【前編】の続きです。
次の日の朝
ボンジョルノ!
私、折部やすな!割かし高校生!今日もいい天気!
やすな(どこ行っちゃったんだろ?)
やすな「……あ!」
やすな「おはよう!ソーニャちゃん!」ポン
ソーニャ「――ッ!」
ゴキャッ
やすな「にゃあぁぁぁぁ~!」
ソーニャ「よお」
やすな「何事もなかったかのように!?」
やすな「ふえぇ~手首がー」プラプラ
ソーニャ「朝からうるさいな」
やすな「もうー」コキッ
やすな「やれやれ」
ソーニャ「お前も何事もなかったかのように外した関節を戻すな」
やすな「もう慣れましたよーだ」
ソーニャ「お前……慣れるもんじゃないだろ……」
やすな「外した本人に引かれた!?」
ソーニャ「流石にそれは……ない」
やすな「冗談とかじゃなくてマジ引き!?ひどっ!」
やすな「そ、ソーニャちゃん、どこ行ってたの?」
ソーニャ「別に、どこでもいいだろ」
やすな「トイレ?それにしては遅いよね。結構早くから学校来てたよね」
やすな「もしかして……出ないの?」
ソーニャ「胃から朝飯を出させてやろうか」
やすな「やめて!」
ソーニャ「ったく……職員室だ」
やすな「職員室?お?呼び出し?何したの?」
やすな「追試?煙草?暴力事件?画鋲?」
ソーニャ「そんなわけあるか」
やすな「それ以外に思いつかないや」
ソーニャ「いや、もっと色々あるだろ……」
ソーニャ「そもそも呼び出しとかじゃないし」
やすな「呼び出しじゃない……土下座でもしにいったの?」
ソーニャ「何を想像しているんだお前は」
ソーニャ「まぁ……知人のことでちょっとな」
やすな「あぎりさん?」
ソーニャ「いや、違う」
やすな「え、嘘……あぎりさん以外にも知人とかいたんだ……」
ソーニャ「…………」ギリギリ
やすな「イダイダイダダダイ!」
やすな「朝から連続サブミッションはキツイ」
ソーニャ「させなきゃいいだろ。学べ」
ソーニャ「それで、そういうお前は廊下で何してんだ」
やすな「ソーニャちゃんを探してたんだよ」
ソーニャ「私をか?」
やすな「ちょっと用があってね」
ソーニャ「ふん、どうせくだらないことだろ」
やすな「くだらなくなんかないよ!」ムスッ
ソーニャ「差し詰め机の中にチェーンメール紛いのもんでも入れたんだろ」
やすな「アイドンノゥー」
ソーニャ「捨てといたからな」
やすな「事後!?」
やすな「折角書いたのに……」
やすな「それで、知人って誰なの?」
ソーニャ「…………」
やすな「はいはい、どうせお前には関係ないとか言うんでしょー」ブー
ソーニャ「いや……関係なくはないか」
やすな「え?私に関係あるの?」
やすな「何何?どんな人?私の知ってる人?」ワサワサ
やすな「私、気になります!教えてわさわさっ!」ワサワサ
やすな「気になる気になるぅぅぅぅ!フゥー!」ワサワサ
ソーニャ「…………」
ソーニャ「うるさい。後にしろ。ほら、ホームルームが始まる」
やすな「あ、ほんとだ」
やすな「…………」
やすな(私に関係なくないというソーニャちゃんの知人……って一体何者なんだろ)ホワワン
知人『私、殺し屋見習い!あなたの家の隣に越してしましたにゃん!』
知人『アタシ、スナイパーヨ。キョウカラ、コノクラスニカヨウデスヨ。ヨロ』
知人『やすな殿!汝のことはソーニャに聞きましたでありんす!あちきを弟子にしてくだしゃんせ!』
やすな「ほぁ~……?」
ソーニャ(また変なこと考えてるんだろうな……)
教室
ワイワイ ガヤガヤ
やすな「何だか教室が騒がしいんだよね」
ソーニャ「まぁ、そうだろうな」
やすな「何か知ってるの?」
ソーニャ「むしろお前が知らないのが意外だ」
やすな「朝早くから来てずっとソーニャちゃん探してたから……」
ソーニャ「時間を無駄にするな」
やすな「発言がババ臭い」
ソーニャ「んだとコラ」
やすな「それで?」
やすな「知ってるのソーニャちゃんは」
ソーニャ「ざわついてる理由に心当たりがある」
ソーニャ「こういうのはどうしたって噂になるからな」
やすな「どしたの?」
ソーニャ「別に言う必要はない」
ソーニャ「というかわかる」
やすな「?」
ガラッ
教師「はい、みなさん、おはようございます」
教師「どうやらもう知っている人もいるようですが……」
教師「このクラスに『体験入学』に来た子が入ります」
ザワ…ザワ…ワサ…
やすな「体験入学?」
ソーニャ「…………」
やすな「転校生じゃないんだね」
ソーニャ「まぁな」
教師「中学生……皆さんもついこないだの立場ですね」
教師「えー、皆さん。見滝原市の災害はみなさんご存じですね」
教師「その影響で、復興するまでの間こちらに来たわけですね」
教師「細かいことは気にしないこと……それでは入って。どうぞ」
ガラッ
「…………」トコトコ
やすな「わー。制服可愛いねぇ」
ソーニャ「…………」
ザワザワ…ワサワサ…
「…………」
教師「はい、自己紹介よろしく」
「……みっ」
「見滝はりゃ中学校から来ました」
ソーニャ(あ、噛んだ)
「あ、暁美ほむら、です」
ほむら「え、えっと……」
ほむら「こ、このクラスではないんですが」
ほむら「この学校で……お世話になってる親戚がいまして」
ほむら「その方のお宅で、お世話になってます」
ほむら「えっと……その……」
ほむら「さ、災害で、私の学校が、大変なことになってて……それで……」
ほむら「そ、それまでの、み、短い期間ですがよろしくお願いします」ペコッ
パチパチパチパチパチ
やすな「わー」パチパチ
ソーニャ「…………」
教師「はい、と、いうわけで、学校といい土地といい、暁美くんは慣れない環境で――」
ほむら(はぁ……何度もこういう挨拶してきたから……)
ほむら(もう慣れたものかと思っていたのだけど……)
ほむら(ちゃんと喋れてたかな)
ほむら(やっぱり知らない高校生に注目を浴びるのは……すごい、萎縮する)
ほむら(えっと……)キョロ
ほむら(あ、ソーニャさん発見)
ほむら(……これから、常に彼女の側にいなければならない)
ほむら(学校のことでも色々お世話になる……改めて挨拶しておいた方がいいかしら)
ほむら(それに……)
教師「さて、積もり話もありますが……何か、ありますかね」
ほむら「えっ?」
教師「何か伝えたいことでもあったら」
ほむら「あ、じゃあ……えと、そ、その……」
ほむら「ソーニャさん」
ソーニャ「へぁっ?」
やすな「え?」
ほむら「その、色々ご迷惑おかけするでしょうか、改めて、よろしくお願いします……!」ペコッ
ソーニャ「!?」
ザワザワ ソーニャノシリアイ? ワサワサ
ソーニャ「あ、あいつ……」
やすな「ソーニャちゃん知り合いなの?」
やすな「あ、もしかしてさっき話してた知人って……」
ソーニャ「……あぁ、あいつだ」
やすな「そっかー」
やすな「中学生だってさ。美人さんだね」
やすな「ソーニャちゃんはその現役JCとどういう関係なの?」
ソーニャ「いや、別に……」
ソーニャ「あぎりの親戚だ」
やすな「あぎりさんの親戚かぁ……!」
やすな「言われてみれば似てるね。髪が長いとことか」
ソーニャ「…………」
ソーニャ(くそぅ……ほむら……)
ソーニャ(こんなところで名指しするヤツがあるか!)ハァ
やすな「ねぇ、どうしたの?何ヤレヤレってしてるの?」
ソーニャ「…………」
やすな「無視?」
教師「はい、それじゃあ……ソーニャの前の席が空いてるから、そこに座って」
ほむら「は、はい」
ほむら(……注目されてる。顔を知ってる人がいないのがこんな精神的にキツイことだったなんて……)
ほむら(知らなか……いえ、忘れていたわ)
ほむら(ソーニャさんがいるのが唯一の救いというか……)
ほむら(安心感ね)
やすな「あれ?その席……」
ソーニャ「何だ」
やすな「あの……いたよね?」
やすな「ソーニャちゃんの前……」
ソーニャ「何が」
やすな「ほら、前の席……」
やすな「いやいや、いたじゃん!名前は知らないけど……いた……よね?」
やすな「その人……顔……見てない……ような……」
ソーニャ「知らない」
やすな(な、何があったんだ……前の席の人……!?)ゴクリ
ほむら「ど、どうも」ペコッ
やすな「よろしくねー」
ソーニャ「…………」ジトー
ほむら(む、無言の圧力)
ほむら(何か怒らせること言ったかしら……?)
やすな「…………」
やすな(あぎりさんの親戚か……)
やすな(ってことはこの子も忍者だったりするかも?)
やすな(忍装束とか着てそう)
やすな(と、なると……この子も変わった忍法使うのかな)
生徒A「向こうでは部活やってたの?運動系?文化系?」
ほむら「えっと……部活は、やってません」
生徒B「スゴイ髪だね。毎朝大変じゃない?」
生徒C「あのスーパーセルすごかったんだってねー」
生徒D「怪我人いなかったんだってね。それは何より」
ほむら「え、えぇ……はい」
ほむら(怪我どころか私、脚もげかけたけどね……)
ほむら(巴さんに至っては……あぁ、思い出したくもない)
ほむら(しかし、初日の「こういうの」……何度も経験したけど)
ほむら(やっぱり初対面で、しかも高校生となると……うぅ)モジモジ
やすな「緊張してる。かーわいー」
ソーニャ(自己紹介の時みたいにまた変なこと言わないだろうな……)
やすな「ところでソーニャちゃん。ミタキハラってどこ?何県?」
ソーニャ(やすなも食いつかないわけがないよな)
ソーニャ(こういうの珍しいから)
ソーニャ(増して私の知人、あぎりの親戚設定ときたものだ……)
ソーニャ(何とか適当にあしらっておきたいところではあるが……そううまくいくだろうか)
ソーニャ(さて……何とかほむらと二人きりになれないか)
ソーニャ(こういう時テレパシーの一つでもできれば楽なのに)
やすな「ねー、ソーニャちゃん?」
ソーニャ「…………」
やすな「あれ?無視?無視ですか?」
ソーニャ「…………」
やすな「ぐぬぬ……」
やすな「さっきからほむらちゃんの方ばっか見てるね。嫉妬!」
やすな「気になるなら話しかければいいのに」
やすな「ソーニャちゃんが構ってくれないなら私もほむらちゃんとこ行っちゃうもんね」チラッ
ソーニャ「…………」
やすな「くそぅ!くそぅ!」
ほむら(……?)
ほむら(背後から視線を感じる……)チラッ
ソーニャ「…………」ジトー
ほむら「…………」
生徒A「そういえばソーニャの知り合いって言ってたけど、どういう関係?」
ほむら「べ、別に、その、親戚の知り合い、程度のですが……」
ほむら「えっと……」
ほむら「その……ご、ごめんなさい。何だか、緊張しすぎたみたいで気分が……」
生徒B「あ、ごめんね。一方的に話しちゃって」
ほむら「い、いえ、あの、保健室に……」
生徒C「そんじゃあ保健委員……」
ソーニャ「……いや、待ってくれ」ガタッ
生徒B「ん?」
やすな「あ」
ソーニャ「私がつれてく」
やすな「ソーニャちゃん」
生徒D「ソーニャがやる気よ!」
生徒F「頼むぞソーニャ!」
生徒A「私の仕事……」
ソーニャ「……悪いな」
ソーニャ「ほむら、行くぞ」
ほむら「あっ、は、はい。よろしくお願いします」ペコ
ソーニャ「そんなペコペコするな」
生徒D「行ってらっしゃーい」
生徒B「可愛いなぁ……私も中学生に戻りたいな」
生徒C「そうね」
やすな「うーむ」
やすな「私も行ってこよっと!」
生徒A「あー、やっぱりやすなっちはついてっちゃうのね」
生徒B「本当に仲が良いよね。あの二人」
廊下
ソーニャ「お前なぁ……」
ほむら「は、はい」
ソーニャ「何であの場面で名指しするんだよ。恥ずかしいだろ」
ほむら「だ、だって……同じクラスですし、一緒にいる必要もあるので……」
ほむら「知り合いという設定を広めておいた方が……」
ソーニャ「一理あるかもしれんが……あまり目立ちたくない」
ほむら「……すみません」
「ソーニャちゃぁーん!」
ほむら「?」
ソーニャ「ちっ……面倒なのが来やがった」
やすな「追いついた!」
ソーニャ「はぁ……ついてくんな戻れ」
やすな「相変わらずつれないなー」
ほむら「えっと……」
ほむら(ソーニャさんの隣の席にいた人ね)
やすな「ドーブロエウートロ!私、折部やすな!」
やすな「よろしくねほむらちゃん!」ワサワサ
ほむら「は、はぁ……よろしくお願いします」
ソーニャ(やすなのテンションに押されてる……)
ほむら(初対面ながらにしても元気な人だってわかるわ……)
やすな「んもう、ソーニャちゃんったらっ」
やすな「こんな美少女が友達にいるなら教えてくれればいいのに」ウリウリ
ソーニャ「話す義理がねえし、うるさい」
やすな「あぎりさんと私以外に友達がいたことに内心驚いてます」
ソーニャ「てめぇ私を何だと思ってやがる」
やすな「きゃーこわーい」
ほむら(……折部さんからどことなく漂うさやか臭)
ソーニャ「ウザい」ゴスッ
やすな「んぎぁっ!」
ほむら「な、殴っ――!?」
ほむら「だ、大丈夫ですか!?」
やすな「心配してくれるの?何て優しい子……!」キラキラ
やすな「ソーニャちゃんとは大違い」
ソーニャ「ふん」
ほむら「あ、あの……」
やすな「え?あ、うん。平気だよ。いつものことだから」
ほむら「い、いつもの?」
やすな「ほむらちゃん、あぎりさんの親戚なんだってね」
やすな「ソーニャちゃんから聞いたよ」
ほむら「え?あ、えぇ、はい、そう、ですが……」
ほむら(呉識さんを知ってる……ソーニャさんと呉識さんの知り合い?)
やすな「あぎりさんの親戚ってことは……やっぱりくのいちなの?」
ほむら「へ?」
やすな「忍者って一族みんながーってイメージが」
ほむら「い、いえ……」
ソーニャ「こいつは普通の中学生だ」
やすな「ふーん?」
やすな「あぎりさんにはお世話になってます」ペコリ
ほむら「え?あ、はぁ……こ、こちらこそ……」ペコッ
ほむら(お世話……?)
ほむら(呉識さんが忍者であることを知ってる……?)
ほむら(お世話っていうことは、お弟子さんとか何かなのかな)
やすな「それにしても、災難だったね……」
やすな「こんな離れたとこに通うことになるなんて」
ほむら「い、いえ……」
やすな「どれくらいここにいるの?」
ソーニャ「復興するまでって言ってただろ」
やすな「だからそれがどれくらいかって聞いてるの。二週間?」
ほむら「そればかりは何とも……」
やすな「ソーニャちゃん。『組織』の力で何とかしてあげれないかな?」
ほむら「……!?」
ソーニャ「慈善事業じゃねぇんだよ」
ほむら(組織の……!?)
ほむら(お、折部さん……組織のことまで知っている!?)
ほむら(そういえばソーニャさん……魔法少女のことを話してはいけないうるさい人がいるって聞いた……)
ほむら(それがこの人?ソーニャさんの同僚か何かなのかしら)
ほむら(同じ組織の人だとして、魔法少女を秘密にする理由はわからないけど……)
ほむら(……私の護衛、三人もいるってこと?だとすれば心強いものね)
やすな「ほむらちゃん。学校はどんぐらい壊れちゃってるの?」
ほむら「え、あ、そうですね……外面もそうなんですが、機能面で色々と……」
ほむら「セキュリティとか色々な管理システムが故障してしまいまして」
ほむら「避難所になってた体育館は大丈夫でしたが校舎は……」
やすな「ふーん……機械のことはよくわかんない。時間かかりそうだね」
ソーニャ「……そうかもな」
ほむら「で、でも何にしても組織の問題が解決次第ですね」
ソーニャ「ちょ……!」
やすな「へ?」
ほむら「既にご存知とは思いますが、私狙われてまし……」
ソーニャ「お、おま……ほむら!」
ほむら「て?」
やすな「……ん?」
やすな「……ね、ねらわ?」
ほむら「……あれ?」
やすな「ほ、ほむらちゃん……?」
ほむら「?」
やすな「狙われてる……って、何したの?」
ソーニャ「ほむら!お前……!」グイッ
ほむら「はぅっ」
ソーニャ「バッカ!何即効バラしてんだよ!」
ほむら「え?何をですか?」
ソーニャ「お前の立場だよ!狙われてるって普通話すか!?」
ほむら「……あ!」
ソーニャ「わかったか?お前の言ったことはだな……!」
ほむら「もしかして、折部さんってその裏切り者の容疑者……」
ソーニャ「違えよ!」
ほむら「す、すみませんっ!」ビクッ
ソーニャ「やすなはただの一般人だ!」
ソーニャ「そんなことしれっとベラベラ話すか普通!?」
ほむら「え、だ、だって……」
ソーニャ「だっても何もだな……!」
ほむら「ソ、ソーニャさんと呉識さんの知り合いだって言うので……」
ほむら「その、て、てっきり同じ組織の方かと……」
ほむら「それに呉識さんが忍者ってこと知ってるみたいですし……」
ほむら「組織のこともご存じだったようなので……つい……」
ソーニャ「…………」
ソーニャ「……あ」
ほむら「そんなことを知ってる普通の人なんて、普通いないと思って……」
ソーニャ「そ、それは……まぁ、言われてみれば、そうだよな」
ソーニャ「いや、でも……あー……」ポリポリ
ソーニャ「やすなは……ちょっと、特別なんだよ……」
ソーニャ「その……あー……あのだな、やすなはあくまで一般人で……」
ソーニャ「私とあぎりの立場を知っていて……たまに刺客との戦いに巻き込まれたりもするけど……」
ソーニャ「やすなのことを詳しく話さなかったのは……その……いつもいっつもまとわりついたりしてきて……何て言うか……」
ほむら「……?」
ソーニャ「うっかりしてた」
ほむら(えぇー……)
ほむら「……お、折部さんは、殺し屋と忍者のことは知っていながら、無関係なんですね?」
ソーニャ「ああ、知っている」
ソーニャ「悪い、うっかりしてて」
ソーニャ「やすなのことあんまり考えてなかった」
ほむら「お、お友達として、お互いそれはどうなのかと……」
ソーニャ「…………」
ソーニャ「とにかく、やすなの件についてはこっちの不手際だ。責めて悪かったな」
ほむら「い、いえ……」
ソーニャ「仕方ない。任務とお前のことをやすなに話すか……」ハァ
やすな「どしたのわさわさ」
ソーニャ「話は済んだ」
やすな「それで、ほむらちゃん何したの?」
やすな「やっぱり忍者?」
ほむら「…………」
ソーニャ「仕方ない。話してやる」
ソーニャ「確かにこいつは訳あって敵の組織に狙われている」
ソーニャ「何で狙われているのかまでは言えないが……」
ソーニャ「だから私とあぎりで護衛する任務を預かっている。だからこの学校に通うことになったんだ」
やすな「護衛?」
ほむら「はい。お世話になってます」
ソーニャ「やすな。一応言っておくが、これはほむらの人生がかかっている」
やすな「!」
ソーニャ「こいつのことが可愛いと思うなら余計なことするなよ」
やすな「可愛いって……ソーニャちゃんまさかそっちの趣味が?」
ソーニャ「は?」
やすな「ごめんね……私、そういう趣味ないの。距離を置こう」スス…
ほむら「……日本語って難しいですね」
ソーニャ「貴様……!」
やすな「まぁそれはさておき」
ほむら(さ、さておかれた……!?)
やすな「ソーニャちゃんって暴力専門でしょ?大丈夫?」
ソーニャ「誰が暴力専門だ」ギリギリ
やすな「あだだだだ!手が!手が取れる!本日三度目!」
ほむら(な、流れるように自然なサブミッション!流石プロ!)
