関連
ほむら「そしてまた……叛逆の物語」【前編】
前作
杏子「そして……叛逆の物語」
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昼休み、いつもの屋上にて。
マミ「あら、志筑さんのタコさんウインナー、美味しそうね」
仁美「よろしければ召し上がられますか?」
マミ「良いの?」
仁美「はい。
その代わりと言ってはなんですが、私にはその卵焼きを頂けませんか?」
マミ「もちろん良いわよ♪」
そんな仁美とマミのやり取りを見て、杏子も動く。
杏子「なんだなんだオカズ交換か?
じゃあほむら、それくれよ」
杏子はほむらに言いながら、さやかの弁当からプチトマトを取って自分の口に入れた。
さやか「あっ良いなぁ。
じゃああたしはまどかの……ってなにすんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
杏子「フェイントだよフェイント」
怒れるさやかを、杏子は軽くいなす。
さやか「もう! じゃああたしは、まどかのと恭介のとほむらのを貰うんだっ!」
ヒョイパクヒョイパクヒョイパク。
まどか「わっ!?」
恭介「!」
ほむら「…………」
目にも留まらぬスピードで、さやかがまどかたちからオカズを拝借した。
さやか「うん美味い!
あ、これお返しね」
と、彼女は三人に自分のオカズを渡す。
さやか「──あっ!」
さやかはその流れのままに杏子の方を向くと、視線をあらぬ方へやってそちらを指差す。
杏子「えっ?」
さやか「あんたにもお返し!」
杏子「あっ!」
それに釣られた杏子の隙をついて、さやかは杏子からもオカズをGET。
杏子「なにすんだよっ、あたしの鳥肉!
つかそれは『お返し』違いだろっ!?」
さやか「だってあんたとは『交換』してなかったし?」
杏子「はぁ!? 『あたしの物はあたしの物、お前の物もあたしの物』ってヤツだよ!」
さやか「どこのガキ大将よ、それ?
……くくくぅ~、それにしてもお口がパラダイス!」
まだまどかたちの物も残っていたのだろう口内に、杏子のまで合流した事で、さやかは実に幸せそうな顔を見せる。
杏子「くっそ! じゃあそのハンバーグくれよ!」
さやか「ダメ!
ってか、あんたとあたしのお弁当、中身一緒じゃないっ!」
この二人のこうしたやり取りは、日常である。
まどか「ふふふっ」
恭介「あははっ」
そんな様子を見ながら、まどかと恭介が笑う。
ほむら「…………」
ほむらは黙っているが、こちらもそれに関してはいつも通り……ではあるのだが……
まどか「──ほむらちゃん、大丈夫?」
ほむら「ええ、大丈夫よ」
しかし、そう答えるほむらはいつも以上に覇気が無い。
恭介「そういえば暁美さん、授業中に倒れたんだって?
無理はしちゃ駄目だよ」
ほむら「平気よ」
保健室での一件から後、ほむらはフラつきながらもすぐに授業に戻った。
誰が見てもずっと調子が悪そうだった彼女だが、なんとか昼まで持ちこたえて昼休み。
めずらしく、ほむらは自分からまどかたちと昼を共にしたいと言ってきた。
いや。
先日の下校時もそうだが、彼女が自分から昼をというのもめずらしいを超えて初めてだろう。
ほむら(まどかから離れたくなかったから──)
まどかと関わりすぎるのを恐れて一歩引いた位置に居る事が多かったほむらだが、
それを上回る恐怖が、彼女をそんな行動に走らせた。
ほむら(正直、調子は悪い。悪魔になってから覚えが無いほど……)
特に、精神的に。
ほむらは、恐怖と不安に揺れる心と必死に戦っていた。
そして、不可思議な事がもう一つ。
ほむら「…………」
近くの空で鳥型の異形が、
同じ屋上の、食事をする彼女たちから少し離れた所にはまた別の姿の異形たちが落ち着きなく蠢いているのだ。
もちろん、これらはすべてほむらの使い魔たち。
数日前と同じで、ほむらは使い魔たちにこんな風に集まれなどと指示は出していない。
むしろ、奴らの姿に気付いてからずっと『離れろ』と命令し続けている。
ほむら(やっぱり、全然命令を受け付けない……)
戸惑うほむら。
それは、手下たちが言う事をまったく聞かないからだけではない。
彼女は使い魔たちからとある感情を感じ取っていた。
ほむら(……恐怖? 不安と、あと……)
『心配』。
ほむら(どういう事……?
あいつらはなにを不安がり、恐れているの?
なにを……心配しているの?)
使い魔の気持ちを読みきれないのもまた、ほむらには初めての経験だった。
マミ『妙に辺りが騒がしいわね』
杏子『だな』
さやか『なーんか気持ち悪いね』
三人のテレパシー。
周囲の状況に、魔法少女であるマミ・杏子・さやかは当然気付いている。
さやか『なんなんだろうコレ。魔獣の気配はしないし……』
ただ、相変わらずさやかのみは、あの異形たちがほむらの使い魔だとは知らないが。
マミ『私たち……いや、暁美さんの様子を伺っている? ようだけれど、殺気はまったくないし……』
杏子『……まあ、今のところは注意だけしっかりしておけば良いだろ』
さやか『そうだね。まどかたちには見えないんだから、下手に反応する訳にはいかないし。
でも、前もこんな変な事あったし、超強力な魔獣が現れる兆候とかだったらやだなぁ』
マミ『そうだったら力を合わせて頑張りましょうね』
さやか『おうっ』
杏子『──しかしマミ、どうなんだろうね』
ここからは、杏子とマミ、二人だけのテレパシー会話。
杏子『やっぱほむらになにかが起こってると考えるのが妥当か』
マミ『前も、使い魔の様子がおかしい時があったって言ってたわね。
なるほど、これは確かに異常だわ』
杏子『その時も今みたいに集まりまくってて、でもさっきまでは気配すら無かったってのに。
保健室のアレもあったし、訳わかんねー』
マミ『……そういえば、今日保健室でも使い魔がおかしな動きをしたんですって?』
杏子『ああ。『鳥型』のがいきなり窓ガラスをブチ破って来て、ほむらに一直線だ』
ちなみに、その時の傷はもう魔力で完治させてある。
元々まどかたちに傷口を見せた時もほぼ治りかけていたので、
たとえ今の手のひらを、まどかなり保険の教師なりに見られても特に怪しまれはしないだろう。
杏子『ただね、あれはほむらの自己防衛っていうか……ヘルプに感じたな』
マミ『ヘルプ?』
杏子『保険室での使い魔の動きは、ほむらを助けようと特攻して来た感じがしたんだ。
根拠は無いけどね』
マミ『暁美さんを助けようと……』
杏子『あいつらは明らかにほむらしか見えてなかったし、
今あちこちに居るヤツらと同じで殺気もまったく無かったからさ』
マミ『だとしたら……』
杏子『ああ。あたしたちにはでっかい追い風だ。
これなら……』
仁美「あら巴先輩、唇の端にソースが付いてますわよ?」
と、仁美がマミの唇をハンカチで拭った。
マミ「あ、あら。ありがとう」
仁美「良いんですのよ♪」
マミ(テレパシーに気を取られていたわね……)
杏子(なにやってんだマミ……って仁美、なんで妙に嬉しそうにハンカチしまってんだ???)
さやか「ちょっと杏子、あぐら!」
杏子「ん? ああ、つい。
でもこんぐらい良いじゃん」
言いながらも、杏子は脚を直す。
さやか「ダメダメ、はしたない。恭介も居るんだよ?」
杏子「別に気にしねーし。
大体、はしたないっつーならさやかだって先週風呂で……」
さやか「わーーーーーっ! それは無しあれは無しノーカンっ!!!」
頬を赤らめて両手を振りつつ、さやかは恭介の方を見る。
恭介「ん? どうしたんだい?」
しかし、まどかと話していた恭介はさやかたちの会話は聞いてなかったようだ。
さやか「うっ、ううん。なんでもないよっ」
杏子「他のヤツならともかく、そいつ相手ならそんな気にしなくても良いのに」
さやか「いや、いくら恭介でも男子だし!」
恭介「?
なんか賑やかだね」
女子二人のそんなやり取りを見て、笑顔の恭介が首を傾げながらものほほんと言う。
まどか「ふふっ、そうだね」
ほむら「……騒がしくてしょうがないわ」
恭介の言葉にまどかもマイペースに返し、ほむらはため息混じりにひとりごちた。
しかし、彼女は依然として不調そうながら、機嫌は悪くなさげなのはまどかと恭介の思い過ごしだろうか。
ちなみにマミと仁美は、二人で再び料理についての話題で盛り上がっているようだ。
恭介「まぁ違いないかもね。
でも、僕はこういうの好きだな」
まどか「そうなんだ。
ちょっと意外かも」
恭介「そうかい?」
まどか「うん。上条くんみたいな人って、アーティスト気質って言うのかなぁ?
そんな人って、賑やかなのは苦手なのかなって。
……あっ、ごめんね。勝手な偏見だよね。悪い意味じゃないんだよ」
まどかが慌てて恭介に向かって両手を振る。
恭介「はははっ、うん。わかってるよ」
──やっぱり、この子は人に凄く気を使うんだな──
思いながら、恭介はまどかへと笑顔を返す。
恭介「……そうだね」
そのまま彼は顔を前に向ける。
恭介「正直に言うと、確かに静かな方が好みかな。
特に、バイオリンを引いていたり音楽を聴く時は、他の音はどんな些細なものも一切無い方が良い」
まどか・ほむら『…………』
ほほえみこそ消えてはいないが、前を向く恭介の瞳は先ほどまでのものとは変わっていた。
本気で人生を賭けるものへと向かって精一杯頑張っている人間が、その事について語る時の強い強い瞳へと。
ほむら(……夢、か。
ううん、彼ほどの実力者ならば、それはもう『現実』なのかしら?
──眩しいもの、ね。
私にはきっと、彼の瞳に映っているような景色は永遠に見られないでしょうし……)
そんな風にこそ思うが、別にそれでほむらの心が動いたりはしない。
ほむら(こうしてまどかの側に居られさえすれば、そんな事どうでも良いのだから)
たとえ未来が無くても。
大人になる道が、門が、固く閉ざされてしまっていても。
ほむら(まどかと永遠に居られさえすれば……)
居られさえ、すれば。
まどか「……そっか」
恭介「うん。
──けれどね、それはそれ、これはこれだよ」
再び恭介が、まどか、ほむらへと視線を戻した。
バイオリニストの彼ではなく、彼女たちの友達・上条恭介の瞳で。
恭介「今のこの現実の全部が、環境が、僕は凄く楽しくて嬉しいんだ」
ほむら「…………」
まどか「今の環境?」
恭介「うん。
手が使えて、バイオリンが思う存分弾けて……
志筑さんやさやか、鹿目さんとか佐倉さんに暁美さん。みんな居てくれてさ。
こんな、『今』が」
まどか「上条くん……」
恭介「とてもとても大切なものを失いかけて、その途中馬鹿な僕は、
大切な友達であるさやかに酷い事を言ったりもしたよ。
でも『奇跡』に助けられ、周りの人たちからも僕は見捨てられなかった。
学校だって結構休んだのに、復帰してからクラスのみんなも優しく迎えてくれた」
まどか「……うん」
恭介「その先に待っていたのが、『今』」
そう。
恭介「この世界」
ほむら「……!」
恭介「なにも、誰も失わず、僕を優しく包んでくれる今の世界の全部が大好きなんだ。
だから……
本来は得意ではないはずの喧騒も、楽しくてしょうがないんだよ」
優しく──しかし熱い思いの込もった言葉を、恭介は噛みしめるように言った。
恭介「──って、僕はなに変な事言ってるのかな」
ははは、と笑いながら彼は照れ隠しに頭をかく。
まどか「ううん、全然変じゃないよ」
恭介「ありがとう。
まあ楽しいといっても、自分もあんな風にってのはちょっと無理なんだけどね」
まどか「見てるだけなのが最高ってのもあるもんね」
一緒にワイワイするのが、みんなの輪の中に居る唯一の方法ではないという事なのだろう。
こうやって離れた場所から見ているのが好きな人も居るし、そういう形の絆もあるのだ。
ほむら「……あなたは……良い人ね、上条くん」
恭介「えっ?」
恭介が、驚いた様子でほむらを見た。
それもそのはず。
ほむらは、相手から話しかけられれば会話もするが、自分から誰かに話しかけるというのはまず無いのだ。
唯一まどか相手にだけは例外かもしれないが、それでもほむらからというのは少ない。
恭介(こんなの……初めてかも)
ほむら「そんなにこの世界が好き?」
問いかけるほむらはとても穏やかだ。
恭介「うん、大好きだよ」
その問いに答える恭介も、また穏やかで。
ほむら「……本当、良い人。
純粋で、毒が無さすぎる」
恭介「いや、そんな事は無いよ。
入院中は、さやかとか色んな人に迷惑ばかりかけちゃったから……
ほら、辛い時ほど人って本性が出るって言うからね」
ほむら「…………」
まどか「上条くん……」
ほむら「……あなたがそんな人だから、一つ助言をしてあげるわ」
恭介「?」
ほむら「純粋なのは結構だけど、それで知らない間に傷付く人も居るから気を付けなさい」
ほむらがこんな事を言うのは、自分が再編した世界を好きだと言ってくれた礼なのだろうか?
恭介「えっ?」
まどか「そうだよ……!
仁美ちゃん、一人で寂しい思いしてる時が多かったりするみたいだよっ」
と、まどかが声量を落とし、恭介へと向けて唇を尖らせる。
この辺りの察しのよさや、食い付きのよさはやはり女の子。
恭介「……えっ?」
ほむら「脇目も振らずに夢中になれるものがあるのは素晴らしいけれど、もうちょっと周りを見るべきでしょうね。
まして『恋人』なんて、あなただって合意したからこそ出来た関係でしょう?
なら彼女を疎かにしすぎるのはどんな理由も言い訳よ」
恭介「えっ、え……??」
ほむら「あなたは、もう少しだけで良いからバイオリン以外にも欲を持つべきでしょうね。
彼女に対しても純粋すぎるのは、優しさとはちょっと違うでしょう?
それが悪いとは言わないけれど」
恭介「う、うん……」
初めてほむらから話しかけられた上、いつになく饒舌な彼女に恭介は混乱していたが、なんとか頷く。
まどか「わたしにはこれといった夢は無いし、好きな人も恋人も居ないから想像なんだけど、
忙しかったらちょっとはこんな感じになっちゃうのかなってのは確かに思うんだ」
恭介「鹿目さん……」
まどか「でもね、もうちょっと仁美ちゃんも見てあげて欲しいかなって。
仁美ちゃんはあんまり弱音とかを出す子じゃないし、隠そうとはしてるんだと思うけど……
たまに見えちゃう時があるんだ」
恭介「……うん。わかったよ。君たちの言う通りだ。
──ふふっ、二人が居てくれてよかったな。
ありがとう」
まどか「ううん、むしろ嫌な事言っちゃってゴメンね」
ほむら「……ふん、ちょっと喋りすぎたわね」
ほむらは、左手で髪をかき上げるとそっぽを向いた。
ほむら(……?)
ここで彼女は気付いた。基本的には大抵自分の左耳に装着しているイヤーカフスが無い事に。
イヤーカフスについている宝石は、今のほむらの力の源である『ダークオーブ』。
一瞬それを無くしたかと焦ったほむらだが、意識を向けてみれば、自身の中にその存在があるのを感じる。
ほむら(な、なんだ……)
ダークオーブは、悪魔・暁美ほむらなら飲み込んだりする事で体内に入れる事が出来る。
ほむら(気付かないうち、いつの間にか飲み込んでいたのかしら?
……だとしたら、今の私は本当に駄目すぎるわね)
ほむらは軽くため息を吐く。
ダークオーブを体内から取り出して再びイヤーカフスとして装着しようかとも考えたほむらだが、
そんな行動を人前でというにはいかないだろう。
ほむら(やるなら、後でするべきね)
杏子「おう、そろそろ教室戻ろうぜ!」
まどか「あっ、そうだね」
会話をしながらも食事は続けていたので、すでに全員の弁当は無くなっているし、もう良い時間になっていた。
さやか「あ~っ、午後の授業めんどくさいなぁ」
杏子「サボろうぜ!」
さやか「サボろうか!」
まどか「ダ、ダメだよ杏子ちゃん、さやかちゃん」
マミ「そうよ。そんな事しちゃダメ」
まどか「さすがマミさんっ!」
マミ「うふふっ♪」
仁美「巴先輩、色々教えて頂いてありがとうございました」
マミ「こちらこそ、とても勉強になったわ。ありがとう」
仁美は、マミと笑顔の交換をした後に恭介の隣へ行ってそっとつぶやく。
仁美「あっ上条くん、今度アップルパイを作って参りますわ。
巴先輩に作り方を教えて頂きましたの。
お嫌い……じゃあありませんでしたよね?」
恭介「うん、普通に好きだよ。
──いつもありがとう志筑さん。楽しみにしてるね」
仁美「上条くん……?」
いつもとはどこか違う恭介の雰囲気を感じ取った仁美は首を傾げたが、
仁美「……はいっ!」
すぐに嬉しそうに頷いたのだった。
……………………
いつの間にか、周囲の使い魔たちが全員いなくなっていた。
誰も気付かないうちに、大群がいつの間にか。
杏子(注意を逸らしたりはしなかった……はずなんだけどね)
マミ(…………)
さやか(変なの。やっぱ気味が悪いなぁ)
ほむら(……私の命令が届いたのかしら?
体調はともかく、今の時間を過ごせたおかげか気分はよくなってきたから、
やっぱり疲れが溜まっていただけなのかもしれないわね……)
彼女たちはそれぞれが思いながら、屋上を後にした。
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杏子『……マミ』
教室に戻る為に屋上からの階段を降りている途中、最後尾に居る杏子が、隣を歩くマミへとテレパシーを使う。
マミ『……上条くん、私たちと同じ事を言ってたわね』
ずっとほむらへ注意を払っていたマミと杏子は、先ほどの会話を聞いていたのだ。
杏子『ああ……』
ここからわずかな間、沈黙した二人はなにを考えていたのか。
杏子『……なんだかんだでさ、ほむらのヤツも楽しそうっていうか、嬉しそうだったな』
マミ『ええ、そうね』
『痛みすらも愛おしい』段階まで行ったほむらとはいえ、
自身を……自身の行動の結果を肯定されるというのは、やはり良い意味で思うところがあるのだろう。
たとえ彼女がそれを必要としていなくとも、
不意に与えられたそれを、無理に否定して捨てる必要もまた無いのだから。
杏子『そういやあ途中だった話だけど、もし本当に保健室での『鳥型』がほむらを守ろうとしたんだったら……
きっと、あいつは助けを求めてると思うんだよな』
あの時のほむらは気を失っていたのでおそらく無意識なのだろうが、
ほむらの使い魔に関しては、クララドールズを除けば基本的に悪魔である今の彼女の命令以外では動かないはず。
また、『鳥型』自身が彼女を助けようと思っていたとしても、使い魔は多かれ少なかれ主人の要素・意思が反映されている存在だ。
だからこそ、そう考えるのが自然だろう。
マミ『たとえ暁美さんが『闇』そのものに気付いていなくても、
もしもこの先に起こる事を本能だけででもわかっているのだとしたら。
そして、暁美さんがその運命から助けを求めているのだとしたら……』
杏子『なんつーか、やる気が出る
よな』
彼女たちに他人の心を読む力など無いが、そうだったら二人は──嬉しい。
ここまでは自分と仲間たちが生きる為に世界を救おうと、そして『円環の理』の力になろうと頑張ってきた。
そこでの、杏子、マミ、なぎさ、『円環の理』だって気持ちは一致している。
円環のカケラを今も宿すさやかだって、まだ事情を知らないだけで必ず彼女たちと同じ思いだろう。
だから、記憶を取り戻せば一人きりででもほむらに立ち向かっていっていたのだから。
だが、当然ながらここにほむらの意思は無かった。
杏子たちは、ほむらはまどかを──
まどかの居るこの世界(次元)は絶対に失いたくないはずだと考えているし、その考えにはみんな自信がある。
だが、あくまで杏子たち側からしたら間違いない『だろう』という読みでしかない。
内心『ただの押し付けなんじゃないか』という思いは、二人には少しだけ、心の奥底にあった。
ここに、ほむらが救いを求めているという事実があるのなら……やはりより気力が湧く。
杏子『ま、当然まだあいつに直接聞いた訳じゃないからアレだけどね』
マミ『ふふっ、そうね。
そうだけど、そんな風に思える材料が出てきただけでも嬉しいわ』
杏子『……それにさ』
マミ『?』
杏子『今までは世界っつーか、自分たちやほむらの為だけって感じだったが……
今が幸せなヤツが他にも居るってなら、そいつの幸せも守りたいって思ってね』
マミ『佐倉さん……
ええ、そうね! 私もだわっ!』
これまでは、杏子もマミも、なぎさも──
こんな状況で、魔法少女でもなんでもなく、
今回の件に関係も無い普通の人たちまでを考える余裕も器も無かった。
当たり前だ。いくら腕が立ち神の知識を得ていても、彼女たちはまだ少女なのだから。
しかし先ほど恭介の思いを聞き、触れ、その考えに至ったのだった。
成長、だ。
──数時間後の放課後には、約束通り彼女たちの前にキュゥべえが現れるだろう。
『闇』の氾濫も明日に迫っている。
本当の終わりへ向けて舞台は整いつつあり、その時は近い。
杏子『けど……へへっ、我ながらくさいね』
マミ『そんな事無いわ。
知っての通り私もだけど、あなただって元々はそういう風に頑張る魔法少女になりたかったはずよ?』
杏子『あ~……そっか。
今のマミ、あたしの事もかなり深いところまで知ってるんだよな。
ちょっとやりにくいね』
マミ『ふふっ、あなただって『私』を知っているんだから、お互い様よ』
杏子『へへっ、そうだね』
『円環の理』は、どこか別の次元で激しい絶望の末に果てかけ、
しかし大いなる力にて救われた『杏子』や『マミ』の記憶も内包している。
だから、その『想い』を受けとったこの世界の杏子とマミも同じ記憶を持っているのだ。
杏子『大体、今のあたしたちに細かい事はもう無意味か』
マミ『そうよ』
無限に近い時間軸の記憶を共有する今の二人は、もはやただの仲間ではない。
これはまどかとさやか、なぎさの三人もそうだし、
あのような経歴で『悪魔』となったほむらもまた、同じはずなのだが……
ほむら(──大丈夫。これなら放課後まで持つ)
──あんな『確信』など、ただの勘違い。
この世界は、永遠なのだから。
そう、絶対に。絶対に……──
ほむら(……なんにしても、一度本格的にゆっくりと休んだ方がよさそうね)
トッ。
先頭を行くまどかとほむらの足が、廊下へと置かれた。
その時。
グアッ!!!!!
