第四部、はじまりー
短い最終部です
……………
………
…
小隊長『…と、ついに真竜の二度目のブレスが滅竜を捉えたわけよぉ』
新米兵『ちょっと小隊長…飲み過ぎですって、その話ならもう百回くらい聞きましたし、今夜だけでも三回目ですよ』
小隊長『あー?そうかぁ?』
新米兵『しっかりして下さいよ…明日は総司令殿に会うんですから』
小隊長『いいんだ、いーんだよぉ…総司令殿もどーせ毎晩飲んでらぁ』
新米兵『もう…頼みますよ、ほんと…僕は総司令殿には会った事無いんですから』
小隊長『大丈夫、だいじょーぶって…おいバーボンがもう空いてるぞぉ』
………
…
新米兵(…大丈夫って言ってたくせに、結局二日酔いで来られないって…なんて体たらくだよ)
新米兵(ああ…やだなぁ、総司令ともあろう方が、怖くないわけがない)
新米兵(…そもそも、なんでこんな片田舎に駐留してるんだろ。都にデンと構えてりゃ、苦労もしないのに)
新米兵(小さな村だから、すぐに会えそうだけど…それっぽい建物…大きな建物自体が無いぞ)
新米兵(うわぁ…麦畑が黄金色だ、広いなぁ)
新米兵(誰かいたら、訊いてみるかなあ…でも誰も…)
新米兵(あ、女の人がいる。この畑の人かな?)
新米兵「…あ、ちょっとすまない。訊いてもいいかね?」
農女「はい」
新米兵(うわ…綺麗なヒトだなあ、こんな田舎にも美人っているもんだ)
新米兵「この村に連合軍の総司令殿がいるはずなんだが、もちろん知っているのだろうな。案内してくれないか」
農女「…わかりました、おいで下さい」
新米兵(ついでにこのヒトの部屋にも案内してくれないかな…うへへ)
新米兵(しかし、珍しいよな…左の瞳は綺麗な青色なのに、右の瞳は紫がかってる)
新米兵(なんか神秘的で、余計に色っぽいな…)
新米兵(そういえば、小隊長のしつこい話に出てくる姫様も、真竜の力を引き継いだ時は右瞳だけが紅くなったんだっけ)
新米兵(…その後…えーと、滅竜に二度目のブレス攻撃をした後って…どうなったんだったかな)
新米兵(…何回も聞いたはずなんだけどな、いつも右から左だったから)
新米兵(…えーと、あれ?)
新米兵(………あ、そうだ…確か)
新米兵(そうそう、続きは…)
……………
………
…
男(……滅竜が…真竜が、消えていく)
不思議な感覚で、俺はその様を見ていた。
何故、俺の意識は消えないのだろう。
あの凄まじいブレスをまともに受けたはずなのに。
もう既に死んでいて、魂だけの存在になっているという事なのか。
それならば何故、俺はこうも疲れているんだ。
無理やりに剣を充填して、竜の瞳を割った…それは解っている。
しかし、疲労というのは死んでまで残るものなのか。
それに今、何故俺は宙に浮いている…真紅のブレスは止んでいるのに、どうして視界が紅いんだ。
…違う、これは…紅い球体に包まれて…ゆっくり降りている。
もうすぐ地面だ、一体どういう…
不意に、視界の紅色が消える。
地面に着くと同時に、俺を包んでいた球体が弾けたのだ。
幼馴染「男…!生きてる…!?」
時魔女「嘘…!?なんで…よかった、でも早く!女ちゃんが…!」
声を掛けられた事にひどく驚いた。
しかも『生きてる』とは、どういう事だ。
まさか本当に俺は生きているのか、でもそう考えればこの疲労に納得もいく。
時魔女は確かに今、女の名を口にした。
明らかに何か危機的な状況を示唆する言いぶりで、俺を呼んだ。
駆け寄りたいのは山々だ、だが…もう…身体を起こしてすら…
地面に倒れ込んだ俺は、情けなくも騎士長に抱えられて女の元へと運ばれた。
元の真竜の巫女と並んで寝かされた女は、目を閉じて動かない。
男「…女……」
俺だけが生き残り、女を失ったというのか。
そんな、最も望まない結末を見るくらいなら、いっそ俺も死んだ方がましだった。
男「女…嘘だろ…おい、女…」
真っ直ぐに下ろされた彼女の手を握る。
俺の掌の中、冷たい指輪の感触が伝わった。
…そうだ。
俺は結局、一度もこの指輪を正しく身に着けていない。
