1 : ◆LeM7Ja3gH2ba[] - 2013/09/11 17:01:41.58 CqqKe4Aqo 1/705まどマギSSですよ。
表紙的なアレを置いておきますね。
http://myup.jp/6yEHWcGK
このイラストを見て嫌な予感をされた方はバックして下さいませ。
元スレ
ほむら「それは、もう一つの結末」 完結編
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1378886501/
そう、これはもう一つの結末。
─────────────────────
?????「っ!」
ドゥンッ!
ぐちゃっ……
ほむら「…………」
とりあえずは、よし……
タッ。
私は始末した『それ』に冷めた視線を向けると、そのまま歩き出した。
ほむら(放っておいても、『新しい』あいつがあの死体を片付けるでしょう)
それを知っているから、『それ』を自分で処理したりはしない。
今は夜で、ここは公園。
周りには私以外に誰も居ない。
ほむら(さて、次は……)
──あの子に忠告をしなければ。
……意味は無いかもしれないけれど……──
バッ!
私は跳び、公園を後にした。
─────────────────────
私は、同じひと月を幾度となく繰り返している。
その数の分だけ、絶望を味わいながら。
でも、私は決して希望を捨てたりしない。
『大切な友達』と約束したから。
今の私には、その約束を果たせるだけの力がある──そう信じているから。
どれだけ悲しい別れを繰り返しても、身も心も引き裂かれても。
私は行く。歩き続ける。
幸せな結末をこの手にするまで。
─────────────────────
ほむら「!」
木の上・建物の上を跳び移りながら移動し、目的の場所まであと少しという所で、私の顔に影が射した。
見上げると、夜の空で満月を背に跳躍する、美しい人……
抑揚のついた、スタイルの良い四肢。縦ロールにされた綺麗な金髪。
月明かりに照らされる中、淡く輝く髪飾り……
逆光の為に顔は見えないが、私にはそれが誰なのか一瞬でわかった。
ほむら「…………」
スタッ。
私は手近なビルの屋上に降り立ち、『彼女』もここへやって来るのを待つ。
トッ……
??「やっぱりあなたも魔法少女なのね」
優雅に着地をしながら、彼女は笑顔で言った。
──巴マミ。
私の憧れの人。
─────────────────────
ほむら「…………」
マミ「驚かせてしまったかしら?」
──ああ。
ほむら「いいえ、そんな事は無いわ」
ああ、巴さんなんだなって思う。
随分久しぶりに会うような気がするのは、彼女は前の時間軸でも早い段階で死んでしまったからだろうか。
まあ、新しい世界で知った顔と再開(その人達にとっては初対面だが)すれば、
大体こんな気持ちになるのだけれど。
ほむら「……あなたはこの町の魔法少女ね?」
『魔法少女』──超人的な能力を持ち、『魔女』と呼ばれる存在と戦う呪われた少女。
彼女達は各々が違う色の『ソウルジェム』という宝石を持ち、これを命としている。
ソウルジェムは普段は卵のような形をしているが、魔法少女形態ではその姿を変える。
たとえば、私のものは左手の甲に一体化するように組み込まれ、巴さんは右側頭部につけている髪飾りがそれだ。
ほむら(……これまでのループでは、こんなに早く巴さんと出会う前列は無い)
マミ「そうよ。
巴マミっていうの。よろしくね」
月明かりの下のそのほほえみはとても可憐なのだけれど、
安易にこちらに近づいて来ないのは、私が敵か味方かわからないからだろう。
そこは百戦錬磨の巴さん。見知らぬ相手に安易に心を許さないのは当然の事だ。
ほむら「……暁美ほむらよ。
よろしく」
私は、自分から巴さんへ歩み寄って右手を差し出した。
マミ「……こちらこそ」
ほんの一瞬だけ躊躇した様子を見せたが、彼女は私の手を取ってくれた。
マミ「──それで、あなたはどうしてこの町に?」
その手を離したここで初めて──彼女が内に隠していた、私への警戒の色がうっすらと表情に現れた。
いや、わざと表に出したのだろう。
『あなたが良からぬ考えを持っていたら、容赦しないわよ』という牽制の為に。
それともう一つ──何か別の感情が見えたような気がしたのだが、今の私にはそれが何かはわからなかった。
ほむら「それは言えないわ」
マミ「…………」
ほむら「といっても、心配しないで。
私はあなたと敵対するつもりは無い。
──私の邪魔をしなければ」
マミ「じゃあ、あなたの邪魔をしたら、暁美さんは私の敵になるのね?」
穏やかな口調ながら、どこか迫力を込めて彼女は言った。
ほむら「そうね」
マミ「けど、目的を話せないのに『心配しないで』って言われてもねぇ……」
確かにその通りだ。
しかし、だからと言ってそれを話す訳にはいかない。
ここは冷静に、かつ適当に誤魔化すのが最善だろう。
──でも……
トクントクン。
ほむら「信じないでしょう?」
マミ「えっ?」
トクントクントクン。
自分の心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。
……いけない。私はなにを言っているのだ。
こんなに早く知った顔と出会った事で浮かれているのかしら。
それとも、過去に無い展開だから期待しているの?
──……良いわね──
ほむら「──いえ、何でも無いわ」
私は呟くと、巴さんに背を向けた。
──……その『期待』に、期待してみようかしら──
ほむら「ただ、一つ」
マミ「?」
ほむら「これからなにがあっても、どんな事が起こっても。
誰に対しても、絶対。
魔法少女になる事を頼んだりしないで」
マミ「えっ?」
バッ。
それだけ言い残すと、私はビルの屋上から跳び立った。
─────────────────────
その後、私はとある家の庭に行き、窓越しから中に居るだろう少女へと声をかけた。
ほむら「まどか」
まどか『えっ……?』
窓の向こうから聞こえる、儚げで繊細な声。
鹿目まどか。
私は、あなたを魔法少女にしない為に。救う為に。
何度でも同じ時を繰り返す。
約束、したものね。
どれだけ悲惨な目に合おうと、決して諦めないわ。
……………………
…………
こうしてまた、このひと月が始まる。
今度こそ……上手くいきますように。
─────────────────────
数日後、学校の教室。
私はこの間、ここへ転校して来たのだ。
先生「じゃあこの問題を……
暁美さん、やってみて」
ほむら「はい」
私は、席を立って黒板の前まで行き、答えを書く。
この日付のこの場所で、この問題を解くのは何回目だろうか。
もはやこうして別の事を考えていても、手が勝手に答えを書いてくれる。
ほむら(まどか……)
黒板の前で腕を動かす私の後ろには、もちろんクラスメート達と──まどかが居る。
彼女との約束──
まどか『キュゥべえに騙される前の、バカなわたしを……
助けてあげてくれないかな?』
今も決して忘れられない、あの時の彼女の表情、声……すべて。
この約束を果たすには、『キュゥべえ』──この間夜の公園で一時的に倒したあいつの思惑を防がなければならない。
……………………
…………
『キュゥべえ』──正式名称は『インキュベーター』。
宇宙の存続の為に必要なエネルギーを回収する目的で、この星にやって来た地球外生命体。
それは、第二次性徴期の少女の激しく揺れる感情エネルギー……
それも、『魔法少女』になった少女が破滅する瞬間に生まれるエネルギーを摂取するのが一番効率が良いらしい。
その為に、こいつはどんな願いでも一つだけ叶えるのと引き換えに、相手を魔法少女にする。
未来に、呪いと絶望しか待っていない魔法少女へと。
キュゥべえは過去に数えきれないほどの少女達を利用し、破滅させてきた。
そして、まどかも……
私はこいつを決して許さない。
お前の思い通りにはさせない。
──絶対に。
……………………
…………
ほむら「……出来ました」
先生「正解!」
『おぉ~~~~~~~っ!』
教室で起こる歓声。
しかし私はそんな物に気を取られる事はなく、まどかをじっと見つめていた。
まどか「……?」
きょとんとした優しい笑顔。
ほむら(失いたくない)
守りたい。
その為にはキュゥべえの件だけではなく、
やがてこの町に現れる『ワルプルギスの夜』と呼ばれる超弩級の魔女を倒さなくてはならない。
どちらか片方だけでも恐ろしい相手だ。
私は、こいつらに一度も『勝てた』事はない。
正直言って、不安や恐怖は常に付き纏っている。
しかし、彼女の顔を見る度に、揺らぐ心は持ち直す。
ほむら(まどか)
誰よりもなによりも大切な、私の『最高の友達』……
─────────────────────
放課後。
魔法少女に変身した私は、とあるショッピングモールの、まったく使われていない薄暗いフロアに来ていた。
ここ数日間の流れを考えるに、この日、この時間。ここをキュゥべえが通るからだ。
まどかと会う為に。
これを放っておけば、確実に彼女は魔法少女の事を知る。
そのまま、まどかが魔法少女になってしまう最悪のケースすらあった。
ほむら(冗談じゃないわ)
まどかがキュゥべえと出会う事すら許したくない。
……過去同じ展開で、それが成功した例は無いが。
タタタッ。
──来た。キュゥべえだ。
四足歩行で白い体。
ぱっと見は猫や兎のようにも見えるが、顔立ちや、
普通の猫や犬のものと似ている耳からさらに生えている第二の耳を考えると、
この地球上のどの生き物とも違うのがわかる。
スタッ。
キュゥべえ「!」
人の気配の無い、まるで廃墟のようなこのフロアを走るキュゥべえの前に、私は降り立った。
キュゥべえ「君は……!」
ほむら「…………」
私の姿を見て、表情は変わらないながらも驚愕の声を出すキュゥべえだが、私は聞いていない。
スチャッ。
キュゥべえ「!」
ドウンッ!
左手の盾から取り出した大口径の銃を撃ち、私はキュゥべえの頭を弾けさせた。
普通なら即死だろう。
いや、あの夜の公園の時と同じく、今この時あいつは間違いなく死んだ。
あの『肉体』は。
タッ……
しかし、近くから生まれる別の気配。
そちらを向くと、逃亡を図るキュゥべえの姿。
私の銃から逃れた訳ではない。
あいつは、たとえ一つの肉体を滅ぼしてもすぐに別の体で復活するのだ。
その様は、不死身と言っても良いのだろう。
ほむら「逃がさない……!」
私は、あいつの後ろ姿が見えた方へと走り出した。
─────────────────────
ほむら「…………」
私は、キュゥべえになかなか追いつけないどころか、その姿を見失ってしまっていた。
ここがそれなりに広い事に加え、
あいつの体が小さい為に、人では通れない場所を軽々と通り抜けて行くからだ。
──タッ!
見付けた!
しかし、こうも動き回っている小柄な相手には、私のメインの攻撃手段である銃はあまり有効ではない。
もう一つ爆弾等もあるが、そんな物を建物の中で使う訳にはいかないだろう。
ならば──
カッ!
私が自分の力を使うと、辺りのすべてが硬直した。
そう、これが私──魔法少女・暁美ほむらの能力、時間操作。
私はこうやって時間を止める事が出来る。
……とある『制約』はあるが、いざとなれば時を遡る事も。
これこそが、私が同じ時間を繰り返す事が出来る理由だ。
ほむら「…………」
ドゥンドゥンッ!
私は動きの止まったキュゥべえに近寄ると、その体に銃を付けて何発か接射をした。
そして数歩離れ、時間の流れを戻す。
バゥンッ!
それと当時に、キュゥべえの肉体が破裂した。
……まだこれで終わりじゃない。
ここまでは毎回同じ方向、かつ同じタイミングで姿を見せていたのだが、
次は経験上とある六ヶ所のどこかから現れる。
ほむら(どこ……?)
この展開になった場合は、毎回ここで止められずに出会ってしまうのだ。
まどかとキュゥべえが。
ほむら(そうはさせるものか。
今度こそ……!)
タッ!
──来た! あそこか!
その気配を察知したと同時に、私はそちらへと銃を向ける。
そこには、跳ぶキュゥべえの後ろ姿と──
ほむら「……っ!?」
飛び付いたあいつを抱きかかえ、構えを取る巴さんが居た。
バッ!
すんでの所で発砲を止めた私に、巴さんのリボンが襲いかかる。
前述の動きで一瞬体が硬直してしまったのと、彼女の見事な狙いによって、私はそれを避ける事が出来なかった。
ガシッ!
ほむら「くっ……!」
いくつものリボンが私を拘束する。
キュゥべえ「助かったよ、マミ」
マミ「いいえ。間に合ってよかったわ」
ギギッ。
私はリボンから逃れようともがくが、その度に拘束はきつくなる。
マミ「あなたは……この間の?」
私の顔を確認したのだろう彼女が、こちらに近寄って来つつ驚いたように言った。
キュゥべえ「知り合いなのかい?」
マミ「ええ。
──と言っても、ほんの一度会っただけだけど」
ほむら「…………」
マミ「……どういう事かしら?
前話していたあなたの『目的』って、こういう事?」
ほむら「……何の話?」
マミ「とぼけないで。
あなたの目的はキュゥべえの命なの?」
ほむら「…………」
マミ「どうして黙っているのかしら?」
これまでの時間軸では、キュゥべえの正体・私の目的をどれだけ話しても、誰にも決して信じて貰えなかった。
それどころか、余計な争いを生むだけの結果にすらなった。
ならば、いちいちこちらの事を説明する必要もつもりも無い。
ほむら「……想像に任せるわ」
マミ「……そう。
まあ良いわ。今回は──」
巴さんの言葉を遮って。
ヴゥゥン……
マミ・ほむら『!』
キュゥべえ「これは……」
周囲の景色が変わった。
ただ単に薄暗かっただけの周りはどこか歪んで昏くなり──
そのあちらこちらに、棒に刺されて王冠の貼り付けられた、立体感の無いちょうちょの絵みたいななにか、
眼が描かれた切り絵のような物がぶら下がっている木……といった異質な存在が在る。
『♪ ♪ ♪♪♪』
そんな中を、極薄の羽と黒い髭を生やした、小さく黄色い物体。
綿菓子のような体に、同じく黒い髭を生やした不思議な生き物──
魔女の使い魔(手下)達が、無数に蠢いている。
魔女が生み出した『結界』だ。
魔女という存在は、現れる時に『結界』と呼ばれる空間を生み出す。
結界内の様子は魔女によってガラリと変わるが、
人間の目にはどれも異質で、非現実的な異世界に感じる所は共通している。
ほむら(……そういえば、こんな奴も居たわね)
ちなみに、現れた魔女は周囲の適当な人間に『魔女の口づけ』と形容される刻印をして、
そのターゲットにされてしまった人に自殺等、自らを滅ぼす行動に走らせたりもするのだが……
今回、それは問題無いだろう。
逃がしたり、他人が狙われる前に、さっさとここの魔女を倒してしまえば良いのだから。
……が、拘束されている今の状況では戦えない。
私に密着しているものには私の能力は無効なので、時間を止めても意味が無いし、
そもそも腕が使えなければ時間操作自体が出来ない。
ほむら(……上手く巴さんを説得してリボンを──)
しかし、私が思考を終える前に、
マミ「もうっ、今取り込み中なのに」
シュウンッ。
ほむら「?」
巴さんのため息と共に、私の拘束が解けた。
マミ「今回は警告だけで済ませてあげる」
私の周りで踊る幾重ものリボンを収めながら、彼女は笑顔を見せた。
──その目は笑っていなかったが。
ほむら(…………)
このままキュゥべえを連れて巴さんが帰ってくれれば、今日はひとまず……
ガッ。
巴さんが、地面を這いながらわらわらと寄ってくる小さな使い魔達を一匹踏み潰した。
──いや、二人で帰路についてくれても、あいつが『用がある』と巴さんの腕から抜け出すのは簡単だ。
と、すると……
ほむら(──!)
『オォオオオォオオォオオオオオオォォォォォオッッ!』
突如、巴さんの背後から怪物が襲いかかって来た!
薔薇の咲いた汚く黄色いヘドロのような物を乗せ、
大きな蝶が翼がわり? に生えた、血管らしき模様の浮いている……肉塊だろうか?
この結界の魔女だ。
奴の──いわゆる足の部分には闇色の触手が無数に生え、そのうちの一つが巴さんに伸びる!
このままでは、背中から彼女の体を……
ほむら(くっ!)
私は急ぎ、時間を止め──ようとしたその時、
ズドゥンッ!
魔女に背を向けたままの彼女が、帽子から猛スピードで取り出した銀色のマスケット銃を右手に、
左腋の下から発射した!
その速さは、まさに『目にも留まらぬ』というレベルだった。
シュンッ!
巴さんはそのまま魔女の方へ振り向きつつ手持ちの銃を投げ捨て、
一瞬で別のマスケット銃を多数、地面に突き刺さった状態で出現させる。
ドッ! ドッ! ドドドドドドドッ!!!
それらの銃も使い捨てながら、息をする間も与えず魔女に銃撃の雨を降らせる。
『アァァァァァアアアァァァァァォアアァァッ!』
魔女は苦しみに身を震わせながら、銃の威力に押されてどんどん私達との距離が離れていく。
マミ「トドメよっ!」
彼女は、高らかに叫ぶと両手でマスケット銃を構え、力強く両の引き金を引いた。
ドドゥンッ!!!!
『オォオオォオオオ……』
悲鳴を上げ切る事すら許されず──
魔女は、その攻撃に沈んだ。
シュウゥゥゥゥゥゥ……
そして、不可思議な空間がゆっくりと元の薄暗いフロアに戻る。
魔女の結界は魔女が作り上げた物。
だから、こうしてそれを作り出した魔女が倒れると、その結界は消滅するのだ。
マミ「まったく……」
魔女が滅びた時に生まれるグリーフシードを手にしながら、巴さんはため息を吐いた。
『グリーフシード』。
魔女の象徴であり、私達魔法少女にとって必要不可欠なもの。
なぜなら、魔法少女の命そのものである『ソウルジェム』は、
普通に生きているだけでもゆっくりと。魔力を使えばとても激しく穢れ、濁っていく。
その穢れが溜まり切ると、ソウルジェムを失ってしまう──つまり、魔法少女は『死んで』しまうのだ。
そして、その穢れを浄化出来るのはグリーフシードただ一つだけ。
つまりソウルジェムが私達の命ならば、グリーフシードは命を繋ぐ生命線なのだ。
マミ「急かす男は嫌われるのよ?……って、魔女だから女の子なのかしら?」
ほむら「…………」
やっぱり……凄い。
恐らく、彼女は歴代の魔法少女達の中でも相当強い。
戦闘力も、精神的にも。
ほむら(……だからこそ、悲劇も生まれるのだけれど)
とある事件を思い出し、私の胸がちくりと痛んだ。
ほむら(ともあれ、この場は離れた方が良いわね)
少なくとも今は、巴さんと争わずにキュゥべえの監視や足止めをするのは難しいだろう。
戦って彼女を倒せば話は別だが、そんな事はしたくない。
こんな事があった後だと巴さんは私を強く警戒しているはずだし、
離れた場所から隠れて、というのでも確実に察知されるだろう。
かといって彼女に見付からないほどに距離を取れば、さすがにキュゥべえの監視など出来ない。
ほむら(ならば、まどかを直接見守るべきね)
ともあれ、今まで成し得なかったこの場所でのまどかとキュゥべえの出会いは防げたのだ。
この場に関してはそれが最大の目的だったので、ここは満足しても良いだろう。
スッ。
キュゥべえ「…………」
私はキュゥべえを一睨みすると、巴さんに背を向けて歩き出した。
マミ「あら、行くの?」
ほむら「ええ」
マミ「……さっき私が言った事、忘れないでね」
──警告、か──
マミ「それと……さっきはありがとう。
私が後ろから襲われた時、助けようとしてくれたわよね?」
!
