思う?圧倒的な存在か、それとも崇拝するべき賢者か?」
垣根「・・・俺はあいにく無神論者なんだよ」
不動「ははは・・・俺だってそうさ、神なんてこの世界には実体を持っていない」
垣根「あぁ?」
不動「神とは存在ではない・・・概念なんだよ」
魔術を行使しながらも、不動は何食わぬ顔で続ける
不動「空気や空間、時間と同じく概念だ・・・それに実体などはないし、それを探そうとしても意味がない」
垣根「何を言ってやがる」
不動「神懸かっている、神様のような人・・・人間はよくそういう表現を使うが、それは神というものが概念だからだよ」
未元物質と山羊達の応酬
それは、どちらもが涼しげな顔で行っていることだった
垣根「・・・概念か」
不動「・・・神とはな、圧倒的で繊細で、善人的で掴み所がなく、なおかつ誰にも届かないはずのもののことを言う」
山羊達が一斉に垣根に飛び掛る
それを空中で優雅にかわし、未元物質の翼で不動を貫こうとする
一瞬、シュブ=ニグラスの体がぶれた
次の瞬間には、それは不動を庇うようにして翼に貫かれる
やはり、おかしな手応えしか返ってこない
不動「・・・神とは存在ではない、そして神とは空のどこかで俺達を見ているわけでもない」
シュブ=ニグラスを再生させながら、不動が不敵に笑う
その笑みは、とても昔の彼からは考えられないほど不気味だった
不動「・・・俺達は、ともすれば神の力を手に入れられるのさ」
垣根「それを手にしてどうするつもりだ」
不動「お前には語る必要もない、ここで消えてくれればいいんだからな」
垣根「ナメてやがるな、下からしか見上げることの出来ないクズのくせによ」
不動「空からの眺めはさぞかし綺麗だろうが、下から見れば必死に羽ばたくお前は滑稽だ」
垣根「ちっ」
翼を勢い良く振るう。信じられないほどの烈風が不動の体を飲み込もうとする
しかし、彼の顔に焦りはない
不動「・・・よかったよ、こんなところ・・・あいつに見られたら悲しくなってしまう」
垣根「あぁ?」
不動「・・・そろそろかな」
港のほうをチラリと見つめた不動が嬉しそうに笑う
垣根「・・・!!てめぇら、まさか!!」
不動「イリーナが最後のピースを手に入れたのさ・・・いや、なんのことはないただの土産品で十分だった」
垣根「クソが!!」
太陽光を殺人光線に変え、垣根が不動を叩き潰そうとする
しかし、彼の前には人間ではない化け物が覆いかぶさっているのだ
不動「・・・知識のある人間なら、たった数日で天使を呼び出すことが出来る・・・ならば、なぜ今までの人間はそうしなかったか」
山羊の咆哮と、不動の声が重なる
不動「・・・天使の力が強大すぎるからさ、呼び出してしまったが最後、制御も出来ずに自分諸共世界を滅ぼしてしまう・・・なら」
不動「その天使を押さえ込むほどの力があれば、人間は天使を超えた・・・神という概念に辿り着くのさ」
垣根「・・・てめぇ・・・」
不動「・・・今頃港ではリガルディーが術式を始めている、今更行っても遅いぞ」
垣根「・・・ふざけんなぁぁぁぁ!!!」
不動「はは・・・もう遅いんだ、賽は投げられ、俺達は盤上で狂うしかない」
垣根「こんなことをしてどうなると思ってやがる・・・」
不動「・・・ん?」
もう一度、チラリと不動が港を確認する
何か、強力な魔力をもう一つ感じたのだ
不動(・・・誰だ?)
リガルディーと同じ・・・いや、下手をすればそれ以上の魔力の持ち主だ
そんなレベルの魔術師は、そうそういるはずがない
不動「・・・なるほど、お前の仲間は既に港へ向かっていたか」
垣根「はっ・・・悔しいかよ三下が」
不動「別に、どうせ俺が今から港へ行けばいい話だ」
垣根「させるか・・・」
不動「シュブ=ニグラスってのは、何千もの命を生んできた」
ボコボコ、とシュブ=ニグラスの体が膨れ上がる
垣根「な・・・」
不動「ティンダロスの猟犬も、こいつの体から生まれたのさ」
何百・・・いや、何千もの犬達が、突如として雪崩のように飛び出す
それは垣根を襲うためではなく、不動を港へ運ぶために
垣根「逃がすかよ!!!」
不動「やめておけ、威力はお前のほうが上だが・・・今回は少し分が悪いぞ」
犬達の流れに運ばれた不動の姿は、既に遠くに消えていた
垣根(・・・既に港には魔術師が向かってやがる!!)
翼をはためかせた垣根が、港へと進路を変更する
垣根(それまではもってくれ・・・)
垣根(神裂さんよぉ・・・!!!)
リガルディー「・・・イリーナのヤツ、上手くやったみたいだな」
儀式場は整った
何も港だけを整えれば言い訳ではなく、全ての方角に正しいシンボルを配置しなければならない
魔術のいけないところはそういう手が掛かることだな、とリガルディーは笑う
ともあれ、儀式場は完成したのだ、何も文句を言うこともない
リガルディー「・・・さて、始めるか」
術式を開始する。なにも、天使を堕ろすための術式ではなくてもいい
ただ、水の象徴「ガブリエル」の力を借りた魔術を発動し、それを上手く変換すればいいのだ
リガルディー「・・・水の象徴にして青、その名はガブリエル・・・」
タロットカードを取り出し、地面に陣を描く・・・
しかし、途中でその動きを止めてしまった
何かが、信じられないほどの速度で近づいて来ている
リガルディー「・・・この移動速度は・・・?」
人間のものとは思えない、しかし転移魔術ではそもそも「移動」ではない
純粋に、走って近づいて来ているはずなのだ
リガルディー「・・・」
タロットの「1」を取り出す
彼が扱う魔術の中で、最も強力な威力を誇る「メタトロン」
それで、今来ている「高速移動の招待」を迎え撃つ
リガルディー(さぁ・・・どこから・・・)
港に冷たい風が吹く
潮の匂いが少し漂い、どこか懐かしさを覚えさせる。しかし今はそんな情緒に浸っている場合ではない
リガルディー(・・・来た!)
ビュン、と何かがぶれている
ミサイルだと言われても信じてしまうほどの圧倒的な速度
しかし、なぜかそこから魔力も感じる
リガルディー「ちっ!」
メタトロンは炎の柱、その圧倒的な破壊力は生命の木の中でも随一だ
その襲撃者を、彼は破壊力によって押さえつけようとする
だが
神裂「七閃!!!」
一迅の風によって、その炎は掻き消されてしまう
リガルディー「!!」
次のカードの数字は「5」
赤い豹がその襲撃者を食い殺そうと飛び掛る
それもまた、風によって吹き飛ばされる
リガルディー(・・・風の術式か?)
タロットの次の数字は「8」
司るのはラファエル、風の天使
本来ならば癒しを意味するはずのそれだが、風を使った攻撃にも応用することが出来る
風には風を、その理論はあながち間違いではなかったはずだ
しかし
神裂「!」
襲撃者が投げた護符からは、風ではなく「水」が溢れ出た
リガルディー(なに!?)
風の術式を上手く使い、水を空へと巻き上げる
そのせいで、一瞬判断が遅れた
神裂「・・・動きに少し、無駄がありますね」
リガルディー「貴様・・・」
いつの間にか、懐に襲撃者が飛び込んできていた
神裂「はっ!!」
胸に重い衝撃を受け、リガルディーが吹き飛ぶ
リガルディー(・・・この力、こいつまさか!!)
タロットの「6」と「10」を重ねる
ミカエルとサンダルフォン、サンダルフォンの役割はミカエルの恐怖を掻き消し、その力を最大まで引き出すこと
ミカエルの属性は「炎」
リガルディー「聖人だったか!!」
神裂「!!」
カードから噴出した炎の渦を、神裂が高速移動で避ける
その間にも、彼女は刀を振りかざす
神裂「七閃!!」
七つの斬撃がリガルディーの体を襲う
リガルディー「ぐっ・・・」
ラファエルの力で無理矢理体を癒しながら、リガルディーは全く別のことを考えていた
リガルディー(・・・どうすれば、天使の力を引き出せる・・・)
襲撃者は聖人と思われる、ならばむしろ好都合だ
自分のタロットの中にある「ガブリエル」と目の前の襲撃者が奮う「天使の力」
それをぶつければ、通常の術式よりも早く天使堕とすことが出来る
リガルディー(・・・何はともあれ)
儀式場は整っている
ならば、あとは
リガルディー(・・・ガブリエルよ)
取り出したのは「9」のカード
すなわち、彼が今呼び出そうとしている天使のカードだ
リガルディー(・・・お前を、呼び出してやろう)
バン、と大量の水がカードから溢れ出す
神裂「!!」
神裂が、リガルディーの目的に気づく
神裂(・・・まさか!!)
