関連記事
絹旗「超不幸です……」
夜の路地裏が輝きを帯び、そして何者かの絶叫が木霊した。
人通りの少ない道では誰にも発見されることなどありはしない。
しかし、人通りの少ないとは言えども一つの建物を挟めばそこは夜を遊び歩く少年少女が沢山いる。
だからこそ、ここは表と裏の境目としてその道の人にとっては有名なのだ。
ここから裏の世界へと落ちる人も、決して少ないとはいえないのだから。
再び、絶叫。
『超能力者』はつい、と手を軽く振るうだけで楽器を奏でるように悲鳴を上げさせる。
そのうち、激痛とショックでつい先程まで表の住人だった人物は意識を絶った。
しかしどうしてだろう、『超能力者』にしては珍しく相手を殺してはいなかった。
『超能力者』は唇を尖らせ、まるでゴミでも見るかのようにそれを見下ろしてから踵を返した。
あの無能力者との戦いの後。
一体、何が変わったと言うのだろう。
能力が消えたわけでもない、暗部から抜け出せたわけでもない、失敗したから始末されるわけでもない。
何も変わっていない。
そう、外見上はなにも。
「なーんなーんだろーねー」
『超能力者』はその場で腕を広げ、くるりと一回転してみる。
スカートの端が翻るが、気にすることはない。見ている人などいないのだから。
とんとんとん、と回転後の勢いのまま大股で数歩だけ進み、後ろ手を組んで今歩いてきた道を視線で辿る。
『超能力者』は一体、それに何を重ねているのか。
(『ずっと悪役で居続けなければならない法則なんてない』ね……)
思い出すのは自らが敗北を記した無能力者の言葉。
元スレ
とある上旗の日常記録 by ▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-11冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1280324048/
厳密に言えば違う。
確かにカテゴリー上は『無能力者』だが『能力者』に対しての絶対がある。
『幻想殺し』。
『超能力者』はその能力を見聞きして、そしてその身で体感して大体のことは理解していた。
遠距離攻撃の方法はなく、攻撃手段は付近からの打撃のみ。
また封じれるのは『能力』のみであって、銃などの物理攻撃は有効。
これらの情報だけでも、遠距離からの狙撃という方法で簡単に攻略できる。
しかしながら、『超能力者』はそんなことはしない。それどころか、復讐すら考えていない。
これも、今までの彼女には有り得ない変化だ。
今までなら絶対、簡単には殺さずに、いたぶっていたぶって、足の先から順番に切り刻んでいくようなことをしていくのが彼女なのに。
まるで毒気が抜けたように『超能力者』は変わっていた。
正しく、『幻想を殺された』のだろう。
そんな感傷に浸っている彼女のポケットで携帯電話が震える。
面倒くさそうに眉をひそめてからそれを取り出し、誰かというのを確認すらしないで通話ボタンを押した。
「あーによ」
『あによじゃないわよこいつときたら!』
『超能力者』が思った通り、それは『電話の相手』だった。
自分たちのような暗部組織を管理、操作する役目を持つ人。
『こいつときたら!最近不抜けてるんじゃないの!?相手を殺さないで病院に送るなんてどこのデリバリーですかっていう話で、その件で上から私が文句いわれるんだからちゃんと働け――!』
うざい、と思った。だが、勝手に切ることは許されない。なぜならば管理者からの連絡が愚痴だけで終わるはずが無いからだ。
面倒なので『超能力者』は適当に相槌を打ちつつ、先を促す。
本当の用事すらも流しつつ聞き、もう切ろうかと思った瞬間に『電話の相手』があたかも今思い出したかのように言う。
『まぁそれでも、一応ノルマはこなしているアンタらにミミヨリ情報を教えてあげるので感謝しなさいよ!』
『超能力者』――麦野沈利は、その発言にピクリと眉を動かした。
とある学生寮の風呂場に鈍い音が響き渡った。
「……いてぇ」
たらり、と上条の鼻から血が流れる。
別に以前のように柿の種についているピーナッツの食べ過ぎでこうなったわけではない。
トイレにいこうと身を起こした瞬間に、ふらついて鏡へと真正面から衝突したのだ。
不幸というよりは、不注意である。
「……ティッシュは部屋か……」
以前とは原因は違えども、同じ出来事になりかねやしないかと上条は少しばかり身震いする。
しかも、今は以前よりも危険度が幾分か増しているのだ。
上条はそれでも鼻から流れ出る血液を止めようと自室へと戻る。
月明かりすらカーテンで遮られている部屋は暗く、ぼんやりとしか見えない中を散らかっている雑誌などを踏まないよう忍び足で進む。
「そーっと、そーっと……」
声に出している時点でしのんではいないと思うが、ガラステーブルの上のティッシュ箱に向かって近づく。
と、その時。
ガインッ、とつま先から頭の天辺まで鈍い衝撃が駆け抜ける。件のガラステーブルに親指をぶつけたのだ。
ぶわっ!と上条の穴という穴から冷や汗があふれ出し、思わず悲鳴をあげそうになったが、あわてて口に手をやってゆっくりとした動作でしゃがむ。
涙を流しながら上条はつぶやく。
(うぅ……不幸だ……)
こうしているうちにも鼻血は垂れ、カーペットに血痕を残すかもしれない。
彼は手探りでティッシュ箱を手に取り、そしてようやく鼻に詰めることに成功する。
ここでようやく目が慣れてきた上条は、ベッドの上で何も変化がないか見やる。
ベッドの上で寝息を立てる少女は二人。
方や14,15ぐらいの銀髪碧眼な少女と、方や自称中学生の12歳ぐらいに見える少女。二人とも向かい合って丸くなっている。
二人とも暑いのか、随分と薄着だった。見る人が見れば(例えば青髪ピアス)これだけで妄想の世界へと飛び立つことができるだろう。
無論この二人――インデックスと絹旗最愛にそんなことは断じて無い。
彼女らは同じ少年のことを好いているのだから、対立はせずとも手を繋ぐことはないのだろう。
そんな二人の関係はともかくとして。
「………………」
ゴクン、と上条は生唾を飲む。
そしてしまったと思った。
確かに自分は絹旗に告白っぽいことをしたのだろうが、正直いって相手はまだ中学生(自称)だ。紳士な上条さんとしては手をだすわけには行かない。
ところでどうして絹旗がここにいるのかと問われれば、『アイテム』、そしてその下部組織専用の部屋で寝泊りしていたため、泊まる場所がなくなったからだ。
それでも上条が入院していたから二、三日は病院で寝泊まりしていたが、その後はまさに宿なし少女。
『アイテム』を抜けるはめになった一因には上条のせいもあり、こうなったら一人も二人も同じだ――っ!とやけを起こした上条が膨れていたインデックスを無視して絹旗を部屋に止めているわけだ。
それが、三日前の話。
少女たちは部屋の持ち主である上条がベッドで寝ないことに不満を持ちながらも、この三日間ベッドで寝ているのだった。
そんな彼女たちを上条は駄目だ駄目だと思いつつも目をそらせない。
中学生に手を出さないとはいっても、やはり上条は性欲満載な高校生なのだ。
そんな邪な気を感じ取ったのか、インデックスが顔を上げて目を薄く開く。
「うん……とーま……?」
「あっ、す、すまん起こしちまったか?」
インデックスに視線を向けられてようやく上条は我に返り、慌てて返事を返した。
直後インデックスは上条の鼻を見て硬直する。
Q1.薄着の少女達がいて、目の前に鼻血を出した少年が居ます。
これから導き出される答えはなんでしょう。
「……とうま……前にも、こんなことあったような気がするかも」
思い出されるのはいつかの夏休み最終日。
その時にもう一人の少女はいなかったのだが、インデックスは当たり前に覚えている。
結局宿題をやっていないという不幸が発見され、あやふやになっていたわけだが……
一度、噛まれていた。
「いっ、いやいやまってくださいインデックスさん!この私が貴方達に性的興奮を覚えるなんてあったりなかったりするかもしれないけどどうでもいいから落ち着いて――ッ!!」
「問答無用なんだよ!」
少年の早口で捲くし立てる言葉には全く耳を傾けず、ベッドから飛んで上条の頭にかぶりつく。
ギャ――――とこれもまたいつもの如く激痛により上条は悲鳴を上げた。
それに反応し――あんな声で反応できないわけがないのだが――もう一人の少女も身を起こした。
寝ぼけ眼を擦るその姿は、子供臭さが残りつつもなんだか微妙に色っぽい。それをいったら頭の上の少女も同じなわけだが。
「ふぁ……全くもう、超うるさいですよ……今何時だと思って……」
絹旗はうっすらと開けた目を目が慣れてくるにつれて開眼し、今の惨状を見遣った。
少年に、銀髪の少女が噛み付いている。
自分の少年に。
「ちょっ、超なにしてやがるんですか馬鹿シスタ――ッ!!」
上条はインデックスにかまれつつも、同じく飛び込んできた絹旗に右手で触れる。
バシュン!と軽く手が押し返されるのは圧縮されていた窒素が元に戻ったからだろう。
そのまま絹旗はぽすん、と上条の手の中に収まる。
絹旗は能力がなければ(自称)か弱い少女なのだ。身をまかせるのは何らおかしいことではない。
それを見たインデックスが噛み砕く力を強め、更に上条が絶叫を上げる。
「あがががががががががッッ!!」
「こ、このっ!」
絹旗は上条の手から素早く逃れ、頭へ噛み付いている銀髪少女へとパンチ(勿論手加減はしている)を繰り出した。
圧縮された窒素をまとった拳は彼女をを強制的に、簡単に上条の頭から引き剥がす。
ふにゃっ、と短い悲鳴をあげてインデックスは地面へと落ち、暗い闇の中そうした彼女を睨みつける。
絹旗も上条とインデックスの間に割り込むように立ちはだかり、視線に応える。
「さいあいは黙ってて欲しいんだよ!ちゃんと理由があるんだから!」
「それはそれは、超お聞かせ願いたいですねっ!」
インデックスは絹旗に少年が鼻血を出していることを話す。
いつもなら風呂場で寝ていること、つまりここに来て鼻血をだすということは何かしらの意図があるということ。
上条はそれは誤解だ――!と叫びたかったが口を挟んでどうにかなることではない。
絹旗はインデックスの説明を適度に相槌を打ちながら聞き、そして口端を吊り上げて小さく嘲る。
「超論外です」
上条は心の中で歓喜に打ち震えるが、そんな幻想は簡単に打ち砕かれる。
絹旗の、続いての発言によって。
「超当麻が興奮したのは、私ですッ!!」
「そっちかよっ!?」
思わず突っ込まずにはいられない。
それよりも、いつも呼ばれているが超当麻ってなんなんだろうなーと思う。彼女が他の名前の前に『超』を付けているところなど見たことがないからだ。
おそらくは絹旗にとって上条は特別な存在だからそう呼ぶのだろうが、それも時々によってついたり消えたりしている。まぁそこらは気分次第なのだろう。
「むむっ!とうまが興奮したのは私かも!さいあいじゃないんだよ!」
「そんなこと言ったって、貴女の体型は……ぷっ」
「さっ、さいあいだってにたようなものかもっ!」
「少なくとも、どこぞのシスターよりは超マシですね」
あーだこーだと二人して討論する。
何時の間にやら、上条が鼻血を出したから噛んだ話から、どちらに対して興奮したのか、という話題にすり替わっているが。
徐々に口論はヒートアップし、隣人も迷惑し出した頃。
絹旗はピッ、とインデックスを指さして一つの提案をする。
「それじゃあ、当麻に超決めてもらいましょうっ!一体どちらに興奮したのかっ!」
「望むところなんだよっ!」
バッ、と二人の視線が防寒していた上条へと向く。
いきなり視線を注がれて、上条は思わず身を一歩引いてしまう。
しかし少女たちは更に一歩彼へと歩み寄る。
「さぁ、どっちの方が超興奮するんですかっ!?」
「とうま!正直に答えて欲しいかも!」
「え、ええと……」
絹旗とインデックスは更に一歩詰め寄ってすごい形相で問い詰める。
上条的には一応どちらも色っぽかったというのが本音なのだが、それをいうとどうなるかわかったものではない。
だからといって片方を選ぶと、もう片方から怒涛の攻撃が待っていることだろう。
どうしたものかと必死に頭を回転させて考えた末に出した結論を言おうと口を開き、
ことん、と。
玄関に何かが投函された音が静寂を飲み込んだ。
「ゆ……郵便……?こんな時間に、一体……っとと」
