劇場版[新編]叛逆の物語の続編となる物語です。
元スレ
さやか「私達の戦いはこれからだ」
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1386049429/
杏子「どうなってんだよおい…」
なぎさ「訳がわからないのです…」
見滝原の魔法少女達、巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子、百江なぎさの四人は
活動の拠点である巴マミの自宅で途方に暮れていた。
マミ「魔獣を全て倒しても人々の呪いがこの世から消える訳ではない。
結局魔獣も人の世に厄災をもたらす数ある要因の一つに過ぎなかったという事でしょうね…」
さやか「そんな…」
あれから一ヶ月が経った。
見滝原の魔法少女達の手によって最後の魔獣が倒されてからである。
勿論彼女達にその自覚があった訳ではない。
いつもの様に四人で魔獣退治に出掛け、いつもの様に戦闘を終えた後、唐突にこう告げられたのだ。
QB『おめでとう。これで君達はこの地球上の全ての魔獣を倒しきったよ。』
しかし魔獣を滅ぼしたからといって何が変わったわけでもなく
四人は置いてけぼりを食らったような感覚に陥っているのである。
さやか「QBの奴はあの戦い以降さっぱり姿を見せなくなっちゃうし」
マミ「仕方ないわ。元々QBだって慈善事業で私達を助けていたんじゃない。あくまでも取引だったって事だったんでしょう…」
杏子「でもあんた達は本当の友達みたいに仲が良かったじゃないか、マミはそれでいいのかよ?」
マミ「勿論良くなんかないわ。正直裏切られた気がして凄くショックよ。でも、もうそんな事を言っても仕方がないじゃない」
なぎさ「マミ…」
さやかはマミの言葉を聞いて何か違和感を感じた。
マミはずっと自分達のリーダーだった。優しくて頼り甲斐のあるリーダー。それは間違いない。
しかしその強さの内側に誰よりも繊細な心を持っている事もまた事実だった。
しかし今の彼女はどうだろう?ショックを受けている様子はあるもののあまりにも冷静過ぎはしないか?
自分の知っていたマミさんはこんなにも強い女性であっただろうか…?
マミ「いいじゃない。私達は魔法少女としてやれる事は全てやったのよ。これからは自分達の事を考えるべきだわ」
杏子「自分達…」
マミ「そう…余生をどう過ごすのかっていう事よ…」
ギクリ、と部屋全体に嫌な緊張が走った。
そう、今までは魔獣から回収したグリーフシードによってある程度彼女達のソウルジェムの穢れを浄化する事ができた。
しかし魔獣が全て死に絶えてしまった今ではもうそれも出来ない。
皮肉にも魔獣を殲滅した事が彼女達を窮地に立たせていた。
まるでシマウマを全て食べてしまったライオンの様な状況である。
なぎさ「やっぱり私達…死んじゃうしかないのですか?」
マミ「死ぬというのは正しくないわ…円環の理によって導かれるの。遅かれ早かれ私達はそういう運命の下にいたわ」
杏子「…なんでそんなに落ち着いてんだよ…」
マミ「自分でも分からないの。使命だと思っていた物が唐突に終わって気が抜けているのか、それとも友達に裏切られたショックの方が大きいのか…
でも正直言って今までと比べて状況が著しく悪化したとも思えないわ。今まで私達はいつ命を落としたり、魔力を使いきって導かれてもおかしくない状況だった。
グリーフシードの浄化無しでどれくらいソウルジェムが持つのか、はっきりした事は分からないけど、気を付けて魔力を節約していれば一年間位は持たせられるんじゃないかしら」
一年。それが長いのか短いのか、正直判断に困る数字ではある。
しかしながら、魔獣との戦いの日々ではなく、普通のどこにでもいる少女としての日常を冥土の土産に出来るのであれば、考えようによっては幸福なのかもしれない。
そもそも奇跡の代償としての戦いだったのだ、最後におまけがついてきたと考えればお釣りが出るほどの話なのかもしれない。
キョウコ「イヤーマミハアト15ネンハイケソウナキガスルケドナー」
マミ「ナゼカバカニサレテイルヨウナキガスルワ」
さやか「…」
結局その日はそのままお開きになった。
少女達は近い内にまた会合を開く事を約束し、それぞれの家路に付いた。
少し一人になりたいからと杏子を先に帰したさやかは、一人夜の街を歩きながら、
現在のこの状況と、最近胸に巣食い始めた違和感について考えていた。
さやか「どーにも引っ掛かるんだよねーいや何がどうって訳じゃないんだけど…」
さやか「状況が状況だから戸惑うのは当たり前っちゃ当たり前なんだけど…」
さやか「もっとこう根本的に何かがおかしいような気がするんだよねぇ」
さやか「あたしにはもっとこう大事な役割があったはずだっていうんですかぁ?」
そこまで独りごちてさやかは自分の頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。
このままでは自分の頭の方がおかしくなってしまいそうである。
さやか「だーもう大体QBはどこ行っちゃったのよー!
こんな時こそちゃんと出てきて一から十までキチッと説明しろーーー!!」
「僕がどうかしたかい?」
さやか「?!」
唐突な呼びかけに振り返るさやか、その視線の先、公園のフェンスの上に佇む白い影は
さやか「QB!?」
次の瞬間、まさに瞬きの間にその姿は消えた。
混乱しながらも辺りを見回すさやか、
その視界の端に引っ掛かるかのようにまたも白い影が現れては消える。
さやか「この!ふざけてんじゃないわよ!!」
パッパッパと、ライトの明滅の様に現れては消える白い影をさやかは必死で追い掛ける。
やっと掴んだ手掛かりの端なのだ、ここで逃してなるものか。
さやか「今更わざわざ自分から出てくるなんて、絶対なにか企んでる!」
そうして30分程ぐるぐるとおいかけっこをしただろうか、
気づけばさやかは見慣れた見滝原駅のプラットホームへとたどり着いていた。
ホームのベンチの上、見間違うはずもないあのQBが、
「待っていたよ」とでも言わんばかりに落ち着き払って鎮座していた。
さやか「あんた…今さらこんな回りくどい事までして、一体どういうつもり!?」
QB「君をこの場所まで連れてきたかったんだよ、美樹さやか」
さやか「?」
QB「君はこの場所を覚えているかい?」
さやか「お、覚えてるもなにもここは見滝原駅じゃない!しょっちゅうお世話になってるわよ」
QB「そういう意味じゃないよ」
さやか「じゃ、どーいう意味よ?」
わざとなのか癖なのか、もったいぶったQBの話し方に苛つくさやか。
やがてQBがゆっくりと、その先の言葉を告げる。
QB「ここはかつて君が…円環の理に導かれた場所じゃあないか」
さやか「…は?」
ドクン、心臓の奥で何かが動いた音がした。
なんだ?何を言っているんだこいつは…
そんな想いに駈られながらも確かに感じるこの既視感はなんだろう?
さやか「何言ってるのあんた、あたしは現にこうしてまだ生きて…」
絞り出すように否定の言葉を紡ぐさやか、だがそれはもはや否定のためというよりも、
QBに説明の続きを促すための物となっていた。
QB「そう、この世界ではね。僕が言っているのは前の世界での話さ。」
さやか「前の世界?」
QB「暁美ほむら」
ドクン
QB「彼女が悪魔となってこの世の理をねじ曲げる前、円環の理が鹿目まどかと共にあり、
正常に機能していた世界…」
ドクンドクン
QB「その世界で君は導かれ、そしてある重要な役割を、円環の理から与えられていたはずだ」
さやか「そ、それって・・・」
QB「さあ思い出すんだ美樹さやか!円環の理の使いとしての役割を!!」
瞬間さやかの目にとんでもない物が映る。
QBの足の下、そこに掴まれているのは、他でもないさやか自身のソウルジェムではないか?!
