番外編 赤い男と金髪少女
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白い翼が夜の空を飛んでいくのを、ビルの屋上から右方のフィアンマは見ていた。
(予想はしていたが、やはりか)
垣根を仲間に引き入れようと交渉を試みたフィアンマであったが、実の所話には乗らないであろうと予測していた。
それは垣根が仲間にならなくてもいい、というわけではなく、手を組んでくれるのならばラッキー、程度の考えだった。
(まぁいい、間違いなく奴は魔術の世界に足を踏み入れようとするだろう。となれば、今は後の布石を仕込む程度で十分だ。さて、俺様はこれからどうするか……)
垣根が学園都市を去るのであれば、フィアンマがここに留まる理由はない。
科学の中枢たるこの街に、ローマ正教最暗部に君臨するフィアンマが滞在するのは大きなリスクが生じてしまう。
特に、学園都市統括理事長。
フィアンマをもってしてもその正体の掴めない異質な存在であるそれは、警戒に値する存在だ。
(しかし、せっかくだ。学園都市でしか出来ない事をするのも面白い。幻想殺しと禁書目録は学園都市に居るのだったな、接触はせずに顔だけ見ておいてもいいかもしれん)
案外、フィアンマは観光や旅行を楽しむタイプの人間らしい。
かなり倫理を外れた考え方をする、人格的に捻くれたフィアンマであるが、特異な存在であるからこそ遍く凡人には理解できない娯楽を見出すのだった。
(他にも、ここでしか手に入らん科学の品を手に入れてもいいかもしれんな。日本の科学製品は高性能と聞く。ヴェント辺りは毛嫌いしそうだが、アイツの部屋を全てメカニックな感じにしても面白いかもしれん。電子基板模様の絨毯何かがあればいいのだ)
外道である。
次々とえげつない考えを浮かばせ口元に怪しげな笑みを浮かべるフィアンマだったが、何の気なしに目線を下に向けたちょうどその時、目に付いたものがあった。
時刻的にも、場所的にも似合わないそれは、どうにも好奇心を掻き立てる。
フィアンマは、再び笑みを浮かべた。
右方のフィアンマとしての、笑みを。
「……ふむ、まぁ仕方あるまい。俺様は聖職者だからな、迷える子羊は救ってやらねば」
※フィアンマのキャラにやや崩壊ありです。ご注意ください
二人の僅かに後方を、不健康な青白い光が駆け抜け、そこにあったゴミや箱や外壁を全て跡形もなく消失させた。
溶けたわけでも、吹き飛ばされたわけでもない。
あまりの破壊力に、物質を構成している分子のレベルで粉々にされているのだ。
破壊力、殺傷力と言うにはあまりにも高すぎる殺意の塊のような光。
これほどの攻撃力を振りまける人間など、学園都市には数える程しかいない。
「……フレーンダァ」
地獄の底から響いてくるような冷え切った声。
事実、それは闇の手招きだった。
一度引き込まれたら、もう二度と抜け出すことはできない地獄への誘い手。
学園都市の裏側で暗躍する、学園都市頂点に君臨する七人の超能力者の一人。
フレンダが所属していた暗部組織『アイテム』のリーダー、麦野沈利。
「ちょこまかちょこまか逃げやがって。そんなに尻ばっか見せられたら馬鹿デカいモンブチ込みたくなるじゃねぇか、あぁ!?」
建物も道路も人間も、この世に存在するありとあらゆるものを引き裂く『原子崩し』の光を放つ麦野。
軌道こそ直線的だが、掠っただけでも致命傷に至るそれは一度だって触れることを許されない。
(このままじゃ……追いつかれるってわけよ!)
麦野沈利が優れているのは破壊力だけではない。
ありとあらゆるものを引きさく攻撃力を生み出す演算能力に加え、身体能力もかなり高い。
一方フレンダも暗部で鍛えられた運動能力や土地勘はあるものの、決して一般人の枠を外れるわけではなく、それどころか平均よりもやや低め程度の身体能力しか有していないフレメアの手を引きながらでは限界がある。
だが、この手を離すわけにはいかない。
もしもこの先フレンダとフレメアが離れることがあれば、もう二度と二人が出会う事はないだろう。
麦野の攻撃は決して無意味なものではない。これは粛清なのだ。
敵前から逃亡した、フレンダに対する裁きだ。
だから、フレンダが粛清を受けさえすればそれですべてが終わるのか。
違う。
学園都市の闇は、そんな生ぬるい物ではない。
フレンダは知っている。
裏側がどれほど非人道的な存在であるか、嫌と言うほど知っている。
フレンダとフレメアにはお互い以外の家族はいない。
どちらかが死ねば、片方は孤独になる。
そして、親も兄弟も居ない、身内も引き取り手もいなくなった子供がどんな扱いをされるのか。
フレンダは知っているからこそ、たった一人の妹を掴んだ手を決して離さないと誓う。
(フレメアは死なせない、たとえ私の体が真っ二つにされたとしても、フレメアだけは守って見せる!)