やすな「あ!取れた!見えないけど今絶対に手が取れた!キュポーンって!」
ほむら「…………」
やすな「ほ、ほらぁ、ほむらちゃん怯えてる。暴力反対!」
ソーニャ「呆れてんだよ」
ほむら「え?いや、別に……何とも……」
やすな「何ともって、それはそれでどうなの?」
やすな「いたた……」
ほむら「あの……大丈夫ですか?湿布くらいなら用意できますが……」
やすな「いい子過ぎる……その気遣いを少しでもソーニャちゃんに分けてあげて」
ほむら(私は……いい子なんかじゃない)
ソーニャ「甘やかすな。すぐつけあがるぞ」
ソーニャ「こいつには殴りすぎが丁度良い」
やすな「この鬼!悪魔!」
ソーニャ「で、何が大丈夫なんだって?」
やすな「いや、ほら……護衛ってことは、ほむらちゃんを守るってことでしょ?」
ほむら(な、流した!?折部さんにとってはいつものことなのね……)
ソーニャ「そうだが?」
やすな「ソーニャちゃんに守ることなんてできるのかな」
ソーニャ「……まぁ、言いたいことはわかる」
ソーニャ「確かに私の本職は殺し屋……SP的な心得はない」
ほむら「学生じゃないんですか」
ソーニャ「社会的には学生だ」
ソーニャ「……だが、何にしても問題はない」
ソーニャ「要するにほむらを狙う刺客を返り討ちにすればいいんだからな。組織のフォローもある」
やすな「無理そう」
ソーニャ「あ!?」
やすな「だってだって!ソーニャちゃん絶対ほむらちゃんイジめるよ!」
ソーニャ「は?」
ほむら「…………」
やすな「気を付けてね。ソーニャちゃんはすぐ怒るから」
ほむら「……怒るんですか?」
ソーニャ「それはやすながウザいからだ。ほむらみたいな大人しいヤツに手を出すかよ」
やすな「いーや!ソーニャちゃんは暴力振るうね!絶対振るうね!」ビシッ
ソーニャ「振るうか!」
やすな「ふふん、果たしてそれはどうかな?」
やすな「ほむらちゃん!」
ほむら「え?あ、はぁ、な、何でしょう」
やすな「ソーニャちゃんを煽って!」
ほむら「あ、あお……?」
ソーニャ「おい。変なことを教えるんじゃないぞ」
やすな「これはテストです」キリッ
ほむら「テスト?」
やすな「煽り耐性がなさすぎるソーニャちゃんが本当に、本っ当に!」
やすな「この聖女ほむらちゃんにムカつかないか確かめさせてもらうよ」
ほむら「せ、聖女って……」
やすな「いつも通りついカッとなって護衛対象の関節を外したらクビになって無職になって野良犬と暮らすことになるよ!」
やすな「それでもいいの!?」
ソーニャ(……またいつもの思いつきか)イラッ
ソーニャ「ったく……お前じゃないんだからそんなことするか」
やすな「さぁ!ソーニャちゃんを怒らせるような悪口を!さぁ!」
ソーニャ「聞け」
ほむら「そ、そんな、急に言われても……」
ほむら「えっと……」チラッ
ソーニャ「健気にもやすなの言いなりに……」
ソーニャ「構わん。言ってみろ」
ほむら「は、はぁ……でも……」
やすな「カモカモッ!」
ほむら「えと……す、すみません」ソワソワ
やすな「謝った!?気ぃ弱っ!」
ソーニャ「…………」
やすな「……止めないんだね?」
ソーニャ「あ?」
やすな「ほむらちゃんに悪口考えさせるの、止めないんだね」ニヤリ
やすな「ほむらちゃんに悪口言われたいの?ソーニャちゃんって実はドM~?」
ソーニャ「ふん!」ボコッ
やすな「グヘッ!じゅ、十二分にドS!」
ほむら「あ、あの……どうしたら……」
ソーニャ「はぁ……仕方ない。一度言い出したらしつこいからな」
ソーニャ「テキトーにさっさと言っちまえ。どうせすぐ飽きる」
ほむら「で、でも……」
ソーニャ「安心しろ。悪口の一つや二つで怒る程私は短気じゃない」
やすな「え?」
やすな「なまら短気だよ」
ソーニャ「……敵とやすな以外に暴力は振るわないと誓おう」
やすな「敵と同じ括りされた!?」
ほむら「…………」
ほむら(ソーニャさんの悪口……か)
ほむら(ソーニャさんの第一印象は「怖そう」だったけど……)
ほむら(知り合ってみれば割とそんなでもない……でももしかしたら気にしてるかもしれない……)
ほむら(強いて言えば、殺し屋を名乗る割には煽り耐性がなさすぎる?)
ほむら(……っていうのも余計なお世話か。そういう演技かもしれないし)
ほむら(護られている立場上、あまり下手なことを言って傷つけたり神経を逆撫でなんてしたら、今後気まずくなる)
ほむら(当たり障りのない軽い冗談レベルの内容で、折部さんを納得させられるような悪口……)
ほむら「……ふむ」
やすな(ソーニャちゃんの悪口を真剣に考えてる……)
ソーニャ(くそ真面目なヤツだな……)
やすな「そ、そんな悩むことじゃないんだよ?」
やすな「気軽にカモカモっ!」
ソーニャ(そしてこの安定のやすな)
ほむら「……こ」
ソーニャ「こ?」
ほむら「こ、声が……」
やすな「声?」
ほむら「思いの外低い……かな?なんて……」
ソーニャ「…………」
やすな「…………」
ソーニャ「ヘタクソか!」
ほむら「ご、ごめんなさい!」ビクッ
ほむら(もしかしてコンプレックスだった!?)
ソーニャ「いやいや怒ってない怒ってない。世に言うツッコミだから」
ほむら(ほっ……)
やすな「……えぇー」
やすな「確かに少年声かもしれないけど……今の悪口のつもり?」ナイワー
ほむら「そんな無理ですよ……急に言われても」
やすな「遠慮しなくていいんだよ、ほむらちゃん」
やすな「これはソーニャちゃんのためでもあるんだから」
ほむら「で、でも……ソーニャさんの悪いところなんて思いつきませんし……」
やすな「うぅっ、ここだけ聞くとソーニャちゃんを思い切り持ち上げてるかのような発言」
やすな「何か許せない」
ソーニャ「は?」
やすな「今思えば知り合ってあまり日が経ってないんだよね」
ほむら「え、えぇ、まぁ……昨日の今日ですし……」
やすな「仕方ないよね。ソーニャちゃん猫被ってたのかもしれないし」
ソーニャ「被るも何もねぇよ」
やすな「私ならソーニャちゃんの悪口なんてたくさん言えるよ」
やすな「ヘタレとかビビリとかマヌケとか単純とか鬼金髪とか暴力女とかヘタレとか……」
ほむら(ヘタレって二回言った)
やすな「遠慮せず何だって言ってあげてもいいんだよ?」
やすな「簡単じゃん」
ほむら「え、えっと……」
やすな「大丈夫。ソーニャちゃんのほむらちゃんへの暴力は……」
やすな「この私が庇う!」バーン
やすな「さぁ!ソーニャちゃんを罵倒するがいいよほむらちゃん!」
ソーニャ「……じゃあ今受けるか」ガシッ
やすな「あ」
コキャッ
やすな「オゥッ!」
やすな「」チーン
ほむら「……だ、大丈夫……ですか?」
ソーニャ「ほっといても大丈夫だ」
ほむら「いや、でも今結構エグい音が……もしもし、折部さん?」ユサユサ
ソーニャ「やめとけ。触るとバカが移るぞ」
ほむら「で、でも……白目剥いて……」
ソーニャ「だから、大丈夫だって」
ほむら「そんな、いくらなんでも……」
やすな「もー!」ガバッ
ほむら「!?」
やすな「ソーニャちゃん邪魔しないでよぅ!」プンスコ
ソーニャ「すぐ復活するから」
ほむら「た、タフな方だ……」
ソーニャ「呆れるくらいに丈夫なんだよ」
やすな「ソーニャちゃんがほむらちゃんに乱暴しないかっていうのを調べなきゃいけないのに」
ソーニャ「せんでいい。しないから」
やすな「そんなの信用できないよ!いっつも私をいたぶるじゃない!」
ソーニャ「それはお前がウザいからだ!」
やすな「くそぅ!これじゃ埒が明かないぜ!」
ソーニャ「お前のせいだろ!」
ほむら「あ、あの!わ、私は……!」
ほむら「私はソーニャさんのこと……信用しています」
ほむら「ソーニャさんや呉識さんは……私の身の安全を考えてくれています」
ほむら「今回の騒動、私の友達にも危害が及ばないよう配慮してくれるそうですし……」
ほむら「何より私の事情も……深く追求してくれませんでした」
ほむら「そういう方針なのかわかりませんけど……すごく、嬉しかったです」
ほむら「だから私はソーニャさんと呉識さんに、安心してこの身を任せられます……」
ソーニャ「ほむら……」
ほむら「なので、折部さん……そういうことで、納得していただけませんか?」
やすな「あ、二人とも見て!グランドに野良猫が!」
ソーニャ「聞け」
ほむら「…………」
ソーニャ「諦めろ……そういうヤツなんだよ。コレは」
やすな「ん?どうしたの?」←コレ
ほむら「……ところで、その、呉識さんは……?」
やすな「あぎりさん?」
やすな「そっか。あぎりさんってソーニャちゃんの仲間だ」
ソーニャ「忘れてたのか……?」
やすな「まさか。ってことはあぎりさんもほむらちゃん守り隊なんだよね?」
ソーニャ「何だその隊は」
やすな「あぎりさんがいるなら安心だね」
ソーニャ「……私とあぎりのその差はなんだ」
ほむら「あ、あの……」
ソーニャ「あぎりなら……」
やすな「待って!」
やすな「ふふふ、読めたよ!これはいつものパターン!」
ソーニャ「あ?」
ほむら「パターン?」
やすな「あぎりさんの話題になると結構な確率で……」
ほむら「?」
やすな「ほっぺ摘ませて!」ニギッ
ほむら「ふへっ!?」
ソーニャ「許可を取る前に……」
やすな「うーん」グイグイ
ほむら「ひ、ひふへはふひゃへ!?」
やすな「違う……」
ソーニャ「どうしたいきなり」
やすな「次はソーニャちゃ……」
ソーニャ「触るな」バシッ
やすな「あふんッ!」
ほむら「いたた……な、何なんですか……」
やすな「ごめんごめん。いつものパターンだとほむらちゃんの皮膚がバリバリーって破けて実はあぎりさんだったーなんてことかと」
ほむら「ひ、皮膚……?」
ソーニャ「変装のマスクだよ」
ほむら「あぁ、あの映画とかでよく見る……」
やすな「そしてあぎりさんはソーニャちゃんと違って短絡的に乱暴したりしない」
ソーニャ「いちいち私を煽るような言い回しすんのはどうにかならんのか」イラッ
やすな「まぁ手裏剣投げられたり変な薬打たれたり地獄落とし喰らったりはあったけどね」
ほむら「…………」
やすな「あ、でも変装してたらわからないか……で、そのあぎりさんがどうしたの?」
ソーニャ「あぎりは今出かけてるからいないぞ」
ほむら「え?私を護ってくれるんじゃ……」
ソーニャ「あぎりはあぎりでやることがあるんだよ」
やすな「やること?」
ソーニャ「とにかく、あぎりは今仕事で学校にはいない」
ほむら「仕事?」
ソーニャ「仕事」
やすな「?」
ほむら「?」
やすな「まぁいっか。それにしても、びっくりしちゃった」
やすな「じゃああぎりさんの親戚だっていうの嘘になる?」
ソーニャ「そうなる」
やすな「そっか。私、ほむらちゃんが弟子か何かだと思ったもんだよ」
ソーニャ「弟子て」
ほむら「……ある意味では、少し、近いかも」
やすな「あれ?そ、そうなの?」
ソーニャ「もうあぎりから話は聞いていたんだな」
やすな「あぎりさん?」
ほむら「はい……お忙しい中、恐縮です」
ソーニャ「まぁあぎりがそうしたいって言うなら……」
やすな「あぎりさんに弟子入り!?」
ほむら「いえ、弟子っていう程のことでは……」
ほむら「ここにいる間、手裏剣の使い方を少し教えていただけることになりまして……」
ほむら「本当、ありがたいことです」
やすな「ふっ……ほむらちゃん」ポム
ほむら「?」
やすな「姉弟子。姉弟子」クイクイ
ほむら「……折部さん?」
ほむら「一般人なのに、呉識さんの弟子?」
ほむら「じゃあやっぱり本当は組織の……?」
ソーニャ「ただのお遊びだ」
やすな「お遊びだなんて心外だなー。これでもあぎりさんから色々学んでるんだよ?」
やすな「水遁の術」
ソーニャ「水筒」
やすな「まきびし」
ソーニャ「自滅」
やすな「えーっと……えっと……」
やすな「……くそ!くそ!」
ほむら「…………」
やすな「うっ、そ、そんなジト目で私を見ないでっ」
やすな「でもいいなー。私もまた教えて貰おっかな」
ソーニャ「ダメ。邪魔なだけだ」
やすな「えー。いいじゃん」
ソーニャ「手裏剣なんてどうせお前、二、三回投げて上手くいかないってんで飽きる」
やすな「我ながら光景が想像できる」
ほむら「飽きっぽい……タイプ?」
ソーニャ「そうだな……集中力もないし」
やすな「女心はなんとやらって言うからね」
ソーニャ「使い方違うし」
やすな「ソーニャちゃんは教えないの?」
ソーニャ「しない。面倒臭い」
やすな「うわー、ソーニャちゃん薄情ー」
ほむら「ま、まぁまぁ……」
ほむら「教えていただけること自体、わざわざ労力を割いていただいてるわけですので……」
やすな「謙虚だなー」
やすな「いいじゃんソーニャちゃん」
やすな「いつものアレ、教えてあげなよっ!」
ほむら「アレ?」
ソーニャ「……ナイフか?」
やすな「ううん、ツッコミ」
ソーニャ「ツッコミ言うな」ベシッ
やすな「ぶぐっ!」
ほむら(どつき漫才……)
ほむら(――ハッ!)
ほむら(今……さやかにツッコミを入れるビジョンが……何故?)
やすな「うぅ、やっぱりダメだ……ソーニャちゃん、手取足取りレクチャー無理だ……」
やすな「人に教えるような器じゃない……体罰パラダイス」
ソーニャ「…………」
ほむら「あ、あの、べ、別に私、手裏剣で十分といいますか……」
やすな「気を使われちゃってるよ」
やすな「やれやれ、ソーニャちゃんは本当に気が利きませんなぁ」
ソーニャ「……そこまで言われたら引けないな」
ソーニャ「じゃあ得意のサブミッションを……」
やすな「おお!」
ソーニャ「お前練習用の人形な」
やすな「やめて」
ほむら「あ、あの……あまり肉体的というか……暴力的なのはちょっと」
ソーニャ(武器泥棒の魔法少女が何言ってんだ)
やすな「ほむらちゃんが私を庇ってくれてる……!優しすぎて涙が出る」
ほむら「か、庇うというか……ただ、怪我させちゃったらとかが、怖いというか……ただ、気が弱いだけです……」
ソーニャ「むしろ逆にこいつ怪我させてみろよ。数秒後には治るくらいに頑丈だぞ」
やすな「ふふふ、ほむらちゃん……ソーニャちゃんとは別のタイプのツンデレですね。萌えるね」
ソーニャ「何言ってんだお前」
ほむら「それに私、サブミッションとか、そういうのするタイプじゃないですし……」
やすな「タイプ?」
ほむら(大体、使い魔や魔女相手に関節も何も……)
ソーニャ「何だ、折角やすなが体を張ってくれるのに」
やすな「拒否します!拒否します!」
ほむら「お気持ちは嬉しいですが、すみません……」
ソーニャ「ま、元より冗談だ。教えてやるなんて酔狂は……」
やすな「ふふふ……逃げましたね」
ソーニャ「何だお前」
ほむら「あ、あの……私は、その、呉識さんの家にお世話になってて一緒の時間が長いので……そんなご迷惑は、その……」
やすな「同じクラスだから、一緒の時間がーっていうのは言い訳になりませんなぁ」
ソーニャ「いつにも増してウザいな……ほむらが来てテンションあがってんのかしらんが……」
やすな「うん、ソーニャちゃんといえばナイフだね」
やすな「ナイフ教えてあげたらいいんじゃない?ちょちょいっと」
ソーニャ「随分と簡単に言ってくれるな」
ソーニャ(ナイフ……か。確かにほむらも使っていたが……)
やすな「何とかイングナイフって奴だね。かっこいい」
ほむら「スローイングナイフ……ですか」
ソーニャ「……なんだ、ほむら。不満か?」
ほむら「い、いえ……手裏剣と被るかなぁ、なんて……」
ソーニャ「な、ナイフにはナイフの利点がだなぁ……!」
やすな「プププ……あぎりさんの下位互換……!うぇへへーぃ!」
ソーニャ「……何かほむらお前、昨日の今日で随分と図々しくなったな」ジト…
ほむら「い、いえ!そんな滅相も……!」
ソーニャ「やすなに影響されないように、このバカからも護ってやらないとな」
ソーニャ「だが……くそ、下位互換だと?あぎりと比べられるのは癪だ」
やすな「身長とかプロポーションとかね」
ソーニャ「お前の方が小さいだろ」
やすな「別に私は気にしてないし」プー
ソーニャ「くっ……」
ほむら「じゃ、じゃあ、あのっ」
ソーニャ「ん?」
ほむら「は、刃物……」
ソーニャ「刃物?」
ほむら「刃物の扱いについて教えていただけませんか?」
ほむら(手裏剣なら……ナイフ同様、魔力で作れそうだし……)
ほむら(それにいつか、魔法少女のさやかみたいな剣が作れるようになれば、現状のナイフよりはそれを使うだろうし……)
ほむら(そうすれば、近距離と遠距離両方の武器が……それに手裏剣だって刃物)
ほむら(だったら、刃物についての知識があった方が後々に……!)
ソーニャ「……刃物、か」
ソーニャ「確かに、ナイフや仕込み刀……刃物の扱いについては心得はあるつもりだが……」
ほむら「こ、言葉で教えていただけさえすれば、後は自主練習させていただきますので」
やすな「えー、つまんない」
ソーニャ「何がだ」
ソーニャ「まぁ……確かに、それならこっちとしても比較的楽……」
ソーニャ(……あれ?何で私は教えることが決定事項みたいなことになってんだ?)
ほむら「?」
ソーニャ「…………」
ソーニャ(……まぁ、あぎりも教えるというし)
ソーニャ(それくらいなら……やすなもうるさいし……でも……)
ソーニャ(さんざ面倒だから嫌だと言った手前……しかし……)
やすな「あれ?どうしたの?」
ソーニャ「……気が向いたらな」
ほむら「は、はいっ。ありがとうございますっ」
やすな「よかったね。ほむらちゃん」
ほむら「え、えぇ……はい」
ほむら(……まさか折部さん、そういう風に促して?)
やすな「ソーニャちゃんの刃物講座ぁ?ソーニャちゃんの口から上手く説明できるかなぁ?」
やすな「ボキャブラリー大丈夫?スパーとやってドーン!って教え方じゃダメだよ?」
ソーニャ「お前に語彙力とやかく言われる筋合いはねぇ!」
ほむら(……そうでもなさそう?)
ほむら(何だか……成り行きで、色々と技術が身に付きそうなことになったわね)
ほむら(それはそれで怪我の功名というか、不幸中の幸いというか、渡りに船というか、助かるけど……)
ほむら(それになんだかんだで、ここでの生活も楽しめそう)
ほむら(……なるべく積極的に話に参加しないとソーニャさんと折部さん、二人のペースというか、空気に取り残されそうだけど)
ほむら(基本コミュ障な私には、少し気が重い部分もある……)
ほむら(そして何より……皆が気がかり)
ほむら(まどか……今、見滝原ではどうなっているのかしら……)
ほむら(私がいないってことで心配をかけていることでしょうね)
ほむら(こうして無事であることを、何とか伝えたい)
ほむら(……メールをしていいって言われている)
ほむら(中身見られちゃうのは恥ずかしいけど……今夜送ってみよう)
ソーニャ「……ん、悪い。電話だ」
ほむら「え?あ、はい」
やすな「ほむらちゃんを護る仕事中ってことは……その間アレな仕事は入らないよね?」
ほむら「さ、さぁ……」
ソーニャ「……ハ?何だって?」
ソーニャ「バレた……?すまん、順を追って説明してくれ」
やすな「?」
ほむら「?」
今の気持ちにそぐわない、意地悪な天気。
気持ちが落ち込む理由。それはなんと言っても、ほむらちゃんに変装した……
変装した……。
……えっと、なんだっけ。
杏子「……よぉ」
ゆま「おはよう。まどかお姉ちゃん」
まどか「うん。おはよう、二人とも」
杏子「なあ、まどか。あれからのことだが……」
杏子「あぎりとかいうヤツからはあれ以上何もなかった」
……そう。あぎりさん。呉識あぎりさん。
彼女が現れて、わたし達を散々混乱させてくれた日からついに日を越してしまいました。
「ほむらちゃんがいない」……というだけで「あの日」の夜はとても長く感じました。
眠れませんでした。なので、寝不足気味です。
まどか「そっか……」
ゆま「……大丈夫?まどかお姉ちゃん」
まどか「うん……ちょっと眠れなくって」
杏子「まぁ、無理もないわな」
杏子「……昨日のあたしみたいだな?」
まどか「あはは……そうだね」
杏子ちゃんとゆまちゃんと……三人でお出かけです。
とっても、大事な用があるのです。
「あの日」の夜。ほむらちゃんからメールが来ました。
ほむらちゃんの文章……元気だから心配しないで、とのことです。
ほむらちゃんからメールが来るのはとっても嬉しいこと。
ほむらちゃんの言葉は、音声は勿論のこと文面でもテレパシーでも好きです。
だけど……昨日のは、悲しかった。
まどか「…………」
ゆま「まどかお姉ちゃん……」
杏子「あまり……気を落とすな。まどか。気持ちはわかるし……戸惑うのもわかる」
杏子「あたしだって、まだ現実味が沸かないというか……」
ゆま「え、えっと……その……」
ゆま「は、ハンカチ……使う?」
まどか「……え?」
ハンカチ……?