ほむら「……勘違いしないで。
魔女が現れたから攻撃しようとしただけよ」
言い残し、私はこの場を後にした。
後ろから巴さんとキュゥべえの視線を感じながら。
─────────────────────
その日はもう特に事件も無く、日が変わって今日、まどかと無事に登校をする事が出来た。
ほむら(それにしても、あんな展開になったのは……)
これまでの世界では、あのショッピングモールの無人のフロアで私に追われるキュゥべえは、
あいつと魔法少女、そして魔法少女の素質を持つ者のみに使えるテレパシーでまどかに助けを求めていた。
しかし、今回は巴さんにのみテレパシーを送ったのだろう。
もしくは、まどかに送る前に巴さんが現れたか。
ともあれ、巴さんによって見事キュゥべえは救われた。
だからこそまどかはあの場所に呼ばれず、結果キュゥべえとの接触を回避出来たという事だろう。
ほむら「…………」
いや、細かい理由などどうでも良い。
私は自分の心が踊るのを感じていた。
まだまだ第一歩といったレベルではあるが、
これまで失敗し続けてきた事に初めて成功と呼べる結果を出せたのだ。
それはやはり嬉しい。
もちろん、これで浮かれて油断したりしてはいけないが。
???「おーい、ほむら? どうしたの?」
ハッ。
声をかけられ、考え込んで心ここにあらずだった私の意識が現実に戻る。
ほむら「……ぼんやりしていたわ。
ごめんなさい」
私は、声をかけてきたまどかの親友の美樹さやかに軽く謝罪した。
ここは私の教室のまどかの席の前で、今は休憩時間だ。
さやか「んにゃ、別に謝る事じゃないけどさ」
??「うふふっ。けどめずらしいですわ、暁美さんのそんな姿」
と、美樹さやかの隣でゆるやかに小首を傾げる彼女は、クラスメートの一人の志筑仁美。
まどか・美樹さやかと特に仲の良い、軽くウェーブする緑がかった髪を持つ少女だ。
性格は、大人しくはあるが決して引っ込み思案ではないタイプで、芯が強く品があるお嬢様といった所だろうか。
まどか「でもでもほむらちゃん、なんだか嬉しそうだった」
まどかがそう言ってあどけなく笑う拍子に、彼女の桃色をした柔らかいツインテールが揺れる。
さやか「そうかぁ? いつも通り無表情だったけど」
ぐぐっ。
仁美「まあっ!///」
美樹さやかが私の顔を覗き込んだ。
……近付けすぎよ。
さやか「つか、ほむらってすっごい美人なんだから、
もっと表情見せた方が絶対魅力アップっ! になると思うんだけどなぁ」
まどか「そうだね」
仁美「私もそう思います」
ほむら「興味無いわ」
まどか「もったいないなぁ」
さやか「後は人付き合いかー。
折角あんたと仲良くなりたい子いっぱい居るんだから、もうちょっと付き合いよくすれば良いのに。
あたし達がお昼誘ってもふらりとどっか行っちゃうしさ」
ほむら「……放っておいて。
そういうの、あまり好きじゃないの」
本当は、クラスメートの誘いに関してはそれを受けている暇が無いから・
彼女達とのお昼の事は、仲良くなりすぎてしまうのを躊躇しているだけなのだが……
さやか「つまんねーのっ!
つまんねーから髪引っ張ってやろーかっ」
くいっ。
仁美「まあっっ!!///」
ほむら「や、やめて頂戴」
さやか「キレイな髪しやがってくっそーっ!」
まどか「ぁははっ!」
私達四人は仲良く話す。
魔法少女になるケースが無く、私とはそれほど深く関わる事にならない志筑仁美はともかく……
いつもは、魔法少女になろうとするまどかを阻止したりしようと必死になる為に、彼女達──
特に美樹さやかとは険悪な関係になってばかりだったのだが……
今の所それはない。
今朝、一応まどか(と、ついでに、昨日彼女と一緒に居た美樹さやか)に昨日の事で探りを入れてみたのだが、
やはり知らないようだ。
上手くぼかして聞いたので、彼女はまだ『魔法少女』という存在自体も知らないはず。
ほむら(……それらの事さえ無ければ、私達はみんな仲良く出来るのかもしれないわね……)
キンコーン。
予鈴が鳴った。
さやか「ととと、んじゃ席に戻りますか」
仁美「はい」
ほむら「……そうね」
─────────────────────
マミ「こんにちは」
昼休み、屋上。
隣の校舎で、美樹さやか・志筑仁美と食事をするまどかを、影から見守っていた私の元に巴さんが現れた。
ほむら「……なにか用かしら?」
マミ「つれないわね」
巴さんは苦笑し、私の横に座る。
マミ「なにを見ているの?
……女の子?」
ほむら「早く要件を言って貰えるかしら?」
マミ「わかったわよ。だから凄まないで」
と、彼女は軽く肩をすくめた。
マミ「それにしても、暁美さんってこの学校の生徒だったのね」
ほむら「?……ええ、そうよ。
この間転校して来たばかりだけど」
マミ「ああ、もしかして最近学校で話題になっている『美人の転校生』って、あなたの事?」
ほむら「何の話だかわからないわ」
別に嘘ではないし、そもそもそれは違うだろう。私は一々噂されるほど美人ではない。
魔法で高めている運動神経や、勉強もループをするこの一ヶ月間に習うものならば完璧にマスターしているので、
それらなら噂になるのもわかるけれど。
マミ「うーん? 間違いなくあなただと思ったんだけど」
そう呟きながら首を傾げる巴さん。
マミ「でも、この学校に居るのなら、テレパシーででも話しかけてくれれば良かったのに」
そんなに距離が離れていなければ、確かにそれは可能なのだが……
ほむら「その必要性を感じないわ」
少なくとも、今はまだ。
ほむら「そもそも私は、あなたがここの生徒だと知らなかったもの」
もちろんこれは嘘だが。
マミ「そういえば、これまでは魔法少女の姿でしか会った事がなかったかしら?
ふふっ。それなら知らないのは当然だし、話しかけようもないわね」
普通に考えたらそうだろう。制服姿を見ていたのなら、逆に気付かない方が不自然になるが。
ほむら「……こんな雑談をするのが『目的』?」
マミ「ううん。
……あなたの真意を確かめたくて」
ほむら「真意?」
マミ「やっぱり暁美さんは──少なくとも今は敵じゃないって確信したくて」
ほむら「……?」
私は、ここで初めて彼女に体を向けた。
マミ「昨日、魔女が現れたわよね」
ほむら「ええ」
マミ「過去にも……この町には魔法少女が沢山来た。
でも、みんなグリーフシードの奪い合いや縄張り争いとかで殺伐としていて、
とても仲良くなれる雰囲気ではなかったわ」
ほむら「…………」
マミ「……せっかく絆が出来たと思った子とも、結局ケンカ別れしちゃったし……」
ほむら(あの子の事か)
マミ「でもね、あなたは私が手にしたグリーフシードに目もくれなかった。
ならそれが目的という訳ではないし、キュゥべえには……ともかく、私には敵意や悪意はまったく無かった。
それを踏まえると、私を倒してこの町の魔法少女になりたいと考えているとも思えない」
ほむら「そうね。両方とも興味無いわ」
マミ「なら、せめてあなたが前言っていた『目的』を果たす時までは……
私がそれを邪魔しなければ、私達は仲良くなれるんじゃないのかしら……?」
そういう……事か。
ほむら「無理ね」
マミ「えっ?」
ほむら「例えば今あなたに、
『二度とキュゥべえと関わらないで』『キュゥべえを殺して』って頼んだとして、それを聞いて貰えるかしら?」
マミ「な、なにを言っているの???」
ほむら「どうなの?」
唖然とする巴さんを見つめつつ、私は再度問うた。
マミ「……無理よ……そんなの……」
ほむら「でしょうね。
だから、『敵対しない』関係では居られても、『仲良く』なんて不可能よ」
マミ「で、でも、魔女が出て来ても二人で戦う事が出来れば戦闘も楽になるし、
グリーフシードだって分け合えば……」
ほむら「──私は誰とも馴れ合うつもりはないわ」
確かに彼女の言う通りなのだが、グリーフシードに不足はしていないし、
『仲間』を作ってもその関係が瓦解する未来しか私は知らない。
マミ「そんな……」
……ただ。
ほむら「ただ、それが『共闘』なら話は別よ」
マミ「えっ?」
ほむら「一人では勝つ事が難しい魔女も中には居るでしょう。
そんな相手が出て来た時に『共闘』するのは、私も必要だと思う」
この言葉に、巴さんは嬉しそうにほほえんだ。
マミ「そう……よね!
──でも、それって『仲間』ではないの?」
ほむら「違うわ。
必要な時のみお互いが相手の力を利用するだけの関係よ。
『仲間』でも、まして『友達』でもない」
マミ「…………」
──気が付けば、まどか達は居なくなっていた。
これなら、もはやこの場に留まる事に意味は無い。
ほむら「……じゃあ、私は失礼するわ」
マミ「うん……」
ほむら(……ごめんね巴さん)
私も、本当はもっとあなたと仲良くしたい。
でも、どこまで距離を詰めて良いのかわからないの……
─────────────────────
また、一日が過ぎた。
まどか「あっ!
おはよう、ほむらちゃん」
さやか「おはよっ!」
仁美「おはようございます」
私の姿を見付けたまどか達が、挨拶をしながらこちらへと駆け寄って来る。
ほむら「おはよう」
私は彼女達に挨拶を返した。
さやか「なに暗い顔して歩いてんのさっ。
一緒に行こうぜ~っ!」
と、美樹さやかが私の肩に手を回してくる。
……正直、こういうスキンシップ自体は嫌いではないのだけれど……
ほむら「別にいつも通りよ」
感情的になってはいけない。流されてしまうから。
これまで、私はそれで何度も失敗をしてきたのだから。
さやか「つれないなぁ。
ちゅーしよーぜっ!!」
私の肩に腕を回したそのまま、美樹さやかは私の頬にその唇を近付けて来る。
仁美「!!!///」
ほむら「ちょ……
やめて頂戴」
私は、それを何とかくぐり抜けると歩き出した。
さやか「ちぇーっ!」
まどか「んふふっ」
仁美「ふふっ」
笑いながら、後を追いかけてくる三人。
ほむら(それにしても、やけに元気ね……?)
美樹さやかは元々明るい女の子ではあるのだが、
それを踏まえても今朝の彼女はテンションが高すぎるように思えた。
ほむら(なにか良い事でもあったのかしらね)
ともあれ、幸せそう・楽しそうなのが悪いはずはないのだから、出来ればその様子がずっと続いていて欲しい──
私は、そんな風に思った。
─────────────────────
ほむら「……そろそろ、ね」
数日後、私はとある病院の横にある、自転車置き場にやって来ていた。
これからここに、魔女が現れる。
それを放っておけば、そいつとの戦闘の際にかなりの確率で巴さんが死んでしまうのだ。
やがて来る対ワルプルギスの夜戦の時の戦力としても──そしてもちろん、心情的にもそれは防ぎたい。
まだキュゥべえはまどかと接触をしてはいない。
だからこそ、まどかを放っておいてここに来るべきなのかどうかは迷った。
神出鬼没なキュゥべえの事を考えると、彼女から目を離す時間は少なければ少ないほど良い。
しかし、たとえまどかが魔法少女になるのを防げたとしても、
ワルプルギスの夜戦に勝てなければ意味が無いのだ。
あの化け物に勝つのは、私一人では厳しすぎる。
いや、不可能だと断言しても良いかもしれない。
ならば戦力は出来るだけ集めたいし、その為にもここで巴さんを見捨てる選択肢は無い。
ほむら(大丈夫よ。
さっさとここの魔女を片付けて、まどかの所へ戻れば良いだけだわ)
ゴゴゴゴ……!
──出た!
魔女の結界だ。
スッ。
それと同時に、私は結界の中に入る。
──まだ巴さんは、魔女の出現には気付いていないはずだ。
だが、そこは巴さん。一人でもやがてこの気配を察知し、必ずこの場へやって来る。
……さすがに、幾度と見たまどかから報告を受けるパターンよりは遅れるとは思うけれど……
スタッ。
降り立ったそこは、やはり異質な世界。
あちらこちらに注射器や体温計のような物が生えていて、はさみが立ち並び、管が伸びている。
その上、所々にプリンやキャンディが在るここは、洞窟にも見える不可思議な空間だった。
ほむら(とにかく、急がないと)
しかし、問題がある。
『キュイーキュイー、キキキキッ』
駆け出そうとした私の前に、沢山の使い魔がそこらの影から現れる。
ほむら「…………」
そう、いつも私はここで時間を食ってしまう。
時を止めてやり過ごすというのも一つの手ではあるのだが、
そうするとこいつらは必ず魔女との戦いにやってくるのだ。
魔女だけでも決して油断ならない相手なのに、雑魚とはいえ敵を大勢増やすのは厄介である。
ならば、ここで数を減らしておくのが上策なのだが……
ほむら「……ともあれ、やるしかないわね」
もはや『海』と言っても良いくらいの数になった使い魔達を睨みつけつつ、私は盾から銃を取り出した。
─────────────────────
これで……最後!
ドゥンッ!
私の銃の一撃が、残っていた最後の使い魔の体を貫いた。
ほむら「ふう……」
この結界内すべての使い魔を倒した訳ではないが、一々集まって来る奴らはこれで大方片付いたはず。
ほむら「…………」
今の戦闘によって、大きく場所を動いてしまった。
入口からは随分離れてしまっただろう。
それでも問題は無い。魔女の居る……
ほむら「……!」
場所を探ろうとした時、私は別の気配を察知した。
これは、巴さんと──もう一人居る!?
ほむら(まさか……まどかっ!?)
私は、一瞬目の前が真っ暗になった。
さっきの戦いは取り立てて時間がかかった訳ではない。いつもと同じくらいである。
なのに、一人で魔女の出現に気付いたにしては巴さんの到着が早すぎる。
ほむら(キュゥべえが知らせた……?)
ないしは、巴さんと一緒に居る『誰か』か。
いずれにしても、ここであれこれ考えていても仕方ない。
……位置的には、彼女と『誰か』は魔女の元へと向かう道の途中に居るようだ。
タッ!
私は全力で走り出した。
─────────────────────
ほむら「!」
結界の出入り口を通り過ぎ、もう少しで巴さんの所へ到着すると思われた時……
向こうの道から走って来る白い生き物と鉢合わせした。
ほむら「キュゥべえ!」
キュゥべえ「おや、君は……」
ほむら「あなた、こんな所で何をしているの?」
──巴さんとはぐれでもした?……いや、ありえないわね──
こいつには魔法少女の気配を察知する能力があるはずだし、
だとしたら巴さんが居るのと真逆に向かうのは考えられない。
それに、こいつが向かおうとした先には結界の出入り口がある。
ほむら(……外へ出ようとしていた?)
キュゥべえ「君こそ一体どうしたんだい?」
ほむら(……チッ)
私は内心舌打ちしていた。
気になる事は多々ある。
だが、のらりくらりとし、嘘は吐かないにしても、
本当の事を話すとは限らないこいつとのんびり話すのは時間の無駄にしかならない。
カチッ。
私は時間を止めると、キュゥべえの側に行って時間停止を解除。そのままこいつを掴み上げた。
キュゥべえ「!?
いつの間に……」
ほむら「一緒に来なさい」
─────────────────────
数分後、私(とキュゥべえ)は巴さんの元に到着していた。
マミ「……あら?」
ほむら「…………」
あまりにも急ぎすぎたからか、少々息が上がっている。
マミ「知った気配を感じると思っていたら、やっぱりあなただったのね。
それに、キュゥべえ……?」
……? おかしい。この場には彼女だけしか居ない。
もう一人は……?
マミ「暁美さん、あなたは一体……」
ほむら「くっ!」
彼女が来るまでに終わらせる事は出来なかった。
……でも、まだ大丈夫だ。
たとえ巴さんとの関係が険悪なものになっていたとしても、
経験上ここで彼女に襲われたり戦闘になるパターンは皆無だった。
ならば、ここはストレートに言うのが良い。
ほむら「ここの魔女は私に任せて」
マミ「えっ?」
ほむら「ここの奴はこれまでの魔女とは訳が違うから」
キュゥべえ「…………」
マミ「そう……なの?」
ほむら「ええ」
マミ「で、でも、それじゃあ私達みんなで力を合わせた方が……」
ほむら「いいえ。今回ばかりは私一人の方が良いの。
あなたと組みたくないとか、あなたの力を疑っているとかではないわ。
相性の問題ね」
今回下手に彼女を参戦させると、私達がタッグを組んだとしても巴さんが戦死するパターンも存在するのだ。
ただし、『例の瞬間』にのみだが。
そこを乗り越えれば恐らく安心しても良いのだけど、そこまで細かく説明する暇は無い。
マミ「相性……?」
ほむら「ともあれ、ここは任せて貰うわ。
なんだったら、ここの魔女のグリーフシードは譲っても良い」
マミ「えっ?」
ほむら「──ところで」
このまま押し切る為に、私は強引に話題を変える事にした。
ほむら「巴さんは一人なのかしら?」
そうだ。これも──それこそ彼女を救う以上に──気になっている。
マミ「……ああ、あの子の事ね。
いいえ、違うわ」
ほむら「!!!」
やっぱりもう一人居た!
ほむら「その子はどこ!?」
マミ「今ちょっとはぐれちゃって。探していた所よ」
ほむら「なんですって!?」
マミ「使い魔を……って、暁美さんっ!?」
私は、彼女の話を最後まで聞いてはいなかった。
ほむら「とにかく、今回あなたは休んでおいてっ!」
猛スピードで立ち去りながら、私は巴さんにそう声をかけた。
─────────────────────
タタタッ、バッ!
『もう一人』の力は弱すぎて、それ単体では細かい居場所まではわからなかった。
しかし、つい先程生まれた戦闘の気配で特定出来た。
それは……
ほむら(この先っ!)
この先の、魔女が居る場所。
ほむら(──!? 魔女と戦っているという事は……)
そもそも、私はなぜその子の気配を察知出来ているのか?
こんな事は、魔法少女や魔女相手にしか出来ないはずだ。
つまり、この先で戦っている人間は間違いなく魔法少女なのだろう。
ほむら(じゃ、じゃあまどかは……!
そんな……そんなっ!)
私は細い通路を抜け、広い空間に出た。
ファンシーで可愛らしいのに、どことなくグロテスクなお菓子の庭。
そのあちこちに、チョコレートやクッキー、ドーナツといった様々なお菓子が地面から伸びていたり転がっている。
そこに、桃色の髪をした……
愛くるしい見た目の小さな人形型の魔女と、剣を片手にそいつと戦う青い奇跡が在った。
ほむら「……えっ?」
それはまどかではなく……
さやか「えぇぇーいッッ!」
美樹さやか!
ほむら(ど、どうして彼女が?)
美樹さやかが魔法少女になるには、あまりにも早すぎる。
ほむら(い、いや)
この世界では、これまでにも経験に無い事が多々あった。
これも、その一つなのだろう。
マミ「ああもうっ!」
ほむら「!」
突如として後ろから聞こえた声に、私は反射的に振り向いていた。
マミ「さすがに突っ走りすぎよっ!」
剣を振り回している美樹さやかに叫びながら、巴さんが戦列に加わろうと走る。
ほむら「ちょ……どうして来たのよっ!」
一拍遅れ、慌てて私もそれに続く。
マミ「あなたに連れていかれるキュゥべえをそのままにしておけなかったし……」
そういえば、私は未だにあいつを掴んでいた。
ほむら「すっかり忘れていたわ」
キュゥべえ「訳がわからないよ」
しかしそれは……ここに居るのが美樹さやかではなく、
まどかだったら大変な失策になっていた可能性があった。
私はよほど焦っていたのだろう。
ほむら(気を付けなければ……)
まあもっと良く考えれば、もしこの結果内にまどかが居たのだとしたら、
彼女を放っておいてわざわざキュゥべえが外に出ようとする理由は無い……か。
マミ「なにより、戦う力を持っている私が、美樹さんやあなたに任せて放っておける訳ないでしょう?」
ほむら「…………」
巴さんに言いたい事はまだあるが、とりあえず今はそんな場合ではないだろう。
──大丈夫。この戦闘で私が居さえすれば……上手く立ち回りさえすれば、彼女は生存出来る。
キュゥべえの奴も、逃げ出したりおかしな動きをしないよう戦いの合間合間で監視していれば良い。
大丈夫だ。私なら出来る。
さやか「マミさんっ!」
マミ「一人で魔女と戦おうなんてまだ早いわ」
さやか「大丈夫っすよ! あんなちっちゃい奴なんかに……」
ほむら「その割には一度も攻撃が当たってないみたいだけど」
さやか「な……
……って、ほむら!?
ど、どうして……キュゥべえもっ」
キュゥべえ「やあ、探したよ美樹さやか」
ほむら「──話は後よ」
ダッ!
