1 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:13:47.00 GfZ+gmO70 1/658




・フィアンマさんが女の子

・雷神右方

・キャラ崩壊、設定改変及び捏造注意

・時間軸不明、旧約一巻以前



元スレ
フィアンマ「助けてくれると嬉しいのだが」トール「あん?」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1382858026/

2 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:15:37.54 GfZ+gmO70 2/658



強くなりたい。

いつからそう思い始めたのか、トールにはまったく判別がつかない。
気がつけば強くなるために、強さを求め、その強さのための強さを求めた。
最初は狩猟などで鍛えていたが、じきにそれでは物足りなくなった。

街中の人間と喧嘩をした。
最初は負けることもあったが、だんだんと強くなっていった。
それだけでも物足りず、やがて魔術というものにも手を出した。
北欧神話に前々から興味を持っていた自分にとって、術式を編み出すことは難しくなかった。
どんな神様をベースにして術式を構築するか。
悩んだり、迷うことはなかった。

『トール』

神々一の剛勇。
オーディンもそうだとは思うのだが、いかんせんそちらは知識の神としての側面が強い。
別に自分は知識が欲しいのではなく、とかく、強くなりたかった。

全能のトール
雷神のトール

神話を端々から端々まで眺め、考えた。
殺すための技術ではなく、勝つ為、倒す為の技術を磨いた。
手を伸ばし続けばいつか、星にだって手が届くと信じた。



――――守りたいものは、なかった。

3 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:16:17.57 GfZ+gmO70 3/658


やがて、そうして強さを手に入れていく内。
高みへ昇る度に、強さへの執着が増した。

より良い『敵』。

倒して気分が良くなるような、強くて凛々しい敵に勝利する。
それを目的に据えて、努力を続けた。
多くの魔術師を倒し、しかし殺しはしない自分は有名になった。
扱う術式の傾向は『トール』に絞ったものであった為。
自分は、『トール』と呼ばれるようになった。自分自身、その名を使い始めた。

元より、本名にこだわりはなかった。
本名は平凡なものだったし、親は既にこの世には居ない。

『この街にゃもう強いヤツはいねえな……』

戦争に介入してもみた。
傭兵ではないので、その場全てを壊し尽くして戦争を終わらせた。
『戦争代理人』という称号がついてしまう位に、自分は強くなってしまっていた。
自分の腕と釣り合う誰かと戦っただけで、その辺り一帯が壊れていってしまう位に。

そこまで強くなると、今度は更に戦う相手や場所を選ぶ必要が出てくる。

この段階まで強くなっても、どうしても。
どうしても、満足いかなかった。
まだまだ高い場所へ上り詰めたい、と心から思った。

4 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:16:43.92 GfZ+gmO70 4/658


戦い相手との障害を取り除く為、手が空いていたから…理由は様々だが、救えるものは救った。
自分の力で救えるのならそれ程良いことはない、とも思った。
だからといって、その一時的に助けた『誰か』を特別に感じたこともない。
孤独を感じたことはなかったが、強さを求め続けた俺を取り囲むのは孤高だった。

『それで、アンタが右方のフィアンマで間違いねえんだな?』
『命知らずとはお前のことを指すようだな』

敵を求め続けた自分が出逢ったのは、一人の男だった。
特別な右手を持ち、扱う術式は"相手に合わせて出力を最適に変えて確実に倒す"もの。
それならば周辺への被害は出ようはずもないし、自分の積みたい経験値には最高の相手だと思った。
勝ち負けは重要ではない。その戦いからどれだけの経験値を得られるかが、重要だった。

『聖なる右とやら、見せてもらうぜ』

ローマ正教の陰のトップ。
大聖堂の奥に普段は座している、最も秘匿された最終兵器。
まさか戦闘に応じてくれるとは思わなかったが、僥倖だ。

『好きに来ると良い』
『あん? そっちから来いよ』
『先手を打つ必要はない。何にしても、俺様の勝利は確定してしまっている』

呆れた様な声だった。
アーク溶断ブレードを見て尚、その余裕に変わりはなかった。

5 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:17:11.24 GfZ+gmO70 5/658


そして、俺の攻撃が届くまでもなかった。
相手が行ったのはただ一度、右手を振っただけ。
それも、虫を払うかの様な、平凡な動き。

それだけだった。

しかし、俺の身体は吹き飛ばされ、身体全体には重いダメージが残った。
恐らく『俺に合わせて』、敵の持つあの赤い腕が効果を発揮したんだろう。

『が、っ……』
『……つまらんな』

せっかく応じてやったのに、とばかりの声。
金色の瞳は酷く冷えていて、笑みは氷の彫刻のようだった。
俺はのろのろと手を伸ばし、霊装を消費してダメージを癒す。
周囲に被害は出ていない。ただ、俺だけを確実に倒してくれる『敵』。
どこまで強くなればあの腕に倒されないのか、勝てるのか、それを考えると笑みが浮かんだ。

『は、ナメやがって…ッッ!』

楽しい。
未だかつて、こんなにも楽しい戦いはあっただろうか。
何度も攻撃に立ち向かう度、容赦なく腕が振るわれる。
霊装を消費しても癒しきれないダメージが、徐々に体に蓄積してきた頃。

『おや、……時間切れか』

相手の『腕』が、空中分解を起こした。
俺の中の熱も急速に褪め、色あせていく。

『興ざめだな』
『すまないな。いかんせん不完全なんだよ』

やれやれ、と男は肩を竦め、俺に背を向けた。

『次は、もっと強くなってから出直してくるんだな』
『そうするよ』

また戦いたい、と思った。
あんなに最適な相手とは二度と出会えないだろう、と思った。

6 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:17:46.61 GfZ+gmO70 6/658


あれから、約二年の月日が経った。
俺は強さを求めて、日本へやって来た。
極東の女聖人が来ている、という話を聞いたからだ。

名は『神裂火織』。
扱う術式はワイヤーと魔術を両方駆使したものらしい。

どれだけ強いのだろう、と胸が高鳴った。
あの時よりも更に強くなった覚えはあるが、また戦いに行きたい。
だが、あの男を失望させるような腕では、自分でもダメだと思う。
せめて、あの『腕』と拮抗出来るくらいの存在になりたい。

「手は届くさ」

親にとってもらわなくたって、子は踏み台を使い、身長を伸ばし、棚に手が届く。
届かなければ、身長を伸ばせばいい。踏み台を増やせばいい。
俺にとっての強さとは、そういうものだった。存在理由であり、生きる意義。

「俺は、いつかアイツに――――」

冷めた瞳をした、容姿端麗で容赦のない男。
ヤツに勝利した時、俺はどれだけの達成感と強さを得たことになるのか。

7 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 16:18:31.61 GfZ+gmO70 7/658


「雷神トール……だったかな?」
「あん?」

振り返る。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
柔和な笑みを浮かべているものの、目は笑っていない。
そして、その瞳にはよくよく見覚えがあった。

「助けてくれると、嬉しいのだが」
「………」

髪にも、手にも。
俺が以前見かけた時は、赤いスーツを着用していた気がする。
現在は上はそのままに、下は赤いスカートのようだ。
膝上のスカートに赤い膝上靴下を着用しているようだが、女装には見えない。
というよりも、そもそも骨格からして違うような気がする。

「………お前、右方のフィアンマ…だよな? 妹さんとかいうオチか?」
「いや、俺様は俺様だよ。職務中は容姿を偽っているだけだ」

声音も、幾分か明るい。
ローマ正教のトップが女の子では示しがつかないだろう、と肩を竦められた。
確かに、以前会った時は容姿の印象はほぼそのままだが、骨格や見目は青年のものだった。
声も低かったし、身長はもう少し高かった。性別を偽る術式なら、俺にも蓄えがある程ポピュラーだ。

「なるほど。体裁を整えてた訳か……で、助けて欲しいって何だよ?」

戦った敵とはいえ、恨みはない。
むしろ、俺にとっての最高の敵は、尊重すべき存在だった。
他でもないそいつが困っているのなら、助けようと思うのも当然のことで。
俺の問いかけに対し、彼女は硝子板ばりにぺったんとした胸を張って答えた。

「所持金が無いので食事を奢ってくれ」
「堂々と言うことじゃねえよそれ」
「ああ、奢ってくれるのか。優しいな。わーい」
「無表情に棒読みかよ! 言ってねえし! 奢るのはいいけどよ……」
 

14 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 22:14:26.98 dsTNhcEF0 8/658


言い忘れましたがこのSS,今後エログロあるかもしれません。

15 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 22:15:03.10 dsTNhcEF0 9/658


右方のフィアンマ。

ローマ正教二○億の頂点にして秘匿された魔術組織『神の右席』、その実質的なリーダー。
つまり、二○億人の頂点に君臨している、絶対的な王者。
『世界の管理と運営』という方向性を持つ組織の長なのだから、当然切れ者中の切れ者。
加えて、その身は『神の如き者』に対応しており、単一の『天使の力』、司る『火』を使いこなすと言われる。
『火』のスペシャリスト、それ以上のエキスパートとなると、扱うものは単純な火に留まらない。
火に比喩される人間の生命を取り扱うことも出来るだろう。
天使や神についてよくよく研究しているので、『異世界』との接続なども扱う。

恐ろしい存在だ。

指先一つで戦争を起こせるような地位や権力、強さ、頭脳を持ち合わせた人物。
本当にごくわずか、限られた者しか存在を知ることすら許されぬ強者。
冷酷な男であり、必要とあらば死体を踏み台に何もかもを殺し尽くす……。


………そんな存在だったはずだ、とトールは今一度噂や自分の印象を脳内で繰り返す。
しかしながら、当の本人は現在、スイーツバイキングで平皿にありったけのケーキを盛っていた。
ホットココアにアイスクリームを入れているし、シフォンケーキにはぶにゅぶにゅと生クリームを絞っている。
殺気や威圧感はまるで見当たらないし、上機嫌にケーキ盛り合わせを作っているその姿は唯の女の子だ。

16 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 22:15:32.44 dsTNhcEF0 10/658


「なあ、お嬢さんや」
「何だその話し方は」
「俺は、飯奢ってくれって言われたはずなんだけど」
「ああ、そうだな。確かに頼んだぞ。お前は受け入れた」
「ケーキが飯っておかしいだろ!」
「大きい声を出すな。痴話喧嘩だと思われるぞ?」

やれやれ、と肩を竦めるフィアンマ。
肩をすくめたいのは俺の方だ、とトールは眉を寄せる。
対して、彼女はアイスクリームをスプーンで突っついてココアに溶かしつつ。

「俺様は洋菓子しか食べられないんだよ」
「……あん? 偏食かよ?」
「体質的なものだ。『神の如き者』は洋菓子の守護聖人だろう?
 原罪を薄めて天使の要素を取り入れていたら、普通の食事が出来ない身体になってしまってな」

洋菓子以外を食べると体調を崩す、と彼女はいう。
本当か嘘かはわからないが、ひとまず信じてやるとしよう。

「…っつか、金無くしたって何だよ。そもそもアンタはどうしてここに?」
「財布を落としてしまったんだ。ああ、来た理由は…私用でちょっとな」
「…………私用?」
「世の中には知らない方が良いこともたくさんあるぞ?」

にっこりと笑みながら、彼女はケーキを口にした。
なかなか愛らしい笑顔なのに、綺麗なのに、怖い。

17 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 22:16:06.56 dsTNhcEF0 11/658