そっか、わたし……今、泣きそうになってたんだ。
涙が……滲んでたみたい、です。
無意識の、内に……。
まどか「ご、ごめんね……気、使わせちゃって……」
杏子「まどかは泣き虫だからな」
まどか「そ、そんなことないもん」
ゆま「ハンカチ……」
まどか「ううん、大丈夫。ありがとう、ゆまちゃん……」
ゆま「うん……」
まどか「…………」
杏子「…………」
そもそもあぎりさんは、わたし達に「ほむらちゃんが誘拐された」ってことを隠ぺいするために来ました。
ほむらちゃんが見滝原にいないことを、帰省なりなんなりで虚偽の理由づけのために来たのです。
だからそのメールは、それがバレたからの苦し紛れの火消しなんだって、さやかちゃんは言ってました。
そう……ほむらちゃんのケータイを没収していれば、なりすましなんて簡単なのです。
悔しいことに、わたしは文章だけでほむらちゃんか否かを見分けることはできません。
……とても返信なんてできません。安心してって書かれても、できません。
仮に本人からだとしても、ほむらちゃん以外にわたしの気持ちが読まれる可能性のあるメールなんて嫌です。
「fromほむらちゃん」からそんな疑惑が生まれるのはとても悲しいです。
杏子「……大丈夫さ。ほむらのしぶとさはあんたも知ってるだろ?」
杏子「プレゼントしてやったグリーフシードだってまだまだたくさん盾に入ってることだろうよ」
杏子「だからそう簡単にくたばったりはしねぇ」
ゆま「ほ、ほむらお姉ちゃん、強いもん!ねっ?」
杏子「あぁ、強い強い。……だからまどかもそう泣くほど不安がるな。な?」
まどか「……うん」
そう……ほむらちゃんは強い。
わたしのために何度も苦しい思いをして……それでも諦めなかった。
時間停止や銃器がなくたって、ほむらちゃんは強いんです。
だから必ず、ほむらちゃんなら戻ってこれる。来てくれるって、信じています。
時間が止められなくなったことも、確かに不安要素の一つですが……
杏子ちゃん。そうじゃないの。わたしが一番不安なのは「そういうこと」じゃない。
ほむらちゃんもきっと不安な思いを抱いているはず。みんなに会いたがってるはず。
それが辛いの。
ほむらちゃんが辛い思いをしてると思うと、わたしも辛い。
さぞかし心細いことだろう……。だけど、わたし達には何もできない……。
あぎりさんが帰っちゃって、ほむらちゃんのケータイにコンタクトする勇気がなくて、
お家に行ったら色々無くなってて、キュゥべえが何か言ってて、
やっと発覚した、ほむらちゃん誘拐事件。
自覚と共に、わたしは泣いてしまいました。
隣に、手の届く位置にほむらちゃんがいないことが悲しくて悲しくて。
……あぎりさんの言う通りというわけではありませんが、
警察にも学校にも親にも報告しませんでした。
ほむらちゃんのことと魔法少女のことで大事になっては困るのはお互い様。
わたし達以外、みんなほむらちゃんが攫われたなんて思わないことでしょう。
ほむらちゃんは、一体何に巻き込まれているんだろう。
……ほむらちゃんがわたし達に話してくれたある秘密。
心当たりがあるとすれば……それだけ。
わたし達は手がかりを求めて、ここにやってきました。
それが実際に得られるかまではわかりません。
……「行く」ことを提案したわたしが言うのも何ですが、
とても、緊張してしまいます。恐怖という感情に、むしろ近いです。
そこは大きなお屋敷。
杏子ちゃんの呼び出しに応じて、立派なドアがゆっくりと開く……。
杏子「よ、待たせちまったか?」
杏子「……ワルプルギスの夜ぶりだな」
まどか「…………」
ゆま「おはよー」
ゆま「織莉子お姉ちゃん」
ここは、織莉子さんの家。
織莉子さんは、キリカさんと同居しています。
わたし達に軽く会釈をしてにっこりと微笑んでゆまちゃんに答えます。
織莉子「えぇ、おはよう」
織莉子「……そして、鹿目さん」
まどか「…………」
織莉子「……そんな萎縮しないで下さい」
織莉子「さ……入って」
わたし達が織莉子さんに会いに来たのは……
ただ単純に、ワルプルギスの夜以来会ってないからってこともあるんだけど、
……ただ、信じてるだけじゃダメだから。
ゆま「キリカお姉ちゃんは?」
織莉子「キリカはでかけているわ」
織莉子「おつかいに行かせているの」
ゆま「おつかい?」
杏子「ふーん。あんたらいつも一緒にいるから、そういうのは一緒に行くもんかと思ったが」
織莉子「そう言われてもね」
まどか「…………」
織莉子「…………」
織莉子「えっと……お茶、用意してますので……」
織莉子「座って」
奇麗なテーブル。ピカピカのカップとポット。
中身はもちろん紅茶。
織莉子さんも紅茶が好きなんだそうです。
それでわたしは今日、初めて織莉子さんが淹れたお茶を飲むことになります。
織莉子「紅茶……どうぞ」
織莉子「はい、ゆまちゃん。これお砂糖ね」
ゆま「ありがとうっ。いただきます」
まどか「…………」
杏子「……何か変なの入ってないよな?ん?」
ゆま「ゆまがお砂糖入れた直後に変なこと言わないで欲しいなって」
紅茶の湯気をジッと見つめるわたしを見てから、
杏子ちゃんは冗談めいた口調で織莉子さんに聞く。
織莉子「ふふ……信頼がないのね」
織莉子「勿論入ってないわよ」
杏子「どうだかねぇ……」
織莉子「もう、佐倉さんも人が悪い」
喉をくくっと鳴らして「お見通しだぜ」と「なんちゃってプー」の、
少なくとも二つの意味合いを感じ取れるような笑い方をする杏子ちゃん。
対する織莉子さんも笑ってはいるけど、その目は少し寂しそうに見えました。
わたしがさっさと飲まないからだ……と、少し罪悪感を覚えます。
そんなこと言っちゃだめだよって、杏子ちゃんに言いたいとこだけど……
だけど実際……怖い。
だって……わたしは、彼女に命を狙われた過去があるから。
織莉子さんは、予知の能力を持った魔法少女です。
織莉子さんが契約した時……その予知の力で、わたしの未来を見たんだそうです。
わたしが契約して、それで魔女になって、ワルプルギスの夜よりもずっと恐ろしいことになる未来。
そういう、予知を見てしまったのだそうです。
それで、わたしが魔女にならないよう「殺そう」と……しました。最初は所謂暗殺でした。
織莉子「なら、まずは私が一口飲みましょうか」
杏子「おうおう、飲んでみ」
時には……そう。わたしの飲み物に毒を入れたこともありました。
毒というか……魔力?何にしても飲んだらわたし、お陀仏でした。
もっとも、ほむらちゃんにしっかり守ってもらえたけど。
そして、ほむらちゃんは二人の存在を悟りました。
……いえ、最初から知ってました。
織莉子「……う」
杏子「どうした?」
織莉子「やっぱり熱くて飲めないわ」
杏子「……おい」
織莉子「茶葉を開かせるためにはできるだけ熱い方がいいの」
杏子「まぁ、うん。マミもそんなこと言ってたよ……つっても、匂いなんてわからんが」
ゆま「ふーふー」
ほむらちゃんは『このわたし』と出会う前から織莉子さんとキリカさんを知ってたそうです。
いつかのループで『わたし』は実際に二人に殺されたことがあったんだそうです。
毒殺の証拠が何とか言って、ほむらちゃんは、二人のことを止めるために……
マミさんと杏子ちゃんとゆまちゃんの四人で敵地(?)に乗り込んで……戦いました。
どっちが勝ったかというのは、言うまでもありません。
そして、ほむらちゃんは、本気で二人を殺そうと、ソウルジェムに銃口を向けて……。
勝手についてきてたわたしは、ほむらちゃんを必死に止めました。
杏子「まぁ、いいさ。魔力も感じないし……」
杏子「あの死闘を共にしたんだ。それなりに友情ってもんがある」
ゆま「えへ、みんな仲良し」
織莉子「……あ、ありがとう」
例え命を狙われているからって、殺そうとしてるからって、
ほむらちゃんが……みんなが二人の命を奪うのは違うと思ったからです。
呆然としてるほむらちゃんを尻目に、わたしは織莉子さんに「契約」を持ちかけました。
「魔法少女に絶対ならないから、ほむらちゃんに協力してください!」
「万が一にでも契約したなら、わたしのソウルジェムあげます!」
みたいなことを、必死に喚いてた記憶があります。
必死すぎて、その辺り、有耶無耶です。本当にそう言ったのかはハッキリしません。
でも、契約したなら殺されても仕方ないという意志は、その時ハッキリありました。
ほむらちゃんに怒られました。自分の命を何だと思ってるのって……少し怖かった。
今にして思えば、殺されるなんていうのに実感がなかったから、
わたし自身の命を軽視するような発言をしたのかもしれません。
でもとにかく、あの時のことは無我夢中で。これほんと。
まぁなんだかんだあって、ほむらちゃんは交渉を始めました。
簡単に言えば「ワルプルギスの夜と戦うのに協力しなさい」って。
ワルプルギスの夜を倒せば「わたしの魔女」は生まれないからって。
ほむらちゃんは、わたしの「契約しないよ」って言葉を信じてくれています。
わたしも、ほむらちゃんがわたしのために辛い思いをしてきたことを知っているし、
ほむらちゃんがわたし……ううん、みんなのために頑張ってくれていたことも知っている。
だからわたしは、絶対に契約なんてしない。
わたしは共闘の「契約」を破らせたりしない。
未来は変えられる。織莉子さんが最悪の未来を阻止しようとしたように。
二人は、ほむらちゃんの交渉に乗ってくれました。
そして、共闘関係を結びました。
その間マミさんの心意気で信頼関係が何たらかんたらって……
キリカさんは同じ学校でしたので、お昼ご飯一緒に食べたり、
放課後、織莉子さんとキリカさんを加えた賑やかなお茶会もしたものでした。
だけど……結局ほむらちゃんは二人に対する恨みを拭いきれなかったみたいでした。
あとわたしも……命を狙った側と狙われた側だったもので、恐怖を拭いきれ……拭えてないです。
何とか仲を取り持とうとするマミさんとさやかちゃん、ゆまちゃんには苦労をかけました。
ものすごく気まずかったです。
だけど、二人は実際、ほむらちゃんを助けてくれました。
そして、ワルプルギスの夜撃退です。勝利です。
一方のわたしとさやかちゃんは避難所で膝を嗅いでました。
みんなのおかげで見滝原は救われました。ほむらちゃんのおかげでわたしも救われました。
みんなの中に織莉子さんとキリカさんが入っている。その頑張りの一部は、突き詰めればわたしのためでもありました。
改めてわたしは、二人は仲間になったんだって、そう、思ったのです。
仲間なら、仲良しじゃないといけません。
だからわたしは……
その大切な仲間が淹れてくれた紅茶を飲まずにしてはいられません。
毒が入ってるかも、なんて疑念を持ってはいけない!
まどか「い、いただきます!」
織莉子「あ、鹿目さ……」
紅茶を飲むのに、こんな緊張する時がありますか。
少しお行儀は悪いですが、ゴクリと一口いただきま――ッ!?
まどか「ゴフッ!」
杏子「!」
まどか「ぐふっ……えふッ!」
ゆま「ま、まどかお姉ちゃん!」
杏子「おい!まどか!まどかァー!」
まどか「げほっ……がふ……!」
まどか「ぐ、うぐ……くふっ……うっ」
織莉子「…………」
まどか「う……うぅ……あ、ああ……」
まどか「あぢゅい」
織莉子「…………」
杏子「猫舌め」
織莉子「……私、熱いって言いましたよね」
まどか「ぼーっていてて聞いてましぇんでひた」
ゆま「……ふーふーしないとね?」
織莉子「えっと……鹿目さん。水、要りますか?」
まどか「ら、らいじょーぶれす」
杏子「火傷したか?」
ゆま「治そうか?」
まどか「う、ううん。へーき。平気だから……ちょっとビックリしただけ」
恥ずかしいです。
紅茶を吹き出すなんて最悪です。
今、わたしの体が熱いのは、決して紅茶のせいではありません。
耳が真っ赤なことでしょう。
耳に心と書いて「恥」よく言ったものです。
お借りした布巾でテーブルを拭くわたし。惨めです。
テーブルクロスがなかったことに安堵しつつ、
舌のヒリヒリも落ち着いてきました。
まどか「……ごめんなさい。織莉子さん」
織莉子「い、いえ……」
杏子「紅茶いい感じに温くなったぞ」
ゆま「美味しい」
織莉子「それで……」
織莉子「私に、話があるようだけど……?」
織莉子さんが背筋を正して聞いてきたので、
わたしも真似して背筋をピンとさせま……
織莉子「楽にしてていいですよ。鹿目さん」
まどか「あっはい」
杏子「ああ、そうだ。あたし等はあんたに聞きたいことがあってな」
ゆま「ほむらお姉ちゃんのことなんだけど……」
織莉子「……えぇ、暁美さんのことなら私も聞いているわ」
織莉子「暁美さんともあろう人が、テレパシーもできずに攫われるとはね……」
ほむらちゃんが攫われたということが確信できた後、
マミさんは警察や大人の人に言えない代わりに二人に伝えました。
あぎりさんのことも、知っていることでしょう。
織莉子さんは、ハァ、とため息をつきました。
ほむらちゃんを心配してくれているのは、なんとなく嬉しい。
それで、わたしが欲しい模範回答が得られたら、もっと嬉しいんだけど……。
まどか「それで……あの……」
まどか「ほむらちゃんの居場所……『予知』でわかりませんか?」
織莉子「…………」
織莉子さんは、わたしが魔女になった姿を「見た」らしいのです。
見たということは、映像か、画像か……
わたしの想像、もとい理想では、ほむらちゃんの未来を見ることで……
例えば、その背景に見滝原タワーが映っていたら、
ほむらちゃんは今、見滝原にいるということがわかる。……ということです
ほむらちゃんの未来というより、ほむらちゃんの居場所を見てほしい。
そうすれば、そこに行けば、ほむらちゃんに会える。
状況によっては、助けに行ける。どうやら、織莉子さんにわたしの意図が伝わったようです。
織莉子「…………」
織莉子「……ハッキリ言わせてもらうけど」
まどか「は、はい」
織莉子「無理よ。それはできない」
杏子「…………」
ゆま「そっか……」
まどか「……そう、なんですか」
織莉子「私はまだ、予知能力を完全には使いこなせてないところもあるし……」
織莉子「一応やってみたけど……大体、それができるなら苦労はないわ」
織莉子さんは本当に残念そうな顔をして答えました。
……ショックはわりと小さかった。
決して期待してなかったわけじゃないんだけど、
残念に思うとすぐに、あるいは思うより先に、
できないならできないで仕方ないよねっていう考えが、
わたしの中にあったみたい。
うん。それができれば苦労はないもんね……。
まどか「そう……ですよね」
織莉子「でも……鹿目さん」
織莉子「あなたが、私の能力を頼ってくれて……嬉しいわ」
織莉子「それなのに、ごめんなさい。お役に立てなくて……」
まどか「そ、そんな、謝らないで……」
織莉子「……でも」
ゆま「でも?」
織莉子「でも、安心して下さい」
織莉子「あなたの望みは叶えられる……」
杏子「……どういう意味だ?それは」
まどか「…………」
織莉子「私の能力は千里眼の術ではない……あくまで予知」
織莉子「それで、暁美さんの未来はわからないけど、あなたの未来は読めた」
まどか「……わたしの、未来?」
わたしが魔女になるとか、そういう意味でなく?
わたしの望みは叶えられる?それって……
まどか「何を……見たんですか?」
まどか「どういう、未来を……!」
織莉子「あなたが暁美さんと二人、肩を並べてお茶を飲んでいる様子」
まどか「……!」
織莉子「私の予知では、無事帰ってくるというヴィジョンを映した」
織莉子「いつかはわからないけど、それが事実」
織莉子さんは、にこりと微笑んで、わたしに言いました。
そして、それは……わたしを安心させてくれる。
自然とわたしの口角があがっていました。
織莉子さんの笑顔に釣られているんじゃなくて、
わたしが欲しい答えじゃなかったけど、わたしが欲しい言葉の一つだったから。
「無事帰ってくる。それが事実」
予知能力という……お墨付きをいただきました。
ゆま「やったね!まどかお姉ちゃん!」
杏子「あぁ、安心材料が得られたな」
まどか「うん……!」
織莉子「……そう、ね」
織莉子「呉識さん……といったかしら?」
織莉子「ひとまずは、あの人を信頼すればいいと思う」
織莉子さんの予知は絶対ではありません。
何故なら、織莉子さんは「わたしが魔女になる」という未来を見たにも関わらず、
わたしは絶対に魔女はおろか魔法少女にならないのです。
だけど、それは、予知に干渉をしたから。
織莉子さん達が、その予知の内容を否定するため、行動をした。
だから見えた未来が変わったのでしょう。実際に変わったのですから。
もし行動をしなかったら、わたしは契約して魔女になってたことでしょう。
ある意味では、わたしは織莉子さんにも救われているんだと思う。
つまり、居ても立っても居られない気持ちはあれど、このままほむらちゃんの事情に干渉しなければ……?
杏子「……そんじゃ、まどか、ゆま」
杏子「聞きたいことも聞けたし、あたし等はそろそろお暇するか」
冷めた紅茶をクイッと飲み干した杏子ちゃんは言いました。
織莉子「あら、もうお帰り?」
杏子「あぁ、別の用事があるからな」
ゆま「マミお姉ちゃんがね、サクセンカイギするんだって」
織莉子「会議?」
杏子「いや、そんな大層なもんじゃない」
杏子「今あんたから聞いたことを報告してちょいと話すだけさ。いつもの茶会と何ら変わらない」
織莉子「そう。もうちょっとお話できたらと思ったけど……」
杏子「またの機会にな」
織莉子「というか……私達はそれに呼んでくれないの?」
まどか「え、あ、その……えと……」
杏子「すまんな」
杏子「何せ大掃除も兼ねてるからな」
織莉子「大掃除?」
杏子「トイレの芳香剤みたいなにおいの煙をまき散らされてな」
織莉子「煙って……あなた達何があったの?」
正体はあぎりさんの煙幕です。昨日、思い切りまき散らされた……。
決して悪い芳香ではないのですが、トイレという言葉がつくとどうしても気になってしまうそう。
さて、取れるでしょうか。そのにおい。
ゆま「お掃除を手伝ってって誘うのもメーワクだもんね」
織莉子「……別に気にしないのに」
まどか「えっと……すみません。別の機会、に……また、お茶しましょう。みんなで」
織莉子「えぇ、そうさせてもらいます。巴さん達によろしくお伝え下さい」
杏子「…………」
杏子「なぁ織莉子」
織莉子「何かしら」
杏子「さっきからちょいと気になってたんだが……」
杏子「何でまどかに敬語なんだ?」
織莉子「……気まずいから」
まどか「…………」
杏子「……あぁ、そう」
ゆま「えっと……うん。頑張って」
杏子「あー……っと、そ、それじゃあな」
織莉子「え、えぇ。また」
ゆま「お邪魔しましたー」
まどか「し、失礼しますっ」
織莉子「…………」
織莉子「……はぁ」
織莉子「……ごめんなさい……鹿目さん」
織莉子「……嘘をついて」
織莉子「…………」
織莉子「もしもし。美国です」
織莉子「えぇ、はい」
織莉子「そうですね。信頼は得られたかと」
織莉子「……そうですか」
織莉子「大した力とは言えませんが……相手はあくまで魔法少女」
織莉子「お気を付けて」
織莉子「……えぇ、そうですね。私の依頼でもありますから」
あー……緊張した。
でも、ワルプルギスの夜以来に会ったけど……
織莉子さん、大分丸くなった印象を受けました。
何せ初対面で既に殺意を持たれていた程ですし。
残念ながら、織莉子さんに聞きたかったこと。
ほむらちゃんの居場所を予知で特定には至りませんでした。
でも、織莉子さんは、わたしの隣にほむらちゃんがいるという予知を見ました。
ほっとしました。
あぎりさんの、のほほんとした空気で無条件に信頼しかけていたところですが、
織莉子さんの予知が後押しして、ある程度安心ができるようになりました。
とは言え、心配だし寂しいのには違いありませんが。
杏子「さて、そんじゃマミんとこに行くかね」
まどか「うん」
ゆま「でもお掃除やだなー」
杏子「居候の分際でわがままだな。あたしだって嫌だぞ」
まどか「ダメだよ。お世話になってるんだからちゃんとしないと」
杏子「わーってるよ」
ゆま「普段からカジテツダイしてるもんね?」
杏子「おう」
まどか「どんなことしてるの?お風呂掃除とか?」
杏子「それもあるが、ほむらのためにグリーフシードを狩ってくるのは主にあたしが……」
まどか「家事は?」
「この公園を通ると近道なんだよ」ってゆまちゃんは言いました。
杏子ちゃんとゆまちゃんは猫みたいに色んな抜け道を知っています。
方向感覚に自信があるとは言えないので、羨ましい。
しかし、寂しい公園です……最近の公園は遊具がなくなりつつあるみたいです。
怪我をするからって理由なんだそうですが……、見滝原でも例外ではありません。
……と言っても、この公園の遊具はスーパーセルの影響で土台が緩んだり歪みができたりしたから撤去されたのですが。
取りあえずで設置された新しいベンチと噴水くらいしかありません。
最近ジャングルジムとか見てないなって。
公園そのものの需要が減っているのでしょうか、
通り抜けようとするわたし達以外に、人は二人くらいしかいませんでした。
まどか「……ん?」
杏子「ん、どうした?」
まどか「二人……」
ゆま「二人?」
まどか「あそこにいるの……」
杏子「あそこ?あれか?」
まどか「そう。その人」
まどか「もしかして……」
ゆま「……!」
ゆま「キリカお姉ちゃんだ!」
ゆまちゃんが先輩の名前を呼びながら大きく手を振って存在をアピールしてます。
黒いボブカットの三年生は、こちらに気付いたようです。
ぎこちなく手を振り替えして……やっぱりキリカさんだ。
キリカさんは、わたし暗殺計画の主な実行犯。
毒を盛ったり、魔力で形成した爪で斬りかかろうとしたり……
織莉子さんのことが大好きすぎて殺しかけたなんて、笑い話にもなりません。
だけど、二人と共闘関係を結んで、キリカさんと話してみると結構面白い人です。
個人的にびっくりしたのは……ほむらちゃん達と死闘を繰り広げた昨日の今日で、
ニカッとした明るい笑顔でお昼を一緒に食べようと誘ってきたことです。
そして織莉子さんの手作り弁当を自慢してきました。あの時は気まずかった。
切り替えが早いというか……正直、よくわからないところのある人です。
キリカ「おやおやおやおやおや」
キリカ「やぁご三方」
杏子「おう」
まどか「こんにちは」
ゆま「元気してた?」
キリカ「あぁしてたしてた。超元気」
学校が違うので、正直言うと織莉子さんはあまり慣れてませんが、
キリカさんは結構慣れました。
だとしても、私服のキリカさんを見たのは今が初めてです。
だから正直、遠目で見た時本当にキリカさんか不安がなかったこともあったりなかったり……。
キリカ「丁度いいところに」
ゆま「丁度いい?」
まどか「……あれ?この子……?」
「…………」
杏子「ん?あ、何だ。いたのか……誰が?」
キリカ「うん『これ』ね……」
遠目でわたしは二人見かけました。大きい(キリカさん)方と小さい(?)方。
キリカさんの陰になるようにちょこんと立って、チラチラと様子を窺っている小さい影。
キリカさんの視線を追って気付きました。キリカさんの腕と脇の間からくりっとした丸い目がわたしの目と合いました。
キリカ「ほら、自己紹介しな」
キリカ「この人達は私の知り合いだよ。ほら、大丈夫だから」
キリカさんは服をキュッと掴む小さな手を引っぺがし、前に引っ張り出す。
「ちょっと、乱暴ですよ」って言いそうになったけど、言葉を飲み込みました。
その子は……年齢はゆまちゃんくらい?髪は奇麗な白……いや、銀?織莉子さんのと似た色です。
もじもじと人差し指同士をキスさせてる、女の子……?
