♪
担任「このプールカードを期限までに、クラス全員に名前を書いてもらって、ぼくに提出してください」
女「……あの、これって委員長がやる仕事なんじゃないんですか?」
担任「ええ。ですが、キミを呼び出したんですし、ついでにおねがいしますよ」
女「プール開きってまだ先ですよね?」
担任「そうですが、体育の小暮先生はとてもコワイ方なので。
忘れないうちにこういうことはやっておこうかなと思いましてね」
女「先生でもああいう人ってコワイんですね」
担任「先生でも、というのはよくわかりませんね。まあ、あの先生はコワイですよ。
ウワサではゲイであるとか聞いたことありますしね」
女「……パソコン室に呼び出されたからなにかあると思ったのに。用事はこれだけですか?」
担任「ええ、これだけです。ちなみにぼくは職員室が嫌いでね。できるかぎりあそこにはいたくないんですよ」
女「だからパソコン室で仕事してるんですか?」
担任「ええ。それに大っぴらに聞けないことも、ここなら聞けますしね」
女「ここからの話が本題ってことですね」
担任「はい」
女「……七月一日までは待ってくれるんですよね?」
担任「もちろん。しかし、ぼくの見た限りではキミは目立った動きはしていない」
女「……これからのことについては、考えている最中です」
担任「ずいぶんと悠長なことを言っていますね」
女「悠長って、べつにわたしは……」
担任「新たな候補を作るべきでしょう?」
女「先生って本当に勝手なことばかり言いますよね」
担任「キミには褒めたい点とけなしたい点がひとつずつあります」
女「…… なんのことですか?」
担任「褒めたい点に関しては、女にしては意外と理性的だということです」
女「女にしては、なんて言い方はよくないと思います」
担任「キミも似たようなことを球技大会で彼に向かって言ってたじゃないですか」
女「聞いてたんですね」
担任「まあね。話を戻しますが、ぼくはもっとキミが暴走するかと思っていました。
一日でカードを全部消費したりするんじゃないか、と」
女「……」
担任「しかしキミは冷静になんとかこの状況をよくしようとしています。
今だってこの理不尽な状況に怒りこそすれ、ヒステリックになったりはしていませんからね」
女「それはどうも」
担任「しかし、一方でつまらないんですよキミは。カードを使うことをためらっている」
女「当たり前です。だって……」
担任「だって、なんですか?」
女「それは……」
担任「答えられないんですか? そうでしょうね、キミは全てにおいて中途半端なんです。
本当の善人であれば、人の運命を狂わせるようなカードは使わないでしょう」
女「……」
担任「逆に真のクズならそのカードを容赦なく使い切っていることでしょう。
しかし、キミはカードを使ってはいるものの、使い切ってはいない。言ってみれば半端なクズってところです」
女「だったら……だったらなんだって言うんですか?」
担任「べつに。ただキミが仮に物語の主人公だとしたら、それはとてもつまらない物語になるでしょうね」
女「なにが言いたいんですか? 意味がわかんないです」
担任「べつに、とりあえず話は終わりました。あ、やっぱり待ってください」
女「……まだなにかあるんですか?」
担任「いえ、キミがその手に持っている本はなにかと思いまして」
女「これ、ですか? これは家から持ってきた本です。ある先輩に貸そうと思って……知ってるんですか、この本」
担任「……いいえ、まったく。作家についても名前ぐらいしか聞いたことがありません」
女「あんまり本を読まないわたしでも知ってる人なんで、そんなにマイナーな作家ではないと思いますけどね」
担任「『少女には向かない職業』ですか。
はじめて見る本ですが……なかなか皮肉が効いていていいですね」
♪
女「さっきからなに見てるの?」
委員長「個人アンケート」
女「アンケート? そんなのやったけ?」
委員長「二年が始まって早々に先生がやれって言ったアンケート。覚えてない?」
女「ああ、そういえばなんかあったね。けっこう個人的なこと書かれてるよね?
しかも名前を書かせるタイプだったし」
委員長「ちなみにアンタはなにを書いてるのかな……」
女「見ちゃダメでしょそれ!」
委員長「冗談よ。けっこうディープな質問の内容もあるしね。
でも普通、こういうのって生徒に返却させちゃダメだと思うんだけどね」
女「いいかげんな先生なんでしょ」
委員長「こんなアンケートを取るのに? これたぶん、先生が個人で作ったものだよ?」
女「知らないし、興味ない」
委員長「アンタってあの先生のことキライなの?」
女「……確実に好きではないね」
委員長「けっこうカッコイイと思うけどね、わたしは。それに穏やかだし」
女「どうだか。ああいう先生にかぎって、ひどいことを平気でしそうじゃない?」
委員長「……やっぱりアンタ、先生のことキライでしょ」
女「先生のことなんかどうでもいいの。それより」
委員長「なに?」
女「体育館行かないと。自習時間使って創作ダンスの練習だし、みんな待ってるでしょ?」
委員長「もちろん、そこらへんはわかってるよ」
女「ていうか、ついこの間まで球技大会だったのに、もう体育祭の創作ダンスの練習なんてね……」
委員長「アンタが前言ったとおり、前期はイベントが立て続けで大変ね」
女「ほんとね。まあ楽しいからいいんだけど。とりあえず体育館行こ」
委員長「ちょっと待っててくれない?」
女「なにかあるの?」
委員長「先生に書いてくれて頼まれたものがあってね。あと、掲示板にプリント貼り付けなきゃならないし」
女「ダンスの指示はいいの? 委員長がいないと困らない?」
委員長「実は昨日の放課後にミレイちゃんに途中までダンスを覚えてもらったの」
女「ミレイちゃんに!?」
委員長「あの子、すごくダンスうまいんだよ。あっという間に覚えちゃって、むしろ途中からわたしが教えてもらったの」
女「あの子、運動苦手って言ってたのに……」
委員長「あ、でもダンスが終わったあとはしばらく動けなくなってたけどね」
女「なんだそりゃ……ていうかいつの間にミレイちゃんと仲良くなったの?」
委員長「あの球技大会が終わったあと、四人でファミレスに行ったでしょ? あのときかな」
女「……すごいね」
委員長「なにが?」
女「誰とでも仲良くなれること」
委員長「ミレイちゃんと先に仲がよかったのは、そっちじゃない。
それに誰とでも仲良くなれるっていうのはアンタのほうが当てはまると思うけど」
女「いや、なんていうかわたしは広く浅くって感じだから」
委員長「ふーん。じゃあわたしとは?」
女「え……?」
委員長「だから、わたしの場合はどうなの?」
女「……委員長とは、えー、まあうん……」
委員長「なに恥ずかしがってんの?」
女「は、恥ずかしがってなんかないよ。それより、早くやることやって行かないと!」
委員長「ただ待たせておくのもなんだから、待ってる間にこれやってみたら?」
女「ナンプレ?」
委員長「そう、ナンプレ。数学苦手なアンタにはぴったりでしょ?」
女「むぅ……」
委員長「そんな顔しないの。やってみると意外と楽しいよ?」
女「これ、あんまり得意じゃないもん」
委員長「わたしの仕事とどっちが先に終わるか競争ね」
女「絶対にわたし勝てないから、それ」
女(委員長はほんと、誰とでも仲良くなれてすごいな)
女(しかもみんなからの信頼も厚いし、よくよく考えたらアイツとけっこう話してくれるし)
女(カードは残り三枚。もし委員長だったら……もしかしたらアイツを惚れさせることができるかもしれない)
女(あと、候補としては……アイツの好みっぽい人だと無口の人、か)
女(いや、でもやっぱり委員長の名前を書くのは……)
『キミは全てにおいて中途半端なんです』
『本当の善人であれば、人の運命を狂わせるようなカードは使わないでしょう』
『キミはカードを使ってはいるものの、使い切ってはいない』
『言ってみれば半端なクズってところです』
女(わたしはアイツのことをどう思ってるんだろ?)
女(最初のころは嫌悪感しか感じなかった。全然カッコよくないし)
女(でも今は、少しは変わった……かもしれない)
女(でも……それでもアイツだってわたしと同じ)
女(カードでわたしをおとしいれた)
女(そもそもアイツがカードにわたしの名前を書かなければこんなことにはならなかった……!)
女(今この机に並べたカード二枚)
女(これに委員長と無口の人の名前を書いてしまえば……)
委員長「誰か外にいるのかな?」
女「……え?」
委員長「なんとなく外に人がいる気がする」
女「あ、うん。見てみよっか」
女(……)
女「誰かいますかー……って、こんなとこでなにしてるの?」
男「あ、あ、いや、その……」
委員長「しかもジャージに着替えてないし」
男「そ、それは……委員会が長引いちゃって……しかも、きょ、教室に入ろうとしたら……誰かいるから……」
委員長「あ、ひょっとして女の子が着替えてると思ったの?」
男「も、もしの、覗いたりしたら……困るから……」
女「ノックしてくれればよかったのに。まあいいや、入って着替えを取りなよ」
男「あ、ありがと」
委員長「待って待って。どうせなら着替える前にちょっと手伝ってもらいたいことがあるの」
男「な、なんですか?」
委員長「掲示板に貼らなきゃいけないプリントが何枚かあるの。
だけど、女子のわたしより男子のキミのほうが高いところは貼りやすいでしょ?」
男「あ、はい……わ、わかりました」
委員長「もちろん、手伝ってくれるよね?」
女「委員長に頼まれちゃ、ね。それに……」
女(と、ここで勝手にからだが動く。わたしはコイツのそでをつかんでいた」
男「え? 」
女「ほら、さっさと行こうよ。早くしないと練習時間終わっちゃうし」
男「あ、ま、待ってくださぃ……この本だけ、つ、机に置くから」
委員長「本当はふたりっきりにしてあげたいんだけどね」
女「だ、だからそういうのはいいって……!」
女(毎度のごとく、例のやりとりをしてわたしたちは掲示板へと向かうことにした)
♪
女「さっきの本、かわいいブックカバーついてたけどアレ、キミのじゃないよね?」
女(うわっ、また急に口が動き出した)
女(ちょっとだけ気になってはいたけど、聞くつもりなんてなかったのに)
男「あ、あれは……い、委員会で、せ、先輩が貸してくれた本。ぜ、ぜひ読んでほしいって……」
女「……ふーん」
男「と、ときどき本を、貸してもらう……んだ」
女「そうなんだ、へー」
女(そのままなぜかすごく素っ気ない返事をするわたし。なんだろうこれは)
委員長「……あ、教室に置いてきちゃった」
女「プリントでも忘れたの?」
委員長「ううん、このとおりプリントは持ってきてあるの。忘れてきたのはプリントを貼るための画鋲」
男「ぼ、ぼくが、と、とってきて……あ、あげましょうか……?」
委員長「いいの? あ、でも場所わかるかな?
教卓のケースに入ってるんだけど、すごくごちゃごちゃしててわかりづらいと思う」
男「だ、大丈夫です」
委員長「そう? じゃあお言葉に甘えさせてもらうね」
男「は、はい」
女(そう言ってアイツは急いで画鋲を取りに教室に行った)
委員長「彼、優しいね。ちょっとオドオドしすぎなところがタマにキズだけど」
女「ちょっとどころじゃないし、アレはタマなんかじゃないよ」
委員長「そう? じゃあ、あんなふうだからこそ気になるってこと?」
女「なっ……なに言ってんの。そんなわけないでしょ」
委員長「なんだかそのリアクションも新鮮味なくなってきてるよね」
女(そんなことを言われてもなあ。だいたいこの否定はわたしの意思じゃないし)
女(それにどんなに優しいって言ったって……)
委員長「彼が最近女の子とよくいる理由も少しわかる気がするもの」
女(それだってわたしが用意したカリソメのヒロインたち)
委員長「もしかして、彼が自分以外の女の子といるのが気になるの?」
女「そ、そんなじゃないから!