さやか「あ、あんたいつの間に!!」
二の句を待つ事なくQBがソウルジェムを掴む足に力を込める。
強制的な意識の介入、青白い火花が飛び散る。
割れんばかりの頭痛にうずくまるさやか。
さやか「あ、あああ、ああああああ!!!」
頭に次々と浮かんでは消える映像と音声、その姿は徐々に鮮明な像へと変化していき、やがて・・・
さやか「思い出した…」
QB「おかえり、という言葉が適切かな?美樹さやか」
さやか「ふざけるな!」
さやかは無意識の内に魔法少女の姿へと変身していた。
使いなれた剣を抜き、QBの首下へとその切っ先を突きつける。
さやか「まどかと共にあった記憶、ほむらがやった事、思い出させてくれた事には感謝するよ。
ついでに全ての元凶はあんただって思い出させてくれた事にもね!」
QB「落ち着いてくれ美樹さやか。今はそんな事を言っている場合ではないんだ。」
さやか「何をぬけぬけと…」
QB「魔獣」
ピクリ、と反応するさやか。
QB「君達は今魔獣を滅ぼしてしまった事で逆に窮地に立たされる格好となっているわけだけど、
何か疑問に思わなかったのかい?」
さやか「あんたが説明もせずにばっくれたんじゃない」
QB「仕方なかったんだ、僕は今ある者の支配を受けている状態にある。
あの時点では彼女の指示に従う他無かったのさ」
さやか「ある者ってまさか…」
QB「そう…暁美ほむらだよ」
ある程度は予想できた回答だった。
しかしながら、さやかは自分の中の動揺を認めざるを得なかった。
QB「そもそも魔獣を生み出したのは僕達インキュベーターだ。」
さやか「それは…」
QB「正確にはそういう捉え方も出来るといった方が正しいけどね。
僕らが初めに産み出して運用していたのは魔女のシステム、
そのシステムを鹿目まどかは世界改変によって否定した。
しかし彼女が否定したのはあくまで魔女であって魔法少女ではなかった。」
さやか「…」
QB「そもそも魔法少女なくして人類の発展は無かった訳だしね。
ただそうなると魔女の代わりになる物が必要になる。
魔法少女の敵であり、宇宙や魔法少女のエネルギー源にも成り得る存在。
人の呪いの感情を狩り取れる形に具現化させた物。それが魔獣なんだ。
つまり魔獣とは鹿目まどかと僕達インキュベーターの合作というわけさ」
さやか「そこまではわかってるよ。で、それでなんだって唐突に魔獣がいなくなっちゃった訳?」
QB「僕達にも魔獣を簡単に全滅させたりする事なんて出来ない。
魔獣の発生を防ぐなんて芸当も同様だ。ただこれでも合作者の片割れだからね。
しかるべき協力があればこの限りではないんだよ。」
さやか「…」
QB「それが暁美ほむらだ。いや、むしろ逆だね。暁美ほむらの命令で僕らが協力したという方が正しい。
円環の理となった鹿目まどか程ではないにしろ、悪魔となったほむらも限りなく概念に近い存在。
システムへ干渉しねじ曲げる位の力はある。実際ねじ曲げたのが今の世界な訳だからね。
ただハッキリ言って彼女単独では極々大雑把な改変しか出来ない。
僕らはエンジニアとして彼女を補佐し、魔獣発生のシステムの元栓を閉めたんだ」
さやか「ほむらの目的は何なの?!」
QB「魔法少女を全滅させる事さ」
今度こそさやかは本当に絶句していた。
魔法少女の全滅?一体、何のために??
QB「もっともそれも彼女の最終目標までの段取りの一つに過ぎない。
魔獣殲滅による兵糧攻めで魔法少女を滅ぼす。そうなると何が起こると思う?」
さやか「まさか…」
QB「円環の理というシステムの意味が消失するだろう?
円環の理はあくまで鹿目まどかの、魔女を消し去りたいという願いの副産物だ。
この世から魔獣も魔法少女もいなくなってしまえば未来永劫魔女は生まれない、
それで願いは叶ってしまうんだ。そうなれば円環の理は自ずから消滅する。」
さやか「つまり今この世界にいる人間としてのまどかは…」
QB「二度と円環の理に組戻される事はない。今度こそ正真正銘ただの人間になる。
それが暁美ほむらの最終目標さ。」
さやかの胸中を暴風雨が駆け抜ける。唾を飲み込む音がやけに響く。
それでも思考だけは止める訳にはいかない。
今の話が本当だとして…それをQBが自分に伝えに来たのは一体なぜだろう?
さやか「もしかして…あんた達も風前の灯火って訳?」
QB「ご明察だよ。さやか。君は本当に賢くなったね」
さやか「ほっとけ!」
QB「ほめたつもりんだけどな。そうなんだ、現存する魔獣と魔法少女が全て滅んだとしても
それだけでは絶対に魔女が生まれないとは言い切れない。僕達インキュベーターがいる限りね。
だから彼女の仕事が一段落した後、僕らにも相応の処置がなされるのではないかと懸念している。
なんらかの能力的制限を掛けられるか、悪くすれば僕らも滅ぼされるかもしれない。」
さやか「なんであたしだけに声を掛けたの?」
QB「この世界に違和感を感じてくれるとしたら、
円環の使者だった君かなぎさのどちらかだろうと思ってマークしていたんだ。
まどかはほむらのマークが固すぎるからね。
残念ながらなぎさは当てが外れけれど、なんとかほむらの隙を見て君にだけはコンタクトが取れた。
でも恐らくチャンスは今回だけだろうね」
さやか「あんた達はあたしに何をさせたいの?」
QB「単刀直入に言う、暁美ほむらを殺して欲しいんだ」
なんと言う事だろう。
暁美ほむらはついさっきまでの自分にとってはただのクラスメートだったのに。
ちょっとだけ言動がサイコだというだけの普通の友達だったのに。
今では殺すべき宿敵だと言うのか。
さやか「殺す?ほむらを…そんな事出来るわけ…」
QB「それは人間の言うところの倫理的な意味でかい?それとも戦力的な意味でかい?」
さやか「…両方よ」
さやかはさっきから自分の体の状態を何度も確かめていた。
記憶が戻ったとはいえ、今の自分は円環の使いとしての能力まで戻ったわけではなさそうだ。
一介の魔法少女のままらしい。そんな状態であの悪魔を殺すなんて事が可能なのだろうか?
QB「実は今がそのチャンスなんだ」
さやか「なんですって?」
QB「今君達のそばにいて一緒に学校に通っている暁美ほむら、あれは実は悪魔じゃない、人間なんだ」
さやか「どういう事?」
QB「彼女に隙が生じたから君とコンタクトが取れた、僕はさっきそう言ったよね?
その原因も実はそこにある。君たちが魔獣を倒して集めていたグリーフシード。
僕らとほむらはそれを、まどかを欠いて不安定になっていた円環の理のメンテナンスにも使っていたのさ。
まどかがひょんな事から理に目覚めてしまうのを防ぐためにね」
さやかは歯ぎしりのする思いがした。
自分達がやっていた事が図らずもほむら達の企みの片棒を担ぐ事になっていたとは。
QB「しかし魔獣が滅んだ事によって、グリーフシードの供給が絶たれてしまっただろう?