フレンダはなるべく入り組んだ道を捜し、路地を曲がる。
一直線上を走っていては追いつかれるどころか、背中から『原子崩し』に狙撃されて骨も残らない。
決して命中精度が高いわけではない原子崩しの雨さえ掻い潜れば、逃げ切る活路を見出せ――――
「甘ぇよ。フーレンダァ」
フレンダの目の前を、青白い光が通りすぎて行った。
わずかに金髪が消失させられたが、そんな事は問題ではない。
フレンダは、静かに顔を横に向ける。
そこには、ビルに空いた大穴があった。
内部からは悲鳴が聞こえる。まだ仕事中だったのだろう、だが、そんな心配をしている暇はない。
フレンダには、その穴が地獄の入り口に見えた。
そして。
入口からは、使者が来る。
闇に浸かった少女を引き込みに、さらに深い闇の奥底から。
「あ……ああ……」
栗色の髪を揺らし、麦野沈利が現れる。
顔には笑みが浮かんでいるが、あまりにも嗜虐性に満ちたその笑みはもやは威嚇と同義であった。
一挙一動が目に焼き付く。
何をしても、殺される気しかしない。
「……あぁん? フレンダが二人……じゃ、ないよなぁ。もしかして妹か? はっ、可愛い顔してんじゃないの。好みだわ、虐めたくなる」
麦野が一歩ずつ、金髪の姉妹に近づく。
フレメアは麦野がどんな存在であるか知らない、が、その恐ろしさは感じ取っているらしく体を震わせていた。
「……麦野……!」
「……何だよ、その顔。どうして私がアンタに睨まれなきゃならないんだ? 逆だろうが、あぁ?」
「粛清なら、私にすればいい。フレメアは巻き込まないで」
「私が上から聞かされたのは、アンタが誰かを連れて逃げてるって情報。アンタ口軽いし、そいつが暗部の人間じゃなくても学園都市の裏の情報を知っているかもしれない、だから有無を言わさず消しとけって指示が出てるんだよね」
「……ッ」
やはり、とフレンダは思う。
学園都市は、人間をその程度にしか考えていない。
利用できる物は壊れるまで搾り取る様に利用し、出来なくなればすぐに捨てる。
人道も倫理すらも無視。
治外法権という体で、学園都市の裏側では法治国家とは思えないほどの犠牲と血が流れている。
「まぁせっかくだ。姉妹そろって消飛ばしてやるよ。死ぬときは孤独がいいんだけど、家族揃ってってのもいいだろ。悲劇としちゃ三流だけど、アンタにはその程度のランクがお似合いだ」
麦野の手がぼんやりと輝く。
発射準備中。人間二人程度、最初からそこに存在しなかったかのように消飛ばせる死の光を放つ前準備だ。
「お姉ちゃん」
フレンダの袖をそっと掴むフレメア。
その手から伝わってくる不安を、フレンダは理解できた。
理解できても、解消することは出来なかった。
だから、フレンダにできることは、フレメアの小さな体を抱きしめる事だけだった。
「……お姉ちゃん」
「ゴメンね、フレメア。お姉ちゃん馬鹿で弱いから、こんな事しか出来ないってわけよ」
あの時逃げなければ、こうなる事はなかったのだろうか。
だが、あのまま戦っていれば間違いなくフレンダは第二位に蹂躙されただろう。
レベル4の力を持つ絹旗ですら、あれほどまでに圧倒された。第四位の麦野ですら軽くあしらわれた。
だから、逃げるしかなかった。そして、麦野にも逃げてほしかった。
フレメアを守れるのは自分しかいない、だからフレンダは逃げた。死ぬわけにはいかなかったから。
プライドと傷つけると分かっていても、フレンダは麦野に逃げてと言った。死んでほしくなかったから。
フレンダの行動は、いつだって大切な人を守るためだった。
だが、たった今フレンダは殺されようとしている。大切な人に、大切な妹とまとめて殺されそうになっている。
(結局、酷いオチってわけよ)
これが誰かの脚本であれば、あまりにもつまらない結末だ。
駄作過ぎて、涙が出る。
だが、ちょうどいいのかもしれない。
大した力もなく、闇に落ちた自分を終わらせるのには、お似合いの最後なのかもしれない。
「じゃあね、フレンダとその妹。墓が要らない様に跡形もなくしてやるから」
光が放たれる。
死の光が。
フレンダはそれを見て、綺麗だな、と思った。
凄まじい音がした。
『原子崩し』が何かにぶつかった音だ。
まるで高温の鍋に油でも落としたような、耳障りな音が。
「…………え?」
おかしい。
自分でその違和感に気づく。
『原子崩し』を阻める物質など、この世には存在しない。
それこそ第三位ですら軌道を逸らすのが精いっぱいだったはずなのに。
「人は死に際に天使を見るらしい」
声がした。
聞いたことのない声。
そして、感じた事のない威圧感。
「限界を迎えた脳が作り出す虚像だとか、それらしい理由はいくらでもある。だが歴史に語り継がれる伝承の中にはいくつか本物も混ざっているものだ。無我夢中が生んだまさしく『奇跡』によって成立した天使の召喚の儀式がな」
フレンダは、見る。
青白い光を遮る、赤い影。
麦野とフレンダ達の間に割って入って立っている、赤い男。
巨大な赤い『腕』が、死の光を押さえつけているというありえない光景を。
「生憎、俺様は天使ではない。天使程度の存在ではない。だが安心しろ、祈りと言うのは案外届くらしい」
ゆっくりと、赤い男が腕を振る。
それだけで、学園都市第四位の力はかき消された。
万物を跡形もなく消失させる光は、跡形もなく消失させられた。
「……最近、乱入者がウゼェな」
「ブームなんじゃないか? 俺様もつい最近別の所に乱入したばかりだ」
愉快そうに赤い男は笑う。対する麦野は明らかに不愉快そうだ。
「……アンタは……?」
「フィアンマ。まぁ忘れて構わんよ、覚えておく必要はないだろうしな」
そっけない返事だった。
フレンダもフレメアも、フィアンマと言う男が何者なのかは分からない。
だが、『原子崩し』をどうにかできるという時点で、碌な人間ではない事だけはわかる。
「フィアンマ? 変わった名前ね。……んで、私は上司として仕事が出来ない&裏切った罰でちょいとオシオキしなきゃならないんだけど、邪魔しないでもらえるかにゃーん?」
