「不幸だ…」
ツンツン頭の男子高校生、上条当麻は大量の宿題と補講の予定を告げられしょんぼりと歩いていた。
その背中からは哀愁のみならず負のオーラさえにじみ出ていた。
世間は夏休み真っ只中だというのに勉強という大きな荷物を背負わされている上条はとてもネガティブだ。
「今日はカップ麺で我慢してもらおう…」
補講のショックは大きかったらしく、料理する気力さえわかない。
「キィィィ!こんな所で類人猿に会うなんて不幸ですわ!」
上条の前に現れたのはお嬢様中学、常盤台のレベル4白井黒子だった。
「おいおい…上条さんは歩いてただけじゃないですか」
「うるさいですの!ところでまたお姉様にちょっかいを出したりしてないんでしょうね?!」
「あのなぁ、ちょっかいを出してくるのはいつもビリビリの方からで、上条さんは無実潔白なわけですよ」
「はぁ…もういいですの。埒が明きませんわ。それじゃ」シュッ
そういってテレポーターである白井黒子は姿を消した。
「全く、何なんだよ。不幸だー」
この短時間に彼の口癖「不幸だ」を連発するのは不吉な事象の予兆だと悟った上条は家路を急いだ。
元スレ
上条「黒子、もうやめにしないか?」
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1262699632/
身の安全を祈って早足で移動する上条だったが、先ほどの予兆は実際のものとなった。
「ちょっと、アンタ!無視するんじゃないわよ!」
これまた常盤台のレベル5、御坂美琴が現れたのだ。
不幸続きの上条は彼女の数回の呼びかけに気づかなかったようだ。
「大体ね、いっつもアンタは!…」ビリビリ
「わかった、わかりましたから電撃をやめてくださいビリビリ様!」
「だ、か、ら、私には御坂美琴って名前があるのよ!」ビリビリビリビリ
「わーっ、すみません美琴さん!」
「なっ、もうっ、分かってるなら最初からそう呼びなさいよぉ…」
下の名前で呼ばれることを想定していなかった美琴は焦りと怒り、そして喜びが混じった表情を見せた。
超のつく鈍感な上条は美琴の豹変振りに首をかしげていた。
「で、なんで御坂は俺を呼んでたんだ?」
(なんだ、もう名前で呼ぶのは終わりかぁ…)
「それはアンタが悩み事でもあるみたいにトボトボと歩いてたからよ。悩みがあるなら言ってみなさいよ」
「そ、それはだな・・・大量の宿題と補講があって上条さんはこの先真っ暗なわけですよ」
「なんだ、そんなことなの。ちょっと見せてみなさい」
上条の脳内に不安がよぎった。美琴は名門常盤台のお嬢様であり、
高校レベルの勉強ができてもおかしくはないのだ。
高校生が中学生に宿題を手伝ってもらう、そんな屈辱は避けたかった上条は
「いいや、これは自分自身の問題なんだ!それじゃあな!」
「ちょ…ちょっと、待ちなさいってば!!」
不幸から逃れようとするうちに無駄に鍛えられた脚力をフル活用して上条は逃げ去った。
その後姿を美琴は呆れつつ眺めていた。
「やっ、やめてください!」
「せっかく人が声かけてやったってのに1万すら持ってねぇってどういうことだよ!」
科学技術が発展している学園都市だがこういったカツアゲなどの犯罪行為は後を絶たない。
細く小柄な男子学生をガタイの良い男数名が襲っている、そんな状況だが
『自分はかかわりたくない』という一心で道行く人々は助けようとはしなかった。
「そこまでですの!」
「あぁん?何の用だぁ?」
「ジャッジメントですの!その学生を解放して投降なさい!」
ジャッジメントである白井黒子は偶然通りかかったところでこの現場を発見した。
彼女にとってこのようなことは日常茶飯事であり、内心はため息交じりであった。
「ん?こいつは確か…」
「レベル4のテレポーターじゃなかったか?」
「その通りですの。わかったらおとなしく投降…」
「おい、お前ら!この間のあれだぞ、いいな?」
「「ウッス!」」
この集団は意外にも用意周到で、こういったときの対策を練ってあるようだった。
白井は何が起こっているのか分からなかったが、戦いの準備に入った。
男の一人が白井に殴りかかった。白井は空間移動でその男の背後に回り飛び蹴りを食らわそうとする。
しかし、もう一人の男が白井がそこに来るのを待ちわびていたように鉄パイプを振り下ろした。
鉄パイプは白井の腰周りにヒットし、鈍い音とともに白井は投げ出された。
「ぐはっ…」(何故ですの?移動先を読まれたんですのっ?)
以前別の集団が白井に蹴散らされた際の行動パターンをこの男は知っていた。
心を読む能力ではないが、白井を動揺させるのには十分な効果があった。
自身の空間移動の演算があやふやになるほど集中力を欠かれた白井は別の手段に出ようとする。
(こうなったら金属矢を…)サッ
白井の放った数本の金属矢は見事鉄パイプの男を壁に打ちつけ拘束した。
「よそ見してんじゃねぇぞ!」
しかし、先ほど囮になった男が金属矢を放っている隙に殴りつけた。
白井は痛みでうずくまった。
「うっ…」(これは危険ですの…)
「おい!何してんだよお前ら…」
そこに現れたのは先ほど白井や美琴に言われ放題だった上条当麻。
「何してんだって言ってるだろ!」
(な、なぜあの類人猿が…!)
「いい年した男3人が1人の女の子に寄ってたかって恥ずかしくないのかよ!」
「お前らの相手はその女の子じゃなくて俺だ!」
「うるせぇんだよ餓鬼が!」
「うおおおお!」
男の1人と上条が交錯した。しかし、その右手で数々の修羅場をくぐり抜けて来た上条にとって
チンピラ1人など相手ではなかった。
「残りはお前だ!」
残っているのは先ほど命令し今まで何のアクションも起こしていなかったボス格っぽい男だ。
チッと舌打ちした男は得意気にその手に炎を灯した。
「これでも食らいなっ!」
上条を火球が襲った。しかしその炎は呆気なく上条の右手、幻想殺しに打ち消された。
その右手が男を襲うまであっという間だった。
「白井!大丈夫か??」
「はい、なんとか…」
上条が差し出した手に白井は掴まって立ち上がろうとするがよろけてしまった。
「全然大丈夫じゃないじゃないか。」
「すみませんの…」
「とりあえず、こいつらはどうすればいいんだ?」
上条が指差した先は、男三人が倒れていた。
「先ほどわたくしが警備員に連絡したのでそろそろ到着す…」
「おい、白井?! 白井っ!」
白井は突然倒れこんでしまった。上条の呼びかけにも反応がなかった。
「黒子、ただいま」
「おかえりなさい、当麻さん。ご飯にします?お風呂にします?それとも…」
「じゃあ黒子にしようかな」
「もうっ、当麻さんったらぁ」
「じゃあ飯にするかな。風呂の後は…」
「いやん、当麻さんはエッチですのね//」
「ハッハッハ」
「ウフフフフ」
「ハッハッハ」
・・・
・・
・
(ここは…病院?)
白井は目を覚ますと、見慣れぬ風景がそこにはあった。
それが病院だとはすぐに気づいたが、気づいたときには右手を誰かに握られていた。
「おはよう、白井」
ベッドの脇には上条がいた。すると即座に白井は見ていた夢をフラッシュバックしてしまった。
「ななななっなんであなたが?!//」
「何でって?忘れたのか?お前は男の集団に襲われてたんだぞ?」
「そ、そうでしたわね」
白井はとにかく動揺していた。先ほどの夢、そしてまだ握られている右手。
かつて経験したことのない熱さが体内にこみ上げてくるのを感じていた。
「あの…」
「何だ?」
「そろそろ手を…//」
「おう、わりぃわりぃ。男を殴った後まだ手を洗ってなかったな。ハハ」
繋いでいた手が離れると、何か寂しい気持ちが白井を包んだ。
何が起こっているのか自身も整理がつかない状況だった。
「かっこ悪いところを見せてしまいましたわね」
「何言ってんだよ。レベル4とはいえ女の子1人が3人の男に立ち向かってったんだろ?」
「十分かっこいいじゃねぇか」
「……」
「それに…」
「なん、ですの?」
「ちっとは弱いところがあるほうが女の子らしいぞ?」
「な…!何をおっしゃってるんですの?!」
熱い。体中が熱くなるのを感じた。
当然心拍数は急上昇し、顔も赤みを帯びた。
「ん?なんか変なこと言ったか?」
「べ、別に何でもありませんの…//」
特別な意識もなく告げられた上条の言葉に白井は過剰に反応してしまった。
上条の疎さを少し憎みながらも、紅潮してしまい強く反論が出来なかった。
「いやあ、元気そうで何よりだ。ちょっとした検査が終わったら帰れると思うぞ?」
「と言うわけで上条さんはそろそろ…」
「あのっ!」
「ん?」
病室に沈黙が流れる。
「……助けてくれてありがとうですの…」
「なぁに、どうってことないさ。それじゃあな」
上条は病室を去っていった。
(『もっとそばにいて欲しい』なんて、言えるわけないじゃないですの。)
(何考えてるの、黒子のバカバカ…)
白井はしばらくぼーっと天井を眺めていた。
鳴り止まぬ動悸の理由はわからないまま悶々としているのだった。
ガチャ
「ただいまですの~」
「お帰り、黒子。…ってどうしたのその包帯?!」
「少々ジャッジメントの仕事でヘマをしてしまいましてね…」
「まったく、軽いみたいだから良かったけど、気をつけなさいよ」
「お、お姉様!そんなにも黒子のことを心配してくださっていたなんて、黒子は、黒子はー!」
「わ、わかったからベタベタするのをやめなさい!」
「──そうですわね。まだ傷も痛みますし。」
(ん?傷があるにせよいつもと様子が違うわね…)
美琴は普段なら更にしつこく攻めて来るはずの白井が素直にやめた事を不思議に思った。
「ねぇ、黒子。」
「なんですの、お姉様?」
「なんか特別なことでもあった?」
「……! べ、別に怪我してしまっただけでして、特別なことなんて…ありませんの…」
蚊の鳴くような頼りない口調で、最後には俯いてしまった。
美琴は黒子の異変を確信するも、詮索はしないことにした。
その日の夜。常盤台学生寮のベッドの上で白井は寝付けずにいた。
横にはスヤスヤと可愛らしいパジャマで眠りにつく美琴がいたが、そんなことには目もくれず物思いにふけっていた。
忌み嫌っていた『類人猿』である上条が、その日『命の恩人』に変わった。
そればかりか、彼の存在が白井の中でどんどん大きくなっていた。
(まさか、恋?いやいや、わたくしはお姉様一筋。お姉様一筋ですの…)
バタバタとベッドの上で悶える白井。
第一、あのお方はお姉様が想いを寄せている方であって、わたくしは…
『おい!何してんだよお前ら…』
『白井!大丈夫か??』
『黒子、ただいま』
『ちっとは弱いところがあるほうが女の子らしいぞ?』
(もう、何考えてるんですの!黒子のバカ!うぅ…)
白井の夜は長い──
数日後
「白井さん、大丈夫ですか?」
「白井さん、白井さん!聞いているの?」
「…はっ、すみませんですの」
とあるジャッジメントの支部。ボーっとしている白井に同僚の初春飾利と先輩の固法美偉が声を掛けていたのだ。
「白井さん、初春さんと一緒にこの書類の処理を頼むわね?」
「はい、了解ですの」
「それじゃあミスのないように気をつけてやるのよ。初春さん、よろしくね?」
「はい、わかりましたぁ」
「白井さん、さっきからどうしたんです?」
「ごめんなさい初春。ちょっと寝不足ですの」
「らしくないですね。顔も赤いですよ、大丈夫ですか?」
「え?!本当ですのっ?」
「ほらぁ」と手鏡を見せる初春。白井は、寝不足と言うのも本当だが
実際は先日の夜と同じく考え事をしていたのだ。そして、無意識のうちに赤面していたのだ。
夏休みも中盤。普段は某暴食修道女のおかげで全く宿題に手をつけられずにいた上条は、
「今日こそは宿題に取り掛かれるぞ」と意気込みつつ補講からの帰路を急いでいた。
というのもこの日は某インデックスが上条の担任月詠小萌の家に焼肉パーティー兼お泊り会をするために行くと言うのだ。
宿題さえなければ自分も…と悔しがる上条であったが、実際そんな暇もなかった。
(誰にも会いませんように誰にも会いませんように……うお?!)
