学園都市。
それは総人口230万、最先端の科学技術が研究・運用された独立国家にも相当する巨大都市の通称のことだ。
そしてこの都市には隠された裏の顔がある。
外部から隔離されたこの都市では“超能力開発”が学校のカリキュラムに組み込まれており、230万の人口の実に8割を占める学生たちが日々《能力の開発》に取り組んでいるのだ。
そんな学園都市に、前代未聞のとんでもない転校生がやってきたことから物語は始まる。
幾つもの厳重なセキュリティチェックが終了し、外部と学園都市を繋げている門《ゲート》が開いた。
それは新たな人間がこの学園都市に足を踏み入れたことを意味する。
眼前に広がるは外部より二十年は進んでいる科学技術の粋を凝らした街並み。
初めてこの学園都市を目にする者は誰しもその様を見て息を呑み、目を凝らし、己の常識を再構築する。
だが、この男は違った。
「ほう…ここが学園都市か。 なるほどこの俺を迎えるに相応しい巨大な都市であるようだな」
鷹揚に微笑みながら“悪くはない、満足だ”と言わんばかりの感想を呟く男。
その男は“異様”な風貌をしていた。
生まれつきであろう金髪はまるで重力に反発するかのように天を向き、整った面立ちの中心には煌々と光を放つ紅眼。
その男は全身から“威容”を周囲に振りまいていた。
男の名は都城王土。
“とある”事情を抱え、在籍していた“とある”学園よりこの地にきた。
生まれながらにして王者の気質を持つ王土が腕組みをして学園都市を見渡す。
その背に弾むような声がかかる。
元スレ
都城王土「ほう…学園都市か。 なるほどこの俺を迎えるに相応しい」
http://raicho.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1291386278/
「えへへ☆ 随分とご機嫌だね、王土」
声の主は王土の一歩後ろ、従者のように付き従っているちいさな影が発したものだった。
男子の制服を着込んではいるが、その愛くるしい顔は少年なのか少女なのか。
大きな籠を背負った子供のような風体は、ある意味では都城王土よりも謎めいていると言ってもいいのかもしれない。
影の名は行橋未造。
都城王土に心酔し都城王土に依存し都城王土に付き従う唯一にして無二の忠臣である。
そんな行橋をちらりと横目で一瞥する王土。
「ふん、お前のほうがよほど機嫌がいいように見えるがな。 それよりもだ、“仮面”はどうした?」
「えへへへっ 意地悪な事を言わないでよ王土 “ボクはお前の側にいるならば仮面をつけなくてもいい”ことくらい知っているだろ?」
「あぁ、そういえばそうだったな。 なに、別段他意はないのだ。 気にするな」
不可解な言葉を交わしながらも都城王土と行橋未造が歩き出す。
「ね、王土? まずはどうするのさ?」
前を歩く王土の背にそう疑問を発する未造。
そんな未造の問に振り返ることもなく王土が応える。
「そうだな。 ともあれまずはこの都市の理事長とやらと会うのが最も手っ取り早いだろうさ」
言葉と共に手の内にある一枚の紙をヒラヒラと振る王土。
厳重に封印された封筒にはそっけなくただ一言、こう書かれていた。
[推薦状]
と。
■学園都市・路上
「うひゃあ! 見て見て初春! チョー美味しそう!」
嬉しそうな少女の声。
その声の主は佐天涙子という。
ついさっき露店で買った特盛りのクレープの大きさに驚き、目を輝かせて親友に声をかけたのだが。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよー 佐天さーん…」
返ってきたのは親友の苦渋に満ちた声だった。
「もー まだ迷ってんの?」
その声を聞いて呆れながら振り返る佐天涙子。
そこにはクレープ屋の看板にある見本のクレープを見比べながら迷いに迷っている少女がもう一人。
頭に特徴的な花飾りをした少女の名は初春飾利という。
「そんな必死になって選ばなくてもいーじゃん、また来ればさー」
そう言いながら垂れだしてきたアイスクリームをぺろりと舐める佐天涙子。
「それはそうなんですけど… どっちも美味しそうで…」
飴玉を転がすような甘ったるい声で可愛らしい悩みを口にする初春飾利だった。
「じゃあさじゃあさ、両方食べればいーんじゃない? ダイエット大変かもだけどね」
「わっ! 何を言うんですか佐天さん! ヒドイですよー」
親友をからかう佐天涙子とふざけながらも怒ったふりをする初春飾利。
この少女たちは、その他愛も無いやりとりに夢中になりすぎていた。
周りのことに全く気を払ってはいなかったのだ。
段々と街が静かになっていく。
彼の姿を見た学生は誰に言われるでもなく道を開け、彼の行く手を遮らないように。
ドラム缶という通称で呼ばれている清掃ロボは彼の歩む先にゴミがひとつも落ちないように。
動植物は声を潜め、彼の機嫌を損ねないように。
人も動植物も果ては機械に到るまでが“彼”を尊重し敬っていた。
周囲の異常に気付いていないのはもはや佐天涙子と初春飾利のみだった。
「まま、たーっぷり悩めばいーじゃん? 私はもう我慢出来ないしー。 おっさきー♪」
クレープ屋の前でいまだにうんうん唸ってる初春にそう言い残し佐天涙子がムガッ!と大口を開けた時だった。
「お前たちここの学生と見る。 普通なる俺がお前たちに質問をしてくれよう。 謹んで答えることを許すぞ」
「…ふぁい?」
今まさにクレープにかぶりつかんと大口を開けたままで佐天涙子が振り返る。
そこに立っていたのは金髪紅眼の男。
「第七学区とやらが何処にあるのか俺に教えてよい」
佐天涙子は“一般的”な中学生である。
それでも。 彼女の周りには色々な人間がいて、それなりに人間は見てきている。
学園都市最強クラスの能力者や強力な能力をもった風紀委員、果ては一万人の頭脳を束ねた反則的な科学者まで彼女は目にしてきた。
だが、だけど、だからといって、“こんなこれ”を目の当たりにするのは…あまりにも初めての経験だった。
今の気持ちを喩えるならば…アフリカの草原ではしゃいでいた小鹿の目の前に獅子が現れたようなものである。
大口を開けたまま硬直してしまった佐天涙子を見て、獅子のような男が眉をひそめる。
「おいお前、俺に見惚れるのはしょうがないとしてだ。 そのままでは手に持っている菓子がこぼれるぞ?」
「…ふぇっ?」
言われてようやく、佐天涙子は気付いた。
知らず知らずのうちに手に力が入りクレープを握りつぶしてしまいそうだったのだ。
「うわわ!」
溢れそうなクレープを慌てて口で受け止める佐天涙子。
小さな口の周りを生クリームとアイスクリームでベタベタにしながら、佐天涙子は混乱の極地にあった。
このままでは男の問に答えることはできない。 かといって口からクレープを離せば制服が生クリームでトッピングされてしまう。
堂々巡りの思考で頭がこんがらがってきた佐天涙子の窮地を救ったのは軽やかな声。
「なるほどねー☆ ここは第六学区なんだってさ。 第七学区はあっちの方だってさ、王土」
男の袖をクイクイと引っ張りながら繁華街の向こうを指差す小さな影。
幼女のようなちいさな指先を目でおう獅子のような男がフンと鼻をならす。
「む、そうか。 邪魔をしたな娘」
目を白黒させ固まったままの佐天涙子に向かい事もなげにそう言うと男が踵を返し、目的の地である第七学区に歩いて行く。
もはやこちらを一瞥もしようとしないその後姿を呆気にとられたまま見送るしかできない佐天涙子。
そんな佐天に向かい小さな影が振り返った。
「えへ! 驚かせてごめんねー “王”を引退したと言ってもさ、なんせやっぱりあいつときたら生まれながらにして“王”なんだよ☆」
そう意味が分からないことを口にすると、小さな子供が男の後を追う。
気がつけば、いつの間にか街は喧騒を取り戻していた。
残されたのはクレープに口をとられたまま硬直したままの佐天涙子一人だけ。
「…ど、どゆこと?」
もごもごと口の中のクレープを飲み込んで、ようやく佐天涙子はそう呟いた。
疑問しか残らない。
何故自分はあの男の前であそこまで緊張したのか?
何故男と子供は知っているはずの第七学区の場所を問うたのか?
考えれば考えるほど疑問は膨らんでいく。
出口のない思考の迷路をグルグルと走りだした佐天涙子を止めたのは、ほがらかな親友の声だった。
「お、おまたせしました佐天さーん!」
クレープを手にした初春飾利がほんわかした笑いを浮かべながらこちらに向かって小走りで近寄ってくる。
「結局ですねー 二つのクレープをひとつにしちゃいましたー」
佐天涙子の持つクレープよりも巨大なそれを手に持って初春飾利がエッへンと胸をはる。
「見てください! 店長さんいわく! これこそ超弩級のジャンボ王様パフェなのですって…佐天さん口の周りベタベタですよー?」
「え? あ、うん 大きいね それに美味しそう」
ダイエットは明日から頑張ります!と顔に書いた親友の笑顔をみてそっけなく佐天涙子はそう呟いた。
この調子では先程の男にも全く気がついていないのだろう。
鈍感にも程がある親友に言われるがまま口元を拭きながら佐天涙子はおかしいやら呆れるやら。
頭の花飾りを揺らしながら巨大なパフェをちびちびとかじっている初春飾利を見て佐天涙子は、ふとぼんやりと呟いた。
「超弩級の王様……ねぇ」
ふと頭の中に浮かんだ途方も無い想像。
それを何故か笑いとばすことができないまま、とりあえず佐天涙子は手の中のパフェを平らげようと心に決めた。
■窓のないビル
その部屋には窓が無い。ドアも階段もエレベーターも無い。
そんな棺桶のような巨大な空間の中央にあるのは円筒状の装置がひとつ。
ゴポリという音とともに大きな泡が揺らめく水槽の中には『人間』がいた。
『人間』の名はアレイスター・クロウリー。
学園都市総括理事長であり世界最高の科学者としての側面と世界最大の魔術師という側面をもつ測定のできない『人間』である。
まるでホルマリン漬けのように水の中に浮かびながらアレイスターが言葉を口にした。
「ふむ――そんなにおかしなことかね?」
答えが判っている疑問をわざわざ口にして問うたのは彼なりの試験。
その試験を受けるのは金髪グラサンの少年、土御門元春である。
「あぁ。 充分おかしいさ。 おまえの興味をひく人間だと? 信じれられるものか」
吐き捨てるようにそう答える土御門だが、アレイスターはそんな彼の無礼な口調の答えを気にすること無く、さらなる試験を口にした。
「――そのように見えるか。 あぁ、そういえばおまえは私の目的を知っているのだったな」
「はっ 知るものか。 知りたくもない」
問われ、間髪入れずそう気丈に言い返す土御門だったが気がつけばシャツがじっとりと嫌な汗で濡れていた。
今の試験は正解をしてはならない致死性の問。
もしも答えてしまえば、自分はどうなっているのか想像もしたくない。
そんな土御門を見て満足気に目を細めるアレイスター。
ようやく土御門を試すことに満足したアレイスターがゆっくりと口を開いた。
「箱庭学園――名称くらいは聞いたことがあるだろう? 学園都市と相互の技術提供をしている小さな学園のことだ」
小さな学園、などとアレイスターは口にしたがそれは学園都市全体と比べればの話。
全学年10クラス以上ある巨大なマンモス校に匹敵する規模の学園は学園都市にすらない。
「今からおよそ百年前、試験管計画という名のもとにその学園は端を発した。
数十の財団、国家の軍部に到るまでその根を張り、狂信的にひとつの目的を追い求める老人たちの集団が前身だ」
「老人たちの目的は『人為的に天才を作り出す』こと。 完全な人間を“造り出す”ことなど不可能だというのに、よくもまぁやることだ」
それはアレイスターが追い求めている一つの可能性に酷似していた。
“神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの”。 通称SYSTEM。
“人間”を超え、“完全”となることでそこへ到達できる者を生み出すのが学園都市統括理事長、アレイスターのプランの一つならば。
“人間”を極め、“完全”となることが箱庭学園理事長、不知火袴の目的なのだ。
「あの老人の理念など、もとより私は興味がないのだが…」
口の端に笑みを浮かべながらアレイスターは話を続ける。
「だが――とはいえそれは老人たちの理念であり、そこに集う者には関係の無いことだ」
今自分が聞いていることの重大さに緊張しきった土御門を見てアレイスターが言葉を投げかけた。
「土御門元春――おまえにも心当たりがあるのではないのか? 異常な能力を持つ者の周りには何故か異常が集うということを」
そうアレイスターに問われ言葉を返すことができない土御門。
確かに、アレイスターのいう通りなのだ。
土御門元春の親友である“あの男”の周りでは何故か様々な事件が巻き起こり、多種多様な人間が導かれるようにしてやってきている。
「つまりだ… 個人への興味ではなく、現象として興味があるということか?」
乾ききった唇を無理やり動かしてそうアレイスターに問う土御門。
その土御門の問を聞いて、ほんの僅かな肯定の意をアレイスターが示した。
「まぁ――そのようなものだ。 不安に思うのならば見ておくのもこのままここに留まり見ていっても構わないが。 どのような決断をとるかね?」
試すように、そう問われ土御門元春は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
「ッ… いいさ。 ここで逃げ帰ったところで何にもならん。 見届けさせてもらおう」
そして、土御門は広く暗い部屋に広がる闇の中にその姿を消した。
■第七学区・路上
人通りの少ない路地裏に一人の小柄な少女が立っていた。
長い赤毛を整った顔立ちの後ろで二つに結び、金属製のベルトをひっかけた際どいミニスカートから伸び出る足はスラリと細く白い。
薄いピンク色のさらしのような布で胸を隠しブレザーを引っかけただけの扇情的な上半身は純情な少年ならば直視することもできないくらいの色気を放っている。
少女の名は結標淡希という。
結標淡希は自分がもつ能力である『座標移動《ムーブポイント》』の強力さを買われ、ひとつの仕事を請け負っていた。
その仕事とは、窓のないビルの内部へVIPを案内するという空間転移能力を持つ者にしかできない仕事。
だが。 今その結標淡希は整った顔立ちを苦しそうに歪ませ、その顔色は青く、今にも倒れそうだった。。
突如、内臓に素手を突っ込まれて掻き回されたような酷く強烈な嘔吐感。
(うっぷ……ッ!)