せめて、今…彼女を弔うためにも。
俺は右手だけを女の掌から放し、自分の胸元のペンダントを引き千切った。
そして、そのトップに提げていた対の指輪を…
男「これ…は…?」
指輪の台座、その石に色が無い。
あの、サラマンダーの瞳を切り出した紅い宝玉の欠片が、まるで金剛石のような透明な輝きに変わっている。
男(…まさか……)
あとの片手で握っていた、女の掌を放す。
その薬指に通された彼女の指輪、その石もまた透明になっている。
咄嗟に女の胸の間に耳を当てた。
微かに伝わる、定間隔の愛しい心音。
男「生きてる…!」
時魔女「本当に!?…ちょ、男!キスして、キス!」
幼馴染「そうだよ!王子様のキスで目が覚めるかも!」
…そうか。
きっと俺を包んでいた紅い球体は、同じ紅き瞳の力から守ってくれた結界。
女は真紅のブレスによって片瞳分の生命力を全て使い、死ぬはずだった。
しかし彼女もまた、片瞳分の他に小さな欠片を持っていたから。
幼馴染「騎士長様、無理矢理キスさせてやって下さい!」
男「馬鹿言え、生きてりゃその内…」
時魔女「大丈夫!今の男はヘロヘロで抵抗出来ないから!」
騎士長「承知した」
冗談かと思っていたのに、騎士長は本当に俺を押さえつけ始める。
確かに力が入らず、何の抵抗もできない。
女の眼前まで顔を運ばれた、その時。
女「……あ…れ…?私…生きて…?」
男「…女!」
目を開けた女、その右瞳はほのかに紫に染まっている。
女「男さん…!貴方も…生きてるんですか…!」
彼女の表情を最初に支配したのは、驚きの感情。
そしてすぐに喜びを経て、安堵の泣き顔に変わる。
それを見られたく無かったのか、女は俺の首に腕を回すと、半ば無理矢理に口づけた。
幼馴染&時魔女「……!!」
その腕が震えているのは、きっと嗚咽を堪えているからなのだろう。
少しして唇を離した彼女は、周囲にニヤついた面々がいる事に改めて気付く事になる。
そしていつものように、頬を真っ赤に染めて俺の胸に顔を埋めた。
その時、不意に女の温もりとは違う暖かさが背中を覆う。
外輪山の高さを超え、このクレーターの中央を照らす朝日だ。
騎士長「…終わったのだな」
幼馴染「そう…ですね」
時魔女「……チッ、寂しいぜ」
巫女は俺がグリフォンの背に乗って間も無い頃、息をひきとったという。
女に真竜の力を託し巫女としての役割を終えた彼女は、ようやく涙を零したそうだ。
穏やかに微笑んで、最後に『やっと、あの人を許して差しあげられる』と言い残して。
そのままの表情で、彼女は眠った。
幼馴染「…落ち着いたら、埋葬してあげないとね」
時魔女「翼竜と一緒にしてあげるのが、いいと思うんだ」
男「ああ…この場所でな」
月の副隊長「…隊長殿、よくぞ…滅竜を討たれましたな…」
俺の元を訪れた副官は似合わない涙に目を潤ませて、座り込んだままの俺の前に膝をついた。
月の副隊長「元よりの軍人ではない隊長殿が、あの時強い心を失った…それは仕方の無い事」
男「…情け無いところを見せたな」
月の副隊長「何を言うのです…貴方は我々が誇るべき、素晴らしい指揮官でありました」
彼がその右手を延べる。
力無く、それを握り返す。
男「だが、すまない…最高の副官は二人いる事にさせてくれ」
月の副隊長「ほう、妬けますな。その強者とは、一体…?」
男「俺を…命を救ってくれた者がいる」
俺は青い空を見上げて、でもそこに彼の者の姿を想う事はしなかった。
あいつはこんな青空の背景が似合うような人間ではない。
男「…なに、ただのゴロツキではあるのだが」
時魔女は星の副官に抱きついて、子供のように泣いている。
まだ二十歳にも満たない彼女だ。
数ヶ月もの間、この異国の地で慣れ親しんだ者もいない環境に耐えてきた。
まして命すら危機に晒しながらの事、辛く無かったわけがない。
ただ、少しでもその寂しさを紛らわせてくれる存在があったとしたら。
それは今、白夜新王に労いの言葉を掛けられている騎士長…ではなく、その程近いところで彼を見ている女性だったに違いない。