強烈な『闇』の風が吹き荒れた。
杏子「なにっ!?」
マミ「!?」
さやか「えっ!?」
すざまじい烈風に、杏子、マミ、さやかの三人は反射的に腰を落として踏ん張るが、
まどか「ひゃあっ!?」
恭介「うわっ!?」
仁美「きゃっ!?」
ドガッ!
まどか、恭介、仁美の三人はなす術もなく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失う。
マミ「みんなっ!」
杏子「ぐっ!」
飛ばされないよう踏ん張りつつまどかたちへと声を上げるマミに、前方を見ながら唇を噛みしめる杏子。
杏子の視線の先には、自分たちと同じく烈風で動けないでいるさやかと……
ほむら「っ、っっ、ッあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
自分で自分の体を抱くような体勢で、体全体から漆黒の『闇』をほとばしらせながら絶叫するほむらが居た。
マミ「暁美さんっ!」
杏子(バカな!? これは、この現象は……!)
『闇』の、氾濫。
マミ(なぜ!?)
やがて烈風は止み……
ほむら「…………」
黒く露出度の高いドレスやニーソックスを身につけ、禍々しい翼を生やしたほむらが立っていた。
杏子「……あれが、悪魔・暁美ほむらか……」
マミ「…………」
ほむらに宇宙を改変される瞬間、『円環の理』はほむらのこの姿を視ている。
だから知識としては持っていたが、杏子とマミがこのほむらの姿を実際に目にするのは初めてだ。
二人は背筋に冷たいものが走るのを感じつつ、前を向いたまま階段を何段か上がって間合いを取り、
シュンッ!
魔法少女へと変身して、杏子は槍、マミはマスケット銃というそれぞれの得物を手に構える。
ほむら「…………」
杏子「ぐっ!」
凄まじい殺気だ。
ほむらは無表情だが、それが逆に恐ろしさを増していた。
杏子「さやか! お前も早くこっちへ──」
さやか「──待って」
自分たちとほむらの間に居るさやかへとかけられる杏子の声だったが、
さやかはほむらから視線を外さずにそれを遮った。
さやか「……ねえ、ほむら」
ほむら「…………」
悲しげな声で名前を呼ぶさやかに、しかしほむらは答えずただ彼女を見つめるだけ。
さやか「──そう。
よかった。まだ間に合うんだね」
つぶやくさやかの表情は、背を向けられている杏子とマミには見えない。
シュインッ!
さやかも魔法少女に変身すると、
さやか「おあぁぁぁぁッ!!!」
ゴゴゴゴゴッ!!!
魔力を高め始めた!
さやか「待ってなほむら! 今助けてやるからさっ!」
杏子・マミ『!』
──円環の魔法少女・美樹さやか、覚醒。
さやかの叫びに、杏子とマミも魔力を高めて臨戦体制に入った。
杏子(……そうだ! あれこれ考えるのは後だっ!
あたしたちの目的は……)
ほむら「ふふっ」
無表情で抑揚も無く、『ほむら』が嗤った。
ド ン ッ ! ! !
杏子・マミ・さやか『!?』
それと同時に学校が──いや、宇宙全体が大きく揺れた。
杏子「……なにっ!?」
まばたきをしたほんの一瞬で。
マミ「えっ!?」
周囲の様子が『変わって』いた。
場所自体は同じなのだが、廊下に倒れている仁美や恭介などの人や物、
存在するありとあらゆるものが濃い紫のような色になり、静止している。
さやか「!?」
さやかが驚いた様子で振り向き、杏子とマミを見た。
マミ「な、なんなの? これは……」
杏子「『結界』……か?」
結界とは、魔女が現れる時に魔女が作る空間。
マミ「でも、それにしてはどこか空気が──
ううん、そんなものとはまるでオーラが違う……!」
さやか「──話は後っ!
二人とも、動けるなら手を貸して!」
バッ!
言うや否やさやかが愛剣を振りかざして、未だに無表情で嗤い続けているほむらに飛びかかる!
いや、あるいはその嗤い声は、『闇』のものなのかもしれない。
杏子「──おう!」
マミ「わかったわ!」
さやかの声に、一瞬で切り替える杏子とマミ。
さやか「はぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ほむら「は は は は は は は は は は は は は は は は は は」
バシィッ!!!
さやか「!?」
さやかの剣での一撃は、ほむらを包む『闇』の濃い紫色をした防御壁を破れず、弾かれた。
ガィンッ!
猛スピードで降下してきた、マミの放った弾丸も同じ。
これは、ここが戦闘を行うには狭い場所の上に前方にさやかが居るという事で、
誤射を防ぐ為に天井に向かいマスケット銃を発射し、
弾丸が天井にぶつかる前に軌道を変えてほむらへと攻撃したものだった。
杏子「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
間髪いれずにさやかの脇から現れた杏子が、槍を一閃!
だが、これも先の二つの攻撃と同様の運命をたどった。
杏子「チッ!」
思わず舌打ちをする杏子。
杏子(こんなんじゃダメだ! もっと威力を重視しねーとっ!)
カッッッ!!!!!
杏子・マミ・さやか『!!!』
唐突に、ほむらの『闇』が激しく発光した!
それは目くらましとなり、杏子たち三人は思わず顔を大きく逸らす。
さやか「──でもっ!」
杏子「ムダだッ!」
ほむらに接近していたさやかと杏子は、目を閉じつつもほむらが居た場所へと斬り上げ・突きを放つ。
さやか・杏子『!?』
しかし、目が見えなくとも感触でわかる。二人の攻撃は空を切った。
マミ「そこっ!!!」
ドウンッ!
続けて、杏子たちよりはほむらと距離があった為に、逆に冷静に気配を追えたのだろうマミが銃を放つ。
その弾丸が向かう先は、バックステップで剣と槍の攻撃をかわしたほむら。
バシィッ!
初弾よりは威力のあるマミのそれは見事『闇』の防御壁を貫いたが、さすがに単発ではダメージは無い。
だが、
ほむら「──ぐアッ!」
急にほむらが頭を抱えて苦しみだした。
マミ・杏子・さやか『!!?』
ほむら「あっ、うぁぁぁァぁぁぁ っ、あぁぁぁぁっっ! ぁァァぁぁぁぁぁぁぁァァァァァぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
声を上げ、髪を振り乱しながらよろめくほむらは、廊下に居るまどかに視線をやりつつ……
スッ……
自身を纏う『闇』と同化し、消えた。
さやか「ぐっ!」
杏子「逃げられた!?」
ほむらの気配が無くなった事を悟り、さやかたちの顔に焦りが浮かぶ。
マミ「くっ……!」
しかし、無理に追いかけようとはしない。
ほむらがどこに行ったか予想がついている杏子たちだが、まずは体勢を立て直すのが先だ。
ようやく視力が完全に戻った三人は、仁美と恭介の様子を調べる。
どうやら命に別状も怪我も無いようだが……
突然吹き飛ばされた為だろう。二人はやや無理な体勢で倒れていた。
マミ「……動かせないわね」
せめてその体勢だけは直してあげようとした彼女たちだったが、
しかし、仁美も恭介もまるで床に張り付いたかのように動かせなかった。
さやか「……ここはもう、ほむらの──ううん、『闇』の世界だからね。
今やこの宇宙の全部が『闇』に覆われてしまってるから……」
これは予想外の展開だった。
『闇』自体の大半はもう独立してしまっており、
ここまで来た上にほむら(『闇』)を逃がしてしまったのなら、本当はすべてが手遅れになっていたはずだった。
あとは誰の抵抗も受けずにほむらを呑み込み、
彼女という狭い器から完全に解放された『闇』が氾濫・暴走して宇宙を滅ぼすだけなのだから。
なのにまだ猶予があるというのは、ほむらが最大級の執念を持って、
ギリギリのところで自身が喰われるのを食い止めているからだろう。
この楽園の終焉は絶対に許さないと。許したくないと。
その為に『闇』の一部は未だほむらの中にあり、
すべてを滅ぼすには力が足りず、まだ宇宙は静止するに留まっているのだ。
そんなほむらが『闇』に完全に敗北した瞬間が彼女の救いなき滅びの時であり、
その時に杏子たちがなにも出来なければ、今度こそ宇宙の消滅も確定する。
さやか「……ところで。
マミさんと杏子も、色々知ってる感じだし──」
と、さやかが杏子たちの方を向いた。
さやか「事情ってのを説明して貰えるよね?」
マミ「ええ、もちろんよ」
杏子「おう」
さやかに視線を向けられた三人は頷く。
三人。
つまり、マミ、杏子……
そして。
まどか「うんっ」
淡く輝く光を身に纏い、いつの間にか立ち上がっていた鹿目まどか。
─────────────────────
まどかは先ほどの宇宙が静止した瞬間に、円環の力の極々一部を取り戻していた。
この期に及べばもはやほむらに気付かれるもなにも無いので、あの概念は完全に覚醒しようと動いたのだ。
ギリギリで持ちこたえているとはいえ、もはやほむらには自身が使える『闇』の力はほとんど残されてはいない。
いくら彼女が強烈な意思で『円環の理』を否定・拒絶しようが、
これまでのようにそれをこの次元の『摂理』にするなど今は不可能である。
そう。『闇』の大半がほむらから独立して次元全体に広がるまでの、まばたきよりも短い期間……
この宇宙には、大きな力の影響はすべて消えていた。
だからこそその空白期間をついてあのタイミングでさやかが覚醒出来たのであるし、
『円環の理』も同じ時に人としてのまどかと一体化しようと動き、
彼女との接触に成功したつい先ほど、完全体となって復活出来るはずだった。
しかし……それは叶わなかった。
『闇』に阻止されたのだ。
信じられない事に今の『闇』には、ほむらの意思無くしては存在し得ない『摂理』が消えても、
それと同じ円環を排除する特製が備わっていたのだ。
ただ最後に呑まれ・喰われ尽くされるだけだったはずのほむら。
しかし、彼女の『円環の理』への激しい負の感情が、その一部分だけとはいえ『闇』すらも汚染していたのである。
恐るべきは、あの概念に対するほむらの憎しみ……
人としての命を持つまどかと完璧に一体化出来た『円環の理』は、
概念だけでは無くなっていた為になんとか大丈夫だった。
だが、『闇』に邪魔をされて一体化が間に合わなかった残りの概念だけの『円環の理』は、
ほむらの体を中心に、ゼロから宇宙全体に広がっていった『闇』に押しやられる形でこの宇宙から追い出され、
今も変わらずに幾多の次元に在るのだろう。
魔法少女たちを救済しながら。この次元に思いをはせながら。
この宇宙は、まどかやさやかの中にあるものを除けば、再び『円環の理』が入り込めない空間となっていたのである。
また、一部だけながら円環がここに存在『し続けて』いられるのは、
ほむらがあんな状態になっているからだ。
例の『摂理』は強力ではあるが完璧ではなく、
一度それを突破して中に入って来たあの概念を弾く力までは無かった。
だからこそ、さやかやまどかの持つ円環のカケラは消えず、目覚められる余地がずっと残っていたのである。
そしてほむらは、まどかたちが円環に目覚めた・目覚めかけた時、
たとえば相手に抱きつくなどのアクションを取って『摂理』の力をその対象に集中させないといけなかった。
そうしてその場での『摂理』を強化しないと目覚めたさやかの記憶や力を奪う事は出来なかったし、
かつての学校の渡り廊下でのまどかも覚醒していた。
つまり同じ特性を持っているとしても、ほむらと違って意思の無い『闇』には、
自身の内部に現れた円環を排除する為に力を集中させる事は出来ないのだ。
やはり『闇』単体にも、内部に侵入して来た円環を弾く力は無いからだ。
それ故に『闇』の内部であるこの場に降臨さえ出来れば、
その『円環の理』はもはやこの次元から排除される事は無い。
また、静止程度の『闇』の支配は無効化出来る能力を持つまどかやさやかはともかく、
世界がこうなれば、あくまでただの魔法少女でしかない杏子とマミも他の人々や物と同じ運命をたどるはずだった。
なら、なぜ二人は無事に動けているか?
『円環の理』が守ったからだ。
己が使命を果たす為に必要な仲間である杏子とマミを。
そして、この場には居ないなぎさも。
彼女たちの体には、『闇』の静止を無効化する目には見えない薄い光の膜が張ってある。
他の効果こそないが、これは今の杏子たちにとって最高の守護であった。
─────────────────────
さやか「なるほどね。
三人とも……いや、なぎさを入れたら四人か。
あんたら、このさやかちゃんを『ハブかちゃん』にして頑張ってくれちゃってたんだ」
ヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!!!
変わらぬ学校の廊下で、まどかと共に虚空へと両手をかざしながらさやかが笑う。
まどか「ごめんね、さやかちゃん」
マミ「ごめんなさい……
悪意があって美樹さんを放っていた訳ではないのだけど……」
杏子「……すまねー」
さやか「いや、そういった事情なら仕方ないよ。
あたしに気を使って、全部パーにしちゃったら元も子もないもん」
ヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!!!
その知識にてほむらが逃げ込んだ場所を特定していたまどかとさやかは、空間を切り裂いて作ろうとしている。
ほむらの居る異空間へ続く道を。
こればかりは、次元すら越える円環の力を持つまどかとさやかにしか出来ない。
この最中に二人は意識を共有し、
さやかにとって空白になっている間の『円環の理』の記憶を彼女に移したのだった。
杏子「けど、このタイミングで『まどか』が復活したのは不幸中の幸いってヤツだろうな」
たとえ完全体ではないとしても、彼女たちには強力すぎるほどの援軍である。
さやか「まあ……
本当は、まどかにお出まし願う前にあたしがなんとかしたかったんだけどね……」
これまでにさやかが記憶を取り戻した時、人としてのまどかに接触していれば、
お互いの中に在る円環のカケラが共鳴してまどかも目覚めていただろう。
しかし、さやかが一度もそれをしようとせずにほむらの元へと向かい続けていたのは、
今回の件にまどかを関わらせたくなかったから。
『闇』を滅ぼすには、どうあってもほむらと戦うか、無抵抗であっても彼女に攻撃を仕掛けるしかない。
さやかには、まどかにはそれは辛すぎるだろうし、
しかし真の自分を取り戻せば彼女はその辛さから逃げず、
自らの役割を果たす為に参戦するだろうとわかりきっていたのだ。
もちろん、まどかの助け無しでもなんとか出来る勝算があったからこそさやかはそうしていたのだが。
まず考えられないと言えども、諦めずに語りかけ続ければ、
ほむらが『闇』を滅ぼす事を了承・協力してくれるかもしれないというわずかな期待が無かった訳ではないし、
やはりそれがありえなくても、ほむらは『徐々に』力を無くしていっていた。
ならば一気に宇宙が滅びる事態にはならず、終末の前にさやかはまた記憶を取り戻せるだろうし……
いつか必ず、いつものような記憶や力を奪うという形で彼女を撃退する事は出来なくなるはずだった。
それは例の『摂理』の力だったのだから、ほむらの能力が衰えれば当然である。
そこまで行くと、さやかは直接対決にて『闇』を滅ぼし、宇宙とほむらを救うつもりだったのだ。
本来の記憶と能力を取り戻したさやかであれば、例の『摂理』さえ無ければ実力的に単身でそれは可能だったから。
ただ、最後にはどうしても『円環の理』本体にほむらを導いて貰う必要がある為、
本当にさやか一人の力では事態を完全に解決する事は不可能ではあった。
それでもまどかの気持ちを思えば、なるべく彼女の手は借りない。
まして、まどかにほむらを攻撃させるなんてもっての外──
さやかはそんな風に考えていたのだ。
まあ、その目論見は様々な要因で崩れ去った訳だが……
さやか(……でも、まどかもだけど、あたしもこうやって戻ってこれてよかったよ)
実はさやかはこの次元で過ごすうち、
ほむらが悪魔だという事以外の円環関係を完全に忘れ去りそうになっていた時期もあった。
さすがにまどかに比べれば能力が劣る彼女は、
人として生きるうちにそちら側の純度が劣化し、円環のカケラが完全に眠りかけた(失う、ではない)のだ。
だが、さやかの強い意思力に加えてほむらの能力が衰えていった関係で、なんとかそれは免れた。
ほむら再編世界の初期はまだかなり覚えていて、中期に一番忘れかけ、
末期に近付くにつれてまた鮮明に思い出していったのである。
もしさやかの円環のカケラが眠りきってしまっていたら、ここで覚醒は出来ていなかった可能性もあった。
……まだ、ほむらの居る異空間への道は出来ない。
さやか「くそっ。あたしがもっと万能だったら……
そこまでいかなくても、せめて百パー円環の力が使えればっ……!」
杏子「さやか……」
まどか「……神さまって言っても、本当の意味では万能じゃないんだよね」
杏子「……!!!」
さやか「あっ……ごめんまどか、あんたを責めるつもりじゃなかったんだ」
まどか「ううん、大丈夫。わかってるよ」
たとえば、神と言えども手が出せないものにはとことん手が出せない。
歯が立たないとかではなく、手自体が出せない。
まどか「わたしにとっては、魔法少女を救済する事だけが出来る事だから……」
それ以外は、なにも出来ない。
さやか「……つっても逆に言えば、その救済に繋がりさえするんなら時間も次元も飛び越えられるし、
こうやって参戦も可能な訳で……
神って呼ばれる存在の中ではかなり自由がきく方ではあるんだけどね。
超々々高位の神様ならまた話も変わってくるのかもだけどさ」
杏子「…………」
さやか「だから、魔法少女でもなんでもない、
ほむらから独立した『闇』には本来あたしたちは手出し出来ないんだよな~」
なのにこうして介入出来ているのは、救済対象であるほむらがまだ健在だからだ。
先に述べた、『円環』がこの場に存在出来る理由がここにもう一つあった。
まどか「わたしにもっと力があったら、『闇』の氾濫の時期を見誤る事もなかったんだけどね……」
さやか「あはは……これはちょっとやっちゃったね」
マミ「そうだ、それってどうしてなの?