「……ま、それはいいか。…財布落としたって、どうするんだ?
 カード類もないなら不味いだろ」
「非常に不味い状況だ」
「…だろうな」
「ところで、お前は何の為に日本へ?」
「んあ? あー、極東の女聖人と会う為だよ。戦いたくてな」
「見つかったのか」
「いや、まだ。サーチかけながら意味もなく歩き回ってる状況だよ」
「どこかに住んでいないのか」
「ホテルを転々としてるから、定住とは言いがたいな」
「ほう。なるほど、なるほど」

ふむふむ、と考え込み。
口いっぱいにビスケットを詰め込み、フィアンマは首を傾げる。
傾げたまま暫く黙ったかと思うと、柔和な笑みと共に言葉を紡ぐ。

「暫く俺様を傍に置いてくれ。養ってくれればいい」
「………は!?」

一時的に食事を奢るならともかく、養えとは。
トールは驚愕のあまり、動揺を隠せない。

「そこまでの義理はねえよ」
「何、俺様の何の支払いも無しに養えとは言わん」
「……生憎だが、俺はさっきも言ったように定住してないし、家事をしてもらう必要はねえよ」
「膝枕をしてやろう」
「ぶっ」

18 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/27 22:16:40.72 dsTNhcEF0 12/658


アイスコーヒーを飲んでいなくて良かった、とトールは思った。
危うく飲み物を無駄にしてしまうところだった。

「おま、条件おかしいだろうが」
「何だ。世界でも有数の魔術師の膝枕だぞ?」
「何をさも価値のある財産を譲り渡すような言い方してんだよ」
「仕方ないな。ならあれだ、手も繋いでやる」
「そういうことに憧れてる訳じゃねえし」
「………セックスしないと気が済まんのか。仕方がない…」
「ぶぶふっ」

気管にコーヒーが入った。しぬ。
トールはげほげほとむせ、テーブルの空きスペースに突っ伏した。
そういうことではないのだが、どうして通じてくれないのだろう。

「……そんな理由で身売りまでするんじゃねえよ…」
「膝枕でもだめ、手では満足しない、となれば性行為を要求しているんだろう」
「そういう訳じゃ……」
「ならどうすればいいんだ?」

まったく、と呆れた顔をしているが、それをしたいのはこちらである。

「わかった、何もいらねえよ……また俺と戦ってくれりゃいい。当分養ってやる…」
「頭の良いヤツは好きだ。話が早くて助かる」

満足げにブルーベリータルトを頬張る彼女はとても上機嫌である。
見目の悪くない美少女だし、まあいいだろう、とトールは思うことにする。
そうでもなければやってられない。
後は、良い『敵』に飢え死にでもされたら困る、という理由にでもしておこう。
敵に塩を贈る、なんてことわざもこの日本にはあるらしいから。


(…ま…まあ? もうちょい胸…せめて揉めるおっぱいがあればさっきの申し出、頷いてたかもしれn)







――――雷神トールの細い身体はノーバウンドで吹っ飛び、窓の外へ飛び出し、ビルの五階から落下していった。

28 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:01:09.99 tRq2mFom0 13/658



酷い目に遭った。

咄嗟に鉄粉を含んだ物体を電力線で繋いだガラクタに腰掛け、少年はため息をつく。
危うくアスファルトに叩きつけられて肉塊になってしまうところだった。
一飯の恩人に向かって何ということを、とトールは眉根を寄せる。

「無傷そうで何よりだ」
「テメェが突き落としたんだろうが。喧嘩なら喜んで買うぜ?」
「喧嘩などとんでもない。ただの制裁だ」
「あん? 制裁? される覚えはねえんだけど」
「胸」

ピシャリと言い放つフィアンマに対し、トールはびくりとする。
何故心の中を読んでいるのだ、と背筋が冷える。
ひとまず人目が集まってしまう前にオブジェを崩し、安全に着地すると共に物品を元の場所へ。

「人の胸について平ら過ぎる、といった類の評価をしていただろう。
 有り体に言えば気に障った」
「気に障ったからってあんな高さから突き落として良い理由にはなんねえよ」
「………」

大したことではないという認識のようらしく、反省の様子は見られない。
この野郎、とトールは眉を寄せ続ける。
対して、フィアンマはちょっぴりほっぺたをふくらませてそっぽを向き。

「…………好きでこんな胸をしている訳ではない」
「…………ひとまず謝りはするが、人の心を勝手に読むんじゃねえ。後暴力反対」
「お前が暴力を否定するのか? ジョークにしてはユーモアがいまいちだな」
「オイ」


29 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:01:50.86 tRq2mFom0 14/658


ツッコミが追いつかない、とトールは頭を抱える。
彼女は何事もなかったかのようにトールと共に歩いていた。
サーチをかけてくれているらしいが、本当だろうか。
何となく、この少女は思いつきで色々とやらかす気がする。

(世界の流れ全てを掌握する右方のフィアンマがそんなに軽はずみな訳……)

思う。
自分の考えを、丁寧に否定する。

しかし。

「トール、クレープというものがあるのだが」
「………あのな」
「ん?」
「食事はともかく、それはおやつだろ。食べなくてもいいブツだ」
「俺様にとっては食事と同じようなものだ。内容的に考えてもな」
「………」
「一口やろう」
「何でお前が買う訳じゃないのに分けてやる側の口ぶりなんだよ」

購入したのは、甘ったるいマロン生クリームクレープ。
モンブランを模しているらしく、マロンクリームもたっぷり入っていた。

「食べないのか」
「見てるだけで充分。……よく飽きないよな」
「これしか食べられないから、飽きるも何も無いんだ」

まふ、と柔らかい生地と甘いクリームにかぶりつき、フィアンマは空を見やる。
心地の良い秋晴れだった。

30 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:02:20.11 tRq2mFom0 15/658


「トール、アイスが安い」
「新発売のアイスケーキだそうだ」
「パンケーキ専門店か。悪くないな」
「メープルチョコレートパフェ……」

単価が安かろうと何の意味もねえよ。

めくるめくデザートスイーツツアーに財布として連行され、トールはがっくりと項垂れた。
そんな彼を見やり、フィアンマは楽しそうにはにかむ。

……実を言うと。
彼女が財布を落として困っていたというのは、嘘である。
実際には、財布は落としたが、中身が増えて小一時間で戻ってきてはいた。
色々とあってお金が増えて戻るのだから、彼女の幸運は相当なものだ。

にも関わらず。

何故、嘘をつき続けてトールと一緒に居て、養ってもらっているのか。
答えは単純明快で、一人が嫌だったからだ。

そして。

人間として存在出来る間に、最後位、楽しい思い出を作っておきたかった、から。

31 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:02:47.85 tRq2mFom0 16/658


もしかしたら女聖人の噂はガセなのかも、と思う雷神トール。
今しばらくはお休み期間でも良いか、と前向きに考え直し。
彼はフィアンマを伴い、ひとまず自分の宿泊しているホテルへ戻って来た。
人数ではなく部屋毎の金額設定なので、財布から出て行く金に変化はない。

(…それにしても、甘いモンは高いな)

コンビニの菓子パン一つは百円だが、ショートケーキは大概最低三百円から。
戦争代理人と呼ばれるような存在のため、今までいくつか仕事はしてきている。
その大抵は用心棒などのものだったが、結構な額をもらってはきたのだ。
表に出せない仕事、魔術師にしか頼めない仕事、様々なものがあった。
とある魔術結社に所属していた時に貯めた貯蓄の金もいくばくかある。

「それにしても持つかな……」
「何がだ」
「うお、」

シャワーを浴びていたらしいフィアンマが戻って来た。
バスタオルをまいており、下着含め衣類は身につけていない。
ちなみにトールは彼女の前に手早く浴びたので、逃げる口実はない。

「服着ろよ!」
「洗濯に出してしまったんだ」
「持ち合わせは?」
「無い」
「ありえねえ…」
「どうせ胸はないんだ。意識することもないだろう」
「………まだ拗ねてんのか?」
「……ふん」

32 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:03:13.46 tRq2mFom0 17/658


フィアンマやがて退屈を持て余したのか、トールの長い髪に触れた。
女性のものかと見紛う程に長く、美しい金髪。

「しばらく遊ぶ。じっとしていろ」
「そう言われてじっとしてるやつが居ると思うか?」
「ならばこうしよう。俺様に昏倒させられるか、大人しくするか」
「へいへい」

彼女は指先で、トールの髪を丁寧により分ける。
それから、ミサンガのように編み込み始めた。
痛くないので、うまく拒絶出来ない。
人から髪の毛に触れられるのは初めてで、トールはこそばゆそうに目を細めた。

「お前の髪は美しいな」
「そうか? 特別手入れしてる訳じゃねえんだが」
「質が良いんだろう、恐らくな」

手放しで素直に褒め、彼女はトールの髪を撫でる。
三つ編みに飽きたかと思うと、今度はサイドテール。
次はポニーテールで、ツインテール。

「………ふ」
「笑うな」
「すまんすまん、今直す」

くすくすと笑い、フィアンマはトールの髪を丁寧にブラシで梳かし、一つにまとめた。
緩く結ばれた髪は、腰程にまで長く垂れている。

「こちらの方がすっきりとしていて良いな」
「ま、活動的ではあるか」

33 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:03:39.69 tRq2mFom0 18/658





一週間共に過ごしたが、いまいちこの少女の考えは読めない。
天然ボケなのかと思いきや策略だったりするので油断出来ない。

「洋梨か……」
「そうだな」
「素通りするな」
「食いたいなら素直に言えよ! 可愛くねえな」
「……、」

後半の言葉を言った途端、黙る。
もしや怒っているのか、と冷や汗が噴き出た。
経験値を積む為の戦いは楽しいが、怒りによる制裁は楽しくない。
別に自分はマゾヒストではないのだから。

「……おーい?」
「………」

暫く黙り込んだ後。
フィアンマはつまらなそうに視線を逸らし、何を強請るでもなく歩き出した。

一時間。

常ならば欲しいかどうかはともかく『~が綺麗』などと話しかけてくるが、来ない。
割と喋るタイプなんだな、と思いながらも、その雑談を楽しんでいたトールであった、が。

(怒ってるなら手を出すか、嫌味言ってくるよな…?)

