695 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 1/12[saga] - 2011/04/27 00:12:56.38 jY7dqkec0 1/24




自分一人が問題ないと判断したところで、周りが納まる訳がない。


学園都市とローマ正教の対立を受けて街から子供達を避難させる為の活動を率いていた御坂美鈴だが、
先日の10月3日に<偶然> 訪れた学園都市で <偶然> 巻き込まれた事件から彼女は
「これだけ支えてくれる人がいるならば娘は安全だろう」と判断し活動から手を引くことと決めた。

決めた。
――――はいいが、同じ活動に勤しんできた仲間達がそう簡単に納得する筈もなく、
自分が安全だと判断した根拠を説明したところで「アンタの娘はそれで良いかもしれないが俺達の子供はどうなる!?」と一蹴された美鈴は
否定を許さない威圧に押され、結果として一つの条件を呑むこととなったのだった。


≪学園都市に一週間滞在し、その環境と状況を根拠とする安全性をレポートせよ≫


巻き込まれた事件の捉えられた先でこっそりと救出に来た人間に声を上げてしまうような疎さもあるが、
冷静になれる場合であるなら美鈴とてそう馬鹿ではない。
馬鹿ではないから、馬鹿正直にスキルアウトに絡まれた事など言わなかった。

結果、コレだ。
誰しもいざ戦争が始まりかねない現地に自ら足を運びたくはない。
娘・息子の為ではあるが、代われる人間がいるなら代わって欲しい。そう考えてしまうのが人の性というものである。

子供が生活する環境を確認したいが、今外部からあの街を訪れるのは危険すぎる。
皆がそう判断する中で、つまり美鈴は格好の餌となった訳だ。


「―――――……ま、やっぱり避難計画は中止よー、なんて急に言いだした私が悪いんだけどね……」


他人が美鈴の立場で美鈴が他人の立場だったら、美鈴が中止を宣告される立場だったら自分もきっと非難した。
だからこそ仕方ないのは分かっている。
分かってはいるが、


「なんでこんな時にパパは南米なんか行っちゃってるかなぁあああああ!!」


当初は夫婦二人で訪れる予定だった筈が、パートナーである旅掛の急遽決まった海外出張からそれもオジャンとなってしまった。
何でも環境問題云々の手伝いに向かったらしいが、そんな事よりまず妻の周囲環境の問題を片づけていって欲しいものだ。

娘の友人(もしかしたら義理の息子候補かもしれない)上条当麻が言うところの <武装したギャングみたいなもん> に
つい最近襲われたばかりの美鈴の内には、娘の安心を確信するきっかけになったとはいえ、あの街には多少のトラウマが未だ根付いている。

学園都市への再びの来訪を一人で行うのは些か不安が残ったが、こうなってしまっては仕方がない。


こうして、御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅が正式に決定したのだった。







元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-27冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1302720595/

696 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 2/12[saga] - 2011/04/27 00:13:59.25 jY7dqkec0 2/24




「それにしても、案外と簡単に滞在許可が降りたものねー」


前回は大学側からの紹介状があったが、今回は違う。
自分の様な一応はまだ <避難計画実行者> 側の人間は歓迎されないと考えていたが、敢えて招き入れることでイメージ改善でも図っているのだろうか。

そうかもしれない、と美鈴は一人納得する。
以前事件に巻きこまれた自分は学園都市に最悪なイメージを抱いているだろうから、これを機に良い印象を持ってもらおうとしているに違いない。

彼女はそう勝手に解釈したが、実際の所半分正解、半分不正解だったりする。
学園都市が御坂美鈴を <避難計画> の他のメンバーを鎮まらせる為の材料にしようとしている事は事実だ。
だがその背景に娘を思い人とするアステカ人の、曰く <醜い手> が回っていた事を、美鈴は知らない。



知らないのでこの話題は割愛しよう。
何はともあれ上手いこと学園都市へと足を踏み入れた御坂美鈴は、その足取りを滞在先のホテルへと向けた。
最上級ホテルのスイートルームを一週間分ポケットマネーで用意するのだから、この親にしてこの子ありである。
着替えの為だけにホテルを借りる娘・美琴の根源が窺えた。

タクシーを拾いホテルに着くと、すかさずドアマンが荷物を受け取り、豪奢で重厚な扉を開く。
それを当たり前の様に受け流す美鈴はスムーズに受付を済まし、案内された部屋まで到着すると慣れた手つきでチップを荷運びへと手渡した。


「さて、折角だから何処か遊びに行っちゃおうかな~~」


腰かけたスプリングのよく利くベッドの上で、学園都市特有のアトラクションが立ち並ぶ第六学区の遊園地やら
極薄ガラスと特殊建築技術が売りの第八学区の水族館や、娘がよく口にするテナントが入った第七学区の複合大型ショッピングモールを想像した美鈴であったが、


「――――――……ダメね、お仕事に来たんだもの。お仕事に」


計画中止を言い渡した時の仲間達の冷めた目線を思い出して、欲望を頭ごと振り払った。


「………とりあえずそこら辺ブラブラ歩いてみましょっか、ね」


忘れてはならない。自分は子供達の環境を確認しに来たのだ。
立場はさながら、深夜の街頭補導員である。







697 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 3/12[saga] - 2011/04/27 00:15:35.99 jY7dqkec0 3/24




「――――美琴ちゃんは大丈夫だろうけどコレ、………他のお子さん大丈夫かしら」


2時間後。
<皆さんのお子さんも絶対安全ですよ> という旨をどう皆に伝えようかと悩んでいた美鈴の心は、早くも折れかけていた。

30分かけて滞在先のホテルから他学区の学生達の多いゲームセンターなどの娯楽施設が並ぶ大通りへと出た美鈴は、そこで直ぐにナンパされた。
あら年下の男の子に誘われるなんて私もまだまだ若いものね。
そう余裕の態度をとっていられたのだから、ナンパ自体はなんら気にする必要がない。問題はその後だ。


『風紀委員ですの!それ以上女性を無理に連れだそうとするのでしたら、婦女暴行で拘束しますわよ!!』


素早く対応してくれた学生治安維持機関に美鈴は感心したものだ。
風紀委員の名を聞いて舌打ちしながらもナンパ少年達が立ち去るのを見送ると『大丈夫ですの?』と気にかけてくれたのも好印象だ。

だが、


『―――――お姉、様……?』


おや。何か既視感が。
助けてくれた風紀委員が大覇星祭の時に娘に摺り寄っていた百合少女だと美鈴が気付く前に、


『お姉様オーラ大噴出のご家族キタぁあああああ!!!親娘丼でも姉妹丼でも黒子ったら何でもありで困ってしまいますのォおおおお!!!』


もしあの時何処からか飛んできたコーヒー缶が少女の頭に命中しなかったら、果たしてどうなっていた事であろうか。
年下とあらば男の子でも女の子でもチューしちゃったりする美鈴であるが、…………流石に貞操を奪われるのは洒落にならない。



その後も何かと散々であった。
立ち入ったコンビニの出口で足を引っ掛けてしまった不良にガンつけられて暫く追いかけ回されたり、
逃げ回って疲れたので自販機を利用しようとしたら1万円札を呑み込まれたり、挙句の果てには嘆きながら向かった別の自販機が突然の停電にショートしたり。

勘違いしてはいけない。
これはこの日の美鈴が運勢最悪で何処ぞの少年張りに不幸であっただけで、
実際こんなに災難が重なる事は滅多にない(しかも気付かないだけで最後の原因は娘である)。

しかしながらこの街をよく知らない美鈴にそんな判断がつく筈もなく、


「………幸先、不安しかないんだけどコレぇええ……」


滞在期間、残り7日。







698 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 4/12[saga] - 2011/04/27 00:16:41.58 jY7dqkec0 4/24




不幸な事に、次の日も御坂美鈴が遭遇したのは災難ばかりだった。
立ち寄った銀行を強盗が襲ったり、煙草を買おうとした所を警備員に咎められて身元確認をされたり(見た眼の若さを評価されたのだと若干嬉しかったが)。

ラッキーと言えば昼食を取ろうと入ったファミリーレストランのレジを通ろうとしたらどうにも財布を落としたらしく清算できずに困っていた時に、
同じ店内に居たらしい少年が、十数杯分の自分のコーヒー代と一緒に美鈴のランチ代を払ってくれた事だろうか。
自分の座っていた席に戻って美鈴が財布を探している間にレジへ向かった少年が、見かねて自分が金を出すと申し出てくれたらしい。

結局財布は見つからなかったのでカード類を全部ストップさせる事となり色々と面倒だったが、それだけは確かにラッキーだった。
この体験は必ずレポートに書いておこう、と御坂美鈴は心に決めた。