同時に上条の鼻を抑えていたティッシュが落ち、垂れるのを慌てておさえる。
インデックスはティッシュをとって上条へと渡して、絹旗は壁に取り付けられているスイッチを入れて電気を付ける。
そして、明るくなった部屋を見届けてから郵便物をとりにいった。
絹旗の消えた部屋でインデックスは上条に訊ねる。
「……で、結局とうまはどうして鼻血を出したの?」
「トイレ行こうとして、壁に顔面からぶつかったんだ」
「……私は。ピーナッツだけじゃなくて壁にも負けたんだね……」
インデックスががっくしとうな垂れるのとまた同じくして、絹旗が戻ってくる。
燃え尽きているインデックスを見て少しギョッとした表情を浮かべ、触れないようにしようと慎重に移動してベッドに座った。
上条は仕方がなしにインデックスを軽くなでると肩を抱いて移動し、絹旗の横に腰掛けた。
「……それなんなんだ?」
「さぁ……名前も超書いてませんし」
上条が指すのは絹旗が持ってきた郵便物。
B5サイズの茶封筒。中のものは形を外からでもわかるくらいに出っ張っており、重みを感じさせていた。
形からして、おそらく電子ブックか何かだろうか。
百聞は一見にしかず、絹旗は迷わずにその茶封筒の封を切る。
ひっくり返して出てくるのは、やはり予想通りのものとUSBメモリ。
上条はそれらをしげしげと見つめ、疑り深く言う。
「……電源入れたらいきなり爆発とかないよな?」
「そんな回りくどい方法をとるのなら、もうこの部屋は超狙撃されてるはずですよ」
さらりと何でもないように言う絹旗に、上条はやはり少しばかり壁を感じてしまう。
が、絹旗がいうからにはきっと安全なのだろう、それらを受け取った上条は電子ブックを開いてUSBを挿す。
そして一瞬で表示されるデータを見て、上条は目を瞬かせた。
「絹旗。これお前あてだぞ」
「え?私にですか?」
再びそれを手にして、絹旗は画面へと目を落とした。
ようやく復活を果たしたインデックスも、二人の後ろからそれを覗き込む。
「えーっと……『常盤台中学復学について』……?」
名前の直ぐ下に表示されていた文面を読みなぞり、はたと上条と顔を見合わせた。
常盤台中学。超能力者二名、大能力者四十七名、残りは全て強能力者という学園都市五本の指のうちに入る名門中の名門。
『学び舎の園』の中にあるお嬢様学校でもある。
「あー……そういえば、籍だけは常盤台で、休学もとい留学扱いだったような……」
『アイテム』に入っていた時の自分のプロフィールを思い出しつつ、画面を移行させる。
本日、或いは翌日から復学という予定であり、至急学園まで来ること。
詳しいことはそこで話す、ということだった。
「……ってことはあれか?絹旗、これから常盤台の寮に入るってこと……だよな?」
上条がそういうと、絹旗は短く溜息をつく。
「超そういうことですね。当麻と暮らすのも今日でおしまいですか。……どうせなら、当麻と同じ学校に超入りたかったですけど」
いやいやこの体型でコーコーセーは無理がありますよ絹旗さん、と上条は突っ込む。
インデックスは少しばかり眉間に皺を寄せて、淋しげと優越感混じりの声で言う。
「さいあいともお別れなんだね」
「なんかその言い方超ムカつきますね……まぁその通りですけど、超当麻は貴女には渡しませんからね」
「ふふん、そうやって油断してるととうまはすぐにどこかいっちゃうかも」
「超言ってるといいです」
突然のことにも二人とも結構余裕があるようで、軽口をたたき合う。
上条はそれを見て仲がいいなーと思いつつ、欠伸を一つ。
よくよく考えてみると、まだ日も明けていない。二度寝するには十分な時間がある。
そんなわけで、上条当麻は。
「んじゃ俺ねるわー」
そそくさと退散を決め込もうとして、
「超待ってください」「ちょっと待って欲しいかも」
同時に二人に両肩を抑えられた。
「な……なんでしょうか、お嬢様方……」
身体がビンビンに危機感を訴えていて、そんな中で発された言葉は酷く震えていた。
少女たちはそんな彼の様子など全く気にせずに、ズイッと詰め寄る。
何よりも、その結果を確かめることが大事だと言わんばかりに。
「結局、どっちに興奮した(の!?)んですか!?」
そして問い詰められる。
どちらを言っても彼を地獄が待つ。
まさに、究極の選択。
だから上条が出した答えは掠れてあまり良く聞こえないものだった。
が、二人には確かに聞こえた。
「どっちもに興奮したってことじゃ……だめ?」
瞬間。
室内に轟音が轟いた。
上条家は、今日も平和です。
とある高校。
上条当麻は禁書目録用の昼ごはんを作ってから出てきて、いつもの通りに教室についた。
絡んでくるのは勿論、悪友である二人。
「やーやーカミやん。今朝はお楽しみだったにゃー」
「楽しくねぇよ!お前も風呂場で寝て、鼻血が出たから起きたら勘違いされてボコボコにされてみるか!?」
上条は隣人のお気楽な言葉に思わず叫んでしまう。
そのせいでいつものことだが、クラス中の注目を集め、縮こまる。
「うぅ……不幸だ…………」
「まぁまぁ、どんまいカミやん。時に絹旗ちゃんはまだカミやんの部屋におるん?」
青髪ピアスは何気なくそんな質問を投げかけた。
彼がそれを知っている理由は、上条が二人に『同室の部屋と喧嘩したらしいから部屋に止めている』と言ったからだ。
勿論土御門は本当の理由を知っているが、青髪ピアスに説明する理由だとわかって黙って頷いておいた。
上条は青髪ピアスの質問に、彼に視線を向けた。
「ん……いや、今日戻った」
「あれ?明日までいるんじゃなかったのかにゃー?」
「いや、明日でもいいってだけで……って土御門、どうしてお前それ知って、」
上条が疑問に思ったことをぶつけようとした、まさにその時。
ガラガラーと相変わらずサイズがおかしい教師が名簿を持って入ってくる。
「はーい、野郎どもー、子猫ちゃんたちー、席に座るですよー」
担任、月詠小萌。
そのロリとも見間違うサイズに、青髪ピアスはいつもの如く打ち震える。
「あぁ、小萌てんてーやっぱかわええわぁ~っ!」
「はいはい、わかったからとっとと座れよバカ」
バカとはなんや、そもそもボクぁ、と何かいいかけたので、上条は黙って殴る。
いつの間にか土御門も席に座ってニヤニヤしながら小萌先生を眺めていた。
上条も倣い、溜息を吐きつつ前を向いた。
今日も変わらない日々が幕開けとなる。
学び舎の園、常盤台中学。
そこは全国の男子学生が夢見る、女子以外禁制、お嬢様の百合の園……というわけでは全くなく、殆どの人は普通の(とは言っても、本当の普通より価値観は多少ずれた)生徒がほとんどだ。
そんな中にもピアノなどが趣味といったイメージしやすいお嬢様もいるにはいるのだが、彼女『超電磁砲』御坂美琴を含め、大多数はそれには当てはまらない。
それでも今挙げた楽器など、そういったものは趣味とはいわなくとも人並み以上にはできるわけだが。
「んーっ……あー、疲れた」
授業終了後、チャイムが鳴ると同時に美琴はぴりぴりと電気を周りに影響しない程度に放出する。
電気マッサージ、といえばわかりやすいだろう。
学園都市最大の『電撃使い』である美琴にとってこの程度は容易いことだ。
「……うしっ、次の授業は確か移動教室だったわね」
ぐっ、と力をいれて席を立ちあがり、個人ロッカー(掃除用具入れ大の大きさ)からバイオリンを取り出して移動を始める。
速くもなく、遅くもないスピードで廊下歩き、角を曲がる。
――が、その身は一瞬で飛び退き、辺りの奇異の目を誘った。
そして美琴は顔だけを覗かせるようにして再びその廊下を見遣った。
そこには黒いツーテールの少女が立っていた。
「っと!」
それが何らかの気配を感じたのか美琴の方を向いたために慌てて首を引っ込める。
風紀委員、『空間移動』白井黒子。
御坂美琴を偏愛しており、一度見つかったら随分と時間が潰されるし逃げにくいという迷惑極まりない後輩だ。
「うーん……仕方がない、遠回りしていきましょ」
美琴は思い切りよく踵を返し、目の前の階段に飛び込んだ。
そんな行動をして、はた、と思う。
この行動は自分に対するとある少年の行動と同じものではないか、と。
確かに、今まで散々絡んで会う度に電撃をブツけてきたのは自分だ。
しかしながら、それは超能力者である自分を軽くあしらうからであって、それだけの力があるのならべつに絡んでも構わないだろうと思う結果であって。
だけど、『妹達』を助けるために自らの危険すら省みずに第一位に挑んで、結果勝利して救ってくれて……
そこまで考えて、美琴の顔は夕日のように真っ赤に染まる。
(あ――もうっ!そうじゃないでしょうが私――――っ!!)
ギニャ――――ッ!!、わしゃわしゃわしゃ――――!と美琴は叫びつつ頭を掻きむしる。
偶然通りかかった湾内さんが美琴に声をかけようと手を軽く上げていたが、ご乱心の彼女を見て回れ右をした。
恐らくこの後複数の人に相談するだろうが……そんなことは露も知らない少女は荒い息を吐きつつ、思う。
思っている、とそう思っていたのは彼女だけであって、実際には口に出していたのだが。
「というか、黒子が私に絡むのと、私があいつに絡むのとはまた別のことよ、うん!」
だから大丈夫!と意気込む美琴。
何が大丈夫なのかいまいちよくわからないが、彼女の中では納得がいったのだろう。
「ならまた今度あった時こそあいつに勝って……」
言いかけて、首を傾げる。
あの少年と最後にあったのは、一体いつだったか。
記憶を辿る。辿る、辿る、辿る。
そうして、思い出す。
数日前に。
名も知らぬとある少女が、少年の事を『当麻』と名前で読んで連れ去っていったところを。
厳密には上条が少女を引っ張っていったのだが、美琴にはそんな些細なことはどうでもいい。
問題なのは……そう、問題なのは。
あの少年が名前を呼ばせた事を許し、そして手を繋いでいったということだ。
「あ・の・や・ろ・う――――ッ!!!」
美琴は押えきれない怒りに対して、バチバチバチ――ッ!!と電撃を撒き散らす。
幸いは人的被害がなかったことだろうか。
混乱した美琴は只管に喚く。
「わ、私ですら名前で呼んでないっていうのに、あ、あん、あんな……っ!!」
あんな、ヘタをすれば中学生にも見えない犯罪ラインギリギリの女に……そう、丁度怪訝な表情をして美琴の横をすれ違って階段を登っていく少女のような女になぜ名前を呼ばせて、
「へ?」
「え?」
美琴の唖然とした声が届いたのか、自分より幾分小さい少女は階段の上から美琴を見下ろす。
そう、その少女だ。
とある少年を名前で呼び、そして自分の目の前から少年を連れ去った少女は。
「あ、ああああああああああんあんあんんんんん――――――ッ!!」
「……あんみつ?お腹でもすいているんですか?」
「違うわよっ!っていうかなんでアンタがこんなところにいるわけ!?常盤台の生徒じゃないでしょうがっ!!」
美琴が見たことのない生徒も常盤台にいるはずだが、常盤台の規則において服装は単一制服である。
目の前の少女は間違っても制服と呼べるものを身につけてはいない。
ニット系のワンピースに、同じくニットの帽子。どうすればこれが制服となるのだろうか。
少女は短く数秒、首を傾げて、そしてぽん、と手を打つ。
「ああ、そういえば常盤台には超電磁砲がいましたっけ。超忘れてました」
「私のことはどうでもいいっつぅの!それより、アンタは何者で、どうして常盤台にいて、あいつのなんなのよ――――――ッ!!!」
「私は絹旗最愛。ここにいるのは、研修で他の研究所で活動していましたがそれが超終わったため所属学校であるここに戻ってきたからで――――」
さらり、と少女、絹旗は美琴の問いに答え、そして最後のそれにも回答する。
随分と、余裕を含めて。
そしてそれ以上の勝ち誇りを混ぜて。
「当麻との関係は、恋人です」
何の恥ずかしげもなく。
何の躊躇もなく。
絹旗最愛は御坂美琴にとっての最悪の事実を突きつけた。
対して、その美琴はというと、
(……こい、びと…………?)
恋人、というとあれだ。
待ち合わせて、手をつないで、デートして。
映画を見て、遊園地で、動物園で、水族館で遊んだりして。
それで楽しく語らいながら食事なんかをして。
最後には、顔なんかを赤らめながらそれを近づけて唇を押し付けて俗に言う接吻やらキスやらをして、もしかしたらその先まで行っちゃったりして――ッ!?
