昼休み。さやかちゃんが学校を休んでしまったので、私は独り、屋上のベンチに腰掛け、菓子パンを齧っていた。
上条「……隣、いいかな?」
まどか「……わっ。……え、上条くん?」
上条「鹿目さん、だよね。確か、さやかと仲良くしてた」
まどか「う、うん。えと、どうしたの?」
上条「ちょっと、ね」
困惑気味の表情で上条くんが微笑む。その後ろに、階段を駆け上がってきた仁美ちゃんが見えた。
まどか「……あぅ」
咄嗟に私は顔を背けて気づいていないフリをする。
上条「バレちゃった、かな。……最近、志筑さんがやたらと、ね。先客がいれば大丈夫かな、と」
まどか「そ、そんなの……!私、仁美ちゃんに悪い、よ」
ちょっと、女心がわからない、のかな。これじゃ、仁美ちゃんがかわいそう。私もすごく、気まずい。
上条「今日はちょうどさやか、休んじゃってるみたいだし、さやかの話聞いてるってことにしてさ。それなら君達の仲にも支障ないだろう。今だけ……さ」
小声で囁く上条くんの後方、走り去る足音を聞いた。腿が触れ合うほど近く、私達は隣り合って座っていた。
元スレ
まどか「上条くんになら何をされてもいいかなって」
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1305423959/
沈黙が続く。もう10分以上経ってる気がする……。
上条くんは、両腿に肘を衝き、合わせた手に顎を載せている。グラウンドを眺めている、というより、思案に暮れている、というか。
コロンと横になったら膝枕しちゃいそう。……って、何を考えているんだろ私。
まどか「……あ、あの」
仁美ちゃんがいなくなっても、黙ったまま。よくわからなくて。
口火を切ったのは、私だった。
上条「……うん?」
まどか「もう、大丈夫、ですよね」
上条「ふふ、どうして敬語かな」
なぜだろう。敬語になってた。
上条「この昼休みの間は、付き合ってよ」
まどか「……う、うん」
断る理由も、必要もない。けれど。気持ちが落ち着かない。
それきりまた、沈黙。
すごく、つらい。
上条「……何も、聞かないんだね」
数刻して、上条くんが呟いた。
まどか「……?仁美ちゃんの、こと?」
上条「何でもだよ」
まどか「……だいたいは、知ってる、から」
上条「それでも。みんな訊くよ。志筑さんのことはともかく、僕の左手がどうだとか、音楽がどうだとか。
復学してまだ数日だけど、同じフレーズを何度繰り返したか分からない」
まどか「仕方ないよ。上条くんの回復ってすごいこと、なんだろうから。みんな喜んでるんだよ」
上条「物珍しさだと思うけどね」
まどか「……」
上条「……心地いい時間だ。気が休まる。静かで、平穏で。君といると、気が楽だよ」
まどか「……」
どうして。そんなことを言うのだろう。そんなひどいことを。
貴方を想っているのは、私じゃないのに。
それから、何度か上条くんは呟いて、それでも私は押し黙ってしまって、昼休みが終わった。
申し訳なくて、悪く思われて。
黙するほどに高まる自分の鼓動が、酷く疎ましかった。
さやかちゃんが祈って、上条くんの左手は快復した。
復学して間もなく、仁美ちゃんはさやかちゃんに宣戦布告して。
仁美ちゃんは告白したみたいだけど、フラレたらしい。
それでも、諦められないのか、ことあるごとに上条くんに近寄っていた。
この数日。さやかちゃんは学校を休んでいて。連絡も取れなくて。
今までさやかちゃんがしていたような付き添い役が、今の仁美ちゃんみたいな。
さっきの昼休みは、驚いたけれど、やっぱり上条くんには、さやかちゃんが必要なんだと思う。
とにかく、探さないと。
放課後。
仁美「まどかさん……少し、お話が」
教室を出ようとしたところを、捕まってしまった。一緒に帰りながら話すことにする。
仁美「どういうことですの?」
まどか「え、えと。偶然ね?さやかちゃんのこと聞きたいって。ほら、最近、休みがちだったから」
合わせた口裏のままに告げる。
仁美「そう。そうでしたの。私てっきりまどかさんが……」
まどか「わっ、ないないっ、ないよ。そーいうんじゃない」
仁美「……それにしては。随分と長くお話していたようですのね」
まどか「それは。その。独りで教室帰っても、仕方なかったし」
