一方通行は、学園都市最強の超能力者である。
総人口役230万人の内8割を占める学生たちは日々【能力】を身に着けるために開発を受けている。
その中でも7人しかいないレベル5の序列第一位。
とある事件をきっかけに使用に制限はあるものの、【ベクトル操作】という反則的な能力は未だに健在である。
あの幻想殺しの少年を筆頭にイレギュラーな存在以外では、例え核弾頭でさえ彼に傷をつける事ができない。
そんな能力を持つ彼は現在、ある存在から逃走をしている。
限りある能力を使っては撒き、追いつかれればまた逃げる。
堂々巡りの鬼ごっこ。
・・・ ・・・・
終わりの無い、終わった筈の物語。
・・・・・ ・・・・・・
無くなった筈の計画が、なかった事に。
「ちィ、なンなンですかァこの悪夢はァ!」
思わず足を止め足元に転がっていた空き缶を蹴り付ける。
放物線を描き飛んでいく空き缶。そして地面に落ちた先に追跡者は立っていた。
「は!お早ィご到着で!」
・・
その紅い眼で追跡者を睨み付ける一方通行。しかし彼女は喋らない。
「必要事項以外はだんまりですかァ?まったくお前の妹は今や俺に罵詈讒謗を浴びせてくるってのによォ」
すがる様に叫ぶ一方通行。それでも彼女は喋らない。
その頭部にゴーグルを装着し、常盤台中学の制服に身を包む少女。
そしてその格好には物騒すぎるライフルを抱えている。
一歩彼女は一方通行に近づき、ようやく口を開いた。
「一方通行、実験開始から十三分分十三秒が経過しています。このままでは計画に誤差が発生します。速やかに第00001次実験を遂行してください」
無感情に、無感動に、無関係に、無価値に、彼女は言葉を発しライフルを構え、続けて言った。
「―――とミサカは躊躇もなく引き金に掛けた指に力を込めます」
そう、目の前にいるのはかつて一方通行が殺害したはずのミサカ00001号だった。
元スレ
球磨川『学園都市?』
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294924694/
球磨川『学園都市?』2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1296271913/
3 : 1 - 2010/12/26 00:53:40.84 YaaWunU0 2/279・禁書×めだかのクロスSSです。
・能力やらには独自解釈が多々あるかと思います。
・時系列は一方と打ち止めが出会ってちょっと経った位と考えていますが、
恐らく狂ってくると思います。
※ちなみに球磨川は箱庭学園転校前です。
「くそったれがァ!」
叫びながら重力を操作し、空高く飛びあがる一方通行。
それを追ってミサカ00001号はライフルの照準を空中の一方通行へと向ける。
「空中では動きに制限があります、とミサカは標的を狙い撃ちます」
本来ベクトル操作を応用した反射を使えば、そこで勝負の決着はつくのである。
しかし、彼は反射をしない。
反射をすれば必ず彼女が死ぬ。殺してしまう。また殺してしまう
一万回死んだ彼女。一万回生きた彼女。守ると決めた彼女。自分を補ってくれている彼女。
自分の身を守る為に殺すなんてことは、自分の幻想を守る為に死なすなんてことは、
今の一方通行には出来なかった。
そして弾丸は、彼の右脇腹を打ち抜いた。
そしてそのまま地面へと落下する。脇腹から血を流し微動もしない一方通行に彼女は警戒しつつ近寄る。
「さてこのまま銃弾を撃ち込めば実験は終了致しますが、あくまで実験の目的は一方通行がミサカを殺害するのであって、
ミサカが一方通行を殺害する訳ではありません、とミサカは携帯電話をおもむろに取り出します」
上層部に指示を仰いでもらうのがいいと彼女は判断し、支給された携帯電話のたった一つしか登録されていない番号に発信をする。
コールが鳴る中、一方通行を見下ろしながら考えるミサカ00001号。
いくらなんでもあっけなさすぎる。これが彼女の抱いた感想だった。
事前に学習した彼の能力を攻撃に使用されていたら、実験開始数秒で自分はただの肉塊になっていただろう。
しかし、彼は能力を逃走にしか使用せず、身を守るべき反射も作用せず、殺戮する為の操作も利用しなかった。
まったくもって理解不能。
彼女はただそう考えていたら、電話口から声が聞こえた。
『やっほーミサカちゃん球磨川っでーす、と禊はハイテンションで電話に出っまーす』
妹達の語尾を真似しながら、陽気な声で話すこの男が今回の実験の首謀者。
球磨川禊である。
「ふざけないで下さい、とミサカはミサカの真似をされたことに苛立ちを覚えます」
『えー冗談でしょーと禊は驚きますー』
「……」
『ホントに冗談はやめてよねミサカちゃん。君の感情は無かったことにしたんだから』
『苛立ちなんか覚えるわけないだろう?』
『きっとそれは学習装置で学んだそれらしい対応をしただけなんだよねー』
『ほら人形に自我があったら気持ち悪いし』
「そうでしたね、とミサカは返事を返します」
『うん。分ってくれて僕は嬉しいよ。それで?用件は何?今からエロ本を買いに行くから簡潔にお願いね』
「一方通行を瀕死の状態まで追い詰めました」
「このまま殺害をしてもよろしいでしょうか?とミサカは確認を取ります」
先程からピクリとも動かない一方通行。
彼が来ているTシャツは銃弾を受けた時に出来た穴と、少量の血が着いているだけで、綺麗なままである。
彼女は一方通行から目を離し、月を見上げる。
『うーん本当はどんどんミサカちゃんを殺してくれるのがベストなんだけど……』
『まぁいいや。どうせ罪を償うんだーとかそんな考えを持つ一方ちゃんには用は無いから』
『殺しちゃっていいよー』
ずいぶんと軽い返事で、一方通行の殺害許可が下りた。
そして再び目線を戻すと……
一方通行の姿が、無かった。
彼女の思考回路が一瞬パニックを起こす。
動ける傷ではなかった筈だ。働ける体ではなかった筈だ。
「それにあの出血量では意識を失っていてもおか……!!」
状況を確認する為に口走った言葉で、先程までの一方通行の姿を思い出す。
《Tシャツは銃弾を受けた時に出来た穴と、少量の血が着いているだけで、綺麗なままである。》
少量の血だけで済むはずがない。出血多量で絶命してもいいような箇所に銃弾は当たった筈である。
「ベクトル操作で玉を摘出し、そのまま血液の流れをちょォっとだけ弄って、出血を止めただけだァ」
状況を呑み込めないミサカ00001号の背後から、疑問への解答が投げかけられる。
左手に携帯電話を持ったままとっさに振り向いて銃を構えるが、一方通行はそれに触れるだけで無効化した。
「さァて、ようやく黒幕さンとォ喋りできそうだぜェ」
両手を広げながら愉快そうに口元を歪める一方通行。
対するミサカ00001号は状況を打破すべく思考していた。
自分は丸腰、頼れる武器と言ったら【能力】しかない。
そして電撃を放とうとした瞬間、眼前まで一方通行が迫ってきた。
「悪ィがちょっと眠っててくれよ」
ミサカ00001号の額に手を当てて、一方通行はつぶやく。
そこで彼女の意識は途絶えた。
横たわるミサカ00001号の手から携帯を拾い上げ、耳に当てる。
「てめェか……こんなクソくだらねェ実験をまた始めたのは」
『わぁお、一方ちゃん始めましてー球磨川でーす!よろしくね』
『でもちょっと待ってね、今からエロ本をレジに持って行くところなんだ』
『やっぱりエロ本を買うって行為はこのレジを通過するってのが醍醐味だと思うんだ』
『今はネットで誰にも悟られずに買うことが出来るけど、やっぱりこの緊張感を味わって皆大人になっていくんだと思うんだ』
『ちなみに僕はエロ本を買う時に参考書でサンドイッチをするなんて方法はとらないよ。むしろエロ本で参考書を―――』
「うるせェ!そんな事を聞ィてんじゃねェんだよ!てめェがこの実験の首謀者かって聞ィてんだ!」
いきなり的外れなことを言い出した球磨川に怒鳴りつける一方通行。
そんな決壊寸前のダムのような一方通行に球磨川は肯定の言葉を口にした。
『うん、そうだよ。いやぁーちょっと面白そうな実験だったから中止になった事を無かったことにしてみました』
死んだはずの妹達に追われ、攻撃を受け続け、逃げることしかできなかった彼のストレスは、今、爆発した。
「ォーケーォーケー。球磨川、そんなに死にてェんなら今すぐぶち殺してやンよ。で、てめェはどこにィる?」
一周廻って冷静な口調で物騒なことを言う一方通行。
『いやだなぁ殺すだなんて、物騒なことを。随分と元気がいいね、何か悪い事でもあったのかい?』
『だいたい感謝をして欲しいくらいだよ。一万人以上の人間を殺しておいて平然と生きている君を心配してたんだよ?』
『俺は一生許されねェとかなんだっけ中二病?みたいな事言ってさ』
『まぁ、人間言葉の上ではなんとでも言えるよねー。実際一方ちゃんは死んでいった妹達の事なんてどうでもいいんだろ?』
『普通の人間は君みたいに生きていられないよ。あ、ゴメンね君は学園都市第一位の一方通行だもんね、普通じゃないんだよね普通じゃ』
『だからこうやって普通じゃない君に、やり直すチャンスを与えただけじゃないか』
『君は今選べるんだよ一方ちゃん』
『もう一度二万人の妹達を殺すのか、それとも二万回殺されるのか』
『ちなみに00001号から10031号までは作り直しじゃなくて、あくまで君に殺された固体だからね』
『さぁ選ぼうよ一方ちゃん。どちらに転んでも君は救われるんだからさ』
一方的にまくしたてる球磨川に対して、一方通行は何も言えなかった。
何か言葉を紡ごうとしても、出てこない。
黙っていると球磨川が最後通告を言い渡した。
『ちなみに今日は打ち止めちゃんとエロ本を買いに来てるんだ。大丈夫心配しないで!ちゃんと家まで送り届けるからさ!』
そう言って、電話は切れた。
「幽霊……ですの?」
風紀委員第177支部の室内。ツインテールの小柄な中学生、白井黒子は自分のデスクの上にある大量の書類に目を通しつつ、
非科学的な単語を言い放った同僚の言葉に返事をする。
「そうなんです。最近学園都市内で亡くなった筈の人間が多く目撃されているそうですよ」
甘ったるい声で概要を説明するのは頭に大仰な花飾りをのせている初春飾利。
その両手は休むことなくパソコンのキーボードを叩いている。ディスプレイに羅列している文字は次々と現れては消えていく。
「それも生前に理不尽な殺され方をした人物ばかりらしいですぅ」
そう言って初春はエンターキーを叩いてから白井と向き合うように椅子を回転させる。
「強い怨念を持った霊が、復讐を胸に蘇った。なんて噂まで立っています」
少し興奮気味に話す同僚に深いため息をついて、白井も初春と向き合う。
「まったくどこのC級映画のお話をしてますの?この科学の街、学園都市で。それにその幽霊とやらの実質的な被害は無いんでしょう?」
結局は都市伝説ですわよーと初春の意見を一蹴し、彼女は再び書類の山を崩しにかかる。
「むー夢がないなぁ白井さんは」
そういって頬を膨らます初春。
「そんなものが存在したとしたら例え夢でも悪夢ですの。自分に恨みを持った存在が蘇るなんて恐怖以外の何者でもないですわ」
「まぁそうですよねぇ……っと白井さん!」
再び作業に戻ろうとした初春がパソコンに移された表示を見て、白井を呼びつける。
「事件ですの!?」
言うが早いか自分の席から初春の真後ろに瞬間移動で移動した白井もディスプレイを睨み付ける。
「スキルアウトらしき数人のグループに一人の少年が暴行を受けています。場所は―――」
「了解ですの!初春はサポートに回ってくださいまし」
通報場所を確認すると白井はそういって初春の目の前から転移した。
「ジャッジメントですの。大人しく投降してくださ……」
空間転移を繰り返し現場の路地裏に到着した白井は、腕に着けた風紀委員の腕章を見せ付けるようにして言った。
報告ではスキルアウト数名に絡まれている男子生徒の保護だったはずだ。
白井はこういった事態に到着した場合は大概被害者は殴られ、金銭を要求されていたりしてボロボロになっている場合が多いのだが。
目の前に広がる光景はそんな生易しいもではなく、まして一方的な暴行でもなく―――
まるで十字架に貼り付けにされたように巨大な螺子でビルの壁に串刺しになっているスキルアウト達だった。
「うっ……」
白井は思わず目を背けてしまった。
むせ返る血の臭い。もはやアスファルトの八割は血で赤く染まっており、所々に螺子切られたように転がる手足。
両目に螺子が刺さりだらしなく口を開いている死体。達磨の様に両手両足が無い死体も例外なく貼り付けにされていた。
込み上げてくる吐き気を何とか飲み込み、再び地獄に目を向ける。
そこには学ランに身を包んだ少年が返り血を浴びて、無垢な笑顔で白井を見つめていた。
その両手には、スキルアウト達を貼り付けにした物と同じ、巨大で巨悪な螺子を携えていた。
『あ!ちょうどよかった風紀委員さんだ。僕、道に迷っちゃったんで教えてください、今すぐに』
呆然としている白井にズカズカと近づいて両手を握る少年。
「あ、貴方は何者ですの?」
捕まれた両手を振り払い間合いを開けるように瞬間移動を使う。
『そういえば自己紹介がまだだったね。僕は球磨川禊って言うんだ宜しくね』
「まったく初対面で淑女の手を握るなんていくら何でも展開が速すぎますの」
『いやぁ今時のバトル展開の物語は展開をある程度巻いていかないと直ぐに打ち切りをくらっちゃうんだよね』
大して人気も無いのに日常編を長いことやったりさ、となぜか残念そうな溜息を吐く球磨川。
「話が全くこれといってこれっぽっちも噛み合っていませんの。このスキルアウト達は貴方が?」
状況に呑まれない様に悠然とした態度で質問を球磨川に投げかける。
『いや、僕が来た時にはもうこうなっていたんだ。だから僕は悪くない』
「ふざけてますの!?先ほど持っていた螺子!それにその返り血!どう考えても無関係ではないでしょう!!」
『だから僕のせいじゃないんだよ。彼らに道を尋ねたら絡んで来たんだからさ』
先ほどの発言をあっさり撤回して悪びれる様子も無く言い放つ球磨川に苛立ちを覚える白井。
「正当防衛といえどこれは明らかにやりすぎですの!風紀委員の名に懸けてここで貴方を拘束します」
太股に忍ばせた鉄矢を手に構え、臨戦態勢をとる白井。もはや話し合いでどうにかなる相手ではないと判断した結果だった。
『風紀委員の名に懸けて……ねぇ。カッコいいなぁ思わず僕も風紀委員に志願しちゃいそうだよ』
『それでその物騒なエモノでどうするつもりなのかな?風紀委員さん。週間少年ジャンプの中でなら死なずに済むかも知れないけど』
『現実は違うんだから、その鉄矢をしまいなよ』
「そうでしたら大人しくお縄をかけさせてくださいですの」
『これから大事な用事があるからそれはできないなぁ。あ!そうだ少し心苦しいけどちょっとの間君にも壁に張り付いてて貰おうかな』
右手の平に左の拳を合わせ、グッドアイデアだ言わんばかり言った。
そしてどこからか螺子を取り出した球磨川は躊躇も無く白井に襲い掛かった。
本来、瞬間移動は戦闘においてはかなり有利な能力である。
何しろ相手側からすれば攻撃が当たらない、攻撃の軌道が無いのである。
自分だけが疲弊し、傷を追っていく。
相手が同じ能力者や自分以上の高位能力者でなければ、戦闘に敗北することはあまりないのである。
ましてや白井は大能力者(レベル4)だ。
それこそ彼女が敬愛してやまないお姉様のような超能力者(レベル5)でも連れてこなければまるで歯が立たないのである。
そして。
その例に漏れることなく白井は球磨川を圧倒していた。
「あらあら。そんな螺子を振りまわすだけでは永劫の時を掛けてもわたくしは倒せませんわ」
球磨川は螺子を振りまわす。
しかし白井は背後に転移する。
球磨川は螺子を投げつける。
しかし白井は空中へ転移する。
攻撃をしては回避され、その隙に鉄矢を身体に打ちこまれる。
腕に。肩に。足に。膝に。掌に。脹脛に。
いくら凶悪な相手であろうと死に繋がる様な急所には鉄矢を打ちこまない。
ある意味それも風紀委員の名の誇りから行うことだった。
『………』
それでも球磨川は懸命に武器を振りまわし続ける。
その表情から白井は不気味さを感じ取っていた。
まるで拷問器具【鉄の処女】に挟まれた様に身体を穴だらけにされても、彼は―――
彼は、笑っていた。
『全く瞬間移動だなんて、悟空と戦った敵の心情もこんな感じだったのかな?』
『ヤードラット星人もとんでもない能力を与えたもんだよね』
「あいにくこの能力は自前ですの。それに、わたくしは惑星間の移動などできませんわ」
軽口には軽口で返す白井。
一体そのぼろぼろの身体のどこからそんな言葉を吐ける余裕が出てくるんですの?と思う。
『そういえばドラゴンボールでは結局敵方も瞬間移動ができるようになったんだっけ?』
「っは!そんなことは知りませんの。それともあなたも学習して瞬間移動ができるようになるん……ですのっ!?」
言うが早いか白井は一気に間合いを詰める。この戦闘で初めて白井から攻撃を仕掛けることになった。
(地面に倒し、一気に鉄矢で拘束するんですの)
白井は決して能力だけの攻撃しかないわけではない。風紀委員としてある程度の武術は心得ていた。
(とった!)
球磨川の襟に手を伸ばし、組み手を取りにいく白井。瞬間移動で間合いを詰めれば例え有段者でも防ぐことはできない。
そして、襟に手をかけた―――
筈だった。
「え?」
虚空を掴む自分の手に動揺を隠し切れない白井。
そしてその手の先5メートル先には、掴むべき筈だった相手が何事も無かった様に立っていた。
(この男も瞬間移動能力者!?)
しかし、それでは今まで攻撃を受け続けていた理由が分からない。
白井と同じ能力者であればこんな一方的な戦いにはならない筈。
完全に白井は混乱していた。
『そんなに驚くことじゃないよ。ほら悟空だって瞬間移動を見切られて相手に真似されてたし』
「…そ、そんなこと可能な訳が!もともと空間移動能力者なんでしょう!?」
目の前で起きた現実を理解できない白井は、すがるように叫ぶ。
多重能力者は理論上不可能な筈である。
あの一万人の脳を統べていた科学者の様に、ああいったイレギュラーな事例以外は一人につき能力は1つまで。
そう決まっているのだ。
『嫌だなぁ。僕にそんな【利点のある能力】がある訳無いじゃないか』
冗談はやめてくれと言わんばかりに首を横に振る球磨川に、白井は違和感を感じた。
傷が。
さっきまで球磨川にあったはずの傷が全て治っているのである。
いや、傷だけじゃなく、穴の空いた衣類すらもまるでクリーニング後の様に綺麗に直っている。
「……」
目の前で起きている不可解な現象に、白井は思わず目眩を催した。
どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……
「あ、貴方は……」
消え入る様な声で、すがる様な声で。
「貴方は、一体何者なんですの……」
懇願する様に、困憊する様に、白井は問うた。
『さっきも言っただろう?僕は球磨川禊。ただの転校生だよ』
『まぁ、学園都市風に言えば“マイナス”レベル5の大嘘憑き(オールフィクション)さ』
そう言って今度は白井の眼前まで瞬間的に移動する球磨川。
その両手にはどうしようもなく巨大な、どうしようもなく凶悪な。
そしてどうしようもなく“マイナス”な螺子が握られていた。
もはや演算をできる程の余裕は白井には無い。
ただ目の前の男に恐怖し、足を震わすだけだった。
何もされていないのに、まるで足が地面に貼り付けられているようだった。
そんな彼女に、風紀委員だといってもまだ中学一年生の彼女に。
戦う意思などもう無い彼女に。
球磨川はにっこりと笑いかけて口を開いた。
『それじゃあ、また明日とか。風紀委員さん』
震える彼女など無関係に。
涙を溜めるその両目など無感動に。
―――か弱い女子中学生など無価値に。
球磨川は
彼女の
眉間に
螺子
を
螺
子
込
ん
だ
とある病院の廊下。そこに御坂美琴は立っていた。
廊下に設けられた長椅子に座ることも無く、ただ拳を握り締めて病室を睨み付けていた。
御坂の横にある長椅子に座っているのは初春飾利とその親友の佐天涙子。
そして睨み付けている病室に掲げられているネームプレートには、ルームメイトであり、大事なパートナーの名前があった。
「じ、じらいざんが……なんで、どうじでぇ……」
御坂が佐天から連絡を受けて病院に到着してから、初春はずっとこのように泣きじゃくっていた。
そしてどんな声をかけて良いのか分からずに、ただ泣くことを我慢している佐天も俯いたまま喋ろうとしない。
それでも御坂は半ば無理やり佐天から情報を聞き出した。
ぽつりぽつりと話す彼女の話をまとめるとこういったものだった。
初春と白井が仕事中に暴行事件の通報を受けた。そして白井が出動し、初春がサポートをしていた。
現場までのナビをしていた初春は、なぜか白井が現場に到着したとたん連絡がつかなくなったことに不安を覚え、
アンチスキルに応援を要請。そして非番である先輩に連絡を入れた後、初春は単身現場に向かった。
アンチスキルよりも早く到着した初春が目撃したのは、壁に貼り付けにされていた“人間だったもの”6体と、
血の海の中“傷1つ無く”倒れていた白井だった。
そこから先は初春は気を失ってしまったそうだが、偶然通りかかった佐天とアンチスキルに保護され、今に至る。
そういった内容だった。
その話を聞いてすぐに御坂はノックもせずに病室へと入った。
そこで見たものは自慢のツインテールをボサボサになるまで掻き毟りながベッドの上でうずくまる白井黒子と、
まるで強盗にでも荒らされたかのように散らかった病室だった。
花瓶は割れ、点滴は倒れ、カーテンは引きちぎられ、テレビのリモコンは真っ二つに割られている。
「黒子…アンタ……」
そこにいる白井黒子は、自分が一度も見たことの無い姿だった。
悠然と立ち回り、自分を見かければじゃれて来る白井黒子ではなく、何かに脅え続けている一人の人間だった。
なんて声をかければいいのだろう?そもそもそっとしておくべきなのだろうか?
そんな考えが過ぎったが、このままの状態で放置というのはあまりにも薄情すぎる。
そして考えがまとまらないまま、白井に手を伸ばした瞬間。
「あアアアあァァぁァアアァァァァァァァァァァァァァ!」
その手を払われ、絶叫する白井。
はっきりと彼女に拒絶された御坂は目の前の現状をどうにかすることもできず、
ただテレビの中のフィクションを眺めるように立ち尽くすしかなかった。
白井の絶叫に気がついた看護士と医師が慌てて病室に入ってくる。
「先生!このままではまた自傷行為を!!」
「鎮静剤を!それと拘束具をもってこい!」
医師達に邪魔だと言わんばかりに、身体を押し出され、御坂はそのまま病室を後にする。
自分の差し出した手を払いのけられた痛みだけが、まだ残っていた。
「PTSD…心的外傷後ストレス障害といったほうが分かりやすいかな」
廊下に出た瞬間に声をかけられる。
目線を移せばそこにはカエル顔の医師が立っていた。
「危うく死ぬまたは重症を負うような出来事の後に起こる、心に加えられた衝撃的な傷が元となる、様々なストレス障害を引き起こす疾患」
淡々とカエル顔の医師は続ける。
「彼女は現在そういった状況なんだ。それも通例に比べてとっても重大な状態でね。今はできる限りそっとしてやってくれると助かるよ」
「で、でも黒子には外傷も無いんじゃ……」
そう。佐天の話では無傷のまま保護されているはずである。
死に掛けたり、重症を負った訳ではないのだ。
「そう。そこがちょっと疑問なんだ。風紀委員なんだ。あの惨状を目撃して気を失うような子ではないと思う」
「でも、間違いなくPTSDなんだよ」
カエル顔の医師が言うように、白井はどんな惨劇でも耐え切る強い精神を持っている。それはこの場にいる全員が思っているだろう。
「目撃証言によると、彼女は誰かと交戦していたようだ。恐らくその際に何か心理的な攻撃をされたか……」
その言葉を聞いて御坂はある人物を思い浮かべる。
同じ常盤台のレベル5。心理掌握の事だった。
思案している御坂に頭を掻きながらカエル顔の医師が呟いた。
こんなオカルトを医師が言うのは良くないんだが…と前置きを置いて。
「一度殺されて、生き帰されたか、だ」
御坂美琴は初春飾利が所属している風紀委員支部、つまり風紀委員第177支部に居る。
腕を組んで、目を伏せて、壁にもたれ掛かった彼女の前では初春がパソコンのキーボードを物凄い勢いで打鍵している。
彼女が行なっているのは学園都市の監視カメラのログを閲覧する為の作業。
御坂の指示で“あの時”何が起こったのかを確認する為のものだった。
因みに佐天涙子は自宅に帰っている。
少し体調が悪いそうだ。
「……完了です。映像が表示されます」
初春からはいつものような飴玉を転がしたような甘ったるい声ではなく、ひどくトーンの下がった声が聞こえた。
「ありがと、初春さん」
彼女に労いの言葉を掛けるが、何の反応もない。
無理もない。これから観るのは親友でありパートナーがあそこまで堕ちていった原因となる映像なのだ。
当然、彼女も敵討ちをしたいと思っているのだろうが、やはり現実を直視するのは少しきついのかも知れない。
「……大丈夫ですよ、御坂さん。私は目を逸らしたりはしません」
心の中を見透かされたようにそう呟いた彼女は、しっかりとディスプレイを見つめ、事件発生時刻までログを遡る。
そして、映像が再生された。
映像には一人の男子学生がスキルアウトの男達に絡まれている所から始まった。
初めのうちは少年が一方的に殴られ、蹴られ、罵られている様だったが、時間が経つにつれて様子が変わってきた。
傷だらけの体が、服が何度も何度も治っているのである。
そしてその光景に気味悪がったのか、スキルアウト達が少し引いた瞬間。
少年は一人の男のわき腹に螺子を突き立てたのである。
そこから先は只の殺戮ショーだった。
少年に捕まれては螺子を刺され、逃げようとしたならば、なぜか急にその場に崩れ落ちたり、まるで視力を無くした様に自ら壁に走っていくものいた。
そしてスキルアウト達が例外なく壁に貼り付けにされた後、白井黒子が現れた。
「白井さん……!」
「黒子……!」
先ほどの病室に居た彼女とは打って変わって毅然とした態度で少年になにやら話しかけている白井。
その姿に思わずディスプレイを見つめる彼女達から声が漏れる。
またもや序盤は一方的な戦い。しかし完全にフィニッシュの攻撃を仕掛けようとした瞬間、少年は瞬間移動したのである。
「…こいつも、空間移動能力者なの!?」
拳をさらに強く握り締めて御坂は画面を睨み付ける。
そして、少年の傷や衣類が治っていく様を見て、明らかに白井は混乱していた。
(自己回復能力、精神操作能力、そして空間転移…か)
少し冷静になり分析をしてみる御坂。傷と一緒に衣服まで修復するというのは疑問ではあるが、
間違いなく彼は様々な能力を使用しているように見えた。
そして、再び言葉を交わしている画面上の二人。
少年が何かを言い終わった瞬間、今度は少年から白井に向かって瞬間移動をする。
その手には先程スキルアウト達を蹂躙した螺子が持たれていた。
「いや…やめて!」
再生されている映像だということを忘れたように初春は、すがる様に声を上げる。
しかし、そんな彼女の言葉は届かない。届くはずもない。
そして螺子は白井の頭を貫いた。
四方にその血を撒き散らしながら、糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちる白井。
少年はその光景を満足そうに眺めた後、返り血をハンカチで落とし、白井の頭から螺子を抜いた。
そして少年はその場を後にした。
「……」
沈黙がその場を支配する。
(なんて事を…!絶対にコイツは許さない!よくも黒子を殺し……て?)