そこで、美琴の処理能力が限界を迎えた。
『ふにゃー』と滅多な悲鳴をあげつつ、御坂美琴は地面に崩れる。
第三位という序列も能力も、恋愛事情の前には全くの無力であった。
(……超予想外です)
突然に地面に伏した超電磁砲を見て、絹旗は首を傾げる。
なんとなく以前邂逅した限りの様子では、当麻になんらかの想いを寄せているみたいだったのでとりあえず勝利宣言をしてみたわけだが。
反撃ならいざしらず、まさか顔をいきなり真紅に染めて倒れるなんて思ってもみなかった。
顎に手をあて、考える素振りをして数秒。
諦めたように首を軽く振った。
「……はぁ、仕方がありませんね。超こうなってしまったのは私の責任ですから」
階段を飛び降り美琴の側に立つと、絹旗は彼女を簡単に持ち上げる。
膝付近に手を回し、もう片方の手は背中を支える。
いわゆる、お姫様だっこというやつだ。
絹旗は美琴より小さい為に少々不恰好になるがバランスは崩れない。当然、能力を使っているからだ。
「さて、と……職員室……ここでは執務室でしたっけ?で場所でも超聞きましょうか」
そう呟き、その足を階段へと向けた瞬間。
「あぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!?」
絶叫が校内へと響き渡る。
勿論、その悲鳴は絹旗のものではなく、ましてや気絶している美琴のものでもない。
その正体は一人の少女。
ツインテールで、その肩には『風紀委員』と書かれた腕章がよく似合いそうな『大能力者』。
「お、おぉおお、お姉様を見ず知らずの方が気絶させてお姫様だっこをして攫おうと…………ッ!?」
彼女の名前は、白井黒子。
予測していたルートを美琴が通らなかったため、途中に残っていた彼女の匂いを辿ってここに辿り着いたのだった。
その白井は美琴をお姫様だっこしている絹旗を震える指で指し、何かが切れているのか鼻血を垂れ流していた。
絹旗はジト目をして、なんか超変な人が現れました、とでもいいたげな表情をする。
そんな絹旗はどうでもいいというように、白井の顔に怪しい影がおち、
「お姉様ッ!!今この白井黒子が助けて差し上げますわっ!!そして気絶したお姉様をグフフフフ――――――ッ!!!」
「え、ちょ、ちょっとまっ」
タンッ!という小気味いい音と共に。
白井黒子は御坂美琴をもつ絹旗最愛へとルパンダイブを果たした。
そして、次の瞬間。
白井黒子は、
「……申し訳ございませんの。ついつい、気絶をしているお姉様を見て、タガが外れてしまいましいて……」
放課後、第七学区で最もポピュラーなカフェテリアにて、白井黒子は少し赤くなった頬(恥ずかしくて赤らめているわけではなく、殴られて赤くなった)を撫でつつ謝罪の言葉を入れる。
その彼女の向かい側にいるのはお姉様もとい御坂美琴、そして。
彼女らと同じ常盤台中学の制服を見にまとった、絹旗最愛だった。
スカートをギリギリまで短くして、しかしそれでもパンツが見えないのは彼女だから、としかいいようがないだろう。
それでも、とある少年が近くにいると『不幸』に見舞われるだろうが。
「いえ、私はあまり気にしてません。カウンターもブツケたことですし。どちらかと言えば、その『お姉様』の方が怒るのに超充分な理由があるんじゃないですか?」
「え、わ、私!?え、えーっと……そう!黒子、アンタ人が気絶してる間になにしようとしてたのよ!」
突然絹旗に話を振られ、美琴は彼女らしくなく慌てて取り繕う。
白井も些細なその違和感に気付きつつも、この空気を崩さないように話を合わせた。
瞬間、絹旗と美琴の視線が交差する。
「む…………」
絹旗は既に察している。
美琴がとある少年のことを好いていて、そのことで自分に対してライバル心らしきものをいだいていることを。
気絶する前の彼氏宣言――それだけで美琴が絹旗に注目する理由には十分だった。
それでもそれを隠しつつ(全く隠せてはいないが)、白井といつもどおりにやりあう。
「まぁまぁお姉様、そろそろ初春と佐天さんが来る頃ですの。落ち着きなさいませ」
「うぅ……覚えてなさいよ、寮で絞りつくしてあげるから」
「あら、まぁ!お姉様がわたくしの全てを絞りとブギュル」
妄言を吐きかけた白井を、美琴は拳一つで黙らせる。
ほー、とのんびりとケーキを食べつつ彼女たちの諍いを見学していた絹旗は、その言い合いが終わったのを察して切り込んだ。
「……その初春さんと佐天さん?っていう人たちが来るんですよね?」
「あ、うんそうよ。他の学校のお友達」
へぇ、と絹旗は少しだけ感心する。
他の学校、というのは学び舎の園の外の学校。閉鎖的になりがちなこのお嬢様学校群の中でも、外の学園の生徒と接触しているのはそれなりには珍しいはずだ。
更にいうなら、放課後に待ち合わせするほどの友達ときた。他の学校なのに、それほどまで仲がいいというのもまた珍しい。
(流石は学園都市第三位『超電磁砲』、といったところですかね)
絹旗は思い、ケーキの最後の一欠片を口に詰めた。
かたん、と椅子から立ち上がり、支給されたばかりの鞄を掴みとる。
「それなら、私は邪魔者のようですので先に寮に超帰らせてもらいますね。荷解きとかもありますから」
絹旗は財布から幾らかの小銭をとりだしてテーブルに置くと、そのまま立ち去らんが為に動く。
と、その時。横合いから、彼女の手が、一女性の力では簡単には振りほどけない強い力でつかまれた。
勿論、それは御坂美琴の手。彼女からのびた手は、絹旗の右手首をしっかりと包んでいる。
美琴もどうして掴んだのか理解ができない顔をしたが、そのまま彼女の口は動く。
「い、いいじゃない!復学してまもないんだから、友達を作ることは重要よ、うん!」
口先だけでそう絹旗に投げかけるが、実際にはそうじゃない。
このままこの子をにがすと何やら大変な事になってしまうような気がしたのだ。
主に、あの少年関係のことで。特に、あの少年関係のことで。
それに、先程のことも気になっている。折を見て問い詰めてみようとも思っているのだ。それならやはり早いほうがいい。
美琴はここまで無意識下に判断し、絹旗の手を掴んだのだ。
絹旗は少しだけ眉をひそめ、
「……残念ですけど、」
言いかけて、他の声がそれを遮った。
「あっ、御坂さん、白井さん!もう着いてたんですね……全くもう、佐天さんが余計な手間をかけさせるからですよ」
「いやー、ごめんごめん。初春があそこまで切れるなんて思ってなくて……」
「あったりまえですよ。流石にブラジャーまでみようとするのはどうかしてますって」
割り込んできたのは花を頭に乗せた少女と、髪留めを一つだけしている黒髪の少女。
名前も呼び合ったし、彼女たちが待ち合わせをしていた初春と佐天という人たちだと絹旗は認識する。
ここで席をたつのも不自然なため、絹旗は渋々といった様子で腰をおろした。
「……あれ、そちらの方は……?」
「彼女?彼女は休学してたんだけど、今日からウチに復学することになった――」
「……絹旗最愛です。よろしくお願いします」
絹旗は美琴の言葉を継いでぺこり、と目礼にも近いぐらい小さく頭を下げる。
初春も名前を名乗り、佐天は続いて名前を告げた後、へぇー、と声を上げて絹旗を観察するように凝視した。
「……ま、とりあえず移動しません?私ちょっと服みたいんですよねー」
「ああうん、いいわよ。……ほら黒子、いつまで放心してんのよ」
美琴はと古いテレビを治すがごとく、斜め四十五度にチョップを白井の首筋にブチかます。
ビクンッ!と痙攣し、一瞬白目が見えたような気がするが、白井の瞳は輝きを取り戻して美琴たちを一瞥した。
「あら……初春と佐天さん……いつの間にいらっしゃったんですの?」
「白井さんが呆けた顔を周りに晒していた時からですって痛いです痛いです花はちぎらないでくださいっ!!」
初春の言葉が琴線に触れた白井は一瞬で彼女の背後に移動してこめかみを両手を使いひねりを加える。
美琴も佐天も笑っているため、絹旗もここは笑うところなのだろうと思い頬を緩めた。
しかしながら初春にとっては冗談ではすまないようで泣きながら助けを求めていた。
「……んー……?」
「?黒子、どうかしたの?」
女の子のキャッキャウフフな服の買い物を済ませ、セブンスミストを出た瞬間、黒子が絹旗を見ながら首を捻った。
美琴がその様子を怪訝に思い、問いかける。
白井にしては珍しく、美琴に生返事をしつつ絹旗を舐め回すように見やる。
「……ちょ、超なんですか?」
絹旗はスカートを短くしているから、性欲の塊《道行く男ども》にみられることはいつものことだが、こうしてジッと観察されるのには慣れていない。
そんな白井の様子をみて、初春がぽん、と思いついたように手を叩く。
「もしかして白井さん、御坂さんから絹旗さんに心変わりを!?」
「それなら御坂さん超ラッキーじゃないですか」
「ちょ、ちょっ!?く、黒子、そうなの!?」
二人の言葉を聞き、美琴はなにやら慌てた様子で黒子を問い正す。
そんな美琴の言葉に白井は軽く首を振って、
「いえ、それはありませんの。わたくしはおはようからおやすみまでお姉様一筋ですのよ」
「あ、そ……」
「寝てる時は忘れてるんですねー」
美琴はその返答に嬉しいのか嬉しくないのかまた微妙な心境で返し、初春はさらりと揚げ足をとる。
それならばどうしてですか?と佐天が聞くと、またもや白井は首を傾げる。
「いや……絹旗さん、どこかで、見たような気がするんですの……」
「私を、ですか?」
何故このタイミングで?と絹旗が思うと、一つの仮説に辿りつく。
素早く周りを見渡すと、なるほど、仮説の通りだった。
ここは、絹旗が着替え中に下着を見られ、上条を殴り倒してる途中に『風紀委員』――白井黒子に介入された場所だ、と。
「ああ、なるほど」
「わかったんですの?」
その白井の問いかけに、絹旗ははい、と即答する。
「一週間ぐらい前、ここで当麻とデート中に痴話喧嘩を超したとき、」
「ちょちょちょちょちょちょちょちょ――――――っと待った!!」
絹旗が白井とあった時のことを説明しようと口を開いた先から、美琴が割り込んでくる。
初春と佐天は驚き、白井はああ、と美琴が反応するワードがあることがわかった。
「……超なんですか?」
「ごめん、ほんの少し戻ってくれないかしら」
「……痴話喧嘩を」
「もーちょい」
「デート中に」
「誰と!?」
美琴がものすごい剣幕でせまるが、絹旗は微塵もプレッシャーを感じない。
飄々と、それに答える。
「そんなの、超当麻に決まってるじゃないですか」
馬鹿なんですか?と続きそうな口調に、美琴はぽかん、と呆ける。
口調に対して呆れたわけではなく、その台詞の中身。
まるで当然のように言い放たれて、美琴は異常状態:石化となる。
上条と美琴の関係(というより、美琴が上条にいだいている気持ち)を全く知らない初春と佐天はそれに戸惑うばかり。
それに対して、黒子はというと、
「いやー、お姉様残念ですの、あの猿人類が絹旗さんに取られるなんて、ああなんとかわいそうなお姉様!その傷心をわたくしが癒して差し上げまぷぎゅる」
「癒さんでいい!」
調子に乗った白井に鉄拳制裁を加え、恨みを込めて絹旗を見やる。
対して絹旗は美琴の反応がそんなに心地良いものだったのか、とても機嫌がよさそうに見えた。
美琴はくぅぅっ!と悔しそうな表情になる。
ここまで来て、ようやく初春も今の状況を理解する。
「あー、なるほど。つまり、御坂さんは当麻さんっていう彼氏を絹旗さんに奪われたわけですね」
「えっ、御坂さんの例の彼氏が!?絹旗さん、やるぅ……」
「なっ、かっ、彼氏じゃないから!」
「でも気にはなってたんですの。口を開けばあの猿人類のことばかり……しかし、それも今日でおしまいですわ!」
白井は高らかに宣言し、絹旗へと向き直る。
そして、彼女の手をとり、ブンブンと降った。
「その殿方とお幸せに、絹旗さん。……もし離したりでもしてその猿人類がお姉様に手をだすようなことがあったら、七代先まで埋みますわよ」
小さく呪いの言葉も混ぜられたが、絹旗には何ら問題はない。
なぜなら、何があっても手放す気などないからだ。
そもそも、こちらが手放すと行っても上条が手放してくれない可能性が高い。
だから絹旗は微笑でごまかしておいた。
「まぁまぁまぁ!答えるまでもないということですの!これはもうお姉様も絶望的――――」
「もう、うっさいっ!!」
ガン!と先程までの比ではない威力の拳が打ち込まれ、白井は地面に沈む。
初春と佐天が慌てて彼女を揺らすが、返事はない。
そして、その上では。
「………………」
「………………」
女二人の、無言の戦いが繰り広げられていた。
余裕そうな表情を浮かべている絹旗と、親の敵でも見るような目で睨む美琴。
火蓋を切って落とすのは、勿論美琴。
「……負けないわよ」
「どうぞ。抗うのは超自由ですし」
バチバチバチ、と視線で火花が散っているように思える。
というか、美琴からは本当に散っている。
そんな中、ようやく白井は初春と佐天の肩を借りて起き上がった。
本日三度目の昏倒。これ以上はさすがに危険かもしれない。
佐天は巻き添えをくう前にといち早く二人の間に割り込んだ。
「はーい、ストップストップー、ほらほら、仲良くしてください、ね、ね?」
こういう時に彼女はなかなかに心強い。
無能力だからか身を呈した行動力があり、無能力だからこそ防ぐ術がなく人間的に攻撃をやめざるを得ない状況になる。
どこぞの木原や、どこぞの神の右席などの性根が腐っている輩には通じないだろうが、友達関係なら有効打すぎる。
それでも、佐天を挟んで睨み合い(美琴の一方的な)は続く。
佐天はここで解決打を模索し、つい最近貰ったチラシのことを思い出した。
「……そうだ、御坂さん!前のクレープ屋で、またあのカエルのマスコットのストラップがついてくるんですよ!」
「ゲコ太が!?」
シュバッ、と絹旗から視線を外して、美琴は佐天の両肩を強く掴んだ。
まさかこんなにも反応を示すとは思っていなかったため、彼女の目は真丸になっている。
「……ゲコ太?」
美琴の趣味を知らない絹旗はその単語に素頓狂な声を上げた。
美琴は佐天にその詳細を聞くのに夢中で彼女に構ってる暇はないため、代わりに初春と白井が近づいてくる。
「お姉様はゲコ太というカエルのマスコットに目がないんですの」
「御坂さんって、意外と子供っぽいんですよ?下着も、水着とかも、パジャマだって――――」
「って何話してるのよ初春さん!」
すぐ近くで暴露されている自分の秘密に美琴は重要度はこちらだと判断したのか、グリン!と首だけをこちらに向けた。
ごめんなさーい、と初春は軽く笑う。
美琴はさっきよりずっと慌て、そして周りにも意見を求めた。
「っていうか、そんなに子供っぽくないわよね、黒子!?」
「……流石のわたくしでも、お姉様の子供趣味までは擁護しきれませんわ……」
その黒子の言葉に、美琴は膝を手を地面について、露骨に沈んだ。
おそらくは演技ではなく本当に落ち込んでいるのだろう。
「全くもう……いつまでも子供趣味だと、想いを寄せる殿方も振り向きませんわよ?」
黒子が発言したその言葉に、ピシリ、と今度は凍りつく。
あら?と思うのと同時に、初春があーあ、とこれ見よがしに溜息をついた。
「もう、だめじゃないですか白井さん。今さっき振られたって確認したばかりなんですから……」
「あら……申し訳ありませんの」
どう考えてもわざとなわけだが、美琴はショックが大きすぎてもう何も耳に入らない。
佐天はそんな美琴を不憫に思ったのか、ぽん、と慰めるように肩を叩いた。
「ほら、御坂さん。クレープ食べて、ストラップもらいにいきましょ?甘いもの食べたら、ショックも吹き飛びますって」
美琴はそれに答えず、ただ佐天に手を引かれていく。
初春は苦笑いしてそれに付いて行き、白井も駆け足で後を追った。
絹旗はそんな四人を眺め、なんとなく懐かしい気持ちになる。
「私たちも、暗部じゃなかったらあんな感じだったんでしょうかね?」
誰に言うでもなく、そう呟く。
少し運命が違えばありえたかもしれない。
そのかわり、誰かが自分たちの立場に落ちていたかもしれない。
例えば、目の前の四人が。
「……別に、私は過ぎ去った可能性を追求しようとは超思いませんし」
それは、とある『座標移動』が考えたことでもあった。
だが、絹旗はその可能性を想おうとは思わなかった。
なぜなら、今ここに自分は、絹旗最愛という存在は立っているのだから。
何よりも幸せな、平和な光の世界の中に。
『或いは』と思うことは、今のこの世界を否定してしまうことになってしまうだろう。
「……絹旗さん!早くしないとおいていきますよ!」
――けれど、ただ一つだけ気がかりなことがある。
「今行きます、超行きます!」
それは、自分が残してきてしまった、仲間達のことだった。
「んー、やっぱりここのクレープ、おいしいですねー」
「そうだねー……ほら、御坂さん。私のストラップもあげるから、いい加減元気だしてくださいよ」
クレープを買い、近くの公園のベンチで五人座って並ぶ。
それでも御坂はどんよりとした雰囲気を纏ったままで、たまに思い出したかのようにクレープを一口つまむがそれだけだ。
そろそろ付き合いの長い白井も心配になってくる。
元凶といえば絹旗だが、引き金を引いたのは白井だからだ。
「はぁ……どうしましょう……確かにお姉様がこのままだと襲いやすくはありますの。けれど、張り合いがなくなってしまいますわ……」
「んー……だったら、能力を使わせてストレスを発散させてみたらどうでしょう?事件が起きて、それを御坂さんが解決すれば一石二鳥ですよ?」
「こーら、初春。『風紀委員』がそんなことを言うんじゃありませんの。そもそも、夏休み初頭で、そこの銀行で強盗があったばかりじゃ、」
そういいかけ、白井が指を指した銀行。
そこの内部で突如爆発が起こり、自動ドアや窓ガラスが割れ、悲鳴が飛び交う。
一拍のあと、内部から五人の男が姿を表した。
「!」
「初春!『警備員』に応援を要請してくださいまし!」
「はいっ!」
白井と美琴は素早く立ち上がり、いち早くかけ出した。
初春も『警備員』に連絡したあと、周りで混乱している人々に避難を促し、佐天もそれを手伝う。
しかし。
「………………」
絹旗だけは、ゆったりとした動作で立ち上がり、道路へと踊り出る。
「へへっ!余裕だったなぁ!」
「あったりめぇよ、俺達にかかりゃこんな銀行なんて……」
見るからに不良な少年が親指で自分を指し、何かを言おうとした刹那。
少年の世界がひっくり返る。
同時に、自分のうえに軽い衝撃があった。
「ぐぇっ!?」
「『風紀委員』ですの!おとなしく拘束されることをお勧め致しますわ」
白井黒子。大能力の『空間移動』。
今はその能力を使い回りこんだ後、その不良に触れ、『空間移動』でひっくり返したのだ。
「なっ、は、早すぎんだろ!?」
「逃げろっ!!」
何が起きたのか彼らに理解は追いつかないが、彼女が相当の使い手で『風紀委員』ということが重要なのだ。
『風紀委員』の中にもエリートや落ちこぼれはあるが、どちらにしても『悪い者を取り締まる』機関。
自分たちが悪だと自覚しているものにとって、怖いものは『正義』に他ならない。
「あっ、そちらは……って聞いてませんわね」
白井は不良たちが向かっている方向に目を向け、注意を投げかけようとするが諦める。
声を掛けたところで止まるとは思えないし、止まったところで、彼女の餌食にされるのが落ちだからだ。
そう。
常盤台中学が誇るエース、学園都市二三〇万人の頂点に立つ『超能力者』、第三位『超電磁砲』に。
「今私、ちょろーんとイライラしてんのよ~……だから、手加減できないかもねぇ~……」
立ちふさがる中学生の少女に、残りの強盗は立ち向かう。
その圧倒的な差を知らず。
「一気に叩きつぶ」
「どらぁああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
バリバリバリ――――――――!!と人を殺さない程度に加減された、しかし容赦の知らない攻撃が強盗たちを襲った。
幾つかの電撃はおもいっきり外れ、コンクリートに激突し、煙を巻き起こす。
しかし、美琴は単純に発散したかっただけなのでこれでよかったのだ。
それでも、本人も少しだけやりすぎたと思うわけだが。
「……あちゃー、少しやりすぎたかしらね……」
頭をポリポリかきつつ、結果を確かめようと煙の中に足を踏み入れた、まさにその時。
男が一人、必死の形相で美琴のすぐ横を通り抜けていった。
「なっ、あの電撃で生き残った!?このっ!!」
反射的に振り返り、命中精度を高めた電撃を放る。
しかし。
その電撃は、何かに遮られたかのようにその男には届かない。
「っ、まさか、『電気遮断《インシュレーション》』!?」
『電気遮断』、名の通り、電気を遮る能力。
『電撃使い』にとってこれほど相性の悪い能力者はこれ以上存在しない。
しかし、相手の演算能力を超えてしまえばその電気は通るのだが……
(こんな街中じゃ、周りに迷惑がかかるじゃない!)