彼女は先刻、再会を果たした恩師に肩を抱かれて涙を零していた。
その後には共に修練に励んだのであろう門下生の仲間と、顔をぐしゃぐしゃにして抱き合っていた。
だからきっと瞼が腫れている、そしてそんな顔を見せたくない相手がいるのだろう。
彼女は水に濡らした拭き布を目に当てて冷やしている。
まだ戦いが終わって一時間と経たない。
たったそれだけの間で、騎士長と幼馴染の距離感が微妙に以前と違う事は察せられた。
…僅かに、ほんの少しだけ、でも確かに。
五年前と同じ、ぐっ…と締め付けるような痛みが俺の胸を責めた。
男「…なんとも壮観な事だな」
騎士長「まさかこのような日が来るとは」
時魔女「ドラゴンキラー集結!なんかキメのポーズでも考える?」
大魔導士「なんだ…儂と旭日の老いぼれ以外は小童に小娘…優男、拍子抜けするな」
幼師匠「なに、落日の…儂から見ればお主も小童よ。ほっほっ…!」
五人の戦士が集う。
中には争いの歴史を持つ国もある、それがこうして共闘する事など誰が予想できたろうか。
まだ芽生えたばかりではあるが、この絆こそが真竜が人間に託した希望となり得るのかもしれない。
大魔導士「全てのドラゴンキラーが揃ったのだ、勝利して当たり前というものよ」
時魔女「滅竜を倒したのは真竜だけどね」
騎士長「違いない。だが落日や旭日が力を貸してくれなければ、勝利は無かった」
男「そうだな…でも、ドラゴンキラーと呼ぶに相応しい者は、もう一人いるんだ」
幼師匠「…ほう、どのような者かな?小童か小娘か、優男か老いぼれか…」
その者は身体を失ってなお、あの巨大な竜に抗った。
男「強いて言えば優男が近い…でも騎士ではなく、偉大な魔導士だ」
後に『竜の聖戦』と呼ばれるようになるこの戦い。
最後の一日だけを数えて、戦死者は月影軍二十四名、落日軍八名、白夜軍十四名、旭日軍十名の計五十六名に上った。
外輪山上からの砲撃に徹した星の軍に犠牲は無かったが、瞳を集めようとする翼竜に襲撃された際に最も大きな被害を被ったのは星の国。
どの国が最も栄光や損害を大きく分けたという事も無いと言える。
それ故にどこか一国が崩壊した月の国の所有権を主張する事も出来ないのは不幸中の幸いだった。
落日、白夜、旭日の三カ国はそれぞれの王の命を受けての派兵だったが、他国間との摩擦を恐れて通告はしなかったらしい。
星の国については、星と月それぞれの副隊長が中心となって組織された非公式の派兵だったらしく、漏洩を恐れて時魔女に伝える事も出来なかったそうだ。
それでもその派兵があったからこそ他国に対して面目を保つ事ができたと思えば、副隊長らに処分が科されるとは考え難い。
第一、世界の危機を救った英雄達に処分など科そうものなら、自国の世論が黙っていまい。
とにかく幸いにも各国間には摩擦などが生じる事は無く、以前と変わらない国交が続く事となった。
いや…少しだけ、変わった事がある。
落日も共同の通信網に参加した事と、月の国が無くなったため事実上の終戦となった事だ。
人間の世界は一歩だけ、真竜が望んだ成熟したものに近づいていた。
……………
………
…
…三年後
納屋の中で草刈り用の大鎌を研いでいると、がたん…といつもの建て付けの悪い音と共に扉が開いた。
天窓の明かりだけだった少し薄暗い室内に、外の眩しい光が差し込む。
その光を背景とするように姿を現したのは、美しき我が妻。
女「男さん、お客様がいらっしゃってます」
男「女…お前、また畑に行っていたのか。大人しくしてろと言っただろう…」
女「だって、退屈ですもの」
彼女は少し拗ねたような顔をして、自らの腹を手で撫でた。
それは俺がいつも『大人しくしていろ』と彼女を咎める、その理由が宿るところ。
まだ目に見えて判る程ではない、俗に安定期と呼ばれる時期には達していない。
だからつい、俺は口うるさくしてしまうのだ。
新米兵「あのー、ここは…私は総司令殿のところへ案内しろと頼んだのだが…」
彼女の向こうから客人が顔を覗かせる。