復讐の炎が御坂の中で激しく燃え上がった時に、彼女は一つの事実に気が付いた。
「ねぇ初春さん。黒子は“無傷”で発見されたのよね?」
「はい…そうです……あ!」
御坂の問いかけで、初春もその事実に気が付いたようだ。
「そう。この映像のままだったら無傷なんてありえないのよ」
殺された、と言わないのは初春の配慮のためなのか、それともその事実を認めたくない自己防衛のためか。
しかし、御坂の言うとおり、ここまでされて無傷で済む人間がいる訳がない。
そしてディスプレイには驚きの光景が映し出された。
血を垂れ流していたはずの白井の頭からは、いつの間にか出血が止まっていた。
それだけではなく、血に濡れた頬も、制服も全て元に戻っていくのである。
そして全てが“なかった事”になった後、初春とアンチスキルが到着した。
そこで映像を切った。
再び沈黙が流れる。初春は病院でカエル顔の医師が言った言葉を思い出していた。
―――一度殺されて、生き帰されたか。
まさに目の前でそのオカルトな現象が起こっていたのである。
そんな初春とは違い、顎に手を当てながら思考する御坂。
レベル5第三位の思考をフル回転して糸口を掴もうとする。
(精神操作能力って訳ではないわね。それだったらこのビデオを観ている私達には効果がないから)
(空間転移能力も却下。それだとこの自己回復能力の説明が付かない。すなわち自己回復能力って線も相殺される)
(となると、第一位のベクトル操作のようなオンリーワンの能力のはず)
(歩行機能や視力を奪う。傷や衣類すらも修復する。距離を一瞬で詰める)
(その中での共通点は……)
「あー駄目だ!分かんない!」
「み、御坂さん?」
突然叫びだした御坂に驚く初春。
「あぁごめん。ちょっと考え事を」
初春の言葉に冷静さを取り戻す。
しかしすぐに思考のスパイラルの中に落ちていってしまう。
「御坂さん。この人の能力に関して考えてるんですか?」
「えぇそうよ。でも駄目ね、さっぱり分からないわ」
両手を挙げ万歳をしてみせる。その姿をみた初春は何かを決心したようにディスプレイと向き合い、キーボードを叩き始めた。
「初春さん?」
その行動理由が理解できなかった為彼女に問いかけてみる。
「残念ながらあの映像に音声は入っていませんでした。なので彼がどこの誰かって言うのはすぐには特定できません」
「それでも、彼の制服はこの学園都市内の学校の物ではありませんでした。不正に進入した人間でなければ恐らく学園都市への転校生」
「不法侵入者という線は消して、ここ数週間で外部からの転校生を照会してみます」
「これも可能性の話になりますが、恐らくこの第7学区の学校……それも彼の年齢からして高校でしょう」
「その辺りから検索を掛けています……っとビンゴですね」
早口に説明をした後、椅子を回転させ振り返る初春は笑顔だった。
「えっと……氏名は球磨川禊。以前通っていた学校は廃校」
目の間に映し出されたデータを御坂は読み上げる。
「能力名【大嘘憑き(オールフィクション)】能力レベルは……“マイナス”レベル5?」
上条当麻の足取りは重かった。
雲ひとつない晴天で、どこらかしから小鳥の囀る音が聞こえてくるという爽やかな朝だというのに、
彼の表情はどんよりと曇っていて、どこらかしらから深く不快な溜息の音が聞こえてくる。
相も変わらず、彼の不幸は健在なようだ。
朝から居候のシスターに理不尽な理由(朝食の量について)で咬みつかれ、一歩外に出れば鳥のフンが靴に落下、
カラスの群れは此方をじっと睨み、黒猫の親子が目の前を縦断する。
(これであのビリビリ中学生に絡まれてもしたら……不幸だなぁ)
思い浮かべるのは一人の少女。
出会いたての頃は街でエンカウントする度にポケモントレーナーよろしく勝負を挑まれていたのだが、最近はめっきりその回数が減っている。
ただし、少し会話を交わすだけで放電をしかけてくるのはやはり自分は彼女に嫌われているのだろうかと肩を落とす。
「だいたいピカチュウかっての。いつもいつもビリビリと……」
「そういえばアイツもピカチュウと同じでトキワ……」
「誰がトキワの電気タイプですって?」
「そうそう。我ながら上手いたと……え?」
突如後ろから投げかけられる声。その声はとても聞き覚えのある声だった。
ギギギと軋む音を鳴らすようにゆっくりと後ろを振り向くと……
常盤台中学の最強の電気タイプ。超電磁砲の異名を持つ御坂美琴が引きつった笑顔で立っていた。
「すいませんすみません申し訳ありません!」
御坂の顔を見た瞬間に慌てふためきながら怒涛の謝罪を繰り出す上条。
しかし電撃がいつでも飛んで来てもいいように、右手だけ突き出している辺り、攻撃をくらうことがもはや条件反射になっているのだろう。
だが、いつまで経っても電撃は飛んでこない。
彼女は首を傾げる上条を爪先から特徴的なウニ頭の天辺まで見回した。
「あの……御坂さん?」
明らかに今までの彼女とは様子が違うことに気がついたのか、恐る恐る名前を呼んでみる。
「ああ、ゴメンね今日はアンタにかまってる暇はないのよ」
とても失礼なことをさらっと言ってみせる御坂。
しかし上条はそんな事に構わず、彼女の機嫌が変わらないうちに退散しようと再び学校を目指して歩き出そうとした。
「ちょっと待ちなさいよ!」
かまっている暇はないと言われたにもかかわらず、思い切り肩を掴まれてしまった。
「なんだよ!お前さっき暇じゃないって言ってただろうが!」
「暇は無くても用があるのよ!いちいち叫ばないでよね!」
ギャーギャーと往来で口喧嘩を始める二人。
いつまでも終わりの来ない喧嘩になると思ったが道行く学生の、朝からあのカップルは痴話喧嘩ですか、という声で幕を閉じた。
「……で一体なんの用なんだよ。上条さんは学校に向かってるから手短にな」
やれやれと首を横に振りながら、なぜか顔面を赤く染めた御坂に尋ねる。
「えっと…アンタの高校に最近転校してきた男っている?」
「なんだそりゃ?いや、少なくとも一年生には居ないと思うぜ。あ、でもなんか上級生に転校生が来たって噂を聞いた気がする」
頭の片隅に引っ掛かっていた情報を何とか思い出そうとする。
確かこないだ小萌先生がなんか言ってたような……
以下、回想。
「レベル5の転校生ですか?」
HRの最中にそんな質問が担任である月詠小萌に投げかけられていた。
「そうですよ~皆さんとは歳が1つ違いますけどね~レベル5の第8位ですよ」
そう言って満面の笑みで教壇からクラス全体を見渡す少女。
とても教師の出来る年齢にはみえないその姿は、不老不死実験の被検体などと比喩される事もあるそうだが、
実際には煙草もお酒も窘める年齢である。(学園都市内の屋台で頻繁に酒盛りをしているらしい)
担任の言葉に教室がざわめき立つ。無理もないレベル5といえば学園都市に数えるほどのいない存在である。
いわばエリート中のエリート。
そんな存在がなぜこのような高校に転入してくるのか?普通なら長点上機学園等のエリート校に行くのが普通だろう?
そんな疑問も合い交わって、教室のざわめきは一層強くなったのだ。
そしてこの時クラスの問題児である上条当麻は、机に突っ伏して夢と現実の狭間を彷徨っていたのである。
以上、回想終了。
「思い出した!一学年上のクラスにレベル5の転校生が来たって話だ。でもなんでお前がそんな話を聞きたがるんだ?」
自分と同じレベル5が新たに加わったと聞いてその力を試しに来たんじゃないんだろうな、と上条は不安になる。
しかし目の前の第3位はその言葉を聞くなり黙ったまま俯き、こちらを見ようともしない。
上条はその表情に見覚えがあった。
それはあのどうしようもない計画を前にたった一人で抗っていた時と同じ顔だった。
「……何かあったのか?」
その言葉に御坂の肩がピクリと揺れる。そして両手で顔を覆いワナワナと震え始めた。
(泣いてるのか?)
なんと声をかけていいのか分からない上条は、とりあえず彼女を落ち着かせようと頭を撫でてやることにした。
(こうやってやると少しは気が楽になるってテレビでやってたような気がする)
ゆっくりと左手を彼女の頭に伸ばし、柔らかそうな髪に触れる瞬間。
電撃がそれを拒絶した。
「あはははは!アンタ私が泣いてるとでも思ったの?馬鹿みたい」
いきなり顔を上げて大声で笑い出す御坂。
「何かあったのか?じゃないわよ。ただ単に新しいレベル5と私、どっちが格上か勝負しようと思っただけよ~」
「な!?」
「あ、もうこんな時間じゃない。それじゃ私も学校に行くわ」
御坂はそう一方的に会話を切ると、自分が向かう反対方向へと走り出す。
そして少し距離を置いた後、立ち止まり、唖然としている上条に向かって何かを伝えた。
それはちょうど通りがかった学生達の騒音に呑まれ聞く事が出来なかったが、それは別れの言葉を言っているようだった。
―――さよなら
「それでは今日はここまでなのです」
チャイムと同時に小萌がその言葉をいった途端、教室はざわめきだす。
「さぁて、上条さんはこのまま特売へとひた走りますか」
そう呟いて教室を後にしようとする上条に立ち塞がる一つの影。
「おっと、カミやん逃がさんで」
ただでさえ目立つほどの長身にさらに青髪ピアスという風貌で異様な存在感を放つ。
そして胡散臭い関西弁が特徴である男は、クラスが恥じる3バカの一角。すなわち上条の悪友である。
「じゃあな」
「華麗にスル―!?ちょっとカミやんそれは冷たすぎん?」
「上条さんは忙しいんです。ロリコン会議なら土御門とでもやってくれ」
「それが気が付いたら帰ってるんよ。って今日は会議の日じゃないんやけど」
本当にそんな会議が定期的に行われてるのかよ、と目の前の友人に引いてしまう。
「露骨に引かんといてや、傷つくわ。」
頭をガシガシと掻いて、苦笑いをする青髪ピアス。そしてまあいいけどな、と呟いて再び口を開く。
「いや、昨日レベル5が転校してきたって話聞いたやろ?」
「あぁ、聞いたけど……」
正直今はそんな事より特売の方が重要である。
家で今日も腹を鳴らしているだろう穀つぶしの大食いシスター(レベル5の胃袋)にまた頭をかじられてしまう。
「気になるやん?気になるやん?レベル5に会える機会なんてそうそうないで」
心なしかテンションが上がってきている友人。
確かにレベル5が自分の通う高校にいるとなれば興奮してしまうのは無理もないだろう。
だが、結構な確率でそのレベル5の第三位と遭遇し、追いかけまわされている身としては、
レベル5にあまり関りを持たない方がよいと思ってしまう。
そして第三位と同時に思い浮かぶ第一位の姿。
(アイツは今なにしてんだろうな)
あの実験が中止となった今、あの最強は何を思って日々を過ごしているのだろうか?何をして日々を生きているのだろうか?
そんな事を考えると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ自分の行ってきた事への疑問が浮かぶ。
上条当麻はある日以降の記憶が無い。
しかしそれでも彼は人を救い、助けてきた。
そうすることが当然だと思っていたし、なにより見て見ぬふりは絶対に出来なかった。
右手に宿る不思議な力。
幻想殺し。
異能の力は全て打ち消すその右手。
能力だろうと、魔術だろうと。奇跡だろうと、気運だろうと。
幻想であろうと、夢であろうと。
その右手は殺してしまう。
上条は自分の右手を握り絞め、眺めていると青髪ピアスはその右手を両手で掴み、懇願した。
「だからなカミやん。一緒に身にいこレベル5を。一人じゃ寂しいんよ」
「わかったよ。お前がそんなに頼むなら……」
観念したように溜息をつき、首を横に振る上条に、おお一緒に行ってくれるんかとその細い目を輝かして、
一層右手を握るその両手に力を込める。
そしてそんな友人に向かって笑みを浮かべ、頷いた上条は
「断る」
両手を払い拒絶した。それも真顔で。
「上条さんは特売に行く日なのです!そんなレベル5なんかにかまっている暇があったらひとつでも多くの特売を入手する!」
「だいたいレベル5に絡んで下手に気に入られたらどうするんだよ!」
「もう事あるごとに攻撃を受けるのはこりごりなんですよ!」
そんな人間は第三位だけで十分である。
それは上条当麻、魂の叫びであった。
そして結局、小学生のように駄々をこねる青髪ピアスに、俺、特売、急がないと、売り切れ、と何故か片言で捨て台詞を吐き、
全力疾走で教室からスーパーへと駆けていった。
急ぐ上条の背中に、廊下は走っちゃいけないのです~という担任の叫びは空しく響くだけだった。
とある公園には、ご満悦の表情をした上条当麻がベンチに腰掛けていた。
お目当ての商品が何の障害もなく購入できたばかりか、まさに棚ぼたともいえる僥倖に見舞われ予想以上の戦果を得たのである。
そんな上機嫌の彼には、世界は希望の光が満ち溢れ、鳥の囀りも愛しく聞こえ、走り回る子供たちには慈愛の眼差しを向けていた。
まぁ傍から見ればどこか別の世界にトリップしている怪しい頭がメルヘンでお花畑な男子高校生にしか見れないが。
アンチスキルに見つかれば即刻連行モノの気持ち悪さである。
しかし両手に余るほどの買い物袋を携える彼には、周囲から寄せられるまるで電動工具から発射される釘のような鋭い目線には気がつかない。
むしろ気が付かないことによってよりぶっ飛んでいると思われたのか、いつの間にやらその公園には誰も居なくなっていた。
上条は自身の知らないところで見事に黒歴史を作り上げたのだ。
『とっても幸せそうだね』
「うおゎっ」
と、そんな全方位ATフィールドを展開していた上条に躊躇う事無く声をかける少年が居た。
その言葉で此方の世界に戻ってきた彼は、奇声を発した後、突然声をかけて来た少年を驚いた目で見つめる。
何かトラブルの気配を感じ取ったのか、幸せ(食材)の詰まったビニール袋をベンチの下に非難をさせる。
服装は制服、それも自身が通う高校の指定品。
特徴を挙げろと言われれば、きっと首を捻って考えて一日ディスカッションをしなければ発見することの出来ないであろう、中性的な顔。
黒い黒い髪。
どこにでも居そうで、どこにも居ない様な少年である。
「えっと、どちら様?」
(初めて見る顔だな)
目の前の少年に見覚えはない。ひょっとしたら記憶喪失(破壊)以前には面識のあった人物だったかもしれないが、
今の上条には会ったことのない人間の為、自然とこういった聞き方になってしまった。
もし顔見知りであったら大変失礼である。
『そりゃあ初めて会ったんだもの。僕のことは知っているはずはないよね。でも特徴のない顔ってのさすがに傷つくなぁ』
「え?字の文読まれてた?」
『いやいやこっちの話。それよりメタ発言には気をつけなよ』
『そこから壮絶愉快痛快抱腹絶倒な掛け合いで、読者の笑いを誘うことが出来るのなら話は別だけどさ』
『陳腐な言葉遊びと劣化コピーの掛け合いしか喋らさせてもらえない僕達には、ただただハードルを上げるだけだよ』
「いや、アンタが気をつけたほうがいい」
三人称であの展開は難しいんだよ、と付け加える上条。
『いやいや、僕はキャラ設定的に問題ないよ。それに僕は口の躾には厳しいほうなんだ。無門題、無門題』
「厳しすぎて口が家出してるじゃねえか!分かりにくい仕掛けを仕掛けるなよ!」
『失礼噛みました』
「分かりやすいじゃ無くてパクリじゃないか……まぁ一応言っておくよ。違う、わざとだ」
『神はシナ』
「やめてぇぇぇ!危ないネタはやめてぇぇぇ!」
自己紹介すらしていないのに話が脱線しすぎた挙句、公園で絶叫をしている少年の姿がそこにあった。
上条当麻、その人だった。
閑話休題。
「なんだか迷走している気がする……不幸だ」
『しょうがないよ、せっかくの年越しを大雪の影響で通行止めになった名神高速の上で過ごしたんだから、迷うのも当然さ』
「……」
閑話休題の意味が成されていなかった。
『何で黙ってるんだい?』
「あぁ、いえ気にしないでください。それで何の話でしたっけ?」
『えっと上条ちゃんはエロ本を買う時に参考書、エロ本、参考書のサンドイッチでレジに出すのか』
『僕見たくエロ本、参考書、エロ本で攻めるのかどっち?っていう話だったよ』
「ちげぇよ!頼むから話を進めてくれ!せっかくの閑話休題が意味を成さない!!」
『え?上条ちゃんはエロ本、エロ本、エロ本なのかい?いやはやこれは蛭間妖一も形無しの長攻撃型だねぇ』
「そんなことは一言も言ってませんが!?それにまた分かりにくいネタを仕込むのはやめろ!!」
いい加減限界である。上条だけでなく色々な意味でもう限界だった。
これ以上黒歴史を広める必要も無いだろうに、と少年も少し哀れんだ表情を見せた。
閑話休題。こんどこそ、それはさておき、だ。
『上条ちゃんとは初対面だよ!改めましてこんにちはー球磨川禊っでーす』
『10日前位に学園都市に引っ越して来て、昨日上条ちゃんと同じ高校に引っ越してきたんだ』
『まぁ僕は2年生だから、知るはずも無いよね』
やたらハイテンションで自己紹介を済ませる球磨川。
「昨日入った転校生で2年生って、貴方が噂のレベル5!?っていうか上条って連呼してたけど何で知ってるんですか!?」
『質問は一つにしてほしいなぁ。まっ、どうでもいいけど』
慌てる上条に対して、どこか冷めたような口調な球磨川はそういった後に質問に対する回答を口にした。
『一つ目の質問に対して答えよう―――イエスだよ。能力は自己再生?空間転移?まぁ忘れちゃったけどレベル5って奴らしい』
『まぁ分類は分かりやすく言うと化け物ってことだろうねレベル5は。うわー悲しいなーそれだけで孤立しちゃうなー』
なぜか回答をしきった跡に、かなりわざとらしい演技をした。
『面白いよね学園都市って。外の社会じゃ人間に―――特に学生に順位を決めることなんて有り得ないよ』
『レベル0なら落ちこぼれと罵られ、レベル1なら才能が無いと葛藤し』
『レベル2ならレベル1の追い上げとレベル3の壁に苦しみ』
『レベル3なら中途半端な位置に息を詰まらせ』
『レベル4はレベル5とのすべての違いに打ちのめされ』
『レベル5はすべての人間に化け物と恐れられる。まったく、皆が皆“マイナス”になれるとっても素晴らしいシステムだよね』
捲くし立てる球磨川に、上条は何も喋らない。
『あぁ気にしなくていいよ唯の独り言だから。じゃあ第二の質問の答え』
『お前は上条当麻を知っているのか―――これもイエス。肯定だね』
『おっと別に君を付け回したとかそんなことはしてないよ。だって君は有名人なんだ。自覚は無いかもしれないけれどね』
『さっきの能力のレベルの話にも繋がるんだけど、どのレベルにもある不の感情を君はどんどん打ち壊していくんだからね』
だから。
だからこそ、興味を持って当然じゃないか、と球磨川は言った。
上条は喋らない。
『無能力者や低能力者にはある種希望のような存在だよ上条ちゃんは。というよりその右手が、都市伝説の【幻想殺し】が』
『レベル5第一位(最強)を負かしたレベル0(最弱)っていう都市伝説もあるよね』
『そういった都市伝説なんて、弱い存在が作り上げる希望なんだよ。すがりつきたい幻想なんだよね』
上条は喋れない。
『ただ同時に高位能力者には恐怖を与える。だってそうだろう?自慢の能力がまったく聞かない存在なんて不気味だよ』
『はっきり言って気持ち悪い。あ、これは別に僕の気持ちって訳じゃないからね、気にしないであくまで皆の気持ちだから』
『そして、それまで希望の存在として崇めていた無能力者や低能力者も恐れていく』
上条は答えない。
『最強を負かした存在はまるっきりの無能力者じゃなくて、能力を打ち消す能力を持ってましたー、なんて』
『そうなったら、彼らの幻想は崩れる。結局は“特別”じゃないかと嫉妬する』
上条は答えれない。
『本当に面白いよ上条ちゃん。君は不の感情も壊して、正の感情も壊して、まるで感情の破壊臣だね!』
『さらに自分が抱かした幻想でさえも、いずれぶっ殺しちゃうんだよ。ひょっとして上条ちゃんってドS?』
『知ってる?君が今まで殺してきた幻想ってのは、その人の夢、その人の正義、その人の信念、そして何より―――』
喋れない、喋らない、答えない、答えられない。
『その人、そのものなんだよ』
「遅いんだよ、とうま!」
上条当麻が帰宅するなり、そんな怒号と共になにやら白い物体が彼の頭上に飛来する。
そしてそのまま白い物体は彼のウニの様なツンツン頭に齧り付いた。
「どれだけお腹を空かしてると思ってるの?私は生命の危機っていう声明を表明するんだよ!」
なおも齧り続けながら文句を垂れ流す白い物体の正体は、安全ピンで繫ぎ止められた修道服を着た少女だった。
シスターなのだろうが、現在の彼女の素行を見る限り、その答えを肯定することはできないだろう。
神に仕える存在が、こんなにも俗物なはずがない、と。
「離してくれ、インデックス。ご飯ならすぐ作ってやるから」
インデックスと呼ばれた少女は彼のいつもとは違う様子に何かを察したのか、すぐさま彼を解放する。
「とうま、また何かあったの?」
また、と付けるくらい彼がトラブルを引き付ける体質な事や、困った人を見過ごせない事を知っているインデックスは、
彼がなにか事件か、それに匹敵する人物と関係を持ってしまったのではないかと思ったのだ。
「いや、大丈夫だよインデックス。さて特売も無事に買えたから今日くらいは豪華な食卓にしような!」
上条は、そんな彼女の心配を感じ取り、萎みきった元気を無理やり膨らませ、笑顔でそういった。
そんな彼の様子に腑に落ちない、といった表情を浮かべるインデックスだったが、それも自分に気を使っての事だろうと思い、
彼の意思を尊重し、素直にうんと頷くしかなかった。
それと同時に彼が自発的に話してくれるまで、自分は無理に首を突っ込まないようにしようと心に決めた。
やけに聞き分けのよい同居人を不思議に思いつつ、上条は少し早い時間であったが、夕食の準備に取り掛かる。
(インデックスに気を使わせちゃったな)
恐らく気落ちしてしまっているのが伝わってしまったのだろう。彼が玄関ドアを開く前に作った笑顔は自分でも分かる位不自然だったし。
上条は夕飯に使用する食材以外を空になっている冷蔵庫にしまい、台所へと向かったところで、先ほどの公園での出来事を思い返していた。
いきなり現れては悪気もなく罵倒し、幸せ真っ只中だった気分を台無しにしてくれたと思えば、その後すぐに
『なーんて全部冗談だよ。ごめんね』とすまし顔で謝罪をした、球磨川と名乗る転校生。
そして、ベンチの下に置いて(非難さして)いたレジ袋の中にあった、本日の戦利品の中でも貴重な栄養の源である卵数パックを手に持って
なにやら思案した後、それを戻し『また明日』と球磨川はさっさと帰っていってしまったのだ。
「レベル5には変な奴が多いとは思ったけど、あの人は飛びぬけていたなぁ」
熟練されたプロの傭兵と対峙したような恐怖を持つのが第一位だとしたら、先ほど対峙した第八位はなんというか、
使い方を覚えた幼稚園児が、拳銃を振り回す、というような恐怖を覚えた。
悪意も、善意も持たないが故の恐怖。
腹が空いたなら飯を食う。眠たくなければ目を閉じる―――そして殺したくなれば、躊躇もなく殺す。
球磨川はそんな存在だった。
そんなことを考えながら、卵の中身をボウルに入れようと殻を割った上条は目を疑った。
卵の中身が入っていなかったのだ。
そんな異様な光景に残りの卵達の無事を案じた上条は、冷蔵庫に入れたばかりのパックを全て取り出し、片っ端から割っていった。
「わわわ、とうまどうしたの!?」
親の敵を見るような形相で卵を割り続ける上条の姿にただならぬ圧力を感じたインデックスが、ぱたぱたと台所に現れた。
「ぜ、全滅だ……」
「え?」
足元に大量の割れた殻が散乱している中、呆然と立ち竦み瞳に涙を溜めながら上条は天井を見つめていた。
「今回の特売の目玉であり、上条家のこれからを担うはずだった卵様たちが、全滅していたんですよ……」
ふふふ、と虚ろな目で笑い声を漏らす上条だったが、その表情はまったく笑っていなかった。
「と、とうま今すぐこの殻と空パックを持ってスーパーに行くんだよ!取り替えてもらえばきっと……」
「いや、インデックスさん。確かに上条さんが購入した時はその圧倒的質量をもっていたんですよ」
慌てて彼を宥めようとインデックスが話しかけるが、どうやら意味が無いようだ。
「それにですね、こんな空の殻を持っていった所で、ただ使っちゃっただけでしょうと言われるのが関の山」
「そ…それじゃあ……」
その言葉に彼女も絶望をする。
卵が、万能食材である卵様が無くなるとなれば今後の食卓事情に大きな打撃を与える。
つまり、それは彼女にとって余命宣告をされたようなものだった。
よろよろと壁にもたれ掛かり崩れ落ちるインデックスをそのままに、上条は大きく息を吸った後、近隣住民の迷惑など省みず叫んだ。
「不幸だぁぁぁああああああ!!」
結局。今回上条家の食卓に並んだのは野菜炒めと炒飯だった。
それまでの食事からしてみれば豪勢なものだったが、なんにせよ主役不在の食卓である。
その野菜炒めにも、その炒飯にも抜群の相性を誇る卵の姿が無いのである。
こと炒飯に関しては卵の不在はあってはならない事であり、もはや黄金色に染まっていない炒飯など炒飯では無いのだ。
つまるところ、炒飯とは卵であり、卵とは炒飯なのだ。
「戯言なんですけどね……」
「ふぁにあいっあお?おーあ?」
「口いっぱいに炒飯を詰め込んだまま喋るんじゃありませんよ……インデックスさん」
上条はとてもシスターとは思えないほど行儀の悪い同居人に注意をし、はぁと深い溜息を吐き出してから目の前の料理に箸を伸ばす。
(いや、ポジティブに考えるんだ。駄目になった食材は卵だけなんだ)
(それでも通常の倍近くの備蓄を蓄えられたことに感謝するべきだ!)