何か不気味な予感がする
その大量の水を弾き飛ばしてから、彼女は刀を一度鞘に納めた
天使を堕とす術式を止める方法は二つ
儀式場の破壊、もしくは・・・
神裂(術者の息の根を止める・・・!!)
リガルディー「・・・あぁ、始まるぞ・・・お前のその天使の力も、儀式の一部になったんだ」
ニヤニヤと笑うリガルディーが、満足げに空を見上げる
リガルディー「・・・始まった」
神裂「唯閃・・・」
リガルディー「もう遅いよ、聖人」
リガルディーが斬撃の軌道となる場所から移動する
空が、少しずつ暗くなり始める
不気味な魔法陣が、それに浮かぶ
あれは、神裂の見たことがあるものだ
神裂「しまっ・・・」
リガルディー「ふん・・・イリーナや日本人には悪いが、俺の一人舞台のようだな」
ベキベキ、と空の隙間から何かが現れる
それは
リガルディー「久しぶりに見るだろう?ガブリエルだ」
一方「・・・急げ、何かが来る」
12345「な、何か・・・とは?」
一方「・・・」
一方通行は、妹達を従えて走っていた
首筋のチョーカーのスイッチは、能力使用モードになっている
胸にキリキリとした痛みを感じた
それは、魔術的なものを彼が感知したときの症状だ
一方(いや・・・エツァリが近寄ってきたときなンかとは比べ物にならねェ・・・)
信じられないほどの重圧、そして焦り
胸の奥から何か熱いものがこみ上げそうになる
それを必死に抑えながら、彼らは港へ足を踏み入れた
そして、目撃してしまった
一方「!!」
空に何かが浮かんでいる
真っ暗な背景とは似つかわしくない、信じられないほどの輝きを持った天使が
11116「な、なんですかあれは・・・!!」
一方「やられた・・・!!」
ダン、と地面を蹴り魔術師と思われる人間に向かって飛び掛る
リガルディー「ほう、他にも仲間がいたか・・・」
ニヤリと笑った魔術師が、天使を見上げる
リガルディー「だが・・・やめておいたほうがよかったな」
番外「!!な、なんか浮かんでるよ!!」
土御門「・・・あれは・・・ガブリエル!!」
心理「ちょっと、遅かったんじゃないの!?」
4時間かかると思われていたが、番外個体が磁力を利用したことで早く移動することが出来た
だが、それでも間に合わなかったのだ
番外「ちくしょう・・・イギリスの町並みってのはなんで鉄の建物が少ないんだよ!?」
心理「今はそれが問題じゃないわ・・・あの天使を止めないと!」
土御門「ちくしょう・・・」
冷や汗が背中を伝う
儀式場を一気に破壊しなければ、他の面倒な魔術が発動するかもしれない
しかし、彼らが使った儀式場は「イギリス全土」なのだ
恐らく、東西南北の全ての方角に何かしらを配置しているのだ
でなければ、これほど短時間で天使を堕とすことは出来ない
土御門(・・・港だけが儀式場だと考えていた俺達が間違っていた・・・)
三人はただ走る、天使の元へ、そして彼らの仲間の下へ
港に辿り着いた瞬間、一方通行がリガルディーに向かって飛び掛るのが見えた
土御門「待て、一方・・・」
リガルディー「だが・・・やめておいたほうがよかったな」
小さなリガルディーの声が、やけに大きく響いた
垣根「クソ・・・!!」
空に浮かんでいるあの「天使」
垣根の翼が、何か不気味な悲鳴を上げる
かつて一方通行の「黒翼」を見たときと同じ・・・いや、それ以上の何かが
垣根「いいぜ・・・天使だろうがなんだろうがやってやる・・・」
バキン、と音がする
彼の翼の色が変わった、言葉に出来ないほどの美しい翼に
透明のようだが、その向こうに何か不思議な奥行きを覚えさせる、まさに「この世のものではない」翼が
頭の上にはそれと同じ色の「輪」が生まれていた
彼の通った後には、凄まじい烈風が巻き起こる
垣根「!!」
港の端
そこを、三人の人物が走っていた
垣根(心理定規・・・!!)
その中に、彼が守りたかった少女が・・・
「・・・q愚劣rw・・・」
垣根「!!」
どこからともなく、声が聞こえた
それは、全方位から広がるようにして聞こえるノイズのような
ガブリエル
宙に浮いているその天使の名前だった
垣根(あいつが・・・しゃべったのか・・・!?)
自分の背中から生まれている翼が、あまりにも小さく見える
垣根「だからなんだよ・・・!!」
翼をはためかせ、彼はガブリエルの元へと向かう
「・・・」
その天使の目が、垣根を捉えた
垣根(な・・・)
突如、彼の体が地面に叩きつけられる
垣根「がはっ・・・」
何が起きたのか理解できない
目を上げると、一方通行が驚いたような顔をして止まっていた
彼の前には魔術師がいる・・・そして、遠くからは心理定規と土御門、妹達が・・・
リガルディー「・・・今のガブリエルの目的は、術者の排除・・・空に帰るためにな、つまり俺を殺すことだが」
ガブリエルが翼を振りかざす
もはやそれは、世界の枠に収まる大きさではなかった
リガルディー「残念なことに、そこの聖人の力も少々、儀式に関わってしまったんだ」
凄まじい風によって、一瞬だけ垣根の意識が途切れる
海の水が巻き上がり、彼らのいた場所を飲み込む
それだけではない、魔術によって生み出された水が体のあちこちを抉るようにしていく
呼吸が出来ない、前が見えない
垣根(こ・・・れが・・・)
薄れる意識の中で、垣根はリガルディーの姿を捉えた
彼は魔術を使って逃れていたようだ
リガルディー「・・・残念だったな、天使もどき」
そんな言葉を吐きながら、彼はその場を去って行く
一方「・・・あ・・・ァ?」
一撃が止んだ
今までの全ての惨劇が、たったの翼の一振りで起きたものだった
しかし、そんなことはどうでもいい
海岸の端に、番外個体が、妹達が転がっている
一方「・・・」
ドロッ、と脳味噌が溶ける様な感覚がする
番外個体の腕がおかしな方向に曲がっている
11116号の胸から血が出ている
妹達が、傷ついている
一方「お・・・」
バキン、と背中から黒い翼が生まれた
チョーカーのスイッチは、もはや関係なく
一方「おォォォォォォォァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
彼の暴走が始まった
不動「・・・先を越された、か」
その惨劇を、少し離れたところから不動は眺めていた
先を越された、というのは天使を呼び出すことに関してだ
まだ、彼の目的自体は終わっていない
不動(・・・今から向かえば、間に合うかもしれない)
あの天使を、自分の体に取り込む
いや、自分が取り込まれたとしても構わなかった
ただ、もう一度・・・
上条「・・・見つけたぞ」
不動「・・・」
そんな彼の背後から、聞き覚えのある声がした
振り返ると、怒りに震えている上条が拳を握り締めて立っていた
不動「よぉ・・・どうした、何か用だったか・・・」
上条「どうして、魔術を使った」
不動「!!」
上条「どうして天使の力なんて手に入れようとした」
不動「待て上条、お前まさか・・・」
上条「どうして・・・」
彼の後ろにいる美琴は、困惑したような表情を浮べていた
だが、上条は続ける
上条「・・・どうして」
上条「・・・こんな悲しいことを、お前は起こしてしまったんだ・・・」
一方「あァァァァァァ!」
一方通行の背中から生えた黒い翼は、ガブリエルの胸を目掛けて一直線に伸びる
しかし、バキンという砕かれるような音を鳴らしたその翼は、根本からちぎれるようにして引き裂かれた
一方「おォォォォォ!」
神裂は震えていた
彼女は、周りにいる他の仲間達を庇うために自らを盾にしていた
心理定規や土御門、番外個体に妹達
自らを盾にしても、彼等は傷ついていた
天使と対等に渡り合える人間などいない
聖人である神裂でさえも、一瞬しか渡り合うことは出来ないのだから
神裂(なら・・・)
目の前のこの超能力者は何なのか
背中から生えている黒い翼を怒りに任せて振るっている、白い化け物は
決して優位に立っているわけではない
しかし、この化け物は少なくとも、あのガブリエルに「力」を使わせている
ガブリエルに危険とも感じられない他の能力者とは違う
この化け物は、ガブリエルにとって脅威に値するのだ
神裂「まさか・・・」
一方「・・・」
一方通行の目が、ガブリエルの胸をじっと見つめる