「ふむ、そうだったのか? それはすまん、罪には罰を、無能には鞭をが基本だな」
そう言って、フィアンマはフレンダの前から避けた。
「話が早くて助かるにゃーん」
「ちょちょちょちょちょっとー!? あんた助けてくれたんじゃないの!?」
当然フレンダはフィアンマに文句を叩きつける。
あまりにも予想外の行動だったので、理解するまで数秒かかってしまったが。
「そうは言ってもな。仕事が出来ないのも裏切りもお前の罪ではないか。弁護の余地がないぞ」
「そこは色々と事情があるってわけよ! 妹と抱き合って覚悟決めてる光景を見て何か察しなさいよ!」
「フレンダ、大人の社会に同情は通じないのよ。少なくとも、私はヘマやらかした奴は容赦なくオシオキするタイプだから」
「当然だな、俺様もそうする」
「ええ、当たり前よね」
「うわーん! 結局全然味方じゃないってわけよこの乱入者―!」
泣き出してしまうフレンダ。
覚悟をきめたときすら流さなかったのに、一瞬希望を持たせてからのコレはあまりにも悲しかった。
「……と、まぁ冗談はこの辺にして、なぁおいフィアンマ」
「何だ?」
「アンタが何者か、私は全然知らない。学園都市のレベル5が増えたって話も聞かないしね。……でも、アンタは私の『原子崩し』を真正面から止めた。一体何をどうしたのかにゃーん?」
「その説明をするのは面倒だな。一日に二度も似たようなことを説明するのは好きじゃない」
「もったいぶらずに教えろよ糞唐辛子」
「誰が唐辛子だ」
「そんなに『闇』の匂いを纏っておいて、何でもないただの一般人だなんて言い訳が出来ると思う?」
「……いや、やはりやめておこう、説明する必要性が見出せんからな。だが少しヒントをやろう、見て覚えるのではなく、体で覚えると良い」
空気を押しのける音を響かせ、フィアンマの肩口から『腕』が出現する。
羽のようにも見える、三本指の赤い歪な『腕』。
学園都市の能力とは明らかに何かが違う、異質の力。
「……身体変化でもなさそうね。見てもわかんないわ。スッキリしないのは好きじゃないんだけど、とりあえず一片残さず死んでもらえる?」
「殺すつもりでかかってくると良い。どうせ結果は何も変わらんがな」
白い光と赤い腕がぶつかり合う。
結果など、考えるまでもなかった。
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―――――――――
「やれやれ、所詮は未完成品か、不安定すぎるな。今日はもう使わんのが賢明か」
フィアンマは呆れた様にため息をついた。
この場に居るのは、フィアンマとフレンダとフレメアの三人だけ。
麦野沈利は黙視できない所まで吹き飛ばされていた。
そこに複雑な過程は存在しなかった。
フィアンマは、ただ一度腕を振っただけ。
それだけで、学園都市の頂点の一角は敗北したのだ。
「……アンタ、結局、本当に一体何なの……?」
「何者だろうな。少なくとも科学お得意のインターネット検索じゃあ調べられない存在である事は確かだが」
一切の傷さえ見られないフィアンマは、ゆっくりとフレンダとフレメアの元へ近づく。
二人は警戒する。
当たり前だろう、麦野の恐ろしさ、強さをよく知っているフレンダの事だ。その麦野を軽くあしらえるフィアンマは、もしかしたら第二位以上の化け物かもしれない。
「……結局、私達をどうするってわけよ」
「さて、どうしようか。そもそも俺様がお前らに関わったのは単なる偶然と気まぐれだ。俺様は一応聖職者なんでな、救うという事には慣れている」
「……嘘くさい」
「だろうな、俺様も今そう思ったよ」
聖職者とフィアンマは名乗ったが、麦野の言うとおりこの男の纏っている雰囲気は紛れもなく『闇』でフレンダが見続けてきたものに近い。
何かヤバい殺人教の教祖とかじゃないんだろうか、とフレンダは疑った。
「現状の窮地は救ってやったわけだし、このまま放置しても俺様は一向に構わんのだが……学園都市の事だ、お前らが学園都市内に居るうちは何度でも命を狙うだろうな」
「……」
「俺様は自分の仕事はきっちりとこなすタイプだ。アフターケアが大事だな。そういうわけで、お前らを学園都市の外まで連れて行ってやってもいいのだが……」
「いいけど、何よ?」
「いいのだが、養うとまではいかん。俺様はそんなキャラじゃない。と言っても俺様の職場……と言っていいのかわからんが、俺様の活動場所は明らかにお前らは向いておらんな。女も一人居ることには居るのだが、お前らとはキャラが違いすぎる。どちらかと言えば先ほど吹き飛ばしたあっちの女に近い」
唯一の女性、『前方』がこれを聞いていたらどんなリアクションをとったのだろうか。
「……仕事くらい、自分で探すってわけよ」
「そうか? ならいいが、先ほど言ったように俺様は聖職者だ。娼館のような淫らな場所で働くのは些か認めがたい物がごふっ」
フレンダの拳がフィアンマの腹に突き刺さった。
『腕』があればいくらでも防げただろうが、生憎先ほど『腕』の行使を連続しすぎたせいで現在『腕』の発動が難しくなっていた。
その気になれば出せるかもしれないが、フィアンマは少なくとも後二回、『学園都市からの脱出』と『ローマへの移動』で『腕』の使用しなければならない。
ここでむやみやたらと『腕』を行使するのはあまりにも不都合が多いのだ。
とはいえ、魔術サイド最大勢力である二億の信徒を抱えるローマ政教、その最暗部の中でも特に特殊な存在であるフィアンマが、中学生か高校生くらいの女の子にパンチを浴びせられている光景というのは、とてもシュールであった。
「だ、誰がそんなところで働くかってわけよ! 私の体は清純なの!」
「そ、そうか」
よろよろと壁にもたれ掛るフィアンマ。
『腕』という力を持っているフィアンマにとって、強くなるための努力や修行なんてものは何一つ必要ではない。
つまり、フィアンマの肉体自体は一般人と同等、それどころか何処か頼りなさげな細身なのだ。
一切の無駄もないが、物足りなさすぎる気がしないでもない肉体には女の子の拳でもそれなりに通用する。
