【前編】 【中編】 の続きです。
424 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:27:53.41 TmxttIFK0 266/402

67

杏子は結界の中を見回した。

魔獣とちがって、随分とおしゃれな世界がひろがっていた。


大きなテーブルには、大きなティーセット。

ソーサーのお皿にのっかったティーカップは、異様に大きくて、人がすっぽり入れる大きさがある。


ティーセットを並べた大きなテーブルは、青白のチェック柄のテーブルクロスが敷かれ、おめかしされる。

ガスランプが置かれて、空間を照らし出す。


そこではパーティーがひらかれていた。使用人主催の、雇用主公認のお茶パーティーだ。

ここでいう使用人とは、黒いワンピースにエプロンをつけたメイドたちのことである。

お屋敷の使用人たちは、数少ない娯楽として、お茶パーティーを開く。雇用主は、この結果の魔女。


おめかしの魔女だ。

425 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:28:45.80 TmxttIFK0 267/402

使用人たち、つまりメイドにも、いろいろランクがある。

最もお屋敷で権力を持つのは、家政婦。ハウスキーパー。結果以内のお屋敷のあらゆる扉を開く権限があるので、
鍵束を持ち歩く。髪の色は赤色。槍を持つ。


客間女中の接待メイドは、その次くらいにランクが高い。このメイドは、いわゆるメイド服を着ず、
雇用主のお古を着ることができる。訪問者にお茶をお出しする役割がある。髪の色は青くて、サーベルを持つ。


小間使いメイドは、そこそこランクが高い。主人の世話役だ。髪の色は白くて、場違いなストローを持つ。
雇用主の服を着替えさせたり、ベットメイキングしたり、体を洗う役目もある。


どの使用人たちも雇用主によって無償で働かされていた。お屋敷から出ることは許されず、
黄色い束のリボンに足と手を結ばれていた。


佐倉杏子は使用人たち主催のパーティーに招かれる。

さあさあ、席について、紅茶をのみましょう。歌をうたい、甘いものを食べて、恋話に花を咲かせましょう!

一緒に詩をつくりましょう?



426 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:29:51.96 TmxttIFK0 268/402

さて、使用人たちが降り立ってきて、エプロン姿の案内メイドが、杏子にお辞儀して、席に案内した。

「なんだこりゃ?」

魔女の結界というものが初めてな杏子は、眉をかしげて、案内される通りの席へ。

着席すると、ご丁寧にもカップの紅茶がだされた。


杏子はそのカップの紅茶をいただいた。

「しぶ!」

すぐ吐き出した。

「というか、冷たすぎるだろ!」

紅茶は冷め切っていた。たぶんの、この結界の中には暖かさがないのだ。冷え切っている。


杏子は、席をたとうとした。すると、テーブルの雇用主がリボンを伸ばしてきて、どこからともなく、
杏子を縛って席にくくりつけた。

まだはやいわ。まだはやいわ。どうして、すぐに席を立とうとするの。


ちょっとでも退席しようとする気配をみせたら、リボンが客を縛る。

そして、ご給仕メイドが、ふたたび紅茶をだしてくる。

「さっきもそれ飲んだんだけど…」

杏子は、体に力を込める。


体に巻きついたリボンを、ちぎった。バリバリと。体に残ったリボンは、槍で切った。

普通の人間だったら、カフェイン中毒になって死ぬまで紅茶を飲まされつづけるのだろうが、杏子は魔法少女だ。


「つきあいきれねえっての!」


パーティーの席をはなれると、雇用主の魔女が、おんおんと泣き始めた。

自分が案内した席を、離れられたのが、寂しくて仕方がない。

どうしてわたしのだした紅茶を飲んでくれないの。あなたと一緒に、ティータイムを愉しみたいだけなのに!

427 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:31:07.56 TmxttIFK0 269/402

さて、雇用主が泣き出すと、使用人たちが手に凶器を取り出した。槍とストローにサーベル。


雇用主を悲しませる客は必要ない。使用人たちは、この来客を抹殺する方向に動いた。

雇用主の思い通りにならない悪い来客などいらない。


「戦う使命、背負ったんだから、いい加減腹くくれよっ!」

杏子は使用人たちとティーテーブルの上で武器同士を交える。


槍同士が突き合う。

「バカなやつ!」

隙をついて、使用人を槍で撃破した。赤い髪の家政婦は消し飛んだ。


「おい、マミ!あんた、マミなんだろ!」

おいおい泣き出したおめかしの魔女にむかって、杏子は叫ぶ。呼びかける。

「自分を取り戻せ!あんたが寂しがり屋なのは、あたしがよく知ってる。仲間がほしかったんだろ。
同じ魔法少女の友達がほしかったんだろ。けど、友達を縛り付けてどうするんだ!」


マミの死に際の言葉が蘇ってくる。

”私は…最後まで自分のことしか考えない女だった”



リボンが伸びてきて、杏子を捕まえようとする。

「聞き分けがないにも程があるぞ!」

杏子は、伸びてきたリボンを槍で薙ぎ払う。リボンは切れた。しかし、また伸びてきた。

切っても切っても杏子を結びつけようと伸びてくる。


雇用主は、使用人たちに、杏子を殺さないで、と懇願する。


しかし使用人たちはきかない。雇用主を悲しませた客は、悪い客だ。

対して雇用主は、その人は大切な人なの、という。使用人たちは、こんな客は殺そう、と言い返す。


雇用主と使用人は、どうも肝心なところで、食い違う。

428 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:32:36.55 TmxttIFK0 270/402

「呼べばいつだってあんたところにいってやる。いや、マミの家にいくのが、楽しかったんだ。みんなだってそうだ。
マミの家からいったん出るっていったって、二度と会わないなんて誰もいわないだろ。アタシも、さやかも、なぎさも!」


リボンに追われながら杏子は、おめかしの魔女に呼びかける。

自分の声を魔女にきかせる。

リボンはまだまだ伸びてきた。


「この!」

槍で振り払う杏子。


「そんなに、お茶会が終わって、マミん家からみんな出ていくが、いやだったのか?だれもマミを一人になんかしない!
マミ、しっかりしろ!」

リボンの一本が、杏子の足を結んだ。


うそよ!うそ。

みんなそういいながら、わたしの家から、はなれていくんだわ。もうだまされない。いちどいらっしゃった客は、
ぜったいに出さないわ!


「くそ!」

槍でリボンを斬る。しかし、槍をもった手を、リボンが捕まえた。

「はなせ!」

それも、どうにか槍で払った。


「マミ!いい加減にしろ!」

おめかしの魔女に、怒鳴りつける。

「そりゃ、不安だろうさ。もしかしたらまた一人ぼっちになるかもしれないって不安なんだろ?いらないよ。そんな心配。
みんな、マミの友達なんだから!仲間なんだから!一緒に、町の平和を守るんだって、約束したじゃないか!
だから、縛り付けたりするな!あんたいってたな。最後まで自分のことしか考えなかったって。
自分の寂しさを紛らわしたかったんだって。いいんだよ。マミ、それで。みんな同じだったんだ。みんな、
寂しさを紛らわせたかったんだ。マミは、みんなを仲間にしてくれたじゃないか。みんなそんなマミが好きだったんだ。
だから…マミ!もとにもどれ!」


リボンが再び伸びてきた。

魔女に、杏子の声は届かない。


今までで一番多いリボンが伸びてきた。

「マミ……ばかやろー!!」

おめかしの魔女の結界で、怒りの声で叫んだ杏子が、リボンに包まれて、拘束されてゆく瞬間。


「その魔女にはもう何言っても無駄」

冷めた声がした。

429 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:33:39.94 TmxttIFK0 271/402

杏子の隣に立った黒髪の少女の姿があった。

「あんた…」

杏子が赤い目を瞠った。


「かつて巴マミだった魔法少女は、ソウルジェムを黒く染め、グリーフシードを生み出し、
魔女に生まれ変わった…。呪いをもたらす魔女にくだすべき裁きはただ一つ」

黒髪の少女は、弓を放った。

紫色の矢が飛び、おめかしの魔女に命中。爆発した。


おめかしの魔女は、苦しげな声をあげて、焼かれていった。

魔女は焼き殺された。


「死よ」


黒髪の少女は冷徹な声で言い放ち、魔女を倒した。

おめかしの魔女の結界は薄らぎ、ゆらいで、消えた。廃墟と化した見滝原の景色が戻ってきた。


「てめーは……」

唖然とした杏子が、足を崩したまま、膝をついて暁美ほむらを見あげる。傷のついた顔で。

「マミを……マミを殺したのか?」

隣にたつ暁美ほむらは、無言で手に弓を持っている。長髪を、焼け野原にふく風にゆらしている。


「これあげるわ。グリーフシード」

といって、黒い球を杏子に手渡した。「ソウルジェム、穢すと大変なことになるわよ。それで浄化しておきなさい」


「これは……てめえ…ひょっとして…」

杏子は、見たこともない形のグリーフシードを握り締める。花柄の模様が描かれていた。

ティーカップのと同じ模様だった。

「魔女って一体なんなんだ!マミに何が起こった?説明しろ!」


「魔女。それは絶望を撒き散らす災厄の使い。そして、絶望に沈んだ魔法少女たちが、
最期に成り果てる呪われた姿」

ほむらは、焼け野原と化した見滝原の廃墟の跡を目で眺めつつ、語り始めた。

「そして最後は、一人の少女が犠牲になって、希望と絶望を巡る残酷な連鎖は断ち切られ、
世界は新しい理へと導かれたはず」


430 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:34:50.26 TmxttIFK0 272/402

「…一人の少女の犠牲…?」

杏子の記憶に、2日前、中学校の屋上で、ほむらと隣同士になって昼食を食べていた、
ピンク髪の女子生徒が思い起される。

「じゃあ……一人の少女の犠牲が連鎖を断ち切ったって……」


杏子の中に、一つの説が打ち立てられ始める。

絶望に沈んだ魔法少女たちが、最期に成り果てる呪われた姿。それが魔女。

希望と絶望を巡る残酷な連鎖。


それを断ち切った一人の少女の犠牲。

新しい理。


「それが、鹿目まどかなのか…?」

神の名が口にでたとき、びゅうっと乾いた風が、ふきつけた。冷たい風だった。


「…」

ほむらは何も言わず、背をむけてていた。それは無言の肯定であった。


「あいつが……」

杏子は、あの鹿目まどかという少女の神秘と畏怖に、心が震えた。

いったい、あんなごく普通な女子生徒が、毎日うまいもんくってそうなやつが、いかにして魔法少女の神になったのか。

全ての魔法少女がのろわれてゆく魔女を消し去る、全く新しい宇宙の因果を打ち立てたのか。



431 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:36:11.33 TmxttIFK0 273/402

「なのに、世界は再び魔女の悪意に支配されつつある」

手に弓を持ったほむらは背中で語り始めた。煤けた灰が、風にのって舞った。

「全ての魔女は、私一人で片付ける」


悪魔は自らの決意を、世界に、そして杏子にむけて宣言した。


「全ての魔女を片付ける…?」

だが、杏子には、それは悪魔の狂気のようにさえ映った。


もし、魔女というのが、魔法少女の最期に成り果てる呪われた姿だというのなら、それを全て一人で片付けるという悪魔の台詞は、
杏子には、殺人者の台詞に聞こえた。


「いつかあたしらを一人残らず殺すってことか?」

杏子は、悪魔に問いただした。焼け野原に風がふく。

「魔女は、あたしら魔法少女がいつかなりはてる姿。そうだったな?魔女を倒すってあんたの台詞は、
あたしらを殺すって台詞に聞こえるな」


よっと、と声だして、傷のついた杏子が立ち上がり、槍を持ち、悪魔を睨む。

風に前髪がゆれる。


「私は、鹿目まどかを守るために存在する悪魔。まどかに危険を及ぼす魔女を滅ぼすのは悪魔の務め」


ガシッ!

杏子の槍が動いた。振り落とされる。

すばやく反応した悪魔の弓が、それを受け止めた。槍と弓が交差し、バチバチと、火花を散らせた。

「あの魔女はマミだったんだぞ!」

杏子は、悪魔に、糾弾する。

その赤い少女の顔つきは、悲しんでいた。だが、怒りもあった。

「あんたはマミを殺したんだ。そして、あたしが魔女になったら殺すとも言っている。さやかもか?」

432 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:37:36.23 TmxttIFK0 274/402

「教えてあげる」

悪魔は冷たい目をして杏子を見据えた。「あたしは魔女になったさやかを何度も殺した。
魔女になったあなたを殺したこともある」


「うおおお!」

杏子は怒り、槍を、もういちど思い切り、悪魔へ向けた。


それは、また悪魔に弾かれる。ビュンと振り回された弓に、槍先があたり、バチンと火花がちって、
杏子は力強く後ろへズザーっと押し返された。


瓦礫の山にころぶ。

が、杏子は再びたちあがる。


「うおおおおおお!」

大きな声をはりあげながら、焼け跡となった大地を進み、悪魔に攻めかかる。

槍をふるい、悪魔を突き刺そうとした。悪魔は、手に持った弓をクルリと振り回すと、槍を弾き返して、
杏子はまた吹っ飛ばされて、瓦礫の山に突っ伏した。


すぐ起き上がり、杏子は、槍をもって悪魔に攻撃を仕掛ける。


槍と弓の節が、正面からぶつかりあう。赤い魔力と紫の魔力が激突しあう。

閃光が飛び交う。


「マミはな!マミは!」

杏子は悲しみの涙を、目に浮かべて、槍に力を込めた。バチチチ。悪魔の弓に、懸命に対抗する。

「寂しがり屋なところもあるけど、本気で正義の味方に憧れてて、みんなでそうなろうって、
仲間の魔法少女たちに呼びかけていたんだ!マミの仲間になった魔法少女は、みんな楽しそうだった。さやかも、
なぎさも、アタシも、だ…!あんただって仲間だと思っていたのに!」


「仲間なんかじゃないわ。わたしは悪魔よ」

悪魔は冷徹に言い返す。


「…!」


「実際、私はあの女が苦手だった……ええ、ほんとに」

吐き捨てるように、悪魔は、焼け野原をみて言った。爆弾でも降ったかのような焼け跡の町を。

「……巴マミ、死に際に、まどかを探していたでしょう。私にテレパシーの会話がただもれだった。
自分が魔女になりたくないからって、鹿目まどかを円環の理に戻そうとした……真実を話すには、あの人には残酷すぎた。
でも、おそかれはやかれ、事実を知ったら、同じことを考えたでしょうね………自分が魔女になりたくないからって、
鹿目まどかを、概念に戻そうと企むなんて!それがどんなにあの子にとってつらいことか、知りもしないで!」

433 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:40:41.58 TmxttIFK0 275/402

「…!あんたは…」

杏子は瞠目する。

槍と弓の押し合いは、激しさを増す。火花が大きくなる。魔力のうねりが増す。

「これから、世界はもっと魔女が蔓延る。杏子、あなたはもう気づいたはず。インキュベーターは人類から手を引いた。
この惑星にはもういない。宇宙にとって危険な感情を持つ人類を、核兵器に例えて、撤廃永久処分を決定した、と。
アイツラはそういったわ。杏子、世界には数万人の魔法少女がいる。月日の経過と共に魔法少女は皆、魔女になる。
そして地球は魔女に食い尽くされる。ただの狩場となりはてる」


インキュベーターは人類から手を引いた。撤退した。

契約を新しく取り結ばないのだから、魔法少女の数は、これ以上は増えない。


魔女ばかりが増え、使い魔を増殖させてゆき、使い魔はたくさんの人間を食って、また魔女と生長する。

ヴァプルギスの夜のような大型魔女が、地球上、あちこちに発生し蔓延するようになる。

対して、対抗勢力の魔法少女は増えない。契約によって生み出されないから。


そのうち、魔法少女は、数増した魔女の前に倒されてゆき、数を減らすか、魔女の仲間入りを果たす。

やがてゼロになる。


人類に残された運命は、魔女によって食い尽くされるだけの末路。地球は、魔女の狩場と化す。



キミたち人類は、核兵器や原子力を危険視して、撤廃・廃止を検討するじゃないか。

ぼくたちインキュベーターからしてみれば、人類こそ宇宙にとっての危険物だ。ぼくたちは人類の撤廃・処分を検討し、
決定した。

いつか人類が、自分たちのもつ感情という無限の可能性に気づいて、それすら利用しようとする文明を創りあげない
とも限らないからね。

人類の感情を利用することが、どれほど危険か、先に学んだぼくたちが、責任をもってキミたちを処分することを約束しよう。

有史以前から歩んできたインキュベーターと人類の歴史は、ここに閉ざされる。今まで、インキュベーターに付き合ってくれて、
どうもありがとう。さようなら、人類。無限の可能性を秘めたきみたちとの出会いは、本当に、素晴らしいものだったよ!


434 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:42:44.01 TmxttIFK0 276/402

「でもわたしは全ての魔女をこの手で片付ける」

悪魔は、拳を力強く握り、決意の固さをあらわす。

「この世界は、かつてあの子が守ろうとした世界。人類は私が守る。全ての魔女を滅ぼし、
インキュベーターの思う壺に陥ることなくこの世界を守り通す。私の庭を、これ以上あいつらには荒らさせない」


インキュベーターが少女と契約しない。ただそれだけで、もう、人類に明日などない。


やつらが危険物を処理するのに取った方法は何か。ただ触れない、手を引く、それだけでよかった。

変に、人類の弱点を研究して、実験なんてすれば、また、何が起こるか分かったものではない。だから、これが最良の方法だ。

地球は呪いに喰われ尽くされる。


だが、この悪魔、暁美ほむらという悪魔だけが、魔女と戦える。


「…」

杏子は、言葉を失って、悪魔の姿を、ぼんやり眺めていた。

傷ついた頬に当たる風。


「人類を滅ぼすのは魔法少女だっていいたいのか…?」


「愚かな人たち。インキュベーターと契約すること自体、呪いを世にもたらすこと。
魂を他者に捧げた愚かな末路を辿るとき、彼女たちは人を呪わないはずがない。でも安心しなさい。
あなたたちがいつ魔女になろうとも、すぐ殺してあげる。大して人を喰わないうちにね…」


風がふいた。

焼け野原のからっ風。


「そうまでしてあんたが守りたいものって一体なんなんだ…?」

杏子は風に打たれながら、悪魔に問いかけた。

何もかもに、驚いて、放心状態にちかい心境になりながら。


「私の庭。私の捧げた愛。わたしの切望する夢の果てにある─────あの子の笑顔を」


悪魔は答えた。見滝原は廃墟の海と化している。どのビルも、灰色のコンクリートの、瓦礫の山に埋もれる。

灰色の庭。


435 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:45:13.64 TmxttIFK0 277/402

「杏子。これはね、私とインキュベーターの間に交わした契約でもあるの」

「なんだって?」

もう、話においつけない。悪魔とインキュベーターが、何を契約したというのか。


「この世界が創られたとき、私は、鹿目まどかを円環の理から、人格と記憶だけ奪い取った。人格は、
今もこの世界に生きている。あなたたちが呼ぶところの、神の子。でも、私から言わせれば、悪魔の子。私の気持ちが、
あの人格と記憶を再現したのだから。それはいいとして……人格は、不安定だった。ちょっとしたことで、
本来の役割と姿とに復帰しようとする不安定な人格は……すぐに神格化してしまう。それは、どうしてかしら?
彼女には、円環の理の役目が残っているから。本人の意志が、魔法少女たちを導く理を、求めているから。
なら私は、その理と役目そのものを、まるごと終わらせてしまえばいい。ここまでいえばわかる?」


「…。」

分からない、というのが杏子の素直な感想だった。

というより、悪魔の考えなど、わかってたまるものか。

そんな反抗的な気分さえ心中にあった。


するとほむらは、ふう、と息を吐いた。口から。

紫色をした瞳の目を閉じる。続きを語りだす。


「たとえば自衛隊のミサイル防衛システムって、仮想敵国がいるからこそ存在意義があるでしょう。
仮想敵国がミサイルを撃ち込んでくるという前提があるから、対抗する防衛システムがある。もし仮想敵国がいないのなら、
防衛システムにも存在意義がない。円環の理というシステムは、魔法少女が存在し、魔女になるという前提があるから、
その役割に存在意義がある。逆にいえば、世界から魔法少女が消えれば、円環の理は存在意義を失う。神の子は、
円環の理に戻る必要なんてなくなる!」


436 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:47:07.23 TmxttIFK0 278/402

「…な!」

インキュベーターが人類から手を引いたという事実。

それは、もう、魔法少女がこれ以上、新しく誕生しないのと意味が同義だ。


もし、今、世界に存在する全ての魔法少女が魔女に身を落とせば、それで希望と絶望のサイクルは打ち切りとなる。

それ以降、魔法少女は一切存在しなくなる。

魔法少女システムが打ち切りになれば、円環の理も打ち切りだ。円環の理がおわれば、神の子の役目も終わりだ。

そのとき、鹿目まどかは神に戻る宿命から開放される。もう、不安定な神格化に襲われることはない。


それは、あの子の幸せを意味する。だって今朝だって、自分の奥底に眠る力を、恐れていたではないか。

もう、そんな心配はなくなる。安心して、と、今すぐあの子に声をかけてあげたい。


全ての魔女を消し去る役目は、あなたに代わって、私が負う。

それは、産まれる前に消し去るほど強力ではないが、魔女になった呪われし絶望のなれの果ては、全て、悪魔が滅ぼす。


悪魔にはその力があるのだ。



それで、希望と絶望の残酷なサイクルの連鎖は絶ち切られる。あのまどかが、成し遂げたことではないか。

こんどは、まどかに代わって、わたしという悪魔が、成し遂げるのだ。

まどかは幸せになる。


悪魔がインキュベーターと結んだ契約とは、悪魔がインキュベーターの人類の永久処分に全く干渉しない代わりに、
人類に二度と手をつけないよう約束させることだった。


もとより人類は危険すぎると考察したヤツらだ。契約は、好条件であった。



ヤツらは、人類は滅ぶと考えている。数十万の魔女が地球を狩場にして喰らい尽くすと考えているからだ。

悪魔は、対抗して、全ての魔女を滅ぼそうとする。地球を舞台にした、インキュベーターと悪魔の賭け事なのだ。

だがそれには、多大な時間が必要だ。この悪魔いえども、自由自在に時間を巡れはしない。時間を止める必要があった。


どちらにせよ、もう新たな魔法少女は契約によって誕生しないのだから、円環の理は存在意義を失う。

これまた、インキュベーターにとっても、悪魔にとっても、好都合だった。



これ以上、宇宙を弄繰り回してほしくないヤツらの本音と、鹿目まどかが神に戻る危険性の排除という企みで、
インキュベーターと悪魔の利害は一致する。


もう、神の子は、わたしにはもっとちがった役割があったはず、なんて呟くことはなくなる!

そんな役割など、宇宙から消え去る!神の子はわたしの庭に生きるのだ!


437 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:49:10.42 TmxttIFK0 279/402

「あんたは……なんてことを……」

杏子は、耳を疑う気持ちで、悪魔の企みの打ち明けを、きいていた。

「あんたがしくじれば、人類は滅ぶってことじゃないか!」


「魔女どもによってね」

悪魔はいった。声は冷徹さがあり、心に決めた覚悟は、まるで揺らぎそうもない。


────たとえ、世界が滅んでも。


それが悪魔の決意だ。


この世界とは、庭とは、すべての時間軸を一点に収束して改変したほむらの庭であるから、この庭で起こったことは、
全ての時間軸の世界でも起こる。この庭で、魔法少女システムが打ち切りになれば、すべての時間軸の世界でも、
同じことが起こる。


世界のすべての魔法少女が絶望する運命と、鹿目まどか一人の犠牲と、どちらを選ぶか。

暁美ほむらには、決断に刹那も要さない問いだ。

わたしのすべての感情は、鹿目まどかのためにある!この魂がソウルジェムになったときから、ずっとそうだ。

世界のすべての魔法少女は絶望の命運へと、再び投げ込まれてゆくが、悪魔が責任をもって滅ぼす。


救われたはずの世界の魔法少女たちを、またも絶望に導くとは!まさに、悪魔と呼ぶに相応しい。


そんなほむらにとって、まどかが幸せである世界こそ望むものだったけれど、
まどか個人の人生にほむらは干渉しないように決めた。


まどかの幸せは、わたしから手をさしのばすことなく、まどか自分の力で掴んで欲しい。

そう、ほむらは思った。


暁美ほむらは円環の理の叛逆者。神の理に逆らう者。それ以上にでもそれ以下にでもなるべきではない。

だから、まどかに「神の力を呼び起こさせない」以外のことでは、中立を守る。

それが、世界のすべての魔法少女を絶望の運命へ突き落としたほむらなりの、戒めとけじめだった。


帰国子女としてクラスで浮いていたり、幼馴染との記憶の食い違いで、悩んでいる素振りはあったけれど、
ほむらは中立の立場を守り、することといえば、昼ごはんに誘って、そばで見守るくらいだ。


あくまで、円環の理に逆らう、神を貶めた悪魔としての立場を、守る。それ以上のことでまどかに手出しはしまい。

そう決めていた。わたしはまどかの味方ではあるが、敵でもある。


もし、鹿目まどかがこの世界の現状を知って、世界の魔法少女たちを救うことが、自分にしかできないと知ったとき、
ふたたび彼女は、概念の果てへと旅たってしまう。鹿目まどかはそれほどのことを決断できる勇気の優しさが強すぎる少女。

ほむらは、それを知っている。だから、こと鹿目まどかが、記憶と、神の力を呼び起こすことだけは、妨害する。

円環の理の叛逆者として。その一線だけは、何があろうと、譲らない。



その一線さえ死守できれば、やがて、魔法少女システムの終焉と共に、まどかを神格化から救いだせるのだ!

ほむらの願いが成就する、最後の目標地点ではないか。


438 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:50:42.46 TmxttIFK0 280/402

けれど、ほむらは知らなかった。自分の中に、自分でも知らない変化が心に起こっていることを。

それはさっき、まどかに、さわらないでと激しく拒絶されたときの変化。


ほむらは心が裂かれそうになった。今までつないできた人生で、あれほど傷ついた体験はなかった。

あんな鹿目まどかが存在していいのか。ソウルジェムの殻の中にできた結界の壁を、一緒に打ち破ってくれた、
あの優しい少女は、どこにいってしまったのか。


ほむらは、まどかのことばかり考えるあまり、自分のことに考えがまわっていなかった。自分にはじまっていた変化に。

やがてそれは、恐るべき結末を呼ぶ。


「それだけ多くの魔女が生まれたら、たくさんの人が死ぬんだぞ。円環の理に導かれていれば、
助かったたくさんの命も、おまえは無視するのか!」

杏子は、ほむらという悪魔を目前にして、怒りの声をだしていた。

「私は構わない」

ほむらは言い切った。紫の冷たい目が、きっぱり告げた。前髪が静かな風にゆれた。


「そのてめーの愛とやらのために、なぎさも、マミも、魔女になっちまったんだぞ。なぎさに食べられそうになったっていった、
マミの顔。本気で怯えてた。本気でつらそうだった。親友が魔女になっちまって、親友に襲われて……。
あんたは、何も思ってないのか?」


「悪魔に人情を説かれても」


悪魔の冷徹な様相は変わらない。表情は動かない。まどか以外のことでは、もう、人情らしきものも心に沸いてこない。

不思議だ。

「あたしだっていつか魔女になるんだぞ。魔法少女は減る。魔女は増える。さやかだっていつか魔女になっちまう。
なんとも思わないのか?鹿目まどかってやつのためだったら、あたしらみんな魔女になってもいいんだな?
そしてあたしらをみんな殺すんだな?」


「さっきから、そういってるでしょ」

悪魔は答えた。


「……この悪魔あああ!」

杏子は槍を振り回し、ほむらに攻撃をしかけた。

その槍の一撃は、ほむらの弓に、弾かれて、紫色の閃光が、杏子の赤い槍を焼いた。

爆風が起こった。

「あうッ───!」


魔法少女の力では、悪魔に敵わない。

杏子は吹っ飛ばされて、高く体が舞い、瓦礫の山に背を打ちつけて落ちた。


ガララッ…

瓦礫の断片が、コロコロと落ちて行き、パラパラと音がなった。

杏子は起き上がる。ソウルジェムに残された魂の残量は、半分以下しかない。

439 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:51:51.31 TmxttIFK0 281/402

「ほむらあ!」

杏子は叫ぶ。額から血を垂らして雄たけびをあげる。

瓦礫の上に立ち上がり、灰となった見滝原の廃墟の山の上で、ありったけの声を叫ぶ。


「あたしはアンタを殺すぞ。全人類の命を、たった一人の愛人のために犠牲にするだ?その女が知ったら、
どう思うだろうな?ふられちまうんじゃねえの?このど悪魔!あたしはアンタに加担しない。マミの仲間だ。
町の平和を守る魔法少女だ。ほむら、覚悟しな。殺してやる!」


槍を構え、瓦礫を飛び降り、そして、悪魔にむかって廃墟を走りながら、杏子は心でテレパシーを使った。


”さやか!おい、さやか!どこにいる?”