デジャヴだった。いつかの夏休み序盤の日のように、上条の前には白井が立っていた。
しかし、その時とは多少状況が異なっていた。
「よ、よう白井」
「ご機嫌いかがですの、…上条さん」
白井は今まで「類人猿」と上条のことを呼んでいたがあの一件以来考えに考え、
精一杯勇気を振り絞って「上条さん」と改めたのだ。だが、超ドのつく鈍感な上条は気づく訳がなかった。
「あの、上条さんはとても急いでいるんだ。それじゃあ…」
「待ってください!」
「何だい、白井…」(終わった…)
上条にとって白井は、常に自分の前に立ちはだかってくる存在であり、
その白井が目の前に現れたことで不幸の始まりを感じた。
「この間はほんとうにどうもありがとうですの。それで、何かお礼がしたいんですの」
「お、お礼?!お礼だなんて大袈裟だなぁ。そんな大した事してないぞ?それにお礼のためにやった訳じゃないし…」
「それでも私はお礼をしないと気が済みませんの。レディーのお誘いですわよ?」
邪魔してくるとばかり思っていた上条は拍子抜けしたが、
ここで断っておくと不幸を招きかねないと思った上条は素直に従うことにした。
「そ、そうか。じゃあ何をしてくれるんだ?」
「そうですわね・・・何か、困っていることとかございませんの?」
「困っていることねぇ……あっ!」
上条の頭に真っ先に浮かんできたのは大量の宿題だった。
一度美琴の誘いから逃げたものの、もう夏休みも中盤である。
さらに今日は勉強が捗る好都合がそろっている。
中学生に教わると言う恥など捨てよう、そう一大決心をした上条であった。
「宿題が終わらなくて困ってるんだ」
「宿題?まぁ、そんなものが本当にありますのね」
「えぇ?常盤台にはないのかよ…」
「いいですわよ、少し見せてくださいな」
「おう、数学はこんな感じなんだが…」
「ふむふむ…三角関数…去年やったやつですわね」
「たった今上条さんのプライドはズタズタに崩れ落ちました」
「あなたの高校は進度が遅いんですわね」
「これ以上虐めないでください… じゃあ、早速行こうか?」
「そうですわね。レストランですの?喫茶店ですの?」
「へ? 何言ってんだよ、ウチに決まってんだろ?」
「なななっ、上条さんの家ですの?!」
「他にどこがあるんだ?上条さんの家計は火の車だし残りの宿題は全部家においてあるし」
「そ、そうですわね…//」
「ほ~ら、着いたぞー」
(ここが、上条さんのお家…!)
「どうした?早く入れよ」
「そ、そうですわね。 おじゃまします…」
常盤台のお嬢様白井は異性の部屋に行くと言う行為自体が初めてであり、いささか緊張気味であった。
部屋に入るとあたりを物珍しそうに見回していた。
「散らかっていて悪いな、適当に座っていてくれ。飲み物何か持ってくるけど、麦茶でいいか?」
「ありがとうですの。どうぞお構いなく」
居間のテーブル脇に座ると、白井はボーっとしていた。
ここで上条さんは普段生活していますのね…
この匂い、上条さんの匂いかぁ…
「白井ー。お~い、白井さ~ん」
「はっ、申し訳ないですn…あっ!」
上条が台所から持ってきたコップに入っている麦茶を慌てた白井が倒してしまった。
それどころかその麦茶は勢いよく白井のスカート付近に零れてしまった。
「あちゃ~。ちょっと待っとけ」
「本当にすみませんの…」
すると上条は手際よく雑巾とバスタオルを持ってきた。
「これで零れたお茶を、これでお前を拭いとけ、今下の着替え持ってくるから」
「はい…って着替え?!」
「ああ、男物しかないが大丈夫か?嫌ならいいんだが」
「別に、大丈夫ですの…//」
幸い、被害はスカートのみですんだ。それは白井が普段どおり際どい下着を穿いていることも理由のひとつだった。
そして白井は異性の衣服を身に着けるという現状を把握しきれずにいた。
「一番小さいスウェット持ってきたから。ほい」
「ありがとうですの」
「あっちが洗面所だから、そこで着替えてこい。使いたきゃシャワーもどうぞ~」
洗面所の扉を閉め、白井はふと思う。
ここは殿方のお家…そこでシャワーを?!しかもこれは上条さんの衣服//
匂いは…洗剤の匂いですわ。当たり前ですの…
ってわたくしは何を考えていますのー!
先ほどから妙な汗をかいているので結局シャワーも借りることにした白井。
意を決して浴室に入ると、ゆっくりと蛇口をひねった。
気持ちよくシャワーを浴びる白井であったが、内心は邪念だらけだった。
…普段ここで上条さんは裸…
ブンブンと首を横に振る白井。上昇する心拍数。
何考えてるの黒子!わたくしにはお姉様というお方がいらっしゃるのに…
本来くつろぐはずのシャワーだが全く落ち着くことのできない白井は
そそくさと切り上げて洗面所に戻った。
ここで白井は一大事に気づいてしまった。
(リビングにバスタオルを忘れましたわ!!)
白井を洗面所に送り出した後、上条の携帯が鳴った。
なんでも隣人の土御門が渡したいものがあるとのことだ。上条は見に覚えがなく、
おまけに白井を放置するのはいかがなものかと思ったが、速攻終わらせれば良いかと思い、家を出た。
「で、渡したいものってなんだ?土御門」
「これにゃー。」
「何々?補講追加のお知らせ?あーっ不幸だー…」
「今日カミやんが急いで帰った後小萌先生が職員室から帰ってきたと思ったらこの有様にゃー」
「どうして上条さんはこうも不幸なんでしょうか」
「そのフラグ量産体質でよく言うぜよ。大体カミやんはにゃー、……」
土御門の僻みも混じった説教が始まった。上条はうんうん答えるしかなかった。
「上条さん!?聞こえますの?」
先ほどから大ピンチの白井だが、さらに不穏なことに居間にいるはずの上条の返答がないのだ。
「上条さん?いませんのー?!」
(これは困りましたの…)
(まさか本当にいない?)
(こうなったら黒子、やるしかありませんの!)
そーっと洗面所の扉を開け、周囲を確認する。やはり上条はいないようだ。
安全を確認すると、白井は一目散に居間のバスタオルへ。
(助かりましたの。それにしてもどうして上条さんは…)
ガチャ
「ああ。不幸だ」
「「きゃあああああああああああ(うわあああああああああああああ)」」
「ごめんなさいごめんなさい」
「なんてことをしてくれましたの!このっ、このっ」
「わぁぁぁコップ飛ばさないでくれ!止めてくれ!」
「五月蝿いですの!大体貴方はデリカシーって物が…」
「うぉぉぉ、テレビはらめぇぇぇぇ!」
白井は怒りと恥ずかしい思いから上条家のありとあらゆる物をテレポートさせ家主にぶつけた。
ただでさえ異性に裸を見られるということが未経験である上に
その相手が最近妙に意識してしまう上条であったため白井は気が気ではなかった。
白井の一方的な攻撃はなかなか終わらなかった。
* * * * * * * * * * * * * * * * * *
「本当に申し訳ございませんでした!」
彼のここぞという時の必殺技である土下座が炸裂した。
白井は既に着替えを終えていた。
彼の部屋は大地震でもあったかのような荒れ具合だった。
「それで、何故席を開けていたんですの?」
「隣に住む友人の呼び出しがありまして、」
「向かってみれば補講の追加が知らされた次第でございます…うぅ、不幸だ。」
「フフっ、もういいですわよ。反省もしているみたいですし」
「それに色々テレポートさせたらスッキリしましたわ」
「ははあ、ありがたき幸せ~」
「さ、一緒に片付けましょ」
「そうだな……ププッ」
「なっ何が可笑しいんですの?!」
「いやあ、常盤台の制服に青のスウェットはシュールだなと思ってな」
「それは仕方ないじゃないですの…」
「でもそれはそれで可愛いと思うぞ?」
「ななっ、べっ別に…可愛くなんて…ありませんの…」
せめてものフォローに、と上条の放った言葉に白井は赤面しあっという間に茹で蛸状態になり俯いてしまった。
「し、白井さん?また何か変なことを言っちゃいましたか?」
「いいえ、そういう訳じゃありませんの…」(上条さんのバカ…)
二人は一時騒然としたものの、その後は談笑を交えつつ部屋の片付けと宿題に勤しんだ。
端から見れば、カップルと捉えてもおかしくはない状況だった。
「終わったぁぁぁぁぁ!」
「お疲れ様ですの!」
宿題が終わった頃には、
崩れていた上条のプライドはさらに木っ端微塵になっていた。
窓の外は既に西陽が傾きかけていた。
「んっ、メールだ。 げっ、ビリビリからじゃん」
「お姉様から?」
「なになに?『黒子が帰ってこないんだけど何か知らない?』」
「お姉様…」(まずいですの)
「えーっと、『白井なら家に居…
「待ってください!」
「どうしたんだ?」
「いや、その……わたくしがここに居ることは秘密にしていて欲しいんですの」
「どうしてだ?何か知られちゃいけないことでもあるのか?」
「えーっと、門限もまだ大丈夫ですし、一応わたくしにもプライベートがあるので…」
(わたくしと上条さんが一緒に居ることがお姉様に知れたら大変なことになりますわ…)
認めたくはなかったが、白井も美琴が上条に想いを寄せていることを知っていた。
自分が上条と一緒に居ることが知れれば今の関係が崩れてしまうかもしれない。
それに、本能的に『二人きりの時間を邪魔されたくない』と感じていた。
その一心で白井は上条を止めた。
「わかった。上手く誤魔化しておくぞ」
「ええ、ありがとうですの」
「そういや白井はビリビリと同じ部屋なんだっけか?」
「そうですわよ。お姉様とわたくしは運命の赤い糸で結ばれてますのよ」
「そいつはよかったな。あいつは寮でもビリビリしてるのか?」
「時々、ですわね。お姉様の電撃はとても気持ちいいんですのよ?」
「なんだ、寮でも電撃出してんのかよ。あいつときたらヒドいんだぜ?」
「この間も道でバッタリあったと思ったらいきなり電撃飛ばして来て…」
上条は心なしか楽しそうに美琴のことを話していた。
二人はしょっちゅう遭遇している(美琴が一方的に絡んでくる)らしく、話は尽きないようだった。
(…なんですの?このモヤモヤした気持ちは)
(さっきから上条さんは楽しそうにお姉様の話ばかり)
(まさか嫉妬?!いやいや、わたくしはお姉様が好きなのであって)
(でもそれじゃあこの気持ちは一体…)
(もう何がなんだか分かりませんの…)
(いったいどうしてしまったのでしょうか…)
白井?白井ー?」
「はっ…はい?!」
「さっきからボーっとしてどうした?もしかして熱か?」ピト
上条の手が白井の額にあてがわれた。これを無自覚でやっているというのだから恐ろしい男である。
(ひゃっ、上条さんの手があっ頭に!!)
「う~む、熱はないみたいだな・・・」
ガチャ
「「?!」」
原因究明しようとしている上条と、恥ずかしくて気が気でない白井だったが、
突然部屋のドアが開き、二人の視線が集中した。
「トウマ、その女は誰?説明して欲しいかも!」
現れたのは小萌先生のところに行っていたはずのインデックスだった。
予想だにしなかった出来事に上条も焦った。
「イ、インデックス!?お前小萌先生のところに行ってたんじゃ…」
「忘れ物を取りに家に帰ったらトウマと知らない女がイチャイチャしてたんだよ。説明してよトウマ!」
この状況を一言で言えば修羅場である。それは本妻と愛人が対峙したかのような。
そして白井は1人、これを全く把握できずにいた。
「インデックスさん?これは別にイチャイチャしてたわけじゃなくて、溜まっていた宿題を…」
「言い訳は聞きたくないんだよトウマ」
臨戦状態の二人を尻目に白井は帰る準備をしていた。
1人だけ取り残されたようなこの状況に耐え切れなかったのだ。
「しっ白井!これは違うんだよ!これはなんというか、その…」
「もういいですわ。わたくしはお邪魔なようですし、帰らせていただきますわ」
「着替え、どうもありがとうございました」
「白井!本当にすまない!」
白井は逃げるように洗面所に移動、すでに乾いているスカートに履き替えて上条家を後にした。
夕日が目に沁みる頃、白井は通りを独りで歩いていた。
先ほどのショックが大きかったのか、テレポートを使う気にもならずに居た。
頭に浮かぶのは、上条のことを下の名前で「当麻」と呼ぶ銀髪の女子。
そこから二人が親しいことが分かってしまった。
『家に帰ったら』という銀髪少女の言葉。ひょっとして同棲しているのだろうか?