逃がした魚は大きいというか、一度目の前に差し出された希望を取り上げられた事に対するショックは大きいが、
考えたようにそれを差し引いた現在の幸せを噛み締めることにした上条だった。
既に三分の二近くが無くなっている野菜炒めを掴み、口に入れて今度は別の事を考える。
それは当然、球磨川禊についてだった。
恐らく今回の卵事件は彼の仕業だろう。なにせこの卵達を手に取ったのは上条と彼以外に居ないのである。
この卵自体は上条が右手で触っても変化は無かったので、偽者だとか仕掛けがしてある訳ではない。
ならば球磨川はあの瞬間に卵の中身をどうにかしたのだ。
中身だけを転移させたのか、
それとも全く別の方法で消滅させたのか、その方法までに推理は至らないが、恐らく中身を消したことは間違いないだろう。
まったく気が付かないあたりさすがはレベル5といったところだ。
(というか、嫌がらせ以外のなにものでもないぞ)
やっぱり超能力者様には変わった人間しかいないなぁと今度は炒飯を頬張りながら思う上条。
ちなみに大皿に乗っていた野菜炒めは既に目の前の少女の胃袋の中だった。
今度は炒飯をものすごい勢いで口に詰め込んでいる少女を眺めながら、上条はひとつ質問を投げかけてみた。
「なぁ、魔術の中には物体を消しちまうってのがあったりするか?」
突然そんなことを聞かれた少女は、そのまま喋ろうとしたが、先ほど注意を受けたばかりなので慌てて口の中の炒飯を飲み込もうとしている。
このリスみたいに頬を膨らましているシスターの頭の中には10万3千冊の魔道書が記憶されている。
「うーん、あるにはあるんだけどそれを使用するにはかなり複雑な術式と大人数の魔術師が必要になんだよ」
だから現代では使われていないかも、と付け加える。
「そっか」
ひょっとしたら、と思ったがそんな大掛かりな魔術ならば球磨川魔術師説は無いだろう。
しかし、空間移動能力でどこかに飛ばしてしまう以外には卵の中身を消した方法が思い浮かばなかった。
(明日小萌先生にでも聞いてみるか)
幸い?なことに球磨川は上条と同じ高校に通っているので担任に聞いてみればどんな能力かは教えてもらえるだろうし、
友人も球磨川のことを調べている様子だったので、そちらに聞くこともできる。
別に能力が分かったところでどうするといった話ではないが、
卵の件だけでなくあの暴言について謝罪をしてもらうために彼を尋ねようと思ったのだ。
(思い出しただけでもモヤモヤしちまうな)
そんな事を考えていたら、ふと脳裏に浮かぶ球磨川の言葉。
―――君が今まで殺してきた幻想ってのは、その人の夢、その人の正義、その人の信念、そして何より、その人そのものなんだよ。
それは、たまに上条が考えていることだった。
上条はこれまで数々の事件に関わっては解決をしてきた。
そしてその数に比例するように諸悪の根源である人間を倒している。
それを間違っているとも思わないし、窮地に立たされた人を助けるためにはしょうがないことでもあった。
目の前の少女、インデックスや、御坂美琴もそうだった。
どうしようもない現実に、抗いようの無い運命に、救いを求めていた彼女達に手を差し伸べたのは上条だけだった。
それはとても立派で、素敵で、正しい行いだろう。まさしく正義のヒーローだろう。
事実、彼女達だけでなく様々な人間がその問題の大小を問わず彼に助けられている。
しかし。
果たして相手側から見ても尚、彼は正義といえるのだろうか。
例えば敵に恋をした魔術師。
例えば全てを司る錬金術師。
例えば友人の為に悪に徹した魔術師。
例えば絶対的な力を欲した超能力者。
彼らには事件を起こす理由があった、信念があった、夢があった。
そして彼らだけでなく、その背景には様々な人間が居るのだ。
その全てを打ち砕いて尚。
その幻想を殺しておいて尚。
上条当麻は正義のヒーローだと言えるのだろうか。
球磨川の言葉は、上条の心の中を駆け巡っていた。
ぐるぐると。
くるくると。
自分は正しいのか、間違っていないのか。
そんなことを考えながら、上条は夕食を終えた。
「それで、次はどう動くつもりだね?」
窓もドアもないビルの一室。
その中央に浮かぶ生命維持槽の巨大ビーカーに身体を浮かばしている学園都市の最大権力者、学園都市総括理事長アレイスターは言った。
男にも、女にも、子供にも、老人にも見えるその異様な姿に表情は無表情のまま。
その言葉の先には一人の少年。
アレイスターの放つ存在感に微塵も動揺を見せず平然と言い放つ。
『実は何も考えてないんですよねー。好き勝手やっていいっていう約束でしたけど、なんか逆にやりずらいっていうのか』
「絶対能力進化計画の復活、風紀委員との接触、そして幻想殺しとの接触―――これは何を図としているのかな?」
『うーん、風紀委員ちゃんとの戦闘は正直予定外だったんですけどねぇ。まぁどうでもいいですけど』
思い出すように唸った少年だが、まぁいいやと言わんばかりに首を横に振る。
『ミサカちゃん達を戻したのは一方ちゃんと仲良くしたいが為だし、上条ちゃんとお喋りしたのも友達になれるかなぁーと思ったからですよ』
『ほら、あの二人ってどちらかといえば僕よりの人間だと思いません?』
「……まぁ否定はしんよ」
『でしょ!それなのにあの二人は怒っちゃうんですよ。いったい何が悪かったんでしょう?』
本気で理由が分らないと首を傾げる少年にアレイスターは何も言葉を発しない。
『まったく空気を読んで欲しいものですよ。右も左も分らない転校生にあそこまで不愉快なオーラをだすとか』
『間違いを諭すのは本当の友達だっていうのを週刊少年ジャンプから学ばなかったのかなぁ?』
どこか幼い顔立ちの少年はそういって拗ねるように口を尖らせた。
『あ、そういえば貴方にも少し文句があるんです』
「なにかな?」
アレイスターに文句を言う。
これだけでギネス認定物の大業だが、そんなことを気にせずまるで友人に言うようにフランクな態度で少年は口を開く。
『なんで僕がレベル5なんですか?そのおかげで楽しい楽しい学校生活が送れないじゃないですか』
この学園都市でレベル5認定をされて喜ぶものは数多くいるだろうが、それによって文句を言われるなどおかしな話である。
「一応表向きはレベル5という事にしておかないと、混乱が起きるからね。そこは我慢をして欲しい」
「【負能力者】というカテゴリは、今のところ君しかいないのだから便宜上仕方が無いものだよ」
それでもある程度の大人達は君の正体については知っているがね、と少し口元を歪める。
『そうですか、それなら仕方が無いですね』
もう少しごねるのかと思いきや、あっさりと受け入れる少年。もともとそれほど執着していないのだろう。
『そう言えば、負能力者の素質を持った子を見つけましたよ』
「ほう。それは、素晴らしい」
同じように少年の報告をあっさりと受け入れるアレイスター。彼もそれほど重要視していないように見える。
『頑張っても報われない、努力しても花が咲かない、これといって特技もない普通に普通な女の子ですけど』
『ちょっと僕が後押しすれば、きっと彼女が望む能力を手に入れて、僕の力になってくれると思います』
「その少女の名前は?」
予定調和。まるで始めから用意された台本を読み合うような会話が続く。
『嫌だなぁもう貴方も既に目を付けているんでしょう?でなければ物語にあれだけ参加できませんよ』
そんな軽口を加えた後に少年は―――超負能力者(-レベル5)の大嘘憑き球磨川禊は凄惨に笑った。
『第七学区立柵川中学一年の、佐天涙子ちゃんですよ』
「おや、お姉さま。こんな所でなにをしているのでしょうか?とミサカは公園のベンチで黄昏ているお姉さまに声をかけます」
とある公園のベンチで少し休憩をしていた御坂美琴に声をかけるのは、その当人と同じ顔をした少女だった。
同じ顔に、同じ髪型、違うところといえばその頭に掛けられている仰々しいゴーグルと服装ぐらいだった。
「べっつに、少し運動してたからちょっと休憩してるだけよ」
「そうですか、なのでそのようなスポーティーな格好なのですね、とミサカはキャップをかぶったお姉さまに興味津々です」
じろじろと御坂の格好を観察しては自分の服を見て少し物欲しそうな表情を浮かべる彼女。
「制服じゃ動き辛いしね。っていうかアンタこそこんな所で何してんのよ?」
「ミサカは調整を終え暇になった時間を散歩に費やしているだけですが?とミサカは疑問に答えます」
調整。それはこの双子といえどもそっくりすぎる彼女が行き続けるためには必要なことであった。
彼女は『量産能力者計画』にて開発された、御坂美琴のDNAマップを使用し、2万体生産されたクローンの内の一体である。
通称【妹達(シスターズ)】
量産能力者計画自体は頓挫し、破棄される運命だった彼女達は絶対能力進化計画にて利用されることになった。
しかしその内容は学園都市第一位に殺されるという最早破棄と同義のものであったが、目の前に居る御坂美琴と上条当麻により
実験は中止、凍結され生き残った9969体の妹達は生き続けることができたのである。
学園都市内に残った妹達も居るが、その大半は外部の研究所にて調整を行っているのである。
「ま、元気そうで何よりね」
御坂にとって妹達は妹でありながら娘のような存在である。
妹達の存在をはじめて知った時はなかなか受け入れられなかったが、現在ではそんな様子もなく偶に遊びに出かけたりもする。
当然、彼女達の体調も気にしてしまうのだ。
しかし、彼女からの返答は少し様子がおかしかった。
「体調的には問題はないのですが……とミサカは言葉を詰まらせます」
伏し目がちにし、言葉が続かない妹に不安を覚えた姉はベンチから立ち上がり彼女の両肩に両手を乗せる。
「なにかあったの?私にできることがあるなら話して」
いっそ睨み付けるような表情でつっかかる御坂に少し彼女は動揺する。
「お、落ち着いてくださいお姉さま。問題といってもこれはミサカネットワーク上の問題です、とミサカはお姉さまを諭します」
「でも話してよ、貴女達の問題は私の問題なのよ」
気を遣わせまいと言った妹の発言は火に油というか、余計に御坂を煽ってしまったのか、両肩に置かれた手に力が入る。
「わ、分かりました。話しますからとりあえず落ち着いてそのベンチに座ってください、とミサカは再びお姉さまを諭します」
どこか納得していないようだったが、その言葉に御坂は両手を離し、再びベンチに座る。
そして、彼女もその隣に腰を下ろす。
(お姉さまはどこか情緒不安定なようですね)
確かに御坂は妹達の問題に対しては敏感に反応するが、ここまでの動揺っぷりはなかなか見せない。
妹達は知らない。
とてつもない事件を彼女は追っている事を。
この公園にいたのもその事件の調査中に休憩のためである事を。
そして、自分達の抱えている問題と、姉が追っている問題が繋がっているという事を。
「最近ミサカネットワーク上で存在しない固体の情報が流れてくるんです、とミサカはこれから説明することの結論を先に話します」
「存在しない固体?それって……」
「はい、例の実験で一方通行に殺害された固体です」
どくん、と妹の言葉に御坂の心臓は激しく揺れる。そして思い出す一人の妹。
初めて御坂が出会った彼女。
初めてアイスを食べたという彼女。
初めて貰ったプレゼントを喜んでいた彼女。
そして、自分の目の前で死んでいった彼女。
心臓の鼓動が早くなるのが自分でも分かる。手に汗が溜まるのが分かる。
しかし妹は言葉を続ける。
「当然そのようなことはありえませんし、あってはいけないことなので、上位固体に確認を取ろうとしているのですが……」
それがなぜか反応がありません、と小さく首を横に振る妹。
「……上位固体?」
知らない単語に落ち着きを取り戻す御坂はオウム返しでその単語をつぶやく。
「ああ、お姉さまは知らないのでしたね。上位固体、通称【打ち止め】(ラストオーダー)」
「ミサカネットワークを取り締まる固体であり、全ミサカ達の司令塔のような存在です、とミサカは簡単に上位固体の説明をします」
「そうなんだ……」
「ええ。それで一方通行に確認を取ろうとしたのですがそちらも連絡が取れずに困っているのです、とミサカは説明を終えます」
「そっか……一方通行にもれんらってえええ!?」
妹からありえない単語が飛び出してきたので盛大にずっこける。
なぜ彼女の口からあの一方通行の名前が出てくるのか?レベル5の頭脳をもってしても理解不能だ。
「なるほど、リアクションというのはこういったものなのですね、とミサカは体を張るお姉さまに感嘆します」
「違うわよ!なんでアンタからアイツの名前がでてくんのよ!?おかしいでしょ、だってアイツはアンタ達を……」
「確かに彼はミサカ達を殺害しました。しかし彼によってミサカ達は生きることができたのです、とミサカは誤解しているであろうお姉さまをなだめます」
「ちょっと待って、理解ができない」
あまりの衝撃に漏電している御坂。
「これも説明しましょう、と半分面倒臭がりながらミサカは説明を始めます」
それから彼女は説明をした、
打ち止めを利用したウイルスで妹達が危機に陥っていたこと。
それを命を掛けて救ったのが一方通行だいうこと。
その事件を解決する代償が脳へのダメージだということ。
「つまり能力の使用が不可能になった、と」
「正確には限定された、と言ったほうが正しいですね。彼は現在ミサカネットーワークに演算処理を任せていますので、
能力自体は使用できます、とミサカは一方通行の現状を伝えます」
御坂はその話しを信じることができなかった。否、信じたくなかった。
一方通行が打ち止めを救ったとしても。
一方通行が本当に実験を続けたくなかったとしても。
彼が10031人の妹達を殺したという事実は無くならないのである。
「当然、ミサカ達も彼を許したつもりはありません、とミサカは胸の内を明かします」
「だったらなんで!?」
「一万の命を奪った彼も、一万の命を救った彼も等しく同じ一方通行なのです」
「…………」
「ミサカ達は許したつもりはありませんし、一方通行は許されるつもりもないでしょう。ただ……」
その言葉を言った彼女はどこか笑っている様に見えた。
「それがお互いに歩み寄っていけない理由にはならないでしょう?とミサカはお姉さまに問いかけます」
(ああ、この妹は本当に……)
ずっと一方通行に憎悪を抱いていた自分が馬鹿みたいと思わせるような言葉だった。
「そう、ね……でも私はアイツを許すことはできないと思うわ……今はまだね」
今はまだ、という言葉を一方通行に聞かせてやりたいと思う妹はこっそりネットワークに保存をする。
「貸しと借りは相殺されるのではなく、積み重なっていくものだ、とミサカはエロゲーで得た知識を披露します」
「ちょっと待って!?アンタそんなもんやってんの?」
今までのシリアスな雰囲気は!?ちょっと泣きそうな私の立場は!?と御坂は慌てふためく。
「お姉さま、そんなものとは流石のミサカも鶏冠を立てますよ、とミサカは自身のアイデンティティを侮辱されたことに怒りを表します」
「そんなものを自己証明にしないで!大体アンタは未成年でしょうが!!」
「そのあたりは杞憂です。先ほどはエロゲーと言いましたが、ちゃんと全年齢対象のコンシューマ版もプレイしましたので」
「も!?結局18禁版もやってるって事でしょうが!!え?そういえば最近私がゲームショップによく出没するって噂は?」
「ああ、きっとそれはミサカでしょうね。大体週4でお店に足を運びますので、とミサカは無い胸を張ります」
「無い胸とか言うな。ちょっと止めてよ私にあらぬ噂がたっちゃてるのよ!!」
「?別に嗜好品を求めているだけであって何もやましいことは―――」
「女の子がそんなゲームを買う時点で十分やましいのよー!!」
「お姉さま、それは差別というものです。実際にあの場で数々の同士を得、学習装置では教えられなかった知識を蓄え―――」
「それはいらない知識よ!今すぐ捨てなさい!!」
「しかしミサカネットワーク上でミサカの報告を楽しみにしている固体も多く存在しているのですが……」
「変な所で個性を作るなー!!」
とても微笑ましい(?)姉妹会議が一段楽したところで御坂は本来の用事を思い出し、ベンチから立ち上がる。
「お姉さま?」
「ちょっと用事があるのよ、この議題は次回に持ち越しね」
「はぁ、まだまだ語りたりないのですが、とミサカは落胆します」
「それ以上変な知識を身につけないで」
切実にそう思う御坂だった。
「本当に貴女達の問題は大丈夫なのね?」
立ち去る前にもう一度確認を取る。
「はい。上位固体さえ連絡が取れれば全ての問題が解決するはずですので、とミサカは答えます」
「ならいいわ。じゃあ私はもう行くから、何か分かったら連絡するね」
そう言って走り去っていくミサカの背に手を振り続ける妹。
そしてそんな妹のネットワーク上に再び存在しない固体からの電波が入る。
―――おsaネェdfgさm……
ノイズだらけのその信号は彼女の脳に負担を掛けていた。
(早く上位固体を探し出さなければ、とミサカも立ち上がります)
姉が姉なら、妹も十分と意地っ張りだった。
突然の妹との会話に予想以上の時間を費やしてしまった御坂美琴は駆けながら携帯電話を耳に当てていた。
「ごめん、初春さん。ちょっと休憩してた」
通話が繋がった瞬間に謝罪をする御坂に受話器の向こうでは、気にしないでくださいという友人の声が聞こえた。
「あの日から一週間ぶっ続けで関連施設を回っているんですから、仕様が無いですよ。むしろ一日位休んだほうが……」
「大丈夫よ、幸い似たようなことをしたことがあるから」
あの時は施設を一つ一つ潰していったので今より負担は多かったのだ。ただ標的の有無を確認するだけなのでそれほど能力を使用しない分、
連続して動けるのである。
「それより、初春さんこそ大丈夫なの?」
それは初春の体調だけを気にしていった言葉ではない。
「私はサポートしているだけですから、大丈夫―――」
「体調もだけど、佐天さんのこと」
その言葉に受話器の向こうから声が途切れる。
「初春さん。この事件の捜査をしながら、佐天さんの捜索もしてるでしょう?」
「み、御坂さんだって明らかに最短ルートじゃなくて、怪しそうな所を探しながら捜査してるじゃないですか」
「それはそうだけどさ……」
あの事件の犯人、球磨川を捜査するための作業。
あの事件以来、行方不明になっている佐天涙子の捜索。
そして学校に通い、風紀委員の仕事もこなしている彼女は明らかにオーバーワークだった。
初春や御坂の友人である佐天涙子は、白井黒子が入院することになったあの事件以来行方不明なのである。
あの事件の翌日、学校に登校した初春だったが、彼女は体調不良ということで休んだ。
風邪とは訳が違う理由での欠席なので、お見舞いには向かわずメールだけ送っておいたが、返信は無かった。
そして次の日も、その次の日も学校を欠席したのでおかしいと思った初春は電話をかけてみるが、佐天の携帯電話の電源が切れていた為、
繋がらなかった。そして直接自宅へと向かった初春は何故か鍵のかかっていないドアに疑問を抱きつつ室内へと入る。
そこに彼女の姿は無かったのだ。
「初春さん。気持ちは分かるけどそこまでやったら貴女が倒れちゃうわ」
「御坂さんはどちらかを見捨てろって言うんですか!?」
御坂の言葉に激昂する初春。その反応はある意味予想通りだった。
「違うわ、初春さん。落ち着いて。分業をしようということよ」
「分…業……?」
御坂の言っている意味が分からないのか、反復して言い返す初春。
「そう。分業。球磨川の捜索は私が、佐天さんの捜索は貴女がするの。球磨川に関するデータだけ貰えればある程度は一人で動けるしね」
「そういうことですか……」
「当然佐天さんが見つかったらそっちを優先して動くわ。だから共同作業は今日までにして、明日からそうしよ?」
納得がいかないのか、受話器の向こうで少しの沈黙が流れた後、消え入るような声で分かりました、と承諾の声が聞こえた。
「御坂さんも無茶はしないでくださいね。相手の能力はまったくの未知数なんですから」
「わかってるわ。んじゃ目標に辿り着いたんで切るわね」
そう言って通話を終了し、目の前の研究所を睨み付ける。
(ここ最近で最後に球磨川が目撃された施設)
きっとここならば今球磨川が居る場所の手がかりがあるのではないだろうかと、少し期待を抱く。
球磨川のここ一週間の足取りには全くといって法則性が無かった。
ハンバーガーショップに行ったり、研究所に行ったり、置き去りの居る施設に行ったり、高校の寮に行ったり、担任の住居に行ったりと
自由気ままに動いているのだ。ずっと一人で。
初春が監視カメラや研究所の出入りを記録しているログをハッキングして手にいれたデータだが、これでも彼の行動は全て把握していない。
むしろ野放しにしている時間のほうが長いのである。
「ちゃっちゃと襲撃して、情報を仕入れてくるか」
そう言って一度キャップをとり、髪を縛りなおして深呼吸をし、そして塀を乗り越えようと駆け出した瞬間―――
「御坂さん」
背後から、声をかけられた。
その声には聞き覚えがあった。
天真爛漫で、いつも輪の中心にいる彼女の声。
実は寂しがり屋な彼女の声。
能力者に憧れている彼女の声。
私達の大事な友達の声。
初春さんの大事な親友の声。
振り向くと―――
行方不明になっている筈の佐天涙子がそこに立っていた。
「佐天さん?いったいどこに行ってたの?心配したんだ―――」
行方不明の友人を発見し、あわてて駆け寄る御坂は、ある異変に気がついて歩みを止めた。
血が、彼女の着ている学生服に大量の血がこべり着いていたのである。
そんな異様な、異常な姿をさらに不気味に演出しているモノ。それは笑顔だった。
いつもの様な明るい笑顔ではなく、口元だけを歪めた彼女の表情は、ビデオで見たあの男のそれと酷似していた。
「佐…天さ…ん?怪我してるの?だったら病院に……」
恐る恐る口を開く御坂に佐天はその場に立ったまま口を開く。
「大丈夫ですよー御坂さん。これは只の返り血ですから」
気にしないでくださいー、と口調はいつもどおりの彼女。しかし物騒な物言いは明らかに異常だし、表情はそのままだった。
「返り血って……」
「ちょっと能力者様と勝負をしてきただけですよ。ほら御坂さんも無能力者に襲い掛かってるんでしょー?」
悪びれる様子も無くサラリとそんなことを口にする。勝負といってもその返り血を見る限り相手は重症を追っているのではないのか?
そんな疑問が胸によぎるが、その疑問は次の言葉によって確信へと変わる。
「レベル4といってもたいした事無いんですね。ちょっとアキレス腱を切っただけであんなに慌てちゃって、フフフ」
そして佐天が言い切ると同時に御坂は彼女に電撃を放つ。
明らかに様子のおかしい彼女は何かに操られていると仮定して、一気に気絶させる―――つもりだった。
しかし、彼女に直撃する筈だった電撃は直前で威力を失い、静電気程度の痛みしか与えられなかった。
「いきなり電撃って容赦ないですね超能力者様は。やっぱり無能力者なんて落ちこぼれのゴミ同然ですか?」
だから。
だから私はアナタが嫌いなんです、と佐天涙子は呟いた。
「なっ……!」
自身の電撃を無力化されてふと思い出すのはツンツン頭の高校生だった。
あの少年は御坂の放つ能力を全て打ち消してきた。しかし、目の前の少女の場合は少し違う。
(電撃の威力が一気に下がった……?)