学園都市滞在5日目。
3日目と4日目も相変わらず災難しか無かったので、申し訳ないが此処では省略させて頂く。
何故って書いたら直行☆美琴ちゃん共々学園都市の子供達を安全国へ!になりかねないからだ。

美鈴は学園都市のキャンペーンガールでもイメージアップ戦略委員でもなんでもないが、
娘が望む以上母親として美琴をこの街に居させてやりたいと思っている。
直接尋ねた事はないが、気になる男の子が学園都市に残ると言う限りは――――そう言う事なのだろう。


「よおっし!気分変えて今日はいっその事ちょっと隠れ小道的な所行って見ちゃおっかなー………
もうフラグしか立ってないような気がするけど、こういう場所のチェックが重要なのよね」


くどい様だが美鈴は学園都市の治安、特にそこで暮らす学生達の環境を視察しに来たのだ。
若者が好む様な娯楽施設は無論の事、歓楽街や深夜のコンビニ、はたまた人の視覚となる路地裏やビル裏まで調査しなければ意味を成さない。


「行くは良いけど実際にヤクとかやってる子見つけちゃったらどうしよう……取り敢えずはすぐに警備員を呼べるように携帯構えといて―――――」


しかして、美鈴の予想通りと言うべきか物語の進行上と言うべきか。その行為は紛れもなく<フラグ> であったりするものだ。
だがその理はフラグという言葉が生み出された頃合いから完成しているのだから仕方あるまい。


「――――――………へ?」


御坂美鈴の目線の先に、何処か見覚えのある少年が一人ポツンと座り込んでいた。
真っ白な髪に血を滴らせて。意識を彼方へ飛ばしながら。







700 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 5/12[saga] - 2011/04/27 00:18:06.00 jY7dqkec0 5/24




数年前の事だ。
段ボールに入った青年をしがないOLが拾い隠れてマンションに連れ込むドラマがあった。
アレを見ていて本当に良かったと、美鈴は頭の片隅にそんな馬鹿な事を思い浮かべる。

致命的な外傷がないか一通り少年の体を眺めてから、年の割には軽すぎる彼を美鈴はその背に背負った。
着ていたパーカーのフードを被せて顔を隠した少年を連れ出来るだけ人目に付かない道を、しかし絡まれない様それなりに人通りのある道を慎重に選びながら
美鈴はホテルまでの帰路を目指す。

途中タクシーを見つけたので呼びとめてそれに乗り込んだ。グッタリとした少年を気遣う心優しい運転手を
彼は気分が悪いから滞在先へ急いでいるのだと何とか誤魔化し(その言葉にスピードを速めてくれた運転手に美鈴の良心が痛んだ)、
ホテルの前で降りると再び彼を背負い降りた。

医者を呼びましょうかと尋ねるドアマンを、さっき病院に寄って来たからと退けようとしたら鋭い目で見られたために一瞬心臓が跳ねたものの
流石は超一流ホテル。客への詮索はしないという仕来りが徹底していたのでとても助かった。

美鈴がそうまでして彼を隠し、医師にも診せなかった理由はただ一つ。


意識を失って座り込んでいた彼が、杖を持つ手とは逆の手に、拳銃を握り締めていたからだ。


彼の拳銃は今、美鈴の懐にある。
本当は警備員や風紀委員を呼んで捜査してもらうべきなのかもしれない。
正確な事情聴取を受けてもらう方が彼の為なのかもしれない。

だが、美鈴はそんな手段を選ぶことができなかった。
あの時自分を助けてくれた少年を
何処か捻くれた、心の優しい少年を
無暗に引き渡す様な真似をしたくはなかったのだ。


「―――――……話、ちゃんと聞かなきゃ………」


髪から滴っていた血は彼の物ではなかったらしい。
そう、他人の。
<彼が撃ったかもしれない誰か> のもの。

きちんと話して、それから、どうするか考えて。

焦るばかりの美鈴の心境など知らぬように、未だ少年は目覚めない。







701 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 6/12[saga] - 2011/04/27 00:19:08.04 jY7dqkec0 6/24




所々掠り傷を負っていたようなので買ってきた応急セットで何とか手当はしてやった。
一つしかないフカフカベッドも譲ってやり、寝心地の度合いは下がるがそれでもスプリングの利いたソファで美鈴は一晩を明かした。

朝食を2つルームサービスで調達する。少年の嗜好が分からなかったので、洋食と和食1つずつ。
朝になれば流石に起きてくれるだろうかという彼女の期待を裏切って少年は変わらず目を閉じたままだったので、
多少躊躇はあったものの美鈴は彼を、娘がまだ家に居た頃そうしたように彼の体を小さく揺すった。


「ねえ、起きて?詳しい事は後で良いから、取り敢えず朝御飯にしましょう?」


起きて、起きて。
何度か続けてやればゆっくりと少年が瞼を開いた。薄ら除いた瞳が見慣れぬ深紅に染まっている。
その色合いを見て、美鈴はドキリと体を弾いた。
以前あった時は暗がりで気付かなかったが、少年には全身真っ白というそれ以外に身体的特徴がもう一つあったらしい。


「………起きれる?てゆーか私の事覚えてる?」


尋ねてみるが、返答はない。
大丈夫?何処か痛むの?
何度も声をかけてみるが、「あー」だの「うー」だの籠った様な声を出すだけでまともな返答をしない彼に、
頭でも打ったのだろうかと美鈴は医者に診せる事を再検討した。

だが、拳銃を持っていた事実と返り血をつけていた事実が美鈴にそれを躊躇わせる。
どうしたものかと悩む美鈴が悶々と考えを張り巡らせていると、


ぐー。


気の抜けた音が自分から発せられたのではないと気付き、少年を見た。
何処か様子のおかしい少年の目線が、それでも本能なのか机に並べられた朝食に向かっている。


「――――――取り敢えず、ご飯にしましょっか」


その時点で美鈴は、考える事を半ば放棄した。







702 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 7/12[saga] - 2011/04/27 00:19:58.22 jY7dqkec0 7/24




今の彼に箸を持たせても覚束なそうなので、握るだけのフォークで食べられる洋食を彼に譲った。
が、フォークを持たせ目の前に食事を並べても一向に彼は食べようとしない。
皿の上の黄金色をしたふわとろスクランブルエッグをじーっ、と見つめるばかりで、口に運ぶ気配がちっともない。
食欲がないのだろうか。いいやそんな事はない、腹が鳴っていたのだから空いてはいるのだろう。

どうしたものか。
悩んだ美鈴は「あーん、」と戯れと冗談で卵料理を乗せたスプーンを彼の口元へグイグイと押し付けてみる。
文句を示したり抵抗したりする素振りを見せれば、恥ずかしかったら自分で食えとからかってやるつもりだったのだが、


「んぐ、」


モキュモキュ、ごっくん。
普通に口に含んだ上に、もっとと口を開いて催促するものだから、拍子抜けしてしまったのは美鈴の方だ。


「………あーん、」

「ん」


何だろう、この光景は。





その日の昼食も夕食も、同じ様にして彼に食べさせた。
本当は宿泊客以外が部屋に泊まるのは御法度なのだが、咎められそうになった際に幾らか金を積んでしまえば超能力者の身内という事もあってか事は収まった。
寧ろ空いている2人部屋へ御案内しましょうかと申し出られたので、じゃあお願いしますと任せると


「………なんでダブルベッド?」


金や権力で何でも解決すると思うなよ、というホテル側からの逆襲にしか思えなかった。
実際には本当にそこしか空いていなかっただけなのであるが。

しかも部屋を移動したのは夕食を取ってからだったので寝る時間はもう間近に迫っている。
どちらにせよその前には風呂というビッグイベントが控えているのだが


「まあ手当の時に脱がしたし、私だって夫子持ちだし関係ないか」


片や学生。片や一時の母。
気にするほどではないだろう。赤の他人、白痴趣味もどき、世間体といった要素を除けば。


学園都市滞在、6日目
少年との再会、2日目
終了。






703 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 8/12[saga] - 2011/04/27 00:20:45.15 jY7dqkec0 8/24




一度割り切ってしまえばもう何にも動じない。
結局はバスタオルを巻いただけの格好で全裸に剥いた少年の体を洗ってやったし、大きなベッドの同じ毛布に包まって一緒に眠った。

傍から聞けば危ない関係にしか聞こえないが、美鈴としては幼い頃の美琴を思い出して懐かしいばかりだった。
少し目を離せば予想もつかない事を自覚無しにやってのけ、構って欲しいと何かと手を伸ばしてくる幼い子供。
出会った時とは全く違う印象の彼であったが、幼子を護ってやりたいという母性本能のままに、美鈴はそんな彼を介抱した。

