佐天「…アイテム?」 【1】 【2】 【3】
――柵川中学学生寮
「涙子!見た!?あれが私のお姉ちゃんなの!」
フレンダは先程まで姉がいた所を指さしている。
佐天は「うん、見たよ!」と頷く。
「良かった…少しだけでも会えて…」
佐天はフレンダに相槌を打つ。
そしてちらと彼女の表情を見てみようとすると笑いながらも大粒の涙をこぼしていた。
「…あー…ゴメン、情けないわね、結局私」
「そんな事ないと思うよ」
その後フレンダは「あー」とか「ふー」とか適当に深呼吸している。
そして双眸からは涙をぽろぽろと流しながら、姉と一瞬の邂逅を出来たことを彼女は心から喜んだ。
――雑居ビル
ステファニーの乗っていたハーレーは雑居ビルの中に巧妙に偽装されて配置されている。
当の本人は?
「…グ…ク…ッああ!イタいです…!砂皿さん!」
「我慢しろ!」
数多率いる猟犬部隊に追撃されたときに負った傷を治療していた。
幸い、貫通銃創と擦過しているだけなので、重傷は免れたが、暫くは安静が必要だった。
食料は約一ヶ月分。簡易トイレや傷の手当てをする応急キットはあるにはあるが、いつまで持つのやら。
しかし、この傷の痛みにも耐えなければなるまい。やっとフレンダと会えたのだ。後一ヶ月。
「砂皿さん…っつつ…痛い痛い!」
「仕方ないだろう。麻酔の量にも限界がある。ここで全て使ってしまえば後々の作戦に影響が出かねないぞ」
「はい…」
シュンと落ち込むステファニーの肩に砂皿が肩を当てる。
肩を露出している彼女は「ひゃう!」と突然に触れられた手の冷たさに驚く。
「終わりだ」
「あ、ありがとうございます…!」
(何だ、終わった合図ですか…いきなり触られたら緊張するじゃないですか…!)
雑居ビルの中でも半埋め込み式の地下に居住区に住んでいる二人。
他の部屋にはスキルアウトや住居様々な理由でなくしたアウトローな人々がすんでいる。
高層ビル群の間にひょっこり残ったゲットーの様な場所に二人は拠点を構えたのだった。
「脚の傷は擦過しているから消毒する…」
太ももの辺りを擦過している銃弾で出来た傷。
消毒するためにはレザーパンツを脱がなければならない。
「…ちょっと待って下さい…消毒は…自分でも出来ます」
「そうか」
ステファニーは砂皿がほかの部屋に向かうのを確認するとゆっくりとレザーのズボンを脱いでいく。
擦過したとレザーパンツがすれる度に想像出来ない痛みが全身を駆け巡っていく。
「…!…!」
(これ…痛すぎですよ…!)
気づけばステファニーは脂汗をじっとりとかいていた。
ステファニーはビクトリノックスの十徳ナイフを取り出して器用にレザーパンツを切ろうとするが良質のレザーなので刃がうまく入っていかない。
(クッソ…めっちゃくちゃ痛いじゃないですか…!)
結局痛みに耐えかねて、ステファニーは床にごろんと転がってしまった。
「砂皿さんー!消毒してくださいー…!」
ステファニーはじっとりと汗を掻いたまま助けを求める。
するとトレーニングを中断した砂皿がやってきた。
「すいません…自分では無理でした」
「ほら、言わんことない」
砂皿はそう言うと血がドス黒く凝固しつつある床を見ながら止血が出来ているのを確認するとステファニーから十徳ナイフを拝借し、丁寧にレザーパンツを切っていく。
すると擦過した傷跡が生々しく残っていた。
数十分の後、傷口は適切に治療され、包帯が巻かれた。
「あ、ありがとうございます」
(わ、私の脚みといてなんも思わないですか…とほほ…)
「困ったときは最初から頼むんだな」
(ったく…これだから綺麗な女は傭兵に向いていないんだ…こちらも集中しないと目移りしかねん)
「すいません…以後気を付けます。所で砂皿さん、どれくらい潜伏するんでしょうか?」
ステファニーは砂皿からどれくらい潜伏するか聞いていなかった。
というのもステファニーの性格だと「一ヶ月も潜伏出来る訳ないじゃないですか!」とか愚痴をこぼしそうだったから。
つい今し方考えていたステファニーに対する女に向けた感情を払拭し、砂皿は弁を続ける。
「…俺の計画だと大規模なイベントがあるまで潜伏しようと思っている」
「大規模って言うと…まさか…大覇星祭とか…学園都市独立記念日とかまでですか?」
砂皿は言うか言うまいか逡巡したが、ステファニーに大まかな予想だけどな、と前置きをして告げた。
するとステファニーは砂皿の予想とは全く違う反応を示した。
「妹を救出する事も出来て、一ヶ月も砂皿さんと二人っきり…フフ…!これは…これこそイベントですよ!」
肩と脚を包帯でくるまれている女は傷口からジンジンと発せられている痛みもなんのその、という風に立ちあがる。
そしてその直後に「いったーい」と言って再び床に崩れ落ちるのであった。
砂皿はこの女となら一ヶ月の潜伏は苦ではないな、と思った。
――同日 MARのオフィス
木原を乗せたムラーノは猟犬部隊のオフィスではなく、妹のテレスティーナが指揮しているMARのオフィスに到着した。
ここの機材は優秀で警備員のメンバーが利用するハイテク機材が揃っている。
「わりぃな、テレスティーナ。お前ん所の機材をちょいとかりるぜ?」
「あら、お兄さん久しぶりね?別に良いわよ?ここの機器の使用権限は私が持っているから、どうぞ使って下さいな」
数多はテレスティーナに軽く会釈をするとムラーノの車内に据え付けられていた車載カメラを取り出したファイルを持っている隊員をオフィスに入れる。
「何か解析するの?」
「あー…さっきまでカーチェイスをしててだな、それで砂皿の野郎と同じホテルから出てきた女がつえぇのなんのってよ」
「襲撃でも喰らったの?」
「まぁ、そんな所だ。前のヴァンガードがぶっ壊されて隊員三人死亡、一人大やけど、で援軍が追いつく間に負傷しつつも相手は逃げ切りやがった」
「あらま。かなりの腕前のようね」
「認めたくねぇがな」
数多はそう言うとテレスティーナから解析室のカードキーを受け取ると部屋に入る。
テレスティーナも興味があるようで、猟犬部隊の何人かと一緒に部屋に入っていった。
MARの解析員達がムラーノから回収した車載カメラの解析を行っていく。
その間に数多の無線に交信が入った。
『…こちらズユース…砂皿緻密の移動経路判明しました…現在立川近辺の雑居ビル群に潜伏している模様』
「わかった。良くやった…踏み込めそうか?」
『いえ…こちらからは見えませんが、奴ら先ほどなにやら敷設している様に見えました』
数多は「敷設ぅ?」とうざったそうに交信しているズユースに向かって吠えた。
『こちらからはあまり見えませんが…恐らく毒ガスかと…超望遠レンズで見た結果何ですが…』
「今投影機はない。口頭で説明しろ、ズユース」
数多はズユースがファイルを送ろうとしたのを一度中断させて無線交信で正確に伝えるよう言った。
『はっ…ただいま超望遠レンズで解析した結果………』
言いよどんでいるズユースに数多は「おい、コラ、しかり言え」と発破をかける。
『VXガスに収納方法は酷似しています。しかし、ステンレス容器に収めるのではなく、透明の容器に収納していますね…正確な種類は判別不可能です…』
「ほう…VXガス…或いは違う種類だとしても安易に踏み込めねぇな…」
『はい。…部屋に近づいた瞬間におだぶつ……という事も有り得ます…!』
「敵ながらあっぱれだな、こりゃ」
数多は独り言の様につぶやく。
(普通のVXでさえ相当な威力だ…あれが改良型だとしたら…質がワリィなオイ)
数多は透明の容器に収納されている改良型のVXガスを想像しつつ、交信を切った。
するとちょうど解析のアルゴリズムが終了した様で、解析員達は「おお」と歓声を上げていた。というのも解析されたファイルに映っている女性はかなりの美人だったからだ。
数多は解析員達の歓声に釣られて振り向くと大型プロジェクタに反映されている金髪ブロンドの女性の姿が見えた。
こちらを見て不敵な笑みを浮かべている白人だった。
「こいつ…まさか」
「ステファニーよ、これ」
数多の思考がテレスティーナの声で中断される。
「知っているのか?」と数多はモニタに投影さえているステファニーを指さす。
「えぇ。コイツ、以前学園都市の警備員で働いていたわ。同じ白人だったから記憶に残ってるわ」
「なぁるほど…そしたら…砂皿の野郎と一緒のホテルから出てきて且つ、猟犬部隊に攻撃を加えたって事はだ…」
「えぇ。砂皿と共に行動していると、みていいんじゃないかしら。しかも、アイテムのメンバー…恐らくフレンダでしょうけど…接触をはかってる可能性があるわね」
「そしたら…今直ぐにでも雑居ビルに襲撃をかけたいが…正体のわからねぇ毒ガス祭ときたか…実際に毒ガスなのかよ?」
「そればっかしはわからないわ。実際に言ってみないと」
「しかたねぇ、猟犬部隊から行かせるか。オイ、今無線で聞いてた奴ら」
『………』
何人かの隊員の交信音が聞こえてくる。
しかし、この状況で名乗りを上げた場合、待っているのは死以外ないのは明白だった。
「聞こえねぇのか?なら、お前等の親に行かせるぞー?いいんだなぁ??」
『…………………ズユース…了解しました』
『………………………リシャール了解です』
『………………………………テオ了解です』
突如掛かった死の呼びかけに反抗する余地はなかった。
男達は死ぬと分かってていても数多の命令に承服せざるをえなかった。
親に行かせる…それが荒唐無稽な冗談ではない事を猟犬部隊は承知していた。ならば…本当に苦渋の決断だが自分が行くしかあるまい。例え死ぬとしても…!
彼らは念じた。どうか、あれが致死性のガスではありませんように…と。
「戦場じゃぁ諦観は美徳だぁ。行ってこい」
まさにお前が言うかと、と言いたい衝動に駆られているだろう猟犬部隊の隊員達はしかし反抗出来なかった。
テレスティーナは「ひどい人」とぼそっと言うが、数多に「ん?んんん?」と凄まれて「好きにすれば?」と首を横に振った。
「じゃぁ、お前等の勇姿はこっちで見届けてやるから、頑張れ。突撃時刻は最終下校時刻を回ってからだ。いいな?」
『サー……』
数多は勿論男達の断末魔を見届けることなどなかった。
そして毒ガスが用いられたという形跡でだけ確認する。周囲に人が居なかっせいで、周辺にどれほどの影響を与えたかは確認出来なかったが。
「これで毒ガスを使ってるって事が判った。なら、うかつに忍び込むのは不可能だ…」
じゃあどうするの?とテレスティーナが数多に聞き返す。
「…なぁにあっちだってぐずぐずしてられねぇ筈だ…学園都市の大規模なイベントに乗じて作戦を実行するに違いねぇ…」
「ここ一ヶ月くらいだと…そうねぇ…大覇星祭か…学園都市の独立記念日だろうな…!」
「我慢比べって事ね?」
「あぁ。こっちから言って、無駄に戦力を減らす訳にはいかねぇからなぁ…!」
数多はそう言うと従えてきた猟犬部隊と一緒に自分のオフィスに帰って行った。
テレスティーナは帰って行く彼らの背中を見つめていた。
果たして、砂皿達が期待している様な出来事は一ヶ月後に起きるのであろうか?
アイテム、電話の女、猟犬部隊、MAR、グループ、スクール、御坂美琴、そして砂皿緻密とステファニー。
一ヶ月後、皆が交わるとき、キリキリと絞られた戦弓は放たれるのであった。
――学園都市独立記念日当日 佐天
この一ヶ月ちょっと、色々あったと言えば、あったし、いつも通りの平凡な日常と言えばそうだったかもしれない。
学校に行く者、潜伏する者、仕事を忠実に行う者、交渉権を獲得しようと躍起になっている者…様々な人の運命が交わり、時に激しくせめぎ合う。
佐天涙子は携帯電話を持ってそわそわしていた。
(ったく…ここ一ヶ月スクールにお株を奪われてばっかだったわね)
ため息混じりに仕事用の携帯電話をいじりながら彼女は思う。
大覇星祭は何事もなく終わった。
そして…今日、学園都市の独立記念日。何かが起きる事は確かだった。
というのも前日の夜のこと……
『明日、フレンダ脱出作戦を決行する』
昨夜砂皿が佐天の家にやってきて一言報告した。
彼女はこくんと頷くことしか出来なかった。
ついにやってきたのか。そう思うと彼女はなぜだか眠れなかった。
結局…砂皿さんの読み通り、独立記念日の前に暗部組織の幾つかが動き出した…どうなるのよ?)
佐天はこの一ヶ月、フレンダを護衛に付ける事はしなかった。それには特に意味はない。
強いて理由付けをするとすれば、自分の身に危険を感じられなかったから。
今、佐天はジョセフに向かっている。
そう、アイテムの構成員達が待機しているレストランだ。
今日は祝日。家に居てもつまらない。いや、そんな理由で彼女はアイテムの会合に来たのではない。
いつもアイテムの面々がどんな会話をするか。それをこの目と耳で見聞きしてみたかった。
そして、何より、フレンダが今後どういった行動を採るか…。例え同行出来なくても、今日フレンダの顔を見ずにはいられなかったのだ。
色々な事を考えながら歩いているとレストラン「ジョセフ」の駐車場が見えた。
浜面の仕事用の車、シボレー・アストロが停まっている。既に会議は始まっているのだろうか。
(おーおー…話してますねぇ、アイテム)
佐天がちらとジョセフの窓をみるとアイテムのメンバー四人が待機していた。
それぞれが思い思いの行動をしているようだ。
その姿を見つつ、彼女はジョセフの入店口に足を踏み入れる。
――麦野沈利
彼女は久しぶりに入った仕事にワクワクしていた。しかし、その反面緊張もしていた。
垣根帝督。第二位の怪物。未元物質を繰る男。
自分の思った物質を構築できうる限りまでの範囲なら作り出せる。
麦野は彼に対して面識があった以前付き合った事があるから。
しかし、そんな事は戦いになってしまえば関係ない。
任務を遂行してしまえば明日からはまた普通の日々。浜面にたっぷり抱いてもらうのもいいかも。
そんなことを考えながら彼女はふと気づいた。
朝ごはんにいつも食べる鮭弁当にいつもの惣菜が乗ってないのだ。
「あれ?今日のシャケ弁と昨日のシャケ弁はなんかは違う気がするけど。あれー?」
――絹旗最愛
超、超、一ヶ月ひまでしたね。
いや、アイテムに入ってからスリリングな日常を過ごしたことはあるだろうか?
絹旗は自分に言い聞かせる。
正直彼女は自分の能力をふんだんに使った戦いをしたことがなかった。しかし、
電話の女からここ最近入った情報に依れば今回の相手はスクール。
かなりの強敵であることには間違いない。
相手は得体の知れないヘッドギアの男、プロスナイパー、心理操作に長けた女、そして第二位の男。
いきなり本番の殺しあいだ。
こればっかしはうまく行くかわからない。しかし平静は保たれている。いける気がする。
そんなことを考えながら寡黙に、じっと映画のパンフレットを読んでいく。
「香港赤龍電影カンパニーが送るC級ウルトラ問題作……様々な意味で手に汗握りそうで、逆に超気になります」
――滝壺理后
スクール…学園都市第二位を擁する組織。
その組織の他にも幾つかの組織が学園としないで行動を開始したようだった。
それは即ち学園都市の治安を守る組織「アイテム」に出撃命令が下るのと同義だった。
今日はもしかしたら相当な激戦になるかも知れない。
しかし、その激戦下で行われる一つの脱出劇。
その伸展がどうなるか。滝壺は気が気でなかった。
(…フレンダ…見た感じ普通だけど、昨日も遅くまで起きてたし、やっぱり緊張してるのかな?)
滝壺はぽーっと眠そうな視線を虚空に向けながらも、とらとフレンダの方を見ると元気そうに大好きな缶詰をつついていた。
その光景に滝壺は苦笑しつつ能力者達が発する力場の波に揺られるのであった。
「……南南西から信号が来てる……」
――フレンダ=ゴージャスパレス
ついに来たか。
それが正直な感想だった。
涙子程じゃないけど、私もクソ度胸の持ち主かな?と彼女は思った。
というのも昨日の夜まで学園都市から抜け出すなんておよそ絵空事のように感じられたからだ。
流石に昨日の夜は緊張したが、夏休みの最終日以降、昨日の夜までは取り立てて緊張したり不安に駆られることはなかった。
もしかしたら真剣にむきあってないだけかもしれないが。
(お姉ちゃんの事、少しでも見れたのが大きいのかな?)
佐天の暮らしている学生寮にやってきた時、バイクの排気音が聞こえた。
音に釣られて窓を見てみると姉の姿が。
あれだけで、フレンダは今まで姉を探してきた苦労は全て吹き飛んでしまった。
(今日で…学園都市の闇からおさらばになるって事よね…結局うまく行く訳?)
砂皿からは何も連絡が来ない。
しかし、連絡先は交換している。後はいつ、いかなるタイミングで連絡が来るか。それだけだった。
腹が減ってはいくさは出来ない。日本人の口にすることわざをフレンダは思い出す。
そして大好きな鯖の缶詰をつつく。
「結局さ、サバの缶詰がキてる訳よ。カレーね、カレーが最高」
――砂皿緻密 ステファニー=ゴージャスパレス
「いやー…やっと出れますね、砂皿さん☆」
「あぁ。一ヶ月と少しか…長かったな」
砂皿とステファニーは立川郊外の雑居ビル群から出てきた。
一ヶ月以上籠城していたにもかかわらず、特にその表情からは疲労は感じられない。
毒ガスという実物でのブラフを利用したせいもあってか、この一ヶ月は外出するのを極力控えていた事以外は特に変化はなかった。
「恐らく…私達の行動も監視されちゃってるんですかねぇ?」
「あぁ」
二人は悠長なことを言いつつ、地上に出る。
恐らくこの時点で学園都市の治安維持部隊の照準に二人は映っているのだろうが、二人は何故撃たれないのだろうか?
それは彼らが持っている毒ガスに起因しているだろう。
一ヶ月ほど前猟犬部隊の三人の隊員が哀れにも毒ガスを浴びて死んだ。
毒ガスの成分は二人しか知らないのだが、彼らの手にはしっかりそれを治めた容器を手に提げていた。
仮に狙撃が成功したとしてももしショックを与えてしまって毒ガスがまき散らされでもしたら?
左手にはアタッシュウェポンケース、右手には数珠つなぎになっている透明の容器を納める透明のスーツケース。
背中には大きめのリュックを背負っている。恐らくそれぞれの得物が入っているのだろう。
砂皿とステファニーは雑居ビルの影に巧妙に偽装されているハーレーに乗り込む。
今回の運転は砂皿だ。
「行くぞ」
「はい」
ハーレーは心地よい排気音を上げ、一ヶ月以上の籠城直後とは思えない、健康な様子の二人を学園都市のビル群に向けて送り届けていった。
――木原数多
「へぇー…やっと動いたかぁ。待たせやがってよ」
数多は砂皿達が雑居ビルから出てビル群に向かっていった報告を聞いた。
彼は思う。結局はあいつらは必ず学園都市を出るのだ。そこで一網打尽にしてしまえばいい。
(一方通行の奴は悔しがってたなぁ、仕事が入ってそっちにいけねぇとか言ってたわ)
一方通行は実はアイテムと戦うのを熱望していた。
しかし、ここ最近慌ただしい学園都市の内情と世界情勢によって治安維持部隊が著しく不足している状況で一方通行擁するグループにも治安維持の要請が入ったのだった。
(まぁ、あいつなら命令無視してでも飛んできそうだが…果たしてねぇ…?)
数多は首の骨をコキンと鳴らすと妹であるテレスティーナに学園都市と日本の境の警備を強化するように要請した。
すると「人手が足りないけど頑張るわ」と頼りない返事が。
(チッ…猟犬部隊からも少しだしてやっかなぁ…)
そう思った数多は増援を送る旨を伝える。
ここ一ヶ月で新たに補充された人員達で新旧の隊員が混同している猟犬部隊。
(あいつらも呼んでやるかねぇ)
数多はそう思うと“あいつら”を呼んだ。
「呼びましたか?とミサカは猟犬部隊指揮官に質問します」
「あぁ。呼んだぜ。お前等にも出撃命令が下る可能性がある」
「了解しました。では、しばらくはここで待機ですね?とミサカは隊長に命令の確認をします」
「あぁ。そうだ、待機だ。頃合いを見て俺がお前等を呼ぶから、そんときその場所に来い」
数多の命令を復唱した御坂美琴のクローン四人はオフィスを後にした。
他の隊員達も集合しており、猟犬部隊の一部は数多の命令で出撃する事になった。
――ファミレス ジョセフ
「あれ?あれは超電話の女じゃないですか?」
「おはよー!」
(ちょっと寝坊しました、すいません)
佐天は持ち前の元気の良さでアイテムの面々に挨拶する。
会うのは夏休みの一回目以後初めてだったが、特に気兼ねなく挨拶出来た。
「にしても…みんな朝から早いわねー…」
「何でお前が直接来るんだよ、電話の女」
「いや、まぁ、あのその…今日は祝日だし、アイテムがどういう感じで仕事の話しをしてるのかなって思って…」
麦野は「ふーん…」と鼻を鳴らすだけ。
他のメンバーは浜面が持ってきたドリンクバーを飲みながら麦野と佐天のやりとりを聞いている。
「単刀直入に言うけど、今回の任務はスクールの鎮圧…で、ついさっき入った情報だと、スクールは八王子の素粒子光学研究所に向かったって情報だわ…!」
佐天はそう言うと柵川中学校の鞄から仕事用のタブレット型携帯電話を取り出す。
以前滝壺とフレンダと一緒に撮ったプリクラは携帯の裏面に張ってあるので見えない。
「えーっと…これが今回戦いに参加している人達の顔写真とデータね」
佐天はみんなが見やすいように掲げて見せる。
高画質の液晶から出力された画像にはアイテムの面々の顔も映って見える。
「超いっぱい居ますねー。にしても今暴れ回ってるのは…この四人組ですか?」
佐天と同い年の絹旗はスクールの垣根帝督の顔写真を指さす。
その質問に佐天は「えぇ、どーやらそーみたい」と答える。
「こいつら、ここ最近ずっと暴れてますね。同業なのに何で目立とうとしてるんですかね?」
「うーん…そこまでわからないわ…ごめん」
佐天は気まずそうに絹旗に返答する。
「で、アイテムのみんなには早速清掃工場に向かってスクールの鎮圧に取りかかって欲しい」
「へいへい、りょーかい」
麦野はシャケ弁をつつき、悪態をつきながらも返事をする。
他のメンバーもいやいやながら「はーい」と返事をした。
「じゃ、いきますかねー。スクールぶっつぶしますか」
麦野のかけ声に「おー!」とアイテムのメンバーが反応する。
すっくと麦野が立ちあがると他のメンバーも立ちあがる。
浜面はその光景を見、伝票入れに入っている伝票をレジに持って行きいち早く会計を済ますと駐車場に向かっていく。
彼は「ちょっと待っててくれ」とアイテムのみんなに一言言うと走って車を取りに行く。
「あ、ゴメン、ちょっとトイレ言ってくる」
浜面が車を取りに行く為にレストランを出たのと同じくしてフレンダがトイレに行きたいと言い出した。
麦野は「はやく済ませてきな」と言い放ち、先にレストランの外に出る。
フレンダは麦野がファミレスに出るのを確認するとトイレに向かう。
その時、アイテムのメンバーから少し遅れて歩いて来た佐天に彼女は目配せする。
首をかしげつつも佐天はフレンダについていった。
――レストラン「ジョセフ」のトイレ
「時間がないけど、私と会うのもこれが最後かな?」
「そうね、フレンダ…」
「涙子はどうするの?」
「…私は前にも言ったようにあなたをここから逃がす…それに協力するのが免罪符だと思ってるから…」
そう。
佐天は人の命が最も軽んじられている学園都市の暗部に身をやつしている。
そんな世界で彼女が最も求めていた物。
それが自分の命令で人が死んだ、という罪を忘れさせてくれる免罪符だった。
「協力ね…涙子は充分協力してくれたわよ?一ヶ月前に砂皿さんと私に接触するきっかけを作ってくれたじゃない」
「でも…あれはテレスティーナさんのメールでフレンダに迷惑かけちゃったよ?まだ何か出来る事があるなら…」
「平気。もうこの学園都市から出る覚悟は出来てる。涙子はこの後も連絡係を?」
「いやー!それが全然考えてないのよねー…これからどーすんのか。取り敢えず、安全な場所まで避難したら連絡頂戴。コレ、私の元々持ってる携帯の連絡先」
佐天はそう言うとアドレスと連絡先が記載されている紙を渡す。
フレンダはその紙をポケットにしまうとトイレを出る。
「あ、そうそう。これ、今日お姉ちゃんから来たメール」
「え?どれどれ見せて?」
――――――――――
From:お姉ちゃん
Sub:よっ!
にゃははーん☆
連絡今まで出来なくてゴメンね!
今日の日程はまた後ほど連絡するよ~☆
――――――――――
佐天はメールからしてテンション似てるわ…とフレンダの様な明るいキャラもう一人いる様を想像した。
そして、フレンダとはもう会えなくなる、と考えると、たった数ヶ月の中だったとしてもちょっと寂しさを感じる。
「じゃ、行ってくるわ。結局、見送りに来てくれてありがとね」
「こいつときたら……頑張ってね…!」
数十秒後、大きな排気音でシボレー・アストロがファミレスの入り口前にやってきた。
フレンダはファミレスのドアを勢いよく開けて乗り込んで行った。
佐天はぶぉおおおん!と音を立てて昭島方面に向かって行くアイテムを見送っていく。
彼女は報告が来るまで学生寮で待機しようと思い、元来た道を帰ろうとした。
しかし、彼女は目の前に居る人物を見て脚が震え、歩が停まった。
「み、み、御坂さん…?何でここに?」
「何でって…祝日だから散歩よ、散歩。っていうか、佐天さん、あんた、今、誰と話してたの?」
常盤台の超電磁砲、御坂美琴と佐天はばったり遭遇してしまったのだ。
――八王子の素粒子光学研究所の駐車場
(あいつら無事なのか?)
つい先程研究所に入っていったアイテムのメンバーを浜面は気にかける。
スクールの構成員達がいるという電話の女の情報が正しければ、今頃は研究所内で苛烈な戦闘が繰り広げられているに違いない。
浜面の薬指には以前麦野と買いに行ったペアリングが嵌っている。
アイテムのメンバーには付き合っている事が知られているのだろうか?
彼はシボレー・アストロのハンドルを握りながらぼんやりとその指輪を見つめる。
(麦野は…頑張ってるかな?それに…滝壺も…体調崩さないか…)
浜面は麦野の事を案じつつ、滝壺の事も考えている自分のどうしようもなさにあきれるようにため息をつく。
(おいおい、俺は麦野と付き合ってるんだぞ、何で滝壺の事心配してるんだ…?)