「しかし、学園都市からの逃亡を考えればパスポートの用意も出来ないだろう。ならばお前は不法入国者と言うわけだ。そこの妹を養う事を考えればマトモな場所で多く金を稼ぐのは難しいのではないのか?」
「う……」
フィアンマの言葉は的を得ている。
学園都市内は危険だから抜け出すとは言っても、その後の問題は山積みなのだ。
「ねぇ、お姉ちゃん」
「ん? どうしたのフレメア、大丈夫、お姉ちゃんがあっと驚く様な打開策を――
「ううん、そうじゃなくて」
フリフリと首を横に振ったフレメアは、トコトコとフィアンマの前まで歩み寄る。
「あなたが、助けてくれたの? にゃあ」
「その媚びた語尾の意義は良くわからんが、まぁそうなるのだろうな」
「お姉ちゃんと私を助けてくれて、ありがとう」
ペコリと、フレメアは頭を下げた。
フィアンマはその様子を、表情から感情をなくして見ていた。
まさか、自分の様な人間が無垢な子供に素直に感謝されることがある等、予想もしていなかった。
「……やれやれ。子供はこれだから困るな」
「子供じゃない、ちゃんとしたレディー、にゃあ」
「大人の女がにゃあにゃあ言っていたら腹立つから気をつけろ。……そういえば先ほどの女もにゃーんだの言っていたような……」
フィアンマはため息をつきながら、ポケットから携帯電話を取り出した。
適当に番号をプッシュして耳に当てる。使っているのは電波ではなく魔術的な信号であり、逆探知などの恐れがない魔術的な電話だ。
『はい、こちら「左方」ですがー』
「俺様だ。二週間ほど前に教皇の命令で仕事をした女が居ただろう」
『ああ、「追跡封じ」ですねー。彼女がどうかしましたかー?』
「そいつの居場所を至急突き止めろ」
『はて、何か仕事でも?』
「ちょっとした子守りを押し付けるだけだ」
『? まぁいいでしょう。少々お待ちをー』
通話が切られ、魔術的な携帯電話はただの携帯電話へと戻る。
それをポケットに仕舞い、フィアンマはフレンダ達に向き合った。
「お前らの引き取り手が決まったぞ。喜べ」
「聞いてたかぎり、思いっきり押し付けてる様な感じがしたわけよ……」
「ん? そうか? だがまぁ安心しろ、相手は女だし、雰囲気的にはお前らと似ている。故郷が同じなのかもしれんな。もっとも、俺様も直接は一度しか見た事がないが、体型がまるっきり違うがな」
「体型?」
「ザ・お子様体型であるお前らとは真逆の身体だ」
「……」
「……」
固まる二人。
それあ何か、力を蓄えているようにも見えた。
「さて、とりあえずあの左エリマキトカゲが『追跡封じ』の居場所を突き止めるまでは『腕』での移動はできんな。先ほどのを聞きつけて野次馬が来るかもしれん、徒歩で移動して――
「失礼にも程があるってわけよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ふぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「なっ! ば、馬鹿お前ら! 状況をわきまえろ! ふざけている場合ではないぞ!」
金髪少女&金髪幼女に飛び掛かられるフィアンマ。
倒され叩かれもみくちゃにされくすぐられ、フィアンマはおよそ体験したことのない理不尽な屈辱を味合わされることとなった。
だが、しかし。
悲劇は連鎖する。
「おーい、そこのお前ら、何やってるじゃんよ」
「……」
「……」
「ゼェ……ゼェ……」
懐中電灯を当てられ固まる三人。
具体的に言うと、明らかに日本人ではない幼女と少女に乗っかられて地面に寝ている赤い青年の三人。
「……怪しすぎて、コメントしにくいじゃんよ。あー、とりあえずこの辺で起きた騒ぎについてちょっと聞きたい事がある。警備員の詰所までご同行願うじゃんよ」
「……フィアンマ、あの意味わかんない腕で何とかしてってわけよ」
「……『腕』の未完成をここまで悔いたのは初めてだ」
嗚呼。
科学サイドと双璧をなすもう一つの世界、魔術サイドの最暗部に君臨する男は、少女と幼女に挟まれて警備員と共にパトカーに乗せられ詰所へと向かう。
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「えーっと、まず名前を聞かせるじゃんよ」
「…………」
警備員の詰所にてフィアンマ、フレンダの二人は個室に入れられやたら巨乳の女性に職務質問を受けていた。
ちなみにフレメアは別室で他の女警備員に飴で餌付けをされている。
最も、二人は犯人と疑われているわけではないのだが、はたけば埃がいくらでも湧き出す境遇に身を置いてる二人にとって、ビルに穴をあける以上の罪状がいくらでも暴かれてしまいかねない。
だから、二人は佇まいこそ冷静であったが、内心は焦っていた。
「……どうしたじゃん? 早く答えるじゃんよ。とりあえず、そっちのお前から言うじゃん。名前と所属と、外から来たなら招待状とかも見せるじゃんよ」
ご指名のあったのはフィアンマだった。
(……マズイ)
フィアンマには学園都市の知識がほとんどない。
当然、ここで提示すべきアイテムなど何一つ持ち合わせていない。
どんな便利なツールが存在していたとしても、フィアンマはフィアンマのみが持ち合わせる『腕』さえあればどうにでもなるのだ。
しかし、自分の証明という事には『腕』はあまり使えない。
履歴書の資格欄に『奇跡の腕』等と書けば、おそらく面接すら受けられないだろう。
(……『腕』はまだ使えそうにないか。どうする、どうする……? くそ、もっと早いうちに禁書目録の知識にアクセスする霊装を手に入れておくべきだったな)
「あ、あの」
「ん?」
一人悩んでいたフィアンマの横から、助けの手が伸びた。
「私、フレア=セルラインって言うわけよ。で、こっちは……フィ、フィアンセ=セルライン、私のお兄ちゃんってわけよ!」
(何だその名前はぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!)