強大すぎるが故に縛られる。
相手は借りにも男だ。美琴もそれなりに運動神経はいいが、大人に追いつけるほどではない。
だから白井に声をかけようと、息を吸い込むが、
「全く……あっちでもこっちでも、私はディフェンスラインなわけですね」
そんなだるそうな声が聞こえた。
しかし、そんな風でも最初からそれを引き受けているのだ。
美琴たちが強盗たちに向かった中、逃走経路を予想して道路に出た時点で。
予想外の伏兵に驚きつつも、強盗は動きを止めず。
懐からその鈍く光るそれを取り出し、絹旗へと真直線に向ける。
「どけぇぇええええええええっ!!」
拳銃。
美琴はギクリ、とした。
その武器に対してではない。それが齎す効果について。
常盤台中学はレベル3以上の能力が入学条件だ。それなら、絹旗もレベル3以上だとわかる。
だがしかし。
彼女がもしも戦闘系の能力でなかったら?
補助系の能力であったなら?
その銃弾を防ぐのは、全くもって難しい。
だから思わず、美琴は彼女へと悲痛な声を叫び上げた。
「絹旗さんっ!!」
一歩遅れ、パン、という意外に乾いた音が響く。
それは、男が絹旗に向けて撃った、発砲音。
男は足を止めない。
そして、そのまま絹旗の側も通り抜けようとして、
「ぐが」
ドゴン!!と。
手をつかまれ、全力で地面に叩き込まれた。
「……へ?」
それを見ていた人たちは、間抜けな声を上げた。
それは当然だろう。少女が撃たれた、やられた、と思った次の瞬間には男が地面に伏しているのだから。
「……超自信があったようですけど」
絹旗は自分の腹部に付いていたその潰れた弾丸を払い捨て、言う。
「私の『窒素装甲』は拳銃ごときでは貫けませんので」
次の瞬間。
わぁっ、と歓声が湧き上がった。
「いやぁ、すごかったですねぇ絹旗さん!」
「本当ですね!御坂さんみたいな派手さはないけど、あんな簡単にあしらって捕獲するなんて!」
事が終わり、犯人を『警備員』に引渡した後。
クレープ(一部始終を見ていた店員さんが無駄にしてしまったそれを見て奢ってくれた)を歩きぐいしつつ、先程の事件をスマートに解決したことについて話の花を咲かせた。
主に、既に能力を知っている白井や御坂についてではなく絹旗について。
「銃弾を何もせずに防ぐなんて……なんというか、チートっぽいですの」
「まぁ、私には『窒素装甲』が自動展開されてますからね。不意打ちでも余程正確じゃない限り超耐えられます」
「はぁ……休学していましたからそのレベルなんでしょうけど……復学して再び開発を受けたら、アッという間に追い抜かされてしまうかもしれませんの……」
白井は『お姉様』を尊敬する、下から見上げる立場ではなく、対等に並び立つようになりたい。
だから八人目の地位を奪ってしまう者の現れに恐怖しないはずがない。
最も、絹旗が八人目になったからと言って白井がその後にレベル五に成れないわけではないが。
それよりも心配なのは、むしろ美琴の方だろう。
「八人目……」
アイツを奪われ、その上能力ですらも並ばれる。
そのことを想像すると、もはや勝つすべもない。
そんな時、自分を見下ろして、ふと気が付いた。
胸。
自分より体型が幼いなら、これだけは勝てるのではないだろうか。
そう思い、絹旗を見ると、
「………………」
「……御坂さん?超どうしました?」
沢山ある、というわけではないが、少なくとも今の自分と同等かそれよりはあるという事実。
そのことに、御坂は絶望せずには居られない。
「……お姉様?」
「あー、うん…………なんていうか、もうどーでもいいわ…………」
こうして、絹旗最愛の常盤台中学復学初日は、御坂美琴があらゆる面で敗北を理解するという結末で幕を閉じた。
そんな会話が行われる、少しばかり前。
そこから、幾キロも離れていないファミレスで。
『アイテム』はいつもの通り集まっていた。
四人がけのボックスに、三人で座って。
「ねー麦野。結局、『アイテム』の正規メンバーってこのまま三人で行くわけ?」
「……んー、今のところはめぼしい近戦能力者も見つからないし、見つかるまで様子見ってトコね」
えー、とフレンダはサバ缶を避けてからテーブルに突っ伏す。
フレンダがそうする理由は、恐らく仕事の量が多くなることを嫌がっているのだろう。
麦野的にはギャラが増えるから悪いことだけでもないんじゃないのかなとは思うのだが、それを言うと煩くなるのであえて口に出さない。
彼女は黙って会話に参加しない滝壺を見遣った。
滝壺はただぼーと窓の外を眺めている。
麦野もつられてみると、丁度『警備員』の装甲車が通りぎていく。
「……なんかあったのかしらね」
「……北西の方向で、小規模な戦闘があったみたい」
「戦闘?」
うん。と滝壺は麦野に視線を向けず、外を眺めたまま答える。
「『超電磁砲』と『窒素装甲』が鎮圧した」
「……そ」
その反応を聞いて、滝壺はようやく麦野を見る。
彼女は『超電磁砲』はまだしも、『窒素装甲』にも反応を示さないで、先程の滝壺と同じく窓から外を眺めていた。
その考えは、横顔からは伺えない。
フレンダも急に二人がだまり心配になったのか、顔を持ち上げた。
そして麦野と滝壺の顔を交互に見る。
不意に、麦野は溜息を吐いた。
「……ま、いいわ。今日は解散。フレンダ、どいて」
「え、あ、うん」
麦野に言われるがままフレンダは避け、麦野は席を立つ。
軽く背伸びしたあと、二人に振り返って言う。
「んじゃ、今日の仕事はさっき話したとおりにヨロシク」
麦野沈利はそれだけ言って、自分の分の料金だけ置いて去っていった。
フレンダは彼女を怪訝そうに眺めて、また座る。
「……結局さ、麦野は何考えてるんだろうね」
「……わからない」
滝壺に問いかけてみるが、首を振る答えしか帰ってこなかった。
『アイテム』に入ってから付き合っている麦野に関して、今回はなにもわからない。
結構長い付き合いなんだけどなぁ、と自分に自信を無くしてしまう。
「……変わったのは、やっぱ絹旗関係なわけかなぁ……」
「多分、そうじゃないかな」
うーん、とフレンダは目を瞑って頭を捻る。
変わった原因はわからなくもないが、今までの麦野と離れすぎている気がしないでもない。
それとも、あの少年はそんなことを簡単にやってのけてしまったのだろうか?
「……ま、考えても仕方が無いわけね。滝壺、ここにお金置いておくから、勘定よろしくね」
「うん、じゃあね、フレンダ」
滝壺の言葉を背に、フレンダは手を振りながら店をでる。
最後に残った滝壺は、ぽつりとだけ呟いた。
「……結局、麦野は何を望んでるのかな」
それは、誰も聞き届けることはなく宙へ霧散する。
真夜中。
大抵の学生は寮へと帰り、寝静まっている時間。
スキルアウトや喧嘩慣れした人の間では『喧嘩通り』とも呼ばれるそこも、今は全く人気がなかった。
不気味なくらい闇に包まれた通りは、稀に光の世界の住人を誘い込む。
ここには、恐らく奇妙な魅力があるのだろう。
そこで固まった闇が、動く。
ゆっくりと、淡々と、確実に。
それは、人だ。
その存在も、ワインレッドのスーツも闇の中では近くまで寄らないと気がつかない。遠くより一見すると、幽霊とも勘違いしてしまうだろう。
ここは科学の街、学園都市だというのに。
それほどまでにその青年は不気味な路地裏と一致し、恐怖を振りまいていた。
そんな彼に、背後から閃光が襲いかかる。
轟!、と彼が振り返る瞬間に小規模な爆発が起こる。
小規模とはいっても、それは人一人を軽く隠す程度の煙を引き起こすそれだ。
生身の身体で受けるのならば、一溜りもないだろう。
「当たり、ね」
青年の後から現れるのは、一人の女。
麦野沈利はコツコツと足音をわざとらしく鳴らしながら、しかし何も油断せずに言った。
彼女の能力に爆発機能は含まれていない。
つまり巻き起こったそれは、彼女の攻撃を防いだことによる余波だと彼女は知っているためだ。
そして、その現象を起こせるのは彼女の知る限り一人。
自分と同じ超能力者にして、序列が上の能力者。
「しっかし、面倒なのはテメェがクソッタレの第二位だってとこか」
彼女のその言葉を合図にしたように、煙は引き裂かれ、中の青年が姿を現す。
彼には傷ひとつない。そう、あまりにも傷がなさすぎる。
第四位の『原子崩し』を、その身で真正面から受けたというのに。あの爆発の最中にいたというのに。
それが、学園都市二三〇万人の頂点に立つ超能力者、序列第二位――『未元物質』の力。
「名前で呼んでほしいもんだな。俺には垣根帝督っていう名前があるんだからよ」
学園都市暗部組織『スクール』のリーダー、垣根帝督は麦野沈利に向き直り、対峙する。
他に『スクール』のメンバーがいないのは彼一人で任務を遂行できると考えているからか、或いは別ルートからいっているのか。
どちらにしても、この第二位さえ潰すことが出来れば『スクール』の驚異はほぼ無いに等しい。
だから麦野は、口では面倒とはいいつつも、僥倖だと思っていた。
これが他のメンバーだったら、時間をロスしていた可能性が高かったから。
とりあえず麦野は初撃を完全に回避されたのを確認して小さく舌打ちをし、垣根の口に乗る。
「んなことどうでもいいだろうがよ、『未元物質』」
「おいおい、どうでもよくねぇだろうが。記号で呼ばれんのは好きじゃねぇんだよ、どこぞの第一位とちが」
ズバンッ!!と彼がいい終わる前に『原子崩し』が彼を襲った。
しかし、今度は爆発は起きず、放った『原子崩し』はあらぬ方向へとはじき飛ばされ、直撃した壁を簡単に溶かす。
だが、それよりも恐ろしいのは。
それを弾き飛ばした垣根帝督の方だろう。
「あーあー、やっぱどうでもいいわ、呼び方なんか」
垣根は手をシッシッと動かし、首を軽く降る。
「テメェがどうしてここにいるかとか、どうして俺を攻撃するんだとかもどうでもいい」
再び開いた目は、ギロリ、と麦野を強い感情を込めた視線で睨みつける。
それは怒り。
それは殺意。
垣根帝督は憤怒の表情で麦野沈利を捉える。
「とりあえずムカついた。ターゲットより前にテメェをブチ殺す」
「あ、そ」
それに対して麦野は躊躇いもせず、垣根へと背を向ける。
「ま、アンタの意見なんて聞いてないし」
背中越しに投げかけて、そして漆黒へと走る。
逃げの一手。
闇の中に消えるそれを見て、垣根はその眉に皺を寄せた。
「チッ……逃げるぐらいならハナっから喧嘩撃ってくるんじゃ……」
ブンッ、と麦野が消えた先が一瞬煌き、幾つものレーザーが垣根を襲う。
しかし、何れも当たらない。垣根のすぐ側を通り抜けていく。腕を、脚を、首を、腰を、肩を。あらゆる部位の、少しだけ位相をずらした場所をそれらは貫く。
それは垣根が何かしたわけではなく、麦野の誘いだから。
このまま私を無視するのなら邪魔をする。それが嫌ならばこちらにこい。
言外にそう告げているのだ。
再び、舌打ち。
第四位に、格下に舐められて腹が立たないわけがない。
「……いいぜ、やってやる。後悔しても、地面に頭を擦り付けても、ブチ殺すぞ第四位」
垣根帝督は、限りなくゆっくりと麦野の後を追う。
それで十分だと言わんばかりに。
「……一先ずは、成功ってとこか」
