2 : VIPに... - 2011/04/19 00:08:21.75 XCwvBlUYo 1/134

「…………みんな、いなくなっちゃった」


「マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも」


「残ったのは、わたしと」


「ほむらちゃんだけ」


「ねえ、ほむらちゃん。いるんでしょ?」


「聞かせて。あなたは何を、知っているの」


掠れた声が響く。
まどかの部屋、一面を覆う暗闇の中で静かに黒が揺れる。
彼女の表情に変化はない。

元スレ
ほむら「もう絶対に諦めない」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1303139260/

3 : VIPに... - 2011/04/19 00:08:49.15 XCwvBlUYo 2/134

「鹿目まどか。あなたがそう望むのなら」


激しく窓を打つ雨音をBGMに
時折轟く稲光を背景にして
彼女は語り始める。


「わたしの願いは、あなたを助けること」


「そのために魔法少女になって、時を渡る能力を手に入れて」


「この一ヶ月を何度も繰り返している」


「あなただけを助けるために」


その両手は、自然と祈りの形に組まれていた。

4 : VIPに... - 2011/04/19 00:09:39.25 XCwvBlUYo 3/134

「魔法少女になる前のわたしは、何の力も持たず、病弱で、鈍臭い」



「どこにでもいる女の子だった」



「そして、ある日魔女の結界に囚われて」



「巴マミとあなたに助けられた」



「私の最初のおともだちになってくれた、あなたに」



「そんなあなたたちに、あなたに、私は憧れた」



「とても格好よかったから。私になかったものを、全部持っていたから」

5 : VIPに... - 2011/04/19 00:10:09.69 XCwvBlUYo 4/134



「でも」


















「あなたたちは死んでしまった。ワルプルギスの夜に」

6 : VIPに... - 2011/04/19 00:10:41.24 XCwvBlUYo 5/134


「あなたの亡骸を抱えながら、私はキュゥべえと契約して魔法少女になった」



「鹿目まどか。あなたとの出会いをやり直すことを願いとして」



「時間を遡る力を手に入れた」



「最初はワルプルギスの夜さえ倒せればいいと思っていたのだけれど、現実はそう甘くなかった」



「ある時間軸で、美樹さやかが魔女化して私は魔法少女の真実を知り」



「魔法少女になったあなたが、やがて最悪の魔女に変わることも知った」



「そうして、私の勝利条件は限りなく厳しくなって」



「……何度も何度もこの一ヶ月を繰り返して、その度にみんな死んでしまって」



「今度もまた、みんな死んでしまった」

7 : VIPに... - 2011/04/19 00:11:24.24 XCwvBlUYo 6/134



独白を終えて、静かに閉じていた目をあける。
きっと泣いているだろうと予想して、そしてその正しさにうんざりする。
自分は一体何度、この少女を泣かせれば気が済むのだろうか。


「……ほむらちゃん、ずっと一人だったんだね」


「ごめんね……ごめんね……」


「何も知らなくて、ごめんね……」




「あなたが謝る必要はないわ。これは私が望んで、私のためにしていること」


「あくまで私は私の願いで、ソウルジェムを輝かせたのだから」



彼女に言い聞かせているのだろうか、自分に言い聞かせているのだろうか。

8 : VIPに... - 2011/04/19 00:12:06.48 XCwvBlUYo 7/134


「だから」



「泣かないで、私に守られて欲しい」



だからどうか、泣かないで。






「ひとつ、ひとつだけ……聞くね」

「もしワルプルギスの夜を倒したら……ほむらちゃんは、どうするつもりだったの」



そうして、呼吸が止まる。
彼女にだけは絶対に聞かれたくなかった質問に、




沈黙で答えてしまう。


そして聡い彼女は、その沈黙から答えを汲み取って。

9 : VIPに... - 2011/04/19 00:12:53.77 XCwvBlUYo 8/134



「……ほむらちゃん」


「……っう、私いまから、きっととても酷いことを言う」

息を吸って吐いても、
どうしても嫌な汗は止まらない

「わたし、は、一人じゃしあわせになんて、なれない」


「助かったなん、て、思え、ない」


「ぅ……う、ほむらちゃん、ごめん、わたし、すごくずるいこと言ってる」


「でも、やだっ、よ」


「ほむ、ほむらちゃん、がどれだけ、つらかったのかなんて、私にはわからないのに」

10 : VIPに... - 2011/04/19 00:13:52.59 XCwvBlUYo 9/134

「ずるくて、嫌な子で、よくばり、で、ごめん」


「いや、嫌だよ。 っほむらちゃんたちのいない世界、で、なんて」


「マミさんも」

「さやかちゃんも」

「杏子ちゃんも」

「ほむら、ちゃんも」


「みんな、みんな……一緒に、いらっ、れ、る、そんな生活を」


「うぅ……ごめん、ごめん、ね、ほむらちゃん、ずるくて、嫌な子で、卑怯で」


「で、でも、なんで、それだけのことも、かなわ、ない、の……………」


「うぅっ、うああああああああああああぁぁぁぁぁぁ…………」

11 : VIPに... - 2011/04/19 00:14:22.35 XCwvBlUYo 10/134



堰を切ったように泣き出してしまった彼女を、衝動的に抱き寄せる。
胸の中で繰り返される謝罪が、逆に心に深く刺さって、
それでも不思議と、平静を保っていた。



「いいの。あなたのその願いは、普通の女の子が当たり前に持っているもの」


「あなたは何も悪くない」


「ただ、私のこの両手は、世界を相手取って戦うには、あまりにも小さすぎた」


「かつては私も、みんなを救おうとしていたけれど」


「繰り返す失敗の中で……諦めてしまった」


「ごめんなさい。謝るべきなのはむしろ私」


「またこうして、あなたを悲しませてしまった」

12 : VIPに... - 2011/04/19 00:15:13.36 XCwvBlUYo 11/134


口から零れる言葉に、けれども自分の心は動いてくれない。
諦観の根はあまりに深く、私の心を貫いてしまっていた。







「っ、ほむらちゃんは、悪く、悪くなんて、ない!」






「だって、そんな、何度も何度も、みんなが死ぬ所を目にして」


「それでも、私の、私なんかのために、だって、そんなに」


「絶対、絶対に!ほむらちゃんが悪いなんて、ことはないもん!」


「っううううううう、うううぅぅぅぅぅぅうぅうあああああぁぁぁぁ…………!」


鹿目まどか、あなたは本当にどこまでも優しい。
その優しさのせいで、凍らせたはずの感情がほどけて


「………………………、っう………………………………………………」


最後に流したのはいつとも知れない、涙を零してしまっていた。




そうして二人の少女は涙を流し続け、
窓を打つ雨音はさらに激しさを増す。
謝罪の声はどちらとも取れず、ただお互いを慰め続けて、時は流れていった。

13 : VIPに... - 2011/04/19 00:15:59.85 XCwvBlUYo 12/134


時計が教えてくれたでもない。
予兆を感じたわけでもない。
ただ経験が、タイムリミットを宣告した。
今も泣き続ける少女を胸から離して立ち上がる。


「……じゃあ、まどか。私は行くわ」

「待って……ほむらちゃん、どこに行くの」

「だめ……だめだよほむらちゃん、負けちゃうんでしょ、死んじゃうんだよ!?」

「それでも」






「魔法少女だから」

14 : VIPに... - 2011/04/19 00:16:33.62 XCwvBlUYo 13/134




「かつてあなたも、同じ場面で同じことを言ったわ」



「あなたを守れるなら、私もこの祈りを、命を、惜しいとは思わない」



「魔法少女になったことを、後悔なんてしない」



「じゃあね。鹿目まどか」



「あなたはここにいて。決して、契約などしようと思わないで」

15 : VIPに... - 2011/04/19 00:17:27.79 XCwvBlUYo 14/134


ほむらちゃんを止めることはできなかった。
窓から飛び去った彼女は、もう遠くに影を見ることすらかなわない。
呆然と立ち尽くすこの身の無力が、ただただ恨めしい。


「暁美ほむらは勝てない。放っておいたら、死んでしまう」

「キュゥべえ……」

「あなたが、ほむらちゃんを、みんなをそうやって焚きつけて……!」

「勘違いしないでほしいな。そもそも僕は、彼女と契約した記憶すらない訳だけど」

「世界の有り様も、彼女たちの運命も、僕の関与した所ではない」

「ただ、彼女たちの願いの結末があるだけさ」




「……キュゥべえ。本当に私が契約したら、こんな結末を変えられるの?」

「ほむらちゃんは、死なずにすむの?」

「ああ。君の力なら、ワルプルギスの夜など敵ではないよ」

16 : VIPに... - 2011/04/19 00:18:08.75 XCwvBlUYo 15/134


彼女は、私を契約させないためにずっと戦い続けてきた。
そんな彼女の願いを、私は台無しにしてしまえるのか。

答えは出ない。
ただ、今の自分のままでも、出来る事を探して、
走り出した。




「ワルプルギスの夜のところまで案内して!」

「おやすい御用さ。さあ、僕の後ろについてきて」




雨粒が頬を、全身を叩く。
ただ間に合うことだけを願いながら、がむしゃらに足を動かした。

17 : VIPに... - 2011/04/19 00:18:47.67 XCwvBlUYo 16/134


ワルプルギスの夜は、やはりとても敵う相手ではなかった。
今までに一人きりで戦ったこともあったが、今回はそれにも増してひどかった。
まどかの部屋で泣き続けたせいか、ソウルジェムは既に鈍色に濁ってしまっていて、
赤子の手をひねるように、叩き潰されてしまった。


右腕を確認する。
炎に包まれた肘から先は炭化して、動かすどころか感覚もない。

左腕を確認する。
ソウルジェムのために必死に守ったが、人差し指と中指が千切れてしまっていた。
もはや銃の引き金を引くことすらもままならない。

両足を確認する。
ビルの破片が方々に突き刺さり、縫い止められ、身動きなどできる状況ではない。

胴は……とても見せられたものはない。
はしたないなあ、なんて、そんなごく普通の思考がどこか遠くのものに感じてしまえる。



つまるところ、チェックメイトだった。

18 : VIPに... - 2011/04/19 00:19:30.08 XCwvBlUYo 17/134




(幾重にも重ねたループの結末が、これなんてね)



(あんなにまどかを泣かせてしまった、このループで終わるなんて)



(でも、そう……もう、疲れてしまった…………)





黒く、黒く、ソウルジェムを絶望が染めていく。
そんな彼女を、一つの声が呼び止める。






(……ちゃん!…………ほむらちゃん!)

19 : VIPに... - 2011/04/19 00:20:24.74 XCwvBlUYo 18/134



満身創痍の身に響いた声は、家にいるはずのありえない声。
こんな姿を見せてしまった自分の弱さを呪う。


(……まどか!? どうしてここに、家にいなさいと……!)

(ほむらちゃんだけ戦わせて、私は安全なところにいるなんて、そんなのできない!)


家で決意できなかった自分の弱さを呪う。
そして強く。
凄惨と言うしかない彼女の有様を見て、強く決意する。


(ほむらちゃん。ほむらちゃんは、これまでずっと一人で戦ってきたんだよね)

(だから、ほむらちゃんの手の届かないところで、みんなが死んでしまった)

(だったら、もうほむらちゃんを一人になんてさせない!)

(私が、ほむらちゃんのそばにいる!)


時を渡る能力はきっと彼女だけのもので、自分が手にできるものじゃない。
自分に救えるのは目の前の彼女だけだけれども、彼女ならもっとずっと多くの人を救える。
だから、迷わない。

20 : VIPに... - 2011/04/19 00:21:25.17 XCwvBlUYo 19/134


「キュウべぇ!」

「私は魔法少女になる!私の願いは、」



すっと深く息を吸って、



「-------------------------------------ほむらちゃんに奇跡を!」



(ほむらちゃん、お願い)

(どうか、どうか私だけじゃなくて、皆を救ってあげて)

(ほむらちゃんだけじゃないから。この世界に生きた、私の力をあげるから)

(どうかお願い……)



「いいだろう鹿目まどか。君の願いはエントロピーを凌駕した!」

「契約完了だ! さあ、ワルプルギスの夜を打ち倒すといい!!」


言われなくても。
私の大切な人を、こんなに痛めつけた、目の前の怪物を絶対に許さない。
大きく弦を引き絞り、全力で放つ。



ワルプルギスの夜は、一撃で消滅した。

21 : VIPに... - 2011/04/19 00:22:23.59 XCwvBlUYo 20/134



ソウルジェムが黒く染まっていく。

それは事前に聞いていたこと。だから、覚悟はできていた。

今できることとして、もう一人の魔法少女に言葉を託す。



「ねえほむらちゃん。私も後悔しないよ、魔法少女になったこと」


「ほむらちゃんを守れたんだから、それは私の誇りなんだよ」


「私の力、ちゃんと受け取ってね」


「まどか……あなた、あなたは…………!また…………!」


「どうしてあなたはいつも、自分を犠牲にして…………!」


「それがハッピーエンドに繋がるのなら、私はいつだってこの身を捧げる」


「ほむらちゃんを信じてるから」


「皆を救ってくれるって、信じてるから」

22 : VIPに... - 2011/04/19 00:23:10.20 XCwvBlUYo 21/134


溢れる思いを言葉にできない。
また、また自分はこの少女を犠牲にして、進んでいかなければならない。
それなのに、生贄になった当の本人は、ひどく落ち着き払っている。


「わたし……わたし、だって、これまで何回も失敗して……!」


「今回は大丈夫だよ」


「一人じゃないから」


その言葉を噛み締めようとする時間も、二人には残されておらず。


「……ごめんね、そろそろ時間みたい」


「絶対に、絶対に諦めなければ、私たちは未来を掴めるから。だから、諦めないで」


「うん……!うん、約束する、諦めないから、もう諦めないから……!」



そこで会話は途切れる。
一人の魔法少女は救済の魔女になり、一人の魔法少女はそれを見届け、
残りの力を振り絞って砂時計を逆さにする。




(…………きらめない)



(もう絶対に諦めない)




あきらめて、たまるものか。

***********************************

23 : VIPに... - 2011/04/19 00:24:05.74 XCwvBlUYo 22/134


いつもの病室、いつもの日付で、再び意識を取り戻す。
見慣れた天井が、再び時間を遡ったことを私に告げてくれた。


(もう、駄目だと思った)


この上なく死に近付いた時間軸だった。
結局、私はまた、絶対に犠牲にしたくない人を犠牲にして、ここに戻ってきた。


(でも)

(もう諦めたりなんかしない。みんな、みんな救ってみせる)

(絶対に)




決意を心の中で反復したところで、何か妙なものが視界に入る。
鼓動が、早くなる。




(…………?)