あまり子供扱いし過ぎても良くないのかもしれないが、寝ている彼を部屋に残して向かった本屋でついつい絵本を買って来てしまったりもした。
随分前に娘に読んでやった童話は、その知名度もあってか学園都市の本屋にも平積みになっていた。

ベッドの上で兎と亀の競争シーンを音読しながら「幾らウサギそっくりだからってアンタはこう頭に乗っちゃダメよー」と声をかければ、
きょとん、と見上げてきたのが可愛らしかった。

テレビをつけた瞬間流れた大きな花火の音にビクリと背中を揺らした姿に、思わずクスリと笑ってしまった。

ルームサービスが続いたからと一緒に外で購入してきたオムライスを口に運べば、中から出て来た大きなピーマンの塊に眉を寄せたのが愉快だった。

ピーマンを飲み込めた御褒美にプリンを開けて食べさせてやると、安心したようにホッと息を吐いたのが面白かった。



元来の世話好きか、このワケあり少年に美鈴は思わず肩入れしてしまった。
肩入れし過ぎてしまった。

現実は残酷だ。
今日は学園都市滞在7日目。明日はとうとう、帰る日だ。



元々一時的に彼を匿うだけのつもりだった。
どうしてあんなところで気絶していたのか。どうして銃を持っていたのか。一体何をしていたのか。
一通り話を聞いたら、これからどうしていくか、彼と一緒に考えてあげるだけのつもりだった。

しかしイレギュラーな展開に美鈴は自分の事情も、そして彼の事情も半ば忘れて、
否。
彼の口から何が語られるのか聞くのが恐くて、イレギュラーを利用する様に彼の世話を焼く事で現実逃避して、
美鈴はこの3日間を過ごして来た。


だが、もう限界だ。


どうあがいても明日はやって来る。
美鈴にだって家族がいる。護るべきモノ、抱えるべきモノが別にある。
少年に最後まで付き合ってやる事は到底できない。


「―――――………どう、しよっか……――――――?」


常と変わらず、少年は何も答えなかった。







704 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 9/12[saga] - 2011/04/27 00:22:02.89 jY7dqkec0 9/24




悩んだままに朝を迎えた。昨夜はあまり眠れなかった。
この3日間そうしたように、隣で眠る少年を、声をかけながら揺り起こす。

目を擦りながら起き上った彼を確認して一息。
着替えを済まして歯を磨いて。眠気覚ましのコーヒーを煎れ、一杯口に含んだら。


「………朝御飯、頼もっか」


洋食のプレートを2つ。内戦越しに注文を通す。
あとは出会った初日に買って来た服の中から適当に選んで少年に着せ、朝のニュースでもダラダラと見ていれば直ぐに朝飯にありつける。


ピンポーン、


注文をして30分。
このホテルを利用し始めてからルームサービスが届くのはいつもこのくらいの時間だったので、美鈴は何の疑問も抱かずにドアへと駆け寄る。

「朝食をお届けにあがりました」と案の定聞こえる声に、確認もせずチェーンロックを外した美鈴が扉を開けると


「―――――御坂美鈴さん、ですね」


見知らぬ少年が、立っていた。





ホテルマンにしては若過ぎる。
勿論、頼んだルームサービスなど持ち合わせていない。


「一方通行さん………あなたが連れ込んでいる『彼』の回収に来ました。お部屋に上がらせて頂いても?」


柔和な笑みを浮かべながら言う見知らぬ彼の言葉に、美鈴が急いでドアを閉める。
閉めようとした、がドアはしっかりと押さえつけられて彼と美鈴達を隔離するに至らなかった。

嫌な予感が美鈴の中を駆け巡る。
もしかしたら、この少年は


「『彼』に危害を加えようとする存在、もしくは『彼』が敵対していた存在かもしれない。……でしょう?
 違いますよ。自分達は『彼』の味方――――とは言えませんが、同僚にあたる存在です。『彼』に合わせて下されば、それも直ぐに分かるのですが………」


そんな事を言われた所で信じられる筈がない。
味方じゃないと、自分ではっきり言っているではないか。同僚など、まるで何かの組織に『彼』がいるみたいではないか。


「………あなたがあの子に何もしないって保証が、何処にもないわ」

「はい、確かに。しかし何かをするという確証も、貴女にはありません」


少年の言い様に、美鈴が息を詰らせる。
そんな彼女を見て『彼』の同僚を名乗る少年は困った様に小さく笑い、そして



「では、こうしましょう。自分が『彼』に何かをしようとしたら、貴女が自分に反撃すればいい。―――――懐に持った、『彼』の拳銃を使って」



跳ねた鼓動に、万一に備えていつも仕舞っていた内ポケットの中の拳銃がカチリと鳴った。







705 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 10/12[saga] - 2011/04/27 00:23:00.09 jY7dqkec0 10/24




少年はゆっくりと『彼』に近づいた。
美鈴はそんな少年に、言われるがまま震える指で引き金に手を掛ける。

穿いている仕立ての良いスーツのポケットに少年の手が伸びたのをみて、美鈴の指に思わず僅かに力がこもった。
それを刷りきれそうな理性で制し、少年の一挙一動に目を配る。

少年が取り出したのは端末に適応される様な、小型の充電器だった。
充電器から伸びたコードを、律儀に美鈴の許可を得てからコンセントに繋ぎ、もう一方の差込口を手持無沙汰に弄りながら


「『彼』の付けていたチョーカーは何処へ?」

「ち、治療の時に外して………机の、牽き出しに……」


またもや美鈴の許可を得てから少年が引き出しを漁る。
ホテルから支給された幾つかのアメニティ類しか他には入っていないそこからは、すぐに目的の物は見つかったらしかった。

少年は先程の差込口をチョーカーへと取り付け(チョーカーに充電機能がついている事など美鈴は全く気付かなかった)、
コードが伸びたままのチョーカーを手際よく『彼』に装着してゆく。
最後にカチリと一見しては見えづらい場所に隠されたスイッチを切り替え、


「このまま暫く待って下さい」


数分間の沈黙。
美鈴の触れ得る爪先が時折鳴らす、トリガーと奏でるカチカチという演奏音が実に居心地悪かった。

カチカチ、ガチガチ。
最早爪先の当たる拳銃からなのか噛み締めた歯からなのか、音源が分からない。


「………そろそろですかね、」


少年の声に、緊張に凍っていた美鈴の意識が揺さぶり動いた。
『彼』に近寄る少年に反射的に銃口を向け、少年から提案された通りに威嚇をする。

つもりが。

御坂美鈴は当たり前だが、銃の扱いになど慣れていない。
全くの素人であり、おまけに極度の緊張状態にあり、反射的な動作であったために正確な狙いなど付けていないまま
不幸な事に引き金に掛けた指に力の重心が動いてしまった彼女は、


パァン!!


少年ではなく『彼』に向かって、その銃弾を発射させていた。







706 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 11/12[saga] - 2011/04/27 00:25:16.23 jY7dqkec0 11/24





「――――――状況はどォなっている?」

「標的の方は既に始末が着きましたよ。ただ、不休連戦でバッテリーを消耗し切った一方通行さんをロストしてからこちらで発見・回収する前に
 貴女がそちらの女性に保護されてしまいましてね―――――――今朝割り出しに成功し、お迎えに来ました」


『彼』が、普通にムクリと起き上った。
異常な圧力を受けてひしゃげた鉛弾が足元に転がっているのを、彼は意にも返さない。


「下に車を用意してあります。せっかく結標さんを使わなかったのですから、一通りお別れが済んだら降りてきて下さいね」


あ、一応コレ気付け用のコーヒーです。最近お気に入りだったコンビニ限定の。
言い残してあっさりと帰ってゆく少年がバタリと部屋の戸を閉めると、力の抜けた美鈴の膝がへなへなと床をついた。


「………え、えっと………」


何かを言おうとするのだが、突然進展した様々な出来事に未だ処理が追いつかない所為か口が回らない。
回らない所為で、『彼』は美鈴を一瞥すると興味を失った様に少年の置いていった10本から一つ選び、缶コーヒーのプルを開けた。
美鈴の言葉を今度は理解しているようだが、コーヒーをゴクゴクと飲むばかりでこちらの話を聞こうとしない。

カコン。
早くも10本のコーヒーを飲み終えた『彼』が、近くに会った化粧台に残った空き缶を無造作に置いた。
そのままスタスタと美鈴に近づくと、力の抜けた彼女の指から無遠慮に自身の拳銃を奪って行く。


