上条「約束したよな?例え地獄の底でも、お前を ――― 」【前編】
上条「約束したよな?例え地獄の底でも、お前を ――― 」【後編】
一方通行「いい子にしてたかァ?」【1】上条編(前編)
一方通行「いい子にしてたかァ?」【2】上条編(中編)
一方通行「いい子にしてたかァ?」【3】上条編(後編)
一方通行「いい子にしてたかァ?」【4】小話編
病院の敷地では入院患者が看護士に付き添われているか一人で散歩をする光景があちこちで見られる。
家族に付き添われている患者の姿はほとんど見られない。
学生が多くを占める学園都市の病院では当たり前の光景だ。
一方通行は資料の束に目を落としたまま缶コーヒーを一口飲む。
ムッと眉間に皺が寄る。思わず缶コーヒーを睨む。
ホットコーヒーは舌の上をぬるりと滑り、些細な不快感をもたらす。
買ったばかりだったコーヒーは随分と温くなっていた。
携帯を開けば、既にこのベンチに座ってから二時間が経過していた。
ベンチに置いたまま随分と時間が経っている。
そろそろ打ち止めと番外個体の調整が終わる頃だろうか。
「時間が足りねェ…」
吐き出した己の弱音に、舌打ちをする。
今更だ。時間が無い事は最初からわかっていたではないか。
嘆くのには遅すぎる。
首のチョーカーに手を当てる。
ネットワークから離れた今、彼女たちの負担は激減しているはずだ。
それでも尚、時間は足りない。
脚を組み替える。
膝に乗せた資料を畳み、ポケットを漁る。
煙草の箱が手に当たる。一方通行のものではない。
これを彼に無理矢理押しつけた男の顔が過ぎった。
「隣り、良いかい?」
空をぼんやりと眺めていた一方通行に声を掛けてきたのは、派手なスーツに、髭面の恰幅の良い男だった。
美琴の電撃を浴び、入院生活を余儀なくされていた。
すぐにでも退院出来るという彼を押し留めたのは打ち止めだ。
治療に専念するようにと、病院の味気ない食事に、研究資料もとり上げられ、止めにコーヒーを制限された生活は退屈を通り越して苦行に近かった。
せめてもの気晴らしに外に出たものの、退屈なことには変わらなかった。
売店で買った新聞に目を落とす。
大物政治家の秘書、献金疑惑。
学園都市発のイギリス行きの旅客機の墜落事故から七日。日本人大学生の身元判明。
人気急上昇中のアイドル、六日間の不倫旅行?
難航する宇宙開発事業、未だ残る戦争の爪痕、etc…
読むに足る記事はほとんどなく、すぐに読み終えてしまう。
腹が立つくらいに晴れ渡った空を見上げていたら突然声を掛けられた。
実験に勧誘してきた研究所の人間を彷彿とさせる姿に、警戒の目を向ける。
それは射抜くような眼光であったが、男は気づいていないのか、返事を待たずに隣に重石を乗せるようにどっしりと隣に座る。
「煙草吸ってもいいかい?」
煙草の箱を振って見せる。
楽々と一方通行の顔くらいなら掴めてしまいそうな手に煙草の箱はやけに小さく映る。
「好きにしろ」
言うが早く、男はむしり取るように一本取り出し火を着ける。
ごつい外見の通り武骨で長い指が煙草を挟むと不思議と目を引く。
男は目を閉じ、これ以上美味いものは無いかのようにゆっくりと丁寧に煙を吸い込んでいく。
あまりにも美味そうに吸う男を、他に見るべくもののない一方通行はまじまじと見る。
一方通行の視線に気づいたのか、男は煙を吐き出すと照れくさそうに笑う。
「いや、すまないね。最近本数が増えてきてると女房がうるさくてね」
男臭い笑みだった。人を見下す時に木原が浮かべていた笑みとも違う。
冥土返しを除き周囲に同年代の男しかいない一方通行にとっては新鮮な笑みだった。
一方通行は返事をすることなく、視線を空へと向ける。
男が吐き出した煙が溶けていく様を、半目で見つめる。
「娘が学園都市にいるんだ」
「あァ?」
「5年になるのかな。今年で高校二年になる。とても可愛くて賢い自慢の娘だよ」
男は聞いてもいない世間話を始めた。
うるさい。黙れ。
普段ならばそう切って捨てているはずだった。
それが男がしゃべるのに任せているのは男に興味が沸いたからではない。
単に暇だったからだ。
「一時は連れ戻そうとしていたのだが、治安もまともになった上に、どうにもこちらの方が居心地が良いみたいでね。親としては少々複雑なんだが」
息継ぎをする代わりに煙草を吸うように、男は話すのと吸うのを繰り返す。
「それにいつの間にかこちらで夢も見つけたみたいでね」
嬉しくも寂しげに瞳を細める。
「子供というのは、自分の知らないところでもどんどん大人になっていくものだとわかってはいたんだが……何とも慣れないものだよ」
娘の成長を喜ぶ反面、自分の手から離れて行ってしまっているのを寂しく思っているのだろう。
それくらいは一方通行にもわかる。
自分も打ち止めが大人になったときはこんな目をするのだろうか。
これまで考えたこともなかった考えがよぎる。
もし、そんな日が来るとして、それまで彼女は生きられるのだろうか。
打ち止めだけではない。番外個体や多くの妹たち。
彼女たちが無事幸せになってくれるのをこの目にすることが出来るのだろうか。
「何で俺にそンな話をする?」
男は思いもよらぬ事を聞かれたとばかりに目を丸くする。
自分はそんなにおかしな事を言っただろうか。一方通行は怪訝な顔で男を見る。
「いや、すまないな。退屈な話だったな。妻に話しても子離れが出来ていないと笑われるんだよ。
君が娘と年が近そうだったからつい話してしまった」
だとすれば、もう少し相手を選べ。
心の中で毒づく。見た目はともかく、この男はきっと良い父親なのだろう。
父親の記憶が無く、父親代わりの男は最低の屑だった自分にもわかる。
男の言葉の端々から、娘への愛情と信頼がにじみ出ている。
「最近娘が増えてね。顔が見たくて今日は来たんだよ」
増えた。言葉の奇妙さに、一方通行は眉をひそめる。
顎の髭を撫でながら男は嬉しい報告だと呟く。
そいつは良かったな、などという気の利いた言葉を自分に期待しているのではあるまいな。
一方通行はイマイチ掴めない目の前の髭面を凝視する。
どこか油断の出来ない男だと一方通行の中の本能が告げる。
木原のような殺意や敵意が見えないことが一層不安をかき立てる。
男が困ったように苦笑を浮かべた。
「こんなただのオジサンにそこまで警戒しなくてもいいぞ一方通行君」
虚を突くように、刺し込まれた言葉に、短く息を呑む。
「ただ、君に会ってみたくてね」
「ハッ…随分自信があるみてェだな。それとも命知らずのバカか?」
チョーカーに指を掛ける。
爪で弾くだけで、スイッチを切り替えられる。
「そんなに好戦的な顔をしないでくれないか。別に学園都市の暗部に遣わされた、なんていうオチは無いよ一方通行君」
「ハイ、そォですか。なンで信じるとでも?」
「少なくとも君が守りたい子達に害を為す者ではないよ。絶対に」
男の言葉を信じる根拠はなにもない。
口先だけならば何とでもいえる。男は名前すら名乗っていないのだ。
しかし、一方通行はチョーカーに掛けた手を下ろす。
「ありがとう」
男の言葉に舌打ちをする。
一方通行もまた自分自身の行動に戸惑っていた。
「それにしても…」
男は感嘆の息を吐く。
「世界を巻き込んだ戦争を終結に導いた立役者の一人が、まさかこんな華奢な子供だったとはね」
「誰がガキだ」
19の男をつかまえて子供扱いをする男を睨む。
「ははは、気を悪くしたなら謝るよ。だが、アレイスターを君たちが倒した時はもっと幼かったろう?」
アレイスターの名まで知っている事に一方通行の瞳に警戒の色が再び濃く浮かび上がる。
すぐにでも立ち上がれるように姿勢をずらし、油断無く男を見る。
「テメェ…何者だ」
「商社マンみたいなもんだ」
「商社マンだァ?」
「そう。世界に足りないものがあれば、それを手配するのが俺の仕事だ」
男の言葉の意味を計りかねるように、一方通行が黙り込む。
男は楽しげに頬をゆるめると、おもむろにくわえていた煙草を靴の裏でもみ消す。
「君は世界に足りないものは何だと思う?」
挑むような瞳。
試すような口振り。
ウゼェ。
小さくつぶやく。
呟きは聞こえていたらしく、男は苦笑いを口の端に滲ませる。
「試すような言い方が勘に障るかい」
「わかってンじゃねェか。だが、まァいいさ。どォせアンタが期待しているよォな答えなンざ俺は持っちゃいねェ」
皮肉げに口角をつり上げる。
この男は何という答えを求めているのだろうか。
愛か。
平和か。
それとも笑顔とでも言って欲しいのか。
上条ならば、さらりと真顔で言いかねない答えだ。
ヒーローらしい答えとして。
馬鹿馬鹿しい。
そんなもの、自分のどこを探しても出てこない。
自分の中の「本当」ではない。
普段ならば「知るか」と切って捨てる男の問いに、耳を傾け、答えを探していることに一方通行は気づいていない。
期待を秘めた男の目に挑むように、一方通行は真正面から睨みつける。
「ンなモン無ェよ」
理解が及ぬ答えに男が目を見張る。
「だから、無いって言ってンだ。足りねェモノなンてな」
「ほう…」
興味深げに男が顎をなでる。
「世界に必要なものは君の考えでは何も無いのか?」
「ああ、そォだ。金か暇か、それか欲望なンてモンを持て余したクソ共がかき集めるから足りなくなるンだよ」
身に余り過ぎる理想などという言葉で誤魔化した欲望の犠牲になり続けてきた。
この都市の子供が、少女達が。自分自身すらも。
あったモノを奪われて。だから足りなくなったのだ。
奪われた者は必死にそれを取り戻そうと足掻く。
独占したがる者はそれを手放したがらない。
結果、血が流れる。
「足りねェなンて吠えてるモンはただの無駄ばかりだ。けどよ」
そして、一度手にすると、再現無く次を求めていく。
それは無駄でなければ何なのだ。
罪を償う為に少女達を守れればいい。それがスタートだった。
それが笑顔がみたいとなり、幸福になる為の手助けをしたいへとなった。
人並みの扱いを受けて欲しいというささやかな願いは、他の人間よりも幸せになって欲しいという願いへと変わった。
自分のような屑が、身の程もわきまえず、そんなことを思っているのだ。
「その無駄が面白ェから必死になってンだろ」
手のひらにある物に満足出来なくて、今度は両手で掬おうとする。
それでも足りなくなれば両腕で抱えられるだけ抱え込もうとする。
「その無駄が欲しいから、馬鹿みてェに足掻くンだよ」
自分の手がどれほど細く、小さく、非力で、傷だらけだろうと関係無い。
煙草を新たに取り出すと、男はゆっくりと吸う。
一方通行の言葉の真意を探るように。
男の寄越す視線が品定めするように、無遠慮なことに気づく。
「何だよ。そンなに期待外れだったか?」
それがどうしたと鼻で笑う。
しかし、男は無遠慮な瞳から一転して、人なつこい柔らかな目をする。
「いや、悪ぃ悪ぃ。予想外だったからちょっとオジサン固まっちまったよ」
急に砕けた口調になると、男は満足したのか、深く吸い込んだ煙を空に向けてがばりと吐く。
いちいち男臭い仕草をする奴だと、一方通行は呆れる。
「予想外の答えだっが…期待外れじゃあねーな」
何が嬉しいのか、フィルターを噛みながら喉の奥で笑う。
「そうか。無駄が面白ぇか」
「アンタのソレもその一つじゃねェのか」
ニィっと唇をひん曲げ、指さすのは男の手にしている煙草。
男はしてやられたと、頭を撫でるように掻く。
「さてと、そろそろ時間だからオジサンは退散するよ」
スーツを軽く払うと、男は一方通行に煙草の箱を投げて寄越す。
「話につき合わせたお礼ってことで」
「俺は吸わねェぞ」
「だったら誰かにやってくれ。海外産の結構珍しい煙草だ」
「体の良いゴミ箱代わりにしてンじゃねェよオッサン」
「いいんだよ。細けぇことは。それじゃあ、またな」
ぶんぶんと、腕全体を振りながら男が背を向ける。
その後ろ姿が見えなくなると、一方通行は押しつけられた箱を見る。
手の中の煙草が所在なさげなのは気のせいではないだろう。
資料を読み終え、ぽっかりと空いた時間を埋めるようにいつしか物思いに耽っていた。
煙草の箱を眺めていると、見知った白衣姿の男が一方通行に近付く。
「ほう、珍しい銘柄を吸うのだね」
「俺のじゃねェよ。押し付けられたンだよ。ワケのわかンねェオッサンに」
カエルに似た何処か愛嬌のある顔で近付くのは学園都市最高の、いや、恐らくは世界有数の腕を誇る医者。
直接医学を学んでいる彼からすれば師に当たる。最も、彼がしおらしく彼を先生と呼ぶことは滅多に無い。
「アンタ煙草吸うのか。寿命を縮めるとか何とか言って認めねェクチだと思ってたけどなァ」
冥土返しの手の中にある箱を見ながら一方通行は意外そうな声を上げる。
白衣から取り出したライターで咥えた煙草に火を点ける。逆さまにするとイラストのビキニ姿の女が裸になるという彼のイメージから程遠いデザインだ。
一方通行の鼻先にバニラエッセンスのような香りが届く。カエル顔が煙を吐く姿は、昼のテレビでやっていた古い日本の忍者映画を思い出させる。
「甘ったるい匂いだな…それ煙草かよ」
「子供の患者の中には煙草の匂いが嫌いな子もいてね。これだと嫌がる子は少ないんだよ」
「ハッ。ガキに気ィ遣ってまで吸うよォなことか」
溜息を吐く様に白い煙を口から上らせると、冥土返しは肩を揉み解すように抑える。
この病院で看護師をする妹の一人が、朝から手術があると言っていたのを思い出す。この医者の腕ならば既に終わっていても可笑しくはない。
手術が無事に終わると、この医者は大袈裟に喜ばないが、それでも納得した笑みを浮かべる。
あるべきところにあるべきものが収まったのを見届けたような、静かな満足感だ。
紫煙を吐く横顔にそれは無い。一方通行が何かを言う前に、冥土返しが呟く。
「フラれてしまったよ。いくら僕がエスコートを申し出ても、“あちら”が良いそうだ」
「アンタでもフラれンのかよ」
「当然さ。唯一無二の正しい口説き方があるなら知りたいものだよ」
「で、それが手向けか?」
咥えた煙草のちりちりと小さく燃える橙を見る。
苦笑し、微かに首を振る。冥土返しが弱った顔を見せることは滅多に無い。
一方通行は目を逸らして遣るべきか、僅かに迷う。
「自傷癖みたいなものさ。命の冒涜だと言われても、この癖は中々治らない」
物に当たるよりも建設的だよ。僕等の周りには高価な機器が目白押しだからね。
冗談なのか、本気なのか、静かな口ぶりからは窺い知れない。
「………」
手の中の箱に視線を落としていた一方通行は、おもむろに一本取り出すと、口にそっと咥える。
意図を察した冥土返しがそっと先端に火を灯してやる。
ライターをポケットにしまいながら、冥土返しは白い青年が恐る恐る煙を吸い込んでいくのを眺める。
喉が、微かに引くつき、一方通行の中を煙が満たしていく。
「ゲホッ!!ゴホッ、ゲッ、ガハ……ッ ッァァァー…なンだ、これ」
「いきなりそんなに吸い込むからだよ…」
思い切り吐きそうな勢いで咽る姿に、呆れた冥土返しの視線が突き刺さる。
「何で吸おうと思ったんだい急に?」
至極当然の疑問に、一方通行は「別に」とだけ答える。
言えるはずがなかった。彼が大人だと強く感じる男が、揃って吸っていたのだ。
吸えば自分も少しは今の自分から脱却できるその切欠くらいにはなるのではないか。
そんな事を思っていたなどと、言えるはずがなかった。
「ま、悪いことは言わない。煙草なんて止めておきなさい」
「………言われなくても吸うかよ、こンなモン二度と」
「そうだね。その方が良いよ。彼女達も心配してるみたいだしね」
冥土返しが自分を通り越したところに視線を向けているのに気付き、一方通行が振り向く。
「あ、貴方が不良さんになっちゃった…ってミサカはミサカは煙草を吸って思い切り咽てた貴方の姿を信じられない心地で見てみたりする…」
