わたくし、上条当麻の家(というか学生寮)には一人居候がいる。
イギリスのシスターさん、『さん』付けするにはまだまだ貫禄も人生経験も不足しまくりだったりするのだが、銀髪のシスターである。
ちょっとした事…で片付けるにはとんでもない出来事を経て預かることになった少女だ。
大飯食らいの怠け者。
我が侭で寂しがり屋。
意外と沸点も低い。
事情をしるヤツの中には「よくやるな、ホント偉いよ」と呆れ半分、感心半分といった言葉をかけてくるヤツもいる。
確かに生活費は苦しい。
なけなしの仕送りと奨学金を遣り繰りして何とかやっていけている。
イギリスからの送金もあるのだが、これは専ら入院費に取られたりする。
……まぁ、身からでた錆というヤツです。
元スレ
上条「約束したよな?例え地獄の底でも、お前を ――― 」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1297085602/
その上、俺の口癖が「不幸だ~!!」であったり、彼女が癇癪を起こしたときの癖が『噛み付き』だったりするのだから、
周囲には確かに『ごく潰しの厄介者』を背負う羽目になったように映るだろう。
じゃあ、さっさと彼女をイギリスに帰したいかとか、誰かに彼女の面倒を任せたいかと聞かれると答えは「NO」である。
そりゃあ時々は出て行け!と思うときもあるさ。精魂込めて作った料理がスナック感覚で瞬殺されたときとか、宿題の邪魔されたときとかさ。
けど、そういう日常のイラッと来る瞬間なんて誰にだってあるだろ?
出て行けと思う瞬間以上に俺は彼女がいてくれて良かったって思うことの方が多い。
第一に彼女は可愛い女の子だ。
可愛い女の子と一緒に暮らせて、嫌だって言える野郎はいませんのですよ、上条さんのお年頃では。
俺は別に聖人君主じゃないんだからさ、行く当ても無いだけの厄介者を背負ったりは出来ない。
ムカつくことと嬉しいこと、マイナスとプラスを合わせてプラスになるから一緒にいるだけなんだ。
朝起きて、可愛らしい寝息を立てていた彼女が目をこすりながらにっこりわらって「おはよう、とーま」と言ってくれる瞬間。
トーストを焼いただけの侘しい朝食でも、向かい合って「いただきます」って言うとき。
いってらっしゃい、早く帰ってきてねと手を振って見送られたとき。
不幸のせいでズダボロの満身創痍の疲労困憊で帰ったときに見上げたら自分の部屋から明かりが見えたとき。
子犬のように駆け寄ってきて「おかえりなさい」って言ってくれるとき。
その柔らかい髪を撫でたとき。
用意した夕食を美味しいって言ってくれるとき。
胡坐の上に乗って甘えてくるとき。
皿洗いを並んでしているとき。そして、不意に肘が触れたりするとき。
何だかんだで俺は彼女がいることで救われているんだろう。
可愛くて、甘えん坊なインデックスという女の子がいることに。
色々なゴタゴタが終わって、いつもの日常がやってきた。
って、何かベタな表現だな。
いつもって言うと結局補習⇒土御門と青ピとゲーセン⇒特売⇒帰りがけにスキルアウトの皆様に絡まれて追い掛け回されるというパターンだろう。
ただ、いつものと言っても“以前の”じゃない。
特売で一方通行に会ったりすることが増えた。あの悪人面で中々どうして、シビアに商品を吟味してたりする。
もっとも、より安い物を求める上条さんとは違い、ヤツはよりよい品質の物を吟味してるのですがね…
あと、もう一つ付け加えるなら、上記のスキルアウトの部分で御坂に遭遇したりするのも日常だったりする。
そうなると、最悪チャート表の最後尾が『御坂に追い掛け回される』が付加されちゃうんですけどね。
何だかこう言うと碌な毎日を送ってないんだなとなんだか悲しくなったりもしたりする。
俺とインデックスの生活もいつもどおりになった。
ちょっと、違うのはインデックスが家事の手伝いをしてくれるようになったこと。
あと、たまにインデックスといると胸のあたりがムズムズしたり、苦しくなったりするくらいだろうか。
何だろうなコレって。
とーまが風邪を引いた。
とっても苦しそうで、急いで私が寝てるベッドに運んだ。
それからおでこをこつんてしてお熱を測った。
とってもとーまのおでこは熱くって、それから、汗もいっぱいかいてた。
服を着替えさせて、それから、それから………それからどうすればいいんだろう?
10万3000冊も魔道書を記憶していてもそれがどうしたというのだろう。
私は大事なとーまが風邪で苦しんでいるのに、何も出来ない。
私は小萌に電話をした。
早く出て欲しい、って何度もお願いした。
小萌が出なかったら秋沙にもかけてみよう。
そう思っていたら小萌が出てくれた。
小萌はビックリしてたけど、とーまが風邪を引いたって言ったらすぐに教えてくれた。
部屋を温かくして、汗を拭いてあげて、氷枕も作って冷やしてあげて、時々空気を入れ替えてあげて。
それから、ご飯はおかゆを作ってあげたほうがいいって言ってた。
タオルをお水で濡らして、とーまのおでこに乗せる。
パジャマも替えさせた。
ちょっと恥ずかしかったけど…
お薬も探して飲ませた。
でも、おかゆっていうのがわからない。
どうやって作るの?
わからない。
10万3000冊の魔道書にはおかゆの作り方なんて載ってない。
とーまが読んでるお料理の本にも載ってない。
どうすればいいの?
わからないんだよ、とーま…
とーまのそばで座ってたら、頭をなでられた。
とーま?寝てなきゃダメだよ。
熱ですごくすごく苦しいのに、心配そうに私を見る。
とーまは口を開くと、「どう……した、インデ……ックス?……泣いてるのか?どこか痛いのか?苦しいのか?」って呻くように言う。
いつもよりも掠れて、小さくて、つらそうなとーまの声。
泣いてるのは自分が情けないから。
痛いよ……苦しいよ……
とーま、胸がね、とっても痛くて苦しいんだよ。
とーまといる時はいつもそうなんだよ?でもね、今はもっと苦しいんだよ。
とーまは私が泣き止むまで頭をなでてくれた。
チャイムが鳴る音。気付いたら私もとーまも寝ていた。
ドアを開ける前に、誰が来ているのかを確認。
とーまに言われたとおり、ちゃんと知らない人が来たら開けないようにするために。
ドアの前には秋沙が立ってた。
急いで開けると、秋沙はテキパキとーまを着替えさせて、おかゆを作って食べさせてくれた。
私はその間ずっと見てるだけ。
秋沙が何かを作ってくれた。私のらしい。
私は今日何も食べてないって初めて気付いた。
変なんだよ、いつもはそんなことないのに。
秋沙のご飯を食べた。
しょっぱかった。
あれ?って思ったんだよ。でもすぐにわかった。
私はまた泣いてた。
風邪が治った。
姫神には感謝だな。あと小萌先生にも。
そして、誰よりもインデックスに。
誰かがずっと側にいてくれるって、あんなにも嬉しいものなんだって知った。
熱で朦朧としてても、インデックスが俺の事を心配してくれていたのも、ずっと側で看病してくれてたのも知ってる。
何より、普段インデックスが寝てるベッドは、アイツの匂いでいっぱいだった。
甘くて柔らかいインデックスに包まれてるみたいに、ベッドは甘い香りでいっぱいで、熱のせいでふわふわしてるのか、俺にはわからなかった。
アイツが顔を近づけてきて、おでこで熱を測ってきた時は、顔が熱くなったのがわかった。
「すごい熱なんだよ、とーま」って。
バカ、お前のせいだよそりゃ、と言いたかった。
まぁ、上条さんは純情ヘタレボーイですからそんな事は言えませんけどね。
俺は必死なアイツには悪いけど心の中で「幸福だぁ!!」と叫んでいた。
水枕を替えてくれたり。
おでこに手を置いて熱を計ったり。
アイツの小さな手の感触一つ一つがすごく心に響いて、アイツはずっと俺の手を握ってくれていた。
俺の右手を。
幸福を消しちまうはずの手を握って、俺はアイツから幸福をずっと貰っていた。
けれど、風邪が治ってからのインデックスはどこかおかしい。
よく外に出かける。
修道服じゃなくて、小萌先生とお揃いで買ってもらったり、姫神と買いに行った私服で。
それで結構遅くまで帰ってこない。5時や6時。時には7時。
あまりご飯も食べない。
何処かで軽く摘んできたのだと、アイツは苦笑する。
何処かって何処だよ。
お前、いつもだったら、「とーまー、お腹空いたんだよーー!!ご飯早く作ってほしいんだよ!!」なんて言って噛み付いてくるじゃねーか。
何処に行ってるんだって聞いても、友達と遊びに行ってるとしか言わない。
友達って誰だよ、そう聞こうとして俺は自分が何なんだとツッコミを入れる。
まるで旦那か束縛する恋人みたいじゃないか。
合鍵を渡してあるからアイツも外に出る事は出来る。
アイツを狙う動きも当分は無いことだし、ずっと家にいると気が滅入るだろう。
これから生きていくにしても、色々見て歩くのがいいのはわかっている。
けれど、アイツ待ってるかなと思いながら帰ると、部屋が暗いのを見る度に何かがこみ上げてくる。
あの舌足らずの声で「おかえりーとーま」と言ってくれないのが、日に日に自分の中に何かになって積もっていく。
アイツは何かを隠してるようだ。俺に何かを言おうとしては口を閉じることが増えた。
元々隠し事が出来るやつじゃない。
それを無理に聞き出したいと思うのを堪える。
アイツから話したくなるのを待つんだと、聞き分けの良い言葉を自分に言い聞かせる。
大体、俺とアイツは友人、家族であっても、恋人でも夫婦でもない。
何処で誰と何をしていたのか、そんな事を根掘り葉掘り聞くことなんて出来るわけがない。
例え聞きたくても。
?
胸がざわざわする?
ムズムズしたり苦しくなったりすることはあっても、こうざわざわ?したりイライラしたりなんてなかったのに。
俺は何をしているのかをはぐらかすインデックスに、何処かイラつくことが増えた。
出迎えてくれることが減ったことに、お腹が空いたと駄々を捏ねないことに、部屋の明かりが点いていないことに。
アイツが待っていてくれない部屋なんか、俺は帰りたくないんだと気付いた。
インデックスが家を空けるようになって、二週間が経った。
俺は、自分でもどうかしてるんじゃないかってわかってるけど、ある決心をした。
今日は学校の創立記念日。補習もない。
でも、学校に行くと言って家を出た。そして、物陰からじっと自分の部屋を見る。
アイツが出てくるのを待って。
自分でも何やってるんだと思うが、どうしても我慢できなかった。
アイツが出てきた。意外と早い時間だ。二時間、三時間は粘る覚悟だったのに。
ストーカーみたい、いやストーカーそのものだ。
アイツは今日も私服姿だ。
白いワンピース。
厚手のベージュのカーディガン。
ミントグリーンと黒のチェックのスニーカー。
前に母さんが来た時にアイツに似合うからと言って買ってやったものだ。
本当はヒールを買ってあげたかったらしいけど、躓いて転ぶから結局スニーカー。
でも可愛らしくて、親父は大絶賛。
俺も凄く似合うと思った。
恥ずかしくて、「ああ、いいと思うぜ」と気の利いたセリフなんて全然言えなかったけど。
母さんに言わせると、アイツは若い頃の母さんに雰囲気が似ているらしい。親父も同意してた。
特に、ふわふわとしてて、ちょっと我が侭で、可愛らしいところが似てるのだそうだ。
(ぼそりと『あと怒ると怖くて手がつけられないところもな…』と父さんは付け加えたが。)
それを今アイツが着ている。
俺がいないところで。
俺の知らないときに。
誰の為に着てるんだ?
誰に見せるんだ?
誰に会うんだ?
まただ、胸がざわざわする。
アイツは鼻歌を歌いながら歩いていく。
その後ろをそっと付けていく。
歩くたびにアイツの銀髪が風邪に揺れる。
翻る真っ白なワンピースの裾が、何だか羽のようだ。
アイツは白が似合うと思う。
青空のしたで、ふわふわと羽のように歩いていくアイツは絵本か絵画の中から飛び出してきたみたいだ。
その後姿に、俺は見惚れる。
気を取り直して追いかけていく。
アイツの足が止まった。
スーパー?
何で?
そう思っていると、アイツは街頭時計にもたれる。
誰かと待ち合わせでもしてるのか?
こんな日に?
いつものヤツだとすれば、そいつは学校に通ってない。
誰だろうか。もしかしたら風斬?