今すぐ胸ぐらを掴んで捻りあげたくなったが、すんでの所で抑えた。
フィアンマという名前も本名ではなく、魔術の記号的な意味合いでの名前なのだが、それにしてもフィアンセという言葉を本名に使うなど親の悪乗りとしか思えない。
生まれた時から妻帯者、それが右方のフィアンセ。
「ふーん、あんまり似てない兄妹じゃん。まぁいいか……えーっと、学校は?」
「私は……(書類上では)長点上機学園で、お兄ちゃんも一緒ってわけよ」
「長点上機学園? 名校門じゃんよ。高位能力者なんじゃん?」
「え、えっと、私は無能力者だけど、その分爆薬とかの知識を買われてるってわけよ。お兄ちゃんは良くわからない力が発現してるから、あまり他の人に見せるなって学校から指示されてるってわけよ」
「成程、長点上機学園ならそういうお触れが出てもおかしくなさそうじゃん」
納得した様子の巨乳警備員。
フィアンマ、もといフィアンセは二人の会話に何一つ付いていけないので一人置いていかれているが、このままいけば何とかなりそうだと心の中で一息つく。
しかし、甘くない。
この世の悪意は何時だって牙をむく。
プルルルルルルルルルルル
「…………」
「電話じゃん? あ、でも一応こっちで身柄を預かってるっていう事で、私が出るじゃんよ。なに、変な事は言わないから安心するじゃんよ」
言うのと同時に巨乳はフィアンセのポケットから携帯電話を抜き取る。
魔術的な着信を捕らえたフィアンセの携帯だが、魔力はかけてきた向こうの魔力を使っているので魔術のまの字も知らない乳女でも出る事が出来る。
しかし、問題は向こうからかけてきたのが魔術的な電話という事。
つまりは、電話の相手は魔術師だ。フィアンセに電話を掛ける魔術師など、数人しか思い浮かばない。
そして、その数人に碌な人間が居ないことも知っている。
『もしもーし、左方のテッラですがねー。居場所がわかりましたよー』
「左方? テッラ? よくわからないけど、フィアンセの知り合いじゃん?」
『……女性ですかー? それにフィアンセって…………まさか、フィアンマの……?』
「(フィアンマって誰じゃん?)とりあえず、フィアンセはウチに居るじゃんよ。まぁもう少ししたら帰れると思うから心配しなくていいじゃんよ」
『……すいません、ちょっと待ってくださいねー』
フィアンマ、じゃなくてフィアンセは冷や汗をダラダラと流し始めた。
嫌な予感がする。
聞き覚えのある声が、とても嫌な流れに話を持って行っているような気がする。
「お、おい、いったん電話を貸せ、とりあえず」
「ん? でも向こうも何か今取り込み中らしいじゃんよ」
「イイから貸せというのだ!」
奪い取る様にフィアンセは携帯を耳に当て叫ぶ。
「オイ左方! 聞こえてるか! おい!」
『ヴェント、アックア、大変です。フィアンマが向こうでフィアンセになってます』
『はぁ? いったいどういう事?』
『……あの男の色恋沙汰など、全く信用できないのであるが』
『それがですね、フィアンマの携帯に魔術の電話を掛けたところ、私の知らない女性が出たんですねー、あのフィアンマが自分の携帯を知らない他人に渡すなんてありえませんし、その女性はフィアンマをフィアンセと呼んでいるんですねー』
『……マジじゃん、え、マジじゃん』
『人は見かけによらないのであるな……』
『私としてはアックアなんかが一番先だと思っていたんですがねー、傭兵として助けた先の女性に惚れられるなんて、よくありそうじゃないですか』
『……傭兵にそんな浮ついた話は存在しないのである』
『そうですかー、まぁ傭兵でなくて、その上女性なのに浮ついた話が何一つ無い人もいますがねー』
『言わないのが優しさ、というものである』
『おいトカゲとゴリラ、誰の事言ってんだ?』
『誰がトカゲですか。素顔晒してから出直してきてください』
『私の化粧は魔術のためだから仕方ねぇだろうがよぉぉぉぉ!』
『テッラ。それ以上言うな。女子には隠さねばならんものがあるのだ。それは例えば素顔、例えば性格。それを見て見ぬふりをするのが真の優しさで――』
『よぉし磨り潰す、ぶちのめす、叩きのめぇぇぇぇぇぇす!』
プツッ、ツー……ツー……ツー……
「……………」
「電話、切れたじゃん?」
絶望。
フィアンマの中に黒い絶望が広がっていく。
長年積み上げてきたものが音を立てて崩壊していくような気がした。
「……フレンダ」
「ちょ! ここではフレアって名前で呼んでよ!」
小声でフィアンマを嗜めるフレンダ。
しかし、もはやフィアンマになりふり構っている暇はない。
フィアンマは、もうフィアンセではいられない。
「今から『腕』を行使する。もはや危険や不可能など知るか。俺様の『奇跡』は不可能を可能とするからこそ『奇跡』なのだ!」
「お、おお……確かに珍しい感じの能力じゃん」
「フレンダ、今すぐ出る。俺様はローマに戻らねばならん。迅速に、かつ最速で奴らの脳を正してやらねば俺様の全てが無に帰す気がする!」
「ちょ、ちょっと待って! フレメアも連れて行かないと!」
「時間がない! ええい、おいそこの胸女!」
「呼び方雑過ぎってわけよ。的確だけど」
「すまんな、そんなつもりはなかったが仕方がなくなった。ここを部分的に灰にさせてもらう」
「え?」
言ってから行動は早かった。
赤い『腕』は行使され、人間以外の辺り全てが消飛ばされ、粉々になった廃墟に無傷の人間が何人も立っているという奇怪な状況が出来上がった。
「…………へ?」
警備員が全員呆気にとられている間にフィアンマはフレンダの手を掴み、警備員と同じくぽかんとした表情でキャンディを舐めていたフレメアの手も掴んだ。
「跳ぶぞ」
「跳ぶ? 飛ぶって、どこに!?」
「決まっているだろう。……ローマにだ」
「は――
赤い『腕』は行使され、三人の姿は廃墟から消え去った。
番外編 赤い男と金髪少女 おしまい
注意 この物語はIFである。注意されたし。
「…………ボーっとする」
垣根帝督はとある病院の一室で目を覚ました。
窓の外は明るく、時計を見ると正午辺りを指していた。
自分の体を見下ろすと、あちこちに包帯やらガーゼやらが見られる。
「……そうか、俺は一方通行と……」
垣根は自分の記憶を手繰り、何があったのかを思い出す。
操車場での戦闘、最後の方は何もわからないような理解不能原因不明の力がぶつかり合った第一位との死闘。
最終的には、謎の横やりが入って戦いは終結した。
(つーか、なんで俺は病院に居るんだ? 一方通行は? 木原はどうなった?)