杏子「何だこいつ?」
ゆま「……あ!」
杏子「ん?どうした?」
まどか「あ……その指輪……」
杏子「指輪?」
杏子「……お」
小さい指に、小さな『指輪』がキラッと光りました。
わたしはこのデザインを知っている。
……と、いうことは。
キリカ「そう。この子もね」
まどか「……魔法少女」
わたしの言葉にピクッと反応した女の子は、わたしの顔をじっと見つめ、
そして左手、次に杏子ちゃん、ゆまちゃんの顔と手をそれぞれ視線を向けました。
「……魔法少女、なのですか?」
キリカ「あぁ、そうだよ。こっちとこっちはね」
「……なぎさと一緒なのです」
キリカ「うん、そうだね。一緒だね」
キリカ「ほら、なぎさ。名乗りなさい」
なぎさ「えっと、えと……」
なぎさ「……なぎさ、なのです」
なぎさ「百江なぎさなのです」
もじもじしながら自己紹介。なぎさちゃん、恥ずかしがり屋さんなのかな?
わたしも……なぎさちゃんくらいの時にはこんな感じだったかも。
なぎさちゃん。
顔を赤くして、ペコリと会釈をする。お利口さん。
杏子ちゃんとゆまちゃんが全身を見定めしてます。
い、威圧させちゃうよ。
話しやすくするように、話しかけてみようかな。自己紹介してくれたんだもん。
まどか「わたし、鹿目まどか。よろしくね。なぎさちゃん!」
なぎさ「……う、うん」
わたしには、タツヤという弟がいる……そう。わたしだってお姉さんです。
……何故だか周りの人からはそのことを忘れられて妹的扱いをされがちですが。
それはともかく、頑張ってお姉さんぶってみました。
ゆまちゃんもそうでしたが……
こんな小さい子も、魔女や使い魔と戦うなんて少々考えられないところではあります。
だけど、ゆまちゃんは実際強い。戦ってる所見たことあります。
この子もきっと、ゆまちゃんに負けないくらい強いのかな?
杏子「ふーん、なぎさねぇ……それも魔法少女」
杏子「見滝原の魔法少女なのか?」
キリカ「あー、うーん。まぁ、そうだね」
杏子「まぁ?」
ゆま「キリカお姉ちゃんとどういう関係なの?」
キリカ「……むぅ」
キリカさんは何やら腕を組んで、視線を左上に向けました。
口をへの字にして、頭の中からなぎさちゃんのことを説明するのに適した言葉を探しているみたいです。
キリカ「それを話すのは色々面倒だな……」
杏子「おい」
キリカ「いや、まぁ、ほんと、色々あるんだよ」
まどか「色々って?」
キリカ「あー……うーん……うん」
キリカ「……ねぇゆま」
ゆま「?」
キリカ「ちょっとなぎさと遊んでやってくれないかな」
ゆま「え?」
キリカ「なぎさ、君のことが気になるみたいだから」
ゆま「あっ」
なぎさ「……あぅ」
なぎさちゃんは真新しい靴でグリグリと地面を踏みにじってます。
チラチラと、わたし達……特にゆまちゃんの方を見ながら。
やっぱり年が同じくらいってことで意識しているのでしょうか。
ゆまちゃんは、杏子ちゃんの顔をじっと見つめて……
杏子ちゃんはゆまちゃんの言いたいことを察したみたいです。
杏子「おう、お友達になってやりな」
ゆま「……うん!」
ゆま「えっと……なぎさちゃん?」
なぎさ「う、うん……」
ゆま「わたし、千歳ゆま。よろしくね」
ゆま「ゆまって呼んで」
なぎさ「……よ、よろしく……なのです」
なぎさ「……ゆま、ちゃんは……キリカお姉さんのお友達?」
ゆま「……うん!」
キリカ「あ、ちょっと悩んだ」
杏子「仕方ないな」
まどか「うん」
キリカ「いや、まぁ、ほら……あー……まぁいいけどさ」
ゆまちゃんと初めて会った時のことを思い出しました。
ほむらちゃんとマミさんが会わせたい人がいると行って、
こことは違う……人気のない夕暮れの公園に来ました。
少し待って、杏子ちゃんが来て……その後ろにいたのがゆまちゃんでした。
杏子ちゃんはマミさんを睨みながら何か話してました。聞き取れなかったのでわかりません。
ゆまちゃんには威嚇されました。
そしてマミさんの背後にこっそりと回って、何故かスカートをめくろうとしました。
多分杏子ちゃんを責めてるように見えたんでしょうね。
ほむらちゃんに止められて、叱られてショボンってしてました。
さやかちゃんは「何この変な子」って言ってましたが、
まぁ今にして思えば、警戒していたからと、まぁわかりますが……。
ゆまちゃんは、人見知りでした。
というより、杏子ちゃん以外に不信感を持っていたというか……
勿論、今では思いっきり飛びついてくる程に人懐っこい子です。
猫みたいな言い方ですが、人に慣れました。
いや、むしろゆまちゃんは猫みたいな子なのです。
ゆま「お話しようよ?なぎさちゃん!」
なぎさ「……う、うん」
ゆま「魔法少女になってどれくらい?」
なぎさ「えっと……結構前なのです」
ゆま「……それっていつ?」
なぎさ「いつかは今じゃないのです」
ゆま「え?何が?」
年が近いということもあるんだろうけど、
こうして初対面の相手にフレンドリーに接するようになって、嬉しいものです。
キリカ「まぁまぁ二人とも」
キリカ「ほら、そこの自販機で好きなの買って飲みなよ。ほら、お金あげるから」
キリカさんが金色のコインを乗せた手を差し出すと、ゆまちゃんは丁寧に受け取ります。
少し前までキリカさんを本気で怖がっていたのに、慣れたものです。
そしてキリカさん、何でも子どもが苦手だそうですが……ゆまちゃんとなぎさちゃんは大丈夫みたいですね。
タツヤとはまだ会わせてませんが、いつか会わせる機会来るでしょうか。
キリカ「釣りはお駄賃にしていいよ。山分けしな」
ゆま「ありがとう!」
なぎさ「な、なのです」
ゆま「行こっ、なぎさちゃん!」
なぎさ「あっ、ゆまちゃん。待って」
ゆまちゃんの後を追って、なぎさちゃんもとっとこ走る。
ゆまちゃんとなぎさちゃん。幼い魔法少女同士すぐに仲良しになれそうです。
かわいいなぁ。
キリカ「あぁー……やれやれ、二人とも。来てくれて助かったよ」
キリカ「ほら、私って子ども苦手なんだよね。精神的に疲れちゃった」
杏子「あぁ、ゆま見て何かそんなことも言ってた気がするな」
まどか「でもその割には結構……ね?」
キリカ「うん?」
まどか「結構お姉さんしてたなって」
キリカ「そうかな……?」
キリカ「でも、そりゃあさ」
キリカ「流石に当の子どもの前で節操なく拒絶したりはしないよ」
キリカ「世間体というか公私混合っていうかコペルニクス的転回というか?」
杏子「何言ってんだお前?」
キリカ「うん、ゆまでちょっと慣れたってとこもあるね」
まどか「……あの、それで。なぎさちゃんは……」
キリカ「うん?」
まどか「キリカさんと、どういう関係なんですか?」
キリカ「どういうって言われると……そうだね……」
杏子「親戚か?」
キリカ「親戚……ってわけでもないけど……」
キリカ「んー、まぁ、知り合い。そんなとこだね」
キリカ「近い内にみんなにも紹介するつもりだったんだ」
杏子「一応聞くが、マミんとこにおしつけるってんじゃないだろうな?」
キリカ「……もしかしたら泊めてやってって頼むことはあるかもしれないけど、そんなつもりはないよ」
キリカ「なぎさはとりま、織莉子んとこにつれてく。私と織莉子二人きりの時間が減るのは少し寂しいけどさ」
杏子「織莉子のとこか……」
まどか「じゃあ入れ違いでしたね」
キリカ「うん、悪いね。理想としては君らが来て、その時ついでに紹介したかったんだけど」
キリカ「色々と立て込んじゃってね……」
キリカさんはぽりぽりと頭を掻きながら空を見上げました。
鮮やかな空色。ぽかぽか陽気。
キリカ「ま、なぎさのことはいいとして」
キリカ「やっぱ、ほむらのこと?」
まどか「…………」
杏子「あぁ……その通りだ」
キリカ「まぁそうだろうね」
キリカ「私も織莉子から聞いたよ。大変だったね」
視線を空からわたしに移し、同情の目をしてくれました。
かつてその目で殺意を向けられましたが。
なので、不意に見つめられると一瞬、ぎくりとしちゃう。
わたしの悪い癖。
キリカ「あぎりさんとか言ったね?ほむらを攫ったのは」
まどか「はい……」
杏子「…………」
キリカ「ん?どうかした?」
杏子「いや、お前がさん付けなんて珍しいなって」
キリカ「……私だって一応、年上に対する敬意とか、ある」
キリカさん……マミさんと織莉子さんは三年生です。
だから、この三人が「先生」以外の年上のことを話してる様子……
少なくともわたしは見たことはない。あぎりさんが何歳かは知りませんが
だから、キリカさんの「さん付け」は、何となく真新しいなって気持ち。
キリカ「魔法少女じゃないのに、魔法少女を攫うなんて……」
キリカ「すごい輩もいたもんだね」
まどか「それで……わたし達は、織莉子さんに……予知で、ほむらちゃんの居場所とかわかったらなって思って」
キリカ「そうか。それが要件だったんだね」
キリカ「はは、まぁ無理だったんだろうね。それでわかればもっと早く君を殺しに出かけられたよ私達は」
まどか「…………」
キリカ「タチの悪い冗談だったね。謝るよ」
杏子「ま、あたしとゆまは付き添いというより護衛に近かったりするんだよな。そんなお前達だから」
キリカ「…………」
杏子「タチの悪い冗談さ。大体は」
キリカ「言ってくれるねぇ。……ん?大体?」
キリカ「ま、まぁいいや」
杏子「一応収穫はあったから、会って無駄ではなかった。な?」
まどか「う、うん……」
キリカ「ほむらが戻ってくるっていう予知のことだね。私も聞いた」
キリカ「それじゃ私からも……ちょっと情報をば。脳の片隅にでも置いといて」
杏子「……情報?」
キリカ「織莉子は話してないかもしれないけどさ」
キリカ「実はさ……ちょっと、心当たりがある」
杏子「心当たり?何の?」
キリカ「……ほむらを狙う犯人」
まどか「……!」
杏子「狙うって……あぎりとは違うのか?」
キリカ「あぎりさんは危害を与えないって言ったんだろう?そして実際戻ってくる未来だ」
キリカ「それでさ……あぎりさんがほむらを匿っているんじゃって……私と織莉子は考えてんだよね」
キリカ「私が言いたいのは、その匿う理由、その敵」
トラブルに巻き込まれて……あぎりさんはそう言った。
無事は保証します……あぎりさんはそう言った。
わたし達を巻き込ませたくない……ほむらちゃんはそう言ったらしい。
キリカさんの言う犯人。
何となく、わたしの中で何かが繋がっていっているような気がします。
キリカ「名前は『優木沙々』……」
キリカ「勿論魔法少女だ」
杏子「……優木、沙々?」
まどか「……魔法少女」
キリカ「実はね……私と織莉子は、君達に出会う前にそいつと会っていたんだ」
キリカ「いや、会ったというよりは……襲われたって言い方が近い」
まどか「……!」
杏子「テリトリーを狙って、か」
初めて聞く名前。でも、魔法少女。
他のテリトリーを狙う魔法少女がいるという話は聞いていた。
優木沙々という人も「その」魔法少女だったんだ。
あとで詳細をネットで調べてみよう。キュゥベえネットワークがあれば、
魔法少女に関係することならわからないことは少ない。
キリカ「まぁそうだね」
キリカ「人を洗脳する能力を持っている……自意識過剰でコンプレックスの塊みたいなケチな魔法少女さ」
キリカ「織莉子は、あいつの術中に嵌ってしまったんだ。まだ、私達は経験も浅かった」
キリカさんは、ことの経緯をダイジェストかのように、簡単に話してくれました。
他の街から、その優木沙々って人が見滝原に来たそうです。
目的は勿論、見滝原の魔法少女を支配してテリトリーをゲットすること。
それで、最初に目をつけたのが織莉子さんでした。織莉子さんはお嬢様学校の生徒。
……その人は織莉子さんの身の上にコンプレックスを抱いたっぽいです。
なので織莉子さんを不意を突く形で洗脳し、親友を装いました。
その人の洗脳魔法は『自分より優れている相手』しか操れないんだそうです。
『魔女を操る』こともできるそうで……驚きの能力。
キリカ「魔女を操るったってね……所詮は洗脳だけが取り柄みたいなとこあるから」
キリカ「あいつ自身はただ並以下の魔法少女だと思うね」
キリカ「時間停止能力がないナイフ一本持ったほむらでも判定負けするレベル」
キリカ「ほむらとあいつじゃ戦闘センスやメンタルにも差がでっかいだろう」
でも、その洗脳はキリカさんによって(キリカさん曰く『深い愛』故に)織莉子さんは正気を取り戻しました。
で、なんだかんだあってフルボッコにしたそうです。
だけどその人は(魔女を操ることができるから)孵化寸前のグリーフシードを隠し持っていて、
偶然か必然か、魔女が誕生し、そのどさくさに紛れて逃げられてしまったんだそうです。
その後、織莉子さんは見滝原中学校に目を向けて……とのことでした。
と、大まかな話と洗脳を解くコツを話し、
キリカさんは大げさなアクションで「やれやれ」と肩を竦めました。
……そんなことがあったんだ。初めて知った、二人の過去のこと。
思えばわたしは二人のことを、何も知らないや。
杏子「逃がした……ねぇ。……で?それがどうしてほむらと繋がるんだ?」
杏子「聞いた話じゃ、ただ単に、過去にいざこざがあったとした」
キリカ「まぁ話は最後まで聞いてよ」
キリカ「君達とのいざこざが何とか落ち着いた後にちょいと、そいつを探して見たんだ」
キリカ「一度逃した敵の再来に警戒するのは当然だからさ、一応ね」
キリカ「……で、行方不明になってた」
まどか「行方不明……!?」
キリカ「魔女の結界で死んだ?魔女になった?」
キリカ「しろまるに聞いてみたら、違った。生きていると言っていた」
キリカ「家にも学校にも見せてないらしい。一応捜索願が出ている」
キリカ「今日、私はなぎさのとこに行って……しろまるに会った。そして、聞いた」
キリカ「しろまるがあいつを最後に見たのは見滝原だ。それもほむらのアパートの近くだ」
まどか「…………」
キリカ「……しかも、昨日の夜だ。ほむらが攫われた日の深夜」
杏子「……!」
キリカ「私と君達じゃあないが……あぎりさんと入れ違いだったんじゃないか……ってのが、私の意見さ」
まどか「それで……その人が怪しいって……」
キリカ「私が言ったことは全部、推測に過ぎない。だから織莉子も話さなかったんだろう」
キリカ「……まぁ、なんだ」
キリカ「私はヤツの能力を伝えた。だからってことでもないけどまぁ、気を付けてね」
……キリカさんの話に集中しすぎて、体が固まってました。
優木沙々っていう人……行方不明で、ほむらちゃんのお家に近づいた、織莉子さんとキリカさんの敵。
ほむらちゃんは帰ってくるっていう、安心要素をいただいたはいいけど……
別の不安要素が生まれてしまいました。
キリカさんは困ったように笑って「怖がらせちゃったかな?」って言いました。
わたしは「いいえ、そんなことは……」と言って……誤魔化しました。
……大丈夫。
仮に、優木沙々という人が関係あったとしても、
あぎりさんと入れ違い説とすれば……その人とあぎりさんは別。
織莉子さんの予知とあぎりさんの言葉を信じれば、
ほむらちゃんは、優木沙々っていう人には負けない。
万が一にでも、ほむらちゃんが洗脳されて帰ってこようものなら、
キリカさんから聞いた、洗脳を解く方法を試みればいいのです。
……ゆまちゃんとなぎさちゃん遅いね。
と、別のことに意識を向けて紛らわせることにしました。
ゆま「キョーコ!キョーコ!」
杏子「うおっ!びっくりした。なんだよ」
ゆま「鬼!」
杏子「本当になんだよいきなり!」
なぎさ「ゆまちゃんがキョーコお姉さんと追いかけっこするって」
なぎさ「鬼さんなのです!」
ゆま「早く早く!」
……おやおや?もう仲良しになったんだね。二人とも。
ゆまちゃんがビシーっと杏子ちゃんを指さして、
真似するようになぎさちゃんも若干ドヤ顔で杏子ちゃんをさす。
でもね二人とも。普通、鬼からは逃げるものなんだよ?
キリカ「ジュースはもういいのかな?」
ゆま「ゆまオレンジジュース飲んだ」
なぎさ「なぎさはリンゴジュースなのです。ゆまちゃんととりかえっこして一緒に飲んだのです」
キリカ「ほう……間接キ」
杏子「よし、お前黙れ」
すっかりお互い仲良しだね。
どんなお話したのかな。わたしもなぎさちゃんから色々お話聞きたいなって。
なぎさ「元気いっぱいだから遊ぶのです!」
ゆま「キョーコ!キョーコ!」
杏子「お、おいおい……」
杏子「……よし。まどか」
まどか「わたし?」
杏子「あんたに任せる。弟いるからお手の物だろ?」
まどか「えー、走りたくないなって」
杏子「あ!テメェ!」
キリカ「まぁいいじゃないか。付き合ってあげてよ」
杏子「あたしだって走りたくねぇよ。面倒くさい」
なぎさ「えぇー!キョーコお姉さん鬼さんなのですー!」
杏子「それはどっちの意味での鬼だ?」
ゆま「キョーコのお尻のシールを取るの!」
杏子「は?シールって……」
杏子「……あ!」
杏子「テメェいつの間に!」
ゆまちゃんの言った通り、杏子ちゃんのお尻……
正確にはいつものホットパンツにキラキラした星のシール。
なぎさ「キョーコ鬼さんのお星さまを取ったらなぎさ達の勝ちなのです!」
杏子「誰が鬼か」
杏子「ってか、いつの間にこんなものを……」
ゆま「朝から」
杏子「朝!?」
……わたしは気づいてたよ?
でも、そういうファッションだと思ってました。アップリケっていったっけ。それかと。
キリカさんはニヤリと笑う。知ってた上で黙ってたんですね。
杏子「くそ……恥かいたぞ」
杏子「おいキリカ。あんたが預かったんだろ。だったら責任取ってあんたが鬼ごっこをだな」
キリカ「えー、君達が来るまでは私一人でなぎさ見てたんだよ?」
杏子「いや知らねえよ」
キリカ「見知らぬ人と二人きりでおどおどしてたなぎさにこうして友達ができたのは気を利かせた私の功績」
杏子「だから知らねえって」
キリカ「いいじゃないか。魔法少女同士楽しみなよ」
杏子「テメーもだろうが魔法少女は」
キリカ「そういう君こそゆまで慣れてて、まさにお手の物のはずさ」
杏子ちゃんがキリカさんに鬼役を押しつけようとしている、その後方から、
こっそりこっそりと近寄るなぎさちゃん。
そしてソーっと杏子ちゃんのお尻に手を伸ばして……
杏子「おうケツ触んなコラ!」
なぎさ「ひゃあ!」
ゆま「惜しい!」
杏子「てめぇら……不意打ちとは良い度胸だな……」
なぎさ「鬼さん。お尻くださいなのです……!」
杏子「何だその言い回しはキモいぞ」
小さい手をわきわきさせて、ジリジリと杏子ちゃんを囲む二人。
杏子ちゃんはキリカさんを恨めしそうな目でジトーっと見ると……
キリカ「こんな子どもに背後を取られるようじゃ、甘ちゃんだよ」
まどか「転ばないようにね?」
杏子「……くそっ、貸しにしとくから……な!」
ゆま「あ!逃げた!かかれー!」
なぎさ「鬼さん待つのですー!」
踵を返してダッシュ!それを追うゆまちゃんとなぎさちゃん!
