絹旗「はっ、はっ、はっ、はっ……」
絹旗最愛は、学園都市の暗部組織、『アイテム』の一員である。
その彼女は今、路地裏を駆けていた。
さながら、狩られる獲物のように。
絹旗「っ、まだ超追ってきてるんですかっ!?」
絹旗は後ろを振り返り、それを確認する。
と、その瞬間に、パシュン、と発砲音が聞こえ、絹旗のすぐ横を銃弾が掠める。
絹旗「――――っ!」
再び、加速。
??「はっ、『アイテム』の大能力者って言っても、やっぱりこの程度なんだなっ!」
絹旗は答えない。
その代わりと言わんばかりに、路地裏に転がっているゴミ箱を投げつけた。
それは簡単に小物透人に弾き飛ばされ、幾度となく繰り返された鬼ごっこが再開される。
元スレ
絹旗「超不幸です……」 by ▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1272105815/
絹旗最愛は、いつもはこんなに一方的にやられる人物ではない。
彼女の能力は『窒素装甲』。
空気のおよそ七十%を占める窒素を身体の周りに張り巡らせ、強力なシールドを展開する能力。
暗闇の五月計画によって学園都市第一位、一方通行の『自分だけの現実』を植え付けられた彼女の能力だ。
近戦では、ほぼ無敵の能力。
そんな絹旗が、強大な能力をもってしても逃亡しているには一つの理由がある。
勿論のこと、それは小物の能力。
絹旗(『物質変換』――相性の超悪い能力ですねっ!)
『物質変換』。レベルは彼女と同じ大能力。
その能力は、自分の最大半径一キロにある物質を、他のもの、或いは他の性質に変えてしまう能力。
身体能力の向上などは見込めないが、対能力者戦において、それは莫大な威力を発揮する。
『超電磁砲』を例にしてみよう。
『物質変換』により、電気の性質である磁力や痺れさせるという性質を変えてしまえば、彼女の電撃はほぼ無力と化す。
この場合、『電気』ではなく、『窒素』が変わっている。
曰く、『窒素によく似た性質の何か』へと。
小物「どうしたぁっ、とっとと俺を殺してみろよぉっ!」
小物が背後で喚く。
しかし、絹旗にはそれに対応する暇が無い。逃げるだけで精一杯だ。
その歯がゆさに、思わず唇を噛む。
絹旗(麦野とかいれば、超あっという間なんですけど……)
生憎にも、同じ『アイテム』のメンバーは、他の仕事に駆り出されている。
結果、手の空いていた絹旗にこの仕事が回ってきたというわけだ。
――暗部組織、『チーム』のメンバーが暴走し、自分以外を殺害したから、その彼の殺害を命じる、と。
絹旗(ったくもう、こんなことは、他の組織に超やらせとけばよかったんですよ!)
しかしながら、回ってきたものは仕方がない。
『アイテム』の一人、フレンダの口癖を借りるのなら――『結局、絹旗は運がなかったってわけよ』、ということになる。
つまるところ、絹旗最愛は。
絹旗「ああもう……超不幸です……!」
――不幸、なのであった。
小物「ひゃっはーっ、とっとと終わらせてやるよっ!!」
その声に振り向いてみれば、今度こそその銃口は絹旗を捉えていた。
絹旗の額に、冷や汗が垂れる。
思考がおかしな方向へと飛び、回避行動すら起こせない。
絹旗(――え、私、こんなところで……超死ぬんですか?)
どうしてだろう。
私は、学園都市に希望を持っていたはずなのに。
『置き去り』にされ、実験のモルモットにされて。
それに運良く生き残っていても、学園都市の裏、暗部に落とされて、人を殺して。
振り返り、絹旗は思う。
絹旗(……私は、超おかしな道を進んでいたみたいですね)
言うならば、こうだろう。
不幸、と。
神様の加護から漏れた、不運だ、と。
絹旗(――神様、もしいるなら、一つだけ超お願いします)
一つだけ、願う。
絹旗(超、くそ食らえ)
正しく、その通りに。
神様は、その『奇跡』を狂わされたのだろう。
―― 一つの、右手によって。
バキンッ!と。
何かが破壊されたような音が路地裏に響いた。
銃が弾ける。
その銃弾は――窒素の壁によって、阻まれた
絹旗「――っ!」
絹旗(な、超どうして!?)
絹旗にとっては幸運以外の何者でも無いというのに、突如の出来事によって反撃に移れないでいた。
小物にとっても同様。
自分の能力が、自分が解くという意志がなかったのに、解除されたのだから。
それは、あまりにも不自然な出来事。
例えるなら、固体が気体に昇華するのを、無理矢理固体に戻されたかのような。
??「……なにしてんだよ、てめぇ」
声がした。
それは、絹旗の、小物の更に後ろから。
小物「っ、なっ、なんだてめぇっ!」
小物は素早く振り返り、その影に向かって銃口を向けた。
その影は、それに臆しない。
??「俺か?俺が誰かなんて、そんなのどうでもいいだろうが!」
??「問題は、俺が誰かなんてことじゃねぇ!てめぇがその女の子に何をしようとしてたかってことだ!」
ツンツンヘアーで、一見なんの特徴のないように見える高校生。
彼の名前は――上条当麻。またの名を、『幻想殺し』。
あらゆる異能、神様の奇跡ですら軽々と打ち破る能力を所持する少年。
そんなことを知る由もない二人は、彼が何らかの能力を使って相手の能力を解除したものだと思う。
レベル4を超える能力といえば――真っ先に思い浮かぶのはレベル5で。
学園都市230万人の内、七人しかいない化け物で。
実際には、世界に一人しか存在しないはずの、『天災』なわけだが。
小物「っ……て、てめぇ……っ」
上条「答えろよ、三下」
上条当麻は、問う。
その響きに、確たるものを持ちながら。
上条「てめぇはそれで、何をしようとしてたんだ!」
普通、道行く一般人には見知らぬ女の子を助ける義理はない。
むしろ、見ても見ぬ振りをするのが普通だろう。
しかし、上条はそれをしない。
その根底にあるのは、自分が不幸の辛さを知っているからだろうか。
そして――
その何をしたか分からない、危機を救ってくれた上条を見て。
絹旗は――ヒーローだと思った。
今までずっと、学園都市で不幸をかぶり続けていた自分をすくってくれる、見てくれる。
本当に、闇を照らす、光のような救世主だ、と。
上条「……いいぜ、答えないなら、それでもいい」
上条は一歩、小物へと踏み出す。
人の不幸を、その右手で削り取っていくように。
上条「何をしていようが、その女の子に何をしようとしていようが……そんなものはもうどうでもいい」
上条は、ただ拳を握り締める。
上条「ただ……」
小物は、ただそれだけで恐怖する。
上条「てめぇが、その女の子に対して、自分の思うままに行くと思ってんなら……!」
絹旗は、ただそれに見惚れる。
上条「まずは、その幻想をぶち殺す!!」
小物「ひっ――――」
小物はその武器を捨てる。
レベル5に、基本銃は通用しない。
一番下の第七位でさえ真正面からくらっても生きているほどだ。
ならば、信じられるのはその自分の能力のみ。
油断しているのか、相手は能力ではなく肉弾戦で挑んでくるようだ。
小物(相手の肉体を――発泡スチロールのような脆さに、変換する!)
上条は腕を振りかぶる。
眼前に、その拳が迫る。
小物は、激しい感情の中、勝った、と刹那、思う。
しかし、やはり。
その『希望』は、彼の宣言した通りに、殺される。
小物「――――――――」
上条「うぉおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
上条は全力で腕を振り抜き。
小物は数メートル向こうにいる絹旗までも超えて。
地面に、落ちた。
絹旗は、能力が使えるようになったことも忘れて、一部始終を見入っていた。
助けに現れた救世主。
こんなものがいるんだ、と絹旗は無意識以下で思う。
上条「ふぅ……銃持ってるって思ったときはどうなるかと思ったけど……案外なんとかなるもんだな」
絹旗はその言葉がおかしくて、つい笑ってしまう。
怖いのなら、どうして挑むのか。
上条はそう問われたら、そういう性質だから、と答えるしか無いのだろう。
上条「って……どうしてお嬢さんは笑ってるのでせう?」
絹旗「くくっ……だって、超……おかしいんですもん……」
たすけてくれて失礼だと思いつつも、笑う。
上条はそれを見て、安心だと判断したのか……手元を見る。
そして、絶叫。
上条「あぁ――――っ!!買い物袋、表においてきちまった――――っ!!」
上条「やばいっ!今日飯作れなかったら俺がインデックスの飯になっちまうっ!!」
絹旗「え、あの……」
絹旗は上条に声をかけようとするが、慌てる上条にその声は届いていない。
上条「ああもう――っ!不幸だぁあああああああああっ!!」
絹旗「ちょっ……超待ってくださ……っ!!」
結局、上条は絹旗の様子に気づかずに、きた道を駆け戻っていく。
そこに残されたのは、絹旗と気絶している小物のみ。
絹旗「……あ、そうだ。超電話」
絹旗は『アイテム』の下部組織に連絡し、小物の身柄を確保して、回収することを告げる。
電話を切り、名乗らなかった少年に対して、思いを馳せる。
絹旗「全く……超あの高校生は、なんだったんでしょうか……」
つい、と地面を辿ると、そこには一つの物が落ちていた。
それは、生徒手帳。
先程の少年が落としていったのであろう、絹旗はそれを拾い、中身を確認する。
絹旗「……上条、当麻…………」
それを声に出しただけで、胸が熱くなった……気がした。
これはこれからくる下部組織に預け、他の経由で返してもいいが……
絹旗は、それをポケットに仕舞う。
絹旗「……今度、お礼と一緒に、超返しに行きましょう」
淡い、僅かな気持ちの変化と共に、つぶやくのだった。
上条当麻は、不幸である。
ベランダから落ちてきたシスターに居候されるし、記憶喪失してすぐに錬金術師と戦わされたりもする。
よく合うお嬢様校である常盤台中学のレベル5にもよくからまれる。
これを不幸といわずして、なんというのか。
……もう一度いうが、上条当麻は不幸である。
クジの人「当たりーっ、三等賞ーっ!!」
カランカランとけたたましいほどにベルが鳴り響き、上条はそれを眺めつつ、呆然としながらつぶやく。
上条「……へ?」
……再三いうが、上条当麻は不幸である。
故に上条当麻は思わず身構えてしまう。
以前にもこんなことがあったような、なかったような、気がする。
これはパラレルワールドなので言ってしまうが、以前イタリアに行った時もこんなのだった。
上条(うわーっ!絶対不幸がくるーっ!!)
上条(……しかし!上条さんはいろんな不幸をかぶってきたんだ、今更どんな不幸がきてもへこたれませんっ!!)
……などと、さとってしまうほどに不幸まみれの上条だった。
クジの人「はい、三等賞は映画のチケットねー」
上条「あ、はい、ども……」
……映画?
上条はなんとなくレベルの低い幸運に対して首を傾げる。
これから不幸に繋がる理由が、全く理解できないからだ。
上条「って、うわ、これ今日までじゃんっ!」
受け取ったものの期限をみて、上条は愕然とする。
本日の、0時まで。しかし、0時までなら何度でも使用可能。
上条「急すぎるっての!ああでも、せっかくもらったもんだ、使わなきゃ損だし……」
上条「……仕方がない、インデックスは子萌先生に預かってもらうことにしよう」
上条にとって、映画のほうが優先だと判断したらしい。
よーし、今日は夜まで見通すぞー、と張り切りながら、映画館のある方向へと消えていく。
その映画館前では、絹旗最愛が宣伝のポスターを見ながら何をみようか迷っているところだった。
絹旗「んー……これといって、超パッ、とするものはないですねー」
腰に手を当てて、前かがみにポスターを隅々まで凝視する。
傍から見ていると、彼女の下着が見えてしまいそうで仕方がないのだが、絹旗は全くそれを気にしない。
それは彼女が、パンツが見えそうでギリギリ見えない角度を熟知しているためだ。
絹旗「……はぁ。超仕方がないですね、今日は帰りましょうかね……」
と、姿勢をただし、踵を返したところで。
後ろにたって、まずはじめにどれを見ようか悩んでいた上条に正面衝突しそうになった。
絹旗「うわっ、とっと……」
上条「おっと、だいじょう――」
絹旗は下がって、体制を立て直そうとして。
上条はつかんで、倒れないように引き寄せようとして。
むに、と。
上条の手が何かを掴んだ。
それは、柔らかく、ほんのり暖かく……
上条「………………」
絹旗「………………」
絹旗最愛の、胸だった。
上条「すいませんでした―――――――――――っ!!!!?」
素早く離れて、土下座への移行は素早い。
その道を極めた、と言ってもいいだろう。
とうの絹旗は、まだ呆然としたまま現実には戻ってこられずに、目を見開いている。
絹旗「……なっ、なっ、なっ…………」
上条は内心やっちまった――!と思いつつも制裁がこないことを不思議に思い、顔をあげる。
そこには、白色の天国があった。
絹旗はようやく、そこで我に返り、上条が自分のそれを見ていることに気づき――
絹旗「お前コロス超コロス!!」
上条「やややや、やっぱり……不幸だぁ――――――――っ!!」
上条当麻は、やっぱり不幸だった。
……暫くして。
絹旗は、上条がいつの日の路地裏で自分をたすけてくれた人だと気づいた。
しかしながらそれでも、胸を揉まれたことと下着を見られた事は別だ。
上条を目の前に土下座させ、足蹴にしている。
上条にとって幸運なのは、周りに絹旗と映画館の人以外、見ている人がいないことだろうか。
絹旗(超、変態ですね、上条当麻……!)