……ま、まあ少しぐらいは興味ないこともないけど」
女(ヤバイ、今日は妙にカードの効果が強い気が……)
委員長「素直じゃないなあ。とは言っても、わたしは知らない女の子だったけど」
女「……先輩かな?」
委員長「たぶん、あれは同学年の子だと思うけど」
女(誰だろ? けどまあ、べつにそれはわたしにとって都合のいいこと)
女「ふーん、そっか。それよりちょっと遅くない?」
委員長「画鋲の場所、わかりづらいからそのせいかな。やっぱりわたしが取りに行ったほうがよかったかも」
男「ご、ごめん。お、遅くなり、ました……」
女「ウワサをしたらちょうどきたね」
委員長「ううん、ありがとう助かったよ。やっぱり画鋲の場所わかりづらかった?」
男「す、少しだけ」
女「大丈夫? なんだかすごい急いで来たみたいだけど」
男「ぼ、ぼくのせいで、め、迷惑かけたくないから……」
委員長「本当に優しいんだね」
男「ぼ、ぼくは……そ、そんなんじゃ…………ない、です」
委員長「そんなことないと思うよ、ねっ?」
女「……」
♪
ブス「はあはあ……ちょっ、ちょっとハリき、り……すぎたわ」
女「ミレイちゃんって本当にダンスうまいんだね。なんか意外」
ブス「なによ意外って。まあ、自分の密かな才能にミレイもびっくりだけどね」
委員長「ミレイちゃんのおかげでけっこう負担が減って、とても助かったよ」
ブス「ふふん、またミレイを頼ってくれていいわよ委員長」
委員長「これからも頼りにしてるね。今日の放課後はなにか用事あるの?」
女「わたしは放課後は部活」
ブス「ミレイもちょっと用事あるんだよね」
委員長「そっか。今日の授業はこれで終わりだし、帰りにどっか寄ってこうかと思ったんだけど」
女「ごめんね。また誘ってよ」
男「あ、あの……」
ブス「あ、ダーリン! ミレイのキレッキレのダンス、見てくれた?」
男「あ、うん……すごかったよ」
ブス「えへへ、だよねえ」
男「い、委員長さん……これ、ダンスの……ふ、振り付けの紙を、お、落としてたよ」
委員長「……」
女「なにボーッとしてるの?」
委員長「あ、う、うん……ありがと///」
ブス「妙に顔が赤いけど、風邪?」
委員長「う、ううん……そ、そんなじゃないよ」
女「ほんとに? なんかゆでダコみたいになっちゃってるよ」
男「だ、だ大丈夫です、か?」
委員長「ほ、本当に大丈夫だから! わ、わたし先に行くね!」
女「え? ちょっと……」
ブス「お腹でも下したのかしらね」
女(ちがう。あれは……!)
女「……ごめん! わたしも先に行くね!」
ブス「なに、あなたもお腹こわしたの?」
女「ちがう!」
♪
女「やっぱり……」
女(わたしの持ってるカードの三枚のうち、机に出した二枚がなくなってる!)
女(バカだわたし……教室を出るとき、カードを机に置いたまま出てきちゃうなんて)
女(でもいったい誰が? あのカードに誰が委員長の名前を書いたの?)
女「あのとき、あの状況でカードに名前を書けた人間は……」
女(…………決まってる)
女(カードの存在を知っているのはわたし、先生)
男『ぼ、ぼくが、と、とってきて……あ、あげましょうか……?』
女(わたしたちが教室を抜けてから、一度戻ったのはアイツしかいない)
女(さらに委員長の名前を書くとしたら……)
女(さっきの時間はダンスだったからひょっとしたら、アイツはカードをどこかに隠してるかも)
女(アイツの机の上には先輩から借りたっていう本があるだけ)
女(こんなわかりやすい場所に置いて……あ、あった!)
女(本の下にカードのはじっこがはみ出てる)
女(……やっぱり。カードにはアイツの名前)
女(――そして、委員長の名前が書かれてる)
♪
女「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
男「え……あ、はい……なに?」
女(少しだけ考えてわたしはひとつの結論に至った)
女(もう全てをコイツから聞き出してしまおうと。今までの経緯から、今回の委員長の件まで)
女(どうしてわたしの名前をカードに書いたのかも)
男「ど、どうして……ぼくを、にらむの?」
女「…………」
女(な、なんで!? 言葉が出てこない……!)
「なんだよアイツら、教室で見つめ合うことねえのにな」
「あれが俗に言う、ふたりの世界ってやつか」
「『顔面』のヤツもたいしたもんだぜ」
女(うっさい! ちがう、そうじゃない!)
女「…………ごめん、なんにも」
男「あ、はい……」
女「わたし部活だから……じゃあね」
女(今までも言いたいことが言えないことがあった……)
女(これもカードの効果だって言うの?)
女(でもなんで言えないの? このことについて聞くのはダメだって言うの……!?)
委員長「あっ……」
女「さっきはどうしたの?」
委員長「さっきって?」
女「ダンスの練習が終わって、アイツが話しかけてきたでしょ。 そのときの話」
委員長「な、なななんにも、だよ……?」
女「露骨に動揺してるし。なにかあったんでしょ?」
委員長「アンタには……その、言いづらいことなの」
女「……いいよ。わたしだって今まで色んな悩みごととか聞いてもらったり、助けてもらったりしてたんだよ」
委員長「……」
女「おねがい、教えて」
委員長「……人のいないとこに、行きましょ」
♪
委員長「突然だったの。彼を見たら急に恥ずかしくなっちゃって」
女「恥ずかしくなった?」
委員長「正確にはちがうかもしれない。けど、なんだか急に心臓が早くなって……」
女「……変な病気とかじゃないよね?」
委員長「そういうわけじゃないと思う。だって彼を見たとたん、そうなったから」
女「でも、今まではそんなことなかったでしょ?」
委員長「うん。でも本当に衝撃的すぎて。胸の中で心臓が暴れるような……」
女「それであのとき、驚いて逃げちゃったの?」
委員長「……うん」
女(わたしを含めた三人とはカードによる症状がちがう……けど、これはカードのせいで間違いない)
委員長「ご、ごめんなさい」
女「なんで謝るの?」
委員長「だって……これって…………わ、わたしが……」
女「……」
委員長「ど、どうしよう? これって……これが恋なのかな?」
女「お、落ち着きなよ。きっとなにかの勘違いだから……」
女(ミレイもそうだった。カードの効果で勘違いしてそのままアイツのことを好きになった)
女(委員長も実はかなり思い込みが激しいタイプだし、このままだとまずい)
女(でも、わたしたちとちがって、逆にコミュニケーションを避けるようになるなんて……)
男「あ、い、いた……」
女(……なんでここに?)
女(階段の踊り場だから出会ってもおかしくないんだけど)
男「あ、あ、あの……」
女「……」
男「さっきは……さっき、ぼ、ぼく……な、なななにかっ、しましたか……?」
女(なんでそんな涙目になってるの、意味わかんない)
女(怒鳴り散らしてやりたいけど……ダメ)
女(声は喉に引っかかったみたいに出てこない)
女(ごめん、委員長……)
女「わたし行くね。彼、委員長に言いたいことがあるみたいだし」
委員長「え……」
女「さっき委員長が急に逃げ出したから、そのことが気になってしかたがないんでしょ」
女(そうして、わたしは委員長の肩をポンと叩いてその場を立ち去った)
♪
女(アイツがカードに委員長の名前を書いたってことは、つまりはそういうこと)
女(でもそれは問題じゃない)
女(問題はアイツのせいでついに委員長まで巻き込んでしまったこと)
女(なんてわたしは迂闊だったんだろ……)
女(あんなカードを机の上に放置しておくなんて……)
女「はあはあ……」
先輩「あのさ、なんか今日あったの?」
女「……」
先輩「強気なのはいいことかもしれないけど、さすがに全部打点が高すぎるよ。
少しはスライスとかも織り交ぜて緩急つけないと」
女「……ごめんなさい」
先輩「まあいいや。ボールバック、それでコート整備して帰るよ」
女(わたしはなにをやってるの……)
♪
女(教室に行って、もう一枚の行方不明のカードを探そうと思ったけど……)
女(さすがに夜の校舎をひとりで歩くのはコワイ、かも)
女(教室を目前にして引き返したくなってきた)
女(ていうか……よく考えたらもうそんなことをしなくてもいいのかもしれない)
女(だってアイツは委員長の名前をカードに書いた)
女(わたしの手元に残ってるカードは一枚)
女(だけど、これを使うことはたぶんもうない)
女(その必要は完全になくなったから)
女(望んでいたことなのに、なんでこんなにモヤモヤした気持ちになるんだろ……)
女(委員長を巻き込んでしまったから?)
女(ああもうっ! どうでもいい!)
女(こんな不気味なとこにいるのなんて時間のムダ!)
女(帰ろ……ん? なんだろ、なんか視線を感じるような……)
女(そういえばいまだに時々感じる視線については、解決してなかった)
女(でも、どういうこと?)
女(まさか本当に誰かがわたしをつけてるって言うの?)
女「……だ、誰かいるの!?」
「ふっふっふ、わたしだよ」
女「だ、誰!?」
「おやおや、本当にわからないのかね?」
女「……いや、ごめん。声を聞いた瞬間にわかっちゃった」
後輩「なんだ、バレてたんですか」
女「廊下の角から、微妙にそのツインテールが見えてたしね」
本娘「でもわたしには気づかなかったようですね」
女「せ、先輩まで……こんなところでなにをしてるんですか?」
本娘「これといってないですよ。ただこの廊下を歩いてたら偶然彼女と鉢合わせしたので」
後輩「はい、そうなんです」
女「……なんでさっきからデジカメを構えてるの?」
後輩「わたし、最近動画撮るのにハマちゃったんですよー」
女「なんで?」
本娘「わたしが貸した漫画のキャラクターの真似だそうですよ」
後輩「そうなんですよ、先輩!」
女「そうなんだ……」
後輩「どうしたんですか? なんだか妙に疲れてるように見えます」
本娘「ひょっとしてナンプレのやりすぎで疲れちゃいましたか?」
女「あはは、まさか。ちょっと部活でうまくいかなくて……それだけです」
後輩「元気出してください、先輩」
女「大丈夫だよ。うん……大丈夫だから」
♪
女(次の日からわたしたちのランチタイムの光景が少しだけ変わった)
ブス「だからミレイがあーんするって言ってんでしょ!」
後輩「だからブスジマ先輩には似合わないって言ってるでしょ!」
男「あ、あのなかよく……」
女「……」
委員長「あのふたりはにぎやかだね」
女「委員長はあそこにくわわらないの?」
委員長「わ、わたしは……い、いいの! アンタこそ行かなくていいの?」
女「わ、わたしはべつに……わたしもべつにいいのっ」
女(あのふたりはアイツの目の前で犬も食わない争いを繰り返している)
女(対してわたしたちは少しだけはなれたところから、その光景を見ていた)
女(委員長はすっかりアイツと話すことができなくなってしまった)
女(あれほど自然体で話していたのに、今では目が合うだけで顔を背けてしまう)
女(一方でわたしもカードの効果は消えたわけじゃないから、はたから見るとなんら変わらないように見えると思う)
女(でも……)
女「ったく……」
女(またあの先生、パソコン室にわたしを呼び出して今度はなんの用なんだろ)
女(さっさと帰ろうと思ったのに)
女(昨日のテニスで足もパンパンだから階段をのぼるのがつらい……)
女(だいたいあの先生、職員室をキライって言ったり、生徒に興味がないとか言ったりなんで先生なんかになったんだろ)
女(まあこの階は特別な教室しかないから、基本的に生徒もいないし、先生が好むのもわからなくもないけど)
女(……あれ? でも誰かの話し声が聞こえるような)
不良「お前、なにあたしにぶつかってんだよ?」
男「あ、あの……」
不良「あの、じゃねえよ。お前ホントにタマついてんのかよ?」
男「ひっ……」
女(この声ってアイツと……あの不良の先輩)
本娘『彼女とは関わらないほうがいいです』
女(たしかに。あのいつでも殴りかかりそうなフインキはまずい)
女(ていうかアイツなにやってんの!?)
不良「お前のその口、飾りじゃないだろ?」
男「あ、あ、あ、ぁぁああああ……」
不良「ていうか顔をあげろや。うつむいてちゃそのツラも拝めねえだろ」
女(……逃げるか。わたしには関係ないし)
女(そうだよ。アイツは痛い目にあうべき)
女(せっかくだしその不良の先輩にテンチュウでもくだされちゃえ)
不良「だから……顔あげろっつうてんだよっ!」
バァンっ!
男「ごめんなさいごめんなさい!」
女(なに今の音!? まさか殴られた?)
女(ど、どうしよう!? でも…………わたしが出たところで……)
女(ていうか、なにわたしは助けることを考えてるの!?)
男「ご、ごごごめんなさいっ!」
女(…………ああもうっ!)
女(こうなったらどうにでもなれっ!)
女「――まってください!」
不良「……あ?」
女(ひとつだけ確実にこの人をとめる手段がある)
女(それに賭けるしかない……っ!)
次回、ひとりの少女がヒロインに生まれ変わるとき真実が顔を出す
つづく
不良「誰だっけ、お前? なーんかどっかで見たことある気がするんだけどな」
女「いいから、その人からはなれてください!」
不良「お前には関係ないだろうが。それともお前、あたしにケンカ売ってんのか?」
女(この人、すごく背が高いし目つきコワイしでなんか迫力がすごい……!)
