初めて会った日から、どれ程貴方を思っただろうか
初めて会った日から、どれだけ貴方の名前を呟いただろうか
初めて会った日から、どれくらい貴方の写真を見つめただろうか
初めて会った日から……何度泣いただろうか……
全ては会えないと判っていたから
弱い私は貴方と仲間のどちらかを選ぶことが出来なかった
でも、もうそんな悩ましい日々は終わり
だって
だって、貴方にまた会えると
会っても良いんだと判ったから
長かった。とても長かった
待っててね
私の王子さま……
元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-21冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1294925147/
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-22冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1295367884/
「次の作戦、『グループ』とやり合うことになると思う」
麦野の発言に、会議の席に並んだ『アイテム』の面々の顔が険しくなる。
暗部同士の小競り合いに潰し合い、又は衝突などは特段珍しいことではない。表の知らない所で毎日のように繰り広げられている。
勿論、『グループ』と『アイテム』も例に洩れない。
だが、今回は作戦の規模が大きい。
『アイテム』がこうしてオールキャストで挑もうとしているくらいだ。向こうも勿論、トップメンバーで来るだろう。
「……どうするんだよ」
浜面が弱々しい声を上げる。普段なら咎められるものだが、今日は誰も何も言わない。
「一方通行が出てくるんだろ?」
そう、一方通行の存在と恐怖が有るからだ。
大勢の超能力者の中の最高峰であるレベル5。一人で一国の軍隊をも相手が出来る程の規格外の集団。その頂点に立つ別格の男が『グループ』に居る一方通行。
最強の存在。
「まぁ、少なくとも此処に居るメンツじゃ勝てないでしょうね」
皆、それは判っていた。大能力者二人と超能力者一人が組んで向かっても時間稼ぎにすらなならないことを。
「勝てないならどうする訳よ」
フレンダの疑問に麦野の口が三日月型に裂かれる。
「作戦を成功させるだけなら、良い考えが有るの」
その言葉に皆の伏していた顔が上がる。
「何か考えが超有るんですね!」
「まさか、出し抜くとか言うなよ?」
「浜面のクセに冴えてるじゃない」
「えっ、マジ?」
「おぉよ。大真面目だ」
麦野の自信満々な表情とは逆に皆の表情は再び陰っていく。
出し抜くという何でもない作戦が、素直に通用する相手ではない。
まず、ブレインの土御門を出し抜くだけでも一苦労。その上、座標移動の結標や一方通行自身の機動力を以てすれば、多少のロスや寄り道は無に還るのだ。
「もしかして、私の力を使う作戦かな?」
「滝壺っ!」
その提案に悲鳴に近い叫びが上がる。
滝壺の力は代償として命を削っていく。恋人として、仲間として、浜面は阻止したいのだ。
だが、他のメンバーは苦々しげだが諦観した面持ちでいる。口に出すことは無いが、それしかないと考えているようだ。
天秤に掛け、一粒の砂と一つの石ではやはりどうしても砂が軽いのだ。
どれだけ大切にしていても。
「違うよーん」
しかし、麦野はその唯一とも思われる可能性を簡単に蹴ってみせた。
浜面は安堵しているが、まとまりかけた意志は混乱に呑まれた。
「じ、じゃぁ、一体どうする訳よ?」
「超他に案なんて……」
「あれれ?判んない?」
当然だよ、という視線が麦野に突き刺さる。
笑いながらそれを受け、もっと酷くなることを予想しながら自らが考えた作戦を語る。
「私が餌になる」
囮ではなく餌。
つまり、会えば食べられるより他は無し。
がたん、と椅子の倒れる音が響いた。
………………………
学園都市が第四位、麦野沈利は暴れていた。
全細胞を活動させ、全神経を尖らせ、合間を縫って逃げようとする構成員の足音、遠くから狙う狙撃手の殺意一片たりとも取りこぼさずに消し、余裕が出来ればビルへ施設へ道路へ破壊を刻んでいた。
鬼の如き猛攻。だが、その荒れる力は何処か雑で、我武者で、挑発的である。
「…ッ!」
全ては
「よォ、ご機嫌だなァ。クソ女」
暴風をものともせず、乱撃の真ん中を闊歩して現れた男
「クカカ!直ぐにミンチにしてやるよ!」
一方通行を釣る為に。
麦野の計画は簡単だ。
自分が最大限暴れるだけ。
誰でも罠だと判る程単純に。
たったそれだけ。
だがそれは、《原子崩し》が行うからこそ意味を持つ。
レベル5が暴走してこそ意味がある。普通では止められない相手。
敵は罠だとしてもジョーカーを切るしか手が無くなる。
そして、その通りになった。
二人は対峙している。瓦礫と死体が散らばる中、お互いに強い意志を持ちながら。
「来てくれたんだ、一方通行」
「ハッ!俺が来ると知っててこンな安っぽい挑発したのか。真性のバカとしか言い様がねェな!」
一段と荒れた口調で一方通行が麦野へとにじり寄る。
彼は苛ついていた。
快く釣られてあげるという任務に。
当然だが、餌が怯えないことに。
それどころか、化け物の自分が来たことを嬉しそうにしていることに。
「なァ、原子崩しァ!」
高位能力者には不可思議な余裕がある。自分の力は格上にだって通用するんだと。
一方通行は過去にそういった身の程知らずの大バカ野郎達の相手を散々してきた。
「私を知ってるんだね。嬉しいな」
呑気に笑う第四位からも同じ空気が見えた。
「知らねェ方がどォかしてるぜ。第四位の麦野沈利さン……よォッ!」
言いながら足元の瓦礫の一つを大行に振りかぶって蹴る。
ただの蹴りなら虚しく転がるだけだった瓦礫は、彼の能力によって物理法則の殻を破り、弾丸のような速度で麦野の下へ走る。
轟音を響かせた歪な弾丸は麦野の横を掠める。整った顔に赤い筋が一つ開く。
「ハッハァ!まさかこれだけでビビらねェよなァ!アバズレェ!」
この舐めた作戦への仕返しの意味もあるが、要は単なる威嚇行為だ。
プライドの高い者ならこうするだけで、激情する。そうなれば過信に満ちた愚者のすることは決まってくる。
直線的に捻りも無い、ただの力押しで潰す。
自分はそれを悉く反射させ、絶望する相手を笑って殺す。
もはや、習慣になりつつあるバカの粛正方法だ。
「な、名前まで……」
「はァァっ!?」
しかし、肝心の敵は顔を赤らめてモジモジしている。ワンテンポ遅れている上に予想外のさらに向こうにある反応だ。
これには流石の第一位も一瞬毒気を抜かれた。
「……あ、あァ、判った。キチンと時間稼ぎしてンのか。気が強そうなワリには、随分と冷静じゃねェか第四位!」
しかし、直ぐに立て直す。
ペースに引き込まれかけたと思い、さらに苛立ちは加速する。
「そっちが来ねェなら、こっちから行ってやらァ!!」
地面を蹴りつけ、対象に向かって走り出す。
敢えて能力は使わない。怯えながら死んで欲しい。或いは、時間稼ぎで逃げようとするその時に解放し、屈辱と敗北を与える為に。
麦野の鋭い目がこちらを向くのを確認すると、一方通行の口元が大きく吊り上がった。
漸く戦争が出来る。そう思ったのだ。
「ちょ、ちょっとターイム!!」
「なーンなンですかァァっ!?」
しかし、迎撃に移るかと思っていた麦野の行動はまたも一方通行の予想を遥かに越えるものだった。
可愛らしく、恥じらいながら、切羽詰まった声で、叫ぶだけ。
一方通行もはい上がった渦に再びズルズルと飲み込まれ、急停止してしまう。
「ね、ねぇ、場所移そうよ」
「……なンで?」
思考する前に口から言葉が出る。
二度目で完全に毒を抜かれた一方通行の口調からは刺々しさが消えている。
殺伐としていた最初の雰囲気は、日常会話並の応答がされる抜けたものに変わっていた。
「し、周囲の目とか……その…恥ずかしい……」
「は、恥ずかしィ!?」
「うん……」
再び俯いてしまう。
(え、えェ……)
混乱の中にある思考を必死に働かせる。
(恥ずかしいとかワケが……人の目って今さらってか……アレ?)
