160 : VIPに... - 2010/08/12 23:44:36.82 DJMI6tM0 1/64

流れぶった切って悪いけど、>>59->>107の後編を投下します。

前編はコメディ要素が多かったけど、今回は微妙にシリアスっぽい流れになります。

そして前編以上にご都合展開、超展開が繰り広げられますのでご容赦ください。

では後編・51レス、おまけで9レスもらいます。


※関連
Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the first part
http://ayamevip.com/archives/41203277.html

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-12冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1281510545/

161 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 1/51 - 2010/08/12 23:46:40.56 DJMI6tM0 2/64

―― 浜面 Side ――

浜面と打ち止めは『Seventh mist』から百メートルほど離れたそこそこ大きな、噴水などの障害物を除けば五十メートル走ができるくらいの公園の中にある木製ベンチに並んで座っていた。

打ち止めは彼女の頭二つ分はあるんじゃないかと思えるほどの大きさの伝説のクレープを小さな手で必死に支えて食べている。
伝説のクレープの具材についてB級グルメしか食べた事のない浜面では、苺らしき物が入ってる、みたいな認識しかできない。
幸せ度マックスの状態なのか、少女の頭のアホ毛がグルングルンと回っている。それはもう手を伸ばしたらアホ毛に引っ叩かれて、そこが蚯蚓腫れを起こしてしまうのではないかと錯覚するほど力強く。

彼女が満面の笑顔を浮かべながらクレープを食している横で、真っ白になって両腕を膝につけて俯いている少年が浜面だ。
今の彼のテンションは、人生に疲れてどうすれば楽になれるんだろうそうだ死んじゃえばいいんだの一歩手前辺りまで落ち込んでしまっている。
浜面は伝説のクレープを打ち止めに買ってあげてから何十回も思ったことを再び心の中で叫ぶ。

(ふふふ、い、いいいいい一万円のクレープとかふふふざけんなッ!! ぼぼ、ぼったくりじゃねえかッ!!)

打ち止めの要求の詳しい情報を聞かずに了解の返事をしてしまった自分を思い切りぶん殴りたい。
そうして実際ぶん殴って頬を腫らしているお馬鹿チンピラがここに居る。

(そもそも伝説のクレープと聞いて何故一番に気になるであろう値段を聞かなかったんだ俺はッ!)

浜面は後悔の気持ちを全身から醸し出しながら、ふと顔を上げた。

彼らのいる公園には今、クレープ屋台を行っているピンクのワゴン車が佇んでいる。
浜面と打ち止めが座っているベンチの正面、約十メートル先にそのワゴン車は存在する。
ワゴン車は見た目は目が疲れにくい軟らかいピンク色に覆われていて、とても可愛らしい印象を受ける。
メニューも意味不明な横文字ばかりでないため、お年寄りでもどんな味か一目で判断できる作りとなっていた。
それに加えてリーズナブルなお値段に、明るく親しみやすそうな若い女の子が販売員をやっていれば、老若男女誰でも購入し易い環境が整うだろう。

浜面は、その甘い環境に見事にやられてしまったのだ。
注文の際、打ち止めが『伝説のクレープ一つっ!』という要望に対して『かしこまりましたっ』と何の曇りもない笑顔を作った販売員が今更ながら恐ろしく思う。

女の笑顔って怖い……なんて考えていると、打ち止めに腕に通していたジャージの袖口をちょいちょいと引っ張られた。

「ん?」

162 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 2/51 - 2010/08/12 23:47:22.27 DJMI6tM0 3/64

生返事でそれに反応する。
打ち止めは半分以上残っているクレープを持って満足そうな笑顔をしながら、

「お腹いっぱいになっちゃった、ってミサカはミサカは報告してみたり」

「……おいクソガキ、出された料理は残さず食べましょう、って習わなかったのか?」

「うーん、ヨミカワに言われたような言われてないような……、ってミサカはミサカは朧げな記憶を思い出してみたり。それよりミサカはもう食べられない、ってミサカはミサカは暗に食べてほしいなって懇願してみる」

少女は手に持っているクレープを浜面の口元へと近づかせた。

え、何このシチュエーション。

(これはもしかしてアレなのか、アレなのかッ! いいのか俺! まだ滝壺にもしてもらってないのに!?)

そうこうしている間にもクレープは徐々に近づいてくる。
そう、これはまるで――

『小さい女の子にあーんってされるのが夢だったのか浜面?』

「ぎゃァあああああっ!」

不意に聞こえてきた声に驚く浜面。その彼の叫びに驚いた打ち止めはあやうくクレープを落としそうになった。
誰だ一体、と声が聞こえてきたベンチの後ろへと座りながらに身体を回す。

「よう、久しぶりだな」

そう言ったのは一人の少年だった。
浜面はその少年を知っている。

163 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 3/51 - 2010/08/12 23:48:07.22 DJMI6tM0 4/64

「半蔵……? 何やってんだよ、こんなトコで」

「それはこっちの台詞だ。お前ってロリコンだったっけ?」

「違ェよ!! どう見たらそういう風に思えるん――」

だよッ! と言いかけた所で言葉を詰まらせた。
幼女と一緒にいる光景を見られたくらいならまだ言い訳できるが、さっきの状況は確かにそう見えなくもないかもしれない。
浜面からにしてもあのシーンは普通に一線を超えていたと思える。

「ん? ん? どうした浜面。言いたいことがあるなら言ってみろ」

ニヤニヤとした顔で半蔵が浜面に迫ってきた。
捕まれば心のデリケートな部分を弄られること必死だ。

(マズい、何かこの場を切り抜ける方法を……そうだッ!)

浜面は答えを導き出した。

「一緒にクレープ食べないか?」

164 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 4/51 - 2010/08/12 23:48:34.87 DJMI6tM0 5/64

――

「なるほど、つまりお前はデートをしていたはずが気付けばガキのお守りをさせられてたって訳だ」

「まぁそういうこった」

浜面はこれまでの経緯を一通り説明し終えると、半蔵と半分に分けたクレープを口にした。
甘くて美味しいのだが、それ以上の感想を出せる舌を持ちあわせていないというのは非常に腹立たしく感じる。

半蔵は公園内に設置された滑り台で遊ぶ打ち止めを見ながら、呟くように言った。

「にしても、本当に久しぶりだよな」

「……そうだな」

「浜面とはレディースの拳銃を渡した日以来だぞ。今までどこで何してたんだよ」

「ちょっくらロシアへ逃避行してた」

「ぶっ! ロシアって第三次世界大戦が起きた国だろっ!? いやそれ以前にお前『外』に出てたのかよ!」

「こっちも色々あったんだよ」

口の周りにホイップクリームを付けたまま物凄い剣幕で捲し立ててくる半蔵を適当にはぐらかす。
浜面がやってきたことはあまり他人には話せる内容ではない。親友である半蔵でもだ。

「そうか、まぁ、浜面だしな」

「何その納得の仕方。俺だからって何、俺っていつから『色々あった』で済ませられるほどの男になったの!?」

『だってお前レベル5倒したじゃねえか』『いやあれは運が良かっただけで』『謙遜しやがって、運が良かったでもスゲーんだよ』『いやぁ、それほどでも』『照れんな気色悪い』『んだとコラァ!』

公園のベンチであははは、わはははと可笑し楽しく馬鹿馬鹿しく、クレープを食べながら馬鹿騒ぎをしているチンピラ二人。
それは彼らの過去を知っている人が見れば、またアイツらかと思うであろう。
久しぶりの再会によって生まれた談笑は、彼らにとってとても感慨深い時間となった。



一足先にクレープを食べ終えた半蔵は正直な感想を漏らした。

「……結構キツかったぜ」

「俺はあと一口……」

165 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 5/51 - 2010/08/12 23:49:29.41 DJMI6tM0 6/64

口の中が甘ったるい生クリームに覆われる中、浜面は一旦深呼吸をして腹の張りを落ち着かせてからバクリッ、と一気に口に放り込んだ。
もう噛んで味わいたくもないと舌を器用に動かして具材を押し潰し、食道へと無理矢理に流し込む。

正直に言おう。気持ち悪い。

片手でお腹をさすりながら浜面は半蔵に言う。

「お前、よく食えたな」

「そりゃお前もだろ浜面」

違ェねえ、と苦しさを押さえながら笑う。
半蔵も浜面の笑みに同じく笑みで返すも、すぐに真面目な表情に切り換えた。

「なぁ、まだ戻る気はねえのか?」

「……悪い、俺はまだやるべき事があるんだ」

「……ハッ、まだ、じゃなくてこれからだろ?」

半蔵は小さく笑うと浜面の背中をバシッ、と軽く叩いた。
そして音もなく立ち上がると、

「久しぶりに会えてよかった。じゃあ、また――おっと」

浜面に背中を向けて去ろうとした所で何かを思い出したように立ち止まった。
彼はポケットから一つの小さな拳銃を取り出し、浜面に見せ付けて言った。

「コレ、必要か?」

「いらねえよ。もう……必要ない」

「そうか」

半蔵は断られるとわかっていたような感じで返事をすると、手に持っていた拳銃をポケットへとしまう。

「ああそうだ、まだお前の返り咲きを諦めた訳じゃねえからな」

「わかってるよ。いつか、必ず戻ってやるさ」

そう言って彼らは別れの挨拶として、友である誓いとして拳を合わせた。

166 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 6/51 - 2010/08/12 23:51:25.03 DJMI6tM0 7/64

――

半蔵と別れた浜面はクレープを食べた公園のベンチに座っている。
打ち止めは未だに公園で遊んでいる。しかし、今は滑り台ではなくブランコに乗り換えていた。
ブオン、ブオンとほぼ水平近くまで振り子のように振らせている。
あの調子だといつか落ちるだろう。

馬鹿みたいに騒いだ後に訪れる静けさは中々に寂しいものだ。
打ち止めのブランコ遊びがそこそこ危険な域に達しているのに冷静な分析ができたのも、一人で静かに考えられたからである。
ただ、一人になって心に余裕ができたと同時に、思い出したくない事を思い出してしまった。

(……ッ! しまった、今日の食費が……)

慌ててポケットにしまっておいた財布を取り出して、中を確認する。

所持金。十三円ナリ。

とてもじゃないがこれでは何も買えない。いや、買おうと思えば小っちゃいお菓子とかなら買えるだろう。
だがそんなちゃちな物で満足できるほど、浜面は少食ではない。
滝壺との買い物に備えてそれなりに用意していたお金も、伝説クレープのタイフーンによって見事に空彼方へと飛び立ってしまった。
スッカラカン状態である。これは早々にお金を下ろさなくてはならない。
浜面は近くにコンビニあったかな……と公園の外の風景を眺めるとコンビニではないが、下ろせる場所はすぐに見つかった。

「おっ、銀行あるじゃん」

『あなたはこれから銀行へ行かれるのですか? とミサカは問いかけます』

「ぶわッ!? だ、誰だ!?」

またしてもベンチの後ろから声が聞こえてきた。
どうしてこう人の視界の死角から声をかけてくるんだよ、と小さく愚痴をこぼしながら片腕をベンチの背もたれに掛けて、声のした方へ首を向ける。

そこには、常盤台中学の制服を着た少女が立っていた。
サラサラとした茶色い髪。お世辞でなく可愛らしい顔立ちをしていて、首にはオープンハートのネックレスを掛けている。
それだけならどこにでもいる極々普通な学生と捉えられるのだが、頭に軍用らしきゴーグルをつけている事を考えると、普通ではないのだろう。

――……てか、どっかで見なかったか?

167 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 7/51 - 2010/08/12 23:52:19.61 DJMI6tM0 8/64

「ミサカの名前はミサカです、とミサカは答えます。あなたはこれから銀行へ行かれるのですか? とミサカは再度問いかけます」

「あ、ああ、行くつもりだけど……。お前確か『Seventh mist』って店にいなかったか?」

「ミサカはあなたの言う店には行っていません。あなたが見たミサカはこのミサカではなく、ミサカ一三五七七号ではないでしょうか、とミサカは一三五七七号の位置から推測してみます」

「…………」

「? どうかしましたか?」

今日は電波女のエンカウント率が高えなあ、と浜面は髪を掻き毟る。
だがそこで先ほど聞いた一つの常盤台の彼女の言葉が浜面の頭の中を突き抜けた。
そう、目の前にいる彼女は自分のことをミサカと言った。今ブランコで遊んでいる打ち止めも自分のことをミサカと言う。

つまりだ、彼女と打ち止めは姉妹関係なのでは?

その考えが浜面の身体に電撃を走らせた。
再び訪れた打ち止めを押し付けるチャンスを逃すまいと軽く深呼吸をして、

「え、とだな、お前と打ち止めは姉妹だったりする?」

「そうですが今はどうでもいい事です、とミサカはスッパリと切り捨てます」

「何でッ!? 結構重要な事だと思うんだけど!?」

「あなたは上位固体とこれから銀行へ行くという事は確定情報なのですね? とミサカは確認をとります」

「無視かよ、そこら辺は打ち止めと変わんねえなッ!!」

顔のパーツをほとんど動かさず、感情があまり篭ってない口調で淡々と話すミサカ。
落ち着いて話をしようと思っていた浜面も彼女と話しているとつい熱くなってしまう。
今度は目を瞑って静かにゆっくりと十秒近く使って深く深呼吸をする。

(大丈夫、落ち着け俺。打ち止めを引き取ってもらうチャンスはおそらくこれで最後だ。あのお花畑の子とは友達関係だったらしいが、目の前にいるヤツは姉妹だ。一緒に住んでいる可能性もある。住んでる家が同じなら一緒に帰るのも普通のはずだ! 大丈夫、今回は大丈夫!)