お礼をいおうとしていた私が超馬鹿みたいです、と心底憤慨する。
そして怒っている素振りをみせていても何もしない絹旗に対して上条は、交渉の余地ありと思ったのか顔を上げようとして、
絹旗「超見るなっ!!」
上条「そげぶっ!」
再び地面に顔面をぶつける。
数秒おき、上条はこのままの態勢でネゴシエートすることにする。
上条「ひ、姫……」
絹旗「……超なんですか」
上条「こ、これを…………」
上条がとりだすのは、先程当てた映画の無料チケット。
映画館にいるということは、即ち映画を見に来たと言うことであって、これを上げれば喜ぶと思ったからだ。
思った通り、絹旗はそれを見て、一瞬目を光らせる。
絹旗「そ、それはっ……!」
上条「きょ、今日のところは……これで、矛を収めてくれませんか……?」
年下に許しを求めるのは男としてどうかと思うが、インデックスや美琴に何度もしている今、そんなことはいってられない。
反応はよく、絹旗はそれを受け取って、上条の頭から足を放して数歩下がる。
絹旗「……ふっ、ふん、今日はこれで超勘弁してあげますよっ!」
上条「ははーっ、ありがたき幸せーっ……!」
正直、これだけで済んで上条は本当に幸せだったと思う。
いつもならマッハ三のレールガンを撃たれたり、頭をかまれたりしているわけだから。
だから、これぐらいならまだまだ幸運――
絹旗「けどっ!もう一つだけ、超条件がありますっ!!」
ビシッ、と絹旗は上条を指差し、告げる。
絹旗「貴方も一緒に、超映画見てもらいますよっ!」
映画を観る→無料券はあげた→つまり自服→お金がなくなる→食べ物が買えなくなる→インデックスに噛まれる。
一瞬で一連の流れを想像し、先程幸せを垣間見ただけ、上条は深く絶望して。
そして、やはり、呟く。
上条「不幸だ……」
上条「うっわー、ひろー……って俺たち以外誰もいねぇ!」
上条の言うとおり、上映会場には彼らを除く誰一人として存在しなかった。
絹旗「超当たり前ですよ。どれだけC級の映画だと超思ってるんですか」
絹旗「わたしだって、この券がなければ帰っていた所ですよ」
ひらひらと、上条から譲り受けた券を見せつけるように降る。
それを見て上条は気を見てわかるぐらいに落ち込ませた。
上条「千五百円……卵……貴重なタンパク源…………」
絹旗「ああもう、超うるさいですねっ!わかりました、少しぐらいならお金超払ってあげますからっ!」
上条「うそっ、いいのか!?」
絹旗の言葉に、まるで生き返ったかのように目を煌めかせる上条。
それに多少引きつつも、答える。
絹旗「……ええ、私だってひとりで見るのが超寂しかっただけですから、そのぐらいは払ってあげますよ」
上条「おぉーっ……!」
上条は感動に打ち震え、絹旗は呆れたように彼を見る。
そして、絹旗は視線を会場へと移して――
突如、くねくねしだした。
上条は何が起こったんだ!?と驚愕の視線で見ているが、やはり絹旗は気にすることが無い。
絹旗「ああん☆」
絹旗「ここだけの単独上映で、客は私だけ。つまり、この作品の素晴らしさを超理解できるのは私だけ!」
絹旗「まぁ確かに超見逃そうともしていましたけど、この無料券はきっと私だけに楽しんでくれという神のお導き!!」
絹旗「そしてっ、今だけはこの映画の監督サマの伝えたいこと超独り占めぇえええええええええええっ!!!」
そうして暫く光悦の表情でくねくねした後、先程の状態に戻り、会場の席へと足を踏み出す。
上条はそれに戸惑いつつも絹旗のあとを追って、隣に座った。
絹旗「~♪」
パタパタと楽しそうに足をパタつかせる絹旗は、暗部組織の人間とは思えないほど年相当に見える。
先程とはまるでうって変わった様子にやはり戸惑いつつも、
上条(ま、楽しそうならいいか)
と、上条は持ち前のスルー力で映画が始まるまでぼーっとすることにする。
映画上映。開始三分。
ぼーっと眺めている上条でもわかる。
これは、駄作だ。
映画に素人の上条でも理解できるほどの出来の悪さで、こんなので本当によかったのか、という気分に駆られる。
ふと横の絹旗を見ると、
絹旗「………………」
真剣な表情で映画を見遣っていた。
それに驚き、上条はその理由を考える。
上条(……そういえば、さっき監督のいいたいことを独り占め、とかいってたな……)
上条(つまり……あれか?素人の俺には、この映画の良さはわからないってか!?)
上条(くそう……燃えてきたぞこのやろう、上条当麻をなめるんじゃねぇ、全部まるっと、いいところを見ぬいてやるっ!!)
そうして見てみると、上条には全てが輝いて見えた。
ぐだぐだそうに見えて、必死にカメラを回し、必死に演技している人たち。
それは、まるで文化祭のもののよう。
だけれど、それはやはりプロの意地で、最後まで必死に通そうとしている。
上条(……すげぇ)
上条は見入る。
そして、思う。
隣の奴の見ている世界は、これなんだ、と。
とても素晴らしい世界だ、と。
映画のマナー違反だと思いつつも、それに気づかせてくれたことに対してお礼をいおうと、再び横を向く。
すると、さっきとは違い、ぐだー、とシートに身体を預けている絹旗がそこにいた。
絹旗「だぁー。超つまんねー」
がくん、と上条は何も無いところでずっこけそうになる。
そして叫ぶ。
上条「なっ、なんだよそれっ!!俺がさっき感じた、この映画の素晴らしさはなんだったんですかっ!?」
絹旗「はぁ?超なんですか、それ。私ですら分からないこの映画のよさが、貴方に超わかるわけないじゃないですか」
絹旗「それに、ほら。もうオチが見え見えですよ。ひとりずつ消えるように死んでいって、最後は制覇されエンド。次は唯一いる女性ですね。殺したいオーラがびんびんです」
上条「なっ!?し、しなないねっ!唯一いる女性は、主人公っぽい男性と一緒に生き残るに決まってるねっ!!」
絹旗「じゃあ賭けましょう。私は死ぬにポップコーンLサイズ」
上条「上等だっ!上条さんの鑑定眼、見せてやるっ!!」
売り言葉に買い言葉、絹旗の賭けに上条はまんまとのり、
その十分も立たないうちに、唯一の女性は退場。
絹旗「超ぽっぷこーんげっとー」
上条「くそう……くそう……っ!」
結局、ぐだぐだなまま映画鑑賞は終了した。
絹旗最愛は、結果的にいえば、楽しかった。
麦野沈利、フレンダ、滝壺理后とは趣味が合わず、今までこういったB級C級の映画は一人で見ていたから。
だから、楽しかった。
映画の内容はともかくとして、二人で先の展開を言い争い、賭けをして、一喜一憂するのが。
結果は、勿論絹旗の圧勝だったわけだが。
……そして、零時を越して、映画鑑賞会が終了したのと同時に彼女が感じたのは……虚しさ、だった。
そのため、だろう。
映画館を出て、すぐのところで、こういってしまったのは。
絹旗「……超ありがとうございました。楽しかったです」
正直に言えば、名残惜しく。
しかし、それほど親しい仲でもないため、そんなことも言えない。
絹旗は、そんなもどかしさを感じて止まなかった。
しかし。
上条は、それを知ってか知らずか、簡単にそんな垣根を乗り越える。
上条「ああ、俺も楽しかった。だから、また今度一緒にみような」
それは、絹旗が楽しく感じて、寂しく感じて、そして至った一番言いたかった言葉。
それを聞いて、絹旗はやはり、と思う。
この高校生、上条当麻は――私にできないいことを、簡単に成し遂げてしまう、と。
上条「じゃあな」
上条は去る。
立ち止まっている絹旗を置いて。
交わることのなかった平行線が、再び元に戻っていく。
それを見かねて、絹旗は、去りゆく上条の背中に向かって、叫びを放った。
絹旗「超さようならっ!上条当麻っ!!」
絹旗「また、会いましょうっ!!」
上条は少しだけ絹旗の方を仰ぎ。
そして、小さく、笑った気がした。
上条が見えなくなってからも、絹旗は上条が去っていた方向をじっと、見つめていた。
彼が笑った顔が、脳裏に焼き付いて離れない。
思い出す度に、胸がどきどきして、どうしようもなくなる。
絹旗「これは……超なんでしょうか?」
絹旗は、その気持ちに対する明確な答えを知らない。
しかしながら、ある人が聞けば、一発で正解へとたどり着くだろう。
即ち――恋、と。
絹旗「……あ、手帳返すの超忘れてました」
それの存在を思い出し、ポケットから取り出す。
開いて、証明写真を見る。
そこには、覇気のない無表情の上条の写真が貼ってあった。
そして、絹旗は刹那、思う。
絹旗「……ああ、超、不幸です」
目を閉じて、脳裏に焼き付いている上条当麻を思い浮かべながら。
なんてことないように、嘯く。
絹旗「だって今更、あの人のせいで表の世界に超戻りたくなっちゃいましたから」
空を見上げると、星空が輝いていた。
おまけ1
小物透人(『物質変換』《マテリアルキラー》)についての報告書。
元よりの潜在能力が高く、開発をしてすぐに能力が顕現。その時点ではレベル3だった。
○月×日、夜中に出歩いていると木原数多不在の『追跡部隊』に遭遇。レベル4になっていた能力を駆使し、撃退。
その後、その損害を補うため、『メンバー』に依頼し捕捉。暗部組織、『チーム』のリーダーとなる。
『物質変換』による学園都市に対する反逆が始まるまで、『グループ』『スクール』『アイテム』『メンバー』『ブロック』に並ぶ組織として活動していた。
騒動の原因は、『チーム』のメンバー同士での諍いらしい。
『物質変換』は組織のメンバーである遠野瞳(『応接能力』《サイコメトラー》)、桐生理樹(『自然災害』《カタストロフ》)、黒石詩軟(『判別能力』《AIMジャッジ》)、以下下部組織の数名を殺害し、逃亡。
『アイテム』のメンバー、絹旗最愛(『窒素装甲』《オフェンスアーマー》)との戦闘により戦闘不能となり、確保。
『物質変換』について。
半径一キロに存在するあらゆる物質を変換、あるいはその特性を変更することができる。
しかし、遠くになればなるほど、そうすることのできる期間は短くなる。
また、同時に一つの物質しか変換、変更することができない。例外として、生物を指定した場合はその対象のみに効果が及び、他に対しては無効となる。
更に、融通が効かない。例えば『酸素』を変換した場合は、自分の近くにある『酸素』までも変換してしまうため、自分にも被害が及ぶ恐れがある。
それを克服してしまえばレベル5の認定を受けていた、レベル5に最も近い能力者の一人と言えた。
追記。
『物質変換』によって生み出された物質には既存の物も存在するが、現存しない物も存在し、第二位『未元物質』《ダークマター》に通じるものがあった。
これを使えば、『神様の奇跡』に辿りつける可能性も否定できないため、『物質変換』は捕獲後、厳重な監視のもと実験を繰り返すことにする。
また、介入してきた『幻想殺し』《イマジンブレイカー》の対処について。
学園都市理事長より、対処せずともプランには問題ない人のこと。
やりたい放題。
それがこの状況に対する最もいい回答だろう。
麦野沈利はコンビニで買ってきたシャケ弁当を堂々と食べている。
フレンダはサバカレーの缶詰を爆発物を使って開けて、食している。
滝壺理后はぐでーとテーブルに頭を押し付けて窓を眺め、偶然こちらを見た一般人を驚かせている。
絹旗最愛は椅子に足をつけて映画のパンフレットなどをみて――いなかった。
絹旗「……はぁ……」
はたから見ればパンフレットをみて、思いを馳せているようにも見える。
しかし、絹旗が見ているのはそのパンフレットと自分の間に挟んだ生徒手帳。
絹旗(……超どうやって返しましょう……)
昨日の楽しかった映画鑑賞会のことを思い出す。
だが、上条は自分のことを知らず、知っているのは一方的にこちらのみ。
二人を繋ぐ絆は、僅かにこの生徒手帳しかない。
絹旗(どうやって……超次につなげましょう)
生徒手帳を返して映画にさそう――駄目だ、その日だけで終わってしまう。
ならば、お茶をしないかと申し出る――駄目だ、これもきっとその日だけで終わってしまう。
絹旗「……はぁ……」
恋する乙女は大変らしい。
彼女の場合、自分が自覚していないからなおさら。
麦野「……絹旗、さっきから何ため息ついてるの?いい映画でもあった?」
麦野はいつの間にやらシャケ弁当を食べ終えて、身を乗り出して絹旗の手元を覗く。
絹旗は全くそれに気付かずに考えに没頭し……見られた。
麦野「なにこれ、生徒手帳?」
麦野は首をかしげ、ひょい、とその手元から生徒手帳を奪う。
そこでようやく絹旗も気づき、その取り上げられたものに手を伸ばす。
絹旗「あっ、ちょっ!麦野超返してください!」
麦野「いーじゃない、別に。減るものでも無いし」
自分にとっては何かが減るのだ、とは言えない。
麦野はその手帳の一ページ目を捲り、上条当麻の名前と顔写真を見て、目を丸くして言う。
麦野「あら、幻想殺しじゃない」
絹旗「……え?麦野、超上条当麻をしってるんですか?」
麦野に見られてからかわれるだけだと思っていた絹旗に対して、その反応は意外なものだった。
つい身を乗り出して、麦野に顔を近づける。
絹旗「何か、超知ってるんですか?」
麦野「知ってるも何も。彼、第一位を倒してレベル6シフトの実験を止めた人でしょう?」
え、と絹旗の思考が停止する。
学園都市第一位――それを倒した。麦野は確かにそういった。
一方通行。絹旗の『自分だけの現実』に、彼のそれを植え付けられたのは覚えている。
自動防御、反射。
ベクトル変換。
何人たりとも及ばない、学園都市で最強の超能力者。
そんな人を、あの上条当麻が倒した――?