だが、どうにもまとまらない。
記憶を掘り返し最初から辿ると、一応顔が赤く俯き加減で場に合わないという点では統合性のとれた行動ではある。
でも、全くもって理解不能であった。
考えれば考える程に疑問が深まり、そうしてさらに思考が混乱する。
「良く判ンねェが、まァ、移動……するか」
そして、放棄。
「ほら、捕まれよ」
一方通行の手が麦野へ差し伸べる。
「え……あぅ……」
真っ赤に茹であがった彼女は、震えながら、でも力強くその手を握った。
…………………………
たった十秒間のフライト。それだけで、二人は既に銃撃の音が聞こえてこない場所にまで来ていた。
警備員や見回りの人さえ付かない完全なる廃墟となっている研究所。
明かりの無い静かそうに見える方向へ適当に飛んだので、本人さえも此処が地図上では何処に当たるのか把握していない。
帰りに若干の不安を覚えるが、彼女を要望通りの場所に運んだというタクシードライバーのような満足感が今の一方通行の中には有った。
似合わないと思いつつも悪くはないと思った。
彼の頭から、抹殺指令のことは完全に消えている。
「おら、ここなら良いだろ」
力の制御範囲から出ないように胸元に強く押しつけるようにして抱き締めていた麦野を引き剥がす。
だが、直ぐにまた腕の中に納めることになった。
支えを失った麦野が崩れそうになったからだ。流石に女の子に埃いっぱいの床への膝付きは冷酷な彼でも見過ごせないようだ。
それ以外には罪悪感もある。
(酔っちまったか……)
慣れない生身での飛行は内臓を引っ掻き回されたような感覚に陥る。かなりの速度を出していたから、通常の何倍も負荷がかかっていたと推測出来る。
(弱ェ。第四位っつっても女ってことか…)
そんなことを考えていると、腕の中の麦野が自分を軽く押した。
もう大丈夫との合図だと認識し、解放する。
顔色は変わらず最上級に赤いが、今度は支えを失っても崩れなかった。
「やっぱり……優しい…」
「それはねェ!」
反射的に否定する。
生い立ち、過去の罪、現在の偽善。
自分をダークヒーローと位置付けしている一方通行は、光を極端に避けている。
感謝の言葉や他人の視点で創られた優しい自分。そういったものが怖い。
今は自分のペースでないせいか、否定する言葉には普段乗せることのない身を切るような感情が込められている。
「優しいよ……」
「優しくねェって言ってンだろ!」
麦野は一方通行のその様子に気付かない。普段の彼を知らないのもあるが、少々惚けているのも加わって見えなくなっている。
「あの日もそうだった……」
「だァかァ……あの日?」
一方通行に新たに騒つく頭の隅で記憶を選り分ける仕事を与えつつも麦野の語りは止まらない。
「あの日から、貴方は私の王子さま……」
「……」
そして、第四位の口からはおよそ出ないであろう単語が聞こえたところで一方通行の思考は凍結した。
想いを吐露した麦野が照れて顔を両手で多ってしゃがみ込み、酷く興奮した様子で「い、言っちゃったよぉ」と儚げに呟く。
それをただ、意識も薄く眺める。
それから、暫し時間を空け、
「ごめン。話が全く判らねェンだが」
何とか自分を取り戻して精一杯悩んだ一方通行のたどり着いた答えはそんな純真な台詞だった。
『アイテム』の面々は重い空気を提げて自分達のアジトへと帰還した。
作戦は成功した。被害も驚く程少なかった。
ただ、コアの一人で大切な仲間が生死不明となった。いや、正確には死に近いだろう。
滝壺の力を使おうともしたが、キーである体昌が無くなっていた。
誰の仕業かは直ぐに理解した。自分を餌と表現した時点で帰ることは諦めていたのだろう。
無駄なことをするなという彼女の意志に見えた。
「麦野、超キャラじゃないし…」
絹旗の一人言は誰にも拾われることなくコンクリートの壁に吸い込まれていった。
死神を背負い暗躍し死を何度も経験してきたが、彼女の死には今一実感を求められず涙は流れない。
かといって、生きている希望も得られず、自分達を偽り励ます言葉の一つも浮かび上がらない。
沈黙と無気力が続く。
変化は皆が夢に誘われ始めた頃に訪れた。
アジトの扉を誰かが乱暴に叩いたのだ。
弾けるように椅子から飛び降りる。
警戒するのも忘れ、皆で押し合い攻めぎ合い駆け扉を開く。
「「麦野!!」」
「よ、よォ」
しかし、そこに居たのは一方通行だった。
「こいつ、どォにかしてくれ」
皆が待っていた麦野は殺し合いをする予定だった筈の男におんぶされ、気持ち良さそうに寝息を立てている。
状況把握が出来るまでの数分、弱り顔の赤目と点になっている4つの目は風に晒されながら情けなくぶつかり合っていた。
「何処に目ぇ付けて歩いてんだチビ!!」
「でけぇ図体で道塞いでんじゃねぇよチンカス野郎!!」
ビルとビルの隙間。一般的に路地裏と呼ばれる薄暗い世界への入り口。
その一つで、罵声がハーモニーとなって響いた。
一人はやたら図体の大きい筋肉質な男。いかにもそちら側という顔と雰囲気を出している。
もう一人は小柄で中性的な顔立ちの少年。対峙する男と負けていないのは射ぬくように鋭い眼力だけである。
触れたら爆発するような張りに張った剣呑な空間が出来上がっているが、この二人はそこで軽くぶつかっただけ。
沸点の低さと気性の荒さでは同等のレベルを持っているようだ。
………………………
『アイテム』の弱い所は高位の空間能力者と視覚操作系能力者がいないことだ。
お陰で、堅い守りの要人の暗殺をしなければならなくなった時等は多少強引に進めなければならなくなる。
キャップを深く被り、長い栗色の髪を黒く染め上げ後ろで一本に結い、だて眼鏡を掛け、自慢の胸を押し潰して膨らみを削り、さらに何枚も重ね着して疑わしさを消す。そして、ジーンズと厚底の靴を履けば完了。
中性的な美少年が出来上がる。
麦野沈利が仕事帰りにこうして変装し、路地裏を歩くのも全ては暗殺下手な組織のせいなのだ。
(あっちぃんだよ、クソ。ムカつく……)
額に浮かび上がる汗の玉を拭う。
今の時期、麦野のしている厚着は寒がりでギリギリ通るか通らないかの気温になってきている。
寒がりでも暑がりでもない彼女には負荷のかかる格好だ。
その上に背後からの追っ手にも注意を向け続けなければならないのだから、苛つきも当然。
そんな時に横道から出てきた大柄な男にぶつかった。
「でけぇ図体で道塞いでんじゃねぇよチンカス野郎!!」
頭の中の何処かにある防壁が崩れた麦野は、任務の完全遂行を放棄して男に食ってかかった。
………………………
「チンケなクセに威勢だけは一流だな。坊や、悪いこと言わないから泣く前にお家にお帰り」
「ヒャハハハハ!テメェみてぇなゴリラが坊やなんて気持ち悪いんだよ!笑いでも取ろうとしてんのか!?」
男の首筋の血管がピクリと反応を示す。
二回のぶつかりだが口喧嘩の方は麦野が圧倒的な優位に立っていることが判った。
「ガキが。調子乗ってると痛い目見るぞ」
男の手に銀色の光が走る。
入手がしやすいバタフライナイフが麦野に向けられる。
「玩具のナイフがどぉしたってんだよ!もしかしてそれで脅せてるつもりなのか?アヒャヒャヒャ!傑作過ぎる!ボケの才能有るよお前!!」
「こ、こぉんのぉぉお!」
ナイフが振られる。愚鈍そうな見た目に反して素早い。
「もう暴力かよ!?どんだけ早漏なんだよテメェは!」
だが、所詮は素人の怒りに駆られた単調な攻撃。
身体を捻って躱し、そのままカウンターの蹴を入れる。