24 : VIPに... - 2011/04/19 00:25:06.46 XCwvBlUYo 23/134


(…………ソウルジェムに、何か光が……この色!?)


その色は希望であり絶望。
全ての始まりにして終焉。
桃の光が灯るソウルジェムは、彼女の失敗を意味し続けてきた。


(このソウルジェムは確かに私のもの。でも、確かに桃色が、紫に混じって……)


逸る気持ちを抑えきれない。
手に持ったソウルジェムが、額に触れる。揺れて震えて、とても止まってくれない。
そして、ありえない声を聞いた。




『…………ほむらちゃん、ほむらちゃぁん!』




数え切れない挫折と失敗の果てに、奇跡は成った。
彼女が遺したことばを噛み締めながら、頭に響く呼び掛けに返事をする。
完全に詰まった鼻声を聞かせずにすんだことは、本当に幸運だった。




『………聞こえているわ、鹿目まどか』




さあ、反撃を始めよう。
もう自分は一人じゃない。誰よりも心強い仲間が、ずっとそばにいてくれる。
負ける気など微塵もしなかった。

25 : VIPに... - 2011/04/19 00:26:13.26 XCwvBlUYo 24/134


『……つまりあなたは、前の時間軸のまどかということでいいのかしら』


『私もよく分かってないけど、多分そう。ただ、いくつか知らないはずの記憶があるんだ』

『きっと、以前の私が経験した記憶の断片』

『ほむらちゃんを助けたこと、マミさんとタッグを組んでいたこと、それから……』


『いいわ。嫌なことは、無理に思い出さなくていい』

(あなたの分まで、私が覚えているから)


『……うん。ほむらちゃん、こんなことに、ずっと一人で……』

『ごめんね……わたし、今まで、本当に、何も』


『もういいの、これからは』

『一緒にいてくれるんでしょう?』


『……うん、うん!』


交わす言葉があまりにも温かい。
一人じゃないという事実が、凝り固まった心を融かしていく。
だが、いつまでもその心地よさに溺れているわけにも、いかない。

26 : VIPに... - 2011/04/19 00:27:10.74 XCwvBlUYo 25/134

『当面の行動指針なのだけれど』



『まずは武器の調達。それから転入までは、この世界のまどかに接触しようとするキュゥべえの妨害』

『何もしないでいると、私が転入した時点であなたは既に魔法少女になってしまっている』

『……うん。最初にキュゥべえと会ったのは、ほむらちゃんに会うよりずっと前だった』

『ただ、ここでキュゥべえに目を付けられてしまうと、巴マミに敵意を抱かれてしまう』

『マミさんは……何も知らなかったんだよね』

『ええ。だから、彼女を救うためには、まずは彼女の信頼を得なければならない』



『私……私が、なんとかしてみる』

『ほむらちゃん。今日の夜、私の家に行こう』

『ほむらちゃんがワルプルギスの夜と戦っているところを、私は何回か夢で見ている』

『もしかしたら、私も夢の中でなら、この世界の私に警告できるかもしれないから』



これまで一度も辿ったことのない道。
本当に、この世界は、これまでとは違っていた。

27 : VIPに... - 2011/04/19 00:28:21.62 XCwvBlUYo 26/134

『ただいま、ほむらちゃん』

『おかえりなさい、まどか。首尾はどうだった?』

『大丈夫。きっと、この世界の私は、すぐに契約するなんてことはない』

『自分の事だから、なんとなくわかるんだ』

『……そう。頼もしいわね』


その日の夜、私は念のため時を止めてまどかの家に忍び込んだ。
寝ているまどかの額に、自分と同じようにソウルジェムを接触させ、意思の疎通を試みて、
そしてそれはどうやら、成功してくれたようだ。


『じゃあ次は、マミさんだね』

『統計によると、今日の夜に現れる魔女は一体だけ。そこで待っていれば自然と会えるはずよ』


キュゥべえと敵対するようになって、自然と巴マミとも敵対するようになっていた。
憎しみの目線を受け続けることに慣れすぎて、最早忘れ去ってしまっていたけれど、
巴マミは確かに、自分の命の恩人であり、魔法少女としての師匠で。


(わたし……わたし、一体、何を、どう伝えれば…………)

そんな悩みを、パートナーは一瞬で見抜いて。

『大丈夫だよ、ほむらちゃん。思うままを伝えれば、きっとマミさんは分かってくれる』

28 : VIPに... - 2011/04/19 00:30:38.66 XCwvBlUYo 27/134









心の内を整理する間もなく、想い人はやってきてしまう。









「これでトドメよ……!ティロ・フィナーレッ!」


轟音と共に、魔女が消滅する。
それに伴い魔女の結界が消え、自分と巴マミを遮る障害物は全てなくなって。
覚悟は、決めた。





「巴、マミ」





声を掛ける。
今までにも何度も口にした言葉。けれど、その意味は全く違う。
自分の弱さが前に出そうになる。つい、感情を閉ざしてしまいたくなる。
でも、もうそんなことはしないと決めた。
前に進むために。
未来を掴むために。
あなたを------------------------助けるために。

29 : VIPに... - 2011/04/19 00:32:10.41 XCwvBlUYo 28/134



「あなた……結界に取り込まれていたの!? 怪我はない!?」


「っと、そして、なんで私の名前を知っているの……?」


「ごめんなさい、順番に答えるわ」


「まず、私は結界に取り込まれたのではない。自分の意思で入った」


「魔法少女だから」


「っ!?」


「だから、怪我もないわ。心配してくれて、ありがとう」


「そ、そう……。怪我がないなら、何よりだけれど」


「そして、あなたの名前を知っていたのは」

30 : VIPに... - 2011/04/19 00:32:45.66 XCwvBlUYo 29/134




息を吸う。
そして、吐いて。




「あなたに命を救われたから」




そこから口が勝手に動く。
感情も、制御できない。



「あの時、しっかりと伝えることができなかったから、今言うわ」




「助けてくれて……あり、が、とう………………」




そこが私の限界だった。
もうそこから先は、言葉にならず、嗚咽を漏らすばかりで。
気付いた時には、巴マミの胸に抱かれていた。



「……そう。私は、あなたの命を助けることができたのね」

「ふふっ、魔法少女冥利に尽きるってところかな」

「ごめんなさいね。私は、あなたのことを、覚えていないのだけれど」



巴マミの暖かさを感じながら、私は泣き続ける。
この暖かさが、彼女の生きている証拠で。
この暖かさを、私は何度も何度も絶やし続けて。
自分の罪深さに慄き、そしてこの奇跡に感謝して、どうしても涙は止まらなかった。

31 : VIPに... - 2011/04/19 00:33:52.30 XCwvBlUYo 30/134

「落ち着いたかしら?」

「ええ、もう大丈夫。ごめんなさい、手間をかけて」

「いきなり泣き出すのだから、こっちがびっくりしちゃったわ」



結局、その場では話にならなかった。
落ち着いてから話そうという事になり、巴マミのマンションへと移動をすませて、
ようやく、自分も泣き止むことができた。
久し振りの、本当に久し振りの紅茶とケーキに、内心喜びを隠せないでいる。

『ほむらちゃん、かわいい』

『……からかわないで』

『ふふ、ごめんね』





「もう話はできるかしら? あの場での疑問は解消されたけれど、話があったのでしょう」


「……ええ。単刀直入に言うわ」

32 : VIPに... - 2011/04/19 00:34:53.41 XCwvBlUYo 31/134




もうこの言葉に躊躇いはなく。




「あなたの魔女退治に、私を手伝わせて欲しい」




訪れたしばしの沈黙も、怖くはなかった。





「それは……素直に嬉しいけれど、まずは理由を聞かせてもらえるかしら」

「まずは、あなたの助けになりたい、というのが一つ」

「それから、この街にやがてワルプルギスの夜が来るから、というのが、もう一つよ」




「ワルプルギスの夜……。聞いたことはあるわ、超弩級の魔女だったかしら」

「ええ。対抗するために、あなたの力がいる」

「どうか、協力して欲しい」



深く頭を下げた。

33 : VIPに... - 2011/04/19 00:36:03.45 XCwvBlUYo 32/134




「あなたの名前」

「……?」

「あなたの名前、教えてくれないかな」

「あ……、ほむら。暁美ほむら」

「暁美ほむらさん、か。かっこいい名前」


「あなた、随分と隠していることが多いのね」

「それは、色々とありすぎて……今、話せることは、多分ほとんどない、でも、」

「信じるわ」






「……え?」

34 : VIPに... - 2011/04/19 00:36:55.18 XCwvBlUYo 33/134


「あなたのあの涙を見て、信用できないと突っぱねられる人は、もう人間じゃないわね」


「ワルプルギスの夜が来ると何故知っているのか、とか。色々聞きたいことはあるけれど」




「とりあえずそれは置いておいて。私はあなたを歓迎するわ」




「魔法少女コンビ結成よ。よろしくね、暁美さん」




「っ…………!あ、う、よ、よろし、あぁううああぁああぁああああ……………………!」



結局、私はまた泣き崩れる。
いつか私が目指してた、かっこいい魔法少女とは程遠いのに。
泣いていいと言われた気がして、また巴マミの胸を濡らし続けてしまう。
今度の波は、そう簡単に収まってくれそうにもなかった。



「ふふ。すごくクールに見えるのに、実はとても泣き虫なのね」

「魔法少女になって、これまで、きっと苦労してきたんでしょう」

「いつか話せる時が来たら、私に話して、また泣けばいいわ」

35 : VIPに... - 2011/04/19 00:37:58.98 XCwvBlUYo 34/134

そして、私は巴マミと共に魔女を狩り始めた。
彼女と一緒に戦うのは、とても久し振りで。
死線に身を晒していることは何も変わっていないのに。
楽しいと……そう思ってしまうくらい、幸せで。
気付けば、もう見滝原中学に転入する日を迎えてしまっていた。


「明日、見滝原に転入するんですって?」

「ええ。私は一年だから、学年は違うけれどね」

「そうなの。少しは、普通の友人が出来るといいわね」

「そう思うわ」



普通の友人。まあ、確かに今のところの彼女たちはただの一般人だ。
ぶっきらぼうに接するより、友人として一緒にやっていければ、そちらの方が絶対にいい。
が、



「それには……その無愛想な顔をどうにかしないとねえ……」



巴マミと一緒に過ごすようになって(マンションに転がり込んだ)、少しは改善されたけれども、
笑い方をすっかり忘れてしまっていた私の表情は、なんとも無愛想なものだったのだ。



「泣き落としでは駄目?」

「初対面の人に泣き落としを仕掛けられて引かない人って、いわゆる変人の類じゃないのかしら」

「あら、それならあなたは変人だったのね」

「ほんとにこの子は……」



『でも、ほむらちゃんの表情、少し優しくなってると私は思うよ』

『ありがとう、まどか。でも無愛想なことを否定してはくれないのね』

『まあ、それは……』

36 : VIPに... - 2011/04/19 00:38:55.36 XCwvBlUYo 35/134


内心少し落ち込みつつ、ともかく頑張って愛想よくしようと決心する。
転入時の挨拶を気にするなんて、どこの国の平和な女子学生だろうかと思ってしまったが、


「……あ、」


何のことはない。
私も、巴マミも、一人の女子中学生だった。


「一通りやることが済んだら、私のクラスにも遊びに来てちょうだい。約束よ」

「それはかまわないけれど、下級生が遊びに来て変に思われたりしないかしら」

「転校生にとっての数少ない知り合いがいるのなら、別に不思議ではないんじゃない?」

「あなたが、よ」

「…………どういう意味よ」



ほっぺをぐにぐにされながら、他愛ない会話に没頭する。
明日からはまどか、それに美樹さやかとの接点ができるから、こんなに気楽にはしていられないけど。
せめて今だけは。