よしッ! と決意を胸に堂々と目を開く。

目を開いた先には、誰もいなかった。

浜面は固まった。ひゅうという風が吹いた。
ここで西部劇なんかでよく見るコロコロと回転する草があれば雰囲気的にバッチリなのだが、そんな物は学園都市には存在しない。
浜面が動き出したのは、それから一分後であった。

168 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 8/51 - 2010/08/12 23:53:00.85 DJMI6tM0 9/64

――

過ぎた事は仕方がない。
打ち止めの姉妹らしき人物を見失ったことにまだ少し後悔を残しつつも、彼女にも色々事情があるのだろう。
打ち止めの家族はちょっとどこかが普通じゃない人たちで構成されているのかもしれない。
仕方がない仕方がないと心の中で自分に言い聞かせた。

そこでパァッ、と浜面の座っているベンチに白い明かりが差した。
ベンチのすぐ横には街灯がある。それが点灯したのだ。

(あんまり遅くなっちゃ打ち止めの家族が心配するよな)

足に力を入れてベンチから立つ。特に長い時間座っていたわけでもないのに、気付いたら浜面は伸びをしていた。
浜面はコキコキと骨を鳴らし、打ち止めが遊んでいるブランコへと歩いて向かった。

「おーい打ち止め。そろそろ帰るぞー」

彼の言葉を聞いた打ち止めは『はーい』と返事をすると、乗っているブランコからタイミングよくジャンプして地面に着地した。

「あなたが食べるの遅いから待ちくたびれちゃった、ってミサカはミサカは愚痴ってみたり」

「元々俺は食べる気がなかったからそんなに腹減ってなかったんだよっ! それより、少し寄り道してもいいか?」

「ミサカは大丈夫だよ、ってミサカはミサカは頷いてみたり」

「よっし、じゃあちょっと付いてきてくれ」

浜面は自分を見上げている打ち止めの髪をわしゃわしゃと撫でて少女と一緒に公園を出ると、道路を挟んだ反対側にある銀行へと入った。



『外』の銀行の営業時間は大抵十五時までと決められているらしいが、学園都市の銀行はその範疇ではない。
浜面と打ち止めが入った銀行は小規模な銀行であった。
自動ドアを通ると目の前に四、五台のATMが並んでおり、入ってすぐ右に曲がると左手に受け付け窓口がまた四、五つほど奥へと伸びて並んでいた。窓口の奥では多くの銀行員が忙しい時間帯と思わせるような素振りでせっせと仕事に励んでいる。
待合スペースにはいくつか柔らかそうな素材でできた乳白色のソファが設置され、近くには観葉植物が置かれていた。
道路側の壁は透明の強化ガラスで張り巡らされて簡単に割られないようなつくりが施されている。
元スキルアウトの浜面も、ここからATMを盗み出すのは無理だろうな、と思う。

169 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 9/51 - 2010/08/12 23:53:50.65 DJMI6tM0 10/64

といっても、今から浜面がすることはATMからお金を下ろすことだけだ。
浜面は数人並んでいるATMの列の最後尾に並んだ。打ち止めも浜面についていった。
ここまでくると打ち止めも浜面が何をしようとしていたか察したらしく、

「えっと、もしかしてミサカの所為? ってミサカはミサカはおそるおそる聞いてみたり」

と手を胸に当ててほんの少し潤んだ瞳で尋ねてきた。
ロリコンだったらたまらない構図もロリコンでない浜面はただ子どもにしか見えない。
浜面は苦笑いをして、

「まあ、これからは自重した方がいいぞ」

と答えた。

そこで丁度ATMの順番が浜面の番になった。
彼はカードを取り出してATMの中へ流し込み、暗証番号を入力する。
スキルアウト時代や暗部にいたころはなんだかんだで貧乏なりに稼いでいたものの、今は細々とバイトで生活費を賄っている。
正直言って苦しい生活だが辛くはない。むしろ楽しいくらいだ。
こうして滝壺に新たな居場所を作ってあげることができた。滝壺が笑って、怒って、泣いて、喜んでくれる居場所を作ってあげることができた。それだけでもう満足なのである。

数枚の千円札を下ろして財布の中へと入れると、ATMの前から離れた。
もうする事はないので帰ろうかとしたその時、浜面は自らの下腹部に異変が起きているのを感じ取った。
キリキリと身体の内側から襲いかかってくる痛みが彼の足を僅かに震わせる。
つまり、便意だ。

浜面は手に持っていた財布をポケットにしまい、若干震えた声で打ち止めに言う。

「打ち止め。ち、ちょっとトイレに行ってきてもいいか?」

「う、うん、別にいいけど。大丈夫? ってミサカはミサカは心配してみる」

「ああ、大丈夫大丈夫」

と答える浜面だが、両手をお腹に当てて前屈みになり、さらには冷や汗をかきながら青ざめた顔をしているので全く説得力がない。
とにもかくにもトイレに行きたい浜面は、窓口カウンターの手前側にあるお客様用のトイレへと駆け出した。
トイレに向かう途中何故か一緒に走り出した打ち止めには『トイレの前で待っていろ』と知らせて、彼はトイレの中へと入っていった。

170 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 10/51 - 2010/08/12 23:54:46.58 DJMI6tM0 11/64

―― 一方通行 Side ――

「何でオメェが来るンだよ」

一方通行は後ろにいるのが誰かなのかも確認せずに言った。
あんな話し方をする人物なんて一人(?)しかいない。

「俺はオマエを呼び出した覚えはねェんだけどな」

「それはそれ、これはこれです、とミサカは適当にはぐらかします。本題は別にあります、とミサカはボケの空気をシリアスな空気に変えてみます」

「本題?」

そう言うと一方通行は後ろへと振り向き、会話相手の姿を認める。
そこに立っていたのは彼の予想通り、超電磁砲の容姿をした妹達の一人であった。

「はい。あなたにとって残念な情報を報告しにきました、とミサカは答えます。あなたが捜索している上位固体ですが既にこの店内にはいません、とミサカは衝撃的事実を告げます」

「はァッ!? オメェそれどォいうことだッ!?」

ガタンッ! と一方通行は立ち上がり、反射的にミサカの胸倉を掴みあげた。
今までの二人の会話を聞いていた滝壺は、突然動き出した一方通行に内心驚きながらも彼を止めに入る。

「駄目だよアクセラレータ! 落ち着いて!」

「……ッ!」

自ら身体を入れてくる滝壺によって、一方通行の手は掴んでいたミサカのYシャツから離された。
滝壺はミサカを庇うように彼女の前で両腕を広げて、

「この人に乱暴しても何も解決しない。あなたが今やるべき事はあの子を捜して、見つけてあげる事のはずだよ?」

「……クソッ!!」

滝壺が正しい事を言っているのは一方通行でもわかっている。
しかしミサカが言った事は、彼の短気な性格を考慮すれば気持ちを爆発させるのに十二分の威力があったのだ。
一方通行はやり場のない憤りを吐き出すために、さっきまで自分が座っていたパイプ椅子をガシャンッ! と蹴飛ばした。
それによって起きた金属が転がる音により、カウンターで待機していた女性店員が大きく身体を跳ねた。
彼はそんな店員には目もくれずに妹達に尋ねる。

「……詳しい情報を教えろ」

先ほど胸倉を掴まれたとは思えないくらい表情を変えていないミサカは答えた。

171 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 11/51 - 2010/08/12 23:56:06.43 DJMI6tM0 12/64

「上位固体がこの店を後にしたのはおおよそ午後五時00分。そして、打ち止めは自発的に出たのではなく、誰かについていって出ていきました、と、ミサカは詳しい状況説明をします」

「誰かについていった、だと?」

打ち止めは誰かに連れ去られてしまったという事だろうか。
だがあの少女はお菓子を餌にされてホイホイついて行くような子ではない。一応、本当に危険な時は打ち止めも防衛本能に従って抵抗をするはずだ。
そうなると打ち止めにとってついて行った人物は危険ではない、ということになるのだが、いちいち考えるのが面倒くさくなってきた一方通行は、

(とにかく打ち止めがいねェ原因を作ったのはソイツって訳だ。打ち止めを見つけ次第ぶっ殺す)

と大変危なっかしいことを心の中で呟いていた。

「ちなみにその人物の詳細ですが、茶髪の男性で上にジャージを着て、下にジーンズを履いた少年でした、とミサカは補足説明をします」

「そンなヤツどこにだってい――」

「はまづらっ!!」

そこでいきなり二人の会話に滝壺が目を見開いて入り込んできた。それはもう、あのシスターがご飯にがっつくほどの勢いで。
どこか抜けていると思っていた滝壺の大きな声に、あの一方通行もややたじろぎながら彼女に聞いた。

「まさか、アイツか?」

「確証はないけど多分そう。はまづらも一緒に捜してあげてるんだと思う」

多分、思う等と自信のない表現を用いながらも、滝壺の瞳は揺らぐことなく確信に満ちていた。彼女の言っていることは嘘ではないのだろう。

「まァ仮にアイツだとして、何でこの店を出る必要があるンだ? 普通は逸れた場所を捜すもンだろ」

「……それは私にもわからない。けどはまづらにも何か理由があって行動をしてるはず」

「拉致監禁目的っつゥ可能性はねェ訳だな?」

「それはないよ」

やや嫌みっぽく言うと滝壺ははっきりと否定した。否定したのだが彼女の目が若干潤んでいるように見える。
やはり彼女ともなると彼氏が心配になるのだろう。身体的にも内面的にも。
自分の彼氏がロリコンだなんて自分自身が幼女でない限り嫌に決まってる。
一方通行はもし自分の彼女がそれ系の性癖の持ち主だったら……と想像したらどっかのサラシ女が思い浮かんだので、すぐに頭から振り払った。

172 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 12/51 - 2010/08/12 23:57:24.04 DJMI6tM0 13/64

やっぱり、嫌過ぎる。

一旦馬鹿げた考えから気持ちを切り替えるため大きく息を吸い、脳に酸素を補給する。
ミサカの情報によれば現在打ち止めはこの店にはいない。そして今打ち止めは何者かと一緒に行動を共にしている。
つまりもうこの店の中を捜しても意味はない。

一方通行は何か心配そうな表情で祈るように手を合わせている滝壺に言う。

「とにかく、捜しに行くぞ。オマエの知り合いも一緒だってンなら都合がいい」

「でも場所がわからない」

「それでも行くンだよ。オマエだって早くソイツを見つけてェだろ?」

「……そうだね」

伏せていた顔を上げて滝壺は微笑を浮かべた。
それを見た一方通行は視線を滝壺からカウンターでびくびくと震えていた女性店員へと移して、『外に出せ』と言った。
これまでの一連の会話を聞いていたのか、店員は素直に了解して開閉式のカウンターを開けた。
そして一方通行が滝壺と外へと出ようとしたその時、

「ちょっと待ってください。たった今新たな情報が入ってきました、とミサカは緊急報告します」

未だカウンターの中にいるミサカの声を聞くと、彼らは歩みを止めて振り返る。

「内容は何だ」

一方通行は簡潔に尋ねる。

「上位固体はこの店から百メートルほど先にある銀行に入るそうです、とミサカは一〇〇三二号からの最新情報を提供してみます」

「銀行? 何だってあのガキがそンな場所に行く必要があるンだよ」

「それはミサカにはわかりません、とミサカは答えます。これは上位固体からの情報ではなく共に行動していた少年の証言から得た情報ですから、とミサカは理由を述べます」

「はまづらが?」

そこで滝壺が自分の知り合いであろう人物が話題に出たのに気付き、口を挟む。
ミサカは目だけを滝壺に向けると、彼女の疑問に答える。

173 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 13/51 - 2010/08/12 23:58:12.97 DJMI6tM0 14/64

「はまづら、という人物にミサカは心当たりはありませんが、その少年はこの店を上位固体と一緒に出た少年と同一人物でした、とミサカは説明します」

「……わかった、ありがとう」

「いえ、礼には及びません、とミサカは謙遜しながらもお礼を受け取ります」

滝壺が頭を軽く下げると、ミサカもそれに続くように頭を下げた。
一刻も早くその銀行とやらに行きたい一方通行は二人の会話が終わるのをイライラしながら待っていたので、微妙に目が血走ってしまっている。
会話が終了したとわかると、不満げに滝壺に言った。

「さっさと行くぞ、時間がねェんだからよ」

滝壺は一方通行の言葉に苛立ちが混ざっているのを感じとったのか、わかったと示すように頷いた。
再びミサカに背を向ける。彼らは今度こそカウンターの外側に出た。
外側に出ても彼らは歩む速度を緩めることなかった。
何故なら二人の目的地は決まっているのだから。



そんな二人を見送ったミサカは瞳の奥をキラリと光らせて呟いた。

「さて、あの一方通行が年頃の可愛い女の子を侍らせて会いに行ったら、クソ上司はどんな心境になるのでしょうか、とミサカは次回のミサカネットワークからの配信を楽しみにしてみます。フフフフ」

僅かに、ほんとーっにわずかに怪しく彼女は笑った。

ちなみに彼女の近くで『あのう、あなたは何でまだここにいるの?』と小さな声で女性店員が尋ねているのだが、自分の世界に入ってしまったミサカがその事に気付くのはまだ先の事である。

174 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 14/51 - 2010/08/12 23:58:59.01 DJMI6tM0 15/64

――

『Seventh mist』から出た一方通行と滝壺理后は、ミサカから得た情報にあった銀行へと向かっていた。
店内にいたころはまだ歩きの速度だった彼らも店を出た途端、歩く速度を速めた。もっと詳しく説明すると一方通行が急に速く歩き始めたのを滝壺が追いかけて行ったのだ。

絹旗と別れた時にはまだ橙色の空で夕日の明るさに包まれていた外も、今は群青色が加わり一層暗さを増していた。
空を見上げれば一部欠けた月が薄く浮かび上がり、一番星と思われる星が小さな光を覗かせている。
暗くなっている事を示すように、一方通行と滝壺が走っている通りに等間隔で設置された街灯も既に点灯していた。

道行く通行人を避けながら急ぎ足で歩く一方通行は思った。

(何で俺はこンなに焦ってンだ……?)

周囲の話し声や道路で走っている自動車のエンジン音がやけに小さく聞こえる。その代わり、自分の心臓が脈を打つ音がいつにも増して大きくなっているのを感じた。
全力で走った後に起こるような動悸ではなく、緊張したときに起こるあの動悸だ。

(打ち止めと逸れてからずっと変な調子だった。だがアイツに打ち止めの居場所を聞いてからまた妙な感情が湧きあがった。どォしたってんンだよ俺は……)

一方通行は打ち止めの事を心配している。それは一方通行も認めている事実だ。
彼女だけ、いや、妹達も含めると彼女たちだけはもう二度と闇の中に踏み込ませないと誓った。
だから打ち止めが無事なのかどうか、心配する気持ちがある事を一方通行は自覚している。

しかし、今彼自身が抱いている感情はそういった類のものだけではなかった。

(……まさか)

その感情は大切な人と別れた時に初めて気付く。

(俺は打ち止めがいなくなって……淋しい……とか思ってンのか?)

そこまで考えると、一方通行は小さく笑った。純粋な笑みではなく、皮肉じみた笑みで。

今まで自分のしてきた事は何だ。
妹達を一万人以上を殺害しただけでなく、暗部でも何十人と殺してきたではないか。
ただ、殺された人物の事情なんて知った事じゃない。暗部の人間は光の世界から堕ちた屑なのだから。

そんな屑が、誰かがいなくなって淋しいとか思ってしまっている事に、彼は笑わずにはいられなかった。

(こりゃあ病院でアイツの傍に居過ぎたのが原因だな。明日からまた距離を置くとするか)

少女を突き放すような事を思うも、今日ではなく明日、としている辺りもう結構依存してしまっているのかもしれない。

175 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 15/51 - 2010/08/12 23:59:45.06 DJMI6tM0 16/64

しばらく歩いていくと小規模な銀行が見えてきた。
一方通行はより一層歩く速度を速める。滝壺も彼が速度を上げたのを見てやや駆け足気味についていった。

すぐ目の前の建物の中に打ち止めがいるという情報があるのだ。焦らずにはいられない。

カツ、カツと一定のリズムで杖をつきながら歩き続け、一方通行と滝壺は銀行の入り口の自動ドアに立った。
この自動ドアは押しボタン式ではなく目の前に立てば開く形式だったので、彼は自動ドアが開ききるのを待つ。
若干のタイムラグが生じた後、ガァーとドアが開いた。
一方通行は前へと進むために足を一歩出す。


しかし、その足は正常に着地しなかった。


「ぐあッ!」

突然後ろから蹴られたような衝撃が背中に走った。一方通行はバランスを崩して前へと倒れこむ。
誰だ、といきなり突き飛ばしてきた人物を確認しようと身体を捻ろうとするも、それは叶わなかった。
何者かがうつ伏せに倒れている一方通行にのしかかってきたからだ。

「悪いねー。ちょっと大人しくしててもらうよ」

二十代前半の若い男の声が背後から聞こえたと思うと、

バチィッ!