全身のバネを大きく使って放たれたその蹴は、華奢な身体からは想像もつかないような破壊力を纏い、米噛みへと吸い込まれた。
男の全身が吹き飛ばされた顔に引っ張られて揺れる。
一撃で沈ませるに十分な威力だった。
「グッ……!」
だが、痛みに顔を歪ませたのは麦野の方であった。
何故かノーダメージですんでいる男は、その隙に右手を突き出す。
麦野は鍛えられた反射速度で直ぐに軸足で跳ねた。しかし、完全には間に合わず、腹部が熱を吹き上げた。
右足の激痛に耐え切れず、その着地にも失敗し、無様に地面を転がる。
「ほぉら、痛い目見ちゃったよ?」
下卑た視線が麦野を見下す。
「クソがクソがクソがクソがぁぁぁぁ!!」
油断、過信、軽率
腹が立つ
愚弄、慢心、優越
殺意が芽生える
「ちょと堅くなれるぐらいでゴキブリ以下が見下してんじゃねぇぇ!!」
攻撃の威力は相手に伝わっている。体勢が崩れたからそれは判る。
ということは、絹旗のように壁を張っているいるワケではない。肉質そのものの変化。或いは、頭蓋が鉄で補強されているか。
「良く判ったな。誉めてやるよ」
男の言葉は上から降り注ぐ。
足が折れ、腹部に刺し傷を負った華奢骨細な少年一人。
自分の手にはナイフと能力。
負ける要素を探せないのだろう。
「お前、ブチコロシカクテイだよ!!」
麦野の手に青白く光る電子の壁が創造されていく。
「ハッハッハ!光るだけの能力で殺せるかよ!!」
男は優位を信じている。
彼は知らない。目の前の少年がレベル5の一人であることを。
彼は知らない。二人の間に圧倒的実力差があることを。
「キエロ」
壁を男に向ける。
そして、麦野の視界から目障りで不愉快な人間の一人消えた。
おかしなことになっていた。
昨晩、突然倒れた麦野を背負い、彼女の指示通り『アイテム』のアジトまでやってきた。
この時点で何か間違っている気がしないでもないが、自分と彼女が敵対する組織の最終兵器同士であることを省けば、まだ許容できる範囲だろう。
連れてきてから直ぐに去るつもりだった。元より馴れ合う予定はない。
敵もそうだと思っていた。
だが、予想とは反対に『アイテム』の面々は自分を歓喜の声で出迎えた。
酷い悪人だというレッテルが剥がされ、新たに女の子を殺めない紳士という評価付けがされて懐かれた。
4人の中で唯一の男である浜面と名乗った少年には特に気に入られ、彼の「泊まっていかないか?」という提案に皆が賛成の意を示し、反対する間もなくベッドと部屋を用意されてしまった。
そのまま流されて眠ったのは自分の失態だ。
そして、今。
一方通行の目の前にはお米、味噌汁、鮭、浅漬けといった健康的な倭の朝御飯が並べられている。
隣ではエプロンを着た麦野が、期待に目を煌めかせて自分の感想を待っている。
彼は悩んだ。
自分が朝はコーヒー一杯で済ませる人間であることを彼女に言うべきかどうか。
そして、どうしてこうなったという根本的な問題を。
何かが間違っている。
いつになく賑やかで晴れやかな困惑した朝を『アイテム』は迎えていた。
「あくせられーた、たべないの?」
「えっ、あ、いや、その…なンて言うか……」
現在進行形で敵であり、朝食とにらめっこしている一方通行に滝壺が視線を向ける。
彼女はこの状況を何一つ不思議に思っていないようだ。
「も、もしかして朝食は抜く方だった?」
エプロン姿の麦野。その目は今にも涙を零しそうに濡れている。
「いや、そうじゃねェンだが、アレがちょっと、アレで……」
そんな彼女の様子を見て鬼となってコーヒーだけで良いと言えない。
だが、此処でいただきますと言ってしまえば残してしまうのは明白で、そちらも言うことが出来ない。
深い葛藤に逢い、学園都市第一位はただ言葉を濁すしかなくなっていた。
「分かった。みんなと一緒に食べたいんだね」
「お、おォ!そうなンだよ!」
しまいには少女が出してくれた助け船にしっかり掴まる始末。
それが、ただ問題を先送りにするだけの案と分かっていても。
「そっか!皆で食べた方が美味しいもんね!」
「うん」
「ハハハ……」
いつもより嬉しそうな一人。
いつも通りマイペースな一人。
いつもが判らないが、憔悴していることは見て判る一人。
そんな三人の朝を他の三人は蚊帳の外から困惑気味に眺めていた。
「結局、何がどうなっているか分かんない訳よ」
「超難解です」
「ちょっと、推理してみよう」
浜面の意見で三人は部屋の隅へ移動し、円卓会議を始める。
議題は麦野の変化について。
「やっぱ昨日だよなぁ」
今まで見たことの無い隙だらけの麦野。論理と事実を辿れば、前日二人がぶつかってからの変化だと推測出来る。
「でも、急に超変わるもんですかね」
この推測の穴。
転換が激しすぎること。
恋を知れば人は変わると言われているが、どうにも過ぎている。
それは、今までの怒の感情を尖らせていた方がやせ我慢していた麦野で、今現在の誰よりも女の子らしい麦野が本当ではないかとつい疑ってしまう程に不自然だ。
「熱烈に口説かれたとか?」
「いや……」
浜面の視線が苦笑を浮かべる第一位へ流れる。
「それはないだろ」
口説いていたら、二人で一つの甘いケーキでも作っている筈である。
会話が止まる。
「……結局、本人に聞くのが一番早い訳よ」
早いネタ切れに三人分のため息が零れる。
「でも、超聞き辛いです」
「ああ。何時にも増して近寄りがたいよな……」
小声で付け足す。
「気味悪くて……」
その時、青い光線が浜面の目の前を掠めた。
鼻頭に赤い線が入り、床に血の跡を残す。
「はぁまぁづぅらぁ~?」
三人が首を横に向ける。
口角を吊り上げ、目を三日月型に細め、黒々としたオーラを吐き出すいつもの麦野沈利がそこに居た。
「あ、き、聞こえてましたか」
浜面の顔の横を汗が伝う。
「うん」
絹旗とフレンダが自然にフェードアウトしていく。
「えーと、その…ごめんなさい?」
引きつった笑顔で頭を下げる浜面の横を麦野が握っていた包丁が通過する。
「アハッ!オシオキだねっ!」
兎と猟師に別れ、アジトの外へと二人は駆け出して行った。
呆然と開いたままの扉を見つめる一方通行。
その手を滝壺が包む。
「あれが何時ものむぎの。嫌いになった?」
「いや……」
一方通行は口の汚い第四位の噂を前々から知っていた。その片鱗をちっとも見せないからこそ、混乱していた部分がある。
突然で驚きはしたが、あれがいつもの彼女だと言われて、むしろ安心していた。
何かは判らない。とにかく、ほっと一息着けたような感覚が在る。
「からっかてたンだな」
表面的に確かな情報を集めて出した答え。
「あくせられーたは自分に意地悪だね」
ギクリとして、自分の手を掴む小さな少女を見る。
のんびりとしているのに意外な程鋭い。
麦野の態度は演技ではない。理解している。
でなければ、自身の毒牙が抜かれるようなことは無かったのだ。
それでも、一つだけ信じられないことが在る。
「むぎのは貴方が好き。本当に好きなんだよ」
「……有り得ねェだろ」
自分を
この世で一番汚泥を被っている自分を
好きになる
それが信じられない
だから、冷たく認識しようとする
相手も自分も下手に傷付かなくて済むではないか
「ううん。ちゃんと恋してる」
なのに、この少女は
その逃げ道を塞いだ
お陰で一方通行が振り替える羽目になった
受け止めなければならなくなった
向き合わなければならなくなった
溜め息が出る。
「初めて恋してる。だから、自分でも気持ちの使い方が分からないんだと思う」
「良く判るな」