二人の話を聞いていたのか、フレンダと滝壺も顔を上げて二人を見る。
フレンダ「結局さ、なに?絹旗が持ってた生徒手帳の人がよっぽど有名だったってわけ?」
麦野「まぁそれなりにはね。第一位が倒されたっていうのは昔噂で流れた。その噂を確かめると、真実だったってことよ」
滝壺「……じゃあどうして、きぬはたはそのかみじょうの生徒手帳をもってたの?」
ばっ、と三人の目が絹旗に集中する。
不意の視線に絹旗は思わず下がり、椅子に深く腰を落とした。
それが間違いだった。
三人はそんな絹旗の様子をみて、確信したように頷く。
フレンダ「……結局さ、絹旗はその彼がきになってたってわけね」
麦野「そういうことみたいね」
絹旗「ち、ちちちちちち超違います!だだだだ、誰が超上条当麻のことなんかっ!!」
その動揺が既に恋愛では無いにしても何かしらの思いをいだいていると答えている。
麦野とフレンダは顔を見合わせて軽く笑い、絹旗は助けを求めて滝壺を見やる。
滝壺は絹旗の視線を受けて、一度縦に頷いた。
滝壺「大丈夫だよ、きぬはた」
絹旗「滝壺さん……」
やっぱり、『アイテム』で味方なのは彼女だけだ。
その幻想は、軽々しく打ち破られる。
滝壺「大丈夫、私はかみじょうが好きなきぬはたを応援してる」
絹旗(超大丈夫じゃないですよ、滝壺さんっ!!)
絹旗は心の中で滝壺に全力で突っ込み、テーブルに伏した。
土御門「カミやーん、とっとと帰ろうにゃー」
上条は学校を終えて帰る支度をしていたところを土御門に話しかけられた。
上条は返事二つで返そうとしたが、あることを思い出しいいとどまる。
上条「すまん、子萌先生のところにインデックスを預けてあるから、迎にいくんだ」
土御門「残念だにゃー、久々にお馬鹿デルタフォースで馬鹿話ができると思ってたのに」
青髪「っていうか、子萌せんせーのとこいくん?いいなぁ、カミやん。ボクなんか一度も行ったことあらへんで」
普通先生の家にいく生徒はいないだろ、と突っ込む。
そこでようやく準備が完了し、席を立つ。
上条「おし、じゃあ玄関まで行こうぜ」
土御門「そうだにゃー」
姫神「あ。上条くん。待っ……」
姫神が上条を呼び止めようと声を上げたが、上条は気付かずそのまま土御門、青髪ピアスと共に教室を出て行った。
まだクラス内に残る喧騒をBGMに、姫神は一人ごちる。
姫神「……どうせ私は。影の薄い脇役。ふふふふふふ……」
玄関を出て、校門まで見送ろうと足を向けた上条達はそこになにやら人が集まっているのに気づく。
青髪「なんやろ、あれ。有名人でもいるんかいな」
土御門「どうせ俺らにはかんけーないことだにゃー、とっとと帰ろうぜい」
そういい、彼らは隣を過ぎ、上条も一応ついていこうとして、
そちらの人がいる方向から声が上がった。
「あっ!超上条当麻っ!」
その声を聞いて、青髪からはまたカミやんか、と声が漏れる。
上条には聞き覚えのある声。土御門には資料上知っている相手。
その姿が、人の波を割って現れる。
『アイテム』の絹旗最愛。
上条は昨日行われた映画鑑賞会のことを瞬時に思い出し、なにかあったかな、と思考を巡らせる。
そうこうしているうちに、絹旗は上条の前までたどり着き、腰に手をあてて仁王立ちする。
青髪「うっは、ちっさ!小学生?」
土御門「カミやんの守備範囲も広くなったぜい……小学生の次は幼女かにゃー子萌せんせーじゃなくて」
などと言う野次馬は放っておき、上条は恐る恐る絹旗に話しかける。
上条「あ、あのー……姫、今日は一体何を……?」
昨日、上条は絹旗の胸をもみ、果てに下着も見た。
そして許しを請い願った結果、『今日は許してあげなくもない』という返事が来たのだ。
もし、その言葉通りに受け取るなら……今日も、また何かをしなければならない、ということになる。
不幸だ……と内心がっかりしつつも、差し出された一つのものに思わず身を引く。
上条「うぉ!?……って、生徒手帳……?」
パンパン、と制服のポケットの位置を叩いてみるが感触がない。どこを探しても見つからない。
それを受け取り中身を見て、上条は絹旗の顔を見た。
上条「あ……もしかして、昨日落としたのか?それなら、届けてくれてさんきゅ……」
絹旗「超違います。拾ったのは、昨日じゃありません」
絹旗はやっぱり、とでもいいたげに少しだけ唇を尖らせた。
その子供じみた行動に、思わず上条はドキッ、としてしまう。
上条「じゃあ、どこでだ?」
いろんなところを歩いているから、どこに落ちていてもおかしくはないが……一応気にはなる。
絹旗「超路地裏です」
上条「……はい?」
路地裏?
確かに路地裏には入ったが……と、その時のことを振り返りつつ、
絹旗「超上条が超熱い言葉を(小物に)ぶつけて、その超すごいもの(幻想殺し)を奮って(小物の)悲鳴を上げさせた、あの路地裏で――」
上条「うぉおおおおおおっ!?ま、まてっ!!その言葉はすごく誤解を招くぞっ!!」
絹旗がえ?と首を小さくかしげ、上条は土御門や青髪ピアス、そして絹旗に絡んでいた野次馬を見る。
すると、あたりからヒソヒソと、『えっ、上条くんあんな小さい子を路地裏に連れ込んで……』だとか、『しかも熱い言葉をぶつけたって……言葉責めかよ……』だとか、『くそう、どうしてカミやんばっかりーっ!こうなったら闇討ちして……』などという物騒な声も聞こえた。
上条の身体の穴という穴から、変な汗が吹き溢れる。
様子がおかしい上条を絹旗は怪訝な目で見ながら呼ぶ。
絹旗「……超上条当麻?」
上条「ふ……」
絹旗「ふ?」
次の瞬間、上条は絹旗の腕をガシッ、と掴み、走り出していた。
上条「不幸だぁあああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!」
上条「不幸だ……不幸だ……不幸だぁ…………」
上条は街のビルの壁に頭を押し付けて、不幸不幸と呟く。
絹旗は自分がその不幸の自覚があるのか、少し気まずそうな顔をする。
かと思うと、何か閃いたのかパッ、と顔が明るくなった。
絹旗「超上条当麻!こ、こんな美少女と一緒にいるんですから、不幸なんていうのは超場違いですよ!」
自分で自分のことを美少女というのはどうかと思うが。
しかし、絹旗は少なくとも美少女とは言えるレベルではあるだろう。だからこそあそこまで人が集まっていたのだし。
上条は頭を壁につけたまま角度をずらし、絹旗を見る。
上条「……で、姫。暇はこの上条めにどんな御用なのでせうか……」
絹旗「超聞いてませんね……まぁ、いいです……っていうより、超上条当麻。いつまで私を姫とか超呼ぶつもりですか?」
上条「あー……すまん、えっと……えっと…………」
そこで同時に気づく。
絹旗が知っていたから気がつかなかったが、彼らは二人とも自己紹介等していない。
今更なことに少しばかり恥ずかしくなったのか、絹旗は顔を赤くした。
絹旗「ちっ……超上条当麻っ!」
上条「はっ、はい!なんでしょうか!」
絹旗「わっ、私は絹旗最愛です!最も愛するで、最愛!」
上条「お、おう!じゃあ、俺も改めて……上条当麻だ。当たるに植物の麻で、当麻。……それと、俺の方もフルネームで呼ばないでもらえると、嬉しい」
絹旗「じゃ、じゃあ…………」
絹旗は一瞬考えて、決める。
というより、再び決心する。
今日ろくに後先が決まっていないのに生徒手帳を届けに来たのは、そういう提案があったからだ。
……面白がって色々言ってきた、『アイテム』のリーダー以下二名が。
絹旗「超、当麻で……当麻、と呼ばせて頂きます」
だから――とづつける前に。
上条は頭を書きつつ、呼ぶ。
上条「ああよろしく、絹旗」
絹旗「っ――――」
くらっ、ときた。
なぜこちらが名前で呼ぶと言っているのに、苗字の方なのか。
呆れを越して、フツフツと怒りが沸き起こってくる。
絹旗「当麻……超、当麻ぁあああああああああああああああっ!!」
上条「なっ、なんで怒って――ってうぉおおおおっ!?」
上条が宙に浮く。
絹旗最愛の能力、『窒素装甲』。
盾として機能するのが一般だが、その窒素の力を使って車ぐらいなら軽々と持ち上げることができる。
しかし、窒素の膜は薄いため、彼女自身が持ち上げているようにも見えるが。
上条「ちょっ、ごめ、すいませんでしたぁあああああああっ!!」
絹旗「当麻超殺す!」
上条「ちょっと待ってくれ、よくよく考えてみると、俺は別に何もしてなくて、絹旗に怒られるいわれもなくて、軽いお茶ぐらいならおごるからそれで今日のところも矛をおさめてくれってそんなことできませんよねごめんなさいっ!!」
自己完結し、上条は。
絹旗の力で地面に超激突した。
フレンダ「……結局、絹旗って結構馬鹿なわけね」
麦野「それでも、口実ができたじゃない。『怪我させたから』って」
絹旗「そ、そうですよね!超口実ですよね!」
麦野「調子乗らない」
絹旗は上条に対して謝り倒した後、メールアドレスと電話番号を交換して、再びファミレスに戻ってきていた。
それよりも、この四人……開店時からずっと店の一角を支配している。
それでも誰も文句をいわないのは、彼女らが『邪魔をしたら殺す』というオーラを全身から放っているからだという。
そんな殺気を放つ少女の一人、滝壺理后は絹旗を眠そうな眼で見つつ、言う。
滝壺「それにしても、かみじょうって人……AIM拡散力場が見当たらないの」
絹旗「え?ってことは、場所が超わからないんですか?」
絹旗の問いに滝壺は頷く。
続いて絹旗は麦野に視線を向けて、
絹旗「麦野は、何か超当麻の能力についてしらないんですか?」
麦野「……『幻想殺し』って呼ばれていることぐらいしか知らないわ。ただの無能力者に第一位が倒せるわけないし……何かしら能力があるのは確かでしょ?」
滝壺「でも、拡散力場がない……つまり、能力はない」
ふむ?と三人は顔を見合わせる。
はぁ、とフレンダがサバ缶(朝開けていたものを含め、すでに五つ目)を食べながら流れを変える。
フレンダ「はむっ……結局、上条当麻の能力は分からないってことでいいじゃん。それよりさ、絹旗が上条にどうアプローチするかって事の方が重要なわけよ」
絹旗「そ……そうですよね」
こほん、と一つ咳払い。
絹旗「……最近の高校生が超いきたいところって、どこなんでしょうか?」
麦野・滝壺・フレンダ「知らない」
絹旗「……ですよね」
絹旗は予想通りの反応に、つい目頭を抑える。
麦野「っていうか……こればかりは絹旗が一人で決めるべきじゃない?」
と、麦野はいう。
曰く、そういうのは一人で考えてこそ初々しさがでるものだと。
曰く、一人で頑張った結果うまくいったら、とても嬉しいと。
フレンダ「……結局、麦野も付き合ったことないたたたたたっ!?」
麦野「私は、付き合った事ないんじゃなくて、付きあわないの」
フレンダ「麦野、わかった、わかったからっ!」
絹旗はそんな向かいの席の二人を眺め、そして滝壺へと視線を移す。
視線がぶつかり、二人とも以心伝心する……わけではなく、単純に見つめ合っただけだった。
絹旗「……はぁ、超わかりました。これは私一人で考えることにします」
そしてため息をつきながら立ち上がり、自分の荷物を持つ。
お金だけを置いて立ち去ろうとすると不意に背後から声がかかった。
麦野沈利――今までのお茶らけた声とは違い、『アイテム』のリーダーとしての、声で。
麦野「あまり、火遊びはしすぎないようにね」
絹旗「……超、わかってます」
絹旗はそれに振り向かずに答え、ファミレスを出た。
――火遊びをしすぎるな。
麦野の言いたいことはわかる。
表の世界のことばかりを気にかけて裏のことを疎かにするな、ということだ。
絹旗「……私は、元々超そちら側の人間ですからね」
上条当麻。
絹旗にとっては、光の届かない路地裏に、ランプを持ってきたヒーロー。
立派な、表の世界の住人。
絹旗「……それを、こちらの世界に引きずり込むわけには……超いきません」
引き際が肝心。
それは理解している。
だが、けど、しかし、けれど、いや、なれど、それでも、されど、でも、だけど――
求めずにはいられない。
白い堕天使が、闇の中にうずくまりながらも光を求めたように。
絹旗最愛も、それを求めずには、いられない――
ピリリリリリ――
メールを受信しました。