仁美「私。まだ、諦めてませんの」
まどか「……うん」
もう少し、気を遣ってほしい。言外に、そんな匂いがした。
本当は、すぐに立ち去るべきだったのかもしれない。
でも、今の私にはさやかちゃんが心配で。だから、上条くんを傷つけたくなかった。
そう。そうなんだと、思う。
―――――
杏子「アンタさ。アタシが言ったこと覚えてないわけ?」
さやか「……何が」
杏子「自業自得の人生ってやつだよ。毎日毎日、魔女退治に明け暮れじゃあ、戻ってくる釣銭も投げ捨ててるよーなもんじゃねーか」
さやか「関係、ない」
杏子「オオアリだね。もう少しでグリーフシードを孕みそうな成り掛けの使い魔までヤられるんじゃ、文句も言いたくなる」
さやか「……知らないよ。そんなの」
杏子「そんなに坊やが怖いのかい?」
さやか「……はぁ?」
杏子「だってそうだろ?アンタはゾンビ体になった自分を見せるのが怖いんだ」
さやか「……わかった。魔女退治も気をつけるからさ。どっか行ってよ」
杏子「――アンタも坊やも同類だよ。変わってしまった身体に不貞腐れてさ。アンタはもっと坊やが前向きになって欲しいと願っていた癖に、今はアンタが自分の身体に嫌になってんだ」
さやか「……っ!!」
杏子「そんなんじゃ上手くいくはずないわな」
さやか「黙れ!!」
杏子「おーおー、こわい。まあ、アンタの恋路なんかどうでもいいけどさ。退散するよ」
イライラする。
ベンチの隅に林檎があった。
なおさらイライラして、叩き衝けたい衝動に駆られて、振り被る。
――食い物を粗末にするんじゃねえ。
そんな台詞を想起する。
勝手な女だ。いつも、いつも。人の気持ちなんて考えないで。
自分の考えばっか押し付けてきて。
投げ放つことなく、制服の裾で拭く。食べるつもりもないけれど、放置もできなくて。
何となくその置き土産を持ったまま、あたしは歩き出す。
程なくして前方に、仁美が見えた。隣にはまどかもいる。
木陰に身を隠しながら思う。
あたしがいなくても、きっとあんな風に日常は廻るのだろう。
仁美がフられたことは知っていた。それで彼女が諦めていないことも。
あたしは。
こんな身体になって。こんな身体で。
そんなこと、知らなかった。
知っていたらあたしは。……どうしていたんだろう。
―――――
それきり私達は黙ったままで、何度目かの丁字路で仁美ちゃんと別れた。
さやか「……まどか」
突き当たりの曲がり角に踏み入った時だった。
まどか「……さやかちゃん!」
さやか「うん」
まどか「心配したよ……全然、連絡も、取れなくて。家にも、いなくて」
さやか「うん」
まどか「……さやかちゃ、ん?」
さやか「さっきの話、どういうこと……?」
まどか「……え?」
さやか「まどかも、恭介のこと」
まどか「ちが……っそういうんじゃない」
さやか「……」
まどか「ちょっと、話そ。全部、話すから」
さやかちゃんには、嘘をつきたくなかった。
もちろん、仁美ちゃんにも、そうだけど……。
近場のベンチを探して、二人で座る。
私が独りで食べているところに上条くんが現れて。
それは追い回す仁美ちゃんから逃げてのことで。
上条くんはちょっと疲れている様子で。
私達はほとんど沈黙したままで。
そのことを仁美ちゃんに問い詰められていたわけで。
私は、そんな昼休みの数十分と帰り道の話を、なるべく丁寧に説明した。
さやかちゃんは静かに耳を傾けていた。
――君といると、気が楽だよ。
そう呟いたことだけは言えなかった。
きっと、上条くんもつらくて、何かの気の迷いだろうから。
余計な事、だと思うから。
―――――
まどか「――だから、きっと、上条くんには、さやかちゃんが必要なんだよ。さやかちゃんが側にいないとだめなんだよ」
あたしはまどかに促されて、再び杏子って奴と話したベンチに戻ってきていた。
何があったかは分かった。少しでもまどかに嫉妬していた自分がイヤになる。
仁美は、相当健気に頑張っているらしい。そんな過熱が、恭介には逆効果であることを、あたしは知っている。
さやか「そう、なのかもしれない。そうなんだと思う。腐れ縁だし、何となく、分かる気がする」
まどか「魔法少女が大変なのは分かる、けど……もし、できるなら、会ったり、とか、学校にも来たり、とか」