そんなことを考えている白井は、頬に冷たい何かを感じた。
そのとき初めて自身が涙していることに気がついたのであった。
(なぜですの…。涙止まりませんの・・・)
拭いてもあふれ続ける涙、胸が締め付けられる想い。
(もっと上条さんと一緒に居たかった。一緒に笑いたかった)
彼女は気付いた。『上条に恋をしている』と。美琴に対しての『好き』とは違うと。
そして、そう気付いた頃にはそれは手の届かぬものになっていた。
(こんな事になるなら、恋なんてしなければよかったんですの・・・)
「白井ー!白井ー!」
(上条さん?!)
「ハァ、ハァ、ハァ…」
白井の遥か後方から全速力で追いかけてきた上条は、白井に追いつくと息も絶え絶えに言った。
「さっきは本当にすまなかった!」
「上条さん…どうして…」
「どうしてって、女の子が急に家飛び出して、心配じゃないわけないだろ」
「ましてやその原因は白井を怒らせた自分にあるし…って何で泣いてるんだ?」
「あなたには関係ありませんのっ!あなたはあの銀髪の女の子と仲良くしてればいいじゃないですの…グスッ」
白井はもう自暴自棄だった。慰めの言葉さえも辛かったのだ。
「違う!あいつはただの居候なんだ!」
「…ふぇ?」
間の抜けた声が白井から出る。
「あいつは居候、それ以上でもそれ以下でもないんだ」
「お二人は…その、お付き合いしているんじゃありませんの?」
「俺とあいつが?まさか、そんなわけないだろ!」
「あぁぁぁぁ…」
「おおっと、危ない危ない」
上条の言葉を聞いた白井は安堵感からかその場でフラフラと倒れこんでしまった。
それを慌てて支える上条。
(白井もレベル4とは言え体つきは華奢な女の子なんだなぁ…)
(って何考えてんだ!さすがに女子中学生に手ぇ出すのはまずいでしょう…)
「白井、大丈夫か?」
「えぇ、なんとか。」(ってなんですのこの状況は!//)
突然よろけたのを支えたため白井の身体は肩と腰から上条に支えてもらう体勢だった。
「か、上条さん? もうわたくしは大丈夫ですので…//」
「おお、わりぃわりぃ。もう心配かけんじゃないぞ?」
白井は上条の手が離れるのを名残惜しく感じつつ自立した。
上条は困った。今日一日上条と戦い、笑い、泣いた白井が俯いて黙りこくってしまったのだ。
さすがの鈍感男にもここまでの流れを考えればただ事でないことは分かった。
分かってしまったがゆえに気の利いた言葉をなかなか見つけ出せずにいた。
「上条さん!」
(──っ!)
意を決したのか、白井は上条の胸に抱きついた。
上条は驚きを隠せずにいたが、抱擁を受け入れることしかできなかった。
(上条さんの身体、大きくて温かいですの…)
(しっ白井!当たってる当たってる!)
互いに無言のままで抱き合っていた。白井は幸せを噛み締め、
上条も徐々に動揺はなくなり白井の想いをしっかりと受け止めた。この時間がいつまでも続いて欲しいと願った。
「あっ…」
二人の身体が離れると、白井の口からそれを惜しむように弱々しい声が漏れた。
呼吸するのも忘れるほど切ない抱擁を交わしていたためか、互いの少し乱れた呼吸音だけが聞こえた。
「上条さん。わたくしとお付き合いしてくれないでしょうか」
上条はこの日、新たな白井の一面を見た。
『類人猿』と呼び、忌み嫌われていた頃とはかけ離れた、一人の少女白井黒子を知ってしまった。
正直なところ、白井のギャップとその笑顔に少々やられていた所だった。
「俺なんかでいいのか?」
「もちろんですの。上条さんじゃなきゃだめですの・・・」
「ありがとう。よろしくな、黒子」
「よろしくお願いします、……当麻さん」
西陽が落とす二人の長い影が再び一つに重なった。
数日後
「げっ!ビリビリ!」
「だ・か・ら!私は御坂美琴って言ってんでしょうが!それに『げっ』って何よ?!」
これまた上条は補講の帰り道、美琴に遭遇したのであった。
といっても、これは偶然ではなく美琴が計算した上でのものだったのだが。
「これはこれは御坂美琴様ご機嫌麗しゅう…それで、何の御用でしょうか?」
「べっ別に用があって来たんじゃなくて偶然なんだからね?!」
「はぁ……」
「そこ、溜め息するんじゃないわよ! はは~ん、さてはあの大量の宿題が終わってないって筋ね?」
ここまで美琴の計画はほぼ完璧だった。何かとトラブルに巻き込まれる上条が
宿題手をつける暇などないと読んだのだ。
「ああ、あれか。それならちょっと前に終わったぜ?」
「なっ?! 嘘ね!絶対嘘よ。不幸体質のアンタが宿題を無事終わらせるなんて有り得ないわよ」
「ぐっ…上条さんの不幸体質はそこまでひどくはないんですよ。それにこの間…」
『この事は、お姉様には秘密にしておいて欲しいんですの…』
あの夕焼け──上条と白井が結ばれた後、白井はこのように頼んだのだ。
上条のことが忘れられなくなるほどに恋に落ちた白井だが、美琴のことだって好きだ。
今となってはそれぞれ別の意味の『好き』だと気付いたのだが。
それでも、今の美琴との関係を壊したくないという気持ちが大きかったのだ。
「……」
「この間?何よ?」
「えーっと……めちゃくちゃ暇な日があったんだよ! その日に終わらせたんだよ…」
「ふ~ん。良かったじゃない」
「さすがの上条さんもツイてるときはツイてるんですよ」
「じゃあ当然明日も暇なわけよね?なら私の買い物に付き合いなさいよ!」
待ち伏せて、宿題を手伝い、買い物に誘う、これが美琴の考えに考えた作戦だった。
宿題に関しては不覚を取ったが、買い物については『勝った!』と思った。
美琴は我ながら珍しく素直になれたと感じていた。
「ああ、明日はどうしても外せない用事があるんだ」
「えっ?!」
「悪いな、御坂」
「別に、用事があるならいいのよ。じゃあ私は帰るから」
そう言うと、美琴は走り出していった。悔しかったのだ。
上条から見えない位置に来ると、足を止めた。
(これじゃ素直になった私がバカみたいじゃない…)
(何よ、アイツの癖に!)
学園都市は夕焼けに包まれていた。その中に1人佇む美琴は何とも言えぬ悲壮感を感じつつ、
重い足を動かし始めた。西陽がやけに目に沁みる。
「明日暇になっちゃったなぁ」
「黒子でも誘ってみるかな…」
「ただいまー」
「お帰りなさい、お姉様」
「黒子、明日はジャッジメントは非番なんでしょ?」
「ええ、久しぶりの非番ですの」
「私も暇だからさ、どっか買い物でも行かない?」
「あの……お姉様?」
「何よ、まさかアンタも用事があるとか言うんじゃないでしょうね?」
美琴は不安だった。普段の白井なら『お姉様!ついに黒子の気持ちに応えてくださったんですわね!』といった具合に
歓喜し、執拗にスキンシップを迫ってくるはずだ。
その白井が申し訳なさそうにこちらを伺ってくるのだ。
「すみませんですの。明日は既に用事が入っているので…」
「そ、そう。残念ね」
「あの、お姉様?『アンタも』ってどういう事ですの?」
「えっ?!べ、別に何でもないわよ!」
「そうですの……お姉様、また誘ってくださいな」
黒子の様子がおかしい。美琴はその日の夜、ベッドの中で感じていた。
思い出してみれば、今日帰ったときも『おかえりなさい』の言葉一つだった。
(つい最近までは部屋に帰ってくるだけで激しいスキンシップを取ろうとしてきたのに…)
(…ってこれじゃ私がスキンシップしたいみたいじゃないっ!)
それに、美琴が呼びかけても反応しないほど物思いにふけっている白井、
そんな状況が増えてきている。
(悩み事があるなら、相談してくれればいいのに)
(明日、初春さんにでも聞いてみようかな…)
「白井さんの様子がおかしい?」
「そうなのよね」
とある喫茶店、美琴に呼び出された初春は大きなパフェを頬張りつつ答えた。
「そうですねぇ…そういえば最近なんだか上の空になってることが多いですねぇ」
「やっぱり?! 呼びかけても反応しないとかは?」
「ありますあります、お陰で私も巻き添え食らってジャッジメントの先輩に怒られちゃうんですよ」
「やっぱり……初春さん、何か心当たりはない?」
「う~ん、心当たり……フフ、御坂さんもなんだかんだで白井さんのことが心配なんですね」
「なっ!別に、先輩として、ルームメイトとして、普通のことよ。それより、何が原因なんだろう…」
「ズバリ、恋ですね!」
「「佐天さん?!」」
「やっほー、偶然そこ通ったら見かけたんで来ちゃいました~」
「思春期の女の子が上の空、と言ったら恋に決まってるじゃないですか~」
「黒子が、恋…ねぇ」
美琴は正直、自分にベッタリの黒子が他の誰かに恋をするということが想像できなかった。
「そういう御坂さんも、恋とかしてたりしないんですか?」
「なっ何言ってんのよ佐天さん、私は別に…」
ボンと美琴の脳内には上条当麻の顔が浮かんできた。
(あ~もう、何でアイツが出てくんのよ!そんなんじゃないのに…)
「御坂さん、わかりやす過ぎです…」
「うぅ……」
すでに赤面している美琴に否定できる余地はなかった。
時刻は午前10時30分、白井黒子はとある公園のベンチに座っていた。
待ちきれずに約束の1時間前に来てしまいましたの…
手持ち無沙汰ですわ…
本来の約束の時間は11時。今日は白井と上条の記念すべき初デートの日だ。
かつて白井は美琴にラブコールを大量生産していたりと、色恋沙汰には見識があるように見えるが、
実際にはこういうことには慣れておらず、前日は緊張で寝付けなかったほどだ。
白井は徐に手鏡を取り出すと、トレードマークのツインテールを整え始めた。
(左右のバランスがおかしい気が……リボンもずれているような……前髪も…)
「よっ、黒子」
鏡の中に上条の顔が映った。
「ひゃっ!いきなり出てきたらビックリするじゃありませんの!」
「おいおい、上条さんは何度も呼びかけましたよ?」
上条はベンチで頭髪を整える白井に声を掛けたが無反応だったため、
後ろから回りこむという戦法に出たのだ。
「それより黒子、まだ30分前だけどいつからここにいるんだ?」
「…10時ごろからですの」
「マジですか!30分も待たせちゃって悪かったな」
「いえ、わたくしが待ちきれずに来てしまっただけですから、大丈夫ですのよ」
「ハハ、黒子もかわいいところがあるんだな」
「ど、どういう意味ですの?//」
「いや、前の黒子はひたすら乱暴で強情だったのに、今はデートが待ち遠しい普通の女の子だからさ、」
「うう…前のことは忘れてくださいまし……」
「でも、俺はどんな黒子だろうが好きなことには変わりないぞ?」
「……っ// バカ、早く行きますわよ!」
「ほいほい」
白井はそう言うと、赤面を隠すように足早に歩き出してしまった。
「なぁ、黒子?」
「もう、なんですの?」
「デートって手繋ぐもんじゃないのか?ほら」
上条はすかさず右手を差し伸べた。
「そ、そうですわね//」
二人は所謂"恋人繋ぎ"で結ばれた。周囲には甘~いオーラが漂う。
上条は白井の小さい手が汗ばんでいることに気付いたが、言わないことにした。
「それで、まずはどこへ行くんですの?」
「そうだな、ちょいと早いが昼食でもどうだ?」
「いいですわね~」
「あっ、やっぱりお嬢様はファミレスとかは嫌だったりするのか?」
「いえ、わたくしもファミレスはよく利用してますわ」
「よかった、貧乏学生の上条さんにはファミレスが限界なのですよ」
上条は内心ヒヤヒヤしていた。常盤台のお嬢様=ファミレスなど行かない
という等式が頭に浮かんでいたからだ。
「そういや黒子?」
「いかがなさいました?」
「単刀直入に言うが、何故に制服なんだ?」
純粋な疑問だった。上条はと言うと、手持ちの少ない私服から彼なりにお洒落だと思うものを着てきたのだった。
「制服以外での外出は認めない、っていう学校の規則ですの」
「なんだ、じゃあ制服姿の黒子しか見れないのか、残念だなぁ」
「なっ// 当麻さん、あなたはよくそんな恥ずかしい科白をおっしゃれますのね」
「そうか?じゃあ次からは俺も制服で来っかな~」
(当麻さんになら黒子の裸だって……って何考えてますのー!)