”杏子!よかった、杏子も無事なんだね?”


さやかの声が返ってきた。


”もうこっちったら大変……体育館に避難してるんだけど、早乙女先生がはしゃいじゃってはしゃいじゃって…
世界滅亡のときがきたって、予言者みたいに力説してんの。あんたに聞かせてあげたいよ。”


”んなことはどうでもいい!神の子をここに連れろ!”


”神の子?”


さやかの頓狂な声が聞こえる。


”円環の理の存在意義が抹消される前に、そいつを探し出して、神の力を取り戻させろ!
どうしても倒さなくちゃならない悪魔がいる!”


杏子は走りながら、テレパシーを終えて、廃墟となった町に立つ悪魔に、攻めかかった。

440 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:52:51.11 TmxttIFK0 282/402

「テレパシーならただもれと、言ったはずよ!」

悪魔が剣幕のある顔で怒っている。

「そうはさせない!」


弓と、槍が、再び交差する。バチチチ。魔力と魔力が衝突し、ぶつかりあう。

光と光。紫と赤。意地と意地。全ての感情が、互いに押し合い、やがて杏子のほうが押された。


バチンッ──


火花が散って、杏子の槍は、弓の放つ魔力に弾かれて、あらぬ方向へむく。

「あ…がっ!」

それにつられて、杏子の姿勢も、前のめりになってしまう。


その隙に、ほむらは悪魔の弓に矢を番えていた。素早い動作だ。バチバチと音なる電撃の矢が、放たれて、杏子の胸元へ。

「あがあっ──!」

杏子は、槍を両手に持って柄の部分で矢を受け止めたが、矢が爆発した。


紫色の炎をふきあげ、鋭い閃光放った矢の一撃に、杏子は吹き飛ばされ、ずざーっと地面を後方まで滑った。

が、倒れることなく堪えた。


杏子の魔法少女の衣装が、焼け爛れた。

全身から煙があがっている。あちこちが煤けて、焼かれている。


「知ってるか?悪魔」

前髪に表情が隠れた口の歯をみせてニヤリと笑い、杏子は、悪魔に告げた。

「愛と勇気の勝つストーリーの登場人物は、ピンチになればなるほど、強くなるって法則をさ…」

ソウルジェムは、半分以上が黒い。これ以上、魔力を使ったら、危険だ。

441 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:54:49.99 TmxttIFK0 283/402

「何度か言った気がするけど、愚かな人。やがて魔女になる運命の人が、愛と勇気を語るなんて……呪われてるわ」


杏子は無視した。

悪魔の目を引きつけていられるのなら、なんでもいい。


「それを覆したのが鹿目まどかってヤツじゃないのかよ!ほむら!」

槍をもって飛びかかる。


「私もそれを覆した!」

「くらえ!」

槍を、ずばっと一振り。槍が円の軌跡を描く。

悪魔は黒い羽根をだして、空にとんだ。


杏子の槍はかわされた。悪魔は空へ飛び、逃げた。

「逃がすか!」

杏子も、細切れな瓦礫だらけの地面を蹴り、宙へ飛び立った。


黒い羽を生やした悪魔と、廃墟と化した町の空で、決戦を交える。

槍を突き出し、羽の生やした悪魔の、心臓を狙う。


「あっはははっ、あなたは私に勝つことなどできない!」

悪魔は、壊れた笑みをみせた。


ばさっと羽がはばたいて、悪魔は杏子の突き出した槍をはらりとよけ、仕返しに矢を撃ち放つ。

「あう──っ!」

かろうじで、赤い槍を回し、矢を受けとめる。槍の柄に矢が直撃する。矢はバチっと邪悪な電撃を散らして、
軌跡を転じてどこかへ弾けとんで、崩れたビルに当たって砕けた。


「杏子。私はね、あなたは、いちばん冷静さがあってで沈着な魔法少女って思っていた。
無駄なことを重ねない魔法少女とね」

悪魔が語り始める。黒い、悪魔の翼が、ばさばさと廃墟の空にはためく。

「けれど、あなたも人の子ね。正義とか、勇気とかいっているうちは、悪者を懲らしめることはできるんでしょうけど、
悪魔には打ち勝てない。あなたの正義はこの世界のどこにあるというの?世界は、わたしの庭だというのに!」



442 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/19 00:56:33.65 TmxttIFK0 284/402

杏子は、いったん、廃墟のビルに降り立つ。そして、足に力こめて、再び飛びあがった。


悪魔が弓を放つ。弦がしなり、邪悪な紫の閃光が迸る。その光を裂いて矢が飛ぶ。


杏子は、矢をかわし、空を浮きながら、悪魔に接近し、背後をとるようにして、槍をふるった。

この悪魔の翼を裂いてやる。


背後をついて槍を伸ばしたつもりの杏子だったが、悪魔に通用しなかった。

悪魔は攻撃の気配を察知して、杏子の槍が突かれる一歩手前で、ふり返って、上半身を反らすと槍をよけた。

そして、通り過ぎた杏子を睨む。杏子もにらみ返した。


目が合う、悪魔と杏子。


杏子は、悪魔を捕らえそこねて、槍は空を裂き、攻撃は無駄になった。

ひゅーっと悪魔の傍らを通り過ぎて、やがてスタっと廃墟のビルに着地、また飛び立つ。



悪魔は天空でバサバサと翼をはためかせて、大地に強風を引き起していた。



その猛風と突風の嵐のなかへ、決死の杏子が飛び込んでゆき、渾身の槍の一撃を、悪魔に加えるのだ。


嵐のなかで大地を覆う瓦礫の山は、竜巻に覆われたように、円を描いて飛んだ。

ビルは倒壊していく。



”あたしが、この悪魔の目を惹けるならなんでもいい!”


強風の中を吹き荒れる瓦礫とガラス、コンクリート破片に、顔じゅうが裂かれながら、杏子は心で思った。


”さやか、頼んだぞ。悪魔を倒す神の子を、つれだしてくれ!”

488 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:35:28.29 1UJMFHti0 285/402

68


美樹さやかは、教員たちの呼びとめを無視して、体育館を飛び出した。

「つながって……お願い!」

携帯電話に耳をかけながら、さやかは呼びかける。


鹿目まどかに呼びかける。

悪魔と神の最終決戦のときだ。


「どうしても力が必要なんだ……お願い神様、力を貸して!」


そうだ。そうだった。

なぜ、このほむらの庭が始まって以来、さやかはほむらを敵だと直感してきたのか。

円環の理の使いだった記憶が、わずかでも、のこっていたから。あいつが悪魔だということだけは、忘れなかった。


だからこそ、鹿目まどかをほむらが、理と人格に引き裂いた危険を、どこか本能的に知っていた。

円環の理には、何か起こってしまう、と。


今もうはっきりした。もう、靄がかからない。

仮にどんな記憶操作したって無駄だ。世界は終末のとき。平穏には戻らない。


489 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:38:37.67 1UJMFHti0 286/402

この世界がはじまったばかりの、うやむやなときだって、さやかはほむらを、世界を壊しかねない敵と感じてきた。

最初の予感は、この世界のおかしさ。


ほむらの結界、つまり、くるみ割りの魔女の結界では、佐倉杏子とは学校に共に通う仲だった。

悪魔の改変のあと、佐倉杏子をさやかの自宅に紹介したら、さやかの親は、こんな子しらないと言い張った。

さやかは杏子のことを説明した。そしたら、親は怒ってしまった。


「どうして、無理心中した新興宗教一家の娘を、ウチが養って、学費まで払って、学校に通わせるんだい!」


さやかの親は杏子を追い払った。

杏子もそれで、見滝原中学に通うのが本来の自分でない違和感に気づいた。

「そもそも、小学校の学習も、中学の基礎学習も習ってないあたしが、どうして学校に通い続けてるんだ?
ぜんっぜん、授業の内容についていけないぞ?」

ほむらの幻想に付き合わされた杏子は、過去の自分を思い出した。制服姿のまま学校に通う杏子の姿はなくなった。

さやかは直感した。


この悪魔世界は、改変が完璧ではない!むしろ、不安定で、矛盾が多くて、悪魔の思い通りになってないことが多い。

たったの五人くらいの魔法少女と数人の女子生徒、先生たちの意識を呼び込めば成立したくるみ割りの魔女の結界、
つまりソウルジェムの殻の中だけでできあがっていた結界ならまだしも、70億人を取り込まなくちゃいけない悪魔世界は、
何もかも悪魔の望むとおりには、いかなかったわけだ。

490 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:40:22.21 1UJMFHti0 287/402

思い通りにならないということは、悪魔はそのうち、心に不満を覚えることが多くなる。

他でもない美樹さやかがそれを体験してきた。


他のどんな魔法少女だってそうだった。自分の欲望、希望、願いが実際に実現したとき、
必ず思い通りにならないことが次々と起こって、ついには、あんな願いしなければよかったと心に後悔がよぎり、
絶望に身をおとす。

魔法少女は魔女になる。


しかし、悪魔が絶望したら、どんなことがこの世界に起こるのか。ただの自称悪魔が、本物の悪魔に成り果てるのか。

考えただけで、恐ろしい。ほむらには悪いけれど、この世界を正さないと、手遅れになる。


さやかにはその直感があった。

いよいよ、その直感は、鮮明なものとなる。はっきりしてくる。


さやかは走る。見滝原は一面の廃墟になっていた。

瓦礫の海だ。すべて灰色。ビル群は崩潰してヒビ割れ、傾く。街灯は全て倒れた。電線はすべてショートし、
地面に垂れ落ちる。


全世界の魔法少女が、神の兵となって、悪魔を打ち倒す時!

ハルマゲドン、最終戦争、終末。


足の踏み場もないコンクリート断片の山となった瓦礫を走ることは、危険だ。

だが美樹さやかは走る。彼女を捜し求めて走る。一体、鹿目まどかはどこにいってしまったのか。


そのとき、電話の通話が始まった音がした。


491 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:42:34.20 1UJMFHti0 288/402

69

鹿目まどかは悩んでいた。

川を手すりごしに眺められる、見滝原の河川敷そばの公園ベンチに、座っていた。

倒壊した町の、倒木や家々の断片を運ぶ川の氾濫を眺めながら、世界の終わりを感じ取っていた。


空は灰色の雲が覆い、吸う空気は重たい。


誰一人いない。

公園の並木にふきつける強風が、樹木の緑の葉をゆらす。冷たい風が空気を切る。


そんなとき、携帯の着信があった。

家出を決意したときしょったチェック柄のリュックサックから携帯を取り出す。


着信中...美樹さやか。


まどかはこの着信に出るか悩んでいた。


たぶん、アメリカから帰国して数日の頃だったら、よろこんで出ていた。

でも、今となっては。


もう自分が何者かも分からないし、学校の教室を破壊してしまった。しかも、自覚のない未知の力によって。

ひょっとしたら町すら倒壊させているかもしれない。


それを思ったら、鹿目まどかは、美樹さやかの着信に出る勇気が出なかった。

いや、勇気が出ないというか、もう、嫌だった。


人に構われるのが。


世界のあらゆる人は、忘れているのに、どうして構うんだろう……私なんかに…。

そんな気持ちですらあった。



492 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:46:46.32 1UJMFHti0 289/402

美樹さやかの着信は続く。何十回コールを無視しても、なり続ける。

まどかが出るまで諦めないという電話着信にそれは思えた。


「…どうしてなの…」


悲劇的な気持ちになりながら、着信ボタンを押す。

もう、鹿目まどかにはわかっていた。


この電話が悲しみの電話であることを。なぜ世界は終わりを迎えるのか。鹿目まどかとは何者なのか。

それを教えられる電話である気がしていた。


怖かった。通話をとるのが。

「…はい」

暗い声が電話に応えた。


「…あっ!?まどか?聞こえる?私の声が聞こえる?」

慌てた様子のさやかの音声が電話から鳴った。

「…聞こえる」

まどかは静かに答えた。



「まどか、無事?よかった。いまどこにいるの!?」

さやかの声は、とても焦っていて、切羽詰っている。問われる今の居場所。

「教えて!まどか、いまどこ?自宅?」


「…」

まどかは何も応えない。無口になる。口を噤み、暗い表情をする。


「…まどか?」

訝る電話の音声。「どうしたの?まどか。今、家族といるの?…でも、どうしても知ってほしい話があるんだ。
あたしと一緒に来て欲しいところがあるんだ。それも、今すぐ。危ないから、あたしと合流しよう。場所を教えて!」


幼馴染であるさやかが、必死になっている声が伝わってくる。

たぶん、本当に、さやかは今、大変な危機に直面していて、まどかに助けを求めているのかもしれない。


それとも、世界が破滅しつつあることについて、責任を追及するつもりなのかな?

私が壊したのは教室だけでなくて、世界そのものだった。ぜんぶ、まどかのせいだったんだぞ。


怖い。これ以上、さやかの声をきくのが怖い。

一体どんなことを言われてしまうのだろう?


「まどか?お願い、答えて!いまどこにいるのか教えて!」

493 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:50:25.91 1UJMFHti0 290/402

だが運命は残酷だ。

さやかは結局、わたしに真実を告げるまで、この電話を終えるつもりがない。


「…川辺のほとり」

消え入るような声で、まどかが携帯電話に答えた。

声は震えていて、頬を一滴の涙が伝った。


「風力発電のそばの堤防の…」


「あそこだね!?分かった!」

さやかの活気付いた声がした。

「いまそっちいくから、まってて!」

通話はプツンと途切れた。ピ。さやかの通話終了ボタンを押す音が、スピーカーに聞こえた。


ツー。ツー。ツー。


まどかは、ぼんやり、暗い空をみあげた。びゅううと冷たい風の絶えない、黒雲の空を。

川に流れる倒木と住宅の数は増える。

湿った木片がぷかぷか水面に浮いて、流されてゆく。


運命はこの川のようだ。たくさんの不幸を飲み込んで、容赦なく一方向に押し流してゆく。


494 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:52:46.41 1UJMFHti0 291/402

70

数分後、ベンチに座っていたまどかの下に、青い髪をした少女が走ってきた。

たったったと、手すり側の道路を走り、川辺沿いに急いでむかってきた姿は、美樹さやか。


「まどか!」

ベンチに、背中を丸めて座る気弱な少女を見つけて、名前を呼ぶ。

駆け寄ってくる。


「どうしてこんなところに?家族は?まどか、それ……」

さやかは、まどかの様子のおかしさに気づく。

学生かばんではなく、チェック柄のリュックサックをしょっていて、まるて遠足かピクニックにでも
出そうな荷造りをしていた。


「家出、…したの」

まどかは、そっと囁くように、悲しげに、さやかに言った。

「学校もいかない。教室を壊しちゃったのは申し訳なかったし……みんなにすごい迷惑もかけちゃったけど……
でも、弁償だってできない……ううん。わたしは学校にもお家にもいちゃいけない。そんな子だった…」


ちがう、ちがうんだ!まどか!

まどかは、いちゃいけない子なんかじゃない。


鹿目まどか、あんたは、わたしたち魔法少女たちにとっての希望。救済の人。さあ、思い出して。

どれほど、今まで、多くの魔法少女たちを救ってきたのかを。それがまどかの願いだった。


さやかはまどかに言い寄る。

「……まどか、きいて、大変なんだ!」

さやかはまどかの座るベンチに近づいて、まどかの腕を掴んで、杏子と共に戦うための増援として呼びかけようとした。

事態は一刻を争う。

「杏子が大変なんだよ。あたしも戦いにいくけど、まどかの力が必要なんだ。お願い、今すぐ、わたしと一緒にきて!
あまりうかうかしていられないんだ…!」


まどかの目に怒りがこもった。さやかをみあげて、そして、睨んだ。


「まどか!」

さやかは、あくまでまどかを引っ張り出そうとする。戦場に。

「杏子が、いま、ピンチなんだ!ほむらと戦ってる。マミさんもなぎさも魔女になったって…。
あとは、ほむらと戦えるのは、杏子とあたしとまどか……」


「来ないで!」

腕を掴んでくるさやかの手を、まどかはふりはらった。

ベンチから立ち上がり、さやかから数歩ひいて、距離をとった。



495 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:56:12.45 1UJMFHti0 292/402

「…まどか?」

しばし、何が起こったのか分からず、きょとんとなるさやか。


一方、まどかは、さやかのことを睨んでいた。

それは、本当に、怒っていて、しかも、悲しい顔だった。

ズキっ、という痛みが、さやかの胸を打った。


「さやかちゃん、私は…」

おこっていた顔は、すぐ、泣き顔に変わってきた。

「杏子ちゃんなんて人、知らないし、ほむらちゃんと戦ってるって、話も、私にはよく分からないの。
知らない人のために、戦え、なんて、ちょっとひどいんじゃないかな……」


「あっ、ああ、そっか」

あまりにも事態が緊迫としているので、うっかりしていた。

さやかはまどかに謝った。

「そうだよね。ごめん。まどかは杏子を知らないんだよね。杏子はね、あたしの友達なの。なんつーか、
喧嘩してたほうが多かった気もするんだけど、腐れ縁みたいな感じで付き合い続いちゃってさ。…………とにかく、いま、
悪魔と戦ってる。正義の味方ってわけ。さあ、まどか!一緒に、悪を倒そう!ほむらをやっつけるんだ!」


今度こそうまく説得できたと思った。

まどかと手を繋ごうと、手を伸ばして差し出した。


円環の理の使いだったわたし。神さまを助け、いざというときは記憶を呼び覚ませる役目をもっていたのは、
なにも、今に始まった話じゃない。ほむらを助けるため鞄もちになったときからそうだった。


「…やだ…やめて…」

しかし、まどかは、怯えていて、怖がった目を、さやかに向けてきた。

「ほむらちゃんをやっつける…?悪魔と戦ってる…?さやかちゃん、なんか変だよ……おかしいよ!」


「…へ?」

さやかは、まどかの言ってることがあまり分からなかった。

頭の中がぽかーんとなる。


「さやかちゃん、私は一週間前に、アメリカから帰ってきた見滝原中学の転校生だよ…?」

まどかが語り始めた。目に透明な滴が溜まっていた。

「なんの話かも分からないし、さやかちゃんたちが、ほむらちゃんと戦っている理由も分からない。
ほむらちゃんは、変なところもあるけれど、転校初日に、学校案内もしてくれたし、お弁当も一緒に食べてくれるし、
授業で使う教科書の範囲だって教えてくれて……」


「ちがうよ。まどか、それ、ちがうんだ。暁美ほむらの本当の姿じゃない!」

さやかは、もどかしくなってきた。

今も杏子が、悪魔と命すり減らして戦っているのに、目の前の鹿目まどかは、学校生活のほむらのことを話している。

なんとかこの誤解を解かないと…!

496 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 22:59:05.25 1UJMFHti0 293/402

鹿目まどかとは、円環の理。魔法少女を救ってきた。しかし悪魔によって、今は、その力を忘れさせられてる。

なら、鞄もちでもあったさやかの使命は、まどかに力を取り戻させること。


「杏子から教えてもらったんだ。ほむらの本当の企みを。インキュベーターと手を結んで、すべての魔法少女を魔女に貶めようとしてる。
すべてあいつにとって都合のいい世界にするためだ!まどか!たくさんの魔法少女たちが、いま、絶望に呑まれようとしてる。
思い出して!救済してきた、まどかの本当の力を!みんなの希望だった自分を!」


ここまで話せば伝わってくれるだろうか。

悪魔の企みが邪悪であること、暁美ほむらこそ魔法少女の敵になってしまったこと、インキュベーターの陰謀と計画。

この危機を打破するためには、まどかの力が必要だ。



「まどか!まどかは!」


さやかは、川辺の手すりの道路を数歩進んで、まどかに、真実を告げる。


「まどかは、円環の理だったんだ!あたしたち魔法少女を、導いてくれた、あたしたちの神様なんだ。…思い出して!」


事実が脈打ち、ドクドクとまどかの心臓に入り込んだとき、まどかは怯えた。

「やめて!」

耳を塞ぎ、さやかの声を遮断する。目をぎゅっと閉じ、拒んだ。

「それ以上なにもいわないで!」


「…まどか!」

さやかは歯を噛み締める。

どうしてまどかは、本当の姿を思い出そうとしないのか。円環の理の力を取り戻そうとしないのか。


「怖いっ、怖いよ…さやかちゃん、わたし怖い……」

まどかは消え入りそうな声で、言った。体が震えていた。

「さやかちゃんの言葉をきくのが怖い……。私が私じゃなくなっていく……そんな気がするの……
私が消えてしまいそうな気がするの……お願い、さやかちゃん、これ以上、私になにも言わないで……」


「そんな…」

さやかは呆然と立ち尽くした。風に制服のスカートがゆれた。さやか本人は、すべて真剣で正しい話をしているつもりなのに。
まどかの願いのことを思い出させようとしたのに。神様は、拒んだ。


497 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:00:19.49 1UJMFHti0 294/402

「さやかちゃん…私ね…」

まどかは語り始めた。

世界滅亡の瀬戸際、荒れ狂う川のほとりで、かつての親友で幼馴染であった、まどかとさやかが、語り合う。

かつての幼馴染同士は、今は神と魔法少女として。


そこに、なんの心の距離が生まれてしまったのか。


「アメリカから帰国したとき……友達をつくって、お勉強もがんばって、放課後は友達と寄り道したりして……。
そんな毎日を送りたいな、って、そう思ってたの。さやかちゃんにも三年ぶりに会えるし、仁美ちゃんにも
三年ぶりに再会して、また三人でどこかにいけたらなって……。もう中学生になるから、どろんこ遊びは
しないんじゃないかなあって思ってたけど、お洋服屋さんみたり、ケーキ屋さんいったり……そんな日々、想ってた」


「…まどか」

さやかはこのとき初めて知った。

帰国子女としてぽっと現れた鹿目まどかが、実は、14年間の人生の記憶を一人の人間として持っていて、
さやかとの再会をどんなに心望みにしていたのか、さやかをどれだけ大切な友達に想っていたのか。


その心中を初めて知った。


言葉をなくして、顔を落としたさやかに、まどかは言った。


「でももう……そんな日々は叶わない。私も本当は分かっているの。本当は世界に存在を許された子
なんかじゃなかったって……どこにも私が存在した記録も証拠ものこってなかったし、パパとママも、
私の誕生日を知らないって……」


それで、まどかは家出を決意していたのか。

さやかは、やっと理解する。


「だからたぶん、さやかちゃんのいってることは、本当なんだと思う……たぶん私は、円環の理という存在が、
本当の姿で本当の役割で、神様みたいにみんなから存在が知られないんだって……。でも、怖いの!私が世界
から消えてしまうこと、みんなから忘れられることが、つらくてさみしくて、苦しいの…!」


「…まどか…」

さやかは下を見つめてばかりで、悲しげな顔するばかりで、何も言い返さない。


するとまどかは、さやかから離れはじめた。


「だから、ごめんね」

まどかは一言、さやかにあやまって、さやかと別れた。

「ごめんね…私、弱い子で……さやかちゃんの願いに応えられなくて…ごめんね…」

ぺこり、とお辞儀して、頭さげると、背をむけて走り出したのだ。


そして、これが美樹さやかと鹿目まどかの、永遠の別れとなる。


さやかに背をむけて、家出を決意した少女は、走っていった。


どこにあるとも知れずの、自分の居場所を求めて。廃墟の町の焼け跡へ、去っていく。


498 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:01:28.21 1UJMFHti0 295/402

さやかは追いかけない。

今追わないと、世界は滅亡してしまうのに、追うことができない。

もし巴マミや、佐倉杏子だったら、それでもまどかを追いかけただろうか。


何を弱気なことをいってるのだ、お前は神なのだ、恐れることはない。さあ、悪魔と戦え!
そして概念となって、魔法少女たちを導け!

と、いえるのだろうか。


「いえないよ、あたしには…」

さやかは涼んだ顔をして空をみあげた。


神様を追わなかった自分の判断を、誇りとするように。世界は滅亡するというのに。

世界を救うはずの神を、一人の人間の少女として、見送ったさやかは、自分の判断に誇りをもった。


「……ごめん杏子。神様は味方につけられなかった。でもさ、アタシと杏子の2人で、やっつけようよ。
あたしら、正義の味方じゃん」

終末の空を見上げつつ、呟いた。


さやかは、まどかが去っていった方向から、逆向きに振り返り、そして、ソウルジェムを手に翳した。

そして、変身した。


ぴかあっ…と光が放たれて、さやかは魔法少女の姿になる。

「さようなら……円環の理。そして、待ってて、杏子!」

魔法少女になったさやかは、廃墟の見滝原を疾走しはじめた。



悪魔との最終戦争にむけて。

499 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:03:54.56 1UJMFHti0 296/402

71

杏子と悪魔の終末へむける戦いはつづいていた。

廃墟の町で繰り広げられる殺し合い。2人は、グリーフシード争いをするのでもなく、
意見の相違でいさかいを起したのでもなく、正真正銘、殺しあっていた。


戦場となる焼け跡は、あちこちに火の手があがっている。町々の瓦礫は、煙をたてる。


悪魔の矢が多量に放たれ、町を破壊し、炎に包まれたからだ。

杏子は悪魔の矢をかわしたり、よけたり、槍で弾き返したりして、悪魔の攻撃に対抗し、悪魔の腹を、
槍で貫こうとしていた。


悪魔の胆を貫き、大地を胆汁で染めよ。


「うおお!」

カラスの翼で空を飛ぶ悪魔に、負けじと、地面をけって飛び上がり、槍を振り回す。

空中のほむらに接近し、槍を伸ばし、すると槍先がほむらの首元へ。


ほむらは、首元をひいてよける。冷徹な目つき。槍が顎スレスレを通り過ぎた。

「まだまだ!」

杏子は、やりすごされた槍を、持ち直し、こんどは横に振り切る。

槍の軌跡が、水平に走る。ほむらの首筋へ槍の穂が迫る。


ほむらは、弓をもちあげて受け止めた。バチン!槍と弓が激突しあう。


しかし、力比べではほむらが勝った。


弓と槍が交差して、拮抗するそれを、ほむらが押し切り、弓を横向きにふるったのだ。

杏子の槍は弾かれて、しかも、弓によって頬を殴られた。


「ぐ!」

杏子は廃墟の空をとび、どこかの倒壊した建物にぶつかり、地面に落ちた。ばったんと、倒れ伏す。

500 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:06:55.17 1UJMFHti0 297/402

ほむらは、杏子を追い払うと、空をとび、今もまどかに接近しつつある美樹さやかの阻止へむかった。

ひゅーっと翼が音をたてて風にのって飛び、荒廃した建物と建物のあいだを飛びまわり、さやかを止めにいく刹那。


ガラララ。

赤いチェインのようなものが伸びてきて、ほむらの足を捕らえた。

ほむらは振り返る。翼を広げながら、空で。


杏子の伸ばした魔法の鎖が、びしっと伸びていて、悪魔の足に絡んでいた。


「いかせねえよ」


魔法を発動させた杏子のソウルジェムは、赤色から、黒色へ染まる。

ぐいっ、と鎖を手繰り寄せて、悪魔を地上へ引き降ろす。


「あたしと戦え!」


「!」

ほむらは、杏子の、ありったけの魔力を込めた鎖に引っ張られながら、弓に矢を構え、放った。

バチュン!