そんなわけがないと、冷静な部分でツッコミをいれてしまう。
思わず胸の辺りを押さえる。むかむかがこみ上げてくる。
気持ち悪い。
嫌な汗が出てくる。
それでも、足は縫い付けられたように動かない。
どれくらい経ったんだろうか。
一時間?二時間?時計に目をやると、まだ10分も経ってない。
俺は深呼吸を繰り返す。一回、二回、三回と。
そして、
インデックスが誰かに気付いたように手を振る。
嬉しそうに。
満面の笑みで。
笑みの先を視線で追う。
足がぐらりとした。
呼吸が止まったかと思った。
インデックスが手を振る先には、見知ったヤツ。
丸くなったとはいえ、凶悪とも言えるキツイ目つきに、男から見ても綺麗な顔立ち。
銀色にも見える、白い髪に、同じ年とは思えない細い身体。
杖を突きながら現れたヤツを見て、俺は、何かの勘違いだとそれでも思うとした。
インデックスが、あんな笑顔を向けているのがあの“男”だと思いたくなかった。
けれど、そんな下らない悪あがきは一瞬にしてぶち殺される。
「アクセラレータ!」
とアイツが呼ぶまでは。
白い髪の男 ――― 一方通行が軽く手を上げると、インデックスが頬を膨らませる。
きっと遅刻の事で文句を言っているのだろう。
インデックスと一方通行は連れ立ってスーパーの中に入っていく。
続けて店の中に入る。
客がジロジロと俺を見る。こんな時間に学生服を着てるヤツが一人でうろうろしてれば当然か。
スーパーの店員が疑わしげな視線をよこしてくる。万引きしないか警戒しているのだろう。
買い物籠を持って、二人並んで食品を放り込んでいく。
その間も話題は尽きないのか、二人は話し続けている。
といっても会話は聞こえない。
遠目から見る限り、インデックスが色々喋って、一方通行が聞き役に回っているという感じだ。
インデックスは表情をコロコロ変える。
俺の知ってるいつものインデックスがいる。
そして、俺の知らないインデックスもいる。
そうか、そんな顔するんだな。俺以外のヤツの前でも。
心なしか、二人の距離が近い気がする。
もしかしたら、普段の俺たちもあんな風に見られていたんだろうか。
胸のむかつきが強くなる。
何で俺じゃないんだ?
俺が何であそこにいないんだよ。
あそこはそもそも俺の…
レジで会計を済ませた二人はそれぞれ手に買い物袋を提げている。
一方通行が左手に、アイツの手から袋を一つ取り上げようとする。
アイツが断るのがわかる。
それでも、手を指し伸ばす一方通行に折れたのか、インデックスが一番小さな袋を一つ渡す。
それを、周囲の人間、奥さん連中が笑って見ている。
仲の良い兄妹だとでも思ってるのだろうか。髪の色も似ているし。
……それとも…
それとも…お似合いの恋人だとでも言ってるのか。
二人の後を付けている自分が無性に惨めに思えた。
二人の足が止まる。
見上げていると首が痛くなるような高層マンション。
一方通行がロックを開けて中に入る。
そして、後に続いてアイツも中に入っていく。
足から力が抜けた。
倒れなかったのは、側にあった電柱に寄りかかったから。
全身の血がすぅっと引いていくのがわかる。
今さっき目で見た光景が信じられなかった。
アイツは家族で、でも恋人でも何でもない。ないのに、俺は目の前で見た光景に自分でもわけがわからないくらい動揺していた。
その後、どうやって帰ったのか覚えていない。
気付いたら部屋にいて。
気付いたらアイツのベッドで横になっていた。
気付いたら日が沈んで、真っ暗な部屋。
スフィンクスがにやぁと鳴いて擦り寄ってくるのを適当に撫でてやりながら、俺は何も考えられずにいた。
ガチャガチャと音がする。
扉が開くと「ただいまー」とアイツの声。
部屋の電気を点けてから、アイツが短く悲鳴を上げる。
「とーまったら、いたなら電気くらいつければいいのに。ビックリしたんだよ」と言って、怒ったフリをする。
そう、『フリ』だ。アイツはだって機嫌がいいから。俺にはわかるから。
アイツが手にした袋を掲げてから笑う。
「とーま、今日は私がご飯作るんだよ」得意げに笑う。
インデックスの笑顔は、何処か大人びていて、可愛いじゃなくて綺麗だと思った。
そして、無性に腹が立った。
その笑顔の訳が今ならわかるから。
アイツのおかげか。
アイツのせいか。
アイツのための笑顔か。
材料を取り出していくインデックスの背に、俺は気付いたら声を掛けていた。
「へ~いきなり夕ご飯を作ったりどういう風の吹き回しなんでせうかね。やっぱり余裕ってやつですかね~インデックスさん」
この癇に障る声は誰の声だろう。
インデックスの顔が困惑に染まる。
僅かに眉を顰めて俺を見る。こいつは何言ってるんだって、そんな顔だ。
しらばっくれる気かよ、胸のムカムカに、反吐が出そうだ。
「アレですかね、恋人がいる女性の自信でせうか」
自分の声とは思えない、醜い声だ。
インデックスが「とーま、何言ってるの?わからないんだよ?」と悲しそうに言う。
普段なら可愛くて仕方が無い声が、今は全部俺にとっては腹立たしいだけだ。
わからない?何言ってるんだよ、お前。だったらはっきり言ってやろうか。
恋人でも無いくせに俺は何を言おうとしてるんだろう、そう思っても口は勝手に動く。
「インデックスは、美味しいものを食べさせてくれて、強いヤツだったら別に俺じゃなくてもいいんだな~と今日思ったんだよ」
そうだ、一方通行は強い。正直、万全の状態で、ガチンコでやって勝てるとは思わない。
レベル5だからお金もある。特売だ節約だなんてみみっちいことなんて言わないだろう。
それに、カッコいい。日本人離れした容姿はインデックスと並ぶとお似合いだ。
誰かを守ろうと戦う熱いヤツだっていうのも知ってる。
何だ、上条さんよりも遥かに好条件の超優良物件じゃないですか。
「とーま?私何かした?とーまが怒るようなことしちゃった?だったら教えて欲しいんだよ」泣きそうな顔で言う。
いや、インデックスの声は震えてる。本当に泣きそうなんだろう。
まるで、これじゃあ上条さんが悪党みたいじゃないですか。苦しいのも、悲しいのも、悔しいのもこっちなのに。
もうどうにでもなれと、心の奥底で誰かが囁く。
「一方通行が良いんだったら、今すぐそっちに行ってもいいんだって言えばわかるか?」
インデックスの顔が真っ白になった。
真っ青を通り越して、真っ白。血の気が引くみたいな。
でも、それは疚しいことを指摘されたからじゃない。
余りの衝撃に、怒りに、一気に頭が冷え切ったからだ。
何故なら、うろたえていたはずのインデックスの青い瞳は、強い力で俺を睨んでいたから。
バシィン、と容赦の無い音がすると、頬に痛みが走った。
涙をいっぱい目に溜めたインデックスの振り抜いた手を見てから、俺は殴られたのだと、ようやく気付いた。
俺を殴ったインデックスは、背を向けるとドアを乱暴に開け、振り返りもせずに出て行った。
呆然としていた俺は、咄嗟に追いかけることが出来なかった。
足元にインデックスが手にしてた袋が覗く。
カレーのルーと、にんじん、たまねぎ、じゃがいも。
あの料理の出来ないインデックスが、これを俺の為に作ろうとしていたんだ。
「インデックス!!」
俺は鍵もかけずに部屋を飛び出す。
泣いていたインデックス。
打たれた頬がじんじん痛む。
振り抜いた手に張られた沢山の絆創膏が目に付いた。
この数日の間、消えることのなかった痛々しい証。
俺は、それを全然見ていなかった。
それを見るだけの余裕が無かったといえばそれまでだろう。
でも、それに気付いて、話を聞けば良かったんじゃないのか?
恋人じゃないから、変なこだわりで勝手に境界線を引いて、勝手に考えて、俺はアイツを傷つけてしまった。
もっと話をちゃんとしなければならなかったのに。
脳裏に焼きついた泣き顔を打ち消すように、俺は夜の街に駆け出す。インデックスが消えた夜の中に。
部屋を飛び出してから、まずは小萌先生に電話をかける。
まだインデックスが先生のアパートに着いているはずがない。
けれども、インデックスが向かうとしたらそこが最初に思い浮かぶ。
先生はすぐに電話にでた。
インデックスがそちらに行ったら連絡をしてほしいと頼むと、先生はただ一言で了承してくれた。
詳しい事情を追求しないでくれた先生に電話越しに頭を下げる。
姫神のところにも同じような電話を入れる。
二人に電話を掛けてようやく少し頭が冷える。
インデックスが何処に向かったのか考える。
小萌先生と姫神、俺が知っている知り合いはこんなところだ。
インデックスには知り合いが少ない。
いや、少ないんじゃない、俺が知ってるインデックスの知り合いが少ないんだ。
風斬を思い出せ。
出会ってすぐに友達になった二人。
アイツは偏見も恐怖もなく誰とも臆さずに接する。
だからアイツは知り合ってすぐに誰とも仲良くなれる。
俺が知らないだけで、アイツには他にも親しい人がいるのかもしれない。
もしかしたら俺の知らない誰かと出会って、そして仲良くなっているのかもしれない。
胸がざわりと震える。
俺の知らないところで、俺の知らない奴と。
そう考えると胸が痛くて、吐きそうだ。
何でこんなに胸が騒ぐんだ?
そもそも、インデックスが一方通行と一緒にいるところを見ただけなのに……
どうして俺はこんなにイライラしてるんだろう。
考えないようにしていた可能性を思い出す。
本当ならすぐに向かうべきなのに、俺は無意識に外していた。
一方通行……もしかしたらアイツのところに。
気持ちは焦っているのに、足が重い。
それでも足を踏み出せば当然、少しずつでも進んでいく。
一方通行のマンションまでたどり着いてアイツの部屋を知らないことを思い出した。
エントランスまでしか俺は見ていない。
それ以上見ていられなくて。
アイツが一方通行の部屋に入るところを見たくなくて、俺は逃げ出したんだ。
でもそんな心配無駄だった。
マンションの前には白い人影。
缶コーヒーを傾けながら、一方通行は不機嫌な顔でエントランスの前の階段に腰掛けていた。
他の住人がビビっちまいそうだ。
一方通行は俺を見ると「よォ、ヒーロー」と嘲るように軽く手を振った。
何でそんな顔してるんだよ。勝ち誇ったつもりなのか。
情けないヘタレだって、馬鹿にしてるのかよ。
右の拳に力が自然とこもる。
アイツはそんな俺をちらっと見ると、空になってた缶を握りつぶす。
「三本目だ。案外早かったじゃねェかよ」と笑う。
足元を見れば、空き缶が二本転がっていた。
「コソコソあと着けておいて、肝心の最後で逃げ出したヒーロー様のことだからてっきり部屋に篭もってると踏ンでたンだがなァ」
一方通行は親指でマンションを指す。
「お探しのお姫様なら俺の部屋で眠ってる」
やっぱりいたのか。…って眠ってる?何でだよ。
気づけば胸倉につかみかかっていた。
一方通行の胸ぐらをつかむ手が震える。
俺を蔑むように一瞥する。
「何でだァ?女が男の部屋に来て寝てるっつったら一つっきゃねェだろォが」くききき、と奇妙に笑う。
右の拳を振り上げ、一方通行の頬めがけて下ろそうとする.
