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当記事は、【 空の欠片(後日談) 】 です
戦いは終わった。人とエルフに多大な犠牲を出した〝黄昏〟との戦い。あの戦いの後、男たちは戦の後処理に追われていた。
戦場に残された多くの死体の埋葬。民衆への状況、そして今後のエルフとの関係性についての説明。その他にも今回の戦いで起こった経済的な損失や、それを埋めるための会議などやることは尽きない。
そうして、戦後処理に追われること三ヶ月。ようやく、少しの落ち着きを男たちは取り戻した。そんな彼らは今、一時的な休暇をもらい、元いた町へ帰ろうとしていた。
男「それじゃあ、行くよ。みんな、しばらくお別れだ」
そう言って中央都市の門の前で戦友たちに別れを告げる男。その隣にはエルフと旧エルフの姿もあった。
騎士「おう。まあ、また近いうちに会うことになるだろうけどな。とりあえず、気をつけろよ?
お前と旧エルフはもう知らない者はいない英雄なんだ。きっと、手厚い歓迎をされると思うぜ」
男「うっ……。僕としては普通にしていてもらいたいんだけど」
女騎士「ふふっ、男らしいな。でも、そうもいかないわよ。それだけのことをあなたたちは成したんだから」
男「でも、それはみんなも一緒でしょ?」
女魔法使い「そうですね! もっとも、どこぞの誰かさんはいじけてばかりでしたけど」
エルフ「むっ! それは私に対して喧嘩を売っているんですか、女魔法使いさん?」
女魔法使い「さあ? 私は別にそれがあなただとは一言も言っていませんけれど? 思い当たる節でもあったんですかね」
エルフ「この~言わせておけば!」
互いに喧嘩腰になりながら、女魔法使いとエルフは睨み合い、結局つかみ合いの喧嘩を始めてしまう。とはいえ、端から見ればそれは仲の良い者同士のじゃれあいにしか見えないのだが……。
男「はいはい。二人ともそこまで。女魔法使いも毎回エルフを挑発しないの。エルフも、もう帰るんだから一応ちゃんと別れの言葉を口にしておいたら?」
女魔法使い「むぅ……。先生がそう言うのなら」
エルフ「べ、別に私は言うことなんて……」
もごもごと口を動かし、何か言いたげにチラリと女魔法使いの様子を盗み見るエルフだが、なかなか素直になれずにいた。そんな彼女の背を男はそっと押し、勇気を出させる。
エルフ「あ、あの~女魔法使いさん。ありがとうございました」
女魔法使い「何のことですか?」
エルフ「私が元気ないときにいつも時間を空けて部屋に来てくれましたよね? あれ、本当に嬉しかったです」
エルフの素直なお礼を受け取った女魔法使いは、気恥かしさからか顔を真っ赤に染め、いつものキツイ口調でその言葉を否定した。
女魔法使い「は、ハァッ!? 勘違いしないでください! あなたの元気がないと調子狂うから様子を見に行っていただけです。別に他意はないですから!」
エルフ「それって結局心配してくれていたってことですよね?」
女魔法使い「違います! 断じて、そんなことはありませんから!」
珍しく女魔法使いがやり込められている姿を見て、その場にいた皆がクスリと微笑んだ。
その後も女魔法使いとエルフの見ていて飽きないやり取りをしばし繰り広げた後、とうとう別れの時がやってきた。
男「みんな、また会おう!」
男たちは近くにて控えていた馬車に乗り込み、戦友たちに別れを告げて彼らの家へと向かいだした。
馬車に乗り、旅をすること幾日。久方ぶりに帰還した彼らが住む町。そこでは大勢の人々が彼らの帰りを祝福して出迎えた。
見知った人々にもみくちゃにされながらどうにか家へと辿りついた男たちは、長いあいだ放置され、埃まみれになった我が家を見て苦笑した。
男「……帰ってきたね」
旧エルフ「はい」
エルフ「でも、随分汚くなってますね……」