一週間の付き合いだが、彼女のパターンは何となしに読めている。
勿論人間なので例外はあるのだが、それでも大概は。

「………」

怒っているのだろうか、と予測している内は気づかない。
何故なら彼女は、落ち込んでいるのだから。

34 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:04:22.75 tRq2mFom0 19/658


(可愛くない、か)

事実なのだから、言われても仕方ない。
それでも、結構切ないものというか、胸にクるものがあった。
具体的に言えば涙腺にもきそうだったが、それはプライドが許さない。

(確かに、可愛げはないかもしれないが)

職務中ならば、何を言われても応えない。
そもそも男の容姿なのだから、可愛いと言われて困惑するべきだ。
しかし、今は男でもなければ、職務中でもない。

(…………うまくいかんな)

慣れていない。
騙したり、陥れることはよく理解、実践出来ていても、甘えはそうはいかない。

命令なら出来るのに。

男として、トップとして魅力的であればある程。
それは同時に、『平凡な可愛い女の子らしさ』から遠ざかることを意味する。

「彼女達、今暇?」

男の声が聞こえた。
視線を向けると、そこには二人の男性。
如何にも軽そうな、軽薄な印象を存分に与えてくる雰囲気と顔つきをしている。

「二人とも可愛いね~。今から飯行かない?」
「奢っちゃうからさ」

35 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/10/30 22:05:05.79 tRq2mFom0 20/658


腹立つ。

雷神トールの感想はそれだった。
どこからどう見ても、俺は男だ。
そう言わんばかりのオーラが放たれているが、ナンパ男達は気づかない。

「はは」

低い声を出したのは、トール…ではなかった。
その隣に居るフィアンマである。

「望む言葉とは、望む人物に言われないとそれはそれで腹立だしいものだな。
 いかんいかん。憤怒は大罪だと習ったのだが…まあ、これ位ならお赦しいただけるだろう」

うん、と勝手に結論を出し。
彼女は指先で、輪ゴムでも飛ばすかのように弾いた。
途端に、男二人の身体は吹っ飛び、電柱にぶつかって気を失う。
第三者には恐らく、映画の撮影か何かに見えたことだろう。

「お前達に可愛いと言われてもな」
「………」

ぴこーん。

トールの頭から電球マークが飛び出し、空気中でぱぁん、と消えた。
ついでにいうと女扱いされた怒りも消えた。
彼は悪気の無い明るい笑みを浮かべ。

「怒ってたんじゃなくて拗ねてたのか」
「………」
「悪かったよ。頼み方に可愛げがなかっただけで、お前自体は割と可愛いと思ってるよ」
「………」

媚売りではなく、本心からの言葉だったのだが。
フィアンマはトールを見ず。

「……葡萄のタルトが食べたいのだが」
「…へいへい」

白い頬がほんのちょっぴり赤くなっているのを、少年は見逃さなかった。

43 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:42:10.88 Qj3Jsq+X0 21/658


葡萄のタルト。

甘さ控えめのクッキー生地に敷き詰められたレアチーズクリーム。
その上にぎっしりと詰め込まれているのは、色とりどりの甘い宝石。
具体的に言うなら、様々なブランド種無しブドウを乗せ、飴がけしたものだ。

お値段、時価。

お高いケーキ屋さんのプレミアムグレープタルト。
こんなに財布が軽くなったことは今まであっただろうか、とトールは遠い目で思った。
対して、フィアンマは何の悪びれもなく、もぐもぐと食べている。

「…そんなに美味いのか? それ」
「こんなに美味いタルトは初めてだ。
 やはり日本の料理は菓子でも繊細だな」

和菓子にも興味がある、と彼女は笑みを浮かべている。
手持ちの金のことを考えるとそろそろキツい。
しかしながら、彼女は金をもっていないのだ。
割り勘は出来ない。しかし、そろそろマズい。

「水を差したくないのは山々なんだが、そろそろ金がねえ」
「そうか」

ふむ、と考え込み。
彼女はトールの様子を眺めてから、肩を落とした。

「……致し方あるまい…。…こうなれば売春しかないか」
「………お、おい? そこまでしなくても、」
「お前を売る」
「おい」

44 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:42:39.22 Qj3Jsq+X0 22/658


勿論冗談である。
かといって金の宛てはなく、日本という平和な国では傭兵稼業にも就けない。
身元が曖昧不確かでもバイトが出来る国とはいえ、そんなことをするつもりはない。

そのため。

フィアンマは、自分の持つ幸運をフル悪用することにした。
フル活用ではなくフル悪用なところがミソである。
元手の金でスクラッチを多く購入し、次々と当てていく。
彼女が願っている通り、その金額は一万円以下だ。
一万円以上になると窓口では換金出来なくなる。
銀行口座を作るのは身分証明含め酷く面倒だ。なので、少額をガンガン当てるしかない。

「それにしても、よく当たるな。
 普通は当てる額を気にするんじゃなくて当てられることを祈るってのに」
「俺様の才能だ。とはいえ、予想以上の額が当たると困るな。
 適当に配れば慈善事業か何かになると思うか?」
「多分気味悪がられると思うが……」
「…さて。これだけあれば当分大丈夫だろう」

合計二十万円分程のスクラッチ(削り済み)が彼女の手元にこんもりとしている。
ハズレ券は四枚程で、それは既にゴミ箱へ放り込まれていた。
幸いにも大金は当たらなかったので、処分には苦労しない。

「お、おめでとうございます……」

ウチの売り場、こんなに『当たり』入ってたっけ。

そう口にせんばかりの売り場の店員より金を受け取り、フィアンマはそっくりそのままトールへ渡した。

「……ふと思ったんだけどよ」
「何だ」
「元手は貸してやるから、後はこういう方法で増やしていけばお前財布なくても暮らしていけるんじゃ、」
「………」
「ま、お前がそうしたくないってんならいいけどさ」

元より、トールは物事を深く考えない性質だ。
一度必要だと思ったことはどこまでも考え込むが、人の事情に余計な首を突っ込んだりはしない。
それが救われずにあまりにも見ていて気分が悪いのならばともかく、基本的には無干渉だ。
助けられそうなら助ける。それがポリシーだ。

45 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:43:35.09 Qj3Jsq+X0 23/658


コツン。

男の靴のカカトとコンクリートが、小気味良い音を奏でた。

「くぁ、」

彼は、トールと同じように神の名を名乗る魔術師だ。
専攻は幻術であり、基本的にはインテリ派である。

(……だってのに。人使いの荒いヤツだ)

ウートガルザロキは伸びをしながら、ぼんやりと魔神である少女を思い浮かべる。
とある事情から彼女についている訳だが、正直得たものは少ない。
少ないが、それでも失ったものに比べればマシかな、と思うので。

(んで、トールってのは……あれか)

事前に受けていた情報と、遠目に見える少年の容姿を重ね合わせる。
長い金髪は女のような印象を与えてくるが、あれでバリバリの武闘派もとい戦闘系なのだ。
世の中っていうのはうまくいかないものだな、とウートガルザロキは思ってみたりもして。

(……ん?)

ふと。
ただならぬ威圧感に視線を向ける。
そこに立っているのは、ゴルフウェアのような、青を基調とした服を纏う大男だった。

「貴様は何者である。もしや、"彼女"を追っているのであるか」
「あん? …女? 男だろ、よくよく見れば」
「……詳しく知っているようであるな」

排除するべきか。

男の静かなる戦闘意思に、細身の男はビクついた。

大男―――アックアは、ウートガルザロキがフィアンマの話をしていると思っており。
青年―――ウートガルザロキは、アックアがトールの話をしていると思って返事をした。

中性的且つ身体変化術式を持つ魔術師が二人居るとこうなる。
両者はお互いの勘違いにも気づかぬまま、狙われては困る相手の為に戦いを開始した。

46 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:44:52.80 Qj3Jsq+X0 24/658


「……んん、」

喉に引っかかった飴の欠片が飲みきれない。

そう表現出来そうな声を漏らし、フィアンマは目を細める。
感じ取ったのは、莫大な『天使の力』だった。
正確な計測は出来ないが、色は青で、使われた術式は水に関わるもの。

「……」
「どうかしたのか?」

トールは腕の立つ魔術師である。
しかし、その専攻はあくまで北欧神話であり、十字教様式で感じ取れるのは通常の術式だ。
というよりも、そもそも『天使の力』の使用痕跡を感じ取れるフィアンマが珍しいだけである。
当然、二人の間には認識の違いがあり、トールは不思議そうに首を傾げる。
対して、フィアンマは面倒そうに眉を寄せて。

「…追っ手だ」
「追っ手? お前のか?」
「分からん。……もう一人居るようだが、お前の方に心当たりは?」
「これまで誰かをぶん殴る人生だったからな。生憎心当たりにゃ困らねえよ」
「そうか」

やれやれと相槌を打ち。
フィアンマは腕を伸ばすと、足を引っ掛けてトールを転ばせた。
何をするのだと文句を言おうとするトールの体を、タイミング良く浮かばせ、姫抱きにして。

「面倒事からは三十六計逃げるにしかず、と古人も言っていたしな」

言うなり、彼女は一歩踏み出した。
平行瞬間移動により、二人の姿は一瞬にして消えた。

47 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:45:18.71 Qj3Jsq+X0 25/658


射線上に射程が拓けていれば、直線上にどこまでも進める。

彼女が持つ『聖なる右』の力の一つである。
そんな訳で、フィアンマとトールはだいぶ遠くまで逃げてきた。
具体的に言うと街の端っこから端っこ位までの距離である。

「……ふー」

ため息をつき、フィアンマはトールを降ろす。
納得がいかないのはトールである。
まだ百歩譲って手を繋いで移動の方がよかった。

「……女の子にお姫様抱っこってのは、なかなかダメージが重い」
「……女の子扱いをしていたのか? お前の中では」
「今のお前はな。どう見たってそうだしよ」
「………」

フィアンマは指遊びをし、少しずつ歩く。
トールも同じく歩き出すと、不意に。

唐突に、人の気配が無くなった。

明らかな『人払い』である。

48 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:45:44.42 Qj3Jsq+X0 26/658


「逃げきれなかったか」

舌打ちでもしそうな様子で、フィアンマがぼやく。
目の前に降り立ったのは、一人の大男だった。
その手に持たれているのは、金属で出来た棍棒<メイス>。
相手を徹底的に殴打して殺害する道具である。

「ようやく捕捉したのである」
「魔術は使っていなかったのだがね」
「魔力探知ではない」
「地道に探したのか?」
「かく乱されたがな。苦労したものである」
「今日は雄弁だな。珍しい」

ピリピリとした空気が、その場を支配する。

アックア――――後方を司る二重聖人は、躊躇なくメイスをフィアンマへ向ける。
実力行使をしてでも、どうやら彼女を連れ戻すつもりらしい。

「加減はするが、あまり期待はしないことであるな」
「んー? 加減? 何だ、お前もたまにはジョークを言うんだな」

50 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/01 23:46:24.64 Qj3Jsq+X0 27/658


先に動いたのは、アックアだった。
文字通り目にも止まらぬ速さで、フィアンマの間合いへ入ろうとする。
意識を絶って連れていこう、という魂胆だったのだろうか。

「……トール。下がっていろ」

つまらなそうに彼女は言った。
対して、トールはやや好戦的に返す。
一瞬の間だったが、それは会話だった。

「いいや、そうはいかねえよ」

予定とは違ったが、見た限りではこの男はフィアンマと同じ『神の右席』。
つい出来心、程度の衝動が、爆発的にトールの中で膨らんでいった。

ガギン

メイスと、トールの指先から伸びたアーク溶断ブレードがぶつかり合う。
ぎりぎりと押し合い、指に負担のかかったトールは僅かに表情を歪める。

「一つ言っておく。私は聖人である。そして、同時に『神の右席』だ。
 中途半端な考えで喧嘩を仕掛けては、命はないと思うことである」
「そりゃありがたいご忠告なことで。ま、安心しろよ」

彼は少しだけ考えて。
それから、『雷神』をやめた。

瞳に、炎の様な煌き。
殺意はなく、単純な戦闘意思がそこにはあった。
直接戦闘を追究していった、戦争代理人と呼ばれてしまう程の、その異常性の片鱗。

「雷神程度のトールさんじゃ、ちょっと相手にならなさそうだしな」

全能の神を冠する少年は目を細め、ニヤリと笑う。
対してアックアは笑み一つ浮かべず、ただその身で武器を振りかざした。

58 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/03 21:05:11.20 pyA2p9JK0 28/658


「トール」

咎めるような少女の声が聞こえた。
しかし、トールは肩を竦めるのみ。

「お前を守る為って訳じゃねえよ。
 コイツは、俺が純粋な興味でやってるだけだ」
「死にたいのか?」
「そこまで弱くはねえよ」

人の体を易易と粉砕するメイスの一撃。
トールは怯むでも逃げるでもなく、真っ向から手を出した。
晴天にも関わらず一瞬の落雷があり、メイスに傷がつく。
アックアはひとまず引いて距離を測った。