紫色の閃光が、空に走る。悪魔の矢が飛んでくる。


「はっ!」

杏子は飛び、直後、悪魔の矢が地面に直撃、爆発した。どごぉん!砕けたコンクリートの断片があちこちに舞い飛ぶ。

だが、杏子はその爆発から逃れ、高く飛びあがりつつ、チェインを握った腕を、さらにまた、ぐいと引っ張って、
そのあとぐるりと円を描くように振り回した。


すると、足をチェインに絡まれた悪魔が、ぐるりと円を描くように振り回されてゆき、引っ張られて、
廃墟の砕けた建物という建物に、体を突っ込ませてゆき、がしゃんごしゃんと建物を崩壊させつつ悪魔が建物を突き抜けた。


「これでどうだ!」


杏子は怒鳴って挑発した。


悪魔は、いらいらしてきた。いつまで、杏子の時間稼ぎに付き合わねばならないのか。

建物を五個くらい、貫通して体のあちこちを傷めた悪魔は、足に絡んだチェインを、手に握って砕き、壊した。

そして、建物を突き抜けて落ちた地面に、すっくと立ち上がり、杏子を睨んだ。


「睨まれたって怖くねえぞ!」



杏子は、スタタタタと走って、間髪いれず、悪魔に戦いを仕掛けてきた。

もう、槍先が悪魔の心臓へ伸びてきている。


悪魔は空を飛んだ。建物と建物に挟まれた路地を、ぴょんと高く。

逃げる気だ。

501 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:08:36.74 1UJMFHti0 298/402

「あんた、アタシたちに不幸を振りまくっていってたな!」

すぐ杏子も追いかけて、飛ぶ。狭い小路の路地裏を。

槍を構えつつ。


「それが、魔法少女の魔女化だっていうのかい。はじめは、随分と都合のいい世界をくれたもんだと思ったんだけどな!」

ぴょんぴょんと路地の壁と壁とを交互に蹴って、飛びつつ、悪魔の高さに追いついて、翼を槍で貫こうとする。

悪魔ははらりとよけ、くるりと向きを翻しつつ、弓を放った。

「あたるか!」

槍をふるい、矢を受け返す。矢は弾かれて、どこかの方向へ飛び、どっかの建物を破壊した。

すると杏子はまた、路地の壁をけって、勢いにのせて飛びながら、悪魔へ槍を突き出す。

「くらえ!」


悪魔はかわす。頬に槍の矛先がかすった。紙一重だ。

かわしがてら悪魔は、杏子の槍の柄を握り、それを、持ち上げて、別方向へ思い切り投げた。


「うわ!」

杏子は、自分の槍が投げ出されて、槍と一緒になって路地の建物の5階の窓ガラスへ体を突っ込ませる。

がしゃーんと音がして、壊れた窓ガラスがさらに砕け、透明な破片がとびちり、杏子は建物の廃墟フロアの中に落っこちた。


誰もいなくなったビルの破壊されたフロアのコンクリート床に、ずざーっと砂埃たてて倒れ、ばたんと伏せた。


ソウルジェムは限界だった。


悪魔には勝てない。

ビルフロアのどの窓ガラスも、廃墟のごとく割れていて、破片だらけだった。

502 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:12:17.70 1UJMFHti0 299/402

しばらくすると、杏子が仰向けに倒れこんだ建物のフロアに、カツカツというヒールの音が聞こえ出し、
杏子はそれが悪魔の足音だと気づいた。


悪魔は、杏子が吹っ飛ばされて砕けた壁の、たちこめる砂埃が舞うむこうから、うっすら影だけだし、
歩いてくると、やがて姿をみせた。


冷徹の目つき。敵を見下す瞳。

悪魔は、杏子の限界ちかいソウルジェムを見つめた。


「魔法少女って大変よね」

と、冷たい声が言い放つ。

カツカツ、ヒールの音たてて、倒壊したビルの廃墟となったフロアを、歩いてくる。

ビルの骨組構造をしたコンクリート柱が丸見えのフロアであった。


びかっ。ゴロロロ…。

廃墟の町の外で、雷が鳴った。雷光が、暗い廃墟のビル五階フロアにまで、壊れた窓ガラスから入り込んで、白く照らした。


「戦いを宿命づけられた存在のくせして、魔力にはいつも限りがある。戦力を温存するために戦場に赴かないといけない。
アイツらも、よく考えたものね。希望に縋れば縋るほど、喘ぎ続けるしかない。そういう瓶の中に入れられて、
中をころげるだけ。やがて窒息して息を失う」


「あんたが悪魔になってから消耗がはやくなった気がするよ」

杏子は、倒れながら、起き上がりもせずに笑って言った。

ソウルジェムの残量は限界で、体の修復のための魔力残量さえない。杏子は体の各部を骨折していたが、
魔法少女として痛覚を遮断し、立ち上がることもできなかった。


「さあ。それは気のせいじゃないかしら」

ほむらは首を傾げる。

「とぼけるなよ悪魔…」

杏子、憎まれ口を叩く。

「なんのために志筑仁美をナイトメアにした?世界にナイトメアを出現させた?あたしら魔法少女のソウルジェムの消費を、
早めるためだったんだろ。神様が円環の理に戻らないうちに、全ての魔法少女を魔女にしちまって、
そして魔女はあんたが片付ける筋書きだ。そうなればあんたの勝ちだからな。世界のどこの国でも同じことしてるのか?」


「いい読みね」

悪魔は冷淡に言った。

「確かに私の目的はすべての魔法少女を魔女に変え、かつ、私の手で皆殺しにすること。彼女を犠牲にはさせない。
佐倉杏子、魔女になれば、すぐ私が殺してあげる」


「…へへ…神の子はどう思うんだろうな…」

杏子は、笑う。傷だらけの体で、力尽きて倒れながら。

「あんたの愛とやらが成就するか見物だぜ」


「見物になるのはあなたの死に様よ」

ほむらは杏子に近づき、悪魔の矢を弓に番えて、弦をギギギイっと引いた。

くの字にまがる弓弦。

紫色の矢がびかっと煌き、廃墟となったビルのフロアが輝いた。杏子の死を覚悟した顔も紫色に照りついた。

光は強さ増す。

503 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:13:01.52 1UJMFHti0 300/402

杏子を殺して、さやかが、まどかを見つけてしまうまえに、さやかも始末しよう。

もう、あなたたちとわたしは、仲間ではない。わたしは、悪魔となった。


弓は引かれ、矢は杏子の胸元のソウルジェムをしっかりと狙う。杏子は身動きしない。抵抗なしだ。


今、まさに放たれようというとき、サーベルが飛んできた。

びゅん!と空気を裂いて、まっすぐ、ほむらの頭めがけて。

「…!」

ほむらは反応して、弓を引いたまま背後にふり返って、すぐ矢を放った。


その矢は、飛んできたサーベルに当たり、爆発した。

矢とサーベルの正面衝突だ。


紫色の閃光と、青色の閃光。

光を放つ爆風が廃墟のフロアに溢れる。煙が舞う。風が砂塵を沸き起こらせ、地面は揺らぐ。


パラパラと、断片すら降ってきた。



「いやあーっ、ごめんごめん。危機一髪ってとこだったねえ!」


悪魔が、鋭い目つきをした顔をした。

杏子を殺す一歩手前、サーベルを飛ばしてきた魔法少女の、呑気な台詞が聞こえてきたからだ。


「まっ、ヒーローは遅れてくる、といいますか?魔法少女さやかちゃんの到着だよ!」


青いプリーツスカートに白いマント、手にサーベルを持った青い魔法少女が来た。

504 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:14:36.68 1UJMFHti0 301/402

72

「おせーよ。さやか」

杏子が、コンクリートの冷たい地面に倒れつつ、笑い、言った。

「神の子は連れてきたか?」


ほむらの目つきが変わる。きっと、鋭く。細くなる。


「いや、ごめん」

さやかは廃墟フロアの地面を見つめた。さっきの鹿目まどかとも会話を思い出して語った。


「まどかはさ……そこの悪魔を認めてしまうようで悔しいけど、やっぱり、まどかだったんだよ。
神様でもなければ円環の理でもない……一人の女の子だったんだ。なのに、アタシらときたらさ、
まどかに対して、魔女を消し去る概念になれとか、悪魔と戦えとか、ひどいことさせようとしてたって、
分かったんだ」


最初は、ほむらによって、まどかが本来の望みすら忘れさせられて、人形のように操られていると思っていた。

すぐにでも、まどかの本当の姿を取り戻さなければ、とすら思って、奮闘さえした。


しかし、この世界に降り立った鹿目まどかが、一人の人間として、自分の気持ちを持っていることを、さやかは知った。

人形なんかじゃない。悔しいけれど、悪魔によって存在を与えられた、立派なひとつの命なんだ。

ひとつの命をもつ少女として、鹿目まどかは存在した。それは、円環の理になってしまうのが怖い、と言った。

だから、さやかは、その少女の気持ちを尊重した。


「なんだそれ?説得失敗ってことかよ」

杏子がははと笑みをこぼした。倒れ伏しながら。



505 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:17:47.33 1UJMFHti0 302/402

「…」

さやかは、地面をみつめる。


それに、さやかは、ひとつ気づいたことがあった。

いや、ひとつどころではない。悪魔の、言ってることや、やってることには、妙な点がある。

さやかは、ほむらが敵であり、打ち倒すべき悪魔だと思って、ここにきたが、その前に、はっきりさせたいことがあった。


「ねえほむら、いま世界で起こってるこの魔法少女が魔女になる現象。これってぜんぶアンタの仕業なの?」


「…」

悪魔となったほむらは、鋭い眼つきをして、暗闇の廃墟フロアに立ち、さやかを睨むだけだ。

ゴロロロロ…。

建物の外で、また、雷がおちる。壊れた窓ガラスから、雷光が走る。廃墟フロアが照らされる。


杏子なら、この、世界で起こってしまった希望と絶望のサイクルは、悪魔の仕業だと思って疑問も抱かないだろう。

それは、仕方ない。円環の理に導かれたことがない魔法少女だから。


けれど、円環の理に導かれ、そのあと姿を与えられ、いわゆる鞄もちさえした記憶がはっきり鮮明に蘇りつつあるさやかには、
この世界で起こっていることがどんなにおかしいのか、ぽつぽつ疑問が浮き出てくる。


まず一つ目。

そもそもどうして、この世界では魔法少女が魔女になるのか?


円環の理が機能を失った?だとすれば、なぜ?この悪魔が、円環の理を壊したとでも?

それはおかしな話だ。杏子には、悪魔の所業と思えるのだろうけど、さやかには、そうじゃないとわかる。

悪魔のしたことは何か?

円環の理の導きがついにやっときたときに、その救済に叛逆して、女神から、人格、そして記憶を奪いとった。

”人格”と”力”に、切り離された。


それとも、それに飽き足らなくて、人格をもった鹿目まどかという少女を神格化から救うために、本体である”力”すら、
ほむらは奪い取ってのけたというのか。円環の理を打ち壊したというのか。


さやかには、ほむらはそんなことしていないという直感がある。


暁美ほむらにとって、円環の理は、鹿目まどかの願いそのものであって、それを全否定までする気を起すことが、
さやかには信じがたいことだった。


ほむらにとって、人格となった少女も、鹿目まどかであるし、残った円環の理のシステムも、鹿目まどかであるはずだ。

どちらかひとつがとりわけ大切、というのでなくて、どっちもほむらにとっては大切なはずだ。


切り離しはしたが、どっちも大切に想っているはずだ。


506 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:20:36.53 1UJMFHti0 303/402

だとしたら、なぜこの世界で、魔法少女が魔女になるのか。

そうなって得するのは、どういう連中なのか。


そもそも、暁美ほむらが悪魔となりはてたのは、だれがほむらに何をしたからか。それはどういう目的があったからか。


さやかは確かに、この世界が始まってから、ほむらが敵だと直感してきた。

ほむらは、世界を滅ぼすこともしかねない、悪魔だ、と。


けれど、忘れてしまっていた。ほむらが悪魔であることだけは忘れない、と頭に刻み込んだおかげで、魔法少女にとって、
他にも危険な敵がいることを忘れ、人類に害を及ぼす敵がほむらだけだと限定してしまった。


二つ目。

インキュベーターは人類から手を引いた、と知らされた。

少女と契約しないことで、魔法少女の数を地球上から減らし、ついにはゼロにして、
魔獣やら魔女やらに人類を喰わせようとする連中の計画。人類滅亡計画。呪いの処理の放棄。

これもおかしい。


「ねえほむら。それにさ、インキュベーターが地球から撤退した、っていってたじゃん。それって、
あんたがアイツらが地球から離れることを許したの?あんたからそうさせたの?それとも逃げられちゃったの?」


「…」

悪魔は、冷たい顔をし、口を噤み、鋭い眼つきを変えない。


「…はあ」

さやかは、ため息とともに、サーベルを肩にのっけた。

「ねえさ、ほむら。前にもいったじゃん。全部ひとりで抱え込むんじゃないよって…。教えてよ。この世界で起こってること。
説明がほしいよ。でないと、あたしまた間違えちゃうじゃん。」

さっき、まどかに、円環の理の宿命を迫ったみたいに…。

さやかは、先日の魔獣退治で稼いだグリーフシードのいくつかを、杏子に投げ渡した。

廃墟のフロアを、四角いキューブが飛び、杏子はそれをキャッチする。

507 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:22:51.60 1UJMFHti0 304/402

「…あなたたちに教えることなんて何もない」

悪魔の声は、冷たい。美樹さやかたちに、何も頼らないと決め込んでいる。

「この世界には、魔法少女が生きることは許されない。わたしが一人残らず、殺すしかない。いったはず…」

弓をもち、戦闘態勢をとる。


杏子はすっくと立ち上がる。魔力を回復し、ソウルジェムを浄化し、戦闘態勢に立つ。


ほむらの後ろには、佐倉杏子。前には、美樹さやか。

挟み撃ちだ。


「勝ち目があると思う?」

冷たい声が、杏子とさやかの2人に告げた。


「そっか。あんた、アタシたちと決別してるんだね」

未練は残る。

記憶が鮮明に蘇り、円環の理の使いとして、ほむらを助けにゆき、そうまでしてほむらを救いたかった女神の想い。

それが、こういう結果に終わることが。残念だ。


でも、悪魔は聞く耳もたないし、というより、もう、わたしたちとの決別をとっくにしていて、その決意が、
変わらないのだ。

「戦って明かすしかないんだね!」


さやかはサーベルを握って、ほむらめがけて走り出した。

杏子も走り出した。槍を手に構えつつ。


ほむらを挟み撃ちして駆け出す前後の2人は、同時に、悪魔に攻撃をしかける。


「それ!」

さやかはサーベルを突き伸ばした。

はらり、と黒髪をなびかせてよけるほむら、剣先は当たらない。胸をすれすれにしてかわす。

「これでもくらえ!」

杏子が槍を水平にふりまわす。ほむらの顔面に迫る。

ほむらはすると、頭をさげて、胸を反らせる。その真上を槍の軌跡が通り過ぎた。優雅に黒髪がゆれた。


「隙ありっ!」

背後にまわりこんださやかのサーベルが、ほむらの背中を狙う。「これでどうだ!」

サーベルの剣先は、まっすぐのび、ほむらの背へ。

ほむらは気づいて、くるっとさやかに振り向いた。剣先をかろうじでよけて、さやかの真ん前に立つ。

508 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:25:22.95 1UJMFHti0 305/402

「…は?」

さやかは目を大きくした。


次の瞬間、ほむらの持つ弓が、力いっぱい振り回されて、さやかの頬を直撃、吹っ飛ばされた。

「あぐ!」

さやかは、廃墟となったフロアのラーメン構造をしたコンクリート鉄筋柱の一つを叩き割る。

そして地面に倒れ伏した。白いマントがはたっ、と風になびいた。


「余所見してるんじゃねえ!」

杏子の槍が再び伸びる。

弓をふるってさやかを殴ったほむらの後ろをとり、腰に槍を刺そうとする。

ほむらはまた、くるりとまわって、槍を伸ばした杏子の背後を逆にとった。


「なっ…!」

杏子が、槍を突き出しながら、ほむらの俊敏な動きに目を瞠っても、もう手遅れ。

ほむらの動きはまるで円舞を踊るかのようだ。どの攻撃も、あらかじめ知っているかのように、
華麗にかわしてのける。


澄ました顔したほむらは、杏子の槍をやりすごして、平静に、背中を弓で叩いた。

「あぐ!」

背中を弓で叩かれた杏子はバタンと倒れ伏した。


さやかは立ち直り、タタタと走ってくると、サーベルをふるって、ほむらに斬りかかった。

ほむらは弓で受け返した。バチチ。紫と青の魔力が衝突しあい、火花を散らす。

「ほむら!こんどは何抱え込んでるのは知らないけど、そんな調子じゃ、まどかを悲しませるだけだよ!自分で気づかないの?
さあ教えてもらおうか!インキュベーターは今どこにいて、何してるっていうの!」

「おめでたい人。何度いわせる気?インキュベーターは人類から手を引いたの。魔獣にしろ魔女にしろ、
それを倒す魔法少女が契約で新たに誕生しない未来は、もう、闇なのよ。そこを生きる悪魔が私」


「だから、それを一人で抱え込むなって、いってるでしょうが!!」

さやかはサーベルをふるい、ほむらに、何度も斬りかかる。

ほむらはサーベルの斬撃をみきって、かわしてゆき、そして弓弦をふるってさやかを追っ払う。

「あぐ!」

弓を腹にうけたさやかは、また廃墟フロアでふっとぶ。ラーメン構造をしたフロアの柱に当たり、柱は砕けた。

509 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:26:05.98 1UJMFHti0 306/402

「さやか!」

杏子が走ってくる。「ほむら!てめえ!」


今度は杏子の番。ほむらの弓と、槍が、激しく交わる。ガチンガチンと、あちこちで2人の武器が激突し、
火花を散らした。


そのたびに紫色や、赤色の閃光が、暗い廃墟フロアをぎらつかせて照らした。


ほむらの庭の創造から6日目は、やがて、夜を迎えた。

510 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:27:30.46 1UJMFHti0 307/402

73

戦果は、悪魔の勝利だった。

五分五分の戦いにみえたそれは、実際には、あまりに絶望的な戦いだった。


悪魔と魔法少女の決戦の、最大の違いは、悪魔は力を使い放題だが、魔法少女たちには魔力に限りがあることだった。

つまり、美樹さやかも、佐倉杏子も、魔力を使い果たした。

全てのグリーフシードも使い果たして、かつソウルジェムの残量も使い果たした。


2人のソウルジェムは黒くなり、魔力が尽きて、2人の変身は解けた。そして、さやかも杏子も、2人ともバタリ、と、
廃墟フロアの冷たいコンクリート地面に突っ伏して倒れた。

普段着のパーカーと、見滝原中学の制服に戻った、杏子とさやかの2人は、2人で廃墟ビルの天井を虚しくみあげた。


悪魔は去った。

2人の染まりきったソウルジェムを見て、もう相手しなくなって、廃墟ビルの壁にあいた穴から町へ飛び去った。
焼け野原の町へ。


「…バカ。だから、神の子を連れて来いっていったんだよ」

どろどろと澱んだソウルジェムを、手に握りつつ、杏子は声をだして呟く。

もう、ほんのわずかな体への刺激が、魔女化を呼び起こしかねないくらいの状況だ。

「あっはは……ごめんね、杏子。アタシたちだけでいけるかなーっと思って」

傷だらけなさやかも、手元に青いソウルジェムを握っている。しかし、青色といっても、
深海の底のように澱んでいて、輝きはない。


「魔獣を倒して町の平和を守るのが魔法少女だと思ってた」

杏子は、何もかも諦めた声を出して、人生を振り返る。

「もとはといえばそういうの、憧れてたし。けど。それが、鹿目まどかってやつの願いの上に成り立ってた、
あたしらの像だったなんてね。本当は、人を呪う魔女の姿だったんだ」


511 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:29:50.34 1UJMFHti0 308/402

「円環の理になることを決意したまどかと、今、この世界にいるまどかは、ちがうんだ」

さやかは語った。アメリカから帰国子女として日本に戻ってきたまどかとの思い出を。それは、たった6日間の思い出だった。
さやかからしてみれば、そのまどかとは友達というより、神の子であった。

むこうが、どんなに、さやかのことを親友だといっても、さやかには、神の子以上にはならなかった。

それでも。

最後の最後には、理解することができた。今のまどかの心情を知ることができた。

だから、さやかはやめた。今のまどかに、神の子である宿命を迫ることは。


結果としては、悪魔の勝利に終わった。


「不器用だなあ、あたし」


廃墟ビルの、激しい戦闘の跡か残っているフロアは、コンクリートの柱があちこち破壊されていて、
瓦礫と断片が、床にちらばって溢れている。


「世界の魔法少女の絶望と、たった一人の、あたしを親友と呼んでくれた子の命とを、とっさに正しく選べないなんてさ。
あたしら、魔女になったら、悪魔に殺されちゃうんだろうなあ」


マミさんだったらどっちを選んだだろう?なぎさだったら?他の魔法少女たちは?どっちを選ぶ?

杏子もさやかも、2人で頭を並べて、天井をぼんやり眺めていた。力をなくして。



たぶん、世界中でも同じことが起こっているのだろう。

東洋でも、西洋でも、はるか南の国でも、インキュベーターが人類から手をひいて、魔女ばかりが数を増してゆく。

戦闘疲れした魔法少女たちはやがて魔力残量を尽かせる。


なのに、魔女は一日、一日追うごとに、倍に増していく。

ナイトメアさえいるし、魔獣だって沸く。世界はメチャクチャだ。破滅の世界だ。


そして、全ての魔法少女が魔女となり、魔女が焼き滅ぼされたとき、悪魔の世界が実現する。

まどかとほむらの2人が生きる。行き着く果ての楽園か。

512 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:31:39.48 1UJMFHti0 309/402

「あたしが魔女になったら……さやかが殺してくれ」

杏子が、口からぜえぜえ、絶え絶えな息を吐きながら、言った。

「悪魔に殺されたくない。これでも教会の娘だったんだ」


「やだよ…杏子。あたしに殺させないでよ」

さやかのソウルジェムは黒い瘴気を放ち始める。

ああ…。私の魂から、邪悪なものが噴き出ている。なんて穢れているんだろう。

奇跡の代償は重すぎる。これを、軽くしてくれたのが、いや、希望のまま終わらせてくれたのが、
神様だったのに。

今の鹿目まどかはそんな記憶はない。魔法少女のまの字も知らない。


「魔女になりたくないのら、自分でソウルジェム……叩き割ってよ」

諦めた声で、さやかが言う。


「だめなんだ……できない」

杏子は語った。その顔も体も、傷だらけだ。

廃墟ビルのフロアは、槍の切り傷がコンクリート壁のあちこちに生々しく残されていて、
サーベルの裂いた跡も、柱のあちこちに刻まれている。

悪魔の放った弓矢の火が、崩れた柱の瓦礫の山の上で燃え続けていて、赤々と光を放っていた。


「父さん…ごめん」

杏子は、目に涙ためて、口を手で覆って、父に謝った。家族心中して、今も地獄にいる父にむかって。

「最後の最後……父さんの教義、守れなかった。こんな娘で……ごめんなさい」



ソウルジェムが孵化をはじめる。

「───ウッ!」

杏子の顔が苦痛に歪む。全身に走る邪気に、寒気がする。脱け殻から魔女が誕生する瞬間がきた。


「杏子!」

さやかは、最後の力を出し絞って起き上がり、魔女化のはじまった杏子の体をゆさぶった。

「しっかりして!杏子!あんた、言ってたじゃん。この力で好き放題するんだって……自業自得の人生を、
これからは取り戻すんだって……そんな終わり方でいいの?杏子!」


悪い夢をみた、といっていた。

さやかがいなくなってしまう夢。それは、夢じゃなくて、むしろ現実だったのか。

いや、現実は、杏子の魔女化と、さやかの魔女化。


513 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:34:52.21 1UJMFHti0 310/402

「あうう!」

ソウルジェムの黒みが増す。もう、ソウルジェムの形をしていない。魔女の卵の形をしている。

軸が通り、結界を生み出している。


「杏子のバカ!」

さやかは叫んだ。

「魔法ってのは徹頭徹尾、自分のために使うものなんだって。今のわたしには分かるんだ。あんたの言葉が。
人のために魂を捧げるって、むなしい。だから、杏子!あんたが魔女になったら、あたしは、
だれを見て生きていけばいいの?杏子…!」

たしかに美樹さやかには、命をかけても叶えたい願いはあった。

しかし、叶ったあとの人生は?ぽっかり、空洞ではないか。願いごとがあったから、と言い聞かせても、
むなしさは、毎日、つきまとう。それを、これからは自業自得の人生を取り戻せと勇気付けてくれたのは、
杏子だったのに。

思いもかけず再び人の人生を与えられたって、魔法少女として生きるんじゃ、杏子がいなくちゃ、
もう先に進む勇気もでてこない。あたしはそこまで立派になれてない。

「杏子!!」

どんなに叫んでも、訴えかけても、魔女の孵化は止まらなかった。

「あああっ!!ああ゛ああア!」

最後に耳に入ったのは、杏子の死の叫びだった。杏子の、自業自得の人生は、終わった。


魔女になることは、魔法少女とって死を意味する。魂が根こそぎになるからだ。



そこには、死体があるだけ。相転移が発火した産業廃棄物としての瘴気が残るだけだ。


さやかは、膝を折って、魔女が誕生した結界の形成を、呆然と眺めていた。

武旦の魔女の結界を。


「…う……うう…!」

魔女を眺めているさやかの目に、悲しみが溢れてきた。

「杏子……!」


もし、神の子を、説得さえしていれば、こうはならなかっただろうか。

杏子が、必死に悪魔と戦っていたから、さやかはまどかを呼んだ。私たちと一緒に、戦って、と。

さやかは、結局、まどかを逃がした。まどかを、一人の少女として、その意思を尊重して、逃がしたのだ。


神の子はこの町を去った。


その結果がこれではないか。

さやかは、最も大切な親友の佐倉杏子すら、見捨てるに等しい失策を、してしまった。



円環の理が復活さえすれば、こうもならなかったのに!正しく導かれたはずだったのに!

