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ゴウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
その日は、明朝から薄暗く、風が強かった。
遠くに建ち並ぶ工場群が見える川の前で、私とマミさん、美樹さやかと佐倉杏子の四人が立っていた。
杏子「まるで台風だな……」
ほむら「実際、気象庁はそれに近い判断をしているでしょうね」
すでに見滝原の人達は避難しており、町に一般人は一人も居ない。
私達は、すでに全員魔法少女の姿だ。
マミ「……恐ろしい気配ね。
まだ具現化はしていないはずなのに、ここまでの力を感じるなんて……」
さやか「あー、ちょっとブルッちまうよ……」
マミ「ところで、美樹さんは家族の方々は大丈夫なの?
心配させてたりしない?」
さやか「避難所に向かう途中で、はぐれた風を装って抜けて来たんで……まあ心配してるかな?
でも大丈夫っすよ」
軽い口調で言う美樹さやか。
これは恐らくわざとだろう。
家族への意識を振り払う為と、私達を心配させまいとして。
ほむら「……ごめんね」
さやか「なんであんたが謝るのよ。
悪いのはワルプなんとかと、ついでにキュゥべえの奴だ!
それにあたしだって、みんなやこの町のピンチに黙ってなんていられないしさ」
あのまどかの家の屋根の上で会って以来、キュゥべえの姿は確認出来ていない。
話によると、マミさん達も同じらしい。
ほむら(また、なにか企んでいるのでしょうね)
ちなみに、美樹さやかの家族だけではなく、クラスのみんなはもちろん、
まどかも避難所で彼女の家族と一緒に居るのを確認済みだ。
後はワルプルギスの夜を倒してしまうだけ……!
ほむら「うん……そうね」
さやか「ま、正直あたしが居てもあんまり変わんないかもだけど、ね」
彼女もワルプルギスの夜の強大な気配を感じているのだろう。これは、苦々しい口調だった。
杏子「いや、こいつぁ話に聞いていた以上の怪物だ。
新人ちゃんの手も借りたいほどだから、居てくれて助かるよ」
さやか「ちょっ、その言い方酷くない!?」
ほほえましい口論を始めた美樹さやかと佐倉杏子を横目に、私はマミさんの真横にそっと立った。
マミ「ほむらさん?」
ほむら「…………」
しかし私は無言で、
ぎゅっ。
彼女の手を握る。
マミ「…………
……うん」
マミさんも、そっと私の手を握り返してくれた。
……この後に及んで、言葉は不要だった。
嵐の前の静けさか──
この場に、少しだけ穏やかな時間が流れる。
そして。
ドンッッッ!!!
マミ「!!!」
杏子「……っ!」
さやか「!?」
⑤
辺りに物凄い瘴気が吹き荒れ、弾ける。
ほむら「来た……!」
④
──使い魔が現れ出した。
『パオーーーーンッ!』
高らかに鳴く緑色や赤色の像に、騎士みたいな格好をした人型のなにかを乗せた、大型のプードル。
③
下部にカーテンのついた台の上に立つ、派手な色の……馬? だろうか。
その使い魔達の上部や背中に紐が取り付けられており、
それに赤や黄色・オレンジなど色とりどりの三角フラッグが垂れている。
②
そう、この様はまるでサーカスの行進だ。
そして、その三角フラッグの先には──
①
具現化をした巨大な魔女、ワルプルギスの夜!
その体は、恐らく百メートルは優に超えるだろう。
姿形だけではなく、存在感・威圧感までもが圧倒的に巨大な存在。
奴は、青と白のツートンカラーのドレスを身にまとった、白磁の肌をした女性のような姿をしていて、
目は無く、真っ赤な唇が常に不気味な笑顔の形に釣り上がっていた。
スカートからは下半身の変わりに細長い車軸が伸びていて、その先に、ゆっくりと回転する巨大な歯車が直結している。
そんな伝説の魔女は、恐ろしいまでの魔力をほとばしらせながら、上下逆さまの格好で宙に浮いていた。
杏子「あ、あれか……?」
ほむら「ええ」
マミ「なによあれ……!」
さやか「じっ、時間も方向も、ほむらの言う通りに来やがったね!」
私達と奴との間には、目視した限りでは数キロの距離があるだろう。
にも関わらず、距離など無視しているように届くその禍々しさに、この場の全員に動揺が走る。
カタ……
私の膝が、軽く震えた。
ほむら(やはり恐ろしいわね……)
だが、それに呑まれる訳にはいかない。
ほむら「さあみんな、行くわよ!
グリーフシードはちゃんと持っているわね!?」
マミ「ええ!」
杏子「おうよ!」
さやか「もちろんっ!」
ここに集まるとすぐ、私達は各々のグリーフシードを分け合った。
そうする事により、
グリーフシードが無くなるまではソウルジェムの穢れを気にせずに全力で魔力を使い続けられるからだ。
いや、そもそも魔力の節約などを気にしていて勝てる相手ではない。
奴は生半可な攻撃では傷一つつけられない防御力と耐久力を持っている為、小技を出したり長期戦を挑むのは愚策。
小技など使ったところで、ダメージを与える以前に牽制にもならないし、
時間が経てば経つほど、魔力が少なくなった私達は威力のある攻撃が出来なくなるからだ。
ほむら(初めから出来る限りの攻撃を仕掛け、押して押して押しまくり、短期決戦で決めるのが最善!)
それと、私の能力的にも長期戦はしたくない。
私が時間停止の力を使えるのは、時間遡行してからひと月の間だけであり、その期間はこの戦いの最中に切れるのだ。
そうなると私の戦力としての価値は激減し、結果この戦いの勝率も大きく下がってしまうだろう。
また、なによりも……
下手に時間をかけると、まどかが町の危機を救う為に魔法少女になる可能性もあった。
ほむら(そんな事にはさせない!)
とにかく、すべての面においてこの戦いに時間はかけられない。
ほむら「マミさんっ!」
マミ「ええ!」
まず第一陣。
ワルプルギスの夜を視認したら、私とマミさんの遠距離砲で先制攻撃を仕掛ける!
バッ!
私は、辺りの地面一杯に対戦車用のロケット弾を。マミさんは超巨大な大砲を召喚した。
恐らく、この戦いで柱になるのはマミさんだ。
これまでの経験から考えると、ワルプルギスの夜を倒すのに一番必要なのは攻撃力。それに尽きる。
そして、私達の中で一番の火力を持つのがマミさんなのだ。
ほむら「マミさん、頼むわよ」
マミ「任せて!」
ほむら「……行けっ!」
ドドドドドドドドドドドドドドドドッッッッッッ!!!!!!
私は、時間停止を使ってすべてのロケット弾をまったく同じタイミングで放ち、
マミ「ティロ・フィナーレッ!!!」
ド ン ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! !
マミさんの必殺技が火──いや、炎を吹く!
ドォンッ! ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!!
それは狙い違わずワルプルギスの夜に伸び、直撃した!
私の攻撃にもありったけの魔力が込められている為、その威力はただのロケット弾の比ではない。
使い魔のような雑魚相手なら、重火器を普通に使うだけでも十分な場合が多いが、
魔女──それもこんな奴が相手だとそうはいかないからだ。
さやか「すっげ……!」
マミ「まだまだっ!」
ほむら「っ!」
私とマミさんの攻撃は、まだ終わらない。
奴がもっと接近してくるまでに、出来る限りダメージを負わせる!
ドォンッ! ドドドドドドォン! ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!
上空で激しい土けむりが舞うが、それはどんどん近付いて来る。
これは、奴がまだまだ健在である証であった。
さやか「マ、マジかよ……」
杏子「チッ、あたし達も手を貸せれば……!」
彼女達も遠距離攻撃の技が無い訳ではないが、私とマミさんのものに比べれば威力は格段に落ちる。
そもそも、その射程距離も『遠距離攻撃』という枠の中では短い為に、彼女達の攻撃はここからでは届かない。
それゆえ、佐倉杏子と美樹さやかは、最初は待機させる事にしたのだ。
カッ!
マミ「!」
ほむら「散って!」
私の叫びが響いた瞬間、
ゴウッ!!!
土けむりを引き裂き、赤茶けた、邪悪なオーラを放つ炎が、先程まで私達が居た空間を焼いた。
幸い、全員回避出来ている。
さやか「あ、危なっ!」
杏子「あんにゃろっ!」
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハハハハハハハッ!』
マミ「わ、笑い声?」
突如、ワルプルギスの夜が甲高い笑い声を上げた。
ほむら「くっ……」
マミ「ほむらさん!」
ほむら「ええ!
美樹さん、杏子! そろそろお願いっ!」
杏子「おうっ!」
さやか「わ、わかった!」
ダッ!!
私の声を聞き、二人がワルプルギスの夜へと走って行く。
もう、かなりの接近を許してしまった。
ここまで近付かれたら彼女達には接近戦を仕掛けて貰い、その後ろで私とマミさんも攻撃を続ける。
ワルプルギスの夜に接近する事に加え、私達に誤射をされる可能性があるので、
二人にとってこれはかなり危険なのだが……
そんな事は言っていられない。
ほむら・マミ『ふう……』
私とマミさんは、早速グリーフシードでソウルジェムを浄化した。
ほむら「大丈夫?」
マミ「もちろんよ」
私の問いに、マミさんは余裕の表情で頷くと、
マミ「ほら、私達も行くわよっ!」
先行した佐倉杏子達の方へと駆け出しながら言った。
ほむら「ええ!」
─────────────────────
杏子「おおおおおっ!」
佐倉杏子の槍が、
さやか「やぁぁぁぁぁぁっ!」
美樹さやかの剣がワルプルギスの夜を突き刺し、斬り裂く。
マミ「このッ!!」
ほむら「くらいなさいっ!!」
それと同じく、遠くからのマミさんのティロ・フィナーレと私の大砲が直撃する。
カッ!
杏子「っ!」
さやか「!?」
しかし、ワルプルギスの夜の体が一瞬発光したかと思うと、佐倉杏子と美樹さやかが吹き飛ばされた。
ドサッッ!!!
マミ「二人とも、大丈夫!?」
杏子「おうよ!」
さやか「平気ですっ!」
マミさんの言葉に、二人はすぐに起き上がって答えた。
ほむら「……でも」
まったく効いている感じがしない。
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハハハハ!
アハハハハハハハハハハアーーーーーハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!』
──ワルプルギスの夜は、建物を破壊しながら避難所の方角へ向かっていた。
それまでに奴を倒すか、最低でも進行方向を変えなければ……
キキキキキキャキャッ!