近距離、中距離、遠距離。

敵によって、弱い距離というものは変わってくる。
アックアは確かに物理的に強力な力を持っているが、頭が悪いという訳ではない。
むしろ、ルーンなどの通常魔術を駆使しつつの体術が最も厄介である。

59 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/03 21:06:12.60 pyA2p9JK0 29/658


頭脳戦と物理。両方を扱い始めている男を見て、尚。
フィアンマは、アックアがまだ手加減をしているということを認識する。
当然のことだ。フィアンマと違い、トールは目的に含まれる人物ではない。

「……トール」

流石のフィアンマも、一応は恩人且つ一緒に過ごした友人とも呼べるトールに傷ついて欲しくはない。
本人は経験値アップということで楽しんでいるのかもしれないが、それはアックアには通用しない。

「私は仕事をしに来たのである。運動<スポーツ>に興じる暇はない」
「そっちは本気で来いよ。俺の方も好きにやらせてもらう」

アックアは距離を取る間にメイスで文字を刻んでいたらしい。
魔術文字という異名を持つ『ルーン』は、単体でもその威力を発揮する。
それも、『神の右席』に在籍するような腕の立つ人間が扱えば、その殺傷力は言うまでもなく強力だ。

水流。

マンホールが吹っ飛び、排水口から大量の汚水が溢れ出す。
それらは一瞬にして凍り、大きな塊のままにトールへ向かった。
その全てをアーク溶断ブレードで叩き落とし、トールはアックアの間合いへ向かっていく。
磁力の反発を利用した素早い動きだったが、聖人の視線で追える程度でしかない。

60 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/03 21:06:46.41 pyA2p9JK0 30/658


ガッ

幸いにも、骨の折れる音は聞こえなかった。
しかし、それは内臓にダメージがいっている恐れが高いということでもある。
アックアの眼前にまでブレードは届いたが、その体に一撃を喰らわせることは出来なかった。

「が、ぁ……ッ、」
「……終いである。が、見事であった」

アックアに一撃を喰らわせる寸前。
そこまでの実力があれば、大概の魔術師には勝利出来るだろう。
しかし、まだまだトールには経験が足りなかった。
戦争代理人と、世界中で戦い続けてきた傭兵とでは格が違う。
それでもよくやった方だ、とアックアは嘲り無しに純粋に思う。
故に、讃えた。やることは変えないけれども、賞賛には値した。

「障害は排除した。戻ってもらうのである」
「………」
「……ヴェントもテッラも、貴様を心配する余り心労で倒れそうになっている」

その二人から依頼された。故に、仕事。
対して、フィアンマは呆れたように深々とため息をついた。

「……お前の求めていることは理解出来るが、拒否する。
 ……どうする? 俺様とやりあったところで、敗北は必至だぞ?」
「だからといってこのまま引き下がる訳にはいくまい」
「真面目な野郎だ」

アックアは、再びメイスを構える。
対して、フィアンマは右手をつまらなそうに軽く振った。

61 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/03 21:07:18.18 pyA2p9JK0 31/658


視界が明滅する。
というよりも、妙な浮遊感があった。

何だか頭がふわふわする。

「……?」

雷神トールは、そろそろと目を開けた。
天井がまず視界に入ったことから、自分が横たわっている状態であることを自覚した。
ぼんやりとしながら、視線を横にズラしてみる。

「………、…」

……かくん。ふるふる。
………かくっ、…かくん。ふるふるふる。

今にも眠ってしまいそうな様子でうとうととしているフィアンマが、そこに座っていた。
その手には白いタオルが握られている。乾いたタオルだった。

「……」

静かに、そろりそろり。
毛布から手を出し、トールは自分の額に触れた。
予想通り、そこにはタオルが置いてある。
濡れタオルだった。元は氷水か何かに浸け、水気を絞ったものだろう。
何時間前に置かれたものなのか、すっかりぬるくなっているようだが。

「ん…? …目が、覚めたのか」

ぐしぐしと人差し指で目元を擦りながら、フィアンマはやや嬉しそうにはにかむ。
珍しく目元も笑っていた。本当に安堵した、という様相である。

62 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/03 21:07:58.62 pyA2p9JK0 32/658


「―――――、」

珍しく純粋に可愛い顔に見とれている場合ではない。

「俺はどうなったんだ?」
「アックアに敗北し、気を喪った」
「…ここ…はホテルか」
「お前を背負ってきた。身体全体へのダメージが著しかったものでな。
 発熱に変換することで看病し易くした。それから、二日間程経過している」
「ぶっ通しで寝てたのかよ…」
「全く目を覚まさなかったな。癒えぬダメージ、長く続く微熱…無理もあるまい」

ふーん、と相槌を打ち。
それにしてもあの男は強かったな、と思い返して。
それから、トールは今更ながら気がついた。

「…ってことは、お前、この二日間ずっと俺の看病してたのか?」
「感染する病の類ではないしな。何だ、不満か? 
 残念だったな。ナース服の巨乳おっとり系美女ではなくて」

謎の拗ねモードに入っているが、別にトールはガッカリしていたのではなく。
むしろ、どうして看病していたのかと不思議だったのだ。

「……俺はお前が止めても戦った。その結果がこのザマだ。
 なのに、何で手当なんかしたんだ? 放置してもおかしくねえのによ」

どのみち、放置していたとしても死ぬような状態ではなかったようだ。
フィアンマの性格なら、冷めた一瞥をくれて財布だけ抜き取り、何処かへ消えていそうなものである。

63 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/03 21:08:26.83 pyA2p9JK0 33/658


「………何故、と言われても困るのだが」

恐らく、トール以外なら、トールの言うように見捨てていた。
元より、義理人情に感動するような性格はしていない。
どれだけ尽くされようと、何を支払わせようと、捨てるものは捨てるのだ。

ただ。

アックアを退けた後。
倒れたまま動かないトールを見て。
放っておいてはいけない、と思った。
放っておきたくない、と思った。

「…恐らくだが」
「…?」

首を傾げるトール。
彼の言っていることは間違っていないし、普段の自分なら恐らくそうした。
にも関わらず、彼を助けたいと願い、動いた理由。

「……お前が死ぬと、ひとりで甘いものを食べなければならないからじゃないか?」
「今感動しかけたのに、台無しだな」

多分、きっと。
今の自分を、普通の女の子として扱ってくれたからだ。
自分の憧れている人生を、少しでも見せてくれたから。






そんなことを告げるのは恥ずかしくて、フィアンマは言葉を悪く繕うのだった。

70 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 22:56:42.57 OhJNqj940 34/658


一週間程で、トールの体調は完全に快復した。
フィアンマの看病のお陰であったり、本人の気力であったり、理由は色々だ。
そもそもトールは細身だが、体が弱いという訳ではない。

「すっかり良くなったな」
「おう。お前の看病のおかげだろ」
「……俺様は別に何もしていないが」

視線を逸らし、フィアンマは黙り込む。

くきゅるる

沈黙をすぐさま遮ったのは、少女の腹の音だった。
腹の音が鳴る、ということが奇跡である。本来なら飢餓状態でもおかしくない。
人体として完全に正常な反応を状況に対して示せないのは、彼女の体がやや天使に近いからだ。
トールにつきっきりで居た彼女は、彼が快復するなり眠っていた。
つまりこの一週間近く、何も食べていなかったのだ。
水は飲んだものの、甘いものを買いに行く暇がなかった。
加えて、不運なことにこのホテルのルームサービスに甘いものはない。
トールは未だちょっぴり疑っているが、彼女が洋菓子以外を食べられないのは事実である。
他の、例えば何の甘味もなく、洋菓子要素の欠片もないものを食べれば拒否反応が起きる。

具体的に言えば、その場で嘔吐するのだ。

体質的なもので、決して個人的なワガママなどではない。

71 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 22:57:10.14 OhJNqj940 35/658


そんなこんなで、二人は外へ出た。
やってきたのはお茶の出来るコーヒーショップである。
ウィンドウ越し、お高いケーキをぽんぽんとセレクトし、彼女は満足そうに飲み物を選ぶ。
選ばれた飲み物は、これまた甘そうな生クリームたっぷりのウインナーコーヒー。
トールはブレンドコーヒーを注文し、席について彼女の様子を眺める。
見ているだけでお腹いっぱいになりそうだし、彼はそんなに甘いものが好きではない。

「胸焼けとかしないのか?」
「特にそういう思いをしたことはないな」

そこまで歳をとってもいないし、と彼女は肩を竦め。
もぐもぐとタルトを頬張り、ケーキを口に含む。
コーヒーを啜って飲み込み、ゆっくりと息を吐き出す。
その吐息はとても甘ったるく、彼女の体全てが洋菓子で出来ているような錯覚を、トールは覚えた。

「お前は、」
「……あん?」

聞き返す。
何でもない、と彼女は小さく笑った。

72 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 22:57:58.68 OhJNqj940 36/658


女聖人を探す道の途中。
トールは不意に、視線をとある女性に向けた。

スラリと長い脚。
ふんわりとした金髪。
甘い顔立ち。
やわらかそうで豊満な胸。

「……、」

つい、見とれた。
完璧なプロポーションだった。
細すぎず、太すぎず、肉感的な美女。

「……ああいうのが好みなのか」
「……あ? あ…いや、別に?」
「視線が上と下を行ったりきたりしていたが」
「してねえよ」
「キャラメルのように粘ついた視線だった」
「人を変態みたいに言うんじゃねえ」
「言っていないが?」

赤い髪を揺らし、彼女は不機嫌そうに返した。
よくわからないやつだな、とトールは思う。

73 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 22:58:42.34 OhJNqj940 37/658


「お前の容姿ならばああいう女を捕まえるのは難しくないだろう」
「あのな、」
「男は本能的に子孫を宿したいと思うような女を見つめるように出来ている。
 残念だったな、俺様が巨乳庇護してやりたい系低身長美少女ではなくて」
「一言も残念なんざ言ってないだろうが」
「人間は直接言葉にせずとも態度で感情が出るものだ」

丁寧な言い方がかえって腹が立つ。
そもそも、綺麗な女性を見ただけで何故こうもボロクソ言われなければならないのだ。

「俺が何を見ようと俺の勝手だろ。そんなに言うなら巨乳になるよう努力でもしてくれ」
「…………」

フィアンマは沈黙し、ギリ、と歯ぎしりをした。
どうして腹が立つのか、自分でもわからない。
身近にいる男性全てに独占欲を持っている訳ではない。
テッラやアックアがどんな美女に見とれようと、こんな風に苛立ったりはしない。

(……恋愛感情ではないだろうとは思うが)

冷静に自分の感情を考察しながら、彼女は歩き進む。
対して、トールはやはりこの沈黙が苦痛だった。
イヤミにしろ何にしろ、彼女と会話をしていると、日常を実感出来るのだ。

74 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 22:59:13.92 OhJNqj940 38/658


そうして気まずい時間を過ごしていた頃。

不意に、人の気配が無くなる。

また後方のアックアか、とフィアンマはやや構える。
トールは自分への個人的な復讐者か、と警戒した。
目の前に現れたのは細身の青年であり、腕には包帯が巻かれていた。

「そう警戒しなくても良いぜ」
「お前は?」
「ウートガルザロキ。好きに呼んでくれよ」

幻術に長けた、北欧神話の神の名だった。
トールと同じように、そこまで究めた男なのだろうか。

「だから警戒すんなって。俺はただ勧誘に来ただけさ」
「勧誘?」

軽薄そうな男は小さく笑って。
トールを真っ直ぐに見つめると、痛むらしい腕を摩ってこう言った。

「俺の所属してる魔術結社に来いよ」

75 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 22:59:43.34 OhJNqj940 39/658


