【前編】 の続きです
「判然。なぜ男女比のつりあわんな。なぜそんなに多くの女性を侍らせているのだ」
アウレオルスがシャンプーでオールバックに使う整髪料を洗い落しながら浜面に聞いてきた。
こたえていいのだろうか?適当に場を濁そうとすると垣根が浜面に代わって口を開く。
「はっ。大方暗部で知り合って仲良くなって、それで旅行だろ?」
まぁ、あってる。浜面は垣根さんの言うとおりですよ、と答える。
「黙れ。私は浜面クンに質問しているのだ」
アウレオルスが位置的にほぼ端同士の垣根を見もせずに言う。
「すいません」
垣根は取りあえず平謝り。
アウレオルスは浜面にどうなのだ?と聞く。あ、垣根さんの言うと通りです。と垣根の事もしかりと立てておく。
「へぇ。あの白人の子、朝サバの知識披露してたけど、あれは何だ?お前のサーバントか?」
おやじくさすぎてどうにも出来ないギャグを豪快に話す牛深。ちなみにアウレオルスの左隣だ。
そんな牛深のおやじギャグに闇咲がクスっと笑うのを垣根は見逃さなかった。
(うわぁ…つまんねぇ…)
対して、浜面はおやじギャグをどう返せばいいかわからず、取りあえず体を洗うことに専念する。
牛深のギャグ混じりの質問にこたえようとして焦っていたのだろうか。
浜面はついついホントの事を話してしまう。
「いやいや、違いますよ!ホントあいつらは友達ですって!ただの暗部繋がりっす」
(麦野と付き合ってることは話さないで言いか…ってか暗部?…しまった!)
浜面がやべ!言っちまった!と思った時にはもう遅かった。
「暗部?」
闇咲が浜面に質問する。ちなみにシェービングクリームでひげをそり、なかなかの容姿だ。
「あぁー…あははは。そうですね…主に学園都市の知識の流出を守備したりとかいろいろ…」
学園都市の暗部に少しでも首を突っ込んでほしくない一心で浜面は当たり障りのないように解説する。
だが、漢達はへぇー、とか大変そうだなぁと言うばかり。
垣根に関しては本人がかつて働いていた身なので沈黙を守りつつボディソープで体を洗っている。
(あれ?皆反応が薄い?もっと喰らいついて来るかと思ったんだけど)
浜面が予想以上に皆からの反応が少ないことに違和感を覚えた。
「いやはや、垣根クンももともと暗部の人間だったんだよ」
アウレオルスは以前、不法投棄されている垣根帝督(「未元」)を回収した。
その経緯から彼は学園都市に暗部という未成年を中心に形成された少年・少女の能力者集団があることを知っていた。
また、彼らを駆使し、学園都市の防諜や守備に投じている事も知っていた。
「拾ってくれた事にはホント感謝してるぜ」
垣根はおちゃらけた様な言いぶりだったが、心底うれしかった。
アウレオルスには頭が上がらないだろう。
アウレオルスと垣根のやりとりを体を洗いつつ見ていた浜面はふと疑念に思うことがあった。
それは今、誰が働いているかということだった。
「すいません、支配人たちがここで風呂はいってくつろいでるのはわかるんですが、今は誰が働いてるんですか?」
当然の疑問だった。「あうれおるす」の主力従業員たちが一堂に介してこんな所で汗を流していいのだろうか?
「あぁ、それなら心配いらねぇよ。今は住み込みの御坂が働いてるからなぁ」
背中をまるで削るようにゴリゴリと洗う牛深がそういうと研板が体を流そうとする牛深の代弁をする。
「うちの宿では20人ほど住み込みで働いてるクローン人間がいるんだよ。あいつらはいいぞ。寡黙で根性がある。タフネスだ」
どうやら彼らの間ではその御坂という人物は高評価のようだ。
「全員からだを流した所だし、露天に行かないか?」
闇咲がそういうと一同はざばっと背中を流し、露天風呂へと向かった。
――女湯
「うわー、結局、めちゃくちゃ広い訳よ!」
フレンダが日中のボードの疲れなどそっちの気で湯船のお湯に飛び込む。
「全くあんたら…まずは体洗いなさいよ…ねぇ滝…?」
滝壺がいない。きょろきょろとあたりを見回す麦野。
大浴場の真ん中にぷかりぷかりと浮く滝壺。
人がいないのうをいいことにぷかぷか浮かんでいる。
「わたしは浮けるだけのスペースがあればいいかな…」
「麦野も超入りましょうよ」
絹旗もお湯で背中を流すと生まれたままの姿でそのまま湯船に入っていく。
(あんたら…そんな入り方してたらバカラ軍曹に怒られるわよ…)
幼少期に見たアニメの男のなかの男のセリフを一人思い出す麦野。
まずは背中をお湯で流して、体を洗い終わった後に入浴。
(ま、私だけいっか)
麦野はきゅっきゅと蛇口を回すと勢いよくお湯が出てきた。
(このあとはすっぴんか…浜面、すっぴん嫌いかな…?)
メイク落としを泡立てると肌に優しくすり込んでいくようにして化粧を落としていく。
今日はナチュラルメイクだが、それでもすっぴんとは雲泥の差がある。
(どうしよ…)
麦野はそう思いつつも、化粧を気にするのに疲れたので、一気に洗い落とす。
その後、体を隅々まで洗い、湯船にちゃぽんと浸った。
「むぎのけしょうしなくてもかわいいね」
まるで漂流物のように浮いている滝壺が麦野の事を見て素直に印象を話してくれた。
「ほんと?ありがと!」
麦野は嬉しかったし、安心した。
(よかった…浜面もそう言って欲しいな…)
「ねーねー、麦野ー露天風呂行こうよー!」
フレンダがドでかい声で話す。
露天風呂からはナイター整備が終了したコースがライトアップされ、綺麗に照らし出されていた。
滝壺と絹旗がUボートよろしく、浮上し、体を洗おうとしている時に、フレンダは露天風呂から眺める景色を堪能していた。
雪がしんしんと降り積もっており、ナイターでよく起こるアイスバーン(凍結)もそこまでひどくないと目星をつけるフレンダ。
「フレンダー。お邪魔するわー」
麦野が湯船に体を浸けていく。
バランスが取れた麦野の体は美しい。
豊満な胸、すらっとした脚は細くはないが、少しだけむちっとしたその美脚は華奢な女なんかじゃ到底かなわない、妙な妖艶さがあった。
(うわぁ…麦野結局超色っぽい訳よ…ほれぼれしちゃう!)
フレンダがじろじろ麦野の体を物色しつつ麦野にはなしかける。
「結局、麦野と浜面どっちから告白した訳なの?」
お湯が急に熱湯になった訳でもない。なのに麦野はみるみる内に真っ赤になっていく。
「あ、や、そのえ、と、あっちからかな…」
とぎれとぎれになる麦野。顔は真っ赤。
(あーあーあー麦野。今のあんたはどこにでもいる乙女だよ)
まぁ、レベル5という実力を兼ね備えているのは確かだが、恋愛のレベルは全くないひ、経験値もない麦野。
今日だけで一気に経験値を荒稼ぎし、ものしたような感じ。
「しずり、だいすきだぞ」
フレンダが麦野の隣まで移動してきて耳元でつぶやく。
キャ!と麦野は叫び、ざばんと風呂に深く沈んでいく。トリムダウン。魚雷戦よーい!
麦野はお湯が沸騰するんではないかと思われるくらい真っ赤。
「あら?もしや麦野、浜面にそんな事言われた訳?」
(む、麦野…あんたをここまでにする浜面。大した男って訳よ…!)
フレンダがあてずっぽうに言ったセリフはどうやら的を得ていたようだ。
「…違うよ…」
麦野が記憶を手繰り寄せる。へぇ、そうですかとフレンダはにやにやする。
「確か…『麦野、大好き』だよ///フレンダ」
(なーにのろけてんだか。たいしてかわってねぇーじゃん)
そう思いつつもフレンダは浜面と麦野という異性間カップル初めての誕生を祝福してやる。
「ありがと、フレンダ☆嬉しいよ」
麦野がフレンダに感謝の礼をのべるのもつかの間、フレンダはすぐに次の行動に移す。
「麦野、大好きだ」
フレンダが全く似ていない浜面の声真似をしつつ麦野に歩み寄る。
声が似てようと似てまいと麦野の脳内で全て浜面の声になって再生されるそれは絨毯爆撃の様に麦野の脳に打撃を与えて行く。
「ふ、ふれんだぁ…もうやめてー…」
フレンダの浜面の物まね(全く似てない)に本日二度目の自分だけの現実が壊れた麦野。
彼女は頭から湯気を出して湯船に沈んでゆく。
暗部関係者をはじめとして、どうやら皆、麦野沈利と言う女性を勘違いしている。
敵を残忍に皆殺しにするとか原子崩しで命乞いする敵を殺害するだとか、そういうのは全て戦場での話。
休日ともなればうきうきと第七学区のデザートめぐりや、外泊許可が下りれば北海道にシャケ釣りに行ったことも。
ただ、滅多に学園都市を出れない人たち(暗部組織の人高レベルの能力者などなど)はその外泊申請にも苦労するのだが。
話を戻そう。
かさねがさねになるが、麦野が残忍なのはあくまで仕事中。
それ以外は趣味に没頭するごく普通の女の子なのだ。
このゲレンデまで一緒にきた諸君なら想像に難くないだろう。
また、麦野のそのとりまきもまた、普通の女の子たちなのである。
「超静かにしてください!」
絹旗が指を口元にあててシー!とやる。
風呂場でミッドウェイ海戦よろしくもみくちゃになってるフレンダと麦野を窒素で形成したビッグウェイブで鎮圧する。
どうやら、男湯の会話が聞こえてくるようだ。
「へぇー…君、根性もあって、彼女もいるんだ」
声の主は研板とかいう根性野郎のようだ。相手は浜面?
「はぁ、まぁ、今日から付き合うことになったんですけど…」
他にも男の声が複数聞こえてくる。
アウレオルスや闇咲の声も聞こえる。豪快に笑うのは牛深シェフか。
「名前はなんていうんだ?」
研板が興味津津と言った風に浜面に聞いている。
研板のこの質問が聞こえた瞬間に麦野はサササッ!と猿飛佐助の様に男湯と女湯の壁まで高速移動する。
(結局、自分の名前が出て自爆するだけじゃん)
フレンダの読みは的確だった。
「えっと…麦野沈利って言います…」
浜面が男集の前で言うと女湯の方からボン!と爆発音が。
麦野は浜面が自分を堂々(?)と自分の名前を言ってくれたことが嬉しく、ついぶっ倒れてしまったそうだ。
「おーい、そっちにいるのかぁ?麦野さーん?」
どすの聞いた声で女湯にいる麦野に話しかける牛深。
闇咲があれ?この人こんなによく喋るっけ?と思いつつ、持参してきた日本酒のあつかんをとくとく注ぐ。
闇咲さん、あんまりお酒が弱い牛深さんに飲ませないでください。
「は、ハイ!?」
反対の壁越しからいきなり声をかけられた麦野はビクっと肩を震わせて反応する。
「浜面クンのどこが好きなんだぁ?」
この男、実は下戸だ。全く酒が飲めない。よったらよくしゃべる。
長崎出身いや、九州男児の豪快さは持ち合わせたものの、アルコールは全く駄目らしい。
「え?あ?ここで言わなきゃダメですか?」
麦野は壁越しに話しかけてくる男に話すが全く我関せずだ。
「ダーメダメ!あー?聞こえん!気持ち悪くなったから出る!」
ザバァ!と湯船から出る音がし、牛深は早々と湯船を後にした。
自分が撒いた無茶ぶりという種を放置したまま。
牛深が出るとアウレオルスと闇咲、研板も出ていく。
しばし男湯と女湯で沈黙が訪れる。
雪が綺麗だ。
――女湯
「はぁ、あの牛深って人ヤバイね。めちゃ面白いわ」
フレンダが両足を温泉でばたばた伸ばす。
「にしても、麦野」
フレンダがずいっと湯船に浸かりもう一度温まろうとする麦野に迫る。
「ちゃんとうちらに報告ってわけよ!」
「は…ふぁい…」
(だめだこりゃ、浜面関係の話切り出した瞬間にコレだよ)
「ま、でも取りあえずは…」
フレンダがちらと絹旗とぷかぷか浮いている滝壺の方を向く。
「おめでとうって事よ!」
うんうんと絹旗と滝壺は頷き拍手!
あ、ありがとうと頬を赤くする麦野。
「でも、何であんな超浜面に惚れたんですか?」
絹旗の質問は皆が聞きたい質問だった。
反対側にいる垣根と浜面もササッ!と男湯と女湯の壁際による。
「え、いやだってその…」
思い返せば今日一日でいろいろなことあった。
「リフトで手つかまれた時かな…」
麦野は星で煌めく夜空を見上げる。
大気が冷えて、雪が不純物質を地表に押しつけることにより、普段よりもさらに澄んだ白馬の夜空。
ひそひそ話をする為にこじんまりと広い湯船の真ん中に集まるアイテムの女性陣。
滝壺は以前流木の様に漂流しているが、聞き耳をしっかり立てているようだ。
「思い返せば、あの時にはもう浜面かっこいいって思ってたのかな…」
ほうほう。
「でも、一番最初のきっかけはウェア姿の浜面を見た時かな?」
それも多分にデカイ。ボードウェアを着た男と女はかっこよく見えるし、かわいく見えるもの。
「うーん、でもいっちばん最初は受付の時にあんたらが無茶ぶりした時かな…あんた時からちょっとだけ浜面の事意識するようになってたかも」
つい数十時間くらい前の事を思い出す麦野。
付き合うまで時間を重ね、吟味して付き合うカップルとはまた違うが、麦野はそれでもよかった。
(だって、浜面と付き合ったことは決して後悔しないって自信を持って言えることだから…)
(もし、喧嘩しても決して今日浜面が私だけに見せてくれた表情とかいろいろなことを決して忘れないようにしよう)
麦野が自分に誓う。
「そんでもって…リフトで手を引っ張られて浜面の技みて…お話して…遭難して…」
遭難と言うフレーズでどっと笑うアイテムの面々。
「あんときは死ぬって訳じゃないけど…凍傷?とかそんなんなったらどうしよーとかは思ったわね」
「そこで浜面がきたっていう超構図ですね」
「うん…あんときの浜面は超かっこよかったわね///…ごめん。絹旗、あんたの口癖使ったわ…」
いや超構わないですよ!と絹旗は頭にタオルを乗っけたまま言う。
滝壺さん、漂流状態がやけにながいんですけど…実はツッコミ待ちですか?
――男湯
「俺は幸せもんだな。えーっと未元?」
浜面がヒソヒソ垣根に告げる。
「あぁ、お前はサイコーに幸せもんだ!それに俺には垣根帝督って名前がある。未元でもいいけど」
垣根は浜面に親指をぐっと付きたてる。
――女湯
「そういえばさ、滝壺は私たちの所に来た時、誰と滑ってたの?まさか復活した垣根のヤロー?」
そう。あたかも自分もアイテムですよ。と言わんばかりに溶け込んでいた垣根。
麦野達が「あうれおるす」に着いた時にはただのAI搭載型冷蔵庫だったはずだが…。
「なんか、復活したみたいだよ。支配人のアウレオルスさんが復活させたみたい」
「もはや、この宿、なんでもありね…」
麦野がいまさらながら垣根の復活劇に驚く。
絹旗やフレンダもただただ驚くばかりだ。
「んで、うちとけちゃって一緒に滑った訳?」
垣根はウェアを対馬から借りると滝壺を連れてそのまま一緒にゲレンデに行ったそうだ。
「うん。かきね、羽根が生えてすごかったよ」
ぷぷwwと笑いだす一同。滝壺だけきょとんとしている。
「滝壺wあんたそれ、超メルヘンじゃないの…!笑える…!」
麦野が腹を抱えて笑う。
第二位は未元物質で何でも構築できると言うが、まさか羽根までお手の物とは…。
「口は悪いけど、いいひとだとおもうよ」
滝壺は短時間ながら知り合った垣根に自分なりの評価をつける。
なんでそう思うんですか?と絹旗は聞き返す。
「空飛んだの」
ハイ?