胃酸が喉を焼くも、辛うじて喉元で吐き気をこらえ表面上は事なきを得る。
今、絶え間なく襲ってくる不快感は彼女自身の能力によるものだ。
結標淡希は過去に自分の能力『座標移動《ムーブポイント》』の制御を誤って事故に巻き込まれている。
転移座標の計算ミスにより片足が壁にめり込み、 それを不用意に引き抜いてしまったことで密着していた足の皮膚が削り取られるという大怪我を負った。
それ以来、彼女は自らの身体を転移させることにトラウマを感じるようになり、転移をすれば体調を狂わせるほどの頭痛と吐き気に襲われるようになってしまったのだ。
(くそ… 仕方ないとはいえ。 こんな目に遭うだなんて)
そう心中で毒づく結標淡希。
この仕事はただ要人を送り込むだけではない。
“万に一つも失敗があってはならない”と固く言われ、結標淡希は常に要人と共に座標移動しなければいけない。
往復二回の座標移動。
たったそれだけで彼女の精神と肉体が大きく悲鳴をあげるというのに、今日は最悪だった。
今さっき彼女の仕事用の端末が音を鳴らした。
それはつまり新たなVIPがここにくるということ。
つい数十分前、金髪グラサンの男を送り届けたばかりだというのに、更に座標移動をしろということだ。
(ちっ…ビニール袋でも持ってくればよかった)
今もまだ、胸の中ではぐるぐるとヘドロのような悪寒が渦巻いている。
次にまた座標移動をすればほぼ確実に嘔吐してしまうということを彼女は自覚をしていた。
(ただでさえ最近は忙しくなってきたっていうのにさ)
そう胸の内で苛立ちを吐きながらも結標淡希は無表情の仮面をかぶり、指定の場所に立つ。
もっとも…死にそうな顔をしてそこで蹲っていても誰も気にはしないだろう。
今まで結標淡希は色々な人間を内部へと送り届けてきた。
如何にもな風体をした老人やら香水の匂いを撒き散らす赤い髪の神父やら金髪サングラスの高校生やら。
だが、その誰もが彼女の顔を見ようともしない。
…その気持ちは判らなくもない。
今から出向く先はこの学園都市を統べる統括理事会理事長の部屋。
案内人などに気を掛ける余裕があるほどの場所ではないの重々承知している。
結標淡希だってあの部屋に長居などしたくないし、そんなことは考えたくもない。
だが、こちらを見ようともしない訪問者をただ無言で送り届け、迎えに行くという行動の繰り返しは結標淡希の心にしこりのような感情を残していった。
まるで自分がただ人を運ぶ機械にでもなったような。
(…ッ! だから私はここにいるんだ)
そう自分に言い聞かせ、“目的”を胸の中で反芻することで彼女は自らを鼓舞する。
そんな時だった。
朗々たる声が彼女にかけられたのだ。
「ふむ、どうやらここのようだな。 となれば案内人というのはおまえのことか」
「…え?」
振り向いた視界の先に立つ金髪の男を見て結標淡希は言葉を失った。
ふてぶてしいという言葉すら生温い。
尊大という言葉を体現したかのようなその男を見て、思わず結標淡希は後退りそうになった。
「あ…はい…」
呟くようにそう結標淡希は返事をするも、その金髪の男は自らが投げかけた問に対する答えなどはまるで興味がないようで。
紅い眼をチロリと動かすと、いまだ胸の内では不快感が渦巻いている結標淡希を一瞥し、こう言った。
「確かにこの俺を案内するという大任を負ったのだ。 緊張するのも無理からぬことではあるが、そう塞ぎこんだ顔をされるのは気に食わんな」
「…ッ?」
ズバリとそう言いきられ、言葉を失う結標淡希。
無表情の仮面には自信があった。
この仕事をしていて、今まで誰も彼女のことを気遣ったりなどしなかったのだから結標淡希が動揺するのも当然だろう。
男の一言で暴風雨にもみくちゃにされる小舟のように思考と吐き気が絡みあいだし、結標淡希は更なる頭痛に襲われだした。
そんな結標淡希を見て男は寛大に笑った。
「なに、そこまで緊張せずともよいぞ」
ヒラヒラと偉そうに手を振って苦笑する金髪の男。
「『楽にするが良い《ラクニスルガイイ》』」
そう命令するかのような言葉を男が口にした瞬間だった。
フッと、まるで肩の荷が下りたかのように結標淡希のざわついていた臓腑が、荒れ狂っていた頭痛が、嘘のように静かに収まったのだ。
キョトンと狐につままれたように目をぱちくりとする結標淡希。
だが、そんな結標淡希を見ても金髪の男は特に気にする素振りも見せない。
「さて、この俺をいったいいつまでここに立たせているつもりなのだ? 案内人ならば案内をしなければ何も始まりはしないだろうが」
「あっ、ハイ えっと、二名様ですね? ではすみませんがそちらに立ってもらってもいいでしょうか?」
思わず自然とへりくだった物言いをしてしまい、尚且つそれが自然と自分の口から出てしまうことに内心驚きながら結標淡希は軍用懐中電灯を取り出した。
結標淡希に言われるがまま指定の場所に立った金髪の男の隣に付き従う小さな影が立つ。
「えへへ☆ 都城王土ともあろう男が随分と丸くなったんだね ボク驚いちゃったよ」
そう言って笑う小さな子供に向かって都城王土と呼ばれた男がフンと鼻を鳴らした。
「丸くなった? 違うぞ行橋。 俺は常に成長をしている、ただそれだけのことだ」
不敵に笑う金髪紅眼の男と従者のような子供のアンバランスな組み合わせに結標淡希は思わず意識をそらされそうになるも、気を取り直して軍用懐中電灯のスイッチを入れる。
「いきます」
人造の光を振って、結標淡希は二人の人間と共に『座標移動《ムーブポイント》』を行使した。
数秒後、そこには結標淡希がひとりポツンと立っていた。
それは何事も無くVIPを窓のないビルへ送り届けることが終わったということを意味する。
だというのに、結標淡希はぼんやりとそこに立ったままだった。
「都城…王土…」
窓のないビルを見上げながらポツリと呟く。
自分を座標移動したというのに、嘔吐感も無ければ頭痛も無い。
ふと、自分の胸のうちで小さな灯火のような欲求が生まれたということに結標淡希は気が付いた。
だが、それがいったい何を欲しているのかということまでは判らず結標淡希はただ先程の男が窓のないビルより無事に帰ってくることをぼんやりと祈ることしかできなかった。
■窓のないビル
「ようこそ学園都市へ」
まるで感情のこもっていないその言葉。
赤い水に浸された円筒の容器の中に浮かぶ人間を見て都城王土は僅かに眉を曇らせた。
「…流石の俺もこんな様を見るのは初めてだ。 随分と驚かせてくれるものだな」
腕組みをしたままそう言い放つ都城王土。
その態度、姿勢からは微塵たりとも怖気付いた様子がない。
「訳あってここから出ることが叶わん身でね。 気にしないでくれ」
コポリと口の端から小さな泡を零しながらアレイスターが薄く笑う。
「既に話は箱庭学園の理事長から聞いている。 そうだな、さしあたって長点上機学園に君は転校し在籍することとなるが――」
それよりも、と言葉を続けるアレイスター・クロウリー。
「君をここに呼んだのには理由があるのだよ。 ひとつ、聞かなければならないことがあってね」
「…なんだ? 俺が許す。 言ってみるがいい」
無礼にも程がすぎる尊大な態度の都城王土だが、それをアレイスターは咎めること無く問を発した。
「君はいったい何を求めて何がしたいのか? ということだ」
アレイスターのその問いかけを聞いて都城王土はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、愚問だな」
「――」
都城王土の返事を聞いて僅かに目を細める世界最高最強の魔術師。
だが、それでも都城王土は怯まない。
朗々と問に対して言の葉を返す。
「『俺』。 いつだってそれが俺の唯一の行動原理だ 俺は俺として俺を支配する手掛かりを求めているだけにすぎん」
「ふむ。 そうか。 君は君のためにここに来たと」
「その通りだ。」
そう頷く都城王土を見てアレイスターがゆっくりと瞼をつむった。
「――なるほど。 なに、先程も言ったとおり聞きたいことはそれだけだ。 質問があるのならば聞くが?」
「くだらん。 俺に問いてほしいならばそれなりの態度で言うべきだろうが」
そう言って踵を返す都城王土。
そんな都城王土の背にアレイスターの試すような声がかかった。
「あぁ――そうだな。 言い忘れていたよ」
「…なんだ」
立ち止まりはするものの振り向こうとはしない。
背を向けたままその先を促す都城王土を気にすることなくアレイスターがうすら寒い言葉を投げかける。
「この街は――この学園都市はきっと君を失望させたりはしない――ということだ」
それを聞いた都城王土は僅かに頭を振り、チラリと部屋の隅の暗がりに眼を走らせた。
「フン… 伏兵だかなんだか知らんが闇の中にこっそりと手飼の部下を潜ませる奴に言われてもな」
その言葉を最後に都城王土は今度こそ一度も振り返らず、立ち止まらず暗闇の中に消えていった。
闇の中でカチリと人造の光が瞬き、そしてすぐに消える。
もはや此処に残っているのは無音とも呼べる静寂。
ただ僅かに漏れ聞こえる水の音以外はなにも無かった。
「さて――どうだったかね」
その言葉を聞いて暗がりの中からゆっくりと土御門元春が現れた。
「どうもこうも。 イカれてる、としか言い様がないな」
大魔術師アレイスター・クロウリーに相対して尚、その尊大な態度を崩そうとしない者の在り様などとてもじゃないが土御門は理解出来ない。
アレイスターがその気になれば、刹那という時間すら長いその瞬間でもってあの男は死んでいたはずだ。
ゆっくりと言葉を選びながら口を開く土御門。
「彼我の実力差すら判らないほどの馬鹿か」
と、土御門にみなまで言わせず続きをアレイスターが口にした。
「――それともそれすら気にしないほどの大物か といったところかね?」
自分が発しようとした言葉と一言一句違わぬその言語を聞いて土御門元春は苦々しく唇を歪める。
「どちらにしろ…おまえの圧力に屈してない時点で大物ではあるだろうさ」
ふと土御門元春は思った。
あの“少年”なら、“幻想殺し”をその手に宿らせた彼ならば、きっとあの金髪の男と同じくアレイスターの圧力には屈しないのではないか…と。
「招き入れたのは早計だったかもなアレイスター お望みならば俺が奴の監視でもしてやろうか?」
アレイスターに向かって嫌味を吐きながら土御門元春は自分の胸に高鳴る思いを不思議に思った。
何故自分は初対面であるはずのあの金髪の男をここまで評価しているのだろう…と。
そんな土御門元春の内心を見透かしたように。 アレイスターは面白そうに土御門元春の意見を肯定した。
「ふむ――そうだな。 確かにそうかもしれん。 どうせならば彼の行動を誰かに見張らせるのも一興か」
暗闇にブゥンと音を立てて直接映像が浮かび上がる。
そこに映っているのは都城王土と彼の従者、行橋未造の経歴。
「実験台となり、実験体として、実験の先にあるものを追い求めた男を監視するなら――
実験体に知性を与え、実験体に感情を動かされ、実験体のために暗部に落ちた一人の少女が相応しいと思わないかね?」
その言葉と同時に、さらにもう一人の少女の経歴が浮かび上がった。
彼が何をしようとしているのか察した土御門元春は苦虫を何百匹も噛み潰したような顔になる。
「…アレイスター。 予想はしていたが…やはり貴様は最低で最悪で悪趣味だ」
今更気がついたのか、と言わんばかりにその言葉を飄々と受け流すアレイスター・クロウリー。
「――そうかね? だが」
男にも女にも、大人にも子供にも、聖人にも囚人にも見えるその『人間』は『笑み』を思わせる表情をつくってこう言った。
「――往々にして予想を超える事態というものは起きるものだ。 さて、あの男は一体どれほど私の予想を超えてくれるのだろうかね」
■学園都市・???
ウェーブのかかった髪とギョロ目が特徴的な少女が深く深く息を吐いた。
少女の名は布束砥信。
[量産型能力者《レディオノイズ》計画]に参加していた研究者であり、その計画を妨害しようとたった一人で反旗を翻した反逆者である。
その布束砥信は今、狭く薄暗い部屋に閉じ込められていた。
そこにあるのは簡素な机と椅子のみ。
机の上には一台のパソコンがぽつんと置かれているだけで、ベッドすら無いその部屋はある意味で監獄よりも残酷な密室である。
(deserved…あの小柄な能力者のいう通りの結果になったということね)
布束砥信の脳裏には拳銃の弾を弾き飛ばしたフードをかぶった小柄な少女の言葉が鮮やかに浮かび上がってくる。
【利用価値があれば命だけは助けてもらえるんじゃないですか?】
【命以外何もかも失った超クソッタレな人生がお待ちかねですけどね】
まさしく彼女の言葉の通りだった。
[学習装置《テスタメント》]を監修し脳内情報の入力を担当していた彼女の頭脳は利用価値があると学園都市の暗部は判断したのだ。
今の布束砥信はキーボードを叩くことでしか生きていけない。
与えられた膨大な量の情報を整理し、纏めあげ、吐き出して。
それでようやく生存にギリギリ届く量の食事が配給されるということになっていた。
それが布束砥信の現在。
遠からず彼女は衰弱死するか、それとも意識を失ったあと研究所に送られて生きながらにして身体をバラバラにされ、脳だけを摘出される実験体にでもされるのだろう。
けれど。
布束砥信はそれすら受け入れていた。
間接的にとは言え1万もの命を死に追いやる計画に加担してしまったのだ。
今はただ懸命に生きることにしがみつき、彼女たちの味わった苦難の万分の一でも味わうことこそが贖罪だと、そう布束砥信は覚悟していた。
震える手でパイプ椅子を引きずり、モニターに向かう。
数GBにも及ぶテキストデータを理解し、把握し、再構成し、再構築しなければ次の食事は配給されない。
ゆっくりと息を吐いてキーボードの上に手を置いたその時だった。
ガチャンガチャンと音を立てて幾つもの電子ロックが次々と解錠されていく。
決して開かない筈のドアが開き、その奥には黒服の男が無表情に立っていた。
「出ろ」
その言葉と共に簡素な一枚の封筒を床に放り投げると黒服の男はもはや一瞥すらせずに去っていく。
残されたのは開け放されたドアと呆然としたままの布束砥信。
ゆっくりと震える手でその封筒を拾い、そしてその中に記されていた内容を見て布束砥信は大きな目を更に丸くした。
一枚のコピー用紙に記されている文字は何かの冗談のよう。
[長点上機学園に今度転入してくる人間と接触すること]
もう一枚の紙には転入してくる人間の簡素なデータが記されている。
たったそれだけだった。
報告の義務も期間も罰則も無い。
これは事実上の釈放宣言。
もしかしたら罠なのかもしれないと、布束砥信は思った。
この言葉を鵜呑みにして喜び勇んでここを出ようとした瞬間に頭を撃ち抜かれるのかもしれない。
けれども…それならそれでもいい。
栄養失調で震える足を無理やり動かしてゆっくりと布束砥信は歩き出した。
(…思い出すわね)
無音のエレベーターに揺られながら布束砥信は己が実験に反逆した原点を思い出す。
外に出るに当たって聞きたいことはあるかしら? そう布束砥信は聞いたのだ。
そう問うと、“彼女”はしばらく何事かを考えた後にこう言ったのだ。
【外の空気は甘いのでしょうか?辛いのでしょうか?】
実験体のモルモットがそんなことを気にするようになったのね、と布束砥信は思っていた。
研究者として“彼女”の反応を観察していた布束砥信だったが、重たい扉が開いてふと“彼女”を見た瞬間、思考が止まったのだ。
【様々な香りが鼻孔を刺激し胸を満たします】
その時を境に布束砥信は変わった。
【一様でない風が髪をなぶり身体を吹き抜けていきます】
造り物だと思っていた“彼女”の横顔を見て、布束砥信は反旗を翻そうと決心したのだ。
【日差しが肌に降り注ぎ、頬が熱を持つのが感じられます】
今ならば“彼女”の気持ちが痛いほどに理解できる。
カコン!と音を立ててエレベーターの扉がゆっくりと左右に開き、そして眩しい世界の光が彼女を。
布束砥信の全身を満たした。
二度と見れぬと思っていたその光に包まれて、布束砥信は“彼女”と同じセリフを思い出して…呟いてみる。
「carelessly 忘れていたわ。 太陽とは…こんなにも眩しいものだったのね」
ちょうど朝日が差し込む時間だったのだろう。
朝焼けに照らされた学園都市の上空では飛行船がゆっくりと大気をかきわけていた。
布束砥信の革靴がコツリと小さな音を立てて、アスファルトを叩く。
その音は布束砥信が学園都市に自らの日常に帰ってこれたということの証なのだ。
■学園都市・上空
「ふむ、太陽め。 今日もこの俺に負けまいと燃え盛っているようだな」
ゴウンゴウンと音を立てる巨大な何かの上で腕組みをしたままニヤリと笑う金髪紅眼の男。
生まれながらにして王者の気質を持つ男、都城王土が今仁王立ちしている場所。
それは飛行船の頂点部分だった。
不安定な足元など気にもせず都城王土は満足気に言葉を続ける。
「よい日の出だ。 やはり俺にとって地球は小さすぎるな。 太陽でようやく俺に匹敵するという俺の考えは間違ってはおらん」
都城王土にとって太陽とは己の鏡。
常人が朝、鏡の前で身だしなみを整えるとするならば都城王土は太陽を見て己の姿を確認するのだ。
ようやく“身だしなみ”が終わったのだろう。
都城王土はゆっくりと飛行船の外壁を歩きながら独り言を呟いた。
「さて、そういえば今日が転校初日だったな。 真面目な俺が遅刻するわけにもいかんし、今日はこのぐらいで良しとするか」
数百メートルなどという言葉では追いつかない高度で浮遊する飛行船の外壁を庭のように歩きながら都城王土は頷く。
「どら、そろそろ行橋も起きる頃合いだろう。 俺も一旦帰るとするか」
その言葉を最後に。
都城王土は飛行船の外壁から姿を消した。
■学園都市・長点上機学園
長点上機学園。
能力開発において学園都市ナンバーワンを誇り、常盤台中学と同じく学園都市の五本指の1つに数えられている超エリート校。
とはいえ、ここに通っている学生も街に溶け込めば何のことはない普通の若者たちである。
そして、この日は一大ニュースが飛び交う長点上機学園創立以来の大騒動が巻き起こった日となった。
まずは長点上機学園きっての秀才が突然の復帰をしたということ。
何の連絡もなしにパッタリと学園に来なくなってしまった布束砥信がひょっこりとその姿を現したのだ。
それだけでも大ニュースだというのに、今日は二人の転校生がやってくるらしい。
それを聞いて学生達はライバル心をたぎらせる。
常盤台中学とは違い、能力以外でも突出した一芸があれば高位の能力者でなくとも在籍できるのが長点上機学園の特色だ。
どんな奴が転校してくるかは知らないが、例え能力で負けても学問ならば負けはしない!そんな学生達の闘争心。
しかしそれはすべからく金髪紅眼の男にへし折られることとなったのだ。
厳格で有名な老教師を従えるように教室に入ってきた男はグルリとクラスを見渡してから堂々と教壇に立ってこう言った。
「なるほど。 貴様等が俺のクラスメイトとなる者たちか。 喜べ、この俺、都城王土が在籍してやろう」
「えへへ! ボクは行橋未造っていうんだ! よろしくね☆」
最初はただの大言壮語の大馬鹿者がやってきた学生たちは思っていた。
しかし、この男はそのような尺度で図れる規模の男ではなかったのだ。
しかし、都城王土と名乗る転校生は学問、特に物理や数理においてあまりにも凄まじかった。
片手間で暗算で関数を計算してみせたときなどは数学教師の顎が外れたのではないかとクラスメイトたちが囁きだす。
また、もう一人の転校生である行橋未造は情報科学関連において他の者を寄せ付けない独自の理論を展開し、それが正解か不正解か誰も判らないという状況にまでなったのだ。
だがそれも当然のことである。
都城王土は13万1313台の並列稼動してるスーパーコンピュータを同時に操れるほどの演算能力を誇り。
行橋未造はそんな都城王土を補佐し、微調整することが出来るほどの演算能力を持っているのだ。
そう。 演算能力という点において、彼等はそれこそ規格外であるということを忘れてはならない。
かくして、気がつけば転校初日にして都城王土と行橋未造という転校生はクラスメイトの人気者を通り越し、信仰レベルと呼んでもいいほどの信頼を集めることとなる。
だがそんな中でただ一人、布束砥信だけは冷静だった。
(surely …確かに優秀な人材のようね)
そう感心しながらも布束砥信の脳裏に浮かぶのは都城王土のデータに記されていた簡単な経歴。
(彼もまた私と同じく人の命をモルモットのように扱っていたらしいけれど…)
布束砥信は思い出す。
解放されて真っ先に確かめたのは[量産型能力者《レディオノイズ》計画]の進行状況だった。
小型端末のモニタに表示された [実験中止] というそっけない文字を見てどれほど彼女は嬉しかったことか。
だからこそ布束砥信は決意をする。
(もしも、彼が[量産型能力者《レディオノイズ》計画]のような事をここでやるつもりなら…どの様な手段を使ってでも止めなくては)
絶対に御坂美琴のクローン、通称[妹達《シスターズ》]の悲劇を繰り返したりなどはしない。
そう想いと決意を心に刻み込んだ時だった。
突然、都城王土の隣の席に座っていた小柄な転校生、行橋未造が振り向いた。
(!?)