「どっかのクソに随分泣かされたみてェだからなァ……なァ、そォだろォ?三下ァァ」
一方通行の言葉に手が止まる。
力が抜けた右手を下ろしたのと入れ替わるように、一方通行の右手が振り上がる。
違うのは、一方通行の拳は止まることなく真っ直ぐ俺の顔を殴りつけた。
不意打ちで、歯を食い縛ることも出来ずに俺は転がる。
見上げると、さっきまでの馬鹿にした笑いの代わりに、失望したような顔の一方通行がいた。
「テメェはもうちっとこンな時は腹括るヤツだと思ってたンだがなァ…」
舌打ち。一方通行はエントランスにパスワードを入れると俺を手招きする。
冷たい眼差しに、俺は何も言えずに大人しく従う。
一方通行の部屋は15階だった。
カードキーを差し込むと、ドアを開ける、と同時にスパイスの香りがした。
俺の部屋が五つは入りそうな部屋中に充満しているスパイスの香り。
カレーの匂い……そうか……
俺は自分の馬鹿さ加減に気付いた。
インデックスの指の絆創膏。
疚しいことじゃない、何か嬉しいことを秘密にするような悪戯っ子のような笑み。
スーパーで買い物。
ヒントはいっぱいあったんじゃないか。
俺の目も頭も全然仕事をしてないみたいだ。
コートを脱ぎ捨てると、一方通行はキッチンに歩いていく。
一方通行はぼそっと独り言のように「腹減ってねェか?」とだけ言う。
俺は頷いた。
大なべの中身をかき回すと、一方通行は高そうな皿を無造作に手に取る。
炊飯器からご飯をよそってから、どろりとカレーをかける。
無言で差し出されたそれを、俺も何も言わずに受け取る。
銀のスプーンのカチャンという音が耳に痛い。
一口、カレーを食べてみる。
言葉が出ない。
ご飯はべちゃべちゃ。
ニンジンはまだ半生で固い。
ジャガイモの形はでたらめ。
タマネギは炒め過ぎてキツネ色を越えて黒焦げになっている。
ルーのダマが口に纏わりつくし、とてもじゃないけど美味いとは言えない。
美味しくなんてないはずなのに俺はかき込む様にそれを平らげた。
一方通行は椅子に座って缶コーヒーを飲みながらカレーを食らう俺を睨んでいる。
食べ終わると、一方通行に皿を突き出す。
暴君を絵に描いたような筈のそいつは、一言も言わずにキッチンに行く。
カレーを再びよそってきた一方通行から、皿を受け取ると俺は再びかきこむ。
本当に、散々な出来のカレーだ。
作った人間が不器用なのがこんなにもわかりやすいカレーは初めてだ。
切った野菜の歪さなんて、本当に目も当てられない。
それでも、ジャガイモの芽をきちんと取ったり、ニンジンの皮をしっかり剥いたり、きちんと進歩しているのもわかる。
作ったヤツがどれだけ一生懸命作ったのかこんなにもわかりやすいカレーは初めてだ。
少なくとも、俺にはわかる。
アイツが、インデックスがこのカレーを作れるようになるまでどれくらい頑張ってきたのかくら
い。
「泣きながら食うな、みっともねェ…」コーヒーを啜りながら一方通行が小さく呟く。
上条さんは泣いたりしませんよ。殴られた傷にカレーが沁みただけですから。
一方通行は「ハッ」と笑うと、あるドアを指さす。
「泣き疲れてぐっすりだ。ああ……それと、テメェのせいでコーヒーが切れた。
買い物行ってくるから留守番しとけ。二、三時間で戻る。ンでもって、さっさとあのチビ持って帰れボケ」
「サンキューな」玄関に向かう一方通行の背中に向かって礼を言う。
舌打ちをしながら、アイツは振り返らずに出て行った。
カレーを食べ終えた皿を流しに入れて、洗う。
自分の使った食器くらいきちんと洗わないとな……というのは方便で、インデックスに会う心の準備をしたいという悪あがき。
一方通行の指さしたドアのノブに手を掛ける。
深呼吸。
ごくり。
唾を飲み込む音。
俺、何緊張してるんだ。
ゆっくりとドアノブを捻る。
立て付けが良いのか、ドアはすんなりと開く。
暗い部屋、目が暗闇に慣れてくるとようやく見えてくる人影。
大きなベッドの中央にころんと寝転がる小さな女の子。
猫のように丸まって、小さな寝息を立てている。
音を立てないように気をつけながら近づいてみる。
開きっぱなしの扉から差し込む光が、その寝顔を照らす。
濡れた頬に手を伸ばす。熱い。
目元が赤くなってるのは、散々泣いたからだってこと、俺にだってわかる。
シーツにこすりつけたせいで柔らかい頬が少し腫れてる。
しがみついていたシーツはくしゃくしゃに皴が出来ていて、枕はまだ濡れたままだ。
さっきまで泣いてたんだろう。
もしかして、寝ながらも泣いてたのかもしれない。
思い切り自分の頬を殴る。
何やってるんだよ俺。
何て言葉をかけりゃいいんだよ。
勝手に怒って勝手にこいつを傷つけておいて。
「とぉま…」小さな声に、びくっとなる。
起きたわけじゃなくて寝言みたいだ。
寝言で俺の名前。
どんな夢見てるんだろう。
「とぉま…ごめんね」寝言で謝るやつがあるか。
馬鹿だな。
いや、馬鹿なのは俺だ。
シーツをつかむ、絆創膏だらけの手を取る。
カレーのスパイスの匂い。
消毒液の匂い。
インデックスの小さな手はすっぽり俺の手に収まる。
そのことがなんだか嬉しくて、こんな小さな手の子を俺はわけのわからない八つ当たりで泣かせたんだと思うと情けなくなる。
インデックス、ゴメンな。
酷いこと言って。
勝手に怒って、理由も話さないで。
きちんとお前の話も聞かなかったし。
ホント、みんなの言うとおり、俺は馬鹿野郎だ。
一方通行に殴られても文句言えねぇよ。
後でたくさん俺のこと噛んでもいいから。
それくらいでお詫びになるかわかんねぇけどさ。
だから、ゴメン、帰ってきてくれよ。
寝てる相手に言っても仕方がないってのに、俺ってつくづく情けないよな。
「そんなことないんだよ、とーま」
へ?
握っていた手が、そっと俺の手を握り返してくる。
寝ていたはずの顔が、いつの間にか真っ赤になってる……ってオイ!!起きてたのかよ!!狸寝入りですかインデックスさん!!
「だって……とーまがいきなり……頬っぺた触ってくるんだもん…起きるタイミングがわからなくなったんだよ」と開いた青い目が恨めしく見上げてくる。
頬っぺたって……んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!!!最初っから起きてたんじゃないか!
寝たフリして俺の恥ずかしい言葉を盗み聞きしてたのかよ。
「むむ!盗み聞きとか人聞き悪いんだよ。そもそも寝てる相手に謝るとーまが悪いんだよ」
うう…それを言われるとその通りなんだけど…
でも、色々葛藤とかがあるんですよ、上条さんにも。
何と言いましょうか…その…
「起こしてごめんなさいって言う勇気がないヘタレさんだっていうことなんだよね?」
酷ッ!?それはそうだけど…でも酷ッ!?
「…でも私もとーまのこと言えないかも」ぺろっと舌を出してインデックスは笑う。
何でお前がそんな申し訳なさそうな顔するんだよ。
悪いのは俺で、お前を散々泣かせて…
インデックスは遮るように首を振る。「とーまが入ってきても寝たフリしてたのはね、とーまの目が見れなかったからなんだよ」インデックスはしょんぼりと俯く。
「とーまに嫌われてたらどうしようって、そればかり考えてたら怖くて怖くて……」
馬鹿、嫌ってたら探しになんて…「来ないとは限らないんだよとーまは。だってとーまはとーまだもん」インデックス?
「本当はすぐに此処にきてくれて嬉しかった。でもね、とーまは仕方が無いから探してただけで、本当はもう私のこと嫌いだったらって思ったらね…とってもこわくなって…」
青い目から涙がぽろぽろと零れてる。インデックスの泣き顔なんて見たくないのに、俺は思わず見入ってしまってた。
薄暗い部屋で、小さな明かりに照らされて泣いてるインデックスの顔は凄く綺麗で可愛かった。
でも、いつまでも見惚れてる場合じゃない。
やっぱりコイツに泣いてなんて欲しくないし、何よりも誤解されたままなのは辛い。
「とーま?」
インデックスの頭を撫でてやる。
なんだか久しぶりの感じ。うん、そうだな、久しぶりだ。
インデックスとこうやって向かい会って話すのも、随分ご無沙汰だった気がする。
最近ずっと、俺が勝手に機嫌を悪くしてさっさと風呂場に寝に戻ってたから。
お前を嫌いになんてなるわけないだろう。嫌いどころか寧ろ大好きなんだぜ。
「大……好き…?」
!?
いや、いやいやいや!!
そうじゃなくてね、何ていうか友だ…いや、妹?うん、そうだ。
家族的なそういう感じの愛情と言いますか。
ハッ!あ、あい?愛って、うん、そうじゃなくてですね。親愛…親愛、そう親愛。
大切な家族だから。そんな家族を嫌うハズがないじゃあーりませんかインデックスさん。
「………ああ、そういう意味なんだね。てっきり…」
てっきり?
「な、なんでもないんだよ!」
痛っ!
枕投げるな。それ一方通行のだろ?破いたら上条さんが殺されるんですよ。
痛っ!!
ちょっとぉー!!聞いてくれてましたか?インデックスさん!!
「うるさいんだよ!とーまの馬鹿!!!」
わー!!暴れるな。
「もぅっ…」
暴れるインデックスを宥めると、俺とインデックスはカレーを食べた。
俺は、二杯も食ったのに、まだ食べられた。
そういや、今日は朝から何も食べてなかったんだ。
インデックスは二杯。
酷い味だなとからかってやったら、顔を赤くしてインデックスがそっぽを向く。
「これは練習だもん。あくせられーたが『三下に食わせる前に最後のリハでもやっとけ』って…だから、本当はもっと上手に作るつもりだったんだよ」
ああああ!!泣かないでくれよ。
俺が悪かったって。
だったらまた明日作ってくれよ。
そういうときょとんとした顔でインデックスは「明日もまたカレーでいいの?」なんて聞いてきた。
全然問題ないですよ。更にパワーアップしたインデックス・カレーの凄さを上条さんに拝ませてください。
そう言ってやると、インデックスがうれしそうに笑った。
くそぅ…不覚にもときめいてしまった。
今日一番の笑顔だ。
ハァ…
なんだか最近本当にらしくない。
一方通行はきっちり二時間後に帰ってきた。
部屋をチラッと見てから「なンだ、ヤらなかったのかァ?」と真顔で聞いてきた。
何言ってるんですかね、この第一位さんは。
な、なぁ、インデックス……って何顔赤くしてるんだよ。こっちまで変な感じになるだろ。
一方通行にありったけのお礼と謝罪をして帰り道につく。
アイツには二人してこの数日で何だかとんでもない量の借りを作った気がする。
帰り道、夜空を見上げながらインデックスは言った。
「お料理ね、あくせられーたと一緒に覚えてたの。あくせられーたも覚えたいって言ってたから。私もね、小萌にも秋沙にも内緒でね、とーまをびっくりさせようって思ってたから」
悲しそうにインデックスは笑う。
「とーまが苦しそうにしてるのに、おかゆも作ってあげられないのは嫌なんだよ。何も出来ずに見てるだけなのは……もう、嫌なんだよ」
胸が苦しかった。
本当に馬鹿野郎だな、俺は。殴られて当然だ。
此処のところ続いているようなイライラとか、ムカムカとか、そういうのじゃない。
もっと、奥のほうが、うずくような感じだ。
ぎゅっと握り締められて、どうにも出来なくなったような。
でも、不快じゃない。
一方通行と二人でいるのを見たときみたいな吐きそうな感じはしない。
ただインデックスの笑顔を直視出来なかった。
お礼を言うのが何だかすっげー照れくさくて、俺はインデックスの頭を撫でる。
やばい、凄く顔が熱い。
見上げてくるインデックスの顔を見るとヤバイ。
何だコレ。
次の日から、俺は学校に行くのが前より楽しくなった。
青ピが目ざとくソレを見つける。
「上やん、今日は随分と前衛的なおかずやね~」
焦げ付いたしょうが焼きを箸でさしながら笑う。
何とでも言うがいいさ。ふふん!!
余裕の笑みを浮かべてやると、青ピが不思議そうに土御門に視線を送る。
土御門はニヤニヤ笑いながら、こちらを見てくる。
どうせ把握してるんだろ?
「上やんは愛妻弁当だからにゃー。『ちょっぴり失敗しちゃったテヘ☆』な感じのぎこちないおかずは寧ろ高得点だにゃー」
「なん……やと…?」
土御門の爆弾発言がクラスに浸透していく間に、そそくさと弁当箱を持って教室を退散。
クラスから湧き上がる怒号、悲鳴。
それらは全てカット。
何処かウキウキしながら俺は目的地へと向かう。
着いた先は屋上。施錠は万全。
コンクリの床に座ると、食事再開。
ちょっと焦げた豚肉のしょうが焼きを食べる。
醤油を入れすぎたと言ってしょんぼりしてたけど、全然見た目よりも美味い。
寧ろちょっとしょっぱいのでご飯が進むくらいだ。
帰ったら、上条さんのレッスンですな。
もう秘密は無いんだから、一方通行と練習しなくてもいいはずだ。
いや、決して一方通行と引き剥がしたいとかそういうわけじゃないですよ?
そんな狭量な男じゃないぜ。
ただ、一緒に生活する家族としては、味覚は同じにしておいた方が…
いや、上条さん好みの味付けがいいな~とかそんな不埒な考えは……
ちょっとしかありませんです、ハイ……
俺達の生活は前以上に、二人でいることが増えた。
それは当たり前なんだろうな。
以前のようなゴタゴタが随分と減って、俺の時間はその分日常に割かれることになった。
ロシアの出来事とかで、留年寸前(というか、本来なら留年)だったせいか、その分の勉強を家でやらなくちゃいけなくて。
青ピ達と遊ぶ時間が減って、その分の時間家にいる。
「付き合い悪いでーカミやん」とぶーたれる青ピ。でも、本気で言ってるわけじゃない。
俺が必死なのが、あいつらと一緒に卒業するためだって、知ってるから。
インデックスと一緒に料理を作って。
インデックスと一緒に掃除をして。
インデックスと一緒に買い物をして。
インデックスと一緒に笑って。
今まで淋しがらせていた時間をインデックスに。
今まで心配させていた時間をインデックスに。
水の流れがちょっとずつ変化していくみたいに、それは自然に移り変わっていった。
アイツが笑ってくれるのが嬉しいし、一緒にいると楽しい。
怒ることもあるし、怒らせることもある。そりゃ当然だ。一緒に住むってそういうことだと思う。
アイツは前よりも家事をするようになって、我が侭はちょっと減った。
それはきっと、アイツが謙虚になったとかじゃなくて、今まで一人ぼっちだったアイツが、少しマシになったということなんだろう。
でも、胸の痛みは消えない。相変わらず。いや、寧ろ酷くなってないか?