男「まあ、ずっと帰っていなかったからね。仕方ない、帰ったばかりで疲れてるだろうけど、まずは家の掃除から始めようか」
エルフ「はい!」
旧エルフ「はい!」
汚くなった我が家の掃除。結局それは一日だけで終わるものではなく、ひとまず寝床だけでも綺麗にしようと言う旧エルフの意見を採用し、それ以外は翌日以降に掃除することが決まった。
男「……それで、どうして二人は僕のベッドで寝る体勢になっているのかな?」
掃除を終え、後は眠りに着くだけとなった男だったが、それぞれの部屋を掃除したにも関わらず、エルフと旧エルフは彼のベッドに寝転がり、男が来るのを待っていた。
エルフ「だって、男さんと旧エルフさんはずっと戦場に出ていましたし、戦いが終わってからも戦後処理で中々三人一緒にいられる機会がなかったじゃないですか!」
旧エルフ「というエルフちゃんの意見から今日くらいは三人一緒に寝るのも悪くないと思いまして」
男「いや、でも三人で寝るとなるとそのベッド狭いよ?」
エルフ「くっついて寝れば問題ありません!」
旧エルフ「男さん、往生際が悪いですよ?」
二人の押しに負け、男は溜め息を吐きだした後、
男「分かった。今日はみんなで一緒に寝よう」
諦めたように二人の待つベッドへと足を踏み入れた。
その晩、三人はたくさんのことを語った。戦時中の出来事、今までの他愛のない出来事、そしてこれから先のこと。
明るい未来に特に心を躍らせていたエルフは興奮しっぱなしで、一番多く話し続け、男と旧エルフは聞き手に回り、彼女の話に熱心に耳を傾けた。
やがて、話疲れたエルフはいつの間にか眠りに落ちてしまう。そんな彼女の頭をそっと撫でながら男と旧エルフは顔を見合わせて微笑みあった。
――それからの日々はあっという間に過ぎていった。何をするにも三人は一緒に行動した。
買い出しに出かけたり、近くの森や川に遊びに行ったり、ちょっとした意見のぶつかり合いで些細な喧嘩をして、仲直りして……。
終わることなんてない楽しい毎日。これからずっと続いていく明るい日々が彼らの日常を彩っていた。
旧エルフ「……」
だが、そんな毎日の中、旧エルフだけは時折何かを考える素振りを見せ、どこか遠いものを見るように寂しげな雰囲気を漂わせることがあった。
男はそれに何度も気がついたが何も言わず、彼もまた何かに耐えるように拳を握り、気を抜けば溢れそうになるものを防ぐため空を見上げた。
そんな二人とは対照的に、日々の楽しさを享受するエルフは、男たちに向けて無邪気な笑顔を向けるのだった。
……
…
…
……
ある日の夜。夕食を食べ終わり、眠りにつこうと自室へと向かったエルフを旧エルフが呼び止めた。
旧エルフ「エルフちゃん、今日は私と一緒に寝ませんか?」
エルフ「えっ? ど、どうかしたんですか?」
突然の提案に驚くエルフに、旧エルフは真剣な表情で話をする。
旧エルフ「少し、話したいことがあるんです」
そうして、二人はエルフの自室へと入っていった。
エルフ「えへへっ。そういえば旧エルフさんと寝るのって始めてかもしれませんね!」
旧エルフ「そういえばそうですね。男さんと一緒にとか、三人一緒に寝ることは何度もありましたけど、二人だけではありませんでしたね」
エルフ「じゃあ、今日は男さんもいませんし、二人だけの内緒話でもしませんか?」
旧エルフ「ふふっ、いいですね。何から話しましょうか」
エルフ「それじゃあ……」
そう言うと二人は些細な出来事から、男に内緒にしている秘密などを互いに語り合った。
買い出しで余ったお金をこっそり溜め込んでいるとか、男の部屋の書物を隠れて読んでいるだとか、実は今中央都市にいる女魔法使いたちと手紙のやりとりをしているなど様々な話をした。
エルフ「それでですね、女魔法使いさんは今騎士さんたちと一緒に西方の街に向かっているんですって!
