【前編】 の続きです
[21:03]
白磁の陶器のようになめらかな美尻を手前に向けながら、
浴槽に入浴剤を入れてかき混ぜる美琴の後ろ姿をじぃと見ていた上条は、
ベッドの上で肌を重ね合わせる事と、風呂場で裸身を晒しあう事は
似て異なるのだなとぼんやり考えていた。
もっとも普段の上条にとっては、風呂場こそが寝床でもあるのだが。
「当麻は、先に身体洗うタイプ? それとも湯船で温まってから洗う方?」
「俺は先に洗う方だな」
「あ、一緒いっしょー、えへへ」
こんな些細な事でも、二人で一致する点が見つかれば無邪気に笑う。
二人で余分な湯量を減らすために掛け湯をすると、美琴は洗面器で浴槽の湯を少量だけ掬い直し、
そこにボディソープを数回押し込み指先で軽快に泡立てていく。
「え、お前ってそんな風にして洗うの?」
「これが普通でしょ? 当麻はどうしてるの?」
「いや、濡らしたボディタオルに直接ソープをかけて、わしゃわしゃーって」
「へえ~」
浴場という、生活観を丸晒しにする場所で交わす会話もまた新鮮だ。
美琴がテキパキと手際よく動いているので、上条は椅子に座ったまま待ち呆けている。
しかし食事時にはなりを潜めていた下腹部が、ギンギンになって臨戦態勢を整えていた。
「ほら、まずは当麻から洗ってあげる。背中からでいい?」
「え、あ、ああ」
人に背中を流してもらった経験のない上条は、美琴の言うがまま背を向けた。
美琴がアメニティグッズから取り出したボディスポンジを洗面器に浸しつける様子を見て、
ああなるほど便利な方法かもしれない、と新たに学ぶ。
スポンジが背中に押し付けられる感触をじっと待っていたが、
代わりに柔らかく小さな唇の感触が押し付けられた。
「み、美琴サン!?」
「当麻の背中……たくましくて、大きくて、細かい傷跡が沢山あるのね……
私を守ってくれた背中だし、今度は私が守るって決めた背中だから、
優しく丁寧に洗ってあげなきゃって思って」
「よ、宜しくどうぞ」
気持ちのこもった告白と共に、美琴は床に膝立ちになって
泡をたっぷりと含ませたボディスポンジで上条の背をこすり始めた。
友人や父親の背を流した経験があるためか、力加減も十分で心地よい。
「ねえ、正月に二人で実家に帰った時の事だけどさ」
「ああ……まさかあんなにご近所様だとは思わなかったよ」
「なんかちょっと運命めいたものを感じたわよね」
「違いねえ」
「その時に、久しぶりに帰ってきた父さんの背中をこうやって洗ってあげたの」
「そうだったのか。……え、それって、旅掛さんと一緒にお風呂に入ったってことか?」
「ないない、ちゃんとこっちは服着てたわよ」
「そ、そっか、そうだよなアハハハ……!」
「あれぇ、当麻はひょっとして父さんに妬いたのかなぁ?」
「そ、そんなわけねーだろ!」
「わかってるわかってる、当麻はこう見えて意外とジェラシィな人なのよねー」
「違うって!」
「はいはい。ふふっ」
交際を始めてから美琴が最も驚いたのは、上条が存外嫉妬深いという事だった。
男女関係には比較的ドライなのではないかと決め付ける先入観があったのも事実だが、
しかし上条は美琴の想像以上に、美琴に近付く異性の影を気にしている節がある。
ただその感情が美琴のみならず、もう一人にも向いている点が事態を複雑にしているのだが。
「当麻は、父さんが苦手?」
「そういう訳じゃないんだが、あの人カタギらしからぬ威圧感があるからさ」
「ふふっ、わからないでもないけど」
「なのにお前との交際は拍子抜けするほどあっさり許してもらえたんだよなぁ。
なんかこう、激しい殴り合いみたいなのを予期してたんだけど」
「愛憎ドラマじゃあるまいし、当麻が殴るような相手でもないでしょ。
母さんが言うにはむしろ喜んでたらしいわよ。あ、両腕を横に伸ばして」
「こうか? ……にしても、美鈴さんも変わった人だよな。
最初見た時はお前の姉かと思ったけど、今でも時々そう感じるぞ」
「あの人は25歳くらいで色々と止まっちゃってるのよ、きっと」
「それはうちもだな」
「詩菜さんも不思議な人よね。おっとりしてるのに妙に鋭くて」
「自分の母親のはずなんだが、なんだろうあの違和感は」
「刀夜さんは……まんま当麻の将来の姿なんだなぁって感じる」
「俺って将来あんなんかぁ!?」
両家公認の仲になった事を考えれば、こんな同棲的な生活も夢見てしまう。
互いの両親談義に花を咲かせながら、美琴はリズムに乗って楽しそうに
背中と両腕を洗いあげていった。
「はい、じゃあ次は前ね」
「い、いや、前は上条さんが自分でやりますの事よ!?」
「なに今更恥ずかしがってるのよ」
「や、なんかこう、別物の恥ずかしさがありましてですね」
「聞こえませーん」
「あうう、ふこ……ではないか」
いつもの口癖を今の美琴に向けるのは違うと思い直し、慌てて打ち消した。
上条が渋々正面に向き直ると、期待に満ちて膨張しているペニスが美琴の眼前に現れる。
美琴はそれを見て恥じらうどころか無邪気な笑みを浮かべたままだ。
先程は大きく取り乱していた少女も、今やすっかりこの状況に適応している。
「やん、元気なんだからもう」
(美琴さんマジでどうしちゃったのぉぉ!?)
「でもまだダメよ、最初は首筋からね。ほら上向いて」
「……なんだか不思議な感じだな、人に身体を洗ってもらうのって」
「私だってそうよ」
他人の前半身を洗う経験は初なのだが、美琴の手つきは戸惑いがなく手際も良い。
ボディスポンジを一度洗面器に付け直し、上条の顎下から洗い出す。
首筋は弱めに、胸元は強く、そして脇や腹はまた弱めに力を入れて洗い流していく。
下腹部に意識を集中すると、美琴の手はその部分をさらりと通過し太股に達する。
焦らされた気分だが、考えてみれば自分も最後に洗う部分だったと思い直した。
「男って足にもこんなに毛が生えるのね」
「その点女はいいよなぁ。ムダ毛がなさそうで」
「女はボディシェーバーとか除毛クリームとか色々使うのよ」
「あ、やっぱめんどくさそうだな」
足は強めに力を入れて洗い、足裏を擦られると身をよじらせて必死に耐える。
股間部を除いて全身を泡に包まれると、上条にも奇妙な満足感がこみ上げてきた。
「痛くなかった?」
「ああ。気持ちよかった」
「良かったぁ。今度からお泊りの時はいつでもしてあげる」
「それはつまり、馬の鼻先のニンジン状態ということでしょうか……」
来週は泊まれないと言ったばかりなのに、官能的な予告を残していく残酷さが痛かった。
期待する本心を隠すようにおどけてみせたが。美琴は笑うだけで取り合う様子もない。
再度洗面器にボディスポンジを浸し、まだ一部分洗っていない箇所を目掛けて
美琴の白い腕がそっと伸びた。
「ホントにやるのか? 俺さっきそこは洗ったんだけど」
「じゃあしないでいいのね?」
「……」
「しなくても……いいのね?」
「……是非お願いします」
「んふふ、いいわよ、美琴センセーに任せてっ」
(なんでしょう、この敗北感と満足感のせめぎあいは……)
上条は、いつの間にか美琴がアドバンテージを握っている事に気が付いた。
先程はあれほど、欲望に正直になれと言葉攻めしていたはずの自分が
仕返しを受けているように感じられてしまう。
「カミジョーさんジュニアの扱いは、できるだーけお手柔らかに……」
「じゃあ手で直接洗った方がいいのかな。そうね、そうしましょ」
「なんですかその即断即決ぅ!?
あの美琴さんが小悪魔の笑みを浮かべていらっしゃるぅ!」
美琴はボディソープを直接手に取り、白魚のような手で怒張の先端に触れた瞬間
上条は反射的に腰を引いた。
怖がらないの、と美琴は優しくも蟲惑的な声でなだめてくる。
「突き出ているから洗いやすいような、洗いにくいような……」
「まぁ男も普段そんな気分です……うっ!」
「わ、先っぽってこんなプニプニしてるんだ。おもしろーい!」
「う……く、そこは特に刺激が強いから」
「そうなんだ。あとで沢山触ってあげるからね」
「この娘サン、俺をもてあそんでますかそうですね!?」
男性器の洗い方をしばし勘考していた美琴は、ペニスの先端を左手で包みながら
右手で竿や睾丸に優しく這わせる事を思いついた。
しかし亀頭部分に美琴の手が触れただけで、上条は男らしからぬ嬌声をあげてしまう。
「ふぅっ、くぅぅ、はぁっ……集中できねえ」
「まだ触っただけなのに、当麻ったら感じすぎぃ」
「お前俺の身体で遊んでるだろ」
「面白い反応するからついつい」
自分の身体にはない器官の反応が面白いようだ。
特に睾丸という器官は、美琴のような年頃の少女にとっては謎に満ちている。
「これって中に精子が沢山入ってるところなんでしょ?」
「そ、そうであります」
「この中のコロコロしたの、もし潰したらどうなるの? 袋が破けたらどうなるの?」
「無邪気な笑顔でデンジャラスなことを口走るんじゃありません!
もしそんな事になったらカミジョーさん親子は悶絶死すると思います……」
「あはは、ごめん。当麻のとっても大切なところなのね」
「俺の身体で破けていい場所なんて一つもねーよ!」
「私のマクは破ったくせにー」
「下ネタですか!?」
おかしいな、アルコールでも入ってるのか?と上条の謎は深まる一方だった。
もともとはウブな性格で、性の話題にはいつも真っ赤になって戸惑うはず。
しかし今は自ら理性のタガを外し開放的になっているらしい。
美琴の手は股間から先、いよいよ上条の臀部に伸びる。
「いやいや待て待て、そこはジュニアさんより恥ずかしい!」
「なによぅ、さっきは私のココだって見てたじゃない」
「見てたけど、綺麗だったけど、俺自身はそんなんじゃありませんからぁぁ!」
「き、綺麗とか言ってんじゃないわよばかばかぁぁぁ!」
(あ、いつもの反応だ)
肛門は自分自身で直接目視する事の叶わない部位の一つである。
まして排泄を専門とする器官であり、たとえ身体の全てを許しあった男女でも
不浄の部分として存在を黙殺される事は多い。
しかし風呂場という場所では例外なく洗浄されるべきであり、
上条はお互い触れ合う事に対してまだ少し覚悟が足りなかったと痛感した。
「いいから立って、ほら。座ってるとソコ洗えないの」
「美琴サマ、ここだけはなにとぞご容赦を!」
「洗わないでいいの?」
「はい、自分で洗いますから」
「……洗わないでいいの?」
「もうその手は通用しません!」
「……私のも、触れない?」
「いや、美琴のはできると思う」
「じゃあ、私のも洗ってくれる?」
「ああ、美琴のなら」
「それなら先にお返しするね」
「容易に罠に落ちましたぁぁ!!」
上条の驚嘆はさしおき、美琴は臀部の溝に沿ってゴシゴシとスポンジを這わせていく。
くすぐったい感触がゾワゾワと下半身に広がり、上条の足が震えた。
「もう上条さんはお婿にいけません……シクシク」
「なんでそんなに嘆いてんのよ」
「お前が大胆すぎてすごいわ」
「身体洗ってるだけでしょーが」
「そうですか……」
ボティスポンジを洗面器の中で激しくすすぎ洗い、また新しいお湯を汲む。
二度目の洗浄用意をすると、今度は用具ごと上条の前に差し出した。
「私も、洗ってくれる?」
「……ああいいぜー、お返ししてやるよぉ」
美琴が押しに弱い事は熟知しており、少し積極的に攻め立てれば
攻守を逆転するのはたやすいと上条は踏んでいた。
とはいえ他人の身体を流すのは全くの初体験である。
「お前って身体はどこから洗うんだ?」
「私は足からお腹を伝って上に洗うタイプ」
「左腕から洗う俺は邪道かなぁ?」
「いいんじゃない別に。いきなり股間洗う人だっているかもよ?」
「はは、それはねーよ多分。じゃ、今度は美琴が椅子に座ってくれ」
雑談に見せかけて洗い始める部位のヒントを美琴自身から得ると
細くしなやかな美琴のアスリート体型を支える、スレンダーな足から手掛け始めた。
恐る恐る足の甲にスポンジを当てて慎重に擦り上げていく。
「ん……もっと力入れてもいいわよ」
「お前の肌めちゃくちゃ滑々なんだけど、傷ついちまわねーか?」
「このスポンジ肌に優しいから大丈夫よ」
「ならもうちょっとだけ力を入れて……結構気を遣うなコレ」
「んふふっ」
恋人の身体を傷つけまいとする上条の繊細な気遣いが伝わって嬉しいのか、
足の甲から裏まで丹念に洗う上条の甲斐甲斐しい姿を見下ろしていると
美琴も幸福感で心が満たされていく。
「足ほっそいよなーお前。確かに男とは構造が違うよ」
「もっと細い子もいるわよ、歩いてる途中に折れるんじゃないかってくらい」
「ああ、いるいる、見てて不安になるくらい足首の細いヤツっているよな。
ま、お前の足は自動販売機を蹴っても平気なくらい頑丈なんだろうけど」
「それは最近自重してるわよ!
とっ、当麻が言ったんじゃない! 蹴ると太腿まで見えてるからやめろって」
「まぁ言ったけど……」
「言った本人がさっきは太腿舐めてきたくせに~」
「……お前ひょっとしてさっきのを根に持ってるのか?」
「そんなんじゃないわ、むしろ逆。嬉しいの」
内腿に伸びてきた上条の手が彷徨っている。
どうやら足の付け根と臀部をどうしようかと迷っているらしいが
上条と同じく、一度は自身で手早く洗っている場所だ。
「そこは飛ばして、先にお腹と背中洗ってよ」
「へいへいっと。……人のお腹って、どう力入れていいか迷うな」
「普通でいいわよ」
上条は自分の体格より明らかに一回り、いや二回りも細い美琴の体躯を
細心の注意を払って擦り上げていく。
白く小さな背中に正義感を背負い、上条とは違う立場で戦い続けてきた少女。
彼女にも伝えていない戦いがあるように、美琴もまた上条の知らない戦いを経ている。
お腹から背、そして両腕を洗う頃には徐々に力加減のコツを掴んでいた。
「なんかいいな、こうして洗ってあげるのも」
「でしょ。相手に尽くされてると幸せな気持ちになるのよ」
「される嬉しさと、する嬉しさはどっちが大きいもんなんだ?」
「今は、する方かな」
「今は?」
「うん。だって私、今日はこれから当麻に沢山お返ししてあげたいの」
「へっ?」
「あ、もうスポンジはいいわ。あとは当麻の手で洗って」
「はいいい!?」
まだ胸部と臀部、下腹部を残しているのだが、
美琴はスポンジを使わないで洗うよう懇願してくる。
上条は美琴らしからぬ積極性に混乱していた。
「さっきしてくれたみたいに、一杯触っていいよ」
「いや、その、愛撫と洗浄は別物と思うのですが」
「同じ要領でいいじゃない」
「美琴ぉぉぉ、どうしてそんなに吹っ切れてんだお前ぇぇぇ!?」
「ほーら、手で泡をすくって……そう……」
上条の手を取って洗面器にひたすと、自分の慎ましい胸に押し付けるよう誘導した。
表情は戸惑っているが、彼に嫌がるそぶりがない事は伝わってくる。
「わかった、でも一度触ったらもう止まらねーぞ」
「いいよ……くふっ、んぅっ、あっ、あはっ……!」
泡にまみれた大きな手で、小さな膨らみを揉みしだく。
先端がポチリと小さく突き出て、彼の愛撫を待ち焦がれていた事を示している。
そのまま右手をそっと下腹部に滑り込ませ、熱くたぎる秘部に中指を割り入れた。
「んっ……あんっ、嬉しい……!」
(すっかりエロい子になってしまった。ってか俺がそうしたのかっ)
性を知らない一人の少女に、自分という男の欲を教え込んでしまったのだろうか。
その美態が少しずつ上条の性癖に馴染んでいくとしたら満悦ではある。
美琴は両手を上条の背中に回し、背中をさすって身体の泡をこそぎ落とすと
そのままペニスに触れ、優しく包むように洗い出す。
「んくっ……美琴ッ……!」
「触って、もっと触っていいよ……」
求められるがまま、右手で秘裂をこすりあげ、左手を尻に回して臀部の間に潜り入れる。
お互いに五指を使って下半身の熱い粘膜をまざくりあうと、惚けた表情の距離がゼロになる。
唇も舌も視線も絡み合い、自分と相手の境界を曖昧にしていく。
「もうダメだっ、俺、欲求丸出しになって美琴に溺れてしまいそうになる……」
「そうなっちゃっていいんだよ……私が全部受け止めてあげる」
「傷つけちまわないように、ずっと我慢してたのに」
「もう我慢しなくていいの。いっぱい触って、動いて、出していいから。
愛し合うってそういうことでしょ。気遣いも嬉しいけど、私は……そうして欲しいの」
「……美琴っ!」
恋人の愛おしい提案が理性の殻を叩き壊していく。
美琴の優しい手の中でぶちまけたくなる衝動を堪えつつも、
上条はスキンを持ちこんでいない風呂場の中で何ができるかを考えた。
まず性交はできない。膣外射精は避妊にならないと冊子に書いてあったからだ。
胸で挟んでもらうのもできない。美琴がまた胸の大きさに悩み出すだけだ。
だがフェラチオなら願望が叶うかもしれない。
美琴の柔らかい舌と唇がペニスを這う光景を想像すると、身震いするような興奮が込み上げてきた。
「じゃあ……美琴にしてもらいたいことがあるんだ」
「んふ、なんでもしてあげる。でもその前に身体流してお風呂入りましょ」
「あ、ああ、そうだな。……ハァ」
甘美な許容を得た矢先に、現実的な提案を被せてくるところが小憎らしい。
顔で笑って心で半泣きになりながら、上条はシャワーヘッドを手に取り
湯が美琴と自分の両方に掛かるようにして泡を洗い流した。
(クスッ、まだまだ焦らしてあげるんだから。
私がさっき感じた気持ちよさと幸せは、こんなもんじゃないんだから……)
---
[21:22]
湯船にはまず上条が入り、足を伸ばして体勢を座椅子のように形作ると
次に美琴が入り、上条に背を預けて座る。
愛撫を心待ちにしている剛直が美琴の背部に当たっているが、
彼女は薄く微笑んだだけで平穏に振舞っている。
湯船の中で美琴を後ろから抱きしめると、湯とは異なる暖かさが二人を包んだ。
「はぁ……不思議な気持ち。お風呂に入りながら抱きしめてもらえるなんて」
「俺もだよ。熱くないか?」
「大丈夫、ちょうどいいわ」
上条が美琴の右後ろから表情を伺うと、美琴は目を閉じて上条に身体を委ねる。
身を預けてくる美琴の重さが心地よくて、上条もそのまま浴槽に体重を預ける。
二人が今感じている感情を端的に言えば、安寧だった。
「……この体勢が好きなの、安らぐから」
「そうなのか」
「うん。当麻の腕の中にいると、居心地が良くてふにゃふにゃになりそう。
右手で触られるとうまく思考が働かなくなっちゃうけど、その代わりに
陶酔感みたいなものが出てくるのかも」
「あぁ、俺も同じかもしれねえ。美琴に触れると少しドキドキするけど、
ドキドキしすぎなくてぼうっとする。お前って暖かいんだな」
「当麻もあったかいよ」
何も包み隠さず、曖昧な心境すらも全て晒して語り合うと
心身が融合していくような一体感が生み出されていく。
「……あのさ、学校であった話をしてもいいかな」
「ああ、聞かせてくれよ」
「あのね……火曜日の出来事だったんだけどさ。
私のクラスメイトが一人、放校処分になったの」
「放校ってことは、退学ってことか?