「むぎのも私も同じ女の子だから」
「じゃァ、男の子のオレには理解出来ねェ代物だな」
一方通行は視線を滝壺から反らし、麦野が出ていった扉へ戻す。
彼女の笑顔を思い出しながら、朝食を食べ終わった後のことをぼんやりと考え始めた。
「フレンダ」
「なに?」
安全圏であるソファーを確保した絹旗とフレンダはそこに寝転がり、中空を見つめていた。
「フレンダはどうするの?」
「だから、なにが?」
少し間が開く。
絹旗の中の躊躇いが口を重くするのだ。
此処までは台本を回すような会話。次からはアドリブになる。
その移行をしていいのか判らない。
「麦野のこと」
だが、覚悟を決める。避けては通れない道なのだ。
「ああ…」
フレンダは少し言葉を震わせた。
「それは、仕方ない訳よ」
「でも……」
絹旗にははっきりしたことが分かっていない。
麦野に引っ付いて回り、誉められても怒られてもいつも嬉しそうに笑うフレンダの想い。
それが、憧れなのか恋なのか。
「見てたら判る訳よ」
でも、そこに独占的な欲があることだけは判る。
だから今、彼女は悲壮に心を切り、一言一言に涙を堪えるおまじないを掛けながら話している。
「麦野のあの笑顔……」
彼女の意思を知っても自分には何も出来ない。何もしない。
ただ、フレンダが話す。
それだけで救える何かが在ると知っているから、無理して聞き出した。
「ホントに判りやすい……」
「うん。超判りやすいですね……」
麦野が一方通行に向ける顔。
あれは、女の子の顔だった。
「私じゃ…麦野はあんな風には笑わないから……」
深い呼吸。
「結局……麦野の幸せが……私の幸せって…訳よ………」
ゆっくり、紡ぐように、慎重に、力を込めて、おまじないを掛けて、嗚咽を飲み込みながら、愛情と悔しさを滲ませ、幸せを混ぜて。
フレンダは答えを作った。
作りかけの朝御飯の良い香が、それ以上言葉の無い二人の鼻孔をくすぐった。
ガラス片が降り注ぎ、西日を不規則に反射させながら砕けて粉になり粒になる。
男は消えた。
ただ、麦野は何もしていない。今からするところだった。
役目を見失った電子が遊び、ばらけていく。
「ったく、今日は気分が良いってのにつまらねェモノ見せてンじゃねェよ三下が」
男は消えた。
麦野の視界の外れへと高く高く打ち上がり、ビルの窓へと吸い込まれて。
「よォ、大丈夫か?」
「……」
麦野は喋れない。
見惚れてしまっていた。
白い髪を柔らかく揺らし、血の色に燃える瞳に微笑みを巡らせ、興味が薄そうな口調で、優しく手を伸ばしてくる青年の姿に。
男らしさは無い。綺麗に整った中性的な顔。筋肉の無い痩身。白く透き通った肌。
だが、男らしいと思い、
格好良いと感じ、
現実離れという言葉が思考に貼り付けられた。
「ウ、ウゼェんだよ!人助けのつもりかぁ?気持ち悪ぃ!とっとと失せろっ!!」
気付き、自己嫌悪。否定。拒絶。
ほんのりと熱くなった顔が気恥ずかしく、青年の目線から逃れて俯く。
「口悪ィな。俺も人のこと言えねェが」
「黙れっつってんだろ!白塗りぃ!!」
カラカラと笑う青年に苛立ちを吐き捨て、そのまま壁を支えに立ち上がる。
足の痛烈な痛みを誤魔化し、腹部の鈍い熱を押し殺し歩く。脂汗が吹き出す。
「怪我してるじゃねェか。病院連れてってやるよ。良い先生ェ知ってンだ」
青年の横を通り過ぎる。無視して、足を引き摺る。
「……ァッ!!」
痛みが野火のように貪欲に思考を塗り潰した。
体勢が保てず、倒れる。
「見たところ、骨はボロボロだな」
麦野を襲った凶器が青年の手の中でくるりと回った。
軽く、丈夫で、長さを変えられる使用者を選ばない杖。
「ノロノロだ。ンなンじゃ、病院着く前に日付変わっちまうぜ?」
先程は、あれが右足を軽く叩いた。
「テメェがんな邪魔しなきゃ直ぐにでも着くんだよぉぉぉ!!分かってんのかこのキチがぁぁぁ!!」
弱い怪我人扱いされるのは嫌だったが、真っ当に心配がされないのも嫌悪が湧いた。
(クソッ!優しくするなら……)
優しくするなら、最後まで。
思いを掻き消す。嫌気が差した。
プライドと何かが心の中でぶつかり合い、砕けて散らばる。幾つも。何回も。何度も。
決まり切らない酷く不安定な場所で気持ちが揺れる。
「あー、そうだな。ほら、捕まれよ」
「手ぇどけろ!!肘から先落っことすぞ!!」
青年の手はその片側に引き摺り込む悪魔の手に見えた。
受け取らない。
「あ?お前腹も怪我してンのか」
変装用に着こんだ服。暗闇を這いずり回り、人目を避ける為の使い捨ての服。
当然、綺麗な色は着いていない。お洒落な柄も華やかなストラップも無い。灰色、黒色、藍色の深く暗い単色染め。
血は溢れるが表面に染み込むことはなく、穴も上部一枚二枚が目立つだけ。奥は暗がりになっていて分かりにくい。
良く気付けたと罵りたい気分に襲われた。
「ちょっと見せてみろよ」
「えっ!?」
麦野の服を白い手が掴む。
そのまま放出してしまいたかった罵倒が喉元で消失する。
「結構な厚着してンな」
細いが荒く骨の張った確かに男だと分かる指が、重厚な防御壁を一枚、一枚絡め取っていく。
ぞわりと背筋に虫の這うような感触が走った。
「ちょっ、やめてっ……!」
妙に女らしい自分の声が鋭く鼓膜を打ち、骨を振るわし、吐き気が込み上げた。
もう、遅い。
「あっ………」
「~~~ッ!!」
血液が沸騰する。
靴音が乾いて響く。
コール音が反響する。
『お掛けになった電話番号は、ただいま――
「クソッ!」
何十回と聞き返された女性の声。
荒々しく電源ボタンを押して、間を待たずして再び電話を掛ける。
携帯の画面に表示される番号、そして名前。
迷走する電波の求める先の相手は一方通行。
『グループ』の最終兵器で、計画に必要な黒のキング。
南国風の派手な上着一枚にサングラス、逆立たせた金髪。
真面目とはかけ離れた見てくれの土御門元春は、アジトを歩き回りながら焦りと苛立ちと不安の混じった顔で電話を鳴らし続けていた。
昨晩、敵である原子崩しが仕掛けた罠。
自滅覚悟の暴走。
被害を順調に増やされ続け、不本意ながらも誘いに乗り、数分で化け物を殺せる悪魔を送り込んだ。
結果としては最悪の一歩手前。
作戦は成否の曖昧な、ただ怪我を負わされただけに終わった。
一方通行は第四位と戦闘の場所を移してから、姿を消した。
失念していたのだ。
最強を手にしていた頃の彼は封じられている。彼が絶対者として地上に降臨出来るのは、たったの30分。
強過ぎる猛獣を縛る鎖。
死ぬ可能性は薄くない。きちんと、漂っている。
下手な仲間意識や情は抱かない。暗部のモノであり、土御門としての掟でもある。
しかし、そう言い続けても、胸中の心臓を締め上げるように張った根が消えない。
響くコーリング音。
口から漏れる悪態。
早まる足。
響くコーリング音。
壁に振り落とす拳。
醒める痛覚。
響くコーリング音。
電波の繋がる細い音。
「一方通行!!無事か!?おいっ!」
らしくない焦燥に駆られた自分の声。
もし、電話の向こうが第四位なら、最上級のおもてなしとして、最下級の罵倒や嘲りを貰うだろう。絶望を伝えられて、谷底に落とされるかもしれない。
それを、気にする暇が生まれない。
『おゥ。心配掛けちまったようだな。悪いことしたよ、土御門』
悪怯れた様子、反省の色が薄い彼の声。
恥ずかしい。
歓喜が胸の中ではち切れそうになっていた。
「アクセラレっ――
『ねぇ、あくせられーた。お電話誰から?』
『も、ももももしかして、か、彼女さん?』