「―――――ね、ねえっ!」


駄目だ。このままきっと、『彼』は何処かへ行ってしまう。
何をしているの?銃なんて持っちゃダメだよ?死んじゃうかもしれないんだよ?
どれだけ美鈴が言葉を並べたところで、それら全てを言いきる前に『彼』は帰ってしまうだろう。

端的に、一言で。
自分の言いたい事全てを凝縮して、『彼』に何かを伝えなければ。

それは、数日間で芽生えた母性から来るものだったのかもしれない。
それは、大人としての責任感から訴えられたものだったのかもしれない。


「君が死んで、咽び泣くヤツもいるんだからね!絶対、絶対に―――――少なくとも、此処に一人!!」


それは、美鈴の知らない因果が生んだ、<運命> だったのかもしれない。


「―――――、……世話ンなった」


キィ……
先程の無遠慮さとは打って変わって静かに扉を開けると、彼はそのまま去っていった。

現実離れした思考のまま、美鈴はグルリと、一人残された部屋の中を見渡してみる。
ここ数日間着るために買ってあげた洋服類。
読み聞かせてあげた幼児用の絵本。
一時間前まで『彼』が寝ていた乱れたベッド。

それに。


「………ホント、優しいクセに不器用なんだから……」


化粧台の上に残された、風紀委員の百合少女に襲われた時に飛んできたものと同じ銘柄の空き缶。
ファミレスで代金を肩代わりしてくれた少年が飲んでいた、中毒と思えるほどの量のコーヒー。


「……あくせら、れーた。――――今度会ったら、あーくんって呼んじゃうぞ、バカ息子」







707 : 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 12/12[saga] - 2011/04/27 00:26:52.93 jY7dqkec0 12/24








<避難計画実地委員会への学園都市報告レポート>


学園都市はとても安全な所だと思いました。
何故ならあの街で、私に優しい息子ができたからです。
捻くれ者だけどとても優しくて、あんな子が育つ街ならきっと安心なんだろうなあと思いました。


                                御坂美鈴



「作文んんんんんんんんんんんん!!?」












一方通行がホテルを出ると、先に出ていた海原光貴が入口の前で待ち構えていた。


「どうでした、ここ数日間の安寧の日々は?」

「馬鹿か。覚えてる訳ねェだろ、電極作動してなかったンだぞ」


どォせさっきのコーヒー缶にでも盗聴器仕掛けてたから聞いたンだろォが、「世話ンなった」っつーのはあの女の顔を立ててやっただけだ。
そう言い張る一方通行に「そうですか」と一言頷いた海原は、先に彼を黒塗りのバンへと乗せると、
次に自分も乗り込みながら気付かれないよう小さく溜息と愚痴を吐き出した。


「どうせ覚えているからこそ『反射』じゃなくて『ベクトル操作』にしたクセに……本当、素直じゃないんですから」






≪ 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅 ≫(完)







865 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 1/12[saga] - 2011/04/29 23:39:04.37 YwvneVLQ0 13/24




秋冷爽快の候、木々の葉も日毎に秋色を増してまいりました。
遠く離れた学園都市で美琴ちゃんはどのようにお過ごしの事でしょう。
私の方は相変わらず、大学は休学したものの忙しない毎日を駆け巡っております。
そんな日常も楽しいので文句などはありませんが。

先日学園都市を訪れる事があったので美琴ちゃんに会いに行きたかったのですが、
名目が仕事だった為どうにも顔を見る事ができず残念でした。
また今度機会があれば、そちらのお店で一緒にお茶でも致しましょう。


実は今回筆をとったのは、あなたに言いたい事があったからです。

昔あなたは
「イバラギのおばちゃんがまた男作って逃げたんだって。今度はいつ騙されたって泣きながら帰って来るかな、ママ?」
と言っていましたが、隣の不倫女はイバラギじゃなくイバラキさんです。

借金抱えてジャボンシティ諸島まで高跳びなさった現在となっては今更かと思いましたが、
やっぱり人の名前とか間違えるのは失礼だと思います。

それじゃ元気で、美琴ちゃん。


御坂美鈴


P.S.  家族が一人増えました。オニイチャンって呼んであげてね(笑)







「笑えるかァァァァァ(怒)本分とP.S. が逆コレェェェェ!!!」


珍しく手紙を送って来たかと思えば何だコレは。
怒りに任せて母親からの手紙を破り捨ててしまった御坂美琴は、荒立てた息に肩を上下させながら大人しく零れ落ちた紙片を集め出した。

家族が一人増えました。此処までは良い。
ペットでも飼い始めたか………年甲斐もなく乳繰り合って、年の離れた弟か妹を妊娠しちゃいましたというならまだ納得できる。

だが。


「――――――オニイチャンって、………ナニ………?」


学園都市に七人しか存在しない超能力者、その第三位『超電磁砲』はその優秀な頭脳を極限まで張り巡らせた結果、
<両親離婚の末の母親再婚連れ子アリ> の未来に腹を括った。







866 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 2/12[saga] - 2011/04/29 23:40:24.83 YwvneVLQ0 14/24




「むふぅ……皆ったら私の渾身の報告書にケチつける事ないじゃなぁい」


7泊8日に渡る学園都市滞在記を『作文んんんんんんんんんんんん!!?』と一蹴され再提出を命じられた御坂美鈴は、
先日までの一週間で大分慣れた第七学区の大通りを練り歩いていた。

つまりはもう一度視察からやり直し、という訳である。


「チクショウ一生懸命書いたのによう……バリバリ私用に転換しちゃって美琴ちゃんに会いに行っちゃうぞコノヤロぉ……」


因みに今の時間は夜の10時。
電車やバスの最終便が学校の最終下校時刻に設定されている学園都市からすれば、比較的遅い時間だ。
急な来訪の決定に出発が遅くなりこんな時間での到着となった美鈴は、もういっその事夜回り先生ばりに深夜を屯する子供達を観察していこうと考えた訳である。

この時間帯にスキルアウトに襲われた事を、彼女は学習していないのかもしれない。


「ちょっとそこの奥さん、こんな時間に歩いてると危ないじゃんよ」


しかしそんな彼女にも救いの手を差し伸べる人間はいた。


「あり?煙草買った時につっかかってきた警備員のオネーサンだ」

「あの時は悪かったじゃんよ。ハタチ有るか無いかって見た目だったから、まさか中学生の子持ちとは思わなかったじゃん」


見覚えのあるジャージ姿の、それでもそんな飾り気のない服装からムンムンと色気を溢れださせた女性は
先日美鈴が学園都市を訪問した際に、コンビニで煙草を注文した所に居合わせ店員より早く身分証提示を求めてきた警備員だ。
今でこそ腕章を着けていないが、警備員は教職員達がボランティアで兼ねる役職だというから勤務時間外なのかもしれない。


「いえいえ。ヤダあのヒト未成年かもー、なんて若く見られたってんなら美鈴さんも嬉しいってモンですよ」

「そう言ってもらえるならコッチも気が楽だけど………そうだ!これから丁度飲みに行く所だし、よかったら一緒にどうじゃん?
 実際住んでないと分からないような穴場の店、紹介するじゃんよ。勿論コッチの持ちで」


穴場の店、と聞いて美鈴の耳がピクリと跳ねた。
学園都市には何でも最新鋭科学技術によって特別な製法で熟成させた上等酒があると聞くではないか。
酒好きの美鈴としては是が非でも飲んでみたかったものなのだが、これまでの訪問では一度も巡り合えた事がなかった。


「イクイクイクイクイっきまあす!!幻の名酒『AIM拡散力場酒』を一度でいいから美鈴さん、飲んでみたかったのよねぇ」

「任せるじゃんよ。焼酎、日本酒、ワイン、学園都市限定品から『外』の逸品まで揃った最強の店に案内するじゃん」


ひゃっほおーい!!
テンションの高揚しまくった学園都市外部の保護者と、飲んで語ってをヤる気満々な警備員。
出会ってはいけない二人が此処に集結してしまったのかもしれない。


主に、曰く『あーくん』にとって。







867 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 3/12[saga] - 2011/04/29 23:41:36.22 YwvneVLQ0 15/24




ブルリ。
前触れもなく隣で体を震わせた少年を見て、結標淡希は呆れた様に顔を顰めた。


「やだ、4日も行方不明になってたと思ったら今度は風邪?うつさないでよ」

「違ェよ、なンか………――――悪寒が走っただけだ」

「寒気か?熱出たとか言うなよ、お前を探していた分の仕事が詰っているんだからな」


「分ァってンよ」面倒臭げに頭を掻いた一方通行は、目の前の机に置かれた資料の山を見ながら「今時紙媒体かよ」と文句を洩らす。
ネットワーク上のデータではハッキングなどの恐れがあるのは百も承知だが、どうにも紙は一枚一枚捲る手間が見ていて嫌になる。