女「そ、その人は、く、クラスメイトですから……関係はあります、はい」
不良「いや、今この状況には関係ないだろ。
コイツがあたしにぶつかって、そんでもって謝らないからそれについて問い詰めてんだよ」
女「す、少しぶつかったぐらいで…………あ、いや、そのぶつかった具合がどれぐらいかは知りませんけど……」
不良「なんなんださっきから。お前といいコイツといい、もっとシャキッとしゃべれねえのかよ」
男「ぁ、あ、あの……」
女「キミは黙ってて!」
男「ぁ……」
女「……あなたの名前を教えてください」
不良「はあ? なんで見ず知らずのお前に名乗らにゃならんのだ。ていうかあたしの名前聞いてどうすんだよ」
女「せ、先生に言ってやります……!」
不良「お前マジで言ってんのかよ。シリメツレツすぎて意味わからねえわ。
けど、そんなに知りたいなら教えてやるよ」
女(メチャクチャなこと言ってるのは重々承知だけど……名前を聞ければこっちのもの、たぶん)
不良「あたしは三年四組の取締係の――だ」
女「……」
不良「なんだよ、今度は財布出して。まさか、金出すから許せとか言うんじゃないだろうな」
女「あ、いや、そんなつもりはないです。ちょっと待ってください」カキカキ
女(漢字はたぶん、この名前ならこれぐらいしかないと思うけど……)
不良「つか、なんであたしが待たなきゃならねーんだよ。いい加減にしろ」
女(うっ……まさか名前を間違えた? もしくはこの人もあの先輩と同じで……)
男「ま、まってください!」
不良「……あ?」
男「こ、こ、こここここの人は……かっ、関係……ありませんっ!」
女(コイツ……)
男「ほ、ほ、ほほほんとうに……ぶ、ぶつかって……す、すみませんでした!
わ、悪いのはぼくです! か、か、彼女は……かん、けいない、ですぅっ!」
女「……!」
不良「…………なんだよ、きちんと謝れるじゃん。
ていうか、女の方もどっかで見たことあるな、どこだっけな?」
女「あ、あの……」
不良「なんだよ?」
女「球技大会のとき、自販機の前で会ったのを覚えていませんか?
言ってたじゃないですか、会場を間違えたって」
不良「……ああっ! あのときのヤツか!
じゃあコイツも年下ってことで……お前ってひょっとして顔面ブロックのヤツか?」
男「えっと……?」
不良「あたし球技大会出てなくてさ。ヒマだったからひたすら試合見てたんだわ。
そしたら、なんかよくわかんねえけど、女をかばって顔面でボールキャッチしたヤツがいたからさ」
男「ぁあ……」
不良「マジであの瞬間の動きはすごかったし、一度会ってみてえと思ってたんだよな」
女「会いたいと思った相手の顔を忘れるんですか?」
不良「あ?」
女「す、すみません」
女(これは……カードの効果は出てるのかな?)
不良「あたしは目があんまりよくねーんだよ。
正直、これぐらいの距離じゃないと全然顔見えねーし。ふうん、それにしてもねえ、お前が……」
男「は、はい……?」
不良「そんなことできそうに見えないのにやるじゃん。
さっきあたしにぶつかったのも、謝ったしな。許してやるからこれからちょっと付き合え」
男「ぇ……あ、えっと……」
女(急に親しげに絡むようになったなあ、不良さん)
女(ていうかコイツはメチャクチャうろたえてるし……)
女(カードの効果は書いた瞬間から始まるから、症状が出るならとっくに出る)
女(とりあえずわたしはコソっと立ち去ることにした)
女(先生に呼ばれていたけど……とりあえず一旦ここははなれよう)
♪
女(これでカードは全部使った)
女(例の不良さんがほんとにカードの効果を受けたかはわからないけど……もしかかっているとしたら)
女(わたしを含めた五人がカードの効果を受けたことになる)
女(ハーレムってこれぐらいいればいいのかな?)
女(どっちにしよう、残っていた三枚のカードのうち二枚は使った)
女(そして最期の一枚は行方不明のまま)
女(アイツが持っている可能性はあるけど……もうそれはどうでもいい)
男「ま、まって……!」
女(……あの不良の人とどっか行くんじゃなかったの?)
男「……まって、ください!」
女「……さっきの先輩の人とはもういいの?」
女(なるべく穏やかに言おうと思ったのに……つっけんどんな感じになっちゃった)
女(これはカードのせい?)
男「う、うん。せ、先生に、も、もともと呼ばれてたって……」
女「へえ、そうなんだ。それでなにかわたしに用事でもあるの?」
男「さ、さっきは……さっきはありがとう、ございました……」
女「……べつに」
女(そういえば……)
女「ケガはしてない?」
男「え?」
女「なんだかすごい音が聞こえたから。あの人に殴られたりとかしなかった?」
男「あ、あの音は……扉を叩いた音で、だ、大丈夫……だったよ」
女「そっか。よかった。
……あの先輩とこれからどこか行くの?」
男「あ…………ぅん」
女「そう、楽しんできてね」
男「う、うん……ぼ、ぼくちょっと、先生に頼まれた用事があるから……さよなら」
女「バイバイ」
女(さてと、帰るとする……)
不良「おい」
女「ひゃいっ!?」
不良「お前、なにサラッと消えてんだよ。あと、肩にさわったぐらいでそんな声出すな」
女「な、なななななんですか?」
女(あのカードで影響を受けるのはこの人とアイツだけで、わたし自体にはなんの効果もないんだった……!)
不良「いや、お前さっき教師にチクるみたいなこと言ってたろ」
女「あ、いや……あれはその場のノリみたいなもので。そ、それに彼を殴ったとかってわけでもないんで」
不良「さすがにあたしもぶつかったぐらいでは、そんなことしねえよ」
女「でもさっき……」
不良「あれはアイツがぶつかって謝らないからだ。
謝罪があったなら、あたしもあそこまで突っかかったりしない」
女(おそらくアイツはこの人の顔見た瞬間、びっくりして謝れなかったんだろうけど)
女(たとえそうだとしても、普通の人ならあんなに怒鳴りつけたりしない)
不良「で、さっきの話だけどできりゃ教師どもにチクるのは勘弁してほしい」
女「いえ、もともとそんなつもりはこれっぽちもありませんでしたけど」
不良「本当か?」
女「は、はい……あの、顔が近いです」
不良「その言葉、信じていいんだろうな?」
女「もう終わったことですし。
なんか先生に怒られるのとか気にしなさそうなのに、意外と気にするんですか?」
不良「あぁ? どういう意味だ?」
女「いえ、その、深い意味はないです」
不良「……今、せんせーにさっきみたいなこと知られると困るんだよ」
女「どうしてですか?」
不良「進路だ。あたしが三年だってことはお前だって知ってるだろ?」
女「はい」
不良「今回のテストで成績が上がれば、もしかしたら自己推薦で受験できるかもしれないんだ」
女「自己推薦、ですか?」
不良「そう。まっ、そうは言ってもまだ成績が足りねえから前期のテスト次第なんだけど」
女「それで先生に言われると困るってことですね?」
不良「最近はけっこうマジメなんだけど、一年と二年でかなり色々やらかしてるからな」
女「ああ、先生たちからの信頼がほぼゼロみたいな感じなんですね?」
不良「そういうこった。だからな……」
女「……ですから、顔近いですよ?」
不良「近づけてんだよ。いいな? 教師どもに言ったらお前、覚悟したほうがいいぞ」
女「……」ゴクリ
不良「あたしはたぶん泣くぞ。号泣するぞ」
女「……泣いちゃうんですか」
不良「このあたしを泣かせたくなかったら秘密にしろよ。じゃあな」
女「はあ……」
不良「ていうか、アイツおせえな。なにやってんだ」
女(そう言って、不良さんは行ってしまった)
女(不良さんの顔が近くなったときに気づいたけど、けっこうな美人さんだった)
♪
女(今後のことは気にしなくていいのかな)
女(結果的にさらにわたしはカードを使って、関係のない人を巻き込んじゃった)
女「……はあ」
母「なんかアンタ、最近その日その日でテンションが妙にちがうね」
女「……そう?」
母「好きな子でもできちゃった?」
女「……もしかしてお兄ちゃんから聞いた?」
母「せいかーい」
女「べつに、わたしは好きな人なんかできてないよ……」
母「ふうん。お兄ちゃんはアンタが否定するって言ってたけど。当たったね」
女「お兄ちゃんは昔から鈍感だし、的外れなことしか言わないでしょ」
母「ふうん。そのわりにアンタの態度は図星のそれに見えるけどね」
女「……」
母「アンタが恋愛に対して臆病なのはやっぱりあたしと前のお父さんのせい?」
女「べつにそういうわけじゃあ……そもそも臆病ってなに? わたしはただ好きな人ができないだけで……」
母「そう? ときどき気になる人がいる素振りとかはあったと思うけど?」
女「……たしかに好き、っていうか、気になるなって人ができたりもするよ?
でも、結局いいやって思っちゃう」
母「そっか」
女「……どうして急にこんな話をするの?」
母「前のお父さんが、アンタに会いたいって言ってきたんだよ」
女「……」
母「まあ、アンタが絶対にイヤがることはわかってるから、断っておいたけど」
女「よくわかんないんだ」
母「なにが?」
女「だって結婚したいぐらいに、お母さんはお父さんのことが好きだったんでしょ?」
母「そうだよ」
女「でも最終的にはキライになって離婚した。なんで結婚するぐらいに好きだったのにキライになれたの?」
母「……」
女「だって、すごく好きな理由があったから結婚したんでしょ?」
母「たしかにアンタの言うとおりなんだけどね」
女「どうして好きになったの、前のお父さんのこと」
母「はっきりとはよくわかんない」
女「わからないの?」
母「あたしが結婚したのは二十歳ちょうど。実はあたし、あの人が初めてできた彼氏だったんだ」
女「……」
母「あたしの母親は、あたしが八つのころに亡くなっちゃってね。
それでお父さんもずっと働きっぱなしで、お婆ちゃんのとこに預けられたの」
女「うん……」
母「実はあたしにも二つはなれた兄がいるんだけど、アンタは知らなかったよね?」
女「初めて聞いたよ」
母「今は兄ちゃんがどこにいるのかは知らない。
ただ、昔の兄ちゃんはとにかく病弱でさ。だから婆ちゃんは兄ちゃんばっかり可愛がるんだよ」
女「……」
母「それで親がいないってだけで学校ではいじめられるし、まあとにかく人のぬくもりが恋しいとかそういうわけ。
で、そんな人生の中で初めて職場でできた恋人にゾッコンになった」
女「それが前のお父さんで、そのまま結婚したんだね」
母「そう。でも、まあ結婚したらあっという間に熱は冷めて、離婚した」
女「……」
母「正直、好きになった理由はなにか、って言われたらはっきりと言うことができない。
だけど、離婚しようと思った理由はペラペラ話せるんだよ」
女「へんなの」
母「ほんとね。人間ってほんとおかしな生き物だと思うよ。
好きになる理由は全然はっきりしないのに、嫌いな理由になると急に明確になるんだよ」
女「……なんだか悲しいね」
母「本当にね」
女「……お父さんをキライになった理由は、はっきりとしてるの?」
母「まあね。特に途中から完全に相性が合わないなと思った。
ケチなとことか神経質すぎるとことか。なんか真逆すぎたんだよね」
女「真逆……」
母「うん。アンタとお兄ちゃんみたいなものかな。
お兄ちゃんは間違いなくあたしに似たね。で、あんたはお父さんに似た」
女「あんまりよくわかんないけど、たしかにわたしとお母さんは似てないかも……」
母「アンタは特にちっちゃい頃が一番神経質だったからね」
女「ちっちゃい頃のほうが?」
母「うん。結婚して一年後にはお兄ちゃんを産んで、二年後にはアンタを生んでさ。
お兄ちゃんがとにかくすごい問題児だったんだよ」
女「問題児? お兄ちゃんが?」
母「悪いことするわけじゃなかったよ。
ただ、とにかくもうたえずボーッとしてるわ、ご飯のときにいなくなるわ、宿題はやらないわ……挙げてけばキリがない」
女「お兄ちゃんらしいね」
母「そんなんだから、あたしもしょっちゅう怒っててさ。逆にアンタをしかったことはあんまりなかったね」
女「そうだね。あたし、あんまりお母さんに怒られた記憶がないかも」
母「でも、途中からあたしがお兄ちゃんを怒るんじゃなくて、アンタがお兄ちゃんを怒るようになったんだよ」
女「……わたしが?」
母「あんまり覚えてない?」
女「うん……」
母「それならそれでいいけど。
アンタってお兄ちゃんがあたしに怒られそうなことをするたびに『そんなことはしちゃダメ。お母さんが悲しむよ』って注意してたんだよ」
女「……」
母「しかもそれだけじゃないんだよ。
あたしに向かって『わたしがお兄ちゃんをしかるから、大丈夫だよママ』って言ったりね」
女「なんとなく記憶あるかも……」
母「ときどきお兄ちゃんを怒ったあとで無性に悲しくなってさ、あたし泣いちゃってたんだよ。
アンタはたぶんそれを見て、お兄ちゃんにそう言ってたんだろうね」
女「……なんか変だね、わたし」
母「前のお父さんはそんなアンタのことを優しい娘だって言ってたけど、あたしはちがうって思った」
女「……?」
母「とっても神経質なんだろうなって思った。そしてなによりもコワがりだったんだろうなって」
女(たしかにわたしは……)
母「あるとき、お兄ちゃんを叱りつけようとしたときに気づいたんだよ」
女「なにに?」