それはみんな真剣に戦ってるからだ、と自分を納得させ、浜面は再び思索の海に出航しようと思ったその時だった。
(オイオイ!一千万軽く越えるじゃねぇか…!にしても飛ばしてんなぁ…)
浜面は走り去っていくメルセデスのステーションワゴンをぼんやりと見つめている。
メルセデスが通り過ぎると、今度は研究所から麦野が走ってきた。走っている麦野の右手にはなにやらヘッドギアが。一体何だろうか?
浜面がヘッドギアに疑問を抱いていると麦野の姿は次第に大きくなり、彼女はドアを勢いよく開けると車に飛び乗ってくる。
その麦野の後姿に隠れ、滝壺も一緒に居る。
「浜面!ぼやっとすんな!今走ってったベンツ追うの!早く!」
既に遠くなっているメルセデスを追撃しろと指示を出す麦野。
いつも一緒に居るときの甘えっぷりとは大違いだ。
麦野と滝壺はアストロに乗り込む。
浜面は戦闘モードに移行している麦野の表情をちらと見て確認しつつシボレーのキーを回し、メルセデスを追う。
「お、おい。絹旗とフレンダはの二人はどうしたんだよ!?」
浜面の質問に麦野はぎりと歯をならしつつ「あいつらはあれぐらいじゃ死なない」とぶっきらぼうに言い放つ。
彼が麦野の表情を確認しようとするとそのコートの端は焦げ、心なしか頬も少しばかり腫れているように見えた。
「相手のスクールのリーダーの垣根…うざってぇ…!」
浜面も流石に垣根の何がうざったいのか、そんな事を麦野に聞くヘマは犯さなかった。
アクセルをベタ踏みし、ひたすら昭島方面に向かうバイパスをひた走る事に全神経を集中させるが、直後後ろの合流点からずいっとクレーン付き大型トラックがやってきた。
しかも建築物破壊用の鉄球付きだ。
「お!おいおいおい!後ろ!やべぇぞ!」
浜面は左サイドミラーに映っているトラックを見るやいなや更に加速しようとするがいかんせんファミリーカーのシボレー・アストロはスピードの限界だった。
アメ車といえど、大馬力を誇るクレーン車には勝てない。
クレーン車は据え付けの鉄球をぶんと振り回してくる。
シボレー・アストロの後部が一気にひしゃげる。
後部のガラスが派手にはじけ飛び、寒風がびゅうっとシボレーの車内に押し寄せてくる。
浜面はミラーで化け物の様な動きで動いているクレーン車を視野に捉える。
運転手は誰だ?ふとそんな思考に駆られ、浜面がミラー越しに目をこらすと女だった。しかもキャバ嬢の様に派手派手なドレスを着ている。
「お前等、早く降りろ!この車は多分、もたない!」
「分かった!」
「浜面!ここは三手に別れよう!滝壺も!良い!?」
「うん」
麦野は返答を待つまでもなく、一気に道路に降りる。
道路は車が玉突き事故を起こしており、地獄絵図の体をなしていた。
麦野はクレーン車の燃料タンクに原子崩しを放ち大爆発を巻き起こすが、ドライバーはすんでの所で退避する。
「オラ!てめぇんトコのヘッドギア男の手土産だぜっ!」
血がこびりついているヘッドギアを麦野はクレーン車のドライバーに投擲して走り出す。
そのヘッドギアを投げられたトラックのドライバーはシボレー・アストロから降りた滝壺を追っている様だ。
(チッ!スクールの狙いは滝壺?)
麦野の能力の照準補佐を行う滝壺が居なくなれば麦野の原子崩しは無用の長物になってしまう。
それだけは避けなければならない。麦野は一度走った道を戻って、大型トラックのドライバー…よく見ればドレスを来た女に原子崩しを適当に放つ。
「きゃっ!」
それに驚いたのだろう。
ドレスの女は声を上げて退避する。
その退避する通路には麦野の彼氏…浜面が!
「私の男に手ぇ出してんじゃねぇ!」
「はぁ?そんなつもりないし!」
麦野の怒声を意に介さず、ドレスの女は後続でやってきた下部組織の連中を従えて一気に麦野達を捕縛しようとする。
麦野はもう一度適当原子崩しを発動させる。太陽の光にてらされて麦野のペアリングがぴかっと一瞬光る。
「じゃ、集合はアジトで!」
「おう!」
「わかった」
三人は今度こそ三手に別れてそれぞれ散らばって走り去っていった。
そこでドレスの女は軽く舌打ちをしつつ、携帯電話を取りだし、連絡を入れる。
「帝督ー?私だけど、そっちの方はどう?こっちはアイテムとその下部組織の構成員入れて三人、全員逃げられちゃった☆」
てへっ☆と舌を出しつつ心理定規は謝る。
帝督と呼ばれた男は受話器越しに聞こえるようにわざとらしく舌打ちすしながら会話をする。
『ったくよー。心理定規、お前の能力なら、ちょちょいと感情いじくってどうにかなんねぇのかよ?』
「ごめんごめん、帝督」
『はいはい。じゃ、取り敢えず、下部組織にの奴らをさっきの研究所に呼び戻せや。例のモン、お前が持ってるんだろ?』
「あぁ…ゴメン私じゃないわ。でも、狙撃手の運転するメルセデスが持ってるから、今から狙撃手の所に合流したほうがいいかしら?」
『頼むわ。あーそうそう。アイテムの白人、一人いるんだけど、どーするよ、心理定規』
「そうねぇ…さっきアイテムの奴らが集合場所って言ってたから、その場所だけ聞き出しちゃいましょ。多分知ってるだろうから」
『りょーかい』
事務的な通話を終えるとドレスの女、もとい心理定規は下部組織の運転するメルセデスC180に乗り込む。
味方の狙撃手と合流するのは後だ。まずは捕縛したアイテムの捕虜に尋問するのが先決だ。
「おーい!どかねぇか!テメェ等!」
「うっさいなぁ…」
心理定規は通路をふさいでいる彼女達にクラクションを鳴らすうざったい車とドライバーに向かって適当にグレネードを撃って黙らせる。
直後彼女を乗せたメルセデスは一路、研究所に向かっていく。
――八王子の素粒子工学研究所
時は少しさかのぼり、研究所前。
シボレー・アストロから降りた麦野達アイテムは研究所に向かう。
「スクールはこの研究所の中のどこに潜んでるか分からないわ。気を付けて」
麦野も言葉でいやがおうにも緊張の度合いが高まっていく。
大規模な研究所はしかし、静かにたたずみ、アイテムが足を踏み入れていくのを待っているかのようだ。
研究所に入ると麦野と滝壺、フレンダと絹旗の二組別れて捜索をする。
「見つけ次第、即、殺っちゃっていいから」
麦野の冷淡な指示がアイテムに下される。
フレンダと絹旗は麦野達とは別のルートで研究所をまわっていく。
(結局…静かすぎるって訳よ…なんだってこんな所に潜伏したのかしら?)
フレンダと絹旗はなるべく気配を殺して曲がり角を曲がろうとするが、ここで停まる。
「(絹旗、ちょっと待って)」
「(何か居るんですか?)」
フレンダは絹旗の質問には答えずシッ!と口に指を当てて静かにするように伝える。
彼女は手鏡を出して通路の先が安全かどうか確認する。
(奥の方に警備の狙撃手がいる…スクールの配下の人間かしら?)
フレンダは音を殺して静かに背中に背負っている狙撃銃、アキュレシー・インターンナショナルを構える。
通路の反対側に積み重なっている段ボール機材の方にタッ!と跳ぶ。
タァン!
一瞬。静寂を打ち破る射撃音が工場内に響き渡る。
(やっべ、ばれちゃった?)
瞬間、絹旗が一瞬の内に飛び出して、狙撃手が居ると思われる所に一気に目の前にあった消化器をブン!と凄い勢いで投擲する。
しかし、投擲された消化器はガァン!と音を立てて、破裂し、真っ白の消化液を派手にまき散らすだけだった。
「完全に読まれてましたね…相手は対人レーダーでも装備してるんですかね。確かに気配は殺したんですが…!」
絹旗は通路を隔てて反対側にいるフレンダに話しかける。
恐らくここから出れば弾丸に撃ち抜かれるのは明白だった。
彼女の能力である窒素装甲を使っても良かったのだが、いかんせん薄い窒素の膜を張れるのは手のひらから数十㎝の範囲のみ。足を打たれでもしたら失血死もあり得る。
「ここは二手に分かれて通路の先に居る狙撃手を片付けましょう…!フレンダ、援護頼めますか?」
「OK!やってみるわ」
敵ながらあっぱれの防衛方法だな、とフレンダは思った。
研究所の通路の角を曲がれば長い渡り廊下。
まっすぐに突き進むだけなのだが、シンプルながら最も施設防衛しやすい構造だ。
なにせ、敵が出てきたら鉛玉をありったけぶち込めばいいのだから。
フレンダは来た道を戻っていく。
絹旗はフレンダの行動がばれないように派手に研究所の物品を投擲する。
(これで裏手に回って…!狙撃手をぶっつぶせば…こっちのもんって訳よ!)
絹旗が派手に飛び回っている最中に素早く通路を戻り、狙撃手の裏手に回る。
スピードが勝負だ!いかに敵の狙撃手に感づかれずに背後に回れるか!通路は長い!かなり走らなければ…!
フレンダは約七キロの重さがある狙撃銃と腰にさしてあるククリ刀と拳銃の重さに息を切らしつつも全力で走った。
「…!…っ…!はァ!」
単に絹旗の援護に回る為ではない。
今日の任務の最中にフレンダは姉と会合し、学園都市から抜け出すのだ。こんな所で死んではいられない。
(…あれ…?まだ?まだ着かないの?)
フレンダは走っている。
確かに走っているのだが…!全く進んだ感じがしない。
(あれ?この研究所…こんなにこの通路、長かったけ…?)
確かに狙撃手は通路の終着点に陣取って狙撃を敢行していた。
しかし、それにしてもだ。もう相当走ったぞ?とフレンダは首をかしげる。
「…はぁ…ハぁ…はぁ…ハァ…!」
(結局…あとどれだけ走ればいいの?)
フレンダは気づけば肩で呼吸をしていた。
予想以上に疲労が蓄積していた事に彼女は驚いた。
しかし、彼女が最も驚いたのは不意に男の声が掛かった事だった。
「いやー…お前よく走るなぁ…マラソン選手か?」
抑揚のない、しかし、自信に満ちた男の声。
フレンダはとっさに拳銃を構えるがそこに男の姿はなかった。
彼女は「誰!?」と辺りを見回しながら叫ぶ。
「垣根帝督…スクールのリーダーだ」
フレンダはその男の名前を思い出す。
今日の朝、佐天が言っていたスクールに所属している学園都市第二位の男。それが垣根。
「ここまで俺の未元物質の幻覚に嵌ってくれるとは…いやー…楽しませてもらったわ」
直後、垣根の手がブンとふるわれる。
瞬間、フレンダの意識は遠のいていった。
――研究所前の駐車場 アイテムとのカーチェイス後
「あら?目が覚めたかしら?」
「……ここは?」
女の声でフレンダは目が覚めた。
気付けば目の前には自分と同い年か、ちょっと年下ほどの女がいた。派手な赤いドレスを着ている。
(この女は…朝、涙子が言っていたスクールの構成員のうちの一人…?)
視界に映っているのは赤いドレスの女だけだった。
フレンダは研究所の外に駐車している下部組織のメルセデスのC180ステーションワゴンの後部座席に座っていた。
ドライバーは不在で、フレンダの隣に赤いドレスの女が座っているといった感じだった。
「…ここはスクールの下部組織の車の中よ」
「わ、私に何するつもりなの……ってか絹旗は?」
「あぁ、あの小さい子?あの子は内のリーダーにやられて逃亡中。他のアイテムのメンバーもどっかに逃げてったわよ?私が追撃したけど、逃げられちゃった」
赤いドレスの女は淡々と喋り続けると、フレンダの方を見てくすっと笑う。
「ふふ…ねぇ?そんな怖がらないで。あなた手、震えてるわよ?」
ドレスの女がフレンダの手をさっと掴む。
するとその光景を見ていた垣根が「能力は使うなよ、心理定規」と言う。
ドレスを着た女は「えぇ」と言い、フレンダから手を離した。
「単刀直入に聞くけど、アイテムのアジトってどこ?」
「そ、そんなの答えられるわけないじゃない…!」
フレンダがそう言うと、心理定規の能力使用を制していた垣根の表情が歪んだ。
「それはダメだなぁ。じゃあ、取引だ。お前がここでアイテムのアジトを言ったら見逃してやるよ」
「……もし言わなかったら?」
「ここでお前を殺す」
垣根はそう言うと「仕方ないな、心理定規」と彼女の首をしゃくって合図を送る。
すると垣根に指示された彼女はなにやら目をつぶっている。フレンダは何が始まるのか、と思いその光景を見つめている。
「…ふぅん…あなた、姉の事が大好きなのね。距離単位もかなり近い」
「へぇ…お前に親族いるのか…それで暗部たぁ…哀れな奴だよ、お前も」
「…余計なお世話って訳よ…!」
フレンダがそう言うと「姉から先に見つけて殺して良いんだぞ?」と垣根はにかっと真っ白な歯茎を見せて笑う。
彼にそう言われたフレンダは「名前もわからないのに?」と挑発するような素振りで垣根に答える。
「外人が沢山いるのは第十四学区か、横田基地だろ、いずれ見つかる…それか、コイツの能力で名前は把握したから、見つけ出す事も出来なくわねぇ…!」
「グッ…!」
(八方ふさがり…?)
フレンダの額にじっとりと汗が浮かび上がってくる。このままアイテムのアジトを教えなかったら彼女のいま、 最も会いたい人物に危険が及ぶ可能性が。
(心理定規とかいう奴の言ってることがホントかどうか分からないけど、名前からするに心や精神を操る系統の能力者のようね…)
フレンダは目の前にいる垣根と心理定規を交互に見る。
そして長い沈黙の内に彼女は口を開いた。
「……ア、アイテムのアジトは……」
「ありがとさん、フレンダだっけか?」
「……」
フレンダはぼんやりと足元を見ていた。
数十秒前、彼女はアイテムのアジトの居場所を全て吐いた。自分の命と引き替えに。
スクールのリーダー垣根はフレンダに礼を告げると、彼女に車から降りるように指示した。
なんでも、これからアイテムを含めて他にも敵対する組織を叩き潰すのだとか。
「ってかヘッドギアのヤローと連絡が取れねぇ…どーしたアイツ。死んじまったのか?」
「みたいね、さっき下部組織の奴らが遺体を確認して保護したわ」
構成員の一人が死んだ所で垣根は眉一つ動かさずに心理定規に次の指示を下す。
「おいおい、狙撃手の野郎はどうした?」
「しっかり退避したわ。所定の場所に退避したって連絡が来たわよ?」
彼女の報告を聞くと垣根は上出来だ、と一言言い、フレンダが車内に要るにも関わらず、心理定規に唇を寄せた。
彼女も彼女でそれを全く拒むことなく受け入れている。
フレンダは赤面して、彼らの動作に目を背けた。
すると垣根がフレンダの方をみてい言った。
「…じゃ、フレンダ、お前にゃわりぃけど、ここで降りろ」
「…もしかして、用無しになったからやっぱり殺すとか?」
「戦意がない奴を殺す気にはならねぇよ」
垣根はそう言うと外に待機している下部組織の隊員達にフレンダを外に出すように指示。
静かな音でメルセデスの後部座席のドアが開く。
フレンダは無言でメルセデスから出る。
すると下部組織の構成員達が彼女の得物を渡す。どうやら他の車に置いあったようだ。
「…律儀に取っといてくれてたんだ…ありがとね」
フレンダはメルセデスに乗っている垣根と心理定規に礼を言う。
垣根は鷹揚に手を振って答えると彼らを乗せたメルセデスはそのまま走り去っていった。
去っていく車輌を見つめていき、見えなくなるとすとんとフレンダの腰が抜ける。
殺されずにすんだ事への安堵の気持ち。
しかし、自分の命と引き替えに彼女は仕事仲間の命を売った。
アイテムを裏切る。一度目は麦野に対して暗部を抜けない、といった事。
二度目は、アイテムの集合アジトを教えた事。
「…私…最ッ低だ…!」
口に出して彼女は思う。
自分に対する恨みや憎悪の気持ちをもしはき出せるのならば、ここでぺっと吐き出してしまいたい衝動に駆られる。しかし、そんな事は出来ない。
最低。
そう言いつつもフレンダは自分が生きている実感を噛みしめる。
こうしてはいられない。彼女は砂皿に連絡する。
フレンダは佐天からもらった紙で砂皿のアドレスを見つつ、罪悪感で胸が指されるような思いを味わいながらもメールを作成する。
(…"どこにむかえばいいですか?")
送信すると携帯を閉じて周囲を見渡す。
つい先程まで戦場と化していた場所は再び静かになった。
フレンダはスクールの下部組織の構成員達が置いていった狙撃銃を抱える。
何か考えなければ。
彼女はそう思った。そうしなければ、自分がアイテムを裏切った罪悪感に押し潰されそうだったから。
(結局…私は…何やってるんだ…仲間裏切って…)
仲間を売った罪悪感。初めて味わう気持ち。反対に沸々と沸き上がる生への執着。
それらの感情の波に押しやられ、彼女は泣いた。
「……くっ、け、じゃあ!結局さっきのはどうすれば良かったのよ……!」
フレンダは狙撃銃の銃底を地面にガァン!とたたき付ける。
なんでこんなにも心が痛む?
アイテムの奴らは仕事仲間以上でも以下でも無い。
数カ月だけ一緒に仕事をしただけの間柄だったが、アイテムとして働いた期間の短さと背反して胸の疼きはズキズキとフレンダの内面をえぐり取る。
(自分だけ助かろうって魂胆が今更許せないって?仲間を売った事が気になっちゃう訳?)
でも、とフレンダは思う。
仲間を裏切った。けど、やっぱり、私は姉に会いたい、と。
スクールにアイテムの情報を売ったのは自分が生きて為すべき事があるからだ。
身勝手は今に始まった事ではない。滝壺に、佐天に散々迷惑をかけた。
(滝壺には姉紛いのおままごとに付き合ってもらったわねー)
(涙子にはテレスティーナのところまで案内してもらった。もしかしたら私を紹介した事で学園都市から嫌疑を掛けられるかもしれない)
(結局、駄目女ねー……私)
迷惑を掛けたと思いつつも彼女達の元には行こうとは思わない。
佐天は朝ファミレスで別れ、滝壺はこの一ヶ月間一緒に過ごした。
零れ落ちる涙を拭い、フレンダは携帯をみるとちょうどメールを受信していた。
(誰?)
テラテラと光る携帯のランプ。
メールフォルダを見ると二件来ていた。
一件は砂皿から。もう一件は滝壺から。
涙を拭いて、フレンダは携帯をパカリとあけるとメールを読む。
――ファミレスジョセフ
フレンダと佐天がファミレス前でちょうど別れた直後、美琴と佐天は遭遇してしまったのだ。
そして今、二人は店内に入り、話していた。その雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。
「佐天さん、あなた、なんであいつらと?」
「いやーあはは……」
美琴は笑ってないでしゃべって、と言わんばかりに無表情な瞳を向ける。
「私たちと一緒に遊びながら、あいつらともつるんでたの?」
「……つるんでたっていうか…」
二人はファミレスの窓側座席に対面している。
「っていうか……?何よ」
「……」
「まさか、まさかとは思うけど…あの狂った計画に加担してたの?佐天さん」
「け、計画?」
(な、何よそれ?)
美琴の言う計画。それは一方通行の行っていた絶対能力進化計画だろう。
佐天は当然ながらその計画をしらない。彼女の反応を見て美琴はほっとした。
(良かった…佐天さんが知ってる訳ないよ、でも、なんで、あの白人と面識があるのよっ!?)
美琴は再び佐天にアイテムとのつながりを聞き出そうと口を開こうとするが、対面している佐天が先に口をひらく。
「計画ですかー…知らないなぁー…私が知らない事ってたくさんあるんだなぁー」
痴呆でほうけた人の様に佐天はぼやく。
美琴はそんな彼女に怪しいものを見る視線を注いだ。
「私、無能力者じゃないですか。だから、御坂さん達に憧れてたんですよ。最初は」
最初は、と佐天は語尾を強調する。
「何が言いたいのかしら?」
「言葉通りですよ?御坂さん」
「?」
「私は幻想御手に手を出した前科がありますよね?能力者に憧れてたのはそこまで」
御坂は前科って…と言い澱んでいるが構わず佐天は弁を続ける。
「幻想御手の事件後にすぐ勧誘がきたんですよ、学園都市の治安を守らないかって」
「最初は迷いましたよ?でも、連絡するだけで法外なお金が入りますし、けど身の丈に合ってないって思ったのでめっちゃ迷いましたが」
「けど、私に任された役目は簡単でしたよ?ただ学園都市の命令を彼女達に伝えるだけ」
プツン、
佐天の一言で美琴の頭の中の何かが吹っ切れた。
『ただ、学園都市の命令を彼女達に伝えるだけ』
美琴が最も嫌いなもの、それは自分で考えず、誰かの言うことをそのまま鵜呑みにする奴ら。
一方通行の能力進化計画を知ってから美琴はそういう人達を嫌悪する様になった。
そうした考えを持っている美琴にとっては今、目の前にいる自分の友人、佐天涙子は彼女が最も嫌う人種として映った。
美琴は気づけば佐天に質問をしていた。
「今佐天さん何て言った?」
「だから、ただ学園都市の命令を彼女達に伝達するだけ……」
「そこに自分の意志はなかったの?ただ唯々諾々と学園都市の命令を彼女達に伝えていただけ?何も罪悪感とか、そーゆーのを感じなかったの?」
「私は唯々諾々と彼女達に命令を流していました。それが私の意志です。そして私は自分の命令で他人を傷付きてしまった事も理解しています」
「私は……佐天さんが、そんな事をする人だとは思わなかったわ…!もっと強くて豪快で…こんな事とは無縁で…」
「私も人を傷付けるような事はしたくありませんでしたよ!けど、何かしたかったんです!御坂さんの様に!風紀委員とかカッコイイじゃないですか。御坂さんも誰だ
かわからないけど無能力者だけど凄腕の男の話いつもしますし、さっきの計画って何ですか?学園都市のバンクに多少アクセス出来る私でも知りませんよッ!?」
「あの計画はもう凍結したから、今更話したところで意味ないわ。………」
美琴はそう言うと黙りこくってしまう。
対面している佐天は何かあったのかと思い、美琴をのぞき込む。
「ねぇ…佐天さん…?あなた、あの計画の関係者だったんじゃない」
美琴は何かこう絶望したような雰囲気だった。
彼女の作り出す表情は無表情とも哀れみとも言えない複雑なものだった。
「…私は御坂さんが言っている計画の話しなんて知りませんよ!」
「いや、知ってるわよ!だって……あなたが彼女達に指示を出していたのはいつよっ!?」
半ば怒声とかしている美琴の声。
朝の客が少ない時間帯だが、客はまばらに座席に座っている。その客の視線が美琴の怒声によって窓際座席に座っている当事者二人に注がれる。
「…さっきも言ったとおり、幻想御手の事件が終わってから直ぐです…」
「だったら佐天さんもあの計画の関係者よ…直接的に関わって内こそすれ、あなたはあの計画に加担していたって事になるのよっ…!」
美琴は机をバン!と強く叩き両手で頭をもたげる。
彼女は何で、こうなっちゃうのよ!?とうわごとのようにつぶやいている。
「……やっぱり、あのSプロセッサ社の研究所の侵入者は御坂さんだったんですか……」
「そうよ…」
佐天は以前麦野に聞いたメールを思い出す。
研究所に侵入した人物は御坂美琴…そして今佐天は目の前にいる美琴本人に研究所侵入が本当だったことを聞いた。
「佐天さん、もしかして…マネーカードを回収していたのも…」
「あぁ…あれも、そうですね…上からの指令が送られてきてやったって感じですね、はい」
「佐天さん…じゃあ、あなたが“金目の物に鼻が利く”って言ってたのは…」
まさか嘘だったのか。
確かにあの時は何言ってるんだ?佐天さん。位にしか思わなかったが、あれは出来レースだったのか?
「えぇ。嘘です…すいません…だけど、マネーカードが一体どうかしたんですか?」
「…あなたは間接的に計画に関わっていたのね…」
「マネーカードを回収する行為が御坂さんの言う“計画”に加わっていた事になるんですか?」
「……」
美琴は黙る。
それは佐天にとって、美琴が質問に対して肯定したと映った。
「御坂さん、私、能力者に対して憧れてたんですけど、だんだんそれが変わって、気づいたら御坂さんや初春達みたいに人には言えない何かそうしたものを扱いたかったのかも知れません」
佐天はそう言うと「はは、意味分からないですね」と嗤う。
その嗤いは自分の事を嗤っているのかも知れないし、美琴の事を嗤っているのかも知れない。
「…佐天さん…、私はどんな理由があれ…あの計画に関わった人を許すことは…出来ない…!」
美琴は本当に苦しそうに目をつぶりながら、思い出したくもない記憶を思い返す。
操車場で一方通行と9982号が繰り広げた戦い。
あの戦いを思い返すたびに胸が詰まりそうになって、激しい吐き気に見舞われる。
あの学園都市第一位は…!私の…妹の、いや、私の生き写しの娘(こ)の足からしたたる血を飲んだ!
そしてその計画を妨害しようとしていた布束のマネーカードを拾っていたのは今目の前にいる彼女、佐天だ。
「御坂さん、何だか私はいっぱい迷惑かけちゃったみたいだね」
「……」
佐天はそう言うとすっくと立ちあがる。
どこに行くのよ?と美琴はまだ話は終わってない、という視線で立ちあがった佐天を見つめた。
「今日一日だけは待って下さい…御坂さん」
「?」
「悪いことをしていたっていう自覚…うーん…あるのかなぁ…でも、やっぱり免罪符が欲しいって思ったって事は…やっぱそうなのかなぁ」
「……」
美琴は黙って佐天のつぶやきに怪訝な面持ちで聞く。
「御坂さん、私行きます…今日は見届けないといけない人が居るんです。その人からの報告が来るまで待たせて下さい…報告が来たら…御坂さんの気の済むようにして下さい…」
「あ!ちょっと!」
佐天は美琴の制止を聞かずファミレスを出るとそのまま出て行き、寮に向かっていった。
――素粒子工学研究所前
From:砂皿緻密
Sub:無題
私達は第七学区のオフィス群のビルに居る。
今から第三学区の個人サロンに向かうが、これるか?
From:滝壺
Sub:がんばってね
今日は何も言えなくてごめんね、フレンダ。
色々葛藤あったと思うけど、それはフレンダが悩み抜いた末に出した結果だから。
私はそんな悩み抜いたフレンダを応援してる。
二件のメールをフレンダは読んでいく。
チェロの収納ケースより少し小さい位のケースにフレンダは狙撃銃をばらして収納する。
ククリ刀もその中に鞘(さや)ごと入れる。
(よっし!じゃ、いきますか!)
滝壺から来たメールがフレンダの心をえぐった。自分はスクールにアイテムのアジトを密告したのに…。
ここではただ生きていてくれ、と祈ることしかできない。
自分が組織を売ったのにもかかわらず自分を応援してくれる滝壺の優しさに目頭が熱くなる。
フレンダは近くのバイパスでバスに乗り込むと一気に第三学区の方面に向かって行った。
――第七学区立川駅前のオフィス群
砂皿は敵がいつ侵入してきても良い様に雑居ビルで待機していた。
途中で顔面刺青の男の指揮しているであろう部隊の車列を何台か撒いてきたが、ここのアジトが特定されるのも時間の問題だろう。
キュッ…キュッ…とグリスをたっぷりと染みこませたタオルで砂皿はSR(ストナー・ライフル)25狙撃銃の手入れを行っていく。
フレンダの持っている遠距離狙撃銃と比べると多少性能的には見劣りするものの、セミオートとオートで使い分けが出来る点で砂皿はこの銃を気に入っていた。
(よし…!これで…いつ敵が襲撃してきても良い…にしても敵はあの特殊部隊だけか?)