一同唖然…。
スカイハイ?
いやちがうけど。
「超どういうことですか」
絹旗が理解できないような表情で滝壺を見る。
フレンダも全く分からない訳よ…と言いながらがんばって想像する。
「かきね、わたしのことお姫様だっこして一気に頂上までいったの」
もう駄目だ。完全に名実ともにぶっ飛んでやがる。ってかマジで飛びやがった。
「『リフトに乗るのめんどくさいだろ?キリッ』って言ってわたしのこと乗っけて飛んでくれたよ」
なるほど。
滝壺さんにいい人だと言われたい人は空を飛べばいいんだ!と麦野達は頭の中のメモ帳にメモする事なく、左から右に聞き流した。
「おかげでいっぱいすべれたんだ」
垣根帝督はどうやらメルヘン機能を駆使して滝壺からのポイントアップを狙ったようだ。
全くずるいヤローだ。メルヘン。
反対の男湯で聞き耳を立てていた浜面は同じく聞いていた垣根の方を見る。
「お前…何やってんの?」
浜面はおもいっきし馬鹿にした表情で垣根をみる。
天使の羽根を顕現させた理由――そう。
あくまでプラチナムデート笑を滝壺に楽しんでもらいたいと目論む垣根の極秘計画の一端だったのだ。
(クッソ…こいつらにだけはメルヘンとか言われそうだから…絶対にばれたくなかった…!)
(滝壺理后ちゃん専用のプラチナムデート計画(メインプラン)だったのに…あぁ、かわいいよ…!理后ちゃぁぁぁん!)
垣根は頭の中までメルヘン全開のようだ。
「なに、お前滝壺に惚れてるの?」
浜面が怪訝な顔持ちに。
「は?わりーか?」
垣根帝督は開き直った。
「いや、お前さ、ただの冷蔵庫だったじゃん。何で滝壺に惹かれてんの?視覚なんかあったの?」
浜面が鬱陶しそうに聞くがそうやら垣根はその質問を待ってたらしい。
「俺の未元物質に常識は通用しねぇ…!」
(きまった完全にきまった)
「ふーん、んで滝壺のどこに惚れたのよ」
え?俺の決め台詞はスルーすか?浜面に華麗にかわされたことはさておき、垣根は滝壺のどこを気にいったか考える。
(ってかオイオイ!俺がまるで滝壺ちゃんの事かわいいって認めてるようなもんじゃねーか!)
と思いつつもしっかり滝壺の事を考える垣根…。
「あのか弱いウサギちゃん系っぽい感じの所かな…」
うん。キメェ。
「か弱いウサギちゃん系ねぇ…」
浜面は腕を組んでムムム…と考え込む。
(確かにか弱いウサギちゃん系っちゃあ、そんな感じがするケド…)
「俺の麦野の方が可愛い。絶対にだ」
あーあー始まったよ、出来立てほやほやのかカップルに特有の自慢がさ。
「あ?お前ホントなんなの?滝壺ちゃんにマジで変なことすんならお前もゆるさねぇよ?」
議論に熱が入ってしまったのか?女湯の方で麦野の頭がショートする音がまた聞こえた。
あと、滝壺の史上かつてない程の声量のため息が聞こえてきた。うん。すっごくわざとらしい。
「かきねの彼女になったおぼえはないからね。みんな」
おっとりとしかし、滝壺は高らかにアイテム女性陣の前で宣言した。
その数分後。男湯の方からむせび泣くような声が聞こえてきた。
しばらくたって浜面がミニタオルを風呂の石場に向けて絞る。
「そろそろ出るか」
腹も減ってきた頃なので浜面が湯船からでる。
「おーい、先に言ってるぞ?」
と女湯の方に告げると彼女たちは一足先にでたそうで、露天風呂にいるアイテムを目撃した人が壁越しに伝えてくれた。
「さっきの人たち。もうでたよ。ちょっと前に風呂から出た。」
声の主は誰だかわからないが、浜面は壁越しに声の主に礼を言うと滝壺に間接的に振られ、半どざえもん化した垣根を引っ張り風呂から出て言った。
「ひゃー、いい湯だったなー」
バスタオルで頭をガシガシ洗う浜面。
裸一貫の男の体格は猫背の癖があり、見た目はひょろい様に見えるが、実際は相当鍛えられている。
麦野が彼のそんな体を見て驚くのはまだまだ先の話。
「おい、垣根?」
浜面が垣根を見ると、まるで死んだ魚の様な目をしているではないか。
どうやら女湯での滝壺の宣言が相当効いたようだ。
「滝壺ちゃんに喜んでもらたい一心で羽根をはやした…想像できるか?」
おとなしくリフト使えよ。
「デジカメや写目でぱしゃぱしゃ見知らぬ客に盗撮されても滝壺ちゃんをゲレンデのコースまで運ぶ俺の気持ちが」
いや、第一、滝壺頼んでねぇじゃん。ってかお前リフト券ないだけじゃん。
浜面は各種ツッコミを脳内で完成させるが、垣根の落胆ぶりに動揺してはばかられた。
(ま…こいつは気分屋っぽいし、どうにでもなるか…元冷蔵庫だし)
訳のわからない理屈を解釈すると浜面はまだ湿った髪の毛のままタオルを頭に巻き、男湯と書かれたのれんをくぐる。
「超遅いです!待ったんですよー!浜面!」
「結局、何垣根といちゃいちゃしてるんだか…!麦野もなんか言いなさいよ!」
「は、は、はまづら。お、お風呂、よ、よ、よかったね///」
(緊張しすぎ!私!浜面の湯上り姿…///)
「でれとだうなーむぎのしゅつげん」
浜面達は女性陣を待たせてしまったようだ。
もしかしたら結構長くはいってたのかも。
「あれ?結局垣根はどうしたの?」
フレンダは垣根がいないことに気付いたようで、浜面は如何にして垣根の精神力のゲージがすり減って言ったかを説明してやった。
「ぷwあははw垣根のヤローw復活早々振られたって事かよ!笑えるぜ」
「腐っても第二位…何やってるんですか…うちの滝壺さんに超手を出すなんて…」
「かきねは焦りすぎ。もっと、ともだちから始めるべきだったとおもう」
最終的に滝壺の駄目出しになってしまった。好きな人に駄目だしされるなんて、垣根さん。あんたの恋路は大変そうだ。
「じゃー、そろったし、飯にでも行くか!」
ラフな部屋着姿のアイテムのメンバーは風呂上りでぽかぽかしたまま、食堂に向かっていく。
ちなみに浜面は麦野の顔を見て驚く。
黒ぶちのRayBanのダテメガネをかけた麦野のエロ教師レベルはマックスだったからだ。
(むぎのせんせぇ…)
浜面の顔がにんまりとした表情になり、ゆがむ。キモイ。鼻血がツツーと出そうになるのを必死にこらえる。
この男、バニー以外にも結構なんでも行けそうだ。
「む、麦野!ちょっと!」
浜面が麦野を呼びとめる。
食堂へ向かう絹旗達の少し後ろを歩く浜面が麦野をよぶ。
「ん?なぁに?」
「めがねもにあってるぞ…!」
「えへへ。ありがとう☆」
「えー、本日はあうれおるすにご宿泊していただき、大変恐縮でございますが…」
定型句の様な音声放送が「あうれおるす」の食堂に流れる。
ディナーの時間帯を少し回り、今は20時半ごろ。
食堂にまばらに人が残っているが、他の客と時間をずらしたアイテムのメンバーは畳の広い部屋で夕食を食べることになった。
「超何が出るんでしょうかね」
わくわくを隠せないのか、絹旗は座っている所の前にある皿を箸でドラムのスティックの様に叩く。
「ぎょうぎわるいよ、きぬはた」
滝壺が絹旗にめっ!と優しく頭をたたく。多分全く痛くない。むしろ全然殴ってほしい。
「しゅいましぇん、たきつぼさん」
ちょろっとべろを出して謝る絹旗。
とここでやっと料理が来た。
「お待たせしました。とミサカは鍋をお持ちしました。というか重いんで手伝いやがれとてめぇらに命令します」
なんだぁ…柄の悪い店員だなと思いアイテムのメンバーが振り向く。
そこには着物の上にエプロンをまいた、かつて製薬工場で戦火を交えた学園都市第三位?がいた。
「「「「(超)超電磁砲?」」」」
そう数ヶ月前に彼女らアイテムが激闘を繰り広げた御坂美琴…………とそっくりさんがそこにいた。
浜面は「?」とクエスチョンな感じだが、学園都市第三の通り名は浜面でも知っている様で、おおーとちょっと驚いていた。
「ちょっと超電磁砲あんた何やってんのよ。こんな所で」
麦野は驚くと言うよりも、もはや呆れた。
ここの宿は一体どれほど学園都市関係者を働かせてるんだか…。
「は?冬の定番バイトといったらゲレンデ住み込みでバイトだろーが、と見知らぬお客様に向けて舐め腐った態度を取ってみます」
見知らぬ?何で?つい数ヶ月前に闘った仲(?)じゃないの?
フレンダはちょっと雰囲気が違うと思い、着物エプロン姿の御坂美琴(?)に質問する。
「…な、なに、あんた超電磁砲じゃない訳?」
フレンダがびくびくしながら聞く。今日はちゃんと喋れますよフレンダ。
「はい。私はクローンですねクローン。超電磁砲は私のお姉様。つまり、ベースですね」
ふーん。と手のひらをあごの下に置きながら首を振る麦野。
麦野は製薬工場で研究員からぶんどったパソコンから引き出した一方通行が行っている実験内容を思い出した。
(へぇ…これがぷちぷちスライムの一匹ってことねぇ…でも、ここに超電磁砲のクローンがいるってことはもう実験は終わったの?)
多分そうなのだろう。
親族が数千人も殺されているかもしれない女の前でその質問は出来なかった。
しかも、そんな会話をしてるうちにいいにおいの鍋がこぽこぽと音を立てて、出来つつあった。
アイテムのメンバーはそちらに視線を集める。
「ではここらへんで失礼します」
ぺこっと頭を下げると御坂美琴のクローンは裏手に消えていった。
そこで支配人のアウレオルスが説明にやってくる。
「彼女はまだ新人でね。名前はいちまんにせんにひゃくにじゅうにと言うらしんだ。変わった名だ」
アウレオルスは西洋人でなんだかんだ言って人の名前の意味まで理解するのは無理だ。
よって、割り切って彼女の名前に疑問を抱かなかったそうだ。
夕飯の説明をはじめる。
「すまない。判然、お昼時とは別の趣向だ。飲み物はなんでも用意しよう。どんどん飲み食いしてくれたまえ」
「この後、ナイターに行くにしても、寝るにしてもさむい。ここは山の上だからな。だから暖をとっていただこうと考え、鍋にした。どうだ?お嬢さん方」
アウレオルスは麦野とフレンダの方を向く。
彼女たちがシャケとサバが大好物なのを知っているのにもかかわらず、それらが入っていない鍋を出して、食べてくれるかどうか不安になったのだろう。
「そんな!全然気にしないでください!サバなんていつでも食べれるんで!」
フレンダが両手を胸の前で降る。
麦野もフレンダの言葉にうんうん頷きくびを振っているので、どーやらなんとかなったみたいだ。
「そうか。では当宿自慢の桜鍋、いただいてみてくれ。では」
ん?桜?
アイテムメンバーは一礼する。
飲み物は各自テキトーにソフトドリンク。
アイテムのメンバーはナイターゲレンデを堪能したいと言うことなので今はアルコールは飲まない。
「じゃ、いただきますか!」
おいしそうな鍋!ごくりと生唾を飲み、鍋のふたをあける。
「桜鍋ってなんなんでしょう?」
絹旗が箸を加えつつ頭をかしげる。
「おーう、今日は桜鍋かぁ!アウレオルスも気合はいってんなぁ!」
泣きはらした?様な垣根帝督がやってくる。
彼はどうやら桜鍋を知っているようだ。
なんなんだ?その桜鍋ってやつは。浜面が目を真っ赤にした垣根に聞いてみた。
「いいかぁ?桜鍋っていうのいはなぁ…明治時代初期から浅草は吉原とかの女郎街の近辺で興った鍋の事だ」
(ここで俺の未元空間展開…!滝壺は完全に俺の方を見ていない…!!)
未元空間と言っても垣根が持ち前の知識(wikipedia)を発動しベラベラ話すだけなんだけどね。
鍋の知識ある俺かっけぇとでも思っているのだろうか。がんばれ垣根!
「じょろうがい?」
滝壺が疑問符を浮かべる。麦野がふーぞくと一言いう。
ご、ごめんと一言いうと滝壺は黙ってしまった。女郎街の意味を知って照れてるようだ。
(かきね、そういうところに行く前にたべてたのかな…ハァ…ちょっとかっこいいとおもってたのに)
ついでに無い垣根のポイントはもう打ち止め(うちどめ)状態!
しかし、知識を雄弁に話した垣根はドヤ顔。むしろ女郎街の意味を知って照れる滝壺を見てニヤリとする。
(て、照れてるた、滝壺ちゃん…!かわゆす…!)
うんもうお前は絶望しろ垣根。
「桜肉っていうのは超何なんですか?」
絹旗が肉をプニプニつつきながら質問する。
「あ、それはきいたことある。うまだよ。おうまさんぱっかぱっか」
滝壺が鍋をじっくり見つめながら話す。
虎視眈眈と肉を狙っているようだ。
またしても体晶を使った時のように開眼している滝壺の瞳。肉はロックオン済みだ。
鍋と言っても普通の鍋とは違い、馬(桜)肉をしゃぶしゃぶのように食べる。
馬肉の他には長ネギ、みずなのみ。至ってシンプルだ。
だし汁にはカツオ、煮干し粉、昆布、干しシイタケが使われている。
「まぁ、生まれは明治の女郎街だけどよ、ここは白馬。長野だ。ってことで長野(信州)流で食べてくれ」
他の地域にも桜鍋はあるらしく、その地域地域ではいろいろな野菜を鍋に放り込むようだ。
しかし、ここ白馬(長野県)はみずなに馬肉の出汁(だし)をからませていただく。
ほうほう、とアイテムメンバーが垣根の披歴するうんちくに聞き入ってる間にちょうどいい感じに桜鍋が出来あがった。
「welcome to 桜鍋」
垣根が意味不明な事をつぶやき、キッチンに消えていった。
「あ!あんたが話してる間にできあがったにゃーん☆」
「かきね、ナイス」
「結局、おうまさんをいただくって訳よ!」
「フレンダ超やめてください><」
「よっしゃ、いただきます!(にゃーんぱねぇな…)」
浜面の一声にみんなもいただきます!と元気のいいレスポンス。
「あー!それ私が狙ってた馬ぁ!!」
「ちょっと、それは超私のですよ!」
「うまぁうまぁうまぁってか?」
「ごめんはまづらでもこのエリアに入ってくる事は許せない」
「いっひwいっひwwいっひwww肉はわたさん!」
肉の取り合いが始まった。
宿の外に映る彼女たちの影はすごいたのしそうだ。
腹をすかした狼…もといアイテムの手にかかった鍋はなんどか追加の肉を投入し、食べて終了。
「うーん…このまま残すのは忍びない気がしますね…」
絹旗は食べ終わった鍋を見る。鍋の中にはまだ残った出汁が。
「おいおい、そこのちっこいの、お前は雑炊しらねーのかよとあまりの無知にミサカは驚きを隠せません」
どうやら先ほどの御坂12222号がアイテムのメンバーが鍋を食べきったことを確認しにきた。
彼女の手には白米と追加の馬肉、みずな、ねぎを少量をいれたざる型バスケットが。
「超ちっこいってもしかして私ですか?超電磁砲モドキ!」
「うるせーよとまるで没個性の塊のような女を見つつ白米と肉、みずな、ネギを投下します」
ぼとぼとと鍋に落ちていく食材。
「雑炊かぁ…久しぶりねぇ…」
「わたしも」
麦野と滝壺は鍋の後に雑炊をしたことがあるようだ。
絹旗は何が始まるんですか?と鍋とにらめっこ。
「サバ以外でここまで期待するのは初めてって訳よ!」
フレンダに至ってはサバ以外の食事を二色連続で食べたことが彼女内のギネス記録を塗り替える大記録らしい。
もちろん、三度の飯よりサバのスタンスの彼女が鍋を食べることは彼女を知る麦野達にとってみれば信じられないことだ。
「しばらくするとご飯が出汁を吸収しますのでご自由に御食べくださいとミサカは告げます」
「おおー!結局めっちゃおいしそう…!」
御坂12222号が去る。
雑炊?あるいは半おじや化したそれは彼女達の食欲をさらに刺激する。
「ゴクリ…おい、これはちょっと反則じゃないのか?」
湯気をモクモク立てる雑炊。
そんなガチ美味しそうな雑炊を眺めるアイテム。
取り分けは俺がやるよ!と浜面がいつものパシリ根性を発動するが…。今回ばっかしはそうは問屋がゆるさないようだ。
「浜面はいつから勝手に取り分けする程超出世したんですか?」
(絹旗さん。あなたいつもジョセフではドリンクバーは俺にやらせてたじゃないですか…)
「ごめん。はまつらちょっと調子にのりすぎかな」
(滝壺さん?ちょっと待ってくださいよ…もしかしてあなたたち雑炊は絶対に譲らないっていう魂胆ですか?)
