クリスマス、二週間前
梓「ねえ、純」
純「なに? 梓」
梓「あの、一つお願いがあるんだけどさ」
純「うんうん」
梓「……く、クリスマス、一緒にあそばない?」
元スレ
梓「ねぇ、手繋がない?」
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1293175916/
純「え? 私と?」
梓「う、うん! 二人だけで」
純「憂とかは?」
梓「あ、う、憂は唯先輩と一緒に過ごすんだって! 純もクリスマス暇でしょ? だから……ね?」
純「うん、まあいいけど……軽音部の先輩たちとクリスマスパーティやるんじゃないの? 去年みたいに」
梓「あ、こ、今年は先輩達受験だからさ、ないんだよ」
純「あぁ、そっか」
梓「ね? だから、私と一緒にクリスマス、どうかなーって」
純「いいよ」
梓「本当!?」
純「うん。一人でクリスマスなんて、寂しいだけだしね」
梓(……やった! OKもらえた!)
梓(軽音部のクリスマスパーティ断った甲斐があった!)
~回想~
律「あー、冬休みだー」
唯「また今年も、クリスマス、みんなで遊ぼうね!」
律「おう! あったり前よー」
梓「あ、あの」
唯「ん? どうしたのあずにゃん」
梓「私、クリスマスには予定が……」
唯「あー! あずにゃん、彼氏出来たんだ!」
律「何! 本当か!」
梓「い、いえ、あの」
梓(言えない……純とすごしたいからなんて、言えない)
梓「そ――そうです! 彼氏とすごすんです!」
律「なにぃぃっ!」
唯「ほ、本当に!? どんな人?」
紬「あ、梓ちゃんに彼氏……(妄想中)」
唯「あずにゃん、彼氏ってどんなひと?」
梓「え、えーと、焦茶色の髪で、明るくて、かっこよくて……、私の大切な人です」
唯「あぁ……あずにゃんに彼氏……」
梓「と、とにかく、そういうわけですから、クリスマスには先約があって、遊びに行くことができません」
律「……ま、そういうことなら、仕方ない、かな」
梓「……申し訳ないです」
律「いや、いいよ。その代わり、聖夜の夜をうーんと楽しめよ? な?」
梓「律先輩……口調がおっさんぽくなっています」
~回想終わり~
梓(すべてをかなぐり捨ててでも、クリスマスは純とすごしたいと思った……)
梓(そして、その悲願が達成された! きゃー!)
純「……梓、何さっきから身もだえしているの?」
梓「……はっ! な、何でもない何でもない。あ、クリスマス、いいんだよね? 本当に」
純「うん」
梓(やった! 私やった!)
梓は小さくガッツポーズを作る。
梓(私最高に幸せ!)
梓(クリスマスは純と一緒に……むふふ……)
純「……梓、なにそのおっさんみたいな笑み」
クリスマス一週間前
音楽室
律「今日は梓が学校を休んでいるらしい」
唯「え! そうなの? 何で?」
律「風邪をひいたらしい」
唯「え、じゃあお見まいとか行こうよ」
律「行かない! それよりもっと重大なことがある」
唯「重大なこと?」
律「梓に、彼氏が出来たということだ」
唯「ああ、言ってたね」
律「唯、これがどういうことかわかるか?」
唯「どういうこと、って?」
律「梓は暗に、『お前らみたいな非モテとは違うんだよ、ぶぁーか!』と言っているんだ」
澪「それは……被害妄想だろう」
律「被害妄想なんかじゃない! あれは梓のいやみだ! 先輩が受験勉強で汗だくになっている最中に彼氏を作るなんて! これをいやみと言わず何と言う!」
紬「確かに……一理あるわね」
澪「ムギまで!?」
紬「考えてみて? クリスマスを一緒に過ごすということは、貞操を失うということと同義だわ。梓ちゃんは私たちを、干物女、と暗に嘲っているのかもしれない」
律「そう! だから、今回のクリスマスは、梓の尾行を行いたいと思う!」
唯「尾行! いいね! 楽しそう!」
澪「おい律! 梓にもプライバシーがあr 律「澪。澪って処女だろ?」
澪「な! いきなり何を!」
律「処女だろ?」
澪「……ま、まあ」
律「私の予想では――まだ十年は、澪は処女のままだと思う」
澪「な、何でそんなこと!」
