お客様「でも、見た目は少女寄りだよな。小さいし」
小女「お客様よりも年は上です」
ぷいっ。
お客様「……あー、えっと、小女って……何?名前?」
小女「ここ、旅籠屋で働く女中です」
お客様「はたごや?じょちゅう?」
小女「……はぁ」
お客様「うわ、あからさまな呆れ顔と溜め息」
小女「ここ、旅館で、働いています」
お客様「なるほど。旅館かー。だから着物なんだな」
元スレ
お客様「しょうじょ?」小女「違います。こおんなです」
http://hayabusa3.2ch.sc/test/read.cgi/news4viptasu/1424358035/
小女「と言う訳で、こちらに一筆。氏名と性別の記入をお願いします」
スッ。
お客様「えっ。何そのぼったくり品の契約書にサインお願いしますな流れ」
小女「骨董品も扱っていますので、ご希望であれば契約書に変えますが」
サッ。
お客様「結構です。あ、いや、変えなくて大丈夫です」
小女「お客様は旅の途中にこの旅籠屋へ寄られた。その証として、一筆頂ければと」
お客様「なんだ、契約書じゃなくて色紙か。サインなんてそんな直ぐに書けないぞー?」
シュピピシュバッ!ピッ!
お客様「あっ、手に付いた。……普段筆で書かないからな」
小女「書き慣れした一筆、ありがとうございます」
お客様「嫌味か」
小女「まさか。まるで、渡す機会は無いのに練習だけは繰り返していたかのような滑らかな動作に感心しただけです」
お客様「嫌味だな」
小女「いえ、決して、そんな、嫌味だなんて」
お客様「……まあ、確かに他人に渡したのは初めてだ。大事にしろよ?」
小女「ふむふむ……広瀬日向(ヒロセヒナタ)男、と」
宿帳にさらさら。
お客様「聞けよ」
小女「あら?この一筆……寄り賃として頂くには些か釣り合いが取れていない……」
お客様「なっ、何だよ寄り賃って!お金なら無いぞ!」
小女「逆です。お釣りをお渡ししなければなりません」
お客様「お釣り!?」
小女「そうですね……」
じーっ。
お客様「幾ら、だ?」
ゴクリ……。
小女「視野を。周囲が、良く見えるようになる視野を、お渡ししましょう」
にこ……。
お客様「……は?……はー。お金じゃないのか……まあ、そうだよな。売れるどころかデビューすらしていない自称作家のサインなんかなぁ……」
小女「家は火の車ですか?」
お客様「大炎上中」
小女「それはそれは……」
くすくすー。
お客様「うわ、からかった挙げ句の嫌な笑い」
小女「さて、お客様。お迎えが来たようです」
お客様「迎え?」
ひ「こんにちはなのです!」
ぱたぱたぱたぱた。
お客様「……は?」
ひ「はじゃないのですよ!ひ、なのですよ!」
お客様「なんか、一メートルくらい先に平仮名のひが浮いているんだけれど。両側ぱたぱたさせているんだけれど」
小女「お客様の旅のお供ですよ」
ひ「はひー!」
お客様「意味解らないから」
小女「旅は……強制ではありません。旅をしても良いし、しなくても良い。ここを旅の終着として終わらせるのも、お客様の自由。幸い、お部屋はまだご用意出来ます」
お客様「いや……次の題材の為にも、行かないと」
小女「そうですか」
お客様「家計の大炎上は鎮火させたいけれど、作家としての意欲は大炎上させ続けていたくてな。その為には燃やす薪がいる」
小女「だから、行くんですね」
お客様「ああ。……って、お前本当に付いてくるのかよっ!?」
ひ「今の所は貴方について行くなのですよー」
ぱたぱたぱたぱた。
小女「ありがとうございました。道中、お気を付けて」
ぺこり。
小女「……あるひとの旅。しかと見届けてあげましょうか。……ね?」
にこ……。
ひ「ここはどこなのですか!」
ぱたぱたぱたぱた。
日向「遊園地だよ」
ひ「遊園地!ひが入っておりませんですの!遊園ひにするべきですの!」
ぱたぱたぱたぱた!