そのタイミングのよさに思わず息を呑む布束砥信。
だが、行橋未造はにっこりと笑ったかと思えば、すぐにまた興味を失ったかのように机にもたれかかる。
(…今のは一体どういうことなのかしら? まるでこちらの胸の内を見透かしたようだったなタイミング…)
退屈そうに椅子の上で足をぷらぷらと揺らせているあどけない顔をした行橋未造が何を思ってこちらを見て笑ったのか。
解を求めるにはあまりにも情報が少なすぎる。
出口のない思考の迷路にはまった布束砥信は授業が終わったチャイムの音にも気付かず一人で思索にふけっていた。
「えっと☆ 布束さんでいーんだよね?」
だから気付かなかったのだ。
声をかけられていると気がついてハッと我に返った布束砥信の前には満面の笑みを浮かべた行橋未造がいた。
「……何の御用かしら?」
思わず身を固くし、冷たい声を出してしまう布束砥信だが、同級生とは思えないほどのあどけなく幼い顔をした行橋未造はそんな態度を気にすることもなく口を開いた。
「えへへ! ボク達ってこの街初めてだからさ。 今度でいいから放課後学園都市の散策に付き合ってよ! できればついでに案内もね☆」
それは布束砥信にとっても願ったり叶ったりである。
この転校生たちの本質がどのようなものか判断するには出来る限り情報を集めておくに越したことはない。
だが、このタイミングでそれを言われるとなると新たな疑念が尽きないのもまた確かである。
「…構わないけれども。 何故私なのかしら?」
どの様な表情も見落とさまいと行橋未造の顔を注視するも、悪意やそれに類する感情は見当たらない。
「えー? 何故って言われてもなぁ… 仲良くしたいからじゃダメなのかな?」
行橋未造の可愛らしい笑顔を見て、布束砥信はフゥと小さな息をつく。
少なくとも自分では彼等がどのような人間であるか理解は出来ないということを理解したのだ。
「…わかったわ。 今日はまだ体調的に無理だけれども、明後日くらいになれば可能なはずよ。 それでいいのならば案内しましょう」
布束砥信の返事を聞いてニッコリと笑う行橋未造。
「えへへっ! 約束だよー☆」
そう言うと、トテトテと軽やかな足音をたてながら都城王土のもとに駆け寄っていく。
都城王土に擦り寄る行橋未造を見て。
(…まるで主人が大好きでたまらない仔犬のようね)
気がつけば布束砥信は心のなかで苦笑いをしていた。
■数日後・学園都市・路上
行橋未造と交わした約束通り、学園都市を案内する布束砥信。
これは思ったよりも厳しいものだった。
良かれ悪しかれ自分が他人の目を集める容姿ではあると自覚している布束砥信だったが、都城王土はそんな彼女の想像を遥かに超えていたのだ。
道行く人の目が集中するもそれを全く気にしようとしない都城王土と共に歩くのはかなり精神的にきつい。クルものがある。
「next ここがセブンスミストね。 学園都市の中でかなりの規模を誇る総合ショッピングモールよ」
それでも頑張って案内を続ける布束砥信に向かってふいに都城王土が口を開いた。
視線の先には微かな駆動音をたてながらのんびりと巡回している警備ロボ。
「布束とやら。 案内もいいがこの都市の治安はどうなっているのだ? まさか警備ロボなどでまかなえる筈はあるまい」
そう都城王土に問われ、布束砥信の頭に名案が閃いた。
「indeed 忘れていたわ。 風紀委員《ジャッジメント》ってご存知かしら? もしかしたらあなたに向いているのかもしれないけれど」
「ほぅ? [風紀委員]…だと?」
聞き覚えのある言葉を聞いてピクリと都城王土の眉が動いた。
■風紀委員第一七七支部
「あーもー! なんですのいったい!」
ツインテールが乱れるのも構わず頭をグシグシとかきむしった白井黒子が耐え切れないといった声をあげた。
「そりゃもう確かに? 風紀委員《ジャッジメント》は学生たちの治安維持機関ですもの? そりゃ当然学生たちの情報提供も受け付けておりますけども?」
憤懣やる方なしといった表情のままカチリとマウスを一回クリックする。
モニターに浮かび上がるテキストボックスを見て白井黒子はさらに頭を抱える。
「ですけど! 風紀委員の情報提供フォームは“目安箱”でも“目高箱”でも“妖怪ポスト”でもないんですの!」
もう耐えられない!といった先輩の叫びを聞いて初春飾利がホンワカとした声をあげる。
「はぁー また“アレ”ですかー?」
“アレ”とは学園都市に住まう学生たちからの報告。
曰く…学校帰り、ふと見上げると垂直に壁を歩く影を見た
曰く…早朝、気象飛行船のてっぺんに仁王立ちをする影があった
曰く…不気味な仮面が暗闇の中を通り抜けていった
曰く…ゲームセンターで99連勝をする子供がいた
オカルトじみたそんな噂話のような報告がここ最近風紀委員のメールボックスにあふれんばかりに届いてくるのだ。
「面白いですよねー でもきっと噂話とかですよー
そうだ、随分と疲れてるようですし紅茶でも淹れましょうか? 私一生懸命紅茶の本を読んで勉強したんですよー!」
お嬢様といえば紅茶ですものねー、と言いたげに笑う初春飾利の気遣いを察して白井黒子はフゥと小さな溜息をついた。
「…そうですわね。 では特別美味しいのをお願いしますの」
「まっかせてください!」
腕まくりをして小さな給湯室に向かおうとした初春飾利だったが、ちょうどその時来客を知らせるブザーが鳴った。
「あらまぁ… どなたでしょう? 今日は来客の予定は無かったはずですけども」
そう言いながら白井黒子が来客用のドアフォンモニターのスイッチを入れる。
そこには何ともアンバランスな高校生とおぼしき三人組が立っていた。
■
来客用のティーカップにコポコポと心地良い音を立てて琥珀色の液体が満たされていく。
「あ、あのー 紅茶なんですけども、よかったらどうぞ」
お盆の上に5つの紅茶を載せて緊張した初春飾利がそれを奇妙な来客達に差し出した。
「わーいっ! ありがと☆」
遠慮無くカップを両手で掴みフーフーと息を吹いて熱を冷ましているのは行橋未造と名乗ったどう見ても小さな子供。
「あら、すまないわね」
軽く視線で会釈をすると静かにカップを手元に引き寄せるギョロ目の少女は布束砥信。
「ふむ…中々いい茶葉を使っているようだな」
そして。
偉そうにそう評価しながらクイとその紅茶を口に含む金髪の男は都城王土。
そのままゴクリと一口喉に流すと、都城王土は優雅な態度を崩さずに初春飾利に文句をつける。
「ふむ… マイカイ油が少々多いな。 それにミルクを冷えたまま使ったな?」
「えっ? あ、はい…そうですけど…」
香料として使用するほんの僅かな油の量、急いで造ったためミルクピッチャーで温め忘れたムサシノ牛乳。
それらをことごとく指摘され驚く初春飾利。
.
「まぁ俺の口にあわん、とまで言うつもりはない。 むしろ中々のものだ。 これからは今言ったことを忘れずに精進すれば尚良くなるだろうさ」
そう言いながら再度紅茶に口をつける都城王土。
「はぁ…えっと…ありがとうございます?」
思わずそう感謝の言葉を口にしてから初春飾利が白井黒子の耳元に口を近づけた。
「す、凄いですよ白井さん! さすがは長点上機学園の学生さんです!
なんかもう見るからに上流階級のお偉いさんみたいな空気がビンビンですよ! あと私の紅茶が褒められちゃいました!」
ヒソヒソと甘ったるい声に鼓膜を揺らされてくすぐったいような顔をする白井黒子。
「まったくあなたは… 少々褒められたからと言ってそう頬を緩ませてどうするんですの… しかも合格点ではなくて及第点だったじゃないですの」
そんな他愛も無い内緒話を二言三言交わして、ようやく白井黒子が来訪者達に向き直る。
「それでは…お話をまとめさせていただきますの」
この中では一番まともそうな人間、ウェーブ髪を無造作に肩に流している布束砥信に向かい先程聞いた話の確認をとる白井黒子。
「つまり、転校生であるそちらのお二方、都城王土さんと行橋未造さんが私達風紀委員《ジャッジメント》に興味をお持ちになられた…と?」
「sure その通りよ」
布束砥信がそう言うと当然のように都城王土がその後を引き継いだ。
「うむ。 なにせこの俺が暮らす街となるのだからな。
治安がどれほどのものか、治安を守るという者たちがどれほどのものか確かめておくのも悪くはないだろう」
そう言いながら空のカップを掲げ、初春飾利に二杯目を要求する都城王土。
まるでメイドのようにパタパタと給湯室に駆けていく後輩に内心溜息を突きながらも白井黒子が口を開く。
「……そうですわね。 そりゃ外部からの転校生ならばそういった不安があるのも当然でしょうし。
ちょうど今から諸用で買出し兼パトロールに行くつもりだったんですけども、ついてきたいというなら構いませんですのよ?」
こういう手合いは退屈な風紀委員の日常を見せればさっさと飽きてくれるだろう、それが白井黒子の考えだった。
紅茶に砂糖を一匙足しながら行橋未造が王土の顔を見上げる。
「だってさ☆ どうするの王土?」
その未造の言葉を聞き、僅かな時間考えたような風を見せた都城王土はこう言った。
「そうだな。 雲仙二年生の苦労を味わうのも一興か」
そう言って立ち上がった都城王土だったが、その背に飴玉を転がすような甘い声がかかる。
「あ、あのすいません。 都城さんと行橋さん? あの、もしよかったらでいいんですけど能力と強度《レベル》を教えてもらえたら嬉しいなーって…」
振り向くとそこにはモニターに向かった初春飾利がいた。
珍しく眉を潜めた都城王土がそのままオウム返しで問を発する。
「レベルだと?」
「そうですー。 やっぱり転校生だからなのかまだ全然[書庫《バンク》]に情報が無いんですよー。 ですので、どうせならここで登録しちゃおうかなーと思いまして」
そう説明しながらふにゃりと笑う初春飾利。
確かにこれは大事なことである。 誰がどのような能力を持っているのかという情報は有事の際の重要な手掛かりとなる。
出来る限り集めておくに越したことはないのだ。
そんな緩んだ顔で大事なことを聞いてどうするんですの…と心中で溜息をつく白井黒子。
だが、そんな初春飾利や白井黒子の思惑を都城王土はフンと笑い飛ばした。
「くだらんな。 俺の資質を図るなどこの俺ですら出来るわけがないのだ。 ましてやレベルなどという小さな括りで俺を推し量るなど不可能に決まってるだろうが」
「えっと…なるほど… そ、そうですよねー…」
「あの…都城先輩? そういうことじゃないんですの」
うむ、と頷く都城王土に呆れる白井黒子に助け舟を出したのは行橋未造だった。
「えへへ それ身体検査《システムスキャン》ってやつでしょ? ボクも王土も[無能力者《レベル0》]相当の[発電使い]なんだってさ☆」
そう言ってピラピラと薄っぺらい紙を背負った大きな籠のような鞄から取り出す行橋未造。
「ほう? そうなのか?」
今知った、と言わんばかりの態度で僅かに片眉をあげる都城王土。
「うん! ほら、なんだかやたら時間のかかった模試があったじゃない☆ あれがテストだったらしいよ?」
はいこれ、と言って身体検査《システムスキャン》の結果票を白井黒子に渡す行橋未造。
[無能力者《レベル0》] は測定不能や効果の薄い力を持つものに振り分けられる区分である。
測定の基準が違うのならばどれほど強大でデタラメな力を持っていようと問答無用で[無能力]と括られてしまうのだ。
都城王土は指先から電磁波を発する程度。
行橋未造は皮膚で電磁波を受信する程度。
確かに言葉にしてしまえばそれだけなのだから、機械的な身体検査《システムスキャン》ではレベル0と判定されるのも致し方無いのだろう。
そして当然。 白井黒子は、初春飾利は、布束砥信すら都城王土と行橋未造の真の力を知らない。
「無能力…ですの? まぁ長点上機学園は能力以外でも突出した一芸があれば入学できるって聞き及んでますけども…」
幾度も読み返してみるが、確かにそれは公式で使われている結果票である。
だが、どこか納得がいかず額にシワを寄せる白井黒子に、都城王土の憮然とした声がかかった。
「おいおまえ。 この俺をいつまで待たせるつもりだ? 行くと言ったのはおまえなのだからさっさとせんか」
お嬢様である白井黒子にとってここまで無礼で厚かましい男などそう出会いはしない。
生来の気の強さもあって思わず白井黒子は文句を口にした。
「なっ? いくら年上だとは言えレディに向かっておまえ呼ばわりはあんまりじゃないですの? そもそも私には白井黒子という立派な名前があるんですの!」
だが、そんな白井の抗議もこの男にとっては無意味である。
「シライ…クロコ? 白いのだか黒いのだかはっきりせんか。 …まぁいい。行くぞ白黒」
そう言うとドアに向かい歩みを進める都城王土。
だが白井黒子は動かない。
呆けた顔で硬直していたかと思えばプルプルと身体が小刻みに震え出す。
「しろくろ…? 白黒!? ちょっと! その呼び名はあんまりじゃないですの! 発言の撤回を要求するですの!」
ツインテールを逆立て、ギャーギャーと文句を言う白井黒子を華麗にスルーして都城王土が初春飾利に向き直った。
「おい花頭。 俺が手ずから助言をくれてやったのだ。 決して忘れるなよ? 次こそは俺が100%満足できる茶を用意しておけ」
「はっはいっ! がんばりますっ!」
思わず背筋を伸ばしてそう返事をした初春飾利を見て都城王土は満足そうに頷いて去っていく。
こちらを見ようともしない都城王土と視線を合わせるためにピョンピョンと跳ねながら白井黒子がその後を追う。
「聞いてますの!? 今度白黒なんて呼んだら風紀委員侮辱罪(そんなものはない)でしょっぴきますのよ!」
「おお怖い怖い。 今にも噛み付いてきそうではないか。 なぁ行橋?」
「えへへ! 気にしないでね白井さん☆ 王土は別に悪気があるわけじゃないんだ☆」
「well でも風紀委員侮辱罪なんてあったかしらね?」
「キィーッ!!! これはもう私堪忍袋の緒が切れますですの!!!」
まるで子供のように文句を言い続ける白井黒子をあしらいながら歩いて行く長点上機の三年生を見て初春飾利は面白そうに笑う。
仲良くなっている、とは口が裂けても言えないが。
それでも都城王土と行橋未造、それに布束砥信という高校生は悪い人ではないんだなと何となく思ったのだ。
■学園都市・路地裏
(最ッ悪…超ツイてない…)
心のなかでそう佐天涙子が愚痴をこぼす。
事の始まりは偶然だった。
初春飾利が食べていたジャンボ王様パフェに惹かれ、今日はひとりでそれを買って学園都市の大通りを食べ歩いていたのが発端。
大通りに面する裏道から急に飛び出てきた数人のスキルアウトとおぼしきガラの悪い男と正面衝突してしまったのだ。
その名に恥じぬ超弩級のアイスと生クリームは男のジャケットにぶちまけられ、今こうして詰め寄られている。
「嬢ちゃんよぉ~ いったい何処見て歩いてんだぁ~!?」
「だ、だって… そっちからぶつかってきたんじゃないですか」
必死になって言い返すも、正当な主張などやはり通るはずがなかった。
「なぁ~にぃ~!? 人の服汚しといてイチャモンつけるたぁ~生意気じゃあねえかぁ! あ? どう思うよおめえら!」
「「「へいっ! アニキの言うとおりでさぁ!」」」
汚れたジャケットを見せびらかすようにして子分らしきチンピラに同意をとるスキルアウト。
(あぁもうホントまじで最悪…)
自分はなにか不運な星の下にでも生まれているんだろうか。
どこかのツンツン頭のようなことを考えながら佐天涙子はがっくりと肩を落とす。
■学園都市・大通り
「おい白黒。 退屈すぎてたまらんが」
生欠伸を今にも噛み殺しそうな気怠くつまらなさそうな言葉がかかる。
「ハァ… もう呼び名の件に関しては諦めましたの」
頭痛を抑えるようにこめかみを押さえて頭を振る白井黒子。
「ですけど。 退屈なのがいいんですの。 事件なんて起こらないほうがいいに決まってるじゃありませんの」
買出しの事務用品をブラブラと揺らせながらそう白井黒子が声をかける。
このまま何事も無く終わってくれれば、きっとこの無礼な男達と関わることなど二度とないだろう。
澄ました顔しながら街を歩く白井黒子だったが内心はグヘヘとほくそ笑んでいる。
その時だった。
「ね☆ 王土!」
クイクイと都城王土の袖を引っ張ってどこか遠くのほうを指差す行橋未造。
その指の先を見て、何かを察した都城王土の口元がニイと笑みを形作る。
「あぁそうだ。 白黒。 ひとつ聞いておきたいのだが」
前を歩く小さな少女の背中に声をかける都城王土。
「あぁもう…今度はなんですの?」
ピョコピョコとツインテールを揺らしながら白井黒子が背中を向けたまま返事をする。
「例えばだ。 暴漢に襲われている少女がいたとしたらおまえはどうする?」
「そんなの当然止めるに決まってますの」
何をいうんですの?と白井黒子は訝しみもせず即答で応える。
「ほう。 それを止めるのが風紀委員とやらじゃなかったのならば?」
そう問われ、白井黒子の脳裏に映ったのは片時も忘れたことのない最愛のお姉様。
「あまり…褒められた話ではありませんが。 わたくしも一般人であるお姉様に頼ってる部分も多々ありますし…正直言いますと助かるというのが本音ですわね」
あぁ、一緒に歩いているのがこんな粗暴で無礼な男ではなくて美しきお姉様だったらどんなにか素敵で百合百合なんでしょう…と妄想に浸り出す白井黒子。
あぁもうたまりませんの!お姉様分が不足してますの! 肩を自らで抱えイヤンイヤンと悶える白井黒子だったが。
そんな妄想も一瞬で冷めてしまう言葉を都城王土が口にした。
.