上条「ん?メール……あ、絹旗からか」
絹旗『今日は超ごめんなさい。お詫びといってはなんですけど、時間が合えばでいいですから、今度また超遊びませんか』
上条は絹旗がいじらしい表情でこれを送ったのを想像し、小さく笑う。
そして手元のフライパンを振りつつ、片手でメールを打ち始めた。
数十秒で出来た本文はわれながら簡潔だと思うが、これできっと十二分だろう。
送信ボタンを押すと同時に、今の方から声が聞こえた。
禁書「とうまとうまとうまーっ!ご飯まだなのーっ!?」
上条「まてってインデックス!もう少しで出来上がるから――ってヨダレをたらしながらこっちに走ってくるなっ!おいっ、その箸で何をする――って、くうな!それは俺の夕飯もはいってるんだ!だから、食うな―――――っ!!!」
今日も上条家に絶叫が木霊する。
上条『勿論。絹旗とならどこでもいいぞ』
翌日、上条はいつもどおりに学校に通い、そして担任の先生に話しかけていた。
上条「すいません、小萌先生。お願いします」
小萌「もー、上条ちゃんは世話が焼けますねぇ……わかりました!今日もシスターちゃんは家で預かりますよ」
恩に着ます!と上条は土下座をする勢いで頭を下げる。
子萌としては生徒にそこまでさせるわけにはいかないので、慌てて止めるが。
しかし、でも――と小萌は紡ぐ。
小萌「上条ちゃん、どうしたんです?何か事件に巻き込まれたのなら、先生に……」
上条「いやいや、別にそんなことはありませんから!」
上条はとりあえず愛想笑いを浮かべつつ。
きっぱりと、その質問に答える。
上条「遊びにいくんです。新しい友達と」
午後三時半。待ち合わせ時間、丁度その時。
上条当麻は、フラッカーである。
クラッカーやハッカーに響きが似ているが別にそんなことはなく、フラグを立てる人で、フラッカー。
その体質は親である上条刀夜から受け継がれているものだ。
だが、そんなことを知る由もない彼女は、上条当麻が知らない女とイチャイチャしている(ように見える)のをみて、腹が立たないわけがない。
待ち合わせ場所についたら、常盤台のお嬢様となにやら話していることにムカつかない道理など何一つないのだ。
絹旗「超、しねえぇええええええええっ!」
近くにあった車(全く知らない人のモノ)を全力で投げつける。
上条「うおぉおおおおお!?車が飛んできやがった!?」
美琴「あんたは下がってなさいっ!!」
バチンッ!!と美琴は前髪から迸る電撃で絹旗が放った車を弾く。
それは大きく弧を描き、絹旗の背後数メートル後ろに墜落した。
怪我人が誰一人いなかったのは幸運だが。そもそも本当に運がいい人はこんな場所でこんなことに巻き込まれるはずが無い。
絹旗「っ……!超なかなかやるみたいですね……!」
常盤台の入学資格に、レベル3以上というものがある。
それを知っているため、そこそこやるだろうとは思っていたが、まさか完全に回避されるなどとは思っていなかった。
対する美琴は相手がなぜ、どうして、そして何をしたのかよくわからず、困惑する。
しかし、敵意を持っているのならばそれだけで十分とばかりに火花を散らせた。
まさしく、一触即発。
美琴「あんたがどこの誰かは知らないけど……この私に喧嘩売るなんて、いい度胸してるじゃないの」
絹旗「表の世界しか知らない世間知らずの超お嬢様に、世界の広さって奴を教えてあげましょうか?」
バチバチバチバチ!と威嚇のように美琴は四方八方へと電気をばら撒く。
それでも、絹旗は臆しない。
自分の守りに絶対の自信を持っている。第二位の攻撃を耐えることができるのだ、それ以下の攻撃を受けられない方がおかしい。
そして、両者が動く――――
上条「絹旗っ!」
絹旗「!?」
その前に、上条が何時の間にやら移動し、絹旗を掴んでいた。
絹旗「と、ととと、当麻っ!?何腕つかんでるんですかっ!?」
今は窒素を盾にしているから触れられないハズ――なんてことすらも忘れ、上条に触れられているだけで動揺する絹旗。
そして、今の発言で美琴もまた動揺する。
美琴「と、当麻!?あ、ああ、あんた何あいつのこと名前で呼んでるのよっ!!」
絹旗「ふ、ふんっ!貴女なんかに教える義理は、超、ありませんから!」
くぅううううっ!と美琴は地団駄を踏む。
どういうわけか先程まで能力で戦う寸前だったというのに、何時の間にやら低レベルな口喧嘩に成り代わっている。
絹旗「い、行きましょう、超当麻!今日は、私と超遊んでくれる約束でしたもんね!!」
上条「あ、ああ、そうだけど……」
絹旗「なら超行きましょうすぐ行きましょう!こんなヒステリー女なんか放っておいて!」
上条「え、ちょっ、ひっぱんなって絹旗!?」
絹旗は掴まれていた腕を逆手に掴み、そのまま手を握る。
美琴はガンッと鈍器で一撃入れられたかのように立ち尽くし、二人を見送ることしか出来なかった。
上条「……で、ビリビリは一応第三位だからさ……喧嘩売らない方がいいぞ?」
絹旗が先程の女についての問いに、上条は軽く答える。
レベル5第三位であること。
常盤台エースのお姉さまであること。
流石にクローンのことは隠し、双子がいる、という程度にとどめてはおいたが。
絹旗も、その気になれば暗部の情報網で楽に調べられるのだから問題はない。
絹旗「……超当麻は、第三位とどうして知りあったんですか?どう見ても、接点があるようには超見えないんですけど」
上条「……どうしてだったかな」
上条は曖昧に返事をし、視線を少しそらす。
上条当麻には記憶がない。禁書目録による『竜王の殺息』によって、記憶がまるごと壊されたのだ。
だから、この上条はどうやって美琴と出会ったのか知らない。適当に答えるしか無いのだ。
上条「って、そんなこといったら絹旗だってそうじゃねぇか」
絹旗「私が、ですか?」
上条「だってそうだろ?お前小六ぐらい――」
絹旗「私は超中学生ですっ!」
あれ、そうなの?と上条は首を傾げる。
確かに絹旗はそれほど背が高くはないが、そこまで酷くはない……と思いたかった。
思わず、ため息が出る。
絹旗「超不幸です……」
上条「………………」
上条はその言葉を聞いて、小さく唇を噛む。
単純に口から出た言葉だとしても、自分以外の人間からそれを聞くのは嫌だ。
それはエゴだ。上条自身の。
けれど。不幸を生まれた時からその身に背負っている上条だからこそ。他の人の不幸を聞きたくはないのだ。
上条「……よし、絹旗。今日はどこに遊びにいくんだ?」
絹旗「……へ?」
上条「ほら、早くしないと完全下校時刻になるぜ?まぁ映画見てた日は夜中も夜中だったけどな」
絹旗「……じゃあ、今日は超ゲーセンに行きたいです」
上条「ゲーセンか……格ゲーとか出来るのか?」
絹旗「少しだけなら超できますよ」
ふふん、と絹旗は胸を張る。
すごくできるのか少しだけなのかどっちなんだよ、と思うが上条は突っ込まない。
このいい雰囲気を、そんな野暮な突っ込みで壊したくないから。
絹旗も上条が自重してくれていることに気づいているのか、しかし変に勘ぐれないため、つかんでいる上条の手を握り締める。
上条「それじゃ……姫、参りましょうか」
絹旗「……はいっ」
ピコピコピコピコ
ガチャガチャ
絹旗「上左B下A上上A右下BBA左右A」
ガチャガチャガチャ
K,O!
絹旗「超勝利ー」
上条「少し、ってレベルじゃなかったぞ、絹旗……」
上条の声が向こう側に聞こえる。
対面機の格闘ゲームをして、上条は絹旗に簡単に敗北していた。
絹旗はどうやらコマンドを入力するときにぼそぼそと呟く癖があるようだが、わかっていても対応できないものはある。
例えば、空中コンボ。
地上から打ち上げるだけで綺麗に三分の一のHPが削られる。
絹旗「ふふん、超当麻はこれから私のことを超最愛と呼ぶがいいです」
上条「超、なんでだよ」
上条は絹旗の口調を真似して、数秒置いて二人で笑う。
絹旗「ちょっ、超当麻っ!ま、真似しないでくださいよ、しかも超似てませんからっ!」
上条「別にいいじゃねぇかよっ!減るもんじゃあるまいしっ!」
本日のゲームセンターは、賑やかだった。
絹旗「……ってなわけで、それなりに良好な関係は超築けています」
滝壺「頑張れ、きぬはた。私はそんなきぬはたを応援してる」
フレンダ「……っていうか、結局さ。上条当麻の能力ってなんだったわけ?」
麦野「こっちで調べても、特に出てこないわ」
某ファミレス。
そこに『アイテム』の四人は集まり、まただべっていた。
主に、絹旗最愛の近状、上条当麻との関係について。
しかしながら、それだけで終わるはずがない。
ぴりりり、と麦野を除く三人の携帯電話が同時に鳴り響く。
麦野「――仕事よ」
三人に送ったのは、今回の仕事の概要。
暗部組織としての、活動。
フレンダ「……盗人、ね」
資料に一通り目を通してフレンダは嘆息する。
今回の相手は、能力者でもない普通の研究者。
いや、普通のではない。学園都市の技術や情報を外にリークするためにきた、企業スパイだ。
それでも、日本内なら問題はなかっただろう。
絹旗「……ロシア、ですか」
相手はロシアの技術者。
学園都市のそれを持ち帰り、自分のところの技術に取り込むらしい。
麦野「ま、相手にそれを再現できる装置も技力もないんだけどね」
『万が一』があれば困るからこそ。
学園都市最暗部は存在する。
滝壺「…………南南西から、信号が来てる」
直感、だろうか。
能力者以外の居場所がわからない滝壺がそう呟く。
しかし、それを合図にしたかのように、『アイテム』が動き出す。
ザンギエフは学園都市第三学区を歩いていた。
仕事を無事に終え、余裕綽々に。
ロシア政府からの仕事内容は、学園都市に侵入し、その技術を持ち帰ること。
学園都市自体の技術品もとても魅力的であり、返事二つで引き受けた。
そして、本日その仕事を終えて学園都市をでようとしている。
もしも、があった時のために侵入した全員が同じデータをもっているが、それはあくまで保険だ。
バレていないのだから、保険を使う心配など無い。
――そういう慢心があったから。
ザンギエフは、胸を貫かれて死んだ。
貫かれた、には語弊があるかもしれない。
ザンギエフの心臓の部分が、削り取られた。
それでもまだ間違いはあるかもしれないが。
ズバァ!とその音が聞こえたときには、既に彼は死んでいた。
何を思う暇もなく。
一瞬だった。
それは、まるで雷撃のような。
電子線。
それがそれの正体。
『原子崩し』――正式な攻撃の分類は、粒機波形高速砲。
学園都市第四位の『化け物』は、正しく秒殺でネズミを始末した。
麦野沈利は冷たい視線をそのものいわぬしたいに投げかけて、他へと電話する。
コール、一、二、三……
麦野「はぁい、フレンダ。そっちはもう終わってるわよね?」
麦野から電話を受け取る数秒前に、フレンダの方も殺害は完了していた。
簡潔に言えば、爆弾で。
設置した最小限の威力の爆発を、遠隔より相手がその区域に入った瞬間にとばす。
電話に対してなしげもなく告げる。
フレンダ「勿論。結局さ、この程度じゃ私たちな必要もないわけよね」
彼女も死体を見下ろし、足蹴にする。
おそらく、爆発の時にデータも壊れただろう。
相手は、銀色の髪をした美しい女性だった。
フレンダ「……ま、結局、私は任せられた仕事をやるだけなわけよ」
――彼女もまた、不幸な人物であるかもしれない。
絹旗最愛は。
既に一人を始末して、近くにいるであろうもう一人を探していた。
滝壺理后は能力者以外に対しては全くの非戦闘要員のため、戦闘要員である彼女や麦野がその分動かなければならない。
だがしかし、彼女の足はいつもに比べて重い。
絹旗(……超、いやだ)
何をいまさら、と自分でも思う。
けれど。
あの時、自分を救ってくれた少年はこんなことをさせるために私を助けたのではないのではないか。
あの少年はきっと、誰かを殺すことを是としない。
たとえそれがどんな理由を孕んでいようとも。
絹旗「……超みっけ」
仲間に連絡がとれないことに焦ったのか、角を走って、現れた。
日本語ではない言語、恐らくロシア語を口走り、相当混乱している様子だった。
絹旗(超見つけてしまった以上……)
ぐっ、と足に力を込めて駆ける。
足音に気づいたのか、彼はこちらを見るがもう遅い。
絹旗(超始末、しなければいけませんよね!)