日向「……お前、少し離れてる筈なのに煩いな」
ひ「今はそこまでひが近付けなひですの!」
日向「いや、これ以上近付かなくて良いから。平仮名のひとか意味解らないし」
ひ「それでどうするんですのー?」
日向「そうだな……次の題材は遊園地殺人事件、ミステリーホラーだから……」
ひ「もっと楽しいのがいひですの!」
日向「はぁ?」
ひ「ラブロマンス……おひんっ。ラブひマンスにするべきですの!」
日向「無理矢理ひ入れようとするなよ。しかもなんか暇で退屈そうだし。そんなカップル話、結末は別れ一択だろ」
ひ「はひー?」
ぱたぱたー?
日向「何とぼけてるんだお前」
ひ「カップル……どひーんと大爆発ですの!」
日向「なんか平仮名のひなのに怖いなお前」
ひ「はひひー?」
ぱたぱたぱたー?
日向「取り敢えず、最初はコーヒーカップと」
ひ「コーひーカップ!?解っているではありませんかですのー!」
日向「何興奮してるんだお前。好きなのか?」
ひ「コーひーカップですのよ!コーひーひー!」
ぱたたぱたた!
日向「ああ、ひが入っているからか」
ひ「いずれはコを乗っ取りひーひーカップにしてやるんですの!」
ぱたー!きらー!
日向「ぷっ。なんだよひーひーカップって。……けど、コを乗っ取るなんて、意外と野心家なんだな」
ひ「ひーひー言わせるんですの!」
日向「……お前それ意味解ってるのか?」
ひ「そしてそして、いずれはひーひーひひひに!」
ぱったたー!きらきら!
日向「……いつから汚れ始めたっけなー」
遠い目。
日向「よっこらしょ。……で、乗らないのか?」
ひ「ひは、ちゃんと貴方の側にいるのですよ!」
日向「乗りはしないんだな。……えーっと、最初はコーヒーカップの回す部分に作り物の生首が置いてあって」
ひ「生首なんて怖いんですの!生ひびにするですのっ」
日向「何だよ生ひびって。生ビールの日々か?あー……暫く呑んでないな。ん?生ひび…………」
ひ「貴方は……生ひびに……するのです……貴方は……」
日向「…………」
ひ「……生ひび……」
日向「…………」
ひ「どうして黙ってるんですの?」
日向「うっ!ううううるさい!べべべべつに、やらしい方で考えていたんじゃないからな!官能小説に方向転換はしないからな!」
ひ「はひー?」
ぱたぱたー?
日向「よしっ!コーヒーカップの描写は決まった!次は……」
ブー。
係員「間もなく動きます。危険ですので、立ち上がらないで下さい」
日向「あっ、ちょっと待って、見たかっただけで回りたくはな──あーっ!」
ゴウンゴウン。
ひ「ぐるぐる回るですの!回るですの!今はまひるですのー!」
ぱぱたたぱぱたたー!
日向「うぷっ……気持ち悪い……」
ベンチにぐたー。
ひ「大丈夫ですの?よひよひですの?」
日向「ああ、酔い酔いだよ……」
右にぐたー。
ひ「よひよひ……」
左にぐたー。
ひ「よひよひ……」
日向「……お前、移動するの早いな。しかも、よひよひって、言葉で看病のつもりか?」
くすっ。
ひ「よひよひ……上手くいったようだな。あの小娘はよひよひしたくなるくらいのよひ上玉よぉ……。よひよひ、ほうひをやろうぞ!なのです!」
ぷひー。もわわわ……。
日向「かはっ!褒美ならぬ放屁とはっ……無念……なり……」
ガクッ。
日向「……えっ、ちょっ、本当に臭っ!お前マジふざけんなよっ!臭っ!!うっ……臭っ!!」
ひ「ひ、奥義!ひとほうひのガスチェルト!なのですー!コンチェルトとみたいでお洒落なのですー!」
日向「お前は殺す気か!何が一放屁だ!」
ひ「はひー?」
ぱたぱたー?
日向「こいつ……」
イラっ。
日向「さてと。次はお化け屋敷ホラーマンションに行くか」
ひ「もう大丈夫ですの?無理はしないでくださひですの」
日向「近くに居るひのせいで鼻は大丈夫じゃないけど大丈夫だ」
ひ「では、レッツひゴー!なのです!」
日向「レッツラ!ゴーな」
ひ「いざゆかん!お化け屋敷ホラーマひション!」
日向「お前は、更に麻痺のバッドステータスを負えと?」
ひ「…………」
ぱたぱた。
ひ「いざひかん!お化」
日向「悲観したくもなるわ」
お化け屋敷内スタスタ。
日向「暗いけど怖さはそんなに無いな」
ガシャーン!
