お前は今何をしているのか?と問われれば、走っているという他に言葉が見つからない。今ならフルマラソンでも上位入賞出来そうな気がする。
こんなに走ってるのはハルヒが消えちまった時以来だ。
校内マラソン大会でもアホの谷口と二人並んで歩いてゴールテープを切った俺だが、今は全力で走っている。
何故かって?
ハルヒに会うためさ
季節は初春
例年よりも少し早く桜が咲き始め、俺の悲しいんだか嬉しいんだかよくわからん精神状態を煽ってくる。
どうして桜ってのは、こうも何かを感じさせるのかね。
だが、嬉しかろうが悲しかろうが、宇宙人でも未来人でも超能力者でも、はたまた神様でも、いつかは高校生活に別れを告げなければいけない日がやって来るのさ。
そんな事をぼんやりと考えつつ、俺は遥か上にそびえ立つ我が母校に足を向けている。
延々と続く憎たらしいだけのこの坂も、登るのが最後って考えると少し寂しい気もするもんだ。あくまでも少しだけな。
おっと、言うのを忘れていたな、今日は俺達の卒業式だ。
朝比奈さんはひと足先に卒業し、今日は俺達4人の番だ。
ちなみに朝比奈さんは鶴屋さんと共に近くの大学へと駒を進め、たまに市内不思議探索やSOS団、もとい文芸部の部室へと顔を出してくださる。
そういえば今日は朝比奈さんは来るんだろうか。
長かった坂が終点に近づくにつれ、俺の中のなんだかよくわからん物が、これまたよくわからん動きを強める。
なんだろうね、この気持ちは。何かやり残した事でもあるのか。
そうして、なんだか変なモヤモヤを感じつつも坂を登りきり、下駄箱に未来的、もしくは宇宙的メッセージがない事を確認し教室に向かう。
念のために言っておくと愛の手紙を期待していた訳ではないからな。いつもの習慣さ。
感傷に浸りゆっくりと歩いている内に1年間を共に過ごした教室が近づいてきた。
ここに来るまでに何人も泣いている奴がいたが、あいつはいったいどんな顔をしているんだろうね。
教室に入ると、最初の席替え以来変わらない席でそいつは窓の外に目をやってい他の誰でもない、涼宮ハルヒだ。
俺もその席替え以来変わらない席に腰掛け、ハルヒに声をかける。
「よう、調子はどうだ?」
ハルヒはチラリとこちらを見て
「…まあまあね」
ふむ、あまり元気じゃなさそうだ。
どうしたんだろうね、やはりこいつも卒業式となると何か思う所があるんだろうか。
ハルヒは少し不機嫌そうに
「何よ、ニヤニヤして、あたしの顔になんか付いてる?」
いいや、なんでもないさ。
「そういやハルヒ、今日朝比奈さんは来るのか?」
「来るわよ。古泉君と有希には言ったんだけど、あんたには言わなかったっけ?」
ああ初耳だね。
「そうだっけ?まあいいじゃない、あんたに言っても言わなくてもみくるちゃんは来るんだから」
いや、それはそうだが。
何か反論を、と考えていると、涙声の挨拶を従え、担任岡部が入ってきた。
俺は前を向き、すでに男泣き状態の担任岡部の言葉を聞きつつ、窓の外をみる。
今日は雲ひとつ無い晴天だ。どこぞの神様が祝福してくれているんだろうか。
そして俺はこのまま何も起こらないでくれよ、とどこぞの神様に祈った。
まあそんな俺の淡い祈りがどこぞの神様に届くはずもなく、何かが起こっちまうんだ。
俺達は暖かい拍手を全身に浴びつつ体育館へと足を踏み入れる。
探す間もなく一瞬で見つけた。当然だ。なにしろピカピカと光っているからな。
元ミス北高、現天使であられる朝比奈さんだ。おっと、鶴屋さんも忘れちゃ駄目だな。
朝比奈さんはこちらに気づくと拍手をしながら口元を小さく動かした。
声は聞こえませんが何を言ったかはちゃんと伝わっていますよ。
それは言うまでもないないだろうが
「おめでとう」と。
俺も小さく口を動かす
「ありがとうございます」
朝比奈さんは微笑み、手を振って下さった。
そして鶴屋さんのパチリと音が聞こえそうなウインクに俺は会釈を返した。
校長のカンペに頼った定型文を聞き流しつつ、感慨深くやれやれとポジティブな溜息を漏らす。よくもまあ色々とあったもんだ。今更語る事もないが、よく生きてるな俺。
俺がここにいられるのも長門のおかげだろう。
いつも長門に助けてもらってばかりだったな。
長門は俺がいて良かった事があったんだろうか。
答えてくれるかわからないが後で聞いてみよう。六年分のお礼と共にな。
何事も無く式を終え、入場時よりも暖かい拍手に見送られ体育館を後にした。
体育館から出る時に朝比奈さんと鶴屋さんの姿はなかった。
教室に戻り、朝よりも男泣きを増した担任岡部からおめでとうという言葉と卒業証書を受け取り席に戻ると
ハルヒがニヤリと笑い
「ねえ、キョン、あんたわかってる?というか忘れてないでしょうね」
何をだ。頼むから主語を交えてくれ。
「決まってるじゃないの。パーティーよ卒業パーティー」
すまん、一瞬忘れてたが今思い出した。
「はぁ?そんなんじゃ駄目よキョン、今日はみくるちゃんの時以上に豪勢にやるんだから、覚悟しときなさい!」
「今日は寝かせないからね!」
と、この部分だけ聞いたらとんでもない勘違いをするであろう言葉を吐き窓の外に目をやった。
ん?