フレンダを学園都市から脱出させるのにどれだけの軍備が彼らを待ち受けているのだろうか?
砂皿の予測は多くても数百人程度。あるいは上級の能力者による奇襲で速攻をかけてくるか。
とにかく、フレンダに連絡を送ったからには後は近づき次第接触して彼女を確保するだけ。
どんな戦場に居てもやるべき事はあまり変わらない。任務を果たして生還するだけ。
「にゃははーん…敵さん来ませんねぇ…にしても人が少ないってかいませんね…戒厳令でも敷いてるんでしょうか?」
「戒厳令とまではいかないまでも…うむ、道路を封鎖して我々以外に誰もいない様にしているのかも知れない」
砂皿はステファニーの質問に答えるとバームクーヘンをぱくりと口にする。
彼はバームクーヘンが大好きだった。
オーストリアのコブラ特殊部隊時代から食べ続けている砂皿の好物だ。
「私にも一個下さい、バームクーヘン☆」
ステファニーは袋に入っている幾つかのバームクーヘンの中から一個取り出すとぱくりと口にくわえる。
彼女はウインクをし、がらんと人通りが途絶えた街道を見る。
「私達だけの為にここまでしますかね?」
「…分からない…ただ…私がフレンダにメールを送った時点で完全に彼女と我々が繋がっている事が明らかになっただろうな」
「ですね。だとしたら、途中で捕まってなければ良いんだが…」
ここまで来たら信用するしかない、と砂皿はステファニーを見つめ、告げる。
そう。今はフレンダがこちらに来るまで待たねばならないのだ。
「待ちに入るこの時間が、私一番嫌いなんですよね…」
「……」
「結局は私のエゴのせいで妹を学園都市の闇に堕とさせて、そんな私と妹で今後やっていけるんですかね?」
「今後どうするか…それはお前達のさじ加減だろう?ステファニー」
「そうですね…私がしっかりしないといけないんですよねー……」
「お前だけじゃない、お前達、二人でだ」
「…二人で、ですか…」
砂皿はステファニーの方を見ずにいつもは賑わっている筈の繁華街を見つめる。
人はまばらに歩いているがやはり断然人は少ない。もしかしたらまばらに歩いてる人々も他の組織の工作員なのかも知れない。
そんな状況をぼんやりと視界に入れつつ砂皿はステファニーのぼやきに「あぁ」と答え、袋に手を伸ばしてバームクーヘンを頬張ろうとする。
しかし、その手がステファニーの不意の発言で停まった。
そう。今日は学園都市の暗部組織の戦いが起きるであろう祝日だ。
遠くから反響して木霊してくるこの音はどこかの組織が戦っている音である事は間違いなかった。
その大音響の炸裂音がまだ消えないうちにステファニーが街道を指さす。
「あ!あれ!敵ですかね?」
彼女が指を指した先には猛スピードで飛ばすメルセデスだ。
この街道をずっと突き抜けていけば、学園都市で最も物価の高い第三学区の吉祥寺方面や国際空港がある調布方面にも接続している街道に接続する。
砂皿は猛然と走るメルセデスをSR25のリューポルド社製のスコープに入れる。
(ドライバー一人のみ…こちらに気づいている様子は全くないな…我々とは全く関係ない者だろう…)
砂皿はスコープから目を離す。
するとメルセデスが彼らの籠もっている雑居ビルを通過していく。
一般道でも関わらず速度は優に百キロを超してるだろう。
通り過ぎていくメルセデスを見つめながら安堵する二人はしかし、直後に数台の車がこちらに向かってくるのを確認した。
「……あれだ…恐らくな」
「黒塗りの商用ハイエースが四台、二十から三十人くらいですかね?」
「あぁ…ざっとそんなもんだろう…」
二人はこちらに向かってくる車列を見つめる。
その中で行動に出たのはステファニーだった。
彼女は走って二階のベランダに上るとグレネードを構える。
無線インカムを耳に装着すると下で待機している砂皿に告げる。
「派手にやっちゃいますね☆」
「許可する」
数十メートル先にいる車列に向かってステファニーが劣化ウランが混入しているグレネードを撃つ。
コーティングされた弾丸は敵にぶつかって始めてその汚染物質をまき散らす。
戦闘を走っていたハイエースの付近でグレネードが派手に弾ける。
確認するまでもなく、次弾装填。全ては機敏に。速度が戦機を決する!
ステファニーは黒革手袋を嵌めた手で次の弾丸を込める。
次は局所殲滅用のVXガスを装填したグレネードをぶっ放す!
キュポン!間の抜けた音とは対照的に人を悶絶させる恐怖の毒ガスを充填した弾丸が猟犬部隊のハイエースに向かって行く。
狙われた二台目のハイエースが勢いよくはじけ飛んだ。
(ふっふーん☆これじゃ楽ちんですよ?)
道路の真ん中で立ち往生した猟犬部隊の車列を見つめながらステファニーは通常弾頭のグレネードをぶっ放す。
猟犬部隊は車からとっさに飛び降り、散開するとビルの側面に隠れたり、車輌の残骸から散発的に反撃を始めた。
「ったく…だらしねぇなぁ…てめぇら…。ま、いーや、隊長は最後に格好良く登場だろぉ?普通?」
顔の半分ほどにトライバル調の刺青がある金髪の男が煙の中から出てきた。
彼の部下である猟犬部隊の隊員達が散発的に射撃をする中で、この男だけがてくてくと硝煙くすぶる道路を歩いてくる。
ステファニーがその男を照準に捉えた瞬間、煙幕が彼の当たりを包み込み、道路の周辺は鈍色の空間になってしまった。
訂正>>792の前にこれをいれてください
「…二人…、いや、三人がいいなぁ」
「どういうことだ?まさか、フレンダ以外にも親族が居るのか?」
「違いますよ」
ステファニーはそう言うと市街地を見つめている砂皿の視界の前にぴょんとジャンプしてやってきた。
怪訝な表情でそんな彼女を見つめる砂皿は内心に自分の思い違いか?と浮かび上がってくる感情を処理しようとする。
「私は砂皿さんとも一緒にいたいって思ってるんですよ……?」
「……今は来るべき戦いに集中しろ」
ステファニーはそうですね☆と気まずそうに、ちょっとだけ微笑む。
そして床に置いてあるヘッケラー&コッホが改修したカービンライフルHMK416を構える。
レーザーもバッチシ。ダットサイトに嵌められたスコープとライトもいつも通りメンテが行き届いている。
下部レールに装着したグレネードランチャーも今日は特製弾丸を装填している。
マガジンもありったけ持ってきた。準備は完了。いつでも来い。
その時だった。遠くでバァァアアアン!と大規模な爆発音が聞こえる。
「始まったようですね…」
「あぁ。今日は他の組織も動き出すって話しだからな」
(チッ!敵は煙幕を張った?…こいつらの戦力をある程度そぎ落とさなきゃ厄介ですね…!)
ここである程度学園都市の治安維持部隊の戦力を減殺(げんさい)してフレンダと合流する。
取り敢えずはフレンダがくるまでの間に絶対に倒しておかなければならないのが煙幕の先に居るであろう部隊だ。
ステファニーは雑居ビルの二階からグレネードランチャーで射撃を行っていたが、煙幕が張っているので射撃をやめ、一階にいる砂皿に合流する為に一階に戻る。
「派手にやったな。敵も動揺していたぞ」
(しかし、あの白衣を着た男は一体なんだったんだ……?)
「えへへ。ありがとうございます」
初めて自分の戦い方がほめられた瞬間だった。
ほめられた彼女はそれが嬉しくて、小躍りしたい気分になるが、煙幕が徐々に張り詰め、雑居ビルにも立ちこめてきたのを確認し、撤退する。
「ステファニー、ここから退こう、煙幕の中に入ると誤射する可能性も有り得る、ひとまず退却だ」
砂皿はそう言うと大きなノースフェイスのバックをぐっと持ち上げて退却する。
ステファニーが立ちあがり、彼女も自分の武器が収納されたケースを持つ。
砂皿は彼女の退却準備が出来たことを確認すると先に走らせる。
そう遠くへは行けない。重い荷物を背負っての移動寄りかは煙幕が届くぎりぎりの範囲に張り、漸次敵の戦力を削げばいい。
「あのビルに入れ!ステファニー!」
「はい!」
ステファニーは中腰で屈みつつ、ビルの入り口に入る。
警戒警報でも発令されたのだろうか?ビルは大きなホテルだった。
「地下駐車場へ行こう。そこで足を確保する」
「了解です☆」
ホテルの従業員はがたがたと震えながら机の下に籠もったり、手をあげ、反撃の意志がないことを砂皿達に見せる。
砂皿はその光景を視野に入れつつ、地下駐車場に向かっていく。
「エレベーター、エスカレーターは使うな、電気を止められたら元も子もない。階段で行こう」
「え?そんなぁ、へとへとになっちゃいますよぉ」
早くも愚痴を吐いたステファニー。冗談半分のつもりで言ったのだったが、砂皿は自分の手で持っていたSR25を背にぐるっと回し、ステファニーの手を取る。
軽い気持ちで言った彼女の顔が紅潮する。
「ま、待って下さい!嘘です!平気ですよ!平気です!」
あわわわ…!と少女の様に動揺するステファニーの表情は確認することなく砂皿は階段を下っていく。
階段をするすると下っていくと地下駐車場の出口に出た。
いくつかの車が静謐を保ちつつ置かれていた。
「どれに乗る?」
「車の事はわかりませんので…任せます…はぁ…はぁ…」
(めっちゃ緊張しました…!初めて砂皿さんと手つないじゃいました…!)
「わかった。じゃぁ、これで良いだろう」
ステファニーは砂皿と手をつないだことでどきどきする鼓動を抑える事に集中する。
その間に砂皿はガン!と勢いよく運手席のガラスをたたき割る。
盗難防止用の警報が鳴り響くが、車内にある警報装置を破壊すると忌々しい警報も鳴り止んだ。
砂皿が用意した車はトヨタのランドクルーザー。
ステファニーは自分の重たい荷物を積み込むと駐車場の出口の方からギャガガガガガ!と勢いよく車が入ってくる音が聞こえる。
運転席に座った砂皿の表情が曇っていく。
「ステファニー…今の音…」
「えぇ」
勢いよく音を立てた車はしかし、砂皿達の前に現れることはなかった。代わりに車から降りた声が聞こえてくる。
会話の内容から推測する限りだと、どうやら猟犬部隊の隊員の様だった。
ステファニーは車の合間を張っていく猟犬部隊の隊員達を目視する。
彼女の手元には一つのスーツケースが。そして取っ手を掴み、かちとスイッチを押す。
アタッシュケースに収納されているクルツ短機関銃が火を噴いた。
防弾チョッキを着ている隊員達の胸に弾丸が当たると、当たった人達は失神した。
「へぇ…お前強えなぁ…猟犬部隊の奴らの全員ぶっけても勝てねぇよ」
ステファニーが射撃に集中している間にガン!と後頭部を殴られる。
この痛みは…グリップアタック?銃の底でたたかれたの?と思いつつ、ステファニーはうつろな目を砂皿に向け、失神してしまった。
「ステファニー!」
砂皿はとっさに運転席から飛び降り、地下駐車場に倒れ込んでいるステファニーに話しかける。
「…貴様がこの部隊の隊長か?」
「あぁ。そうだ。ここで死ね、すn」
数多が喋っている最中、砂皿は背中に手を回す。すると良く研がれた日本刀がぬらっと出てきた。
直後、ボッ!と白木の鞘の一閃が振り落とされる。
「ふん!」
「!」
バックステップで砂皿の斬撃を交わす。
「ほう…流石特殊部隊出身だけある…その瞬発力は賞賛しよう」
「…はっ!上から目線でどーも、どーも……砂皿…てめぇのは薩摩の示現流…?」
「ご名答。二の太刀いらずの示現流だ」
剣技こそが武士のステイタスとされていたはるか昔の日本は鎮西(九州一帯)で編み出された殺人剣、それが示現流。
相手を一撃で殺害する事を目論んだ九州の剛剣だ。
「へぇ…じゃ、俺も全力でお前に答えなきゃならねぇなぁ…!」
砂皿は数多の発言に目を細める。
猟犬部隊の隊員のいかめしい装備の格好とは違い、研究者然とした博士の様な格好の男。
しかし、砂皿は彼の醸し出す雰囲気にただならぬものを感じた。
彼は日本刀を構えている砂皿が一足飛びで跳んでくるかどうかのぎりぎりの距離で手袋を嵌める。
「…それで日本刀の斬撃を防ごうと?」
「あぁ、これはだな、炭素繊維を編み上げた特殊な手袋でな、結構良いんだわ、コレ」
数多はそう言うと真っ黒の一見ただの革手袋に見えるそれが嵌っている両の手を思いっきり合わせる。
ガッツツツキィィィン!
まるで鉄が弾けるような轟音が駐車場に響き渡っていく。
「ほう…かなりの強度だな…」
「テニスラケットが千五百回か?これは…そうだなぁ一万回以上編み上げているからな」
数多はそう言うと恐るべき敏捷さで砂皿の懐に入り込む。
先ほどとは逆に砂皿がバックステップで避けようと思うよりも早く、数多のボディブローが炸裂する。
「…ごッ…ブ…!」
強力な一撃を頂いた砂皿はその場によろめくが倒れる事はしなかった。
「やるじゃねぇか、炭素繊維の手袋の一撃を食らって倒れねぇなんて」
「…はぁ…!クッ…!」
一撃で大打撃だった。
砂皿は痛みで焼ける様な痛みを放っている腹部をさすってやる。
防弾チョッキの上からでこの痛み。生身で喰らっていたら恐らくその場で吐瀉物をまき散らして這い回っていた事だろう。
最悪、死も充分考えられる。
(ふむ…注意せねばなるまい…油断禁物…)
砂皿はちらと日本刀を見る。
すると先ほどの炭素繊維の手袋に触れた部分が刃こぼれを起こしていた。
カラァン!
砂皿は刃こぼれを起こしている日本刀を地下駐車場の冷たい床に投擲する。
「良いのか?得物を捨てちまって…」
「なに、一つじゃないさ…これは……良く研いだアーミーナイフだ…」
砂皿はそう言うとマリーン用の迷彩パンツを軽くめくると長い包丁ほどの大きさのアーミーナイフが出てきた。
「自衛隊の特殊作戦群に所属していたときからずっと使っているナイフだ…切れ味は抜群」
「口上垂れてねぇで掛かってこい」
砂皿は言われなくとも、と一言言うとベイツのブーツの前方にぐっと力を込める。
そして一気に踏み込む。
刺突(しとつ)!
高速で繰り出されるナイフ捌きを数多は冷静に見切っていく。
ひゅん、ヒュン!と風の鳴る音が聞こえる。
他の猟犬隊員はその動きを見守ることしかできなかった。
砂皿が左手にナイフを持ち替える。
直後高速の突き。それは躱(か)される。
次弾は右手による掌底!
しかし、これも回避される。
砂皿はナイフを一瞬だけ構える。
その動作に数多は機敏に反応し、さっと身構えた。
するとそこにはぶっとい血管が浮かび上がっていた。
「ふぅ…ナイフだけじゃねぇだろぉが…取り敢えず武器破壊っと…」
「ふむ…とてつもない力だな、貴様」
砂皿は柄からぽっきりと折れているナイフだったモノをぽいと捨てる。
(…いったいですねぇ…ちょっと気ぃ飛んでましたね…)
ステファニーは殴られて出血している後頭部をさする。
既に血は固まりはじめていた。ブロンドの美しい髪は後頭部の部分がどす黒い血の色に染まっていた。
そんな彼女がうっすらと瞳を開けていくと目の前で鬼の様な形相で取っ組み合っている二人がいた。
うつぶせになっているステファニーから少し離れたところで砂皿と数多は肉弾戦を繰り広げていた。
(敵の他の奴らは…居ないですね…応援を呼びに行ったんでしょうか?)
先ほどまでいた猟犬部隊はステファニーが気絶から目覚めるといなくなっていた。
彼女は砂皿達が戦っている間にトヨタのランドクルーザーの運転席に移動しようとする。
(体が鉛の様に重いですね…にゃはは…)
彼女はよろけた足の地下あを振り絞って車高の高いランクルに乗るとエンジンを入れるためにキーを思い切り回す。
するとぶぉん!と心地よいエンジン音が聞こえてくる。
(これで…砂皿さんを拾ってフレンダを迎えにいかなきゃ…!)
どうやって砂皿をランクルに乗せる?
顔面にトライバルの刺青が入っているあの男を振り切れるのか?
寧ろ、あの男の部下はもしかして地下駐車場で虎視眈々と私達の事を迎え撃とうとして言うかもしれない?
いくつもの疑問が浮かび上がってそれらは決して氷解する事はなく、頭にうずたかくたまっていく。
(チックショ…こうなりゃ、やけですよ!)
ズキズキと痛む後頭部を気にかけながらも砂皿と数多が戦っている所へ向かって行くランクル。
「乗って下さい!砂皿さん」
ステファニーは運転席の窓を思いっきり開けて声を張り上げる。
砂皿の耳にも彼女の声は届いているに違いないだろう。
「俺は構わん!いけ!妹と会うんだ!」
「…させるかよ!コラ!」
数多は先ほど砂皿が捨てた仕込み杖の日本刀を拾い上げると一気にそれを投擲する。
ランクルの後部のミラーに鈍い音を響かせ、刀は落ちていく。
数多は日本刀がミラーを貫通せず、ランクルを逃した事に舌打ちする。
「よそ見するな」
瞬間、砂皿の渾身の一撃が数多の腹部で炸裂する。
喰らった数多は「う…が…!」とうめきつつダウンした。
ここでとどめを刺しておきたいところだったが、ステファニーを追撃しなければならない。
後腐れはなし、といきたいところだったが、猟犬部隊他所に散らばっている隊員達を集めて攻撃してこないとも限られない。
砂皿は痛みに悶えている数多はその場に放置していち早く手近にあったインフィニティのスカイラインのドアをたたき割る。
彼はきーの差し込み口に細工をしてエンジンを起動させると、自分の携帯でステファニーの携帯から発信されているGPS電波を追従する。
(フレンダとの合流までだいぶ時間が掛かったな…先についているか?)
フレンダとの待ち合わせは学園都市第三学区の個室サロンだ。
休憩するにしても宿泊するにしてもかなりの金額が取られてしまうがそれでも学生達から利用されるのは、このサロンが学生達が他者から完全に目が触れることがない隔離空間だからだろう。
そこだったら一時的にフレンダをかくまうことが出来るし、仮に追撃者がいれば彼女の存在を―これも一時的だが―秘匿出来る。
(ここから第三学区…クッソ少し遠い…)
第七学区から第三学区までは三十分ほど時間が掛かる。
その間に追撃してくるものが居なければ良いのだが、と思案しつつ砂皿はインフィニティ使用のスカイラインのアクセルをべたっと踏み、一気にスカイラインを加速させた。
――学園都市第三学区
紆余曲折を得て、アイテムのメンバー三人と浜面は別ルートを辿ってアイテムのアジトがある第三学区の個室サロンに集合した。
「お前等、大丈夫だったか?」
浜面はその場にいるアイテムのメンバーに声をかける。
しかし、声をかけられた当の麦野、滝壺、絹旗の三人は思い思いにメイクしていたり、映画を見たり、携帯を見たりしている。
全く聞いちゃいねぇ様子だ。と、思ったら返答が帰ってきた。
「遅いよー、浜面」
(良かった…死んじゃったかと思ったじゃない…)
「あ、はまづら。良かった生きてたんだ」
(はまづらが死ななくて良かった)
「…超浜面ですか…逃げ切ったんですね」
(戻ってこれたのは三人だけですか……)
浜面の問いかけに三人が一様に答える。
しかし彼女達の返答に頷きつつも、浜面は違和感を感じた。
そしてそれを声に出す。
「フレンダはどうしたんだ?」
浜面は素粒子工学研究所内に入らずに待機していたところ、麦野の合図で車を出し、襲撃され、走って…さんざんな体でこのアジトに戻ってきた。
なので別行動を取っていた絹旗とフレンダがどこにいったのかわからない。
(絹旗はここにいる…けど…フレンダは…?)
「消えた」
おそろしい程に落ち着いた口調で言い放つ麦野。
あっさりと答える彼女に浜面は寒気を感じる。
メールが帰ってこない。
フレンダは戦渦の中にいるのだろうか?それとももう学園都市を脱出したのだろうか?
(どこにいったの?フレンダ)
滝壺は携帯のフォルダを見るが、返信は来ない。
午前中の素粒子工学研究所で一緒に居たのが最後だった。
どうか無事に生きていて欲しい、そう祈願した。
恐らく、フレンダが学園都市から脱出しようと考えてるなんて露ほども知らないだろう、浜面を眠気眼に映し出す。
あれ?浜面がけがをしている。
「はまづら。怪我してる」
顔面に僅かながら傷が出来ている。軽い裂傷のようだ。
滝壺が怪我を指摘すると、麦野はメイクをやめて浜面の顔を見、次に滝壺の顔を見る。
自分が気づかなくても、滝壺が気づいた。その事がちょっと悔しかった。
怪我をしている浜面は何でもねぇよ、と鷹揚に相づちをうって答える。
「フレンダ、どこいったんだろうな?」
浜面がぼそとつぶやくが誰ももう答えなかった。
代わりに今後どういった対応を取るかを麦野が説明していく。
――ファミレスのジョセフ
「『見届けたい人が居る』かぁ…佐天さん…何を、誰を、見届けたいんだろう…?」
美琴はついさっきまで一緒に話していた佐天の発言を思い出す。
彼女の友人でもある佐天は知らない所で学園都市の暗部に墜ちていた。
(佐天さんが暗部に墜ちた理由は…無能力者に対する能力者の傲慢に辟易したから…?)
能力者、それは自分たちの事だろう。
佐天の周りに能力者の友人は自分達しかない。
佐天の友達も幻想御手に手を出したと初春から聞いたことがある。
彼女の周りは無能力者の人達もいるのかもしれない。
(そしたら、普段の何気ない言葉が彼女に取っては耐えられない事だったのかも知れないわね……)
美琴は自分が佐天に対して何を言ってきたか、それすら思い出せない。
日常会話に自分がどんな事をいっていたか…。しかし、そんな何気ない会話の節々に佐天を暗部に堕とすまでの言葉を吐いていたか?と美琴は思う。
(いくら何でも…佐天さんがそんな理由で暗部に墜ちる?)
実際は人材派遣(マネジメント)の男の甘言で釣られた事も佐天を暗部に堕とした大きな要因と言えよう。
しかし、美琴にはそうした勧誘があった事を確認することはできない。
(でも、佐天さんは自分の意志で、って言ってた。気の強い所もある佐天さんなら…自分の状況に飽き飽きして…っていうのも有り得るかも知れないわね…)
結局は自分の意志か、と美琴は思う。
佐天を縛るモノはなにも無かったのだ。この仕事も自分の意志でやっていると言っていた。
例えそれが罪悪感を引き起こさせる仕事であるにも関わらずだ。
それでも、許すことは出来ない。
あの計画にいかなる形で協力していた奴は…。
人を殺す事に対する免罪符を得たい、そう彼女は言っていた。
その免罪符を得るために、彼女は見届けたい人がいるといっていた。
その人の事を見送れば…佐天はどうするつもりなのだろうか。
美琴の興味は尽きない。
美琴はこれ以上一人で思案しても始まらない、と思い何と無しに空を見上げると飛行船が飛んでいた。
飛行船は電光掲示板が横に貼り付けられており、天気や各種情報を放映している。
『ただいま…第三学区、第七学区、第二十三学区の出歩きは禁止します…正体不明の集団が戦闘を続けている模様です…』
(まさか…佐天さんはこれを見届けるって事?)
集団…美琴は学園都市の暗部に所属している集団を一つだけ知っている。
アイテム。
かつて美琴と戦火を交えた事もある、女の集団だ。
(見届けたいって…あいつらの事…?それに…第七学区…ここじゃない!!)
実際にはアイテムのメンバーは第七学区から第三学区に移っているのだが、美琴は自分の肌が粟立つのを知覚した。
美琴は伝票を持って立ちあがる。
(佐天さんが何をしたいかはわからない…けど、もし、あの計画に連なるものだったら?)
どこに行けばいいのか分からない、しかし、美琴は店を出ると第七学区のビル群に向かうことにした。
ジョセフを出て暫く歩いて行くと、いつもなら賑わっている市街地。
しかし、待ちを行く人は少なかった。ビルの電光掲示板に目を通すと、何らかの勢力が依然として学園都市で破壊活動に従事している模様だった。
(学園都市で何かが起きてる事は間違いない…)
美琴は休日の歩行者天国で車の通行が途絶えた道路に一人ぽつねんと立ち尽くした。
――甲州街道
ステファニーは地下駐車場からランクルで飛び出し、目下全力で第三学区のフレンダとの合流地点に向かっていた。
(砂皿さん、無事ですかね……?)
ステファニーは助手席に置いてある武器、砂皿の中距離狙撃銃SR25を見る。
今砂皿が持っている武器は仕込み杖の日本刀とアーミーナイフにハンドガンのみ。
それだけであの顔面凶器の男に勝てるかステファニーは不安になる。
(あの顔面トライバルの男に負けちゃったんですか…?)
負ける…それが戦場で何を意味しているか知悉しているステファニーは最悪の状況を想像する。
そして自分だけで学園都市から逃げ切れるのか否か、自分の思考が暗澹たる気持ちでしめられていく。
(…いつも…砂皿さんは帰ってきてくれる…。だから暗いことを考えるのはやめましょ!!)
砂皿はいかなる戦場からでも生還してくる。それは変わらない。
彼の口癖をステファニーは思い出す。
(“私なら、どんな状況であっても爆薬で死ぬ事だけは絶対にありえない”そうですよ…砂皿さんは死ぬはずがない)
爆薬で死ぬ事はない、その口癖はいつしかステファニーにとって、彼は戦場では絶対に死なない、と解釈するようになった。
(そう。砂皿さんなら絶対に死なないはずです…!)