ひ「がひゃーん!」
ガターン!
ひ「がひーん!」
パリンッ!
ひ「ぱひんっ!」
日向「いちいちひに置き換えて言い直すな鬱陶しい」
ドサドサブヒュゴー!
ひ「…………」
日向「……言わないのかよ?」
ひ「ひ、入っているんですの。なぜ、言う必要が?」
ぱたたー。
日向「腹立つわこいつ」
再びお化け屋敷内スタスタ。
日向「うーん……なんか効果音が生活音ばっかりで怖くないな。幾らマンションだからって……」
横チラー。
住人「妻よ!悪かった!もう浮気はしない!この通りだ!」
住人「駄目よ……貴男何回目?切り落とすしか無いわ」
住人「ま、まってくれ、それだけは、それだけはアーッ!!」
血ブシャー。
日向「……行くか」
前にスタスタ。
住人「こうして、おれはこのマンションの幽霊になったのさ」
前方からヌッ。
日向「はー……なんか音が煩かっただけで怖くなかったな」
お化け屋敷から出る出る。
日向「しかもあの幽霊自業自得だったし。まぁ、狂った人間が一番怖いか」
ひ「ひ業ひ得!ひが業を犯せば犯す程ひが得をするんですの……!」
日向「……えーっと、お化け屋敷はヒロインとの距離を縮めるイベントに使った後に、本物の死体がお化けに使われていてー……」
ひ「……無視ですの?」
ぱたー……。
日向「お前も、いっちょ前に拗ねたりするんだな。可愛げがあるじゃないか」
クスクス。
日向「もうちょっと近付いたらどうだ?最初の頃よりは距離が縮まったと思うけどさ」
ひ「……今は、この距離でいひですの」
日向「そうか」
ひ「いいひは、良い按配を心得ているものなんですの!」
ぱたぱた!
日向「そうかそうか」
クスクス。
日向「ふぅ。ちょっと喉乾いたな」
チャリン。ガコン。
プシュッ。ゴクゴク。
日向「はーっ。冷たい飲み物が体に染みるな。……お前も飲むか?」
ひ「飲み物、いらなひですの」
日向「そんな事言って、さっきよりもまた距離が近くなったじゃないか。飲み物欲しさに近付いてきたか?ん?」
ホレホレ。
ひ「違うですの!ひー……」
距離じりじり。
日向「痩せ我慢は良く無いぞ?」
ひ「痩せひまん!なのですっ」
日向「あー、隠れ肥満的な」
ひ「ひふー。飲み物を上手く変えられなかったからすっきりなのですわー」
日向「お前は病気か何かなの?」
ひ「はひ?ひはひですよ?」
ぱたぱたー?
日向「あ、そう」
ひ「すっきりしたらひが飲みたくなったぞー。なのです」
日向「えっ……共食い……?」
ヒュオー。ゴー。キャーッ!
日向「次はジェットコースターだな」
ひ「ジェットひースターのご搭乗にギャラリーが色めき立つんですの!」
日向「ジェットひーか。スターと言うよりも売れない芸人みたいな名前だな」
ひ「ギャラリーが阿ひ叫喚……」
日向「ネタが悪いのか顔面が悪いのか」
ガチャン。
日向「安全バー、ベルトオーケー。……何で隣座席のちょい向こうにいるんだ?隣に来るか?」
ひ「ひは、隣に乗りたくなひですの」
日向「ジェットコースターの早さに付いてこれるのか?」
ひ「ジェットひースター」
日向「……ジェットコースターは歩いている時よりも早いぞ?」
ひ「ジェットひースター」
日向「ジェッ」
ひ「ジェットひースター!」
日向「まだ言い切ってないぞ」
ひ「あっ……早とちりしてしまいましたですの。ひなのに……これは、ひとちりしないとですのっ」
日向「どうしてこっちを見る。一散りしないぞ」
係員「間もなくのスタートで……はいスタート!!」
ゴォーッ!!