彼女はこれから魔法少女が滅びるまでの間、円環の理の安定化を自らの魔力で行わなければならない。
そのシステム構築のため、彼女の悪魔としての部分のほとんどは目下円環の理に掛かり切りなんだ。」
さやか「まどかにしたように、自分の事も今は二つに裂いているってわけね?」
QB「そういう事になるね。勿論全くの無防備というわけではないと思うけど、
暁美ほむらを叩くとしたら今が絶好のチャンスなんだよ」
さやか「人間であるほむらをこ…倒したら悪魔部分のほむらはどうなるの?」
QB「ここからは正直予想の範疇でしかないが、
円環の理ですら人間であるまどかを欠いた事によってひどく不安定になっている。
悪魔である暁美ほむらもその例外ではないだろう。
少なくとも今ほど強大な力は残らないだろうし、僕らインキュベーターにも勝ち目が見えてくる」
さやか「あんた達はほむらを倒した後、どうするつもりなの?」
QB「願わくはまたまどかに円環の理に戻ってもらって一つ前の宇宙の状態に再改変してもらいたいね。
勿論更に一つ前の状態でも僕らは構わないんだが、魔女というシステムは僕らが利用するには
危険過ぎるという事は前回の改変時に思い知ったからね」
その後、二言三言の会話を交わし、さやかとQBは別れた。
少し考えさせてほしいと答えた彼女にQBははこう告げた。
「それは君の自由だがおすすめはしない。せいぜい二週間もあれば
ほむらは魔力の供給システムを完成させ再び地上のほむらと一つになるだろう。
そうなればもう勝ち目はないよ」
勿論なるべく時間を稼ぐつもりではいるけどね、と捨て台詞を残しQBは夜の闇に消えた。
自室に戻ったさやかはシャワーを浴びる気にもならず、
倒れる様にベッドに飛び込んだが、到底眠れそうにはなかった。
さやか「どうしよう、あたし一人でこんな事決められっこないよ…」
誰かに相談したい、とさやかは考えた。だが誰に?
さやか「なぎさは…もしかしたらこの話を聞けばあたしの様に記憶を取り戻すかもしれないけど…」
もしも記憶が戻らなかった時の事を考えると気が引けた。
魔法少女として過酷な運命と戦ってきたとはいえ彼女はまだ小学生なのだ。
幼い彼女にこの事実はあまりにも残酷過ぎる。
巴マミはどうか?いやだめだ、こういう時真っ先に避けねばいけないのが彼女だ。
気丈に振る舞ってはいたが、万が一これまでの様に精神のバランスを欠き、
仲間割れにでも発展してしまえばそれこそ事態は悪化の一途を辿るだろう。
さやか「まどかの再改変までこぎ着ければ、その辺も全部チャラになるのかもしれないけど…
うまくいく保証なんかなんにもないんだもんね…」
さやか「杏子…」
思わず親友の名前を呟くさやか…その時彼女の携帯が着信に震えた。
さやか「…杏子?」
不審に思いながらも電話にでるさやかの耳に、今一番聴きたかった声が飛び込んできた。
杏子『さやか!!』
さやか「杏子…!あんたどうしたの?」
杏子『どーしたのとはご挨拶だなーなんか元気なかったみたいだからわざわざ電話してやったんじゃん』
さやか「いやだって、わざわざ電話なんて…あんた割と近所なんだからテレパシーでいいじゃん」
杏子『バカだなーもう忘れたのかよ?もう魔獣は現れないんだぜ?ちょっとでも魔力を節約すんのは当然だろ?』
杏子の言葉でさやかは今自分達の置かれているもう一つの現実を思い出した。
魔法少女としての決して長くはない余生。
さやか「そう…だよね、私達このまま円環の理に導かれるのを待つしかないんだもんね」
杏子『もー暗くなんなよさやか、今日はさやかにいい提案があるんだよ!』
さやか「いい提案?」
杏子『あのさ、さやか、もし良かったらさ、ふ、二人で旅行にでもいかねー?』
さやか「??」
旅行、今杏子は旅行と言ったのだろうか?
自分の置かれている状況とはあまりにもかけはなれた言葉に思え、さやかは一瞬混乱してしまった。
杏子『あたしも色々考えたんだけどさ、マミも言ってたみたいに、あんまり悲観したってしょうがないよ。
あたし達はやれるだけの事はやったんだし、残り時間が限られてるなら
くよくよしてる間に自分達のために使った方がいいんじゃねーかって
これが不治の病で死ぬってんじゃこんな風には考えられなかったかもしれないけどさ、
最後は円環の理様とやらがお導きくださる訳だろ?』
さやか「それは…そうかもしれないけど…」
杏子『それに…これもマミの受け売りだけどさ、もしあのまま魔獣が存在し続けてたら、
逆にこんなチャンスなかったかも知れないぜ?
あたし達はジェムが濁り切るか、ヘマして死んじまうか、それまでゆっくりする暇なんて殆ど無くてさ、
それだっていつまで続けられたのかなんてわかんねーんだ』
さやか「杏子…」
杏子『だからさ、さやかもそうしようぜ。やりたい事全部やってさ、
現世をエンジョイしきってやろうじゃねえか』
さやか「そのやりたい事第一号が私との旅行な訳?あんたどんだけわたしの事好きなのよ?笑」
杏子『バ!』
杏子『ちげーよ!あたしはあんたが元気が無さそうだったから、は、励ましてやろうと思って』
さやか「おやおやー少ない残り時間を私を励ますために使ってくれるって言うのかなー?
ますます愛情を感じちゃう言葉ですなーw」
杏子『なんだよもー!べ、別にあたしと二人きりが嫌だってんならマミやなぎさや、
なんならまどかやほむらも誘ったっていいじゃねーか?!』
ほむら、と言う言葉を聞いた瞬間、気持ちにストンと影が落ちた事を悟られぬ様にさやかは言葉を続ける。
さやか「ごめんごめん。うん、みんなとも絶対行きたいけどさ、まずは二人で行こう。
あたしもあんたと二人で行きたいよ。」
杏子『さ、最初っからそう素直に言えばいいんだよ…からかいやがって…』
さやか「素直じゃないのはあんただけどね」
杏子『うるせ!じゃあ今度作戦会議するからな!夜更かししないでさっさと寝ろよ!!』
ガチャリ、とそこで電話が切れた。
さやか「今度…か…」
この時さやかは静かに決心をする。
やるならば一人でやろう、と。
マミにしろ杏子にしろ今の状況を前向きに受け入れている。
そこに水を差すような事はしたくない。失敗の可能性を考えたなら尚更だ。
それでなくても事実を知ったショックでジェムの穢れが進行する可能性は十分にある。
もし自分だけならば仮に失敗したとしてもそれだけだ…自分が返り討ちにあうだけで、他の皆に影響はない。
さやか「なんだかな、全部を一人で背負い込むなってわたし自身が散々言ってたのにね」
さやか「あんたもずっとこんな気持ちだったの…?ほむら…」
皮肉にもこの状況になって初めて、さやかはほむらの気持ちを少し理解出来た様に思えた。
さやか「わたしは…一体どうしたいんだろう?」
ほむら「グッモーニン、まどか。トゥデイもまどかはアルティメットキュートね」
まどか「ウェヒヒ、ほむらちゃんは英語が上手だね!もう私よりも上手かもしれないよ!」
ほむら「ほむ・・・」
さやか(や、そこ照れる所じゃないでしょ)
あれから三日が経った。
ここは見滝原中学の教室。朝のHRが始まる前の束の間の団らんである。
はじめはほむらのクレイジーサイコレズな言動にビビり気味だったまどかだが
その後の付き合いの中で、あれはほむらなりのジョークなのだと受け止める様になったらしく
今ではほむらの戯言をまどかが適当に流すというのが二人の定番の絡みになっている。
さやか(にしたって適当過ぎると思うけどなーあんたはホントにそれでいいのかー?)