「わ、わ、私は浜面に取り分けてほしい…!!」
(麦野、今だけは無理しなくていい。お前はこの瞬間は俺より雑炊の事が好きそうな顔をしてるぞ)
結局、各自セルフと言うことで皆ゆっくり食べようと紳士協定を締結する。
しかし、絹旗が早く食べてるとか、フレンダが飲み込んでるとか、滝壺が口に入れてる時に次の馬肉を物色してるとか、麦野が浜面にでれすぎとか。
色んな理由でだんだん箸とお玉の動きが速くなり、結局早食い競争の体を晒す羽目に。
なんだかんだで雑炊は完全に彼女たちの滋養に転化した。
ふぅ。一息呼吸を整える。
満面の笑みのアイテム。
「「「「「ごちそうさまでした」」」」」
「食べたなぁ!なんだか元気になってきたような…?」
浜面が思いっきり背中を伸ばす。
「ごめん。すこしやすみたい…」
滝壺はおなかをすりすり。
「私おなかがいっぱいで…にゃはは」
フレンダはもうおなかいっぱーいと叫び、横になってしまった。
「超おいしいですけど…ちょっと食べすぎました…!」
あれれ?いつも冷静な絹旗がここまでがっつくほどの桜鍋。それほど美味かったか想像に難くないだろう。
「いやぁ、にしてもホントに元気になった気がするわね」
麦野も浜面の意見に賛成のようだ。
実際、女郎街の近くに桜鍋があった歴史的経緯を考えると簡単に想像できる。
精力だ。馬肉には精力をつける効果があるとされる。
休憩をはさみ、ナイターゲレンデにむけてアイテムが出撃する。
「着替えたかー?」
和室で一人着替えた浜面がふすま越しに着替えている女性陣に声をかける。
ちょっと覗きたいけどがまんがまん。
「ちょっとまってー!」
麦野の上ずった声。もうすこしまってみよう。
その時、入口の方からコンコンとノックする音。
「俺だ、俺。垣根帝督」
あぁ、垣根か。冷蔵庫ね。
ドアががちゃりと開くとウェア姿に着替えている垣根が。
「……まさか、お前も行くの?」
浜面に垣根が聞くと、え?行くに決まってんじゃん。と一言。
「ってか滝壺ちゃんと一緒に滑りたいんだよ。わりーか?コラ」
(俺は別にかまわないけど…滝壺本人はどうなんだ?)
滝壺が了承するかどうかはさて置いて、取りあえず垣根を和室に通してやる。
「この先で着替えてるぜ。滝壺」
「え?ま、マジ?」
反応するにしてもそっから先は何にも出来ない垣根。どかっと和室の畳に鎮座する。
「おまたせー!あれ?なんでさっきの冷蔵庫さんがここにいる訳?」
ふすまが開くとアイテムの女性メンバーが登場。
「かきね…」
滝壺がぼんやりとした表情で学園都市第二位を見つめる。
「さっきはすいませんでした。羽根使いません。リフト券買いました。一緒に滑ってください」
頭を下げまくる垣根。
「どーしよっかな…うーん」
考える滝壺。いや、だるいだけ?滝壺の答えがどうでるか、アイテムの皆もおお?と興味津津。
みのさんと回答者がミリオネアの様に見つめあう滝壺と垣根。
滝壺がやっと口を開く。
「いいよ」
ッシャァ!垣根さん大喜び。
ナイターは全てのコースで営業している訳ではない。
管理の問題やもし事故が起きた時の為等、さまざまな問題があるため、オープンしているコースは「てっら」「じんさく」「あっくあ」のみ。
どれも初心者か中級者向けのコースだ。
「はい。冷蔵庫」
ぽいっとフレンダは持ってきたデジカメを渡すとアイテムの皆で記念撮影。
「よっしゃ、タイマー使うぞー」
垣根はが机やイスにカメラを置いてしっかり映るかどうか確認する。
自分も映ることが出来るようにタイマー設定する。
が、それは不必要な動作だった。
何故なら垣根は映らないから――
「ハ?おい垣根、何映ろうとしてんだコラ」
麦野が鬼の様な形相で垣根をにらむ。
「ヒィッ!?お、俺も映りたいんですけど…」
垣根もいっしょに映りたいらしい。
「だぁめ。まずはアイテムで撮るんだから少し待ってろよ」
麦野は意地でもアイテムだけで記念撮影がしたいようだ。
どうしても映りたいと徹底抗戦する垣根を制しつつ、リビングのソファに麦野は座る。
「ったく俺がその気になればお前らなんか(ry」
え?きこえなーい。ワーワー。きゃっきゃ騒ぐアイテム。
(…くそったれ…)
「お。お前らなぁ…俺にはむかう…(ry」
「超はやく撮りましょう」
「結局遅いって訳!はやくー!」
「すべりたいからはやくして」
「おいおい、垣根何言ってんだ?早くとれよ」
「ほらぁん。皆はやくナイター行きたいんだからちゃっちゃっと撮っちゃって!」
(あれ…?俺スクールいた時こんなひどい扱いだったけ?)
過去の栄光にすがる垣根帝督。
だが、そんな事には全く興味がないアイテム。
麦野がソファに座っていると皆ソファの横に立つ。
「え?誰もすわらないの?え?」
麦野は自分が何か場違いな事をしたのか不安になる。
ソファは相当大きいので三人くらいなら余裕ですわれる。
「いやいや、そこは、はまづらだよ」
「超空気読めないですね…麦野の彼氏は!」
「なーにぼやっとしてんの浜面!ほら!座る座る!」
「あ、ええと、その…///」
あーあ、またでれとだうなーだ。
「…んで俺って訳ね」
浜面が隣に座ることに。
ちょっとだけ浜面を避けるように移動するが、途端にえー!!というクレームが。
先ほどまで垣根を馬鹿にして悦に浸っていた学園都市第四位は簡単に沈黙した。
「え?や、ちょっと、ね?え?///(めっちゃ…はずかしいよ……)」
原子崩しはここまででれでれだったか?
その通り。麦野はどこにでもいる、恋する純情乙女なのである。
その頃ソファから数メートル離れたところにいるカメラマンこと垣根は涙をこらえていた。
写真に映らせてもらえない、しかもここまで来て痴話げんか…。
(はぁ…冷蔵庫にもどっかな…グス…)
「ホラホラ!もっと寄って!結局コレじゃ映らないんじゃないの?肩くっつけて!」
フレンダがおだてるおだてる。
「そうだよ。むぎのはもっとはまづらにほっぺたをくっつけるくらいにちかづかないと」
わー、滝壺さん、そんなこと言ったら麦野さん溶けちゃいますよ…。
「麦野超赤いですね。真っ赤な第四位でれでれだうなぁ笑」
「こ、こうか?フレンダ」
浜面も、でれでれだうなぁ化した麦野をからかってやろうと思い肩を寄せる。
フレンダ達がにやにやしている。
「はまづら調子にのるなぁ…はずかしいよぉ///」
熱でもあるんですか?と聞きたくなるくらいに真っ赤になってしまった麦野。
あのー、麦野さん。何皆の前ででれでれしてるんですか?
「あのー、そんなによらなくても普通に(ry」
「超いいところなんで。すいません。冷蔵庫は少し黙っててください」
垣根提督が先ほどからカメラを構えているのだが、しょっぱなから全員カメラに写っていたようで。
(くそ…会話すらできねぇ…空気の読み手か俺は…いっそガチで冷蔵庫ライフにもどるか…?)
二人が肩を組んで(といっても麦野は恐る恐るといった感じ)、ソファの後ろにフレンダ。ソファの左右に絹旗、滝壺。
「はいはい。いくぞー。さん、に、いち、どばーん!」
垣根の雑なカウント。シャッターを押すと光るデジカメ。ぱしゃり。
(どれどれ…お、結構いいかんじじゃん。よし、次は俺も入れて…)
「はい、デジカメ返してー。垣根ー」
「あ」
垣根はデジカメをひょいと取り上げられた。
「んじゃ、皆でナイターにしゅっぱぁつ!」
フレンダの号令でぞろぞろと部屋から出ていくアイテム。それを見送る様な形で取り残された垣根。
「ふっ。ったく仕方ねぇ奴らだな!全くよぉ!」
垣根帝督はあくまで修学旅行のJTBの添乗員の様に写真を撮るだけ。
映ることは許されなかった。哀れ。
「…ヒッグ…グス…待ってくれぇぇ!」
写真の出来は非常にいい感じに仕上がっていたそうだ。
照れつつも、満面の笑みの麦野。
浜面は麦野をいじりつつも恥ずかしさを隠すなんとも言えない表情。
滝壺は相変わらず寝むそうに。
絹旗は片目ウィンクでぴーす。
フレンダは麦野のでれでれぶりを呆れるような表情だ。
垣根も窓の反射でしっかり映っていたようだよかったね!
カギを閉めて夜のゲレンデへ。
夜。初心者がいるので皆で同じコースを滑る事に。
「まぁ、再確認だけど、逆エッジは避けるように。パウダースノーだけど、やっぱり夜だからアイスバーンしてる可能性があるからそれも気をつけて」
ただでさえさむいゲレンデ。夜になれば相当冷え込む。
自然とゲレンデの雪は固くなる。アイスバーンになっているのでころんだら相当痛い。
「後は楽しくすべろうぜ!な」
浜面がそういうとリフトへ片方だけビンディングを着けてすらすら滑って行く。
皆もそれについていく。
垣根も気を取り直しリフトに向かう。
「あんまりテンション落ちたらたのしめないよ?」
滝壺がとろーんとした目で言う。しかも垣根と滝壺の身長の高低で自然と上目遣いに。
「あ、理后ちゃん。ごめんごめん。そうだよな。まだうちらのデートは続いてるんだよな」
(だまってればいいひとなのに)
「かえる?」
「すいませんすいません」
体をくねくねさせながら雪に膝をついて謝る第二位。がんばれ。
一同は一路、リフトを乗り継ぎ「じんさく」へ。
我先にと飛びだした浜面をフレンダが追いかける。
「麦野、謝るからさ!私も少しでもはやく滑りたいって訳よ!だから浜面とリフトに乗るね><」
べろをぺろりと出すフレンダ。ジーンズのツナギウェアがサイコーにクール。
「ったく。そんなのいちいち聞かないでよ!…もう///」
絹旗とえっちらおっちらと歩きながらリフト乗り場に向かう麦野。
「冷蔵庫と滝壺さん、なんだかんだで仲良く一緒にリフト乗ってますね…」
絹旗が後ろのリフトで談笑している垣根たちをみる。
「なんだかんだ似合ってるような気もしなくはないのよねぇ…」
――リフト 浜面とフレンダ
「ねぇ、浜面って結局音楽とか聞いて滑れないの?」
経験者、初心者問わず、結構音楽を聴きながら滑る人はおおい。
ゲレンデのチューンを聞くのも良いが、やっぱ自分のお気に入りの音楽を聞いて滑りたいと言う人もいる。
「あー、聞くぞ。ナイターだけはちょっと聞いて滑ろうかなって思う」
「へぇ、私もなんだけどさ。結局、ボードする時、どーゆー音楽聞いてるのよ?浜面」
アイテムの仕事の時はスピーカーから流れてくるラジオ放送を垂れ流しにしていることがほとんど。
音楽の趣味なんかの話もしたことがないので自然と興味は音楽の話しになった。
「あー、結構疾走感あるやつ聞くなー。ホラ、前にエクストレイルでやってたやつとか。んーでも、hiphopも結構聞くな。フレンダはどうゆう音楽聞いてるんだ?」
浜面はどうやらいろいろな音楽を滑る時にチョイスするそうだ。
フレンダはどうなんだろうか。
「あー、私は結局英語わかるじゃない?」
は?そうなの?と浜面が首をかしげる。
「コラ!失礼ねぇ。こう見えても英語はお手の物ってわけ。ってか生まれがそっちだから結構洋楽かな。特に洋hiphopとかロック系?」
あーわかるわ。
と浜面がいうが、何も英語がわかるのではない。
hiphopの様な曲を聴きつつ滑る気がわかそうだ。
スキーやスノーボードのクリップを見るとわかるが、疾走感がある音楽もあれば、対照的にhiphopの様なゆっくりとしたトラックが使われているケースも見受けれられる。
「俺はコレとか聞くぞ。結構好きだな。ゲレンデって感じだわ」
浜面がバートンのリュックから無い金はたいて勝ったipodをいじる。
「結構いいセンスしてるじゃない。あんたはスキルアウトのイメージが先行しすぎちゃって重低音系のゴリゴリしたやつ聞いてるイメージがあったけど」
浜面がフレンダに聞かせたのは「TA-KA-YO-U-JI」という曲で如何にもゲレンデらしいトラックから披露される高速ラップ。
その他にも浜面はいくつかお勧めチューンを紹介した。
リフトの両端に設置されている照明は煌々とひかっている。
雪が金色の平野のように見えなくもない。
それに雪の減衰効果でいよいよ静かだ。
「えーっと…私はこんな感じかな…」
フレンダはipodシャッフルを取り出す。何が流れてくるかわからない。
イヤホンと着けた瞬間耳が痛くなる。
「おいおい、お前どんだけ爆音なんだよ…耳イカレっぞ」
ドープなサウンドを皮切りに淡々と進んでいく歌。
「コレはPapercut。結構クールでしょ?これ聞きながら滑るとほんっと決まる訳よ…!」
浜面がフレンダの耳を気にするが特に本人は特にこれといって問題はないらしい。
むしろ隔絶された世界の様な雰囲気がまたいいのだとか。
ほー、と浜面は妙に納得する。
音量は調節すればいいとして、今度フレンダにアルバムでも借りてみよう。結構かっこいい。
「さて、着いた訳ですが…」
リフトから降りるアイテム+垣根。
「超きれいですねー…」
絹旗がナイターゲレンデの景色に感嘆する。
浜面達がナイター整備の前に「びりあん」で見た日没直前の景色とはまた違う、完全に夜の帳に支配されたゲレンデ。
定期的な間隔毎に配置されている照明は決してボーダーたちが迷わないように道を照らしている。
日中の顔とはまたちがった趣を見せるゲレンデ。
これがまたいいのだ。
「あんま時間はながくねぇけど、何回か滑るか」
浜面がドデカイニクソンの時計を見やり、ウェアの袖の中に戻す。そしてフェイスマスクをきゅっと結ぶ。
「――」
すーっと静かに滑りだす浜面。ナイターゲレンデに自分の軌跡を正確に刻んでいく。
「私たちもいきますかね」
絹旗と麦野がビンディングを装着し、パウダースノーのコースを軽快に滑って行く。
「ったく、すこしはまてっての」
垣根がビンディングを着けグローブの調子をチェック。
「なんだ、待っててくれたのか」
垣根がちらと前を見ると、滝壺だけは滑らずに支度を終えるまで待っていた。
滝壺のきょとんとしたその表情とニット帽がまた似合う。
ゲレンデの照明で逆光になり、その表情は確認できないがいつもより大人びて見える滝壺。
「うん。いこ。かきね」
あんがとよ、垣根が一礼するとヒャッホウ!と一言雄たけびを上げ、一気に行く垣根。
ぼーっとした表情の滝壺もしっかりついていく。
(普通にうめぇな、理后ちゃん…ケド)
(俺の未元ターンについてこれっか?)