本当なら、こんな風になるのは明日だったはずよね?」
まどか「純粋に、わたしの読み間違いです」
杏子「…………」
まどか「ほむらちゃんの状態を考えたら明日だとばかり思ってたんですが……
ごめんなさい」
マミ「そうだったの……
ううん、気にしないで。
どっちにしても、こうやって『闇』に立ち向かう為に動けているのは鹿目さんが居てくれるからこそだもの」
まどか「マミさん……
ありがとう」
さやか「神様だって失敗はあるんだよね。
わかりやすい例だと……
ほむらを導き損ねた、あいつの『叛逆』事件」
まどか「どんな事も、全部一人で完璧に出来たらよかったんだけど……」
さやか「なに言ってんだ。
自分の手に余りそうだったら、いくらでも助けを求めれば良いのさ」
マミ「うん。人の身である私じゃあ、こんな時でもない限りなにも出来ないでしょうけど……
必要とあればいつでも声をかけて欲しいわ。
だって私たち、『仲間』じゃないの」
まどか「さやかちゃん、マミさん……」
マミ「佐倉さんだってそうよ。
──ね?」
杏子「もちろんだ」
杏子は力強く頷く。
まどか「杏子ちゃん……」
神も魔法少女も関係ない。
大切な大切な仲間たちの言葉に、まどかは涙ぐみながらほほえんだ。
杏子(……まどか)
マミ「……それにしても悲しいわね。
なにが『悪魔』よ。あの子……」
杏子「神様、か……」
ヴァッ!!! ヴァヴァヴァヴァヴァッッッ!!!!!
まどか「……!」
ついに、空間が歪んだ。
さやか「──よしっ、来た!」
ヴゥ……ン。
二人が手をかざしていた場所の空間がねじれ、歪み、昏き道が出現した。
杏子「やった!」
マミ「これが……!」
歓喜に沸く四人。
知識を共有している・出来る全員がわざわざ会話をしたりしていたのは、
この時まで行動の取りようがなかった激しい焦りを誤魔化す為であった。
さやか「ふう……思ったより時間かかっちゃったぜ!」
杏子「なぎさは……間に合わなかったか」
彼女たちと同じく自由に行動出来ているはずのなぎさも、
こんな状況になった事できっと慌てて杏子とマミの居る見滝原中に向かっているはずだ。
なぎさには他に動きようがないのだから。
異空間への道が出来るまでにたどり着ければと思っていたが、無理だったようだ。
さやか「待ちたいところだけど、そんな時間は無いからね……」
杏子「ああ、仕方ねー。
こうなったら、さっさと全部を終わらせてからなぎさのヤツを出迎えてやろう」
マミ「そうね」
まどか「うん」
全員、この戦いになぎさの力が必要な事はわかっている。
だから、彼女も杏子・マミと同じく『円環の理』に選ばれたのだから。
それでも、居ない人間の力をアテにしても仕方ないのだ。
杏子(まあ、なぎさが居ないなら居ないでやってみるさ)
さやか「よし、さあ行こ……!?」
大きく息を吐き、浮かんだ額の汗を手で拭いながら、
早速その道へと足を踏み入れかけたさやかだったが……
フラッ──
ドサッ!
大きくよろめき、彼女はその場に倒れた。
まどか・マミ『!!』
杏子「さやか!?」
三人は慌ててさやかを抱き起こす。
さやか「はぁ、はぁ……」
疲労だ。
まどか「…………」
この道を作る為に、さやかとまどかはかなり消耗していた。
まどかがさやかほどの疲れを見せていないのは、自力の差だろう。
まどか「……やっぱり……調子が出ないよね」
さやか「ご、ごめん、時間が無いってのに……」
フラつきながらも、さやかは立ち上がった。
さやか「ああもうっ! マジで歯がゆいっ! あたしは完璧に目覚めてんのにッ!!」
完全体ではないまどかもだが、覚醒しきっているはずのさやかもまた、持つ力のすべては振るえないようだった。
『闇』は、力を集中して円環を排除する事は出来なくても、
彼女たちの本領を発揮させなくする事は出来るらしい。
今のまどかとさやかは、重りをつけられた状態であると例えればわかりやすいか。
ここばかりはほむらの『摂理』より優れている面であり、
これこそがほむらという小さな器から抜け出した(まだそのすべてを発揮してはいないとはいえ)、
『闇』の力なのであろう。
さやか「使えるパワーはどれくらいだ?
──ったく! あたしはともかく、まどかはただでさえ不完全も不完全だってのに、さらにハンデ持たされるのかよっ!」
まどか「あははっ。
でも大丈夫。わたしは負けないよ」
「だって、さやかちゃんたちが居てくれるし……」と言いながら、まどかは三人の顔を見回す。
まどか「わたしは、ほむらちゃんを助ける為にここに居るんだもん!」
だからいくらハンデがあろうと負けない。失敗などありえない。
負けるような事があってはならない。
失敗する訳が、ない。
今度こそ。
さやか「まどか……」
迷い無き彼女の凛とした姿に、さやかは目を奪われていた。
さやか(そっか……
あたしが、なるべく一人で解決してやるとかって気遣いは余計だったわ)
まどかにも、ほむらを攻撃しなければならない辛さはある。
だが、彼女を救う為にはそのような辛さになど負けない・迷いすら見せない強さもまた、まどかにはあった。
概念となった最初ならば、あるいは一瞬の迷い程度は見せていたのかもしれないが……
まどかも成長していたのだ。概念となって精一杯役割を果たし続けてくる間に。
さやか(あんたは本物だから。本物の『慈愛』だから、あんな心配いらなかったね。
……ふふっ。導かれてからは、誰よりもあんたに近かったあたしがそんな事を忘れてたなんてさ。
これもあの『摂理』の影響だったのかな?)
そっと、さやかは苦笑した。
さやか「……よし。ゴメンねみんな。
もう大丈夫だから、改めて行こうっ!」
まどか「うんっ!」
杏子「おう!」
マミ「そうね!」
さやかの声にまどかたちは力強く頷くと、全員で歪んだ昏き道に足を踏み入れた。
杏子・マミ『…………』
まどか「──この先は異空間だけど、この次元であるのは変わらないから安心してね」
杏子とマミのわずかな不安を察知したまどかが、そっと言葉を口にして安心させる。
杏子「おう!」
マミ「ええ、ありがとう鹿目さん」
そして。
この宇宙に残されたわずかな『希望』たちは、漆黒の中へと前進していった。
─────────────────────
ほむら「う……ぐっ……」
なにも無い、上下左右すべてにただただ闇色が広がる空間で、悪魔・暁美ほむらが両膝をついて頭を抱えていた。
キュゥべえ「…………」
その傍にはキュゥべえ。
彼は杏子と出会った個体ではないし、静止はしていない。
『闇』の支配からインキュベーターを逃れさせるのは、今のほむらに残された数少ない出来る事の一つなのだ。
その数少ない一つが、ほむらが心底憎んでいるインキュベーターに対する支配力というのはなんとも皮肉な話だが、
これは彼がある意味誰よりもほむらと因縁深い存在だからというのもあるのだろう。
ただし、その支配力が及ぶのは、この異空間も含めて地球上に居るインキュベーターだけのようだが……
……ほむらはなぜ、この状況で力を使ってまで彼に自由を与えているのか。
理由は簡単。
止まっている彼を虐殺しても彼女にはなんの気晴らしにもならないから。
わざわざこの異空間に来てでもその気晴らしをしないと、
制御を失いかけている自分の力が、自分の大切な楽園に向かってしまうのを止められないから。
それが気休め以下の行動だとしても。
ほむら「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!」
ぐしゃっ!
ほむらが右腕を大きく振ると、それに呑まれたキュゥべえは声一つ上げる暇もなくただの肉塊へと成り果てた。
ほむら「き……なさいっ、インキュベーターッ!
早くッ!!!」
苦しげなほむらの絶叫に、新しい個体のインキュベーターが現れた。
ほむら「うぁ──────ッッッ!!!!!」
その姿を見たと同時に、ほむらはまたインキュベーターを『殺す』。
ほむら「ああああああああああああ!!!!!」
次に現れたインキュベーターも、また同じ。
彼らも、なんの抵抗もしなかった訳ではない。
動きをよく見たら、ほむらの攻撃を避けようとはしているようだ。
だが、彼らの能力ではまともな反応も出来ずにただ虐殺され続けていくのみ。
ほむら「ぐうぅぅぅ……!」
ほむらは足掻いていた。もがいていた。戦っていた。
自身の中で暴れる巨大な『闇』と。
だが、彼女が敗北する時は近い。
その時が……『終わり』。
ほむら(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)
インキュベーターに八つ当たりをしながら、ほむらはもがき続ける。
理不尽に。みっともなく。無様に。
……必死に。
ほむら(どうしてこんな……こんな……っ)
つい先程まで、まどかたちと楽しく昼食を取っていたはずだった。
体調は優れないままだったが、気分はよくなって午後の授業に向かっていたはずだった。
……ほむらにも、もうわかっていた。
ほむら(私が『あの子』から奪った力は、どんどん失われていっていたのね……)
数日前から使い魔のコントロールが出来なかったのは、
やはり疲れなどではなくすでにその程度の力すら失っていたから。
そして、先ほど突然使い魔たちの姿が一斉に消えたのは、使い魔を作り・維持する力も無くなったから。
唯一の例外は、使い魔の中でもより特別な位置に居るクララドールズだが……
ほむら(やっぱり、『確信』は正しかった……!)
ほむらの中で、なにもかもを滅ぼさんと暴れる邪悪なるもの。
『確信』とは、その恐ろしい存在がすべてを喰らい尽くす結末を感じとったものだったのだ。
物理的な存在というより力・現象に近い使い魔たち……その中でも特に能力のあるクララドールズは、
ほむらや使い魔の中では、誰よりも早く『闇』に気付いたようだ。
『闇』とは純粋なる黒い力であり、現象でもあるのだから。
だが、これまではまどかばかりを見、考え、
自身の『確信』の詳細を探るよりも、まどかと別れる時を恐れる事に意識を向けすぎたほむら。
その恐れも時間が経つにつれてどんどん大きくなっていった彼女は、
使い魔たちの『コトバ』を聴くどころか耳を傾けようとすらせず、
先に配下たちが察知していた真実に気付くのにここまで時間がかかってしまった。
……ほむらの抵抗は、きっと長くは持つまい。
その時こそ、彼女が長らく感じていた『予感』が、『確信』が現実になる。
ほむら(嫌だ……!)
ここ最近邪悪なるものが大きく動き始めてからしばらくは、
ほむらが気付かなくともクララドールズが必死で食い止めてくれていたようだ。
あの着せ替え少女人形たちの働きがなければ、このような状況に陥るのはもう数日早かった事だろう。
だが、それも終わった。
ほむらの意識では、彼女たちだけはまだ在る。
クララドールズが誰よりもほむらに近い存在で、ほむらがかろうじてながらもまだ無事だからだろうか。
他の使い魔のように消滅してはいないようだ。
だがほむらは、クララドールズたちのその誰もが、
自身の中で暴れるものに染まりきってしまったと感じる。わかる。
黒く、『負』そのもので、邪悪なそれに──
もうどれだけ命令しても、望んでも、助けてくれる使い魔は居ない。
ほむら「あああっ、うああああああああああああああああ!!!!!!!!」
キュゥべえ「……これまでか」
何体目の『キュゥべえ』が殺されてからだろうか? 彼らの中のとある個体が眈々とつぶやくと、
ザッ。
これまでは一体ずつしか現れなかったインキュベーターが、周囲の暗黒の中から何体も姿を見せた。
合計はおよそ百体ほど。
これが、現在この地球に残ったインキュベーターのすべて。
──いや、あと一体存在する。この場には居ない、杏子と出会った個体が。
ほむら「インキュ……ベーター?」
闇色の地面に両手両膝をついて息を荒げながら、彼らを見るほむら。
キュゥべえ「これ以上の時間稼ぎは無駄だと悟った。
一か八か、『インキュベーター』は君に叛逆をする!」
バッ!
ほむら「ふ……ふふふふふふふ!!!
奴隷が……」
言うや否や飛びかかってくるインキュベーターたちに、ほむらは乱れた髪と血走った瞳を向けると……
ほむら「それこそ無駄よ! 無駄だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
全身から強烈な闇の波動を放ちながら、立ち上がる。
ほむら(無駄? 無駄だったの?
私のやってきた事は……無駄……)
彼女の攻撃に、キュゥべえは一体、また一体と倒れていく。
今のほむらには、こうして自分が振るっている力がなんなのかわからなかった。
ほむらは空中に浮き、そんな自分を追いかけて跳んできたキュゥべえの一体を、『闇』が纏わりつく手刀で引き裂く。
ほむら(これは私の力? それとも奪ってしまったまどかのもの?
それとも……)
杏子「あんたの中に居やがるクソ野郎のもんだッッッ!!!!!」
突如として響き渡った杏子の叫び声と同時。ほむらの前に、
ズアッ!!!!!
ほむら「……!」
手には大剣を持ち、上半身を西洋の鎧で固め、下半身はまるで人魚のような姿形をしている巨大な騎士が出現した!
さやかが円環の力を使って召喚した、彼女の魔女としての姿である『Oktavia』だ。
ビュッ!
ドガッ!!!
ほむら「ぐっ!」
騎士がほむらに投げつけた大剣が、彼女に直撃する!
ザンッッッ!!!!!
ほむら「がっ!」
そのまま騎士はすぐさま両の手の中に槍を生み出し、ほむらを薙ぎ払った!
この一撃の後に騎士は姿を消したが、攻撃は終わらない。
まどか・マミ『デーア・ティロ・デュエットッッ!!!!!!!!』
まどか・マミのコンビが放つ、輝く矢と大砲が合わさった、
美しくも強力無比な光の柱がほむらへ向かって伸び──
ド ン ッ ! ! ! ! ! ! ! !
ほむら「ッ!?」
彼女を貫く!
杏子「おおおおおッ!!!」
さやか「やあああッ!!!」
ザンッ!!!
続けて、接近してきた杏子・さやかの槍と剣が閃いた!
ほむら「ぐあぁぁッ!」
これら強烈な攻撃の前に、『闇』の防御壁など取るに足らない。
ドカァッ!
斬り飛ばされたほむらが、地面へと叩きつけられた。
──勝負の時は、今。
マミ(全力を持って……)
杏子(『闇』を滅ぼす!)
さやか「…………」
まどか「……ほむらちゃん」
ほむらに遅れて地面に降り立った四人が、ふらつきながらも立ち上がるほむらを見る。
ほむら「ぐ……」
もちろん、『闇』に覆われたほむら自身にはまったくダメージは無いが……
杏子「……今のでも『闇』には大して効いてないみたいだな……」
ほむら「ァっ、ウ……!」
だが、これまでとは違ってノーダメージという訳ではないようだ。
杏子とマミはもちろん、いかな『円環の理』とはいえ、
まるで本領を発揮出来ないここではさすがに『闇』と比肩し得るほどの力は無いが、勝算は十分にある。
当然だ。
元々この戦闘自体は、円環の知識を得た杏子とマミが、
自分たちの他にさやかを含めた三人で行おうとしていたのだから。
そんな杏子とマミ、ハンデを背負っているとはいえ彼女たち二人と同等の力を持つさやかや、
それでもなお最強の実力を誇るまどかの攻撃が通じない訳はない。
さやか「やってやるぜっ!
あたしはあんたを助ける為に、
どれだけ記憶を無くしてもあんたが『悪魔』である事をずっと忘れなかったんだからッ!!!」
杏子「さやか……」
さやか「引っ叩いてでもこっちに引き戻してやるよっ! ほむら!」
バッ!
さやかが叫びつつ、ほむらへと飛びかかった!
杏子「あんたたちは援護を頼むッ!」
そんなさやかに、杏子も続く。
まどかとマミの返答を待たずに。
キュゥべえ「君たち……来てくれたのか……」
わずかな間に半数以下に減らされたインキュベーターたちがまどかとマミの元へとやってきたが、
しかし二人には彼らに対応する余裕はなかった。
マミ「ごめんねキュゥべえ、話は後でっ!」
まどか「下がってて!」
二人はインキュベーターに一瞥をすると、すぐに杏子とさやかを援護する為に動く。
キュゥべえ(ああ、良いんだそれで。
こんな状況で僕なんかに構っちゃいけない)
ほむら「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーッ!!! ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
スッ……
まどか・さやか・杏子・マミ『!!!』
ほむらが絶叫すると、暗闇の中から複数の影が現れた。
イバリ、ネクラ、ウソツキ、レイケツ、ワガママ、ワルクチ、ノロマ、
ヤキモチ、ナマケ、ミエ、オクビョウ、マヌケ、ヒガミ、ガンコ……
それぞれが黒を基調とした衣装を身にまとい、共通するのは蒼白い肌に大きく赤い瞳。
誰よりもなによりも暁美ほむらに近しい存在にして、彼女の使い魔である着せ替え少女人形。偽街の子供達。
クララドールズ。
『泣き屋』の役割を持つ彼女たちのその全員が、無表情で邪悪なオーラと殺気を全身から立ち昇らせている。
まどか「…………」
まどかたちが知っているクララドールズとは、まるで雰囲気が違う。
元々は、果てしない狂気に満ちながらも、どこか悲しいひょうきんさを持った使い魔たちだったが、
今はただただすべてを滅ぼすかのような邪悪さしか感じない。
彼女たちは、『闇』の真の覚醒を阻止せんとするまどかたちを倒そうと現れたのだ。
これが、影で主人を護り続け、しかし『闇』に染まりきってしまった人形どもの悲しい末路の姿だった。
さやか「ちぃぃっ!」
彼女らが邪魔で、さやかたちはほむらの元へとたどり着けない。
杏子「上等だ! まとめて相手してやるよッ!!!」
杏子たちと人形どもの戦闘が始まった。
─────────────────────
元々この異空間は、ほむらの奴隷であるインキュベーターの個体を隔離している場所だった。
彼らは、必要になれば必要なだけここから外の世界に出されていたのだ。
絶対的な暗闇と孤独という環境と与え、『お前は私の都合のよい時にだけ使われる道具にすぎない』と思い知らせる為。
つまり、嫌がらせの為だ。
もっとも、感情の無いらしきインキュベーターにそんな事をしても特に意味は無かったのだが……
それをわかっていても行うほど、ほむらはインキュベーターという存在を憎んでいたのである。
思いつく限りの暴挙、虐待を楽しんでやるほどに。
その立場・環境を正しく理解していたインキュベーターは、ほむらに従いながら時を待った。
かつて、高台にある月夜の公園にて彼女にボロ雑巾のようにされた時、
ほむらの中に彼女には過ぎた力である『闇』が存在する事に気付いてから、ずっと。
待った。ただただ待った。『闇』の力は、近いうちにほむらでは必ず扱いきれなくなると踏んでいたから。
そして予想通り、ほむらは気付かないうちに『闇』に侵食され始め、時間とともに彼女の支配力は大きく減少。
それによって自由となった地球外のインキュベーターは行動を開始し、後に一つの個体を使って杏子と接触。
だがその後、宇宙が静止するという事態に襲われた。
杏子と接触した個体は今も地球上に居る為、
あらかじめこの星に居た個体たちと同じようにほむらの力で静止は免れたのだが……
この事態が『闇』の仕業だという確証は無く、
そうだとしても、宇宙が滅びずにこんな状態で留まっている理由もわからなかったインキュベーターだが、
それでもこの状況でこのような事が起こったのは『闇』が氾濫したからだと断定した。
大した行動も出来ずにその時を迎えてしまった、地球上に残されたインキュベーターは考えた。
──どういう訳か、まだ僕たちに猶予はあるらしい──
──けれど動いている存在が居なくなった以上、もう仲間は増やせない。
ここはすぐに杏子と合流するべきだろう──
──彼女も無事とは限らないからそれを願うしかないし、
欲をいえば、杏子が他の動ける仲間を連れていてくれればなお良いが……──
──異空間に居る個体は、こうなったらなんらかの奇跡が起こって、
現世と異空間を繋ぐ『道』が現れる事に期待するしかない──
──もし都合よくそんな奇跡が起こったら、異空間より脱出出来た個体も、
無事であると信じる杏子の元へ向かって全員で暁美ほむらに戦いを挑もう──
─────────────────────
キュゥべえ(元々僕たち自身もありえないと思っていた事だから、当然そんな『道』は最初は現れなかったが……)
追い詰められた彼は、あくまで『奇跡』に期待せざるを得なかったにすぎない。
しかしその時、インキュベーターが予想もしていなかった事が起こった。
ほむらが異空間にやって来たのだ。
自分の個体が沢山あるこの異空間に。
その理由はインキュベーターにはわからなかったが、
彼女とともにこの空間に隔離されてしまった彼は最後の作戦を立てた。
なるべく時間稼ぎをして、杏子か、他に居れば誰でも良いので救援が来るのを待つ。
キュゥべえ(……最後の作戦というにはあまりにも情けないものだし、
まあ、これもありえないと考えていたんだけどね……)
インキュベーター自身はもちろん、
いくら実力者でも、普通の魔法少女でしかない杏子やマミに異空間へ続く道を作る能力は無いので、
彼女たちが無事だったとしてもこの場にたどり着けるとは思えなかった。
それでも彼らには、『円環の理』を知る二人や、
円環のカケラを宿している上に、何度もそれが目覚めていたさやかがもし動いていればあるいは──
という期待はあった。
実際、さやかと、不完全ながら目覚めたまどか。
インキュベーターには知る由もないが、この二人の力で異空間への道は開けたのだ。
キュゥべえ(もし杏子と合流が叶わないようなら、
一か八か、この場にいる個体の全力を持って暁美ほむらを倒すつもりだった)
だが、自分たちとほむらの実力差を考えると、そんな事は不可能だと彼らは悟っていた。
たとえ、静止している地球外の個体たちがすべて集結出来ていたとしても、だ。
ハッキリ言って作戦とも呼べない稚拙な理想でしかなかったが、インキュベーターにはこれが精一杯だったのだ。
それでも、たとえ絶望しか見えなくても、インキュベーターにはなにもしない・諦めるという選択肢は無かった。
すべては宇宙の存続の為。
……けれど、奇跡は起こった。
来た。来てくれたのだ。
キュゥべえ(佐倉杏子、巴マミ、美樹さやか……
まさか鹿目まどか、君まで……!)