チラリとほむらの方に目をやるさやか。
ほむらは頬を赤らめながらまどかから何やら英語の指導らしき物を受けている。
その顔はまごうことなく幸せに満ち満ちた表情であった。もっとも殆ど無表情なのだが。
さやか(ごめんねほむら…あんたの気持ちも分かるけど)
さやかは意を決した様にケータイを取りだし、ほむらへとメールを打つ。
ちょうどよく杏子は今日学校をサボっている。タイミングとしてはまずまずだ。
放課後に話があるので体育館の裏に来てください。
送信後、再びほむらに目をやるとそこには彼女の不思議そうな表情があった。どうやら意図は伝わったらしい。
さやか(やっぱりもうこれしかない。知っておきながら立ち止まるなんて事、わたしには出来ないよ)
さやかの悲壮な決心をよそに、これで最後になるかもしれない見滝原中学での一日は、
あっという間に過ぎていった。
放課後。夕暮れで真っ赤に染まった体育館が影を伸ばす。
その影の中、さやかは静かにほむらを待っていた。
途中、杏子からの着信があったが、敢えて無視した。
今杏子の声を聞けばきっと決心が鈍ってしまうと思ったから。
ほむら「待たせたわね」
さやか「ほむら…」
ほむらがやって来た。どうやら一人らしい。
ほむら「それでミーにトークって何かしら?カミングアウトオブラブならまどか以外はノーサンキューなのだけど」
さやか「あんたはルー大柴か!!その変なしゃべり方止めなさいよ!」
ほむら「ワッツトーキングアバウト?いまや私のイングリッシュスキルは帰国子女のまどかも認めるネイティブアメリカンのそれよ」
さやか(こいつは本気で受け取ってたのか?!)
さやか「調子狂うわね…」
ほむら「用があるなら早くして、わたしもこう見えてソービジーなの」
さやか「確かにあんたは今大忙しでしょうね…」
不思議そうに小首を傾げるほむら。その顔を見つめながらさやかは喋り始める。
さやか「今のあんたに言っても仕方がないけれど、これだけは言わせて。
あたしはあんたの事を恨んでなんかない。むしろあんたの気持ち、今では痛いほど分かるよ。
こんな気持ちを抱えながらずっと戦ってたなんて尊敬の念すら湧いてくるよ」
ほむら「電波系ジョークはわたしの領分なのだけど…」
さやか「あんたのした事が悪いことなのか…それだって今はハッキリ分からない。
だけどやっぱりあたしは、このまま何もせずに流れに身を任せるなんてできないから…」
ほむら「?あなた、本当に何を言って…」
カッと体育館裏の闇の中に蒼い閃光が光る。思わず目を瞑るほむら、再び目を開けた時そこに居たのは…
さやか「だから…ごめん…ここで死んで!!」
キテレツな衣装に身を包み自らに剣を向けるクラスメートの姿だった。
ほむら「一体なんの冗…」
ほむらの言葉を待たず剣を振りかぶるさやか、思わず飛び退くほむら。
かわす事が出来たのが奇跡に思える、そう思える程の威力、剣圧の余波で体育館の壁が部分的に崩壊する。
その光景がさやかの言動のすべてが冗談などではない事をほむらに伝えていた。
ほむら「くっ」
さやか「よく避けたわね…でも次は外さな…」
「ほむらちゃん!!」
背後から聞こえた聞き慣れた親友の声。ギクリとしながら振り返るさやか。
そこにはなんと、怯えた表情のまどかの姿があった。
まどか「さやかちゃん…?!」
さやか「まどか…」
ほむらが校門にでも待たせていたのだろうか?
さやか(なんであの文面で人を待たせておけるのよこのバカ…)
ほむら「まどか!来ちゃダメ!美樹さやかは本気よ!!」
やむを得ない。今はまだまどかに事の真相は話せない。一旦気を失わせる。
次の行動を決めたさやかがまどかへ向けて一直線に翔んだその時
「さやかぁああああああ!!」
またしても聞き慣れた親友の声。ただし今度は真っ赤な閃光もワンセットである。
ガキィン!!と凄まじい金属音を立てて、矛が剣の前進を阻む。
さやか「杏子!!あんたどうしてここに?!」
杏子「あんたがケータイに出ないから、学校に行けば会えるかと思ってやって来たんだよ。
そしたらすぐ近くで魔力の反応を感じて…いやそんな事はどーでもいい!!」
ガン!!と剣を弾いた杏子は矛先をまどかに向けながらさやかに問う。
杏子「正気かてめえ?まどかは友達だろう?なんだってあいつを襲わなきゃならないんだ?」
さやか「わたしの狙いはまどかじゃない」
ヒュッと剣先で指し示す先、そこ居たのは事の成り行きを呆然と見つめる暁美ほむら。
杏子「ほむら…?いやほむらだって友達には変わりねえだろ?一体なんで…」
さやか「訳は言えない」
杏子「ふざけ…!!」
杏子の言葉ごと両断するかの様な勢いで、さやかの剣が横なぎに叩きつけられる。
咄嗟に矛で受け止めるも衝撃を受け流しきれず。
杏子は轟音と共に壁をぶち破って体育館の中へと叩き込まれた。
すぐさま後を追うさやかをまどかとほむらはただ見送る事しか出来なかった。
まどか「さやかちゃん…杏子ちゃん、どうして…一体何がどうなってるの…?」
ほむら「逃げましょうまどか。あの二人は本気よ。
しかもどう見たってまともな人間じゃない、わたし達に出来る事は何もないわ。」
そうこうしているうちにも体育館の中からはけたたましい金属音と衝撃波が響く。
中でどのような戦闘が繰り広げられているのか、想像するだけでも恐ろしい。
まどか「でも、二人とも止めなきゃ!友達同士なのに…こんなの絶対おかしいよ!」
ほむら「本当に変わらないわね、そういう所」
まどか「ほむらちゃん…?」
そこまでだった。何の前触れもなく、まどかはその意識を失った。
崩れ落ちるまどかを優しく受け止めるほむら。その目に光る眼光は既に女子中学生のそれではなく…
ほむら「そしてあなたもね…美樹さやか…」
溜め息を付くように、悪魔は静かに囁いた。
杏子「ぐあ…」
体育館内に叩き込まれた杏子は全身の痛みに耐えながら体勢を立て直す。
砂煙に目を凝らすとその中から一つの影が、音もなく飛び出して来た。
杏子「さやか!」
縦一線に降り下ろされた斬撃を矛で受け止める。
耳をつんざくような金属音、衝撃波は漂っていた砂煙を円状に一掃し、
杏子の全身を伝わって体育館の床板を破損させた。
杏子「あんた、本気であたしとやろうってのか?!」
さやかは答えない。杏子の矛から剣を引くとそのまま空中で体を切り返し
更に斬撃の雨を畳み掛ける。
矛を回転させながら両端を用い斬撃を捌く杏子。
その凄まじさたるや、音と空気圧で体育館の窓が次々と弾けていく程である。
杏子「なめるなよ!ガチであたしとやりあって勝てるとでも…」
しかし言葉とは裏腹に杏子はさやかの戦闘力に心底驚いていた。
勿論さやかの事を弱いなどとは思っていなかった。だがそれにしてもこの力、このスピード。
こんな戦い方をしていては魔力が持たないのではないか?
杏子「死ぬ気かよさやか!なんでだよ!一緒に旅行に行こうって決めたじゃないか!!」
さやか「ごめん杏子。あたしも本当に行きたかったよ。旅行」
杏子「だったらこんな事してる場合じゃ…分かってんのか?!