『明日、わたしとさやかちゃんに、よろしくね』

『もちろんよ。任せておいて』

『結構、飛んでくる視線が怖くて、怯えたりしたから……』

『……ごめんなさい…………』


鏡で笑顔の練習でもしておこうかと、そう思った。

37 : VIPに... - 2011/04/19 00:39:59.24 XCwvBlUYo 36/134



「暁美ほむらです。よろしく、お願いします」


鏡の前で一時間以上練習を続け、ひとまず合格の出た営業スマイルを披露する。
声のトーンも上げようかと思ったけど、巴マミの「気弱属性はアリよ」という謎の宣言でいつも通りとなった。
結果は……自分では分からない。
ともかく、まどかと美樹さやかに、妙な警戒心を持たれてなければそれでいいのだが、


「わぁー……かわいい子だね、さやかちゃん」

「あー……まあ認めざるを得ないなあ」


まあ、ひとまず……成功だったらしい。
ともすればニヤけてしまいそうな頬の筋肉を必死で抑えつけながら、席へと移動して。
私の学校生活が、また始まった。


『照れてるほむらちゃん、かわいい』

『怒るわよ?』

38 : VIPに... - 2011/04/19 00:40:38.96 XCwvBlUYo 37/134



そんなかりそめの日常の中で、
いつしか膨れ上がっていた不安を、ふと漏らす。


『……ねえ、まどか』


『何もかもが順調すぎて、逆に怖い』


『あなたに授かった奇跡を、私は台無しにしてしまわないだろうか』



『……私がしたことなんて、ほんの少しだよ』


『今の状況は、ほむらちゃんが全部、自分の力で掴んだことなんだよ』


『でも……、私は、あなたの助けがなかったら、みんなを救おうとすら思えなかった』


『そう。だから私は、きっかけを作っただけ』


『そこから先は、全部ほむらちゃんがやり遂げたことだよ』


『だから、自信を持って』




そして、杞憂だと吹き飛ばされた。

39 : VIPに... - 2011/04/19 00:41:37.89 XCwvBlUYo 38/134


「暁美ほむらさん…………転入早々居眠りとは大した度胸ですね!」

「っあ、す、すみません!」

『ほら、いいとこ見せるチャンスだよ』

「今はこの問題です。ほら、前に来て、解いてみなさい!」


黒板に書かれた問題は、何度も何度も解かされた見覚えのある問題だけど。
ふと、ちょっとした悪戯心が湧いてきて、最後でちょっと間違えてみる。


「ああ、ここで間違えていますね。この単語の訳は、この文型においては……」


「……正答は、こうなるのですよ。暁美ほむらさん、しっかり復習しておくように」

「はい。わかりました」

「じゃあ類題を、…………美樹さやかさんッ!あなたまで寝ているんじゃありません!」

「ほへ!? はっ、す、すみません!」

「早く前に出て! この問題をやってごらんなさい!」

「ごめんなさいー! 全ッ然わかりません!」

「ああああああーなたは一体今まで何を聞いていたんですかあああああァァァァーッ!?」



一つ選択肢を変えるだけで、こんなにも私の世界は違う側面を見せてくれる。
そんな様が、あまりにもおかしくて、楽しくて、



「…………ふふっ」

「だー転校生ーッ、今笑ったな? 私のことを笑ったな!?」

「この状況お前のせいなんだろ! 責任とれよこのやろう!」

「あ な た が 寝ているのが悪いんですッ!」

「ひゃあああああ! すみません、ごめんなさい、もう居眠りなんてしません!」


この授業が終わったら、真っ先に美樹さやかに謝りに行こう。
きっと、いい友達になってくれる。
もちろん、まどかも一緒に。

40 : VIPに... - 2011/04/19 00:42:57.80 XCwvBlUYo 39/134

「鹿目まどか。美樹さやか」

「あなたたちは、家族や友達のことを、大切だと思ってる?」

「もしそう思っているなら、自分のことを、今の自分の生活を、何よりも大切にして」


何度も繰り返し伝えてきた言葉を、
今度は一人ではなく、二人に伝える。
心を込めて。


「…………、うん、約束する。ほむらちゃん」

「…………ほむら、あんた」

「…………」

「……ま、そのうち喋ってくれるよね?」

「時期が来たら、必ず」

「そっか。じゃあ今は、ミステリアスな転校生改め友達のアドバイスとして、ありがたく受け取っておくよ」


おそらくはもう、二人はキュゥべえと接触している。
だからこその結果なのかもしれない。
何よりも伝えたい言葉は、きっと伝わってくれたはずと信じて、保健室の扉を閉めた。


『きっと大丈夫だよ。わたしの目、しっかりしてた』

『ええ。そう信じるわ』


どちらにしても、この後二人は魔女の結界に囚われて、そこで正体を明かす羽目になるのだけど。
ただの中学生でいられる間は、中学生でいたいと思ってしまう。
さて、これで済ませなければならない仕事は済んだ。
巴マミに会いに行こう。巴マミに会いに行って、友達が出来たことを自慢してやろう。

41 : VIPに... - 2011/04/19 00:44:23.88 XCwvBlUYo 40/134




「……なんてことだ。君たちは、魔女の結界に囚われてしまった」



「そんな……!どうしよう、さやかちゃん…………」

「どっか、どっかから出られないの!?」

「無理だよ美樹さやか。この空間を自由に出入りできるのは、基本的には魔法少女だけだ」

「願い事を」

「君たちの命は、もう僕では保証できないところに来ている……!」

「二人とも、早く!」









「その必要はないわ」


うずくまる二人の正面に舞い降り、右手のベレッタM92で射撃する。
二人に近付きつつあった使い魔を順番に射抜き、一時的な安全を確保した。


「怪我はないかしら。鹿目まどか、美樹さやか」

42 : VIPに... - 2011/04/19 00:45:35.68 XCwvBlUYo 41/134

「ちょっ、あんた……………!?」

「ほむらちゃん……ほむらちゃんだよね……?」



自分が答えるまでもなく、後から答えを叫びながら、相棒がやってきてくれた。

「暁美さん、突っ込みすぎよ! 確かに後方支援を引き受けはしたけれ、ど……?」

「巴マミ、遅いわよ。一般人が紛れ込んで、危うく怪我をするところだった」

「っ! そこの二人、大丈夫!?」

「は……は、はい、怪我はないです」

「うん、その、すんでのところで……助けてもらいました、えっと」

「そう、それならよかったわ。……怖かったでしょう、もう大丈夫よ」

「あ、あの……その、あなたたちは、」




「問答はあと」

「巴マミ。魔女が孵化する」

「そうね。とっとと一仕事終わらせてから、話をしましょうか!」

「ここの魔女は、それなりに強い。この子たちに防護を施したら、二人がかりで一気に仕留めましょう」



薔薇園の魔女、ゲルトルート。
生い茂る薔薇の蔦と使い魔によって視界、行動域が制限され、少々戦いづらい相手だが。
この三人を守るための戦いで、私が負ける訳がない。

43 : VIPに... - 2011/04/19 00:46:42.98 XCwvBlUYo 42/134


「あなたは前面制圧を! 障害物を駆除すれば魔女まではすぐ!」

「任せて!」



言うや否や、数百はあるかというマスケット銃が前方を覆い、発射される。
光条の束は空間を割き、薔薇の蔦花区別なく片端から焼き払った。



広がった空間に、一気に飛び込む。
魔女ゲルトルートが、そこに鎮座していて。



「悪いけど、すぐに済ませるわ」

せめて苦しまぬように。

時を止めて、手榴弾を数発懐に投げ込む。
それだけで魔女ゲルトルートは消滅した。
グリーフシードを遺して。




「お疲れ様、巴マミ」

「あなたこそ」

「グリーフシードよ。私はあまり魔力を消費していないから、あなたが使うといいわ」

「ありがとう。あの爆発で消費していないというのも、また驚きだけれど」

そういえば、巴マミに自分の能力についてまだ伝えていなかった。
伝えるべきかとしばし迷うが、まずは目の前の優先事項を片付けるとしよう。

44 : VIPに... - 2011/04/19 00:47:51.66 XCwvBlUYo 43/134



「無事でよかった。鹿目まどか、美樹さやか」

「クラスの皆には、秘密にしておいて欲しい」



『……ほむらちゃん…………』

『ふふ』



「この二人が、あなたが嬉しそうに話していたお友達? なんとも奇妙な巡り合わせもあるものね」

「余計なことを言うのはこの口かしら」

「はへははひ、ひはへてるひゃはいほよ」



「えっと、その、あの」

「……助けていただいて、ありがとうございました!」

「ほむら、それから……お名前を」



「っぷ、ふう、あら。そういえば自己紹介、まだだったわね」

「私は巴マミ。あなたたちと同じ、見滝原中の三年よ」

「よろしくね。鹿目まどかさん、美樹さやかさん」

45 : VIPに... - 2011/04/19 00:49:25.50 XCwvBlUYo 44/134


「じゃあ、病院での用事が済んだら、ここに書いた住所に来るといいわ」

「色々聞きたいことがあるのでしょうし」

「答えられる事であれば、答えるわ」

「すいません、後でよろしくお願いします!」

「ほむらちゃん、巴さん、後でまた」




「さて、私たちは家で待っていましょう。キュゥべえも、久し振りに来る?」

「そうだね、是非行かせてもらおう。そこの子に、色々と聞きたいこともあるんだ」

「これまでどこに行ってたのよ。散々心配したっていうのに」

「さっきの二人が、魔法少女の素質を持っていてね。色々と説明をしたりしていたのさ」

「まだ、どちらも決心はついていないみたいだけど」

「……そう」


「暁美さんも、来るってことでいいかしら?」

「私も、巴マミ。あなたに話さなくてはならないことがあるから」

「じゃ、決まりね。行きましょ」

46 : VIPに... - 2011/04/19 00:50:17.30 XCwvBlUYo 45/134



あの二人に話す前に、やはり巴マミには話しておいたほうがいい。
ソウルジェムの真実の一部分を。
基本的に巴マミは、魔法少女の仲間を欲しがってしまう。
本格的に勧誘を始めてしまう前に、釘を刺しておかないといけない。



『……でも』

『大丈夫。きっと、きっと信じてくれるから』

『全部は、まだ言わない』

『…………うん』



脳裏に蘇るは、かつての錯乱した彼女の姿。
佐倉杏子を撃ち殺し、私を拘束し、その結果まどかに射殺された、可哀相な魔法少女の姿。
あれだけは、絶対に繰り返してはならない。



「巴マミ」

「……信じてる、から」

「……? 何か言ったかしら?」

「いいえ、何も」

47 : VIPに... - 2011/04/19 00:51:52.71 XCwvBlUYo 46/134

「ようやく、あなたの秘密を明かしてくれるのね」

「すっごく待ったんだからね?」

「待たせてごめんなさい。やっと役者が揃ったから」

「……? でも、今ここには私たちしかいないわよ?」

「そいつがいるでしょう」

「おや、僕を待っていたのか。こっちも知りたいことだらけだから、請われればすぐに行ったのに」


今ばかりは、感情を抑え込む。
ここで感情を表に出してしまえば、巴マミの信頼を失ってしまうから。
それ以上に、巴マミに真実を伝える手段を失ってしまうから。



「巴マミ」


始める。
大丈夫。
きっと。



「あなたは、魔法少女の仲間が欲しい?」

「もっと具体的に言えば、あの二人に契約して欲しい?」



「あら、私への質問から始まるのね」

「ごめんなさい。順番を考えると、どうしてもこうなってしまった」

「最終的に話してくれるなら、なんでもいいわ。 ……そうね、契約して欲しい」

「あなたという仲間が出来て、私は一人ぼっちではなくなったけど」

「人数は多いほうが、さみしくないもの」



「そう」

「私は、絶対に契約してほしくない」

「……! あなたがそんなに強く意思を表すなんて、珍しいわね」

「その理由が、あなたの秘密の一つ。そういう理解でいいのかしら」

「頭の回転が早くて助かるわ」

48 : VIPに... - 2011/04/19 00:52:51.24 XCwvBlUYo 47/134


呼吸が荒くなる。
動悸が激しくなる。
一つ深呼吸をして、そして、


「ソウルジェムは奇跡の源。そういう説明を私たちは受けるけれど、この石にはそれ以上の意味がある」


「ソウルジェムは私達の魂。命を凝縮させたもの」


「もはやこの肉体は、私ではない。ただのヌケガラ」


「ソウルジェムから魔法を使って、生きているように見せかけている、だけ」


「そうでしょう? ……キュゥべえ」

「ああ。概ねその通りだよ」


巴マミは沈黙している。
私の吐いた言葉を、噛み締めて、そしてゆっくりと息を漏らして
ようやく言葉を口にする。



「…………………そん、な」



「あの子達を契約させることは、あの子達をみすみす、ゾンビのような状態にさせてしまうこと」


「だから、私はあの子達を契約させたくない。今話せることは、これだけよ」

49 : VIPに... - 2011/04/19 00:53:51.00 XCwvBlUYo 48/134



「…………これだけ、ってことは、まだ、あるのね」


「…………ええ」


視線を落とす。
意気消沈した彼女の姿を、これ以上見ていられなかった。
でも、

ふわりと、彼女の体が飛び込んできた。



「ごめんなさい……、ごめんなさい。私、こんなんじゃ、先輩、失格じゃない」

「こんな、こんなこと、知らなかったなんて」

「わたし、私もう、こんな姿になっていて」

「あの子達も、もう少しで、何も知らずに、巻き込んでしまうところで」

「私は…………、う、うぁあああ……………!」



「いいの」

「あなたは悪くない」

「悪いのは、こんなことを隠していた」

「お前よ、キュゥべえ」


胸元に涙を流し続ける巴マミをかき抱きながら、ぬいぐるみのようなそいつを睨みつける。
結局の所、こいつが元凶。
どんなに憎んでも憎みきれない。


「ひどいなあ。僕は訊かれなかったから言わなかっただけさ」

「魂がどこに在ろうと、何にも変わらないと思うんだけどね」

「それよりも僕は、君がその事実をどこで知ったかの方が気になるよ」

「そもそも君と契約した記憶すらない。君は一体何者なんだい?」


「答える気はないわ」

「役割は果たしてもらった。消えなさい」



キュゥべえが立ち去るのを確認する。
その間も、巴マミはずっと嗚咽を漏らし続けていた。



「これじゃ、いつかの逆じゃない」


「落ち着くまで、私の胸ならいくらでも貸してあげるから」


「頑張って戻ってきて」



答えは、ない。
私は待つことしかできず、ただただ巴マミの背中を撫でるばかりだった。

50 : VIPに... - 2011/04/19 00:55:03.99 XCwvBlUYo 49/134


「……ごめんなさいね、みっともないところを見せてしまって」

「無理もないわ。それに、みっともないというよりは」

「…………?」

「かわいかったわよ」

「もう、からかわないで」


結局、彼女は戻ってきてくれた。
相当に強い衝撃を受けたであろうことは想像に難くないが、それでも戻ってきてくれた。
それによる安堵は、本当に大きいもので。
気付いたら私も泣いてしまっていて、二人してぴーぴー泣いて。
まあなんやかんやで、どうにか落ち着きを取り戻すことができた。
鹿目まどかと美樹さやか、二人が訪ねてくる前に。


