朝起きたら何かが変わっているかもしれない。
そんなことを今でもたまに思う。
別にあたしだけじゃないだろう。
まだ魔法少女になっていない頃にはよく『明日はふかふかのベッドで香ばしい朝食の匂いを微かに感じながら目覚めるんじゃないか』とか。
魔法少女になった後はそれこそ『朝起きたらマミさんが家族になってるんじゃないか』ってな。
今、あたしが思うのは……
杏子「……」
決して失われない絆が欲しい。
家族やマミですら離れ離れになってしまった。
だからそんなもの無いってわかってるけどさ。
……
元スレ
杏子「わっけわかんねぇ……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1359865382/
……
そんなくだらない幻想を抱いて今日も眠る。
オペラ座の怪人がボックス席を占領しようとしたように、
占拠したこの部屋はホテルの全体から畏れられている。
なんでも幽霊部屋だそうだ。
酒瓶の代わりに抱くのはカルピスの原液。
煙草の代わりに咥えるはチョコ菓子。
朝起きたらお菓子の家にでもいたりしないもんか。
まぁ、実際お菓子の家で目覚めたら魔女の結界に飲まれたかと思うけどね。
……
風見野なんて田舎の割にはこのホテルの設備は良くて、指定した時間になると徐々に太陽光を取り込んだり、
録音した鳥の鳴き声を鳴らしたりして無理なく起こしてくれる。
ベッドを出て、電気ケトルでお湯を沸かす。
それでもってティーカップにカルピスの原液を少し注いでおき熱いカルピスを作る。
これくらいしかここでは用意できないけど、今はこれで、良い。
あすなろのコンドミニアムはもっと設備が良かったけど、料理があんまり得意じゃないあたしにはこのホテルで十分だな。
あたしは基本荷物を残さないから、いつも使い終わったティーカップは夜には新しいものに変わっているし、
少し乱れたベッドもしっかりメイキングされている。
乱れたベッド……ん?
杏子「……なんで布団がまだ膨らんでるんだ?」
杏子「布団を丸めたりはしてないと思ったんだけどな……」
恐る恐るベッドに近づいてみる。
中が空だったらあんな膨らみ方はしない。
一体あたしは一晩何と寝ていたというんだ。
大きさ的にキュゥべえではない。
……
……正体を突き止めてやる。
杏子「そらぁぁっ!!!」
思い切りめくりあげた布団の中には
「さみぃ……」
猫のようにまるまったあたしがいた。
何かの見間違いだと思いたいけど、これは正真正銘あたし。
脇腹に水疱瘡のあとが残っていし、付けている指輪から発している魔力パターンも同じ。
杏子「……どうしたもんかね」
そそくさとカルピスを飲み干し、このもう一人のあたしを起こす。
一体何者だ。
杏子「……起きなって」
「んん……いいじゃねえかよ、あとちょっと……」
ダラけた奴だな。
そんな生活な上に、あたしみたいにお菓子を食い漁ってたらあっという間に腹が摘めるくらいに膨れそうだ。
「……あたしか?」
杏子「……あたしは佐倉杏子、あんたも?」
わかりきった質問だけど、あっちは魔女の仕業とかだと思うかもしれない。
「あたしも佐倉杏子だ……分身?」
杏子「ちげーよ見ろ、指輪も本物だろ?」
「あ、本当だ……じゃあお前もあたしなのか」
『お前』……?
杏子「いろいろ言いたいことはあるけど……混乱しない為にまずは……名前をつけよう」
「そうだな、じゃあ片方は杏子のままで良いとして……あんこ……もう片方は小豆にしよう」
杏子「あずき?いいね、だけど寝坊したあんたの名前だよ」
小豆「……ったよ」
……あんこってどっから出てきたんだ?
あんずから捩ったのか?あたしはそんな考え方しないけどな……
小豆「じゃあなんかむずかゆいけど、杏子って呼ぶからな」
むずかゆいのはこっちなんだけど。
杏子「少なくともイタズラじゃないんだね」
小豆「他に魔力は感じられないし、幻覚魔法は使えないよ」
杏子「まぁ二人だったら意味のない質問か。あと前者は単に幻覚に嵌められてるだけかもな」
そう言うもとりあえず触って確かめてみる。
幻覚は別に視覚だけに訴える魔法ではないからあまり意味はないが。
小豆「ちょっ……どこ触ってんだ、くすぐってぇ…!」
杏子「どこって別にサイドから腹触っただけじゃん」
自分自身の姿ではない人間を出す具現化系の幻覚なんて長時間使える物ではない。
……
小豆「疑ってもキリが無いだろ」
杏子「幻覚じゃあなさそうだな……スプーンにも映るし」
光などを捻じ曲げてるのではなく、魔力の塊が感覚に訴えているからスプーンなどあまりにも像が歪むものには幻覚は映らない。
小豆「……スプーンこっち向けんなよ。食えねえよ」
杏子「いや、食わないけどさ」
小豆「しっかし……幻覚じゃないとすると……クローンとか?」
杏子「あたしのクローンなんか作ってどうすんのさ、しかもソウルジェムまで増えてるし、それ置いてく?普通」
小豆「確かに」
杏子「だろ?」
だとするとこいつは正真正銘のあたし。
ちょっと違うところがあるけど、多分本物のあたしだ。
杏子「幻覚は使えないんだよね?」
小豆「ああ」
杏子「家族は?」
小豆「全員死んだだろ」
杏子「マミとは」
小豆「……もう喪いたくないから距離を置いた」
……だよな。
もっと聞いてみるか。
しっかしこいつはなんか違和感がある。
そもそも二人称が違うし。
杏子「……好物は?」
あたしの好物は肉系の揚げ物。
……あれから食ってないけどな。
ファストフード店のはパサパサしてて苦手だし。
小豆「なんでも好きだけどな……強いて言うなら……」
「甘い物が好きだな」
……ん?
っかしいな……甘い物は別に特別好きなわけでもないんだけどな。
杏子「……じゃあ、マミの作るカレーはどんなんだったっけ?」
確か蜂蜜と林檎で甘口にした上に、生クリームを入れる激甘。
あいつは辛いものがダメなんだよね。
小豆「そりゃあ……バターチキンカレーだろ。カッテージチーズの入った」
杏子「そんな凝ってないだろ」
小豆「えっ」
……こいつ本当にあたしなのか?
こいつと居たマミは何者なんだよ、インド人か?
マスケット銃から蛇でも出すんじゃないのか?
杏子「じゃあさじゃあさ……あすなろの魔法少女一人言ってみろよ」
今はどうだか知らないけど、あいつらのことは忘れない。
デカい得物突き立てて魔女を中から爆発させる看護婦と、破壊光線使いの露出狂。
どっちを言うか楽しみでもあるな。
小豆「あすなろの魔法少女?あいつねあいつ」
「飛鳥……」
杏子「飛鳥……?」
小豆「東大寺 飛鳥」
杏子「誰だよ」
小豆「あすなろの大物だよな。奈良から引っ越して来た仏教系破戒僧魔法少女」
杏子「心当たりないんだけど、なにその漫画の読者投稿みたいな奴」
小豆「破戒の魔法で病院の爺さん婆さんに死を受け入れさせてたんだよな。家に帰るんだけど、使い魔に食われる前に魂救っちゃうからタチ悪かった」
杏子「ちょっと意味がわからないね」
ちょこちょこ共通ワードがあるのが逆に腹が立つ。
小豆「あいつの願いがまたマヌケでな……あすなろがひのきになる明日が来ますようにって」
杏子「……よく契約できたなそいつ」
……こいつ何者なんだよ。
こいつの話だとマミは大食いで、あすなろの魔法少女は仏教系魔法少女らしい。
正直意味がわからない。
杏子「で、これからどうするか、だよね」
小豆「……だな」
幸いあたしには学校とかそういう、所属するコミュニティ?ってのが無い。
盗んだ金で買い物をする商店街くらい……かな。
小豆「……なんとなくだけどよ、あたしらが二人一緒に居るのは本当に二人きりの時だけにした方が良いと思うんだ」
杏子「……どういうワケで?」
小豆「うーん……なんつーか、例えば……アレだ、分身に対してはどっちかがニセモノだからヤケに攻撃的になる奴居るだろ?」
杏子「……まぁわからないこともないけど」
小豆「それに、もし誰かにあったら手札を明かしたくないからな」
杏子「あ、ああそうだな」
ちょっとフられた気分……?
折角……
小豆「でもさ」
突然頭を撫でてきた、優位に立ったつもりかあたしの分際で。
小豆「一匹くらい一緒に狩ろうぜ?」
……自分の口角が僅かに釣りあがった気がする。
風見野の下水処理場。
なんだってこんなところに……
小豆「入り口、見つかったぜ?」
杏子「よし、行くか」
二人して矛先が巨大な槍を取り出す。
少しこいつの方が肩が逞しい気がした。
……自分のことを弱いと思ってる裏返しから来てる錯覚かな。
小豆「オラァッ!」
乱暴に開かれた結界に突入する。
やっぱり気のせいとかじゃなくてこいつの肩は逞しい。
青とパープルピンクの靄のような風景の結界。
小豆「お、使い魔居るじゃん」
バスケットボールくらいの大きさのオタマジャクシ擬きの使い魔が一匹跳ね回って居た。
杏子「早く行かない?、そんなもんに構ってないでさ」
小豆「まぁ、見てろって……」
徐に槍を振り払うと、使い魔が空中に跳ね上がる。
使い魔自身が跳躍したんじゃなくて、槍に当てられて。
小豆「ほっ……よっ」
刃の中央を叩きつけリフティングでもしているみたいだ。
杏子「なにやってんのさ……」
小豆「あたしが尽きるか、使い魔に限界が来るか……」
一回転したり、逆立ちで足で槍を使ったり……ボロボロになった使い魔が徐々に消えつつも跳ね上がる。
杏子「あんたが尽きたらダメでしょ……使い魔ごときに」
使い魔を一閃して、オモチャを奪い先へ進む。
小豆「ちぇー、いいじゃんかよ」
杏子「マミでもそんなことしねえよ」
小豆「おでましのようだな」
杏子「使い魔は……今はなし」
対峙するは、少し物悲しい雰囲気の表情のポップ調のカエル。
ワイングラスを掲げ、マントをはためかせながらこちらを睨む。
杏子「動く様子は無いから、作戦立てるよ」
小豆「……おう」
まず、攻撃手段として予測出来るのはワイングラス。
あのワインは本能的にヤバいとわかる。
最悪命を持っていかれるに違いない。
小豆「……カエルっていったら跳ねるよな」
脚はたくましくはないが、カエルだから跳ねるだろう。
そもそも外見と力の関係は、本物の生物とは違うだろう。
杏子「まずは、あのワイングラスをぶっ壊して動きを止めるよ」
小豆「おう……!」
ワイングラスにまず鎖を一本投げつけてみる。
鎖を使えるようになったのはマミと別れてからだっけ……
小豆「速いな!150は出てるぞ」
杏子「まぁな…!」
本命ではないし燃費はマミより悪いけど、マミのリボンのように扱うこともできる。
半ば槍と化した鎖はワイングラスを突き破りワインの中を通って行く。
杏子「ッ!?」
鎖の手応えがどんどんなくなって行く。
……やっぱりそうだ、アレはワインなんかじゃない。
小豆「酸だな……!全部溶かされちまった!」
カエル自身の手も少し溶け出していた。
小豆「魔法少女の武器みたいに復活したらタチが悪い、とっとと拘束するぞ」
ワイングラスを壊されたカエルは怒り狂い、折れたワイングラスのツカを振り回しながら身体を変色させる。
杏子「めんどくさいな……ァ!」
小豆「縛んぞ!」
二人して鎖を放ち、拘束を図る。
あたしは脚、小豆は胴体へ向けて。
カエルは跳ね上がる。
当然鎖は避けられ、上空で振り回していた腕を止める。
小豆「っくしょう、思ったより跳ねやがるな」
杏子「お、おい!グラスが……!」
グラスが元の大きさに戻り、中身が段々満たされて行く。
小豆「ざっけんな冗談じゃねえ!」
杏子「避けろ!!」
あたしはカエルよろしく飛び上がり、小豆は空間を殴り障壁を作る。
小豆「へっ……どうやら魔法の物は溶かせねーみたいだな」
障壁にワインを弾かれたことで一層腹を立てたカエルは更に変色し結界中を跳ね回り始める。
杏子「スピード勝負かよ……上等じゃん」
怒りに任せて跳ね回るカエルの進路なんて大体読めている。
魔法のマントで軌道が少しズレても、ものの三十秒程で計算に入れることが出来る。
マミやミチルと違ってあたしはインファイターではない。
中威力の攻撃を堅実に入れていく、そういうどちらかというと格闘技然とした戦闘スタイルだ。
だからこうやって観察と計算を繰り返し……
杏子「なにやってんの……?」
どこかで見た構えをしながら、カエルの軌道を目で追っている。
小豆「部屋を跳ね回る奴は、地面に叩きつけるのが相応ってもんだろ?」
……
杏子「……辞めたほうが良いよ、ワインが身体から噴き出したらたまったもんじゃない」
本物のカエルは背中からガマ油だの毒を出したりする。
サイケデリックな色をしているアフリカや南米の矢毒蛙は全生物中最強クラスの毒を噴くとか。
電器屋のマッサージチェアに座りながら見たテレビで見た。
あの毒は餌由来みたいだけどな。
どちらにせよワインという脅威も持っている可能性は高い。
ワイン自体は変則的な動きをしないようだ。
だったらカエルとすれ違うように一発魔力を込めてぶった切ってやればいい。
杏子「一閃、できるよね?」
あたしの斬撃特化の槍なら出来ないことはないはずだ。
だけど、斬撃特化とは言っても重量で攻めるタイプ。
さっき小豆がやろうとしたような叩きつけの方が正直向いている。
小豆「任せとけ」
小豆の槍が叩きつけ用の重厚な刃から普段以上に軽く鋭い感じのものに姿を変える。
それを納めた刀のように構え、呻き声を上げるカエルの方に一歩踏み込む。
カエルはマントをなびかせ突っ込んでくる。
物理的に不可能だけれど、口から何かを噴き出す様子も無い。
小豆「……ッ!!」
真っ二つになったカエルは、大して何を撒き散らすわけでもなく、不気味な断面を晒して壁に叩きつけられ形を崩して行く。
結界も崩れはじめ、カエルが息絶えたことが確認出来た。
一息つけるってとこかな。
小豆「……グリーフシードは……お、あった」
ツカにはワイングラス、どんだけ好きなんだ。
適当に浄化を終え、残ったグリーフシードをしまい込み、ホテルへの帰路に付く。
……
小豆「なんかさ、あんな慎重になるこたなかったんじゃねえの?」
外出中にメイキングされたベッドの上で足をバタバタさせる小豆は、風呂上がりのあたしにバスローブをなげながら言う。
杏子「注意しすぎることなんてないんだよ、特にあんな武器を持ってる奴はね」
小豆「ふぅん……そんなもんかね」
杏子「そうだよ、ライオンだって顔面をキリンに蹴られたら即死なんだしさ……よっと」
小豆の膝の上に座りながら、クラッカーの袋を開ける。
小豆「お、おい……起き上がれないだろ」
杏子「寝てなよ、マッサージでもしてやろか?」
……
小豆「あー……そこそこ、腰とか……」
杏子「本当にマッサージさせる普通?」
小豆「いいじゃん」
そういえばあたしもそういうタチだった。
お言葉に甘える、ユウリからメシをふんだくったのもそんな理由だったか。
杏子「……なんでこんな凝ってんのさ」
小豆「お前にやってもらうためー……」
杏子「てめぇ」
杏子「つーかあんたも風呂入って来たら?」
小豆「んー……マッサージ終わったらー……」
いっぺんスイッチが落ちたらこれだ。
完全に脱力してやがる。
ヒューズと言った方がいいかもしれない。
小豆「頭わしゃわしゃしてくれよー」
リボンをほどきながらあたしにそう促す。
あたしの生き方をミチルは猫のようだと言ったが、こいつはだらけきった飼い猫だ。ヘルニア一歩手前のデブ猫。
杏子「はいはい……」
……結局風呂まで付き合わされた。
頭どころか身体の隅々まであたしが洗う羽目になった。
杏子「なるほどね、風呂がこんな広いのはこうやって使う為なのか……じゃねえだろ」
エステの如く、使ったこともないオイルでのマッサージをやらされた。
あたしはこいつの使い魔か何かか。
小豆「あー……天国、行けないだろうけど」
その上一言余計だ。
もう今日は休むことにしよう。
こいつのマッサージで疲れたんだ。
小豆「明日からは別行動だからなー……今日は一緒に、寝ようぜ?」
……別行動って言ってもいずれはバレるだろうし、なんかな。
まるで期限でもあるような。
小豆「な?」
キツく抱き締められ、ベッドに引き倒される。
あたしはこんな甘えん坊になった覚えはない。
というかモモですらこんな甘えん坊ではなかった。
杏子「……悪くはない、かな」
小豆の髪に顔を埋め、意識を手放す。
……ずっと一緒に居れたら良いな。
次の日、あたしは展望塔に、小豆は住宅地に行く事になった。
なんで住宅地なんかに行くのかは聞かなかったが、大方魔女でも出るアテがあるんだろう。そういえばカエルみたいなのがそろそろグリーフシードを孕む頃かな。
昨日のカエルとは違ってショボい奴だ。
杏子「スパイダーマンだかみたいに外壁を昇ることもできるんだけどさ……んなことしたら通報もんだよね」
シャクだけど300円払ってエレベーターに乗り込み展望室へと上がる。
QB「やぁ杏子」
杏子「……よう、待ち伏せか?」
QB「ああ、本当は昨日の内に会いたかったんだけどね、どうも君の気配を感じることができなくてね」
……どうやらあたしと小豆の魔力シグナルの波長は他者から見たら打ち消し合っているようだ。
都合が良い。こいつは余程のことがない限り部屋にくることは無いしな。
杏子「で、なんか用?」
QB「ああ、伝えるべきことがあるんだ」
QB「マミが死んだよ」
杏子「……へぇ」
……は?