疑問が幾つも浮かび上がる。
垣根は自分の目で確かめようと、体に付けられた点滴の管やらなんやらを無理やりはずしてベッドから起き上がろうとしたその時。
病室のドアが二回ノックされ、ガチャリと開いた。
「おや、目が覚めたかい?」
「……………………」
垣根帝督は固まった。
病室に入ってきた人物は医者らしい。その証拠に白衣を着て、首からは聴診器をぶら下げている。
しかし。
ありえるのだろうか。
目の前に居る人物からは、明らかな『闇』の匂いがした。
『闇』のにおいがするのに――なぜかとても微妙な外見だった。
垣根の目の前に居る医者――らしき十二歳程度の少女は、やたらと目つきが悪かった。
黒い髪も耳元の辺りだけ脱色され金色になっており、医者にしては異常にパンクな外見だ。
服装だけは普通の医者の恰好だから、余計に混乱する。
「その様子だと、入院の必要はなさそうだね? かなりの大けがだったけれど、君の能力が何か関係するのかな?」
「…………」
垣根はその問いに答えられなかった。
答える余裕がなかった。
目の前の不具合に対処しようと、脳を必死に働かせていた。
「どうしたのかな? 混乱しているようなら、一応脳波の測定をやってあげるね?」
「い、いや、いい……」
垣根は放棄した。
常識知らずの学園都市の事だ、突飛な格好と幼い年齢の医者が居てもおかしくない、はずだ。
「そうかい? じゃあ君はもう退院しても問題ないね」
「あ、はい……」
何故か敬語になってしまった。
学園都市の裏側で、ありえないようなものを幾度となく見てきた垣根であったが、こういった種類の突拍子もない光景には慣れて居ないようだった。
―――
――――――
―――――――――
垣根がやってきたのは『スクール』のアジトだった。
「…………何なんだよ、一体、マジで」
そして何故か、垣根は疲れていた。
その理由は、病院からアジトまでの一キロにも満たない道のりを歩く最中に目に飛び込んできた光景だ。
カエル顔をした中年の男が常盤台中学の制服を着ていたり。
筋骨隆々の男がドレスを着ていたり。
見覚えのある女性――というか、第四位のレベル5が幼稚園児がよく着ているスモックを着て三輪車に乗っている光景を見たときは腰を抜かすかと思った。
「今日は大星覇祭じゃねぇよな……? 何がどうなってやがる……」
自分の知らない間に学園都市コスプレ大会でも始まっていたというのだろうか。
しかし、仮にそうだとしても、第四位が参加する意味が分からない。
あのプライドの塊のような存在が、あんな格好をするとは到底思えない。
思わず写メを取ってしまった垣根が断言する、明らかに何かがおかしかった。
「……とりあえず、心理定規か木原に話を聞かねぇと」
垣根がアジトへとやってきた理由はそれだった。
暗部にも精通している心理定規や病理に聞けば、事の真相が掴めると思った。
しかし、その考えは甘かった。
安易な解決策を求めた垣根は、更なる地獄へと突き落とされることとなる。
「心理定規、いるか?」
垣根はドアを開け、中に向かって声をかける。
返事はない、が気配はした。
※間違って#付け忘れたので、変えました。
「……寝てんのか?」
アジトに使っているマンションの一室。
奥の方には仮眠に使えるベッドなどが置いてあるので、もしかしたらそこに居るのかもしれないと垣根は部屋の奥へと踏み込んだ。
――――そして、見た。
「……うぅん……あら、帝督?」
「………………………………」
どうやら声の主は今起きたようだ。
ベッドの上で寝転がっている、ややはだけた赤いドレス姿の――――白髪赤眼の少年は。
「お帰りなさい。あんなに大怪我してたのにもう帰って来れるなんて、回復力にも常識が通用しないのね」
「…………」
病室以上に固く固まる垣根。
当たり前だ。
全力で殺し合っていた筈の相手が、ドレス姿で自宅代わりの場所で寝ていてその上自分を見つけてフレンドリーに接してきているのだから。
「? 帝督、どうしたの?」
「……ッ!」
垣根は『未元物質』を展開させた。
けん制のつもりだったが、つい力を出し過ぎてしまったようで、白い片翼が垣根の背から発現し、それを刃のようにドレス姿の第一位に向かって振り下ろした。
「きゃああっ!?」
慌ててベッドから飛び退く白髪ドレス。
ベッドは豆腐のように切断され、どういうわけが内側から崩壊していった。
「何するのよ!?」
涙目で垣根に抗議する女装一位。
口調も、雰囲気も、服装も、垣根のよく知る暗部のメンバーそのものだった。
ただ、人物が違う。
どう考えても違う。
第五位の作り出した幻覚でもなく、肉体変化の能力者でもない。
肉体は、明らかに学園都市第一位の一方通行のものだった。
「それはこっちのセリフだクソ野郎……! ここで何してやがる……!」
「何って……帝督が帰ってきた時にご飯作ってあげようと思って、待機してあげてたのよ。感謝はされても殺意を向けられる筋合いはないわ」
「……」
垣根は心が折れそうになった。
何だこれは。
どうしてこの世で二番目くらいに憎らしい存在である一方通行が、こんな感じに自分に声をかけてくるのだ。
「ところで、何が食べたい? ハンバーグ? カレー? コロッケでもいいわよ」
「……何でそんな選択肢?」
「帝督って案外子供っぽい所があるから、こういうの好きかなって」
お茶目っぽく言う第一位。
具体的には顎に人差し指を当てて、ペロリと舌を出して小首をかしげた。
「……ムカつきすぎてぶっ殺してぇ……!」
「何でよ!」
当然のように怒る一位。
だが、怒りたいのは垣根の方だった。
むしろ泣きたかった。
(……精神操作、俺が寝ている間に網膜に何らかの細工を……? いや、そんなわけはねぇ。俺は寝ている間は常に『未元物質』で自分をガードしてる)
第一位、一方通行は無意識の間に行う演算によって有害なものを反射する、オートの防御を有している。
それと同じように、垣根も『未元物質』によって隙の大きい食事中や睡眠中は全身をガードしている。反射程有効性は高くないが、精神干渉等の特殊な効果を発揮する能力や、弾丸程度の物理攻撃なら防ぐ事が出来る。
と、なると、考えられるのは――
(……俺以外の奴に、何らかの異変が起こってるのか?)
歩いている時もそうだったが、明らかにおかしい格好をした人たちはお互いの恰好を指摘し合う様子は見られなかった。
つまり、他の人間から見ればあれが普通に見えている、という事だ。
垣根以外の学園都市の人間すべてに仕掛けられた、何らかの能力。
(……そんな事出来そうなのは第五位くれぇのもんだが、メリットがねぇよなぁ……)
ならば、考えられるのは。
(…………木原が前に言っていた『魔術』か?)