一方通行に聞いてみた。
俺の周りでインデックスのことを俺の次に知ってるのってアイツくらいだから、面白くねぇけど。
アイツは「馬鹿。死ね。テメ、馬鹿」という殆ど単語の連発で電話を切りやがった。
一方通行ェェ…
補習が早く終わったので、家に帰ろうかと思っていつもの自販機前に行くと、御坂がいた。
ふと、名案。
同じ女の子、多分同じくらいの年、面識もある。
絶好の相手だと思った。相談のだ。
例によって例の如く、アイツは怒ってるのか、拗ねてるのか、よくわからない顔で話かけてくる。
いつも俺は厄介ごとはゴメンだとばかりに逃げているけど、今日は違う。
よぉ、御坂。お茶でもしないか?などとのたもうてみると、「な、何よアンタが珍しい…ていうか初めてじゃない?」と不審げな眼差し。
ですよねー。
うん、いや、うん。自分でもですね、白々しいってわかってるんですよ?ホントですよ?
だからそんな目で見ないで貰えるとありがたいのです御坂さん…
何?本当の狙いは何だ?そんな、清廉潔白な上条さんが企むなど……
ハイ!本題に入ります。
早急に入ります!!だからバチバチさせるのは止めて!!!
本題と聞かれて、俺はしばらく唸る。何てタイトル?テーマ?なんだろうか。
インデックスのこと。いや、何だ、胸の痛みか?ってか、どっちもか。
とりあえず人生相談に乗ってくれと言ってみた。腑に落ちないという顔をしながらも、御坂は了承してくれた。
サンキュー、飲み物は俺のおごりだ!!って言っても自販機の飲み物奢るくらいですがね。
上条さん的にはそれでも清水の舞台から飛び降りるくらいの心境なのですが…
そんな覚悟が伝わったのか、御坂はこくんと頷くとベンチにぽすんと座る。素直過ぎてちょっと怖い。
いや、そうじゃないな。コイツは元々がこうなんだ。俺は知ってたはずだコイツは根は凄く優しい女の子だってこと。
俺が露骨に嫌がったり、逃げようとしたりするから、ムキになってくるだけで、本当の御坂は意地っ張りで不器用だけど、面倒見が良くて世話焼きの可愛いものが好きな女の子だ。
だから、俺はコイツに相談しようと思ったんだ。
ただ、相談って言ってもいきなり時々胸が痛いんだ、なんていっても「は?」ってなるだろう。何のことだよってなるだろう。
だから、最近のことから、そう、世間話だ。外堀から徐々に核心に迫る…上条さんも中々考えてますのことよ。
料理のことや補習のこと、ゲーセンのことや、やっぱりまだまだ絡まれること。話していて大して面白くないことだと思うのだが、御坂は真剣に聞いてくれる。
こんな話しかできないことがなんだか申し訳なくなってくるくらいだ。
話が一方通行の話題になると、御坂は顔を顰めた。アレ?打ち止めとか番外個体のこととか聞いてなかったけ?
御坂は苦いものを噛み潰したみたいに眉間に皴を寄せながら渋々口を開く。
「聞いてるわよ。アイツが贖罪の為に妹達を守ってるってことも、その為に脳に障害を負ってることも…でも、だから私にどうしろっていうのよ」
御坂は溜息を吐くと、俺が奢ったヤシの実サイダーを飲む。
「正直勝手にしてろってのが本心。勝手に贖罪の為にでも何でも戦ってくれって、そんでもって勝手に死ぬなら死んでくれっていうのが本音」
その言い方にカチンとくる。そりゃ、アイツがしたことを知ってるから、そう思うのも仕方が無いけど、俺はアイツのロシアでの叫びをまだはっきり覚えている。
あんな風にぼろぼろになってまで戦ってるアイツを勝手にしてろってのはないんじゃないのか。俺の思ってることが顔に出てたのか、御坂は力なく笑う。
「そんな顔しないでよ。だってどうしようもないじゃない。アイツが妹達を殺したことを考えれば憎んでも憎みきれない。でも、妹達を助けてくれたことを考えれば感謝してもし足りない」
空を見上げると御坂は皮肉げに笑う。
「だから、プラスマイナスゼロってこと。ハイ、この話はお終い」勝手にそう言って打ち切ってしまった。
気まずい沈黙が残った。ああ、一方通行のはなし触れた俺が無神経だったわけですね、そうですね、わかってますのよ。
「で?」
で?
「で、アンタ結局何が言いたいのよ。あの子が料理の練習を隠れて一方通行と…信じられないけど…一方通行としてたって知ったんでしょ?」
そうだ、そこまで話したんだ。
「後までつけて……ストーカーじゃないそれじゃ」
手厳しい!!手厳しいですよ御坂さん!!
いや、実際その通りなんですけどね!ですけどね!!
「で、アンタ…まさかあの子に、こ、ここここ、告白しようかとか?」
って御坂さん何真っ赤な顔でどもってるんで………ってええ!!?何を言ってるんでせうか御坂さん。
こ、こここここ、ここ、こく、告白って、そんなまるで俺がインデックスが好きみたいじゃないか。
いや、そこで、何でぽかんとしてるんだよ御坂。
上条さんとインデックスはそんな、貴女がお考えのような関係じゃなくてですね~~
ま、ちょっと胸が痛いときが多いんですが。
は?どういう痛みだって?そりゃあ……う~ん……ぎゅうぅぅぅぅって掴まれたような?
あとは、イライラしたり、すっげぇ苦しくなったり……
うん、一方通行といるのを見た時は吐きそうなくらい気持ち悪くて、でも今はそんな気持ち悪いとかはねぇーな、温かかったり、でも、やっぱりキューってなるんだよ。
う~ん…御坂、これって何かわかるか?御坂?
御坂?
……えっと……何でバチバチっていってるのですか?
何で指でコイン弾いてるんでせうか?
え?アンタって最低ね…って…え?
まって、待って下さい。弁明の機会を…いや、弁明も何も、上条さん何もしてませんよね?
何でそんな……それくらい自分で考えろ?自分で考えてもわからないからこうやって……
いや、いやいやいや!!
どうして私に聞いてきたんだって?…そんなもの、御坂は頼りになるいい奴だから……
おわッ!?
今、今掠った!!チッって言った?今舌打ちした?
え、第二射?
ちょ、おま、ちょ……ッ
不幸だぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!
あの馬鹿が慌てて逃げていく。バーカ、本気で撃つ訳ないでしょ。何時の話なのよまったく。
一人ぼっちになった公園のベンチに座る。
アイツの話は面白かった。話し方がとか、内容がとかじゃなくて、ただ単純な話私の知らないアイツが出てくるから。
へぇ、こんなことしてるんだとか、そのゲーム見かけたから今度やってみようかなとか、そういう事を心の中でメモしながら。
一方通行の話題はさすがに気まずいってーの。
私にとってはある意味タイムリーなのだ。妹達と最近色々話たからかなぁ……
私の一方通行への感情は、あの馬鹿が思ってる以上に複雑だ。
アイツのようにピンチを助けてくれたヒーローですっていうのならもっとシンプルだってのに。
一万人の妹を殺された恨みと、一万人の妹を救われた恩。番外個体が前に言ってた。
『ミサカ達を殺しまくってたのはあのモヤシ』
『でもね、お姉さまが全部終わったって勝手に安心してあのウニ頭のケツ追っかけてる間も血反吐を吐いてたのもあのモヤシ』
『お姉さまはそれでも被害者ぶってアイツをネチネチいじめれるのかにゃーん』
番外個体は茶化すように笑ってたけど、目は全然笑ってなかった。
私にはわかる、あの子の目は口とは裏腹に私を姉だなんて思ってないって。
私を恨んでる妹なんて一人もいない。
それは何て綺麗な幻想なんだろう。
妹が私の為に作ってくれた優しい幻想。
今の私にはどうすることもできない。
縋りきることも出来ない、でも一方通行をきちんと認めることも出来ない。
わかってるのは、私はあの馬鹿や一方通行のように、妹達にとっての一番にはなれない。
妹達だけじゃない、アイツの一番にも…
胸が痛いって、この痛みが何かわかるのかって……
馬鹿じゃないの!!何言ってるのよ!!わかるに決まってるじゃない!!
ずっと、ずっと、ずーっと前から知ってるわよ。
いつも抱えてる痛みなんだから……
……いつかアンタにも同じ痛みを抱えて欲しいってそう思ってた。
アンタを見るたびに私が味わう痛みと
アンタが私を見て味わう痛みが一緒だったらいいのにって、何度も思ってた。
夢にだってみた。
何度もみた。
寝言も言ってたみたい。黒子に散々からかわれた。
でも、
でも、夢で終わっちゃった………あはははは……
アイツが抱えてる痛みは、私の為じゃない、あの子の為のもの。
一方通行と一緒にいるあの子を見て気持ち悪くなったって、それ嫉妬じゃない。
肘と肘が触れるだけで意識するの?大覇星祭で押し倒しても何にも感じてなさそうだったアンタが?
何がわからないよ。気付くでしょ普通。
四六時中ずっとあの子のこと考えてる時点で、それが何なのか。
ホント、こういうことって端から見ないとわからないのね。
ずっとこう見えてたのかしら私も。
ははは、馬鹿みたい。
ホント、馬鹿みたい。
家に帰ると、部屋の中から話し声。
ムカッとするのは、最早病気だ。うん、病気。虫歯みたいなものだ。
冷たいとキーンってなるような…そう思うことにしよう。
ドアを開けると、見慣れないブーツ。男か……って、いやいや、だから、男だからって、インデックスが変なヤツを上げたりするわけじゃないし。
一方通行だろうか、もしかしたら。話し声が聞こえてくる。笑い声とかじゃない、何かじっくり話してるような。
「あ、とーま」
インデックスがおかえりと笑って駆け寄ってくる。それだけでさっきの胸のむかつきが消える。現金だなぁ上条さん。
そして、インデックスの話ていた相手、赤い髪のいけ好かないナマグサ神父だ。
不良神父は如何にも「何だ、もう帰ってきたのか。一生帰ってこなければいいのに」と言いたげな顔っていうか、今言われた。
「じゃあ、僕はそろそろお暇しようかな。会いたくないヤツも戻ってきてしまったことだし」
厭味なやつだ。これ見よがしにインデックスに優しく語り掛ける。
「じゃあ、さっきのことは君の言ったとおりに報告しておくよ
」ステイルは、インデックス専用と言っても過言じゃない優しい、優し~~い声でインデックスに語りかける。
オイ、近過ぎないか?オイ。
「うん、おねがいするんだよ、すている」
インデックスは、何だかつらそうな顔でステイルに頷く。
何だ、何かそいつにやられたのか?だったら上条さんが今すぐこの右手で……
「ストップ。ストップなんだよ。とーまってば何か誤解してるのかも」
インデックスが慌てて止めにはいる。
オイ、インデックスと何話てたんだよ。
なんて聞いてみたら、ステイルは蔑むように見ると、フッと小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「君はこの子の夫か何かかね?そこまで彼女の交友関係に口出す必要があるのかい?」
夫!?何言ってるんだよ!!
「じゃあ、黙っていたまえ。僕とインデックスが何をやっていようが、何で会っていようが君のあずかり知ることじゃない」
ぐぅわぁぁ……殴りたい……ああ、そうかい。
俺が馬鹿だったよ。せっかく戦友だと思ってたのに、どうやら上条さんの勘違いだったようですね!!
「僕を戦友?怖気の走ることを言わないでくれ。それこそふざけた幻想だ」
………ああそうかい、そうですかい。俺もそう思いますよ。
どうやらこれは上条さんの幻想のようだ。
ステイルは更に嘲笑を浮かべる。
「ラッキーだったじゃないか。幸い君にはその右手がある。ちんけで小汚いその右手が。首辺りを絞めるといいんじゃないかな」
死ねとおっしゃってるよこの喫煙者!!ホントムカつくなコイツ!!さっさと出てけ!!
「言われなくてもそうするさ。じゃあインデックス………また会う日まで」
「うん……」
何ですか、その空気。何だか非常に気に入らないのですが上条さんは。
赤毛神父が帰った。
あーぺぺぺッ!!後で塩蒔いとかなきゃな。
インデックス、何かされたりしなかったか?