「……でも、よかった」

「あの子達を勧誘しようとする前に、知ることが出来て」

「暁美さん、話してくれて、本当にありがとう」

「礼を言われるようなことじゃないわ。私のためでもあったんだから」

「友達をみすみす、こんな状態には、したくないものね」

51 : VIPに... - 2011/04/19 00:55:40.09 XCwvBlUYo 50/134

「……巴マミ」



「……あまり自虐に走らないで。確かにこの体はもう普通の人間とは違うけれど」



「そんな状態のあなたを、大切に思う人はいるのだから」



「…………ふふ」

「あなたって、本当に優しいのね」

「どうしてかなあ。せっかく落ち着いたのに、また、泣いちゃうじゃないの…………!」


やってしまったか。
そう思い、それに前後して、玄関のインターフォンが鳴り響いた。


「来たわね。立てる?」

「あまりなめないでほしいわね。これでも先輩さんなんだから」


ごしごしと目元を拭い、すっくと立ち上がった巴マミに、さっきまでの手折られそうな不安定さはない。
そうでなければ困る。
私の憧れた先輩は、それくらいカッコよかったんだから。

52 : VIPに... - 2011/04/19 00:57:38.26 XCwvBlUYo 51/134

「契約という行為は、命を代償にする」


「それでもあなたたちは、魔法少女になりたいかしら」


一通りキュゥべえから話を聞かされている上に、巴マミと二人で説明ができたから、とても話は楽だった。
そして巴マミは、こちら側についてくれた。


「わたしは、あなたたちに魔法少女になって欲しくない」

「こんな体を、手に入れて欲しくない」

「この街の平和は、私たちが守るから」



「その、マミさんと、ほむらちゃんは……、その事実を知って、それから契約したんですか……?」

「いいえ」

「違うわ」


「そんな……! じゃあ二人とも、騙されたようなものじゃないですか!?」

「そうね。細かい所までは教えてもらっていなかった」

「けれど」

「私たちは、他の誰でもない、自分自身の祈りのためにソウルジェムを輝かせた。それもまた事実」

「だから後悔はしていないわ。その副産物として、あなたたちの命を守れたのだし」


巴マミは契約によって、失うはずだった自身の命を永らえさせた。
その点からすれば、確かに後悔はないのかもしれない。
何か言葉をかけてやりたかったが、この時間軸において私はまだそのことを知らない。
もどかしかった。

53 : VIPに... - 2011/04/19 00:58:27.05 XCwvBlUYo 52/134


「わたし……、わたし、それでもやっぱり分かりません。どうしたらいいのか」

「ただ、簡単な気持ちでなれるものじゃないってことは分かりました」

「……その」

「二人とも、そのうち魔女退治に行きますよね。その時あたしも、ついていって、いいですか」

「危険よ? 文字通り、命懸けなのだから」

「足手まといになるなら、やめます」

「……困ったわね。どうしましょうか、暁美さん」


毎度契約と魔女化を繰り返す美樹さやかのことだから、ある程度の反発はあるかもしれないと思っていた。
自分たちの戦いを見せることで死への恐怖は理解させられるが、一方で憧憬を生まないとも限らない。
しかしながら、以前のように衝動的な契約をされるよりは、最悪力ずくで止められる方がいいかもしれない。


「いいわ。ついてきたいなら、ついてきなさい」

「ただ、これだけは言っておく」

「あなたの命、粗末にしないで」


「ほむら、あんたってさ、いい子だね」

「ありがとう。その言葉、忘れないようにする」


「で、まどかはどうすんのさ? あたしが言うのもなんだけど、これはやめといた方がいいんじゃないかと思うわ」

「あ、え、わ、私も……私も行く!」

「そ。じゃあすみません、よろしくお願いします!」

「あなたたち…………酔狂ね。 無謀というか、若いというか」

「だって」






「私たちを守ってくれた二人の姿が、すごく、すっごく…………かっこよかったんです」






ああ。
これは駄目だ。
事の重要性を、まるで理解してくれていない。
この時間軸で初めて、自身の選択を、心から後悔してしまった。

54 : VIPに... - 2011/04/19 01:00:03.31 XCwvBlUYo 53/134


『私、すごく揺らいでるみたい』

『残酷な運命を受け入れて戦っている、魔法少女としての二人を、英雄のように見ていて』

『憧れてる』

『キュゥべえに、力があることも知らされていて』

『二人の助けになりたいと思い始めてる』

『…………失敗、したわね』


拒否すべきだったのか。
正直、あの場面で同行を言い出すのは、美樹さやかだけだと思っていた。
油断だったと、自責せずにはいられない。


『………………』


覚悟を決めよう。
巴マミにはまだ伝えられないけれど、あの二人には伝えなければ。
手遅れになる前に。

55 : VIPに... - 2011/04/19 01:01:20.03 XCwvBlUYo 54/134

「きりーつ。れーい。ありがとうございましたぁー」

やる気のない号令と共に、今日の授業も終わりを迎えて、
第一回の魔女退治ツアーが幕を開けようとしている。
三人で、教室を後にした。

「えーっと……このあとマミさんのクラスに向かえばいいのかな」

「うっし。あたし、とりあえずバット準備してきたよ」

「二人とも」



やる気に溢れた二人の手を、不意に取り。
時間を止める。



「話がある」



瞬間、世界はモノクロに染まり、静止する。
当然ながら、二人は困惑を隠し切れていない。



「えっ…………ほむらちゃん、これ、なに!?」

「おい、ほむら、これ、一体何だよ? 魔女か!?」

「落ち着いて」

「これは私の魔法」

「時間停止」

「巴マミにだけは知られたくない話だから、こうして周りの空間と隔絶した」

「そう長くは止めていられないから、簡潔に説明する」

56 : VIPに... - 2011/04/19 01:02:19.72 XCwvBlUYo 55/134



慎重に言葉を選びながら。
感情を凍らせながら。
ただ、彼女たちを魔女にしたくない、その一心だけを前に出して。



「ソウルジェムは魔力の消費、あるいは負の感情の蓄積によって黒く濁っていく」


「これがただのエネルギー源だったなら、魔法を使えなくなる程度で済んだけれど」


「これは私たちの魂」


「これが濁りきるということは、私たちの魂が滅びることと同義」


「…………死ぬ、っていうこと?」




「いいえ。もっと酷い」





「黒く濁りきったソウルジェムは、グリーフシード。魔女のタマゴとなり」





「いずれ孵化して、魔女が生まれる」





「キュゥべえと契約した魔法少女は、遅かれ早かれ魔女になる運命を背負うのよ」





「巴マミには絶対に言わないで。彼女は他者を救う存在であり続けることで、どうにか自我を保っている」





「そしてこの言葉を信じたら、どうか魔法少女になろうなんて思わないで」


取った両の手を強く握り締める。
そして、静止していた時間は動き出した。


「さあ、行きましょう」


「緊張しなくていいわ。あなたたちは私が守ってあげる」


(だから、私を守ろうなんて。考えないで)


二人の先に立ち、歩を進める。
返事は最後までなかったが、続く足音が、代わりにその存在を確認させてくれた。

57 : VIPに... - 2011/04/19 01:03:31.48 XCwvBlUYo 56/134




皮肉にも、今日現れる魔女は、お菓子の魔女シャルロッテ。
巴マミが高頻度で殺される、凶悪な魔女。
まどかとさやかの安全に加えて、巴マミの安全をなんとしても確保しなければならない。
……体験は、明日からにしておけばよかった。



『ほむらちゃん、お願いね』

『任せて』



「じゃあ、行きましょうか。暁美さん」

「ええ」



まどかを巴マミに任せ、自分はさやかの手を引いて走る。
使い魔の数が多い上にやたらと素早く、こちらへ向かってくるものも少なくないが、




巴マミの戦いぶりは、いつも以上だった。




空中地上を問わずマスケット銃を片端から呼び出し、銃弾を雨霰と降り注がせるだけでなく、
弾の切れた銃を鈍器として振るい、投擲し、時にはリボンで振り回し。
私の仕事は、時折弾幕から漏れた使い魔どもをこまめに潰す程度で。
そして、魔女シャルロッテのもとへと辿り着く。