私はキュゥべえを投げ捨てつつ銃を取り出しながら、空中をふよふよと浮く魔女へ向かって行った。
シャルロッテ「…………」
魔女がこちらを見た。
それと同時に、私の後ろで巴さんと美樹さやかが動き始めたのを感じる。
シャルロッテ「…………」
魔女の注意が、ほんの一瞬そちらに向いた。
ドンッ!
そのわずかな隙をつき、空中のそいつに私が銃の一撃を叩き込んだ。
バッ!
マミ「そこっ!」
ドガッッ!!
弾丸を受けて吹き飛ぶ魔女を先回りして、
巴さんがマスケット銃をバットのように使い、奴を生クリームの地面に向けて叩き落とした。
さやか「やああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」
地面へと急降下する魔女に向かって跳び、美樹さやかが一閃を浴びせる。
ザッ!
シャルロッテ「!」
魔女はその小さな体を裂かれ、地面を転がった。
ほむら「美樹さんっ、離れなさいっ!」
さやか「!」
高台からマシンガンを両手に構える私の姿を確認すると、美樹さやかは慌てて魔女から距離を取る。
バラララララララララララララララララララララララララララララララッッッッ!!!
それと同時に、私は両のマシンガンを放った。
シャルロッテ「っ!!」
連射される弾丸は、確実にすべてが魔女に吸い込まれていく。
マミ「わーっ、大胆ね……」
私の隣に来た巴さんが呟いた。
ほむら(……よかった)
魔女とこれだけ離れていれば、巴さんは大丈夫。
キュゥべえも逃げたりしようとせず、チョコレートの傍で戦況を見守っているようだ。
ならば、それよりも今心配なのは……
カチッ、カチッ。
二つのマシンガンが共に弾切れを起こすと、私はそれを捨てて美樹さやかの元へ向かった。
さやか「ひゃ~、すげぇ……」
マシンガンの連射の影響で、生クリーム混じりの土ぼこり舞う地面を、惚けたように見つめる美樹さやか。
魔女の姿は、その土ぼこりに隠れて見えない。
ほむら「美樹さん、いったん下がるわよ」
さやか「えっ? なんで?」
ほむら「良いから」
さやか「だってあいつ、もう倒したんじゃ……」
グアッッッ!
ほむら・マミ『!!!』
彼女の言葉の途中で、土ぼこりの中から激しい威圧感が生まれた!
さやか「えっ?」
──来たっ!
バッ!
さやか「わっ!?」
私は慌てて美樹さやかの手を掴み、跳んだ。
ガブッッッ!!!
その一拍後に、つい先程まで私達が居た場所を、大きな蛇のような体をした『なにか』が通過していった。
さやか「な……」
私の腕の中で、美樹さやかが顔色を失う。
まだ戦闘経験が無いに等しいと思われる彼女にもわかったのだろう。
私にこうされていないと、自分はあの大蛇みたいな奴に喰われていたと。
スタッ!
マミ「このッ!」
ドウッ!
私達が巴さんの居る高台に戻って来たと同時に、彼女がマスケット銃で『大蛇』に攻撃を仕掛けた。
……まだ完全には土ぼこりは晴れていないが、ここからなら『大蛇』の姿もよくわかる。
『大蛇』は黒い体に沢山の赤と少々の白い斑点、顔の部分は白い面に黄色い頬。
大きな目と口に、ツンと伸びた鼻。
頭からはオレンジとエメラルドグリーンの羽が生えている。
マミ「なにあれ!?」
ほむら「あれも魔女よ。さっきの小さな人形の奴の本体」
マミ「なんですって……!?」
巴さんは攻撃の手を休めていないが、奴にはそれほど効いてはいないようだ。
シャルロッテ「!!!」
グアッ!
ほむら・マミ『!!』
こちらを発見した魔女が、私達の居る高台へ突進して来た。
さやか「あ、あぁ……」
巨大で威圧感のある魔女に臆したのか、
あるいは生まれて初めて味わった濃厚な『死の香り』に呑まれてしまったのか。
私に支えられてなんとか立っているのだろう隣の美樹さやかは、目の焦点が合わず、膝を震わせていた。
ゴウウウウウッ!!
マミ「くっ!」
ほむら「っ!」
魔女の突進噛み付きを、私達は跳び、避けた。
私は空中で、自分の右腕の中に居る、未だに惚けたままの美樹さやかを見て考える。
確かにあの魔女は強いが……
しかし、人形から今の姿になる瞬間がもっとも危険なだけで、
そこを乗り越えてしまえば私や巴さんなら一人でもまず負ける事はない。
その為に、美樹さやかは私が守り、魔女退治は巴さんに任せるのが絶対に駄目という訳ではないのだが……
ほむら(先々の事を考えたら、巴さんとの連携を強化しておいた方が良いかしら?)
私は慣れているが、この時間軸の彼女は私と共闘した事は無いのだから。
ほむら(ならば、まずはこの子をどこかに置いて……)
と、安全な場所を探していた私に、同じく空中に居る巴さんがなにかをこちらに投げつつ大きな声で言ってきた。
マミ「暁美さん、美樹さんとキュゥべえをお願いっ!」
ほむら「!?」
がしっ!
キュゥべえ「やれやれ」
反射的に左手で掴んだそれは、キュゥべえだった。
いつの間に拾い上げていたのか、彼女が投げてきたのはこいつだったのだ。
ほむら「いえ、私も戦う──」
マミ「私は大丈夫よ。
だからその子達を守ってあげてね」
にっこりと笑顔を見せる巴さん。
……こちらから何かを言う前に先手を打たれてしまった。
まあ、良いか。
もし彼女がピンチになれば、すぐ加勢出来るように注意していれば良い。
……という私のわずかな心配も、彼女は軽々と振り払ってみせた。
こちらに向けていた笑顔を引き締めて魔女に向かって行った巴さんは、
上手く距離を取りながら、銃にリボンにと手持ちの技・武器を効率的に使って攻撃を加えていく。
そんな彼女には、危ないと思わせる場面も無く──
シャルロッテ「…………」
次第に魔女の動きは鈍っていき、奴は追い詰められていった。
マミ「これで──トドメよっ!」
ガシッ!
巴さんが、巨大な──大砲といっても良いほどの巨大な銃を召喚し、魔女に向かって構えた。
マミ「ティロ・フィナーレッッッ!!!」
ド ン ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! !
シャルロッテ「!!!!!」
彼女の叫びと共に放たれた強烈な一撃は、魔女を軽々と呑み込んでいった。
─────────────────────
キュゥべえ「相変わらず大したものだ」
ほむら「……さすがね」
マミ「ありがとう」
私と美樹さやか、そしてキュゥべえの元へ戻ってきた巴さんは、涼しい笑顔をしていた。
マミ「まあ、あの小さなお人形が、あんな大きな姿になったのは驚いたけどね……」
ほむら「でしょうね。
あれこそが、私が話したあなたにとって『相性』の悪い一番の理由だったのよ」
マミ「えっ?」
ほむら「巴さんは確かに強いけれど、攻撃をした後に隙が出来る。
それが強力なものだと尚更」
マミ「…………」
ほむら「今回の戦いを、最初からあなたがメインで戦っていたとしましょう。
人形形態の魔女が相手でも、あなたはやはり最後はティロ・フィナーレで決めようとしたはず。
当然ね。あれが仮の姿だなんて知らないのだから」
マミ「……そうね。そうしていたと思うわ」
ほむら「その後にあの人形の本体が現れて、大技の後の硬直したあなたを喰らおうと襲ってきたら?」
キュゥべえ「ふむ……
さらに言うと、戦闘が終わったと気を抜いてしまってもいたかもしれないね」
マミ「……避けきれずにやられていた、と思う……
なるほど……納得したわ」
その場合の未来を想像したのか、やや青い顔で巴さんは呟いた。
キュゥべえ「でも、君はどうしてあの魔女にそんなに詳しいんだい?」
ほむら「以前戦った事があるのよ」
別の時間軸で、ね。
キュゥべえ「……ふむ」
ほむら「それにしても、よくキュゥべえを私に預ける気になったわね」
ショッピングモールで、あんな事をしようとしていた私に。
マミ「……あなたの目的がキュゥべえを殺す事だったら、
この子を掴み上げていた時にとっくにそうしていたでしょうから」
ほむら「……確かにそうね」
マミ「でしょう?
だから、信用しても良いかなって思ったの」
ほむら「…………」
チラッ。
キュゥべえ「……?」
まあ、この場ではキュゥべえを殺しても何もならないから殺さなかっただけで、
こいつを守れと言われても正直虫唾が走るだけではあるのだが。
マミ「やっぱり、あの時の事はなにかの間違いだったのよね?」
ほむら「いいえ、ショッピングモールでは確かにキュゥべえを殺そうとしていたわ」
マミ「そんな……じゃあなんで今回は……」
ほむら「想像に任せるわ」
マミ「…………」
巴さんが、悲しそうな顔をした。
……この流れは不味い。
折角上手くいったのに。
──そうだ、上手くいったじゃないの。
巴さんは助かったのだ。
なのに、なんでキュゥべえの事なんかの為に、私達がこんな気持ちにならないといけない?
私の胸にやるせなさが生まれる。
だが、それ以上に嬉しいのだ。
ほむら「……でも、よかったわ」
そうだ……嬉しい。
マミ「えっ?」
けれど、
ほむら「あなたが無事で」
より深く実感出来るからだろうか? こうして言葉にすると、もっと……
嬉しさが溢れてきた。
マミ「……!」
ほむら「? なに?」
私の言葉を受け、彼女は両手を口元にやり、目を大きく見開いた。
……そんなに変な事を言ったかしら?
マミ「あっ、ごめんなさい。
暁美さん、初めて笑ってくれたなって」
……!
ほむら(そういえば……)
言われて気付いたが、口元が緩い。
マミ「うふふっ。それも、そんなに嬉しそうに」
そう言う彼女も、心の底から嬉しそうに笑っていた。
カァァっと、頬が赤くなるのを感じる。
ほむら「か、からかわないで頂戴」
マミ「違うわ。嬉しいのよ。
そうやって笑ってくれるって事は、それだけ私の事を心配してくれてたのよね?
ありがとう」
ほむら「っ///」
サァァァァ……
ほむら「……!」
マミ「あらっ」
唐突に、空間が歪み出した。
魔女が倒れた事によって、結界の崩壊が始まったのだ。
……よかった。正直、あの空気のままだと恥ずかしくて困っていた。
やがて、一種の楽園にも見える、グロテスクで不思議なお菓子の広場が色を失い──
─────────────────────
ほむら「ふう」
自宅に戻り、私は大きく息を吐いた。
ほむら(とりあえず巴さんは守れたし、まどかも大丈夫だった)
今日の結果だけを見れば、完璧に近いだろう。
私は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、それを持って椅子に座った。
ほむら(まあ、美樹さやかの件は驚いたけれど……)
私はよく冷えたそれを口に含みつつ、魔女の空間から戻った後の事を思い出していた。
……………………
…………
マミ「戻ってきたわね」
ほむら「そうね。
……ほら美樹さん、いつまで惚けてるの?」
パシパシッ。
さやか「痛! 頬叩くなっ!
…………えっ?」
マミ「美樹さん、大丈夫?
もう戦いは終わったわ」
さやか「……あ……そっか、あたし……」ブルッ
マミ「怖かったわね。よく頑張ったわ」
さやか「で、でも……情けないっ。あんな……」
ほむら「どう見ても戦闘慣れしていないようだったけれど、それであれだけやれれば上出来よ。
殺されかけるまではそれなりに動けていたのだから」
マミ「そうよ」
キュゥべえ「まあそうだね。
君が初めて経験するまともな戦いである事を考えたら、よくやった方なんじゃないかな」
ほむら「むしろ早い段階で怖い目に合っておいてよかったじゃない。
これで無茶な突撃とかをする事は無くなるでしょうし」
さやか「う……そう、かな。
そうだね。
ほむら、助けてくれてありがと」
ほむら「……別に」
さやか「マミさんも足引っ張ってごめんなさい」
マミ「謝る事じゃないわ。
……まあ、使い魔を深追いしすぎてはぐれたり、一人で魔女と戦闘を始めたりしたのは迂闊すぎたけど、ね」
さやか「はい……次からは突っ走りすぎないようにします……
キュゥべえもごめんね」
キュゥべえ「僕にも別に謝る必要は無いさ。
なんにせよ、無事でよかったよ」
マミ「うふふ。キュゥべえったら、美樹さんがはぐれた後にすぐ駆け出して行ったのよ。
『美樹さやかを探してくるよ!』って」
ほむら「……!」
さやか「そっか……サンキュ」
キュゥべえ「キュップイ!」
ほむら(なるほど。
それを口実に巴さんから離れ、結界から抜け出してまどかの所へ向かおうとしたのか)
さやか「……でもさ、ほむらがこうやってフォローしてくれるなんてめずらしい。
なんか良い事あった?」
ほむら「!
ど、どうでも良いでしょ」
さやか「なんで赤くなるのよ?」
ほむら「それより!
どうしてあなたが魔法少女になんかなっているの……?」
さやか「あー……あははっ。ちょっと事情がありまして。
ね、キュゥべえ?」
……………………
…………
先日、キュゥべえと出会った彼女は、あいつの言葉に乗せられて『契約』をしたらしい。
もちろん、美樹さやかは『乗せられた』事に気付いてはいないが。
願いは、
さやか『どうしても助けたい、力になりたい人が居てさ。
キュゥべえの話はぶっちゃけ話半分だったんだけど……
だからこそかな。
ダメ元でその人を助けてって願ったんだ』
などと話していた為、やはり上条恭介に関する事だろう。
上条恭介──美樹さやかの想い人であり、
事故によって指の感覚を無くして絶望に沈んでいる、かつての天才バイオリニスト。
いや、彼女の願いによって今の彼は救われているはずだから、『絶望に沈んでいた』、か。
ほむら「馬鹿な子……」
美樹さやかの想いは尊い。
しかし、彼女は『奇跡』の代償というものを軽く考えすぎている。
ほむら(……まあ、もうどうにもならない事だけれど……)
……………………
…………
マミ「──それで、私はこの間別の魔女退治をしていたのだけど……」
ほむら「ええ」
マミ「そこでの戦闘の最中に、美樹さんが現れたのよ」
さやか「とりあえず魔女? ってのを倒せって言われたからさ。
キュゥべえに手伝って貰いつつ自分なりに動いてたら、その現場を発見しちゃって」
マミ「本当、驚いたわ」
さやか「あはは……
マジ発見しただけで、その時のあたしは言葉通り見ているだけだったけど」
マミ「ううん。私、仲間が出来ただけでも凄く嬉しいのよ」
さやか「そう言って貰えたら助かります。
てか、今日だってキュゥべえやマミさんに質問攻めしてたくらいだからな~……」
マミ「ここに向かう前に私と合流した時も、キュゥべえにあれこれ聞いてたわよね」
さやか「はい。まだまだです。
早く一人立ちってのをしないと。
……ってそうだっ! ほむら!」
ほむら「……なに?」
さやか「あんたこそ魔法少女だったの!?
こっちだってビックリしたんですけど!」
ほむら「見ての通りよ」
さやか「あんたはなんで魔法少女に?
つか、いつからなの?」
ほむら「さあね」
さやか「さあねって……」チラッ
マミ「……私もそれほど詳しくは知らないのよ」
さやか「そうなの?
じゃあ……ってあれ? キュゥべえは?」
マミ「あら、いつの間にか居なくなってるわね」
ほむら「!」
マミ「うふふ、あの子は神出鬼没な所があるから」
ほむら(まどかの所へ向かったわね……!)
さやか「あー、確かにそんな感じだわ」
ほむら「──まあ私の事は想像に任せるわ。
最低限の事は巴さんに話しているから、気になるなら彼女に聞いて頂戴」
スッ。
さやか「あっ、ちょっとっ!」
ほむら「私は用があるから。
失礼するわ」
……………………
…………
ほむら(私がまどかに集中していた隙をついて、美樹さやかに近付いたのか)
それは、キュゥべえが美樹さやかという人間を知っていて、
かつ魔法少女としての素質があるのを見抜いたからだ。
美樹さやかはまどかと一緒に居る事が多い。
ならば、彼女以上の素質を持つまどかの存在を知らず・その才能に気付いていない可能性は無いだろう。
一度まどかという人間を知ってからの、キュゥべえの彼女への執着は並大抵の物ではない。
絶対に今も虎子眈々とまどかの事を狙っているはずだ。
ほむら(美樹さやかの件が、
まどかは私にガードされていて近付けないから、才能のあるもう一人の彼女に契約を持ちかけた……
というだけで終わる簡単な話なら良いんだけど)
その契約自体が、まどかを魔法少女にする為の策という可能性もあるのだ。
いずれにしても、キュゥべえの動向には今後はより注意が必要だろう。
……それと。
ほむら(美樹さん……)
こうなってしまった以上、彼女はまず助からないだろう。
美樹さやかが生存するパターンは、彼女が魔法少女にならない場合にしか見受けられなかった。
ほむら(──いや。この世界なら)
これまで見た事の無い状況にばかりなるこの時間軸ならば。
ほむら「……過度な期待は禁物ね。
それと、最優先はまどか。それも忘れては駄目」
自分に言い聞かせながらも、私の脳裏に美樹さやかの笑顔が浮かぶ。
彼女とは衝突する事も多々あったが、戦闘や、それ以外でも守って貰ったりかばってくれた時だって多かった。
やや短慮で暴走気味に突っ走る癖・気が短い所はあるが、
ただ短気というよりも瞬間湯沸かし器のようなタイプ。
よほどの事がない限り、怒りなどの負の感情を引きずったりはしない性格だ。
……正直、私と彼女の相性はそれほど良くはないと思う。
だけど、彼女のそんな性格は決して嫌いではない。
むしろ羨ましいと思う時もある、まぎれもなく大切な友達の一人。
ほむら(……そんな彼女の……)
──壊れて、破滅していく様をまた見なくてはいけないのかしら……──
─────────────────────
まどか「さやかちゃん、どうしたんだろうね?」
ほむら「そうね……」
朝の教室。もうすぐ授業が始まる時間だ。
私はまどかと登校をしたのだが、今朝はめずらしい事に美樹さやかと合流出来なかった。
それと……
まどか「仁美ちゃんも」
ほむら「…………」
美樹さやかは寝坊して遅れているだけだと考えても良いが、しっかりしている志筑仁美にそれは考えづらい。
しかも二人まとめてとなると……
ざわり。
私の胸に、悪い予感が走り抜けた。
美樹さやかと志筑仁美には、少々厄介な因縁がある。
簡単に言えば、同じ人間に恋をしているのだ。
その相手は、上条恭介。
恐らくこの世界でもだろう。美樹さやかが魔法少女になる対価として、
キュゥべえに願い、救って貰った少年。
魔法少女という人ならざる存在になってしまった美樹さやかは、
その現実と、友人であり恋敵でもある志筑仁美──
そして愛しい上条恭介への想いで心が壊れ、破滅への道を歩む事がほとんどなのだ。
……美樹さやかの破滅。
それは、魔法少女という存在の現実と運命を知った彼女が深い深い『闇』に落ち、魔女になってしまう事。
そう。
『魔女』とは、魔法少女の成れの果てなのだ。
『魔法少女』は、命や意志……その少女のすべてをソウルジェムに移される事で生まれる存在。
だから、魔法少女はたとえ頭を潰されても肉体を消滅させられても、
ソウルジェムさえ無事ならば死にはしないのだが……
このような存在は、もはや人とは呼べないだろう。
そして、魔力を使い過ぎたり絶望に呑まれたりして、
魔法少女の本体であり魂そのものたるソウルジェムが穢れ切ると、
かつて美しい輝きを放っていたそれはグリーフシードへと姿を変える。
つまり、魔法少女が魔女へと変貌するのだ。
戦いで死ぬか、魔女になるか──
断言は出来ないが、魔法少女の末路はこの二つだけなのだと私は思う。
少なくとも、他の死に方をした魔法少女の話は聞いた事が無いのだから。
……これを知った魔法少女は例外無く多かれ少なかれ絶望してしまうので、
私が知っている情報の中でももっとも人に話したくないものだ。
ほむら(美樹さん……)
まさか、彼女はもうその真実を知って……?