杏子ちゃんは走るペースをちゃんと落としてちゃんと、追われてくれる優しい子。
まぁ……魔法少女の脚力で本気で追いかけっこしたら大変なことになりそうだけど。
小さな魔法少女達はきゃあきゃあかわいい声をあげて杏子ちゃんを追いかけてます。
杏子ちゃんのお尻を追いかけてます。
わたしとキリカさんは心地良い日差しを浴びながら、
面白半分微笑ましく一人と二人の駆け引きを見守ります。
キリカ「なんだかんだ言って杏子は子どもに甘いね」
まどか「あはは、ほんと、そうですね」
キリカ「口ではああ言ってるけど、楽しそうに逃げとるねぇ」
キリカ「いやー、助かっちゃった。ありがとね、まどか」
まどか「あ、あはは……わたし何もしてない……」
キリカ「さて、いい加減座るか」
鬼を追いかける勇敢なる二人を微笑ましく眺めながら、
キリカさんは近くのベンチに歩いて、腰を下ろす。
わたしもついていって、お隣失礼します。
思えば、キリカさんの隣には初めて座ります。
大抵、キリカさんの隣には織莉子さんがいましたから。
キリカ「よし、そこだ。行けっ」
キリカ「あー……やるねぇ。腐っても杏子だ」
まどか「腐ってもって……」
キリカ「…………」
まどか「……?」
キリカ「……ほむらのことだけどね」
まどか「…………」
キリカ「もちろん、私も私なりに心配してるつもりだよ」
キリカ「ただね、私は織莉子のことを信用してる」
キリカ「少し大げさかもしれないが、自分自身よりも信用してる」
キリカ「織莉子の言うことならどんなことでも自信を持てる」
キリカ「だから織莉子がほむらが戻ってくるっていうなら……」
キリカ「私は心配はすれど不安はないよ」
キリカ「だって、織莉子の予知を、本人以外で一番理解しているのは私だと思っているから」
キリカ「だから君も、あまり落ち込みすぎない方がいい」
まどか「キリカさん……」
キリカ「なぎさと織莉子と友達になって、楽しく待ってればいいと思うよ」
まどか「…………」
まどか「……わたしの魔女の予知は外れましたけどね」
キリカ「……はは、言うねぇ。絶対に契約しないって?」
キリカ「でも……わかんないよ?」
まどか「な、ないですもん!」
キリカ「わかった、わかった」
まどか「みんなと約束しましたもん」
キリカ「そうだね……うん。君、本当にいい奴だ」
まどか「え?」
キリカ「自分を殺そうとした人間に、こうもあったかい感情を表してくれるなんてね」
キリカ「ほむらが君を愛する気持ちわかるよ。本当に心優しい人だ。君は」
まどか「あ、愛するって……!」
キリカ「君は愛されてるし、愛してる。美しいね」
……キリカさんはすぐに、愛という表現を使う。
別にだからと言って悪いこととは……むしろいいことだとは思うけど、ビックリしちゃう。
確かにわたしはほむらちゃんのことが大好き。
だけど、キリカさんが「愛がー」って言うと……なんて言うか「別」の意味に聞こえて……
……ちょっと、敏感すぎるかな?
キリカ「君が死んだらきっと天国に行けるよ」
まどか「ぶ、物騒なこと言わないでください……」
キリカ「はは、悪いね」
まどか「……?」
キリカ「……さて、と」
わたしは、キリカさんの笑顔を何度か見たことがあります。
織莉子さんに甘えていたり、惚気てたりする、エヘヘっていう照れた笑顔。
冗談を言ったり面白い漫画を読んだ時の、アハハっていう明るい笑顔。
ゆまちゃんと一緒に杏子ちゃんを追いかけるなぎさちゃんを見るその横顔は、
その二種どっちにも当てはまらない、優しい笑顔。
ほむらちゃんがわたしによく向けてくれるのと、同じタイプの笑顔でした。
ただ……少し、その目が悲しそうに見えたのは、気のせいだったのでしょうか。
キリカ「まどかも行ってきたら?」
まどか「……行くならキリカさんもですよ?」
キリカ「帰らせて欲しいなって思ってしまうのでした」
まどか「あはは、真似しないで下さいよー」
キリカさんは、追い回されてる杏子ちゃんを指さして笑む。
きゃあきゃあ言いながら、ゆまちゃんとなぎさちゃんが追いかける。
それにしてもなぎさちゃんとキリカさん。どういう関係なんだろう。
これから織莉子さんの家に行くみたいだけど……
もしかして、織莉子さんの親戚なのかな?
何にしても、また改めて紹介して欲しいなって思ったのでした。
そして……織莉子さんとも、世間話をしたいと思いました。
――昼休み
ソーニャ(あぎりの存在がほむらの仲間に知られたのは痛かったが……)
ソーニャ(こっちのことを詮索するような動きがないというのは助かる)
ソーニャ(しかし、何がどうであれ、あのあぎりの変装を見破ったということになるが……)
ソーニャ(魔法少女の仲間と言うからには、やはりそいつらもただものではないらしい)
ソーニャ(まぁ、見滝原に関しては『アッチ』に任せるとして……)
ソーニャ(問題は敵組織の動きだ。あれからまだ一週間も経ってないが、刺客を送るとかいった動きを全く見せていない)
ソーニャ(組織の裏切り者にどこまで知られていて……どこまでリークされているかわからない以上……何とも言えないか)
ソーニャ(肝心の裏切り者については未だに捜査中だが……)
ソーニャ(この動きのなさは……嵐の前の静けさ、とでも言うものか)
やすな「くっはぁぁァ~~~!ンニャフッ!」ノビー
ソーニャ(静けさなんてなかった)
やすな「午前の授業やっと終わったー!」
ほむら「お、お疲れ様です」
やすな「おっひる♪おっひる♪」
やすな「お勉強で頭使ったからカロリーが足りないぜ!」
ソーニャ「寝てたくせに、何が頭を使った、だよ」
やすな「ぐぬぅ」
やすな「……そういうソーニャちゃんもウトウトしてたよね」
ほむら「…………」
ソーニャ「う、うるさいな」
やすな「人のこと言えませんぞなもし」
ソーニャ「ほ、ほら、私は……」
ソーニャ「その、ある意味一日中仕事してるわけだからな」
ソーニャ「いつ刺客が来るかわからんし……気を張ってて疲れてんだ」
やすな「ふふふ、言い訳ですね」
ソーニャ「それよりほむら」
やすな「おぅスルー」
ほむら「はい」
ソーニャ「学校は慣れたか?まだ一週間も経ってないが」
ほむら「はい、割と」
ソーニャ「そうか。割とか」
ソーニャ「ならいい。授業でわからないことがあったら聞けよ」
やすな「聞けったってぶっちゃけソーニャちゃんより頭良いんじゃない?」
ソーニャ「…………」
やすな「取りあえずで受けた小テストは満点で、先生がノリで指したらちょっとキョドった後に答えちゃう」
ほむら(キョドるって……)
やすな「高校の内容についていけてるなんて、ほむらちゃんって頭良いんだね。中学生なのに」
ほむら「へ?い、いえ、そんな……」
ソーニャ「見習えよ」
やすな「ソーニャちゃんもね」
ソーニャ「お前の方が見習えバカ」
やすな「仕方ない」
ソーニャ「仕方なくねぇよ」
やすな「見滝原学校って頭いい学校なんだね?」
ほむら「い、いえ、そうとも言えません。その……私の同級生に……ちょっと……」
ほむら(かく言う私もかつては……ちょっと所ではない、か)
ソーニャ「あー……まぁ、どこにだってやすなレベルはいるよな」
やすな「そうだね」
ソーニャ「認めただと……?」
やすな「うんうん。私のように成績こそ悪くても天才肌な子が……」
ソーニャ「は?」
ほむら(時間遡行してる間……)
ほむら(武器を使う過程で色々な知識――特に語学数学物理時々化学とかの分野を学んだり……)
ほむら(ループ始点から退院するまでに授業の内容を予習をしていた時期もあった)
ほむら(……案外覚えているものね)
ほむら(世界史や生物とかはちんぷんかんぷんだったけど。……指されなくてよかった)
ほむら(この学校に通うようになって……)
ほむら(主にソーニャさん、呉識さん……そして折部さんと仲良くさせてもらっている)
ほむら(緊張は未だ残るけど、大分落ち着いてきたわ)
ほむら(制服や体操着が違うから浮いてしまっているというのはまだ気になるけど……)
ほむら「…………」
ほむら(呉識さんの存在がまどか達に知られて……)
ほむら(フォローするつもりで、まどかに送ったメール……)
ほむら(私は元気でやってるよって……そういうメール)
ほむら(未だに……返事が返ってこない)
ほむら(ただ一言「無事でよかった」とか、せめて私のメールを読んでくれたことに対してアクションをして欲しいのに)
ほむら(うぅ……せめて「fromまどか」が見たい……まどかの言葉が欲しいのに)
ほむら(ヘコむ……悲しい)
やすな「いやー、お腹空いたー!」
やすな「お昼ーうおー」ガタガタ
ソーニャ「机をくっつけるな。揺れてうっとうしい」
やすな「ほら、ほむらちゃんもほむらちゃんも」
ほむら「は、はぁ……」
ほむら(……折部さんの明るさには少し救われる気持ちになるわ)
やすな「それともソーニャちゃん。屋上で食べるのご所望かしら?」
やすな「もー、しょうがないなー。そんなお外がいいんでちゅかー?」
ソーニャ「何も言ってねぇよ」
やすな「それじゃ、待ってるからね」
やすな「…………」
ソーニャ「ん?」
やすな「あれ?二人とも、今日は購買行かないの?」
ソーニャ「行かない」
ほむら「はい」
やすな「んんん?お財布忘れちゃったの~?」
やすな「ソーニャちゃんが土下座して頼むというのであれば奢ってあげ……」
ソーニャ「忘れてねぇよ」トン
やすな「あ!こ、これは……!」
やすな「お弁当……だと……!?」
ソーニャ「……何だよ。そのリアクション」
やすな「いつも購買パンなソーニャちゃんが!?」
やすな「不器用で面倒くさがりでぶっきらぼうなソーニャちゃんが自炊するとは到底思えないから……」
ソーニャ「いちいち煽るような言い方するの何とかならんのか?」
やすな「もしかしてほむらちゃんが?」
ほむら「は、はい。そんな手の込んだものではありませんが……」
やすな「すごい!」
ほむら「その……守られてる立場な上、色々御教授いただいてますから」
ほむら「食事とか色々用意してもらいましたので、これからしばらくは……」
ほむら「せめてものと思って、先日から、炊事をお手伝いさせていただくことに」
ソーニャ「そういう気遣いしなくていいのに……まぁ経費として落ちるからいいけど」
ほむら「呉識さんに相談したら便宜を図ってもらいまして」
やすな「へぇー」
ソーニャ「……しかし、何だな」
ソーニャ「あぎりと私で三人分も作ってもらってなんなんだが……」
ソーニャ「守ってくれてる相手におつかいさせるなんて案外図太いよなお前」
ほむら「え゙、あ、その……」
ほむら「ふ、ふふっ、ふ……」
ソーニャ「笑って誤魔化すな」
やすな「いいなー私もソーニャちゃんパシらせたい」
ソーニャ「憧れのベクトルおかしいだろ。パシリじゃねーし」
やすな「まー、でもそうだよね」
やすな「ほむらちゃんは成長期だもん。焼きそばパンなんかよりもお弁当の方がいい!」
ほむら(成長期……ね)
ソーニャ「焼きそばパンディスってんのか」
やすな「栄養ないじゃん焼きそばパン」
やすな「ところでさ、あぎりさんって料理作るの?」
ソーニャ「…………」
ほむら「…………」
やすな「……あれ?どったの?」
ソーニャ「……あぎりの家には何度か泊まったことはある」
やすな「ほう」
ほむら「わ、私も……呉識さんの料理、いただきました。……多分」
やすな「いいなー。あぎりさんの手料理……ん、多分?」
やすな「よくわかんないけど、どうなの?美味しい?」
やすな「あぎりさんは何でもできるイメージがあるからね」
ソーニャ「…………」
ソーニャ「……う、うん」チラッ
ほむら「……は、はぁ」コクリ
やすな「え、何?どうしたの?」
やすな「もしかして実はメシマズだったり?」
ソーニャ「い、いや、下手ではない……と思う」
やすな「思う?」
やすな「普通ってこと?」
ソーニャ「いや……はっきり言って、美味い」
やすな「あ、上手なんだ、イメージ通り!」
ソーニャ「いや、上手なのかと聞かれると……」
ソーニャ「わからない」
やすな「はぁ?」
やすな「もー、ソーニャちゃんじゃ埒明かないや」
やすな「ほむらちゃん。あぎりさんのご飯はどうだった?」
ほむら「…………」
ほむら「……食事をする際、呉識さんはまずテーブルに布を被せます」
やすな「布?」
やすな(テーブルクロス?)
ほむら「布を取ると、そこにはつきたてのお餅が」
やすな「…………」
やすな「ん?」
ほむら「大変おいしゅうございました」
やすな「…………」
ソーニャ「…………」
ほむら「…………」
やすな「そ、それにしても手料理なんて!」
やすな「すごいねほむらちゃん!」
ソーニャ「お、おう。そうだな」
ほむら「せ、先輩や知り合いに教わったり、色々勉強しまして」
ほむら(まぁ流石にあんなに繰り返せば自然と色々なことは身に付く)
やすな「へー、すごい」
ソーニャ「しっかりしてるな」
ほむら「一人暮らしですし、しっかりしてないと大変ですから」
やすな「え!?」
やすな「ひ、一人暮らし!?中学生なのに!?」ヤベェ
やすな「しかも手作りのお弁当……女子力53万はあるね」
ほむら「女子力ってそういうものなんですか?」
ソーニャ「よく知らないが絶対に違う」
やすな「女子力たったの5か……ゴミめ」ヘッ
ソーニャ「ふん!」ゲシ
やすな「きゃん!足踏まないで!」
ほむら(あ、今のは痛そう……)
やすな「ソーニャちゃんはほむらちゃんの手料理もう食べた?」
ほむら(そしてこの回復力である)
ソーニャ「いや、私はこの弁当が初めてだが……」
ソーニャ「あぎりが美味いって言ってたからな。期待できる」
ほむら「い、いやぁそんな……」
やすな「自炊かぁ……」
やすな「じゃあ献立も考えるんだ?」
ほむら「はい。栄養も色々考えて……」
やすな「いつも購買パンのソーニャちゃんのために……」
やすな「あぁ!眩しい!ほむらちゃんから後光が差してるよ!前世の罪が洗われるゥ!」
ソーニャ「何言ってんだお前」
やすな「ほむらちゃん!」
やすな「貴殿の女子力を見込んでお願いがあります」
ほむら「は、はぁ……何でしょうか」
やすな「ソーニャちゃんにカルシウムをたくさん食べさせてあげてね」
ほむら「カルシウム?」
ソーニャ「……どうせすぐ怒るからとか言うんだろう」
やすな「うん」
ほむら「…………」
ソーニャ「……なるほど」
ソーニャ「お前もたくさん摂るといいぞ」
やすな「私?」
ソーニャ「多分治りも早くなる」ニギニギ
やすな「あっ……折る気だこの人!?」ビクッ
ほむら「ぜ、善処します」
ソーニャ「別にせんでいい」
ソーニャ「バカはほっといて、いただくとしよう」
ソーニャ「どれ」パカ
やすな「わぁ!美味しそう!」
ソーニャ「あぁ、手慣れているな」
ほむら「ど、どうも」
やすな「いいなーいいなー」
やすな「ねぇソーニャちゃん。私にもほむらちゃんを一口……」
ソーニャ「何だその言い回し」
ソーニャ「まぁいいだろう」
やすな「やったー」
ソーニャ「言っておくが」
ソーニャ「玉子焼きを丸ごと口に突っ込んで一口っていうのはなしだぞ」
やすな「先手を打たれた!」
ソーニャ「てめぇやっぱりそのつもりだったのか」
ソーニャ「……ん?」
やすな「どしたの?」
ソーニャ「いや、玉子焼き……」
ほむら「はい。結構自信作です」
ソーニャ「いや、それはいいんだが……」
ソーニャ「私、卵なんか買ったっけか……?」
ほむら「え」
ほむら「あ、た、卵は……元々ありましたので……」
ソーニャ「……そうだったか?確か前来た時は……」
ほむら(お手製卵ですなんて言えない)
やすな「買ったかどうかもわからないなんて……」
やすな「こないだみたいに記憶喪失?」
ほむら(こないだ……?)
ソーニャ「うるさいな。他人の家の卵の有無なんてイチイチ覚えてるわけがないだろ」
やすな「ボケたのかな?」
ソーニャ「天然物のボケはほっといて、いただこう」パクッ
やすな「どうなのわさわさっ」
ソーニャ「……うん」
ソーニャ「美味い」
ほむら「よ、よかった……口に合ったようで」
ほむら「やっぱり外国の方って味覚違うのかなと思って」
やすな「あー、味覚もおバカなのかしら」
ソーニャ「その発言は国際問題だぞ」
やすな「それではグルメリポーターのソーニャさん」
ソーニャ「は?」
やすな「感想をどうぞ。中継です」
ソーニャ「…………かなり美味い」
やすな「くそ下手め」
ソーニャ「一瞬でもノってやった私がバカだった」
やすな「私も食べてみたい。いい?」
ソーニャ「あぁ」
やすな「いただきます」パクッ
ほむら「……どうですか?」
やすな「激うまです」
ほむら「恐れ入ります」
ほむら(誉めてもらうのって、本当に嬉しい)
やすな「それではグルメリポートをしたいと思います」
やすな「見た目の奇麗さに相応しく、甘くて美味でございますね。ふわふわしっとりしてて、何だか卵の味が濃い?ような気がします」
やすな「そうだ!これは卵が違うんだ!烏骨鶏!」
ソーニャ「そんなわけあるか。……いや、あぎりの家にあるって言うからには案外……だ、だがしかし……」
ほむら(私です)
やすな「ごちそうさま。ほむらちゃん」
ほむら「ふふ、はい、お粗末様です」
やすな「間接キスだねソーニャちゃん」チラッ
ソーニャ「よし、お前黙れ」
ほむら「そ、それじゃ、私も……同じものですけど」
やすな「……あれ?」
やすな「同じお弁当なのに、ほむらちゃんのは量少ないんだね」
ほむら「はい、私小食でして……」
やすな「そっかー。でも何だかイメージ通りだね。悪い意味でなく」
ほむら「イメージ?」
やすな「ほむらちゃんみたいなクール!って感じの子は小食って相場は決まってるからね」
ソーニャ「何の話だ?」
やすな「あ、もちろんソーニャちゃんはたくさん食べるイメージあるからね」
ソーニャ「それはどういう意味合いで言った……?」ギロ
やすな「そ、そうやってメンチ切るとこかなっ!?」
やすな「ソ、ソーニャちゃんはともかくとして!」
やすな「ほむらちゃんは育ち盛りだからもっともりもり食べなきゃ」
ほむら「そうは言っても……」
やすな「ちゃんと食べないとおっきくなれないよ」
やすな「高校生になってもぺったんこだよ!ソーニャちゃんみたいに」
ソーニャ「あ゙?」
ほむら「…………」ジー
ソーニャ「おい、深刻そうな顔で人の胸を見るな」
ソーニャ「大体、やすなも人のこと言える程じゃないだろ」
やすな「ひゃっ!セクハラ!」
ソーニャ「腹の脂肪を切り取って胸に移植するか?」スチャ
やすな「結構です」
ほむら(帰ったら巴さんの食生活、聞いてみようかな……いや、その前に呉識さんか)
ソーニャ「お前は私とやすなの胸を交互に見るのをやめろ」
ほむら「へ?あっ!す、すみません。別にそんなつもりじゃ……!」」
やすな「えっちー」
やすな「しかし、うーん」
ほむら「……どうかしました?」
やすな「何だか同じお弁当でソーニャちゃんの方が大きいってなると……」
やすな「ソーニャちゃんが食いしん坊みたい」
ソーニャ「うるせぇ」
やすな「ごっつぁんです」ムハー
ソーニャ「デブ声やめろ。気持ち悪い」
ほむら(本当に仲がいい……)
ほむら(折部さんの明るさは……時たま、さやかを思い出される)
ほむら(楽しげがある一方で……ちょっとしたホームシック)
――昇降口
やすな「やったぁぁぁぁぁ帰るぜよぉぉぉぉぉ!」
ソーニャ「うるせぇよ!」ガスッ
やすな「ブゲァ!」
ほむら「あ」
やすな「ねぇねぇソーニャちゃん」
ソーニャ「ん?」
ほむら(安定のリカバリー)
やすな「ほむらちゃんのためにパシ……じゃなかった。おつかいするの?」
ソーニャ「絶対にわざとだろ今の」
やすな「気になったんだけどさ、やっぱり領収書とかもらうの?上様なの?」
ソーニャ「お前が気にすることじゃない」
やすな「相変わらずつまらない答え……リポーターとしても芸人としても失格だよ」
ソーニャ「誰が芸人だ。……っていうか昼の話続いてたのかよ」
ほむら「…………」
ほむら「……あ、あの、ソーニャさん」
ソーニャ「うん、どうした?」
ほむら「今日は、私も一緒に行ってもいいですか?」
ソーニャ「……なんで」
ほむら「え?なんでって……」
ほむら「なんでって言われると……その……」
ソーニャ「……いつ刺客なり何なり現れるのかわからないんだぞ」
ソーニャ「あまり外をうろつくのはよくない」
ほむら「でも……」
ソーニャ「でも何だよ。いつもの通りあぎりとまっすぐ帰れ。買い物なら私一人で十分……」
やすな「なるほど。ほむらちゃんが言いたいことはわかった」
ソーニャ「あんだよ」
やすな「ソーニャちゃんは食材を見る目がないから買ってくるものがみんな微妙。萎びてたりね」
やすな「ここは一人暮らしマスターの私がこの目で食材選びをしたいのだ!」
やすな「人参は葉っぱが生えてくる何か丸いっこいとこが小さい方のが美味しいのよん」
やすな「……ってことでしょ?」
ソーニャ「ふざけんな」
ソーニャ「私だってそれなりに選別して……」
ほむら「まぁ、それもちょっとあるんですけど……」
ソーニャ「あんのかよ!」
ほむら「ちょ、ちょっとです!ちょっと!」
ソーニャ「ちょっとでもあんのかよ」
やすな「あー、やっぱりソーニャちゃんだね」
ソーニャ「やっぱりって何だ。やっぱりて」
ほむら「い、いえ、ただ、あの、買いに行かせてるのも気が引けるんで……せめて一緒にと」
ソーニャ「……昼に言ったこと気にしてたのか?」
やすな「守ってくれてやっている俺様におつかいをさせるなんて肝っ玉の据わったベイビーだぜニヤリ……」
ソーニャ「それは私のつもりか?」
ほむら「…………」
ソーニャ「ったく……そんなことお前が気にすることじゃ……」
やすな「ほむらちゃんがかわいそーだよー」
やすな「あぎりさんにソーニャちゃんがほむらちゃんをイジめたって言いつけてやるー」
やすな「私が慰めてあげるぜぇ、よちよちベイベー」ナデナデ
ほむら「あっ、ちょ、お、折部さん……!」
ソーニャ「…………」
ほむら「あ、あの……や、やめてください……」モジモジ
やすな「ふひひ!きゃわたんですなぁ!」
ソーニャ「きめぇ」
ほむら「うぅ」
やすな「ふひっ」
やすな「……羨ましい?」
ソーニャ「あ?」
やすな「ソーニャちゃんもほむらちゃん撫でたい?」
ソーニャ「バカか」
やすな「あっ、撫でられたい?仕方ないなー」ワキワキ
ソーニャ「近寄るなバカ」
やすな「チッ、相変わらず可愛げのない人」
ソーニャ「……おい、やすな。頭を出せ」スッ
やすな「え……?」
ソーニャ「……」ポン
やすな「わっ、ソーニャちゃんが私の頭に手を……も、もしかして……私を撫でたかったの!?」
やすな「もうっ、しょ、しょうがないにゃぁ……撫でさせてあ・げ・る☆」
ソーニャ「……」ギリギリ
やすな「いだだだだだ!爪!爪が!爪が食い込んでる!爪!」
やすな「ひどいよぉ……」
ほむら「ソーニャさん……」
ソーニャ「……はぁ、もう、わかった。わかったよ」
ソーニャ「買い物くらいならつれてってやるよ……全く……」
ほむら「あ、ありがとうございます」
ソーニャ「何で礼を言われなくちゃいけないんだか」
やすな「オホン、コホンオホン!」
ほむら「?」
やすな「ゴホホーン!オホン!」
ソーニャ「うるさいぞ息止めろ」
やすな「咳じゃなくて息を!?」
ほむら「……風邪ですか?」
ソーニャ「なるほど風邪か。よし帰って寝ろ」
やすな「ち、違うよ!」
やすな「んもう、鈍感なんだからっ」
やすな「これはね、私もお買い物に行きたいなってサインだよ!察して察して」
ソーニャ「やだ」
やすな「即答!何で!」
ソーニャ「ウザイから」
やすな「ぶーぶー」
ほむら「……別に、いいんじゃないんでしょうか」
やすな「そーだそーだ」
ソーニャ「ほむら、お前……自分が置かれてる立場、たまに忘れてないか?」
ほむら「?」
ソーニャ「……さっきも言ったが、あまりうろついて人目にだな」
ほむら(あ……見える……)
ほむら(折部さんがはしゃいでそれを殴って余計に目立ってしまっている二人プラス私が見える……!)