ちなみにごく普通のカービングターンである。
いきなだが、スノーボードの醍醐味は沢山ある。ジャンプやターンetcetc。
突き詰めれば沢山の技がある。
その中でも、器具を使うレールと言う技がある。
(あー、やっぱ良いわねLinikin☆)
フレンダは綺麗なカービング跡をのこしていく。
(ちょっと技やっってみようかな…!にしし☆)
先の方を見ると斜面の途中に階段の手すりに様なものが露出している。
(げっ。ナローレール…いけるかな?)
ナローレールとは言葉通りのせまい幅しかないレールの事だ。
フレンダがそれを見ていることに気付く浜面。
「先行って見学させてもらうぜ。フレンダ!」
先行する浜面。今回のゲレンデで初めて他人のトリックを見ることになる。
(ま、結局は私の自己満プレーな訳だけど…)
そう思いつつも必ず成功させてやると内に秘めるフレンダ。
今まで浜面と近距離で描かれたカービングターンの軌跡がするーっと一本だけ左にそれていった。
スノーボードの後ろの部分に重心を移行させるフレンダ。膝を深く曲げる。
はたから見ると後ろに転びそうな人のようにも見えなくもない。
ボードの先端がさっと浮き上がる。
左足をそのままフレンダは引きあげる。
重心はどんどんボードのテール部分へと向かっていることがわかるだろう。
(やっべちょっと力みすぎたかな…?)
フレンダは少し力を抜き、左足のビンディング部分が浮き上がらない程度に先ほどのように重心を移行させる。
ここでちょうどタイミング良く階段の手すり(レール)に乗る。
(にししし。ここまで行けばあとはお手のものって訳よ!)
進行方向とは逆方向にギリリリリ!と体をよじる。
摩擦で火花が散る。
一見、フレンダがレールから逆行しているように見えるが違う。
両足の感覚でしっかりとバランスをコントロールしているのだ。
下半身がしっかりとバランスを取る作業に没入している時、上半身が御留守になる訳にはいかない。
上半身は進行方向へと向かうため、下半身の重心取りを助け、前に倒しすぎないようにしなければいけない。
下半身と上半身の扱いに長けたフレンダにはこんなの朝飯前。お茶の子さいさいだ。
このまま着地してしまえば、いつものフォーム(左足が前に来る状態)から逆になってフェイキー(右足が前の状態)になる。
(結局、上半身はいつものフォームに戻すために重要って訳よ!)
ひねった上半身の元に戻ろうとする力を利用する。
優しく雪原に着地するフレンダ。
「結局決まったー!」
レールが決まり、フレンダはガッツポーズ。フレンダの北米仕込みの技が炸裂した瞬間だ。
「あんまうまくできねぇけど…」
垣根がサーッとジャンプ台へと向かう。相当なスピードだ。
やはりフレンダと同様に重心を後ろに移項し左足を浮き上がらせる直前まで持っていく(オーリー)。
(ダークマタージャァァァンプ!)
視線はジャンプ台のさらに先!着地をイメージする。
(イメージだけで良い!着地の事を考えすぎると受け身になって失敗する!)
(両足を上半身に引き寄せろ!)
(引き寄せたボードに手を添える…!)
そう垣根は決して自分で板をつかみに行くとはしなかった。
ここが失敗する者と成功者のわかれみちだ。
なぜかって?
それは自分から手をぐいっと伸ばすと必ずバランスを崩してしまう。
左手を日中の浜面のように高く掲げる。
(ここで前足を伸ばす…!)
さながらゲレンデを征服した様な気分になる垣根。
着地は意識しすぎない。右手を優しく離してやる。
垣根は膝を使い優しく着地する事に成功した。
垣根はずばばばばと雪を巻き上げ、ダークマタージャンプ笑を成功させた、派手に止まる。
(どうよ?理后ちゃん!)
ちらとコースの本線を見ると、確かに滝壺はこちらの方を見てくれているのだが、あくまでジャンプ台全体を視界に入れているだけ。
そんな感じがした。
(おいおい、まさか次に誰かいんのか?)
そう。青眼の、金髪ブロンドのフレンダが高速で滑雪してきていたのだ。
その表情は確認できないが、仕事をしている時の冷静な表情とさして変わらないだろうとフレンダは自分で思う。
いや、もしかしたらそれ以上かも。
ただ、この後、自分が決めるトリックは初めてだから多少緊張している。
おそらくここでフレンダを見る人がいるとしたら、その人たちは一様に自殺志願者を見るような表情になること間違いなしだ。
だが、あくまでそれはフレンダのタフネスとボードに賭ける情熱を理解していないだけ。
(あー、前に見えるのは垣根かな?飛びたいから、どいてー!)
フレンダのお祈りが通じたのか垣根は横にスライドしていく。
どうやら垣根はフレンダのトリックを観戦するそうだ。
(にゃはは。よくみときなさいよ!垣根ぇ!)
どひゅーんとフレンダは飛び上がる。暗部の仕事の時の様なおっちょこちょいなミスは絶対にしない。
(麦野にこんな事言ったら怒られるけど…結局ボードだけはヘマする訳にはいかないのよ!)
垣根がとんだそれは綺麗なジャンプだったが、回転はしていない。
ジャンプを成功させるだけでもむしろ、すごい。称賛させてもおかしくない。モテるはず。
しかし、フレンダのそれは垣根のジャンプですら稚技に感じさせる。
フレンダは飛びあがったときに実践したことがあった。それは前に腕をぐっと突き出す所作だ。
この動作をすることにより、後は勝手に体が空中で回る。
(ここで…両膝を上半身に引き寄せる…!)
ヘリコプターのようにフレンダが反回転する。肩の力も抜き、くるっとまわる。
上半身が中途半端に回転しないように気にかけつつ、ゆっくりと(はたからみたら一瞬)ランディングに入る。
まるで飛行機だ。
(問題は…着地…結局フェイキー苦手なのよ…にょわっ!)
フレンダが若干着地バランスを崩す。
「あわわわ!クッソ!結局!このフレンダ様をなめんなぁ!!」
誰もなめてないのだが、気合いの一言ということで。
ふんりゃぁ!と見事にフェイキー状態の着地を成功させた。
「垣根も、フレンダもかっけぇな!」
近くにいたのだろう。はじの木の陰で浜面がデジカメのムービーを撮っていた。
どーだ!浜面ぁ!フレンダがそう言うと、浜面のデジカメにむかってピース。
「次は俺がやるぜ!」
浜面はデジカメをリュックに入れるとリフトに向かって滑りだす。
下で絹旗と麦野も待っている。早く合流してもう一回滑ろう!
うん。みんな仲良し!
その後も彼らは数回ゲレンデを滑り宿に戻った。
彼らはくったくただった。
「うひゃー。疲れたわ。麦野、平気?」
「ちょっと疲れたわ。眠い」
「結局私も張り切ってつかれちゃったわー。お風呂行ってさっさと寝るわ」
「私も超疲れました。もう筋肉痛が…」
「からだがもう動かない…」
宿の前で朽ち果てそうな勢いのアイテム。
冷蔵庫上がりの垣根も相当疲れている。
「ったく…お前ら疲れすぎ…俺なんざまだまだいけるぜ?」
もちろん嘘。強がりだ。
がちゃり。
くたくたになった浜面が部屋のカギを開ける。
部屋のカギをあけると部屋のメーキングが済ませてあった。
和室に一つ。
リビングの机をどかして一つ。
畳のもう一つの和室に一つ。
それぞれ三つの大きい布団…。
「これはどーゆー事?」
麦野が布団を指さす。その指はぷるぷる震えている。
「超布団が少ないので、勝手に寝ろbyアウレオルスって書置きがありますね」
「「「「「…」」」」」
手短に風呂を済ませて本当に今日一日の疲れを流す。
絹旗とフレンダは風呂からでると早々にダウンしてしまった。
二人は仲良く一つの布団の中で抱き合いながら寝ている。
「こいつら…まさか出来てたんじゃないでしょうね?」
懐疑のまなざしを向ける麦野。
「ふれんだぁ///だいすきですぅ…///」
寝言だが、はっきりと絹旗はそういった。
「むにゃ…結局ーだいすきー」
リビングで未だに粘って起きている四人―滝壺、垣根、麦野、浜面はぼんやりと寝ている絹旗達をみている。
「こいつらほんっとに仲よさそうだな…」
浜面がふぁぁとあくびをする。
「うちらもそろそろ寝るか?」
言うはやすし。一体全体、どういう組み合わせで寝ればいいのか?
「ったく、めんどくせぇ。麦野来いよ」
浜面が麦野の手を引っ張る。
「あ…うん///」
麦野は抵抗しないし拒否もしなかった。
「じゃ、わたしはかきねと?」
「わりぃ、従業員用のカギもう閉まっちまって入れないんだわ。申し訳ねぇが、いいか?」
「絶対へんなことしない?」
「わーったわーった。なんもしねぇよ。これならいいだろ?」
ぱぁぁぁ!
光の光芒に消えていく垣根。光がおさまった時には…
垣根は超小さくなっていた。
「ていとたん…だ…と?」
浜面はつい声にだしてしまった。
滝壺の足元に小さい手乗りサイズの垣根が。
「これでいいか?」
「か、かわいい…」
滝壺はひょいと垣根を持ち上げると優しく頭をなでなで。
「えらい。かきね」
そういうと部屋着の胸元に垣根をフィットさせると滝壺は浜面達のいないもう一つの和室に向かっていく。
「おやすみなさい、ふたりとも。変なことしちゃだめだよ」
おいおい、おまえこそ垣根に何やってんだよ、という突っ込をしたい衝動を浜面と麦野は必死に抑える。
「じゃぁなーおめぇら」
滝壺の胸元にいるミニ垣根が浜面達に手を振る。
(俺は幸せもんだよ…ありがとう理后ちゃん!)
大量に買い込んだ酒やつまみも結局一口も食べなかった。
皆疲れており、正確に言えば食べれなかった。
「ねぇ…浜面。今日色んなことあったね」
「あぁ、そうだな」
布団に入って浜面と麦野は二人で上を向きながら話す。
「だって24時間前はまだ私たち学園都市にいるんだよ?」
「そうだな。なんかまだ明日もあるけど、いろいろ濃かったな…」
「俺、正直24時間前は麦野の事すきじゃなかったもん」
「ひどーい。ま、私もなんだけどさ」
「でも、今はこうして付き合ってる。不思議だよな」
「そうねぇ…」
しばし沈黙――。
「ねぇ、浜面。今度学園都市に戻ったら、第二十二学区の地下市街いかない?」
「あぁ、いいよ。なんか行きたいところあるのか?」
「石見たいの…その出来れば…おそろいのネックレスとか…時計とか…」
「俺、ネックレス持ってないから欲しいなぁ…いいよ。こんどいこうな」
浜面はそういうと麦野の頭をすりすりなでてやる。
「絶対だよ?」
「うん。絶対行こう。だったら来週の日曜日とかどうだ?」
「いいわよ。……来週の日曜日かぁ。もうその時にはここにはいなのよね…」
「そうだな…」
すこしさびしくなる二人。
「俺さ…最初は麦野にメチャ嫌われてると思ったんだぜ?最初アイテムに入ってすぐの時にでっかいへましたじゃん」
「あーあれね。あれは気にしてないよ。私がすぐイライラしちゃっただけ。短気は治さないとっておもうんだけど…」
「げー…短気は辞めてくれよ。俺、馬鹿だし。今後一杯お前に迷惑かけるぞ?」
ははと麦野は笑う。そうゲレンデでみせたあの優しい表情だ。
「いいよ。私、浮気以外ならなんでも許すよ…努力するから、浜面も短気な私を捨てないでね…?」
(その表情がやばいんですよ)
「あぁ、絶対捨てない。っていうか捨てるって言い方がおかしいな。お前ものじゃないし。麦野は俺の彼女だ」
「馬鹿。『俺の』って時点で私はあんたの所有物にじゃないの。ま、そんなことどうでもいいわ。ねぇ、浜面」
ん?と浜面は振り向く。
麦野も恥ずかしさをこらえて振り向いていた。
「「///」」
ま、対面ですわ。
「どーすんだこれ」
まさしくゼロ距離。
「上向いて寝るのはいやだし…その私の癖で遠出する時とか、寝れない時ってなにかに抱きつかなきゃ寝れないのよね…あはは…にゃーん」
「今のにゃーんはちょっとおかしいだろ…」
(ま、かわいいからいいんだけどさ)
「あはは…でさ、いいかな?その…抱きついて///」
麦野はもうこの上なく緊張していた。
「…………いいぞ?その…なんだ…抱きついても…」
「ん。ありがとう」
さっと麦野の腕が浜面の首元に回ってくる。
一気に二人の心拍数が早くなる。
(…すっげぇ顔近いけど…)
麦野の指の一本一本はすごく綺麗で、ごつごつしている浜面のそれとは全く違う。
細くて、綺麗な指。
浜面は、こんな綺麗な指から原子崩しがでるなんて、殺される敵も幸せだと思った。
「…一杯あそぼうね?」
麦野がささやく。フローラルなトリートメントの香りが浜面の調子を狂わせる。
「さっきも言ったぞ?それ。遊ぶよ。ってかお前の専用アジトどこなん?今度遊び行っていい?」
浜面の鼻のすぐ下に麦野の頭頂部がある。
「えー、部屋汚いしだぁめ。ふたりっきりだと浜面になにされるかわからないにゃん☆」
男を狂わせるトリートメントの香りで理性を失うまいと浜面は必死に理性を保つ。
「今もふたりっきりだぞ?麦野」
(なんてな今はそんなことしないよ)
「え?待ってよ…その…準備とか…滝壺とかに聞かれたら…まずいよ///」
カァァという効果音が聞こえてきそうな位に赤くなる麦野。
「準備ってなんだよ。麦野」
にやりと笑う浜面。
「あ、いや、そのさ…いろいろほら、男の人のとか…」
おろおろする麦野。ジェスチャーを踏まえて必死に説明するその素振りが初々しい。
「平気だって。麦野。今日はそんなことしないよ」
消灯しているものの、夜の月明かりでほんのりとお互いの表情が確認できる。
「沈利…」
浜面はえ?なに?と聞き返す。
「麦野はやだ。…二人でいるときは沈利かむぎのんって呼びな……ください…」
途端に恭しくなる麦野。
「わかったわかった。じゃ、むぎのんは違和感があるから…沈利でいいか?」
こくんと頷く。その動作がたまらなくかわいい。
「無能力者と超能力者のカップルか…学園都市でもうちらくらいじゃねぇの?こんな組み合わせ」
「そうかもね…なんか超電磁砲も片想いっぽいし」
一瞬あの忌々しいクモ女の顔が思い浮かぶがすぐに消す。
――また心地いい沈黙。
「麦野、俺指輪買いたい」
「指輪?」
麦野は上を向く。
(ちけぇ!)