常盤台でもそんな事があるんだな……」
「あるわよ。他よりちょっと上に扱われてても、結局中身は中学生だもの。
外からはお嬢様学校とか言われてるけど、陰湿ないじめや派閥争いだってあるし」
「んー、そういうもんか」
「でね。その子がどうして放校になったかって言うと、
長点上機(ながてんじょうき)学園に在籍してる男子高校生との間に、子供ができたらしいの」
「なっ……ち、中学生なんだろ!?」
「あくまで表向きは噂よ。学校側が直接発表したわけじゃないもの。
でも、異性交遊だって規則スレスレなのに、妊娠なんて事になったら
能力開発とブランドイメージの著しい妨げになるから、うちの学校的には許されない事なのよ」
「そっか……。だとしても中学生なのに退学だなんてなぁ」
「実際は転校だけど、少なくとも学舎の園の中では受け入れられないわね。
一般の中学校に移されると思うわ」
エリート学校の厳しい現実を耳にして、凡庸な学生たる上条は複雑な心境だった。
ただ普通の学校に通うだけの事が、突き落とされた結果のように聞こえてしまう。
語る美琴に悪意はないのだが、高レベル校の気風はやはり異質に感じられた。
男は上淫を好み、女は下淫を好む性情があると言われるが、
二人の過ごしている学習環境には大きな隔たりがある事と、
それを乗り越えて今の関係がある事を二人は改めて実感していた。
「一つ気になるんだが、その子の彼氏はどうなったんだ?」
「それがさ……別に彼氏でもなんでもなかったらしいの。火遊びってヤツみたい。
学舎の園の外側を知らない、無菌状態で育った生まれつきのお嬢様が
能力が高くて口の巧い男子生徒の食い物にされたってのが真相に近いと思う。
実際、向こうの生徒にはなんの咎めもないらしいし。
ウチや霧が丘はそういうところ厳しいんだけど、長点上機はどうも見境がないわ」
「エリート校の考えることはわからんなぁ」
「でもあの子、泣いてたの。自分の身を守る方法を知らなかったのも悪いけど、
泣いてた本当の理由は、その男子生徒の事を信じてたからだと思う。
だけどその男子は認知もしないどころか、身に覚えがないってすっ呆けたらしくてさ」
「なんだよそれ……男らしくねえヤツだな」
「うん……なんだか嫌じゃない、そんなヤリ逃げみたいな事許すなんて。
私が代わりにブッ飛ばしたかったけど、私が怒るのもお門違いなのよね……」
「それはそうだろうけど……その子はこれからどうなるんだろうな」
「お腹の子を産むにしても堕ろすにしても、辛すぎる選択になると思うわ。
それを自分一人だけで決断しなくちゃならないところまで含めて……」
義憤で怒る美琴の気持ちが、背中越しにも痛いほど伝わってくる。
しかし、限りなく真実に近いとはいえ確証を得ない話に踏み込んでいくのは躊躇われ、
結局美琴は何もできぬまま傷ついた級友を一人失ったのだ。
その喪失感を共有するように、上条は腕に込める力を強める。
「でね、金曜日にちょっとした特別授業があったの。いわゆる保健体育よ。
妊娠の仕組みとか避妊の方法とか、女子が自分の身を守るための授業ね。
こんな事例を二つも三つも出したくないってことで、急遽設定したんだと思う」
「女子中学校の保健授業……上条さんちょっと興味がありま、いてて足つねるな!」
「黙れバカぁぁ! ……それでね、避妊方法の事も幾つか講義を受けたんだけどさ、
スキン以外にもピルとかリングとか、女性側で用心するための物もあるわけ」
「ふむふむ」
「学校側も事態が事態だからって、中学生でも避妊薬を処方してもらえるように
学舎の園の中にある婦人科病院に働きかけたんだってさ」
「へえ……」
女子学生の話題は、得てして結論に辿り着かず散漫になりがちである。
美琴の話の着地点がよく見えず、茶化す作戦も失敗した上条は聞くがままになっていた。
「ピルって昔は女性の身体に悪影響があったりしたらしいけど、
学園都市製の低容量ピルなら、副作用もかなり少ないらしいの」
「だとしても、中学生のうちからそういうのを飲用するのはいかがなものかと……」
「あら、避妊だけがピルの効能じゃないわよ。
女の子の日を調整したり、一部の病気の予防になったり、ニキビ治療になったり、
色々役立つのもあるんだから。あ、あとはバストアップ効果があるって噂も……」
「だから、お前のバストアップ情報網はどんだけアンテナ張ってるんだ!」
「あ、あはは……えーとっ」
「どっちにしても、そんなのは男がちゃんとゴムをつけりゃ済む話じゃないのか?」
「そうね、当麻の事は信頼してるわ。だけど女の子にだって自分を守る手段はあるの。
恋仲ならちゃんとスキンをつけてくれるかも知れないけど、強姦に対しては無力だもの」
「そこは否定しねえけど……」
冊子に、近年の中絶率データが示されていた事を思い出す。
無知な学生達の火遊びのみならず、不届きなスキルアウト達の所業も一因なのだろう。
「それで、お前はそのピルってヤツを服用したいって思うのか?」
「うん……正直今考えてる。
医師に掛かりながら処方してもらえば副作用の心配は低いらしいし、
胸の事は置いといても、色々利点もあるらしいのよね」
「ホンットーに胸の事は意識してないんだろうな!?」
「……」
「美琴さーん!」
「な、なによう!?」
「牛乳がぶ飲みするのとはわけが違うんです。ピルは豊胸剤じゃありませんよー」
「んなことわかってるわよぉ! ふ、副次的に働けばいいなーって思っただけよ」
「まったく……」
豊胸に関する噂話に食いつきやすいところは、油断も隙もあったものでない。
そうさせているのは自分かもしれないという責任も感じてはいるのだが、
先程あれほど大きさにはこだわらないと語って聞かせたはずだ。
そろそろしっかり伝わって欲しいとも思う。
「俺は男だから、服用に対しての心境はよくわかんねえ。
ただ、俺が信用できないとか、万一にもレイプみたいなものを用心してるのなら、
俺がお前の希望を遮るようなことは言わねーよ。
胸の事を考えて服用するのは不純だけど、それ以外の理由ならいいんじゃねえか?」
「さっきも言ったけど、当麻の事は信頼してるの。そこは誤解しないでね。
ただ、スキンと併用すれば限りなく避妊の安全性が高まるってデータもあるし、
それに……その……」
「どうした?」
「……ナマでした方が気持ち良くなれるのかな、ってちょっと考えちゃって」
その誘惑は脳天をしたたかに打ちのめしたが、即座に飛びつく事には躊躇われる。
否定しなくてはならない向きだと上条は感じた。
「いや、それはどうなんだ!?」
「どうって……もともと避妊目的の物なんだし、そういう使い方でいいんじゃない?」
「でもスキンは性感染症を防ぐのにも有効だって本に書いてあったし」
上条はついボロを出したのだが、何処に書いてあったのかは聞くまでもなかった。
美琴はあの冊子の知識を逆活用し、彼の反応を楽しんでいる。
「感染症って……当麻は変な性病でもうつされてるの?」
「身に覚えはないけど、過去を通じて絶対無いと言える確証もない……」
「記憶を失う前から女の子をとっかえひっかえHしてたってんなら気をつけるけど」
「それは天地神明にかけてありえないと思います」
「まったく……言ったでしょ、信頼してるって。
もちろん私だってそんなモノ持ってないって誓って言えるわ。
だから、私達二人だけで愛し合うなら、そこは心配いらないんじゃない?」
「まぁ……なぁ」
「それとも、他の女の子もスキンなしで抱きたいの?」
「そういうんじゃねえ! あーもうわかったよ、大丈夫だ、俺は大丈夫ッ!」
スキンをつけず、妊娠の心配もなく美琴の胎内に射精できるとしたら
先程よりさらに上の快感と一体感を得られるかもしれない。
ろくな反論材料も持たない上条は、甘美な提案にようやく折れた。
お互いを強く信じるからこそ踏み出せる特別な領域に、二人は踏み出そうとしている。
「うう、上条さんは膨れ上がった欲望にもはや抗いきれません」
「それを言ったら私だって……その……こんな事言っちゃって良かったのかな」
「俺には一生出ない発想だったろうし、気にしてねえよ」
右腕を浴槽から出し、手の水滴を振り払ってから美琴の頭を撫でる。
美琴を慰めるための癖は、同時に上条が落ち着くための癖でもあった。
「あ、でも実現するのはしばらく先だからね」
「へ!?」
「ピルって、最低でも2サイクル目からじゃないと避妊効果が見込めないらしいの。
だからえーと、女の子の日があと2・3回来た後ならいいと思う」
「そこは美琴に任せるけど、もし体調が悪くなったらすぐに服用は止めろよ。
一番大切なのはお前自身なんだからな。それだけは約束してくれ」
「うん……ありがと、約束する。週明けにでも産婦人科に行ってみよっと」
「それって、俺も彼氏として一緒に同行した方がいいのか?」
「妊娠検査じゃないんだからそれはいいの。一人で行っても処方してもらえるから」
「そ、そうなのか」
「子供扱いしてくれちゃって」
(でもちゃんと彼氏の責任を感じてくれてる気持ちは嬉しい……
あの子には悪いけど、私達はああならなくても済むのかな)
上条という逞しい恋人の存在が、いつでも美琴の支えになっている。
美琴は明るく微笑み、心の中で抱えていた不安を自ら払拭する。
ぬるめに入れた湯の中で、長時間抱き合っている二人の額からは
玉のような汗がじわりと浮かび始めていた。
「ふうっ、かなり温まってきたわね」
「そうだな」
「いったんあがろうかしら」
美琴は脛から下だけを湯の中に残して湯船から上がると、
上条に向かい合うようにして浴槽の縁に座り、ほてった身体を冷ます。
その姿態は桃色に染まり、腿は閉じているがアンダーヘアまで丸見えの体勢だ。
上条は慌てて視線を逸らしたが、それこそ眼前の裸体を意識している証左である。
「どうしたの? 照れちゃって」
「いや、その……お前、さっきから大胆だな」
「さっきはそっちからガッツリ見てきたくせに、今更なんなのよ」
「……そういやそうだった」
上条自身も、何が妥当で何が逸脱なのか曖昧になりはじめていた。
いずれにしても、美琴の魅力的な身体はいつ見ても惹かれてしまう。
「アンタは銭湯に行くことってあるの?」
「時々あるぞ。美琴こそどういう場所か知ってるのか?」
「当たり前でしょ、世間知らずのお嬢様みたいに言わないでよ。
ジャッジメントの知り合いの人や友達と一緒に行った事もあるし。
でもあの時はちょっと嫌な思い出があったのよね……」
「白井にでもおちょくられたか?」
「それもあったんだけど……『誰かが見てた』のよ」
「は?」
「まぁ、あの時の事件はすぐ解決したから良かったんだけどさ」
「お前も色々災難に見舞われてるんだな」
「まぁね」
さすがの上条も女風呂内の事件に首を突っ込むことはできないが、
安らぐはずの場所で惨事が彼女を襲った点には同情を感じた。
実際女風呂で執拗に見張っていたのは白井の仕業ではあったのだが、
その件の制裁はとっくに済んでいるため美琴の中で引きずってはいない。
ただ、長点上機学園に抱くイメージだけは重ねて悪化していた。
「それにしても、白井の話題には事欠かないな」
「あの子はちょっとアレなところと、アレなところと、すごくアレなところさえなかったら……」
「アレだらけじゃねえか」
「ホント、アレなのよ」
「ははは、どれだよ!」
「あはははは……!」
白井の暴走ぶりを面白おかしく話す美琴の話に、絶妙に笑いを誘われる。
話の端に上るだけでも笑顔が漏れるためか、二人の話題には彼女の存在が欠かせない。
しかし彼女は、二人の恋愛関係に揺らぎをもたらす一番のトラブルメーカーでもある。
「でも私も悪いことしちゃってるから、トントンなのかなぁ」
「なにが?」
「私達が付き合ってること、黒子には内緒にしてるもの。
もし言ったら『おっ、おっ、おっ、おねぇぇぇさばぁぁぁぁ―――!!!???
あの類人猿めェェ、コッコッコロスゥゥ!!』とか言いながら取り乱しそうでさ。
……まぁ殆どバレかけてはいるんだけど」
「俺が言うのもなんだけど、ここに泊まりに来てることは隠しきれてねえんだろ?」
「そうなのよね……さっきのメールでもバレてたわ」
「はぁ……あまり気は進まないが、白井にもちゃんと話すべきじゃねえか?」
「私はそれでもいいんだけど、だったら当麻はどうなのよ」
「俺か……。俺はどうするべきだろうな」
隠しておきたい理由は数え切れないほどあった。
騒ぎかねない同居人、寮則に厳しい監督者、やっかみがちなクラスメイト、
そして根掘り葉掘り訊ねてきそうな友人達に、どこまで説明するべきか悩ましい。
だが二人の逢瀬も五度を数え、もはや周囲に隠し通す事に限界を感じていた。
自分が幸せを得る代わりに誰かが困るような行動は極力取りたくないが、
二人で絶頂に達した時に感じた、幸福に満ちたあの一体感は誰にも阻んで欲しくはない。
非常に難しい判断をこれ以上先延ばしできないと考え、二人は腹を括る事を決心した。
「……俺もしっかりしなきゃならないんだろな。
でも今の暮らしは変えたくねえんだ。美琴には嫌な思いをさせるかもしれねえけど」
「ううん、私は一週間に一度でも、こうして二人きりで会えるだけで満足。
正直妬く気持ちもあるけど、あの子を追い出して解決して欲しい訳でもないし」
「そっか……みんな笑って治まれば一番いいのにな。やっぱ難しいのかな」
「そうね……」
湯気に満ちた風呂場を、神妙な空気が包む。
誰かを守るための行動は即決できるが、
誰かが傷付くかもしれない行動には気が重くなってしまう。
白井に打ち明けた際の反応は大体予測できるが、
インデックスに打ち明けた際の反応は上条にすら予想が付かない。
噛みつかれるならまだ良いが、泣かせるか、最悪はこの家を出ようとするのか……
上条の想像は悪い方向にばかり向いていた。
「ねえ、一つだけ言っておくけど、私はあの子が嫌いなわけじゃないわよ」
「でもお前ら会うたびにギスギスしてるじゃねえか」
「それは……最初一目見た時すぐわかったの。あの子が当麻の特別な存在なんだってことが。
多分きっと、あの子にも私の事がそう見えたんだと思う。これってうぬぼれかしら?」
「……いや、合ってる」
「ふふっ、この鈍感大魔人の口からそんな風に言ってもらえるなんてね」
「だって気付いちまったからな」
「なにに?」
「お前と俺は、もう一心同体なんだってことにさ」
「ばっ、ばかぁぁ! そういうの、殺し文句って言うのよぉぉぉ!!」
打算に裏打ちされていない真正面からの告白に、
湯で温まった美琴の肌がますます赤くなり、熱気を帯びていく。
「ったく、そういう事も平然と言える性格だからモテるのよねぇ……この女殺しッ」
「んなっ!? 上条さんにはそんな能力ありません!」
「遺伝レベルで持ってるって言ってんでしょーが!」
「親子で濡れ衣だぁぁ! わぷっ!」
「あはははっ! ごっめーん、顔面直撃しちゃった」
「このヤロ……あはははっ」
理不尽な物言いに猛り立った上条の顔に、美琴はバタ足で湯を掛けた。
こんにゃろめと怒る一方で、上条も美琴の照れ隠しがいつも過激だと熟知している。
だから上条も笑って収められた。
「はぁ……騒いでるうちに俺ものぼせてきたぞ」
「じゃ、いったんあがりましょっか」
「あ、ああ……」
上条が湯船から身を乗り出した瞬間、美琴の視界に
期待感を抱いたまま湯の中で雌伏していたペニスが現れた。
常にふぬけている表情の裏に、押さえがたい強烈な肉欲を秘めている彼の本心を
もっとさらけ出して欲しいと美琴は願ってしまう。
(よしっ、いよいよあの冊子の内容を実践してやるんだからっ)
「ねえ当麻、そこの床に座ってくれる?」
「へ? いいけど……」
美琴に指示されるまま、上条は立て膝を両腕で抱え込んで座った。
「ぷぷっ、なんで体育座りなのよ」
「なんでって、特に座り方までは言われてないだろ」
「足を伸ばしていいのよ。あ、こっちを向いてここに座って」
「細かいな……なにがしたいんだ?」
上条は背に浴槽を、右手側に浴壁が迫る位置に足を伸ばした状態で座らされる。
いきり立った下半身が丸見えなのが恥ずかしいのか、膝が浮つく。
美琴も床に座り込み、そのまま身体を横たわらせると上条の太股に頭を乗せ、
いわゆる膝枕の体勢を取った。
「なんだ……膝枕して欲しかったのか」
「ううん、この体勢だとちゃんと見えるでしょ?」
「なにが?」
美琴はその問いに答える代わりに、上条の上半身に向けて身体を倒すと
眼前にそびえ立つペニスに優しく口付けた。
ほんの一瞬触れた唇の刺激に、思わず腰を引いてしまう。
「み、美琴っ!?」
「この体勢だと……ぺろぺろしてる様子が当麻にもちゃんと見えるわよね」
(やっぱりオカシイですよこの子ォォ!)
上条の性知識におけるフェラチオとは、男が立って女が立て膝の体勢で行うか
ベッドに寝そべったところに女が乗りかかってくるものと考えていた。
どちらも男が女の頭頂部を眺める姿勢になり、口に含んでいる様相は見づらい。
しかし美琴の言う通り、この体勢なら美琴がペニスを口に含んでいる様子が
上条からもありありと見える。
「ああ、なんかこう……視覚的にグッとクるな」
「ふふっ、喜んでもらえて嬉しい。それじゃ、一杯してあげる」
「ああ……頼む」
言葉は平静を装っているが、美少女が恍惚とした表情で自分のペニスに
顔を寄せている事に並々ならぬ興奮を感じていた。
『フェラチオとは、男性に快楽を与えると同時に、征服心を強く煽る行為です。
女性が積極的に舌と唇を使って奉仕を行う姿を見て、男性はあなたに対する愛情を強めます。
視覚的に彼の気持ちを盛り上げれば、激しい行為に頼らずとも十分な快感を得られます。
しかしフェラチオは女性が尽くすための愛撫であり、男性にとっての手軽な性処理方法では
ない事を彼に教示する事も大切です。二人で愛のある前戯を学び、体験していきましょう』
(絶対上手にしてみせるから……だから私を見てて、当麻)
反り上がるペニスに顔を寄せると、ボディソープの香料に混じって牡の匂いが香る。
処女を捧げ、エクスタシーを教えこまれた上条のシンボルに嫌悪感は少しも浮かばず、
彼の本能そのものと思えば限りなく愛おしい存在だった。
右手で竿の部分をそっと握り締め、亀頭の裏側にゆっくりと口付ける。
なんておそろしく淫靡な光景なのだろうと上条は思った。
「……ちゅっ」
「うくっ」
「あはっ、なんか今ピクピクって動いたわよ」
「男は勃つとちょっとだけ動かせるんだよ」
「なによそれー」
扇情的すぎる光景と柔らかい感触に心を揺り動かされ、思わずペニスに力を込めると
美琴は興味津々とばかり見つめてくる。凶悪にもファンシーにも受け取れる形らしい。
『まずは口にたっぷりと唾を含み、最初から深く飲み込もうとはせず
唇と舌だけで先端部の膨らみに優しく触れてください。
慣れないうちから激しく口を動かすと、歯で陰茎を傷つけてしまう恐れがあります』
(こう……でいいのかな?)