麦野沈利は近くの建物に素早く潜り込み、垣根が追ってきていることを確かめる。
彼女の第一目的は、絹旗の元から垣根を少しでも遠ざけること。そして、時間を稼ぐこと。
そうしたならば、あとはフレンダや滝壷がなんとかしてくれるだろう、と考えていた。
そもそも、どうして彼女がこんなところにいるのか。
その答えは至って単純解明、『アイテム』の『電話の相手』からの言葉があったからだ。
『――近々、『スクール』による元『アイテム』のメンバー、絹旗最愛の抹殺が行われるから。理由は……なんだったかなー、たしか『裏を知っている人間を放置してはいけない』とかそんな感じだったハズ』
それを聞いたとき、麦野沈利はピクリと眉を動かした。
解せない。そう言いたげに。
そう。『電話の相手』がわざわざそれをいう必要がない。なぜなら、それは学園都市側の意向であり、『アイテム』はその暗部組織であるからだ。
考えた後、彼女が辿り着いた答えは二つ。
一つ、『スクール』と協力して絹旗最愛の抹殺に助力する。
一つ、『スクール』の仕事の邪魔になるようなことはしない。
麦野にとってどちらも真っ平御免だ。正直絹旗のことはもうどうでもよかったし、『スクール』なんていけ好かない組織に他ならないから。
それでも一応最後まできこうと、面倒になりつつも問いかけた。
「……で、それを聞いてウチらに何をして欲しいの」
『ああうん、『スクール』の邪魔立てをして欲しいワケよ』
事なしげもなくそう言ってのける『電話の相手』に、は?と麦野は珍しく口をぽかんと開けた。
少なくとも、学園都市の意向だったはずだ。それを無視するなんてどういうことだ、と。
先程の推測とは明らかに真逆。先程よりずっと混乱してしまう。
そんな麦野の様子をしってか知らずか、『電話の相手』は軽い口調で続ける。
『いやいや、前に『スクール』のまとめのクソ野郎がさ、『アイテムで内乱があったらしいじゃないですか、困りますよねちゃんと纏めてもらわないと』とか嫌味を言ってきやがってこんちくしょ―!』
明らかなる私怨だった。
そのことに麦野は少しばかり溜息を吐く。
それも聞かれていたのか、『電話の相手』は更にヒートアップ。その声は夜の風を伝わる。
『こいつときたら――ッ!私に嫌味をいうやつは皆死んでしまえばいいのだ――――ッ!!そんなわけで、『スクール』の奴らを皆殺しヨロシク!!』
がははははー!という残響がある高笑いと共に電話が切れる。
麦野は切れた携帯電話の液晶をそのまま数秒だけ見つめて、再び懐へとしまいこんだ。
別に、あんなヤツの言うことを聞く必要もない。学園都市上層部直々の命令ならともかくとして、あれはただの憂さ晴らしがしたいだけだ。
なのに、何故だろう。
こうして、『スクール』の垣根帝督を相手に、絹旗最愛を守ろうとしているのは。
「……ったく、マジになにやってんだか……」
自分でもどうしてこんなことをしているのかはわからない。
しかし、それを考えると必ず脳裏を過るものがある。
それは、第三学区の路地裏、そして第七学区のカエル顔の医者がいた病院。寄り添う二人の男女。
眩しくて、輝かしくて、美しくて、妬ましくて。
そして、羨ましい、光の世界――――
(……どうでもいいか、理由なんて)
彼女は軽く首を振って、その思考を中断する。
首につられて動いた長髪が、闇の中で煌めいた。
(私は私の思うがままに行動する。それだけで理念は十分)
迫る足音に全神経を集中し、麦野の手のひらでは淡く光る電子が踊る。
「『原子崩し』」
コツコツ、とわざとらしく足音を鳴らしながら、垣根帝督はまるで詠うように紡ぐ。
チカッ、と視界の端――少し遠くの廃ビルの中で光が瞬いた。
「本来なら『粒子』と『波形』、両方の性質を示す電子を中間の『曖昧なまま』固定して強制的に操る能力」
防御姿勢はおろか、回避行動すら取らない。
それに値しないとでも言うように。
「この『曖昧なまま』の電子はものにぶつかっても両方の性質を示すことが出来ず、『留まる』性質を持つ。それによって擬似的な壁と成し、それを高速でぶつけると人間なんかは勿論、コンクリートや金属の壁をまるで金魚すくいのポイみたいに溶解することができる能力」
だが、と垣根は言葉をあえて区切って呟く。
同時に麦野からその『原子崩し』が発射される。
粒機波形高速砲。垣根が言ったとおりの効果を持つ、対物質ならばほぼ無敵の攻撃。
垣根は口元の端を小さく吊り上げ、だがしかし避ける素振りすら見せず、
「俺の『未元物質』にその常識は通用しねぇ」
垣根を中心に、正体不明の爆発が炸裂する。
その防御兼攻撃は、麦野の発した原子崩しを、そして麦野すらも巻き込んで膨れ上がる。
それには辺りの建物も巻き込むことになったが、不思議なことにダメージは微塵も見られない。
麦野沈利だけを攻撃するために放った爆発のようだった。
「……チッ、少しやりすぎちまったか。まぁ範囲が広すぎてどこにいるかわかりやしねぇからな」
無論、中心の垣根は無傷。
先程も同様だったのだ、そうでない方がおかしい。
「まぁいい、あの程度で終わるんならその程度だったっていう話……ッ!?」
バシュン!!と爆発後の煙を突き抜け、垣根へもう幾度目かわからない『原子崩し』が襲いかかる。
しかし、今までと違うのは攻撃面が平たく広いこと。
先程の爆発、麦野は『原子崩し』を繋げて盾となし、爆発の余波を防いだ。
至近距離ならまだしも、中遠距離ならば威力も多少弱まっているから防ぐことは容易とは言えないが可能ではあった。
そしてその盾に速度を加え、攻撃に転じた。
「どうよ『未元物質』……直撃とまではいかずとも、多少のダメージはあるはず」
麦野は僅かな希望を託していた。
奇襲も駄目。真正面からも駄目。背後からも駄目。物陰からも駄目。
ならば、搦手を。
体術にしてもスポーツにしても、何かしらのモーションをかけたあとには大抵の場合は瞬間的無防備になる。
まして、相手をその攻撃で倒したと思ったなら尚更にそれは大きくなるだろう。
その隙を麦野は突いた。
「痛ってぇな」
聞こえた声に麦野は唇を噛み締める。
確かに直撃とは思っていなかったが、少しだけ期待を込めていたのも事実だ。
それなのに、口調も何も変化していないところをみると大した事はないのだろう。
「流石第四位、そこらの三下とは比べ物になんねぇほどのムカつきようだ」
ばさっ、と垣根の背後から伸びているそれが蠢く。
神神しくはばたくそれは、垣根の盾となるように彼を覆い尽くしていた。
翼。
白い、白い。まるで、天使が背に背負うようなそれ。
路地をその羽で照らし、暗闇などあってないようなものとなる。
それを見て、麦野は口元を少しだけ釣り上げて小馬鹿にしたように呟く。
「……似合わないわね、メルヘン野郎」
その小さな声すら拾ったのか、垣根は麦野にも届くはっきりとした声で言う。
「安心しろ、自覚はある」
瞬間。
轟!と麦野が構える前に何かが『原子崩し』でビルの崩壊しかけていた壁ごと突き抜けてきた。
不意な攻撃に、麦野は身体でそれを受け止めた。
身体が変な音を立て、痛みに身を捻りながら麦野は数メートルの地面を飛ぶ。
地面にたたき落とされる直前に無我夢中に『原子崩し』を地面にぶつけるが、完全に勢いを殺すことは出来ずに衝撃が重なる。
光の残像がその激突した地面を照らし、それを見ると赤黒い『それ』が付着していた。
「不意打ちってのはな、こういう風にやるんだよ」
垣根は嘲笑う。
お前のは満たない、と。
「スナイパーは大体の場合、二、三度スナイプしたらその場所から離脱する。その理由を知っているか?」
コツコツ、と動かない麦野にその足音が近づく。破壊した壁から入ってくる。
麦野は何が起きた、逃げなければと思う。
しかし、その答えは、考えは無意味だった。
自分を襲ったのは、正しく『正体不明』の攻撃で、その攻撃で彼女の身体は『逃げられないほど』ダメージを受けている。
垣根もそれを理解しているからゆっくりと近づいていくのだ。
「そのスナイプの瞬間を見られているかもしれないからだ。迎撃もその場で撃ち落とせるという自信がない限り、その戦法を繰り返す」
麦野の頭上に影が落ちる。
ピクリとだけ彼女の指が動くが、ただそれだけだった。
「それと同じで、俺がおまえの位置がわかったのはさっきの『原子崩し』の打ち出された方角から判別したから。暗闇ではテメェ見てぇな攻撃は分り易すぎるんだよ。それでも、常人にはわからねぇだろうが……」
言いかけ、垣根は麦野の乱れた髪をぞんざいに掴みとり無理矢理に持ち上げる。
麦野は苦悶の表情を浮かべるが、彼はそんなことを気にも止めずにその上がった麦野の顔に自分のそれを近づけ、イライラでもしているような表情を浮かべる。
「学園都市第二位の頭脳を舐めんじゃねぇ、『原子崩し』」
吐き捨てると、彼は玩具に興味を失った子供のように麦野を横合いへ――ビルの壁へと投げつけた。
碌に受身も取れずに壁へと叩きつけられた彼女の身体は悲鳴を上げ、彼女の喉からも情けない声が漏れる。
数秒置いて地面に落ち、その衝撃で更に激痛が走った。
「がっ……はっ…………!」
「俺は『スクール』で、テメェは『アイテム』だ。命令系統も違うし、信念も仕事の種類も別モンだ。だから殺さないでいてやるよ。俺の『未元物質』をくらって生きていられる能力者なんてそうは居ないからな、学園都市にとって有効な内は生かしておいてやる」
垣根は鼻で笑いつつ、告げる。
「だがな、次に仕事を邪魔するってんなら容赦しねぇ。ターゲットも、テメェも例え地球の裏側に逃げようが、今度こそ粉々にブチ殺す」
それだけ言うと、垣根は麦野に背を向けて離れる。
いつの間にか彼の翼は消えていて、そこには一見無防備に見える姿だけがあった。
けれど、麦野は彼を止めることが出来ず、追うことも出来ない。気力を振り絞って『原子崩し』を放ったところで、防いだ後に返す刀で爆発に巻き込まれるのがオチというのが見えたからだ。
(くそっ……たれ…………)
負けることは分かっていた。戦う前から。
第三位にすら負けるのに、第二位に勝てるはずがない。
そもそも、第一位、第二位とその他のレベル5には同じ『超能力者』といえども圧倒的な差がある。
『超能力者』は一人で軍隊と同等程度との触れ込みだが、美琴の『超電磁砲』や麦野の『原子崩し』は確かにそれに相当する。
だがしかし、第一位『一方通行』、第二位『未元物質』はその枠には収まらない。
彼らは、世界を敵に回してでさえまだ有り余る力を持っているのだ。
言うならば、『世界を滅ぼすことのできる能力』。それが二人の能力。
麦野や美琴の『自分だけの現実』にどんな値を入力したとしても、超えることの出来ない圧倒的な力。
(……それでも、やらなきゃいけないのよ……)
思い出すのはいつかの路地裏。
光の世界の少年に希望を見せつけられたあの裏道。
力の入らない手で、麦野はあの時に殴られた頬を撫でる。
――ずっと悪役で居続けなければいけないなんて誰が決めた?何か一つでも過ちを犯したら、何度も犯さなければならないと誰が決めた!?
――善人になっちゃいけないと!光を求めちゃいけないと!そんな法則なんてどこにもねぇだろうが!!てめぇもだ!!簡単に諦めてんじゃねぇぞ!!!