そこを貫けば、死ぬ
それが常識だ、今の暴走している彼にはそんな簡単なことしか理解出来ない
ただ暴れるために、彼は力を振るっていた
一方「・・・」
神裂「まさか・・・あなたは・・・!」
一方「・・・」
口を開いた一方通行の口から言葉が発せられる
それは、ガブリエルが先程話したものと酷似していた
一方「・・・ihbf殺wq!!」
番外「・・・う・・・」
右腕の感覚がない
そこを見つめて、ついため息をついてしまう
あらぬ方向にそれは曲がっていた
だが、ちぎれていないだけマシなのだろうか
番外「いって・・・何が起きてるのさ・・・」
顔だけをゆっくりと上げた番外個体の表情が凍りつく
一方通行が、泣いていた
黒い翼を振るい、ガブリエルと戦い、しかし彼は何かを必死に叫んでいた
もはや人の言葉かどうなのかも分からない
そんな彼は、ただ力任せに戦っている
ダメだ、と番外個体は焦りを感じる
今の彼では、とても前に進むことは出来ない
今のままでは、傷つけるためだけに戦っていることになる
かつての「一方通行」と同じように
番外「待って・・・」
一方「あァァァァァァ!」
まるで赤ん坊の泣き声のように聞こえるそれは、とても悲しげだった
「・・・」
ガブリエルが、一方通行目掛けて翼を振るう
感情など感じられない、ただ目の前の障害を破壊することだけを行っている
一方「がっ・・・」
翼で体を覆うが、その抵抗も虚しく、一方通行の体は吹き飛ばされる
番外「一方通行・・・!」
一方「・・・あ・・・」
番外個体の目の前に無様に転がった一方通行は、まだ戦おうとしている
誰にも頼れず、ただ自分一人だけで
番外「・・・ダメだよ・・・」
傷を負った体を無理矢理動かし、番外個体が一方通行に近づく
一方「・・・」
彼の目は、焦点が合っていなかった
守ると決めたはずの「妹達」を傷付けられた一方通行には、もはや理性などなかった
番外(だからなんだよ・・・)
目の前にいる彼が理性を忘れているなら
自分が止めてあげなければならない
例え
一方「おォォォァァァ!」
あの暴走に巻き込まれてしまうとしても
番外「・・・大丈夫だよ」
そっと、一方通行の肩に手を当てる
一方「!」
驚いたような表情で、一方通行が振り返る
番外「もう大丈夫・・・ミサカも・・・みんなも、死んでなんかいないから・・・だから・・・」
右腕が痛む
だが、それを振り払い一方通行の体を抱きしめる
強く、なんて言える力ではなかった
それでも、一方通行に理性を取り戻させるには十分だった
一方「番外・・・個体?」
番外「・・・あは、やっと元に戻ったね・・・」
口の中に広がる鉄の味
番外「・・・ねぇ、お願い」
嫌がられるかな、と思いながらも彼女は一方通行の唇に、自分の唇を重ねた
番外「ミサカ達を守って・・・」
一方「・・・」
番外「お願いだよ・・・」
自然と力が抜けてしまう
意識なんてほとんど残っていない
もう、言葉も口には出来ない
一方「・・・あァ」
ただ、その返事が聞けただけでよかった
一方「・・・守ってやるよ、クソッタレ」
ゴォ、と背中の翼が音を立てる
悪魔のような「黒翼」は、まるで天使のような「白翼」に変わっていた
一方「・・・」
あの宙に浮かぶガブリエルを倒せるかなど分からない
ただ、彼は戦わなければならない
一方「・・・そォだよな」
守るためだけに、彼は力を振るう
一方「ナメてンじゃねェぞ・・・!」
翼を一度だけはためかせる
それだけで、ガブリエルの正面へと移動した
水の翼が、一方通行の体を貫こうとする
一方「!」
反射の壁にぶつかったそれは、やはり完全には正反対に動かない
「魔術」は既に解析しているはずだ
なら、天使の力は魔術以上の「何か」なのだろうか
一方「だったら・・・なンだってンだよ」
バキリ、と背中の翼が膨らんでいく
一方「・・・俺はやらなきゃならねェ」
守るために
一方「・・・」
天使と天使がぶつかる
だが、勝敗なんて簡単にはひっくり返らない
一方「ちっ・・・!」
一方通行の翼は「短刀」のようなものだ
鋭さはあるが、ガブリエルの「刀」のような翼には、圧倒的に劣っている
一方「ナメンな・・・!」
全てのベクトルをガブリエルにぶつける
翼から舞った羽根の一枚一枚が、膨大なベクトルを帯びている
それでも
一方「な・・・!」
「・・・」
まだ、ガブリエルには届かない
何度も繰り返しても意味がない
翼の大きさが、密度がそもそも違う
ガブリエルは常に「天使の力」を発動し、作り出すことが出来る
だが一方通行の場合、偶然生まれた一定量の力を「操っている」だけなのだ
使い果たすこともある、それに今以上の大きさを作る方法など分からない
「ihbf殺・・・」
一方「てめ・・・」
ズガン、と頭から足に掛けて衝撃が走った
それが、上から振り下ろされた翼による一撃と気づく前に、一方通行の体は地面に叩き付けられる
一方「ごはっ・・・」
口の中から赤い液体が零れる
頭がズキズキと痛んだ
だが、止まれない
もしもここで止まってしまえば、彼の守りたかったものは全て、失われてしまう
一方「・・・守るンだよ・・・」
ユラリ、と体を揺らしながら一方通行は戦う
守るために、戦う
いや、抗うのほうが正しいだろう
戦況はあまりにも一方的すぎた
垣根「・・・う・・・」
意識を取り戻した垣根が、はっとして辺りを見回す
地面には、仲間が転がっていた
もちろん、心理定規も
垣根「!」
一瞬、喉が干上がるかのような衝撃を覚える
だが彼女が小さなうめき声を上げたのを聞いて、ほっとため息をつく
垣根「・・・そうだ、あいつは・・・」
一方通行の姿を探す
地面に転がってはいない
垣根「!」
突然聞こえた大きな衝突音に、空を見上げる
そこでは一方通行がガブリエルと戦っていた
圧されている、あの一方通行が
垣根「・・・なんだよ・・・何やってんだよ、一方通行!」
彼の圧倒的な力をもってしても、ガブリエルには傷一つ付けられない
それどころか、どんどん傷付くのは一方通行だった
垣根「嘘・・・だろ・・・」
ガブリエルの一撃によって、一方通行は地面に叩き付けられる
ユラリと立ち上がった一方通行の翼は、段々と輝きを失っていく
力の源が無くなりかけているのだ
垣根「・・・一方通行・・・」
自分は何をしているのか、と自己嫌悪に陥る
もう一人の「化け物」はガブリエルと戦っているのに
誰も守れるはずがなかった、あの「化け物」は
垣根「なのに・・・俺は・・・」
一方通行のように、事象の解析が出来る能力ではない
彼は、ただ・・・
心理「・・・垣・・・根?」
垣根「!」
離れた場所にいた心理定規が彼の名前を呼ぶ
垣根「心理定規!」
まだ痛むが、垣根の体はそれほど大きな傷を負ってはいない
心理定規の元に駆け寄り、彼女の体を抱き上げる
心理「・・・よかった、無事だったのね」
垣根「何言ってやがる・・・お前はボロボロじゃねぇか!」
心理「いいのよ・・・仕方ないわ、私は・・・」
頬から血を流しながら、心理定規が笑う
心理「・・・逃げて、垣根」
垣根「・・・なん・・・」
心理「・・・怯えているじゃない・・・震えているじゃない」
垣根「!」
そっと、心理定規が彼の頬を撫でる
心理「・・・あなたは、怯えている姿なんて似合わないわ・・・強気でいるあなたが素敵なのよ」
無理矢理笑いながら、心理定規が言う
心理「・・・あなたは、もっと強いはずじゃない」
垣根「・・・」
心理「怖いなら逃げて・・・もし、もしもあなたが勇気を持っているなら・・・私達を守って」
垣根「・・・分かった」
心理定規を優しく寝かせてから、垣根が翼を広げる
垣根「・・・ヒントはあったのか」
全く分からない
一方通行が新たな力を手に入れたのは、魔術を解析したからだ
垣根「・・・」
試しに未元物質をガブリエルにぶつける
しかし、ガブリエルは翼の一振りでそれを防いだ
垣根「・・・?」
違和感がある
魔術に未元物質をぶつけたときもそれは感じた
何かがおかしいのだ、魔術にはある決まった法則があるはずだ
「科学の物理」からは外れているが、「魔術」という決まった法則がある
垣根(・・・だが・・・未元物質をぶつけた時に、それは捩曲げられなかった・・・?)