赤く膨れ上がった柔らかい先端部を唇で包まれ、舌先でちろちろと舐め弄られると
ペニスの先端にぼんやりとした温感と快楽が疼き始めた。
開かれた美琴の口唇が、自ら望んでペニスを飲み込んでいく光景に魅入ってしまい、
妙に楽しげな美琴の表情はどうしたものかと思う。
「美琴、それエロすぎだろ……」
「気持ちいい?」
「ああ……」
「じゃあもっとしてあげる」
「う、ああっ」
美琴と目を合わせて喋るつもりが、どうしても口元へ視線が惹かれてしまう。
しかし目に視線を戻しても、トロンと潤んだ瞳が妖艶すぎて
どうあがいても上条の性欲を押し上げてくるばかりだ。
美琴にとっては、10億ボルトの電撃はおろか音速を超える超電磁砲すら打ち消す非常識な男を
寝転がったまま少し舌先を動かすだけで翻弄できるのだから楽しくて仕方がない。
恋仲となり、昔のように上条を負かす事にこだわる理由もなくなった今になって、
彼の優位に立てる行為を見つけてしまったのだ。
(買い与えられたアイスキャンディを舐めている子供みたいに無邪気な笑顔なのに、
行為は実にエロそのもの……あああ上条さんにはナニやら新境地が見えてきましたよ)
「ねぇ、当麻はどうされると悦ぶの? どうされたら気持ちイイ?」
「くっ……どうと言われても、全部よすぎて……!」
「じゃあ、どこにせーえき出したい?」
「!?」
快感に塗り潰されていく意識のなか、上条は促されるまま欲望の放出先を考え始めた。
口か、顔か、それとも―――
「あの冊子にしっかり書いてあったわよ。
男は彼女に精液を飲ませたり、顔にかけて征服感を満たしたがるって。当麻もそうなの?」
「お、お前もアレを読んだのか……!?」
「うん、がっつりスラックスのポケットに刺さってたから気になって」
「ううっ、そういや隠し忘れてた……」
「ああいうのって、ちょっとカンニング的じゃない?」
「少し参考にしようと思っただけなんだが……不愉快に思わせたら悪かった」
「怒っちゃいないわよ。こうして私も参考にしてるわけだし」
「道理で……うぁ!」
「ふふっ」
十分に唾で濡らした先端部を優しく撫で回すように、美琴の舌が妖しく踊る。
膣への挿入とは全く異なる、技巧的な刺激。
ほんの数分で美琴の舌使いは上条の感覚を完全に虜にしていた。
「先っちょからしょっぱいのが出てきてる」
「ああ……自分でも染み出してるのがわかる。気持ちよすぎてさ」
「もっとして欲しい?」
「して欲しいけど、このままだとあんまり持たねえ」
「いいわよ、イくまで沢山してあげるから」
(さっき散々いじくりまわしたから、俺にもそうする気なのかな。やべえな……)
美琴は視線を見上げてクスクスと笑い掛けてくる。弄んでいる事を自覚している表情だ。
男にとって一番の弱点を自在に操られ、支配される事は魅惑的であり、
慈しみに満ちたイタズラだと上条は直感していた。
「出していいんだからね、お口の中でも、顔でも」
「マジかよ……綺麗なもんじゃねえんだぞ」
「そうして気遣ってくれる優しさも嬉しいけど、ちょっと突っ走るくらい欲深いところも
見せて欲しいって思っちゃうの。普段の当麻ってあんまり欲がないから」
「欲がないわけじゃねえよ。ただ……この前みたいに一方的になっちまったら
美琴を傷つける気がして嫌なんだ。そうなりたくはねえんだよ」
お互いに何をしたら相手が喜ぶのか、それとも傷つくのか、二人は今なお探り続けている。
こと上条は、相手を満たすためには自分の欲を抑える必要があると思い込み始めていた。
初体験の事も、彼にとっては自我を乱した情けない記憶となって残ってしまうのだろうか。
いつでも彼は自分を抑えて相手の支えになろうとする……人としては素晴らしい事だが
激しい情愛を交わしている今は、それでは物足りないと美琴は思う。
「……もう我慢なんてやめたらいいじゃない。
お互い裸も見てセックスまでしてるのに、今更そんな部分だけ隠すのって滑稽でしょ。
お互いにしたいことして、見たいものを見て、聴きたいこと全部聴こうよ。
当麻のせーえきがどんな味するのか、顔にかけられたらどんな気分になるのか
お腹の中で出されたらどんなに満たされるのか……私だって興味があんのよ」
「お、おまえ!?」
「私がしてあげたいの。私にして欲しいの。それじゃダメかな?」
「そんな事言われちまったら……俺の理性を完全にぶっ壊す気かよ」
「壊れちゃったらいいじゃない。私はもう壊れたわ。
あんなバカでかい声でイかされて……もう私、完全に当麻の虜になっちゃったんだから」
「う、うう……!」
「だから当麻も壊れちゃいなさいよ、ほーらっ」
上条の葛藤を見抜いたかのように、美琴の言葉には魔の誘惑が散りばめられていた。
健気な舌使いと、のめり込むようにして咥えてくる姿勢にも本心が込められている。
「……お、俺は……」
「当麻は、どうして欲しいの?」
「俺は……すげえ事言っちまうかもしれねえぞ」
「そ、そんな風に言われるとちょっと怖いかも」
「だ、だろ? だからやめようぜ」
「むっ。そうやって小手先でごまかすのってアンタの悪い癖よ」
「しかしだなぁ」
「……なにも言ってくれなくても、このまま出させちゃうけど」
「じゃあ……言っちまうけど、本当にいいのか?」
「くどいっ。なんでもしてあげるっての」
脅すような口調でいながらも、舌と唇は優しいタッチで上条の欲望を舐め回してくる。
貸し借りなどという律儀な動機ではなく、上条の理性に包まれた欲望を丸裸にして
それを全て自分の物にしたいという、美琴なりの願望でもあった。
心から彼の精を求めようしている貪欲なフェラチオに、もはや上条は理性を維持できず、
上条自身もこじ開ける方法を知らなかった欲望の扉は、遂にその錠前を打ち砕かれた。
「……全部美琴の口の中に出してえ。出した後もずっとチンポ舐めててくれ。
生臭くて吐き出しちまいそうになるかもしれねえけど、そうして欲しいんだ」
「ふうん……アンタって実は彼女にそんな事して欲しかったんだぁ、へええ~」
「や、いや、無理ならしなくていいんだぞ! ちょっと言ってみただけだからな!」
「ばぁか、慌てんじゃないわよ。……いいよ、してあげる」
「美琴……」
「もう我慢できないんでしょ? はちきれそうになってきてるの、わかるよ」
「出すぞ、ホントに出しちまうぞ……」
「いいわよ。ほらほら、びゅっびゅーって、せーえき一杯出しちゃいなさいよ。
全部、受け止めてあげるから」
「ううっ……!」
全てを許す優しい言葉で上条の理性を殴りつけ、美琴はペニスに深く咥えつくと
あとは何も言葉を発さず、彼の射精を促すために唇を使って全力で扱き上げる。
美琴は内心、小躍りしたくなるほど嬉しかった。
優しく愛撫されるのも心地いいが、少し獰猛に求められるくらいの方が
自分を必要とされている、愛されているのだと実感できる。
御坂美琴にしかできない事、上条当麻の恋人だけができる事、
その証明がどうしても欲しかった。
「んむぁ…んぁあ…ぬちゅ…れろれろっ…」
先端から滴る先走りを舌で絡めとり、裏筋へ這わせるとピクリと反応する。
それが面白くて、しつこく舌の腹で舐め回す。
首を振りながら唇を狭めていくと、唾で湿った音が浴室に鳴り響く。
「っんん…じゅぱっ、んぽっ、ぐぽっ、ぢゅぽ…っ、じゅる…っ、ちゅぱ、ちゅぅ…」
「うあ…みことぉ…すげえよ……」
「んっ、じゅぶっ、じゅぽっ、ぢゅぽっ、じゅるるっ、じゅぷ、んぷっ、れろれろっ…」
「美琴、出すぞ、本当に出しちまう……!」
「じゅぷっ、じゅぽっ、ぶぽっ、あむっ、ぢゅぽっ、ぢゅるっ、ぢゅるるる―――っ」
「う、うあぁぁぁ―――ッッ!!」
美琴はただコクリと頷いて、濡れた唇をいっそうすぼめて吸い上げる。
上条は右手で美琴の頭を強く押さえつけながら、極限まで堪えた射精感を開放した。
濃厚な精液が尿道をつたい、びゅるびゅると音を立てて美琴の口へ侵入していく。
ティッシュでもスキンでもなく、最愛の彼女が精を飲み込んで受け止める光景に
ぐわんぐわんと脳を揺さぶられ心をかき乱される。
剥き出しにされた凶悪な性欲が、爪を立てて彼女を蹂躙しているように思えて
それがまた上条の劣情を焚きつけた。
「う、うう―――っ、みこ、美琴ォォ!」
「ん…んぶっ…んっうっ…はぷっ…えぅっ…!!」
暖かく生臭い精液が、ドックン、ドックンと何回も脈打ちながら
美琴の咥内に勢い良く放出されていた。
くすぶっていた欲望が開放され、濃厚なエキスとなって喉に絡みつく。
鼻に逆流してくる生々しい匂いに意識が混濁しそうになりながらも、
彼の愛情と欲望の権化を少しでも逃さないようにと、
美琴は次々と注ぎ込まれてくる精液を必死に嚥下していく。
(美琴……マジで全部飲んでくれてるのか、俺のを……)
「んっ、うぶぅっ、んぇ、うっ…えぅ…!」
(おまえ……なんでそこまでしてくれるんだよ……!)
苦しそうな美琴の表情を目の当たりにして、上条の欲望は急速に冷めこんでいく。
射精直後の高揚感はたちまち消え果て、かわりに後悔の念が大きく押し寄せてきた。
押さえつけていた右手の力を緩め、いたわるように優しく撫でる。
だが美琴は言葉で応えずペニスを銜え込んだまま口を離さない。
射精を終えた後も唇で扱き上げる行為を止めず、上条の精を求めていた。
「う……うく、あうっ……!」
放出直後の敏感なペニスが美琴の執拗な舌使いに反応し、上条の腰がビクリと震える。
彼の申し出通り、射精後にも舐め尽そうとしてくる美琴の献身的な姿を見ていると
上条の内にある愛情も愛欲に変換されてしまう。
「あっ、うああっ、美琴、もっと、もっとだ……ッ」
「れろっ、じゅぷっ、ぐぽっ、ぶぷっ、あむっ、んぶぅっ、ぢゅるるっ……」
「あっ、あっあっ、うあ―――っ!」
萎えかけたペニスに強度が戻り、再びそりあがって美琴の口内で膨らむ。
尿道に残っていたわずかな精液が吸い取られる快感も上乗せされて、
朽ち果てたはずの射精感が再び込み上げて来る。
迷う暇もなく、欲望のままドクンドクンと二度目の精を吹き出した。
(メチャクチャだ……気持ちよすぎて、美琴をメチャクチャにしちまってる……!)
(とうま、すごい……まだまだ一杯出してくれてる……嬉しい……)
恍惚の笑みと涙を目に浮かべながら、美琴は再び嚥下し始めた。
生臭い匂いを鼻から逆流させないよう、鼻息と一緒に飲み下していく。
そうする事で上条がより強い快感と征服感を得られるという確信があった。
「ふぁっ……みことぉ……すげえ、すげえ気持ちいい……!」
「んく…ごくっ、ん…ごくっ…ちゅる、れろっ…ぢゅう…ちゅっ…」
やがて劇的な射精も終わりを迎え、甘い吐息に満たされていた浴室に静寂が戻る。
全ての精を吸い尽くし、赤く膨れた亀頭を目一杯舐め尽した美琴は
ようやく身体を離し、新鮮な酸素を口から取り込む。
達成感に胸を膨らませ、満足気な笑顔を浮かべながら上条を見上げた。
「んふ、飲んじゃった」
「ま、まずかったろ? 吐き出しても良かったんだぞ」
「やーよ、そんな事したら当麻が満足できないでしょ?」
「いや、しかしだな……」
「もう……そうやって気を遣ってばっかりじゃないの。
結局、気持ち良かったの? 良くなかったの?」
「そりゃもう極上でした。上条さんは美琴のフェラに病み付きです」
「ふふっ、よかったぁ。私、当麻を満足させられたんだ」
無邪気に喜ぶ美琴の笑顔は、漠然とした不安から開放された証明でもあった。
『上条当麻の特別になれた自分』を実感できるならば、精液の苦さなど微細な問題だ。
上条もその笑顔に己の罪悪感をかき消され、彼女からの深い慈愛を感じる。
「確かにちょっと苦かったけど、濃い鼻水みたいなもんよ」
「鼻水て……そのたとえはどうなんだ」
「ぷっ、そうかもね。でも慣れたら案外平気」
「ほ、ホントか? 無理してないか?」
「全然。私達、身体の相性もいいのかも」
「美琴……」
飲精は体質や体調にも大きく左右され、人によっては絶対的に拒絶を示す行為でもある。
冊子にも初心プレイには積極的に薦められる行為ではないと書かれていたが、
もし達成できれば限りなく愛情を深め合える行為であるとも併記されていた。
美琴はそれに挑みたやすく成しえ、その結果を『身体の相性』という言葉で表現し、
肉体的にも精神的にも二人の結びつきをより強固に昇華したいらしい。
上条も、いかにもポルノじみた願望を笑顔で受け入れた美琴に改めて深い愛情を抱く。
汗ばんだ身体を寄り添わせ、強くお互いを抱きしめあった。
「ありがとうな、美琴。気持ちよかったし、お前の一途な優しさが嬉しかった」
「私も……ありのままの当麻を受け止められて、嬉しい」
---
[21:57]
美琴は湯で口を濯ぎながら、上条に見えない角度で手にスキンを握り込む。
その間に湯船に入っていた彼に促されるまま美琴も浴槽に入り、
湯冷めしかけていた身体を再び温めあう。
「はぁ……セックスって気持ちいいけど、思ったより疲れるもんなんだな。
一回しかしてないのに実質四回くらい射精したような……」
「ねえ、当麻って一日何回くらい射精できるの?」
「そんなの数えたことねえなぁ……つーか一日に二回以上出したこと自体ないと思う」
「もう今日は無理そう?」
「わかんねえ、未知の領域ってヤツだ」
ねだる美琴の甘えた上目遣いは、これはこれで可愛らしいと上条は思うのだが
深層心理的には、性欲をガッツリ満たされてむしろ疲労感の方が強い。
一方の美琴はようやく燃え上がってきた女特有の欲情に心を支配されつつあった。
「一応、枕元からこーゆーの持ってきたんだけど……ダメ、かな……?」
心が促すまま、上条の眼前におずおずとスキンを差し出す。
少女としての貞淑は顔を赤く染めているが、女としての愛欲は男心を揺さぶってくる。
上条は申し訳なさそうな表情の裏に、雌豹の鋭い牙を垣間見た。
「いや、あの、美琴サン……?」
「アンタと一緒で、私にもヨッキューってやつがあるのよ。
聞き届けてくれたら嬉しいなーとか思うわけ」
「えーと、もしもそれを断ったら?」
「このまま湯船の中でちょっと能力漏らしちゃうかも、てへっ」
「てへっ、じゃねえええ! そんな事されたら上条さん生命の危機です!」
「ウソウソ、しないわよ」
「お前なぁ……」
「じゃあ、聞いてくれるだけでもいいの。無理はしなくてもいいから」
「それじゃさっきと立場が逆になっちまうだろーが」
長い時間を掛けたセックスと願望通りのフェラチオを体感した直後とあって、
上条自身はこれ以上ない満足感を得られている。
美琴の欲はまだくすぶっていて収まらないようだが、
彼女の欲求など自分に比べれば微笑ましいものだろうと高を括っていた。
自分も恥を明かして精を受け止めてもらった以上、美琴の本音も聴いておきたい。
「まぁいいさ、お前の話も聞かせてくれ」
「あ、あのね……」
向かい合って浴槽に漬かっているため、美琴はつい怖気づいて視線を落とす。
上条は何も言わず穏やかな微笑だけを向けて、そっと次の言葉を促した。
「……この間、初めてエッチした時の事なんだけどさ」
「あ、あー……あれはその、強引で申し訳なかった。色々と余裕がなくて」
「アンタは申し訳ないとか思ってたの?」
「そりゃそうだろ……猛省してるから、あまり記憶を抉らないでくれるとありがたいんだが」
「猛省って……」
「だから今日はそういう失敗をしたくなくて、ついああいう本に頼っちまったけどな」
「そうなんだ……私そこは気にしてなかったのに」
「えっ、あの事じゃなかったらなんなんだ?」
「えーと、その……」
歯切れが悪いのが気になるが、上条が最も気に掛けていた部分に
赦しを得られたことには安堵を覚える。
だが美琴の次の言を聞き及び、その安堵ごと上条は卒倒した。
「あのね……、この間みたいな乱暴で激しいセックスを……またして欲しいの」
「は、はああぁ!?」
「そっ、そんなに驚くような事言ってる私!?」
「いや、まぁ、正直驚く」
「だって……」
恋人同士でも合意のないセックスや乱暴な性行為はDVに当たると冊子には書かれていた。
いや冊子以前に、乱暴な行為を恋人に向けてはならない事など人としての常識だと思っている。
故に上条にとって初体験の記憶は恥じ入るべき過去なのだ。
それを払拭するための努力を尽くした後に、美琴にこのような事を言われては
何が正しいのか基準点が分からなくなってしまう。
「実はレイプ願望があるとか言わないだろうな?」
「そんなわけないでしょっ! もうっ、肝心なところで鈍感が直ってないんだから!」
「だったらなんでなんだよ」
「だって……あの時のアンタは、確かにちょっとおっかなかったけど、
何度も私の名前を呼びながら、一心不乱に求めてくれて……それが嬉しかったの。
私の事だけ考えて、私に熱中してるんだってのがすごく伝わってきたから……」
「美琴……」
「乱暴でもいいの。アンタが私に夢中になってくれるなら……それが私の願望なの」
「はぁー、今更なに言ってんだ、俺はもうとっくにお前に夢中だよ。まだ伝わってねえのかなぁ」
「ホ……ホントに?」
「ああ。そりゃまぁ、こんなの生きてて初めての事だから色々不慣れかもだけど、
上条さんとしては、目一杯美琴さんに惚れこんでるつもりなんですけどね~」
「だったらいいの。それだけが確かめたくて、わたし……」
「だからそんな不安な顔しないでくれよ」
美琴の憂う表情に顔を寄せて、思いを込めた口付けを交わす。
かすかに生臭い匂いが伝わってきたが、厭わず舌を絡めて求める。
半日キスを交わし続けた二人は、口を開いて舌を絡めあう角度やタイミングも掴み、
もはや呼吸のように自然なキスを身に着けつつあった。
「ありがとう。と、ところでさ……その……」
「したいのは山々だけど、こればっかりはカミジョーさんジュニア次第だなぁ。
ほら、今はちっちゃくなっちまってるだろ?」
「だったら今度は私がさっきのお返し、してあげる」
「お、おい……」
美琴は上条の残った性欲を搾り出すため、先程彼がそうしたように、彼の首筋に吸い付いた。
首筋や耳、乳首にまで舌を這わせ、うなじや背筋に手を寄せてさする。
彼の愛撫を堪能した経験を生かし、自身がそうされると喜んだように
上条の上半身のあらゆる部分を舐め尽し、彼の汗の味を舐め取っていく。
奉仕される事、快楽を与えられる事に不慣れな上条は
美琴になすがまま弄られながら、目を閉じて快楽に身を委ねた。
「ぺろっ…ちゅぷっ…れろ、ちゅっ…ちゅぱっ、ちぅ…ちゅぷっ…れろっ」
「うはぁ……っ、これ、いいな……!」
「ちゅっ、れろっれろっ…ちゅっちゅっ…ちゅぱ…ちゅ、ちぅ…ぺろ…ちゅ」
「みことぉ……」
「もっと尽くしたいの……アンタに喜んでもらえるように……」
「付き合い始める前から薄々わかってたけど……美琴って一途だよな……」
「そうじゃないと離れていきそうだから……不安なの。
ロシアの時みたいに、目の前で当麻を失うのはもう二度とイヤ……」
「もう離れたりしねえよ。俺こそ愛想尽かされやしないかって不安がいつもあるし」
「ふふっ、お互い不安なのね」
「かもな。だからこうやって抱きしめあうんだろ」
お互いに尽くす喜び、尽くされる幸せに深く感じ入る。
セックスがただの生殖行為ではなく、お互いの本質をさらけ出しあって
愛情を深める行為であることに、二人はようやく気付きつつあった。
「……大きくなってきた」
「ふふ、良かった。じゃあちょっと起き上がってくれる?」
美琴に促されて上条は浴槽から上がり、浴槽の縁に座り込んだ。
半立ちになったペニスに躊躇なくむしゃぶりつき、縦横無尽に舌と唇を這わせる。
恥じらう少女の面影が消えていく一方で、深い性愛が心の中に息づき始めていた。
「美琴、お前エロくなりすぎだろ……」
「こんな事できるの、当麻だけなんだから。
身も心も当麻の女になりたいから……当麻の身体に馴染みたいから……」
「ああ、もうすっかりお前の虜だよ」
「嬉しい……もっと頑張るね」
どうにも『当麻の女』という位置付けに深い拘りを持っているようだ。
上条としては美琴の人格を尊重し、対等な関係である事を望む。
普段の美琴との接し方からしてそれは正しい方針のはずだが、
彼女の本心は『お前は俺の女』といった昭和的なフレーズを望んでいるのだろう。
どちらかといえば彼の苦手な物言いなのだが、感極まった時に一言口走ったとしたら
彼女はどんな反応を返すのだろうか。
悪い結果は生まないだろうという自負もあるが、そんな言葉を受け入れられてしまったら
二人の関係性がおかしくなるのではないかという不安も掻き立てられる。
踏み込むべきか悩ましい気持ちとは裏腹に、上条のペニスはリビドーに突き動かされ
再びそそり立っていた。
「あはっ、勃ってきた勃ってきた」
「なんでそんなに嬉しそうなんだか」
「なんでだろ……コツを掴んだ気がして?」
「疑問系かよ」
「あははははっ」
ケラケラと笑うその幼い笑顔だけ見れば、年下の少女である事に疑いは持ちえない。
だが肉欲の魅力溢れる女としての一面も育ちつつある。
そのギャップに魅せられて欲情している自分がいる事を否定できない上条は
結局のところ、御坂美琴に正しく惚れ込んでいるのだ。
「ゴム、つけてあげよっか」
「できるのか?」
「簡単よ。さっきもやり方見てたし、冊子にも書いてあったし」
「あの本どこまで便利なんだか……」
ブリスターパックの包装を剥がし、スキンの表裏を確認すると
精液溜まりを指で押さえつけながら、器用にくるくるとペニスに装着していく。
上条は自分以上の手際の良さを見て、男としての自尊心が少し損なわれた。
御坂美琴の世話焼きスキルは並大抵ではないらしい。
「なにやらせても器用だよな、美琴は」
「んふふ、でしょー」
「じゃあ……こっちにお尻向けてくれ」
「うん」
美琴は従順に頷くと、浴槽の縁に手を着いて背を向け、
小ぶりで形の良い臀部を上条にすり付けるように腰を後ろに突き出す。
やけに素直な美琴の態度を見ていると、ことここに至って上条も
美琴の強い惚れこみぶりを実感していた。
(俺……こんなにも可愛い彼女できちまったんだなぁ)
「とうま……?」
「あ、いや、可愛らしくて見とれてた」
「か、可愛い!? 本当!?」
「ああ。小さなお尻も、その素直なところも可愛い」
「あ、アンタにそんな風にストレートに褒められると、なんか戸惑う」
「お互い素直になるのは難しいもんだな」
「そうね。じゃあ素直ついでに私も言っちゃうけど……、
私のこといっぱい突いていいよ。当麻のペースで動いていいから」
「いいのか?」
「うん…いいよ…その代わり、動きながら私の名前呼んでくれると嬉しい」
「ああ、何度でも呼んでやるよ」
美琴の下腹部に手を差し込むと、既に粘度のある液体で濡れそぼっていた。
言葉に出して確認を取ろうとしたが、真っ赤な顔で振り返る美琴の惚けた表情を見て
既に心身ともに受け入れる準備ができている事を悟る。
狭い膣穴に、いきり立ったペニスがズニュウと勢い良く突き刺さると
浴室中に響く甲高い声で美琴が鳴いた。
「ひぃ、あ―――ッッ!!」
「だ、大丈夫か!?」
「う、うん、痛くはないから……動いていいよ」
「ああ、あんな可愛い声聞かされちまったら、俺もう止まらねえからな」
「名前……」
「美琴、いくぞ……」
「うん、来て……」
美しい流線型を描くヒップを両側から手で掴むと、
上条は己を尻肉に叩き付けるようにして腰を振り始めた。
膨れ上がった凶悪なペニスで美琴の胎内を強く突き上げると、
堰切ったように口から嬌声が溢れ出す。
『彼と、自分自身の性感を盛り上げるためには、Hの最中に沢山声を出しましょう。
感じていないのに感じているかのように「演技」をする事はNGですが、
感じている自分を「演出」する事はとても大切です』
(えっ、演技とか、演出とか……冊子の内容なんてもうどうでも良くなってくる!