……マミが死んだ。
そう言ったな、確かにだ。
でもあたしは平静を装える。
何故?その答えは三つ。
一つ、こいつが気に入らないから弱みを見せたくない。
一つ、正直あのやり方じゃいつか潰されるとわかっていたから。
一つ……長いこと会ってないから。
あくまでも装えるだけ、正直魔法で抑えなきゃ心臓バクバクだ。
小豆だったら多分この場でこいつをボコボコにするだろう。
杏子「……で、見滝原は今どうなってるのさ」
QB「マミの後輩にあたるのが一人と、もう一人魔法少女がいるよ」
後輩……?
まさかあいつ……。
杏子「後輩ってのは?」
QB「マミが死んだ後に契約したんだけどね、契約前からマミの魔女狩りに付き合ってたよ」
杏子「……なにやってんだよ」
呆れたもんだ、一般人連れ回してたとかそりゃあ死ぬ。
大方、仲間が出来るとか調子こいて魔女に隙を突かれたんだろう。
杏子「で、そいつはなんて契約したんだ?マミは死んだまんまなんだろ?」
QB「幼馴染の身体障害の治療だよ。バイオリニストなのに腕を事故で使い物にならなくしたみたいでね」
……他人の為の願い。
気に入らねぇ……
QB「マミの代わりに街を護ると意気込んでるよ」
……気に入らねぇ……!!
なんだこの腹の底からくるムカムカは…!
……冷静になれ、表情に出したらお終いだ。
そうだ、話題を変えればいい。
杏子「で、もう一人は?」
QB「彼女のことは詳しいことはわからないんだ」
杏子「は?あんたが契約したんじゃないの?」
QB「いや、僕は彼女と契約した覚えはないんだ。彼女には気を付けるに越したことはないね」
なんだそりゃ。
いつもはくっだらないことまで覚えてるくせに。
杏子「ま、要は全員ぶっ潰しちゃえばいいんでしょ?」
見滝原は……貰っておこう。
必要に応じて、そいつらにはくたばって貰う、かもしれない。
……小豆に伝えておこう。
小豆「……そだろ?」
まさに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする小豆。
あたしはそれに対して淡々と報告する。
杏子「あいつは嘘をつかない。はっきりと死んだと言ったよ。マミの蘇生で契約した奴も居ない」
小豆「っそついてんじゃねえよォォォッ!!!」
杏子「痛い、辞めろ…!」
胸倉を掴む手をはたき、離すよう促す。
やっぱりこいつが会わないでよかった。
小豆「……悪い」
杏子「……あたしだって信じたくないよ」
冷静になるのを待ち、聞いたことを全て話す。
やはり、ルーキーの方にはこいつも嫌な顔をしている。
杏子「これからどうする…?」
小豆「見滝原に行く」
杏子「奪うつもり?」
小豆「ったりまえだろ、潰すよ少なくともルーキーはな」
……あたしらは見滝原を戴くことにした。
風見野は最近魔女も少ないしね。
次の日、あたしはマミの家と教会へ。
小豆はルーキー共の監視へ向かうことになった。
正直あいつに任せていいかは不安だけど、あたしはどうしてもマミの墓が作りたかった。
あいつには遠い親戚しかいない、学校でも少し周りの奴と距離を置いてるとも聞いた。
……つまり本当のあいつを知ってるのは多分あたしだけ。
思えば一般人連れ回してたのも、あたしが一人にしたせいってのもあるのかもしれない。
杏子「……鍵、開いてるじゃん」
机の上には一冊のノート。
明らかにマミの字ではない、多分連れ回してた一般人の一人だ。
中身は見ないでおこう。
魔法少女への憧れが書いてありそうだ。
そんなもんはあたしは読めない読みたくない。
……
杏子「やっぱりあったか……」
寝室には、クマのぬいぐるみ。
あたしがゲーセンで取った奴だ。
背中にチャックがついててさ……
杏子「……なんだこりゃ」
中にグリーフシードが入っていた。
マミはこの中に物なんて入れないはずなんだけどな……
杏子「このツカ……あのバイクの魔女か?」
マミのトラウマの魔女……そのグリーフシードがなんでこんなところに。
……ぬいぐるみを持って、教会に向かおう。
墓はそんな大層なもん作れないけどさ。
せめて形だけでも……。
小豆「あれぇ……そいつ、使い魔だぜ?」
さやか「……ッ!!!?」
背が高い青髪の剣士。
複数の剣をマントの中に仕込んで、投擲し使い魔に攻撃する。
武器の大量生産は恐らくマミを見て上でのことだな。
小豆「……わかってないな」
魔法少女のことも、マミのことも。
さやか「あんた、邪魔しないでくれる?」
小豆「卵産む前の鶏シメてどうすんだよ、あと四、五人食わせりゃグリーフシード孕むってのに」
実際どうしているかは置いておいて、これは挑発だ。
あたしはこいつがどんなもんか見に来たようなもんだ。
だったら怒らせて本音がどんなもんか見定める必要がある。
さやか「何それ……その四、五人食わせるってのがどういうことだかわかってるの?」
あぁ、わかってるとも。
使い魔なんて雑魚に食われるバカは助けても無関係に死ぬこともな。
小豆「わかってないねお前、食物連鎖って知ってるか?」
「使い魔が人を食い、魔女になったそいつをあたしら魔法少女が屠る」
「巴マミはそんなことも教えてくれなかったのか?」
最大限の挑発。
これ程効く挑発も無い。
まぁ実際マミは魔法少女の綺麗な部分ばっか教えたんだろう。
イレギュラーとやらもその謎な正体をいいことに仮想敵にでもされているかもしれない、可哀想に。
さやか「んた…いのが…から……」
小豆「あ?」
さやか「あんたみたいなのが居るからマミさんはぁぁぁ!!」
奴が鈍らを振りかざしあたしに斬りかかってくる。
あたしの視界はその鈍らがあたしに触れる前に真っ赤になった。
翌々考えてみればさっきの挑発は、どちらかというとこいつよりあたしに効く挑発だったようだ。
こいつの言葉一つであたしはプッツンと来てしまった。
頭に血が昇っている間のことはおぼえている。
だがそれは不思議と客観的で、その姿は大凡理性的とは言い難い。
ただわかるのは、あたしがマミであれば死ぬ程度の攻撃をこいつに加えたことと、こいつは固有魔法でそれでも生きていること。
そして……
ほむら「……佐倉杏子、貴方らしくも無いわね」
今あたしの腕を掴み止めて居るのが、件のイレギュラーってことだ。
キュゥべえと青色の剣士が普通ではあり得ない位置に倒れている。
恐らくこいつの仕業で、イレギュラーたる所以の一つだろう。
キュゥべえからソウルジェムを盗んだのかもしれない。
ほむら「貴方はもう少し理性的な人間だと思って居たのだけれど……」
小豆「期待に添えなかったようで……」
ほむら「……私を失望させないで頂戴」
小豆「……どこかで会ったか?」
ほむら「さぁね、怒りに任せて人に刃を向ける魔法少女は二人も知らないわ」
小豆「わっけわかんねぇ……」
妙な技を使うイレギュラーだ。
ブチ切れてたあたしを止める程の技術はあるんだろう。
掴まれていた腕に力が入らない。
小豆「……手札が見えないとなっちゃ、あたしはやり合う気はねぇ、退かせてもらうよ」
ほむら「……」
路地の壁を駆け上がる中、青色の剣士に付き添っていた一般人のチビに、イレギュラーがにじり寄るのが見えた。
杏子「さっすが魔境……この密度は魔女に違いないね」
さっき橋の上で凱旋門みたいな魔女を倒したばかりなのに、また魔女だ。
行方不明者とか精神病とかがさぞかしこの街は多いだろう。
やかましい落書きのような使い魔をシカトして結界の奥へと向かって行く。
……居る。
魔法少女が一人、しかも魔力だけでなくシャンプーの匂いまで感じられる。
ほむら「……佐倉杏子、また会ったわね」
杏子「……また?」
いきなり背後に現れたイレギュラーと思わしき魔法少女。
恐らく、小豆と既に会ったのだろう。
杏子「……何の用?」
ほむら「別に、私もただの魔女狩りよ」
杏子「あたしに忍び寄ったみたいに魔女も暗殺するのか?先に目ェつけたのはあたしだからそれは勘弁してよ」
ほむら「いいえ、貴方がいる以上、私は手を出すつもりも、手柄を奪うつもりもないわ」
「ただ、私は貴方に興味があるだけ」
杏子「わっけわかんねぇ……」
ほむら「……さっきとは打って変わって理性的ね」
……あいつは何をしたんだ!
考えろ考えるんだ。
小豆は多分理性的とは程遠いことをした。
そしてこいつはどちらかというと呆れてる感じがある。
ということは……
ほむら「アレだけ暴れた後でボーっとしてるのかしら?」
杏子「や、考え事」
ほむら「そう……」
多分小豆が暴れてこいつが止めたんだろう。
そんでもって暴れる原因なんて、たかが知れてる。
新人もしくは候補にマミのことでも言われたんだな。
小豆が見事にやらかしてくれたのはわかった。
そんでもってこいつは何故か「短絡的にキレたあたし」ではなく「考え事をするようなあたし」の方が印象にあるらしい。
ほむら「この魔女の情報なら売ってあげようかしら。いえ、売る程の情報じゃないから……」
杏子「この魔女とやり合ったことでもあるのか?」
ほむら「いいえ、やり合ったことは」
……一方的にぶっ殺したってことなのか、素直に魔法で情報を得たのか、はたまた両方か。
この魔女は恐らく規模からしてオリジナル、他の個体とやり合ったなんてことはないだろうし、もしこいつがこんな態度で敗走なんてしていたらどんな態度で接していいかわからない。
杏子「……ついたよ」
ほむら「魔女自体は攻撃力を持たないからそんな堅くならなくてもいいのに」
杏子「注意しすぎることなんてない、あたしは巴マミの二の舞なんてゴメンだからね」
……普通に考えてあたしが二人居るなんてバレるわけがない。
だったらこの底しれない奴を敵に回さないことに専念しなきゃならない。
ほむら「私には注意しなくていいの?」
杏子「馴れ馴れしく接して来たあんたを信用してる、あたしが邪魔ってならあんたがサイコパスでも無い限りさっさと始末してるだろ?」
ほむら「そうね、少なくとも敵意は無いわ」
杏子「可愛くないヤツ」
ほむら「……」
地味にヘコんでる様に見える。
可愛いって言われたいのかこいつ?
だとしたらその辺りは「可愛いヤツ」かもしれない。
ほむら「敵意で思い出したけれど、ここの魔女に攻撃しようとすると、いきなり泣き出すの」
杏子「泣いてどうするんだ、命乞いか?」
ほむら「そんなところね、念力クラスの」
泣きだしたら最後、攻撃出来ず使い魔に囲まれてデッドエンドか。
杏子「……行くよ」
煩い使い魔が相変わらず飛び交っている。
魔女の姿は見当たらない……
ほむら「おもちゃ箱の中に隠れてるわ」
杏子「……だろうね」
戦術に予想が付いているなら、それを潰す。
多少タフだろうと、普通の使い魔くらいなら射程に入って五秒以内に倒せる。
飛び立ったあたしは、やかましい落書き共を叩き潰す。
飛行機、潜水艦、車、木馬、ボート……
どうなら魔女が隠れてる間は使い魔は増えないようで、アレだけ煩かった部屋も魔女の啜り泣く声がエコーして聴こえるだけ。
ほむら「残念ながら声の方向はわからないわよ、魔女の結界が独自の物理法則を持っていたりすることを知らないわけでもないでしょう?」
杏子「まぁ元より別に炙り出す為にやってるわけでもないけどね」
杏子「箱の硬さは……」
一番近くの箱を槍で斬りつけてみると、普通の箱の様にいとも簡単に潰れた。
だったら槍よりこっち……鎖だ。
マミのリボンの様に部屋中の箱に鎖を巻き付ける。
そして……締め付ける!!