律「考えてみろ? 澪、男に触った経験なんてないだろ?」
澪「そ、そりゃあないけど。律だって同じじゃないか」
律「わーたーしーは! 聡のオシメをかえたことだってある! 当然、男のアレを見たことがあるのだ!」
唯「おお……りっちゃんがかっこよく見える」
律「それで、だ。澪は男に触れたこともない。大学も女子大だから触れる機会はないだろう。つまり――社会人になって、やっと触れる機会がある」
澪「そ、そんな! 大学生になったらいろんな人t 律「澪の性格じゃ無理無理。内気じゃん」
しゅんとなる澪。
律「まあ、何が言いたいかってーと、澪、お前後輩がさきに処女を失おうとしているんだ」
澪「…………」
律「悔しくないか?」
澪「…………」
律「あとから来たような後輩が、自分よりも早く卒業してしまうんだ。これほど悔しいことはないだろう?」
澪「…………しい」
律「ん?」
澪「死ぬほど、悔しい」
律が笑んだ。
律「そうだろう!? なあ、みんなもそうだよな!?」
唯 紬「うん!!」
律「よし。じゃあ、梓のクリスマスライフを観察しようじゃないか! 皆のもの、賛同してくれるな!?」
一同「おー!」
12月24日
ピンポーン、と中野家のインターホンが鳴った。
梓「はーい」
梓は玄関を開ける。
純「やほー」
梓「早かったね、五時に来るって言ってたのに、まだ四時になったばかりだよ?」
純「少しでも長く遊びたいじゃん?」
梓「まあね」
純「梓、まだ着替えてないの?」
梓「うん、どの服で行こうか迷っちゃって」
純「そんな、デートじゃないんだから、服なんかどうだっていいじゃん」
梓「まあ、それもそうかもだけど」
梓は純の着ているものを見やる。黒色のスカート、皮のブーツ、薄茶色のコート。
梓(あ、そのコート私も持ってる。それにしようかな)
梓「じゃあ、ちょっと待っててね」
言い残し、五分後。
梓「お待たせ」
純と同じコートを着た梓が現れた。
純「おお」
梓「何?」
純「すごく似合ってる。かっこいいね」
梓ははにかんだ。
梓「純も、似合ってるよ」
純「ありがと、梓」
純は微笑む。梓は自分の胸が高鳴るのを感じた。
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律「……あれは、純って娘だったっけ?」
唯「うん。憂の友達の娘だよ」
律「あれが梓の彼氏……ってわけないよな」
唯「どう見ても女の子だしね。スカート穿いてるし」
律「だよなあ。ただの友達かあ」
紬(いや、もしかしたら……ふたなり……)
唯「あ! 二人がどこかに出発するよ!」
律「よし! 追うぞ!」
唯「おー!」
澪「帰りたい……」
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梓「マフラーとか、買わない?」
純「マフラーかあ。いいかもね」
梓「じゃあ、ユニクロ行こうよ、ね?」
純「そうしよっか」
数分ほど歩いて目的地に到着。
マフラーセール中! と書かれたワゴンに二人は近づく。
純「私もマフラー、買おうかな」
梓「どんなのがいいの?」
純「赤」
梓「何で赤?」
純「かっこいいでしょ」
梓「ふうん。あ、これは?」
純「ところどころに白の斑点があるからいや」
梓「じゃあ、これ」
純「それはエンジ色」
梓「じゃあ、これ」
純「あ、いいね! それ」
純が絶賛する。
梓「あーでも、これ、二人用だ」
純「え、嘘」
梓「本当。ほら、ここに二人用って書いてある」
純「あ、本当だ」
梓「別のにしようか」
純「うーん、でも、それもかっこいいからいいよ」
梓「え、 純「それにさ、せっかく梓が選んだんだもん。全部断ってたら後味悪いしね」
梓「…………」
悪い気分ではなかった。
純「梓は何買うの?」
梓「うーん、マフラーは買っちゃったし……私は手袋、かな」
純「じゃあ、私が選んでいい? 梓の手袋」
梓「え、うん。いいよ」
純「どんなのがいい? 色は? 材質は?」
梓「ええと、純が選んだのなら、どれだっていいよ」
純「そっか。じゃあ、待っててね。選んでくるから」