誘い文句は、明るかった。
所属している、という文言から、彼がリーダーではないのだろう。

「あー……」

トールは、少しだけ迷う。
そして、ちらりとフィアンマを見やった。
彼女は一度拒絶しているが、どうやら他の『神の右席』の人間は彼女の帰還を求めているらしい。
恐らく、このまま離れれば彼女は再び回収に来た人員とバチカンへ戻れるだろう。

自分じゃなくても。

彼女は、ひとまず養ってくれる人間が居れば良かったのだから。
多分、自分でなくても彼女を好む人間なら養ってくれるだろう。
自分は再び一人に戻っても何の問題もない。
何のデメリットもないし、ひとまず所属してみようか―――、と口を開こうとして。

ウートガルザロキの腕が、唐突にありえない方向へねじ曲がった。

「な、ッが……!?」

殺意も敵意もない状況での、タイムラグのない攻撃。
骨折の痛みに耐える彼に攻撃を加えたのは、勿論トールではない。

「……それは困る」

何の考えもなさそうに首を傾げたフィアンマだった。
その手には短い杖型の霊装が握られている。
恐らく、ウートガルザロキの腕と魔術的に"接続"して折ったのだろう。

「この男は俺様のものだ。今のところは」
「ク、ソ…何者だ、アンタ…?」
「何者だと思うんだ? 当てられるとも思わんが」

フィアンマは杖を握り、再びウートガルザロキの身体のいずれかと接続しようとする。
トールは慌ててフィアンマの手首を掴み、男に『逃げろ』というサインを送った。

(こんな役回りばっかりかよ…、)

それにしても、何の動きも殺意も殺気も敵意もなく一撃を喰らわせるとは、尋常ではない。
青年は舌打ちをすると、ひとまずその場から姿を消す。

「おま、何やってんだよ」
「お前が頷きかけていたからな」

たったそれだけで。
異常だ、とトールは思い。
思わず後ずさりそうになるが、フィアンマは続けて呟いた。

「……せっかく、…」

言葉の最後までは聞こえなかった。
ただ、その言葉の響きがとても寂しそうだ、と思った。

76 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/04 23:00:38.48 OhJNqj940 40/658





「……せっかく、………初めて心を開いた相手なのに…消さずに済むのに、…わたしたくない」



81 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/05 22:08:01.66 s4MY/f+L0 41/658


「秋の長雨というヤツか」
「こうも続くと嫌になっちまうな。日本の気候ってのは慣れないとしんどいもんだ」
「その内慣れるだろう。暖房でもつけるか? 多少は乾燥すると思うのだが」
「……暖房器具、扱えんのか?」
「勿論だ。ああ、何ならハイビジョンカメラも操作出来るぞ?」

ふふん、と平ら過ぎる胸を張り、フィアンマはクッキーを口に含む。
威厳がないな、と思うも、トールにとってはそれで良かった。
養うことになったきっかけは戦闘の思い出とちょっとした情だが、今となっては良い友人だと思う。
それなりに可愛い所やドジなところもある、至って普通の少女だと感じる。

……少々やきもち焼きや怒りっぽいという欠点は否めないが。

自分だって完璧な人間ではないのだから、とトールは別に気にすることもなく。

「科学に触れてそうな生活イメージは無かったんだけどな」
「忌避しなければ触れる機会はあるものだよ」
「ローマ正教は異教徒嫌いで有名だけどな」
「悪しき慣習だ。いつかはどうにかせねばなるまい」

差別をするのは合理的じゃない、と彼女は肩を竦め。
マドレーヌを完食すると、甘味のない紅茶を飲んで一休みする。

今日は雨天のため、ホテルに引きこもる日だ。
別に外に出ても良いのだが、見つかる気もしなかったからである。

82 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/05 22:08:31.02 s4MY/f+L0 42/658


「『聖人』の幸運ってことなのかね。さっぱり見つからねえな」
「本気で捜していないからじゃないか?」
「…元々サーチはそんなに得意でもねえんだよ」

はー、とため息をつき。
トールは甘くなさそうなクッキーをつまんだ。
ぶどうクッキーだったらしく、レーズンの味が口中に広がる。
ほろほろと口の中で溶ける生地には、たっぷりのバターが使われていた。
どことなく卵の味もする。なるほど、素材が良いのであれば高価であるのもうなずける。

「美味っ」
「俺様の目利きだからな」

偉そうに言葉を口にして、彼女はさくさくとビスケットを食べる。
机の上に山と積まれたお菓子は、恐らく今日中に無くなることだろう。

「……そんなに食べても太らないって、何かこう…人体じゃないよな、やっぱ」
「天使に近いからな、この身体は。正常な人体でないことは確かだよ」

もしゃもしゃぼりもりもぐもぐ。

食べながらもくぐもった声になっていないので、恐らくほっぺたに溜めているのだろう。
いつもの様にもう少し上品な食べ方をしてくれないだろうか、と思いつつ、トールもビスケットをかじる。
彼女と暮らすようになってから、甘いものがちょっとだけ好きになったような気がする。
あくまで"気がする"だけなので、沢山食べたいなどとはまったく思わない訳なのだが。

83 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/05 22:08:59.40 s4MY/f+L0 43/658


「ゲームでもしないか」

そう持ちかけたのは、フィアンマの方だった。
トールは首を傾げ、一体どんなゲームをしたいのかと聞き返す。

「トランプ」
「却下」
「何だ、つれないな」
「二人でやっても楽しくないだろ、アレ」
「タロットでも良いが」
「……占い?」
「ちなみに占いは出来ない」
「おい」
「いや、出来るがあまり得意ではないんだ。
 星占いなら昼間でも出来るのだがね」
「へえ」

興味を示したトールは、そのまま占いをしてくれるように頼む。
フィアンマはこくりと頷いて、空を眺め。

「……ん、俺様は今日もラッキーデイだ」
「俺のを先に見ろよ!」

84 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/05 22:10:15.66 s4MY/f+L0 44/658


トールの誕生日を聞き、星座と星の位置から割り出した占い結果。
それは曖昧で抽象的で、合っているかどうかは判別がつかない。

『望むものが手に入るが、その前兆と共に大きな損失に気がつく』

「…何だそりゃ」
「俺様に聞かれてもな。そういう結果が導き出されたというだけだ」
「どこかの名言みたいだな。あんまり占いっぽくないしよ」
「『失せ物見つかる、精進せよ』みたいなものだろう」
「十字教徒が日本神道式おみくじの言い方して良いのかよ」
「この程度ならお許しくださるだろう。何しろ、俺様が信仰している神なのだから」
「敬虔なんだか傲慢なんだか……」

そんなことを話している内に、再び暇を持て余す。
術式研究をするような真面目な気分ではない。
だからといって遊びに行く気力もなくて。

「んー……」

フィアンマはごろりとベッドに寝そべり、がさごそと買い物袋を漁る。
洋菓子を購入した時に、何やら長細い封筒を渡されたのを思い出したのだ。
ランダムで封入されているらしく、大概は割引券や無料券だったような。
ただ、ごく稀に旅行券だとか、高額ギフト券だったりだとか、何かのチケットだったりする。

「何か入ってるか?」
「一応入っていることは入っているが……」

するり。

中身を引き抜くなり、フィアンマはバッと手放した。
チケットがベッドの上にふんわりと乗り、トールは首を傾げながら覗き込む。
何か、暇つぶしになるものなら何でも良いのだが。

85 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/05 22:10:46.55 s4MY/f+L0 45/658


その長細い紙に印刷されているのは。
血まみれの顔の女、それも飛び出てきそうな目玉のドアップだった。


『ドキドキ☆ホラーハウス無料チケット(※ホラーハウスクリア後、遊園地へ入場できます)』

87 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/05 22:16:52.87 s4MY/f+L0 46/658





「だから嫌だって言っただろうがあああああああ!!!!」
          全能を名乗るにはまだ未熟な魔術師――――雷神トール




「俺様の知ってる死体と違ううううううううう!!!」
             嘘をつき続ける救世主――――右方のフィアンマ




「あれ? お前もしかして……」
          平凡な学生――――上条当麻

94 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:23:51.35 sMiEhRci0 47/658



時に。
雷神トールにも、この世界で苦手なものがある。
傍若無人なフィアンマに対応出来る彼にも、である。

一つ、スプラッタ映画。
一つ、幽霊。

一つ、お化け屋敷。

そんな訳で、彼もフィアンマと同じく、手にしかけたチケットから即座に手を引く。
あまりにもおどろおどろしい絵ヅラが恐ろしかったからである。

「…なあ」
「…ん?」
「これ、どうすんだよ」
「…そう、だな…」

二人の間、ベッド上でその存在感をありありと示すチケットは二枚。
ペアチケットである。あんまり嬉しくはない。
が、よくよく読んでみると、どうやらお化け屋敷クリアを前提に遊園地の一日フリーパスになるらしい。

「……」

時計を見やる。
早起きをしてからぐだぐだしていたので、時刻は午前九時。
幸か不幸か、このチケットの使える遊園地の場所はかなり近い。
バスで二駅も経れば、後は徒歩三分程で入れてしまう位に。
今すぐ向かう準備をすれば、遊園地は余裕で楽しめそうな程、時間は有り余っている。

95 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:24:19.12 sMiEhRci0 48/658


「……嫌だからな」
「……退屈よりはマシだろう?」
「そもそもそのチケットに触りたくねえ」
「…俺様が持とう」
「本気で言ってんのか」
「俺様は正気だ」

おっかなびっくり、といった様子でフィアンマはチケットをつまみ、封筒へしまう。
その封筒を軽く持ったまま、トールをちらりと見やった。
退屈よりは、たとえ恐怖があってもエンターテインメントを選ぶべきだ、とその顔には書いてあった。

「遊園地、ね…」
「…行ったことはあるのか?」
「んぁ? いや、無いな。興味もなかったしよ」

しかし、強制お化け屋敷である。
ぐ、とトールは歯を食いしばる。

嫌だ。
怖い。
苦手だ。
行きたくない。

でも。

96 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:24:46.27 sMiEhRci0 49/658


往々にして、男子とは女子の前で格好をつけたがる生き物である。
余程対象外の眼中に無さすぎる相手ならばともかく、それ以外には。
トールは恋愛事になど興味を持たない男だが、しかしてプライドは確かにあった。

なので。

行かざるを得なかった。
それも、自分の意地によって。

「定刻通りに来るんだな」
「流石日本。几帳面なことで」

ほぼ時刻表通りに来るバスに感心しながら、二人はバスに乗り込む。
チケットは封筒の中である。怖いので直接触りたくはない。

「………」

うつらうつら。

バスの揺れは電車の揺れと同じで、人の眠気を誘う。
トールとフィアンマも類に漏れず、うとうととしていた。
たった二駅だというのに、うっかり眠ってしまいそうだった。

「何か眠気覚める方法とか無いのか…?」
「んー……んん…あ」

彼女はスカートのポケットを静かに漁り。
やがて発掘した飴を取り出すと、それを二つに割った。
赤い色をしている。美味しそうな赤みだった。

「ストロベリーミント味だ。食べられる味か?」
「くれんのか?」

トールはありがたくいただき、口に含む。







―――――脳天を突き刺すような清涼感が、少年の身を襲った。

97 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:25:14.43 sMiEhRci0 50/658