『ふぅ。結局、一位様は隅に置けない奴って訳よ』
『超普通に友人じゃないですか?』
聞こえる。電子情報に分解され、離れた場所に居る自分のところまで聞こえる。
賑やかで明るく甘い少女達の声。
『ちと、黙ってろ!今から、大事な話するとこなンだ!』
万更、嫌そうでもない仲間……違う。裏切り者の声。
『ご、ごめんなさい……。彼女との邪魔しちゃ悪いよね……』
『彼女じゃねェよ!!』
熱いやり取り。
『ったく……』
怒涛の勢いで吹き上げる感情に青く澄んでいた空には黒煙が立ち込め、青々と茂る草花はマグマに飲み込まれ、穏やかに流れる清水は血で染まり、歌う動物達は生を奪われる。
荒れる死地。灰と骸が転がり、消され損ないの魑魅魍魎が跋乎する。
分かる。
殺意だ。憎悪だ。怨嗟だ。嫉妬だ。憤怒だ。
「一方通行…」
『あ?』
心と対称的に頭は冷静だった。
この後、何を言えば彼も、自分も、他のメンバーも救われるか。
その最善の道が一本道で見えた。
「お前、暫く帰って来るんじゃないにゃー」
握り締めるように携帯を閉じる。
ミシリ、と手の中の機械が悲鳴を上げた。
気持ちを落ち着かせる為には暖かい飲み物が一番効果的だ。
矜恃を捨てて手に入れた戦利品を胃に流し込んだ。
酸味が無く、渋味の濃くないまろやかな味わい。舌で転がる苦味もしつこくなく、過ぎれば仄かな甘味を残していく。
風味高い薫りが広がり、洗練された刺激がシナプスを喜びに奮わせる。
穏やかな心地のままに優しく息を吐くと、それとは違った余韻の深い薫りが鼻腔を突いた。
その素直な感想を煎れてくれた彼女に言うと、とびきりの笑顔で喜んでくれた。
少し、ドキリとする。
もう一口。心を鎮める必要がある。
着信拒否を告げるアナウンスが流れる携帯をゆっくりと畳む。
どうしたものだろうか。
少女達は興味津々にこちらを見るだけで、その呟きの答えは教えてくれない。
コーヒーのおかわりを頼む。
本当に、どうしたものだろうか。
足音が帰ってくると、一方通行は神妙な面持ちで扉へと向かった。
そして、浜面を肩に担いだ麦野の姿が見えると膝を着き、頭を地面に擦り付けた。
男としての決断を告げる。
始めは肩の荷を転がす程に狼狽していた彼女も言葉が染み込んでいくにつれて常を取り戻し、笑顔で意思を包み込んだ。
(私の助言が良かったんだ)
第一位が第四位に頭を下げているその異常性。
恋人が顔面ダイブを成し遂げたのに微動だにしない危険性。
特に気にするでもなく、何時ものようにマイペースでのんびり構え、顔を仄かに赤くしている主演を見つめる。
滝壺理后は自分の功績を静かに喜んだ。
このまま変容の無い一日を過ごしていれば、二人の距離はもっと短くなるだろう。
自分はその手伝いをしてあげるのだ。
人の恋愛を助けることのやりがいと楽しさを肌で感じ始めていた。
だが、事件は起こる。
「裏切り者扱いだ」
一方通行が組織に帰ってくるなと言われたらしい。
「ごめんっ!」
「むぎのは悪くない!」
まるで、ロミオとジュリエット。
敵対しているから。
上の仲が悪いから。
世間体が濁るから。
先が見えないから。
世界が違うから。
何故、そんな理由で恋が、想いが踏み潰されねばならないのか。
何故、そんな理由で二人の間に壁を立て、仕切りを張るのか。
恋こそ自由なのに。
理不尽な世界そのものに滝壺は義憤を感じた。
普段抱く事すら珍しい荒れた思いが言葉に伝わって出る。
「悪くないもん!」
「まァ、落ち着けよ。ちゃンと弁解すっから」
宥める役目の恋人はまだ再起していない。
一方通行の言葉を聞いても彼女の膨れっ面は収まらなかった。
彼は直ぐにはご機嫌取りが無理だと判断し、諦めて電話を開いた。
「他の仕事仲間に連絡入れるわ」
操作音。電子音。
間を空け、音楽が部屋に鳴り響く。
「………は?」
放心と警戒が部屋の空気に複雑に交じり合った。
一方通行の仕事仲間に掛けたはずの電話が、何故かアジトの一室、浜面仕上の部屋から音を鳴らしている。
偶然の可能性も有ったが、そんな幸せな考えが信じられる程の好条件がこちらには揃っていない。
「お、おィ………まさか、殺しに来たってかァ?」
「見てくる」
悪い警報は無い。
苦痛の悲鳴。誰かの焦る声。物が転がる音。
それでも、その言葉を聞いた滝壺は急ぎ足で部屋へと駆けた。
「はまづら!」
ドアを開く。
「ん?…あ、あぁ。お早う滝壺」
浜面は何事も無くそこにいた。荒らされた形跡も無い。
「良かった…」
少しの安堵。無事だった。それで良い。
だが、滝壺の後を着いて部屋を覗き込んだ4人はそれでは終わらない。
机の上で揺れながら女性向けの着信音を発信する携帯を疑問に思わずにはいられなかった。
「浜面。その携帯は誰のですか?超気になります」
「あー、これ?これは昨日拾った……ふぁ……」
欠伸1つ。
「今日、届けようと思って……」
「そォか……」
元気を急激に失った様の一方通行が踵を巡らせる。
「はまづらは優しいね」
余計な心配をさせられたことに今にもはち切れそうな爆弾三人を部屋に残し、滝壺も出ていく。
安全と平穏を確認できただけで満足した。
背後の嫌な気配と言い訳にならない言い訳をする恋人は何時ものことだ。
気にしない。
「あァ……別に携帯落とすぐらいしちゃうもンなァ。結標ェ……」
彼女からすれば、今はリビングで脱力して頭を抱える一方通行が気になった。
「……大丈夫だ。まだ、手は在るンだ」
心配そうに見つめられていたのに気付き、一方通行の声のトーンが平常になる。
再び携帯。
操作音。
背後の悲鳴。
今度は着信が部屋の中で鳴ることなく繋がった。
「おォ、俺だ。ちょっと……あァ!?オマエ海原じゃねェな?」
「誰だ?奴の言ってた妹さンかァ!?」
「違う?じゃァ、だ……」
「あっ!テメッ!その声オリジナルか!!」
「なンで、あいつの携帯持ってンだよ?…………はァ!?拾ったァ!?何処でだ!!」
「ベッドの下……」
「そォか。分かった。こっちのバカが面倒なことして済まなかったなァ」
「……あァ、解体遊びしようが的にしようが好きにしとけ」
「ついでにお節介だが、部屋ン中探知することを勧める。じゃァな」
一方通行の放り投げた携帯が机の上を滑り、端から落ちる。
「どうだった?」
様子を見れば大方の予想は付く。
彼も机から落ちそうな程に沈んでいる。
だが、相手は女性の声で会話がやや日常的だ。滝壺の質問には興味よりも、不安が多い。
「海原ァ………」
ゆらりと立ち上がる。
「海原ァァァァァ!!」
咆哮。
猛々しく殺意を孕んで叫ぶ一方通行は、正に悪魔の称号に恥じない学園都市第一位の化け物だった。
(うなばらさんか……)
一方通行の本性を見た滝壺は決意する。
(あんなに名前を呼んでる。大切なんだね……)
(むぎの、ライバル出現だよ)
例えどんなに困難な道でも、最後まで大好きな麦野を応援していくことを。
強く強く………。
それが噛み合わない意志だと気付かぬままに。
人間なら誰もが持つ美への憧憬。完全なるもの、真に価値あるものに向かう情念。
当たり前の一人として自分を磨いてきた。
努力と金と時間は惜しまなかった。
天賦も味方し、成果として他人から向けられる羨望、嫉妬、劣情の視線を手に入れた。
嫌では無かった。
寧ろ心地良かった。
全てが自らの頑張りを褒めているようで。
全てが自らの美を客観的に見せてくれるようで。
当たり前の自己陶酔をした。
だが、今は
今は一目で女と判る自身の身体が憎く恥ずかしい。
括れた腰が
押しても完全には隠せない成熟した胸の膨らみが