「ブフッ!咽てやんの。ゲホって。ゴホッ。ぷぷぷ…大人の階段登りたかったんでちゅか第一位ちゃんは?ぎゃはははは」
一方通行の醜態の一部始終を見ていたクローン末っ子組。打ち止めは愕然と、番外個体は爆笑しながら見ていた。
しくじった。
唇を噛む。みっとも無い姿を思いきり見られた。
一方通行の中に途方も無い後悔が過ぎった。
打ち止めは「不良さんになっちゃったよ…グレちゃった…」等とドラマの影響をまた受けたかのようなセリフを連呼している。
番外個体に至っては腹を抱えて笑っている。外で無ければ間違いなく笑い転げているレベルで身を震わせている。
からかわれ、いじり倒されるネタを提供してしまった自分に怒りが込み上げる。
「絶対ェ煙草なンざもう吸わねェ……」
「賢明な判断だ」
一方通行の肩に手を置きながら、冥土返しがしみじみと頷いた。
348 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/03 00:33:02.00 0VyzdqJM0 467/791以上で投下終了。
髭ダンディは煙草吸わなきゃウソ。カエル医者が煙草吸ってたらギャップカッコいいと思います。
結局のところ煙草吸う切欠話を書きたかっただけです。
それではまた。 ノシ
「彼なら退院したよ?」
「退、院…ですか?」
「うん。とっくに」
「とっくに…」
「知らなかったのかい?」
「知らなかった…です」
「………」
「………」
「…まったく…あの子は…」
冥土返しのため息だけが病院の通路に響く。
行き場を失った包みが「姐さん。こりゃいったいどういうことですかい」と美琴の手の中で不満げに訴えている気がした。
「…退院するならするって言ってくれても良いじゃないあんにゃろう」
「お姉さま…はしたないですわ」
オープンカフェの丸テーブルに頬杖を突いて美琴が不機嫌さ全開の美琴が唸るようにつぶやく。
ストローを口にくわえながら愚痴る美琴を黒子が眉を顰め窘める。
白井黒子は美琴が関わると非常識であるが、基本的に融通が利かぬほど真面目な少女である。
既に常盤台の先輩後輩ではないのだから、お姉さま呼びは止めて欲しいと、ストローを離しながら美琴は思う。
「先輩って呼ぶアンタは想像できないけどさ」
「は?」
何のことかと首を傾げる白井の隣で佐天がテーブルの上に置かれた包みのリボンを解いたり結んだりと遊んでいる。
「結局、これどうするんですか?せっかく上手に出来たし、いっそここで食べちゃいます?」
「ちょっと…佐天さん、まだデザートも注文してないのにそれは」
「いいじゃん、初春。常連なんだし。初春なんていつもパフェってるんだからそれくらいいいって」
「そ、それはそうかもしれないですけど」
「御坂さん手作りのクッキーだよ?超電磁砲の手作りクッキーだよ?食べなきゃもったいない気がしない?」
「そうしてくれますか、佐天姐さん」、と包みが思ったかは定かではないが、うまく出来たクッキーを無駄にするのは初春とて気が引けた。
「確かに…お姉さまの手の温もりと、匂いと、エキスのしみこんだクッキー…
エルマドロンのクッキーなんて裸足でエスケープするレベルの価値がありますわね…ひひひ」
だらしなく垂れる涎を拭いながら、白井が女の子が浮かべてはいけない類の笑みを浮かべる。
「黒子キモい。言動諸々」
「お姉さま…クールな口調でのつっこみは少々堪えますの…」
「でもさ」
佐天がソーダフロートを崩しながら首を傾げる。
「その人って、ずっと御坂さんのこと避けてますよね」
「避けてるって……たまたまお見舞いに行ったら姿が見えないだけよ」
「いや、遭遇率低すぎですよ。彼氏さんのお葬式の時くらいですよね、会ったのって」
「あ…ああ、そうね、そうよね」
佐天の言葉の意味が把握できず、一瞬美琴は固まる。
上条当麻の葬式ーーーと世間一般には認識されているそれが行われたのは二週間前。
上条と結局面識の無いまま終わった佐天や初春は、名前すら知らない。
「それって絶対御坂さんの事避けてますよ」
「まぁ…お姉さまの訪問を拒むなんて…万死に値しますわ!」
白井が不機嫌に紅茶をすする。当然砂糖は入れずに。
「避けてる…のかな」
その言葉に、なぜか美琴は少しショックを受ける。
あの時、上条の形ばかりの葬式の日。
美琴は確かに一方通行に会ったが、彼の知人であり、上条の友人、そして舞夏の義兄というサングラス胡散臭い男。
土御門元春から聞かされた真相を理解するので美琴は精一杯だった。
わかったのは、一方通行が事情を一から十まで把握していたこと。
その上で、上条を送り出したということ。
そして、その罪悪感から美琴の電撃を食らったということだ。それも心臓が一時止まるレベルで。
(あの雰囲気だと…アイツ、あのシスターの事好きだったんだわきっと…)
好きな子の笑顔を取り戻せるのが上条だけだからと知っているから、送り出したのだ。
美琴の持っていたイメージの一方通行にしては、あまりにも潔過ぎて逆に気持ち悪い。
「避けるっていっても、御坂さんのことが嫌いじゃなくて、好きで恥ずかしくてってこともありえますよ」
初春がフォローを入れる。
美琴が目に見えてしょんぼりとしてしまったことに焦ったのだ。
「と、いうか、御坂さんの場合だったらその可能性の方がむしろ大きいですって、ね、佐天さん」
「う、うん。そうですよ~恥ずかしくて顔見れないんじゃないですか」
「またお姉さまに要らぬ虫が寄りつこうとしてますの…?」
「違うわよ。たぶんソレはない」
美琴は首を振る。
「だって、私たちお互いにそういう感情抱けるような関係じゃないもん」
ホント、そんな関係じゃない。
齧ったストローをぴこぴこと揺らしながら声には出さずに念を押す。
自分が入院させてしまったこともある。
しかし、もっとも大きいのは、あの男が犯した罪。
一万人の妹を殺したという拭い去ることの出来ない大きすぎる罪だ。
「何かあったんですか?」
「うん、まぁ話すといろいろあるけどさ。私はアイツに散々傷つけられて、踏みにじられて、沢山のものを奪われたの」
「お、お姉さまを、ふみにじ、奪う」
「アンタの想像してるのとは絶対違うわよ」
何を妄想したのか、白井の顔色が赤と青に点滅する。
確認せずともいかがわしい妄想をしているとわかる後輩の頭を軽く叩く。
「とにかく、私はアイツを許しちゃいけないの。無かったことになんて出来ることじゃないし、それは向こうだってわかってるはずよ」
だからこそ、一方通行は自分に何の接触も図ってこない。
妹達、打ち止め等を美琴と触れ合わせても、自分は決して姿を見せない。
美琴の電撃を受け止めた時も、慰めの言葉らしいものなど何も掛けてこなかった。
そして、佐天の言うとおり、おそらく自分が見舞いに来るる事すら、避けている。
なぜだろうか。
罪悪感。自分の顔を見て罪悪感に苛まれるから。
そして、会わせる顔が無い。そんなところだろうか。
「でも、御坂さん」
初春が納得のいかぬ顔で隣の御坂を見つめる。
「許しちゃいけないっていうのはおかしくないですか?」
「え?」
まっすぐな初春の視線に、美琴はどきりとした。
「ええ~でもさ、酷いことされたら許せないでしょ」
「許せないっていうならわかるんです佐天さん。どうしても、気持ちがそちらに向いて動いてくれないならもう仕方がないですから。
でも許しちゃいけないっていうと、まるで御坂さん本当は許してあげたいって思ってるみたいに聞こえますよ?」
高校生になり、髪が伸びたこともあってぐっと大人びてきた初春のまっすぐな瞳に、美琴は言葉に詰まる。
「許してあげたい…」
そうなのだろうか。
美琴は己に問う。
一万人の妹達を殺した男。
笑いながら殺した男。
弄びながら殺した男。
許していいはずがない。率直に美琴は思う。
けれども、美琴の内から小さな反論があがる。
一万人の妹達を守ってくれた男。
守り続けてくれている男。
その為に取り返しの突かない傷を負った男。
感謝を述べてもキリがない。素直に美琴は思う。
「御坂さんはどうしたいんですか?」
『お姉様はどうしたいのですか?』
初春の言葉に、先日言われた妹の言葉がだぶった。
「彼は一万人のミサカ達を殺しました。それは例え彼が残った一万弱のミサカ達を十回助けようが百回助けようが変わらない事実です。
だからこそ、お姉様には彼を憎む権利も嫌う権利もありますし、彼にはそうされる義務がありますとミサカは客観的事実を述べます」
五回目の空振りの後であった。
偶然出会った10032号と美琴は近況報告も兼ねてベンチでお茶をした。
甘ったるい人工的な紅茶を無表情で流し込みながら10032号は問い詰めるというよりも純粋な疑問を美琴にぶつけた。
「故に、お姉様がもしミサカ達の仇討ちを検討されていないのでしたら、彼に関わらないことがもっともお姉様の精神衛生上に良い対処かと
ミサカは放っておいたらどうだあんなもやしと暗に言います」
妹の言おうとしていることはわかった。
許すことが出来ず、既に罰する気も無い者を相手にする事ほど無駄なことはない。
憎く、嫌悪感を抱く相手が側に居ることほど心を苛むことはない。
もし、排除するつもりがないのだったら、自分の身の回りから遠ざけるのが一番の打開策だ。
「それとも、お姉様はそんなに今回のことを恩に感じているのですか」
「そりゃあ…感じてないはずないじゃない。私のせいで入院してるんだし」
「そうでしょうか?」
「何がよ」
「お姉様の受けた痛みに比べれば、それもまた当然の報いじゃないでしょうか、とミサカは個人的意見を述べます」
「報いって…」
「あのモヤシも少なくともそう思ってるから無防備で受けたのだと思いますがとミサカはマゾ疑惑濃厚な真っ白白助の顔を思い出します」
彼女の言うことはもっともだ。一方通行はそうされても文句が言えないほどのことをした。
美琴も許してはいけないと思っている。
しかし、美琴は触れてしまったのだ。
真っ直ぐに自分の怒りの全てを受け止めた不器用な姿を。
何度電撃を浴びても立ち上がる愚直さを、不器用な優しさを。
そして、堪えきれない寂しさと後悔を閉じ込めた孤独な瞳を。
嘗て背筋を這いあがり、腸を焼き尽くすかと思っていた憎しみ己の内に感じ取ることが出来ない。
元来、御坂美琴は憎悪に魂を長い歳月くべ続けられるように人間が作られてはいなかった。
故に、一度抜けてしまった憎悪を取り込みなおそうとしても上手くはいかない。
炭酸の抜けたコーラが二度と元のコーラには戻らないように。
「そうは言うけど初春」
佐天の声に、美琴は思考の海から素早く浮上する。
唇を尖らせて佐天が初春にどうにも納得がいかないという視線を送る。
「自分の大切な者が奪われたって、そんな人許せる?私だったらむり。初春とか、白井さんとか、御坂さんとか、
友達がもし殺されたりしたら、私その人のこと絶対一生許さないもん」
「殺すって、そこまで物騒なこと言ってませんよ佐天さん」
「そうですわ。初春のように肩を砕いた相手を許せるのだって十分すごいことですのに、私ももし友人や家族が殺されでもしたら…
考えるだけでも怒りがこみ上げますの。お姉様もそうですわよね」
「そりゃあ、当然絶対許せないわね……――― あ」
思わず美琴は口を押さえた。
許せない。自然にでてきた言葉だ。
確かにそうだ。もし、一方通行が殺したのが妹たちでなかったら。
白井を玩具のように殺し、初春を食らい、佐天を蹂躙したら。
考えるまでも無い。絶対許せない。
上条に止められようとも、きっとどんな手を使ってでも殺す。
その後償いとして、何度自分の大切なものを守ろうとも、自分自身を救ってくれようとも、絶対に許しはしないだろう。
許してはいけないのではなく、許せないだろう。
それでは、いったいどうして違うのだろうか。
奪われた者が違うからだろう。何が違うのか。
「どうしたんです?御坂さん?」
「ううん、何でもない」
「お姉様、顔色が優れませんの」
「ちょっと、寝不足かな、あははは」
心配する友人たちに、美琴は笑って誤魔化す。
自分はあの実験を知るまでなんと思っていたのか。
『気持ち悪いわね』
『消えてくれって思うわね』
そう思っていたではないか。
それが、一人のクローンの少女と出会って、考え方が一転した。
大切な妹を、守ろうと奮闘し、そして一人の少年によって助けられた。
命を救われた妹とは、今では本物の姉妹のように仲睦まじい。
本当にそれだけだろうか。
美琴の回転の早い頭はすぐにその答えをはじき出す。
美琴は気づいた。
自分の中に残っていた偽善性に。
クローンを守る。
それは、上条当麻のように、一人の少女を守るという単純な動機ではない。
命を守ると同時に、美琴は幼い自分が知らずに犯してしまった過ちにケリを着けようとしていた。
積み重なっていく数に焦りと罪悪感を募らせながら。
彼女が止めたかったのは、一方通行が奪っていく命であり、自分の過去が奪っていく命でもあった。
美琴は一方通行を憎むことを通して、自分の過去を憎んでいた。
そしてもうひとつ。
美琴はクローンの少女たちを妹と呼びながらも、彼女たちを殆ど知らない。
10032号を除き、打ち止めの存在すら知らなかった。
死んでいった命を悼むが、心から悲しむのは、わずかな一時を共に過ごした一人の少女の死のみ。
人は、人の死に悲しむことが出来ると同時に、顔も知らず触れ合った事もない人の死をたやすく割り切ることが出来る。
ニュースで流れる百万人もの他人の死よりも、たった一人の友人の死が遙かな重みを持つ。
そして、美琴にとって、殺されてしまった妹たちの大半がニュースの向こうの出来事だった。
大切な妹たちという言葉で一括りにしながらも、美琴の中では10032号、打ち止め、番外個体と、その他の妹たちは決して平等ではなかった。
「アンタ達は平気なの?よく自分達を殺してきた奴と話せるわよね」
「ミサカが標準的な女子中学生の感情を持っていれば違っていたのでしょうねとミサカはあの頃の自分はまだ若かったと過去を懐かしみます」
飲み終えた缶を妹はくずかごに放り投げる。
鮮やかな放物線を描いて缶は屑籠に吸い込まれていく。
小さくよっしゃとガッツポーズをとる10032号は何処から見ても感情豊かに見える。
「ミサカとて少しは大人になったつもりです。ネットワークがなくなって、自分で物事を考える機会も増えました。
ですから、これはあくまでもこのミサカの意見ですとミサカは妹達の総意ではなく個人的な一方通行への見解を述べます」
「そういえばさ、初春そろそろオッケーしてあげたの?」
美琴が黙ったことで重くなり掛けた空気を一掃するように佐天が努めて明るい声を上げる。
追加のモンブランを注文したばかりの初春は佐天の言葉に露骨に顔を顰める。
「あり得ません!!」
「ま、あの殿方まだ性懲りもなく言い寄ってきますの?」
白井も知っているのか呆れたように口を挟む。
もっとも、視線は年相応の少女らしく興味津々に初春を見ているが。
「え?それって前に話してた人?」
美琴も気まずい空気を払拭するように話題に加わる。
佐天が素早くその場の空気に便乗した。
「でもイケメンだったじゃん。年上だし。アンタ年上好みじゃなかった?」
「私はもっと誠実そうな人が好みなんです」
「でも謝りに通ってた時はスゴく真剣で誠実な感じがしましたの」
「そうですよ。それで許したらいきなり惚れた!ですよ。切り替え早すぎます。見直して損しました」
告白された時のことを思い出したのか、初春がお餅のような頬を赤く染めて膨れる。
美琴、白井、佐天は互いに顔を見合わせる。
「おや?」「あらあら?」「ほほう?」等というアイコンタクトが一瞬の内に交わされるあたり付き合いの長さが伺える。
「じゃあ、すぐに告白しなかったらOKだしてたんだ?」
美琴が意地の悪い笑みを浮かべる。
「まんざらでもありませんのね」