外に向かうハルヒの表情に何か違和感を感じたような気がする。まるで何かを言いたそうな。
だが、そんな小さな違和感は意識の奥へと紛れこんだ。
そして岡部教諭の最後の挨拶により俺達の高校生活が終わった。
ざわざわとクラスが沸き立つ中
「先に行ってるから!あんたも早く来なさいよ」
と言い、いつからか少し仲が良くなったクラスメイト達に急ぎ足で挨拶周りをし、阪中と照れ臭そうに握手を交わしたハルヒは教室から走って出ていった。なあハルヒ、なにもそんなに急ぐ事はないだろう。だがそれも照れ隠しなんだろ?わかってるさ。
俺も一通りの挨拶を終えると
「よおキョン、パーティーって何やるんだ?」
とアホ面を引っ提げ言うのは谷口だ。
知らん。俺は何も聞いてないからな。
「そうか、お前は最後まで気の毒な立場なんだな」
と俺の肩に手を置き、うんうんと頷いている
うるせえ。俺だって好きでこんな立場にいるんじゃねぇ。
「まぁまぁ、いいじゃないか。キョンはそういう立場でこそ輝く人なんだよ、きっと」
と国木田がなだめるように言った。
褒めてるのかけなしてるのかわからんね。
「僕は褒めたつもりだけど、谷口はどう思う?」
「さあね、少なくとも涼宮の隣にいる限りは今の立場は不変だろうな」
ああそうかい。俺はいつまでハルヒの隣にいればいいんだろうね。
谷口はまったく似合わないニヒルな笑みを浮かべ
「そうだな、少なくとも大学では一緒なんじゃないか?お前ら同じ大学に行くんだろ?」
まあな
そうだ。俺はハルヒと同じ大学に行く。
そこはハルヒにとっては楽勝だったのかもしれんが、俺にとってはかなりの冒険だった。まあ受かったのはハルヒによる個人授業のおかげだろうな。
そういえば谷口は朝比奈さんと同じ所だったな。まさか朝比奈さん目当てで大学を選んだんじゃないだろうな。
「よくわかったな。その通りだキョン。あの朝比奈さんと同じキャンパスに通えるなんて夢のようだぜ」
再認識した。やっぱりこいつアホだ。
「でもなキョン。同じ大学だからってずっと一緒に居られる訳じゃないんだぜ。今のままってのもいつまで続くかわからんもんだ」
何が言いたいんだこいつは。
「ところでキョン、僕達はいつ位に部室に行けばいいのかな?」
国木田が首を傾げながら聞く
そういえばこいつらも呼んでいたんだったな。
クラスメイト全員にお別れの挨拶をしてから行くという谷口と国木田を後にし、目を閉じていても辿り着けるであろう部室へと足を運ぶ。
部室前にて、壁にもたれ掛かっている人影がこちらに気付くと
「おや、やっとお出ましですか、ちょうど暇を持て余していた所なんですよ。まだ入場は許可されていませんのでね」
いつもの微笑のまま古泉が言う。
俺も隣に体を預け、古泉の言葉に耳を傾ける。
「今思うと時間が過ぎるのもあっというまでした。気付けば今日でしたからね。正直言いまして涙を堪えるのに必死でした。許されるのならば大声で泣きたい所ですよ」
嘘が焦げ付いたような臭いがするぜ古泉よ。それとも冗談のなのか?
「誰が許さないのか知らんが泣きたいのなら泣けばいい」
「そうもいきません。僕が大声で泣いたらあなたはどうされますか?困り果てるでしょう?それに涼宮さんを困惑させる訳にもいきませんので」
なあ古泉。ハルヒは困惑などせんさ。むしろ胸を貸してくれるだろうぜ。
「そうかもしれませんね。ですがそんな事では駄目でしょう。SOS団副団長としてはね」
「しかし一度はお前のわめき立てている姿を見てみたいもんだ、泣いてる所でもいいんだがな」
「その様な姿をお見せする事はないでしょう。ですが、仮面を脱ぎ捨てる日はそう遠くないように思えます」
そう言うと、ふっと遠くを見つめすぐにいつもの微笑にシフトした。
おいおい、いまさら世界を変えるなんて言わないでくれよ。
「その点はご安心を。僕にそのような力はありませんので。仮にあったとしても変える事はないでしょうね」
そりゃ良かったよ。冗談だったんだがな。
「ところであなたは世界を変える気はないのですか?」
どういうこったい。俺もそんな力は持ってないぜ。
「申し訳ありません。そういうつもりで言った訳ではありません。もっと身近な事です」
「ああ、ないね」
俺の言葉に古泉は何かを考える様に沈黙し
「そうですか。でしたら僕から言える事は何もありません。あなたが本当にそれでいいのならね」
さっきから何が言いたいんだ。
「おや、お分かりのはずですが。それとも僕の口からお聞きになりたいので?」
………
お互いに沈黙していると
「ところで今日はどのような催しをするんでしょうね、何か聞いていませんか?」
持っている情報はお前と同じさ。俺は部室でなにかをやるって事しか知らん。
俺がそう言った所で
「お待たせっ!」
我等が団長様が勢いよく扉を開いた。
…またなんちゅう格好だ。
ハルヒはオレンジのパーティードレスに身を包み、灼熱の笑顔を四方八方に撒き散らしていた。
「あらキョン、あんたいたの。いるならいるっていいなさいよ」
無茶を言うな。
「まあいいわ。そんな事より早く入りなさいよ。みんな待ってるんだから」
「これはこれは、皆さんとてもよくお似合いで」
古泉の言葉に全面同意だ
「でしょっ。あんたもぼーっと立ってないでなにか言う事ないの?」
「時間切れね。少しは古泉君を見習いなさい」
一瞬たりとも考える時間を与えてはくれなかった。
部室の中には色とりどりのパーティードレスに身を包んだ女性陣がいた。
長門に朝比奈さんや鶴屋さんもいる。
朝比奈さんは100万本の桜にも匹敵する笑顔で
「ご卒業おめでとう。キョン君、古泉君」
ありがとうございます。朝比奈さん。
ちなみに朝比奈さんはピンクのドレスだ。似合っていないわけがない。
そして鶴屋さんも朝比奈さんに勝るとも劣らない笑顔で
「二人共おめでとっ。見違えたねっ」
どうも。鶴屋さん。
鶴屋さんは緑のドレスだ。うむ似合っている。
長門は紫のドレスに身を包み、人を撲殺出来そうな程に分厚いハードカバーの洋書を読んでいる。
よう長門。お前も似合ってるぞ。
長門は俺の目を三秒程見つめ、何を言うべきか考えているような表情をした。が、思いつかなかったのか
「………そう」
とだけ言い、本の世界に身を投げる。
こんな時でも本を読むのをやめないあたり長門らしいな。
「それじゃみんな揃ったわね!」
おいおい、まだだろ?あいつらを忘れてやるな。
谷口と国木田を呼び出し、今回は色々鍋パーティーをやるのだと聞かされ、そしてその準備は朝比奈さんと鶴屋さんがやっていてくれたと聞かされた辺りで谷口と国木田が登場し、パーティーの開始となった。
ハルヒは全員が着席したのを確認するとわざとらしくオホンと咳込み
「みなさん!本日はSOS団部室にお集まり頂き感謝します!」
あえて口には出さんが、ここは文芸部室だ
「まあ、堅っ苦しい挨拶もなんだし、それじゃ卒業パーティーをはじめます」
「それと最後に一人づつ挨拶をしてもらうからちゃんと考えておきなさいよ」
「げっ」という声が谷口あたりから聞こえたが今は無視しておこう。
「さぁ、どんどん食べちゃって。材料ならいくらでもあるから」
とハルヒは鍋に具材を投入しながらにこやかに言う
そして偶然にも全員の息が合ったのか
「いただきます」
と練習していたようにハモり、皆が顔を見合わせ笑い出した。
パーティーはやたらと盛り上がり、辺りが少し暗くなってきた頃に国木田が
「僕はそろそろ帰るよ」
と俺に耳打ちをし言った。
そうか。まあ名残惜しい気もするが引き止めはせんさ。
「本当はもうちょっと居たいんだけどね、僕は団員じゃないし遅くまでいるのも悪いと思って」
全然悪くないさ。谷口はどうするんだ?