ほむら「……」
部屋中の箱が鎖に握り潰され、それぞれ中からびっくりさせ損ないのびっくり箱やら魔女が鎖に巻かれた状態で姿を現す。
杏子「びっくり箱とか手が込んでるね……」
しかしまぁ腐っても魔女らしく、潰れた箱を靴べらみたいに使って鎖を抜け出しやがった。
ほむら「深追いすると泣き出すわよ」
杏子「わかってるよ」
魔女に隠れる箱はもう無い。
魔女が向かった方向に大股で向かう。
杏子「へぇ、やっぱりそうやって使い魔産んでるんだ」
スケッチブックに似た様な絵を描いている。
目はなく下品に舌を出し、真っ赤な顔で緑髪はべったりセンター分け。
……
魔女に泣き出す暇も与えず、顔面を蹴っ飛ばしスケッチブックとクレヨンを奪う。
杏子「これで何も出来ないわけだ、さてさてあたしにも……落書きさせてくれよ」
スケッチブックの白紙のページを開き、何を描くか考えよう。
……イレギュラーの前でマミなんて描いたら、それは弱みになりかねない。
ユウリ達でも描くか?それともこいつでも描いてやろうか。
いや、ここは……
杏子「東大寺、飛鳥さん……想像図出来上がりっと」
金髪に黒メッシュのセミロングで麻の服、武器はわからないからとりあえず鉈だ、理由は無い。
そして重要なのはヘッドホン。
これで泣き出しても安心して魔女をボコれる。
ほむら「意外と絵心あるのね」
杏子「お褒めに預かりなんとやら」
スケッチブックを叩き、使い魔に出てくるよう促す。
杏子「あんたは魔女を叩き潰す異端審問だ……さ、行って来い」
……
産まれてきた東大寺飛鳥さんは泣き叫ぶ魔女を只管鉈で叩き潰す。
徐々に東大寺飛鳥さんも結界も崩れ始め、魔女が事切れたことも明らかになり、これであたしは一息つくことができる。
ほむら「やっぱりさっきのは何かの間違いで貴方は……聡明で……魔法少女に相応しいわ」
杏子「過大評価しすぎなんじゃない?」
多分今、あたしは満更でもない顔をしてる。
そこを褒められて嬉しくない奴はいない。
まぁ魔法少女に相応しいっていうのはどういう意味で言ってるのかは……わからないけど。
ほむら「折り入って相談があるのだけど、少し家に来てくれないかしら?」
杏子「ああ……いいよ。でも少し、コンビニに寄らせてくれ」
……糖分不足だ。
スーパーで大量にお菓子を買い込んだ。
ヨーグルト、ドライフルーツの入ったシリアル、グミ、ラムネ、ポテチ、重曹で膨らむ謎のお菓子、それでもってあんこ牛乳。
小豆「……あー、ムカつく」
グミを一袋全部口に開け頬張りながら、ヨーグルトシリアルなどを作る。
これくらい食わないとやってられない。
小豆「顎いたい」
……顎の筋力を魔法で強化しつつ、口の中のグミを全て食べ終える。
そういえばやたら酸っぱくて硬いグミを最近見ないな。
東大寺の奴はアレの亜種のこんぶ味や梅こんぶ味をえらく気に入っていた。
小豆「次は……これだな」
重曹で膨らむ謎のお菓子三袋分を合わせて作ったどんぶりにラムネを全部入れて食べる。
元より果汁など入っていないが、味が混ざり過ぎて訳がわからないことになってる。
小豆「にしてもあのルーキー……随分マミを神格化してたな」
普通に考えて、マミはやりたくてヒーローなんかをやってたわけじゃない。
あたしと違いあいつには「普通の女の子」としての生活を送ることが許されている。
そんな中、あいつは「人を蝕む魔女」と戦う力を持っている。魔法を使って人より便利に暮らしている……家族がいないんだからそんなこともないのにな。そういうことに引け目を感じていたんだろう。
必殺技の掛け声だって、あれは自分を鼓舞するもので……
小豆「んむ……それもこれも、どれだけの人間が気付いてるかはわかんないけどな。あのチビも、杏子の奴も」
一通り食べ終えた後、考えることを辞めるために布団を被って寝ることにした。
明日あたり、イレギュラーの方に接触してみよう。
菓子折りでも持っていくか?
……
少しベッドが寂しい気がした。
小豆「早く帰って来いよ……」
通された部屋はテレビのセットみたいな、生活感を感じないどころか、大凡人間が住むとも思えないような部屋。
ホログラム映像や振り子刃があるあたり……
杏子「なるほどね、魔法少女の結界ってのはこんな綺麗になるもんなんだね」
ほむら「……」
振り子刃なんてこいつの趣味とも思えないしね。
背もたれも無く、曲がっているから寝るにとことん適さないなどと思いつつ、ソファーに腰掛ける。
杏子「……見掛けより座り心地いいじゃん」
ほむら「座るという機能に限れば破格よ、魔法だから」
寝る気が無いとでも言いたいのか。
一リッターのチコパックを開け、ストローを差す。
買ったのは飲むヨーグルト、ちょっとした贅沢かもしれない。
しかし折角チコパックを開けて飲める状況にあるなら、買う他無いよね。
杏子「……コップがあるなら分けてもいいよ?」
ほむら「結構よ、ありがとう」
杏子「そっか……」
少し物欲しそうに見えたのは気のせいかな。
ほむら「……要件に入ってもいいかしら?」
杏子「どうぞどうぞ、話は聞いてるから」
インスタントのカレーうどんをほぐしながら促す。
カレーとヨーグルトの相性はいい、ユウリもそう言っていた。
少し咳払いしたあと、はホログラムを一枚指差し、スマートフォンを動かすかのように指を動かす。
するとアラ不思議、机の上にその一枚がやってきた。本当にスマートフォンみたいだ。
杏子「便利な魔法だね」
ほむら「機械と電子は得意なの」
やっぱりスマートフォンの真似事ってことか。
こいつならテレビを叩いても本当に直せそうだ、ドロシーの靴みたいに。
ほむら「明日から数えて二週間後、この街にワルプルギスの夜が現れる」
「貴方にそれの討伐の協力をお願いしたいの」
……ワルプルギスの夜、過去にマミと話した覚えがある。
決して一人では勝てないと言われる魔女。
正直、マミと二人なら倒せるとあの時は本気で思っていた。
杏子「……あんたの腕は?」
ほむら「奴相手なら、貴方の期待に沿う程度には自信があるわ」
奴相手ならとは意味深だ。
マミよりデカい大砲でも出すつもりか。
杏子「いやらしい話かもしれないけどさ、見返りはあるの?」
あたしだって命が惜しくないわけじゃあない。
小豆だって居るし、小豆が協力してくれるとも限らないから生存率は下がる。
ほむら「あいつの落とすグリーフシードは貴方に譲るわ」
「前金みたいなものもあった方がいいかしら?」
杏子「そだね、どっちかっていうとそっちの方が大事」
それを聞いて、別の映像を机に呼び出す。
ほむら「情報と交換はどうかしら?」
杏子「……へぇ、よく知ってるね」
百体近い魔女のリスト。
杏子「この…Kってなんだ?」
ほむら「風見野よ」
……手段はともかく、どういう意図で風見野の魔女なんて調べてるんだか。
ほむら「ここで見てもいいし、印刷したって良い」
持ち逃げまで見越してるのか。
嘗められてるのか、良心的なのか。
杏子「いいよ。その話、乗った」
小豆「遅かったじゃねーか、買ってきたもんほぼ食っちまったよ」
綺麗に畳まれたお菓子のふくろがメンコの様に何個もベッドの上にあった。
暴食とかいうレベルじゃない、まるでアメリカンだ。
日本人はあいつらと違って糖尿病になるから気をつけて欲しいもんだが……
小豆「飯はどうした?カップ麺なら一個あるけど」
杏子「食ってきたよ、長引いたからね」
小豆「そうか……」
小豆「で、こんな長引いたんだ?」
そうだ、あたしはこいつを問い詰めなきゃいけない。
あいつの口振りから何かやらかしたのは間違いない。
杏子「……イレギュラーの奴と会ったんだ。魔女を狩ってたらいきなり後ろに現れて……」
小豆「無事か!?」
少し身を乗り出して聞いて来る。
やっぱり衝突でもしたのか。
杏子「無事どころか、あいつはどうも……気持ち悪い程にあたしに肩入れしてるよ」
「あたしにワルプルギスの夜討伐の協力依頼をしてきた」
杏子「前金として魔女の情報まで寄越しやがった、ほら」
三枚程度印刷してきた魔女の情報を見せる。
カエルの魔女と縫いぐるみの様な魔女と、鳥籠の中に女の脚がある魔女。
小豆「あ、昨日の奴だな」
杏子「あいつの魔法で知ったみたいだよ、そんで持ってこの縫いぐるみの魔女はほら」
花のシンボルにバツ印がされているのを指差す。
この花のシンボルは忘れもしない、マミの……
小豆「この魔女にマミはやられた、そんでもってそれをあのイレギュラーは倒したってことか?」
小豆は紫色のチェックを指差す。
杏子「……マミとは仲良くなれなかったんだろうな」
小豆「あのバカ……」
杏子「あいつはハンターか何かなのかね、こんな魔女の情報持ってて、更にワルプルギスの夜を狩るだなんて」
「加えてワルプルギスの夜相手の決戦兵器まであるとか」
小豆「へー、頼もしいじゃん。それくらい割り切ってる奴、あたしは好きだぜ?空虚な正義を振りかざす奴よりは」
空虚な正義を振りかざす……自分達の昔の話をしてるのか、それとも新人の話なのか。
大方後者だろう……
杏子「で、あんたはイレギュラーと何があったの?あたしと会う前に会ったみたいだけど」
小豆「あ、あぁ……」
杏子「……なるほどね、ドンパチやったのね」
小豆「それでイレギュラーの奴に呆れられたってワケ」
……バカか。
自分の挑発の鸚鵡返し食らってブチ切れるとか頭の中に筋肉でも入ってるのか。
杏子「とにかく、明日からはもう少し冷静になってよ……」
小豆「へいー……」
菓子の袋を捨て、ベッドに潜る。
さっさと寝よう、悪夢なんて見ないくらい深く。
……そういえばあのイレギュラーの名前を聞いて無かったな。
今日は土曜日、街が混んでいるから出かけるのは億劫だ。
特にデパートやあすなろのアウトレットは悪夢だ。
行列で尻を触ってきたおっさんの手首を折ってしまってからは近寄りたくもなくなった。
小豆「……今日はあたしがイレギュラーに会ってくる」
杏子「アテはあるの?魔女なんて探してたらルーキーの方に会っちゃいそうだけど」
小豆「いんや、あいつの方からやってくる得策ウルトラCがある」
こりゃまた随分自信満々なようで。
小豆「ズバリ、あたしが普段通りの場所に居れば会えるってわけよ」
杏子「向こうも会いたがってること前提ねぇ」
当のあたしは今日は出かけたくないんだけどな……
小豆「妙に好意的だし……そうだって。ダメなら家に押し掛ける」
杏子「はぁ……でも、揉め事は起こさないでよ?昨日」
小豆「あーかってるって、心配すんな」
小豆はあたしの言葉を遮って部屋を出た。
……ベッドメイキングの時間はホテルのジムでも行くか。
幻覚を失ったあたしは、それでも尚戦う為に新たな魔法を発現させた。
それはあたしを過去や罪に縛り付ける鎖。
これと槍と組み合わせ、以前のようにトリッキーに立ち回ることができる。
でも、トリッキーだからと言って撫ぜるような攻撃では通じない。
それでは意味がない。魔力での増強はあるにしても、パワータイプの連中には及ばない。
だからあたしは身体を鍛えなくちゃあいけない。
マミだってそうだった。
片手でマスケット銃をぶっ放しても仰け反らない腕力、銃の威力に匹敵する蹴りを出す脚力、踊る様な戦闘の軸となる腹筋、そしてあのデカい胸を支える胸筋。
そう言えば50キロを超えたことを嘆いてたっけ。
年頃の女子はわかりやすい数値に気を取られるけど、誰が見たってあのプロポーションは理想のもんだ。
杏子「……なんだよ、未練タラタラじゃねえか」
涙を誤魔化す為なのか自分でもよくわからないけど、プールへ向かうことにした。
シーズンを外した上に、時間帯が時間帯だからプールに殆ど人は居ない。
ブーメランパンツを穿いたアメリカンサイコパスみたいな顔のおっさんが二人いるだけだ。
まるで双子だ。
ゴーグルとキャップのせいで似たような顔に見えるだけかもしれないけど、そこまでの興味は無い。
さっさと準備体操を済ませてプールに入ってしまおう。
双子のおっさんとは対極に、あたしの水着は露出が極端に少ない。私服よりも戦闘服よりも。
海でも無いのにラッシュガードを着る上に、下に至っては男物の六分丈の海パンだ。
別に理由は無い。
ただプールには遊びに来ているわけじゃないからきゃぴきゃぴした格好が嫌なだけだ。
水着を手にいれる時に金があれば競泳用でも買ったかもしれない。
杏子「……よっしゃ、あたしはシャチだ、泳ぐぞ」
虚ろな目をしてアーケードゲームのパネルを叩く人々を他所に、黒髪の少女は一つだけ活気のある大きな足踏みのリズムゲームの台へと足を運ぶ。
ほむら「魔女の口づけ……じゃないのよね、何度見ても慣れないわ」
小豆「よう、また会ったな」
ほむら「……いきなりでなんだけど、場所を変えない?」
イレギュラーの家に向かう道中、あたしはロッキーをちょいとばかりつまむ。
甘い物は大好きだ、甘々のココアクッキーのチョコや、蜂蜜やピーナッツクリームを塗ったパン……美味しそう。
ほむら「……」
食べ物の話でこいつのことを忘れていた。
小豆「ゲームセンター苦手なのか?」
ほむら「そうでもないわ、でもあの魔女の口付けを受けたような人達は苦手ね」
小豆「んー、確かに言われてみりゃそう見えるな」
小豆「じゃ、アレか?UFOキャッチャーやプリクラのカップルやらは良いのか」
ほむら「……まぁ魔女の口付けを連想したりしないし」
職業病って奴か何かかね。
小豆「あたしはドヤ顔でダーツやる奴が一番苦手だよ。一度コテンパンに負かしてやりたいね」
ほむら「……あなたならできるんじゃないかしら?」
……褒められた。
やっぱり杏子のいうことは本当だったわけか。
ヤケにこいつはあたしらに好意的だ。
小豆「お前はゲーセンで何するんだ?ガンシューティングとか?」
武器は何を使うのかはさっぱりわからないけれど、ハンターの可能性があるとすればそういうのをやるんじゃないか、そう思って聞いて見た。
ほむら「そうね……私自身はあんまり遊ばないけど、UFOキャッチャーで取ってもらうとかは……」
少し哀しそうな顔でイレギュラーはそう言ったけど、どうしてそんな顔をするんだか。
小豆「男か?」
ほむら「まさか」
即答、そんなに男がキライか。
まあ魔法少女なら無理もないか……
小豆「そういえばあたしの名前を知ってるのは置いといて、あんたの名前はなんてんだ?」
いつまでもイレギュラー呼ばわりも可哀想だろう、名前で呼んでやりたい。
ほむら「……暁美ほむらよ」
小豆「ほむら、良い名前だな」
ほむら「ありがとう……」
鉄仮面を被ってるようで、よく見ると表情が変わっていた気がする。
それがどういう意味なのかは考えないでおこう。
小豆「んじゃ、お近づきの印に……食うかい?」
あたしはほむらの方向に顔を突き出した。
要は今咥えてる物を反対側から食えと言っている。
ほむら「……」
少し不満そうな顔であたしの顔と手持ちの箱を交互に見る。
まぁ普通の反応か……
小豆「はぁ、イカしてないな。そういう時は一口でごっそり持って行ってあしらうもんだぜ?」
渋々新しく一本取り出し渡す。
ほむらはそれをちびちびしゃくしゃく食べる。
成る程大口開けて食えないタイプの人間か。
あたしは大きいバームクーヘンを大口開けてかぶりつきたいけどね。
もちろん飲み物は用意してだ。
小豆「……へぇ」
杏子が既に来たことがあるから、本当は隠さなくてはならないけれど、思わず声を漏らす。
謂わば結界といった部屋だ。
ほむら「今日は……そうね、ワルプルギスの夜より先にこれからのことを話しましょう」
小豆「そうだな、あのルーキーとか、あのチビとか」
ほむら「えぇ」
ほむらは多数の画面の中から、一枚をテーブルに呼び出す。