母「アンタがあたしの顔を見てメチャクチャビビってるのにさ。叱られてるのはお兄ちゃんなのに」
母「それに小学生になったばかりのころにはアンタ、寝てるときにうなされたりしてるからさ。
一回心配になって病院に連れて行ったこともあるよ」
女「ほ、ほんとに……?」
母「こんなことでウソはつかないよ。だから本当に大きくなったらどうなるんだろ、って不安だった。
けど今は普通に学校も行ってるし、友達も多いみたいだし安心してる」
女「なんか、自分のことなのにビックリだな」
母「そう? 口で言うほど驚いてるようには見えないけど」
女「うん……」
母「まあでも、根っこの部分では変わってないんだろうなって思うよ」
女「そうなのかな」
母「アンタの友達とかのやりとりとか見てるとね。
やっぱり色々気をつかってるっぽいし、顔色をうかがっているんだろうなっていうのがわかるもん」
女「……うん、そうかも」
母「でもべつにそれは悪いことじゃない。
必要以上に気を回すのは疲れるし、ストレスになるだろうけど。気づかいができないよりはずっといいと思う」
女「……」
母「ただ、これだけは覚えておいてほしいってことがある」
女「覚えておいてほしいこと?」
母「人の顔色をうかがうことと、人の気持ちを慮ることは全然ちがうってこと」
女「……どういうこと?」
母「そういうことだよ。そのまんまの意味」
女「よくわかんないよ」
母「あれれ? わからないのか、意外だなあ。まあわからなくても、そのうち理解できるよ」
女「そう、なのかな……」
母「それよりさ」
女「なに?」
母「結局アンタ、今好きな男の子いるの?」
♪
女「……お兄ちゃん」
兄『なんだよ』
女「なにお母さんに話してんだよ」
兄『いやあ、だってオレってば恋愛経験があんまり豊富じゃないからさ』
女「ゼロでしょ」
兄『まあまあ、落ち着いてくれよ。
で、ここんところは電話どころか、ラインひとつ寄こさなかったけどどうなんだよ?』
女「ハーレム」
兄『は?』
女「その人、今モテモテで周りにけっこう女の子がいるの」
兄『……オレよりイケメンじゃないんだよな?』
女「……たぶんね」
兄『おい、この前は断言口調だったのになんで今回は曖昧なんだよ!?』
女「うっさい。声でかいから」
兄『ったく、ハーレムとか今どきのラノベじゃねーんだからさあ。
しかもああいうのに出る主人公ってたいていイケメンだしな』
女「何度も言うけどその人はイケメンじゃないよ」
兄『まあメンクイのお前が言うなら間違いないと思うけど、モテるってどんなふうにモテるんだよ?』
女「どんなふうにって言われても……お昼ご飯のときとか女の子に囲まれていたり、あーんとかされたり、って感じ」
兄『バカな、そんなことがあっていいはずがない! それはお前の妄想なんじゃないのか!?』
女「ちがうから。だいたいわたしがそんな妄想をするわけないでしょ」
兄『なんかソイツにはとんでもない力が働いてるとしか思えんな。
ちなみに何人ぐらいから言い寄られてんだ?』
女「五人、かな?」
兄『ふうむ。ハーレムというにはいささか少ない気がするが。
まあそれでも普通の男子高校生にしては多い方か』
女「うん、普通に多いでしょ」
兄『いや、ハーレムというならあと、ふたり追加して七人はほしいところだな』
女「お兄ちゃんの基準はよくわかんないけど、たぶんもう増えることはないと思う」
兄『なんでそんな断言できるんだよ?』
女「女のカン」
兄『女のカン、か。ちなみにその五人ってどんな感じのメンツなんだ?』
女(わたしはお兄ちゃんに簡単に五人について説明した)
兄『なるほど。なかなか濃いメンツだな。だけど最期の普通の女の子ってなんだよ?』
女「いや、これといって特徴がないから」
兄『それじゃあモブキャラじゃねえかよ。まあいいや、じゃあその女のカンで当ててくれよ』
女「なにを?」
兄『そのモテ男くんは誰を選ぶと思う?』
女「えっと……委員長かな?」
兄『ほう。そう思う根拠はあるわけだ』
女「うん、きちんとあるよ。でもまあ、その男が委員長に告白したりするのかっていうと微妙だけどね」
兄『なぜに?』
女「委員長だけじゃないんだけど、言い寄ってくる女子に対して常に怯えてる感じだから」
兄『変だな、ソイツ』
女「そう? 急にモテだしたりしたら萎縮するのは普通じゃない?」
兄『でも女から露骨にアプローチされてていて、しかもソイツはそのことを自覚してんだろ?』
女「うん」
兄『オレだったら自分からガンガン攻めてハーレムを築くね』
女「はいはい。ハーレムなんてバカなこと言ってないの」
兄『はあ~、お前にはハーレムの素晴らしさがわからないのか』
女「ハーレムの前にひとりでも彼女を作ったら?」
兄『ぐっ……キサマ!』
女「明日、朝練あるからそろそろ寝るね」
兄『おい待てキサマ! オレのはな……』
ぶちっ
女「……ハーレムか。わたしだったらそんな大変そうなのごめんだけどなあ」
♪
女「ふぅ……」
女(朝練疲れたなあ)
女(毎度のことながら、部活終わりの階段はこたえる……)
女(今日の練習はちょっと早く終わちゃったせいか、まだ人がいないしヒマになっちゃうなあ)
『きゃあああっ!?』
『うわあぁっ!?』
女「!?」
女(すごい声がしたけど……上だよね?)
女「あの、だいじょう…………なっ!?」
委員長「あ、イタタっ……」
男「ううぅ……」
女「……」
女(完結に状況を説明する)
女(委員長がアイツの腹の上に乗っていた、階段の踊り場で)
女「これはもしかして見てはいけない場面だったりしますか?」
男「へ!?」
委員長「!?」
女「……おはよう」
委員長「あ、い、いいえ、ちがうのこれは断じてちがうのべつにそういうなんていうかエッチなことじゃなくて
ただ階段をつまずいてしまって言ってしまえばこれは不慮の事故で不幸でちょっとお腹柔らかいなとか
乗り心地いいなとか全然そんなこと思ってないの!?」
女「えっと……とりあえず、委員長はどいたほうがいいかも」
男「あわわわわわわわわわ」
委員長「ご、ごめんなさい!! だ、大丈夫!?」
女「なんか白目向いてる……」
委員長「う、打ちどころが悪かったのかな!? ど、どうしよう……」
女「ハッキリとはわかんないけど、そういうのではないと思うよ」
委員長「でも……」
女「たぶん委員長に、う、うえに跨られて恥ずかしかった、のかな……? なんか顔色真っ赤だし……」
委員長「そ、そういうこと!?」
女(顔色を白や赤に目まぐるしく変える委員長)
女(ちょっとわたしも恥ずかしい……)
女「いったいなにがあったの?」
委員長「な、なにがあったって、ただ階段で偶然ぶつかっただけで……」
女「ふうん、でもえらく早くから学校来てるね」
委員長「え、えっと……」
女「しかもふたりともね」
女(委員長への質問が妙にキツいものになってるけど、これもカードのせいだと思う)
女(そう、カードのせいだから)
委員長「……白状すると、実はちょっと彼には早く来てもらうように頼んだの」
女「どうして?」
委員長「手伝ってもらいたいことがあって……学級委員として」
女「なるほど」
委員長「ほ、本当よ?」
女「誰もウソなんて言ってないから」
男「う、うぅ……」
女「……大丈夫? なんか突然白目向いて気絶したけど」
男「あ、はい、なんとか……はうぅっ!?」
女「……え?」
男「あわわわわわわわわわわわわわ」
女「ちょっ……なんでまた気絶すんの!?」
男「……カオ……チカイ……デス」
女「なに言ってるのか全然わかんないよ……」
女(困ったな。運ぶのはちょっと無理だしな)
委員長「どうしよどうしよ」
女(委員長もこの調子だし……)
担任「なにかあったんですか?」
女「先生……」
担任「朝っぱらから大きな声が聞こえたんで駆けつけてみれば……なにかあったんですか?」
委員長「わたしが階段を踏み外して……それで彼がそんなわたしを受け止めてくれて…………」
担任「へえ。それはまたすごいですね」
委員長「はい。彼、とってもステキでした……って、わたしなに言っての!?」
担任「……」
女(先生はじっくりと委員長を眺めて、そのあとわたしのほうを見た)
担任「仕方ない。少し骨が折れそうですが、ぼくが彼を保健室まで運びます」
委員長「おねがいします、先生」
担任「まかせてくださいよ。自分のクラスの生徒ですからね」
女(先生は彼を背負って、わたしの横を通り過ぎかけて止まった)
担任「なるほど。キミは中途半端なクズだけど、それでもやるべきことはやるんですね」
女「……なんのことですか?」
担任「ぼくが指摘してから、三人もヒロインを作るなんてね」
女「……」
担任「昨日、パソコン室に来なかったことは許してあげますよ」
♪
不良「よお、また会ったな」
女「こんにちは」
不良「ここにいるってことはお前も購買にパンを買いに来たのか?」
女「はい。不良さんもそうなんですか?」
不良「ちょっと待って」
女(ヤバ……思わず口から出ちゃった)
不良「たしかにあたしはそれっぽく見えるかもしれないけど、べつに不良ではない」
女「そうなんですか?」
不良「お前、信用してないだろ。まあお前って優等生っぽいもんね」
女「まあ、不良ではないと思います」
不良「どうせなら『ヤンさん』って呼んでほしいな。不良さんなんて呼ぶぐらいなら」
女「ヤンさん? なんでヤンさんなんですか?」
不良「不良を英語にしてヤンキーで、それを略してヤンさん。なんかそっちのほうが親しみわくだろ?」
女(この人、ヤンキーって不良を英語に言い換えたものだと思ってるんだ……)
不良「そういえばアイツはいないのかよ?」
女「彼なら中庭にいますよ」
不良「中庭でひとりでメシ食ってるのか?」
女「せっかくなんで見てみます?」
不良「ん?」
♪
不良「マジかよ。アイツの周りにいるのってみんな女子だよな?」
女「はい。彼ってけっこうモテるんですよ」
不良「へー、やるじゃん。人は見かけによらないとはこのことか」
女「見かけだけが人の魅力ではないってことじゃないですか?」
不良「なんか面白くなさそうなツラしてんな、お前」
女「気のせいですよ、ヤンさんの」
不良「そうか? 自分のペットがよその人間にばかりなついてるのを嘆く飼い主みたいだ」
女「……」
不良「ていうかあたしはてっきり、アイツとお前は付き合ってんのかと思った」
女「な、なにを根拠にそんなことを……」
不良「昨日のやりとりで十分だろ。それに、なんかお前の声、どっかで聞いたなって思ったんだよ」
女「あって当たり前じゃないですか」
不良「そういうことじゃない。あの球技大会のドッジでアイツが顔面ブロックしただろ。
その直前にすごい怒鳴り声が聞こえてきたけど、アレ、お前の声だよな?」
女「あれは、なんていうか…………その場の勢い的なものです」
不良「腹の底から出てるってわかるイイ激励だったと思うぜ」
女「…………ありがとうございます」
不良「ふーん、でもその反応ってことはお前ら付き合ってないんだな」
女「当たり前です」
不良「そうかそうか、安心したよ」
女「なんでですか……?」
不良「昨日アイツとゲーセンとかバッセンとかで遊んだんだよ。
そのとき、お前の彼氏とかだったら少し申し訳ないなって思ってたんだよ」
女「あのあと遊んでたんですね」
不良「ああ。でもどれやらしてもからっきしダメだったな。まあ一緒にいて退屈はしなかったけどな」
女(カードの効果はあるんだよね、この人には)
女(ミレイや委員長とかとちがって、この人の場合はなんか舎弟をいじる兄貴分って感じだけど)
不良「つか、お前はあの連中とはメシ食わねえの?」
女「今こうしてヤンさんとおしゃべりしてますからね」
不良「なんだよその言い方。あたしが悪いみたい……って、あれシモテンマじゃん」
本娘「……」
女「ほんとですね」
不良「隣にもうひとりいるけど、よく顔が見えねえな」
女「あの子は……」
無口「……」
女(無口の子だ。あの方向はどう見てもアイツらのほうに向かってるよね)
不良「おいおい、あの二人までアイツのハーレムのメンツなのか?」
女「いえ、普段は一緒に食べないですけど」
女(なんか自己紹介してるのかな? 遠くてよくわからないけど)
不良「ふうん、アイツがねえ……」
女「そんなに意外なんですか?」
不良「意外だよ。ほんとに変わったよ」
女「……?」
不良「もしあたしらがアレに加わったらハーレムメンツは七人か」
女「なにげにすごいですね」
不良「ふうむ……」
女(やっぱりこの反応はカードの効果を完全に受けてると思っていいのかな……試しに聞いてみよ)
女「ヤンさん。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
不良「んー? なんだ?」
女「昨日のことなんですけど、ヤンさんがアイツに絡んでたじゃないですか?」
不良「そうだけど。なんだよ、また蒸し返すのかその話?」
女「ええ。アイツがヤンさんに謝罪したあと、わたしには急にヤンさんの態度がコロッと変わったように見えたんです。
それってアイツが顔面ブロックした二年生だって気づいたからですか?」
不良「いや…………ちょっとちがうな」
女「どうちがうんですか?」
不良「あのとき、あたしも密かに不思議に思ってたんだよ。なんか急に頭の血が消え失せたっていうか……」
不良「からだが勝手に動き出して、見ようとも思わなかったアイツの顔を見ちゃった、みたいな?