今彼らが座っている黒塗りのキャンピングカーの座席は学園都市の小組織『グループ』のアジトである。
何故そのアジトに大量の書類、もとい仕事が舞い込んでいるかといえば、先程構成員の一人である土御門元春が言った様に彼――― 一方通行に理由がある。

一般人が暮らす表舞台の平和の為に日夜裏社会で暗躍する彼らであるが、
不休連戦という劣悪な任務の中遂にヘマをやらかしてしまった一方通行は命の綱である電極を電池切れに追い込んでしまい、
その上最悪な事に同僚から『回収』を受ける前に背負われ連れ去られてしまったのだ。


そう、親切から『保護』を試みた一般人に。
彼が命を賭してでも護りたい少女達の、遺伝子上の血縁者に。


本来『グループ』だけでなく学園都市の暗部に所属する構成員達は、身内や友人に裏社会に関わっている事を悟られるのはタブー中のタブーなのだ。
それを一方通行は易々と犯してしまい、あまつさえ4日間も第一位行方不明の状況を作ってしまった。

『電話の男』からお咎めがないのは、彼がそこまで消耗するほど能力を行使しなければ街で平凡に暮らす学生達に甚大な被害が及んだ為であり、
だからこそ同僚達も彼を始末する方向には動かなかったのだ。
ただし当て付けとばかりに大量に押し付けられた仕事への嫌味を言われる事はあるが。


一方通行は積み上げられた書類の束をパラパラと乱雑に巡りながら、
(しかし内容は完璧な状態で頭に入っている。何せこの彼は35万7081文字のウイルスコードを52秒で読破し48秒で反芻、65秒で記憶照合した超人だ)
一つ一つのデータを数瞬でパズルの様に組み上げ、より完全に近い『状況』を脳内に嵌め込んでいく。
まるでその頭脳を丸ごとシミュレーションシステムに置き換えた様に脳内で造り上げた『想定状況』に身を預け、現場での何百万通りの対応を練り混ませる。


「――――……MARのキャパシティダウン製造工程データ盗難事件、ねェ……」

「俺達は『外』の賛同機関からの要請で動いた奴らの『内部犯行』じゃないかと睨んでいる」

「ま、妥当だァな」


MARことMulti Active Rescue は警備員の一部署として用意された先進状況救助隊だ。
元隊長兼付属研究所所長であったテレスティーナ=木原=ライフラインの起こした騒動から一時活動はストップしていたが、
いつ何時必要とされるか分からない救助部隊を学園都市がいつまでも放置しておく筈もなく、
早々に別の人間が隊長の座に据えられ部隊として復活を遂げていた。

無論部隊改変の際にメンバーも総入れ替えの憂いにあったが、
前研究所所長テレスティーナが開発した特殊駆動鎧やキャパシティダウンのデータや実物も変わらず此処で管理されている。
要は下手に外へ出すより、新たに入れ替えられた正義感溢れる警備員のお膝元で保管した方が安心だろうという考えだ。


「でも一度は事件を起こして御坂美琴にボコボコにされて元々いたメンバーは全員クビになったらしいし?
 新しいメンバーも簡単に盗難を許すだなんて、MARも面目丸潰れね」


しかし結標の言う通り、それも無駄だったらしい。
厳重に管理されていた筈の演算阻害音響装置キャパシティダウンの製造工程を示したデータは簡単に盗難され、
警備員の精鋭が何事かと、その尻拭いが暗部にまで回って来てしまった。

土御門はこれを、『外』の学園都市協力機関が『内』の組織と結託しての犯行ではないかと睨んでいるらしい。
盗んだデータから実物を製造し、高位能力者のサンプルを奪取してこよう。そんなところだろう。

今出回っている完成品や同じ様に演算阻害を目的としたAIMジャマー固定設置型が基本である。
重要な建造物等への能力による侵入を防ぐ為でなく無差別に能力者を陥れるために用いるのであれば、
未完成版と言えどオーディオ機器程度の大きさだった試作型の方が何かと都合が良い。
その推測は一方通行、土御門共々共通している。





868 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 4/12[saga] - 2011/04/29 23:43:15.43 YwvneVLQ0 16/24




「――――で?その盗んだ奴らが完成させた改良型試作機が更に盗まれたっつーのは、どォいう事なンだよ」


そう。事態がややこしくなっているのは此処からだ。
一方で一方通行の捜索に当たりながらも、グループの面々はキャパシティダウンの製造データを盗んだ組織を独自の手段で追っていたらしい。
しかしいざ居場所を突き止め襲撃して見れば、ブツはまた別の組織から盗難されていたというのだ。

最初に盗んだ組織のバックグラウンドを現在洗っている途中だと聞くが、更に盗んだ組織がそれで割れるかと言えばその可能性は無きに等しいだろう。
面倒臭い事この上ない。


「理事会は同じ手を考えた別の外部組織が横槍をしたんじゃないかと考えているらしい」


「それもまァ妥当な線だな」明確な目的と言えばその程度しか浮かばないかと考えながら同意する一方通行に、
「そういえば」と話題を切り替えるための文句を結標が切りだした。


「キャパシティダウンって言えば、私や土御門が動けないのも痛手なのよね。レベルの低い能力者にも効果があるらしいし、アレ」

「まあ結標よりは音聞いても大分楽だがな」


ホワイトリスト式に害ある者を無意識に『反射』できる一方通行は例外として、
能力者全般に効いてしまう装置に万全な態勢で対応できるのは『グループ』内ではこれで一方通行と海原光貴だけになった。

土御門は無能力者だが能力発言自体はしている為に演算阻害による弊害が表れてしまった様だ。
つまりは同レベル能力者の中にも存在する優劣――――例えば大能力者の『座標移動』と大能力者の『空間移動』のスペック差―――も関係するのだろう。


「って、さっきから海原ったら何も話さないじゃない気持ち悪いわね。好みの幼女でも見付けたワケ?」

「………いえ、幼女ではなく好みの顔した成熟女性をお一人」


―――――好みの顔?
海原が思い人と公言する御坂美琴を思い出し、オリジナルがそこらをウロついているなら暫くは車を降りられねェなと考えた一方通行も
しかし『成熟女性』という表現が気になって結標や土御門と同じ様に海原の指さす方向を覗いてみた。

すると、




「美鈴さんには帰りを待つパパがいるんでぇ~~ボク達の相手はしてあげられないんですね~~チューまでならホッペに可だけどお~~」

「幾つになっても娘にガミガミ小言吐くクソ親父なんか放っておいてよ、俺達と遊ぼうぜオネーサン?」

「チューだけじゃなくて俺達どうせならオネーサンともっと進んだ遊びがしたいんだけどお」




目標補足。
御坂美琴と同じ顔をした、ナイスバディの成熟女性。


「なァにやってンだ、あの馬鹿女ァああああああああ!!?」

「あらあら大変じゃない早く行って助けてあげなさいよ、あーくん」
「お母さんがお困りだにゃー、バカ息子」
「御坂さんの事はお任せ下さい、お義兄さん」


やはり気付け用にと『回収』の際に持ってきたコーヒー缶には盗聴器が仕込まれていたか。いや、恐らく小型カメラも搭載されていただろう。
電極を切り替えて人暴れしてやりたかったが、馬鹿女も放っておくと厄介だ。
仕方がないので『お義兄さん』と呼んだ海原だけチョップを入れ(能力ON)、一方通行は颯爽とキャンピングカーを飛び出した。







869 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 5/12[saga] - 2011/04/29 23:44:21.96 YwvneVLQ0 17/24




「でさ~~、この前この街で第二の子供が出来ちゃったワケなんですよお、捻くれ者で優しいム・ス・コ☆きゃー」

「御坂さんが羨ましいじゃんよー。ウチのなんか書き置きもなしに薄情にもとっとと出て行きやがってさー。
 長点上機だか何だか知らないけど、せめて家で歓迎パーティー開いてから寮に移って欲しかったじゃん」


時は遡って2時間前。
よもや互いの『息子』が同一人物であることなど露知らず、御坂美鈴と黄泉川愛穂の女二人は黄泉川が進める穴場の店で酒を傾けながら意気投合していた。


「分かるわ~、なんであの年頃の男の子って皆一度決めたら頭ごなしに勝手に進めちゃうんでしょうね。
 ウチの息子もあれだけ献身的に面倒見てあげたのに『世話ンなった』の一言で行っちゃうんだから~」