「ああ俺も帰るわ。挨拶とか苦手だしな」
理由はそれだな。
「それじゃ皆さん僕達は帰ります」
と国木田が言い、皆が思い思いの送り言葉を発し、国木田が扉を開いた所でハルヒが口を開いた。
「ちょっと待ちなさい。あたしからあんた達への挨拶がまだよ」
そして少し迷うような顔をして
「今日は来てくれてありがとね。気をつけて帰るのよ」
「いつかまた会いましょ」
俺はかなり驚いた。よもやあのハルヒからこんな言葉が聞けるとは。
朝比奈さんはまるで我が子に向けるように微笑んでいるし、鶴屋さんや古泉も同じような感じだ。長門は表情を一変たりともさせないが、何か思う所があるんだろう。ハルヒをじっと見ている。
部室に背を向けていた谷口と国木田も意表を突かれたようで、お互いに顔を見合わせ、ハルヒに向き直り、
「おう。またな」
「ありがとう。気をつけて帰るよ」
と言い残し帰っていった。
そういえば俺はハルヒからありがとうと言われた事はないな。俺も言った事はないが。
そして開いた席に鶴屋さんが座り
「ねぇキョン君。一昨日あたしが言った事覚えてるかなぁ?」
ええ、勿論覚えていますよ。
「覚えてるんならいいよっ。忘れてたら無理矢理にでも思い出させる所だったさっ」
「キョン君の思うようにすればきっとそれが正解っさ。後悔だけはしないようにねっ」
と言い残し朝比奈さんの隣へと戻っていった。
はは…まるで太陽と石ころだな。鶴屋さんには一生頭が上がりそうにない。
一昨日
卒業式前というのは基本的に学校は休みな訳で、はたまた団活も卒業式前だし休みだろうと思い込んでいた俺に、例によって例の如く例の団長様からの呼び出しがあった日の事だ。
「今日は不思議探索をするから!いつもの所に10時集合ね。遅れるんじゃないわよ!」
電話の主はもう満足したのかそれだけ言うと電話が切れた。
俺はまだ一言も喋ってないんだが。まあいいさ、どうせ暇だったからな。
まだ時間はあるが早めに出て損な事はないな。しかし、たまには誰かに奢って貰いたいもんだ。
なんて事を考えながら階段を降りると、
「あっ、キョン君どこか行くの?ハルにゃん達と?お土産よろしくねっ」
シャミセンを抱えながら台所から顔を出し、そう言ったのは我が妹で、俺の事をそう呼ぶのは相変わらずだ。
来年度から中学二年になる妹は背も伸び、言葉遣いも大人びてきた、だがそれでもまだまだ子供のままだ。
頼むから素直なままでいてくれよな。お兄ちゃんからのお願いだ。
そして妹の矢継ぎ早の質問に答えつつ靴を履き、行ってらっしゃいと脳天気に言う妹の声を背に家を出た。
待ち合わせ場所に着くと既に全員が集まっていた。いつもの事だ。今日は朝比奈さんはいないようだ。
しかしまだ30分前だってのにどれだけ早く来てるんだろうねこいつらは。まさか前日からいるんじゃないだろうな。
ハルヒは俺を睨めつけ
「遅いっ!罰金っ!」
まあ…これもいつもの事だ。
そして、いつもの喫茶店に入り、いつものように班を分け、いつものように俺が支払う。 去年と違うのはここに朝比奈さんがいないって事だ。
これが大きな問題である。俺だけでなく他の3人もどこか物足りなそうにしている。これはSOS団の誰が欠けても同じ気持ちになるはずだ。
地球の中心まで潜ったり、宇宙に飛び立したり、宇宙怪獣を改心させたりしたSOS団の結束には誰だろうと勝てやしないさ。そしてそれは誰もが同じ思いのはずだろう。
「もちろん僕もそう思っていますよ」
午前のペアになった古泉はそういうと
「ですが、いつまでもこのまま、という風にはいかないでしょう」
いますぐにという訳でもありませんが、と前置きし
「朝比奈さんもいずれ未来に帰らないといけないでしょうし、長門さんも情報統合思念体の元に帰らなければならない日が来るのかもしれません。長門さんに関しては僕には予測できない事ですが」
缶コーヒーを一口飲み
「朝比奈さんに関して言えば、彼女が未来に帰る日はすぐそこに迫っているでしょうね」
なぜそう思う?
「そうですね。ずっと兆候はあったんですが、最近になって涼宮さんの力が極めて微弱になってきているんです」
なんでお前にそんな事がわかるんだ?