まっ、よくわかんねーけど」
女(わたしにも似たような経験はいくつもある)
女(この人にはカードの効果が完全にあったと見て間違いない)
女(本当にこのカードって、書いてすぐに効果が出るんだな)
女「……?」
不良「どうした? ハトが豆鉄砲を飲んだような顔して」
女「いえ、わたし今重要なことに気づいた気がするんですけど……なんでしたっけ?」
不良「はあ? あたしにわかるわけないだろ」
女「そもそもなんの話をしてましたっけ?」
不良「あたしの態度がコロっと変わったとか、そんな感じの話」
女「コロッと…………ああっ!」
不良「……黙り込んだと思ったら、急に叫び出したり大丈夫かお前?」
女「……いえ、大丈夫じゃないかもしれないです」
不良「なんだ、本当にヤバイのか?」
女「はい。あまりにも簡単なことを見落としていた、そのことに気づいたんです。
ヤンさんのおかげです!」
不良「奇妙なこと?」
女「はい! すいません、少しひとりになりたいんで失礼します!」
不良「お、おう……」
♪
女(昼休みを目いっぱい使って考えて、わかったことがある)
女(でも同時にわからないことも出てきた)
女(これはどういうことなんだろ……)
女(なんだか色んな考えが煙みたいに出てきてよくわかんなくなってる)
女(なんだろう、この予感みたいなもの)
女(わたしはなにかとても重要なことに気づきかけている)
女(なんだか知らないけどすごいドキドキしてる)
担任「おやおや、ずいぶんと難しい顔をしてますね」
女「……たった今思いついたんですけど、先生ってわたしをストーキングしてたりします?」
担任「はい? どうしてぼくがそんなことをしなければならないんですか?」
女「なんかやたら遭遇する気がするんで」
担任「たとえぼくがストーカーだとしても、前方からつけることはしませんよ」
女「それもそうですよね」
担任「しかし、今まで見た中で一番難しい顔をしてましたが、なにか悩みごとでもあるんですか?」
女「わたしにカードを渡した先生が、わたしがなにで悩んでいるかわからないわけないですよね?」
担任「いえ、わからないですよ。着実にハーレムは増えているんですし」
女「それはそうですけど。そうじゃなくて……」
女(……なんだろ。今急にふわっと浮かんできたものがあるけど)
女(そうだ。どこかで奇妙なことを言ってるなと思ったことがあって、もしその奇妙なことが実は……)
担任「……なんですか? 急に言葉を切るのはやめてください、気持ちが悪いんで」
女「…………」
担任「どうして黙り込んでしまうんですか?」
女「……もしかしたら」
担任「はい?」
女「もしかしたら、七月一日はわたしが今まで予想していた状況とまったくちがう結末をむかえるかもしれません」
担任「なにを言ってるんですか?」
女「わたしもまだ漠然としかわからないです。
わたしの考えは色々と矛盾してるし……でもとりあえず期限までは、先生はただ待っていてください」
担任「ほう、不思議ですね。正直キミがなにをぼくに伝えたいかは、全然把握できませんでした。ですが……」
女「…………」
担任「今までとは目の色がずいぶんとちがうように見えますよ」
女「そうかもしれませんね」
女(残り機関は二十日とちょっと)
女(でもこれだけの期間があるなら、いけるかもしれない)
♪
女(……とか思ったのが、二週間前のこと)
女(ハーレムメンバーは当然増えてない)
女(この二週間の間に体育祭があったりして、多少人間関係に変化はあった)
女(けれど、それも委員長のアイツに対する態度が少し落ち着いたぐらい)
女(あれからこれまでのことを振り返って、色々なことを考えてみた)
女(おそらくこうなのかな、みたいな予想がいくつか出てくるんだけどイマイチ形にできないでいた)
女(しかも期末テストとかまで近づいてるし……)
女(時間が足りない)
女(もうこうなったら正攻法でどうにかしようと思わないほうがいいのかも……)
女「…………」
委員長「よくわからないけど、なんか眉毛がとてもすごい形に歪んでるわよ?」
女「うん。今色んなことに悩んでて、本当にどうしようって感じ」
委員長「期末テストも近いしね」
女「うちの学校って中間テストがないからしわ寄せが、全部期末にくるんだよね」
女(いや、期末テストもそうだけど、やっぱり一番の問題はそれじゃない)
女(わたしが今最も知りたいことを知る方法はある)
女(でも困ったことにそれはカードのせいでできない)
委員長「ねえ、提案があるんだけど」
女「期末に向けて勉強会をしよう、みたいな?」
委員長「え……ど、どうしてわかったの?」
女「わたしも同じようなことを考えてたの」
委員長「じゃあ、せっかくだししようよ」
女「うん、それは全然構わない。問題はメンツなんだよね」
委員長「もちろん……彼は呼ぶでしょ///」
女「委員長、顔が一瞬で赤くなったよ」
委員長「き、気のせいだから大丈夫」
女「勉強会は明日の土曜日からで、場所はウチでいいでしょ?」
委員長「そうね。うちだと両親が休みだしね」
ブス「ミレイも当然呼んでくれるよねー?」
女「い、いつの間に……!」
ブス「ミレイってとっても耳ざといから、すぐこういうのって聞こえちゃうんだよねえ」
女(できれば人数は少ないほうがよかったんだけど、こうなったら仕方ない)
女「いいよ。みんなで力を合わせれば、その分勉強もはかどるだろうしね」
ブス「ダーリン聞いたあ?」
男「あ、うん……聞いてました」
女「勝手に話が進んじゃったけど、予定は大丈夫?」
男「う、うん。大丈夫だよ」
女「それじゃあ明日、勉強会を我が家で開催します」
ブス「いえーい」
♪
女「……で、どうしてこうなったかな?」
委員長「たしかにちょっと人が多いね」
男「……」
ブス「ていうかなんでアンタがここにいるわけ?」
後輩「それは秘密です。とある機関のエージェントが情報をわたしに流してくれたんですよ、はーはっはっはっはっは!
いやあ、それにしてもここが先輩の家なんですね」
本娘「その……来てしまってすみません」
女(本当なら三人だけの予定だったのに……)
男「……」
女(いちおう目的の人物が来てるから、聞きたいことを聞かなきゃ)
委員長「勉強はみんなでやれば、それだけ成果が出るし、がんばりましょ」
女「まあそうだね」
女(とりあえずは普通に勉強会に集中しよう)
♪
本娘「『こころ』に関してですが、Kの自殺理由は講師の先生によって若干ちがったりもしますけど、だいたいはこの二つですかね」
女「さすが先輩。すごくわかりやすいです」
本娘「いえ、わたしも無理してここに来てしまったんで、せめてこれぐらいは」
女「でもよかったんですか? 三年生の先輩がこんな勉強会なんかに出て」
本娘「……最近ちょっと、いろいろ行き詰まってて。少しでも息抜きがしたかったんです」
女「ならいいんですけど。にしても……」
ブス「だからミレイが教えてもらうのが先って言ってるでしょ!」
後輩「ここは後輩であるわたしに譲るべきです。
そもそも学年が一緒なのになんで勉強を教えてもらう必要があるんですか!」
委員長「少しは落ち着こうよ、ねっ? 毎回あなたたちがケンカして彼を困らせてるんだから……」
男「い、いや、ぼくはそんな……」
ブス「ていうかあなたバカすぎでしょ。
『わたしは三度の飯より生足のほうが好きだ』で、なんでこんな英文になるのよ」
後輩「『I like nama legs than three rices』のどこがおかしいんですか!?」
委員長「……いったいどこからツッコミを入れればいいのか困るね、さすがに」
男「これはひどい」
ブス「ほら、ダーリンもそう言ってるじゃない!」
後輩「じゃあ、一番バカなわたしが先輩から勉強を教わるべきですよね!」
ブス「なに知能の低さを利用しようとしてんのよ!」
後輩「ちょ、ちょっとなにするんですか!?
先輩に勉強を教わろうとしただけで、どうしてブスジマさんに襲われなきゃならないんですか!?」
本娘「に、にぎやかですね……」
女「ほんとですね」
女(勉強になってないけど、大丈夫なのかな)
♪
本娘「……すぅ……んっ」
委員長「んー……キス、はまだ…………だ、め……」
男「……うぅ」
女(疲れて休憩してる間に、三人は寝てしまった)
ブス「あなた、ダーリンの寝顔撮っておきなさいよ。こんなのそう簡単に撮れないわよ」
後輩「ブスジマさんの命令に従うのは癪ですが、しょうがないですね」
女(このふたりがムダに絡んだせいで、三人がそれをなだめるのに体力を使ってしまったからである)
女「最近よくカメラ持ち歩いてるね」
後輩「よくないですか、思い出がこうやってきちんと形に残るんですよ」
女「……そうだね」
後輩「それに最近は色んな動画も撮影してありますからね。ほらこれ、この前の体育祭のです」
ブス「って、なんでミレイが徒競走でこけたところを撮ってんのよ!」
後輩「思い出は恥ずかしいもののほうが後々光るんですよ」
ブス「むぅっ……」
女「まあまあ。さっきの体育祭の動画以外にもいろいろと撮影してるでしょ? ちょっと見せてくれない?」
後輩「いいですよ。いろんな動画がありますよ。一回幽霊が映らないかなと思って、夜の校舎も撮ったんですよ」
女「もしかして、先輩とふたりでわたしを驚かせたとき?」
後輩「正解です。このときの先輩、けっこうびっくりしてますよね」
『……だ、誰かいるの!?』
『ふっふっふ、わたしだよ』
『だ、誰!?』
女「夜の校舎ってけっこうコワイんだもん」
ブス「どうせそのうち動画撮ったりするのも飽きて、どうてもよくなったりするんでしょ」カキカキ
後輩「ありえなくもないですね。わたし、熱しやすく冷めやすいタイプなんで」
女「……うわっ、ミレイちゃんの予定帳すごいびっしり書いてあるんだね」
ブス「まあね。ミレイって多忙だから」
後輩「そうですか? ハロウィンとかはわかりますけど。
身体測定とか委員会説明会とか、わざわざ必要のないものまで書かれてますよ」
女「ハロウィン……」
ブス「いいのよ。こうやって予定帳が埋まってたほうがリア充っぽいでしょ」
後輩「そんな見栄を張ってもしかたありませんけどね」
ブス「なんですって……!」
後輩「本当のことを言ったまでです!」
女「あれ……?」
後輩「どうしました? まさか本当に幽霊が映ってましたか?」
ブス「え!? う、ウソでしょ!?」
女「ううん……全然ちがう。ただ、なんかすごく違和感があったの」
女(…………)
女(あのときの記憶は……いや、でもちょっと待って……んー、つまり……)
女「だめだ……さっぱりわからん」
後輩「なにがですか?」
女「いろいろと謎なんだよねえ」
ブス「なんかよくわかんないけど、謎は謎のままのほうが美しいって言うじゃない?」
女「いや、そんなことを言ってる場合じゃないんだよぉ」
ブス「ふうん」
後輩「予定帳を見返してニヤニヤしてますけど、なにかあるんですかブスジマさん?」
ブス「ふふっ、ミレイがダーリンに惚れた記念すべき日をデコレイトしていたのよ」
女「キラキラしてるね」
ブス「まあね。これぐらいに派手にしとけば一発でわかるでしょ」
女(その日はわたしがミレイの名前をカードに書いた日)
女(わたしがおかしくなった日付も、わりと近い……)
女「まって! この日って……」
後輩「その日がどうかしたんですか?」
ブス「そこには特に予定はないけど?」
女(まって、これは偶然? 偶然がふたつ重なってるだけ……?)