さやか「――それでもさ。あたしがゾンビなのは、変わらない」
あいつが言っていたことが図星のようで苛立たしい。それでも、あたしは、いやなんだ。
まどか「だって……っ」
涙をぽろぽろと零しながら、言葉が続かないまどか。
さやか「うん……分かった。会ってはみるよ、そのうち」
まどか「……本当?」
さやか「会うだけ。会って話すだけ。こんな身体で、恋とかそんなことは言わない。ただの、幼なじみとして、会う」
願いが叶って、でも、私はまだ、消えたくなかった。だからといって、自業自得だとか、お釣りを取り戻すだとか、そんな気にもならなかった。
どうすればいいか、分からない。
ただ、まどかのために、この場を乗り切るために、私は、そんな約束をした。
――――
翌日。さやかちゃんは学校に来なかった。
いきなりは、難しかったのかもしれない。
そうして昼休み。
上条「……隣、いいかな」
独り屋上で過ごしていて、再び上条くんに声を掛けられる。
まどか「……うん。仁美ちゃん……?」
上条「そんなところ」
まどか「……足、まだ悪いのに、大丈夫?」
エレベーターがあるとはいえ、松葉杖をついてわざわざ来るのは大変だと思う。
上条「かえって逃げ場としてはね。見当付けづらいだろうから」
昨日、すぐに仁美ちゃんは駈けつけたというのに、そんなことを言う。
まどか「そう、なんだ」
また、腿が触れ合う距離。昨日と同じ姿勢。
不自然なほどに近い。
何だか怖くて、昨日は離れられなかった。
今日は、少し立ち上がって距離を取る。
反応はなかった。
黙ったまま、虚空を見つめている。
まどか「さやかちゃんとは、どうなの、かな」
気まずい時間が過ぎて、話題に困って。唐突だけど、気になることを聞いてみた。
上条「気になる?」
まどか「わっ。そうじゃなくて」
悪戯げに微笑む上条くん。
上条「そうじゃない?」
まどか「え、えと、そうじゃなくなくて。さやかちゃんの、友達として」
上条「ふふ。幼なじみだよ」
まどか「んー、と……その」
上条「……すごく世話になった。心配も掛けた。だからいつか、恩返しはしたい」
まどか「そっか……」
上条「……今日、一緒に帰ってくれないかな?鹿目さん」
まどか「え」
上条「鞄を持ちながらの松葉杖は大変で。志筑さんは逆方向だから申し訳ないし」
まどか「わ、わたしも仁美ちゃんと大して変わらないっ」
上条「君だと気兼ねしなくていい気がして、何だか落ち着くんだ。それに、保健委員だし」
まどか「関係、ないっ。それに昨日、今だけって……話がちがう、」
上条「それでも、君はここに独りでいた。隣に座っても拒絶しなかった」
まどか「拒絶、って……」
なんだか、雲行きが怪しい。な、なんで?
確かに、歩くのは大変なのかもしれない、けど。
ここまで、一人で来るほどの元気はあるんだから。
上条「ダメ、かな……?」
まどか「昇降口までは、付き添います、けど。それからは、お、お断りしますっ」
そう言いながら、立ち上がり教室に帰ろうとする。なんか、こわい。
上条くんにもしものことがあったら、さやかちゃんにわるい、けど。でも、これで一緒に帰るのはもっと、悪い。
上条「待って」パシッ
咄嗟に手を掴まれる。
上条「校内限定なら、それでもいいよ。だから、教室まで付き合ってくれないと。保健委員なんだから」
―――――
まどか「うぅ……」
結局、そのまま引き戻され、昼休みが終わるまで、二人、無言で過ごした。
確かに、保健委員だから、ホントは付き添って、転んだりしないように見てるべきなのかもしれない、けど。
ううん。そんな感じじゃない。いくらニブい私でも、この変な感じぐらい、分かる。
明日からは、教室で食べようと思う。
放課後になって、上条くんを昇降口まで送り届けた。お互い、終止無言。
元気そうに見えたけど、やっぱり歩くのは大変そう。
でも、うん、一緒には帰れない。
帰り道の方向は、校門を出てから一緒。
何だか、上条くんもそれを狙っていたような気がしたので、さっと踵を返し反対方向に歩き出す。
反応は、なかった。
久しぶりに、マミさんの部屋、行ってみよう。
きっと、掃除とか、必要だと、思う。
―――――
上条恭介の素行がおかしい。
昨日に続いて今日もまどかと共に昼休みを過ごす。