白井が獲物をいたぶるように唇を釣り上げる。
「ちょ、勝手に決めないでください!!私はただけがの事を許しただけで…怖いし嫌いなことに代わりは…」
「な~んか意地でその人のこと認めないようにしてない?」
佐天の言葉に言葉を呑み込んだのは初春だけではなかった。
「ミサカの勘違いでなければ、お姉様はもしかして、一万人のミサカへの義務感で彼を憎もうとはしてませんか?」
「義務…感?」
「彼を憎まなければならない、そうしなければミサカ達に申し訳ないと、そう思ってませんか」
「アンタは違うの?」
「ミサカは少し違います。ミサカ達は直接の被害者ですが、同時に彼への加害者でもあります」
番外個体と同じ事を言うなと、美琴は妹達で自分が知る限り唯一嫌悪感をはっきりと自分に示してくる末妹を浮かべる。
「ミサカ達を一方通行が一万回殺したことを忘れないのにミサカ達が一万回彼に銃口を突きつけたことを忘れることは許されないでしょう
とミサカはフェアな視点に立って考えます」
「フェア…」
思わぬ言葉だった。慣れぬ言葉が美琴の舌の上で戸惑い気味に転がった。
ブラックのつもりで砂糖の入った珈琲を飲んでしまったような顔をする美琴に10032号は硝子のような瞳を向けた。
「お姉様……一万人の殺された妹達の為に彼を認めないというのならば……
生きている一万人の守られた妹達の為に彼を認めることもあり得るのではないでしょうか」
「な、何言ってるんですか佐天さ~ん!!御坂さ~ん。何とか言って下さいよ」
「初春さんさ」
「はい」
「きっと、その人のこと自分で思ってるよりもずっと嫌いじゃないんだよ」
「御坂さんまで!?」
「あ、すいませ~ん。こっちのミックスサンド一つ」
「御坂さ~ん」
裏切り者と言いたげな初春の涙目を避けるように美琴は追加のオーダーを頼む。
上条当麻は一万人もの命が奪われることが許せないという英雄的行動ではなかった。
彼は一人の少女の命を救うため、そして、泣きじゃくる14歳の少女の涙を止める為に立ち上がった。
結果として1万人命を救ったにすぎない。
彼は常に英雄的行動をとるのではない。自分勝手に動いた結果に英雄的行動という後付けが生まれるのだ。
故に、上条当麻の中に失われた一万人への感傷はなかった。
御坂美琴は己がきっかけとなった一万人もの命が奪われたという罪から、そしてこれから失われる一万もの命という罪を防ぐ為に立ち上がった。
自分のクローンという存在への拭いきれない不快感、罪悪感、クローンも一人の人間であるという事実が綯い交ぜとなって彼女をつき動かした。
故に、美琴の中には一万人への罪悪感と後悔、そして煩わしさがあった。
美琴の胸の内に小さな興味が生じる。
では一方通行はどうなのだろうか。
人形として殺した一万人。
人間として守った一万人。
彼の中の妹達のへの認識は、上条よりも美琴に近いのではないだろうか。
もう少し、自分はあの男のことを知ろうとすべきなのではないだろか。
美琴は一方通行を憎むことで、過去の自分をも憎んでいた。
だが妹達自身が自分と彼女達を肯定し、生を喜ぶことを通じて、美琴はそれをやめた。
前に進むことを決めたのだ。
許すことは、前に進むことである。
美琴は過去の自分を許そうと、認めようとすることで、同時にそれに付随する存在をも認めようとし始めている。
「あの人は甘いものが嫌いなんだよってミサカはミサカはブラックばかり飲んでる事を思い出したり」
クッキーの入った包みを見る。
作ってからそう美琴は打ち止めに聞かされた。
あれほど憎んで殺しあって、傷つけた相手の事を美琴は何も知らないのだと、初めて気づいた。
上条が消え過剰に熱されていた彼女の中の彼女の現実が鎮静化される。
同時に狭くなっていた視界が開け、美琴は上条と出会い、実験に巻き込まれて以来、初めて本当の意味で冷静に自分の心を見つめ直す。
上条しか存在しなかった世界が消え、様々な事が改めて並べ替えられていく中、妹達とちゃんと向き合おうという気持ちが生まれた。
そしてもう一つ、一方通行という青年のことを知らなければならないという意志が美琴の中で息き始めていた。
397 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/05 20:40:00.20 iYc2OteD0 477/791以上で投下を終了します。
個人的に美琴は良くも悪くも自分で触れて確かめたものしか認めないと思います。嫌悪も好意も。
過去編はこんな感じに出来るだけ交互に描いていきたいと思っています。
それではまた ノシ
長点上機高校からそのままエスカレーター式になった大学。
ワックスで磨きあげられたリノリウムの光沢が眩しい校舎の七階。
突き当たりに位置するところに学園都市第一位の研究室はあった。
「アンタさ、退院したなら、退院したってちゃんと教えなさいよ」
「テメェに言う必要がどこにある」
随分と伸びてきた髪を指先でいじりながら、一方通行は美琴を見ることすらしない。
長点上機の白と青を基調とした制服は大学の研究室においては目立つ。
常盤台の頃の癖が抜けていないのかと、一方通行は美琴の頓着のなさを煩わしく思う。
ただでさえ目立つ容姿の彼女が更に制服姿で自分の研究室に来ているなど、妙な噂を立てられたら叶わない。
風評を気にするわけではないが、鬱陶しい雑音から離れて研究に勤しみたい一方通行からすればい言い迷惑だ。
「必要ならあるわよ。私がアンタを入院させちゃったんだもん…それくらい聞く権利はあるでしょ」
研究室の機器を珍しげに見回していた美琴は咎める口調で一方通行を見据える。
視線から不満がありありと伺える。
「知るか。テメェの都合じゃねェか。まァいい。これで気は済ンだろ。さっさと失せろ」
「邪魔そうに言わないでよ…」
「……邪魔なンだよ。ガキと違ってこっちは忙しいンだよ」
これは本音だった。
彼の研究は時間との戦いだ。ただでさえ忙しいというのに、更に美琴の相手などしていられなかった。
「用なら他にもあるわよ。ホラ、これ」
テーブルに置かれた包みを怪訝そうに見る。
「クッキー」
「いらねェ」
「受け取ってよ。せっかく作ったんだし」
「頼ンだ覚えはねェ。第一、甘ったるいモンなンざ食えるか」
手で払うように、しっしと振る。
美琴は、一瞬傷付いたように顔を歪めるがすぐさまその表情を消す。
一方通行は気づかぬフリをする。
「……お願いだから、貰ってよ。これくらいしないと気が済まないのよ、私の」
最後の方は殆ど懇願だった。
心臓が止まる一撃を与えたのは思っていた以上に美琴の心に深い影を落としていたのだろうか。
一方通行は舌打ちをする。自分のことなど気にする必要もないというのに。
そのまっすぐな、人の好い気性がいっそ疎ましく思えた。
「何でテメェが気の済もうが関係なンざねェ。大体…お前は何がしたい?」
「何がしたいって…」
「俺は別にテメェの為にやった覚えはねェ。ぶち殺されても文句が言えないことをした埋め合わせみたいなモンだ。
一度サンドバックにでもなりゃあくだらねェ因縁ふっかけてくることもねェだろうしな」
馬鹿馬鹿しいとでも言うように肩をすくめる。
「言ってみれば俺の自己満足に利用したにすぎない。好都合に色ボケしてた馬鹿ガキがフラれてトチ狂ってたしな」
「アンタ…ッ」
美琴の眉がつり上がる。
怒りで彼女の頬が赤く上気するのを冷めたまなざしで見つめる。
「勘違いしねェうちに言っておく。俺はテメェなンぞとなれ合う気はさらさらねェ。…寧ろ」
杖を手に、ふらりとイスから立ち上がる。
たった拍子にローラー付きのイスがからからと動く。
「目障りだ。いつまでもブチ殺した人形共そっくりの面が目の前にぶら下がってるのは」
美琴が言葉を呑むのがわかった。
「被害者面されンのもウゼェが、それ以上に勝手に悟った面されンのは虫酸が走る。もし仮に『寛大な心で俺を許してやる』って優越感に浸りてェなら止めねェ。
それはテメェの勝手だ。だが、俺は別にテメェに許しを請うつもりもねェし、テメェの自己陶酔につき合うつもりもねェ」
怒り以上に、ショックが彼女から言葉を奪う。
「それとも何か?クローンの人形共殺したことなンざ些末なことだから気にするまでもねェのか?オリジナル様にとってはよ」
鼻で笑うと同時に、一方通行の顔に思い切りクッキーの包みが叩き付けられた。
「やっぱりアンタは最低だわ……」
美琴の瞳は怒りとショックで潤み、揺れていた。
癇癪を起こした時の打ち止めに似ていると、一方通行はどうでも良い事をふと思った。
「最低で最悪にムカつく嫌な奴だわ。少しでも歩み寄ろうとした私が馬鹿だったわよ!」
「テメェが何を思おうが知った事か」
「ええ、そうね。悪かったわね邪魔して!!」
乱暴にドアが閉められる。
廊下に響く荒々しい足音が遠ざかっていくのが室内でも十分に聞き取れた。
一方通行の研究室はフロアの半分近くを占める。
元々は二つの研究室となっていたのを、中央の壁を撤去して一つの部屋としているその大部屋は一方通行一人だけの為の研究室であった。
大学二年になったばかりの青年に個室の、それも二部屋分の広さと、埋め尽くす程の最新機器は破格という言葉でも足りない。
それに異を唱える者は当然多かった。学生の中にも、そして教授の中にも。
しかし、実力主義がまかり通る学園都市において、抗議の声はすぐさま消えることとなる。
異を唱えた者達の数年分の研究に匹敵する成果を最初の一年で優に上げてしまったからだ。
一方通行には研究に必要な機器と環境があればそれでよく、最初の一年は彼にとって馬鹿共を黙らせる為の無駄な時間だったと考えている。
本腰を入れて彼の目的の研究に移ったのは一年目の秋であった。
分野は遺伝子工学。テーマはクローン人間の延命処置である。
クローニング処理の段階における延命についてはほぼ見通しがついていた。
研究そのものは大学に入る前から行ってきたのだ。
しかし、彼にとって強制的に成長させられたクローンの寿命という点が非常に厄介な問題であった。
「生後数日で十数年分の成長促進と知識の吸収だけでも負担の予測は付かないわ、still彼女達は長年貴方の演算を代理していた」
「それがわかってるから急いでンだよ…」
長テーブルに腰掛けたまま、一方通行は吐き捨てた。組んだ足に乗せられた指先が苛立たしげに膝を打つ。
一方通行の椅子に腰掛けている布束砥信はぎょろりとした瞳を瞬かせるとパソコンの画面に改めて目を向ける。
スクロールされている文章は論文ではない。
「376人」
口にした人数に、一方通行は更に不機嫌そうに眉をしかめる。
「原因はどこの研究所も解明出来ていないのね」
「別に、無能共のおつむには端から期待なンざしちゃいねェ。心配なのは下らねェ保身の為に何か隠匿してねェかってことだけだ」
ウサギのイラストの付いたマグカップに満たされたコーヒーを一口啜る。スリッパも同じキャラクターのイラストが描かれている。
大学入学の際に、打ち止めと番外個体からプレゼントされたものだ。
自分には甚だ似合わないそれを、彼は文句を言いながら大切に使っていた。
何でもないことのように話しているが、実際には腸が煮えくり返る程目の前の男が怒りを覚えていることが布束にはわかる。
表面に表すまいとしているのは、この男の怒りの矛先が自分自身に向いているからだ。
「so、私はどうすればいいかしら?」
「どうするも何もねェ。幸いサンプルが増えたンだ。少しは前進するだろ」
愚問だったなと、布束は自分の問いの愚かしさに辟易した。
今更この男が狼狽えて膝を付くはずがなかったのだ。
それでも問わずにいられなかったのは、布束の方が滅入っているからだろう。
学園都市の誇るトップレベルの頭脳。それぞれの分野からのアプローチは決して停滞しているわけではなかった。
寧ろ、他の人間がみれば信じられない速度で研究が掘り下げられていると言っても良い。
しかし、彼らは何の満足感も達成感も覚えない。彼らが自らに課せられた時間はあまりにも短すぎた。
「………so…これまで通りなのね」
布束は溜息を吐くと、テーブルに置かれた包みを見る。
「それ…食べないの?」
「欲しけりゃくれてやる。どっちにしろ俺に食う資格なンざねェ」
「繊細な子なんだから、もう少し優しく遠ざけてあげて」
「別に俺はあのガキのアフターフォローをする筋合いはねェ。大体、どうして此処にのこのこ来やがったのかさえわからねェンだ」
「それ本気で言ってるのだとしたら、貴方は本当に人の心に鈍感なのね」
表情一つ変えずに布束はわざとらしく溜息を吐く。一方通行が眉を寄せて睨もうともどうでも良さそうに子猫のイラストが描かれたカップのお茶を啜る。
「well…あの子はようやく貴方を一人の人間として見ようとしているのだと思うわ」
謝るという行為も罪悪感を抱くのも、全ては相手を一人の人間だと思っているからこそ生まれる感情だ。
仮に、妹達を快楽と愉悦の為だけに殺していた化け物としてしか一方通行を見ていないのであれば、それは生まれるはずのない感情であると布束は考える。
一方通行はそれを喜ぶわけでもなく、ひたすら苦虫を噛み潰したように渋面を作る。
「くだらねェ…どうなるモンでもねェだろうが」
「余り傷付けずに追い払ってあげて欲しいものだわ。あの子達が傷つくのをこれ以上見たく無いもの」
遠ざけることそのものを布束は否定しない。
彼女もまた御坂から、そして妹達から距離を置く人間だからだ。
一方通行は空になったカップにインスタントコーヒーを測りもせずに乱雑に放り込む。
スプーン三杯分はありそうな量は苦いだけでコーヒーとしての風味すら保ててはいない。
愛飲する理由は単純に簡単だからだ。不味そうに顔を顰めて苦いだけのヘドロのようなコーヒーを流し込む。
「オイ、今日は……飯に付き合え」
ぽつりと一方通行が口にする言葉を布束は感情の読めない顔で受け止める。
一方通行の言葉はいつもどおりだから考えるまでもない。
それは一方通行の横顔を見た時点で布束にはわかりきったことだった。
泣きそうなくせに虚勢を張る、意固地な子供の横顔。彼の保護者兼研究仲間の科学者の例えだ。
言い得て妙だ。
償うべき少女を手酷い言葉で追い返してしまったことに自己嫌悪を抱き、そして、救えなかった守るべき少女達への申し訳なさでこの男の中はいっぱいになっている。
だからこそ、今の言葉なのだ。
食事の後に来るであろう展開まで、全てが布束にとって慣例と化している。
「別に構わないわ」
故に、布束は逡巡することも無く答える。彼女の言葉を一方通行もまた当然のように受け止める。
布束は美琴の残していった包みをそっと解く。
濃い焦げ茶色の行儀良く包まれているクッキー、その中の一枚を手に取ると、一口齧る。
「苦い」
市販のビターチョコよりも更に苦い味付けのクッキーに、少しだけ困ったように眉を寄せ布束は呟いた。
一方通行は聞こえていないかのように、窓の外に目を向けていた。
「ホント……嫌な奴」
美琴は顰め面で灯りの点る窓を見上げていた。
いくら鈍い自分でもわかる。
一方通行が明らかに距離を取りたがっているのが。
しかし、一方通行の言葉をそのまま置き換えれば、「知った事か」という話だ。
一方通行は美琴の意識下において、完全なる加害者であると同時に、共犯者でもある。
しかし、美琴と彼とでは、明らかに負う罪の大きさに差がある。きっかけを作ったのが自分であろうとも、直接手を下したのは一方通行だから。
故に、彼女は「罪を背負っているのは私も一緒だわ」などという綺麗な言葉をかけてやるつもりはなかった。
ただ、美琴は知りたかった。一方通行のしていることを。彼が何を思っているのかを。
それは、愛情や同情でも好奇心でもなく、自分の罪の末路を確認したいという欲求だった。
だから、それまでアイツには自己満足に付き合ってもらうわ。