まだ若い、入隊したての兵士なのだろう。
…知らないのも無理は無いな。
男「ああ…よくきた、疲れたろう。女、茶を淹れてくれ…家に入ろう」
女「はい、今日はお隣に貰ったジャスミン茶にしますね」
新米兵「いや、私は総司令殿をだな…」
男「…まあ、知らないのだからな。こんな格好をしている俺が悪いのだし…構わん」
彼は首を傾げ、暫く言葉の意味を考えたようだった。
やがて少しずつ理解がいったのか、その顔を青くしてゆく。
新米兵「ままま、まさか…貴方様が…」
男「ああ…連合軍総司令なんて柄じゃないんだが、一応そういう事になっている」
泣きそうな表情をしながら、慌てて敬礼の姿勢をとる兵士。
俺はその肩を叩いて「気にするな」と笑っておいた。
あれから一年近くは元・月の国がどうなるかは定まらなかった。
結局、どの国からも不満が出ないよう共同統治という形をとる事となり、その大陸には連合軍が置かれる事となる。
それぞれの国力に応じ、基本的には保つ軍備の半分を出し合った、総合的に見れば世界最大にして最強の軍という事だ。
星、白夜、旭日、落日それぞれから四将軍という位置づけの大幹部を置き、属する国を持たないという理由でなし崩し的に俺が総司令に据えられてしまった。
とはいえ、連合軍には普段の仕事は無い。
未だ無いが、国際的な有事やどの国の領地でもない地域での争いにだけ干渉する事となる。
それ以外では、せいぜい公海や砂漠に現れる魔物を征伐する事があるくらいだ。
そして今回、この新米兵が俺を訪ねてきた理由はその後者にあたるものだった。
男「…で、その砂漠に現れるサンドワームを連合軍で何とかしろと」
新米兵「はっ!そのように伝令を受けております!」
男「サンドワーム…しかも複数か、なるほど砂漠の民の手には負えんだろうな」
やはりヴリトラがいなくなると、そういう魔物が幅を利かせるようになるんだな。
男「やむを得んか…でも砂漠は気が乗らんなあ」
女「何をだらしない事を、困っている人がおられるのですから行ってあげなきゃダメです」
男「でも、二ヶ月以上かかるからな…」
女「そんなに早く産まれませんよ、心配しないで…子育ての先輩も近くにいるんですから」
だめだろ、あいつは。
だって腹に子供がいる時にグリフォン乗り回してたんだぞ。
…そうだ、砂漠までグリフォンを使えば期間を相当短縮できないだろうか。
男「よし、新米兵…白夜将軍のところへ行くぞ」
新米兵「はっ!すぐに馬を引いて参ります!」
男「馬鹿言え、なんで三軒隣に行くのに馬がいるんだ…」
白夜将軍の住まう家には、子供達が群れていた。
子供「グリフォン乗せてー!」
子供「ちょっ!順番守れよー!」
子供「赤ちゃん見せてー」
幼馴染「はいはい…今日はお終い、グリフォン疲れちゃうもの。赤ちゃんオモチャにしないでねー」
不満を垂れる子供達を宥めながら、彼女はグリフォンの毛を梳かしていた。
すぐ隣に置かれたラタンのクーハンには、もうすぐ十ヶ月になる子供が指を咥えて眠っている。
男「おう、いい天気だな」
幼馴染「あらあら、総司令サマ…今日はどしたの?…兵士さんなんか連れて」
男「ん…仕事の話だ。白夜将軍サマはいるか?」
幼馴染「今、畑にカボチャ採りに行って貰ってるの。すぐ帰ると思うよ」
彼女の言う通りじきに戻った白夜将軍…騎士長は、俺と新米兵を自宅に招いた。
そこでさっきの話を聞かせ、グリフォン使用の可否を問うが、彼は少しばかり顔を曇らせる。
騎士長「…そうだな、海を渡るところまでは良いのだが」
男「そこからは?」
騎士長「グリフォンは暑さに弱い、砂漠までは行かせられんな…」
…どうやら、あの厳しい徒歩による砂漠の行軍は避けられないらしい。
過去の経験を思い返し、なおさら憂鬱になってしまった。
騎士長「まあまあ…仕方がありますまい」
男「騎士長、それは砂漠を歩いてないから言えるんだ…」
まあいい、海を越えるためにグリフォンを使うなら、どうせそこから彼も砂漠を歩く事になるだろう。
北国、白夜育ちの優男…耐えられるかな?