ほむら「っ!」
踊り狂う、真っ黒な人影のような使い魔の群れが現れ、私達の周りを飛び回る。
マミ「邪魔よっ!」
さやか「ぅぉあぁぁっ!」
杏子「ハァッ!」
しかし、マミさんのマスケット銃と、美樹さやかと佐倉杏子の一撃がそれらをあっさりと全滅させる。
杏子「おいほむら! このままじゃダメだ!
あの化け物、タフすぎるっ!」
マミ「そうね……!」
さやか「くっそぉ! 何なんだよあいつ! これだけ攻撃してんのにっ!!」
ほむら「……ここからは、あの手でいくわよ」
それは、これまでの作戦会議で決めた奥の手の一つ。
出来ればこれを使う前に決着をつけたかったが、やはり無理だったか。
マミ「もう完全に市街地に入れてしまったからね……」
さやか「町はなるべく壊したくなかったけど、しゃーないかっ!」
それに、タイミング的にもその作戦を使うのは今しかない。
ほむら「みんな、私に続いて!」
杏子「おうっ!」
─────────────────────
ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!
私は一人、魔力によって猛スピードで走るタンクローリーの上に乗っていた。
およそ百メートルほど先で、みんながワルプルギスの夜と戦っている。
これは、奴の足止めの為だ。
奴に自由に移動させると、いくら魔力で高めたタンクローリーのスピードでも追い付けないからだ。
ほむら『みんな!』
戦場が間近に迫り、私は三人にテレパシーで語りかけた。
マミ『ほむらさんっ!』
杏子『やっと来たかっ!』
さやか『待ってたよ!』
見ると、私が彼女達と別れた時よりもワルプルギスの夜の高度が下がっている。
三人が、足止めだけではなく、私が行動をし易くなるようにあいつの動きをなんとか誘導してくれたのだろう。
ほむら(ありがたいわね)
ブロロロロロロッ!! ガッ!!!
私はタンクローリーを操作して、崩壊して倒れている元高層ビルの上に乗り上げた。
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハッ!!!』
この向こうに、ワルプルギスの夜とマミさん達が居る。
かつて壁だった地面は、
所々ひび割れていたり、崩れて段になっている為にかなりガタガタしていて車体が揺れるが、なんとか走行は出来る。
急な坂道のようにもなっており、進めば進むほど空が近くなっていくが……
ブウゥゥンッ!!!
あと数メートルでこの道が途切れるという段階まで来た所で、私はさらにタンクローリーのスピードを上げた。
ほむら『──みんなっ!』
ドンッ!
そして、私がテレパシーで叫ぶと同時に、ついに走る道を失ったタンクローリーが空を舞う!
バッ!
同時に、私はすぐにタンクローリーから飛び降りた。
バババッ!
落下する私の視界の端に、ワルプルギスの夜から離れていく三つの影が映った。
ほむら(よしっ!)
カチッ!
それを確認すると、私は時間を止めた。
スタッ!
私が着地したのは、大型トラックの荷台に載せられた、巨大な筒の上。
この筒は六つあり、すべてが強力な対艦ミサイルの発射チューブだ。
ウィィィン……
荷台を動かし、発射チューブの先端をワルプルギスの夜に向ける。
ほむら(……いけッ!)
ドウンッ!!!
カチッ!
対艦ミサイルをすべて発射させると同時に、私は時間停止を解除した。
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッ!!!
時が動き出した事で、まずは空中に浮いたままだったタンクローリーがワルプルギスの夜の顔面辺りにぶつかり、
爆発・炎上を起こす!
ここまで丁度よい所に当てられたのは、みんなが奴の飛ぶ高度を下げてくれたおかげだ。
続けて、
ドガッ、ドガッ、ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
タンクローリーの爆発がおさまる間も無く、対艦ミサイルもそのすべてが命中した!
今の攻撃のどちらも、魔力によって元のそれとは比べ物にならないほど威力を高めているが……
まだ奴は倒れていないどころか、大したダメージすら無いだろう。
ドウッッッッッ!!!
突如として上の方からティロ・フィナーレの光が伸び、
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!
ワルプルギスの夜へと直撃し、先の私の攻撃のものを上回る爆発が起こる!
ほむら(……よし!)
今のは、私が先程まで居た、崩れたビルの上からのマミさんの攻撃だろう。
作戦通りだ。
ババババッ、ビュンッ!
さらにマミさんの一撃に続いて、
美樹さやかの剣が複数と、佐倉杏子の巨槍がワルプルギスの夜に向かって飛んでいった。
遠距離戦は不得意な二人だが、この距離のこの攻撃だと問題無く届く。
接近戦での彼女達のそれと比べたら威力が落ちるのは否めないが、
それでも、少しでも破壊力が欲しいこの戦い・この作戦では、これはとても貴重な援護射撃だ。
ド ン ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! ドドドドドドドドッ!!!!!
これらがワルプルギスの夜に到達する前に、続けて再びマミさんの攻撃が放たれた!
先程とは違い、この攻撃にはティロ・フィナーレ以外にもいくつもの光の軌跡が在る。
マミさんは予め多数のマスケット銃を召喚しておき、
自身の必殺技を撃つのと同じタイミングでそれらも放ったのだろう。
ほむら(よしっ! これなら……!)
ビュンッ!!
美樹さやかと佐倉杏子の攻撃が、ワルプルギスの夜が居るだろう土けむりの中に吸い込まれ──
ドドドドドドドドッドドドドドドドドッ、
ドゥォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!
マミさんの攻撃も奴に到達し、青と赤と黄色と……
そのすべてが混じり合った、強烈な破壊の光が荒れ狂った!
ほむら「くっ!」
それに呑まれた辺りの建物が、崩れる間も無く消滅し、
私は攻撃の余波で生まれた爆風に飛ばされないよう、腰を落として踏ん張る。
ワルプルギスの夜『アーーーーーハハハハハハハハハハハッッハハハハハハハハハハッッッッッ!!!!』
そのあまりの威力に、ワルプルギスの夜が押されるどころか吹っ飛んでいくのが見える。
ここまで来てタイミングを逃しては最悪だ。
私は慌てて爆弾の起爆装置を二つ、盾から取り出し……
ワルプルギスの夜『アーーー──』
ほむら(今だっ!)
奴がベストの位置に到達した瞬間に、その一つを押した!
カッ……!
一瞬、ワルプルギスの夜の周りの高層ビル達が発光し……
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッ!
爆発!
破壊された建物は一気に崩れ、爆風も手伝ってワルプルギスの夜を地面に叩きつけた!
ほむら「もう一つっ!」
カチッ!
奴が地面に接触した所で、もう一つの起爆装置を押す!
ヅ……ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッッッッッッッ!!!
コンマ以下の間の後、今ワルプルギスの夜が居る地面に仕掛けていた、強力で、無数の爆弾達が大爆発を起こした!
ほむら「やった!」
これらの爆弾達と、タンクローリーと……すべてをまとめて奴に叩き込めるのは、このタイミングしかなかった。
そして、私達の持ち手の中で一番の攻撃力を期待出来るこの作戦は、見事に成功した!
ドンッ! ドウッ!
上からは、まだ幾重もの光がワルプルギスの夜に向かって伸びている。
私は射線に入らないように軽く回り込みながら、再び元高層ビルの上に戻ってきた。
そこには、引き続きワルプルギスの夜に追撃をかけるマミさん、美樹さやか、佐倉杏子の三人が居た。
ほむら「みんなっ!」
マミ「はぁ……はぁ……」
杏子「ふぅ、ふぅっ……!」
さやか「あ、あたしもうダメだわ……」
私が三人に駆け寄ると、彼女達は肩で大きく息をしながら攻撃を止め、
あるいは膝をつき、あるいは座り込んだ。
ほむら「とりあえずは、作戦成功ね……」
杏子「だな……
くそっ! これで倒せてなかったらキレるぞっ!」
さやか「へんっ! 化け物め、ざまあみろッ!」
マミ「……ふふっ、やったわね……!」
私も含め、全員が急いでソウルジェムを浄化する。
杏子「──あんたら、グリーフシードはどれだけ残ってる?」
マミ「私はもう一つしか無いわ」
ほむら「私も」
さやか「あたしは三つ残ってる」
杏子「あたしは二つだ。
……だいぶ減っちまったね」
ほむら「もう……私達に残された時間は少ないわね」
私が盾から対戦車砲を取り出すと、三人もそれに合わせて立ち上がった。
全員、疲労の色が濃い。
魔力はグリーフシードで回復、体力は魔力でカバー出来ても、
度重なるかつてない緊張感と集中は、確実に私達を疲弊させていた。
また、接近してワルプルギスの夜と戦っていたマミさん達は、
魔法少女の衣装が所々破れ、肌にも多数の傷を負って出血している。
これは、回復力が群を抜いている美樹さやかとて例外ではない。
魔力を使っても怪我がすぐに完治する訳ではない上に、守りや回復よりも攻撃に魔力を集中させていたからだ。
マミ「さあ、最後の一押し……行くわよっ!」
ほむら「ええ!」
杏子「おうっ!」
さやか「よっしゃ!」
ふらつきながらも声を上げるマミさんに私達は応え、
未だ土けむりが止まぬ、ワルプルギスの夜が居る場所に向けて再び攻撃の構えを取った。
……その時。
ビュンッ!!!
ほむら・マミ『!?』
杏子・さやか『なっ!』
超スピードで飛んできた、ワルプルギスの夜の放った極太の闇色のビームが、私達を呑み込んだ!
─────────────────────
一瞬、私は気を失っていたのだろう。
ほむら「!」
いつの間にか地に倒れていた事に気付いた私は、慌てて立ち上がった。
ヨロッ……
ほむら「ぐっ……!」
バシャッ。
酷い眩暈に、足元がふらつく。
ほむら(な、なにがあったの……?
──みんなは!?)