「わかってしまうんだからしかたがないとでも言わせておいて下さい」
「おそらく朝比奈さんの任務は彼女のいた未来を確定させる事だと思われます。涼宮さんの監視ではなくね」
なんだか長門からも同じような事を聞いた気がする。
「おそらく朝比奈さんは時間の分岐点でのナビゲーターのような役割を与えられているんでしょうね。そしてこれは彼女にしか出来ない任務です。彼女以上に涼宮さんの近くにいる未来人はいませんので」
分岐点か、なんだかあのややこしい話を思いだすな。思いだしたくもないが
「涼宮さんはあなたもご存知の通り、イレギュラーな存在です。それ故に分岐点も多いのでしょうね。もしかしたら、今もどこかの分岐点から枝分かれした時間なのかもしれません」
「そして涼宮さんの力が無くなると同時に、朝比奈さんは役割を終え未来に帰らなければならないでしょう。元々彼女の故郷は今ではありませんから」
「ハルヒの力とやらが無くなったらお前も長門も役割を終えるんじゃないのか?」俺は確認するように目の前で微笑を浮かべるエスパーに疑問を投げかける
「その通りですよ。涼宮さんが力を失えば僕は所謂一般人になるでしょうね。そして長門さんですが、僕に進化の可能性が何なのかなどわかるはずもありませんので予測不可能、という訳です」
「それで、お前は役割を終えたらどうするんだ?」
「正直に言いますと、わかりません。僕が普通の生活をしていたのは12年程ですからね。友人と呼べる存在はあなたしかいませんし。もし普通の人間になったと仮定するならば、仮面を捨てて思い出などを語りあいたいですね。あなたと、親友としてね」
よく照れもせずにそんなセリフが吐けるもんだ。尊敬に値するぜ。
しかし、こいつは苦労しているんだ。
それはそうだろう、いきなり世界を守れ、なんて言われたらどうする。そして世界中の人はそれを知らない。誰に知られる事もなく世界を守る…
「なあ古泉。学校はどうだった?SOS団はどうだった?楽しかったか?」
「ええ、もちろんです。当然苦労もありましたが今となってはすべてがいい思い出です。本心からそう思っていますよ。あなたもそうでしょう?」
「ああ」
お前がそう思っていてよかったよ。
世界の対価が思い出だけじゃ安すぎるかもしれんが、俺は何もしてやれんからな。まあ、また今度お礼でも言うさ。もちろん本心からのな。
「そろそろ時間ですね。行きましょう」
時計を確認し、いつもの微笑みでそう言って歩きだした古泉の背中から、哀愁に近い何かを感じた。
「おっそいわよ!キョン!」
ハルヒは俺達が待ち合わせ場所に着くなりそう言った
なぜ俺だけに言う。
何も見つからなかったといういつもの報告をし、近くのファミレスで昼食をとり、班を分け、店を出る。ちなみにここは割り勘だ。
午後のペアは長門で、俺のどこか行きたい所はあるか?という問いに、長門は少し時間を空け「ない」とだけ答えた。
うむ、しかし長門と行くならあそこしかないだろう。
「図書館でいいか?」
長門は一度頷き、「いい」とだけ言った。
一昔前は俺の後ろを付いてくる長門だったが、今じゃ俺の隣を並んで歩くようになった。
随分と成長したもんだ。その調子で普通の女の子になって、幸せになってくれよ。俺はそう願ってるからな、長門。
長門と無言の会話を楽しみつつ歩いていると
「おやっ、キョン君に有希っこじゃないかっ!久しぶりだねっ」
前方から手を振りつつ、そう言ったのは鶴屋さんだ。
「もしやデートかな?」
違いますよ。いつものあれです。
「おお、あれねっ。それで、何か見つかったのかい?」
何も。それもいつもの事でしょう。
「それもそうだねっ。ところでキョン君ちょいと話があるんだけど一緒に行ってもいいっかなぁ?すぐ済むからさっ」
ええ、構いませんよ。
長門にも了承を得て三人で図書館に向かう。
図書館に着いた途端、長門は砂漠でオアシスを発見した遭難者のような足どりで宝の山に向かっていった。
俺と鶴屋さんはソファに腰掛け、お互いの近況報告をした。
そしてすこし真面目な顔になった鶴屋さんが言った
「キョン君。女の子をあんまり待たせちゃダメだよ」
なんの話ですか?先輩。
鶴屋さんは俺の疑問に答えず
「男は度胸さっ、キョン君。中途半端が一番ダメだからねっ。あたしが言いたいのはそれだけだっ。それじゃ、有希っこによろしくっ」
といつもの笑顔になり、バンと俺の背中を叩き去っていった。不思議と背中は痛くなかった。
俺が記憶の糸を手繰り寄せていると、ハルヒの一声によって現在に引き戻された。
「じゃあ今日はそろそろお開きにするわ。もう随分暗くなってきたしね」
食べ物も飲み物も何も残ってないからな。それにしてもよく食べたな、長門。
「今度鶴屋さんのお家でお花見が開ける事になったから、この続きはその時にするわ」
「今日は挨拶をして終わりね。まずは、キョンあんたから。一生忘れられないようなインパクトのあるやつにしなさい。じゃないとあたしは許さないから!」
俺のただスベッただけの挨拶と、SOS団員と名誉顧問の挨拶が終わり、ハルヒが口を開いた。
そこで俺は、もう一生見れないかもしれないハルヒの姿を見ちまった。
「私たちは結局不思議を見つける事が出来ませんでした」
不思議なら目の前に3個程転がっているがな。
ここで俺は何も考える事が出来なくなっちまった。
「だけどあたしは不思議よりも、もっと楽しい事を見つけたの」
「…それが何かって言わなくてもわかるでしょ」
「だからって不思議探しをやめるつもりは微塵もないんだからねっ」
「みんな今日はありがとう。とっても楽しかったわ!」
「いいえ、今日だけじゃないわ。ずっと楽しかった」
「我がSOS団は永久に不滅だからっ!」
涼宮ハルヒが泣いていた
泣いたハルヒを姿を見て俺の中のすべての記憶がフラッシュバックした。まるで走馬灯のように。
「キョン、あんた何泣いてんのよ」
?俺が?泣いて?
目の周りにふれると確かに濡れていた。
だが、それならお前もだハルヒ
「あ、あたしはいいのよ団長なんだから!」
無茶苦茶な理論だな。まあ今に始まった事ではないが。
朝比奈さんはわんわん泣いているし、それをあやすように背中を摩っている鶴屋さんも少し泣いている。
古泉、お前涙目だぞ。あの長門ですらいつものあの目から人肌程の暖かさを感じる。
気付くとハルヒはすでに泣き止み、照れを隠すように後片付けを始めていた。
それに釣られ俺達も動き始める。
俺が食器を重ねていると朝比奈さんが小声でこんな事を言い出した。
「キョン君、この後時間はありますか?」