絹旗はその拳を振るう。
瞬間、少年の姿が脳裏をよぎる。
――果たして、同じ拳を、このように使っていいのだろうか――
迷う暇もなく、絹旗の拳は相手の顔に叩きつけられた。
めき、と嫌な音をたてる。
車をも持ち上げることのできる能力だ、直接相手にぶつけたらどうなるか――考える必要もない。
絹旗「……ふぅ」
麦野に報告して今日の仕事は終わりを告げる。
死体の後始末は下部組織のメンバーが勝手にやってくれる。
それよりもなによりも、絹旗は今はこの場にいたくなかった。
どこへ行く当てもなく、歩き出す。
適当にさまよい、適当にただよい。
絹旗は単純に街中を歩きながら眺めていた。
コンビニの前にたむろするスキルアウト。
そういう人たちを注意する警備員。
平和だ、と絹旗は思った。
普通の人からしてみれば平和でも何でもない。不良がいる時点で危険だと判断するだろう。
けれど、絹旗にとっては。
表の世界は裏の世界とは違い、輝いて見えるのだ。
そして――そう感じる度に、自分が穢れていることを、実感する。
絹旗「…………っ」
この場にも、いたくなかった。
絹旗「……私、超どうしちゃったんでしょうね」
今まで、散々殺してきたはずなのに。
両手両足の指を使ってもまだまだ足りない。
それだけの人数を殺してきたはずなのに。
――どうして今更、こんなナーバスになる必要があるのだろうか。
――どうして今更、表の世界を恋しい愛しいと感じるのだろうか。
決まっている。
少年が見せてくれたから。
楽しさを。
輝きを。
私に。
絹旗「――上条、当麻」
いま、会いたい。
そう願う時点で、もう致命的だ。
これ以上は、いけない。
もう、戻れなくなる。
絹旗「……次で、超最後にします」
それで、別れる、と。
絹旗最愛はそう決めた。
元々、普通なら交わることのなかった線。
それがなんの偶然か交わり。
そして、繋がった。
楽しかった。 嬉しかった。
それも、もう終わる。
終わらせる。
絹旗「……あれ?」
ぽとん、と一つ。
地面に雫が垂れた。
雨なんか降っていない。湿り気なんて何一つ無い。
ならば、この雫はなんだろう。
絹旗「―――――」
彼女は空を見上げる。
あの映画鑑賞会の日と同じように、星は満天に輝いていた。
思い出すのは、少年の笑っている顔。
また会いましょう、と絹旗言った時に答えた、肯定の表情。
どれだけ諦めようとしても。
どれだけ闇に戻ろうとしても。
やはり、彼の事を思い出す。
絹旗「ああ――」
会わなければ良かった。
あそこで死んでいればよかった。
それなら――こんな苦しみを感じる必要などなかっただろうから。
結局のところ、絹旗最愛は。
絹旗「超、不幸です」
不幸、なのだった。
思い出すのは、少年の笑っている顔。
また会いましょう、と絹旗言った時に答えた、肯定の表情。
どれだけ諦めようとしても。
どれだけ闇に戻ろうとしても。
やはり、彼の事を思い出す。
絹旗「ああ――」
会わなければ良かった。
あそこで死んでいればよかった。
それなら――こんな苦しみを感じる必要などなかっただろうから。
結局のところ、絹旗最愛は。
絹旗「超、不幸です」
不幸、なのだった。
携帯電話が鳴った。名前を見る。
『絹旗最愛』――上条当麻は自分が直前まで寝ていたことを忘れ、電話に出る。
上条「どうした、絹旗?こんな朝っぱらから……」
絹旗『……超当麻』
上条はその声の響きに、どこかもの悲しさを感じた。
絹旗『今日も――超会えますかね』
最近、ずっと会っている。映画だったり、ゲーセンだったり。
描写はしていないが、カラオケに行ったりした日もあった。
それ以外にも、たくさん、沢山。
だから、上条にとってそんなのは今更だった。
上条「ああ、大丈夫だ。同居人はいつもの通り、他に預けてあるからな」
絹旗『そう、ですか』
――よかった、と。
小さい声だったが、確かにそう聞こえた。
絹旗『それじゃあ、追って超連絡します』
絹旗はそう言って、返事を待たずに切る。
上条は、電話が切れた後も携帯をじっと見つめていた。
土御門「にゃー、カミやん、ゲーセンいこうぜい」
上条「すまん、今日も用事があるんだ」
またかいなー、と青髪ピアス。
青髪「また絹旗ちゃん?すきやねぇカミやん。ボクはロリ属性にも目覚めてくれてうれしいわ」
上条「そんなんじゃねぇって」
おそらく、と文末に小さく呟く。
土御門は何か考え事をしているのかいつもの表情のまま固定されている。
そして動いたかと思うと、上条の肩をたたき、青髪には聞こえない音量で言う。
土御門「カミやん……あまり、あいつには深入りしないほうがいい」
その言葉に何か真剣味を感じた上条は、横に首を振った。
そして、土御門のサングラスの下にあるであろう目を真っ直ぐに見つめる。
上条「生半可な覚悟で、誰かと関わるつもりなんてねぇよ」
土御門「……そうか」
次の瞬間には既にいつもの土御門に戻り、『それじゃー俺たちは男ふたりで寂しくゲーセンにいこうぜい』と青髪ピアスと肩を組んで出て行く。
きっと、彼なりに気を使った結果なのだろう。
上条「……よし」
上条は土御門に言われたことで決意を新たにし、待ち合わせ場所へと行く
待ち合わせ場所では、絹旗が立っていた。
いつものニットのワンピースは、今日も限界値を保っていた。
上条はそれにゆっくりと近づき、軽く片手を上げる。
上条「よぉ絹旗」
絹旗「……こんにちは、超当麻」
なんとなく、はがゆい感じがした。
いつもは絹旗から寄ってきて、今日は〇〇へ超行きます、と行った具合だったから。
挨拶から始まるのは、逆に新鮮だった。
上条「……で、今日はどこにいくんだ?」
絹旗「……どこにも」
上条が聞くと、首を振りながらという予想外の答えが帰ってきた。
とりあえず娯楽施設は一周したから、今度はまた映画かなーと思っていただけに。
絹旗「超、ここでいいです。一先ずはのんびりしていきましょう」
……と、絹旗が指を指すのは、学園都市内外に存在する全国チェーンのファミレスだった。
絹旗「私は超チョコレートパフェ。当麻は?」
上条「俺はアイスコーヒーで」
かしこまりました、とウェイトレスが注文を受け取り去っていく。
上条と絹旗は向かい合い、共に沈黙する。
今までこんなことはなかったかのように思う。
いつもはもっと笑って、気軽に触れ合って……笑顔があった。
だから、上条はこんな空気に耐えきれずに。
上条「……ご、ご趣味は?」
などと、ギャグに走ってしまうのだった。
その発言に絹旗は少しばかり目を見開いた後、視線をそらして答える。
絹旗「超C級映画の……鑑賞です」
絹旗「それじゃあ……貴方の……好きなものは?」
ゆっくりと問いかけられた問いに関して、これまたゆっくりとした様子で答える。
上条「えっと……食べ物で嫌いなものはほとんどなくて……」
絹旗「それじゃあ……超好きなタイプは……?」
上条「好きな……タイプは…………」
上条当麻の好みは、年上のお姉さんだ。
けれど、本当にそうだろうかと上条は自問する。
それは、今まで見たことの無い人種にあこがれを持っているだけなのではないか。
上条(俺が――俺が好きなのは――――)
上条当麻が好きなのは。
上条「……多分、年下の……可愛いこ、かな」
その回答に、一瞬間をおいた後、
絹旗は恥ずかしそうにその顔をそらした。
直後、丁度タイミングよくパフェとアイスコーヒーが運ばれてきて、まったりと一問一答をしながら過ごすことになる。
そうして適当に過ごした後、二人は街中をただ歩く。
隣によりそう……まではいかないが、傍から見ていれば彼氏彼女か或いは兄妹に見えるほどに近くにいた。
そんななか、絹旗はんー、と唇に指をあて、そして提案する。
絹旗「超ショッピングにでも行きましょうか」
上条「ショッピング?何見るんだ?」
服を、と絹旗。
行き先はセブンスミスト。中高生の女子にそれなりに人気の服屋だ。
それなりにというのは、この店が普通だからとしかいいようがない。
上条には普通の店というのがあまりどういうのかがわからかないが、過去の自分ならきっとこの店を知っていただろう。
とりあえず一番上までのぼり、一角のコーナーに入って絹旗は物色し始める。
上条はただ後ろでつったっていることしか出来ない。
やがて
絹旗「それじゃ、当麻はここで超待っててくださいね」
そう言って絹旗は更衣室の中へと入る。
上条はやはり待ちぼうけ。
洋服ショッピングと言うのはやはり女子が主役なのだ。
上条「……全国の彼女もちの男子の気持ちが、少しだけ分かった気がする」
彼を少しでも知る他人からしてみれば、むしろ今までわからなかった方に驚くはずだ。
と、次の瞬間に更衣室のカーテンがバッ!と勢い良く開く。
そこには、いつものニットのワンピースではなく、夏用の薄い生地のそれだった。
髪の短さも相増して、田舎で元気に遊んでいそうな少女を連想させる。
そんな絹旗に上条は目を丸くして魅入る。
絹旗「どうですか、超当麻?」
そんな問い掛けに上条は自我を取り戻し、どもりつつも答える。
上条「い、いいんじゃないか?すげぇ似合ってるし」
上条は月並みなセリフしか言えない自分にそこはかとなき嫌悪感を感じた。
それでも絹旗は嬉しかったのか、淡い笑みを浮かべてくるりと一回転する。
絹旗「ふむ、では超当麻。これと同じタイプの違う色を超持ってきてもらえますか?」
くい、とワンピースを両手で軽く上げてそれを示す。
上条は絹旗の行動にどぎまぎしながらも、先程彼女が物色していた辺りを探して色違いを持ってくる。
上条「ほ、ほら」
少し震える手で手渡し、絹旗はそれを広げて自分に合わせて更衣室の鏡を見る。
絹旗「どっちも似合いますね……ああ、超可愛い私には何でも超似合うってことですね」
上条「まぁ、確かにかわいいけどな……」
絹旗「ん?超当麻、何か言いましたか?」
上条「い、いや、上条さんは何も言ってませんのことよ?」
ボソと呟いた一人言に反応されて上条は誤魔化すようにそっぽを向いた。
絹旗はそれにあえて深く突っ込みを入れず、そうだ、と思い浮かんだように上条に振り向く。
絹旗「当麻は私にどっちが超似合うと思いますか?」
上条が持ってきた方を横に出し、問いかける。
上条的にはどちらも絹旗には似合っていると思うため、どちらも買えばいいと思うのだが。
それは、何か違った気がした。
絹旗はきっと俺だから聞いてくれている。俺の好きな方を選ばせてくれている。
そう考えて、上条は率直な自分の趣味で選ぶことにする。
上条「そっちの、白のほうが……好きかな」
絹旗「超当麻的には、純真な汚れを知らない女の子のほうが好きなんですね」
上条「なんだよその解釈はっ!?」
冗談ですよ超冗談、と絹旗は笑いながら再び更衣室に入る。
どうやら買うものは決めたらしい、恐らく元の服に着替えるのだろう。
そうして絹旗の入った更衣室を眺めていると、
ストン、と。
何もしていないのにカーテンが落ちた。
勿論、そこには着替途中の絹旗がいるわけで。
下着姿のまま、下から服をかぶろうとしてバンザイしていた無防備な状態だった。
絹旗「…………」
ぎにゃーっ!!と上条は脳内で叫ぶ。
以前にも風斬とインデックス相手にこんなことがあった。
何もしていないのに振りかかる災い。
まさしく、不幸。
上条は絹旗が前と同じように自分を持ち上げて地面に叩きつけるのではないかと身構えるが、
絹旗「………………」
予想に反して、絹旗はそのまま服を着て何事もなかったかのようにカーテンを拾い上げ、そのまま服も持ってレジへと向かう。
そして、これが突然落ちたことと白いワンピースを購入する旨を告げ、代価を支払いそしてそのまま店を後にする。
上条は慌ててそれを追いかけて恐恐と話しかける。
上条「あ、あのー……絹旗、さん?」
絹旗「……………………」
絹旗は何も返さず、そのままセブンスミストを出る。
そして、出た瞬間にピタリ、とその動きを止めて、
絹旗「超上条殺す!!」
上条「やっぱりこのオチかよちくしょう!っていうか何度目だよこれ!!」
二人は騒ぎ、それは通報を受けた空間移動の風紀委員が駆けつけてくるまで続いた。
そんなこんなで夕方。
彼らは二人、第七学区にある一つの公園で子供たちが遊んでいるのをベンチに座りつつ眺めていた。
上条「……なんか飲み物買ってくる。絹旗はなんか飲むか?」
絹旗「んー……では、超黒糖コーラで」
うーい、と上条は返事をして付近の自販機の方へと歩いていく。