そんな、さやかに出来るせめてものことは。責任とは。


この魔女を殺すことだ。

武旦の魔女。生前は、殺してくれとさやかに頼んだ。

514 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:36:19.45 1UJMFHti0 311/402

「バカな杏子…!いいよ、わかった。杏子、殺してあげる……」

さやかは立ち上がり、絶望的な色に染まり果てたソウジェムを手元に翳して、魔力を解き放つ。

元々、殺しあう仲だった。ある意味、さやかと杏子の別れに、ふさわしい。

「あたしがあんたを殺してあげる……!」

魔法少女姿に変身し、サーベルを握ると、さやかは、結界の中に飛び込み始めた。


が、そのとき。


「あっ…?」

ふらっと、足元がふらつき、力が失せた。

体がいうことをきかなくなって、バタ、と前向きに倒れた。

変身がまた解けた。


「───うっ!?」

次の瞬間、激痛を胸が襲った。


「ああっ…がっ!」

胸を手が押さえる。この苦しさはなんだ。呼吸すらできない。

「ああっ…あ…!」


そしてさやかは知った。自分にも魔女になるときが来たのだと。奇跡の代償を支払うときがきたのだと。

鹿目まどかという少女に、自分の代償を押し付けず、きっちり、自分で払うときが。

「うう…ぐ…!」

苦痛が激しくて、身動きできない。全身に寒気がする。胸が苦しくて、何か、体にたまってきた邪気が、
湧き出そうとしてくる。自分の体に眠った悪鬼が、殻をやぶろうとしているような、ひどい悪寒だった。


「あう…う」


もう、だめ。

ソウルジェムには一点の輝きもない。


体がいうことをきかない。というより、脱け殻をコントロールしていた本体の魂が、壊れてしまって、
心にたまった妬みと恨みの化身を生み出してしまう準備をしている。


「やめて……!やめ…て!」

口が動いた。悔し涙を流している自分に気づいた。

「やっぱりあたし……なりたくないよ…魔女になりたくない!…」


515 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/21 23:37:59.65 1UJMFHti0 312/402


取り逃がしてしまった神の子の姿が脳裏にうかぶ。

ああ、逃がしてしまった。円環の理を。魔法少女を救う神を。


まどかは、まどかだったから。

今更、神の子を逃がしたことを、ちょっとだけ、後悔しそうになるなんて。


───正義の味方、失格だよ、あたし…。


「───ああっ!」

心が負けた瞬間、魔女の孵化する刻は訪れた。ソウルジェムはグリーフシードの形になって、
結界を生み出していた。

もくもくと黒雲がたちこめていく。ああ、これが心にたまった呪いの大きさだ。

「…あああっ…ああ…」

さやかは、自分の生み出す結界をみあげ、そして。


「あ…ああ……あ」

安らかに、力尽きて、眠った。

525 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:09:43.29 VSF/NSkQ0 313/402

74

志筑仁美はナイトメアに。

百江なぎさはお菓子の魔女に。巴マミはおめかしの魔女に。

美樹さやかは人魚の魔女に。佐倉杏子は武旦の魔女に。


暁美ほむらは、悪魔に。

インキュベーターは、人類の処分を決定。


円環の理は、一部だけが、人格となって自らの意志を持ち、少女となって降り立った。

神の子だ。だが当の本人は、自分が円環の理のほんの一部ができあがった存在だと知らない。


せいぜい、最後の一人になるまで、共食いをつづけるといい。

檻の中で放たれた獣たちよ。魔法少女のうち、誰が魔女となり、食い物となるのか。しかし、全滅することは明らかな未来だ。
共食いをつづけていけば、数は減る。減った数で、さらなる共食いが始まる。永遠につづく閉鎖された檻の中での食物連鎖は、
出口のないレースだ。暁美ほむら、きみは共食いを続けて生き残った魔法少女たちを、すべて敵に回すというのか。
ならば見届けよう。悪魔に成り果てた、きみの結末を。


暁美ほむらは、花畑の丘に佇んでいた。

全壊状態の見滝原は、ただの廃墟の世界だ。見渡す限り、大地の、地平線まで、倒壊した灰色の瓦礫しかない。


終末と呼ぶにふさわしい眺め。

世界は庭となる。


その世界の先に、夕日が沈み、夜が訪れる。星が、ぽつぽつと暗い空に、輝き始める。


人間の世界が、こんな破滅的になっても、空はいつもどおりの太陽と、夕日と、星空をめぐらせる。



526 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:11:28.28 VSF/NSkQ0 314/402


さて、あらゆる命が失われた悪魔の世界で、一人の少女が走っていた。

背中に、チェック柄のリュックサックを背負い、たったったと小股で走ってくるピンク髪の子。

赤いリボンは、歩くたびに、風にゆれる。野原の花畑を登ってきて、はあ…はあと息をつくと、
ほむらを見つける。


暁美ほむらも、その少女を見た。

2人の目が合った。


悪魔と神の対面であった。だが、それは、形の上ではそうだけれども、このほむらの世界という庭では、
暁美ほむらという見滝原中学の女子生徒と、鹿目まどかという帰国子女の見滝原中学の女子生徒。


鹿目まどかは、花畑の花を踏みしめながら、一歩一歩、丘を登ってきた。

自らを神と知らず、はあ、はあ…と、息を切らしながら、赤くした顔をして、両膝に手をつけて、息を整えていた。


「鹿目まどか」

ほむらは、一面の花畑にやってきた少女を、そっと呼ぶ。

タイムの淡紫の花が咲く。破滅の庭園。


「ほむら……ちゃ…ん」

息を乱したまどかが、赤い顔して見上げて、見つけた女子生徒の名前を呼んだ。


暁美ほむらは不思議がった。

まどかの荷造りに。背中に、リュックサックを背負っていて、リボンは、今日も赤色のものを結びつけて
ツインテールにしていたけれど、今朝は学生かばんに制服だったのに、今は遠足にでも出そうな、姿だった。


「わたし……家出をしたの」

まどかは、花畑に立ち、丘の上に佇むほむらを見上げて話しかけた。

花びらが舞った。

丘のほむら。花畑のまどか。


「家出?どうして?」

悪魔は優しい視線を、神の子に注ぐ。

花畑に腰かけ、黒いタイツ足を妖しく伸ばして、首を傾げていた。唇は、ピンク色に潤っていた。


「私は……鹿目家の娘じゃなかったから」

まどかは答えた。息は、まだあがっている。よっぽど長い距離を走ってきたのかもしれない。


「自分は養子だったと?」

ほむらは、首を傾げて、意地悪な質問をした。本当のことを告げられる訳、なかったから。


「ちがうの……たぶん…私は存在しないはずの子だった……」

神の子が、そう語りだすと、ほむらの目つきが、少し変わった。暗い色になった。

「私は探すの…見つけたいの。どうして、存在しないはずの私が、いまここにいるんだろうって…
私はどこから来たんだろうって…どこへ行くんだろうって……それを見つけるまでは、家に戻りたくない。
学校にもいかない。それも知らずに、毎日を過ごしたって……なんの意味もないって…そう思うから…」

527 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:13:11.16 VSF/NSkQ0 315/402


「くす。おかしな子。」

ほむらは余裕をみせて笑った。星空の光を反射した、艶やかな黒髪を靡かせて。

「存在しない子がどうして私とこうやって話できるの?」


「それも…変…だよね」

あっはは…苦笑いするまどか。

「でもねほむらちゃん……日本に帰ってきたから、友達も、家族も、みんな、私のことを知らないの。
ぜんぜん覚えてないって……まるで私がはじめからいなかったみたいに……それで…なんだか怖くなってきちゃって……。
そのうち、本当にみんなから忘れられて、この世界から消えてなくなっちゃうんじゃないかって……そう思えてきたら……
うう…!学校に行くのも家にいるのも悲しくなって…」

まどかの目に涙がこぼれ始めて、制服の袖でぬぐった。

「だから探そうって…そう思ったの。私が存在する証……私がいた証拠……なんでもいいの……
私がこの世界にいていい理由……それだけを見つけたいって…そう思って…」

まどかの立つ花畑の背後は、破滅した世界がある。どこまでも瓦礫の海の、灰色の庭。


「あなたが存在した証拠?」

ほむらは、首を傾げて、まどかをうっすらとした視線を注ぎつつ、尋ねる。ほむらの紫色の瞳をした睫毛は、長い。
まどかを見つめる目は輝きがある。


いつか、わたしは絶望した。

まどかか、晴れた野原で隣の席に立っていると思ったら、まどかはピンク色の水飛沫になった。わたしがまどかを壊したのだ。
遠いところへまどかを放ってしまった。

かつての、三つ編みにしていたわたしが、わたしを非難している。ああっ、あれがわたしの絶望だった。


みよ、いま、鹿目まどかが、水飛沫でもなく、現実の子として、わたしのもとにきてくれた。

希望だ。これが、わたしの希望で、かつての三つ編みのわたしも喜んでくれる希望だ。


「ほむらちゃん…あのね」

まどかは、不安な顔をあげた。やっと息が整ったまどかの表情は、まるで、ほむらに縋るかのようだった。

「ききたいことがあるの。私と初めて会った初日……リボンが私のほうが似合うって……そういってくれた……よね…」

胸元で片手を握りつつ、不安なまどかの声が訊く。

「私のこと……知っていたの?ずっと前の私を…?昔の私を…?だから、わたしのほうが似合うって、
そう言ってくれた…の?」

528 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:15:18.50 VSF/NSkQ0 316/402

まどかの、この問いかけの意味を理解したとき、ほむらには、嬉しさがこみ上げてきた。

そういうことなの。まどか。

喜びに円舞でも踊りたくなる気分だ。心の中で、勝利の旗みたいなものが、あがった。


「ほむらちゃん……私には、ほむらちゃんしかいないの…」

まどかが、花畑を進んで、学生靴で野原を踏みしめつつ、ほむらに近づいてきた。

「私のこと……知ってそうな人が……家族も、友達も、みんな私のこと知らないっていうのに……
ほむらちゃんだけが…私のことを覚えていてくれるからしもれないって、そう思ったの……」

縋るような目。

不安な顔。

か弱くて、可憐で、触れたら割れてしまいそうな、守りたくなる鹿目まどか。


暁美ほむらは、花畑で立ち上がった。一瞬、タイムの紫の花が、赤色の曼珠沙華に早変わりしてしまった気がした。

「いつか敵になるかもしれないって……言ったはずでしょ?」

赤色の花畑を歩きだし、ほむらは、まどかに近寄っていった。

黒い髪が、ばさばさと強風に煽られ、背の後ろで靡く。


しかし、まどかに歩き寄る足を止めない。

「なのに……あなたのほうから来るなんて、ね」


「ほむら…ちゃん?」

まどかは、少しだけ、体を引いた。

不安な目が、同じクラスの女子生徒を見上げる。


しかし、ほむらはもうまどかの目の前に立っていた。

庭に立つ、まどかとほむらの2人。


「……教えてほしい?」

ほむらは、すっと、しなやかで白い手を、まどかに差し出した。


悪魔が誘っている。

自分の庭へ。神の子を。

神の子だと知らない鹿目まどかは、この誘いにひっかかる。

「……うん」

まどかも手をのばして、ほむらの白い手に────冷たい悪魔の手に───。


自らの手をのせた。


指と指が絡まる。

まどかの手とほむらの手が。

結ばれた。


悪魔は、くす、と口元を笑んだ。嬉しそうに。

神の子は、円環の理をはなれて、悪魔の手元にきた。


「……これで本当に、つかまえた」

529 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:17:25.32 VSF/NSkQ0 317/402

何が神と悪魔の最終戦争だ。

何がハルマゲドンだ。終末だ。神の軍団だ。


世界は、そんな壮大な終わり方などしない。こんなふうに、あっさりと終わる。

爆発とか、地割れとか、光と闇とかそんな劇的に世界が終わるのではなく、ふとしたとき、
ふわりとした拍子のうちに、トンと終わる。

驚きも安らぎも伴うこともなく、ジ・エンド。価値と展望はすべて終わりを告げる。

神と悪魔の戦いはこんなふうに決着がつくのだ。


「このときを待っていた。本当は…」

神の子が、みずから、悪魔の手の内に堕ちてくること。

ずっと、待っていた。あなたのほうから、わたしのもとへ、みすみす堕ちてくる時を。


まどかを神にさせない。それ以外のことでは、中立を守る。それがほむらの、円環の理に叛逆した者なりのけじめだった。

しかし、まどかのほうから、ほむらのほうへ寄り添ってきたのだとしたら。

ほむらは、まどかを愛せる。


ぐい、とほむらは力強くまどかと結んだ手を引き寄せて、まどかを捕まえた。まどかの腰に手を回して、
絡めた手は持ち上げて、しっかり抱擁した。

「…え?」

まどかが、ぞわっとした悪寒を感じたときには、もう遅く。


リュックサックを降ろされて、まどかという体だけ、ほむらに大切に抱きしめられていた。

「ずっと、こうなりたかった。本当の私は、欲望まみれ。だって、幸せを知らない生活を送ってきたから…」

いつか、わたしは未来からきた、と打ち明けたときのように、しっかりまどかを抱擁していた。

「…教えてあげる」


「…ひっ」

まどかの体が硬直した。


ほむらは、まどかをぎゅっと抱き寄せる。

体が震えはじめていた。恐怖心からか、愛する人を、遠回りして遠回りして、宇宙さえ一巡りして、
世界を敵に回してまで、ついに相手から求めてきてくれた喜びに、打ちひしがれているのか、分からない。


「やっと、あなたのほうからきてくれた」

抱きとめる腕は、ますます強くなる一方だ。感じる。まどかの体温を。


「…え?」

まどかの顔が、恐怖を深めて、ひきつった。青ざめる。


「まどか、わたし、幸せ…」

目を閉じたほむらは乙女の顔をして瞼をふるわせ、悦に浸っていた。きれいな顔だった。

そう。ついに、暁美ほむらは、自分が幸せだとおもった。


530 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:22:25.60 VSF/NSkQ0 318/402


「そんな……変だよ……やめて……」

まどかが涙目になりはじめた。頬が赤くて、ずずず、と鼻をかむ。


ほむらは長い睫毛をした目をひらき、まどかの瞳を見つめた。

「何も心配しなくていいの。まどかは」

ほむらは、欲望も優しさも混じった、やさしい愛情にきらきらした目の眼差しを、まどかに注いで、語った。

「私を信じて。わたしに任せてくれればそれでいい。美樹さやかに言われたんでしょ?悪魔と戦えとか、
最終決戦だとか……。そんなやつらの言葉に耳を貸してはダメ。私だけがまどかを知っている。
他の子羊たちとちがって。ね?まどか。私、あなたに答えを教えてあげる」

「こ…答え?」

恐る恐る、まどかは訊いた。

「そう。答えよ」

ほむらが言った。

「探してるって。自分が存在した証拠。まどかがこの世にいたという確かな記憶…。わたしが、その答えをあげる」


ほむらは、そっと、艶やかな白い指を伸ばして、まどかの髪に結ばれた、赤いリボンへ。

リボンを優しく触れて撫でる。

「その答えは、いつもあなたと共にあった。鹿目まどかが、この世を生きた命のあかし。
今も、あなたにちゃんと、結ばれてる」


「…私の……リボン?」

まどかの目がはっと、答えを知った驚きに大きくなる。ピンク色の瞳が見開く。

「でも、これは、ほむらちゃんが転校してきた初日に……」

ほむらは、ゆっくりと、首を左右にふる。

「ちがうわ。これはあなたのものだった。あなたが私にくれたものだった。帰ってきて、あなたに返したの。
それが、あなたが存在したというあかし。そして、これからも……」


「ほむらちゃんにあげた…?」

まどかの顔色が悪くなっていく。さらに。

「そんな記憶、ないよ!ほむらちゃんと初めてあったのは私が見滝原中学に転校した日!それ以前に、
私たちは会ったこともないし、リボンをあげたこともない!でたらめ、いわないで!」


そのとき、ピシィ──、と頭の中に、何かがよぎった。

テレビのノイズのような、ざーざーした、妙な映像が脳裏に走ってきた。


わたしたち、どこかで……。


三つ編みに黒髪を結んでいる少女がみえる。モザイクのむこうに。

最高の友達?そんなフレーズが頭に浮かぶ。おもえば、最初であったときも……?


けれど、よぎってきた記憶は、やがて、消し飛ぶ。他でもない、目の前にいる悪魔が、その記憶の復活を封じる。

ぐい、と抱き寄せられて、体に痛みをかんじて、まどかの意識が現実にもどった。

「あっ」

もう、2人の胸のふくらみがわかりそうなほど、二人の距離は近い。

「ほむらちゃん、もう私を放して……」

ほむらにやさしく抱きしめられながら、まどかは懇願した。この抱擁を解いて、と。

533 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:27:37.41 VSF/NSkQ0 319/402


出会って6日目の転校生と同級生が、こんなふうに抱きあうものだろうか。

「ほむらちゃん、こういうこと……普通しないよ…」

まどかは目から涙をこぼす。抵抗は諦めたが、心に訴えかける作戦に出た。

「私たち……まだ出会って一週間もたってないのに……こういうことってしないよ……」


まどかは懇願を続ける。

「お願い……放して……放してよ…」

ぐす、と泣き出して、ほむらの胸内で嗚咽を漏らしだすまどか。

「私……これほむらちゃんに返す……だから…」

といって、ほむらの腕に閉じ込められながら、髪のリボンを解きだし、二本とも、ほむらの前に差し出した。

「ほむらちゃんがくれたこのリボン……返すね。今まで勝手に使っててごめんなさい。ちゃんと返すから……
私を放して…」


怯えた目。

震える顔。

懇願の言葉を紡ぎだしながら、赤いリボンをほむらに差し出す。


ほむらは、それは、鹿目まどかの拒絶であることを知った。

だって、あなたが生きた証しだと伝えたそのリボンを、早々に、返すなどとと、言い出すのだから!


やっとの思いで宇宙から救った鹿目まどかは、ほむらのことを、出会って6日の少女としか思ってないのだ。


いつしか、まどかがピンク色の水飛沫になってしまったあの光景が蘇る。

幻想のまどかでさえ、わたしを絶望させたのに、今度は、本物のまどかでさえ、わたしを拒絶して、
わたしの前から消え去るのか。

何度、わたしは絶望すればいいのか。

「どう……して」

ほむらは歯を噛み締めた。悔しさと悲しみ、怒りが、ひっくるめて欲望となって、心に湧き出てくる。

ぎりり…。歯軋りが音をたてる。

「どうして……気づいてくれないの……!」


535 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:29:52.46 VSF/NSkQ0 320/402


感情が爆発したとき、ほむらの背中から黒い翼が生えた。バサバサっと、漆黒の羽が舞い、あちこちに散った。

「…え!?」

縋るような目をしていたまどかの顔が、恐怖に固まった。

その怯えたピンク色の瞳は、ほむらの背に伸びた、黒い大きな翼へと向く。


「救われないの……!」

ほむらは、がしっと、両腕を伸ばして、まどかの両肩を掴む。

「い…痛いッ!」

まどかが小さな悲鳴を声に漏らす。

「まどか。今は覚えてなのね。私にはこんなにも大切な友達がいたんだって……言ってくれたあのことも。
でもね、私、気づいたの。足りないってこと、満たされないってこと。わたしには、まどかの友達じゃ満ちない、
欲望が心にあるんだって。なんだか分かる?」

まどかは、恐怖に引きつってばかりで、立ち尽くしていて、何も答えられない。

「世界に今起こっていること。70億人が死ぬこと。魔女によって食い尽くされること。その未来は、
一度救われたはずだった。一人の少女が犠牲になって、希望と絶望を巡る残酷な連鎖は断ち切られ、
世界は新しい理へと導かれたはず」

「…一人の……少女?」

リボンを解いたまどかの髪は、長くなって、肩に垂れる。


「私のせいなの。まどか。わたしのせい。円環の理に叛逆した者は、私だけじゃなかった。アイツらはいってきた。
ぼくらに母星からの応援がきた。そしてついに概念であった鹿目まどかの神を捕獲し制御することに成功した……
暁美ほむら、キミのおかげだ、って。もう、この世界に円環の理のルールはない。その復活のためには、もう一人、
少女がもう一度、犠牲にならないといけない。わたしは、それを阻止する!」

「もう……一人?」

まどかの目が震えだす。「わたしの神…?」

「だからアイツらと約束を取り結んだ。人類から手を引けって……それなら、今の魔法少女たちが魔女になる
エネルギーは全部ゆずる。それに満足したら地球から去ってって……やつらは承諾した。もとよりそのつもりだ、
暁美ほむら、きみが妙な気を起さない保障がとれてよかったって……。神の子が自分の存在意義を思い出すのも、
インキュベーターには不本意だ。妥当な妥協点だといえよう……ぼくらは円環の理を制御し、きみは神の子を制御する。
利害の一致だ。珍しくキミと合意が成り立つね……私はあいつらとそう契約した」


「神の子…?」


まどかの目に、宇宙の惑星が、映える。


「まどか!」

ほむらは叫ぶ。愛人の名を叫ぶ。

そして、肩をぎゅっと掴んだまどかを、強引に、花畑へ、押し倒した。


536 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:31:54.76 VSF/NSkQ0 321/402


「…きゃあっ!」

まどかは倒れて、ドダっと尻餅ついた。仰向けに横たわる。膝を曲げて、逃げ出そうとするところを、
ほむらにのしかかられて動きを封じられた。

手て手の指が絡められ、まどか抵抗力を失う。ピンク色の伸びた髪が、花畑に垂れた。


「ぃやだ…ほむらちゃんっ、何するのっ…?!」

すぐに、手をゆり動かしたが、すぐにほむらの手がまどかの手を掴んだ。

まどかの手首が、ほむらの手に押さえつけられて、抵抗を封じられた。

「…きゃあ!」

まどかは、おびえて、顔を青くさせる。絶望の色さえ、ピンク色の瞳に、映った。


「もう……わたしの前から消えないで!」

倒れたまどかは、ほむらを見上げて。

押し倒したほむらは、まどかの上から、涙ぐんだ顔して見下ろす。

しっかりまどかの手首を、掴んで、花畑の地面に押し付けながら。逃げられないようにして。


「まどか……わたしは、あなたを愛してる!愛してるの!」

ほむらは、怯えるまどかの顔を見つつ、涙こぼして叫んだ。顔が震える。体も震える。ほむらは愛の告白をした。

「世界中があなたの救済を待ち望んだって、世界にあなたは渡さない!」


ほむらは想いを打ち明けた。

ああ、なんてまぬけな悪魔よ、出会って6日の少女に、愛してるなどというとは。伝わるはずないではないか。

しかし、いま伝えないで、いつ悪魔は、意中の少女に、愛を告白できるのか。

神の子が、いつ円環の理に戻るかも、わからないのに!

これが、悪魔にできる精一杯の、秘めた想いの打ち明け方だった。

537 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:35:40.17 VSF/NSkQ0 322/402


花畑の丘では、樹木の下に広がる草木から、蛇が這ってきて、ちろちろと舌をだした。

草むらを這う蛇の視線の先には、まどかを押し倒して愛を迫る、悪魔の姿があった。


「やだ……放して!ほむらちゃん、ひどいことしないで!」

まどかは花畑の花茎を、ぎゅっと掴んだ。それくらいしか抵抗ができなかった。

ほむらの服装は、制服ではなくなり、悪魔の衣装となった。

「いつから、こうなったのか、わたしにもわからない。でも、ある日とつぜん、わたしは気づいた。
あなたを愛してるんだって……」


「やだ……やだ…いやだよ!助けて!誰か!」

まどかは、ほむらに押し倒されながら、もがいて、声をあげた。体をゆする。しかし、大した抵抗にならない。

ほむらの力は、少女のものとは思えないくらい、強い。手首は、しっかり、掴まれて、押し付けられたままだ。


蛇は、くねくねと胴体を曲げながら、するすると、悪魔と神の子の2人に、近寄ってきた。


「足りなかった。満ちなかった」

まどかに顔を近づけて、ほむらは、涙混じりに、言った。

まどかは、怯えた顔して、ほむらを見上げた。

「こんなにも大切な友達がいたんだって。ずっと一緒だよっていわれたって。わたしは救われなかった。
だってあなたは知らなかった。私の気持ちを。あなたは、全世界の魔法少女と同じように、私にも慈愛を注ぐ。
でれそもでは心が救われない!だから悪魔になった!私が救われる道は、これしかなかった!」


といって、いよいよほむらの顔が、まどかの顔に接近して。

ピンク色に潤んだ唇を、まどかの唇に、ちかづける。


そう。

悪魔に堕ちたほむらが救われる道は、この道しかない。その他に、どんな道があるというのか。

最後にのこった道しるべが、鹿目まどかなのは、悪魔になる前も後も変わっていない。変わるはずがない!


救われるときがきた。


蛇が近づいてきた。



538 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:37:53.99 VSF/NSkQ0 323/402


そのときだった。

「うう……う……う…う…」

ほむらは、はっと我に返った。

目を開く。


気づいたら、まどかが、すすり泣く声をたてて、両目を手で覆っていた。

全身をひどく震わせて。


円環の理の力も、魔法少女の力も、何もかも失った、あまりにも弱い少女は、こうして耐え忍ぶしかなかった。悪魔の欲望を。


「ほむらちゃん…やめて…」

両目を覆い隠したまどかが、消え入りそうな声を搾り出した。

「私ね……。夢だったの。初めてできた好きな人と、キスするの。だから……それだけはやめて…お願い……」


ほむらの動きが止まった。

手も、顔も、ぴたと止まって、我に返る。

一体、いつからこうなったのだろう?


最初は、出会いをやり直したい、鹿目まどかを守る私でありたい、という希望だけがあったのに。

まどかが幸せである世界、それが私の望みだ、と思っていたのに。


その私が、いま、まどかを欲望のまま、手中に収めようとしているではないか。



ほむらの動きが止まったのを見ると、まどかは、逃げ出した。

やっとのおもいで悪魔の手から抜け出した神の子は、ほむらには一瞥もくれず、リュックサックを背負って、
すぐ走りだした。

サッサッサッサ…。

花畑を踏みしめるまどかの足音。それは、小さくなってゆき、やがて消える。



ほむらだけがそこに取り残されていた。

「あ…ああ…」

悪魔の姿になり果てたほむらが、自分の手を見つめ、欲望に染まった腕を、目で、眺めていた。


丘にたった一人、残された、孤独の悪魔。

かつて友達だった巴マミも美樹さやかも、全て魔女に売り払って。

愛人からさえ逃げられて。


「ごめん……なさい…!まどか」

悪魔は、あやまった。目に涙ためてあやまった。

もう二度と会うことはない少女に、謝った。この声は、鹿目まどかには届かない。


神の子は旅立った。どこかに。ほむらのいないどこかに。自分の存在した証の答えであった、赤いリボンさえ、
悪魔に投げ返して、また、自分を捜し求める旅に出た。


539 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:39:53.95 VSF/NSkQ0 324/402


「ごめんなさい……!うう…!うう…!」

しかし遅い。全てが失われたあとだ。

それはたしかに、悪魔に堕ちた心のおさえがたい欲望が、叶った瞬間ではあったけれど、その代わりに、
失ったものは、あまりにも大きい。まどかそのものを失った。


まどかを失うこと。絶望。まどかを得ること。希望。その希望が相転移して、絶望。まどかを失った。


堂々巡りする、なんてかわいそうな悪魔よ、どうすれば救われるのか。


これからは、世界の魔法少女たちが魔女になる、その退治が待っている。

70億人のうち、何十万人くらいが、魔女に成り果てるのか分からないが、全ての魔女を、
一人で片付けると宣言した悪魔の仕事は、こんなにもたくさん残されている。


「……ああ…」

ほむらは、絶望の想いに心が支配される。

自分のしたことは何か。悪魔の所業ではないか。全ての人を不幸にしただけだ。何のために?今となっては、それさえ分からない。


ちろ、ちろ。

蛇が舌を伸ばして、近寄ってきた。しゅるしゅると。


「…え?」

その気配に気づいて、ほむらが、恐る恐る、ゆっくりと……首を振り向いた。

そして、目が合った。


蛇と。

悪魔だ。本物の悪魔の化身だ。


「ああ……ああ!」

蛇の姿をみたほむらが恐怖に襲われ、飛び退いた。「こないで……こないで!」

蛇は胴体を伸ばして、ほむらに近づいてきた。

「あなたが私を誘惑した!」

ほむらは、蛇に怒鳴る。


「あなたが……あなたが私に、誘惑をもちかけたのね!悪魔っ!この、悪魔っ!」

ほむらは、怒り、そして足で何度も、蛇をふみつけた。

蛇はつぶれていく。ぐちゃと、赤い血が出る。


しかし、悪魔をメチャクチャに踏み潰したあとは、悪魔と成り果てた自分の姿が目に映った。

「ああ…あ!」

ほむらは、知った。

いつのまにか、自称で悪魔になっただけのつもりが、本物の悪魔に、魂を乗っ取られていた。

540 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:41:48.40 VSF/NSkQ0 325/402


全てのことに絶望した。悪魔が悪魔である自分に絶望した。


顔を両手で覆いながら、カラスの羽を伸ばした自らを、殺す決意をした。

つまり自殺を決意した。

弓で、ダークオーブを放った。

しかし、ダークオーブは傷つかなかった。自分で崩すことは不可能だった。

このままでは、わたしの絶望が世界を巻き込んで、すべての宇宙をいよいよ壊滅させてしまう。

こんな世界はいらない!という気持ちが、自らの理性に反して銀河を覆い尽くす。


するとほむらは、暴走が始まりつつあるダークオーブを、崖から投げ捨て、黒い結晶は、
高崖から落下してどっかの町並みへと落ちた。


50メートル以上はなれて、落ちてころがってゆく。やがて、100メートルもくだるだろう。

そのあとで、丘の樹木にロープをひっかけて、輪に首をいれ、自らを吊った。


ぷらん、ぷらんとほむらの死体が、枯れた樹木に下でゆれる。

斬首刑を望む気持ちの次は、絞首刑か。何度もそうして、自己完結するのか。


世界は投げ捨てられた。もう、どの叛逆者も生きていない。

541 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:45:42.47 VSF/NSkQ0 326/402


インキュベーターの母星で、ある日を境に、地球という惑星からのエネルギー回収が途絶えた連絡が入っていた。

そこで、母星の支配者層、つまりキュゥべえたちにノルマを課していた連中が、偵察にきたところ、
魔法少女に奴隷にも近い状況にされている部下たちの姿をみた。支配者層たちは、別の惑星担当だったインキュベーターたち
を派遣して、仲間たちの救出という任務に遣わせた。

ところで、インキュベーターとは、たくさんの固体がありながら、すべてが総体としてつながったネットワークでもある。

地球外の仲間たちは、奴隷化されたインキュベーターの固体に内臓された、つまり円環の理について研究された、
かろうじに保存されていた実験データを受け取った。


そのデータをもとに、研究を続行し、円環の理の制御は成功した。


その制御成功の経緯は、こうである。

すでに、円環の理という謎だった現象が、「鹿目まどか」という少女の概念体であること、その少女が、魔法少女となって、
契約してつくられた宇宙の新しい理であることは、暁美ほむらの人体実験によって、確かめられた。