58 : VIPに... - 2011/04/19 01:04:23.81 XCwvBlUYo 57/134



辿り着いて、





瞬く間に、襲われる。









「---っ、あ」



シャルロッテはどうやら、とうの昔にこちらを捕捉していた。
この中で最も派手に暴れていた私を、不意打ちで倒してしまう気だったのだろう。

ファンシーな外見に見合わぬグロテスクな中身が、やはりその巨体に似合わぬ速度で迫り来て。





がばぁ、と

口が開けられて





私の体は、硬く凍って動かない。

59 : VIPに... - 2011/04/19 01:05:21.39 XCwvBlUYo 58/134




目の前で、鋭利な歯が噛み合わせられる。
まるで断頭台のごとく。



「油断は感心しないわね。巴マミ」


気付けば、私の横には暁美さんがいて。
目の前の怪物は、木っ端微塵に吹き飛ばされていた。


「あなた、この、今」


「落ち着いて。まだ魔女の結界は解けていない。この魔女は倒しきれていない」


「っ……………」


そう、今、自分たちの後ろには鹿目さんと、美樹さんもいる。
魔法少女の真実を知ってなお、私たちのことを心配しているようなお人よしが。



何を思うのも、この空間を出てからにしなければ。



「……あれ、本体じゃないのね」

「ええ。そのよう」

「この空間で隠れている本体を探し出すのは、結構骨が折れる。暁美さんにお願いしてもいいかしら」

「…………そうするとあなたは、あれを引き付ける役になるけれど」

60 : VIPに... - 2011/04/19 01:06:26.19 XCwvBlUYo 59/134



再生しつつある黒い肉塊を睨みつける。
恐怖はまだ、かなりあるが、


「適材適所よ」


「……そう」




火力だけなら、不意を突かれなければ私の方が出るだろう。
大丈夫、大丈夫。
心の中で強く復唱して、高台から飛び降りる。




「マミさん、マミさん!」


「大丈夫よ」


「あまり格好悪い所、見せられないものね」



改めて、巨体と対峙する。
早く済ませてくれることを心の奥で願いながら、マスケット銃を転送し、引き金を引いた。

61 : VIPに... - 2011/04/19 01:07:52.53 XCwvBlUYo 60/134


「ふぅ。今日は本当に、死ぬかと思っちゃった」

「見ているこちらが肝を冷やしたわ。妙に張り切ってるし、大丈夫かと思ったら」

「ごめんなさいね。気をつけるわ」


日の暮れた街を二人で歩く。
巴マミの命は、守ることができた。
その証を確かめるため、手はしっかりと繋いでいる。


「本当に、今日はあなたに助けられたわ。ありがとう」

「でも、どうやって助けてくれたの? そういえば、私、あなたの能力を見たことがないのよね」

「そういえば、ちゃんと説明したことはなかった」

「ちょうどいい。今から見せるわ」

「ちょっ……ここ街中よ?」

「問題ない」



手をとったまま、変身し、そのまま時間を停止させる。

62 : VIPに... - 2011/04/19 01:08:32.56 XCwvBlUYo 61/134



「これ……時間停止かしら」

「ご明察」



そして、すぐに元に戻す。
変身もすぐに解除する。さすがにあの格好で、街中を歩き続けるつもりはない。



「驚いたわ。私も色々な魔法少女を見てきたけれど、時間停止なんて初めてよ」

「そう。それは恐縮ね」

「あなたって、本当に、何というか……ふふっ」

「何がおかしいのかしら」

「べっつに。ミステリアスな子って素敵ね、と思っただけよ」



思わず顔に血が昇ってしまう。
まあ。自分をからかうような余裕があるなら、きっと大丈夫だろう。



「……さっさと帰りましょ。お腹が空いたわ」

「ふふ。助けられたお礼の代わりに、豪勢なご飯にしてあげる」



格段に体が軽い。
仕事を二つも順調に終えられた喜びは、相当だ。
今日の晩御飯は、何が食べられるかな。

63 : VIPに... - 2011/04/19 01:10:00.90 XCwvBlUYo 62/134


「…………さやかちゃん」

「……ん、どうしたの」

「今日の、ほむらちゃんの話、どう思う?」

「あんたはあれを、嘘だと疑ってるって事なのかな?」

「そうじゃない! そうじゃない……けど、それじゃ、あんまりにも……」



「今日さ」

「マミさん、死にかけたじゃん」




思い出す。
扉を開けた途端襲い掛かってきた魔女と、その歯牙に掛けられそうになった彼女の姿を。


「普通、仲間が死にかけたらさ、よくも! とか言って容赦なく攻撃するじゃん」

「でもさ」

「あいつ、ずっと哀しそうな顔してたんだ」

「あの顔は、自分たちの敵に向けられる顔じゃなかったよ」



「………………こんなのって、ないよ……」

「ほむらちゃん、いつか魔女になっちゃうの……?」



転入初日、彼女は初対面のはずの自分たちに警告をした。
あれは今なら分かる。魔法少女になってはいけない、という警告。
それほど、他人を助けたいと思い続けて。



「一体どんな願いをして、一体どれだけの覚悟をしたんだろう」

「私には、わかんないよ…………」

「きっとそれが分かるまで、あたしたちは契約をしちゃいけないんじゃないかな」



憧れた存在は、確かに憧れるに足るものだった。

64 : VIPに... - 2011/04/19 01:10:52.22 XCwvBlUYo 63/134










「暁美ほむらを魔女にしたくない、その願いを叶えたいかい?」

「キュゥべえ…………」

「彼女の言っている事は全て本当だよ。どこから嗅ぎ付けたかは知らないけれど」

「でも、君たちが願えば、彼女は魔女にならず、魔法少女をやめられるかもしれない」




「やめてよ」

「ほむらは絶対にそれを望まないし、あたしたちもそれを望みはしない」

「あいつは、あいつの願いを叶えたんでしょ」

「さあ? 僕はそもそも彼女と契約した記憶がないし、彼女については分からないことだらけだ」

「きっと君たちにも、まだ隠している事があると思うけどね」

「ほむらが何を隠していたって、あたしには関係ない」

「あいつはあたしたちに情報を与えてくれた。考える余地を与えてくれた」



そう。
深く深く、思いを巡らせる事ができたから。
後悔なんて、あるわけなかった。

65 : VIPに... - 2011/04/19 01:11:47.29 XCwvBlUYo 64/134


***********************************




彼女には願いがあった。




戦いの運命に身を投じても構わないと、そう思えるくらいの願いが。




その運命が戦いどころか、死よりもおぞましい末路へと続くものであっても、




彼女の決断には、時期の違いくらいしか与えることはできなかった。






ある日、新たに一つのソウルジェムが、輝いた。






***********************************

66 : VIPに... - 2011/04/19 01:12:41.89 XCwvBlUYo 65/134


ほとんど、頭を物理的に殴られたような痛みが走る。

これは悪夢か。

目の前の光景を、とてもではないが、信じられない。





「………………どう、して」





「どうして」







「どうしてあなたが魔法少女になっているの! 美樹さやかッ!?」

67 : VIPに... - 2011/04/19 01:13:23.48 XCwvBlUYo 66/134




「あー……、そういう反応になるよね。ごめん。ほんとごめん」



「あなた、あれだけ言ったのに、そんな、それでも…………」



「うん。叶えたい願いがあったんだ」



「ここで可能性を捨てたら、その先あたしがどれだけ幸せに見えても、後悔し続けると思った」



「あたしはあたしの祈りのために、ほむらの気持ちを、願いを、踏みにじった。ごめんね、それは謝っとく」



「んで、礼も言っとく」



「正直、すっごい悩んだけど…………。全部知った上で、そうやって人を助けようとする、あんたを見て」



「勇気をもらえたから」

68 : VIPに... - 2011/04/19 01:14:14.27 XCwvBlUYo 67/134





もう、それ以上聞けなかった。
聞きたくなかった。
これで彼女の未来は、なくなってしまった。





「ッ………………………!!!!!」




足が勝手に動いて。
私は、その場を逃げ出した。




「すみません、行ってあげてください。ほむらが落ち着いたら、またワビ入れに向かいますんで」


「……そうするわ。もう、あの子涙脆いんだから」

69 : VIPに... - 2011/04/19 01:15:39.06 XCwvBlUYo 68/134




『どうしよう』

『どうしよう、まどか』

『落ち着いて、ほむらちゃん』



『美樹さやかだけは絶対に契約させてはいけなかった。そのために、全て伝えるべきことは伝えたのに』

『ほむらちゃん』

『そうやって必死に行動した私自身が、彼女の後押しになってしまったなんて』




『……私のせいだ』

『………………私のせいで、美樹さやかは』




『落ち着いて!!!』

『っ、う、』





まどかに叱責されて、ようやく足を止める。
思考も、そこで一旦ストップした。

70 : VIPに... - 2011/04/19 01:17:08.11 XCwvBlUYo 69/134



『さやかちゃんは、全部理解した上で契約してたよ』

『きっと、その覚悟は甘いんだろうけど』


『それでも契約したのなら、きっとさやかちゃんにとって、この道は避けられない道だったんだ』

『魔法少女になっただけなら、まだ大丈夫だよ。魔女にしちゃわないことを考えよう?』

『まどか…………』



(それじゃあ、あなたが契約することも…………)




『まだ世界は終わってないから。まだこれからできること、いっぱいあるはずだから』

『だから』





『…………そうね、もう絶対に諦めないんだもの、ね』


足掻けるだけ足掻くと、決めたんだった。

71 : VIPに... - 2011/04/19 01:18:30.78 XCwvBlUYo 70/134






「っはあ、はあ…………! 暁美さん、一体どこまで行ったのよ……!」



そうと決めたら、やることがある。
まずはこんな自分を追いかけてきてくれた、彼女に侘びを入れないと。




「ここにいるわ」

「うひゃあああっ!?」




「取り乱してごめんなさい、巴マミ。もう大丈夫だから」

「泣き虫のあなたが、そんなすぐに復活できるはずないでしょう」

「そうね。後で胸を貸して頂戴」

「……そこまで開き直られると、逆にちょっと複雑なのだけれど」



さて、家に戻ろう。
きっとさやかはそこで待ってる。
ビンタの一発か二発、かましてやらなければ。

72 : VIPに... - 2011/04/19 01:20:04.37 XCwvBlUYo 71/134




「約束しなさい」

「あなたの命を粗末にしないと」

「そして、あなたを心配している人がいることを忘れないと」



「…………うん、約束する」

「そう。なら、もういい」

「もういいって言いながら思いっきり腕つねるのやめてほしいんだけどいたたったたた!」

「…………」

「ごめんってばあ…………」

「まあ、こうなったらちょっと時間かかるわね。ゆっくり許してもらいなさい」

「それとそろそろ、今夜のパトロールに行かないかしら。美樹さんにも色々と教えてあげないといけないし」

「よろしくお願いします、先輩!」



そこまで、話を進めて。
部屋の隅で縮こまっている、大切な大切な人に声を掛ける。



「鹿目まどか」

「あなたはもう、帰りなさい」

「…………ほむら、ちゃん……」

「私の話を聞いて、躊躇しない方がおかしい。あなたのその反応は、普通の女の子なら当たり前のこと」

「でも……、でも、わたし、」

「私たちのことは、あなたが心配する必要はないから」

「今なら間に合う。平穏な日常に、どうか戻って」



(私たちがどれだけ渇望しても、もう手に入れられない幸せを)



「ごめんなさい…………、弱い子で、ずるい子で、ごめんなさい………………」

「……あなたは悪くない。悪いのは、この世界そのもの」

「また、学校で会いましょう」

73 : VIPに... - 2011/04/19 01:21:53.29 XCwvBlUYo 72/134







そして、私は一人マミさんの家を後にした。
さやかちゃんは、本当にすごいと思う。
私はダメだ。ほむらちゃんの話を聞いて、もう、完全に足がすくんでしまった。

どんな魔法少女も、最後はあんなふうに。
憎まれながら殺されてしまう。

今となっては、とても、契約しようなんて気は起きてこなかった。
もうこれで本当に魔法とはお別れだろう。







「おーい、そこのアンタ」


「人を探してるんだが、ちょっといいかな」


「あ、はい……。私に分かる人であれば」







「ああ。巴マミって言うんだけどよ、知らないか? こう、金髪縦ロールの」






束の間の日常は、瞬く間に非日常へと転化する。
結局私は、こっちの世界との関わりを避けられないのだろうか。
そんなことを思ってしまった。

76 : VIPに... - 2011/04/19 01:30:07.83 XCwvBlUYo 73/134


「ちっ、いねーな」


インターフォンをがしがし押しても、ちっとも返事がない。
外出中という、この気弱な少女の発言を信じるのが、手っ取り早そうだった。



「んじゃま、帰ってくるまで待たせてもらいますか」

「…………あ、あの」

「ん? ああ、道案内ありがとね。もう用はないから、帰っていいよ」


用は果たしたし、とっとと追い払おうとしたのだが。
意外にも、彼女は立ち去らず、なお声を掛けてきた。




「……あなたも、魔法少女なの?」

77 : VIPに... - 2011/04/19 01:30:58.80 XCwvBlUYo 74/134




「ああ、そうだよ。アンタは違うのかい?」


「私は……、私は違う。一回はなろうとしたけど、でも、怖くて…………」


「まあ、それが普通じゃないの。いくら願いが叶うったって、人外の化け物と戦えなんてねえ」


「命と引き換えの契約だなんて、言われて……、でも、私の友達、それを聞いても、契約して」


「………………あなたたちは、どうしてそうやって、生きていけるの……?」


そこでとうとう泣き出してしまった。
どうやらオトモダチとやらが契約したらしい、これだからこれぐらいの年頃は面倒なんだ。


「メンドくせえなァ。いきなり初対面の人間の前で泣き出してんじゃねえよ」

「別に、あたしだって叶えたい願いがあっただけだ。ソイツだって願いを叶えたんだろうが」



「何だって、アンタが泣く必要があるんだよ」









「それには私が答えてあげる。佐倉杏子」



ようやく全員が、舞台に揃った。

78 : VIPに... - 2011/04/19 01:31:49.14 XCwvBlUYo 75/134


「随分と久し振りじゃない、佐倉さん」

「アンタが妙なことやってるって聞いてな、ちょっとからかいに来てやったんだが」



「…………なんだい、こりゃあ」

「噂のイレギュラーに、泣き虫さんに、その友人の魔法少女見習い?」

「にぎやかになったもんじゃないか」


部屋の人数は、五人。
それなりに広いマミの家も、それだけの人が入れば窮屈だった。


「暁美ほむらよ」

「美樹さやか」

「…………鹿目まどか、です」

「あたしは佐倉杏子。でも、別に馴れ合いに来た訳じゃないから、覚えなくていいよ」

「なーんか妙なことになってるって聞いて、様子を見に来ただけなんだけど」

「たしかに妙なことになってたわ」




「その子、なんで泣いてたのさ」



どうにも自分の勘が告げている。
これだけは、今ここで追求しておいたほうがいいと。



「…………そうね、話すわ」


「佐倉杏子。あなた、ソウルジェムが何なのか、考えたことはある---?」

79 : VIPに... - 2011/04/19 01:32:53.92 XCwvBlUYo 76/134



「……信じられない」


「こんな石ころがあたしの魂だァ……? そんなの、信じられねえよ」


というか、信じたくないのだろう。
彼女は一度希望から絶望に突き落とされて、そこが底だと思っていたけれど。
それを信じた瞬間、また突き落とされることになる。


「その反応も、無理はないわ」

「初対面の人間にこんなことを言われて、すぐに信じてしまう方がどうかしてるから」

「だから、あなたに示してあげる」


「真実を」




でも、佐倉杏子の強さは知っている。
その優しさも。
だからこそ、徹底的に真実を突きつける。




『まどか、ごめんね。しばらくお別れ』

『お別れじゃないよ。私が一番そばにいるもん』

『……そうね。ちょっと寝てしまうだけ、ね』

80 : VIPに... - 2011/04/19 01:34:31.75 XCwvBlUYo 77/134



「さやか」

「私のソウルジェムよ。これを持って、100メートルほど離れたコンビニにでも行ってきてくれるかしら」

「ポッキーでも買ってきて頂戴」

「……ちょっと、ほむら、あんたそんなことしたら」

「戻ってきてくれれば大丈夫よ」

「彼女にだって、真実を確かめる権利はあるわ」

「暁美さん……本気なの?」

「佐倉杏子に信じてもらうためなら、別に構わないわ」



そう。
彼女の助けがなければ、きっとワルプルギスの夜は倒せないから。
彼女は私たちとの縁は、それなのに、あまりないから。
命を懸けてでも、私は彼女に信じてもらわないといけない。