女「ん~……ダメ。さっぱりわからん」
後輩「あ、先輩がうなだれちゃいました」
女(いや、まだ解決する手段はある。そう……)
女「ねえ、質問があるんだけど」
後輩「わたしにですか?」
女「うん」
♪
本娘「すみません、途中で寝てしまって」
委員長「なんていうか、勉強をしにきたというより手間のかかる子どもをなだめるのに来たって感じになったけど、楽しかったね」
ブス「ほんと、どっかの誰かのせいでむやみやたらに疲れたわ」
後輩「奇遇ですね、わたしもです」
女「はいはい、わかったから。もう夜ご飯の時間なんだし、あんまり騒いじゃダメ」
後輩「失礼しました」
委員長「まあ、あとは各自でがんばりましょう」
男「う、うん……」
女「じゃあ本日は解散」
♪
女「解散とか言って、すぐに呼び出してごめんね」
男「ど、どうしたの?」
女「どうしても聞いておきたいことがあったの」
男「……ぼくに?」
女「うん。実は……」
女(わたしは財布からあるものを取り出して、それを彼に見せようとした)
女(でも……)
女(からだが、というか手がこれ以上動いてくれない……!)
女(やっぱりどいうわけかジャマが入る)
男「えっと……どうしたの?」
女「あ、いや、その……ちょっとそこらへんを歩こっか。時間は大丈夫?」
男「う、うん」
女「……」
男「……きょ、今日は楽しかった」
女「そうだね。なんか勉強をそんなにした気がしないけどね」
男「うん……」
女(どうしよう。聞きたいことが聞けないって可能性は考えてたのに、話題を用意してなかった)
女(よくよく考えるとかなり久しぶりにふたりっきりになったんだよね)
女(ちょっと緊張してるかも……)
男「ほ、ほんとに……たのしかったんだ、今日」
女「さっきも言ったけど肝心の勉強はできてないよ?」
男「そうだけど……で、でも、こうやって友達と一緒にいるのが……な、なんていうか嬉しかった……」
女「……そっか」
男「きょ、今日は、さ、誘ってくれてありがと……」
女「いいよ、わたしも苦手な数学とか教えてもらったし」
男「そ、そっか」
女「そうだよ」
女「そういえば、さっきミレイちゃんの手帳にハロウィンって書かれてたんだ」
男「うん……」
女「小学生のころのハロウィンパーティのこと覚えてる?」
男「えっと、うん……クラスでやったのだよね?」
女「そうそう。それでどうしても思い出せなくてモヤモヤしてたんだけど、あのときのキミってどんな仮装してたんだっけ?」
男「ふ、布団のし、シーツをかぶれるようにして……」
女「そう、そこまでは思い出せるんだけど、なんか変わった工夫がされてたよね?」
男「あ、アルファベットチョコを……両面テープでいっぱいシーツに貼っつけて『チョコのお化け』ってやった……」
女「そう、それ! なつかしいね。お菓子をもらう側なのになぜかお菓子をからだにくっつけて来てさ。
最終的には真っ白のただのお化けになってたもんね」
男「ぼ、ぼくバカだったから……よくわかってなかった……」
女「そう? わたしは素直にすごいと思ったけどね」
男「あ、ありがと……」
女「なんであんな発想ができるんだろって、ずっと気になってた。どうしてチョコのお化けは浮かんだの?」
男「そ、そんなたいしたことじゃないよ……ただ、みんながどうしたら楽しめるかって……みんなの気持ちになって、考えただけ……」
女「みんなの気持ち……」
母『人の顔色をうかがうことと、人の気持ちを慮ることは全然ちがうってこと』
女(ああ、お母さんが言ってたことってこういうことだったんだ)
男「そ、それと…………」
女「……?」
男「き、キミのき、気持ちを……」
女「わたし?」
男「き、キミはお、覚えてない、だろうけど……ぼ、ぼく聞いたんだ。パ、パーティの前日に……」
女「……」
男「き、キミがど、どんなお、お菓子を……た、食べたいのかって」
女「そっか。ごめん、今の今までそうやって言われるまで本気で忘れてた」
男「お、覚えていられるわけ、ないよね……」
女「……たしかに忘れていたよ、今の今まで。でも――」
『そうだ、ひとつ聞きたいんだけどいい?』
『なあに?』
『どんなお菓子が食べたい?』
『なんでそんなこと聞くの?』
『いいから、おねがいだから教えてよ』
『んーそんなこと言われても……じゃあ、アルファベットチョコ……がいいかな?』
『本当に絶対にそれでいい!?』
『うん。でもわたしたちお菓子はもらうがわじゃあ……』
『いいの。明日絶対にキミを驚かせるから!』
女「……今思い出しちゃった」
男「ほんとに?」
女「うん。懐かしいね。次の日、キミが全身にアルファベットチョコをつけてきたのを見てね、そういうことだったんだって、ひとりでびっくりしてた」
男「……」
女(自分で言ってから思ったけど、ちょっと待って。これってどういうことなんだろ……)
男「どうしたの?」
女「あ、う、うん! なんでもないから、ほんとに……」
男「ぼ、ぼく……この学校に編入してきて、本当によかった。ま、前の学校では……い、いろいろうまくいかなくて……」
女「……うん」
男「い、今でも不安にな、なるけど……」
女「不安?」
男「う、うん……い、いつか、み、み、みんなが……ぼ、ぼくのあ、相手をしてくれなくなるんじゃないかって」
女「……」
男「だ、だからこ、コワイんだ……! 今が楽しければ……楽しいほど」
女「あのさ」
男「は、はい」
女「わたしもその気持ち、わりとわかる。わたしも人の顔色をうかがってばかりだから」
男「き、キミとぼ、ぼくとは……ち、ちがうよ……」
女「うん。キミとわたしはちがうと思う」
男「え……」
女「わたしは人の気持ちになって考えるなんてこと、ほとんどしたことがなかった」
男「……そ、そんなことは……」
女「最後まで聞いて」
男「……」
女「たしかによく気づかいができるとか、社交的とか褒められたりはするけどしょせん上っ面だもん。
わたし、本当はすごく性格悪いし」
男「そっ……」
女「キミも今は人の顔色をうかがってばかりかもしれない。
でも、それでもキミはわたしとはちがうと思う。うまく言えないけど」
男「……ありがと」
女「こちらこそ。いろいろとごめんね」
男「……なんのこと?」
女「こっちの話。そしてもっとキミの気持ちになって考えるべきだった」
男「え……?」
女「これを見てほしいの」
女(さっきはカードを見せようとしたら、からだが急に固まったみたいに動かなくなった)
女(でも、今度はきちんとカードから財布を取り出して、彼の目の前につきつけることができた)
女「キミはこのカードを知ってる?」
男「……ううん、知らない。初めて見た」
♪
女(六月三十日。わたしはこの日、最初にある人を呼び出した)
女(いや、本当は呼び出したくはなかったけど、まあ仕方がない)
不良「このあたしを呼び出すなんていい度胸だな?」
女「すみません。このお礼とお詫びは、しっかりさせてもらいます」
不良「冗談だよ。さすがにあたしも後輩におごってもらおうなんざ思わんねえよ」
女「さすがヤンさん」
不良「で? ここ何日間かハデに動いてたけどなにかあったのか?」
女「まあ、いろいろと。それでヤンさんにはやってもらいたいことと聞きたいことがあるんです」
不良「なんだ?」
女「やってもらいたいことはこれです」
不良「……なんだこのカード。トランプ……ではないな」
女「はい、トランプではありません」
不良「なんか妙にちゃっちいカードだけど、なんなんだこれ?」
女「このカードのオモテ面に枠がふたつあるでしょ?」
不良「ああ。どっちもまだ空白だけどな」
女「このカードの下の枠、そこに自分の名前を書いてほしいんです」
♪
女(先生はおそらく意図的にわたしを勘違いさせようとした)
女(だから、あの先生はウソはついていない)
女(あくまで本当のことを言わなかったってだけ)
女(けれども、そのせいでわたしは根本的な部分で間違えてしまった)
女「すみません先輩、わざわざこんなところに呼び出して」
本娘「構いませんよ、この前はわたしがあなたの家に無理におじゃましてますし」
女「ありがとうございます。ここまで足を運んでもらったのは、これに名前を書いてほしかったからなんです」
本娘「…………カードですか?」
女「はい。上下に枠がありますよね? 下枠の方に名前を書いてもらいたいんです」
本娘「……」
女「先輩?」
本娘「誰の名前を書くんですか?」
女「決まってるじゃないですか。先輩の本名ですよ」
本娘「……理由を説明してもらってもいいですか?」
女「特に理由はないです。ただ、先輩の名前を書いてもらう。それだけでいいんです」
本娘「理由がないなら、書きたくないです」
女「……なんでですか?」
本娘「それは……」
女「実は先輩以外にも、あと何人かの人たちにも同じように名前を書くように頼みました」
本娘「……だとしたら、その人たちもわたしと似たような反応をしたでしょう?」
女「ええ。でも、最終的には書いてくれましたよ。だって、名前を書くだけですもん」
女「先輩だけなんですよ。書きたくない、なんてことを言ったのは」
本娘「……」
女「じゃあどうして、このカードに名前を書かないのか?」
本娘「呼び出してなにを話し出すかと思えば……帰っていいですか?」
女「より正確に言えば書けないと言ったほうがいいでしょうか? だってこのカードに見覚えがありますもんね?」
女「――先輩はわたしの名前をカードに書いたんですから」
女「あっ、ちなみにこのカードはわたしの手作りで、例のカードとは一切関係ありません」
本娘「…………どうして?」
女「なにがですか?」
本娘「どうしてわかったんですか? わたしが、カードにあなたの名前を書いたって」
女「あっさりと認めるんですね」
本娘「殺人を犯したとかってわけじゃありませんからね。
それに、そこまで言うからには証拠のようなものがあるんですよね?」
女「いえ、実はわたしの名前をカードに書いたって証拠はありません。
でも、先輩はちがうところできっちりボロを出してます」
本娘「ボロ? わたしがですか?」
女「ええ。わたしのカードのうち、一枚に委員長の名前を書きましたね? そしてもう一枚は盗んでいった」
本娘「……カードを盗んだこともバレてるってことですか」
女「はい。逆を言うと、このことがなかったら先輩が犯人だってわかりませんでした」
本娘「教えてくれませんか? どうやって盗んだのがわたしだって特定したのか」
女「これです」
本娘「……デジカメ? しかもそれってあの子の……」
女「はい、そうです。実はこの中にある動画に証拠が隠されています。見てみてください」
女『……なんでさっきからデジカメ構えてるの?』
後輩『わたし、最近動画撮るのにハマちゃったんですよー』
女『なんで?』
本娘『わたしが貸した漫画のキャラクターの真似だそうですよ』
後輩『そうなんですよ、先輩!』
女『そうなんだ……』
後輩『どうしたんですか? なんだか妙に疲れてるように見えます』
本娘『ひょっとしてナンプレのやりすぎで疲れちゃいましたか?』
女『あはは、まさか。ちょっと部活でうまくいかなくて……それだけです』
後輩『元気出してください。先輩』
女『大丈夫だよ。うん……大丈夫だから』
本娘「これのいったいどこに、わたしがあなたのカードを盗んだっていう証拠があるんですか?」
女「気づきませんか? 自分がとんでもないことを口走ってることに」
本娘「え……?」
女「なんで先輩はわたしがナンプレをやっていたことを知ってるんですか?」
本娘「あっ……」
女「そうなんです。カードが盗まれた日、先輩に会ったのはこのときが初めてです。
それに、わたしは数学嫌いでナンプレなんて普段は絶対にやりません」
本娘「……いろいろと迂闊だったということですね」
女「ええ。先輩はわたしたちが出たあと、教室に侵入した。
正確にはわかりませんけど、おそらくわたしが所持しているカードを盗むためでしょう」
本娘「だいたい合ってます。少しだけ待ってから侵入しようと思ったら、あの人が戻ってきました」
女「画鋲を取りに戻ったアイツを見送って先輩は教室に侵入したんでしょう。
そのときに、わたしの机のナンプレを目撃した」
女「教室に侵入した先輩は机に置いてあったカードのうち、一枚に委員長の名前を書く。
そしてもう一枚はそのまま盗んだ。そうですね?」
本娘「ええ。そしてあなたを勘違いさせるために、彼の机にカードを置いておきました。
わたしの本が置いてあったから、机は簡単に見つかりました」
女「先輩の思惑どおり、最初は見事に騙されました。わたしは彼がカードに、委員長の名前を書いたと思いこんだ。
……でも、そうだとすると矛盾してることに気づいたんです」
本娘「矛盾?」