ステファニーは車を走らせつつ彼の無事を祈りながら、第三学区へと向かって行く。
――第三学区の個室サロン
「未元物質は、この建物の中に居る」
AIM追跡者である滝壺が体晶を使って敵対組織であるスクールのメンバー垣根帝督のサーチを行った結果だった。
アイテムの一同は息を呑む。
なっ…!と動揺する間にガァン!とアイテムの個室サロンのドアが蹴破られた。
麦野と未元物質もとい、垣根がなにやら雑談を交えているようだったが、絹旗はお構いなしに手近にあったテーブルを投擲するが、効果はなかった。
絹旗も垣根に致命傷を与えたとは思っていない。少しでも傷を与えられれば良い位の考えだった。
「ったく…いてぇな…、そしてムカついた。まずはてめぇから粉々にしてやる」
絹旗は垣根の殺気を孕んだ視線に冷や汗を流すが、決して動揺せず、浜面と滝壺に逃げるように指示する。
そして窒素装甲でサロンの壁を破壊し、脱出通路を造り出す。
「早く脱出して下さい、浜面と滝壺さんではあの男には勝てません。車を確保してとっとと遠くへ行って下さい」
絹旗はそう言うとちらと麦野の方を見る。
麦野も同意しているようで無言で頷く。ただ、麦野は滝壺と浜面に寂しそうな表情を一瞬だけ覗かせたのを絹旗は見逃さなかった。
麦野は滝壺達から垣根に視線を移す。
そして勢いよく原子崩しを放出する。
先の研究所では未元物質に全く太刀打ち出来なかった。
しかし、立ち向かわなければなるまい。もし麦野が倒れたら、アイテムの他のメンバーに、いや、浜面に危険が及ぶ。それだけは避けなければなるまい。
「おい、原子崩し、まずはあのセーター一枚の糞アマ殺させろよ、頭きてんだ、俺ァ」
「させるかっての、私にも色々あってね」
ふぅん、と垣根は鼻で笑うと未元物質を顕現させる…と言ってもみえないのだが。
「二位と四位の差はデカすぎんだよ」
垣根はそう言うと一気に未元物質を破裂させる。辺りには強風が渦巻き、麦野はサロンの個室の壁まで一気に吹き飛ばされ、背中を強打した。
「殺さなかっただけ、感謝するんだな、ま、これも昔のよしみって奴か、はは。ってかAIM追跡者がどこにいったか教えろよ?」
「う…ぐ…っ。教えてどーすんのよ?」
麦野は飛びそうな意識を必死に制御し、壁から離れる。
原子崩しを顕現させても垣根にはまるで効果がない。
「……滝壺を利用して、どしたいのかってきいてんだよっ!」
「ん?あぁ、あの女か、アイテムは学園都市の治安維持部隊の一角だろ?統括理事長の野郎との交渉権を獲得する為にはいくつか組織を潰して俺の力をアピールしなけりゃならねぇ」
「……ふん、高校性のガキ一人でまともにこの学園都市を相手取ろうって?」
「あぁ。一応そのつもり。その為にはAIM追跡者の能力が必要なんだよ。あいつの力があればどんな能力者に対しても先制攻撃をかけられるからな」
麦野の目に映し出される垣根の表情には迷いは一切感じられず、寧ろ自身に満ち溢れていた。
「ふーん…そう。…でも、簡単に滝壺を渡す訳にはいかないわね」
「だったら取引しよう」
「取引……?」
「滝壺とさっき一緒にいた男がどこに向かうか教えてくれたらお前の命は救ってやるよ」
「は?バカじゃないの、わざわざ組織の仲間を売る程墜ちたくはないわね」
「ふ、はっはっ…ふふ…おもしれぇ」
垣根は思わず、といった様にせせら笑う。
「何か面白い事言ったかしら?」
「いやぁ、同じ組織でもここまでズレがあるとはなぁ…」
垣根の一言に麦野は眉をひそめる。この男は何かを知っている。
「なに?仲間を売らない、ってそんな事当たり前じゃないの?」
「当たり前ねぇ……お前ん所のフレンダ、何で集合場所に来ないんだと思う?」
「…………まさか」
麦野の脳裏にフレンダの顔が浮かぶ。
まさか、アイツ!裏切りやがったのか?
彼女は自分の頭に一気に血が上り沸騰する感覚を覚える。
「そのまさかだぜ?そもそも俺がアイテムの集合場所であるこのサロンの存在を知ってるのがおかしい話しだって思わなかったか?」
「……」
麦野の表情は怒りの表情になっていく。
自分が垣根に太刀打ち出来ない事が判り、しかもアイテムから裏切り者が出た事実に彼女は崩れ落ちそうになった。
「ここで絶望するか?」
さっと垣根は手をかざす。
麦野は掌に原子崩しを顕現させる。垣根には効果がないと分かっても、この苛立ちを誰かにぶつけなければ気が済まなかった。
「抵抗するなら…命の保証は出来ねぇぞ?原子崩し」
「うっさい…未元物質」
垣根はそうですか、と軽い調子頷きつつ話すと二人のいるサロンに(といっても半壊状態だが)赤いドレスを着た女がやってきた。
白のINEDの薄いカーディガンを羽織っているその姿はこの半壊したサロンの空間とあまりにも不釣り合いだったが、逆に奇妙にマッチングしている様にもみえた。
「あら、取り込み中かしら?帝督」
「心理定規じゃねぇか、どうした?」
「狙撃手からピンセット貰ってきたわよ?その直後に狙撃手はお宅の窒素使いにやられて重傷だけどね」
心理定規はアタッシュケースに詰められたケースごと垣根に手渡すと、麦野がいるにも関わらずそれを手に嵌める。
「うお!これかっけぇな」
自分の手からかぎ爪の様に伸びたピンセットを少年の様に見つめる垣根をよそに、心理定規は麦野に問いかける。
「大人しく投降すれば?原子崩しさん?」
「はっ…誰が降伏なんざするかっての」
麦野は戦意未だ衰えずと言った調子だ。
確かに彼女が崩れればアイテムが恐らく壊滅する。彼女が最後の砦なのだ。
この最終防衛ラインを突破された場合、恐らくアイテムの下部組織で働いている浜面にも被害が及ぶかも知れない。
「…ここを突破されたら後がねぇんだよ!!」
怒声を張り上げ、麦野は原子崩しを放出する。
しかし、それらは大気中に張り巡らされている未元物質の前に立ち消えになる。
(クッソ…!滝壺……浜面!逃げたか…?…????…………体が動かねぇ……!)
次なる攻撃をしようと麦野はステップを踏もうと思い動こうとするも、体が動かなかった。
「うちらが投降進めたのによぉ…ったく、原子崩し」
垣根はそう言うと心理定規にくいっと麦野のそばに行くように首で指示する。
命令された心理定規ははいはい、と悪態をつきつつも麦野のそばにゆっくりと寄っていく。
立ち尽くしている麦野の額の辺りに心理定規はさっと手を添える。
「ふーん……さっき逃げた男の名前は…浜面仕上…付き合ってるんだ、あなたたち」
「…っク…の、覗くんじゃねぇ…!コラ!」
「で、フレンダに対しての距離が…あちゃーだいぶ離れてるわね……えーっと、滝壺理后はっと…あら?この状況で嫉妬してるの?一緒に逃げたことに?」
「滝壺さんに大好きな彼氏を取られたくない」
「……何がしてーんだ…このクソアマぁ」
怒りの中にも一抹の不安な表情を浮かべる麦野は心理定規が手をかざして自分の方に向かってくるのを直視する。
「平気よ、滝壺さんに対する嫉妬の感情をちょっとだけ強くして、あなたの浜面クンに対する距離をちょっとだけ離すだけだから…」
麦野は距離?と心理定規の言ったことに首をかしげる。
「そう、私の能力は人間に生まれる感情を距離として測定して、それを調節出来る力なの」
「……まさか…」
「ちょっとだけいじらせて貰うわね?」
「…な、オイ!待て!……!待って!」
先ほどまで威勢の良かった麦野は心理定規の能力の説明を聞かされ、大人しくなる。
しかし、心理定規のすらっとした細い腕は麦野の頭のあたりにぴたと触れる。
「頼む…!ま、待て!ま…待って下さい……!」
(やだ!やだ!それだけは…やめて!)
「ふふ、今更そんな事言っても通じないわよ?」
心理定規はそう言うと麦野の頭に手を当てた。
麦野は絶望にうちひしがれている様な表情で、「…い、やだ…」とつぶやき、その双眸は心なしか濡れている様にも見える。
「あーあー流石の原子崩しもまさか自分の感情が操られるなんて思ってもなかったか」
垣根は腰に両手を当て、麦野の様子を見る。
自分の思いが攪拌され、つい数秒前の自分の記憶はあるのにその感情にならない。
そしてその感情の歪みを歪みと思えない状況になっていた。
「未元物質、解除するぞ」
「えぇ。恐らく、彼女にはもう抵抗する気力はないから、平気よ」
未元物質が付近から消え失せると麦野は脱力したようにその場にぺたっと座り込んでしまった。
「……」
自分の頭を抱えながら麦野は何かを思い出そうと記憶を辿ろうとする。
しかし、わからない。今、自分は誰も好きな人など居ない。
(このペアリングは誰としたやつよ?男の知り合い…浜面は普通にパシリだし)
(…でも…滝壺と浜面…うーん…パシリの男と私が付き合ってるわけが…ないか…)
彼女が頭を抱えて考えている間に垣根と心理定規は同じサロンにいる絹旗を撃破すると、アイテムのレーダーであり、照準補佐役でもある滝壺を捉えに向かって行く。
――第三学区の半壊した個室サロン
心理定規の能力によって他者との距離を調節された麦野沈利。
垣根の未元物質から受けた傷は多少痛むが、麦野の能力の使用に関して大きな影響を及ぼすほどのモノではなかった。
(滝壺と浜面は絹旗が逃がした…そしたらうざったいスクールに復讐しなきゃ…滝壺の能力が使えるならピンポイントで未元物質が展開される前に垣根の野郎を即殺出来る)
にやりと麦野の表情が暴悪に歪む。
それは笑いともとれない、寧ろ悲しそうな表情の様にも見える。
彼女はお気に入りの黄色いコートのポケットにある携帯電話を取り出して、滝壺と一緒に逃げた浜面に電話をかける。
「はーまづらあ。そっちに滝壺利后はいるかな?」
電話越しに出た浜面はどうやらまだ滝壺と一緒に居るようだった。
浜面のうわずった声で分かる。
「ゴチャゴチャと騒ぐなよ。これから「スクール」に逆襲開始。滝壺のチカラを使って追跡させるの。そっちにいるならさっさと連れてきて。死んでも結果を出してきてもらうからね」
彼女はそう言うとまだ電話の先でなにやら騒いでいる浜面の独り言には耳を貸さず話し続ける。
「スクールの追っ手がそっちに行ってるけど、適当に逃げてこっちに向かってきて頂戴。GPS電波でこっちに来てね☆死んだら許さないからねぇ☆」
冷静に考えて浜面と滝壺で垣根と心理定規から逃げて麦野の元に向かう事など出来るわけなどないのだが、そんな簡単な事も考えられない程、麦野は冷静さを欠いていた。
彼女はピッ!と電話を切ると、半壊している個室サロンから出て行く。
(まずは…スクールを叩きつぶす…あのドレスのクソビッチと垣根の野郎には原子崩しでダルマにして市中引きずり回しの刑だにゃん☆)
麦野はコートに着いている汚れを手でぱっぱと払い、サロンの部屋を出て、エレベーターを降りていく。
フロントはサロンの上階で起きた騒動で慌てふためいている。
(…浜面と滝壺…はこっちに向かってくるとして、絹旗も呼ばなきゃね☆)
そこで麦野はもう一人、ふと思い出す。フレンダだ。
(まずは裏切り者から消さなきゃ……!)
麦野はフレンダに電話をかけるものの、通じない。
電話を拒否しているのだろうか?
麦野は内心ではスクールに勝てないと思っていた。
しかし、研究所と先ほどのサロンの戦いで大敗し、このまま負け続きでは…という思考が働いた。
(そうよ…裏切り者を倒してから…そ、その次にスクールよ……!)
麦野は冷や汗をぬぐってサロンを出るとサロンで起きた抗争でいち早く警備員や風紀委員が集まっていた。
彼らは付近に飛び散ったガラス等を回収している。
そして、その光景を見ようと集まっている人だかりの中に金髪のブロンドの女がいた。
(あれ?フレンダ…あんな所でなにしてるのかにゃん?)
麦野はサロンの入り口からヒールの音をこつこつと立てて階段を下りていく。
その最中にフレンダが偶然にも彼女の方をちらと見た。
「フレンダーそんな所でなにしてるのかにゃー?☆」
話しかけられたフレンダは麦野の姿を認めると一目散に走っていった。
鬼の様な形相を浮かべている麦野はフレンダを追撃していく。
フレンダは走る。全力で!
振り向けば麦野が追撃してきていた。
「はっ…は…はっ……」
背後には狙撃銃や様々なツールを収納しているケースを背負っている。
七から八キロほどある重荷を途中で捨てればよかったと思ったフレンダだったが、そこまで考える余裕はなかった。
フレンダは重荷を背負い、走りつつ、スカートのポケットから携帯を取り出し、ステファニーに連絡する。
予め作っておいた未送信メールには集合地点の座標が指示されている。
そこに行けば姉と会えるという寸法だ。
(集合場所に行けばお姉ちゃんと会えるって訳よ!だから、そこまで、何とか捕まらないように走って…逃げなきゃ…!)
フレンダは未送信メールを送信する。
送信結果が出ると直ぐに携帯をしまって再び走っていく。
(結局…サロンの野次馬が気になったからこんなヘマやらかしたんだわ…ったく私のミスって訳よ……!)
しかも、彼女は自分がスクールにアイテムの居場所を教え、その内の一カ所のサロンにちょうど麦野達が退避していたのも不運だった。
しかし、今はそんな事を後悔したり、愚痴ったりしている場合ではない。
自分の生命の危機だ。後ろを見れば、怒りに身を任せた麦野が追撃してくるではないか。
フレンダはいち早くステファニーと決められた場所へ向かう。
それが先決だった。彼女は携帯のGPSに登録されている座標を確認しつつ、足を運んでいく。
麦野はまだ着いてきているが、姉が先に居るはずだ。
着けば助かる!
そう信じてフレンダは集合場所にやっとの思いで着く。そこは立体駐車場だった。
多くの車が止められている。
(ここにお姉ちゃんがいるの…?)
フレンダは足音が麦野にばれないように静かに歩いて行く。
ついさっきまで追跡していた麦野は居なくなったようだったが、まだ油断は出来ない。
フレンダは周囲を見回し、麦野がいない事を確認し、車と車の間で携帯を取り出す。
(お姉ちゃん、今どこにいるの?)
辺りを見回すと車やバイクが整然と置かれているだけだった。
麦野はどこなんだ?フレンダは辺りをキョロキョロと見渡し、がばっと背後を振り向くと、とそこには笑いとも言えない、ただ、口元をぐにゃりと歪めている女がいた。
「どこに逃げようとしてるのかにゃん?フレンダぁ!?」
甘ったるい麦野の声がフレンダの耳朶に響く。
その声を聞くやいなや、フレンダの体全体が震える。
「む、むぎ、麦野…」
「ったく噛みすぎだっつーの…おもしれー……ふふ…この裏切り者の白豚が」
裏切り者、その一言がフレンダの胸にぐさっと突き刺さる。
「あ…あは…えへ、へ…結局謝るって訳よ…はは…」
「はーーーー?」
麦野は「アタマ大丈夫?」と人を小馬鹿にするように耳に手を当ててフレンダに話しかける。
「フレンダちゃん☆そんな大きい荷物持ってどこにいこうっていうのかにゃー?まさか脱走ぅぅ?」
「あ…あはは、これは…その、私の武器入れてるケースだから……」
「ふーん…そっかぁ」
じゃあ、と麦野は一言。
「何で裏切ったんだぁ?フレンダぁ!!オイ!!!!」
麦野に裂帛の気合いで怒鳴られたフレンダは小さく「ひっ!」と震えた声を上げる。
彼女は抗弁することも出来ず、じりと歩み寄ってくる麦野にただ足をがたがたと震わせる事しかできない。
「麦野、その、本当にごめん…謝るって訳よ……麦野なら負けないと思ってさ……!」
フレンダは謝りつつ思った。
姉と一緒にこの学園都市から、いや、麦野沈利から逃げ切ることなど無理だ、と。
フレンダにそう思わせるだけの気迫が麦野にはあった。
(スクールに負けたから、裏切り者の私を消しに来たって事?)
スクールのリーダー垣根帝督と心理定規。
彼等の能力を持ってすればアイテムを壊滅させる事など容易い事だった。
麦野がここにいるということはスクールを倒したか、スクールに負け、それを補完する為に何か新しい事をしようと目論んでいるのかも知れない。
(結局、麦野が私の事を許せない気持ちは理解出来るって訳よ……私が仲間を売ったわけだし……)
「麦野?私、そのゴメン…」
フレンダは気づけば今にも泣き出しそうな表情で麦野に謝罪していた。
しかし、その程度でアイテムの女王がフレンダを赦すわ訳でもない。
「改まっても無駄だっつーのゴミ」
「……」
「あーむかつくわ。お前ここで死ね」
麦野はそう言うと掌から鮮やかに光る、原子崩しを顕現させる。
こうなったらいよいよヤバイ。フレンダはあたふたと辺りを見回すが誰もいない。ただ静謐を保ったうす暗い立体駐車場がたたずんでいるだけだ。
立体駐車場から数十メートルも走れば明るい市街地に繋がるのだが、それはフレンダにとってどこか遠い世界のように感じられた。
「ま、待って!麦野!結局、裏切ったのは謝るから、ね?」
「今更、命乞い?フレンダ」
「否定は……しないわ」
フレンダは麦野の目を見てそう言うと「ダメかな?」と潤んだ目で彼女の機嫌を伺う。
しかし、麦野はフレンダの懇願に頑として答える気はなかった。
「アイテム売っといて今更そんなの聞き入れるわけねぇだろ、バカかお前。頭にウジでも沸いてるんじゃねぇの?」
「……本当に、もう二度と、裏切らないから…今度こそ」
「ホント?なら生まれ変わったら次のアイテムでは裏切らないようにするんだなぁ!フレンダァ!!」
麦野はそう言うと原子崩しを極細の形状で顕現させると右足のふくらはぎの辺りを小さく撃ち抜く。
フレンダは「あ…」とぼーっと自分の撃ち抜かれた傷を見る。
一拍の間を置いてから貫通した傷口からごぽっと勢いよく血が出始めた。
「…ッ…ああ!!」
麦野の放った原子崩しはフレンダのふくらはぎに一㎝ほどの貫通穴を作った。
そして後には肌の焼ける独特の臭いが辺りに立ちこめた。
「む、むぎのぉ…いたいよ、すごくいたいよぉ…!」
「ぷ、ふふふ!ほんのちょっと貫通しただけじゃないーフレンダぁー☆まだまだ☆」
「じゃ、次はどこにしようかなぁー?」
まるで無邪気な子供の様な調子で麦野はフレンダに指を指しながら次の原子崩しをどこに照射するか吟味している様だ。
「まって!お願いだから!…何でも言うこと聞くから……!」
ごく僅かな傷だけでこの痛み。
もっと大きい傷が出来たら痛みは尋常ではないだろう。
「何でも言うこと聞く?じゃあ……そうだなぁ、ここで死ね」
「…そ、それ以外で……!だ、だめ……?絶対にミスしないからさ……?死にたくないよ…ね?」
フレンダの思考の中には既にここで姉と合流する事は消え失せていた。
麦野に命乞いをして助けて貰う、その事で彼女の頭はいっぱいになっていた。
「ミスじゃねぇんだよ!何度も言わすな、フレンダっ!!」
口角泡を飛ばしながら麦野は怒鳴る。
「お前の戦い方は確かに無能力者の中でも最高峰の部類だと思う、けどな、フレンダ。お前は裏切ったんだよ、この私を、アイテムをっ!」
「……う、うん……」
「だったらけじめつけなきゃ納得できねぇんだよ!こっちだってスクールと戦って、意味不明な能力で原子崩しもきかねぇ!で、垣根の野郎からはフレンダは裏切っただぁ?」
麦野は自分の怒りを洗いざらいぶちまける。
それを目の前で見ているフレンダはただ、出血する足を押さえ、恐怖に震えながら麦野の弁を聞く事しかできなかった。
「だから、殺す。絶対にゆるさねぇ!私はな、スクールの奴らに捕まって何だかしらねぇけど心理定規とかいう奴に頭いじられてんだよ!!何が何だか、もうわかんねぇんだよッ!」
「む、麦野…」
「何でお前がスクールに情報を売って逃げて、私は心理定規に頭を覗かれなきゃいけんぇんだよぉぉぉぉぉ!!!」
瞬間、ゴアっ!と勢いよく原子崩しが放たれる。
あらゆる遮蔽物に妨害されることなく彼女の粒機波形高速砲の光が拡散する。
「…私はなぁ…この指輪だって誰としてた指輪だったかつぅのもわからねぇんだ…」
「……」
麦野は自分の右手に嵌っているペアリングを大切そうに抑える。
それが誰と一緒に買いに行ったものなのかも分からないのに。
「……お前だけまんまとこの学園都市の闇から逃げようなんて絶対に許せねぇ!」
フレンダは返す言葉が全く思い浮かばなかった。
スクールに投降したフレンダと、同じく投降する意志を最後に見せた麦野の違いは?
「フレンダ!お前は前にファミレスで集まったとき言ったよな?裏切らないってなぁ!それが結局どうなったよ?今やお前が裏切ったせいでこんなざまになっちまった!!」
ここまでアイテムが崩壊してしまった理由は他にも挙げられるだろうが、しかし、フレンダの裏切りがもたらしたものが大きいだろう。
フレンダは思う。
麦野の指輪。あれは恐らく浜面と買った物だろう。
心理定規は能力を使って浜面と彼女の距離を引き剥がしたのだろう。
「お前を殺さなきゃ気が済まねぇ…!大人しく私に殺されろ、フレンダ」
「……結局…………」
フレンダは麦野のモノを見る様な目で完全に射すくめられ、再び自分の体が震える感覚を覚える。
彼女は恐怖の余り、歯はカチカチと不協和音を立て、体のありとあらゆる水分が下半身に集まっていく感覚を覚える。
ここで惨めに体液を流すような醜態は晒したくない。
フレンダの最低限の生理反応が彼女の失禁という最悪な行為を食い止めようとする。
麦野はフレンダにさらに歩み寄ってくる。
身構えるフレンダに対して彼女は思いっきり蹴足を喰らわせる。
「…っが…っ…!」
「がっは…!い、っ……!」
「いーざまだぁ。こりゃ。よし!ここで提案しましょ☆このまま撲殺されるか、原子崩しであっさり殺されるか、どっちがいいかにゃん?」
麦野に謝罪して赦して貰えるならば、生かして貰えるならば、何でも良い!
とにかく、生きたい!死にたくない!
フレンダは生への執着を渇望した。今回はダメでも、またやり直せば良い!いつかまた脱出する機会をうかがえば良い!
その時に姉を見つければいい!
「…死に…たく…ない……!」
死にたくない。それがフレンダの本音だった。
「まだそんな事言うのかよ!てめぇは!!白豚!仲間を売った醜悪な態度を晒し腐りやがれっ!!」
麦野はそう言うと踏みつけていたフレンダの背中から一度ヒールを離し、今度は先ほど出来たふくらはぎの傷口を思いっきり踏みつけた。
「や…ひぃ……っがっっ…!」
「痛いかぁ?フレンダ?さぁ、どっちのこーすで死にたいのかにゃん?☆」
諦念。
フレンダはステファニーが来ない、と思い、痛くない方が良いな…と消え入りそうな声で言った。
つい先ほどまで考えていた生への渇望は消え失せていた。この痛みには耐えられそうにない。
フレンダは力を振り絞って後ろを見ると麦野のヒールがずぶずぶとフレンダのふくらはぎの貫通穴に入り込んでいるではないか。
「…はぁい、フレンダちゃんはもれなくぅーーーー、原子崩しで真っ二つの刑に決まりましたぁ!パチパチ」
「…痛くし…な、っう…!」
「ゴチャゴチャうっせぇんだよ、フレンダ」
麦野はそう言うと原子崩しを顕現させる。
彼女は光の刀のようにまっすぐに伸びた原子崩しを演算し、補強し顕現させる。
「あぁ…麦野、結局、ゴメン…ね、迷惑かけて……」
フレンダは覚悟を決めたその時、立体駐車場に間の抜けた着信音が響き渡る。
♪I believe miracles can happen
DAISHI DANCEの着信音が立体駐車場に響き渡る。
フレンダは“信じれば奇跡は起きる”このフレーズが大好きで、わざわざ有料のサイトに登録してダウンロードしてしまったくらいだ。
この曲をかければ姉にも会えるかも、とフレンダは思い、それ以降、着信音はずっとこれ。ゲン担ぎの様なものだ。
この着信音がなったと言うことはステファニーがここに来た事を知らせる合図だった。
「オイオイ、裏切りモンが奇跡を信じるってかぁ?そりゃおかしいんじゃねぇのか?」
「…こ…こ…だよ……!」
「あん?誰に向かって叫んでるんだ?それとも愉快なキチガイ時報時計になっちゃたのかにゃん?」
「お姉ちゃん――――――――――!!!」
フレンダの叫び声が響き渡る。
立体駐車場がごうんごうん、と大きな音を立てて動きはじめた。
するとランクルが他の階層からやってきた。
その中にいるドライバーは女。白人で麦野よりも年上でモデル体型。
彼女はランクルの運転席からずいっと半身を乗り出し、SR25を構えている。
「砂皿さんの見よう見まねですけど……」
ステファニーは立体駐車場の中をだいぶ探した。
そしてやっと見つけた!妹、フレンダ。
ランクルから半身を乗り出し、砂皿の愛用しているSR25を構える。
既に弾は装填してある。
リュポールド社製のスコープ一杯に映し出される栗色の髪の女。アイテムのリーダー、麦野だ。
「私の妹に手を出さないでほしいですねー」
ステファニーは軽い調子で言いつつ、麦野に照準を合わせる。
普段狙撃などした事のない彼女がこの場で砂皿の銃を選んだ理由は、今まで高確率で狙撃を成功させてきた彼に対する験担(げんかつ)ぎの意味合いもあった。
普段は派手に弾丸をばらまくステファニーはしかし、今回はしっかりと麦野のこめかみにターゲットを合わせる。
ぽかんとしている麦野としきりに姉の事を呼ぶフレンダ。
その光景を視野に入れつつ、ステファニーはSR25を構え、引き金を引く。
優しく、絞るようにしてゆっくりと、狙いは正確に。
タァン!
セミオートのマガジンから一発が薬室に装填され、撃鉄が高速で7.62mmNATO弾を打ち出す。
それは麦野が原子崩しを顕現し、ステファニーを車ごと、否、駐車場まるごと抹消しようとするよりも早く彼女に襲いかかる!