やすな「嫌だって言ってもついてくよ!」
ソーニャ「……はぁ、仕方ないな。許可してやる。じゃないとしつこいからな」
やすな「YES!YES!」
ソーニャ「お前荷物持ちな」
やすな「Oh……」
「何の話してるの~?」
ソーニャ「うおっ!?」
やすな「うわっ!」
ほむら「あ、呉識さん」
やすな「な、何で下駄箱の上にいるんですか!?」
あぎり「え~?何でですかね?」
ソーニャ「知らねぇよ!?」
ほむら「えっと、私達これから一緒に……」
やすな「っていうかほむらちゃん……」
ほむら「はい?」
やすな「あぎりさんが下駄箱の上から見下ろしてるのに驚いてない……」
ほむら「え?まぁ……慣れました」
ソーニャ「お前ら家でどう過ごしているんだ?」
あぎり「一緒に?」
やすな「あ、はい。みんなでスーパー寄ろうよって話です」
あぎり「みんなでお買い物ですか。それならぁ、私もお買い物行きたいなって~」
ソーニャ「ああ、いいぞ」
やすな「即答!?私の時は渋ったのに!」
ソーニャ「だってやすなだし」
やすな「くそぅ!くそぅ!」
ほむら「え、えっと……そ、それじゃ、行きましょうか?」
ソーニャ「ああ」
やすな「了解です!」
ほむら「それで、お店は?」
あぎり「少し回り道をする程度で、そう遠い場所ではありませんよ」
ソーニャ「まずお前は降りてこい」
あぎり「学校はどう?楽しいですか?」
ほむら「えぇ、はい。楽しませてもらってます」
あぎり「それはなにより」
ほむら「……あの、呉識さん」
あぎり「はい?」
ほむら「あれから……見滝原には……」
あぎり「いえ~、行ってませんね」
ほむら「そうですか……」
あぎり「でも、お友達は元気そうだという報告を受けてます。ご安心ください」
ほむら「元気そう……ですか。それなら……え、報告?」
ほむら(……それって、皆が組織に見られてるってこと?)
ほむら(それはそれで安心できるかと言われると……うーん……)
ほむら(……いいのかしら?)
やすな「ほむらちゃんの友達かぁ……」
やすな「どんな人?」
ほむら「どんなって……」
ほむら「…………」
ほむら「みんなそれぞれ個性的ですね」
ソーニャ「そりゃそうだろうな」
やすな「じゃあじゃあ、一番好きな人は?」
ほむら「す、好きなって……」
ほむら「…………」
ほむら「えと、何より……とても優しい人ですね」
ほむら「それでいて、可愛らしくて……話していて心が和む……私の憧れの人……」
やすな「ほぇー」
やすな「会ってみたい」
あぎり「私は会いましたよ」
やすな「いいなぁ」
ほむら「会いたいです……」
ソーニャ「……切実だな」
あぎり「そうですねぇ」
あぎり「また行く機会があれば、お伝えてしておきますね」
あぎり「とても優しくて可愛らしくて……」
ほむら「伝えるってそっち!?やめてください恥ずかしい!」
あぎり「うふふふふ……」
ほむら「話したいことは山ほどあるけど、私は元気だとだけ伝えてください」
あぎり「はい」
やすな「仲良しだねぇ」
ソーニャ「あぁ、そうだな……大分打ち解けてるようには見える」
ソーニャ「まだたどたどしい所もあるが……それはほむらの性格か」
あぎり「ところで、今日の夕飯は何ですか?」
ほむら「そうですね……オムライスとサラダにしようと考えてましたが……」
やすな「ほむライス」
ソーニャ「ん?」
ほむら「何か食べたい物とかありますか?」
ほむら「折角ご一緒しているので、売ってる物を見て決めようかと」
あぎり「そうですねぇ」
ほむら「夕飯だけでなくとも、明日の朝食、お弁当のおかずとか……」
ほむら「ソーニャさんは、お弁当で何か食べたいものとかありませんか?」
ソーニャ「私か?」
やすな「唐揚げ食べたいな」
ソーニャ「お前じゃねぇよ」
あぎり「突然ですがソーニャ。今日泊まりません?」
ほむら「あ、それなら朝と夜にも食べたい物があれば……」
ソーニャ「…………ああ、そうだな……うん。泊まらせてもらおう」
やすな「美女二人に誘われるなんてギャルゲーの主人公みたいだね!」
ソーニャ「うるさい。……食事は任せる。何でもいい」
ほむら「何でもいい、ですか」
あぎり「何でもいいが一番困るんですよ」
あぎり「ねー」
やすな「ねー」
ほむら「ね、ねー……」
ソーニャ「てめぇら……」
ソーニャ「家主はあぎり、お前だろ。お前が決めろよ」
ソーニャ「大体、ほむらの料理のレパートリー知らないし」
あぎり「それはそうかもしれませんけどぉ、何よりソーニャはお客さんですから」
あぎり「ねー」
やすな「ねー」
ほむら「ね、ねー……」
ソーニャ「てめぇら……」
ソーニャ「くだらねぇテンドンしてんじゃ……」
ソーニャ「――ッ!?」ゾクッ
ソーニャ「!」バッ
ほむら「へっ?」
やすな「うぇっ!?ど、どうしたの!?いきなり振り返って!?」
あぎり「…………」
ほむら「ソ、ソーニャさん?」
ソーニャ(今……背後から……)
ほむら「…………」
ほむら「……天丼?」
やすな「えー?天ぷら作るのって大変なんだよ。少しは遠慮しようよソーニャちゃん」
ソーニャ(確かに……今、感じた……)
ソーニャ(……『殺気』だ)
ソーニャ「……あぎり」
あぎり「そうですね」
やすな「?」
ほむら「?」
ソーニャ「……ほむら。やすな」
ほむら「は、はい」
やすな「どうしたの?」
やすな「……あ、もしかして財布なくした?」
やすな「やれやれドジッ娘だねソーニャちゃん」
ソーニャ「お前ちょっと黙ってろ」
ソーニャ「今日はこれで解散する」
やすな「へ?」
ほむら「……?」
ソーニャ「ほむら。お前はあぎりと先に帰れ」
ソーニャ「買い物なら私がやっておく。……オムライスとサラダでいいんだな」
ほむら「え、で、でも……」
ソーニャ「私の言うことが聞けないのか」
ほむら「…………」
やすな「えー、お買い物したいよー」
ソーニャ「黙ってろ……やすな」
やすな「……ソーニャちゃん?」
ソーニャ「やすな、お前は私と来い。一応家まで送ってやる」
ソーニャ「ただし少し回り道をする」
やすな「あらあら?デート?きゃっ」
ソーニャ「……走ってもらうこともあるかもしれん」
やすな「えっ何でやだ」
ソーニャ「いいからついてこい……『撒く』ぞ」
やすな「え?マク?何を?尺?」
ソーニャ「それじゃ……また明日。あぎり……頼んだぞ」
ほむら「は、はい……」
あぎり「えぇ、任せてください」
やすな「また明日ね」
あぎり「振り向かないで~」
ほむら「…………」
あぎり「はい、次はこっちの道を通りましょう」
ほむら「は、はい」
ほむら「……あ、あの、呉識さん?」
あぎり「はい」
ほむら「あの、いきなりどうして……」
あぎり「気付きませんでしたか?」
ほむら「気付くって……」
あぎり「実はあの時、私達をつけてきていた人がいたんです」
ほむら「……!」
ほむら「そ、それって……もしかして……!」
あぎり「お察しの通りかと」
ほむら「刺客……!」
あぎり「はい、正解です♪」
ほむら(あ、緊張感がログアウトする)
あぎり「ついに向こうも動き出しました」
ほむら「そ、それで……分かれたんですね」
あぎり「はい」
あぎり「ソーニャも上手ですが、私の方が追っ手を撒くのは得意です」
あぎり「忍者ですし」
ほむら「それは……うん……そうでしょうね……」
ほむら(私を狙う刺客……)
ほむら(一体、どんな……)
ほむら(だけど……呉識さんとソーニャさんがついてくれている)
ほむら(相手が何者であろうと……)
ほむら(決して屈しない。もう何も怖くない)
あぎり「ではこの角を曲がった辺りで忍法を使って私達の存在感を世界から抹消し逃れましょう」
ほむら「なにそれこわい」
「…………」
「……くそ」
「バレちまいましたねぇ……」
「呉識あぎり……つったっけ。アイツと一緒ってのはマズイ」
「しかも……わたしの存在がバレちまった」
「チッ、仕方ないですね……やはり、直接出向いてやるしかないか……」
「まぁいいですとも」
「どうせ元々、暗殺をするつもりなんてあってないようなもんですからね……」
「……くふふ」
――呉識さんの家にお世話になって、結構な期間が経った……経ってしまった。
和室で生活した経験はほぼないのに「和の家」というのは不思議と落ち着く。
ただ……この家の場合壁を撫でながら廊下を歩いていたら真後ろに金ダライが落ちてきたり、
何気なしに掛け軸を捲ったらその裏は抜け穴のようになっていてうっかり落ちかけたり、
テレビのリモコンを押したつもりが「オブジェだとばかり思っていた物体」が動き出してビームを撃たれたり、
対侵入者用なのか酔狂でつけたカラクリなのか……順当な場所から意外な場所に、色々仕掛けがある。
当初は怖く思ったがもう慣れた。むしろカラクリを見つけるのが一つの楽しみになっていると言っても案外否定できない。
怖いと言えば、呉識さんは天井に逆さまにぶら下って「おはよ~」と言ってきたり、
湯船に竹筒型スピーカー(その時はそれがスピーカーとは思わなかった。アヒルの玩具のノリかと思った)が浮かんでいて、
ほっこりしてたらいきなりそのスピーカーで話しかけてきて、何かと私を驚かせてくれる。色々な意味で。
意外にお茶目な不思議系くのいちとの生活は、何かとビックリすることが多いし心臓にも悪い。
でもなんやかんやで私はこの生活、環境に……それらを踏まえても馴染めていると思う。
「私は適応力が高い」と、これからは自負していいかもしれない。
巴さんのお茶をよくご馳走になっているという私の習性を呉識さんは知っていた。
普段からそういう習慣であるという可能性がないこともない以上「だから」とは言えないけど、
学校から帰ると呉識さんは私にお茶を用意してくれる。嬉しい。
お茶がというよりもその心遣いが身にしみる。
ただ呉識さんが用意してくれるお茶は紅茶ではない。だから気持ちが新鮮。
昨日は緑茶だった。でも一昨日いただいたお茶の名前を私は知らない。
そして何故か教えてくれない。企業秘密?
呉識さんは、私の手から卵が出てきても全然リアクションなさそうなくらいに不思議な人。
しかしそれでいてそういう心遣いをしてくれる魅力的な人。
むしろ負けじと指先からイクラとか出してきそうではあるが……
私の玉子料理には大層お気に召してくれているようだが、何にしても私の卵事情は見せられない。
いつも驚かせてくる仕返しに見せてみたいとこではあるけれども。
ソーニャ「おう、ほむら」
ほむら「おはようございますソーニャさん」
ソーニャ「ああ……ん?」
ソーニャ「あぎりは一緒じゃないのか?一緒に行動しろと言ってあるはずだが……」
ほむら「呉識さんなら校門の前まで一緒でした」
ほむら「ホームルームが始まるまでにやっておきたいことがあるんだそうで、分かれました」
ソーニャ「あいつ何か委員会とかやってたかな……?」
ほむら「日直とか……」
ソーニャ「だとしても……まぁいいか。あいつの考えてることはよくわからんからな」
ソーニャ「さっさと上履きに履き替えて教室に行こう」
ほむら「はい」
ソーニャ「……なぁ、ほむら」
ほむら「あ、はい」
ソーニャ「お前ってさ、下駄箱に手紙とか入ってたことあるか?」
ほむら「手紙……?」
ほむら「も、もしかしてソーニャさん、下駄箱にラブレ……」
ソーニャ「そういうお前はあるのか?そういうのもらったこと」
ほむら「え、あ、えっと、ま、まぁ……何回かは」
ソーニャさんの方からそんな浮ついた話題が出るとは思わなかった。
下駄箱に手紙……重ねたループの間、そういうことは何度かあった。
さやかのイタズラ怪文書だったり、まどかに書かせた潜入捜査的魔法少女体験三行報告書、
魔法少女相手ならテレパシーで事足りる。
所謂ラブレターもなかったこともない。返事は言うまでもない。
何度か同性からのもあったということは秘密にしておこう。
そのラブレターに対し何故かヤキモチを妬いていた四週前のまどかは可愛かった。……亡くしてしまったけれども。
ほむら「それで……どうし、ましたか?」
ソーニャ「どうしたもなにも……」
ほむら「まさかやっぱり恋文……!」
ソーニャ「ちげぇよ」
ソーニャ「……お前、ノリが若干やすなに汚染されてきてないか?」
ソーニャ「元の生活に戻ったらキャラ変わったねとかいわれないよう気をつけろよ」
ほむら「…………」
ソーニャ「たまに、暗号化された指令書が下駄箱に入ってることもあるんだよ」
ほむら「指令書」
ソーニャ「それで魔法少女とやらはそういうのはどうなのかとちょっと気になっただけ」
ほむら「そうでしたか。……魔法少女でそういう手紙のやり取りはほぼないですね」
ソーニャ「ふーん」
折部さんのノリに少し影響されているのだろうか、私は。
この前、刺客がどうのこうのと呉識さんとソーニャさんは言っていた。
刺客の影が見えてから、自分が思っている以上確かに長い時間経過している。
この時間を合わせれば……どれだけの時間、ここにいるというのだろう。
あれからしばらくはピリピリしていたソーニャさんも、割と落ち着いてきているようだ。
しかし結局、以後私を買い物に連れて行ってくれるようなことはなく、
呉識さんかソーニャさんのどちらかがお買い物。私の書いたメモを片手に。
どちらかもう片方は常に一緒にいるという、いつもの直帰であった。
通学の場合はどちらか片方あるいは二人と一緒。通学路でも警戒は怠らない……らしい。
気になるその刺客だが、以降影も形も見せていない。
バレたことに気付き、一旦間を置いて、警戒心が少しでも緩んだところに来るものなのだろう。
多分。
「おっはよう!」ポム
ほむら「あ、折部さん」
ほむら「おはようございます」
やすな「うんうん。挨拶は気持ちいいね」
やすな「増して肩に手を置いて即サブミッション!ってのがない挨拶は特に気持ちがいい!」チラッ
ソーニャ「お前がウザいから悪い。自業自得だ」
やすな「ボデータッチはインポータン!」
ほむら「……でもそれって、大丈夫なんですか?」
ソーニャ「あん?」
ほむら「挨拶されただけで誰彼かまわず関節をってなったら……」
ソーニャ「大丈夫だ。気配でわかるようになっているからな。そんなことはありえない」
やすな「は?」
ほむら「で、でも何度か私の前でも折部さん……」
やすな「納得いかんでおまんがな」
ソーニャ「普通は何度も見せるシーンじゃないはずなんだが……」
ソーニャ「ぶっちゃけやすなの場合はわざとだ」
やすな「ひどっ!?」
ソーニャ「お前は何度言っても懲りないからな」
ソーニャ「背中から話しかけるなって何度も言ってるのに」
やすな「い~じゃーん。挨拶ぐらいさー」
やすな「ねー?」
ほむら「え、あ、はぁ……そうですね」
ソーニャ「…………」
やすな「挨拶して関節キめるだなんてそんなの絶対おかしいよ!暴力娘!」
ソーニャ「ほむら行くぞ」
やすな「無視!」
やすな「……チッ、ほんとコイツしょうがねぇわ」
ソーニャ「お望み通りにしてやる」ギリギリ
やすな「あががが!肩が!肩が!」
ほむら「…………」
ただ……未だに、二人のペースには完全に慣れてはいない。
慣れないというより……心なしか二人に取り残されたような気持ちによくなる。
本当に二人は仲良しだ。ケンカするほど仲がいいとはよくいったもの。暴力が一方的なケースは知らないが。
なんだかんだで、今日もまた授業を受ける。
知ってる分野と否の分野。余裕と理解不能の高低差の大きい授業はストレスになる。
――昼休み
やすな「じゃーん!」
ソーニャ「食後からうるさい」
ほむら「?」
やすな「ふふふ、見て見て」
ほむら「……ビニール袋?デザートですか?」
やすな「やだっ、デザートとか発想が可愛い。キャハッ」
ソーニャ「うぜぇ」
やすな「ふふふ、これはね……ばばーん!」ザー
ほむら「……これは」
お昼休みは素晴らしい。
折部さんがどこからともなく取り出したビニール袋から何かを出した。
机から落下する程たくさんのそれは黄緑だったりオレンジだったりカラフルな……
……手裏剣?
やすな「ほむらちゃんが手裏剣を勉強してるそうだからね」
やすな「私も協力したいと思い、手裏剣をたくさん用意しました!」
ソーニャ「折り紙じゃねぇか」
やすな「本物なんか用意できるわけないじゃん。常識的に考えてよ」
ソーニャ「……」
……目に見えて、苛立っている。
ソーニャさんは、短気な人だと思う。
殺し屋としてそれはどうなのかと思うくらいに短気だ。
とは言え、その怒りが折部さん以外の人あるいは物に向いたところは今のところ見たことがない。
折部さんが煽る以外に彼女を怒らせる要素がないからだ。
だからこの場合、折部さんが怒らせるのが上手だから気が短く見えるのかそれとも本当に怒りっぽいのか……
私には判断できない。
ほむら「えっと……あ、ありがとうございます」
やすな「うふふ、よくてよよくてよ」
ソーニャ「お前ほむらに気を使われているってわかっているのか?」
やすな「え?なに?」
折部さんも折部さんなりに、気を使っているのね……
お気遣いは嬉しいけど、あまり手裏剣がどうとか人前で言わないで欲しい。
そのおかげでいつの間にか私は忍者マニアの歴女と噂されている。日本史は得意でない。
その件を物申したいと思いはしたが、彼女の厚意を無下にできない。
ほむら「……奇麗に折れてますね」
やすな「でしょ?でしょ?」
ソーニャ「無駄に器用だからなコイツ」
ほむら「それにしてもこんなにたくさん……」
やすな「ほむらちゃんのためを思えばいとわない」
ソーニャ「暇なヤツだ」
やすな「眠気に耐えながら授業中にコツコツと……」
ソーニャ「勉強しろよ!」
呉識さんからは手裏剣の投擲術。
ソーニャさんからは刃物の扱い方。
二人方それぞれから戦い方を教わっている。
手裏剣はナイフと同様、魔力で作ることができる。
目を盗んでこっそりと木(多分変わり身の術用)に投げつけてみたら奇麗に刺さった。
手裏剣の質十二分に良し、私の技術もそれなりに良し。
手裏剣にも色々種類があるがまだその違いがいまいちよくわかっていない。
そして問題は、その手裏剣術が魔女や使い魔相手に通用するか。
……流石に魔女を探しに出掛けられない。試せない。
そういえばその魔女や使い魔もしばらく見ていない。
この辺りは魔女や使い魔の気配を全く感じない。
キュゥべえさえも見ていない。それは別に見なくてもいいけど。
グリーフシードのストックは盾の中に十分過ぎる程あるからいいが……
現れないは現れないで気になる。
やすな「ほら、的も用意してあるから、投げて。投げて」
ソーニャ「……的?」
ほむら「?」
やすな「はい、手裏剣。紫が似合うね」
やすな「よーし、二人でソーニャちゃんをやっつけるでござる!」
ソーニャ「やっぱり的って私のことか」
やすな「当たり前じゃん。空気読め」
ソーニャ「フッ!」パァン!