飴を舐めて眠気を空の彼方へぶっ飛ばし。
トールとフィアンマは無事、遊園地に入った。
他のアトラクションや何かを楽しむには、ホラーハウスは避けて通れない。

「……仕方あるまい」
「…俺もお化け屋敷は好きじゃないが、何でお前『受難に見舞われる神の子』みたいな顔してんの?」

深刻な表情での彼女の発言に、トールは首を傾げる。
そもそも自分は嫌だと言ったのに、行こうと言って聞かなかったのは彼女なのだ。
まあ、あまりにも頼りがいがある恐怖心とは無縁な相手と一緒ではつまらないだろうが。

「…ん? 学園都市が提携しているのか」
「学園都市―――ああ、あの科学サイドの」

どうやらこの遊園地のアトラクション等の技術には、学園都市が関わっているらしい。
『超能力者』を養成する、科学サイドの長たる、あの街が。
当然、技術提携といっても、譲られた技術は当の街で使用されているものよりグレードダウンはしているだろう。
しかし、科学的に計算され尽くした人間の心理データを元にしたお化け屋敷は、恐ろしいことだろう。
それでも歩みを止めるつもりは毛頭なかった。

「ようこそ、どきどき☆ホラーハウスへ! チケットを拝見させていただきまーす」

従業員はとても明るかった。
お化け屋敷のスタッフとしては適切だろう。
衣装は魔女染みた可愛いものである。
が、驚くべきことに魔術記号は全く入っていない。
学園都市から提供された衣装なのだろうか、と二人は眉を潜めた。
普通、一般人が考えたものであればどうしても記号は含まれてしまうものなのだ。

「特別チケットのお客様ですね、頑張ってください!
 今回いらしたのは初めてですか?」
「ああ。ルールとかあるのか?」
「はい。まずお客様には手を繋いでいただきます。
 そして、どちらかのお客様にこちらのランプを持っていただきます」

従業員の見せたランプは、電気式である。
火を使っていないため、危なさはない。

「こちらのランプ、揺れや握る力、血圧等に対応してドキドキ度を測るものになっております」
「へえ。確かにメーターっぽいものがあるけど、溜まったらどうなるんだ?」
「こちら満タン…つまりドキドキが最高潮になると、色が赤になります。途中経過が黄色です」
「今は緑色だな」
「ちなみに赤色になるとお化け達がお客様を目指してすごい勢いで追いかけてきますので、捕まらないでくださいね♪」
「」
「」

酷いルールである。

98 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:25:58.06 sMiEhRci0 51/658


お化け屋敷とはいえ、一般に想像するような狭いものではなく。
むしろ、ダンジョンと呼ぶにふさわしい大きさである。
途中脱出口がいくつか設けられているが、それはあくまで非常口。
ゴール地点まで無事辿りつけば、景品がもらえるとのこと。
ただし景品をもらうにはランプが赤色且つ二時間以内に出てくることが条件。
大概の客は恐怖に耐え兼ねて非常口から出てしまうらしいが。

「ま、来た以上は楽しむことにしようぜ」

舞台は廃病院。
死んで何年も経った今、怨霊と化した患者や医者達が客を襲う…ということらしい。
実際にはロボットだったり特殊メイクを施した従業員だろう、とトールは深呼吸しながら割り切った。
何事も、やるとなったら楽しむしかない。戦いだってそうだ。あちらは常に自分の意思だが。

「………おーい?」
「……手は、離すな」

ぽつりと呟き、フィアンマはトールの手を握る。
緊張しているのか、握る強さは不安定だ。

「ま、そんなに怖いことはないだろ」
「…そうだな。俺様達の相対する敵や生命の危機に比べればこんなものは」

後に、二人はお化け屋敷をナメてかかったことを後悔することになる。

99 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:26:24.54 sMiEhRci0 52/658


全ての部屋を巡り、箱に鍵を入れるのがこのお化け屋敷(病院)の課題。
鍵を入れる箱は、ランプの上に設置されている。

「まずは…」

ランプについているボタンを操作し、立体映像の地図を見る。
ランプに付属のGPS機能により、鍵を回収した箇所には丸が付けられるようになっていた。

「手術室か」
「…存外怯えてはいないんだな」
「好きじゃないが、耐えられる範疇だっての」

歩く。

コツン、カツン。

靴音が、いやに響いた。
遠くからは時々、うめき声のようなものが聞こえる。
恐らくは録音したものなのだろうが、再生機器が優秀なのか、とてつもなくリアルだ。
トールは地図を眺め、彼女の手をしっかりと握ったまま歩く。
多くの土地を旅しては戦ってきた彼にとって、何かを決めることは苦ではない。
対して、フィアンマは大聖堂の奥に座して全てを決め、指示をすることが多かった。
そして、仕事モードではないので決めることは億劫だった。相性が良いのである。
これがどちらも主導権を握りたがるタイプだとまず喧嘩になる。

手術室のドアを、開けた。

ベッドの上には死体らしきものがある。
設定としては、どうやら手術を失敗してしまったようだ。
メスを入れるステンレスの器の中に、鍵は鎮座している。

「俺様がやる」

冷静にそう告げると、彼女は手を伸ばした。
鍵を指先でつまみ、箱へ入れる。

ぐるり

医者、看護師、死体。
それら全ての目が、二人を見た。
思わず身が凍ったが、ゆっくりと動く。
そして緩やかに手術室を出て、ドアを閉める。

「…ビビった。何だ、思ったより怖くねえな」
「ランプがまだ緑色だからじゃないか?」

二人とも緊張はしているが、まだまだメーターは溜まっていない。
次の部屋へ向かって、二人は歩き出す。

100 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:26:55.32 sMiEhRci0 53/658


それからも、暫く順調だった。
待合室、診察室、入院部屋……周る場所は多かった。
鍵を箱に入れる度に恐ろしい目に遭ったが、メーターはギリギリ黄色。

「黄色なのは喜ばしいが、赤色にならねば景品は無いのだったか」
「だからといって意図的にドキドキするのは無理だろ」

会話をする余裕も出てきた。
次は霊安室だ。今回も、さほど恐ろしくはないだろう。

「……やっぱ緊張するな」
「俺様が開ける」
「二人で開けようぜ」

観音開きのドアを、一気に開く。
霊安室の中にあるのは、ベッドが一つ。
身体は真っ白なシーツで覆われ、顔には白い布がかけられている。

「此処が最後か?」
「いや、最後は院内温泉」

会話をしながら、鍵を手に。

とった、瞬間。

死体は起き上がり、四つん這いで二人を見上げた。

「お゛………」

形容し難い顔だった。
ところどころその身体はケロイド状で、腐敗していて。
腕は二の腕の途中でちぎれ、ぶら下がっている。
瞳に白目はなく、真っ黒な目から血を流していた。
口の中に歯は一本もなく、赤黒い液体を垂れ流している。

「……」
「……」

101 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:27:21.33 sMiEhRci0 54/658


ドアを勢いよく開けて、廊下へ。
だが、背後からあの死体は追いかけてくる。
最後の手前だというのに、最上級の恐怖がやってきた。

「だから嫌だって言っただろうがあああああああ!!!!」
「俺様の知ってる死体と違ううううううううう!!!」

あんなに怖いものは、知らなかった。
一目見てしまっただけなのに、忘れられない。
思わず涙がこぼれそうだったが、トールは歯を食いしばって我慢する。

「っ、はぁ、」
「―――息切れか?」

必死に走って逃げるが、その内にフィアンマの息が切れた。
元々、走ることは苦手である。まして長距離を猛ダッシュというのはきつい。

「これ持ってろ」

トールは少し考えた後、フィアンマにランプを持たせた。
首を傾げながらも彼女はきちんと受け取る。
未だ呼吸の整わない彼女の体を、トールは横抱きにする。
彼女を抱えて走った方が早いと判断したからだ。

「ト、」
「これでよし」

結論付けて、トールは院内温泉の部屋へ駆ける。

102 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:27:49.65 sMiEhRci0 55/658


顔が近い。
誰かに抱えられたことは、初めてだった。
落ちないようにトールの首と肩に腕を回しながら、フィアンマは視線を彷徨わせる。
別に誰も見ていないので羞恥はないはずだが、顔が赤くなる。

「お、……下ろし、」
「お前が走るよりこっちの方が速い」

言いながら、トールは彼女を抱え直す。
重くはなかったし、何より彼にはその見目以上の腕力があった。
そもそも、その腰に巻かれている霊装の効果でコンクリートで出来た橋を持ち上げられる程の力がある。
現在使用されているのは彼本来の腕力な訳だが。

揺れ。
走ったことによる心拍数の上昇。
フィアンマの緊張。

全ての要素が合わさり、メーターは上限ギリギリへ達した。
ランプの色は赤になり、後ろから駆けてくる足音が増える。
院内温泉の部屋へたどり着き、トールは素早く鍵をとった。
後はゴールまで一直線に走りきれば、二人の勝ちになる。
恐らく、今追いかけてきている者達は先ほどのトラウマ級ばかりだろう。
トールは前を見て走っているが、彼女はきっとそうはいかない。
だから、彼はこう言うことにした。

「絶対に俺だけ見てろよ、フィアンマ」

メーターの針が、軋んだ。
ゴールを抜けて病院のドアが閉まるまで、フィアンマは決してトールの背後は見なかった。
ただ、トールを見つめたまま、走ってもいないのに高鳴る心臓を意識していた。

103 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:28:58.11 sMiEhRci0 56/658


「ぜぇ、はぁ……」
「…大丈夫か?」

景品はどのアトラクションにも優先的に乗れるパスが四枚と、サイダーだった。
激しい息切れをしつつ、トールはサイダーを飲む。
あんなに必死に走ったのは久しぶりだったような気がする。

「霊安室のアイツが怖すぎた」
「あれはトラウマ級だな。
 院内温泉の血の水に手を突っ込んだお前は凛々しかった」
「逃げることにしか神経使ってなかったからな」

サイダーの空き缶をゴミ箱へ。
トールは深呼吸を繰り返しつつ、フィアンマを見やった。
ちょっと目が潤んでいるし、顔は今も赤い。

(走るような立場じゃねえからか)

珍しく一生懸命走ったから未だ顔が赤いのだろうと結論付けながら。

「最初から最後までお前に世話になってしまったな」

ちょっとだけ申し訳なさそうに笑みを浮かべる顔が、可愛く思えた。
それが吊り橋効果なのか純粋な好意なのか、誰にも判別はつかないだろう。

「気にすんなよ。俺が好きで走ったんだ」

トールは照れ混じりにそう言うと、空を見上げる。
暗い施設に居たからか、殊更快晴に思えた。

「―――フィアンマ」
「んー?」

サイダーを飲みながら、彼女は首を傾げる。
対して、トールは数度深呼吸をして。

「…多分。俺にとって、お前は」

ほんの少し顔を赤くしながら、とある事を言いかけたところで。

104 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/09 14:29:23.34 sMiEhRci0 57/658


「あれ? お前もしかして……」

声をかけてきたのは、黒髪の少年だった。
ツンツンとした髪をワックスで立たせているようだ。
容姿は人並みで、平凡そうな男だった。

上条当麻(かみじょうとうま)。

学園都市の学生であり、無能力者だ。
とある特別な右手を持つだけの、平凡な少年。
トールの知り合いではない。

「上条当麻か」

フィアンマは慌てて立ち上がり、上条に向かって微笑みかける。
完璧な微笑はトールにとっては違和感しかないものの、上条には綺麗に映る。
上条はトールを見やり、はっとしながらフィアンマに謝る。

「悪い、恋人か? デート中邪魔してごめん」
「そういう訳ではない。ただの友人だ」

どうしてだか。
その言葉は、トールにとって嫌な言葉だった。
友達だなんて、本当は良い表現のはずなのに。
何よりも、フィアンマが上条にとても友好的な態度なのか、トールにとって嬉しくないことだった。

「そ、そっか。この前はありがとな」
「別に礼を言われる程のことでもあるまい」
「いやいや、そんなことあるって」
「学園都市外へみだりに出て良いのか?」
「ん? ああ、ここ、ウチと提携してるだろ。
 ボランティアの一環として来たんだよ。手伝い」
「お疲れ様、と言っておくべきか」
「ありがとな」

にこにこと愛想良く、フィアンマは言葉を返す。
好きな男の子に好かれたい女の子の媚びのような雰囲気で。
トールは、彼女が何故そんな態度をとっているのか、知らない。
表面的に見て、端的に腹が立った。腹が立つ理由なんてわからない。

「フィアンマ、行きたい所があるんだろ。遅れるぞ」

トールは言うなり、彼女の手を掴んで立ち上がる。

「じゃあまたな」

上条は手を振って、休憩時間が終わるのか、急いで走っていった。

「……」

フィアンマの『邪魔をするな』と言わんばかりの視線。
トールは彼女から視線を逸らし、てくてくと彼女の手を引いて歩いて行った。





(……何だよ。何に怒ってるんだ、俺?)