マッハ3を越えるスピードの弾丸と麦野の原子崩しの放出は後手に回った麦野にとって分が悪かった。
仮に同時に弾丸と原子崩しが発射された場合、弾丸は消滅するが、この場合は完全にステファニーに軍配が上がることになった。
「ぐ…っあ!」
ステファニーの弾丸が麦野の右目の付近を擦過していく。
砂皿と違ってピンポイントでの狙撃はやはり難しい。しかし、敵に傷を与えた事は確かだった。
(やっぱ砂皿さんみたいにうまくはいきませんか)
ステファニーはそう思いつつも麦野の行動を制した事でよしとする。
彼女の目標となった麦野は右目を押さえつつ、ランクルに乗っているステファニーをぎろっとにらめつける。
「誰だよ…!てめぇ…!」
「ぐ…っあ!」
ステファニーの弾丸が麦野の右目の付近を擦過していく。
砂皿と違ってピンポイントでの狙撃はやはり難しい。しかし、敵に傷を与えた事は確かだった。
(やっぱ砂皿さんみたいにうまくはいきませんか)
ステファニーはそう思いつつも麦野の行動を制した事でよしとする。
彼女の目標となった麦野は右目を押さえつつ、ランクルに乗っているステファニーをぎろっとにらめつける。
「誰だよ…!てめぇ…!」
「そこにいるフレンダの妹、ステファニー=ゴージャスパレス」
「…フレンダに姉が…?」
片目からの出血を抑えながらステファニーとフレンダを交互に見る麦野。
その姿は血の涙を流している様にも見えた。
「へぇ…そういう事かぁ…フレンダぁ…いいわねぇ…あんたには身内がいて…!」
麦野はそう言うと右目からぽたぽたと滴り落ちる血を気にせず、原子崩しを発動させようとするが、ステファニーがSR25で彼女の左腕を容赦なく撃ち抜く。
「がッ…!」
「私の妹に手を出すな!!」
穏やかで、しかし、激しい視線が麦野を射すくめた。
ステファニーにの気迫で麦野は自分の体が震えるのを知覚する。
直後、麦野は腕を押さえ、右目から血を流したまま、その場に倒れ込んだ。
フレンダは自分を抑えているものがなくなって,身軽になると痛む足を引きずってランクルの方にとぼとぼと歩いてきた。
ステファニーもランクルから降りると、SR25を持ったまま、フレンダの方に駆け寄ってくる。
「フレンダ!」
「お、お姉ちゃぁぁん!」
もう二度と離すことが無いようにステファニーはぎゅっと抱きしめる。
「大丈夫だったか、フレンダ?」
「うん!大丈夫だった…けど、」
けど?とステファニーは自分の首筋の辺りに顔を埋めているフレンダに優しく問いかける。
「色んな人、裏切っちゃった……」
「今は…自分が生き延びることだけを考えて…ね?」
ステファニーはそう言うとフレンダが返答するのを待たずに、彼女の華奢な腕を自分の肩に乗っけて歩き出す。
「…ここから…どこにいくの?」
「学園都市から出るよ…」
「護衛の人……砂皿さんは……?」
ステファニーはフレンダの質問に対して「わからない…」と不安げに漏らす。
けど、と彼女は語気を強くして言う。
「砂皿さんは絶対死なないよ、フレンダ。あの人はそんじゃそこらの奴と戦っても負けやしないよ」
そう言うとステファニーはランクルの助手席のドアを開けて、フレンダに入るように促す。
麦野が倒れているのを尻目に、ステファニーとフレンダを乗せたランクルが立体駐車場を出て行った。
――ランクルの車内
「さっきの女は…麦野って人?」
「うん…私の所属している組織のリーダーで、麦野沈利って言うんだ」
「そっか……あの人がリーダーだったんだ。フレンダ、一杯、苦労かけさせちゃったね」
「いや、結局、私もこんな暗部で命をすり減らすなんてまっぴらゴメンだったし、お姉ちゃんを捜すために入ったようなもんだし…」
(でも、麦野達、仲間を売ったっていう事実はやっぱ精神的にきついって訳よ…)
ステファニーはそっか、と一言言うと「ごめんね」と小さい声で言った。
「私が自分勝手に色んな事するからさ、ほら、こんな性格だしさ」
確かにステファニーは自分のやりたいことを続けて来た。
学園都市で教鞭を握っていたこともあるし、警備員としても活躍したこともあった。
そして、傭兵として世界の戦場を見て回った。
「ま、お姉ちゃんらしいって言ったら、お姉ちゃんらしいいけどさ」
フレンダはそう言うとにこりと笑った。
彼女の笑顔をみたステファニーは自分がここまで来て本当に良かったと思った。
「もう、フレンダには苦労かけないから、これからは一緒に居ようね?」
ステファニーの発言にフレンダはうん、と目を見据えて話す。
問題はこの後どうするかだった。再会の余韻に浸りたい気持ちはあるにはあるが、学園都市から脱出することを考えなければならない。
「フレンダ、取り敢えず、この後の予定としては第三学区の学園都市の出入国ゲートに行こうと思うんだけど?」
「結局、ここまで暴れといて学園都市に居続けれるわけ無いもんね」
ステファニーはそうねー、と軽い調子で答える。
しかし、ステファニーとフレンダだけではこの局面を乗り切れるのだろうか?
先ほど戦火を交えた猟犬部隊の他にも攻撃を仕掛けてくる組織もあり得る。
「ちょっと砂皿さんに連絡取ってみる…」
ステファニーは運転しながら携帯をかける。
数回のコールが鳴る。
(出て下さい、砂皿さん!こっちはフレンダと合流しましたよ!)
プルルルルルル……
長いコール音が続く。コール音が一回、二回と続くたびにステファニーの胸が詰まるようだ。
彼女が半ば諦めかけていた時だった。
ステファニーが外部音声に切り替えた時にちょうど砂皿が受話器を取ったようだった。
突然コール音が途切れたことで助手席に座っているフレンダはびくりと肩をふるわせた。
『俺だ砂皿だ!今どこにいる?』
「砂皿さん!こっちは今、第三学区です…フレンダとも合流しました!」
『そうか、GPSで大体の場所は把握している。このまますんなり学園都市外に逃げれるとは思えない。一度合流しないか』
「今後の作戦に関しては砂皿さんに任せます。今どこらへんにいるんですか?」
砂皿は現時点での座標をステファニーに教える。
彼女がそれを口頭で復唱するとフレンダがカーナビにその座標を入力していく。
「見つかりました。では、今からそっちに向かいますね」
『わかった。ではその場所で待機している』
「どうしましょう?私もフレンダも怪我してます。砂皿さんはトライバル刺青の男を倒したんですか?」
『殺しはしなかったが、致命傷は与えたつもりだ…お前等は怪我の手当はしたのか?』
砂皿はとどめを刺せなかったことを悔しそうにつぶやく。
ステファニーはフレンダの方を見て「まだです」と答える。
結局、ステファニーと砂皿が電話で話し合った結果、まずは三人合流することに。
敵の脅威は依然消えていないのだ。三人で集合して万全の状態で学園都市から離脱しなければならない。
ステファニーは気持ちを新たにする。
フレンダを救出して心のどこかで安心している自分を律した。
そう。ここからが本番なのだ。
フレンダと砂皿と一緒に学園都市から離脱しなければならない。
学園都市の組織に仮に捕まれば、命の保証はないとみていいだろう。
ステファニーは自分に課せられているものがずっしりと重たく感じられた。
(妹の命は是が非でも守る…絶対に…!けど…私と砂皿さんで出来るんですかね…?)
どうする?自分と砂皿さんだけでこの学園都市から脱出できるのか?
ステファニーはいつもの明るい雰囲気とは対照的に自分の気が沈んでいくような感じがした。
と、そこで意気消沈しかかっていたステファニーに声が掛かる。
「お姉ちゃんの相棒…だよね?その人」
ステファニーはうーん?とちょっと悩んだ表情をする。
たしかに相棒だけど、ちょっと違う、って思いたい。
ステファニーの迷いの表情にフレンダはんー?とからかうような視線を送る。
じっとりと見つめられたステファニーは運転しながらも段々と顔が紅くなっていく。
「あれ?結局惚れちゃってるの?うひひ」
「ばっ!だ!うっさい!フレンダ!」
「あれ?まさか本当に?」
フレンダの茶化しに耐え切れず、ステファニーは「いや、師弟の関係だし、それ以外でも以上でも未満でも切り上げ切り捨て……」と途中から訳のわからない事を言い始めた。
「……そしたら、お姉ちゃんの大切な想い人に合流しなきゃね?」
ステファニーは「にゃはは…想い人って」とフレンダの言うことに照れつつも否定はしなかった。
師であれ、好きな人であれ、ステファニーにとっては大切な人なのだ。
そして砂皿がいなければ今回の作戦はここまでうまくいかなかった筈だ。
「フレンダ、後ろに私のバックがあるから傷の手当したげる」
「いーよ。自分でやるって訳。一々車停めたらその分だけ合流するのが遅くなっちゃうって訳よ」
「いーよ。自分でやるって訳。一々車停めたらその分だけ合流するのが遅くなっちゃうって訳よ」
フレンダはそう言うと麦野に貫かれた足の痛みを堪えて、後部座席にある応急キットで処置をする。
そしてチェロのケースより少し小さいバックのファスナーをジジと開け、ばらしてある狙撃銃を組み立てる。
「いい銃持ってるじゃないの」
「へへへ、結局、狙撃専門だけどね」
アキュレシー・インターナショナルL96AWS。
A アークティック・W ウォーフェア・S サプレス。
極寒地での作戦遂行も可能であることを意味する。そして消音機能に関しても文句なしの一品だ。
狙撃銃の中では最高峰の性能を誇る。
「お姉ちゃんが派手好きなのは警備員の人から聞いたこともあるし、私はおしとやかだから綺麗に華麗に狙撃するって訳☆」
ステファニーはカーッ!よくゆーよ!と前を見ながら呆れるようなそぶりを見せる。
冗談を交わしつつ、フレンダはハンドガンの手入れも済ませていく。
(いつも見たいに、派手にぶっ放して、ぱーっとやって片付けちゃいましょ。そうすればうまくいくはずです!)
根拠など無い。
しかし、ステファニーについ先ほどまで妹を救えるかどうか逡巡していた面影はそこにはなかった。
――猟犬部隊の応急車輌内にて
数多はしばらくの間失神していた。
砂皿から受けた一撃は彼の意識を奪っていた。
「起きて下さい、砂皿さん!」
猟犬部隊の隊員のかけ声で数多は目を覚ました。
彼が目を覚ますとストレッチャーの上に乗せられており、証明が彼の顔を照らした。
その光を遮るように彼は手をかざす。
(猟犬部隊の緊急車両の中にいるのか…俺は…)
大型トラックほどの大きさの救急車に数多はいた。
最新の治療設備が整えられたこの車両で数多は失神している最中に応急手当を受けていた様だ。
「大丈夫ですか?」と名前も聞いたことのない数多の部下の隊員が話しかけてくる。
「お…俺は…寝てたのか……?」
「はい、昏倒していました」
「砂皿…っ…の野郎は…?」
腹部を押さえながら数多は猟犬部隊の隊員に話しかける。
すると隊員は気まずそうな顔をして「逃げられました…」とぽつりと言い放った。
「チックショウが!!!!」
救急車の側壁を数多は思いっきりたたく。
逃げられたのだ。学園都市外からやってきた得体の知れない傭兵に。しかも失神させられて。
「で、砂皿の野郎は今どこにいる?」
その質問に隊員は「…目下、全力で捜査中です……」と下を向いて答えた。
「要するに…行方をくらまされたって事か…」
「はい、申し訳ございません!!!」
がばっと謝罪する隊員の姿を見ること無く、数多は救急車の外を見る。
車輌は砂皿と戦った地下駐車場の外に出た所に駐車しており、移動はしていない。
数多は考えた。
恐らく、砂皿はあの金髪ブロンドのステファニーとか言う女と合流した。
いや、もしかしたら既にステファニーの妹のフレンダと合流している可能性も有り得る。
(希望的観測はするな…最悪の状況を考えて行動しろ…)
自分が倒れていた事を心底呪いたくなる反面、彼は次の対応策を考える。
ほぼ後手後手に回っている対応で苛立ちはピークに達していたが、ここで発狂すれば元も子もない。
全ては冷静に。いかにクールになれるか、こうした状況で最も元も得られるのは焦りと興奮ではなく、慎重さと冷静さだ。
そう自分に言い聞かせた数多はまず、ポケットに入っている携帯を取り出す。
(ったく、あの素人童貞の出番だな……)
携帯のフォルダから呼び出された名前は一方通行。
学園都市の無能力者に敗北し、その事で絶対能力進化計画は頓挫。
しかし、一方通行は未だその利用価値を学園都市に見いだされ、この街の闇に依然滞留している。
(ったく…アイツの組織も戦闘中か?電話に出ろ)
ストレッチャーに横になったまま数多は携帯を自分の受話器に宛がう。
すると出た。数コールの後に一方通行の「なンですかァ?木原クン」といううざったそうな声が数多の耳朶に届く。
「一方通行か…?俺だ」
『クッカカカ…何だ何だァ?そのよわっちィ声ェ…もしかして、負傷中ですかァ?』
「そんなトコだ、で、テメェの出番だ、一方通行」
『へいへい。こっちは順調に敵をぶっつぶしててつまンねェとこだったから、強敵大歓迎だぜェ?』
「ったく口がへらねぇ野郎だな、まぁいい。そしたら今から送る奴らを消せ」
『りょォかい。この命令はグループ全体で受け取っちまって良いのか?』
「かまわねぇ。上からは俺がどーとでもいっとくから安心しろ」
『流石木原家。やるねェ!』
一方通行の独特の口調に辟易した数多は携帯のタブを開いてデータを一方通行の携帯に送信する。
送信データは砂皿緻密とステファニーとフレンダの三人。
『こいつ等を消すのか?』
どうやらデータは一方通行に届いたようだった。
数多は「あぁ」と答える。
『こいつら全員無能力者じゃねェか』
「うるせぇな。黙って消せ、後裏切り者を出したアイテムにも容赦しなくていいぜ」
一方通行は受話器越しに「りょォかい」、と適当な返事を数多に寄越す。直後、彼の受話器越しにドかぁああン!と大きな破裂音が聞こえた。
「どぉした一方通行?今変な音が聞こえたが?」
『あー、わりぃ。先客だァ。木原君のオーダーも後でやってやっからよ、ただ、ちょいと席外すぜェ?第二位様のご来店だ』
数多は第二位?と一方通行に聞き返すが、電話は既にツーツーと無機質な機械音しか流さなかった。
一方通行の話す内容が正しければ、第二位の垣根帝督がやってきたことになる。
まさか仲良くお茶でもするわけがあるまい。
暗部の組織同士の戦いだろう。数多は内心にクソ!とつぶやく。
猟犬部隊と一方通行が使えなければ後はテレスティーナと妹達(シスターズ)のクローン部隊しかいない。
数多は目を閉じる。
冷静になれ、とことさら言い聞かせる。ここで焦っては一度は接触した砂皿達をみすみす逃がしてしまうかもしれない。
それだけは避けなければならない。
数多は電話を取ると猟犬部隊の隊員に招集をかけ、砂皿達の追跡経路の割り出しに当たらせる。
彼らがそれに当たっている最中、数多はテレスティーナに連絡をしてMARに増援要請を行った。
「あぁ。俺だ、木原数多だ」
『いきなりどうしたの?数多兄さん』
「援護要請だ。お前等の所の人員を割いて欲しい」
『了解。じゃ、座標指定してくれれば人員をそっちに回すから、お願いね』
数多は座標を送信すると受話器越しから『今座標に誘導する様に伝えた』と連絡が入る。
座標が指示しているポイントは学園都市と日本国の入り口。
第三学区の吉祥寺方面の境だ。
数多はテレスティーナに礼を言うと電話を切り、白衣を着ると救急車の運転手に連絡する。
「第三学区と日本の境目に向かうんだ。恐らく奴らはそこから出国する。警戒を厳にしてあたれ。クローン部隊、“モンスーン”にも連絡」
数多はそう言うと部下の報告を受ける。
その報告に耳を貸して救急車の窓を開けると付近に数台の車輌が集まっていた。
中にはMARと書かれた車輌も有り、テレスティーナの応援部隊も駆けつけたことを示していた。
「よぉし、第二ラウンドだぁ!圧倒的兵力でなぶり殺しにしてやるぜぇ?」
――第三学区の立体駐車場
「お、おい!麦野大丈夫か?」
「は、はまづ……ら?」
麦野は自分の事を呼び掛ける声に目をさます。
(……痛い痛い!って…パシリの浜面か…)
麦野の視界には自分の肩を揺する浜面の姿とその背後にいる滝壺の姿が映った。
垣根と心理定規の追跡から逃れてきたのだろう、浜面と滝壺の二人は息をはぁはぁと荒くしながら麦野を見ている。
「あれ…?あ、そっか。私倒れてた…」
気絶していた麦野の脳裏に浮かぶのは金髪ブロンドの女が銃をこちらに構えている光景。
そうだ、私は撃たれたんだ、と麦野はぼんやりとした思考で白人の女の表情を思い出す。
彼女は手と目の痛みに苛まされつつも当たりを見回す。
どうやら自分が倒れている最中にどこかに姿を消してしまったようだ。
「麦野!目と腕、撃たれてんぞ!大丈夫かよ?」
「あ、あぁ…」
麦野の意識は依然、朦朧としていた。
(あの白人女、確かフレンダの姉とか言ったか?…に私は、たしか、撃たれて倒れて……そっから……)
麦野は自分が撃たれた時の前後の一連の出来事を思い出す。
自分の腕と目が撃たれた痛みが屈辱、憎悪といったエネルギーに屈折し、変わっていくのが感じられた。
「浜面ぁ…ふ、フレンダが……逃げた。暗部、…から!」
「フレンダが……?そ、それよりもまずは傷の手当だ!お前の腕が!血が出て…!」
麦野を抱えている浜面の手はぶるぶると震えている。
彼女は自分の左手の感覚を確かめようとするが、それが出来ない。
ちらと左手を見ると二の腕辺りからどす黒い血が出血している。
(あー……これ、私の血かぁ…、感覚ねぇわー……やべーかもな…)
あまりの事態にどこか他人事のような麦野。
だんだんと記憶を取り戻しつつある彼女は頭を抱えようと左手を持ち上げようとするが、激烈な痛みに襲われてすかさず下ろす。
「くっ!あぁぁ!!浜面ぁ!いてぇ……」
今、救急車呼ぶからな、と浜面が言いぐっと麦野の体が持ち上がる。
すると不意に浜面の指に嵌まっている指輪が視界に入る。
「お、おい…は、浜面ぁ、その指輪…、誰と」
「は?お前と買いに行っただろ?忘れたのかよ!」
「え……、浜面と?」
麦野は記憶を思い返す。
たしかに浜面と一緒に買いに行った。
ケド、浜面に対して全く好意が沸かない。おかしい。たしか、ついさっき、心理定規に頭をいじられたような…?え?
彼女は自分の記憶には留めている事実がよくわからなかった。
好きでもない人となんで指輪をつけてるの?
ってか、滝壺!お前は浜面とくっつくんじゃねぇ!
訳のわからない思考の奔流で麦野の脳内は混乱した。
激痛と思考の混濁にさいなまされながらも麦野が出した命令はその場にいた浜面と滝壺を呆れさせた。
「救急車よりも、まずは…、滝壺!あんた…、体晶で、垣根の探索……」
麦野は浜面の背後にいる滝壺に声をかける。
殺気、いや、狂気を孕んだ麦野の視線に滝壺は自分の体がぶるっと震えるのを知覚した。
「待て!麦野。まずはお前の治療だろ!垣根は、お前ですら勝てなかったんだろ?た、体晶を使ってヤローを見つけてどーすんだよっ!?」
浜面が二人の会話に割って入ろうとする。
「ブチコロス」
「やってみろ!ただ、絶対に無理だ!お前じゃ垣根には勝てない!」
うるせぇ。麦野はそう言おうとしたが口が塞がれた。
浜面が麦野にキスしたから。
「なっ。何してんだよ…!はまづらぁッ!」
麦野にとっては浜面のキスもただの欝陶しい唇をくっつけるだけの動作程度にしか感じられなかった。
しかし浜面はそれでもキスをやめない。
「うぁぁぁ!」
麦野がめくらめっぽうに原子崩しを放出する。立体駐車場の車が何台か吹き飛ぶ。
浜面も頬を原始崩しが擦過し、ツツーと血が垂れていく。
「ゆるさねぇ。私の頭をいじくった奴ら、スクールも、脱走者のフレンダもゆるさねぇ!」
「馬鹿野郎……!まだそんな事言うのかよ!!」
浜面の渾身の思いを込めたキスも伝わらなかったのだろうか。
麦野は先ほどと同室の狂気を孕んだ視線を滝壺に送る。
「滝壺ッ!体晶、飲めよッ!」
麦野の怒声が立体駐車場に響く。
――第七学区オフィスビル群
美琴は目の前で繰り広げられている戦いに言葉を失っていた。
(な、なによ?こんな事人間に出来るの?)
美琴の数百メートル先にいるのはあの一方通行だ。そして戦っているのは…、茶髪の男。
羽が生えている。虫とかじゃなくて、なんだろう。天使のような羽。
「な、なによ、あれ……?」
突如として始まった戦い。
「いやァ、第二位様からきていただけるとはこれはこれは」
「しかたねーさ。今日の戦いの発端は俺っぽいしな。責任とってテメェもあの世行きにしてやるよ」
「出来るもンならやってみな」
第七学区のオフィス街の巨大な十字路で激突したレベル5。
一方通行はビルに指を当てると、そのままビルを投げた。
想像するのは難しいだろうが、投げたのだ。高層ビルを。
グワァァァァ!と大音響を響かせてビルが垣根に当たる。しかし垣根の回りにはビルは当たらず、融解していく。
「おもしれー力だなオマエ。背中から翼も生えてるぜェ?」
「仕様だ。じゃ、つぎは俺の番だな?」
垣根はそういうと、ぱっと手を広げて一方通行に向ける。
首を傾げる一方通行を余所に垣根は死ね、と一言言い放つ。
「もう真空だよ、そこ」
一方通行は途端に呼吸が出来なくなる。恐らく垣根の力で真空地帯を作りだしたのだろう。
「がっ、は……!」
(息が出来ねェ!)
一方通行の肺が酸素を求める。肺が灼熱している。
彼は焼けるように熱い肺に手を当ててアスファルトの床をふみくだく。
地割れが垣根に向かって延びていく。地割れを起こしたアスファルトから空気が流入する。
急死に一生を得た一方通行はグン!と勢いよく垣根に突撃する。
「ぶっ、はっ!ずいぶんやってくれるじゃねェか!」
「ちっ、やっぱあれくらいじゃ死なねぇか」
垣根はそう言うとちらと後ろを見る。ビルの間からちょこっと頭一つ覗かせている心理定規に逃げるよう合図を送る。
「よそ見してるひまありますかァ?」
(ん?あの女、垣根の女かァ…?)
一気に迫る一方通行に垣根は振り向く。
「演算終わったぞ」
垣根がつぶやくと彼と一方通行はぐっと腕を組む姿勢になる。
「反射のベクトルを逆算した。なんて事はなかったな」
「へェ、反射が効かねェとは、いいねいいね!サイッコーにおもれェよ!」
めきめきと音を立てていくアスファルト。そのまま地面にめり込んでいくのかと思う瞬間、二人は上空に居た。
「お前、跳べるのか」
一方通行は見下すように吐き捨てる垣根に訂正しろ、と鬱陶しそうに呟く。
「訂正しろ。飛べるンだよ、クソメルヘン」
一方通行はそう言うと、ドン!と派手な音を周囲にとどろかせて、一気に加速する。その音は彼が音速に突入した事を意味する加速音だった。
垣根の視野に一方通行は捕らえられない。
「どこにいきやがった?」
垣根は未元物質を周囲に張り巡らす。レーダーの役割を果たす未元物質に一方通行は引っ掛からない。
音速を越えたスピードなら一足飛びで垣根に相対するはずだ。
そう考えた矢先、垣根の鳥肌がズアッと粟立つつ。
(やべぇ!まさか心理定規を?)
垣根の頭に血が上っていく。天使の羽根を一気に羽ばたかせて心理定規の隠れているビルに向かう。
(無事でいろ!頼む!)
時間にしてほんの二秒程。しかし、この二秒は一方通行に攻撃の隙を与えるには余りに長すぎた。
垣根は高度を一気に下げてビルの合間に下りる。しかし、そこには――…
「ゲームオーバァでェす…!」
ニタリと暴悪な笑みを浮かべる一方通行。彼の靴の回りには肉片が散らばっていた。
「て…テメェ……!し、心理定規に何をしたッ!!!」
「殺した」
冷淡に、いや、冷淡さすら感じない。ただ自分のやった行為を正直に告げる子供の様に一方通行は自分の行為を垣根に告げる。
「そこまでだ、スクールのリーダー、垣根帝督」
やじ馬の中から出て来る三人の男女。その中の一人、金髪頭でBVLGARIのサングラスを掛けた男が告げる。学ランを着ているが下には派手なアロハシャツ。
「降伏する気にはなりませんかねぇ?スクールのリーダー、垣根さん。結標さんからも何とか言ってあげてください」
その男は優男といった印象を垣根に与えた。
彼も恐らく一方通行と同一の組織なのだろう。彼が話しかけた結標とかいう女も気付けば垣根の背後に立っていた。
「投降すれば悪いようにはしないわ。統括理事会もそう言ってる」
垣根は気付けばそいつらに囲まれていた。
身動きの取れない状態になった垣根は決断を迫られていた。
「決めろ、第二位」
一方通行は垣根に吐き捨てる。
目の前の血だまりを見て垣根はわなわなと震える両手をぐっと握りしめる。
「バカか、てめぇら、愛してる女殺されて降伏?冗談じゃねぇ」
垣根はそう言うと一瞬で上空に跳ね上がる。
手の平にキィィィと音を立てて光球が形成されていく。
「砕けろ、てめぇら…!俺の未元物質に常識は通用しねぇ…!」
――柵川中学の学生寮
陽がくれはじめている。
長かった一日が終わりを告げようとしている。
佐天は学生寮の二階の自室でひとりぽつねんと座り、タブレット型携帯電話を起動させる。
彼女は思った。自分にはなんらかの罰が下ると。
学園都市から脱出する人間を幇助したのだから。
(アイテムの連中からも連絡こないわね…大丈夫かな…。今日は色んな組織が戦ってるっていう情報も入ってるし……)
佐天は学園都市の戦いの動向が気になっていた。
しかし、それよりもと言ったら失礼になるかもしれないが、もっと気にしている事があった。それは、フレンダの脱出作戦成否だった。
(フレンダから連絡こないなぁ。何してるんだろう…もうとっくに脱出したのかな?携帯の電池が切れたのかな)
佐天はフレンダを逃がすことになんら抵抗は……ないと言えば嘘になる。
しかし、それよりもフレンダが脱出した瞬間に自分が得られるであろう、人を助けたという、かつて人を殺す命令をだしていた事を帳消しにする免罪符を得れる
のではないかと思い気が気でなかった。
散々人を殺す命令を出しておいていまさら、人一人を学園都市から逃がすだけで一体何が赦されるのかは甚だ疑問だ。当の佐天もそれを理解している。
(自分の都合のいい理由付けだって事はわかってる、ただ私は自分の意志で人を助けたいって思う)
フレンダが学園都市から脱出すれば佐天は自分の意志で人を助けた事になる。
その瞬間に得られるものが何か、彼女は見てみたかった。
――第三学区と日本国の境界線付近
「随分な数の警備だな」
砂皿が超々望遠カメラを覗きつつ、後ろにいるフレンダとステファニーに言う。
彼の保有しているカメラは横田の米軍から譲り受けたカメラで30キロ先から対象を見れる事が出来る代物だ。
今彼らは境界線の検問所から15キロ程の地点にあるビル郡の一角にいた。
学園都市の独立記念日という事で多くの企業が休んでいるのが幸いし、潜入し休息を取れたのは彼らにとって大きかった。
「薄暮の頃合いに行くぞ」
「「はい」」
二人の姉妹の勢いのいい返事が聞こえる。砂皿は望遠鏡に目を押し当てたまま、いい返事だ、と答える。
「恐らく学園都市側は俺ら三人が脱出を目論んでいるのを察知しているだろう、相当な軍備で待ち構えているだろう」
姉妹二人が顔を合わせる。
フレンダがステファニーに引き寄せられて彼女の胸の中に顔を埋める。
ここから脱出出来るかどうか不安なのだろう。
砂皿は望遠レンズから目を離すと疲労の色が滲んでいるフレンダと彼女の肩を優しくなでているステファニーに向かって宣言した。
「君達は死なせない。何が起きてもだ。学園都市からも脱出させる」
砂皿も数多との激闘で負傷し、疲労している。しかし、幾田の戦場を駆け抜けて来た男には失敗は許されなかった。
姉妹二人を学園都市から脱出させる。ステファニーだけではできないだろうと思い砂皿は同行した。
(俺がやらねば誰が!二人に幸せをもたらせる?俺以外にいない。たとえ、俺の命を使い果たしたとしても二人は脱出させる……!)