ガラッ。
まどか「あっ」
ほむら「……!」
仁美「暁美さんにまどかさん、おはようございます」
教室に入ってきた志筑仁美が、そのまま私達の前に来て挨拶をした。
まどか「仁美ちゃん、おはよう」
ほむら「今日は随分遅かったのね?」
仁美「はい。
お二人とも、一緒に登校出来なくてすみませんでした」
そう頭を下げる彼女は、いつもの志筑仁美に見える。
まどか「そんなの気にしなくても良いんだよ」
ほむら「そうね。
……何事も無かったのなら良いのよ」
仁美「あら、心配して頂いていたのですか?」
ほむら「……まあ、優等生のあなたが遅刻しそうになるのはめずらしいから」
仁美「ありがとうございます。
ちょっと、色々ありまして……」
色々?
そういえば、彼女の瞳……赤い?
ただの寝不足だろうか? それとも……
ガラッ!
志筑仁美にそれを問おうとした時、勢いよく扉を開けて入ってきたのは……
さやか「みんな、おっはよーっ!」
美樹さやか。
……と、
恭介「やあ、おはよう」
松葉杖をつき、彼女に付き添われた上条恭介。
ざわっ!!!
彼の姿を認めてだろう。唐突にクラスがざわめいた。
クラスメート1「恭介!」
クラスメート2「どうしたんだよお前っ!」
そして、大勢のクラスメイト達が笑顔で彼の元へ駆け寄って行き、私達三人はその様子を見つめていた。
恭介「あはは、実はさ……」
さやか「──いやぁ、ギリギリ遅刻せずにセーフってとこかな」
気を使ったのだろう。クラスメイトに囲まれる上条恭介からさりげなく離れて、
美樹さやかがこちらへとやってきた。
まどか「さ、さやかちゃん。あの、えっと……」
聞きたい事がありすぎて上手く言葉がまとまらないのだろうか。まどかがわたわたとしている。
さやか「あー。恭介の奴、学校復帰決めて一人で学校に来ようとしてたんだけどさ、
あいつ奇跡的に腕は治ったんだけど、長い入院生活でまだ足が本調子じゃないからあたしが一緒についてたのね。
その方がイザという時安心じゃん?」
空気を読んだ美樹さやかが、自分から話し始めた。
さやか「で、登校中に恭介がちょっと躓いて、あたしが反射的に助けようとしたんだけど……
タイミングの問題か、体勢が悪かったのか。
あいつの体を支えきれずに一緒に転んじゃって、しかもあたしったら片足をドブにはめちまってんの!」
まどか「ド、ドブ???」
さやか「そ。仕方ないからそのまま学校に行こうとしたんだけど、
恭介が『着替えておいでよ』って聞かないからさ。
いったん家帰ってたらこんなに遅くなっちゃったのだー!」
……まったく。
ほむら「何をやっているのよ」
さやか「はは……ホントにね。
律儀にあいつもあたしの家までついて来てくれたりして、逆に迷惑かけちゃった」
申し訳なさそうに苦笑する彼女も、普段通りの美樹さやかだ。
ほむら(……特に心配するまでも無かったのかしらね)
さやか「……で、えっと……
仁美?」
仁美「──はい」
……ん?
仁美「おはようございます。
遅刻しなくて何よりでしたわね」
さやか「うん……」
いつもと変わらないながらも目の赤い志筑仁美と、彼女に対してはどこかバツの悪そうな美樹さやか。
──やはり、なにも無くは無かったのだ。
まどか「???」
まどかもそれを察したようである。
事情を伺いたい所だが、今はもうそんな時間は無い。
ほむら(昼休みにでもさりげなく聞いてみようかしら……)
チャイムの鳴る数秒前、私はそう考えた。
─────────────────────
しかし、その必要が無いのを一時間目の授業の後に知る事になる。
仁美「……あの、まどかさんと暁美さんにお話ししたい事があるのですが……」
まどかの机の周りにいつもの四人で集まって話をしていたのだが、ふと志筑仁美が口を開いた。
ちなみに、上条恭介は相変わらずクラスメイトに囲まれている。
まどか「お話?」
仁美「はい。私とさやかさんと……
上条君の事ですわ」
!
さやか「!?」
ほむら(……向こうから話してくれるならありがたいわね)
さやか「ひ、仁美。
別にそれは話さなくても……」
仁美「さやかさんは、ご自身の事に関しては秘密にしておきたいですか?」
さやか「あ、あたし?
いや、そっちは別に構わないっていうか、まあいつまでも隠し通せる訳もつもりも無いけど……
仁美が……」
仁美「私の事は良いんです。
むしろ、お話ししたい」
さやか「そ、そうなの?」
仁美「はい」
さやか「……わかった。仁美がそうしたいなら……」
仁美「ありがとうございます、さやかさん」
志筑仁美は、曇り一つ無い笑顔を見せた。
さやか「い、いや、別に仁美がお礼を言うような事じゃないけどさ……」
──間違いない。彼女達の三角関係に、なにか変化があったのだ。
それも……いつもとは少々雰囲気が違うにしても、
二人にギスギスした空気がまったく無いのを見ると好ましい方向に。
まどか「え、えっと……?」
仁美「──では申し訳無いのですが、お昼にでもお時間を頂けませんか?」
まどか「ハヒェッ!?
あ、うっ、うん。わたしは大丈夫だよ」
ほむら「私も」
悪い展開になっていないのならスルーしても良いのだが、それこそここで三人について行っても損はなにも無い。
むしろ堂々とまどかの側に居られるのだから、得と言っても良いだろう。
さやか「あ、でも一応恭介にも話、通しておかないと……」
仁美「それもそうですわね」
照れたように呟く美樹さやかを、志筑仁美は優しげな瞳で見つめながら答えた。
─────────────────────
昼休み。四人で昼食を取りながら聞かされた話は、大方想像通りの内容だった。
結論から言うと、美樹さやかと上条恭介が付き合う事になった。
意外だったのが、事の発端が上条恭介が美樹さやかに告白してきた事。
ほむら(彼、そんな度胸あったのね)
……幾多ものループを含めても彼とはほとんど面識は無いし、さすがにその物言いは失礼か。
ともあれ、手が治った(後に美樹さやかに確認した所、やはり彼女がキュゥべえに願った結果らしい)上条恭介は、
この間久しぶりにバイオリンの演奏をしたそうだ。
親や医師、そして美樹さやかの前で。
その後彼に近くの公園へと誘われた彼女は、そこで上条恭介から告白されたのだという。
……………………
…………
恭介「ここ数日は、手が治った嬉しさで頭が一杯だった。
みんなも言ってたけど、本当に奇跡だと思う」
さやか「うん、そうだね……」
恭介「でも、気付いたんだ。
こんな奇跡が起こったのは、僕がこうして生きているから。
そして、こんな僕が今生きていられるのは──もちろん、色んな人の支えがあったからだけど……
特にさやか。君のおかげなんだって」
さやか「えっ?」
恭介「情けなく荒んでいた僕を、ずっと支え・助けてくれたさやか。
嫌な事を言っても、どんなに酷い態度を取っても、決して僕を見捨てなかったさやか。
本当にありがとう……」
さやか「い、いやっ、そんな真顔で……///」
恭介「これまでは、申し訳なさと感謝だけだった。
でも、こうして手が治って思ったんだ。
もう、今までのように君と二人きりで会えなくなるんじゃないかって」
さやか「あははっ、やだな。そんな事無いって!
またいつでも会えるしCD持ってくよ?」
恭介「うん……嬉しい。そう言って貰えて本当に嬉しいよ。
……でもね、そう考えたらとても怖く、寂しくなって……自分の本当の気持ちに気付いたんだ」
さやか「えっ?」
恭介「僕は、さやかの事が一人の女の子として好きなんだって」
さやか「!!!」
恭介「またバイオリンを弾けるようになれたのは凄く嬉しいけど……
それで、これまでとは違って君と会えなくなるのは嫌だ……!」
ぎゅっ……
さやか「あ……
きょ、恭介……手……///」
恭介「ずっと当たり前のように隣に居てくれて、
『これからもまた会える』って言ってくれる君に甘えるだけじゃ──甘え続けるだけじゃ駄目だ。
ずっと側に居たい」
さやか「あ、え、えっと……」
恭介「僕と……
付き合って下さい!」
さやか「!!!!!」
恭介「…………」
さやか「…………………………はい///」
……………………
…………
まどか「うっ、うう……」
さやか「ってまどか、なに泣いてんのさ」
屋上を通る柔らかな風に吹かれながら、美樹さやかがまどかに笑いかけた。
まどか「だって、良い話だなって……」グスッ
さやか「え、えーっと……やっ、やめてくれよっ」
あまりに素直な涙を流すまどかに、彼女は困ったように頭をかく。
仁美「──まあ、ここまではまどかさんの仰る通りなんですけど……」
そんな二人を見ながらぽつりと呟いた志筑仁美は、暗い顔をしていた。
落ち込んでいるというより、自分を責めている感じだ。
まどか「えっ?」
仁美「実は私……その場に居たんですの」
まどか「えっ!?」
仁美「習い事の帰り道で、たまたまその場を通りかかりまして」
さやか「……ねえ、仁美。無理しなくて良いんだよ……?」
仁美「大丈夫です。
朝も言いましたが、むしろ話したいんです」
さやか「……うん、わかった」
仁美「……では、ここからは私がお話ししますわね」
と、彼女は一拍間を置き、
仁美「実は、私も上条君をお慕いしておりまして……」
まどか「へっ!?」
ほむら「…………」
仁美「それで、お二人のお話を聞いてしまった私は、つい自分の鞄を落としてしまいましたの……」
……………………
…………
ドサッ!
さやか・恭介『!?』
仁美「…………」
さやか「ひ、仁美っ!?」
仁美「……すみませんっ!」ダッ!
さやか「あっ! 待って!」
恭介「え、えっ???」
さやか「ごめん恭介、すぐに戻ってくるからここで待ってて貰えないかなっ!?」
恭介「えっ? あ、うん。僕は構わないけど……」
さやか「ありがとう!
……あの、本当に悪いんだけど女同士の話があるから、その……ね?」
恭介「──わかったよ。
待ってる」
さやか「……うん」
……………………
…………
さやか「……仁美?」
仁美「…………」
さやか「えっと……
あ、あははっ、最悪なトコ見られちゃったね」
仁美「──どうして?」
さやか「え?」
仁美「どうして『最悪』なんですの?
よかったじゃ……ないですか」
さやか「あ、と……そうなんだけどさ……」
仁美「──私の気持ち、わかってらしたんですのね」
さやか「ん……その……」
仁美「……やっぱり」
さやか「まあ、仁美の事見てたらなんとなく……だけど。
ごめん……」
仁美「どうしてさやかさんが謝るんですか?
私は、確かに上条恭介君の事をお慕い申しております。
でも、相手がさやかさんなら仕方ないかなって思っておりましたの」
さやか「えっ?」
仁美「さやかさんはずっと上条君の側に居て、傷心の彼を励まし続けてきた訳ですし……
お二人が一緒になられて不満などあるはずありません。
──のに。なのにっ……!」
さやか「仁美……」
仁美「どうしてっ! どうしてこんな気持ち……っ!
悲しいの!? 悔しいの!? 寂しいのよぉっ!
さやかさんには敵わなくたって、私だって長い間ずっと好きだったのに!!」
さやか「仁美っ!」スッ
仁美「触らないでっ!」
バシッ!
さやか「!」
仁美「同情ですの!? そんなの優しさじゃないっ!
ああぁっ!! うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」
さやか「……仁美」
……………………
…………
仁美「──っく……ぐすっ……
……失礼、しました……」
さやか「……落ち着いた?」
仁美「はい……すみませんでした……見苦しい所をお見せして。
それに、さやかさんはなにも悪くないのに暴言まで……」
さやか「ううん、気にすんなって! あたしだって仁美の立場だったら、きっと……
そ、それにアレだよ。
仁美がここまで大泣きするくらい本気なんだって伝わったから……って、あたしが言うのも変だけどさ」
仁美「ふふ……はい、本気です。本気でした。
私──やっぱりさやかさんでよかったです」
……………………
…………
ここまで話し終えると、志筑仁美はそっと……しかし、大きく息を吐いた。
仁美「それから二人でもうちょっとだけお話しして、別れたんです」
さやか「つっても、結構時間かけたよねー」
仁美「そうですね。
でも、そのおかげでだいぶすっきりしました。
……まあ、お家に帰ってからも、もう少しだけ泣いてしまったのですが……」
今はだいぶ治まってきてはいるが、朝から彼女の瞳が赤かった理由はそれなのだろう。
仁美「──私が皆さんにお話ししたかったのはここまでです。
愚痴……という訳ではありませんけど、大切なお友達である皆さんに聞いて頂きたかったんです」
ほむら(……なるほど)
爆発して溢れ出した自分の『感情』を、泣き晴らす事で吹き飛ばし──
人に話す事で、上条恭介への『想い』を吹っ切ろうとしたのか。
私には恋愛経験というものが無い為、はっきりした事はわからないが……
本気で恋をして失恋をしてしまったら、そうでもしないとなかなか乗り越えられないのだろう。
少なくとも、短期間では。
特にこの件は、恋敵が友達……
それも、とても仲の良い一人。
となれば、やり切れない気持ちはより大きかったに違いない。
仁美「まどかさん、暁美さん。お時間を取らせてしまってすみませんでした。
さやかさんもこうしてお付き合い頂いて……
本当にありがとうございました」
志筑仁美が立ち上がり、私達に向かって深々と頭を下げた。
まどか「そっ、そんな事しなくても良いよ」
さやか「そうだよっ。仁美なんにも悪くないじゃんっ!」
そうやって志筑仁美を気遣う二人は──二人ともが心の優しい人達というのもあるが──、
彼女の気持ちを正しく理解したのだろう。
私達が志筑仁美の話を聞いてあげたのだとしたら、
彼女は自分にとってとても大切な話をする相手に、私達を選んでくれたのだ。
それはとても……
ほむら「……嬉しい」
まどか「えっ?」
!
ほむら「……いえ、何でもないわ」
この世界では、最初からまどかや美樹さやかと仲良く出来ている為、
自然と彼女達の親友である志筑仁美ともかなり良い交友関係を築けていたのだが……
それがこんな展開に導いてくれるなんて。
さやか「どうしたほむら? なーんか顔赤いよ?」
ほむら「そうかしら? 日が射しているからそう見えるだけよ」
さやか「いや、夕日じゃねーんだから」
仁美「でも、暁美さんって素敵ですわよね」
ほむら「えっ?」
いつの間にか私の前にしゃがんでいた志筑仁美が、私の顔をじっと見つめていた。
仁美「人に媚びず常に冷静沈着・文武両道で、静かに燃える炎のように涼やかで雄々しくて凄くかっこ良い……
私の憧れる人間像そのものですわ」
ほむら「褒めすぎよ」
──……私は、そんなに立派な人間ではない……──
自分の中の暗い部分が出てきそうになったが、
仁美「そんな事はありませんわっ!」
しかし、そのような間も無く即座に返されてしまった。
さやか「あー、仁美ってお嬢様で美人だし品があるけど、超男らしい所もあるもんね。
確かに、そんな人間を目標にしてそうだわ」
まどか「さ、さやかちゃん」
さやか「ん?
──あっ、褒めてんだよ?
お嬢様な部分も凄いと思うけど、いつも……なんつーか、正々堂々としててカッコ良い仁美って、その……
それこそあたしが憧れてたりするからさ///」
仁美「まあっ!」
まどか「いや、女の子に『男らしい』とか『カッコ良い』って、あんまり褒め言葉になってないような……」
しかし、志筑仁美は心底嬉しそうに笑っていた。
仁美「そんな事ありませんわ。
私……とても嬉しいです!」
さやか「うんうん!
仁美のそういうとこって、まるでヒーローみたいな──最高の長所ってやつだと思うよっ!」
まどか「ヒーローって」
苦笑するまどか。
さやか「つか、さっき仁美が言った『私が憧れる人間像』って、十分仁美にも当てはまる感じするけどなぁ」
仁美「いいえ、私なんてまだまだです」
さやか「そうかなー」
仁美「そうですわ。
だからやっぱり──私の理想は暁美さんなんですっ」
ぎゅっ!
ほむら「!」
志筑仁美にいきなり手を握られた。
仁美「暁美さんみたいに冷静で強かったら、今回だって誰にも迷惑をかけなかったでしょうし……」
……強い? 私が?
ほむら(そんなのありえない)
自分の表情が自嘲に歪……
みかけたのだが、
仁美「ですから暁美さん、私の師匠になって下さいませんかっ!? ほむらさんと呼ばせて下さいっ!」
ぐぐっ!
ほむら「!!」
まどか「わっ!///」
さやか「ちょっ!///」
寄せられた志筑仁美の顔があまりに近い位置で止まった為、やはりそんな暇すら無かった。
ほむら「な、名前は好きに読んでくれて構わないわ」
仁美「本当ですかっ!?」
ほむら「でも、す、少し離れて貰えるかしら???」
仁美「どうしてですの!?
ほむらさんは私の事、お嫌いですかっ!?」
ほむら「いや……」
彼女が喋る度、その柔らかな唇から漏れる甘い息が私にかかる。
見た所、私と彼女の顔は5センチと離れていないだろう。
どちらかがあと少し顔を突き出すと、確実に……キスしてしまう。
さやか「ひぇ~!///」
まどか「わ、わ、わ!///」
118 : ◆LeM7Ja3gH2ba[s... - 2013/09/11 18:33:55.07 CqqKe4Aqo 118/705挿絵をこっそり。
http://myup.jp/KsXIdthp
──ちょっと二人とも、顔真っ赤にしてないで助けなさいよっ──
志筑仁美のその目力の為に、視線を外す事すら出来ない私の思いが伝わったのかどうなのか。
美樹さやかが、志筑仁美の肩を叩いて言った。
さやか「い、いやーそういえばさ、あの日仁美と話して別れた後!」
仁美「はい?」
さやか「あたしも帰ろうとした時に、ふと恭介待たせてたの思い出してさ!
慌ててあいつんとこ戻ったらまだ座って待ってたの!
そんで『お帰り』ってなにも聞かずに笑顔を向けてさっ。
律儀だし、あいつもなにがあったか気になるだろうに、見た目によらず男らしいっつーかなんつーか!」
がはは、と笑いながら早口でまくし立てる美樹さやか。
しかし、彼女ははっと口をつぐんだ。
さやか「あ……え、と……」
仁美「──あっ。私の事はお気になさらないで下さい。
むしろこれからは、そんな幸せなお話をどんどん聞かせて下さいね?」
それに対し、志筑仁美は穏やかな表情で返す。
仁美「喧嘩──自体はまあ、どんなに仲の良いカップルでもしてしまうものなのでしょうが……
それでも、つまらない喧嘩なんかしたら許しませんわ」
さやか「仁美……
……うんっ!」
──どうやら、三角関係に関しては無事おさまったようだ。
彼女達の件以外の、その他の問題はまだ沢山あるが……とりあえずはよかった。
ほむら(上条恭介と上手くいった事が、美樹さやかにとって大きな心の支えとなってくれるんじゃないかしら)
それはつまり、彼女が破滅しないで済む未来に繋がる道が出来たのかもしれない。
仁美「うふふっ。今の私、本当に幸せですのよ。
皆さんのおかげですっきりしたのもありますし、こうやってほむらさんとお昼をご一緒するのも初めてですから」
ほむら「……!」
そうだ。この世界では……
いや、過去のループを含めても、こうして彼女達と仲良く食事を取るなど随分と久しぶりだ。
以前にも述べたように、仲良くなりすぎてしまうのを躊躇している為、それを避けてきたからだ。
ほむら(まあ、今回に関しては目的があったから)
それは事実だ。
さやか「そういやそうだったね」
まどか「うんっ」
ほむら(……だけど、それだけじゃない)
他人相手にならともかく、自分の本心に自分が嘘などつけるはずもなく。
まどか「えへへっ、みんな一緒で楽しいなっ!」
……そうね。
私は、唇を動かすだけでその三文字を紡いだ。
ほむら(うん、楽しい)
なに、この世界のここまでだって、まどか達と仲良くしてもこんなに上手くいっているのだ。
その仲をもう少々よくした所で、特別『なにか』が悪くなったりはしないのではないか?