浜面は麦野がいきなり顔をあげてきて驚く。左頸動脈と耳の付け根あたりにちいさいほくろがある。
ぷにっとそこを押す浜面。
「ひゃ」
「ごめんほくろ見つけたからおしちゃった…」
「くすぐったいよぉ。あんまさわっちゃやぁ…」
甘い声を出す麦野。
浜面は麦野のうなじのあたりに指を這わせる。
くすぐったさに耐えきれずにクスっと麦野は笑う。
「その…ペアリング買おうよ。安くてもいいんだ。二人の名前いれてさ…」
「うん。いいよ。浜面とおそろいのもの一杯ほしいな…」
「ねぇ、浜面。おやすみのキスして…?」
「…ぷw」
浜面が笑いだす。
「…なんで笑うのよ」
ちょっとだけムスっとする麦野。
「いや、だってさ…キャラちげぇよお前。いつもははーまづらぁとか言ってるのにさ。ハハハ」
「わるかったわね…」
「いいよいいよ。皆といるときの麦野と俺といる時の麦野で全く違うってのもいいと思う。その…俺だけに見せない顔みたいなさ?」
「し・ず・り」
「わりわり、まだ恥ずかしくてさ…あはは」
恋人の前と友達の前ではだれしもが甘えたりするものだ。
麦野もそれにもれず、浜面に甘えまくる。それでいいのだ。
学園都市の暗部にいるときには常に皆を引っ張っていく実力者、麦野沈利。
一人の男の前だとただの乙女。
そういう振れ幅があってもいい。
「―――――」
浜面が小さい声で麦野の耳元で何かをささやく。
それは他の人の前では絶対に恥ずかしくて言えない言葉。
「うん。ありがとう。わたしだけのヒーロー☆」
最後に口づけをかわす――。
おやすみ。
顛末はこうだ――
昨夜、滝壺の胸の隙間にフィットしたまま垣根帝督は寝た――はずだった。
「絶対になにもしない」
そういう口約の元、彼女たちは就寝した。
だが、垣根帝督は滝壺理后が寝るとムクリと起きあがり、寝ている間にその唇を奪おうとしたのだ。
(理后ちゃん…!)
唇を近付ける垣根。垣根の唇は滝壺のそれと現状1/10位のサイズしかない。
パチリ。滝壺覚醒。
(お…おい。嘘だろ?)
「うそはだめだよ?」
滝壺は寝たふりをしていたのだ。
(わたしもねたふりしちゃったけどね)
「かきねのうそつき」
普段は観音様のように温和な滝壺もそればかりは許さないらしい。
「あ…はは…はははははははは…」
ばつがわるそうな表情の垣根。万事休す。
「わらえないよ全然」
滝壺のゴミを見るような目線に垣根はキャンタマがキュンととしたが地獄はその後にきた。
「おぶつはしょうどくだよ?」
どこかの聖帝様の部下の様なセリフを吐くと滝壺は垣根のメルヘンウィングをむしり取った。
「あああああごめんなさいごめんなさい」
「じゃ、何でちゅうしようとしたの。かきね」
「無防備だったからです。すいませんすいません」
「ちゃんとしたいなら言えばいいのに。かきねは冗談半分でそういうことしようとたり言ったりするからいやだ」
ズーン。垣根落胆。
「ちゃんと真面目な、かきねだったらいいのに…」
滝壺が呟く。垣根の耳にはしっかり聞こえていた。
(…理后ちゃん…そこまで熱心に俺の事を…。メルヘンウィング引きちぎったことはもう気にしないよっ!)
あー、だめだこりゃ。
垣根提督が半ば失神に近い形で滝壺の部屋でご就寝(ご愁傷?)している時、絹旗達はすやすやと子供のように寝ていた。
ただ、子供とちがうのは思いっきりお互いに抱き合ってること。
彼女たちは女の子同士なのに抱き合っちゃってるのだ。
「「むにゃむにゃ」」
「きぬはたー、だうー」
「ふれんだぁ…おもいですー」
どんな夢をみてるのやら。
むくり。
浜面が起きる。
時計を見ると九時半。チェックアウトは十六時。
「起きろ!おい!沈利!」
浜面が肩をゆする。
朝ごはんの時間があと三十分しかない。
「ううーん…はーまづらぁ…今何時?」
麦野が浜面に抱きついたまま、きょろきょろ時計をさがす。
「九時半だぞ沈利」
「ふぁーい。沈利了解でっす☆」
バタン。二度n(ry――
「沈利っっっ?」
ガバっと起き上がる麦野。
「お、起きたか沈利。おはようーふぁぁ」
(名前でよばれた///)
「…おはよー。ねむいわ」
麦野が眠気眼をこすりつつ、障子をがーっとあけると外は快晴。
昨日から降り続いた雪できらきら光っている光景ははまるで皆をゲレンデに呼んでいるようだ。
「おい、コラ起きろ。お前ら」
浜面にとって学園都市にいるときと同じルーティーンワークが始まる。
それはアイテムメンバーの叩き起し。
浜面の様な男は一見、朝に弱いと思うだろうが、侮るなかれ。
彼はアイテムの雑用係。
彼女たちを起こすのも立派な仕事なのだ。
「おい、絹旗、フレンダ起きろ」
「うーん、けっきょくーあと三時間ー浜面おねがーい」
「絶対駄目」
首から上までしか出していい二人は顔がすごい近い状態ですやすや寝ている。
(これはヤヴァイ)
仲良く抱き合っている様を浜面は目撃する。
デジカメでしっかり撮影した後に、彼女たちを叩き起す。
その後は滝壺が珍しく一人で起き、全員揃ったところで、超眠そうなアイテムの奴らを食堂に連れていく。
朝ごはんはいたってシンプル。
シャケ定食と鯖定食が麦野とフレンダに。
浜面達には納豆定食だ。
垣根は普通のサイズに戻り、キッチンで世話しなく働いている。
「「「「「「いただきます」」」」」」
まだ眠いのか麦野と滝壺はうつらうつらと箸をもちながら目をしぱしぱ。
フレンダはボードモードに完全移行したようで鯖を鬼の様なスピードで食べている。
しかし、小骨をしっかり分けているフレンダ。
食堂から窓を見るとすでに滑っているボーダー達がいる。
早朝のゲレンデは滑ると気分が良い。
明るい日差しに反射した雪がきらきら光り、ゲレンデは白銀の世界に変わる。
「うー、さむいわ」
麦野が肩をぶるぶる震わせる。
「今日はコースどうする?最終日だし、上級者コースいかね?」
「超どんな所なんですか?」
上級者コースはリフトを三回乗り継いで行く、「あうれおるす」が管理しているゲレンデの中で最も難しいコースだ。
「あ、私地図もってるわ。地図地図…」
フレンダが地図を取り出してリフトの乗り継ぎを確認していく。
「えーっと『幻想殺し』と『へぶんきゃんせらぁ』っていうコースがあるわね。ん、なんかコメント書いてあるわ」
「なーんかどっかで聞いたことある名前ねぇ…」
麦野が学園都市の関係者を思い出すが眠くて思い出せない。ってかメンドイ。
「で、コメントは超何なんですか?」
絹旗はお味噌汁をすすり、目玉焼きをぱくり。
「『お前らが滑れるって思っている幻想は45度の傾斜があるここでぶち殺さなきゃいけない』」
無駄にかっこいいふれこみだ。
しかもここだけ名称が漢字だ。結構難易度高いコースなのだろうか。
麦野がもう一つのほうは?とフレンダに聞く。
「『帰ってこれたらほめてあげるね?』」
なんじゃそりゃ。それほどきついのか。
どんなコースなんだろう。取りあえず、相当きつそうな感じはする。
「おはよう。諸君。よく寝れたか?」
レビューを見て、わいわいやいのやいのやってるアイテムのメンバーを見つけてアウレオルスがやってきた。
「すまない。途中から聞いていたが、その二つのコースは難しいぞ。初心者は最初は木の葉で降りた方がいい」
「超転びやすいからですか?」
軽く手を挙げてアウレオルスに絹旗は質問すると、そうだ。と答えが返ってくる。
実際、人間は90度の角度を45度で体感できる。
ゲレンデの上級者コースで下を覗き込んだ時、さながら垂直に近い感覚を抱く。
45度と聞いて大したことない、と思うのは早計に過ぎると言えるだろう。
「ところで…」
アウレオルスはにやと口角をつりあげる。
「仲良く寝れたのかな?」
「あはは…その…」
麦野が気まずそうに反応する。
他の皆もそうだ。
「若気の至りというのも、また良し」
「いや、そんなんじゃ…」
浜面が否定するが、アウレオルスはにこりと笑うと他の客の所に消えていった。
「んで、実際昨日、お二人はどうだったのよ…?」
フレンダがにたにたしながら浜面と麦野をきょろきょろ見る。
「べ、べ、べ、べ、べつつつに」
(麦野。それじゃ、逆に何かあったって言ってるようなもんだぞ…)
浜面が動揺している麦野をなだめる。
「麦野が超でれでれでしたよね」
「………聞いてたの?」
絹旗がぷぷぷwと口に手をあてて笑っている。
そんな絹旗を麦野がぎろりとにらむ。
「きーぬーはーたー!」
鬼の様な表情へ変貌する。いや、これは般若か?
「そんなこわい表情しないでください。いやぁ、にしても、寝むたい中、がんばって寝たふりした甲斐が超ありましたね。フレンダ」
絹旗の発言に、フレンダはうんうんと頷く。
「ペアリングとか超欲しい。ですかぁ…沈利…☆」
「きぬはたぁ!ほんとにあんたってやつは!!」
「///」
にやにや笑う絹旗。
その様を見て、麦野がぷんすか怒る。浜面は恥ずかしさから体を左右にふりビクンビクンしてる。きめぇ。
「結局浜面と一緒に第二十二学区の地下街の宝石販売店にも行こうとしてるのよね?」
「石は…その!えーっと…」
(絶対にこいつらには馬鹿にされるから言いたくなかったのにー…)
フレンダと絹旗のいじりにもはや麦野はカンカンだ。いや、それを通り越してちょっとうる目。
「石って別にそんなに悪い趣味じゃないよな。むしろ、俺はいいと思うぞ。麦野、綺麗な石集めるのが好きなんだよなっ?」
そう言いながら浜面が麦野の頭をなでてやる。
「…うん。石集めるのが好きなの…浜面…はずかしいからあんまりなでないで…///」
(は、はまづら…///)
熱に浮かされた様な麦野。朝一発のでれでれだうなぁだ。
(おーいおーい。麦野さーんさっきまできぬはたぁ!とか怒鳴ってたのはどうした訳?)
(超浜面とお似合いですね…呆れた…!)
(今日の朝ごはんはさとうのかたまり…)
「そんで、フレンダと絹旗は私たちの会話聞いていたの?」
「はい」
「結局ふすま越しから丸聞こえって訳よ」
「ひー…><」
穴があったら入りたい気持ちになる麦野。
そしてそれを見つつ、頭をかき、苦笑いの表情を浮かべる浜面。
「でも、二人とも超お似合いですよ?無能力者と超能力者のカップル」
「あ…ありがとう絹旗」
(麦野がこの調子だとこっちもおかしくなりそうですね…調子が狂います…)
(歯が痛い…虫歯になっちゃたかな…あまいものたべすぎた…)
仕事の時の麦野の雰囲気は何者を寄せ付けない圧倒的な破壊力を誇る原子崩し。
しかし、今この場においては自分自身が真っ赤にめるとだうん☆しているただの年頃の女の子だ。
「結局!ほんとこっちがはきそうなくらいに麦野でれでれしちゃうんだから」
「ん。…ごめん」
(だーかーらー、それが調子狂うって訳よー!)
悶絶するフレンダと絹旗であった。
朝食を食べ終わると時計は十時を少し回った程度。
部屋に戻り、ウェアに着替えるアイテム。
今日は最後の日。
今日の夜にはあのクソみたいな所に戻らなければいけないのだ。
「なーんか戻りたくないわねぇ…」
「そうだね。結局、学園都市とかどうでもよくなるわよね」
着替えながらぼそりとつぶやくのは麦野。
フレンダは結構そアンチ暗部の気質が強く、すきあらば学園都市から逃げてもいいと思っている節がある。
「でも、ここから戻らなかったら多分電話のクソ女が超うるさいですよ」
「まぁまぁ。みんなさ、まいにち仕事があるわけじゃないし、今日はたのしもうよ」
「結局そうなのよね」
絹旗と滝壺のセリフにフレンダが相槌を打ち、この話は終了する。
「でさ、あんたら何で抱き合って寝てたの?」
麦野が絹旗とフレンダを交互に指さし質問する。
今までいじられ続けた麦野の反撃?が始まった。
「え?あぁ、あれね!むぎのー!これには深い事情があってね…!」
「そ、そうですよ!あ、あれは私が寝れなくて…そのつい///」
フレンダがわざとらしく絹旗の頭をなでなで。
絹旗の無理やりフォローは勘の鋭い麦野には通じない。
「へぇ、そうなんだ。じゃ、なんで寝ながら大好きとか言いあってたわよ?」
(ほうら、正体表せやコラ!)
顔を見合わせて冷や汗を流しまくる絹旗とフレンダ。
(超腹をくくるしかないですね)
(結局、そうなりますか…)
「あはは…ちょっといろいろあってさ…」
フレンダと絹旗がとつとつ話し始める。
~説明中~
「へぇ、あんたらにそっちの気があったなんてねぇ…」
麦野がフレンダと絹旗に追い詰められていた、先ほどの食堂とは形勢逆転状態。
(ま…でもいいか。それに、こいつらの問題だし)
「その…麦野…怒ってる?」
いや、まだ正式に付き合った訳じゃないのだけれども、フレンダと絹旗はちょっとそーゆー事をしちゃう関係。
怒られると思ったのかもしれない。
友達以上、恋人未満?あやふやな関係。それをここではっきりさせる必要はない。
第一にフレンダと絹旗が自分たちの関係を突き詰める必要がないと考えているならなおさら。
麦野も本人達がそれでいいなら、いいと思う。
「私も浜面とその、付き合ってるから何とも言えないけど、仕事に影響が出ないようにしようね」
「うん」
「はい」
「おお…!」
滝壺が謎の感動に身震いした。
「ほら、行こうよ。浜面がまってるわ」
全員が着替えていることを確認するとふすまの扉を開ける。
「よっしゃ、白馬最後まで超堪能しましょう!」
「そうだな…!」
え?男の声?
麦野達が着替えていたリビングで男の声が。
声が聞こえてきたソファの方を見る。
「あー、いやいや素晴らしい友情だよ。お前ら。ほんとに」
「おいこら。クソ垣根。てめぇいつからいたよ」
ミニ垣根がリビングのソファのあたりでぱちぱちと手を叩いている。
「あ?俺か?ここはとっくに俺の未元物質に支配されてるぜ?えーっと二十分くらい前からかな。未元部室wwなんちってwww」
「「「「…はぁ」」」」
麦野の手の先に原子崩しが顕現する。
絹旗も窒素を右手に集約する。
フレンダはツァーリボンバを準備する。
滝壺ははぁ、とため息。
「ちっそ粒子ぼんばぁー」
「メジャハッ!」
「ほんと、かきね。次にこんなことしたら嫌いになるからね」
滝壺はウェアのファスナーを首元まで上げているのでミニ垣根は滝壺の胸元のポケットにいる。
彼女たちは今「あうれおるす」の外にあるボード置き場だ。
「滝壺さん、ちょっとだけ胸グリグリしていいですか?そこにいる茶髪冷蔵工場破壊したいんですが」
「きぬはた。がまん。次やったらわたしがちゃんとおこるから」
絹旗ははーいと不貞腐れた感じでボードを能力を利用して片手で掴む。
「おい、おまえら!」
あれは確か研板?