やすな「ゴボボーッ!」
ソーニャ「……いいかほむら。やすなをビンタをする時はこう手首のスナップをだな」
ほむら「…………」
折部さんは本当に明るく賑やかで……
落ち込んでいても無理矢理元気を引き出されそうだ。
巻き込まれているソーニャさんからしたらたまったものではないテンションかもしれないが、私は案外、嫌いでない。
これがさやかだったら「ウザい」と思うところだが……いや、この状況ならさやかでも……。
……気にしていない時なんてなかった。いつだって気になる。見滝原のこと。皆のことが気になる。
まどかはもちろん、巴さん達……普段はうるさいと感じていたそのさやかとでさえ、寝る間を惜しんででも話したい気持ちにある。
この際、正直なところあまり親しいとは言えない美国織莉子と呉キリカとだって世間話をしたい。
……何でも呉識さんは私を攫った次の日、高校生(仮)になった日に、見滝原に行ってまどか達に会っていたらしい。ずるい。
内容を聞いてみれば、取りあえず私の安否、及び心配しないでいいというようなことを話してくれたらしいが……
それなら、まぁ……うん。
それに呉識さん達との生活もそれはそれで良い。
寂しさも少しは和らいでいる。ともかく、いつまでも気にしすぎてナーバスになってはいけない。
私は毎日のおかずと刃物講座のことを考えなくては。今夜は何にしよう。
ソーニャ「……さて、と。そろそろだな」
ほむら「はい?」
ソーニャ「ほむら、ちょっと来い」
やすな「あれ?どこ行くの?私も行く!」
ソーニャ「お前は来るな」
やすな「えー!」
ソーニャ「ほむらと大事な話をしたいんだ」
ほむら「話?」
ソーニャ「それこそお前、空気読めよ」
やすな「からけ?」
ソーニャ「……行くぞほむら」
やすな「ブー」
ふてくされた折部さんを置いて、ソーニャさんにつれられる。
大事な話と言っていた。
それはきっと、組織関係の話だ。
あるいは、見滝原の話……まどか達に何かあったのでは……!?
ソーニャ「ほむら」
ほむら「はい」
ソーニャ「今まで話してなかったが……実は殺し屋という身分上、たまに来るんだ」
ほむら「来るって……何がですか?」
ソーニャ「……所謂、果たし状と言ったところか」
ほむら「果たし状?」
ブレザーの内ポケットから一枚の紙を取り出した。白い紙に明朝体で何やら書かれている。
差し出されたので「読んでみろ」という意味と受け取り、紙を手に取った。
行動選択は正答らしい。読んでみる。
『 お前を消しに来ました。空き教室に来なさい
もちろん、あけみほむらを連れてきなさい 刺客 』
ほむら「……こ、これって」
ソーニャ「多分、こないだ現れた刺客のものだと思う。今更来やがった」
ほむら「もしかして今朝、下駄箱に……」
ソーニャ「その通りだ。これが入っていた」
ソーニャ「これから空き教室に行って、その刺客を引っ捕らえる」
ソーニャ「お前にはそれに付き合ってもらう」
ほむら「…………」
ソーニャ「どうした?」
ほむら「い、いえ……何でも……」
ソーニャ「?」
刺客はどうやら私の苗字を漢字がわからなかったらしい。
ではなくて、
殺し屋……の抗争的な物というのは……こう……
もっと、何と言えばいいのか……丁度いい言葉は思いつかないが、
こんな、昔の漫画によくある不良同士の決闘みたいな展開が待っていたとは思わなかった。
肩すかしどころの話ではない。しかもソーニャさんからすればそれは割とよくあることらしい。
散々私の中の殺し屋、そのイメージにあらゆる面で反したソーニャさんだけれども……
「あっち」の業界では案外それが普通なのかもしれない。……いや、多分違う。
ほむら「……呉識さんは?」
ソーニャ「あぎりは学校にいるにはいるが」
ほむら「一緒ではないんですか」
ソーニャ「あぁ」
ソーニャ「何か忙しそうだったしな。まぁ私一人で十分だ」
ほむら「……き、緊張します」
ソーニャ「私一人だから不安か?刺客の相手は慣れてる」
ほむら「別に不安だなんてことはないんですが……」
ソーニャ「フッ、それならいい」
不敵に微笑むソーニャさん。
護ってもらっている立場上、本来なら「頼もしい」と思いたいところだが、
折部さんとのやりとりが印象に強く、些か不安がある。
「刺客に負けるんじゃないか」という悲観的な不安ではなく、
「私、ボケに回らないといけなくなったりしないだろうか」という自分でもよくわからない謎の不安が。
兎にも角にも、緊張する。
色々な意味で。
それに、もしかしたら私も加勢した方がいい状況というのも起こりうるかもしれない。
もしそういう可能性が、少しでもあるというのなら、準備が必要。
ほむら「……あの、ソーニャさん」
ソーニャ「何だ?」
ほむら「……そ、その前に、お手洗いに行ってもいいですか?」
ソーニャ「…………」
ほむら「…………」
ソーニャ「……行ってこい」
ほむら「は、はい、すみません」
ソーニャ「ここだ」
ほむら「ここが空き教室……」
こんなところにも教室があるとは知らなかった。
そもそも使われない教室なんて、あるものなのだろうか。
それはさておき、ここに刺客が待ちかまえているらしいが……
確かに、昼休みでも人通りは少ないかもしれない。が、何故よりによって校内で?
ソーニャ「……入るぞ」
ほむら「……は、はい」
ソーニャ「まずはこのさっき拾った何か丁度良い感じの棒を投げ込む。そしたらすぐに入るぞ」
囮による陽動。
いつの間に、そして校内のどこでそんな物を拾えたのか。
カラン、カランという音の後に一拍おいて、にソーニャさんは教室の中に飛び込んだ。
どこからの攻撃に対応できるっぽい姿勢に、ビシッと身構える。敵の動きはない。
あ、私も入らなくちゃ。
ほむら「……誰もいませんね」
ソーニャ「ああ、やすなのイタズラだったか?」
ほむら「折部さんの?」
ソーニャ「過去にあったからな」
ソーニャ「……コケないぞ」
ほむら「?」
警戒の姿勢を解いたソーニャさんは辺りを見渡す。
自分で投げた棒を見下ろし睨むソーニャさんを尻目に、
私なりに警戒をする……。
「……くっふっふ」
ソーニャ「!」
ほむら「こ、この声は!?」
「やっと来ましたね……待ちくたびれましたよ」
ソーニャ「刺客か!どこに隠れてやがる!」
ほむら「そ、そこのロッカーから声が……!」
ソーニャ「!」
刺客「何者だって聞きたいことでしょうので名乗りますけども……」
刺客「わたしは魔法少女の『優木沙々』ッ!」
沙々「暁美ほむらを狙う、貴様の刺客です!」
ロッカーの中から籠もった声が空き教室内に響く。
魔法少女……!?刺客は魔法少女だった!
いや、ターゲットが魔法少女だからある意味妥当なのかもしれないけど。
ほむら「魔法少女……」
ソーニャ「魔法少女……か」
沙々「あれ?あんまり驚いてないトーン」
ソーニャ「そんなことよりも……」
沙々「何さ?」
ソーニャ「何でロッカーの中にいんだよ」
沙々「…………」
沙々「何か……バーンって、かっこよく出てこようと思ってて」
ソーニャ「は?」
沙々「何!魔法少女だと!って驚いてるとこにバーン!って出たらかっこよかったのに。何で驚かないんですか」
ソーニャ「何だこいつ」
沙々「では……出ますよ。バーンって出ますよ」
ソーニャ「さっさとしろ」
沙々「せーのっ……!」ガタッ
ソーニャ「…………」
沙々「あれ?」ガタッ
沙々「あ、あれれ?」ガタガタ
ソーニャ「おい、早くしろ」
沙々「開かないんですけど」
ソーニャ「ほむら帰るぞ」
沙々「待って!待ってください!」ガタガタガッタン
沙々「引っかかってる!?引っかかってる!?」ガンガン
ほむら「……何、これ。コント?」
ソーニャ「今までの刺客も大抵こんなもんだ」
ほむら「……こんなもんなんですか?」
ソーニャ「うん」
沙々「一緒にすんな!過去にしくじった奴らとわたしを一緒にすんな!」ガタガタガタガタガタガタガタ
ソーニャ「ガタガタうるせぇ!同類だバカ!」
沙々「わたしを見下すんじゃねェェッ!」
バァン!
沙々「開いた!やったぜ」
片足を高くあげ息を荒げて叫ぶ刺客。
声の感じ、そして魔法少女と名乗った以上……
確かに魔法少女だ。ロッカーの中で既に変身をしていたらしい。
ソーニャ「うわっ、ダセー服」
沙々「ダ、ダサくない!ダサくありませんよ!」
魔法少女の衣装はともかく、ロッカーの扉を蹴り上げたその姿は不格好だ。
というかそれ以前にもう既に格好が悪い。色々と。
ダサい服……か。
……私の魔法少女の姿もソーニャさんに「ダサい」認定をされてしまうのだろうか。
沙々「とぉっ!」ピョン
ほむら「あ、棒……」
沙々「れっ?」
沙々「どげっ!」ベチン!
ソーニャ「あ、コケた」
沙々「散々じゃねぇかくそったれが!」
優木沙々は自分で踏んだ棒を思い切り踏み、それをへし折った。
冷めた目で見るソーニャさん。多分私も同じ様な目をしている。
刺客は取り繕ってソーニャさん……いや、私を指さしてニヤリと笑った。
切り替えが早い。
沙々「初めまして暁美ほむらさん。わざわざ言うまでもないことですが、わたしの目的はあなたですよ」
ほむら「…………」
沙々「一度お話したかったものです。お時間いただいてどうもです」
沙々「っていうか素直に連れてくるとかバカなんじゃない?」
ソーニャ「何だとてめぇ」
沙々「バカで結構!わたしとしてはとても助かりますよ。言う通りにしてくれて!くふふっ」
ソーニャ「ふん。刺客が魔法少女であるという情報は受けていたんだ」
ソーニャ「だから本職を連れてきただけだ」
沙々「何……だと……」
……情報、か。
刺客が魔法少女だなんてどういうルートで知れるのだろう。
思えばこれまでの日々において、組織に関しては何も知り得るものはなかった。
知る必要もないことかもしれないし、その謎は謎のままでいい。余計なことはしない。
ソーニャ「ほむら。こいつは本当に魔法少女か?そして見覚えがあったりするか?」
ほむら「は、はい。彼女は魔法少女で間違いありませんし、初めて見る名前と顔です」
ソーニャ「そうか」
ソーニャ(報告によれば見滝原に住む魔法少女と抗争した過去があるとのことだった)
ソーニャ(魔法少女とかいうのは見滝原だけで何人いるんだって話だが)
沙々「……まさかわたしが魔法少女であることが既にわかっていたとは」
沙々「流石と言うべきか、ちきしょーと言うべきか……」
ソーニャ「そんなことより私の質問に答えろ。組織の『裏切り者』は誰だ」
ソーニャ「誰が組織の武器を売り払って、そして情報をお前達に流した」
私が事務所から盗んだ武器は、ソーニャさん達の組織から盗まれた物。
組織の裏切り者が、その事務所に武器を横流ししたということ。
そういえばそんな理由だった。私と「組織」の繋がりは。
……別に忘れかけていたわけじゃない。……わけじゃない。
沙々「くふっ、くふふふふふ」
沙々「バーカ。言うわけないでしょう。貴重な情報源を」
沙々「ほむらをいただいて、わたし達は外から、彼女達は内部から……あなたの組織をぶっ壊してやりますよ」
ソーニャ「そうか、裏切り者は複数いるのか……そして少なくとも一人は女と」
沙々「…………ハッ!」
察した。
……いや、ロッカーのくだりでもうわかっていた。
優木沙々。この人はダメだ。
沙々「くっそぅ!くそぅ!」
沙々「と、と、ともかくソーニャ!あんたを倒してほむらを攫わせてもらいます!」
ソーニャ「返り討ちにしてやる」
ソーニャ「お前を引っ捕らえて情報を吐いてもらうからな」
沙々「ハッ!返り討ちの返り討ちにしてやるわ!」
私は誘拐された当日、緊張感が湧かないとまったりとしてしまった。
優木沙々も多分、この世界の空気感染をしたとかなんとかなんじゃないか。そう思う。
そんな魔法少女と、殺し屋が対峙する。
殺し屋vs魔法少女。字面だけで見ると割とシュール。
私も魔法少女となって応戦したいところではあるが、ソーニャさんの前で変身するのは少々憚れる。
結局のところ彼女は魔法少女をそこまで認知していない。服装が一瞬で変化するような非現実的な行動は取りたくはない。
しかし、相手は既に変身をしていた。
中身がアレとは言え、単純に考えれば魔法少女の刺客の方がアドバンテージがある。
沙々「ではではっ!ほむらをいただいちゃいます!」
沙々「覚悟しなさい!」
ほむら「……いただく?」
沙々「うん?何ですかな?」
ほむら「攫うとも言ったけれども……」
ほむら「私を消しに来たんじゃないの?優木沙々」
沙々「あ?くふっ、消すだなんてとんでもありませんよ」
沙々「……ははーん、これはもしや、わたしに解説をさせて時間稼ぎしようって?」
……別にそんな意図はないが、気になっただけだ。
私はてっきり、敵組織に狙われてるって言うからに命を狙われていると思っていた。
聞いた直後に、ここで消さずに「まずは攫って別の場所で消す」という可能性も考えられたが、
この反応を見るにどうやら違うらしい。
沙々「パツキンの殺し屋さん。あんたは知ってましたかな?」
沙々「わたし達の狙いはほむらの命ではない……って」
沙々「敵の事情はどこまで踏み込めていますか?」
ソーニャ「……興味ないな」
沙々「知らなかった?へぇー!護衛対象の命の危機だったかもしれないのに!」
ソーニャ「私は護るという命令があればそれに従うだけだ」
ソーニャ「増して貴様等の事情なんてくそどうでもいい」
ソーニャ(そもそも肝心のほむらがそんな危機感持ってないし)
沙々「……つまらない人ですね」
沙々「ま、いいでしょう。教えてさしあげましょう。訳も分からず刺客に狙われるのもキモいことでしょうし……」
沙々「折角の機会ですしお教えします」
沙々「ま、とは言ってもですね、そんな難しいことじゃありません」
沙々「事の始まりはあんたの組織の誰かさんが『こっち』に寝返ったこと」
沙々「そしてそいつは、あんたの組織の武器庫から武器を盗んで……」
沙々「それを『こっち』の下っ端に横流しした。下っ端はそれを売ったり、ドンパチやらかしたりしてお金を稼いでました」
沙々「ところが!ほむらがその武器をパクりやがりました!」
沙々「そのせいでその下っ端チンピラーズは責任を取らされて……どうなったかはわたしの知ったことではありません」
沙々「あ、わたしは組織に入って日は浅いですが、そんなチンピラ共とは違いますよ?」
沙々「魔法少女に理解のある組織でしたから、魔法少女優木沙々はここまでのし上がりました」
ほむら「優木沙々の組織に魔法少女が……!?」
ソーニャ「…………」
沙々「すごいでしょ。で、ま、あんたのおかげで横領ルートがバレちゃいましてね……」
ソーニャ「ほむらが浮かんでくるまで、外部犯の線が濃いと思われていたんだ」
沙々「そう。波と調子に乗りかけていました。……なのに、あんたのせいで……」
沙々「しかし、わたしは短気な方ですが我々寛容です」
沙々「あのそれなりに厳重な警備からよく盗め出せたものです。あそこから盗めた時点でこっちは魔法少女の仕業だと思われていました」
沙々「そして……こう、結論がつきました」
沙々「……『欲しい』ってね」
ソーニャ「……欲しいだと?」
沙々「その窃盗スキルがものすごく欲しいらしいんですよ!だってそうでしょ?」
沙々「あんなとこから証拠もなしに盗めるなんて、その気になれば国際要人のマル秘情報とかも盗めると思うでしょ?ルパン顔負けですよ」
沙々「お金とれるレベルですよ。本当にこればかりはわたしも純粋に尊敬しちゃいますよ」
沙々「あなたの様なプロの泥棒さんは是非とも組織に迎え入れたい!」
沙々「要は勧誘ですよ!攫って仲間に迎え入れます!」
……勧誘ときたか。
どうやら、時間を止める能力に関しては知らないようだ。
どうやって武器を盗んだのかわかっていないようだ。
……にも関わらず、優木沙々の言う窃盗スキル。敵組織はそれが目的らしい。
狙いは私の命ではない。口封じなんかではない。
もっとも、仮に「もう盗めない」と言っても、
嘘だと信じないか、それなら用はないとそれこそ口封じに狙われることだろう。
なら、黙っておくに越したことはなさそう。
仮に可能であっても、端からもう二度と『こんなこと』はしたくない。
増して呉識さんとソーニャさんの敵に加担するだなんて絶対にありえない。
……ソーニャさんはあまり動揺していない。
最初から私の命が狙われていたわけではないということを彼女は知っていたのだろうか。
ほむら「拒否するわ……そんなこと」
沙々「くふふっ、あんたに決める権利なんてあるわけないじゃないですか」
沙々「必ずや、あんたはわたしの組織に忠誠を誓わせますよ」
ソーニャ「フン……そんなの、私が許さない」
ソーニャ「お前をぶちのめして尋問してやる。誰に依頼されたか、裏切り者は誰か……」
ソーニャ「洗いざらい吐いてもらうぞ!」
沙々「ハン!そんなみみっちぃナイフで魔法少女のわたしに勝てると思っているのか!?」
ソーニャ「魔法少女だろうが何だろうが関係ない」
ソーニャ「すぐに終わらせてやる!」
沙々「すぐに終わる立場は逆ですがねぇっ!」
ソーニャさんはナイフを構え、体幹と脚に力を込めている。いつでも走り出せる姿勢。
対し優木沙々は、鈍器……いや、杖を構える。これが魔法武器か。
相手は魔法少女。何をしてくるかわからない。固有魔法も不明。
迂闊に距離を詰めるのはまずい。
それはソーニャさんも理解しているらしい。手札がわからない相手に取るに妥当な距離感。
優木沙々と睨み合ったまま、互いに膠着状態。空気が張りつめる。
動かないということはその攻撃方法に隙が大きいか、そもそも届かないか。そうでないなら既に攻撃をしかけている。
優木沙々がソーニャさんの相手をしている隙に変身をして私も加勢を……
いや、相手が何をしてくるかわからない以上私も下手に動かない方がいいかもしれない。
やはりこういう緊張した状態の時、いてくれて嬉しいのは……もちろん、呉し――
「逃げてーッ!」ドンッ
ソーニャ「んぐぅっ!」
沙々「は!?」
ほむら「!?」
ソーニャ「ぐ……ぐふっ」
ソーニャ「や、やすな貴様……!」
やすな「この鬼ー!」
ほむら「お、折部さん……」
いてくれて嬉しいのは呉識さんだ。
頼もしさ、何とかしてくれる感は正直なところ巴さんをも凌駕する。
しかし実際に現れたのは折部さんでした。
ソーニャさんを追って来てしまったんですね。
やっぱり校内で「こういうこと」やるのは絶対におかしいって。
沙々「な、何だ?こいつは……」
やすな「ソーニャちゃん!こんなちっちゃい子まで手にかけるつもり!?」
沙々「あぁ!?誰がちっちゃいって!?」
私の知っている魔法少女は一人の幼女を除いて全員中学生だ。
優木沙々が何歳かは知ったことではないが、見た目だけで判断するなら中学生が妥当だ。
中学生が殺し屋の刺客だなんていうのも冷静に考えたらとんでもない……いや、高校生でも十二分におかしい。
ソーニャ「バ、バカヤロ……こいつは刺客だ!」
やすな「うっそだー、こんな子どもがそんなわけないじゃーん」
沙々「だ、だ、だっ……!誰が子どもだ!失礼ですよあんた!」
やすな「どうみてもほむらちゃんとそう変わらないじゃん」
ソーニャ「お前、ほむらが何でここにいるかわかってんのか?」
やすな「…………ハッ!」
ほむら「……もしかして、忘れられていた?」
やすな「そ、そうだ!ほむらちゃんは敵の組織に狙われている身!」
やすな「だったらその刺客も子どもで何ら問題ない!」
ソーニャ「いやその理屈はおかしい」
沙々「子ども扱いすんなっつーの!」
やすな「うおおおお!ほむらちゃん!私の後ろに!」バッ!