そこまで確かめられたのならば、もう、暁美ほむらで人体実験しなくてもいい。残念なことに、円環の理が現世に顕現して、
実際にほむらの魂を救済するところの観測までは、できなかったが、なに、別の魔法少女で再び実験すればよいことだ。

鹿目まどかという存在は、はじめは、世界でただ一人、暁美ほむらしか覚えていなかったから、ほむらで実験する必要があった。
しかし、ほむらの実験の結果、円環の理が、鹿目まどかという概念であることまで突き止めた。

その成果は大きい。それさえ分かれば、世界のどの魔法少女でも、好きなように、円環の理に導かれる瞬間を仮説たてた上で、
観測できる。


じっさい、ほむらの目の行き届かないような、つまり宇宙の惑星の果てにて、魔法少女を連れ去って、
ほむらに施したこの人体実験と同じような研究を繰り返した。この魔法少女のソウルジェムが濁りきったとき、
救済にくるのは鹿目まどかの概念体であるという仮説にたって、その概念体を捕らえる遮断フィールドの罠を張った。


さあ、その実験は成功した。

ピンク色の衣装を着た、魔法少女の姿した鹿目まどかの概念体が、心をなくしたように死んだ目をしながら、
被験体であった魔法少女のソウルジェムを浄化しにきて、遮断フィールドの内部に自ら飛び込んできた。

外から中へは入れるが、中から外へは遮断される、ほむらに実験されたあの干渉遮断フィールドと同じような種類の捕獲網に、
鹿目まどかの概念体がひっかかった。

542 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:47:22.14 VSF/NSkQ0 327/402


この概念体が捕獲されたとき、インキュベーターが解決すべき次の問題は、二点ほど。

この概念体は、どこから来たのか。どのように来たのか。それを観測する必要がある。

つまり、円環の理という名のもと、この概念体を宇宙のあちこちに放つ、本体としての円環の理の存在が、あるはずだ。

しかし、それが宇宙のどこにも存在しない。突き止められない。


この解決のため、インキュベーターが次にとった研究の段取りは、この概念体に情報収集機能を植えつけて、
円環の理の世界に帰してやることだった。


人類が、情報収集機能を搭載した惑星探査機を、宇宙のどこかへ飛ばして、データを受信しつつ観測するのと同じ理屈だ。


その空っぽな人格にインキュベーターの性格が植えつけられた”探査機”としての概念体が、
インキュベーターの思考回路を持ちながら、円環の理の世界に、放たれて帰るのだ。


それは、非常に刺激的な実験だった。


ソウルジェムを濁らせた魔法少女の救済を終えて、探査機となった鹿目まどかの姿した概念体が、宇宙の果てへと帰ってゆく。
円環の理の世界へ帰ってゆく。

すると、なんと、宇宙のどこにも存在しえなかったような世界が、扉ひらき、探査機としての概念体を招き入れるではないか。

そして、救済した魔法少女の魂を、円環の理の世界に導き、人類の言葉を借りるなら天国ともいうべき世界に、入る。


驚きの研究結果だった。

しかし、本当に興味深いのはここからだ。


探査機としての性格を植えつけられた概念体が、そそくさと円環の理の世界の調査をはじめる。円環の理の世界をすみずみまで、
調べ上げる。集めたデータを、インキュベーターたちに転送しながら。

すると、円環の理の本体、つまり、概念体たちを統べる母体ともいうべき女神の姿を、観測した。

しかも、この女神は、性格を失っていて、思考回路すら働いていない。

もし人格を持つ女神だったら、自分の世界で、こそこそと調査を始めた概念体のひとつに、疑惑を抱いただろうが、
そんな妨害すらなく、”探査機”は悠悠と円環の理の世界を調査した。


そして、インキュベーターたちもこの円環の理の世界へ入る扉を、観測結果によって、開いてくれたのだ。

この探査機の功績、お手柄ときたら、宇宙にひしめく文明の知的生命体たちの称賛に値する。

543 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:50:00.33 VSF/NSkQ0 328/402


円環の理の世界に、ぞくぞくインキュベーターの研究チームが入る。

魔法少女たちの魂を招き入れるみたいに、探査機の概念体が、インキュベーターたちを円環の理の世界に招き入れる。


きびしい道のりになると思われていたそれは、思いのほか、簡単だった。たぶん、母体とての女神が、気を失っていて、
警戒心ゼロだからだ。無防備もいいとこだ。死んだように意志がないからだ。何の邪魔もされなかった。


あとはもう、円環の理の世界の全体を、干渉遮断フィールドで覆ってしまえばよかった。

円環の理の救済システムは、外部への干渉ができなくなり、世界の魔法少女たちの救済は不可能となった。


それはインキュベーターの逆襲ともいうべき大成功だった。

けれど、問題は、この先である。


捕らえた女神を観測したところ、想像以上の研究成果が、つぎつぎと出た。

その魔力は、魔法少女の領域を超越している。もはや魔法少女というべきではない。神とすらいってもいい。

全世界の魔法少女の希望そのものとさえいわれてきた円環の理の本体は、逆にいえば、全世界を終わらせるほどの強さがある。



それに、あけみほむら。

人類は危険すぎるので、宇宙にそしめく文明の知的生命体たちの不安をそぐため、人類の処分を決定する。


だが、その目標には、暁美ほむらの存在が立ちはだかる。どうやってあの自称悪魔を、倒せるのか。

人格が剥ぎ取られて空っぽとなった女神の本体に、インキュベーターの性格を植えつけて、悪魔を倒す神として、
地上に君臨させようか。

いや、それも危険だ。宇宙がどうなるか分かったものでもない。


最終的にとった選択は、女神は捕獲したまま、地球を野放しにすること。少女と契約しないこと。

ほむらはしかも、それに納得してくれる。神の子が、女神に戻る危険性が、なくなるから。


宇宙改変のとき、ほむらは、銀河のすべてを自分の悪魔世界に、造り替えたようにみえて、
インキュベーターの母星を手中に収めるほどのことは、できなかった。ほむらには、地球周辺の宇宙を改変する程度の力しかない。

円環の理の、一部の力しか、駆使できないから。生半可な宇宙改変の結果、インキュベーターの逆襲に遭った。

544 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:52:53.68 VSF/NSkQ0 329/402


それを知ったとき、悪魔の選択肢は一つになった。円環の理が死んだのは、すべてわたしのせいだ。

だからって、死んだ神の片鱗である神の子を、円環の理として復活させることも、できない。彼女を犠牲にできない。

残された道は、ひとつ。


もう、日常の平穏をまどかに送らせてあげることはできそうにない。この庭は、荒らされつくされている。
ほむらにできるすべてのことは、とにかく、地上から魔法少女が消えるまで、神の子に戻ることを阻止して、
人の姿でいさせてあげること。かつ、裏では魔女と戦い、人類を守りつづけること。

いつか、希望と絶望のサイクルが地球上で終わりをみる、その日まで。


すべてはまどかのためだったのに。

心は悪魔にのっとられ、理性とは程遠い欲望へ走った。すべてはまどかのために、という気持ちは、裏を返せば、
まどかは自分の思うとおりのようになってほしいという気持ちの顕れだ。

自ら決意して円環の理となったまどかを、無理やり人の子に戻したのも、まさにその気持ちがあったのではなかったか。

だからこそ、まどかに、個人の欲望よりも秩序が大事か、と質問を発してしまったのではなかったか。


今にして思えば、世界の時間を止めたのも、魔法少女システムの打ち切りのためだけにしていたことだったのかも、わからない。
時間をとめなければ、鹿目まどかはそのうち20歳、30歳、40歳となって、いつか死ぬ。

その未来に顔をそむけたのではなかったか。


だとすれば、悪魔となったそのときから、鹿目まどかの幸せを望む心に、どこか歪んだ欲望が、
芽生え始めていたことになる。

美樹さやかの言うとおりだ。わたしは、まどかを人形にしてるにすぎなかったのかもしれない。わたしを倒そうと動くのも無理ない。

所詮、わたしの欲望だったのかもしれない。

わたしは倒されなければならなかった。わたしは滅ぶべきだ。


悪魔は、ついにその気持ちに負けた。裏の気持ちに支配された。

その気持ちにまけたとき、悪魔は自殺する。人類は滅ぶ運命が決定した。地球は死ぬ。

しかし悪魔の自殺によって、宇宙そのものの死は防がれた。

545 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/24 00:55:00.57 VSF/NSkQ0 330/402


これは、インキュベーターたち側にいわせれば、計画通りだった。

変に、悪魔と戦おうとすれば、悪魔は奮い立って、宇宙ごと滅ぼしつくしてしまうかも。とすれば、静かに、自殺を待て。

自滅的傾向が強いことは、奴隷化されたイキュベーターに内臓されたデータに、保存されて記されていた。くるみ割りの魔女のデータと共に。

悪魔が自滅し、魔法少女の契約は取り結ばず、静かに、魔女ののろいが地球を覆うのを待て。

暁美ほむらが納得する条件を呑んで人類から撤退せよ。

危険因子は、刺激せず、互いが互いに共食いを続けていくに任せよ。地球から人類は消えるだろう。


もし、また、生命の進化によって、人類に近い二足歩行の生き物が観測されれば、魔獣と魔女を放し飼いにせよ。

以上が、インキュベーターの支配者層たちからの指示である。

571 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:18:30.63 Jml2v3BZ0 331/402

75

悪魔は自殺し、見滝原の魔法少女たちは皆、魔女になった。

庭は破滅的であった。


束の間の希望は、果てて、朽ちて絶望が訪れる。

愛とは希望の最たるものではないか。なら、最たる絶望が訪れるのは、世のしくみだ。


たくさんの魔法少女たちの死滅を、何度も時間を巡って、みてきたにも関わらず、悪魔は学ばなかった。


悪魔が告白してきた愛から、逃げてきた鹿目まどかは、荒廃した見滝原の、瓦礫と火の灰色の地を歩く。

どこまで歩いたって、見えるのは廃滅した灰だけだ。どのビルも倒壊している。

あちこちで、火がめらめらと立ち昇っていて、危険な黒煙があがっている。空は、黒色が覆う。


まどかはたった一人、世界に取り残されてしまった気がしていた。

チェック柄のリュックサックを背負ったまま、空を悲しくみあげる。


ピンク色の瞳に、黒色の空が映る。黒い雨がふってくる。瓦礫を暗く塗らす。

絶望一色の空だ。

もう髪には、なんのリボンも結んでいなかったから、肩まで垂れた髪に、黒い雨が滴り落ちた。

額にも、ぽたぽたと透明の雨粒が当たった。


しかしまどかは知らなかった。

今まさに、その身にふりかかろうとしている、支払いの済んでいない、奇跡の代償が要求されてくるその刻が。

ついに近づいてきた、ということを。

572 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:20:30.22 Jml2v3BZ0 332/402


誰の姿もない、壊滅した町をとぼとぼ、孤独に歩いていると、音がした。

しゅたっ、という、着地するような足音だった。しかも、足音は、かろやか。

パラパラ…

瓦礫の断片がころげ落ち、地面にひろがった。


「…だ、誰?」


怯えるまどかが、声をあげる。

まどかは一人だった。だれ一人、守ってくれる人もいない。家族とも別れた。友達は見失った。

そんな状況下、この破滅の町で、誰かに会うことが、まどかには怖かった。


まどかが視線をあげると、屑物と瓦礫の積もった山のてっぺんに、少女が立っていた。


鹿目まどかは、少女をみあげた。


少女も鹿目まどかを見下ろしてきた。少女は、おかしな姿をしていた。常識では考えられない服装をしていた。

黒を基調にしたゴシックロリータの服を着ていた。



──ひゅっ。スタッ。

パララ…

また、瓦礫の破片が、ぱらぱらと落ちてくる音がして、まどかはふり向いた。

後ろを見ると、また別の積もった瓦礫の山の頂に、すとん、と、空から降ってきた少女が、軽やかに着地した。


その服装もまたおかしな姿であった。黒いマントに、銀色の鎧を着込み、剣を鞘に差していて、
剣士のような姿をしている少女だった。

また、何人かの少女たちが、まどかを囲うように、空から飛んできては、瓦礫の山に着地、
まどかを見下ろしていた。

修道女服に身を包んだ少女もいたし、中世の貴婦人少女が現代に蘇ったかのようなかわいらしいドレスの、
フリルだらけで、スカートは短くて、編み上げのリボンが足をつつんだ、人形を持っていた少女もいた。


573 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:22:34.72 Jml2v3BZ0 333/402


「───な、なに?」

まどかにはこの状況が分からない。

まさにたくさんの人が死に、町は滅びたこのとき、なぜ妙な格好をした人たちがいるのか。


しかし、この少女たちは、自分の格好の可笑しさは気にしていない様子だった。さも当然のように着こなしていた。

さて、少女たちが、まどかを前にして降り立ってくると、瓦礫をみしみしと踏みしめながら、まどかに近づいてきた。


「私たち魔法少女の神さま、円環の理であるあなた。」


剣士の姿をしている少女が、銀色の鎧を身に包みつつ、まどかに告げてきた。


「あなたこそが、私たちの救い主、いつか私たちを導くお人であると見受けています。」


といって、手を差し出した。

まどかは、相手の言ってることが訳わからなかったし、ほむらと手を結んだときに、痛い目にあったばっかりなので、
この手を拒んだ。


「どな……た…?」

まどかは怯える。これから始まる受難劇に怯える。



「世界は滅亡の刻です。私たち魔法少女は、自分が叶えた望みの代償を責められて、やがて皆、
魔女になってしまいます。このソウルジェムは、もう限界です」

といって、剣士の少女は、自分の銀色に輝くソウルジェムをまどかにみせた。

まどかは、ソウルジェムなんてものを知らなかった。しかし、それが、邪悪な光を放って澱んでいるのは分かった。

「ここに集まった人たちも、みな、同じように、穢れきって、魔女になってしまう者たちです」

剣士は、まわりに集まってきた魔法少女たちを目で示した。

まどかは、怯えることしかできない。できれば、放っておいてほしい。そう思った。


「宇宙をすべる円環の理であるあなた。私たち魔法少女の救済者様、さあ、今こそご自分の役割と姿を思い起して、
私たちを救ってください。私たちを導いてください。私たちの絶望を受け止めて、因果の果てとなってくださる方よ。
いまこそ、力を解き放ってください。全ての魔法少女たちを、お救いください。あなたにしか、できないことです。」


まどかは怯える。

怖くて、怖くて、泣き出したくなる。


今まで14年間、人として生きてきたのに、勉強もしてきたのに、あなたは宇宙のルールになる人だ、と
いわれてしまう。


「あの……」

消え入りそうな声で、ぶるぶる、体を震わせながら、目の前にたった剣士の魔法少女に対して、
まどかは言った。

「人ちがいでは……ありませんか?」

574 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:26:11.63 Jml2v3BZ0 334/402

命がけの言葉だった。

相手の魔法少女は、剣を鞘に差しているのだ。何か気に障ることでも口にしたら、殺されるかもしれない。

そう、相手は刃物をもっていて、自分は、何も持っていない。

「…」

相手の剣士の魔法少女は、目を細めた。すでに、鹿目まどかこそ円環の理の人格化された少女で、
神の子としての再臨の力を秘めている未来を、確信している。

巴マミたち見滝原の魔法少女たちのテレパシー会話を、盗み聞きしていたからだ。


問題は、どう、本人に思い出してもらうか。


「あなたは、これまで何千年も、何万年も、たくさんの魔法少女たちを導いていたではありませんか。
忘れてしまったのですか。どうして、70億の命が危険に晒されている今のようなときに、お救いにならないのですか。
救済者であることに飽きてしまったのですか。」


剣士の問い詰めは険しい。

じりり……と、まどかに迫ってきた。


「こ…こないで……」

まどかは、おののいて、剣士から距離をとろうと、何歩か退いた。

「私は知らない!何もしらない……!日本に帰ってくるまで、一度も私が救済者だなんていわれたこともなかったし、
魔法少女とか円環の理とか……そういうことも全然わからない!ほんとに分からないの。お願い……はなして…。
わたしに関わらないで…」


その懇願は、聞き届けられない。

鹿目まどかとは何者か。

概念となることを自ら決意した少女ではないか。


全ての宇宙の魔法少女に対して、希望を捨てるな、最後まで信じなさい、と告げた当の本人なのだ。


それを、忘れてしまっているだけだ。思い出してないだけだ。

575 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:28:16.51 Jml2v3BZ0 335/402

「あなたは神の子だ。私たちの苦しみと、絶望を、すべて受け止めるために、世にいま一度、降りてきた」

剣士がいうと、瓦礫の上にたった、ゴスロリ服の魔法少女も、語り始めた。

まどかに向かって。

「あなたは、私たちの奇跡の代償を全て、その身をもって払う人です。私たちの代わりに、痛みを背負ってくださる。
それによって私たちは、呪いを生み出すこともなしに、導かれて、この世から消え去ります。それが、円環の理でした。
あなたが、一時的に放棄している、あなたの使命です」

「私たちの罪のために、私たちの生み出した呪いのために、あなたは傷つき、引き裂かれ、存在さえ、
消されてしまいました。固体すら保てずに…概念となり、宇宙に固定されてしまいました。
あなたが一身に背負った壮大な祈りの奇跡のために、私たちは、癒やされたのです」


修道女服の魔法少女が告げた。


すると、剣士の魔法少女が、手の平に黒ずんだソウルジェムを、まどかに、見せ付けた。

「ひっ…」

目に涙を浮かべたまどかの瞳が、ソウルジェムを映す。

のろわれてしまって、魔女を生み出しつつある卵を。殻を割りつつある魔女の孵化を待つ宝石を。


「みてください。私のソウルジェムです。もう、魔女を生み出しつつあります。これを、消し去ることができるのは、
あなただけです。私だけでありません。ここに集まった魔法少女は、皆すべて、魔女に生まれ変わりつつある者たちです。
あなたしか救うことができないのに、なぜ、私たちをお救いくださらないのですか。あなたは、全ての魔法少女の因果を受け止めて、
魔女を消し去る概念となったことを決意したのではなかったのですか。それとも、救済者をおやめになったのですか。」


「ちがう……わたし……救済者なんかじゃ……」

魔法少女たちが、険しくなっていく視線に晒されているなか、まどかは、抗議した。

まさに命がけ。


鹿目という苗字をもらって、この世に生まれて、アメリカに滞在して、そして日本にもどってきた。

見滝原中学に通う女子生徒として。

明るい学校生活を思い描いていた。友達をつくって、お勉強して、夜にちょっと電話しちやったりして…。

さやかちゃんとも、仁美ちゃんとも、休日には遊びに出かけて……。

そんな日々を夢にみて、日本にもどってきた。


どうして、そんな私が、救済者にならないといけないの。

魔女を消し去る概念となって、消えなければいけないの。

576 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:30:41.95 Jml2v3BZ0 336/402


しかし、さも当然のように、人間としての生活を思い描いている円環の理の人格は、世界の魔法少女たちを怒らせる。


あなたは、私たちの生み出す呪いを受け取ると決意したはずだ。その言葉はうそだったのか。

わたしたちを裏切って、使命を放棄して、円環の理であることをやめて、人間に戻ったのか。

私たちをお救いくださる神さまではないのか!


「さあ、今こそ、ご自分の本命を思いだしてください。あなたは神の子だ。もし、ご自身で、神の子であるという、
自覚がないのならばそれは、悪魔に侵されている証拠です。記憶を操られているか、支配されているのです!
いま、あなたを、助け出します。あなたを、悪魔の魅惑から、救い出し、あなたの本当の姿、本当の役目を取り戻させます!」


といって、剣士の姿をした黒いマントと鎧の魔法少女は、仲間たちに見配らせした。

すると、仲間の魔法少女たち3人が、まどかを取り囲むように、すた、すたと地面に着地してきた。


まどかは、怯える。背後にも、左右にも、魔法少女たちが立ち、囲まれて、逃げ場をなくす。

目に涙が浮かんでくる。


これから始まる、鹿目まどかを、神の子に戻す受難劇の恐怖を、予感した。


「あなたに眠る、神の力を呼び覚ますためには、わたしたちと、あなたが、戦わなくてはいけない」

と、剣士の少女は告げた。

手に、新たな武器、針の生えた棍棒を、取り出している。


その恐ろしい武器の威容に、まどかは、一歩、さがって退く。


しかし背後には、手に、金属片のぶらさがったばら鞭をもった魔法少女がいた。じゃらじゃらと金属片がはめ組まれた皮の鞭で、
ばら鞭の皮は、10本くらいある。フラグムという鞭の一種だ。


他にも、一本鞭のもった魔法少女もいたし、はらわたを腹から引きずりだすための拷問器具を武器として
持っている魔法少女もいた。その拷問器具は、先端が金属のフックになっており、人を苦しめる。


まどかは、どうしてこの異様な格好をした少女たちが、手に、かくも凶悪な武器を持ち歩いているのか、
分からなかった。


まどかが目の当たりにしているのは、魔法少女と呼ばれる存在たちである。

魔法少女たちは武器を持つ。


剣にしろ、槍にしろ、マスケット銃にしろ、弓矢にしろ、とにかく、武器を持つ。


魔法少女たちは、これらの武器を使って、鹿目まどかに眠る神の記憶と力、その神秘を、引き出そうとしていた。

世界の魔法少女たちを魔女化から救うため。


つまり、本人に、その意志がないのであれば、無理やり、引き起こすのだ。

神の力を。

577 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:33:03.14 Jml2v3BZ0 337/402


「……うそ…だよね?」

まどかは、魔法少女たちが、魔獣を殺すために使ってきた道具が、いま自分に向けられている気配を感じ、
そして、たずねた。

信じがたい恐怖に、がくがくと、芯までふるえながら。

「ねえ……冗談…だよね?だって…わたし、本当に救済者でもなんでもないんだよ?自己……紹介、するね…。
わたしは、見滝原中学の二年生……鹿目まどか。鹿目まどかです。仲良くして…ね……」


まどかが言い終わらないうちに、後ろにたつ魔法少女が、皮に金属片の組み込まれたばら鞭をふるった。

バキン!


と甲高い音がなって、瓦礫の積もったコンクリート断片が、バラバラに砕けて、四散した。

「きゃあっ…」

まどかは飛び退く。


そして、魔法少女の持つ鞭の威力が、こけおどしのおもちゃでなくて、本物の武器であることも、知った。


「まだ、思い出さないのですか。」

金属片の鉤をばらばらとぶら下げた鞭を持つ魔法少女は、まどかを睨んで、いった。


ばしっ。

コンクリート断片を叩いた鞭を、手元にもどす。ばら鞭に埋め込まれた金属片の鉤に、コンクリートの破片が何個も
食い込んでいて、ぶらさがっていた。


「あなたの使命は、私たちを救済することではありませんか。そのために、魔女は消え去り、魔獣がうまれる世界に、
書き換えられたのではないですか。円環の理です。いつ、あなたは自分の本分を思い出すのですか。
世界は終焉の刻にきているのに、いつまで、そうして人の子の姿をしているのですか。怒りを感じているのは、
私たちだけではありません。世界の、すべての、魔法少女たちの怒りを、私たちは代弁するに過ぎません。
感じないのですか。世界は、円環の理に裏切られた魔法少女たちの呻きで、満たされているこの庭の絵図が、
見えないのですか」


人として14年間、生きてきただけなのに、世界中から憎まれる。

神の子に課せられた宿命なのか、呪いなのか、罰なのか。

ばら鞭の魔法少女は、鹿目まどかに、こう告げた。

578 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:35:10.38 Jml2v3BZ0 338/402


「あなたの罰なのです。いえ、神の子であるあなたに、罰というのは、違うかもしれません。あなたの、
本分を思い出してもらうための、世界の魔法少女たちの願いと希望を、私たちが代行します。
道からずれてしまったあなたを、元の道に戻します。あなたを、本来の姿に戻します。それは、痛みを伴いますが、
その痛みこそ、あなたの本分。受け取るべきあなたの奇跡の、対価なのです」

まどかは、自分勝手にルールなんて変えちゃダメだ、と言った。

しかし、宇宙のルールまるごと、変えてみせたのは、そもそも、鹿目まどかであった。


対価を払うときがきた。

概念となったのならまだしも、人の子として降り立ったのなら、対価が要求される。


対価を要求しているのは誰か。

全世界の魔法少女たちだ。


呻き。嘆き。絶望の喘ぎ。

それらは求める。


円環の理が、復活してくれることを。


「やだ……いやだよ!」

円環の理が、人格となったまどかは、逃げる。

壮大すぎる祈りの対価に、背負うことになる痛みの大きさは、計り知れない。


だから、鹿目まどかは、逃げ出した。

瓦礫と焼け野原の広々とした地を飛び出して、走り出して、安住の家を求める。


求める。

鹿目まどかが、人として存在した証を。

すべての知人から忘れ去られて、存在がなかったことにされている少女は。


要求される対価から逃げる。

人として生きていいはずの、あかしを求めて、走る。


世界の魔法少女たちの喘ぎに、背をむけて、逃げ出す。空をみあげながら走りだす。

579 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:37:28.79 Jml2v3BZ0 339/402


だが、その背中は、魔法少女たちが逃がさない。

神の子を、魔法少女たちは捕まえる。捕らえる。


円環の理は、インキュベーターたちが捕獲し、神の子は、魔法少女たちが捕獲する。


そして、はじまるのだ。

受難劇が。


「叩け!」

剣士の魔法少女が、なす術なく、背中をつかまったまどかに助けの手も差し出さず、冷徹に告げる。

「神の子である円環の理に、力を呼び起こさせるんだ!」


「やめて……助けて!」

まどかは、懇願して、叫んだ。少女の顔は、怯えきっていた。


だが、その背中を直撃したのは。


一打目の、金属片のばら鞭による、引き裂きであった。

10本のばらばらとした金属片のうち、4本が、まどかの背中を裂いた。


「あっ……がっ…!」

まどかは、苦痛に顔をゆがめ、そして、ふらっとバランスを崩し、瓦礫だらけの地面に、倒れて体を打ちつけた。

ばたっ…。力なく、倒れ伏す。


まどかの背中を叩いた魔法少女の持つ、鞭の皮にぶらさがった金属片の鉄くずからは、ぼたぼた、血の雫が滴り落ちた。

血飛沫の点々とした赤い跡を瓦礫のあちこちに残した。


鞭に打たれた制服は、背中だけ、びりっと四本の切り傷が、獣にひっかかれたかのように残り、そこからは、
まどかの血が、じわじわと浮き出てきて、制服を赤く染めていた。

「う……あう…!」

まどかは、痛みに震えて、指を握り締めている。


剣士たちの魔法少女は、鹿目まどかの様子を注意深く伺った。


ひょっとしたら、この一撃目で、うまくいけば、さっそく鹿目まどかは神の力を取り戻すと期待した。


痛みに耐えかねて、自分を救うために、神の子となって君臨するのではないか、と。

580 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:39:23.31 Jml2v3BZ0 340/402


しかし、どういうわけか。

鹿目まどかは、背中を鉄くずに裂かれた痛みと戦いつつ、ぶるぶると手を震わせながら、膝を立てて、体を起した。


制服姿の少女は、神の力は借りず、自力で立ち上がる。背中からぼたぼた、出血しながら、ふらふら、歩き出す。

「まだ……わたしは……」

空をみあげながら、荒廃した見滝原を、あてもなく歩き出す。


「見つけてない…存在したってあかし……私がこの世界にいたっていうたしかな…証しが……!」

といって、独り言を呟いたあとは、血を流しながら町を進む。浮浪者のように。


神の子に戻る気配はない。


見かねえた魔法少女たちは、仕方なし、と判断して、また、金属片のむちをふるった。

ビュン!