「今日が最終日だろ?写真を撮ろう。ほら垣根。テメーも入れてやるからもとのサイズに戻れ」
「へいへい」
研板の呼びかけに垣根が応えるとひょいと滝壺の胸ポケットから出て、大きくなる。
ちなみに研板とは彼の異名だ。本名は削板なのだが、ボードのメンテナンステクを買われ、研板になったのだ。
「あいかわらずおもしれぇ能力だな、垣根冷蔵庫さまは」
「うっせぇな。ほら写真とれや」
「てめぇが言うな」
二人のやり取りを聞いていた浜面がツッコミ、研板にデジカメを渡す。フレンダもその研板にデジカメを手渡した。
最後に垣根帝督も入れて浜面とフレンダのデジカメで写真を撮る。
「はい、チーズ!」
ぱしゃぱしゃ。
撮ってみた写真を見ると、みな良い笑顔だ。垣根もにっこりと笑っている。
「うむ。いい感じだ!」
「「「「「「ありがとうございます」」」」」」
記念撮影を済ますと、アイテムは最終日を楽しむべく、リフトに乗り出した。目指すは上級者コース「へぶんきゃんせらぁ」
上級者コースと言うのはゲレンデの中でも山の山頂部分から中腹あたりまでで、あとは中級者向けコースに接続したりする。
「へぶんきゃんせらぁ」もそんなコースの一つだ。
「うおー…結構高いところまできたな…」
浜面がリフトから後ろを振り向く。「あうれおるす」は遥かにちいさくちょこんと見えるだけ。
今日は天候もいいのでまぁまぁ人もいる。
「ったく…なんでお前と一緒にリフトのらなきゃいけねぇんだよ。あームカツイたわ」
「うるせぇよ。俺もお前と一緒に乗らなきゃいけねぇ理由が全く分からねぇんだ。まだ半蔵の方がいいわ」
「だれだよ…ソイツ」
「こっちの話だ」
垣根と浜面という珍しい組み合わせ。後ろでは麦野達がきゃっきゃと談笑している。
「あいつら楽しそうだな」
「あぁ。ってかなぁ、理后ちゃんのウェア姿は反則だよ…。チェック柄が生えてらっしゃる」
垣根の様な工場冷蔵チャラ男は一見、華美な子を好みそうだ。
だが、滝壺様なおとなしい子が好みらしい。
「お前、案外滝壺みたいな子が好きなんだな。ホラ、いたじゃん、前に暗部のバンクで見たんだけど、あの赤いドレスきた女」
「あぁ、心理定規な」
「あいつとはどーだったんだよ」
「駄目駄目。あっちが全く興味ないし、今じゃ連絡取れねぇわ。俺がクソの第一位にやられる前までは連絡取れてたんだけどなぁ」
垣根は第一位に敗北後、アレイスターの配下に回収され、垣根の演算体系や思考回路を解析し、後は産廃同然扱いで長野に不法投棄されたのだ。
「まー昔の話は言いや。理后ちゃんは良い子だよ。俺のつまらない冗談にも付き合ってくれるしさ」
「あぁ、俺の全く当たらない勘だけど」
浜面は一拍前置きをおいた形で垣根にいう。
「多分滝壺は結構お前の子とお気に入りだぞ」
「まじ?」
(っしゃぁぁぁぁぁ!!)
「うん」
浜面は滝壺がなんだかんだで垣根帝督の事を気にいってると考えていた。
理由はよくわからないが、垣根が準備を終えるまでまってくれたりとか、そうした一面を垣間見ただけだが。
「ま、垣根が本気かどうかしらねぇけど、がんばれ」
「ふーん…あんがとよ。お前もあいつと長く続けよ。あいつ多分メチャクソ短気だぞ」
浜面は麦野が短期なのを承知だ。
短気は今後お互いが付き合っていくうえでネックになるだろう。っだが、そんなことで別れる訳にはいかない。
(あいつは短所よりも長所の方がいっぱいあるから…)
「わーってるよ。ほらもう着くぜ、垣根」
「おー」
ザザザザザとワンフット(ビンディングを片方外した状態ででる)で降りていく二人。
垣根たちが話している最中の女リフト
「浜面達なんだかんだで仲よさそうに?話してるじゃない」
「そうですね。楽しそうにしてるかどうかは分からないけど、会話は普通にしてる感じですね」
麦野が前の方をぼんやりみながら絹旗に言う。
足をブラブラしながら絹旗は上を見る。
「結構高いですね…斜度45度…ゴクリ」
「うわー、あそこ見て、スキーヤー。がんばれー…うわぁ転んだよ板外れちゃったじゃない」
麦野たちが「へぶんきゃんせらぁ」のコースをリフトから見物している。
斜面が始まる所には何人か人がいて、滑りだしているが、いきなり皆、それなりに加減しているように見えた。
「こんな所で逆エッジしたら絶対やばいですよね…ずーっと転がって行きそうですよ…」
「えぇ。ここで普通のターンやったらあっという間にスピードでそう…」
急斜面で転倒すると、例え後ろ向きに転んだとしても板がぎゃりぎゃりと雪を削り、一気にすべりおちてしまう事が多々ある。
しかし、大きくジグザグターンをしておりるとゆっくり下りていく形になるので、自分の力のさじ加減が非常に重要だ。
「ね、さっきのあんたらのはなしなんだけど…」
麦野がそういうとびくりと肩を震わせる絹旗。
よほど聞かれたくないのかな。
「…は、はい。なんですか?」
「昨日、二人で行動してるときにキスとかしたりしちゃったの?フレンダの事だから、見境なしにあんたを襲ったところが簡単に想像出来ちゃうのよ…」
麦野は当てずっぽうで言ったのだが、まさか自分の言ってることがあたってるなんて考えていない。
絹旗も別に隠している訳ではないが、いざ言うとなると恥ずかしい。
だって女の子同士でキスしちゃったんだから。
絹旗はニット帽をかぶりなおし、ふぅと一言白い息を吐き、答える。
「まぁ、そんな所です。超、私もフレンダのキスにとろーんと来てしまい、わるのりしちゃいました。あはは…」
「全くあんたら…」
麦野と絹旗は苦笑い。人前で、でれまくった手前何か言える訳ではないが。
そんなこんなで麦野達もリフトから降りる。
「超行きますか…」
「えぇ」
彼女たちはリフトから降りるのが苦手だ。
「うわわわ!こら絹旗、こっちよるな!」
「む、麦野こそ!超こっちこないでくだしゃい!!」
どっしーん。
ワンフットで降りようとした麦野と絹旗は大失敗。
本日一番最初にこけたのは麦野と絹旗だった。
一方、滝壺とフレンダのリフト
「どう?滝壺、昨日のナイターでちょっろと見る限りだと、結構うまく滑れてたよーに見えたけど」
「うーん、急じゃない斜面だと結構ターン出来る自信はあるんだけど、あれじゃあちょっと…」
滝壺がグローブ越しに上級者向けコース「へぶんきゃんせらぁ」を指す。
スキーヤーはところどころでしっかり止まり、斜面を慎重に降りている。
たまに見事にコブを一つずつ潰して、制覇していく猛者がいるが、そんな高等技術は滝壺には出来ない。
「まー、上級者コースは無理しなくてもいいと思う訳よ…!結局、無理して怪我したらパーなんだしさ…!」
「なんかここで滑る前にこわいって思うのがくやしい。でもこわい…」
派手に転げて十秒程沈黙しているボーダー。
名も知らぬボーダーはまたむくりと立ち上がり滑って行く、その勇気に滝壺は拍手を送りたくなった。
「おー、あの人すごい。がんばれー」
滝壺は見知らぬ人がぼこぼことコブを征服していく様を見てエールを送っている。
リフトの上からエールを送られているとも知らずにどんどんスキーヤーやボーダーたちが滑って行く。
「……ねぇ、フレンダ。かきねって私のこと本気ですきなのかな」
「いきなり何よ?滝壺。あの冷蔵工場長はやめときなって。ははは」
フレンダは冗談半分に返したのだが、きゅっとフレンダのジーンズ調のウェアを引っ張る。
「フレンダ」
「え?マジな訳?」
「うん」
真面目な表情だった。いつも通りの眠そうな目。けれど、真剣なまなざし。
「私、恋愛下手だし、あんまりまだかきねの事しらないけれど、ちょっと気になる」
「そっかぁ…」
(マジで垣根かーい…)
フレンダは垣根の事をよく知らないが、昨日から続く言動が本気だとは思えなかった。
滝壺もおそらくはそうだろう。
ただ、垣根があそこまで露骨に理后ちゃんや、デート笑とかぬかしているので、滝壺自身もちょっぴり気になり始めていたのだ。
「垣根の事きになるなら、結局もっと見極めなきゃ。ここで垣根とどうなるかなんてきめなきゃいけない!って訳じゃないしさ」
「うん。ともだちからはじめてみようかな」
「そうだね。なんだったらアウレオルス支配人に交渉してお持ち帰りー!はうー!ってね…あはは」
フレンダがかつてはまった同人ゲームの某ヒロインを真似し苦笑している最中、滝壺は沈思黙考。
(え?まさかとっとこ冷蔵庫ていとくんをマジで持ち帰りしようとしている?)
「うーん。ミニていとくんは欲しいかも…」
滝壺の中でミニていとくんはお気に入りらしいが、一般サイズはまだ受け入れ難いようだ。
「ほら、月並みなことしかいえないけどさ、楽しもうよね?滝壺。ほら、いくよ!」
「うん!」
二人はリフトを下りていく。
皆が手を振って待っていた。
ゲレンデの頂上。
綺麗だ。
青い空、白銀の斜面、澄んだ空気、遠近に散在するボーダー、スキーヤー。
それらが一緒くたになって一つの景観を構成する。
さらにそれを音割れスピーカーが盛りたてる。
「きれい」
自然と滝壺が口を開く。
「昨日のグレイな景色もなんか風情があったけど、こっちもいいわね」
「超きれいです」
「なんども悪いんだけど、結局、皆で写真撮らない?斜面がわを背景にしてさ」
「いいねぇ」
浜面はそういうと適当な所にビンディングを外して立つ。
ちょうど立ち寄ったスキーヤーに声をかけ、写真をとってもらう。
「ありがとうございます」
フレンダがカメラをスキーヤーに返してもらい写り具合を見てみる。
(皆良い笑顔って訳よ。帰って現像したいわね)
「じゃ、行きますか。俺ばっか昨日今日で仕切っちゃてるけど、無理すんなよ。ここ結構俺もきつい」
「「「はーい」」」
絹旗、滝壺、麦野はそう返事をしつつ、斜面を見る。
(超垂直に近いですね…)
(こ、こわい…)
(にゃ、にゃーん…)
取りあえず、三人とも身震い。
三人は思った。こんな所滑れるわけねぇ。
「じゃ、私行くわ」
フレンダがゴーグルをつけ、勢いよく発進する。
ブルーブラッドのジーンズウェアと水玉チェックのウェアの少女が斜面に消えていく。
ザザザ、ザザザ。
見事に切り返していくフレンダ。しかも相当速いぞ。
絹旗達はフレンダのその冷静沈着ぶりに下をまいた。
「俺も行くわ」
今度は上下黒のつなぎを着た垣根は出陣。
垣根はフレンダと違って若干大ぶりなターン。やはり、傾斜でカービングをするのは相当気合いのいる行為なのだ。
「あ、あそこでフレンダが待機してますね。デジカメとってますよ><」
絹旗が指をさすと「へぶんきゃんせらぁ」の中腹でデジカメを出して皆をまっている。
「ムービー取ってるからぁ!」
フレンダの大きい声はまだ滑りだしていない絹旗達にも聞こえたようで、浜面がりょうかーいと言い返す。
(そんな…まともに滑れないのに…)
(フレンダ、そんなに私たちの無様な様をみたいか…!)
「ほーら!いつまでぼさっとしてんのよ!麦野!滝壺!はーやーく!」
つい先ほどまで滝壺に無理しなくていいよと言っていたフレンダ。今は早く降りてこいとせかす。
(にしし、別に転んだって死にゃしないって訳よ!)
「じゃ、自分が超行きましょう」
絹旗がビンディングを着け斜面に向けて滑りだす。
麦野と滝壺が絹旗の姿をみて後ろから少し距離をおいて滑りだした。
(あわわわ…これは本当にやばいですね…)
絹旗は垣根よりもずいぶん大ぶりなターンで行くが、ターンの切り返しの時に躊躇してしまった。
ターンが出来ないとずーっとまっすぐ行き、惰性でターンする羽目に。
「おーい、フレンダァ!どこまで行くんだよ!」
フレンダの隣でゴーグルを外した垣根が叫ぶ。
(クッソ…あの工場長…!超わかってるんですが…!右に切り返しするのにこの斜度はちょっと…)
一方、麦野と滝壺も同様にターン出来ないでいた。
(これはこわい…)
滝壺も右ターンをするときにするする加速し、歯止めが効きそうにないと考え、ゆーっくりと大周りに。
結局ターンするときは一気にターンをする覚悟を固めなければいけないのだが。
「あーあー」
フレンダの目の前までとろとろやってくる滝壺と麦野。
ちょうど彼女の直前で止まる。
「結局、上級者コースはまだ早かったかな」
はぁとため息をつきながら両手をふるフレンダ。
前には雪が大量にくっついた滝壺と麦野が。
「すいません。超おくれました」
「絹旗、おつかれさん」
「なんで超浜面がもういるんですか?」
絹旗がとろとろと斜面を傾斜している数分の間に浜面は最後尾を務めながらも、絹旗より先に戻ってきていたのだ。
「うー。くやしいです」
「じゃ、競争すっか?」
「超遠慮しておきます。絶対に負けますから」
「はいよー」
絹旗が丁重に浜面の勝負依頼を断る。
その会話がちょうど終わるとフレンダが下のコースまで一気に下るルートを行こうといい、一同賛成。
そして、本日の「あうれおるす」最難関コースである「幻想殺し」に挑もうと提案した。
その後、一同は下まで降り、上級者コースを目指すことに。
リフト乗り場に全員が到着すると適当にリフトに乗り始める。
リフト券はもちろんゲレンデに行く前に買ったデスレーベルのパスケース。
「のろうぜ、理后ちゃん」
「うん。いいよ」
(また理后ちゃんてよんだ…)
垣根は滝壺を一緒にリフトに乗るように誘うと、滝壺もOKのよう。
「じゃ、頂上で」
垣根がそう言うとリフトは勢いよく発信していく。
頂上まで行くリフトはかなり所要時間を要す様で20分から30分ほどかかるようだ。
むぅ。長い。
「さっきは派手にこけてたな、麦野。怪我の方は平気か?」
「逆エッジやっちゃったからかなり痛かったけど、一時的なものだったみたい。だから平気よ」
「あぁ、よかったよかった」
「………………はぁ」
浜面は麦野が無事なので取り敢えず一安心する。が、何かおかしい。
麦野の意味深なため息…。
(どうしたんだ?まさかやっぱりどこか痛むのか?)
「なぁ、麦野?黙ってちゃわからないぞ?」
「…………はぁ」
また麦野が溜息をつき、黙りこくってしまった。
しかもさびしそうに見え、且つちょっと怒っている様な、そんな複雑な表情。
「名前…」
「……あ、わりぃわりぃ」
麦野はぽつりと小さくつぶやく。浜面はすっかり忘れていた。
二人でいる時は麦野のことを『沈利』と呼ばなければいけないことを。
「沈利がいーぃ…」
もう語尾の方は消え入りそうなトーンになっている。
麦野がボード用グローブをはめた指をもじもじといじっている。その素振りは浜面に純粋にかわいいと思わせた。
「ごめんごめん。沈利。あ、そーだ…写真撮らないか?」
「……いいケド、ここで?」
(ちょっと恥ずかしいわね…)
麦野が躊躇っている間に浜面がバートンのリュックからデジカメをだす。
実は彼女たち、付き合ってから初めてのツーショットだ。言いだしの浜面はもちろん。麦野もドキドキしている。
「普通に撮るの?」
「あぁ」
はたして、麦野と浜面が想像している『普通』のイメージが一致しているかは未確認。
だが、二人はどうやらツーショットを撮る事には異論はないようだ。
「じゃ、とるぞ…!」
浜面がカメラを二人が映りそうな所にかざす。
「うん☆………え?」
浜面はがっ!と少し強引に麦野の肩を自分の方へと引き寄せる。
「あっ…」
「はいチーズってな」
パシャ
麦野の虚を突かれたような声。その後に浜面がデジカメのスイッチを押す。
出来栄えは上々。
「か、肩組むなら事前にいわないと…きき緊張が…」
「なーにいってんだよ。お前、事前に言っても多分緊張してたぜ?だからいきなり肩つかませていただきました!」
「そ、そ、そんなことないわよ!肩とか…全然か、か、簡単に組めるわよっ!」
「…はいはい。わかりました」
そう言うと浜面は麦野の頭を撫でてやる。
麦野はニット帽越しでもうれしいようで、えへへと笑う。
彼女の唇は案外に乾燥しているゲレンデで乾燥するのを防止するためか化粧の為か、昨日と同様に淡いピンク色のグロスを塗っている。
(沈利のグロスすっげぇ…なんというかエロいよ。うん。かわいいヤバイ)
麦野は思った。
今までレベル5だった麦野に声をかけてくるやつなんざ、たいていはへこへこしたゴミか、意気がって麦野に絡んだ馬鹿ばかり。
(でも、あんたは違う。私のこと、一人の女として見てくれてる。そんなあんたの言う事を聞くのが堪らなく好き)
(はは、私Mっ気丸出しじゃない…でも、浜面に何かしろって言われたら私はそれに応えてあげたい。でも…)
麦野は浜面と付き合う事に懸念を抱えていた。
「ねぇ、あんたは私と付き合うことに抵抗ないの?昨日の今日はまだ付き合ってないのよ?こんなにすんなりうまくいってさ」
麦野はこわかった。
正直、浜面は他の女性から好意を持たれてもおかしくない。
それは麦野の浜面に対しての格付けと言ったら、上からの目線の様な気もするし、語弊はあるが。
ともあれ、麦野は、浜面は女性と交遊して、成功するルックスや性格といったポテンシャルは高い。と思っている。
(対して、自分はどうだ?)