もうあたしらは魔力を使っても回復出来ないんだぞ?!」
さやか「だったら無駄な抵抗しないで。抵抗すればするほど、追い詰められるのはあんたの方だよ」
杏子「なにぃ?」
その時杏子はさやかのジェムを見て驚愕した。
ここまで派手な魔力の使い方をしているにも関わらず、さやかのジェムの濁りは驚くほど少ない。
さやかは円環の使いとしての力に目覚めた訳ではなかったが、その記憶と自覚が彼女の精神的強さを補強した。
また魔力の使い方の巧みさにおいても、かつて魔力の権化とも言える存在であった時の経験によって、
既に老練の域に達していた。
もはやさやかは魔法少女としては地上最強と言っても過言ではない実力者となっていたのだ。
さやか「お願い、今ならあんたのジェムの穢れもそこまでじゃあない。もう大人しくやられてよ!」
杏子「なんで、なんでだよさやか。なんであたしにまで何も教えてくれないんだよ…」
杏子の赤い瞳は気丈な光を失わない。だが今、その光は涙に揺らめき始めている。
それを認めたさやかもまた心臓を握り潰されるよう思いだった。
さやか「ごめん!!」
杏子「!!」
矛に斬劇を残したまま杏子の視界からさやかが消えた。
次の瞬間、杏子の下腹部にボーリング玉の様な重い衝撃がめり込んだ。
剣を敢えて放棄したさやかの、潜り込むような低姿勢から繰り出した右ストレートが直撃したのである。
切りもみ状に回転しながら杏子は体育館のステージを越え、壁に激突した。
杏子「さやかの…バカ野郎…」
消え入る様な声を絞り出した杏子、彼女はそこで限界を迎え、静かに気を失った。
さやか「杏子!!」
さやかはすぐさま杏子の下へ駆け寄ると、ボロボロになった彼女の体を抱えた。
さやか「ごめん…ごめんね杏子…許して…」
呟きながら彼女は本来の力である回復魔術を杏子に施す。
魔力の消費を回復させる事は勿論出来ないが、身体的なダメージはこれで消えるだろう。
さやか「こんな事ならあの時電話に出て、適当に帰らせればよかった…
せめてあんたには…静かな時間を過ごさせてあげたかったのに…」
「その通りだわ、美樹さやか」
その声を聴いた瞬間、さやかは総毛立つ程の戦慄を感じた。
まるで自分を取り囲む世界の総てが変貌してしまったような…
そしてそれは実際に比喩には終わらなかった。
もはや懐かしささえ覚える、奇抜な彩りと造形で満たされた空間が、声の聞こえた方向を中心に広がっていく。
「QBに何を吹き込まれたのか知らないけれど、わたしはこれでもあなた達の事を慮っていたわ」
「その気になれば魔獣だろうと魔法少女だろうと、消し去る事なんてなんでもなかった」
「魔獣を自らの手で滅ぼしたという達成感と、報酬としての静かな余生は
わたしからあなた達へのせめてもの手向けだったのよ」
さやかは無言で声の方向を見つめる。
結界の奥から表れた少女は、少女と形容するにはあまりにも妖艶で、同時に禍々しかった。
ほむら「どこまであなたは愚かなの?」
確認しなくても分かった。悪魔だ。
悪魔、暁美ほむらがそこに立っていた。
その腕に愛すべき我らが女神を抱きながら。
さやか「やっとこさおでましって訳ね」
ほむら「ええ、でもあなたのその様子を見ていると、誘い出されたと言った方が正しいかしら?」
さやか「いくらあんたが大仕事に掛かりきりって言っても、あんた自身やまどかに危害が及ぶ様な事態になったらさすがに戻ってくるはずだと思ったのよね」
ほむら「おかげで仕事は一時中断よ…本当にあなたは昔から面倒ばかりかけてくれるわ」
さやか「おやおやー誰かさんが自分で作っちゃった結界から助け出してあげたのをもう忘れたのかなー?」
ほむら「そう…そんな事もあったわね…ふふ…」
微笑を浮かべるほむら。
さやかは油断は禁物と己に言い聞かせながらも意外な反応を見せるほむらに少なからず驚いていた。
もっととりつく島もない様子を想像していたのだ。
ほむら「それで、何のためにわたしをわざわざ呼んだのかしら?」
さやか「いやー…あんたと一回話がしたくてね」
ほむら「話?」
さやか「あんたもお察しのとおり、QBの奴から色々と聞かされてはいたんだけどさ、
それだけで判断するのはどうかと思ったから」
ほむら「そんな事のために?仮にわたしの考えがあなたの意にそぐわなかったとして、
こうしてわたしが戻ってきた以上、あなたに勝ち目はないわよ?」
さやか「ま、それはもしかしたらその通りなのかもしれないけどさ」
さやか「あたしって、ほんと、バカだからさ」
天使と悪魔の視線が交差する。
一瞬の緊張の後、口を開いたのはほむら。
ほむら「いいわ…実はわたしも、あなたとは一度ゆっくり話すのもいいと思っていたのよ」
ズズズとおぞましい音を立てて結界の地面から生えてきたのは
可愛らしいテーブルをはさんで向かい合わせの長椅子、その傍らには不自然に大きな揺りかご。
ほむらは抱いていたまどかを揺りかごに寝かせると背中越しにさやかを呼ぶ。
ほむら「この椅子なら佐倉杏子も寝かせておけるでしょう?何か飲む?
紅茶でもハーブティーでも大抵の物は揃っているわよ?」
さやか「至れり尽くせりで恐悦至極ですなー、そんじゃあまあ…」
さやか「エキナセアで」
ほむら「すっぱいわね、これ」
さやか「ほむらはお子さまだからね」
ほむら「そうね、そうかもしれないわね」
さやか「マミさんの淹れたお茶…おいしかったよね」
ほむら「あら、わたしの腕も捨てたものじゃないでしょう?」
さやか「や、おもいっきり使い魔に淹れさせてたじゃん!!」
ほむら「だまりなさい」
結界の中に束の間の穏やかな時間が流れる。
かつて死線を共にした者同士の再会がそうさせたのかもしれない。
しかしながらいつまでもこうしている訳にもいかない。
さやかは意を決し話の核心を切り出す。
さやか「本当に円環の理を消滅させる気?」
ほむら「ええ」
さやか「まどかのため?」
ほむら「正直、今となってはわからないわ」
ほむら「あなたもそうなんでしょう?美樹さやか」
さやか「そう…かもしれないね」
美樹さやかも暁美ほむらも、共に鹿目まどかの親友である。
彼女の為に幾度となく戦いに身を投じてきた二人、だがその二人が見つめてきた鹿目まどかは、
必ずしも同じ姿ではない。
さやか「わたしもね、あんたの気持ち分かった気がするんだ、この子の…」
膝の上に乗せた杏子の頭を撫でながらさやかは続ける。
さやか「この子の事を考えた時ね、あんたが用意したシナリオに乗るのもいいかもしれないって思った。
この子にわざわざ辛い現実なんて伝えたくないって。
穏やかな時間を二人で過ごして、静かに消えていく、その方が幸せなのかもしれないってね…」
ほむら「でもあなたはそうはしなかった」
さやか「そうだね、どんな現実の中でもやるべき事を全力でやる。
それがまどかがわたしに教えてくれた事、わたしの信じているまどかの真意だから」
ほむら「…」
さやか「あんたのしている事がまどかの願いを踏みにじってるかもしれないって考えた事はある?