辺りを見回すも、私以外に誰の姿も見付けられなかった。
ほむら「…………」
周囲は、大地には足首が浸かるくらいの水が溢れていて、崩壊した建物が散見される。
空には厚い灰色の雲が広がり、数キロは向こうだろうか? 遠くの空には、相も変わらずワルプルギスの夜の姿が見えた。
これは、これまでにも何度も見てきた……ワルプルギスの夜に敗北した時間軸での、私にとっての世界の終末に似ていた。
ただ、この惨状は、前方は奴が居る辺りから始まって、私の後方は地平線まで続いてはいるが……
左右は数十メートル先ぐらいまでで、そこから先は綺麗な建物が立ち並ぶ様子が確認出来る。
ほむら(……そうか……)
思い出した。私は──私達は、あいつの闇色のビームを喰らって吹き飛ばされたのだ。
ほむら「くっ……!」
破壊されている周囲は、あのビームの射程範囲内だったのだろう。その広さに、私は言葉を失う。
しかし逆に言えば、攻撃範囲が広い分威力そのものはそれほどでもなかったのだろうが。
そうでないと、まったく防御が出来ずに直撃して、ここまで五体満足で動ける訳はない。
ほむら(さっきのワルプルギスの夜の攻撃が、範囲をもっと絞って威力を重視したものだったら……)
そんな『もしも』は、考えたくなかった。
だが、これならば、みんなは別の場所に飛ばされ・はぐれてしまっただけできっと無事で居るはず。
全員が同じ場所に集まっている中、同じ攻撃にやられたのだ。
ほむら(それで、私しか助からなかっただなんてありえないわ)
……!
ようやく私は気付いた。
遠くに見えているワルプルギスの夜の姿が、段々大きくなっている事に。
奴がこちらに近付いて来ているのだ。
ほむら(望む所だわ……!)
このまま迎え撃ってやる。
ほむら(とはいえ、もう一対一では絶対に勝ち目が無い……)
そういえば、さっきまで持っていたはずの対戦車砲はどこにも見当たらなかった。
気付かないうちに落としたのだろう。
今の私には、ワルプルギスの夜相手に使える武器はほとんど残っていない。
戦闘開始からだいぶ時間が経った為に焦燥感が募るが……
まずは、みんなを捜して合流するべきだろう。
カッ!
ほむら「!?」
そう決断した時、遠くのワルプルギスの夜が闇色に輝いた!
それは──
ほむら(この距離から撃ってきたっ!?)
ヴァヴァヴァヴァヴァッ!!
こちらへと伸びる黒い稲妻を見て、私は慌てて回避行動を取ろうとしたが、
カクンッ!
ほむら「あっ……!」
先程のダメージが抜け切っていなかったのだろう。再び襲ってきた眩暈に、私の膝が折れた。
ギュンッ!!
稲妻は、みるみるうちに私へと迫る!
ほむら(避けられない!)
私の背に恐怖と絶望が走り抜けた……その時!
ビュンッ!!!
──ガッッ!!!!!
背後から飛んできた桃色の光が、私の間近まで来ていた黒い稲妻とぶつかった!
ほむら「!?」
ドドドドドドドドッッッッッ!!!!!!!
『光』は稲妻を呑み込み・打ち消しながら、ワルプルギスの夜へと向かう!
ドゥンッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
そして、そのままワルプルギスの夜に直撃し、巨大な体躯のあいつを軽々と弾き飛ばした!
もはや、ここからでは豆粒程度の大きさの影にしか見えないほどに。
ほむら「な……なっ……!?」
もの凄い威力だ。
私達と戦ったダメージがあるのかもしれないが、それでもあの化け物をあそこまで簡単に……!
大体、桃色の光は、あの稲妻と真正面からぶつかって押し返していったのだ。
それを考えると、ワルプルギスの夜に届く前にその威力はかなり削られていたはず。
今の一撃を直接叩き込めていたら、その一発だけであいつを倒せていたのではないだろうか?
ほむら「…………」
私にはわかっていた。
今の攻撃を誰がしたのか。
あの輝きを放つ、あれほどの威力を持った攻撃が出来る可能性のある人物は、私の知る限りただの一人しか居ない。
私達は、私は……
間に合わなかった。
まどか「ほむらちゃ~~~~~んっ!」
背後から届いてくる声に、私はゆっくりと振り向く。
これが夢であってくれと願いながら。
─────────────────────
ほむら(こうなる前に……終わらせるつもりだったのに)
そこには、私の一番の友達である少女が走って来る姿があった。
桃色の鮮やかな衣装に、胸元にあるソウルジェム……
その姿は、まぎれも無く魔法少女のそれだ。
まどか「よかった、無事で!
ふぅっ、ふうっ……へへっ!」
まどかは、満面の笑顔で私の側に来た。
汗をかいて激しく息を切らせているのを見ると、さっきの一撃でだいぶ体力と魔力を消費してしまったらしい。
これはそれだけの攻撃だったのもあるかもしれないが、まだ力の上手い使い方がわかっていないのだろう。
ほむら「ど、うして……まどかが魔法少、女に……?」
唇が震えて上手く言葉を紡げないが、それでも私はなんとか問うた。
まどか「あのね、避難所に居たら白い……キュゥべえだったかな?
が現れて、この災害の本当の原因を教えてくれたの」
ほむら「!」
まどか「この町を救う為に、ほむらちゃんが、さやかちゃんとか──他の仲間の人達と一緒に、
魔女? と戦ってるって聞いたよ」
ほむら「…………」
まどか「でね、とても信じられなかったんだけど、確かに避難所のどこにもほむらちゃんもさやかちゃんも居ないし……
二人が心配だったし、胸騒ぎがして止まらなかったから、なんとか避難所を抜け出してみたの」
そうしたら、上空にはキュゥべえが言った通りの見た事もない怪物が居て、その近くで爆発が頻繁に起こっている……
それはどう見ても自然現象ではなく、確かに怪物と戦っている人が居るのだと確信した、と彼女は言った。
ほむら(そうね……
素質を持つまどかは、契約をしなくてもワルプルギスの夜を視認する事が出来る。
出来た……)
まどか「あのね、それで戦ってるのがほむらちゃん達だと思ったら、わたし居ても立っても居られなくなって……
キュゥべえに案内されて、この近くまで来たんだ」
ほむら「どうしてっ!」
まどか「!?」
私は、怒りと悲しみにまどかの両肩を掴んで叫んでいた。
ほむら「どうしてこんな所まで来たの!? あなたには出来る事なんて無いじゃないっ!
無かった……はずなのに……」
まどか「……キュゥべえがね、『自分と契約して魔法少女になった』ら、
わたしなら、ほむらちゃん達を助けられるって言ったから」
ほむら「!」
まどか「怖くて、信じられなくて……でも、確かに怪物が暴れてて……
本当にわたしなんかが、そんなのと戦うほむらちゃん達を助けられるなら、
わたしなんかに出来る事があるんならって思って……来ちゃったの」
それでもまどかは、目の前で起こる非現実的な光景と状況に混乱・恐怖して動けなくなり、
キュゥべえと一緒に物陰に隠れてしばらく震えて見ているだけだったらしい。
まどか「やっぱり、自分があんな風に戦うって考えたら怖くて……」
だが、先程私達に放たれたワルプルギスの夜のビームを見た後、キュゥべえは言ったのだ。
キュゥべえ『暁美ほむら達は、今の攻撃で壊滅的なダメージを受けたんじゃないかな?
これが彼女達を救う最後のチャンスだ。
今すぐに君が魔法少女になって参戦しないと、暁美ほむら達は全員死んでしまう!』
……そして、その言葉にそそのかされたまどかは魔法少女になった。
私達を救う為に。
キュゥべえ『そんな風に長話をしていて良いのかい?』
ほむら「っ!」
突然、どこからかキュゥべえの声が聞こえてきた。
私は慌てて周囲を見渡すが、奴の姿は無い。
まどか「ほむらちゃん?」
ここからそう遠くない場所にある瓦礫の影にでも隠れて、テレパシーを使っているのだろう。
キュゥべえ『まだワルプルギスの夜は生きているようだ。
早く倒してしまわないと、この町は完全に壊滅してしまうよ?』
ほむら『キュゥべえ……っ!
お前、まどかを……まどかをッッ!!!』
折角ここまで上手くいっていたのに……折角……!
キュゥべえ『鹿目まどかに契約を持ちかけるのに、君達に邪魔をされてどうしたものかと考えていたんだけどね。
ある日思ったんだ。君が僕の考えている通りの時間遡行者であり、人間なら、少し待てば最高のチャンスが訪れるって』
ほむら『なんですって……!?』
キュゥべえ『君達は……
少なくとも君は、ワルプルギスの夜の恐ろしさと、襲来をわかっていながらも町から逃げ出しはしない様子だった。
しかも避難をしてやり過ごしもせずに戦うつもりらしいが、いくらマミや杏子達と手を組んでも勝算はゼロに等しい。
それだけあの魔女は強大なのだからね』
ほむら『…………』
キュゥべえ『そして、君と、美樹さやかは鹿目まどかの友達だ。
なら、下手に動くよりもワルプルギスの夜が来るまで待つのが上策さ』
友達の為なら、どんな危険の中にでも身を投じられる優しさと強さを持っているまどかだ。
ほむら『私達が勝ち目の無い戦いに挑み、追い詰められれば、簡単に契約を結べると踏んで……』
キュゥべえ『そうさ。
それに、君達がみんな出払ってくれれば、鹿目まどかに接近するのも容易いしね。
こんな状況ではさすがに志筑仁美も邪魔はしてこないと思っていたし、実際今日を迎えてみたらその通りだった』
ほむら『くっ……!』
キュゥべえ『この間、鹿目まどかの家の屋上で君の前に現れたのは、それを『確信』したかったからさ。
君が彼女を救おうとしているのはあの廃工場での時にわかったが、
もし僕の考え違いだったら、無意味に時間を捨てる事になるからね』
ほむら『…………』
キュゥべえ『だってそうだろう?
この事件でチャンスが無さそうなら、わざわざこの日を待つだけなんて無意味で非効率的だ。
そんな風に時間を無駄にするつもりは無かったからね』
わかっていた。
キュゥべえ『もちろん、最大のチャンスがあると見越せているのに、その前に下手に動くつもりも。
そんな事をして、時間遡行者たる君に、万が一でも僕の思惑に気付かれても困るし』
時間をかけすぎると、こうなる可能性があったのはわかっていた事だ。
だが過去の経験から、ワルプルギスの夜とはどうしても全員で戦わないと勝てないと判断した為に、
私達は四人で立ち向かった。
全精力を持って、速攻で奴を倒してしまえばすべては問題無く終わるはずだったし、
その作戦に賭ける方が、下手にまどかに護衛を回すよりも彼女を救える可能性が高いと思ったのだ。
実際四人で協力してあのザマだったのだから、
どうしてもワルプルギスの夜に勝つ必要があった以上、戦力を集中させたこの選択自体に間違いは無かった。
……そのはずだったのに。
ほむら(もし誰かをまどかの守りにつけたりしていたら、
戦いにもっと苦戦していて彼女の契約を早めるだけではないか? と……)
そもそも、そうすると戦いに勝てたとしても犠牲者が出てしまうか、下手をしたら全滅してしまうのではないか?