弾き飛ばすことは出来たが、おかしなベクトルに変換することは・・・
垣根「!いや・・・違う!」
垣根が知らないだけなのだ
高速で走っている車のハンドルを操作するには、まず車の種類、速度、ハンドルの曲げ方を知らなければならない
その車の持ち主にとっては当たり前の情報でも、全く初めてその車を見る人間には乗りこなせない
それと同じだ、そもそも魔術の正しいベクトルを知らないのだから、それが捩曲げられなかったのかなんて分からない
もしかしたら、あれはたしかに捩曲げられていたのかもしれない
垣根「・・・だが、どうやって解析する・・・」
一方通行の能力は「ベクトル変換」がメインではなく「事象の解析、逆算」が本質だ
垣根「・・・待て、アクセラレイター・・・?」
一方通行を英語で言っても「アクセラレイター」ではない
それはつまり、能力の名前こそが本質であるというのだ
では、彼の能力は
垣根「・・・ダークマター・・・!」
本来の意味は「暗黒物質」
銀河の回転速度というのを計算した科学者が思いついた理論だ
銀河の質量は分かっているが、回転速度から考える限り、もっと銀河の質量は重いはずだった
何かしらの「見えない質量」が銀河には存在している
それが「見えない」のは光を反射しないからだ
「見えない」が、「理論上は存在している」・・・それが「ダークマター」
垣根「・・・そうだ、魔術の法則を科学的に説明出来ないなんて誰が決めたんだ」
未元物質を、もう一度ガブリエルにぶつける
かつて垣根は、未元物質による攻撃で一方通行の反射の壁の隙を「逆算」したことがある
それと同じだ
反射の壁の隙は「理論上存在」していた
だから、彼は簡単にその答えを見つけられた
ならば
垣根(魔術の法則ではなく・・・あの事象に、科学的な法則があると考えろ)
実際にはないかもしれない
だがそれは問題ではない
「理論上存在する法則」を作り上げてしまえばいい
「2×4」の計算は、何も「掛け算」という法則でしか解けないわけではない
「2+2+2+2」の「足し算」でも解けてしまうのだ
一つの法則だけに・・・常識に囚われるな、自分だけの法則を生み出し、それを現実へと引き起こせ
垣根(・・・組み上げた計算式が合っているかは関係ない)
垣根(それで正しい解答が得られればいい・・・)
「未元物質」の本質はもしかしたらそこなのかもしれない
「現実にはありえない」が「無理矢理、理論上法則を存在」させることにより、結果を導き出す
「この世に存在しない」物質を「理論上の法則」を作り上げ、操ることは不可要素なのだとしたら
垣根「・・・そうだ」
ビキビキ、と翼が大きさを増した
頭の上の輪が、ハッキリとした形を持つ
垣根「俺が第二候補だったのは、俺にも魔術が解析出来るはずだったからだ」
実際、彼と一方通行の能力にはそれほど絶対的な差はなかった
一方通行のほうがより早く「能力の本質」に気づく可能性があっただけなら
垣根「・・・逆算、終わるぞ」
小さく垣根が笑う
彼の翼が、光を放った
透明でも無ければ、クリスタルでもない
彼の翼は、この世の物ではない
もはや色も、形も言葉では表せない
垣根「・・・これが魔術の法則か」
実際、魔術師にそれを教えても意味が分からないだろう
垣根が無理矢理考えた数式には、垣根が作り出した独自の「記号」さえも出てくる
そんなこと、どうでもよかった
科学者が「光を反射しないから見えないだけ」といった理由を後付けしたように
間違いだと言われようが、それを正すだけの理由を作ればいい
垣根「・・・」
やっと一方通行と同じ位置に立てた、と垣根は感じた
彼等はもはや、「科学」でも「魔術」でも無くなった
そもそも、垣根や一方通行の翼は「魔術」ではない
もしも「魔術」ならば使った瞬間に拒否反応が起きるはずなのだから
だが、決して「科学」だけの力でもない
もはやそれは、物理法則だけで説明が出来る力ではなかったからだ
垣根「・・・科学と魔術、二つの力のどちらでもない・・・か」
そう、これが「天使の力」というものなのかもしれなかった
垣根にはその正体など分からない
それでも
翼をはためかせ、一方通行の隣に向かう
垣根「一方通行!」
一方「・・・!お前・・・」
垣根「逆算終わった、俺にも少しはいいとこ持たせろよ」
翼を振るい、ガブリエルにそれをぶつける
やはり、まだ「無傷」だ
それでも、戦況は好転した
「操る」一方通行と「生み出す」垣根帝督
これなら、弾薬が尽きることはない
演算を行うまでもない、なぜか体の中から自然と力が生まれてくる
垣根「・・・行こうぜ、一方通行」
一方「・・・あァ、これからは俺達が押し通す番だ」
科学を知り尽くし、魔術を解析した二人の「化け物」が不敵に笑う
科学と魔術が、その瞬間に交差したのだ
上条「・・・どうして」
不動「・・・上条、お前は科学側の人間だったはずだ」
上条「どうして、オカルトなんかに手を出した!」
不動「・・・科学側の人間なのに・・・」
上条の顔には怒りが、不動の顔には悲しみがあった
不動「・・・そうか、そうだな・・・不幸だから何かのきっかけで魔術を・・・」
上条「答えろ・・・どうして魔術に手を出しちまったんだよ!?」
不動「・・・どうして、と聞かれたら答えは簡単だ・・・天使と一つになるためさ」
上条「天使と・・・?」
不動「お前は天使についてどれほどの知識を持っているかは知らない・・・だが、あの力が異常なことくらいは理解出来るだろ」
空に浮かぶガブリエルを見つめ、不動が呟く
不動「もしもあれに自我が植え付けられたら・・・あの力を自分の意志で扱えるなら、それはつまり絶対的な力だとは思わないか」
上条「そんなことのために魔術に・・・」
不動「そんなこと、か・・・なぁ上条、お前は忘れてるかもしれないが、俺の人生は不遇ばかりだった」
上条「!」
今、彼は何と言った?