「ふむ。 喜べ白黒。 俺がお前の仕事を助けてやろう」
「……え?」
嫌な予感がした。
ザッと背筋に走ったのは形容しがたい冷や汗のような悪寒。
慌てて振り向くも、既にそこに都城王土と行橋未造の影も形もない。
「ちょ、ちょっと…今のはいったいなんですの?」
ヒクヒクと笑いながら、そこに一人残っていた布束砥信に問いかける。
「さぁ? 私には彼等が何を考えているかなんて分からないけども、とりあえずあっちの方に向かったのは確かよ」
肩をすくめ、オーバーなジェスチャーをしながらも白井黒子が今最も欲しいであろう情報を伝える布束砥信。
「ま…まさかとは思いますけども…厄介なことに首を突っ込んだんじゃないですわよね!?」
布束砥信が指さした方向に向かって慌てて駆け出しながら白井黒子が悲鳴のような怒声のような声をあげる。
そんな白井の後ろ姿を見ながら、冷静に布束砥信が独り言を呟いた。
「thought どう考えても厄介なことになりそうだけれど…」
■学園都市・路地裏
「よお! よおよおよお! 俺たちゃあ何か間違ってること言ってるかぁ~? 人のものを汚したら弁償するのが人の道ってもんだろぉ?」
見栄を切って中学生の少女を囲むスキルアウト。
傍から見れば恥ずかしいにも程があるが、彼等はそんなことは気にしない。
詰め寄られ、しぶしぶ佐天涙子が財布を出した。
確か、今月の仕送りがまだだいぶ残っているはずだ。
痛い出費である。
今月は買い食いもオシャレもCDも諦めることになる。
だがそれでこの場が収まるのならば。
そう思ってこれ以上彼等の気を逆立てないように佐天涙子は恐る恐るスキルアウトに向かって口を開いた。
「べ、弁償って… 幾らですか?」
それを聞いたスキルアウトのリーダー格は両手を広げ、トントントンと片足でリズムを取った。
「おっととと! そうきたか! チューボーの嬢ちゃんにゃあ! あ! 判んないかもしれないが! こいつぁ学園都市外の高級輸入品!
名高いスキルアウトの俺様に相応しすぎる超有名ブランド! その名も[ゼロプラス]限定生産の! あ! 一着30万もするジャケットよ!」
生クリームでベトベトになったそのジャケットを歌舞伎役者の見栄のように広げたスキルアウトがポーズをとる。
「さ、30万!? 無理ですそんなお金払えませんって!」
「なぁにぃ~!? 御免ですんだら警察はいらねえってんだぁ~! とっとと30万耳揃えて払うかぁ! あ! さもなきゃあ俺等の言い分聞いてもらうとすんぜぇ!!」
歌舞伎役者のようなポーズをとったままの男の言葉と同時に周りの男達がジリジリと佐天涙子ににじり寄りだした。
その時だった。
「えへへ! 嘘ばーっか☆ その服ってファッションセンターしましまで買った徳用セール三着1980円のジャケットのくせに☆」
あどけなく可愛らしい声が路地裏に響き渡る。
「なっ!? 俺が墓場まで持って行こうと決心した秘密を!? どっどこのどいつだぁ! あ! 出てきやがれぇ!」
そう叫んだ男の声に応えるように、ピョンと音を立てて小さな子供が姿を現した。
「えへへっ! 出てきたよ☆」
それは何処からどう見ても小さな子供である。
「…ヘッ! ヘヘヘッ! 何処の誰かと思えばなんだよガキかぁ!」
心底驚いたというふうに胸をなで下ろすスキルアウト達。
「えへへ☆ 三着1980円っていうのは否定しないんだね?」
「…ッ! そりゃああれだ! 偶然似ていただけだろうよぉ!」
そう言いながらもまじまじと見られないように慌ててジャケットを脱ぎ、丸めて路上に放り投げるスキルアウト。
「まったく…いくらガキとはいえ推測や憶測でものを言っちゃあいけねえだろうがぁ! いやほんと…いけねえだろうがぁ…」
どことなく悲しげな声でそう呟くも…すぐに頭の中身を切り替えたのだろう、両の手を広げて佐天涙子に再度にじり寄る。
「あ、さて! さてさて嬢ちゃん! 気を取りなおして始めるぜ! 準備はいいかぁ!? こっちの準備は万端だぁ! さぁてリテイクシーンワンアックション!!」
伝統芸能のような物言いをしながら、改めて佐天涙子に飛び掛ろうとするスキルアウトだったが…その言葉は完全に無視されていた。
「…あれ? おーい嬢ちゃん? いいの? …襲っちゃうよ? キャー!とか無いの?」
許可をとるようにそう佐天涙子に確認をとるスキルアウトだったが、そこでようやく少女の視線が中空に固定されていることに気が付いた。。
「えーっと… フヘヘヘヘヘ! どうした嬢ちゃん! あまりの恐怖に棒立ちかぁ?」
なんだかもういろんな意味で酷すぎるスキルアウトがニヤリと笑う。
だがそれも即座に否定された。
「えっと…そういうんじゃなくて… アレ」
そう言って空を指差す佐天涙子。
「…えっ? どれ? どこ?」
腰をかがめ、佐天涙子の指の先を追ったスキルアウトの目が驚きで見開かれる。
「…って!ハアアァァァァ!? なんだぁありゃあ!?」
そこには。
そびえ立つビルの壁に“垂直に立っている”金髪紅眼の男がいた。
.
「まったく。 無粋なことをするなよ女。 俺はもう少しその道化っぷりを楽しみたかったのだが」
ビルの壁に立っているのはもちろん都城王土である。
頭上で腕を組みながらニヤニヤ笑っている都城王土に向かい、スキルアウトが声を張り上げた。
「おっおめー能力者だな!? まさか催眠術!? もしかしたら念動力…いやいや重力操作の使い手かっ!?」
だが、そんなスキルアウトの叫びを聞いて肩をすくめる都城王土。
「ハッ! まったく催眠術とか念動力とか重力操作とか…お前たちバトル漫画やライトノベルの読み過ぎだよ」
「…いやいや。 あんたがそれ言うの?」
おかしなことを言う、と含み笑いをしながら壁に立つ見覚えのある金髪の男に、たまらず佐天涙子は小声で突っ込みをいれる。
「んだとぉ!? 壁に立っておきながらなに寝言ほざいてやがる!!」
思わず佐天涙子が頷きたくなるような、当然の反論を口にするスキルアウトだったが。
「なに、地球は俺にとって小さすぎるのだ ならば地球の重力如きではこの俺を縛ることなど出来るはずがないのが道理だろう?」
返ってきたのはさらに途方も無い大言壮語だった。
「…いやいやいや それこそさ」
「ねーよ!!!! あ! おまえは一体何を言っていやがるんだぁ!?」
思わずハモって突っ込みをいれてしまうスキルアウトと佐天涙子。
どことなく白けたような空気に都城王土は微かに眉をひそめて前言を撤回した。
「…なに、勿論今のは冗談だぞ?
こんなものは足の握力で壁にしがみつき腹筋で上体を起こしているだけに過ぎない 訓練すれば誰でもできることだ」
「…いやいやいやいや」
もはやどこから突っ込めばいいのかわからないほどの規格外。
スキルアウトに絡まれていた時の数十倍の疲弊が佐天涙子の肩に伸し掛る。
だが、それでもスキルアウトは一生懸命頑張って文句を言い続けていた。
こいつ頑張るなぁと佐天涙子は冷めた目でスキルアウトを評価する。
「うるせえぞ! なに人の上に立ってんだ! 見下してんじゃねえ! 降りてきやがれえ!」
あ、こいつ顔に似合わず意外と上手いこと言った、と他人事のように佐天涙子は心のなかでまばらな拍手を送ってみたり。
「む…なるほど。 俺もまだまだだな。 “王”を引退したとはいえ、つい人の上に立ってしまうという癖がまだ抜けんか」
「…いやいやいやいやいやいや」
誰か突っ込みの役目代わってくれないかなーと思いながら側にいるスキルアウト達を見るも皆一斉に佐天涙子から視線を逸らす。
僕、一般人ですから…と言いたげに壁のシミを数えたり靴紐でもやい結びをして遊びだすスキルアウト達。
そして…都城王土が気怠そうにこう言った。
「さて…お前が降りろと言ったのだ。 心して受け止めろよ?」
その言葉と同時に都城王土の足が軽く壁を蹴った。
「おう! さっさと降りてきやがれ…って ええ?」
当然、身体は重力に引っ張られ宙に浮いた王土の身体は真っ逆さまに落ちる。
その先にあるのは上を見上げたままのスキルアウトの顔面だった。
「グエエッ!」
ドゴン!という音ともに土埃が舞い、その中から憮然とした都城王土の声が聞こえた。
「……俺は受け止めろと言ったはずだが?」
砂埃が収まるとそこには都城王土が仰向けに倒れたピクピクともがいているスキルアウトの上で仁王立ちをしていた。
「す…すいまふぇん… 無理でした…」
数分後、そこにはピシッと背筋を伸ばして正座をしているスキルアウトの面々が!
誰に言われるともなく正座をしてお叱りを待つ子供のように肩を震わせるスキルアウト達。
その中を都城王土が悠然と闊歩しながら言葉を紡ぐ。
「さてと 貴様等も男ならば汚れた服のことなど些事としろ。
ましてや弁償など前方不注意で食事を中断させてしまったそこの女にするべきではないか?」
「ハイッ! その通りでありますっ!」
「…判ったのならばさっさと行かぬか。 時間の流れまでは流石の俺とてどうにもできぬ」
「ハイッッ!!! 少々お待ちを!!!」
佐天涙子に90°のお辞儀をしたかと思うと駆け出すスキルアウト。
その背中に再度都城王土の声がかかった。
「急げよ? なにせ俺は今、風紀委員《ジャッジメント》の仕事中に抜けだしてきたのだ あまり貴様等に時間を裂く余裕はないのだからな」
「ハ、ハイィィィ!!!」
ダッシュではなく猛ダッシュで路地裏から姿を消したスキルアウトを見てポツリと佐天涙子がこう呟いた。
「えと…これさ、どっちが悪者なんだっけ?」
そんな呟きにいつの間にか側にいた子供が笑いながらこう応えた。
「えへへ! ボクに聞かれてもそんなのわかんないよ☆」
■風紀委員第一七七支部
「まったく貴方という方は! いったい何を考えてらっしゃいますの!!!」
げっそりとした顔のまま白井黒子が大声を張り上げる。
目の前には何食わぬ顔で紅茶を味わう都城王土と行橋未造。
「貴方のおかげで危うく風紀委員《ジャッジメント》がカツアゲをしたなんていう汚点を受けるとこだったじゃありませんの!!」
白井黒子はついさっきのことを思い出して深い深い溜息を吐く。
猛ダッシュでジャンボキングパフェ、ジャンボキングパフェと呟きながら飛び出てきたスキルアウトとすれ違いながら路地裏に入ってみれば。
そこにはスキルアウトに肩を揉まれている都城王土がいたのだ。
その隣には苦笑いで尽くそうとしてくるスキルアウトをやんわりと断る佐天涙子もいた。
いや、それどころではない。
白井黒子が到着したのを見た都城王土が
『む。 随分と遅いではないか白黒』
そう声をかけたのがまずかった。
その言葉を聞いたスキルアウト達の目がギラリ!と獰猛な獣のように光ったのだから。
…結論から言えば。
猛ダッシュでパフェを買いに走りだした男が帰ってくるまで、白井黒子は全力でスキルアウトにもてなされたのだ。
『あ、あの? 制服汚れてますし、こちらでお預かりしてクリーニングしてきやしょうか?』
『バカヤロウ! テメエそれがセクハラだって風紀委員様がだな! お怒りになったらどうする気だぁ!!』
『じゃ、じゃあ靴のほうを磨かせてもらいたく…』
『バカヤロー! テメエそんなの足フェチの俺からしたらだ! それこそご褒美以外の何者でもないだろうがぁ!!』
『なっ、なら! あっしが椅子になりますんでパフェが来るまであっしの上で休むっつーのは!?』
『バッカヤロー! テメエそんなのこちらから金を払ってでもしてもらいたいことだろうがぁ!!』
万事こんな調子で尽くそうとしてくるスキルアウトを落ち着かせるのにどれほど苦労したことか。
路地裏の隅では膝を抱えてガクブルと震えているスキルアウト…恐らく都城王土の気迫に呑まれたのだろう。
アワアワと震えているスキルアウトの話を何故か佐天涙子が聞いていた。
『いやもう自分…ほんとあんな感情初めてで…もうほんと帰りたいっす! 田舎に帰りたいっす! 実家で母ちゃんと一緒に農業やるっす!』
『うんうん…私その気持ちすっごい判るよ。 でもね、いつまでもお母さんに甘えてちゃダメでしょ? ね?』
恐怖に震えるスキルアウトを佐天涙子がカウンセラーのように慰めていたり。
白井黒子にとっては鉄火場よりも余程こちらのほうが阿鼻叫喚であった。
野次馬も集まり写メの音が四方八方から聞こえてくる晒し者の中で、白井黒子はただ必死に時間がたつことだけを祈っていたのだ。
当然、その異様すぎる光景を見た一般の学生が義務として通報したのは言うまでもない。
駆けつけた警備員《アンチスキル》には風紀委員《ジャッジメント》の権力を傘に来たカツアゲなのではないかと疑われ、それを必死になって当のスキルアウト達が否定したからなんとか大事にならずにすんだのだ。
だが、そんな白井の必死の文句もまるで気にすること無く都城王土が紅茶をすする。
「俺も風紀委員なるものは初めてだったが…あのような輩まで相手にしなければならぬとは露とも思ってはいなかったぞ。
まったく雲仙二年生の苦労もようやく判ったというものだ」
ちなみに。 布束砥信は厄介な状況になっているのを見てすぐさまその場から逃げ出していたりする。
そして、佐天涙子は。 あたし…とにかく何かもう疲れました、今日はぐっすり寝たいです…と言いながらフラフラと学生寮に帰っていった。
そして諸悪の根源、元凶である当の本人はまるで何事も無かったかのようにゆったりと風紀委員の支部でくつろいでいた。
「む! おい花頭。 今回の茶は上出来だぞ 先程指摘したところを見事改善したな。 俺が褒めてやる」
「わっ! ほんとですかー?」
「へー☆ よかったね初春さん!」
「復習したかいがありましたー!」
キャイキャイと喜ぶ初春を横目で見ながら白井黒子がボソリと小さく呟く。
「……その上出来なお茶とやらを飲み終わったらで構いませんから」
もはや長点上機だの上級生だの知ったことか。
スゥと大きく息を吸い込んで思いのたけをぶつける白井。
「さっさと出ていきやがれ!ですのー!!!」
■学園都市・大通り
ツインテールをブンブンと振り回す少女に強引に押し出され、都城王土と行橋未造とは風紀委員を後にする。
「エヘヘ 出ていけですのー!だってさ☆ 面白かったね王土!」
「うむ。 なかなか気の強い娘だったな。 見ている分には充分楽しめたぞ」
この台詞を当の本人が聞けば、それこそ空中からドロップキックでもかましていただろう。
だが、常識的に考えて空気を読んだり人を気遣うなどといった細微な感覚を都城王土と行橋未造が持ち合わせてるわけもなく。
歩き慣れていないはずである学園都市の大通りをズンズンと我が物顔で歩く都城王土。
目の前の角を曲がれば都城王土と行橋未造が居を構えている高級マンションはすぐ側だ。
そのとき、曲がり角の向こうから声がした。
「かっ返しなさいインデックスさん! その特売コロッケは今週を乗り切る大事なタンパク質なのです! おまえになんか預けてたまるもんですか!」
「アッカンベーなんだよ! もやしチクワもやしチクワのローテーションで私のご機嫌はもうすっかりローテンションなんだよ!」
「わかった! わかったから走らないで! おまえそれぶちまけたりした日にゃあ、もやしもやしもやしのエンドレスローテーションが待っているんだってこと判ってるんですかぁ!?」
慌ててふためいた少年の叫び声と、軽やかな少女の声が段々と大きくなる。
そして。
気にせず角を曲がってしまった都城王土目掛けて。
小さな銀髪の少女が。
お約束とはこうであると言わんばかりに突っ込んできた。
.