(そういえば当麻さんの部屋でこの間……//)
「どうした?顔が赤いぞ?」
「なんでもありませんの! さあ行きましょう」
若干早足になる白井。その変態願望はいまだ健在のようだ。
とは言っても、美琴のときとは違い外には出してはいない。
二人は某イタリア料理中心のファミレスに入った。
まだ少々時間が早いためか、パッと見てそれ以外の客はいなかった
「これじゃ、貸切みたいだな」
「ふふ、そうですわねー」
自然と二人の頬も緩んでいた。
店内の奥の方の席に着くと、早速メニューを広げた。
「黒子、決めたか?」
「ええ、カルボナーラとこのサラダに致しますわ」
「お、おう、美味そうだな…」
(意外と食べるな…俺はドリアだけで済まそうと思ったのに…)
「当麻さん?ひょっとしてわたくしが食べすぎとでも思ってらっしゃって?」
「えっ?! いやあ、そんなわけないじゃないか、はは…」
「どうやら図星みたいですわね。わたくしはジャッジメントのお仕事で走り回ってますので」
「これくらいのカロリーなど敵ではありませんのよ?」
「当麻さんはどれにしますの?」
「う~む…」
(ここでドリアだけだと男が廃るな…でも上条さんの財布は…うわああああああ)
「よし、これだ!」
上条が葛藤の末に導いた答えは、ハンバーグステーキだった。
家計と見栄を天秤に掛けた結果見栄を選んだのだった。
「ハンバーグですか、美味しそうですわね」
「ふふ、そうだろう?…」
店員を呼ぶボタンを押し注文を終えると、上条の中に大食いシスターが浮かんできた。
ただでさえエンゲル係数絶賛上昇中にもかかわらず、自分も大見得を切ってしまったのだ。
「当麻さん、顔色がよろしくなくてよ?」
「ふふ…なんでもないよ、なんでも…」
「「いただきます」」
「あらっ、この店は初めてでしたが美味しいですわね」
「はは、美味しいなぁ……」
白井は上条の異変にはあえて触れないでおこうと思った。
理由は分からないが、触れてはいけない気がしたのだ。
「それで、この後はどうしますの?」
「わりぃ、俺デートとか初めてだから、何しようか昨日考えたんだけどなかなかいい案が思いつかなくて…」
「服買いに行く、ってのは思いついたんだが、外出する時はいつも制服なんだろ?」
「お洋服ですか、いいですわね!」
「えっ?」
「といってもパジャマですけどね。今使ってるのが小さく感じてきたんですの」
「そうか、さすがの常盤台もパジャマまでは指定しないよなー」
「あの、当麻さん? わたくしも、その……デートは初めてですので、よろしくお願いしますわ//」
白井が俯き加減に初体験の旨を伝えた。
「おう、こっちこそよろしくな」
(くっ…かわいいな黒子)
食後の予定も決まり、安堵の表情を見せる上条だったが、思わぬところで白井にハートを打ち抜かれた。
その後も静かな店内の片隅で甘~いオーラを出しているのだった。
「ふぅ、食った食ったぁ」
「ファミレスの食事がこんなに美味しいなんて思いませんでしたわ」
愛と言う名のスパイスが加わった食事はそれまでのどんな料理よりも美味しかったようだ。
「ん?黒子、ソースついてるぞ?」
上条はそう言って自分の口周りを指差した。
「あら、わたくしとしたことが…」
「違う、そっちじゃない。 よし、黒子。動くなよ?」
「えっ?」
上条は備え付けの紙ナプキンを手に取ると、黒子に付いたソースをふき取った。
多少固めの材質の紙ナプキンにもかかわらず上条の手には柔らかな感触が残った。
「ありがとうですの…//」(当麻さんの手が…!)
「おう…//」(黒子の唇、やわらけぇ…!)
顔を赤らめて俯く二人。とんだバカップルである。
「ありがとうございました~」
会計を済ませると、上条は持ち金の減り具合に愕然とした。
いつもより奮発して注文した上に見栄を張って白井の分まで奢ったので自業自得なのだが。
「よっし黒子、行くぞー」
そういうと上条は先に歩き始めてしまった。
「あのっ、当麻さん? …もう手は繋がないんですの…?」
(おいおいその上目遣いは反則でしょーが…)
「まったく、黒子は欲張りだなぁ。いや、寂しがり屋か?はは」
「なっ…!さっき繋ごうって言ったのはアナタじゃありませんのー!」
「…黒子?肩の力抜けたか?」
「えっ?」
「今日は何か遠慮してるように見えるぞ?活発な黒子だって俺は好きだぞ?」
なんと、白井を煽ったのにはこんな理由があったのだ。
鈍感男だった上条とは思えない策士っぷりである。
「……バカっ!早く行きますわよ!//」
つい先ほどもこんな展開があったような気がするが、
一つ違うことは、白井が紅潮しつつも手を差し伸べて上条を見つめていることである。
「悪い、悪かったって」
(だから上目遣いは反則だってば…)
二人がやってきたのはセブンスミスト。ごく普通の服屋である。
「黒子は普段どんなパジャマ着てるんだ?」
「えーっと…」
白井は1人悩んでいた。普段着ているのは際どいネグリジェである。
『普段それを着ている』と言ったら上条はどんな反応をするだろうか。
嫌われはしないだろうか。そんな乙女の葛藤である。
「普通の、ですのよ」
「そうか。……こんなのはどうだ?」
上条が手に取ったのはフリフリの付いたピンク色の可愛らしいパジャマだ。
それこそ初春や佐天に馬鹿にされてしまいそうな。
「後で着てみますわ…」
このような感じで3着ほど候補が決まった。
「じゃあ、俺はここで待ってるから試着してきなよ」
「ええ、それでは失礼して…」
白井は小さな試着室の中に入っていった。
一枚のカーテンという布を隔てて下着姿になる、それはやはり恥ずかしいことであった。
そして着替え終わった後にカーテンを開け、上条はどんな反応をするのだろうか。
褒めてくれるのだろうか。
「黒子、どうだ?」
「もう少し、ですの」
1着目は先ほど上条が手に取った可愛らしいパジャマだ。
緊張に加え、実際白井にとってこれは布が多すぎるようで、着替えにてこずっていた。
「終わりましたわ」
そう言ってカーテンを開けた。
上条が見たのはピンクでフリフリの付いた可愛らしいパジャマに全身を包まれ、
頬を薄っすらと紅潮させながらモジモジとこちらの様子を伺ってくる白井だった
「かわいい!……あっ」
無意識の内ににそう言葉を発していた。身体が反応したのだ。
「…っ!あ、ありがとうですの……//」
(まったく、当麻さんったら意図も簡単にそんな言葉を…ふふ、幸せですわ…)
* * * * * *
ドタバタしていたが3着の試着が終わった。
「いかが、でしたか?」
「やっぱり、最初のやつかなぁ…」
残りの2着は、シックとまでは言わないが、落ち着いたものだった。
1着目の衝撃はとても大きかったようだ。
「では、それに致しますわ。会計してきますので、ここに居てくださいな」
「おう」
白井はルンルンとスキップしそうな勢いでレジへ向かっていった。
(しっかし黒子、かわいかったなぁ…)
「上条君」
「うおっ!姫神?!」
上条の前にクラスメートである姫神秋沙が現れた。
姫神はクラスメートであり、上条が救った女の1人でもあった。
「いきなり出てきたらビックリするじゃねぇか…姫神も服の買い物か?」
「そう。上条君は。1人なの?」
「いや、二人だぞ。1人じゃなかなかこういう所には来れないよ」
「…。もう1人は。やっぱり。女の子なの?」
「まぁな。あれ? 何で姫神先生は怒ってらっしゃるんですか?」
「別に…。怒ってない。もう。慣れたから」
姫神は相変わらず表情の起伏が乏しいが、それでも互いに知り合ってから日が経っているからか
なんとなく姫神の感情は上条に伝わるのだった。
「上条君。この服。どうかな」
姫神は大きな袋からこの店で買ったと思われる洋服を取り出した。
「おお、いいんじゃないか?」
「…ふふ。ありがとう」
「にしても、巫女さんの服と制服以外の姫神初めて見たな」
「…。おかしい。かな?」
「全然おかしくないぞ。似合ってるぞ?」
「お世辞でも。嬉しい」
「べっ、別にお世辞じゃないぞ?本心だ本心」
相変わらずの無表情が続いていた姫神だったが、若干頬が緩んでいるようにも見える。
上条もなんだかんだでやり取りを楽しんでいるようだった。
(意外とレジが混んでいましたわ…)
思わぬ混雑に巻き込まれ会計に時間が掛かった白井は上条のもとへ急いでいた。
なんと詫びの言葉を伝えようか考えつつ、小走りで移動していた。
『上条君は。宿題。終わったの?』
(……?!)
後一つ角を曲がればそこに上条がいる、そんな状況の中で
知らない女性が上条に話しかける声が聞こえたのだ。
白井は思わず足を止める。
『ああ、おかげさまでしっかり終わってるぜ?』
(当麻さん…)
『…。とても。意外。上条君なのに』
(この女は誰なんですの?!)
恐る恐る白井は会話のする方を覗いた。
そこには黒髪ロングの女性と上条が親しげに話す姿があった。
『おいおい、上条さんをなんだと思ってるんですか先生?』
『…。ふふ。冗談。だから』
(嫌ですの。離れなさい!当麻さんから離れなさい!)
『もう、冗談がきついぜ。ハハハ』
『…ふふ』
胸が痛かった。体中が疼いた。上条が自分以外の女と談笑している。
それだけで全身を締められる思いだった。
「私は。そろそろ。時間だから」
「おう、そうか。じゃあな、姫神」
姫神はゆっくりと店外に向けて歩いていった。
(にしても黒子のやつ遅いなぁ…)
そう思っていた矢先、視界に白井が現れた。
「どうした、黒子。遅かったじゃないか」
「レジが混んでいましたの」
ここで上条は白井の異変を察知した。白井は若干俯いたまま
無表情でこちらに迫ってくるのだ。
「おい、黒子」
「………………」
「黒子?」
「………………」
ズンズンと歩み寄る白井。上条は本能的に恐怖を感じ後ずさりするがついには壁まで追い込まれてしまった。
「おい」
「………………」
近い。壁際まで追い込まれた上条と白井の距離はわずか30センチ程だ。
「…さっきの女性の方はどなた?」
「なんだ、見てたのか。だったら見てないで来れば──
「どなた?」
「…クラスメートの姫神ってやつだ。たまたま会っただけだぞ?」
「本当ですの?」
「ああ、本当だ。それに、俺が好きなのは黒子だけだぞ!」
「うっ…// じゃあ行きましょうか」
すると白井は先ほどまでの形相が嘘のように、ニコニコしながら上条の手を引いて歩き出した。
「なぁ黒子、喉渇かないか?」
「そうですわねー、自販機にでも行きましょうか」
そう言ってやって来た自販機。相変わらずマニアック(?)な飲み物が目白押しである。
いちごおでんにカツサンドドリンク…一体誰が買うのかと疑問に思うような代物まである。
「ゴクゴクゴク…ぷはぁ~、生き返るぜ!」
「ゴクゴク…ぷはぁ、生き返りますわ!」
上条に続いて真似をする白井。何とも微笑ましい光景である。
「当麻さんは何選んだんですの?」
「ん?俺はヤシの実サイダー。黒子は?」
「黒豆サイダーですの。意外と美味しいですわよ?」
「本当か?少し飲ませてくれ」
上条は白井の返答も待たずして黒豆サイダーに口をつけた。
上条は全く気に掛けてはいないが白井は徐々に顔が赤くなっていく。
(……!これは、間接キス?!)