ドサッ!
彼らの近くに、また一体の使い魔が倒れ伏した。
キュゥべえ「……凄い」
魔法少女とクララドールズの戦闘が始まってまだ間も無いが、あっという間に使い魔たちは数を減らされていた。
最初は十四体いた人形どもは、すでに残り六体。
この使い魔たちは、一体一体が魔法少女一人分にも劣らない力を持つ紛れもない強敵なのだが……
歴代の魔法少女の中でもトップレベルの実力を持つだろうマミ、そんな彼女に比肩しうる実力者の杏子、
全力こそ振るえないが、内に秘めた円環のカケラが覚醒したさやか、
本領発揮には程遠いにしても、『円環の理』の本体でありこの中でも圧倒的な能力を誇るまどか。
そんな四人の力に合わせて彼女たちの士気の高さもあり、
強者である使い魔たちもこのチームの前にはずっと劣勢だった。
だが、
まどか「はぁ、はぁ……!」
マミ「はぁ、はぁ……ふぅ……っ!」
一体一でも決して油断は出来ない相手の上に、さすがに数が多い。
初めから全力で飛ばしていた四人に、さすがに疲れが見える。
杏子「ぐっ……」
さやか「だ、大丈夫? 杏子……」
それに、もちろん無傷という訳でもない。
その中には、魔法少女でなければ致命傷になっていただろうものもある。
これで彼女たちが死んだりはしないが、やはり怪我の規模が大きければ大きいほど、
それを治したり痛みを誤魔化す為に魔力を沢山消費してしまう。
スタッ!
いったん間を取ろうと、杏子らは使い魔たちから距離を取って集まった。
バッ!
だが、使い魔たちはすぐに彼女たちを追いかけてくる!
杏子「チッ!」
杏子たちは即座に腰を落とすと、その場で迎え撃つ体勢を取った。
スッ……
キュゥべえ「……まずいね」
暗闇から新たに一体のインキュベーターが現れた。
昨夜、杏子に接触した個体だ。
杏子と合流しようと動いていたこの個体は、
魔法少女である彼女の気配を追いかけていくうちに異空間へ続く道を見付け──
それを通ってなんとかここまでたどり着いたのだった。
キュゥべえ「…………」
インキュベーターは、いくら疲労しているといってもこの戦いに杏子たちが負けるとは思っていない。
魔力を回復する手段を一切持たずに普段の生活をするほど、杏子たちは無防備でも迂闊でもないし、
その事くらいインキュベーターも理解しているからだ。
しかし敵は人形どもだけではない。
まだ、ほむらが。『闇』が控えている。
ほむら「うぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!!」
彼女は地面の上でのたうちまわっている。
ほむらの体はすでに下半身が真っ黒に侵食されていて、
これまで纏っていたものよりもさらに濃厚に邪悪な、黒い霧のようななにかが全身から出てきていた。
おそらく、彼女の体がすべて真っ黒に染まった時がタイムリミット。
キュゥべえ(この戦い、無駄に時間はかけられない。
ほんの少しでも早く終わらせる手段があるのなら、それを取るべきだ)
ガッ、ドガッ!!!!!
杏子「こいつッ!」
……先程まではあまりにレベルの高い乱戦だったため、インキュベーターでは援護一つ出来なかった。
下手に割り込むと、杏子たちの足を引っ張るだけになる可能性の方が高かったからだ。
だが、今は違う。
隙のまったくない戦闘なのは最初と変わらないが、使い魔の数が減り、
疲労によって杏子たちの動きが鈍ったからこそ彼らに出来る事が生まれた。
キュゥべえ(まったく……
こんな僕たちが暁美ほむらと戦おうだなんて、やはり無謀だったね)
ゴウッ!!!
てのひらから黒い波動を放つオクビョウ。
杏子「!」
それが向かう先には杏子。
避けられる間合いとタイミングではない。彼女は、得物の槍で斬り裂こうと身構え……
パァンッ!!!
杏子「!!?」
唐突に。
横から彼女とオクビョウの間に飛び込んできたインキュベーターの個体が複数、黒い波動に呑まれて弾けた。
キュゥべえ「杏子! 僕ごとこいつを倒すんだ!」
杏子「なんだと!?」
オクビョウ「……!」
さらに別の個体が叫びつつ、オクビョウの顔に飛び付く。
キュゥべえ「早くっ!」
ジュッ!
言葉を言い終えるや否や、オクビョウの顔に取り付いていたインキュベーターが闇色に染まり、溶けた。
杏子「……くらえッ!」
それとほぼ同時に突きを放った杏子だったが、わずかに遅かった。
その攻撃は、オクビョウの肩をかすめる程度で終わる。
バッ!
オクビョウは慌てて間合いを取った。
杏子「チッ!
……!?」
杏子が周りを見ると、まどかたちも似たような状況だった。
キュゥべえ「君たちの盾になったり使い魔の足止めをするから、
僕たちを気にせずに攻撃するんだ! まとめて倒してくれても良いっ!」
杏子・まどか・マミ・さやか『!?』
インキュベーターの、どうやらこれは戦闘を行っている四人に向けての言葉。
杏子『てめえ、なに考えてんだっ!?』
杏子は、オクビョウ、今しがた横から割り込んできたミエの二体と対峙しながら、
インキュベーターにテレパシーを返す。
キュゥべえ「僕は、宇宙を存続させる為に自分が出来る事をやっているだけだよ」
杏子『キュゥべえ……』
ミエとオクビョウの体に、十を超えるインキュベーターの個体がまとわりついた。
キュゥべえ「さあ杏子っ!」
杏子『!』
キュゥべえ「知っての通り、僕たちはいくらこの体を潰されても問題は無い!
早くしてくれ! 長くは持たせられないっ!」
杏子「──ああ! あたしは容赦しねーぞッ!!!」
キュゥべえ「うん!」
ザッ! ズンッ!!!
杏子の強烈な斬り払いと突きがミエとオクビョウを貫き、
杏子「オオオオッ!!!!!」
その状態のまま槍の先から広がった赤い光が、インキュベーターごと二体の使い魔を蒸発させた。
キュゥべえ「心配しなくても良い。僕たちはもう、君たちの前には──地球には現れないよ。
暁美ほむらの件で、人類の感情を利用する危険さを身を持って味わったからね」
全員の頭に響く、インキュベーターの言葉。
マミ「キュゥべえ……!」
バッ!
ウソツキと交戦しつつつぶやくマミの傍から、最後に残ったインキュベーターが飛び出した。
キュゥべえ「かつてない宇宙の危機に、僕という存在がこの程度の力にしかなれないのは非常に情けないが……
ただの生命体にすぎない僕では、神や、それに伍する力にはとても太刀打ち出来ないという事だね」
ガッ! ドッ!
インキュベーターはウソツキの足に体当たりをすると、その場で飛び上がって彼女の顎にもタックルをした。
キュゥべえ「なんとも慌ただしい再会になってしまったが、さあ、マミっ!」
そのまま彼は、別の個体がオクビョウにやったのと同じようにウソツキの顔にへばり付く。
マミ「──私は、あなたのやった事は認めていない。すべてが許せない。
きっとこれからも、ずっと」
ババババッ!
マミの周りに、複数のマスケット銃が生まれた。
マミ「でも……ありがとう。
あの時私を助けてくれて」
彼女はそのせいで深い後悔と苦しみを味わったが、けれどそのおかげで……
マミ(鹿目さんたちと出会えたのだから)
ドドドドドドドドッ!!!!!
ウソツキ「…………」
ドサッ。
マミの攻撃によって、全身が穴だらけになったウソツキと最後のインキュベーターが倒れ伏す。
マミ「…………」
─────────────────────
地面に倒れたままもがき苦しみながらも、ほむらはクララドールズが全滅した事を悟っていた。
人形たちが一体、また一体と倒れていく度に、イバリたちの意識が流れ込んできたからだ。
ほむら(あなたたち……)
クララドールズも、ほむらを助けたかった。
そして、まどかを──
まどかと共に居られる、いつか残酷に壊れてしまう事が決まっていた、
いわば幻とも偽りとも呼べるこの世界を失いたくなかった。
クララドールズはほむらそのものではないが、ほむらにもっとも近い存在だからそんな風に思ったのだろう。
だから『闇』を必死で食い止めていた。
だから『闇』を食い止められなくなった時、あえて自分たちから邪悪なそれを吸収して染まりきり、
少しでも『闇』の力を削いでほむらの苦しみを減らそうとした。
たとえそれが、大した効果は無かったとしても。
絶対に暴走した自分たちになど負けず、絶対にほむらを救い出してくれるだろうさやかたちに自身の想いを託して。
ほむら(あなた……たち)
クララドールズだけではない。
『鳥型』などの他の使い魔たちだってそうだ。
あの使い魔たちは知能が無い・もしくは極めて低い為、『闇』を本能で恐れおののくだけで、
クララドールズとは違ってそれに立ち向かう事は出来なかった者こそ多かったが……
ほむら(それでも、使い魔を操る力すら無くしていた私の側に来てくれた……)
まどかたちと下校した時は違う。
あの時はまだギリギリ──微量ながらほむらと使い魔たちを繋ぎ止める力は残っていた為、
命令こそ受け付けなくなっていたが、ほむらの心を反映した行動を取っていたにすぎない。
ほむらが思い出すのは、使い魔という存在への支配力を完全に失っていた、昼休みの屋上での配下たちの姿。
あの時はほむらの感情もなにも関係ない。使い魔各々の『思い』でみんなやって来た。
ほむらからのコントロールが無くなっていたのなら、使い魔たちは彼女から逃げればよかったのだ。
『闇』を恐れるのなら。どこに逃げても無駄だと考えられる知能すら無いのならなおさら、少しでも遠くへ。
いや、おそらく一度逃げ出したのだろう。
それでも、戻ってきた。『闇』が恐ろしいのは違いないのに戻ってきてくれた。
支配力どころか、ほむらが使い魔という存在の維持すら出来なくなり、
自分たちが消え去る瞬間まで側に居てくれた。
ほむら(やっぱり、屋上でお前たちに感じた事は間違いではなかったのね……)
彼女が手下たちから感じた、恐怖と、不安と……心配。
ほむらが『悪魔』になる事で様々な面で変化があったとはいえ、
クララドールズも他の使い魔たちも、元々はほむらを見下し、情けない主人だと思っていた。
これはとても、激しい自己嫌悪とともにすべてを自己完結してしまったほむらの使い魔らしい。
だがそれだけではない。
それと同じくらいその情けない主人を大切に思ってもいた。
暁美ほむらという存在を色濃く映しているクララドールズは当然だ。
いくら自己嫌悪が強かろうと、少しくらい自分が自分を大切にする心があってなにが悪い?
自分が自分を思ってなにが悪い?
死にたくないと、大切な人が居るこの世界から離れたくないと必死になってなにが悪い?──
このような思いは、誰だって多少なりとも絶対に持ち合わせているはずのものなのだ。
そして、ずっとずっと歯を食いしばりながら、
魂がすり減るようなループを必死にくぐり抜けてきた主人を思う気持ちだってあった。
多かれ少なかれ使い魔たちには、己が意思とともに、主人がこれまでに生きてきた道の記憶だって持っているのだから。
これらはすべて、クララドールズほどではないにしても、『鳥型』たちだって変わらない。
だから、クララドールズはそんなほむらを守ろうとした。
他の使い魔たちも、中には『闇』に特攻を仕掛けた者が居たし、
それ以外だって『闇』に立ち向かえないまでも真の意味で逃げはしなかった。
全員が、『暁美ほむら』の部分は自分を守ろうとして。
ほむらの使い魔としての部分は、情けなくも──
しかし『悪魔』にさえなるまで自分なりに精一杯もがききった、愛おしい主人を思って。
ほむら(みん……な……)
考えてみれば。
使い魔という存在は、ただ在ってくれているだけで大きな大きな存在だったのだ。
そう、ほむらは気付いた。
今はもう居ない、誰でもないが自分であり、だけどやはり自分ではない存在たち。
ほむら(みんな……!)
今のほむらは普通の涙すら流せない。
しかし、人知れず……
彼女は泣いた。
─────────────────────
杏子「ひとまず片付いたな」
マミ「……ええ」
気が付けば、他の三人がマミの側にやって来ていた。
どうやら、人形どもを全員倒す事が出来たようだ。
まどかのみインキュベーターごと攻撃するというのは性格的に難しかったようだが、
その辺りはさやかが上手くフォローしていた。
さやか「……あれこれ考えるのは後だね」
魔法少女組が軽く魔力を回復させると、さやかが未だに地面に倒れたまま苦しみ続けるほむらの方を向き、歩き出す。
まどか「……うん」
マミ「そうね」
それに続くまどか、マミ、杏子。
ゴウッ!!!
さやか・まどか・マミ・杏子『っ!?』
だが数歩進んだ時、ほむらを起点に生まれた烈風に四人は足を止めた。
この風は瘴気であり、彼女たちに大きな不快感を与える。
ほむら「…………」
そんな中、ゆらりとほむらが立ち上がった。
まどか「……!」
反射的に四人は構えを取る。
ほむらは『変わって』いた。
あちこちが折れ、羽が抜け落ちて骨だけになった翼も合わせて、
首から下が完全な暗黒に染まり、瞳も白目が無くなって真っ黒。
その両の瞳の下から顎までを染める黒は、彼女の涙か、溢れ出た『闇』が描いた紋様か。
そんな彼女の胸の真ん中辺りに、どす黒い桃色に鈍く輝く宝石が浮き出ている。
……『ダークオーブ』。
『闇』自身でもあるそれは、ほむらからの独立が大きく進んだ時、
彼女の『中』に入ってその存在を本格的に喰らいはじめた。
そしてとうとう──
これまでとは違い、ほむらが奪った『力』・ほむらの『命』としてではなく、『闇』として表に姿を現した。
杏子「……くっ!」
ほむらの全身から放たれる、魔法少女のものとも魔女のものとも……『悪魔』のものとも違う禍々しいオーラ。
まどか「ほむらちゃん……!」
ほむらは、その存在の九割以上を『闇』に呑まれていた。
この後に及んで、彼女がまだ喰らい尽くされずに抵抗出来ているのは……
マミ「そこまでしてこの世界を守りたいのね……」
誰の為でもない、自分が離れたくないから。失いたくないから。
杏子「──ああ、わかってる。
任せなほむらっ!」
杏子たちが動く間も無く。
さやか「!?」
気が付けば、ほむらは先頭のさやかの目の前に居た。
ドガッ!
さやか「ぐあっ!」
振り払われた闇色の腕で、さやかが弾き飛ばされた!
まどか「さやかちゃんっ!」
最初に反応したのはまどかだった。
ド ン ッ ! ! !
ほむら「!?」
まどかの放った光の矢に貫かれ、ほむらが片膝をつく。
杏子「くっ!」
続けて、杏子の一撃。
ザクッ!
杏子「……!」
手応えはあったが、唐突に背筋を襲った強烈な寒気に、彼女はすぐさま後ろに大きく跳んだ。
ゴアッ!
それと同時に、昏き力がほむらを中心として円状に広がった。
回避行動が速かったので避けられた杏子だが、あれに呑まれていたらどうなっていたか……
想像するだけで、杏子の額に冷たい汗が流れる。
マミ「このっ!!!」
まどか「やぁーーーーーーーッ!!!」
杏子と同じく距離を取っていたマミとまどかが、遠距離から絶え間無く攻撃を仕掛けている。
さやか「アブねっ……!」
杏子「さやかっ、無事だったか!」
さやか「うん。剣でギリギリ、ガード出来たから……」
ドウンッ! ドッ!!! ドガァァァァァ!!!!!
ほむら「……て……」
杏子「──?」
矢と大砲の激しい攻撃を受けつつも、ほむらが零す小さなつぶやきが杏子たちの耳に届く。
ほむら「どうして……」
さやか「ほむら……?」
ほむらの姿は、爆風で見えない。
まどか「──!!」
マミ「っ!!」
さやか「!!!」
ほむら「どうしてェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!」
杏子「やばいっ!!!」
ババババババババババババババババ!!!!!!!!
射程範囲はどれほどのものだったのだろうか?
黒き雷が異空間に暴れ狂い、杏子たちを襲った。
杏子「か……はっ」
ドサッ。
声も無く彼女たちは倒れる。
ただ一人、抜けた実力を持つまどかを除いて。
まどか「うぅっ……」
ほむら「どうしてッ、どうしてッッッ、どうしてよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
まどか「!」
フラつくまどかへと突撃してきたほむらが、両手を振るう。
まどか「くっ!」
まどかは手にする弓で、ほむらの連続攻撃を受け流し続ける。
ほむら「どうしてっ、なんで! なんでこんな事になったの!?
私の中で暴れるのっ、苦しいの! 昏いものが! 『闇』が!
嬉しかったのに、幸せだったのにっ! どうしてよォォォォォッ!!!」
ガッ、ガッ!!
まどか「ほむらちゃん……!」
さやか「自分が一番わかってるんだろっ!?」
ほむら「!?」
ガギィンッ!
飛びかかってきたさやかの一撃を、ほむらは手首で受け止めた。
さやか「だからあんた、『悪魔』とやらになってからずっと苦しそうな顔してたんじゃん!
泣いてなくても、ずっと泣いてるかのようなっ!」
ほむら「なんの……話よっ」
さやか「嬉しかった? 幸せだった?
……うん、そうだよね。
でも、『それだけ』だったらあんな顔しないよ」
ほむら「っ!
それはあの忌々しい女神が……!」
さやか「それもあるよね。あたしにも、『円環の理』に対する憎悪は何度も向けられたから。
でも、やっぱりそれだけじゃないでしょ?