ほむら(そうよ。
まどかとこうして近くに居られる時間が増えるのは、私にとって有利にしかならないじゃないの)
さやか「これからも一緒にお昼ご飯食べようぜーっ!」
ほむら「……そうね」
慎重になるのと、恐怖に負けて逃げるのは違うものね。
仁美「まあっ、嬉しいですわ!」
まどか「ありがとう、ほむらちゃんっ!」
仁美「──あっ、そうでしたわ。
さやかさん、私をぶって下さい」
さやか「あひっ!?」
まどか「ふぇっ!?」
ほむら「えっ」
……唐突になにを言い出すのだろうこの子は。
仁美「ほら、あの日に私はさやかさんに酷い態度を取って酷い事を言ってしまいましたもの。
だから罰を受けないと。
さあ、どうぞ」
と、美樹さやかへ頬を突き出す志筑仁美。
さやか「い、いや! だから別にそんなの良いって!」
仁美「それでは私の気が済みません。
さあ、ぶ っ て 下 さ い」
さやか「だーかーらぁー! 仁美っ!」
まどか「あわわわわわわわ……」
ほむら「ふう」
先程までの事はなにも無かったかのように始まったいつもの喧騒に、私は息を一つ吐いていた。
安堵のため息を。
─────────────────────
さやか「トドメだぁぁぁぁぁっ!」
ズバッ!
気合一閃。美樹さやかの一撃が、パソコンのモニターのような姿をした魔女を斬り裂いた。
サァァァァァァ……
魔女が滅びたのと当時に結界が壊れ、私達は元の世界──
訪れ始めた夜の気配に包まれつつある、わびしく小さな工場跡に戻ってきた。
戻ってきた『私達』というのは、私と美樹さやか。そして、
マミ「お見事ね」
巴さん。
それと……
さやか「へっへー! あたしも戦いにだいぶ慣れてきましたよっ」
ほむら「確かにその通りだけれど、浮かれすぎてはいけないわ」
さやか「わかってるってー」
キュゥべえ「でも凄いじゃないか」
……キュゥべえ。
放課後に私が鹿目家の屋上でまどかを見守っていた時、
現れたこいつに攻撃を仕掛けたのだが、逃げられてしまった。
そのキュゥべえを追いかけているうちに町外れに足を踏み入れた私(とキュゥべえ)は、
魔女の結界が出現し、すでに巴さんと美樹さやかが到着していたこの工場跡へとたどり着いた。
そのまま流れで結界の中に入り、彼女達と共に魔女と戦う事になったのだった。
キュゥべえ「こんな短期間で君達の連携は完成されつつある」
さやか「まあベテランのマミさんが居るし、あたしもほむらも素材が良いって事でしょ」
マミ「ふふっ、美樹さんたら」
さやか「──って、ふと思ったけど、ほむらは魔法少女になってどれぐらいなんだ?」
ほむら「私の事なんてどうでも良いでしょう?」
さやか「かーっ、またこれだ」
ほむら「それよりも、ほら」
マミ「そうね。あの人達をあのままにしてはおけないわ」
と、巴さんが周りに視線をやった。
そこには、地面に倒れている、『魔女の口づけ』に侵された被害者達。
魔女にターゲットにされてしまった彼らは、
心の闇を増大させられて先程まで集団自殺をしようとしていたのだが……
その魔女は倒したので、今の彼らは『口づけ』から解放されて気を失っているだけだろう。
さやか「っとぉ、そうだった!」
─────────────────────
もう心配はいらないだろうが……万が一倒れた時にどこかをぶつけたりして見えない怪我をしていてはいけないので、
携帯電話で一応救急車を呼んだ。
一つの場所に複数の人間がまとめて気を失っていたという事で、
通報した私達も軽く尋問を受けたが、そこは上手くかわしておいた。
特別遅い時間という訳ではないし、
あの人達が自殺に使おうとしていた道具などを上手く利用したので、それは簡単だった。
まあ、なにかしら疑われたとしても犯人は私達ではないのだし、
魔女・魔法少女の存在がばれるような証拠は一つも無いのだから、気にする必要は皆無なのだが。
もちろん連絡するだけして逃げるという選択肢もあったが、
救急車を呼ぶ際の通話記録等々、それをすると逆に面倒な事になる可能性もあった為、やめておいた。
─────────────────────
さやか「さーて、ひと段落したし帰りましょうかーっ!」
それなりに暗くなり始めた道を行きつつ、美樹さやかが伸びをして言う。
まだまだ工場跡を立ち去ってすぐの町外れの為か、周囲にひと気は無い。
キュゥべえ「それが良いだろうね。
休む事も大切だ」
と、これは巴さんの肩に乗っているキュゥべえ。
まあ、こればかりはその通りだろう。
頑張りすぎて疲れを溜め込むのはよくない。
さやか「そうそう。
んじゃ──」
マミ「──ねえみんな、よかったら家で夕食でもどうかしら?」
巴さんが、どことなく勇気を振り絞った様子で口を開いた。
さやか「おっ、良いっすね!
ほむらも行こうぜっ!」
ほむら「……そうね……」
キュゥべえが近くに居るのならば、それも良いだろう。
が、恐らくこいつは……
キュゥべえ「うんうん、仲良くするのは良い事だ」
ぴょんっ。
キュゥべえ「それじゃあ、お邪魔にならないように僕は……」
ほむら「──待ちなさい」
巴さんの肩から降り、歩き出したキュゥべえを私が止めた。
ほむら(やはりね)
そうはさせるものか。
ほむら「どこに行くつもりかしら?」
私の声に奴は振り向き、
キュゥべえ「そんなに警戒しないでくれよ。
……暁美ほむら。
君は、魔法少女が増えるのを防ぐ為に動いているのかな?」
ほむら「さあ?」
キュゥべえ「ふむ……
これまでの君の言動を見るに、そう考えるのが自然な気がしたんだが」
キュゥべえが、じっと私の瞳を見つめてくる。
私の心を探るように。
ほむら(……ふん)
相変わらず不愉快な奴ね。
まあ良いか。ここは反応してやりましょう。
立ち回り方次第では、そうする事によって私に有利な状況に持っていける要素の一つになるかもしれないし。
ほむら「──だとしたらどうなのかしら?」
キュゥべえ「……まあ、それなら僕に注意が行くのはわかるけれど、
僕だっていつも誰かと契約を結ぶ為に動いている訳ではないんだ」
ほむら「信用出来ないわ」
そうだ。こいつを野放しには出来ない。
そうすれば必ずまどかの元へ行く。
ただ、(少なくとも今は)強行をするつもりは無いらしく、
彼女が眠っている時間にまでコンタクトを取ろうとはしていないようだが……
マミ「ま、まあまあ暁美さん」
私があまりにも冷たい声を出したからだろう。巴さんがフォローに入る。
マミ「キュゥべえも一緒に行きましょう?」
キュゥべえ「僕もかい?」
ほむら「そうね。それなら良いわ」
さやか「へえー、なんか意外だわ」
ほむら「なにがかしら?」
さやか「いや、さ……
正直言ってほむら、キュゥべえの事嫌いじゃん?」
ほむら「ええ」
キュゥべえ「酷いや」
マミ「暁美さん……」
さやか「だからなんつーか、『キュゥべえが来るなら良い』ってのは意外だなって」
ほむら「……確かに私はキュゥべえが大嫌いだけれど……
魔法少女を増やさないのなら、無意味に憎む必要はないから」
これは嘘だ。
本当は、殺しても殺しても飽き足らないくらい憎い。
だが、奴を嫌ってはいない二人にそれを正直に言っても、空気を悪くするだけになって誰の得にもならないだろう。
それによって巴さんや美樹さやかとの関係に亀裂が入ったりしたら面白くないし、嫌だ。
キュゥべえ「僕を自分の目の入る所に置いて、見張っていようって訳か」
ほむら「…………」
さやか「あー、なるほど……」
キュゥべえ「……前から疑問に思っていたんだけど、君はどうしてそこまで鹿目まどかに拘るんだい?」
ほむら「……!」
キュゥべえ「バレていないと思っていたのかな?
僕が彼女に近寄ろうとすれば、必ず君が居るんだ。それを考えれば──」
ほむら「──馬鹿でも気付く、わね」
キュゥべえの瞳が、うっすらと笑みの形に歪んだような気がした。
キュゥべえ『君は、魔法少女が増えるのを防ぐ為に動いているのかな?』
先程のそれは、ただ気付いていないふりをしていただけか。
たぶん、なるべく自分の手の内・握っている情報を晒さずに私を言いくるめられるなら、
それに越した事がないと考えて。
だが、それは不可能だと悟り、さっさとその考えを捨てたのではないだろうか。
ほむら(……まあ、こいつには気付かれていないとは思っていなかったけど、
わざわざ巴さんや美樹さやかが居る所で……)
……いや。だから、か。
いっそ、この状況でわざわざそれを言う事で、私に揺さぶりをかけて動揺を誘う作戦に方向転換したのだろう。
あいつにとって(恐らく)未だ正体が掴めない私が、少しでも尻尾を出さないかと。
そこから、なにかしらの情報を得られないかと期待して。
ほむら(笑わせてくれるわね)
この程度の事で私が釣られるとでも?
まあ、巴さんや、まどかの親友の美樹さやかに上手く言い繕わないといけなくなったので、
それは厄介だと言えばそうだが。
ほむら「……この町には、私や巴さん、今は美樹さんも居るでしょう?」
キュゥべえ「質問の答えになってないよ?」
ほむら「見滝原に魔法少女という存在は、飽和状態だと言っているの」
キュゥべえ「でも、それを踏まえても鹿目まどかは魔法少女になるに足る──
いや、むしろ『するべき』存在だ」
ほむら「なんですって?」
キュゥべえ「その理由は、もしかしたら君が一番わかっているんじゃないかな?」
ほむら「…………」
……これはかまをかけているのだろう。
ここで下手に反応をすると、あいつにとって有利な『なにか』を与える事になってしまうかもしれない。
キュゥべえ「どうなんだい?」
ほむら「…………」
キュゥべえ「暁美ほむら」
ほむら(……ここは無言を通すのを許しては貰えないか)
なら、どう返すべきか……
マミ「──あのね、暁美さん」
しかし、私が再び口を開く前に巴さんが言った。
マミ「実は私も、そうなんじゃないかと思っていたの」
ほむら「えっ?」
巴さんにも気付かれていた……?
マミ「『鹿目まどか』って、美樹さんが何度かお話ししてくれた、美樹さんと暁美さんのお友達よね?」
さやか「う、うん……」
マミ「以前、暁美さんがその鹿目さんを見守っている姿を見ているし……」
……あの、屋上で会話をした時か。
マミ「その子が、魔法少女として群を抜いた才能を持っているのも一目でわかったわ」
ほむら「……それだけで、私がまどかをって……?」
マミ「確証があった訳じゃないけどね。
ショッピングモールでの出来事も……
あの日、美樹さんと鹿目さん、階は違っても同じ建物の中に居たそうじゃない?」
ちらりと、巴さんが美樹さんに視線をやる。
さやか「そっすね」
どうやら、二人の間でその話もされていたようだ。
マミ「だから、なんとなくそうなのかなって。
……覚えてるかしら? 私達が初めて会った時のあなたの、
『これからなにがあっても、どんな事が起こっても。
誰に対しても、絶対。
魔法少女になる事を頼んだりしないで』
って言葉」
……確かに、あの時私はそう言った。
ほむら「ええ。覚えているわ」
マミ「その言葉、『もしまどかに出会う事があっても、彼女には決して契約を進めないで』──
そういう意味ならしっくりくるし」
ほむら「…………」
マミ「それにね、キュゥべえもそんな動きをしていたから」
ほむら「そんな動き?」
マミ「ええ。
この子は私と居る時が多いんだけど……
キュゥべえったら、魔法少女の素質がある子を見付けたら、よく姿を見せなくなるのよ。
ここ最近みたいに、ね」
巴さんが、困ったようにキュゥべえを見る。
マミ「その上、見付けた相手に才能があればあるほどとても熱心に動くみたいね。
今で言うと……鹿目さんレベルみたいな子」
なるほど。長い付き合いだからわかる、行動傾向といった所か。
キュゥべえ「参ったよ。マミったら、『人に無理に契約を迫っちゃダメよ』って何度も言うんだ」
え……?
驚いて巴さんを見る私に彼女は苦笑し、
マミ「私も暁美さんと同じ気持ちだから。
どんなに素質がある子でも、魔法少女なんてそうそうなるものじゃないわ」
私と同じ……気持ち?
さやか「っかしそうかぁ。言われてみればそれ、しっくりくるわ。
一人が好きそうなあんたなのに、まどかには自分から近寄ってよく話しかけたりしてるし……
まあ、魔法少女仲間のあたし達は例外としてもさ」
ふんふんと頷く美樹さやか。
さやか「マミさんの意見に私も賛成。
あたしはどうしても叶えたい願いがあったからアレだけど、
そうでないなら魔法少女なんて軽々しくなったりさせちゃいけないって」
と、彼女がキュゥべえを指差した。
キュゥべえ「やれやれ、それも幾度となく聞かされたよ」
……?
ほむら「それって、じゃあ美樹さんも……」
さやか「ああ。
『君からも鹿目まどかをスカウトしてみてよ』~的な事を何度も頼まれたからさ、
その度にさっきみたいな返ししといた」
キュゥべえ「別に『頼んだ』訳じゃないよ。僕の立場でそれをするのはルール違反だからね。
ただ『提案』しただけさ。
まだまだ新人の君にとって、マミだけじゃなくて、親友まで仲間になったらさらに心強いんじゃないかと考えてね」
さやか「ホント~? そんな感じしなかったけどなぁ」
まあ、万が一嘘ではなかったとしても、真意が別の所にあるのは間違いないだろう。
キュゥべえのこの類の発言は、あまりにも胡散臭すぎて額面通りに受け取る事は出来ない。
……そうか。
ほむら(そこから美樹さんの協力を得て、まどかとの契約に繋がる展開を期待していた?)
キュゥべえが美樹さやかに契約を持ちかけた一番の理由は、それではないだろうか。
さやか「……ともかく、あたしはほむらの目的とかまったく考えてなかったし気付いてもなかったけど、
友達をこんな世界に引きずりこみたくない」
ほむら「そもそも、まどかみたいな子に魔法少女は務まらないでしょうしね」
さやか「それはあたしも思うわー。
──えっと、まどかの素質ってのは超凄いんだよね?」
キュゥべえ「そうだね」
さやか「それが本当だとしてもさ、性格的に合わないと思う。
あたしみたいなのでも、マミさんとほむらがついててくれても戦いってまだまだ怖いし……」
当然だろう。正直それは私もだし、巴さんだって同じはずだ。
むしろ、戦いへの恐怖心が完全に無い方がよくない。
そんな魔法少女こそ、長生き出来ないだろうから。
さやか「そもそも二人が居なかったら、あのお菓子の結界の魔女の時に、あたしは死んでたんだと思う。
……まどかには、こんな怖い世界に来て欲しくないよ」
マミ「そうね……
私はその鹿目さんの事はよく知らないけれど、
どんな子が相手であれ、契約させる為の契約は賛成しかねるわ」
さやか「だね。
悪いけど、ここは全面的にほむらの肩を持つよ」
ほむら「……二人とも」
私は、自分の胸が熱くなるのを感じていた。
さやか「って、あんたの目的? がまどかだってまだ決まってはなかったっけ?」
マミ「そういえば、暁美さんは決して『そうだ』とは言ってないわね」
ほむら「…………」
……信じても、良いの?
マミ「──あっ! もちろん、言いたくないなら話さなくても良いのよ?」
さやか「そうだね。
どっちにしろ、あたし達のスタンスはこうって話をしただけだし」
ほむら「……いいえ」
私は、一つの決意をした。
キュゥべえ「…………」
マミ「暁美さん?」
ほむら「そうよ。
私は、まどかを魔法少女になんかしたくない。
絶対に……っ!」
それぞれの太腿の隣で握られた私の両手が、軽く震えた。
隠そうとしていた事を他人やキュゥべえに悟られる時はあっても、自分からこうやって話すのは随分と久しぶりだ。
ほむら(……思ったより、勇気がいるものね)
一瞬で口の中が渇き、不快感が私を襲う。
しかし、
マミ「……ええ」
そっ……
そんな私の肩を、巴さんが優しく抱いてくれた。
マミ「わかったわ」
そう言って私に向ける笑顔は、とても優しく・美しいもので。
ほむら「巴さん……」
彼女のあまりの暖かさに、私の心が歓喜に震えた。
マミ「ごめんねキュゥべえ。こればかりは、あなたの味方は出来ないわ」
さやか「右に同じ」
キュゥべえ「やれやれ、四面楚歌って訳かい?」
さやか「恭介救ってくれたし、こうやってマミさんと知り合えたり、ほむら……
とは前からそれなりに仲はよかったけど、もっと仲良くなれたりとか、あたしはあんたに結構感謝してるんだ」
ぴょこぴょこ。
キュゥべえ「僕の耳で遊ばないでくれるかい?」
さやか「でもさ、ごめんけどまどかは放っておいてやってよ」
……こうして私の考えに同意してくれて、具体的な協力までしてくれている。
ほむら(……人の力を期待はしない。利用はすれど、頼りになどするものか)
でも、そんな私でも……
巴さんと美樹さやかという存在がとても嬉しく、頼もしかった。
キュゥべえ「仕方無いなぁ。
あれだけの資質を備えている子は、前例が無いほどなんだけどね」
ほむら『……残念だったわね、キュゥべえ』
私は、キュゥべえにだけ聞こえるようにテレパシーで語りかけた。
キュゥべえ『まあ良いさ。
この件については、君寄りの考えだったマミやさやかが、僕の味方をしてくれるとは最初から思っていなかった』
それに、恐らくこいつもだろう。私にだけ聞こえるように答える。
キュゥべえ『君の目的がこれだと確証を得られただけで、ここは十分さ』
ほむら(……!)
……ふん。だからどうだというのだ。
それを知ったからこそ出来る事など存在しないはず。
それに、ほとんど勘付かれていたキュゥべえや巴さんに知られた所で大して差は無い。
いや。
まったく気付いていなかったらしい美樹さやかも、
今回の件で巴さんと同じく私の味方に回ってくれたのだから、むしろプラスだ。
キュゥべえ「まあ、君達がそこまで言うなら善処するよ」
さやか「よかったー……ってすまんね、フルボッコみたいにしちゃってさ」
マミ「そうね……ごめんなさい……」
と、美樹さやかがキュゥべえの頭を、巴さんが背中を撫でる。
キュゥべえ「気にする必要は無いよ。
君達の意見にも一理はあるからね」
マミ「ありがとう。
──さあ、いつまでもここで話し込んでいてもしょうがないわ」
さやか「ですね。思ったより時間食っちゃった。
んじゃ、ちゃっちゃとマミさん家に行きましょうかっ!」
マミ「ええ。
……キュゥべえ」
キュゥべえ「──まあ、お邪魔じゃないなら僕もお言葉に甘えさせて貰おうかな」
マミ「決まりね」
さやか「こうして一緒にご飯でも食べれば、ほむらとキュゥべえも仲良くなれるかもだし」
ほむら「それはありえないわ」
さやか「ありゃー」
キュゥべえ「酷いよ暁美ほむら」
─────────────────────
さやか「ぐー……」
マミ「ふふっ、美樹さんまで眠っちゃったわ」
三人と一匹で食事をし終えた後の巴さんの家。
三角形の、おしゃれなガラステーブルの傍で眠る美樹さやかとキュゥべえに毛布をかけながら、
巴さんが穏やかにほほえんだ。
最初は眠りこけたキュゥべえを弄って遊んでいた美樹さやかだったが、そのうちに奴の睡魔が移ったか……
もしくは、今日の疲れが出たのだろう。
ふと、掛け時計に目をやる。
時刻は、21時30分になろうかという所だ。
マミ「もうこんな時間……
お食事やお喋りが楽しくて気付かなかったわ」
ほむら「そうね」
私は振られた話に相槌を打つのがメインだったけれど、確かに良い時間だった。
これでキュゥべえが居なければ、純粋に楽しかったと言えるのだけど……
まあ、それでは本末転倒になってしまうか。
マミ「暁美さんはお家、大丈夫?」
ほむら「問題無いわ。私も一人暮らしだから」
マミ「あら……そうだったのね」
ちなみに、美樹さやかは『先輩の家で食事を頂く』『帰りが遅くなる』といった旨を親に連絡していたが……
泊まるとは伝えていないはずなので、この時間でこのまま眠らせておくのは不味いのかもしれない。
ほむら(……まあ、今日の魔女戦でも一番積極的に動いて頑張っていたし、休ませてあげましょうか)
もし美樹さやかがこの件で親に叱られそうなら、私と巴さんがフォローすれば良い。
もしかしたら、5・6分で起きてくる可能性もあるし。
気遣いの出来る巴さんも、おそらくそこまで考えた上で美樹さやかに毛布をかけたのだろう。
マミ「──ねえ暁美さん、ちょっとベランダでお話ししない?」
ゆったりとお茶を飲む私に、巴さんがそう声をかけてきた。
ほむら「?