美琴は不機嫌な顔を一転させて、不敵な笑みを浮かべる。
彼女を知る者ならばわかるだろう、彼女が戦いを挑む時に浮かべる笑みを。
446 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/09 00:28:11.61 sse3fi4p0 485/791以上で投下終了。
布束さん超電磁砲で佐天さん並に好きなのに書きにくいです。英語苦手なので言葉遣いおかしかったらすみません。
それではまた。 ノシ
打ち止めはご機嫌だとばかりに満面の笑みを浮かべていた。
対照的に困惑を露わにしているのは番外個体だった。
二人を対照的な表情にさせているのは視線の先、キッチンに立つ後ろ姿だ。
長点上機の制服にエプロン姿の美琴が立つのは黄泉川家のキッチンである。
手際よく包丁がまな板を打つ音、傍らの電気コンロに乗せられた鍋はコトコトと心地よい音と、香ばしい香りを上げている。
切り終えた野菜を油を敷いたフライパンで手早く炒める。
塩を振って程良い焦げ目の付いた魚は三人分既に盛りつけられている。
「このおうちでフライパンが活躍してるのって久しぶりにみたってミサカはミサカは炊飯器以外存在意義のなかった器具がようやく得た活躍の場を喜んでみたり」
打ち止めはひょこひょこと美琴の隣に立つと彼女の手際をのぞき込む。番外個体は怪訝な、というよりも不審な表情を崩す事なくソファーに腰掛けたまま二人の後ろ姿を見ていた。
「打ち止め、お皿用意してちょうだい」
「は~いってミサカはミサカは元気良くお返事をしてみる」
細切りにされたピーマン、タケノコ、もやしと牛肉の炒め物を美琴は三つの皿に均等に盛りつけていく。
打ち止めは、ふきこぼれる寸前の味噌汁をお椀に注いでいく。
「お待たせ。さて、食べましょう」
テーブルに手際よく用意された料理はシンプルであるものの、食欲をそそるだけの見栄えを十分に兼ね備えていた。
「わーい、いただきま~すとミサカはミサカは初めてのお姉様の手料理に興奮を抑えきれなかったりする~」
「はいどうぞ。たくさん作ったから慌てなくてもいいわよ」
エプロン姿のまま美琴が恥ずかしそうに笑う。
ここまであけすけに手料理を喜ばれるなど随分久しぶりだ。
勢い良く料理を口に運んでいく打ち止めから美琴は番外個体に視線を移した。
番外個体は箸に手を伸ばすことなく、じっと美琴を見つめる。
「なに?どうかした?」
「あのさぁ~ミサカ基本的に腹の探り合いとかマジ勘弁だからはっきり言うけどさ~一体何しに来たの?お姉さま?」
お姉さま、の部分を皮肉げに強調する。
基本的にクローンの少女達は自分達が生を受けるきっかけである美琴に対して好意的である。
崇拝に近い感情を抱く者もいれば、母親に近い感情を抱く者もいる。
番外個体はその中では珍しく、美琴に好意を示さない妹だ。
それどころか、時折敵対するような眼差しを向けることさえある。
それは例え知り合ってから四年目になっても変わらない。
「何しにって…可愛い妹達にご飯作りに来たのよ」
白菜とかぼちゃの味噌汁を啜りながら美琴はとぼけた声で言う。
番外個体が小さな舌打ちをする。
「可愛い妹?散々男にべったりだったくせに、暇が出来たらお姉ちゃんぶるんだ?」
番外個体の唇がめくれるようにつり上がる。
「優しいお姉ちゃんっていうのは随分お手軽なお仕事なんだね、あひゃははは」
下品な笑い声とは裏腹に、番外個体の軽蔑の表情は美しい。
美琴と同じ鳶色の瞳が冷たい光を帯び、眉は美しくカーブを描く。
外見的には美琴よりも一つ二つ年上の少女は基本的なパーツが美琴譲りの美貌である為、軽蔑の表情は凄みと高慢な美しさを放つ。
「言いたい放題言ってくれるわね…確かに男にべったりだったのは否定出来ないけれどさ。
別に急にお姉ちゃんぶってるつもりもないわよ?アンタが取り付くしまもなかっただけで」
「当然じゃん。ミサカは他のミサカと違って「お姉様~」なんてキモいキャラじゃないから。ただミサカ達がお姉様呼びで統一してるからそう呼んでるだけ。
何だったらクソ姉って呼んでもいいよ」
「ふん、私だってアンタみたいな性悪に無理してお姉様なんて呼ばれたくないわよ。生憎、可愛い妹達なら十分間に合ってますから」
「きゃはははは!!ムカつく~ムカつき過ぎてミサカ凄く血のつながり感じちゃうんだけど?
マジミサカの性格の悪さって思い切りお姉様似じゃね」
「アンタみたいな面が自分の遺伝子に含まれてるなんて思うとぞっとするわね」
美琴は沸点の低い少女である。
例え喧嘩をするつもりはなくとも、一言が勘に障れば即座感情のメーターは怒りにまで跳ね上がる。
そして、ネットワークこそ解除されたものの、負の感情を浴びて生きてきた故に歪んだ性格は結局直ることのなかった番外個体も忍耐強い少女ではない。
険悪な空気をすぐさま向かい合って放ち始めた二人に挟まれていた打ち止めは、右、左と視線を交互にやると、小さく深呼吸をする。
「もう!いい加減にしてってミサカはミサカはいい女レベルの低い二人に切れてみる!!!」
幼いさを含んだ子供特有の高い声が鋭く響く。
あまりにも会話の沈黙の瞬間を鮮やかに付いた叫びは二人の喧嘩の熱を冷却し、呆然とさせる。
中学生になったばかりの少女に高校生と大学生ほどの年齢の少女二人が圧されるのは少々滑稽な図柄である。
「どうして番外個体はいつもお姉様に喧嘩腰なの?そんなんじゃまともにお話もできないよ。
それに、お姉様もお姉様。はぐらかすような言い方されたらこの子も怒るし、何よりそんなのぜんぜんお姉様らしくない!」
年下の少女の言葉はいちいち正論であった。
故に、美琴と番外個体は共に気まずげに顔を歪めるのみで返す言葉もない。
「ああ~…ったく…何やってるのかしらね」
美琴は自己嫌悪をどうにか飲み下すと、気持ちを切り替えるように髪をバサバサと振る。
「そうよね、アンタの言った言葉私にもそのまま当てはまるわ。腹の探り合いって私も好きじゃないもの」
唇を湿らせるように、一口お茶を飲むと、美琴は気持ちを落ち着かせるように短く息を吸って吐く。
「言っとくけど私が今日来たのは本当にアンタ達の顔見にくるっていうのが目的。
ずっとほったらかしにしてた妹達に妹孝行したくてね」
ほわっと穏やかな笑みを浮かべると打ち止めのさらさらとした髪を撫でてやる。
くすぐったそうに首をすくめる打ち止めを見つめる美琴の柔らかい視線に、嘘ではないことを悟ったのか、
番外個体が決まり悪そうに、ほうれん草のおひたしを口に放り込む。
「それと、もう一つ。アンタ達からもう一回聞きたいの。アイツのこと」
「あの人のこと?」
「………何でよ」
打ち止めは美琴が一方通行に歩み寄ろうとしてくれているのかと喜色を浮かべ、番外個体は何となくおもしろくなさそうに眉を顰めた。
「今まで私ぜんぜん知ろうとしてこなかった。アイツが何をやってきて、今何をしてるのか。確かに打ち止めから聞いたこともいろいろあるけど、正直他人事だった。
ぜんぜん自分には関係なんてない人間の話を聞いてるみたいに。でもそうじゃなかった。自分とも妹達とも向き合うには、もっときちんとアイツのことしらないとダメだって最近わかったの」
「それって…あの死んじゃったお姉様の彼氏とのことに関係してるの?あの人が入院したアレと」
美琴は一瞬考え込んでから頷いた。
迷った為ではなく、しっかりと自分の感情を整理する為の間だった。
目を覚ますと、布束は猫のように瞳を見開き暗い寝室の壁に掛けられた時計を探す。
無駄な装飾の無い、純粋に時間を知らせる為だけの役目を求められたシンプルな時計。短針は3と4の間を示していた。
逆算して、三時間近く眠っていたと判断するシーツから手だけをのばして床を探る。
指先にフリル付きのレースの触れる感覚。
指をレースに引っかけると、ようやく身体をのろのろと起こと、腰を持ち上げて下着を履く。
疲れ果てていない限り素っ裸でベッドに眠るのは嫌いだ。
黒の布地にピンクのフリルをあしらった下着は一方通行曰く「目眩がするほど少女趣味」だそうだ。
ゴスロリ系の服を好んで着る布束にはそれは特別驚くようなことではなかった。
自分がゴスロリを着るのにふさわしい容姿をしているとは思っていないし、下着の趣味も年齢からすればやや装飾過多の少女趣味と言われても仕方がない。
しかし、特にそれがどうしたと布束は思う。
自分が似合う服よりも自分が着たい服を着ること。
懐を痛めて買う私服はそうあるべきだというのが彼女の持論だ。
同年代と比較すると間違いなく大きいサイズに分類される胸を下とお揃いのブラジャーで包む。
隣を見下ろせば、人一人分のスペースがあった。
布束と同じく、一方通行も裸でシーツにくるまることを嫌う。
嫌う理由はそれぞれ異なる。
布束は何となくふしだらな感じがするから、一方通行は野良犬のような侘びしい気持ちになるからだ。
セックスの後のしびれるような手足の怠さとふわふわとした身軽さを振り切るようにしてシーツから這い出る。
ヒヤリととしたフローリングの冷たさが覚束ない足の裏に突き刺さる。
喉が乾いていた。
冷蔵庫に500ミリリットルのミネラルウォーターがあったはずだ。
下着姿に抵抗があるので、目に付いた一方通行のトレーナーを着る。
一方通行の華奢な身体にぴったりと合うサイズのトレーナーは布束には少々胸元が窮屈だった。
キッチンとつながったリビングに足を踏み入れると、オアシスの『フー・フィールズラブ?』が低いヴォリウムで流れていた。
雑音からして、彼の持つ音楽ソフトではなく、ラジオだろう。
UKを延々と流し続ける番組がやっていたと、布束は箱の隅をほじくるように記憶を引っ張り出す。
チノパンにシャツを着た一方通行は片膝を抱えて浅黄色のソファーに沈み込んでいた。
膝に頭を付けてはいるが、音楽に耳を傾けている風ではない。
眠っているのかと思ったが、伏せられた瞼の隙間から赤い瞳が覗いていた。
冷蔵庫から半分ほど減っているミネラルウォーターを取り出すと、一口、二口と飲む。
「飲む?」
「くれ」
自分で聞いておいて返事があったことに布束は軽く驚く。
ぺたぺたと裸足がフローリングを踏みしめる音を立てながら隣に座り、ペットボトルをソファーに力無く乗せられた一方通行の手にそっと添える。
一方通行は布束から受け取った水を一息で飲み干した。
「妹たちのことを考えていたのね?」
疑問というよりも確認だった。
一方通行は否定も肯定もせずに空になったペットボトルを握り潰した。
「情けねェ…何が情けねェって、アレイスターならあンな仕込みしていてもおかしくねェと何故思わなかったのかってことだ。
学園都市最高の頭脳だ何だとジジィどもに煽てられようとも、結局俺はこのザマだ」
憤りと無力感に、一方通行の声は震えていた。
「yet…私たちは彼女達の身に起きていることを解明出来ないでいるわ。but何も進展していないわけじゃない。
確実に近づいてるはずだわ」
言葉を継ぎ足しながら何の慰めにもなっていないと布束は冷静に思う。
一方通行を打ちのめしているのは、こうしている今にも失われているかもしれぬ少女達の命なのだ。
自分の言葉の軽さ、呆気なさにうんざりする。
しかし、それ以外何も言いようがないのだ。
妹たちの死の原因は冥土帰しも調べている。
今までの研究をどれほど修正すべきか、それはこれからのことなのだ。
現状において言えることは諦めるなというただそれだけのことでしかない。
「それまでに、あと何人死ぬ?」
布束は答えられない。
年々没する妹達の数は自乗式に増えている。
既に、彼が守ってきた妹達は八割を切ろうとしている。
「アイツ等に何て言えばいい?」
一方通行はそのことをまだ打ち止めにも番外個体にも話していない。
そして、当然御坂美琴にも。
どうすればいいのかわからない。途方に暮れた子供のような横顔は雄弁に語っていた。
布束は膝立ちになると、一方通行の髪を撫でてやる。
シャワーを浴びたのだろう、細い髪がわずかに濡れている。
しばらく為すがままにされていた一方通行の腕が布束の腰に回される。
布束の胸を枕にするように、白い頭がのし掛かる。
中腰の姿勢がつらい布束はそのまま一方通行の引き寄せる力にあらがわずにソファーにもつれ込む。
抱き枕にするように布束の胸に顔を埋める。
「しばらく大人しくしてろ」
強がりを含んだセリフに、布束は仕方がないとばかりに溜め息を吐く。面倒くさい男だ。
所有はしたがらないくせに執着はする。
美琴を避け、打ち止めや番外個体から距離を置こうとするのはそのせいだ。
近付き過ぎると慌てて離れる。野良猫が野良であることを忘れようとするようだ。
けれども執着はする。彼女達が彼の中心に存在することなどわかりきっている。
「naturally…」
この受け答えも既に慣れたものだった。
布束は猫のようなふわふわとした白い髪を胸の奥底にしまうように、ぎゅっと一方通行の頭を抱き締めた。
回診が終わり、付き添っていた一方通行はこっそりと息を吐く。安堵の息だ。
「子供は嫌いかね?」
振り返ることなくカエルによく似た医者は苦笑を含んだ声で問う。
後ろに目でも付いてるのじゃないかと、顔をしかめるが、今の段階でこの医者に勝てるとは思わない一方通行は口篭ってから、ぽつりとつぶやく。
「好きじゃねェ…」
学園都市の年齢層自体が若いせいもあって、子供の患者が多い。
この病院にこれ程子供がいたのかと一方通行は目を剥く思いだった。
「意外だね。あの子をあんなに大切にしていて」
「そりゃ話が違うだろ」
それもそうだと、何が楽しいのか小柄な丸みを帯びた身体を震わせて笑う。
一方通行に背を向けたまま、冥土帰しは使い古したキャビネットに並べられている分厚い本を一冊一冊確かめ、吟味し手に取っていく。
「ガキ共のあの目がどうにも落ち着かねェンだよ。テメェで見たくねェモンまで見られちまってる気がしてよ」
声も無く、冥土帰しが笑うのがわかった。自分はそんなにおかしなことを口走っただろうかと発言を振り返る。
キャビネットからあらかた本を出し終えたのか、身体を解すように腕を上げて腰を伸ばすと冥土帰しが満足げな笑顔で振り返った。
一方通行には冥土帰しの笑みの理由がわからなかった。
「さてと、すまないねまたせて」
ありったけの冥土帰し厳選の医学書を次々と手渡される。
本の表紙に書かれた言葉をなぞる。
循環器学、消化器学、内分泌学、血液学、神経学、脳神経外科学。
果ては小児科学、産婦人科学といった分野の本まである。
「大事にしてくれよ。今だとどれも高値が付いてる絶版ばかりなのだからね」
「オイ…俺は産婦人科にも外科医にもなる気はねェぞ」
「命を扱おうというならば、知っておいて損はないはずだ。君なら読破するのにそう大した時間は掛からないだろう」
「だからって、節操なさすぎンだろうが」
「命に結びついていない医学は無い。ジーンマップと睨めっこするだけでは埒が明かないと思ったから私を訪ねたのではないのかい?」
言い返すことも出来ず、一方通行は露骨にうんざりとした顔を作る。
本に込められた膨大な知識量に対してではない。途方も無い質量の紙媒体そのものにうんざりとしたのだ。
彼の疑問を汲み取ったように、手にしていた最後の一冊を一方通行の抱えた本の束の一番上に乗せる。
「子供は命の塊だよ。君が彼等を前にして気圧されるのは、即ち彼等の命そのものに気圧されているということさ」
突然の言葉に、一方通行は本を抱えたまま、ただ目の前の医者をじっと見つめることしか出来なかった。
「命の価値を知らない人間は、命に気圧されることも無い、つまりそういうことだよ」
本の表紙に押し花で作ったしおりを置くと冥土帰しは一人で納得したように一方通行を置いたままさっさと出て行ってしまった。
命の価値。
冥土帰しはそう言った。