高電圧の電流が一方通行の身体を襲った。スタンガンだ。
それにより、一方通行は抗う力を失う。例えレベル5の第一位だとしても能力を発動していなければ、どこにでもいるただの少年となってしまうのだ。
一方通行の身体が言う事を利いていない間に、男は力を無くした彼の腕を後ろに回すと、縄で縛った。

(ッ!!)

両手の自由を奪われた。それは首元にあるチョーカーの電極スイッチが押せないことを意味していた。
一方通行は抵抗しようと身体全体を使い、上にのしかかっている男を引き剥がそうと暴れだす。
だがそれも、また一つの電撃によって鎮静化されてしまう。

再び力を失う一方通行。
そこへ新たに三人が銀行内へ大きな足音と共に侵入してきた。全員が目出し帽を被っていて、その手には小型の拳銃が握られている。
ガシャンッ! と銃の安全装置を外す際に鳴る音が空間に響く。
そして窓口前の広間で集団の一人が言った。

「強盗だ。死にたくなければ大人しくその場に伏せろ」

176 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 16/51 - 2010/08/13 00:00:48.30 maCfXsQ0 17/64

―― 浜面 Side ――

浜面仕上は踏ん張っていた。何に対して踏ん張っているのかは、トイレでかの有名な彫刻の考える人のポーズをしていると言えば察してもらえるだろう。

「くそぉ、まさかクレープが当たったって訳じゃねえよな……」

もし先ほど食べたクレープでないとしたら、一体何が原因なんだ、と浜面は昨日の食事メニューを思い出そうとしたが、急に襲いかかってくる便意によってそれは中断させられた。

ただ出す事だけに集中していた浜面の耳に、銀行内で起きていた騒ぎが届く事はなかった。



―― 一方通行 Side ――

銃を向けられて伏せろ、と言われて伏せない人は馬鹿のする事だ。しかし例外もある。
銃で撃たれても死なない、傷つかない能力を持っているのならば、威風堂々と立ち続けられる。

そんな力を持つ一方通行は、現在能力を封じられた状態にあった。
能力を開放するスイッチがあっても押せなければ意味がない。

「よぉし、全員伏せたな。なら店長はどこだ!? そいつだけ手を挙げろ」

銃を持つ集団の一人が叫んだ。それは男の声であった。おそらく一方通行の上に跨っている男と同い年くらいだ。
カウンターの奥からカサ、と布の擦れる音が聞こえた。店長が強盗の指示に従っているのだろう。

「……は、はい。私です」

地べたに倒れ伏せている一方通行からでは姿こそ見えないが、声色から中年の男の声と判断した。

「よし、お前は集められるだけの金をこのバッグに詰めろ」

そう言うと強盗の三人は肩に掛けていた大きめのボストンバッグをカウンターへと投げる。
店長は怯え、震えながらもカウンターに投げ捨てられたバッグを掴むと、奥へと姿を消した。
次に強盗の一人が一方通行の上にいる男に目をやる。その強盗は銃を客や銀行員に一通り向けてから言った。

「お前の出番だ。こいつらを……そうだな、トイレの前にあるスペースに移動させるんだ」

「了解ー」

気だるそうに返事をする男。何だかこの男だけは妙に緊張感が欠けているように思える。
何でこンな野郎に捕まっちまったンだよ、と一方通行が心底うんざりした表情を作ろうとしたその時、

一方通行の身体が、ふわっと空中に浮いた。

177 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 17/51 - 2010/08/13 00:01:40.22 maCfXsQ0 18/64

「なッ!?」

ヘリウムガスが入った風船のように地面から二メートルほど彼の身体が浮かび上がる。
そして一方通行に続き、周りにいた客までもが彼と同じように浮かんだ。彼らは突然地から身体が浮いた驚きと強盗という恐怖に心が支配されている所為か、口をあんぐりと開けながらも声を出さない。

人が次々と浮遊しているこの状況を作ったと思われる男は、未だ一方通行の上に跨ったままだ。その様は空飛ぶ箒に乗った魔法使いのようだった。

「オメェの能力は――」

「んー、見ての通りだよ」

男はそう口にして、脚を回し浮かぶ一方通行の身体からストンと降りると、何かの合図を送るかのように指を鳴らした。

その瞬間、一方通行を含む浮遊した客がトイレの前にあるスペースへと勢いよく飛んだ。
一人は床を数回バウンドして、一人は途中ソファにぶつかって、また一人は直接壁へとぶつかって。
その移動法は全く安全を考慮していない方法であった。

ガンッ! ドンッ! と移動先にある壁に人がぶつかっては落ちていき、またぶつかっては落ち、そこに人が積まれていく。
気がつけば銀行内にいる強盗と能力を使った男を除く、ほとんどの人はそのスペースに追いやられていた。
他の人と比べても早くに飛ばされていた一方通行だったが、飛んできた人の下に押しつぶされてはいなかった。彼はスペースにある壁に激突してから直ぐに方向感覚を取り戻し、後ろ手を縛られたままで全身を使い端の方に転がって、次々と飛来してくる人を回避していた。

一方通行は壁に衝突した痛みを堪えながら、顔を上げて能力を使った男の姿を確かめる。どうやらその男は格好こそは強盗と似ているが、目出し帽は被っていなかった。
そして、それと同時にこの事態から能力を特定した。

(これは……念動力(テレキネシス)か)

念動力。
簡単に言えば遠くにある物体を見えない力を使って動かす事ができる能力。
あの男が複数の人間を操っていた事を考えると、レベル3か4くらいはあるだろうか。

強盗の一人はぐちゃぐちゃになってスペースに積まれた客の集団を見ながらヒュウと口笛を吹いて、

「流石だな。これで警戒範囲が狭くて済む……。ん、何だその女は」

賞賛をして念動力の男の方を向いた強盗は、男が見知らぬ女を捕まえているのを見て、疑問の声を放つ


「いやー、身近な人質として使えるんじゃないかなーって。それに結構可愛いし」

178 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 18/51 - 2010/08/13 00:02:25.56 maCfXsQ0 19/64

軽い調子で返した男は既にATM近くから離れ、強盗の三人のすぐ傍にきていた。
男は左腕をその女の首に回して、身動きが取れないようにしっかりとホールドしている。
そして男の右手には拳銃が握られており、その銃口は女のこめかみに当てられていた。
首を絞められる体勢となった女は息苦しさから逃れるように、絞めている男の左腕を何とか引き離そうともがいている。

一方通行はその女を知っている。
今まで一緒に打ち止めを捜してきたのだ。嫌でも覚えている。

その女、滝壺は呼吸困難による苦しみに顔を歪めながら強盗に諭すように言った。

「……こんな事をしても何にもならないよ」

「いんや、僕たちにとっては何にもならない訳じゃあないんだよねー。それにさ――」

そこで男は滝壺に向けていた銃口を床に伏している白髪の少年、一方通行に照準を変えると、

バンッ!

と撃った。

「あいつは君の彼氏? 何かやばそうな目で睨んでるからさー。急に飛びかかってこないように釘を刺しておこうかなーって」

一方通行に向けて撃たれた弾は、彼の顔のすぐ横を掠めていた。
数秒後、一方通行の頬に赤い亀裂が浮かび上がると、そこから地球の重力に従って血が流れる。
血は彼の頬を伝い、顎へと到達して、一滴がポタッと落ちた。

すると、

ガラガラガラガラ!

『ビィー!ビィ―! 当銀行内ニ侵入者アリ ビィー!ビィー! 当銀行内ニ侵入者アリ』

血が落ちる音を合図としていたようなタイミングで、銀行の入り口、ガラス張りの壁に防犯シャッターが降りてくると、警報が鳴リ始めた。
こんな事ができるのは今自由に動いている店長くらいだろう。
もう既に全員が全員無事という訳でもないが、客の安全を第一に考えてないのか、と一方通行は今はいない店長に侮蔑する。

「あー、やっぱりやってきたね。そうくるとは思ってたけど」

念動力の男は率直な感想を述べた。全く焦った様子はなく、これから避難訓練でもするのかといった感じで落ち着いている。

179 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 19/51 - 2010/08/13 00:03:05.93 maCfXsQ0 20/64

それとは対称的に強盗の三人は狼狽し始めた。

「お、おい! 急がねえとやばいぞ!」

「んなこたあわかってる! くそっ、金はまだか!?」

「早く用意しろよッ!」

強盗が各々喚き散らしている時、一方通行は考えていた。
腕を縛られた状態で、能力が使えない状態で、どうすればこの状況を好転させられるのかを。

まず一方通行は金がまだこない事に苛立ち、叫んでいる強盗三人組に目をやる。

(アイツらは大して脅威にはなンねェな。防犯シャッターが閉まるなんて事も想定してねェとか素人にもほどがある。そしてそんな事にも対応できねェよォな馬鹿だ、勝手に自滅する。まァ、暴走して銃乱発されたらちっとばかし厄介だが)

それよりも、と今度は滝壺を捕まえている男へ視線を移す。

(めんどォなのはアイツだ。他のヤツらと違って場馴れしてやがる。しかも……)

一方通行はとなりで震えている顔面蒼白の男学生に声をかけようと首を僅かに動かす。
チョーカーのスイッチさえ押せればこんな危機など、あっという間に覆せられるのだ。
それなら誰かに押してもらえばいいだけの事。

しかし、念動力の男はそれを許してはくれない。
一方通行が口を開こうとすると、直ぐに銃口をこちらに向けてくる。
となりにいた男学生は自分に向けられていると感じたのか、一気に縮こまってしまった。

(何だか知らねェが、妙に俺の動きを警戒しているのが気になる。もし仮にアイツが俺の能力の使用条件とかわかっててこンな事をしてるとしたら、相当のやり手だという可能性も出てくるって事だ)

常に事態は最悪の方向に向かっていると考えた方がいい。
防犯シャッターが閉まった事から、いずれ警備員(アンチスキル)が駆けつけてくるだろう。

だが銀行内部の情報はどうやって仕入れる?
中には客はまだしも、銀行員は少なからず何人かはいる。その人たちが人質となっている場合も想定するとなると、突入が難しくなる。
いや、もしかしたら外部からのアクセスで銀行内の監視カメラの映像をハックできる警備員や風紀委員(ジャッジメント)がいるかもしれない。

それでも、強盗が能力を使用できるかどうかはわからない。
もし強盗の一人が量子変速(シンクロトロン)の能力者で、自分たちのいる範囲を除いた爆発が起こせるとしたら?
もし強盗の二人が空間移動(テレポート)と洗脳能力(マリオネッテ)の能力者で、客と銀行員を洗脳、自分たちに関する記憶をうやむやにして空間移動で逃げるとしたら?

とにかく考えるだけで霧がなくなってくる。
結局、一方通行は一番手っ取り早い方法を結論に出した。

180 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 20/51 - 2010/08/13 00:03:59.56 maCfXsQ0 21/64

(俺がアイツらを潰せば、それで万事解決だ)

まずそのためには一方通行自身がチョーカーのスイッチを押す隙を作らなければならない。
両腕は塞がっているが、動けさえすればとなりにいる学生にでも自分の首をぶつけて強引にスイッチをオンにすればいいだけだ。
だからこれから、それだけの動きができるくらいの隙を作る。

そこで一方通行は今日絹旗とのじゃれ合いで使用した玩具の拳銃がベルトに挟んであるのを思い出した。
あの後、家に帰ったら出会い頭に黄泉川へ発砲しようと考え、また万国旗が出るような状態にセットしておいたのだ。
もちろん、本物さながらの銃撃音も再現してある。
仲間内でない銃での発砲音を聞けば、あの念動力の男も戸惑う可能性があるかもしれない。

覚悟を決めるように一方通行は生唾をゴクリと飲み込んだ。
強盗の三人はともかく、念動力の男に気付かれたら撃ち殺されかねないので、ゆっくりと、慎重にベルトに潜めている拳銃へと手を伸ばす。

そして、一方通行は拳銃を掴んだ。
素早くベルトから抜き取り、トリガーへ指をかける。この間僅か一秒。
しかし、

「妙な事はしないでほしいなー」

念動力の男は一方通行の取ろうとしていた行動を読んでいたと思えるほどのタイミングで、一方通行に警告するように言った。
企てていた計画が失敗に終わったと感じた一方通行は、これ以上下手に刺激を与えないよう動きを止める。

「君の手に握られているのはナイフか拳銃かな? どちらにせよ、何かしようとした時点で撃っちゃうからね」

滝壺に向けている拳銃の銃口を一方通行に向けた。今度は脅しなどではなく、本気だと示すように銃口は彼の眉間を狙っている。

一方通行は手段を失った。
これだけのアクションを起こして目立ってしまっては、もう、僅かな動きもできない。

念動力の男と一方通行は睨み合う。
一人は優越感に浸った顔で。
一人は非常に悔いた顔で。
能力では圧倒的に一方通行が有利なのに、この場では完全に一方通行が不利な状況に立たされている。

181 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 21/51 - 2010/08/13 00:04:50.17 maCfXsQ0 22/64

一方通行は思った。

(もォ、抵抗した所で無駄か……。せめて打ち止めが此処にいない事を願うしかねェな)

そして、

(……できたら、アイツをあの状況から……)

だがそのためには奇跡みたいな出来事が起きなればならない。それも馬鹿が付くくらいの。
もちろんそんなもの、起きるはずがない。


慌てていた強盗の一人はいつまで経っても店長が出てこないことに苛立ったのか、

「なあ。あのATMとか盗めねえのか?」

と言ってATMの方を指差した。
おお、そりゃ名案だなっ! と同意の意を述べる他の強盗。
しかし、その提案に念動力の男は首を横に振り、呆れたといった表情を作った。相変わらず、目だけは一方通行に向けながら。

「お前らあれ何キロあると思ってるんだよ。それにどうやって取り外す気なのさ?」

「いや、やってみねえとわかんないだろ」

「じゃあ勝手にやってみればー?」

「よっしゃ」

強盗の一人が銃を構えてATMが並ぶスペースへと近づく。

一歩。
二歩。
三歩。
四歩。

そして、五歩目を踏んだ所で、

――その強盗の一人は、何かによって真横へと吹き飛んだ。

一方通行が『何か』が何なのかを判断するのには一瞬の時間を要した。
目に飛び込んできた物の最初の印象は、鉄の塊。

鉄の塊は銀行の防犯シャッターを突き破り、窓口カウンターの長いデスクをも破壊し、最奥の壁にぶつかった所でようやく動きを止めた。
その時、一方通行は鉄の塊という認識を改める。

あれは、ワゴン車だ。

182 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 22/51 - 2010/08/13 00:06:03.40 maCfXsQ0 23/64

―― 浜面 Side ――

ドン、ドンと音がした。
浜面は誰かがノックをしてるのかと思ったが、それは違うと直ぐに判断した。
その音はトイレの外から聞こえてきている。まるで壁を殴っているかのような音だった。

(……何だ?)