絹旗はそれを数秒見て、再び視線を子どもたちへと戻す。
絹旗「……超平和、ですね」
彼らに保護者はいない。いるのは保育士のような世話役が二人きりだ。
『置き去り』――
学園都市に入学費のみを支払われ、寮に入れたことを確認してから行方をくらまされた子どもたち。
簡潔にいえば、親に捨てられた子供達のことだ。
絹旗もその一人。
絹旗(……彼らは、これから先どうなるんでしょうね)
自分の時は、もう実験対象にされていた。
今は大丈夫そうに見えるがこれから先その保証はできない。
それでも、きっと自分よりは幸せなのだろう。
まだ世の中を信じていける分だけは。
彼女と彼らを分けた差はなんなのだろうか。
確たる理由など存在しない。そもそも、絹旗でなくとも良かった。
『置き去り』であれば、きっと誰でも。
不幸。
最近、この言葉ばかりボヤいているような気がした。
絹旗「はぁー……っ」
大きく溜息を一つ。
運だ。自分と彼らを分けたのは、運に他ならない。
けれど、絹旗最愛は別に彼らを呪おうとは思わない。
そうすることで自分がどうにかなるわけでもないし、得られるのはただの自己満足のみ。
それに――きっと、あの少年もそれは望まないだろう。
闇の中から自分を見つけてくれた少年も、きっと。
上条「はぁ……不幸だ…………」
噂をすればと思って見ると、上条はガックシと肩を落としてジュースを持ってきた。
聞けば、千円札が飲み込まれたらしい。
思わずクスリとしてしまう。それは確かに『不幸』であるから。
上条「笑うなって……俺にとっちゃ深刻な問題なんだからさ……」
絹旗「いやいや、それでも……当麻はやっぱり超当麻ですね……ふふっ」
上条は絹旗が面白そうにしているのを見て、自分を笑われていることも気にせずに安堵の表情を浮かべた。
空は真っ赤に染まり、カラスが鳴いている。
絹旗はそれを見上げて目を閉じた。
風を感じる。隣にいる存在を感じる。
目をつむっていても、わかる。これらは光の存在だ。
闇に浸っていた私が一緒にいていい場所、並んでいい存在ではない、と。
絹旗(正直言って、超名残はつきませんが――)
終わらせる。
上条当麻との接点を、今日限りで何一つとして断つ。
さてと、と絹旗はわざとらしく声を張り上げて、後ろ手を組み、上条に振り向く。
絹旗「超当麻っ、今日もありがとうございました」
さぁ、別れよう。
いつもと同じように大手を振って別れ、それきり二度と交わることの無い道を歩もう。
絹旗はそうする、はずだった。
だが上条は言い淀み……そして、絹旗の目を見た。
上条「……ああ、こちらこそ」
上条「……なぁ、絹旗。明日も、会わないか?」
絹旗「え……?」
幻聴かと、絹旗は思った。
今まで遊びに誘ったのは絹旗であって、上条は一度も誘ってきたことなどないからだ。
なのに――最後の最後になって――――
絹旗は湧き上がる思いを押し殺して、喉から声を搾り出す。
絹旗「っ……明日は、超用事があって……」
上条「なら、明後日は?」
上条は間髪入れずに問いかける。
絹旗は首を横にふった。
適当にうなずけばいいのだ。そして、その約束を破ればいいのだ。
けれど――それが、絹旗最愛にはできなかった。
彼に嘘を付くことが、彼女の頭ではなく心が良しとしなかったから。
絹旗「これからはっ……超、忙しくてっ……!」
上条「どうして忙しいんだ?」
絹旗「っ、そ、そんなの、当麻には超関係ないでしょうっ!!」
上条「そうだな、関係ない」
絹旗が勢いでいった言葉を、上条は肯定する。
しかし、それで引くことはない。
上条「けど、俺には聞く権利がある。絹旗には言う義務がある」
絹旗「なんでですかっ、超意味不明ですっ!ちゃんと説明してくださいっ!」
上条「それは……その…………あれだ」
そこで上条はつまり、絹旗から視線をそらす。
ここで絹旗はここぞとばかりに追撃に出た。
絹旗「ほら、早く超いってくださいよ!」
絹旗「超言えないんですか?言えないんですよね!?」
絹旗「なら私は――」
――ここでさよならです。
その言葉が出る前に、上条はその右手で絹旗の肩をつかんだ。
自分の言葉から逃がさないために。目をそらさせないために。
上条「ちげぇって、最後までちゃんと聞けよ」
上条の言葉が真剣味を帯びる。鋭くなる。
それを聞いたのはきっと、あの路地裏以降初めてだ。
絹旗「っ、はなせっ、超はなせっ!」
ブンブンと腕を振るが能力は発動せず、ただか弱い腕が振り回されるだけだった。
小学生並に見える女の子の力と、喧嘩慣れしている高校男子の力。どちらが上回っているかなど聞くまでも無い。
上条「俺がお前の理由を聞かなきゃいけない理由はな……」
聞いちゃいけない、と絹旗の本能が叫んでいた。
絹旗はそれを聞くまいと放せ、放せと喚きながら腕を上条に向けて振る。
それも虚しく。上条はその『致命的』な言葉を告げる。
上条「俺が……お前のこと、きっと好きだから……さ…………」
絹旗「―――――――」
嬉しかった。
最高に、超、嬉しかった。
けれど。
今更それがなんだというのか。
いや、今更でもない。初めから、これはありえてはいけなかった。
麦野は言っていた。『火遊びもほどほどにしろ』と。
表の世界で多少の交流を持つことは許されても――穢れている自分が恋人をつくることなど、ありえないのだ。
だから、絹旗最愛は、
これを断ろうと、口を開いて、
開いて、
開いて、
開いて――
絹旗「っ…………!」
その歯を噛みしめる。
言えない。チャンスだというのに、ここで断ったら終われるというのに。
言葉が、出てこない。
代わりに溢れてくるのは、頬を伝い流れてくる一筋の雫。ポタ、と跳ねない地面に落ちる。
それを見せたくなくて、絹旗は目に力を入れてうつむいた。
絹旗(ああ――――もう、超だめです)
今日限りで、終わらせようとした。諦めようとした。
それが、結局はこんな風につながってしまうなんて。
絹旗(超不幸です――)
心底そう思った。
上条「それとさ……」
絹旗は上条が紡いだ言葉に顔をあげる。
まだなにかあるのか。
その顔はそういいたげだった。
上条「絹旗……何か悩んでるみたいだろ?いつもならメールなのに今日に限って電話だったし、実際にきてみたら少し様子おかしいし……」
あ、と口の中で呟く。
そういえばそうだった。あの時は少しでも彼の声が聞きたくて、思わず電話してしまったのだ。
それに合わせ、いろんな要因が重なり。
一つ一つはバラバラのピースなのに、合わせれば一つの答えが現われて。
上条当麻は、絹旗最愛が何かに悩み、苦しみ、そして自分の目の前から去ろうとしていることを察したのだった。
絹旗は思う。
やはりこの人には敵わない。
どんなに逃げても何れは捕まってしまう……そんな気がした。
ポロポロと、流れ落ちるそれは止まろうとせず。
視界がボヤけて、まともに目も開けられない。
そんな中、彼が手を伸ばして自分のそれを掬ってくれて。
瞬間、絹旗の感情が決壊する。
その場に絶叫が響き渡った。
夕日は既に沈んでいて、夜の時間はもう始まっている。
絹旗が泣き止んだ後、二人は再びベンチに座って話を続ける。
絹旗「超例え話をしましょう」
あるところに道を極めた組があった、と。
その中の舎弟の一人がうんざりしてやめたくなった、と。
しかし既に舎弟の手は汚れていて表の世界には帰れない、と。
上条「えと……それは、絹旗が変に落ち込んでた事情と関係があるのか?」
絹旗「ええ、超これと似たような状況だと思ってくれて結構です」
上条はこれより数段下のレベルだと考える。
常盤台中学には派閥というものがあるらしい。それに似たようなものかな、と適当に推測をつけた。
しかしながら、実際は逆である。組は学園都市、汚れている手は穢れている。
絹旗は真実を知ったら超当麻はどんな表情をするでしょうね、と自嘲した。
上条「んー……絹旗は、もう嫌なんだろ?」
絹旗「はい。超真っ当な生活を、知ってしまいましたから……」
当麻と一緒に、なんて付け足そうとした言葉は飲み込んだ。
そんなことをしたら恥ずかしくて、つい能力を使ってしまいそうだから。
上条「……難しい問題だな」
上条は考えた末にそんな言葉を発した。
上条「それは絹旗のグループ内の問題であって、俺が口を挟めるわけじゃない……結局は絹旗が決めることだからな」
上条はそう結論を出す。それに対して、絹旗は少しだけがっかりした。
上条が言うなら、今すぐにでもやめると連絡してもいい覚悟だったから。
けれど、こうとも思う。
上条はどちらを選ぶのか、自分に選ばせてくれている、と。
絹旗「超そう、ですね」
絹旗はほっ、と息を吐く。手の中にある缶を能力で圧縮し、通りかかった清掃機械に投げた。
回収されたのを確認してから、背伸びをし、上条の顔を覗き込んで告げる。
絹旗「わかりました。私が自分で、超決めて超決着をつけてきます」
上条「おう、頑張れよ」
上条はぐっ、と目の前に拳を突き出した。
一瞬だけ戸惑ったが、絹旗もそれに拳をつきだし、かつん、と合わせる。
上条「メールでも電話でも……連絡、待ってるからな」
絹旗「……もしかしたら、連絡すら行かないかもしれないですけどね」
上条「いやいや、上条さんは面と向かってフラれるまでは諦めませんのことよ」
そういえば告白されたんだっけ、と絹旗は思い出し体温が上昇するのを感じた。
まともに上条の顔を見られなくなり、ぷい、とそっぽを向く。
絹旗「そ、それじゃあまた今度会いましょう、超当麻っ!」
あまりに絹旗は恥ずかしくなり、
返事を待たずにその場からダッシュで立ち去るのだった。
数日経過して、絹旗の決意も決まった頃。
『アイテム』の招集が『電話の相手』からあった。
麦野沈利、滝壺理后、フレンダ、絹旗最愛。
学園都市の暗部、『アイテム』の正式メンバー。
彼女らは今、いつものファミレスではなく第三学区にある高級サロンに陣取っていた。
理由は単純解明。
これからまた仕事が始まるからだ。
麦野「『電話の相手』からはまた盗人だって。ま、今回は前回相手した奴らのオペレーターみたいなものらしくて、こいつで本当に最後みたいね」
麦野はソファーにその身を沈めながら投げやりに説明する。
その程度の知識は皆既に聞いているからだろう。
フレンダ「前と同じレベル以下でしょ?結局、私たちが出る必要はないって思うわけなんだけど」
麦野「上からなんだから仕方がないじゃない。ま、ウチも『猟犬部隊』に任せておけばいいとは思うけどね」
相変わらずサバ缶を開けているフレンダに麦野はそう答え、次に滝壺を見る。
麦野「滝壺は今回もお留守番。ここで待機でもしておいて」
滝壺「…………うん」
本当にわかったのか、滝壺は寝ぼけ眼のまま麦野の言葉に頷く。
戦闘で能力者以外に使えない事は勿論だが、きっと此処に残ってバックアップをしてもできることは特に無いだろう。
だからこそ、『お留守番』なのだ。
麦野「じゃあフレンダ、絹旗。行くわよ」
麦野はソファーから腰をあげて、フレンダもそれに続く。
しかし、絹旗はいつまでたっても携帯を握ったまま動かない。
それを不思議に思った滝壺が声を掛ける。
滝壺「……きぬはた?」
絹旗「え?あ、はい超なんですか滝壺さん」
あたかも今気づいた、とでも言うように振舞う絹旗。
否、本当に今気が付いたのだ。
フレンダ「結局さ、絹旗は仕事の話を聞いてなかったってわけね」
絹旗「超失礼な。少しは聞いてましたよ」
滝壺「大丈夫、きぬはた。私はそんな話を聞いてないきぬはたを応援してる」
絹旗「滝壺さん、最近私にそれしかいってないような気が超するんですけど……」
麦野「………………」
そんなことないよきぬはた。と滝壺は軽く首を横に振る。
それに釈然としないながらも、絹旗も立ち上がって麦野とフレンダの後ろに続いた。
絹旗「じゃ、滝壺さん。またあとで」
滝壺「うん。じゃあね、皆」
三人はその場を後にして、高級サロンを出る。
一人についてどうして三人でいくんだろう、とフレンダは思った。
リーダーである麦野が言ったことだから大して気にはしてなかったが、よくよく考えてみると変な話だ。
常識的に考えれば、一人目が外した時の二人目、三人目だが……
フレンダ(……ま、私が気にしても仕方が無いか)
本命の爆弾を中心に、幾つかのフェイクを設置する。
準備完了。後はターゲットを待つのみ。
フレンダ「結局、最初の私で仕留めて終わりなんだろうけどね」
麦野は少し先のビルの屋上。