これは誘われているんだろうか。だが、同時にまた何かあるんではなかろうな、と思っちまう訳で
しかし朝比奈さんの誘いを断る理由などあるはずもなく
「ええ、ありますが、もしかして何かのあれですか?」
我ながら何を言っているのかまるでわからんがとりあえず通じたようで
「うん。そうなんだけど…」
と伏し目がちに言った。
「わかりました。それで俺はどうすればいいんです?」
「うん…あの公園で待っています」
朝比奈さんと目線が合う事はなかった。
片付けも終わり、鶴屋さんと朝比奈さんは先に帰っていった。
鶴屋さんは帰り際に
「幸せになれよっ。少年っ!」
と、またも背中に掌を叩きつけ、笑い声を上げ去っていった。
そして俺達は、いつかの大掃除以来やたら殺風景になった部室でハルヒから今後の予定やSOS団の活動方針などを聞き、校門前にて本日の解散が告げられた。
その別れ際、ハルヒは何かを言いたげな表情を見せた。が、朝と同じで気付いた時にはいつもの顔に戻っていた。
そして「あたしはちょっと用事があるから先に帰ってていいわよ」と言い残し、学校内に走っていった。
後になって考えると、この時にその理由を深く考えなかった事を後悔した。
三人で雑談をしながら歩いていると古泉が
「僕はこの辺でお邪魔させてもらいます。それでは、また近い内に」とにこやかに言い残し去っていった。
そして長門のマンションの近くに用事があるから送って行くよ、という俺の提案に「そう」とだけ答え、長門は一足先に歩きだした。
少し歩いた所で俺は立ち止まり言った。ずっと言いたかった事だ。
「なあ、長門」
長門は足を止め振り返り俺を見上げた
俺さ、ずっと言いたかったんだ。俺が生きてるのは長門のおかげだ。
本当に感謝してる。先に謝るべきなんだろうが、まずはお前に感謝したい。
「……」
と視線を微動だにさせず無言で返す。さすが長門だな。俺は今すぐ心臓がどっか飛んでいっちまいそうだぜ。
くそっ、雪は降りそうにないが言っちまえ
「…有希、ありがとう、な」
長門は微笑む一歩手前のような顔で
「……そう」
とだけ言い、前を向き歩きだした。
それから少し饒舌になった長門をマンションまで送り届け、俺は朝比奈さんの待つ公園に向け走った。
公園に着くとすでに朝比奈さんがいた。ちなみにこの公園はあの変わり者が大好きなあの公園だ。
俺は息を整えながら
「すみません、朝比奈さんお待たせして」
「ふふ、気にしないで。全然待ってないわよ、キョン君」
朝比奈さんは1000カラットのダイヤモンドも無価値にしてしまうような笑みを浮かべた。
こりゃたまげた。まるであの朝比奈さんではないか。
だが少し幼さを残すこの朝比奈さんは俺を心底ドギマギさせる事を言った。
「キョン君、あなたは今好きな人がいますか?」
!?なんだって、えっ、なんだって!?なんだって!?朝比奈さんはなんと言った?「好きな人はいますか?」だ、まるで告白じゃないかこれは。
いや、待て、しかし、でも、まだだ、はやとちりはいけないからな。
ここは落ち着くんだ俺。とりあえず何か 言葉を…
「へっ?」
それを聞いて、はわわと慌てた朝比奈さんは顔を真っ赤にして
「あ、あの、ごめんなさい。キョン君。そういうことじゃないの」
えっ?そういうことじゃない?ああつまりそういうことじゃないないんだな。
「ええ、わかってましたよ、朝比奈さん」
わかってなどいなかったけどな
朝比奈さんはほっとしたような溜息を吐き
「私、キョン君には後悔しないように生きてほしいの、だからっ…」
決心した表情の朝比奈さんは
「行きましょう。涼宮さんの元に」
はい?
「え?あ、すみません。二年前の七夕にです」
はあ、いったい何をしに行くんです?
「…それはキョン君が決める事です」
俺が決める?何を?
しかしこれは誰あろう朝比奈さんの頼みだ。いまさら断るのも気が引けるしな。
「よくわかりませんが、わかりましたよ」
それを聞いた朝比奈さんは「目を閉じて下さいね」と言い、俺の両手を握った。
瞬間、あの感覚がやってきた。
ぐわんぐわんと意識も周囲も回転しているようなあの感覚だ。だが度重なる時間旅行により俺の体も慣れたからなのか、はたまた俺にタイムリーパーの資質があるからなのかわからないがすぐに体全体に重力を感じた。
朝比奈さんは心配そうに俺の顔を覗きこみ
「キョン君、大丈夫ですか?」
ええ。全然大丈夫ですよ。
辺りを確認するように見渡すと、どうやらここはハルヒの母校である東中の校門前だと気が付いた。
「それで、ここはもう二年前なんですか?」
朝比奈さんは時計を確認し
「うん、二年前の七月七日です」
ハルヒに会うって言ってましたが、ハルヒはこの中ですか?俺は何をすればいいんです?
「それは、キョン君にしかわからない事です」
さらに続け
「キョン君の思うようにして。それがあなたの未来だから」
朝比奈さんはやはり上級生だった。こう言っては失礼だがあの頼りなかった朝比奈さんが、今はこんなに頼りがいのある顔をしている。
月日が経つのは早いもんだ、としみじみしていると
「あの~キョン君?」
朝比奈さんの手が俺の顔の前で左右に振られていた
「ああ、すみません。俺はこの中に行けばいいんですね。朝比奈さんも一緒に来てもらえるんですか?」
朝比奈さんはいいえと首を振り
「わたしは行けません。わたしの役割はキョン君をここに連れてくる事だけだから。何もお手伝い出来ないの…」
ごめんなさい、と頭を下げ
「すべてはあなた次第です。キョン君」
俺次第か…まあ決まってますよ。朝比奈さん。
ああ、行くさ。当然だろ?朝比奈さんがここまで連れて来てくれたんだ。これも何か意味のある事なんだろう。
すでに開いていた校門をくぐり微妙に見覚えのあるグラウンドの中心に一生忘れないであろう人影が見えた。
ハルヒだ。
現在高校一年生。
俺が過去のお前に会ってる時にお前は俺に会ってたんだな。
ハルヒは夜空を見上げている
「よお」
俺は遠くから若干声を変えて言った。
「!?ジョン!?」
ハルヒはその場で俺を見ながらそう言った。
俺はこちらに来ようとするハルヒにそのまま聞いてくれと制し
「しかしよく覚えてたな」
「なんでいるのよ」
「ここは俺にとって思い出の場所だしな」
なんせお前が初めて俺に会った場所なんだ。もちろん口には出さないさ。
「それ北高の制服よね?いままでどこにいたのよ?あんたまだ高校生なの?」
一度にいくつも質問するなよ
「ああ、制服を着てないとお前が俺ってわからないかもしれないだろ?」
ぷいと頭をひねり
「それぐらいわかるわよ」
そうかい。
それで今日は絵文字を描かないのか?なんなら手伝うぞ?