科学とは違う、もう一つの法則。
学園都市第二位の垣根帝督に理解できないという事は、科学サイドではない可能性が高い。
(……だからと言って、心理定規……だよな、たぶん。心理定規を一方通行に置き換えるなんて、どういう意図がありやがるんだクソッタレ)
垣根の予想が正しければ、これは人物の『立場』をごちゃまぜになっている、という現象だ。
たとえば、幼稚園児と第四位の立場が入れ替わる事で先ほどの衝撃的な光景を創り出したのだとすれば、今『アイテム』のリーダーとして君臨しているのは幼稚園児という事になるだろう。
外見だけが、まるっきり入れ替わっているのだ。
「頭が痛くなるな……」
垣根は頭を押さえ、深くため息を吐いた。
第一位と戦っていた時も、ここまで動揺はしなかっただろう。
「どうでもいいけど、結局何食べるのよ」
「いや、今のお前が料理を作るのだけは勘弁してくれ……」
睨みつけるだけで人を殺せそうなほど人相の悪い、学園都市でもトップクラスに嫌いな相手がエプロンなんかして自分のために料理を作ってる光景を見れば、垣根はたちまち卒倒するかもしれない。
「……むぅ」
「その辺のファミレスで済ませるからよ、悪いな」
「じゃあ、私も行くー」
垣根の腕に心理定規(第一位)が抱き着いた。
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
勘弁してください。
―――
――――――
―――――――――
やってきたのは近くにあるファミレスだった。
時間的にもちょうど昼頃なので混んではいるが、運よく待つことなく座ることができた。
そして、垣根と第一位の皮をかぶった心理定規は向かい合って食事をしていた。
「…………」
「……帝督、テンション低すぎない?」
料理待ちの間、適当な雑談をしようと一方通行(心理定規)は垣根に色々話題を提供してみたが、垣根は眼すら合わせようとしない。
しかし心理定規に罪はなくとも、垣根にとっては何が何でも殺したかった相手の顔を見ながら食事をするなど拷問にも等しかった。
テンションなど上げようがないのだ。
「まったく、こんな可愛い女の子と食事できるんだから喜びなさいよ」
「……」
第一位は中世的な顔立ちをしている。
体つきも、能力の弊害かかなり細く、服装も相まって遠くから見れば女性に見えなくもない。
が、あの第一位がこんなセリフを言っているのだと思うと、無性に腹が立った。
(……冷静になれ、垣根提督)
垣根は必死に落ち着こうとしていた。
彼もまた、戦っているのだ。
(全てを無視しろ。目の前にいるのは風邪をひいて喉をやられた心理定規だ。見さえしなきゃ大丈夫だ)
かなりひどい事を考えているが、そうでもしなきゃ今にでも能力で店ごと心理通行を叩き潰しかねない。
これは、彼なりの心遣いなのだ。
(心理定規は無視し続けろ。さっき注文を取りに来た店員もなんかムカつくツラだったが、深くかかわりさえしなきゃ問題ねぇ)
その店員はというと、どこかで忍者をやっているかもしれない坊主頭のグラサン男だったが深く気に留めることはしなかった。
(よし……このままさっさと飯を食って、逃げよう。それしかねぇ)
垣根が逃亡を決意した、その時――
「あらあらー、帝督じゃないですか」
「…………」
カラカラという音は、おそらく車輪が回る音だ。
声の主は、どうやら車いすに乗っているらしい。
そして、垣根の知り合いで車いすに乗っているのは一人しかいない。
「……あら? あの人、前に帝督と一緒にいた人よね?」
「……あ、ああ、そう、だな」
垣根はものすごく嫌な予感がしたが、それでも、それでも一応ある程度の希望を持って、声の下方向へ振り返った。
そこにいたのは、車いすに乗った――顔にタトゥーのあるガタイのいい男だった。
ガンッ! と垣根は頭をテーブルに強く打ちつけた。
「て、帝督!?」
「あらあら、どうしたんですかね?」
一方通行と刺青男が同じように首をかしげる。
どちらも女性的なしぐさなのに、やっているのは男だ。しかもとにかく人相の悪い男だ。
その上、一方通行は真っ赤なドレス、タトゥー男は女性もののパジャマという恰好である。
もはや、ブラクラ画像であった。
「……一応、確認するけどよ……テメェは木原だよな?」
「何で確認するのかわからないですけど、病理ちゃんは間違いなく木原ですよ?」
実は垣根の問いは二つの意味で間違っていないのだが、垣根はそれには気づかなかった。
「…………実はアレイスターの野郎あたりが俺の精神をかき乱そうとトラップでも仕掛けてんじゃねぇだろうな」
八つ当たりのような事を言う垣根。
時同じくして、とある場所ではツンツン頭の少年が巨大なガタイとテノールの声を持つ男に白い女性用水着で迫られているのだが、同じ苦労をする二人が出会うのはまだまだ先の事だった。
「はぁ…………死にたい」
「何でいきなりそんなダウナーになってるのよ……なんか嫌な物でも見た?」
「ああ、現在進行中でな」
垣根はのっそりと体を起こす。
……何故か、垣根の隣にタトゥー木原が座った。
「……何してんだテメェは」
「実は、病理さんも食事に来たんですけども、あいにく混んでて席がなかったんです。なので相席させてもらいました」
「ああ、そうかよ」
「あらー? てっきり反発されると思っていたんですが、随分寛大な受け入れ体制ですね」
「なんか疲れちまってな……」
精神的に五十歳くらい老け込んだ垣根。
普段なら蹴り飛ばして叩き返していそうだが、今はもうどうでもよかった。
しかし、どうでもよくない人物が居た。
垣根ではなく、その向かいに座る少女(少年)。
一方定規である。
「ねぇ、せっかくだしこっちに座らない?」
ドレスの少年はニコニコと笑いながら、自分の隣の席をポンポンと叩いた。
なぜか目が笑っていないような気がする。
「いえいえ、お構いなくー。私は帝督の隣で十分ですよ」
「でも、女同士積る話もあるじゃない?」
「正面の方が話しやすいですよ」
「そうかしらねぇ」
「そうですよ」
「…………」
胃が痛くなる。
この二人、一見して好きな人を奪い合うヒロイン的な状況に見えるが、その実は全く違う。