「ひゃっ!!!」
都城王土が揺らめくはずもなく、一方的にぺたんと尻餅をついたのは修道服を着た幼女だった。
「わ! すごい☆ 往年のラブコメ漫画みたいだね王土!」
「む? おい娘。 走るときは前を見て走るものだぞ?」
面白そうに茶化す行橋未造と、心配している態度は微塵も見せず口だけでぶつかって尻餅をついている小さな銀髪の少女に声をかける都城王土。
「ごっ、ごめんなさいなんだよ?」
慌てて立ち上がりペコリと“両手”を揃えて頭を下げて…そこでようやく少女は気付いた。
「…あれ? 私のコロッケが消えちゃったんだよ? ハッ! これはもしや見えざる魔術師の陰謀かも!?」
キリッ!とした顔をして辺りを見回し始める少女。
そしてようやく気が付いた。
路上に両膝両手をつけてガックリと崩れた態勢をとっているツンツン頭の少年に…である。
「どーしたのトウマ? お腹痛いの?」
トウマと呼ばれた少年は自分の心配をしてくる少女には返事をせずに震える指先で道の先を指さした。
「イ、インデックスさん… あれをどうぞ見てやってくださいな…」
そこには。
ガゴゴゴゴ!と音をたてながら見覚えのある紙袋をそのうちに取り込んでいる清掃ロボ[ドラム缶]があった。
「えっと…トウマ…? あれってつまりどういうことなんだよ…?」
「…エエ。 ツマリデスネ。 先ほど宣言したとおり今日から上条宅はもやしもやしもやしのエンドレスループに突入しますです…」
ガックリと死人のように頭を垂れた少年とアワアワと震える修道服を着た幼女。
「ゆっ許せないんだよ! これこそ機械化した文明の反乱! もはやハルマゲドン勃発上等の勢いなんだよ!」
そう全身で怒りを表現しながら銀髪の少女がドラム缶と呼ばれる清掃ロボにかじりつく。
突然の衝撃を受け、ビイイイイ!という甲高いエラー音をあげるドラム缶。
そして、ドラム缶はかじりつく少女から逃れるかのように唐突に道路の向こうに走りだしていった。
「イ…インデックスさん? あなたは…いったい…なにをやってるんですかぁぁぁぁ!!!!」
悲鳴のような泣き声のような情けない声をあげながらツンツン頭の少年が銀髪の少女を追って走りだした。
声を挟む間もなくコントのようなドタバタに巻き込まれた都城王土と行橋未造は呆れた目でその少年の後ろ姿を目で追う。
しばしの沈黙。
そしてようやく都城王土が呆れきった口調でこう言った。
「…行橋よ」
「なんだい王土?」
そう問われ間髪入れずコロコロとした幼い声で返事をするのは行橋未造。
「さきほどおまえは往年のラブコメ漫画みたいだと言っていたな?」
「うん! 言ったよ☆」
嬉しそうにそう返事をする行橋未造を横目で見ながら都城王土がトントンと指で額を叩きだす。
「…確かに。 普通なる俺の記憶によればだ。 早朝、パンをくわえた美女の転校生と角で衝突するという話は聞いたことがある」
「定番も定番だよね☆ もはや逆に新しいよ!」
あるある、といったふうに行橋未造が訳知り顔で同意を返す。
しかし、都城王土はそれでも不可解な顔をしたままだった。
「だがな。 夕方、コロッケを抱えた修道女が角を曲がってきたかと思えば勝手に転んで走り去るというのはさすがの俺でも未知であるぞ?」
都城王土はそう呆れたような声をだして行橋未造に問いかけるが。
「う、うーん…まぁ最近は手を変え品を変えっていうのが流行りなんじゃないかな? そのうち角を曲がったらヤンデレの腐女子と正面衝突したりしてもおかしくないよね☆」
さすがの行橋未造もそれには頭をひねって苦し紛れの返答を返すのが精一杯だった。
「ふむ… まぁ、時勢とはそういうものなのかもな。 わざわざこの俺が考えるほどの意味が無いというだろうさ」
そう言って小さな嘆息を口にした都城王土が帰路に足を運ぼうとした時だった。
「ね☆ それよりもさ! 王土はいったいどうするんだい?」
都城王土ですら思いもよらぬ問を行橋が投げかけた。
「うん? 何が言いたいのだ行橋? 構わんぞ言ってみるがいい」
鷹揚にその先を促すのは都城王土。
行橋未造はそんな王土に朗らかに笑いかける。
「いやさ、さっき王土が言ってたじゃないか☆ 立場は違えど王土が彼等の食事を奪ってしまったことにはかわりがないんじゃない?」
「…む。 俺はまったくもっての被害者なのだが…」
そう言われ、都城王土がわずかに困ったように顔をしかめた。
確かにそのようなことを道化のようなチンピラの面々に言い放った記憶はある。
「『はぁ~これで後一週間はもやし炒めをもやしで巻いたもやしのもやし巻きかぁ…』 ってさっきの男の子が愚痴ってたよ☆」
面白そうにツンツン頭の少年の“心の声”を真似する行橋未造。
「ふむ…それはまた何とも言えんな。 わびしいにも程がある」
都城王土はなんと哀れな少年と少女よ、と言わんばかりに頭を振った。
「えへへ! そうみたいだね☆ ね、王土? どうするのさ?」
そう笑う行橋未造の顔を見て、都城王土は少しだけ考えてから口を開いた。
「…仕方あるまい。 時として俺の懐の深さを示してやるのもまた俺の務めであろうしな」
そう言って踵を返した都城王土が向かう先は住居となった高級マンションではなく学園都市の大通り。
「えへへ! やっぱり王土ならそう言うと思ってたよ☆」
トン!と両足を揃えて都城王土の隣に立った行橋未造が嬉しそうにその顔をほころばせる。
「先刻、布束とやらに聞いた案内が早速役にたったな。 明日にでも気が向いたら俺が褒めてやるとするか」
笑う都城王土と、その隣にぴったりと寄り添うようにして並ぶ行橋未造が再度繁華街の中に足を踏み入れる。
そういえば何故行橋未造が他人の“心の声”を代弁したのかということはこれより先で語るとして。
とにかく。 都城王土と行橋未造は太陽が沈んだ学園都市のきらびやかなネオンの中にその姿を溶けこませていった。
・・・
・・
・
日は暮れて。
時刻は夕方を大きく周り。
真っ白い月が頭上に現れていた。
■第七学区・とある病院
「ゴロゴロゴロゴロー!ってミサカはミサカは退屈のあまりあなたのベッドの上で何回前転が出来るかという無駄な挑戦にトライしてみる!」
「やめろクソガキ! 埃が舞いまくりだろがァ! っつーかヨミカワはどこに行きやがったァァァァァアアアアアア!!!!」
可愛らしい幼女の声と苛立った少年の声がとある病室から漏れ聞こえてきた。
「ヨミカワはね、最近[科学結社]?とかいう外部組織をブッ潰すために現在進行形で頑張ってるんだって!ってミサカはミサカは情報通であることを自慢してみる」
「監督するって言った本人が消えてなにしてやがンだァ! なンで怪我人の俺がわざわざクソガキのお守りしなきゃならねンだよォ!」
「あ、でも怪我人っていっても髪の毛すごい伸びたから手術の跡とか判らないよ?ってミサカはミサカは優しくフォローしてあげたり。
ぶっちゃけ体内組織のベクトルを操作して肉体の再生を促すだなんて正直反則だよねズルイよねーってことはミサカはミサカは言わないでおいてあげる」
「言ってんじゃねェーか! あと頭蓋骨の亀裂までは修復できてねェんだよ! せいぜい擦り傷やら髪あたりが限界なんだっつーの」
「ゴロゴロゴロゴロー!」
「人に話を聞いといて…… こ、このクソガキがアァあああ!!」
ドタバタと病室の中をふざけまわる幼女と苛立つ叫び声をあげる少年。
事情を知らない者が見れば仲の良い兄妹がじゃれあっているようにも見えたりするが、当の少年はまったくそんなことには気付いていない。
.
少年の名は一方通行《アクセラレータ》。
学園都市に七人しかいない最高レベルの超能力者《レベル5》。
さらにはその七人の序列の中でも第一位。
それはつまり学園都市最強の超能力者ということでもある。
少女の名はミサカ20001号。
通称打ち止め《ラストオーダー》と呼ばれる少女は“とある実験”の上位個体。
その気になればこう見えて一万もの戦力を従えることが出来る謎多き少女である。
彼等はつい先日まで共に生死の境を彷徨っていた。
学園都市の破壊を目論むひとりの科学者の手に攫われた打ち止めを一方通行がその命を賭けて阻止。
その後紆余曲折を経て、経過が落ち着いた頃になってようやく特別集中治療室から一般の病室に移ったのだ。
病室の中でキャアキャアと嬉しそうな悲鳴をあげる打ち止めに向かって手元の枕をぶん投げる一方通行。
打ち止めはそれを意外にも機敏な動きで回避。
だというのにその枕はボフンという音を立てて誰かの顔に着弾。
偶然にも運悪く病室の中に入ろうとしていたのは白衣を着た初老の域に差し掛かった男性。
「うわわっ! 今のは別にミサカ悪くないよ?ってミサカはミサカは即座に責任回避してみたり?」
慌てた打ち止めはふひゅうふひゅう♪と音が出ない口笛を吹いてるようにして部屋の隅に退避する。
白衣を着た初老の男は怒る様子もなくベリベリと顔面から枕を剥がしながらにこやかに一方通行に話しかけた。
「や 調子はどうだい?…って聞きに来たんだけど? どうやら聞くまでも無いようだね?」
「あァ? ンだよヤブ医者かよ? なンの用だァ?」
口汚く罵る一方通行だが、それが彼なりの最大限の歓迎であるということを判っているカエル顔の医者は特に気にすることもない。
「一万ものクローン体を使った並列演算ネットワークによる欠損部分の補填はどうやらうまくいっているようだね?」
まったく、至近距離から銃弾を頭に受けて前頭葉に頭蓋骨の破片を受けたっていうのにこんなにピンピンしてると僕も嬉しいね?」
そう言われ一方通行はハッと笑う。
「まァそうは言ってもよォ。 せいぜいコイツは通常の言語機能と演算能力を補助する程度がせいぜいだしなァ。 能力者としちゃあもうお役御免だろォ?」
コツンと首に巻いてあるチョーカーを指でたたきながら嘲るように笑う一方通行。
だが、そんな一方通行の自嘲にもにた笑いを気にせずカエル顔の医者は白衣のポケットの中に手を突っ込んだ。
「うん、そうだね? 確かにネットワークで君の能力を代理演算出来るほどの力はないだろうけどさ?」
とはいえ、人間の欠損部分を補うだけで凄いんだけどね?と笑いながらカエル顔の医者がポケットから何かをとりだしたのだ。
「でもさ? 人生何があるか判らないものだと僕は思ってね? 君の代理演算を補う演算補助デバイスっていうのを造ってみたんだよね?」
「…代理演算の補助デバイスだァ?」
そう言ってカエル顔の医者が取り出したのは小さなチップのような電極。
「その通りなんだよね? ネットワークによる外部から補助とこの電極からの内部よりの補助。 ふたつのデバイスがあれば君の能力もまた使えると思うんだよね?」
その言葉を聞いて。 一方通行の顔が引き締まる。
.
「…ってェとアレか? そいつをつければ“また”能力が使えるってェことか?」
「そうだね? けどね、なにせ世界に二つとないチョーカー型の電極でしかも試作品だからね? くれぐれも乱暴に扱って壊したりはしないようにね?」
カエル顔の医者はそう言いながら一方通行の首に巻いてあるチョーカーにカチリと音をたててその電極を埋め込んだ。
「そうそう、それ試作品だからね? 君の演算能力を使えばバッテリーはよくて15分程度しか持たないだろうから絶対に忘れないでね?」
そう言いながらカエル顔の医者が病室から出ていこうとして、病室の入り口で立ち止まった。
「あ、ちなみに今日渡したのはとりあえず使い方に慣れて欲しかっただけだからね? 試運転は明日の予定だから自分勝手に使ったりしないようにね?」
その言葉を最後にカエル顔の医者、“冥土帰し《ヘブンキャンセラー》”という異名をもつ世界屈指の名医が病室から出て行った。
「へー凄いんだね あ、でも何となくお株を奪われたような気がしてミサカはミサカはちょっぴり不満気に口を尖らせてみる」
「ハッ! 言ってろクソガキ」
すげなく毒舌を吐きながらベッドの脇に立てかけられていた現代的なデザインの卜型の杖を手にとって一方通行が立ち上がる。
無造作に放り投げられていたマネーカードをズボンのポケットにねじこみながらである。
「あれ? 何処行くの?ってミサカはミサカはキョトンとした顔であなたに問いかけてみる」
一方通行が何をしようとしてるのか理解が出来ぬまま、主がいなくなったベッドの上に飛び乗った打ち止めの問に一方通行が背中で答えた。
「久しぶりに缶コーヒーでも飲みたくなってなァ。 どうせだからついでに“コイツ”も試してくるわァ」
「えー!?使っちゃダメだって言われてたのにー!ってミサカはミサカは口を尖らせてみる。
でもどうせ止めても無駄なんだろうし、お土産はプリンがいい!ってミサカはミサカはお願いしてみる!」
「うっせ黙れクソガキ! っつーかよォ! なんであっという間に人様のベッドに潜り込んでんだ! テメエの甘ったるい匂いが布団に染み付くだろうがコラァ!!」
そこには大福のように丸々と膨れ上がったシーツ。
怒鳴られてピョコンと顔だけを出した打ち止めがほにゃと笑った。
「わーあなたの匂いに包まれて幸せかもってミサカはミサカは目を細めてみる!」
それを聞いた一方通行は肩をすくめハンと呆れた笑い声を吐く。
「……やってらンね。 行ってくらァ」
「行ってらっしゃーい! あ、なんかこれ新婚さんみたいで恥ずかしいかも?ってミサカはミサカは頬を赤らめてみる」
このままでは延々このふざけた押し問答に付き合わされる。 そう察した一方通行は今度こそ何も言わずに病室を抜けだした。
■学園都市・再開発地区周辺・路上
月明かりに照らされる夜道を悠然と歩くのは都城王土と行橋未造。
「えへへ! 面白かったね王土! あ、でもあの人達喜んでくれるかなぁ?」
行橋未造はそう笑いながら隣を歩いている都城王土の顔を見上げる。
「当然だ。 なにせこの俺が手ずから選び抜いた逸品だぞ? 喜ばぬはずがないだろう」
愚問である、と言わんばかりに行橋未造の問に肯定を示す都城王土。
暗がりの中を金髪紅眼の都城王土が闊歩する。
闇を切り裂くは紅い双眸。
そして…
いや、ここはやはりというべきか。
出会ってしまったのだ。
そこに立つは白髪紅眼の男。
双方ともに立ち止まり、お互いを見据える。
金髪紅眼の男と白髪紅眼の男が相対する様はまるで不出来な鏡のよう。
無言のまま睨み合う時間はほんの僅かで終わりを告げた。
先に口を開いたのは金髪紅眼の男、都城王土。
「おいおまえ。 誰を見ているのだ。 この道は俺が歩む道だぞ? それ、判ったなら疾く道をあけるがいい」
それを聞いた白髪紅眼の男、一方通行がニマリと笑う。
「あァ!? 悪ィがご覧のとおり怪我人でなァ? …テメエが道を開けやがれ」
お互い決して譲りはしない。
ビリビリと周囲の空気が震え出した。
ややあって、一方通行が気怠そうに溜息を突きながら。
手に持っていたコンビニ袋をガシャリと道の脇に放り投げた。
「まっ、どかねェなら仕方ねえよなァ? ンじゃまァ…テメエでいいからよォ。 ちーっとリハビリに…付き合ってくれよなァァァ!?」
そう言って喉元に手を伸ばし。
“チョーカー”のスイッチを入れ。
軽く足元の小石を蹴り飛ばしたのだ。
そう。
一方通行《アクセラレータ》がベクトル操作をしたならば、それは小指の先にすらみたない小石ですら立派な兇器。
石礫はまるで弾丸のような速度で都城王土の顔面に向かい一直線に飛来する。
が。
都城王土はそれを見て、まるで児戯であると言わんばかりに嘲笑った。
「ハッ! そんなもので俺をどうにかするつもりか? この俺に向かって何たる無礼よ!」
その言葉と共にパン!という破裂音が響いた。
パラパラと細かな砂が都城王土の平手に舞い落ちる。
都城王土は。
肉を裂き骨を砕く弾丸と化した小石を、只一発の平手で以て粉微塵に粉砕したのだ。
都城王土の頬がニヤリと釣り上がる。
「…行橋。 どうやら中々楽しめそうだ。 手を出すなよ?」
そう従者に告げて、都城王土がゆっくりと歩き出す。
全身から噴出する凄まじい気迫は常人ならば失神してもおかしくないほどの圧力ではあるが。
けれども、一方通行が。
学園都市最強の超能力者が。
その気迫に呑まれる筈もない。
.