それでは結局何にもならないと、そう考えたのに……
??「……さ……!」
ほむら(……もっと早い段階で、あえてまどかとキュゥべえを出会わせておいた方がよかったというの?
それで、魔法少女の現実を教えておいて、絶対に契約はするなと念を押す方がよかった……?)
でも、それで成功した事なんて……
マミ「ほむらさんっ!」
激しい動揺から、混乱する私を現実に引き戻したのはマミさんだった。
ほむら「……!?
マ、マミさん、いつの間に……!」
マミ「ちょっと前から居たわよ? ずっと声をかけていたのに気付かないんだもの」
ほむら「ごめ……んなさい」
見ると、辺りにはマミさんとまどかしか居ない。
マミ「ワルプルギスの夜の攻撃にやられた後、綺麗な桃色の光が見えてね。
それを目印にしてやって来たら、あなた達が居たの」
ほむら「うん……」
佐倉杏子・美樹さやかとはすでに合流出来ていて、みんなで手分けして私を捜してくれていたらしい。
魔力の波動で私の大まかな位置はわかっていた上、彼女達もあの光を見ていたはずなので、
すぐにでも二人もやって来ると思うとの事だ。
マミ「それにしても……」
マミさんが苦々しい表情でまどかを見る。
マミ「あの子、鹿目さんよね……?
なら……」
まどか「え、と……?
あ、あの、巴先輩も魔法少女だったんですね。
えへへ、驚いちゃいました」
その視線を受けてか、まどかはやや居心地が悪そうに言った。
そういえば、この世界のまどかとマミさんは一度だけ会って話をした事があるのだったか。
ほむら(……まずい)
気力が、どんどん無くなっていく。
なまじここまで上手くいっていた分、ここに来てこれは……
マミ「マミ、で良いわよ」
まどか「はい……
えっと、マミさん」
マミ「うん……」
まどか「えへへっ」
とくん。
ほむら「……?」
しかし、ふと──
こうしてまどかとマミさんが並んでいるのを見たら、
私の中にゆっくりと、そして熱く・強く湧き上がってくる『もの』があった。
マミ『……ほむらさん、こうなってしまったのなら……もう……』
不安そうに立ちすくみながら、マミさんが私にテレパシーを送ってくる。
ほむら『……そうね』
私がずっと追い求めてきた最大の目的は、これで達成出来なくなってしまった。
ほむら(結局、また……)
……でも。
ぎゅっ!
マミ「!」
私は、マミさんの手を力強く握った。
ほむら『でも、私にはまだやるべき事がある!
守るべきものがあるっ!』
マミ『!』
そうだ。まどかは魔法少女になってしまったが、それで彼女が死ぬ訳でも、不幸になると決まった訳でもない!
『この力を使えば、大切な人達を守る事が出来るはずよ』
これは、この間私が美樹さやかに言った言葉だ。
ほむら(そうだっ! これまでに積み重ねてきた力があれば、同じ魔法少女だって……
今のまどかすら『守れる』はず!)
遠い──遠いあの世界でのまどかとの約束は果たせなくなってしまったけれど、
それこそ自分の頑張り次第で、その約束を果たす以上の幸せだって彼女に与えられるはずだ!
ほむら(まどかと、マミさんと、美樹さんと、杏子と……)
最高の友達、愛しい人、大好きな仲間達。
大切なみんなで過ごせる幸せが手に入るなら。幸福な結末を手に出来るのなら……!
この現実を捨てるつもりも、諦めるつもりも無い!
ほむら(私は、あの時の『約束』だって超えてみせるッ!!!!!)
ゴゴゴゴゴゴッ!!!
ほとばしる、力。
そう。
二人のかけがえの無い存在を間近に見、感じる事で、
意気消沈していた私に再び気力が湧き上がってきたのだ。
マミ「ほむら……さん?」
まどか「ほむら……ちゃん?」
ほむら「さっきからボーッとしちゃってごめんなさい」
私は、決意の瞳で二人を見た。
ほむら「とにかく……」
杏子「ようっ!」
さやか「待たせた!」
スタッ!
私が上げかけた声に被さるように、佐倉杏子と美樹さやかが到着した。
マミ「二人とも!」
杏子「悪かったね。待たせちまった」
ほむら「大丈夫、問題無いわ。
そんな事よりも無事でよかった……」
まどか「さやかちゃんっ!」
さやか「!!? ま……どか?
えっ?」
美樹さやかの姿を認めたまどかが驚きの声を上げ、それを受けた美樹さやかも驚愕の表情になった。
まどか「本当にさやかちゃんも魔法少女だったんだねっ!」
さやか「う、うん……」
杏子「まどか……
まどかだと!?
じゃあ……!」
さやか「ほ、ほむら……あんた……」
ほむら「大丈夫」
佐倉杏子と美樹さやかが心配そうな視線を向けてきたが、私は笑顔で返した。
さやか「ほむら……?」
ビュゥンッ!
ほむら・マミ・杏子・さやか『っ!?』
──唐突に生まれた禍々しい風に、まどか以外の四人は同じ方向を向いていた。
まどか「えっ?」
それに釣られ、まどかも。
その先には、ワルプルギスの夜の姿。
……なのだが、今までは頭を下にして飛んでいたあいつが、逆に──つまり、人型の部分を上にして飛んでいる。
奴のこんな姿は見た事が無い。
マミ「ちょ、ちょっと待って……
なによ、この魔力……?」
ワルプルギスの夜の魔力を探ったらしきマミさんが、絶望感を漂わせながら呟いた。
さやか・杏子『…………』
美樹さやかと佐倉杏子もその力に気付いたのだろう。絶句している。
ほむら(ワルプルギスの夜は……まだ、力を隠していたというの!?)
今の奴は、人型を下にして飛んでいた時とは比べものにならないほどの魔力を放っている。
ほむら(これまででさえ、とんでもない化け物だったのに……)
杏子「お、おいほむらっ! なんなんだアレ!?」
ほむら「……私にもわからない。私もあんなの、知らないわ……」
さやか「ふ、ふざけないでよっ! あんなの勝てる訳ないじゃんっ!」
確かにそうだ。全員が力を合わせても、さっきまでのあいつを撃破出来なかったのだから。
だが、こんな状況にも、私には絶望感というものがまったく無かった。
まどかとマミさんという、私にとって最高の存在のおかげで。
ほむら「……まどかの事も含めて、細かい話は後よっ! 最後の作戦を行うわ!」
マミ「えっ!?」
さやか「はあ!?」
杏子「正気かお前!?」
私の言葉に、事情を飲み込めずにオロオロしているまどか以外の三人が驚愕した。
さやか「なに言ってんのさ! みんなを連れて逃げようよっ!
あんなの無理だって!」
ほむら「それこそもう無理よ」
さやか「……!」
こうして話している間にも、私達と奴との距離はあっという間に縮まっていた。
どうやら魔力だけではなく速さも増大しているようで、それはまるで暴風そのもの。
お互いの距離・奴のスピードを考えたら、今から逃亡を試みた所でとても逃げ切れないだろう。
避難所の人達も見捨てるつもりが無いなら、尚更だ。
ほむら「……美樹さん、あなたは上条恭介を──大事な人達を守りたいのよね?」
さやか「!?
あ、当たり前じゃんっ!!」
ほむら「杏子、あなたはこの町を自分の縄張りに……
ううん。
また、この町で頑張りたいのよね?」
杏子「!
……ああ!!」
ほむら「マミさん──」
マミ「──私は、あなたについていくわ」
私にみなまで言わせずそう断言してくれたマミさんに、私は思わずほほえんでいた。
ほむら「……なら、まずはワルプルギスの夜を倒すわ!
可能性は低いかもしれないけれど、私達にはまだ出来る事があるっ!」
さやか「……どうせ逃げらんない訳だし、みんなを守る為なら……!」
杏子「諦めるのは、本当に万策尽きてからでも遅くはない、か」
……二人にも、闘志が戻ってきた。
さやか「おっしゃあ! だったらやってやるッ!!!」
杏子「万一があるかもしれねえしな。
あの化け物に目にもの見せてやろうぜッ!!!」
マミ「そうねっ!!!」
ほむら「お願いまどか、あなたも力を貸してっ! この町を、みんなを救う為に!!!」
そして、あなた自身を守る為にも!
まどか「!
うん、もちろんだよっ!!!」
ダッ!
私はまどかと笑い合うと、ワルプルギスの夜に向かって駆け出した。
みんなもそれに続いてくれるのが、背後の気配でわかる。
ほむら『……マミさん』
マミ『えっ?』
そんな中、私はテレパシーでそっとマミさんに話しかけた。
ほむら『心配しないで。
なにがあっても、私はこの世界を……あなたたちを決して見捨てないわ。
この戦いに必ず勝ち、その後にみんなでお茶でも飲みましょう』
マミ『ほむらさん……』
ほむら『だから、あなたがそのお茶を淹れてね。
もちろん、美味しいお菓子もつけて』
マミ『ええ、わかったわ!』
ほむら『そして、それからは……』
マミ『?』
ほむら『一緒に生きていきましょう』
マミ『!!!
……はい』
─────────────────────
私達五人は、ワルプルギスの夜の前の、奴の魔力で空中に浮いている崩壊した建物の上に立っていた。
ワルプルギスの夜は百メートルほど向こう。それほど距離は離れていない。
584 : ◆LeM7Ja3gH2ba[s... - 2013/09/25 23:27:03.22 EJxvqCWEo 572/705
まどか「えっと……
わたしは、マミさんが合図をしたら攻撃すれば良いんですよね?」
マミ「そうよ。
とにかく全力で、ね。それだけで良いわ」
まどか「はいっ!」
私達は、最後の作戦に急遽まどかを組み込んだ。
彼女がやる事自体は、マミさんが言った通りとても単純なもの。
それこそ、新人の魔法少女でも簡単に出来るくらいの。
最初までのワルプルギスの夜が相手で、まどかの攻撃力を持ってすれば、
彼女を軸に立ち回ればそれで奴を倒せる可能性も十分に考えられたが……
さすがにそうする為の連携に不安があるし、
そもそもこれほどまでの魔力をほとばしらせて来るあいつに、それは不可能だと判断した。
また、あと七つまで減ってしまったグリーフシードの残りを考えたら、私達はなんとしてもこの攻撃で決めたかった。
この戦いに勝利しても、穢れたソウルジェムを浄化出来なければそこで魔女化して終わってしまうからだ。
ちなみに、そのグリーフシードは役割上すべて美樹さやかに預けてある。
ほむら「さあ……行くわよ!」
私の言葉に、全員が頷く。
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!』
ほむら「──美樹さんっ!」
さやか「おっしゃあっ!」
美樹さやかは私の声に応えると、刃がワルプルギスの夜に向いて浮く三十本もの剣を、自身の体の周りに召喚した。
バッ!