成る程杏子が言ってた通りだ。
粉を挽く風車などがあったあたしの家とは時代が真逆だ。
ほむら「美樹さやか、青髪の長身の彼女は……」
小豆「大体キュゥべえに聞いたよ、幼馴染の腕を治したんだったっけ、大したバカだね」
ほむら「……」
小豆「どうした?気に障ったか?」
ほむら「いえ……」
微妙に表情が暗くなったのは気のせいかな。
ポーカーフェースの様で結構ボロが出ている。
……いや、これは魔女の弱点を突ける観察眼を持つあたしだから見破れるのかもしれない。
よく見れば表情の変化なんて一瞬だった。
ほむら「彼女達のことは私に任せて欲しい」
小豆「出来るのか?」
ほむら「ボコボコにした貴方よりは」
澄ました顔で痛いところ突きやがる……
ちくしょうムカつく、はったおして犬の様に頸筋を舐めまわしてよがらせてやりたい。
……何言ってるんだ、あたしにそのケは無い。
仮にあったとしても、会って三日経ってない人間に向ける様な節操なしでは無い……はずだ。
ほむら「彼女は違うタイプの魔法少女……特に貴方とはとことん合わない」
小豆「……あんたは違うみたいに言うね」
ほむら「私も彼女とは違う、確かにどちらかといえば貴方に近いわ」
小豆「へぇ……あたしのことも随分知ってるようで」
正直ゾクゾクするね、良くも悪くも。
ほむら「……ワルプルギスの夜の後は、この街は貴方に任せたい」
小豆「いきなり話が飛んだね」
ほむら「ごめんなさい、口下手なの」
小豆「可愛い奴め、だけど不安だねそれじゃ」
ほむら「善処するわ」
一体あのルーキーはどうするつもりなんだろうか。
……そんなこと考えても仕方ないか。
ほむら「……やはり魔法少女には貴方のような子が相応しい」
小豆「……」
嬉しいこと言ってくれるじゃん。
どういう意味で言ってるのかはわからないけど。
小豆「さ、ワルプルギスの夜の話をしようぜ?」
ほむら「そうね」
ほむらの掻き分けた髪から仄かにシャンプーの匂いがした。
━━━━
小豆「手を組むならもうちっと手の内見せてくれてもいいんじゃないか?」
ほむら「……ごめんなさい、それはできないわ」
小豆「ちぇー……」
ほむら「貴方の邪魔はしない、そういう風にはしておくわ。貴方が戦闘狂でもない限り」
━━━━
小豆「隠されると知りたくなるぜ」
ちょっと尖りながら、ホテルへ引き返す。
秘密が多い奴だ、マミとの相性はあんまり良くなさそう、まぁそりゃ主にあたしのせいだけど。
晩飯はピザでも取ろうか。
部屋に戻ったが、不思議なことに杏子は居ない。
まぁ出かけたく無いと言っていたし、ホテルのどこかに居るんだろう。
杏子「なんか食べる物は……」
棚の荷物を漁る。
この部屋もほむらの部屋ほどでは無いが魔力に侵食されていて、ベッドメイキングなどの時に開けられないよう人払いの魔法がなされていたりする。
杏子「……水着が消えてる、あいつ泳ぎに行ったか」
水着と言えば、マミの棚をイタズラで漁った時に挑発的なビキニを見つけたっけ。
杏子の知ってるマミはもう少し落ち着いた水着だったのかな。
プリッツ一袋しかお菓子が残って居ないから、これは杏子にとっておくとして、あたしは冷凍庫の氷でも食べるとしよう。
本当はファストフード店のジュースに入ってるような噛み砕きやすいのが良いんだけどな。
いかん、ファストフードを食べたくなってきた。今夜はピザなんだ、似た物の誘惑に耐えろ。
硬い氷を二つ口に含み、中でぐるぐると回す。こんなことやっといてなんだが冷たいのは苦手だ、かき氷は好きだけれど。
小豆「まーわるまーわるしゃりんがまわるー」
鼻歌交じりに氷を口の中で溶かしていると扉の音がした。
杏子が帰ってきたか。
杏子「……まだ寒い……ね」
唇を紫にして、ラッシュガードの上から更にタオルを羽織った杏子が部屋の中に入ってきた。
小豆「温水プールもあっただろ?」
杏子「ブーメランパンツのおっさんが二人も入ってる小さい温水プールに入れるか?」
小豆「勘弁、ところでこんなかで気になるのある?」
ピザのチラシを広げながら、杏子の隣に座るように促す。
杏子「何があるかな……?」
……杏子の濡れた赤い長髪があたしの真横にある。
見慣れているはずなのに、自分のが乾いているからかどうも色っぽく見え……
小豆「……」
杏子「そうだ……って顔近いよ……」
微妙に身体を反らしあたしから離れようとする杏子の肩を掴み顔と顔を近づけ、杏子のまん丸になった目を覗き込む。
杏子のあげる声にならない声を気にも留めず、どんどん顔を近づけ……
小豆「唇、治しといたよ」
杏子「なっ……!」
鼻と鼻が触れたところで、あたしは肩を離し、元の体勢に戻った。
杏子「……こんなんほっときゃ治るのに」
小豆「へへっ、気分気分。顔赤いよ?」
杏子「ナルシストのケはねーっての」
「あたしはこれと骨なしチキンとポテトで!」
テリヤキチキンピザに印をつけて、水着脱ぎ捨てながら風呂場へと向かって行った。
小豆「ったく、これじゃチキンチキンじゃねえか」
「あたしはなんにしようかなー……」
悪趣味なイチゴピザの誘惑を振り切り、ゴルゴンゾーラビザに印をつける。
水着を片付けながら電話を手に取る。
……
自分の黒い下着の下を覗き込んで、少し杏子の身体を思い出してみる。
小豆「……杏子とあたし、随分肉付き違……はい、配達頼みます」
少し早めだったから暇なのかワンコールで出たビザ屋に注文をしてるうちに、他に何を考えているのかは忘れてしまった。まぁいいか。
ピザが届くまでは一時間、ノロいのは土曜だからというのと、配達のヤローが地図を覚えてないからだそうだ。
三十分程経ったところで杏子が風呂から上がった。
大きめのバスローブの前を開けて、少し逆上せた顔でこちらにやってくる。
杏子「……あんたも入ってきなよ」
小豆「ああ……ってかその格好のまんま居るなよ!?ピザの配達員に見られるからな!」
杏子「ったりまえだろ……あたしをなんだと思ってんのさ」
それを聞いて杏子は渋々前を止め始めた。
……まぁあたしも同じような格好してたかもしれないけれど。
小豆「……見ていいのはあたしだけだからな」
杏子「はいはい、早く入って来い色男気取りさん」
小豆「……おう」
杏子「……なんだよ、あいつ」
イレギュラーはともかく、こいつはどんだけベタベタするのか……
確かに失われない絆が欲しいと願ったけど、あんなズイズイ来られたら、別の意味でドキッとするっていうか……あたしは別にレズでもナルシストでもないけどさ……
杏子「……ただ、愛されたいのかな」
親父は家庭を顧みなかった、母さんは祈ってばかりで貧乏の解決を図ってくれなかった。
それ以外に普通に愛を受けていたのかもしれないけれど、足りなかった。
あたしを受け止めて欲しかった、包み込んで欲しかった。
親父らあたしを魔女と罵った、マミはあいつの譲れないものの為にあたしの手を取らなかった。
そんな中でもまだ愛されたいと、あいつは……
あいつはどう思ってるのか。
もしかしたらイレギュラーにも同じように迫ってるかもしれない。
それはあたしのイメージにも左右するから本当は勘弁してほしい。
でもそれでもいい……姉でも親でも旦那でも構わない、あいつがあたしの家族で居てくれるなら、あたしは「魔法少女だけの生き物」から「人間」に戻れる気がするから。
杏子「……」
インターフォンが鳴る、ピザが届いたみたいだ。
……少し緩くなったバスローブを締め直し、受け取りに出る。
ちょうど腹も空いてきた頃だ。
全くもって悪趣味だ。
ハラペーニョソースと一緒に蜂蜜の袋がついている。
シャワーの音が止んだことだし、そろそろあいつがあがってくる。
ジンジャエールとコーラの缶を冷蔵庫から取り出し、すぐに食べ始められるようにしておく。
杏子「好み違うかと思ってたけど、あいつもわかってんじゃん」
久々のピザだ、マミと別れてからは滅多に食べていない。
マミはイタリアかぶれだからよく家で焼いていた。
あいつの見てきたマミならもしかしたら、あのキチガイじみたイチゴピザも作っていたかもしれない。
小豆「またマミのことでも考えてんのか?」
後ろから抱きつかれた。
ちょっと考え事をしてただけなのに、後ろを取られるなんて。
小豆「いい加減乳離れしろよなぁ……マミはもう……死んじまったんだしよ」
杏子「乳離れって……」
小豆「出来ないならあたしの好きなだけ触っても良いよ?」
杏子「……なにいってんのさ、ほら早く食べようよ。腹空いてんだ」
小豆「はいよ」
……マミのこともこいつはどう思ってるのかな。
自業自得で……とか思ってるのかな。
多かれ少なかれあたしもそう思っては居るけど……
小豆「あのイレギュラーの名前は暁美ほむら、ほむらってのは炎って意味な」
ベッドにあぐらをかき、ピザを食べながら情報交換。
どこぞのアニメみたいに額を合わせるだけで記憶のやりとりが出来れば良いのに。
杏子「へぇ、良い名前じゃん。てっきりあたしはみぞれとかまゆきかと」
小豆「……そんなクールに見えたか?」
杏子「いや、肌とか」
小豆「あぁ……なるほどね」
杏子「他になんか言ってたか?」
小豆「えーっと、美樹さやか、新人には手を出すなってよ」
杏子「……そうか、他は?」
手を出すな……か。
まぁ少し聞きたいことがあるけど、それくらいは良いだろう。
小豆「……ワルプルギスの夜、あいつを倒した後にこの街を任せたい、だってよ」
杏子「……そうか」
……それはどういう意味で言ってるのか。
正直考えたくもない、そんなこと終わってから考えよう。
小豆「あたしの分にハラペーニョかけるなよ?」
杏子「あんたこそ、あたしのところにハチミツかけないでよ?」
次の日、小豆はマミの家と墓へと向かった。
あたしは……美樹さやか、新人のツラを拝みに行くことにした。
小豆のやらかしたことはバカ丸出しだけれど、男の腕を治して契約して、正義の味方気取り、腹が立つのもわからないでもない。
魔法少女はお遊びなんかじゃあない。
マミが目の前で死んだって云うのによくもまぁ……
杏子「……イチゴ味か」
小豆に渡されたロッキーの袋を空け、住宅地に向かう。
暫く歩いていると青髪の見滝原中学の女子が住宅地の外れへと走って行った。
青髪、一回り大きい身体、十中八九あいつだろう。
魔力も感じる……新人だからかかなり濃いめに。
和風の門のついた邸宅の中からバイオリンの音色が聴こえる。
なるほどバイオリンを弾けない身体を治したって訳か。
暫くすると新人は踵を返そうとする。
杏子「よう、新人。帰るのか?」
さやか「……あんたは」
杏子「病院の方から走ってきたじゃん、あんた。ずっとその坊やのこと探してたんだろ?自分の願いを使った相手を」
睨まれてるよ、おー怖い。
よっぽど小豆がコテンパンにやったんだな。
確かマミが食らったら即死する程にはぶっ放したんだっけ、タフな奴だ。
杏子「ったく馬鹿な事するよね、たった一度の奇跡をこんなくだらねぇことに使うなんて」
さやか「……あんたに何がわかる」
杏子「わかってねぇのはそっちだよ、バカ」
「良いか、魔法ってのは徹頭徹尾自分の為に使うもんなんだよ、他人の為に使ったって……ロクなことになりゃしない」
マミを見てわからなかったのか。
表面的に見れば「最期までロクなことなことにならなかった」内面を知ってれば「だからこそ最期となるその日まで戦ってこれた」
どちらにしてもそれくらいわかるだろうに。
杏子「惚れた男をモノにするならもっと冴えた手があるじゃない、折角手に入れた魔法でさ」
自分の口角が上がるのがわかる、きっとあたしは悪意に満ちた事を言おうとしている。
杏子「今直ぐ乗り込んで坊やの手脚を二度と使えないように潰してやりな、あんたの魔法なら死なせることもないだろうしさぁ」
「正義の味方様には見返りが必要だもんね、なんだったら脳みそもちょっと傷付けて、また魔法で身も心もあんたのモノにしちまえば良いのさ」
「坊やに魔法をプレゼントするよりよっぽど即物的で良い話だろ?なんだったらあたしが同じ魔法少女のよしみでやってやったっていい」
「どうせ死なせなきゃあんたの魔法で取り返しがつくんだしさ」
少し言いたい放題言っちまったかもしれない。
まぁそんな問題はない。
小豆があんだけボコったんだ、喧嘩を売られるようなことは……
よっぽどの身の程知らずでなきゃ
さやか「絶対に許さない……今度こそ許さない!!」
……今にも掴みかからんとこっちを血走った目で見てやがる。
こいつはよっぽどのアホなのか……
杏子「いいよ、ヒヨッコ、場所を変えようか」
死なねえ身体なら、ふん縛ってこの家に放り込んでやろう。
バイパス上部の巨大な歩道橋。
不思議とここには人が寄り付かない。
杏子「ここなら存分にやれるね、いっちょ派手に行こうじゃない」
大きな壁が無い分、反射やらは出来ないけどどうせ単純な動きくらいしかしないヒヨッコだ。
槍どころか、鎖をメリケンサックみたいに握ったものだけで勝てそうな気もする。
派手に行こうなどと言ったんだ、マミの戦術を真似てやろうか。
鎖を小分けにぶん投げて地面に埋め込みーの、そっから全方位捕縛。
それとも全力投球でティロ・フィナーレとでも良いかもしれない。
などと戦術を考えてる間に、何やらもう一人やって来た。
桃色の髪のチビだ、そういえば小豆やキュゥべえが言ってたような、言ってなかったような。
まどか「待って、さやかちゃん!」
さやか「まどか、邪魔しないで……そもそもまどかは関係ないんだから!」
どうやら契約したわけじゃなさそうだ。
関係無いなら首を突っ込むのはやめて欲しいけど、止められるなら止めて欲しいもんだ。
まどか「ダメだよこんなの、絶対おかしいよ」
杏子「ふん、ウザい奴にはウザい仲間がいるもんだねぇ」
……色っぽい髪の匂い。
ほむら「だったら、貴方の仲間はどうかしら」
やっぱり嗅ぎつけて来やがった。
またあたしの後ろに陣取りやがる、あたしが馬やゴルゴだったら殺してるよ。
ほむら「約束が違うわ、彼女には手を出すなと言ったはずよ」
杏子「やり合うつもりは無いよ、それにどの道あっちはやる気だよ?」
血の昇ったあいつのことまでこっちのせいにされちゃたまったもんじゃない。
こちとら冷静オブ冷静、客観的に状況を見ている。
ほむら「ならば、私がやるわ」
……折角色々考えてたのにな。
杏子「じゃあ、これ食い終わるまで待ってやる」
半分以上食べたロッキーイチゴ味を見せ、言い放つ。
実質やらせないとの意思表示なんだけど……
ほむら「十分よ」
あたしの前に踏み出し、盾を構える。
マジかよ……
さやか「ナメるんじゃ……ないわよッ!」
青筋を立て、ソウルジェムを取り出す。
怒りに呼応して、それが少しフライングして光っているのがわか……
まどか「さやかちゃん、ごめん!!」
突然、チビがソウルジェムを奪い取り車道に投げ捨てた。
さやか「ちょっと……あんたなんてことを……!!」
まどか「だって、こうでもしな……い……と……?」
新人は糸の切れたマリオネットの様に倒れ込む。
……いつの間にほむらが居なくなっている。
QB「まどか、流石に今のはまずかったよ、まさかよりにもよって友達を投げ捨てるなんて」
今回はここまで。
本編トレースばっかでごめんなさい。
今日はもう一回更新します。
キュゥべえの野郎がうだうだ語るのを無視して、新人の身体を確認する。
……マジかよ。
杏子「おい……どういうことだこいつ……死んでるじゃねえか」
まどか「えっ……」
呼吸はない、心臓も止まっている、瞳も全開……
QB「そっちは脱け殻じゃないか、さやかなら君がさっき投げ捨てたのにどうしてそっちにばかり構うんだい?」