砂皿は二人を見た後、グッと強く拳を握る。すると、ステファニーがフレンダに座るように目配せする。
フレンダが座るとステファニーが砂皿の後ろに立つ。フレンダから見ると夕日に真っ赤に照らされている二人が立ちすくんでいる様に見えた。
「砂皿さん、あんまり考えすぎないで下さいね?自分だけが死ぬなんて考えてないですよね?」
まさか、と砂皿は望遠レンズを覗きながら答える。しかし彼女の質問は砂皿の心理状態を的確に表している事は間違いない。
ステファニーはそれを見透かしたかの様にふふ、と笑う。
そして砂皿がレンズを覗き、視界が塞がれている方に軽快なステップ歩いて回り込んでいく。
「がんばりましょうね?砂皿さん☆」
そう言うと、砂皿が振り向くより前に彼の頬に優しく口付けをする。
「砂皿さんも一緒に学園都市から脱出しましょうね?にゃはは…」
砂皿さんは私のキス、なんとも思ってないのかな?ステファニーは無反応な砂皿を見てむすっとするがそんな事はなかった。
夕日に照らされてよくはわからなかったが砂皿の顔は俄かに朱くなっていた。勿論、ステファニーの頬も。
「い、いくぞ!準備出来次第出発だ!」
まるで恥ずかしさを払拭する様に砂皿は声を張り上げる。
フレンダとステファニーは目を見合わせて、クスリと笑い、カチャカチャと銃器の手入れを行っていく。
脱出の時刻が来た。
いかなる軍備が待ち受けていようがもう後退は出来ない。
――第三学区と日本国の境界線
「おせぇぞ、一方通行」
「わりわり、垣根のヤローがよ、最後に抵抗しやがってよ、クックッ…にしても哀れなヤローだったぜ」
一方通行は垣根の最後の姿を思い出し笑っている。
心理定規を殺害され、怒り狂った垣根はグループの四人に渾身の一撃を放った。
一方通行はベクトル変換能力で回避。結標達は重傷を負って戦線離脱した。
今この第三学区のゲートにいるのは一方通行と木原数多とその配下の猟犬部隊の隊員とMARの隊員達とモンスーンと呼ばれる妹達四人だった。
「一方通行、今ん所こっちに向かってくるのは恐らく、砂皿、フレンダ、ステファニーだ。
で、離反者を出した組織アイテムは今下部構成員の男を加えて四人、同じく第三学区にいて今撤退中との事だ」
数多はどうする?と一方通行に促す。このままここでフレンダ達を殺戮するか、撤退中のアイテムを襲撃してアイテムを壊滅させるか。
「第三学区からこちらに向かう奴らは全員無能力者だ。こちらで十分対処できる。しかし、手負いとはいえレベル5とレベル4を三人抱えているアイテムは正直まともな軍備て勝てる見込はない」
「じゃ、俺ァ、アイテムを潰してくるわ。生死は?」
一方通行はにやぁと口元を歪めて笑う。数多も同じくにやと笑って「問わないぜ」と言う。
「へェ、じゃ、自由に暴れてもいいンだな?」
「好きにしろ、上にはテキトーに言っとくから。まずは、離反者を出した組織を徹底的に粛正しなきゃなぁ」
数多の発言を聞くと一方通行は、能力で高く飛び上がり、崩壊しかけているアイテムに引導を渡すために第三学区の立体駐車場へと向かって行った。
その後姿を見送りながら、数多は目の前にいる隊員達を整列させる。
「お前等の何十倍も死線をくぐり抜けてきた戦争の犬どもがやってくる!」
猟犬部隊とMARの隊員達、そして妹達四人が聞き入っている。
総勢数十名ほどの学園都市の応急に構成された治安維持部隊の前に訓辞を行っていく。
訓辞を聞いている彼らは夜のとばりが降りつつある学園都市の夕日に照らされている。
「最年少の女、フレンダ、その姉、ステファニー、そしてその師匠格の男砂皿」
「最高の敬意をもって……皆殺しにしろ!」
「ハッ!」
第三学区の出入国ゲート前の大型駐車場が隊員達の声で大きく揺れる。
数多はその光景を見てにやと笑う。この軍備を越えられるモノなら越えてみろ。
圧倒的な兵力。三人を数十人で潰す。数多はそれがアンフェアだとか、なんだとか言われようが構わなかった。
敵を潰す。それだけで彼の任務は遂行されるのだから。
――第三学区 暗部組織モンスーンの狙撃手が待機しているビル
日が沈み始める。
薄暮(はくぼ)の頃合い。
太陽はその影を奥多摩の山々に映し出し、徐々にその身を沈めていく。
出入国ゲートは平常通り機能しているのだが、警備にあたる兵力はいつもの数十倍という異様な光景だ。
警備に当たっている部隊“モンスーン”の構成員の一人、妹達は出入国ゲートの付近の高層ビルの屋上で伏せた状態で警備行動に当たっていた。
(敵はいつになったら来るのでしょうか…?)
狙撃手の仕事は射撃ではなく、待つことだと言えよう。
敵が来なければ、結局はその場で待機し続けるだけ。狙撃手が構えている間に敵がよそで鎮圧されていたなんて事もある。
妹達の内の一人はメタルイーターと呼ばれる大型の対物ライフルを構えながら待機していた。
数多の訓辞後に配布された冊子を見る。その冊子には三人の顔写真と経歴が記載されている。
「ったくいつになったら来るんですかね?とミサカは苛立ちを隠さずに質問します」
メタルイーターを構えている妹達の一人に話しかけているのは、もう一人の妹達。
対物ライフルの狙撃判定を行う、補助役の妹達。
「待つのが狙撃手の任務ですよ」
「そうですね…」
狙撃手を務めている妹達の一人はスコープを学園都市を走っている車輌に合わせて行く。
祝日という事で交通量は少ないが、それでも学園都市と日本の首都圏をつないでいるこのゲートは数々の車輌や人がいる。
各車両を一台一台チェックしていく。ターゲットの三人は変装しているかも知れない。
あらゆる可能性を考慮する必要がある。
高層ビル群から見える日本国の夕景。
新宿の高層ビル群の赤色ランプがコウコウチカチカと灯っている。
(三人は学園都市から出て、どこにいくんでしょうか?)
狙撃手を務める妹達が内心につぶやく。
山々に残っている太陽の残滓の光は学園都市のビルを真っ赤な光で舐め尽くそうとしているかの様だった。
その光がスコープに入ってくる。狙撃手の妹達の一人が太陽光を見るのを避けようとした時だった。
不意に腹部に痛みが走る。
続いて、胸、どちらも人体急所に該当する部位だった。
(ど、どこから…?)
まさかと思い、妹達の内の一人は高層ビル群に視線を合わせる。
乱立するビルの中から狙撃手を見つけ出すのは難しい。
窓は太陽光を乱反射してまぶしい。
「こ、こちら…モンスーン、狙撃を受けました…!」
狙撃手はちらっと狙撃助手を務める妹達を見るが、その彼女も既に敵に発砲されている様で、絶命していた。
――第三学区のとあるビル
前衛部隊だろうか?とにかく砂皿は敵の狙撃部隊を制圧したことに安堵する。
彼はSR25で中距離狙撃を敢行して敵の組織とおぼしき狙撃犯を射殺したのだった。
「警備の狙撃手を倒した、望遠レンズで確認した。今から、出入国ゲートに向かうぞ」
「「はぁい」」
二人の姉妹の仲の良さそうな返事が聞こえてくる。
傷の手当てを済ませたステファニーとフレンダは中型のトラックの荷台に乗り込んでいく。
二人が乗り込むのを確認すると砂皿は自分の武器である狙撃銃を大きいダッシュボードに折りたたんで隠していく。
途中の路上で拝借した中型トラックの中は引っ越しに使うマットや梱包用のベルト、段ボールなどが山積みにされていた。
その中で身を寄せ合うようにして座るステファニーとフレンダ。運転手は砂皿が務める。
「フレンダ、私の隣に座ってな?」
「うん」
トラックの中ではライトがともっている。
二人は肩を並べて仲良く座っている。
「この後、ゲートを抜けたら、さっさと日本からおさらばしよう」
「砂皿さんはどうするの?一緒にいくの?」
「そうだね、一緒に帰って、カナダで住もうか!?ふふ」
「砂皿さん、ウィンタースポーツとか出来なさそうじゃない?結局傭兵だけが取り柄だ!見たいなカタイ人みたいな感じがする訳だけど…」
フレンダの会話にあちゃーと額に手を当てるステファニー。
当の発言主のフレンダは首をかしげる。だって窓は通気口もしまってるから、この会話は運転席にいる砂皿さんは聞こえないはずじゃ?
『このトラックには無線が詰んであってだな…その、何だ、聞こえてたぞ……フレンダ』
「っひぃ!すいません><」
フレンダはびくっと肩をふるわせる。
ステファニーは、あはは…と苦笑いを浮かべている。
『俺がオーストリアの特殊部隊に居たときは、フィンランド軍との合同訓練もやったからなぁ…スキー、スノーボードはお手の物だ』
フレンダはすいません!と叫ぶと「ま、いい」と無骨な声が帰ってくる。
その声に彼女は肩をなで下ろすと、今度はステファニーが質問する。
「砂皿さん、聞こえてたなら答えて下さいね~?」
『……なんだ?』
ステファニーはトラックの天井部分を見つめて話す。
「さっき言ったこと、ダメですか?」
『さっき言ったこと?』
はい、とステファニーは答えると「カナダで一緒に……って話しですよ」とつぶやくように話す。
『……』
砂皿は答えなかった。
恐らくステファニーの声は聞こえているはず。
「私じゃ、やっぱ弟子みたいな感じですかね?にゃはは…」
(戦う前に私はなんてこと言ってるんですか!?)
そう思いつつも彼女はどうしても伝えたかった。
自分が砂皿に対して師弟関係以外でも好意を抱き始めているという事を。
「あはは、冗談ですよ!?砂皿さん。砂皿さんだって私とフレンダの学園都市脱出作戦に関わってるから逃げる場所とかないかなって思っただけです!行く当てがあるなら、無理には…」
ステファニーは明るい反面、自分が傷つくのを恐れる傾向ある。
砂皿からの回答が来なかったので、彼女は傷つく前に自虐に持ち込もうとしていたのだが、その必要は無かった。
『で、ではそうさせてもらおう。オマエは一人にしておくと危険だからな、そう思うだろ?フレンダ?』
「ははー、結局お姉ちゃんも、砂皿さんも照れ隠ししてるって訳よ!私はしらなーい!好きにしてくださーい!」
フレンダがそう言うとステファニーと砂皿の会話が途切れる。ってか喋れ、こいつら。
「じゃ、じゃあ、その、砂皿さんもカナダに来たら…その美味しい店とか一杯、あの、その…!」
ステファニーのあたふたとしている姿を見ながら、フレンダは幼少時代に遊んだカナダの事を思い出す。
カルガリーの市内中心部にあるタワー。そこから見る夜景とオーロラは本当に綺麗だった。
その市街地を出れば広い一本道とその両脇にあるだだっぴろい牧草地が広がっている。
東京の西多摩地区がいくつも入ってしまう広大な土地、それがフレンダの生まれ育ったカナダのカルガリーという所だった。
(この三人で必ず帰る…!カナダの土を踏むまで死んでたまるかって訳よ…!)
決意を新たにするフレンダ。
と、そこでトラックの荷台の部分にいるフレンダたちに無線が入る。
『お前らはここで降りろ。俺に考えがある』
フレンダとステファニーは顔を見合わせた。
――第三学区 立体駐車場
体晶を飲め、そんな提案には決してうなずけない。
滝壺は麦野の刺す様な視線から目をそらさずに首を横に振る。
「勝てる見込みがあるなら、体晶を使っても良いよ。ケド、むぎのは今日の朝の闘いでもスクールの垣根に勝てなかったよね?」
「うるせぇ…!いいから飲め!」
「麦野っ!こんな馬鹿な争いはやめて今日は退こう!フレンダだって死んだ訳じゃ無いんだろ?明日探せばいい!」
麦野の頬に一筋の涙が伝っていく。
「わからねぇんだよ…!なにしたら良いか…!」
「むぎの…」
「帰ろうぜ…?麦野。心理定規だかなんだかしらねぇが、傷の手当をして、休んでまずはそっからだろ?」
浜面の説得に麦野の心が動かされたのだろうか?
麦野はまだ見える右の目から伝う涙をぬぐうこともせず、小さく、ほんの小さく頷いた。
「なぁ、滝壺、絹旗はどこに行ったか分かるか?スクールと戦ってから姿みてなくないか?」
「確かに…。大まかな方角だったら分かるけど…。距離は体晶を使わなきゃ分からないよ」
浜面は「そうか」と言うと携帯を取り出して絹旗を呼び出そうとする。
その時、ちょうどタイミング良く絹旗から電話が掛かってきた。
スクールとの戦闘で負傷したので出るか不安だったが、すぐに出る。
浜面が「おう、絹旗」と言いかけた時、絹旗の声が先に浜面の受話器に届いた。
『浜面!今どこにいるんですか?』
「あぁ?俺達は今第三学区の立体駐車場だけど、それがどうかしたのか?っていうかお前スクールと戦ってて、それで負傷してたんじゃ…?」
『はぁ!はぁ!スクールとの闘いの後、失神してましたけど、その後、起きて…そしたら…!』
どうしたのだろうか?絹旗の様子がおかしい。何かあったのだろうか?
「オイ!絹旗何でお前そんなに息があがってんだよ!つか、今どこに居るんだ?」
『私ですか…?私は今浜面達のいる所に向かってますよ!』
浜面は律儀に集合するなんて偉いな、程度にしか思わなかったが、それは違った。
「今日は…麦野も怪我してるし、帰って良いぞ?わざわざ来る必要なんて無いぞ?な?」
浜面は絹旗と電話しつつ、負傷している麦野と疲れている滝壺を見つめると彼女達も浜面の意見に同意の様で、頷いている。
これで今日の任務は終わりかと思われた。
しかし、絹旗は電話を切ろうとはしなかった。
むしろ、休む事を提案している浜面に『超それどころじゃないんです!』と告げた。
浜面が聞き返すよりも早く、絹旗が怒鳴る。
『第一位が私達を殺しに来るんですよ!』
「は?意味わかんねーよ!確かに第一位が暗部墜ちしたって話しは聞くけど…」
第一位。その呼称を聞いて麦野と滝壺の動きが止まる。
「はまづら。第一位ってどういう事?」
滝壺が浜面の方に近寄ってくる。
麦野もその後をとぼとぼと歩いてくる。
『あー!GPSでそっちのいる場所追ってたんでもうつきます!とにかく、逃げますよ!浜面!足の確保を!』
浜面は「お、おう!」と返事を返す。
絹旗との電話は既に切れており、携帯をポケットに入れると同時に、立体駐車場のドアがバタン!と勢いよく開けられた。
「はぁ…はぁ…はぁ…!は、浜面!」
「絹旗!すげぇ汗だぞ…!どんだけ走ったんだ…!?」
その話しは後!と絹旗は浜面との会話を打ち切る。
肩で呼吸している絹旗に滝壺と麦野が近寄る。
「多分、もうすぐ…はぁ、はぁ、来ます…よ!」
浜面はその言葉を聞くやいなや、急いで近くにあった車をピッキングして開錠する。
「よし、お前ら、乗れ!」
浜面がアイテムのメンバーに乗車を促したその時だった。
チーン!
一基の立体駐車場のエレベーターが浜面達の居る階に到達した事を知らせるベル音が木霊する。
「どォも、どォも、アイテム抹殺命令を受けてやってまいりましたァ…」
最狂であり、最強。そしてアイテムの彼女達にとっては最凶の男、一方通行が目の前に現れた。
たじろぐアイテム、彼女達に勝機はあるのか。
――第三学区 出入国ゲート付近
「各自持場に就いたまま聞け」
数多の無線が第三学区で警備行動についている隊員達の耳に行き届く。
彼ら―猟犬部隊の隊員とMAR、残っているモンスーンに所属している二人の妹達―は数多の無線に耳を傾ける。
「つい先ほど入った連絡だぁ。モンスーンの二人がやられちまった様だ」
「ケド、驚くことはねぇ。これで三人の目的が明らかになった。第三学区の出入国ゲートに向かってる」
「今第三学区の出入国ゲートに待機してるのは…俺と猟犬部隊の隊員数名、MARの隊員数名とモンスーンの二人だ」
「今更警備範囲の再検討をしてる場合じゃねぇ。それは混乱を生むだけだ。なんで、各自その場を全力で死抜きで守れ。まぁ、死んでもらってもかまわねぇけど」
「とにかくだぁ、三人を学園都市から出すな。出したら今後、世界に対して数十年の技術先行で優位性を保ってきた学園都市の危機になりかねない」
「だぁかぁら、絶対にこの三人を出すな」
数多は命令に対する返答を待たずして無線を切る。
そして再び第三学区の出入国ゲートの付近に停まっている車輌群の警備を猟犬部隊の隊員に任せ、彼は大型トラックの無線車の中の椅子に腰を下ろす。
(早く来いよ、三人組…!)
数多がそう思った矢先だった。
外の出入国ゲートから大きな音が聞こえた。
(あぁ?何だ?事故か?)
数多が大型無線車のドアをガチャリと開ける。
薄暮で一瞬、数多の視界が歪む。
よく見てみると、運転の下手な車が前の車の後方からぶつかってしまっている様だった。
(ったく、トラックのドライバーなにぶつかってんだよ…この非常事態によぉ)
そう思った数多は付近にいた猟犬部隊の隊員二人に対応させるように命令する。
隊員達は頷くと後方からぶつかったトラックのドライバーに話しかける。
「すいません…ちょっと身分証を提示して頂いてよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ」
後方からぶつかったトラックの運転手は事故を起こしたせいで非常に緊張していた。
運転席の窓から半身を出している男は助手席側にあるダッシュボードをあける素振りをしている。
(あの黒縁眼鏡…まさか、砂皿の野郎か…?)
引っ越し業者のトラック。途中で強奪したならば日用品や生活用品も詰んである可能性が高い。
その中にたまたま黒縁眼鏡が入っていたのだろう。
ヤバイ。ダッシュボードから出そうとしてるのは財布でも免許証でもない!!
数多は猟犬部隊の隊員達に声をかけようとするが遅かった。
ダッシュボードからずいっと出されたのは黒い硬質な塊。拳銃だった。
グロック26拳銃。コンパクトなデザインで洗練されたそれは砂皿の手に握られている。
「免許証はないんだ」
そう言うと砂皿はためらいもなく引き金を引いた。
ダン!ダン!
二発の銃弾が猟犬部隊の頭部にめりこみ、鮮やかな血飛沫を上げた直後に螺旋状にループした弾丸に絡まった脳髄が派手にはじけ飛ぶ。
まるで果物をたたき割ったような状態になった二人の猟犬部隊の隊員達の頭。
つい先ほどまで理路整然と行われていた出入国ゲートが一転して地獄の様な惨状を醸し出していた。
一般車両の人達は目の前でおきた惨劇に慌てふためき、当たりは阿鼻叫喚の様相を呈し始めていた。
「おーおー、派手な登場だねぇ、砂皿ちゃん☆」
数多は好敵手現れたり、と言わんばかりにつぶやく。
「オイオイ、お前一人かよ。囮か?可哀想に」
「あいにく俺は脱出するつもりはないんでな。彼女達は平穏を求めた、俺には…平穏は要らない」
「かっこつけんなってクソ野郎が」
砂皿は「ふん」と鼻で笑うと運転席の窓を閉める。
そこで後方にいる車両にお構いなくバックギヤを入れる。
ギャギャギャ!!!とトラックが悲鳴を上げると無謀にも何人かの猟犬部隊の隊員が止めようとやってくるがそれらは砂皿の射撃の的にしかならなかった。
「ったくぅ、てめぇらバカかよ。いつ俺が、止めろなんていったぁ?」
数多はそう言うと無線トラックからスティンガーミサイルを取り出すとカチャリと構える。
「俺がぶっ壊してやるぜぇ?」
(女二人がどこにいったかわからねぇが…取り敢えずあの車ぶっ壊すか)
元々は対空ミサイルとして開発されたスティンガーを対戦車仕様にカスタムしたモデル。
まだ周囲には逃げている人が居るにもかかわらず数多は引き金を躊躇無く引いた。
バシュン!
と発射音が周囲にとどろく。数多はロケット砲ほどではないにしろ強烈な後方墳者煙に耐える。
ドォン!
トラックの至近で炸裂したロケットは派手に弾ける。
燃えさかる車輌群の中からずいっと砂皿が出てきた。
「またお前か」
「そりゃこっちのセリフ」
今日一日だけで二度目の邂逅。
お互いの戦い方は熟知している。
「おまえらぁ。こいつは俺の得物だからなぁ。手を出すな!!」
数多はそう言うと先ほど戦った様に、ポケットから炭素繊維で編み上げられた手袋を嵌める。
「そんなに肉弾戦が好きか…」
「いやぁ?別に何でも良いんだぜ?寧ろ俺はお前にチャンスを与えてるんだぜ?銃器を使ったら、付近にいる猟犬部隊や他の支援部隊がお前をソッコウでただの肉の塊にしちまう」
「……」
こないなら、こっちから行くぜ!?数多はドン!っと一気に重心を前のめりにして砂皿に飛びかかってくる。
砂皿はそれを避けることをしないで一気に前に進んでいく。
猟犬部隊の隊員達が「木原隊長!!」と吠える。
数多はそれに答えるかのようににやっと笑うとぐっと腕を組む。
「平穏は要らないって?砂皿ぁ!!嘘つくんじゃねぇよ!お前や俺みたいのは戦いの中に平穏を見いだしてんじゃねぇか!!」
「ほう。それが、平穏か……面白い考えだ」
グググ…!
二人の指がどんどん真っ青になっていく。
握力はほぼ同じ。砂皿が来ている半袖からのび出ている太い血管が露わになっていく。
砂皿の右足からブォン!と蹴りが繰り出される。
片足で器用にバランスを取っている砂皿から繰り出されるキックはそのまま数多の首を刈り取ろうとしている。
数多は砂皿の蹴りに合わせてそちらに首を振る。
蹴りのエネルギーが完全になる前に数多が先手を封じたのだ。
鈍い音とは対照的に、数多の首に当たった蹴りはさして効果がなかった。
「チッ」
砂皿は軽く舌打ちをする。
まさか蹴足が命中する前に先に自分から合わせてくるとは予想外だった。
蹴りで片足になった砂皿の不安定な体勢を数多は見逃さなかった。
グアッ!と飛び立った数多は砂皿と組み合った状態のまま一気に空に上がる。
一メートルほど飛び、その場でとっさに体育座りのようにくるまった体勢に移行する。
この時に警戒して手をほどいた砂皿は防御の姿勢を取る。
(来る…!)
ぐっと腹部に力を入れる砂皿。どこに来る?顔か?首か?腹か?
一瞬の思考の逡巡の内にボッ!っと数多の両脚がまるでカタパルトの様な勢いで砂皿の顔に迫ってくる!
とっさに両手を顔の付近に構える。
腕の辺りに数多の蹴りが炸裂し、砂皿の手は冗談ではなく、ビリビリとしびれる感覚を覚えた。
(なんていう力だ…!)
砂皿は踏ん張るが、それでも数多の剛力から繰り出される蹴り足によろめいた。
(コイツ…つい数時間前に俺が気絶させた奴と同じ人間とは思えん……!!)
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
出入国ゲートはもう目の前だ。
「オイオイ、砂皿クン~?俺はさっき気絶させられて起きたとき、ドタマぁかち割れそうなくらい腹立ったんだわ…!ホラ、さっさと来いよぉ?」
砂皿は言われなくとも!と強く答える。
そして再び数多の間合いに飛び込んでいく。
(フレンダ、ステファニー、あいつらはちゃんと俺の言った通りに行動しているか?)
出入国ゲートの前で降ろした二人は今頃は周囲の猟犬部隊の掃討を行ってるはずだ。
砂皿は脳裏に二人の姉妹の姿を思い浮かべ、戦いの世界に没入していく。
――第三学区 立体駐車場
「どォも、どォも、アイテム抹殺命令を受けてやってまいりましたァ…」
「てっ、てめぇは…!」
「あン?誰だ?テメェ…?ってか誰に口聞いてンだ?麦野さンンンン?」
一方通行はへらへらと笑いながらゆっくりアイテムの方に歩み寄ってきた。
その姿を見て学園都市第四位を誇る麦野ですら、なにも出来なかった。
「…オイ、どうすればいいんだよ…!?」
(何で第一位がこんな所に来るんだ?)
浜面は立ち尽くしたまま誰に話しかけるわけでもなくつぶやく。
「第一位?何故あなたがここに?」
「いいぜェ?冥土の土産に教えてやるよ」
一方通行は立ち尽くしている絹旗達にアイテムから脱走者を生み出した事実を教えた。
脱走者。それは言わずともわかった。
「フレンダが、脱走したって事ですか……そうですか」
絹旗は一方通行の口から聞かされた事をうんうん、と頷き理解する。
(なるほど、フレンダが超大脱走したって事ですか…で、脱走者を出したアイテムに制裁を加えるために第一位がここに来た…)
「超浜面と麦野と滝壺さんを連れて早く避難して下さい」
「ひっ、避難ってどこに行けばいいんだ?っていうか、絹旗!おまえは!?」
「私のことはどうでもいいので、とにかくどこでもいーから早く逃げて下さいッ!」
浜面の声は絹旗の怒声に掻き消される。「お、おう!」と上擦った声をあげて浜面は車に乗り込む。
絹旗は「滝壺さん!」と呼び掛ける。その呼び声に滝壺は振り向く。
「体晶、貸してください!」
「え?……きぬはた。どーゆー事?」
滝壺は絹旗の発言を聞き返す。絹旗はたしかに言った。「体晶」と。
「私の能力は目の前にいるあの男の思考回路や演算体系を埋め込まれたもの、体晶を使えば、もしかしたら……可能性を見いだせるかもしれません」
可能性。
はたしてそれが絹旗の一方通行にたいする勝利を収める事が出来る可能性か。
或いは滝壺達が脱出出来るまでの可能性か。
それはわからない。
とにかく、絹旗は一方通行に視線を合わせたまま、滝壺に体晶を出すように促す。
「できないよ。きぬはた。あれには適性があるかどうかで決まるから、今、絹旗に体晶を渡す事はできない。むしろ適正があっても渡すことは出来ないよ!」
「そんな悠長な事を超言ってる場合ですかッ!?滝壺さんっ!」
絹旗はそういうと、「滝壺さん、すいませんっ!」と一礼すると滝壺のお腹を殴る。
怯んだ滝壺のポケットを彼女がまさぐっていく。するとポケットの中にシャープペンの芯入れほどの大きさのケースを見つけた。
絹旗はそれをぐっと握る。
「…な、…んで?きぬはた」
「気の迷いですよ、今日初めて本格的に戦った学園都市第二位には歯が立ちませんでした。それは能力を理解してないからです。でも、目の前にいる男は違う」
絹旗はそういうと、滝壺に浜面がピッキングした車に乗り込むように指示する。
観念した滝壺はよろめいた足で車に向かっていった。
「き、ぬはた。死なないでね…」
「なぁに言ってるんですか?滝壺さん!気の迷い位で死ぬ訳にはいきませんよ?明日も映画見に行く予定が控えてるんです!ほらっ、行った!」
滝壺は頷くと浜面が運転する車に乗り込む。
彼らの車が絹旗の横を通り過ぎる。
真っ赤に光った車のテールランプを見つめ、
絹旗は安堵の息を漏らす。
「ふぅ、これで一先ず安心です」
「安心ー?お前の身の安全が確保されてませンけどォ?」
小ばかにしたような口調で絹旗に話しかける一方通行。悪意で顔をゆがめた彼は「じゃ、そろそろいくぜ?」と絹旗に向けて言い放つと一気に距離を詰めていく。
絹旗はその姿を見て、シャープペンのようなケースから白い粉をトントンと手の甲に落とす。
(これを舐めれば良いんですよね?)