出す物も出したので浜面は大のレバーを捻って水を流し、早々に洋式トイレの個室から出た。

浜面が入ったトイレの室内は普通の学校にあるようなものだった。
トイレへの扉を開けると目の前に洗面台があり、左側は青のタイルの壁に阻まれ、右側にトイレが設置されている。右を向くと右手側には二つの個室トイレ、左側には小便用のトイレが三つ並んでいて、さらにつきあたりには大の大人でも楽に潜れるほどの縦長の窓があった。もちろん、そこには面格子が付けられていたが。

浜面は洗面台で適当に手を洗う。まだドンドンと音が響いている。
しかし、手を洗い終わり手を振って水を切ったとき、その音は止まった。

何かあったのか? と思いながら手に残っている水滴をズボンに擦りつけて拭き取ると、押し引きドアを押してトイレから出た。

トイレは男性用と女性用で別れている。
窓口の広間から細い通路が伸びており、真っ直ぐ入るとTの字に道が別れる。左が男性用、右が女性用だ。
男性用トイレの出入りのドアから曲がるまでの距離は一メートル。

浜面は広間に出るために曲がって打ち止めを見つけようとした。

が、

曲がった先は明らかに普通じゃない、信じられない、そして信じたくない光景が広がっていた。
考えたい事が多々あったが、その場で立ち止まっていてはマズイと直感すると、急いでTの字の死角一メートルの空間へと飛び退いた。

まず、浜面は今見た光景を整理する。
細い通路の先手前には二段、三段と客、銀行員問わずで人間が雑に積まれていた。
そしてその先に銀行強盗らしき四人の集団が銃を所持しているのも見えた。

――その内の一人が、今まで捜していた滝壺理后を捕まえているのも、見えた。

何で滝壺がこの銀行に来ているのかわからないが、彼女が危険な目に遭っているのは一目瞭然である。
本当なら今すぐにでも彼女の名を呼びながら飛び出して助けに行きたい。

けれども、そう行動を起こした所で何になる?
馬鹿みたいに腕や脚を撃たれてうずくまってしまうのは目に見えている。
ここで浜面は半蔵から拳銃を受け取らなかった事を死ぬほど後悔した。

183 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 23/51 - 2010/08/13 00:08:38.77 maCfXsQ0 24/64

今の浜面では滝壺を救う事はできない。
その事実は浜面の心に深く突き刺さった。

(どうすればいい……)

それでも、浜面はじっとなんてしていられない。
絶望的な状況に遭ったら、『はい、諦めます』と思えるほど賢くはない。

(どうすれば……)

浜面は目を閉じて考える。

(どうするッ!)

強盗から滝壺を救い出す方法を。

(……ッ)

数秒の思考の後、浜面は一つの策を思いつく。

(……内側が駄目なら、外側から圧倒的な力で攻めてやる)

何ともアバウトな作戦だな、と浜面は自分の短絡的な考えに呆れながら、彼は目をゆっくりと開く。
その瞼から覗く瞳には小さいながらも確かな決意が秘められていた。

浜面はもう一度だけ銀行の広間を覗き見てから、再びトイレへと向かった。
必ず助ける、という誓いを起てて。



外から攻撃を仕掛けるにはまずこの銀行から脱出する必要がある。
だからといって普通に正規の出口から出ようとすれば確実に強盗に見つかり、瞬く間に人質の仲間入りだろう。
というかそれ以前にトイレから出る事ができない。
つまりはトイレにある窓から出るしかない訳で。

「つってもなぁ。俺には面格子をこじ開けられるほどの力はないし……」

浜面は面格子付きの窓を注意深く観察しながら呟いた。
材質はステンレスだろうか、銀色の鉄格子といった感じである。
『外』の防犯体勢としては鉄よりも強度のある物を使っている分、安心感を得られるのだろうがここは学園都市。そこらを歩けば手から炎を出したり、電気を発電させたり、瞬間移動ができたりする学生が普通にいるので、ステンレス程度じゃ危ないのでは? と元犯罪者が思ってみたりする。

その面格子は銀行の外側に取り付けられている。
浜面は試しに軽く押してみた。

「……くそ、やっぱり動かないな」

184 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 24/51 - 2010/08/13 00:09:26.42 maCfXsQ0 25/64

文字通り全く動かず、ギシリとも言わない。
ちょっとだけムキになった浜面は面格子を両手で握り、力を溜めて思いきって前へと突き出してみた。

すると、

バコンッ!

「……ん?」

なんか、外れた。

はめ込み式かと思わせるほど簡単に外れてしまった事に、浜面は拍子抜けしてしまった。

(こ、これは稀に見る奇跡が起きた!? 俺ってついてる!)

外側に外れた面格子を掴んだままにやけてしまう浜面だったが物事そんなに甘くない。

『ビィー!ビィ―! 当銀行内ニ侵入者アリ ビィー!ビィー! 当銀行内ニ侵入者アリ』

「げッ!」

やっぱり銀行のトイレから外に出るのは普通じゃねえよな!? とぼやきながら掴んでいた面格子をそのまま外に投げ捨てて、浜面は開放された窓の渕に足をかける。
そこへ、

ガチャンッ!

という金属的な何かが落ちた音が浜面の背後から聞こえてきた。
今度は何だと後ろを振り向くと、

いつもはドラム缶の形をしている警備ロボが、四つの足を可動させた完璧な臨戦体勢を以って(付属されているカメラでだが)浜面をジッと見据えていた。
キュピーンと光るカメラのレンズが、警備ロボの気持ちの全てを物語っている。『お前、もう逃げられないよ』

「やっべ!!」

『侵入者発見!』

浜面は飛び出るように窓から出たために、前転をするような形で外へと脱出した。
そして苦し紛れに、出たばかりの開いた窓のスライドガラスをピシャッと閉める。
警備ロボは浜面と同じように飛び出るつもりだったのか、ドカンとガラスにぶつかるとガラスを貫通することなくトイレの床へと沈んでいった。

防犯ガラスの安全性は信用できるな。
浜面は無意味な納得をしながら辺りを確認する。

脱出した先が薄暗く、細い路地だったのが幸いしたのか、今の浜面の行動を見ていた者はいない。
浜面は一息つくと大通りへと走り出した。

185 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 25/51 - 2010/08/13 00:12:18.36 maCfXsQ0 26/64

路地から大通りへと抜けると、銀行の前で通行人が騒いでいるのが目に入ったのでそちらに向かう。

銀行の周りには十人ほどの人集りができていた。彼らは口々に『これおかしくねーか?』『侵入者とか言ってたよな』と言っては危機感を煽っている。
でも彼らは口にするだけで行動しようとはしない。

(噂してる暇があるんだったら警備員にでも通報しろってんだ)

元より通報する気のない浜面が言えた義理でもないのだが、少なくとも浜面はこれから中にいる人を助けようと思っている点では、彼らよりも上にいる。

浜面は一旦野次馬に混ざって銀行の内部を観察しようとした。
しかし、不可能であった。
銀行の内部は警報と共に防犯シャッターが降りていてらしく、見る事ができない。どうやらあの時の脱出が尾を引いてしまっているようだ。

これでは中へと侵入できない。
防犯シャッターは鉄パイプや金属バットで殴ったりした程度では壊せない。ダイナマイトのような爆弾であれば堅固なシャッターに風穴を開けることも可能かもしれないが、そんな事をした暁には中に潜んでいる強盗よりも早く自分が逮捕されるだろう。

外から武器を調達して奇襲を仕掛けようと思っていた浜面の計画は、ここで破綻した。

(何か他に手はないか……)

徐々に増えつつある野次馬を強引に掻き分けて歩道の開いた空間へ出ると、浜面は辺りを見回す。

(防犯シャッターをも突き破れるような威力のある武器は……)

浜面の視線は銀行から両隣の建物へといき、歩道へといき、車道へといき、
そして向かいの公園へと向けた所で止まった。

浜面の目に映ったのは、クレープ屋台を開いているピンク色のワゴン車だ。
銀行に入るきっかけを作ってくれたそのワゴン車を見たとき、浜面はとてもむかむかした気持ちにさせられたのでとりあえず睨みつける。
だが、浜面のワゴン車睨む目はまるで探してた物を見つけたかのように少しずつ大きくなっていく。

気付いていたら身体が動いていた。
車が行き交う車道をクラクションを鳴らされながら危なげなく一直線に突っ切ると、公園の中にあるワゴン車の下に近づいた。

ワゴン車の中には誰もいなかった。ただいない、というよりは営業を終了していると言った方が正しいかもしれない。
おおよそ、売るクレープがなくなったので店を閉めたついでにトイレでも行ったのだろう。
しかし、誰もいないなら都合が良い。
浜面はワゴン車の鍵穴を見つけると、携帯電話の下部コネクタに取り付けたファイバースコープ装置の光ケーブルを侵入させる。
そして鍵穴内部のピンの位置情報を携帯の画面から把握し、数本の針金を使って開錠する。
スキルアウト、『アイテム』に所属していたときに活用していた鍵開けスキルだ。
ドアを開けて運転席に乗り込むと、今度はハンドルの下にあるエンジンキーの鍵穴を調べる。

186 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 26/51 - 2010/08/13 00:13:30.17 maCfXsQ0 27/64

(滝壺……もうすぐ助けに行くからな)

浜面の鍵を開けている様子は冷静沈着そのものだったが、心のボルテージは膨れ上がっていた。
それに、

(俺はあの中にアイツを待たせちまってる……)

いくらちょっと変なガキでも結局は子ども。強盗なんかに出くわしたら怖いに決まっている。

浜面は今一度助け出す人物を確認すると、エンジンを始動させた。
シートベルトもせずにすぐさま発進しようとしたが、これから自分がやろうとしていることからそれは危険だと判断し面倒ながらもシートベルトをする。

「あーっ! ちょっとそこの君! 何やってるの!?」

どこかから若い女性販売員がワゴン車のエンジン音に不信感を持ったようにこちらへ向かって女の子走りで走ってきた。彼女の来た方角には公園用の小さなトイレがある。本当にトイレに行っていたみたいだ。

彼女にまとわり付かれたら厄介な事になると予感した浜面は、

「ごめんよお嬢さん! ちょっとばかしこの車借りる!!」

と叫ぶと今度こそワゴン車を発進させた。
アクセル全開で発進したので、ややスピンしたタイヤからは土の地面から乾いた砂の砂塵が舞った。

浜面は片手でハンドルを握りながらもう片方の手で大きくクラクションを鳴らしまくる。
銀行前に集まっている野次馬を退かせるためだ。
まだワゴン車から銀行までは五十メートルくらいの距離があるにも拘わらず、その大音量連続クラクションは野次馬の耳に届き、彼らを浜面の乗るワゴン車の方に振り向かせた。
初めはその暴走ワゴン車を興味本位で眺めていた野次馬も、『それ』が公園の出口手前まで来た辺りで自分たちの所へ突っ込んでくると悟ったのか、悲鳴を上げながら銀行前から散っていった。

浜面を乗せたワゴン車は加速を続けながら公園から車道へと飛び出す。
運良く信号が赤になっていたので、車道に車は走っていない。
そして一瞬で車道を直角に走りきると歩道に乗り上げた。このときのワゴン車の速度は高速道路の制限速度をも超えていた。

ワゴン車が銀行に衝突するまで後一秒。
浜面は顔を守るため頭を下げる。

――今、行くからな。

ワゴン車は、銀行に激突した。

187 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 27/51 - 2010/08/13 00:14:14.16 maCfXsQ0 28/64

―― 一方通行 Side ――

ピンク色のワゴン車は防犯シャッターをまるで空が地に落ちてきたような轟音で突き破り、一人の強盗を跳ねた。
その衝撃によりシャッターはニメートル以上のトンネル状の穴が空き、シャッターと重なっていたガラスも砕け散る。
しかし防犯ガラスだったことが幸いしたのか、細かく割れた破片が客に襲いかかってくることはなく、砕けたその場に落ちていった。

なまじテロともとれるその出来事に客は勿論、残った強盗の二人は腰を抜かし、あの念動力の男でさえワゴン車に視線を奪われ、口をあんぐりと開けて呆然としている。

好機だ。
一方通行は倒れた身体を起こそうと全身に力を入れて身体を捻る。
だが、最低限の演算補助しかしてもらっていない今の一方通行では、ただもぞもぞと動くだけで上手く起き上がることができない。

悪戦苦闘する一方通行。
しかしそこで未だ捕まっているピンクのジャージを着た少女が視界の端に映ると、身体を起こすという行動をやめた。
その少女の目が動揺や狼狽といった感情に染められていない、揺るぎない勇気と決意に満ちていたからだ。
もう迷っている時間はない。

「滝壺ォッ!!」

一方通行は初めて彼女の名前を叫ぶ。
彼の呼びかけに呼応するように滝壺は小さく頷くと、首に巻きついている腕に噛み付いた。

「ぐぁッ!」

念動力の男が呻き声を上げた。
滝壺は腕の絞めつけが緩んだその隙に念動力の男から離れ、一方通行の下へと走り出す。

一方通行は滝壺に自分の能力の使用条件を教えていない。
だからここで彼女の名を呼んだ所で、滝壺が危険な目に遭うことは容易に予想できた。

それでも、一方通行は滝壺を呼んだ。確信があったからだ。
滝壺が、一方通行の能力を知っているのを。
滝壺が、一方通行の能力を見ているのを。
滝壺が、一方通行の能力を使う前にする動作を見ているのを。

滝壺は腕を伸ばし、飛び込むように一方通行の首へと手を近づける。
彼女の後ろでは腕を噛み付かれた念動力の男が怒りに身を任せ、手に持つ拳銃の銃口を滝壺に向けているのが見えた。
滝壺が一方通行の首に付けているチョーカーの電極のスイッチを押すのと、念動力の男が拳銃の引き金を引くのはほぼ同時だった。

しかし、ほんの少し、ほんのわずかだけ、滝壺の方が早かった。

188 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 28/51 - 2010/08/13 00:16:18.99 maCfXsQ0 29/64

滝壺は一方通行のチョーカーのスイッチに触れる。

――学園都市最強の能力を、覚醒させるスイッチに。

バン、という銃声が響き、放たれた銃弾は滝壺を襲う。
だがその前に、滝壺の身体と飛来する銃弾の間に一本の白い手が入った。
銃弾は軌道を変えることなく一直線に白い手へと向かって、直撃した。
普通ならその弾はそのまま白い手を貫通して、滝壺の身体に重傷と呼べる傷を負わせていただろう。

その手が、普通の手なら。

突如、念動力の男の持つ拳銃が破裂した。

「ぐッ、……がァァああああああああああああああああああッ!!」

ずっと冷静な態度を見せてきていた念動力の男が初めて大きく表情を苦痛に歪めて、手を抑えながら絶叫した。
その男が抑えている手はもはや手と呼ぶには明らかに指の数が足りていない。形も獰猛な肉食動物に噛み千切られたかのように歪なものとなり、赤黒く染まった傷口からは流れるように血が滴り落ちている。

一方通行は苦しんでいる念動力の男を眺めながらゆっくりと立ち上がる。
彼の顔は喜びに満ちていた。
ただ、それは普通の綺麗で純粋な喜びではない。悪戯心に魅了された『綺麗で純粋な』喜びだ。