憎い。
「……ッ!」
理性の手綱を振り切った感情が咄嗟に身体を動かし、気が付けば青年に平手を振るっていた。
チクチクとした痛みが手と胸に響く。
青年は呆然として頬を抑えている。
「帰るっ!!」
擦れと刺々しさの混じった拗ねて泣きそう子供のような言葉を落とし、麦野は青年から離れていく。
痛みを極限まで我慢して足を先へ先へと。急ぎ。
「……悪ィ。お前、女だったンだな…」
弱々しい声にその足が止まる。
青年に女と認識され阿呆みたいに恥ずかしがる自分。
今まで女として見られなかったことに愚かにも落胆する自分。
理不尽に曝されておきながら非を誤る青年に一言だけでも詫びを入れる案。
このまま偽りの怒りを青年に見せびらかせる突破の案。
彼女の中で、思考と感情が吹雪いていた。
「うるさいうるさいっ!」
2秒足らずの逡巡の世界。
最終的に勝ったのは意思では無かった。
足に直前の動作の反復のプログラムを送る。
「おィ、ちょっと待てよ!」
ひたすらに前を見る。俯きもしない、振り返りもしない。ただ、足を引き摺り、再び暗闇へ溶け込もうとする。
「クソッ!」
そして、身体が浮いた。
「えっ!?」
状況が掴めたのは陽射しが降り注ぐ明るい表へと出て、好奇の視線に突き立てられ、青年の優しい温もりが傷の痛みを和らげてからだった。
「……女ってンなら余計気にするぜ。傷残ったら嫌だろ?」
自分より力が無さそうな青年に軽々と抱き抱えられている。
膝と肩に手を回され、負担が少ないように身体を曲げられ、顔を向き合わせるお姫様抱っこ。
揺れと振動が伝わらない、最上の優しさに包まれた乗り心地。
「あ、えっ…、こ、れ……あっ…」
抗うこと叶わず。
思考がショートを起こして声は言の葉を紡がない。
電流が混線し筋肉が緊張したまま解けない。
茫然自失が過ぎ冷汗三斗も無し。
「良い先生ェ知ってンだ。怪我なンか嘘みたいに治してくれる凄ェ奴だよ」
そのまま激流に流される。
病院に連れていかれ、適当に診察を受け、軽い治療を行う。
三日後の診療予約と薬と松葉杖を渡された。
迎えを呼び付け外に出ると、青年が麦野を待っていた。
「良い腕だったろ?」
「判んねーよ。消毒液付けて縫合するだけじゃねぇか」
仮面を付けて青年に接する。
自分はレベル5。学園都市第四位の原子崩し。
纏う風には常に血と恐怖と死の匂いが着いてくる。
怯えと怒りと狂気と欲望の懇願、罵声、嘲笑を浴びてきた。
それが今さら女の子として繊細に扱われた。
初めての扱いで、どう受け取ったら良いか判らなくて、あたふたして困惑して。
そんなことを治療中に整理していた。
青年を見たときに跳ねた心もあって、気を抜いたら崩れてしまいそうだった。
あくまで強気で向かう。
「……もう、心配は要らねェな。じゃァ、さよならだ」
幾つかの会話を交わし、相手の無事を確認して青年は去る。
善意の枠組みは此処までのようだ。
繋がりの弱さに胸が痛む。
足りない。
「待って!」
思わず引き止めていた。
「なンだよ…」
自分でも予想外の言葉。何も浮かんで来ない。
怪訝そうな赤い双眸に見つめられ、更に靄がかかる。
「あ……な、名前!そう、名前教えてよ!!」
思わず名前を聞いていた。聞いて何か有るワケでもないと言うのに。
無の思考の無駄な行動。
当たり障り無い会話ですらない。
「ンなの聞いてどうすンだよ」
それは、麦野自身にすら判らないことだ。
答えは続かない。
考えの渦に埋もれていると青年が先に息を吐いた。
「……ま、良いか。俺は一方通行ってンだ。他に教えられる名前なンか持ってねェから、本名は?とか聞くなよ」
驚愕が支配する。
第一位様だ。
「他に無ェな」
別の意味で思考がまとまらず、身体が動かない。引き止められない。
阻害される要素が無くなり、今度こそ青年は去った。
麦野はその後ろ姿が消えるまでただ眺めていた。
「はぁ……」
深いため息をつく。
「第一位…か……」
経験は語る。
能力者なら少なくとも自分勝手で打算的な部分がある。信用するな。裏が有るぞ。
本心は諭す。
青年の優しさ全てを有りのまま受け止めたい。信じたい。着いていきたい。
「意味不明……」
身体の奥底から沸き上がる青年を追いたい意思と心の奥底から鳴る矜恃の警鐘。
2つは争うことなく交ざり合い、甘い虚脱感を生んでいる。
酷く曖昧な宙ぶらりんの状態。
踏み出すことも目を背けることも、自分を偽ることも自分に素直になることも出来ない。
意味不明で理解不能。
「ワケ判んないよ……誰か教えてよ……」
ただ、これで終わりかと思うと胸が苦しい程に締め付けられる。
言葉を噛み締める。
道の中程で立ち尽くす麦野を横目で見ながら人々は通り過ぎていく。
迎えはまだ来ない。
(あ、ダメだ。泣く。泣きそう)
空を見上げる。俯いていたら、涙が重力に攫われてしまいそうだった。
(泣くな。泣くな泣くな泣くな)
息が震える。叫びたい未確定の想いが喉を叩く。
(クソッ……お前のせいだ……)
滲む黄昏の空に青年の思い出が弾けた。
「アク、セラ……レー…タ……」
一回目。憎しみをぶつけるつもりで呟いた。
顔が上気した。
「アクセラ……レータ……」
二回目。敵意を投げるつもりで訴えた。
締め付けが強さを増した。
「アクセラレータ……」
三回目。嫌いを植え付けるために吐き出した。
涙が防波堤を破り、頬へ流れた。
好き嫌い憎い辛い苦しい悲しい嬉しい愛おしい叫びたい逃げたい離れたい近づきたい離れたくない撫でて欲しい抱き締めて欲しい避けて欲しい惑わされたくない流されたくない攫って欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい
心の中がかき回される。燻る感情も埋没していた想いも全て滅茶苦茶に乱雑に混ぜられ、呼吸が上手く出来ない。整理が付かない。
涙が止まらない。
心臓だけがしっかりと意識を保ち脈打つ。
その妙に早い生命のリズムがすすり声を打ち消して耳に響いた。
一方通行と麦野、そして滝壺の三人が道を並んで歩く。目的地は『グループ』のアジト。
一方通行に着せられた裏切り者という誤解を解くための行脚。
麦野をメンバーに選んだのは一方通行自身だが、其処には『アイテム』のリーダーという彼女の肩書きが必要だったからだ。
状況は急を要する。合理的に策を導いたに過ぎない。
懐いているし可愛いからという選考理由ではない。寧ろ、向けられる好意の対処に困るから避けたかった道だ。
滝壺理后は二名という最善の定員を強情に突き破り、参加してきた。むぎのを守りたいと言った。
三人は気付いていないが、外れ者にされた他のメンバーも電柱の影等に身を隠しながら、50mの距離を保ちながら着いてきている。
非合法含め合計6人の旅は、もう終わりに近い。
「此処だ」
一方通行達が辿り着いたのは小さなカラオケボックス。その裏手の社員専用と書かれたドアの前。
「普通だね」
「オマエ等のとこも対して変わらねェだろォが」
下手に一般人を巻き込んでしまえば、神の雷にも似た粛正が降される。
その運命を皆が知っているからこそ、暗部は暗部足り得、表で都市伝説の枠からはみ出さなくて済んでいる。
大層に隠し、絶対的なセキュリティと情報規制で暗闇に作る隠れ家も良いが、簡単に木を隠すなら森という古人の知恵を借りた方が容易く手堅い。
「私は何をしたら良いの?」
「事情説明してくれりゃ、それで良い」
「わ、私があなたをその……」
紅潮しながらか細く打ち出した問いに一方通行は静かに首を振った。