確かに全力ではなった電撃ではないにせよ、相手までに届く間に威力が無くなる様にしてはいない。
そして今度は少し出力を上げて電撃を繰り出す。
「あははは、御坂さん。その威力じゃ気絶じゃすみませんよ。私を殺す気ですか?」
ケタケタと笑いながらその場を動こうとしない佐天に向かう電撃は再び彼女に命中する前に、威力を完全に失ってしまう。
(能力?いやでも佐天さんはレベル0の筈……なにか特殊な機械でも……)
「あー、御坂さん、“また”私のこと馬鹿にしたでしょ?無能力者に私の電撃が無効化できるわけないって」
失礼しちゃうなぁ、とゆっくりと佐天は御坂に近づきつつ、背中に隠してあっただろう金属バットを取り出す。
そしてそれを引きずりながら歩を進める。
ずるずる ずるずる
「そんなこと……」
「あるんですよ」
ずるずる ずるずる
彼女の異様な迫力に足が動かない御坂。最強のレベル5第三位と言えどもこの状態は非常に堪える。
友人が、確実な敵意と、悪意と、殺意を持って向かってきているのだ。
「っく……!」
動かない足の変わりに、電撃を放って彼女を牽制しようとするが、そこでまた異変に気がつく。
「電撃の出力が弱い?」
煙幕の代わりにもしようとかなり強めの電撃を彼女の回りに撃ったつもりのだったが、その威力は弱弱しく、
とてもレベル5のものとは思えなかった。
当然そんなミスを彼女がする訳が無い。
「なんで?どうして…?」
佐天との距離はおよそ30m。ゆっくりと近づいてくる彼女に向かって電撃を放ち続けるが、その威力は元に戻るばかりか、
だんだんと弱まっていくばかりである。
「今はレベル2の電撃使いってところですかね?私みたいな無能力者は基準が分からないんですが、合ってますかね?御坂さん?」
ずるずる ずるずる
(確かに今の出力はレベル2相当。超電磁砲を放つ力も無い)
明らかに、自身の“レベルが下がっている”。そんな馬鹿げた仮定が頭に過ぎる。
ずるずる ずるずる
彼女との距離は20mを切った。威力が弱まっているのを確認しながらも電撃は出し続けている。
(この威力でも近づいてきたら、全出力をあの金属バットに落とせば佐天さんは気を失う)
ずるずる ずるずる
「げーむおーばーですね」
やはり口元を歪めたまま彼女は金属バットを振り上げる。
「貴女がね!」
そこに全出力の電撃を放った。
本来なら、そこでゲームオーバーなのは佐天の筈だったが、しかし彼女は何も変わった様子も無く金属バットを振り上げていた。
気を失うどころか、その服にコゲすらついていない。
そう。電撃が放てなかったのである。
ビュッと風切り音を鳴らして、バットが御坂の脳天へ振り下ろされる。
その容赦も無く振り下ろされたバットを何とか転がるように避けて、立ち上がりバックステップで彼女との距離を取る。
その距離は約50m。
「あーあ外しちゃった。やっぱり動体視力がいいのも考えようですよねぇ?」
振り下ろした姿勢のまま首だけを御坂に向けてそのまま傾げる。はっきり言ってかなり気持ちの悪い動きだった。
「……佐天さん程じゃないわよ」
そう言いながら自身の能力を確認する為に、地面に向けて電気を放つ。
そして地面の砂鉄を集め、一本の剣を作り上げた。
(よし、元に戻った)
高速振動している砂鉄の剣は目の細かいチェンソーの様なもので、その切れ味は折り紙つきである。
「かっこいいなぁ。私もそんな能力が欲しかったなぁ」
しかし、臆する事も無く砂鉄の剣を構える御坂にゆっくりと近づいていく。
「何を言っても聞かないようなら、少し痛い目にあってもらうわよ!」
そう言って砂鉄の剣を拡散させ、佐天降り注がせる。
「御坂さん、別に貴女は何も言ってないじゃないですか?ちょっと忍耐力が無さ過ぎるんじゃないんですか?」
しかし、その砂鉄の剣でさえも、彼女の前じゃ地面に還るだけだった。
ずるずる ずるずる
そう言いながらも、彼女は進むのを止めない。
電撃さえも、砂鉄の剣でさえも彼女は止まらない。
彼女にかける言葉すら、見当たらない。
そして御坂は。
気がつけばコインを取り出していた。
「あれー御坂さん超電磁砲ですか?流石に死んじゃいますよ」
そんな彼女の言葉は御坂には届かない。ただ心臓を激しく脈打つ鼓動だけが響いていた。
「うーん電撃は弱めれても流石に加速したコインは止めれないし、避けれないなぁ。よし!」
独り言のように呟いた後、佐天は金属バットを右手で振り上げる。
何かの合図なのだうか?そのまま動こうとしない彼女。
そしてそんなことに気を回す余裕の無い御坂はレベル5の全力全霊を込め、異名の元となる大技。
超電磁砲を放ったのである。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!」
フルチャージで放たれた超電磁砲はその衝撃波で地面を抉り、青白い閃光と共に佐天涙子を貫くために真っ直ぐと進んでいった。
そしてその場に崩れ落ちる御坂。
もはやなにかを考える思考も残っていなかった。
そして、その閃光が消えた後その向こうには、相変わらずの表情で立っていた佐天の姿だった。
「危なかったなぁ“彼女”の助力が無かったら今頃眉間に穴が開いてますよー。全く嫁入り前の体に何するんですか?」
もう彼女が無傷で立っていることだとか、超電磁砲が通じなかったとか、そんなことは最早どうでもよかった。
はやくこの悪夢から覚めてくれ、御坂はそう思っていた。
「案外あっけなかったですね、常盤台中学のエースでレベル5の第三位、超電磁砲の御坂美琴」
「やっぱり能力が無ければみな平等ってことですね」
嬉しそうなその言葉には、どこと無く悲しみも混じっているよう聞こえた。
「まったく、球磨川さんの言うとおりってねー」
その言葉に、球磨川というその言葉に、御坂の意識は戻される。
「……てるの?」
「はい?」
「知ってるの?って聞いてるのよ?」
ゆっくりと立ち上がる御坂は怒号を撒き散らす。
「貴女は球磨川を知ってるの!?あいつが何者なのか!?あいつが何をしたのかを!!!」
泣き出しそうな声で喚く御坂に、相変わらずの声のトーンで言い切った。
「ええ、全部知ってますよ。もちろん白井さんの事も含めてですけどね」
何かが切れる音がした。
「ああああああああああ!!」
その直後彼女の周りから無数の稲妻が発生し佐天へと襲い掛かる。
そしてそれに合わせて再び砂鉄の剣を作り上げ、稲妻と合わせて切りかかる。
もちろん全て本気の出力で、彼女を殺しにかかった。
「御坂さん、少しは学習してくださいよ」
彼女に近付くだけで稲妻は空気中に散開し、砂鉄の剣は形を崩す。
しかし、御坂はそれでも突進を止めない。
そのまま能力など関係なく、ただの暴力で制圧しようとしたのだ。
御坂の体術スキルはそれなりに高いほうである。レベル5に上がるための努力はそんなところにも生きてきているのだ。
当然、クラスで運動ができるほうという分類の佐天では適うはずもないのだ。
しかし―――
「がふっ!!」
殴りかかった筈の御坂が、脇腹に蹴りを入れられるというカウンターを受け、吹き飛んでいた。
(なに?近付いたら急に体が重く……)
「自分の能力が通じないなら肉弾戦?御坂さん貴女本当にレベル5の頭脳持ってるんですか?」
「私の能力が分からないのに突進なんて、ただのスキルアウトと同じですよ」
やれやれと首を振りながら、貴女は猪ですか?と呆れてみせる。
「それじゃ出血特別大サービス♪佐天さんの教えてあげようのコーナー」
いきなり満面の笑みを浮かべながらそんな事を言い出す佐天。その満面の笑顔ですら今では仮面にしか見えない。
「私の能力は負能力って言いまして、この学園都市で開発してる能力とは全く別物なんですよ」
「役に全く立たないマイナスの能力って奴です」
「因みに私はその分類で行くとマイナスレベル4大負能力者って奴です」
「いやー苦労しましたよここまでレベルを下げるのに」
「具体的に言えば漫画喫茶でずーっとライトノベル読んでました♪」
「え?努力なんてしてない?そりゃあそんな事一言も言ってないじゃないですか」
「苦労はしたけど努力はしてない、ってこれは私が参考にしたライトノベルの登場人物の台詞のパクリなんですけどね」
「さっさと能力を教えろって?いやだなぁ御坂さんそんな簡単に“敵”へ教えるわけ無いじゃないですか」
「相変わらずせっかちですね、だから上条さんにも気持ちが伝わらないんですよ」
「まぁ私も鬼じゃありません。ヒントをあげましょう」
「ヒントは……徳政令です♪まぁ皆平等にって事ですね」
「じゃ、ヒント終わりです残りは病院のベッドでゆっくり考えてください」
一方的に捲くし立てた彼女は、今度は走って御坂へと向かっていった。
その右手には相変わらず凶悪に光る金属バットが持たれていた。
迫り来る佐天を電撃で牽制する。もちろんもう直撃をさせる気など無く、只の目くらましだった。
そして彼女から距離を取る。
また迫ってくる、距離を取る。
また迫る、距離を取る。
その繰り返しだった。
(能力が分からない以上下手に近付けば格好の的ね)
幸い、彼女の能力は直接ダメージを与えるものではないので(もしそうだったらもう敗北している)考える時間はあった。
(能力だけじゃなく身体能力すら、近付けばれレベルが落ちる。でも完全に0になる訳でもない)
(佐天さんのヒントを当てにするのなら、徳政令というかその後の平等ってのが怪しいわね)
(……ひょっとしたら)
ある仮定を導き出した御坂は、電撃での煙幕を張るのを止め、その場に立ち尽くす。
そこに全速力で迫ってくる佐天。
(能力が使えなくなったのは10mを切ってから……今だ!)
距離が10mを切ったところで御坂は佐天に背を向け全速力で走り出す。
「今度は鬼ごっこですか?いい加減にしてくださいよ」
佐天も御坂を追う。
一見逃亡に見えるこの行為が、佐天の能力に対する仮定の裏付けになるのだ。
20mほど走ったところで仮定は確信へと変化した。
二人の距離が一向に変わらないのである。
その瞬間、御坂は急な切り替えしで、一気に佐天との距離を開く。
そこで、彼女も自分の能力が露呈したと思った。
「その様子じゃ気が付いたみたいですね」
「ええ、貴女のヒントが無ければこんな馬鹿げた仮定は成立しなかったわ」
この戦いで初めて笑みを浮かべる御坂。
「貴女の能力、いえ負能力だったかしら?とにかくその正体は【使用者に近ければ近いほどそのレベルに合わせられる】ってとこかしら?」
その言葉を聞いて、佐天は金属バットを脇に抱え拍手をする。
「その通りです。流石御坂さん。もっと簡単に言えば【私基準になる】って感じですね」
「能力は近付けばレベル0に、身体能力は近付けば私と同じに。まぁ御坂さんからしたら下がるって感じでしょうけど」
「初春なんかが近付いたら、身体能力は上がるんですけどねー」
「これが私の【公平構成(フェアフォーマット)】です」
能力が割れたというのに、余裕のある物言いは崩れない。
対極的に御坂は余裕が無いままだった。
能力は把握できてもその突破口までは見当たらない。
ただ、これは近付かなければ、負けの無い戦いになったのである。
考える時間は、在る。
しかし、その幻想は目の前に現れた一人の少女によって砕かれる。
御坂と同じ常盤台の制服に、軍用ゴーグルと物騒なサブマシンガン。双子と言うには似すぎなその顔。
応援に来てくれた妹達の一人かと期待したが、彼女の腰に付けてあるバッジがそれさえも打ち砕く。
それは、あの妹にしかプレゼントしていない御坂の大好きな―――
ゲコ太の缶バッジだった。
「ちょっと出てくるのが早いんじゃないかなー」
彼女の登場に不満げな表情を浮かべつつも、口元はニタニタと歪んだままの佐天は、金属バットを肩に懸けながら言った。
「超電磁砲から助けてもらったくせにその言い草は無いんじゃないですか?とミサカは佐天涙子の表情に苛立ちを覚えます」
さっき公園で遭遇した妹達と同じ口調。それは目の前の彼女が妹達の中の一人という事実だった。
「だって主役はもうちょっとシーンを考えて登場するべきだよ!これじゃあまるで悪役だよ」
「ミサカは物語の主役になどなれませんよ、それについては貴女の方がよくご存じなんじゃないですか、とミサカは溜息をつきます」
「うっ……それは流石にひどいんじゃないのかなぁ~いっもうとさん!」
そんな掛け声の後、佐天は勢いよく彼女のスカートを捲りあげた。
そんな、以前と変わらないような笑顔で、以前と変わらない事をしている佐天。
違うところといえば、捲られる相手が初春ではないことと、その笑顔に似合わない返り血が付着している事くらいだった。
ただ、それが不気味に映る。
「ねぇ……貴女は何人目の妹達なの?」
敵として現れた友人に、さらに敵として現れた妹を前に、困憊した御坂は呟く。
缶バッジを着けた、存在しないはずの妹。
ありえないはずの答えが御坂の中でふつふつと湧き上がっては無理やり打ち消していく。
何かの間違いだと願う御坂の思いは、たった一言で瓦解した。
「何人目というのは製造番号の事でしょうか?」
「それでしたらミサカの製造番号は9982号です、と久しぶりの再会を交わしたお姉さまの質問に答えます」
……嘘だ。
嘘だ。
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こんな現実は
こんな幻想は
こんな悪夢は
嘘に
決
ま
っ
て
る
「あーあ妹さんが空気読まないから御坂さんが壊れちゃったよ」
「むっその発言には責任転嫁をしようとしている意思が見られます、とミサカは散々お姉さまを追い詰めた貴女に対し頬を膨らませます」
「うそうそ~冗談だってば、妹さんったら可愛い~」
「ふん、っぷぷわ、膨らましている頬を突かないで下さい、っとミサカは~」
「ほーれもっと突いちゃうぞ~」
その場に崩れ落ち、なにかひたすら呟いている御坂を余所にじゃれ合う佐天とミサカ9982号は、最早彼女の事など見てはいなかった。
「それじゃ、我らがボスの所へ戻りますかー」
「そうですね、とミサカは同意します」
ひとしきりお喋りをして、御坂の前から去ろうとしている二人を呼びとめる声。
「佐天さん!」
その声は、レベル5の御坂美琴の実力を持ってしても止められなかった、佐天涙子の足を止めた。
彼女はこの声をよく知っている。
無邪気で、照れ屋で、泣き虫で、怖がりな女の子。
それでも、自分の信念を持った強い女の子。
落ち込んだ自分を励ましてくれた女の子。
大好きな親友。
初春飾利の声だった。
「なんで……?」
その姿に、初めて佐天は動揺の色を見せた。
友人をどれだけ痛めつけても、どれだけ心を壊してもその余裕を崩さなかった彼女は、たった一人の少女の前で言葉を失っていた。
「佐天さん!なんで御坂さんを!」
項垂れている御坂の肩を抱き、キッと自分を睨みつける初春の表情は、佐天にとって初めて見るものだった。
初春は一瞥をしたあとすぐさま御坂の肩に自分の肩を入れて立ち上がろうとする。
もう、彼女は佐天の事など見ていない。
ただひたすらに御坂の事だけを気にかけ、その全身をもって彼女を支え続けている。
そんな姿が。
自分を無視して誰かに尽くす親友の姿を、佐天は許容できなかった。
「初春?ほら一週間も連絡しなかったんだよ?心配じゃなかった?」
「ただ漫画喫茶で堕落していただけでしょう?」
「わ、私も能力者になったんだよ!?ちゃんと自分の力で……」
「球磨川に後押しでもされたんでしょう?」
「レベル5の御坂さんにだって勝てたんだよ!?ねぇ、初春」
「…………」
まるで両親にかまってほしかったが為の悪戯をした子供のように初春に話しかけるが、その全てを拒絶され、沈黙が流れる。
「……いんですか?」
「え?」
初春は振り向かないまま、言い捨てるように口を開いた。
「友達を傷つけた人間に能力を与えられ、それで友達を傷つけて佐天さんは楽しいんですか?」
そんな人間だったのならもう関らないでください、とはっきりと拒絶の言葉を投げかける。
「うううううううういいいいいいいはるううううううううううううう!!」
その言葉を引き金に、今度は佐天の何かが切れる音がした。
そして金属バットを構えて、初春に向かって叫びながら歩み寄る。
「楽しかったよ!楽しかったよ!いつも無自覚に無能力者を見下す能力者共を叩きのめせて!」
「私の能力でレベル0まで戻した時のあの表情は絶対に忘れられない!」
「才能?努力?そんな言葉では簡単に割り切れるわけがない!」
「だから球磨川さんは言ってくれたんだ『皆平等にしちゃおうよ』って!」
「その為には私の負能力(ちから)が必要だって!私の長所(けってん)が必要だって!」
「この不平等で負平等な世界を平らにしたいっていつも思ってたんだよ!」
全ての感情を吐き出しながら彼女は歩く。
もう、そのバットの射程距離内に初春がいた。しかし彼女は振り向かない。何も言わない。
「でも、初春が居なくなるなら楽しくなんかないよ……」
そう呟いてバットを振りあげた瞬間、何かがバットを貫いた。それは、見覚えのある何本もの鉄矢だった。
「だったら、今からでも謝って、謝って、そこの底から這い上がりなさいまし!佐天さん!」
そして聞こえてきた声の方角に目を向ければ、月をバックに宙を舞うツインテールの少女。
「私たちは、決して貴女を見捨てませんわ」
そう言って、白井黒子は優しく微笑んだ。
深い深い意識の奥底。暗い暗い感情の暗闇。
何もかもを遮断してしまう闇に覆われた世界に、何もかもを拒絶してしまう陰に隠れた世界、
そんな絶望しか残っていない世界に―――
声が、飛び込んできた。
現実を信じれなくなった。
幻想は受け入れなかった。
悪夢は覚めてくれなかった。
全部が嘘だと思うほど、全てが夢だと思うほど。
心は既に壊れていた。
でも。この声は―――
この声は、かけがえのない相棒の声だった。
この声は、この闇から救ってくれる声だった。
この声は、また私を立ち上がらせてくれる声だ。
そして、心に満ちた暗雲は徐々に光に崩され消えていく。
―――く……ろ……こ……?
「……黒子?」
御坂美琴は、気がつけば友人である初春飾利の肩にしな垂れ引きずられていた。
非力な彼女は息を切らし懸命にその体を支えながらも、その言葉に気が付き目を向けた。
「御坂さん!よかった気がついたんですね!」
目が合った途端、その両目に大量の涙を溜めながら御坂の体へと抱き、その胸の中ではばかることなく嗚咽を漏らす。
「初春さん……?どうして、ここに?」
目が覚めた途端にこの場に居るはずのない友人に泣きつかれるという、いきなりの状況に思考回路の回転が追い付かず、
ばつの悪そうな表情で頬を掻く。
そんな言葉に彼女は胸から顔を離し、涙と鼻水でクシャクシャになった顔のまま口を開いた。
「御坂さんは、絶対一人で無茶をするだろうと思って……GPSと盗聴器をこっそり着けさせてもらったんです……」
「あははは……信用されてなかったのね……」
そんな初春の言葉に引きつった笑顔を浮かべる御坂だったが、状況がまさに一人で無茶をした結果なので、何も言い返すことが出来なかった。
「それで、佐天さんと出会ったって聞こえた瞬間には、もう風紀委員支部から飛び出してました」
彼女の居た支部からこの場所までは、結構な距離がある。こんな時間ではバスも走っていないので恐らくは走って此処に向かってきたのだろう。
よく見れば彼女の制服は汗でびっしょりと濡れていた。
「現場に着いたら、御坂さんが倒れてて、佐天さんが笑ってて……」
その言葉は先ほどまでとの言葉に比べても、よわよわしいものだった。
「御坂さんを病院へ連れて行こうとしたら、佐天さんがバットを振りかざしてきたんですけど……」
初春は、最後まで言い切らず、視線を御坂から外したので、それを追う。
そこには、入院しているはずの白井黒子と自分を敗北させた佐天涙子が交戦していた。
「……白井さんが助けてくれました」
「……そうだったの」
空間転移を繰り返し、宙を舞う後輩の姿を眺めながらつぶやく。
やはり先程の声は嘘なんかではなかったのだ。
「ゴメン、初春さん」
「え?なんで謝るんですか?」
突然の謝罪に戸惑う初春。
「私、佐天さんを助けてあげることを諦めてた」
「彼女の言葉に耳を塞いで、目を閉じて、会話を止めて……逃げてたんだ」
「でも、それじゃ駄目なんだよね」
そう言って戦う二人の後方に佇む、自分と瓜二つの少女へと目を向ける。
「悪いこと言い合って、お互いに傷ついて、たまには殴り合いの喧嘩もして……そうやって向き合って、歩み寄るのが友達なんだから」
その顔は、緊張や恐怖に怯えたものではなく……中学校2年生らしい、とても爽やかな笑顔だった。
「……はい!そうですね」
「ぜーんぶ終わったらまたあのファミレスでお話しましょうか。もちろん……」
肯定してくれた友人にうなずいた後、そんな提案をしてみる。その言葉の続きは言わずとも同じだった。
「さて、と。散々カッコいいこと言ってみたけど、今の佐天さんが本当に必要としてるのは初春さんのようだから……」
「佐天さんを助けてあげて。私と彼女の喧嘩はその後でやるから」
その言葉に、初春は黙って頷く。
そこで笑顔を崩し自身の妹でありクローンでもあるミサカ9982号を睨みつけて御坂は言った。
「私はあのバカ妹とちょっと姉妹喧嘩でもしてくるからさ」
「ほらほらぁ、白井さん!さっさとその鉄矢を直接私に転移すれば良いじゃないですかぁ!」
「それならもう少し距離を開けさせてくださいまし!」
佐天涙子と白井黒子の戦いはお互いにダメージを与えることなく平行線を辿っていた。
空間転移を繰り返し距離をとり続ける白井に、それを追う佐天。
佐天の挑発に白井はああは言ったものの、当然の如く、彼女に直接転移させることなど考えてはいない。
今彼女が考えているのは接近戦で相手を無力化させることである。
先の球磨川戦では失敗に終わったが、風紀委員である彼女の技術と空間転移を持ってすれば勝負はまさしく一瞬で終わるはずだった。
しかし、それをさせないのが、佐天の負能力【公平構成】にあった。
【公平構成】の範囲外からの転移は可能であるため(バットに鉄矢を転移させたのが証拠である)距離を詰めることはできるのだったが、
問題は転移した後。つまり完全に彼女とのアドバンテージが無くなってからの肉弾戦だった。
佐天の負能力は相手の身体能力が高ければ高いほど有利に働く。
(何度か試していますが、かなり厄介な能力ですの)
既に数回の近距離戦を挑んでいる白井だったが、転移した直後に感じる違和感に負けて、金属バットさえ無効化できていない。
なにせ、近づけば問答無用で身体能力が落ちるのである。
普段何気なく動かしている自分の体が、文字通り自分の体ではなくなるのでは、普段通りの動きなどできるわけも無い。
引退し、長い間運動をしてこなかったサッカー選手が現役当時と同じステップを踏めば転倒してしまうように、
脳に刷り込まれている自分の動きに体が付いて来なくなるのは当たり前だ。
「やれやれ、見栄を張って鉄矢など転移させるべきではありませんでしたの。まるで釘バットですわ」
「あははは!白井さんありがとうございます。それじゃこの武器には【愚神礼賛】とでも命名しますね!」
「何処かの殺人鬼が使用していそうな名前ですわね」
「褒め言葉として預かっておきますよ!」
そんな言葉を交わしながらも、攻略の糸口を探す。
【公平構成】のさらに厄介な効果が、自分の“思考速度”さえも落ちてしまう事。
佐天の知らない技術で制圧を試みても、うまく思考のロジックが組みあがらずに結果後手に回ってしまうというのがこれまでの接触で得た教訓だった。
(そのくせ佐天さんはわたくしの……というよりご自身の身体能力を完全に把握してますし……)
(全く。とんだ平等もあったものですわ)
100が0になるのと、0が0になるのは、本当の意味での平等では無い。
(瞬間移動は遠距離のみ、接近戦ではあしらわれ、説得にも応じる様子は無い……)
何度も武器を捨てて話し合いをしようと提案した白井だったが、これに関して佐天は聞く耳を持たない。
「もっと近寄ってきてくださいよ、白井さん!悲しくなるなぁ……って御坂さん?」
「お姉様!?」
愚神礼賛(ふざけた名前だ)を振り回しながら挑発を続けていた佐天が驚きの声と共に、目線を白井からずらす。
その先には、気を失っていた麗しのお姉様が自分の足で立ち上がっていた。
「あらら。もう立ち直れないと思ってたんですけど……流石レベル5ですね。良いんですか?白井さん。セクハラしにいかなくても」
「……わたくしも流石にシリアスパートとギャグパートの違いくらいは理解できますわ」
「……へぇ、意外ですね。御坂さんより私の相手をするなんて」
「お姉様も貴女もわたくしの友人ですの。そこに序列なんてありませんわ」
それは、能力に関してもですわ、と付け加えるが、その言葉は彼女に聞こえることは無かった。
本当は今すぐにでも空間転移で御坂に飛び掛りたい白井だったが、そんなことはしない、できない。
目の前の友人を救ってやらなければいけないのだ。闇の中から掬ってやらなければならないのだ。
自分だけが幸福(プラス)になっては、彼女を不幸(マイナス)から助け出せるわけが無い。
そんな事をしていては、彼女の友達だと言う権利など、ないのである。
(わたくしにも武器があれば……)
先ほど佐天の負能力で互いに0になると言ったが、正確に言えばそれは誤りだった。
佐天は【公平構成】で相手を“平等”に落としただけでは不利と理解していた。その為の金属バット装備である。
0対0では平行線だが、0対1ではそうはならない。
白井の装備している鉄矢は能力を使って初めて威力を発揮するものであって、この現状では使い物にならない。
「結局は、特攻しか無いという訳ですわね」
心に覚悟を込め、今一度佐天の懐へと転移をした。
佐天の背後へと自身を転移する。不意を狙って彼女の首へ手をかけ、そのまま羽交い絞めで閉め落とそうという考えだった。
しかし、その考えは彼女の背後へ転移した直後にすぐさま振り向かれたことにより、実行できなかった。
「白井さーん。もうちょっと考えて転移しましょうよ。転移して目の前にいなかったら後ろに気を使うのは当然でしょう?」
「っく!」
笑顔で指摘しながら彼女が振り上げ、すぐ降ろされたバットを紙一重でかわし、そのまま体勢を崩した背中へ踵落しを仕掛けるが、地面に振り下ろされたバットをそのまま
旋回させて軸足を狙われる。片足のまま跳躍をし、またも寸前のところで回避することができた。
「佐天さんってやはり運動神経がよろしいのですわね。もしこの能力を初春がもっていたと思うとぞっとしますわ」
「それでも、白井さんにとっては落ちてる位でしょう?それもグッと」
初春、とその言葉には何も反応を見せない彼女。だがこの場合は無反応こそが、最大の反応になっているのだった。
やはり、今の彼女へ本当の言葉を届けられるのは初春飾利しかいないのだ。
(初春と向き合って会話をさせれば、きっと……)
だが、この状態の佐天の目の前に初春を立たせたところで、先ほどのように、バットを振り上げられる可能性が高い。
だからこそ、一刻も早く、彼女の動きを止める事が必要なのだがその糸口が掴めない。
「考え事ですか?状況を考えてくださいよ!」
意識をわずかにはずした瞬間、佐天の蹴りが白井の脇腹へと突き刺さる。
防御力に関しても下がってしまっている白井にとっては、女子の蹴りは言えどもダメージは大きい。
「っが……」
少し吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れこむ白井。受身を取ったが地面は砂地なのでところどころ擦り傷を負う。
「………!!」
そこで、白井は気が付いた。
武器は“ここ”にあったのだ。
よろめきながらも立ち上がり、自己転移が可能になるまでの距離を開ける。
「万策尽きるって感じですか。まぁ策なんて初めから無かったんでしょうけど」
今の攻防で完全に優位に立ったと確信したのか、ダメージを追った白井に追撃をせずゆっくりと歩いて近づく佐天。
「ええ、恥ずかしながらそのとおりですわ。でも策というものは追い詰められて閃くものでもありますのよ」
そういって不敵な笑みを浮かべた後、瞬間移動で初春の隣へと移動する。そこに御坂の姿はもう無い。
「白井さん!?大丈夫ですか!?」
突然横に現れた同僚に驚きながらも、傷の心配をする白井。その言葉に短く大丈夫ですわと答えると先ほど閃いたという“策”を
初春へと耳打ちして伝える。
「できますわよね?初春」
その問いに力強く頷く初春の瞳には、風紀委員としての強さと
―――友人を救いたいという強い意志が込められていた
「1,2の3で始めますわよ」
「はい!」
そう言って白井は右手を握りめる。
初春もその両手へ込める力が増す。
「作戦タイムは終了ですか?それじゃもう空間転移で逃げないでください……ね!」
そんな言葉と共に佐天は二人へと突進を開始する。
その距離は70m。
「1…」
60m。
「2の…」
50m。
「3!」
40m。
そこで……
佐天涙子の突進は止まった。
「な、何を!!……何をしたんですか!?」
決して離すことの無かった金属バットをその手から落とし、両手で、両目を覆った佐天は痛みを堪えながら声を荒げる。
そしてその質問の回答は、再び真後ろへと転移したである白井から返ってきた。
「ええ、簡単なことですよ……ちょっとあるモノを転移させただけですわ。貴女の眼前に」
「……まさか、これって」
淡々とそう言いながら、佐天の両腕を抱えるようにして拘束する白井。
その言葉に佐天は転移されたものが何なのか理解ができた。
「あれだけ目を見開いて走れば、結構“砂”が入ってしまったんじゃないですの?」
「……ふっざけるなぁぁああああ!!」
目を閉じたまま、何とか振り払おうと暴れる佐天。
しかし。
【公平構成】によって等しいパワーバランスになっている以上、振りほどくことができないのである。
それでも、暴れ続ける佐天を、今度は別の手が目の前から両脇に手を回され固定される。
いや、これは拘束されるというよりも……
抱きしめられている様だった。
目は見えなくても、匂いなら嗅ぐ事ができた。
その匂いは、あの少女の頭に乗っている色とりどりの花々から発せられている甘い甘い香り。
そこで、自分を抱きしめている手の持ち主を理解した。
「うい……はる……?」
それは先程、自分を拒絶した少女。関わりを拒否されてしまった少女。
「ごめんなさい……」
「え?」
恐らく顔を埋めているのだろう。その声は少し雲っていた。
「さっき、私……佐天さんに酷い事を言っちゃいました」
「あ……」
―――そんな人間だったのならもう関らないでください
「だから、ごめんなさいなんです。悪いことをしたら、ごめんなさいだってうちの生徒会長も言っていたでしょ?」
その言葉に思い出されるのは、佐天と初春が通う中学校の生徒会長の姿だった。
「う……ぁ……」
なんで。
この少女はなんで。
“友達”を傷つけた私に対して、なんで。
「なんで……泣いてるのさぁ……ういはるぅ……」
気が付けば、彼女もその両目から涙を流していた。
―――佐天さんも、泣いているじゃないですか……
―――ち、違う!これは目に入った砂が……
―――でも、しっかり両目は開いてますよ
―――うぅ……
―――ふふ、佐天さんみっともない顔しちゃって
―――う、初春だって鼻水たれちゃってるじゃない!