だから、あんたの使い魔たちは魔女の時と同じだったんだよね?」
ほむら「……!」
さやか「自己完結や自己嫌悪を体現する、前と変わらない使い魔たち……
それが、あんたの心情そのものなんだよね」
使い魔とは主人の鏡とも言える存在だ。
いくら取り繕おうと、こればかりは誤魔化せない。
……いや、正しく述べると使い魔たちも以前と変わったところはある。
ほむらが『悪魔』になる前ならば、たとえば『闇』に対する今回の使い魔たちの行動はなかったに違いない。
あのように、一様がほむらを想って動いたりなどは。
それでも、使い魔たちの性質自体はまったく同じ。
この現象は、よくも悪くも以前と変わらない魂のままここまでたどり着いた、ほむらの成長ではあるのだが……
さやか「……もしさ。
あんたが、自分が嫌いで嫌いでしょうがなくて、しかも自己嫌悪を覚えるものがさらに増えちゃったんなら──」
ほむら『私はどんな罪だって背負える』
さやか「──その『罪』を誰かから責められたいのなら、責めてあげるよ」
ほむら「…………」
さやか「なんで奪ったの? まどかから」
与えられるでも託されるでもなく。
ほむら(……私だってわかっていた。
先にあるのがどんなに幸せな世界でも、私のやり方では長続きなんかする訳がないと。
どんな形で壊れるかまではわからなかったけど、いつか必ず崩壊して、私の手からこぼれ落ちてしまうって)
だからこそ、彼女はいずれまどかと敵対する日が来るだろうと考えたのだ。
ほむら(それだけじゃない。
奪った者はいつか奪われるという事だって、わかっていたわ……)
さやか「なんで? ちゃんと話しさえすれば、与えられたのに。託して貰えたのに。
それが、その先にあるものがあんたにとっての救済なら、魔法少女を救済するあいつは……」
ある者は仲間たちと共に平穏に、孤独を好む者は一人安らかに。
また、ある者は『円環の理』を手伝い、魔法少女たちへの救済を。
力尽きた魔法少女があの女神に導かれるところまでは皆同じだが、そこから先は違う。
魔法少女たち各々が、自分が最高に幸せを感じる道を自分自身で選んで行くのだ。
これこそが、人としての鹿目まどかが望んだ『救済』の真相であり真の姿。
それを体現するのが、女神となった鹿目まどか。
決して押し付けや独りよがりではない、真に魔法少女を救済する慈愛と希望の女神。
──『円環の理』。
ほむら「……だって……
……あの時まで……知らなかったんだもの……」
女神の力を奪った、あの瞬間まで。
そして、知った時にはもう後戻りは出来なかったのだ。
ほむら『私はどんな罪だって背負える』
ほむら『私が奪ったのは、ほんの断片でしかないわ』
自身の行為がなにを意味するか、ほむらはちゃんと悟り、認めていても。
物理的にも心情的にも、あの時のほむらは決して後戻りが出来なかった。
さやか「……うん。
でもさ、今は知ったじゃん。だったらやり直せるよ」
ほむら「…………」
さやか「やり方はマズっちゃったかもだけど、あんたが目指した方向性と世界に関しては誰も責めてないでしょ?
あたしたちだけじゃなくて、恭介とかだってさ」
ほむら「…………」
ほむらが思い返すのは、先程みんなで昼食を取った時の恭介の言葉。
仁美だって、心の底から楽しそうに過ごしていた。
さやか「第一、あんたは『悪魔』になったって、
あたしたちとマジでケンカする気は最初っからまったく無かったみたいだし」
ほむら「!?」
さやか「『悪魔』になったばかりの頃のあんたが、
『魔獣が居なくなったら、宇宙を壊しても良いかも。その時にあなたたちの敵になってあげる』、
みたいな事言ってたのが証拠っ」
ほむら「……!」
そうだ。
魔獣とは、人の世の『呪い』から生まれる存在。
『呪い』とはつまり、怒りや悲しみなどの『負』だ。
よって、今存在する魔獣をすべて倒せても次から次へと際限無く湧いてくるし、
これだけ多くの人間が存在する世界で、ほんの一瞬でも『負』が途切れるなどありえない。
つまり、魔獣がこの世界から完全に居なくなるはずなんてないのだ。
当然、ありえない『魔獣が滅んだ後』にこの宇宙を壊すのも良い、などと発言している以上、
ほむらにはこの宇宙を滅ぼす気なども無かった。
わざわざこのような世界を作ったのがほむら自身である以上、人類を滅ぼす気も。
さやか「そんなほむらだもん。
友達なあたしたちとやり直せない訳ないよ」
と、さやかはほほえんだ。
ほむら「友……達……」
さやか「そうさっ!」
ほむら「でも、私は……
こんな風になっちゃったのよ?」
ほむらが泣き笑いのような顔でつぶやくと、
ドッ!!!
さやか「ぐあっ!」
彼女の全身から伸びた黒い光の柱が、さやかを吹き飛ばした。
マミ「暁美さんっ!」
ほむら「!」
さやかと入れ替わるように、マミがマスケット銃を両手にほむらの前へと立ち塞がった。
ほむら「巴……マミッ!」
ビュッ、ブンッ!
マミを認識したと同時に彼女に襲いかかるほむらだが、マミには攻撃が一切当たらない。
マミ「こうやってやり合うのは、あの……
あなたのソウルジェムの中で戦った時以来ね」
マミは無表情だった。
無表情のまま、ほむらの攻撃を避け続ける。
マミ「そんな大振りじゃあ何度やっても当たらないわ。
それに、暁美さんが魔法少女でなくなってからは、
あなたの強さのほとんどを占めていた時間停止能力と銃が無いんだもの。
さっきみたいな雷でも使われない限り、そうそうやられはしないわよ」
ブンッ!
やはり空を切る、黒い左腕の大きな振り下ろしの後、
バッ!
ほむらは握りこぶしを作った右腕を突き出した。
その先から──
ほむら「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ドンッ!!!
闇色の弾丸が放たれた!
マミ「!?」
不意をつかれたマミだが、それをなんとか回避する。
マミ「……惜しかったわね」
ほむら「巴マミ、巴マミ、巴マミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
マミ「そうよ! もっと!! もっとぶつかって来なさい!!!」
ほむらの叫びに、マミも絶叫を持って応えた。
マミ「止められない感情があるなら、吐き出したい思いがあるなら全部、全力でっ!!!!!」
今度は腕からの銃弾も交えたほむらの猛攻を、マミは避け、あるいはマスケット銃で受け、あるいは弾丸で相殺する。
マミ「……め……ね」
──その途中、ふと──マミが小さくつぶやいた。
ほむら「!?」
マミ「私なら……
『巴マミ』なら、きっとあなたの孤独を──苦しみをほんの少しだけでもわかってあげられたはずなのに……
そうすれば、あなたの苦しみも少しは減らせていたはずなのに……」
それは、ほむらがループを繰り返していた時代と、まどかが再編した世界での話。
マミ「ごめんね……」
マミの瞳から涙がひと粒こぼれた。
ほむら「……!」
マミ「いつまで経っても、情けない先輩で……」
ほむら「と、もえ、さ……
……う……」
ほむらの頭に浮かぶのは、マミと……いや、マミたちと楽しく過ごした時。
マミともさやかとも杏子とも、すれ違い、憎み合って、
殺し合いすらした時間軸の方が多かった分その思い出はとても甘美だった。
バッ。
ほむら「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
ドンッ!!!!!
ほむらの放った弾丸が、動きの止まったマミの腹を貫いて大穴を開ける。
その衝撃でマミは吹き飛ばされた。
ほむら「あぁぁっ! うあああッッ!!!」
杏子「マミは殺らせねぇッ!」
ほむら「!」
ギィン!
上空から突撃してきた杏子の突き下ろしを、ほむらは右腕で弾いた。
スタッ。
弾かれる流れに逆らわず、あえて後ろに飛ばされるままに任せた杏子が、
ほむらから三メートルほど離れた場所に着地して言う。
杏子「あたしとマミはな、生きてくって決めたんだ。
どんなに苦しくても、絶望的な状況になっても、力尽きるまで精一杯……! 」
ほむら「杏子ぉぉぉ……ッ!」
杏子「あんたが作ってくれたこの世界でな!」
ほむら「!」
それが生ある者の真摯なる態度。
魔法少女としてもそうだ。
なぜならその態度こそが、やがて必ず訪れる最期に現れ、
魔法少女である自分たちを救ってくれる『円環の理』への思いやりであり、優しさになるのだから。
そして、『愛』にも。
彼女の。彼女たちの。
ほむらのものとは違うが、ほむらのものと同じ。
ほむら「…………」
杏子「だからこんなところでマミをおめおめと死なせねーし、あたしだって死んでたまるかっ!
いつかその時が来るにしても、それは今じゃねえッ!
宇宙が滅びる時もな!!」
ほむら「杏子……っ。
杏子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォッッ!!!」
ドウンッ!
──ガギンッッ!!!
ほむら「……!」
闇の弾丸は、杏子に達する前に弾けて消えた。
杏子は、いつの間にか自分の前面に格子状の防御結界を張っていたのだ。
杏子「ムリだよ。あんたじゃムリだ。
前に進む事を放棄して勝手に自己完結したあんたには、未来を向くあたしの作ったこの壁は壊せねえ」
ギリ……ッ!
憐れみの混じった視線を向ける杏子に、ほむらは大きく歯ぎしりをする。
そんな彼女から視線を外さず、杏子はほむらへと歩み寄る。
ほむら「寄るな……」
近寄ってくる杏子を睨みつけるほむらの瞳は、白目が残っていたら激しく血走っていただろう。
杏子「……でもな、あたしはそんなあんたが嫌いじゃなかったんだよ。
ずっとね」
ほむら「……!」
杏子「今ほど突き抜けちゃいねーが、心根ってヤツは今と変わってない昔のあんたの時からね」
だから杏子は、かつてほむらが繰り返したどのループでも、
彼女から接触してきた場合には必ず一度は話に耳を傾けた。
杏子「冷静に考えたらありえねーだろ?
見ず知らずのヤツがいきなり現れて、今度ワルプルギスみたいな伝説の魔女が現れるから、そいつ倒すのに協力してくれ……
とか、まともに対応する訳ねーぜ」
その通りだろう。
面識の無い相手がそんな事を言ってきても、信用するどころかただ怪しんで終わりなのが普通である。
まして百戦錬磨の杏子なのだから、尚更そんな相手は警戒して相手にしないはず……だった。
杏子「それでも──最初っから敵対した時間軸もありはしたが──とりあえず協力しようとしたのはさ……」
そこでマミが生存している場合は、本当にワルプルギスの夜が現れても、
絶対に逃げる事はしないであろう彼女を守ろうという気持ちもあった。
そこでマミが死亡している場合は、彼女が守ろうとし、彼女との思い出が詰まった見滝原を守ろうという気持ちもあった。
当然、グリーフシードを入手しやすい場所をむざむざと失わない為という打算だってあった。
だが、それらだけではない。
杏子「あんたの中に『視た』からさ」
ほむら「…………」
ほむらの抱える『孤独』が。『苦しみ』が。
だから、自分の言いたい事だけを言い、まともにものの説明すらしないほむらを、
心を許さないまでも最初から突っぱねたりはしなかった。
杏子「まあ、誰だって──
魔法少女なら特になにかしらの事情は抱えてるモンだし、そんなのをいちいち気にしはしないけどさ。
でも、それでも、あたしはあんたが抱える大きな『なにか』に気付いちまって、
そんなあんたをただ見捨てるなんて事は出来なかった」
そんなほむらに好意を抱いてしまったから。
マミや、事情・人間性を知った後のさやかやまどかに対してと同じく。
杏子「つっても、あの頃は当然ループだのなんだのってのは知らなかったけどさ」
ほむらの目の前まで来た杏子が笑う。
優しい、笑顔。
ほむら「う、うるさい……
そんな目で私を見ないで……!」
杏子「ほむら……」
ほむら「そんな目で私を見るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ドガッ!
杏子「っ!」
杏子は、彼女ほむらに殴り飛ばされた。
ほむら「……!?」
頭に血がのぼり、冷静さを失っていた彼女は気付いていなかった。
歩み寄ってきた杏子は、防御結界を解除して無防備になっていた事に。
ほむら「…………」
十メートルほど先に倒れる杏子の元へ向かって、今度はほむらが歩──
まどか「ほむらちゃん」
──き始めた時、後ろからまどかが彼女に声をかけた。
ほむら「!!!」
ほむらが慌てて振り向くと、まどかは彼女のすぐ目の前に居た。
まどか「もう良いんだよ。もう……」
ほむら「まどか……」
しかし、まどかの言葉は届かない。
ほむら「まどかァァァッ!!!」
ゴウッ!
まどか「……っ!」
ほむらは激しい瘴気を放ってまどかを吹き飛ばす。
ほむら「そんな事はないっ! ここまで来た以上、もうっ……
だって、止められないんだものっ!」
ヴ……ンッ。
叫びながら両手を上へと掲げるほむらの上空に、直径五メートルほどの、闇色をした虚ろな球体が生まれる。
まどか「…………」
ほむら「……本当に良いって言うのなら、これは止められる……?」
呻くように言葉を吐き出しながら、ほむらは両手を振り下ろした。
ギャンッ!
それとともに、虚ろな球体はまどかへ向かって猛スピードで降下して行く!
まどか「もちろんだよ」
しかし、まどかは穏やかな表情のまま両腕を横に広げると……
カッ!!!
彼女の体から美しい桃色の光が生まれ、この異空間全体に広がった。
─────────────────────
気が付けばほむらは、周囲全体がオーロラのようなモザイクのような、
綺麗ながらも奇妙に歪んだ空間に立っていた。
ここがなんなのか、ほむらには予想がついている。
まどかたち四人となぎさも、その知識にてわかっている。
先程のまどかの力と『闇』の力の衝突が、あの異空間という場の在り方におかしな影響を与え、一時的に崩した。
あのぶつかり合いは、それだけの強烈な『余波』を生んだのだ。
おそらくこの場所は、物理世界と精神世界が半々になっている、
本来なら(暗闇の異空間も含めて)物理世界である現世には存在し得ないものになっているのだろう。
言ってみればここは、ほむらが黒い力にて再編した──
『闇』が影響を持つ・持てる世界とはまったく違う理で在る別次元みたいなものだ。
その為か、ここではさしもの『闇』も動けない(消えた、ではない)でいる。
これは『闇』が、元の形からどのように変化しようとも、
自身の司る事柄以外には干渉できない神の力の一部なのは変わらないからだろう。
また、この場に広がる『余波』は仮にも神の力が合わさったもの。
まどかのは本来の物より比べ物にならないほど弱体化しているとはいえ、
その二つが混じり合って、それぞれが単体の時と比べてより強力になったものだ。
だからだろうか。ここでは、魔法少女などの神レベルには満たない能力は、その一切が振るえなくなっていた。
まどかも、現在の不完全すぎる彼女ではその強力な『余波』に抗えず、
今手元にある、ただでさえ少ない女神としての力のほぼ十割を出せないようだ。
つまり、『闇』が停止している為にほむらも含め、現在ここに居る誰もが戦闘を出来る状態ではない。
しかし、例の異空間自体が崩壊した訳ではないし、
しばらくすれば『余波』も消え失せて、いずれここは元の暗闇に満ちた異空間に戻る。
その時にはまどかたちの能力も戻り、『闇』もまた動き始めるのだろうが……
ほむら「…………」
そんな、不可思議になにもかもが歪んだ世界で、ほむらは凍りついたように『彼女』と見つめ合っていた。
『彼女』……鹿目まどか。
ほむらを見つめ返すまどかの瞳は、ただただ優しい。
ほむら「ど……どうしてっ、どうしてその力をまた手にして、記憶を取り戻してそんな風に笑っていられるの!?
だってあなたは嫌がってたじゃない! 寂しがってたじゃないっ!! 概念で在る事を!!! あの……
花畑でっ!!!!!」
まどか「……うん、そうだね。
でも違うんだよ。
そして、その事は……今はほむらちゃんも知っててくれているよね」
ほむら「!!!」
なぜなら彼女は、『円環の理』の力を奪った事で、杏子たちと同じようにその女神の知識や記憶を持っているから。
まどか「でも、きっと……ちゃんと言葉にしないと本当の意味では伝わらないだろうから……
改めて、こうして言うね」
ほむら「うっ……」
まどかを裂く時に悟り──しかし、あの段階にまで至った以上、
理解はしてもそれを認めたくなかったほむらが、ずっと目を背けてきたまどかの真の想いを。
今。
まどか「あれはわたしの本音。
けどね、『それでもさやかちゃんたちが居てくれるから寂しさなんかなんでもないよ』、
『だからこれからも続けていくの! 続けていきたいなっ!』っていう気持ちだってあったの。
今だって」
ほむら「…………」
まどか「だって、あの時のわたしって今以上に不完全なわたしだったでしょ?
それでもわたしはわたしだったから、言った事自体は嘘じゃない、まぎれもなく『本音』だけど……
一部分だけを見て、それがわたしの『すべて』だと決めつけないで欲しいな」
ほむら「……!」
それは、まどかにしてはめずらしくハッキリとした言葉だった。
だが、この言葉に責めの感情はまったく込められてはいない。
まどかは、時にはハッキリとものを言う事が真の優しさになると概念として生き続ける中で学び、
それを実践出来る強さも身につけていたのだ。
まどか「わたしはね、概念になった後悔は……全然無いって言ったら嘘かな。
キュゥべえと契約をする前は、こんな風になるとは思わなかったから」
苦笑するまどか。
彼女はキュゥべえと契約をしてすぐに、これから自分がどうなるかは理解した。
だから契約の後に、魔法少女の『希望』として生きていく決意を、マミ・杏子と話す事が出来たのだ。
その決意に嘘偽りはないし、迷いも無かった。
だが、寂しさが皆無だった訳でもない。
まどか「けど、魔法少女のみんなを導くうち、そんな後悔や寂しさは減っていったの」
みんなから笑顔や感謝を向けられて、与えられ続けて。
やがて、一番の親友であるさやかも側に来てくれた。
さやかだけではない。まどかにとっては誰よりも近しい存在たちも、人生を全うした後に人を超え、また……
まどか「『円環の理』は魔法少女を救う存在。
でも魔法少女は、『円環の理』を救う存在でもあるんだ」
だから後悔や寂しさに負けずにずっとやってこられた。
頑張ってきた、ですらない。色々と思うところはあれど楽しくやってこられたのだ。
まどか「わたしはね、そんな今のわたしが大好きなんだ。
昔の、無力で、自信もなにも無くてなにも出来なかった自分なんかよりよっぽど……
やっと自分を好きになれたの。『みんな』のおかげで。
ほむらちゃんも含めた、みんなの」
ほむら「…………」
きっと、まどかの寂しさは完全には無くならないだろう。
せっかく、せっかく人間として産まれてこれたのに、人としての生があんなに短かったから。
それが彼女の元々の宿命ならば、あるいは話は変わっていただろう。
しかし、本当ならあったはずの自身の人としての未来を思えばやはり寂しいし、切なさもある。
でも、それはこれからもどんどん減っていくはずだ。
まどかだって彼女なりに精一杯頑張った事で、やっと自分が好きになれて誇りに思える自分を見付けたのだから。
みんな居てくれるから。
彼女を取り巻くすべてが有り、在って・居てくれるまどかは、永遠に一人ではないのだから。
そして、神といえども彼女だって成長していくのだから。
ほむら「……まどか……」
まどか『誰とだってお別れなんてしたくない』
あの花畑でのまどかのこの言葉は、紛れもなく本音。
ほむら『あなたは本当のまどかだわ』
その時のほむらのこの認識も、まったく正しい。
しかし、
まどか『わたしだけが誰にも会えなくなるほど遠くに一人で行っちゃうなんて、そんな事ありっこないよ』
この言葉も本当。
実際、そんな事はなかったのだ。
人としてだけのまどかは知らなくとも、
『円環の理』は、大切な存在の誰にも会えない環境で一人ぼっちで居るどころか、
その完全な真逆の暖かい場所に居たのだから。
もちろんあの言葉はそういった意味以外にも、
人間・まどかがそんな孤独は絶対に嫌だと思っていたのもあるし、
その場には居なかった女神としてのまどかもまた同じ──
つまり、『鹿目まどか』という存在の共通した気持ちでもある。
そう。
間違いなく例の花畑でのまどかの言葉は、人の部分も神の部分も関係無い、
全部が『鹿目まどか』の確かな本音であり真実でもあったのだ。
そのすべてを、額面通りに受け止めてよかった。
まどか「そして、『円環の理』として生きていくのは、わたしが選んだ道なんだ。
わたしが初めて自分の意思で選んだ、大切な大切な道」
何者にも犯せない強さを持つまどかの言葉だが、しかしほむらに向ける瞳は暖かく、信頼に満ちていた。
まどか「だから……ね?
お願い、ほむらちゃん」
ほむら「あ……」
やはりまどかには責めの感情は一切ない。
ただただ暖かい彼女のこの一言を、果たしてほむらはどう受け取ったのか……
ほむら「ど、どうしてそんな目で私を見るの……?