まどかも保健委員として、校内の付き添いを申し出ている。
二人はほとんど話さず、まどかも事務的に対応しているようではあるけれど。
こんな事態は、今までの"ループ"には無かった。
何の介入も無しに志筑仁美が上条恭介に失恋するケース自体初めてであったが。
これは、上条恭介の好意が、まどかに向いているということ、なのか。
どう捉えればいいのだろう。
もし、まどかが恋に目覚めるならば、魔法少女にならなくて済むだろうか。
いや、そうじゃない。美樹さやかなんてその典型。
でも。それを見ているまどかなら。
一度失敗を見ているまどかなら。
決して魔法少女になることなく、人間としての幸せを求められるだろうか。
まるで、略奪愛のような形だけれど。
もう少し、観察を続けてみるべき、だろう。
それにしても。
嫉妬とは、こんなにも胸をくるしくさせるのか。
―――――
結局、学校には行けなかった。
いまさらただのJCみたいな生活、できるはずない。
少なくとも、今はまだ、気持ちの整理がつかない。
下校時間から更に一時間ほど置いて、あたしは恭介の家に向かった。
さすがに家には着いている頃だろう。
インターフォンの前に立つ。懐かしいヴァイオリンの音色が扉の向こうから聞こえてくる。
つい最近もこんなことがあって、その時は杏子に色々と言われたのだった。
何を話せばいいか分からない。
何も話せないかもしれない。
それでもいい。
もともと深入りしないつもりだった。
あたしが好きだった音を、聞かせてもらって、それで帰ろう。
それでいい。
あたしは少し、深呼吸をして、呼び出しボタンを押し込んだ。
―――――
上条「いらっしゃい」
さやか「うん。ごめんね、練習中」
上条「構わないよ、ただの指慣らしだし。具合悪いって聞いてたけど、大丈夫なの?」
さやか「ん、ま、まあ、今は大丈夫」
サボっちゃった。その一言を、昔なら気軽に言っていたはずなのに。
さやか「恭介も、ほら、あ、足、大丈夫?」
上条「うん、良くなってきている。もうすぐ、松葉杖は取れそう……だけど、どうかな」
さやか「ん?」
上条「いや、念のためにもう少し持ち歩くことになるかも」
さやか「そっか。うん、それがいいと思う」
上条「うん」
恭介は弓に松脂を塗り付けていて、少し沈黙が続く。やっぱり、何を話せばいいか分からない。
さやか「……あたし、何か聴きたい、かな。今は何、練習してるの?」
上条「今は、エチュードを1からやり直しだよ。塗り終わるまでちょっと待ってね」
さやか「あ、うん。ごめん」
上条「……鹿目さんって、どんな子?」
さやか「え……?」
上条「あれ、さやか、仲良かったよね?」
さやか「そう、だけど。どうして……」
上条「彼女、保健委員だから。世話になっててさ」
さやか「あ、ああー。そういうことか。どんな子、って言われてもなあ」
上条「静かだから一緒にいて気楽なんだけど、何か緊張?されてるみたいで」
さやか「あーまどか、男子の免疫、なさそーだからなあ」
上条「そうなんだ?」
さやか「多分ねー。なに、もしかして……惚れた?」
なるべく冗談めかして言ってみる。声が震えたかもしれない。
上条「あはは。そんなんじゃないよ。イイ子だと思うけど」
さやか「そ、そっか。うん、まどかはいい子だよー」
笑いながら、恭介のその一言に深く安堵してる自分がいた。
胸が、苦しい。
やっぱり、私は恭介が好きなんだと思う。
上条「……どうしたの、さやか?」
さやか「ん?」
上条「泣いてる……?」
言われて、頬を伝う雫に気付く。慌てて袖で拭う。不覚だ。
さやか「あはは、寝過ぎたかな」
上条「何か、あった?最近、おかしいよさやか」
さやか「……おかしーってなによー。さやかちゃんは変わっておりませんぞ?」
上条「だって。最近全然会えないし」
さやか「それは風邪でー」
上条「でも、学校に来てる時もそうだった」
さやか「たまたまだよ。たしか、まどかに誘われてさ」
上条「……。僕には話せないこと?」
さやか「話せないも何も、何にもないってば」
上条「……そう。明日は学校来れそう?」
さやか「それは、まだ。分からないかな」
上条「じゃあ、放課後。うちに来れる?」
さやか「……どーしたの?恭介こそ。なんか変だよ」
上条「側に、いてよ。前みたいに。入院してたときみたいに」