プハー、とカップに並々注がれた焼酎を喉に流しながら同意する美鈴は隣で飲む黄泉川同様既にホロ酔いで、
これは黄泉川の知らぬ所だが酒癖の悪い彼女があとどれほど正気を保っていられるか危うい所だった。
それでもバッドタイミングというのは、都合の悪いときに起こるからそう呼ばれる言葉なのだ。

ピリリリ……


「おっと電話じゃん、失礼」


懐から存在を主張する携帯電話を取り出した黄泉川が酔った口調で「もっし~」なんて応答する。
が、電話口からは焦った様な声が漏れ聞こえ、聞き耳を立てていた美鈴は首を傾げた。
何かあったのだろうか。


「分かった直ぐ向かう。鉄装にはこっちから連絡しておくから、そっちも出て来れそうなヤツ片っ端から連絡を……
 ―――――ゴメン御坂さん、警備員の部隊から呼びだされた。お代は店の親父にツケといてくれれば今度払っとくからゆっくり飲んでって」

「残念、お仕事気をつけてね」


簡単に挨拶を交わすと走って去っていった黄泉川を見届けながら、美鈴は瓶から自分のカップに再び焼酎を注ぎ一人酒を洒落込む。
思った以上にこの穴場と置かれている酒が気に行ってしまい、帰ろうと考える度に後もう一杯だけと頭の中の悪魔が囁く所為で帰るに帰れなくなってしまった。

そして結局、


「お客さん、もう店仕舞いだから帰って下さい。お代は愛穂ちゃんにツケとくから」


半ば追い出される様な時間まで、美鈴は一人の明け暮れてしまったのだった。





870 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 6/12[saga] - 2011/04/29 23:45:38.31 YwvneVLQ0 18/24




酔い覚ましに少し夜風に当たろうかとフラフラ歩いてホテルを目指してみれば、いかにも自分達不良少年ですといった風体の少年2人に美鈴は声を掛けられた。
普段なら済ました顔で「あらそんなに若く見える?でも私夫と娘持ちよホラこの写真」と躱せるのだが、
生憎と一度酔ってしまった彼女にはそんな判断力など皆無である。

そもそも女子大生にしか見えないような見た目で「だからあ~パパに怒られちゃうって~」なんて言われた所で、
想像するのは実の父親かイケナイお店のパトロンくらいだ。まさか旦那とは思うまい。

埒の明かない美鈴の態度にもう連れ込んじまった方が早いと目で合図した少年二人が、美鈴の細い腕を引っ張る。
そのまま目立たない場所まで御同行願おうと歩き出せば「あ、ついでに○×ホテルまで送ってって」なんて言い出すものだから性質が悪い。
もしこれで彼女に何かあったとしても、同意の上だったという供述が本当に思えてしまう状況だ。

もういっそそのホテルとやらまで一緒に行ってそこでこの女と禁則事項的な事でも致してしまおう。
少年達がそんな事を考え始めた時だ。


「おィ中坊の子持ち馬鹿女、こンな夜更けにガキ誑かしてンじゃねェよ帰れ」


非難されそうなのは自分達だろうに、何故か女の方を貶める様な台詞が人気のなくなった大通りから割って入った。
カツリ、コツリと杖をつきながら近づいてくるその声の主の姿を、クルリと振り返った女が確認すると


「あーくんだ、あーくんだ大きくなってー!!ねえねえアレ私の息子~~カッコイーでしょ?」

「誰が息子だ、っつーか酒癖悪ィンなら飲むンじゃねェ馬鹿」


「世話かけたな」と軽く会釈したその人物は、先程まで杖をついていた筈の体を気にしない様に女の肩を悠々と支えながら歩き出した。
どっかでタクシー拾うか、などと呑気にブツブツ呟いている。


「―――って、待ちやがれ!!その女とどういう関係だか知らねえが、女は置いて行ってもらおうか!?」


お約束の台詞に憐みの視線を返されたのが実に不快だ。感情の赴くままに拳を振り翳し飛びかかる。
すると、








「…………ったく、やっと大人しくなったか。手間取らせやがって」


勿論能力で打ち負かした不良少年達の事ではない。つい数分前まであーくん、あーくんと喚いていた美鈴の事だ。
ヨロヨロと危なっかしい美鈴と共にタクシーに乗り込み、先日泊ったホテルへと向かう。
学生カップルが夜を過ごすには高すぎるホテルの名にチラチラとこちらを見遣る運転手の視線が鬱陶しかったが、それも我慢した。
これで充電切れの際面倒をかけた借りはチャラだ。一方通行はそのつもりだったのだが、


「あーお部屋だー、いつの間にか帰ってるう~。さ、あーくん、もう寝ましょうねー」

「だァああああ、うっぜェええええええ!!!」


押し倒されようが無理矢理布団に押し込められようが、例の少女達を成長させた様な顔立ちの美鈴を無下にする事もできず、
どうしてこうなったのか。
結局、同じ部屋の同じベッドで一晩を明かしてしまった。あー、うぜェ。







871 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 7/12[saga] - 2011/04/29 23:46:40.06 YwvneVLQ0 19/24




朝起きて「あらあーくんったらお布団に潜り込んでくるだなんて……ママが恋しかったかしら?」と聞かれた時は、流石に殺意が湧いた。


すぐ暴力に移らなかっただけ自分は大分成長したように思う、精神的に。
ホテルのルームサービスは飽きたから近場のファミレスで朝御飯にしたいなどと言いだした美鈴に強引に付き合わされる事となった一方通行は、
ファミレス特有の薄いコーヒーと安ったらしいモーニングセットを前に切実にそう感じたという。


「恥ずかしがる事ないのに。一緒にお風呂にも入った仲じゃない。ママちゃんと覚えてるわよ、意外とあーくん大き――――」
「黙れ」


自分の台詞を遮った故なのか、あまりに素っ気ない態度を取られた故か。
むぅ。と年齢不相応に唇を尖らせた美鈴は、しかし直ぐに天真爛漫な表情で「ハイあーくん、あーん」とフォークに突き刺したウインナーを差し出して来た。
一方通行がそれを無視して自分のセットのウインナーを口へ運ぶと


「あーんって強請るの、可愛かったのになぁ。オムライスの時なんかお口の周りケチャップで汚しちゃったりしてて。ママ残念」

「いい加減にしろ、とっとと本題に入りやがれ―――――……酔った振りして一晩引き留めやがって」


一方通行の真っ赤な双眸がギロリと美鈴を射抜いた。
大抵の人間なら彼の威圧に背筋を凍らせるものだが、自称母親を名乗る彼女にとっては子供の背伸びと同義らしい。
「別に酔っぱらってたのは振りじゃないけどさー」と言いながら半ば困った様にポリポリと頭を掻きながら、美鈴は真っ直ぐに少年の瞳を見つめた。


「―――――学園都市で戦争が起こるかもしれないっていうの、知ってる?」

「先端科学を扱う学園都市に反化学思想を謳うロシアの宗教団体が喧嘩売ったって話だろ、知ってる」

「私一番最初に君に会った日……本当は美琴ちゃん――――娘を、連れ戻そうと思ってたの」


それも知っている、とは一方通行は言わなかった。
ガラリと雰囲気の変わった、例えるなら何かを悟った様な打ち止めの表情に良く似た美鈴の顔(実際は打ち止めが美鈴に似ているのだが)に彼女の真剣さを受け、
彼は黙るしかなかった。


「でも娘はこの街に残る事を望んでるみたいだし、君達みたいな……私を助けてくれた君達みたいな子があの子の事も支えてくれれば安心かな、って」


―――――気付いていたのか。
一方通行自身も、あの日自分が現場にいた事を美鈴が気付いていたのではないかと薄々考えはしていた。
銃を握ったまま愚かにも充電切れを起こして拾われた際、警備員にも風紀委員にも引き渡されなかった時に、そう感じざるを得なかった。

普通タクシーに乗せてやった程度の恩では、余程のお人好しでない限り匿おうなどとはしない。
つまりは再開した当初から美鈴は、それ自体は知っていたのだ。
一方通行が銃器を扱える環境にあるという、それ自体は。


「………で、結局オマエは何が言いたい?カワイイカワイイ私の娘を助けてあげて~ってかァ?」

「そうよ」


隠しもせず言いきった美鈴に、一方通行が眉根を寄せる。





「―――――娘を、お願い。護ってなんて図々しい事は言わない。だからせめて、あの子が苦しい時に見掛けたら、支えてあげて」






872 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 8/12[saga] - 2011/04/29 23:48:01.84 YwvneVLQ0 20/24