絹旗は手の甲に落ちた体晶の粉を恐る恐る舐める。瞬間、絹旗の頭に激痛が走る。
(カッ……は!な、ななな、なんて、なんてい、痛みですか?)
「ははァ、なるほどねェ。一時的に能力を誘発させようってかァ?」
「わ、私とあ、なたの能力はよく似ています…!体晶を使えば一時的にあな、あー、あなたと同じ、いや、防護性にと、特化……!」
あまりの激痛に絹旗は頭を両手で抱える。
一方通行は攻撃をする事なく、苦痛に悶えている絹旗をヘラヘラ笑いながら見つめている。
彼は笑いつつも目の前にいる絹旗を冷静に分析していた。
(…コイツは、恐らく俺の演算体系を思考に組み込ンでいる。なら、一時的にしろ反射しあう。反射攻撃をすればそれが帰ってくる)
一方通行は暗闇の五月計画と呼ばれた学園都市の計画を思い出す。
学園都市に体よく捨てられた子供の内の何人かに一方通行の演算体型を移植したというおぞましい計画。
(元々、コイツの適正は窒素。木原くンのバンクにはそう書いてあった。体晶で一時的に俺と同等になろうってか?)
同等。それは一方通行の最も嫌うモノ。
(待て。俺より強い奴はいねェ。そォゆゥ陳腐な、俺と並ぼうって考えるのもばからしくなる位、俺は誰よりも強くなきゃいけねェ……!)
目の前の苦しんでる少女をさっさと消さねば。
彼女は自分と同じ立ち位置に立とうとしているのではないか。
(今日の第二位との喧嘩、それに、あン時の、俺を殴った三下の野郎もそォだ…皆、俺に戦いを挑ンで来やがった……)
第二位は潰した。ケド、三下は?
絶対能力進化計画を頓挫させたあの無能力者の男。
認めたくはないが一方通行は完敗した。今回目の前に立っている絹旗とか言う女は?
(気に食わねェなァ…、この女…)
一方通行の本能が告げていた。
さっさと破壊しろ、と。
(前に戦いを挑んできた三下相手には油断して敗北した。……今回は油断ならねェ…)
一方通行は前々回、即ち彼が敗北したときの戦いを思い返し、気を引き締める。
自分がもう二度と敗北しないために。しかし、その思考が一方通行の足かせになってしまうのだが。
絹旗は片耳から血を出しており、顔は青ざめている。
しかし、先程迄苦しんでいたような雰囲気は彼女からは感じられず、むしろ、すっくと立ち上がる。
一方通行から見て、顔色と耳からの出血以外は取り立てて異常を感じられなかった。
ただ、彼の気に障ったのが彼女の口調だった。
「いきますよ?第一位?覚悟は出来てますかァ?」
「クカカカ…どォぞどォぞ…てめェの手がこの俺に触れるこが出来たら、それだけで褒めてやンよ?」
(コイツ…口調が変わった…?)
一方通行は喋りながら、何かうぜェ、そう思った。
しかし、その先の思考が突如として中断される。絹旗の攻撃を受けたから。
絹旗は地を這うようにして一方通行に飛び掛かると、目の前で飛び上がる。
窒素を繊細に操った彼女は一気に重力ベクトルを下方に調整する。
そして、ギロチンの勢いで華奢な脚を一方通行の大腿骨の辺りに振り下ろす――!。
「あぶねェなァ、いきなり」
「――――――チッ」
絹旗は小さく舌打ちすると、一方通行の会話に反応する事はなく、再び攻撃を続行する。
「一つ試してみますね?」
絹旗はそういうと一方通行の間合いに移動する。
そしてそのまま一方通行を殴ろうとした。
「おいおい!真っ向からですかァ?効きませんよォ?」
「まァ、みてて下さいよ」
(思いつきですけどうまくいきますかねェ?)
絹旗のかほそい腕から繰り出されるパンチ。
彼女の形成している窒素の膜に一方通行の反射が影響しているぎりぎりの範囲。
すなわち一方通行の体に接触するかいなか。その瞬間に絹旗が自分の繰り出した拳を引いた。
ドゴン!
絹旗が拳を引いた直後、鈍い音が一方通行から聞こえた。
「いってェなァ…」
(一体どォゆー理論だ?何で反射をデフォで設定している俺の事を殴れるンだ?)
「き、効いたようですね…!?窒素ぱンちってトコですかね?」
一方通行に触れる直前に引くパンチ。
彼の反射に反応するかいなかで引けば反射が逆方向に作用するという理論。
理論と言うよりも寧ろ、子供じみた考えだったが、絹旗はそれを即座に行動に移した。
常識的な戦法では一方通行には勝てない。
そう考えた彼女の窮余の打開策が直前に拳を引く、という超々繊細な動作だったが、それは
「絹旗、とか言ったか?クカカ…褒めてやるよ。よく触れられたなァ…この俺に」
(まさか…窒素と俺の反射の膜が触れる空間を見切って、拳を引いている?)
「どうしたンですか?まさか、体晶使って超強くなったこの私に勝てない、とか思ったりしてませンか?」
「だー。うっせェ。今、どうてめェを料理してるか考えてるンだよ。後、その口調辞めろ、殺意が湧く」
(元々窒素の使い手ならそれくらい容易い。体晶を使って一時的にその感覚が鋭敏になってもおかしくねェ)
一方通行は推論に過ぎないが、絹旗が自分に触れることが出来た理論を推測する。
それは恐ろしく幼稚な理論だったが、触れるにはそれしか方法がない。
どうすれば絹旗から攻撃を受けずに済むか。一方通行は考えた。
(攻撃か?やっぱり。ってか、それしかねェよなァ?)
にやぁと笑うと一方通行は一気に絹旗の間合いに飛び込む。
それは絹旗が身構えるよりも早く彼女の間合いに侵入してきた。
「は、早い…!」
「残念でしたァ」
一方通行はまんまと絹旗の間合いに潜入するとそのままとんと指を触れようとする。
しかし、絹旗は窒素薄い膜に触れた瞬間にさっと防御態勢を取るのでうまく攻撃が出来ない。
「ったく、さっさと殺させろよ?楽だぜェ?」
「あいにくですが、超お断りします!」
べっと絹旗は舌を出す。
顔色は相変わらず悪い。それでもなお交戦を続ける。
絹旗は正直今にもぶっ倒れそうな位だったが、彼女は思った。
第一位とも渡り合えるんだ、と。そしてあわよくば、本当にあわよくば、勝てるんではないか、と。
絹旗は手の甲に更に体晶の白い粉をかける。
そしてそれをぺろりと舐める。再び絹旗の頭に激痛が走る。
「いき…、ギ、…あ、ます、よ!」
「来い、薬中女ァ」
――第三学区出入国ゲート前
フレンダとステファニーはゲートに到達する前にトラックの荷台から降りていた。
彼女達は砂皿が数多を引きつけている間に他の部隊を必要最低限排除することだった。
一般にも利用される出入国ゲートなので多くの民間人が居た。
彼らは避難するか、砂皿と数多の戦いを遠巻きに見たり、車の中からクラクションをプープーと鳴らしている。
相当数の人がいるこの状況でフレンダとステファニーの二人は避難している人達の群に紛れ込んでゲート付近に近づきつつあった。
アタッシュウェポンケースの取っ手の部分にあるレバーには手が掛かっており、いつでも発砲出来る状態だ。
猟犬部隊やMARの隊員は砂皿と数多の戦いに注目しており、注意力に欠けていた。
「(よし…、フレンダ行くよ?)」
「(了解!)」
フレンダとステファニーは一気に飛び出すと出入国ゲートに構えている警備の隊員達に向かって発砲する。
アタッシュウェポンケースから発射された弾丸はゲートの踏切の当たりに派手に火花を散らす。
すると敵もフレンダ達の存在に気づいたようで、反撃をしてきた。
「まさか、実の妹と一緒に戦うことになるとはねー!」
「結局!私も想像してなかったって訳よ!」
二人はアタッシュウェポンケースの鍵を開錠するとそのままクルツ短機関銃を取り出す。
そしてそのまま派手に弾丸を四方にバラまいた。
消音器によって音はかき消されているものの、短機関銃を発砲しているのはやはり人目について、周囲で見ていた人達の間からは悲鳴が聞こえてきた。
その中には透明の容器に収納されている超強力なVXガスが入っているケースがあるのだが、これは使わない。一般人が多すぎる。
フレンダとステファニーが放った弾丸は車や出入国ゲートの窓ガラスを手当たり次第にぶち破っていった。
ダダダダダ……!
マガジンを全て撃ち尽くすと即座にマガジンを取り返る。
そうして敵に反撃の隙を与えない様にしつつ、徐々に二人は出入国ゲートに近づきつつあった。
ゲートは高速道路の入り口にある様なスペースよりも少し大きくなっており、猟犬部隊の隊員二人がそこを防護しているが、彼らは伏せて反撃の機会をうかがっている様だった。
ステファニーはそこに背負っていたHMK416を構えると容赦なくグレネードをぶち込んだ。
下部レールから射出されたそれは間の抜けた音を周囲に響かせる。
しかし、その音とは対照的に、直後、派手な炸裂音が聞こえた。出入国ゲートの一部が吹っ飛んだのだ。
「おーおー!あっちでも派手にやってるじゃねぇの!!」
数多が暴れているステファニーとフレンダを遠巻きに見つつ、どこか他人事のように喋る。
「てめぇが囮だったって事か?砂皿ちゃん」
「囮ではないさ、陽動だよ、陽動」
「結局、どっちも同じ事だろッ?」
二人は再び戦いの世界に没入していく。
ステファニーはフレンダと共に制圧して出入国ゲートに入る。
目の前はもう日本国だった。
(この先を越えれば、…が、学園都市から出れる…!)
ステファニーは銃を構えつつ待機している。
隣にいるフレンダも周囲の様子をキョロキョロと見回している。
あらかたの敵は排除したつもりだった。
あとは後方で木原数多と戦っている砂皿を迎えて脱出して、おしまい。
しかし、まだ残っている敵は数多と戦っている砂皿とフレンダ達を分断しようと目論んでいるようで、フレンダ達に猛攻撃を加えてきた。
「お姉ちゃん!相手は砂皿さんと私達の間を分断しようとしてるよッ!」
「分かってる!」
そうはさせない、一緒にカナダに行くと砂皿さんは言ったんだ!
ステファニーはHMK416を背中に再び持って行き、クルツのトリガーをぐっと絞る。
トリガーを絞られたクルツは再び高速で弾丸を吐き出していく。
「ぐ、がッ、ハッ!」
猟犬部隊の隊員達は高速で射出される弾丸の前に倒れつつも次第に車の影から身を伏せて抵抗する様になっていく。
「フレンダ!ここ、あんまり持ちそうにないかも!」
「まだ持ち堪えなきゃ!砂皿さんが来てないもん!!」
フレンダは狙撃銃で狙撃を敢行しているものの、敵が段々と接近してきているので狙撃銃を捨てて拳銃で敵を退けようとする。
「ダメだ、敵が多すぎる!」
ステファニーの悲鳴の様な叫びが聞こえる。
撃ち続けなきゃ!!フレンダは弱気になってる姉に向かって檄を飛ばしつつ、拳銃を撃つが既に弾丸はなくなりつつあった。
猟犬部隊等の学園都市の治安維持部隊に囲まれつつある。
既にフレンダとステファニーは満身創痍の状態だった。
「クッソ…!あれを使うしかないのか?」
「あれってまさか、あの毒ガス!?お姉ちゃん!!」
ステファニーはフレンダの問いかけには答えずにアタッシュウェポンケースに収納されている透明の球状の容器を取り出す。
そしてそれをグレネードの弾丸に装填する。
「BC兵器は…ダメだよ…!まだ民間人が沢山いる…!一般人にも、被害が出ちゃうよ!!」
「で、でも…!」
ステファニーは自分達と砂皿が分断されつつある状況を打開しようと判断し、BC兵器(バイオ化学兵器)に手を出そうとしている。
砂皿を救う点ではその使用は正しい。けれど、一般人が多数いるこの状況でそれを使うとなれば話しが違う。
フレンダの僅かばかりの道徳心がその使用をためらわせていた。
「信じようよ、お姉ちゃん、砂皿さんは必ず勝つ!それまで普通の武器で戦おう!」
彼女の発言を聞いてステファニーは装填していたグレネードランチャーのBC兵器の弾丸を手にとって再びケースに収納する。
そして間髪入れずにクルツを短発モードに切り替えて発砲を始める。
「私達と砂皿さんが分断されないためには…ここを持ち堪えて、なおかつ砂皿さんがここに来るまでまたなきゃいけない!フレンダ、我慢出来る?」
「出来るよ!!」
暫くして銃声が聞こえなくなる。
恐らく、猟犬部隊やその他の増援部隊を斃したのだろう。
フレンダは出入国ゲートからにょきっと顔を出す。
すると200メートルくらい離れたところで砂皿と数多が依然、激闘を繰り広げていた。
フレンダはこの距離なら、と思いアキュレシー・インターナショナルを取り出す。
ヘンソルト十倍のスコープに映し出された数多の姿。しかし、激しく入り乱れての戦いのため、狙撃は出来なかった。
「ダメだ。狙撃が出来ない。放置された車両の中に敵の残党が居る可能性もあるから、援護にも行けないよ…!」
フレンダがステファニーにそう告げて身をかがめようとした時だった。
「まだ終わってないですよ?」
「…!」
二人の前に全く同じ顔のクローンが現れる。
全く同じ容姿の彼女を見てステファニーはポカンとするが、フレンダは見覚えがある顔だった。
「まさか…超…電磁砲?」
「いえ、違います。容姿は似ていますが正確にはお姉様のクローンですね、とミサカは脱走者のフレンダ=ゴージャスパレスとそれを幇助した姉に向かって事実を話します」
「
脱走者ねぇ……クローンのあなたにもいつか思う時がくるって訳よ!この腐った街から脱出したいってね!」
妹達にそう告げるとフレンダは痛む足を押さえつつ、腰に差しているククリ刀を抜刀する。
ステファニーもアーミーナイフを出して身構え、もう一人の妹達に備える。
「白兵戦ですか、とミサカはつぶやきます」
「結局はあなた達もそれを望んでるんでしょ?こんな勢いよく飛び出てきちゃってさ」
フレンダはそう言うと一気にゲートの中から飛び出て戦う。
車のボンネットの上を器用にステップを踏んで歩いているモンスーンの妹達の一人と対照的に足を麦野に撃ち抜かれているフレンダでは明らかに妹達に分があった。
「おや?足を怪我をしてるのですか?」
「まぁね。ちょいと仲間を裏切った罰よ、罰!でも、あんたらにはこれで十分って訳☆」
ダァン!ダァン!と音を立ててステップを踏んでいく二人。
車のボンネットは彼女達の足跡を刻んでいく。
(クッ……あ!だいぶ痛むって訳よ……!)
「痛そうですね?苦痛に表情が歪んでますよ?とミサカは裏切り者の白豚に哀れな視線を送ります」
「かー。超電磁砲とそっくりなその容姿。ウザイって訳よ。大量生産のクローンにはそんな事、言われたくないわねぇ」
フレンダはそう言うと痛みをこらえて一気に飛び込む。
ククリ刀の歪な形状が妹達の首筋を捉えようとしている。しかし、それも敵わなかった。
というのも妹達の周りに一瞬殺気が感じられたから。
「あっぶないモン持ってるじゃない!」
「チッ、気づかれましたか、とミサカは舌打ちをして悪態をつきます」
常盤台の制服とは全く似合わない黒い手袋。
そこから伸びている細い糸。
「へぇ?ピアノ線か何か?」
「学園都市製の糸です。本来の斬鋼線、と言うものは硬質な物質だけしか切れません。しかし、学園都市の開発したハードサイエンスによって柔らかい物質も切れるように改良されました」
モンスーンに所属している妹達の一人は恐ろしいことを平然と言うと試し切りと言わんばかりに目の前の車にひゅっと糸を当てた。
すると車が真っ二つにした様に切断されてしまった。
「へぇ…おっそろしい武器持ってるわね?」
けど、負けるわけにはいかない。あと少しで日本の土を踏めるのだ、そしてその先には故郷のカナダが待っている!
「はぁ、結局、私は御坂関係とは相容れ居ない関係なのかな?」
「?」
妹達は首をかしげる。
フレンダは「あなたはしらないでしょーけど」と一言言い放つと一気に間合いに侵入する!
ブォン!とククリ刀をふるう。間一髪でそれを避けると妹達は両手に嵌っている手袋の先端に構築されている斬鋼線をゆらぁとフレンダに向ける。
風に靡かれるような勢いでフレンダに向かってくる緩やかな斬撃を彼女は上半身と下半身をひねって回避する。
「へぇ…裏切り者のくせに、結構やりますね、と御坂はフレンダの身体能力に感嘆します」
妹達がにやっと笑った時だった。
フレンダ達が戦っている後方、つまり、砂皿と数多が戦っている方でどよめきが起こった。
それは見ている野次馬達からもたらされたものだった。
そのどよめきが示す意味。恐らく、彼らの戦いに決着がついたのだろう。
フレンダとステファニー、はては二人の妹達もお互いに武器を持ったまま、立ち尽くす。
彼女達は戦いの帰趨が気になるようで、互いの得物を持ったまま、硝煙から出て来る影を凝視した。
「砂皿さぁぁぁぁん!」
ステファニーはいても立ってもいられなくなり、その名前を叫ぶ。頼む!応えて!砂皿さんっ!
祈るような気持ちで彼女は腹の底にぐっと力を込めてあらん限りの大声で叫ぶ。
「う、うるさ…い、そんなに大きな声を出さなくてもきこ、えるわ」
硝煙の中からずいっと出てきたのは砂皿だった。その時、びゅうっと強風がふいて煙りが取り払われる。すると、数多が地にはいつくばる形で倒れていた。
「や、殺ったんですか?」
「いや、昏倒しているだけだ。殺してはいない」
そう言う砂皿は片足を引いている。かなりの強敵だったのだろう。
(敵ながら、いや、一博士としては無類の力を誇るだろう…、よくやったぞ、木原数多)
砂皿は歩きながら素直に数多を内心で称賛した。立ち往生している車列を縫うようにして、とぼとぼとした足取りでステファニー達のいるゲートに向かう。
ステファニーは目の前でポカンとしている妹達そっちのけで砂皿の方に向かって走っていく。
「砂皿さん!大丈夫ですか!?」
早く手当てをしなければヤバイ。ステファニーはそう思い、いてもたってもいられなくなり砂皿に駆け寄った。
砂皿がここまで打ちのめされているところをステファニーは今まで見た事がなかった。彼女にとっては衝撃的な光景だった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ば、馬鹿やろ、俺には構うな…!早く、ゲートを越えろ……まだ敵がいるんだぞ?」
彼は早くゲートを越えるように促す。
しかし、ステファニーは砂皿の注意にも顧みず、砂皿の肩に自分の手をかける。
「ダメです!砂皿さんも、一緒に帰るって約束したじゃないですか!!」
そう、三人で一緒に帰ると決めたんだ。
しかし、砂皿はその言葉を否定する。
「お、俺の帰る場所は……や、やっぱり戦場(ここ)なんだよ、ステファニー」
彼にとっての平穏とはは戦場なのかもしれない。
砂皿はそう言うとふふと自嘲気味に嗤った。
「な、なに言ってるんですか?砂皿さん!ホラ、ゲートまで後少しですっ!一緒に、行きましょうよ!」
「あぁ、あと少しだ、な…だから早く、いけ!」
砂皿は数多との戦いでかなりの深手を負っていた。しかし、猟犬部隊やモンスーン、MARの増援部隊は彼にをとどめをさせなかった。
フレンダが肩で息をしながらも必死にクルツを構えて、砂皿達を守っているからともいえるが、何より砂皿という数多を倒した化け物に対して畏怖の念が彼らの心中に去来していた事が大きい。
ステファニーは砂皿を肩で支えたまま、ゆっくり、しかし着実にゲートに近づきつつあった。ゲートまであと少しだ!
彼女はゲートの中にいたフレンダに先に出る様に大声で指示する。
「フレンダぁ!!そのままゲートを越えて!!」
「うん!」
フレンダはクルツを構え、ゲートから出る。
すぐ目の前にいるクローンにバイバイ、と小さい声で話し掛ける。
「チッ!じゃあな、糞ビッチとミサカは白豚の裏切り脱走者を見送ります」
妹達の罵声にフレンダはふっとは鼻で笑う。まるで自由を噛みしめるかのように、そして、妹達を見下したような表情で告げた。
「ほざいてろっての。私は今から自由って訳よ☆」
「自由?」
フレンダは「そ☆」とクローンにウインクをするとゲートを跨いで日本にはいる。
その後をステファニーと砂皿が着いてくる。彼女達も日本に入った。
その光景をみたフレンダ。姉の肩に手をかけている砂皿。
フレンダから見た砂皿とステファニー。夕日の残滓の明かりを背景に歩いているその二人の姿は数年来の信頼関係をそれだけで証明していた。
フレンダはその光景を見て頼もしいと思った。同時に、日本に入った事で、フレンダは自分の頬の筋肉がゆるんでいくのを知覚する。
緊張状態から脱出したのだ、という安心感と油断が彼女をそうさせたのだ。しかし、ステファニーの声でフレンダはびくっと肩をふるわせた。
「フレンダっ!まだ気を抜いちゃだめ!取り敢えず、どんなんでもいーから車の確保っ!」
「う、うん!」
日本側ゲートもかなり混乱しており、遠くから、警察のサイレン音が聞こえている。間もなくこの現場に来るパトカーの音だろう。
一方、境界線にいたモンスーンの二人は学園都市の技術の粋である自分達を見せまいといち早く退避する。
残った猟犬部隊は既に自分達の任務が失敗した事に怯え、その場で自決し始めた。
パァン!パァン!
渇いた銃声がゲートから聞こえてくる。
それを見たステファニーとフレンダは唖然とした。
「………任務を失敗してその後に彼らを待っているのは死ぬよりも辛い事なの?」
「結局、あの部隊の人達も哀れって訳よ…」
二人が話しながら近くにある車を物色する。
キーが入ったままの車がゲート付近にあったのが幸いだった。
「す、砂皿さん!乗ってください!」
フレンダが砂皿に話し掛ける。かなりの重傷だ。手当てをしなければ。
そう。日本に入ったからと言って直ぐに気を抜いて良い訳ではないのだ。砂皿は依然重傷。
ステファニーとフレンダにしても疲労困憊状態だ。予断を許されないのだ。
と、その時、一発の乾いた発砲音が周囲に響き渡った。
パァン!
その時、間延びした発砲音。
それは猟犬部隊の隊員達の自決と違って、明らかにこちらに向けて放たれたものだった。
「クッソ!!!」
自分がつい先ほど油断してしまったことに怒りがこみ上げてくる。
フレンダは拳銃を撃った数多がにやと笑いながらその場で這いつくばっていくのを目視した。
(結局、とどめを刺すべきなの?)
フレンダはクルツを構える。クルツを向けられた数多はフレンダ達の方を見るとにやっと笑い、そのまま仰臥する。
恐らく、最後の力を振り絞って砂皿のことを撃ったのだろう。
彼はフレンダがとどめを刺すまでもなく、程なくして、絶命した。
木原数多が死んだ。フレンダはそう思うとクルツを再び背負って車に砂皿を乗っけようとする。
ここからどこかにいって砂皿の手当をするのが先決だった。
「お姉ちゃん!砂皿さんを車に乗せて!早くいかなきゃ、警察が来る…!」
「うん…!わ、分かってる!!」
浮ついた声でステファニーはフレンダに向かって答えると砂皿を後部座席に乗せる。
ステファニーは既に双眸に涙を一杯にため込んで、今にも決壊しそうな勢いだった。
「お姉ちゃん、泣かないで!まだ諦めるな!」
「う、うん!じゃ、フレンダ、行くよ!!砂皿さんの事しっかり見ててね!」
ステファニーはそう言うとフレンダの「うん!」という返事が来るより早く、運転席に放置してあった、キーを差し込んでぐいっと回す。
一拍の間を置いてエンジンが小気味のいい音を立てるのを確認する。
彼女達を乗せた車は学園都市と日本国の出入国ゲートから脱出していった。
すぐ直後に警備員と日本国の警察が到着したが、その時は既にステファニー達はそこにはいなかった。
――第三学区 立体駐車場
「ったく。手こずらせやがってよォ」
(結局俺は攻撃出来なかった。ま、勝手にコイツが潰れたから良いけど、腑に落ちねェ…)
「ダメですね、やっぱり、超勝てませンでした」
「よく頑張ったと思うぜェ…?」
(体晶を使ったコイツは厄介だったな、さっさと犯して殺しちとするか)
絹旗は一方通行の前にひれ伏していた。
一方通行が絹旗に何かしたというわけではない。彼女が体晶の衝撃に耐えきれず事切れたのだった。
「あ、あなたは超強いですね…」
「あンがとよォ。でもな、俺はお前に触れてねェ。それは誇れるべきだぜ?」
「あ、ありがとうございます…。……ホラ、アイテムの抹殺命令を受けてるんですよね……?さっさとひと思いに殺して下さいよ」
絹旗は観念した、という風に、突っ伏している状態からごろんと仰向けになる。
抵抗の意志がないことを示していた。
一方通行はふふんと笑うと、絹旗に手をかざした。
「じゃァ、お言葉に甘えて☆」
一方通行はそう言うとぴとっと絹旗のセーターに手を当てる。
引き裂いたわけでもないのにセーターがびりびりと破れていく。
下着姿になっても絹旗は動揺しなかった。
その挙措に一方通行は僅かに顔をしかめる。これでは彼が今まで殺してきたクローンと全く同じ。
「今からてめェをグチャグチャにして殺すぜェ?何か言い残すこととかねェか?それか、未練がましく暴れてみたりしねェのか?」
「ひと思いに殺してくれるんでは?」
(…正直、超怖いです…)
一方通行の質問に絹旗は毅然と答える。
これでは全く面白くない、彼はそう思った。
なので、彼は絹旗の発言を「だァめ」と禍々しく頬を歪めて、拒否する。
「そうですか…」
「気丈に振る舞いやがってよォ…むかつくなァ。命乞いしねェのか?てめェもあのクローンと同じかよ」
絹旗は「あのクローン?」と首をかしげるが、当の一方通行本人は絹旗の質問には答えずに喋り続ける。
「むかついたぜ、絹旗ちゃン」
一方通行はそう言うと下着の表面を一気に能力で引き裂く。
絹旗の裸体が露わになり、「いや…」と小さくつぶやいた。
絹旗の諦めの声を一方通行は聞き逃さなかった。
「く、ク、クククク…カカ、アヒャ、ギャ…は…ハハハハハハ!そォ!それ!俺の聞きたい声ェ!そォいうの待ってたんだよォねェ!」
倒れている絹旗の前で高笑いを浮かべる一方通行。その姿は絹旗の目には狂人として映った。
「なァーンだァ!やっぱ、怖いンじゃねェか!絹旗ちゃン?ンンンンン?」
「…………ッ!」
絹旗はまだ膨れていない胸と薄く毛の生えた恥部を両手で隠す。
しかし、一方通行にはそんな事は全くお構いなしに絹旗の恥部をまさぐる。
窒素の壁が構築されている彼女は男を寄せ付けることはなかったが、一方通行のベクトル操作の前では彼女の窒素装甲は為す術がなかった。
「や、辞めて下さい…!」
絹旗が一方通行に懇願する。
先ほどまで気丈を装っていた彼女はしかし、目の前にいる一方通行を前にして恐怖したのだった。
絹旗の懇願も虚しく、一方通行はにやりと笑うだけだ。
彼にとっては懇願ですら今後の展開を盛り上げるスパイス位にしか感じられないのである。
一方通行はまずは絹旗の恥部に手を宛がい、一気に粘液を引き出す。
絹旗は既に全てを諦めたのだろうか、立体駐車場の天井を見上げている。
「ンじゃ、濡れてるから挿入しまァーす☆」
ふざけた調子で言う一方通行だったが、彼の股間は今から行われるであろう性行為を前にして興奮し、いきり立っている。
絹旗は今からされるであろう行為を見たくないと思い、意図的に天井を見続けていた。
その間に絹旗の膣内に一方通行の性器が侵入してきた。
「…!」
(超痛いですッ!)