さやか「なに、それ。……甘えちゃってる?」
上条「真剣だよ。この数日、さやかがいなくて、寂しかった」
さやか「……っ!」
不意打ちだった。また、泣きそうになる。
そんなことを言われたのは、初めてで。さっきまで、あんなに素っ気なかったのに。
さやか「…………あたしより。まどかの方がいい、んじゃない?」
上条「昨日、鹿目さんと昼休みを一緒に過ごしたよ。最初は偶然だった。さやかはいないし、志筑さんにも追い掛けられていて」
その話は知っている。けど。
上条「今日も一緒させてもらった。昨日、居心地が良くて、今日も寂しくて。さやかと雰囲気が似てるのかもしれない」
さやか「だったら……っ!」
上条「――聞いて。違うんだ。違う。鹿目さんを好きなら、こんなことさやかに言わない。
僕は、寂しかった。最低かもしれないけど、誰でもよかった。誰かにさやかを求めていた。でも、やっぱり、僕が求めていたのは、この時間だった。全然、違う。
今、こうして、さやかと二人で、話しているだけで。やっぱり、これがいいんだ、って。そう思う」
上条「だから、側にいてよ。学校にも来て、うちにも来て」
さやか「……分かんない、ってば」
上条「どうして、泣くの」
さやか「……泣いてない」
上条「泣いてるよ。それに分からない、って。酷いこと言って、やっぱり僕はさやかに嫌われたかな……」
さやか「そーじゃない……!!いきなり、過ぎて」
上条「そう、かもしれない、けど。不安なんだ。別に、特別なことじゃない。今まで通りでいい。
ただ、僕にはさやかが離れていってるように思えて。それが、怖くて」
ずっと欲しかった言葉を、聞いている気がする。
恭介が私を求めてくれて。
あたしだけが恭介を想っているんじゃないんだって。
さやか「……ありがと」
それなのに、どうしてこんなにつらいのか。
上条「どうして……」
"側にいる"。"離れないよ"。そんな嘘を、今度は吐けない。
さやか「ごめん。……帰る」バッ
上条「さやか……っ!」
―――――
マミさんの部屋。
何日振りだろう。
前に一度、ちゃんと掃除してから、結構経った気がするけど。
埃を被っているわけでもなくて。
誰もいないから、当たり前、なのかな。
遠縁の親戚はいるって聞いたから、そう遠くないいずれ、この部屋も誰かのものになるのかもしれない。
ねえ、マミさん。
私、どうすればいいのかな。
ここに来るたびに、自分の無力さが思い出される。
自分が、魔法少女に"なるかもしれない"存在なのだと思い知らされる。
私は何を願えばいいのか。
ひとつの希望を叶える代わりに全てを諦める。
それは分かる、けれど。
本当に私は、このままで、いいのだろうか。
―――――
杏子「よぅ」
恭介の家を出ると、前と同じ場所に杏子がいた。
無視して歩き出す。
杏子「ちょ、おい!無視すんなよ」
こいつと話している気分じゃない。
独りになって、独りで考えたい。
さやか「……魔女退治は最新の注意を払って遂行致しますので」
杏子「そうじゃねえ。話ぐらい聞かせなよ」
さやか「人を尾行るやつに話なんてない」
杏子「ツけてねーよ。通り掛かりに耳を傾けてみたらヴァイオリンの音が"聞こえなかった"からねえ」
さやか「どうでもいい」
あたしは足を速める。
杏子「待てって。うまくいったかどうか。それだけ聞いたら退くさ」
さやか「……うまくいくも何もない。あたしは恭介の側にはいられないんだから」
杏子「なんでだよ」
さやか「……五月蠅い、嘘吐き」
杏子「まだ顛末どころかアウトラインも聞いちゃいないよ」
さやか「少女漫画でも読んでろよ」
こんなときに限って信号待ちにぶつかる。
雨でも降ればいいのに。
杏子「坊やはアンタに惚れてるはずだ」
さやか「……知った口聞かないで」
杏子「アンタは嘘を吐くのが下手だね。それで、何が気に喰わない」
さやか「……っ!こんな身体で……っ!」
杏子「――どんな身体だよ。歳もとれば、成長もする。怪我だってすれば回復もする。ただ、人より丈夫で、"修理"が利くってだけじゃねーか」
さやか「……何が!?何が"ただ"だ!!」
――いい加減にしつこくて、耐えられなかった。
さやか「人外で!いつ消えるかも分からないような!そんな身体でっ役目でっ!