浜面がどういうスタンスで麦野の事をとらえているが、知らないが、私はレベル5。
学園都市の高位能力者にもれず、脳みそをいじくられた人間。
対して、浜面仕上は無能力者。そこに天地の隔たりを感じずにはいられないのである。
要するに、浜面はもっとまともな、つまり脳みそなんかいじられていない、まともな子と付き合えばいい。
麦野はそう考えていた。
そうじゃなくても、寄りによって、学園都市、いや世界に七人しかいない超能力者なんかと交際する必要もない。
二百万人近く学園都市には学生がいるのだ。そのうち百万位は女だろ?
(レベル5に恋愛なんて無理?)
そんな内気な事も考えてしまう麦野。
しかし、そんな麦野の幻想は即座にブチコロシ確定に付されたようだ。
「馬鹿か。お前。お前と付き合う事に抵抗?無いに決まってんだろ。沈利はもう俺のもんだから」
――もの扱いすんな。
そう思い、麦野は口を開こうとするが――
「ありがとう…」
出てきたのは感謝の言葉。
「わたしは、浜面のものになっちゃたんだね☆」
(嬉しいよ。浜面。ホントにあなたが私の彼氏になってくれてよかった)
「あたりまえだろ?んで、俺はお前のもんって事で。ってかさ」
浜面の口からどんな言葉が出てくるのだろうか。気になる。
「沈利、もしかして自分が学園都市のレベル5だから釣り合わないみたいな、どーでもいいこと考えてるだろ…」
(浜面はすっごいなぁ…私の浅はかな考え、ばれちゃってたかぁ)
麦野がはぁとため息をつく。
それは結局浜面を試すような言動になってしまったことを悔いる意味と、幸せ者であることを実感するため息。
「俺はさ、確かに力でいったらお前の原子崩しにはもちろんかなわないし、実力的な面でお前を守るっていうのはちょっと厳しいかもしれねぇ」
「だけどさ、お前を守るってのはなんだ…こう。お前の心とか、精神状態…あぁ、ちげぇ。なんだ、こうお前が不安な時に俺がそばにいる」
「そういう事は守るって意味にならないのか?お前がさびしかったり、不安だったり悩んだ時には必ずそばにいる。お前の心を守る…」
「こんな恥ずかしい事絶対に二度と言えないけどさ。……これからはお前が俺を守る」
あぁ、この人のことを好きになって心底よかったと麦野は実感した。
「昨日の今日で付き合ってるとか云々とかどーでも良いんだよ。知り合ってから付き合うまでの時間とか期間なんてさ」
「もし、麦野がこの後、学園都市に戻って俺とあわないなって思ったらすぐにわかれてもいいぞ?それはそれで受け入れる」
「そんなことないよ。絶対に」
麦野が頂上から吹き上げてくる風で前髪が崩れる。それを治すように手で髪を整えていく。
「とにかく、俺は今全力でお前の事…」
麦野沈利は思った。私の事をここまで熱心に話す人。それはこの人以外にいない。
そして彼の次の言葉を聞きたくて、待ち遠しい自分がいる。体がカァっと熱くなっていくのを知覚する。
欲しい。もっと。浜面の口から出る私の事をもっと聞きたい。
同じくらいに、私も浜面にありったけの思いのたけをぶちまけたい。毎日、いつでも。
ごくりと唾を飲む浜面。ゲレンデのリフトでする会話ではないと思いつつも耳を傾ける麦野。
「…俺は…全力でお前の事愛してるから」
(あぁ、私は本当に幸せだ…)
麦野は一生分の幸せを消費してしまったのではと思った程だ。
浜面は何の迷いもない、そして力強い意志がやどった瞳でこちらを見ている。
「なーに私相手にマジになっちゃってんのよ…こんな短気のわがまま気質のじゃじゃ馬にさ…はは」
「でも…ありがとうね。本当に嬉しいわ。私もこれから浜面と一緒に入れるって考えるだけで、どきどきする」
「これからもよろしくな。沈利」
「えぇ。私も浜面の事だーいすき☆」
この人の前では顔を赤くしないほうが無理。
麦野はそう思った。
これからどこに行こうかな。色んな所に行こう。
「なんか、前の方、いちゃいちゃしてますねぇ…」
「結局、あの二人はれっきとしたカップルってことよ!」
「でも、このボード旅行でいろいろ変わりましたね」
「そうねぇ。浜面と麦野は付き合っちゃうし、まさか第二位の垣根帝督とも知り合いになるなんて結局誰が予想したのかね」
「はい。あと、滝壺さんも垣根帝督となんだかんだで仲よさそうですし、何より私たちアイテムが前よりも、もっと仲良しになった気がします」
絹旗はアイテムの仲が仲良くなっていると実感している、おそらくそれは他のメンバーも思っていることだろう
「確かに、ここに来るまではまぁ、仲良かったケド、あくまで仕事だけの関係って感じがしたし、この旅行の前後でどうなるかって所ね」
「えぇ。私はもっと皆でいろいろ遊んでみたいと思いますね」
フレンダもそれには賛成する。暗部機関といっても実態は感情の起伏に富んだ女学生たち。遊びたい盛りの年頃。
もっといろいろな所に行こう。冬にはクリスマスパーティー、春には花見、秋には食い倒れや紅葉、そして来年にはまたここに。
考えただけでうきうきしてくる気持ち。高揚する。
「私たちって結局使い捨てよね…」
そんな楽しそうな一年を自分で妄想しつつもフレンダがぽつりと吐くその言葉には言い知れない重みがあった。
「ほら、前に製薬工場で超電磁砲と闘った時にさ、麦野が教えてくれた資料あるじゃん。超電磁砲の妹製造計画」
「あぁ、あれですね…二万体作って殺害を繰り返す云々ですね…」
「あぁゆうの実際に見るとさ、実は私たちのDNAマップとかももう転写されてて、もう私たちのクローンがいたりして。ははは」
「超考えすぎですよ。フレンダ。私たちをクローンにしたって誰が得するんですか?」
まぁ、そうねぇ。と言いつつもフレンダは昨日の夕食を運んできた超電磁砲の妹の内の一人を目撃している。
(もしかして、私たちがすでにクローン…なんてね。あはは)
思考の深みにはまっていくフレンダ――
「フレンダっ!」
「あぁ、ごめん!考え事してた…!」
(ったく、私たちはキルドレかっつぅの!)
フレンダは某戦闘機モノの映画の悲惨な無限ループを思い出していたが、それは口に出さない。
「…でも、私たちの下部組織の人だってとっかえひっかえだったじゃないですか」
「そうねぇ…浜面もそれでここに来た訳だし…」
「使い捨てなのは事実かもね」
こちらもリフトでする様な会話ではない。
むしろ日常でもあまりしていいような話ではない。
自分の命が使い捨てだとか、不謹慎極まりない。
「でも、逆に私たちが推測したことが超新事実だとしても、どうしようもない事じゃないですか?」
「そうねぇ…学園都市の技術からは逃げ出せないものね…」
「むしろ、使い捨てには使い捨てなりの意地って奴を見せつけてやりましょうよ。私たちだっておいそれとはやられませんよ?」
そう。絹旗達は可愛いだけではない。
窒素装甲を使いこなす絹旗、爆破のプロであるフレンダ、AIM拡散力場の追跡をお手の物にする滝壺、そして原子崩し、麦野。
彼女達をバックアップする浜面。
彼らの絆によってさらに強固になったアイテムはもはやそんじょそこらの組織では打破出来ないものになっていた。
「命を使って何をするか、それは自分で決めろってことよね。ねぇ、絹旗。私さ、夢があるのよ」
「はい。何ですか?気になりますね」
「絶対笑うと思うけど、お花屋さんやりたいのよ」
「お花屋さん?フレンダが花屋さんで花を売ってる姿…見ものですね…。でもなんでお花屋さんに?」
今までフレンダはの趣味や娯楽といいたら鯖缶巡りや、爆弾いじりくらい。爆弾は趣味とはいえないか。
「絹旗、あんたさ戦車の周りに花畑が咲いてるCM見たことある?ほら、あの日清の」
「あー、あれですか、ミスターチルドレンの曲の。あれいいですよね」
「あれで結構影響受けちゃってさ、ほら、私爆薬使ってるじゃない?」
そうだ。フレンダは能力こそ使えないものの、爆弾のプロだ。
「私の爆弾もいつかは使わなくなって周りにお花とか生えたら素敵だなって思ってさ」
「それはそれでいいと思いますよ。いつもフレンダがつかってる爆弾人形に綺麗な花のつるが巻きついたりしてるのって素敵です」
(ってかめちゃくちゃ似合ってます…。私も一緒に働いてみたいです…)
「ありがとう。絹旗。んで、あんたは何か夢あるの?」
いきなりの質問に驚く絹旗。
(結局、まだ中学生だし夢とかないかな?)
フレンダの予想したとおりにうーん、と悩む絹旗。
「夢というか…願望ならあります…超恥ずかしいですけど…今考え付いたんですけどね…」
絹旗はボードウェアのパンツの部分をきゅっと掴む。何やら照れてる?ようだ。
「ん?何?なんでもいいからフレンダ姉さんが聞いてあげるわよ?」
絹旗は躊躇しつつも下をむきながら話す。
「その…フレンダと一緒にお花屋さんしてみたいです」
「え?」
「だから、お花屋さん私もちょっとしてみたいなって…」
フレンダは信じられないと行った視線で絹旗のほうを見ている。
絹旗もその場のちょっとした想像をめぐらして言っただけ。
けれど、絹旗はエプロンを巻いて元気に接客するフレンダと、そこに一緒に働いている自分の姿をも想像した。
「私、超他人に依存しちゃうんですよ。それもあるかもですが、今はフレンダのお花屋さん一緒にやりたいです」
「いいよ。絹旗もやりたいなら、今度お花屋さんに見に行ってみようよ?」
「私もちょっと想像しただけだしさ、デートついでに見にいこうって訳よ!」
「はい…」
胸をなでおろす絹旗を見て、フレンダは彼女の悩みを少し垣間見た気がした。
「絹旗、あんた自分が他人に依存する事気にしてるでしょ?」
「やっぱ自分の駄目な所なんで気にしちゃいますね」
「いいんじゃない?そんなこと考えるよりも楽しく生きようよ、ね?絹旗。あんたが思ってる程、絹旗他人に依存してないと思うけどな…」
「そうですか?」
フレンダは自分の一言でここまで嬉しそうに笑っている絹旗を見て可愛いなと思った。
「ってか、今気付いたんですけど…フレンダ、さっき超デートって言いましたよね?」
不安そうな、期待しているようなちょっと表情になる絹旗。
「あっはっは。ばれてたかー!」
フレンダは豪快にわらい頭をぽりぽりと掻く。
「ねぇ…絹旗。ちょっと耳貸して?」
(にしし、今から絹旗の耳を食べちゃうって訳よ☆)
フレンダがそう言うと内緒話をするような姿勢で耳を近づけてくる。
「え?なんですか?フレンダ?」
「かわいいよ。絹旗。大好き☆」
かぷ。
一瞬、ちくっと蚊に刺されたようなかゆみ。その後に温かい感触。
絹旗の右耳がフレンダにかじられたのだ。
前にいる麦野達のリフトからはこしょこしょ話をしているように見える。
後ろには二個ほどリフトが空なので見えない。
「ふぁ…いきなりなんなん…ですか…?」
小さい声で叫ぶ絹旗。
フレンダの小さい口にまるっとおさまってしまう絹旗の小さい耳。
「ふぁめ?ふぁ、ふれんだぁ。ひゃは?(駄目?フレンダ。やだ?)」
絹旗の冷えた右耳がどんどん熱を帯びていくのがわかる。彼女はフレンダの耳噛み攻撃になすすべもない。
ふるふると首を横に振る絹旗。
(だめじゃないです…もっと…)
「もっと…おねがいしましゅ…」
フレンダの口に耳をたっぷり犯されてしまった絹旗。
ふぁああと甘い声を漏らす。
「きぬはふぁのみみおいひいよ」
「…なに恥ずかしいこと、…いってる…ヒャ…んですかぁ…ふれんだぁ…」
「もうおひまいにふる?」
(もっと…してほしいです…)
もう一度ふるふる首を横に振る絹旗。
「うん。ひいほ(うん。いいこ)」
しばらくして耳攻撃を解除するフレンダ。
絹旗の耳からフレンダの口が離れていく。
絹旗は若干の寂しさを感じつつもフレンダにくってかかる。
「な、なにしてるんですか?フレンダ!!」
「えーだってぇ、絹旗がさっき喜んだ顔したじゃん?あんときめちゃ可愛かった訳よ…だからつい出来ごころでさ!」
えへへ。と気まずそうに、だけど全く反省していない表情のフレンダ。
絹旗も、もう!とちょっとぷんすかしただけで特に問い詰めなかった。
「今なら誰もみてないってことで…」
「え?なんです…(ry」
ちゅ
絹旗の唇にフレンダの本日初めてのキス。直ぐに唇を離す。
「ふぁあ」
絹旗の甘い声がフレンダの近くで聞こえた。
「今度二人ででーとしよっか☆」
フレンダのささやきに絹旗はこくんと頷いた。
デートを確約したところで終点が見えてきた。
――垣根帝督は緊張していた。このリフトは長い。
鬼の様な長さ。秒数にすると1800秒。
実際に1800数えて見ればいい。めっちゃなげぇ。
(さーって何話すかねぇ…)
沈黙…
「だーっ!」
「どうしたのかきね」
「お前、この静寂に耐えられるの?理后ちゃんは!」
「うん。平気。景色見てるだけでも面白いから」
「そいうもんかぁ?」
(なわけないでしょ。はなしてよ)
「うん、けっこうおもしろいよ」
(まぁ、確かに綺麗だけんど、これは楽しくないだろ…!)
(は!まさか、俺に盛り上げ役を期待している?)