ええ、構わないわよ」
─────────────────────
マミ「私ね、暁美さんと出会えてよかったって思ってるの」
ほむら「急にどうしたの?」
夜風が気持ち良い、巴邸のベランダ。
ここと部屋を繋ぐ扉は開けてあり、そちらへの意識も常に向けている。
これで、眠るキュゥべえが不審な動きをしても十分察知は可能だ。
……それにしても、巴さんの家はマンションなのだが……
ほむら(相変わらず広い部屋ね)
過去の世界でも幾度となく上がらせて貰った事があるのだが、
部屋数や構造等々未だにこの部屋の全容は知らなかった。
マミ「ふふっ……
私ね、こうして『仲間』と一緒に過ごす時間が出来るなんて思ってもみなかった。
……求めてはいたけれど」
ほむら「…………」
知っている。
いや、これまでのループでの彼女の言動で気付いていた。
巴さんは誰よりも強いが、それと同じくらい孤独を恐れる気持ちや、『仲間』や『友達』を求める思いも強いと。
……むしろなまじ強い人だからこそ、そちらへの思いも大きくなったのだろう。
そうだ。この時間軸、ここまでの彼女は精神的に落ち着いている為に強さや頼もしさばかりが表に出ていたが、
本来はこういう人なのだ。
強くて脆く、責任感の強い繊細な努力家。
私が魔法少女になりたての頃は大ベテランの雲の上の人にも見えていたが、
そんな弱い面を知れば知るほど、不思議と彼女への尊敬の念は深まっていった。
ほむら(それはきっと、今の私と巴さんはどこか似ているから)
私だって、自分なりに努力をしてきた自負はある。
その結果……今の自分が強いとは思わないが、
少なくとも、昔のように一人ではなにも出来ないほどの弱い人間では無くなったと思うから。
ほむら(それに、私も孤独なのは嫌よ……)
同じ時を繰り返す事で、みんなとの時間がずれていく。
それを繰り返すうち、自分だけがなにもかもから取り残されていく感覚に何度も何度も苛まれた。
それはとても……恐ろしい。
ほむら(だからでしょうね。
抱える事情こそ違っても、同じ『孤独』に襲われながら何年も精一杯頑張ってきた巴さんは、
素直に尊敬出来るし憧れる)
この気持ちは、残酷で悲惨な……最悪の関係になってしまった世界をどれだけ潜り抜けても、
決して変わらなかった。
マミ「暁美さん、こうして隣に居てくれて……ありがとう」
ほむら「私はお礼を言われる事はなにもしていないわ。
それに、前に言ったように私とあなたは『共闘』しているだけよ。
『仲間』では……ない」
マミ「……そうだったわね。
でも良いじゃない。私がそう思ってるんだから」
ほむら「?」
マミ「私にとって、暁美さんは『仲間』だわ。
それだけで満足なの」
ほむら「自己満足ね」
マミ「そうね。
……私は自分勝手だもの」
彼女は少し自虐的な笑みを浮かべた。
ほむら「……ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃなかったの。
別に、誰かに嫌な思いをさせているのでないなら、自己満足なのが悪い訳ではないわ」
マミ「ふふっ、ありがとう。優しいのね」
ほむら「私はただ、自分の考えを述べただけよ」
マミ「でも、これでまた一つ嬉しい事が増えたわ」
ほむら「嬉しい事?」
マミ「ええ。
暁美さんが、私に仲間だと思われて嫌な思いをしていないって事」
ほむら「!」
マミ「ふふふっ、やっぱり。
そんな言い方だったもの」
確かに、事実その通りなのだが……
ほむら「……でも」
でも、まだその気持ちに正直にはなれない。
マミ「暁美さん?」
ほむら「私はいつか、あなたを裏切るかもしれないのよ?」
マミ「……どうして?」
ほむら「私は私の目的の成就の為、必要に迫られたら躊躇無くあなたを裏切る。切り捨てる。
あなただけではなく、美樹さんも」
マミ「…………」
ほむら「そんな私は、やはりあなたの『仲間』でも優しくもないのよ」
マミ「け、けど、そんな必要に迫られなければ、このままの関係で居られるんでしょう?」
ほむら「……まあそうだけれど」
マミ「じゃあ、大丈夫よ」
ほむら「そうやって、言い切れはしない」
これまで繰り返してきた時間で、何度この人達を裏切ってきただろう。利用してきただろう。
今振り返っても、『まどかを助ける』事を最優先とした場合、
そのすべての選択・決断は間違っていなかったはずだ。
細かい失策はあったけれど、大きな決断のすべてに関しては、その時その時の最善を選んできたと思う。
それでも私の力が及ばないばかりに、未だにこの、終わらないひと月を歩き続けているのだが……
マミ「そう……なのかしら……?
私はもちろん、美樹さんだってあなたに協力してくれると思うけど……
今日の魔女との戦いの後、そんな話をしたじゃない?」
ほむら「それでも、よ」
マミ「……そう」
巴さんは遠くを見、一瞬の間を置いてから再び私に顔を向けた。
マミ「でも、なんだか妬けちゃうな。その鹿目さんって子に」
ほむら「?」
マミ「詳しい事情まではわからないけど……
あなたが、その子を強く想っているのは伝わるもの」
まどか……
まどか『キュゥべえに騙される前の、バカなわたしを……』
決して忘れられない、遠い遠い記憶。
ほむら「……約束、したから」
マミ「えっ?」
まどか『助けてあげてくれないかな?』
ワルプルギスの夜に敗北した世界で、死を迎えつつあったまどかの魂の底からの懇願。
それは常に私の中にあり、いつも私の行動原理となっている。
大切な、私の道しるべ。
ほむら「『一番の友達』である彼女と、約束したから……」
ぽつりと呟き、私は巴さんから視線を逸らして俯いた。
──だから、私がまどかを強く想うのは当然なのだ──
マミ「暁美、さん……」
私達の間に、しばしの沈黙が流れる。
マミ「……でも、暁美さんって強いのね」
ふと、どこか悲しげな表情を向けてくる彼女に、私も視線を戻す。
ほむら「強い? 私が?」
彼女はなにを言っているのだろう。
マミ「ええ。
こうやって誰かから手を差し伸べられたら……
私なら、すぐにその手を取ってしまうと思う。
そして、どんな理由があっても決して離さずにすがりついて執着してしまうわ」
ほむら「巴さん……」
マミ「だから、そんなあなたを凄いって。強いって──思う」
ほむら「……私は……
私は、強くなんかない……」
マミ「えっ?」
ほむら「私は……
──!」
突如生まれた背後の気配に、私は後ろを振り向いていた。
マミ「──あら」
巴さんも気付いたようだ。ベランダの入口に立つキュゥべえに。
マミ「起きたのね」
キュゥべえ「まあね。ついうたた寝をしてしまったよ」
ほむら「…………」
……しまった。
キュゥべえにはずっと注意を払っていたが、まどかの事を考えてからそれが少々疎かになってしまった。
とはいえそれは僅かな間なので、こいつが盗み聞きなどをする暇は無かった……と思うのだが。
ほむら(その上、別に大きな声では喋っていないし……)
いや。あいつの聴力がどれほどの物かまでは知らないので、だから聞こえはしなかったと断言は出来ないか。
まあ、別に聞かれても問題の無い内容ではあったのだが……
ほむら『『一番の友達』である彼女と、約束したから……』
ほむら(気持ちが高ぶったからとはいえ、一つだけ余計な話をしてしまったわね……)
そもそも、こんな事巴さんに話したって仕方ないのに。
キュゥべえ「でもさすがだね。二人の邪魔をしてはいけないと思ってこっそり近付いたつもりだったのに、
こんなにあっさりと勘付かれるとは」
ほむら「よく言うわね。
私達の会話を盗み聞きする為でしょう?」
キュゥべえ「失礼だなあ。
僕がそんな生き物に見えるかい?」
ほむら「…………」
こいつのこのはぐらかし方を見るに、やはりそうだったのだろう。
マミ「まあまあ。
でもキュゥべえ。気遣ってくれたのはありがたいけど、
『こっそり近付いた~』なんて、変に誤解されても無理はないわ。
もうやめなさい」
キュゥべえ「そうだね。気を付けるよ」
ほむら「……そろそろ失礼させて貰うわ」
もう少し巴さんと話をしていたいとも思うが、キュゥべえが居たら当たり障りの無い事しか話せない。
それでは……
ほむら(つまらない)
マミ「あら。
美樹さんはあのまま起きそうにないし、二人ともこのまま泊まっていってくれれば良いのに」
ほむら「遠慮しておくわ」
マミ「そう……
わかったわ。無理に誘っても悪いものね」
と、笑顔を見せる巴さんはどこか寂しそうで儚げで──
とくん。
私の胸を打った。
ほむら(巴さん……)
まどかに対するものとは違うが、やはり巴さんも私にとって大きな存在なのだ。
ほむら「……今日はありがとう。
楽しかったわ」
マミ「私もよ。こんなに楽しかったのはいつ以来かしら」
ほむら(……そうね)
まどかや巴さん、美樹さやかとも。
一緒にご飯を食べて、笑って、お泊まりして。
そんな日々が欲しい。
その為にも、私は絶対に勝ちたい。
自分やまどかを襲う運命に。キュゥべえに。ワルプルギスの夜に。
─────────────────────
このまま行く事が出来れば、
ワルプルギスの夜に対して、最低でも私・巴さん・美樹さやかの三人で立ち向かえるだろう。
似たような時間軸が、過去に存在しなかった訳ではない。
しかし、これほどまで良い流れで来れたのは初めてだ。
ほむら(そろそろ、二人にワルプルギスの夜の話をしても良い頃合いかもしれないわね)
これに関しては、まだ誰にも話していない。
この超弩級魔女の噂は聞いた事があるだろう巴さんにも、まだ新人でまったく知らないだろう美樹さやかにも、
この話をするのはタイミングを図るべきだと考えているからだ。
もちろん、奴が現れるまでに時間が無ければ、多少強引にでも動く必要も出てくるが……
まだまだ猶予はある。
魔法少女の間では、伝説レベルで語られる化け物が襲来する──
『そいつを倒すつもりだから共に戦ってくれ』などと頼むのは、
出来れば私達全員に心の余裕がある時が望ましい。
まどかの事だけでなく、これに関しての協力も仰げたとしても、
その後にワルプルギスの夜の細かい情報を伝えたり、私の頭の中にある作戦等々の説明をじっくりとしたいからだ。
ほむら(……見た所、今彼女達は肉体的にも精神的にも万全だと思われる)
それに、巴さんはあのお菓子の結界内での戦いを乗り切れればまず大丈夫だし、
美樹さやかは上条恭介の件が無事に片付いた事がなによりも大きいと見る。
ほむら(ここからもしキュゥべえの邪魔が入ったとしても、私が下手を打ったりさえしなければ……)
もうあの二人は、ワルプルギスの夜が現れるまでは安心しても良いのではないだろうか?
巴さんはともかく、美樹さやかに関してのこれは完全に初めてのケースなので、あまり自信は持てないが……
私の調子も良い。
巴さん・美樹さやかと良い関係を築けているだけでなく、
二人がまどかの事に全面的に協力してくれている為に、様々な面で随分と私の負担が減っているからだ。
まどか「──なんだってっ」
仁美「うふふ。面白いですわね、それ」
ほむら「そうね」
不安や、胃の痛くなるような緊張感を無くす事までは出来ないにしても、
こうしてゆっくりまどかと一緒に下校出来るのはそのおかげだ。
ただ、さすがに蓄積された疲労があるので若干体は重いが……
少なくとも、精神面では絶好調と言って良い。
ほむら(大体、この程度の疲れで参っている暇は無いもの)
魔法少女は魔力で体調諸々の大半のカバーは出来るのだが、さすがにそのすべてという訳にはいかない。
たとえば、どれだけ魔力を使っても多少の睡眠や食事はどうしても必要だし、
そもそもなにもかもに対して魔力に頼っていたら、グリーフシードをいくら持っていても足りなくなってしまう。
ほむら(──そんな事よりも……)
実は少し前に魔女の気配を感じたのだが、そちらには巴さんと美樹さやかが向かった。
別に巴さん一人でも問題無いとは思ったのだが、
やる気に満ち溢れている美樹さやかが、『どうしても』とついて行ったのだ。
ほむら(まあ、とはいっても万一が無いとは限らないし、それはありがたいのだけど)
ここ最近、美樹さやかの成長は著しい。
まだまだ一人で魔女討伐を任せるのは不安ではあるが、
共闘する上では立派に『戦力』と呼べるレベルには達していた。
私がこれまで一人で動いていた時は、
まどかの事を最優先にしつつも巴さん達にも気を配っていて、これがかなり神経を使っていたのだが……
彼女達が二人で行動するだけでなく、美樹さやかがどんどん伸びてくれるならばさらに安心出来るというものだ。
ちなみに、未だにキュゥべえとまどかの接触は許していない。
ほむら(……そうね)
やはり、すべての面で今はタイミングが良い。
いや、ベストなのではないだろうか?
ほむら(今晩か、明日にでも巴さんと美樹さんにワルプルギスの夜の話をしてみよう)
仁美「…………」
ジーッ。
……?
気が付いたら、まどかと共に隣を歩く志筑仁美が、私の顔をじっと見つめていた。
ほむら「……私の顔になにかついているかしら?」
まどか「へっ?」
仁美「──あっ! すみません!」
ほむら「いや、別に謝らなくても良いけれど……」
仁美「……あの、ほむらさん」
ほむら「なに?」
仁美「さっきからずっと、考え事をしていらっしゃいましたわよね?」
ほむら「えっ?」
まどか「ヒェッ?」
ほむら(……おかしいわね)
その通りだが、きちんと彼女達の話を聞いていたし、相槌も打っていたのに。
ほむら(なぜばれたのかしら?)
仁美「うふふ。
実は私、最近ほむらさんの事をよく見つめているのですが……」
ほむら「えっ」
まったく気付かなかった。
仁美「ほむらさんって、かなりの頻度でなにかしら考え込んで、自分の世界に入っていらっしゃいますわよね?」
まどか「へぇーっ、そうなの?」
ほむら「え、ええっと、そう……なのかしらね」
まあ、考える事は沢山あるから……
しかし、志筑仁美はなぜいきなりそんな話を?
仁美「あっ、ご自身では意識なさってないのですね。
そうなんですのよ」
ほむら「はあ」
仁美「それでですね、これがまた憂いを帯びて絵になって……
とっても素敵なんですのよ~っ!」
いきなり頬に手をやり、トリップする彼女。
仁美「いつも素晴らしいものを見せて頂いてありがとうございますっ!
これからもお美しいお姿、よろしくお願い申し上げますっ!」
ほむら「え、ええ、こちらこそ……」
私にこれ以上どんな反応をしろというのだ?
まどか「ぁはは……」
ほら、まどかも困っているではないか。
……それにしても、志筑仁美は性格が変わった気がする。
いや、元々彼女にはこういう少し変わった面があったので、
『変わった』ではなく『自分の殻を破った』というべきか?
ほむら(あの三角関係を乗り越えてから、か)
ともあれ、最近の志筑仁美は今までの彼女よりも楽しそうだし、ならばこれは良い事なのだろう。
殻の破り方の方向性が正しいかどうかは置いておいて。
まどか「でも、なんだか嬉しいな」
ほむら「えっ?」
まどか「こうやって、ほむらちゃんの色んな面を知れて嬉しいの」
ニコッ。
そう言って見せる彼女の笑顔は最高のもので。
ほむら(……まどか)
私は、あなたを絶対に守ってみせる。
仁美「──それと、だいぶお疲れの……」
『おーーーーーいっ!』
突然、遠くから声が聞こえてきた。
仁美「あらっ?」
向こうから走ってくるのは……
まどか「さやかちゃん?」
さやか「よかった、ほむらに会えたっ!」
ほむら「私?」
訝しげに問う私に詰め寄り、彼女は大きく頷いた。
さやか「そうっ!」
ほむら「……!」
あまりにナチュラルにその姿で現れた為に気付くのが遅れたが、美樹さやかは魔法少女に変身している。
まどか「え、と?」
この姿を見慣れていないまどかは、目を白黒させている。
当然だ。魔法少女の格好は、一般人の前に出るには場違いすぎて適さない物なのだから。
ほむら「美樹さん、あなた……!」
こんなの、どう考えてもまどかに不信に思われるではないか。
私は怒りの言葉を口にしかけたが、しかし美樹さやかに遮られてしまった。
さやか「あのさほむらっ!!」
だが、
仁美「私をぶって下さいまし」
さやか「ぅわッ!?」
ほむら・まどか『!?』
私と、なにやら酷く焦った様子の美樹さやかとの間に、さらに志筑仁美がすっと割り込んできた。
仁美「さやかさん」
さやか「あああああのね仁美、今そんな場合じゃなくて……」
仁美「うふふっ。私の準備は完璧に出来ておりますわ。
その素敵なお召し物を見るに、さやかさんもそうなのでは?」
さやか「だぁーもうっ!
とにかく来て、ほむら!」
ガシッ!
ほむら「ちょっ……」
強引に私の腕を掴むと、美樹さやかはついさっき彼女が走ってきた方向へと駆け出した。
仁美「ああんっ! どうして行ってしまわれるんですのっ!?」
まどか「さやかちゃんっ!?」
さやか「ごめんまどか、仁美っ! また明日ね!」
─────────────────────
ほむら「ちょっと……」
魔法少女に変身している美樹さやかの力は当然ながら強く、
私は彼女に手を引かれるまま──というか、ほとんど引きずられるままになっていた。
もはや、まどかも志筑仁美も姿が見えない。
ほむら「──ちょっと!」
さやか「!」
ほむら「手、痛いんだけど……」
さやか「あっ、と……ごめん」
ここでようやく立ち止まり、手を離してくれた。
ほむら「どうしたのよ一体」
さやか「あ、あのね、マミさんが……マミさんがっ!」
ほむら「えっ!?」
巴さんが……?
ま、まさか魔女に!?
ドクンッ。
嫌な光景を想像してしまい、私の胸が不快に跳ねた。
シュインッ!
ほむら「それを早く言いなさいっ!」
ダッ!
私は焦って即座に魔法少女へと変身すると、駆け出した。
さやか「ちょ、ちょっと待ってよ! あんた場所知らないでしょ!?」
ほむら「魔力の波動を探ればわかるわっ!」
─────────────────────
先程の場所からそう遠く離れていないここは、小さな山の麓。
ドゥン!
ギィンッ!
ほむら「!?」
二つの魔力を感じる方向を考えると、恐らく山頂からだろう。微かに響いてくるこの音は……
ほむら「戦闘音?」
という事は、戦っているのだ。
誰が?
……決まっている。
さやか「こっち!」
ほむら「ええ!」
バッ!
登山道からは大きく外れた方へと跳躍し、木々の間を飛び移りながら私は気付いた。
ほむら(……? なぜ戦闘の音が聞こえるのかしら)
ここはまだ『結界』の中ではない。
ワルプルギスの夜クラスの実力を持つ存在でない限り、魔女が結界の外に現れるなどありえないはずだが……
そういえば。
先程までは焦っていて気付かなかったが、私がたどってきた二つの魔力は、両方とも魔女のものとは……違う?
片方は巴さんのものだから当然だ。
ならば、もう片方は……
ほむら(──!)