「へぇ、意外と美味しいんだな。黒子、ヤシの実の方も飲むか?」
「…へ?」
「じー…」
白井は目の前のヤシの実サイダーと睨めっこをしていた。
(こ、これを飲めば、わたくしも間接キスを…)
「どうした~?飲まないのか?」
「いえ、いただきます…」
(相変わらずアナタって人は…)
白井は上条の無頓着さを愁いつつ、意を決してサイダーを口にした。
「ぷはぁ、美味しいですわ」
「だろ?」
(当麻さんと間接キス……ふふ)
「そういえばさ、黒子?」
「どうしましたの?」
白井は柔らかな表情で問い返す。
「さっき俺に焼餅焼いてたのか?」
「ブーっ、ゴホゴホゴホ…」
白井は黒豆サイダーをぶちまけた。思いっきり気管に入り込んだらしく、咳き込んでいた。
「おっおい、大丈夫か?」
「ゴホゴホ、えぇ、なんとか…」
「正直、俺に言い寄ってくる黒子、怖かったぞ?」
「…こっちだって、アナタが遠いどこかへ行ってしまう気がして、怖かったんですのよ…?」
「ごめんな、黒子」
上条は右手をポンと白井の頭に乗せ、撫で始めた。
「これからも、俺が黒子以外の女の子としゃべることはあると思うんだ」
「……」
「でも、それは生活する上で仕方がないことなんだ」
「……」
「だけど、俺は絶対に黒子を裏切ったりしないから。絶対に」
「当麻さん…」
「たとえ誰が何と言おうと、俺が好きなのは黒子だけだから…」
「フフ…」
「??」
「よくそんな科白を堂々と言えますわね、恥ずかしくありませんの?」
「俺も言っててスッゲェ恥ずかしかった…だからさ、安心してくれよな」
「…はい、さっきはすみませんでしたの…」
二人がセブンスミストから出ると、既に辺りは茜色に染まっていた。
「あれ、もうこんな時間か」
「あっという間でしたわね…」
「黒子、寮の門限とかは大丈夫なのか?」
「そろそろ帰らないとまずいかもしれませんの」
「そうか、じゃあ送っていくよ…ってバレたらヤバいのか」
「……」
「また、デートしような?それじゃあ
「嫌ですの!」
白井は上条の服の裾を引っ張った。
「黒子……」
「もっと一緒に居たいんですの…」
「黒子」
「ひゃ…」
上条は白井を抱き寄せた。地面に落ちた買い物袋も気に掛けず抱き合った。
思えば二人が結ばれたあの時も街は夕焼け空だった。
無言──二人はただ互いを感じていた。
無期(むご)の沈黙の後、名残惜しみながら抱擁をやめる。
「黒子…」
「当麻さん…」
互いに目が合い、見つめあう。
白井は瞳を閉じ、上条に身を委ねる。
上条も決意が固まったのか、徐々に顔を白井のもとへ。
あと少し。もう少し…
prrrrrrrr...prrrrrrrr...
「おい…」
鳴っていたのは白井の携帯だった。
二人の顔は数センチまで近づいていたと言うのに、雰囲気ぶち壊しというレベルではないだろう。
「なんてことをしてくれましたの…」
白井は呆れて発信者に怒る気にもならなかった。
ディスプレイには…「お姉様」とあった。
「もしもし…」
『あ、黒子?もうすぐ門限だけど大丈夫?今どこなの?』
「ええ、大丈夫ですの…もうすぐ着きますから、それじゃ…」
『え?ちょっと、黒子?く』
白井は通話を中断するとともに携帯の電源を切った。
「……」
「……」
「はは、とんだ邪魔が入ったな…」
「ええ、台無しですの…」
「続きはまたいつかな。じゃあな」
「さようなら…」
(当麻さんとのファーストキスがぁ…)
この微妙な雰囲気の中でキスするわけにも行かず、この日は解散となってしまった。
「え?ちょっと、黒子?黒子?もしもーし…」
「もう、今日は嫌なことが続くわね~…」
御坂美琴は寮のベッドの上で1人うな垂れていた。
この日、白井の件で初春に相談していたら佐天が入ってきて、
いつの間にか美琴の恋愛相談になっていたのだった。
『それくらい鈍感な相手なら、腹を括って素直になるしかないですよ!御坂さん!』
『御坂さんが素直になってアタックすれば、きっとイチコロですって!』
「ハァ、素直に、ねぇ……」
「なろうと思ってなれれば大変じゃないのよ…」
「でも、折角相談に乗ってもらったんだし、頑張ってみようかしら…」
携帯の電話帳で上条当麻を呼び出す。
「うーん……やっぱ無理! 今度直接言ってみよう…」
ガチャ
「ただいまですの…」
「おかえり、また門限ギリギリね、どこ行ってたの?」
「ジャッジメントの先輩と買い物に行ってきましたの…」
「ふ~ん、なんかテンション低いわね?」
「それはそれはものすごく残念なことがありましたから…」
「ふ、深くはツッコまないことにしとくわ…」
まさか白井のローテンションぶりが自分のせいだとは知る由もない美琴だった。
「…で、何買ったのよ?」
「パジャマですわ、今着ているのが最近小さくなってきましたので」
と言って白井は上条に選んでもらったパジャマを取り出した。
「うわっ!カワイイ!!」
白井のパジャマに美琴は飛びついた。
どこからともなく「キュピーン」という効果音が聞こえた気がする。
「にしても、アンタがこういうのを選ぶなんて珍しいわね?どういう風の吹き回し?」
「気分転換ですわ。たまにはこういうのも良いかと思いまして」
口では嘘を言っているが、内心には上条の顔が浮かんできて自然と顔が綻びる。
「ふ~ん、やけに楽しそうじゃない?」
「別に、そんなことないですわ」
(悩み事があったみたいだけど、解決したのかしら? それならいいんだけど…)
数日後
「これで補講もあと少しだぜ~」
ツンツン頭をした少年はいつになく上機嫌だ。
足取りも軽やかに、高校を後にする。
最近は不幸なことも少なく、物事もスムーズに行くのだ。
(これも黒子のお陰かな…っと)
今晩のおかずは何にしようか。そんな事を考えていると、上条の前に何かが立ち塞がった。
「なんだ、御坂か。こんな所で何してるんだ?」
「『なんだ』とは何よ!この…」
「わぁぁ分かった、分かったから電撃はやめろー!」
「もう、何で当たんないのよ?!こういう時くらい当たりなさいよ!」
「どう見ても当たったらただじゃ済まない強さじゃないか!」
美琴が電撃を放出し、上条がそれを打ち消す。もはや見慣れた光景になりつつある。
「それで、なぜに御坂先生はここにいたのですか?」
「あの…これを先輩にもらったんだけど……」
美琴がポケットから出したのは、『カップル優待』と書かれた映画のチケットだった。
「カップルだと映画がタダで観れるらしいのよ。で、行く相手もいないからアンタはどうかな、と思って…」
「カップルねぇ…」
「勘違いしないでよね?!ウチは女子校で、知り合いの男子ていったらアンタくらいしかいないだけで…」
「はあ…」
「お・ね・え・さ・まー!」
声のする方に振り向くと、全速力で走ってくる白井黒子の姿があった。
「く、黒子?!なんでアンタがここに…ちょ、抱きつくんじゃないわよ!」
「まぁまぁまぁまぁお姉様ったら照れちゃって…」
「照れてない! ほら、離れなさい!」
白井が美琴に抱きつき、頬をすり寄せる。
数日前まではごく当たり前だった光景がそこには広がっていた。
「御坂さんに白井さん、相変わらずお盛んですね~」
上条は呆れつつ声を掛ける。と言っても独り言程度に呟くだけだ。
「うん?これは……お姉様!! お姉様はわたくしというものをおきながらこの殿方と映画を?!」
「うるさい!男女で行くと安くなるのよ! 悪い?」
「あのー、上条さんの意思は無視ですかー…」
「……まぁいいでしょう。映画だけですからね、勘違いなさらぬように」
「よし、明日の1時にあの公園ね!わかった?」
「はい…最後まで無視された……」
「上条さん…でしたか? もしお姉様と不健全な付き合いをしたらどうなるか分かってますわね?」
「はいはい、分かってますよ白井さん…」
「それじゃ、遅刻するんじゃないわよ? 行くわよ、黒子」
「ええ、お姉様。」
美琴が振り返り、歩き出す。それに付いていく直前、白井は上条と目を合わせた。
その一瞬には様々な意味が含まれていたであろう。
二人きりの時にしか「黒子」「当麻さん」と呼ばないこと、
それ以外の時は付き合う前の二人を「演じる」こと。
これらもまた、白井が上条に頼んだことの一つだった。
「にしても黒子、よくここが分かったわね?」
「わたくしのお姉様センサーが反応しましたのよ」
「ふふ、何よそれ。 そういえば今日はやけに素直だったじゃない」
「……と言いますと?」
「いつもの黒子ならアイツに飛び蹴りの一発くらい食らわすと思ったのに」
「…たまたま今日はそんな気分じゃなかっただけですの」
白井としては完璧な演技をしたつもりだったが、やはり上条への愛のせいなのか、
些細な違いが美琴にはバレていたのだった。
「…お姉様?」
白井はいつになく神妙な面持ちで切り出す。
「明日は…どうしますの?」
「どうって……映画観て、食事して…」
「それだけ、ですの?」
「……素直になってみる。いつまでも意地張ってちゃ何の進展もないから…」
「そうですの…」
「どうしたのよ?そんなに暗い顔して」
「いえ、何でもありませんの。いつか黒子はきっとお姉さまを振り向かせますわ!」
白井は胸が痛かった。心から慕っている美琴が上条にフラれることは目に見えていることなのだから。
そして、その原因が自分にあるのだから。
でも、だからと言って上条を美琴に譲る気などはさらさらないのだが。
「トウマ、ご馳走様なんだよ!」
「ほいほい、お粗末さまでした~」
上条家の食卓は久しぶりに、豪勢とまでは行かないがまとまった料理が出たのだ。
腹ペコシスターもこれには大満足だった。
「トウマ、何の考え事?」
「うーん?ちょっとな…」
場の空気に流されて、美琴との映画デートを承諾してしまった。
年頃の男女が二人きりで外出すると言うことはその意思にかかわらずデートである。
その場に白井がいて、白井も了承した上でのことだったが、やはり引っ掛かっていた。
(黒子は焼餅焼きだからなぁ…)
先日、姫神と喋っていただけであの形相だ。
しっかりと本人には大丈夫だと言い聞かせたが、デートは流石に…といった具合である。
(一応確認すっかなぁ…)
上条は携帯を取り出すと、白井へのメールを打ち始めた。
『明日、御坂と映画行くけど本当に大丈夫か?』
返信はすぐに来た。
『ええ、当麻さんを信じてますから…』
『そう、ありがとな(サムズアップの絵文字)』
その後は雰囲気を一転して他愛もない、取り留めも無いやり取りが行われた。
携帯を見る上条の頬は完全に緩んでいた。
「むぅ、トウマ、何電話見て笑ってるの?あやしいかもー」
「なんでもないですよ~……あっ、明日は用事があるから昼は冷蔵庫から適当に出して食べといてくれよ」
「むっ、また女の子とお出掛けするの?」
「うっ鋭いなインデックスさん。まぁ今日の晩御飯に免じて許してくだせぇ…」
暴食シスターは余程食事に満足だったのか、普段は怒りそうな所だが笑って許していた。
「よ、御坂!」
「おはよ。アンタにしては早いわね」
時刻は12時30分。例の公園に二人が集まった。
「上条さんはジェントルマンですから、約束の30分前には来てるんですよ」
「でもジェントルマンなら私より早く来てなきゃダメねー」
「ちなみに、いつからここに居るんだ?」
「……12時」
「おいおい、幾らなんでも早過ぎやしませんか?」
「しょ、しょうがないでしょ?!楽しみだったんだから…」
日ごろの感覚から、上条は反射的に身構えた。しかし、電撃は飛んでこなかった。
「さ、行きましょ?」
「おう…」
(御坂も大人しければそれなりに可愛いんだな…)
「御坂、何の映画観るんだ?」
「それが、まだ決めてないのよ。向こうで決めましょ?」
「ああ、そうだな…」
上条は正直気持ち悪かった。会うたび会うたび電撃を放っていた美琴が
この日は妙にしおらしく、素直なのだ。
「…なあ、御坂。 何か変なものでも食ったか?」
「なんで? どっかおかしいかな?」
「いや、俺の勘違いだ」
(なんか調子狂うなぁ…)
「へぇ、色んな映画やってんだな」
劇場の上映予定表を見る。
「ねぇ、アンタは何が見たい?」
「ん?俺は御坂が見たいやつでいいぞ」
「そう、じゃあねぇ…」
美琴の視線の先には二つの映画があった。
(『ゲコ太の冒険』を観たいけど…子供っぽく思われちゃうわね…)
(やっぱりこっちの恋愛映画かしら…)
(でも、映画特典のスーパーゲコ太くん人形が私を見てる…)
「うーん………………これにするわ…」
「何々?『学園都市の中心で愛を叫ぶ』?恋愛映画か」
「そうよ、カップル優待券で来たんだからカップルらしくしなきゃね!」
美琴は上条と腕を組んだ。見た目だけならカップルそのものだ。
「おっおい、御坂…」
(今日のコイツは何なんだ?腕に柔らかい物が当たってるし…)
上映時間まで残りわずか。スクリーンには大勢のカップルで溢れていた。
その雰囲気に圧倒されつつも二人は着席した。
「…で御坂、いつまで腕を組んでるんだ?」
「あっ?! ごめん……」
「御坂、やっぱり今日おかしいぞ? 大丈夫か?」
「…ありがとう。でも何でもないから大丈夫よ!」
(うっ、上目遣いの『ありがとう』は反則だって…)
(俺って上目遣いに弱いのか? 黒子のときもそうだったし…)
「さっ、始まるわよ~」
もうじき公開する映画の宣伝も終わり、スクリーンが暗転した。
『誰か、助けてくださーい!』
物語も佳境に差し掛かり、息を呑む展開が続く。
(おい!御坂…)
美琴が上条の手を握ってきたのだ。辺りを見回すと、どのカップルもそうだった。
離さないで欲しい、と言わんばかりにギュッと握り締める美琴。
もうこの時点で上条の頭に映画は入っていなかった。
考えているのは、美琴の手が想像以上に小さかったこと。
普段電撃や超電磁砲をぶっ放している手とは思えないほどだ。
そして美琴の手が微かに湿っていることから、彼女もまた緊張していることを感じた。
(…御坂ってなんだかんだでまだ女の子なんだな)
(お嬢様だし……いい匂いがする…って俺は何考えてんだ?!)