ほむら「お、折部さん……!」
沙々「ふふん。ほむらを庇うおつもりで?格好つけんじゃねーよ」
やすな「ほむらちゃんは私が守る!」
ソーニャ「おい、余計なことすんな!」
沙々「ムカつきますね……ヒーローのつもりですか」
やすな「うん!」
沙々「パワフルに肯定されるとは思いもしませんでしたわ」
やすな「ほむらちゃん!ソーニャちゃんを後方支援するよ!」
やすな「やすな手裏剣ボンバー!」ペイッペイッ
沙々「いたっ、痛いっ。地味に痛いっ。やめろ!」
ほむら「折り紙持ってきてたんですか?」
やすな「やすな手裏剣シューティング!」
ソーニャ「うっとうしいから邪魔すんじゃ……」
やすな「やすな手裏剣ストロガノフ!」
ソーニャ「いたっ」
ソーニャ「てんめぇー!どさくさに紛れて私に当ててんじゃねぇ!」
やすな「わ、わざとじゃないよ!」
沙々「舐めんなこのクソガキ!」
やすな「どう見ても私の方が年上だよね!」
ギャーギャー
ほむら「……えーっと」
やすな「さあ!ほむらちゃんも手裏剣を!」
ほむら「は、はぁ……」
ほむら「…………」
沙々「がー!ムカつくから先にあんたをぶっ殺す!」
やすな「ひぃっ!」
ほむら「……!」
シャッ!
沙々「!?」
沙々「うおっ!?」バッ
やすな「あ、避けた。ほ、ほむらちゃん!ナイス手裏剣!」
沙々「き、貴様……!?」
沙々「ど、どこにそんなものを隠し持っていた!」
やすな「?」
ほむら「…………」
折角作ってもらって申し訳ないが……
折り紙の手裏剣なんて話にならない。
……勿論、今、魔力で作った。上手く再現できた。
折り紙でなく、本物……いや、本物ではない。魔力の手裏剣。
巴さんの作る魔力のリボンを参考にした……「作る」コツは大方理解できている。
ナイフの刃、その簡単な応用。
しかし、優木沙々……ふざけていてもやはり刺客を名乗るだけのことはあるらしい。。
不意打ちのつもりが、その身に刺さるに至らなかった。
手裏剣は肩を掠めたらしく、衣装の一部は裂け、血が滲んでいる。
今の一瞬でよく手裏剣が折り紙でないと見極めて回避するに至れたものだと思う。
ソーニャ「…………」
やすな「あれ?何で怪我してんの?紙なのに。あ!紙でも切れるね!納得」
ソーニャ「紙じゃねぇ」
ソーニャ「……今のは本物だ」
やすな「ほ、本物!?」
ソーニャ「どこで仕入れたのか……あぎりから貰ったのかしらないが」
お世話になってる二人から学んだ手裏剣と刃物の知識。
狙ったところに飛び、標的に刺さるくらいの腕は身につけた。
どういう刺さり方をするか、刃が入りやすい角度もある程度頭に詰め込んだ。
肝心の魔女や使い魔相手に通用するかはさておいて、我ながら上手く刺さった。ロッカーに。
人間に向けて刃物を投擲するのは抵抗感があるし、折部さんが見ている。
だから顔は避けた。刺さるかはさておき狙おうと思えば狙えた。
沙々「い、今のはビビッた……危なかった……」
沙々「折り紙の手裏剣のせいで油断した……お、恐ろしいヤツですね……やってくれますね」
ソーニャ「どっから持ち出したのかしらんが……なるほど、なかなか上手じゃないか」
ソーニャ「それはそうと……」
沙々「くふふ……面白くなってきやがりましたね……!」
沙々「まずはターゲットであるあなたを……」
ソーニャ「おい」
沙々「ああ!?うっさい邪魔すん……」
ソーニャ「ふん!」ドスッ
沙々「なばァッ!」
沙々「」ドサッ
……ありのままに起こったこと。
今の手裏剣で、私に意識を向けた刺客。
そこをソーニャさんに呼び止められ振り返る刺客。
腹パン。倒れる刺客。
あっけない。
しかし……。
ほむら「い、一撃……」
やすな「うわー、痛そう」
ソーニャ「ふん」
ソーニャ「……しかしこれでやすなでない限りしばらくは動けまい」
やすな「あーあ……もう、こんなちっちゃい子にも容赦ないんだから……」
ソーニャ「うるさい」
今ので折部さん基準って……どれだけ丈夫なの折部さんは……。
それはそうと、二人はまだ気付いていない。
いや、気付いたところでわかるはずがない。
ソーニャ「さっさと縛り上げて組織に受け渡してやる」
ソーニャ「ほむら。紐か何か持ってないか」
ほむら「……いえ」
ソーニャ「そうか……参ったな。気絶してるとは言えほったらかしにするわけにもいかないし」
やすな「私には聞かないの?」
ソーニャ「あるのか?」
やすな「そんなもんあるわけないじゃん。バカなの?」
ソーニャ「フン!」ドスッ
やすな「ハムッ!」
やすな「ぐ、ぐぬぅ……」
ほむら「こ、これは痛そう……」
ソーニャ「安心しろ。刺客にやったのと同じくらいだ」
ほむら「……普通は手を抜きますよね」
どこまで頑丈なのか折部さん。それはさておいて。
……なるべく気づかないフリをする。気にしていないフリをする。
演技力に特別自信があるわけではないが。
沙々「…………」
沙々(……くぅ……い、息が止まるかと思った)
沙々(く、くふふ……)ムクリ
沙々(なかなか強烈な腹パンでした……食後だったら多分吐いてた)
沙々(しかし、わたしは魔法少女……まして、刺客!)
沙々(その気になれば、痛みなんて消せる!)
沙々(よし、そのまま背後から……!)
ほむら「…………」ジー
沙々(あっ)
沙々(……そうだった)
沙々(こいつ……『変身しない』から……)
ソーニャ「あぎりに持ってきてもら……」
ほむら「動かないで」チャッ
ソーニャ「!?」
やすな「何それ?」
やすな「……ヒィッ!?じゅ、銃!?」
ソーニャ「ほむら!?」
やすな「ま、まさかほむらちゃん!?」
ソーニャ「そんなはずが……へ、変装か!?」
ほむら「……後ろを見てください。二人とも」
二人には私が突然銃を突きつけたように見えているようだ。
否定している暇はない。驚く二人の間から、銃を構え優木沙々の眉間を狙う。
二人の間を銃の引き金に指を置いたまま歩いて……刺客の方へ。
優木沙々は気絶なんてしていない。
本当に気を失うのであれば、魔法少女の衣装は解かれる。
私が変身していなかったから油断したのか、魔法少女と対峙した経験がないのか知らないが……何にしても愚策というものだった。
ソーニャさんの一撃で気を失わなかったのも大したものと思うべきなのかもしれない。
変身をするのは憚れる。
しかし、変身して盾を出さなければ『こんなもの』は手に持てない。
こんなこともあろうかと、隠し持っていた。
トイレに行った際、盾から取り出して……。
新しい武器の補充はできないのには違いない。
しかし、全て無くなったわけではない。
……とは言え、このハンドガンには弾は入っていない。
ないものはない。ただの脅し。
沙々「くっ……う……!」
ソーニャ「刺客が……目を覚ましてやがる」
やすな「仕留め損なうとはソーニャも衰えたものだな」
ソーニャ「うるせぇ」ゴツッ
やすな「いぎゃん!」
やすな「そ、それよりもソーニャちゃん……」
やすな「ほむらちゃんが持ってるアレって……?」
ソーニャ「本物だ……」
やすな「な、なんでほむらちゃんがそんなのを……!?」
ソーニャ「わ、私が知るか……確かに、確かに回収できるものはされたはずなんだ」
ソーニャ「手裏剣はまだ、あぎりから貰ったとかで説明はつくが、どうして……」
やすな「いいなぁ」
ソーニャ「羨むなバカ」
やすな「憧れちゃうよね。ピストル」
沙々「まだ……隠し持っていやがったか……!」
ほむら「…………」
ソーニャ(やはり、盗難されたものと同じ型だ……見間違えじゃない)
ソーニャ(回収できなかったものは既に売り払われたとかしたと思っていた)
ソーニャ(あいつの家も実家も下駄箱の中も全部確認したのに!)
ソーニャ(まだ隠し持ってたのか!ちゃっかりしやがって!どこに隠し持っていたんだ)
ほむら「…………」
に、睨んでる……ソーニャさんが睨んでる……。
背後からでもわかる。
絶対怒られる。武器まだ全部返してなかったこと絶対に怒られる。
と、とりあえず今は目の前の敵を……。
優木沙々は、銃を眉間に向けられて憎らしげに私を睨んだまま動かない。
弾が入ってると思っている相手に逃げる隙なんて与えない。
ほむら『まさか……魔法少女が殺し屋をやるなんて世も末ね』
沙々(テレパシー……!)
ほむら『いくら魔法少女とは言え、眉間を撃ち抜かれたらどうなることか』
沙々(くっ……!)
ほむら『見ればわかるだろうけど、この銃にはサイレンサーがついていない……だから本当に撃てば騒ぎになる』
ほむら『仮に即死を免れても、あなたもそれを望まないでしょう』
ほむら『私も撃ちたくはないが……あなたを殺さなければならないなら仕方ないと考えている』
沙々「…………」
沙々『く、くふふ……変身しないから舐めプかなと思ったのですが……』
沙々『なるほど。わたしを油断させるためってとこですか……わたしも考えが甘かった』
沙々『しかし、この銃……。これが……ですか』
ほむら『……何かしら?』
沙々『これが例の……武器ですね』
ほむら『中学生に根こそぎ盗まれた……という?』
沙々『くふふっ、皮肉屋さんですね。そんな情けない話なわけないじゃないですか』
沙々『魔女によく効くそうですね』
ほむら「…………」
沙々『魔女に使い魔にいい仕事をするとかしないとか』
ほむら『……私が盗んだ武器の用途を知っていたのね』
ほむら『それは皮肉と受け取ってもいいのかしら?』
沙々『用途も何もどうせそれ以外にないですしね。社会的身分はただのJC』
沙々『それで?これでわたしに勝ったつもりなんですかねぇ?』
ほむら『……つもり、ですって?』
沙々『くふふ……わたしが、魔法少女ターゲットに何の準備もなく攻め込むわけがないということです』
沙々『あなたはわたしがそんなただのバカと思ってました?』
ほむら『……割と』
沙々『ちくしょー!』
ほむら『いやだからそういうところがよ』
沙々「…………」
沙々『わたしをバカ呼ばわりしたことを後悔させてやるぞクソが』
ほむら『そう……でもさっき自分でも認めてなかったかしら』
沙々『まぁそれはそうなんだけど……』
沙々「くふふ、くふっ……もう、思わず笑ってしまいますよ」
ソーニャ「気絶したフリなんかしやがって……」
沙々「わたしが入ってたロッカーを調べてみてくださいよ」
ソーニャ「……ロッカー?」
沙々「ほら、早くしないと危ないですよ?」
ほむら「……あなた、何が言いたいの?」
沙々「ロッカーの中にある物がわたしの脱出経路だと言ってんだよ!」
やすな「どれどれ?」ガチャ
ソーニャ「お、おいやすな!気を付けろ!」
やすな「なぁに?これ」
ほむら「あ、あれは……!?」
沙々「ほほう、まさか一目見てわかっちゃいましたか?いや、わからなくちゃいけないんですがね」
ソーニャ「……!」
沙々「これにビビってもらわなくちゃいけない……素人は知らなくても無理ないですね?」
やすな「?」
そう。見てわかった。
形は違うが、同じようなものを私はいくつも自作した。
時に魔女の首を吹き飛ばす。……『爆弾』以外の何物でもない。
沙々「爆弾ですよ!これは!」
やすな「ば、爆弾!?」
沙々「撃たれるのは死んでも……じゃなくて、死ぬからいやですね。ほむら。わたしは目立つのは嫌です。あくまでこっそりと攫いたかった」
沙々「でもね、あんたらも、学校で爆弾がーって目立つのは嫌じゃありませんか?」
ソーニャ「何……!?」
沙々「でもわたし達は別に構わない。この学校に通ってなんかいませんから」
ソーニャ「くっ、くそ……!」
やすな「ひ、ひぃぃ!」
沙々「くふふ……できたら爆発されたくなければって脅したいとこですが……そうは言ってられません。さよなら!」
ほむら「あ!」
ソーニャ「しまっ……!」
優木沙々は、こちらにニヤニヤとした憎たらしい顔を向けたまま、
いつの間にか開いていた窓から飛び降りた。バク宙のフォーム。
ソーニャ「くそっ……みすみす逃してしまった……」
やすな「あわあわわ爆弾あわわわわ」
ほむら「お、落ち着いて折部さん!」
やすな「でででででででもでもでもでも」
ソーニャ「こんな状況でもうっとうしいな……」
ほむら「こ、ここは、避難させた方が……」
ソーニャ「そりゃまぁそうだな」
ソーニャ「やすな。お前は逃げろ」
やすな「で、でも……!」
ソーニャ「爆弾があるなんて言うな。爆発なんてさせない」
やすな「ソ、ソーニャちゃん分解できるの!?」
ソーニャ「知識はある」
やすな「無理だぁぁぁぁぁ!」
ソーニャ「何でだぁぁぁぁぁ!」
悔しげな表情から一転、冷静に状況を判断し、折部さんに煽られて怒るソーニャさん。
パタパタを両手を振ってパニックになる折部さん。
ソーニャさんが解体できるかどうかはともかくとして、
折部さんを落ち着かせる必要がある。
ほむら「お、折部さん!落ち着いて下さい!」
やすな「!」
ほむら「必ず、爆弾は何とかします!呉識さんと私もついてます!」
やすな「ほ、ほむらちゃんも……?もしかしてほむらちゃんも爆弾を……!?」
ほむら「私も……知識は、あります!」
やすな「う、うん!し、信じてるよ!」
ソーニャ「何だこの扱いの差は!」
やすな「だってソーニャちゃんだし」
ソーニャ「……!」ガツン
やすな「ォウチ!」
ほむら(非常時でも安定しているわね……)
ソーニャ「まぁこの際いい。いいか、やすな。爆弾のことは誰にも言うなよ」
やすな「あい」
折部さんはロボットのようにギクシャクした動きで空き教室を出て行った。
色々な意味でマイペースだとは思うが平常心は無理だと思った。
空き教室のドアがパタンと閉まった。
ソーニャ「……よし、それじゃ早速」
ソーニャ「ん?」
ほむら「あっ」
その直後、ガタッとドアが開いた。
そこにいたのはやはりというか、呉識さんだった。
何やら大きな袋を持っている。何だっけ……そう、唐草模様っていうアレ。
ソーニャ「あぎり……!」
あぎり「お待たせしました~」
ソーニャ「いたんなら刺客を……!」
あぎり「いいえー、それはちょっとぉ、間に合いませんでしたね」
あぎり「これを集めるのに夢中になってて」
ほむら「!」
ソーニャ「お、お前……!」
あぎり「えぇ、仕掛けられることはわかっていましたからねぇ~」
ソーニャ「お、おう……」
風呂敷を解くとロッカーにあるものと寸分違わず同じ物があった。
これで全部?……全部な気がする。何せ呉識さんだし。
しかし……爆弾が仕掛けられるということをわかっていたとは……?
ソーニャ「こいつが仕掛けられていた爆弾か……」
あぎり「あと一つがどうしても見つからなかったんですが、刺客が持ち歩いていたんですね」
ほむら「ずっと探してたんですか?もしかして朝から」
あぎり「はい~。これで数が合いました」
ソーニャ「呑気だな……で、これで全部ってことなんだな?」
あぎり「はい。でも全部を持ち運ぶのは大変。ここで早速分解しましょう」
ソーニャ「面倒くさいな……」
……あと一つ?爆弾の数までわかっていた?
仕掛けられること自体よりも、仕掛けられた場所さえもわかっていたような態度とノリに思える。
本当に謎な人だ。でもまぁ、呉識さんだし。
呉識さんはスカートの中から工具箱を取りだした。
これで分解……スカートの中から?
あ、でも別に巴さんもスカートからマスケット銃を……
って魔法少女基準で考えてどうするのよ。
ソーニャ「忍術で何とかならないのか」
あぎり「そう言われましても無理ですよ。私の忍法は魔法じゃありませんから」
ソーニャ「説得力がねぇよ」
ほむら「魔法少女ながらすごく同意です」
ソーニャ「何が魔法少女ながらだっての……しかし、どっちにしても全部解体するのは骨が折れるな」
ソーニャさんが話している間にも、呉識さんは爆弾の一つを開けていた。
中の構造……パッと見では複雑そうに思えなくもないが……。
ほむら「…………」
ほむら「この程度なら……」
ソーニャ「ん?」
ほむら「これくらいなら私も分解できます」
ソーニャ「は?」
ほむら「私も手伝います。工具を貸していただけますか?」
ソーニャ「……知識はある、みたいなことさっき言ってたが……」
ソーニャ「ダメだ。素人に触らせられない」
あぎり「はい、どうぞ」
ほむら「お借りします」
ソーニャ「おい」
あぎり「平気ですよ~私が保証します」
ソーニャ「保証とか言ってる場合じゃねぇだろ」
あぎり「でも本人もそう言ってますし、実際に作れるんですよ?」
あぎり「暇な時は忍法用の爆弾一緒に作りましたし」
ソーニャ「プラモデルじゃねぇんだぞ!」
ほむら「取った蓋はどうしますか?」
ソーニャ「さらっと作業してんじゃねぇよ!」
あぎり「ほら、ソーニャ。急がなくちゃ」
ソーニャ「お、おい!……くそっ」
内部構造。あれとそれをこうしてどうのこうので、信管を外して……色々何とかすれば問題ない。
私の機械操作の魔法と知識があれば時間の迫る解体作業ではない。
むしろ簡単すぎる。最初からただの囮や時間稼ぎの方法に過ぎないのなら質より量といったところ。
これならまだ呉識さんと雑談しながら『爆の巻物』を作っている方が楽しい。
……さらっと私、とんでもないことを考えた気がする。
――廊下
やすな(爆弾かぁ……)
やすな(急いで逃げ走ってきちゃったけど)
やすな「ど、どうしよう」
やすな「爆弾は何とかなるって言ってた……」
やすな「みんなを避難させた方がいいのかな」
やすな「でも爆弾のこと言うなって言ってたし……」
やすな「…………」
やすな「みんななら大丈夫だよね」
やすな「ソーニャちゃんは不器用だからちょっと不安だけど」
やすな「あぎりさんやほむらちゃんもいるから、大丈夫だよね」
やすな「教室で待ってよっと」
「お待ちになってください」
やすな「!?」
やすな「あ、あなたは……!?」
やすな「そんな!だ、だってさっき……」
「……飛び降りてすぐに同じ階に戻っちゃきちゃいけませんかね」
やすな「刺客……!」
「そういえばあなた個人には名乗ってませんでしたね……わたしの名前は優木沙々」
やすな「沙々にゃん!」
沙々「そう、わたしは……って誰が沙々にゃんだ!」
沙々「まあ、いいけど……お話しませんか?」
沙々「あなたとお話したいからこそ、わたしは逃げたフリをしたんですよ……安物の爆弾をたくさんバラ撒く程ね」
やすな(ど、どうしよう!刺客だ!)
やすな(私の手裏剣捌きに恐れ戦いて私を狙いに来たんだ!くぅ!自分の才能が憎い!)
沙々(何か知らないけど不意にイラッとした。何でだろう)
やすな(逃げてソーニャちゃんに教えなくちゃ!)
やすな「……あッ!あんな所にアンニュイな物が!」ビシッ
沙々「!?」バッ
やすな「うおおおおおお!」ダッ
沙々「あっ!てめぇ!」
やすな「逃げ切ってやるー!いやっふえぇぇ――――い!」
沙々「そ、そうはいくかッ!」
沙々「洗脳☆マギカビーム!」ズビビ
やすな「ギャー!?」バリバリ
沙々「よし!」
やすな「あ、あわわ……あぅ……」
やすな「…………」
沙々「……折部やすな」
沙々「あなた、わたしの仲間。オーケー?」
やすな「……あい」
沙々「イエス」
沙々「トモダチ。トモダチ」ワサワサ
やすな「トモダチ。トモダチ」ワサワサ
沙々「オーケーオーケー」
沙々「よし、洗脳成功」
沙々「くふふ……ソーニャの友達、いただいちゃいました」
沙々「わたしの洗脳魔法は『自分より優れたヤツ』しか操れない」
沙々「魔法少女でもないこのクソウゼーのを洗脳できちまう事実は癪なもんだけど……致し方なし」
沙々「ついて来て下さい。学校はサボタージュしましょう」
やすな「うん」
沙々「これからあなたはわたしの下僕です」
やすな「あれ?友達じゃないの?」
沙々「え?」
沙々「え、えぇ、えぇ!友達ですよ!」
やすな「今下僕って……」
沙々「それは、ほら。親しき仲にも礼儀っつーか、便宜上っつぅか」
沙々「シュレディンガーの猫というか、ラプラスの魔というか……」
やすな「?」
沙々「パブロフの犬とか、コペルニクス的転回といいますか、そういう関係がいいかと」
やすな「……?」
やすな「まぁいっか」
沙々「よろしい」
沙々(バカで助かった)
沙々「……それじゃ、わたしの『お願い』はちゃーんと聞いてもらいますからね?下僕さん」
やすな「わんわん!」
沙々「何で!?」
やすな「下僕といったら犬かと思って」
沙々「…………」
沙々(わたしは、織莉子とキリカに敗北して自分を分析した)
沙々(わたしは自信過剰なところがあった)
沙々(少しは控えめに……)
沙々(この心構えで、魔法少女でないうざいJKでしかないこいつ……)
沙々(お嬢様学校出身でもなく、わたしを一度倒したとかもない)
沙々(そんなヤツでも、わたしに勝る箇所がある箇所を見ることができた)
沙々(少し前のわたしなら、こいつを見下してて洗脳なんてできない)
沙々(……殺し屋と忍者と友達になれる、その"コミュ力"だ)
沙々(わたしが持っていない、わたしが劣る能力……憧れてしまう)
沙々(憧れは劣等感……彼女は『上』だ……ウザいけど賞賛に値する。ウザいけど)
沙々(……ウザいけど!)
【 後編 】に続きます。