「願い事ならもうしたのよ。短冊だけどね」
そして部活で短冊を書いた事や、短冊に金くれと書いたアホがいる、などの事を楽しそうに話しだした。
ハルヒ、お前がアホと呼んだ奴は目の前にいるんたぜ。ちょっとは配慮しろよ。
「それでお前は短冊になんて書いたんだ?」
それは俺の記憶通りの内容だった。
世界があたしを中心に回るようにせよ
地球の自転を逆回転にしてほしい
「きっと叶うさ。お前が望めばな」
片方はすでに叶っているし、もう一方が叶えば地球がどうなるのか検討もつかん。もしかするともう逆回転してるのかもしれん。
仮に地球が逆回転していても俺は気付かないだろう。なんせ俺はアホだからな。
少し沈黙が流れ
「学校はどうだ楽しいか?」
「まあまあね」
その場で再び星空を見上げたハルヒは
「ねえ、ジョン。あんた宇宙人の知り合いがいるの?」
さてどうしたもんかね。
「どうなの?いるの?いないの?」
わかったからそんなデカイ声で何度も聞くな。近所の人に通報されたらどうするんだ。
そんなハルヒの質問を遮るように「いる」とだけ答えると
ハルヒは何かを考えるような仕草をした後
「ふーん、そっ。それじゃ、また来年の七夕に会いましょ」
と言い残し校門へと走っていった。
また行かなきゃならんのか
俺は急いで校門に戻り、朝比奈さんに先程の事を説明すると、すべてわかっていたかのように微笑み、「わかりました」とだけ言った。
そして朝比奈さんは俺の両手をつかみ
「キョン君、目を閉じてね」
と優しく促すように言った。忘れてた。
あの感覚に襲われた後、目を開けると先程と同じ景色が広がっていた。
「着きました。私達のいた時間から数えて一年前の七月七日の午後十時頃です」
それじゃ行ってきます。朝比奈さん。少し待っていて下さい。
「行ってらっしゃい。キョン君」
涼宮ハルヒ現在高校二年生。去年よりも髪が伸びたようだ。
継続的に見ているとまったく気付かなかったが、こうやって見るとよくわかるもんだ。
ハルヒは去年と同じ場所で星空を見上げている
「よっ、久しぶりだな」
「遅いわよ。結構待ったんだからね」
声は苛立っているが、実際はどうなのかね。
「悪かったな」
「あんたまだ高校生なの?早く卒業しなさいよ」
今日してきた所だ。口には出さないが。
「好きで着てるんじゃないさ」
「ふん」
「どうだ学校は。彼氏でも出来たか?」
一瞬間ができ
「い、いないわよ!そんなの。バカバカしい」
「すまん、冗談だ。で、どうなんだ、学校は。楽しいか?」
「楽しいわね」
そう言うとハルヒは学校の思い出を語った。とても楽しそうに。やはり話の中に俺が出る時はアホと呼ぶようだ。
もしや俺がアホなのはお前がそう言っているからじゃないだろうな。
「そうかい、そりゃ楽しそうだな。俺も混ぜて欲しいもんだ」
実際に混ざっていたし楽しかったな。
「どうしても入りたいって言うのなら考えてあげるわ。ただしSOS団に入るにはちょっとやそっとの人間では駄目なの。試験を受けてもらわないとね」
あの理解不能、解読不能、答え無しの試験か。
「やめとくよ。お前の考える試験に俺が受かるとは思えないしな」
実際受からなかったしな。あの試験に合格できるのはハルヒ、お前だけさ。
「そう、気が変わったら言って頂戴。いつでも試験を受けさせてあげるわ。ただしチャンスは一度きりだから」
そうかい。考えとくよ。
「じゃ、帰るわ。また来年の七夕にね」
しかしなんで七夕なんだろうな。俺の事を七夕にしか外出しない引きこもりとでも思ってるのかね。
ハルヒの背中が見えなくなるまで見送った後、小走りで朝比奈さんの元に戻る。
お待たせしました。早いとこ行っちゃいましょう。
「ふふ、そうね。行きましょう」
朝比奈さんが俺の両手を取ると本日三度目のあの感覚がやってきた。
狂った感覚が収まり目を開けるとこれまた本日三度目の景色だ。
「それじゃ行ってきます。朝比奈さん」
「行ってらっしゃい。キョン君」
ヒラヒラと手をふる朝比奈さんを背に本日四度目のハルヒ会いに走った。
去年までと同じ場所でハルヒが満天の星空を見上げている。涼宮ハルヒ、高校三年生。やはり去年よりも髪が伸びている。
「よう、調子はどうだ?」
チラリとこちらを見て
「まあまあね」
と言い、星空に目を移した。
「あんたいつまで高校生なの?あたしはもうすぐ卒業よ?」
「だから何度も言ってるだろ、これはお前の為さ」
「そうだっけ?まあいいじゃない、そんな細かい事は」
お前が聞いてきたんじゃいか。
まあ、しかしお前は変わらないな、ハルヒはいつもハルヒのままだ
「それで学校はどんなだ?楽しいか?」
ハルヒは星空から俺に目を移し、暗がりからでもわかる程に澄み切った青空のような笑顔で
「とっっても楽しいわね!あんたにもこの楽さを味わって欲しいくらいね」
そう言うと思い出をぽつりぽつりと話しはじめた。俺の事をアホと呼ぶのは相変わらずだ。
話し終えた所でハルヒが驚いたように
「ちょっと、あんたもしかして泣いてるの?」
えっ?目の周りに触れると確かに濡れていた。おいおい、俺はいつからこんなに涙脆くなったんだ。一日に二回も泣くなんてな。しかも同じ奴の前で。
「ああ悪い、ちょっと昔を思い出してな」
「へぇ、あんたの過去ってちょっと興味あるわね。話してみなさい。それにあたしだけが話してるのも不公平よ」
ああ、そうだな。ちょっとだけだぞ。まずは俺の知ってる宇宙人の話だ。
長門と朝倉のバトルを、擬音を交え、細部をぼかし話すと。ああ名前は出してないからな。
「あんたは何もしてないのね。見てただけじゃないの。どっかのアホにそっくりだわ」
おいおい、そんな事言うならもう話してやらんぞ。
「悪かったわよ」
そうかい。それじゃ次は未来人の話だな。
朝比奈さん(みちる)の話だ。当然ぼかしつつ。ハルヒの知らない事だけ話した。
「へぇその未来人さんは随分ドジね。うちのみくるちゃんにちょっと似てるわね」
暗くてよく見えないが、今頃ハルヒの目はまるで新大陸を発見した海賊のように輝いてるんだろうな。
次は?と急かすハルヒ
そうだな、次は超能力者だ。
これは変な空間で見た話だ。そういえばハルヒは閉鎖空間に行った事があったな。ハルヒが知らない事だけかい摘まんで話した。
「またあんたは見てるだけなのね。本当にどっかのアホにそっくりだわ」
「そうかい」
まあ俺はどっかのアホそのものだからな。
「ジョン、あんたも楽しそうじゃないの。羨ましがる事ないわよ。それにあたしはあんたが羨ましいわよ。少しだけどね」
人差し指と親指で少しを表し、ハルヒは満天の星空に目を移した。
ああ、そうか。
気付いた途端、胸が張り裂けそうな痛みに襲われる。ハルヒはSOS団が楽しいと言った。だがそれはハルヒの知っているSOS団だ。
つまり宇宙人や未来人や超能力者がいなくてもSOS団が楽しいという事だ。
不思議を探し求め、だが、最後まで見つけれずに卒業しちまった。最大級の不思議がすぐそばにあったのに、だ。
なんてこった。俺は大馬鹿者のアホのクソったれだ。結局一番楽しんでいたのは俺じゃないか。
ハルヒはこんな力を望んでいないだろう。だが、持ってしまった。
もしもハルヒに力が無かったらどうだろうか、おそらくSOS団は出来なかったはずだ。
長門は地球に来ない。朝比奈さんも未来から来こない。古泉もおらず。朝比奈さんがいない事で必然的に俺は過去に行けない。そしてジョンスミスに会っていないハルヒは北高に来ないかもしれない。
クソッ、なんて残酷なジレンマだ。
「ねぇジョン、まさかまた泣いてるの?」
ああ、認めるよ。まさかハルヒに三回も涙を見せちまうとはな。
「あんた涙脆いのね。意外だわ」
そうかい。もうなんとでも言ってくれ。
「あんたも泣いてる所を見られたくないでしょうし、あたしはそろそろ帰るわね」
ハルヒは、それじゃと手を振り俺に背を向け歩き出した。もしかしてこれで最後なのか?お前とジョンスミスが会うのが最後なのか?