だって当麻が入ってくると本当に気持ちよくて、声なんて抑えきれない!)
「んっ! んぅっ、ひぃっ、いいん、んぁあっ、あぅっ、くふっ、んぅっ…!」
「美琴……美琴……みこと……!」
「あんっ、んあっ、あんっ、んっ、んあっ、あんっ、あっ、あっ、あぁっ!」
「気持ちいい……美琴の中、すげえ気持ちいいぞ……!」
「わっ、わたしもぉ、んっ、とうまのっ、気持ちいいっ! んああっ!」
「なぁ美琴、今なにがお前のどこに入ってるか、大声で言ってみてくれ!」
「んあっ、ああっ、言う、言うからぁっ!
とうまのぉ、チンっ、おちんちんがぁ、私のぉ、んぁあっ、ふぁあっ!
とっ、とうまのおちんちんっ、わっ、私のおまんこにぃ、いっぱい入って、くるのぉ!」
「くっ、声聞いてるだけで出ちまいそうだっ! 可愛いぞ、美琴ぉ!」
「んあっ、あっあっ、嬉しいっ! とうまの、おちんちんっ、気持ちいい、のぉっ!」
注挿するたびにパチュッパチュッと淫猥な水音が、美琴の下腹部から漏れ出ている。
並ならぬ快楽を得ている性器と同じくらい、聴覚からの刺激が狂わしいのか
もはや性癖を包み隠す事を忘れている上条は、美琴に卑猥な言葉を連呼させて
リズミカルに腰を振りながら悦に入っていた。
「あんっ、あんっ、あんッ、んっ、あはっ、あぅんッ、あんっ、あん、あぁん!」
「はっ、はぁっ、美琴……お前……お前のおまんこも気持ちいい……っ!」
「とうま、気持ちいい?」
「ああ……良すぎてもう出ちまいそうだ。でももっと続けてえよ」
「んあっ、もっと、もっと欲しいのっ! んあっ、あっあッ、んうっ、あんッ!」
「もっと欲しいのか、美琴? じゃぁ、やらしくおねだりして、みろよっ!」
「うんっ、おっ、おねだりぃ、おねだりするからぁぁ!
とうまのっ、おちんちんっ、私の中に、いっぱい、いっぱい欲しいのぉ!
ガンガン突き、上げてぇぇ、私のこと、壊れるくらいぃ、愛して欲しい、のぉ!
いっぱい名前を呼びながらぁ、中にびゅるっびゅるーって、せーえき、出して欲しいのぉ!
とうまぁ、とうまぁ、んああっ、とうま、ぁぁあぁあぁ!!」
美琴もまた、最愛の男の淫らな手口に服従しながら、激しい腰使いに狂わされていた。
犯されるかのように激しく愛されたいという、彼女自身の欲望もさらけ出し、
突き上げられるたびに上条の名を呼びながら甘い声を張り上げる。
浴室を支配する甘美な雰囲気に、二人はもはや脳髄まで侵されていた。
「美琴ぉ、みことぉ、もうすぐ出ちまいそうだ、みことぉ!」
「わっ、私も、イッ、イクッ、イキそうなのぉ、んあっ、あァっ、あぁーっ!」
「出るぞっ、出すぞっ、美琴の中でっ、いっぱいっ、いっっぱいっ! 出すぞッ!!」
「んひっ、あはッ、んくぅッ、んあァ、あっ、んッ、イくっ、イくぅぅッッ!!」
「行くぞッ、一緒にッ、美琴ッ、みことッ、みこ、み……うあぁぁぁ―――ッッ!!」
「とうまっ、とうまっ、すっ、好き、だいす……イクぅぅ――――――ッ―――!!」
欲望の全てを子宮に送り込むかのように、ペニスから怒涛の如く精が噴き出した。
尿道が激しく蠕動し、愛と欲の詰まった液体が並々と美琴の中に注がれていく。
極薄の膜が侵入を阻んだものの、美琴は下腹部の奥深くで上条の愛を感じながら
快楽に犯された全身を激しく震わせ、絶大なエクスタシーに酔いしれた。
上条は全てを放出し終えると、美琴にもたれ掛かりながらその身体を強く抱きしめ、
脱力していく意識の中で小さく呟く。
「美琴……いつまでも、ここにいてくれよ……」
「うん……私はずっと、当麻の傍にいるよ……」
二人の想いは強く絡み合い、血より濃い絆となって心の奥深くに刻み込まれた。
---
[22:22]
五度の放出を経て、抜け殻のように成り果てた上条は
ぬるくなった浴槽に半死人のような体で横たわっていた。
反して美琴は限りなく上機嫌な表情で、フンフフンと陽気に鼻歌を歌いながら
持ち込んだケロヨン容器のシャンプーを使って洗髪をしている。
(10分前まであんな可愛い声でイッてたくせに、切り替え早ええなあ)
彼女と一体感を得た後でも、些細な疑問は浮かんでくる。
右手には使い終わって口を縛ったスキンを所在なさげに掴み持っていた。
風呂場から上がったら、ティッシュにでも包んで捨てるつもりでいるのだが、
激しい情愛を交わした後にこういった地味な処置が残る辺りが
ポルノが描写しないリアリティなのだと思い知る。
「洗い終わったわよー。次アンタの番ね」
「あ、ああ。俺が頭洗ったらもう出ようぜ」
「そうね……なんか疲れちゃったかも」
上機嫌な美琴の口からもそんな一言が出てくる。
その美琴と交代で湯船を出ると、自分もいつものように洗髪を始めた。
「ふうん……水で濡らすとそのツンツン頭そんな風になっちゃうんだ」
「流石の上条さんも、24時間ヤマアラシしてるわけじゃありませんの事よ」
「よく言うわよ、かなりのクセっ毛じゃない」
「そりゃまぁお前みたいにサラサラのツヤツヤはしてねーけどよ」
「んふふ、そんな風に思ってくれてたんだ」
「美琴の髪は綺麗だし、いい匂いするなっていつも思ってたんだ。
でもまさかそれを維持してるのが、こんなカエルシャンプーとは思わなかったが……」
「い、いいでしょ別に! それ結構指通りも良くて気に入ってるんだから!」
「まぁそういうトコも含めて、美琴の素敵な魅力ってことだな」
「きょ、今日のアンタ、褒めちぎりすぎよっ」
ぬるい湯の中にいながら、美琴は顔を赤らめてそっぽを向く。
愛欲に無縁な状態でも可愛らしい一面を晒してくれる。それが嬉しいのか、
上条も美琴をまねてフンフフンと鼻歌を歌いながら髪を洗いだした。
(当麻だって嬉しそうじゃない)
美琴は慈しむような笑顔を浮かべながら、洗髪に没頭する上条の姿を見つめていた。
---
[22:37]
二人で身体を拭きあい、髪を乾かしあったあとに脱衣場を出て、水をコップ一杯ずつ飲み干す。
上条はリビングに戻るとティッシュを手に取り、使用済みスキンを包んでくず籠に投げる。
普段の就寝時間より幾分早いが、今日は程よい疲労感に包まれながら眠りにつけそうだった。
「このまま寝ちゃおっか?」
「そうしようぜ。正直疲れた」
「実は私も……」
美琴がまず先にベッドに入り、左手側の壁に身を寄せる。
次に上条がエアコンと天井灯を消してベッドに入ると、美琴は彼の左肩に頭を預けた。
本当は就寝時に腕枕されるのが好きなのだが、翌朝に上条の腕が痺れてしまうため
肩に体重を預ける事で負担を軽くしている。
同じベッドに入るのも四度目ともなると、こうした気遣いも自然と行える。
真っ暗になった室内で、二人はお互いの顔を寄せてピロートークに興じた。
「……今日はありがとう。忘れられない一日になったわ」
「俺こそ感謝しきれねえよ。なんかすげえ満たされた」
「私だって、あんなに愛してもらえて幸せ」
「幸せ、かぁ。美琴以外にはあまり言われたことないなぁ、そんな言葉」
「言ったっていいじゃない。アンタの右手の事はまだまだ謎めいてるけど、
私はあんまり、幸運を打ち消すとか赤い糸を断ち切るだなんて話、信じてないもん。
だってアンタの言う『不幸』って、半分はアンタ自身が要領悪いのが原因でしょ?」
「う、否定できねえ……」
「それに……もしも本当に神様の幸運を打ち消してるんだとしても、
神様の与えてくれる幸運だけに縋って生きるのが人生じゃないと思うの」
「そうだよな。お前と一緒にいるとそう思えるよ」
「今日はあの『不幸だー!』って台詞、一度も言ってないわよね」
「言ったぞ? 帰って来る前に二度ばかり」
「私が来てからは?」
「……一度言いかけたけど、言ってないな」
「ふふっ、良かった」
それこそが上条が幸せを実感している証左だと美琴は思う。
上条も美琴の頭を右手で撫でながら、彼女の抱きよってくる温もりの
心地よさに眠気を誘われていた。
「でも―――俺は前に、ステイルってヤツに言われたことがあるんだ。
俺の力は幻想を殺すしかできない、幻想を守る力なんかじゃない、ってな。
俺の能力は不幸な人を不幸にしなくて済む存在なのかもしれねえけど、
幸せになりたい人にとっては邪魔な存在でしかないかもしれねえって思ってた。
お前に告白する時に一番怖かったのは、フラれる事じゃなくて、
受け入れてくれたらお前の幸せを壊すかも知れないってことだった」
「当麻……」
「なぁ美琴、俺はお前の幸せをちゃんと守ることができてるか?
お前の幸せな幻想を壊したり……してねえか?」
「うん、私は幸せよ。だってこの想いは幻想なんかじゃない、確かな現実だもの」
「ならいいんだ……お前が傷付かないでくれているなら、それでいい」
「それに、私は知ってるわ。
当麻にとっての不幸は、本当は不幸なんかじゃないって事を。
みんなを守るためにその右手の能力(ふこう)を受け入れている、誰よりも優しい人……」
「美琴……」
カーテンの隙間から覗く月明かりが、二人の横顔をほんのりと照らす。
まどろむ意識の中で、美琴は抱きしめる腕の力をぎゅうと強めると、
告白のように恥じらいながら上条の左耳に口を寄せ、
心の一番奥底に秘めていた想いを打ち明けた。
「当麻は……絶対に不幸を招く存在なんかじゃないって私は信じてる。
幻想を殺すためだけの存在なんかじゃない。科学とマジュツを跨ぐ災厄でもない。
ただみんなの笑顔を守るために、いつでも『上条当麻』というヒーローであろうと
必死に戦ってる優しい人だってことを、私は知ってるから……。
たとえ記憶がなくなったとしても、どんな連中がその力を狙ったとしても、
幻想殺しの力が喪われたとしても、私はずっと当麻だけを見てるから。
だから、二人が信じる夢のために、一緒に立ち向かっていきたいの。
―――あなたを愛しています、当麻―――」
「美琴……ありがとう。俺はきっと今、とても幸せなんだと思う。
誰もが笑っていられる世界の中心には、とびきりの笑顔をしたお前が居てほしい。
それが……俺の夢の到達点なんだ」
今日、この日、この時、この瞬間。上条当麻は知る。
全ての不幸や災厄を相殺してなお有り余るほどの幸福を与えてくれる、
御坂美琴という名の伴侶と出会えた事を。
今になって上条は、海原光貴(うなばら みつき)になりすましていた
魔術師の願いの意味を理解した。
美琴を形作る周りの世界を、そして彼女自身を守り抜く事を改めて誓う。
月明かりに照らされ、少女の与えてくれた愛に満たされながら
上条の意識はゆっくりと眠りに落ちていった。
---
[06:24]
学園都市に静かな朝が訪れる。
6時を過ぎても夜の帳はまだ明けきらず、放射冷却現象によって冷え込んだ外気のためか
室内の吐息も白く染まるほどに寒い朝だった。
上条は、開ききらない瞼の先に見える栗色の髪からふんわりと漂う甘い匂いと、
湯たんぽのような温もりを生む存在を胸元に感じながら目を覚ました。
寝入る美琴は子供のように高い体温を保ちつつ、上条に寄り添って未だ眠っている。
起こさないようにそっと抱き寄せ、彼女の耳元で小さく呟いた。
「……これが幸せな目覚めってやつなのかなぁ」
「えへへ」
「!? 起きてたのかよ」
「うん、ちょっと前から」
「起こしちまったかと思って焦りましたよ」
「ほんの5分くらいよ。アンタの腕の中でじっとしてるのって幸せだもん」
「そっか。……おはよう、美琴」
「おはよ、当麻」
お互いを強く抱き寄せながら朝の挨拶を交わし、どちらともなく口付けた。
眠気から覚めきらない淡い意識を保ったまま、暖かい唇を重ね合わせ
融合するような一体感に身を委ねる。
永遠の一瞬。そんな幻想的な情緒が溢れる、至福のひと時だった。
「……今何時だ?」
「6時半くらい。あ、携帯取ってくれる?」
「よいしょっと」
上条は上半身をくねらせ、食卓に置いていた美琴の携帯電話を手に取るついでに
自分の携帯電話とエアコンのリモコンも一緒に手に収める。
彼の携帯には着信がなく、幸いにも平穏な一夜となったらしい。
エアコンの暖房を入れ、冷える今朝は暖かめの室温に設定した。
「あちゃー、夕べのメールが溜まってるわ」
「結構来てるのか?」
「送り主は三人だけだけどね。佐天さんと初春さん、あとは全部黒子」
「お前がいつも仲良くしてる三人組だっけか」
「うん。……ねえ、私達の関係の事、この三人には話してもいいかな?」
「俺は構わねえけど、白井は大丈夫なのかなあ」
「問題ないわ、ちゃんと真剣に話せば分かってくれる子だから」
上条はどうにも白井の恐ろしい反応を予期してならない。
容赦なく蹴り飛ばされた事が幾度もあるので、美琴はクスクスと笑いながら
さもありなんといった様子で彼を宥めつつ、受信メールを次々と開いていく。
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【From】kuroko-shirai@tokiwadai-jh.ed.jp
【Sub】 お恨みいたしますの
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首が……痛いですの……
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【From】ruiko-saten@sakugawa-jh.ed.jp
【Sub】 バレちゃいました><
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ごめんなさい御坂さん、お泊りの事
白井さんにアリバイがバレちゃいましたっ!
それはそれとして……明日はぜひとも
詳~しく聞かせてくださいね!
今夜は彼氏さんとごゆっくり~(^^)/
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【From】kuroko-shirai@tokiwadai-jh.ed.jp
【Sub】 本当にお泊まりのつもりですの!?
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おねぇぇさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁ!!!!!!!!
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【From】kazari-uiharu@sakugawa-jh.ed.jp
【Sub】 明日の件です
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こんばんは、夜分遅くすみません。
明日の合流時間の件、三人で話し合って
午後一時に会おうって決まったんですが、
その時間まで来られそうですか?
ところで、白井さんが妙にピリピリして
佐天さんがニヤニヤとしてたんですけど
二人と一体なにがあったんでしょうか?
あっ、お返事は明日でもいいですよ~!
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【From】kuroko-shirai@tokiwadai-jh.ed.jp
【Sub】 ウケケケケケケ
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類人猿め、もしお姉様の操に手を出したら
コロスコロスコロスコロシタル……
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(黒子が相当ヤバいわね……)
変わり者である事は重々承知しているが、精神的に半壊していく様子が
まざまざと伝わってくる一連の流れは中々怖い。
ここは上条に一言断りを入れて、ひとまず返信を返しておく事にした。
上条は美琴がメールに熱中している間に背後から彼女を抱きすくめて
首筋の甘い匂いに陶酔し始めた。彼も大概甘え好きらしい。
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【To】ruiko-saten@sakugawa-jh.ed.jp
【Sub】 おはよう
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昨日は連絡できなくてごめんなさい。
それと黒子の件、無理言ったのは私だし
佐天さんが謝らなくてもいいの!
今日はなんでも奢るから許してね。
どこまで話せるかはわからないけど、
聞かれた事には正直に答えるわ。
……でもお手柔らかにお願いね^^;
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【To】kazari-uiharu@sakugawa-jh.ed.jp
【Sub】 おはよう
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連絡ありがとう。
一時にセブンスミスト前でいいのかな?