―――こ、これはですね……
―――……なんだか、あの時を思い出すね
―――幻想御手の時ですか?
―――そう。結局今回も皆に迷惑かけちゃったな……
―――友達ってのは迷惑を掛け合うものですよ?
―――でも、さ……御坂さんにも、白井さんにも酷い事言っちゃたし
―――だから、それは謝ればいいんですよ。白井さんもそう言ったじゃないですか
―――私達は、決して佐天さんを見捨てませんよ
―――うん……そうだね……ねぇ初春?
―――なんですか?佐天さん
―――ごめん、それで、ありがとう
―――……いいですよ。私達親友じゃないですか?
―――ふふ……そうだね。親友だもんね
―――お帰りなさい。佐天さん
―――ただいま。初春
「ごめんね。さっきはとり乱しちゃって」
「お姉様の精神状態を考慮すれば仕方がないことですよ、とミサカは先程のお姉様の無様な姿を思い出し、笑いを堪えながら……っぷ」
「相変わらずいい性格してるわね……」
「これが個性というものです、とミサカはお姉様の遺伝子のせいで物足りない胸を張ります」
「アンタたちはどれだけ胸に対して恨みを持ってるのよ……」
御坂とそのクローンであるミサカ9982号はそんな会話を交わしていた。
「どう?元気してた?」
「こちらに戻ってきたのが二日前なので元気もなにもないですよ、とミサカは質問に答えます」
「本当に貴女はあの時の……?」
「ええ、このダサいバッジがその証拠です。なんならあの時の会話も再生できますが?とミサカはお姉様に提案をします」
「ダサイって……いや、いいわ。どうせ球磨川とかいう、あのふざけた奴の仕業なんでしょう?」
「そうですよ。彼の負能力で戻されました、とミサカは同時に球磨川禊がふざけた奴という意見にも同意します」
御坂は笑顔を、9982号は無表情を貫いている。
「アイツの居場所を教えてくれない?知ってるんでしょ?ちょっと私の後輩たちがお世話になったみたいだし」
「いやいや、それはねーよ、とミサカは左手を振りながら敵に情報を漏らさない意思を表します」
「敵……ね」
「ええ、敵です。仇と言ってもいいでしょう、とミサカは殺された妹達を忘れ平然と生きているお姉様に改めて伝えます」
9982号の言葉に、御坂の笑顔は、もうなかった。
「忘れるわけないじゃないの!」
自然と言葉に力が入ってしまう。
「妹達の事は決して忘れるわけがないわ!」
実際、御坂は殺された妹達の事を忘れることなどは一日もない。それどころか未だに自分を責めている。
だからこそ、学園都市内に残っている妹達には気をかけているし、偶然出会えばアイスだって奢ったりもする。
「その行為そのものが、既に死んだ00001号から10031号に対する侮辱だという事を理解していないのですか?」
だが、そんな叫びすら9982号に届くことはない。
「同情は要りません、慈愛は受け取りません、懺悔は聞きません、後悔は届きません、そんなものは、何一つ欲しくは無いんです」
「ミサカは……ただ、命が欲しかった、とミサカは言い放ちます」
全く感情の込められず吐き捨てられたその言葉の裏側に、本当は様々な感情が混じっているように感じた。
怒りが、悲しみが、憂いが、嘆きが。
感情を持たない人形として造られたはずの彼女から、ひしひしと伝わってきた。
「まぁこれはミサカ9982号単体の意見で、きっと他の戻ったミサカ達は何も思っていないでしょう、とミサカは告白をします」
「それは……どうして?」
ひねり出すように声を出す御坂に対し、今度は本当に無感情に、いっそどうでもいいでしょう?とでも言いたげな表情を浮かべながら、
9982号は答える。
「ミサカ以外のミサカ達の感情と呼ばれうるもの全てを、球磨川禊はなかった事にしたからですよ、とミサカはお姉様の問いに答えます」
なにせ一方通行との実験に妨げになりますからね、と9982号は淡々と御坂に告げた。
「一方通行との実験って……まさか!?」
9982号の言葉に御坂の背中に汗が滲む。
一方通行と妹達を繋ぐ実験など、一つしかない。
一方通行が二万人の妹達を殺害することによって、レベル6へとなる為の実験、通称【絶対能力進化実験】だ。
「そのまさか、です、とミサカは心中を察します」
「でも、一方通行には実験に参加するなんてことは……」
この場所に来る前に出会った妹達の一人が話したことが事実ならば、
彼は実験事態に疑問を抱いていた筈で、さらに妹達の危機を救ったのである。
そんな一方通行が再び実験に参加することなど思えない。
背中に滲んだ汗は小さな玉となり、すっと落ちて御坂の背中を撫でるだけでなく、掌にもじんわりと汗が浮かぶ。
「確かに一方通行には実験に参加する意思はありません、とミサカはお姉様の言葉を肯定をします」
「だったら……」
参加する意思はない、9982号から台詞で、体に圧し掛かる緊張の塊が少し軽くなった気がする。
「“打ち止め(ラストオーダー)”」
「え?」
「ミサカ達の上司にあたる固体です。お姉様はご存じないのですか?」
その名前も聞いたばかりのものだった。その打ち止めの名前がここで登場するのだろうか?
御坂には9982号の意図が全くつかめない。
文字通り一方通行は命を懸けて、絶対的で、圧倒的な能力に制限をかける事になってしまっても守った存在。
現在は彼と行動を共にしているとも聞いている。
「その通りです、とミサカは賛辞を送ります」
パチパチと無表情のまま拍手をする9982号。
「打ち止め……この場合は“最終信号”と呼称したほうが適切ですね。その最終信号に対して一方通行は何かしら特別な感情を抱いています」
「罪の意識から来るものなのか、それとも違う感情なのかはミサカには理解できませんが……」
「とにかく、一方通行は彼女を守るべき存在だと思っており、また上位固体も一方通行を慕っています」
寝食を共に過すほどに、そう付け加えて一度息を吐き出す。
「全く、とても感動できるお話ですね。お姉様もそう思いませんか?とミサカは同意を求めます」
「……そうね」
「そうですか。ミサカはそうは思いませんが」
「アンタが言ったことじゃないの」
要点を得ない9982号の言動に、御坂は漏電してしまうほど苛立ちを覚えていた。
「まるで小説か映画の物語ですね。悲惨な運命や、己の罪を乗り越えていく主人公とヒロイン……」
「さしずめミサカ達は物語を盛り上げる為に死んでいった脇役といったところでしょうか」
「……」
自分自身を脇役と平然と言ってしまう彼女は佐天との会話の中でも同じようなことを主張していた。
――ミサカは物語の主人公になどなれませんよ
それは暗に、人生を諦めていることを指していた。
「さて、ここでお姉様に質問をします、とミサカはようやく話の確信へと触ります」
「なによ……?」
「ヒロインが悪役に攫われて主人公に関する記憶を消されてしまい、何かしらの要求を受けたときに、その主人公はどうすると思いますか?」
そこでようやく理解した。
一方通行の意思など、もはや関係がないのだということに。
再び絶望の波が襲い掛かり、そのまま深い闇に飲まれまいと歯を食いしばる御坂に対して、9982号は初めて笑みを浮かべていた。
口元だけを大きく歪めているその表情は――
とても人には見えなかった。
「……で、でも!もしそうだったとしても他の妹達は――」
そうなのだ。例え生き返った妹達が実験に参加したとしても、
例え一方通行が実験に参加せざるおえなくなっても、
生き残った妹達が参加する訳がない。
これ以上、一人だって死んでやるものかと誓った彼女達が、再び死へ向かう姿など想像もできない。
「はぁ……お姉様は本当にレベル5の頭脳をお持ちなんでしょうか?とミサカは先程から佐天涙子がしていたように罵声を浴びせます」
「どういう事なのよ……」
肩をすくめ、まるでアメリカンホームドラマの登場人物のように首を振る9982号は深く溜息をつき、御坂の疑問へ答えるべく口を開く。
「上位固体から強制的に命令を下せば、そこにミサカ達の意思などは存在しないのですよ、とミサカは親切に教えてあげます」
「じ、じゃあ実験はもう始まってるの?」
「実験自体は開始していますが、ミサカ00001号の調整の関係で第一次実験が終了していません」
ということは、まだ誰も死んでいない。
その事実が闇に飲まれそうになった御坂に希望の光を与える。
まだ間に合うのだ。
この妹を退け、球磨川から打ち止めを奪還できれば誰も傷つかないで済む。
一方通行も、打ち止めも、妹達も、自分がそこまで辿り着けばきっと上手くことが運ぶはず。
その為にはこんな所で止まってはいられない。
例えその道が一方通行だろうと。
例えその弾が打ち止めになろうと。
例えその声が最終信号だろうと。
例えその人がツクリモノだろうと。
そんなことが諦めていい理由になどはならない。
それは、御坂がアイツと呼ぶ男に教えてもらったこと。
彼も文字通り命を賭けて、最強に立ち向かった。
そして、多くの命を守ったのだ。
だから、御坂は叫ぶ。
これから自身が立ち向かう“最悪”に向かって。
渾身の力を込めて、叫ぶ。
最悪が命を弄ぶというなら。
全てを台無しにしてしまうのなら。
これまでの物語をなかったことにしてしまうのなら。
「そんな幻想、全部ぶっ壊して進んでやるわ!」
その言葉と共に、御坂は最愛の妹に向かって跳躍した。
御坂は出力を絞った無数の電撃を9982号に降り注がせつつも、距離をとって9982号の出方を伺っていた。
その脳裏には先ほど戦闘をした佐天涙子の【公平構成】、つまり負能力が浮かんでいる。
超電磁砲のクローンである9982号の能力は、オリジナルに比べるには小さ過ぎるほどの電気を操るもの。
通常の能力による戦いでは、結果など判りきっているが、9982号に対する御坂には、余裕などは微塵もない。
侮っていたら佐天戦のように、全てにおいて敗北をしてしまう。
今回の相手にも負能力を持っているという可能性がある以上、
迂闊に接近戦を持ちかけるには、いささかリスクが高すぎると判断した結果、こういった戦法を用いているのだ。
放たれた電撃は途中、出力が落ちることはなくそのまま9982号の立っている場所へと落ちていった。
加減した攻撃といえど、避けなければ気を失うことが必須の威力である。
実際、9982号は真横に転がることによってその電撃を全てかわした。
「へぇ、佐天さんみたいな負能力じゃないのね」
言いながら、攻撃の手を休めることはない。
9982号は立ち上がり御坂に対し円を描くように駆けながら肩に掛けたサブマシンガンの照準を合わせトリガーを引く。
放たれた無数の銃弾は御坂へと到達する前にその威力を失い、重力に引かれ地面へと落ちていく。
最強の電撃使いの彼女に対し磁力に反応する攻撃など意味を成す筈もない。
「弾の無駄遣いよ、お返しするわ!」
御坂の言葉と共に、地面へと落下したはずの銃弾が中へ浮かび、まるで意思を持って元ある場所へ帰っていく。
「―――ッ!」
その銃弾の一つが、通常ではあり得ない軌道を描き、避けようとした9982号の頭部に装着していた軍用ゴーグルへ着弾した。
まるで意思を持っていると表現はあながち間違いではない。
実際には弾丸その物の意思ではなく、御坂の意思で自由に操作しているのだった。
「次は体に当てるわよ……って、そんなつもりは無いんだけどさ」
「別に被弾したところで問題はありませんが、どうも反射的に避けてしまいますね、とミサカは割れたゴーグルを脱ぎ捨てます」
銃弾を当てられてなお、慌てる様子もなく軍用ゴーグルを外し地面へと落とす。
「随分と余裕なのね。じゃあこんなのはどうかしら!?」
御坂の手の中に砂鉄が収束、一本の剣を作り出す。
「佐天さんには通用しなかったけど、アンタはどうやって対処する!?」
真っ直ぐ切っ先を9982号へと向けた瞬間、砂鉄の剣がまるで鞭の様に伸びて襲い掛かる。
その標的は、彼女の右手に持たれたサブマシンガンだった。
「まずは、その女の子が持つには物騒な護身道具を没収させて頂くわ!」
先ほどの銃弾ほどのスピードではないが、
確実にサブマシンガンを打ち抜くために追尾させるよう操作している砂鉄の剣は避ける動作を見せない9982号へ伸びていく。
そして。
その剣は、9982号の腹部を貫いた。
「な……!」
刺さった瞬間に能力を解除する御坂。そしてそのまま9982号は仰向けに倒れた。
操作ミスなどする筈が無い。
彼女は、9982号は。
自らその腹部を差し出した。
「なんで自分から当たりに行くのよ!!」
その奇行に動揺を隠し切れず、彼女の身を案じ、叫びながら9982号へと駆け寄ろうとする御坂はある違和感を感じた。
それは、自身の腹部。
9982号が負傷した箇所と同じ部分に痛みを覚えたのだ。
「くっ……」
焼けるような激しい痛みに、思わずその場に蹲る。
目の前の景色が歪むなか、傷口を押さえるように幹部へ手を当てる。
が、御坂の腹部には傷一つついていなかった。
「おや、お姉様。腹痛ですか?それならばお手洗いの場所を案内いたしますが、と言いながらミサカは立ち上がります」
仰向けに倒れた9982号は、そう言いながら腹筋だけを使って立ち上がった。
まるで逆再生でも見ているかのようなその様は、明らかに異様だった。
おびただしい血液が付着した制服を見る限り、立ち上がれる傷ではない。なのに目の前の彼女は平然と立って御坂を見下している。
辛うじて目の前を見据えた御坂の目に映ったのは、ぐにゃりと歪んだ世界で歪んだ笑みを浮かべた少女の姿だった。
「あ、アンタいったい何を……」
何が起こったのか理解ができない。
痛みによって玉のような汗が額に滲む。
思考回路が追いつかない、判断基準がどこにも無い。
何かされたが、何もされていない。
何も起こっていない。
なのに、御坂を襲うこの痛みは、紛れも無く現実のものだった。
徐々にだが痛みが引いて、言葉を発することができるようになった御坂は息を切らしながら9982号へ問いかける。
「ミサカの痛みをお姉様にも知って頂いただけですよ、とミサカは早くも回復したお姉様に驚きつつも質問に答えます」
その言葉で再び浮かぶのは佐天の姿。
御坂は確信する。
これは彼女と同じ負能力。
「想像の通りです、とミサカはお姉様の考えを先読みし答えます」
「ミサカは佐天涙子の様に敵に情報を与えることはしませんが……」
「お姉様なので特別に名前だけ教えてあげましょう、とミサカは自身がサービス精神旺盛なできる女のアピールをします」
サブマシンガンを構え、その銃口を御坂に向けつつゆっくりと近づきながら9982号は、自身が抱える負能力名を口にした。
「ミサカはこれを【狂痛回廊(インストーラー)と呼んでいる、とミサカは某漫画の主人公の台詞を模倣し、言い放ちます」
「さて、お姉様は死についてどういった考えをお持ちでしょうか?」
「死後の世界へと向かうのか、それとも霊体となってしまうのか。輪廻転生という考えもありますね、とミサカは質問を投げかけます」
9982号はそう言いながらも、蹲る御坂に対してサブマシンガンを構え、近づいていく。
ゆっくりと歩くその姿は、まるで十三階段を昇る死刑囚のように慎重な足取りだった。
「……何も無くなるんじゃないの?」
当然、死んだ経験など無い御坂にとってこの質問の答えなど知る由もなく、それは生きている生命全てに言える。
しかし、目の前の彼女は違うのだ。
死後の世界に旅立ったわけでもなく、霊体のように実態がないわけでもなく、まして生まれ変わった姿でもない。
死ぬ直前の姿のままで、御坂の前に立っている9982号は、この質問の答えを知っている。
「全くの無、だったら良かったのかもしれませんが、残念ながらそうではありません」
「ずっと死の痛みが残るんですよ、とミサカは語ります」
死の痛みが続く。
痛みが、廻っていく。
くるくると、狂う狂うと。
それは永遠に続く回廊。
進んでは振り出しに戻る回廊。
狂う程の痛みが続く回廊。
ゆえに、狂痛回廊。
「経験論に基づいてそう呼称するのですが、なかなか良い響きじゃないですか、とミサカは自身のネーミングセンスに酔いしれます。
「どこが……アンタさっきの台詞でも思ったけど、漫画の読みすぎじゃないの?」
「元ネタを知っているお姉様もかなりの漫画通だと思いますが、とミサカは自分を棚に上げたお姉様に呆れます」
「結構好きだったのよ、あの漫画は」
「趣味が立ち読みという時点で本当のファンとは言えないのでは、とミサカは疑問を投げかけます」
「うっさい!」
もう御坂の腹部に痛みはない。念の為、患部を擦ってみるがやはり外傷はなく、綺麗なままである。
「どうやら完全に回復したようですね、とミサカは痛みで演算ができない状態のお姉様に攻撃を仕掛けようとしましたが、諦めます」
そう言って、サブマシンガンの下ろす9982号の腹部に注目する。
(出血が止まってる?)
刺された直後の出血によって、制服は赤く染まっているが、今は止まっているようだった。
それはまるで御坂が痛みを肩代わりしたように、彼女の傷は塞がっている。
「こうなると、重火器は役に立ちませんし電撃はいわずもがな、とミサカは次の攻撃について思案します」
「させないわよ!」
叫びと共に一本の雷が9982号へ落下する。
当然、出力は調整してあるし、電撃使いの体性を考慮すればそこまでのダメージを与えることはない。
電撃使いには電撃に耐性がある。この場合、御坂が9982号へ気遣いのため攻撃に雷を使ったのは不幸中の幸いだった。
そう、落雷の衝撃はまたもや御坂に襲いかかったのである。
「~~ッ!」
衝撃に思わず膝をつく御坂だったが、痛みはさほどない。
しかし、御坂の思考回路は混乱していた。
(またダメージが私に!)
恐らくは狂痛回廊の効果によるもので、その効果もある程度だけであるが予想もついている。
ただ、どんな原理でこんな馬鹿げたことが起こっているのか理解が出来なかった。
「解析しようとしても無駄ですよ、負能力は無意味で無関係で無価値、何より無責任なのですから」
佐天涙子の公平構成がそうであったように、この狂痛回廊も負能力である以上、そこに理由など存在しない。
「……いちいち考えてたら馬鹿をみるってことね」
「その通りです。なのでお姉様は速やかに立って戦って傷つけて傷ついて負けて死んでください、とミサカはおもむろにナイフを取り出します」
月光に照らされた刃が光り、9982号はそれを逆手に構えて腰を落とし、臨戦態勢をとる。
そして、御坂が立ち上がった瞬間を狙い、一気に距離を詰めてナイフを振るう。
御坂は弾丸を操作したように、磁力を利用してナイフを無力化することができるのだが、それをせず紙一重のところで斬撃をかわしている。
ナイフを無力化した際に再び何らかのダメージを受けてしまったら、その時点で敗北が決定するからだ。
反撃の手段を考えていると、突然9982号の攻撃が止まった。
その隙に、距離をあける。
「ふむ。仮にも軍用として造られたミサカの攻撃をかわすとは、流石はお姉様ですね、とミサカは素直に驚きます」
「これでも身体能力には自信があるのよ!」
それは決して嘘ではない。
「そのようですね、ではこういった攻撃ならどうでしょう?とミサカはナイフを振り上げます」
そして、9982号は振り上げたナイフを思い切り自分の腕に振り下ろした。
「痛ッ!とミサカは……激痛に耐えながらも、ナイフを抜き取ります」
先程まで青白い月の光を反射していたナイフの刃は、今は赤黒い血液がべっとりと付着していた。
だらんと垂れた腕からとめどなく溢れる血が、指先まで伝い地面に血だまりを形成する。
「あああああああああああ!!」
数秒のタイムラグの後、絶叫したのは9982号ではなく、御坂美琴のほうだった。
最初と同じく、9982号と同じ個所に激痛が走るが、そこに出血はなくやはり外傷はないままだったが、
あまりの痛みに腕を押えながら両膝を地面に着き、唸りを上げ続ける。
そんな御坂とは対照的に、もはや涼しい表情の9982号。
やはりその腕の傷は既に塞がっていた。
「それでは、もう一、度!」
再び同じ個所へナイフを突き立てる。
血飛沫が宙を舞い、顔をしかめる9982号の後、御坂の絶叫が木霊する。
「ああああああああああああ!!」
自らの腕を引き千切らんばかりの力で握りしめる御坂。
そこに傷はないのに、そうせざるおえなかった。
自らの傷が完全に塞がったのを確認した9982号は、サブマシンガンの照準を御坂に合わせ、トリガーに指をかける。
「最後に、ミサカの負能力を教えてあげましょう、とミサカはお姉様に冥土の土産を持たせます」
「狂痛回路、-レベル4の負能力。効果は感覚共有です」
「ミサカの感覚を誰かに請け負わせる。その副産物としてミサカの傷も完治します」
「また逆に第三者の感覚を他の第三者に移すこともできます。佐天涙子を超電磁砲から救ったのもこの能力です」
「因みに、感覚を移す相手は任意で選べますし、無差別にどこかの誰かへ移すこともできます。普段は無差別に設定してますよ」
「弱点としては発動までにタイムラグがあることと、ミサカの意識がない場合は発動されないことですね」
「もっとも、この場合はもう関係ないようですが……とミサカは足早に説明を終え、トリガーに力を込めます」
そしてトリガーを握る瞬間、轟音が鳴り響き地面が揺れた。
9982号が轟音のなった方へ目を向けると、煙を立ち上げながら、研究所の一部の屋根が崩れ去っていくのが目に映る。
「あの場所は天井亜雄が調整を行っている辺りですね、とミサカは彼の無事を案じます」
さっさとお姉様を処分して、佐天涙子と共に研究所へ戻ろう、そう思い再び目線を御坂に向けると、彼女は立ち上がっていた。
「……もう何も言う事はありませんよ、とミサカは絶句します」
息を切らし、腕を抑えつつも立ち上がった御坂は痛みが治まった訳ではなく、意識が半分飛びかかっているほどだった。
それでも彼女は立ち上がる。
全てを守るために。
9982号は目の前の人間の行動が理解できなかった。
御坂美琴。学園都市でも7人しかいないレベル5の第三位で、常盤台中学に通う中学2年生のお嬢様であり、自らの製造の元となったオリジナル。
レベル5という事実だけで周りから敬遠され、コミュニティの輪の中心には立てても輪に入れない彼女は友人が限られている。
羨望の眼差しは浴びても、同等の扱いは受けない。
そんな彼女は、数少ない友人に傷つけられ、罵倒されても彼女は立ち上がった。
そして自身のクローンという過酷な存在から、嘲笑され、批難されても彼女は立ち上がった。
どれだけ傷ついても。
どれだけ拒絶されても。
どれだけ心を壊されようとも、彼女は立ち上がった。
ボロボロの体を何度も蘇らせる理由。
それは9982号には、自身の存在意義を他人だけでなく、自分に持たないクローン体の彼女には
例えどれだけ時間を重ねても解るはずもないこと。
自身の為ではなく、誰かの為に何度も立ち上がるという、人間なら誰しもが持っている理由だった。
傷つけられた白井黒子のため。
負に堕ちた佐天涙子のため。
その二人を心から想う初春飾利のため。
そして、目の前の9982号を含む全ての妹達のために、御坂は何度でも立ち上がる。
「アンタ達の……痛みなら……」
呼吸が乱れながらも、御坂は懸命に声を絞り出す。
「どれだけでも……受け止めてやるから……」
片腕を押えながら、重い体を引きづりながら、99892号に歩み寄る。
「せっかく……また会えたんだから……」
もはや、その歩みを止めることが9982号にはできない。
「やっと……全員……姉妹がそろったんだから……」
理解不能理解不能理解不能理解不能理解不能。
「な、なんで……お姉様は……」
9982号は姉の行動が、言葉が、表情が、理解できなかった。
「だから……今度は皆で……」
「そんなボロボロの体で、なんで……」
そんな姉を拒絶することが、妹には出来なかった。
そして気がつけば――優しく抱きしめられていた。
「アイス……食べに行くわよ……」
「なんで、なんで……」
なんで貴女は笑っているのですか?