待て、待ってくれ。俺はお前に伝えたい事があるんだ。クソもうなんでもいい言え
「待て!」
ハルヒは足を止める。が振り向かず。
「……」
何も言わない
「お前は今年で卒業なんだよな!?不思議なんていくらでもみせてやる、だから卒業式の日にもう一度会おう!」
ハルヒはこちらを振り向く。表情は見えない。
「そう。楽しみに待ってるわ。待ち合わせ場所は、そうね、あんたの一番の思い出の場所にしましょ。あたしはそこで待ってるわ。それじゃあね………ジョン」
急いで朝比奈さんの元に戻り、早く戻らないといけない旨を伝えると。
俺の手を握りしめ
「キョン君、落ち着いて。わたし達が出発した時間にはいつでも戻れます。だから、ね?」
そうだ。いつ戻ろうと同じ時間だ。だが…
朝比奈さんは俺にお茶を差し出し、
「飲み物を買っておいたから、飲んで落ち着いて」
はい。ありがとうございます。
何口か飲んだとこで大分落ち着いてきた。これはまさか未来的な飲み物じゃなかろうな。
安心して、と自動販売機を指差し
「あの販売機で買いました。どちらかと言うと過去的な飲み物よ」
と完全無欠の笑顔でそう言った。
ああ、やはりこのお方は天使だ。俺の焦りまくっていた感情を気付かぬ内に消していてくれたからな。
「キョン君、少しお話しませんか?」
はい、もちろんです。
朝比奈さんの頼みを断る位なら俺は死を選ぶね。
おそらくあの公園に向かっているであろう朝比奈さんは少し速めに歩き、俺もその歩調を合わせて歩を進める。
俺が言葉をかけれずにいると、朝比奈さんはこちらを見ずに
「キョン君、わたしはもうすぐ未来帰らないといけません」
「へ?今なんとおっしゃいました?」
俺の足が止まる
それに気付いた朝比奈さんも立ち止まり、やはりこちらを見ずに言った
「未来に帰らないといけないの」
……っそんなのはわかっていた事じゃないか。だけど急すぎるだろ。
言葉が出ない。
「キョン君、あなたの居場所は今ではないでしょう?それと同じ事です。役目を終えたら本来いるべき場所に帰らないといけないの」
「わたしに与えられた役目はあなたを導く事」
やっと俺の口が開いた
「いつですか?いつ帰らないといけないんです?」
朝比奈さんが言った。
「――――」
…そんなのないだろう。もうちょっとなんとかならないのか。
「キョン君、仕方がない事なの」
「せめて、あなたにだけは聞いてほしかったから」
俺に背を向ける朝比奈さんはいったいどんな表情をしているのだろうか。
そうだ、ハルヒに言っても駄目なんですか?あいつならなんとか出来るかもしれません
「駄目なのキョン君。わかって?」
くそ、俺は無力だ。道端の石ころと同じじゃないか。
…そうだ朝比奈さんは家に帰るんだ。
なぜ朝比奈さんが家に帰っちゃいけない?未来には家族がいるだろう。友達も、もしかしたら恋人も。
朝比奈さんには朝比奈さんの未来があるんだ。引き止めるなんて俺のエゴでしかない。
しかも俺は知っているじゃないか今より未来の朝比奈さんを。
「わかりました。朝比奈さん。こちらを向いてもらえませんか?」
くるりとこちらを向いた朝比奈さんの目は強い意思を持っていた。
「わたしははいつか必ずあなた達に会いに戻ってきます。それはわたしにとっては長い時間かもしれません。けれど諦めずに沢山勉強して、沢山努力すればまた戻ってこれると信じています」
朝比奈さん。俺は知っています。あなたが俺達を助けに戻って来てくれる事を。まあちょっとは疑念を抱いた事もあるがすべては必要な事だったんだろう。
「ええ、待っています」
「ふふ、ありがとうキョン君。そうだわたしからの最後のお願いを聞いてくれる?」
なんでも言って下さい。朝比奈さんの願いならこの身が朽ち果てようとも叶えて見せますよ。
それで願い事はなんです?
「…私をみくるちゃんと呼んで下さい」
朝比奈さんは上目使いで俺の目を見つめてらっしゃる。可愛い。
そして俺はそれを身が朽ち果てるような気持ちで言い、それを聞いたみく…朝比奈さんは顔をりんご色に染めていた。
誰にも見られてないだろうな。もし見られてたらマジで身が朽ち果てるだろうぜ。
「キョン君、帰りましょう。あなたのいるべき場所へ」
朝比奈さんはあの公園に着くなり、こちらを真っすぐ見据えそう言い、さらに続けた
「わたしは未来に帰っても、ずっとあなた達の事を忘れません。そしてずっとあなた達を見守っています」
そう言うと俺の両手を強く握り、
「キョン君、お幸せに」
俺が最後に見た朝比奈さんは、全宇宙最高の笑顔だった。
あの感覚が消え、目を開けると先程と同じ景色だった。
ただ一つ、目の前に朝比奈さんがいない事を除いては。
朝比奈さんの最後の任務は俺を今に導く事。そして、それを終えると未来へ帰らなければいけない。
どうやら本当だったみたいだ。これが冗談だったらどれ程良かっただろうな。
だが俺は確信にも近い物を感じていた。
どの朝比奈さんかはわからないが、きっとまた近い内に会えると。そうだな、鶴屋さん主催のお花見パーティーにひょっこり現れそうな。そんな予感さ。
朝比奈さん。ありがとうございました。
俺は明後日の方に向かい言った。
そこに朝比奈さんがいるのかはわからない。
だが、朝比奈さんは言っただろ?
あなた達を見守っていると。
明後日に向かい少し会釈し、東中に向け走った。
まだそこにいてくれよ。ハルヒ。
全力で走ったからだろうか、わりとすぐに東中に着いた。
そして街灯に照らされた校門の前に人影が見えた。
俺は息を切らしつつ、見覚えのあるそいつに言った
「古泉か」
「おや、僕の事は名前で呼んでくれないのですか?」
冗談のつもりか?ちっとも笑えんぞ。というか見てたのか?見てたんだな。決めた、後で殺す。
「そんな事よりなんでお前がここにいる?俺を暗殺でもするつもりか?」
「滅相もありません。実は朝比奈さんに頼まれまして。ここであなたを待っていて下さい、と」
どういう事だ?