その時間に間に合うように向かいます。
黒子の発作はいつものことだから…(^_^;
佐天さんには色々と聞かれそうだけど、
とにかく明日はよろしくね!
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【To】kuroko-shirai@tokiwadai-jh.ed.jp
【Sub】 おはよう黒子
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昨日は色々無茶を言ってごめんなさい。
今日はあなたに大切な話があります。
佐天さんと初春さんとセブンスミストで
合流してから、四人で話しましょう。
午前は確か風紀委員当番よね、頑張って。
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返信を打ち終えて枕元に携帯を転がすと、再び上条の身体に抱き付いて体温を重ね合う。
起床予定は8時と決め、今はただ惰眠をむさぼりながら最高の居場所に酔いしれる。
「ふにゃあ~……幸せぇ~♪」
(気の抜けた声出しやがってまぁ)
普段は聞けない、しかし昨日今日は幾度となく聞いた美琴の甘ったるい裏声は
男の朝の生理現象をいっそう力強くさせる魔性の響きを持っていた。
しかし居心地の良さに緩みきっている美琴に対しては、右手を添えていないと
布団の中がたちまち発電所に変貌する可能性をも孕んでいる。
美琴本人に悪意は欠片ほどもないのだが、故に難儀な体質だ。
「ねぇ」
「なんだ?」
「お腹にナニか硬いのが当たってるんだけど」
「こ、これは男の朝の生理現象なんです!」
「ふうん……」
「ですから別に朝からサカってる訳ではなくてですね……」
「……ただの生理現象だから、仕方のないことだって言いたいの?」
「そ、そうなんですハイ」
「…………。ふんっ」
「……えーと」
不機嫌な沈黙が二人の間に漂い始める。
どうやら期待と違う返事をしてしまったらしいと上条は直感した。
「……」
「あ、朝から言うのもなんだが……本当は、美琴が、欲しいんだ」
「ホントかしら」
「マジだって」
「ふふっ、もうしょうがないんだから、当麻は」
嘘から咄嗟に出た言葉ではない。一応本心ではある。
それはそれで即物的な一面を露呈してしまう事になるのだが。
ところがこんな返事にも美琴は上機嫌な笑みを返してくるのだから
事態というものはどう転ぶかわかったものではない。
「確か、あと一枚余ってたのよね」
「あ、そうだったっけな」
スキンの残数だ。美琴は昨日枕の下から一枚奪った時に知ったらしく、
上条自身も一夜経って忘れかけていた事を把握していた。
就寝時には尽き果てていた上条の精力も幾分か回復していたため、
箱入りで買っておかなかったのは幸か不幸か判断の難しい部分だ。
「ねぇ……また咥えてあげよっか」
「ああ、して欲しい。俺もしてあげてえけどな」
「交代でするの?」
「同時にだよ」
「どうやって?」
美琴はその名称も体位もまだ知らないが、お互いに性器を口で愛撫しあえる
シックスナインという便利な体勢がある。
上条は掛け布団の中に潜ると、美琴の花柄のパジャマに手を掛け
そのまま膝上までスルリと脱がせる。
薄暗い布団の中で、上条は寝汗で湿ったカエル柄のショーツに遭遇した。
「これまたカワイイの穿いてんだな」
「やっ、こ、これは寝る時用のだから!」
「別になに穿いててもお前はお前だよ……すぅぅ」
「優しい言葉吐きながらクンクンすんなぁぁ!」
湿ったショーツの上から鼻腔を押し付け、下着ごと美琴の下腹部を愛撫すると
かすかな寝汗の匂いと、少女らしからぬ雌の芳しい匂いが肺を満たす。
緩やかな前戯でも少女の内側から欲情をたぎらせるには十分だった。
「っこのっ、私も反撃してやるんだから!」
二人はベッドに寝そべりながら自然とシックスナインの体勢を取っていた。
奉仕欲の強い美琴は対抗心を燃えあがらせて、上条のジャージに手を掛ける。
突き出る下腹部に難儀しながら下着ごと脱がすと、張り詰めたペニスが姿を現した。
「朝から元気なんだからもう……ちゅ」
挨拶代わりに先端部へ口づけすると、ゆっくりと口の中に飲み込んでいく。
激しいディープスロートはまだできないが、暖かい口に含んでいる感触だけでも
上条は言いしれぬ快楽を得られていた。
(うああ……美琴のやつ、口の中まで飲み込んでくれてるのかよ。あったけぇ)
(当麻の息が掛かってこそばゆい……なんか中からジワッと来るぅ……)
膣内のように暖かく軟らかい美琴の咥内に包まれて、上条は深い溜め息を吐いた。
腰を振りたい衝動を堪えつつ、ショーツの上から陰核らしき部分を吸い上げると
睾丸部に熱い鼻息を感じる。美琴も同じように発情めいているのだ。
(とうまの精が……欲しいよぅ……)
昨日の時点で要領を掴んでいるため、上下逆の体勢でもそれほど労苦は感じない。
たっぷりと口に含んだ唾液でペニスを濡らすと、ツヤツヤと光り輝きはじめた
亀頭の海綿体が小さな伸縮を繰り返し、尿道口から珠粒の粘液が溢れ出す。
餓えを満たすかのように、美琴はその粘液を舌で舐め取る。
舌に力を入れすぎないよう意識しながら、撫で回すように先端部を舐め転がすと
上条の腰がヒクヒクと震えだした。
その敏感な反応に満足気な笑みを浮かべながら、ペニスの根元を手で押さえて唇で扱き上げる。
「ちゅっ…ぢゅぽっ…ぢゅぽ…ちぅ…ぢゅる、れろっ…ぺちゅ、ちぅっ…ぢゅぽ…」
(くぅうっ、美琴さんってばフェラが上手になりすぎですよ……)
「んっ…ちゅ、ぢゅぽ…ちゅるっ…ぬぽっ…ぷぁ…だいすきぃ…ぢゅぽっ、ちゅぅ…」
(このままだとすぐイカされちまう……俺もしてやりたいってのに)
しかし雰囲気を中断したくない上条は、ショーツを脱がす機をとうに逸していた。
仕方なしに秘部を覆っている布部分だけを強引に横にずらすと、
既に濡れ滴っている秘裂にしゃぶりつき、舌の腹で小さな陰核をねぶり上げる。
口周りをベトベトに濡らしながら、上条は美琴の感じそうな部分を手当たり次第に
唇と舌でこねくり回し、彼女のウィークポイントを探求した。
「ふうっ……んく…あっ……んあっ、それ…集中できなくなるぅ…うあぁっ!」
フェラを疎かにするほど大きな声をあげたのは、膣に舌を突き入れた時だった。
陰核でも感じる反応はするのだが、美琴は入り口で特に感じるタイプらしい。
両手で臀部の肉を掴み上げ、歯が当たらないように気を遣いながら
上条は舌を使って膣穴の周辺に何度も弧を描いた。
「んふ……ふぁ、ふぁぁっ…んく…やぁぁ…とーまぁ…ひぃ、んーっ…ああぁ…」
(トロトロの液体が湧いてくる……)
酸味の強い愛液が上条の喉を潤し、咥内を雌の匂いで満たしていく。
さえずるように鳴く美琴の嬌声に気を良くしたものの、
舌を伸ばして舐め続けるのは顎筋への負担が大きい。
ぬくい布団の中で穏やかな前戯に没頭するのは大変魅力的なのだが、
カーテンの隙間から朝日の光が差し込み始めた事を考えるとそう時間は取れない。
まさに口惜しい事だが、上条は口での愛撫を自ら止めて、布団から顔を出した。
「……そろそろ、いいか?」
「うん……大丈夫」
美琴は頭を置いていた枕の下に手を伸ばし、ややあって最後のスキンを見つけ出すと
ベッドに膝立ちしている上条のいきり立ったペニスに手早く装着した。
スキンを自ら身に着ける事によって、ネクタイを締めるかのように姿勢を正すはずが
これでは衣服を着せられた幼児のような気分になってしまい、どうも落ち着かない。
「このくらい俺が自分でするっての」
「私がしてあげたいの」
「尽くしすぎだよお前は」
「え……ダメ、かな?」
「別に悪いって訳じゃないから、うるうるとした上目遣いはよせよ」
「だって……」
(ああもう可愛いなこいつ)
かねてから抱いていた、負けん気が強いワガママ電撃姫のイメージは
付き合いだしてから緩やかに崩壊していった。
実際のところは純粋で乙女チックな一面を持った少女である。
ツンデレという言葉があるが、人間関係に臆病な人物の行動パターンの一つに過ぎない。
こう見えて誰よりもナイーブで、それなのに自己犠牲的に人を救おうとするから
上条はとにかく気掛かりなのだ。
昨日、言い忘れた一言がこういう時に役立つかもしれないと考える。
「それじゃ、入れるぞ」
「うん、来て……」
美琴はベッドに寝そべると、そっと目を閉じて相手に身を委ねる。
上条は美琴の寝間着を下着ごと脱がせると、そのまま両足首を持って股を開いた。
美琴は瞼を閉じる力をギュッと強めたものの、抵抗のそぶりは示さない。
挿入直前のこの瞬間に二人の動悸は最も激しくなる。
「最初はゆっくりと入れるからな」
「うん」
「それとな、美琴」
「なに? くっ…ふぁぁ…」
赤く熟した下腹部にそっとペニスをあてがうと、少しずつ先端を挿入していく。
熱くきゅうきゅうと締めてくる膣の入り口に、息を吐きながら立ち向かうと
美琴は待ちわびていた上条との結合に身を震わせながら、圧迫感を受け入れていく。
「奥まで全部入れたら、身も心も全部俺の物になってくれよな」
「もうとっくに、なってるわよ……」
「それでも、身体の芯まで刻み付けたいんだよ。お前はもう、俺の女だってことをさ」
いざ大言を吐いてしまってから、自分らしからぬ気障な台詞だと思い直した。
相手次第では失笑物の失言になりかねず、盛り上がった愛欲も冷めかねない。
ところがそれを聴いた美琴は目を見開き、顔を赤く染めて惚けた表情をしている。
どうにも正確に心理のツボを突いてしまったようだ。
「うん、私を当麻の女にして」
美琴とて、他人の所有物になる発言など彼以外には絶対に許せるはずがない。
しかし、懸命に追いかけても無意識に受け流されていた頃を思い返せば、
上条が自分に夢中になってくれている今はどれほど幸せな事か。
台詞としてそれが彼の口から聞けると冥利に尽きるのだ。
「ふぁっ…先っちょが、ちょっとずつ…はぁっ、はぁっ…入ってきてるぅ……」
「美琴……辛くねえか?」
「だいじょうぶ……あぁっ……私の中が当麻で満たされていくこの瞬間が、好き……」
「俺もだ」
美琴はヒクヒクと身体を震わせながら、静かに侵入してくるペニスの感触に高ぶっていた。
上条はその反応が心地よく感じて、先端部だけを出し入れする感触を堪能している。
待ちきれない美琴は裏返った声でねだりだした。
「やっ、やぁっ……焦らしちゃやぁ……」
「でもこれ、気持ちいいんだよ」
「早くぅ、私を当麻で一杯にしてよぉ……」
「こうか?」
「くふ……あはあっ!!」
言われるや否や、上条は腰を前に突き出す。
膣の奥に届いた感触に震え上がり、美琴はいっそう高い声で鳴いた。
「あー、あはぁぁ……ッ! とうまが、届いたぁ…っ…!」
「奥まで、入ったぞ。すげえ締め付けてくる」
「んっ……今ちょっとイッちゃったぁ」
「なんだ、俺を置いてもうイッちまったのか」
「ごっ、ごめん!」
「ウソウソ、全然責めてねえよ。好きなようにイッていいからな」
「当麻も一緒がいい……」
「最後は一緒にイこうぜ。ゴム付きだけど、中で出すからさ」
「うん」
身も心も満たされ、緩いエクスタシーに突き上げられた美琴の瞳は恍惚としていた。
一方の上条は、うねるようにして締め付けてくる熱い膣の感触によって
今にも射精に導かれそうな自分を懸命に堪えている。
しかし誘惑に捕らえられて前後に動く腰の動きは抑えようもなかった。
両足の膝を肩の上に持ちあげ、折り曲げられた美琴の身体に深い注挿を繰り返す。
(とうまの……熱くて、堅くて、おっきくて、ビクビクしてて、ぬるぬるで…気持ちいい…ッ!)
(美琴の中……あったかくて、軟らかくて、キツキツ締まって、ぬるぬるで…気持ちいい…ッ!)
「あっ、あはっ、やぁん、あんっ、くふっ、あっあっあっ、ひぁっはぁ、んあっ…」
「美琴っ……好きだ……!」
「んあっ、あっ、はあっ、あっ、ああっ奥ぅ、くるぅ、はあはっ、ふっ、ふっ…」
「美琴っ……はぁっ……みことっ……!」
「ふぁっ! あはっ! あっぁっあ! とうまの、おちんちんっ、おくにあたるぅ! はぁっ…はあっ!」
「みことぉ……っ!」
「ふぁっはっ! とうまぁ! あーはっ、ふぁっ、はあっ、あーっ! はァ、ひぃッ!」
女は快楽のために声を抑えきれず、男は我慢のために声を押さえがちになる。
上条が美琴の名前を連呼するのは、彼女自身の要望という事もあるが
そうしていないと無言で腰を振り続ける単調作業に陥りそうだったからだ。
自慰ではなく性交なのだから、美琴あっての行為なのだからと己に言い聞かせるように
上条は荒い息と美琴の名前だけを交互に吐き出し続けている。
「あっ、はあっ、あーはぁ、いっ、あっ、あはっ、ふぁっ、はあっ…は、ふぁっ!」
「……姿勢、変えてもいいか?」
「ん……いいよぉ」
両足首を握っていた手を右に下ろして離し、性器を結合したまま美琴の左側に寝そべると
右手を下腹部に伸ばして陰核を指の腹で触り、左腕を美琴の枕にする。
美琴は快楽に喘ぎながらも、背中に回った上条の意図を読み取り、枕から首を上げる。
二人は行為を重ねるごとに、お互いの感じる動作や求める行為を
無意識に汲み取りあえるようになっていた。
「んうッ、んああッ、あはっ、くふ、くあっ、あッ、とうまぁ、ひッ、ふぁあっ!」
「美琴……すげえ、気持ちいい……ッ」
「とうまのが、おくに……いいよぉ! でもっ、入り口で焦らすのも、好きぃッ!」
「どっちも沢山するからな」
「してぇ、いっぱいしてぇッ!」
上条は恥骨を美琴の臀部に押しつけながら、次の体勢を考えはじめていた。
四十八には遠く及ばないが、知っている限りの性交体位を連想する。
正常位は初回に、対面座位と立後背位は昨日実践している。側位は今実践中だ。
あとは騎乗位と後背位、名前は知らないが座位のような体勢が幾つか、
冊子には絵図でしか載っていなかったため名前が浮かばないのもある。
むやみに体位変更を繰り返すと女性に負担が大きく、精神的にも冷めやすいため
三つ四つ迄に絞るのが良いとも記載してあった。
(騎乗位は見てみてえ、でも主導権を任せると昨日みたいになりそうな気がする……
後背位は今と大差ないし、美琴の顔が見えねえから最後にはしたくないな。
キスもしてえし……やっぱり上になってもらおう)
昨日は前戯に掛ける時間を数字で意識し、今日は体位を意識することで
上条はセックス全体のバランスコントロールを図れるようになっていた。
ただ我欲のまま腰を振るのではなく、美琴の様子をよく観察して
彼女の望む行為を行い、望む言葉を紡ぎ、望む結末へと導く。
それが愛あるセックスなのだと確信している。
「んっ、あんっ、くふっ、んっんっんっ…ひぁ、あっあっ、んくっ、ああんっ!」
「声も可愛いぞ美琴っ、もっと聞きてえ」
「んんっ…ほんとぉ?」
演技ではなく演出。それを強く意識せずとも、美琴は無意識に喘ぎ声が出てしまう。
無理に封殺できなくもないが、こうして上条が喜んでくれるなら止める理由がない。
美琴自身、リズミカルに飛び出てくる自分の嬌声を楽しみつつもあった。
「ああ。俺の動くペース、しんどくないか?」
「優しいね、当麻は。大丈夫だよ」
「じゃあ今度は美琴のペースで動いてみてくれよ」
「わ、私のって……ひゃぃん!」
「くはぅっ!」
上条が体勢を変えようとした際に、ペニスを膣から引き抜く瞬間のニュルリとした感触が
予想外に気持ちよく、二人は揃って間の抜けた声を出した。
上条は、セックスの快楽はペニスを「挿し込む」動作で感じるものとばかり思っていたが、
「引き抜く」動作も意識すればよいのだと思い至る。
少しずつ性の知恵が付いていく事が、学校の勉強よりかは数段魅力的だった。
「上に乗っかってくれるか?」
「そ、それって……乗馬スタイルってこと?」
「そうそう」
「私が動くの?」
「そういう体勢だぜ。俺が突き上げてもいいけど」
「じゃ、じゃあ私が動いてみる。あんまり気持ちよくなかったらゴメンね……」
その愛らしい断り文句も男心をくすぐるのだが、ここはあえて黙った。
美琴の中で不安に思っているからこそ出てくる発言には、身を以て答えを示したい。
二人は姿勢を入れ替え、美琴は恥じらいながら上条に跨って馬乗りになった。
へそまで反り上がったペニスを手で誘導するが、美琴の愛液で濡れ光るそれは
秘裂に沿ってツルリと滑ってしまう。
「すごいヌルヌルになってる……」
「お前のなんだぜ、それ」
「私そんなに濡れてるの?」
「それだけ感じてくれてるんだろ」
「うん……私、当麻とするセックスが大好き」
年頃の少女にとっては壮大なカミングアウトだ。
ただ快楽を貪るための行為ではなく、二人がお互いに労わりあいながら
お互いを知っていこうとする共同作業だから愛おしいと思い、口にできる。
上条もそれに同意し、美琴が挿入しやすいように下で姿勢を調整する。
しっかりと揉み解された膣穴に、今度はたやすく侵入した。
(うわ……繋がってるところが丸見えだ。この姿勢もかなりエロいな)
「ひぁ…ぅん!」
「く……全部入ったぞ。あったけぇ……」
「い、いきなり奥まで届いたぁ……ッ!」
「美琴の動きたいように動いてみてくれよ」
「そうしてみる……」
恐る恐る腰を上げ、全身を使って上下運動するが、すぐに無理がある事に気付く。
腰だけを動かす動作には縁がないためか、いまひとつコツがわからない。
「ど、どうしよう」
「うーん……一旦腰を落としてさ、股を俺に擦り付けるみたいに動いてみろよ。
上下じゃなくてこう、前後に動くんだ」
「やぁ、そんなやらしそうなこと……」
言葉とは裏腹に、美琴は実に楽しそうにはにかんだ。
未知の行為を上条に手ほどきしてもらうのが嬉しい。
指南する彼も特段詳しいわけではないのだが、二人で模索するのもまた一興だ。
「手、どこか押さえてないと不安定だぞ」
「ど、どこを押さえたらいいの?」
「後ろに手をつくか、前なら俺の肩とか手を持てばいいんじゃねえかな」
「じゃあ当麻の手がいい」
美琴は恋人繋ぎで手を握り合うのが好きで、外出デート時には常に握り合っている。
抱きしめあうのもキスも性交も好きだが、結びつきを感じられる行為としては
これが最も手軽で長く続けやすい。無論上条にとっても同じだ。
「ぎゅっ、てしてて……」
「ああ」
両掌をしっかり握り合うと、美琴は陰核を上条の腹に擦り付けるように
腰を前後に動かし始めた。
体重の掛け方が反対になり、自分のペースで動ける事に最初は戸惑ったが
美琴はすぐにコツを掴み、腰を動かす間隔と緩急を自在に操りだす。
上条は最初こそ動かずに済む体勢に楽を覚えたが、それがすぐ誤りである事に気付いた。
「ふふ、段々わかってきたわ。なんか覚えてくると楽しいかも」
(やべえ、自分のペースで動けないからすぐ出ちまいそうになる)
「ねえ当麻……その、気持ちよくなれてるかな?」
「ああ、すげえよ。身悶えしちまいそうなくらい」
「じゃあもっと頑張って動くね」
言ったが後の祭り、その言葉に美琴はますます奮起して、妖艶なグラインドを始めた。
上条は慌てて歯を食いしばり、美琴のキツい締め付けと絶妙な腰使いのために
襲い来る射精感と戦い始める羽目になった。
「とうまぁ、これ気持ちイイ、いいよぉ!」
(やっぱりこいつに主導権渡すと半端ないな……!)