決して彼は命の重さとも、命の大切さとも言わなかった。
「意味わかンねェンだよ、オッサン…」
何となく、褒められたということだけはわかる。それも、父親が出来の悪い息子の成長を喜ぶような類の何とも一方通行にとっては居心地の悪い笑みで。
冥土帰しの本が収納された資料室の椅子に腰掛けると、一冊を手に取った。
蛍光灯に焼けた本は、開くとカビと埃と、古紙独特の香りがした。
それは決して不快な香りではなかった。
一方通行が出てきたのは結局手に取った一冊を読み終えてからのことだった。
病院から出ると切っていた携帯の電源を入れる。
着信を見ると打ち止めからのメールがあった。今日黄泉川の家に食べに来ないかという夕食への誘いのメールだ。
その次の着信には布束からのメール。
「………」
考える時間は一分にも満たなかった。大学行きのバスの時間を携帯で調べると、一方通行は気持ちを切り替えるべく深く息を吐き出す。
アスファルトを突く杖の音は黄泉川の家とは逆方向へと遠ざかった。
473 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/09 22:31:38.31 WIgmhYuQ0 495/791投下終了です。
病院のシーンは、数日後です。わかりづらくてすみません。
あと一方さんのスリッパとマグカップのウサギは口が × ←な風になってるあのウサギです。
それではまた。 ノシ
込み上げる笑みを必死で堪える。
目の前の少女に不審に思われてしまったら元も子も無い。
「へぇ…ウチの教授の研究室に入りたいんだ。ま、君なら余裕だろうけどさ」
「そうなんですか?よくわからないです。ただ、入るには推薦が必要だって布束先輩からお聞きして」
「布束…へぇ、布束砥信がね」
にこりと笑う少女に愛想笑いを浮かべつつ、内心呻く。
布束砥信。若くして精神医学の分野において目覚しい成果を挙げている生徒だ。
胎児期における脳内情報への干渉について彼女が書き上げた論文は学会で先日議論を引き起こした。
現在は脳医学の研究にまで手を伸ばしつつある。自分の大学が誇る天才の双璧の一方を為す。
(好みじゃねーんだよな…何か不気味だし)
不細工というわけではないのだが、異様な容貌をしている女だ。
胸はでかいし、スタイルは抜群なだけに勿体無いと常々思っているのだが、何を考えているのかわからない。
その上似合いもしないゴスロリに白衣という組み合わせは近寄りがたさに拍車を駆けている。
まさか目の前の少女の知り合いだとは思わなかった。
「布束先輩が、貴方に頼めば確実だからとおっしゃってまして」
「まぁね。これでも結構コネクションはあるつもりだし」
「ですから、こうしてお願いに伺っているんです。ウチのOBだともお聞きしまして」
見目麗しい少女に頼りにされて悪い気はしない。テーブルに置かれたベーコンたっぷりのカルボナーラを啜る。
冷めないうちに食べなよと、少女にもさり気無い気配りをしてやる。
目の前の少女は第3位の超電磁砲 ――― 御坂美琴。超が付く程の有名人だ。知名度だけで言えば第一位を大きく上回る。学園都市のアイドルだ。
そのアイドルが今目の前にいるのだ。そして話を聞けば自分の研究室に来年から入りたいと申し出てきている。
彼女と同じ高校、大学と通っているが、成績はギリギリである。偏に親が長点上機多額の寄付をしているからに過ぎない。
高い学歴は有利にはなっても不利になることはないのは、どれだけ科学が発達した学園都市であろうとも変わらない。
男は、慎重に自分に舞い込んできたこのチャンスをものにしようと、それなりに優秀な頭脳を回転させる。
自分の研究室は競争率が高い。教授の知名度も勿論、研究機材が充実しているのが特徴だ。
単に優秀なだけでは確実に入ることは出来ない。しかし、ここで自分が口利きをしてやればどうだろうか。
目の前の少女に恩を売れば、彼女の友人だという布束砥石だけではなく、その恋人と目されている男との繋がりが出来るのではないだろうか。
学園都市統括理事会にコネが出来るのは将来大きな利益に繋がる。
それだけではない、上手く事を運べばこの御坂美琴を自分のものに出来るかもしれないのだ。
空色の制服を可憐に着こなす少女をさり気無く上から下へと見回す。
噂どおり、美しい少女だ。常盤台中学時代の写真をネットで見た事があったが、まだ子供臭さが抜けていなかった写真と違い、手足が伸び、すらりとしたスタイルは大人に着実に歩を進めている。
何よりも無垢で何も知らなさそうな垢抜けていない雰囲気がいい。
(間違いない。処女だなこりゃ)
下種な欲望がむくむくと頭を擡げる。
まだ何も知らなさそうなあどけなさすら漂う顔を自分の好きなように出来るとしたら。
世界の広さも厳しさも恐ろしさもしらないお嬢様然とした美しく賢く、アイドルのような少女を自分の女に出来たら、どれ程誇らしいだろうか。
想像するだけでにやけそうになる。
パスタを平らげると、男は紙ナプキンで口を拭い空いた皿に放り込む。
「オッケー。教授に口利きしてあげるよ美琴ちゃん。だからさ、この後時間があるんだったら場所変えてゆっくり話さないかい?」
くだらない時間を過ごした。
美琴はマンションに入ると制服を脱ぎ捨てた。皴になるがどうせクリーニングに出すのだ、構うものか。
冷蔵庫からジンジャーエールのペットボトルを取り出すとグラスに注いで半分程飲む。
薄っすらと額に汗が浮かぶ。五月特有のねっとりとした絡みつくような暑さだ。
そう、五月。
上条当麻がいなくなってから一月が過ぎていた。
そういえばまだ来ないなと、美琴はふと自分の生理が遅れていることに気付いた。
しかし、すぐさま意識は今日の無益な時間についての反省へと移る。
『下らない男だわbutコネだけはそれなりに使えるから苦痛でないなら利用してみなさい』
電話で布束がそう言って紹介してくれた男との食事を終えた瞬間心底ホッとした。
お茶までは付き合ったが、その後何を血迷ったかマンションまで送ると言い始めた時は電撃でもお見舞いしてやろうかと思った。
それでもグッと堪えたのはひとえ使えるかもしれないと思ったからだ。
しかし、それも果たして嫌悪感、虚無感と引き換えにするほどの価値だろうか。
下着にワイシャツだけの姿で椅子に座ると、足を組んで考え込む。
「無いわ」
結論はすぐに出た。
初対面で美琴ちゃん呼びがまず勘に障った。
ところどころで舐めるような視線を寄越すのも気持ち悪かった。
口を拭き終えた紙ナプキンをまだパスタを追加すれば十分食べられそうなほど汚い食べ後の皿に放り込んだのはダメ押しだった。
この男は生理的に無理だと美琴はその時点で結論を出した。
まだ、向こうに下心が無ければ我慢できたものの、あそこまで露骨に自分のモノにしたがっている男の目を見ると興醒めする。
美琴はジンジャーエールの残りを一気に飲み干す。よく冷えた炭酸と抑え目の甘さが心地良い。
グラスを流しに置くと、水を勢い良く流す。掬って顔を洗うとしゃっきりとした心地になる。
「でも…これも必要なことだもんね」
彼女の脳裏に先週のことが過ぎる。
彼女が交わした一つの約束。
ゴールデンウィークの最中、美琴は一方通行の研究室を訪れた。
打ち止めから『お休みなのにあの人帰ってこないの』との愚痴を聞いていたからというのもあったが美琴としても彼に言おうと思っていることがあった。
休みだというのに、長点上機の大学部は生徒や教授らしき人間の姿がチラホラとうかがえた。
今度は制服ではなく、私服姿であったため美琴は奇異の目で見られることなく一方通行の研究室にたどり着くことが出来た。
「いらっしゃい。やっぱり来たのね。上がっていって」
「布束先輩?」
美琴を出迎えたのは布束であった。
猫のイラストのマグカップにコーヒーを入れ、勝手知ったるという風に家主の一方通行の意向を聞く前にさっさと上げてしまうと布束は気まぐれな猫のように部屋を出て行ってしまった。
残されたのは、不機嫌そうにモニターやデータ類に囲まれながらうず高く積まれた本を読み耽っていた一方通行と持参した手土産を何処に置くべきかまごついている美琴だけであった。
「何の用だ?」
「アンタってさ、妹達の寿命延ばす研究してるんだってね。ずっと」
「……打ち止めか」
「何で私に黙ってそういうことするかな」
「何度も言わせるな。イチイチ何でテメェに報告する必要がある?」
「相変わらず可愛げの無い事しか言えない奴ね。それとアンタ打ち止め達のところに帰ってあげてるの?寂しがってるわよ」
「それこそ大きなお世話だ。大体俺がどォしてよォが関係ねェだろテメェには」
舌打ちがやけにはっきりと聞こえる。
ムッとするが、それは一方通行への怒りではなく、不満だった。どうしてという純粋な彼に対する疑問。
美琴が不服そうな眼で見ていることに気付いた一方通行は半分程読みかけの本を閉じて積まれた本の塔に重ねる。
一冊一冊が辞書のような分厚さの本。今時こんな膨大な情報を紙媒体で収集することが不思議だった。
「医者にでもなるつもり?」
「暇つぶしだ。下手な三流ホラーよりゾッとする内容だぜ」
喉の奥で笑う。悪趣味なジョークだが事実だ。
少しずつ話すようになってから、わかったことがあるが、この男のジョークはブラックであるが、真理を指す。
ウィットに富んだとはお世辞にもいいがたい、ペシミズムに満ちたものだが。
慣れれば案外不快ではないと美琴は思う。
「打ち止め達と急に距離置くようになったわよねアンタ」
「あァ?」
「昔はもっとベッタリしてなかった?」
この男は打ち止めを大切にする余り過保護な親御さんだの、ロリコンだのと、散々な言われようだった。
学園都市の闇の元凶が消えた頃が切欠だろうか、徐々に距離を置き始めていると美琴は黄泉川達から、そして打ち止めや番外個体本人から聞いている。
時折顔を出してはいるようだが、基本的は彼が一人で暮らすマンションと研究室の往復だという。
「それって研究のせい?」
手にした束には、様々な遺伝子配列パターンが記されている。クローン人間の臨床データ。
学園都市がシスターズ計画以前から行っていた非合法のモノが無造作にアウトプットされたものを手に取る。
さらっと目を通すだけで吐き気が込み上げて美琴は束を元の場所に戻す。
一方通行はそれを眠たげな目で見ながら、手にしたカップのコーヒーを啜る。
「だったらさ、私が手伝ってあげようか」
さり気無さを装った声の裏で美琴はありったけの勇気を振り絞った。
一方通行は窓の外に目を遣る少女の緊張のあまり朱の差した横顔を眺める。
それが今日の用件か。納得すると同時に暗澹たる思いが一方通行の胸に去来する。
何と言えば良いのだろうか。自分の不甲斐無さを知らしめられたとでも言おうか。
美琴の言葉は井戸の其処に物が落ちたような、そら寒い反響を残して、研究室に沈黙が降りた。
一方通行はウサギのイラストを指でなぞりながら、言葉を口の中で吟味するように口を小さく開く。
「いいのか?」
美琴はそれが協力を期待するニュアンスだと思った。
予想外の早い回答に面食らいながら言葉を返そうとして、窓に向けていた視線を一方通行に戻す。
一方通行は硝子のように透徹した瞳で美琴を見ていた。
不機嫌な、怒っているような、悔やんでいるような、奇妙で曖昧な表情の中で、瞳だけが感情を代弁するように澄んでいた。
「テメェの夢ってのはいいのかって聞いてンだ」
「……アンタ知って…」
「口が軽いのがテメェの妹共の特徴だな」
けけけけけと耳障りな笑いを立てる一方通行をキツく睨みつける。
「何がおかしいのよ」
「いやいや、御坂様はお優しいこった」
「どういう意味?」
「罪滅ぼしの手段にようやくありついたワケだ」
「あ、アンタ、何言って…意味わかんない」
舌打ちが美琴の耳に届く。
小馬鹿にした笑いを含んだ声から一転して、心底苛立つとでも言いたげに一方通行が顔を歪めている。
「テメェの勝手な罪滅ぼしに人をダシにしてンじゃねェよ。コイツは俺の問題だ。
俺の弱さが招いた俺自身のケジメだ。誰にも手出しさせるつもりはねェ」
何て勝手な言い分だ。美琴は殴りかかってやりたい衝動に駆られる。
一方通行自身の納得する形での罪滅ぼしに妹達が利用されているようではないか。
確かに一方通行の言うとおり、美琴は一方通行が行っている研究について具体的に知った時、コレだと思った。
コレしか自分が妹達にやってあげられる罪滅ぼしは無いと思った。
それに一方通行の頭脳に近いレベルでアシストできるのは自分くらいだと美琴は自負している。
だからこそ勇気を振り絞っての提案だったというのに。
握り締めた手のひらに爪が食い込む。
「だったら…だったら私には何もするなって言うの……?アンタみたいに守ることも出来なくて、救う事も、その手伝いもさせてくれないっていうの?」
「お前」
一方通行のことを改めて聞くうちに、美琴はふと絶望的な気持ちに陥った。
自分自身への焦りと失望とも言い換えられる。
嘗て上条に言った『勝手にやってればって思うわ』という自分の言葉が、月日を跨いで降りかかってきたような気がした。
自分が上条と過ごしていた時間、白井達と笑い合っていた時間。それらの時間をこの男は妹達に費やしていたのだ。
勿論、一方通行とて、四六時中妹達のことばかり考えているわけではない。
インデックスと料理をしたり、垣根の下らない話に付き合わされたりと、彼なりの時間はやはり存在していた。
しかし、美琴はそれを知らない。そして、美琴のように大半の時間を学校と上条に費やしていたわけではないことは確かなのだ。
「打ち止めはとてもいい子。番外個体もクソ生意気だけど本当は優しい子だってわかる。ほかの妹達だってそう。
でも私は全然知らなかった。知ろうともしてこなかった。
そもそも、どれだけの妹が何処にいて、何をして、どんな風に笑う子なのか、私は全然知らない。
アンタよりずっと妹達のことを知らない。だから、だから……」
だから今からでも償おうとしているのか。
一方通行はどっと疲労感が圧し掛かるのを覚える。
ちらりと見上げた美琴の表情は気が付けば随分と張り詰めていた。
それ自体は決して悪いものではない。少なくとも、上条に捨てられて自棄になっていた時とは張り詰めた表情の種類が異なる。
自分の言葉で改めて自身への使命感と責任感が甦ったのだろう。
典型的な自分の言葉で自分自身を奮起させるタイプだ。良くも悪くも真面目な少女なのだ。
そして、酷く不器用な少女だ。
「テメェは…ホントに勘違い女だな」
「何がよ!!」
「ウッセェ。怒鳴ンな馬鹿。ったく……クソが…わざわざ言われなきゃわかンねェか」
煩わしそうに髪を掻き毟ると、椅子の背もたれに身体を預けるように身体を反らす。
気持ちを入れ替えようとしているようにも見える。
「テメェの中じゃ、自分がサボってる間に、俺ばかりが妹共に償いってのをしてるように見えてンのかもしれねェ。けどその前提からして間違ってンだよ。
テメェが償う必要のある罪なンて何処探したってねェンだよ。三つかそこらのガキが騙されただけだってのに、何勝手に後付けで罪悪感持ってやがる。
勝手に背負う必要のねェモン背負って、勝手に追い込まれてるだけだろォがテメェは。
さっきも言っただろォが。コイツは俺の弱さのケジメだって。打ち止めのことだ、俺が本当は優しいだの、実験に反対しなかった妹達も悪いだの、俺にやたら甘ェ解釈垂れてンのかも知れねェ。
だがな、実行したのは俺だ。俺がテメェの意思でやったことだ。妹達が命乞いをしなかったのが悪い?ははは、あンだけ痛がってる姿晒しといて今更言葉がどォのかなンて関係ねェだろ。
アイツラが死にたくて死んでたわけじゃねェことなンざまともな奴が見りゃ誰だってわかるだろォが。事実、上条はすぐに俺を止めたしな」
「じゃあ…なんでアンタは…?」
――― 実験をやめなかったの?