111 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/10 21:52:10.51 pcvhIY/e0 58/658


生まれつき、特別な右手を持っていた。
それだけでなく、特別な力を抱え持っていた。
たとえ右腕を切断しても逃れられないものだった。

それは、ヒーロー願望のある誰しもが望む才能。

『世界を救える程の力』。
否、世界を救う為の、力。
ロールプレイングゲームの勇者には必須な才能だ。
そして、その才能に基づく莫大な幸運の恩恵が与えられた。

あまりにも突出した才能は、周囲から疎まれるのが常。

が、"幸運にも"そうはならなかった。
その代わりとして、ローマ正教の奥の奥へ招かれただけのこと。

『救世主の再来』

枢機卿は皆揃いも揃って自分を讃え、王座へ就けた。
出世することに苦労はなく、むしろ何度も押し上げられた。

特別な力を持った以上、その力に準じた振る舞いをしなければならない。
そう言われて育ったし、自分もそうすべきだと考えた。

辿るべき未来は決まっていた。
迎えるべき運命は明白だった。

112 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/10 21:52:39.85 pcvhIY/e0 59/658


物心ついた時に親は無く、彼女はいつでも一人だった。
たとえ友達を作っても、喪うことを予期していた。
否、世界を救う時に『さよなら』をするのが辛いから、必要無いと断じた。

『神の右席』に所属している人員は、いつでも後ろ暗い闇があった。

目的は同じでも、それに至る経緯は皆違った。
そしていずれにせよ、自分程の才能も、宿命も持たない人間達ばかりだった。
素の態度で接していれば、どうしても仲良くなってしまう。
嬉しいはずなのに、それは後々辛い思いをするための材料になってしまうから、断ち切る事を決めた。
孤独を埋めることは出来なかった。安心して友好関係を築ける相手がいなかった。

世界を救うための計画は、随分と前に立て、既に実行している。
今は各地の教会、聖堂の部品を聖別させている。
それが終わってしまうまでが、自分に残されたタイムリミット。
過ぎれば、自分はこの手で全てを壊すことになる。

こんな才能はいらなかった。
右腕を切断すれば無くなる程度のものであって欲しかった。

世界を救うため、『神上』へ至れば、人間としての思い出一切はなくなる。
ただ、正義を履行し、人類を救うための歯車のような存在になる。
そうなる前に、人間として、最後に楽しい思い出を作りたかった。

記憶を消さなくていい誰かと。
自分と仲良くなっても、思い出を共有しても、弊害の無い誰かと。

113 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/10 21:53:15.88 pcvhIY/e0 60/658


『助けてくれると、嬉しいのだが』

嘘をついたのは、トールと関係を築く取っ掛りにするためだった。

『所持金が無いので食事を奢ってくれ』

財布を無くした、だなんて。
彼はちょっとだけ迷惑そうな顔をして、それから、頷いてくれた。
自分でも我が儘で嫌な態度だと思うのに、我慢してくれた。
否、彼は我慢するような性格ではないので、受け入れてくれたのだろう。
あまつさえ、『右方のフィアンマ』としてではなく、唯の女の子として受け入れてくれた。
それは『右席』の面々もそうだったけれど、彼らとは関係上、記憶を消して『なかったこと』にする。

トールと、仲良くなりたかった。
仲良くなれるような気がした。

彼の側で笑っている状況が、心地良かった。
ずっとこの時間が続けば良いのにな、とうっすら思う。
そうはいかないことくらい、わかりきっているけれど。

114 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/10 21:53:47.02 pcvhIY/e0 61/658


「さっきのヤツ、誰なんだ? 友達って感じには見えなかったが」
「ん? ……今度話すさ」

幻想殺し(イマジンブレイカー)。

特別で特殊な、自分と同質であろうモノ。
それを封じ込めている右腕は、自分の力を引き出す『器』として使える。
彼との出会いは、彼が財布を無くしていたことから始まった。
ありとあらゆる異能を消し去る力は、自分の持っていた霊装を呆気なく壊した。
そもそも本物かどうかを確かめるためのものだったため、さしたる被害ではない。
しかし、彼は重く受け止めたらしく、再三の謝罪をした。
それから財布を見つけてやると、感謝と謝罪を交互にされた。

とても優しい少年だと思った。
漬け込みやすく、利用しやすいと思った。
好悪で言えば、嫌いなタイプだ。
特別体質という共通点における、同族嫌悪かもしれない。

優しく微笑みかけ、友好的に接するだけで、彼は疑うことなく信じてくれる。
自分と真反対の力を持つ彼は、今まで多くの不幸に見舞われてきたと聞いた。
それ故か、彼の持つ自己犠牲精神や卑屈な感情は精神根幹の多くを占めている。
友好的に接していれば、右腕の『回収』が容易かもしれない。




―――そんな打算で浮かべた微笑みだから、トールは怒っているのだろうか。

115 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/10 21:54:40.19 pcvhIY/e0 62/658


「何を怒っているんだ」
「怒ってねえよ」

トールはやや憮然とした様子で歩いている。
残念ながら、フィアンマは怒らせた少年の宥め方には詳しくない。
そもそも、相手が自分の怒りに怯える立場の人間ばかりだったからだ。

ただ、遊園地でずっと怒られているというのは楽しくない。

だからといって今上条との関係について説明すれば、更に気分を害するだろう。
主に、自分の考えや『計画』に対して。
全てを洗いざらいぶちまけるのは、別れを告げる時で良いはずだ。
フィアンマはきょろきょろと辺りを見回し、それから思い出したように言った。

「ティーカップ」
「あん?」
「ティーカップに乗ろう」

言って、今度は彼女が彼の手を引く。
向かう先は、ぐるぐる回るティーカップ状の乗り物。
真ん中のテーブルを回せば回す程、ぐるぐると回るものだ。
これに乗って思考を中断させることで怒りを払拭しよう、という姑息な手段である。

116 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/10 21:55:07.43 pcvhIY/e0 63/658


優先パスは四枚。
一人、一枚につき一度きり。

二枚を消費し、二人は並ぶことなくティーカップへ乗り込んだ。
手を離し、フィアンマはぺたりと中央のテーブルに触れる。
時間の経過と共に気持ちの高ぶりというのは治まるものだ。
トールも類に漏れず、その苛立ちは治まりつつあった。

「それでは開始しまーす」

能天気なBGMと共に回りだすティーカップ。
フィアンマはトールの様子を眺めつつ、情け容赦なくテーブルを回した。

「待っ、早すぎだろ」
「酔っても良いんだぞ?」
「そんな優しさ発揮するなら速度落とせよ、」

世界が回る。
ぐるんぐるんぐるん…と絶え間無い高速回転による遠心力は凄まじい。
トールは吹っ飛びそうになりながらカップ側面にしがみつく。
人間、考えられる余裕というのにも限度があるものだ。

そんな訳で、彼女の目論見通り、トールはめまいに全てを支配された訳である。

125 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/12 22:49:36.28 bEyDJvPm0 64/658


「し、死ぬ、かと、思っ、おえ、」
「大げさなヤツだ」

言葉を返しつつ、フィアンマはトールの背中を摩る。
未だ目の回る感覚が消えないのか、彼はくらくらとした様子でため息をついた。
冷たい飲み物を飲み、のんびりと空を見上げる。
どうにも、行列を作りたがる日本人は理解に苦しむ。
そんなに耐え忍んで待つ位なら、諦めて他のことを楽しんだ方が楽しいに決まっているのに。

「気がつけばもう夕方か」
「お化け屋敷で割と時間喰ったからな」
「何に乗ろうか」
「出来れば緩やかなモンをお願いしたいところだ」
「ジェットコースターにしよう」
「俺の話聞いてねえよな?」

意見を反映したとは思えない目標を設置しつつ。
フィアンマはすぐに向かうでもなく、ひとまず休憩を申し出た。
気がつけばお昼を食べていないのに陽が暮れ始めている。
由々しき問題である。お菓子を食べたい。

126 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/12 22:55:06.18 bEyDJvPm0 65/658


遊園地内のカフェのものはすごく高い。
キャラクターを模したパンケーキなど、絶対にぼったくり値段だ。
そうとわかっていても買ってしまうのだから、遊園地とは恐ろしい雰囲気を持つ空間である。

青い海を模したゼリーに浮かぶ、貝殻型のホワイトチョコレート。
貝の身に当たる部分は、林檎味のグミ。
森、自然を表現するために飾られた周囲の緑色のものは、抹茶味の生クリーム。
底面に敷かれているのはコーンフレークなどではなく、小さく刻んだマシュマロと砕いたビスケットだ。
チョコレートソースも底面に注がれており、あれらは混ぜて食べるものである。

要するに綺麗なチョコレートパフェだった。
ファミレスのぼったくり値段が霞んで見える値段だったが、トールは目を瞑る。
金は天下の廻物なんていう諺を聞いたこともあるし、そもそもこれは彼女がスクラッチで稼いだ金だ。

「悪くないな」
「飾りなんだかチョコなんだか、細々してるよな」
「菓子とは繊細であるべきだよ」

何でもかんでも砂糖をぶち込めば良い訳ではない、と彼女は憮然とする。
アメリカ辺りでそういう粗雑な洋菓子の洗礼にでもあってしまったのだろうか、トールは思う。

127 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/12 22:56:07.52 bEyDJvPm0 66/658


腹ごしらえを終えて。
二人は、ジェットコースター乗り場へとやって来た。
夕方ということもあり、家族連れの多くは帰り道を辿っている。
疲れを明日まで残したくない人々も帰宅していく。
故に、乗り場に並ぶ人は昼間に比べてだいぶ減った。

「空を飛ぶような爽快感…ね…」
「空など、その気になればいつでも飛べるから何とも言えんな」
「ま、撃ち落とされるのもセオリーだから、飛べないのと変わらないだろ」

現代魔術師にとって飛行するのは簡単だが、同時に撃ち落とすことも容易なこと。
故に、今の魔術師は本人が直接飛行することはまずありえない。
やるならば人間の形を崩したりする猛者が相応だろう。