今こうして聞くだけでも心が擽られるというのに、それを野次馬精神旺盛な彼等の前で言われたら表情を凍らせておけないだろう。
要は嫌な気がしないのが顔に出てしまいそうで、怖いのだ。
「そう……そうだよね……」
そんな彼の小心は届くはずもなく、拒絶という事実だけをなぞられた麦野は分かりやすく落ち込む。
小さな同伴者がその肩に手を添える。
「まずは誤解を解くのが先。それとも、むぎのは言いふらしたいの?」
「い、いや…」
「なら、別に落ち込まなくて良いんじゃないかな」
「でも……言わなくて良いって言われると、それはそれで寂しいよ……」
「大丈夫。きっと、あくせられーたも恥ずかしいだけだから」
「そうかな……?」
「うん!」
根拠は無い。だが、滝壺の激励は力強く、真摯だ。
何も無くともそれだけで元気と勇気が麦野へと流れ込み、彼女の顔にまた花を咲かせた。
「……開けるぞ」
近くで交わされる微妙に内心を抉る小恥ずかしい会話に耐えれず、一方通行は次の段階へ相手の準備を待たずに突入した。
鍵を差し込み、ドアを開く。
「ようこそ一方通行」
「あ?」
目の前に銃口。
「そして砕けろハーレム野郎!!」
「……ッ!」
轟音を纏う塊が吐き出され、獰猛な牙が頭を食い破ろうと迫る。
ギリギリだった。
コンマ一秒にも満たない隙間を拭い、チョーカーを起動させ能力を解放した。
敵意がゆるやかな曲線を描き、大空に飲み込まれる。
「テ、テメェ!殺す気かァ!!」
無表情に殺意を向ける土御門に吠える。
裏切り者は完全抹殺。
鉄の掟だ。それは重々承知している。
だが、この仕打ちは理不尽と感じざるを得なかった。
「大丈夫。殺すまではしない」
冷たい言葉が空気を張らせる。
「こいつは特殊な弾でね。当たっても神経毒の痛みに苦しむだけで済む」
決別。
一方通行の頭をその単語が走る。だが、それで認めるワケにも諦めるワケにもいかない。
苛つく。腹が立つ。心が煮える。
それでも、すれ違いで終わらせたい関係ではなかった。
「誤解なンだよ!話ぐらい聞けェ!!」
「誤解?」
土御門の捻れた高笑いが小さな部屋を反響し、何十にも重なった狂気が場を包む。
「そいいう冗談は後ろのお嬢さん二人を置いてきてから言うんだな!!」
蹂躙が再開される。
破壊の渦が無抵抗の一方通行に降り注ぎ、不完全に反射された攻撃は傷痕を周囲に残していく。
「しかし、流石だな。俺の術式を組み込んだ銃でも弾くか」
一方通行が土御門を傷付けないよう演算し、地面な叩き落とすようにしているのもあるが、この無茶苦茶な飛び方は銃弾に秘密があった。
この世の物理法則を無視する術。
彼が使役する銃にはその一つが組み込まれている。
「だが、何時まで保つかな?」
陰陽の紋が妖しく光る。
音速を越えた水流が霰のように撃ちだされ、暴威の限りを撒き散らす。
流しきれない威力が一方通行の白い肌に数多の赤い筋を引き、次々に弾痕を穿つ。
「た、助けなきゃ!」
「来るなァァァア!!」
動こうとする麦野を声を張り上げて止める。
彼女の強さと能力は知っている。荒れ狂う脅威に曝されずとも、このふざけた馴れ合いを止めることが可能だろう。
心配はしていない。
ただ、これは自分の問題で。そこに誰かを巻き込みたくなかった。
「熱い!熱いねぇ!!ムカつくもん見せてくれる!!」
吹き荒れる殺意は激しさを増し、鋭利な痛みは受容を越え、痺れが筋肉を支配していく。
崩れそうになる意識、落ちそうになる視界。
それでも、一方通行は反撃をしない。
「とんだ腑抜けにっ――ゲホッ!」
優位の玉座に座っていた土御門の口から血が吐き出される。鼻からも流れだし、顔を赤く色染していく。
異能を使うには超能力を授かった身体では重いリスクがのしかかる。
見れば、呼吸は乱れ、肌は生気を失い青ざめ、玉のような大粒の汗が額に浮かんでいる。
タイムリミットはお互いに訪れていた。
「おィ!」
土御門が血を拭う数秒。その間は火がたち消え、暴風の目に入った。
滝壺はその隙を逃さず、駆け出していた。
一方通行の意識は薄く、麦野は泣きそうな顔で彼の様子を見ていて彼女を阻止出来なかった。
「お嬢さん。邪魔だからさっさと去ってくれ」
そして、『グループ』のリーダーの前に一方通行と麦野を庇うように立ち塞がった。
土御門は彼女をこの場においての無力と判断し、真っ直ぐ捕えることなく次弾の準備を整えている。
その、冷静さを失った考えが次の一瞬を招いた。
「すごいキーーック!!」
人体に中心線と呼ばれるモノがある。
眉間、人柱、顎、喉笛、鳩尾、臍、臍下丹田、性器
そう言った急所が並ぶ、武術において相手に絶対に曝してはならない、人体を真っ二つに割くように縦走する線だ。
滝壺の威勢の良い声と共に炸裂した全体重を乗せた蹴りは、その線の一点を爆撃した。
「……ぐゃ!!」
スタートメニュー
土御門元春のシャットダウン
クリック
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デジタル信号なし
アナログ信号なし
結び目二つの赤髪が揺れる。
「成る程ね。事情は分かったわ」
惨劇の爪痕残るカラオケの会員専用の部屋。
そこでは、暗部の二大勢力がフルメンバーで顔を合わせていた。
『アイテム』
麦野、絹旗、フレンダ、滝壺、浜面。内、二人は猿轡を噛まされている。
『グループ』
土御門、一方通行、海原、結標。内、二人は意識を失っている。
先にも衝突した二つの組織だが、今は穏やかそのもの。健全な話し合いが行われていた。
「こいつら起きたら説明しといてあげる」
結標が倒れている土御門と海原を指差す。
海原は数分前に路上でスタンガンを食らったかのような焦げ跡残し倒れているのを結標が見つけ、連れてきた。
土御門は潰された。苦悶極まった表情で泡を吐いて倒れ付すその姿は、何かの死を克明に示している。
「悪ィな」
「良いのよ、別に。何か面白そうだし」
結標の浮かべた階虐の笑みを舌打ちで撥ね付ける。
「うるせェよ…」
赤くなっては睨みも利かせることが出来ず、せめてばれないようにと顔をメニューで隠す。
「あれれー?もしかして悪い気してないのかなー?」
勿論、その行動は防御壁に成り得ない。寧ろ、赤らんだ顔を見せるより顕著に照れていることを外界に知らせる。
「……」
追及され、さらにメニューを近付ける。
後は沈黙で自分を守りに入った。
「ま、別に良いんだけどさ」
座標移動。
薄い壁が机の端にまで飛ばされる。
「テメェ……」
白地に紅が良く映えていた。
「それよりもアレ!」
「あ?」
結標の指し示す方向にいるのはピンクのジャージを着た少女。
「何か私のこと凄い睨んでるんだけど」
可愛らしい顔に深く皺を刻み、大きな瞳を細め、口をへの字に閉ざしている。
一見、叱られた後にむくれる子供の表情だが、揺らめく彼女の周囲の空気が威嚇を教える。
「私何かしたっけ?」
「さァ……」
そもそも、彼女達とは1日と過ごしていない。原因は把握出来ても不機嫌の理由を察することが出来る繋がりではない。
このまま話題を逸らしていきたかった一方通行だが、こればかりは下手な刺激を与えることも出来ず、曖昧で済ませるしかなかった。
「げ……こっち来る」
滝壺理后が起動する。
「おィ、俺を盾にすンな」
鋭敏な勘により気まずさを察知した結標が近くにあった盾を引き出し、構える。
それがさらに滝壺の闘争心に火を付けた。
対峙。
「あなたがどんなに思い思われてていても、私はむぎのを応援するから」