杏子「説明しろよ……なにをいってるのかハッキリわかるように」
元々いけすかない奴だが、これじゃあ……詐欺師だ。
QB「だから君達魔法少女の本体はソウルジェムで、それで身体を動かしてるのさ。その方が戦う上で便利だろう?」
QB「まどか、君達のような普通の人間の魂というものは曖昧で、身体が弱まれば薄れて行き、身体がダメになれば霧散してしまう」
「そんな心許ない身体のまま魔女と戦うわけにはいかないだろう?」
いけしゃあしゃあと何をこいつは……
あたしはキュゥべえを、幼稚園が特別大事に思っていないぬいぐるみを扱う様に掴み掲げた。相手が人であれば胸倉を掴む様に。
杏子「それじゃあ、あたしらゾンビにされた様なもんじゃねぇか……!」
QB「そこまで騒ぐ意味がわからないな、今回の様なことが無ければ普通の人間と変わらない、事実あのマミですら最期まで気付くことはなかったんだ」
杏子「クソッ……」
一刻も早く、早く小豆に知らせなきゃ……
そう思ってるとほむらが青いソウルジェムを持って戻ってきた。
……帰ろう、最悪の気分だ。
部屋に戻ると、ニンニクの匂いが鼻に入り込んできた。
ガーリックペーストでも買ってきたのか……
小豆「おかえり、晩飯はこれだ」
切られたフランスパンを電子レンジから取り出し、ハチミツとピーナッツクリームと一緒にテーブルに置く。
小豆「もっとガッツリ食いたいか?」
杏子「いや、いいよ。今日はそんな食欲無いし」
小豆「そっか、ま、お前のために甘いのじゃないの買ってきたし、結構したんだぜ?これ」
ガーリックペーストを指差し、得意気な顔をする。
杏子「臭いよ、餃子ですら酷いのに」
小豆「いやいや、これしっかりローストしてあるからさ、臭くならないんだよ」
キザモードに入ったマミのように立てた指を振りながら解説したと思ったら、急を顔を近づけてきた。
小豆「キスしても大丈夫だってさ」
……
杏子「馬鹿なこと言ってないで、早く食べようよ」
小豆「つれねーのな」
杏子「……悪いね、今そんな気分じゃないんだ」
毎度少しドキッとさせられるけど、今夜は……
小豆「……なんかあったのか?」
……言っていいもんなんだろうか。
マミのように知らないままの方が幸せなのかもしれない。
それにあたしらは元より人間じゃないような生き方をしてるんだ、あたしは少し気に病んでるけど少しすれば気にならなくなるだろう。
だったらこいつまで嫌な気分にさせることも……
小豆「尋常じゃない顔してるぜ?」
杏子「実はさ……」
あたしは……弱い。
小豆「そっ……か」
一連のことを話してしまった。
ガサツなこいつも流石に堪えたのか、手が震えてる。
やっぱり自分が楽になる為に話すなんて卑怯だったかもしれない……
杏子「でもさ、あたしらは……お互いの見方は変わらないだろ?」
そうだ、お互い同じなら気にすることなんてない。
小豆「だよな……別に、あたしには……お前が居れば……」
小豆の途端に顔色が良くなった。
こいつのタフネスには驚きだ……
ところで……
杏子「新人、あいつは周り人間だらけなんだよな」
マミに憧れて魔法少女になったような奴だ。
ましてや、マミ以上の潔癖。
元々、家族も居ない、そして魔法少女の活動をしなければならないマミは、できる限り普通の人間であろうと暮らして居た。
そんなマミを見てきた奴が、自分が人間では無いなんて知ったら……きっと。
小豆「新人のところに行くのか?」
杏子「……正義の味方気取って、ボロボロになった奴、前にも居たじゃん?」
小豆「……ほむらとの約束は」
杏子「こうなった以上、多分あたしが行った方が効くよ」
魔法少女の先輩としてではなく、今度は正義の味方のOGとして教えてやらないとな。
これまたそれなりな家なこった。
アパートを魔法で改造してるほむらの家や、キッチンやトイレとか以外全部昔のヨーロッパの教会まんまなあの教会とは大違いだ。
やっぱり家に居る、学校を休んでやがる。
相当堪えたようだな、テレパシーで呼び掛けてやろう。
杏子「いつまでもしょぼくれてんじゃねーぞ、ボンクラ」
カーテンを開いて、こっちを軽く睨んでくるが迫力なんてあったもんじゃない。
杏子「別にやりあおうってわけじゃない、ちょっとツラ貸しな」
さやか「……」
杏子「……話がある」
さやか「……どこまで連れてくの」
杏子「風見野の方まで、いや、間くらいなんだけどね」
「先進都市には似合わない、焼け落ちた教会があるのは知ってる?」
さやか「あぁ……なんで壊されないのかわからないけど、あるのは知ってる」
杏子「幽霊が出るって噂でね、壊されないんだってさ」
さやか「……まさか、肝試しなんかであたしを呼び出したの?」
からかってるのかって呆れたような顔の中に若干の怯えが見える。 さてはこいつそういうのが苦手なのか。
杏子「バカ、魔女狩りで済むことをわざわざするかよ」
杏子「その幽霊ってのはあたしのことでさ」
どんどん新人の顔が青ざめていく、気分が落ちてても苦手なもんは苦手なのか。
……なんで魔女は大丈夫なんだ。
杏子「いや、見ての通りあたしは生きてるんだけどね」
さやか「……ゾンビだけどね」
杏子「うっせぇ、焼けた跡から人の倒れた後が四つあるのに、三つしか死体が無かったからだよ」
「書類上はあたしは死んでて、それで幽霊」
さやか「何も出ないんだよね……?」
杏子「出ないよ……」
マミの墓の方を見て、出るとは何事だ。
そもそもあそこには何も埋まってない。
杏子「さ、着いたよ」
朽ちた扉を蹴倒し、教会の中に入る。
この建物に入ったのは何年振りか。
人のことを言えないけど、ホームレスが住みつかないように、後で扉を作っておかないとな……
外側が焼けたオルガンに腰掛け、リンゴ紙袋から取り出す。
杏子「ちょっとばかり、長くなる。食うかい?」
さやか「……いらない」
放ったリンゴははたき落とされ、地面に転がる。
煤を巻き込んで、真っ赤な皮に黒い帯がつく。
杏子「食い物を粗末にすんじゃねぇ……殺すぞ」
少し気圧された新人の顔を見て、『またやってしまった』と反省。
自分が冷静かどうかは置いておいて、言葉に問題があるのか。
杏子「あんたは後悔してる? こんな石ころだのにされたこと」
さやか「……」
黙りこくってるので話を進めよう。
元より話を聞かせる為に連れてきたんだ。
杏子「……あたしは諦めがついたよ、なんだかんだこの力が無ければ生きてけないし、好き放題やらせてもらってるしさ、いいかって思ってるんだ」
さやか「あんたは周りに人が居ないからでしょ、第一あんたは自業自得なんじゃない」
読みが当たった、周りとの差を気にしてる。
キュゥべえの言うように本質的には変わりゃしない、そう思えば楽になるのに……
杏子「自業自得なのはあんたもだよ、いや、そう思えば良いって話なんだけどさ」
杏子「そう思っちゃえば、大抵のことは……背負えるもんさ」
背負える、そんな風に言ったけど、正確には背負えては居ない。
単に引き摺ってるだけで、そんなんだからマミを……
いや、本題に入ろう。
さやか「それで、この教会があんたが背負った罪だーとか言うわけ?」
杏子「まぁ、そんなとこだね。この教会の主のあたしの親父はさ……」
それからあたしは家族のこと、自分の契約、そしてその結末について話した。
唯一意図的に伏せたことといえば、マミのことだ、マミの話をすれば冷静に話を聞いてくれなくなるんじゃないか、そう思えてとてもじゃないが話せなかった。
杏子「その時からあたしは誓ったんだ、他人の為には魔法を使ったりしない、この力は全部自分の為に使うって」
「奇跡ってのはタダじゃないんだ。 希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。 ましてや契約や魔法なんて強硬手段なら尚更さ」
「そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだよ」
希望なんて持てば、裏切られる。
だったら最初からそんなもの持たなければ良い。
全部自分で終始責任を持てば裏切られることもない、やらかしても自業自得だ。
さやか「何でそんな話を私に……?」
杏子「アンタも……開き直って好き勝手にやればいい、自業自得の人生をさ。幸いあんたはまだ何も失ってないじゃんか」
さやか「じゃあさ、なんであたしなんかのために態々そんなこと話すのさ。あんたは自分の為にしか動かないんじゃないの?」
……あたしは魔法の話をしたんだけど、まぁ魔法と直結したあたしの話なら仕方ないか。
本当は言いたかないけど、聞かれた以上こたえるしかない。
杏子「あんたもあたしも同じ間違いから始まった、だからなんていうかさ……見てられないんだ」
「過去の自分を見てるみたいでさ……あんたもこれ以上後悔を重ねるべきじゃない」
さやか「後悔……」
杏子「これからはさ、その分取り戻すように生きれば良いのさ、あたしみたいに」
さやか「……あんたみたいに?」
さやか「……あんたのこと確かに色々誤解してたよ、そこは謝る、ごめん」
「でもね……あたしは後悔なんてしてないし、その気持ちを嘘にしない為にも、これからも後悔なんてしない、そう決めたの」
「あたしは取り戻すも何も高すぎる物を支払ったつもりもないし、この力は使い方次第でいくらでも真っ当なことに使える」
杏子「お、おい……」
さやか「それにそのリンゴ、どうやって手に入れたの?買ったとしてもそのお金はどうやって手に入れたの?」
……別に肯定するつもりはないけど、あたしは仕方ない物と割り切ってた、そんなことを問い詰められちゃあたしは言葉に詰まる。
さやか「言えないんだね、そんなもの受けとれない、貰ってもあたしは嬉しくない」
さやか「とにかく、あたしはあたしのやり方で戦い続ける。 それがあんたの邪魔になるなら前みたいに殺しにくればいい、もう、負けないし恨んだりもしない」
そう吐き捨てて、教会を後にしようとする。
杏子「おい馬鹿野郎!あたしら魔法少女なんだぞ!他に同類なんて居ないんだぞ……!」
……
教会に一人残されたあたしは日が沈むまで、動かなかった、いや、動く気が起きなかった。
杏子「……結局、同じじゃんかよ、何も聞いてもらえなかったのとさ」
小豆「……ダメだったのか」
杏子「うん……」
スーパーの弁当のチキンカツのタレの匂いと、一緒に迎えてくれたこいつが物凄く愛おしく思える。
小豆「まぁさ、あいつからしたらよ。 あたしらは魔法少女の役目から逃げて好き放題やってる奴ってのがデカいしさ」
杏子「違う……いや、あいつは確かにあたしらのことはわかってはくれたんだ」
小豆「でもダメだったんだろ? あいつが変わらなきゃ、それはわかってないのと同じだ」
「忘れたのか、マミだってな……本当はあたしらの気持ちもわかってたんだ」
杏子「……そうだったね、意地張って跳ね除けちゃったけどさ」
小豆「で、どうするんだ? それ以上はあっちも譲らないぜ?」
杏子「……」
小豆「思いつかないか、まぁそりゃそうだよね。あたしらの過去なんてウルトラCだったもんな」
杏子「……だね、あいつの言うとおりあいつはあたしなんかとは違うのかもね」
「あたしとマミの悪いところ両方を持ってて……」
その上潔癖、このままだと……
小豆「もっと酷い破滅が来るかもな」
杏子「もっと酷いって……死ぬより酷いって、家族が死ぬより酷いってなんだよ」
小豆「わからない、でも漠然とヤバいことだけはわかる」
杏子「……わっけわかんねぇ」
杏子「でもさ、あたしどうしたらいいのか、正直わかんないよ」
小豆「……いいよ、あたしに任しとけ」
杏子「……なんかあるのか?」
小豆「無い、無いけど……お前よりは尻込みしたりしない」
杏子「……お言葉に甘えさせてもらうよ」
小豆、あんたも気付いてるよな?
あいつが滅亡なんてしようもんなら……今度こそあたしらは過去を……
巨大な重機に作られた結界。
この中であいつは……魔女と戦っている。
ほむら「黙って見ているなんて、意外ね」
小豆「……あれは使い魔じゃなくて魔女だ、ちゃんとグリーフシードも落とすし、止める義理なんて無いだろ」
あいつのようなヒヨッコは兎も角、魔法少女の中には暗黙の了解として、先に結界に入った魔法少女に獲物を譲る、割り込むならそいつが戦えないと判断した時というのがある。
ほむら「……そんな理由で貴方が譲るなんてね」
こいつもそれを知らないのか、それとも知っててあたしがそれを無視する魔法少女だと思ってて言ったのか。
……中々終わらない、しかも中の魔力が激しくなって来ている。
小豆「チッ……あいつ手こずりやがって」
結界へ駆け込む。 一応暗黙の了解に関してはセーフなはずだ。
ほむら「……」
結界の中は最深部の太陽の様な物を除いてモノクロの世界。
自分の姿すら黒く見えるのは、視覚が慣らされたとかじゃあなくて、結界に充満する魔力のせいだろう。
やっぱり……魔女に弾き飛ばされて倒れ込んでいる。
確かに感覚的に随分手応えはありそうな気もするが、流石にここまで押されてるとは思わなかった。
やっぱり根本的に戦い方がなってないんだ。
ロクに指導もつけられていないんだから当たり前っちゃあ当たり前だが。
小豆「ったく……見てらんねえっつの、手本見せてやるからすっこんでな」
正面で剣を振り回すこいつより、武術然としたあたしの槍の方が、触手やら使い魔でわらわらやるこいつには明らかに相性がいい、実力差を差し引いてもだ。
さやか「……邪魔しないで、一人でやれる」
槍を構えたあたしを他所に、魔法で強化した脚力で魔女に向かって行く。
小豆「オ、オイ……」
その後の戦い様は尚更見てられるもんじゃあなかった。
触手やら使い魔に刺されようがなんだろうが構わずにゴリ押しして魔女のマウントを取って切り刻む。
問題点の解決も何もせず、全部力押し……
どうして刺されても平気なんだ……?
小豆「お前まさか……」
さやか「痛みなんて……その気になれば完全に消しちゃえるんだ」
渇いた笑い声が消えゆく結界にこだまする。
思ってる以上にこいつはもう……
さやか「それが目当てなんでしょ、だったらこれで貸し借りはもう無し」
グリーフシードをあたしに押し付け、足早に去って行く。 話すことなんかないってか。 あたしらに理解を示したみたいなことを言ったらしいが、貸し借りなんて言うあたり相当嫌われてるようだ。
ほむら「貴方も嫌われたものね」
小豆「ああなったら話は聞いてもらえねえな、あたしにもそういう時期があった」
ほむら「……結局私達は自分の祈りの為だけに動く、そう仕向けられているのかもね」
小豆「かもな……」
自分の祈りとはそもそもなんだ。
契約の時に願ったことは、自ら否定して幻覚魔法ごと封じ込めてしまった。
どういう踏ん切りをつけてかは考えてなかったけど、いつかマミとまた組むとかそういうのはマミがくたばって叶わぬ願いとなった。
あたしを通り掛かりの猫のような目線で見つめるこいつとワルプルギスの夜を倒すのも、それを通してどうしたいのか。 縄張りが欲しいのか? マミと昔話したことを成し遂げたいのか? こいつと組むことに意味があるのか?
あいつのことだってそうだ、あたしらはあいつにどうなって欲しいんだ?
ほむら「……私は帰るとするわ」
小豆「ああ、お疲れ様」
……折角二人居るんだ、その辺はやっぱり話し合うべきだ。
杏子「……それで何もできなかったのか」
小豆「あの様子じゃ話なんか聞いて貰えないだろうね」
杏子「あいつ……」
あいつは戦い方からして、もう既に滅亡に向かっている。
あたしがあの時生き残れたのは何故だ?