絹旗はその少し先の場所で大通りを遮るように待機している。
結果、フレンダがはじめになるわけだが、彼女は自分はまず外さないと思った。
だからこそ……麦野が戦闘要員全員を引き連れてきた理由がわからないのだ。
瞬間、怖気が頬を撫でる。
ゾクッ!と全身の毛が逆立った。
後ろを振り向くが、そこには誰もいない。どうやら自分に向けられたものではなかったようだ。
もし、あれが自分に向けられていたものだとしたら……
斜めにバッサリと切られ、死んでいたかもしれない。
フレンダ「………………」
フレンダ(結局、私一人……なわけね)
フレンダはようやく麦野の行動の意味を察して、ターゲットを視認出来る場所に移動する。
――ほんの少し前。
絹旗は道路に立っている電信柱によしかかっていた。
思うのは、この仕事のこと。
絹旗(ま、私に回ってくる前に超終わるんでしょうけど)
きっと、フレンダが初めに終わらせてくれる。
その後、高級サロンに戻って、滝壺と合流して。
それから――
携帯『トウゼンノークルシミヲー』
携帯が鳴る。
絹旗は思考を中断して携帯に出る。
絹旗「はい?超誰ですか?」
麦野『ああ、私よ私』
電話の相手は麦野。
突然の電話に絹旗は少々眉を顰めたが、受け答える。
絹旗「超なんですか?もう始まるはずですけど」
麦野『一応ね。フレンダや私が外すことはないだろうけど、万が一の時はよろしくってこと』
珍しいと絹旗は思った。
こういった用事で麦野がかけてくることなど今までにはなかった。
逆に、失敗しても私が殺すから邪魔するなぐらいのことは言ってきそうなものだ。
しかし、やはりそう思った通り――要件はまだ別にある。
麦野『あー、そうそう』
麦野『火遊び、終わったかしら?』
絹旗の喉が干上がった。
これが要件か、と深呼吸しながら思う。
麦野は続け、
麦野「あまり続けても、」
絹旗「その件についてですけど」
絹旗は麦野の言葉を遮った。
本当は、皆揃ってから言うつもりだった。
少なくとも多少の報告はしていたのだから、それが筋だと思ったから。
だが、こうして場を用意したのならまた話は別だ。
絹旗は相手を『アイテム』の代表として、告げることを今決めた。
絹旗「私、この仕事が終わったら――『アイテム』を抜けようかと思います」
バチュン、と。
頬、いや耳のすぐ横を、少量の髪を、それが消し去った。
携帯を直撃し、弾かれ、落ちる。それにつられるように絹旗は視点を上に移した。
それが、『敵』が撃ってきた方向だから。
ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね――
『アイテム』のリーダーである麦野沈利は。
『アイテム』を抜けようとした絹旗最愛に。
その能力、『原子崩し』を、なんの躊躇いもなく、撃ち放った――
ゾクリ、と絹旗は本能で察した。
殺される。
絹旗「…………っ!」
幸い、麦野は屋上。
いくら『原子崩し』なんていう途方もない能力を持っていたとしても、この差はかなり大きい。
しかし。
そんな常識を簡単に覆すのが、レベル5だ。
ズドン!と麦野は屋上から絹旗の逃走経路に立ちはだかった。
麦野「……ごめんねー、さっきつい手が滑ってさ。一撃で殺してあげられなかったわ」
何度も言うようだが、絹旗最愛の能力は『窒素装甲』。空気中のNを操る能力。
文字通り、相手にならない。
逃げの一手。
逃げ切れるかどうかは分からない。
それでも……それでも――と。
絹旗は少しでも可能性のある方向へと全力で走る。
麦野「逃げても無駄だってさー……わかんないかなぁっ!!」
瞬間、絹旗は迷うことなく全力で横っ飛びした。態勢など気にしない、能力で無傷にできるから。
雷撃に見えるそれが通り過ぎて、直線上にあった電信柱をオレンジ色に染め上げる。
突然として支えを失ったそれがそのまま保てるわけもなく、ぐらり、と麦野と絹旗の間に割って入るように倒れてきた。
麦野は舌打ちし、バシュン、とそれをなんてことなくぶっ飛ばす。
そして見やると、絹旗はもう既にその場から消えていた。
恐らく付近の路地裏に入ったのだろう。
麦野は目を細めた。
『原子崩し』は曲がり角が多い場所ではうまく機能しない。遮蔽物が邪魔するからだ。
だが、追いかけるしかない。
仕方がなしに、麦野は絹旗が入ったであろう路地裏に入ることにする。
タンタンタン、と一定のリズムで絹旗は路地裏を駆ける。
つい最近もこんなことがあった。
あの時は能力が完璧なまでに封じられて――本当にどうしようもなかった。
運良く通りかかった高校生に助けてもらったが、今回はまるで学区が違うため、その運にも期待できない。
絹旗(今回は能力は超使えますけど――)
危険度が段違い。
レベル5なんてものは、レベル3から4の間と違って圧倒的な差がある。
一人で軍隊と戦える力を持った能力者――それが、超能力者《レベル5》。
確かに相手も人間であり、第一位と違って不意をうてば勝てない相手ではないが……
既に、立場は確立している。
追う者と追われる者。狩る者と狩られる者。
その立場が、断固として示されていた。
絹旗(でも私は――超決めたんです)
あの人と一緒に生きる、と。
表の世界に帰って、普通の恋愛をする、と。
絹旗「だから、私は……」
超、生きてみせる。
だが、
麦野「きーぬはたあ」
だが、一言その声が聞こえただけで、絹旗の全身が危機感を訴えた。
飛び込み、そのまま前方回転。
回転を初めた時の一瞬、ズバア!と光線の束が絹旗の居た位置を貫く。
走っている勢いをほぼ殺さずに、絹旗は起き上がって角を曲がる。
直撃した壁を一瞬見ると、やはりそれはオレンジ色に染まって溶けていた。
麦野「へぇ、今のかわすんだ」
背中に麦野の声がぶつかる。僅かながらに賞賛を含んだものだった。
どうやったのかは分からないが、あまりにも早い。
鬼ごっこをしていたらすぐに追いつかれる。
それでも――
それでも、と。
絹旗「私は、超生きるって、決めたんですからっ!!」
繰り返し、繰り返し。
まるで魔法のように唱える。
そうすることで、それが本当になるかもしれないから。
麦野「……絹旗ぁ、あんたさぁ……本当に帰れると思ってるワケ?」
真横から。
ダンッ!と後ろに飛び、目の前を光の筋が横切る。
次の瞬間には再び、ダッシュ。
ズバン、ズバン、ズバン!とまるでハリウッド映画のように絹旗の通り過ぎた場所をそれは貫いていった。
麦野「私たちの手はさ、酷く汚れてんの」
止んだと思うと、今度は麦野が壁を突っ切って現れる。
背中を向けて走る絹旗を一瞥し、右手を前に向けた。
麦野「なのに戻ろうなんざ……寝言もいいとこだっつぅのっ!!」
ジュドン!!と規格外のレーザーがそこから放たれる。
絹旗は横の壁に全力で体当たりして壁を破り、難を逃れた。
それでも、終わらない。
絹旗「それでも、です!」
聞こえていないであろう答えを返して、絹旗はそこを突っ切り、再び壁に激突。
通りに戻る。
ただし、そこは先程までの狭い路地裏ではなく、車なら二台ぐらい通れそうな道路。
簡単に言えば、一方通行が欠陥電気10032号と戦った場所ほどの広さ。
麦野「きーぬはたあ」
どこからか声がした。
麦野「あんた、馬鹿だね、やっぱ」
裏の世界から表の世界へ戻ろうとする絹旗を嘲笑する声。
麦野「学園都市の闇から、逃げ切れるわけないじゃん」
絹旗「馬鹿でも、何でも――」
絹旗はどこからか聞こえる声に答えようとする。
しかし、それは答えず、
ただ、言う。
麦野「誰も、あんたに意見求めてないから」
瞬間、
空から光が降ってきた。
絹旗は避けようと前に前に動こうとするが、
その幾つもの閃光は、絹旗の足を貫いた。
絹旗「――――――――っ、」
遅れて、絶叫。
絹旗「っづぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ぁ゙あ゙っっっ!!」
がくん、と足に力が入らなくなり、絹旗はうつ伏せに倒れる。
足がまともに動かない。動くはずが無い。
穴が開いている。それもたくさん、たくさん。
これで動く方がおかしいのだ。
ズダン!と麦野沈利が上から降ってきた。
絹旗のすぐ横にたち、見下ろす。
麦野「絹旗ぁ……暗部を抜けようなんて、無駄なの」
絹旗はそんな麦野から逃げようと腕と能力で自身の体を引きずる。
麦野「あいつに何をそそのかされたか知らないけど……帰ろうだなんて無謀も無謀」
少しでも、生存する確立を高めるために。
少しでも、光の世界に近づくために。
麦野「さて、どうしてあげようかな?まずは顔からやっちゃう?それとも、×××をジュージュー焼いてやろうかぁ!?」
最も強いものこそが、裏のルールだ。
そんなルールが、告げる。
麦野「……けど、絹旗。今ならまだ許してあげる。表の世界を諦めて――『アイテム』に戻りなさい」
ぴたり、と絹旗の動きが止まった。
ぐっ、と腕に力を入れて、態勢を入れ替え、腰を持ち上げて麦野と向き合う。
その息は満身創痍を表していて、顔は蒼白色だった。
麦野「さ、戻るわよ絹旗。フレンダがもう仕事を終わらせてる、今日はもう帰るだけよ」
麦野は手を差し伸ばした。
闇の世界への誘い。これをとれば、助かる。生きていける。
散々決めた決意を揺らがせる、一つの選択肢。
……そして、絹旗はその手へと――
掴んだ、石を投げた。
麦野の手は軽く弾かれて、ぶつけられた石は地面へと落ちる。
確かに、その手をとれば助かって、生きていけたかもしれない。
けれど。
それを掴んだら、もう二度と、あの少年とは会えなくなるから――
絹旗「超、お断りします……」
絹旗は言う。
彼と一緒の世界でなければ、生きていく価値はない、と。
死んでも、その意志は変えない、と。
麦野「……そう」
麦野の声は平坦で。
ゆっくりと持ち上げるその腕の周りには白い光が舞っている。
死ぬ――
絹旗は実感なしにそう思った。
本当なら、きっとあの場で銃に撃たれて死んでいた。
それを引き伸ばしてくれたのは、あの少年だ。
光を与えてくれたのも、生きたいと思う意志を与えてくれたのも、あの少年だ。
やっぱり、少年――上条当麻は。
絹旗最愛にとってのヒーローだったのだ。
けれど、その『希望』ももうじき黒く塗り替えられる。
自分が、その生命を断つことによって。
……もう、十分だった。十分すぎた。
なぜなら、こんなにも幸せな気持ちに、彼はさせてくれたのだから――これ以上は我儘に、なってしまうから。
麦野「死にさらせ」
絹旗の視界が、その光で真っ白になる。
――さようなら、超当麻――
――連絡出来なくて、超ごめんなさい――
絹旗が最後に思うのは、それだけだった。
――けれど。
少女の『希望』は――まだ、尽きない。
「き、ぬ――――絹旗ァアアアアあああああああああああああああああ!!!」
聞きなれた少年の声が聞こえた。
――絹旗最愛にとっての、ヒーローの声が。
数多もの閃光は、彼の右手に触れただけでその輝き、煌きを失って宙を霧散する。
流石の第四位もそれには驚かないでいられない。
何もかも、この世に存在するあらゆるものなら何でも貫けるであろう能力、『原子崩し』を、ただの右手で防いだのだから。
絹旗「超、当麻っ…………!」
『幻想殺し』――上条当麻。
その少年は、一人の少女の『希望』を守るためにやってきた。
上条「絹旗……随分と、遅れちまったみてぇだな……!」
なんで、どうして。そう思わずにいられない。
住まいは第七学区で、学校もその学区。
こんな深夜に、こんな場所にくる理由なんて、何一つないはずなのに。
このヒーローは……どうして、やってこれたのだろう。
けれど、この救世主は、そんな理由などどうでもいいとでも言うように麦野沈利へと拳を向ける。
麦野「そうか、てめぇが……『幻想殺し』……!」
第一位を打ち破った無能力者。
その少年が、今第四位の前に立ちはだかる。
上条「絹旗は……返してもらうぞ!」
ダンッ!と上条は麦野へと拳を振りかぶる。
相手から発せられる閃光は一つでも当たれば致命傷。
だというのに、少年はまるでひるまない。
麦野沈利の『原子崩し』には格好の的だ。
彼女は上条の心の臓へと照準を定めて、放つ。
麦野「はっ!とっととクタばっちまえよォオオオおおっ!!」
バシュン!と発せられた光線は、なしげもなく振られた右手にかき消された。
ありえない。
この距離で、あのスピードで、『原子崩し』を防ぐなんて。
パァンッ!