しかし、絹旗は思った。絶対に声を出してたまるか!
絹旗は一方通行に少しでも不快な思いをさせてやろうと思い、声を出すのを必死にこらえていた。
一方、腰を振っている一方通行は気持ちが良い事には変わりなかったのだが、全くつまらなかった。
これじゃァ、あのクローンと一緒だ…!
一方通行はそう思った。途端、彼の頭の中でブチンと何かが切れる音がした。
(あー、コイツはつまンねェ)
かつて妹達に強要していた性行為と全く一緒だった。
自分だけが気持ちよくて、相手は全く気持ちの良さそうな反応を寄越さない。
妹達は特になにも言わず、無言で性行為を済ますだけだった。
それはクローンだから、と割り切っていたが、しかし、今目の前にいる絹旗も今まで一方通行が殺してきた妹達同様になにも言わなかった。
その素振りが彼をひどく不機嫌にさせた。
一方通行は腰を振りながらも絹旗の額に手をあてる。
「な、何をする気ですか?」
絹旗の視界に映る一方通行の手。
その手が当たった瞬間に彼女の意識は消え失せていった。
「てめェもつまンねェクローンかよ、ったく」
一方通行は目の前で事切れていた絹旗に向かって捨てセリフを吐き捨てると、一人勝手に絶頂を迎えて既に死んでいる絹旗の膣内に射精した。
「ふゥ…ったく、このクソ女が!」
一方通行は裸体でそのまま絶命している絹旗を思い切り蹴りつける。
能力を使って蹴ったので彼女の死体はそのままどこかに飛んで行ってしまった。
「クッソ…絹旗に攻撃できなかったし、ったく後味もわりィぜ…」
一方通行はそう言うと降ろしていたズボンを履き、その場から去っていく。
絹旗と戦い、性行為をしていた事で残りのアイテムのメンバーがどこに向かって行ったか分からなかった。
一方通行は内心に畜生、とつぶやく。
(どこに残りの奴らは居るンだ…?)
速効殺してさっさと追撃すれば良かったな、と後悔するがもう、そんなのどうでも良かった。
自分の脅威になり得るであろう女は死んだ。第二位も潰した。
(ゲートで戦ってる木原くンには連絡すっか?いや、また素人童貞だなンだって言われンのも腹立つからなァ…)
それに、絹旗と戦う前に思い出した、自分を負かした三下の少年の姿をも一方通行は思い出す。
(ったく…うざってェ…畜生が…!)
さっさと自分のアジトに帰って寝たい。一方通行の本能がそう告げている。
(無能力者三人は木原くンが潰してるだろうから、帰るかねェ…)
正直、一方通行は数多にまた馬鹿にされるのがいやだから、という理由があるのだが、そういうのを全てひっくるめてめんどくさいと思った彼は一気に飛び立って帰ることにした。
――柵川中学学生寮
佐天はテレビに釘付けになっていた。
美琴とファミレスで話した後、学生寮に帰った佐天はフレンダからの脱出の連絡が来るまでなにも出来なかった。
時間つぶしにテレビを見ていると、どうやら学園都市の中で様々な組織が目まぐるしく抗争を繰り広げていた。
いや、抗争と言う表現よりも寧ろ戦争といった方が良いかも知れない。
たまたま居合わせた報道カメラマンが撮影した幾つかの学区で行われた戦いは一般市民の目に触れることになった。
そしてまた新たに情報が入ってきている様で、ニュースキャスターがイレギュラーで読み慣れていない原稿を読んでいる様がテレビに映し出されていた。
テレビの中継は学園都市の第三学区の出入国ゲートから脱出する三人組をしきりに報道している。
(これ…フレンダ達よね…?)
佐天はテレビを食い入るように見つめている。
映し出されているのは銃を発砲し、ゲートの中に立てこもっているフレンダ達を一般人が撮影した動画だった。
キャスター曰く、この三人組の内、二人が学園都市から脱出した様だった。
佐天は一人で要るにもかかわらず、「え?」と素っ頓狂な声を上げる。
(三人とも脱出したんじゃないの?)
佐天はキャスターが何か間違えて言っているのだ、と思いたかったが、死亡した男の身元が明らかになり、自分の体が震えるのを知覚する。
テレビでは車に乗り込もうとしているステファニーの肩に担がれてぐだぁっと脱力している砂皿の後姿が映し出されていた。
あの様子だと砂皿は確かに死亡と判断して良いだろう。
『えー、ただいま入った情報ですと、死亡したのは砂皿緻密という傭兵で、現在、来学した目的などを警備員が調査しており…』
テレビから流れてくるキャスターの声を聞くと、砂皿が死んだ事はどうやら確実だったそうだ。
しかし、残りの二人に関しては脱出したとしきりに伝えているので佐天はほっと肩をなでおろした。
(フレンダとお姉さんは学園都市から逃げれたのかな…?)
佐天は安心したものの、フレンダから連絡が来ないのでまだ安心できない。
(どうなったんだろう、フレンダ、それにあいつら…大丈夫かな?)
佐天はフレンダの安否の他にもう一つ心配な事があった。
(アイテムの奴ら、スクールと戦うって言ってたけど、平気だったのかな?)
仕事が終わると普段麦野から連絡が来るはずなのだが、珍しく今日は来なかった。
フレンダが脱出したという事は何かしらアイテムの内部にも何か変化があったのかも知れない。しかし、佐天はそれを知るよしも無い。
(取り敢えず…連絡待ちかな…)
そう思った矢先だった。
佐天の仕事用の携帯がなる。メールが送られてきており、送り主はフレンダからだった。
From:フレンダ
Sub:連絡遅れたって訳よ
涙子、脱出成功しました。
もう日本にいます。砂皿さんは車内で死んじゃったけど、私達は無事です。
じゃ、バイバイ、涙子。
フレンダから送られてきたメールは佐天を安心させた。
彼女はフレンダを脱出させたことで安堵した。
自分が誰かを助けたんだと、佐天は思った。そう考えるとちょっと嬉しくなった。
しかし、砂皿は死んだ。
彼女達を助けようとして。
その厳然とした事実が佐天の前に立ちはだかっている。
確かに佐天はフレンダとステファニーを学園都市から脱出させることに一役買った。
それでも、その功績を帳消しにする砂皿の死。
人一人を脱出させるのに一人の命が失われた。
佐天はそう考えると何とも言えない気持ちになり、フレンダから送られてきたメールを読むと、そのまま静かに携帯の電源を切った。
――翌日 「アイテム」のアジト 第七学区にて
麦野を医者に連れて行って、その後アイテムのメンバーは昨日の戦いの格好のままアジトにつくやいなや寝てしまった。
そして、絹旗はついに帰ってこなかった。
死んでしまったのかも知れない。
「おい、起きろ――!」
浜面はソファで倒れ込むように寝ている二人を起こす。
滝壺、麦野、そして浜面。
当初は四人いたアイテムも今や二人。下部組織の構成員である浜面も入れて三人という有様になってしまった。
「う…は、はまづら。きぬはたはまだ帰ってない?」
「あ、あぁ…まだ帰ってない…」
滝壺は浜面の沈痛な表情を見て、「そっか」と一言小さくつぶやく。
結局、昨日の夜、絹旗は一方通行に殺されてしまったのだろうか。滝壺は体晶を使って絹旗の居場所を確かめようと思い、ジャージのポケットに手を伸ばす。
しかし、滝壺が絹旗に体晶を渡してしまった事を思いだし、その手をポケットから再び出した。
あの時渡さなければ、絹旗は助かったのに…。そんな考えが彼女の脳裏に浮かぶ。
「絹旗、あいつはうちらの為に戦ってくれたんだよ…」
「わたしが体晶を渡さなければよかったんだ…」
「そしたら、あの場に居たみんなが死んでたぞ。あの第一位の狂った表情を見なかったのか?」
「……」
体晶を渡した事で自責の念に駆られる滝壺をしかし、浜面はいなす。
「…あんたら…起きてたの……?」
「むぎの」「麦野」
二人が同時にソファの方に振り向く。
すると黄色いコートを羽織ったまま寝ていた麦野がずいっと体を起こそうとしていた。
片目と片腕に包帯を巻いている姿は痛々しい印象を滝壺と浜面に与えた。
「絹旗はやっぱり帰ってきてないか…」
「そうだな…」
「クッソ…この後どうすればいいんだ?」
「組織としての体は正直保てないわね。私と滝壺…それに浜面だけじゃ…」
麦野はそこまで言うと黙ってしまった。
昨日の今日で起こった出来事にまだ頭が追いつかない。
「取り敢えず、電話の女に連絡してみるか…?」
「良いのか?麦野。あっちは学園都市の息がかかっているかもしれないんだぜ?」
浜面はそう言うと滝壺にも翻意を促そうと思い「な?」と首をかしげる。
しかし滝壺は「うん」とは言わなかった。
「多分、大丈夫だよ…電話の女は平気なはずだよ…」
「え?」
浜面はきょとんとした面持ちになる。麦野は自分の眉間に僅かに皺がよった。
「電話の女が平気ってどういう事?滝壺」
「……夏休みに何回か遊んだから…」
本当はフレンダを逃がす為に学園都市を彼女も一役買ってるからだよ、とは死んでも言えなかった。
なので、滝壺は適当に話しをしていく。
麦野も滝壺の発言をおかしいと思ったものの、早く今後の指示を仰ぎたいと思い、携帯を取り出して佐天に電話をかけた。
『もしもし…!?麦野?無事だった…?』
「あぁ。何とか。ただ、絹旗が帰ってこない。それに…」
『……それに?』
「フレンダが脱走した」
『……そうなんだ』
「上からあんたに向かって何か連絡は来てないの?」
『いや、特に来てないよ…』
麦野はそっかと言うと「何かあったら連絡ちょうだいね」と一言言って電話を切った。
「電話の女の方にも特に連絡は来てないみたい…」
彼女は独り言の様にそうつぶやくとふらふらした足取りで風呂場に向かっていく。
昨日の怪我は病院の凄腕の医者に看て貰い、ある程度回復していた。
風呂場に向かって行く途中に麦野が浜面に声をかける。
「浜面、お腹減った、シャケ弁お願い」
「あ、じゃあ何か買ってくるよ。滝壺、お前は?」
「私は…パンが良い」
浜面は二人の要望を聞くと、近くのコンビニに弁当を買いに出かけていった。
麦野はバスルームに行き、既にシャワーを浴びている様だった。
(きぬはたが死んで、フレンダは学園都市から脱出成功かぁ……)
滝壺の周りから二人の人が居なくなってしまった。
一人は永遠に合うことが出来ない。もう一人も会おうと思っておいそれと会える相手ではなくなってしまった。
(これから、アイテムはどうなっちゃうんだろうなぁ…)
自分の居場所。結局はアイテムという組織の中にもないのだろうか。
浜面に好意を寄せていた時もあったが、浜面が麦野とつきあい始めた時から次第に興味は薄れていった。
結局はここにも自分の居場所が無かったのかも知れない。
滝壺はそう考えると少し悲しい気持ちになった。
かつて自分に居場所が出来るといいね、と言ってくれたフレンダは帰るべき所に向かって行った。
そして今は既にこの学園都市には居ない。
(自分の居場所、私も探そうかな?)
滝壺はソファに身を沈める。
風呂に入りたい、麦野がシャワーを浴び終わったら私も入ろう、そう思った。
――柵川中学学生寮前
今日は学校の日だ。というか既に遅刻確定。
昨日の夜遅くまで、自分のやった行為を考え直していた佐天。
結局、自分のやった行いは正しかったのか。いや、それとも間違っていたのか。
そんな葛藤に駆られながら彼女は寝て、そして起きた。
そしてついさっきまで麦野と電話していた。
(あぁ…今日は学校かぁ…なんだか行く気がしないなー…)
ピンポーン…
(え?こんな朝に誰?)
佐天はパジャマ姿のまま、眠そうな表情でドアを開ける。
するとそこにいたのは美琴だった。
今更居留守を使ったとしても直ぐにばれてしまうだろう。
佐天は覚悟を決めて、ドアを開けた。
「御坂さん…?」
「おはよう、佐天さん」
「こんな朝早くにごめんね、時間平気かしら?」
佐天は腕に嵌っているハミルトンの時計を見る。
遅刻確定の時間だったが、別に構わなかった。
佐天は美琴に部屋に入るように促す。
「佐天さん、今後どうするつもり?」
「……正直なにも考えていません……」
「そっか……」
「私はね、自分の話しになるけど、あなたと同様、人を傷つけた事がある。それは間接的にだけれども…」
「……そうなんですか」
うん、と美琴は頷く。佐天はその事に関して深く聞こうとは思わなかった。
「友達を続けるっていうのは……やっぱり難しいと思う……結局あの計画の事を思い出しちゃうから……」
「そうですか…」
「でも、一緒に佐天さんのやった事を考えつづけたいって思うの。自分勝手だけどさ」
佐天はえぇ、と美琴の自嘲気味な呟きに同調する。
少し意外そうな顔をした美琴だったがその表情のまま床に目を落とす。
「私は確かに人を殺しました。自分では手を下していませんが、命令を伝達した立場として。その非は認めます。
フレンダを学園都市から逃がす事を幇助して免罪符を得たかったんですけど、それでもやっぱり人は死んじゃった」
「御坂さんの気持ちはすっごい嬉しいですよ?ただ、私は学園都市の闇にとっぷり浸かってますよ?このままみんなハッピーに終わるなんて事、あり得ないです」
佐天の言うことに美琴は反論出来なかった。
いくら美琴が佐天の事を考えると言っても結局はそこまでなのだ。一緒に考える。それは確かに嬉しい。自分の境遇を理解してくれる理解者が居たら嬉しい。
「でも、御坂さん?私は御坂さんの言う計画に加担してたんじゃないんですか?それは御坂さんにとって思い出したくない、嫌な事。そんな事に加担した私の事を考える事が出来ますか?」
言いよどむ美琴を前にして佐天はしゃべり続ける。
「私は御坂さんの事をちゃんと考えた事はありません。いつも能力が使える凄い人っていうフィルタを通してみてました。
もうレベル5の御坂さんと私じゃ、境遇が違いすぎますよ…」
「でも、一緒に考える事は出来る。自分が周りの環境に呑み込まれるんじゃなくて、自分を貫き通す意志があれば、佐天さんも決してこの街の闇には屈しない!私はそう信じてる」
「貫き通す意志……ですか。それこそがパーソナルリアリティ(自分だけの現実)の強さってヤツなのかもしれませんね…」
ため息混じりに佐天はそう言うと立ちあがってカーテンを開けた。
唐突にパーソナルリアリティの話しを振られた美琴はきょとんとした表情だ。
残暑も終わり、徐々に肌寒くなっていく西東京、学園都市の朝の光を浴びて佐天はつぶやく。
「自分を貫き通す事って難しいんだよなぁ…人を助けたと思っても、それで他の人の人生を台無しにしてるんだから…」
「……」
しばらくの沈黙の後、美琴は「また今度連絡する……」とつぶやき、寮を出ていった。
美琴が帰ってから少し時間が経ってから、再び寮のインターホンが鳴る。
『佐天さん?私です。テレスティーナ。覚えてるかしら?』
「あ、はい」
(て、テレスティーナ!?)
かつてフレンダに砂皿の連絡先を教えてくれた人物だったが、結局は佐天達に尾行をつけるのを認めさせた女だ。
がちゃりとドアを開けるとキャリアウーマンといった出で立ちで立っているテレスティーナが居た。
「ど、どうも…」
(今日は御坂さんの他にもお客さんが来ますねー)
「佐天さん?あなたに学園都市から逮捕状が出てるわよ?」
テレスティーナはそう言うとにっこりと笑って逮捕状を見せる。
初めて見る逮捕状に佐天は動揺を隠しきれなかった。
「え?これが……私に…?」
「えぇ。あなた、ゴージャスパレス姉妹の学園都市脱出を幇助した疑いがあるのよね?どう?ご同行お願いしても良いかしら?」
「……わかりました……」
ありがとね、とテレスティーナは言うと後ろに立たせていたMARの隊員達を首でしゃくる。
すると佐天の両サイドに屈強な隊員がガードするような格好になり、彼女は連れてかれてしまった。
――府中 学園都市刑務所 面会室
ドラマでよく見るような部屋に佐天はいた。
ここは府中刑務所の面会室。佐天はMARの隊員達に連れてこられたのだ。
「ここで誰と話すんですか?」
佐天はテレスティーナに聞くが、彼女は「ふふ」と笑うだけで答えなかった。
同じくMARの隊員達もなにも答えずに部屋から出て行ってしまった。
(誰なんだろう…?)
捕まった事で佐天は動揺し、今さらここから走って逃げようなどとは思わなかったが、自分と面会をしようとしている人物が誰だかわからず、相手が来るまでどきどきしていた。
「もう少しでくるわよ?じゃ、私達はここらへんで」
テレスティーナはそう言うと配下の隊員達を従えてそのまま去っていく。
その直後、入れ替わりで、ガラスに仕切られた反対側の部屋から人が入ってきた。
面会希望人は一人ではなかった。金髪でサングラスの男、真っ赤な髪でツインテールのように髪を結っている女、ポーカーフェイスでにこにこ笑っている男、そして――。
――アイテムのアジト
浜面がシャケ弁と適当にチョイスしたパンを買ってきた。
麦野がちょうど風呂に出て、新しい服に着替えた後だった。滝壺は麦野と交代で風呂に入っているようだ。
「弁当買ってきたぞ。ほら、シャケ弁だぞ」
「ん。ありがと」
麦野は浜面から弁当を受け取る。
「ねぇ…浜面」
「あん?何だよ」
「私とあんたって付き合ってたのよね」
「あぁ、付き合ってたな」
「今は?」
麦野は浜面に問いかける。
質問された浜面はその答えに戸惑う。
「付き合ってるつーか…なんと言うか…お前が多分俺と付き合ったって事が信じられないのは、スクールにいた女に頭の中いじくられたからだろうな」
「そうね…」
浜面と付き合っている事実は確かにあるのに、全く好意が湧かない。
麦野の心理状態は心理定規に操作されて、次の日に当たる今日も、全く回復しなかった。
「…私、どうしたらいいかな?浜面」
麦野が髪をかき分けつつつぶやく。
かき分けるときにちらっと薬指に嵌っている指輪が見えた。
「指輪…つけててくれたんだな…」
「……うん」
「俺とお前の距離だかなんだかしらねぇけどさ、今からやり直せばいいだろ?麦野」
「そう……なのかな?私、全然浜面に好意湧かないよ……?」
「そしたら、それでも良い。これから色々大変だと思うけどさ、頑張ろうぜ?恋人としてじゃなくて、アイテムと下部組織の構成員って関係からで良いからさ」
麦野は小さくこくんと頷く。
滝壺と麦野、そして浜面。これから三人はどうなるのだろうか。
――府中刑務所 面会室
佐天のいる部屋とは反対側にいる四人の男女。
正確に言えば男三人と女一人。
その中でも白髪でひょろい男がどかっと椅子に座った。
サングラスをかけている男に早く本題に入れ、と言われている。
白髪、いや、銀髪の男は「うっせぇな」と悪態をつきつつも佐天に向かって話し始めた。
「よォ。昨日はご苦労様ってことだ」
「は?何のことですか?」
「まァそう謙遜すンなって。クカカ…アイテムの連絡係さン?」
「……」
佐天は思った。
目の前にいるこいつ等は自分の事を知っていると。
「私に何の用ですか?まさか死刑?」
「そンなンじゃねェって。統括理事会が独立記念日に起こった事は全てチャラにするってお達しを伝えに来た」
「チャラ…?」
(じゃあ、フレンダ達が脱出したことも不問に?)
「…ま、何を考えてるかわからねェが、お前ン所の脱走者の件やそォいうの全てチャラって事だよ。お前もここで釈放だァ」
「私も…?」
銀髪の男は「あァ」と頷く。
すると隣にいる金髪のサングラスの男が今度は椅子に座って、話し始めた。
「ま、そういう事だにゃー。みんなハッピーエンドになったって事かな?生きてる奴は」
最後の言葉を協調した金髪のチンピラの様な男はサングラス越しからその双眸を佐天に向ける。
「ただ、お前は釈放の代わりに条件があるんだにゃー、佐天涙子」
「……私の釈放の代わりに……条件?」
金髪のグラサン男は無言で首肯する。
「アイテムは壊滅状態。恐らく、近々解散するだろう。その連絡はお前経由でリーダーの麦野にしておいてくれ。その代わりに…」
「私が解散するアイテムの次にあなた達の連絡係になってくれって事ですか?」
金髪でサングラスをかけた男は「察しが良いな」とつぶやく。そして弁を続けた。
「返事は今しなくても良い。近い内に聞かせてくれ。ただ、お前は本来なら学園都市の技術を漏洩し、長期間独房で過ごす或いは無期懲役だ。
それをよく考えて、どっちが良いか、判断してほしいにゃー」
金髪の男はそう言うと部屋から出て行くが去り際に「良い返事を聞かせて欲しい」と言い、にやっと笑った。
そして、その男の後ろを他の三人がついていく。その光景を見ていた佐天は小さくつぶやいた。
「釈放する代わりに…また闇に逆戻りかぁ…どうしようかな…?」
美琴と話した事やフレンダ、滝壺、砂皿色々な人の顔が彼女の脳裏に浮かび上がってくる。
どうしようか。またあの闇に戻るのか。それともうす暗い刑務所の独房でずっと暮らすのか…?
彼女は思考の海にゆっくりと沈んでいく……
――カナダ・カルガリー 快晴
カルガリー市街地から十七キロほど離れた所に位置している国際空港にステファニーとフレンダは到着した。
そこからバスに乗って市街地へ向かって行く。
「フレンダ?久しぶりだね、カナダ」
「うん。英語、喋れるかな?ちょっぴり自信ないよ」
フレンダはそう言うとバスの窓から外を見る。
バスは川沿いを走っていく。黄金色に輝いている葉はひらひらと落ちていき、水面や道に落ちていき、フレンダ達の視界一面全てを金色に染め上げていた。
「綺麗だねー」
「本当だね」
フレンダにしろ、ステファニーにしろ、昨日の戦いの傷はまだ癒えていない。
フレンダは足に包帯、ステファニーも後頭部に医療用テープが貼られている状態だ。
それでも、傷を負っていても、二人の姉妹は笑顔を絶やさなかった。
もう人を殺す世界には行かないのだ。
二人は砂皿という大事な人を失ってしまったが、それでも、彼女達はそれを乗り越えて前に進まなければならない。
「もう、二度とフレンダから離れないからね?」
「…うん。ありがとう。お姉ちゃん…」
フレンダはそう言うと隣の座席に座っているステファニーの肩の辺りにすとんと頭をもたげる。
ステファニーはフレンダの肩に手を回して引き寄せる。
もう離れない。
絶対に。
「ねぇ、フレンダ。帰ったらまずは砂皿さんの遺体を庭に埋めてあげたいんだけど、どうかな?」
「良いよ」
砂皿の遺体は冷凍状態で日本からカナダに後日送られてくる。
ステファニーは彼の遺体を丁寧に土葬しよう、と提案した。
「ねぇ…フレンダ?私ってひどい人間かな?」
「いきなりどうしたの?お姉ちゃん」
「お前の事なんかそっちのけで勝手に色んな所に行ったりして、師匠で、私の大好きだった砂皿さんを見殺しにするような人だよ?」
「そんな事言わないでよ…。私は結局お姉ちゃんがいなかったら、あのまま学園都市の闇に引きずられてたって訳よ…他のアイテムの人達には悪いけど、抜けれて良かったって思う。
だからそこから掬い上げてくれたお姉ちゃんは決してひどい人じゃないよ。砂皿さんもね」
「そっか…」
フレンダは「うん」と微笑む。
ステファニーはそう言うと安堵の表情を浮かべる。
ここで彼女達が乗っているバスが停まる。
終点だった。
フレンダ達以外の乗客が先に、皆降りていく。
最後に残った彼女達は荷物をぐいっと肩で背負うとバスのステップに足をかける。
ステップの先に見えるカルガリーの市街地。フレンダとステファニーの鼻腔にカルガリーの新鮮な空気が入ってくる。
バスから降りれば、そこから先はまだ見た事のないフレンダ=ゴージャスパレスとステファニー=ゴージャスパレスの明日が待っているはずだ。
――おしまい
968 : 投げんな匙 ◆ZBFBxXwTU... - 2011/03/28 22:28:25.85 qK/F6skHo 681/681
以上でおしまいです。
読んでくれ人、本当にありがとう!
以下、作者の一人語りなので興味無い人はスルーして下さい。
相変わらず到らない所ばっか。
書きため遅いし、誤字脱字ばっか。
心理描写下手だし、実際の地名とかブランド名出して…癖のあるSSですが、読んでくれて本当にありがとう。
これから精進したいです。
佐天がどういう答えを出すかは皆さんの想像の中で考えて頂ければ、と思い、あの様な形にしました。
元々、禁書目録の原作15巻のテンション高い電話の女と15巻のアイテムの挿絵に佐天がいる事から、「あれ?まさか同一人物だったら?」という妄想から話は始まりました。
そして、ステファニーとフレンダ同じ白人じゃん!って事で勝手に姉妹妄想した次第です。
四月から働くんで、SS書くスピード遅くなるけど、今度は以前の作品(?)みたいベタな恋愛もの書こうと思ってます。
エツァリと美琴、超アステカ砲のカップリングに挑戦したなーなんて。
お前等ときたらー!!多くのレスありがとね!!ではまたね!
もう少しで外出するので明日html依頼出します。
面白くねぇわ