理由としては三つあるだろう。 一つ目はマミの指導のおかげある程度はマトモに戦える力があったこと、二つ目は選んだやり方があくまでも普通の魔法少女と同じ物だったこと、そして三つ目は……最後の家族としてマミが生きていたことだ。
……あのピンク髪のチビはあいつのマミになれるだろうか? 本人がそう思っていても、あいつの方はどう思ってるだろうか。
小豆「なぁ、あたしらは……どうしたいんだろうな」
「どうするべきか、じゃなくて、どうしたいのか」
どちらにせよ同義だ。 したいことをするのが、するべきこと。 根無し草になってからのあたしはそれこそが正解だと思っている。 ただ、それがわからない。
杏子「……あたしも、それはゆっくり考えるべきだと思ってたよ」
杏子「……そもそもあたしらはさ、元々鬼籍、もう人間なんかには戻れない」
割り切れたのはそのおかげもある。
いや、元々ある程度自分は人間ではないと思っていた。
小豆「だからマミに一緒に人間を辞めるか、あたしらと離れ人間であろうとするかの選択を迫った」
その結果、マミはあたしの手を取らなかった。 更に遠ざかる手にあたしは追い討ちをかけてしまった。
杏子「それで、あたしらは生きるために戦ってきた」
漠然と生きることだけを考えていた。
それに伴って失った魔法を補うことを考えた。
生きる為に強くなることを考えた。
強くなればまたマミのところに戻れるんじゃないかなんてことも考えた。
だけど、現実はそこまで甘くなかった。
新しく使えるようになったのは、鎖の魔法。
罪悪感に、過去に、此岸に自分を縛り付ける鎖。
皮肉にもマミの願いと似通ったそれは、元の幻覚の魔法に比べたら頼りないものだった。
それでもあたしは諦めなかった。
こいつの異様に付いた筋肉もそういうことなんだろう。
結果、多分あたしはマミと同じくらいには強くなれたんだろう。
元の魔法があった時よりも戦術や力のことを考えれば強い。
杏子「そこに、あんたが現れた」
小豆「ああ……」
この三人ならワルプルギスの夜でも倒せる。
そうすればあたしは……そう思った矢先、アレだ。
小豆「マミは魔女に殺された。」
杏子「だからこそ、ほむらにワルプルギスの夜のことを持ち掛けられた時は嬉しかったんだ……」
情報どっさり持ってたり、よくわからない奴だけどあいつも中々の手練れだ、特殊な魔法を使うんだろうが相当強いはずだ。
ワルプルギスの夜と戦える、仲間が出来ることはただただ嬉しかった。
小豆「だけど、もう一人現れた」
さやかだ。
あたしらと同じく他人の為に祈り、正義感を振りかざして、その祈りや正義感の先に期待してたものに裏切られつつある。
それを見てると、どうも放っておけない気がする。 その感情の根底はなんだろう。
あたしは裏切られた後も、結果離れ離れになってしまったけど、マミというセーフティネットが居た。
だけどあいつにはそれが無い。
一緒に戦ってくれる魔法少女は?
ほむらやあたしらのやり方を拒むあいつに組む魔法少女なんて居ない。
そもそもマミのやり方を真似てるみたいだけど、そんなやり方をする奴は少し足を伸ばしても中々居ない。 どいつもこいつも好き勝手やる奴ばっかりだ。
例外はマミと、あすなろで会った二人、そしてほむらくらいだろう。
じゃああいつはどうなる。
誰からも戦い方を教えて貰わないばかりにあんな戦い方をしていて……その先にあるのはなんだ?
杏子「あたしは……怖いんだ」
理屈では否定出来ても、一度あいつに自分を重ねてしまった以上、あたしはあいつがボロボロになっていくのを見ていられない……。
自分の祈りの為に戦うことが正解だっていうのはわかってる、でも……
杏子「あいつのやり方が間違いだって……証明されたくないんだ」
小豆「……」
ハンバーガーはすっかり冷めてヘナヘナになっている。 長く話しすぎたか。 いや、これは大事な話、ワンコインのハンバーガーくらいはどうでもいいだろう。
小豆「……今度、でっかいの食いに行こうぜ、それこそあの不健康そうなほむらも誘ってさ」
杏子「ハハ、いいね。 でも、来てくれるかなぁ」
「アァァァァッッ!!!!」
カットラスが切り刻んだそれは、人間の物ではない体液、粉や綿のような何かを撒き散らす。
さやか「……ぁぁ……ハァ……」
美樹さやかは血眼で次の結界を探す。
魔女を殺すことこそ自分の唯一の役目。
さやか「そういえば……魔女って閉じこもってるけど、その結界は動くんだっけ……」
地下鉄の駅への階段は灯りがあっても尚暗く、その闇に彼女は向かっていく。
小豆『んだよ、こんなとこに居たのか』
さやかを見つけたのは、街の外れの方の地下鉄の駅。
でもその時のさやかの目は、何もかもを諦めたそれだった。
そして、さやかはあたしらが言ったことを肯定するようなことを言い出した。
でも、それはそんな意味で言った訳では無いし、こいつが諦めから言ってることもわかる。
……こいつの心は完全に折れている。
遂に恐れていたことが起きてしまった。
もしそれが勝手にあたしらが恐れていたのではなく
魔法少女という存在自体にとって恐るべきものであれば
さやか『あたしって……ホント……バカ』
小豆『さやかっ!?』
そしてそれがハナから仕組まれていたとすれば
小豆『んだよこれ……』
あたしらが再び抱いた希望は、間違いだったのかもしれない。
爆風と共に突如現れた魔女に戸惑いつつも、ぐったりしたさやかの身体を回収する。
……この間と同じだ、完全に死んでいる。
咄嗟にソウルジェムを捜す、恐らくこの魔女が……いや、そんなことする魔女なんて居たか……?
小豆『てめぇ!さやかになにしやがった!!』
指揮者とバイオリンだけの歪な楽団、汽車のレール……
後者は周りを巻き込んだからだろうけど……バイオリン……まさか
小豆『オイ、嘘だろ……』
ほむら『下がって』
そんな中現れたのは、ほむらだった。
謎の爆発で魔女とあたしを分断する。
まぁ、謎ってもこの後すぐに知ることになるんだが……
ほむら『掴まって』
戸惑うあたしに有無を言わせず、手を握らされた。
その手は予想に反して、暖かかった。
ほむら『手を離したら貴方の時間も止まってしまう、気を付けて』
こいつの魔法の仕組みがやっとわかった。
成る程これはバレたら効果が薄くなるワケだ。
謎と言えば、今はもう一つの方だ。
小豆『どうなってるんだよ、あの魔女は何なんだよ?』
薄々感づいてはいる、しかし聞かずには居られない。
ほむら『かつて美樹さやかだった者よ。貴女も、見届けたんでしょう?』
……やはりか。
小豆『逃げるのか?』
ほむら『嫌ならその余計な荷物を捨てて。今すぐあの魔女を殺しましょ。出来る?』
ふざけろ、そんなことしてみろ、杏子に顔向け出来ない。
ほむら『……今の貴女は足手まといにしかならない。一旦退くわ』
結界を出て、線路沿いを歩いていると……さやかの友達の奴がやって来た。
ぐったりしたさやかの身体を見て、酷く動揺した顔をしていた。
……一家心中の時のあたしと同じ顔、遺された側はいつも、こうだ。
まどか『さやかちゃん!ねぇ、さやかちゃんはどうしたの…!?』
ほむらは顔色一つ変えず、淡々と説明する。
ソウルジェムの最後の真実、ソウルジェムが濁り切った時、ソウルジェムはグリーフシードになり、魔女を産み消滅すること。
生前の祈りに見合った呪いを背負いこみ、これからは同じ分だけ他人を祟って行くということ。
小豆『てめぇは……何様のつもりだ、事情通って自慢してえのか……』
思わずほむらの胸倉を掴む。
自分の震えた声からは怒りが感じ取れる
軽い身体は簡単に持ち上がり、ほむらは苦しそうにか細い声をあげる。
小豆『何でそう得意げに喋ってられるんだ。コイツはさやかの……』
まどか『もうやめて!』
小豆『……悪かった』
地面に足のついたほむらは少し涙目になりながらも、尚続ける。
ほむら『今度こそ理解できたわね。貴女が憧れていたものの正体が、どういうものか』
ほむら『わざわざ死体を持って来た以上、扱いには気をつけて。 迂闊な場所に置き去りにすると、後々厄介な事になるわよ』
あまりにも淡々と言うもんだから、少し考えてしまったんだけど。
小豆『テメェそれでも人間かっ!?』
考え過ぎかもしれないけど。
ほむら『もちろん違うわ。貴女もね』
冷たいんじゃなくて、ポーカーフェースなんじゃないか。
杏子「……それでそいつを連れて帰って来たのか」
この顛末を全て話す。
お互い顔は青く、声は震えている。
当たり前だ、最も恐れていた事態から、更に恐るべきことが起きてしまった。
しかもそれはハナから仕組まれて居た。
小豆「何も……言わないで勝手にやるのもマズイと思ってよ」
杏子「当たり前だ……こんな終わり方じゃこいつもあんまりだろ」
杏子「ソウルジェムは濁り切るとグリーフシードになる……通りで似てるワケね」
魔法少女が希望から産まれ、魔女は絶望から産まれる。
契約当初はそう聞いていたけど、何の絶望から産まれるなんてことは聞いていなかった。
よく調べていたマミですら、多分「人々の心の闇から産まれる」とでも思ってたんだろう。
あたしもそんなもんだろうと思っていた。
でもよく考えてみれば、それにしてはディテールが具体的すぎるし、他にもヒントはあったはずだ。
杏子「皮肉だよね……あたしが生き延びたから、マミはそれを知ることが無かったワケだし」
小豆「……いや、あいつにとっては知らない方が幸せだったかもしれない」
杏子「言われてみりゃ……そうかも……ね。 何も死ぬことが最悪とは限らない、本人にとってはね」
多かれ少なかれ、あたしもマミも魔法少女になった代償に目を向け、またある時は目を逸らしてきた。
マミはこれと向き合えただろうか?もしくは目を逸らしきることが出来ただろうか?
小豆「そう考えるとさ、魔女に喰われて即死なんて幸せなもんだったかもよ。 一人寂しくってワケでもなく、こいつらは覚えていてくれたんだしさ」
杏子「覚えていてくれる……ね。 取りようによっては刻み付けられたの方が正しいかもしれないし」
事実、こいつはマミの見かけ上のやり方を刻み付けられて、暴走してこのザマだ。
杏子「遺された側はいつも、そうさ」
……
杏子「で、あんたはこれからどうしようって考えてる?」
小豆「……遺体を家族の下へ返してやろうと、思う」
杏子「……は?」
耳を疑った。 今言ったことは諦めると言ってるのと同じだ。
小豆「言っただろ、こいつのソウルジェムはグリーフシードになってそれが割れて魔女が生まれたって」
杏子「でも、何か方法が……!もしかしたらその魔女をぶっ倒したらグリーフシードの代わりにソウルジェムがとか」
小豆「今までにそんなことが一度でもあったか?」
杏子「ぐ……」
小豆「確かにこいつが助からなかったら、あたしらの過去はもう完全に否定されることになる」
「でもあたしはさ……それも仕方なかったって割り切って、生き続けるのも悪くない……そう思えてきたんだ」
杏子「……なんで割り切れるんだよ、こいつだけじゃない、こいつの家族とかあのチビとか……遺された奴だって居るっていうのに」
小豆「……完全にできるってわけじゃないさ、でも……今は」
……
小豆「……お前を失うのが一番怖い」
……
そうか、こいつは……あたしがマミに抱いていたような感情をあたしに持ってるのか。
だけど、あたしはこいつにそういう感情は持っていない。
あたしは所詮「自分」としか思えない。
でも今は意見が明確にすれ違った、そこであたしはこう思ってしまった。
ああ、失われない絆なんて無いんだ。
これと似たようなことが前にもあったじゃないか。
杏子『そんな殺す気の無いナマクラ弾丸、避ける必要すらないんだよ!!』
マミ『貴方は一人で平気なの?孤独に耐えられるの?』
杏子『……あんたと敵対するよりは……マシさ』
杏子「……あんたも、マミみたいなこというんだな」
あの時のマミの本音も似たようなもんだったろう。
小豆「……それでも行くつもりか」
杏子「ああ、止めても無駄だよ」
小豆「……ワルプルギスは」
杏子「これはあたしの意地に関わることだ、きっとあいつも止めはしない」
小豆「……」
━━━━翌日
杏子「美樹さやか、助けたいと思わない?」
まどか「……仁美ちゃんごめん、今日わたしも休む…!」
仁美「あ……まどかさん!」
その日の朝、起きた時小豆は部屋に居なかった。
水着が消えていたから、多分プールに行ったんだろう。
朝ご飯を食べたら、向かおう。
しかし、ソウルジェムを取り戻すと言ってもどうやってだ?
今まで魔女がソウルジェムを落としたことなんて無い。
……じゃあ今までしなかったことをすれば良いのか。
QB「やぁ」
……見たくも無い顔が現れた。
今まで部屋にこいつが来たことは無かったけれど、小豆が席を外しているからかあたしがいることを確認してやってきたんだろう。
QB「そうしてまで屍体の鮮度を保ってどうするんだい? 君はその類の魔法は得意じゃないだろうし、第一無意味だろう」
どうするもなにも食うわけないだろう、しかも不得意なんて余計なお世話だ。 身体の鮮度を保つなんて専門にするなんてそもそもカルト野郎くらいのもんだろう。
杏子「……こいつのソウルジェムを取り戻す方法はあるのか」
QB「僕の知る限りでは、無いね」
……まぁそりゃそうか。
さやかの一件から見るに、こいつはあたしらのことなんてなんとも思ってない。
そんな奴がソウルジェムを取り戻す方法なんて考えるとも思えない。
QB「でも君達は魔法少女だ、どんな奇跡を起こしてもそれは驚くに値しないよ」
白々しい、自分が考えないからってこっちに委ねやがるのか。
しかし『ゼロでなければ無限大、僕は諦めないよ』とかトーテムポールを持ち歩いてるマジシャンが言っていた、あたしはこの道を択んでしまった以上、諦めずにこいつを家に帰してやらなきゃいけない。
杏子「……てめぇなんかに誰が頼るかよ」
こいつはバカだ。
自分の物差しと、使い方もわからない力を振りかざして勝手に破滅した。
それでもこいつは自分なりの正しさを突き通そうと足掻いていた。 それがこんな終わりなんて……認めたくない。
他の魔法少女みたいに好き放題やっていれば助かっていたのかもしれない。 本当に正しい魔法少女の生き方に関しては認めるかわからないけれどせめて……生きて帰ってあのチビを哀しませないでやってほしいんだ。
時は現在に戻る。
学校をすっぽかしてやってきたチビと改めて顔合わせをする。
どうせ連れてくるなら、いっそあの坊やの方がいいんじゃないか。 そんなことを少し考えたけれど、それをこいつが考えないわけもないし、さやかは自分の想いに裏切られて魔女になったんだ、あの坊やよりさやか本人を想ってくれる奴はこいつ以外には誰も居ないだろう。
自分のことを考えてるあたしだけじゃダメだ。
まどか「わたし、鹿目まどか、よろしくね」
杏子「……調子狂うなぁ、佐倉杏子だ、よろしく、な」
まどか「……本当にさやかちゃんかな、別の魔女だったりしないかな」
杏子「確かにさやかだよ、昨日と魔力のパターンが同じだ」
よく思い出してみればほむらの資料にあんな騎士のような魔女が居たかもしれない。
いや、鎧なんてよく居るし見間違いだったかな?