後に続く言葉は呑み込んだ。言う必要の無い言葉だ。
その一言だけが精一杯だった。
美琴は緊張していた。それは、目の前の男が恐いからではない。
初めて、直接手を下した男が、ずっと目を背けていた事実を直に聞くという状況に緊張しているからだ。
多分それは打ち止めすら聞いたことの無い本心。
一方通行の本心。
ほんの一瞬だけ、一方通行が痛みを堪えるように唇の端を歪めたのがわかった。
「恐かったからだよ」
初めて聞く言葉のように、美琴は心の中で繰り返した。
「今更止めたら俺はただの人殺しだ。レベル6になれば、全てが正当化されンじゃねェか。
あいつ等は単価18万のスイッチ一つで生まれる人形だ。人間じゃねェ。
俺は科学者達の話に乗っかっただけだ。自分から進んで殺そうとしたわけじゃねェ。
あいつ等だって俺を殺そうとしてきやがった。だから正当防衛だ。誰だって自分が死ぬのは嫌に決まってる。
殺したくて殺してたわけじゃねェ。誰も近づけない無敵の力を手に入れる為には仕方の無い犠牲だったンだ……
―――― なンて言い訳を並べ立てておいて、俺はただビビッてただけだ。
引き返せねェってわかってから止まるのが恐くなった。
それどころか、実験を止めようとしないクローン共を憎むようにさえなってた。
はははは…八つ当たりだってのにな。そンで、そのうち俺は楽しみ始めた。実験を楽しもうとするようになった」
そうでもしなければ心が保たなかった。
美琴は一方通行が噤んだ言葉の続きにそう繋いだ。
何となくそんな気がしたから。
一方通行は自嘲するように息を吐くと、話は此処までとばかりにコーヒーに口を付ける。
「だから…コイツは俺にやらせてくれ。テメェはテメェですることあるンだろ?」
「でも…」
「テメェの妹共は、姉貴に夢諦めさせてまで何かさせて喜ぶような奴等なのか?」
「そんなわけないでしょ」
ぶつけられた強い語気に、一方通行はわかってるじゃないかとばかりに鼻で笑う。
「だったら、これでこの話はお終いだ。テメェはテメェで好き勝手やってヘラヘラ笑ってやりゃァそれでアイツ等は満足すンだよ。
そォいう御目出度い馬鹿共なンだよ。だから…約束しろ。テメェは絶対」
「治すわよ。子供の頃からの私の目標だもん」
「フン…」
椅子を回して、一方通行は美琴に背を向けた。
何か言ってやろうとして、結局美琴は何も言えずに、研究室を出た。
ドアを開ける直前に、「時々あのクソガキ共の相手してやれ。クソ面倒だろォがよ」とだけ一方通行は声をかけた。
振り返れば、既に彼の視線は手の中の本へと注がれていた。
その頑なな横顔を見て、美琴は何故だか泣きたくなった。
ベランダを開けると湿った風が身体を包む。生温い風であっても、汗ばんだ身体には心地良い。
ワイシャツ姿で美琴は膝を抱えて縁に座る。今日は満月だ。
蛍光灯のような月だと美琴は思う。
まるで作り物のように、換えたての蛍光灯のように白々しいくらいに明るい満月。
黄泉川家の人々は四人仲良くこの月を眺めているのかもしれない。意外と言っては失礼だが、黄泉川という教師は風流を好む女性だ。
黄泉川と芳川が上機嫌に酒盛りを始めて、番外個体がそれに突き合わされ、最後に一人しらふの打ち止めが拗ねるというのがパターンなのだそうだ。
病院で働く妹達はもう眠ってしまっただろうか。
黒子は勉強中だろう。初春はゲームに夢中で気付かないかもしれない。佐天あたりは美琴と同じくベランダから眺めているかもしれない。
一方通行はこの月を見上げているのだろうか。
余裕の無い横顔を思い出す。
彼は暗に自分は優しい人間ではなく、これは当然の償いだから気にする必要はないと言っていた。
幼い自分が騙されたことは罪ではないといい、美琴が文句を言う前にそれをさっさと背負って走っていってしまった。
一方通行は弱い。上条当麻や浜面仕上に比べて弱い。
彼等のような堅牢さなどとは程遠く、余りにも脆い。
遠ざかれば孤独に苛まれるくせに、近ければ不安を覚える。
打ち止めから離れて見守っているのは、彼女達を思ってではなく、彼自身の自衛手段に他ならないのではないだろうか。
それでも、美琴は寂しい背中を思い出す。それでも、やはりアイツは優しいと美琴は思う。
強くて優しければ実験には加担しない。強いだけならば過去など振り返らない。
弱くて優しいから償うのだ。そのことに、一方通行はいつか気付けるのだろうか。
一方通行の心配をしている自分の心の奇妙さに、美琴は気づかない。
些か夏を前借したように強い日差しの下、オープンカフェの一角で一方通行は冥土帰しから借りていた本を読んでいた。
一雨去って、珍しくからっと心地良く乾いた空気が心地良い。
しかし、天気とは裏腹に、一方通行の視線はひたすら紙面を滑り、なぞった文字はループしていた。
彼の中にあるのは、研究のことでも妹達のことでもない。ひたすら自分への自己嫌悪だ。
美琴に対する自分の態度に対する自己嫌悪。もっとフレンドリーに接すれば良かった等という理由ではない。
余りにも必死で、思いつめて、泣きそうな顔に、よく知る少女の顔がダブったのがいけなかった。
思わず話してしまった。
話しすぎてしまった。
病院を訪れる度に妹達が語っていた美琴の研究。
一方通行はそれを聞き流すように適当な相槌を打っては彼女の反感を買っていたが、内心羨ましく思っていた。
夢を持っていることも、それに向かって邁進するのも、自分には出来ないことだ。
『私の目標だもん』
美琴はそう言った。夢ではなく、目標。綺麗な届かぬ響きを持つ言葉ではなく、リアルな語感を用いた。
達成してみせる、そんな意思があの言葉からだけでも十分に伝わってきた。
強い奴だ。感嘆の念と共に心の中で呟いていた。自分には絶対持ち得ない純粋なひたむきさ。眩しくすらある。
そして、それを我が事のように誇らしげに語る少女達。
美琴が如何に優しいか、笑顔で話す打ち止め。彼女がいるから自分達がいられるのだと言い切る妹達。
綺麗な関係だ。強い絆だ。清廉な奴等だ。
言葉にせずに、強く思った。憧れすら抱く。いつも自分はこうだ。
打ち止め。上条当麻。インデックス。そして御坂美琴。
真に強く、気高く、綺麗な者達を前にすると、自分は無力になる。
項垂れて跪いて許しを請いたくなるような心地になる。
懺悔をしたい。罪を洗い浚い話してしまいたい。そうやって救いを求めてしまいたくなる。
研究室での美琴との会話は完全に話し過ぎたと一方通行は思っている。
あそこまで赤裸々に話す必要はなかった。
弱い自分を曝け出して、そしてどうなるというのだ。
同情して欲しいのか。
そもそも、アレでは自分が彼女に許しを請うているようではないか。
何と見っとも無く、そして無様なのだろうか。おこがましい。請う事すらあってはならないというのに何を期待しているのだろうか。
女々しい奴だと自分自身を罵倒する。
「なァにやってンだよ…俺は。集中しろ。時間はねェンだ…わかってンのか?」
「誰に話しかけてるんですか?」
「うるせェ、独り言だ」
「うわ、独り言とか、オープンカフェで超独り言とか…激しく超キモイですね」
「あン?」
本に視線を落としていた一方通行は、ようやくおかしなことに気付いて顔を上げた。
「テメェは…」
「久しぶりですね、超一方通行
頬杖の上に乗っかっているのは、挑発するような不敵な笑み。
向かいの席には断りも無く座る一人の少女。ブラウンのややカールした髪に、つぶらな瞳の少女。
膝丈どころか、太腿のキワドイ部分まで上げられたジーンズミニスカートにブーツというやや背伸びした印象の少女を、一方通行は知っていた。
「モアイ…か。絹旗モアイだったな」
「さ・い・あ・い!!超最愛!!」
「悪い悪い。超最愛」
「今、もあいって言いましたよね?字面に誤魔化されませんよ!?」
一方通行と因縁浅からぬ少女、絹旗最愛はテーブルに勢いよく手を叩き付けるとお決まりの如く間違われる名前を、これまたお決まりの如く訂正した。
506 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/13 00:12:49.98 0g+iAlmT0 508/791以上で投下終了します。心理描写が性急だったりする感じがありますが見逃して下さい。
モアイちゃんは美琴より一つ二つ年下という設定です。
出来れば明日投下したいと思っています。
それではまた。 ノシ
保育士になろうと思ったきっかけは実に下らない。
子供の頃からの夢だったわけでもなく、子供が特別好きだという理由でもない。
ただ、学園都市での自分の、ある意味では人生そのもののスタートが置き去りという一方的な大人の都合によって切られ、
暗闇の五月計画の実験台になり、暗部落ちという見事な転落人生をローティーンにして一通り味わった絹旗にとって、
表に出てまで大人と積極的に関わりたいとは思えなかっただけだ。
汚い大人が
汚い思考で
汚い欲望を
汚い笑顔で
汚い行為を
汚い世界でするのをずっと目にしてきたのだから、気分的には「もうお腹超いっぱいです」というものだ。
保育士は全国的にみても合格率10パーセントの難関国家試験であるが、学園都市内においてはそれは更に高いハードルであった。
能力カリキュラムを実施していないところであっても、能力に対する知識を求められる上に、
園児達を能力者から守るための警備員の真似事もしなければならない。
故に、勉強はしてもし過ぎということはないのだ。
「一方通行は超お医者さんになるつもりなんですか?正直白衣着てもマッドサイエンティストが関の山だと思いますよ」
「ならねェよ。つーか食いながら喋るンじゃねェ」
「む」
頬張っていたチーズケーキを飲み込む。
コーヒーを啜る一方通行の目が明らかに「ガキめが」と語っていた。
「じゃあ、何でそんなもの読んでるんですか?超知的アピールですか」
「誰に向けてのアピールだよ」
「それはやはり可愛い子に手当たり次第。この場合は可愛い子筆頭のこの私でしょうか?