まどかを守ると言いながら、結局まどかを自分の鳥かごの中に閉じ込めているだけかもしれないって
考えなかったの?」
ほむら「考えたに決まってるじゃない」
さやか「だったら…」
ほむら「でも、わたしにとってのまどかの本音は、あの結界の中で聞いた、
一人になりたくないっていうあの言葉だわ。
だってそうでしょう?あの子の置かれた現実は眉間に突きつけられた銃口の様なものよ。
それがなければあんな事を願う程強くなる必要なんてなかった。
どうしてまどかだけがそんなものと向き合わなければならないの?」
さやか「それは…」
ほむら「分かってる。現実なんていつもそんな物よ、いつだって理不尽で突然で、
その場その場で乗り越えていくしかないものだわ。わたしだってそうしてきた。
結果あの子の悲壮な願いの片棒を担ぐ事になるとも知らずにね」
ほむら「でも現実は自分の力で変えていける、それもまた事実でしょう?
まどかの二つの願い、どちらも本当なのだとして、わたしにそれを選ぶ力があるのなら
わざわざ辛い思いをさせる選択肢を取る道理なんてないわ」
さやか「円環の理が消滅したら、そこに導かれた魂はどうなるの?」
ほむら「別に、再びこの世の因果と合流するだけよ。普通の人間の魂と同じ、本来の流れの中に戻るだけだわ」
さやか「そんな事、まどかが望んでいると思うの?」
ほむら「そもそもムシが好すぎるのよ、奇跡なんて大それた物を願っておいて、数年も戦えば天国に行ける?
そんなものがあの子の犠牲の上に成り立っている。それがあの子の望んだ事だとしても、
あの子がそれを望まざるを得なかった現実ごと今度はわたしがねじ曲げて見せる」
さやか「ほむら…」
ほむら「それをあの子は怒るかもしれないけど…あの子が魔法少女のために
自らを犠牲にしてルールをねじ曲げた事と、わたしのやろうとしている事、
一体何が違うっていうの?責められる言われなんてないわ」
さやか「犠牲って…やっぱりあんた円環の理を消滅させた後は…」
ほむら「再びQBを使って魔獣を生み出すわ。人びとの呪いを浄化し続ける運命はわたしが一人で背負う」
さやか「QBの本当の狙いはなんなわけ?」
ほむら「あいつはそもそも、もう人類からは手を引きたいのよ。
隙を見て逃げ出せるだけのゴタゴタさえ起こせれば何でもいいんでしょうね」
さやか「なるほどね…」
ほむら「それで、結局あなたはどうするの?」
さやか「なんかさ、あんた達って本当に似た者同士だよね」
ほむら「…」
さやか「結局あんた達は、誰かに辛い思いをさせるなら、自分がした方が楽だって、
そういう考え方なだけなのよ。あたしも人の事言えないけどね。
ただ、まどかはそれが皆に向けた気持ちで、あんたはまどかだけに向けた気持ち、それがあんた達の違い」
ほむら「だからまどかの方が正しいって言いたいの?」
さやか「別にそうじゃないよ。だってさ、何が正しいかなんてその人の立ってる場所によって変わるじゃない。
世界を救ったスーパーヒーローだって、もしかしたらその人の奥さんは寂しくて心配で、
毎晩泣いてたのかもしれない。まあそこで涙こらえて夫を支えますって方がいい女なんだろうけどね」
さやかの言葉を聞いて、ほむらは自嘲気味に笑みを浮かべる。
ほむら「それじゃまるでわたしがみじめったらしい女みたいに聞こえるわ」
さやか「それか子離れできない母親だね」
ほむら「ふふふ…だまりなさい」
さやか「へっへっへ」
ひとしきり笑う二人。一息ついた所でさやかが言う。
さやか「でもね、どっちが正しいとか言う気はないけど、わたしも一個だけどうしてもやりたい事がある。
そのためにはどうやらあんたと一戦交えないといけないみたい。」
ほむら「そう、あなた、本気なのね」
二人が席を立つ。同時にお茶会セットが干渉遮断フィールドの様な物で包まれ、二人の下から遠くへ移動していく。
これでまどかと杏子が戦闘に巻き込まれる事はないだろう。
さやか「なんだかんだでほむらちゃんは優しいですねぇ」
ほむら「あくまでもわたしだもの」
さやか「笑えないっつーの!!」
突如としてさやかの全身から蒼い炎の様な光が迸る。
円状の楽譜を模した魔法陣がさやかの背後に浮かび上がる。
かつてない魔力の高まりに無数の音符が躍り狂う。
だがその様を見つめるほむらの表情には変化はない。
さやか「スーパーさやかちゃん!!全力全開ぃいいい!!」
バシュッっと背後の魔方陣を蹴り、ほむらを目掛け一直線に宙を駆ける。
パワー、スピード、ダメージ回復能力、出し惜しみ一切無しだからこそ可能な特攻戦法である。
ほむら「無駄な事を」
さやか「ぬぉおおおおお!?」
次の瞬間、さやかは全然見当外れの場所に弾き飛ばされていた。
いつの間にかひしめくように湧き出したほむらの使い魔達が彼女の進行を阻んだのである。
ほむら「忘れたの?わたしは悪魔でここはわたしの結界。あなたに勝てる道理なんてない。
盤上のチェスの駒が打ち手を殺そうっていう位荒唐無稽な話だわ」
さやか「なめてんじゃないわよー!!」
ダメージは楽譜の魔方陣によって瞬く間に回復される、痛みの感覚をも断ち切り、なおも突っかけるさやか。
ほむら「無駄だっていっているでしょう?」
今度は見えた。四方八方から投げつけられる血の様に紅いトマト。
突進しながらも凄まじい剣捌きでそれを切り裂いていく。
ほむら「相変わらず物分りが悪いわね!!」
さやか「!!」
トマトへの迎撃に気を取られたさやかの頭上から、無数の兵隊の様な使い魔が降り注ぐ。
咄嗟にかわそうとはしたが数が多すぎる。反撃の暇すらなく押し潰されるように動きを封じられるさやか。
ほむら「もうやめにしましょう。あなたも佐倉杏子も、素直に最後の時を楽しみなさい。
今ならサービスでソウルジェムの穢れも浄化してあげるわよ?」
さやか「お心遣い痛み入るね。でもお生憎様!わたしの狙いはここからだよ!!」
ほむら「強がりはよしなさい。その体勢から一体何をどうするっていうの」
さやか「こうするのよ!!」
無数の兵隊の山から漏れ出す様に立ち上る蒼い炎。それはさやかのソウルジェムの魔力の大放出だ。
その勢いはさながら蛇口を全開きした湯水の如くである。
ほむら「わざわざ魔力を無駄遣いする気?あなた一体何を…」
カッ!黒い稲光が兵隊の使い魔達を吹き飛ばした。
中から現れたのはさやかの魔女化した姿、人魚の魔女、オクタヴィア。
ほむら「自ら魔女化したですって?自分の結界で私の結界を侵食する気?!」
オクタヴィアを中心に広がりだす結界。しかし妙だ。
その広がり方は、通常見られるような均等な拡散ではなく、真っ直ぐと真上を目指しているかの様な…
ほむら「まさか?!」
オクタヴィアの結界がほむらの結界の天井へと達する。その瞬間、わずかながらほむらの結界に亀裂が入る。
すかさずオクタヴィアは自らの結界を解除した。生じた僅かな隙間から覗くのは結界の外の世界。
ほむら「自らの結界を楔にわたしの結界に亀裂を…!!」
ほむら「円環の理を呼ぶつもり?!」
結界が破れ、外の世界へと通じてしまえば、円環の理が魔女となったさやかの存在を察知するのは自明の理である。
体育館の天井をも突き破り、広がる夜空の彼方から一陣の神々しい光が差した。
ほむら「まずい!今はまだ…」
しかしもう遅い。程なくして円環の理がその姿を現す。
白い後光を背負いながら降臨する女神、その目には人間であるまどかを欠いている影響か生気がない。
機能だけで動く存在。そして、その安定化のためにほむらが施した数々の処置は、ご丁寧に全て解除されている。
ほむら「インキュベーター…やってくれたわね…」
歯軋りをするほむら。だが
ほむら「でもまだよ!まださっきまどかに施した遮断フィールドが残って…」
突如オクタヴィアが声にならない咆哮を放った。
その咆哮に弾かれるようにまどかの方に目を向けるほむら。
そこには…まどかと共にフィールドの内側に眠っていた深紅の少女…
「助けてくれってか?ったく…」
杏子は
「言うのが遅すぎんだよ…バカさやか」
言われなくてもわかっていた。
ほむら「やめてぇえええええ!!」
杏子の巨大化した槍が遮断フィールドを内側から穿つ。
フィールドが粉々にくだけ散ったその瞬間…
まどか「思い出したよ…ほむらちゃん」
ほむら「まどかぁあああ!!」
その瞬間を境に再び世界は暗転した。
さやか「……!!」
ガバッ!!さやかは跳ねるように起き上がった。意識を失っていたのか?どれくらい?状況はどうなった??