もし資料にあったとしたらあいつの魔法はなんなんだ? 資料集めに特化した魔法なのか? いや、そんなことは無いだろう。
まどか「ほむらちゃんは……手伝ってくれないのかな、友達じゃないの……?」
杏子「……」
あたしとあいつは友達と呼べるんだろうか。
殺伐としがちな魔法少女同士の割には確かに距離感は近かった。
でもマミと組んでいた時と違って、互いに邪魔をしないとかそんな感じで……
いや、あたしらは邪魔をしちゃったかもしれないけどさ……現に今こいつを連れまわすのもその一つかもしれない。
多分あいつにも守りたいものがあるんだろう。 その為にあいつはあたしを利用した。 すこし狡いけどそう思えば幾分か寂しさも紛れる。 それでいい。
杏子「……あいつはそんなタマじゃないよ、利害の一致って奴さ。 お互い一人じゃ倒せない相手を倒す為に組んでるんだ」
まどか「……そっか」
まどか「ねぇ、杏子ちゃん……いつも誰かに戦わせて、自分で何もしないのって卑怯なのかな?」
杏子「なんであんたが魔法少女になるわけさ?」
まどか「なんでって……」
杏子「嘗めんなよ、これは誰にでも務まるもんじゃない、毎日美味いメシ食って幸せ家族に囲まれてる何不自由無い奴が首を突っ込むのはお遊びだ、そんな奴あたしがいの一番にぶっ潰してやるよ」
こいつ個人で考えたら、さやかよりはマシだっただろうけどね。 こいつだってこんなおどおどしてる癖に、結構据わってるところがある。
ワルプルギスの夜がもし街を壊滅させようもんならこいつは立ち上がって、戦うだろう。
その時、こいつは……多分マミと同じ目をしているだろう、そんな気がする。
杏子「命を危険に晒すのは他に方法が無い奴がすることだ、今のあんたには……僅かかもしれない、でも目的に向かえる正しい道がある」
「いつかあんただって、命を懸けなきゃいけない時が来るかもしれない、その時になったら考えればいいのさ」
まどか「そっか……」
杏子「魔法少女になるってのは、テレビの魔法少女みたいなのを想像しちゃいけない」
「わかった上で、それっぽく振る舞う奴もいたけどね」
まどか「それってもしかしてマミさん……?」
……余計な情を挟むな。 こいつとも『利害の一致』で居なきゃダメだ。
杏子「……さぁね、逆に好き放題魔法を使う魔法少女ばっか見てきたから忘れちゃったよ」
杏子「何かを失った連中が、キュゥべえに縋って、その時の祈りに裏切られて、更に失って、それでも尚希望を持って、それの為に戦い続けられる、そういう奴が一番魔法少女に向いてるのさ」
まどか「それってなんだか……もう少女じゃないよね、えへへ……」
杏子「……生きててもらっちゃ困るからなんだろうね、あたしだって一貫してそういう人間なわけじゃない、それでも……ん?」
まどか「あ……れ……?」
煉瓦の壁に囲まれた路地が崩れて、元の鉄骨に囲まれた工事現場に戻る。
まどか「ど、どういうこと……?」
杏子「……この魔力は」
杏子「まどか……今日は帰ってくれ」
まどか「え?どうしたの!?さやかちゃんは……」
杏子「悪い、それどころじゃなく……いや、その……とにかく……」
まどか「……魔女は逃げただけだよね?」
杏子「……帰ってくれ、頼む」
……
ほむら「先生、体調が悪いので保健室に行っても良いですか?」
先生「保険委員、暁美さんを保健室に……このクラスの保険委員は誰だ?」
仁美「……」
杏子「どういうつもりだ……」
まどかを帰した理由は、ただ一つ。
杏子「小豆……ッ!」
小豆「……」
あたしが二人居るのを見られたくないからだ。
魔女の気配は完全に消え去って居る。
ソウルジェムからの反応も途絶えていて、それはあの魔女が倒された、または何かに閉じ込められた、もしくはあたしらみたいに逆位相の魔力で打ち消されて居るか。
もちろん、この街に魔女を封印する魔法の使い手なんて居ないし、逆位相の魔力を持つ魔女なんてのも居ない。
他でもないこいつが……小豆がさやかの魔女を殺したんだ。
杏子「……どういうつもりだって聞いてるんだけど、答えなよ」
小豆「言ったろ……あんたを失いたくないって」
小豆「指を反対に曲げることはできない、それをやろうとし続けると折れるだろ?」
無理だったって言いたいのか。
杏子「そんなの……自分でもわかってたよ」
小豆「それで、止めても無駄なら、あたしが先回りして潰すくらいしないとダメだっただろ」
……
杏子「……ほむらとワルプルギスを倒す、それもそれで、それなりの理由があって手を組んださ」
「でも……さやかを救えれば、過去のことにケリをつけられる。 そう思ったら最後、もう縋らずには居られなかった」
小豆「なんで……」
杏子「それでもって今それが、打ち砕かれた……バカだよな、過去なんてとっくに諦めてた筈なのに」
「初心を思い出したなんて、それっぽいこと言って。 それが間違いなんて知ってるくせに、一年以上かけて出した答えなのにさ」
杏子「……さやかを救えれば前に進める、遺された側だったまどかのことも併せて……そう考えたけどさ、そもそも救えればなんて前提がおかしかったんだ」
「だから別にあんたを恨んだりしないよ、あたしだって例えば……ワルプルギス相手にほむらが自爆しようとしたら止めただろうし」
「さやかの魔女を元に戻すためにまどかが契約しようとしたら成立する前にキュゥべえも魔女も殺しただろうし」
小豆「オイ……お前まさか……」
杏子「……一人にしてくれ、あんたもあたしならわかってくれるだろ」
ほむら「……おかしい、美樹さやかの魔女がどこにも居ない」
「まどかはもう家に帰って居るし、一体……」
……
まさかと思ってやって来た廃教会にて、ほむらは見てしまった。
ほむら「この紋章……嘘……よ……ね?」
彼女が最も見たくない魔女の意匠を。
ほむら「……嘘って言ってよ、ねえ。 あなたの幻覚魔法か何かなんでしょう、ねえ……」
武旦の魔女
その性質は自棄
霧の中を虚ろな足どりで永遠にさまよい続ける魔女。いつも傍らにいる馬が何だったのか魔女にはもう思い出せない。
O p h e l i a
ほむら「……」
口に手をあて、その場に座り込む。
無理もない。
時間遡行者としての彼女が、最も近くに居た時間が長いのは、彼女の戦いの目的である鹿目まどかではなく、佐倉杏子である。
しかも出現次第、次の時間軸に向かうとしてる鹿目まどかの魔女と違い、この魔女とは向き合わなければならない。
それを恐れていたから、彼女の魔女化を避けるため、それだけではないが、ほむらは佐倉杏子のやり方を尊重してきた。
なのに何故……
喉の奥が酸っぱくなるのを感じたほむらは、暫く考えた後、今自分にこの魔女と向き合うことはできないと判断し、廃教会を去って行った。
ほむら「……何故、佐倉杏子まで魔女になってしまったの」
元風車小屋、今はレンガが積まれただけの柱に寄りかかってほむらは問いかける。
もちろん虚空に向けてではなく、白い悪魔に向けて。
QB「僕にもわからないね、ただ、美樹さやかの魔女は既に存在していないということだけはわかるよ」
ほむらには、まどかを連れた杏子が人魚の魔女を倒したと思えないのだ。
杏子の行動パターンはともかく、少し覗いた時のまどかの顔は「何があったのかわからない」ようなものであった。
杏子以外の誰かが倒したのだろう、そう結論づける他無かった。
この街の他の魔法少女など、大体見当はつく。
予知魔法を使う白い大女、それとツーマンセルを組む黒い斬り裂き魔。
こいつらは結果を見越して行動できる、態々魔女を産み出す真似はしないだろう。
ならば雷を操るシスターだろうか、まどかと同じ魔法を使う道化だろうか。
QB「ともかく、佐倉杏子が脱落した以上、君一人でワルプルギスの夜を討伐することは不可能だろう」
ほむら「……この街には他に魔法少女はいないの?」
QB「巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子、そして君だけだったじゃないか。 まぁこれで鹿目まどかの契約は確実になっただろうね。 君の情報通りワルプルギスの夜は来るようだしね」
ほむら「……させないわ」
魔法少女以上のイレギュラーが働いているのだろうか。
たとえば魔女の魔法とか……
させない、そうほむらは言ったものの、ワルプルギス相手には一人では負け戦だ。
ほむらは時間操作魔法に力を割きすぎて、普通のベテラン魔法少女にはできる、あることが出来ない。
霊脈や、魔女の口付けをつけたりする力の通り道を破壊し魔女の被害を抑える。
マミの系譜の魔法少女、つまりはマミ、杏子と過去のループのまどかはこれを知っていたのでワルプルギスの夜相手に善戦できた。
ほむらはワンマンアーミーと言っても過言では無い程の火力を有している。
しかし、それが出来ないためほむら一人ではやはり負け戦なのだ。
『あんたがマミの新しい後輩?なんかトロそうだね……なんだよ、そんな身構えるなって』
『はぁ?他の武器?あんた自分で武器も出せないの?……だったらヤクザからでもパクって来たらどうかな』
『あんたは自分の為に戦える魔法少女だ、後はそれを突き通すだけさ。 ……その為ならあたしは手助けくらいはするよ』
『ちゃんと目を見て名前で呼んでやるんだ、そうすればあのチビだってあんたを信頼してくれるさ』
『誰にも理解されない辛さがわかるか? 望んでいた結末が望まれていなかった現実がわかるか?』
『なんだよ……変な奴、誉めてもなんもでねーよ』
『なぁ、あんたはなんの為に戦ってるんだ? そんなにストイックになれるものがあんたにはあるんだよな』
『……また、あたしのこと使ってやってよ。 お互い素直じゃないしさ』
『嬉しかったんだ、何もかも失っちまったあたしを必要としてくれる人がいて』
わけもわからぬまま、静かに哀しみに暮れるほむらに、今最も会いたくない人物が訪ねてきた。
まどか「……ほむらちゃんは杏子ちゃんと居たんだよね、だったらここに居れば……会えるよね」
ほむら「……」
まどかの顔も若干青い。
恐らく杏子の脱落をキュゥべえから聞かされて居たのだろう。
それでもまだ信じられていないのだろうか。
まどか「杏子ちゃんも死んじゃったって……本当なのかな」
ほむら「……本当よ、あの魔女は……佐倉杏子のものだった」
まどか「これが杏子ちゃんの言ってた……」
舞台装置の魔女、通称ワルプルギスの夜。
二枚の大きな歯車にプリマドンナの人形が逆さ吊りについていて、その頭は半分切断されているようにも見える。
まどか「一人で倒せないこれを倒す為に……二人でここで準備してたんだよね……街中が危ないの?」
ほむら「この魔女は結界に隠れ身を護る必要が無い、一度具現化しただけで何千人もの人を犠牲にする。 でも相変わらず普通の人には見えないから、被害は地震や雷、竜巻として誤解されるの」
まどか「じゃあ絶対倒さないとダメだよね……杏子ちゃんも死んじゃって、戦える魔法少女はほむらちゃんしかいない、だったら……!」
ほむら「一人で十分よ」
大嘘だ。
ほむら「佐倉杏子には不可能でも、私ならそれができる」
不可能だ。
ほむら「本当は杏子の援護も必要無かったの、ただ彼女の顔を立ててあげただけ」
嘘に嘘を重ねる。
まどか「本当に?……なんでだろう、わたひ、ほむらちゃんのこと信じたいのに、嘘つきだなんて思いたくないのに……全然大丈夫だって気持ちになれない。ほむらちゃんの言ってることが本当だって思えない」
でも全てまどかは見抜いてしまっていた。
まどか「わたし、知ってるんだよ……ほむらちゃんが冷たいフリしてるのも……さっきだって杏子ちゃんのこと……杏子って呼んだし」
ほむら「……本当の気持ちなんて、言えるわけ無いのよ、だって私は……まどかとは違う時間を生きてるから」
……
……
ほむらはまどかに自分の正体を話してしまった。 しかしその言葉は、立て続けに周りの人間が死んだ中学生のような余裕の無い人間には到底、理解できるものではなかった。
ほむら「わかってくれなくてもいい、ただ、今だけは、貴方を護らせて」
皮肉にもほむらと杏子の絆を見抜いていたのはまどかだった。
しかし、これがまどかではなく、美樹さやかなどであったらどうだろうか。
「貴方を護らせて」と言えずに、そのまま彼女の心は折れてしまったかもしれない。
その言葉を言えたことで、折られかけた心はなんとか負け戦に向かうだけの力を持ち直した。
『君が繰り返す度に、まどかは強力な魔法少女になっていったんじゃないかな』
たとえ、これが最後のループになったとしても。
最悪、自爆でもすれば避難所だけは護ることができるかもしれない。
しかし、ほむらにはまだやるべきことがある。
……友達と呼べなかった、信頼する彼女の成れの果てを討たなければ。
ほむら「……相変わらず、趣味が悪いわね」
真っ白で近代的なほむらの部屋に対して、武旦の魔女の結界は仄暗い昔の中国のような風景。
使い魔はワルプルギスの夜程では無いが強力で、数がいる分下手な魔女より強いかもしれない。
最もその役割故に、魔女とは決して近づくことは無いので、魔女以外に構う必要の無いほむらには関係ないわけだが。
ほむら「……ッ!?」
突如、灯りが燃え盛り始め、結界が崩れ始める。
使い魔は服から蛇のように這い出しながら崩れて行く。
ほむら「きょ、杏子の魔女まで!?一体……」
……
小豆「よう、ほむら」
ほむら「杏……子……?」
時は少し遡る。
仄暗い結界をあたしが一人で歩いていた時だ。
金魚鉢の底に中国の城があるみたいな結界だ。
金魚はさやかの魔女が人魚だったのと何か関係があるのだろうが。
小豆「邪魔だ……!」
使い魔は妙に強いので、相手の動きを読んでから掴んで投げ飛ばす。 どうせ飛べないだろうし、ついてきたらまた投げ飛ばせばいい。
あたしが独善で動いたばかりに、杏子の希望を絶ってしまった。
ならばあたしはこの魔女に向き合わなければならない。
そのためには使い魔なんぞに力を割いている場合じゃあ無い。
使い魔は顔を龍に変身させ、頸を伸ばしてくる。
投げ飛ばす戦法で良かった、柔術とかなら喉笛を噛みちぎられていたかもしれない。
最も、体術オールラウンダーのマミと違って、あたしはそんなもん使えないけどな。
マミですらそんな対人を想定したものを使えるかはわからない。
あの時はあたしに教える為に薙刀道か何かを齧ってたらしいけど、アレは身を守るための武道で、インファイターのマミには似合わなかったな。
結界の中にあった道路標識もどきを引っこ抜いて薙刀代わりにしていたけど、途中から剣道っぽくなって、魔女が弱ったらヤンキーの鉄パイプ戦闘みたいになってたっけ。
マミ『やっぱりこういうのは性に合わないかもね』
お決まりの銃、本気で蹴れば洋画で見たスラッグ弾顔負けの脚、それにリボン。
全部を腕のように使い戦うマミに憧れてたんだよな。
……今はそんなことどうでもいい。
もうすぐ最深部だろうか。
使い魔の姿が見当たらない、あいつもそう思ってるのか、それとも別の理由があるのか。
小豆「……入るぞ」
虚ろな足取りの馬に跨った細身のロウソク頭。
その炎もなんだか物哀しく、魔女が魔法少女の絶望で出来てるというのもなんだか納得できる。
多分外の使い魔はさやかなんだろう、だから近くには寄らない。
別にあたしやほむらをほったらかして、さやかに入れ込んでた訳じゃない。 ましてや最期までマミのことを割り切れなかったんだろう。
小豆「その馬はマミか?ほむらか?それとも親父か?……聞こえるわけないか」
馬がオモチャのように無機質だけれど哀しい嘶きをあげると、魔女は分身する。
まさかこの魔法を使えるとは……
小豆「んなつまんねえ真似すんなよ!!」
思い切り地面を蹴る、すると忽ち分身はドロドロに溶ける。
力の通り道をぶっ壊してやった、使えなくなったとは言え、仕組みくらいは覚えている。
怯む魔女に次の行動に移る暇を与えず、近付き馬の脳天を思い切り槍で叩き割ってやる。
小豆「馬を降りな、サシで殴りあおうぜ」
ただぶっ倒すなら多分もうすぐ来るほむらにだって出来るだろう。
だけど、それじゃあダメなんだ。
マトモに動かなくなった馬を降りた魔女は鈍い虹色の槍を回しながらこちらに向き直る。
小豆「そうこなくちゃね……!」
セリフは漫画の戦闘狂のようだが、その時のあたしの顔は決して笑っていなかっただろう。
武旦(ウーダン)
中国の京劇の立ち回りを主とする女形。
早い話がアクション女優である。
その道のエキスパートとも取れるが、所詮演じているだけとも取れる。
生前の佐倉杏子は正義の味方にはなれなかった。
舞台装置に踊らされ続ける役者がもう一人いるのは、別のお話。
お互い全力で殴ったのが入れば、一撃で決まるだろう。
確実に倒すなら鎖を使って後ろからとかだろうが、それじゃあダメだ。
小豆「行くぞ……!」
お互い、真っ直ぐに突っ込む。
本当に小細工など無しに。
ほむらとの戦線のことを考えたらもっと慎重になるべきなんだろうが、その考え方がこいつを追い詰めてしまった。
だったらあたしは……正面から戦って勝つ。
小豆「がっ……!」
脇腹に刺された。
あたしの槍も相手の肩に深く刺さっている。
こいつはもう長くないだろう。
小豆「半端に刺しやがって……」
……
小豆「オイ……」
魔女の炎が段々強くなって行く、そして魔力が段々濃くなって行く。
自爆する気か!?