強く、胸に響いた少年の言葉。
『もしかしたら』の『If』を麦野は見た。
もしかしたら、麦野沈利が先に彼に会っていたなら暗部から抜け出せていたかもしれない。
もしかしたら、この先人を殺さずにすんだかもしれない。
もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら――――
それは、もはや過ぎ去ってしまった有り得ない可能性。
それでも、まさか、或いは、と。
償うことで、この自分が沈んでいるビルの中のように暗い闇から解放される時が来るのではないか、と。
……もう、身体は殆ど動かない。能力も使えない。
限界を超えて『原子崩し』を使うと、自身の崩壊を招く。
「……だから、どうしたって……いうんだよ…………」
麦野は誰にいうでもなく、呟く。
そうだ。自分は既に死んだ。幻想を壊されて、『麦野沈利』は一度死んだのだ。
きっとこのまま垣根を追わずに仕事に戻ったとしても、きっとターゲットになった相手は必ず殺せと命が下るだろう。
それならば。
ここで絹旗を殺そうとした贖罪を果たして、死ぬのもそれでいいのではないだろうか。
そしてこの先、自分の手に掛かる人がいなくなるのなら、それでもいいのではないだろうか。
だから彼女は最後の力を振り絞って立ち上がる。
ふらふらと足元も覚束ない。視界もボヤけて見える。
だが、それでも構わない。絹旗を逃がす時間を少しでも稼げるのなら。
学園都市から完全に逃げ切れるとは思えないが、それでも助かる方法はある筈だから。
深く息を吸い込み、それほど遠くに入っていないであろう垣根へと言葉を投げかける。
「……待てよ、『未元物質』」
命を賭して彼の邪魔をする、と。
垣根はその言葉が聞こえたのか、風穴から出る直前に立ち止まり、振り向く。
ふらふらと今にも倒れそうな麦野を見て、ハッ、と息を吐く。
「……オイオイ、マジかよ。これじゃ俺が悪者みたいじゃねぇか。昔の仲間を庇って死ぬなんざ、どんな美談だ?」
「……うっさい、んだよ……テメェみてぇなクソッタレの言う事なんざ聞きたくないだけだ……」
麦野の返したその言葉に、垣根は薄く浮かべていた余裕の笑みを消して目を細める。
そのワインレッドのスーツのポケットに手を突っ込み、興醒めしたような口調で言う。
「そうかそうか。なら、お前のお望みどおり殺してやんよ」
バサッ、と垣根の背に六枚の羽が舞う。
それにぶつかった壁はどういう現象か、音も立てずに風化した。
『未元物質』。
彼の能力は、『この世のどこかにある筈の暗黒物質』ではなく、『本当にこの世に存在しない未元物質』なのだ。
その力は、一体どこのものなのだろう。
この世ではない世界――彼のその翼が象徴する世界――――即ち、天界から引きずりだした『神の住む天界の片鱗』。
普通の人間の勝てる道理などどこにもないのだ。『神の子』の力を一部持つ『聖人』ですら彼に勝てるかは疑わしい。
垣根はそんな力を、今は能力も使えない、回避行動も取ることすら出来ないただの少女以下である彼女にぶつける。
彼は皮肉げに笑い、麦野へと問いかける。
「最後に祈らせてやろうか第四位」
それに彼女は先程までの弱々しさなど微塵も見せずに吐き捨てた。
「人間振るな、第二位風情が」
そうか、と垣根は呟き。
その翼を麦野へと伸ばす――――
その瞬間。
麦野は見た。
垣根の斜め後ろに、それがあるのを。
その瞬間。
垣根は見た。
自分の左後ろに、それがあるのを。
それは。
よくあるテディベアで。
とある金髪碧眼少女がとある事に使うぬいぐるみで。
それから伸びた導火線から火花が散り、弾ける――――
ドゴン!!と空気が大きく揺れた。
「ビンゴォッ!!」
暗闇の中、月明かりの下で金髪碧眼少女――フレンダは大きくガッツポーズをする。
彼女がいるのは垣根や麦野がいるビルの真向かえのそれの屋上。
大事をとりすぎだとは思うが、相手は学園都市で二番目に恐ろしい怪物だ。これでも甘いという人もいるだろう。
それはともかく、今はそれよりも何よりも、撃墜出来たことに対して喜びたいフレンダだった。
「待って、フレンダ。爆発寸前に、『未元物質』のAIM拡散力場が広がった」
しかし、そんな上機嫌の彼女を隣の少女――滝壺理后が宥める。
きょとん、とした顔をフレンダはして、ビルの下を見下ろし、
「え?ってことは、やっぱり……」
「まだ、反応有り」
フレンダの見ている中で、ゴッ!と煙が一辺に吹き飛んだ。
その中心に佇むのは、ほぼ無傷の垣根。
しかし、完全ではない。麦野を前にして周りの警戒を散漫にしていたのか、スーツに多少のススが付き、二、三箇所は焦げている。
「痛ってぇな」
垣根は麦野など目もくれず、ビルの真下から上――フレンダと滝壺を見る。
暗闇であまりよくは見えないはずだというのに、彼ははっきりとその姿を捉えていた。
「そしてムカついた。先ずはテメェからブチ殺す」
麦野など今の状態ならばいつでも殺せる。
ならば殺すべき優先順位は、この自分に傷を負わせたあの少女たちだ。
「ヤバ……ッ!」
「こっち」
ぐい、と滝壺がフレンダの手を引っ張り、すぐに階段の元へと走る。
不意に横に飛び、フレンダも何事!?と思いつつもそれに引っ張られると、
光り輝く何かが、彼女たちが通るはずだった位置を破壊しながら突っ切っていった。
「ひっ――っ」
フレンダの顔が一瞬だけ青くなる。それは、垣根が放った『未元物質』に他ならなかった。
しかし、彼女らがそれを躱せたのは単なる偶然ではない。
『アイテム』正式構成員、滝壺理后の能力である『能力追跡』。
彼女の能力は敵のAIM拡散力場を記憶し、一度記憶すると例え地球の裏側にいたとしても決して見失わない、というのが一番ポピュラーな使い方だ。
しかし、応用するとこんなこともできる。
相手の拡散力場の動きを解析し、どこにどんな攻撃が来るか予測する。それが正体不明の攻撃であったとしても、例外なく。
「――前方に二歩、左方に一歩の地点におよそ半径一メートルの攻撃」
演算の終了と共に、彼女はフレンダの手を握りしめて再び右に飛んだ。
轟!と白い光が通過し、飛んだ後に片足で地面を叩き、階段のある扉へと飛び込む。
フレンダはただそれに付いていくのに精一杯で、まともに頭を働かせることも出来ない。
だが、そんな頭でも階段に飛び込んだことで峠を越したことは理解した。
「チッ、奇妙な能力を使いやがる」
それはこちらも理解しているようで、垣根は苛立ちを募らせる。イライラの原因は回避されたことだけではない。その回避される理由にもある。
自身の『自分だけの現実』から先読みされるというのは気持ちのいいことではないからだ。
それに加え、滝壺とフレンダには内部に逃げこまれてしまった。いっそ建物ごと壊してしまおうかとも考えたが、隠蔽を考えると適策とは言えない。
さてどうしたものかと考えたところで、麦野へと意識がいく。
「……アイツらは『アイテム』の一員だったよな……つまり、麦野。テメェを助けに来たわけだ」
彼は振り向かず、言う。
「なら、テメェを人質にとっちまえばあいつらは動けなくなる。そうしたら『アイテム』ごと壊滅させて、チェックメイ――――」
そこで、垣根は気づいた。
背後に何の気配もなく、麦野の息遣いも聞こえないことに。
素早く後ろ振り返ると、垣根の立つ位置の丁度反対の場所に、穴が空いていた。人が無理矢理通ってきたような、大きな穴が。
驚愕するのも束の間、ようやく彼はフレンダと滝壺が一緒にいたのか、その理由に辿り着いた。
滝壺は『未元物質』のAIM拡散力場を記憶しているのだから、安全な遠距離からフレンダに教えればいいだけだった。
それなのに、フレンダと行動を共にしていた理由。
そもそも一撃で倒せるなど勿論思っておらず、その後の反撃を回避させ、時間を稼ぐための陽動として彼女らは共にいたのだ、と。
そしておそらくは、彼が能力を使った時の音にまぎれて侵入してきたのだろう。どうしてそんなことに気がつかなかったのか。
自分の間抜け加減に、垣根の表情が憤怒に染まる。
「クソが……!この第二位、垣根帝督をナメやがって……!!」
バガン!!と憂さ晴らしに、垣根は右手を振るって付近の壁を大破させる。
連鎖するように、垣根のいるビルの支柱に罅が入り、徐々に崩壊していく。
その最中でも垣根は翼を延ばし、崩れてくる壁を、天井を、床を飲み込んでゆく。
先程まで多少は気にしていた隠蔽など、もはやどうでもいい。とにかく『アイテム』のクソ野郎どもを粉々にする。
彼の頭には、それしかなかった。
「……どう、して…………」
揺られつつ、麦野は問いかける。
彼女は今、一人の少女に担がれていた。お世辞にもいい格好とはいえないが、そんなことは気にする様子はない。
それはさておき、麦野の問いに彼女は答える。
曰く――別に大した意味などない、と。助けに来ても良かったし、こなくてもよかった、と。
麦野は後者だと思っていた。なぜなら、自分は彼女に酷い事をしたのだ。
ほとぼりがそれなりに冷めた今なら逆に復讐されかれない最悪なことを。勿論、されたとしてもただでやられるわけではないが。
それでも、少女は助けに来た。恨んでも恨み足らないはずの自分を。
「……ま、話を二人から聞いたときに即答とは超いきませんでしたけどね。私はやっぱり、自分で思っている以上に善人にはなれないらしいです」
「……なら…………」
「あの人なら」
再び問いかけようとした麦野に重ねるようにして少女は言葉を紡ぐ。
その言葉には強い確信を込め て。
「あの人ならきっと、救いを求めなくても、過去の柵があったとしても……すぐに助けに向かうでしょうから」
「…………」
答えるのは無言。麦野から漏れる息には微かな納得が混ざっていた。
変わっている。自分も、少女も。
あの時の路地裏、命懸けで振るった能力の渦の中で、変わったのだ、私達は。
けれど、麦野は皮肉を込めて口にする。そんな変わった自分を差し置いて、闇から抜けだした少女へと。
「アンタがそう言うんならそうなんでしょうねぇ、元『アイテム』構成員さん」
「ええ、超そうですよ、現『アイテム』リーダーさん」
少女――絹旗最愛は戦場へと赴いた。
自分が捨てた世界の戦場へ、過去の仲間を守るために。
同時。
垣根が振るった白の刃が一辺のビルを薙ぎ倒す。
その白い羽は、ビルを一直線に突き抜けている彼女らの視界にも入った。
「んなっ……!?」
「っ……!もう隠蔽のことなんて超考えていないみたいですね!!」
絹旗は投げやりに、しかし丁寧に麦野を足元へと放ると窒素の壁を辺りへと創りだす。
落ちてくる瓦礫はただの瓦礫だ、特に防ぐことにさして問題はない。
ただ、唯一或るとするならば、その量だろう。
「絹旗!」
「超大丈夫です。全部……止めてみせますから」
ズガガガガガガガ!!と落ちてくる瓦礫同士が削り合いながら絹旗と麦野へと向かってくる。
『窒素装甲』は銃弾を伏せぐ程の盾だ。大抵の能力は防ぐことができる。
だがしかし、それは皮膚から数センチが限界だ。
それは無意識化――『一方通行』と同じく自動展開の盾の限界であって、更に演算をすれば広がるのだが、それでも比較的とはいかない。
つまり、防ぎきれるかどうかがわからない。
しかしながら、それは正直に全て受け止めたら、という話だ。
「というか、単純に考えてこれ全部受け止めるって、超馬鹿でしょう」
ミシッ、と窒素の壁が軋む。それは巨大な瓦礫を受け止めたからだ。
続いて幾つも同じ大きさの欠片が降り注ぐ。それは既に欠片という領分を超え、岩と呼んでもいいだろう。
絹旗は動じない。
「ふっ……と!」
腕を振るい、先程受け止めた瓦礫を垂直に投げ飛ばす。その直線上にある瓦礫と互いに砕け散り、粉々になる。
その間に開いている片手で適当な瓦礫を拾い、危険度の高いそれらを撃墜、と繰り返す。
言うならば、瓦礫でのお手玉、といったところだろう。
何れそれらはなくなり、すっきりとなった上階(殆ど崩壊していて一階の壁しか残っていない)の穴からは金色の月が顔を覗かせている。
「……なんとか、超凌いだようですね」
それでも落ちてくる量が飽和を超えていれば危険だったが、そこは垣根の白い羽が触れた壁を破壊ではなく消滅させる能力を有していたために余裕とは言わずとも防ぎきることが出来た。
ふぅ、と絹旗は溜息を吐き、麦野を背負いなおそうと屈み込むが、
眼前、一筋の光が通り過ぎる。
ちり、と前髪が焼ける。反射的に身を起こし、麦野との距離をとった。
そこに声がやはり、声が響く。
「おっといけねぇ。月からの光を収集して撃ち出してみたはいいが、慣れてねぇから狙いが定まらねぇな」
コツ、と足音を立てるのはやはりわざとらしい。
或いは自分がここに居ると誇示したいがための行動なのかは区別がつかないが。
「よぉ、『窒素装甲』。わざわざ殺されに来てくれるたぁ、愁傷なこったな」
垣根帝督が、そこにいた。
確かに絹旗が通ってきた道はビルを破壊しながら通ってきた道で、追いかけるのは容易だ。
だが、あんな風に暴れておいて辿れるはずがない。
それが彼女の顔に出ていたのか、垣根は呆れたように言う。
「馬鹿か?こんな風通しの良すぎる状態で瓦礫が跳ね上がってるのを見りゃだれだって一発だろう」
ぎり、と絹旗は奥歯を噛み締める。
第二位と真正面から対峙して勝てるとは思えない。
『原子崩し』とは違ってわかりやすく『窒素装甲』を貫くとは言えないが、逆に絶対に防げるとは言い切れ無い。
恐らく、一撃でも喰らえば死にはしないものの行動不能状態に陥るだろう。
(……フレンダや、滝壺さん達は……?)
彼女らに直接的な戦闘能力はないが、フレンダの爆弾は目くらましになるし、滝壺の能力を応用すれば相手の能力を暴発に誘える。
手札は多いほうがいいと周りを見渡すが、姿は見えず、追いかけてくる気配もない。
これに、垣根から返答がある。
「ああ、あいつらのいたビルも破壊しておいた。今頃お前と違って、瓦礫の下にうもれてるんじゃねーのか?というか、ここら一体破壊したからそろそろ『警備員』達も駆けつけてくるかもな」
「……だったら、超帰ったらどうですか?今なら誰が破壊したか、という隠蔽は間に合うと思いますけど」
「心配すんな」
垣根は手をしっしっ、と振る。
「テメェらを殺したらとっと解散するからよ」
咄嗟、絹旗は麦野に飛びついて庇うように抱きしめる。
垣根はその行動を見て失笑した。
「美談、美談だな。こんな美しい友情を崩してしまうってのは、なんとも惜しいことだ」
そんな言葉を口にしつつも、躊躇うことすらせず。
幾度目ともなる、爆発が巻き起こった。
「――――――ッ!!」
絹旗は空を飛んでいた。
どうやら致命傷は避けることが出来たらしいが、装甲の感触がない。
爆発で全て吹き飛んでしまったようだ。
(やっ、ば!?)