日向「うわっ、風が凄いな……それに圧が……」
横チラー。
ひ「ひー……」
日向「…………」
ひが、教科書の落書きシリーズ。文字に横線を複数足すと速く動いているように見える。の、ようになっていた。
ひ「くたひたですのー……」
ひたー……。
日向「やっぱり、あの高さと速度。安全バーが外れて落ちたら死ぬな。……殺人事件と見せ掛けて本当に事故のギャグ落ち?いや……ん?」
ひ「なんですの?ひに何かついてますの?」
日向「なんかお前、大きくなってないか?」
ひ「……風のせひですの」
ぱたぱた。
日向「それに、隣は嫌だって言った割りには、距離がだいぶ近いよな。手を伸ばしたら届きそうだ」
ひ「貴方からは、触れなひですの」
日向「あ、あれ?本当だ。なにか、間にあるみたいな……」
ひ「ひに、さわりたひですの?」
日向「……まあ、ちょっと気になるよな。どんな感じかは」
ひ「今はひからしか、近付けなひですの。でも、ひは……貴方に、触りたくなひですの」
日向「…………」
ひ「これ以上……近付きたく、なひですの」
ぱた……ぱた……。
日向「……そっか。ちょっと、仲良くなれたのかなって思ってたけれど……ごめん。勘違い、だったな」
ひ「違う、ですの。だからこそですの!」
ぱたぱたっ!
ひ「今まで、こんなこと思ったことなひですの!近付きたくないなんて……なのに、ひは、ひは、とめられなひですの!」
ぱたぱた!ぱたぱた!
ひ「ひが、近付いたら、貴方は……」
ぱ、た……ぽろ……ぽろ……。
ひ「ひ……?」
日向「おっ!おい、お前、崩れて……!」
ひ。
そのたった一文字が。
崩れていく。
ひ「あ、ひ……良かっ……これ以上、ひ……は、貴方に、近づかな……」
ぱたぱたから、ぽろぽろへと変わる。
日向「おっ、おい!ひー、ひーっ!」
伸ばした手は、一度もひに触れることはなかった。
日向「…………」
日向の住みかであったボロアパートは、隣人の不始末で火事になっていた。
その時、日向は執筆作業に疲れ、眠っていた。
話によると、火は日向を囲っていたものの、奇跡的に寝ていた布団には引火していなかったらしい。お陰で、身体に火傷を負う事は無かった。
深夜ではなく真昼と言う事もあり、通報が早かったと言うのも奇跡を作り上げた一つかもしれない。
それに、夢を見ていたせいか、苦しさや辛さを日向は感じなかった。
日向「……あれ?これ、煤じゃない……墨?」
ごしごし。
日向「墨なんて家に…………もしかして、夢じゃない?」
十年後。
日向「……今までミステリーホラーで全然かすりもしなかったのに、今じゃベストセラー作家だ」
日向「あるひとの旅。デビュー作で、今も売れている本だ。平仮名のひと、ある人が旅をする話」
日向「お前に出会わなかったら、こんな話は書けなかった。いつまでも面白くないミステリーホラーを書いていただろう」
日向「ありがとう、ひ」
日向「出来れば、もう一度お前に会いたいよ」
ひ「ひーひー言わせたですの!」
ぱたぱたぱたぱた。
日向「え?あ、ひ……?ひ、なのか?ひー……ひー、ひー!」
ひ「ぷひー!二回もひーひー言わせたですの!」
ぱたぱたぱたぱた。
日向「また会えて嬉しいよ、ひ。……ありがとう」
スッ……。
小女「これが、お客様の旅の終着」
にこ……。
小女「ここにあるのは、あるひとの旅と言う初版の本。そして、この旅籠屋に飾られておりますのは、広瀬日向先生の一筆……大変価値のあるものです」
小女「そう、悲劇の広瀬日向先生の、貴重な一筆ですから」
小女「人気も売れ行きも好調だったベストセラー作家、広瀬日向先生の、突然の焼死。いっそ、綺麗な終わり方だと思いませんか?」
小女「常に、先にひが居る広瀬日向先生は、絶対にひから逃れられないのですから……」
くす……。
小女「それでは、また新たなお客様がいらした時にお会いしましょう」
ぺこり。
終