冷静になって考えてみれば、これも私の知った魔力の波動だった。
ほむら(……そうか)
スタッ。
私と美樹さやかは、目的の場所へと到着した。
木々に囲まれた、それなりに広い空間。
大地一面は草花が伸びて密集し、長い間人が足を踏み入れていない事を感じさせる。
この山の頂たるここでは……
巴さんと、赤髪の魔法少女──佐倉杏子が戦っていた。
─────────────────────
佐倉杏子。
彼女は、裾の長い、しかし前が大きく開いて動きやすそうなノースリーブ型の上着を身にまとい、ミニスカートを履いている。
二の腕まであるアームカバーを着用し、脚にはオーバーニーソックスとロングブーツ。
高い位置で括られたポニーテールに黒いリボンをつけ、ソウルジェムは襟元にある。
全体的に赤を基調にまとめられた装束は、気の強そうな瞳を持つ彼女にとてもよく似合っており、
放つ雰囲気は相当の手練れである事を容易に想像させる。
そんな佐倉杏子は、かつて巴さんの弟子だった、彼女と因縁のある槍使いの魔法少女──
……………………
…………
マミ「はぁ……はぁ……」
杏子「ハァ、ハァ……
ふうっ! くそッッ!!」
ジャギンッ!
佐倉杏子が得物の槍を構え直すと、巴さんへと飛びかかって強烈な一撃を放った。
ブンッ!
マミ「っ」
しかし、巴さんは軽く後ろに跳んでかわす。
ドガッ!!!
そのまま槍は地面に直撃し、草の生い茂る大地の形を変える。
185 : ◆LeM7Ja3gH2ba[s... - 2013/09/11 19:26:52.83 CqqKe4Aqo 185/705
マミ「…………」
杏子「!!」
一瞬動きの止まった佐倉杏子へと巴さんがマスケット銃を構え……
マミ「──!」
た所で、こちらに気付いたようだ。
マミ「暁美さん、美樹さんっ」
杏子「!?」
バッ!
巴さんが私達の方に顔を向けた隙をつき、佐倉杏子も後退して間合いを取った。
そして、彼女もこちらに視線をやる。
杏子「お前はさっき逃げた……」
さやか「むっ!?
別に逃げた訳じゃないっ!」
私の隣で声を上げる美樹さやかを無視し、佐倉杏子が言葉を続ける。
杏子「ふうっ……
そっちの初心者の奴とマミだけならともかく、さすがに三対一は不利すぎるね」
さやか「なにさっ、マミさんとの一騎打ちでも苦戦してるじゃんっ!」
杏子「互角だっ!」
これは聞き捨てならなかったのか、反応する佐倉杏子。
さやか「そんな事ないっ!
──ね、マミさん!?」
マミ「えっ?
ええ、まあまだ少し余裕があるのは確かだけど……」
さやか「ほーら、マミさんはバテバテのあんたと違うじゃんっ!」
杏子「なんだとっ! マミだって息を切らせて……
……ちっ。どっちにしろ興がそげちまった」
と、佐倉杏子は肩を竦めると、私達を見渡して言った。
杏子「今日の所は引いてやるよ。
そいつの顔も見れたしね」
ほむら「私?」
杏子「ああ。
マミの奴をぶっ倒せればそれに越した事はなかったが、今回の元々の目的はあんたのツラを拝む事さ。
『イレギュラー』さん」
ほむら「……!」
その言い方は……まさか。
杏子「なるほど、確かになにを考えてるかまったく読めない変な雰囲気してやがる。
キュゥべえの言う通りだ」
やはり……!
結界の外で魔法少女が変身して戦闘を行うなど、
余程の例外がない限り相手が同じ魔法少女の場合しかない。
それに、佐倉杏子が現れる時はどの時間軸でも大体今日の日付前後だ。
それを踏まえれば、ここに彼女が居る事自体の予想は出来ていたのだが……
一つだけ、気になっていた事があった。
経験上、巴さんが生存している場合に佐倉杏子が見滝原に現れる可能性は著しく低いのだが、
決してゼロではないのでそこは良い。
問題は、彼女がこの町にやって来る事になった原因だった。
ほむら(キュゥべえ……!)
そう。案の定、またあいつが噛んでいたのだ。
しかし、とすると……まずい!
杏子「じゃあね!」
バッ!
不敵な笑みを残して、佐倉杏子は去っていった。
さやか「……なんだったのよあいつ……」
マミ「えっと……」
さやか「あっ、ほむらごめん。
あの二人の戦い、めちゃくちゃ動きが早すぎてさ。
あいつも妙に強いし、正直あたしじゃあ割り込む事も出来なかったから慌てて助けを……」
ほむら「──ごめんなさい、話は後で聞かせて貰うわ」
バッ!
美樹さやかの言葉を遮ると、私もこの場から跳び去った。
マミ「暁美さんっ?」
さやか「ちょ、ちょっと!?」
─────────────────────
私は、合間合間で時間を止めつつ全力で走っていた。
キュゥべえが佐倉杏子をそそのかしてここへ呼び寄せた(か、来るように仕向けた)のは、
私をまどかから離す為に利用しようとしたからではないだろうか?
杏子『今回の元々の目的はあんたのツラを拝む事さ。
『イレギュラー』さん』
佐倉杏子が、因縁のある巴さんを差し置いて私を『目的』としたのは、
彼女のものではないキュゥべえの意志をひしひしと感じるからだ。
まあ、私より先に巴さんを見付けたからか、はたまた目的を後回しにしてでも巴さんと会いたかったのか……
理由まではわからないが、実際は私の顔を見る前に佐倉杏子は巴さんと戦闘を始めていたが。
恐らく、
──もし佐倉杏子が思う通りに動かなくとも、それはそれでまた別の手を考えれば良いし、
特に自分(キュゥべえ)にマイナスになる事はない──
キュゥべえはそんな風に考えたのではないだろうか?
……いや、それはともかくとして迂闊だった。
下校中にやって来た美樹さやかの話で、巴さんの死を想像して冷静さを失ってしまった。
彼女に対しては、自分でも思いも寄らない感情を覚える時がある。
今回以外でも、巴さんの優しさや暖かさに触れたら妙に心が暖かくなったり、胸が不思議な高鳴り方をしたり……
たとえ他の人に同じ事をされても、ここまで心は動かないのではないだろうか?
唯一まどかだけは例外かもしれないが、それでも動かされる感情の種類が違うような……
そんな気がする。
ほむら(でも、だからといってそれで肝心のまどかの守りを疎かにしてしまうなんて!)
キュゥべえの陰謀がどうよりも、私はこの事態を招いた自分自身の愚かさを呪った。
……まどかと離れてから20分くらいだろうか。
佐倉杏子がすぐに引き上げてくれたおかげでそれほど時間は経っていないが、
あいつがまどかに近付き、ともすれば『契約』を結ぶには十分な時間だ。
ほむら(…………)
私は焦り、さらに足を早める。
魔法少女化していても、足がもつれそうなほど。
ほむら(で、でも大丈夫よ。
今まどかは急を要する願いは無い……はず)
キュゥべえとの出会いは防げなくとも、そこまでなら……!
スタッ!
なんとか、いつもの私達の通学路まで戻ってきた。
ほむら(ここを曲がれば、さっきまどかと別れた場所……!)
先程の山からまどかの家へ行くには、この辺りを通る必要がある為にとりあえずここへ戻ってきたのだ。
ただ、さすがにまだ同じ場所に留まっているはずはないので、ここから彼女を探さないといけない。
どこか遊びに行くという話はしていなかったので、
こことまどかの家を結ぶ道の間に居るか、すでに帰宅していると思うのだが……
タッ!
ほむら「はぁ……」
少し……疲れた。
しかし休む訳にはいかない。
一瞬だけ息を整えてから、私は再び時間を止めつつ角を曲がり……
ほむら「えっ?」
私は思わず足を止めていた。
そこには、なにやら志筑仁美に両手を掴まれて言い寄られている? まどかと、その傍に佇むキュゥべえの姿。
ほむら(これは……どういう状況なのかしら?)
今は時間が止まっている為、見るだけでそれはわからない。
ただ、まどかの足元に居るキュゥべえはどことなく寂しそうに見えるが……
しかし、とすると──
パッ。
シュンッ!
私は時間を戻し、それと同時に変身を解いた。
ほむら「あなた達、何をしているのかしら?」
そのまま続けて、二人(と一匹)の方へと歩いて行く。
まどか「ほむらちゃん!」
仁美「まあっ!」
キュゥべえ「暁美ほむら」
まどか「あ、あのね……」
仁美「丁度よかったです!」
すると、志筑仁美が満面の笑みでこちらへ走ってきた。
ほむら「えっ?」
キュゥべえ「……これは、こっちも都合が良いや。
ねえ、まどか」
まどか「え……」
!!!
シュンッ!
カチッ!
このまま志筑仁美に付きまとわれてはキュゥべえにチャンスを与えてしまうと判断し、私は再び変身して時間を止め、
ドウンッ! ドウンッ!
あいつに銃を数発。
カチッ!
シュンッ!
その後時間の流れを戻し、変身を解いた。
そして……
バグァッ!!!
まどか「!!」
キュゥべえの体が弾けた。
まどか「え……???」
その様を見ていたまどかが戸惑っているが、彼女に背を向けている上、
そもそもキュゥべえという存在を認識すら出来ない志筑仁美はこの一連の流れに気付いてすらいない。
精々が、
仁美「あら? 今一瞬、ほむらさんのお召し物が変わった気がしましたが……」
こんな所だろう。
それも、目に映ったのは私が変身して時間を止めるまでと、時間停止を解除して変身を解くまでのほんの一瞬。
ならば、疑問に思ったとしても勘違いだとすぐに忘れるはず。
ほむら「気のせいよ」
仁美「そうですか……?」
ほむら「それで、なにかしら?」
仁美「!
そうそう、そうなんですっ!」
がしっ!
志筑仁美が私の両肩を掴んだのと、
ガサッ!
近くの茂みから新たなキュゥべえが飛び出してきたのは同時だった。
まどか「!?」
志筑仁美の肩越しから、戸惑いから驚愕へと変わるまどかの表情が見える。
バクバク……
新たなキュゥべえは、先程まで自分の体として使っていた『死体』を一瞬で平らげてしまった。
まどか「あ、あ……」
まどかは怯えているようだ。
ほむら(無理も無いわね)
キュゥべえ「けぷ。
──さて」
キュゥべえは自分の『死体』を食らった後、なおもまどかへ近寄ろうとする。
ほむら「…………」
私は、目の前で何やら熱弁している志筑仁美を横にキュゥべえを激しく睨み付け、
あいつにだけ届くようにテレパシーを使った。
ほむら『もう一度死にたいの?』
キュゥべえ「……わかったよ。
殺されては食べて処理、殺されては食べて処理の堂々巡りになりそうだし、今日はここまでにしておく。
別に焦る必要は無いんだからね。
──まあ、君に顔見せ出来ただけでよしとするさ」
まどか「えっ……?」
キュゥべえ「じゃあね、鹿目まどか。
また会おう」
私の視線を受け流しつつ、キュゥべえはまどかにそう言い残して去っていった。
まどか「…………」
ほむら「…………」
遂にこうなってしまったか。
でも、まだ……
仁美「──という訳ですのっ」
ほむら「えっ?」
そういえば、隣でずっと喋っていた志筑仁美の話をまったく聞いていなかった。
ほむら「ごめんなさい。何だったかしら?」
仁美「もうっ!
ですから、私はほむらさんの事を激しく愛してしまったみたいですのっ!」
は?
ほむら「は??」
仁美「美しいお顔・四肢・佇まい、まるで絹のような黒い髪の毛、クールな雰囲気に声……
ほむらさんのすべてを思い浮かべるだけで、私はもう駄目ですの~っ!」
ほむら「……は???」
仁美「どうしましょう?
どうしたら良いでしょう?」
ほむら「ええと……」
私は、助けを求めるようにまどかを見た。
まどか「ふぇ?
──あ、うん……えっとね、ほむらちゃんがさやかちゃんに連れていかれちゃってから、
わたしずっとその事で相談受けてたんだ」
ほむら「そ、そうなの」
それで未だにここに留まっていた訳か……
まどか「あはは。
でも、わたしが口を挟めないくらい仁美ちゃんの熱意がもの凄かったから、
相談受けてたって言って良いのかわからないけどね」
困ったように笑うまどか。
……なるほど。
つまり、志筑仁美のその熱意とやらが凄まじすぎて、
キュゥべえまでもが志筑仁美を押し退けてまどかに話しかける事が出来なかったのだ。
いや、それどころかあいつ、私が来るまではまどかに気付いてすら貰えなかったのでは?
ほむら(……それでキュゥべえは寂しそうにしていたのね)
ざまあない……
とは思うが、しかし志筑仁美、やるわね……
ほむら(まあとにかく、それは私にとってとても助かった──)
……!
私が先程通って来た曲がり角から見知った気配を察知し、私はそちらを向いた。
スッ。
すると、出てくるタイミングを見計らっていたのか、私のその動きを合図にしたかのように二つの影が現れた。
ほむら「……巴さん、美樹さん」
いつからかはわからないが、彼女達もやって来ていたのだ。
巴さんは当然として、美樹さやかも今回は変身を解いている。
まどか「あ……」
仁美「ああっ、さやかさんっ!……と、そちらの方は?」
マミ「初めまして、巴マミです。
美樹さん──だけじゃなくて、あなた達全員の先輩ね」
仁美「そうですか。ご丁寧にありがとうございます、巴先輩。
私は志筑仁美と申します」
さやか「……ほむら」
ほむら「…………」
─────────────────────
私と美樹さやか、そして巴さんの三人は、まどかの家の屋根の上にやって来ていた。
まだ時間がそれほど遅くない為、まどかへの守りを途切れさせる訳にはいかないからだ。
さやか「しっかし、やっぱまどかにはキュゥべえの姿が見えるんだね。
確かキュゥべえは、魔法少女か、魔法少女になれる才能がある人じゃないと見えないんだったよね?」
ほむら「ええ」
さやか「んじゃ、やっぱまどかの素質ってのもマジ確定か。
あたしはまだそんなの感じる力無いから、やっぱりピンとこないけど」
あはは、と美樹さやかが笑う。
あの後、巴さんも含めた五人でそのまま下校をしたのだが、その際まどかに色々と誤魔化すのに苦労をした。
さやか「帰る時にキュゥべえの事は『夢だー』『気のせいだー』って言い張ったけどさ……
まどか、絶対納得してなかったよ」
ほむら「……そうね」
巴さんも美樹さやかも協力してくれたし、なによりそんな私達をまったく意に介する事なく、
私に・美樹さやかに──アプローチ?(になるのだろうか)をかけ続けた志筑仁美の力が特に大きく、
みんなのおかげでとりあえず何とか押し切りはしたが……
……………………
…………
さやか「だ、だからそんな猫? なんて居なかったって!」
まどか「そうかなぁ……
でもわたし、確かに……」
仁美「ぶたれたいですわ」モフモフ
まどか「だって、ほむらちゃんとも話していたみたいだし……」
ほむら「気のせいよ」
仁美「その歩く姿も、風でゆるやかになびく美しい黒髪も、とても素晴らしいですわっ」フサフサ
マミ「えっと、鹿目さん。
横槍で申し訳ないのだけど、私も二人の意見に賛成だわ」
まどか「そう、ですか?
そうなの……かなぁ」
仁美「はーっ、なんて良い香りがするのでしょう!
ねえまどかさん、巴先輩っ!」モフモフフサフサ
ほむら「……あの……」
まどか「あ、あはは。そうだね」
マミ「うふふっ」
仁美「うふふふっ!」モフモフクンクン!
さやか「だーっもう仁美っ! 人の髪の毛モフるなッ!」
ほむら「……嗅がれるのはさすがに困るわ」
仁美「あらっ、いけずですのね。
いけずですよねまどかさん?」
まどか「そ、そうなのかな???」
仁美「そうですわ」
まどか「そ、そっか」
……………………
…………
ほむら「──まどかを納得させるまでには至らなかったにしても、
誤魔化す事が出来たのは、なんだかんだで彼女が良い意味で場をかき乱してくれたおかげね」
さやか「でも、ずっとくっつかれたり、匂い嗅がれるのは恥ずかしいって!」
それは確かに……
ほむら「志筑さん、目覚めてしまったのね……」
さやか「いや目覚めなくても良いってかなにをだよ!」
マミ「ふふっ。
志筑さん? とても幸せそうだったわね」
志筑仁美の様子を思い出してか、巴さんがほんのりとほほえむ。
さやか「ってマミさん、なに羨ましそうな顔してるんすかっ!」
しかし、美樹さやかから突っ込みを受けると、彼女は慌てて両手を振った。
マミ「えっ?
し、してないわよ、うん」
さやか「そうかなー?
……まあ、それより、さ。
どうしても気になる事があるんだけど……」
マミ「──私も」
恐らく、あの事だろう。
ほむら「……なにかしら」
さやか「キュゥべえって何者なの?」
ほむら「…………」
さやか「あんたキュゥべえを殺したよね?
でも殺されたはずのキュゥべえがなぜかまた出てきて、自分の死体を食べてた……」
あの時、二人が具体的にいつから居たのかはわからないが、空気でなんとなくそこは見られたのだと思っていた。
マミ「私は、キュゥべえとの付き合いはそれなりには長いと思う。
けど、よく考えたら……ね。
それでも私、あの子の事あまり知らないの」
ほむら「…………」
マミ「キュゥべえがどこから来たのか、どうして人を魔法少女なんかにして回っているのか。
そもそも、なぜそんな力を持っているのか……」
ほむら「ええ」
マミ「……あんなの、考えられない。
暁美さんは知っていたのよね?
『ああなる』のがわかっている風だったもの」
落ち着いた口調でゆっくり喋ってはいるが、彼女の瞳は揺れていた。
私に協力をしてくれてはいるが、巴さんは元々キュゥべえ寄りの人間のはず。
そんな彼女は、今どんな気持ちなのだろうか……?
マミ「魔法少女の物差しで考えても、明らかに死んでしまったのに復活するなんてありえないわよね?」
ほむら「そうね。ありえない。
でも、あいつはそれが『ありえる』存在なの」
マミ「どういう……事?」
これは、チャンスなのかもしれない。
過去の世界で決して信じて貰えなかったどころか、
それが原因で私達の仲が悪くなってしまった話の一つを、今なら出来るのかもしれない。
さやか「なんか知ってんだったら教えてよ!」
だが、私は未だに恐れていた。
ほむら「……信じて、くれるの?」
!?
零れた言葉は、発した私自身が信じられないほどに儚く弱々しいものだった。
こんな声、長い間誰にも聞かせていない。
さやか「えっ?」
マミ「暁美……さん?」
ほむら「ご、ごめんなさい。なんでもないわ」
何をやっているのだ私は。情けない……!
そうだ。以前工場跡での戦いの後、勇気を出したら良い結果に転んだではないか。
だから今回も大丈夫だ。
私はそっと息を吐いてから、続ける。
ほむら「……二人とも薄々感じていたとは思うけど、キュゥべえは普通の生物ではない。
この星の生き物ではないの」
マミ「それって……
地球外生命体って事?」
ほむら「そうね」
さやか「ま、まあ見た目──は、あれぐらいなら新種の生き物かなにかレベルで説明がつくか?
でも人を魔法少女にする力とかは明らかに現実離れしてるし、そう言われて納得出来ない事はない……
けど……」
マミ「……確かに、キュゥべえを普通の生き物だとは思っていなかったわ。
けれど、改めてそう言葉にされるとさすがに不思議な感じね」
さやか「う、うん……つまり宇宙人って事でしょ? それこそ現実感無いなぁ……」
ほむら「でも、事実なのよ。
あいつはいくつも肉体を持っていて、そのうちの一つを道具のように使って行動している。
だから、たとえその一つが壊れたとしても、すぐに他の肉体に移っていくらでも復活出来る」
マミ「……ようするに、不死身って事?」
ほむら「ええ。
そして、証拠隠滅の為かそれが決まりなのか、あいつは新しい体に移った後に前の体が残っていたら『処分』する」
さやか「……食べて……」
軽く握られた右手を口元にやって俯く美樹さやかの呟きに、私は頷いた。
マミ「……キュゥべえは、どうしてこの星にやって来たの?
どうして女の子を魔法少女にしているの?
なにか理由が……あるのよね?」
巴さんと美樹さやかが、同じタイミングで私を見つめてきた。
二人とも、同じ疑問を持っているからだろう。
当然だ。
私達魔法少女の常識ですら測れない生き物が、何の目的も無しにふらふらと地球にやって来て、
あんな事をして回っているなどと考えるのは無理がありすぎる。
ほむら「……あるわ。あいつには。
とても看過出来ない……絶対に許せない目的が、ね」
チロッ……
マミ・さやか『!』
私は、自分の瞳に深い憎悪の炎が宿ったのを感じた。
さやか「そ、その目的って……なにさ?」
ほむら「…………」
躊躇する気持ちはあるが、ここまで来たら話すべきだろう。
中途半端に喋って肝心な部分を黙ったままだと、彼女達に逆に不信感を与えるだけになってしまうと思う。
ほむら「……話しても良いけど、少し難しい話になるわよ?」
さやか「げっ!?