言い残し、純はその場から離れた。
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律「……………………………………………………」
唯「あずにゃんたち、楽しそうだね」
律「……………………………………………………」
唯「私たち、こんなところで何やっているんだろうね」
律「……………………………………………………」
唯「彼氏、来ないね」
律「……………………………………………………」
唯「周りの店員さんの視線が痛いね」
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純「お待たせ」
そう言って、持ってきてくれたのは毛糸の赤色の手袋だった。
梓「ありがとう、純」
純「ひと足早いクリスマスプレゼント、ね」
梓に手袋を手渡す。
二人はレジに向かった。
外
手袋の入った包みとマフラーの入った包みを、各々が持っている。
純「あ、次はゲーセン行こう、ゲーセン」
梓「えー、雰囲気でないなあ」
純「いいじゃんゲーセン。楽しいよ?」
梓「まあ、純がいいなら、行くよ」
ゲームセンター店内
梓「うわー。音うるさい」
純「え? 何?」
梓「音うるさいね!」
純「ああ、だね。まあ当たり前じゃない?」
梓「あ、あのUFOゲーム面白そう」
純「ああ、あれ? 私、この前特大のうまい棒とったことあるよ」
梓「へえ、本当! 今回も何かとってみてよ!」
純「まかしといて」
キャッチャーゲームの周囲をうろうろと回る純。
梓「何してるの?」
純「いや、首尾をね」
梓「しゅび?」
純「うん……、あ、このキティちゃんはいける」
純は本体に二百円を投入する。
梓「純、あのs 純「しっ! 黙ってて!」
梓「う、うん」
純「……アームが斜めに降りるヤツだから、あそこに下ろして……」
純「……いや、でもこのアームの爪はあまり広がらない……」
純「…………まあ、いけるかな」
純はレバーを操作、キティの真上ちょっと前まで移動し、アームを下げる。
キティの腹部をがしっ、と掴んだ。
純「やりぃ!」
そのままアームが上に……キティがアームから、すり抜けるようにして落ちた。
そのまま、何も掴んでいない状態でアームが元の位置に戻ってくる。
梓「……あれ?」
純「いや、違うよ? 別にこれからが本番みたいなものだし?」
純「今までのが腕ならしって感じだから」
弁解するように言った後、純は再び二百円を投入した。
また失敗した。
投入。
失敗。
投入、失敗。投入失敗。
純「うん、まあまあかな。次は取れるよ」
一人熱くなっている純を横目で見ながら、――ふと気付いた。
梓「律先輩?」
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律「かあー! 太鼓の達人最高!」
唯「りっちゃん、上手いね。さすがドラムやっているだけはあるよ!」
律「へへ。だろ?」
唯「私もやってみていい?」
律「おう、どうぞ」
律は唯にバチを渡す。ちなみに澪と紬は、ゲームセンターに入ってすぐ横にあるプリント倶楽部の中にいる。
唯「よーし、やるぞー!」
レベルを選択し、曲を選んだ唯は、バチを振り上げ、ゲームが始まるのを待った。
梓「ああ、やっぱり律先輩です。それに唯先輩も」
ちょうど、ゲームが始まったときに、そう声をかけられた。
律「梓! どうして私たちの場所が分かった!?」
梓「? 大声出していたから、いやでも目立ちますよ」
律「あ、そ、そうか。それより、梓。ここでデートしているのか?」
梓「え?」
律「違うのか?」
梓「あ、はい! そうです。奇遇ですねえ」
意地の悪い笑みを浮かべる律。
律「ふーん、ほーお? 純ちゃんと遊んでいるのに?」
律「マフラーと手袋買ってイチャコラしていただけなのに?」
梓「え? な、なんでそのことを……」
律「ネタばらしをしてやろう! 私たち軽音部は梓を尾行していたのだ!」
驚いたかー! と言わんばかりに腕を広げる。
梓「……はあ、なんでまた?」
さして驚いた様子も見せず、梓が切りだす。