「ううん、平気なんだよ……」
って本当か?何か顔色悪いけど……
「大丈夫。うん、大丈夫なの。それより、とーま、ご飯にしようか」
おう、そうするか。
俺は、深く追求せずに会話を止めた。
ステイルにからかわれたことにムキになっていた。
この時、話しを聞いておけばよかったって、後悔するのはずっと先だ。
留年を免れたものの、補習と試験で定められた点数をキープし続けることを俺は義務付けられていた。
小萌先生のおかげで一年生を二回やる危機を脱したものの、相変わらずの低空飛行であれば、即座に二年生を二回やるという寸法だったのだ。
おのれ、ディケ…って違うな。不幸どころか寧ろ幸運なんだ俺は。
病気で入院し続けて留年するやつがいるっていうのに、俺は半分以上自業自得なんだから。
これで不幸だって言ってたら本当のバチってのが当たっちまう。
そして、12月の期末試験が終了した。
辛うじて基準を満たすことが出来た俺はようやく去年一年分の負債を返し開放感でいっぱいだ。
誰かに報告したくて、じゃあ、誰に報告しようかと考えれば相手は当然一人しかいない。
夜遅くまで勉強してた俺にコーヒーを淹れてくれたり、朝ギリギリまで寝ていられるように朝ご飯や弁当を作ってくれたり。
はかどらない勉強の愚痴を聞いてくれて励ましてくれたアイツにしかいない。
補習やら課題やらでずっと寂しい思いをさせていた子、インデックスしかいない。
帰ると、インデックスは洗濯物を畳んでいるところだった。
まだ機械に慣れないインデックスと日中学校に行ってる俺の役割分担は、洗濯機をセットするのが俺、干して畳むのがインデックスとなっている。
でも、流石に下着を畳まれているのは恥ずかしいな…って違う違う。報告だ。
無事三年生になれそうだと言うと、インデックスは満面の笑顔と共に飛びついてきた。
「おめでとー!とーまぁ!!」
猫のように柔らかい感触に、正直気が動転したが、グッと堪える紳士上条。
背中に回した手には下心なんてありません。ありませんったら!!
そこでインデックスが洗濯物を畳みながら広げていた雑誌に目が行く。クリスマス特集だ。
そういえば、もうすぐで終業式。そしてすぐにクリスマスだ。
インデックスにどこかクリスマス出かけたいのか?って聞いたら、迷うことなくクリスマスバイキングコース。
………うん、ある意味安心だ。
食いしん坊キャラでこそインデックスだもんな。でも、特別価格1980円ってところを見る限り、家計を考えてくれてるんだろうか?
インデックスはモジモジしながらちらっと見てくる。
何だよ?バイキングなら連れてってやるぞと言うと、インデックスはページの一つを指さす。
ええっと何々……カップル限定クリスマスケーキ……
………あ、ああ!!ケーキね、ケーキ。あぶねー……、危うくカップル限定に目が行って誤解しちまうところだったよ。
しおらしいから、カップルっていう単語に変な期待というか、希望というか…
インデックスに限ってそんなことないよなーー…「とぉぉうまぁぁぁぁ……」………ってあれ?
涙目?
えっと………何でガシガシ歯を小刻みに動かしているのでしょうかインデックスさん?
まるで削岩機のような、超振動ナイフのような……
ああ……もう、わかりましたよ……
何か久々ですよ…
ええ、そうですとも、これが上条さんクォリティーなんですよね……
ええ、言ってやりますとも、お決まりのあのセリフを……
せーのっ…
不幸だぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!
とーまは本当にデリカシーがないんだよ!!
本当はとーまが進級出来るって知ってたんだよ?
こもえがね、教えてくれたの。
でも、知らないフリしたのはとーまが凄く嬉しそうな顔で私に言ってくれたから。
……それとね、もう一つ。
嬉しくてついって……そうすればとーまに抱きつけるかなぁ~って…ちょっとね、ほんのちょっと思ったんだよ。
ほんとにちょっとなんだよ!!
だってまいかの貸してくれたマンガだと、それでヒロイン(妹)が主人公(兄)に抱きついて、主人公の理性が崩壊して…
それで、それでそのまま……はははは、恥ずかしいんだよ!!そ、そこまでは流石に期待してないかも…
でも、とーまは予想以上にとーまだったんだよ……
ぽんぽんぽんって、背中を叩いて。まるで子供をあやすみたい……
ちょっとは私のこと意識してくれるようになったのかなって思ってたのに……
やっぱりいつわとかかおりみたいなのが良いのかな………
私じゃとーまの妹止まりなのかな………
まいかも溜息吐いて「あのヘタレは……大事にしてくれるのはいいけど、そろそろイイアニキ面を捨ててもいいころだぞー覚悟完了してるこっちの身にも」って言ってたし。
妹っていうのは大変なんだよ。
もう、とーまのばーか!!
クリスマス終了のおしらせ。
そんな風習もありましたなぁぁ!!ふふん!!
今日の上条さんは強気マックスですよ。牛丼に卵入れちゃうくらい強気ですから!!
父さんサラダとけんちん汁も頼んじゃうぞぉ~~~!!なんてなもんですよ。
……いや、けんちん汁は流石に言い過ぎです。
インデックスと待ち合わせの時間まで後5分。
わざわざ外で待ち合わせとか、まったく面倒くさいことをわざわざ……これじゃあまるでデート………
…………いやいやいや、それはないそれはない。
きっと準備に時間がかかるだけだろう。
何せ、お手ごろ価格なバイキングとは言え、場所はレストラン。俺だって結構気合入れてジャケットなんて着慣れないもん着てみたんだから。
「お待たせ、とーま。待った?」
いや、コッチも今ちょうど来たところだ(このセリフ言ってみたかった!!)と言い掛けたところで、言葉に詰まる。
思わずインデックスの姿を足から頭のてっぺんまでじっと見てしまう。
インデックスはもこもこのダッフルコート。色は勿論白。その下には白いセーターとチェックのスカートに黒ストッキングがヤバい……
特別ミニスカっていうわけでもないのに、普段からインデックスの生足なんて見慣れてるのに……
どうして普段より低い露出でこんなにドキドキしてるんだ?
俺は、インデックスの姿に、何と言うか、その……まぁ……ええい!!正直に言ってやる!!!
見惚れてましたよ、ええ、見惚れましたよ。何処のお姫様かと思いましたともさ!!
『それはなぁ、カミやん。黒ストの艶と、魅惑の脚のラインのコンビネーションが、カミやんの好みにドストライクやからなんや』
今、青ピの声が聞こえた気がしたけど気のせいだよな?
だって卑怯だろ?コッチはジャケット適当に羽織ってきただけで、そっちはお姫様装備ですか。
白とか似合うってわかりきってるし、黒ストッキングとか、普段とギャップが……
「行こ、とーま」
インデックスがニコニコ笑って近寄ってくる。
くそぅ……可愛い……可愛いなぁ……もちろん、家族的な意味で!!!
街を歩くと、彼女連れの男も、そうでないヤツも、みんな振り返ってくる。
俺を見てるわけじゃないのはわかってる。みんなの視線独り占めなのは、隣のお姫様。
「とーま、すごいんだよ!!街がキラキラしてるんだよ!!」って……お前の方が、その、き、ききききき、き「とーま?」ああ、ゲフンゲフン!!んんん、ん、喉の調子はどうかな。
言えるかーーーーーーーー!!!綺麗とか言えるわけねーだろ!!!
…………バイキングに着くと、インデックスはいつもどおりの暴食ぶりを発揮してくれたわけで、残念やらホッとしたやら。
ばくばくとよくもまぁ、このちっこい身体に入るもんだと感心。流石のお姫様ルックも、此処に来てメッキが剥がれたというわけだ。
うん、うん。
この方が普段の俺たちらしくていいよ。うん。
「とーま、ほっぺたにご飯粒付いてて勿体無いんだよ。ぺろ」
ふほぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
上条さんの心の安定返せ!!
ちょ、おま、おい、おま、ちょ、おま……
今ペロッて、ペロッて……「どぉしたの?とーま?」……平然と食してらっしゃる……
ははは………俺だけ動揺し過ぎだなこりゃ……
インデックスの舌の感触が残って…………煩悩退散!!煩悩退散!!
バイキングの時間が終わるまでの間、食事の味がイマイチ記憶になかった。
えへへへへ……まいかの言ってた作戦成功なんだよ。
ちょっと…恥ずかしいけど……
とーまの頬っぺたは固くて、ちょっとしょっぱかった。
…顔が熱いんだよ……でもとーまはそれどころじゃないみたい。
ふふふふふ、これでちょっとは私のこと意識してくれたかな?
食事が終わって、ぶらぶら買い物して、カラオケっていうところにも初めて入ったんだよ。
私の知ってる歌を探して、マイクで歌う。
何だか、賛美歌を教会で歌うのとは違った楽しさ。テレビで聴いた曲もとーまに入れてもらって、いっぱい歌ったんだよ。
でも、とーまは歌わなくてよかったのかな?
ようやく落ち着いてきたのはカラオケボックスに入ってから……どんだけチェリーボーイなんですか上条さんは。
インデックスは無邪気だから、家族だから俺にあんな無防備なことしてきただけだってのに……何期待して……期待って何だ。
カラオケで、インデックスの歌を改めて聴くと、正直言葉を失う。
聞いたこともないような透き通るような声。
テレビで売れてるって評判の歌手なんて目じゃないくらいの綺麗な…いや、それも陳腐に思えるような歌声。
こんな歌を独り占めしていていいのかっていう不安。それと、誰にも聴かせたくないっていう独占欲。
気持ち良さそうに歌うインデックスをこうして、俺だけが眺めていられることが、すっげー嬉しくて、幸せだって思う。
リモコンの操作がわからないからと、曲を入れてとねだってくるインデックスが可愛い。
俺は、ひたすらインデックスの歌に聞き惚れていたくて……アイツの声に包まれていたくて、自分の歌をそっちのけで入れまくった。
アイツは俺が歌わないことを気にしてたけど、そんなもんどうでもいいんだよ。
俺だけのクリスマスコンサートなんてすっげー贅沢を味わってるんだからさ。
カラオケが終わって、外に出たら一面お星様の海みたい。
夜のイルミネーションがすごいって雑誌にも書いてあった通りなんだよ。
とーまとこうして歩いてると、恋人に見えたりしないかな?見えてるといいなぁ……
見上げるようなツリーの側にくると、「写真お願いしますって」初めて会う人に言われた。
ビックリしながらカメラなんて使えないからとーまに撮ってもらおうとしたらその人たちは首をふる。
どういうことなんだろ?ってとーまと顔を見合わせてると、その人たちは私ととーまの写真を撮りたいって言ってきた。
ステキな二人だからって……
……え……?
「とってもお似合いですよね、お二人」そう言ってくるのは、社会人くらいの女の人。
優しそうなお姉さんっていう感じだ。カップル?俺たちが?
「ええ、お人形さんみたいな女の子と、爽やかで優しそうな男の子がいるなって思って。だから一枚だけ撮らせてもらってもいいですか?」
いや、いやいや、で、でも、俺たちはカップルってわけじゃ……なぁ?インデックス?
インデックスにも加勢を頼もうとすると、インデックスが俺の腕に自分の腕を絡めてきた……って…インデックス!?
「とーまは少し空気を読んだ方がいいかも。折角の聖夜に子羊の願いを聞き入れないのはシスターの名折れなんだよ」
上条さんはシスターじゃ……いいえ、何でもありませんから牙を見せるの止めて下さい。
まぁ、役得だと思えばいいんだしな……役得って、俺何考えてるんだ?
インデックスは女の人の合図と同時に俺の首に思い切り腕を絡めて抱き付いてきた。
甘いインデックスの香りと、いきなりの行動にうろたえて、俺はきっと変な顔になってたんだと思う。
あの女の人のカメラの中で、俺とインデックスはカップル ―――― 恋人同士として存在するのか。
そう思うと、胸がまた苦しくなった。
とーまの顔が見れない。
思わず抱きついて写真を撮ってもらってから、自分のした行動に顔から火が出そうになるんだよ。
今なら顔からイノケンティウスが出るかも……
とーまが買ってくれたホットティーを飲みながら、ツリーの前のベンチでずっと私達は黙って俯いてた。
とーま怒ってる?
聞こうとして、やっぱり怖くて聞けない。
私ってどうしていつも肝心なときに何も出来ないんだろう。
今もそう……とーまを困らせてばかりなんだよ。
「インデックス」
何?とーま……それは?
「ぷ、プレゼント……クリスマスの……プレゼント」
私に?