女「ご存知だと思いますけど、このカードって名前を書いた時点ですぐに効果が出るんです」
本娘「ええ。それは知ってますけど」
女「もし仮に彼が画鋲を取って来てから、わたしたちのところに戻るまでに名前を書いたとしたら、その時点で委員長の様子は変わっていたと思います。
でも実際にカードの効果があったのは授業が終わったあと。タイムラグがありすぎたんですよ」
本娘「……なるほど。わたしは侵入してからすぐにはカードに名前を書きませんでした。
……どうも運がなかったみたいですね」
女「ええ。というより、先輩は下手なことをしないほうがよかったのかもしれません。たとえば、その敬語の『キャラ作り』とか」
本娘「……どうしてそれを?」
女「――さん、わたしはヤンさんって呼んでるんですけど、その人から聞きました」
本娘「…………。
じゃあもう敬語キャラは終わりね」
女「そうみたいですね」
女「でも、どうしてあなたが彼女と接触したのか、それが理解できないわ」
女「これに関しては、まあ、いろいろとありまして……でも先輩がわたしに『あの人と関わるな』って言ったのは効果がありましたよ」
本娘「そもそもそんなことを言わなくても、あなたみたいな人は絶対に彼女とは関わらないと踏んでたんだけどね」
女「先輩はわたしと彼女が接触することをおそれた。
もしわたしがヤンさんに『先輩ってどんな人なんですか?』なんて聞かれたら困ってしまう。
……だって、先輩がそんなふうに敬語を使うようになったのは三年生になってから。急に愛想がよくなったのも」
本娘「そう、色々な女の子と接触するためにね。
人当たりのいいキャラクターを自分なりに作ってみたんだけど、失敗ね。」
女「ヤンさんからは他にも聞きました。先輩がカードを盗んだ時間は、わたしたちと同じで体育祭の創作ダンスの練習をしてた、とか。
今のわたしの担任が先輩の二年のころの担任だった、とか」
本娘「ほんと、あの人って実は面倒見がいいしけっこうおせっかい焼きなのよ」
女「ええ、実際に話してみたらコワイはコワイですけど、けっこう親切な人で驚きました。
目つきが悪いのも目が悪いせいですしね」
本娘「あなたはどうしてわたしがこんなことをしたか、その理由はわかってるの?」
女「ええ。今になってようやく確信がもてました」
本娘「教えてくれる?」
女「わたしはこのカードを担任からもらいました。そしてある男の彼女にならないために、彼のハーレムを築くように言われました。
そして、先生はカードをいっぱい持っていました」
本娘「……っふ、なかなか面白い話なんだけどね、聞いてる分には。でも、当事者からしたら笑えない話よね」
女「ええ。わたしも先輩も同じように、あの先生のせいで、自分がヒロインとして選ばれないように動くハメになったんですからね」
本娘「あなたはまだマシよ。わたしは彼の前にあの教師に…………ごめんなさい、この話は関係ないわね。続けて」
女「……すでに先輩はカードに書かれているという『経験』をしていた。だからわたしが名前を書いても、効果はなかった」
本娘「あなたがわたしに探りを入れてきたときは、思わず笑っちゃったわ」
女「おかげでわたしは変な勘違いをしてしまいました」
本娘「変な勘違い?」
女「あ、気にしないでください。
それに、お気に入りの自分の本を貸すとか、せいぜい彼の家に押しかけるぐらいしかアプローチもありませんでしたし」
本娘「これでもけっこう裏では動いていたけどね。あなたをストーキングしたりとか」
女「……あはは」
本娘「じゃあ最初の質問に戻るけど、結局どうしてあなたはわたしがあなたの名前を書いたってわかったの?」
女「ひとつは今話したことから。そしてひとつはこれです」
本娘「このプリント……年間行事表だけど、これがなんだっていうの?」
女「わたしは自分がおかしくなった日を、今でもきっちり覚えています。その日は、予定表のここです」
本娘「……なにも書いてないじゃない」
女「ええ。でもこの日にはなにもなくていいんです。先輩がカードに名前を書いたのはきっと前日ですからね」
本娘「前日……ふうん、そういうことね」
女「そう、わたしがおかしくなった日の前日には、委員会の初めての説明会があったんです。
ここで先輩は、彼と接触してわたしのこととかを聞いたんで」
本娘「……すごいわね、あなた」
女「ありがとうございます。で、最期の理由なんですけど……これは当てずっぽうに近いです」
本娘「へえ、いったいなに?」
女「カードにわたしの名前を書いたっていうのがそのままの理由です」
女「ずっと気になっていたんです。どうして自分が選ばれたのかって。
でも仮に先輩だとしたら、わたしを選んだのも納得だなと思いました」
本娘「……教えて。どうしてわたしがあなたを選んだのか」
女「わたしが彼の幼馴染だから、でしょ?」
本娘「ふふっ……大正解」
♪
女(その後、先輩とわたしは一時的な和解をした)
女(わたしも先輩の名前を書いたし、なによりまだラスボスを倒していないということで)
女(先輩がいなくなったパソコン室は、もちろんわたししかいない……けど)
担任「話は聞いていましたよ、」
女「気づいてました。お昼休みはかなりの割合で先生、ここにいますしね」
担任「いやあ、それにしても見事です。予想外でしたよ、キミがまさか彼女の存在に気づき、真実を暴いてみせるなんて」
女「知らなかったほうが気分的にはマシでしたけどね」
担任「そうですか。まあそうかもしれませんね」
女「先生の性格の悪さが想像のはるか上を行ってることも発覚しましたしね」
担任「それはキミの想像力が欠けているだけだと思いますよ」
担任「さて、彼女は聞きませんでしたが……どうしてキミは彼がカードを書いた張本人ではないと思ったんですか?
この前提が根本になければ、キミの推理は成り立ちません」
女「そのとおりです。しかも先生はわたしを勘違いさせるような言い回しをしてくれましたからね」
担任「ぼくは彼にカードを渡したなんてことは一度も口にしてませんよ?」
女「はいはい、そうですね……簡単な話です。彼の立場になって考えてみたんです」
担任「ほう」
女「もし、仮に彼が先生にカードをもらってわたしの名前を書いたとしたら、わたしに対してあんな態度にはならないと思うんです。
もちろん、ほかに言い寄ってくる女の子に対しても」
担任「ですがそれは、彼が自分に自信がないからじゃないですか?
残念ながら彼の容姿はお世辞にも整っているとは言えませんからね」
女「ええ。顔はかっこよくないですね。その点、先生は顔はかっこいいですね」
担任「褒めてもなにも出ませんよ」
担任「……?
そういえばもうひとつ。どうしてキミはぼくとシモテンマさんがつながっているとわかったんですか?」
女「それは難しいことではないです。ヤンさんに聞いたら先輩の去年の担任が先生だって、教えてくれたんですよ。そこから推測しただけです」
担任「しかし、そうやって聞くに至るきっかけがあるはずですよね?」
女「階段の踊り場で、先生は言ったじゃないですか。
『ぼくが指摘してから、三人もヒロインを作るなんてね』って」
担任「よく覚えていますね」
女「ええ。あの時点ではわたしの認識では委員長とヤンさん。
わたしが把握していた新しいヒロインはその二人だけ」
担任「なるほど……ぼくとしたことが、やらかしてしまいましたねえ」
女「ええ。いないはずの三人目を先生は口にした。
そのことと先輩にカードを盗まれたことを思い出して……あとは芋づる式に解けました」
担任「いやあ、本当に素晴らしい」
女「わたしの珍しい名字を二人とも読めたとか、本のこととか。
そんなささいな共通点もありましたしね。あと敬語キャラ」
担任「ははは、細かいですね。ではそんな細かいキミに、クイズをひとつ出しましょう」
女「クイズ?」
担任「彼女は最後にキミにこう聞きましたね。『どうしてわたしがあなたを選んだのか』と。
では、どうしてぼくは彼を選んだんでしょうか?」
女「編入生だから」
担任「……」
女「彼から聞いたんです。編入生って学校を前もって見に来て、担任の先生と会うんです。
生徒に関心のない先生は、一番最初に会った彼を選んだ……ただそれだけです」
担任「素晴らしい。キミは本当に素晴らしい。中途半端とか言って申し訳ありませんでした」
女「褒められても嬉しくないです」
担任「ぼくが人を褒めるなんてあんまりないんですけどね。しかしキミは重要なことを解決していないことに気づいていますか?」
女「……カードのこと、ですよね」
担任「ええ。キミとシモテンマさんのせいで、カードの呪いにかかってしまった人たちがいますよね。キミたち二人を含めて七人」
女「……」
担任「本当ならこんな予定はなかったんですが、キミは華麗に真実を暴き、ぼくのクイズにも正解しました。
ご褒美にこのカードを六枚差し上げましょう」
女「……このカードでどうしろって言うんですか?」
担任「キミに今まで渡したカードには、上の枠に彼の名前を前もって記入していました。
しかしこの最期の六枚は、まだ誰の名前も書いていません」
女「はあ」
担任「上の枠にはなにも書かないでください。そして、下の枠にあなたたちの名前を書いてください」
女「それでどうなるんですか?」
担任「そうすることで、カードの効果は消えます。信用できないって、顔をしてますね」
女「……このカードはいったいなんなんですか?」
担任「ぼくも詳しくはわかりません。
それはまだぼくが教師になる前に、ある謎のおばあさんから購入したものです」
女「先生は、どんな説明を受けてこれを買ったんですか?」
担任「『惚れるカード』としか教えてもらえませんでした。
半ば強引に買わされたんですが……まあ、信用するかしないかはキミしだいです」
女「今さら先生を信用しろって言うんですか……」
担任「さあ? 自分で考えてみてください。
この手段でしか自分のあやまちを償う手段はない。キミはひどく気にしていたじゃないですか」
女「……」
担任「……人の運命を弄んでしまうことを。
なによりキミ自身もカードの効果から解き放たれることができるんですよ?」
女「……でも七人に対して、六枚しかありませんよ」
担任「ええ。残念ながらこれ以上はないんですよ。だから自分で選んでください。誰を犠牲にするのか、ね」
女(わたしは……)
担任「明日までにカードに書いてくださいね。もしそれができないなら、返してもらいますから。
さっ、お昼休みが終わりますよ」
♪
女(どうすればいいのかな……)
女(なんかこうやって授業を受けてることが、すごく場違いなことをしてるみたい)
女(なにかが引っかかるけど……でも、それがなんなのかは全然わからないし)
女(もしかしたら、わたしの考えすぎなのかもしれない)
女(こんなとき、アイツならどうするのかな……)
女(そもそもこんな誰かの運命を握ってるみたいな経験とか、今までないし……どうしよう)
女(経験と言えば、わたしはひとつ勘違いしてたけど、アレは本当に単なる勘違いだった)
女(先生にそんな意図はなかった……あれ、なんだろ……この違和感)
女(やっぱりなにかがおかしい)
♪
担任「七月一日、期限の日です。結局放課後まで引っ張りましたが、カードは書いたんですか? 」
女「ええ。全員分書きました。わたしを除いて」
担任「……へえ、自己犠牲の精神ってやつですか?」
女「……全然そんなのではないですけど」
担任「まあべつになんでもいいんですけど。
ところで話は変わりますがぼくは、教師になってから一度も恋人ができたことがありません」
女「なにかの自慢ですか?」
担任「まあ、最後まで聞いてください。これでもぼくはけっこうモテるんですよ」
女「そうなんですか」
担任「恋愛感情というのがまるでわかないんですよ。どんな美人を見てもね」
女「……なんか、かわいそうですね先生」
担任「自分のことながらとってもかわいそうだと思います。
でも、そのかわいそうな人間をキミは作ってしまったんですよ。キミ自信の手で」
女「……なんの話をしてるんですか?」
担任「ぼくがこうなってしまったのには理由があります」
女「……理由?」
担任「例のカードの下枠に自分の名前を書いたんです。
ただし、上枠にはなにも書きませんでした。あれ、これってどういうことでしょうね?」
女「どうと言われても……」
担任「キミは言いましたね、自分を除いた全員分の名前を書いたと」
女「……はい、言いました」
担任「ということは、これと全く同じことをすでにしているということですよ……あなた以外の六人にね」
女「……」
担任「おや……驚きすぎて声も出ませんか?」
女「そうじゃなくて……さっきから先生はなんの話をしているんですか?」
担任「いや、わからないんですか? キミは彼女たちから恋愛感情を奪ったんですよ?