なぎさ「恐らくほんの一時だと思いますよ」
さやか「なぎさ…あんた…」
なぎさ「お察しの通り、円環の使いとしての記憶が戻ったのです。
まったくさやかは無茶をする人です。状況を察知して慌てて飛んできました。」
さやか「飛んできたって、ここは?」
マミ「ここは世界改変の特異点…という事らしいわね」
さやか「マミさん!どうしてここに??」
なぎさ「円環の使いとしての力がほんとに戻ったのか確かめたくて、ちょっくら肩慣らしに導いてみました」
さやか「はぁ?!」
なぎさ「嘘です。冗談です。この場に居合わせるべき人だと思って単に強引に連れてきたんです。」
さやか「あんたねぇ…」
マミ「最初はなぎさちゃんが何を言っているのかさっぱりだったけど…
なんだかこの子からさっぱりな話を聞くのは初めてじゃないような気がして
自分でも驚くほど状況がすんなり飲み込めてしまったわ」
さやか「あはは…いやぁそれはそれは」
QB「もっともここは世界改変の特異点だ。この空間に入った時点で過去二回の世界改変を跨って、
全ての記憶は蘇っているはずだけどね」
さやか「QB!あんたも来てたの?」
QB「本当は僕はこの隙にスタコラサッサと逃げ出したかったのだけど…」
杏子「ざっけんなバッキャロー、この期に及んでそんな無責任な事許すかよ。
あんたにも最後まで見届けてもらうよ」
さやか「杏子!!」
杏子「よぉさやか」
さやか「杏子…ごめんね…色々と辛い思いさせちゃったね」
杏子「へっ、今更謝ったって許してやるもんか、一人で盛り上がりやがって、
その上、どてっ腹にあんなもん突っ込まれて…」
QB「一人で盛り上がって…」
マミ「お腹に突っ込まれた…?」
さやか「こらそこぉ!!良からぬ妄想はやめなさい!!」
なぎさ「?一体どういう意味なのですか」
QB「いいかい?なぎさ、君達人類はね、雄しべと雌しべが…」
さやか「ギャー!!余計な事は教えんでいいーー!!」
杏子「おい…ふざけんのもいい加減にしやがれ」
さやか「ご、ごめん・・・」
さやか「人に散々説教しておきながら、わたし自身があんたを置き去りにして突っ走っちゃった。
不安にさせちゃってほんとにごめん」
杏子「ふん、いいよもう。あんたがあたしの為を思ってくれてたってのは分かったからさ。
でも次はゆるさないからな。助けてほしいんなら最初っから素直に頼りやがれ」
さやか「うん、そうだね。」
ぐいっとさやかは杏子を抱き寄せる。
杏子「んなっ!」
さやか「助けてくれて本当にありがとう。これからもあたしをよろしくね」
杏子「バ!おい!さやか、やめろ!離せ!」
なぎさ「ラブラブなのです」
マミ「どうやら雄しべは美樹さんの方らしいわね」
QB「さて、あちらの二人の方も早いとこ丸く収まってくれるといいのだけどね」
QBの声を合図に一同は同じ方向へと目をやった。
そこには…まるで神話の様な光景。
女神・鹿目まどかと、悪魔・暁美ほむらが向かい合っていた。
QB「まどかもほむらも共に真の姿を取り戻した。概念を生み出す者と概念をねじ曲げる者、
この両者が互いに拮抗し、今世界の改変は保留状態で停止している。」
ほむら「まどか…」
まどか「ほむらちゃん…」
杏子「なぁさやか、あんたの考えってもしかして…」
さやか「そう、たぶんその通り」
杏子「うまくいくのかよ?それ」
さやか「大丈夫、きっとあの子達も分かってると思うよ」
向かい合ったまま長いこと会話を交わせない両者。空気に耐えきれず先に切り出したのは
ほむら「まどか…あの…」
ほむらが何かを言おうとしたのをきっかけにまどかがツカツカとほむらへ距離をつめていく。
その表情にはなにか張り詰めた物が・・・。
ほむら「ま、まどか…?」
キョトンとしたほむら目掛けて、なんと女神は
まどか「ほむらちゃんの…バカァ!!」
バッシーン!!
大きく振りかぶった渾身の平手打ちが悪魔の左頬をしたたかに張った!
ほむら「…え?」
鳩が豆鉄砲を食らった様な表情のほむら。
それを見つめていた一同もほぼ同じ様な心境であった。
まどか「こんなとんでもない事しようとして…駄目じゃない!!
わたしがいつこんな事して欲しいって頼んだの?!」
ほむら「え…だって…わたし…」
まどか「ほむらちゃんのわからず屋!なんでわたしの気持ち分かってくれないの!」
その台詞を聞いて今の今まで呆け気味だったほむらの中で、なにかが弾けた。
ほむら「なによ…まどかだって!!」
バチーン!!
先程の一撃に負けずとも劣らない威力の平手打ちが、女神の左頬で爆ぜる!
まどか「いった…」
ほむら「誰がこんな事頼んだかですって?それはこっちの台詞よバカまどか!
一人になるなとか言っといて、いつもいつも一人で突っ走って、ちょっとはこっちの身にもなりなさいよ!」
まどか「じゃあわたしあの状況で他にどうすれば良かったの?!」
バッシーン!!
ほむら「だからその状況ごとわたしがひっくり返してやろうとしたんじゃない!!」
バッチーン!!
まどか「ほむらちゃんは色々やり過ぎなんだよ!知ってる?そーゆーのヤンデレって言うらしいよ!?」
バッシーン!!
ほむら「ヤンデ…もう怒った!なによ!一人になりたくないってピーピー言ってたのはまどかじゃない!」
バッチーン!!
まどか「あ、あの時はそうだったかもしれないけど、わたしはもう大人になったんだもん!!」
バッシーン!!
ほむら「大人が聞いて呆れるわね!黒歴史ノート全宇宙に公開するわよ!?」
バッチーン!!