不動「・・・それでも、些細な不遇がほとんどだったさ・・・たわいもないような、些細な不遇ばかり」
不動「・・・でもな、ある日そんな不遇によって俺の人生は変わった」
遠くを見つめた不動の瞳には、力が宿っていない
不動「・・・俺はその日、家族と旅行に出掛けていた」
不動「綺麗な花火を見たな・・・俺がもう少し、それを見ていたいと駄々をこねた」
不動「・・・妹は帰りたいとふて腐れていたが、両親は笑いながらもう少しいようと言ってくれた」
不動「・・・帰りの車、俺はまだ花火が見たくて、海岸側の席、助手席の後ろをせがんだ」
不動「運転してたのは父親、運転席の後ろには母親が、幼い妹を膝に乗せながら乗っていた」
美琴「な、何が・・・」
不動「・・・飲酒運転のトラックが突っ込んで来たのは、父さんが車を運転し始めてすぐだった」
美琴「!」
上条「・・・お前」
不動「・・・叫び声なんて聞こえなかった、父さんは即死だった、首なんておかしな方向を向いてたさ・・・」
その時の光景を思い出したのか、不動が顔をしかめる
不動「・・・母親は少し息があったが、顔に無数のガラスが突き刺さっていた・・・」
不動「・・・妹もそうだ、結局・・・三人ともすぐに事切れた」
上条「・・・」
不動「・・・トラックの運転手は逃亡、すぐに捕まったが昨日、日本で釈放されたらしい・・・たった6年の懲役を経て」
美琴「じゃあ、あなたは・・・その運転手に復讐をしたくて天使の力を?」
不動「・・・違う」
首を振り、不動が笑う
不動「・・・天使の力を完全に制御し、俺が神になれたら・・・もう一度、三人に命を与えられる」
美琴「!」
不動「神とはそういう概念さ、信じられない出来事を起こしてしまう存在のことを表すための」
上条「待てよ・・・だからって人間がそんなこと・・・」
不動「だから天使と同化するのさ、それなら」
上条「無理だ!」
上条が声を荒げる
彼は今まで、何度か天使というものに近づいた
その「ただ神に従うためだけの人形」は、命を産むことなどなかった
不動「・・・かつて、世界では生け贄という文化があった」
上条「は・・・」
不動「・・・命をもって命を産む・・・1の命からは1の命しか産まれない、それは人間が行うからだ」
不動「・・・だが、天使の力なら・・・俺一人の命で、あの三人の命を作り出すことくらいなら出来るだろ」
上条「・・・!お前、死ぬつもりで・・・」
不動「分からないか?元はといえば、俺の不遇で三人は死んだんだ・・・俺が責任を取らなきゃいけない」
上条「違う!お前はそう望んでなんかいなかっただろ!」
不動「結果が問題なのさ・・・所詮、そんな言葉は慰めなんだよ」
上条「あぁ慰めだよ!友達を慰めようとして何が悪い、俺は・・・」
不動「友情ごっこはやめよう、上条」
上条「!」
不動「・・・もういいんだ、そんな演技なんてしなくて」
上条「演技なんて・・・」
彼は、さっきなんと言った?
不動「お前は何も覚えちゃいない、俺がお前と友達だったことも、二人で遊んだ帰り道も、お前に告白してきた女の子も・・・俺をイジメっ子から助けてくれたことも」
上条「それは・・・」
不動「お前は」
はぁ、とため息をついてから不動が上条の目を見つめる
なんでそんなに悲しい表情なのだろうか
不動「もう、何も覚えちゃいない」
上条「・・・どうして知ってるんだ」
不動「・・・お前は俺を苗字では呼ばなかった、いつも下の名前で呼んでたよ」
上条「・・・」
不動「俺が思い出を語っているとき、なぜかお前は必死にそれをごまかそうとしていた・・・昔のことだから忘れたか、何かの原因で記憶を失ったか、はたまたお前は上条じゃないか・・・理由は分からないが」
上条「・・・記憶、喪失なんだ」
不動「だろうな、御坂さんとの出会いも、なぜかあやふやに語ってた」
上条「・・・悪い」
不動「謝るなよ、おかげで俺は最後に楽しい一日が過ごせた」
上条「最後なんかじゃねぇよ・・・」
不動「いや、最後だよ」
上条「最後になんかしない!」
不動「・・・止まってくれ上条、お前には何も出来ない」
上条「何も出来ないだって!?ふざけんな、お前を死に物狂いで止めてやることは出来る!友達を・・・」
不動「友達じゃないさ、もう・・・昨日が初対面だったんだろ、実質的には」
上条「・・・関係ない」
右手を握りしめ、上条が叫ぶ
上条「お前は俺を・・・尊敬してたと言った、俺を部屋に泊めてくれた、一緒にアルバムを見て笑い合った!それだけで十分じゃねぇか!!」
不動「・・・ダメなんだよ上条」
ゾワリ、と地面が動く
現れたのは黒い山羊だった
いや、本当にそれが山羊なのかさえわからないほど、人間的でもある
上条「魔術、か」
不動「・・・俺はこれをやめることは出来ないのさ」
上条「・・・なぁ、不動・・・昔の俺と出会ったことは、お前の人生の中で不遇だったのかよ」
不動「・・・分からない、ただそれが不遇だったとしても・・・俺はお前に感謝しているよ」
寂しそうな目をしながら、不動が答える
上条「・・・俺は、不幸だったなんて思わない」
不動「・・・お前は不幸だったんだ、忘れているだけさ」
上条「ふざけんな!!不幸なんかじゃなかった、俺の不幸は誰かを守るきっかけになってたんだ!!」
不動「!」
上条「あぁそうだよ・・・記憶なんて無くした、ある女の子を守るために・・・」
右手を前にかざし、上条が叫ぶ
上条「美琴を守るために傷ついたし、他の友達を守るために海に落ちたこともあった!!第三次世界大戦では天使と戦ったんだ!!信じられなくても構わない、それに不幸だって笑われてもいいさ!!」
上条「でも・・・でもな!!俺は、それでも誰かを守れたんだ!!」
不動「それはお前が優しいからさ」
上条「・・・そうじゃない」
不動「なに?」
上条「誰かを守るのは、選ばれた人間だけが出来ることじゃないんだ・・・」
不動「・・・」
上条「・・・俺は、不幸を言い訳にはしたくない」
不動「・・・俺だってそうさ、でも俺の家族は・・・」
上条「お前のせいで死んだんじゃない・・・」
不動「綺麗事はいいんだ、結局は俺が選んだ結果のせいなんだよ!!」
上条「あぁそうかもしれない!!でもな、お前がそこまで好きだった家族は、お前の今の姿を見て喜ぶか!?」
不動「お前に何が分かる!!」
上条「分からねぇよ・・・でもな!!」
右手で山羊の大群を打ち消しながら、上条が前に進む
不動「・・・な、なんだその・・・」
上条「友達がこうやって目の前で壊れていくのを見て、それでも黙っていられるような人間じゃないんだ!!」
不動「黙れ!!お前はもう・・・」
上条「忘れてるさ・・・あぁ、そうだよ、忘れてる!!でもな!!」
バキン、と何かを打ち消す音がする
不動「!シュブ=ニグラスを打ち消し・・・」
上条「だったらもう一度、やり直せばいいだけの話だろ!」
不動「!!」
気づけば、上条は不動の目の前にいる
上条「どうして、たった一度の失敗でお前はそうなっちまったんだ!!お前が死んで、他の家族が生き返って・・・それでも、結局お前は家族に会うことは出来ない!!」
不動「お前だって俺の立場ならそうするだろうが!!」
上条「そうかもしれない・・・でもな、俺には止めてくれる仲間がいるんだ!!」
不動「俺にはいないんだよ!!何が出来る、これ以外に何が出来る!!」
上条「綺麗事を貫けよ・・・お前のせいじゃない、お前のせいじゃないんだ!!」
右手を握り締めた上条が、不動の顔を見つめる
不動「教えてくれ・・・」
今にも泣きそうな表情で、不動が訊ねる
不動「俺は・・・どうすればよかった?」
家族を失い、友に忘れられた彼は
上条「・・・俺が、お前の幻想を殺してやる」
上条が小さく笑う。もしかしたら、自分よりも不動の行動のほうが人間らしいのかもしれない
だとしたら、上条は人間らしくなくていい
自分の正しいと思う行動を行わなければ、彼は彼でなくなってしまう
上条「・・・だから、もう一度やり直してみろよ・・・こんな方法じゃなくて、もっと自分の笑顔になれる方法で」