……ま、まあ、知らずにそのままってより、聞いたけど理解出来ませんでしたーって方がまだマシかな」
マミ「ふふ、美樹さんたら理解出来ない事が前提になってる」
さやか「いやー、あたし頭には自信が無くてさぁ」
頭をかきながら笑う美樹さやかに巴さんは苦笑すると、すぐに表情を引き締めて私に言った。
マミ「──構わないから、聞かせて貰えるかしら?」
ほむら「……わかったわ。
あいつ、キュゥべえは……」
─────────────────────
私は、キュゥべえ……インキュベーターの真意を懇々と説明した。
魔法少女達に一見親切な態度を取っているが、奴には決して情など無い事。
インキュベーターは宇宙を存続させるエネルギーを集める為に動いており、
その為には思春期の女の子の感情エネルギーを利用するのが一番効率的らしいという事。
彼女達を利用するその対価として、目を付けた女の子達の願いを一つだけ叶えてやり、
魔法少女という存在にして『逃げられなくしている』事……
など、だ。
─────────────────────
マミ「…………」
さやか「…………」
私の話が終わった後、二人はしばらく絶句していた。
マミ「……信じられない……」
ようやく絞り出せたのだろう、巴さんの言葉は掠れていた。
ほむら「事実よ。
細かい所は私が個人で解釈した部分もあるけれど……
あいつは、自分の目的の為に沢山の子を犠牲にしてきたし、今もしようとしているのは間違いない。
これは昔、キュゥべえ自身の口から聞いたのだから」
マミ「キュゥべえ……
……インキュ、ベーター……」
ほむら「──そろそろ暗くなってきたわね」
ソウルジェムの秘密や、魔女と魔法少女の関係……
それらはまだ話していない。
これは時間が遅くなってきたというのもあるし、
今あまりに沢山の話をしても二人を混乱させるだけだと判断した為だ。
ほむら(特にその二つに関しては、キュゥべえの正体よりもショックが大きいでしょうからね)
二人がその事実を知ってから、壊れてしまった世界も沢山あった。
だから、私の感情を抜きにしても、これらに関してだけは話す機会自体が無い方が最善だと思う。
……出来れば、彼女達に余計な動揺を起こさせないままワルプルギスの夜戦に挑みたいのだが……
ほむら(本当は、こんな事よりも先にワルプルギスの夜の話をしたかったのに……
さすがに、すべてが思い通りにはいかないものね)
マミ「……でも、暁美さん。あなたは……」
さやか「──そうだね、もうこんな時間か。
あたしそろそろ帰らせて貰うわ」
なにやら言いかけた巴さんの言葉を美樹さやかの声が遮ると、彼女は立ち上がった。
さやか「なんか色々聞きすぎて頭こんがらがっちゃった。
エントロピーだっけ? ははっ、宇宙を救う為ときたもんだ」
ほむら「美樹さん……」
さやか「うーん、あたしの頭じゃやっぱよく理解出来ないや。
家で整理してみるよ」
ほむら「……大丈夫?
やっぱり、話さない方がよかったのかしら……」
これがきっかけでまた仲間割れが起こったり、彼女のソウルジェムが穢れてしまったりしたら……
さやか「ん?
ははっ、そんな心配げな目で見んなよ。
そりゃぁあたしは頭よくないけどさ、まあ帰って何とかまとめてみるって!」
しかし、そんな私をよそに美樹さやかは明るく笑って私の肩を叩いた。
ほむら(安心した……
この様子だと、少なくとも今すぐにどうにかなりはしなさそうね)
さやか「あんたは、まだまどかを?」
ほむら「ええ。
キュゥべえはあまり遅い時間には現れないから、それまでは……」
さやか「そっか。付き合えなくてすまんね」
ほむら「問題無いわ。家の人を心配させてはいけないもの」
さやか「うん。
……ってマミさん、どうしたんですか? ボーっとして」
マミ「えっ?
あ、いえ……」
美樹さやかに声をかけられた巴さんは、一瞬驚いたように肩を揺らすと、視線を逸らした。
さやか「って、まあしょうがないか。
衝撃的な事実すぎるし、マミさんは特にキュゥべえと仲良いからねぇ」
マミ「……ええ、そうね」
ほむら(美樹さんよりも、巴さんの方が話すべきではない相手だったのかも……)
彼女が魔女化した例を私は知らないので、そちらの面での心配はしていなかったのだが……
ほむら(失敗した、のかしら)
一瞬彼女の破滅が頭に浮かんで私の胸の鼓動が早くなるが、それで今更どうにか出来るはずもない。
ほのかに後悔を感じる私を残し、美樹さやかと、どこか気落ちした様子の巴さんは帰って行った。
─────────────────────
気が付いたら、私はベッドの上で寝ていた。
ほむら「……?
──!!!」
ガバッ!
寝起きの為に一瞬物を考える事すら出来なかったが、私はすぐに意識を覚醒させて上半身を起こした。
この辺りは、魔法少女をやっている賜物だろう。
ほむら(ここはどこ? 私は一体……?
自分で移動した? 誰かにさらわれた?)
……ん?
ゆっくりと、この場所を見回してみる。
綺麗に整頓されておしゃれな家具の置かれた、良い香りのする素敵な雰囲気の部屋。
今は夜で明かりはついていない。
しかしその分、大きな窓とカーテンの隙間から僅かに入ってくる月明かりが、その雰囲気をより高めていた。
この部屋自体は足を踏み入れた覚えは無いが、確かに知った空気の場所だ。
ほむら(ここは……)
ガチャッ。
私が結論を出してベッドから抜け出そうとした時、ドアが開いて一つの人影が入ってきた。
ほむら「……巴さん」
マミ「気配がしたからもしかしてと思ったんだけど、やっぱり目が覚めたのね」
彼女は優しい笑顔を浮かべると、部屋の明かりをつけてドアを閉め、私のすぐ横に座った。
ほむら「これは……一体?」
私は言いながら掛け布団から出て、巴さんの隣に腰掛ける。
マミ「ふふ、ごめんなさい。ビックリさせてしまったわよね」
ほむら「ここはあなたの家の一室で良いのよね?」
マミ「ええ。私が運んだの」
話によると、私と別れて何時間か後……
私に聞きたい事があり、巴さんはまどかの家の屋根に戻ってきたらしい。
そこで見たのは、倒れている私。
慌てて駆け寄るも、怪我をしている様子も戦闘があった形跡も無い。
マミ「暁美さん、ずっと根を詰めすぎていたじゃない?
だから疲労で倒れちゃったのかなって思って、勝手ながらここへ運ばせて貰ったの」
ほむら「根を詰めすぎ……?
そんな事は……」
マミ「あるわ。あったの」
……確かに、ここ最近体が重かったが……
けれど、疲れただの何だのと言っている余裕は無い。
タッ。
私は立ち上がる。
しかし、
フラッ……
ほむら「っ……!」
足に力が入らず、私は再びベッドに座る事になった。
マミ「ああっ、駄目よ。
まだゆっくりしていないと」
ほむら「でも……」
マミ「鹿目さんなら大丈夫よ」
ほむら「えっ?」
マミ「ほら、暁美さん言ってたじゃない?
あまり遅い時間にはキュゥべえは現れないって」
ほむら「ええ……」
マミ「今は深夜だから、もう大丈夫だと思うんだけど……」
チラッ。
横を向く巴さんの視線を追うと、その先に時計があった。
──午前2時13分。
ほむら(気を失っている間に、日付が変わっていたのね……)
なるほど、これならば確かに問題は無いだろうが……
ほむら「じ、自分で一目でも確認しないと……」
安心出来ない。
私は再び立ち上がろうとしたが、
クラッ……
激しい立ちくらみの為、今度は腰を数センチ浮かすだけしか出来なかった。
ほむら「う……」
マミ「ほらほら、無理はしちゃダメよ」
ほむら「でも……」
マミ「ダ メ」
唇を突き出して少し怒ったように言いながら、巴さんは私を布団の中に戻した。
ほむら「…………」
……まあ良いか。
経験上、この時間にまどかが起きている事は考えられない。
キュゥべえは狙った子を魔法少女にする為にあの手この手を使い、立ち回って、
逆にその子から頼んでくるように誘導するが、
無理に迫ったり強行したりは、あいつの言う所の『ルール違反』で厳禁らしい。
これに関しては嘘ではないようで、そのルールとやらを破る動きをした事は、私が知る限りは一度も無い。
だから、もしこれからキュゥべえが動いたとしても、
今晩まどかに手を出す可能性はゼロだと断言しても良いはずだ。
とすれば、ここは休息を優先させるべきだろう。
ほむら(でも……)
私は、嬉しいような切ないような……不思議な気持ちを覚えていた。
ほむら(こんな風に、優しく叱られたのはいつ以来かしら)
様々な相手と腹の探り合いをしたり、憎まれたり罵倒されたり……
そういった事には慣れてしまったけれど。
その分、忘れかけているものも確かにあって。
ほむら「…………」
マミ「ふふっ、そう。今ぐらいゆっくりしましょうよ」
巴さんは、ベッドに横たわる私の頭をそっと撫でた。
ほむら(……この時間軸では、
ワルプルギスの夜戦までにゆっくりと体を休められる最後のチャンスになるかもしれないし……)
そのあまりの心地良さに自分のすべてを任せてしまいそうになるが、ふと思い出して私は問うた。
ほむら「……ねえ」
マミ「なあに?」
ほむら「それで……私に聞きたい事ってなんだったのかしら?」
巴さんの手が止まった。
マミ「うん……
……気にしないで」
ほむら「?
わざわざ私の所に戻ってきてまで聞きたかった事でしょう?」
マミ「…………」
ほむら「……まあ、無理に話せとは言わないけど」
呟いて、私は目を閉じた。
マミ「……たは」
ほむら「……?」
耳に届いた微かな声に、私は再び目を開ける。
マミ「あなたは、何者なの?」
そこには、先程までの優しい表情をした女の子は居なかった。
マミ「どうしてそんなに……私も知らない事を沢山知っているの?」
思い詰めた昏い瞳で、巴さんは私を見る。
ほむら(あっ……!)
まずい。
一瞬で、まどろみが消えた。
この瞳は見た事がある。
マミ『みんな死ぬしかないじゃない!』
ほむら(あの時と同じ……!)
反射的に変身しそうになったが、今は巴さんも魔法少女ではない。
刃物を隠し持っている風でもないので、万が一襲いかかられても即死させられたりはしないはずだ。
ならばここは刺激を与えるような行動は取らず、彼女の動きを注意するに留めておくのが最善だろう。
ほむら「……私を信用出来なくなった?」
マミ「初めから信用なんてしていないわ!」
ぐっ。
巴さんの、私の頭を触る手に力が入る。
マミ「ずっと自分の手の内は見せず、私の友達だったキュゥべえを憎んでいて、殺そうとまでしていた。
そして昨日は本当に……!」
ほむら「……そう。
まあ、私自身が最初から、あなたとはお互いを利用するだけの関係だと言っていたもの。
信用しないのは正解よ」
彼女の言葉に酷くショックを受ける自分が居たが、それに呑まれる訳にはいかない。
冷静に、冷静に。
冷静にここを切り抜けるのだ。
こんなの慣れている。
大切なのは、折角ここまで生き残ってくれた『戦力』をこんな所で失わない事。
ほむら「私だって……」
──あなたなんて信用していなかったもの──
マミ「でも!」
私が最後まで言うのを許さず、巴さんが叫んだ。
マミ「でもっ! 信じてるの!」
ほむら「……えっ?」
マミ「私、暁美さんの事信じてるのにっ! でも、キュゥべえだって信じてて……
けど、信じられなくなって……!」
ほむら「なにを……言っているの?」
支離滅裂すぎて理解出来ない。
マミ「そうよね。意味、わからないわよね。
私だってわからないんだもの……!」
ほむら「……とりあえず、落ち着いて話して貰えるかしら?」
刺激させないように、丁寧に言った。
マミ「……最初の頃の暁美さんの言動だけ見ていたら、とても信用なんて出来ないわ」
ほむら「……ええ」
そう、でしょうね。
あの時は、まだ誰も信じようとすらしていなかったので、自分でも態度が悪すぎたと思う。
マミ「でも、どうしても悪い人には見えなくて、仲良くなれたらなって思った」
ほむら「信用……出来ないのに?」
マミ「だって暁美さん、寂しそうな瞳をしていたんですもの」
ほむら「!
…………」
マミ「刺々しい態度を見せる時も、普通に会話をしている時も、一人で歩く時も……
いつもそう」
ほむら「…………」
マミ「初めはね、縄張り争いとかに興味の無さそうな……変わった魔法少女がやって来たなって思ったの。
今にして思えば、嘘を吐いていた可能性も考えるべきだったのかもしれないけれど、
不思議とあなたにはそんな発想すら持てなくて……」
少し落ち着いてくれたのだろうか。
彼女の口調に、冷静さが戻ってきた。
マミ「ショッピングモールでキュゥべえを殺そうとした時は、正直言って本気であなたを倒そうかと思った。
……でも、暁美さんのその寂しげな瞳がちらついてどうしても出来なかったわ」
チカッと、部屋の明かりが一瞬揺れた。
マミ「私はね、キュゥべえの事が好きだった。
ずっと、ずっと一緒に居てくれた大切な友達だもの」
ほむら「……ええ」
マミ「だからあの時は本気で……殺意を覚えたのに。
不思議ね。そんなもの、すぐに消えてしまったわ」
巴さんは困ったように笑うと、少しだけ俯く。
マミ「それからも毎日が過ぎていって、美樹さんが魔法少女になって、
暁美さんもどんどん優しくなっていって、優しくしてくれて……」
ほむら「優しく?……そんな事ないわよ」
マミ「あるわ。
ここだけの話、美樹さんも言ってたもの。
──ふふっ。嬉しかったし、楽しかったなぁ」
ほむら「……そう」
自分としては、人への態度を変えたつもりはないし、変わったとも思っていなかった。
だけど、こういうものは自分自身より周りの人の方がよく理解していると聞くので、きっとそうなのだろう。
マミ「でも、苦しくもあった。
暁美さんは相変わらずキュゥべえを憎んでいるみたいだし、どうしてみんなで仲良く出来ないのかなって……」
ほむら「……ごめんなさい」
マミ「あっ──
違うの。暁美さんを責めているんじゃなくて……
年長者だし、こういうのは私が何とかしないとって……でも、何の方法も思い付かなくて……」
……やはり、彼女は巴さんだ。
責任感が強く、
マミ「もう、こんな関係を失いたくないって思ってるのに……」
大切なものを守る為には、自分がどれだけ苦しんでも、とことん・どこまでも頑張ろうとする人。
ほむら(ただ、その苦しみの原因の一端は私ね……)
でも、こればかりはどうしようもない。
あんな奴と仲良くなんて……
ほむら(出来ない!)
マミ「……そして、昨日という日が来たわ」
昨日。
巴さんが佐倉杏子と交戦し、まどかとキュゥべえが出会い、私がキュゥべえを『殺した』日。
マミ「その瞬間、また激しい殺意に襲われたわ。暁美さんの事、大好きなのに。
でも、殺されたはずのキュゥべえがなぜかまた現れて、自分の死体を食べ始めて……
私、キュゥべえだって大切に思っていたのに、この時はあの子が得体の知れない化け物に見えて、気持ち悪いなって……
私、酷いなって……」
片手で頭を抱え、呻くように言う巴さん。
マミ「……それで、暁美さんからキュゥべえの話を聞いて、なにを信じて良いのかわからなくなってしまった。
暁美さんを信じたいのに、あの子と過ごした日々が忘れられなくて……
でも、キュゥべえのあんな姿を見たり……聞いたりしたら、もう信じられなくて……」
ほむら「巴さん……」
マミ「ねえ、キュゥべえは本当に私達を……私を利用しているだけなの?
暁美さんも……本当、に?」
頭を抱えながら私を見つめる彼女の表情が、激しく歪む。
マミ「そんなの……嫌よ……」
ほむら「あ……」
じゃりっ……
自身の髪の毛の中に埋まる巴さんの指先から、悲しい音がする。
ほむら「ごっ、ごめんなさい。
違うわ、違う。キュゥべえはともかく、私は……」
私は、これまでの自分の行動そのものが間違っていたとは思わない。
感情的になっても碌な結果にはならないし、過去を踏まえて冷静に動いてきた自信がある。
けれど、それは人の……彼女の気持ちを無視したものであるのも違いなく、
どんな目的があったとしても、彼女を傷付けて良い理由にはやはりならないのだ。
大体、間違っていないからといって、それが正解だとも限らない。
きちんと周りを俯瞰して立ち回っていたつもりだったが、
私だって自分の目的に囚われて視野が狭くなり、いつの間にか頑なになっていたのだろう。
ほむら(そうならないように注意してきたし、『理解』もしていたはずだったけれど……)
今更、それを『実感』した。
ほむら「私は……っ、違うの。あんなの嘘よ。本心じゃない」
後悔に、噛み締めた奥歯が熱い。
マミ「暁美さん……」
ほむら「だから……ごめんなさい」
いつしか肩を軽く震わせてまぶたを押さえる彼女に、私はそっと寄り添った。
マミ「よかった……
……よかったぁ」
そんな私に、巴さんは潤んだ瞳で寄りかかる。
……しばし、そのままの体勢で時間が過ぎてゆく。
巴さんの体温は、とても暖かかった。
マミ「……ごめんね。
私、自分勝手な理由でこんなに悩んで……」
ほむら「いいえ。
こういう事でここまで悩めるのは、あなたが優しいからよ」
マミ「えっ?」
ほむら「優しいから、人を信じられない自分に悩み・苦しんでいるのよ」
マミ「ふふっ。私はね、ただ自分本位なだけ。
自分が大切に思っているものはすべて失いたくないだけよ」
ほむら「それのなにが悪いの?
誰だって大切なものは守りたいわ。
私だって同じだもの」
あなたと……同じだもの。
マミ「暁美さん……」
ほむら「もしそれを咎める者が居たら、私が許さない」
マミ「…………」
ほむら「だから、辛い時は愚痴でもなんでも零すと良いわ。
それはもちろん私相手でも良いし、私が信用出来なければ美樹さんでも良い」
マミ「そんな……でも、私は……」
ほむら「歳上だとか先輩だとか、そんな事は気にしなくても良い。
あなたは強すぎるのよ」
マミ「うふふっ、冗談はやめて。
私は強くなんか……」
ほむら「強いからこそ、苦しい思いを溜め込んでしまう。
いえ、『溜め込めて』しまう」
そうなのだ。だからこそ、一度たがが外れてしまうと止められなくなる。
『溜め込めて』しまった、膨大な負の感情を。
マミ『みんな死ぬしかないじゃない!』
今でも忘れられない、最悪の悪夢の一つ。
私がかつて潜り抜けた世界で、
魔法少女がやがて魔女になるのを知り、深い絶望に囚われて仲間を撃ち殺した巴さん……
私はもう、あんな彼女を見たくない。
ほむら「でも、どんなに強い人でも限界はあるもの。
だから、溜め込む事が出来てしまった沢山の……沢山の苦しさや辛さが爆発した時に、
他の人よりももっと苦しくなるのよ」
マミ「…………」
ほむら「私は……」
ずっと、ずっと思っていて、でも心の奥底に押し込んできた気持ち。
ほむら「そんな悲しい強さを持って頑張る、巴さんの力になりたい」
あなたを一番には出来ないけど。
ほむら(でも)
でも、少なくとも今は。
マミ「……かなぁ」
今、この瞬間だけは。
マミ「すがっちゃって……良いのかなぁ……?」
私のすぐ隣で、子犬のように震えているこの人を──
ほむら「良いのよ」
ぎゅっ。
他のすべてを忘れて、抱き締めてあげたいと思った。
マミ「──う、ぁうぅ……」
ぎゅっ……!
ほむら「今だけは、辛い思いをすべて吐き出して」
マミ「うぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
……巴さんは、私の胸の中で泣いた。
【中編】に続きます。