律「彼氏とやらと梓が何をするか――ナニをするかを観察するためだ!」
梓(おっさんみたいだなあ、そういう下ネタ)
律「な・の・に! 彼氏は一向に現れず純ちゃんとやらとのイチャコラしか起きないとはこれいかに!」
梓「いや、べ、別にいいじゃないですか。クリスマスをどう過ごそうと」
律「何で軽音部との約束を優先せず、プライベートに走るのかを聞いているんだー!」
梓「それは……」
律「私たちは高3でな? もうこのメンバーでは遊べなくなるわけだよ。だから最後のクリスマスくらいは、軽音部のメンバーで一緒に過ごそうって思っていたのに……」
梓「…………」
律「…………」
嫌な沈黙だな、と律は思った。唯を横目で見る。太鼓を必死に叩いていた。思わず、ため息。
そのため息に影響されてか、梓が口を開いた。
梓「……ごめんなさい。彼氏とか、嘘だったんです」
ただ純粋に、と梓は言う。
梓「純とクリスマスを過ごしたかっただけなんです」
梓「去年も、純と約束したんですよ。クリスマス一緒に遊ぼうって」
滔々と独白が続く。
梓「でも、軽音部との先約があったから、守れなかったんです、純との約束」
梓「だから、今年は守ろうって」
律「……………………」
梓「律先輩たちと遊べなかったことは謝ります。だから、純と、あと少しだけ付き合ってもいいでしょうか?」
それに、と梓は続ける。
梓「私、純のこと好きなんです」
梓「今はまだ片思いだけど、いつかきっと相思相愛になろうと思っていて」
梓「そのためにも――、一日でも長く純と一緒にいたいんです」
律は数秒押し黙って。
律「…………………………………………か?」
梓「はい?」
律「正月は軽音部みんなで、集まるって約束してくれるか?」
梓「――はい」
律「よし」
唯「いやー、やっと高得点取れたよ。あれ? あずにゃん?」
律「帰るぞ、唯」
唯「え? いきなり何で?」
律「梓に悪いと思ってな。それに、澪達と遊ぶ時間もなくなるだろう?」
唯「ああ、憂に料理を作ってもらってるんだった!」
律「早く帰らないと冷めちまうじゃん」
唯「澪ちゃん達はどこ?」
律「プリクラだろ」
唯「早く迎えに行こうよ!」
律「ああ。それと唯、何かバカみたいなことに付き合わせてごめんな」
唯「いいから早く!」
律「唯、ひっぱるなって」
そのとき。
梓は律と眼があった。
口パクで、律が何事かを言う。
五文字の言葉。
がんばれよ、と言っているのだとわかった。
いい先輩だな、と梓は思った。
****************************************
純「ほら、取れたよ! キティ! 3400円の価値があるキティ!」
梓「おお、17回のチャレンジでやっと取れたんだ」
純「私もやればできるんだよ」
梓「すごいね。純」
純「へへー」
梓「ねえ、ここ出ない? 何かうるさいしさ」
純「そうしようか。私の財布もピンチだし」
外。
梓「うう、まだ耳がキーんってなる」
純「私も。でもすぐになおるよ」
二人の吐く息は白い。人通りの多い街中はクリスマスイブの夜のはずなのに、何故かいつもより静かに感じられた。
純「ああ、そうだ。この人形、梓にあげるよ」
梓「……いいの?」
純「うん。大事にしてよ」
梓「わかってるよ。あと、ありがと」
手渡された人形をぎゅう、と抱きしめた。
純「そういえばさ」
梓「うん?」
純「私たち、来年は高校三年生だね」
梓「……うん」
純「ついこないだまで、中学生だったのにな」
梓「時間が流れるのって早いね」
純「だね」
満点とは言えないけれど、そこそこの星空が、夜を彩っている。
二人並んで、夜空を仰いだ。
純「そうだ、マフラー付けない?」
梓「え?」
純「さっき買った二人用マフラー。使わない?」
梓の返事を聞くより早く、純は自分の首にマフラーを巻きはじめた。
純「ああ、やっぱ長いね。二人用って」
純「ほら、梓。マフラー付けなよ」
梓「……うん」
促されたとおり、首に巻く。
純「こうやってしているとさ」
梓「していると?」
純「恋人みたいだね」
頬が急激に赤くなるのが分かった。