そして、彼女は奴に向かって右手を勢いよく差し出すと、
さやか「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
高らかに叫んだ!
ドンッ!!!!!
それと共にすべての剣が青白く輝きながら、
中央に数メートルの空間を開けた、ドーナツ状の形でワルプルギスの夜へと飛んで行く!
杏子「次はあたしだっ、いくぞッ!」
ビュンビュンビュンッ、ジャギンッッ!!
佐倉杏子が槍を手元で三回転させ、構えた。
杏子「おおおおおっ!!!」
彼女は、その自分の得物にありったけの魔力を込めると、槍がどんどん巨大化していく!
やがて佐倉杏子は、柄が太く、長さは五メートルほどになっただろう紅く発光するそれを両手で持ち上げ……
杏子「おおおおおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」
ブンッ!
ワルプルギスの夜へと投げつけた!
タッタッタッタッタッ!
ほむら「杏子っ!」
杏子「おうっ!」
そして、後ろから走って来ていた私と並ぶように彼女も駆け出す。
ババッ!!!
それから私達は同じタイミングで跳ぶと、先程佐倉杏子が投げた巨槍の上に乗った!
ビュゥンッ!
巨槍はみるみるうちに美樹さやかの放った剣の群れに追い付き、中央の空間に入る。
カッ!
魔力の込められた武器達の光が束ねられ、
巨槍と剣の群れは、青白い輝きを放ちつつも紅い光をほとばしらせて共に飛ぶ!
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハアーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!!』
それは一瞬でワルプルギスの夜の眼前まで来、
杏子「くらいやがれクソ怪物ッッッ!!!」
ガッ!
巨槍と剣達の切っ先が奴に触れた瞬間、佐倉杏子が私の肩を掴み、二人で後ろに大きく跳んだ!
ドズンッッッッッ!
それと同時に、奴にいくつもの刃が突き刺さる!!
カチッ!
私は空中で急いで時間を止め、盾から複数の爆弾を取り出した!
これで、私がストックしていた中で、ワルプルギスの夜に通用しそうな武器はすべて。
あとは拳銃等の小物しか残っていない。
杏子「やっちまえっ!」
側に居る佐倉杏子は、私に触れている為に時間停止の影響は受けていない。
ブンッ!
私はすぐさま、取り出した爆弾達をワルプルギスの夜へ投げつけた!
……カチッ!
そのまま数秒ほど落下するに任せ、時間停止を解除!
ドガッ!! ドドドドドドドッ!!!!!
突き刺さった刃達がワルプルギスの夜の体内で弾け、それによって開いた穴の前に、私の投げた沢山の爆弾が──
ゴウッッッッッッ!!!!!
爆発する前に、
ド ガ ァ ァ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !
直径数十メートルはあろうかという黄色く超巨大な光の大砲が、爆弾達を押してワルプルギスの夜に直撃した!
守りなど他の事を完全に排除し、攻撃だけに全精力を込めた、マミさんの最大威力のティロ・フィナーレ!!!
時間停止を使わなかったり、すぐに解除をしていたらこの攻撃に巻き込まれていただろう。
ドオンッ! ドォォォォォンッ!!!
ティロ・フィナーレのおかげで押され、奴の体内に入った私の爆弾達がここで爆発し、
ギャンッ!!!
ヅ ド ァ ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! ! !
そこへさらに続けて、美しい桃色の光線がワルプルギスの夜に突き刺さった!!!
ほむら(よしっ!)
カッ……カカッ……!
奴を中心に、まどかの一撃と、まだワルプルギスの夜の体内に残っていたティロ・フィナーレの力が合わさった、
桃色と黄色の光が放射状に溢れ……
ほむら「杏子っ!!」
杏子「あたしの魔力っ、全部持ってけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
バッ!
佐倉杏子が、手の甲を外にして指先を上に向け、腰の辺りにやった両腕を頭の上まで一気に上げた!
ブゥゥゥゥンッッ!!!
それに呼応して、あいつの巨体の周りに赤色に鈍く光る魔力の壁が生まれる!
ヅッッドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!!!!!!!!
そして、黄色と桃色の輝きが大爆発を起こした!!!
ビビッ!
その未曾有の威力に、佐倉杏子の作った魔力の壁が一瞬で消滅したが……これで良い。
外に向かおうとした力が、ほんの一瞬、ほんの少しでも弾かれ・中に跳ね返される事によって、
ワルプルギスの夜に叩き込まれる破壊力は多少でも増したはずだ。
ゴウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッ!!!!!!!!!!
荒れ狂う閃光の濁流は、もがいているワルプルギスの夜を包み込んで喰らった後、
大きな光の柱となって天空へと立ち昇った!
その相貌はとても麗しく……
神々しかった。
杏子「ほむらっ!!」
ほむら「ええ!」
あとは、迫り来る爆風から逃れる為に時間停止をし、佐倉杏子とこの場から撤退して作戦は終了だ。
ほむら(やった……!)
佐倉杏子に肩を抱かれる感触を感じつつ安堵の息を吐きながら、私は時間停止を……
カチッ。
…………
しようとしたが、能力が発動しない!
ほむら「っ!」
時間切れ。
時間遡行をしてから、ひと月が経ってしまったのだ。
ゴウッ!!!!!!!!
杏子「──うわっ!!!」
ほむら「ああっ!!!」
私と佐倉杏子は、激しい爆風に呑み込まれた。
─────────────────────
マミ「ほむらさんっ!」
まどか「ほむらちゃんっ!」
ほむら「う……」
私は、立った状態でマミさんとまどかに抱かれていた。
ほむら「く……痛っ……」
まどか「だ、大丈夫?」
ほむら「う、うん。
大丈夫よ、ありがとう」
マミさんとまどかは、あの爆風に飛ばされてきた私を、受け止め・守ってくれたのだ。
マミ「ううん、気にしないで」
まどか「そうだよっ」
笑顔の二人の言葉を受けながら、私はそっと彼女達の腕の中から離れた。
……周りを見てみるが、辺りには砂塵が大量に舞っていて、ほんの数メートル先すら確認出来なかった。
しかし、どうやら爆風自体はおさまったみたいだ。
ほむら(や、やった……!)
さっきの作戦が成功したのはわかっている。
あの神々しい光の柱など、思い返すだけで鳥肌ものだ。
ほむら(やったわ! ついに、ついに勝ったんだ!)
マミ「!」
まどか「ほむらちゃんっ、その背中……!」
ほむら「えっ?」
私からは見えないが、二人によると、私の背は肌がむき出しになっていて出血しているらしい。
ほむら(どおりで背中が痛いはずだわ……)
ただ、骨が見えていたりする訳でも、動きに影響を与えるほどの痛みがある訳でもない。
治療しないとと言う二人を『深い傷ではないから』と制し、私はさっきから気になっていた事を口にした。
ほむら「ところで、美樹さんと杏子は?」
そうだ。致命傷ではないのだから、治療などより彼女達を捜す方が先だ。
マミ「……わからない……
私が確認出来たのはほむらさんだけだったし、風が止むまでは目も開けていられなかったから……」
まどか「わたしも……」
三人で周囲を見回す。
さっきよりはほんの少しだけ砂塵が晴れ、十メートルほどの周りはなんとか視認出来るようになった。
そこには、相変わらず地面に広がる浅い水と、廃墟と……
ほむら「……!」
マミ「!」
まどか「あっ!」
──七・八メートルほど先に、私達が探していた二人が、崩れた建物を背に倒れているのが見えた。
佐倉杏子が美樹さやかに覆いかぶさるような体勢で、なにやら二人ともが頭を抱えている。
……距離と砂塵の為に細かく確認は出来ないが、佐倉杏子の背も私と同じ状態になっているようだ。
ほむら「美樹さんっ、杏子!」
私達は慌てて二人に駆け寄る。
私もまどかもマミさんも、疲労困憊の上に水に足を取られて思うように前に進めないが。
さやか「や、やあ……」
杏子「おう……」
私達が美樹さやかと佐倉杏子の元にたどり着く前に、二人が立ち上がって私達に手を振った。
さやか「まどか達も無事だったかぁ。よかった……」
杏子「お、おつつ……」
笑顔ながら、彼女達はやはり頭……いや、額の辺りを押さえている。
どうやら、お互いに額を負傷しているようだ。
マミ「ど、どうしたの!? 大丈夫!?」
杏子「あ、ああ、問題無い……」
話によると、美樹さやかは私と同じく飛ばされて来た佐倉杏子を受け止めようとして、
彼女と頭と頭をぶつけてしまったようだ。
杏子「さやか、すまん……」
さやか「いや、良いって。ちゃんと受け止められなかったあたしが悪いんだし」
美樹さやかが、『ここに瓦礫があって助かった~』と笑う。
さやか「なにも無かったら、二人してもっと遠くに飛ばされてたっしょ?」
杏子「違いない」
ほむら「ふふふっ! でもよかったわ! みんな無事でっ!」
まどか「うんっ!」
……いけない。感情を抑えられない。次から次へと『嬉しさ』が溢れてくる。
杏子「へっ。そう簡単に死んでたまるかってーの!
でも……ああ、そうだな」
さやか「つかほむら喜びすぎ!
あははっ、いや、気持ちわかるけどさ!」
マミ「うふふっ。
ほむらさん、とうとうやったわね……!」
そんな私につられてか、みんなもどこかはしゃぎながら歓喜の言葉を口にする。
さやか「──って、まあ嬉しすぎる気持ちはみんな同じだろうけどさ、
詳しい話は後にしてまずはちょっと休まない?」
マミ「そうね……」
……喜びに多少感覚が麻痺しているが、よく見たら私も含めて全員肩で息をし、
膝も軽く震えていて立っているのもやっとといった具合にボロボロだ。
全精力を使い果たしたから当然だが、みんなのソウルジェムの穢れもかなりのもので、
このまま放っておくと不味いレベルに達している。
冷静に考えたら、今最優先にすべきは、他のなによりもソウルジェムの浄化や体力の回復だろう。
さやか「よっしゃ、じゃあ……」
とりあえず私達は目の前の瓦礫の上に座り、変身を解いた。
全員すぐにでもその場に座り込みたいのが本音だったが、
今の状態でもさすがに水の中に腰かけるのは抵抗があったからだ。
さやか「ちょっ! 杏子とほむら背中に怪我してんじゃん!」
杏子「ああ、そのようだな。痛い。
てかさやか、今更気付いたのかよ」
さやか「だって、爆風止んでからあんたらの背中見たの今が初めてだもん」
ほむら「……ごめんなさい杏子。
私のせいであなたにまでそんな怪我を……」
杏子「ん?