うわ、いやらしい目で見ないでくださいキモい」
自分の腕を抱く仕草をしてみせる絹旗を一方通行は鼻で笑う。
「生憎と~幼児相手に~性的興奮を覚えるたちじゃないんですゥ~」
「幼児じゃねー!超17歳です。あなたと三つしか違わないです!!」
「あれ?」
「オイ!何『俺そンな話聞いてないぞ』みたいな顔してるんですか!!」
「中1じゃなかったか?」
「それ初対面の時ですから。超前の時です」
「やべェ…老化を防ぐ研究は既に実用化に…」
「それ先週のボケですから」
「悪ィ、悪ィ、モアイ」
「さいあい!!」
こんなやりとりが既にここ最近の風物詩だ。
人目を引く二人組の夫婦漫才は、常連客にとっても一つの娯楽と化している。
先月の五月以来、絹旗は一方通行と度々このカフェで会っていた。
もちろん待ち合わせてデートというわけではない。
会う約束をしているわけでもない。
ただ、時間がかち合ったら相席して他愛もない会話に興じるだけだ。
相席している時間といっても、その大半は互いに研究、勉強に使われている。
これは要は息抜きだと絹旗は思う。
一人で机にかじり付いているのが性に合わない絹旗にとっても、そしておそらく一方通行にとっても。
暗闇の五月計画にまつわる因縁から思えばこうしていることが絹旗には不思議だ。
浜面が滝壺と婚約し、彼を連れまわすことに遠慮をするようになってから入れ替わるように会うようになった白い髪の青年。
随分とここ一月で知った事が増えた。
意外と健啖家であること。
超能力者は消費するカロリーが多いせいだろうか。麦野も何気に食べっぷりの良い女だ。
そして、偏食家。というよりも、それを治そうとしているのがわかりやすい。
野菜サラダを頼んだ時の気の進まない顔付きは思い出すだけで笑いそうになる。
煙草を最近覚えたということ。
そして、過保護。クローンの少女達(打ち止めと番外個体というらしい)のことを話題に出す時の顔は正に親馬鹿な父親そのものである。
(何だかんだで保育士のこと調べてますよね)
合格率10パーセントを学園都市においては切ることを話題に出したのは一方通行だ。
以前病院で話したことを頭の片隅に留めておいたことが絹旗には少し好ましく思えた。
「貴方って結構超普通に喋りますよね」
「問答無用でブン殴って欲しい趣味でもあったのか?」
チリソースとチキンのサンドイッチを平らげると、紙ナプキンで口元を拭い、空いた皿ではなくトレイの上に置くと一方通行が怪訝な表情を浮かべる。
「暗部の頃にぶっ飛ばされて目覚めちまったか?生憎開いた扉の面倒はみれねェから一人で極北に向かって突っ走ってくれ」
「勝手に変態認定しないでください!そうじゃなくて、もっと無視したり、脅してきたりするんだと思ってたんです」
確かに言葉は意地が悪く、皮肉や毒に満ちている。
しかし、キャッチボールが出来ないわけではない。
「それに私のこと笑いませんでしたし」
暗部の人間が表の世界、それも子供相手の仕事を目指すことを侮蔑も嘲笑もしなかった。
幼い絹旗の外見をからかいはしても、決して一方通行は馬鹿にはしなかった。
「馬鹿げた目標ぶら下げてンのはお互い様だからな」
苦笑すると、一方通行はグラスの水を飲み干した。
「ええーー!!もう別れたんですか?たった三週間ですよ」
パフェを運んでいたスプーンをくわえたまま、初春が絶叫に近い叫びをあげる。
周囲の客が好奇心混じりに視線をよこすのを、白井が慌ててごまかす。
「初春声大きすぎますの!」
「あう、ごめんさない。でも、でも、白井さん。だって…御坂さん、あの彼氏さんと結局…」
「彼氏じゃないってそもそも。なんか必要以上になれなれしいから、もう関わらないでって言っただけだし」
むしろ、三週間も自分はよく我慢出来たものだ。主に電撃を。
美琴は、本人は決して認めないが、長点の美琴が入りたいと思っていた研究室のOBに口利きを頼んだ。
浅ましいコネ作りと言ってしまえばそこまでだが、有利になることなら何でもしておきたかった。
教授への口利きを頼んでから、持参した論文を見せると
「ほう。よくここまで徹底的に調べたね。所々粗も目立つが、刺激的な論文を読ませてもらったよ。これならすぐにでも招きたいくらいだ」
という色よい反応に肩すかしを食らった。
結果から言ってコネクションに頼るまでもなく、美琴は研究室入りを確定させた。
それに伴い、しつこく関係を迫ってき始めた男を一蹴。
友人として何度か食事に行くなどしたが、あくまでも美琴としては友人だった。
それも形だけの。
利用するだけ利用したようで気が咎めたが、下心丸だしで彼氏気取りで白井達との集まりにまで付いてこようとしたのだから同情の念はすぐさま消える。
最後には「せっかくしてやったのに、お高く止まりやがってクソガキが」という罵声と共に無理矢理押し倒そうとしてきたので、
一日ほど目を覚まさない程度に焦がしておいた。
「じゃあ、お姉さまは来年には長点の大学に」
「うん、教授が研究室に是非って。決定ってほどでもないけどさ」
あくまでもほぼ確定であって、決定ではない。
しかし、研究室入りが出来ずとも美琴の最新の設備が使えなくなるだけであり、研究の道そのものが閉ざされるわけではない。
「いざとなったら実力で研究室の一つや二つくらいもぎ取ってやるわよ」
強がりではなかった。
一方通行や布束がそれなのだ。彼らが出来たのだから自分が不可能ということはないだろう。
美琴はレモンたっぷりの紅茶を砂糖も入れずに飲む。
「御坂さん紅茶だけでいいんですか?私のケーキ少し食べます?」
「………ちょっとだけもらおうかな」
美琴の発した間に首を傾げながら佐天はフォークに乗せたイチゴのショートケーキを美琴の口に運ぶ。
白井が羨ましいを通り越して、妬ましげに見つめるのはあえてスルーだ。
「ここのイチゴ甘くて美味しいんですよ?」
「ホント、美味し…―――ッ」
美琴は突然強烈な吐き気を覚え、思わず口を抑えた。
「お姉さま!?」
美琴の青ざめた顔に、真っ先に白井が反応する。
それを美琴は手で制すると、一言「ごめん」と断りを入れて席を立つ。
「御坂さん大丈夫なんでしょうか」
トイレに駆けて行った美琴の背を見つめながら、初春が心配そうな顔で残り少ないパフェを綺麗に平らげた。
いくら甘いものを食べても太らない初春が妬ましいのか、空になった器を白井が横目でどこか物欲しげに見ると溜め息を吐く。
「お疲れなのでしょうねお姉さま」
「最近そんなに無理してたの御坂さん?」
ショートケーキを崩しながら佐天がトイレの方に向けていた視線を白井に移す。
「例の教授に見せる論文と、学校の方のテスト勉強で最近碌に寝ていらっしゃらなかったみたいですから…」
無理をするのも無茶をするのも変わらない美琴が誇らしくもあり、苛立たしくもあるだけに白井は何ともしようがないと顔をしかめる。
頑固な性格を十分すぎる程に熟知しているのだ。
「でも、御坂さんあっさりフっちゃったんですね」
話題を変えるべく、初春が口にしたのは今し方美琴の投下した爆弾発言だ。
「カッコいい彼氏さんだったのに。もったいないです」
少しバタ臭いがイケメンの部類であった。
スポーツが得意なのだと言っていた通り、日に焼けた姿が力強く爽やかな印象を与える。
ただ、初春として不満だったのは、上条が死んでから一月程経ってすぐに特定の男と交際をしているという美琴の切り替えの早さだった。
初春の中では、恋は神聖で長く息づくものであった。
すぐに取っ替え引っ替えというのは価値観そのものが受け入れられない。
「彼氏じゃないって言ってたじゃん。御坂さんに勝手に付いてきてただけだっていうし」
「御坂さん照れ屋だからそう言ってただけで」
「いや、あれは御坂さんガチでウザそうだったよ」
あんな男のどこがいいんだか。
御坂にくっついてなれなれしく佐天達に自己紹介を求めてきた男を一発で嫌いになった。
まず目がやらしい。優しいのと下心を混同しているタイプだ。
何よりも甘えたような声が鳥肌が立つ程気持ち悪かった。
甘えるのが様になる男とならない男というものが世の中にいるとすれば、間違いなくあの男は様にならない男だ。
甘えるのがうまい男は、多分もっと危なっかしくて無自覚だろう。
無自覚というのは危なっかしいとも言える。あくまでもこれは佐天の自論であるが。
佐天は交際経験がゼロに近い。
一人目は御坂に紹介しれくれとうるさかったので、付き合って一月も経たないうちに、何もすることなくフった。
二人目は三回目のデートの帰り道、ムードもへったくれもなくいきなり制服越しに胸を触ってきたのが気持ち悪くて別れた。
故に、初春のことをどうこう言える程の立場でもないのだが。
白井は御坂があの男をすぐに遠ざけることがわかっていた。
おそらく研究室へのコネ作りの為に利用したに過ぎないから、そのせめてものお詫び程度の愛想だったのだろう。
その我慢期間も無駄であり、無益だった。
だから切ったのだ。
本質的にはウエットなくせに、驚く程ドライな面が美琴にはある。
「それでですね、浜面ってばテンパって…」
「アイツ、マジでネタキャラ過ぎンだろ」
佐天達のテーブルの横を男女のペアが通り過ぎる。
杖を付いた白髪頭の青年と、栗色のボブに、ニットワンピの少女。
カップルなのか、それとも兄妹なのだろうか。
どちらともとれる二人組は窓際の佐天達の場所からはしきりで見えない店の奥、薄暗い照明のテーブル席へと入っていく。
「今の人…あれ?」
初春が首を傾げる。どこかで見たことがあると、記憶が彼女に訴えかける。
「カッコいいね!ね!」
佐天が瞳を輝かせて言う。
バタ臭い美琴にまとわり付いて来ていた男なんかよりもずっと良い。
特にあの透き通るような肌と高い鼻梁が良い。
「今の方って…確か…」
以前風紀委員のデータベースで見た情報、写真の数年先の姿と言える外見に白井はぽつりとつぶやいた。
「第一位?」
「「え!?」」
蓋をした便座に座り、ぼんやりと戸に書かれた落書きを目で追う。荒い息を吐きながら美琴は呼吸を整えていた。
元々朝からほとんど何も食べていなかったのだ。
でるとしても胃液くらいのものである。
生理がどれほど来ていないかを頭の中で浮かべてから美琴は深く息を吐いた。
「どうすればいいんだろ」
こんな大切な時期に。煩わしさと自分自身への怒り、苛立ちに噛み締めた歯が軋む。
両手で顔を覆い項垂れる。美琴の肩は震えていた。
526 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/13 22:29:49.01 HwpUsQ2T0 516/791以上で投下終了~です。
過去編はなるべくピッチを上げて行きたい所存です。
美琴は高3の二月という受験生の一番大事な時期で娘産みます。
それではまた ノシ
第七学区でも特筆すべきところの無いごくありふれたカフェであった。
無造作に決めて入ったわけではない。絹旗が前々から憧れていたカフェだ。
理由を聞かれれば的確な説明が出来ると絹旗自身思っていないが、強いて言えばそのありふれたところであろうか。
そこは“仕事”の帰り道に面していた。
仕事の帰りなどに絹旗は制服姿の少女達をよく見かけた。
制服は特に名のある学校のものではなく、少女達の年齢から中学生だろうとわかるくらいだ。
ありふれたカフェでありふれた学校の生徒が談笑するという光景が絹旗の心の隅に残っていた。
だから一度来てみたいと思っていたのだ。
それも仕事の打ち合わせなどというものではなく、ありふれた日常の一端として、極当たり前の用事で。
一方通行とは時間を決めて待ち合わせをしている訳ではない。
しかし、彼が足を運ぶ場所、その時間帯を覚えていた絹旗はさりげなさを装って一方通行と合流していた。
「超偶然ですね一方通行」
「何だお前。遊び歩いてばっかなンじゃねェのか」
呆れたように片眉を下げると、絹旗は歩調を微妙に調節してさりげなく隣を歩く。
杖を付きながらにも関わらず、一方通行の歩くペースは決して遅くはない。
「超侮らないで欲しいです。一通りの学習ならとっくに済んでるんですから」
「ほォ、大した自信だ。それで落ちたら腹抱えて笑ってやるよ」
浜面の失敗ネタを中心に談笑していると気づけば目的のカフェに着く。一方通行は店の一番奥を指さした。
幸い客が出払ったばかりの空きスペースは、薄暗く、けれどもじっとりとした辛気くささがなかった。
ラジオから流れるJPOPは絹旗の好みではなかったが、店の雰囲気には合っているし、何よりも二人きりで過ごすには違和感の無い系統である。
まずまずだと絹旗はこっそり満足する。
(いえ、別に超ムードがあるからといってどうというわけではないんですよ)
誰にいいわけをしているのだろうかと、絹旗は少し舞い上がっている自分に失笑する。
テーブル席の一角に、おそらく高校生だろう、三人の少女達の集団が目に留まった。
目に付いたのは、常盤台高校の制服の少女が一人いたこともあるが、何より、彼女たちが総じて美少女の部類に属する容姿をしていたせいだろう。
何となく一方通行を見る。
「何突っ立てるンだよ?」
「いえ、何も」
少女達に見とれるなどということもなく、至って普段通りの一方通行に何故か安心してしまう。
一方通行と付き合うようになって(恋人的な意味ではなく)、いろいろと彼について発見することが増えた。
浜面くらいしか親しい異性のいなかった絹旗にとって、それらは新鮮だった。
頭の回転の早さや顔立ちが整っているということは今更特筆してあげるまでもない。
新鮮なのは性格だ。
気が利かないながらも、相手を楽しませようという意志が空回り気味ながらも伺える浜面に対して、一方通行の中に絹旗を楽しませようという姿勢は欠片も無い。
絹旗との談笑に興じたかと思えば、気づけば医学書や研究論文に目を通す作業に戻っている。いや没頭している。
そこに絹旗がいようといまいと、彼女が退屈していようとしていまいとおかまいなしだ。
仮に、急に絹旗が帰ると言い出しても一言、そうか。で済ませてしまうだろう。
そして、意外なことに彼はものを知らない。
流行もの、特にテレビドラマであったり、小説であったり、映画であったり、それらにとんと疎い。
絹旗でも小学生の頃読んだことのある本をまったく知らなかったり、童話(それも人魚姫や七匹のこやぎなど)でも知らないものが多い。
それらのどこかちぐはぐさが絹旗には無性に面白かった。
自分を楽しませようという気が無いことなど気にならない。元々、そんなお嬢様気質など持ち合わせていない。
自分が楽しめればいい絹旗はわざわざ娯楽を提供してもらう必要も感じなければ、それを他者に依存したりもしない。
「浜面ついに滝壺さんに超プロポーズしたんですよ」
「この前の病院の時はしなかったのか?」
「あれは婚約です。結婚です。超結婚」
「第四位は大丈夫だったのか?」
「超自棄酒に付き合わされました」
「浜/面にならなかっただけ良かったじゃねェか」
「麦野だっていい加減大人になったっていうことです」
「ガキが大人について語るとかねェよ」
「三つしか違わないじゃないですか!!」
「三歳差ってのは小せェよォでデケェンだよ。それにしてもアイツ、この先何十年分の幸運使ったンだろォな」
「何十年分っていうか、むしろ一生分の幸運をベットしましたよきっと」
分不相応な花嫁をもらうものだ。一方通行と絹旗の共通認識。
「ま、あのヤロウしかいねェだろォがな」
「ですね」
しかし、あの不思議少女、ある意味レベル5達よりも学園都市にとって希少価値のある存在を守り抜ける男は他にいないとも思う。
一方通行はロシアに向かう浜面達の姿を目にしている。
みっともなかろうと、無様だろうと、泥臭かろうと、一本芯の通った信念に基づいて行動する男は眩しくすらある。