「この街には君がいるんだ、ってそれだけで、私は安心できるから」そう呟いた美鈴の表情は、何処までも何処で断ち切ろうとも<母親>だった。
オリジナル、妹達、打ち止め。
彼の知る10034人の少女達ととてもよく似た、彼が葬った10031人の少女達と限りなく同じ顔をした<母親>。

『 <娘> をお願い 』

その言葉は彼にとって、免罪符であり鎖であった。
全てを許容し包み込む様な慈愛を纏った、責任と処罰を言及する一言。
美鈴にその自覚はない。娘の事情も彼の事情も、彼女にとっては遠い世界の見知らぬ話だ。

だが、一方通行には。


「―――――もる、」

「へ?」


掠れた声で吐き出す様に漏れた返答に、美鈴は思わず素っ頓狂な声を上げる。
しかしそれでも構わぬように、一方通行は食べかけのモーニングを放棄して伝票を抜き取りながら席を立った。
そして、



「オマエの娘はこれ以上一人たりとも失わせねェ。命に代えても俺が、―――――護る」



器用に杖をつきながらズボンの尻ポケットに突っこまれた財布を漁って歩く彼の左手を、美鈴の細い指先が絡め取った。
自身の進行を阻む美鈴に、一方通行が目を細める。

「駄目よあーくん、そんな事言っちゃ」嗜める美鈴に、一方通行はいよいよ訳が分からない。
迂闊にも妹達の存在を臭わせる事を喋ってしまったが、疑問を問われるならまだしも注意される箇所が見当たらない。

美鈴も食べかけの朝食をそのままに、一方通行の左手から伝票を掠め取ると同じ様に席を立った。
彼の正面に立ち上がり、真っ直ぐに赤い瞳を見つめながら、美鈴は彼の白い頬に手を寄せる。


「命に代えるだなんて、言っちゃダメ。私を悲しませたくないのなら自分の命も大切になさい。――――-あなたは私の大事な息子、なんだから」


勝手にほざいているだけだ。息子になるなんて言ったつもりもなければ、母親になっていいか聞かれた事もない。
分かっている、赤の他人だ。その筈なのに一方通行は御坂美鈴を振り切れない。
顔立ちよりも、罪悪感よりも前に、頬を撫でる細い指先の温もりが彼に拒絶を躊躇させる。


「あの子を気遣ってくれるなら、兄と誇れる自分になりなさい。………アクセラレータ」


抱き締められた。触れるというには強く、締め付けるというには弱く。
白衣を重ねた研究者にも能力を測る計測機にも決してなかった温かみ。
肌を通して伝わる体温の居心地の良さに、無意識に一方通行も腕を伸ばそうとして―――――――


ピリリリリリ


懐に入った携帯電話が音を上げた。
通知を見ずとも解る。この時間、この状況でコンタクトを必要とするその相手。
ふと窓辺を見渡せば、建物の隣に黒塗りのキャンピングカーが添えられていた。

伸ばしかけた腕を静かに降し、一方通行は踵を返した。
離れ際ボソリと呟かれた言葉に、今度は美鈴も、彼を引き留めはしなかった。




「―――――………次に呼ばれる時は、美琴ちゃんみたいに『ママ』が良いかな」








873 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 9/12[saga] - 2011/04/29 23:49:01.15 YwvneVLQ0 21/24




「迷子になりやすい <あーくん> にはGPSが必要かと思ってな」いつの間にか勝手に取りつけられていたらしい探査装置について問えば、あっさりそう返された。
呆れた様に溜息を吐いた一方通行に悪びれる様子もなく、土御門はただ一言。


「仕事だ」

「状況はどォなってやがる?」

「例のキャパシティダウンを利用した連中に立て篭もられた。目的は恐らく高位能力者の捕縛、場所は―――――常盤台中学」








広大な敷地面積を誇る超お嬢様学校を僅かに離れたビルの屋上で双眼鏡を覗き込みながら、海原光貴と一方通行は顔を顰めた。
警備員の数が多すぎる。
元々キャパシティダウンの製造データを盗まれたのが自分達のシマからだった所為か無駄に張りきっているらしいが、
『グループ』達暗部が動くには邪魔にしかならない。


「チッ、黄泉川の野郎まで居やがる………さっさと引かせろ」


『電話の男』にでも連絡を付けたのか、携帯電話を折りたたみながら「どうしますか?」と尋ねる海原に、
警備員達が渋々といった体で下がっていく姿を確認した一方通行は「乗り込む」と端的に告げた。

一方通行の能力は触れただけで破壊を齎す。
相手の組織など詳しいデータもなく高位能力者保護という急を要する状況ならば、現場に乗り込み生の情報を漁った方が手っ取り早い。

海原もそこは理解しているのか、文句の一つも零さずに一方通行に同意する。
現状はオールイエロー。
立て篭もった十数人の駆動鎧がキャパシティダウンを作動させ、学生達は昏倒或いは不調。
いずれにせよ能力は使えず、学内の教員は大抵が死亡し生きている者も動けない状態にあると聞く。
そもそも立て篭もる前に校門近くで負傷者が多数出るほどにはそれなりに大きい事件を起こし、常盤台に所属する警備員らを外に引きつけたというのだから計画的だ。

それでも馬鹿高い入学金と学費を請求する仮にも上級を名乗る学校ならそんな古典的な手に引っ掛かるなよと一方通行は思うのだが、
起きてしまったものは仕方がない。
時話題中学と聞いて一瞬だけ浮かんだ御坂美琴の顔に何考えてンだと嘲笑し、彼は杖を小さく握る。


「俺は敵の駆動鎧ブチ壊しながら先に行く。オマエは勝手に後から来い」


外で構えていた警備員が完全にいなくなった頃を見計らい、一方通行が高層ビルの屋上から飛んだ。
そのまま僅かに低いビルの天井や側面を二、三度蹴り上げ、学園都市最強の超能力者が豪奢な校内へと消えていく。

そんな光景を眺め終わると黒曜石のナイフをクルクルと手元で回転させていた海原は、
幼子の意地っ張りを呆れながらも許容する様に「まあ、仕方がないですかねえ……」と息を吐いた。


「御坂さんを助ける役目は今日だけ譲ってあげますよ、お義兄さん」







874 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 10/12[saga] - 2011/04/29 23:51:33.14 YwvneVLQ0 22/24




ガショリ!!
生身の人間が生み出したとは到底信じられない破壊音と共に、黒く塗装された駆動鎧が中身の人間を吐き出しながら崩れ落ちた。
これでこの部屋にいた敵兵は全て片づけた事になる。
この一角でのリーダー格だったらしい最後の駆動鎧を操縦していた男の懐を漁りながら、一方通行は舌を巻いた。

電磁投射砲を駆動鎧のサイズで発射できるよう開発されたハンドコイルガンに、イナーシャ・オペレーションを威力、サイズともに強大にした様な自動連射式散弾銃。
学内中に設置された劣化版小型キャパシティダウン。
おまけに警備員対策なのか、自分達の電磁操縦チップを通常の物と変えた上で駆動鎧用チップ攪乱装置まで準備されている。

よく調べてある。そして、それなりに資金援助を受けている。
警備員の駆動鎧用チップの情報など極秘中の極秘だ。これが知れれば簡単にスキルアウトに操縦権を奪われてしまう。
装備した武器に関しても開発費と開発研究所、共に質が良い事が窺える。
そのうえ一方通行が手を下せば簡単に殲滅できるレベルではあるが、思ったよりも組織として統制もとれている。


(<猟犬部隊>と同等の暗部組織……?だが裏側の暴走なら駆除依頼は<電話の男>じゃなく理事会から来る筈、か)


そもそも、先程から拘束する為の武具が見当たらないのが引っ掛かる。
能力者を捕縛するのが目的であるならば、拘束と輸送の手段は必須である筈だ。

何かがオカシイ。こちらの推測が何処かズレている。
考えろ。
キャパシティダウン、一度盗難に遭い更に盗まれた製造データ、一度目の犯人として捕まった外部協力機関との関連を疑われる組織、駆動鎧の操縦チップ、
そして


『理事会は同じ手を考えた別の外部組織が横槍をしたんじゃないかと考えているらしい』


<高位能力者捕縛を目的としている>。その推論は何処から始まった?
まさか、

―――――――そう思わせる事に意義があるとすれば?

学園都市外部協力機関との関連組織がデータを盗んだ事を利用して、自分達も能力者捕縛を目的としているよう見せかけたのだとすれば?
実際に学校一つをまるまる人質としその線を濃厚にして、自分達の素性を隠したとすれば?
目的は捕縛ではなく別の事、例えば殺害にあるのだとすれば?