ああ、前言ってた、あんたの能力の時間切れって奴だろ? 仕方ないさ。
別に大したケガでもないし、こうして生きてんだから気にするな」
ほむら「……うん、ありがとう」
しかし確かに間近で見ると、あの爆風にまともに巻き込まれたにしては傷が浅い。
さすがに自分で自分の背中の傷具合の確認は出来ないが、痛みの度合いを考えたら私も同じなのだろう。
多分、あの時閃光が柱のように吹き上がり、威力がある程度上空に逃げた事が大きかったのだと思う。
これははっきり言って予想外だった。
あの複合攻撃は、ミーティングの時に私達(もちろんまどかを除いた)の攻撃の特性を踏まえ、
最終的な威力や周りに及ぼす影響を何度も予想したのだが……
杏子の魔力の壁の効果を含めて考えても、最後には周囲に広がる大爆発が起こるとしか予測出来なかったのだ。
ほむら(これは、まどかの一撃が加えられた事で攻撃の特性が変わったんじゃないかしら……?)
もしまどかの射撃が無かったら、
予測通りの大爆発が起こって、私も佐倉杏子も助からなかったのではないだろうか。
ほむら(あの作戦は、私に時間停止の能力がある事前提のものだった)
元々、あの爆風に呑み込まれたら、命を失う可能性もあると予測していた為だ。
ほむら(結局……
まどかを守るつもりが、守られてしまったのね)
戦局的に彼女に力を貸して貰う事自体は仕方無かったにしても、これでは逆だ。
ほむら(情けない……)
だが爆風の件もそうだが、私達の攻撃だけでは、本気になったのであろうあのワルプルギスの夜を倒す事はとても……
さやか「まどか、どうした?」
ほむら「?」
まどか「えっと……」
耳に入ってきた美樹さやかの言葉に、思考を中断して隣に座るまどかの方を見ると、
彼女はグリーフシードを右手、ソウルジェムを左手にしてなにやら考え込んでいた。
ちなみに、他のみんなはソウルジェムの浄化中だ。
まどか「あの、これ……
どうするんだっけ?」
……どうやら、まどかはソウルジェムの浄化の仕方がわからないらしい。
さやか「とっとっ、ごめんっ。
そういや使い方教えてなかったや!」
マミ「あっ……
ごめんなさい、私も気付かなかったわ」
杏子「いや、あたしもウッカリしていたよ」
ほむら「私もそうね」
美樹さやかはともかく、百戦錬磨のはずの魔法少女達が、
揃いも揃って自分の事で頭が一杯になって新人への気遣いを忘れていた……
これが、全員が本当にギリギリの所だった事を物語っていた。
さやか「いや、グリーフシード預かってて、みんなに渡したのはあたしだからね」
それは、あの一斉攻撃の際、
一番最初に役目を終える彼女がグリーフシードを一手に引き受けて大事に守っていた為だ。
さやか「いやぁ、うっかりさやかちゃん!」
美樹さやかが笑顔で頭をかきながら、まどかの側に来る。
マミ「あっ、任せて。鹿目さんには私が教えるわ」
マミさんの『先輩ぶりたい病』が発症したのだろう。彼女が、いわゆるドヤ顔で美樹さやかに言った。
さやか「ううん、ここはあたしにやらせて。
──へへへっ、あたしも人になにかを教えるってやってみたかったんだ。
これまではずっと、マミさんとかほむらに教わってばかりだったからね」
マミ「美樹さん……」
さやか「しかぁも! 初めて教える相手が親友のまどかだなんて、こいつぁ嬉しいっしょ!」
杏子「ぷっ……」
ほむら「ふふっ」
ガッツポーズをとりながら興奮した様子を見せる美樹さやかに、佐倉杏子と私が吹き出した。
杏子「まあ良いんじゃないか? 全然難しいモンでもないんだし、やらせてやれよ」
マミ「ふふっ、そうね。
じゃあ美樹さんに任せるわ」
さやか「オッケー!」
と、力強く親指を立てる美樹さやか。
やけに元気だが、そこは回復力の高い彼女だからだろう。
まどかを除いたみんなはソウルジェムの浄化が終わったが、
私も含めてまだまだ彼女ほど疲労は抜けていないようだ。
ちなみに、使用したグリーフシードはすべてが二度と使えないほどの穢れを吸ってしまったので、残りは二つ。
それは美樹さやかの胸元にでも入っているのだろう。
それが尽きる前に、絶対に人数分のグリーフシードを入手しないといけない訳だが……
予備が二つもあって、この町の魔女の出現率を考えればまあ大丈夫。
ほむら(……だいぶ気持ちが落ち着いてきたわね)
多少の時間ならば先程みたいに喜びに身を任せるのも良いが、
ここからは色々な意味で現実を見つめなければならないだろう。
ほむら(とにかく、まずは安心出来るだけのグリーフシードを集めないと)
さやか「良い、まどか? これの使い方はね……」
上機嫌の美樹さやかが、自分の使用済みグリーフシードを胸の辺りに持ってきてまどかに見せる。
まどか「う、うんっ」
それを受けて、両手を膝の上にやっていたまどかも、
ソウルジェムを左手、右手にグリーフシードを握ってその両の手を自分の胸の前にやった。
つるっ。
まどか「あっ!」
その時に勢いがつき過ぎたか力を入れ過ぎたか、はたまた疲れで握力が弱まっていたのか。
まどかの手からグリーフシードがこぼれ、瓦礫の上から落下していった。
さやか「おっと!」
それを見た美樹さやかが誰よりも速く反応して手を伸ばしたが、届かない。
取れこそしなかったが、その反応の速さを見るに彼女はもうほぼ本調子なのだろう。
カンッ、カンッカンッ、バシャッ。
グリーフシードは別の瓦礫の上に落ちて跳ね、また別の瓦礫の上に落ちて跳ね……
水に侵食された大地まで行ってようやく止まった。
さやか「む~~~っ!」
指パッチンをすると、美樹さやかが立ち上がって瓦礫から飛び降り、グリーフシードの元へと向かう。
まどか「さ、さやかちゃんゴメンっ!」
さやか「良いって事よ!」
マミ「うふふっ、美樹さんたら元気だわ」
まどか「えへへっ、それがさやかちゃんの一番良い所ですから」
杏子「違いないね。
……やれやれ、あいつのあの部分にだけは敵わねーや」
ほむら「ええ、そうね」
こんなに爽やかに気持ちになれたのはいつ以来だろうか?
みんな笑顔だ。
幸せそうだ。
まどか『キュゥべえに騙される前の、バカなわたしを……
助けてあげてくれないかな?』
……あの時の事を思うと、胸が張り裂けそうになる。
きっと、なにがあってもこれは一生変わらないだろう。
それでも……私は……
誰も、なにも、見捨てない。
ほむら(そうね。
今回、まどかに逆に守られてしまった事だって、私達の人生はまだまだ続いていくんだから……)
これから、今度こそ改めて彼女を守り続けていけば良いのだ。
ほむら(うん。
そうしながら、まどかとマミさん……みんなと生きていくんだ)
そうする事によって、あの『約束』を果たす以上の幸福な未来を迎えられると……
ほむら(私は、そう信じる)
そして、その現実を手に入れられた時こそ、あの『約束』を超えた時なのだ。
バシャッ!
美樹さやかが、グリーフシードの前までやって来た。
さやか「へっへーんっ、さやかちゃんから逃げ切る事なんて出来ないのさぁ~~~~~っ!」
マミ「うふふっ」
まどか「あははっ!」
杏子「へっ、なに言ってんだよ」
ほむら「ふふっ」
美樹さやかの、元気で楽しそうな声を聞いて全員に笑顔がこぼれる。
そして……
ジュッ!
美樹さやかの膝から上が消滅した。
─────────────────────
なにが起こったのかわからず、全員が硬直していた。
パシャッ……
美樹さやかの、膝から下だけ残された両足が力無く倒れる。
ほむら「美樹さんっ!!!」
それと同時に、硬直の解けた私は立ち上がって絶叫していた。
杏子「い、一体……」
マミ「な、なに……?」
まどか「…………えっ?」
他の三人も、唖然としながらふらふらと立ち上がる。
ほむら・マミ・杏子『!!!』
私、マミさん、佐倉杏子の三人は気付いた。
さっき、前方の遠くから『なにか』が飛んできて、その『なにか』が美樹さやかに直撃した。
そのせいだろう。前方の砂塵が晴れていた。
その先には……
ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハハハハアーーーーーーーーハハハハハハハハハハハハッッッ!!!』
ワルプルギスの夜!
マミ「あ、ああ……」
ほむら「ま、まだ……生きて……?」
なぜ……
ほむら(なぜ私はあいつの生死を確かめなかった!?)
いや、それ以前に、そんな発想すら持てていなかった。
これは完全な……そして、致命的な油断だ。
すべてのループも含め、過去のどれもが足元にも及ばない最高の攻撃を放て、
その後にみんなとすぐに合流出来た。
その上、今まで気絶でもしていたのだろうか。ワルプルギスの夜の気配をまったく感じず、
砂塵の影響で姿を確認する事も出来ない状況でもあり……
そんな様々な要因が重なって、私はすべてをやり切り、戦いが終わった──そんな気持ちになっていたのだ。
浮かれていた。
ほむら(なにかが……なにか一つでも違っていたら、こんな油断などしなかったかもしれないのにっ!
誰かがワルプルギスの夜を倒せたかどうか、疑問に思ってくれていたら、こんな……っ!)
……これは、幼稚なただの言い訳だった。
ワルプルギスの夜と今回初めて戦ったみんなには、なんの落ち度も無い。
誰よりもあいつの脅威を知っている私が、しっかりしていないといけなかったのだ。
せめて、魔力の波動を調べるとか……私に些細な事が一つでも出来てさえいれば、
こんな事にはなっていなかったはずなのだから。
しかし、完全に錯乱していた私は、他のせいにせずにはいられなかった。そうしないと耐えられなかった。
ほむら(美樹さんっ……!)
彼女は、自分のソウルジェムを手に持っていた。
両足の半分しか残っていない以上、そんな彼女が生きている事はありえない。
まどか「さやかちゃんッッッッッ!!!!!!」
ほむら「!」
突如叫び声を上げたまどかが、私が静止する間も無く美樹さやかの亡骸へと走り出した。
ほむら「まどかっ!」
マミ「鹿目さん!」
ゴウッ!!!