自分にとって都合の良いところだけを見て、思い込んで、まどかの大切なものを奪った私を……」
まどか「それも、わたしを思ってくれたからだよね?
寂しさや、キュゥべえからわたしを守ろうとしてくれたからだよね?
そんな風にわたしを思ってくれた人が相手だからだよ」
それは、まどかの本音の一部とはいえ彼女の真意とはかけ離れているものだったし……
まどかを捉えようとしたインキュベーターに関しても、
たとえ『円環の理』を観測しようがどうしようが、彼らの能力では所詮そこ止まり。
あくまで一生命体にすぎないインキュベーターが神に敵うはずなど絶対になく、
『円環の理』を実際にどうこうなどは、いくら足掻こうと未来永劫出来はしなかった。
仮に『円環の理』が己が役目を果たせない環境に追いやられたとしたら、
その環境を抜け出す為に女神は偉大なる力を振るう(この場合の行動も、魔法少女への救済に繋がる為に可能)だけだ。
そうなれば、神以外ではどれだけ背伸びをしても対抗するなど不可能。
また、これとてインキュベーターが相手だと確実にありえないが……
自分ではどうにも出来ないほどの状況にあの女神が陥ったとしても、
彼女が真のピンチの時のみに手を貸して力を振るう、『円環の理』の守護神が降臨して彼女を救い出すだけである──
──などといった様々な真実もあったのだが、話の焦点はそこではない。
まどか「そうやって、わたしを思ってくれた人が相手だから……」
だからこそまどかは、ほむらに対しては──あるいは『甘さ』はあるのかもしれないが──優しさがあるだけなのだ。
いや、まどかだけではなく杏子たちだってそうだ。
……あの花畑でぽつりとこぼした、人としてのみのまどかをほむらは助けようとした。
問題なのは、その時のまどかからは概念としての『誇り』を持つ部分がすっぽりと抜け落ちていた事だ。
……………………
──たとえば、ここに誰よりも優しい人が居るとしよう。
しかしどんなに優しい人でも多少は怒れる部分があるだろうし、
そこだけを抜き出したらそれは怒りの権化のようになってしまうに違いない。
だが、その怒りの権化も優しい人と同じ存在なのである。
なぜならそれは、元々は優しい人の中にあった、優しい人の一部なのだから……
あの時のほむらはその事に気付かず、これ『のみ』がすべてなんだと自分の中で決めつけて、
さらに彼女らしくこれに関してもそこで自己完結してしまった。
その為にこのような悲しいすれ違いが起こってしまったのだ。
……………………
まどか「だから、ね。わたしを思ってくれたその気持ち自体はすっごく嬉しいんだ。
へへっ、ありがとうね。ほむらちゃん」
ほむら「な……なにがありがとうなの!?
そんなのっ! もう、なにもっ! なにもかもが手遅れなのに!! そんなっ!!!」
まどか「ほむらちゃん……」
ほむら「私は言ったわよね!? いつか、あなたが敵になる時が来るかもしれないって!」
──それが、今──
ほむら「私は迷わないわ……! そして、今の状況を後悔なんてしない!
してたまるものですかっ!」
頭を抱え、髪を振り乱しながらほむらは叫ぶ。
まどか「うん、する必要なんてないよ」
ほむら「……!?」
まどか「まあ、裂かれた瞬間は本当に痛かったから……
あれだってもうやめて欲しいけどね」
えへへっ、と、まどかは笑う。いつものように。
まどか「……うん。さやかちゃんが言ったようにやり方はちょっとアレだったし、わたしとは考え方は違うけど……」
ほむら「…………」
まどか「ほむらちゃんの思い自体は間違ってなかったと思うよ。
少なくとも、わたしは否定しない。
むしろ肯定する」
──だって、わたしを助けようとしてくれた気持ちがあった事は間違いないんだもん──
ほむら「あ……」
凛とほむらの瞳を見つめ、ハッキリとそう言うまどかの姿にほむらは見惚れていた。
それは、まさに女神と呼ぶに相応しい神々しさだったからだ。
まどか「それに、ほむらちゃんの作った世界で、純粋な人として生きる事が楽しかったのも本当だから……」
ほむら「まどか……」
さやか「おいおい。
肯定するとか、それはまどか、あんただけじゃないでしょ」
ほむら「!」
マミ「私だってそうよ」
杏子「あたしだってそうさ」
さやか、マミ、杏子が歩いてきた。
魔力で治したのだろう。彼女たちの体に、先程ほむらにつけられた傷はまったく無い。
さやか「……あたしはさ、あんたは変わったと思う。
いや、成長したって言った方が良いのかね?」
と、さやかが口を開く。
ほむら「私が……成長?」
なにを言っているのかしら。むしろ逆なんじゃないの?──と、ほむらが自虐に口元を歪めた。
さやか「そうだよ。
あんた、これまではあれこれを言い訳にしてさ、
それを……建前? 免罪符だっけ? みたいにして自分だけの時間に逃げ込み続けてた感じだったけど……
やっと本音を話して、通せるようになったじゃん」
ほむら「……!」
そう。よくも悪くもそれが出来るようになった事が、ほむらが『悪魔』となった理由であり原因だ。
さやか「あたしは、これって成長だと思うんだけどなぁ」
『変化』ではない。
前からのほむらのままの、『成長』。
マミ「まあ、本音を通すだけってのも困りものだけどね」
さやか「いやまあそうなんですけど、抑えすぎても……ねえ、ホラ」
少し困ったように頭をかくさやかが思い出すのは、自身が『円環の理』に導かれる原因になった時の事。
あの時のさやかは、無理に自分を抑えすぎた為に自身を追い詰める結果となり、
心配してくれた仲間たちの気持ちを無下にして破滅への道を歩んでしまった。
まどかが世界を再編する前は、大切な親友である彼女に理不尽な暴言を吐き、傷つけてしまった事もある。
そうなってしまったのは、魔法少女になったからという前提はあれども、結局は自分の本音に嘘をつきすぎたから。
だからそこに至るまでに溜め込まれた膨大な感情が、取り返しのつかないレベルで爆発をしてしまったのだ。
魔法少女になった事自体は、さやか自身が選び、
そのおかげで愛しい人の笑顔を取り戻せたのだから彼女は納得出来ていた。
キュゥべえの策略があったのも確かだが、それでもだ。
だが、それ以降の言動は……
未だにさやかの中で、永遠に消えないだろう大きな後悔と罪悪感になって残っている。
マミ「結局はバランス……なのよね。
……これは私も偉そうには言えないけれど」
さやか「……はい」
自分の本音は、抑えすぎても駄目。出しすぎてもただ自分勝手になるだけだから駄目だろう。
この辺りのバランスは、生きていく上でとても大切なのだ。
杏子「まあ、さやかはまだともかく、マミとほむらは極端から極端に走るヤツだからなー」
さやか「ああ、確かにそんな感じだわ」
マミ「……返す言葉もございません」
杏子「前から思ってたけど、マミとほむらってどこか似てるぞ」
まどか「ふふっ、わたしもそう思うな」
杏子の横やりとまどかのほほえみに、辺りの空気がわずかに和らぐ。
ほむら(どうして……?)
そんな様子を、唖然と立ちすくみながら見つめるほむら。
ほむら(どうしてあなたたちはそんなに……
優しいの?)
マミ「──でも、暁美さんが『自分』を溜め込みすぎたのは私にも原因があるわね。
……ごめんなさい」
マミは、ほむらのループの中で彼女の話すら聞かずに険悪になるパターンも多かった。
それだけが原因では決してないが、これを繰り返すうち、
ほむらの心が頑なになっていった面があるのもまた確かだろう。
さやか「……いや、それを言ったらあたしもそうだわ。
仲良くなった時もあるけど、あんたとはマジでケンカしてた場合の方が多かったね。
ごめん」
ほむら「そ、そんな……そんな事は無いっ!」
……ほむらは気付いているだろうか?
ほむら「私だって、私だってあなたたちに嫌な態度を取ってきたんだもの……
あなたたちは悪くない。むしろ、謝るのなら私の方よ……!」
いくらこれが彼女の本音とはいえ、
ほむらは『悪魔』となってから、初めて他人にこのようなフォローを口にした事を。
まどか「そうだね。本当の最初の頃はともかく、ほむらちゃんの態度はどんどん悪くなっていったよ。
あれじゃあ人に信用して貰うなんて無理だよ。仲良くなんて出来っこない」
ほむら「ま、まどか……」
まどか「だから、マミさんたちがほむらちゃんにあんな反応をする事が多かったのは仕方ないよ。
マミさんたちは悪くない」
ほむら「……うん」
ほむらはガックリとうな垂れた。
まどか「──でもね」
ほむら「えっ?」
まどか「ほむらちゃんが、マミさんたちにあんな態度を取るようになってしまったのも仕方ないって思う。
だって、そうなるだけの悲しみを味わってきたんだもん」
ほむら「!!!」
さやか「うん、そうだね」
マミ「ええ」
杏子「ああ」
ほむら「み、みんな……」
まどか「だからね、ほむらちゃんだって悪くないよ。
──ううん、こんな事になっちゃったけど、誰も悪くないんだ。きっと」
そうだ。あのキュゥべえだって。
ほむらも今ではわかっている。
確かに、キュゥべえ──インキュベーターが動いてなければ、とっくの昔に宇宙は滅びていた。
彼らは常に真実を喋るような存在ではないが、宇宙云々に関してはまったく嘘は無かったのだから。
そのやり方こそ決して許せはしないが、じゃあ、インキュベーターや他の色々な生物の能力・宇宙の仕組みなど、
様々なものを考慮して他の方法があったのか?──などと考えても、少なくともほむらには思い付かなかった。
また、違う視点から見れば、先程のクララドールズとの戦闘中にマミが思ったように……
インキュベーターが存在してああやって活動してきたからこそ彼女たちは、
ほむらは、まどかや他のみんなと出会えたのだ。
その末にこんな事になってしまったが、きっと誰も悪くはないのだろう。
全員がちょっとだけなにかを間違え、全員が正しく、そして誰もが悪くはない。
ただ、ただ、なにか──歯車が狂ってしまったのだ。
ほむら「あ……」
ほむらが両膝をついた。
まどか「だからもう良いの。もう良いんだよほむらちゃん。
……ね?」
まどかがほむらに近付き、そっと手を差し伸べた。
ほむら「……無理よ。
無理よッ!」
しかし、ほむらはその手を弾く。
ほむら「だって、私は悪魔だから!
自分の事だけを考えて自分に都合の良い世界を作り上げ、その中で自己完結をした存在なの!
そんな私が今さら……」
さやか「……本当にそうなのかね?」
ほむら「……えっ?」
さやか「いや、『自分に都合の良い』ってのは間違いないんだろうけどさ……
本当に『自分の事だけ』考えてたの?」
ほむら「当然よッ!」
さやか「それ、さっき話に出てた花畑の時のあんたの気持ちと違くない?
今のあたしにはそん時の記憶もある訳だけど、あの時のあんたはまどかへの心配も確かにあったと思うんだけどなぁ」
ほむら「……!」
自身の発言の矛盾をつかれ、言葉に詰まるほむら。
さやか「ねえ、まどか」
頭をかきながら、さやかがまどかを見た。
まどか「うん、わたしもそれは違うんじゃないかなって」
ほむら「…………」
さやか(まあ、そんな『矛盾』だって自然な事なんだけどね)
人の心は難しくも複雑。
こうして、矛盾する本心をいくつも持っているのは感情がある生き物ならば別に普通だろう。
さやか「つーかさ、結局あんたの望みってなんだったの?」
ほむら「決まってるじゃないっ! まどかと、まどかとだけ一緒に居る事よ!」
さやか「じゃあなんであたしはここに居るのさ?
マミさんは? 杏子は?」
ほむら「!!!
…………」
さやかの言葉に、ほむらは大きく目をそらす。
さやか「本当にまどか『だけ』としか居たくないんだったら、
本当にまどか『しか』考えてないんだったら、あたしたちはあんたの作った世界には居ないと思うんだけど」
杏子「少なくとも、まどかの近くに存在してるなんてありえねーよな」
マミ「暁美さんが鹿目さんを独り占めするには、はっきり言って邪魔だものね。私たち」
杏子とマミが笑い合う。
ほむら「わ、私は別にまどかを独り占めしたかった訳じゃ……」
さやか「じゃあどうしたかったの?」
ほむら「私はただ、同じ世界でまどかとだけ一緒に居られればそれだけで……」
さやか「だから、『それだけ』にしてはあたしたちの存在がおかしいんだってば。
……いや、あたしたちだけじゃなくて、この世界自体、か」
ほむらが彼女が言う通りの願いしか持っていなかったのだとしたら、見滝原も、この星も……宇宙すら必要がない。
ただまどかと共に居たいだけなのだとしたら、
二人だけでずっと在る事が出来る空間のみを作るなり残すなりすればよかったのだ。
そう。それこそ、かつて『円環の理』となったまどかとほむらが対話をした空間のような。
いかに人としての命しか持たないまどか相手といえど、
あの時のほむらならば、まどかがそんな空間でも生きていけるようにする事も出来ていたはずだ。
なのに、わざわざ人にせよ建物にせよなんにせよ、すべてを再編するのは無意味に手間がかかるだけである。
また、まどかと二人だけで存在する次元で、それが当たり前だと……
それがその次元の『摂理』という風に作ってしまえば、永遠に共に在る理由としても十分だろう。
ほむらがそのような環境でまでそんな理由を求めるのだとしたら、だが。
ほむら「……じゃあ、それがなんだって言うの……?」
さやか「あんた、あたしたちの事『も』思ってくれたでしょ?」
ほむら「!」
だからほむらは、こんな風に再編した。
杏子「まあそうだよな。
わざわざあたしに『さやかん家』っていう場所まで用意してくれてさ」
マミ「私には、美樹さんや佐倉さんといった仲間を初めから。
特に佐倉さんとは、本来ならあったはずのすれ違いすら無かった事になっていたものね」
さやか「なんにせよ、本当の意味であたしたちがどうでもよければ、
なんでわざわざこんな風にしたのって話だもんね。
ぶっちゃけ、あたしたちはあんたのおかげで今すっごい幸せなんですけど?」
さやかの言葉に、マミと杏子は頷く。
──これは、暁美さんの私たちへの──
──『思いやり』……だったんだよな──
ほむら「…………」
まどか「ほむらちゃんはね、『全部』が大好きだったんだよ」
ほむら「──!」
まどか「この世界が、この世界に住む人たちが」
まどかの言葉に、ほむらは立ち上がる。
ほむら「そんな事は無いわ! そんなもの、私は逆に憎んでいる!
どれだけ頑張っても幸せになれない世界が! 私を理解してくれない人たちが!」
だから彼女は『叛逆』をした。
まどか「だけど、それと同じくらい大好きだった」
だから彼女は世界に滅びを与えず、『再編』をした。
まどか「だって、ほむらちゃんの心が動かされたものはこの世界にあるんだもん。
本当に全部を嫌いになんてなれるはずないんだよ」
まどかや、他の魔法少女たち。
場合によっては、とあるループでひと月の短い間に仲良くなれたクラスメートも居た。
他にも、彼女が通ってきた道や寄った店、綺麗だと思った夕焼け……
今は記憶の中にしかないものもあるが、その一つ一つが『暁美ほむら』が生きてきた確かな証なのだ。
もちろんそれは綺麗なものだけではない。魔法少女や魔女、魔獣といった存在だって同じ。
ほむら「でも……私は……
たとえあなたたちの言う事が正しいとしても、私はまどかが一番大事なのっ!
まどかさえ居れば、他はなにもいらないと思えるくらいっ!」
さやか「別に良いじゃん、それぐらい」
ほむら「……えっ?」
さやか「あたしもね、生前ってーのかな? では、恭介が一番大事だったんだ。
一番の親友のおかげでもう完全に吹っ切れてるから、今あいつは同率で一位になってるけど」
杏子「さやか……」
さやか「やっぱ、誰だって『こいつが一番!』って相手は居るんじゃないかなぁ。
たとえばさ、恭介・まどかたちと見ず知らずの人のどっちを選ぶって聞かれたら、
あたしは迷わずに恭介たち選ぶもん」
杏子「そりゃそうだ。
人間ってそういうもんだろ」
マミ「そうよね。
そうじゃない人なんて、他人はみんな悪い意味で同じで、どうでも良いように思っていると感じるわ。
そんな人は逆に信用出来ない」
さやか「これってまどかみたいな子でもそうだもん。
──さて、まどかの前で、あたしとほむらが崖から落ちそうになってます。
どっちも助けたいよね!?」
と、さやかがまどかを見る。
まどか「そりゃあそうだよ」
さやか「でも助けられるのは絶対に一人だけ! 二人ともは無し!
さあ、まどかはどっちを助けるでしょうか!?」
まどか「あ、あはは……」
右手をマイクのように向けられ、まどかは苦笑した。
さやか「……ってゴメン。これは悪ノリしすぎたけどさ、いずれにしてもね……
さやかちゃんとしては、あんたの感情っていうか気持ち? は普通なもんだと思う訳さ」
杏子「それにさ、『誰々が居れば他になにもいらない』って思うのと、
いざ本当にそいつ以外のすべてを失ったり捨てるのは同じじゃないしな」
マミ「そうね。
さっきの美樹さんの話にしたって、
実際にどっちを救うのかというのと、二人とも救いたいという感情はまた別の話だし」
まどか「だからねほむらちゃん。
ほむらちゃんの気持ち自体は、全然おかしくも悪くもないんだよ」
むしろ、当たり前。
杏子「だから『人間』なんだろうな」
ほむら「…………」
杏子「ん? どうした?
まさかほむら、まだあたしたちや自分を人間じゃないって思ってんのかい?」
穏やかな杏子の言葉に、ほむらは首を横に振る。
ほむら「いいえ……そんな事はないわ。
みんな、人の心を持っているから……
立派な『人間』だわ」
肉体などの器は関係無い。
『円環の理』の記憶にて無数の魔法少女たちの思いに触れたり、ここまで自分の道を歩んできたほむらは、
心・魂こそが人の──生き物の本体だと考えるようになっていた。
ほむら「でも……私は『悪魔』だから……」
さやか「おいおい。人の心持ってるなら人だって、今ほむら自身が言ったばっかじゃん」
マミ「『悪魔』とか、そんなのはなんの影響力も持たないわよ」
杏子「あんたも人の心を持ってんだから人間さ。
あたしたちとおんなじ、ね」
ほむら「みんな……」
……わずかな間の後、ほむらは再び口を開く。
ほむら「……私は……」
まどか「うん」
ほむら「私は、もう戻れないと思っていたわ。
いつかまどかと敵対する時が必ず来るという覚悟も出来ていた。
もちろんこうなるようにしたのは私自身だから、その事に後悔は無いけれど……」
でも、と、ほむらは言う。
──まどかを貶めた罪……──
ほむら「私は……赦されるの……?」
──あなたたちと……
まどかと戦わなくて良いの……?──
さやか「だから、赦されるもなにも無いんだって。
あたしたちとっくに赦してんだもん」
マミ「今でもあえてそっちの話になる? する? としたら……」
杏子「裂かれて、言葉通りに痛い目合わされたまどかぐらいか?」
まどか「それだって、もうやめて欲しいって言っただけでわたしは別に怒ってないよ」
ほむら「まどか……みんな……」
ほむらが、気が抜けたように大きくうな垂れた。
杏子「へへっ。それにしてもさ、あんた。
世界を再編したすぐ後、あたしとマミの前にこっそりと現れたみたいじゃん?