「んっ…あん、あっあッ、あはっ、あん、うんっ、んっんっんっ、ア、あはっ!」
「うああ……すげえクる、キてる!」
「んっ、ンッ、ッんっ、ふぅン、んっ、あはっ、あんっ、あっ、あ、とうまぁ!」
「みこと、みことぉ……」
「んぅ、あッ、あはッ、あんっ、あん、んっ、んぅううっ、っはっ、はぁっ!」
激しい動作で熱を帯びた額から汗が滴り落ちていく。
小さな胸がパジャマの中で、激しい動きに合わせてぷるんぷるんと小刻みに揺れる。
体熱にたまりかねた二人はそれぞれ上着を脱ぎ捨て、汗ばんだ身体を触れ合わせた。
「ははっ、お前の身体めちゃくちゃ熱いな」
「当麻こそすっごい汗よ」
「終わったら一緒にシャワー浴びようぜ」
「うん、また身体洗ってあげる。……その前にキスしたい」
「ああ」
二人は目を閉じて口付けあうと激しく舌を絡め合い、お互いの唾液を貪りあった。
ペニスの先端部分で美琴の入り口を引っかくように、浅い位置で絶妙に動かす。
美琴の習得の早さは舌を巻く程だったが、その舌すらも彼女に吸い上げられていた。
限りなく貪欲な美琴の本性は、上条の愛を渇望し追い求める強さに裏打ちされている。
その事に気付いた自分は、気付けた自分は幸せなのだと上条は思う。
大小様々な不幸に嘆いていても、一番の幸せだけは逃さずに済んだのだ。
(やっぱり俺にはこいつしかいねえ。美琴に出会えてよかった)
(私、当麻を好きになってよかった。当麻と一緒でよかった)
「みこと、みことっ、美琴、みこと……ッ!」
「とうま、とうまっ、当麻、とうま……ァ!」
「イくぞ、イっちまうぞ、このまま美琴の奥に全部出すぞっ!」
「出して、出していいよ、私の中に全部出してっ! 私を奪ってェ!」
「ううっ……うあぁ―――ッ!」
「イく、イくっ、私、わたし、イッ、イく、イクッ、ぁあ、あ―――ッッ!!」
「う…うぅ…出てる……美琴の中にびゅるびゅる出てる……!」
「ふぁ―――っ! はぁ―――ッ、ぁあーっ、はぁ…ッ! はっ、はぁっ……!!」
「あ、ああっ、まだまだ出る……う、く…ッ…!」
「ぁ、あぁ…ッ! あっ、あは…っ…!」
上条は美琴を抱きすくめながら、腰を震わせて精を吹き出し、
美琴は上条にしがみ付きながら腰をくねらせ、絶頂に上り詰めた。
男女が同時に達する事は性交の中でも最も難しく、運も絡み合う要素なのだが、
お互いを深く求め合う二人には至る事ができたようだ。
ただ技巧による成果だけではなく、根底の部分で二人は一心同体なのだと実感していた。
「はぁ……あー、たくさん出た……」
「はぁ…はぁ…はぁっ…!」
「美琴……辛そうだな、ゆっくり呼吸しろよ」
「はぁ…うん……大丈夫……んッ! んんっ! んーっ……!」
(ま、まだイキ続けてるのか?)
男の瞬間的なオーガズムと違い、女のそれは数分から数十分続く事もある。
美琴の場合は一気に上り詰めてからのち緩やかに下降していく。
その合間に上条に優しい言葉を掛けられ、頭を撫でられるだけでも
美琴は暖かいエクスタシーを感じ続けられた。
「んーっ……あぁ……ん…っ…はぁ……」
「美琴、ありがとな」
「うん……私、当麻の女に、なっちゃったぁ……幸せぇ……」
幸福感で満たされた言葉が、美琴からさも当たり前のように出てくる。
それが嬉しくて上条も精神的に満たされていく。
幸せになろうと願うのなら、こうして彼女の傍にいるだけでいい。
それが上条の辿り着いた結論だった。
「落ち着いたなら……抜くぞ」
「うん……んっ」
射精を果たしたペニスを引き抜くと、精液の溜まったスキンが力なく腹にしなだれた。
美琴は上条からそっと手を離すと、愛液の滑りに苦心しながらスキンを取り外す。
上条は恋人の面倒見が良すぎて、自分が怠惰になりそうな気がしてきた。
「こんなに薄いのに頑丈なのね」
「そりゃまぁ、万一破けたら一大事だからなぁ」
「もしそうなったら私の中に、当麻の赤ちゃんができちゃうんだ……」
「お、おいおい!」
「今はまだ考えられない事だけど、ずっとこうしていられたら、いつかそんな日も来るのかな」
「先の事は分からねえ。でも、ずっと一緒にいられたらいいなって思うよ」
「うん、そうありたい。……これってこのまま縛って捨てたらいいの?」
「だから、そーゆーのは俺がするっての」
「自分でできるの?」
「できるに決まって……ふぁぁ!」
美琴はスキンの口を縛ると唐突に、精液と愛液でテカテカと光り輝く
上条のペニスに咥えついた。
そのまま半立ちのペニスを唇でしごき上げ、舌で亀頭を舐めまわす。
不意を突かれた上条はまたしてもみっともない裏声を出してしまう。
射精後の敏感なペニスをしゃぶりあげる行為、いわゆるお掃除フェラが
上条の好みだという事は昨日の時点でバレきっている。
「う、くぁぁ!」
「ぺろ…ちゅぱ、ぢゅぽっ、ぢゅぷ…ちゅっ……ねぇ、これ自分でできるの?」
「いや、そっちじゃなくてだな……くぁッ!」
「こーやって、イッた直後に口で掃除してもらうのが好きなのよね、当麻は」
「ああ、メチャクチャ快感なんだぞコレ」
「そのまま口の中に出してもいいよっ」
「そーゆー魅力的な事言うなよ……そうしたくなっちまうだろ」
「していいんだってば。私、当麻のせーえき飲んであげるからさ」
「うっ……!」
甘美な言葉理性を打ちのめしてくる美琴の誘惑に、すっかり耐性が落ちていた。
第一、これほど丁寧に舐め弄られている状況で断れる理性などあるはずがない。
ただ精神的に満たされる一方で、苦い精を飲ませる事には申し訳なさも募る。
「ちろちろ、ちゅ、れろっ、れろれろっ…ちゅぷ、ちゅっ、ぢゅる…ぺろっ」
「く、ぁぁあ……!」
「ぢゅるっ、ちゅぽっ、じゅぷ、じゅっぷ、んぷっ、ぺろっ、ちゅっ、ぢゅぷ…」
「美琴……俺、頭の中でなにかが焼ききれそうになる」
「つ、つらいの!? 止めた方がいいかな!?」
「いや、大丈夫だ。気持ちよすぎるだけだよ」
「良かったぁ。じゃあ続けるね」
「……お前だって優しいじゃねーか……」
上条はこういう時に美琴に強いシンパシーを感じる。
美琴も上条に尽くしている間、彼がずっと頭を撫でてくれるのが嬉しくて
どんな願いでも叶えたくなってしまう。
相手の喜ぶ笑顔が見たい。相手の幸せな表情が見たい。それが一番の原動力だった。
「ぢゅぱ、ちゅっ、ぺろ、れろ…ちぅ、ちゅ、ちゅぽっ…じゅぽっ…」
「はぁぁ……ふぁ……っ」
「んふ、とうまってば可愛い声なのね」
「つい変な裏声が出ちまうんだよ……」
「ちゅっ、ちゅぱっ…ちゅぱっ…じゅぷ…れろっ、んっ…ぷぁ」
「んくぅ……なんか込み上げて来たっ」
「出していいよ……全部、私の中に……ぴちゃ…ぺちゃ…れろっ、れろぉ…」
「みことぉ、ちょっとすげぇよその舌使い……」
「ごぽっ、ぐぽ、ごぷっ…ふー…じゅぽっ、ぐぽっ、じゅぷ、じゅぶっ…ふー…」
「うああ……奥まで……喉に当たってる」
「ぺろっ…くぽっ、ちぅ、ちゅっ、ちゅっ、ぢゅる…れろぉ…れろっれろっ」
「うあぁあ……みこ、と……出る…ぅ…!」
「ぢゅぽっ、じゅぽ、ぢゅぽっ、ちゅぱ、ぢゅぽっ、ぢゅる、ちぅっ…」
「みことっ、みことぉ!」
警告の意を込めて、上条は射精直前に美琴の名前を連呼したが
美琴はひたすら激しいストロークに没頭し、口内射精を強く促してくる。
恋人を労わる気持ちの狭間にほんの一瞬だけ凶悪な欲情が顔を出し、
鈴口をストローのように吸い上げる美琴の動作にあわせて、上条は全ての感覚を開放した。
「うぁ―――ぁあっ!」
(出てる……あったかくて苦いせーえきがいっぱい出てくる……)
「どびゅーっ、どびゅっ、びゅるっ、びゅく、びゅーっ、びゅる、びゅっ、びゅ…
ん……ごくっ…んぷ…ごくん…、ふぁ、ちゅっ…ごくっ…」
美琴は精を吸い上げながら、小意地悪な上目遣いで上条の表情を伺う。
目が合うと二人してゾクゾクと鳥肌を立たせ、精神的なエクスタシーを生み出している。
美琴が精液を嚥下している間、上条は一度も目を逸らさずに美琴を見つめ続けた。
「ふぁぁ……かなり出たぁ」
「ん…ふ……っ」
二度の放出で上条はすっかり疲れ果て、ヘロヘロとベッドに崩れ落ちる。
美琴は口内の精液を満足気な笑顔で飲みつくすと、汗だくの上条に抱き寄り
耳に息を吹きかけるようにして囁いた。
「よ、よかった、かな……?」
「ああ、すっげえ良かった。本気で昇天ってやつが垣間見えたよ」
「良かった……」
美琴は必ず、行為の後に上条に感想をねだる。
それは冊子の中では勧められない行為の一つに数えられていたのだが、
美琴は自分がどれほど彼の求めに応じられたのかを確認せずにはいられない。
上条もそこは左程気に掛けず、無意識に上目遣いで見つめてくる美琴の
弱弱しい表情を見ていると、満足の笑顔を向けて彼女を癒す。
「ほんの一日でテクニック上達しすぎだぞ、美琴~」
「飲み込みの早さと応用力の高さがレベル5の秘密なの。……なんちゃってね」
「あれを感じた後だと、ちょっと信じてしまいそうになりますよ」
「当麻が幸せなら、私も幸せなの」
「ああ、幸せだ。美琴の、おかげだ」
「嬉しい……」
二人は感極まって口付けを重ねたが、上条自身に生臭い味が伝わってきたのは彼の誤算だった。
しかし御褒美を求めてペットのようにじゃれ付いてきた美琴が可愛くて仕方がなく、
美琴の舌を弄りつくすようにしてキスを続ける。
「ん……またちょっと大きくなってきた」
「いや、流石にもう俺は満足しきってるぞ!?」
「でももしかしたら、この先に新境地が見えてくるかもよ?」
「ま、待てっ美琴っ、朝からいきなり三連発はさすがに……」
「ふふっ、でも当麻のココはこんなになっちゃってるけど?
もうスキンがないんだから、口で受け止めるしかないじゃない。ねっ」
「さてはお前が飲みたいだけですか!」
「うん。なんかこの味癖になってきたかも」
「や、それはそれで嬉しいが……くぁぁ!」
「ふふーん、実は弱ったアンタをいじめるのが楽しいの」
「今度覚えとけよーお前っ……んぅ!」
(今度なにされちゃうのかな、私……わくわくしちゃう)
---
[08:03]
性に貪欲な男子学生にとって、前戯やセックスについての知識は
放っておいても膨大に入ってくるものだが、こと後戯の知名度は低い。
男は総じて射精をセックスの終点と考えるが、女にとってはそうではない。
冊子が最後に役立ったのは、この後戯についての記載も網羅していた点だった。
『男性は射精を終えると性欲が急速に減退し、女性に対して冷たく接しがちになります。
行為の直後にタバコを吸ったり、反対側を向いて寝込んだり、部屋を追い出すような
冷たい一面をつい覗かせてしまうもの。
しかし彼女を本当に愛しているならば、後戯こそが最も大切だと心掛けましょう。
後戯に決まった方法はありません。ただ心のまま、相手に触れてあげてください』
そこで上条は美琴を布団の中に引き込み、後ろから彼女を抱きすくめると
行為中に触る事が叶わなかった胸を優しく掌で包み込み、緩慢に揉みしだいた。
ツンと突き上がった乳首を時折優しく擦り上げると、美琴はひぃと小さく鳴く。
気を良くして今度は右耳の中に舌を差し入れると、ビクビクと全身が震えだす。
上条は自分が主導権を持っている方が安心できるのか、余裕を見せだした。
「んッ……んぁぁっ、とうまぁ、やぁー……あっ、はァ…やんっ…!」
「美琴たんは右耳と左乳首が特に弱いんだよなー」
「ねぇっ、そっ、それイィッ、んあっ、あっ、ま、またしたいのぉ!?」
「これはお掃除してくれたお返しだよ。でももう8時だし、そろそろやめなきゃだよな」
「だって……やぁんッ! こんな事続けられたら私、また当麻が欲しくなっちゃう……」
「すげえ魅力的な申し出だけど、それはまた次の機会まで我慢しなきゃだろ」
「だ、だよね……ううっ」
「あとさ、あのゴム使い勝手良さそうだから、今度は箱で買ってきてもいいか?」
「うん、あれだと当麻の温かさがお腹の中に伝わってくるから、あれでいい」
「わかった」
美琴からスキンの買い込みに承諾を頂き、上条は心に刻み込まれていた
極薄の二文字をかき消さずに済んだと安堵する。
しかも極薄どころか、もう二ヶ月ほど待てば"無"の境地にまで至れるわけだが、
それを意識すると下腹部が臨戦体勢になりかねなかったので、かろうじて押し留まった。
「ねぇ当麻、他になにか私としてみたい事とかある?」
「お前、このタイミングでそーゆー事聞くかよ」
「今答えてくれたら必ずしてあげてもいいけどなー」
「く、くぅぅ……しかしですね美琴さん」
「ひょっとして、ド激しいSMプレイとかご所望じゃないでしょうね!?」
「そこまでキチクじゃねーよ!
ただちょっと……制服姿のまましてみてえな、とかは、思わないでも、ない……」
「ふっ、アンタって実はそっち側の人だったんだ」
「ち、違うっ、鼻で笑うな!」
「へーんたーい、ろーりこーん、こーすぷーれおーたくーっ」
「ぐ……ぐっ! やっぱ言わなきゃよかった……」
「で、他には?」
「しかも即却下されてるし……」
「ん? 制服の事なら全然OKよ」
「うええ!?」
「……で、他には?」
「く、うう……! お前は俺の理性を破壊する威力もレベル5なのでせうか」
上条はコスプレフェチではない。ただ美琴を多様に愛したい思いの表れだ。
くだらない事に妄想力を費やしながらも、白状を余儀なくされてしまう。
天使のような悪魔の笑顔とでも言うべきか、美琴はにこやかに微笑みかけながら
上条の性癖を暴き、あざ笑い、そして優しく受け入れていく。
「あとは、その……ローションを使ったりとか、目隠しとか、おもちゃ使ったりとか」
「アンタ……実は結構な量の妄想がたまってたのね……」
「ああそうだよ、可愛い恋人ができてから上条さんの欲望は溜まりっ放しです!
自制心なんてものはお前と洗いっこした時にブッ壊されちまってるんだよ!」
(そーゆー嬉しい事をサラッと言うから、聞き届けてあげたくなるのよ)
「んっ、なんだって?」
「にゃ、にゃんでもにゃいっ!」
「つーか、そう言う美琴はどうなんだよ。なにか俺がしてあげられる事ってあるか?」
「わ、私はそういう具体的なイメージはないんだけど……昨日話した事くらいかな」
「あっ、ああ……あれな」
スキンなしでのセックス。高い満足感を得られると同時にリスクを孕む行為だ。
もちろん美琴は十分な準備を行ったうえ、計画的に考えた上で申し出ている。
上条にとっても先の待ち遠しい話だったが、外面(そとづら)は控えめに喜ぶのみだ。
「じゃあ当麻のお願いは、次に泊まりに来た時に少しずつ叶えてあげよっかな~」
「マジですか!」
「だから、楽しみに待っててね」
「ああ。だけど……」
「だけど?」
「そういう事抜きにしても、お前が傍にいてくれるってだけで俺は嬉しいんだからな。
相手に求めすぎないように、自然と一緒にいられるような関係でいようぜ」
「わかってる。当麻のそういうところ、信頼してるもの」
「そっか……ならいいんだけどな」
「私は次に来るまでに、なにか新メニューを身に付けてみよっかな」
「ははっ、そいつは楽しみだ」
性的な言動に関してはメリハリがある方が望ましいと相互に思っている。
献立を思い悩むチャームな表情も美琴の魅力の一つ。
平日はこういう姿を沢山見ていたいと上条は思う。
「じゃあ、シャワーは一緒に浴びちまおっか」
「うん。それが終わったら……」
「ああ。気持ちを切り替えて、いつもの二人に戻ろうぜ」
「そうね。……ありがとうね当麻、とても幸せな一夜だった」
「俺も感謝してる。また次の機会にも、こんな風にして過ごそうな」
「うん」
感謝と慈愛の気持ちを込めて、二人は優しく触れるように口付けを交わす。
その後二人で一緒にシャワーを浴びたが、お互いの洗い合いに興じすぎて
湯上りの時間が予定より大幅に遅れてしまったのは余談である。
---
[09:35]
湯上りに手早く朝食を済ませると、二人は揃って家事に取り掛かった。
上条はまずベランダの戸を開き、濃厚な愛欲にまみれた室内を換気すると
掃除機を使って部屋中を掃除しはじめ、ホコリの溜まった掃除機用紙パックと共に、
くず籠の中身をゴミ袋に投げ入れる。
肝心要なのは使用済みスキンと冊子を同居人の目に触れないよう捨てる事であり、
他のゴミは全て巧妙なカモフラージュに過ぎない。
一方、食器洗いと洗濯を担当する美琴は、お嬢様学校の寮生活の便利さに慣れてしまい、
上条宅に乾燥機が設置されていない事をいささか不便に思っていた。
仕方がないので、シーツとタオルと上条の衣類だけは肌寒いベランダに干していき、
自分の分は濡れたままビニールに包んで持ち帰る。
いっそ二人分の洗濯物を全てコインランドリーに任せてしまう妙手もあるのだが、
それでは上条宅で家事をしている実感が湧いてこない。
洗濯槽の中で、上条と自分の衣服が一緒に洗われている様子を眺めるのが好きなのだ。
10時を過ぎて家事が一段落した後は、毎週恒例の勉強タイムとなる。
上条にとっては一番気が重く、それでいて美琴と共同作業できるという
妙ちきりんなジレンマが膨れ上がる一時だ。
「ほらほら、この問題は先週もやったじゃないの。
ここの定理を当てはめたら簡単に解けるじゃないのよー」
「えっと……先週の問題ってなんだっけか」
「ちょっとぉ、そんな事じゃ勉強の意味がないじゃない!
もうじき期末試験だってのに、アンタの頭には記憶力ってもんがないの!?」
「うう……上条さんのバカは今に始まったことではありません」
「開き直らないの! キチンとやらないとホントに落第しちゃうわよ!
それともいっそ二度落第して、同級生になってあげましょっか!?」
「くぅぅ、美琴センセーのお怒りが日に日に強くなっていく~」
「当たり前よクソバカ! こんな基礎問題でいちいちずっこけてんじゃないわよ!