そうこうしている間に、乗り込む。
今回は優先パスは使用しなかった。
そんなに並んでいなかったし、使う必要を感じなかったからだ。

「それではベルトを確認させていただきまーす」

係員が周囲を歩いては安全ベルトに触れ、安全性を確認する。
やがて確認と調整が終了したのか、見送りの挨拶と共にコースターが動き出した。

128 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/12 22:57:10.13 bEyDJvPm0 67/658


ガコガコガコガコ。

ジェットコースターの醍醐味は人それぞれだ。
中には、この昇っていく瞬間がたまらなく楽しいという人もいる。
トールとフィアンマはこのタイプであった。
ちなみに、パーティー用クラッカーは鳴らすまでが楽しいタイプでもある。

「結構高いな」
「曲がりながら走行するそうだ」
「なるほどな。だから吹っ飛びそうに……」
「……酔うなよ?」
「お前の回したカップよりかは遥かにマシだ、絶対。
 それより、そろそろ口閉じた方が良さそうだな」

舌を噛みたくなければ。

二人は前を向き、頂点へ辿りついたコースターに少しだけ緊張し。
それから、ほぼ直角に下降していく状況に、笑った。
浮遊感に感じるのは恐怖ではなく、遊興と緊張と、高ぶり。

「おおおおおおお!!」
「はは、ははははははははは!!!」

他の乗客は恐怖に叫んでいるが、二人は笑っていた。
感覚も、何もかも、普通の人とはズレているからか。

ただ、楽しかった。
こういう平和すぎる時間が、本当に。

129 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/12 22:57:47.97 bEyDJvPm0 68/658


ひとしきり遊んだ後。
定番とも言える観覧車に乗り込んだのは、夜。最後の乗車だった。
最後なので優先チケットを使用するが、そもそも回転率が早いので待つ必要が無かった。

滞空時間は大体三十分程。

外はすっかり陽が暮れ、真っ暗になっている。
遊園地の各アトラクションは、上から見ると美しいイルミネーションになっていた。
秋だからだろうか、どことなくハロウィンを意識したような形ばかりだ。
カボチャやかわいらしいデフォルメシーツおばけだとか、そんなものばかり。

「美しいな」
「科学ってのも悪くはないもんだな」
「適切に使用する分には便利なものだよ」

それに支配されてはいけないが、と彼女は肩を竦め。
ぺたり、と両手のひらを窓へはりつける。
琥珀の瞳は、ぼんやりとイルミネーションを眺めている。
トールは既に景色に飽きたのか、のんびりとしていた。
二人とも高所恐怖症ではないため、動揺はない。

「トール。お前に言おうと思っていたことがあるのだが」
「言おうと思ってた? 何だよ、言えばいいじゃねえか」
「……怒らないか?」
「内容によるだろ」
「そうか。…なら言わないでおこう」
「気になるだろ。言えよ」

130 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/12 22:59:04.06 bEyDJvPm0 69/658


トールの催促に対し、フィアンマは少しだけ考え込む。
人差し指の腹を唇下にそっとあて、空を眺めた。
夜空に輝く月は丸く、美しい。

誰かが、後押しをしてくれている気がした。

今ならまだ、道を踏み外して、どこか遠くへ逃げることだって出来る、と。
トールとずっと一緒にいることで、全てを投げ出すことだって、出来る。

でも。

多分それは、彼の迷惑になる。
それに、自分は世界を救うべき人間だ。
いいや、人間と名乗っていいのかもわからない怪物だ。
それ自体を億劫に思ったことはないが、未来が決まっているのは辛いものだ。
ただ、終わるまでにどれだけの幸福を詰め込めるかで、人間の価値は決まる。

「俺様は、本当はお前でなくても良かったんだ。
 ローマ正教と繋がりがなくて、俺様自身と過ごしてくれる誰かなら」
「………」
「だが、どうしてだろうな。今は、お前でなければダメだっただろうと思う」

僅かに、トールは息を止めた。
何となく、言葉の先が頭に浮かんで、ドキドキとする。

もしも彼女が自分に好意を抱いてくれているのなら、それは―――決して嫌じゃない。

だけど。

「だから、トール」
「……何、だ?」



彼女は振り返り、月光を背に受け、はにかんでみせた。









「恋人ごっこをしよう」
「………ごっこ?」

141 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/17 15:47:26.82 CCGsWMzb0 70/658


ごっこ。

遊びに誘うような気軽さ。
あくまで本気ではなく、遊興の意図が見てとれる。
揶揄ではなさそうだった。

「……何でごっこなんだよ?」

別に、本当に恋人になっても問題はないはずだ。
現在、トールはフィアンマと一緒に生活しているのだから。
それに、本物の恋人になった方が、デメリットはないはずだ。
ごっこ遊びの恋人など、女性側が損をするだけだ。

照れと嬉しさと困惑と。

トールは真っ直ぐに聞き返したが、フィアンマは肩をすくめ。

「一生お前の世話になるつもりはないからだ」
「………」

言い切られた。
トールは口を噤み、言葉を呑み込む。

「それで、どうなんだ」
「…付き合ってやるよ」
「そうか」

良かった、と彼女は笑む。

一生世話になるつもりはない。

その言葉の裏に、『世話になれない』の意味を込めながら。

142 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/17 15:48:13.98 CCGsWMzb0 71/658


遊園地からの帰り道。
二人はどちらともなく手を差し出し、繋ぐ。
遊園地内でしていたような握手スタイルではなく、指先を絡ませて。
所謂恋人繋ぎというものには、羞恥心がつきものだ。
フィアンマは小さく笑って、トールは目を細めて手を握る。

きっかけと呼べるきっかけはなかった。

同じ場所で食事をして、睡眠をとり、会話をする。
そんな日常の繰り返しと積み重ねが、好意を生んだ。
その気持ちはとても大切なものだ、とフィアンマは思う。

思うけれど。

(人生というのは皮肉だな)

初めて、一緒に迎える未来を夢見た相手が出来た。
この手を離したくない、と想える相手が。
しかし、自分の才能と思想故に、離れなければならない。

もしも、自分が『右方のフィアンマ』でなければ。
あるいは平凡な少女として、一生を終えられたかもしれない。
その場合は、トールと出会い、暮らし、こうして手を繋ぐこともなかっただろう。

143 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/17 15:49:00.72 CCGsWMzb0 72/658


「まあ、関係が恋人ごっこになったとしても何をする訳でもないのだが」
「まあな」

ホテルに戻り、フィアンマはベッドにうつ伏せになってそう言った。
トールは軽く相槌を打ち、退屈そうにベッドに腰掛ける。
走ったり歩き回ったりし過ぎた影響で、すっかり疲れてしまった。
シャワーを浴びる気力さえない。仮眠をとったほうが良さそうである。

「……一緒に眠らないのか?」
「お前にゃ別のベッドがあるだろ」
「恋人というのは一緒に眠るものだろう?」
「……あのな」
「それとも何だ。シャワーを浴びないと嫌だ、と?」
「いや別にそこまでは要求しねえよ。疲れてるだろ」
「一緒に寝るというのは何もそういう意味だけを持つ言葉では…まあ、仕方がないか。お前の年齢では」
「人を猿扱いするなよ」

くすくすと笑っている辺り冗談だということはわかる。
が、かといって揶揄されっぱなしというのは気分が良いものではない。

「一応は十字教の修道女に分類されるお前がそんなこと言って大丈夫なのかよ」

貞操観念的な意味で、と彼は肩を竦め、彼女の隣に寝転がる。
対して、フィアンマはとある人物を思い浮かべ。

「見目も言動も行動も卑猥この上ない女よりはマシだと思うがね」
「………心当たりあんのか?」
「まあ、多少は。…というか、そもそもだな」
「?」
「バチカンは世界でも有数のエロ本が集められている場所むぐ」
「やめろ」

144 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/17 15:49:42.18 CCGsWMzb0 73/658


ざあざあ。

一晩明け、シャワーを浴び。
二人が見たものは、バケツをひっくり返したかのように振る雨だった。
今日はホテルから出ない方が賢明だろう。
季節が秋から冬に移行するにつれ、日に日に、気温は下がっていく。

「何か、別に良い『敵』は居ねえもんかな……」
「心当たりはあるが、あまり好戦的な相手ではない」
「組織か?」
「そうだな。天草式十字凄教という魔術結社だ」

正確に魔術結社と言って良いのか、判別はつかない。
ある程度の歴史を持った宗教集団の場合、それはもはや魔術結社の本質とは異なるからだ。
彼らの戦法は仲間と伝統を重んじ、身の回りの魔術記号を抽出して駆使するもの。
一対複数人というのは、なかなかに大変なことだとフィアンマは思う。
あくまでも一般論であり、自分にとっては何人居ようと関係無い訳だが。

「へえ」
「お前が今現在探している女聖人は、かつてその組織の女教皇をしていたらしい」
「………」

かつて所属していた。
絆や仲間を重んじる組織。

この二つの内容から予測出来ることは、ただ一つ。
天草式十字凄教と戦闘をして窮地に立たせる事が出来れば。
その事を察知した神裂火織が、現れるのではないか、ということ。

思いついてしまえば、即決だった。

「何にしても、俺にとっちゃ一石二鳥だな」
「人体実験などはしていないようだし、『敵』としては良い部類じゃないか?」

のんびりと言い、フィアンマは欠伸を呑み込む。
ついでとばかりにクッキーをつまみ、口へ放り込んだ。

「ところで、そいつらの居場所は?」
「知らんよ」

145 : ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/17 15:50:21.49 CCGsWMzb0 74/658


時に、天草式十字凄教という組織は逃亡や隠蔽に特化している。
江戸時代に強く迫害されたキリシタン時代に、その傾向は強くなった。
今現在もそれらの技術は駆使・改良されており、彼らを捕まえるのは至難の業だ。

至難の業。

つまり、無理難題。
フィアンマにとって、それはむしろ好都合だ。
彼女の保有する『聖なる右』は、ありとあらゆる試練を最適な力で乗り越える。
それは何も相手を吹き飛ばしたり殺すだけには留まらない。
少し対象や範囲の設定を調整すれば、人探しにだって使うことが出来る。
加えて、彼女は直線上に遮蔽物がなければどこまででも瞬間移動が可能だ。

絶対に逃げきれるとされている組織と。
絶対に見つけて捕まえる魔術師。

組織同士の社会的評価から鑑みても、どちらの能力がより優れているかは明白である。
天草式十字凄教にとっての不幸、不運の原因はただ一つ。

他ならぬ『神の右席』のリーダー、右方のフィアンマに"捜索"されてしまったことである。

146 : 次回予告  ◆2/3UkhVg4u1D - 2013/11/17 15:50:49.64 CCGsWMzb0 75/658





「つまり、我ら天草式十字凄教と決闘がしたい…という解釈で良いのよな?」  
             天草式十字凄教教皇代理――――建宮斎字(たてみやさいじ)




「決闘って響きは格好良いが、俺のしたいことはそんな高尚じゃねえな」
                北欧神話の『雷神』を名乗る魔術師――――トール




「数人で一人を、というのはあまりにも不平等なんじゃ…?」
                   癒し系常識人――――五和(いつわ)




「俺様が加わってしまうと戦争が起きてしまうしな。まだ早い」
                恋人ごっこ中――――右方のフィアンマ


 



続き
フィアンマ「助けてくれると嬉しいのだが」トール「あん?」#2


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