「お願い。さやか」

「…………わかったよ。ポッキーでいいんだな」

「テメエ……正気か?」

「さっきの話、もし仮に全部本当なんだとしたら」







「テメエ、死ぬじゃねえかよ」

81 : VIPに... - 2011/04/19 01:35:21.06 XCwvBlUYo 78/134




「……あなたに信じてもらえなければ、仕様がないもの」

「ここで信じると言ってくれれば、確かに私も楽なのだけれど」

「そう簡単な話でもないでしょう?」

「チッ…………」


今の私のソウルジェムには、まどかの記憶も宿っている。
それを手放すことは、あまりに心細くて、恐ろしいけれど、


「…………ほむら、ちゃん……」

「暁美さん」


両手の震えは自分の力で、とても止められるものではないけれど。
代わりに止めてくれる仲間がいるから。


「じゃあ……行ってくるよ」


彼女になら、私とまどかを、預けられるから。



「クソッ…………、ほんとに何が、どうなってやがるんだ」

「目が覚めたら、全部話すわ。佐倉杏子」



「あなたの力を借りたい」

「あなたを死なせたくない」

「そう思っているだけ」

「…………」

「なあ、あたし……あんたとどっかで会ったこと、あるのか?」

「さて、どうかしら、ね」



そこまで話した辺りで、
息が苦しくなっていることを自覚する。


視界がかすむ。



意識がぼやける。




両手の温かさだけは、最後まで感じ続けた。

82 : VIPに... - 2011/04/19 01:36:22.41 XCwvBlUYo 79/134


部屋に残されたのは、三人。



「佐倉さん」

「確認して」


どうしてこんなことになっているのだろうか。
何か奇妙なことになっているというから、冷やかしに来てみたら、
自殺ショーに付き合わされていた。


「…………」


こんな手の込んだイタズラをするわけがない。
案の定、さっきまであれこれ会話をしていた相手は、完全に死んでいた。
あっけなく。


「死ん、でる」


「っ……………」


鹿目まどかと名乗っていた子は、また泣き出す。
こればかりは、馬鹿にするわけにもいかなかった。


「信じてもらえたかしら」

「これが、私やあなた、魔法少女の現実」

「…………ああ、信じるよ。どうやらあたしたち、完全にキュゥべえに騙されてたみてえだな」

「でもなんだってコイツは、そんな事を知っていたんだ……」

「私にも教えてくれないから、その質問には答えようがないわ」

「目を覚ましたら、教えてくれるように頼むといいんじゃないかしら」



そうさせてもらうとしよう。
死ぬ前に言っていた、妙なことも合わせて。
色々と聞きたいことができたんだから、とっとと起きてくれないかな。

83 : VIPに... - 2011/04/19 01:37:18.01 XCwvBlUYo 80/134







「…………ただいま」


そして、玄関のドアが開く。
誰も声は出せない。





さやかと呼ばれた少女は静かに死体へ歩み寄り、その手にソウルジェムを握らせて。



「…………………………………、う」

「…………よお、調子はどうだい」

「…………そう、ね」



ビリビリと、買ってきたポッキーの封を破って。




「とりあえず、甘いものでも食べないかしら」

「ああ…………いただくよ」




その袋を、こっちに差し出してきた。

84 : VIPに... - 2011/04/19 01:38:04.88 XCwvBlUYo 81/134


「要は、アンタたちだけじゃワルプルギスの夜を倒せないから、協力してくれってんだな」

「ええ。あなたの力が必要なの」

「んで、それに協力することのメリットは」

「それは……」





「私の縄張りの一部でどうかしら」

「んあ? …………、どういう風の吹き回しだい」

「暁美さんは私の仲間ですもの。私が協力しているのは当たり前でしょう」




なんというか、本当に色々と奇妙だ。
マミの奴から縄張りを差し出すなんて、よっぽどこのほむらっていう魔法少女が大切なのだろうか。

でも、ちょうどいい。
色々と興味も湧いてきたし、自分にメリットもある。
こんな面白い話、めったにないだろう。

85 : VIPに... - 2011/04/19 01:38:44.02 XCwvBlUYo 82/134


「ふぅん。いいよ、わかった。協力しよう」

「あたしにとっても、見返りのある話になりそうだ」




興味の対象は。
自分がゾンビになると理解してなお契約した、このさやかって奴。





「ねえ。さやか、だっけ」



「ちょいとツラ貸しなよ。色々と、聞きたいことがあるんだ」

86 : VIPに... - 2011/04/19 01:40:10.00 XCwvBlUYo 83/134



二人が心配と言って、慌しく暁美さんも駆け出して行った。
そして我が家には、鹿目さんと私が二人残される。


「あの、マミ……さん」

「何かしら?」

「何回か魔女退治を見させてもらって、それから、今日のこととか、あって」

「私なりに、色々考えたんですけど、どうしても、わからなくて」

「……どうして、マミさんは、強く在れるんですか」

「私、同じ状況になったらと思うと、どうしても心が折れちゃって…………」



見る間に泣きそうになってしまう。問い返しただけなのに、何か悪いことをしているみたい。
この子は、きっと優しすぎるのだろう。
その優しさで、私たちのことを、あまりに心配しすぎて。

自分の事を見失っている。



「ねえ鹿目さん。私の手を握ってみて」


「震えてるのが、分かるでしょう」


「私はそんなに強くないわ。せめてみんなの前では、強く在ろうとしているだけ」


「こうなってしまったのは、もはや仕方ないから、受け入れているだけ」


「私は契約しなかったら、そのまま死んでいたから」


「今どうなろうと、ここまで生きてこられただけで、それはもう奇跡だから」

87 : VIPに... - 2011/04/19 01:40:41.73 XCwvBlUYo 84/134




なんとなく、自分でも分かっている。
この先に待つどんな現実も、そもそも私が掴めなかった筈のもの。
それを掴んでしまっている時点で、文句など付けられる訳がないんだ。



「……あなたは違うでしょう?」


「あなたは、命と引き換えに契約する必要なんて、ないのだから」


「私たちを心配するより先に、自分のことを考えなさい」


「その優しさだけで、少なくとも私は十分救われているわ」


「こんな私でも、生きてきてよかったと思えるんだから」




「だからどうか、そのまま素直に生き続けて」




そこまで伝えたところで、泣かれてしまった。
きっとここまで思ってもらえるだけで、私は幸せ者。
孤独に生きて孤独に散っていった魔法少女たちのことを考えると、そう思える。

88 : VIPに... - 2011/04/19 01:41:57.08 XCwvBlUYo 85/134



しばらく、無言で歩き続けて。
口を開く。


「アンタさ、ゾンビになるって分かってて契約したんだって?」

「うん」

「物好きな奴だね。あのほむらって奴に、散々警告されたんだろ?」

「契約したってバレた時、泣いて逃げられるくらいには」

「そんなにまでして叶えたい願いがあったってか。まさかとは思うけど、それ誰か他人のためじゃねぇよな?」



「……他人のためだよ」



「っかー……、アンタ、とんだバカだね。一回しかない奇跡のチャンスをそんな事に使っちまいやがって」


「魔法なんて、正真正銘自分のために使えばいいんだ」


「誰かのために祈ったって、結局、後悔するハメになるってのにさ」

89 : VIPに... - 2011/04/19 01:42:46.58 XCwvBlUYo 86/134













「あんたがそうだったから?」










「っ!? ……なっ、何、適当なこと、言ってやがる……」


「何となく分かるんだよね。あんたのその瞳、どっかで見たことあるんだ」


「大切な人のために祈って、それが、なんかろくでもない結果になって」


「何もかもを諦めてしまった瞳」




「あたしのこの祈りが、きっといつか不幸に繋がる。それは分かってる」


「でも、その日が来るまで、あたしは誰かを救い続けてみせると、決めたんだ」


「忠告ありがとね。その生き方も、あたしは否定しない」


「あんたの見た絶望がどんなものか分からないから、あたしはあんたを否定はできない」


「話して楽になれるんなら、聞いてあげるから。いつでも来るといいよ」




携帯の番号と住所を書き残し、ソイツは家に戻っていった。
ただ呆然と立ち尽くすあたしを置いて。

ああ、本当にこの街では何が起きているのだろう。
何もかもが想定を超えていて、もう頭がどうかしてしまいそうだった。

90 : VIPに... - 2011/04/19 01:43:49.81 XCwvBlUYo 87/134


***********************************




「父親のために祈って、それで一家心中か」




「それから、ずっと一人だったんだね」




「寂しかったね」




「あたしなんかの横でよければ、居場所をあげる。ゾンビ同士お似合いでしょ」




「だからそろそろ、素直になんなよ」





最後の一声で、心の堤防が決壊した。
一体どれほどの年月を一人で生きてきただろうか。
もう誰にも頼らないで、自分のためだけに力を使おうと思っていたはずなのに。
こんなにもあっさりと、その覚悟は崩されてしまった。





でも。







それもいいかな、と思う。

***********************************

91 : VIPに... - 2011/04/19 01:45:21.77 XCwvBlUYo 88/134



そうして、四人での魔女狩りがスタートした。
美樹さやかと佐倉杏子は最初こそぎこちなかったのだが、ある日を境にいきなり仲がよくなった。
……不気味なほどに。


「食うかい?」

「……太るよ」

「いや……太んないんじゃね!? よく考えたら!」

「…………!!!!!!」



殺し合いを仲裁したこともある身からすると、まったく訳が分からない。
まあ、平和に越したことはないのだけれど。
結局最初に会った夜も、いくつか言葉を交わしただけで別れていたし。



『二人とも、すごくいい友達になれたみたい。なんだか妬けちゃうな』

『どうしたのかしらね。何か手を打とうと思っていたけれど、これじゃ必要なさそうだわ』

『それより、考えなきゃいけないのは』

『……美樹さやかの魔女化、ね』




そう。
さやかの魔女化まで、タイムリミットはもうあまりない。
仁美がさやかに宣戦布告する場面を、今日の放課後確認してしまったから。




(それだけは、絶対に阻止する)

(彼女の契約を止められなかった私の、義務)

(そして、未来を掴むために、絶対に必要なこと)




「美樹さやか。あなたに話がある」

「今日のパトロールが終わったら、私の家に着いてきて」




それ以前に、一人の友達として。
彼女を失いたくない。

92 : VIPに... - 2011/04/19 01:46:02.07 XCwvBlUYo 89/134


「恭介のことは、あきらめたよ」


開口一番。
こちらが何を言う暇もなく、そう告げられた。


「いいんだ。契約した時に、もうそれは決めてた」

「あいつが仁美と幸せになるなら、あたしはそれでいいんだ」

「……あなたは、それでいいの」

「いいんだよ」


取り付く島もない。
何か違和感があるけれど、それを上手く言葉にできない。


「ありがとね、ほむら。あたしを心配してくれたんでしょ」

「でもあたし、大丈夫だから」
















「大丈夫なわけ、ねえだろうが」

93 : VIPに... - 2011/04/19 01:46:56.67 XCwvBlUYo 90/134





「あんた…………」




響いた声は佐倉杏子のもの。




「毎晩布団にくるまって恭介恭介言ってるくせに、何が大丈夫だってんだよ」

「なっ、あんた、一体いつウチに、そういえば住所を」

「不法侵入なんて真似やらかすかよ。カマかけただけだ」

「あっ、うっ………………」


(ここにいるのは、不法侵入の賜物だと思うのだけれど)


「ったく、悟りましたみたいな顔しやがって。テメェ正真正銘中坊のくせによ」

「だって、だってあたし……ゾンビなんだよ!? もう死んじゃってるんだよ……!」

「ガタガタと何を今更、それで受け入れられないなら、こっちからポイしてやりゃあいいじゃないか」

「大体お前はだなあ…………」




やれやれ。
自分では役不足だったらしい。杏子には、後でたい焼きでもおごってあげないと。
そう思ったとき、インターフォンが鳴り響いた。

94 : VIPに... - 2011/04/19 01:47:41.03 XCwvBlUYo 91/134




「ほむらちゃん、ほむらちゃん! 開けて!」

「暁美さん、そこに美樹さんがいるのよね? 会わせてもらえないかしら」



……きっと杏子が呼んだのだろう。
本当にそうするべきだった。自分一人で説得なんて、そんな非効率なこともない。
たい焼きをグレードアップさせたら何になるのか、そんなことを考えながら、さやかに一声掛ける。



「美樹さやか。私の忠告はすべて覚えているわね」

「最悪の結末を迎えたくなかったら、今から四人分の話をみっちり聞きなさい」

「今夜は寝かせないわよ」




最悪の結末、魔女化。
でもなぜだろう、それについてあまり心配しなくてもいい気がしてきてしまう。
そんな根拠のない安心を押し殺し、万全を期すために強力な助っ人たちを部屋に招き入れる。