「お前以外に誰がいるんだよ……上条さんは貧乏ですからね、同居人にしか買ってあげるので精一杯なんですよ」
口を尖らせて、前を向いたままとーまは拗ねたように言う。それが何だか可愛い。
ありがとうってお礼を言ってから包みを開ける。そわそわして、指が上手く動かないんだよ。焦ってるって思われたら恥ずかしいのに。
包みの中から出てきたのは青い羽の形のヘアピン。周りにお花が散りばめられてる可愛いヘアピン。
とーまにしては、結構センスいいかも。
「うるせい」
あ、声に出てたんだよ。ゴメンね。でも、本音だったりするんだよ。
悪戯心が湧く。とーまにヘアピンを差し出す。
一瞬、とーまは「え?」っていう顔をする。突っ返されたって思ったみたい。
失礼しちゃうんだよ!!とーまのプレゼントがいらないわけないのに。
私はただ、お願いしたいんだよ。
「とーまがつけて」
インデックスの甘えた声が脳に染み込むまで時間がかかった。
突っ返されたと思って、一瞬目の前が真っ暗になった。
そして、安堵と同時に、緊張。着けてって……つまり…………着けてってことだよな?俺が?
インデックスは頭をすっと傾ける。ああ、着けろって意思表示ですか?強引ですよねインデックスさん。
受け取ったヘアピンを着けるべく髪に手を伸ばす。
さらさらで、触ると溶けちゃいそうだ。
慎重に震える手で着けてやる。傾きを微妙に直し、俺はできたと思わず呟いていた。
「似合う?」
少し得意げな顔のインデックス。
正直、スッゲー似合う。
銀色の髪に、青いヘアピン。青の羽を見た時にすぐに浮かんだのはとある童話。
幸せはすぐ側にあるっていう教訓めいた童話だ。
何でか、青い羽と、その童話と、インデックスが一本の線で結びついた。
幸せ
その言葉を俺は、インデックスに会ってから噛み締めることが多くなった気がする。
幸福の量が増えたんじゃなくて、寧ろ、苦しいことをいっぱい背負ったくらいなんだけど。
でも、それを乗り越える強さを得ることも出来た。
俺一人じゃ乗り越えられなかったと思う。でも乗り越えてきた。だって……
コイツがいたから。
コイツを守らないといけないって思ってたから。
コイツが待ってるって思ってたから。
だから乗り越えて来れた。
それこそ、神様ってやつからの贈り物みたいに、乗り越えた先にあるもの、言葉に出来ない確かなものを、コイツのおかげで俺は知ることが出来たんだ。
俺は、気付いたらインデックスの頬をそっと包むように撫でていた。
あ……何やってるんだ俺……早く手を離さないと……
それでも、俺の命令を拒絶するように手が動こうとしない。
油の切れたロボットみたいに、ぎぎぎと、力を込めて手を離そうとすると、インデックスの手がそれを阻むように手を被せてきた。
「ねぇ、とーま……」
冷え切った手に温かい息をそっと吹きかけるみたいに、インデックスが囁く。
まるで、とっておきの秘密をそっと打ち明ける女の子のように。
「インデックスはね、とーまがずっと好きなんだよ」
………
それは昔聞いたのと似ていて違う言葉。
きっと、あの時の言葉は、コイツの為に死んだ上条当麻に向けて。
そして、今の言葉は、コイツの為に此処にいる上条当麻に向けて。
答えるべき言葉を捜して、そして俺は口にする。
家族として。
「俺もインデックスのことが大好きだぞ」
ああ……
やっぱり伝わらなかった……
受け取ってもらえなかった………
気付いてたんだよ、とーまはそうだって……とーまならそうするって……
だから、ショックだけど、でも……少しホッとしてる。
目の奥が熱い。
鼻がツンとして痛い。
泣きそうなんだってわかる、でも泣いちゃダメなんだよ。
妹、家族、それだけでも十分過ぎるんだよ。
ぐっと力を込めて、私は涙を堪える。
うん、とーま大好き!!
とーまが照れくさそうに笑う。
大丈夫だったかな?
………ちゃんと、笑えたかな。
ずっと、温もりから掛け離れていたインデックス。
だから、俺に無邪気に、我が侭なくらいに甘えてくれるんだろう。
全幅の信頼を寄せて、子犬が親犬に身を摺り寄せるように。
だから、俺はその好意を勘違いしちゃいけないんだ。
コイツを俺に縛り付けるような真似をしちゃいけない。
コイツがこれからも笑えるように……
俺は守り続けていく。
俺は一緒に居続ける。
その信頼を俺の薄汚い気持ちが汚していいわけがない。
だから、変な期待 ――― 誤解なんてしてんじゃねぇぞ、上条当麻。
きっと、俺の抱いてるこんな痛み……コイツに押し付けていいもんじゃねーんだ。
「とーま、大好き!!」
見ろよ、この笑顔。
この笑顔を曇らせちゃいけないんだ。
だから、こんな痛みくらい……何でもないに決まってる。
何でもないに……決まってるだろ。
クリスマスを過ぎ、俺とインデックスは変わらず一緒に居る。
大事な家族として。
年末、実家に帰る際にインデックスを小萌先生に預けるか迷ったが、結局俺はインデックスを連れて行った。
記憶にはないけれど、父さんと母さんはお人好しだってことはよくわかっている。
息子が預かっている異国の女の子、それも素性も知れない子を受け入れてくれるんだから。
白くて小さくてふわふわとしたインデックスを特に気に入ったのは母さんだ。
母さんは息子の俺から見てもお嬢様のようで、インデックスと二人でいると何だか和んだ。
父さんはインデックスに「ぱぱさん」と言われた瞬間に陥落。チョロ過ぎるぞ親父ェ…
寮に戻り、学校が始まり、そしてあっという間の一月を越え、二月に入った。
既に三年生進級が決まっている俺は、気が抜けていた。
小萌先生に呼ばれたのはそんなある日の放課後。
補習かと身構えたが、先生が呼び出したのは生徒指導室。
「放課後の夕暮れ時に女教師に生徒指導室に呼び出される……カミやんばっかりずる過ぎるで!!」と騒ぎ立てる青ピをスマッシュで沈めると、俺は向かった。
先生から切り出されたのは大学進学についてだった。
へ?大学?
あっはっはっはっは~上条さんじゃあ無理無理~無理ですよ。入れても三流大学でしょうし。
じゃあもう働こうかな~って……先生?
先生は真面目な顔で、俺を真っ直ぐに見つめてくる。気のせいじゃなければ、若干怒っているようにも見える。
「卒業したらシスターちゃんをどうするつもりですか?」
え?インデックス?イギリスに帰すのかって?いや、俺にそんなつもりはない。出来れば、ずっと卒業してからでも一緒にいたい。
守るって約束だってしてるし、何よりも俺がアイツの側にいてやりたい。
本当は働こうとしてるのも、インデックスを養うため。
イギリスからの援助金と両親からの仕送りで、インデックスを養うこと自体は前のように特に大変というわけじゃない。
けど、インデックスと一緒にいるのも、守ると決めたのも、全部俺の意思であり、独断だ。
だから、両親にインデックスの分まで金を出させたくはない。
それに、イギリスの、インデックスをずっと縛り続けていた場所からの援助に頼りたくないというのがどこかにあった。
俺は、俺だけの力でしっかりアイツを背負っていきたいんだ。
こういうのってアレかな、娘を自分ひとりで立派に育ててみせる、みたいなもんかな。
照れくさくてそんなことは言えないけどさ。
先生は呆れたように、そして失望したように眉を顰めた。
こんな顔、テストで補習の補習を受けた時でもなかった。
「守る?上条ちゃんがですか?」
先生の声に、何処か怒りと苛立ちが浮かんでいた。
「上条ちゃん。上条ちゃんはお友達に常盤台の子がいましたよね。そうです、超電磁砲ちゃんです。
だから聞いたことがあると思うのですが、常盤台の教育レベルはとても高いのです。
アレを教育レベルが高いという言葉で安易に片付けてしまっても良いのか疑問ですけどね。
ですが、意外に知られて居ないのは、その進学率です。一体幾つだと思いますか?
100%?違うのです。もっと低いのですよ。
70?いえいえ、もっとです。
ええ、今、まさかという顔をしましたけど、常盤台の進学率は50%、ないしそれを下回る年もあるのです。
勿論、あそこに通っている子達は頑張り屋さんのいい子ちゃん達なので、働かずにぶらぶらするなんてわけはありません。
ただ、彼女達は、高校で学ぶべきものがないと見切りを付けてしまうのです。
というよりも、高校や大学での勉強を既に終了させてしまっているというべきでしょうか。
そうです、聞いたことがありますよね。
理由は沢山あります。経済的な事情というのも悲しいことですがあります。
しかし、基本的には彼女達の意思によるものです。
常盤台の子達を即戦力として迎え入れたい研究室や企業は沢山あります。
常盤台卒の社員を雇っているというだけで箔が付くくらいなのですから当然ですね。
彼女達の多くは明確な目的意識を持って社会に飛び込んでいきます。
いくら常盤台といっても15歳の女の子達が社会で生きていくのはとても大変なことです。
そして、それを想像できないような子達でもありません。それでも、彼女達の半分はその中に飛び込んでいくのです。
進学したくでも出来ない子達は沢山います。
才能を持った子が、自分の才能の使い道をしっかりと認識している子が、家の経済事情の為にその道を諦めた姿を先生はいっぱい見てきました。
力になれたこともありますし、なれずに悔しい思いをしたことも沢山あるのです。
勿論、大学に進学するのではなく就職をすることは悪いことではありません。
大学に行けなさそうだ、難しそうだ、じゃあ就職でいいや。そんな理由で選ぶことが悪いことなのです。
上条ちゃん、今話した常盤台の子と、上条ちゃんが社会で出会ったとします。
同じ18歳。
向こうは大学院までの知識と技術を身につけ、明確な目的意識を持って仕事に就き、上条ちゃんよりも社会人として3年もキャリアの差があります。
上条ちゃんはそんな子達と同じ『社会』という場所で戦えますか?対等に向き合えますか?
――――― シスターちゃんをちゃんと守っていけるんですか?」
色々言いたいことはあるはずなのに、俺には何も言えなかった。
先生の言ってることが痛い程よくわかったってのもある。
自分が実際のところ社会に出てやっていけるなんて自信がないのも確かだ。
でもそれよりも、先生の言葉の最後に隠された続き、きっと先生は『守っていけるわけないです』と言おうとしていたんだろう。
それがわかって、俺は何も言えなかったんだ。はっきりと断言出来ないから。守っていけると。
だって、本当は無謀だってわかってるんだから。俺の下らない意地が、見栄が、全部見透かされたみたいで。
「上条ちゃん、上条ちゃんはさっき、勉強が出来ないからいけるわけないって言ってましたけど、それは違うのですよ」
先生は、厳しい顔を一転させて、いつもの優しい笑顔で言った。
「上条ちゃんのこの一年間の頑張り先生はずっと見てました。だから断言できます。上条ちゃんは大丈夫です。頑張れます」
先生は、少し困ったように目尻を下げる。
「それにですね、この学校は常盤台と違って、単なる平凡な学校です。
良い子ちゃんばかりですが、そんなこと社会は知りません。知ろうともしてくれません、悲しいですが。
だから、当然世間はこう上条ちゃん達を判断します。
『勉強も大して出来ないから就職したのだ』と。そういう先入観で見るのです。
大学にとりあえず行っておけというのは、先生嫌いです。
でも、そんなレッテルを一つ剥がすことで、どれだけ楽になるのか。
そのレッテル一つでどれだけ苦労するのか、先生は見てきました。
だから、行ける子達には先生はいつも言うようにしてます。
頑張って、大学を目指して下さい、って。
やりたいこともないのに大学に行くのだったら行っても行かなくても同じなんていう人がいますが、それは大嘘なのです。
行くことで、負う必要の無い苦労があるのなら、行くべきです」
先生は、ぎゅっと俺の手を握る。小さくて柔らかい手なのに、どうしてか俺の手よりもずっと頼り甲斐のある手。
何でか安心してしまう手。インデックスに握られる時とは違う、落ち着く温かい手。
「もう一度聞きます。上条ちゃんは ―――― 」
家に帰ると、甘い香りがする。
甘い香りはキッチンから部屋中に満ちている。
「おかえり~とーま」
インデックスがニコニコと笑って出迎えてくれた。
いつものように駆け寄ってくるインデックスの頭をなでてやる。
さらさらとした髪をなでてやると、それだけで疲れが吹き飛ぶ。
インデックスが、カップを持ってきた。
一瞬コーヒーを淹れてくれたのかと思ったが、口に近づけてから甘い香りがした。
どろりとした黒い液体。
一口、とろみを帯びた液体を飲む。
温かく、喉をゆっくりと滑り落ちていくソレは甘く、優しく口の中に広がる。
コーヒーではなく、それはチョコレートだった。
寒さと疲労に強張っていた身体が甘さと温かさでゆっくりとほぐされていくようだ。
固く絡まっていた糸が解かれていくように、身体にチョコレートと、ミルクの柔らかい甘さが身体中に染み渡る。
ああ、と思わず声が漏れた。インデックスがちょこんと隣に座ってそれを見てくる。何だか照れくさいな。
インデックスは、悪戯が成功したように、嬉しそうに笑う。
「今日はバレンタインデーなんだよ」
それでこれか。そういえば、今日は学校でチョコレートを山ほど貰った。
くれた子達に理由を聞く前に、追い掛け回されて気付かなかった。
そっか、バレンタインデーか。
へへへ、嬉しいな。正直、スッゲー嬉しい。
あのインデックスがくれたってのが嬉しい。
親愛のチョコレートだとわかっているのに。
それでも、ついつい顔がにやけちまう。
「とーま、美味しい?」
心配そうに聞いてくるインデックスに、俺は飲み干したカップを差し出す。
おかわり。
そう言ってやると、インデックスは満面の笑みを浮かべる。
白い雪のような頬を赤く染めて、はにかむように笑う。
この笑顔を一番側で見ていたい。一番側で守りたい。
そう願う。心から強く願う。
願い過ぎて俺は焦ってたんだ。
コイツの側にいたい。誰の力も借りずに、俺の力でコイツを守り抜きたい。
そうだ、俺の力だけで……って俺何でこんなにムキになってるんだか。ホント、意地張っても仕方が無いってのになぁ…
俺はその夜、外に出ると言って両親に電話をかけた。用件は一つだけ。
大学に通いたいという意思表示。
いや、そんなアバウトなもんじゃねぇ、これは所信表明だ。
それから、コレは完全な俺の自分勝手。我が侭。
インデックスといたいから、大学に通うことになっても仕送りをお願いできないかということ。
無理ならバイトでも何でもしてやる。最大教主ってのを失ってバタバタしてるらしいイギリスにいつまでインデックスの生活費やら諸々の援助を期待できるのかもわかんねぇ。
最悪、それを縦にインデックスを返せだとか言ってくるのかもしれない。
そんなことはさせない。アイツを物扱いするあんなところに渡してなるものか。
けど、俺の心配は完全な杞憂に終わった。両親は二つ返事で承諾してくれた。母さんに至っては、最悪インデックスだけでもウチで預かっても良いのよだとか言い出す始末。
それじゃあ意味ねぇよ!!上条さんが頑張る理由なくなっちゃうから!!