映画の方は見事なハッピーエンドで終わり、スタッフロールが始まった。
「…なかなかいい話だったわね~」
「…そうだな、あの展開は予想できなかったな~」
((手繋いだせいで集中できなかったとは言えない…))
「御坂、この後どうしよっか?」
「そうねー」
グゥゥゥ…キュルルル…
「…御坂?」
「……//」
「よし、飯にするかー」
言い訳の仕様もない美琴は頷くことしか出来なかった。
「それにしてもよく食べるな~」
「うっさいわね、お昼ご飯食べるの忘れてたのよー」
二人は映画館近くのファミレスに入った。
注文するやいなや、美琴は料理に食らい付いた。
「おいおい、何をどうしたら昼飯を忘れるんですか?」
「……それ、私に言わせるつもり?」
「…と言いますと?」
「んもう、アンタと映画見に行くのが楽しみ過ぎて忘れちゃったのよ!」
「御坂……」
二人の間に沈黙の時間が流れる。
美琴は俯きながら上条の様子を伺う。
「お前…そんなに映画が観たかったのかよ」
「…は?」
「可愛いところもあるんだなぁ」
「なっ?!// アンタってやつは…」
(何?コイツどんだけ鈍いのよ?!)
(でもまぁ、結果オーライってとこね…)
「そうよ! 映画観たかったのよ! 悪い…?//」
「全然!全然悪くないから…」
(だー! 上目遣いはやめろー…)
発言にはとことん鈍いが、上目遣いのような行動には敏感に反応する上条だった。
「もうこんな時間になっちまったな」
「そうね、あっという間だったわね」
二人がレストランから出ると、美琴の門限まではそう遠くない時刻だった。
空は怪しい雲行きで、今にも雨が降り出しそうだった。
「寮ってどっちだ? 送っていくよ」
「うん、ありがと」
「そういやさ、今日一回も御坂の電撃見てないかも」
この日、何度か危うい場面はあったものの、美琴が電撃を放つことは一切なかった。
「アンタ…私を何だと思ってるのよ」
「いや、そういうわけじゃなくて。 ただ、いつもと違うと調子が狂うというか…」
「…まさか、電撃食らいたいっていうの? アンタMだったの?!」
「いえいえ、上条さんはジェントルマンですからそのような性癖はお持ちでありませんよ」
「なんというか……御坂が大人しいから新鮮だったよ」
「アンタは……その、大人しい女の子の方がタイプなの?」
「うーん。分からねぇや」
「ふふ。何よそれ…」
「大人しいから好き、とか活発だから好き、ってのはちょっと違うかなと思って」
「うん」
「好きになるのに理由はないんじゃないか? 結果としてその相手が大人しい人だった、とかはあるけどな」
「なるほど、アンタらしいわね」
二人の間には、普段なら考えられないほど穏やかで、心地よく、どこか温かい雰囲気があった。
目的地の寮が近づいてくる。美琴はずっとこうして歩いていたいと思った。
「じゃあ、この辺で大丈夫か?」
「うん…」
しかし時というものは残酷で、寮は目の前まで来てしまった。
美琴は一世一代の大勝負に出る。
「またな、御坂」
「待って…!」
「どうかしたか?」
歩き出そうとした上条の腕を美琴が掴んだ。
「私ね…………アンタが好きなの」
「御坂……本当か?」
「こんな嘘ついてどうするのよ」
「だよな…」
上条としては、それは信じ難いことだった。
この日、美琴の可愛さに気付き始めてはいたのだが、
普段異常に突っかかってくるのは、自分のことが嫌いだからだと思っていたのだ。
これも上条くらいにしか成せない技である。
「ありがとう。御坂の気持ち、すげぇ嬉しいよ」
「…! それじゃあ──
「でも……お前の気持ちには応えられない」
「……」
「俺は御坂を…そういう目じゃ見れない…友達としてしか見れないや」
「…そっか。 ごめんね、押し付けちゃって」
「いや…。 でも今日みたいに出かけたりするのは大歓迎だからさ」
「うん、ありがと。それじゃあね」
美琴は寮に向かって走リ出した。悲しいはずだが、涙は出なかった。
「御坂……」
(黒子、これでいいんだよな…)
「ただいま」
「お帰りなさい、お姉様…」
「黒子、フラれちゃった…」
「うぅ、お姉様ぁ……」
「ちょ、何で黒子が泣くのよ?!」
白井は胸が苦しかった。ただでさえ美琴が悲しむことは辛い。
「ちゃんと気持ち伝えたら、スッキリしたし、私は大丈夫だって…」
(ごめんなさい、お姉様……)
その上に、上条と付き合っていることを隠していることが後ろめたいのだ。
美琴を騙している、その事実が白井の胸を締め付ける。
だが、真実を打ち明ければ美琴に嫌われるかもしれない。
もう今のように接してもらえないかもしれない。
それを考えると、隠すことしか出来ないのだった。
その夜、美琴は一人枕を濡らした。
しかし、それは単に絶望しただけではなく、希望も持っていた。
──絶対に振り向かせてやるんだから!
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
翌日、ジャッジメントの仕事がある白井を見送った後、美琴は何やら考え事をしていた。
今の美琴は決意に満ち溢れていた。『友達としてしか見れない』と言った上条を見返すために。
「うーん、まずは誰かに相談してみるかぁ…」
「……でも、誰に?」
美琴は脳内に色んな人物を浮かべる。
「黒子は……男に興味ないみたいだし無理ね」
「初春さんは…頭はいいけどそっちの方は疎そうね…」
「佐天さんは…この間みたいに茶化されそうかも…」
「固法先輩は……私にないものを持ちすぎてる…」
「寮監……………」
思わず思考が停止しかける。
「となると……あっ!」
美琴の脳内にフッと浮かんだのは二人の人物だった。
「湾内さんに泡浮さん!」
少し前に偶然知り合った常盤台の一年生で美琴の後輩に当たる湾内絹保と泡浮万彬だ。
この際恋愛について後輩に相談する恥などは既になかった。
「早速二人に連絡しなきゃ……って」
美琴はある事実に気付き落胆する。
「二人のアドレス知らない…」
とある喫茶店
「おーい、泡浮さーん!」
白井経由で二人のアドレスをゲットした美琴は二人に連絡した。
湾内は水泳部の仕事があって来れないらしい。
「ごめんね、わざわざ呼び出しちゃって…」
「いえいえ、御坂様のお役に立てるのなら…それで、相談とは何でしょうか?」
「それがね、──」
「つまり、年上殿方を振り向かせたいということしょうか?」
「そうなの。泡浮さんなら相談し甲斐が有りそうだし、口も堅そうだし…」
「ありがとうございます。あの時のせめてもの御礼になれば…」
「それで、どのような殿方なのか詳しく教えてほしいのですが…」
美琴は泡浮に上条のことを掻い摘んで説明した。
といっても個人名こそは出さないが、一度告白してふられた事まで話した。
「なるほど、仲は良いけど『友達としてしか見れない』、ですか…」
「そうなのよ。 で、ソイツを振り向かせるにはどうしたら良いかと思って…」
「うーん、やはり相手が年上ですから大人っぽくなった方が良いかもしれませんね」
「例えば?」
「服装は限られているので、内面的なことが…すぐ怒らないとか、落ち着いた対応とか…」
「うっ…」
美琴の胸に泡浮の言葉がグサグサと突き刺さる。
「あとは、本屋さんに行かれれば解決できる手段の載った本があるかもしれませんよ」
「なるほど…」
本で調べると言う手段は美琴も見落としていた。
「御坂様、わたくし、陰ながら応援していますわ!」
「ありがとう。 あの…唐突で悪いんだけどさ、私に何かダメ出ししてくれない?」
「えっ?! そんな…わたくしが御坂様にダメ出しだなんて…」
「そこをお願い! ほら、やっぱり他人からしか分からないこともあるから…」
「はい…わかりました」
泡浮、美琴がそれぞれ決意を固める。
「まず…スカートの下に短パンをお召しになるのはいかがなものかと…」
(うっ…)
「それと、お怒りになられたときに電撃を出すのは…」
(うぅ…)
「また、子供じみた下着は…」
(くぅ…って何故それを…?)
(黒子ォォォ…)
「それから…」
美琴は油断していた。まさかこれ程多くのダメ出しをされるとは思っていなかったのだ。
美琴の心はすでに折れかかっていた。
「うぅ、ありがとう…参考になったわ」
「こちらこそ、お茶して頂いてありがとうございました」
「あっ、今日のことは内密に頼むね…」
「ええ、了解致しました。それでは…」
「またねー……ふぅ…」
やはりショックは大きく、隠し切れなかったようである。
泡浮と別れると、次の目的地本屋へ向かった。
「えぇと、なになに?」
美琴はとある書店に来ている。
入店するやいなやそれっぽいタイトルの本を手に取ると、観察し始めた。
「『年上の男性にモテるポイント100』?」
美琴は胡散臭さも感じつつその本の内容を確認する。
「『背伸びしすぎても、甘えすぎてもいけない』か、ふむふむ…」
タイトルから俄かに感じられる怪しさに反し、真面目な文章もあった。
美琴はどんどん引き込まれていった。
「『相手のことをお兄ちゃんと呼んでみる』? なるほどね…」
「『些細なプレゼントで気を引くべし』…これは良いわね」
「『いざと言う時は上目遣い』…うーん…」
「『さり気ないボディタッチ』か…これも試してみるかなぁ」
先ほどから年上と言う条件が関係なくなっているような気もする。
しかし、そんなことには気付かず美琴は真剣に読み進める。
真剣に──真剣になり過ぎている為か、美琴の背中には
どんよりと黒いオーラが立ち込めており、他の客を寄せ付けなかった。
* * * * * * * * * *
結局、美琴はその本を購入し書店を後にした。
「次は……早速プレゼントね!」
美琴が入ったのはとある雑貨店。
店内は所狭しと様々な商品が置かれている。
(う~ん、これだけ多いと目移りしちゃうわねー)
美琴はひとまず、小物がプレゼントに適していると考えた。
色とりどりの商品に目を光らせる美琴だったが、ふとある商品に目が留まった。
(携帯のストラップ? あぁ、それいいかも!)
以前、自分の目の前で通話している上条の携帯には
ストラップがついていなかったことを覚えていた美琴だった。
普段から持ち歩く携帯電話、それに付けるストラップをプレゼントすれば
携帯を見る度に自分のことを思い出してくれるのではないか、という乙女の作戦である。
(……あっ!)
ストラップの数々を眺める美琴はふとある事を閃いた。
思わず両手を合わせて「なるほど」のポーズをしてしまう。
(どうせならわたしの分も買ってペアにしちゃおう!)
我ながらナイスアイディアと感傷に浸る美琴の頬は緩みきっていた。
先ほどとはまた違った奇妙なオーラが他の客を寄せ付けなかった。
「ありがとうございましたー」
とりあえず一通りの買い物を終えた美琴。
帰り道では色々と思考を巡らした。
いつ、どうやってこれを渡そうか。
上条は喜んでくれるのだろうか。
二人だけのペアのストラップ。
次会った時は何を話そうか。
美琴は買い物袋からそれを取り出して眺める。
白いゴムにシルバーの留め具、そこから伸びる紐。
一見、非常にシンプルなつくりだが、片方は赤色、もう片方は黒色の紐である。
それぞれを単独で見ると良く分からない模様になっているが、
二つを合わせると英文字になる凝ったものになっている。
思わずフフフとにやけてしまう。
不思議と上手くいきそうな気がする。
素直になったことで希望に満ち溢れるその姿は、
超電磁砲御坂美琴ではなく、一人の恋する乙女としてのそれだった。
(待ってなさい…きっと、いや絶対に振り向かせちゃうんだから!)