「……は?」
堂々たる敵対宣言。
しかし、それを受ける相手に情報が上手く伝わっていない。
「勝負だよ、うなばらさん」
赤と白が向き合う。
この劇に決定的な台本ミスがあることに気が付いた。
「……海原はあっち……だけど……」
穏やかな笑みを携え、夢へと落ちている青年にライトが照らされる。
衝撃の事実を与えられた滝壺は、信頼を置く一方通行へ目線を走らせる。
そして、彼の肯定を確認すると呆然として告げた。
「同性愛?」
「「えぇっ!?」」
結標が呆気に捕えられ、
滝壺は疑問符を浮かべ、
絹旗がグラスを落とし、
浜面はうめき声をあげ、
フレンダは拘束を解こうともがき、
土御門は未だ倒れ、
海原は意識無いままに主役にされ、
麦野は強く動揺し、
一方通行は誤解を解くのに奔走した。
小さな部屋はにわかに騒がしい空間と化した。
椅子が疲労の蓄積した体を力強く支える。
たった、二日間分。だが、精神的にも肉体的にも余りに莫大なモノを抱えた。
学の園へ通う人々は刺激が欲しいと度々口にするが、甘い考えだ。毎日激動の波に飛び込んでいたら身が持たない。
一方通行はそれを体感した。
「超お疲れですね」
悪い考えに走った結標により拡大していった第二のとんでもない誤解をどうにか解き終わった後、その場の流れにより外食することになった。
金持ちのレベル5の奢りという勝手極まりない話で。
それで高級な店かと予想すれば、家庭に優しいバイキングだった。
団体様ならお一人3000円で食べ放題。
「まァな……」
普段、甘味は苦手としている一方通行だが、身体が早急な栄養源を求めていた。
絹旗に持ってきて貰ったのは大盛りで、ありとあらゆる果物でカラフルに装飾されたパフェだ。
安いコーヒー片手にその山を崩していく。
「オマエのコーヒーの方が良いな……」
向かいに座る麦野が朱に染まり、固まる。
暖まった息とともに吐き出してしまった失言に顔をしかめた。
気が緩んでいる。相当な疲れだと改めて認識する。
「よ、良かったら……ま、また淹れて……」
「あー、また今度な……」
何処かで沸き上がるからかいの声を耳に入れず、目の前の苦難を流す。
これ以上踏み込まずに住む道を選んだつもりだったが、悲しい顔を見ると心が痛み失敗を感じた。
深く息を吐く。
いっそ、全てを放棄して眠りにつきたい。
そんな投げやりな考えを巡らしていると、ポケットの中身が振動した。
「……そろそろ帰るわ」
確認しなくても分かる大義名分。
約束していた1日が過ぎ、過保護な同居人が心配したのだろう。
子供扱いには慣れないが、今は感謝した。
「あっ……」
非難の中に混じる消え入りそうな声に後ろ髪を引かれる。
ドラマなら此処で彼女を抱き締めて連れ帰るのだろう。
しかし、そうすることが解決案だとして上らない。かと言って他に浮かぶモノも無い。
自分には何も出来ない。卑怯に逃げるだけだ。
財布から乱暴に全員分の紙幣を引き抜いた。
「待って!」
その手が捕まれる。
「………」
沈黙。
「……何も無ェなら離せ」
引き剥がす。
最悪を演じ、彼女の次を奪おうとした。
「……れ、連絡先交換して欲しい!」
ドラマなら、此処で何も言えないヒロインが健気に写るのだ。
そうすることで視聴者を焦らし、物語に新たな地雷を設置する。
だが、麦野沈利は勇気の強さを見せた。
近付こうとしている。
一方通行にはこの取引の承諾が何を意味するか克明に見えている。最低な行き先の全てが判っている。
逃げれば断ち切れる細い繋がりの糸が残る。
そして、一本ずつ増やしていくことになる。
寄り集まった束は死という鋏無しでは切れなくなるだろう。
実に面倒な展開。
望みたくもない未来。
本心からそう叫ぶ。
だから
「……ほら、さっさと携帯出せよ」
自分の行動は疲労のせい。
そう、言い聞かせる。
「うん!」
見えない赤い線が二つを結ぶ。
その作業を満開の花を咲かせ、嬉々として行う彼女。
それを見て後悔が芽生えない心。
麻痺している。
そう、思い込ませる。
「じゃァな」
足早に自動ドアをくぐる。
淀んだ空気と街の雑踏が一方通行を迎え入れた。
チョーカーに手を伸ばす。
音を反射して、活気を遠ざけた。
空を見上げる。
星々は学園都市の明かりに飲み込まれ、絵より安っぽい月だけが弱々しく光っていた。
また、ポケットに振動。
ディスプレイに登録したばかりの名前が映し出される。
背伸びしたような本文。
自分が去った後の店内で周囲がどのように背中を押し、彼女がどんな気持ちで文字を入力したか容易に想像できた。
部屋のカレンダーを思い出しながら、4マスの簡潔な返信を送る。
二回目は待たない。
電源を落とす。
光飽和の帰り道をゆっくりと進んだ。
いつも心苦しくて
気付けば温もりを思い出していて
無意識に青年を探していて
それでも暫くは認めなかった。
何かの間違いだと。
酷く意固地になって暗示していた。
会えない寂しさがその脆い保護膜を破ったのは、骨がくっつき始めた頃だった。
しかし、素直になってからも想いは強く育っていき、満たされぬ渇きが広がっていった。
街中を歩くことが多くなり、情報を広い集めた。
そして、絶望を迎える。
敵対する暗部の構成員だと知った。
麦野沈利として会えば争いを生む。
自分の問題に仲間の命が重くのしかかった。
世界の不条理。
運命の采配の巧妙。
涙を落とした。
そんな時にある任務が言い渡された。
表向きは研究所の破壊、物資の回収。
本当の狙いは大きくなりすぎた獣同士を喧嘩させ、爪切りをさせること。
分かっていても拒否権は無い。
限界まで皆にとって自分にとって良い作戦を模索した。
麦野の真の計画はこうだ。
暴れる。とにかく暴れる。甚大なダメージを与え、第一位を釣る為に。
第一位が来たら場所を何とかして移す。
彼が裏切りモノになってはいけない。
場所を移したら告白する。
全力で想いを告げる。
そして、殺される。
それだけだ。
『グループ』は下部構成員の被害と作戦の失敗による信頼の失墜。
『アイテム』は麦野沈利という兵器を失う。
良い具合に痛み分け。
上から睨まれることもないだろう。
だが、結果は歪んだ。
彼が優し過ぎた。
自分を生かしたのだ。
覚悟を決めたのに
彼の背中は大きく温かく
嬉しくて
心地良くて
朝は少し失敗した
コーヒー褒められた
幸せで
でも、彼の居場所を奪ってしまって
泣きたくなって
申し訳なくて
死にたくなって
最後は誤解が解けたから安心した
また、コーヒーを褒められ
少しへこんで
喜んで
今になった
ディスプレイにはぶっきらぼうな4文字
彼らしい
目蓋を落とせば、暗闇の中に幸せな世界が広がる
何を着ていこうか
何をしようか
何を話そうか
何を食べようか
何処に行こうか
シュミレート
それを繰り返すうちに何時かは意識は底へ沈み
激動の二日間は終わり
明日からは穏やかな煌めきが待っている
そう、信じたい
175 : むぎにゃん[sage] - 2011/01/22 09:42:44.54 pEIuBRYSO 50/50以上です
そしてこれにて完結です
投げ臭や力尽きた感がすると思いますが、至って真面目なエンドです
宣言通り後一回で終わらせようとターボかけて流した為に粗が多い雑な仕上がりになったことは詫びます
えーと、二人が結ばれるまでを完結にしてしまうと、ツンツン一方さんのせいでもう百レス分ぐらい軽く行くのです
だから、此処で終わり
これまでこのような稚拙な文章にお付き合い頂き有り難うございました