それがどれほどのことかはわかるでしょう」
女「えっと……」
担任「さらに言いますと、あのカードの正式名称は『惚れさせるカード』なんですよ。
だから逆を言えば彼に『惚れた』時点でカードの効果は消えるんですよ。本当に余計なことをしましたね、キミは」
女「…………あの、わたしが全員分の名前を書いたっていうのは、プールカードの話ですよ?」
担任「……はい?」
女「先生、わたしに頼んだじゃないですか。クラス全員分の名前を書かせて、期限までに提出しろって。
だいたい委員長の仕事を代わりにやったぐらいで、自己犠牲とかオーバーですよ」
担任「……」
女「明後日からプール開き。そして今日は先生が指定したプールカードの期限日です。
よかったですね、体育の小暮先生にしぼられずにすみますよ」
担任「……ちょ、ちょっと待ってください……! じゃ、じゃあ例のカードは……」
女「ああ、こっちのほうですか? はい、見ての通りです。まだなにも書いていません」
担任「なっ……!」
女「きちんとカードを確かめるべきでしたね、先生」
担任「ど、どうして……」
女「どうして気づいたか、ですか?」
担任「キミを引っかけるために、カードが一枚だけ足りないという状況を作り上げたのに……!」
女「……たしかに、わたしも最初は誰を選ぶかっていうことで頭がいっぱいになっていました」
担任「だったらどうして……!」
女「…………わたしはそれは先生が口にした『経験』っていう単語をまったくちがう意味でとらえていました」
女「そして、その勘違いを先生が意図的にわたしにさせたものだと思っていました」
担任「……?」
女「そう、この先生の言った経験って単語は単純なヒントでわたしを惑わせるためのものではなかった。
でもそうだとすると、なんか変ですよね? だってこれってとんでもないヒントなんですよ」
担任「……」
女「階段の踊り場での『三人』の発言。先輩とのつながりを匂わせる言動。そして『経験』のヒント。
これらの要素を考えたとき、答えが出たんです」
女「先生は最初からわたしに真実を暴かせようとしていた。そしてその上でこの展開に持っていくつもりだった」
担任「……」
女「期限を設けたり、脅しをかけたりしたのもわたしを少しでも追い込むため。
……こんなのはわたしの推測ですし、外れてても構いません。知りたかったことはもうわかりましたし」
担任「……だが、結局問題は解決していないってことはわかってるのか……!」
女「そうですね。わたしがやったことは帳消しにはできません。だから……正直にみんなに話しちゃいました」
担任「……はあ?」
女「みんなの反応は……想像にお任せします」
担任「意味がわからない。全部意味がわからないっ……!
なんで……そもそもどうしてぼくの考えがわかった……!」
女「わたしも先生と同じで性格がよくないので。
性格悪い人の考えることは、だいたいわかります。あと、ある人に教わったことがたまたま生きたんです」
女「その人の気持ちになって考えるっていうことが大事だって」
担任「……それがなんだって言うんだ……キミは好きでもない男に、延々と振り回されることになるんだぞ」
女「それなんですけど、ここ一週間ぐらいなにも起こらないんですよ。
さっき先生言いましたよね? このカードは『惚れさせるカード』だって」
担任「まさか……」
女「はい。たぶんわたし、彼のこと好きになっちゃったみたいです」
担任「……」
女「そんな顔しないでくださいよ。
委員長とかミレイちゃんとか、そのカードのせいで速攻で彼に惚れちゃったみたいですし」
担任「だが、キミはちがうだろう。彼のことがイヤで……彼に嫌悪感を抱いてっ!
……だからこそ彼女たちを巻き込んだんじゃないか……!」
女「そうです。でも、カードの効果が切れたってことは、結局そういうことですよね?」
担任「そんな説明で納得できるわけないだろうが……! 誰が納得するんだ……!?」
女「知りませんよ。それに、人が人を好きになるのに、百人が百人とも納得する理由が必要なんですか?」
担任「……っ!」
女「それと、今後一切変なことはしないでください。もしなにかするようでしたら……そうですね。
たとえばわたしが持ってるこのカードに、先生の名前を書いちゃいますから」
担任「……ぼくに恋愛感情はないって言っただろ」
女「そうですね。でも、たとえば……先生の名前を上の枠に書いて、体育の小暮先生の名前を下枠に書いたら?
あの先生はゲイらしいですし、先生はイケメンですからいいカップルになるかもしれませんね」
担任「そ、それは……」
女「じゃあもう用がないなら帰りますね。人を待たせてるんで」
♪
担任「まったく……このぼくが出し抜かれるなんてね」
担任(これほど帰りが憂鬱なのは久々だ)
担任(足がこんなに重く感じるなんて……)
担任(いろいろとカードで実験をして、最終的に恋愛感情なんてジャマだと思って自分から捨てたが……)
担任(どうしてかな。今になってそのことを後悔してる……)
「いらっしゃい」
担任「……! あ、あなたは……」
「……」
担任(ぼくにあのカードを売ったあの老婆と同じ衣装……)
担任「ぼくのことを覚えていますか?」
「……」
担任(ちがう。服装こそ一緒だが、この人はかなり若い……)
担任(だがこの出で立ちといい、このよくわからない商品といい、間違いなくあの老婆の関係者だ……)
担任「……あの『惚れさせるカード』はもうないんですか?」
「『惚れさせるカード』はあれだけでございます」
担任(まあそうだろうな。だいたい、あのカードを買ったのは十年近く前。あるわけがない)
担任「あなたは……あのお婆さんの知り合いなんですか?」
「……」
担任「余計なことはなにもしゃべらないんですね。そういえば、あのお婆さんもそうでした」
「……」
担任「……ぼくは本当は教師でなく作家になりたかったんです。
だからあの『惚れさせるカード』はいろいろと使えましたよ。今回のことといいね」
「……それはよろしゅうございました」
担任「……。まあなれてないんですけどね、結局。ある女子高生に言われて気づきました。
人の気持ちが理解できないぼくには、小説家なんてハナから無理だったって。
なによりぼくは一から百まで説明されないと気がすまないタチのようですし」
「……」
担任「今売ってる商品は『見えるメガネ』ですか。
昔だったら飛びつくとこでしたが……ちなみにこの見えるとはどういう意味なんですか?」
「見える、という意味でございます」
担任「……そうですか。まあ、今回は買いません。二度と買うことはないでしょう。それではさようなら」
「……」
♪
女(あぁ……疲れた)
女(これでおそらく、今回のことに決着はついた……はず)
女(先生に言ったとおり、わたしは殴られること覚悟でみんなに本当のことを話した)
女(みんなのリアクションはこんな感じだった)
ブス『なんかすごい神妙な顔して、ちょっと泣きそうだからなにかと思ったけど』
ブス『そんな話をミレイが信じると思ってんの?』
ブス『それってひょっとしてミレイからダーリンを奪うためのかく乱作戦?』
ブス『まったくそんなことを言ってもムダよ』
ブス『ミレイとダーリンは運命の赤い糸でむすばれてんだから!』
ブス『ていうか今度クレープ、新しい種類が出たらしいから、一緒にいきましょ』
不良『あー、ちょっとまって。いや、うん?』
不良『なんか言われてみると、お前の話はけっこう当てはまるところがあるけど……』
不良『いやいや、やっぱりお前あたしをバカにしてるだろ?』
不良『なかなか迫真の演技だが、騙されないよ?』
不良『……うーん、いや、うん、とりあえずはいいや』
不良『アレコレいちいち考えるのは疲れるし……べつによくわかんなくて考えを放棄したとかじゃねーからな』
後輩『十年ぐらい前にやってた週間ストーリーランドみたいな話ですね、そのカードが本物なら』
後輩『そうですね、わたしは先輩の話がウソだとは言いません』
後輩『え? だったらどうして怒らないのかって?』
後輩『あのからだが勝手に動く現象は最初だけでしたし、今じゃ無くなっちゃいました』
後輩『それに先輩との恋愛はいいかなって。やっぱりわたしは二次元の方が向いてるみたいですし』
後輩『先輩とはこれからは趣味の合うオタク友達ってことでいこうと思います』
後輩『それに先輩との恋の道のりはとても平坦じゃなさそうですし』
後輩『三次元だけに』
委員長『……本当だったら、なんていうか上手く言えないけど……複雑な気持ちにさせられるね』
委員長『まあ、アンタって基本的にウソはつかないけど』
委員長『そうは言っても今回はさすがに話が、ちょっと信じられないっていうか……』
委員長『いちおう、アンタの説明したことに心当たりはあるんだけ』
委員長『でもわたしはそれでもこの気持ちをニセモノだとは思えないの』
委員長『きっかけはおかしなことかもしれないけど』
委員長『え……どこを好きになったのかって?』
委員長『そ、それは……///』
無口『……』
無口『……』
無口『……そう。実はわたしもヒロインだったの』
無口『……ふうん』
無口『…あっそ』
本娘『今は深く考えないことにするわ、カードのことについてはね』
本娘『あの教師のことは考えるだけでムカつくしね……で、なにしてるのかって?』
本娘『物語を書いてるのよ。ふたつ』
本娘『ひとつは今回のカードのことを題材にした話』
本娘『もうひとつはなにかって?』
本娘『……ある幼馴染の恋の話、よ』
本娘『……』
本娘『もし完成したら、ぜひ読んでくださいね』
女(こんな感じで結局当然というか、まあ、ほとんど信じてもらえなかった)
女(このカードはどうしよう)
女(さすがに手放すには危険だし、先生のこともあるしなあ)
女(それも考えなきゃならない)
女(でも今は……)
女「……お待たせ」
男「あ、うん……ま、待ってないよ?」
女「待ってなかったら今ここにいないでしょ?」
男「そ、そうだね……」
女(なんで惚れたんだろなあ、こんなヤツに)
女(やっぱりカードのせい?)
女(でも……)
女「それじゃあ……」
女(……あ、あれ? ま、また声が出ない……!?)
女(……あっ、そっか。そうなんだよね……)
男「ど、どうしたの……?」
女「べ、べつに、なんでもないよ」
女(今まではコイツがわたしに惚れてるって思ってた)
女(けれどそれは勘違いで、もしかしたら実はわたしのことなんて……)
女(いやいや! あのときコイツはわたしに……ていうかなんでこんなに顔が熱いの!?)
男「だ、大丈夫……?」
女「へ、平気……あ、あのさ」
男「うん……」
女(そうだ、なにも緊張することない。ただ一言だけ言えばいいんだもん)
女(すぅー……よし、言うぞわたし!)
男「あ、あの……!」
女「な、なに?」
男「ぼ、ぼくと……い、一緒に帰ってくれませんか?」
女「……」
男「……あ、あの……ダメですか?」
女「…………ふふっ」
男「な、なに?」
女「キミに待ってって言ったのはわたしだよ? ダメなわけないでしょ?」
男「じゃあ……」
女「うん、一緒に帰ろう」
女(というわけで、謎のカードによる奇妙なストーリーはとりあえずはおしまい)
女(ここから始まるのはどこにでも転がってる学園ラブコメ)
女(わたしと彼のごく普通のお話が、ここから始まる)
おしまい♪
493 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/31 02:17:07.67 SeyJlmMeO 400/403
これでこのssは強制的におわり
ここまで見てくれた人、ありがとうございました
あえて説明されてない部分もありますが、一応このss内で予測を立てられるようにはなってるはずです
まあとりあえず来年会いましょう
495 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/31 02:21:09.73 SeyJlmMeO 401/403
関連ss
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1385647600/
過去作
http://bzyugeeeei.blog.fc2.com/
なお関連ssにはこの謎の女性が出る以外はなんの関連性もありません
496 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/31 02:30:27.84 GLMwPGBRo 402/403「上枠が空欄だと惚れさせる対象がnullになる」(=恋愛感情がなくなる)と解釈したのだが
そうすると最後の6枚のカードに6人の名前を書いたとしても
「1度(下枠に)名前を書かれた経験のある人には無効」のルールにより無効なんじゃないかと深読みしてたわ
ともあれ伏線多数あって面白かった
乙そしてよいお年を
>>496カードの「経験」についてですが、作中で説明した気でいたんですがしてなかったですね。
これだけはきっちり説明しておきます。
本娘に女が書いたカードの効果が出なかったのは、
上「男」
下「本娘」
というのがすでに完全に一致したものが書かれていたため
上「担任」
下「本娘」
だったりした場合はきっちり効果が出ます
名前は何度書かれてもカードの効果対象に書かれた人はなります
……わかりづらいかもしれませんが、すみません
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