どれだけ時が経ったのか。
9982号は御坂に抱きしめられる形のまま立ち尽くしていた。
一分、十分、一時間。それとも十秒程しか経っていないのかもしれない。
そこでようやく、口を開くことが出来た。
「お姉様の行動が全く理解できません、とミサカは抱きしめられたまま口にします」
「いいの、別に理解しなくても」
その言葉に少し照れたような物言いの御坂だったが、9982号も特にそれ以上を問い質すことはない。
「全く甘いですね……まだミサカはナイフを持っているのですよ」
「何度も言わせないでよ。アンタの痛みは全部受け止めるわよ」
「そうですか、それなら遠慮なく、とミサカは抱きしめられた体制からナイフを取り出し……」
「ちょ、ちょっと!少しは空気を読みなさいよ!」
「ミサカは風力使いではありませんので大気を読むことはできませんが、とミサカは会心のボケを繰り出します」
「自分で会心のボケって言っておきながらまったく面白くないわね……」
空気の読めない妹に呆れながら、ようやくその両腕を9982号の胴体から離す。
「……で?まだやるつもり?」
少し表情を強張らせて問う。
9982号は首を横に振って答えた。
「この距離なら負能力が発動する前にお姉様に気絶させられるでしょう、とミサカは弱点をばらしたことを猛省します」
「ならいいのよ。佐天さん達も決着付いたみたいだし」
もうこの戦いは終わりよ、と初春に抱きつかれている佐天を横目に両手を上げる御坂。
「……そのようですね」
9982号もこれ以上は戦う意味がないと悟ったのか、サブマシンガンを地面へ下ろす。
「さて、と。球磨川の場所について教えてもらうわよ」
「了解しました、とミサカは敗者は勝者に従うのみという理論に基づいてお姉様の問いに答えます」
そう言って、先程爆発のあった研究所を指差す。
「研究所……ビンゴだったみたいね」
本日襲撃予定だった研究所内に、球磨川が居る。そこから恐らく打ち止めもこの中に囚われているだろうと御坂は推測した。
「それじゃ、私達は行くけど……アンタや佐天さんはどうするの?」
御坂には、もう白井や初春を置いていくつもりはない。
ここまで来たのだ。白井や初春も危険は承知だろうし引き返すつもりもないだろうから、最後まで皆で行こうと思ったのだ。
その問いに、9982号は即答した。
「ミサカはついていきますよ、それは佐天涙子も同じ気持ちでしょう、とミサカは頷きます」
「へぇ、枕元に私が立って助けを求めてたの?」
「そうですの!絶望に染まりきったわたくしを希望の光で照らして下さったのは紛れもなくお姉様の神々しい御姿!」
「眠っていた黒子の頭を優しく、やさし~く撫でてくださった後にわたくしの体の調子を気遣ってくださいましたの!!」
研究所内に入った御坂達は、入院していたはずの白井がどうしてここに居るのか説明を受けていた。
以下、白井による病室内で御坂?と交わした会話の独り芝居。
「大丈夫?」
「なんとか会話出来るまでは回復しましたが、大丈夫ではありません……身も心もずたずたにされてしまいましたわ」
「そんな黒子にお願いするのは酷だけど、助けてほしいの」
「お姉様……しかし黒子は……」
「これは黒子にしか頼めない」
「黒子にしか……ですか?」
「そうお姉さ……ゲフンゲフン。私を助けてくれるのは黒子にしかできないのよ」
「お姉様……」
「だから、立ち上がって私を助けて。そうしたら何でも言う事聞いてあげるから」
「!!」
「お、お姉様……何でもというのは……」
「こ、言葉の意味の通りよ!ミサ……ゴホンゴホン。私をアンタの好きにして良いってこと!」
「それは夜な夜なベッドに侵入しても?」
「許す」
「お姉様にあんな下着やこんな下着を装着させても?」
「ゆ、許す」
「侵入したベッドの中で夜の営みも?」
「許す許すよ許します!とミサカは半ば投げやりに叫びます!」
「お姉様?その語尾は……?」
「さ、最近のマイブームよ!とミサカはもうどうにでもなーれ」
「お茶目なお姉様も素敵ですわ……ハァ」
「で、助けるのか救うのかどっち!?とミサカは選択肢を投げかけます」
「選択肢が一つしかないのですが……当然。こんなところで寝ている場合ではありませんの!」
「だったら、風紀委員支部に向かってちょうだい。そこに詳しい情報があるわ」
「わかりましたの!それでは行ってまいります」
以上、独り芝居終了。
「それで風紀委員支部へ向かったら、初春のパソコンにこの住所が映ってましたの」
そう言って、満足げな表情で説明を終える白井。
その説明で場の空気が死んだ。
「あ、慌てて飛び出したので、そのままになってたんですね。はは……」
「相変わらずだね……白井さんは……」
「お姉様、このツインテール風紀委員から滲み出ているオーラに身の危険を感じるんですが……」
「あの病院にいる妹達にはお仕置きが必要ね……」
四人が四人とも引いていた。それはもう思いっきり引いていた。
「と、とにかく。黒子も無事退院したし!佐天さんも見つかったし!全員無事だから万事オッケーね」
死んだ空気を無理やり蘇生させようと、明るい張った声を出す御坂。
かすかに、今夜が楽しみですわ。と聞こえた気がするが、全力でスルーしていた。
「そうですね。あの、御坂さん……」
そんな御坂に同意しつつ、佐天が申し訳なさそうに話しかけた。
「ごめんなさい!私ひどいこと言っちゃって……」
立ち止り、頭を下げる。
しかし御坂からは一向に反応がないので、恐る恐る顔を上げると、そこには同じように頭を下げている御坂の姿があった。
「私こそ、ごめんね……佐天さんのこと、考えてなかった」
「御坂さん……」
頭を下げ合い、微動だにしない二人を再起動させたのは初春の声だった。
「さ!これでお相子ですよ!御坂さんも、佐天さんも友達なんですから!」
「そうですわよ、雨降って地固まる。ですわ」
明るい弾ける様な笑顔で言う初春に白井も頷く。
「そう、だよね……友達はみんな私と同じになってくれるんだよね」
負能力を使わなくても、と付け加え呟く佐天。
公平構成はオンオフの切り替えが出来ない。なので現在彼女の周りにいる友人たちは全て効果の対象内に居る。
しかし、そんな能力は関係ない。
この友人たちはそんなことをしなくても私と同じ所まで来てくれるんだ、と佐天は感じていた。
「イイハナシダナーと感動したいのは山々ですが、目的地に到着しました、とミサカは空気を読まずに告げます」
歩みを止めて一枚の扉の前に立つ9982号はそう言った。
「ここの部屋に我らがボス。球磨川禊がいます」
その言葉で場の空気が一瞬にして緊張する。
これで終わりではないのだ。
全ての元凶を叩いてこそ、この事件は全ての解決を迎える。
「それじゃ……入るわよ」
御坂は扉を開き先頭に立って部屋へと入った。
そして御坂は、目の前に飛び込んできた光景に絶望する事になる。
かつて妹達を巡り戦った時に、第三位でありながら彼女が手も足も出なかった男が、数本の螺子を体に螺子込まれ倒れ伏していたのだ。
その男の名前は一方通行。
学園都市最強の第一位の超能力者だった。
倒れ伏す一方通行の前に、刺さっている螺子と同じ物を両手に携えている一人の少年がいた。
その少年に、御坂は見覚えがある。
あのビデオに写っていた少年。
打ち止めをさらった少年。
白井を痛めつけた少年。
佐天を、9982号を巻きこんだ少年。
全ての元凶となった球磨川禊だった。
『やぁ、涙子ちゃんにミサカちゃん遅かったね?その子達が例のお友達とお姉さん?』
『始めまして!球磨川禊でーす!』
『ってツインテールの風紀委員さんじゃないか!退院できたんだねおめでとう!!』
『いやぁ、実際心苦しかったんだよね。君みたいな可愛い女の子に暴力をふるっちゃうことが』
『まぁでも、無事に退院できたんだから許してくれるよね!ありがとう!』
突然の来訪者にも関わらず、まるで予想していたかのように平然と螺子をしまい、笑顔で喋り出した球磨川。
その顔面には、一方通行のものと思われる血液がこべり付いていた。
明らかに意識を失うほどの重体を負った一方通行に、笑顔を浮かべる球磨川という異様な光景に、誰も喋ることが出来なかった。
『その様子だと涙子ちゃん?“僕の言ったとおり”仲直りできたみたいだね!』
球磨川の言葉に、9982号以外の人間の視線が全て佐天へ向けられる。
「さてん、さん……?」
俯いたままの佐天に初春が消え入りそうな声をかける。
そして佐天は顔を上げ、笑顔で球磨川に答えた。
「はい!球磨川さんの言った通り、皆は負(マイナス)になった私を見捨てることなく、同じ負(マイナス)になってくれると言ってくれました!」
白井が入院していた病院のとある一室。
冥土返しと呼ばれる程の腕前を持つ蛙顔の名医が座る椅子の対面に、白衣に身を包んだ一人の女性が彼と同じパイプ椅子に腰かけている。
女性、というよりは少女と表現をした方がいい彼女はどう見ても小学校高学年ほどの容姿をしており、
白衣よりもランドセルを背負っていた方が様になるように見える。
「いきなり君が訪れると連絡を受けた時は驚いたよ?なんせ13年ぶりだからね?」
優しく微笑みながら、目の前の少女に話しかける冥土返し。
13年ぶりと言ったが、それは下手をしたら少女が生まれるより以前の事かと思うが、その言葉に少女も目を伏せながらも微笑んだ。
「ええ、本当にお久しぶりですね。できればこんな形で再開はしたくはなかったんですが……」
そう言いながら少女は、傍らの台に置いてあったブラックコーヒーを手に取り砂糖も入れず口に運ぶ。
「要件を聞かなくても解るよ?医師の職を辞した君が愛しの息子を放ってでも、無理に学園都市に来た理由はね?」
「そう言っていただけると助かります……」
愛しの息子、という単語に苦笑いしながらも、学園都市に来た理由を悟られ少し心がざわめく。
「球磨川くんの事だろう?」
球磨川、という単語にピクリと肩を揺らす。
そう、この少女がここに来た理由は球磨川禊にあったのだ。
「彼は今、大暴れしてるよ、まるで水を得た魚どころか金を得た賢者だ」
「でしょうね。彼にとって“大事な人”がいる場所ですから」
冷静さを装いつつも、コーヒーカップを持つ少女の手は少し震えていた。
冥土返しも同じようにコーヒーをすする。
少し、静寂が流れる。
「それで、君は僕に何の用があるんだい?君は患者ではないが優秀な助手だったよ?だから君の望む物は何でも用意するからね?」
その言葉に一度頭を下げ、少女は口を開く。
「ありがとうございます。先生には聞きたいことが二つ、用意して頂きたいものも二つあります」
両手にピースサインを作り、冥土返しへ向け右手の中指を曲げた。
「まず一つ。球磨川くんの現在潜伏している場所」
「それに関してはこの病院で預かっている子が知っている筈だから後で聞いておくよ?」
その言葉に頷いた後今度は左手の中指を畳む。
「次に廃墟となったあの病院から持ち出されて、こちらに保管されているという彼のカルテを見せてください」
いくら過去のカルテだと言っても、通常それを外部の人間に見せることはできない。
だが、そのカルテ自体は目の前の少女が記入したものだ。
「ふむ、あれは君が球磨川くんを見て書いたカルテだよ?遠慮せずに持っていくといいよ?」
予め予測していたのだろう。冥土返しは手元に持っていたバインダーからカルテを取り出し少女へ手渡す。
人差し指を立てた両手を下ろし、カルテ受け取った少女は一度それに目を通した後、「確かに」と呟き再び両手を上げる。
そして今度はそれを同時に畳んだ。
「最後に二つ。球磨川くんの“友人だった”彼の現住所と、私が記入した初診から、先生が記入した彼の最新のカルテまで、全て見せてください」
“球磨川の友人だった彼”という言葉に、今度は冥土返しが微かに反応する。
しかし、これも彼は予想していたのだろう。しぶしぶではあるがバインダーから分厚いカルテを取り出し、少女へ渡す。
「そこには彼の現住所も記載されているよ?いったい彼をどうしようとするのか分からないが、彼は僕の患者だ」
カルテに目を通している少女に対し、頬笑みを崩さなかった冥土返しが初めて眉間にしわを寄せる。
睨みつているようだった。
「大丈夫ですよ。“今の彼”は負(マイナス)ではないんでしょう?だから安心してください」
自信満々の表情を浮かべる少女にため息をつき、冥土返しは立ち上がった。
「それじゃ、これで要件は済んだだろう?患者が僕を待ってるんだ、悪いがこれでサヨナラだね?」
そして、病室のドアノブを掴んだところで一度振りかえり、口を開く。
「無茶はしないでくれよ?人吉瞳先生?」
そう言って、今度こそ冥土返しは病室を後にした。
日が沈み、迎えた完全下校時間から数時間が経つ学園都市を、杖をつきながら歩く一人の少年。
白髪に白く透き通るような肌。
眉間にしわを寄せて、何かを睨み付けるその眼は血の様な紅。
その少年、一方通行の足は、とある研究所に向かっている。
バスや電車が終電を向かえたこの時間では徒歩以外の移動手段が彼にはない。
目的地まではそうそう遠くはないのだが、いかんせん自力での歩行が困難な彼の足では、
通常の所要時間よりも多くかかってしまう。
彼の所有する能力を使用すれば、まさに一瞬で目的地には辿り着けるのだが、
敵陣へ乗り込む前に無駄なバッテリーの消化は抑えておきたかった為、多少時間が掛かってでもこうやって自らの足で歩いているのである。
敵陣。
そう表したのは、彼が向かう研究所内に攫われた打ち止めと攫った張本人がいるからだ。
あの死んだはずの少女に受けた襲撃から、
直ぐに打ち止めの安否を確かめるべく同居人の黄泉川へ連絡をとったところ、
「まだ帰ってきていない」と言った残酷な返答が返ってきた。
それから今日まで一方通行は何の手がかりもないまま、打ち止めを捜索していたが、
突如、黄泉川の友人であり、絶対能力進化実験にも携わっていた連絡が入り、打ち止めの居場所が判明したのである。
同じく実験に関与していた人物が打ち止めを利用した計画を実行するために、芳川へ提案を持ちかけた。
当然芳川は断ったが、その時に打ち止めの現在地が判明したのである。
「天井ィ……ぶっ潰してやる……」
杖をつきながら芳川に打ち止めの居場所を知らせた人物へ怒りの言葉を吐く。
天井亜雄、芳川と同じく絶対能力進化実験の関係者で、過去にも打ち止めを攫い、
ミサカネットワークを悪用しようと働いた人物である。
その企みは一方通行によって阻止されたが、それにより彼は脳へダメージを負い、能力の使用に制限が設けられた。
冥土帰しによって、ミサカネットワークに外部演算を託すことで完全に能力を失うことはなかったが、
現在杖を使用しているように、日常生活にも影響がでている。
しかし、そんなことは苦ではない。
一方通行はそんな今の生活をそれなりに気に入っているのだ。
口うるさい同居人に、馴れ馴れしく飛びついてくる少女。
一人ではない食卓に、プライベートも無い共同生活。
初めてとも言える“普通”の生活は、彼にとって面倒でも、嫌ではなかった。
「ッハ……そンな生活なンざ、俺が過ごす権利は無いんだがなァ」
自嘲気味に言い捨てる一方通行の頭に浮かぶ同じ顔をした少女達。
一万三十一人。
一方通行が実験の為に殺害した、超電磁砲、御坂美琴のクローン体【妹達】の人数である。
間接を全て逆に向け殺した、四肢を全てもぎ取り殺した、脳を破壊して殺した。
血液を逆流させて殺した、鉄骨を降り注がせ殺した、銃弾を反射して殺した。
圧殺、刺殺、撲殺、絞殺、斬殺、轢殺、射殺、落殺。
幾千の手段で惨殺した。
幾千の手法で虐殺した。
そんな少女が毎日、一方通行へ語りかける。
なぜ殺した、なぜ残りを生かした、なぜ生きている、なぜ死ななければならなかったか。
なぜ、生まれてきたのか。
「わかってンだよ、俺も許されるつもりはねェし、オマエらも許すつもりはねェンだろ?」
一方通行は誰もいない夜道で、彼女達に語る。
いくら打ち止めを救ったとしても、生き残った妹達を助けたとしても、その代償に能力に制限がかかろうとも、
自身が犯した罪が無くならない事ぐらい、一方通行は理解していた。
「だから、初めは糞野郎の言ったとおり大人しく殺されるつもりだった」
蘇った妹達を再び殺すか、それとも殺されるか。
それはあの大嘘憑きからの提案だった。
「でもよォ、俺ァ殺されるわけにはいかねェンだよ」
自分が死ねばきっと同居人や打ち止めは悲しむだろう。
大罪を犯した自分がそう思うのは月並みな意見ではあるが、それは間違いない。
だから、死ねはしない。殺しもしない。
「そう言う面では糞野郎には感謝しなきゃいけねェなァ……」
電話越しで出された提案は二つだけ。
しかし、今の一方通行はもう一つの答えを出していた。
「打ち止めを連れ戻して、テメェをブチのめせば一件落着、大縁談ってワケだ」
今ならば。
全ての妹達が蘇ったという今ならば。
悪夢を希望に変える事ができる。
上条当麻では無く、御坂美琴でもない。
今度は一方通行が妹達を救う。
そして、一方通行は元凶であり救世主がいるであろう研究所へ到達した。
多数のモニタとそれを操作するであろう操作盤が設置された研究所内のとある一室。
そこには天井と、中央にそびえる液体の詰まった巨大なビーカーの中に浮かぶ打ち止めが居た。
天井はそのビーカーに両手を沿え、なにかブツブツとつぶやき続けているが、当然打ち止めからの返事は無い。
打ち止めを眺める天井の両目は虚ろで、呪詛を吐き出し続けるその口元からは涎が垂れて床へと落ちる。
そして、何かを呟きながらもそのままおぼつかない足取りでモニタの前に移動し、震える指で操作を始める。
「これで、終わりだ……何もかも」
一心不乱に打鍵をする天井は、その時部屋に入ってきた侵入者にすら気がつかなかった。
「天ァァァァァ井ィィィィィィくゥゥゥウン」
ぐちゃりと顔面を歪め、愉快そうに天井を呼ぶ侵入者は白い死神、一方通行だった。
「一方、通行……」
名前を呼ばれようやく顔を一方通行に向けるが、また直ぐに作業へと戻る天井。
その姿を見た一方通行は静かにチョーカーのスイッチを入れた。
「なァァァにテメェ如きが俺を無視しちゃってくれてるんですかァァァァ!!」
そのままついていた杖を振り上げ、天井に向かって投げ飛ばす。
ベクトルを操作した杖は投げ槍競技の槍どころの速度ではなく、まるで銃弾のような速度で天井へと襲い掛る。
しかし。
天井の足へ刺さるようにベクトルを操った杖は、術者の思惑通りに目標を貫くことができなかった。
杖が目標をそれて床に刺さる。
たったそれだけの事ではあるが、一方通行が操作をしたものである以上、それはありえてはいけない減少だった。
「おいおい天井くンよォ。なンか特別な機械でもこしらえたのかァ?」
杖にかかっているベクトルに違和感を感じた一歩通行。
いや、杖にかかるベクトルというよりは、それを操るための演算に対しての違和感といったほうが正しいのかもしれない。
しかし、一方通行に焦りは無い。
天井は一方通行の問いに再び顔を向け、次に自身の傍らに刺さる杖を見て、首を傾げながらも打鍵は止めない。
そしてゆっくりと口を開いた。
「実験体ごときが研究者に攻撃を仕掛けるなど……」
先ほどまでとは打って変わって冷静な口調に戻る天井だったが、
その見開いた両目と、口元から垂れている涎。
そして傾けた顔面だけをこちらに向け中腰でタイピングを続ける姿は異様だった。
「ッハ!やァっとお喋りする気になったかよ!だがそれも直ぐに終わりだけどなァ!!」
一方通行はダンっと一度地面を踏みつける。
その瞬間に地面はひび割れ、無数の破片が宙へ浮かびそれらを右手で掴みとる。
「ピッチャー振りかぶってェ……投・げ・ま・し・たァ!!」
もはや避け切ることが不可能な速度と密度で、破片が放たれる。
「分身魔球ってなァ!!っま威力はショットガンと同じ……ッ!?」
両手を横に広げ、口元を大きく歪めた一方通行だったが、目の前の光景に言葉を奪われた。
“破片が”
“破片の銃弾が全てでたらめな方向へ飛んでいった”
その内の一つは天井の脹脛辺りを貫いたが、当の本人は痛みを感じるそぶりさえ見せず、平然と作業を続けている。
そして、急にタイプしている指が止まると、ゆらりとこちらに体を向けて天井は歩み寄ってきた。
「失敗してしまったな、一方通行。俺と同じように」
足からの出血は多く、まともに歩行できるはずはないが、天井はその足を引きずりながらもゆっくりと一方通行に近寄る。
「あぁ、この足のことは気にしなくていい。ちょっと薬で痛覚をなくしているだけだからな」
天井はそんな事を言うが、一方通行が聞きたいことはそんな事ではない。
「なンで、ベクトル操作が“狂う”ンだよ!?」
先ほど感じていた違和感が、今このタイミングで確信へと変わった。
“ベクトルの操作が狂う”
一方通行のベクトル操作だけではなく能力とは演算を用いて使用するものである。
それは白井黒子のテレポートや、御坂美琴の電撃も同じ事で、その処理能力の高さが能力の優劣を決めるのだ。
もちろん演算だけでなく【自分だけの現実】等も関わってくるのだが、
能力操作に関しては演算が全ての割合を占めているといっても過言ではない。
天井へと放った破片の雨は、一方通行により操られていたが、被弾の直前にコントロールができなくなり、
結果、でたらめな軌道を描いたのである。
「何故だろうなぁ……私の周りではいつも失敗ばかりだ」
そんなことは答えになっていないが、天井は語るのを止めない。
「学生の頃からそうだったよ。俺の周りでは何かと失敗続きで思い通りに事が運ばない」
「不本意ながら疫病神とも呼ばれた。しかしそれでも俺は努力を止めなかった」
「そして、手に入れた量産能力者計画や絶対進化能力計画への参加権。そして最終信号を使用した復讐」
「だが、それもご存知のとおり中止……失敗に終わったよ」
「その後、残ったのは膨大な借金と絶望だけ……自殺も考えた」
「しかし、“あの少年”に教わってね。どうやら失敗続きなのは自身の能力によるものだった、とね」
その言葉に一方通行が反応する。
「能力だァ?学生でもないテメェに能力なンざ……」
「“負能力”と言ってね。君みたいな能力とは少し違うのさ」
能力開発を受けていない天井に能力など持ち合わせているはずも無いと思った一方通行の言葉は天井に遮られる。
「何も役に立たない負の遺産だよ。ただ自覚したことによってある程度コントロールができる様になったがね」
「さて、君達能力者は戦いの前に格好良く能力名とレベルを宣言するみたいだ」
「ここはそれに則って、私も高らかに名乗らせていただくかな……そんな歳ではないんだが……」
そう言って羽織っていた白衣の懐から、拳銃を取り出し一方通行へと向ける。
「天井亜雄。-レベル3の負能力者。能力名は【破綻理論(サイコロジカル)】だ」
「ご丁寧にどゥもありがとう天井くゥン!!」
天井の宣言の後に、対峙する一方通行も叫ぶ。
「学園都市レベル5の第一位!俺が一方通行だァ!!」
それと同時に足元のベクトルを操作し、超加速で歩み寄る天井の眼前へと移動した一方通行は、天井の拳銃を持つ右手首を掴む。
そのまま能力を使用した握力で手首を握りつぶそうと力を込めるが、
やはり天井へと伝わる力は一方通行の生身の力だけで、逆に腕を振り回されて体制を崩してしまう。
「おやおや無様だな第一位。お前は私とダンスでも踊りたいのかな?生憎だがフォークダンスの踊り方など忘れてしまっていてね」
方膝を床につきながらも、いまだ手首を掴み続ける一方通行に、左手に持ち替えた拳銃の銃口を向け、そのまま引き金を引く。
乾いた炸裂音と共に弾丸が発射されたが、紙一重、一方通行の右頬を掠め、通り過ぎ床へとめり込んだ。
外してしまった事に疑問を覚え首を傾げる天井に対し、急いで右手を離し距離を開ける一方通行にはもはや余裕はない。
握りつぶす際にベクトルの操作が上手くできなかったことだけではなく、
弾丸が頬を掠ったという事実が学園都市最高の頭脳をさえ混乱させる。
能力使用状態での一方通行には、生命活動に最低限必要なもの以外は反射されるように薄い膜を張っている。
反射膜。
一方通行が最強である要因の一つに挙げられる要素だ。
その膜に触れたものは雷であろうと、銃弾であろうと、核爆弾であろうと、放射能であろうと。
解析ができる性質なら例外なく反射されるのである。
しかし、現状では反射対象に含まれているはずの銃弾が彼の体を傷つけた。
これは銃弾が特殊なわけではなく、ただ単に反射膜を形成する為の演算ができなかっただけ。
だがそれだけで、一方通行はただの一般人以下の人間に成り下がってしまうのだ。
「そンな至近距離で外してンじゃねぇよ!!」
虚勢のように聞こえるが、一方通行にはまだ余裕があった。
(ある程度能力の効果は当てがついた……効果対象は俺だけじゃなく天井のヤロウも含まれてンなァ)
混乱はしているものの、ここまでにいたる数回の攻防で、
一方通行は天井の負能力【破綻理論】の効果をある程度だが解析が終了し、一つの仮説を組み立てていた。
その仮説はこのようなものだ。
例えば、一方通行はサイコロの六の目を必ず出せるとしよう。
そこに天井の負能力が加われば、六以外の目もでてしまう。
だがそれは完全に六の目が出せなくなるという訳ではなく、ただ0だった“別の目の出る可能性”が上がっているだけである。
当然、天井がサイコロの目を自由に決めているわけではなく、偶然そうなってしまうのだ。
そして、二つの事例。
一方通行は必ず成功する筈のベクトル操作の演算に“失敗した”。
天井は外す筈のない距離での銃撃を“外した”。
その二つの事実から、破綻理論の効果に術者も入っていることがわかる。
そして、その仮説はまさに的中していたのだ。
「その表情……もう解析が終わったのか?」
不適な笑みを浮かべる一方通行に天井は自身の能力効果が解析されたことを理解する。
「まったく、あのクソ忌々しい三下みてェな能力かと思ったが、どォやら違うみてェだな」
歪んだ笑みを消し、今度は眉間にしわを寄せ吐き捨てるように一方通行は言った。
「テメェの破綻理論っつゥ、くだらねェ能力は“現象の不安定化”だろォ?」
「全く、素晴らしいよ。君が学生じゃなく研究者だったらきっと友人になれただろうに」
拳銃を構えたまま目を伏せ、やれやれといった感じで首を横に振る。
その姿からは、能力が解析されて焦っているといった様子は伺えない。
「テメェとお友達になるくれェなら、女装して学園都市中を歩き回ったほうがマシだ」
天井の言葉に一層、睨み付ける眼光が鋭くなる。
「そう睨み付けるなよ……そうだな、演算への干渉に関しては、一+一が三になる様な感覚だろう?」
「そうだなァ、演算式に余計な情報が入ってくるみてェだよ」
「研究の失敗する一番の理由は、その余計な情報だ」
公式通りに計算を行っても答えが合わないという表現ならば伝わりやすいだろうか。
特に一方通行の能力のように複雑な演算であればあるほど、ほんの小さな不安要素が全てを崩壊させてしまう。
「だがよォ……床の破片が一つ命中したり、弾丸が完全に外れず頬を掠めたってこたァ、全くの無効化って訳じゃァねェんだろう!?」
そう。完全に無効化されるわけではないのだ。
「それに、テメェも効果の対象内みたいだしなァ……ワリィが物量で攻めさせて貰うぜ」
「そうだ、当然私も効果の対象……じゃなきゃここまで失敗続きになるわけがないだろう?」
自嘲する天井に「そうかァ」と呟く一方通行にこれ以上会話を続けるつもりはなかった。
そして再び床の破片を作成するために右足を挙げた瞬間、銃声が鳴り響いた。
一方通行は何も分からなかった。
天井の放った弾丸は一方通行の腹部目掛けて、襲い掛かる。
「ッ……」
不安定ながら反射膜の作成が成功しており、銃弾は一方通行を貫くことなく天井の足元へと反射される。
おかしい。一方通行の脳内で先ほどの証明にヒビが入った。
天井自身も認めた通り、破綻論理の効果対象には使用者も含めている筈だった。
しかし、現状はどうだ?