梓「そ、そうだね」
恋人。コイビト。
いい響きだと、梓は思った。
純「なーに本気にしてるの。冗談だよ、冗談」
お茶らけるように笑う純。
梓「あ、ああ、冗談だなんて最初っからわかってたよ」
純「ほーう。じゃあなんでそんなに梓は顔を赤くしているのかな?」
梓「さ、寒いからだって」
やられっぱなしじゃ悔しいから、梓も何か、言ってやることにした。
梓「ねぇ、手繋がない? 恋人みたいにさ」
純「――え?」
純が一瞬動揺したのを、梓は見逃さなかった。
梓「ああ、恋人見たいにってのは冗談だよ。だけど、手を繋ごうってのは本気」
梓「だってほら、寒いでしょ?」
梓が手を差し出す。
純「じゃあ、そうしよっか」
純がその手を握る。
梓(今はまだ、これでいい)
梓は心の中で呟く。
好きだ、なんて告白できなくてもいい。
友だちとして笑い合うことが出来ればそれでいい。
今はまだ、純の手の温かさを感じているだけで構わない。
そして梓は、純の手を握り返した。
同じ足取りで、二人は夜の街を歩く。
終わり
番外編 イブの夜
平沢家で、クリスマスパーティが開かれた。
今は、その帰り。澪と律は二人、並んで帰路についていた。
律「あー、食った食った。憂ちゃんの作ったケーキは最高だなー」
澪「……うう、また太る」
律「そんなこと気にするなって、食いたい時に食う、それが一番じゃないか」
澪「そんなこといっても……」
律「それにさ、今年で最後じゃないか。こうやってみんなで集まってどんちゃん騒ぎ出来るの」
澪「まあ……そうなんだけどさ」
そういえば、と澪が続ける。
澪「何で尾行やめたんだ?」
律「クリスマスくらいゆっくり二人で過ごさせようっていう先輩の配慮だ」
澪「配慮って、提案したのはどこの誰だよ」
律「私は過去にとらわれない主義なんだ」
澪は苦笑した。
律「なあ、さっきゲーセンで撮ってたプリクラある? 見てみたいな」
澪「ああ、あったな。そんなの」
澪はポケットから、プリクラの張られた縦長の台紙を取り出した。
変顔をしている紬と、それを見て笑っている澪が映っていた。
律「おお、澪、写真うつりいいな」
澪「そうか? ありがと」
律(……羨ましいな)
律(私と一緒にいるときじゃあ、絶対に浮かべない表情だ)
律「ああ、本当によく撮れてる」
私が嫉妬してしまうくらいに、とは言わなかった。
澪「一枚あげるか?」
律「いいの? サンキュー」
手の甲に貼ってもらった。
そのプリクラを眺めながら、律は思う。
律(私と梓は、少し似ているのかもしれない)
律(大切な人に、好きだと言えない――という一点で、私も梓も一致している)
律(だからあの時、私は梓の願いを否定しなかったのかな)
澪「どうした? 律」
律「あ、あ? あー、悪い、考え事してた」
澪「何か悩みでもあるのか?」
律「いや、大したことじゃないって」
それよりさ、と律は語を継いだ。
律「クリスマスプレゼント欲しくないか?」
澪「え? でも、私何も用意していないぞ?」
律「プリクラくれたじゃん。そのお返し」
澪「ああ、そういうことか。で、何くれるんだ?」
律「じゃあ、澪、目をつぶって」
澪「ん」
その言葉に従って、澪は目を瞑る。
律「では、クリスマスプレゼントでーす!」
そう言って、律は澪に詰め寄ると、背伸びして、そして。
唇を重ねた。
澪「きゃっ」
澪はとっさに後退した。
律「何だよー、そんなに驚かなくてもいいじゃん」
澪「だ、だって律がいきなり……」
律「いきなり?」
澪「……キス……をしてくるから」
律「だから、キスがクリスマスプレゼントなんだって。豪華だろ?」
澪「まったく……」
呆れたように息を吐きながら、澪は律の眼前まで歩み寄ってくる。
律「あれ? 澪さん? おこってらっしゃる?」
その律の問いに答えず、澪は腰をかがめると、間髪いれず、律の口元に――。
再び、律と澪の唇が重なる。
律「んなああ!」
今度は律が驚く番だった。
澪「私からもお返しだ」
澪は薄く笑んだ。
自分の頬が熱くなるのを感じながら、律は、こういう夜も悪くないなと思った。
終わり