思う次に、地面に衝突していた。
ビルが崩れた瓦礫を派手に弾き飛ばしながら。
『窒素装甲』を再び纏おうと試みるが、痛みで演算をする暇もなくガリガリと皮膚が剥がれる感触だけが頭を支配していた。
それでも、腕の中の麦野だけは絶対に離さない。
地面を何度もバウンドし、制服が破け、あらゆる部位から血を出しながらようやく止まる。
「っ…………」
「絹……旗?」
声にならない声を出すと、腕の中の麦野が反応を示す。
どうやら無事らしい。よかった、と絹旗は安堵する。
自分の身体がまだ動くらしいことを腕を動かして確認しつつ、事務的に絹旗は言う。
「……どこかの瓦礫の下にでも潜っててください。そうしたら、きっとバレないでしょうから」
「……何言ってんの……?」
「『アイテム』を裏切り、暗部を離脱した私如きに麦野が付き合う必要は超ありません。死ぬのは私一人で十分です」
「だからっ、何言ってんだよお前はぁっ!?」
「ですから、もう超十分です、と。麦野が私を殺させまいと庇ってくれただけで、冥土のお土産にはなりますよ」
ぐっ、と動けない麦野と態勢を入れ替えて、絹旗は付いた砂や石を払いつつ起き上がる。
大きく背伸びをして、肩越しに麦野へ振り返る。
その顔は、暗くて良く見えなかったが、微笑んでいるように見えた。
「いい夢を見させていただきました。常盤台に通って、御坂さん達と戯れて、本当に私は光の世界にこれたんだ、と感じることが出来ました」
「……けれど、どうやらやはり学園都市からは逃げ切れ無いらしいですね」
「おい……待てよ…………」
「……敵討ちとか言って、第二位に喧嘩売るのは超やめてくださいね?では、お元気で、麦野」
麦野の声をなかった事にし、絹旗はそのまま吹き飛んできた方向へと歩き出す。
麦野は力を振り絞って後を追いかけようとするが、とうの昔に彼女の身体は限界を超えている。
でなければ、瓦礫のときや今の着地の時だって、『原子崩し』を使って危機を脱出出来たはずだ。
それでも、麦野は去りゆく彼女を止めようと、大きく息を吸い込む。
「まてっつってんだろ絹旗ァアアああああ!!」
その怒声に、絹旗は振り向かず、ただ立ち止まった。
麦野は身体を起こすこともできないが、ただ叫ぶ。
彼女を止めるために。
「逃げ切れ無いだとか諦めたこと言ってんじゃねぇよ!幸せを諦めてんじゃねぇよ!!」
「テメェは『アイテム』を抜けるときどう考えた!?私が攻撃したとき何を思った!?」
「足を撃ちぬかれて!逃げる手段を失ってまで逃げようとしてたんじゃねぇのかよ!生きようとしてたんじゃなかったのかよ!?」
「あの『幻想殺し』の隣を歩いていくために!日の当る世界を進んでいくために!!」
「そうして、テメェは、私から無事に逃げきったんだよ!『アイテム』を抜けることが出来たんだよ!」
「なのに、どうしてそんな簡単に逃げ切れ無いだとか言えるんだよ!心残りがないわけないだろ!?」
「それなのに、絹旗、テメェが生きることを諦めるって、そういうん「そうそう、そういえば一つだけ心残りがありましたね」
絹旗はそれ以上聞きたくないとでも言うように、麦野の言葉に被せる。
「当麻も連絡を受けてこっちに向かってるはずですから……もし会えたら、超伝えてください。…………『私のことは忘れてください』……と」
絹旗最愛は。
その言葉を出すのに、どのくらいの勇気を必要としたのだろうか。
例えば、彼女がここから麦野を置いて逃げ出していたとしよう。
過去の仲間すら見捨てて辿り着く先は、恐らくやはり上条のところだろう。
しかしながら、後ろ盾も何も無い状態で二人で生き延びられるはずもない。辿りつく未来は、きっと二人揃っての死。
絹旗は言うのだ。『大事な人を殺してしまうほど、人間を辞めたくない』と。
最愛の人を救うために。彼女は、自分が死ぬことを選んだ。
それは――限りなく、悲しく、勇気のいることだっただろう。
麦野から彼女の表情は伺えないが、彼女は泣いているのかもしれなかった。
「……今度こそ、本当に……さよならです」
絹旗は再び歩き出す。
迷わずに、真っ直ぐと。
麦野はその背中に、今度こそ声を投げることが出来なかった。
「……お待たせしました」
「ああ」
垣根は、先程の場から全く動かずに立っていた。
まるで彼女が来ることを予測していたように。
「抵抗はしません。せめてやるなら一思いにやってください」
彼女の言葉に嘘はない。
自動的の『窒素装甲』は意図的に解いているし、今は普通の少女と何ら代わりはない。
ふん、と垣根は鼻息で返してから答える。
「俺に任された仕事はお前の殺害だけだから、どういう風に殺そうが俺の勝手だが……ま、いいだろう。きいてやるよ」
続け、問いかける。
彼にとって、殺す前に問わなければならない重要なことだから。
「で?あいつはどこだ?」
「……あいつ?麦野なら――」
「あー違う違う、そっちはどうでもいい」
垣根の心境の変わり様に絹旗は眉を潜めるが、次の瞬間にそれは塗りつぶされる。
「アレイスターの『第一候補《メインプラン》』の核、『一方通行』と並ぶ『幻想殺し』のことだよ」
絹旗の表情は、驚愕一色に染まる。
その表情を見て、垣根はまたもや嘲笑する。
「おいおい、まさかお前に、この俺が動くほどの価値があると思ってたのか?テメェを暗殺するんならもっと適任が『スクール』にはいるんだがな」
「俺の目的は最初っからテメェの勇者サマ、『幻想殺し』だけなんだよ」
「『一方通行』と同じく『第一候補』の主要人物。第一位より潰すのは楽そうだからな。ま、これで駄目なら第一位も潰しちまえばいいだけの話だ」
「だから、絹旗最愛の殺害の依頼を受けたのは『幻想殺し』を誘き出すだけの餌だ。テメェなんかついでなんだよついで」
「っつーかそもそも、テメェを殺すつもりならさっきので七回は殺してんだよ」
コノヒトハ、イッタイナニヲイッテルノダロウ。
絹旗には、垣根が何を言っているのか理解ができなかった。
けれど、これだけはわかる。
自分が生きていようが生きていまいが、上条当麻が殺されてしまう――――ッ!
だから絹旗は。
落ちていた瓦礫をおもいっきり垣根へと投げつけた。
バガン!と瓦礫は真ん中から割れ、垣根は絹旗を睨みつける。
「痛ってえな」
「超当たり前です。そのつもりで攻撃してるんですから」
絹旗の返答に垣根は顔を歪ませる。
そして、不意にハッ!と言った後、彼には似合わない高笑いを始めた。
絹旗はそんな彼を不気味なものを見るように見つけている。
「――はは……くくっ…………おもしれぇ、おもしれぇぞお前」
垣根は悪役の笑を突如消し、
「ぶちのめす」
端的に言い放つ。
ゾクリ、と絹旗は背筋が凍った。
前の麦野の時以上の殺意。
それには慣れているつもりだった。いや、事実慣れていた。
だというのに。
垣根帝督のそれを真正面から受けて、まともに動くことも出来ない。
「……殺す、つーそんな象徴的な分かりづらい事は言わない。もっと具体的に言ってやる」
彼は麦野に見せていた以上の怒りを見せていた。
「テメェの腹掻っ捌いて内蔵をグッチャグチャにしたあとそれをかち割った脳に刷り込んでやろうかっ!?」
言うやいなや、垣根は絹旗へと飛ぶ。
そして、その得体のしれない手を振るった。
触れた瞬間、何が起こるか彼以外に全くわからない。
だが、一つだけ言えることは、死ぬということが確定するということだ。
わかっていても、あまりに彼は早く、絹旗は反応できない。
『窒素装甲』すらやはり無意味で、彼の手は絹旗の腹部に触れ、
ない。
その拳は数ミリ手前で動きを停止していた。
何が起こったのか、と思う以前に、彼女は分かっていた。
こんな、もうどう仕様も無い時。
こんな、もう救いのない時。
そんな時に限って、登場するヒーローを、彼女は知っているから。
僅か、数十メートルの距離。
そこに、彼は立っていた。
垣根は喜びを込めて、彼の登場を歓迎する。
「来たか、『幻想殺し』!」
「…………………………」
対して、彼は、何も云わない。
対して、彼は、何も答えない。
ただ、彼が、『幻想殺し』が――上条当麻が言うことはたった一言。
「文句は、ねぇよな」
それは、仮にやりすぎてお前が死んでしまったとしても構わないよな?という確認。
彼を知る者なら、彼からそんな言葉が出ることに驚くだろう。
しかし、彼はそこまで怒っている、ということだ。
絹旗、垣根、麦野は知る由もないが、彼は此処に来る途中にフレンダと滝壺の救出を少しばかり手伝った。
ヘタをすれば死んでいたかもしれない。
圧倒的な力をもち、それでも奪うことしか出来ない垣根に、彼は心底腹が立っていた。
勿論、それも一因だが。
最大の要因は、目の前の光景だ。
今、正しく、自分の大切な人に、手をかけようとしている、その光景。
彼は、上条当麻は、今まで何の面識もなかった垣根帝督に対し、本気の殺意を抱いた。
ズダン!と地面を叩く。
上条当麻はタガが外れているのか、人間が出すことのできるスピードの限界を超えて垣根に迫る。
しかし、人は光に追いつけないように、垣根の攻撃の方が何倍も早い。
後ろ足に絹旗を蹴って邪魔をされないように数メートル飛ばしてから、その六枚羽を駆使して月の光を集約し、レーザーを放つ。
上条は一瞬の判断で右手に頼らず、態勢を低くすることで上にやり過ごす。
垣根もそれを見て修正しようと試みるが、その前に右手でガードされた。
『幻想殺し』。
変換した光すらも元の状態に戻す、アレイスター・クロウリーの『第一候補』の主軸たる能力。
「防ぐか!だったらこれでどうだっ!?」
垣根はそのレーザーに、更に羽を一枚重ねる。
すると次の瞬間、上条に計数十本のレーザーが襲いかかった。
「っ!?」
上条は全力で左横に飛び、それを回避しようと試みる。が、
「ぐぉぉおおおおおおおおおおっ!!」
拡散されたレーザーは上条の回避を許さず、容赦なく彼を貫く。
しかも、足元はガラスやコンクリートの破片がごろごろある。受身すら考えずに飛んだ上条はそれで追い打ちをうけた。
「っづぁっ!?」
破片が突き刺さり、悲鳴をあげる。
上条は痛みをこらえつつ起き上がろうとするが、
「休んでる暇はねえよ、『幻想殺し』」
その声がするやいなや、追撃をするようにレーザーが上条に振りかかる。
歯を食いしばって足を動かし、地面を低く駆ける。
(『回析』か!?)
光波や電子の波は狭い隙間を通ると波の向きを変えて拡散する。
原理はわからないが、あの白い翼がその隙間の役目を果たしているのだろう。
そもそもとして、上条にはあのレーザーがなんなのかもわからない。右手に反応して打ち消せるのだからなにかしら異能であると判断はしているが。
「とにかく、あの白い翼に触れれさえすれば……!」
レーザーも、拡散もあの翼が行っている。
あの羽こそが奴の能力だと理解はできるのだが、触れる方法が見つからない。
「くそっ、どうすれば……っ!?」
ズキン、と先程貫かれた脇腹に激痛が走る。
その隙を垣根が見逃すはずもない。
ズバン!と上条の頭部を狙った光線が放たれる。
(や、ば―――――い!)
素早く首を振って、回避しようとする。
が、やはりレーザーは速く、完全に避けるより先に上条の耳の端を削った。
「―――――――――ッ!!」
悲鳴にならない悲鳴が木霊する。
それでも、上条は足を動かさないといけない。
立ち止まると、幾本のレーザーが自らの身を貫くからだ。
(くそっ、くそっ、くそっ……!このままじゃ、このままじゃあ…………!)
「……意外に粘るな。右手だけだからすぐ終わると思ってたが……」
途中から躱すことに精一杯で近づいては来ないものの、右往左往する上条に垣根は僅かに賞賛を抱く。
しかし、そろそろ終いにしなければ本当に『警備員』も来てしまうだろう。
「……ま、それなりには楽しかったぜ『幻想殺し』」
垣根は大して感慨もなさそうにそう呟くと、レーザーに手一杯になっている上条へ右手を向ける。
勝利を確信した、この一瞬こそ。
彼女が待っていた、『隙』。
「うあぁあああああああああああああああああっっ!!!」
背に広がる白い羽をすり抜け。
大きく拳を振りかぶって。
垣根帝督に一撃をぶちかます。
「絹旗っ!」
その言葉にはっとしたように、垣根は素早く振り返る。
が、間に合うはずもない。
その右手は既に、目の前いっぱいに広がっているのだから――
ズバン!と彼の顔面に『窒素装甲』がクリーンヒットする。
ふわ、と垣根は微かに浮き上がり、そして落ちる。
「はぁっ、はぁっ……当麻、大丈夫ですかっ!?」
「絹旗……サンキュ、マジで助かった……」
絹旗も酷使した身体に鞭打ってきたのか、息が切れている。
上条もようやく立ち止まることが出来たが、立ち尽くすようなことはしない。
とにかく、この場を乗り切ることが出来たことに喜びを。
そう両者とも考え、走りはしないが互いにゆっくりと近づいていく。
が、上条はギョッとした顔をすると叫ぶと同時に駆け出す。
「絹旗っ!後ろっ!!」
「え?」
ブォン!と白い羽がまるでギロチンのように、絹旗の真上から振り下ろされる。
しかし、上条の呼びかけが早かったからか間一髪のところで絹旗は地面を転がった。
「っ……!」
絹旗は振り返り、『窒素装甲』を前面に集中展開する。
が、そんなものは無意味だと悟った。
「チッ……!なんだぁ、どいつもこいつも邪魔して来やがって……!俺は第二位だ!『未元物質』なんだよ!!テメェらが逆立ちしても辿りつけねぇ領域にいるんだよ!なのにどうして俺が地面に跪かなきゃいけねぇんだ、あぁ!?」
なぜならば。
「何もテメェらに合わせる義理なんざどこにもねぇんだよ……人が手加減してやってるってのに調子乗りやがって……!覚悟はできてんだろうなぁ!?」
そこにいたのは、垣根帝督ではないから。
『未元物質』――人智の届かない領域である、天界の力を引きずりだす能力――――
即ち、これは、神の力。
垣根はその翼で空へと舞い上がる。
その翼が羽撃くたび、真白な羽が空を埋め尽くした。
上条は、いつかどこかで見た光景だな、と漠然と、この場にはそぐわない感想を抱く。
それは、禁書目録の『竜王の殺息』。撃ちぬいたもの全てを聖ジョージの一撃と等しい殺傷力を持たせる禁書中の術式。
その時の光景に、よく似ていた。勿論、彼のこれは演出のようなものであり、記憶喪失を引き起こすような精神的殺人能力はないが。
「『幻想殺し』だ?『窒素装甲』だ?んなもん俺の前にはクソッタレの能力でしかねーんだよ!」
「見てろ。これが俺の力だ!」
垣根の翼が、更なる輝きを見せる。
それは、神秘的な、神々しい光を讃えていた。
しかし、それだけではなく機械的な無機質も内包している。
それだけなのに、六枚の翼に触れた空気は震え、悲鳴を上げた。
「『未元物質』はこの世に存在しない物質だ。この世界ではどうやっても理解出来ない物質だ!!テメェらの常識は俺には通用しねぇ!!」
「どうだよ、これが第二位だ、垣根帝督だ!テメェらは俺に打ち勝つことなんざ絶対に出来やしねぇんだよ!!」
上条は、絹旗は、ただ垣根を見上げる。
人は空を飛べない。世界は光に追いつけない。
それはこの世の常識であり、一生縛られ続ける節約だ。
しかし、『未元物質』にその常識は通用しない。
それこそが天界の力。それこそが神の力。
それを理解するのを待っていたかのように、翼は煌きを増す。何かを貯めているのか、と上条はなんとなく思った。
「絶望を抱いて死ね。テメェらの『希望』はここで終わりだ」
もはや、彼らに打つ手などない。
上条も、絹旗も、彼の言うとおりに絶望に塗りつぶされかける。
瞬間。
上条当麻は、絹旗最愛は、垣根帝督まで。
それを、聞いた。
「それはどうかにゃーん」
その、『絶望《幻想》』を打ち破るよな気楽な声を、聞いた。
「逆算――終わったわよ」
は?と垣根がその声がした方向へと振り向くより先に。
その翼を、数十本もの極光が射抜いた。
「――――――ッ!?」
彼が落ちるより早く理解したことといえば。
額から血を流した長髪の女性が、仲間の二人の少女の肩を借りながら、瓦礫の上から手を伸ばしていたということで。
それはつまり。
『原子崩し』が『未元物質』を撃ちぬいたということだ。
「結局、『未元物質』がこの世に存在しない物質だから能力が効かないっていうんなら、その存在自体を含めて再演算してしまえばいい訳よ」
「でも、むぎのだけならできなかった。私の『能力追跡』とあわせても時間がかかった。これは、かみじょうときぬはたが足止めしてくれたからこそ出来たこと」
追うようにフレンダと滝壺の声が走る。
これは麦野だけの功績ではなく、『アイテム』全員で掴みとった一瞬の隙だと。
瞬きのあと、垣根は加速する。
重力には逆らえず、即ち、下へ。
「む、ぎ――――麦野ォォォオオオオおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
絶叫。
しかし、『原子崩し』を放った第四位、麦野沈利は相手にすらせず。
自分を見上げる位置にいる少年少女へと投げかける。
「……あとはアンタらの仕事よ」
わかってる、とその言葉すらなく、しかし彼、彼女の目はその隙を見逃さない。
上条は怪我の痛みを耐え、加速する。
前へ、前へ、前へ、前へ、前へ!