まどか「わたし元々はリア充だもん!ほむらちゃんなんてループ一周目から、
微妙にタイプが変わっただけでずっとコミュ障のくせに!!」
ほむら「ぬぅうううううううう!!?」
マミ「ねぇ…あれってあのままやらせておいていいのかしら?」
さやか「いいんですよ。これがあたしの狙いだったんです。」
なぎさ「それじゃあ…」
さやか「そ、あの二人はね、一度腹割ってとことん喧嘩するべきだったのよ。
ほんとに二人揃ってコミュ障なんだから」
杏子「腹を割ってっつーか頬を張ってって感じだけどな…」
QB「まったく君達人間は意思の疎通方法まで非合理的なんだね。訳が分からないよ」
さやか「その人間の感情につけこんでせっせと営業活動してたのはどこのどいつよ?」
QB「きゅっぷい」
杏子「おい、そろそろあいつらも一段落つくみたいだぜ」
ほむら・まどか「「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」」
ほむら「そ、そろそろ終わりにしましょう。このままではあなたの顔面の理が崩壊してしまうわ」
まどか「そう…だね、ほむらちゃんも、もう頬っぺたがおっぱいより膨れちゃってるもんね…」
ほむら「やっぱりもう一発殴るわ」
まどか「ウェヒヒ、冗談だよ」
ひとしきり殴りあい、罵りあい、心なしかすっきりした表情の二人。
呼吸を落ち着かせ、今度はまどかが先に切り出した。
まどか「ほむらちゃん、ほむらちゃんを迎えに来たときね、ほむらちゃんがわたしを捕まえて、
わたし本当にびっくりしたんだよ?」
ほむら「そうでしょうね…我ながら突拍子もない事をしたもんだと思うわ…」
まどか「最初はなんでこんな事するの?って全然理解できなかった。
でもほんとに悪いのはわたし、あんな事しちゃうくらいほむらちゃんを追い詰めていたのはわたしだったんだね」
ほむら「まどか…」
まどか「でももうわかったよ。自分一人で強がって、それで誰かを助けられたとしても、
それじゃあ自分の一番大切な人は守れないんだね」
ほむら「う、うぅ…」
まどか「今まで寂しい思いをさせてごめんね。ほむらちゃんはわたしの最高の友達だよ」
ほむら「まどかぁああああ」
胸に飛び込んでくるほむらを、まどかは優しく抱き止める。
堰を切ったように泣き出したほむらの頭をまどかが慈しむ様に撫でる。
ほむら「まどか、まどかごめんなさい!わたし…わたしね…」
まどか「うん…大丈夫…全部わかったよ。だって…わたしも本当は寂しかったもん。
素直に最初からそう言えば良かったんだね。本当にごめんね。」
ほむら「でもわたし…結局同じ事をしようとしていたわ…あなたの本当の気持ちを確かめるのが、
ずっと怖かったの」
まどか「うん、そうだね。それはとても良くない事だね。」
無言でうなずくほむら。
まどかは更に言葉を続ける。
まどか「あのねほむらちゃん、わたし、ほむらちゃんにお願いがあるんだ」
ほむら「なに?なんでも言って」
まどか「わたし、素直になるね。本当はもう一人は嫌だよ。もう疲れちゃった。だからほむらちゃん…」
ほむらが顔をあげる。そこには満面の笑みを浮かべるまどかの顔があった。
まどか「これからは一緒に、ほむらちゃんも手伝ってくれないかな?
わたしに・・・ほむらちゃんの力を貸して欲しいなって」
ほむら「まどか…」
思うにその言葉は、暁美ほむらが心の底から、本当に欲しかった物なのかもしれない。
まどかを守れる私になりたい。そのたった一つの願いのために、永遠にも思える戦いの運命を選んだ一人の少女。
その祈りが今、初めて成就した。
ほむら「はい、喜んで」
まどか「ウェヒヒ、今度こそ、ずっと、ずっと一緒だよ…ほむらちゃん…」
なぎさ「マミの顔面の理も崩壊しているのです」
マミ「ぐじゅっ…だっで…えぐっ…だっでぇええ…ひぐっ」
QB「まぁマミの顔面は崩壊どころか消失…」
杏子「だまらないと殺すぞ」
QB「きゅっぷい」
さやか「見て!始まるみたいだよ!」
抱き締めあう二つの理を中心に、虹にも似た色とりどりの光が放たれていく。
三度の世界改変が今まさに始まろうとしていた。
さやか「今度こそ皆が、幸せになれる世界になるといいね」
杏子「なぁさやか、もしかして、またこの記憶も消えちまうのか?あんたまで消えたりしないよな?」
さやか「今のあの二人に任せとけばきっと大丈夫!それにたとえ記憶が消えたってさやかちゃんは何度だって杏子を幸せにしちゃいますからねー!」
杏子「…その言葉…信じてるからな」
マミ「こんなの泣くしかないじゃない!!うええええええ!!」
なぎさ「来ますよ!!世界改変が本格的に始まったのです!!」
QB(帰りたい…)
そして…世界はまばゆい光と共に、静かにホワイトアウトしていった…
一瞬とも永遠とも思える時間の後。
気づけばそこは日差しの暖かな、見滝原の通学路だった。
杏子「で、今度は一体何がどうなったんだ?」
QB「どうやらまどかとほむらは対となる概念として互いに補いあう存在となったようだ。」
なぎさ「魔獣や魔法少女はどうなったんですか?」
QB「もうどちらもこの地球上には存在しないね。
人々の呪いや憎しみは魔なる存在のほむらが吸い上げ、
それを聖なる存在のまどかが浄化するという相互関係が形成されている。」
マミ「私達、本当に普通の女の子になったのね。でもそれならなぜあなたとこうして話せるの?」
QB「さぁ…やはり神様ともなると、多少のご都合主義はお手のものなんだろうね。」
さやか「じゃああれも、そのご都合主義の結果ってわけ?」
さやかが指差した先、そこにはなんと
楽しげに会話を交わしながら通学路を歩く、まどかとほむらの姿が。
ほむら「グッモーニンまどか、今日は日差しもあなたもベリーホットね」
まどか「ほむらちゃん凄い!英国王のスピーチかと思ったよー!」
ほむら「ほむ…」
QB「そうだね、今この宇宙の理の役割をを果たしている二人は共に概念のみの存在だ。
勿論それでは完全なシステムとは言えないが、人間としての二人が人としての寿命を全うし
再び概念と同化するまでは、僕達がその分を調整する事になっている」
さやか「随分殊勝な心掛けじゃない」
QB「気付いたらそういう事になっていたんだから仕方ない。勿論エネルギーの分け前は貰うけどね。
まあ人の一生なんてあっという間だ。それでこの星から撤退出来るのなら安い取引さ」
杏子「嫌われたもんだなおい」
QB「でも、本当にこれでいいのかい?もうこの星には奇跡も魔法もないんだよ?
君達人類の未来がどうなるのかそちらの方の心配をするべきじゃないのかな?」
さやか「そこはもーこれからは人間代表のあたし達が頑張っていくしかないんじゃないですかー?」
マミ「そうね、この地球は私達の星だものね」
なぎさ「さやかは代表ってガラじゃあないですけどね」
杏子「言えてるわそれ」
さやか「なにをー」
QB「やれやれ…」
QB(確かに君達人類は実に脆弱で不安定だ。原因はその多様性にある。
単一制のシステムを取ってさえいれば簡単にシステムは安定するのに、
個々の感情が邪魔してそんな単純な事すらままならないなんてね)
まどか「あ、さやかちゃん達だ!おーい!さやかちゃーん!」
QB(だが単一で完成すべきシステムを敢えて不安定な者同士で支え合う事で、
到底成し得ないはず理想を実現してしまうとは、僕達インキュベーターには逆立ちしても出来ない発想だろうね。)
ほむら「ちっ、せっかくまどかと二人きりのロードトゥスクールをエンジョイしていたのに」
QB(僕達からすればその方がよっぽど奇跡と呼ぶに相応しい現象だよ)
確かにこの星からはもう魔法の力は消え去ったのかもしれない。
だが我々は忘れない、この星と、この星の上で送る日常、そして
手と手を取り合える隣人の存在こそが、何よりもかけがえのない、素晴らしき奇跡なのだという事を。
さやか「よっしゃー!私達の戦いはこれからだー!」
杏子「なんだよそれ」
~さやか「私達の戦いはこれからだ」~
~ティロ・フィナーレ~