けど、懸念材料はこれで無くなっ………
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!
あった!あったよ!!ありました!!!
先生が進めてくれた大学のランクを見る。
中の上という扱いだ。中の上………上条さんは下の下の上ってところだよな……
最大の懸念材料がこんなところにあるとはな……
くそぅ……それこそが難関中の難関じゃねぇか……
ハァ……
俺は携帯を開くと、電話をかけることにする。
一番頼りになるヤツだ。
おそらく力になってくれるだろう。
また借りが出来るんだけどさ……
とーまはお外で電話をしてるみたい。
丁度良かったんだよ。私も電話したかったから。
とーまは多分しいなにかけてるんだと思う。お金のことだろうけど、そんな心配いらないんだよ。
とーまはお馬鹿さんだけど、頑張り屋さんだからきっと大丈夫。
この一年、家事以外にも機械の使い方を少しだけ身に着けた私には最早携帯電話の通話なんて朝飯前なんだよ!!
ぷるぷる~って音の後に繋がる。
『シスターちゃん、こんばんはです』
こんばんはなんだよこもえ。それからありがとう。とーまに言ってくれたんだね。
『いえいえ、先生も上条ちゃんの為には大学に行って欲しかったですから』
そうだよね。私もこもえに教えてもらったんだもん。とーまが働くつもりだって。
この国の社会通念。慣習。それを知るようになった私には、それがとーまを更に苦労させちゃうことだってわかってた。
だから、ゾッとしたんだよ。
とーまがまた背負い込んじゃうって。また、私のせいで。
だから、お願いした。こもえに。私のせいでとーまが苦しむのは嫌だから。
とーまの人生を歩いて欲しいから。
とーまが私の為にそうしようとしてくれているのは、正直……凄く嬉しいんだよ。
だけど、それととーまが自分の人生を私の為に損なうのは違うかも。
それに、私は………
わたくし、上条当麻は今とてもシュールな光景を目の当たりにしているのかと思いますです。
「チッ……ボッタくりやがって。この程度の内容量で2000円も取ってンじゃねェよ」
あの…別にわざわざ買わなくても…高いし…
「あァ?テメェ受験する気ないンですかァ?落ちる気マンマンですかァ?死にますかァ?」
酷い!!そこまで言いますか!?
だってよ、お前学園都市最高の頭脳だろ?だったら、歩く参考書みたいなものじゃないのでせうか?
と言った瞬間に、ベクトルでこピンくらいました。吹っ飛びました。本棚崩れました。
一方さん……ツッコミキツイッスよ……
本屋さんに謝り倒し、本棚を戻し、お詫びに1万円相当参考書を購入。
向かう先は上条さんの寮。
紙の束は鬼のように重く、当然の如く買い溜めした一方通行の缶コーヒーの袋も何故か上条さん持ち。
寮に着いた時にはもう腕が限界寸前。
インデックスが心配して入れてくれたお茶を飲みながら、恨みの視線をぶつけるも、当の学園都市の白い悪魔はぺらぺらと参考書を捲ってこっちはスルー。
「いいか、確かに俺は学園都市最高の頭脳だ。
この程度の内容なンざ小学生の頃に終わらせてる。まァ小学校通ってなかったけどなァ。
だが、俺は教え方まで学園都市第一位じゃねェ
テメェにわかりやすい指導なンざ出来ねェし、するつもりもねェ」
指導放棄ですか!!せっかく見つけた家庭教師が勉強開始前に指導放棄ですか!?
「最後まで聞け。だがな、この参考書に沿って、効率の良い勉強法を提示してやることは出来る。
わかりやすく言やァ、何処を狙ってくるかのパターンを特定できるってことだァ
受験は知能よりもテクニックと要領だって言ってたしなァ」
誰が?
「芳川だ」
ああ、あのアンニュイな美人お姉さんですね。てか、お前らそんな会話するの?
「ピロトークなンざ大体くだらねェ内容だったりするもンなンだよ」
そういうものですか。で、インデックスは何読んでるんだ?
「英語なんだよ」暇つぶしにね、と笑う。
本の虫だな、手当たりしだいにですか。でもお前英語の本なんか今更読んでて面白いの?
「うん、何だかね、無理に英語を分解して解説してるのが変で面白いんだよ。
例文もシュールだったりユーモアたっぷりだし。
『あれは冷蔵庫ですか?』なんておかしいかも」
「いいえ、あれはていとくンですゥってかァ?………あァ、そうだな。オイ、インデックス」
「どうしたの?あくせられーた?」
「お前完全記憶能力だったよな。だったら、その英語…つーか受験英語を覚えてやれ。あと歴史もついでにな」
「そっか、そうすればとーまの役に私も立てるね」
「理系は俺に任せとけ。内容も大体把握した」
上条さんの目の前で持つ者同志の会話が展開していく。
本人を差し置いて、立てられて行く勉強スケジュール。
って、ええェ?睡眠時間が4時間って……
追い込む時期に急に徹夜じゃ保たないから徐々に?
………
…………減る?そこから減っていくのですか!?
いや、何で二人してにっこり笑うのですか?
一方さんの笑顔怖いのですが………
その日から白い悪魔が二人に増えた。
珍しい顔があるものだ。
ゲコ太の絵本があるという噂を聞きつけて図書館に来てみれば、あり得ないヤツがいた。
ツンツン頭のあんにゃろうだ。
ゲコ太の絵本探してる姿なんて知り合いに見られたら死ねると思ってたのに、よりにもよってアイツだ。
高校生にもなって、子供趣味が抜けないことを黒子はとやかく言ってくるけど、いいじゃない好きなんだから。
私が高校生になって、最初の夏が来た。
一人暮らしって最高だと高校に入ってから思った。
友達とか妹を気軽に呼んでお泊り会とか出来るし、恥ずかしくて飾れなかった小物(ゲコ太)や、ぬいぐるみ(主にゲコ太)を部屋に好きなだけ飾れる。
だって一目を気にしなくてもいいわけだし。
友達は彼氏とかを呼ぶ時の為に部屋に置くものには常に注意を払っているみたいだけど生憎私にそんな相手はいない。
そりゃあ、カッコいいヤツは結構多い。
彼氏に相応しいだの、お似合いだの冷やかしてくるような男は事欠かない、高校が高校だけにね。
デートにも何回か行ってみた。友達がセッティングしただけなんだけどさ。
でも、結局感情が伴ってないわけなのよね。
だから、強引にセッティングされたデートなんかじゃ全然その気になれない。
私の気持ちはいつまでもあの馬鹿に向いたまま。
いっそ離れてしまえば、この気持ちもほろ苦い初恋の思い出になってくれるんだろうけど、そうも行かない。
私の通う高校、長点上機学園は学園都市内に当然あるし、アイツは高校二年から三年に上がっただけ。
黒子は私が長点に入ったことにビックリしてた。
アイツの通う高校に入るって思ってたみたい。馬鹿ね、流石にそこまでしないわよ。
自分の夢、将来と恋愛をごっちゃになんてするほど馬鹿じゃないわよ。
私は自分ひとりで勝手に中学に通って、教育を受けていたわけじゃない。
色々な人の勝手なものもあるけど、期待を背負ってきた。
勝手に背負わされただけだったら無視するけどさ、そこから来る恩恵に甘えちゃったりしてたところも確かにあるんだもの。
それを全部反故にして恋に突っ走るなんて、そんなものケータイ小説だけに任せておけばいいのよ。
何より私には夢がある。筋ジストロフィーの研究。
本来私のDNAマップが使われる予定だった研究。
その研究をする為の環境としてはやっぱり長点しかない。布束さんの推薦もあったしね。
アイツへの恋も大事だけど、その為に蔑ろにしても良い程度の夢じゃない。
それに、アイツとは結構あってる。無理矢理買い物にも付き合わせたこともあるし、ご飯を食べに行ったこともある。
街中でばったりってことなんてしょっちゅうあるし、姿を見かけちゃうとパブロフの犬みたいに条件反射で追いかけちゃう。
明確に告白もしないまま、結局私とアイツはズルズルと二年前と変わらない距離感を引きずったままだ。
会うたびに喧嘩を吹っ掛けることは無くなったけど、言う事は相変わらず可愛げがない。
こんな自分がどうしようもなく嫌で仕方が無い。
結局あの子とはそういう関係じゃないと、以前言っていた。
本当かしらとも思ったけど、私に嘘を吐いて意味のあることでもない。
ていうか、家族って……家族ねぇ~~ふぅ~ん……
まぁ、いいけどさ。
アイツに声をかけようか迷っている間に、アイツは目ざとく私を見つけて声をかけてくる。
アイツからスルーされることは激減した。
進展って言うのかしらこういうのも。
というよりも、理由は凄く簡単。私がビリビリしなくなったというだけの話。
そりゃそうよね。スタンガン持って怒りながら追いかけてくる女の子なんて、誰だって会ったら「ゲッ」ってなるわよ。
もっと早くそういうことに………例えば私が中二の頃とか、に気付いていれば、もっと変わったのかな。
アイツは図書館で涼みがてら勉強に来たらしい。
アンタが図書館で勉強とかマジでありえないんだけど……ああ、アンタ今年受験生だもんね。
っていうか、大学行く気あったんだ。意外~え?何が意外かって?そんなもの決まってるじゃない。
アンタの学力で大学目指そうというつもりになったことよ。
エアコンが壊れてしまったって。何よその目。
言っておくけど別に私のせいでなったわけじゃないわよ。アンタいつまで中学生の頃の私のイメージ引きずってるのよ。
それにしても結構勉強してる感じよね。付箋だらけじゃないこの参考書。
え?怖い先生がいて、チェックテストが毎日あるって?
あのちびっ子先生ってそんなに怖いの?違う?じゃあ誰よ?
………
…………一方通行?
あ、ああ、あんた等仲良いものね。私としては複雑だけどさ。
でも、あんた等似たところ結構あって、気が合うかもね。
へぇ~……アイツが………
ね、ねぇ…アンタの勉強ちょっと見てあげようか?
アンタがやってるところくらいわかるわよ。
図書館で御坂に会った。
そして今勉強を見てもらってた。
二歳年下の少女に勉強を教えてもらって……ってインデックスにも教えてもらってるなそういや…
泣きたくなって来た…
で、御坂先生の個人レッスンの感想ですが、率直に申し上げます。
わかりやすいです。ええ、とっても。
教え方だけで言えば一方通行やインデックスよりも上手い。
多分、元から天才だった二人と違って、積み重ねてきた結果高みに登り詰めたのがこの御坂美琴という少女だからだろう。
俺はお礼に、少し奮発してクレープを奢ることにする。
御坂は、奮発してクレープかよこの甲斐性なしという目で見てくるけど、うう……今はこれが精一杯なんですよぉぉ…
御坂は、憎まれ口を叩いたのは最初だけ、にっこりと笑うと「ありがと」と照れくさそうに言った。
インデックスの笑顔が綿菓子のようなふわふわとした甘い笑顔だとすれば、コイツは全く違う。
例えるなら、爽やかで華やかっていうのか?柑橘系っぽいっていうか……う~ん…とにかく違う。
ただ、共通してるのはスッゲー魅力的な笑顔ってことだろう。
髪が伸びたんだな。横顔を見ながらぼんやりと思う。
御坂は高校生になって、なんていうか綺麗になったと感じる。
中二から高一ってそんなに変化するもんなのか、俺には未だにわからないけどさ。
でも、御坂はスッゲー綺麗になったと思う。
「え?ちょ、ちょと、あ、ああああ、アンタ何言ってるのよ!!」
あ、口に出してた。
ま、いいや。
うん、スッゲー綺麗になったな。前はお前可愛いって感じだったけど、最近は何か綺麗っていう方がウェイトでかいな。
って、お前顔真っ赤だなぁ。
免疫相変わらずねーな。何がって?いや、前聞いたんだよ白井に。
『お姉さまはシャイな方ですので褒め言葉に弱いのですわ。決して貴方如き類人猿に言われたから照れるわけではございませんのよ。
えー、そんなわけねーですの!!きゃおらぁ!!』ってな。
「最後の『きゃおらぁ!!』て何なのよ……?」
え?膝蹴りですよ?