麦野の顔に、上条の拳が叩き込まれる。
派手に後ろに飛び、数メートル吹き飛ばされた。
麦野「ぶっ……!」
無様に声を発して、地面に倒れる。
絹旗「当麻っ……!超当麻っ…………!」
絹旗が麦野を倒したことに、後ろから声を投げかける。
けれど上条は振り向かず、握った右手も開かない。
上条「……後ろへ、飛んだな」
上条は静かにいい、そして麦野もそれに反応する。
ぴくり、と指先が動き、ゆっくりとその身を持ち上げる。
麦野「……よく、わかったわね『幻想殺し』」
感触があまりなかったから、と上条。
それだけでわかるのもおかしいとは思うが、上条には今までの経験がある。
少し間が開き、上条はぶつけるための一方的な言葉ではなく話しかけるために言葉を投げる。
上条「お前……絹旗の言ってた、リーダーだろ……?」
上条「どうして、派閥から抜けるだけで絹旗を始末しようとすんだよ!おかしいだろうが!!」
派閥?と麦野は少しばかり首をかしげるが、すぐに合点がいき、笑う。
麦野「ふっ……絹旗、そういうふうに説明したの……これは実際にはもっと深いものなのに?」
上条「……どういう意味だ?」
麦野は上条の後ろの絹旗を見る。上条もつられて、そちらをみた。
彼女の表情は――驚きと、恐怖で青く染まっていた。
絹旗「やめて下さい、麦野っ!超当麻に、そんなこといわないでっ!!」
その反応をみて、やっぱり、と麦野の笑いは深くなる。
滑稽だ。
絹旗は上条に全てを曝け出しておらず、そして助けに来た上条に裏切られて死ぬのだから。
とても、滑稽だ。
麦野「ふふふ……はははははっ、アハハハハハハハハッ!!」
上条「……何が、おかしいんだよ」
上条の問いに、麦野はやはり面白そうにする。
麦野「当然じゃない……なぁ『幻想殺し』。てめぇは、絹旗が裏で何をしてたか知ってるの?」
絹旗「やめて……やめてぇええええええっ!!」
絹旗の悲鳴を聞きながら。
麦野は光悦とした表情で告げた。
麦野「殺しだよ、人殺し」
っ、と絹旗の喉が引きつったような音を立てた。
隠していた。
隠したかった。
それを……いとも簡単に告げられた。
麦野は楽しそうに、そして怒りとともに上条を糾弾する。
麦野「てめぇが好きなそいつは、もう何十人っていう単位で人間を殺してんだよっ!!」
上条は答えない。
麦野「はっ、本当に滑稽だわ!てめぇが守りたかったやつは、とっくの昔から穢れてたんだからよぉっ!!」
上条は答えない。
麦野「なんとか言ったらどうなんだよ『幻想殺し』!てめぇのその幻想は簡単に砕かれたってことをなぁっ!!」
上条は――上条当麻は、答えた。
上条「それは、お前が絹旗を殺そうとしたことに何か関係があるのか?」
は?と馬鹿でも見たような表情で麦野が凍りつく。
そんな麦野に上条は続ける。
上条「……確かに、絹旗は人を殺したのかもしれない。俺にはそれを確かめる術はない」
上条「けどな……確かに人を殺したからって、その相手を殺していいって事にならねぇだろうが!!人を殺し続けなきゃいけないなんてことはねぇだろうが!!!」
上条「絹旗は俺に言ったんだ。もう辞めたいって。人なんか殺したくないって!!」
上条「俺の幻想は砕かれてなんかいねぇ!俺の守りたい奴は、心まで腐りきったりなんかしてねぇ!!!」
上条「ずっと悪役で居続けなければいけないなんて誰が決めた?何か一つでも過ちを犯したら、何度も犯さなければならないと誰が決めた!?」
上条「善人になっちゃいけないと!光を求めちゃいけないと!そんな法則なんてどこにもねぇだろうが!!てめぇもだ!!簡単に諦めてんじゃねぇぞ!!!」
悪役で居続けなければならない法則なんて無い。
不幸で居続けなければならない法則なんて無い。
絹旗最愛は、麦野沈利は。
その言葉に救われたような気がした。
上条「それでも……てめぇがもし、そんな不幸な、不運な、救いようのない法則が世の中に存在するっていうのなら……!」
上条はその拳を、今まで以上に強く握り締める。
そして、言い放つ。
絹旗へ、麦野へ。
そして、その裏へ潜む何かへ、天から全てを見つめている神様へ。
上条「まずはその幻想をぶち殺す!!!」
その『神様の奇跡《システム》』を叩き壊してやる、と。
それに対して、麦野は。
今の上条の言葉を、全て振り払い。
麦野「なら、それを証明してみろよ『幻想殺し』!!」
ゴッ!!と。
麦野を中心に、光線が発される。
しかし、上条はバチンッ!とその自分に飛んできたそれを幻想殺しで打ち消す。
――が、
上条「ぐぉおおおおおおおおっ!!?」
光線が飛んだのは上条の方だけではない。
四方八方、あらゆる方向に、だ。
そうして高温に弾けたコンクリートらは、不幸にも当麻に振りかかる。
一つや二つではない――六つも七つも、だ。
麦野「どうしたぁっ!!?さっきまでの威勢はどこへいっちまったんだよぉおおおおおおおっ!!」
再び、放つ。
くそっ!と上条は今度は素早く地面に伏せてそれをやりすごす。
コンクリートの破片が当たった左肩や腰、足――血が流れ、鼓動する。
麦野「ほら、ほら、ほらぁああっ!!さっさとぶち殺してみろよ、この私を!第四位の『原子崩し』、麦野沈利をよぉっ!!」
第四位――と上条は口の中で呟く。
瞬間、麦野は地面に伏せる上条へ放った。
がしかし、やはりそれは右手に阻まれる。
上条「第四位……か……」
上条は防いだと同時に、左腕の傷を抑えながらゆっくりと立ち上がり、叫ぶ。
上条「あいにくだけどな……俺はそれ以上の奴と二人ほど戦ってんだよ!!」
第三位『超電磁砲』。
第一位『一方通行』。
彼らも共にレベル5であり、そして――これ以上の修羅場も抜けてきている。
順位は一概に実力とはいえないが、立ち位置さえわかってしまえば簡単だ。
今までくぐり抜けてきた以下のそれを、どうして気に病む必要がある?
上条「いくぜぇええ、麦野ぉおおおおおおおっっ!!」
麦野「『幻想殺し』ィイイイイイいいいいいっ!!!」
上条は叫び。
麦野はそれに答える。
距離はおよそ五メートル強。
お互いに数歩で届く距離。
麦野は『原子崩し』を放つ。
上条は『幻想殺し』を使わず顔をブンッと振って、間一髪でそれを回避。
その右手を振りかぶる。
麦野の右手も、光を帯びる。
粒機波形高速砲をループさせている。当たったらまさしくの、一撃必殺。
それでもやはり、上条はひるむことなく。
ぶつかる直前に全力を込めてそれを右手で払いのけて。
上条「歯を食いしばれよ超能力者《レベル5》――――――」
必殺の拳を封じられて、心臓を凍させた麦野に対して上条は言う。
密着するほどの超至近距離で、獣のように獰猛に笑い、
上条「――――――俺の幻想殺し《レベル0》はちっとばっか響くぞ」
瞬間。
上条の右手は麦野沈利の顔面に突き刺さった。
そして今度こそ、麦野は動かなくなった。
遠くで叫び声が聞こえた。
絹旗最愛――
上条当麻が守りたかった少女。
上条当麻は、『幻想殺し』は果たして。
上条(俺は――――)
少女の『希望《幻想》』を守ることができたのだろうか。
冥土「ふむ、君はまた来たんだね?」
上条「面目ない……」
冥土「ま、今まで通り入院だね?安心していいよ、随分と軽いほうだから」
血を少し失って気絶したのを軽いとは言わないと思うが。
しかし、腕を斬り飛ばされたり、内蔵を圧迫されすぎて破裂の疑いがあったりするよりは確かにましなのだろう。
ちなみに絹旗は、その目の前の医者の『負の遺産』を使って脚部を超回復させたのだがそれは秘密だ。
冥土「それじゃ……彼女さんかい?後は任せたよ?」
絹旗「あ、はい……超ありがとうございました」
絹旗は冥土帰しに対して深々と頭を下げ、出ていったのを確認してからベッドに横たわる上条に近づく。
いつかの時と同じように、腰に手を当てながら。
絹旗「……超当麻、なんで来たんですか……?私が決着をつけるって言ったのに」
上条「……なんでだろうな?上条さんに聞かれても困ります」
上条は窓の外を見遣った。
そこには雲ひとつ無い青空が浮かんでいる――光のある世界だった。
絹旗もそれを眺めて、嬉しくなる。
絹旗「……少し、散歩しませんか?」
上条「……ああ、いいぞ」
絹旗の提案に上条はベッドから身を起こして、肩を少し貸してもらう。
そして、病室をゆっくりと出た。
絹旗「……あ」
上条「……お」
麦野「…………」
病室を出てすぐに、頬にガーゼを張った麦野沈利と遭遇した。
少々身構える絹旗と上条をちらりと横目に見て、そのまま通り過ぎる。
二人して彼女を目で追うが、向こうは振り向くこともなかった。
滝壺「きぬはた」
絹旗「!っ、滝壺、さん……フレンダさんも……」
ばっ、と前を見ると、彼女には見慣れた無気力形の少女と金髪の少女が立っていた。
上条には見たことの無い人物だが、反応からしてきっとその『組織』のチームメイトなんだろうなーと思う。
絹旗「……二人とも、超ごめんなさいっ!!勝手に抜けたりなんかしてっ!!」
絹旗は二人に頭を下げる。
結局あの後は二人に合うことはなかったため、事後承諾になったのだが。
滝壺「……おめでとう、きぬはた。大丈夫、私は表に帰ったきぬはたも応援してる」
フレンダ「結局、火遊びが過ぎてただれちゃったってわけね……とりあえず、おめでと絹旗」
絹旗「二人とも…………」
何の制裁もなく祝ってくれた滝壺とフレンダに対して、絹旗は思わず涙ぐんでしまう。
そして、上条を一人で立たせて二人を同時に抱きしめた。
絹旗「こちらこそ、超、超ありがとうございました…………!」
涙を流しながら、絹旗は言う。
滝壺は淡い笑みを浮かべ、フレンダは少し照れたような表情をする。
上条はそんな微笑ましい様子を見て、文字通り微笑んでいる。
滝壺「……私は、むぎのを追いかけるから。じゃあね、きぬはた。また今度」
すっ、と滝壺は絹旗の腕から抜けて、続いて上条の前にもたち、一度お辞儀をする。
そして、言う。
滝壺「かみじょう。きぬはたを泣かせたら、駄目だからね」
上条「……ああ、約束する」
滝壺の言葉に対して上条は肯定で返す。
それでわかったのか、絹旗は一度だけ頷いて麦野の後を追った。
無言になった空間を打ち破るのはフレンダ。
フレンダ「でもま、結局……麦野も、絹旗のことを喜んでるはずな訳なんだけどね」
絹旗「麦野が……?」
フレンダ「……結局、皆表の世界に憧れを、望みを抱いてるわけよ。だから麦野も……きっと、戻れた絹旗を祝福してるはずだよ」
絹旗「……フレンダさん……」
ま、そんなわけで私もいくわ、とフレンダも絹旗の手を抜けて、上条へと軽く目配せをする。
曰く、滝壺と同じようなことを。
勿論と上条が頷くと、フレンダも微笑を浮かべて麦野達の後を追いかけていった。
結果、残るのは最初に散歩をし始めようとした二人のみ。
そして、絹旗が深い溜息をはいた。
絹旗「超不幸です……」
上条「なにおう!?上条さん何か間違えましたか!!?」
動揺する上条を絹旗は笑って抑えて、言う。
絹旗「大事な友人を三人も超失ったんですよ?これを超不幸といわずしてなんていうんですか?」
上条「それは……確かに…………」
上条は絹旗の言い分も最もだ、と思って押し黙る。
しかし、彼女は笑って、ぴょん、と上条の腕にしがみつく。
絹旗「でもその分、超当麻が補ってくれるんですよね?」
下から見上げる少女。
自分が守りたかった少女。
その少女が今腕の中にいて、上条はしがみつかれた腕の痛みも忘れて、頷く。
上条「ああ――当然だろ?」
その言葉を聞いて安心したように絹旗は微笑み、
そして、おそらく、きっと……誰もが聞きたかったその言葉を、満面の笑みで言い放つ。
絹旗「――超、幸せですっ!!」
絹旗「超不幸です……」・fin.
おまけ2
禁書「とうまーっ!!また新しい女の子を連れてきてーっ!!」
上条「げっ!インデックスさんっ!?いやいや、今回のは俺が本当に守りたかった人で――」
絹旗「……超当麻、このシスター、誰ですか?」
上条「き、絹旗さん?顔が怖いですよ……?」
絹旗「超当麻は、やっぱり私のことは超遊びだったんですね……」
上条「ち、違うって!俺が好きなのは絹旗一人だけだから!!」
絹旗「……超本当ですか?」
上条「ああ!!」
絹旗「超嬉しいです……!」ギュッ
禁書「……とうまのばかーっ!!」ガブッ
上条「ぎゃああぁあああああっ!?痛いけど絹旗の胸もあたっていた気持ちイイっ!?」
絹旗「……私の超当麻に噛むのをやめて下さいばかシスター!」ムニッ
禁書「とうまは私のなんだよ!!よこから入ってきてとらないで欲しいんだよ!!」ガブガブ
上条「ぎやぁああああっっっっっ!!」
上条「不幸だぁああああああああああああああああああああっっっ!?」