不動「・・・上条」
ガン、と不動の頭が揺れた
たった一振りの右手が、彼の何か悲しいものを砕いたのだ
不動「・・・また・・・お前に助けられたんだな」
嬉しそうに笑いながら、不動はそのまま意識を失った
美琴「・・・よかったのかな、不動さん」
地面に横たわっている不動を見つめながら、美琴が心配そうに呟く
上条「・・・俺は、もしかしたら間違ってたのかもしれないさ」
不動の顔を見つめた上条が、小さく笑った
上条「でもさ、目の前で・・・友達が自分の命を捨てようとしてて、それを止めないのも間違いだろ、きっと」
美琴「・・・うん、そうね・・・」
上条「!!そうだ、それより天使は・・・」
港の上空には、ガブリエルが浮かんでいる
そして、その傍には二人の・・・
上条「!!一方通行と垣根・・・?」
美琴「な、なんなのよあの二人・・・!?」
上条「分からない・・・」
ジワリ、と額を汗が流れる
あそこにいるのは、本当に二人が知っている「友達」なのか
背中から翼を生やし、天使と戦っている彼らは
上条「・・・一方通行!!垣根!!」
聞こえないと分かりながらも、上条が声を上げる
上条「無理・・・するなよな・・・」
テクパトル「・・・アレイスター、また本を読んでるのか」
アレイ「・・・」
テクパトル「?アレイスター、どうした」
アレイ「いや、なんでもない」
テクパトル「そうか?なんか嬉しそうだけど」
アレイ「なに、少し面白いことになっているからな」
テクパトル「その本・・・そんなに面白そうじゃないけどな」
アレイ「・・・いや、それではないよ」
テクパトル「?」
アレイ「・・・そうだ、少しばかり頼みごとをしていいか?」
テクパトル「あぁ、なんだ?」
アレイ「美味しい酒でも買って来てくれると助かるんだ」
テクパトル「・・・いいけど、どうして?」
アレイ「・・・自分にとって嬉しいことがあれば、酒を飲むのも当たり前だろう?」
テクパトル「あ、あぁ・・・」
アレイ(・・・ベクトル制御装置と生成装置・・・いや、もはやそれ以上か)
満足げに笑うアレイスターを、テクパトルは怪しげな目で見ていた
アレイ(・・・さて、私も少しだけ向かおうか・・・天使の元へ)
垣根「・・・何発喰らわせた」
一方「・・・知るか、数えてねェよ」
港の遥か上空
もはや、地上から見えないのではないかという高さに、二人は佇んでいた
冷や汗が額を濡らす
ガブリエルに何度も翼を打ち付けた
それは決して、届かなかったわけではない
あの「ガブリエル」がそれを避けたこともあった
受け止めようとすれば、ダメージが通るからだろうか
垣根(んなことはどうだっていい・・・)
結局のところ、二人はガブリエルにダメージを与えられていない
垣根(・・・魔術を解析すれば活路は見えるはずだった)
垣根(いや・・・実際、俺の翼は一方通行の翼と同じ力を手に入れた)
だとしたら、なぜ目の前の天使には通用しないのか
垣根「・・・一方通行、俺の翼もお前が操れ」
一方「あァ・・・てめェ、まさか休みたいなンて言うンじゃねェだろォな」
垣根「・・・二人がバラバラに攻撃するより、一発でかいのをかましたほうがいくらかマシだ」
一方「ちっ・・・出来るかよ」
文句を言いながらも、一方通行が垣根の翼に自分の翼を当てる
一方(・・・!?なンだ・・・)
一方通行の翼に、何かおかしな変化が現れる
一瞬だったが、明らかに質量が増したのだ
一方(・・・垣根の翼を吸収したのか?)
垣根の背中にはまだ翼がある
吸収したわけではない
一方(・・・有機と無機・・・この世の全てを操る「一方通行」とこの世にない力を生み出す「未元物質」・・・)
一方(・・・!未元物質で生み出された素粒子がこの世に存在するようになれば、俺は未元物質を操れる・・・)
かつて垣根の能力を解析したように
一方(なら、俺は垣根の翼も解析出来るはずだ)
そう、垣根の力はかつての物より先の段階まで進んだ
ならば、再演算をしなければ操りきれないのだ
先程感じた違和感は、「知らない法則」に触れた時のものだった
一方(だが待て・・・ってことは、俺とこいつの翼の法則は同じではない・・・?)
まるで、二人とも「天使」のような力なのに
一方(・・・今はそンなこと、どォでもいい)
垣根の翼をもう一度、解析する
一方(・・・こいつの翼がこの世に存在した瞬間・・・俺は、こいつの翼を操れるようになった)
一方(・・・解析、終了)
垣根「・・・」
一方「垣根、てめェの翼も借りるぞ」
垣根「貸しにしといてやるよ」
一方「出来る限り力を放出し続けろ」
垣根「いつまでだ」
一方「目の前のクソ野郎が空に帰るまでだ」
垣根「長くなりそうだ」
垣根が翼を生み出す
もはや未元物質とも言えるのか分からない力は、一方通行の翼の基となる
一方「・・・俺はベクトルを生み出すことは出来ねェ、だからてめェみたいなベクトル生成装置が必要だった」
垣根「あぁ?なんのことだよ」
一方「俺達の役目だ、アレイスターの野郎はそれぞれ役目を決めていた」
垣根「・・・お前は制御装置、だったな」
一方「分かってンじゃねェか」
垣根「・・・いけるか」
一方「さァな」
一方通行が翼を振りかざす
先程までとは明らかに大きさが違う
一振りだけであらゆる敵を粉砕出来る一撃
一方「!」
その一撃で、初めてガブリエルの体が揺れた
ダメージを与えた、というほどではないがあの「天使」に外部からの影響を与えた
垣根「当たった・・・!一方通行!」
一方「あァ・・・」
一方通行が目を閉じ、演算を開始する
チョーカーの電池がそろそろ切れてしまう
一方(それまでに決まるか・・・?)
不可能に近かった
目の前の敵を短時間で・・・いや、そもそも倒すこと自体が不可能なのかもしれない
一方(だが、やらなきゃならねェンだ)
ガブリエルが翼を振りかざした
一方通行と垣根は一旦それを避けるために、回避行動に移った
しかし
垣根「!?」
その水の翼が、一気に質量を増す
一方「なン・・・」
「・・・」
まるで津波のような一撃が二人を押し流す
地面が一気に近づいてくる
垣根「ナメんなよ・・・!」
未元物質を展開し、その水の翼を押し返そうとする
そこで気づいた、ガブリエルが自分に向かって何かを放とうとしていることに
垣根「何を・・・」
一方「!垣根、避けろ!」
直後、凄まじい水の一撃が垣根の胸を撃った
垣根「ぐぁぁぁ!」
強い衝撃と共に、地面に叩き付けられる
何が起きたのかさえ理解出来ない
垣根(魔術・・・?いや・・・これはそんな陳腐なもんじゃねぇ・・・)
グラグラと揺れる視界が何かを捉える
一方通行も、ガブリエルによって地面に落とされていた
一方「がっ・・・」
口から血を吐きながら、一方通行がゆっくり立ち上がる
垣根「はは・・・やべぇな、やっぱり天使なんてのに人間が勝てるわけはねぇ・・・」
一方「・・・端から分かってたことじゃねェかよ・・・」
垣根「・・・でもな」
「誰も守れやしねぇ」
垣根「俺達は守らなきゃならねぇ、命に替えても・・・守らなきゃならないんだよ!」
一方「!垣根、伏せ・・・」
ガツン、とこめかみに何かが当たる
垣根「あ・・・?」
氷の塊、それはガブリエルが生み出したものだった
鈍器で殴られたような感覚に、垣根の意識が一瞬飛んだ
垣根「ぎっ・・・」
バキバキと、背中の翼が悲鳴を上げる
垣根(クソが・・・!)
無理矢理意識を繋ぐが、もはやまともに立っているだけで精一杯だった
一方「無理してンじゃ・・・」
垣根「守らなきゃ・・・ならないんだよ」
一方「!」
垣根「・・・守ら・・・」
頭の中が赤くなる
血のせいだろうか、違った
ドロリと脳みそが溶け、世界の全てが反転する
垣根「・・・守・・・zw」
一方「・・・垣根、お前・・・」
垣根「・・・守zw・・・lq・・・!」
突如、垣根の翼が色を失う
まるで空気に溶けてしまったかのように
一方(違う・・・こいつの能力は存在しねェものを操ることだ!)