「さァて、これから俺はオマエらを俺の好きなよォに蹂躙するが、構わねェよな?」

滝壺の盾となる位置に一方通行は立って、許可を求めない質問をする。
そして静かに念動力の男の近くへと歩み寄った。

「ひッ!」

完全に怯えきってしまっている念動力の男を見下しながら、一方通行は頬を流れる血を指で拭い舐めると、

「オマエ凄ェな。第一位に血を流させるなンて表彰もンだ。だからオメェにはこの俺から努力賞を差し上げてやるよ」

一方通行は手の人差し指を曲げて親指に引っ掛けた。いわゆるデコピンの構えだ。
そのデコピンを念動力の男の弾けてない腕に向けて人差し指を押し出す。

「ぎァあああああああああッ!!」

肉の潰れる音と骨の砕ける音がして、念動力の男の腕の関節が一つ増えた。
ここまで追い詰めれば男は放っておいても自滅する。

それでも、一方通行は止まらない。

189 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 29/51 - 2010/08/13 00:17:06.97 maCfXsQ0 30/64

「ほら、もォ一本」

そう言って念動力の男の脛を軽く蹴る。

「――ッッ!!」

また一つ、念動力の男に関節が加わる。
聞くに堪えない断末魔のような叫びが銀行内に響くと、念動力の男は床へと沈んだ。

一方通行は次の標的、強盗の二人へと目を移す。
彼らは今起きている状況を理解できていないのか、騒ぐことなく茫然自失といった状態でただそこに立っている。
しかし一方通行の赤い眼がこちらに向いたのを見て次の狙いが自分たちだと気付くと、彼らは奇声を発しながら行動を開始した。
自己防衛本能の赴くままに動いた二人は別々の策を取リ始めた。
一人はガチガチと手を震わせながら一方通行へ拳銃を向け、もう一人は人質の方へ足をもつれさせながら走り出す。

とりあえず目の前の敵から潰す、と考えた一方通行は拳銃を向けている強盗の一人に諭すように言う。

「止めておけ。オマエが俺を撃った所でオマエの負けは確定してるンだよ。だから――」

言葉を紡ぐ前に強盗の一人は一方通行の眉間に狙いを定めて発砲した。
向かってくる銃弾に対して一方通行は何もしない。見ることもしない。
今の一方通行の皮膚には『向き(ベクトル)』変換の反射が組み込まれている。打撃だろうが斬撃だろうが核ミサイルだろうが彼の皮膚に触れた瞬間、その攻撃はそのまま跳ね返される。

銃弾が一方通行の眉間に当たった。
だが、それだけだ。
銃弾はまるで時間を巻き戻しているみたいに撃たれた拳銃の銃口の中へと吸い込まれていき、拳銃は弾けるようにバラバラに炸裂した。
念動力の男と同じように強盗の一人の手が抉れる。

「う……、うァァあああああああああああああッ!!」

「おいおい、勝手に先走ってンじゃねェよ。オメェらはちょっと締め上げるだけで済ませてやるつもりだったンだけどな」

覆面越しでもわかるくらいに顔を歪ませたその一人は裂かれた手を押さえながら蹲る。

他愛もない。
どんな武装で身を固めていても、どんな武器で攻め立てても、ただの強盗でしかない彼らでは能力を開放した一方通行には敵わない。
本当ならもっと徹底的に、湧き上がる破壊衝動に身を任せて甚振る所なのだが、あくまでも彼らはただの強盗であって暗部の人間ではない。

一方通行は最後の標的へと、もう片方の強盗の一人が走り出した方角へ目を向けようとした所で、

「……ふ、ふふ。はははっ。どうせもう終わりだ。それならいっそ人一人殺してやるっ!!」

190 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 30/51 - 2010/08/13 00:18:19.13 maCfXsQ0 31/64

ヒステリックに裏返った声が店内に響いた。
その後に人質の怯えるような、そして驚くような悲鳴が次いで一方通行の鼓膜を震わせた。
まァた人質でも捕ってンのかァ? と心底ダルそうに反応して強盗の方を向くと、

一方通行の顔は瞬く間に驚愕の色に染まる。

強盗は集められた人質の中にいた。強盗の周囲半径二メートルは人質が恐怖を感じているのか空白の空間となっている。
強盗は一人の少女を捕まえていた。より正確に言うと気を失った少女の細い腕を強盗が掴んでいる。
少女は十歳前後の容姿をしていて、活発そうなショートカットで茶色の髪の頂点には一本の跳ねた毛があり、服装は水玉のキャミソールにワイシャツを羽織っている。

その少女は、一方通行が今まで捜していた人物であった。

「打ち止め……ッ」

知らずの内に一方通行は少女の名を口にしていた。

「はは、何だ? こいつもお前の知り合いか? ふふっ、なら丁度良いや――」

しまった、と思ったときにはもう遅い。
一方通行は慌てて舗装された床を派手にめくり上げるほどのスタートを切るも、ワンテンポ遅れた。

強盗は打ち止めの頭に向けている拳銃の引き金に指を掛ける。
短い間ながらも暗部に身を置いている一方通行から見て、空虚ながらも血走っている強盗の目は本気だと感じ取った。
引き金に掛かる指が動く。

わずかに、間に合わないッ!

191 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 31/51 - 2010/08/13 00:19:13.41 maCfXsQ0 32/64



打ち止めを人質に捕っている強盗は優越感に浸っていた。
金を奪う計画を崩した張本人である白髪の少年が、あそこまで驚いた顔にさせるこの少女はよほど大事な存在なのだろう。

その少年がこちらに向かって突進してきた。
しかし、遅い。
もう既に引き金に掛かる指はトリガーを引くという電気信号を受信している。
だから強盗自身にも止められない。
この少女を殺したら、おそらく白髪の少年は自分を殺す。
痛いのは嫌いだが、計画を木っ端微塵にしてくれた少年の大切な人間を道連れにできるのならそれも喜んで受け入れてみせよう。

強盗は優越感に浸っていた。



ただ、この強盗は一つのミスを犯した。

このときの強盗の心理状態は非常に不安定であったので無理もないかもしれない。
計画を崩したのは一方通行だ。何せ仲間の二人を潰したのだから。

だが、一方通行は動けなかったはずだ。
彼が動こうとすれば、念動力の男が変な行動をしないようにとかかさず牽制していた。

なら、一方通行の反撃を許したのは何故?
一方通行の反撃のきっかけを作ったのは誰?

強盗は一つのミスを犯した。

――この場にはもう一人のヒーローがいる。

192 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 32/51 - 2010/08/13 00:20:19.01 maCfXsQ0 33/64

―― 浜面 Side ――

強烈な破裂音が車内に飛び込んできた。
顔を守るために俯いているので音だけでしか判断ができなかったが、おそらく全面のフロントガラスが割れた音だろう。
しっかりと握り締めるハンドルの手に小さな鋭い痛みがいくつも走るのを浜面は感じていた。
何回も障害物にぶつかり、横転しそうなほどに暴れる車に対し、必死に身体を硬くして揺れが治まるのを待つ。

やがてワゴン車は動きをしんと止めた。

「……止まった?」

完全に止まった事を浜面は認めると、少しずつ目を開けていく。
銀行内の明るすぎる照明にやや目眩を起こしながらも、顔を上げて広い視界を確保した。

車内は酷い有り様だった。
フロントガラスは跡形もなく吹き飛び、渕に少量の欠片が見えるくらいにしか残っていない。
サイドガラスもフロントガラスほどではないが半分以上が空洞になってしまっている。
それらの砕け散った小さな破片が助手席のシートと浜面の身に付けている服に刺さっていた。
浜面は全身のちくちくとした痛みに耐えながら、急ぎ早にシートベルトを外す。

「っつうか、この車にはエアバッグ付いてねえのかよ……」

今更感が否めないものの、つい思った愚痴をこぼす。
浜面は外へ出るためドアハンドルへ手を掛けると、

バンッという銃声と何かの破裂音、そして男の絶叫がほぼ同時に聞こえてきた。

ほんの少しだけ浜面の動きが止まる。しかし直ぐに行動を再開した。
三つの異なる音が何を意味しているのか、浜面には思考をする余裕も時間もない。
それにこれだけの無茶をやってしまったのだからある程度の騒ぎは想定範囲内である。
とにかく、今するべき事は滝壺と打ち止めの救出。
それだけを頭に叩き込んでドアを開け、流れるように床に足を置いた……はずだったのだが。

「どわあっ!?」

浜面の足と床の間にあった何かに足を滑らせ、まるで漫画のように後頭部を地面に叩きつけて盛大に転んだ。
カラカラと浜面が踏んだ何かがガラスの破片と銀行の資料の紙などで散らかった床を滑る。

「っ。何なんだよ一体……」

ぶつけた個所を優しくさすりながら起き上がり、転倒の原因である何かを忌々しそうに確認する。

すると、見るからにイライラしていた浜面の顔が一気に驚きに染まった。
悪い意味での驚きではない。良い意味での驚きである。
浜面はそれに近づき拾い上げた。

193 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 33/51 - 2010/08/13 00:21:27.65 maCfXsQ0 34/64

それは凍ってしまうほど冷たい黒色で覆われた鉄で構成された、小型の拳銃だった。
決して偽物ではない事は浜面の腕に掛かる確かな重量が証明している。
浜面はリボルバーに弾が装填されていることをやや慣れた手つきで把握すると、物音を立てないようにぐじゃぐじゃに散乱したデスクの一つの陰に隠れる。
そしてこっそりと頭を出して広間の状況を観察した。

「……何だよこれ」

浜面は隠れている事も忘れて思わず呟いた。

状況は一変していた。

浜面がトイレの通路で見た光景とはまるで別物だった。
立っている強盗の数は四人から二人に減っている。それも明らかに尋常ではない慌て方をしているのが後ろ姿しか見えていない浜面でもわかる。
いなくなった二人の内、一人は姿を確認する事ができないがもう一人は広間の中央付近で倒れているのが見える。
これだけの優勢な状況になっているのなら今すぐにでも飛び出していきたい所。
しかし、それは出来なかった。

(アイツが、どうして此処にッ!?)

何故なら二人の強盗とは別に、ある一人の少年が立っていたからだ。
透明感の無い白濁とした白い髪。鮮血をそのまま被ったかのような赤い瞳。生きているとも思われないほどに色素の抜けた白い肌。
断崖大学のデータベースセンターで、第三学区の個室サロンで、エリザリーナ独立国同盟で対峙した学園都市最強の超能力者(レベル5)の少年がそこにいた。

浜面はどうしていいのかわからなくなった。
個室サロンのときは彼が滝壺を襲おうとした様子だったので戦ったが、あのときと今は違う。
彼の後方には座り込んでいる滝壺がいた。
彼は滝壺を襲おうとはしていない。むしろ彼女の盾となって守っているようにも見える。

そうこうしている間に白髪の少年は一人の強盗を倒した。
痛めつけられた強盗は悲鳴を上げる。

(はは、俺は……必要ないのかもしれないな)

やや落ち込み気味に浜面は思った。
ここで自分がでしゃばったところで、彼が強盗を殲滅するという結果は大して変わらないかもしれない。
それに残った強盗は錯乱状態だ。
下手に飛び出すと、もしかしたら滝壺や人質となっている人たちに新たな危険が及ぶ可能性も否定できない。
終わった捜査の虱潰しのように淡々と強盗を潰していく第一位の姿を、浜面はただ伏し目がちにその様子を見ていることしか出来なかった。

194 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 34/51 - 2010/08/13 00:22:10.56 maCfXsQ0 35/64

しかし、残った最後の一人が取った行動が事態を急変させる。

白髪の少年がまだ倒した強盗に目を奪われている間に、最後の強盗は人質の中から一人の少女を引っ張り出す。
その少女を見た瞬間、精神的に冷え切っていた浜面の身体の中から灼熱のマグマのような熱い感情が全身に駆け巡った。

(打ち止めッ!)

浜面は拳銃を持つ手に力を入れると両手でグリップの部分を持ち、銃口を強盗に向けて狙いを定める。
些か先走った行動だとも思うが、ワゴン車で銀行の防犯シャッターを突き破って侵入した以上、やると決めたことは確実に成し遂げてみせなければならない。
それに強盗は既に少女の頭に銃口を擦りつけて、指をトリガーに掛けている。
躊躇している時間などない。

浜面は拳銃の安全装置を外す。
そして手ブレで狙いを外すのを避けるため、近くにあったデスクで固定する。

浜面仕上は学園都市のどこにでもいるちょっと柄の悪い不良だ。
能力はなし、レベルも0。目立った特徴も個性も才能も無い。
それでも彼が、彼女を守りたいと、助けたいと、救いたいと誓った時だけ、彼はヒーローとなる。

浜面はとある少女のために、引き金を引いた。



その後、一人の少年が撃った弾は強盗の拳銃を持った肩に命中し、強盗の発砲は強制中断させられることとなる。
そして直後に先ほどとはまた別の少年が渾身の打撃を強盗の顔面に加える。
強盗の身体は人間に殴られたとは思えない速さで空を切り裂きながらノーバウンドで吹き飛び、そのまま壁に激突すると壊れた人形のように動かなくなった。

この銀行強盗事件は二人の少年の活躍によって解決された。

195 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 35/51 - 2010/08/13 00:23:07.92 maCfXsQ0 36/64

― 浜面 & 一方通行 Side ―

浜面は事の終わりを見届けると、窓口を乗り越えて滝壺に駆け寄った。

「滝壺っ! 大丈夫だったか? 怪我はないか!?」

彼女の安否が心配で心配で仕方がなかった浜面はまくし立てるように尋ねる。
本当はもっと落ち着いて接したかったのだが、どうにも気持ちばかりが一人走りしてしまうのを今の浜面には止められなかった。

そんな泣きそうなくらいに顔をくしゃくしゃにした浜面に対し、滝壺は聖母のような笑顔で、

「大丈夫だよはまづら」

と言うと、浜面の首に腕を回して抱きついてきた。

「たったた滝壺っ!?」

突然の乙女な行動にドキッとしてしまう浜面。自分の顔が赤くなり火照っているのがすぐにわかった。
滝壺と抱き合った事は何回もある。しかしそれは戦いの最中であることが多く、女の柔肌なんかに気を回している余裕などなかったのだ。

ただ、今は、少なくとも強盗を撃退した今は平和だ。

女心の理解度一桁台の浜面はこんなときどうすればいいんだとプルプルと空に浮かぶ伸びた腕を震わせる。
そこへ胸の辺りから鼻水を啜る音がした。
何だろうと下を向くと滝壺が顔を浜面の胸に埋めている。
これはもしや、

(お、俺もしかして滝壺泣かしちゃってる!? やべー、やべーよッ!)