夜はまだ、始まったばかりだ。

95 : VIPに... - 2011/04/19 01:48:33.15 XCwvBlUYo 92/134






「ヴヴヴヴヴヴヴヴォォォォォォォォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」






影の魔女エルザマリアを、四人がかりで瞬殺する。


さやかの魔女化は、避けることができた。






「っしゃー、楽勝ォー」

「まあ、あたしらの敵じゃないな」

「ふふ。あなたたちのコンビも、だんだん板についてきたわね」




今はこうして、魔女狩りとグリーフシードの収集に努めている。
この状況自体がすでに、奇跡の産物と言ってよかった。

96 : VIPに... - 2011/04/19 01:49:20.67 XCwvBlUYo 93/134




『よかった。さやかちゃん、だんだん元に戻ってきてる』

『そうね。少し前までは、本当に目も当てられなかったのに』



結局さやかに、気持ちを伝えさせることは成功した。
そして玉砕し、深く沈み込み、
必死の手当によってようやく浮上して、今に至っている。



『本当、選択を間違えたかと思ったわ』

『みんなで悩んで出した答えだもん。間違ってるわけないよ』



落ち込んださやかを励ますのに、まどかが大きな貢献を果たしてくれた。
契約のできない自分にできるのは、せめてこれくらいだからと。

……杏子など、励ましを通り越し本気でバトルに突入してしまったから救いがない。
「拳で語るんだ!」とか、訳の分からないことを言っていた気がする。
もっとも、その鉄拳制裁を受けたさやかは、多少なりと感じるところもあったようだが。


まあ結果として、魔女化は回避された。
そして、残った最後の壁を越えるために。
私は最後の秘密を、明かさなければならない。


「巴マミ。美樹さやか。佐倉杏子」


「鹿目まどかを加えて、話がしたい」


「ワルプルギスの夜に向けて、私の知る全てを伝える」


どうか、受け止めて。

97 : VIPに... - 2011/04/19 01:50:13.38 XCwvBlUYo 94/134





「私の能力は時間停止、それに加えて、時間遡行」




「この能力は私の願いによるもの。私の意志で発動するけれど、その期間は一定で、タイミングも固定」




「私の今の願いは、あなたたち全員の生存」




「この目的を達するために、私は何度も何度も、この一ヶ月を繰り返している」




「途中で、諦めてしまいそうになったこともあったけれど」




「ワルプルギスの夜に、あるいはそれ以前に、運命によって踏みにじられる、私たちの平和な暮らしを守るために」




「私はいま、ここにいる」






一気に喋り終え、一息つく。
すぐに返事はない。
手元の紅茶から湯気が立たなくなった辺りで、ようやく声が上がる。

98 : VIPに... - 2011/04/19 01:50:46.14 XCwvBlUYo 95/134



「…………そう」


「あなたが私の命を救いたいと言ったのは、そういうことだったのね」



声の主は巴マミ。
おそらくは、お菓子の魔女シャルロッテと戦った時の記憶を、思い出しているのだろう。



「あたしにした警告は、そういうことだったんだね」


「きっと過去のあたしが、あんたに身をもってそれを知らせたんだね」



声の主は美樹さやか。
見れば、ソウルジェムを強く強く握り締めていた。



「あー、確かにそりゃ極めつけのイレギュラーだわ」


「あたしも何度も死んだんだろうな。あれだけ必死になって協力を求めた理由も、分かるわ」



声の主は佐倉杏子。
目の前で死んでみせたことを、今更ながらに納得しているらしい。



「そんな………………」


「ほむらちゃん、ずっと一人で、戦い続けてたの…………?」



声の主は鹿目まどか。
これには、声を返さざるを得なかった。

99 : VIPに... - 2011/04/19 01:51:45.71 XCwvBlUYo 96/134



「いいえ。私は一人なんかじゃなかった」


「確かに、記憶を引き継いでいるのは私だけだったけれど」


「いつでも、あなたたちは必死で生きていた」


「私が生きているその時間で」


「一人だと思い込んだこともあったけれど、それは気のせいだったから」


「だから、気にしなくていい」



この言葉を、私が心から発することのできる状況は。
きっとどれほどまでに貴重なのだろう。
自分で言いながら、その言葉は何よりも、私の荒んだ心を癒していった。



「まったく、もっと早くに話してくれてもよかったのに」

「ごめんなさい。正直言って、私もいつ話し出せばいいのか分からなかった」

「まあ実は私タイムトラベラーでしたーなんて、普通に言われたらとても信じられないもんな……」

「こうやって素直に受け取ってるあたしたちが、むしろ異常に思えるくらいだ」









「そういうことだったのか、暁美ほむら」

100 : VIPに... - 2011/04/19 01:52:25.61 XCwvBlUYo 97/134




「久しいわね、キュゥべえ」


そして、現れる。
全ての元凶。


「最初がどこの時間軸だったかは知らないけれど、やはり君も僕と契約していたんだね」

「ええ、正直、感謝しているわ。あなたの力がなかったら、私はこの未来を掴んでいない」

「まったく君には、本当に驚かされるよ。これだけの魔法少女が集ったのは、僕が知る限り初めてだ」

「見ていなさい。あなたの計画、残らず壊してあげる」




「そして、もう一つ、あなたたちに言わなければならないことがある」



これを言ってしまうのは、本当に怖いけれど。
今のみんななら、きっと受け止めてくれるから。
私一人で悩むより、きっとみんなで悩んだ方が、いい解決策が出るはずだから。
キュゥべえが現れた今しか、きっと正しく伝えられるチャンスはない。



「正確には、巴マミ。佐倉杏子。あなたたち二人に」



「あら……」

「ご指名か」




名指しを受けて、ちょっと意外そうな顔をする二人。
逆に残りの二人は、表情を曇らせる。




『大丈夫』

『大丈夫だから』




「私たち魔法少女のソウルジェムは、濁りきった時」


「私たちのよく知る物になるの」


「魔女のタマゴ、グリーフシードへ」


「魔女になる前の、不完全な状態。それが魔法少女の実態なのよ」

101 : VIPに... - 2011/04/19 01:53:12.69 XCwvBlUYo 98/134




沈黙。
二人の表情に、変化はない。





先に言葉を発したのは、意外にも、巴マミだった。


「…………そう。そうね、そうなんでしょうね」


「……平気、なのね」


「平気ってことはないわ。ただ、これが私の魂だと言われてから、ちょっと頭の隅で考えたことではあった」


「当たってほしくない予想では、あったけれど」


「マミ、さん…………その、」


「ごめんなさい鹿目さん。……ちょっと膝、貸してくれないかしら」





声を出さず、巴マミは泣き始める。
他者を救う存在であり続けることはできない。
他者を呪う存在に、いつか必ずなってしまう。
その事実をどこかで想定し、事実として突きつけられ、なおも正気を保つその精神力に、私は脱帽するしかない。

102 : VIPに... - 2011/04/19 01:54:24.61 XCwvBlUYo 99/134






佐倉杏子が反応したのは、それからだった。




「お前…………お前」


「お前、さやか、アンタそれ知って、その上で契約したってのか…………!!!」


「……ああ。そうだよ」


「ッ…………! なんで、アンタは、そういう………………!」


こちらも堪え切れなくなったのか、ただ、逆に、さやかを胸元に引き寄せた。
その存在を確かめるように、強く強く。
自分の事を考えるよりも先に他人を思いやれるその心は、どれだけの絶望を経ても消えてはいなかった。






「なにか弁解はあるかしら。キュゥべえ」


「もちろん大有りさ。魔法少女が魔女になるのは、長い目で見たら君たちにとっても有益なことなんだよ!」



そうして、キュゥべえはエネルギー概論を始める。

私たちの感情を一切理解することなく。

その姿は、なぜか滑稽に映った。




適当にセールストークが終わり、キュゥべえが追い払われた後。


「ワルプルギスの夜まで、あと丸一日あるわ」


「それまで自由行動にしましょう。これ以降、この街に魔女は出現しないし」


「魔力を無駄に消耗しないよう、気をつけて」


そう言って、話を締め括った。

103 : VIPに... - 2011/04/19 01:55:43.56 XCwvBlUYo 100/134




森を抜けた、街外れの教会跡地。
暖かい日差しが差し込み、今では小鳥たちの憩いの場となっていると評判らしい。

自由行動を告げられたあたしの足は、自然とここに向いていた。




「まさかまた、誰かのために動こうとか思うなんてなあ」


「あたしも大概、バカだったってことかね」


誰かのためになど、もう二度と祈るまいと思っていたら、
いつの間にか祈られる側に回っていたとは。


「まあ、バカだよね」


「…………おいおい、お前がそれを言うかよ。さやか」


「ふふ、いつか言われた分のお返し」


「あーあれな、訂正するよ。この大バカ野郎」


独白に割り込んできたのは、あの大バカ野郎。
気になってしょうがない存在。

104 : VIPに... - 2011/04/19 01:56:23.09 XCwvBlUYo 101/134



「えー、ひどい」


せっかく心配して来てやったのに、下方修正ってあんまりじゃないか。
バカってのを否定はしないけど。


「まあ別に、あたしはバカでいいよ。みんな難しく考えすぎなんだよ」


「いいじゃん。やれることをやればさ」


諦めたって投げ出したって、自分たちを囲む現実は変わらない。
それなら、戦って勝ち取るしかないじゃないか。


「ったく、いい子ぶりやがって」


わしわしと髪をぐしゃぐしゃにする。
なんとなく。


「あーあーあーあー! ちょっと杏子、何するんだよ!」


あいつなりの照れ隠しなんだろう。
だから、いつもどおりに接する。
死への恐怖は、心の奥底にしまいこんで。





こんな、大切な人との日常が、壊されていいはずがない。
だから戦うんだ。
あたしたちには、そのための力があるんだから。

105 : VIPに... - 2011/04/19 01:56:56.29 XCwvBlUYo 102/134




インターフォンが鳴り響く。
意外だな。みんな、思い思いの方法で時間を潰すと思っていたけれど。

ドアを開けて、立っていたのは。


「いらっしゃい、鹿目さん」


「マミさん……お邪魔します」


この子が一人で、
しかも自分から訪ねて来るのは、初めてかもしれない。


「どうしたの? 珍しいわね、一人というのも」


「わたし……戦えないなら」


「せめて、誰かの支えになりたいって、思ったんです」


私はどうしても、その未来を受け入れることはできなかった。
死すらも生ぬるいその末路を。
だから、せめて。

106 : VIPに... - 2011/04/19 01:57:24.30 XCwvBlUYo 103/134






「今日は、マミさんのそばに、いさせてください」






こんな風に、誰かが一緒にいてくれるなんて。
失ったと思っていた日常が、これほど恋しいなんて。


「嬉しいわね。こっちからお願いしちゃいたくなるくらい」


せっかくだから、どこかに行こうか。
そういえば、駅前に、新しいショッピングモールができたらしい。


「じゃあ、買い物にでも行かないかしら。冬服がちょっと欲しかったの」


「……はい、行きましょう!」




こんなに完璧に見えるマミさんだって、あくまで中学の先輩で。
きっと私と同じように、死に対して恐怖を抱いてるに違いなくて。




束の間の平穏を楽しもう。
私たちの未来は、きっとその先に存在するから。
そのために出来る事は、何だってやってやる。

107 : VIPに... - 2011/04/19 01:58:05.78 XCwvBlUYo 104/134


街は夕焼けに包まれている。
朱色の光を浴びながら、私はまどかと言葉を交わしていた。


『とうとう、ここまで来た』


『…………そだね』


『ここで、運命を打ち破ってみせる。必ず』


『ほむらちゃん、凄く強くなったよ。だからきっと、きっと大丈夫』




このまどかは、弱くてどうしようもなかった自分のことを知っている。
知ってくれているからこそ、その言葉は響く。




『ふふ、どうしてだろう。私、今はちっとも不安じゃないの』


『ワルプルギスの夜には、何度も殺されかけて、大切なものを奪われているのに』

108 : VIPに... - 2011/04/19 01:58:42.23 XCwvBlUYo 105/134


『それが、一人じゃないってことなんだよ』


『これまでほむらちゃんは、ずっと怯えてた』


『一人じゃないと言い聞かせても、心のどこかで、孤独を感じていた』


『そう…………ね、そうかもしれない』


『みんながほむらちゃんを信じても、ほむらちゃんがみんなを信じなかったら、それはとても哀しいこと』


『ずっと心配だった』


『でも、もう大丈夫だね』




結局、何もかも見透かされていたわけで。
自分の底の浅さに呆れてしまいたくなるけれど、今はそれより。
喜びの方が大きくて。





「絶対にワルプルギスの夜に、打ち克ってみせる」






そう宣言し、視線を上げた所で。
鹿目まどかと目が合った。

109 : VIPに... - 2011/04/19 01:59:11.21 XCwvBlUYo 106/134


「ほむら、ちゃん」


私の、最初の願い。
それは形を変えて、みんなを守ることになったけれど。
最初の最初は、ただこの少女を守ることだけが、私の願いだった。



「鹿目まどか」



「あなたは今、幸せかしら」



私はあなたの幸せを願い。
あなたは私たちの幸せを願った。



「……うん、幸せだよ」



「今の私には、みんながいるから」



「だから私は、契約はしない」



「ありがとう。ほむらちゃん」



「そしてどうか、みんなで、無事で帰ってきて」



「約束する」





強く強く、ソウルジェムを握り締める。
あなたの祈りの欠片は、ここにある。

110 : VIPに... - 2011/04/19 02:00:18.89 XCwvBlUYo 107/134






「暁美ほむら、どうか頑張ってくれ」





「ワルプルギスの夜には、絶対に勝てない。あの魔女は、僕の契約と連動するものだからね」





「君とその仲間が、希望を持って戦えば戦うほど」





「君たちが放つ絶望のエネルギーは、より強くなる」





「どうか頑張ってくれ、暁美ほむら。僕たちの宇宙のために」





「その身を捧げてくれ」

111 : VIPに... - 2011/04/19 02:00:56.27 XCwvBlUYo 108/134


***********************************




そして、死者を囲い込む夜が訪れた。





















***********************************

112 : VIPに... - 2011/04/19 02:01:47.36 XCwvBlUYo 109/134



戦術は至って単純。
防御力と回避力に優れるさやかと杏子が、近接して囮の役割を果たしながら、マミが制圧する。
私は時を止めながら、全体を補助しつつ遊撃する。


力量、魔力量、共に十分すぎるほど蓄えた自分たちにとって、それ以上の戦法はなかった。



それなのに。





(どういうこと…………、堅過ぎる!?)