別に盛り上げなきゃいけない訳ではないが、話を切り出さなければいけないのは事実だった。
「ねぇ、理后ちゃん。景色見てる所悪いんだけどさ」
「なに?」
長い相乗りリフトが始まった。
「理后ちゃんって彼氏いないよね?」
「うん。つきあったこととかないよ。かきねは?」
「少しだけど…あるかなぁ…前に暗部にいた時に少し」
(心理定規どこいったかなぁ…今となっちゃどうでもいいけど)
「その人の事まだ好きなの?」
滝壺はいつの間にか下におろしていた視線を垣根にしっかり向けている。
嘘はつけないよ。そう暗に主張しているような眼力が今の滝壺には宿っているようだった。
「あぁ、アイツはもう関係ないし、全く興味ねぇ。安心しろ」
「そう」
「じゃあ、話かわるけど、かきねは昨日私と滑りに行くときになんでデートとかいったの?あと理后ちゃんとか名前でよんでるし…」
「あぁ、それはだな…えーっと…」
垣根は答えに戸惑う。
確かに滝壺理后はかわいい。けど、実際惚れてるかと言えばそうでもない。
昨日の復活間際でちょっとカッコつけたかった手前もある。テンションも上がっていた。
だが、復活した時に目の前にいた滝壺をかわいいとも思った。
「正直言うとよぉ…」
(言うしかねぇな…理后ちゃん、マジな目になってるし。雰囲気も)
垣根は今の気持ちを言うことにした。
「俺は確かにお前の事かわいいっておもうけどよ、まだ好きかどうかなんてわからねぇんだよな、実際」
「うん」
「だからー…なんつうか、仲良く?友達から始めてみたいな?」
「うん」
「だから、その…友達止まりは絶対にやなんだよ。恋愛的な好意が無いっていうのは嘘になるから」
「……ちょっとうれしいかも」
「だから――付き合うっていうのを前提に、まずはちょっとお試し期間みたいな感じでこの俺と接してくれたら嬉しんだけど…どうだ?」
口調は相変わらず、態度も高飛車。だが、反面垣根はどきどきしていた。
さて、ここで垣根は自分の中で線引きをしたのである。
まず、滝壺と友達になるというのは駄目。フェイルド。
なので最低でも自分が滝壺の友人になりたい。という願望とはまた異質の願望を持っていることを的確に伝えなければならない。
垣根自身も未だはっきりとは自分自身の滝壺に対する気持ちをよく理解していない。
ならば、最低条件を提示してそこから二人でじっくりと関係を深めて行けばいい。
打算的だけれども、確実に。
賭けに出る必要はない。
誰かにさげすまされても構わない。
(確実にこいつは手に入れたい。このとろんとした目、ルックス、全て完璧じゃねぇか)
垣根の滝壺に対する思いは強くなる一方である。
しかし、ここで不意に告白しては結果は見え見え。
確かに垣根に対して滝壺も『あくま』で多少の好意を抱いている事は理解していたが、まだお互いにお互いを求めるほど――そう、
浜面と麦野の様にお互いを必要としている状態になっていない。
(だったら我慢比べだ。俺に愛想尽かすか、俺に惚れるのが先か。はっ。だったら断然後者だろーがよ)
垣根の先ほどの計算高さと一見矛盾するように見える無根拠な所からくる謎の自信。
(俺に常識は通用しねぇんだわ。ハハッ)
「ねぇ、かきね」
「あん?」
「さっきの付き合いを前提にっていうかきねの提案なんだけど、別にかまわないよ?」
「ホントか?」
垣根はがばっと滝壺の方をみる。テンションは一気に最高潮だ。
「でも、私たち今日がここにいる最終日だよ?簡単にここのお仕事辞めれるの?」
そうだ。ごくごく単純で最も最初にクリアーしていかなければいけない課題を忘れていた。
このゲレンデの住み込みそ仕事を辞めて学園都市に戻る。
(やっべぇー…すっかり忘れてたわー…)
アウレオルス=イザードにもはや産廃同然で破棄されていた所を拾われた垣根帝督。
冷蔵庫として果たした役目は計り知れない。
逆に垣根がいなければこのゲレンデの冷蔵庫は誰が務めると言うのだ?
アウレオルスの黄金錬成にも限度がある。
お客様に黄金錬成で出来た食べ物など提供できるはずがない。
「クッソ…。どうすっかなぁ…」
「このコース終わったら時間的にもお昼だから、支配人さんに話を聞いてみよう」
「だなぁ。まずははなしてみなきゃわからねぇか…」
いびつな、けれど純粋な好意で関係を構築した二人がリフトの終着点に着く。
そしてワンフットで雪原に舞い降りる。
「へぶんきゃんせらぁ」が上級者コース。
では、「ここ」は?
最難関コース。「幻想殺し」だ。
「こりゃーやべぇ…」
インハビタントの市街地迷彩のウェアを着た浜面がひゅーと口笛を吹く。
フェイスマスクをクイッと目の下まで引っ張る。
(こりゃ、メット被った方がいいな)
バートンのリュックからずいっと出てくるスケボー/スノボ兼用のメットを出し、被る。
浜面は経験者の中でもかなり上手い部類に入る。
そんな彼がメットを被り、ゴーグルを付ける様は初心者の麦野たちにこのコースの難しさを意識させられずにはいられなかった。
「結局、転んだら負けとか転んだら痛いだろーなって考えたらダメな訳よ。楽しまなきゃ損ってわけよ」
彼女はそう言いつつ軽く二、三回バタンバタンとジャンプし一気に滑っていく。
「おさきー!」
鉄砲玉の様な勢いで下っていくフレンダ。
雪を派手に撒き散らしながら進んで行くそのポージングは様になっていたが――
(あぁ、これはやばいわね。そろそろスピード抑えないと…にょわっ!)
「あ、フレンダ超転びましたね」
絹旗が指を指す方向には激しく転倒し雪が舞っている。
「だー、考えてたってダメって事ですね。超行きます」
「俺も行くわ」
「じゃ、下のあの傾斜が終わってる平坦な所でペース合わせようぜ」
「「はーい」」
全員が時間を少しずつずらし、滑っていく。浜面がデジカメでそんな皆の勇姿が斜面に消えて行くまで撮影するとしんがりを務める。
「いきますかねー、俺も」
浜面が斜面からみると皆転びつつもその表情は楽しそうだ。
目指すは途中の合流場所である平坦な場所。
「結局あんたらこけまくってた訳よ」
「そーゆーあんたも転びまくってたじゃない」
「ぷっ」
「はははっ」
フレンダが堪え切れずに腹を抱えてわらう。
気付けばみんな笑ってた。
麦野は途中転ぶと思い、木の葉で降りたにも関わらずこけた。
絹旗に至ってはスピードが出過ぎて派手に飛びあがった。
浜面や垣根もエクストレイルばりに転げ落ちた。
そして何故か滝壺がスラスラ滑って皆のドギモを抜かしていた。
「なぁ、あそこにジャンプ 台あんだろ、みえっか?浜面」
「もちろんっすよ。垣根さん」
彼らは年齢は同じ。あえて浜面は茶化すような言い方をする。
「この際だ。どっちが華麗な技をきめれっか勝負しよーぜ」
「路地裏のスキルアウト100人を束ねた浜面様をなめんなよ?」
ああん?とガン垂れモードの垣根。浜面も負けじと思い、ずいと胸をはる。
「ちょっーとまったぁ!」
フレンダがゴーグルをグイっと外し、両手を腰にあてながら言う。
「このゲレンデの女神、フレンダ様をないがしろにしてなーに決着着けようとしてんのよ?いい度胸だわ!」
(これは…超バトルの予感がしますね………………フレンダの勝ちだろJK)
(あーあー別に競わなくても良いのに…………浜面頑張れ!)
(みんなすごい対抗心燃やしてる………………………かきねちょっと応援…)
「そーと決まりゃ行きますか」
「にしし、大技決めてやるわ!あ、絹旗!」
フレンダが絹旗を呼ぶとリュックからカメラを投げる。
「これで誰が凄かったか、ムービー撮って欲しい訳よ!お願いねー」
「りょーかいでーす」
フレンダがデジカメを渡すのを見て、浜面も麦野にデジカメを渡す。
「ムービーとっといてくれ。麦野」
「うん!浜面がんばってね!」
無言で右腕をグッとあげる浜面。
それを麦野は満面の笑みでかえす。
(むぎの、めちゃめちゃデレデレした表情になってる…)
滝壺はそう思いながらもスルスルと下に降りていく。
それを見た絹旗と麦野も三人の技を見るため後を着いていく。
「最終日に相応しいイベントって訳よ。順番はどーする?」
「おれぁ最後でも構わないぜ。垣根は?」
「俺は何番でもかまわねーよ…じゃ、フレンダ行けよ」
「じゃーお言葉に甘えて…」
下の斜面では絹旗達が三人の自己満大会を眺めるべく待機している。
フレンダ、垣根、浜面がそれぞれグランドトリックを決めて行く。
絹旗達はカメラを構えながら歓声を上げている。
結局、三人ともハイレベルなトリックを繰り出した。
見物していた麦野達から見た浜面達はかっこよかったし、輝いていた。
さて、楽しい時間はあっという間に終わってしまうもの。
「幻想殺し」を滑り終わり、お昼御飯の時間だ。
お昼ご飯はもちろん「あうれおるす」で食べる事に。
垣根帝督はすっかりアイテムのメンバーと親睦を深めることに成功した。
しかし、親睦を深めたのもつかの間。別れの時は刻々と迫っていた。
食堂でご飯を食べようとしていた浜面達と一緒にいる垣根をみた牛深が声をかけてくる。
「垣根ー!支配人が呼んでるぞー!」
「へいへーい。今行くわー」
牛深の野太い声に垣根は反応してキッチンの方へと消えていった。
「アウレオルスさん、話ってなんですか?」
「あぁ。お前が復活してからここの冷蔵庫が無くなったろだろ?それの対策で…誠に申し訳ないんだが…」
垣根は予想していた。人間に戻れて、普通の生活が送れるという、うまい展開がそう続く訳がないと。
「わかってますよ。支配人。俺が冷蔵庫になれば良いんですよね?」
「はぁ?」
「えっ」
垣根は驚いた。アウレオルスがぽかーんとした表情をしている。
「貴様が復活したので新しい冷蔵庫を買ったので、その報告をしたかっただけなんだが」
垣根はちょうどキッチンに米型の大型冷蔵庫が二基「あうれおるす」に搬入されているのを目撃した。
ラベルはEqu.Dark Matterと記載されている。
「支配人、どういうことですか?俺は失業すか?」
「否、それは貴様が決めろ。ここで働き、宿の為に働くもよし。食堂にいる新しく出来た友人たちと学園都市に戻るのもよし。全て貴様の自由だ」
「…わかりました…」
垣根はどんな答えを出すのだろうか?
「…支配人には感謝してます。こんな不良冷蔵庫を使ってくれて…感謝してもしきれません…」
「それはお互い様だ。私も貴様に記憶を復元してもらわなければ今の私はいないだろうしな」
垣根とアウレオルスはお互いが信頼しあったパートナーなのである。
新しい冷蔵庫が来たからと言って垣根がこの宿で必要とされなくなった訳ではない。
他にも沢山の仕事がある。
「ただ…貴様は昨日今日と浜面君たちと非常に仲睦まじく交流を重ねていたではないか。先方が許せば、そちらの方へ言っても構わないぞ?」
「……支配人…。ちょっと待ってください。あいつらにも聞いてきますんで…」
垣根は複雑な心情だった。
これからもこの宿の為に尽くしていきたいと思う反面、まだ受け入れてもらってないが、アイテムのやつらと一緒に学園都市に戻りたいとも思う。
そして何より――
――理后ちゃん
そう。垣根の思い人に昇華しつつある彼女を置いて、ここで働けない。
あのクソの肥ダメの様な場所は彼女にとっては危険だ。
ただでさえ能力の仕様を劇薬に頼る彼女を常に守らなければならない。
(俺は――理后ちゃんともっと仲良くなりたい。アイテムに入りたい)
覚悟は決まったようだ。
(俺は学園都市に帰る――!)
覚悟を決めた垣根は食堂の方へ足を運ぶ。
「わりわりー!待たせちまったー!」
「え?誰も待ってないぞ?もう食べちまった」
「おい、浜面ぁ。俺が来るまで昼飯待ってくれなかったのかよー!」
「あったりまえだろーが。お前が戻ってくるまでどんだけまたなきゃいけないんだにゃーん?」
「…クソが…」
「結局三十分。あんたの事待ってたって訳よ…」
「超長引きましたね垣根」
「はやく座ってたべよ?かきね」
アイテムのメンバーはご飯を食べて待機してたように見せかけて、実は垣根が来るまで待っていたのである。
「あ、ありがとな…」
垣根は照れつつもアイテムのメンバーにお礼をする。
そして先ほどのアウレオルスと話した事を皆に言おうとして、腹にスウと空気を吸い込む。
「ごめん。ご飯食べる前に一つだけ聞いてほしいことがある」
「なんだよ。垣根。そんな真面目な顔してー。先に飯じゃだめなのか?」
浜面が上のウェアを脱いで腰に巻きながらそう言うが、垣根はすまんと一言言い、話し出した。
「さっきキッチンに俺の代わりに冷蔵庫がきたんだよ。それで俺は支配人に選択権を与えられたんだ」
「せんたくけん?」
滝壺はきょとんとしつつも垣根の言う選択権という言葉が気になり、オウムがえしに質問する。
「あぁ、そうなんだ。ここにいて働き続けるもよし…もう一つは…」
――拒否されたらどうしよう。
そんな感情が垣根を支配していく。あぁ、ここで拒否されたらつらいだろうなと自分で考えながら祈るような気持ちでアイテムに口をひらく。
「お前らと一緒に学園都市に帰ってもいいって」
「「「「「それって…」」」」」
アイテムの一同がごくりと生唾を飲む。
垣根はぐっとこぶしに力を込めて言う。
「俺をアイテムに入れてくれないか…?」
「別にかまわないわよ?ねぇ皆?」
「えぇ、おもしろいですし、パシリがもう一人超増えたと考えればむしろ良いですね!」
麦野の発言に異を唱える者は誰もいなかった。
「結局あんたが滝壺に惚れてるからでしょ?振られてもアイテムやめんじゃないわよ?」
「はい。わかってます」
いや、むしろ絶対滝壺は手に入れたい。その為にも学園都市に戻ってくるんだから。
「垣根、アイテムにようこそ!」
「浜面超なにしきってるんですか?ちっそぱーんち」
「ビブルチッ?」
どかーんと吹き飛ばされる浜面だが、その直後に絹旗も飛んでいく。
「おいおい、おちびちゃん。私の浜面になぁーにぱんちしてんのかなぁああああああああああ!」
「ひえー!」
いつもの?口げんかが始まった。
それを見て滝壺やフレンダ、垣根も笑う。
「かきね」
「何?理后ちゃん?」
「アイテムにようこそ。これから仲良くしてね」
「おう!よろしくな。理后ちゃん!」
「うん」
新生アイテムが学園都市から遥か遠い白馬で結成した瞬間である。
「「「「「ありがとうございましたー!!」」」」」
アイテム一同は私服に着替えてゴンドラ乗り場に来ていた。
もう帰る時間だ。早い。
見送りには「あうれおるす」の従業員たちがきている。
「自然、まためぐり合うだろう。私も近々学園都市に用があるのでその時には食事でも」
「おぉーい!垣根ぇ!学園都市で今度解体(ばら)されそうになったらこの牛深様が殴り込んだるからなぁ!」
「垣根!根性で乗り切れ!あと、おまえらまた遊びこいよ!」
「じゃあな冷蔵庫。そしてアイテム御一行様、またの後利用をお願いしますとミサカはお客様に請願します」
「この闇咲、垣根との別れは惜しいが、また近いうちに会おうぞ。お客様がたもまた来られよ!」
「ご利用ありがとうございました!垣根も皆に迷惑かけんじゃないよ!」
「支配人、牛深さん、研板、12222号、闇咲さん、対馬さん…皆ありがとう!」
垣根が頭をぺこりと下げる。
涙は出なかった。一生の別れではない。今生の別れではないのだ。また会えるさ。
宿の長クラスの方々全員のお見送りを受けた新生アイテム。
ふもとの駐車場に向かうゴンドラが来た。
いよいよ別れの時だ。
記念撮影を済まし、乗り込むアイテムの一行。
自前ボードを持っているフレンダと浜面、垣根は重そうだが、車に搭載するまでの辛抱だ。
「よっしゃ帰るか!」
「「「「「はーい」」」」」
アイテムの面々を乗せたゴンドラはどんどん「あうれおるす」を離れていく。
ゴンドラから小さくなり消えつつある「あうれおるす」。
見送りの人たちの手を振れに見送られたが、もうその姿は見えない。
「なぁ…麦野。旅って何で終わる時にさびしくなるんだろうな?」
「さびしいってことはその時間が終わってほしくないってことよね…それって自分が十分楽しんだって事の証明なんじゃないかな?」
「なるほどね…麦野は今さびしい?」
「うん。もっとボードしたかったな。今年中にまた行きたい」
二人の会話を聞いていた絹旗達も答える。
「超行きたいです!」
「こんどは二泊三日でいきたいな」
「結局このメンバーはめちゃおもろかった訳よ!また今度行きたいわね。ほら、垣根もなんとか言いなさい!」
「…とりあえずは皆お疲れ様…!」
「「「「「おー!」」」」」
~第一部Fin~
【後編】に続きます