どうして人に好かれていられるって言うわけ!?」
杏子「魔法少女じゃなくたって人間てのはすぐ消えるんだよ。馬鹿みたいな偶然でさ。
人間の癖に人外みたいな畜生も腐るほどいる。魂の在り処?んなもん笑い草だ。
誰にも分かんーよ、魔法少女だの人間だのそんな区別は。どうしてアンタが気にする必要がある」
さやか「違う!そんな話じゃない!!」
話にならない。
何を言っても変わらない。
淡々とした口調がなおさら苛立たしい。
信号が青になる。私は杏子をおいて走り出す。
杏子「……くっ!この分からず屋が!!」
どっちが。
アンタとあたしじゃ、違うんだ。
重きの置き場所が。
もう頭の中がごちゃごちゃで、よく分からないけど。
独りにして。
あたしを放っておいて。
―――――
独りになりたくて、独りで考えたくて、向かった先。
さやか「まど、か……?」
マミさんの部屋には、まどかがいた。
まどか「え……さやかちゃん?どうしたの……?」
今、一番会いたくない、私の親友。
よりにもよって。
遅かれ早かれ話さなくてはいけないのだろうけど。
さやか「色々、あって。……恭介と、話してきたよ」
私は考えるなと、そういうことなのか。
今話せと、そういうことなのか。
まどか「……そっか」
さやか「寂しいって。側にいてほしいって、言われた。まどかの言う通りだった」
まどか「うん……」
さやか「……まどかさ。恭介のこと、どう思う?」
―――――
さやか「……まどかさ。恭介のこと、どう思う?」
まさか、さやかちゃんが同じ時間に来るとは思わなかった。
寂しいと、側にいてほしいと、上条くんに言われたという。
それなのにさやかちゃんは泣き腫らした顔で、悲痛な面持ちで。
どうして、こんなことを訊くのだろう。
まどか「……え、えと。大変だな、って」
さやか「そうじゃなくて、さ。異性として」
まどか「……分からないよ、まだ、全然知らない、し」
さやか「見た目は?一緒に過ごして、どう思った?」
なんだか責めるような口調で、私を捲し立てる。
まどか「な、何……?どうしたの?なんで、私……?」
何があったのか。見当もつかなくて。
立ち続けで話していたさやかちゃんがマミさんのベッドに腰掛ける。
一呼吸おいて、返事が発せられた。
さやか「恭介の側に、いてあげてくれないかな」
まどか「な、なんで……?だって、さやかちゃん、上条くんに言われて、それなのに」
さやか「でも、あたしは恭介の側には、いられないから」
まどか「そんなこと……!」
さやか「あるんだよ。私ね、恭介のこと、好き。でも、
今の私は、魔法少女の美樹さやかじゃなくて、美樹さやかを演じる魔法少女なんだ。逆転しちゃってる。
恭介を好きになった私も、恭介が好きになった私も、もうどこにもいない」
まどか「違うよ!だって、上条くん、今のさやかちゃんに言ってるんだよ?いないなんて、そんなの……」
さやか「錯覚だよ。恭介の前では一般小市民美樹さやかを演じてしまってる。
魔法少女美樹さやかとして恭介と接することは絶対にできない。
だって、私の願いは、恭介だったから」
まどか「……分からない、よ」
さやか「うん。そーかも、ね。でも、自棄になってるわけじゃないんだよ?