……
小豆「……ごめんな、お前と一緒に居てやることは、出来ない」
最後の最後まで、あたしはこいつに何もしてやれなかったことになるんだろうか。
魔女にトドメを刺した後、時は現在に戻る。
ほむら「あ、貴方……どうして」
小豆「……聞くな、あたしらの間に、言葉はいらない、そうだろ?」
多分ほむらが信頼してるのは杏子の方だ。
あたしは実際はどうだかわからないけれど、ほむらからしたらあたしはニセモノなんだ。
ほむらと似たもの同士なのは杏子で、あたしは違う。
だけど今は……こいつの戦いを突き通させてやりたいんだ。
小豆「こんなところでいうのもなんどけど……ワルプルギスの夜、絶対倒そうな」
……ほむらは半泣きだった、それが一層あたしの罪悪感を抉った。
結果から言おう。
あたしらはワルプルギスの夜には勝てなかった。
別に伝説のように反転したわけじゃない、避難所を潰されたわけでもない。
ただ、ほむらは瓦礫に下半身が埋まってしまい、あたしは左脚と丸焼きにされて、左腕を落とされた。
幻覚の魔法でも使えれば鎖と一緒に使って、また動けるんだけどな。
……もうちょっと、使い魔の動きを見てたらこんなことにはならなかったのになぁ。
結局最後まであたしは、杏子にはなれなかったのか。
『あんたみたいなのが居るからマミさんは……!』
結局、あたしは帰る場所を失って……
『一人にしてくれ……』
一緒にいたい人も自分で壊して
『杏子……』
中途半端なばかりに、単に力を貸してやることすら、ままならなかった。
あぁ、このままだと、あたしも魔女になっちまうんじゃないか。
ソウルジェムも色が鈍くなってるような気がするし……
なんだか段々、こうもあたしがうまくいかないのも、この世界が悪い気がしてきた。
親父だって言ってた、各人の良識に基づいて動いてれば世の中は良くなるって……
小豆「んなわけねえだろ……」
さやかが良い例だ、……そもそも親父の言ってることは魔法少女アニメの主人公の説教と同じだったじゃないか。
髪留めに違和感をおぼえていたが、改めて触って見るとロザリオの代わりにグリーフシードが結ばれていた。
……まさか、杏子アイツ
バイクのハンドルのようなツカのグリーフシード。
これがあれば……せめて魔女にならずに、人として死ねるんだろう。
小豆「最期まで杏子には敵わねえな……」
その後に死ぬ算段をつけながら、ソウルジェムを浄化していると、ほむらの居る方向から凄まじい桃色の魔力が溢れ出し始めた。
小豆「あのチビ……」
マミ「鹿目さん、それがどんなに恐ろしい願いかわかっているの?」
まどか「多分……」
マミ「現在過去未来全ての時間で貴方は戦い続けなければならない、そうすれば貴方は貴方という個体を保てなくなる」
「死ぬなんて生易しいものじゃないわ、永劫に魔女を消し去る概念として宇宙に固定されてしまうのよ?」
まどか「良いんです、そのつもりです。 希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、そんなの違うって、きっと何度でも……いつまでも言い張れます」
まどか「さやかちゃんみたいな契約も間違いだなんて思わない、その分の絶望に背負うべきなんて思わない」
「何より……その時、本当に叶えたい願いの為に戦うマミさんが……ほむらちゃんが……杏子ちゃんが……」
「好きになっちゃったんです……だから、こんな私がそれを突き通す為に手伝えるなら……」
マミ「……鹿目さんには敵わないわね、ならこれ、預かってたこれ、返さないとね」
「貴方は希望を叶えるんじゃない、貴方自身が希望になるのよ。 私達、全ての希望に」
……
「ったく、あんたも無茶なこと言うよね、しかも二回」
まどか「ごめんね、杏子ちゃん」
「今は……小豆かな」
まどか「わたしが……杏子ちゃんをよくわかってなかったばかりに、杏子ちゃんも小豆ちゃんも苦しめることに……」
小豆「心配すんなって、結果あんたが全部ひっくり返してくれたんだしさ?」
ここに来て漸く、あたしは自分の正体がわかった。
あたしは……別の世界の鹿目まどかの契約で生まれた存在で、言ってみればこいつの見た佐倉杏子だったわけだ。
……
小豆「新しい世界ではさ……さやかや杏子は……どうなるのかな」
まどか「杏子ちゃんは……大丈夫だよ。 でも小豆ちゃんは」
小豆「あたしはあんたの願いで生まれた存在だから……居なくなるってことか」
まどか「うん……ごめんね」
まどか「でもね、さやかちゃんは……契約さえしなかったことにしちゃわないと……多分」
小豆「……かもな。 それに……きっとあの三人と居るのも悪くないけどさ、あんたと居る方がきっと幸せだ」
泥に塗れながらも、最後の希望を胸に戦う、それも悪くないけど、さやかにはそれはキツいかもしれない、ましてやさやかの人生からこいつは抜け落ちていて……それならきっと、少し押し付けがましいかもしれないけど。
まどか「ここからはね、ただの……他愛もないおしゃべりなんだけど」
小豆「あんたとはゆっくり話したことは無かったね、悪くないじゃん」
まどか「もし……もしもだよ? 小豆ちゃんが生まれ変われたとしたら……何がしたいかな?」
小豆「成る程ね……もうできないから軽々しく言えるのかもしれないけど、あたしはさ」
「━━━━かな」
まどか「……そっか、そうだよね……ごめん」
小豆「そんなヘコヘコすんなって、できないから言うんだし、あんたは魔法少女全員の希望になるんだぜ?もーっとしゃんとしろって」
……
まどか「じゃあもうお別れだね……」
小豆「おう、笑顔で見送ってくれよな。 なんだかんだ楽しかったこともあったしさ、最期にあんたの辛気臭い顔なんかみたくないさ」
斯くして世界は書き換えられた。
小豆を作り出した鹿目まどかの居た世界も消え去り、小豆は世界に存在してはならないものと判断され、再建されることはなかった。
誰も彼女のことは覚えていない、思い出すことがあるとすれば、佐倉杏子が円環の理に導かれた時くらいだろうか。
マミ「暁美さん、もう少し、私を頼っても良いのよ?」
ほむら「じゃあお言葉に甘えて、銃を貸してもらおうかしら」
マミ「もうっ」
杏子「射撃の腕があんたの方が上だからってあんまりマミを虐めてやるなよ、マミとあんたじゃ飛びものを使う意味が違うんだからさ」
ほむら「そうね、巴さんは撃つというより、殴るといったほうが正しいものね」
マミ「否定できないだけに二重にフォローになってないわよそれ…!」
「もう、キュゥべえ聞いてよ……あれ、貴方」
小豆は魔法少女の希望の契約で生み出された存在であった。
様々な矛盾などにより、この世界から消し去られてしまったが、その時の鹿目まどかの希望、そして何より小豆本人の希望は確かであった。
そして魔法少女の希望は条理を覆すものであるとすれば……
暁美ほむらのリボンのように、僅かな奇跡を生むかもしれない。
マミ「あなたそんな赤かったかしら?」
QB「そうかな?」
たとえそれがどんなに僅かな奇跡だとしても、いずれ起こる出来事に大きな影響を及ぼすかもしれない。
小豆「あいつらがずーっと一緒に居れるよう支えてあげたい、それが多分あたしの幸せかな」
完
485 : ◆USZbC4nXcg[sag... - 2013/10/29 07:57:18.62 QOyO6lHCO 233/250指摘や感想ありがとうございます。
映画のネタバレはしない程度にオマケを書いてHTML依頼を出そうと思います。
ちなみに杏子を二人に復活させなかったのは、改変後は秘密主義をやめさせたかったってのとか、かずみ涙目にならないかなとかそんなん考えてたので
……
杏子「なんでそんなことあたしに……?」
かつての世界での自分の軌跡、そしてその世界でのルール。
そもそもかつての世界なんてものがあったことがにわかには信じ難い。
ほむら「……貴方にはもう、隠し事をしたくないから」
杏子「……そっか、そんなら信じるよ」
ほむら「本当に……?」
杏子「もちろん、あんたがあたしを信用して話してくれるってなら信じるさ」
杏子「どことなく陰鬱だったあんたが……その、あんま似合ってないリボンを付けてからはなんか、憑き物が取れたみたいになって、漸く心を開いてくれたのは嬉しいよ」
「でも、こんな重い話はやめ……いや、今の話はあんたとあたしの秘密さ」
ほむら「秘密……?」
杏子「そう、マミとあたしにもたとえば……マミがあたしに指導をつける為に何に手を出したかなんて秘密があるしね」
ほむら「それ……気になるわ」
杏子「ダメだよ、教える訳には行かないよ、あんなの……ぷふっ」
ほむら「ちょっと!一人で笑ってズルくない?」
ほむらは生涯杏子以外に旧世界や鹿目まどかのことを話すことはなかった。
何故論理性を以って話すインキュベーターを差し置いて、杏子に話したかは本人もあまりわかっていないが、恐らくワルプルギスの夜との最後の戦闘で共に戦ったからだろう。
マミ「暁美さん、この骨董銃なんだけど……」
ほむら「これはそれっぽく作られた特撮のオモチャじゃない……?」
苦手としていたマミも、忌避すべき真実さえ無ければ頼り甲斐のある先輩であり、ほむらが心を開くのに時間をそこまで要することはなかった。
幾多のループを失敗しながらも、生き抜いたグリーフシードのやりくり術などは、三人に魔法少女としては異例の長寿をもたらし、彼女達には人としての生活を送ることが赦された。
以下に、彼女等、主に巴マミが書いた魔法少女の記録を記す。
美━━━━子
179cm ━━━kg
享年 27歳
通称 白占禁
↑白仙錦の方が良くない?
↑どうしてミズムシ菌から取るんだよ二人とも
使用魔法
予知能力、光線
その他技能
古流柔術
↑魔獣にあんまり効かなかったけど?
↑シメられた分際で何を
━キリ━
156cm 50kg
享年 23歳
通称 吸血鬼
↑子爵とか使いたかった
↑斬り裂き魔とかの方がしっくり来る
↑それは美樹さんが
使用武器
鉤爪
↑彼女の血液との説
↑無い
使用魔法
速度低下
その他技能
特になし
━カ━ナ
170cm 51kg
享年 30歳
通称 シスタークレア、釣鐘宮(━━━━)
↑後者は本人以外誰も呼んでなかった
↑それ言ったらこのノート殆ど…
使用魔法
雷撃、磁力魔法、硬化
↑それら全部コピーでコピーが本命
その他技能
拳銃の早撃ち
↑あいつと同じで人間相手なら強いのに
━━━━
169cm ━━kg
享年 不明
通称 ━━道化
使用魔法
生物の召喚、用途不明の固有魔法
↑化物の間違いでしょ?
その他技能
特になし
↑人の神経を逆撫でする話術
美樹さやか
161cm 52kg
享年 14歳
通称 斬り裂き魔(スクワルタトーレ)
↑戦い方のせいで死んだように見える……
↑あいつのこともあるしスパークエッジとかにしてやろうよ
使用魔法
再生魔法、加速魔法
使用武器
剥き出しの剣、刃が飛んだり爆発したり
↑マミみたいにいっぱい出す
↑爆発と同じ仕組みか刃に電気をかける
その他技能
不明
巴マミ
163cm 55kg
↑Gカッ━━
↑そもそも筋肉どれだけあるの
享年 42歳
通称 魔弾の舞踏、金色の狩人
↑グラマー戦闘機
↑やめて
使用武器
リボン、マスケットをはじめとする銃、大砲
↑四肢と纏めて「腕」でいいよな
使用魔法
上に同じく
↑私は知ってる、筋繊維をリボンに置き換えて体重を軽くしているのを
↑力を強くする為だから!
↑それはそれで
その他技能
剣道、薙刀道、サバット、カポエイラ、ゴロツキ流鉄パイプ術、自転車
↑自転車が活かされてるのが怖い
暁美 ほむら
166cm 42kg
享年 43歳
通称 特になし
↑本名が既にかっこいい
使用武器
弓、白い翼、マミの生成した銃、魔力改造ガスガン
↑私より上手く銃使うのやめて!
使用魔法
機械操作、テレキネシス
↑ラーメン屋のテレビをよく直した
その他技能
流鏑馬、弓道、射撃、狙撃、合気道
佐倉 杏子
168cm 49kg
享年 41歳
通称 深紅の幻霊
↑ロッソ・ファンタズマね
↑緋色の遊撃兵(ロッソ・パルティジャーノ)は
↑マミ一人でなにしてるの
使用武器
パルチザン槍、多節棍、鎖、鉄球
↑パルチザン槍はパルティジャーノに由来してるのよ
↑知らんわ
使用魔法
幻影、幻覚、鎖
その他技能
草野球、空手、ゴロツキ流鉄パイプ術、ボクシング、我流槍術
↑草野球はマミもだろ!第一ボクシングなんてやってないし
↑いいえ、貴方の戦い方は絶対そうよ
↑わっけわかんねぇ……
「君はこの街の担当かい?」
「そうだとも」
白いインキュベーターに赤いインキュベーターは答える。
「妙な魔法少女が居た気がするんだけれど、彼女も先日円環の理に導かれ消滅したようだね。 君から観察の報告は何かあるかい?」
「いや、ないね。 長生きしたことくらいなんじゃないかな」
「……そうかい、じゃあ引き続き仕事を続けてくれ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「……その毛色は魔法少女の趣味かい?」
「……かもね」
「釈然としないね」
……
さやか「ズルいぞ、ほむらやマミさんの前であんなかっこつけてさ」
杏子「バカ言え、最後の攻撃の直前にワンオフの業物作り出したあんたよりマシさ」
さやか「いやいや、最後の最後にニカッて笑うとか反則だからね、どんだけほむらがビービー泣いてたか見たよね?」
マミ「……美樹さんが死んだ時のあなたみたいで結構私も辛かったのよ?」
杏子「ご、ごめん……」
ほむら「い、いきなり辛気臭い顔しないでよ、杏子。 私も申し訳なくなって来るじゃない」
……円環に導かれてから、何かを思い出した気がする。
とても何か暖かいような……
まどか「……小豆ちゃん、終わったよ」
500 : ◆USZbC4nXcg[sag... - 2013/10/29 11:00:16.63 QOyO6lHCO 248/250これにて本当に完結
ちょっと蛇足だったかな
ほむあん、杏マミ良いよね。
杏子ちゃんを掘り下げたのは二作連続ですが一番書いてて楽しい子です。
501 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/10/29 11:08:52.54 +By2FQ04o 249/250乙
よければ前作教えてくれ
503 : ◆USZbC4nXcg[sag... - 2013/10/29 11:51:23.25 QOyO6lHCO 250/250>>501
あやめのURLだけど
杏子「手紙でも書くか……」
http://blog.livedoor.jp/ayamevip/lite/archives/22733395.html
これが前の杏子SS、かずマギとのクロス
織莉子「流浪のギタリスト」
http://blog.livedoor.jp/ayamevip/lite/archives/20333823.html
私の作品で一番尖ってる奴
ほむら「これだけ居ればなんとかなる気がしてきた」
http://blog.livedoor.jp/ayamevip/lite/archives/11584357.html
深夜で最初に書いた奴