「どど、どうした、滝壺?」

「うん、ごめんね。大丈夫っていうのはちょっと嘘。……寂しかった」

「……滝壺」

浜面は思った。
俺は何をやっているんだろう。
好きな彼女を、愛してる彼女を泣かせちまうなんて最低じゃないか。
それに泣いている彼女に何もしてないなんてもっと最低じゃないか。

滝壺はさらに抱きつく力を強めてきた。
その力は決して強くはなかった。
でも、もう離れたくないという温かみのある、哀しみのある想いの力がひしひしと伝わってくる。
浜面の腕は自然と彼女の背中へと動いた。
それはまるで呼吸をするように自然に、自分の愛する人と抱き合った。

196 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 36/51 - 2010/08/13 00:24:16.66 maCfXsQ0 37/64



一方通行は傍で倒れている打ち止めを抱き起こし声を張り上げる。

「しっかりしろ打ち止めッ! 目ェ覚ませッ!」

「う、んん。……あれ、一方通行? ってミサカはミサカは迷子のあなたが突然現れたことに疑問を浮かべてみたり」

「意識はちゃンと持ってるな? どこか怪我した所とかねェか?」

「いきなりどうしたの? 何だか今のあなたは過保護の親みたいだよ、ってミサカはミサカは混乱してみたり」

いつもと態度がまるで違う一方通行に若干の恐怖を感じたのか、打ち止めは一方通行の腕から離れて少しだけ離れる。

その変化は一方通行自身も感じていた。
一方通行は頭痛を起こしたように手を顔に当てる。
自分のキャラとか気にした事はないが、今の自分の発言内容は明らかにいつもの自分とは違う。
いい加減心境の変化を認めた方が楽になるのに、彼の性格上決して認めることはないだろう。

「いや、何でもねェ。忘れろクソガキ」

「えー何で何で気になる気になるー、ってミサカはミサカは涙目上目遣いという高等テクニックで押してみる!」

うるうるとした瞳で一方通行の足に抱きついてくる打ち止め。
一方通行はやれやれといった風に首を横に振ると、打ち止めのアホ毛をむんずと掴み、

「ウゼェ、離れろ鬱陶しいッ!」

強引に自分の身体から引き剥がした。

「痛い痛いッ! わかったから髪を掴むのはやめてッ! ってミサカはミサカは懇願してみたりッ! いーたーいーッ!!」

本当に反省しているようなので開放してあげる事にした。
打ち止めはアホ毛の根元の部分をすりすりと撫でている。

「……元に戻ったのは嬉しいけど、さっきの一方通行の方が良かったかも、ってミサカはミサカはぎゃあっ、何でもない何でもないっ!」

遠回しに悪態をついてきたので再び打ち止めのアホ毛に手を伸ばすと、彼女は脱兎のごとく飛び退いた。

一方通行は何にも変わっていない打ち止めに安心と気だるさが混じったため息をつくと、ふと視線をとある少年に向ける。

「またアイツを見ることになるとはな」

197 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 37/51 - 2010/08/13 00:25:28.80 maCfXsQ0 38/64

決して勝てるはずのない勝負に一片の諦めも見せずに立ち向かってきた少年。
今回はあの場面で援護射撃をしてきた。
一方通行の口元から自然と笑みがこぼれる。

「あの人と知り合いなの? ってミサカはミサカは尋ねてみる」

いつの間にか近くにきていた打ち止めが一方通行の視線を気にしたのか、何気ない感じで声をかけてきた。

「前に少しな――」

そこで一方通行は別の何かを思い出したかのように言葉を切る。

「打ち止め、ちょっとここで待ってろ。アイツに話がある」

「わかった。でも傷つけたりはしないでね、あの人はあなたを捜すのを手伝ってくれたんだから、ってミサカはミサカは釘をさしてみたり」

「ンなことぐれェわかってるっつゥの」

一方通行は床に転がっていた伸縮式の杖を拾って打ち止めに軽くデコピンをすると、あの少年にその赤い瞳を向ける。





しばらくして落ち着いたのか滝壺が浜面からゆっくりとやや名残惜しそうに離れる。
その滝壺の目頭が少しだけ赤くなっているのが見えた。

「ごめんね、はまづら」

「何言ってんだよ、このくらい気にすんな。それにな、こういうときはごめんじゃなくてありがとうって言うもんだぜ?」

「……うん。ありがとう、はまづら」

そこでようやく滝壺ははにかみながらも笑顔を見せた。

198 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 38/51 - 2010/08/13 00:26:27.07 maCfXsQ0 39/64

「ああ、無事でよかった。……滝壺、ちょっと聞いていいか?」

「何?」

「何でお前がこの銀行にいたんだ? まさか尾行とかしてた訳じゃねえよな?」

浜面としては当然の疑問だ。
服屋で逸れたというのに再会した場所がそこから百メートルも離れた銀行だなんて、運命の赤い糸が片結びでギッチリ縛られているくらいでないと在り得ないことだろう。

滝壺には『能力追跡(AIMストーカー)』の能力がある。
能力者が無意識に放っている個々人のAIM拡散力場を探知し、その人物の居場所を特定することができる能力である。
しかしただの『不』良の浜面はレベル0だ。能力者でない浜面に出せるAIM拡散力場など存在しない。
しかもそれ以前の問題として滝壺の能力の使用には『体晶』が必要となる。
もうそんな命を削るような物騒な物は使わないと滝壺と約束しているので、能力で見つけたという可能性は絶対にない。

疑問符がポンポンと頭上に浮き出る中、滝壺は笑顔のままで答えた。

「アクセラレータと一緒に捜していたんだけどね、その途中で彼の知人から教えてもらったの」

彼女の口からサラッと飛び出した名前に冷や汗が流れる。

「え、それってもしかして――」

「あっ。アクセラレータ」

滝壺はそう言って浜面の背後を指差した。
振り向いちゃ駄目だと思っていても振り向いてしまうのは人間の性なのだろうか。
向いた先にいたのは、

「よォ、三下」

「ぎゃァああああああああッ! 一方通行ッ!!」

かつては殺し合った相手が目の前に平然と佇んでいた。
知らず知らずの内に浜面はビビりながらも身構える。

「くっ……何だよ、個室サロンの続きやろうってのか」

「そンなンじゃねェよ。オマエ打ち止めと行動して俺たちを捜してたンだってな?」

「まあな。一応言っとくけどな、テメェの連れには手を出してねえから安心しろ」

「そりゃお互い様だ。……本題はそれじゃねェ、オメェに言いてェことがある」

「本題?」

199 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 39/51 - 2010/08/13 00:27:30.30 maCfXsQ0 40/64

最強が言いたいことって何だ? と浜面は少し考える。
戦ったり、助けてもらったり(?)したものの、彼との接点などほとんど無いに等しい。

となると今日のことだろうか?
確かに打ち止めを勝手に連れ出したのは頂けないことかもしれないが、悪気があった訳ではない。
もしかしてクレープ食べさせたのがまずかったのか、と彼の意外な保護者っぷりに驚愕しかけたそのとき、浜面にも最強の少年に言いたいことを思いついた。

「……ハハッ、奇遇だな。俺もテメェに言っておきてえことがある」

「そォかよ。まァ、ここじゃなンだ、隅で話すぞ」

「ああ、そうだな」

浜面と一方通行は彼女らから十メートルほど離れた位置に移動した。
そして二人とも猫背になり、野球のマウンド上で作戦を話し合っているバッテリーのように口元を隠すと、口を揃えて言った。

「テメェ」「オメェも苦労してるンだな」

一瞬だけ、時が止まった。
直後二人は睡眠中に氷水をぶっかけられたかのような超反応で顔を見合わせる。
二人の表情は一致していた。
眉間に皺を寄せて眉を吊り上げながら他者を見下しきった目で睨み合っている。
心情的に説明するならば、『テメェ何真似してくれてんだ張り倒すぞこのクソ野郎』だ。

二人はそれ以降一言も、ただただガンを飛ばし合っていた。

数分後、沈黙を破ったのは一方通行だった。

「おい、オメェこンな所で油売っててイイのか?」

「はあ? どういう意味だよ」

「あのワゴン車で突っ込ンできたのオマエだろ? まァオメェが銀行強盗として捕まる覚悟がある馬鹿なンだったら別に構わねェけどよ」

一方通行は顎で半壊したワゴン車を指しながら言った。

今一度見直すと銀行は目も当てられないほどに酷い有り様であることがわかる。
破れたシャッター、割れたガラス、砕けた窓口カウンター、そしてあのワゴン車。
確かにこのまま浜面がここに留まっていれば、倒れている本物の強盗よりも先に拘束されてしまうかもしれない。

200 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 40/51 - 2010/08/13 00:28:23.55 maCfXsQ0 41/64

浜面はようやく事態を把握したのか顔をみるみる青くすると、

「た、滝壺、逃げるぞッ!」

「え?」

遠くで二人の様子を眺めていた滝壺の手を取り、ぽっかりと開いたシャッターから外へと飛び出して姿を消した。





一方通行は浜面と滝壺の二人が出て行くのを確認すると、打ち止めに話しかける。

「打ち止め、携帯持ってねェか?」

「うん、持ってるよ。ヨミカワに連絡するの? ってミサカはミサカは携帯電話を差し出してみる」

「いや、別のヤツだ。警備員なら誰かが通報してるだろ。今はこっちの方が先決だ」

そっけなく打ち止めの小さな手の平に収まっていた携帯を取る。
遠慮もせずに折り畳み式の携帯を開いて、カチカチと何回も掛けていると思わせる手つきで番号を入力する。
打ち終わると一方通行は携帯を耳に当てた。

201 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 41/51 - 2010/08/13 00:29:07.62 maCfXsQ0 42/64

「俺だ。救急を頼む」

『……別に名前を名乗れと言う訳じゃないけど、それじゃあオレオレ詐欺みたいだよ?』

通話相手は一方通行の声を聞いて、反抗期の少年を諭すような声色で返してきた。

「とにかく急患だ。場所は第七学区の『Seventh mist』から百メートルほど先にある銀行。……そォだな、十数名は軽い切り傷や擦り傷程度。目立った負傷者は四名。内二名は手足が裂けて重傷、一名は全身打撲で重傷。もォ一人は――」

そこで一方通行は辺りを見回す。
四人の内三人の姿は確認できるのだが、ワゴン車に跳ねられた最後の一人が見当たらない。

「――行方がわからねェが、多分生きてンだろ」

『君はまた何かやらかしたのかい? 彼女が退院して私も一息つきたかったんだけどね?』

「そっちの都合なンざ知らねェよ。あと俺がやったのは正当防衛だ。じゃあ、頼ンだぞ」

ジジイのお小言なんて聞きたくなかった一方通行は、早々に用件だけを伝えて切った。
携帯を打ち止めに返して、次いで言った。

「めンどくせェ。出るぞ打ち止め」

浜面たちの後を追うように開いたシャッターへと向かう。
唯我独尊な一方通行に打ち止めは、

「えッ!? ちょっと待ってよ、いくら何でも突発的過ぎじゃないかな!? ってミサカはミサカは驚愕してみたり」

と騒ぎながらついて行くしかなかった。

202 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 42/51 - 2010/08/13 00:29:55.94 maCfXsQ0 43/64

―― 浜面 Side ――

浜面と滝壺はすっかり暗くなった夜道を歩いている。
春、といってもまだ桜が完全に散りきっていない時期の夜は意外と冷えるものがある。
それが関係しているのかは定かではないが、突然滝壺が、

「はまづら、手、繋ごう」

と頬を赤く染めて言ってきた。
可愛い。
萌え死ぬようなそのご厚意を素直に受け取った浜面は彼女の手を優しく握る。

「…………」

「どうした、滝壺?」

浜面に握られた手と彼の腕を交互に見ている滝壺に問い掛ける。
すると、

滝壺は手を繋いだまま浜面のその腕に抱きついてきた。
女の子独特の柔らかい身体の感触がむにゅっと浜面の腕を包み込む。

「ふぉおわっ!?」

「はまづら、あったかい」

思わず間抜けな声を出してしまう浜面。
彼の腕には滝壺の慎まし……いや、それなりの大きさを感じさせる女性の二つの象徴が押し付けられている。
滝壺自身が自覚しているとは思えないが、これは『当ててんのよ』状態である。
思春期真っ盛りな浜面は鼻の下が伸びてにやけ顔になりそうな顔を空いた方の手で抓ったりして抑える。

(滝壺、俺の理性にも限界はあるんだぜ……)

世間でいう『恋人繋ぎ』をしながら浜面と滝壺は街灯に照らされた道を歩いていく。

203 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 43/51 - 2010/08/13 00:30:41.62 maCfXsQ0 44/64

――

しばらく歩いていると、彼らの目的場所の建物が夜の暗闇から姿を現し始めた。

それは築歴三十年は優に超えていると見える二階建ての木造アパートであった。
現代科学の最先端を走る学園都市にも趣を感じさせる建物なんてあったんだなあ、と元・スキルアウトの浜面も驚く。

そのアパートの手前まできたところで、やや名残惜しそうに滝壺が手を離した。

「ここまででいいよ。ありがとう、はまづら」

「ん、そうか。……今日はごめんな。お前の買い物に付き合えなくて」

「別に大丈夫だよ。はまづらとはまたいつでも会えるから」

「はは、そう言ってくれると助かる。お詫びと言っちゃなんだが――」

浜面は首に掛けていた麦わら帽子を外して、何だろうといった顔つきの滝壺に被せる。

「プレゼントだ。本当は服とか買ってあげたかったんだけどサイズとかわかんなくてさ。まあ、とりあえず貰ってくれ」

滝壺は頭に乗せられた帽子を両手で確認すると、丁度の良い位置に合わせて、

「はまづら、ありがとう。嬉しい」

「あ、あとな、もう一つプレゼントがあるんだ」

どこか忙しない、やや緊張した面持ちで浜面はポケットからそれを取り出す。
銀色に光る小さなリング。
指輪だ。

204 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 44/51 - 2010/08/13 00:31:30.17 maCfXsQ0 45/64

といってもそれは大した物ではない。
宝石も装飾も何もない、何の捻りもない玩具のような指輪である。

「え……? はまづら、それって」

「安物なんだけどな。いつか立派な物を渡すからさ、だから今はこれで我慢してくれ」

そう言って浜面は指輪を滝壺の左手の薬指に通した。
指のサイズも知らなかったので適当に合わせたのだが、彼女の指には測ったくらいにピッタリと収まった。何ていうか奇跡だ。

滝壺は身体をふるふると震わせながら指に填められた指輪を涙目で眺めている。

(……あれ、ヤバい。泣かせちまった!?)