あたし、最後までちゃんと、魔法少女として闘って、生きようと思う。
恭介のためになったんだから。あたしの想いが本物だったって、証明したいから。
だから、まどかには、恭介の側にいてあげてほしくて。
すごく勝手なこと言ってるのは分かってる。
でも、寂しいなんて泣き言言ってる恭介ほっといて、私、闘えない。
無理に言うつもりもない、けど。こんなこと、まどかにしか頼めないってのも、ある。
付き合うとか、そんなんじゃなくてもから。ただ、たまに恭介の側にいてあげてほしい」
言い終えて、さやかちゃんは、むせび泣いた。
叫ぶような嗚咽だった。
違う、違うと、時々うわ言のように繰り返しながら、マミさんの枕に縋っていた。
私は寄り添うように座って、落ち着くのを待つしかなかった。
背中をさすってあげながら、思う。
本当に、これでいいのか。
さやかちゃんが言っていることは、きっと嘘じゃない。
でも、泣いている。
違うのは、涙なのか、それとも、気持ちなのか。
私は、どうすればいいのか。
―――――
まどか「……落ち着いた?」
さやか「うん……ごめん」
まどか「ううん」
さやか「本当はイヤで泣いた、とか、そういうのじゃない、から」
まどか「うん。……その、上条くんについて、だけど」
さやか「……うん」
まどか「いいよ、上条くんのこと。なるべく、気遣うように、してみる」
さやか「そっか……。ありがと」
まどか「でも。私が魔法少女になるまで、だよ」
さやか「……願い事、決まったの?」
まどか「ううん。でも、いつか、決まるかもしれない。私も、全てを捧げてでも、叶えたい願い、みたいな」
さやか「そっか。そうだよね。いいよ、それまでで。受けてくれるだけで、嬉しい」
まどか「うん。それとね、もうひとつ」
さやか「……?」
まどか「"魔法少女として"、上条くんに向き合えるようになったら、逃げないで、ちゃんと向き合ってほしい」
さやか「……そんなの。無理だよ」
まどか「ううん。そんなことない。きっと、いつか、向き合えるようになるよ。上条くんも、きっと受け入れてくれると思う」
さやか「……」
まどか「いつか、さやかちゃんとバトンタッチするの、楽しみにしてるから。その時まで、上条くんの側にいれるかは、わからないけど。
でも、上条くんが独りでいる間は、なるべく気遣ってみる」
さやか「……まどかが意外と強情だったこと、忘れてたかも」
まどか「さやかちゃんこそ。
……魔法少女は、大変かもしれないけど、まだ、やっぱり、"美樹さやか"は居るって、私は思うから。
だから、どっちも捨てないで、頑張ってほしい。それが、私のお願い」
さやか「なかなか、無茶言うね……」
まどか「勝手なこと言って、ごめん」
さやか「ううん、それはあたし。……頼むよ。お願いします」
まどか「……うん。さやかちゃんも、どうか、頑張って」
―――――
そんなこんなで、私は上条くんの側にいることになって。
まどか「あの、今日、一緒に帰っても、いいかな……?」
翌日、そんな風に私に切り出された上条くんは、逆に当惑していた。
さやかちゃんは、学校に来るようにはなったものの、上条くんとは一切のコンタクトを取らなくなった。
傷心気味の上条くんに、私は時折接近して、のんびりしたり、時々ぼそぼそ話したり。
本当にこれが正しいのかは、分からないけれど。
それでも、上条くんは、徐々に傷を癒し心を開いてきていると思えた。
仁美ちゃんは相変わらずだったけれど、そのたび私が上条くんをフォローするので、私との仲は疎遠になりつつある。
仁美ちゃんも大切な友達だけど、やっぱり、こればっかりは、仕方ないと、思う。
そうして、一週間の時が経ち。
私と上条くんは、屋上でいつものようにまったりしていた。
昼休みや放課後は、お互い、どちらとなく誘える程度の仲にはなっていた。
まどか「松葉杖、まだ持ち歩いてるんだ?ホントは、もう大丈夫なんだよね?」
上条「それは、そうだけど。……鹿目さんを誘う理由がなくなる」
まどか「私はお昼、いつもここにいるから。上条くんが来たいなら、来ればいーよ」
上条「……いいの?」
まどか「そんな大袈裟なことじゃないよ」
上条「ありがとう。嬉しいよ。……ひとつ、聞いてもいいかな?」
まどか「うん……?」
上条「どうして、そんなに君は、優しくしてくれるのか。……もしかして、同情されてる?」
まどか「さやかちゃんと疎遠になったことなら、かわいそーだなとは思う」
上条「……やっぱり」
まどか「でも、それだけじゃないよ。優しく、ってつもりもないけど。ただ、上条くんの側にいたいなって」
上条「どうして……?」
まどか「うーん。色々ある、けど。とにかく、私が一緒にいたいな、って思うから。それは心から、本当に」
上条「……恋?」
まどか「そういうことじゃ、ないんだよね。そんなことも、いつか、あるかもしれないけれど」
――――――
杏子「結局、アンタ、私と同じになっちゃったね」
さやか「そんなこともないよ。私の願いは、まだ、続いている」
杏子「やってることはおんなじさ。お釣りを稼ぐために、買い物するようなね」