ほむら・マミ・杏子『っ!?』
私とマミさんはまどかを追いかけようとしたが、そこへワルプルギスの夜の攻撃の第二波が来た!
ガガンッ!!!
それは誰にも直撃こそしなかったものの、足元の瓦礫を破壊して私達を地面へと落とす!
ほむら「くっ……」
バランスを崩して倒れ込んだ私はすぐに立ち上がったが……
ほむら「──!」
マミ「ぐ……うぅっ!」
隣に、腹に大きな瓦礫の破片が突き刺さり、右手首から先を失ったマミさんが倒れていた。
ほむら「マ、マミさ……」
杏子「ふざけんじゃねぇッッッッッッッ!!!!!!!!」
私の言葉を遮って絶叫が響き渡った。
ほむら「!?」
その声の主は、再び魔法少女に変身し、右手で槍を構える佐倉杏子。
ほむら「……!」
彼女は、左手にソウルジェムを持っていた。
胸元についていた、自身のそれを引きちぎりでもしたのだろうか……?
ほむら(ま、まさか……)
その構えは!
杏子「さやかを殺して、マミまでこんな目に合わせやがって!!
くそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
ドンッッッ!!!!!!
ほむら「杏子っ、ダメぇぇぇぇぇっ!!!」
彼女はソウルジェムを投げ、それに槍の切っ先を当てると、そのままワルプルギスの夜へと突撃していった!
杏子「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!」
これは、命そのものを力として特攻し、自爆をする佐倉杏子の最後の切り札……!
カッ!
ほむら「!」
しかし、彼女の命を捨てた特攻がワルプルギスの夜に届く事はなく……
ジュッ!!!
佐倉杏子は、奴の放った闇色の炎に呑み込まれた。
ほむら「きょ……」
……その炎が消えた後には、なにも残ってはいなかった。
ほむら「杏子ッ!!!」
私の悲鳴も虚しく、炎はそのまま空を伸びていき……
ゴァァァァァァァァッ! ドォォォンッッッ!!!
遠くで、激しく爆発・炎上した!
ほむら「……!」
この方向は……まさか。
愕然とそちらを向いた私の、魔力で視力の高められた瞳に映ったのは……
完全に崩壊し、燃えさかる、つい今の今まで避難所だった建物の姿。
ほむら「あ、あ、あぁ……あ……」
まどか「ぅ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
まどかが、苦しげな叫び声を上げた。
ほむら「まどかっ!?」
彼女は、美樹さやかの亡骸の前に膝をつき、両手で頭を抱えていた。
まどか「ど、どうして……?
なんでこんな事に……!
頭、頭が……さやかちゃ……」
ほむら「!」
まどかの傍に転がる、彼女のソウルジェムが真っ黒になっていた。
そうだ。まどかはまだソウルジェムを浄化していない!
ほむら「まどかっ!!!」
タッ!
私は焦り、まどかへ向かって駆け出そうとした。
まどか「ほむら、ちゃ……たっ、助け……」
……だが、私はまどかの元にたどり着く事は出来なかった。
ゴウッ!!!
ほむら「!」
彼女を中心にして生まれた激しい烈風に、私と、私の足元に倒れているマミさんが吹き飛ばされた。
ほむら「まどかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
必死に手を伸ばすが、もちろんそれは届くはずもなく。
カッ!!!
ほむら「!」
私の視界の端で、ワルプルギスの夜が発光したのが映った。
奴の放った漆黒のビームが伸びてくる。
ほむら「あ……」
この軌道だと、私とマミさんに直撃するだろう。
風に飛ばされているので回避行動など取れないし、そもそも私には、もはやそんなものを取るつもりもなかった。
ほむら(もう……良いや)
そして、闇色に輝くそれが私とマミさんに迫り……
─────────────────────
ずっと、夢みていた。
まどか「ほむらちゃ~~~んっ!」
まどかが居て、
さやか「おぅほむらっ、一緒に学校行こうぜっ!」
美樹さんが居て、
仁美「うふふっ」
志筑さんも居て、
マミ「あら、みんな揃って。
おはよう」
マミさんも居て、
まどか「あっ、マミさんだ♪」
さやか「へっへ~! ほむらかわいすぎ抱きついちまえっ!」
仁美「あらっ!///」
まどか「や、やめたげてよぉ。
ほむらちゃん、真っ赤になってるよ???」
さやか「じゃあまどかに抱きついちまえーーーっ!」
まどか「きゃっ!///」
仁美「まあっ!!///」
マミ「あらあら、うふふっ」
さやか「へへへっ、かわゆいヤツめぇぇぇっ!」
杏子「何だなんだ、朝っぱらから元気だな」
杏子も居て。
マミ「まあっ、また朝からそんなものばっかり食べて!
ちゃんと栄養のあるもの食べないと駄目よ?」
杏子「う、うるせーな。良いだろ別にっ」
さやか「相変わらず仲良いねえお二人さんっ」
杏子「どこがだっ!」
仁美「ああ、幸せですわ……」
みんな、居て。
……もちろん、私の願いはずっと、『まどかを救う事』だった。
それをずっと第一に考えて幾多の時間軸を巡って来た。
でも、『他の人を犠牲にしてまで』などとは一度も望んだ事はない。
いや、初めは『たとえそうしてでも』という決意もあったかもしれないが、
気の狂いそうな残酷な悪夢を繰り返すうち、それだけは薄れていった。
その中でも、まどかの為にマミさん達を切り捨てた事はあったが、それは仕方なくだ。
本当は、まどかとの『約束』を果たした上で全員で生きていきたかった。
生きていきたかった……のに。
まどか「ほむらちゃんっ!」
さやか「ほーむらっ!」
仁美「ほむらさんっ」
杏子「ほむらっ!」
マミ「ほむらさん」
もう少しで、それは叶ったはずだったのに。
初めに願っていたものよりも、もっともっと嬉しい最高の形で。
でも、確かに掴みかけていた最高の未来は、あと一歩の所で掌から零れ落ちて、
ほむら「マミさん……」
もはやどうやってもたどり着けない場所に消えてしまった……
ほむら「まどか……」
そう、これはもう一つの結末。
……………………
…………
ほむら「マミさん……」
私は泣きながら、うっすらと水に覆われた大地に倒れるマミさんを見つめていた。
ほむら「どうして? どうして私なんかを……」
彼女は、体の大半を失っていた。
……ワルプルギスの夜の攻撃が、私とマミさんを呑み込む前。
魔法少女に変身した彼女は、残っていた左手だけで私を抱え上げてから全力で投げ、
私を攻撃の射程範囲内から脱出させた。
それによって私は無傷で済んだのだが……
私を投げた反動で多少軌道上から逸れはしたものの、マミさんは奴の攻撃から回避出来なかった。
そして……
頭、わずかな肉と骨で辛うじて繋がっている肩口と、
そこから伸びる左手しか残らない体になってしまった。
甲を上にしたその手も、様子を見るともう動かせないに違いない。
マミ「ふふっ……」
マミさんのソウルジェムは、彼女は変身した状態だと髪飾りに装着される為に無事ではあった。
しかし、もう魔法少女の姿を維持出来る魔力すら残っていないのだろう。
変身が解けている為に、彼女の頭の横に落ちているマミさんのソウルジェムは酷く穢れていた。
ほむら「どうして私なんかを助けたのよぉ……」
私は魔法少女に変身し、さっきから魔力を使って必死に治療をしようとしているが……まったく効果が見られない。
当たり前だ。
私は、時間停止という魔法少女の中でも特殊な能力を持っている代わりに、魔力そのものは決して強くない。
まして、美樹さやかのように『癒し』の力に特化してなどいないのだ。
マミ「もう……やめ……て」
ほむら「えっ?」
マミ「治療なんか……いらな、いっ……」
ほむら「ど、どうして!? このままじゃ……!」
もはや私も、そして恐らくマミさん自身も……
彼女は助からないと悟っていた。
マミさんの怪我の状態や私の力もあるが、なによりも、私のソウルジェムの穢れも深刻だからだ。
これでは、たとえ私に彼女を回復させる力があったとしても、救う前に力尽きて魔女になってしまうだろう。
ソウルジェムはさっき浄化したばかりだが、今の私は心のほとんどを絶望に支配されていた。
美樹さやかと佐倉杏子を失い、避難所は崩壊した。
そしてまどかは……
つい先程、彼女が居た辺りであまりに強大な魔女が生まれたのを見た。
……こんな状況では、私にはもうなんの希望も持てなかった。
それでもなんとか魔女にならずにこうして居られるのは、
かろうじてだとしても、マミさんが生きて目の前に居るから。
彼女の魔女化は止められないだろう。
いっそ、このまま魔力を使い切ってマミさんと一緒に魔女になってしまおう──私は、そんな風に思っていたのだ。
マミ「そ……うね。このままだと、助からない」
ほむら「そうよっ! そんなの……」
マミ「──あなたも、ね……
それをわかって、いながら……無理に私を……助けるようとするなんて、許さ、ないわ……」
ほむら「……!」
マミ「馬鹿ね。愛している人の考えて……いる事、くらいわかるわよ」
マミさんは、かさついた唇を笑みの形に歪めた。
ほむら「マミ、さん……」
マミ「私はあなたを救いたくて……救えた、のに……
自、殺みたいな事されたら……たまらないわ」
ほむら「ふざけないでよっ!
まどかも美樹さんも杏子も、志筑さんもクラスのみんなも失ってっ、その上あなたまで……!
大事な人達をみんな失っても、私一人で生きていけって言うの!?」
マミ「そうよ」
ほむら「そ、そんな……」
マミ「だって……」
──私は、あなたに生きていて欲しいと思うから──
マミさんが、そう呟いた。
マミ「ほむらさんは、今なら……時間を遡れるんでしょ……?」
確かに、この世界に来てからひと月の時間が経った事で時間停止が使えなくなった分、
『制約』は解けて時間遡行は可能になったが……
ほむら「嫌だっ! もう嫌よ!
もうまっぴら! こんな現実耐えられないっ!!」
いくらやり直せても、もはや私は限界だった。
ほむら「だからもう死ぬの! 私もこの世界でみんなと一緒に死ぬ!