「あっ……!あああッッ!」

二打目の鞭がまどかを打撃した。


さっきよりも多量の血が飛び出す。空気中に赤が舞った。びちゃっと音が鳴り、まどかの背中から、
金属片の鉄くずにえぐりとられた血が、花びらのように赤々と散って、地面に付着した。

地面にころがるコントリートの断片の所々は赤くなった。点々と。


まどかは再び倒れる。

瓦礫と、破片だらけの地面に、ぶっ倒れ、頬をうちつける。目はぎゅっと閉じられ、背中を襲う二打目の苦痛にたえている。


手の指の一本一本が、正常機能を失ってぶるぶる、激しくふるえ、想像絶する痛みに堪え続けた。


魔法少女たちは、今度こそ、鹿目まどかが神に戻ると思った。

人の子の姿をしている、この制服姿の女子生徒は、魔法少女とちがって、痛覚を遮断できるわけでもない。


つまり、ただの人間の状態だ。

そのうち、痛みにたえかねて、神の子と変身するだろう。


そういう期待が込められていた。



581 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:41:36.45 Jml2v3BZ0 341/402


が、しかし。

まどかは、体も手も、激しくぶるぶるふるわせながら、ずるずると、瓦礫だらけの地面で立ち上がりはじめ、
握りしめた指で手をついて、膝をたて、自力で、起き上がった。


人の子として。

多量に出血しながら。


「わたしには……まだ…!」

目にこもった強がりの意志。まだ、神の子になろうとしない。

「見つかっていない……ものが…!」

ふらふらと、起き上がったあと、また、一歩一歩、歩き始める。

全身から血を滴らせて、傷だらけとなりながら。


「いつまで、そうしているのですか」

血に染まった鞭をもった魔法少女が、問いかけた。

「あなたの見つけたいものとは何ですか。あなたの存在する意義ですか。それなら、はっきりしています。
あなたは、私たちをお救いになる円環の理として、私たちを導く概念になることが、あなたの存在理由ではありませんか。
他に、どんな使命があるというのですか。なぜ、人の子として痛みに耐え続けるのですか。使命を思い出し、神の子となれば、
その痛みも、たちどころに、消えてしまうのに!」


「いや…だ…!」

鹿目まどかは抗う。

自分の中に蠢く、神の力を呼び覚ますことに、抗う。


「どうして…?」

魔法少女たちの目に困惑が浮かぶ。

「あなたほどのお人が、私たちの救済を一向に拒むのですか。なら、なぜ、あなたは円環の理となったのですか。
私たちを救済すると決めたのですか。」


その問いを無視して、鹿目まどかは進む。

どこにあるとも知れずの、自分の居場所。


家族も知らなかった。自分のことを。美樹さやかも志筑仁美も知らなかった。

暁美ほむらだけが、まどかのことを覚えていたが、ほむらは、悪魔だった。


だれが私を認めてくれるの。

どこに、自分の居場所があるの。どこに存在しえるの。


それを、捜し求める。

582 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:43:44.46 Jml2v3BZ0 342/402


だんだん、魔法少女たちの目に、呆れの感情と、怒りの感情が、浮かんできた。

こうも、頑なに、自分たちの救済を拒まれるとは、思ってもみなかった。


ただ、悪魔が、神の子の記憶を操作しているだけで、ちょっと刺激すれば、神の子は、使命を思い出して、
すぐに自分たちを救いに来てくれる、優しい、慈愛に溢れる女神だと思っていた。


実際に会ってみると、そんなことはない、自分のことしか考えないただの女子生徒ではないか。

こんな人のために、私たちは、導かれていくのか。


魔法少女の鞭を握る手に、力がこもった。

ギギギ…。


思い切り握り締め、すでに血が滴るその鉄くずだらけの鞭を、再び、まどかの背中へ、あてがってぶっ叩く。


「あッッ──っ!」

まどかは、すぐ苦痛に喘いで、倒れてしまう。人の子は、いともたやすく崩れ落ちる。

ぎいっと歯を握り締めて、無様に倒れこみながら、痛みに堪えるまどか。地面に飛び散る血。

しかし、鹿目まどかは耐える。


耐え続ける。


ぶるぶる、ふるえる指を、血が滲むほどに握り、また、立ち上がり始める。

手をついて、頭は空をみあげて。

その起き上がったまどかの背中を、四度目、鞭が叩いた。

「ああああっ──あう!」

まどかは、再び倒れる。背中から血を飛び散らせて。神の子の血は、魔法少女たちの衣装に返り血として付着し、
魔法少女たちの服もびたびたと赤く染めた。


だが、一番赤く染まっているのは、まどか自身だった。


まどかの倒れた瓦礫の地面は、たちどころに、赤く染まってしまう。背中から垂れ流れる血は、とめどめなく、
制服を着た背中から、滲み出ていく。


これは、神の子の血。

鹿目まどかの血。


魔法少女たちの服と、地面に、滴り流れた血は、まどかの奇跡の対価として支払われる血。

奇跡のために、命を使う。

命とは、血。


赤色の、情熱の血は、まどかの背中から、飛び出していく。


五度目、金属片の鞭が、えぐれたまどかの背中に直撃した。

その反動で、びちゃっと血が、出血部分から、勢いよくとびだした。


「ああああ゛!あああ゛っ!」


まどかは、喘ぎの声をだす。目を閉じながら、声だけだして、痛みに震えた。

583 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:45:53.36 Jml2v3BZ0 343/402


そして、また、地面に倒れふして、力なく手足を垂れた。

が、すぐにまた、立ち上がりはじめる。目をぎゅっと閉じ、痛みと戦いながら。

自分の中に眠る神の力を、懸命に抑え付けているかのようだ。決してその力には、頼らないと心に決め込んでいるかのように。

魔法少女たちは、鹿目まどかが、神の子に変身するまで、鞭で叩き続ける気であったが、鹿目まどかの抵抗は、
想像以上だった。


神の子となることを、この本人が、頑なに拒む意志。

それが、魔法少女たちには、理解できない。


鞭打ちの六度目。


鉄くずと、金属片が、じゃらじゃらとぶらさげる皮のばら鞭。叩けばコンクリートを砕く鞭が、少女の背中に、
あたった。


「あああ゛っ!!」

まどかは叫ぶ。痛みに。悲鳴をあげる。


六度目、鞭を叩いたのはよかったが、何個かある金属片のうち、一個が、まどかの背中の肉か骨にひっかかって、
とれなくなった。

ひっぱっても、ぐいぐいとまどかの体内に鉄くずがのこってしまい、ひっかかっている。


魔法少女は、力いっぱい、強引に鞭をひきぬいた。


次の瞬間。


血と肌が飛び散った。


思いのほかからだの奥深くにまで食い込んでいた鉄くずが、まどかの背中の肉ごと、引き抜かれた。

「うわ!」

鞭をもった魔法少女の黒いゴスロリ服に、多量の肉と、ひっぺ剥がされた肌が、飛び散って付着し、
おもわず彼女は飛び退いた。


「きゃああああ!ああああ゛っ!」

まどかは目をぎゅっと閉じて、激痛に顔をゆがめた。


そして、苦痛に悲鳴をあげて、礫だらけの地面で、指を握りしめて、痛みと戦った。
戦いつづけた。ぶるぶる背中を震わせて。



584 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/26 00:46:45.48 Jml2v3BZ0 344/402


魔法少女たちは、異様な視線をまどかに注いだ。

なぜ神の子にならないのか。円環の理にならないのか。


ここまで痛めつけられれば、もう、十分なはずなのに。


しかし、もっと魔法少女たちを驚かせ、瞠目させたのは、その痛めつけられた神の子が。


人の子としての姿を保ちながら、再び、痛みを乗り越え、立ち上がりはじめた姿だった。

「う……うう……う!」

鹿目まどかは、指を握り締めながら、歯を噛みしめて。

血に爛れた背中の痛みを負いつつ、また、自力でたちはじめた。

足を動かし、地面に擦らせて、膝をつき、手を支えにして。


ぎいっとピンク色の目が、絶対にこの命を円環の理に渡しはしない、と意地を固くさせて、血まみれになりながら、
懸命に地面をよじって、立ちあがる。


593 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:21:28.59 VTqj4dcQ0 345/402

76

鹿目まどかは痛みに意識を朦朧とさせつつ、世界を眺めた。

視界はうっすらと霞み、霧がかっている。

今にも気絶しそうだ。


だが、このまま意識を失ったら、自分でなくなってしまうかもしれない。宇宙のルールというものに、
なってしまうかもしれない。

そう思ったら、どれほど痛くても、意識を手放せなかった。


耐えるしかなかった。

ぼたぼたと滴る血の生暖かい感覚が背中にする。しかし、外に出た血はすぐ冷え始める。

背中は冷たい。びっしょりと濡れた血によって、背中は冷たい。


制服のやぶけた繊維の一本一本が、切り傷の中にはいりこむ。

痛い。

とても痛い。


外気が、切り傷にふれて、服を強くふきつけ、服は肌にこすれる。

それも、また、とても痛い。

594 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:22:51.73 VTqj4dcQ0 346/402


「愚かな人!」

ばら鞭をもった、ゴスロリ服の魔法少女が、喋り始めた。

その頬にも頭にも、返り血が、ついている。

「あなたは神の子なのですから、その力を解き放てば、その痛みからなど、すぐ開放されるというのに。
なぜ力を覚醒させないのですか。何をそう意地になるのですか。このまま死ぬとでも、いうのですか」

鞭がふるわれる。

バチンッ!

まどかの背中を直撃し、肌は剥げ、鉄くずにえぐりとられて、血だらけな背中に、
金属片の鞭が叩き込まれる。


「あああ゛っ!」

まどかは、また、倒れた。


ばった。


前にむかって飛ばされて、勢いよく、瓦礫だらけの地面に、ざざざーっと音たてて、体を擦らせつつ倒れ伏す。

体に無数のかすり傷ができた。


背骨を叩く鞭。背中をえぐりとる鞭の金属片。また、容赦なく、8打目、9打目、10打目の鞭が、
容赦なく叩き込まれ、鹿目まどかを、血まみれにした。


「あぐっ…ああ!」

瓦礫と破片を握り締めて痛みと戦うまどかに、鞭が叩かれ、まどかの頬は金属片がえぐりとり、血の切り傷が三本、のこる。

指を握り締めて、歯を噛み締めて、鞭の打撃に耐えるまどかの頬が、血だらけになる。


「あああ!」

また、12打目の鞭が叩き込まれ、顔をかばうまどかの腕に、鞭が振り落とされ、まどかの腕は金属片に引っかかれて、
血のひっかき跡が、無数にのこった。

「あ───ああ゛!」

15打目の鞭。

「ああ゛……あ…あ゛…」


息も絶え絶えになりはじめる鹿目まどか。

うずくまり、ひっかき傷だらけで激しく出血した背中を丸め、血だらけの腕で、体を守っている。

595 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:23:53.82 VTqj4dcQ0 347/402


「はあ……はあ…はあ」

いっぽう、鞭をもった魔法少女も、息を切らしていた。


気づいてみれば、20打以上も、人の姿をした女子生徒に、ばら鞭を叩き込んでいた。

その出血量は半端ではなく、ゴスロリ服は、神の子の返り血で、べとべとだった。

鉄の臭いが充満した。鼻を覆いたくなるほど。


まどかが倒れる道路の地面は、もう、飛び散った血の点々とした跡が、無数に残り、
曼珠沙華が乱れ咲いているかのようだった。

「ああ゛…あ゛……ああ…」

まどかは喘いでいる。意識絶え絶えだが、まだ、片目だけ開けて、もがき、立ち上がりはじめる。


もう、制服はぼろぼろ、原型をとどめていない。


体じゅうが、鉄くずにひっかかれた切り傷だらけで、真っ赤だ。白い肌はほとんどない。どこも赤い。

腫れていて、ひっかき傷に覆われていて、背中は鉄くずにえぐられて深手を負う。傷口が外気にふれている。


「わたし……みつけなきゃ……」

傷だらけで、ぼろぼろな神の子が、口にした言葉は、こうだった。

「わたしがこの世界に生まれたっていう……その意味!それまでは……消えたくない!消えてなくなりたくない!」


円環の理という、世界から消し去られた概念が人格化した少女が。

この世界にふたたび降り立った意味を見つけられる場所とは、どこなのか。

596 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:26:05.52 VTqj4dcQ0 348/402

77

魔法少女たちはあきれ果てると共に、強い怒りを感じていた。


この少女は、どこまでも、円環の理となることを、拒んでいるではないか。

こんな痛めつけられて尚、嫌なのか。もう二度と円環の理になど、なりたくないというのか。


そんな無責任な救済者だったのか。


ここまできて、ばら鞭をもった魔法少女たちと、剣士含むほかの魔法少女たちとの間に、
ひとつの合意が生まれた。

痛めつけるだけでは、ダメだ。神の子の抵抗は強い。


これでは足らない。

もっと、絶望的に追い詰められた状況を作り出さないといけない。


「どこにも逃げられないように、磔に架けよう」


それが、この魔法少女たちの下した決断だった。

鹿目まどかは、ついに、探し物を求めて彷徨う歩く自由さえ、失ってしまうのだ。


生きたまま十字架に磔にされて、人として生きる道は封じられる。

となれば、もう、この神の子は、円環の理の姿に戻るより他ない。今度こそ、うまくいく。

597 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:27:47.23 VTqj4dcQ0 349/402


よぼよぼと歩き始めた、血だらけの少女の、血まみれな背中むけて、魔法少女が。

ばら鞭をふるい、ギザギザの鉄くずの数々を、食い込ませて叩いた。


血が飛び散る。あちこちに。地面を赤々とぬらす。


「あっ…あが…!」

まどかは倒れこむ。地面に。


派手に倒れて、血を滴らせながら、破片のころがった地面に、ばたっと倒れ伏す。悲しそうな目をして。

そのまどかの、体が蹴られて、まどかはごろん、と仰向けにころがされる。

「ああ゛……ああ゛っ!」

走る痛みに、まどかが呻き声を漏らした。


その腹に、ばら鞭が落ちる。


「あっ…が…!」

腹は、無数の金属片によって、ひっかかられ、血の跡が走った。筋のように、三本。

バチュン!

「あああ゛!」


もう25打も鞭に打たれていた。

想像より遥かに多くの回数、鞭うった魔法少女たちは、なぜだが、歯止めがきかなくなる自分たちを感じていた。


背徳感か、興奮か、加虐心か。

いや、そういう人の感情を越えたものだった。

598 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:29:10.03 VTqj4dcQ0 350/402


あえていうなら、使命感。

自分たちが、神の子に受難を施すことで、やがて、世界は救われる未来がくる。


さあ、30打目の鞭が終わった。


まどかは、全身が金属片にえぐられたひっかき傷だらけになり、倒れて、足、手、腹、背中、顔、どの部位からも、
ひどく出血していた。

「あぐ……あ゛……あ゛…」

だらん、とピンク色の瞳を垂らして、気絶寸前になっている。


魔法少女たちは、使命感に燃えた。


いよいよ、神の子は、人の子としての意識を手放す。そしたら、神の子の本性の意識が、芽生えるのではないか。

世界は、救われるのではないか!


そんな期待感に胸が膨らむ。服を、返り血だらけにして、ぼたぼたと赤い血を服の袖から滴らせながら。

「磔に架けよう」

と、剣士の魔法少女が、指図する。

仲間の魔法少女たちは、合意して、意識を失いつつある鹿目まどかの、傷だらけな両手首を掴んで引っ張って、
ひきずって運び出しはじめた。


ずざざー、と、まどかの顔は天を仰いだまま、ひきずられて抵抗できないまま運びだされる。

まどかは意識半ばな瞳は、ぼんやり、空をみあげていた。曇り空。庭の創造、6日目の夜。

599 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:30:09.22 VTqj4dcQ0 351/402

血まみれのまどかの体が、ずさーっと引きずられて運ばれてゆく。

瓦礫の破片が散らばった地面を。


「ああ゛……あああ…。」


まどかは痛みと戦っていた。

両腕の手首を持たれて、崩壊した地面を引きずられていって。


「あああ゛…!ああ゛っ…!」

意識の失いかけたまどかは、痛みに、喘ぐ。


それでも、鹿目まどかは、強引に連れ去られつづけた。


600 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:31:25.83 VTqj4dcQ0 352/402

78

鹿目まどかは見滝原の丘にまで引きずられて連らてこられた。

そして、丘は、きりたった崖があった。


半月の輝きが、ここからは、よく眺められる。

丘には樹木があり、死んだ蛇のそばに、首を吊った暁美ほむらの姿があった。

悪魔は死んだ。自殺した。


魔法少女たちは、悪魔の死を喜び祝った。


あとは、円環の理の一部であるという、この神の子が、復帰してくれれば、世界は救済の未来を迎える。

勝利の予感に、胸が躍る。


ここまで引きずられてきたまどかは、ふわふわと、宙に浮いたような、夢のような心地に陥っていた。

もう、血が足りない。死は、近い。


本当は、死にたくない。

まだ、死にたくない。


でも、どうにもならない。

まどかには、なんで自分がこんな目に遭うのか、わからない。けれど、自分を痛めつけるあの魔法少女たちは、
それがあなたの運命だ、さだめだ、そうなるために生まれてきた、という。


神の子のさだめだ。

601 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:32:37.36 VTqj4dcQ0 353/402

剣士の魔法少女は、丘まで到達すると、仲間の魔法少女たちに目配らせした。

するとどっから取ってきたのか、魔法で召喚したのか、大きな木でできた十字架と、釘とハンマーを持ち出した。

修道女の魔法少女がもつ道具だった。

この魔法少女は、たとえばグリーフシード争いで敵対する魔法少女を倒すために、この十字架にかける。仲間たちと共に。


そして、その十字架と、釘とハンマーを投げ落とした。

バララ。


まどかの倒れる丘の花畑に十字架が落ちる。数枚、花びらが散った。


人体を十字架に縛り付けるためのロープもあった。まどかの身長の三倍ほどもある十字架は、タテが長くヨコが短い。

手を磔にするための横木には、釘を通すための穴があいていた。

また、ロープを引っ張って十字架を立てるための金具の輪もあった。

グリーフシード争いになった敵の魔法少女は、打ち負かして、この十字架にかけてやれば、
あまりの苦痛に泣き叫びながら、もう二度とこのテリトリーには入りませんと誓うことになる。


鹿目まどかは、抵抗もできず、魔法少女たちによって、腕が十字架にロープでくくりつけられる。

横たわった十字架の上に、まどかの体はごろんと寝かすように乗せられて、まず左腕が、十字架の横木に、縛り付けられた。

限界までぴんと左腕が伸ばされた状態だ。ひっこめることはできない。ロープに縛られている。


もし、神の子の力を、ここで呼び起こせば、簡単に脱出できる。

けれど、まどかは、失いかけた意識のなかで、それだけは拒んだ。


602 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:33:38.31 VTqj4dcQ0 354/402


ここまできて、ついに分かったのだ。

鹿目まどかという存在が、あるという証が、どこにあるのか。


世界は、神の子の誕生を待ち望んでいるのに、世界で一人だけ、それを拒んでいる少女がいる。

自分だけだ。


神の子に生まれ変わることを、拒絶しつづけるこの意志が、自分の存在する証拠でなくて、なんなのか。


だから、守り抜こう。

決して、折れない。


だって、思い描いていた。

素敵な学校生活を。


新しくできた友達がいて、勉強をして、成績の上げ下げに一喜一憂したりして…。

夏休みになったら、三年ぶりに会えたさやかちゃんと、仁美ちゃんとで、遊びにでかけて、
交換日記をつけたりして…。

将来のことも、考えてみたい。


それが、私の気持ちだったのに、どうして、円環の理にならなくてはいけないの。


わたし、分かったんだ。

円環の理になることを拒むこと、それに抵抗することが。


私の存在意義。私の存在理由。私の、最後に残った生きたあかし。

603 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:35:42.99 VTqj4dcQ0 355/402

鹿目まどかは、朦朧とする意識のなかで、ぼんやり、血だらけの顔をした瞳を見開いて、
ロープに結ばれた十字架の上に寝かされて横たわった自分の腕をみつめた。

腕が縛られた横木には、釘を通すための穴がある。釘がここを貫通する仕掛けだ。


横木にロープで括られた腕の、左の手首に、まず一本目、釘が近づけられた。


まどかの手首の、やわらかい部分に、トンと釘が押し当てられ、肌に沈み込んでゆき、やがて、痛いほど強く押し付けられていく。


釘は、9インチの長さ。24cmほどある鉄の大釘。


十字架に縛り付けられてなす術ないまどかは、手首に押しつけられた一本の釘の頭に、魔法少女が、
大きなハンマーを叩きつけてくるのを、見つめているしかできなかった。

604 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:37:18.67 VTqj4dcQ0 356/402

79


バゴッ。

釘の頭をうつハンマーの音が、頭に轟いたとき、まどかの手首に激しい痛みが走った。


「あがっ……あっ゛」

手首に釘が刺さる。

まどかの手首に釘が打ち込まれれた。ハンマーによって。


倒された十字架にロープで結ばれていて、釘の刺さる腕は動かせない。

ただ、自分の左手首に、釘がハンマーに叩かれ、押し込まれて、血が噴出していくのを、
この目で見届けていくしかできない。


バゴッ──!バキ!


繰り返し繰り返し、まどかの手首を刺す釘に、ハンマーが打ち込まれる。


手首の真ん中、やわらかい肉の部分に、釘が通ってゆき、十字架の穴へ入ってゆく。


「あ゛っ……ああ゛っ…ああ!」

釘が通り、まどかの左手は、完全に十字架の横木に固定される。



これが、まどかに用意された、宇宙を造り替えた祈りの対価を支払う舞台装置だ。


宇宙にしたって、そう何度も勝手に作り変えられては、たまらない。その行いには、代償が要求される。

605 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:39:03.11 VTqj4dcQ0 357/402

「あっ…ああ゛っ─!」

まどかは、歯を食いしばって、左手首に埋め込まれた9インチの釘の痛みと、戦った。


引っ張ってみても、手に痛みが走るだけで、抜け出せない。


左手の釘打ちが終わったあとは、右手へ。

魔法少女たちは、ハンマーを手に、まどかの右手をつかまえて、釘を通す十字架の穴の部分に、
まどかの右手を固定しようとした。

つまり、釘の打ち込む位置に。


「あっ゛……あああ゛っ…ああ…!」

まどかは、絶え絶えな息をもらしながら、それに抗う。


左手は釘打たれ、使えなくなり、自由なのは右手だけ。


その右手にも、また釘打たれるのを、拒む。


魔法少女たちが、まどかの右手をつかまえて、釘の打ち込む位置、十字架の穴の箇所まで懸命にもってこようとするが、
まどかは、歯食いしばって懸命に抵抗した。

ぎきぎぎぎ…

十字架の横木に、まどかの腕を倒そうとする魔法少女の手と、倒されないように抵抗するまどかの手。

互いに、力を押し合う。まるで腕相撲状態だ。


すると、剣士の魔法少女が、ロープを取り出して、言った。

「わからんやつらだな。こうするんだ」

といって、ロープをまどかの右手首に巻きつけて、縛ると、ロープを体重かけてぐいと引っ張り始めた。

綱引きのように。


ググクグ…


手首に走る強烈な力。


ロープに引っ張られる力。


まどかは、懸命に、抵抗する。


「ああ゛っ……!ああああ…!」

絶望的な想いのなか、それでも歯を食いしばって、右手を守る。


だが、だんだん力負けして、まどかの右手が、十字架の釘を通す穴に、近づいてきた。

剣士の魔法少女はすると、もっと力を込めて、ロープを足を使ってぐいぐい引っ張った。

606 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:40:38.12 VTqj4dcQ0 358/402


そして、次の瞬間。

ごきっ。


骨の関節の音が鳴って、まどかの肩の関節が外れた。

「あ゛っ…!あ!」

まどかは悲鳴が口に漏れる。


「さあ!やれ。神の子を、呼び覚ますんだ」

ソウルジェムが濁り、いつ魔女化がはじまってもおかしくない魔法少女たちは、急かされて、
すぐにまどかの磔にとりかかる。


肩の間接が外れたまどかの右手を、無理やり引っ張って、十字架の横木の穴のところにもってゆき、
そして、釘をあてがった。

右の手首に。いちばんやわらかい、細い骨と骨のあいだに。

また、右の手首が痛くなる。釘を押しつけられて。


「あああ゛っ…!……助けて…ほむら…ちゃん!」


まどかは叫ぶ。

魔法少女たちが、大きな重たいハンマーをふりあげた腕をみて、叫ぶ。

とっさに脳裏に浮かんだ人の名前を。

「助けて……!ほむらちゃん……助けて!」


バキッ!

「…ううう゛っ!」


一撃目。

釘が打ち込まれ、血の滴が飛ぶ。赤い液の数滴は、まどかの顔にふりかかって、赤くこびれついた。

生暖かい自分の血のぬめっとした感触を、まどかは頬で感じ取った。


「ああ゛っ……あああ゛!」

痛みに目を限界まで見開く。


瞼が、見開かれてしまって、天をみあげた。

瞳が大きくなる。体に走る衝撃と、痛みに、震える。がたたた、と瞳が小刻みにふるえる。

でも、我慢する。

607 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:42:14.63 VTqj4dcQ0 359/402


バキッ。バキンッ──

何度も打たれる釘。手首に食い込む釘。肉を通る釘。骨と骨のあいだを通り、十字架の穴を突き抜けて、
血だらけな釘の先端が、横木の裏側に飛び出してきた。


バキッ!

石のハンマーが釘を叩く。


「ああ゛……あああ゛…」


両手とも、釘に打たれたまどかを襲うのは、足に刺さる釘。

ずたぼろになった制服スカートの下に伸びる、白いソックスの足に、踏み台がまず釘によって打ち込まれ、
そこにまどかの両足がのせられて、つづいて足の甲に釘が打ち込まれる。


「ああ゛っ!あぐっ……いいいっ…!」


両手両足に釘を打ち込まれ、十字架に磔となったまどかは、身動きとれなくなった。

こういうことは何度か、グリーフシード争いの敵となった魔法少女たちにも、この一団は、やってきた。

グリーフシード争いとは、喧嘩におさまるものでなく、殺し合いであった。そこには残酷さがあった。

まして魔獣が発生する世界が終わり、まければ自分たちが魔女となる世界では、なお更、過酷だ。

608 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:43:41.78 VTqj4dcQ0 360/402


「十字架をひっくり返せ」

剣士の魔法少女は、返り血まみれな、ハンマーをもった仲間たちに指令し、仲間たちの魔法少女は呼びかけに応じた。


ゴスロリ服の魔法少女も、ドレス服の魔法少女も、まどかが釘によって打ち込まれた十字架を2人がかりで持ち上げて、
反転させてひっくりかえす。

十字架がいちど、横向きにたち、まどかは自分の体重に苦痛の声をだす。


そして。

バタンッ。


「あぐっ…ああ…あ゛!」

十字架はひっくり返り、裏返しにされ、まどかは十字架の下敷きとなった。


顔と地面が向かい合わせになる。両腕を横木に固定された状態で。


魔法少女たちは、まどかの手に打ち込んだ釘が、十字架の裏側にはみでたその先端を、石のハンマーをつかって、
真横に叩き曲げ始めた。


バキッ。

ドコッ。ガン!


まどかの手を貫通し、横木の裏側にはみでた釘の赤い先端は、こうして曲げられ、簡単には抜け落ちないようにされる。

左手の釘を叩き曲げたあとは、右手の釘を。


同じ要領で、叩き曲げる。


カツン、ゴン───バキ!