美琴の寮へと向かう一歩一歩は心なしか力強かった。
落ち着く、時々甘える、短パンは着ない…
課題はまだまだあるが、絶対に達成してみせる。
──そんな一歩。
数日後
初デート以来、白井は風紀委員の仕事が忙しく、上条とはメール、電話でしか連絡が取れずにいた。
この日は互いの都合が良かったため、白井は上条家に招かれたのだ。
(当麻さんに会うの、久しぶりですわ~)
当然上条家に向かう白井の足取りは軽い。すれ違う人が二度見するほどの上機嫌さだ。
普段よりも時間を掛けて整えたツインテールが優雅になびいている。
上条宅に到着すると、インターホンを鳴らした。
「あいよ、いらっしゃい」
「おじゃましますわ」
白井は、自身2度目の上条家だ。
恋人として入るのは、これが初めてである。
「お茶と簡単なお菓子しかないけど、どうぞー」
「ありがとうですの」
「今日はこぼすんじゃないぞ?」
「うっ…その話はやめて下さいまし…」
今となってはいい思い出でもあるが、いつかの苦い記憶が蘇る。
「はは、ごめんごめん」
「そういえば、あの銀髪の女の子はどうなさいましたの?」
『面倒くさいからイギリスに送ったよ』
「「…………」」
「……今、何か声がしなかったか?」
「わたくしもそんな気がしましたの…」
ご都合主義である。小萌先生のところに何度も預ける訳には行かないので…
数日もの期間会っていないだけあってか、他愛もない話で尽きなかった。
『類人猿』などもこの時には既に良い思い出になっていた。
白井も、顔を赤らめつつ当時を振り返る。
上条が語りかけ、白井がそれに応えて。
いつの間にか二人一緒に笑っている。
この白井の笑顔はピュアという言葉がピッタリなほど、純真無垢なものだ。
美琴の露払いをしていた時のそれとは全く異なっている。
その当時からは想像もつかない姿である。
上条があの日──初めて白井を家に呼んだ日──、白井に心を奪われたのもこの笑顔であった。
まだまだ話は尽きない。
上条のクラスメートの話、風紀委員の話、…美琴の話。
会ってから一時間位であろうか。
突然上条は白井の手を握り締めた。
「なぁ、黒子?」
「ひゃぁ、当麻さん?!」
現在二人は隣同士に座っており、距離はそう遠くない。
(お、落ち着きなさい黒子!手なら前にも握りましたのに…)
上条は真剣な眼差しで白井を見つめる。
(ちっ近いですの…そんなに見つめられたら…)
「……俺のこと好きか?」
「そっそんなこと…// 好きに決まってるじゃないですの//」
「そうか…」
(一体なんですの? これは羞恥プレイですの?!)
「黒子、もうやめにしないか?」
上条の突拍子もない発言に、白井は冷や汗をかく。
「へっ?! それはどういう──」
「いつまで御坂に隠し続けるつもりなんだ…?」
「それは……」
痛いところを突かれた、そんな具合に白井は俯き気味になってしまう。
「俺たちの関係って、そんなに後ろめたいものなのか?」
「別に、そういうわけでは…」
「じゃあ、この後一緒に御坂の所へ行こう。行って二人の関係を説明しよう」
「…どうしてですの?」
「そもそも隠し事はあまり好きじゃないし、それに……」
「…それに?」
「正直心配なんだ。俺と黒子の関係がその程度のもの…人に言えないものなのかと思うと」
「もちろん、黒子にも事情があるってのは重々分かってる」
「……」
「この間御坂に告白されたんだ。黒子も知ってるよな?」
「えぇ…」
「正直俺は苦しかった。 ちゃんと言っておけばアイツが苦しむことも無かったかと思うと」
「……わたくしも、とても辛かったですの……でも、お姉様に嫌われたくなくて──」
白井の取っている美琴との現状も、考えに考えた挙句の、苦渋の選択だった。
「なぁ、黒子? お前の尊敬する『お姉様』は隠し事がバレたからってそれだけでお前を嫌いになったりするような奴なのか?」
「お前が尊敬してる『お姉様』はそんなに小さな奴なのか?」
「……!」
「……わかりましたわ。お姉様にちゃんと説明しますわ」
「ありがとう、黒子…」
「ごめんなさい、当麻さん……あっ」
上条は手を繋いでいない方の手を白井の頬に添えた。
「…俺も好きだよ、黒子」
そう言うと上条はゆっくりと白井の唇を塞いだ。
初デートの日のリベンジ…
唇の先端同士を軽く接することから始まり、徐々に唇全体に触れていく。
当麻さんが欲しい。欲望に従順になった白井は両手を上条の背中に回す。
「ん……あっ…」
聞こえてくるのは時折漏れる互いの吐息と、高鳴る鼓動。
体中が熱い。下腹部がジンジンと疼く。
舌も入っていないライトなキスにもかかわらず、とても淫靡に感じる。
自分が乱れていく。当麻さんにメチャクチャにされたい。
「…んっ……ぁん…」
上条は名残惜しさに駆られるもゆっくりと唇を離した。
二人のファーストキスはとても長く、淫らだった。
「黒子…」
「当麻さぁん…」
白井の目はトロンと潤んでおり、愛しげに上条を見つめた。
今の白井に理性などは関係がなかった。
「黒子、すっげぇ可愛いよ」
上条は白井の潤んだ瞳にノックアウト寸前だったが、なんとか理性を保つ…
「当麻さん……もっとぉ…」
「黒子…」
その瞬間、上条の中で何かが切れた。
潤んだ目で上目遣いされた上に続きを求められ、ついに理性は切れてしまった。
「ひゃっ」
上条は白井をベッドに押し倒した。
間髪を入れず唇を重ねる。先程とは違い、貪るように。
白井もそれを受け入れ、離すまいと両手を上条の後頭部に回すことで応じる。
暫くすると互いの呼吸も乱れ、唇を離した。
近い。荒い吐息が触れ合う。
今度は白井の方からキスをした。積極的になったことで上条の心にも火がつく。
上条は舌を侵入させる。
「んぐ……ぁん…」
舌を絡めあい、口内のあらゆる部位を舐め回す。
上条の舌は確実に白井を犯していった。
晴天の日の昼下がり、上条宅にはじゅるると唾液をすすり合う卑猥な音だけがあった。
最初は舌の侵入にたじろいでいた白井も徐々に受け入れ、舌を絡める。
上条は一通り舐め尽くすと、白井の弱点を探した。
「んん……あぁん…」
どうやら舌の裏の付け根が弱点らしい。
そこを集中的に攻めると、白井の吐息は更に荒くなり、時折声を漏らす。
弱点を攻められた白井は舌を動かすのも忘れるほどの快楽に襲われ、恍惚としている。
どれだけの間こうしていたかは分からない。それは1分だったかもしれないし30分だったかもしれない。
再び唇を離すと、二人は見つめ合った。
二人の間には唾液で糸が引いており、それは互いの愛しさを増した。
白井は顔を紅潮させ、息を荒げている。
額はわずかに汗で湿っていて、そこに前髪が貼りついて淫らだ。
上条は、常盤台中学の象徴とも言えるサマーセーターをゆっくりと脱がした。
白井のブラウスは乱れており、所々汗ばんでいる。
そのボタンを一つ一つ外していき、白井の上半身は下着を残すのみとなった。
白井の下着は面積の少ない、黒の大人っぽい下着だ。
「黒子…すごく色っぽいよ」
「は、恥ずかしいのであまり見ないでほしいんですのぉ…」
上条は小ぶりな膨らみを下着の上から触った。
触れた瞬間、白井の口からは嬌声が漏れる。
恥ずかしながら、その外し方の分からない上条はゆっくりと上にずらす。
下着をずらすと、そこには発展途上の乳白色の双丘、その中央には控えめな桜色の果実があった。
上条は思わず見とれる。神秘的といっても過言ではない光景だった。
上条はゆっくりと揉みしだき始めた。
「はぅ……ぁっ…」
白井の吐息が再び荒くなる。
小ぶりな膨らみを鷲掴みにして揉む。しかし、決して中央部には触れない。
既にそこは硬い突起となっていた。
上条は受け売りの知識で得た「焦らしプレイ」なるものを辛うじて覚えていたのだ。
上条当麻、なんとも恐ろしい男である。
次に上条は片方の胸に吸い付く。
吸い付き、舐めるの繰り返し。ここでもやはり突起は避ける。
もう一方は引き続き揉みしだく。片方を口、もう片方を手で攻められ、白井は喘ぎ始めた。
「…あん!……はぁん……んっ…」
胸を攻められ、白井は本格的に喘ぐ。
しかし、朦朧とした意識の中でも一つのことに気付いた。
そう、乳首には一回も触られていないのだ。
「はぁぁ…当麻さぁんっ…ぁん…」
「どうした、黒子…はぁ」
見かねた上条は胸から離れた。
「はぁ…はぁ…その、──も触ってほしいんですの…」
「…ん?どこを触ってほしいって?」
「だから… ──を…」
「うーん、ハッキリ言わないと聞こえないぞ?」
「うぅ…… わたくしの……乳首も触ってください…」
「はい、よく出来ました」
そう言って上条は白井の胸の先端を軽く摘んだ。
内心は真っ先にしゃぶり付きたかったところを我慢しきった上条はどこか嬉々としている。
「…ぁああん!」
既に充血し硬くなっていたそこの感度はこの上なく高かった。
快感の波に揉まれ、身をくねらせる。
嬌声の大きさも先ほどとは比べ物にならないほど大きくなった。
加えて上条はその突起を吸い上げる。
「…んあぁ……はぁん…ぁあああん!」
部屋中に淫乱な声が通った。
上条は更にそれを舌の上で転がし、舐め、追撃する。
「あぁっ! はぁん……あぁん!それはらめぇぇぇぇぇぇ!」
その瞬間、白井の身体がしなり、大きく跳ねた。
腰周りは小刻みに震え、上半身はぐったりとしている。
「黒子、イっちゃったのか?」
「ハァ、ハァ、ハァ…」
白井はコクリと頷いた。相変わらず呼吸は荒れており、まともに会話できる状況ではない。
上条は白井のスカートを上にずらし、これまた大人っぽい下着を脱がした。
下着は白井の秘所と透明な液体で繋がっていて、淫靡な匂いがする。
「黒子…グチョグチョじゃねぇか…」
「ハァ…やぁん……見ないでぇ…」
言葉こそ拒んでいるものの、身体はベッドに投げ出され、完全に上条に委ねられている。
白井の秘所は薄い桃色で、もう前戯が必要ないほど湿っていた。
上条は非常に敏感になっているそこに優しく触れた。
「ぁあ……あんっ……」
秘所の周辺を丹念に撫でる。白井の口からは止め処なく嬌声が漏れる。
上条は徐に、大洪水になっている秘所へと顔を近づけた。
美しい。それが率直な感想だった。
黒ずみなど皆無な薄ピンク、それがじっとりと湿っている。
毛は薄っすらと生えており、上部には最も敏感であろう豆粒がちょこんと乗っている。
「黒子、すっげぇきれいだよ」
「はぁん…あんまり……見ちゃ…ぁん…らめぇ…」
呂律も回らなくなってきた白井は恥ずかしさからか両手をかざして秘所を隠した。
上条は手をゆっくりどけると、秘所に吸い付いた。
粘膜をまんべんなく舐め上げる。
「ひゃああん、ぁあぅ…」
快楽の大波が白井を襲い、腰がくねるが、上条はそれを押さえて舐め続ける。
上条は舐めるのも程々にすると、一気に秘所を吸い上げた。
「やぁん…そんな汚ぃとこぉ……ひゃあああ!」
あまりの快感にヒクヒクさせている白井の意識は朦朧としている。
想像以上に好感触を得た上条は構わず吸い続ける。
「ぁあ! ひゃぅ…らっ…あぁんらめぇぇ…」
早くも二度目に達してしまいそうな白井は、抵抗しようと両手を上条の頭に持ってくるが
上手く力が入らないため、位置が定まらずブラブラしている。
直感的に白井がイキそうなのを感じた上条は、秘所から顔を離した。
「ハァ、ハァ、…どうしてぇ…?」
「黒子、俺もう我慢できねぇよ」
上条は乱暴に自分の服を脱ぎ捨てる。
白井の目の前には重力に逆らっていきり立つ分身が現れた。
(こ…これは……)
上条の一物は、日本人平均のそれより若干大きい程度だったが、
初めて生身で男性器を見る白井には幾分大きく感じられた。
(こんな大きいものなんて…入りませんの……)
覚悟を決めた上条は分身を白井の秘所にあてがった。
「痛かったら言うんだぞ、黒子」
「はい、大丈夫ですの…」
上条はゆっくり、ゆっくりと腰を押し進める。体位はいわゆる正常位。
膣内は申し分無いほど潤っていたが、未成熟なそれは上条を受け入れるのには十分ではなかった。
「くっ……うぅ…」
白井は想像以上の圧迫感に思わず顔を歪める。
「黒子…?! 無理すんなよ?」