「あァ~… なんつったかなァ? ナントカ…テーピングでも使ってんのかァ? まっどうでもいいわなァ? 関係ねェンだしよォ?」
ぐちゃりと顔を歪ませながら。
ゆっくりと誘うように円の軌道をとりながら一方通行が都城王土を誘う。
向かう先にあるものは倒壊し瓦礫の置き場と化したビルの跡地だった。
そう。
今現在、紅い双眸をもつ二人の男が立つ場所は再開発地区であり、ここは一方通行にとっては無尽蔵の弾丸が転がっている兵器庫といってもいい。
辺りに転がるは鉄骨、土塊、アスファルト、ガラスなどの無機物という名の兇器。
そして、その中心に立った一方通行は酷く楽しそうにその顔を歪ませた。
「さァーてとォ! ンじゃまァせいぜい“楽しンで”くれよなァ!!」
哂いながら一方通行が拳を振り上げる。
振り下ろす先にあるのはねじ曲がれひしゃげた鉄骨。
ガコンとすぐ側にある鉄骨を拳で軽く叩いただけだったのだが。
数百キロはあるだろう鉄骨がピンポン玉のようにはじけ飛んだ。
当然、鉄の兇器が向かうに立つは都城王土である。
しかし、それでも尚都城王土は笑いを絶やさない。
「クハッ! おい、なんだそれは? 温すぎるわ!!」
その言葉と共に凄まじ勢いで豪脚が放たれた。
ダンプカーが正面衝突したかのような轟音と共に鉄骨の塊が明後日の方に吹き飛び、アスファルトに刺さる。
それをチロリと視線の先で追って、一方通行が歪んだ笑みをして話しかけた。
「…おォ! “中々楽しめそう”じゃねえかァ?」
歪んだ笑みをもって白髪紅眼の一方通行が歪んだ笑みを浮かべる金髪紅眼の都城王土を馬鹿にする。
だが、一方通行の言葉を聞いて都城王土がフゥと小さな溜息を吐いた。
「おい。 この俺に向かって何たる口の聞き方だ。 いい加減に頭が高いことをわきまえろ」
そう言って。
都城王土がゆっくりと一言一句はっきりと。
告げた。
「 平 伏 せ 《 ヒ レ フ セ 》 」
瞬間、一方通行の身体がまるで引きずられるように大地に吸い寄せられたのだ。
「ガッ!?」
ガチンと音を立てて地面に顎をぶつけ、痛みに悶絶する一方通行。
「…おいおい。 たいして痛くもなかろうが? わずかに唇が切れただけで涙ぐんで痛がるとは随分と情けないのではないか?」
ククク、と馬鹿にしたような笑いをこぼす都城王土にピクリとも動けない一方通行が毒を吐く。
「うっせェ! 涙ぐんでねェよ別に痛がってるわけでもねェよ! 二度と味わわねえと決めてた土の味に驚いただけだっつーの!」
そう罵りながら必死になって解析をせんと演算を開始した一方通行だが、その頭脳をもってしても今現在自分の身に起きている現象が全くもって不可解だった。
反射膜は“問題なく稼動”している。
彼にとって“有害”な情報は現在進行のまま全て遮断しているはずなのだ。
だからこそ、この事態は不可解であり不可能であり不思議。
「…ッ!? こりゃまたいったいぜンたいどーゆーわけだァ!? テメエ何をしやがったァ!!」
地面に張り付いたかのように動かない己の手足を呪いながら一方通行が吠える。
そして、それに返事をしたのは従者である行橋未造だった。
「えへへ! なに言ってんのさ? そんなこと相手に教えるわけないじゃん☆」
そんな行橋未造の言葉を遮ったのは他ならぬ都城王土の言葉。
「フン! いいぞ教えてやれ行橋」
「あァ!??」
戦闘において自らの能力をバラすなど、本来は有り得ないことだろう。
そう訝しがる一方通行に向かってニヤリと笑った都城王土が両の手を広げる。
「俺を誰だと思っているのだ? 俺に隠さねばならん自己など“無い”」
そう言うと都城王土は地面に張り付いたままの一方通行でも見えるように右手を掲げた。
パチッ!と小さな音を立てて火花が立つ。
かけがえのない唯一人、唯一の絶対者を見て行橋未造が軽く肩をすくめる。
もとよりこの男の考えることなど、もとより理解の範疇の外にあるのだ。
「まったくしょうがないなぁ☆ これこそ都城王土の真骨頂そのいち! あいつは“人の心を操ることができる”のさ」
そう、行橋未造はとんでもないことを口にした。
その言葉を補足するように、手の内でパチパチと火花を散らせながら都城王土が口を開いた。
「より正確に言えば“電磁波”を発し対象の駆動系に干渉するのだがな」
そう。
それが都城王土の異常性《アブノーマル》。
行橋未造風に言えば都城王土の真骨頂そのいち。
『王の言葉』
電磁波を発し対象の駆動系に干渉すること。
それを都城王土は恐ろしいことに対象の意志すらも無視して支配してしまうのだ。
もちろん、人間の身体には超極小の電気信号が流れていることくらいは一方通行も知っている。
だからこそ、一方通行は気付かない、気付けない。
…否。
気付いたとしても対処の仕様がないのだ。
・・・
・・
・
人間の身体には“すべからく”活動電位とよばれる電気信号が流れている。
脳内の電気信号をミクロな視点で見れば細胞一つ一つに活動電位と名付けられたそれの総称は電気パルスという。
“そして”一つ一つの細胞の電気パルスを個別にいくら調べても“具体的に価値のある情報”が含まれていること“ない”。
そう。 電気パルスを単体で観測しても、それは有害でも無害でもなく、ましてや偽装でもない。
無害である電気パルスが幾千幾万幾億と対象に集中し、組成することでようやく『王の言葉』が完成し実行されるのだ。
つまりそれは“有害”か“無害”かというホワイトリスト方式で反射を設定している一方通行には防ぎようがないということ。
…勿論、それでも反射膜が無効だというわけではない。
『王の言葉』を防ぎたいのならばありとあらゆる外部情報を反射すればよいだけである。
だが、それは諸刃の剣どころの騒ぎではない。
電磁波は音にも光にも空気にも存在している以上、それら全てを反射するということは“生存に必要最低限な情報”すらも反射しなければならないということと同義なのだ。
・
・・
・・・
そう訥々と説明をする都城王土だったが、それを静かに聞いていた一方通行の顔が大きく歪んだ。
忘れてはならない。
学園都市最強の超能力者ということは。
つまり学園都市最高の演算能力を持つ者だということをだ。
「…カカッ! そりゃまたゴテーネーにどうもォ!!」
平伏したまま、一方通行が笑う、哂う、ワラウ。
「けどよォ…失敗だったなァ? それさえ判りゃあ… 打つ手は幾らだってあンだよォ!」
途端、滑るように一方通行が宙に跳ね上がった。
「確かになァ! 有害でも無害でもない電気パルスをいちいち反射なンざできやしねェが!
だったらその命令とやらを上書きすりゃあいいだけじゃねェかァ!!!」
「…ほぅ!」
動けるはずがない一方通行を見て心底感心したという声をあげる都城王土。
それも当然である。
種明かしをされて何時までも蹲っているほど一方通行は愚鈍ではない。
彼がしたことは重力のベクトルの反射である。
それは意志に反した彼の身体などとは全くもって関係がない。
故に、『王の言葉』は、一方通行の細胞は、動き出した手足から命令が中断されたと判断し無効化されたのだ。
トンと月光を背にして立つ一方通行。
凶悪に歪んでいるその顔に浮かぶのは抑えようのない殺意といってもいいほどの闘争心が浮かんでいる。
その殺意は元をたどれば彼の出生に関係しているのは言うまでもない。
幼い時分ならば誰しもが持つ純粋な殺意。
それは友人や家族と喧嘩をしていくうちに消え去るはずなのだ。
だが迫害され、隔離され、たった独りで幼少時を過ごしてしまった一方通行にとって、いまだそれは胸のうちに息づいている。
そしてそれは都城王土とて同様。
敵には微塵足りとも容赦をしないその激しき気性は胸のうちで燃え盛っている。
「ふむ… “約束”を破ってしまったか。 まぁ悪事を働いている…というわけでもないし仕方あるまいな」
一方通行に対してゆっくりと一歩を踏み出す都城王土。
「この俺は“攻撃を受ける理由がない”から“避ける必要がない”などと言うほど人間が出来ておらん」
ミシリと音をたてて拳を握る都城王土。
「さて? 俺の言葉を克服したからと言ってそれがどうした? 勘違いするなよ? 言葉の重みなど俺にとっては必殺技でもなければ真骨頂でもない」
視線の先には楽しそうに笑っている一方通行。
「荒っぽい手段はとりたくないが…言葉が成立しない以上それもやむなしだな」
その言葉を2ラウンド目のゴングと捉えた一方通行が、兇器の雨を暴風のように操りだした。
戦場の最前線ですらここまで酷くはないのだろう。
身の回りにある無数の瓦礫を弾雨と化し、都城王土に叩きつける一方通行。
そして、都城王土はそれに一歩も退こうとせずに真正面から立ち向かっていた。
「ぬんッ!」
烈火の如く気迫と共に吹き飛んできたコンクリートの塊を殴り壊した都城王土にかかったのは一方通行の愉しげな笑い声。
「ギャハハッ!! どうしたどうしたァ! 荒っぽい手段とやらはまだなンかよォ!! いつになったらこっちに届くんだァ!?」
そう、一方通行の言葉のとおり、都城王土は次第に押されている。
凶器もいらぬ鋼鉄の如き四肢にて、身に迫る全ての飛来物を叩き落とすもそれが限界。
一歩足りとも前に進めない。
むしろその身に未だ傷ひとつ無いことが異常ではあるのだが。
「ふむ… どうやらこのままでは俺でも無理なようだな」
そう言いながら、トンと都城王土の足が地を蹴った。
一蹴りで数十メートル後方にさがる。
そこには巻き添えを喰らわない遮蔽物の影に隠れた行橋未造がいた。
「…王土?」
突然隣に降り立った都城王土の意図が掴めず、不安げな声をあげる行橋未造。
そう。
行橋未造にとって都城王土が苦戦している姿など初めてなのだ。
動揺している視線をその紅い双眸で受け止めて。
都城王土はこう言った。
「どうした行橋よ? その不安げな顔は。 言ったはずだぞ? お前は俺の偉大さと強大さだけに感動しておけば良いのだ」
そう言葉を続けながら、都城王土は行橋未造の服の中、柔らかい素肌をものともせず無造作にその手を突っ込んだのだ。
「えと… 王土? いったい何をしてるのさ…?」
モゾモゾと服の中をまさぐるように動く都城王土の手の動きを当然と受け止めながら。
それでも彼の考えが判らず不思議そうな声をあげる行橋未造。
そしてようやく意図に気が付いて叫ぶ。
「ッ! ダメだよ王土ッ!!」
慌てて服の上から都城王土の手を止めようとするも時は既に遅かった。
ぐらりと行橋未造の視界が霞み、揺れる。
「なん…で…王土…」
シューシューと行橋未造が背負った鞄から聞こえる小さな排気音とともに覗いているのは小さな管。
そこから吹き出されている気体の正体は即効性の催眠ガスである。
コトリと意識を失った行橋未造を見下ろして、都城王土が静かに呟いた。
「行橋よ。 俺が褒めてやる。 仮面をつけていないのは正解だったぞ」
深い深い眠りについた行橋未造を一瞥すると、都城王土は一方通行に振り返る。
追撃が出来たはずだというのにただ静かにそれを見ていた一方通行の肩がゆっくりと振るえ、そして我慢が出来なくなったかのように都城王土を高らかに笑い飛ばした。
「ギャハハハハhハハッ! ンだそりゃァ! お涙ちょうだいってかァ?」
安い三文芝居を見たかのように、まるで“自虐”のように声を張り上げる一方通行。
だが、それを聞いた都城王土は揺らぎもしない。
「ハッ! 俺が同情を誘うだと? そのようなこと天地が逆転してもあり得んな。 なに、俺が行橋を眠らせたのは、ただ単に俺の都合でな」
ゴキリと首を回しながら都城王土が笑う。
そんな都城王土を見て一方通行が眉をひそめた。
「……あァ!? ついに恐怖のあまり頭がイッちまったかァ!?」
しかしその問はお返しとばかりに笑い飛ばされる。
「クハハッ! なに、こうもやられっぱなしの防戦一方などという展開は俺の性にあわんのでな」
その言葉と共にぎしりと拳を握りしめる王土。
それを見て面白そうに一方通行が吠えた。
「なァに考えてンだァ? だいたいテメーは俺に近づくことも出来やしねェじゃねえかァ!」
「当然だろう。 流石の俺でも無傷で貴様のもとに辿りつけるとは思わんよ」
そう言われ、フムと頷く都城王土を見て一方通行が本当に。
とても楽しそうに笑いながら、まるで目の前の男を認めるように試すように両の手を振り上げる。
「クカカカカッ!……面白ェ 面白ェよテメエ さァてテメエは何回死ねば俺のもとに辿りつけるんだァ!?」
ベクトル反射により無数の瓦礫や小石が凄まじい速度で飛来する。
目前に迫るそれは喩えるならば銃口を無数に並べたショットガンのよう。
無数の凶弾に正面から相対した都城王土は微塵も躊躇うことなく飛び込んでいった。
小石を弾き飛ばし、砂利を叩き落とし、鉄材を蹴り飛ばす様はまさに獅子奮迅という言葉が相応しい。
だが。
それでもなお一方通行の放った嵐のような弾幕は凶暴で獰猛で分厚かったのだ。
「ぬっ!?」
小さな小さな小石の欠片が都城王土の爪先を撃った。
そして、その機を逃さんとばかりに暴風雨が都城王土を蹂躙する。
グシャグシャと耳を塞ぎたくなるような人体の破壊音。
脇腹に鉄材がめり込み、首筋を小石がえぐりとり、砂利が肉に食い込んでいく。
だがしかし、それでも都城王土は止まらない。
数瞬か数秒か数分か。
時間という概念すら置き去りにしたような刹那の刻。
都城王土は、その身体に降り注ぐ凄まじい破壊と引換に。
ついに。ようやく。念願の。
一方通行の目の前、数メートルに辿り着いた。
それはつまり都城王土の拳が届く射程圏内ということである。
.
「どら、待たせたな。 これより退屈はさせんぞ?」
ボタボタとおびただしい血を垂らしながら、それすら些事であると言わんばかりに都城王土が笑った。
「はァ~… よくもまァそのザマで生きていられるもんだわなァ?」
心底感心したというふうに目を見開くは一方通行である。
それは、目前に立つ満身創痍の金色の男に対する彼なりの賛辞であった。
そして都城王土はそんな賛辞を当然と受け止めて返事をする。
「俺が行くと決めて俺が行くのだ。 あれしきの妨害など問題にならん。 避けれないのならばそのまま突き進むまでのことよ」
そう言って尊大に笑う都城王土。
だが、それを聞いた一方通行は何処か苦しそうに決定的で残酷な事実を言い放った。
「…けどよォ 忘れてねェか? オマエの拳は俺には届かねェんだよ」
そうなのだ。
例え一方通行の暴虐の化身のような嵐を抜けようと。
その先にあるのはベクトル反射という無敵の盾。
どれほどの犠牲を払ったとしても、ただの拳でこの堅牢な要塞は破れはしない。
砲撃もいわんやと言わんばかりのその拳が“直撃”すれば、それこそ一方通行の身体など一瞬の痛みを感じる間もなく生体活動を停止するだろう。
だが、それは反射膜を超えたらという有り得ない話である。
「確かによォ大層な威力だわなァ …けどそンなこたァ関係ねェ。
オマエが俺に触れでもしたらよォ …全身の血管と内臓が根こそぎ破裂して死ぬぜェ?」
そして、さらにもう一つ。
「テメエは“アイツ”じゃあねえ そこンとこァとっくのとうに確認済みだ」
“アイツ”とは誰のことかなど都城王土は判らない。
だが、目前に立つ白髪紅眼の男の言っていることは事実なのだろうと都城王土は理解した。
「…ふむ。 つまりだ。 おまえは何が言いたい?」
そう促し、先を問う都城王土に一方通行は静かに答える。
「あァ テメエは死ぬ思いをしてここまで辿りつきゃしたが… ザンネンなことにここが行き止まりなンだわ」
しかし、それを聞いた都城王土はとても楽しそうに笑った。
「…行き止まりだと? 面白いことを言うな」
ゆっくりと拳を握り締め
「生憎、俺はどこぞの生徒会長みたいに武術に聡いわけではない。 だから俺はただ俺の気の向くままに全力で貴様を殴るとしよう」
弓矢のように振り上げたその拳を見て、一方通行は吐き捨てるようにこう言った。
「……馬鹿だなテメエは」
.