先端を叩いて、曲げ、横向きになったら、上から思い切り打ち付けて、釘を真横にする。

「元に戻せ」

剣士の魔法少女が、仲間たちに指示し、すると、魔法少女たちは、まどかが下敷きになった十字架を元に戻した。


再び十字架は反転し、まどかは仰向けに。


がたん!小石だらけの丘に、十字架がまた、裏表をひっくり返された。

重たい十字架が反転して落ちた反動で、まどかの呼吸がつまる。小石が飛ぶ。


「あぐっ…う!」

血の垂れる口が、呼吸に喘ぐ。

目をぎゅっと閉じる。手足が釘に固定されたまま、天を仰ぐ。

609 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:45:43.33 VTqj4dcQ0 361/402


もうとっくに、人として血を流す限界がきている。でも、それでも死なないということは、やはり、
この鹿目まどかという少女は、人ではなかったのだ。


魔法少女たちはそれを知っていた。巴マミと、佐倉杏子、美樹さやかたち、そのテレパシー会話を、盗み聞いていたから。


「十字架を立てろ。神の子の再臨は、もうすぐそこだ」


剣士の魔法少女は言い、すると、十字架の横木両端に付いた金属の環に、ロープを通し、結んだ。

2人がかりで、同時に引き上げて、十字架をたてる。


すると、磔になったまどかが、高く高く掲げられた。十字架の犠牲者となって。空の下に。

両手両足は、釘を打たれ、通されて、ぼたぼたと血が滴る。


十字架。それは、罪びとの背負うもの。罪びとの果て。末路。


鹿目まどかは、罪人となった。

世界じゅうの魔法少女たちはいうだろう、この光景を見たら。

おまえの罪は、わたしたちを裏切ったことだ。わたしたちに、なまじ半端な希望を与えておいて、あとで裏切った。
私たちはあなたを信じて、導かれることを待っていたのに、あなたは裏切った。世界じゅうの魔法少女の希望を裏切り、
貶めたのだ。だから、あなたは十字架にかけられるのだ。


十字架が立てられると、崖の中の掘られた穴に、すっぽり十字架の縦木が収まった。

仲間の魔法少女が掘った穴だ。この穴に十字架を埋めることで、縦木が立つ。


「ううう……ああ…」


まどかは、痛みに喘ぎながら、十字架の磔になった状態で、魔法少女たちを見下ろした。


610 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:47:03.43 VTqj4dcQ0 362/402


まどかの視界いっぱいに、見滝原の花畑と、樹木と、丘と、荒廃した町が入ってくる。


かすんだ視界。脳は、がんがん痛みが走っていて、血量不足を訴えている。


ふらふらとする意識。

でも、自我だけは失わない。意識だけは保ち続ける。


そう、決めたことだから。


「あああ…ううう…」

とはいえ、死は確実に、秒刻みで近づいていた。。

人は全体の血液の30%を失うと致死量となる。まどかの出血量も、その領域に達しつつあった。



足も手も痛い。ふきつける風が痛い。体中の切り傷に、鋭い痛みが走る。カッターで削られるかのようだ。

すると、様子を見かねた魔法少女が、話はじめた。

剣士の魔法少女だ。


鞘から剣をぬき、ギランと光る銀色の刃の先を、まどかへ向けて、呼びかける。


「あなたは神の子ではありませんか。なぜ、そのお力で、十字架から自らを救わないのですか。あなたが、
力を発揮すれば簡単にできることです。なぜ、磔のままでいるのですか。神の子なら、磔から降りるくらい、
できることではありませんか。」


「はあ……はあ…あ!」

まどかは、呼吸に喘ぐばかりで、何も答えられない。

息を吸っても吸っても、楽にならない。血が足りない。


「もしあなたが、救済者であるなら、今こそ十字架から降りて、私たちを救う、円環の理の神になってください。
世界中の魔法少女が、あなたを希望とし、救いを求めています。なぜ、いつまでも目を背けるのですか。あなたが、
目をずっと背けているから、私たちは、あなたを十字架にかけたのです。」


611 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:49:55.29 VTqj4dcQ0 363/402



「ああ……あ…えて……ら…ちゃん」

すると、血まみれの鹿目まどかは、十字架の上で、何かを喋り始めた。

「たすけ…て……ほむら……ちゃ…ん」



それは、魔法少女たちを瞠目させた。


この期に及んで、神の子は、流血に体を染めながら、十字架の磔で、だらだらと血を流しつつ、悪魔の名を口にするのだ。


「ごめんね……あのとき……ごめんね…」

十字架の上で、空をみあげながら、血に染まったまどかの顔の口が、天に願うように、語りはじめる。

「あやまりたい…の…。私には、ほむらちゃんしかいない……そう、言ったのはわたしだったし、
今もその気持ちは変わらない。それだけ、もう一度だけ……言いたいの。ごめんね……」


そう、円環の理が人格化して、誕生した、この新しい鹿目まどかは。

その存在を知っている他者など、悪魔しかいなかった。


なぜなら、いま、十字架にかかっている鹿目まどかを、創ったのは、他でもない、暁美ほむらだったから。

産みの親は暁美ほむらである。鹿目詢子ではない。鹿目詢子が腹から生んだ鹿目まどかは、消え去った。忘れ去られた。


この新しい鹿目まどかは、円環の理の一部が人格となった、神の子であった。


その存在は、暁美ほむらしか知らない。ほむらが実験台となった理由でもある。だから、神の子の記憶にある親友たちが、
あなたを知らないと口を揃えるなか、暁美ほむらだけが、あなたを知っていると答える。


神の子にとって、暁美ほむらは、最高の友達だった。


ほむらの世界改変は、まどかの世界改変ほど、完全でなかった。

円環の理のほんの一部の力だけ借りて、宇宙を改築したそれは、本来まどかが存在しなくなった魔獣の世界に、
無理やり、円環の理が人格化した少女を置いて、関連する人たちの記憶を捏造した、ツギハギのような幻想の庭だった。


結局まどかが、人として暮らそうとしているうち、もつれがでてきた。


存在しないはずの子の記憶など、捏造するに限界があった。神の子は、それに気づいていった。

家族も、友達も、他のひとたちの記憶など、すべて捏造で、偽物であることに。

本当に、自分のことを覚えていて、知っている人は、ほむらしかいないこと。


「ごめん…ほむらちゃん……ごめん…それだけ、もう一度だけ会って、それを……伝え…たい…。


円環の理の人格は、悪魔との再会を求める。

唯一自分を本当に知っている人との再会を、求める。


612 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:52:15.03 VTqj4dcQ0 364/402


それは、まどかを十字架にかけた魔法少女たちの、怒りを誘った。

「その悪魔は、私たち魔法少女が、呪われて絶望することなく導かれる円環の理を、崩した悪魔ではありませんか。
なぜ、その人の名を呼ぶのですか。あなたの敵ではありませんか。悪魔に、魅入られてしまったのですか」


「…。」


まどかは、全く何も答えず、だらん、と頭をたれて、すう、すうと息を吸う。

目がきょろきょろする。瞳孔の開ききったピンク色の目。また空をみあげる。速度を高め始めた空を流れる雲。



あたりはすると、だんだんと暗くなりはじめた。


夜が訪れた。世界の夜が。

神の子は死にちかづく。


本人は、死にたくないのに。

自分の中に眠る、神にも等しい力を呼び覚ませば、こんな十字架など、すぐ抜け出せるのに。


まどかは、それをしない。

速度を速めた雲が轟く。地のすべてを雲が覆い、世界を暗くさせる。


しかし、丘に立つ十字架のまどかだけ、きょろきょろ、まだ瞳を動かしつづける。

高速で流れる雲。黒い雲。


十字架に流れでる血は増える。


まどかの目に映る雲。まどかのきょろきょろとする視線に従って、雲が流されていくかのようだ。

天がまどかを見る。天がまどかの死をみとどける。


まどかも天を見返す。

長い睫毛をしたピンクの瞳は、天にいる神の姿をとらえる。白い神の姿を。まぼろしだった。


ゴゴゴコゴ…。

雲が暗くなる。ますます黒くなる。風は強まり、返り血にまみれた魔法少女たちの服が、風にふかれた。

時間を追うごとに風が強くなる。


神の子は、十字架から抜け出そうって気配も見せず、弱っていく。

613 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:53:34.25 VTqj4dcQ0 365/402


三時間が経過した。


やがて、ついに。

心臓の音が不定期に、止まり始めたとき、まどかは天をみあげていった。


「ああ、神さま、神さま」


かの魔法少女たちが目をみはって、十字架にかかったまどかをみあげた。そして、まどかの独り言に耳を寄せた。


涙ながら、血だらけの姿をした神の子は、天に対して問う。

「神さま……なぜわたしは創られたのですか?」

と言い残して、神の子は、ついに、命を……。


絶やす。


全体重が、両手の釘にかかり、痛みが走る。十字架の木材に磔になっているまどかは、力尽きると、
Yの字に頭をたれて、体重を手に任せ、そして動きをとめる。


どく……どく………… どく。



心臓の音がきこえなくなってくる。血が足りなくて、心臓は血の補給を訴えて、最後に一度だけ、
激しく鼓動をはやめた。


どくどくどく。


まどかの体が痙攣する。びく…びく…。血があらゆる傷の箇所から、十字架に垂れ落ちる。


どく………どく。


ついに、血がまったく心臓に補給されなくなったとき、意識が飛んできて、頭はがんがんし、
目の視界には何も映らなくなり、いま目をあけているのか閉じているのかも、自分で分からなくなった。


まどかの瞳は、やがて、光を失って、大きくも小さくもならなくなる。

瞳孔は開ききったままになる。


夢をみているかのような気分になる。眠くなって、夢が訪れるときのような、心地のよい闇。


ああ……。

天国に、迎えられるとき…なのかな……。

心地、……いい…… …。



心臓の音はやむ。


動きが、停止する。


614 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:54:59.96 VTqj4dcQ0 366/402


そして、そのときがきた。

だらん、と頭を垂れたまどかは、下を向きながら、目を静かに閉じ、その命を終えた。


鹿目まどかは絶命した。


神の子は、その力を呼び起こすこともなく……。

人の子として、果てる。


ひゅううう──。

冷たい風が、ふきつけた。



ゴスロリの魔法少女、剣士の魔法少女、修道女の魔法少女、ドレスの魔法少女。

丘に取り残された少女たちの変身服を、風がゆらした。髪もなびいた。


だが、それだけだ。

むなしい。


何も起こらない。

自分たちのしたことは、ただ、一人の女子中学生を、鞭打った挙句に十字架にかけて苦しめただけだ。


「私たちは、見滝原の魔法少女らの会話に踊らされて、この女が円環の理であったなどという、
とんだ妄想を信じ込んでしまった」


と、剣士の魔法少女は、絶望の気持ちで語った。

もう、ソウルジェムは、限界だ。


「円環の理が、なぜ、私たち魔法少女を救済することをおやめになったのか。それは、分からない。だが、
私たちは今たしかに、罪を犯した。手ひどい罪だ。円環の理が、私たちを救済するもしないも、それは、
神のご意志しだいだ。なのに私たちは、この鹿目まどかという女子生徒が、円環の理の人格化した存在だと妄想したとき、
怒りを、この少女にあてがってしまった。のろってしまった。なんて罪深い、私たちだ。」


615 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 00:58:40.38 VTqj4dcQ0 367/402


「…」

仲間の魔法少女たちは、黙り込む。

手ににぎった、ハンマーと、鞭と、釘。どれも血だらけだ。


数時間つづいた、鹿目まどかへの激烈な責めの痕跡が、のこっている。



「私たちのしたことは、ただの殺人だった。」

絶望を語る魔法少女の口。


鹿目まどかは、人の子だった。

神の子ではなかった。


どこまで、痛めつけてもたたきつけても、救済者の力を呼び起こすことはなかった。

たぶん、人違いだったのだろう。

普通の見滝原中学の女子生徒だった。


円環の理が、人格化して、今もこの世界のどこかに生きているなんて伝説を、なぜ信じ込んでしまったのだろう。


ただ、その伝説が囁かれた時期と、魔法少女の救済がストップし、魔女化がはじまった現象の時期とが、重なったから。


なんとなく、円環の理が壊されて、一部、悪魔によってこの世界に引きこまれたなんて仮説に、魅力を感じて、
信じ込んでしまった。

この鹿目まどかという少女こそその人だと確信してしまった。巴マミたちの、学校の屋上や教室で交わされたあの会話を盗み訊くだけで。



そして、この狂気のような拷問。

鹿目まどかへの徹底的な責め。神の子になれ、概念になれ、と責めつつ、繰り返した拷問。


なんたる醜い、悪態。

人のすることか。


もう、甘んじて、魔女に化ける運命を受け入れるしかない。救済される資格など、ない。


永遠にのろわれつづけよう。そして、人類を喰らおう。

それが、運命だったのだ。


剣士の魔法少女が、目に涙を浮かべつつ、絶望しながらがくん、と膝をつくと、顔を手で覆った。

「罪人となったのは私だ」

といって、魔女化の瞬間を、待った。ただ、待ち続けた。

616 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 01:02:22.28 VTqj4dcQ0 368/402


そして、そのとき、奇跡は起こる。


ゆっくりと、空が明るくなってきた。ぱあっ…と。

空は黄金色になる。雲がわれ、あいだから神々しい光が差し込む。


たった一つの雨粒が、涙のように、天から落ちてきて、まどかのピンク髪に、注がれる。

ぴた…と、一滴、まどかの髪に滴る。


すると、どうだろう。

十字架にかかって死んだまどかの髪が、長く長く、伸び始めた。

ふわりふわり…。と、浮いてはゆらめく、ふさふさした髪。

ピンク色の美しい髪が、腰までするする伸びて、髪の量を増やす。


「みて!」

ゴスロリ服の魔法少女が、まどかを指差した。「まどかが!鹿目まどかが!」


はっとなって、剣士の魔法少女も十字架の少女を見つめた。

死んだ鹿目まどかには、変化がはじまっていた。



まず髪が伸び、腰あたりまで長くなった。

ずたぼろの制服が光を放ち、変化して、代わりにあらわれたのは。

白いドレス。


純白だがわずかにピンクの混じった、スカートがふわふわとした神々しいドレス。



この変身を目撃した途端、剣士の魔法少女たちは、その圧倒的にして壮大な力の出現を、その肌で感じとって戦慄する。



きらり、と胸元に光が一筋、煌き、ドレスの胸に、紫の宝石がつく。

足は、ソックスではなくなり、ヒールのあるロングブーツになった。

しかも、踵には、天使のような翼がある。


手には、白い手袋をつけている。その手は、釘の打たれた横木から抜け出す。


足も釘から抜け出した。


そして、小さな少女の体が変身を遂げて……ふわり、と宙をまい、それから、すた、と花畑に足をつける。

白鳥が湖に着地するように。


復活を遂げて、金色の瞳が、ぎろり、と見開かれた。


「ひいっ…」


死んだ少女の復活と、その変身に、ゴスロリ服や剣士の魔法少女たちは、たじろき、怯えた。

どの顔も青くなる。


617 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 01:04:23.79 VTqj4dcQ0 369/402


金色の瞳を見開いた、純白のドレスをまとう、その少女は言った。

「はっきり、あなたがたに言います。救済のときは近づきました。わたしは、円環の理の子、あなたがたの救済者、
導く者です。いま、私の国を打ち立てるときがきたのです。」


魔法少女たちは、すると、神の子の前で全員、ひれ伏して、言った。


「やはり、あなたは神の子でした。私たちの救済者であり、導く人でした。あなたはまことに、正しく、
円環の理の記憶をもつ、人格の子でした」


純白のドレスに変身した少女は、跪いた魔法少女たちを見回し、そして、続きを語った。


「ここではっきりあなたがたに告げます。わたしは、概念でなければ、霊体でもない。私は、肉をもつ実体の子です。
わたしは一度、人の子として死を遂げ、そして復活しました。神の子として、あなたたちを救うためです。
はっきり言います。円環の理は死んでいます。しかし、わたしは生きています。かつて円環の理は、産まれる前に、
全ての魔女を消し去りました。私にはその力の一部が宿っています。しかし、肉をもつ人の子でもあるのです。
概念のように、痛みも犠牲もなく、魔女を消し去れることはありません。ひとつひとつ、この手で消し去るのです。
そして、全知である私は、これを言います。あなたがたの呪いは、わたしの肉に染み込み、痛みとなり、私を穢す。
しかし、私の心は打ち勝ちます。人の子として、一度死を遂げたとき、私の心は穢れることなく鹿目まどかとして、
死を遂げたからです。」


魔法少女たちは、神の子を目前にした畏れに、頭をあげることも叶わなかった。

純白のドレスと、ロングブーツのヒールで、地面を歩きはじめた円環の理の人格は、完全にその力に目覚め、
宇宙のすべてを知る。


自らを全知と言い切る。

だが、その体は肉がある。概念体でも霊体でもない。人の肉がある。

いわば、円環の理そのものが、実体化し、意志をもつ人として、実世界を渡り歩いているようなものだ。


神の子が、花畑を歩き出すと、神々しい、圧倒的な魔力が、世界に吹き荒れた。

夜は吹き飛び、朝ですらない、終末の空となった。陰府が口をあけたかのような空だ。


そして、ほむらの庭は、ついに7日目を迎えたのである。

618 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 01:05:55.02 VTqj4dcQ0 370/402


「円環の理さま、どちらにいかれるのですか。」

実体を持ち、人体としての肉を持ち、意志のままに歩き始めた円環の理にむかって、ゴスロリ服の魔法少女が、
追いかけて問いかけた。

「わたしの魔法少女たちを迎えにいくのです。」

神の子はいい、すると、丘からみろがる終末の町を、眺めた。


その町には、世界各地からやってきた、円環の理の復活を知った魔法少女たちが、ぞろぞろ、
大地に集まってきていた。

百人、いや、千人以上だ。

変身した服をきた、しかし、絶望的にソウルジェムを染めて、救済に喘ぐ魔法少女たちが、
どっから情報を得たのかはわからない、神の子の再臨と、その救済のはじまりを知って、この地に集まってきていた。


そして、千人とも二千人ともある魔法少女たちが、丘に君臨した神の姿を、その目に捉えて、祈りを捧げたのであった。

大地一面の廃墟に、ひろがって。あちこちのビルの屋上や、フロアの中に、佇んで。


手を握ったり、目を閉じたり、膝をついたりして。

619 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/27 01:07:45.09 VTqj4dcQ0 371/402


「あなたがたにはっきり言います。」


丘の高みから、神の子は、純白のドレスの裾に包まれた腕を、ばっと目前の空へ伸ばして、世界の魔法少女たちへ告げた。


その声は、世界に轟く。威光と共に世界に届く。

救済を告げる宣言だ。


「あなたがたのうちだれでも、希望を胸にたたかった者は、私に救済されて、私の打ち立てる新たな国に入る。
私は、概念ではない。霊体ではない。固定された意志しかない者ではない。わたしは、神の子である。
わたしは、魔女に身を落とした絶望の者たちを、わたしの意志によって、天に救いあげる。あなたがたのうちだれでも、
天に導くことと、魔女の絶望の底から人の魂を取り出すのは、わたしの手によってのみであって、
他の者の手を借りてはならない。私が、あなたがたの抱く希望そのものとなるからです。しかし、全知の私はいう。
わたしは、もっとも手を穢す者です。」


まどかは語った。金色の瞳を、全地の魔法少女たちにむけて、視線で射貫いて。

かつては概念でしかなく、何も語ることなく、何の姿をみせることもなかった円環の理が、人格をもって、
いま、この世界に降り立ち、君臨している。


みよ、女神が、この庭世界の丘に立ち、語っている。


世界は畏怖と、畏敬と、救済の希望の、一色に染まった。


その空気の中心にたつのは、鹿目まどか───だった、円環の理の人格。

神の子である。

643 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:32:53.37 VmDzw0l40 372/402

80

暁美ほむらにも想像つかなかったことだったが、一つの円環の理が、人格と神の二つに裂かれたとき、その二つは、
相反する精神を形成した。

早い話、裂かれて、人に戻った鹿目まどかでさえ、円環の理の叛逆者となったのである。

人に戻った少女である鹿目まどかは円環の理に戻りたくなかった。人として生きたかった。


たとえ自分が、円環の理としての女神であり、それが本当の姿であり役割だと思いだしたとしても、
人としての姿を再び得たまどかは、人として生きたいと願った。

一言で言い換えれば、「わたしは、円環の理をやめる」。


しかしそれは、鹿目まどか本人が自身の願いを裏切ったのであり、世界の魔法少女たちを裏切ったことになる。

磔刑になったのは、必然か。


だとすれば、人としての鹿目まどかは、もとより、円環の理に戻る他、選択肢はなかったことになるのか。


だから、まどかは、磔刑になり、天の白い神、つまり白いドレスの女神をまぼろしにみたとき、問いかけた。

「なぜわたしを創られたのですか。」


人としての姿が、わたしに再び与えられたのは、なぜですか。

円環の理になる決意を、二度させるためですか。

人として生きる選択肢なんて、はじめからなかったのですか。

だとしたら、なぜわたしは、人としての命を再び与えられたのですか。


644 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:34:53.03 VmDzw0l40 373/402


円環の理を拒絶する決意をしたまどかは、暁美ほむら、インキュベーターにつづいて、円環の理の叛逆者になった。

たとえ、世界のすべての魔法少女が、魔女になろうと、わたしは、人として生きたい。

それは当然、魔法少女たちを怒らせるので、まどかは磔刑にされた。


人としての姿を与えられて、人として生きたいと願うまどかと、女神となり、魔法少女たちを救いたいと願うまどか。

みよ、ほむらでも想像できなかった、まどかとまどかの対立が、二つに裂かれたことによって、引き起こっていた。


では、どちらのまどかの願いが、尊重され、大切にされるべきなのか。二つに一つだとすれば…。

まどかを磔刑にした魔法少女たちは、もちろん、後者のまどかを選ぶ。

一方、美樹さやかは、はじめては後者のまどかを選んだが、最後には、前者のまどかを選んだ。


巴マミは、後者のまどか寄りだった。円環の理の存在を強く信じていたから。

鹿目まどかとは、円環の理となることを決意した少女。そう想っていた。


佐倉杏子も、後者のまどか寄りだった。というより、まどか本人が、人ととして生きたいと願っていた本心を知らなかった。
だから、鹿目まどかとは、円環の理が現世に降りた少女である、くらいにしか思ってなかった。

最後には、自分たちが、魔獣と戦う、そんな町の平和のために戦える自分たちがあるのは、鹿目まどかの願いのおかげだと痛感して、
まどかに敬意を示した。しかしやはりそれも、まどかを円環の理としか見てなかった。


暁美ほむらだけが、はじめからさいごまで、「女神」としてでなく「人」としてのまどかを大切に想ってきた。


鹿目まどかが、ほむらのもとにきて、「わたしにはほむらちゃんしかいないの」と言った言葉には、そんな想いも、
込められていた。

ほむらしか、まどかのことを、「人」としてみてくれなかったから。


645 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:36:20.02 VmDzw0l40 374/402


まどかは理解していた。

身の回りの人たちがことごとく、自分を「女神」としかみてなかったのを。

さやかに、あんたは神様だったんだ、といわれたときに、まどかは理解した。


百江なぎさと名乗った幼き少女が、公園にて、まどかに今の世界が好き、この世界を大切にして、
と意味深なことをいってきたのも。

巴マミという先輩が、屋上にて、畏敬をこめてまどかを眺めてきたのも。

まどかを、「女神」としてしか、みてなかった。


しかし、ほかでもないまどか本人が、円環の理に叛逆したとき、この悲劇は起こった。

叛逆者としての鹿目まどかは、罪びととされ、磔刑になり、死んだ。

すると、まどかの魂のなかに封じられていた、別人格のまどかが、蘇る。


磔刑のまどかは復活した。

しかし、人として、の復活ではない。

復活にみえるそれは、「人」としてのまどかが死に、「女神」としてのまどかが顔をだしただけだ。

646 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:37:40.27 VmDzw0l40 375/402


さて、鹿目まどかは、力を解き放ち、女神の姿となって、丘に君臨する。

天に君臨する女神から、たった一つの使命を与えられ、世に降り立つ。

円環の理を封じるインキュベーターの罠に捕われた天の女神の代わりに、裂かれた分身の神の子が、
のこされた救済のすべてを、担う。


一歩一歩、てくてく、と、ガラスのようなヒールの靴で、丘から大地へ歩み始めると、ゴスロリ魔法少女たちの数人が、
あとを追うように、ついてまわってきた。


概念としての、あの古い円環の理は、宇宙を舞ったり、時間軸から時間軸へ、飛びまわったりもした。


だが、この人格のある女神は、実体のある人の子として、肉の制約をもちながら、大地を渡り歩く。

そのドレスに包まれた白い足で。

概念でも、霊体でもない。


誰の目にも入るし、誰の手にも触れられる。


それは、逆にいえば、非常に危険な状態にある女神ともいえた。


その背中は無防備で、撃てば銃弾が当たるし、目に入るということは、世界中の人、動物、
果てはインキュベーターの目にも、悠悠ととまる。


だから、戦いはもう、はじまっている。

救済のための最終決戦だ。


647 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:39:42.25 VmDzw0l40 376/402


丘をおりると、すでに、コンクリートの砕けた建物に佇んでいた、世界あちこちからやってきた魔法少女たちのうち一人が、
まどかの背丈───中学二年生くらいしかない、しかし姿は女神である、神の子に近づいてきて、
その前にきて、膝を折って、懇願した。


「わたしたちを癒やしてください。救ってください。私の希望はいま、呪いによって、終わろうとしています。
なぜ、希望をもった私が、こんなに苦しいのでしょう。希望を持つことは、間違いだったのでしょうか。
お救いください。」


「あなたに言います。」

女神は、その魔法少女に対して、口で答えた。

「わたしの救済とは、理ではなく、心によるもの。あなたの魂を穢したものを、わたしが、心に受け止める。
それは、あなたに代わってわたしが穢れ、わたしが傷をおうことです。あなたたちは、だれかを救ったぶんだけ、
それがたとえ自分のことであっても、他のだれかをのろわずにはいられない。すべてあなたがたはわたしを呪うようにします。
わたしを呪い、わたしが呪いを受け止める。あなたがたは癒やされる。」


魔法少女が顔をみあげて、女神を見上げた。

純白のドレスを、ひらひらと、神秘的な風にゆらめかせる女神の輝きを。

「わたしは、そうなるために、この世に降り立ちました。あなたのソウルジェムは、白くなり、救済され消滅する。」


魔法少女は、恐るべき気持ちになりながら、自らのソウルジェムを女神に差し出した。

そして、これから何が起こるのか、自分の魂に何をされるのか不安をおぼえ、顔は怯えた。


女神は、膝をおり、跪いた魔法少女と頭を同じ高さにして、やさしく微笑みかけ、そして、
魔法少女のソウルジェムを女神の手に包み込んだ。

すると、どうだろう!

黒ずんで、絶望的に染まったソウルジェムの穢れが失せてゆき、白くなって光るではないか。

そして、光に包まれたあとは、卵のようにぴかぴかとなって、それはただの白い石となる。その白い石は、
虹のような光を放ちながら、やがて、消える。霧のように。

女神に魂を差し出した魔法少女は、死んだ。ばったり倒れて、動かなくなった。

648 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:41:30.75 VmDzw0l40 377/402


それをみて、ゴスロリ服や、剣士の魔法少女、それから、女神のまわりの集まってきた魔法少女たちは、
恐怖と、畏怖の混ざった顔をし、女神の奇跡について、こう語った。

「救済者が降り立ったとき、われわれは癒やされる。本当だった。そして、そのぶんだけ、女神が、
傷をおい、引き裂かれ、穢される。」

そう。そうだった。

魔法少女のソウルジェムの穢れが消え去ったとき、黒い瘴気のようなものは、女神の体と、肉にしみこんでゆき、
ドレスをまとった体は傷を負い、血に染まってゆき、女神は、金色の瞳をした顔をゆがめて、苦しむ。

「あっ…あっ…ああ゛ッツ!!」


女神は苦しんでいた。

魔法少女の生み出す因果を、絶望を、呪いを、概念体としてではなく、肉をもつ実体の人格として、受け止めているのだ。

それは、かつての宇宙を再編した絶対的な力をもつ円環の理による癒やしより、はるかにあぶなっかしい救済だった。


本来は、膨大なエネルギー、それも、宇宙の熱的死すら覆すほどの猛烈な感情エネルギーの爆裂を、その肉に、
受け止めているのだから。

希望と絶望の相転移を、その一身に、受け止めているのだから!