113 : VIPに... - 2011/04/19 02:02:17.37 XCwvBlUYo 110/134






私たちの前に立ちはだかる魔女の耐久力は、これまで戦ったどの夜よりも高く。
とっくに倒れているはずの攻撃を加えて尚、旺盛にこちらを潰しに掛かってきた。





無限に思えるワルプルギスの夜の魔力に対して、





当然こちらの力には、限界がある。





「うあっ!?」

「さやか!?」

114 : VIPに... - 2011/04/19 02:02:43.80 XCwvBlUYo 111/134




みんなが被弾しそうな時は、時間を止めながら回避行動に徹していたが。
時を止めてもフォローが間に合わず、さやかが右腕を焼かれてしまう。



(美樹さん! 大丈夫!?)

(あっちちち、大丈夫っす! これくらいなら数分で治りますんで!)



確かに傷はある程度の時間をかければ修復できるが、
囮の役割を一人で務めることは、回復力の低い杏子にはリスキーすぎる。

そして囮を勤めきれなくなれば、火力担当で機動力の低いマミにも攻撃が及んでしまう。


そこまで杏子は理解したのか、ひとまずさやかを抱えて退いた。

115 : VIPに... - 2011/04/19 02:03:47.87 XCwvBlUYo 112/134


「ったく…………なんだコイツ、マジでとんでもねえな」

「これだけ撃ち込んでも倒れないなんて、初めてよ。先に私のプライドが折れそうだわ」

「しばらく回避に徹するわよ。みんな、繋いだ手を離さないで」


これだけの戦力で挑んでも、倒しきれない。
この魔女は一体何なのか。この力は、明らかにこれまでとは違っている。
頭を動かしながら、ともかく今は回避に全力を尽くす。










「……っし、おっけー治った!」


その合図を受けて、また攻撃の態勢に入る。
ただし、今度は。

116 : VIPに... - 2011/04/19 02:04:21.28 XCwvBlUYo 113/134







「私から始めるわ。一時的に動きを止めるから、総攻撃を」



そして、数回の撃ち合いの後に、左腕の盾からRPG-7を取り出す。
ダース単位で。



「ちょっ」

「あんた、そんなもんどこで」





「ちょっとロシアまでね」

「離れなさい」




そう警告し、慌てて二人が飛びのいた所で時間を止める。
止めて、ワルプルギスの夜の上部から、全ての弾頭を発射し。






さらに、足元まで降りて、TM-46対戦車地雷をありったけ投げ込んだ。

117 : VIPに... - 2011/04/19 02:05:12.60 XCwvBlUYo 114/134


時間停止を解除する。
着弾し、爆発し、押し潰され、さらに爆発する。


こっちがどうにかなってしまいそうだったが、そこで手を休めはしない。




「このおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」



「っだらあああああああああああああああああああああああああ!」



さやかは長大化させた大剣を、杏子は巨大化させた剛槍を。
地面に堕ちたワルプルギスの夜に対して斜め上45度から、交差するように突き刺した。



傾いた歪な十字架のように。

118 : VIPに... - 2011/04/19 02:06:03.84 XCwvBlUYo 115/134






そして、ここまで稼いだ時間をギリギリまで使って。












「いい加減に眠りなさい……、ティロ・フィナーレッッッッ!」


傾いたビルそのものにリボンを巻きつけて、砲身に変えて。
発射と同時に、光が視界の全てを包む。

119 : VIPに... - 2011/04/19 02:06:31.13 XCwvBlUYo 116/134























「嘘…………、だろ」




煙が晴れて、ワルプルギスの夜はまだそこに鎮座していた。
元気に、炎を吐き出して。



「諦めない。もう一度、行くわよ」



そしてまた、私たちは力の限りを振るう。
嫌な予感をぴりぴりと感じながら。

120 : VIPに... - 2011/04/19 02:07:20.31 XCwvBlUYo 117/134




「そんな…………、そんなのって…………………!」

「事実だ、鹿目まどか。彼女たちは確かに強いけれど」

「ワルプルギスの夜は彼女たちよりも、ほんの少し強い」

「彼女たちの結末は、死か、魔力を使い果たして魔女化するか、それだけだ」

「そんな風に、あの魔女は設計されている」

「運命を覆す可能性を持っているのは、君だけだよ。鹿目まどか」


キュゥべえが嘘を言わないのは、もう知っている。
だからこれもきっと真実で、このまま座っていたら、ほむらちゃんたちは死んでしまう。
あるいは。


「あんまりだよ……。みんな、みんな………………」



契約したくなんか、ないのに。
これじゃあ、契約しなかったら、私はそれ以上のものを喪ってしまう。




「……………………」


でも。
何もしないで後悔するのは、嫌だから。
祈りのために行動する人たちの背中は、ずっと見てきたから。


「……キュゥべえ」


「連れて行って。ワルプルギスの夜のところまで」


頼み、走り出す。
未来を掴むために。

121 : VIPに... - 2011/04/19 02:08:19.88 XCwvBlUYo 118/134







「あっ、………………う、あ、ああ……………」


辿り着いた結界の中で、
私は絶対に見たくなかったものを、とても分かりやすい形で見てしまう。



転がった、マミさんの首を。







思考が止まる。

覚悟が砕かれ、そうになって、













(…………鹿目さん! どうして来たの!?)


頭の中に響いた声で、すんでの所で自我を取り戻す。

122 : VIPに... - 2011/04/19 02:09:03.59 XCwvBlUYo 119/134




(えっ…………、マミさん、生きて、あ、)



よく見れば、ソウルジェムが無事に、残っていた。
変身も解けていない。
信じがたい話だが、彼女は首と胴体を切り離されても、正気を保っていた。



「…………やれやれ。延命を願いにしておいて、本当によかったね。巴マミ」

(ええ。おかげで、まだ私は生きている)

(こうして、意思の中継役くらいは、こなすことができる)



「…………まどか! あなた、一体何をしに来たの!?」




体中に傷を負った、ほむらちゃんが来た。
動きに差し支えのないレベルの傷なのか、それとももう治療する魔力もないのか、
自分には分からない。


「私、魔法少女になる」


「ほむらちゃんたちを、死なせられない」


「だからっ…………! それをしてしまったら、今度はあなたが……!」


ほむらちゃんは、本当に優しい。
その優しさに甘えたいけれど、もう、そんな時間はなくて。

123 : VIPに... - 2011/04/19 02:10:01.81 XCwvBlUYo 120/134



「きゃあっ!?」

「ぐああっ!?」



最後まで前線にいたさやかちゃんと杏子ちゃんも、ビルに殴られこちらに飛ばされてきた。
ほむらちゃんが必死に受け止めるけれど、三人ともどれだけのダメージを受けたのか。



ソウルジェムは、最早光を放っていなかった。



「ごめんなさい。 みんな、今まで、ありがとう」






その声を受けて、一瞬息が止まる。


その先には絶望しかないのに。
この先にも絶望しかないのか。

心を折られそうになったその時、頭の中に声が響く。




『ほむらちゃん』

124 : VIPに... - 2011/04/19 02:10:33.33 XCwvBlUYo 121/134





『-----------奇跡って、なんだと思う?』





『あの時私が願った、奇跡は、なんだと思う?』





『私はずっと、ここに存在する私自身が、奇跡そのものだと思っていた』





『ほむらちゃんが一人じゃなくなったから』





『でも』





『ほむらちゃんに起こるべき奇跡って、そんなものかな』

125 : VIPに... - 2011/04/19 02:11:16.91 XCwvBlUYo 122/134





『ほむらちゃんの願いは、私の願いと一致していた』





『みんなで生きていける、日常が、私たちの願いのはずだった』





『この時間軸で私はずっと、あなたを助けてきたけれど、それは可能性として起こり得たもの』





『奇跡なんかじゃ、ない』

126 : VIPに... - 2011/04/19 02:11:44.75 XCwvBlUYo 123/134














『きっと本当の奇跡は、これから起こる』













『起こしてみせる』

127 : VIPに... - 2011/04/19 02:12:16.51 XCwvBlUYo 124/134






理解する。
これから自分が、成すべきことを。





「待ちなさい、まどか」


「あなたに契約はさせない」


「でも…………! でも、もうそれしか」


「方法はある」


そして、頼みごとをする。
酷い頼みごとを。


「美樹さやか。佐倉杏子」


「ごめんなさい。あと少しだけ、時間を稼いで」

128 : VIPに... - 2011/04/19 02:13:30.45 XCwvBlUYo 125/134




「ちょっと、あたしらもいい加減限界だって」


「人使いの荒いこって、このミステリアス美少女ちゃんは」




そう毒を吐きながらも、立ち上がる。
その背中を、何よりも頼もしく思って。




「もう一つ」


「死んだら許さない」





「どんだけスーパーS級のミッションだよ、まったく」


「まあでも、死ぬつもりなんてないよ。当たり前だろ」





そう言い残し、視界から飛び去る。
それと同時に、私とまどかの周囲から剣と槍が突き出し、幾重にも周りを覆い尽くした。

129 : VIPに... - 2011/04/19 02:14:27.89 XCwvBlUYo 126/134




「まどか」



「今からあなたに、あなたから預かった記憶を返す」



「受け取って」



「そしてお願い」









「『どうか、どうか私たちを、助けて』」






ソウルジェムが額に寄せられ、

桃色の光が視界を染め上げる。

130 : VIPに... - 2011/04/19 02:15:21.82 XCwvBlUYo 127/134







光の一つ一つは、どれも私で。

この夜に散った私で。






『……ただいま。この世界のわたし』


「……おかえり、でいいのかな」


『あなたには、選ぶ権利がある』


「私の選ぶ道なんて、最初から決まってる」


『いいんだね』


「うん」


『私が命に代えても守りたかったもの。今度こそ、その手で守って』


「絶対に」






すべてを受け止めた時、
奇跡は二度成り。




光は脚を包み、腕を包み、胴を包み、そして全身を包み。







その光が晴れたとき、私は魔法少女として戦場に立っていた。







剣と槍の壁が炎と衝撃によって剥がされるけれど。






恐怖など、あるわけがなかった。

131 : VIPに... - 2011/04/19 02:15:52.38 XCwvBlUYo 128/134




掠れ行く意識の中で成功を理解する。



でも、わたしは力を使い果たしてしまって。



これで終わりかと覚悟をするけれど、








その終わりはいつになっても訪れない。



気付けば、ソウルジェムの穢れはすっかり消え去り、体に力が漲っていた。



目を開ければ、そこには。

132 : VIPに... - 2011/04/19 02:16:38.36 XCwvBlUYo 129/134




「平気かな? ほむらちゃん」


「よ、この通り生きてるよ」


「よっぽど死ぬかと思ったけどねぇ。後でなんか奢ってもらうか」


「ふふ。カッコ悪い所見せてしまって、ごめんなさいね」




みんなが、立っていた。
あれほど全滅必死の状態で、グリーフシードも底を尽いていたのに。




「まどかの力がね」


「あたしたちの中に、流れ込んできたんだ」


「とても暖かい光だったわ。グリーフシードで浄化するのとは、まったく違って」


「間に合ってよかったよ。本当によかった」


「みんな…………、みんな、……………!」

133 : VIPに... - 2011/04/19 02:17:08.26 XCwvBlUYo 130/134


「話はあとね。今やるべきことは」



五人でワルプルギスの夜に向き直り。








「ひとつ」








弓を剣を銃を槍を、思い思いに構えて飛び掛っていく彼女たち。





その後姿を、私も追いかけて。









夜が明ける。




長い長い夜が。

134 : VIPに... - 2011/04/19 02:18:16.43 XCwvBlUYo 131/134


***********************************







魔法少女たちの間で、最近持ち切りの話題がある。


【救済の魔法少女】という名前の、ソウルジェムを持たない魔法少女の話。


彼女は他者のソウルジェムを癒す能力を持ち、世界各国を周っているという。


尽きぬ魔力で、魔法少女を救うために。









「うおーっ! 見ろよすっげーデカイ銅像!」


「あれが自由の女神像ね。写真で見たことはあるけれど、実物を見るのは初めてだわ」


「ほーらはしゃぎすぎない。あんた甲板から落ちかけてるよー」


「えへへ、すっごくいい笑顔だね」


「そうね、眩しいくらい」











平穏の中で、最愛の仲間と共に。





***********************************

135 : VIPに... - 2011/04/19 02:19:12.98 XCwvBlUYo 132/134

おしまいです。
付き合ってくれた方、ありがとうございました。

142 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/04/19 20:23:56.05 9zmjKVEIO 133/134

乙!
面白かったよ
本編では期待できないがハッピーエンドはいいものだ

145 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/04/23 19:54:47.54 xdM+mTjco 134/134

面白かった。こういう展開もいいよね。

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