夏休みも最終日を迎え、夏の終わりをしみじみと実感する。長かったようで短かった夏休み。
今年も夏期合宿を筆頭に、昨年と同様――いや、それ以上にハルヒには引っ張り回された。もうこれでもかというぐらい振り回された。
体も心もへとへとになってしまったわけだが、それなりに充実していたと訊かれれば頷ざかるを得ない。
まぁ、そんな夏休みだったわけだが流石に最終日くらいは朝寝という惰眠を貪り、のんびりと過ごしたいと思っていた。
そう、過去形なのだ。そんな俺の休日をぶち壊しにしてくれるやつは数える程しかいない。むしろ特定の人物に決まっていたりする。
俺の特殊な事情を多少なりとも知っているなら直ぐにその特定の人物に思い当たるだろう。
そう、涼宮ハルヒである。
「キョンくんあさだよ~」
今日は起こさなくていいと言ってあったはずなのに、何故か普段と同じ時間に妹に叩き起こされた。
だがしかし。今日はなんといっても8月31日である。
そんなことをされても俺は起きないという断固たる意志を見せるべく布団を頭から被り直した。
これで諦めて出ていってくれるだろう。
「ハルにゃん、キョンくんおきないよ?」
「やっぱり妹ちゃんじゃあ軽すぎるのね。ここはあたしが一発フライング・ニーを見せてあげるわ」
行くわよ~という気合いの入った我が家に存在するはずのない声。おい、ちょっと待て。
そんなはずは無い。俺の灰色の脳細胞は――ん?なんかいろいろと違うような気がするがこの際は構わない。
そんな些細な疑問はアンドロメダ辺りに置いといて、だ。早急に確認すべき事象がある。
「おい、何でハルヒが――」
勢いよく起き上がったのがいけなかった。かばりと布団を跳ねのけて起き上がった矢先に俺の顔面に膝がめり込んだ。
プロレスラーだって失神するような見事としか言い様が無い一撃。
「あっ……!って、キョン!何やってんのよ!?」
ハルヒのぎゃーぎゃーという文句とともに俺は望んでいた二度寝を失神という形で果たすことと相成った。
「遊びに行くわよ」
不幸なことに、俺の二度寝は僅か数分で終わった。焦ったハルヒが俺の胸元を掴んで前後に激しく脳ミソをシェイクしてくれたおかげでな。
で、悪夢から目覚めて改めて向き合ったハルヒの第一声がこれである。謝罪の言葉なんてものは遥か彼方に置き忘れてしまったのか。
主語も目的語あったもんしゃない。いや、目的語はあるか。どうも頭が上手く回らない。
「謝罪を要求する」
「嫌よ。何で団長のあたしが平団員に頭を下げなくちゃならないのよ」
「そうか。なら勝手に遊びにでも行ってくれ。俺は寝る」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!団長命令よ?キョンに拒否権なんか無いんだからね!」
知るか。謝罪もできんやつと遊びに行けるか。などといつになく強気な俺。ひとえに寝起きで頭が上手く回っていないおかげだろう。
まったくありがたくない。
「――……悪かったわよ。これでいいんでしょ?ほら、さっさと着替えなさい」
まだまだ言いたいことはあったがこれぐらいにしておこう。
これ以上刺激するようなことになってはどこぞの爽やかスマイル0円の超能力者のバイトを増やすことになりかねない。
「それで、どこ行くんだ?」
母親のにやにやした視線を黙殺しやってきたのは何時もの駅前。朝食もろくに摂ってないせか、若干腹が減っている。
「映画なんてどうかしら?」
「映画?そういや面白そうなのが幾つか公開してたよな」
魚のアニメやデスメタル、はたまた本格科学冒険映画みたいなやつか。
「で、どれを観るんだ?」
正直なところ、あまり乗り気ではない。しかし、ボーリングなどのように体力を使わないという点に置いては賛成である。
「これよ」
ハルヒが手に持ったパンフレットを鼻先に突き付けられる。いつの間に買ったんだ、それ?
「この子供の頃の与太話とかがやたらスケールが大きくて面白そうじゃない」
確かにハルヒの好きそうな内容ではあるな。番宣程度の知識しかないけどな。
「ほら、チケット買うわよ」
左手を掴まれズルズルと引きずられていく。無理矢理連れてこられたわけだが、
ハルヒが奢ってくれるわけもなく自腹を切ることとなった。
当たり前か。映画と言えばポップコーン。ポップコーンと言えば映画と言っても過言ではない組み合わせ。
映画館で食べるポップコーンは格別というか、自宅で映画を観ながらポップコーンを食べても味気ないものである。
小腹も空いていたので丁度いい。売店でポップコーンとコーラを購入した。
「何でお前は我が物顔で俺のポップコーンを食べてるんだ?」
「べふにひひじゃなひ」
ハムスターのように頬を膨らませてもしゃもしゃと咀嚼するハルヒにため息しか出てこない。
さて、映画館での座席といえば左右にひじ掛けがついていのだが、それの占有権を取れるかどうかで映画をじっくりと楽しめるかどうかが決定する。
時間が早いせいもあってか、幸いなことに館内はあまり混んでおらず、ゆったりと座ることが出来た。
俺の左隣にはハルヒ、右は空いている。ハルヒも対称ではあるが同様の状況下にある。
つまり、ハルヒと俺の間のひじ掛けをゲットできるかどうかで話は変わってくる。
「ちょっと、キョン。邪魔だから手どけなさいよ」
「断る」
身を削り合う攻防の結果、俺が占有権をとることとなった。これでじっくりと映画が観れると思った矢先、
あろうことかハルヒは俺の手の甲に手を乗せやがった。
「おい、何やってんだ?」
「ふん、知らない」
文句を言おうとしたところで場内の灯りが落ちる。これ以上の私語は他の客に迷惑だということで渋々黙った。
なんとく手のひらを返してみる。ハルヒの手のひらと俺の手のひらが合わさった。ついでに指を絡めてみた。
ハルヒは怒るかなと思ったが、特に動じた様子もなく画面を食い入るように見入っていた。そんなハルヒの横顔をずっと眺めていた。
映画を見終わった後は買い物に付き合ったりと、夏休みの大半と対して変わらずにハルヒにぶんぶんとハンマー投げのように振り回された。別れ際にハルヒがまた明日などと言って少しだけ寂しそうにしていたことを除けば、特筆するようなことはなかったと思う。
帰路に着いたところで、そういえば二人っきりで遊びに出掛けるなんて、まるでデートみたいだなと思った。
後日、ハルヒ以外のメンバーにそのようなことを話したところ、思い切り呆れられてしまった。
なんでだ?
終わり
ハルヒSSは激甘が多いな