いーい、ここはこの定理をここに当てはめて、αの二乗をβで割って……」
「……なるほど、さっぱりわからん」
「アンタって人はー!!」
辛辣な言葉を浴びせながらも、美琴は辛抱強く上条に教え導いていく。
しかし制服姿に着替えた美琴が、女の香りを仄かに漂わせながら寄り添ってくるので
上条はどうにも煩悩を揺さぶられて勉学に身が入らない。
その体たらくが益々美琴の怒りを誘い、課題を一問解く事すら一苦労していた。
「まったくもう、全然はかどらないんだから」
「いつになく顔が険しいですよ、美琴センセー」
「当然でしょ! 私がいられるのは昼迄なんだから早く終わらせないと!」
「……抱いてる時はあんなに可愛かったのにな」
「ば、ばっ、ばっ……ばかぁぁ!! もう元に戻るって言ったでしょうが!!」
「ははっ、耳まで赤くなってるぜ」
赤面しながら狼狽する美琴の態度が面白くて、上条はついからかってしまう。
淫靡な女の姿はすっかり身を隠し、無垢な一面を取り戻した彼女も愛おしい。
美琴も弄られている事は百も承知なのだが、彼の口から可愛いという言葉を聞くと
どうにも喜ばしくなって照れ隠しに怒鳴ってしまう。
ピンポーン♪
訪問者の来訪を告げるチャイム音がリビングに鳴り響く。
それは二人だけの蜜月が終わった事を示す、刻限の鐘でもあった。
「……インデックスのヤツが帰ってきたのかな」
「た、多分そうなんじゃない?」
上条はペンを卓上に放り出し、立ち上がって玄関に向かった。
美琴は上条の向かい側に座り直すと、落ち着かなさそうに前髪を弄りだす。
後ろめたさがあるのか、銀髪シスターと顔を合わせるとなるといつも落ち着かないのだ。
「よお、おかえり」
「おかえりじゃないんだよ、こんな寒い日に一人でとぼとぼ帰ってこさせるだなんて!」
玄関の扉を開くと、修道服の上に厚手のコートを身に着けたインデックスが
機嫌の悪そうな面持ちで上条に食ってかかった。
その合間にコートの下からするりと走り降りたスフィンクスが、先にトコトコと
室内に入っていくが、いち早く美琴の電磁波に気付いて微妙に距離を置く。
「わりいわりい、遅くなるようだったら迎えに行っても良かったんだけどさ」
「ふんだ、一人で勉強に集中したいとか殊勝な事言いながら、とうまは薄情なんだよ!
大体今日だって……やっぱり今日もいたんだね、短髪」
「アンタねぇ、いい加減あだ名で呼ぶの止めなさいよ」
「私の事だって名前で呼んでくれたことないかも!」
コートを脱ぎながらリビングに踏み込んでくると、早速美琴の存在に気付き
眉間に皺を寄せながら不信感に満ちた視線を向ける。
美琴も悪態に負けじと睨み返しながら、インデックスの後ろで
オロオロとしている上条を指差しながら呼び名の是正を求めた。
一触即発の雰囲気を察してか、上条は慌てて二人の合間に割り込む。
「だぁあ、もうお前らぁ! なんだってそう仲が悪いんだ!
しょうがないだろ、俺の知り合いじゃ御坂が一番教え上手なんだよ!
俺の勉学レベルを上げるための最適な手段はこれなんだっての!」
「勉強を年下に教わってるだなんて事、あまり胸を張って言うことじゃないかも」
「すみませんでした……」
苦しい言い訳をにべもなく蹴られた上条は、大仰にしょげてみせる。
すかさず美琴は彼に助け舟を出し、インデックスとの対決姿勢を鮮明にした。
「アンタも、コイツが進級を掛けた大事な時期だってことくらいは知ってるでしょ?
そうやってキャンキャン怒鳴ってないで静かにしてあげなさいよ。
私だって自分の勉強があるのに、仕方なくコイツの勉強見てやってるんだから……」
「短髪の言い訳はもっと苦しいんだよ」
「なにが!?」
「理由はどうあれ、短髪はとうまの傍にいると嬉しそうにしてるのが見え見えなんだよ」
「ばっ、バカじゃないのアンタ! なんで私がコイツなんかと……!」
第三者の前では、美琴は普段どおりツンケンとした自分を見せるようにしている。
しかしインデックスにはそれも偽装的に思えるらしく追求を緩めない。
上条宅は早くも女の修羅場と化していた。
「私はね、とうまの勉強の役には立ててないかも知れないけど、
洞察力と記憶力は人並み以上にあるつもりなんだよ。
私が短髪を好きになれないのは、そうやっていつもウソばっかり言うからかも!」
「私のどこがウソばっかりだってのよ!」
「あの、二人ともその辺でどうか……」
「キッ!」
インデックスは上条を見上げてきつく睨み、彼の手ぬるい仲裁を制止すると
美琴に向かって指を指し、かねてから心に抱えていた本音をぶちまけた。
「私はね、短髪に最初に会った時、一目でわかったもん!
短髪はとうまが大好きで大好きで仕方ないってことくらい、お見通しのバレバレなんだよ!」
「なっ、なななな……!」
「なのにいつもいつも、私はコイツなんかに興味ないって口では言うんだよ!
私今まで色んな人に出会ってきたけど、こんなにもウソつく人はいなかったかも!」
「なっ…なっ…なにを言ってんのよアンタ!? ちょっと黙りなさいよね!」
「ほらそうやって、本音がバレそうになると無理やり怒鳴る!
短髪は人とのコミュニケーションが下手すぎるんだよ!」
「う、そ、それは……!」
「短髪みたいな人を『ツンデレ』って言うんでしょ? すごくめんどくさい人種かも」
「う……ぐっ……!」
ツンデレの妙を理解できないインデックスにとって、普段の美琴の態度は業腹だった。
美琴は図星を突かれて慌てふためき、舌鋒鋭い指摘に反論できないでいる。
場の空気をかき乱す詰問はまだまだ止まりそうにない。
「……とうまも最近はウソが増えたよね。短髪を好きなことごまかそうとしてる。
前はそんな様子なかったのに、最近は目に見えてわざとらしくなったんだよ。
とうまはずっととうまだと思ってたけど……そういう変化は見たくなかったかも」
「インデックス、お前……」
「改めて聞くけど、短髪はとうまのガールフレンドなの?」
ガールフレンドという言葉の意味は、三者とも少しずつ異なって認識している。
しかしこの状況においてインデックスが追求してくる言葉の意味を
ありのまま受け止めた美琴は、はっきりと首を横に振った。
「……違うわ」
「お、おい御坂!?」
「ガールフレンドじゃなくて、ステディになったの」
「ステディ?」
三者の誰もが誤解を挟まない、適切な一言だった。
言葉の意味するところは理解できているが、インデックスはその言葉を
噛み砕いて受け入れるまでに若干の間を要してしまう。
「アンタはブリティッシュらしいから、デーティングとかの方が伝わる?」
「どっちでも言いたいことはわかるんだよ。つまり二人は恋仲になったんだね」
「そういうこと。誤解ないように言っとくけど、この事を第三者に言ったのはアンタが初めて。
だけど二人で話し合って決めたの。もう隠さないでいようって。
コイツはアンタの事を一番気掛かりにしてたみたいだから」
「とうま、本当なの?」
「あ、ああ、そうだ。みさ……美琴と付き合うことになったんだ」
「ふぅん。よーやく認めたんだね二人とも」
意外にもインデックスは驚いたり騒ぎ立てたりする様子を一切見せない。
むしろ、今更何をと呆れ返った表情で二人を見比べていた。
「ようやくって……ひょっとして気付いてたのか?」
「鈍感ニブチンなとうまと一緒にしないで欲しいんだよ!
クリスマスミサの直前頃から、二人の距離感がおかしいのには気付いてたもん!」
「はいはい、その通りよ。付き合うことになったのは12月からだもの」
「ふふ~ん、でしょっ!
とうまは隠し通してるつもりだったかも知れないけど、そんな目論見は
クリームパフェにハニーシロップと練乳ぶっ掛けたくらい甘いかも!」
「そこは胸を張って勝ち誇るとこなのでせうか……意味がわからん」
話の論点は美琴と上条の関係性から、巧妙に仲を隠していた事を暴いた点にシフトしていた。
なにか救われた気がして溜息を吐いた上条だったが、事態の解決にはまだ至っていない。
美琴もここで吐露した以上は、話の折り合いを付けておかねばと考えている。
(ねぇ、この子にはどこまで打ち明けちゃっていいの?)
(インデックスは性的な事には疎いから、そこは言わなくていいと思う)
(言うわけないでしょバカ! 私が心配してるのは、今度のお泊まりの事よ)
(で、ですよねー)
「……なにをこそこそと話してるのかな? また隠し事する気なの?」
「そういうわけじゃないわよ、頭からちゃんと話すから。
あのね、二人で付き合い出してから、私はコイツの勉強と家事の面倒を見るために
こうして毎週日曜に来てるわけだけどさ、その……今度からは……」
「日曜じゃなくて土曜だよね? やっぱりまたウソをつくんだね。
こっちはこもえにそれとなくお願いして、毎週毎週気を遣ってたっていうのに!」
「あ、う……そこまでバレてたの?」
「私はとうまと違って空気をちゃんと読めるんだよ」
「読むついでにお腹一杯食べられたらもっといいのにな」
「とうま、今は真面目な話の最中なんだよ……
あとで噛み付きの刑執行するから覚えておくといいかも!」
「うええ!?」
真面目な話を横から茶化してくる上条に刑罰を宣告すると、苦悶の表情で
転がりはじめた彼をスフィンクスが気だるそうに慰めていた。
そんな上条を捨て置き、インデックスは再び美琴に向き直る。
「つまり短髪はここ最近ずっと、とうまと土日一晩過ごしてたんでしょ?
それがどういう事を意味するかくらい、私にだってわかってるんだから!」
「そ、そこまでわかってるなら言ってやるわよ! わ、私はコイツと……!」
「ずるいずるいずるい!! 私だって沢山食べたかったんだもん!」
「……は?」
「それで! 昨日の夕食は何を食べたのかな? 今朝の朝食は!?
常盤台のお嬢様は一食4万円もする食事をいつも食べてるんだよね!?
二人で合計16万だよ! とうまの数ヶ月分の食費を一晩で平らげたんだよね!?」
「……はぁ?」
「昨日の晩にステーキ肉で喜んでいた私がまるでバカみたいなんだよ!
私知ってるもん。今のとうまみたいな人を『ヒモ』って呼ぶんだよ!」
「どうしてそんな見当違いな単語を繰り出してくるんですかインデックスさん!?」
「アンタねぇ……それで憤慨してたのかい、アホくさ」
会話が完全に勘合しなくなり、話題から振り落とされてしまった美琴は
呆れ果てて肩を落としたが、考えようによっては今が説得の好機だった。
虚言は大抵見抜かれてしまうため、あくまで本当の事だけを抜粋して説明する方が
この少女には効果があるだろうと睨む。
「そんな訳ないでしょ。どこの情報か知らないけど、
常盤台だってそこまでエンゲル係数を度外視した食事はそうそう食べないわ。
昨日二人で食べたのはシチューだし、ステーキ肉に比べたら些細なもんでしょ」
「本当なのかな?」
「ホントだって。シチューはまだ沢山残ってるからアンタも食べる?」
「もちろん食べるんだよ!」
「す、素直ね……」
インデックスの大食漢ぶりは知っていたが、元来から根の素直な少女が
我欲に忠実に生きている様には、どこか惹かれるものを感じる。
兎にも角にも話の論点がボヤけてきたため、美琴は立て直しを図った。
「だから別にアンタを差し置いて、二人だけで贅沢な食事してたわけじゃないわよ。
たまには二人でゆっくり話もしたいし、勉強しなちゃならないのも確かだもの」
「それにしても、一つ屋根の下で未婚の男女が一晩二人きりだなんて……教義に反するんだよ」
「それを言ったらアンタなんて、週7でコイツと一つ屋根の下で暮らしてるじゃない!」
「私は特別だからいいんだもん!」
「なによそれ、子供の言い訳か!」
かしましい喧嘩の方向性が更に乱れ始めたため、上条もようやく説得に腰を上げ、
そっと二人の間に割り込むとインデックスの双眸を見つめた。
「なぁインデックス……週7が週6になったら、嫌か?」
「少し嫌なんだよ。でもこもえも優しくしてくれるし、
あいさやあわきと一緒にご飯を食べるのも好きだから、
週に一日くらいなら我慢できなくもないかも」
(あわき……結標淡希(むすじめ あわき)のこと? ……まさかね)
「じゃあ決まりだな。これからしばらくは今のペースで過ごそうぜ」
「それはこもえ次第かも。私としては受け入れないでもないんだよ」
現状の生活を維持する事を望むインデックスとしても、
横車を押して事態の全てを壊したいと思う程の抵抗心はない。
上条の真剣な表情と、彼の様子を不安げに見守る美琴を見比べつつ、妥協を受け入れた。
「そーだな……小萌先生には今度、菓子折り持ってお願いに行くか。
色々無理を聞いてもらってて、すっかり頭が上がらないんだよなぁ」
「それ私も付いて行こっか?」
「いや、ここは俺がやるよ。俺のしなきゃならないことだからな」
「わかったわ」
「……確かに前よりは仲が良くなってるんだよ」
インデックスの記憶において、上条と美琴の会話はもっぱら美琴が喧嘩腰だったが、
こうして交際の事実が露わになって見るに、良い変化らしき物は感じとれた。
幼い嫉妬心もあるのだが、うまく折り合いを付けようとする上条の態度を見ていると、
居候の自分も過度の文句は言えない立場なのだと顧みる。
「とうま。あと一つ尋ねたいんだけど……どうして短髪を選んだの?
素直で優しい子なら、他にもとうまの周りに沢山いると思うけど」
美琴はそれが最も辛辣な言葉だと感じた。
自分より女性として優れている存在が幾人も彼の近くにいる事は理解している。
目の前の少女とてそうだ。悩みだすと自我が揺らぎそうになる。
「『選んだ』んじゃねえよ。俺と美琴は表裏一体みたいなもんなんだ。
それにこう見えてこいつ、すごく素直で優しいし一途だぞ」
(あ、当麻がフォローしてくれてる。嬉しい……)
「私、別に惚気までは聞いてないかも。私にとっては嘘つきの子だからよくわかんない」
「ウソが多いってのは、まぁ……俺達が付き合うことになるまで俺が
こいつの気持ちに気付いてやれなかった反動みたいなもんだ。これからは減るさ」
「うん……これからはもう少し素直になるようにするから、許してね」
「本当なんだね? 私はもうお邪魔虫扱いは懲り懲りなんだよ、二人とも」
「ああ、すまなかったな」
上条はインデックスの寛容な一面をよく知っている。
口では文句を言いながらも、みんなが笑顔でいられるための方法を
正しく理解し、受け入れてくれている彼女もまた愛おしいと思う。
感謝の意を込めて、左手でインデックスの頭を撫でた。
「とうまって、私のこと左手で触ることが多いよね。短髪はいつも必ず右手なのに」
「いや、それは特に意識してないが……なんとなく無意識に左手でって思っちまうんだ」
「初めて会った時に私の霊装を壊したことを、まだ気にしてるのかな?」
「そ、そんな事もあったっけか。あったな、あったあった、ハ、ハハ……!」
「おかしなとうま」
インデックスに記憶喪失であることを遂に打ち明けた事は、上条にとって
一大決心の一つだったのだが、それでなくした記憶そのものが戻る訳ではない。
しかし絶対記憶能力を持つ彼女が思うのは、彼の本質は
記憶の有無くらいでどうこうなるような脆弱な物ではないということだ。
「基本的に右手はサッと動かせるように空けておいてるんだよ。
けど美琴には、能力を打ち消す右手で触れてないとって考えちまうんだよなぁ」
「一応辻褄は合ってるけど、果たしてそれだけなのかな?
とうまはその右手で短髪を、左手で私を繋ぎとめておくつもりなの?」
「ん……まぁ、そういう風に言わちまうと不順な動機に思われちまいそうだけど、
お前達をそれぞれ比べてどうとか思ってるわけじゃない。
俺にとってはもう、どちらも手放せない大切な手なんだ」
「とうま、それって……」
「……もしお前から手放されるってんなら、その時は無理に握り返したりはしねえ。
だけど俺からは絶対に離さないから、お前はずっとここに居てくれよ。
俺がお前の居場所を、美琴と一緒に全力で守る。俺にとってはそれだけが願いだ」
「今更そんな言い方はないんだよ! 私はなにがあってもとうまと一緒にいたいもん!
でも短髪もとうまと一緒にいたいなら……少し悔しいけど、私は片手だけでもいいよ。
とうまがまたどっか遠くに行っちゃう位なら、ここで二人の手をずっと握って動かないで!」
「ああ……俺はここにいるよ」
この二人にも複雑な事情があって、離れられない理由がある。
美琴は割り込めない世界に割り入ってしまった肩身の狭さを感じながらも、
二人が自分の居場所を作ってくれている事に深い感謝の意を覚えた。
「よし、これでこの話は終わりにしようぜ」
「そうね。色々揉めちゃったけど、受け入れてもらって嬉しいわ」
「あー……なら今更だけど、ちゃんとお互い自己紹介しておいたらどうだ、お前ら?」
「本当に今更なんだよ。初めて会ってから半年は経ってるのに」
「まぁまぁ、お互い呼び方が『アンタ』と『短髪』のままじゃ仲良くなれないだろよ」
「それも一理あるわね、じゃあ改めて……こほん。
私の名前は御坂美琴(みさか みこと)よ。この街じゃ超電磁砲《レールガン》って呼ばれてるわ」
「私の名前は禁書目録(Index-Librorum-Prohibitorum)って言うんだよ。
インデックスって呼んでくれると嬉しいな!」
上条に促され、二人は自己紹介を交わし握手を交わす。
上条は柔らかい笑みと共にそれを見守っていたが、やがてインデックスが自分を向いて
鬼の形相へと変わっていく様子に、恐怖で顔が引きつった。
「それはそれとしてとうま! いよいよ刑の執行なんだよ!」
「お、覚えてたんデスカそれ!」
「私が一度覚えたことを忘れるわけがないんだよ! ガブヴヴゥ―――ッッ!!」
「あぎゃーーーっ、ふこーーーだぁーーー!!」
「ふふっ、ちょっと久しぶりに聞いたかも、この口癖」
---
[11:57]
「ところで話は変わるんだけどさ、インデックス」
「なにかな、みこと?」
美琴は台所で三人分の配膳を行いながら、インデックスに話し掛けた。
食事にありつける直前の彼女は上機嫌に返事する。
全身に歯型を付けた上条は、美琴の電磁波避けも兼ねて
右手を使ってスフィンクスと興じていた。
「コイツの誕生日がもうじき来る事は知ってるわよね?」
「えっ、そうなの!?」
「えっ、ちょっとアンタ同居してるのにそんな事も知らなかったわけ?」
「だってとうまは誕生日なんて一言も触れた事ないんだよ!」
「そういえば言ってなかったかもなー」
渦中の上条は至って無頓着だった。
美琴とインデックスは揃って溜息をつき、彼の鈍感ぶりを嘆く。
親密な少年の生誕を祝いたいと願う乙女心は難儀なものだ。
そんな二人の苦悩は意に介さず、上条はスフィンクスをじゃらすのに熱中している。
「言ってなかったかもなー、じゃないんだよ! とても大事な情報なんだよ!」
「ったってなぁ、自分から積極的に言うような話でもないだろ」
「人にパスポートの事どうこう言ってた割に、自分の情報開示には疎いよね!」
「はいはい、そこで揉めないの。ホラ、アンタの分」
「いただきますなんだよ~!」
追求を即座に投げ出し、三人分はあろうかという大盛り皿のシチューを
掻き込む食べっぷりの良さに、美琴はつい関心を誘われる。
「相変わらずすごい食欲ねぇ」
「みことの作る食事は上品でふんわりしてて美味しいんだよ!」
「あ、ありがと」
奇遇にも上条と同じ褒め言葉を受けて、美琴は素直に照れた。
次に上条、最後に自分の分の皿に盛り付け、ようやく三人で食事にありつく。
「それで、来週の日曜日にコイツの誕生パーティーをやりたいんだけどさ」
「ふんふん」
「コイツが呼びかけて誕生会に来てくれそうな面子って、どのくらいいるの?」
「とうまと親密な人って事?」
「有り体に言えばそうね」
「えーとね……」
インデックスは一旦食事の手を止めて、指折り数え始める。
美琴は自分の知らない面々を知るインデックスが、何を口走るかと
不安を抱えながらもおくびに出さず数え方を待った。
「かおり、いつわ、あいさ、こもえ、せいり、まいか、ひょうか……
オルソラ、レッサー、アニェーゼ、ルチア、アンジェレネ……」
「お前さぁ、手当たり次第に顔見知りの子の名前挙げてんじゃねーよ」
(……別に手当たり次第じゃないかも)
(コイツ一体何人とフラグ立ててるのよ! なんか聞いたことあるような名前もいるし!