「ぬんっ!!!!」
裂帛の気合と共に都城王土の握りしめた拳が一方通行の顔面めがけて繰り出された。
人智を超えた速度と威力はもはや武術などが及ぶ域ではない。
それはまさしく一撃必殺の兇器である。
だが…その拳が一方通行に届くことは無かった。
薄皮一枚の反射膜。
けれど、その薄皮一枚の反射膜こそが一方通行を学園都市最強の能力者たらしめている原点なのだから。
「ぐっ!?」
くぐもった呻き声と共に拳を放ったその姿勢のまま全身から血を吹き出す都城王土。
パシャリと軽い音をたてて吹出した血が一方通行の服に飛び散る。
「…ホント 馬鹿だなァテメエは 言ったよなァ? 俺に触れれば死んじまうってよォ?」
どこか寂しそうな口調でそうポツリと呟く一方通行。
チラリと横目で意識を失ったまま倒れている子供を見る。
何故金髪の男があの子供を眠らせたのかなど、今更判るわけもない。
先程までの胸の高揚感は既にどす黒い感情に変わり、一方通行の胸の中心に鎮座していた。
.
「…チッ 意地なんざはらずに逃げ出しゃあよかったのによォ…」
そう呟くと踵を返す一方通行。
「服…汚れちまったなァ このまま帰りゃあのガキがギャーギャーうるせえンだろうが…」
けれど今はそんな事もどうだっていい。
服が血で汚れたならばまた買えばいい。
それよりも胸に渦巻く重圧感から逃れることのほうが先決だ。
まるで逃げるようにこの場を去ろうとして。 一方通行の足が止まった。
“何故服に血が付着している?”
薄皮一枚の反射膜は一方通行の全身を覆っているのだ。
つまりそれが意味することを一言でいうならば。
“シャツに血液が付着することなどありえない”
何も考えること無く、何も考えられず、一方通行は己の胸に付着した血液を払った。
腕の動きにあわせて、血液がピチャリと地面に落ちる。
そして…赤い血が付着していたはずのシャツはシミひとつない普段の姿を取り戻していた。
シャツに血が付いているわけでもない。
金髪紅眼の男の血液という残滓が逆らうように“反射膜”の表面に付着している?
その時だった。
意味が判らず硬直しきった一方通行の背に朗々たる声がかかったのだ。
.
「 『 待 て 《 マ テ 》』」
「俺をおいて一体何処に行くつもりなのだ?」
「……ンだとォ!?」
動けない、振り向けない。 指先ひとつすらピクリとも動かない。
知っている。
一方通行は知っている。
さっきのは『王の言葉』
声の主は金髪紅眼の自分によく似た“馬鹿野郎”に間違いない。
ベクトルを反射し動くことも忘れ、立ち尽くしたままの一方通行にやれやれ、といった独り言が風に乗って届いた。
「ふむ、“攻撃がヒットする瞬間に回復する”か。 俺にしては不安ではあったがどうやら“再現”はできたようだな」
「……よォ? どういうことだァ? 教えやがれよなァ」
背を向けたまま、何故か親しげとも取れる調子で。 一方通行がそう背後に立っているであろう男に声をかけた。
そんな問いかけを聞いて。
フン!と耳にたこができるほどの笑い声と共に男は言った。
「あぁ…そういえば言ってなかったか。 俺の身体は筋肉、骨格、神経はもとより循環器、呼吸器、血液に到るまで改造されているようなものでな」
――ここで少し二人の少女の事を説明をしなければならないだろう。
箱庭学園特待生2年13組の二人の異常者《アブノーマル》。
名瀬夭歌と古賀いたみという少女のことだ。
名瀬夭歌。
少女の名は偽名である。
真の名は黒神くじら。
その姓が示すとおり箱庭学園生徒会長黒神めだかの親族であり。
そして、名瀬夭歌は人体を生物学的に改造するというただ一点においては完璧超人と呼ばれる黒神めだかですら及ばない域に達しているのだ。
古賀いたみ
そんな名瀬夭歌と出会ったのが古賀いたみという少女だった。
常人であり、一般人であり、平凡な人生を過ごしてきた彼女はそのありふれた人生を変えるため、あえて己の身体を実験台として名瀬夭歌に捧げた。
“異常”に対する“異常”な憧れだけが“異常”なただの女の子。
だが、だからこそ古賀いたみは名瀬夭歌の非人道的という言葉すら生温い人体改造を耐え切ることができたのだ。
その古賀いたみの身体スペックは、途方も無いハイスペックである。
彼女は箱庭学園生徒会長黒神めだかを“圧倒”した。
亜音速で動き、100kgの鉄球が頭頂部に直撃してもケロリとし、果ては箱庭学園そのものを引きずる膂力を発揮することができる黒神めだかを“圧倒”したのだ。
例えそれが人格を失い空っぽのままの黒神めだかであろうとも、その事実は揺らぎない。
ましてやその時の古賀いたみは“ガス欠状態”の身体のままだったのだから本来のスペックなど想像するだに馬鹿馬鹿しい。
そして…都城王土はその古賀いたみの異常《アブノーマル》を“強制的に取り立てた”のだ。
それは、都城王土の特異性《アブノーマル》であり。
それは、黒神めだかですら不可能なことである。
無尽蔵の電力《アブノーマル》、『創帝《クリエイト》』という名の異常《アブノーマル》をもつ都城王土だけが掴むことの出来る答え。
ならば、出来ない訳がない。
目の前にいる白髪紅眼の男は先程、『王の言葉』をベクトルでねじ伏せたのだ。
ならばそれは必然。
ベクトルの反射を異常《アブノーマル》でもって強引に力尽くでねじ伏せることくらい、都城王土に出来ないわけがない。
都城王土はベクトル反射で裏返っていく血液を血管を内臓を上書きするように、“己”の意志でもって“己”の回復力で無理やり塗りつぶしたのだ。
「さっきキサマはこう言っていたな? ここが行き止まりだと」
紅い煙が都城王土の身体から湧き立っていた。
それは破壊と再生の繰り返しで極限まで酷使された細胞が発火寸前まで熱をもち、付着している血液を次々と蒸発させたものだ。
「確かに…過去の俺は王道を踏み間違えた。 行き止まったのだ」
都城王土の胸に飛来するは己が手を地につけて己が非を認めたときのことである。
.
「だが」
それでもこの男は、都城王土は立ち止まらない。
「今の俺が進むは“王道”ではない。 “覇道”だ。 ならば俺の“覇道”に行き止まりなどあるわけがなかろう」
こいつの馬鹿さ加減はどこかのヒーロー気取りの三下かよ、と一方通行は思いながら可笑しそうに笑った。
「ハッ! そいつァ随分とまァ大層な道だなァおい!」
そう背で返事をして。
ようやく一方通行は気付いた。
いつの間にか身体に自由が戻っていたのことに。
「おいテメエ… 何考えてやがンだァ?」
ゆっくりと、振り向きながら一方通行がギョロリと都城王土を見据える。
その視線を受けて都城王土はゆっくりと拳をかざした。
「言ったはずだろう? 俺の“覇道”に行き止まりなどないのだ」
つまりそれが意味することは。
まるで焼き直しのように再度拳を振りかざす都城王土。
「貴様が俺の“覇道”の行き止まりというならばだ。 俺はそれを正面から突破して粉砕して圧潰して押し通るまでのこと」
つまり、それは先程の展開を再度繰り返すということ。
「今の俺をさっきまでの俺と思うなよ? 俺は常に進化しているのだ。 もはや俺ですら今の俺がどこまでいけるか定かではないのだ」
笑いながら都城王土が拳をギシリと握る。
どれほど威力があろうとも反射膜が破られるはずがない。
「カカカカッ! 上ッ等じゃねェかァ!!!」
だというのに、一方通行は心地良い爽快感を感じていた。
首筋からは小さな電子音が聞こえる。
その音が意味することはとっくのとうに判っている。
そう、バッテリー切れだ。
脳の演算機能を外部に頼っている一方通行はチョーカー型の補助演算装置のバッテリーが切れれば、反射どころか歩くことすらままならなくなるだろう。
この男と戦闘を始めて何分たったのだろうか。
3分? 5分? 10分?
もしかすると数秒も残っていないのかもしれない
だが、それでも一方通行は退かない。
もう一方通行は。
アクセラレータは負けるわけにはいかない。
決して負けるわけにはいかないのだ。
脳裏にちらつくのは絶対に守ると決めた少女の影。
その少女と。 そして己に誓うように一方通行が静かに自らの非力さを認める。
「チッ…確かにこのザマじゃあ学園都市最強は返上だわなァ…」
だが、数瞬後、それは反転。
凄まじい気迫と共に一方通行が吠えた。
「けどよォ…それでも俺はあのガキの前じ…ゃ最強を名乗り続けることに決めてんだよォォ!!!!」
目の前の男が全てを押しつぶすというならば。
ならば自分は全てを跳ね返すだけのこと。
もはや侮りはしない。
この男の拳が届かないなどとは思っていない。
例外ならば既に味わっている。
敗北ならば既に経験している。
「…なるほど。 その気迫ならばわざわざ“俺の言葉”を解く必要など無かったな」
一方通行を見て感心したように都城王土がそう呟いた。
.
「名乗れ。 そして覚えておけ。 俺が、俺こそが都城王土だ」
相手を侮っている笑みではない。ただ己の好敵手に対してそう都城王土が自分の名を告げた。
それを聞いて、立ち向かっていた一方通行は満面の笑みを浮かべる。
「カカカッ! 一方通行《アクセラレータ》って呼んでくれよなァ! 王ォォォォ土くゥゥゥン!!!」
それを聞いて都城王土が満足そうに頷いた。
「なるほど。 いい気概だ。 どれ…歯を食いしばれよ“一方通行《アクセラレータ》”。 俺の拳が貴様の心の臓腑に届けばそれで全ての終わりだぞ?」
ギシリと神鉄のように固く固く拳を握りしめる都城王土。
「敬意を持って貴様の全てを簒奪してやるからありがたく思え」
それに相対した一方通行は両の手を広げ、大地を踏みしめる。
「いいぜェ…… 俺を打ち破るっつーなら…俺から全てを奪うっつーなら…」
先程まで浮かべていた歪な笑みではない。 まるで子供のように目を光らせて一方通行が吼えた。
「今俺がァ!テメエのその思い上がった幻想をブチ壊してやンよォ!!!」
お互いの目の奥に光るのは既に憎しみや怒りなどといったものではない。
ただ相手を打倒し、己が上であると示すことに躍起になった子供のような自己顕示欲。
そう。言うなればこれは規模こそ違えど子供の喧嘩なのだ。
そして都城王土と一方通行は楽しそうに、心底楽しそうに吼えた。
「その意気や良しッッッ! 往くぞッッッ!!!!」
「上ッ等だコラァァァ! 来いよォォォォ!!!!」
魂を震わせて都城王土と一方通行が己をぶつけあわんと全力を込める。
最強の盾があるのならば、当然最強の矛もあるだろう。
果たして都城王土の拳が最強の矛なのかすらも判らない。
ましてやこれは矛盾であり、なればどちらが勝つかなど推測するのも意味が無い。
しかし、それでも確かなことが一つある。
この一撃が交差すれば、確実にどちらかが死ぬ。
それは絶対の事実であり、誰にも違えることのできない真実なのだ。
絶対致死、一撃必倒、絶対必殺の威力をもった都城王土の力。
接触致死、瞬間必倒、完全必殺の威力をもった一方通行の力。
それは、その力は、その喧嘩は。
「イヤだよ王土ッ! ボクを置き去りにして一体何を考えているのさっ!!」
「絶対ダメッー!ってミサカはミサカは涙で顔をグシャグシャにしながら貴方に訴える!!」
突如乱入してきた二つの小さな影に阻まれ、不発に終わった。
小さな身体である。
拳を握り締めた都城王土の前に立つ小さな影の名は行橋未造。
己の存在意義であり、己の生きる意味を教えてくれた男を止めるため。
両の手を広げた一方通行の前に立つ小さな影の名は打ち止め《ラストオーダー》。
己を救いあげ、己を見殺しにはしないと言ってくれた男を止めるため。
けれど。
その小さな手は。震える身体は。涙で潤んだその瞳は。
紅い双眸を持つ男達の喧嘩を中断するに充分な力を持っていたのだ。
「…行橋」
「…クソガキ」
ポツリとそう呟いて。
今にも破裂しそうなほどに膨らみ、張り詰めた風船がしぼむように男達の気迫が急速に薄れていった。
都城王土は問う。
「…どうやって目覚めたのだ?」
「えへ…えへへ… ボクは王土のことを一番判っているんだ。 催眠ガスを使われそうになったとき、手の中にこれを握りこんでいたのさ」
厚手の手袋を取り、その小さな掌を都城王土に見せつける行橋未造。
その手の上には鋭利に尖った鉄骨の欠片が自身の血に塗れて乗っていた。
「喜界島さんとの一戦を参考にしてね☆ 催眠ガスを克服するには古典的だけどやっぱり痛みが一番みたいだ☆」
一方通行は問う。
「…何で来やがった」
「何でも何も! あなたの代理演算を補っているのは私達なんだからね! あなたの身体に走った痛みという異常を感知してミサカはミサカは病院を抜けだしてきたの!」
よく見れば少女の服はシャワーを浴びたように汗で濡れ、ゼエゼエと荒い息は未だに収まってはいない。
そう、一方通行は都城王土の言葉に引きずられ顎を地面にぶつけた記憶がある。
ただそれだけで、一人夜道を走って一方通行をこの少女は探し回ったのだ。
都城王土と一方通行はどちらともなくフゥとちいさな息を吐いた。
「…おい一方通行《アクセラレータ》 おまえはどうするのだ?」
「…チッ まァ、確かにィ? もうそんな空気じゃあねェなァ…」
戦意を根元ごと引きぬかれたようなこの感覚。
それは自分だけではなく、目の前に立つ紅眼の男も感じているのだと思い紅眼の男は苦笑した。
こうなるとさっきまでの勢いが逆に気恥ずかしく紅眼の男達が静まりかえった中、小さな裁定者達はお互い勝手に自己紹介をはじめていた。
「ウチの一方通行が迷惑をかけてごめんなさいってミサカはミサカは真摯に謝ってみる」
「えへへ☆ 気にしなくてもいいよ。 王土だってきっと途中から楽しんでいたんだしね!」
「あ、それはウチの一方通行もきっと楽しんでいたとミサカはミサカは確信してる!」
「えへへ! まぁ判らなくもないかな? ボクらは自分に似た奴が好きすぎるんだからね☆」
「確かに似てるかも…ってミサカはミサカはこっそり横目で観察しながら同意したり!」
「あ、それとさ。 君、面白いね☆ ボクこんな人は初めて見たよ あ、でも王土ならもしかしてアクセスできるかもしれないなぁ…」
「ふえ? それっていったいどういうことなの?ってミサカはミサカは疑問を発してみる」
「えへへ☆ 秘密だよ☆」
可愛らしい声をあげて活発な情報交換を続ける二人を見て、金髪紅眼と白髪紅眼の男は静かに顔を見合わせる。
「…ハッ かったりィ… おらクソガキ! 帰ンぞ!」
これ以上この場の空気に耐え切れないと言わんばかりに声を張り上げたのは白髪紅眼の一方通行だった。
「ぶー!何それ何それ!せっかく心配してきたっていうのにその態度は何事?ってミサカはミサカは猛烈に抗議する!」
そう口では文句を言いながらも一方通行の隣に立つ打ち止めは朗らかな笑顔を浮かべていた。
あ、そう言えばプリンはプリンはー?とせがむ打ち止めが絶望する答えを口にしながらゆっくりと杖をついてその場を去ろうとする一方通行。
その時、都城王土の声がその背に静かにかかる。
「…おい、一方通行《アクセラレータ》」
「あン?」
そう言って振り向く一方通行に向かって都城王土がクイと顎で地面を指し示した。
「忘れ物だぞ?」
地面に転がってるのは缶コーヒーがつまったコンビニ袋。
だがそれを見て一方通行はハンと鼻をならす。
「…いらね どっかの馬鹿とやりあったおかげで充分目が覚めちまったンでなァ 欲しけりゃあくれてやンよ ってテメエ手握るンじゃあねェ!」
「まぁまぁ 気恥ずかしいのは分かるけど夜道は危ないんだからね?ってミサカはミサカは場合によっては言語能力を没収するといった選択肢をちらつかせながら強引に手をひいてあげる」
ふざけんなァァァ!と憤慨しながらも逆らうことのできない一方通行は杖をつきながら少女に手を引かれて今度こそ振り返ること無く闇の中に消えていった。
残されたのは都城王土と行橋未造である。
と、未だ催眠ガスの残滓が残っているのか足元が覚束ない行橋未造の身体がフラリと揺れた。
それを見た都城王土が小さく溜息をつく。
「…行橋。 眠いのならば俺が背負ってやってもよいが?」
「わ! ホント? えへへ☆」
そう間延びした声で言うと子猫のように都城王土の背によじ登る行橋未造。
都城王土にとって行橋未造の体重など小鳥が止まっているような感触である。
故にそれ以上特に何も気にすることもなく、都城王土は路上に転がっているコンビニ袋を見ていた。
試しに背中にむかって声をかけてみるが。
「…行橋」
スッポリと背に収まって目を細めている行橋未造は彼が言わんとすることを察したのだろう。
「うーん… ボク苦いの嫌いだし」
そっけなくそう言うと眠気に襲われたのか、小さなあくびをして都城王土の背中の上で小さな寝息を立てだした。
「だろうな。 さて、これから修道女のところに行くのはさすがの俺でも面倒であるな。 なに、今日は充分楽しめたのだ」
そう言って行橋未造を起こさないように静かに都城王土が歩き出す。
「なに。 中々に面白い。 随分と刺激に満ちている街ではないか。 なぁ行橋?」
背でスヤスヤと眠っている行橋からの返事はないが、それでも都城王土は満足気に闇の中に姿を消した。
■???