ええ、あのツインテールってば能力に頼ったドロップキックから、純粋な身体能力だけで上条さんを一撃で仕留めることが出来るようになっていらっしゃるようで。
「何か……ゴメン……」
いえいえ、上条さんは慣れてますのことよ、ウチには噛み付きシスターもおりますので。
いや、そんな目を向けないで下さい。別にインデックスとそんな色っぽい関係とかじゃないので。
告白?前にも言っただろ。アイツは家族。妹みたいなもんだって。
え?じゃあ他に彼女はいないのか?
ええ、残念ながら上条さんには彼女なんていないのですわよ。よよよよよよ……「じゃ、じゃあさ……」……よよよよって、ん?どした?
御坂は何故か真っ赤な顔のままで俯いている。身体の具合でも悪いのか?
何て聞くと「馬鹿」と即座に返されました何故にWHY?
「えっと…つまり、アンタは今…その、ふ、ふふふふ…フリーってことでいいのよね?」
まぁ、そうなるな。
彼女なんていねぇし。
好きな女の子なんて……
…………いねぇしな。
この嘘つき野郎。
このクソ嘘つき馬鹿野郎。
喉から出そうになる言葉を呑み込む。
コイツが誰を思っているのか何て顔を見てればわかる。
あの子の事を言葉にするときの優しい瞳。
アンタそれ、あの子専用になってるって知ってる?
どんだけ特別扱いなのよっていう話。だけど、私は今、それを知ってて言おうと決めつつある。
私は、多分人生最大の博打に出ようとしてる。博打とは言っても、負けることがわかっている博打。負けるための博打。
何でって聞かれたらわからないけど。
ただ、こうやって二人で肩を並べて、クレープを食べてるこの瞬間、私はふと、自分が場違いな落ち着き……
というか開き直りに至っていることに気付いた。
まるでずっと探していたものが、ようやくではなくて、ふと見つかったような感じ。
あちこちの引き出しを抜いて、家具の隙間とかを覗き込んでも見つからなかった探し物が、
忘れた頃に何ともあっけなく見つかった時のようだ。
私自身が自分の中に、今存在する覚悟に戸惑っている。
ただ、私は今、この瞬間じゃなきゃ多分無理だ。
言えない。コイツに。
そう、これはきっとケジメなのだ。
このままズルズル行ってしまうことの限界に、私自身気付いてなかった限界に、先に反応したのは私の臆病さと勇気。
私は、胸の鼓動をどうにか鎮めながら、ずっと言いたかった言葉を口にする。
「 」
夢の中では何千回と言ってきた言葉。
妄想の中でも言ってきた。
お風呂場で口に出しては反響する自分の言葉に赤面して。
枕に向かって練習してみては自己嫌悪にベッドの上を転がって。
自分には本当に言えるのかと、半ば疑っていた言葉は、するりと、舌に乗せるとあっけなく滑り落ちた。
ただいま、と言うとインデックスが出迎えてくれる。
いつもどおりのインデックス。
いつもどおりの家族。
だけど俺はインデックスの顔が見られない。
テーブルを見ると、A4サイズの紙になにやら書きかけの英文。
インデックスは手作りの英語のテストを俺の為に作ってくれていたのだ。
ありがとうと言ってからインデックスの頭をなでる。今日は俺が食事当番だったなと、キッチンに向かう。
食事の用意をして、夕食に移る。
図書館で勉強してたら遅くなったというと、インデックスは「お疲れ様なんだよ、とーま」と可愛い声で労いの言葉を掛けてくれた。
今日は御坂に勉強を見てもらったんだと言うと、「そうなんだ。短髪優しいんだね」と何でも無い事のように言う。
むかっ。
……むかっ?
何でイラついたんだ。そう思うものの、何でもない話題のようにインデックスは食事を続ける。
平静としている。いたって普通だ。
それがどうしてか面白くない。
少し前だったら、俺もああそうだったんだ、御坂っていいヤツだよな、と返して済んでいたのに。
俺は、平静ではないコイツを見たかったのだろうか。
どうして。
今日御坂とあったことが頭にずっと焼き付いてるせいか?
なぁ、インデックス…俺さ……
御坂と付き合うことにしたんだ。
夏が終わり、秋を経て、冬へと移る。
こう言うと、あっという間のことみたいだけど、事実あっという間のことだった。
一方通行とインデックスに加えて御坂を迎えた強力な講師陣による牽引作戦によって、わたくし上条当麻の成績はグングンと上昇!!
………等という事は無かった。
すぐに学力に反映されるということは無く、目を見張る成果を求め焦りながら、それでも俺は腐ることなく勉強に打ち込んでいた。
と言うよりも、ある意味それしかなかった。
御坂と付き合うことにした。
インデックスにそう言ったのは半年も前のことだ。
インデックスは、少し寂しそうに笑うと、「おめでとう、とーま」と言ってくれた。
それから、腰に手を当ててお姉さんぶってこう付け加えた。
「でもね、短髪との交際にうつつを抜かして勉強を疎かにするようだったら、あくせられーたにおしおきしてもらうんだからね」
インデックスは、俺の言葉をそう言って、するっと受け入れた。
家族が、妹が兄の交際を素直に受け止めて祝福するように。
俺は、力が抜けそうになるのを覚えた。
何故だろうか。
どうして、俺はこんなにもどうしようもない喪失感を抱いてるんだろうかと、自分自身に問い掛けた。
しかし、いくら問い掛けてもわからない。
ただ、後悔だけが残った。
どうしてあんな事を言ってしまったのだろうか。
俺は喪失感を打ち消そうと、それまで以上に勉強に打ち込んだ。
一方通行は御坂と付き合うことにしたという俺の嘘を信じたのか信じてないのか、無表情に受け止めた。
ただ一言「そォか…それでいいのか」とだけ呟いた。
俺は何も言えなかった。
そして、結果になって現れたのが、12月終わりの模擬試験。
判定はC判定。
E判定だった五ヶ月から比べると雲泥の差だ。
それを素直に喜んでくれたのはインデックス。
B判定に達することがなかったのが不満だったのか、不機嫌だったのが一方通行。
ただ、息抜きも兼ねて、俺とインデックス、一方通行と打ち止めや番外個体。
姫神や青ピ、土御門兄妹まで巻き込んでのクリスマスパーティーを開いた。
番外個体は一方通行の料理の腕を初めて知ったのか愕然としていた。
舞夏はインデックスの料理を、弟子の成長を喜ぶ師匠のように褒め讃えていた。
御坂は呼ばなくて良かったのか、と聞いてくるインデックス。
アイツは友達とクリスマスパーティーだ。
インデックスに御坂の話題を振られるのは何故か辛かった。
何でも無い世間話の延長のようにされればされるほど、切り刻まれるような痛みが胸に走った。
俺は、その痛みを覚えるたびに、蓋をして、見てみぬフリをすることにしていた。
多分、その痛みの正体にいくら鈍い俺であっても気付き始めていたからだと思う。
だけど、気付いたらそこまでだとわかっているから、だから俺は目を逸らしていた。
「去年、とーまと一緒にクリスマスに出かけてから一年が経ったんだね」
インデックスが星空を見上げながら言う。
白い息が夜空に溶けて行く。
俺とインデックスは、二人でベランダの柵にもたれ掛かりながら空を眺めていた。
ベランダとはいえ、外は寒い。
中では途中から土御門の持ち込んだ酒によって死屍累々の山となっている。
午前三時。
部屋の明かりを消して、誰もが寝静まっている時間。
二人だけの世界のようだ。
そう思うと、急に顔が熱くなってくる。
ふと、インデックスの髪に目が行った。
俺のプレゼントしたヘアピンだった。
青い羽のヘアピン。
家族であることを再確認した日。
「うん。これは私の二番目に大切なとーまからの宝物だから」
そっと、溶けてしまいそうな笑みを浮かべる。
まるで雪のようにふんわりとしているのに、何処か儚い。
抱きしめてやりたいとどうしようもなく思っちまうのに、一方で抱きしめたら消えてしまいそうで俺は怖くなる。
ただ、どうしても聞きたいことがあった。一番の宝物ってのは何なのかと。
インデックスは、はにかむと、俺の耳に口を近づける。
背伸びをしても届かないインデックスに、俺は少しかがむようにして耳を近づける。
耳元にインデックスの吐息が触れる。
甘い香りが鼻腔を擽る。
胸の鼓動が早くなる。
「一番の宝物はとーまと過ごしてきた今日までの思い出……って言うとちょっと照れちゃうんだよ」
だから、毎日一番の宝物は更新されてるんだよ。
そう言って笑う少女が堪らなく愛しいと思った。
今日がクリスマスでよかった。
寒い夜でよかった。
雪が降ってくれて良かった。
「わぁ……ホワイトクリスマスなんだよ……」
雪が顔に降り注いでくれるおかげで、インデックスにバレばれずに済んだ。
泣いてるなんて、恥ずかしくて見られたくない。
寒さで麻痺してくれればいいのに。
この胸の痛みが。
雪で隠してくれればいいのに。
この涙も。それから……
俺が吐いた嘘も。
年が明けて、追い込みの時期を経て。
俺の大学受験が始まった。
御坂が持たせてくれたお守り。
インデックスがお弁当を作ってくれた。
一方通行が激励の電話を入れてくれたのが何気にびっくりだった。
なぁ、インデックス。
弁当を受け取りながら、俺はインデックスを真っ直ぐに見つめる。
「なぁに?とーま?」
こてんと首を傾げるインデックス。
俺は、緊張に震える足に力を込めると、痺れたように硬直している舌を懸命に動かす。
馬鹿な半年前の俺が吐いた嘘を撤回する為に。
もし、大学に合格したら。その時は聞いて欲しいんだ。
「……とーま?」
俺のきもちを。
インデックスは、一瞬驚きに目を見開くと、少しの間をおいてゆっくりと頷いた。
「うん。聞かせてほしいな。とーまの……きもち」
――― きもち ―――
そこに、一体どんな意味が含まれているのか。
俺もインデックスも互いに問い沙汰そうとはしなかった。
まだ、その時じゃないと、多分俺たちは言わずともわかっていたんだ。
一月後、俺は合格の報せを聞いた。
俺は喜ぶよりも先に、早く帰ってインデックスに知らせたいと思った。
誰よりも、まずアイツに知らせたかった。
アイツを守るための、アイツと一緒にいるための第一歩。
合格したら色々と決めていることがあった。
正直に嘘を吐いていたことを話すこと。
ずっと抱えていた俺の胸の痛みのこと。
一緒にいたい、守り続けたいという思い。
そして、俺のアイツへの気持ちを。
だけど、今は何よりもまずアイツの喜ぶ顔が見たかった。
「やぁ、お帰り上条当麻」
そこには会いたかった女の子じゃなくて、憎ったらしい赤毛の神父。
その手には一通の封筒。裏には『INDEX』の文字。
そして俺は聞かされた。
インデックスがイギリスに帰ったことを。
二度とインデックスに会えないことを。
二年の猶予だったのだと、俺は二年ぶりに会う赤い髪の神父に教えられた。
二年の猶予を望んだのは、インデックス。
それも、相当の無理をステイルに頼んだらしい。
思考を拒否するように、俺の頭は真っ白になっていた。
がらんどうになった脳裏に、アイツの言葉が過ぎった。
『一番の宝物はとーまと過ごしてきた今日までの思い出……って言うとちょっと照れちゃうんだよ』
なぁ、インデックス。
お前はあの時どんな気持ちで言ったんだ?
俺をどんな目で見つめていたんだ?
あの日、受験のあの朝。
お前はどんなつもりで笑ったんだ?
答えてくれるはずの少女はいない。
二人では狭かった部屋には途方も無く広い空間だけが広がる。
雪のようだと、あの夜感じた少女は、その通り、溶けてしまうように消えてしまった。
三月、春はすぐそこまで来ていた。
【 後編 】 へ続きます。


で、いつもの腹ぺこシスターさんは何処?