あとはさやかもか」
ほむら「……そうだったわね」
マミには通学路で。
杏子には、木の上で『鳥型』と仲良くリンゴを頬張る彼女にちょっかいをかけるというやり方で。
さやか「……ああ、あの時か」
そして、さやかとは言い合いをした。
杏子「あれさ、なんのつもりだったんだい?」
ほむら「……三人に……『別れ』を告げようと思って……」
ほむらは、自身の望んだ世界が手に入った。
しかしそのやり方は決して胸を張れるものではなかったと、自ら暗い道を進んでしまったと自覚していたほむらは、
杏子やマミ、さやかと決別をしようとあのような行動を取った。
気付かれないように。
……ただ、さやかだけは円環の記憶と力を残していた為にそういう訳にはいかなかったが……
マミ「でも、それって……ねえ」
どこか嬉しそうに、マミが杏子を見る。
杏子「あたしたちに未練があったんだな」
それを受け、杏子も嬉しそうに続けた。
ほむら「……未練、か。
そう……かもしれないわね……」
本当に決別をするなら、別にあんな事をする必要は無い。
もう杏子たちには二度とほむらからコンタクトを取らず、永遠に無視をしておくだけでよかったのだから。
彼女たちへ別れを告げる為にわざわざなにかしらの『形式』を取ろうとした事自体が、
そんな発想に至った事自体が、彼女たちに対するほむらの未練を表していた。
……実は、その時ほむらはなぎさも登校する時間や場所を選んでいて、
実際あの場になぎさが通りかかっていたというのはほむら以外誰も知らない。
ほむら(大体、なんだかんだで彼女たちを魔法少女として再編したのも──
『未練』、なのかもしれないわね……)
ほむらにとって、さやか・杏子・マミは、まどかと同じく深い縁を持った相手だから。
また、よくも悪くも魔法少女として共に戦った思い出が強くあるから。
だからこそ再編後も、さやかや杏子をつい自分やまどかと同じクラスにしてしまったのだろう。
余談だが、ほむらがまどかを見滝原中に転校してくるという形にしたのは、
彼女がかつてのまどかの位置に居たかったから。
だから、転校してすぐのまどかに対して、自分がされた事をなぞるような行動をほむらは取った。
ずっとまどかの側に居たいと思ったのと合わせ、以前鹿目まどかという存在が居たその位置に座りたかったのだ。
それすら、自分のものにしたかった。
あと、まどかを見滝原に数年ぶりに戻ってくるようにしたのは、
円環の力を奪った時に彼女のあの町への愛に直に触れたから。
元々はまどかを、見滝原とは無関係なただの転校生にして、
彼女との思い出がある存在を(土地も含め)皆無にしたいという風にも思っていたほむらだったが……
まどかは、今も昔もあの町が大好きなのだ。
生まれ、育ち、様々な出会いと別れがあり……とても一言では言い表せない思い出の詰まった大切な故郷が。
彼女の見滝原への思いを深く知ったほむらには、それを完全に無視する事はどうしても出来なかったのだ。
前述のほむらのさやかたちへの思いもそうだが、やはり人の気持ちとは難しく複雑だ。
なにが一番でも、それだけではない。
たとえそれだけを貫く事が出来ても、その状態だって永遠に続きはしない。
だからこそ『感情』なのだろう。
そして、悪魔・暁美ほむらだって、他のみんなと同じ感情のある存在なのだ。
杏子「と、そうそう。
ほむらが思ってくれたといえば、ついでにあいつ。
なぎさもだ」
ほむら「あ……」
さやか「あー、なぎさね!」
無垢で可愛らしい少女の名前が出たその時。
なぎさ「ついでとはヒドいのですっ!」
オーロラのような輝きの中から、なぎさが姿を現した。
こっそりひとり言。フッ、誰にも聞こえまい……!
よりわかりやすくしようと書き直した部分などなどはむ~ん、ですなぁ。
本当は、前ルートの文章は(結末関係以外)完全にそのままで追加のシーンだけ書き足すのがこのSSでは理想でした。
自分もまだまだです。
そして私にとって、そんな風に感じ、これからもっと頑張ろうと思えるのもSSを書く楽しみの一つだったりします。
ただ言い回しとかは変わっても、軸というか内容としてはまったくブレてはいないのですが。
そうじゃないとこのお話をこのシリーズ? でやる意味が無いですからね。
などと言いつつ再開ですよ。
マミ「なぎさちゃん!」
なぎさ「やっとこれました……
なんか急に、周りがまっくらからガラッと変わってワタワタしましたよ」
宇宙が静止してから、なぎさはマミと杏子の居る見滝原中に向かっていた。
しかし普通の女子小学生の足。
異空間への道がどこにあるのかもだが、そもそもなぎさはそんな道が出来ている事自体を知らなかった為、
この場にたどり着くまでにここまで時間がかかってしまったのだ。
まどか「なぎさちゃん……よかった」
なぎさ「細かい事情は後でとして、ほむらっ!」
ほむら「百江なぎさ……
そう、あなたも……」
元気にテクテクと近付いてくるなぎさを、ほむらはどこかホッとしたように見る。
なぎさ「やっと言えます! ありがとうなのですっ!」
ほむら「…………えっ?」
なぎさ「だって、なぎさをこうやって普通の人間にしてくれたのはほむらでしょう?」
円環の一部であったさやかとなぎさが、世界の改変に巻き込まれたのは偶然だ。
しかし……
さやか「うん。
人としての命どころか、なぎさが魔法少女じゃなくなったのに関しては……
ほむらが、ほむらの意志でやったんだよね?」
ほむら「……どうしてそう思うの?」
マミ「最後には救われるとは言っても、あんなに小さい子が魔法少女になって戦って、傷付いて、苦しんで……
あなたはつい、そんな運命からこの子を解き放ってあげたくなったんでしょ?」
ほむら自身も、その辛さをよく知っているから。
ほむら「…………」
なぎさ「ほむら」
ほむら「……!?」
そっと、なぎさがほむらを抱き締めた。
なぎさ「本当にありがとうなのです。
おかげでなぎさは怖い戦いをしなくていいですし、チーズに囲まれてとっても幸せな毎日ですよ」
ほむら「ぁ……
そ、んな……」
なぎさがなぎさだからこそ持ち得る、『純粋』を間近で受けたほむらの声が揺れる。
ほむら「私は……お礼を言われるような事なんて……」
なぎさ「そんなことありません」
ほむら「だ、だって私、ソウルジェムの世界でもあなたに酷い事をしたし……」
なぎさ「あー、体を思いっきりつかまれて壁に押しつけられたりとかしましたね」
なぎさは笑う。
なぎさ「でも、そうやって謝ってくれたんですからもう良いですよ。
むしろ、その後にほむらがなぎさにしてくれたことを考えたら小っちゃなことです。
チャラです。おつりが来るぐらいですっ!」
ほむら「けど、私は……
ごめんなさい……」
なぎさ「……そこまで悪いとおもってるんなら、一つおわびをください」
ほむら「おわび……?」
なぎさ「はいっ。
またチーズ、一緒に食べてほしいですっ」
ほむらの肩に手をやったまま、なぎさはほむらの目を見てにこやかに言った。
ほむら「!……」
そのあまりに無垢な瞳に、ほむらは言葉を失う。
なぎさ「これでプラマイゼロってやつです!」
再びなぎさは、そのか弱い力でほむらを抱き締める。
ほむら「…………」
ほむらは、自身の心の中の凍てついたなにかが完全に薄れていくのを感じた。
溶けていく。
ここから、ほむらが前に進む為には絶対に解消させなければならない、
彼女の心に固く固くこびりついていた悲しいものが。
……そう。
だから百江なぎさという存在もまた、必要だったのだ。
今はなにもかもがまどかたちの誰とも異なる立場・存在であり、
しかしほむらも円環の知識にて、その様々な過去や未来──思いを知っている百江なぎさという少女が。
そんななぎさの言葉が、心が、行動が。
ほむらの魂が抱える、様々な意味での過去のしがらみや呪縛を解消する最後の一押しになった。
これこそが、まどかたち五人が、自分だから出来る事やかけられる言葉でほむらを救おうとした結果。
ほむら「……わかった。
そんな事で良いのなら、いくらでも付き合うわ」
なぎさ「やったのです! 嬉しいのですっ!!」
ほむらの言葉になぎさがバンザイをした。
そんな二人の様子に、まどかたちはひとまずの安堵を見せる。
だが、まだこれですべてが解決した訳ではない。
まどか「──さあ、ほむらちゃん」
ほむら「…………」
これから先の『救済』をどうするかはほむら自身が決めるし、決められる。
だが、今のままでというのだけは不可能……というよりもほむらの気持ちを考えたらありえないだろう。
『闇』さえなければ、『円環の理』が介入しない選択肢もあった。
けれど、現状のまま放っておけばすべてが終わってしまうから。
まどか「ね?」
まどかが、悪魔・暁美ほむらに再び手を差し出した。
──悪魔・暁美ほむら。
その正体は、魔法少女としての自分を無くしたかわりに『闇』の力を得、その強大なる『負』によって魔女すらも超えた……
言わば、魔女とは違う形の魔法少女の成れの果て。
『闇』とは元々『円環の理』の力だった為に、円環のものと共に魔女の力すら自在に操れるようになったさやかとは、
別の方向に進化を遂げた魔法少女とも呼べる。
だからこそほむらが『悪魔』であるうちは、『円環の理』は彼女を救済出来るのだ。
根本は魔法少女や魔女と同じ存在なのだから。
ほむら「……うん」
今度は拒否したりせず、ほむらはなぎさをそっと体から離しておずおずとまどかに手を伸ばす。
ほむら(結局こうなるのね)
一瞬、ほむらの胸に虚しさが生まれたが、それはすぐに消えた。
そのかわりに生まれたのは……
まどかたちへの感謝。
そして、自身の分身とも呼べた使い魔たちへの想い。
──クララドールズの中には、なかなか来なかった者が居た。
『アイ』。
大切な人の居る、いつか必ず消え去るだろうこの幻夜の世界を終わらせまい、
永遠に手にしていたいと願い続けていた少女……悪魔・暁美ほむら。
ひとりぼっちにお似合いな哀しさを纏う彼女は、『円環の理』を裂いた後にようやく現れた。
だが、『アイ』とは彼女だけを指すのではない。
『悪魔』だけでは不完全なのだ。
──『円環の理』たち。
以前差し伸べた手を振り払われたにも関わらず、愛深き少女たちはもう一度やって来てくれたのだ。
まるで、ひとりぼっちではない『悪魔』にそんな哀しさは相応しくない、必要無いと言わんばかりに。
そして。
ほむらが魔法少女になるさらに前の時代から、彼女が居る場所にだって『アイ』は在ったのだ。常に。
『悪魔』などは関係無く、ほむら自身もそう。
同じ存在ではないが、同じ暖かい心を持った存在のすべて。
すべてが、一つの『アイ』。
一つに繋がる、命。
今ここに──
『アイ』は完全体となった。
ほむら(…………)
嬉しさに、ほむらの魂が震える。
サアッ……
……オーロラのようなモザイクのような、周囲の捻れた空間が溶けていく。
まどかと『闇』の、力のぶつかり合いによる余波が完全に消えるのだ。
サアァァァ……
すべてが歪んだ場所が元の暗闇に満ちた異空間に戻り、
そっ……
ほむらの指先とまどかの指先が触れた。
マミ(暁美さん……よかった)
ほむらの心はこれで大丈夫だろう。
溢れた『闇』と、感情が暴走するほむらとは本来まともに対話は出来なかったはずだが、
誰しもが戦闘能力を失う場所が生まれた為かそれは可能になった。
これはほむらも含めたまどかたちにとって、予想外の大きな幸運だった。
いくら円環に導かれた先に待つのが真の救いだとしても、
本当はほむらとちゃんと話をし、複雑に絡まった彼女の心をほどいてから『救済』をするのが最善だったからだ。
奇しくも、『円環の理』の力と元『円環の理』の力の断片が衝突して生まれた場所が、
救済対象であるほむらに対してこのような結果に続く道を作った。
もうほむら個人としての抵抗は無いだろうし、あとは完全に孤立した『闇』を滅ぼすだけ。
さやか(さあ……)
杏子(決着の時だ)
バッ!
安堵をしつつも、魔法少女の力を再び行使出来るようになった杏子たちは構える。
暗闇の異空間が戻った事で再び動き始めた『闇』を滅する為に。
……だが。
パリンッ。
なんだろうか。
杏子たちが『闇』に最後の攻撃を仕掛けるよりも一瞬、ほんの一瞬早く。
まるで宝石かなにかが砕け散るような音とともに、ほむらの全身が完全に真っ黒に染まった。
─────────────────────
まどか・マミ・なぎさ『え……?』
さやか・杏子『な──』
まどかたちが思わず声を漏らしたのと、
ほむら「がはッ!!!」
『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』
今は割れた、先程までダークオーブがあったほむらの胸元から『闇』が吹き出し、
それが咆哮したのはほぼ同時だった。
ゴウッ!
まどか「っ!?」
広がる『闇』に、ほむらに一番近い所に居たまどかが吹き飛ばされ、
なぎさ「ひっ!」
次に間近に居たなぎさが『闇』に呑み込まれかける。
力のあるまどかはこの程度で済んだが、おそらくなぎさはこうはいかない。
ここまで濃い『闇』に呑まれれば、確実に……
死ぬ。
あっという間の出来事でさやか・マミ・杏子は動けない。
動けたとしても、間に合わない。
─────────────────────
ほむらは真っ黒な場所に漂っていた。
まるで、黒い湖にたゆたうように。
ほむら(嫌だ、嫌だ……)
彼女は、自分の体からどんどん力が抜け、逆にその力が自分を侵食していくのを感じる。
もう、どうにもならない。
終わりの時が来てしまったのだ。
ほむら(嫌だ……怖い……
だ、誰か助けて……!)
恐怖と絶望と諦めに、ほむらの魂は震える。
……だが、突然。
『ひっ!』
ほむらが知っている少女の、怯えきった小さな悲鳴が聞こえた。
ほむら「!」
それと同時に、消えかけていたほむらの意識が覚醒する。
彼女は思い出したのだ。
このままだと、自分自身が終わるどころではない。
他のみんなも命運が尽きるのだと。
ほむら(ふ……ざけないでよ……)
ほむらの心に激しい怒りが灯る。
ほむら(ふざけるな……)
そして、その怒りは一度覚えるともはや止まらない。
ここはほむらの心の中。
精神世界。
一度なにかを思うと、物理世界とは『実感』が違うのだ。
──どうしてこうなるの? なんで? どうしてみんないつも悲しまなければならない?──
──死ななければならない?──
──苦しまなければならない?──
──終わらなければならない?──
ほむらのそれは、もはや今回の事だけに対する怒りではないだろう。
ほむら(私はこんな事望んでなかった!
みんなだってそのはずよ! 誰が好き好んで死にたがるものか! 不幸になりたがるものか!!!)
紆余曲折ありながらも、なんとかここまで歩んできたほむらの気持ち。
彼女も持つ『円環の理』の記憶にある、沢山の魔法少女たちが経験してきた苦しみ、嘆き。悲しい思い。
そのすべてが混じり合い、ほむらは激昂した。
ほむら(冗談じゃないわ! こんなのもう沢山!
いつもいつもいつもいつもっ!!!)
先程まで感じていた恐怖や絶望など、今や敵ではない。
ほむら(ふざけるな!)
ほむらには、自分の体から出た邪悪なものが、
怯える小さな光──命を喰らおうとしているのが視える。
ほむら「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」
─────────────────────
ほむら「ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあああああぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁあああッッッッ!!!!!」
まどか・さやか・マミ・杏子『!?』
ほむらが突如として絶叫し、気が付けば──
なぎさ「!!!」
全身が黒に染まったままのほむらが、両手を前にかざしながらなぎさの前に立っていた。
ほむら「終わってたまるか! 終わらせてたまるかっ!!!」
バジィッ!!!!!
なぎさ「ひいっ!」
ほむらの両てのひらから生まれた黒い光が、なぎさへ向かってきた『闇』を弾く!
ほむら「『これ』はまだ私のものだ! まだ『力』がある以上、諦めてたまるかっ!
消えるとしたら、終わるとしたら……
お前の方だ!!!!!」
杏子「こ、これは……!」
マミ「暁美さんのこの力は……!?」
本当ならば、こうなった以上すべてが『闇』として覚醒するはずだったほむらの中にあった力。『闇』そのもの。
しかし諦めを放棄したほむらは、まだギリギリ自分のものでもあったその力の何割かを強引に引き戻して使ったのだ。
命を、未来を守る為に。
万感の思いと魂を込めて。
ヴァヴァヴァヴァヴァッ!!!!!
ほむら「──くうっ!」
ほむらと『闇』の攻防は一瞬で終わった。
……バジィッ!!!!!!!!
『闇』とほむらのてのひらの間から弾けるような音が鳴ると、
ゴウッ!
ほむら「かはっ!」
なぎさ「きゃぁっ!」
生まれた烈風にほむらとなぎさが吹き飛ばされた。
その先には、なぎさを救う為に光の矢を放とうとしていたまどか。
さやか「まどかっ!」
まどか「うんっ!」
まどかは光の矢を消し、彼女の持つ暖かな力にて二人を受け止めると、気を失っているほむらを抱き締めた。
まどか「もう……大丈夫だよ」
『ルアアアアアアアッ、ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』
『闇』が、先程ほむらと激突した場所で蠢き、苦しんでいる。
あの激突で、『闇』は覚醒した自身の相当な量の力を使い、
ほむらを──ほむらの操っていた『闇』を完全に滅ぼした。
それはつまり、自身という存在の一部を失ったという事でもある。
すべてを滅びに導く力は、その力で自身に手傷を負わせたのだ。
杏子「いくぞッ、マミ、さやか!」
マミ「ええッ!」
さやか「任せろッ!」
三人は叫び、構えて力を溜める。
杏子「おおおおおおおッ!!!」
マミ「はああああああッ!!!」
さやか「あぁぁぁぁぁッ!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
杏子の体からは赤色の、マミの体からは黄色の、さやかの体からは青色のオーラが立ち昇る。
なぎさ「わわっ、す、凄い……!」
まどかの腰の辺りを掴みながら、なぎさが感嘆の声を上げる。
さやか「あたしの力、全部持ってけぇぇぇぇぇッ!!!!!」
さやかが剣を持った右手を前に突き出すと、
ゴ ウ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! !
『闇』へと向けて、彼女の体全体から青い光が伸びる!
それは進むほどに太く大きくなり、光の中には……
『Oktavia』。
マミ「スペランツァ・ティロ・フィナァァァァァァァァァレッ!!!!!」
ド ン ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! !
かつてない大きさの大砲での一撃。
防御の一切を捨て、持てる力のすべてを破壊力のみに注ぎ込んだマミの最終奥義が放たれる!
ヅガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!!!!!!
麗しくも強烈な黄色い光の大砲は、さやかのものと合わさって『闇』に直撃した!
『ルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』
激しくもがく『闇』。
杏子「こいつで……」
頭上で槍を回転させると、杏子はその槍を巨大化させた。
杏子「終わりだッ!!!」
杏子は赤い光を纏って駆け出すと、巨槍を構えて跳び、突貫する!
生きる意思を込めた、未来へ向けての全身全霊の『突撃』。
杏子「おおおおおおおおおおッッッ!!!!!」
それはまるで、流星の如く猛スピードで輝き──
ザ ン ッ ! ! ! ! ! ! ! !
『闇』を貫いた!
ズザザザザッ!
そのまま杏子は、マミ・さやかとは対極の方へと着地する。
『ルアアアアッ、ルアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!』
カッ、カカッ!!!
『闇』を包む青・黄・赤の光はやがて放射状に伸び……
ド ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ウ ン ! ! ! ! ! ! ! ! ! !
すべてを照らす柱となって、上空へと立ち昇った!