二日後、俺達は騎士長のグリフォンに揺られて都へと飛ぶ。
かつては月の王都と呼ばれていた、この大陸の中央に位置する連合軍本部が置かれた都市だ。
結局、女と幼馴染もここまでは見送りに来ると言い、グリフォンの籠に乗り込んだ。
僅か数時間とはいえ、悪阻と揺れの両方に苛まれた女は相当に顔を青くしていたけれど。
軍本部の演習場にグリフォンを着陸させると、そこには既に星の将軍が待ち構えていた。
男「ちょっと久しぶりだな、星の将軍殿…」
時魔女「ちょっとじゃないっ!週に一回は来なさいよね!」
幼馴染「久しぶりー、可愛い妹よー!」
時魔女「お姉さまー!赤ちゃん、大っきくなったねー!」
相変わらず、仲の良い事だ。
この三年間で、見かけは随分大人の女性に近付いたが、中身は変わっていない。
もう少し将軍としての威厳が…いや、それは総司令たる俺にも無いなから言うまい。
義足少将「お久しゅうございますな、総司令殿」
また久しい顔が見えた。
「おお…元気そうだな」
互いに歩み寄る道の表面は石畳になっている。
そのため、義足の彼が歩く度に金属音が鳴るのは仕方ない。
まだ少し、彼の足を斬り落とした感触を思い返し、辛くなってしまうけれど。
男「副隊長…じゃなかった少将、義足の調子はどうだ?」
義足少将「…先日、試験的に仕込刀を盛り込まれ申した…」
しゃきん…という音と共に、いつ使う機会があるんだという感が否めない刃が飛び出す。
男「お、おう…」
義足少将「次は車輪を格納してみるつもりらしく…現在、夜は暗さを感知して無意味に光りまする…」
がっくりと肩を落とす少将。
ただ、不幸せそうには思えない。
男「なんか、大変だな。ま…好きで貰った嫁さんだろ、付き合ってやれよ…」
男「大魔導士殿、幼師匠殿…暫く軍を頼む。…悪く思わないで欲しい」
さすがに総司令と四将軍の全てが留守にするわけにはいかない。
今回の遠征には俺と騎士長、時魔女だけが向かう事となっている。
大魔導士「何を言っておられるのだ、小童司令官殿。別に砂漠になど行きたくもない」
幼師匠「そうじゃて、こんな老いぼれが砂漠など…行くというより迎えが来てしまうわ」
本来なら年の功を考慮し、この二人のどちらかに総司令の椅子に座って貰ってもよかったはずだ。
しかしどうも二人共、後ろで目を光らせている方が性に合うらしい。
…と言っても、普段は特に口出しもせず、二人でチェスや将棋に打ち込んでいるのだが。
前に訪れた時はどこか異国の遊戯だという象牙のピースを入れ替えて役を作るゲームに誘われ、ひどく巻き上げられた。
こちとらルールすら解らず、ひたすら『ちーといつ』とやらを揃えるしか無いのだから、勝てる訳が無い。
………
…
その夜はかつての月の王城を宿とし、ささやかにも宴が催された。
相変わらず交替で俺に酒で挑んでくる奴らがいたが、今の俺は深酒はしない事にしている。
一応この軍の総司令として、酒に飲まれておかしな命令を出すわけにはいかない。
それと、夜中に身重の妻に何かあった時に動けなくてはならないから。
…まあ、たまには羽目を外す事も無くはないが。
既に砂漠へ派兵する部隊は整っているらしく、明日には出発する事となる。
宴の後、俺と女は早い時間から、あてがわれた部屋へ入った。
男「…懐かしいな」
ベッドに座り、冷たい石壁にもたれると酒に火照る背中が心地良い。
ここは、女と初めて出会った部屋。
そして二人が形式上の夫婦となったところ。
女「…あの時も、あなたがそうしてベッドに座ってて」
男「お前が、そうやって…ドアから現れたんだよな。…覚悟決めた顔してさ」
女「ちょっと…照れ臭いです」
男「何を今さら…よせよ、俺まで照れる」
女が歩み、俺の隣に腰を降ろした。
あの時の俺は、不安げな女を少しでも安心させようと精一杯余裕の表情をつくっていた。
でもその内心は酷く緊張して、浴びるほど酒を飲んでいたのに喉がからからだったように思う。