「だい…じょうぶ…ですの……うっ」
言葉では大丈夫と言うが、実際上条から見ても白井は相当キツい。
なんとかこの状況を打開したい上条のとった苦肉の策はキスだった。
腰を動かさないように慎重に上半身を白井に覆い被せ、唇を重ねた。
(黒子、これで我慢してくれ…)
舌を入れると同時に空いた手で胸を刺激し、徐々に腰を押す。
快感が痛みに勝るように、上条は尽くした。
「…んっ…あぁん……」
ゆっくり、ヌプヌプと押し進め、ようやく最奥部に達した。
白井の痛みも快感に押され、心なしか膣内も広がったようだった。
「黒子、動くぞ」
「はぁ、はぁ、当麻さぁん……」
白井は全てを上条に委ねたようで、コクリと頷いた。
ゆっくりとした腰の前後運動。
優しく、丁寧に。白井を苦しめないように。
上条の努力の甲斐あってか、白井の表情からは苦痛は見て取れない。
「…んあっ……ぁあ……はぁん…」
上条の分身が奥に達する度に、小刻みな嬌声が漏れる。
室内には、膣の奥に亀頭部分が当たる音や
二人が擦れる度に生まれる卑猥な水音、荒い息遣い、
そして白井が快楽に喘ぐ声。
淫靡な音が幾つも重なっている状況だ。
白井はと言うと、次々と押し寄せる未知の快楽に身をよじらせ、
必死にシーツを掴む。
その姿は上条の男性としての支配欲をかき立てた。
白井の緊張も若干ほぐれ、スムーズに動くようになったので
上条は前後運動のスピードを徐々に速めた。
「…ぁあん……はぅ……やぁん」
その速度に比例するかのように白井の声量も大きくなる。
「黒子の中、気持ちいいよ…」
「…はぁん、ぁあん…とぉ…とぅましゃ…あん!」
再び呂律がおかしくなってきた。水音も一層淫靡さを増している。
突く度に白井の秘所から溢れ出る液体は、
処女の証である鮮血、上条の透明な分泌液に白井の愛液。
それらは混ざり合ってシーツに染みを作る。
これまで白井をリードしてきた上条だったが、
ここに来て自身も限界が着実に近づいてくるのを感じていた。
白井はと言うと、先程から喘ぎ過ぎたのか若干声が枯れているようにも聞こえる。
「…ぁん!……あぁぅ……とぉまさぁん!……もっとぉ…」
枯れ気味の声で上条を求める白井。
一時は再び冷静な状態に戻った上条もこの一言で吹っ切れた。
上条は徐々に迫り来る射精感を顧みず、全速力で腰を動かし始めた。
理性などは大きな音を立てて崩れ落ちていた。
「あぁぁ!……あんっ…そんなっ…はぁん!」
白井の頭の中は真っ白になり始めていた。
感じるのは、押し寄せる快感、快感、快感。
無我夢中で声を上げ、身体をくねらせる。
「黒子…はぁ、そろそろヤバいかも…はぁ…」
腰を速めた途端、白井の膣が吸い付いてくるかのように分身を締め付けるのだ。
上条も限界まで急激に上り詰める。
「とぉ…とぉま……さぁんっ!…あんっ!もうらめえええ!…」
白井はついに2度目の限界を向かえ、身体がしなった。
腰周りはビクビクと震え、膣内は収縮を繰り返して上条に襲い掛かる。
「く…黒子…そろそろ出るっ…」
「はぁん…とぉまさんも……来てぇ…」
限界を迎えた上条は最後の気力で分身を引き抜くと、
白濁液を白井の腹めがけてぶちまけた。
ドクンドクンと脈打つ上条の分身。
腹を目標としたはずのそれはコントロール不能になって胸はおろか顔まで飛んだ。
射精が収まると、白井は下腹部から顔にかけて白濁液にまみれていた。
突然静まり返った部屋には、二人の荒々しい呼気の音のみが響いていた。
「黒子…」
上条はそう呟くと、精液など物ともせず優しく白井に口付けた。
「なんつーか、悪かったよ」
常盤台寮へ向かう途中、上条は白井に話しかけた。
「なんのことですの?」
「その……いきなり襲っちゃって」
上条はキスだけのつもりだった。
しかし、それを制御していたものは呆気なく崩れてしまった。
「いえ…… わたくしだって求めてしまったわけですし」
「そうか…ありがとうな」
美琴の元に向かう緊張もあってか、なんとなく気まずい雰囲気である。
「心の準備はできたか?」
「えぇ…最終的にはまたいつものお姉様に戻ってくれると思いますの」
「最終的…?」
上条は白井の言葉の真意を問う。
「その…お姉様は、感情で行動されることが多いので、もしかすると…」
「取り乱しちゃうかもしれないのか」
白井曰く、美琴は根本的にはいい人なのだが、
その場その場の感情で行動に出ることがほとんどだという。
もし学園都市第三位のレベル5が取り乱したら……想像もしたくない。
「大丈夫さ、きっと」
上条は一瞬考え込むも、吹っ切れた様子で言い放った。
「当麻さん…」
「あいつが暴れたりしちゃった時は俺の右手で守るから…」
「御坂なら…いずれわかってくれるよ」
「ありがとうございます…」
二人はそれまで離れていた手を繋ぎ、戦場へ向かった。
常盤台学生寮、美琴の部屋の前、二人は深呼吸し、呼吸を整える。
「では、行って参りますの」
白井は意を決してゆっくりと扉を開いた。
「あら、黒子おかえりー」
「ただいまですの、お姉様。…ちょっとよろしいでしょうか?」
「なによ、改まっちゃって。私は別にに良いわよ」
「実は、紹介したい人がいるんですの…」
「なーんだ、そんな事? 良いわよ、連れてらっしゃい」
「どうぞ、お入りください…」
「失礼しまーす…」
これまたゆっくりと扉が開かれ、恐る恐る上条が入ってきた。
「ちょっ、何でアンタが来てんのよ?!」
しかし、上条は至って真剣な顔つきである。
美琴は突然の想い人の訪問に動揺を隠し切れない。
それまでベッドに寝そべっていたが、ジタバタとベッドの淵に腰をかけなおした。
「黒子、どうしちゃったの? わたしならとっくに知ってるわよ?」
美琴はガサゴソと何かを棚から探している。
「お姉様、ちょっと報告があるのですが…」
「何よ黒子、さっきから他人行儀みたいな口聞いて……あった!」
「で、何があったのよ?」
…気まずい沈黙。美琴は自分が何か失言したのかと思い二人の顔を見回している。
手には──上条のために買ってきたものを包んでいる子袋
「実は……」
「なによ、勿体ぶらないで言いなさいよ」
「……わたくし達、お付き合いをしていますの」
「……へ?」
再び沈黙。美琴はポカンと呆気を取られた状態である。
「黒子ー。いくら私だってそんな嘘にはかからないわよ?」
「いや、御坂、本当なんだ」
上条が代弁する。その真剣な眼差しに、美琴は思わず目を逸らしてしまう。
「ふ、二人してなによ…そんなの、信じられるわけ無いでしょ…」
「お姉様、嘘などは一切ございませんの…」
「嘘よ、そんなの嘘よ! 早く嘘って言いなさいよ…」
「御坂……嘘じゃないんだ」
「…いい加減怒るわよ」
三度沈黙。上条と白井の真剣さに、美琴は精彩を欠き始める。
「…そうよ、証拠見せなさいよ、証拠! アンタ達が付き合ってるっていう証拠を!」
上条と白井は、黙り込んで目を見合わせる。
「ほら、見なさいよ! 何も出来な──」
上条と白井はこの日何度目か分からないキスをした。
お互いを労わるような優しい口付け。
上条は両手を白井の肩に乗せ、白井は上条の背中に腕を回す。
十数秒の静寂の後、二人は唇を離した。
美琴の顔がみるみる曇っていく。
「隠していてごめんなさいお姉様…」
「……バカ!」
美琴は自我を失い部屋を飛び出す。
「おい、御坂──」
「離して! 離してって言ってんでしょ!」
上条が辛うじて美琴の腕を掴む。
美琴は大粒の涙を流して泣きじゃくりながらそれを振り切って部屋を飛び出してしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
美琴はあの河原──かつて上条と本気で戦った河原──に来ていた。
息は上がり、視界はぼやけている。
それまで無意識に、無我夢中に走り続けていた美琴だったが、
ここであるものを握り締めていたことに気付く。
上条へのプレゼントだ。
あれほど心を躍らせて買ったプレゼント。
「私、バカじゃないの…」
『ズバリ、恋ですね!』
『思春期の女の子が上の空、と言ったら恋に決まってるじゃないですか~』
あ、そうか。もうあの時から…
自分は自惚れていたのかもしれない、『黒子は自分にベッタリだから…』だなんて。
恥ずかしさ、悔しさ、悲しさで自分が嫌になる。
こんな事になるのなら、好きにならなければ良かった。
嫌だ。自分の存在が嫌だ。こんな自分なんて──
そうよ。無くなっちゃえばいいのよ。
何がレベル5よ。こんな強さなんていらないだから。
ねぇ、このまま川に入れば私は楽になれるのかな?
美琴はフラフラと歩き出す。
顔は涙や鼻水でぐちゃぐちゃで、嗚咽がとまらない。
「ごめんね……」
「おい、何してんだよ?」
美琴は突然腕を掴まれた。その相手は…上条当麻である。
「……離してよ。邪魔しないでよ…」
「何してんだって聞いてんだよ!」
「うっさいわね!アンタには関係ないって言ってんでしょ!」
激しい剣幕である。幻想殺しの効力で電撃こそ出ないものの、凄まじい気迫である。
「……お前、まさか死のうだなんて思ったんじゃねぇだろうな?」
声が出ない。美琴は立ち尽くす。
「そうなんだな…」
上条は嘆くように呟く。美琴は背を向けているため、顔は互いに見れなかったが、
その声色から上条の落胆の表情が伺えた。
「私なんて…レベル5とか言ってるくせに本当は弱くて……」
「私の大好きな後輩に……大好きなあなたまで失って…」
「こんな生活、もううんざりなのよ…」
「私なんて……私なんて死んじゃえばいいのよ!」
美琴はそう言い切ると、溜まっていたものを全て吐き出したためか
力なく俯いた。
「ふざけんじゃねぇよ! ふざけんなよ…」
美琴は耳を疑った。その声は確かに、泣いていた。
美琴は予想だにしない事態に、初めて上条の方を振り向いた。
その瞬間、上条は美琴を抱きしめた。
「ふざけんな…簡単に死ぬとか言ってんじゃねぇよ…」
「ちょっと…」
「お前が死んだらどれだけの人が悲しむと思ってんだよ…」
「うっ、うっ、お姉様ぁぁ……」
「ちょっと、黒子…?」
いつの間にか白井も美琴を後ろから抱きしめていた。
彼女もまた、涙していた。
「俺も黒子も、お前のことが好きなんだよ…俺らがどんだけ悲しむと思ってんだよ」
「御坂、お前が思っているよりも俺達は……この世界は捨てたもんじゃねぇんだよ…」
上条は言い切った。何てキレのない説教なんだろうと自嘲する。
「……ごめんなさい……うわぁぁん」
美琴は泣いた。枯れるまで泣いたはずなのに涙は止め処なく溢れる。
自分のために、泣いてくれる人がいる。
嬉しいのか、悔しいのか。形容し難い気持ちがそれを増幅させる。
言葉は無かった。
三人はただ抱きしめあった。
傍から見ればなんとも奇妙な光景であろう。
しかしそれは美琴を確実に強くした。
美琴は誓う。強く生きていこうと。そして……
──絶対に振り向かせるんだから!
この幸せを噛み締めながら。
おしまい?
とある三人の後日談
「御坂…これは?」
「この間、買い物に行ったのよ。アンタ、確か携帯にストラップついてなかったわよね?」
「ああ、そうだよ。よく知ってたな?」
「うん// だから、受け取って…?」
『いざという時は上目遣いをするべし』
「ああっ、ありがとう! すげぇ嬉しいよ…」
「もう、何照れてちゃってるのよ~」
『さり気ないボディタッチ』
「べ、別に照れてねぇよ! お前こそ顔赤いじゃないか!」
「ととと当麻さんにお姉様?! ダメですの!何故そんなにいい雰囲気ですの?!」
「「黒子?!」」
「当麻さんはわたくしだけの物ですの!」
「おっおい、黒子?! こんな公衆の面前で抱きつくなんて…」
「言ったでしょー?私だって諦めないって! ねぇ、お兄ちゃん?」
「おい、御坂まで何やってんだ?! てかお兄ちゃんってなんだよ?!」
「だ・か・ら、二人とも抱きつくなって!」
「な! お姉様?! いつから当麻さんとそんな関係に!!」
「やめろ!二人とも! 道行く人の視線がぁぁぁ…」
「不幸……か?」
おしまい
黒子がデレる作品は素晴らしいな
セリフの前になまえがあった方がいいかな