一方通行がガブリエルを見つめる
一方(・・・目に見えなくなったンじゃねェ、この世界じゃ表し切れなくなったンだ)
ならば、一方通行の翼とはやはり対極的だ
一方「いいじゃねェか・・・さすが俺の相棒だ」
ゴォ、と凄まじい音を立てた一方通行の翼が巨大になっていく
何らかの影響を受けているのだ
一方「行くぞ・・・垣根」
垣根「おぉぉぉぉ!」
二人の「天使」が、ただ守るためにガブリエルに向かっていく
それはまるで、太陽に挑んだイカロスのようで
リガルディー「・・・ははは!!こりゃすげぇな!!」
その光景を、リガルディーは離れたところから見ていた
リガルディー「なんだありゃ、まさか人間が天使に似た力を手に入れられるとはな・・・」
背中に翼を生やし、優雅に空を飛ぶなどもはや人間のなせる業ではない
リガルディー「・・・なるほど、人間は別に天使を取り込まなくてもあれほどの力を手に入れられるのか」
ゾクゾク、と好奇心が湧いてくる
あれほどの存在に、「たった一人」の人間がなることが出来たのだから
リガルディー「はは、ちくしょう・・・どういう原理だよ、魔術だけじゃ説明なんてつきやしない」
頭の中にある全ての魔術の法則では、とても説明できない
まるでそれは、この世の法則のどれとも似つかわしくない、全く別の法則のようだ
リガルディー「・・・だがな、遅かったんだよ・・・」
彼の体には不可思議な文様が描かれている
生命の樹は、天使の力を使った術式だ。ならば、人間が借りている天使の力ではなく、「ガブリエル」本体から打ち出されている天使の力を媒体にすれば
リガルディー(俺の術式の威力は何倍にも跳ね上がる・・・それこそ)
アレイ「あのガブリエルをも取り込めるほどに、か・・・くだらないな」
リガルディー「!!誰だ!?」
突然聞こえた声の主は、本当に突然、リガルディーの後ろに現れた
イリーナの術式とは違う、魔術などとは関係のない方法で
アレイ「シュレディンガーの理論のようなものだよ、私は世界中のどこにでも存在している・・・それを誰かが認識したり、私がそこにあると望めば、瞬時にそこに存在できる」
リガルディー「な、なんだお前は?」
目の前の存在は、おかしな格好をしていた
どこかの病院の患者が着ていそうな服でもあるし、まるでどこかの王朝の主が着ていそうな服でもある
そして、それ以上におかしいのは、その人間の見た目だ
何かの資料で読んだはずだ
アレイ「リガルディーか、中々懐かしい名前を語るな」
リガルディー「懐かしい・・・だと?何の話だ」
アレイ「だが、本当のリガルディーは君よりも賢明だったよ」
リガルディー「本当の・・・!?貴様まさ・・・」
グシャリ、とリガルディーの右腕から音がした
そこから飛び出した鮮血が、自分の右腕が切り落とされたことを示していた
リガルディー「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
アレイ「・・・君は天使になろうとしていたのだろうが・・・それは、愚かなことだよ」
傷口を見て悲鳴を上げるリガルディーを嘲笑うかのように、その存在は言葉を続ける
アレイ「・・・そもそも、時代もシステムも違いすぎる」
リガルディー「何を言って・・・」
アレイ「君は紀元前の世界で、携帯電話が使えると思うかね」
コツコツと足音を立て、それがリガルディーに近づいてくる
一体、何を
アレイ「不可能だ、時代も違う、システムが成り立っていない・・・携帯電話は今の時代では当たり前に使えるが、古代ではただの不思議なものにしか見えない」
アレイ「それと同じだ、あの天使という存在はそもそもこの世界のフォーマットなどで説明は出来ないよ」
リガルディー「・・・あのガブリエルさえ・・・まだ未完成だと!?」
アレイ「未完成とは違う、この時代に合わせるためにずいぶんと削られているのだ」
銀の杖が、その人間の右腕に現れる
リガルディー「なん・・・」
アレイ「ともあれ感謝しよう、一方通行と垣根帝督の新たな可能性は拓けた」
リガルディー「おぉぉぉぉぉ!!」
リガルディーがタロットカードを全てばら撒く
ガブリエルの力を持ってすれば、それら全てを
アレイ「・・・愚かしいことだ」
銀の杖を一振りしたその存在が、全てのタロットカードを切り裂いた
リガルディー「・・・!!」
アレイ「タロットカードにはいくつかの種類があるが・・・君のそれは、所詮昔から受け継がれた伝統を引き継いだに過ぎない」
リガルディー「な、なんだ・・・なんだ!?その手に握られたカードは!?」
人間の掌の中には、小さなカードが一枚握られていた
アレイ「・・・トート・タロットだ」
リガルディー「トート・・・!!」
本来のリガルディーという人間は、彼のことではない
アレイスター・クロウリーの弟子になるべく、無給秘書になった人間だ
リガルディー「ま、まさか」
そしてそのトート・タロットの創始者は
その
リガルディー「貴様、まさか・・・!!」
ズバン、とリガルディーの体が真っ二つに切り裂かれた
アレイスターの握ったカードは「XX」
そこに描かれたのは、ホルスだった
アレイ「言ったはずだ、愚かしいと」
もはやもの言わぬ残骸になったリガルディーを見つめ、アレイスターが笑う
少しずつ、その体は半透明になっていく
アレイ「君は、あの馬鹿な弟子にさえ遠く及ばないのだよ」
垣根「!!」
ガブリエルの体が少しずつ薄まっていく
一方「なンだ・・・?」
垣根「・・・どういうことだ」
二人には理解できないが、「術者が破壊」されたため、魔術そのものが解除されているのだ
神裂はあくまで巻き込まれた形のため、術者には数えられないのかもしれない
だがそんなことはどうでもよかった
ガブリエルは痛みにでも堪えているかのように、無差別的に力を放出し始めた
垣根「!!」
駄々をこねる子供、しかしそれはあまりにも力がありすぎる
一方「このままじゃ下にいるヤツらがあぶねェ・・・」
垣根「・・・なら、やることは決まってるな」
小さく二人が頷く
力の元である「ガブリエル」を抑えてしまえばいい
消えかけているその天使を抑えることは出来るだろうか
垣根「いや、出来るか出来ないかじゃねぇか」
一方「やるしかねェンだ」
二人の翼はもう、ボロボロだった
これほどまでに体が疲れを訴えているのは初めてだ
垣根「・・・・なぁ、一方通行」
一方「なンだよ」
垣根「・・・俺が打ち止めを襲おうとしたとき、お前はこんな気持ちで俺と戦ってたのか」
一方「・・・さァな、忘れちまった」
笑いながら、一方通行が羽ばたく
それは、どこかの物語に現れる天使の如き姿
一方「でもな、垣根」
怪物の目は、真っ直ぐと地上の仲間を見つめていた
一方「・・・これが、何かを守るための戦いらしい」
ガブリエルが、最後の一撃を放つ
あまりにも大きすぎるそれは、一つの国を滅ぼすほどの威力を誇る
垣根「・・・そうか」
笑ってから、垣根が前を見つめる
あの時垣根が一方通行に負けたのは、単純な理由だったのだ
垣根(・・・俺は壊すために戦い、こいつは守るために戦ったのか)
だとすれば
垣根(・・・そうだよな、守るためならこんなにも俺は強くなれる)
一人の少女を守るためだけに
垣根(俺は)
真っ白な光が空を埋め尽くす
イリーナ「・・・嘘・・・」
その光景は、離れた場所からも見ることは出来た
二人の天使が、一人の天使と戦い、勝利を収めたのだ
完全な勝利ではないが、「守る」ことを成功させた勝利
イリーナ「ど、どうして・・・」
ガブリエルが消えたということは、術者が殺されたのだ
あのリガルディーが
彼女が知る限り、最も強く恐ろしかった魔術師が
イリーナ「・・・あ、あはは・・・」
こんな力を持った人間達に、自分は歯向かおうとしていたのだ
ステイル「・・・全く、最大主教のお守りなんて必要なかったかな」
後ろから近づいてくる敵の声にも、もはや警戒しない
ステイル「・・・ともあれ、無事に済んだことだ」
イリーナ「・・・どうして・・・?」
ステイル「簡単なことだ、君たちは彼らより弱かった」
イリーナ「・・・そっか」
ガクリ、と膝から崩れ落ちる
ステイル「・・・君たちの処分が決まった、極刑は免れない・・・はずだったんだが」
イリーナ「・・・はず・・・だった?」
ステイル「・・・最大主教も天使の力を目の当たりに出来て満足だったみたいだ、ある程度の寛大な措置になるらしい」
イリーナ「じゃあ・・・」