「そうですね、結論から言いますとここに涼宮さんはいません。そして涼宮さんはここには来ないと思います。つまり、それを伝えろ、ということでしょう。あなたがいつまでもここで待たないようにね」
古泉はいつもの微笑を崩さずに淡々と言った。
ハルヒがいない?なんでだ?どこにいる?
「それはあなたが一番よくお分かりのはずです。そして、それはあなたしか知らない事ではありませんか?」
最後の七夕の日にハルヒはなんと言っていた?
そうだ、あんたの一番の思い出の場所で、と。ジョンスミスの思い出の場所ってのはどこだ?東中じゃないならどこだ?
「随分とお悩みのようですが、それでは僕からのヒントを一つ。あなたは涼宮さんと聞いてにどこを思い浮かべますか?」
ハルヒと聞いて?…あそこしかないだろう。だがハルヒの立場から見るとどうだ、その場所はジョンスミスが俺だと知っていないと思い付きもしないはずだ。
「まずは、あなたが思った場所に行ってみてはいかがでしょう?僕としてはそこに涼宮さんがいるのではと思いますが」
そうだな。とりあえずそこに行ってみるさ。だが、走り出す前にするべき事を思いついちまった。こいつにも礼を言わないとな。
「ありがとよ。……一樹」
古泉は驚いた様子で
「それはお互い様だと思うけど?だけど有り難く受け取っておくよ。ありがとう。…キョン君」
確かに俺は見た。古泉の人間味に溢れ、とてもぎこちなく優しい笑顔を。
というか何を照れてるんだお前は。男二人が向かいあって照れてる光景なんざ気持ち悪い以外の何物でもないぜ。
まあ、しかしこの笑顔は女だったらイチコロだろうな。もういいじゃねえか。そんな仮面さっさと取っちまえ。
いつもの調子に戻った古泉に別れを告げ、俺は走りだした。しかしとんだ茶番だったな。まあ、あの笑顔は完全に予想外だったが。
ハルヒは今日の別れ際に、学校にまだ用事があるから。と言っていた。それに何かを言いたそうなあの表情。ヒントはあったんだ。俺が気付かなかっただけだ。
ハルヒは北高にいる。そしてたぶん俺の思った通りの場所にな。
これは俺の妄想だが、ハルヒは俺がジョンスミスだと知っている訳じゃないだろう。
もしかしたらジョンスミスが俺じゃないか、と考え、それを確かめる場所に北高を選んだんだ。
まさか朝に別れを告げた上り坂にまた会わないといけないとはな。
鶴屋さんと朝比奈さんは言った。
後悔するな、そして幸せになれ、と。
幸せになれるかはわからない。だが、後悔はしそうにない。
俺は走り、綺麗に咲いた桜を見て思う。
ハルヒ。どうやら俺はお前の言う精神病とやらにかかっちまったようだぜ。しかも死んでも治りそうにない程の重症だ。
やっと気付いたよ。ハルヒ。
…いや、本当は気付いていたさ。ただずっとごまかしてきただけだ。だが、ごまかすのも、隠すのも、もうやめだ。
俺の気持ちも、宇宙人や未来人や超能力者の事もすべて話してやる。
そうだ、俺は涼宮ハルヒが――
また会ったな、北高さんよ。
だが俺が会いたかったのはお前じゃないぜ。
俺は校門を抜け、靴を履きかえるのも忘れ、走った。
俺の一番の思い出の場所にな。
――そこは俺の物語の始まった場所だ。そして同時に涼宮ハルヒと出会った場所でもある。
まだ卒業して数時間しか経っていないが隅にホコリの溜まった階段も、傷だらけの廊下も、錆びたロッカーも、すべてが新鮮だ。入学したその日のように。
俺は走ったままの勢いで扉を開けた
ぼんやりと月明かりに照らされた一年五組の教室。
俺の一番の思い出の場所の後ろの席に、ハルヒがいた。
寝ているのか、机に顔を伏せている。そして髪を後ろで一つにまとめている。そう、俺的最萌ヘアー、ポニーテールだ。
教室に一歩入ると今までの焦りが嘘だったかの様に落ち着いていた。まるでこの教室だけ時間が止まっているような、そしてそれは、俺をとても安堵させた。
ハルヒは机から顔を上げずに突っ伏したままだ。
俺はハルヒの前の席に腰を掛ける。ここに座ると色々と思い出すな。お前の自己紹介は今でも一語一句違わず覚えてるぜ。
「よう。寝てるのか?」
「遅いのよ」
ハルヒは顔を上げず言った。
「悪かったな。これでもあの坂を全力疾走してきたんだぜ」
ハルヒは俺の弁明を無視して、顔を上げずに、
「そういえば、あんた宇宙人の知り合いがいるのよね?」
「まあな」
「宇宙人てどんなやつ?」
「そうだな、そいつはいつも俺達を助けてくれるんだ、スーパーマンみたいにさ。そしてどこぞの変な団の部室で静かに本を読んでいるようなやつだ」
いい加減顔を上げろよな。
「嫌よ。それで、未来人にもいるの?」
「ああ、いるぞ。どこぞの変な団の専属メイドをやっていた。それに映画の主演をしたりもしていたな。それにその人の煎れるお茶は死ぬ程美味いんだ」
顔を伏せたままハルヒはピクリと少しだけ反応し
「超能力者には?」
「時にはどこぞの変な団の副団長だったり、時には機関という組織の一員だったりと忙しく動き回っていてな。そして、いざという時には頼りになるような、そんなやつさ」
ハルヒは顔をゆっくりと上げ俺を見た。
「ジョンはやっぱりあんただったのね。キョン」
「まあな」
ハルヒは納得したように小さく溜息を吐き窓の外に顔を向け、
「言いたい事も聞きたい事も山のようにあるんだけどね、まず、あんたはあたしに言うべき事があるんじゃないの?」
と、少しだけ不機嫌そうに言った。
「ああ。…黙ってて悪かったな」
「ふんっ。……他には?」
ポニーテールの感想も後でいくらでも言ってやるさ。
ここはすべてが始まった場所だ。なら、またここから始まってもいいじゃないか。
新しい物語がさ。
「ハルヒ」
「なによ」
あの時と同じく窓から視線を外さないハルヒに俺は言った。
たった三文字の―新しい物語が始まるかもしれない―そんな言葉を。
89 : 以下、名... - 2010/06/19(土) 08:39:29.41 5JSwZKpSO 70/70おわりです。
支援してくれた人も読んでくれた人も意見をくれた人もありがとう
これは良いハルヒSS。
谷川流先生……続編書いて下さい。