単に、お互い自分の玩具を取られたくないだけなのだ。
心理定規は垣根くらいしか気楽に話せる相手が居なく、病理に至っては垣根を実験材料にしたいだけ。
というか、言い争っているのは白髪の目つきの悪い少年とタトゥーの目つきの悪い中年である。
胃が痛くなるのも仕方がない。
(…………頼むから、誰か助けてくれ)
垣根は祈った。
科学サイドである彼が神様に祈るというのもおかしい話だが、とにかく彼は祈った。
この状況を何とかしてほしい。
女装白髪と女装タトゥーの言い争いを近距離で聞かされるのはもう嫌だ。
この店、いや、もう学園都市ごと滅ぼしてしまおうか。
そんな危険思想に垣根がたどり着きそうになった、その時――
「あ! あれ垣根さんじゃないですか?」
「本当だ、ちょうどいいわね」
「前もこんなタイミングでしたの」
「私たちはラッキーですけど、垣根さんからしたらアンラッキーですよねぇ」
さらなる登場人物の声がした。
どうやら相手は四人組らしい。
そして垣根にフレンドリーに接してくる四人組というのは、思い浮かぶのはあの時の少女たち。
ファーストフード店で出会った、あの面子。
「アンタ、二人も女の人連れて何やってんの?」
腕を組んで偉そうにしゃべっているのは、常盤台中学校の制服を着てスカートの下に短パンをはいていた。
おそらく、中身は御坂美琴なのだろう。
そして、外見は――どこかで傭兵でもやっていそうな、何故か青色がよく似合いそうなゴツイ男だった。
「……」
「お久しぶりですの、垣根さん」
同じように常盤台中学の制服を着た、変わった喋り方をするコレは白井黒子だろう。
確か、ジャッジメントの少女であったはずだ。
なのに、今の見た目はクワガタみたいに光沢のある角みたいな髪型をした男だった。
「こんにちは、垣根さん」
ぺこりと頭を下げたこちらは、もう一人と同じセーラー服を着ていた。
頭に寄生するように乗っている花、じゃなくて花飾りが目立っている、多分コレが初春飾利なのだろう。
外見は――背が低く、どこか『闇』の匂いを纏う理系っぽい老人だったが。
「こんにちはー垣根さん! 覚えてます? 佐天涙子ですよー!」
そして、最後の一人。
佐天涙子。
レベル0であることを悩んでいて、垣根が気まぐれにアドバイスをしたあの少女。
この少女の外見は――
――とても胸の大きい、おでこが特徴的な少女だった。
「…………」
垣根は固まっていたが、それは先ほどまでとは別の理由であった。
感謝していた。
絶望しかないと思われた世界に唯一存在した奇跡。
垣根は静かに佐天(巨乳)の手を掴み、目に涙を浮かべた。
「え、えぇ?」
ほんのりとほほを染めて動揺する佐天(爆乳)。
周りのドレスモヤシ、タトゥーパジャマ、コスプレゴリラ、コスプレクワガタ、セーラージジイも驚いた様子で垣根を見ている。
「ありがとよ……お前に会えて本当に良かった……!」
「えええぇぇぇぇっ!? か、垣根さん。さ、さすがにいきなりは困りますよぅ……」
みるみる顔を赤くする佐天(超乳)。
周りも面白がっているのか、デスノクワガタが茶々を入れてきた。
「あらあら、佐天さん。いつの間に垣根さんとフラグを建てていたんですの?」
「い、いやぁ、それが私にもさっぱりで……まぁ、悪い気はしないんですけど……」
「佐天さんが遠くに行ってしまいました……」
嘆く花老人。
しかしそんな様子は全く目に入らないようで、垣根はひたすらに佐天を崇め奉り、そして感謝の限りを尽くした。
「あ、腹減ってねぇか? なんでも奢ってやるよ。何なら学園都市最高ランクのレストランに連れて行ってやるぜ? 金ならある。俺のカードに限度額は存在しねぇ」
黒いカードが忍ばせてある垣根の財布に敵はいない。
しかし、垣根の周りは敵だらけであった。
特に。
最初に垣根をここに連れてきた反射ドレスと、それを見て邪魔をしに来た木原(木原)と、何故かよくわかっていないが後方の御坂の表情が明らかに先ほどまでと変わっている。
「てーいとくぅ」
なんだか今にもビームを撃ってきそうな喋り方で、数多の病理が話しかけてきた。
「どうしたんですか? いきなりそんなにデレデレして。貴方の中では女子中学生がストライクだったんですか?」
「違ぇよ。だがな……今のこいつは乾ききった世界に降りてきた唯一の癒しなんだよ」
くさいセリフを吐かれてさらに顔を赤くする佐天(大乳)。
そして、それに比例するかのように不愉快度を増していく三人。
「あ、あんたね! 人の友達を勝手に誘惑してんじゃないわよっ!」
ビシッ! と指を突き付けてきた水ゴリラ少女こと御坂美琴。
この顔で女子中学生を友達とかいうなと垣根は思ったが、それを言うのは流石に酷だった。
「……もしかして、その子に会いたいから私の料理を食べたくないなんて言ったのかしら?」
学園都市最上位の定規がジトッとした目で見つめてくる。
ジト目でも目つきが悪いとあんなにも凶悪なのかと垣根は驚いた。
「愉快な勘違いはやめろ、腹立つから」
「じゃあ何でいきなりその子を口説いてるの?」
「口説いてるつもりはねぇよ。ただ……」
垣根ははっきりと、素直に自分の気持ちを吐露した。
「――今一番一緒に居たいのと思うのは、こいつだけだからな」
その日、学園都市では大規模な事件が発生した。
とあるファミレスが爆発炎上、半径三百メートル以内のあらゆる電子機器に狂いが生じ、さらには存在を隠蔽された強化鎧ではないかと噂される金属の多脚兵器の存在も囁かれる。
当時その場に偶然居合わせた二人のジャッジメントはこう語る。
「ええ、すさまじかったですの。例えるならば天災とでも言いますか……とにかく、人知を超えたおぞましい何かですの」
「はい。私も途中で逃げちゃったんですが、イケメンの青年にお姫様抱っこされた佐て……女子中学生を追いかけて、電機や機械や銃弾が宙を舞っていました。私は学園都市壊滅を予感しましたね」
なお、この事件はなぜか学園都市上層部の命令により公表が控えられ、都市伝説の一つとして語り継がれていくことになる。
余談であるが、この事件の数日後、一人の少年が何気ない日常というものに感動し感謝し涙を流したのだが、それについてはここでは記さないものとする。
おしまい