『……──…───…………』
神の一撃にも匹敵する眩い光の柱に、『闇』は……
『──………─………………………………………………………………………………』
完全に──滅び去った。
なぎさ「……キレイ……」
まどか「これが、これこそが……
未来を紡ぐ、人間の光。
神には放てない、偉大で素晴らしい力」
なぎさと『円環の理』は、幸せそうにその光の柱を見つめていた。
いつまでも。
─────────────────────
まどか「わかった。
それで良いんだね」
ほむら「うん」
暗闇の異空間とは真逆の真っ白な世界で、まどかとほむらは向かい合っていた。
彼女たちの魂は共に穏やかで、幸福に満ちている。
ほむら「やっぱり、私もこの世界が大好きだから。
自分が、みんなが居る……生きている世界が」
まどかが愛し、生きてきた世界が。
ほむら(だから、可能ならば私はそこで生きたい。
ううん、『生き抜きたい』)
──いつか力尽きて倒れるその時まで──
まどか「うん、それがほむらちゃんにとっての『救済』なら」
ほむら「でも、このままでは終わらないけどね。
『それ』も含めて……だから」
にっこりとほほえみ、ほむらが言った。
まどか「うん」
──ふと思い立ったように、まどかが自分がつけているリボンに手をやる。
まどか「……もう一度、ほむらちゃんに託すね」
まどか『きっとほんの少しなら、本当の奇跡があるかもしれない』
以前、神になったまどかがほむらにリボンを渡した時、彼女はそう言った。
まどかだって、あの時は『奇跡』に期待していたのだ。
突然あのような状況に置かれた為に、期待してしまった。少しだけすがってしまったのだ。
これから進む道に迷いはなくとも、自身が人として生きた証を残したいと。
でも、今は違う。
以前よりも成長したまどかは、あの時とは違う想いを持って再び自身のリボンをほどく。
彼女らしい、『慈愛』を持って。
ほむら「待って」
しかし、ほむらはそんなまどかを制した。
まどか「ほむらちゃん?」
ほむら「目に見える『形』はもういらないわ。
そんなもの無くても私は大丈夫だから、心配いらない。
ちゃんとわかったから」
まどか「……そっか」
ほむらはそっと胸に手をやる。
誰もがそこに持つ、自分の中の暖かな『アイ』。
それは、神という存在と──つまり『まどか』とも繋がっているのだ。
まどか『みんな、みんないつまでもわたしと一緒だよ。
これからのわたしはね、いつでもどこにでも居るの。
だから見えなくても聞こえなくても、わたしはほむらちゃんの側に居るよ』
ほむら(今はもう懐かしい、『円環の理』になったばかりの時のまどかの言葉……)
──紛れもなく、その通りだったのね──
ほむら(本当にいつも一緒なんだって、やっとわかったから)
その魂で。
ほむら「……まどか」
まどか「なあに?」
ほむら「ずっとごめんね。
……ずっと、ありがとう」
まどか「……うん」
─────────────────────
まどか「もう……こうやって居られる時間が少なくなってきたみたい」
全身を柔らかな光が包むまどかが、杏子たちにそう言った。
彼女の放つ輝きは、黒しかないはずのこの異空間ですら優しく照らしている。
杏子「……そっか」
マミ「寂しく……なっちゃうわね……」
杏子「まぁまた必ず会えるさ」
まどか「うん、そうだよ」
マミ「……ええ、そうね」
それぞれの人生を精一杯生き抜いたら、また。
なぎさ「うぅ、なぎさはもう会えないのです……」
まどか「ううん、諦めるのはまだ早いよ」
なぎさ「えっ?」
ほむら「なぎさ、神について忘れている事があるわよ」
なぎさ「……あっ」
ほむらの言葉に、なぎさは『そうだった!』と笑顔で頷く。
さやか「まどか……」
まどか「さやかちゃん……」
さやかは残る。
円環のカケラとともに人としての肉体も持っている彼女は、
これからも魔法少女として──人として生きていくのだ。
自分の意志で、その命を全うする。
まどかも同じく人の肉体を持っているが、それはもう消えつつある。
『闇』が消えて円環を拒絶する力も無くなったので、まどかは『円環の理』として完全に覚醒していた。
『円環の理』の本体であるまどかと、その一部でしかないさやかでは内包する力の量が違う為、
まどかが女神としての真の『光』を収めるには人の器ではやはり小さすぎ……
人間としてのみの彼女は、さやかと違ってどうしても維持出来ないのだ。
だが、溢れ出る偉大で暖かな慈愛の『光』は、
自身の肉体すら優しく包みあげて大いなる祝福を与え、
その結果鹿目まどかという人間は自然と『円環の理』と一つになり、還っていくのだ。
そう、自然と。
人が人として生き続けるのと同じように、それが今の『鹿目まどか』にとっての当たり前だから。
ありがたくも愛おしい『普通』だから。
まどか「さあ、わたしももっともっと強くならなくっちゃねっ」
さやか「まどかならイケるイケるぅ!」
なぎさ「うむっ、です!」
マミ「ええ。鹿目さんなら大丈夫よ。
これからさらに立派になっていくと確信出来るわ」
杏子「あたしたちも負けてらんねーな」
ほむら「ええ、そうね」
──暁美ほむら。
彼女は今も生きている。
今までと変わらぬ肉体で。
なぎさと同じ、純粋な人間として。
魔法少女を救う神に叛逆をした少女は、魔法少女でなくなり、魔女でも『悪魔』でもなくなり、再び人間となった。
最期の瞬間までこの世界で生き抜く事が自分にとっての『救済』だと、ほむら自身がこの道を選んだのだ。
まどかの分まで、純然たる人としての命を持って。
だがもちろん、彼女はそれだけで終わるつもりはない。
まどかのなり方こそイレギュラー中のイレギュラーではあったが、神とは特定の者しかなれない存在ではない。
人の誰しもが胸の中に持っている、暖かな『アイ』──愛。
『良心』。
神の卵であるそれにそって、精一杯生き抜けば誰にでもなれるのだ。
神というのは、その神の卵が花開いた存在なのだから。
そういった意味では、人は神ではなくとも神自身と呼んでも良いのかもしれない。
まどか『みんな、みんないつまでもわたしと一緒だよ』
だから、みんな神と繋がっているのだ。
そして、まどかやほむらが知っていて、かつ誰よりもまどかに近しい者たちで見事に神になった例もある。
しかし簡単なように見えて、良心が花咲くほどの人生を送りきれる者は決して多くはない。
生き方を大きく誤ると、良心は二度と表に出てこれないほど奥深くに隠れてしまったりもするからだ。
だが、ほむらはやるつもりだ。
人間、間違える事もあるだろう。前に進めても、すぐに大きく後退してしまう時だってある。
それでも。
ほむら(負けずに生き抜いて、私も神になるわ。
そして必ず、まどかと再会してみせる)
同じ神という存在になれば、魔法少女じゃなくともそれは可能なのだ。
前述の、神になった者たちは神の世界で何度もまどかと会っているのだから。
過去も、今も、これからも。永遠に。
──だから──
ほむら「まどか」
もはや、多くの言葉はいらない。
まどか「うん」
──待っていて──
なぎさ「それにしてもほむらっ!」
だきっ!
ほむら「!」
いきなりなぎさに抱きつかれ、ほむらはたたらを踏んだ。
なぎさ「あの時助けてくれてありがとうでした!」
あの時──『闇』との決戦の時だ。
ほむら「ううん、あれは……ただ、夢中で……」
杏子「いや、あれはファインプレーってやつだったよ」
なぎさ「はいっ! だって、ほむらが居なかったらなぎさは死んじゃってたと思いますもんっ」
ほむら「……うん……
……でもね、お礼を言うとしたら私の方だわ」
なぎさ「えっ?」
ほむら「私はあの時、もう駄目だと諦めてしまっていたから。
でも、いよいよという時にあなたの悲鳴が聞こえて……」
ほむらは目を覚ました。
自分がなにもかもを失ってしまう現実に。
なぎさや、他のみんなが終わってしまう理不尽さに。延々と繰り返される無限の悲しみに怒って。
そんなものを決して受け入れてたまるかと、
すべてを諦めたはずのほむらは最後の力を振り絞って再び立ち上がった。
彼女はまどかたちからただ救われるだけではなく、最後は自分の足で立ち上がったのだ。
ほむら「多分、なぎさが居なかったら私はここに立ててはいなかったと思う。
──ううん、それは全員に対して言える事なのだと思うけど……」
きっと、キュゥべえも含めて誰が欠けていてもこの結末は迎えられなかったのだろう。
人も神も関係無い、全員が唯一無二である揃うべき者たちが揃い、
それぞれが自分に出来る精一杯をしたからこそ今がある。
ほむら「だからありがとう、助けてくれて。
なぎさ……みんな」
なぎさ「ほむら……」
杏子「……ああ」
さやか「……うん」
マミ「暁美さん……」
まどか「ほむらちゃん……」
自分を抱き締めるなぎさの頭を優しく撫でるほむらの言葉に、まどかたちは嬉しそうに笑った。
さやか「よおしっ、こうなったらみんなでハグだぁぁぁっ!」
杏子「をっ!」
まどか「きゃっ」
ほむら「っ」
なぎさ「むぎゅ」
不意にさやかに手を引っ張られた杏子とまどかが体勢を崩し、三人でなぎさ・ほむらへ抱きつく格好となる。
マミ「ひゃっ」
だきっ!
倒れかかる際に、空いていた手をバタつかせた杏子に引っ張られたマミも続く。
なぎさ「ぎ ゅ 。」
ほむら「…………」
さやか「ははっ、こういうのも良いねっ!」
マミ「うん……暖かいわ」
杏子「……まあ悪くはねーな」
ほむら「…………ええ」
まどか「マ、マミさん……なんだかやわらかいものが当たってる……」
──六人はしばらく、全員で抱き合う感触を楽しんでいた。
しかし、そんな幸せな時間も永遠には続きはしない。
まどか「…………」
そっと──まどかが輪から離れた。
彼女の動きに、察した他の五人も。
まどか「じゃあ、わたし……そろそろ行くね」
ほむら「……そうね」
杏子「……わかった」
なぎさ「あっちのなぎさの家にたくさんチーズがあるので、みんなで仲良く食べて下さいっ」
さやか「まどか、みんなによろしくね」
マミ「鹿目さん……
私にとってあなたは、最高の後輩の一人であり、誰よりも尊敬する人にして神様よ」
マミたちが、一人一人まどかと握手をしていく。
固い絆に結ばれた握手を。
まどか「ありがとうっ!
わたし、みんなと出会えて本当によかったなっ!」
と、まどかは可愛らしくも麗しい笑顔を浮かべると……
サアァッ……
ゆっくりと還っていった。
まどか自身が選び、作った──『幸せ』と『優しさ』そのものへと。
マミ「私こそ……
鹿目さん、あなたが居て──あなたでよかった」
杏子「……サンキュー」
なぎさ「本当に、本当にありがとうなのです」
さやか「またな、親友」
ほむら「…………」
残った全員は、その瞳に現実・未来……そして、覚悟を映していた。
杏子(まどか、あたしはあんたを喜ばせる為にも頑張るよ。
これまでのあたしは、神様ってヤツに願ってばかりだった。願いが叶わないと、憎みすらした。
……へっ、何様だよな。神様はパシリじゃねーのに)
たとえ自身の干渉出来る事に関しては全能ではあっても、すべてが完璧だなどとありえないのに。
杏子(だから、今度は逆にあんたを助けたい。喜んで貰いたい。
……最後はまあ、『救済』ってのをされちまうんだけど……)
それでも、もう求めるのではなく、願うのでも祈るのでもなく。
──あたしは神様を、あんたを幸せにしたい──
そう、『想う』。
マミ「……じゃあ行きましょうか」
杏子「ああ」
なぎさ「はいっ」
ほむら「ええ」
さやか「おっしゃ!」
五人は歩き出した。
この異空間の出口へと。
過去と現在を越え、未来へと続く道を。
さやか「さーて、これから忙しいぞっ!」
マミ「今まで以上に精一杯生きないといけないものね」
ほむら「そうね。
もっと、もっと……」
杏子「まどかと再会した時に、胸を張ってあいつと笑い合えるように……」
なぎさ「なんだかなぎさ、これから生きていくのがドンドン楽しみになってきてますっ」
ほむら(これから、か……
考えてみたら、私にもまた『未来』が出来たんだ)
彼女が魔女化する前から諦めてしまい、『悪魔』になった事で完全に失われたと思った未来が。
少女である彼女からすれば、閉ざされたはずの大人になる門が再び開いたのだ。
ほむら(なんとも不思議な感じだし、なんとも……嬉しいものね)
そもそも、魔法少女になってからのほむらにはそういったものに思いを馳せる余裕すらなかった。
だが、これからは違うのだ。
──自分はこれからどんな道を歩んで『女性』になり、年老い、死んでいく事が出来るのだろう?──
まだまだ続く学生生活でも、先に待つ仕事場でも、
様々な人々や場所と出会ってほむらの見る世界はどんどん広がっていくだろう。
ほむら(友達も増え……るのかしら?
きっと、恋人も出来るのでしょうね)
まだまだ先の話すぎて他人事のようにしか感じないが、想像するだけで彼女の心は踊る。
これはなんて……幸せなのだろう。
ほむらには、自分の将来について思うところがあった。
ほむら(……いつか私は、魔法少女や魔獣という存在を研究してみんなを手助けしたい)
もはや地球上にインキュベーターが居ない以上、
この次元のほむらたちの世界に湧いた『呪い』を処理出来る者は居ないし、魔法少女も増えない。
ほむら(それを私がなんとかする。
将来的には魔法少女抜きでも魔獣を対処出来るようにしたいし、
これまでとは違って、特別なものがなくてもソウルジェムの穢れを取る方法だって見付けたい)
これは相当に困難な道だろう。
魔獣や魔法少女という存在自体、一般には認知すらされていないレベルなのだから。
ほむら(でも頑張るわ。
って、頭のよくない私だから、とても不安だし自信は無いけど……ね)
そして、そうやって頑張り続けたら。
ほむら(いずれ子供だって出来るんだわ)
それこそまだまだ現実感がない。ほむらはつい苦笑するが、きっといつかそんな日も来るのだろう。
──なぜかふと、ほむらは使い魔たちの姿を思い返した。
ほむら(…………)
彼女の心の中で、愛おしいみんなは全員が幸せそうに笑っていた。
クララドールズは、涙すら流しながら。
ほむら(ああそうか……)
ほむらが魔女だった時から葬列を待っていた、
『泣き屋』の役割を持つ彼女たちはようやくその役目を果たせたのだ。
元々のそれを超える形で。
先程、悪魔・暁美ほむらの葬列を終えて。
いくら『救済』を受け取って未来へと歩き出したとはいえ、
自分なりにもがいて必死だった過去が通り過ぎるのはやはりどこか寂しいものだ。
とても一言では言い表せないほど色々ありすぎた過去だが、
常に本気で、一生懸命やってきたからこそ彼女はそう感じる。
きっと、その『葬列』の時にもクララドールズは泣いてくれていたのだろう。
それと同時にこれからの暁美ほむらの『誕生』も迎え、今の彼女たちは心の底から笑っている。
この笑顔や涙は、もはや演技でも嘘でもない。
『悪魔』になった事で成長し、その果てにもう一段階高い所へ行けたほむらの使い魔たちもまた、成長していたのだ。
ほむら「…………」
一つまばたきをしたら、もう二度と使い魔たちの姿は視えなかった。
ほむら(でも……構わないわ)
使い魔たちは、消滅しても自分の中に常に在るのだとほむらは思うから。
ほむらではなくとも、彼女たちはほむらでもあるのだから。
ほむら「…………」
なぎさ「ああ~っ、なぎさも早くまたまどかと会いたいですっ」
さやか「まったくだっ。
……おっ」
なぎさの言葉に、さやかたち四人がなぎさを見た。
ほむら「その言い方だと……
やっぱりなぎさ、あなたも?」
ほむらの問いに、なぎさが胸を張って答える。
なぎさ「そうですよっ、なぎさも神様になります!
で、死んだ後もまたみんなと一緒です!」
ほむら「なぎさ……」
さやか「そうかぁ。じゃああたしも神様になってみようかな!」
ほむら「えっ」
マミ「じゃあ私も♪」
ほむら「!?」
杏子「したら、あたしもなるか」
ほむら「な、なんだかこれって……神のバーゲンセールってやつかしら?
……でも……ふふっ」
と、ほむらが片手を握って口元にやり、笑い出した。
ほむら「うん、良いわねそれ。ふふふっ」
さやか「あははっ!」
なぎさ「なぎさはチーズの神様になって、毎日みんなとチーズ・パーティー開きますよ」
マミ「じゃあ私は紅茶の神様ね。
最高に美味しい紅茶をいつも淹れて、みんなと楽しく飲みたいわ」
杏子「あたしは食い物の神様だな。
そうなったあかつきには、あちこちに食い物配ってやる。
みんなで美味しく食おうじゃん」
なぎさ「なんかなぎさと被ってるのです。
チーズ以外の食べ物の、ならいいですよ」
杏子「なに言ってんだ。チーズも食い物。なら食い物の神様であるあたしが統べるものの一つだ」
なぎさ「杏子はまだ神様じゃないのです! ってゆーかチーズはダメなのです!」
杏子「心配すんな。チーズの神様になったお前にもチーズ分けてやるから。たんまりとね」
なぎさ「杏子、早く食べ物の神様になるのですっ!」
さやか「あたしはさや神様だな」
ほむら(私は……そうね)
仲間たちにつられ、ほむらも自分が神になった後の事を想像する。
ほむら(まどかみたいに誰かを救える存在になりたい。
……って、それはなぎさや巴さんの望む神とも同じか)
美味しい食事とともにみんなでパーティーを楽しむというのも、救いの一つの形になるからだ。
食べ物を配るという、杏子の述べた神もまた然り。
ほむら(……考えてみれば、私が目指す神の具体的な姿っていうのはまだないわね)
ただ、ほむらは思う。
ほむら(でも……可能ならとりあえずは、救われなかった自分を救いたいな。
きっとどこか別の次元では──
今回の件一つだけで考えても、助からなかった『私』も居るでしょうから……)
これは、様々な時間軸を渡りながら生きてきたほむらだからこその発想なのだろう。
そして、かつてのまどかが魔女になった自身をも救済したように……
『自分自身』もまた、救われるべき大切な存在たちの中の一人なのだから。
杏子「まあともあれ、さ。
──ほむら、あんたならなれるよ。きっと」
ほむら「杏子?」
穏やかに見つめてくる杏子を、ほむらが見つめ返す。
杏子「神の力を奪うとか、あんたは魔法少女っつーか魔女? だったとはいえ人の身でそんな奇跡起こしやがったんだ。
それも、どう考えたって奇跡の中でも明らかに次元が違うレベルの奇跡を。
そいつと比べたら、神になるなんて簡単だろ」
ほむら「杏子……
そうね、私はやってみせるわ。必ず」
さやか「でもさ、もし色々とヤバい時は、あたし……じゃなくても良いから、次は声かけてよね」
ほむら「えっ?」
さやか「辛いのを一人で背負い込む必要なんて無いんだからさ。
グチとかこぼすだけでも、ちょっとは楽になるっしょ」
ほむら「美樹さん……」
それこそ、ほむらが将来魔獣や魔法少女の研究で壁にぶつかった時だって、さやかたちに相談すれば良いのだろう。
さやか「きっと、これからだって色々あるだろうからね」
ほむら「……ええ、そうね」
神になるのはもちろん、各々が自分の人生を生きるだけでも大変なものだ。
これから先、今までに彼女たちが経験したどれをも超える苦難が襲ってこないとも言い切れない。
さやか「だからその分、あたしがしんどい時は助けてよ?
一緒に遊んだりとかさ」
杏子「おっ、良いねえ。
ぜひ頼むよ」
マミ「私もそうしてくれると嬉しいわ」
なぎさ「なぎさもですっ」
ほむら「ふふっ。ええ、喜んで」
そうだ。
ほむらたちだってまた、まどかと同じく永遠に一人ぼっちではないのだから。
それを忘れない限り、どんな苦境でも希望は決してゼロにはならない。
むしろ、無限にある。
たとえ自身の運命が激しく牙を向き、大きな苦難に押し潰されそうになった時だって、
今回『闇』に対して行ったみたいに全員でもう一度すれば良い。
絶望や苦しみに『叛逆』を。
そして、最後には全員が掴むのだ。
幸せを、必ず──
杏子「……見えてきたな」
カッ……
彼女たちの前方に、光が生まれた。
『これまで』の出口であり、『これから』への入り口。
ここをくぐる事で、ようやく真の意味で全員にとっての光色の朝が訪れるのだ。
ほむら(……そうか。
こうやって、明るい場所へと歩いていけばよかったのね……)
さやか「んじゃ、今後ともよろしく頼むぜ! きょーだいっ!」
杏子「ああ!」
マミ「もちろんよ」
なぎさ「はいですっ!」
ほむら「ええ。
……こちらこそ」
そして彼女たちは──
これからを歩む。
─────────────────────
これは未来の話だろうか?
それとも過去か、現在か。
もしかしたら、ただの夢や幻なのかもしれない。
……………………
………………
…………
……
杏子『よう、ほむら』
マミ『頑張ったわね』
さやか『お疲れっ!』
なぎさ『早速チーズを食べましょうっ!』
ほむら『みんな……ありがとう』
まどか『ほむらちゃん……』
ほむら『まどか……』
──やっと会えたね──
完。
560 : ◆LeM7Ja3gH2ba - 2014/11/01 21:26:19.79 tVrBkgvy0 547/547