ズダン!と力強く踏み出した一歩は、上条を空へと舞わせた。
しかし、それでもまだ足りない。
「当麻!」
絹旗が態勢を低くして飛び出す。
上条は彼女の意図することを理解し、空中で態勢を整える。
その上条の足元に、絹旗はバレーのレシーブをするように腕を滑りこませ、
刹那。
上条は一直線に垣根の方向へと砲弾のように風を追い越す。
垣根は避けられない、と判断したのか、抗わず、残った羽を寄せ集めて一つの武具を生み出す。
それは、天界から引きずりだした、おそらく神すら殺せるであろう槍。
ロンギヌス。
実物は、禁書目録曰く、幾年も経過した今でも儀式に代用できる品がないという霊装。
同じく神すら殺す神上の討魔には相応しいとも言えるだろう。
「きやがれ、『幻想殺し』ァ!!」
轟!と垣根をそれを振るうだけで衝撃波が迸った。
音が消え、風が消え、辺りの瓦礫が消え去る。
それでも。
上条はこちらへの視線を揺らがせない。
恐怖。垣根はそれを覚えた。
先程の衝撃波を打ち消したとて、多少は失速したはずなのだ。それなのに、何がそう見せているのかはわからないが彼を目には見えない何かが後押ししているように見える。
「……いいぜ、お前に俺達の常識が通用しねぇ、っていうんなら」
その手が届くまで、数メートル。
時間にして数秒もない距離。
そんな瞬間に、上条は言う。
「まずは、そのお前の『常識《幻想》』をぶち壊す!!」
バキン!と真正面から対峙した『神殺し』は。
一方は砕け散り、もう一方は打ち破り。
そして、打ち破った『神殺し』はその所持者へとぶつかり、
両者は交差する。
やはり、そこでも音はなく。
ただ一つの勝敗が決した。
それでも、と願った少女は。
その結末に思わず、顔を綻ばせた。
上条が目覚めた時には、そこはいつもの天井がある。
またか、と思わず溜息を出さずに居られない。前回はつい数日前で、遂に最短記録を達成したのではないだろうか。
「えーっと……結局、どうなったんだっけ?」
上条は朧気な記憶を引きずりだす。
絹旗が自分を打ち上げて、なんだかよくわからない白い槍と右手がぶつかったことは覚えている。消去が追いつかなくて痛みがあったから。
その直後がよく思い出せない。果たして自分は勝ったのか、或いは負けたのか。
「……そうだ、絹旗!負けたんなら、アイツが……」
「その心配はいらないぜい、カミやん!」
にょっ!と突如ベッドの下から土御門が生えてきた。
うお!?と上条は驚愕の表情を浮かべずにはいられない。
「いやー俺はアイツらに面が割れてるから、見つからんように忍びこむのに苦労したぜい」
何事もなかったかのようにパイプ椅子を引っ張りだし、彼はポケットから一枚の黄色の折り紙を取り出した。
鼻歌まじりにチョチョイ、と手折られたそれは鶴の形をしている。
どうやら、彼なりの見舞いのようだった。
「ああ、禁書目録のことなら心配いらんぜよ。舞夏のご飯食ってグースカお眠り中だからにゃー」
その言葉に上条は生返事で返す。
僅かな沈黙。
とん、と二つ目の、今度はピンクの鶴が置かれた。
それを合図にしたように、上条は意を決して土御門に問いかける。
「なぁ、土御門、えっとさ」
「絹旗最愛、及び『アイテム』についてなら、さっきも言ったとおり心配はいらない。なにせ、カミやんは学園都市第二位を打ち破ったんだからな」
突如に彼の口調から遊びが消え、それだけで糸を張ったような雰囲気となる。
続けて、『これでカミやんは第一位から第四位まで倒したんだな』、と微かに口元を釣り上げた。
その目元は、サングラスに隠れて伺えない。
上条は彼の報告に安堵し、しかし首を激しく振って異を示す。
「そうじゃなくて。……他に聞きたいことがあるっていうか、その前に確認もあるっていうか……」
歯切れの悪い上条に、土御門は眉間に皺を寄せた。
三つ目の金色の鶴が並ぶ。
「……なんだ?」
口を開いたにもかかわらず、上条は最後まで悩む素振りを見せる。
自分の予想通りなら、と怯えているのが土御門にはわかった。
しかし一度言った以上、上条は土御門を見詰めて質問をする。問いかけの中に確信を織り交ぜて。
「なぁ、土御門……絹旗をさ、常盤台に移すようにしたのっておまえだよな?」
「……意外に鋭いな、カミやん」
土御門はそのサングラスの奥にある瞳で上条を見据えた。
四つ目、茶色の折り鶴が置かれた。
「……で、何が聞きたい?っていっても、俺にも答えれることと答えられないことがあるが」
「ああ、えっと……どうして、暗殺命令が出ているのに絹旗を常盤台に移したのか、ってことなんだ」
「『アイテム』……だっけか、麦野達が必ずしも暗殺を止めるわけではなかっただろうし、助かった先のことを考えたにしたら随分と確率の低い賭けじゃないかな、ってさ」
「簡単だ。あいつの『窒素装甲』は堅い。だから油断させる必要があった。自分は狙われてない、自分は暗部から抜け出せた、という具合にな」
そっか、と上条は土御門から視線を外して、窓の外を眺めながら答えた。
彼も暗部だ。それを上条は理解している。前回、第三学区にいけと、絹旗の危機を告げてくれたのも彼だ。
だが、それ以前に友達だ。天使が顕現した時なんて自らの身を張ってくれたし、大覇星祭の時にも限界まで魔術を使ってくれた。
だから、そんな土御門に今の自分の表情――きっと、落胆している――を見せたくなくて、外を眺めたのだ。
電気に反応する風車が回って、飛空船も飛んでいる。表の世界は今も平和だ。
そしてそんな微妙な空気の流れる沈黙を打ち破るのは、勿論土御門。
それは、とても軽い口調で。
「――っていうのは上層部に納得させるための建前で、実をいうと常盤台の警備は堅いからあそこにしたんだにゃー」
ガクン、と上条の頭がうな垂れる。
土御門はそんな上条のリアクションに満足したように饒舌となる。
「寮監は噂で聞く限り『超電磁砲』ですら恐れる人だし、何しろ常盤台の能力者は全員レベル3以上だぜい?」
「勿論実践的な訓練は修めていないにしても、全員で戦えば数十秒から数分間の間は時間が稼げるはずだからにゃー」
「そこに騒ぎを聞きつけたカミやんが今回と同じように颯爽と登場すればチェックメイトぜよ」
そこにも穴がないことはない。
もしも、絹旗が逃げ出さないで垣根と戦うことを選んでいたら。
もしも、上条がその異変に気がつかないで助けに来られなかったら。
……きっと土御門は、そのもしもすらも考慮に入れていたはずだ。入れていて尚、それを詰めようとはしなかった。
それは、『アイテム』が動くと信じていたのか。或いは上条が泥沼から救い出せると予測していたのか。はたまた、初めの方に言ったように絹旗を処分しようとしていたからなのか。
「んじゃなーカミやん。学校にちゃんと顔出すんだぜい」
その答えは土御門元春の腹の中。
なにせ、彼は自称『天邪鬼』なのだから。
「あっ、当麻!超起きたんですねっ!!」
ほぼ入れ違いにして入ってきたのは絹旗。
土御門が言っていたことが嘘だと思っていたわけではないが、彼女の姿を見て身体中から力が抜けていくのがわかった。
そんな中、『窒素装甲』をまとわれたままおもいっきり抱きつかれ、上条の骨が悲鳴をあげた。
「あだだだだだだだだだだだっ!!?」
「当麻っ、当麻ぁっ……!」
上条の悲鳴にも気がつかず、絹旗は更に力を込める。
そんな絹旗の脳天にスパン!とスリッパが叩き落ちた。
「痛がってんでしょうが。彼氏だっていっても、病み上がりってことを忘れるんじゃないわよ」
絹旗の後ろから現れたのは、麦野。
そのスリッパを履き直しつつ、ぽい、と花束を上条に放った。
もしやこの流れは?と上条が思うと同時に、残りの二人も姿を現し、何気なく会話に加わる。
「だけど結局無事でよかったわけよ。地面に落ちたときすごい音したからねぇ……」
「うん。死んじゃったかと思った」
「第二位に勝ってから不慮の事故で死ぬって、笑い事にもならないんじゃない?」
「超失礼なっ!当麻は死にませんよ!なんてったって、当麻は超当麻なんですから!」
某野菜人みたいにいうなよ、と当麻は口には出さず突っ込む。
とりあえず力は弱まったとはいえ、まだ抱きつかれているために右手で触れておく。
麦野は先程まで土御門が座っていた椅子に座りつつ、背伸びする。
「……っていうかさ、絹旗馬鹿じゃない?自分が狙われてるっていうのにわざわざ戦場に飛び込んでくるとか。いくら昔の仲間に頼まれたからって」
そう言い、フレンダ、滝壺を横目に見る。
ギクリ、とフレンダは背筋を延ばし、滝壺はいつもどおりの無表情でぼんやりとしていた。
「ま、まぁでも、結局第二位を倒せたんだから、結果オーライってわけよ!」
「……本当にそう思ってるワケ?」
「う……ま、まぁ、半分は……少しは…………一厘は………………」
麦野のプレッシャーに圧倒されて、どんどん訂正していくフレンダに上条は笑う。
釣られ、絹旗も、滝壺も、麦野も。フレンダだけは、笑い事ではなかったが。
「しっかし、まぁ……こっちに第四位がいたわけだけどさ、本当よく全員生きて帰れたよなぁ……」
「一番の立役者がなーにいってんだか。……でもこれで終わりってわけでもないだろうけどね」
数秒静まり返り、皆して麦野に視線を集める。
彼女は片目だけ開けて脚を組み、そして彼らと一瞥する。
「何変な顔してんのよ。よーく考えれば当然でしょ?」
「確かに学園都市では最凶クラスの第二位を破ったわけだけど、それはこっちが五人もいたから」
「なら、それを分散してしまえばいい。一度に二チーム以上をぶつけるとか、対能力者部隊の『迎撃部隊』をぶつけるとか、ね」
「そこの『幻想殺し』は生憎能力者にしか効果はないし、私たちがこれからも絹旗に協力していくとしても手数が足りなくなるのは目に見えてるわ」
「……これで終わる可能性も、なきにしもあらず、だけど」
麦野は再び病室を見渡す。
フレンダ。
滝壺理后。
絹旗最愛。
そして、上条当麻で視線を止める。
「……ねぇ、上条。アンタに、もう一度だけ聞きたいことがあるのよ」
上条は麦野のそれに、無言で続きを促す。
麦野は彼女にしては真剣な、怒りでも、仕事の話をするときともまた違う表情で問い正す。
「アンタは、絹旗と一緒に地獄についていくつもりがあるの?」
そう、様々な感情を込めた、しかしそれを下に秘めた口調で。
上条は、過去に同じような言葉を聞いたような気がした。
記憶の上では、覚えていない。それはきっと、昔の自分が体験した記憶だから。
けれど。
あの時は即答できなかったけれど、今ならできる。
数秒もまたずに、絹旗に掛けた右手に力を込めて。
『勿論』、と――――
その姿を見て、麦野は目を細める。
ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がった。
そして、
「とーうまぁっ☆」
「ってええぇええええええっ!!?」
上条に飛びかかった。
フレンダは麦野の奇行に唖然呆然とし、目を見開いたままフリーズ。
滝壺も少しだけ驚いた様子で口をぽかんと開けていた。
そして、すぐ側の絹旗といえば、
「ちょっ、ちょっ、ちょっ――――っ!?な、何してるんですか麦野ぉおおおおおおおおおっ!?」
「だってだってー、あんなこと即答で言われたらすごい羨ましいじゃない?だからぁ、寝盗ろうかと思って☆」
「『寝盗ろうかと思って☆』じゃ超ないですよっ!?当麻は私のものですからっ!!」
「あっれぇー、絹旗ちゃんは彼氏が盗られそうで怖いのかにゃーん?」
その発言にピシッ、と空間に罅が入ったかのように感じたのは、恐らく上条一人ではないだろう。
わなわなと震え、絹旗は立ち上がってビシッ、と麦野に指を突きつける。
「いーでしょうっ!超やってやろうじゃありませんか!当麻は、絶対に渡しません!!」
「ふふん、それはどうかなー?」
挑発に乗る絹旗と、それを更に煽る麦野。
やれやれと呆れたように首を振るフレンダに、それを微笑ましく見守っている滝壺。
そして、渦中の上条。
それぞれ違う反応を示している五人だが、そこには確かに――平和があった。
ふぅ、と溜息を吐き、ふと備え付けの机を見る。
そこには、黒、茶色、黄色、金色、ピンクと、五羽の鶴が踊っていた。
fin.