女「あの日、私を受け入れてくれて…ありがとう」
男「何を礼など言う必要がある…こんな田舎農夫の妻になるつもりなんか、無かっただろうに」
女「それは否定できません。…あの時は…ですけど」
柔らかく口づけを交わす。
その後、今も彼女は俺の胸に顔を埋める。
もちろん、もうその表情を隠すため…という意図は薄い。
ただ、それを互いに気に入っているだけだ。
紅き瞳の欠片の力で命を繋ぐ事ができた、彼女。
最初は巫女と同じ、不老の命を授かったのかとも考えた。
しかしどうやらこの三年間を見るに、普通に歳を重ねているようではある。
ついこの間も幼馴染と一緒に井戸端で、二十代も半ばになると肌の張りが気になる…なんて言っていたから、多分そうなんだろう。
肌がどうこうというのは、俺にはピンとこないけど。
いつまでも若い妻というのも魅力的ではあるが、やはり共に歳を重ね老いていきたいものだ。
男「女…あの日、この部屋へ…俺のところへ来てくれて、ありがとうな」
女「仕方なかったんです」
男「そりゃ酷いな」
女「…そういう、運命でしたから」
あの日と同じ部屋、同じベッドで眠る。
あの日とは大きく違う感情と、距離をもって。
同じなのは、手を出せない…欲求不満を感じる事だな。
…翌朝
既に門の前に兵達が整列している。
少し準備に時間を食った、いい加減に出ないと今日の内に中継拠点まで辿り着けない。
男「…女、行ってくる」
女「はい、気をつけて下さい」
俺は彼女の腹に手を当てて、心の中でもう一度『行ってくるぞ』と声をかけた。
ほんの軽いキスを交わすけど、今は胸を貸す事はしない…それはさすがに照れ臭い。
騎士長「では、留守を頼む」
幼馴染「うん…行ってらっしゃい。ほら、こっちも…してよ」
彼もまた優しいキスを落とす…ただ、それは妻にではなく。
騎士長「よちよち、行ってきまちゅからねー」
幼馴染「てーい!」
将軍ともあろう者が妻に頭を小突かれる姿を見せるのもどうか。
時魔女「でも、今のは騎士長が悪いね」
男「…そうだな」
さあ…行き先が砂漠だというのは気が重いが、もう文句は言うまい。
号令を今かと待つのは、槍兵十名、盾兵十名、弓兵二十名、魔法隊十五名と、海を越えるためのグリフォン十二騎。
幸い、暫く雨は降らなさそうだ。
食料も、野営設備も、当面の充分量を積んだ。
…せっかく妻から解放されるのだから、酒もちゃんと積ませておいた。
魔物を討ち、全ての兵を無事に連れ帰る…それが今回の目標だ。
それ以外の戦果は望まない。
命を賭すつもりはあるけれど、無理はしないでいこう。
七竜を相手にするわけでもあるまいし、そこまで難しい話ではない。
兵達にも、俺にも、生きて戻らなければならない場所がある。
義足少将「…総員、整列!」
ざんっ…と、足を鳴らして兵が姿勢を正した。
fin.
703 : ◆M7hSLIKnTI[] - 2013/12/10 21:46:34 gQV2gQgQ 478/481おしまいです
長いことかかりました
いつぞや酒場で相談した時、クエレブレ、ヴリトラといったキーワードをくれた方に感謝
704 : 以下、名無しが深夜にお送りします... - 2013/12/10 21:47:19 6aYGfGt6 479/481乙てーい!!
後味すっきりで良かった
709 : 以下、名無しが深夜にお送りします... - 2013/12/10 23:06:49 QDzw78eM 480/481無事完結乙でした( ´∀`)
そして最後に幼なじみがやってくれたなwww
( ´∀`)ノ≡てーい
715 : 以下、名無しが深夜にお送りします... - 2013/12/11 10:04:34 bmShlP4w 481/481乙乙
良いテンポで楽しかったよー
都合良すぎでこの長さだし、王道にしては冗長し過ぎ。
臭すぎて恥ずかしい超駄作と評価してもいい作だけど、惜し気もなく晒し、まとめてくれた管理人さんには感謝だわw
無茶しやがってwww