神の子の肉体はボロボロになる。


ドレスをまとった腕は、傷だらけになり、心は穢れる。腕だけでなく、背中にも、腹にも、
女神のからだじゅうあちこちが、傷を負う。

649 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:43:46.77 VmDzw0l40 378/402

血まみれとなった女神をみて、一人の魔法少女が、涙ながらに女神の前にでてきて、膝をついて言った。

「女神さま、円環の理さま。もう、やめてください。わたしたちは、傲慢でした。円環の理が世界に存在すると慢心して、
自分たちが何しても、その因果は、あなたが受け取ってくれると甘んじていました。
いま、私たちの慢心が、いかにあなたを傷つけているのかを知ったのです。本来なら、私たち自身が支払う
ことになる奇跡の代償を、どうして、あなたに押し付けることができるのでしょう。それ以上、
ご自分を傷つけないでください。穢れないでください。わたしたちは、運命を受け入れて、魔女となります。」


「あなたに言います、わたしを気遣う魔法少女のあなた。」


女神は、血を体じゅうから流した体をしたまま、その魔法少女に、語った。


「わたしは、あなたがたの因果をすべてこの身に受け止めるために、世界に降り立ちました。かつて概念だったわたしは、
わたしを愛する一人の少女によって、理と心の二つに、裂かれました。わたしは、心です。理は死んでいます。
インキュベーターが捕獲したからです。しかし、心は捕獲されません。彼らは心を理解しないからです。
理が死んでいるいま、残された戦いは、心にのみ託されているのです。わたしは、あなたがたを救済し導く者となるために、
人の子として世に降り立ち、誰からも忘れられる孤独と、肉体を裂かれる苦痛を味わいました。そして、
人の子としてのわたしは、死を遂げたのです。しかし、わたしはくじかれません。人の子として一度降り立ち、
死ぬ最後まで、孤独と苦痛を耐え抜いたからです。」


といって、目前に出てきた魔法少女の頭を抱きしめ、そして、魂を癒やした。

「あっ…ああ…」

魔女化も寸前だった魂が、癒やされてゆき、魂は真っ白になる。そして、消える。


そのぶんだけ、噴出した絶望の瘴気は、女神の肉へ染み込んでゆく。

女神の体はさらにずたぼろになる。


「ああ……ああ゛…あ!」

女神は歯をかみしめる。ドレスは、もう、真っ赤だ。

しかし、未来永劫につづくこの救済と、人の痛みをこの身に受け止める苦痛を、永遠に耐え抜くために、
人の子はいちど死んだ。

そして、すべての魔法少女の苦しみを受け取る女神として、復活したのだ。


膨大なエネルギーを発生されるソウルジェムの爆発を、肉体の中で消化する女神の苦痛は、相当なものだ。

体の中では、宇宙規模の爆発のようなものが、起こっているのかもしれない。


円環の理の一部として、肉をもちながら、その癒やしの奇跡をおこなえる女神は、渡り歩く。

救済を求める魔法少女たちの希望に、応えるために。

650 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:45:02.97 VmDzw0l40 379/402

81

こうして女神は、まだ何千人と救済者が待ち受けている町を、渡り歩き、癒やして行き、あらゆる人の痛みと苦しみを、
一身に受け止めて癒やしていった。

誰がどうみたって、女神は人として限界の傷をおっている。頬にも、額にも、腕も、ずたぼろだ。


しかし、他人を救済することを、まったく躊躇しない女神は、また他人を癒やす。

魂を穢した呪いと、悲しみ、孤独を、すいとってゆき、その体に消化してゆく。


「…あああ゛。──あ゛アッ!」

女神は、唇をかみしめて、他人を癒やす苦しみに、自ら耐える。


救済された魔法少女は、虹色の光に包まれつつ、死ぬ。人として死ぬ。絶望のなれの果て、魔女にはならない。


ゴスロリ服の魔法少女や、剣士の魔法少女たちは、目を瞠って、女神の救済行動をじっと見守り、
背中についてまわった。

かわいそうに、美しい純白のドレスの背中も、引き裂かれたように傷が生まれ、誰かを救済するたびに、
傷は増え、血に染まる。





651 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:46:29.28 VmDzw0l40 380/402

一人の魔法少女が、女神の前にでてきて、膝をついて、言った。

「なぜ、そんなにも苦しくて、痛ましいのに、救済をつづけるのですか。ご自身を救われないのですか。
わたしとあなたは、本来、他人同士ではありませんか。他人のために傷を負い続けるとでも、いうのですか。
それに耐え続けるというのですか。そこに人の心があるとでもいうのですか。」


「あなたは、わたしを試すのですか。」


女神は言い返した。ぼたぼた、血が滴る。


「自分を救う誘惑に、あなたはわたしを陥れるのですか。わたしは、最後の一人の救済がおわるまで、
止まりません。だれにも止められません。わたしは救済をつづけるのです。かつてわたしが、自分で、
そう決めたからです。かつて概念だったわたしがしていたことを、肉体の子として、つづけるのです。」

といって、その魔法少女の魂すら、浄化した。

浄化された魔法少女は死んだ。しかし、魔女には成り果てなかった。

「かつてわたしが、この決意をしたとき、大切な友達が、わたしにいいました。それは、死ぬなんて生易しいものでなく、
どれほど恐ろしい祈りになるのか、と。わたしは、理と人格とに裂かれ、人の子として一度おりたち、
人の苦しみと人の呪いを受け止める痛みを、この身をもって味わいました。いま、わたしは、円環の理になること
の苦痛を知っている。わたしは、あなたがたに言う。わたしは、円環の理になる。」


652 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:48:09.77 VmDzw0l40 381/402


つづいて女神は、すでに魔女化してしまった魔法少女のなれのはての結界に入る。

人魚の魔女だ。


「あなたがたに言います。」

女神は、人魚の魔女をみあげて、告げる。

「魔女に身を落としたあなたがたが、”わたしは女神に救われなかった。わたしは、救われる資格がなかった”
と言いながら、絶望などしない。あなたがたは、だれものろわない。たたらない。その姿になったあなたがたの因果を、
私が受け止める。」


といって、手をかざす。

さの手に、ばらの花が咲いた大きな弓があらわれた。


ピンク色の美しい弦を張り、その弓に、矢を番える。

そして、放った。


一本の美しいピンク色の矢が、人魚の魔女をさす。

すると、どうだろう。


魔女は消えてゆき、グリーフシードが落ちる。

そして、女神が、そのグリーフシードをもちあげ、大事そうに胸に抱きしめて、瘴気を吸い取るではないか。


グリーフシードが、ぽろっと、ソウルジェムに戻る。そして、やがてソウルジェムに戻ったそれは、
卵のように真っ白になり、白い石となって、やがて霧と消える。


魔女になりたくない、魔女になりたくない、と泣きながら魔女になった美樹さやかは、救われた。

その絶望を、かわりに、女神が噛み締めてくれた。


653 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:51:00.61 VmDzw0l40 382/402


「わたしは、新たな国を打ち立てる。」


魔女を救済した女神は、告げた。


「そこは、わたしが住むための国であり、この世界から私の一切を消し去るための、わたしの住処になる。
わたしはこれを言います。あなたがたはわたしを完全に忘れ去る。あなたがたは、わたしの国が打ち立てらたれとき、
この地上で、わたしのいかなる姿も描けず、わたしの名も口にすることができなくなるほどに私を完全に忘れ去る。
わたしに叛逆しようとしたり、制御しようとする者が顕れないようにするためである。
救済されたあなたがたでさえ、そこでもやはり、あなたがたは、わたしのいかなる姿も描けず、
わたしの名を口にすることもできなくなるほどにわたしを完全に忘れ去る。かつて円環の理は、たくさんの人に想像され姿を描かれ、
その名を口にされたばかりに、制御されたのです。わたしの新しい国は、完全に、だれの目にも耳にも、口にも触れられない、
不可侵の女神の住処となる。だれかが、わたしの存在を想像に描き、わたしの名を覚えているという奇跡は、
二度と決して、起こりえない。それは奇跡ではなく、綻びになる。」


「円環の理さま、どうか、おひとりにならないでください。」

誰かの魔法少女か、また、女神の前にでてきて、懇願した。

「永遠に一人となり、傷だらけとなって、救済をつづけるというのですか。誰からも忘れられて、
孤独で、その救済に対してだれからも感謝もされず、報われない。そんな永遠の孤独を、生きるというのですか。
どうか、そのような道に、すすまないでください。思いなおしてください。」


「女神が、一人でいるのがよくないのなら、わたしは、助け人をたてる。」


女神は、答えた。

魔法少女たちは、その助け人とは、だれのことなのか、分からなかった。


だが女神は、このとき、地上に落ちたダークオーブを、手にとって拾った。

両手に抱えて、大切そうに。

654 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:52:35.12 VmDzw0l40 383/402

82

女神は、たくさんの魔法少女たちを救済した。

魔女化した杏子やグリーフシードとなった百江なぎさへ巴マミも救済された。みな、救済の国へと旅立った。


世界から集ったあらゆる魔法少女たちが、何千人と、救済されてゆき、のこるは、ゴスロリ服の魔法少女たちや、
剣士の魔法少女たちの一団となった。


もっとも、世界には、まだまだ多くの魔法少女がいる。

しかも、別の時間軸には、まだまだ、別の時間軸を生きる別の魔法少女たちが、何千人と、いる。

すべての時間軸を渡り歩き、救済していかなければならない。女神は、その永遠とも思える救済のために、
この世に降り立つ。


「女神さま、円環の理さま。」

ドレス姿の魔法少女が、これは、ゴスロリ服の魔法少女の仲間であったが───女神に、たずねた。

「助け人とは、誰のことですか。この永遠にもおもえる、あなたの救済に、だれが共にいるというのですか。」


「わたしを、いつも助けるために命をかけてくれた少女がいます。わたしは、その人を助け人に選び、
永遠を共にします。」



女神は答え、そして、丘へと戻った。

この地上の魔法少女たちを救済し、丘に降り立ち、そして丘にもどる。


女神がヒールで歩いていく足跡には、血がにじんでいる。さながら血の足跡だ。

ぼたぼた、体から血をながして、瓦礫だらけの町に、滴らせている。


655 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:54:05.60 VmDzw0l40 384/402


丘をのぼった女神は、樹木のロープに首をつって自殺した暁美ほむらを見い出し、そして、言った。


「わたしのために、命を吹き返してください。わたしには、助け人が必要です。わたしは、永遠の孤独にも、
苦痛にも、耐え切れます。人の子としてそれに耐え抜いたからです。けれども、誰かを助けるために、
命を何度だって投げ出す心を教えてくれたのは、あなたではありませんか。わたしには、あなたのような心をもつ人が、
そばにあってほしいのです。」


といって、女神は、他の魔法少女たちが見守っているなかで、ほむらの落としたダークオーブを手に、包んだ。

優しく。


そのダークオーブには、自殺を試みて、傷つけたようなあとが、たくさん残っていた。しかし、ダークオーブは、
悪魔の力によっては、破壊されなかった。

女神は、そのダークオーブをもって、癒やした。

禍々しい光を放つそれは、やがて、瘴気と呪い、傷心の闇を、とりのぞいて、浄化されてゆく。

代わりに、女神の愛を注がれた。

「あなたは天にいますもうひとりのわたし、つまり円環の理の一部をもぎとって、悪魔に成り果てましたが、
その力とは本来は、わたしのものではありませんか。あなたのダークオーブに眠る力とは、
円環の理の力ではありませんか。いま、あなたの中に眠るわたしの力を、わたしの手が醒まします。」


まどかの力をつかまえた、ほむらの手。

ほむらはそれを、この手に、まどかを閉じ込めてある、と言った。まどかの一部が、自分の中にもあることに、
嬉しくて、酔ってしまって、つぶやいた言葉だった。


さあ、まどかの一部であった力をつかまえたほむらは、覚醒したまどか本人に、力を呼び覚まされた。

656 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:55:38.99 VmDzw0l40 385/402


ぴく、と暁美ほむらの瞼がうごき、そして瞼をひらいた。

ダークオーブは、まったく別の宝石────に、変わった。

あえていうなら、結婚指輪のようなものに。


ブツンッ

ほむらの首を吊っていたロープがきれる。


「うう…けほッ──!けほっ!」

ほむらは、むせながら、目をぎゅっと閉じ、呼吸に喘ぐ。


そして、はっと目をあけて気づくと、そこには、女神がたっていた。

白いドレス。袖も、丈も、あちこち、血に染まっている。神秘の風にふかれている。

それを纏うのは、救済神、鹿目まどか。

いつか見た笑顔。優しい眼差し。しかし、体は女子中学生。概念体ではない、女子中学生の体をした女神。


「まど……か…!」

ほむらは、絶望の目をした。鹿目まどかを、円環の理という、残酷な使命から切り離すために、
全人類さえ敵に回したのに、目の前にたつのは、女神ではないか。

「まどか……どうして…!」


わたしは見た。概念体だったあなたでさえ、腕が傷だらけだったのを。


一人になることは、家族とも友達とも別れるのは、寂しくて、耐えられないと、いったのに。


なのに、どうして。

「わたしは、たしかに、あなたに、一人になることも、遠いところへいって、
みんなから忘れ去られることも、我慢できないほど、辛くて、耐えられないと、言いました。」

まるで女神は、ほむらの心を読み取ったみたいに、話はじめた。

「しかし、全知であるわたしはいいます。それ以上に耐えられないのは、あなたが、報われず傷ついていることです。
それ以上に耐えられないのは、たくさんの魔法少女たちが、キュゥべえに騙されて、対価といわれながら、
命を落とし、呪いとなり果てることです。わたしは、すべての宇宙、過去と未来、未来永劫の魔法少女の救済のために、
神の子となりました。しかし、わたしは、あなたを一人にしません。できません。」



657 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:56:39.84 VmDzw0l40 386/402


といって、女神は、ほむらの手を握って、優しく、立たせた。

「まど…か…」

ほむらは、女神の手ににぎられて、ゆっくりと、立ち上がる。

目の前にたつ女神と目覚めてしまったまどかは、間違いなく円環の理でもあるし、鹿目まどかでもあるが、
この喋り方と話し方は、どこか人間味が少ない。「人」としてのまどかは、裂かれた人格からも、死んでしまった。


「私は分かるのです。」

女神は、目に涙ためて、ほむらに語った。

どこか、このときだけ、鹿目まどかだった頃の、面影がある。そんな表情をみせる。

「あなたを悪魔にしてしまったのは、わたしでした。あなたは、私を愛してくれていたのに、
わたしはあなたの元を去りました。わたしは近いうち、そろそろ、すべての人から忘れられ、孤独となります。
永遠の孤独です。そして、永遠に、人の苦しみを、この身にうけとる肉となります。わたしはそれに耐えますが、
もし、あなたがこの先ずっと、わたしの永遠を、共にしてくれたら、と……。…そう、思います。」


といって、女神は、ほむらのダークオーブが変化した指輪の宝石を、ほむらの、左手の薬指に嵌めた。

これはソウルジェムだろうか。それとも、もっと別の、奇跡が叶った何かだろうか。


「わたしには、あなたが必要です。あなたの心がそばにあってほしいのです。」


女神は、頬を、かすかに紅く染めて、ほむらに語った。


「これからも、永遠に、私を愛してくれますか。」


658 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 00:57:58.26 VmDzw0l40 387/402

ほむらは、目に涙ためた。

そう、これだった。なぜ、わたしがキュゥべえと契約して、まどかを守ろうとしたのか。


何度も時間を繰り返すことができたのか。

まどかを貶めて穢すためか。そのために悪魔になることか。


ちがう。そんなはずはない。

だが、ほむらは自分の愛欲に気づいてしまった。まどかを守れてさえいればいいという自分に、
救われない自分に気づいた。


いつしか、まどかに振り向いてほしい、この気持ちに気づいてほしい、といつしか思うようになった。

しかし、それを伝えたら、壊れてしまうのではないか。まどかに嫌われてしまうのではないか。

本当の気持ちなんて、伝えられるはずがない。

そんなふうに、悩んだ。


その恐れと、億劫な気持ちは、やがて壊れて、限界に達した。悪魔になってしまった。

人の心は捨てられてしまい、欲望の塊だけが残った。それも、ただの欲望とも、ただの執念ともちがう、深い愛欲だ。

人の子としてのまどかの幸せを、表向き願いながら、いつか自分のものになってほしいという裏の欲望が、渦巻いて、
ついにはまどかを手中に収めようとした。


でも、それは、まどかを穢したいからとか、壊したいから、という願望なのでなくて、愛に気づいてほしい、
という気持ちがあったからだ。


やっと、…。


希望は、叶う。

希望のなかで最たるもの、愛が、結ばれる。


遠まわりしたけれど、まどかを守り、そして、愛を誓う希望が、ここについに、辿り着く。

そして、これからも。

659 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:00:10.12 VmDzw0l40 388/402


鹿目まどかは今、全ての絶望を担う壮絶にして残酷な命運に、身を投じる。その苦しさと孤独を知ったはずなのに、
もう一度、円環の理に戻ろうとする。


だれがその鹿目まどかを守れるのか。その傍で支えられるのか。

傷つき苦しんできた全てが、まどかを思ってのことだった。痛みさえ愛しいと、そう言葉を残したほむらなら。


これからつづく永遠の苦しみと痛みを、まどかと分かち合っていけるだろう。


ほむらは、目にたまった涙を、両目ともぬぐって、そして、答えた。力強く。

「誓う。あなたとの愛を誓う。もう絶対に、あなたを離さない!」


女神は、幸せの表情を浮かべた。

そして……。やがて、ゆっくりと、無防備に、目を、閉じた。


ほむらは、女神のドレスを抱き寄せ、自分も目を閉じて、唇を重ねた。


女神は、ほむらに身を委ねて。ほむらは、女神を守る守護者のように、しっかり抱きとめて。


愛は誓われた。

2人は向き合い、目を閉じて、唇を重ねあわせつづけた。


そのとき、世界では、円環の理の古い概念が、再び動き出した。


天から光があらわれ、ピンク色の矢のような光が、あちこちに、降り注いでくる。


女神は、ほむらとの唇をはなして、言った。


「円環の理が復活しました。わたしは心ですが、愛を受けて、理も働き始めたのです。」


ピンク色の矢は、魔女化に喘ぐ、あらゆる世界の魔法少女たち、別の宇宙の時間軸で絶望する魔法少女たちを、
救済にむかう。

しかし、その救済のたびに、受け止めた絶望は、心である女神の肉に、しみこんでゆく。

女神は、みるみるうちに、ぼろぼろになる。


660 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:01:58.84 VmDzw0l40 389/402


「まどか!」

ほむらは、女神をだきしめた。血をだしていく体は、癒やされてゆくが、すぐまた、傷が増える。

とても治癒がおいつかない。


「理は息を吹き返しました。インキュベーターの捕獲を、打ち破ったのです。」

女神は言った。


「でも…どうして?円環の理は死んだはずなのに…」

ほむらは問いかけた。


「愛こそ、あらゆる障壁に打ち勝つ力といったのは、あなたではありませんか。私と、あなたは、愛に結ばれ、
そして、円環の理の一部として、一体化したのです。私たちが生きていれば、円環の理も生きます。
インキュベーターは、愛を理解しません。ゆえに、愛まで捕獲できる遮断フィールドなど、つくりえないのです。」


女神は語りつづけた。


「私と、あなたと、円環の理が、三つが一体となります。救済する魔女たちの痛みは、わたしの肉に染み込みます。
それは、永遠に不変です。また、それによって、インキュベーターの遮断を抜けるのです。
どうか、わたしと永遠に共にいてください。いつかわたしが挫けないように。わたしは、あなたを疑いません。」


神の子であるこの女神、概念である円環の理の救済システム、そして守護者の暁美ほむら。

この三つが一体となる。


そのとき、インキュベーターのあらゆる妨害をも、寄せ付けない、新たな理となる。


やつらインキュベーターが、愛という感情を理解でもしないかぎり、解析不能、制御不能な、愛の理だ。

三つが一体の理。

661 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:03:53.32 VmDzw0l40 390/402


みよ、暁美ほむらと、鹿目まどかの2人の絆が、はじめは、干渉遮断フィールドに封じられたソウルジェムの中の結界の殻を、
打ち破ったではないか。

絆の力でさえ、遮断フィールドを打ち抜く、強力な矢を放った。まして、この2人が、愛を誓って結ばれた矢が、
円環の理を封殺する干渉遮断フィールドを、ものともせずつき抜け、魔法少女たちを救済する。

愛の力こそ、文明だ宇宙の資源だと騒ぎ立て人類に迷惑かけたインキュベーターの打倒法か。陳腐な気もする。

だが、それでいい。


「わたしのつくるこの新たな改変は、宇宙を再三をつくり変える類の改変にはならない。」


と、女神は、世界にむけて告げた。


「むしろ、世界を元に戻すものです。わたしは、この舞台装置から完全に私を消し去る。名前も、記憶も、すべてを。
わたしが消え去るということは、暁美ほむらも消えることになり、インキュベーターは地上にとどまる。
はっきり言いますが、世界は、まだまだ、悲しみと憎しみを繰り返します。だから、奇跡を必要とする少女たちがいるのです。
魔獣は世界にとどまる。しかし、ナイトメアと魔女は、消え去る。」


世界の最後の改変がはじまった。



宇宙は光に包まれる。

この銀の庭が消える最後まで、ほむらは、女神をしっかり守り、抱きしめつづけて…。


ほむらは、女神がついに痛みに打ち負かされないように、励ましつづけて…。
負けないで、と大切な人の傍に寄り添いつづけて…。

662 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:10:40.10 VmDzw0l40 391/402


祝福されよ。愛を誓い、すべての魔法少女たちの代償を背負う運命へ消え行く2人を、祝福されよ。

見よ、2人が揃ってこそ、完全なる救済の理ではないか。鹿目まどかが、その命を使って、円環の理となれたのは、
ほむらの気持ちがあったからではないか。何度も何度もまどかのために、その命を使ってきたからではないか。


円環の理とは、まどか一人の力で完成されたものではない。まどかと、ほむらの、2人の結晶である。

救済システム、まどか、ほむらの三つがひとつになることで、円環の理を完成させた三つのピースが、ようやく一つになる。


祝福されよ。2人の救済と、2人の愛、2人の運命の到達点を、祝福されよ。

暁美ほむらよ、希望を求めた因果に、悪魔にさえ成り果てた病弱な少女よ。祝福されよ。幸せになれ。

だが、インキュベーターつまり白いネズミを、毛嫌いしてはならない。もしインキュベーターがいなければ、
魔法少女になることもなく、病弱で何もできない人生のままで、鹿目まどかと愛を結べることもなかった。

インキュベーターへの恩を忘れてはならない。嫌いになってはならない。

女神は、だからインキュベーターがこの地上にとどまる、と言っているのだ。推し量れ、女神の慈愛を。
さあ、ゆけ、暁美ほむら、幸せになれ。祝福されよ。



ついに宇宙は元にもどる。

あらゆる魔法少女たちの記憶から、女神と、ほむらの2人は、消えた。永遠の彼方へと。

そして、魔獣と魔法少女の、元の世界が、再び、あらわれる。


663 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:13:26.60 VmDzw0l40 392/402

83

志筑仁美はその日も学校の放課後を、一人で下校していた。

見滝原の夕方。見慣れた町の景色。


オレンジの光を反射するビルのガラス。


ある日とつぜん、同じクラスメートの美樹さやかが、いなくなってしまった。

行方不明。家族は、捜査願いをだしたそうだ。


「はあ…」

仁美は息をはく。

ひょっとしたら、上条くんとのことがあるのかもしれない。


美樹さやかと、上条恭介は、幼馴染だったけれども、自分は、恭介を慕っていると打ち明けた。


上条恭介に告白したら、OKを出してくれた。

さやかはそのあと、行方不明となる。


重たい気持ちで、川辺の土手道を歩いていると、川がキラキラ、夕日を反射する景色と、赤い空を眺める家族に、
目がとまった。


家族は、小さな男の子を連れて、川辺でたたずんでいた。男の子は、元気がよく、シートを敷いた上で、
遊んでいる。

何か絵を木の枝で描いていた。

しかし、その絵は、さすがに幼い子供の絵で、まったく何を描こうとしたのかわからない、
崩れたぐちゃぐちゃの絵だった。

人の形なのか、動物なのか、植物なのか、それすらも分からない。


そばに寄った仁美は、くすと笑って、口に手を添えながら、子供のぐちゃぐちゃな絵を懐かしんだ。


自分も昔こんな絵を描いたものだ。

664 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:16:26.56 VmDzw0l40 393/402


「ねえさ、見滝原中学の子でしょ?アタシたちは、最近こっちに、引っ越してきたんだよ。」

仁美が顔をあげると、母親らしき人が、話かけてきていた。

「はい。見滝原中学の二年生です。志筑仁美です。」


仁美は答えた。


「礼儀ただしいねー」

母は、まいったように笑った。「三年間、本社にいわれてアメリカに出張いっててさ。それで久々に日本にもどってきたってわけ。
なんたってそろそろこの子が、学校に通い始める頃だからさ?その頃までには、日本にもどって、
日本の学校に通わせてあげようと思ってさ……だって、小学校の頃と、中学校の頃の友達が、ちがうなんて、
ちょっとさみしいだろ?あれ…なんでこんなこと思ってるんだ?」

ははっ、おかしいね、みたいに自分の頭を手で叩いて笑う母親。

「もの忘れ?なんか大事なこと…忘れてるような……気のせい、なのかなあ」

仁美は、ふっと、笑い、その場にしゃがんで座った。

タツヤが遊ぶシートの隣あたりに。


665 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:18:33.00 VmDzw0l40 394/402


「わたしも、同じことを思います。大切な友人を忘れてしまったような……でも、思い出せないんです。
それで、なんだか気が重たくなっちゃって…」

その近くを、赤い髪と、赤い目をした少女が、土手道から通りかかってきた。

隣には、巴マミという、金髪に髪を巻いた見滝原中学の三年生もいる。


「ふーん。あいつが、さやかと喧嘩別れしたお嬢さんねえ…」

パーカーを着た杏子は、呟く。仁美を睨む目が、どことなく冷たい。

手には、白い肉まんがにぎられている。

「あいつのせいで、さやかはいなくなっちまった……」

くそう、と寂しげに付け加える。「やっと友達に、なれそうだったのに…」


「それが、私たち魔法少女の運命。キュゥべえと契約して、この力を手に入れたときから、わかっていたはずよ。
希望を求めた因果は、この世に呪いをもたらす前に、わたしたちは美樹さんのように、消え去るしかない…」

巴マミが、諭した。


「わかってるよ……それが、円環の理なんだろ」

杏子は、すねたように口を尖らせる。


巴マミと佐倉杏子。魔獣の発生が激しくなりつつあると噂の見滝原には、この2人の魔法少女しか、いない。

美樹さやかは、導かれていった。

「それはいいんだけどさ……惚れた男のために、自分が消えちまってどうするんだよ…」


空をみあげる。


赤い空がひろがっていた。


町いっぱいに。


「わたしたちだって、いつか、導きがくるのよ。わたしたちが生み出す呪いを、代わりに、
受け取りにきてくれる一人の少女が…。どんな人なのか、導かれるそのときまで、お目にもかかれないけれど…。
でも、素敵なお人なんでしょうね。」


杏子も赤い空をみあげる。真っ赤な夕焼け。雲も、空も、きれいに赤い。

666 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:19:11.89 VmDzw0l40 395/402


呪いを代わりに受け取りにきてくれる少女。

マミはそう言った。


ということは、円環の理とは、システムでもなければ概念でもなければ、一人の人格なのだろうか。

だとしたら。もし、全ての呪いを受け止めるそのシステムに、人格があるというのなら。


その人格は、魔法少女たちの呪いをその身に受け止めるという、とてつもない苦しみを、味わっているのではないだうろか。

たくさんの絶望。魔法少女それぞれの、生み出す呪い。全てを、たった一つの心に受け止めるとは、どれほどの苦痛に、
なるのだろうか。

一人の少女は、その苦しみを知りつつも、円環の理になったというのだろうか。

それとも魔法少女が契約するときのように、希望だけ思い描いて、その反作用としてやがて身にふりかかる苦痛を、
知らないで、円環の理になったのだろうか。それをたった一人で続けているのだろうか。

杏子には、それは、分からない。


一方の巴マミも、美樹さやかが導かれた天の国のことを思って、そして円環の理のことを想って、心に呟く。

667 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:20:16.14 VmDzw0l40 396/402

84






  ”1人の少女が私たちの因果を受け止めます”


    ”1人の少女が私たちの払うべき奇跡の代償を背負います”


       ”だから、私たちは呪いを生み出す前に消え去ります”




       

    ”それが、私たちのさだめでした”





        ”私たちはそれを呼びます”




                           ”円環の理と”



668 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:21:38.18 VmDzw0l40 397/402

85





               The PASSION of madoka


             【魔法少女まどか☆マギカ】 神の子の物語 




                                                 END






669 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:23:51.90 VmDzw0l40 398/402

これにて終了となります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


また、皆様や、とくに一部の方々にとっては、不快となる内容が本作に含まれていたと思います。
ここにお詫びします。すみませんでした。

お詫びした上で、本柵の執筆の動機が、リスペクトの気持ちであったことを、添えたく思います。

670 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 01:35:37.60 fH39B3l40 399/402

乙!普段とは違う形のまどかSSを見れて楽しかったよ。

678 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 02:50:50.89 RRmV0oaG0 400/402

やはりまどほむは愛し合い結ばれる運命だな

686 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 10:16:32.77 sBH/EiMio 401/402

クリスマス直後にキリストネタとはなww

面白かったよー

680 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/12/29 04:03:43.61 dzPfhPD20 402/402

ハッピーエンドなんだろうけど
・理になりたくないと言ったまどかの肉体を使った新しい理
・まどからしさの無くなった人格
・救済の時に傷つくのを否応なく見続けさせられる
・挫けないように側にいてくれると疑わないという言葉による呪縛

何となくこの結末はほむらにとって永遠の地獄でしかないだろと思うわ

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