『一度は事件を起こして御坂美琴にボコボコにされて元々いたメンバーは全員クビになったらしいし?』


この常盤台中学で狙われるだけの価値がある存在。
狙われるだけの理由を持つ人物。
それは旧MAR隊長テレスティーナ=木原=ライフラインを起訴した


御坂美琴


「――――………そォ言う事かよ」


チッ、一度舌打ちした一方通行は怒りのままに転がっていた駆動鎧を踏み付ける。
カミサマっつーのがもし居るンなら、あの顔をした女共へ余程俺に何かをさせたいらしい。

『娘を、お願い』
そう言った美鈴の顔が浮かんで消えた。
あの女から、これ以上娘を奪う気か。それが神様とやらの決定事か。


「その幻想をブチ殺す、だったか?」


なら何処までも逆らってやる。
世界を血溜まりで覆ったとしても確実に、この手で救い上げてやる。


「やってやろォじゃねェか、刃向かう全ての現実をブチ殺して」


嗚呼、目的があるっていうのは、本当に楽しい。






875 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 11/12[saga] - 2011/04/29 23:53:35.64 YwvneVLQ0 23/24




「オイ海原、オマエはもうこっちに乗り込んでるか?」

『ええ既に。貴方が送ってきたキャパシティダウンの位置予想図も確認しましたよ』


海原の返答に一方通行の口端がニヤリと上がった。
その顔はとてもこれから学生達を救いに立ちあがる英雄像には見えない。


「ならオマエのナントカの槍で印しつけた順に壊しとけ。俺は俺でやる事ができた」

『…………………大方予想もつきますが、まあ良いでしょう今回は譲ると決めましたし。ただし、傷の一つでも負わせたら自分が貴方を殺しま――――


海原の話を途中で遮り通話を切った一方通行は、先程彼に送ったキャパシティダウンの位置予想図を見遣る。
音によって演算を妨害するキャパシティダウンは、一方通行の能力で音の下を辿れさえすれば常盤台の設計図と照らし合わせて粗方の位置を探る事が出来るのだ。

キャパシティダウンの効果範囲、および先程調べた御坂美琴のクラスの位置から彼女の演算を阻害している装置の数は予想で10機以上。
全部壊して回っている間御坂美琴が安全かと言えば、彼女の状況にも寄る。
故に一方通行は、より優先度の高い順に装置を破壊する様海原に指示した。
能力者の生け捕りが目的ではないと分かった以上、美琴以外の学生の生死は問われかねない状況の中、これで一方通行自身は御坂美琴の安全に徹せられる。

お嬢様学校と言えど、机や椅子の材質レベルはともかく教室の構造は然程変わりないらしい。
能力全開で走りながら教室の概要をチェックしつつ、一方通行は美琴の教室をひたすらに目指す。

すると、パン、という甲高い銃声が三半規管を刺激した。
考えてしまう最悪の事態を振り払い、上等な質の廊下を細い脚が蹴り上げた。







教室中がクラスメイトの悲鳴でいっぱいになった。
生徒達を庇おうと前に出た担任が大振りな駆動鎧装備用の銃で撃たれた為だ。
覚えのある演算阻害効果に意識を奪われながら、美琴は突如教室へ侵入してきた5機の黒塗りの駆動鎧を睨みつけた。

呻く担任。
恐怖におびえるクラスメイト。
どうして、どうしてこんな事に。

脅えよりも怒りが勝ったのは美琴だけではなかったらしい。
隣で演算阻害に苦しむ婚后光子が勇敢にも侵入者に喰ってかかった。


「貴方がた、此処がかの常盤台中学でわたくしが婚后光子と知っての狼藉ですの!?」


しかし喚かれる事自体邪魔と判断されたのか、反抗した彼女へも銃口が向けられる。
「やめなさい!!」慌てて美琴が注意を引く様にそう叫べば、侵入者たちは顔を見合わせて今度は美琴に銃口を向けた。

―――――ナニ?
ゴウン、ゴウン。独特の稼働音を奏でながら銃を突き付けた駆動鎧がゆっくりと美琴に向かって近づいてくる。
1機だけでない。侵入してきた5機全てが、まるで端から美琴だけが目的だったように自分に襲いかかるのを見て、
なら私が死んだら皆は助かるのかな?と美琴はぼんやり思った。

クラスメイト達が周囲にいるこの状況で、暴走を起こしかねない能力を使う事はできない。
自分の所為で友達を殺してしまうかもしれない、そう考えると恐かった。
自分が誰かを殺すより、自分が誰かに殺される事の方がずっと楽だった。
だからなのか、このまま死ぬのかなという疑問にも、どことなく冷静な自分がいた。


「…………ねえ、私以外に殺さないって、約束してくれる?」


「馬鹿な事を言うのは止めなさい!!」婚后の必死な声が耳に心地良かった。
駆動鎧は答えることなく、沈黙を保ったまままた一歩、美琴に近づく。
そしてその銃口が座り込んだ美琴の額へと静かに添えられた時、





876 : 続 御坂美鈴の学園都市7箔8日一人旅 12/12[saga] - 2011/04/29 23:57:15.76 YwvneVLQ0 24/24



ババババババババババ!!!!!!!
ドアの影から、駆動鎧が持ち合わせる様な重量ある大型の銃器を鳴らす生身の白い腕だけが見えた。
その人物は正確な軌道で今にも美琴を殺そうとしていた駆動鎧を撃ち抜くと、今度は別の駆動鎧を手際良く破壊していく。

身体強化系の能力者なのだろうか。否、その前にどうして今能力が使えるのか。
美琴が疑問を昇華する前に、弾がなくなったのか味方とも断定できない人物が銃そのものを生身の人間には出せないようなスピードとパワーで駆動鎧へぶつける。
残り2機。獲物が無くなった彼、或いは彼女は一体どうするというのか。

美琴は目を凝らして何とかその謎の人物を捉え様とする。まだ彼が敵なのか味方なのか、判断付かない。
しかし美琴の視界を未だ活動を続ける駆動鎧が遮った。
重厚な機械がドアの影にいる人物を射とめようと、そちらへと走り出す。
すると、

風の砲弾が、駆動鎧を弾き飛ばした。
勢いよく飛ばされた駆動鎧は無事だった最後の1機に激突し、そのまま両機共々沈没していく。
破壊の際に飛んだ破片で掠り傷を負った生徒の無事を確認しながら、出来得る限り被害の出ない方向へ調整してくれたようだと判断し、美琴が安堵の息を吐く。
そして思い出した様に結局あの人物は誰だったのかとドアを見遣ると、


「…………………い、ない………………」


現代的なデザインの杖を、一瞬だけしか窺うことができなかった。




『―――――でね、そっちで言う所のSATみたいな部隊が助けてくれたらしいんだけど』

「学園都市の特殊急襲部隊って学生がやってるの?能力者って事は子供なのよね?」


『さあ?』と電話越しに首を傾げているであろう娘を想像して、
最近無駄に大人びて来ちゃった美琴ちゃんもまだまだ子供らしい仕草ができているのかしらと御坂美鈴は不謹慎にも何処か嬉しくなった。


『でも絶対能力者だと思うのよ。あんな人間離れした攻撃が生身の人間に出来るワケないし、銃持ってた手もなんとなくまだ子供っぽかったし』
子供、能力者、学生。
特殊急襲部隊に所属するのが年端のいかない子供かもしれないという事は報告書には書かないでおこうと頭の片隅に考えながら、
未だ続きを聞いて欲しそうにする娘に、まだまだ甘えて欲しい母親はクスリと笑う。


「でも良かったわ、美琴ちゃんが無事で」

『まあね。担任の先生もちゃんと手術が成功したし良かったわ。………でもやっぱり気になるのよね~~』


『うう~む』と考え込む美琴に、まあ何か分かったらまた教えて頂戴と通算2時間に渡る電話を美鈴が切ろうとした時だ。
美琴がそういえば、と思い出した様に切り出した。


『特殊部隊に所属してたのに杖ついてたのよね、その人』


『独特なデザインの杖だけ一瞬見えたのよ』続ける娘の声が遠い。
まさか、とつい数時間前に果たしたとある少年との約束を思い出す。
「言ったろォが、護るって」照れ隠す様にそう言う彼の声が、聞こえた気がした。


「――――――美琴ちゃん、その子、あなたのお兄ちゃんよ」

『だから前から言ってるそのオニイチャンって何!?』


答える前にプツリときって、連絡先も素情も知らない<息子>の顔を思い浮かべながら、御坂美鈴はペンをとった。


「よっし。今度こそイイ報告書を書かなくちゃね!」



頑張ったわね、お兄ちゃん。



≪続 御坂美鈴の学園都市7泊8日一人旅≫ (完)




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