中年の男が大声で問いかける。
「何故君達に能力があるのか! 何故君達にチカラがあるのか! 不思議に思わないのか!」
据えた煙草の匂いを振りまきながら[M000]というコードネームを持つ中年の男は大袈裟に両手を広げる。
「もしかしたらだ! 君達はチカラを持つ必要など無かったのかもしれない!」
静かにそれを聞いているのは10人近くの少年少女。
「この計画が達成すれば! この悲願にさえ到達すれば! 君達はその“憎らしいチカラ”に怯えなくてすむんだ!」
その台詞に自ら酔ったようにして[M000]は更に大声を張り上げる。
「そう! 君達は誰かを傷つけることに怯えなくてもいい!」
そう言って懐から一枚の写真を取り出した。
そこに映っているのは宇宙空間とおぼしき場所に浮かんでいる機械の破片。
「これだ! この[残骸《レムナント》]さえあれば! これさえ我等が手にすれば!」
そこまで言って[M000]は言葉を切ってグルリと部屋を見渡す。
そこには己を見つめる若く真っ直ぐで情熱的な視線。
ブルリと快感で背筋を震わせ、[M000]は続きの言葉を口にした。
「判るかね諸君! 君達の悩みは! 解決したも同然なのだ!!!」
少年少女たちの間に広がっていく羨望と感謝と熱意を肌で感じとり、[M000]は満足そうに頷いた。
「そしてだ! 君達は感謝しなければならない! この計画に無くてはならない“大能力者”!」
そう言って[M000]は机の隅に座っていた少女に向かって声をかける。
「[A001]! 君には期待している! 君も“普通”になりたいだろう? 我等と同じく“正常”になりたいのだろう?」
その言葉と同時に[A001]と呼ばれた少女が立ち上がり、頷いた。
それを見て、[M000]は感動したように大きな声を張り上げる。
「これは君がいなければ不可能な任務だ! 君と!私と!君達は! 共に等しく“仲間”なのだ!」
さざ波のように感動がその空間を支配していくのを感じながら[M000]は叫んだ。
「さぁ! 諸君! 時は来た! 今こそ奮起の時なのだ!」
その言葉と共に万雷の拍手が沸き起こる。
少年少女たちの中には涙ぐんでいるものまでいた。
そして、[A001]と呼ばれた少女は。
どのような障害があろうとも、任務を遂行しようと決意の光をその瞳に宿らせていた。
■風紀委員第一七七支部
「[キャリーケース]の強盗事件…ですの?」
訝しげなその声の主は白井黒子。
「そうなんですよー。 犯人は地下に向かって逃走したみたいなんですけど…
何故か信号機の配電ミスが相次いで警備員《アンチスキル》は身動きがとれない状況らしいですー」
紅茶の本をデスクの横に置きながらそう初春飾利が答えた。
「はぁ… なんだかきな臭そうな匂いが漂ってきますのね…」
そう言われてパァッと初春飾利の顔が輝いた。
「あ! じゃあ紅茶でも淹れましょうか? いいにおいですよー! 美味しいですよー?」
はちきれんばかりの笑顔を浮かべる初春飾利だったが。
「…お断りですの。 なんで貴方は犯人ほっぽらかしてアフタヌーンティーに勤しもうと思えるんですの?」
付箋がいくつもついた紅茶の本をちらりと横目で見ながら白井黒子が呆れたようにそう告げた。
ガーン!とした顔をするのも束の間、すぐに気を取りなおした初春飾利が不思議そうな声を出す。
「うう、今度こそ100点のお茶を出せると思ってたのに… あ、でも白井さん? つまりそれって…」
恐る恐るそう問いを発する初春飾利に白井黒子は薄っぺらな鞄を持って出口に向かいつつこう言った。
「ええ。 今回はお邪魔な金髪の殿方もいらっしゃいませんし? 私一人ならば地下だろうがどこだろうが関係ありませんもの」
■地下街出口・裏路地
「ふぅ…どうってことはありませんわね」
パンパンと埃を払いながらそう白井黒子が呟いた。
地面には黒いスーツに身を包んだ男が10人近く倒れている。
今更言うまでもないだろうが、白井黒子の能力は『空間移動《テレポート》』である。
点と点をつなぐ慣性を無視した三次元の軌道だけでも脅威だというのに。
更にああ見えて有事では頼りになる初春飾利のナビゲーションをもってすればキャリーケースを抱えて逃げようとする強盗犯を補足することなど朝飯前だった。
(ま、朝飯前というか午後の紅茶前といったほうが正しいのかもしれませんが?)
そう心中で呟きながら白井黒子はこちらに向かっているという警備員《アンチスキル》を手持ち無沙汰のまま待っていた。
如何に『空間移動《テレポート》』を使えるといえど、こうまで人数が多いと動くことは出来ない。
この場を離れれば、意識を取り戻したスーツの男達が逃げ出すかもしれないのだ。
.
(そういえば…最近随分とお姉さまがそっけないですの…いったいどうなさったんでしょう…)
そんなことをぼんやりと考えていた時である。
突如肩口に突き刺さったのは鋭い痛み。
更には自らが浮遊している感覚が白井黒子を襲う。
「ッ!?」
完全に油断していたこともあり、受身も取ることが出来ずにペチャン!と痛々しい音を立てて白井黒子が仰向けに倒れた。
肩に刺さり、激痛の元であると主張しているのはワイン抜きだった。
「…これは…随分と趣味の悪い成金みたいですわね」
そう毒づきながらゆっくりと白井黒子が起き上がる。
そこには。
クスクスと笑う少女が[キャリーケース]に座っていた。
肩にかかった赤毛を鬱陶しそうに背中に払いながら。
「初めまして。 風紀委員《ジャッジメント》の白井黒子さん」
本来は年相応の可愛らしい声だろうが、今は随分と意地の悪そうな声がそう言った。
■長点上機学園・放課後
「…すまないけども。 もう一度言ってくれないかしら?」
呆然とした口調でウェーブ髪の少女が今聴いたことの内容の確認を求める。
「うんいいよ! えーっとね、昨日の夜ね、王土とイッポーツーコーって人が戦闘《バトル》したんだ☆」
「……」
ハキハキと元気よく面白そうにそう答えた小柄な同級生の言葉を聞いて、布束砥信は今度こそ幻聴の類ではないのだということを理解した。
「suppose 勘違いとかその辺のスキルアウトっていうわけでは…無いようね…」
この小さな同級生が嘘を言っているとは思えない。
だが、信じられるだろうか?
一方通行。
それは学園都市最強の超能力者であり、“妹達”を一万人も殺した実験計画の中心人物であるのだ。
そのような男と都城王土が相対して戦闘をした?
それならば当然の帰結としてあそこの席、都城王土の席には不在の主を慰めるように白い花瓶が鎮座していなければならない筈なのだが。
その席には金髪紅眼の男が退屈そうに腕組みをしていた。
「thought 何を考えているか判らないだなんて、初めて見た時から理解はしていたつもりだけど…まさかここまでとはね」
どこぞのホラービデオに出てくる幽霊のようにバサリと前髪を顔の前に垂らしてそう布束砥信が呟いた。
その時、布束砥信の机の側に立っていた行橋未造に都城王土の声がかかる。
「さて行橋よ。 そろそろ日も暮れてきたところだ。 今日こそ俺の寛大さをあの修道女達に示してやらんとな」
尊大にそう言って笑う都城王土の元にトテトテと行橋未造が駆け寄っていく。
「えへへ! そうだったね! ボクもう忘れちゃいそうだったよ☆」
仔犬のようにまとわりつく行橋に向かって鷹揚に都城王土が笑う。
「おいおい まったく仕方のない奴だなおまえは」
「えへへ☆ そう言うなよ王土! なにせボクは王土に付き従うんだから、王土が要らないと決めたことをいちいち進言するはずないじゃないか☆」
そう言ってピョンと両足を揃えて行橋未造が布束砥信に振り返った。
「それじゃ布束さん! また明日ねー!」
「え、ええ… よい放課後を…」
そう言ってプラプラと力なく手を振る布束砥信に向かって、何かを思い出したように都城王土も振り返った。
「む、そうだ布束よ。 おまえの案内、悪くはなかったぞ」
「え? あ、ええ… それは良かったわ…」
そうぎごちなく答えることしかできなかった布束砥信だが、その返答で満足したのだろう。
うむ、と頷いて都城王土は行橋未造を引き連れて長点上機学園を後にした。
彼等が向かう先。
それはツンツン頭の少年と銀髪シスターの元である。
先日、彼等と接触したときにぶちまけたコロッケの代わりとなるであろう“ソレ”を持って都城王土と行橋未造は学園都市を歩く。
もちろん、彼等の住所はとっくに行橋未造が端末から“聞き出している”
一人教室に残っているのは布束砥信。
もはや布束砥信にとって彼等は核弾頭のスイッチにも等しい存在である。
彼等が動けば面倒な事件が巻き起こる気がしてならない。
「naturally 出来るならば私は無関係でいたいのだけれど…」
だが、布束砥信のその儚い願いは叶えられることがなく。
その小さな希望は数時間後には容易く打ち破られる。
[残骸]とよばれる物を中心として、都城王土、上条当麻、一方通行、御坂美琴という4人少年少女達がが巻き起こす事件に布束砥信も巻き込まれることとなるのだ。
■常盤台中学学生寮・御坂美琴と白井黒子の部屋・バスルーム
カチャンという乾いた音が響き、そして噛み殺しきれなかった悲鳴が白井黒子の口から漏れる。
「あ…グッ…!?」
ひどく弱々しい声と共に大量の血液がバスルームの床を伝い排水口に流れていった。
(っ… まさかここまでとは… 完敗ですわ…)
先程の音の正体はワイン抜きや黒子の持ち物である鉄矢が硬質タイルの上に落ちたときの音。
それは裏路地で対峙した赤毛の少女に笑みをもって己の身体に打ち込まれたということ。
そう、彼女もまた移動系の能力を持っていた。
いわば同族との戦闘は、一方的に。 白井黒子の身体にのみ夥しい傷と出血を残して幕を閉じた。
雑菌が入らないよう身につけていた服は全て能力で排除した。
そして今、白井黒子はその白く細い身体を血に濡らし痛みに悶えていた。
右肩、左脇腹、右太もも、右ふくらはぎ。
(唯一の救いは鉄矢やコルク抜きといったところでしょうか…)
出血は未だ続いており、その幼くも艶めかしい身体を熱い血が汚しているにも関わらず、ふと白井黒子はそう思う。
傷は深いが、それでも傷の面積に限って言えば非常に小さい。
時間が経って傷がふさがればそれほど目立ちはしないだろう。
白井黒子は中学生という若き身でありながらそんな悲しいことを当たり前のように考えてしまう。
.
(…けれど。 今はそんな事はどうでもいいんですの)
痛みと熱に浮かされながらも少女はゆっくりと立ち上がる。
たったそれだけの動作で新たに鮮血吹き出して白井黒子の身体を濡らした。
薄い胸をゆっくりと伝い、細く引き締まったウエストを滑り、太股の内側を通ってタイルにポタリと音を立てる。
だけれども。今の白井黒子はそんな事は気にしていられない。
今、彼女の脳裏をグルグルと駆け巡るのは赤毛の少女がペラペラと口した言葉である。
【[レムナント]って言っても判らないわよね? [樹形図の設計者《ツリーダイアグラム》]と言えばさすがに判るでしょう?】
【そうよ。 壊れて尚、莫大な可能性を秘めたスーパーコンピュータの演算中枢】
【あらあら。蚊帳の外って顔ね? 『御坂美琴』があんなに必死になっていたというのに】
【ふぅん… そう『御坂美琴』は貴方に何も言ってないの。 噂通り理想論者で甘い考えをしてるみたいね】
本来なら。
このような事態になった以上、風紀委員《ジャッジメント》の出る幕はない。
素直に大人に、警備員《アンチスキル》に任せるべき話だ。
だが。
“あの人”の名を聞いてしまった以上、そういうわけにはいかないのだ。
.
“御坂美琴”
そう。
確かに、あの赤毛の少女はその名を口にしたのだ。
ならば、ここで自分勝手に痛がって悶えている場合ではない。
白井黒子はここ最近、御坂美琴がやけに気落ちしているのに気が付いていた。
だというのに、それ以上追求をしようとはしなかった。
いくらなんでもプライバシーにまで踏み込むつもりは無いと勝手に自分だけで線引きをして。
その結果がこれだ。
赤毛の少女が言っていたことの内容は悔しいことにいまだ全貌をつかめていない。
しかし、それでもたったひとつ判っていることがある。
このままではお姉様が。 “御坂美琴”が悲しむ事態が巻き起こる。
痛みにひきつり弱音を上げそうになる自分の身体を、ただ意志の力でもって奮い起こす。
手早く傷の処置をして、包帯を巻いて。
下着をつけて。シャツを羽織って。予備の制服に袖を通して。
白井黒子は携帯電話で頼りになる後輩へ連絡をしながら宙へと消えた。
…そして。
白井黒子が『空間移動《テレポート》』をしてから5分程経過しただろうか?
カチャリとバスルームの扉が開く。
そこに立つショートカットの少女はバスルームに篭った鉄臭い匂いに、僅かに血液が付着したままの鏡を見てギリ!と奥歯を噛み締めた。
■とあるマンション
『次回!超機動少女カナミン第13話!
「えっ? 堕天使エロメイド姿でママチャリダンシング(立ちこぎ)?」
あなたのハートに、ドラゴォン☆ブレス!』
聞いているこっちが恥ずかしくなるほどのロリータボイスと共にジャジャン!と派手な音をたててTVアニメ[超機動少女カナミン]が終わった。
アニメは番組間のCMが終わるまでがアニメなんだよ!と言いたげにテレビの前でフンフンと鼻息を鳴らしているのは銀髪のシスター。
彼女の名は禁書目録《インデックス》という。
10万3000冊の魔導書という恐ろしい書庫をその頭脳に収めている少女なのだが…
転がり込んだ先の少年の部屋で日がな一日ゴロゴロモグモグといった自堕落な日常を送っていたりする。
そんなインデックスがテレビを見たまま気の抜けまくった声をあげる。
「とうまーとうまー! お腹へったんだよ?」
それを聞いてガクリと肩を落とすのはツンツン頭の少年だった。
少年の名は上条当麻。
その右手に『幻想殺し《イマジンブレイカー》』という測定不能の恐ろしい力をもっているはずのなのだが…
今は周囲の状況に振り回されては貧乏くじを掴んでしまうという何とも可哀想な日常を送っていたりする。
「インデックスさん…よくもまぁヌケヌケとそんなことを言いやがってこんちくしょう!」
上条当麻が肩を落としているのには理由がある。
月一回の超特売セールで一週間分のコロッケを買いだめしたのも束の間、それを一口も口にしないままインデックスがそれらすべてを路上にぶちまけてしまったのだ。
あぁ、不幸だなー…と呟きたくなったが。
ふと上条当麻は思い出す。
脳裏に浮かぶのはインデックスが突っ込んだ男。
金髪紅眼の見るからに偉そうで怖そうな男だった。
「まぁいつもの上条さんならあそこで100%絡まれてるはずですし? 多少は運が良くなってきたってことなのかね? …てゆうかそう思わなければやってられませんよ」
涙ぐましくそう自分に言い聞かせながら冷蔵庫をパカリとあける。
そこにはモヤシが所狭しと並んでいたが、そりゃもう全然嬉しくなんかはない。
「わーい…モヤシがいっぱいで上条さんはもう何も考えたくありませんよ…」
ドラゴンボールの仙豆とかあればいいのになぁ…なんて現実逃避をする上条当麻。
その時、心底驚きました!と言わんばかりの同居人の声がかかった。
「とうまー! とうまー!!」
「…なんの御用でせうかインデックスさん。 お願いですから叫んでカロリー消費しないでくださいってば」
しかし、そんな上条当麻の文句はもとよりこの少女に届くはずもないのだ。
「そんなの些細なことなんだよ! いいからこっちに来るんだよ!」
そう言われハイハイと重たい腰をあげる上条当麻。
向かう先は可愛らしくも子憎たらしい破天荒な同居人の元である。
【 後編 】 に続きます。


URL不明でリクエスト出来なかったので嬉しい限りです。
読み終えたら、後編コメントさせて頂きます。