ステイル「・・・ともあれ、しばらくは謹慎だよ」
イリーナ「・・・」
ステイル「・・・一つ、言ってもいいかい」
イリーナ「・・・何よ」
ステイル「・・・守るためには、絶対的な力など必要ないよ」
イリーナ「?」
ステイル「・・・僕の知ってるムカつく男もそうだ」
はぁ、と溜め息をついてからステイルが髪を掻き上げる
あの少年の話をするのは忌々しい
ステイル「・・・大切な何かを抱きしめるだけの力があればそれでいいらしい」
イリーナ「・・・そうなのかな」
ステイル「さぁ、行こうか・・・ここで逃亡すれば、罪は重くなるよ」
イリーナ「分かってる・・・そんなことしないわよ」
ガチャリ、と魔術による拘束具がつけられる
小さく笑ったイリーナは、もう一度空を見上げる
イリーナ(・・・でも、まるで本当に)
イリーナ(・・・絵本みたいだったな)
不動「・・・あぁ、帰ったのか」
上条「・・・あぁ」
空にはもう、ガブリエルの姿はなかった
ただ、青空だけが広がっている
不動「・・・上条、ありがとう」
上条「別に特別なことなんてしてないさ」
美琴「・・・不動さん、これからどうするんですか?」
不動「・・・そうだな、もう家族を蘇らせたいなんて思わないさ」
上条「そっか」
不動「・・・こんな悪いことばかりしてたら、天国じゃなくて地獄に行きそうだな」
ケラケラと笑う不動は、まるで子供のようだった
不動「・・・上条は、不思議な力を持ってるな・・・能力か?」
上条「別に、美琴を守るための力だよ」
不動「そりゃいいや」
上条「だろ?」
クスクスと笑いながら、不動が立ち上がる
不動「お迎えだな・・・ま、あんまり急いで近づいてきてない辺、俺達の罪は軽いのかな」
上条「・・・なぁ、不動」
不動「・・・一旦お別れだよ、上条」
上条「・・・悪かった」
不動「・・・忘れてることを隠しててか?いいさ、別に」
上条「・・・」
不動「あぁそうだ、御坂さん」
美琴「は、はい」
不動「こいつ、ガキの頃から女誑しだったから」
上条「こ、この期に及んでチクるのか!?っていうか記憶にないから!!」
不動「しかも、告白されるたんびに優しい断り方をして・・・」
上条「あぁ知らない知らない!!」
美琴「そ、それ本当・・・?」
不動「ははは!!内緒だよ、嘘か真かは」
はぁ、と息を吐いてから空を見上げる
不動「・・・いつか、学園都市に行ってみようと思う」
上条「あぁ、ぜひとも」
不動「・・・ありがとう、お前と友達でいてよかったよ」
上条「これからも、だろ?」
驚いたような顔の不動の右手を、上条が握る
上条「・・・再会の約束だ、またいつか」
不動「・・・今度は、記憶なんて無くすなよ」
上条「分かってるよ」
不動「・・・そうか」
ゆっくりと背を向けた不動が、最後に大きな声で上条に告げる
不動「またな、上条!!」
上条「あぁ!!」
垣根「・・・」
地面に横たわった垣根は、じっと空を眺めていた
真っ青な青空は、先ほどまでの不気味な青ではなかった
一方「・・・終わったな」
横に寝転がっている一方通行が呟く
垣根「・・・チョーカー、どうなんだよ」
一方「知らねェ、なンでかは分からねェが電池が減ってねェンだよ」
垣根「あぁそう」
科学的なものの演算ではなかったからか
それとも、何かが彼の演算を補助していたからか
結局、まだ分からないことだらけだ
垣根「・・・心理定規は」
一方「ンなことより番外個体だ」
ほとんど力の入らない体を、どうにかして動かす
心理「・・・無茶するわね・・・あなたも」
番外「いってぇ・・・あぁ、右腕折れてる・・・」
そんなささやきを聞いて、二人が安堵の笑みを浮べる
垣根「無事だったか」
心理「当たり前でしょ・・・あなた、守ってくれたじゃない」
垣根「あぁ・・・そうだな」
番外「ねぇねぇ、二人のあの力はなんなのさ」
一方「知るかよ・・・あァクソ・・・頭いてェ・・・」
11116「情けないですね、とミサカは溜め息をつきます・・・」
一方「!!無事だったか」
12345「全く、巻き込まれた上に傷を負うなど・・・」
19999「でも、最小限の被害で済んだのさ・・・」
10398「・・・これは、貸しにしておきますよ・・・」
一方「・・・よかった」
土御門「・・・そうでもないぜ、一方通行」
一方「あァ?てめェはくたばってなかったのかよ」
土御門「・・・科学側の人間が天使の力に似たものを持っているなんて、今頃うちのお偉方は頭を抱えてるぜぃ」
垣根「んなのはてめぇらでどうにかしろよ」
土御門「おぉ、厳しいな」
垣根「・・・俺達はもう帰るからな」
体を起こした垣根が、もう一度空を見上げる
番外「・・・・そうだね、さっさと帰りたいよ・・・」
垣根「・・・上条達と連絡取ろうぜ、あとは土御門に任せるよ」
土御門「責任はねーちんにパース」
神裂「そ、それはあなたの責任でもあります!!」
土御門「あーあ、カミやんも上手くやってくれたみたいだし・・・一件落着ってとこか」
一方「・・・そォだな」
心理「・・・でも、どうしてあの天使はいきなり消えかけたのかしら」
垣根「知るか、帰ろう帰ろう・・・」
ふらつく足取りで、学園都市組が上条達の下へ向かう
上条「・・・おっす、上手くやったみたいだな」
垣根「おう、そっちもな」
土御門「しかし、まさかカミやんがあのリガルディーってヤツを・・・」
上条「?誰だよ、俺は不動を・・・」
番外「あれ、例の日本人?」
美琴「・・・?」
垣根「・・・いいだろどうでも、もう帰りたい・・・」
心理「ふふ・・・そうね」
ローラ「・・・全く、学園都市側の人間が天使の力を手に入れかけてるとはね」
紅茶を飲みながら、ローラは笑っていた
ローラ「・・・それに、あやつも現れたりてよ」
アレイスター・クロウリー
イギリス清教の中でもトップクラスだった人間
ローラ「・・・今回は借りにしておかないといけないかしら」
クスクスと笑いながら、ローラが紅茶を口に含む
ローラ「・・・美味しいわね」
いつものものよりも、とても美味しい
ローラ「・・・さて、こっちは事務処理で追われるわね・・・どうしましょう」
面倒な仕事は部下に任せればいい
ローラ(・・・アレイスター、か)
ローラ(・・・しかし、あやつは・・・今どこにいるのかしらね、学園都市の窓のないビルにはいなかったけど)
テクパトル「ただいま・・・酒、買って来たぞ」
アレイ「・・・あぁ、ただいま」
テクパトル「?いや、そこは普通お帰り・・・」
アレイ「なに、私も出かけていたのだよ」
テクパトル「そうなのか?」
アレイ「・・・さて、飲むとするか」
テクパトル「・・・なぁ、どこに行ってたんだ?」
アレイ「面白い場所さ、とても興味深いところにね」
テクパトル「・・・そうか」
酒をグラスに注ぎながら、テクパトルが笑う
アレイ「・・・さて、では乾杯といくか」
テクパトル「・・・あぁ」
アレイ・テクパトル「乾杯!」
番外「・・・いってぇ、あぁいってぇ!!」
飛行機の中で、番外個体はギプスの巻かれた腕を押さえていた
一方「うるせェな・・・」
美琴「・・・でも、心理定規が仮に巻いた包帯だから・・・」
心理「そうね、早く病院で本格的に治療しないと」
上条「・・・はぁ、みんなお疲れ様」
垣根「・・・そうだな、疲れたよ」
窓から見える雲を見つめ、垣根が笑う
垣根「・・・本当に、いろいろあった」
一方「あァ」
上条「・・・帰ってゆっくりしたいよ」
美琴「うん・・・」
心理「・・・ところで、上条君」
上条「ん、なんだ?」
心理「その座席、シートベルト壊れてるけど大丈夫?」
上条「」
一方「そろそろ着陸だなァ」
番外「ドンマイ、上条」
上条「嘘だろぉぉぉぉ!!!!」
ガクン、と機体が揺れた・・・
上条「不幸だぁぁぁぁ!!!!!!!!」
961 : ◆G2uuPnv9Q. - 2011/12/30 16:31:42.21 gtqWL0MT0 801/801
ということで真面目なのはここまで
またいつもに戻りますね
次スレはこちら
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続き: 29スレ目 上条「好きと叫んでも!」美琴「心は遠く!」心理「貴方を呼んでも」垣根「振り向かず!」
※編集中です。近日中に公開します。
ハハッハハッハハッハハッハハッハハッノ ヽノ ヽッノ ヽ/ \ッ/ \/ \ッあー楽しいやべえよ!