その天井から放たれた銃弾は反射膜がなければ確実に着弾していた。
完全に矛盾している。
(たまたま今回は六の目が出ただけだろォ?)
そんな儚い希望も再び放たれたすう初の銃声によってかき消される。
頭部に一発、腹部に二発。
反射膜に触れた弾丸の数だ。
(確実に着弾してやがる……!!能力を解除しやがったか?)
そして再び一発の弾丸が放たれた瞬間、大気のベクトルを操作し突風を天井に向け作り出した。
が、対象に着弾したのは弾丸のみで、作り出したはずの風はそよ風程度の威力しかなく、天井の髪を揺らすだけだった。
「ッガァァア!!」
銃弾は一方通行の脇腹を掠めるだけで済んだが、その裂傷は深く赤い血がジワリと彼のTシャツを濡らす。
大気のベクトル操作と、同時に反射膜の作成など破綻理論の前ではできるわけもなかった。
痛みで脇腹を押さえながら膝を床につく一方通行に天井は近付き、革靴のつま先でその顔面を蹴り付ける。
「ック……!!」
吹き飛ばされ、地面に横たわる一方通行は血流操作で応急処置を試みるが、上手くいかない。
そして、無表情を貫いていた天井の表情が一変した。
「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」
裂けるのではないかと思うほど大きく、醜く口を開いた天井は笑い始めた。
「ァアクゥセェェラレェェエェェェェタァァァァァ!」
げらげらげらげら。
一方通行の名前を絶叫し、再び笑い出す。
そしてピタリと笑い声が止まると溢れ出したのは呪詛の言葉。
「失敗失敗失敗失敗実験失敗借金借金破綻破綻破綻最終信号最終信号最終信号一方通行一方通行一方通行
殺す殺す殺すコロスコロすころすここころころころすすころろろす死死死死シシしシ詩シ死氏しsss
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら
げらげらげらげらげら
げらげらげらげら げらげらげらげら
げらげらげらげらげら
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」
もはや、天井亜雄は人格さえも破綻していた。
「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」
狂気の咆哮を響かせながら、一方通行の反射膜は形成されていない無防備な体へ向け引き金を引く。
しかし、今度の銃弾は大きく右に逸れてしまい、致命傷を与えるまでにはいかなかった。
その隙を利用し、一方通行は脇腹を押さえつつも立ち上がり、走って天井との距離を開ける。
背中に壁を背負う形だ。
(追い詰められましたァってかァ?だが距離をある程度あけてりゃァ演算は可能みてェだな)
そして、血流操作で止血をした後、生態電気の信号をも操り傷を癒そうとするが、目の前の狂った科学者はそれを許さない。
「死死しシssァクセェラァレエェェタァァァア!!」
げらげらと壊れたように笑いながら再び拳銃を向けて、発射する。
銃弾は一方通行の体を打ち抜かんとして頭部へと向かうが、演算が可能になった今、銃弾は天井の頭部へ向け反射される。
だが、それさえも天井に掠ることすらできない。
「おもしれェじゃねェかよォォォ!かかかかけけきくくくけけけここここ!!」
「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら」
双方からの狂った笑い声が部屋に木霊する。
一方通行が背面の壁を右手で思い切り叩くと轟音を鳴らしながら壁が崩れ去り、
鉄骨がむき出しになった破片が幾つかが彼の足元へ転がり落ちた。
そしてそれを両手一杯に抱えると、自らの上空へ放り投げる。
そのままベクトル操作で天井の頭上まで移動させ、一気に落下させつつも、先ほど失敗した突風も作成しぶつける。
「こォォォンな愉快な攻撃はァ、どォォするンですかァ!?」
頭上には凶器となった壁の破片、眼前には迫り来る突風。そして、一方通行が足踏みをし発生させた地割れ。
三方からの攻撃は通常なら避けきれる筈が、ない。
しかい、それでも天井は、その場を動かず立ち尽くしているだけだった。
突風が、破片が、地割れが、天井の立っていた場所を蹂躙する。
降り注いだ破片の粉塵で、天井の姿は確認できないが普通なら命中は必須だ。
通常の人間で普通の状態なら。
僅かに粉塵が晴れる。
徐々に浮かび上がる姿は、今だ大きく口を歪めながらげらげらと笑ったままだった。
そう、彼はもはや通常の人間ではなく負の人間であり、破綻した状態である。
結果、完全に目視できる状態になった天井の姿は無傷ではなく、悲惨なものだった。
一方通行の操作通りに攻撃が命中していれば、粉塵が晴れた先にあるのはただの肉塊にならなければいけない。
すなわち、天井が立っているということはまたしても攻撃は失敗に終わったということ。
しかし、笑い続ける天井の姿は、一方通行の攻撃が、全て失敗にならなかったことを表していた。
頭部からは血を垂れ流し。
背負う白衣も紅く染まり。
左手の親指を除く指はグシャグシャに変形し。
右足は先ほど打ち抜かれた出血だけでなく、膝の間接が逆に曲がっている。
だが、そんな姿になりながらも。
「げらげらげらげらげらげらげら!!殺す殺すころすころこすココロロスss」
天井亜雄は狂ったままだった。
「大人しく死ンでた方が楽だぜェ。あァ今のテメェには痛覚が無ィのか」
そんなボロボロの天井の姿を確認して、一方通行は己の勝利を確信した。
このまま物量で攻めきれば勝てる。
「だったらァ何度でもぶち込んでやらァァァアア!!」
足元に転がる破片を蹴り付け、再び天井へ弾幕を放射する。
やはりその大半は目標から大きく逸れていくだけだが、何個かは天井の体へと突き刺さった。
「死なない俺は死なない死なない死なないシナナイシネナイ……」
流石に出血量が多かったのか、笑い声が止み、初めて天井は自身の体を気遣うように刺さった破片を取り除いていく、
その内の腹部へ刺さった破片を天井が引き抜いた瞬間、突如けたたましい警報が部屋に鳴り響く。
「なんだァ?」
追撃をするつもりだった一方通行も、その警報に動きが止まる。
そして、警報が止まったと思えば今度は機械的な女性の声のアナウンスが流れ出した。
――最終信号へコード三七五六四のインストール完了。三百秒後にプログラムが実行されます。繰り返します……
そう伝えるアナウンスの言葉の意味を、再び笑みを浮かべた天井の表情を見た一方通行は即座に理解する。
目の前のマッドサイエンティストは、あの時の様に打ち止めを利用した何かを仕組んだのだと。
「げら……げらげらげらげら!!終わる殺せる壊せれる!!」
今だ鳴り続ける無機質なアナウンスとは対照的に、歓喜の叫び声を上げる天井。
そして、一方通行は激昂する。
「テメェ……クソガキに何しやがったァ!?」
「お、おなじだ。あの時と……」
はたから聞いていれば天井の言葉の意味など理解ができない。
だが、一方通行には瞬時にその意味が解った。
「ウイルスか……!!」
ウイルス。
それは過去にも天井が打ち止めを上位固体とした、ミサカネットワークに繋がる妹達の全固体に強制的に命令信号を送らせる代物。
そして、一方通行が自身の能力と引き換えに食い止めたものだった。
「こ、今度は……あ、あの少年によって蘇った00001号から10031号を含めた全固体を対象にしている……」
「勿論、全固体というのは最終信号も入っているよ。げらげらげらげらげら」
アナウンスに自我を取り戻したのか、会話ができるところまで天井は戻ってきていた。
「ンだとォ!アイツは俺に実験をするよう言ってただろうがァ!!」
すがるように一方通行が叫ぶが、天井はそれを一蹴する。
「げらげら……貴様は自分に自分に害をなす敵の言葉を信じ続けるのか?……げらげらげらげら」
「それに……あの少年の能力名を知らないのか?げらげらげら」
そう言って狂った笑いではなく本当に愉快そうに天井は嘲笑する。
「球磨川禊……本当に傑作だ……いや、戯言かな?彼は能力だけじゃなく性格さえも“大嘘憑き”なのだから」
その言葉の後に部屋に残っていたのは、げらげらと笑い続ける天井の声だけだった。
「げらげらげら……さぁて一方通行よ。死んで貰おうか」
ずるずると体を引きずり、血の線を床に描きながら天井は一方通行へと近寄る。
しかし、一方通行は動かない。
混乱しているわけではない。
恐怖しているわけでもない。
ただひたすらにこの状況を打破する方法を考えていた。
(天井のヤロォを瞬殺すれば、まだコードの解除はできる……)
(クソッタレがァ……あの能力の前じゃァ時間がかかり過ぎンぞ)
既にアナウンスが刻んでいるタイムリミットは百五十秒を過ぎている。
思案する一方通行に対し、天井は再び呪いの言葉を呟きつつゆっくりと近づいてくる。
だが、一方通行にはその言葉は届かない。
(能力を解除したわけでもないのに、天井の攻撃は成功し、俺の演算は失敗……)
(つまり、何かしらの方法を使えば俺の攻撃も奴に届く)
必死に思考を回転させて糸口を掴もうとするが、その答えは見つからない。
「失敗、成功、失敗、成功、失敗、成功……」
ぶつぶつと呪文のように呟き続ける一方通行。
反射膜の形成が乱れて気がくころには、天井の能力の効果範囲へと入っていた。
「げらげらげら。一方通行、こんな俺でも成功する時が来たようだぞ。まさに失敗は成功の母であるとはこの事だな」
銃口を向け、天井の放った言葉で一方通行は遂に天井攻略の尻尾を捕まえた。
「そォか!」
足元のベクトルを祈りながら操作した一方通行は、なんとか天井の能力対象距離から外れることができた。
この時、ベクトル操作が失敗していたら、勝負は天井に軍牌が上がっていただろう。
だが、千分の一、万分の一の確立で“成功”した一方通行はこの瞬間勝利を確信した。
――プログラム実行まで残り百秒……
もはや解説をしている場合ではない。
一方通行は急いで床を砕き弾丸を作成し、右手に握ると、天井の右足を貫いたときと同じように大きく振りかぶった。
そして、思い切り破片を天井に“当たらないように”投げ飛ばした。
「げらげらげらげら!どうしたぁアクセラレー……ッタ!!」
明らかに当たらない筈の起動を描いた破片の弾丸は、何故か天井の眉間を打ち抜いた。
不気味な笑顔のまま崩れ落ちる天井。
即死、だった。
勝利の余韻に浸ることなくすぐさまモニタに向かって、コードの解除を開始する一方通行。
そして、直ぐにプログラム解除のアナウンスが流れ出した。
「結局、まァた失敗しちまったみてェだな」
事切れた天井を見下しながら、一方通行は吐き捨て、打ち止めの入っているビーカーの前に歩いていった。
「よォ……クソガキ」
目を瞑り、蹲りながらビーカーの中に浮かぶ少女に一方通行は話しかける。
プログラムが解除された今、少女の意識はその言葉によって少しずつ覚醒した。
酸素マスクを外しゴポリと笑う少女の口から大きな泡が漏れ、自分が今呼吸ができないことに気がつき慌てふためく。
「なァにやってンだよ……」
慌てて酸素マスクを口にはめた後、再び笑顔を浮かべる少女の行動に少し呆れつつ頭を掻く。
そして一生懸命口を動かして何かを伝えようとする少女。
「アァン?「早くここから出してーってミサカはミサカは懇願してみる」だァ?」
一方通行の言葉に自らの意思が伝わった事が解り、一層笑みを深くする少女に対し、彼はある悪戯を思いついた。
「だが断る」
「~~~ッ!!」
同居人の黄泉川が収集している漫画の中の台詞を模倣してみる一方通行にビーカーの中の少女は怒りを露にし、激しく口を動かす。
「……「そんなこと言うと演算機能を切っちゃうよってミサカはミサカは脅してみたり」……」
今そんなことをされたら洒落にならない。
一方通行は小さな交渉人の要求を大人しく聞き入れ、ビーカーの端末を操作し中の液体を排泄させた。
「やっとあなたに言葉が伝わるねってミサカはミサカは大喜び!!」
液体が全て無くなったとたん、狭いビーカーの中で飛び跳ねながら喜ぶ少女こと打ち止め。
「うっせェ!少しは静かにしやがれェ!!」
「照れちゃって可愛いなぁ~ってミサカはミサカは小悪魔の笑み!!」
「そンなくだらねェ事どこで覚えやがった!」
「え?芳川の持ってた雑誌だよ?ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
「芳川ァ……帰ったら血流操作かコンテナ降り注がれるか好きな方を選ばしてやンよォ……」
「そんな恐ろしいこといわないで、さっさとこのビーカーを開けて!ってミサカはミサカは密閉空間に嫌気がさしてたり!!」
「わァったよ、ちょっと待ってろォ……ってンン?」
これ以上の寸劇は不毛だと思った一方通行が、ビーカーの開閉を操作しようとするが、なにやら鍵穴があるのを発見して小さく唸る。
打ち止めはそんな姿を見てアホ毛を揺らしながら首を傾げていた。
「あァ……こりゃまた原始的だなァ。でもまァこの学園都市じゃ逆に安心ってかァ?」
そして、物言わぬ天井へ歩み寄ると彼の白衣をまさぐり鍵を探す。
「あなたは何をしてるのってミサカはミサカはあなたの性癖を疑ったり……」
「露骨に引くなァ!!鍵を探してンだよ……あったあった」
思いのほか簡単に見つかった鍵を掌の上で転がせつつ打ち止めの入っているビーカーへと引き返す。
そして鍵穴に鍵をさした、その瞬間。再びアナウンスが流れ出した。
――最終信号へのプログラム解除及び天井亜雄の生体反応が停止後六十秒の経過を確認……
そのアナウンスは、天井が用意した自爆プログラムの起動を知らすもの。
――守秘の為、この研究室の爆破を開始します。開始まで残り百五十秒です。研究室内の研究員は直ちに避難してください……
爆破という単語に慌てて鍵を回す一方通行だったが、鍵はロックされ回らなかった。
絶望のカウントダウンが始まる。
「それなら、ビーカーをぶっ壊す!クソガキィ!!伏せてろォ」
ビーカー自体を破壊しようと、思い切り自らの拳で殴りつける一方通行だったが、
ビーカーから返ってくるのは衝撃だけで、壊すことは適わなかった。
「ちィ!何ですかァこの物質はァ!?」
一方通行が破壊できない物質などは、この世には存在しない性質を持つものだけである。
すなわち、この物質は地球上の成分で形成されていないということになる。
実はこのビーカーは学園都市レベル5の第二位の能力者である、
垣根提督の“未元物質”によって作り出された物で、文字通り地球上に存在しない物質なのだ。
未元物質によって作り出されたこのビーカーは性質だけでなく強度面でも鉄壁を誇っているため、能力を利用した攻撃でも破壊はできない。
しかし、だからといってこの部屋の爆発に耐え切れるかの保障はないため、一刻も早く何とかしなければいけなかった。
実際には物質の解析をすればベクトル操作を行えるのだが、今の一方通行と打ち止めにはそんな猶予はなく、
それに感づいた一方通行はビーカーの破壊を諦め、再び警告マークを表示しているモニタの前へ移動する。
「ちょっとまってろクソガキ……」
ビーカーが破壊できないのであれば、爆弾を無力化すればいい。
この部屋のみが爆破対象ならば、恐らく爆弾は室内のどこかに隠されているはずだと推測し、モニタによって爆弾の位置を検索する。
が、どれだけ検索しても爆弾の位置を示す表示はない。
そればかりか、代わりに現れた爆弾の種類が事態をより悪化させることになった。
モニタに映し出された爆弾はN-40小型爆弾というもので、学園都市の科学力を集めたその爆弾は
ライター程の大きさでありながら、小規模のエリアのみ原子爆弾に匹敵するほどの破壊力をもたらすというものだった。
――爆破まで残り百秒……
「くそったれがァ!!」
一方通行は思い切り操作盤に両手叩き付け、急いで部屋中の探索を開始する。
床をめくり、壁を剥ぎ、天井を破壊して、機材を全てひっくり返す。
だが、一向に爆弾は姿を現さない。
――残り六十秒……
カウントダウンだけが、無常に刻まれていく。
――残り五十秒……
「ねぇ……」
打ち止めが、口を開いた。
――残り四十秒……
「このビーカーなら大丈夫だよってミサカはミサカは提案してみる……」
「アァン?なに言ってンだクソガキィ」
意味が理解できないといった様子の一方通行だったが、打ち止めの言葉の真意はしっかりと一方通行へと届いていた。
“自分を置いて非難しろ”という意味だろう。
事実、打ち止めの浮かべている笑顔はどう見ても無理やり作っているものだった。
――残り三十秒……
しかし、一方通行は爆弾を探すのを止めない。
「ねぇ!聞いてるのってミサカはミサカは憤慨してみたり!」
そんな一方通行の姿に、打ち止めは眼に涙を溜めながら怒鳴りつける。
だが、一方通行はその言葉を無視して探索をし続ける。
――残り二十秒……
「おねがい、だからぁ……って……ミサカは……ミサカはぁ…………」
とうとう泣き出してしまう打ち止め。
そしてようやく一方通行が口を開いた。
「うるせェぞ!クソガキ!!俺はテメェを守るって決めたんだ!だからテメェが俺の決めた事に口出しすンじゃねェ」
「いつもみてェに眼ェ光らせながら俺様の活躍を期待して待ってやがれ!!俺は第一位の一方通行だァ!!」
打ち止めは、そんな一方通行の叫びを聞き「うん!」と涙で塗れたまま、笑顔を見せた。
――残り十秒……
ガチリ、と微かに爆弾が起動体制に入る音がした。
それは、横たわる天井の体から発せられた音だということを、一方通行は聞き逃さなかった。
――残り五秒
全力で、天井の死体まで駆け寄る。
――残り四秒
一方通行はその体を担ぐと、懇親の力と能力を使って壁際まで吹き飛ばす。
――残り三秒
すぐさま打ち止めのビーカーの前まで移動する。
――残り二秒
「最後の最後まで失敗尽くしだなァ……」
そういって両手を天井の死体へと伸ばす。
――残り一秒
打ち止めが何かを叫んでいるが、一方通行にはもう何も聞こえない。
爆風からこの少女を守ることだけを考えていた。
――残り〇秒
世界が、白く染まる。
「…………」
恐る恐る打ち止めは眼を開く。
爆発音は聞こえた、何かが崩れ落ちる音も聞こえた。
しかし、何の衝撃も伝わって来なかった。
「よォクソガキ……無事かァ?」
間の前には、自分を守ってくれた白い白髪の少年が居るだけで、他には何もない。
モニタも、操作版も、事件機具も、天井も、そして天井の死体さえも、何もなかった。
だが、打ち止めに必要な人物だけが生きているだけで十分だった。
「無事だよ!ってミサカはミサカは敬礼してみたり!!」
ビシッという効果音が似合うほどの敬礼を向けた打ち止めの姿に安心した一方通行は、ビーカーを破壊するための解析を開始する。
「ン……やっぱヤメだァ」
そんなことを言って、急に解析を中断する一方通行。
打ち止めはそんな彼の挙動に苛立ちを覚え、駄々をこねる。
「えー早く出してよーぶーぶーってミサカはミサカは頬を膨らましてみる!!」
「あー!うっせェ!!よく聞けェ……俺ァまだやる事が残ってンだ!だから一人で帰すよりも、中入ってた方が安全なンだよ!!」
「やる、こと……?」
もう少し喚かれると覚悟していた一方通行だったが、「やる事がのこっている」という言葉に打ち止めは大人しくなった。
いや、怯えていると表現したほうが正しいのかもしれない。
「それってあの男の人のこと……ってミサカはミサカは尋ねてみる」
まさに“あの男”、という打ち止めが指している人物を叩きのめす事が、一方通行の“やる事”だった。
球磨川禊を打倒すること。
「そうだァ……あのふざけた三下以下の糞野郎にはちィーっとお灸を据えなきゃなンねェからなァ」
どうやって始末してやろう、と思案している一方通行に投げかけられた言葉は同調するものではなく、否定のそれだった。
「やめてってミサカはミサカはあの男の人に関わって欲しくないって心配してみる」
「ハァ?ここまでやられたんだぞ。お礼参りは必要だァ……何より俺の怒りが収まらねェ」
今度こそ本当に理解できないといった表情を浮かべる一方通行。
なぜこの少女はこんなに心配しているのか?今しがた爆弾から守ってやったのを忘れたのか?
そんな考えが一方通行の頭の中を支配する。
「あの男の人は、何ていうか……関わっただけで駄目になりそうだから……」
球磨川の姿を思い出し、プルプルと小刻みに震える打ち止め。
「あなたが居なくなるのは嫌だからってミサカはミサカはあなたの身を案じてみる」
これほどまでに球磨川との接触を拒もうとする打ち止めの姿に、一方通行は少しだけ躊躇するが、
それを上回るほどの復讐の炎が彼の足を出口へと向かわせた。
「ッハ!何回言わせンだ。俺はレベル5第一位の一方通行様だぞォ。心配するのは黄泉川ン家に戻った時の祝勝会の手配だけにしとけェ」
そう言って、一方通行は打ち止めの前から去っていった。
「……うん」
力なく頷いた打ち止めだったが、この数分後に、一方通行は球磨川禊に蹂躙される事になる。
「本日も快晴ですよーっと」
右手に学生鞄を持ったまま、空に向け両手を伸ばしながら上条当麻は歩いていた。
本日は平日。学生である彼が向かう先は当然、自らが通う高校ということになる。
ここ一週間は実に平和な日々を送っていた上条だったが、そんな平穏な生活の中には少なからず違和感を感じていた。
その要因としては、ビリビリ中学生もとい御坂美琴に一度も遭遇しなかった事と、彼の学友が数人連続して学校を休んでいるという事があった。
上条の通う高校は偏差値やレベルが高い生徒が多くないとはいえ、
そこに通う人間たちは学校が大好きなので長期に渡って学校を休む、なんてことはあり得ないと言っていい。
インフルエンザや、上条のように怪我をして入院、というなら分からないでもないが、
担任の月詠小萌に尋ねてみたら「連絡がないのですー」という寂しい表情で寂しい返事が返ってきたため、その線は消える。
生徒に絶対的な信頼を置かれている小萌に連絡がない。これははっきり言って非常事態だった。
当然のごとく上条から欠席者達へ電話をしてみたところで繋がる訳もなく、
それならばと思い欠席者の一人で隣人でもある土御門元春の自室を訪ねてみても不在だった為、事の真相は分からずじまいだ。
だからと言って上条も学校を休んでいい訳でもないので、こうして級友が休んで若干面白みの欠ける高校へと登校を続けている。
だいたいこれ以上の欠席をしてしまったら冗談抜きで留年が確定してしまう。
土御門の抱える事情を少なからず知っている上条はきっと今も世界中を飛び回っているのではないだろうかと推測するが、
他の生徒の欠席する理由が解らない。
何か事件に巻き込まれたのではないかと思い、意図的に路地裏などを通ってみてもスキルアウトに絡まれるだけで情報は手に入らない。
御坂についても同じことが言える。
確かに今までも連絡を取り合って会っていた訳ではないが、一週間も遭遇しないとなぜか先程の件と無関係ではないように感じてしまう。
またなにぞろ事件に首を突っ込んでいるのではないか、それとも妹達になにかあったのではないか。
そんな考えが浮かんでは消えていく。
こんな時に限って御坂妹をはじめとする妹達の一人にすら会う事が出来ない。
彼女たちが居る病院へ顔を出したところ、
上条の担当医でもある冥土帰しに「調整中だから」や「外出中だよ」とはぐらかされてしまい、面会は叶わずじまい。
上条はそんな冥土帰しの様子にも不信感を覚えたが、普段から御世話になっているため食い下がることはできなかった。
「あー、こんな晴天なのに上条さんの心は曇り模様ですよ」
そんな訳で、上条当麻は絶賛モヤモヤ中だった。
せっかく前回蓄えた食糧も健在で、居候の機嫌も良く噛みつかれることが少なくなってるというのに、その事が彼の足取りを重くしてしまう。
(というか姫神は小萌先生の家に居るんじゃないのか?)