流石にちょっと早すぎたか、と自分の行為に自己嫌悪になりながら慌ててフォローを加える。

「いや、違うんだ滝壺! これは決して疚しい気持ちとかは含んでないぞ、今までありがとうとかこれからもよろしくとかそういった感謝の意味を込め――」

そこで滝壺が左手の人差し指で浜面の口を押さえた。

「はまづら、口づけと平手打ちどっちをすれば女心がわかる?」

滝壺は微笑しながら目を閉じて顔を突き出してきた。

こんな桃色空間な状況ですることなど一つしかないだろう。
通行人など関係ない。
浜面は滝壺を抱き寄せると、彼女の唇に自分の唇を重ねた。

205 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 45/51 - 2010/08/13 00:32:24.90 maCfXsQ0 46/64

―― 一方通行 Side ――

外はもう街灯に頼らなければならないほどに暗くなっていた。
しかし現在、一方通行と打ち止めがいる場所は一瞬目が眩んでしまいそうなほどに明るく照らされている。

何故ならここは、

『はいっ! 安いよ安いよーッ!! 今ならこの牛ヒレ肉百グラム千円の所、何と半額以下の四九九円! 白髪の兄ちゃんどうだいっ!?』

「だァああもォうるせェ!! 耳元でメガホン片手に叫ンでンじゃねェよッ!」

タイムセール真っ最中のスーパーマーケットだからだ。

『え? だって耳が悪いんじゃないの?』

「これは補聴器じゃねェ!!」

全く悪びれた素振りを見せない販売員に一瞥すると、値札も見ずに打ち止めにパック詰めされた牛ヒレ肉を数パック買い物カゴに放り込ませる。
買い物用のカートを引いているものの、杖をつきながら品物を取るのは面倒くさいので、回収は打ち止めに任せている。

「あなたのチョーカー型電極を補聴器と思ったあの店員さんは中々のギャグセンスの持ち主かもね! ってミサカはミサカは意味もなく賞賛してみたり」

「確かに笑える野郎だった。仕事中なら真っ先にぶっ殺す対象になるな」

「もおっ、せっかくのお買い物なんだから仕事の話はナシナシ! ってミサカはミサカは強引に話を打ち止めてみたり。わお、今のミサカのナチュラルギャグはどうかな? ってミサカはミサカは興奮しながら尋ねてみたり!」

「はいはい、面白ェから今度は魚類コーナーにある鯛でも鯨でも取ってこい」

「パーティーだからめで鯛って訳だね。でもそれはちょっと古いんじゃないかな、ってミサカはミ――」

「イイからさっさと取ってこいッ!!」

一方通行が激昂すると、打ち止めはロケット花火の如く魚類コーナーへと逃げるように向かっていった。

206 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 46/51 - 2010/08/13 00:33:55.08 maCfXsQ0 47/64

――

「なァ、打ち止め。何でオマエ銀行にいたときに気ィ失ってたンだ?」

彼が引くカートに積まれた二つの買い物カゴには、もう既に零れ落ちそうなくらいに食料品が入っている。

「えーと、確かミサカはあの強盗の指示に従って伏せていたんだけど、そしたら突然人が飛んできてぶつかってきて、気がついたらあなたがいたの、ってミサカはミサカは思い出しながら報告してみる」

痛い目に遭ったというのにあっけらかんとした調子で打ち止めは答えた。
打ち止めはそォいう性格だったな、と一方通行は改めて思った。

「本当にもォ大丈夫なのか? 何か身体に違和感とか覚えたら直ぐに言えよ」

「ミサカはもう全然大丈夫! あのくらいで怪我しちゃうほどミサカは柔な修羅場を潜り抜けてきた訳じゃないからね、ってミサカはミサカはその場で一回転をして大丈夫アピールッ!」

できることならタイムセールで混雑しているこの場所で動き回ってはほしくないのだが、彼女はそれでもくるりと一回転をした。
結果、周りの買い物客は可愛い子を見る目で見ている人が半数、迷惑そうな目で見ている人が半数と言った所だろうか。
何だかんだ言って打ち止めの行動は周りの視線を集中させた。
正直言って居心地が悪い。
早くパーティーの買出しを終わらせたくなった一方通行は、

「おい打ち止め。次で買出しの品は最後だ。オマエの買いたい物一つだけ持ってこい」

「えッ!? いいの!? ってミサカはミサカはまさかのあなたからの甘い誘惑に驚愕してみたり! ねえ、ホントにいいの?」

アホ毛をピョンピョンと跳ねさせながら迫ってくる打ち止め。

「あァ、イイから早く行け。……いや、待て。俺も行く」

今まで品物をパシらせていたときは、必ず目に止まる位置にある品物を取らせていた。
だが今回ばかりはどこに行くのかわかったものではない。
おそらくはお菓子コーナーとかそんな所だろうが、今日のようなこともある。また迷子になっては元も子もない。

「よーし、じゃあお菓子に向けてレッツゴーッ! ってミサカはミサカは高らかに宣言してみたり!」

207 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 47/51 - 2010/08/13 00:34:30.81 maCfXsQ0 48/64

――

「……で? 決まったか?」

「むむむ、もう少しだけ待ってて、ってミサカはミサカはあなたの催促を受け流してみる。むむー」

今打ち止めはお菓子コーナーの一角で店内なのに胡座をかきながら座り込んでいる。
どうやら目の前に並んでいるいくつかのお菓子から一つを決めるために相当吟味しているようだ。
いくつかのお菓子、と言っても一方通行からしたら全部同じ菓子に見えた。

そう、打ち止めは食玩付きのお菓子を選んでいるのだ。

一方通行は打ち止めがそこまで選ぶのに苦労する物が気になり、彼女が手にしているお菓子のパッケージと同じ物を棚から手にした。

「何だこりゃあ?」

長方形の立方体の紙箱にはアニメのキャラクターだろうか、スーツを着ている髭を生やしたカエルが中央に居座っていた。その横にピンクのカエルやらスーツを着たカエルとはまた別のカエルが戦隊物のように五匹並んでいる。
タイトルは、『ゲコ太の町☆ジオラマ』。
箱の頭部にはその中に入っている食玩の種類が記載されていた(一方通行が取った箱は『①ゲコ太&病院』)。
そして裏面にはそのジオラマの完成図が載っている。円形のケーキを五等分したような分け方となっているのを見ると種類は五つあるらしい。

つまり打ち止めはこの中のどれか一つを決めるために今も熟考しているという訳だ。

208 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 48/51 - 2010/08/13 00:35:57.81 maCfXsQ0 49/64

彼女の悩んでいる理由を知った一方通行は服のときといい、いい加減待つのも飽きたので打ち止めの悩みを一蹴する言葉を言う事にした。

「全部買っちまえばイイじゃねェか」

「ええッ!? でもあなたは一つだけって言ってたよね? ってミサカはミサカはあなたの言葉を思い出してみる」

「気が変わったンだよ。その菓子のタイトルのやつだったら別に構わねェよ」

それでも打ち止めは納得できないのか、不安材料をあげる。

「でも、ヨミカワが怒ったりしないかな。ヨミカワ綺麗好きだし、変な物買ってきたって言われないかな、ってミサカはミサカはミサカの住む家の家庭事情から不安を感じ取ってみたり」

「黄泉川がどォ思うのかは知らねェが、それをオマエの退院祝いってことにすれば文句は言ってこねェだろ」

「で、でもっ!」

「あァもォでもでもでもでもうるせェンだよ! オメェみたいなガキが家庭事情とか気にしてンじゃねェよ。甘えたいときは甘えろッ! そンな歳から一々可能性潰してたら何もできなくなっちまうぞ」

一方通行はそう言い捨てると打ち止めが選んでいた菓子の紙箱を五つ掴み取り、買い物カゴの中に入れた(正確には乗せた)。
もちろん種類は全部別々である。

一方通行はぶっきらぼうに言う。

「行くぞ、打ち止め」

彼の言葉によって思考が停止したかのように固まっていた打ち止めは、彼の新たな言葉を聞くと、

「う、うん。わかった、ってミサカはミサカは頷いてみる」

二人は会計レジへと向かった。

209 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 49/51 - 2010/08/13 00:36:44.21 maCfXsQ0 50/64

――

三つの大きなレジ袋に食料品を詰め込み終えた一方通行はそォいえば、と思い出したかのようにポケットに手を突っ込む。
その中から二つの向日葵の髪留めを取り出すと横で待機している打ち止めに渡した。

「オメェへのプレゼントだ。ありがたく受け取っとけ」

「こ、これ、あなたが選んでくれたの? ってミサカはミサカは確認してみる」

彼から手渡された物を見て打ち止めは信じられないといった面持ちで尋ねてきた。
一方通行は空になった買い物カゴを戻しながら答える。

「選ンだっつゥかそれしかなかっただけだ」

一方通行は何も間違ったことは言っていない。
選んだも何も、それはただ絹旗から貰っただけで選んだ訳ではない。

それでも打ち止めは一方通行の言葉に甚く感動したのか、一瞬で満天の笑顔になると早速貰った二つの髪留めをクロスする形で髪に付けた。
人差し指で頬をぽりぽりとかきながら、

「えへへ、どう? 似合うかな? ってミサカはミサカは照れながら尋ねてみたり」

今まで打ち止めは髪留めを必要としない髪形をしていたので、打ち止めはただ髪にその髪留めを挟んだだけだ。
傍から見たところでぱっと見で変化に気付く人は多くはないだろう。

210 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 50/51 - 2010/08/13 00:37:39.49 maCfXsQ0 51/64

それでも、一方通行は打ち止めの姿を見て何の迷いもなく、何の嘘偽りもなくこう言った。

「イインじゃねェか? 結構似合ってるぞ」

それは一方通行でなくとも可愛さが増したと思えるだろう。
何も付けていない、というのも良いのだが、付けたことによってほんの少しだがオシャレに気を使っている女の子に見える。
元気で活発な打ち止めには向日葵という花もマッチしている。
花は時期がちょっと合っていないのが残念なところだが、これから夏を迎えるのだから多少先走ってもさほど問題にはならないはずだ。

「あ、あなたに褒められると結構照れちゃうな。あっ、買い物袋はミサカが持つよ、ってミサカはミサカはご機嫌度最高状態だからあなたに優しくしてみたり!」

そう言って打ち止めは一つ五キロはあるだろうレジ袋を二つも持って出口へと歩き始めた。
少しだけ足が覚束無いが、彼女はそんなことなど気にもせず、

「早く早くー! パーティーをする時間がなくなっちゃうよ、ってミサカはミサカは催促してみたり」

「わァったよ。今行くからちょっと待ってろ」

一方通行は空いている左手で残りの一つのレジ袋を持つと打ち止めの横に並んだ。

――こォいった『平和』な一時も、悪いもンじゃねェな。

一方通行と打ち止めは二人揃ってスーパーマーケットを後にした。

その光景は傍から見れば元気活発な妹に振り回されている兄のような、そんな仲の良い兄妹を彷彿とさせるものであった。

211 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) the latter part 51/51 - 2010/08/13 00:38:56.07 maCfXsQ0 52/64



これはこの日学園都市で起きた何十万、何百万とある出来事の内の、たった一つの出来事。


この日、とある少女は晩御飯が七日連続でもやし炒めだったことに腹を立てた。


この日、とある少女たちはいつもの四人で集まり、ファミレスで談笑した。


この日、とある少女は観始めて五分のC級映画にいちゃもんをつけた。


この日、とある少年はレディースの拳銃を手にしながら、スキルアウトをまとめた。


この日、とある少女たちはある少女からの報告を心待ちにした。


この日、とある少年は目の前でセール品の牛肉が売り切れたことに対し、『不幸だ』と呟いた。


この物語は今日起きた多種多様、十人十色、平平凡凡な出来事の内の、たった一つの出来事。



とある二人のヒーローと二人のヒロインが交差した、一つのSS(サイドストーリー)。

212 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 1/9 - 2010/08/13 00:40:48.39 maCfXsQ0 53/64

滝壺は木造アパートの錆びきった鉄の階段を上がる。
彼女の頭には白いリボンが付いた麦わら帽子が、左手の薬指には指輪が填められている。
出かけたときには身に付けていなかった装飾品。
愛する人から初めてプレゼントされた物。これほど嬉しい事はない。

滝壺は階段を上り終え、二階の通路の一番奥にあるドアまで歩いた。
そのドアの表札には『つくよみこもえ』と表記されている。
滝壺が居候させてもらっている人物の名前である。

ぴんぽん、とインターホンを押した。
すると滝壺が帰ってくるのを待ちわびていたかのように、『はいはーい、今出るのですよー』という声と小さな子どもが走るトタトタとした足音がドアの奥から聞こえてきた。
ガチャガチャ、ギィーと蝶番すらも錆びたと思わせる音と共にドアが開く。

「滝壺ちゃん、おかえりなさいですー」

そう言ったのはドアの隙間から顔を出している月詠小萌だ。
彼女はピンク色に染まったうさ耳フード付きパジャマに身を包んでいた。
この格好といい、一三五センチの身長といい、小学生のようなロリボイスといい、百人に訊けば百人が小学生と断言するほどの幼女体型の彼女は合法ロリとして学園都市の七不思議に指定されているらしい。

滝壺も彼女と初めて会ったときは普通に子ども扱いしてしまい、泣かせてしまっている。

「つくよみ、ただいま」

「はーい、おかえりですー。滝壺ちゃんが無事帰ってきてくれて安心しました。私も心配してたのですよー?」

「心配?」

「そうですー。浜面さんが電話を掛けてきたので大体の事情は知っているのです。まぁそれは追々話すとして、ちゃっちゃと中へ入っちゃってくださいー」

小萌はドアを大きく開けて滝壺に部屋に入るよう誘導する。
滝壺はそれに従い中に入ると、玄関で靴を脱いで帽子を近くにあった玄関箱の上に置いた。

部屋は相変わらず汚い。
床には何十本といった缶ビールの空き缶が散乱しており、五、六畳くらいの小さな部屋の中央には大量の煙草の吸殻が銀色の灰皿に盛られている。
どちらも第三次世界大戦が終結してから量が増えているらしい。
戦争の後にこの家に居候し始めた滝壺は知らなかったが、何でも出席日数がデッドラインにいる生徒のために行っている補習の疲れが、酒煙草の消費量と関係しているとかいないとか。

「今から晩御飯の準備をするので、滝壺ちゃんは手洗いうがいを済ませちゃってくださいねー」

適当に肯定の返事を返すと、台所の流し台で手を洗い始める。もちろん、傷ついてしまう恐れがあるので指輪は外してある。
手を洗う滝壺の横では小萌が『今日は焼肉なのですよー』と言いながら、引き出しからカセットボンベの焼肉用コンロを、冷蔵庫から豪華絢爛焼肉セットとラベルの貼られたトレイを取り出している。

213 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 2/9 - 2010/08/13 00:42:04.97 maCfXsQ0 54/64

――……またか。

「つくよみはお肉好きだよね」

「それは否定しませんけど、私は魚料理も野菜料理も好きですよー? 昨日は野菜炒めでしたし」

「でも一昨日、一昨昨日は焼肉だったよ?」

手を洗い終わった滝壺はうがい用の水をコップに注ぎながら言った。
確信をグサリと突かれた小萌はヒクヒクと愛想笑いをしながら取り繕うように、

「そ、そんなことはないのですっ! 今日は滝壺ちゃんのお祝いを祝して焼肉にしたのですー。決して私が野菜嫌いとかそういうことではないのですよー!」

「……お祝い?」

小萌の発言に疑問を感じ、うがいをし終えた滝壺は彼女に尋ねる。

「だって滝壺ちゃんはこの春休みが終われば、私の勤めている学校の生徒になるんですよー? これはもうお祝いせずにはいられないってもんなのですー!!」

コンロと焼肉セットをちゃぶ台に乗せた小萌が遠足前日の子どもみたいにはしゃいでいる。

そう、滝壺は転校することになったのだ。



元々、小萌のいる高校よりも遥かにレベルの高い高校に在籍していたのだが、『体晶』による影響で能力が事実上使えなくなった滝壺はその高校の能力レベルの基準を大きく下回ってしまった。
その事実が学校側に漏洩したのは学園都市と交渉した直後だった。
おそらく暗部として使えなくなった者の情報偽装などする必要がない、という統括理事会の判断なのだろう。