「あのピンクがらみだったら俺だって敵対したくねェよアイツは」
絹旗は少しだけ驚く。素直に浜面を認める言葉を吐いたことにもだが、小さく微笑むということをいつの間にか身につけていることに驚いた。
「一方通行超笑えたんですね。思ったよりキモくない笑顔だったのが意外です」
一方通行はしまったと一瞬呆気に取られたように口を開けると、すぐさま普段の仏頂面に戻る。
「笑ってねェし」
「笑いましたよ」
「気のせいだ。耳鼻科に行け」
「超素直じゃありませんね」
「うるせェ失恋チビに言われたくねェし」
「し、失礼です!!っていうか超無神経です…」
「一方通行、何してるのよ」
ほとんど忘れかけていた初恋の痛手をつつかれて絹旗が思わず声を上げかけて背後から不意に被せられた声に、絹旗が振り返る。
「お前来てたのか」
振り返った絹旗の後ろから、一方通行のうんざりした声。
「こんなところでデート?布束先輩という人がいるのに」
絹旗を通り越えて、一方通行に向けられる声。
(布束?誰でしたっけ…)
肩まで伸びた鳶色の髪の少女が、不機嫌そうに立っていた。
すらりとした背筋を伸ばし、しなやかな空気を纏わせる少女の後ろにはさっき見かけた少女たちがいる。
背後の少女たちは、ある子はおろおろと、ある子は興味津々にこちらを見ている。
トイレから戻ると、佐天を中心に何やら話が盛り上がっていた。彼女達が色めき立っているのに気づくと、美琴は彼女達の視線の先に目をやった。
しかし、敷居のせいか、彼女たちの視線の先にいるであろう人物は見えない。
わざわざ立ち上がって覗き見るのもいやらしくて、美琴は微かに話題に入れないことに焦りを感じる。
「思い出しました。あの人私を第二位さんから助けてくれた人です」
「学園都市第一位、一方通行。まさかこんな普通のお店で見ることになるとは思いませんでしたの」
「何か想像と違って華奢なんだね。もっとマッチョ想像してた。五メートルくらいの剣とか軽々振り回しちゃうような」
「そんな人間会いたくないですの」
「第一位…?」
気づけば立ち上がって、テーブルまで近寄っていた。
近頃よく目にする白髪頭と、その向かいにいる小柄で可愛らしい少女。
お節介な美琴は瞬間的に声を発していた。棘があるのは承知の上だ。
「こんなところでデート?布束先輩という人がいるのに」
煩わしそうな一方通行の声にカチンとくる。
美琴の目には、彼女がいるのにぬけぬけと他の女とデートを楽しんでいる姿にしか見えない。
「何で布束がここででてくる?」
「何でって、恋人でしょ?先輩の」
「誰がそンなこと言ってンだよ」
「番外個体よ」
末妹達が目の前の白髪男に家族愛とは異なる愛情を向けていることなどとうに知っている。
そして、一方通行の側にいる存在に胸を痛めていることも。
可愛い妹達を悲しませてコイツはなにをやっているのだ。
美琴は自分の怒りの理不尽さに気づかぬフリをする。
「アイツがそォだって言ってたのか?」
「先輩からは何も言ってないけど…」
「ならそォいうことだ。少なくともアイツとはそンな関係じゃねェ」
「じゃ、じゃあ、そっちの人が………彼女さん?」
「えっ」
彼女という言葉を口にするのに、思わぬ労力が要った。
美琴は胸の奥がもやもやとするのを覚える。
小柄な少女が目を白黒させる。やがて、ようやく意味が通じたのか見る見る内に顔を赤くさせていく。
「いや、別にそういうワケじゃねェな」
しかし、一方通行は焦ることも照れることもなく、淡々とした口調で答える。
遠巻きに眺めていた佐天には、二人の少女が同時に落胆の表情になったのが見えた。
それぞれ理由は異なるが。
「っていう事がこの前あったのよ!」
「はぁ…」
姉の機嫌が悪いのは、電話が来た時から察していた。
また言い寄ってくる男のグチか、女子からのやっかみに対するグチだろうかと高を括っていた10032号こと御坂妹は
自分の読みがまだまだ甘いことを思い知る。
わざわざマンションまで来て美琴が一方通行のグチを言うとは思わなかった。
打ち止め達から、最近和解傾向にあるという連絡を事前に聞いていたから、やれやれと思っていたばかりだったのに。
10032号は特別一方通行と美琴が仲良くなってほしいと思っているわけではない。
ただ、お互いの事を知る必要があるだけだと思っているに過ぎない。
現に、美琴に一方通行の事をはなした際にも、仲良くなってくれと言った覚えはない。
「えっと…要は、一方通行は布束砥信とすることしておいて彼女ではないと。そして、同席していた少女とも特別な仲ではないと言っていたのですね」
「そうよ」
「ふむ。セフレだけには事欠かないとか、流石のクズっぷりというか、爛れっぷりですねとミサカはあのコミュ障もやしが
そうそう彼女なんて作れるわけねーだろと冷静にツッコミを入れてみます」
「せ、セフレって。いや、さすがにそこまでは」
上条当麻とやることやっておいて何をネンネのようなリアクションしてるかなこのかまとと姉は、
と妹が思ったかどうかは定かではないが、10032号はこれ見よがしに溜息をを吐く。
「何よ、いやらしいわね」
「それで、結局お姉さまに言いたい放題言われたヘタレはすごすごと去っていったと」
「同情します。同行していたその女の子に」
「う…」
確かに、一方通行と一緒の時間を楽しんでいた少女には言い迷惑だっただろう。
「それと、一方通行に」
「なんてアイツに同情するのよ」
「上位個体達が奴に弄ばれて捨てられたならともかく、勝手に関係のないところで爛れた日々を送っていようがそれは彼の勝手なのでは?
とミサカはさすがに人の恋路まで口を挟むのはどうかと思うよと暗にほのめかします」
10032号はよく練ったココアを二つのカップに煎れる。
最近、ココアにハマっているのだ。
体重が気になるが、ココアの分、普段からのお菓子を減らせばいいだけである。問題はまったくない。
という言い訳をして、妹はうっとりとチョコレートの甘さに目尻を下げる。
「で、でも打ち止めが可哀想なのよ。しゅんってなって。番外個体もどこと無く元気ないし。それなのにアイツは知らん顔ってひどくない?」
「酷くなんてありません」
妹はうんざりするように、横目で美琴を見る。
呆れきった顔に、美琴がクッションを抱きしめたまま後ずさる。
「一方通行を上位個体が好きになるのと、一方通行が誰を恋人にするかは別問題ですから。とミサカは初恋は実らないものだという恋愛の鉄則を思い出します」
思い切りその鉄則が当てはまっている内の一人として、美琴は黙り込んだ。
冷静になれば確かにその通りだ。
一方通行が特別打ち止め達を大切に思っていることはわかっている。
最近冷たくなったというわけでもない。ならば、美琴が怒る理由は無いのだ。
しかし、美琴が黄泉川家に泊まったある日の夜。意気消沈しながら胸の内を吐露した打ち止めのいじらしい姿に胸が詰まった。
もっと言ってしまえば、嘗ての自分に外見年齢13歳の打ち止めが重なってしまった。つい、少女の応援をせずにはいられなかったのだ。
「お姉さまの考えていることはだいたいわかっていますけれどねとミサカは伊達につき合い長くないですよと姉妹の絆を強調します」
10032号は、空になったココアのカップをテーブルに置く。
美琴のカップからは並々と注がれたどろりとした表面から既に湯気が消えている。
一口も口を付けていないことがふと気になった。
確か美琴も大好きなココアだったはずだ。
「お姉さま?お口に合いませんでしたか」
美琴はカップに手を付けようともせず、青白い顔で曖昧な笑みを浮かべる。
誤魔化すような、彼女に似つかわしくない笑みに10032号は怪訝な表情を浮かべる。
「お姉さま?」
「いや、私ちょろっとダイエット中で…」
太らない体質だと自分で言っていたのに。
10032号の眉が更に不審の色を呈する。
「お姉さま…顔色が悪いですよとミサカは土気色になったお姉さまの顔をのぞき込みます」
テーブルを挟んで美琴と向かい合っていた10032号はテーブルを迂回して美琴の顔をのぞき込もうと顔を近づける。
美琴の鼻孔を、シャンプーと微かな柑橘系の香水(美琴が選んであげたもの)の香りと、そして、ココアの甘い香りがくすぐる。
「う、ごめん…っ」
美琴の顔色が変わる。
逃げるように、トイレの奥に走っていく美琴の姿を呆気に取られたように10032号はそれを見送ることしかできなかった。やがて、トイレから苦しげに嘔吐する美琴の声が響いた。
「二ヶ月だね」
深夜の大学研究室、ソファーに寝転がり、腕を枕にとろとろと浅い眠りに就いていた一方通行を無慈悲に叩き起こしたのは
彼のよく知る、そして、最大級の罪悪感を抱く少女からのものだった。
滅多にかかってくることのない電話に、とっさに浮かんだのは、クローンを利用して何らかの実験に着手せんとする学園都市の暗部の動きについて。
電話口から聞こえてきた声は、本人なのかと耳を疑うばかりに取り乱した10032号の声。
「お姉さまが、お姉さまが」と連呼する声に、更に魔術サイドまで絡んで来ている可能性を考慮しかけたところで、居場所を聞き出し、車を走らせた。
着いてみれば、美琴の顔色が悪いこと以外は二人とも無事であった。その事に安堵しつつも、無表情で取り乱すという器用な真似をする10032号を伴って
向かったのは第七学区、冥土帰しの病院であった。
そして、一時間の診察の後に呼び出されて告げられたのが前述の言葉だ。
『しかし、あの子達にも言ってなかったみたいだね…本人は既に知っていたようなんだけどね』
あの子というのは恐らく妹達のことであろう。
「―――― ッ !!」
ぐしゃぐしゃと髪を掻き毟る。
伸び過ぎだと、打ち止めや黄泉川に注意を受ける前髪が視界に絡む。
出来る事ならば、今すぐこの場に座り込んでしまいたい。
どうして自分がこんなにもやもやとした気持ちにならなければならないのだろうかと、思わなかったと言えば嘘になる。
「あの…馬鹿が……」
結局一方通行に出来たのは吐き捨てることだけだった。
誰にぶつけるのが正しい苛立ちなのか、上手く掴みかねていた。
診察室を出ると、長椅子に並んで腰掛ける姉妹が目に留まる。
ゴーグルが無くとも昔にくらべて見分けが付くのは妹の方は髪をベリーショートにしているからだ。
別に自分に見分けが付きやすくする為ではないことはわかっているものの、正直一方通行には助かる。
俯き、膝の上で手を強く握り締めた少女と、その肩を抱き締める瓜二つの少女。
昔よりも長い髪は俯くと少女の顔をまるっと覆い隠してしまう。
少なくとも微動だにせずに座っている少女の表情は立ったままの一方通行からは見えない。
10032号が視線で一方通行に「どうしましょうか」と問う。
何故自分に選択を委ねるのだという憤りと苛立ちを辛うじて噛み殺したのは、少女達を思いやってではなく、煙草が吸いたいと思ったからだ。
「とりあえず外に出るぞ。まだマシだろ」
「そうですね。さ、お姉さま」
「うん…」
弱々しく頷き、それでも手を借りずに立ち上がる美琴を、一方通行は見ようとしなかった。
上手く感情を整理する必要があるのは寧ろ自分の方かもしれないとポケットの中を探りながら思う。
芝生を月の濡れた光が覆いつくしている。
青白い月は三日月と呼ぶには太り過ぎで、それを何と呼ぶのか一方通行にはわからなかった。
布束ならば無駄に知っているだろうか。研究室を出て行く時の布束の顔が浮かぶ。
電話があったのが事の最中でなくて本当に良かった。生々しいが本音だ。
ミサカ達の為に奔走する自分を呆れるように、羨むように見ていた布束の視線を振り払うと、煙草の箱を取り出す。
冥土帰しの吸っていたバニラの煙草。本を返しに行った際に、一箱寄越されたものだ。
髭面の男から押し付けられた煙草を吸い終えたばかりだったから丁度良い頃合と言えば頃合だった。
箱の底を叩いて一本咥えてから、ふと美琴達が気になったが、外だから構うまいと火を点ける。
ベンチに腰掛けて、俯いたままの美琴と、元々寡黙故にかけるべき言葉を出し尽くし、途方に暮れるように月を見上げている妹。
彼女達に背を向けて、気を紛らわせる為に覚えたばかりの煙草を吸っている自分が一番うろたえているのではないだろうか。
一方通行は身体中からかき集めた疲労感を排出しようとするように深く煙を吐き出した。
「甘い…」
咎めるわけでもなく、純粋に驚いたように美琴が呟いた。
風向きが変わり、一方通行の煙草の煙は美琴達の方へと流れてしまったようだ。
10032号が僅かに責めるような視線を向ける。妊婦がいるのにと言いたいのだろうか。
その視線に理不尽さを覚えながら、一方通行は視線を逸らす。
「なンで言わなかった」
逸らした視線を月に向けながら出てきた言葉の白々しさに吐き気がした。
「アンタに言わなきゃいけない理由があるの?」
苛立ちを多分に含んだ声。
仰る通り。美琴に背を向けたまま苦笑する。
自分でも何を言ってるんだと思ったのだ。彼女の言うとおりだ。
しかし、沈黙を一方通行が傷ついたが故のものだと思ったのか、泣きそうな声で美琴が「ゴメン」と謝る。
「こんなに迷惑かけておいて、何言ってるんだろね、私。ゴメン」
謝るなとも、何故謝るとも言えず、空に向けて煙を吐き出す。
「どうすればいいかな」
「どうして俺に聞く」
「わかんないわよ、そんなの…」
不意に、此処にはいない上条への怒りが腸からぐつぐつと生じる。何故置いていったのだと、今更過ぎる怒りだ。
とりあえず何処かに怒りをぶつけたいというのが一番の本音だった。
「どうして言ってくれなかったのですかお姉様?言ってくれればもっと…」
そこで妹は言葉に詰まる。もっとどうすることが出来たのだろうか。
妹の疑問に対して、美琴は首を振る。
「どうしてだろうね」
妹と自分。どちらに向けた言葉なのだろうか。
返すべき言葉を探し、言葉を返すべきなのか迷い、結局沈黙に陥る。
「ただ…何となく、ホントどうしたもんだろうって思ってて……結局決められなかった」
“決める”という言葉の響きに一方通行はひやりとしたものを感じる。
決める。何を秤にかけて決めるというのだろうか。
そんなものはわかりきっている。
生むこと、そして ―――
「生まない方がいいのかな」
最後の語尾は、誤魔化すように力無い笑い声が混ざっていた。
妹が絶句するのが、背中越しにもわかった。
瞬間、一方通行の血の気が引く。恐怖でも不安でもない。
怒りの余り感情が冷めるように血の気が引いた。
何故よりにもよって妹がいる前で言ったのだ。
『普通』の生まれ方をせずに、そのために誰よりも『当たり前』の命に憧れているはずの少女を前に。
そんな疑問を冷静に吐こうとしても、言葉が上手く喉を上ってこない。
言葉が、声が、美琴が浮かべているであろう表情が癇に障った。
「……本気で言ってンのか?」
「え…―― 」
ぞろりと地を這うように、血を吐くように呟かれた低い声が誰のものか、にわかにはわからなかった。
ガツンと一方通行が横に払った拳が手近にあった外灯を叩く。
美琴は思わずビクリと肩を震わせた。
一方通行は煙草を吐き捨てると、靴底で踏みつける。
「一方…通行?」
「好きにしろよ。生むなり殺すなり」
戸惑い、怯えた美琴の声に振り返らずに吐き捨てた。
578 : ◆d85emWeMgI - 2011/05/16 23:39:42.91 Q9NN+qkE0 530/791以上で投下終了です。途中痛恨のミスがありました。すみません。
上条編でグダグダし過ぎた感がしたので、ペース上げて行きます。超展開かもしれませんが。
一方さんは堕ろすこと自体にキレた訳じゃありません。
それではまた。 ノシ


あと、こいつら全員抱きしめたくなる。