欠席中の友人の一人を思い浮かべる上条だったが、小萌先生が知らないというのであれば知らないのだろう。
そこに何かしらの事情があったとしても、それを詮索するのは無粋というものだ。
(アイツは……まぁ死んではないだろうけど、一番学校を休む奴じゃないよな……)
思い浮かべるアイツは心配はいらないだろうが、それにしても小萌先生ラブのアイツが無断欠席というのは最早天変地異の前触れとしか思えない。
そして、色々と考えている内に学校に到着していたが、見えてきた、見慣れた校舎の様子がおかしい事に気がつき、
走って敷地内へ入ろうとし校舎全体が目に入ったところで、上条の足が止まる。
校舎が崩壊していた。
窓が割れ、壁が崩れ、鉄骨がむき出しになっている校舎は、まるで地震に見舞われたかのような有様だった。
「っく!!」
一瞬目の前の状況が理解できず固まってしまった上条だったが、クラスメイトの身を案じて全速力で校舎内へと走っていく。
上履きなどに履き替える暇もない。階段を一段一段昇る余裕もない。
そして息を切らしつつも自らの所属するクラスの教室に辿り着いた上条は恐る恐る扉を開ける。
教室内に居たのはただ一人。
数いる欠席者の内の一人で、上条の隣人。土御門元春が、背中に裂傷を負い倒れ伏せていた。
「土御門!!」
上条はそう叫び、土御門の元へ駆け寄る。
彼が所有する能力、肉体再生のおかげで出血は止まっているものの、痛みのせいなのか気を失っていて。
「くそ!待ってろ今病院に連れてってやるから……」
そう言って救急車の手配をするために携帯電話を取りだし、ボタンを押そうとした瞬間、何かが上条の前を通り過ぎた。
「え……?」
目の前の光景に思わず声が漏れる。
上条が今の今まで手に持っていた携帯電話が、宙に浮いているのである。
そして、何かが通った筈なのだが、その物体を確認することが出来ない。
「能力者か!」
能力者による攻撃。そう解釈した上条は拳を握りしめ臨戦態勢をとる。
(念動力の能力者か……)
何もない空間に自分の携帯電話が浮いている現状から、
携帯を奪った犯人の能力は念動力(サイコキネシス)の能力を保持していると推測し、
能力者を探すが、死角の無い教室内に、それらしき影は見当たらなかった。
「違う。能力者じゃない」
辺りを見渡す上条に、突然投げかけられる女の声。
この独特な区切りで話す女性など、上条の知るところ一人しかいなかった。
「姫神……?」
彼女の名前を呼ぶ。
すると、宙に浮いた携帯電話の真後ろにノイズのようなものが走り、徐々に人の形を浮かび上がらせていく。
「よかった。私のこと忘れてない」
そう呟いて現れた少女の右手には携帯電話が握られていた。
少女の名前は姫神秋沙。長期欠席者の内の一人である。
「……冗談はやめようぜ」
驚かせるなよ、と言いたげな上条の表情はどこか安心しているように見えた。いや、実際安心しているのだろう。
犯人が見知らぬ能力者でも、魔術師でもないことが上条に安心感を抱かせた。
しかし、その安心感はこの場合油断ともいえるものだった。
携帯電話を返してもらうよう差し出した右手をじっと見つめた姫神は、少し不機嫌な表情を浮かべた後、そのまま携帯電話を床に落とす。
そしてそのまま足元に転がった携帯電話を思い切り踏みつけた。
ガシャっという破壊音と共に幾つかの破片に砕けた携帯電話はもはや使い物にならないと一目で分かった。
「姫神!何を……ッツ!!」
上条は自分の携帯電話を破壊されたことと、傷を負った土御門の為に病院への連絡が取れなくなったことに対して怒りを露わにする。
だが、再び姫神の姿がブレると、完全に消えてしまった。
「知らない。私を忘れた人の事なんて」
彼女の声だけが聞こえる。そしてその言葉の後に金属が擦り合う音が鳴り響いた。
正確にいえば刃物と刃物を擦り合わせた音。
その音に危機感を覚えた上条は土御門を引きずりながら、教壇まで移動し黒板に背中を合わせる。
動機は不明だが、どうやらあのクラスメイトは自分を傷つけるつもりだと上条は思い、まずは無防備な背中をカバーするためにこのような行動をとったのだ。
静まり返る教室に緊張感が走る。
嫌な汗が上条の頬を伝い、床に滴った瞬間、教室に陽気な声が木霊した。
「よぉーカミやん。どないしたん?そんな死にそうな顔して?ひょっとして便秘ちゃうん?」
そう言って現れたのはまたもや欠席者の内の一人。一週間前に球磨川の元を訪ねようと上条を誘った友人、青髪ピアスだった。
なんて良いタイミングで現れたのだろうと、再度安堵の息を着く上条だったが、ある事に気が付き顔を強張らせる。
いくらお調子者の青髪だろうと崩壊した校舎の中で重傷を負った友人と、
死にそうな表情を浮かべている友人を目撃して、普段通りの振る舞いが出来る筈がない。
特に、傷ついた土御門を発見したら彼は背負ってでも病院に向かうだろう。
だから。あくまでいつも通りの青髪に違和感を感じたのである。
「なんやぁカミやん。ボクの顔になんかついとる?」
笑顔を浮かべたまま首を傾げる仕草もいつも通り変わりのない青髪に、警戒は解かず上条は話しかける。
「おい、土御門が怪我をしてるんだ。急いで病院に連絡してくれ」
そして、数秒の沈黙が流れた。
「はぁ……何をやっとるんやあの子は。つっちーは相手にするな、相手取るなら即死させろっちゅうたのになぁ……」
友人のその言葉の意味が、上条には理解できなかった。
(即死させろ?土御門を?)
混乱している上条を余所に青髪は教室内に呼び掛ける。
「おーい、居るんやろ?ちょっと出てきてやー」
その呼び掛けに応えるように、青髪の右横にノイズが走り再び姫神が姿を現す。
さっきまでとは違う姫神のその両手には出刃包丁が握られていたのだ。
上条が目の前の二人を睨み付けると、青髪がその視線に気が付き頭をガシガシと掻いてから右の掌を土御門へ向け言った。
「ん?あぁ心配せんでもつっちーの傷は治したるで。ちょっと待ってや」
その言葉の通り、土御門の傷は一瞬で塞がった。
「塞がったってより、消えた……?」
まるで傷が初めから無かったかのように、体を入れ替えたかのように傷が塞がり、破れていた上着も元へと戻っていた。
「ま、気は失ってた方が都合ええからそのまんまで。えっとカミやん何か質問ある?」
相変わらずのおどけた口調で言う青髪に上条は怒号のような声を上げる。
「質問!?全部だよ!土御門が怪我してたこと!姫神が携帯を壊したこと!お前ら二人の妙な能力のこと!」
「せっかちやなぁ。それがフラグ建築のコツですかい?」
「うるせぇよ!質問に答えろ!」
「ちょっとくらいふざけただけやん……んじゃその三つの質問に答えましょうか」
そう言って右手の小指と親指を畳んだ状態で上条へ向ける。
「まず一つ目」と言って立てていた残りの指の内、薬指を畳む。
「つっちーが怪我してた理由。ボク達の事を調べてたから姫神ちゃんがやってもうたんや。ごめんなぁ」
少し申し訳なさそうに目を伏せてから、今度は中指を折る。
「では二つ目。携帯壊した理由なんて外部に情報を漏らさんために決まってるやん」
二つ目の答えはそんなことも解らないのか、とでも言いたげなニュアンスでさっさと言ってしまった。
そして、最後の人差し指を畳む。
「そんで最後の質問。これがまぁ結局全ての答えになってるも同然なんやけど……」
「ボク等の能力はカミやんが知ってる能力じゃなくて負能力ゆうてな、なぁーんも利点がない能力のことや」
両手を広げ、万歳をした青髪はまるで道化のようだった。
そして、その言葉の続きを姫神が紡ぐ。
「私の負能力。【存在証明(アイデンティティ)】。レベルはマイナス3。効果はさっき見せたとおり。でも。それだけじゃない」
「マイナスレベル3って言っても姫神ちゃんのはえげつない能力やで。あぁマイナスってのはボク等みたいなのの区分な」
姫神の説明に少ないが補足を入れる青髪。
「自分の存在を消せるってことか……」
「正確には違う。存在感を消す。それだけ」
上条の言葉に訂正をする姫神。
そして、まってましたと言わんばかりに青髪が大声を張り上げる。
「ボクの負能力名は【平衡戦場(アナザーシャフト)】!!なんとなんとレベルは球磨川さんと同じマイナスレベル5や!!」
「まぁゆうても普通のレベル5第一位と第三位位の差はあるんやけどねー」
カラカラと笑う青髪に上条から声が投げかけられる。
「ちょ、ちょっと待てよ!球磨川ってあの球磨川だろ?アイツはレベル5の第八位じゃないのかよ!?」
「それはただの嘘やでー。まぁ久しぶりにあの人に会うまでは気が付かんかったけどな」
「久しぶりって……お前球磨川と知り合いなのか?」
「昔ちょっとだけなぁ。さて!そんなことよりボクの能力や!気になるやろ!?知りたいやろ!?」
かなり重要な事をそんなことで済まされてしまい、青髪が自身の能力説明を始めた。
「かといってすぐに教えるのも興が削がれてまうなぁ……よし!」
「なぁなぁカミやん。ギャルゲーとかやったことある?」
「……ねぇよ」
突如ギャルげー等とこの場の雰囲気に似つかわしくない単語を発せられ、戸惑う上条。
そんな上条などお構いなしに青髪はまくしたてる。
「簡単に言うといろんなヒロインから一人を決めて、どんどん選択肢を選んでいって攻略するゲームなんよ」
「普段カミやんがやってることと同じやね!」
「なんだそりゃ……」
どうもこの男と話していると調子が狂ってしまうようである。決してシリアスにはならず、真意は伝わらない。
「ボクの平衡戦場はね、全てのエンド、全ての選択肢を選んだ結果が分かった状態でプレイする事が出来る」
「さらに言えば、途中から強制的にルートを変えることもできるんや、例えばこんな風に」
青髪が言い切ると同時に砕け散った筈の上条の携帯電話が、床に落ちたままであるが元の状態に戻った。
「これは“携帯電話が壊れなかった世界”の結果をこちらに反映しただけや」
「…………」
目の前で起きた出来事に、上条は言葉を失っていた。
青髪の負能力とはつまり“平行世界の結果を反映する”というあまりにも傍若無人なものだと気が付いてしまったからだった。
「まぁこれだけじゃなく、色々裏技もあるんやけどな、これは後からのお楽しみってことで。カミやんどうせボク等と戦うんやろ?」
「……でだよ」
一通り説明を終えた青髪に、上条は何やら呟いていた。
「なんでだよ!お前は……お前たちはなんで友達を傷つけるような感情を受け入れちまったんだよ!!」
「違ぇだろ!?何の役に立たない能力なら、役に立つように考えりゃいい!!なんでそんな不幸を受け入れちまってるんだよ!!」
「楽しい事も悲しい事も含めての人生だろうが!!勝手にテメェだけが不幸だけだと思うんじゃねぇよ!それを他人に振りかざすんじゃねぇよ!」
上条は、思っただけの気持を叫ぶ。そして少しの沈黙が流れてから青髪が口を開いた。
「不幸を受け入れる、ねぇ……ええか、カミやんちょっと聞いてや」
そう言った青髪からは先程までのおどけた雰囲気などは微塵もなく、真面目な表情だった。
「ボクぁ不幸のみならず不条理、不合理、不安、不信、理不尽、堕落、混雑、嘘泣き、言い訳、偽善、偽悪、いかがわしさ、インチキ、
不都合、冤罪、流れ弾、見苦しさ、みっともなさ、嫉妬、風評、密告、格差、底辺、裏切り、虐待、巻き添え、二次被害、災害、天災、
事故、古傷、腐敗、不平等、失敗、痛み、虚構、いじめ、毒舌、批評、批判、不安定、洗脳、暴利、脱法、隠蔽、違反、負完全さまで、
あらゆる負(マイナス)を受け入れる包容力をもってるんよ?」
「だから、分かったような口を聞かんどいてくれへん」
青髪に上条の想いは伝わらないばかりか、その胸の内に抱える膨大な負(マイナス)の前に、再び言葉を失ってしまう。
「なぁカミやん。本当なら君もこっち側の人間なんやで?だから大人しく今日見たことは忘れて家に帰ってくれへんか」
「壊したもんは取り換える、傷つけた人も取り換える。だから手ぇ引いてや」
そう言った青髪の表情は変わらないものの、どこか寂しげに見える。
普通の人間ならここで心が折れてしまうだろう。だが上条当麻は違った。
この負(マイナス)を抱える二人を助けてやる。そんな決意の炎が胸の中で燃え上がっていた。
「ふざけんな!誰がここでお前らを見捨てるんだよ!!」
「間違った友達を導いてあげるのが親友としての俺の役目だ!!」
そして、上条が拳を握った瞬間、三度教室へ来訪者が訪れる。
その人物は幼く、小学生にも見える姿に白衣を着用し、両手には無数のまち針が持たれていた。
入ってきた扉から大きく跳躍し、上条の隣へと飛び移る。
「よく言ったわ上条君!オバサンも貴方に協力するわ!!」
にやりと不敵な笑みを浮かべる少女、いや自らをオバサン呼ばわりしているところをみると実年齢は上条達よりかなり高いのだろう。
「“久しぶりね”青髪クン。そっちの女の子は知らないけど、どうやら彼によって目覚めちゃってみたいね」
「なんや、小萌先生かと思ったら人吉先生やないですか。これはこれはテンション上がるなぁ」
「相変わらずねぇ……小萌ちゃんも嘆いてたわよ、青髪ちゃんが真面目に授業受けてくれないですーって」
「そりゃあ小萌先生の困った顔はボクの大好物ですから……あ、もちろん人吉先生も大好物やでー」
「残念だけど、人妻子持ちの41歳よ?幾らなんでも貴方のストライクゾーンからは大きく離れてワイルドピッチじゃない?」
「いやいや、ボクぁ落下型ヒロインのみならずってな心情を持ってるんや。属性が増えたら増えただけ、どストライクですわ」
「そっか、じゃぁ全力で身を守らないとね」
「いやーそんな姿もそそるわー。ほな、カミやん、人吉先生?いくで?」
その言葉と共に姫神は姿を消し、青髪は目の前の椅子に手をかけた。
戦いが始まる。
「上条君は青髪クンをお願い!あの過負荷(マイナス)に対抗できるのは貴方だけだから!!」
人吉瞳はそう言って教室の中央へ移動し、自らの周りに円を描くように無数のまち針を床へ刺す。
そして今度は瞳の身の丈ほどもある巨大な裁縫バサミをどこからともなく取り出し、構える。
そんな瞳の姿を見て青髪は上条へ戦う場所を変えようと提案を持ちかけた。
「あーあ人吉センセってば本気やん。カミやんちょっとグラウンドいこうや」
上条の返答を待たずに、ヒラヒラと手を振りながら教室から出て行ってしまう青髪を上条は急いで追いかける。
「なんで俺の名前を知ってるかとかはどうでもいい!姫神をよろしくお願いします!!」
「オッケーよん!成り立ての過負荷に遅れをとるほど柔じゃないわ!!」
瞳の返答を聞き、しっかりと頷いた後、上条はグラウンドへ向かった。
「姫神さん、だったけ?女の子同士ガールズトークでもしましょうか」
まち針で作られた円の中央から微動だにしないまま瞳は姫神に語りかけるが返答はない。
瞳がため息をついた瞬間、身を翻し何かをハサミで受け止める。
そこには姿を現した姫神が、右手に持つ出刃包丁で瞳を切りつけようとしていた。
「なんで分かったの?」
「縫合格闘技狩縫九の技『待張(まちばり)』……私の意図に気がつかなかったのかしら?」
「あなた。糸を」
姫神は気がつかなかったが、先ほど瞳が床に刺したまち針には極細の裁縫糸が張り巡らされていて、切れた方角から姫神の位置を割り出したのだ。
「たかが認識阻害の能力だけで私を倒すなんて二十三年早いわよ!!」
鍔迫り合いをするように互いに押し合う力を利用し、瞳はいきなりハサミにかけている力を抜く。
そのまま体制を崩し前のめりに倒れそうになった姫神のわき腹に思い切り回し蹴りを叩き込んだ。
壁まで吹き飛ばされた姫神は苦しそうに膝をつき、瞳を睨み付ける。
「認識阻害?違う。私の負能力は。存在証明に関わるもの」
「一緒でしょう?どれだけ姿を消したってこの待張さえあれば無意味だわ」
「そう。ならもう一度」
その言葉と共に姫神は姿を消す。ただし手に持っていた凶悪な武器は床に捨てていた。
「あらあら、そんな間単に武器を捨てちゃっていいのかしら?体術じゃ絶対に負けないわよ?」
そして巨大なハサミも地面へ突き刺し、背筋を伸ばし足を構え臨戦態勢をとる。
だが、姫神からの攻撃はなく、代わりに瞳へ声がかけられる。
「私は原石。吸血殺しという能力を持つ。それだけが存在理由だった。でも。今はそれを封じている」
原石。少なからず学園都市の内部へ関わりを持つ瞳はその言葉だけで彼女の言わんとすることを理解した。
「だから。私の存在証明は。ない。貴女の存在証明はなに?」
独特な話し方で瞳へ質問を投げかける姫神に対し、即答で答えを返す。
「存在証明?ふん!そんなものは球磨川くんを止める事よ!」
医師として、一人の人間として、彼を見逃してしまった彼女。
見逃した、見捨てた、見殺しにした。
自分の行動で数多くの人間が不幸になっているのだ。
だから、自分には彼を止める責任が、義務が、意思がある。
それが人吉瞳が動く理由だった。
そこで、瞳は異変を感じ取る。
「あれ?私何をして……」
自分が何に対して構えをとっているのか、なぜ自身の持つ武術スキルを使用しているのか。
その理由が分からなかった。
姫神が否定したように【存在証明】は自身の姿を消すわけではない。
光学迷彩や、認識阻害でもないのだ。
存在証明の本当の効果は“存在を忘れさせる”ことである。
視覚からの情報だけでなく、それ以外の情報ですら脳内から抹消される。
実は姫神は姿を消しているわけではなく、簡単に言えば極端に影が薄くなっているのだ。
確かにそこに居るが、認識されない。
ここに居る理由が無いから、見ることができない。
それこそが存在証明の能力。
「何で私はここに居るの?何で戦おうとしているの?」
そして、存在証明は“第三者の存在理由”ですら無くすことができるのだった。
「たかが球磨川くんのためだけに、学園都市に来たの?馬鹿らしいわ帰ろうかしら……」
能力によって戦う理由を奪われた瞳は、まち針やハサミを片付けて教室から出ようとする。
その背後に、ロープを持った姫神が居ることにすら気がつかずに。
「さようなら。貴女の意図は。ここで切れる」
そして、瞳の首にロープがかけられた。
瞳と姫神の戦闘が始まった頃、上条と青髪はグラウンドに居た。
「んーここならええかな」
「いちいち場所を変えて、なんのつもりなんだよ?」
いまいち戦う意思を見せない青髪に苛立ちを覚えつつ上条は尋ねる。
「あのまま教室で戦ったらつっちーが危ないし、姫神ちゃんの負能力にも当てられてまうし、そして何より……」
「何より?」
「人吉先生のご指名やからねーカミやんと戦おうと思ったら教室は狭すぎるわ」
相も変わらずふざけた口調で話す青髪。
「さて、カミやんは二人のレベル5と戦った事があるんやね?それも勝つなんてやっぱすごいわぁ」
「何で知ってるんだ?」
上条は青髪にその話をした覚えは無い。
一方通行、御坂美琴という二人のレベル5と戦闘をし、勝利を収めたことなどが知れたら混乱を招くし、
いちいち自慢げに話すようなことでも無かったため、そのことを知る人物は少ないのである。
「ボクは平行世界を把握できるんやで?この世界で一番近い世界の過去を覗けば一発や」
青髪はそう言ってケラケラと笑う。
「だったらどうしたっていうんだよ?」
「んー別に。ただ第一位と戦って勝てたんは単に第一位がひ弱すぎただけやね」
その言葉の意味は上条は理解できなかったが、青髪がグラウンドを踏みつけた瞬間全てを把握した。
グラウンドが捲り上がり、土の柱を作成しながら上条へと襲い掛かったのだ。
「だから、鍛えているボクにその能力があったらカミやんは勝てんっちゅうはなしや」
青髪は、平行世界の一方通行からベクトル操作の能力を自身へと反映させたのだ。
上条の脳裏にはあの時の悪夢が甦っていた。
妹達を巡り相対した学園都市最強の超能力者一方通行との戦い。
あの時はさまざまな助力のおかげで辛勝したが、今回は違う。
御坂も居なければ、妹達も居ない、真の一対一の戦いである。
「ほらカミやん!逃げ回ってたら日が暮れてまうでー!」
「ック……」
そんな上条は攻撃を回避するだけで精一杯だった。
実際、上条の持つ幻想殺しに対してベクトル操作の相性は最悪といっていい。
御坂の電撃、それに第二位の未現物質、第四位の原子崩しなどといった攻撃そのものが異能であるなら上条は打ち消せるのだが、
ベクトル操作で動かされている物質は紛れも無く現実のものなので、幻想殺しは発動しない。
割れる地面、降り注ぐ石つぶて、飛来するバスケットゴールの支柱。
これらを全て避けなければならない。右手で触ったところで勢いそのまま上条に当たるだけだ。
「よお動くなぁ。カミやん知ってる?この学校が建ってる地盤って元はかなり柔らかかったんや」
そう言ってポケットに手を突っ込んだまま、青髪は喋る。
「だから、もし地盤改良がされなかったらどうなってたんやろうなぁ」
直後、上条の足が地面へと埋もれる。
青髪は、上条の周りの地面を“地盤改良されていない”世界を反映させたのだった。
「避け続ければ勝機があると思った?」
青髪がニヤニヤと微笑みながら上条へ近づく。
「ベクトル操作中やったら負能力は発動できんと思った?」
そしてポケットから取り出されたのは無数のパチンコ玉。
「ボクが友達やから、自分に幻想殺しがあるから、助かると思った?」
青髪がパチンコ玉を上条に向けてゆっくり投げる。
「甘いで」
ベクトル操作によって加速したパチンコ玉はまっすぐ上条を襲う。
「でも、その甘さ嫌いじゃないで」
近づくパチンコ玉を避けようとも、足元が地面に埋もれた上条は思うように動けない。
だから、上条は右手を地面へと伸ばした。
「なんでそこでいい台詞を言うんだよ!」
幻想殺しの効果によって元の世界に戻ったグラウンドに上条は転がり紙一重で凶弾を回避した。
「おお!やるなぁカミやん」
しかし、青髪に動揺の色は見えない。
そんな青髪に上条は、拳を握り締めて、叫んだ。
「なんでそんなすげぇ能力を持ってるのにこんなことにしか使わねぇんだよ!」
「その能力を負(マイナス)って決め付けて、正しい(プラス)の事に使わないんだ!」
「病気の人間だって、怪我した人間だって、壊れた物だって取りかえれるんだろ!?」
「いくらでも幸せ(プラス)な使い方があるじゃねぇか!」
「いつものお前はどこにいっちまったんだよ!!」
「いいぜ、テメェが不幸だから他人を傷つけるって言うなら……」
「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」
拳を振り上げたまま青髪へと突進する上条。
そして、思い切り振りぬいた拳は青髪の顔面を捕らえた。
「……!!なんで避けねぇんだよ!!」
“わざと”殴られ吹き飛ばされた青髪はゆっくりと立ち上がった。
その表情は先ほど見せた冷たいものだった。
「……確かにカミやんの言ったとおりの使い方もできる」
「でもな、それじゃ何にもならんのや」
青髪は、どこか寂しげに言葉を続ける。
「代用可能理論(ジェイルオルタナティヴ)、時間収斂理論(バックノズル)」
上条には聞き覚えの無い単語を呟く青髪。
「西東天っちゅう学者の理論でな、前者は全ての物に代わりがあるって意味で後者は今起きなくても、いつかは必ず起きるって意味や」
「それが何の関係があるんだよ」
意味が分からないと、上条は首を横に振る。
「例えボクが悪者をやっつけてもその代わりの悪者が出てくるし、末期の病気を治してもその人は近い内に死んでまうんや」
「つまり、意味がないんよ」
それは、先ほどの上条の言葉を全て否定するものだった。
「それに、平行世界もちゃんと世界として機能してるんや。その世界からボクは色々奪ってることになる」
直した携帯電話は違う世界では壊れ、土御門は傷つき、一方通行は能力が使えなくなっている。
こちらを立てれば、あちらが立たず。
「カミやんはつまり、他の世界を滅ぼしてまでこの能力を使えって言うのと同じや」
「もちろんボクが借りた能力は返すし、借りる世界を選別してから取替えとる」
「でもな、それでも周りは不幸になるんや」
今度は青髪が首を振る。
その姿は、とうの昔に全てを諦めているように見えた。
「だから、カミやんこれ以上詮索せずに全てを忘れて帰ってくれ。じゃなきゃ殺してまうで?」
「嫌だね!俺はその幻想もぶち殺してやる!」
青髪の最後通牒を否定した上条の眼には、それでも目の前の友人を正そうとする光が灯っていた。
「しゃあないな……」
諦めたように頭を掻きながら、上条をに睨む青髪はもう穏便にすますつもりは無かった。
「その幻想をぶち殺す、ねぇ……だったら“こんな現実”はどう殺す――?幻想殺し!!」
【 後編 】 に続きます。


勤務中なので後刻拝読させて頂きます。