後に退学するか、別の高校に転校するかどちらかを選択しろという通知が届いた。
滝壺としては浜面と一緒に暮らしたいという思いがあったので、退学の旨をその彼に伝えた。
しかし彼は『俺も滝壺と一緒に暮らしたい。でも滝壺はまだ平和な学園生活ってもんを知らないだろ? だから学校に通ってみたらどうだ?』と言って転校の方を推した。
でも、転校先の学校なんて全く当てがない。
このときはまだ病院で療養中だったので寝る場所もあったが、暗部で使用していた宿泊施設ももう使えないため住む場所もない。
途方に暮れていた滝壺が病院内の広場のベンチに座っていたとき、一人の少女に声を掛けられた。

「そんな浮かない顔をしてどうしたのですー? 何か悩みがあるなら先生が相談に乗りますよー」

これが月詠小萌との最初の出会いであり、滝壺にとって大きな転機のきっかけとなったときである。

214 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 3/9 - 2010/08/13 00:42:42.49 maCfXsQ0 55/64




「つくよみには感謝してるよ。見ず知らずの私に住まいを用意してくれたり、転入の手続きも手伝ってくれた。……つくよみ、ありがとう」

「突然どうしちゃったのですかー滝壺ちゃん。……私は教師ですから困っている子どもを見過ごすことなんてできないだけなのです」

炊飯器から炊き立てのご飯を茶碗によそいながら小萌は言う。
滝壺は傍に外して置いておいた指輪を再び左手の薬指に通した。

「あ、それと、これから私のことはつくよみ、じゃなくて小萌先生と呼んでくださいね。別に月詠先生と呼んでもらっても構いませんけど呼び捨てはちょーっとマズいのです……よー……」

ご飯を山盛りにして振り向いた小萌は滝壺を見て凍りついた。より厳密には、滝壺の左手の指、薬指を見て。
カラン、と小萌が持っていた杓文字が彼女の手から滑り落ちた。

「どうかしたの、つくよみ?」

わなわなと身体を震わせ始めた小萌はご飯片手に滝壺の左手を掴み取り、銀色に光る指輪を見て言う。

「たたた滝壺ちゃんッ!? こ、こここれは一体どういう事なのですかーッ!?」

「これははまづらからプレゼントされたの」

「ちょ、ちょっとこれは駄目です、駄目なのですーッ!」

何故か急に怒り出した小萌。
どうして彼女が怒り始めたのか疑問に思ったが、そういえばつくよみは教師だったね、と滝壺は小萌が怒った理由に納得する。

215 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 4/9 - 2010/08/13 00:43:32.41 maCfXsQ0 56/64

「つくよみの学校の校則だとやっぱり駄目なのかな?」

「うーん、私が担当していたクラスにはサングラスを掛けてたり、ピアスをしてたりした生徒もいたので指輪は今更みたいな雰囲気があるので大丈夫だと思いますけどー……ってそうじゃないのですーッ!!」

話題を逸らされたことに地団太を踏んだ小萌は直ぐに気持ちを切り換え、決定的な一撃を告げる。

「不純異性交遊なのですー! 大人にもなってない男女が組んず解れつの約束だなんてイケナイことなのですーッ!!」

滝壺には後半何を言っているのかよくはわからなかったが、とりあえず滝壺が彼女に言えることは一つしかない。

「私とはまづらの付き合いは不純じゃないよ。はまづらは私のことを守ってくれる、私ははまづらのことを守ってあげる、そういう関係だから」

「……もういいのです。滝壺ちゃんはその浜面さんとよろしくやってれば良いのですよー……」

いきなり膝をついたかと思えばご飯を床に置き、体育座りで落ち込み始めた。
何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
ここは慰めてあげよう、と滝壺は小萌の頭を撫でてこう言った。

「大丈夫だよ、つくよみ。私はそんな[ピーーー]歳のつくよみを応援してる」

「ッ!! …………そ、そんなこと滝壺ちゃんに心配されたくないのですーッ!!」

ガバァッ! と一気に起きだした小萌は靴も履かずに外へと飛び出してしまった。

滝壺はきょとんとした表情で見送ることしかできなかった。

216 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 5/9 - 2010/08/13 00:44:17.44 maCfXsQ0 57/64

――

打ち止めと一方通行は黄泉川の住むマンションの出入り口にいた。
早く中に入って手に下げているパーティーの材料が詰まった重いレジ袋を下ろしたいのだが、目の前の自動ドアが開かないのだから仕様がない。
どうする、と一方通行に尋ねたら『不法侵入ならできるぞ』とか言ってきた。
流石にそれは色々とまずいので彼の意見は却下し、打ち止めは無難に黄泉川の家に電話を掛けることにした。

「もしもし、ヨミカワかヨシカワいないかな? ってミサカはミサカは二人の名前を呼んでみたり」

『愛穂はいないけどわたしならいるわよ。それで、どうしたの。一方通行は見つかった?』

「一方通行はちゃんと捕まえたよ、ってミサカはミサカは事後報告してみたり。それより今マンションの前にいるんだけど、ロック外してくれない? ってミサカはミサカは頼んでみたり」

『あぁ、そういうことね。わかったわ。でもわたしは自動ドアのロックの遠隔解除方法は知らないから、わたしが今からそちらに行くわ』

そう電話の相手が告げると、その相手は電話のマナーもお構いなしにブツッと切った。

その後、一分も経たない内にオートロック式の自動ドアが向こう側から開かれた。

「お帰りなさい。一方通行、最終信号」

開いた先から出てきた人物、芳川桔梗は早々に出迎えの声を掛ける。

「ただいまヨシカワ! ってミサカはミサカは挨拶してみたり。そんなことより荷物が重いから早く中に入れてほしいな、ってミサカはミサカは切実な思いを伝えてみる」

打ち止めは本当に重いんですよと言わんばかりに腕をぷるぷるさせながら膨れ上がったレジ袋を芳川に強調する。

「はいはい、わかったわよ」

こうして芳川と合流した二人はマンション内に入り、エレベーターに乗り込んだ。

黄泉川の家は二三階にある。腕が痺れてきているこの状態で階段を使って上るのは苦痛を通り越して地獄だろう。

そうこうしている内に低振動エレベーターはあっという間に目的の階に辿り着いた。
打ち止めを筆頭に一方通行、芳川の順に降りる。
降りた際によたよたと千鳥足で歩く打ち止めを見て芳川は、

「貴方たち随分買ってきたわね」

217 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 6/9 - 2010/08/13 00:44:55.78 maCfXsQ0 58/64

芳川のさり気ない問い掛けには一方通行が答えた。

「適当な店で買えるだけ買ってきたンだよ」

「質より量、ってことかしら?」

「デケェ皿に小せェ高級料理が数品並ぶより、そこそこの料理が大量に並ンでる方がそれっぽいだろォが」

「ふふっ、そうね。愛穂もその方が喜ぶだろうし」

芳川は意外にも庶民的思考をした一方通行に笑みを浮かべながら、玄関のドアを開ける。

家に入って直ぐにあるマットに打ち止めドサッとレジ袋を置くと疲労によるため息を吐いて、

「ふう、やっと家に着いたよ、ってミサカはミサカはこれまでの険しき道のりを走馬灯のように思い出してみる」

「だから俺が持ってやるって何回も言ったじゃねェか」

打ち止めと同じく買い物袋を置いた一方通行は呆れながら言った。

「ミサカにも意地ってものがあるんだから、途中であなたに持ってもらうなんてできない、ってミサカはミサカはミサカのプライドを語ってみる。……ん?」

打ち止めが反応を示したのは音だ。
コンクリートを全速力で走っているような足音。
その足音はだんだんと近づいてきて、打ち止めたちがいる玄関のドアの前で止まると、そのドアが勢いよく開いた。

「た、ただいまじゃんッ!!」

息も絶え絶えになりながらそう言ったのは緑のジャージに身にまとった黄泉川愛穂だ。

「ヨミカワおかえり! ってミサカはミサカは言ってみたり」

「お帰り愛穂。そんなに息を切らしてどうしたのよ」

「い、いや、パーティーに遅れたら大変じゃん? 本当はもっと早く帰れるはずだったんだけど、生徒の補習終わりに警備員の出動要請が入っちゃってさー」

黄泉川を暖かく迎えた打ち止めと芳川は彼女の話をしっかりと聴いていた。
しかし、一方通行は違った。
彼はまるで今まで大事に使っていた玩具を取られてしまった不満一杯の子どものような顔で黄泉川を睨んでいる。
その視線に黄泉川は気付いたのか、

「どうしたじゃん、一方通行。そんな怖い顔して」

一方通行は無言のままベルトに忍ばせてある拳銃を抜き、黄泉川に向けて構えた。

218 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 7/9 - 2010/08/13 00:45:30.62 maCfXsQ0 59/64

「いィッ!?」

驚きの声を上げる黄泉川。
真実を知らない打ち止めと芳川はあまりにも衝撃的な光景に即座に動き出すことができなかった。

「ま、待って! ってミサ――」

パン! と銃声が響いた。
打ち止めの静止の言葉もその音でかき消される。
銃弾は確かに拳銃から飛び出した。
目の前に広がっているのは血まみれにまって倒れる黄泉川……ではなかった。

「クカカカカカッ!! ざまァねェな黄泉川ッ! 勝手に俺の拳銃を玩具と入れ換えてンじゃねェぞ! ギャハハハハハハッ!!」

そこには変わり果てた黄泉川がいた。
頭には顔を縦に分けるような形で垂れ下がった万国旗が乗り、身体全体には色取り取りの紙吹雪がくっついている。
その様はまるで誕生日ドッキリでクラッカーの集中砲火を受けた人のような感じである。

この状況が全く理解できていない打ち止めを尻目に一方通行は腹を抱えて笑い転げた。

「あ、一方通行ぁ。そこまで笑わなくてもいいじゃん!? ……ちょっと懲らしめてやる。打ち止めッ!」

「ふぇっ!?」

いきなり名前を呼ばれて素っ頓狂な声を上げる打ち止め。

「一方通行の最低限の演算以外を全て切るじゃんッ!!」

「はァッ!? おい打ち止め! 黄泉川の言うことなンかに従うンじゃねェぞ。もしそンなことしたらどォなるかわかってんだろォな?」

さっきまで馬鹿みたいに笑っていた一方通行が急に焦りだしたかと思えば、打ち止めに重圧による強迫をしてきた。
何というか、哀れだ。

打ち止めは何故このような事態に発展してしまったのか考える。
黄泉川が帰ってきて、一方通行が彼女に向けて玩具の拳銃を発砲して、紙吹雪などを被った黄泉川を見て彼は笑い飛ばした。

――さて、悪いのはどっち?

「能力用の代理演算切っちゃった♪ ってミサカはミサカはヨミカワの味方をしてみたり!」

この瞬間、一方通行と黄泉川の勝敗が確定した。

220 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 8/9 - 2010/08/13 00:46:46.28 maCfXsQ0 60/64

「打ち止めァァあああああああああああああああああああああッ!!」

「よくやった打ち止めッ! さぁ一方通行、私がその腐った根性叩きなおしてやるじゃん!」

ニカニカとした笑顔を作った黄泉川は悲憤溢れる叫びを上げている一方通行の首根っこを掴むと、ズルズルと彼を引きずりながらリビングへと入っていった。

そんな二人の絡み合いを傍観していた芳川はやれやれといった感じで軽く息を吐く。

「全く、あの二人はもう少し静かにできないのかしら」

「そう? ミサカはこのくらい和気藹々としてた方が楽しいと思うよ、ってミサカはミサカはミサカの理想の家庭環境を述べてみる」

「物理的な家庭崩壊が起きないことを切に願うわ」

芳川はそう言うと玄関のマットに置かれたままのレジ袋を二つ持った。

「そっちの一つを持ってちょうだい。精肉とかもあるみたいだし、とりあえず冷蔵庫の中に入れるわよ」

「はーい、ってミサカはミサカは了解してみたり」

最後の一つのレジ袋を持つと芳川と一緒にリビングに向かった。
冷蔵庫のあるキッチンはリビングに繋がっているため、必然的にそこを経由する必要があるのだ。

リビングを通っている途中に視界の端で一方通行が黄泉川にチョークスリーパーをかけられているのが見えたが、打ち止めはさもそれがいつもの光景と言わんばかりにスルーする。

221 : Boy_Meets_Girl_Another(×2+α) a sequel to a story 9/9 - 2010/08/13 00:47:41.29 maCfXsQ0 61/64

「あら、最終信号。その髪留めはどうしたの?」

横に並んでいる芳川が打ち止めの髪に付いている見知らぬヘアピンに興味を持ったのか尋ねてきた。

打ち止めはその質問を待ってましたというようなウキウキとした反応で返す。

「えへへ、これはねヨシカワ。一方通行がミサカのために買ってくれた物なんだよっ! ってミサカはミサカは自慢してみたり!」

ピョンピョンと跳ねて芳川に髪に付けているヘアピンを強調する。

「ふうん、あの一方通行が……。その向日葵の飾りも彼が選んで決めたものなの?」

「うん、そうだよっ! 『選ンだっつゥかそれしかなかっただけだ』……これってつまりミサカに似合うのはこれしかないっていう遠回しの愛情表現だよねっ! ってミサカはミサカは幸せいっぱい! キャー」

頬に手を当てて悶える打ち止め。
別に打ち止めは一方通行のことを恋愛対象として見ている訳ではないのだが、恋は盲目とはよく言ったものである。
芳川も、それはちょっとおかしいんじゃないかしら? と思うも、わざわざ幸福の絶頂にいる少女を突き落とすこともないだろうと黙っていることにした。

打ち止めは最高の笑顔。

芳川は呆れた笑顔。

黄泉川はしてやったりとした笑顔。

一方通行は悲痛の笑顔。

黄泉川家は今日も平和だ。

222 : VIPに... - 2010/08/13 00:48:30.69 maCfXsQ0 62/64

以上です。

何だか最近地の文がだんだん稚拙になってきてる気がするんだぜ。
ここらで休息でもした方がいいのかなー。

でもまだ風斬×超電磁砲組のほのぼの日常とか、16巻で上条さんが天草式を助けられなかった鬱話とかも書きたいという。

あ、このSSでは結標さんは巣立ってます。

224 : VIPに... - 2010/08/13 00:50:33.82 oZYnBgM0 63/64

>>222
乙乙
小萌先生の[ピーーー]歳笑ったwww
ところでおまけで浜面の出番がないのは何故なんだぜ?

229 : VIPに... - 2010/08/13 02:15:26.06 maCfXsQ0 64/64

>>224
おまけでは滝壺と打ち止めにスポットを当てているので、滝壺と別れた浜面は出番なしです。
元々一方さんも「つかれた、寝る」とか言わせて退場させるつもりだったんですけど、黄泉川家は4人揃ってた方がいいかなってことで出しました。

まあ浜面は銀行で拳銃が一丁確認できないとかで警備員に追われているのではないのでしょうか?

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