それか、魔女になるっ! そしてすべてを壊してやる! 全部無茶苦茶にしてやるんだッ!!」
マミ「馬鹿っ!!!」
ほむら「!?」
マミさんの叫び声に、私は押し黙った。
かなり無茶をしたのだろう、彼女は激しく咳き込んだ。
ほむら「マ、マミさんっ!」
マミ「あなた……にはっ、鹿目さんとした、大切な『約束』があるでしょっ……!」
ほむら「!」
マミ「そして、あなたにはまだっ、それを果たせるだけの力……が、あ、あるっ!」
ほむら「……まどか」
そうだ。私は、なんとしてもその約束を果たすと、まどかと……
ほむら「……でも、もう駄目よ」
マミ「えっ?」
ほむら「私のソウルジェムも、こんなに穢れちゃったもの」
私は、自分の左手の甲にあるソウルジェムをマミさんに見せた。
ほむら「こんな状態だと、時間遡行をした瞬間に魔女になっちゃう」
嘘ではなかった。
ほむら「だから、ね?
もうすべては終わったのよ……」
私は呪いの言葉を吐き出すように言うと、両手を地面について大きくうな垂れた。
パアァ……
ほむら「…………えっ?」
ふと生まれた違和感に顔を上げてみると、マミさんが左手に持ったグリーフシードを私のソウルジェムに当てていた。
ほむら「なっ!?」
ブチッ……
マミ「ぁぐっ!」
ほむら「!」
パシャッ。
私のソウルジェムを浄化し終えたのとほぼ同時に、マミさんの左腕が千切れた。
ただでさえ、わずかな肉と骨でなんとか繋がっていた状態だったのだ。
恐らく、最後に残された魔力で無理をしたのだろう。
ほむら「マ、マミさんっ!」
マミ「う、うふふっ……
今のは、鹿目さんが結局使えなかった……最後に残っていたグリーフシード」
まどかが魔女になる時の烈風で、彼女の足元にあったグリーフシードも飛ばされてきたのだという。
それを、マミさんは手にしていたのだ。
ほむら「そんな物があったなら……自分に使えばよかったのに……」
マミ「私に使っても、こんな状態、じゃあ私は……結局助からな、かったわよ。
それに、そんな事したら……あなたを救えないじゃない……?」
ほむら「マミさん……」
マミ「……ねえ、ほむらさん。
私とも『約束』……してくれる? 頼みたい事があるの……」
ほむら「や、くそく……?」
マミ「うん……」
マミさんは、しっかりと私の目を見据えて言う。
マミ「これから先、なにがあっても……
この世界での事より、たとえもっと辛い目にあった、としても……
決して諦めないで」
ほむら「!」
マミ「絶対に諦めずに負け、ずに……生き抜いて……
鹿目さんとの『約束』を果たして」
──あなたが、ずっとずっと目指してきたその『約束』を──
ほむら「……うん、うんっ! わかった!
私はもう弱音なんか吐かない! 絶対に負けないっ!」
マミ「よ……かった」
マミさんの瞳に映る死の色が、濃くなった。
マミ「も、もう一つ……お願いして良い……?」
ほむら「うんっ、なんでも言って! なんでもするっ!」
マミ「ん……
あのね、私のソウルジェムをっ、く、砕いて欲しいの……」
ほむら「!?」
そ、それは……!
マミ「私、魔女になんかなりたくない……」
ほむら「あ……」
そんな、そんなっ!
ほむら「そ、それだけは嫌だっ! やだッッ!!!」
マミ「──っぐぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
ほむら「!」
マミさんが、かつてないほど苦しみだした。
彼女の頭の横にあるソウルジェムが、昏く輝き始める。
魔女化が……近いのだ。
マミ「あぐっ、あぐぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ほむら「マミさんっ!」
マミ「せ、せめて……あなたの手、で……っ! お願……!」
マミさんは、苦悶の表情で私に懇願する。
マミ「お、おね……」
もはや一刻の猶予も無い。
ほむら「~~~~~~~~~っ!」
……私は、血が溢れるほど唇を噛み締めながら、盾から拳銃を取り出した。
また、また私は。
ほむら「ぐ……ぐぅぅっ!」
また私は、大切な人をこの手で……!!
ほむら「ゔ ゔ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
ドンッ!
……………………
………………
…………
……
─────────────────────
キュゥべえ「やあ、暁美ほむら」
ほむら「…………」
私にとって、この世界のすべてが終わってしまった後にキュゥべえが現れた。
声からすると背後に居るようだが、私はいちいち振り向かない。
キュゥべえ「鹿目まどかはやっぱり凄いね。
魔女になった彼女は、ワルプルギスの夜を一撃で倒してしまったよ。
本気を出したあの怪物を……
予想出来てはいたんだが、間近で見たらさすがに驚いた」
ほむら「……れ」
キュゥべえ「今の彼女なら、十日かそこいらでこの星を滅ぼしてしまうだろう」
ほむら「……まれ」
キュゥべえ「まあ、マミや美樹さやか、佐倉杏子が魔女にならなかったのは残念だけど……
鹿目まどかのおかげでエネルギー回収ノルマは概ね達成出来たし、よしとしようか」
ほむら「だ……まれ」
キュゥべえ「ところで、君はこれからどうするのかな?
また時を巡るのかい?」
ほむら「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
ドウンッ!
私は振り向きざまに銃を発砲し、キュゥべえを撃ち殺した。
キュゥべえ「──やれやれ、そんな事をしても無駄だってわかって……」
ほむら「死ねッ!!!」
ドウンッ!
別の体で再び現れたキュゥべえを、また殺す。
ほむら「死ねっ! 死ねっ!! 死ねぇぇぇぇぇ死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!」
もはや姿を見せるまで待たない。気配を感じた方向へ、私はただただ発砲を続けた。
ほむら「そもそもはっ、そもそもはお前さえ居なければっ! お前さえ居なければぁぁっ!!!
ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!
ぅ あ ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ッ ッ ッ ! ! ! ! !」
……………………
…………
ほむら「はぁっ、はぁっ……」
残っていた銃もほとんど無くなって、激しい疲労に私がへたり込んだ頃。
もはやなんの気配も現れなくなっていた。
あいつは、これ以上私の前に姿を見せようとしても無駄だと悟ったのだろう。
ほむら「…………」
私はふらつきながら立ち上がると、マミさんの前まで来た。
彼女のはるか向こうには、ワルプルギスの夜をも遥かに凌ぐ大きさの黒い影が見える。
まどかだ。
ほむら「……まどか」
私はそっと膝をつく。
ほむら「……マミさん、私行くね」
そしてそっと語りかけると、私は彼女を持ち上げた。
……………………
──マミさんとの最後のキスは、冷たい死の味がした。
その後、私は彼女を優しく地面に置くと、
ほむら「……こんな物しかないけれど」
彼女に私のヘアバンドをつけた。
ほむら「…………」
私は最後に一言だけ囁いて立ち上がると、ゆっくりと……
カシャン。
左手の盾を回した。
……………………
…………
歪んだ時空を、私は行く。
ほむら「…………」
ここを抜けた先に、『マミさん』は居ない。
ほむら(……ううん)
もはや、どの時間軸にも居ない。
『巴さん』や、『巴マミ』は居るだろう。
でも……
私が恋心を抱き、身も心も深く深く愛し合った『マミさん』は、もうどの世界にも存在しないのだ。
ほむら(マミさん……みんな……)
未だに心にまとわりつく……
それは、もう一つの結末。
目の前まで来ていた、それに対する未練が無いなどありえない。
しかし、私はその未練すら断ち切ってみせる。
マミさんと『約束』したから。
そして必ず、まどかとの『約束』も果たす。
ほむら(負けるものか……!)
あの世界で新たに出来た、大きな道しるべは失ってしまった。
でも、私にはまだまどかという存在が、唯一無二の道しるべが在ってくれる。
ほむら(マミさんとの想い出と……)
その道しるべがあれば、私はまだ頑張れる。
……そうだ。今回の事だって、経験としてちゃんといかさないと駄目だ。
そうでないと、マミさん達に失礼になる。
例えば、ワルプルギスの夜との戦いで使用した、タンクローリーを使った作戦。
あれは初めて行ったのだが、よかった。
もし次の決戦の時に四人揃わなくても、そこは臨機応変に上手く応用すれば、
ワルプルギスの夜戦に常に組み込んでも良いレベルの作戦だと思う。
ほむら(……もっと冷静に、冷徹にならないといけない)
思えば、みんな全員で幸せに、などという考えが甘すぎたのだろう。
もっともっとまどかの事を、まどかだけを考えて動くべきだった。
そうしなかったから、また失敗したのだ。
『いいえ、違うわ』
そうしないと、まどかを救えないのだ。
『あなたの真情こそが、正しいの』
ほむら(どれだけ苦しくても、やらないと……)
頭に響く、愛する人の幻聴を振り払って私は強く思う。
美樹さやかにも、佐倉杏子にも……
ほむら(『巴マミ』にも)
もう、情は一切持たない。
……本当は、私にはそんな事は出来ないのはわかっていた。
過去すべての時間軸での事もあるが、自分の本心なんて誤魔化しきれるものではないから。
でも、やらないといけないのだ。やるしかないのだ。
『大丈夫。心配はいらないわ』
ほむら(今度は、そんな自分の『弱さ』にも打ち勝ってみせる)
『あなたは、自分のその『優しさ』を信じて、失わなければいつか必ず……』
シュゥゥゥゥゥ……
出口が見えてきた。
それはつまり、新しい世界への入り口でもある。
これから先、私はもう恋はしない。
ほむら(……ありがとう)
私の愛した人。
そして……
ほむら「さようなら。
……『マミさん』」
完。
659 : ◆LeM7Ja3gH2ba[s... - 2013/09/26 01:44:36.16 F1c3OBR8o 647/705以上です。
皆様、ここまでお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。
最後に、もう一つ簡単なおまけを来週辺りに投下します。
……と、このSSがこれで完結、というのは間違い無いのですが……
どうやら、その最後に投下するおまけ、ただのおまけではなくてこのSSの真のエンディングみたいになりそうです。
よろしければご期待下さいませ。
それではお休みなさい。
670 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/10/01 23:33:08.15 2TZkmEYco 648/705何が言いたいの?
つまりこの時間軸は何なの?
わかりやすく説明してよ
671 : ◆LeM7Ja3gH2ba[s... - 2013/10/02 21:52:47.69 ntvxJi8Zo 649/705>>670
このSSは、ほむらが原作の世界にたどり着くよりも前に訪れた、とある時間軸でのお話です。
それではおまけを投下します。
マミさんがあの時にどう思っていたのか、そして……という内容です。
これはスレタイのSSの真のエンディング的な立ち位置ではありますが、
別SSという扱いでもあるので改めてタイトルから始めますね。
【マミ「これが、私の結末」】に続きます。
こういうマミほむもありだと思う。