さやか「それならあたしはただの主婦かなんかだよ。ただ、毎日の生活のために買い物している。お釣りに執着することもあるかもしれないけど」
杏子「認めた」
さやか「うるさい。だいたい、アンタが買い物の話してる方がちゃんちゃら可笑しいね。その林檎は幾らだったのかなー?」
杏子「ふふ、残念だけど、ちゃんと買ったものだよこれは。日銭くらいは何とかしてるさ」
さやか「なら、貰おうかな」ヒョイッ
杏子「んなっ。アタシの貴重な昼食を……」
さやか「なはは。まだまだあるんだからいいーじゃん」
杏子「そうは問屋が卸さないさ。キャッシュが見当たらないねえ?」
さやか「今度、生きていたら払うよ」
杏子「当てにならなそーだな。そんときは林檎3個分くらいは貰い受けないと」
さやか「アンタも現物供えられないようにね」
杏子「ルーキーがよく言うよ。まったく」
―――――
ほむら「……恋?」
まどか「そんなんじゃ、ないってば。まだ」
ほむら「そう。いずれは?」
まどか「ある、かもね」
ほむら「……美樹さやかと交わした約束だけで、どうしてそこまでできるの?」
まどか「自分でも、良く分からない、かな。そうしよう、って思ってから、嫌だとかこわいとか、そういう気持ちはなくなった。
私の思い込みとか、偽善とか、エゴ?とか、そういうもの、なのかもしれないけど。
上条くんになら、何をされてもいいかなって」
ほむら「……盲目的な献身ね。羨ましいほどに」
まどか「あ、えと。気持ちだけね。何でも受け入れてあげたいな、って思うだけで。でも、いきなり変なことされても、ノーだよ」
ほむら「……されたの?」
まどか「されてないよ。でも、上条くんってちょっと女心?に疎い感じで。恋人とか、そういうのは、まだまだ遠そうかな。今はまだ、お友達」
ほむら「……そう、安心した。それじゃあ、いくわ。明日の動きは、さっき言ったように」
まどか「うん、分かった。……気を付けてね」
ほむら「……大丈夫よ」
―――――
これで、何度目になるだろうか。
ようやく、まどかを魔法少女にすることなく迎えたワルプルギスの夜。
巴マミだけは惜しかったが、
美樹さやかも、佐倉杏子も失うことなく、辿りついた。
思っていたストーリーとは少し違ったかもしれないけれど。
あの時の約束を遂げてみせる。
まどかの未来を、描いてみせる。
今度こそ、最後の闘いに。
(了)
199 : 忍法帖【Lv=40,xxxPT】... - 2011/05/16(月) 03:51:17.61 Qevh3/+D0 37/41乙なんだよー!
202 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/05/16(月) 04:32:35.93 K1FrRe2a0 38/41乙ー
さやかとまどかの友情はいいね…
205 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/05/16(月) 07:11:57.46 Y9Om6W8B0 39/41乙
誰もがはっきりしないけど、それが青春ぽいな
さやかが魔女化しなくてよかった
8 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/05/15(日) 11:05:03.71 JSQ6dKJp0 40/41上条「さやかはそんなことをして楽しいのかい?」
さやか「え…」
上条「もう僕の左手は動かないのに…そんな僕にこんな嫌がらせをして楽しいかっていってるんだよ!!」
さやか「そっそんなこと…あたしは恭介に元気になってほしくて」
上条「もう散々なんだ!!もう弾けないんだよバイオリンは!!前にも言ったじゃないか!!」
さやか「でも、あたしは!!」
上条「もう僕に関わらないでくれ!!さやかなんか…もう……消えろ!!」
さやか「う…ううう」
上条「ちょっと待てよ」
上条「…え?」
上条「さっきから聞いていれば自分勝手な事言ってんじゃねえよ!!」
上条「てめぇはこの娘の優しさがわかんねえのかよ!!この娘がお前をどれだけ想ってるのか分かってそんなこと言ってんのか!!」
上条「な…君には関係ないだろ!!」
上条「ああ、確かに俺は他人だ…でもな、てめえみたいな分からず屋をほおっておけるほど冷めた人間でもねえんだよ!!」
上条「てめえの傲慢や、勝手な我侭でこの娘の親切や想いを踏みにじるんじゃねえ!!それでもわからねえってんなら…てめえの根性叩きなおしてやる!!」
的な展開がいい
204 : 以下、名無しにかわりましてVIP... - 2011/05/16(月) 05:50:55.75 dlMSRgLx0 41/41上条「俺の音奏幻手が病気で切断したぐらいで使えなくなるとでも思ったのかよ」
的な話しだと思った
良かった!!
女の友情モノは素晴らしい!!
恭介も良い味出してる!!
マミさんがアレだったケド………
あと、最後のが気になるwwwwwwww
上条繋がりで当麻と恭介が共演するSSは結構あるよね