レッサーってまさかあの時の子じゃ……世間はそこまで狭くはないわよね?)
「あ、ステイルと天草式の人も声を掛けたら来るかも」
「ステイルと建宮は無理だろ……大体にして人の誕生日を祝うってガラかあいつらが」
(男少なっ、しかも人柄悪っ)
「あ、あとはアクセラレ……」
「あいつはもっとダメだ!」
「アイツはもっとダメよ!」
「二人して怒鳴る事ないんだよ……あ、おかわり欲しいんだよ!」
「はいはい」
上条の対人関係の一端を垣間見て、美琴は激しい焦燥感を抱いた。
確立したはずの立場がグラグラと音を立てて揺れ動いている気がしてならない。
「つーか今名前を挙げた連中はほとんど海外にいるだろ……」
「そ、そうなんだ。現実的に、ここに来れそうなメンバーはどのくらいなの?」
来させないでとも言えず、美琴はなるべく穏便に先を促すしかなかった。
第一この家はそれだけの人数を収容するキャパシティを持ち得ず、
主催者としてもそこまで大げさなイベントにしたいわけではない。
「うーん、あいさは確実に来てくれると思う。まいかは忙しいから予定次第かも。
ひょうかにも会えればいいんだけど、いま連絡先がわからないし……
せいりは気難しいし、こもえは担任の立場上厳しいかもだし、あとはみんな海外なんだよ」
(あ、案外と絞れるのね)
美琴にとって舞夏は友人の一人であり、姫神秋沙(ひめがみ あいさ)という名前は
巫女服姿の大人しいクラスメートとしてよく承知している。
この二人なら客人として許容できそうだと踏んだ。
「男子はいないの?」
「いつも一緒にいる二人を呼べばいいかも」
「青髪と土御門か、あの二人なら来てくれるんじゃねえかな」
「う~、土御門のお兄さんの方はちょっと苦手なんだけどな、私」
「私もあの青い人はちょっと……なんだよ」
(女の人望ねえなぁ、あの二人)
「あ、おかわりなんだよ!」
「よく食べるわねぇアンタ」
美琴は当初、女性はなるべく呼んで欲しくないとも思っていたが、
男友達の様子を聞くに女だらけの方が幾分マシではないかとも思ってしまう。
インデックスも概ね同じ気分だった。
「みことは誰かを呼ぶ予定なの?」
「うーん、私とコイツの共通の知り合いって、黒子と妹くらいしかいないのよ。
黒子はTPOの分からない子じゃないんだけど、とにかくコイツのこと
目の敵にしてるから……空気乱しても困るし、今回はやめとくわ」
「じゃあ御坂妹にだけでも声掛けようぜ。みんなにはお前の双子の妹だって言えばいい」
「そうね。これで8人ってとこか、ケーキを分けるには丁度良い人数になるわね」
「インデックスは別枠だろ~」
「むっ、そんな無粋な真似しないんだよ。ケーキはちゃんとみんなと同じ分食べるもん」
「アナタ様のお腹はそれで足りるんですかぁ?」
「とうま、いちいちニヤニヤしないで欲しいんだよ。
いいもん、ケーキとは別の物でお腹を満たすんだから」
「そこでさ、食事は冬らしく鍋にしようと思ってるんだけど、どうかな」
「ジャパニーズお鍋! それならみんなで食べられて楽しいかも!」
「よしよし、インデックスの分はちゃんと一鍋別に用意してやるからな」
「とうまぁっ、いい加減にするんだよ! ガブゥ―――ッ!!」
「あいでででででででで!! い、インデックスサァン!?」
「賑やかねえアンタ達って」
インデックスはまたしても上条の腕に噛み付いて折檻する。
その親密な接し方に妬く気持ちがないのかと問われれば嘘になるだろうが、
兄妹のように絶妙な関係を育む二人の様子につい笑みを誘われてしまう。
「あがががが……」
「……ふぅ。でもみことだって時々似たような事してるかも」
「わ、私は電撃ぶつけるのは控えるようにしてるわよ」
「どうだか。一人でブツブツ妄想しながら電気を漏らしてたりするんじゃないのかな?」
「ギク……そ、それはたまにある」
「みことも結構な変人さんだよね」
「アンタが言うかぁ!」
(ははっ、仲良くなってきたな)
仲良きことは美しき哉。上条は歯形だらけの凄惨な姿になりながら暢気にも、
二人の距離感を限りなく良い方向に解釈していた。
「みこと、おかわり!」
「流石にもう無くなったわよ……また今度作ってあげるから」
「ぶーぶー!」
---
[12:28]
食後に食器を洗い終えると、美琴はいそいそと帰り支度を始めた。
インデックスとしても、長らくいがみ合っていた少女とやっと仲良くなれたのに、
慌てて帰宅するさまを見ると寂しく思ってしまう。
「もう帰っちゃうの、みこと?」
「うん、私1時から黒子達と遊ぶ予定があんのよ。
ホントはもう少しコイツの勉強見ていきたかったんだけどさ」
「俺はなんとかやっとくって。お前は白井達と楽しんでこいよ」
「そうするわ。じゃあねインデックス、誕生会の声掛けは頼んだわよ」
「任しとくんだよ!」
美琴以上に控えめな胸を張りながら、インデックスは快諾の返事を返した。
上条や月詠の家に篭っている事の多い彼女は、多人数でのパーティーに
大きな期待を抱いている。
1Kの上条宅に8人もの仲間が集まるのは壮観な光景になるだろう。
「とうま、見送らないの?」
「あ、いいわよいいわよ、外は寒いし」
「じゃあせめて玄関までは送るぞ」
(……ギロッ)
「むぅ」
「どうした?」
「なんでもなーい」
上条が玄関先で美琴を見送ろうとするとインデックスは何か予感が働いたらしく、
リビングに座ったまま上条の様子を凝視している。
見送りのキスを期待していた美琴は、その視線をインデックスの牽制と理解し、
存外したたかな少女だと悔しがった。
あえて見せつけたろかコラとも考えたが、時間に追われて急いでいる今
状況をこじらせるのは悪手だろうと思い直す。
そんな考え事をしながら、右手の指で無意識に唇を触っていた美琴はピンと閃いた。
「じゃあまた来週来るわ。誕生会の件はあとで相談のメールするからさ」
「ああ、よろしくな」
「インデックスもまたねー」
「ばいばいなんだよー」
玄関扉を開いて外に出ようとした刹那、美琴は右手で上条の顔に触れると
人差し指でそっと彼の唇を撫ぜた。
「またね」
「あ、ああ」
後ろを振り返ろうともせず、美琴は駆け出して帰って行った。
アダルティックな行為の意味がまるで掴めず、上条は呆然と玄関に取り残される。
中途半端な余韻を残した別れ方に、漠然とした寂しさを募らせていた。
「なんだったんだ、今の……」
「あ!」
美琴の隠密な配慮も虚しく、行為の意味に先に気付いたのはインデックスの方だった。
憤怒に燃えて立ち上がると上条に強く詰め寄り、彼を激しく狼狽させる。
「とうまのバカ!」
「な、なんだ、どうしたってんだインデックス!?」
「今のに気付かないのは、さすがにみことが可哀想かも」
「は?」
「今のみこと、私にバレないようにこっそりとうまに間接キスしたんだよ」
「あ、そ、そうだったのか……!」
「それを肝心のとうまが気付かなくて、私にあっさり気付かれててどうするのかな!?
そうやって乙女心をぼんやりスルーする性格はホントひどいんだよ。
これから一生懸命、みことにフラれないように気を配るといいかも!」
「ああ、気をつけるさ……」
まだまだ美琴の全てを理解するには、時間も触れ合いも足りないらしい。
上条は右手で虚空を掴み、己の鈍感を嘆きながらも
これから沢山の時間を掛けて彼女と触れ合いたいと願った。
---
[12:57]
昼食後、インデックスは数人分の食事が収まった腹をさすりながら、
ベッドですやすやと寝息を立てて眠りに落ちていた。
上条は、はかどりだした宿題に一段落ついたところで、陽の当たるベランダに出て頭を休ませる。
美琴が干していった洗濯物やシーツが風に棚引くのを見ていると、
名残惜しさと肌恋しさがぶり返してしまう。
だが姦淫に堕落する自分達は想像したくないので、週1ペースを維持しなければと考える。
ふと右横に視線を向けると、隣人の土御門元春がベランダに姿を現していた。
「おっ、カミやんじゃないか」
「よう土御門。お前は宿題終わったか?」
「俺は昨日のうちに終わらせたぜい……騒音のせいでなかなか集中できなかったけど」
「ふうん、大変だなお互い」
「ふうんじゃないぜよ。誰のせいで集中できなかったと思ってるのかにゃ~?」
「なんだ、お前また舞夏となにかやらかしたのか?」
「お前だッ! 明るいうちから一晩中、常盤台のお嬢さんとイチャイチャしやがって!」
上条の呆けた態度に苛立ったのか、土御門は感情を露わにしつつ
上条に指を突きつけ、彼が主犯である事を明示してみせる。
「な、なにィ!? お前昨日は出かけてたんじゃなかったのか!」
「昼間はにゃあ。夕方には自宅に帰ってきて、筋トレにハッスルしてたぜい。
そうしたら隣の部屋から別のハッスルが聞こえてきて……
いやー、あんな絶叫が聞こえてきたらナニしてるかなんてバレバレですたい」
「おっ、お前まさかアレを聞いて……! メールの返事はそういうことか!」
「俺も間諜の仕事は色々やってきたけど、あんなヤらしい絶叫を聞いたのは初めてだぜい。
カミやんに対する羨ましさと憎しみのあまり、血ヘドを吐いて死にそうだったにゃあ。
しかもカミやんの声まで聞こえてきて、それがまた
『美琴……愛してる!』なぁ~んてきたもんだにゃぁあ~!
いやはや、ばーっちり聞かせて貰ったぜい、カミやんの一世一代の大告白!」
してやられた、と上条は力強く頭を抱えた。
最もバレてはならない秘密を、最も聞かれてまずい男に聞かれてしまっていた。
あらゆる混乱を内包して、上条の血相が赤から青に、蒼白に、
そしてまた赤にと目まぐるしく変色する。
「わっっ、忘れろぉぉぉっ!! それだけは絶対口外するんじゃねえええぇぇ!!」
「ん~、それは今後のカミやんの心掛け次第ですたい」
「お、脅す気かよオマエ、そうですかそうなんですかそうなんですね!
くそう、その気になればこっちだってお前の秘密の一つや二つ……!」
「カミや~ん、俺の魔法名知ってるよにゃあ?
そんな事したら『背中刺す刃』でブスリだぜい。
情報戦で俺に勝てるとでも思ってるのかい?」
「う……っ!」
とかく交渉や腹芸となると、上条はこの男に張り合える器量など持ち得ていない。
いつも言葉巧みに言い含められ、体よく利用されてしまうのだ。
「まぁそれは冗談として、まさかあのカミやんが大人の階段を登ったとはにゃあ」
「だから忘れろっつーの」
「これがねーちんや五和、姫神あたりなら応援の一つもできたんだが……
なんでよりにもよって、渦中の超電磁砲《レールガン》なんぞを選ぶのかねぇ」
「……どういう意味だ?」
「カミやん……今自分がどれだけの負担を抱えているのか、理解しているのか?」
いつの間にか土御門の声色が変わり、狡猾な間諜としての表情を現している。
魔術界のプロを自称し、市井に生きる上条を不安に陥れる顔つきだ。
「カミやん、この世界にはな……
禁書目録の知識を利用して、世界の勢力図を塗り替えようと画策する『魔術界の女狐』がいる。
超電磁砲のDNAを利用して魔術を滅ぼすために、科学の神を気取る『逆さ吊りの奴』がいる。
二人はカミやんの力すらも利用して、己に都合のいい理想ばかり夢見ている真っ最中だ。
俺はそんな二人の思惑が交差しないよう今の立場に納まっているが、それも限界が近い」
土御門は街中のビル群に視線を向け、諦観の表情を浮かべながら語っている。
彼がそんな表情を浮かべるのは、凡人が直視できない
裏の世界の話をしているからだろうと上条は推察していた。
「いずれあの二人は正面からぶつかり合う運命にあるんだろうよ。
……カミやん、これは俺から友人としてのよしみで言っておく、大事な忠告だ。
悪い事は言わん、その激突が訪れる前に二人のどちらか片方だけでも手放した方がいい。
さもなければカミやんはその二人を同時に敵に回す事になる。
二人共とまでは言わない。俺としては、より負担の大きい超電磁砲を手放す方を薦めるがな」
「荷物のやりとりみたいに言うんじゃねえ。お前は美琴になんの恨みがあるんだ」
「個人的な恨みはない。妹の友人だし、そのベランダの洗濯物を見れば
甲斐甲斐しくて可愛い子だとも思うぜい。
……が、なまじ超能力者《レベル5》になった事があの子の不幸なのさ」
「おまえっ、その一言だけは取り消せ! 今すぐだ!!
美琴に向かって不幸だなんて言うヤツは、俺が相手になってやる!」
上条が最も過敏になるであろう言葉を、土御門はあっさりと使ってのける。
土御門は、こうして挑発にたやすく揺り動かされてしまう激情家の上条が
いつまでも素人っ気の抜けない愚者である事を改めて認識していた。
「そう熱くなるな。わかったわかった、不幸と言ったのは取り消す。
だがな……彼女の悪夢はまだ終わったわけじゃない。解放するのは至難の業だぞ」
「なんでお前がそれを知ってるかは聞かないが、至難だろうとなんだろうと、
今のうちから『多分辛そうだからやめます』だなんてみっともねえ事は言わねえよ!
俺は負担を背負ったつもりはない。美琴と一緒に戦っていくと決めたんだ」
「超電磁砲自身がそれを望んだのか……。
彼女は超能力者だが、魔術の世界すら知らないただの一般人だぞ」
「俺だって少し前までそうだったさ。今だって魔術の世界に染まったつもりはない。
俺達はただ、みんなに笑ってて欲しいだけだ。その幸せを壊すヤツが許せない、それだけだ」
その言葉を語る少年は、もはや男の表情だった。
しかしその向こう見ずな姿勢が土御門の癪に障るのか、彼の言葉も徐々に気色ばんでいく。
「目を覚ませカミやん! 今は好きな女を抱いて気が大きくなっているんだろうが、
この世界を二分して支配する化け物達を前にして、そんな威勢張れる訳がない!」
「同じ事を二度言わせるなよ土御門。
見えもしない不安に負けて、立ち向かう前から大切な人を見放すようなマネができるか!
たとえ誰が相手だろうと俺は泣き言言うつもりはねえ。
守ると誓った以上はなんとしても守るぞ、俺は!」
「それは勇気なんかじゃないぜい。無謀という、バカの考え方だ」
「……お前も俺の夢を笑うクチかよ。
ああそうさ、俺の周りはみんな現実をちゃんと見つめてる賢い連中ばかりだよ。
できる事には限度がある、できない事には関わらない……それが普通だよな。
でも美琴は違う。あいつは俺の夢を大真面目に信じてる、お前の言うところのバカだ。
それがどうしようもなく嬉しくて、俺はあいつと一緒にいたいんだよ」
「なるほど、それが超電磁砲を選んだ理由か」
「土御門、お前だって信じるもの、守りたいものがあるんだろ?
そのためなら魔法名の通り、必要とあらば俺の背中だって平気で刺すんだろうな。
だけどお前が背中刺す刃なら、俺はあいつの背中を守る拳なんだよ。
俺と美琴は二人で信じる夢のために、お互いを信じて、背中合わせで戦えるんだ」
「カミやん……」
上条の信念は揺るぎない。
熟慮も後退も知らない愚者ではあるが、その愚直さが最大の武器でもある。
土御門は、己が絶対に持ち得ないものを持っているという点においては
上条に一目置いているが、同時に交じり合えない存在だとも痛感する。
「インデックスと美琴を利用しようとする奴等が何者かは知らない……
だがそいつのふざけた幻想(ゆめ)は、俺がこの右手で必ずぶち殺してやる!!」
「ふはっ、カミやんならそう言うと思ったんだぜい、この身の程知らずが」
土御門の嘲罵にも上条は耳を貸さない。
どれほど険しい現実を突きつけられても、自分の夢を信じる強さを与えてくれた美琴を
危機に挑む前から見捨てる事などありえなかった。
「なぁ、話を少し戻すけど、お前はその『二人』の事をどれだけ知ってるんだ?」
「片方についてはある程度腹の内は知っているが、今のカミやんにはまだ言えないぜい。
コミュニケーション不調を狙って、ふざけた日本語を教えてやった程度の仲だ」
「なんだそりゃ」
「もう片方は……俺もまだ命が惜しいとしか言えないな。
滞空回線《アンダーライン》―――奴はこの学園都市内の事象を全て掌握している。
これ以上奴の存在について口走れば、俺もカミやんもただでは済まない。
カミやんと超電磁砲が立ち向かう事になる相手は、そういう神の如き超越者だ」
「上等だ、俺は神様には嫌われ慣れてる。
神様が相手だろうと、俺は二人と掴んだ両手を絶対に手放さねえ、絶対にな」
「これほど説いてもわからんかよ……頭に来るほど不器用な男だにゃあ。
まぁそのクソ熱いところがカミやんらしさなんだろうけどな。ちょっと安心もしたぜい」
「土御門、お前……」
「できる限りサポートはするが、期待はしすぎるなよ」
「ああ、助かる」
「こんなおバカでも大事な友人だからにゃあ、死なれたら香典代が勿体無いぜよ」
「てめえなぁ!」
土御門元春にとって上条当麻は、任務上の『監視対象』である。
だが彼は、友人という立場を全くの擬態に収めるつもりもなかった。
彼に言わせれば魔術界も科学界も、誰もが見えない繰り糸に縛られている人形舞台だ。
もしもこの、隷属を強いられた状況を打破する事ができる者がいるとすれば、
常識から突き抜けたこういうバカなのかも知れないという淡い期待も寄せている。
バカが二人に増えたと喜ぶ上条の言葉を、真に受けてみようと土御門は考えた。
「だから絶対に死ぬなよ、カミやん」
「ああ。制服姿の美琴を抱くまで俺は死ねねえよ、なんつってな」
「おぉっ、遂にカミやんもこっちの世界に来たにゃあ! いやはや大歓迎ですたい」
「うるせえ! 義妹とのロリメイドプレイしか興味がないお前や、
無節操な青髪と一緒にされるのは心外だ! 俺は美琴が好きなだけだっ!」
「大差ないぜい、あがくなよロリコン高校生」
「てんめえ~!」
「にゃっはははは……!」
「あはははは……!」
気を置けない友人とのふざけた会話の隅で、上条当麻はふと思う。
仲間思いの友人と、頼れる戦友と、愛らしい同居人と、いとしい恋人と、
こうしてただ楽しく笑って過ごすだけの毎日が、ずっと続いて欲しいと。
その日々を壊そうとする者には、たとえ何者であろうと勇ましく立ち向かってみせる。
その覚悟をくれた恋人と二人で信じる夢は、きっと素敵な未来を切り開くと信じていた。
クリスマスでも誕生日でもバレンタインでもない、とある平和な冬の一夜。
上条当麻はこの日、心の中に息づく大切な伴侶(たからもの)を手に入れた。
―――その恋人の名は、御坂美琴という。
- Fin -
549 : ◆nE9GxKLSVQ[sag... - 2011/01/27 22:16:50.28 yAKAx0+xo 272/338投下完了です
お読みいただいた方ありがとうございました
「避妊」「ポリネシアンセックス」「後戯」「後処理」といった、
他の人の手垢が付いてない点にフォーカスしてみました
同人誌やSSではそんな部分いちいち書かないよって部分ばかりですが
この二人ならきっとこうなるだろうと考えるのが楽しかったです
あと上条さんから美琴に告白した理由を色々考えたけど、難しいですね
本編はここで終了ですが、【 番外編 】に続きます