なんでもエルフ解放に反対している人たちの説得に向かっているんだとか」
旧エルフ「そうなんですか。なんだか、向こうはまだまだ大変そうですね」
エルフ「あっ、でも! 騎士さんたちに傷エルフさんも協力しているみたいですから随分と楽なんだそうです。
これも、男さんたちが頑張ってきた結果ですよね!」
まるで自分の功績のように男や彼の仲間たちの成果を喜ぶエルフ。そんな彼女の身体を旧エルフは優しく抱きしめた。
エルフ「旧エルフさん、くすぐったいですよ~」
旧エルフ「……エルフちゃん。今度は私の話を聞いてくれますか?」
エルフ「……? はい、大丈夫ですよ」
旧エルフ「私、ずっとみんなに秘密にしていたことがあるんです」
エルフ「え? 何ですか?」
キョトンとした様子で旧エルフの秘密について尋ねるエルフ。そんな彼女に残酷な真実を旧エルフは告げる。
旧エルフ「私……」
その後、静寂な夜に紛れる少女の泣き声が部屋の中から溢れ出た。泣き疲れ、静かに眠りに着くまで、旧エルフはずっとエルフをあやし続けるのだった。
そして、運命の日が訪れた。
……
…
…
……
その日はとても穏やかな朝だった。小鳥のさえずりと心地よい陽射しが新しい一日を出迎えた。
そんな一日の始まりに、いつものように朝食を準備していた男の元へ旧エルフが一足先に合流する。
男「あれ? エルフは?」
旧エルフ「まだ寝ています。昨日はたくさん話をしたので、少し疲れちゃったみたいですね」
男「そっか。それじゃあ、もう少し寝かせてあげよう」
二人は作業を分担し、手際よく調理をしていく。特に会話はないが、不思議と居心地のいい空間がそこにはあった。
準備はあっさりと終わった。調理を旧エルフに任せ、男はまだ眠っているエルフを起こすため彼女の部屋へと向かった。
男「エルフ~、朝食できたよ。……入るよ?」
控えめなノックをした後、そっと扉を開き中へと入った男。そんな彼を待っていたのは、ベッドの上で泣きじゃくるエルフだった。
男「エルフ!? どうしたの?」
すぐさまエルフの元へと駆け寄り、彼女が涙を流す理由を問いかける男。だが、エルフは泣き続けるだけで、何も語ろうとはしなかった。
そんな彼女の隣に座り、男はエルフが泣き止むまで一緒に居続けた。しばらくして、ようやく涙が止まったエルフは、それでも涙の理由を語ろうとはしなかった。
そして二人は旧エルフの待つ一階へと降りていき、旧エルフがとっくに完成させ、少し冷めてしまった朝食を食べ始めた。
三人で食べるいつもの食事。ただ、この日ばかりは涙を流すのを堪えながら黙々と食事を取るエルフに気を取られて、なんだか居心地の悪いものになっていた。
旧エルフ「エルフちゃん、もっとゆっくり食べないと喉に詰まらせちゃいますよ? それに、口元もだいぶ汚れてます」
そう言って、汚れのついたエルフの口元を旧エルフは布で拭いていく。そんな彼女の様子にエルフはまた感情を乱してしまい、ポロポロと涙を零してしまう。
旧エルフ「……ああ。もう、泣かないでください。ほら、ちょっとこっちに来て」
そう言って旧エルフは椅子に座るエルフを台所へと連れて行き、そこで彼女の頭を撫でたり、身体を抱きしめて涙を止めようとした。
エルフ「うぅっ……旧エルフさん、旧エルフさ~ん」
いやいやと首を振り、子供のように旧エルフの体に顔を擦りつけるエルフ。そんな彼女を旧エルフは黙って受け入れていた。
そして、その光景を見ていた男は静かに呟いた。
男「そうか……そういうことか」
エルフが涙を流す理由を悟った男は深く息を吐き出し、旧エルフにある提案をする。
男「なあ、旧エルフ。今日は……二人で出かけようか」
それに旧エルフは精一杯の笑顔を作り、応える。
旧エルフ「はい、よろこんで」
その後、二人はエルフが再び泣き止むまで待った。彼らが朝食を食べ終える頃には時刻はもう午後を過ぎていた。
……
…
…
……
旧エルフ「それじゃあ、行きますね」
そう言って、男と一緒に家を出ようとする旧エルフ。だが、そんな彼女の服の裾をエルフが掴んで、離そうとしない。
旧エルフ「エルフちゃん……」
エルフ「いやです。行っちゃ嫌です!」
泣き止んだものの、旧エルフが出かけるのを嫌がるエルフはどうに彼女をこの家に引きとめようと必死になっていた。
そんな彼女の我侭に旧エルフはどう対処していいか分からず困ってしまっていた。
旧エルフ「エルフちゃん、どうせなら笑顔で見送ってください」
エルフ「無理です。できません」
旧エルフ「もう……。お願いです、これからはエルフちゃんだけが頼りなんですよ? ここで頑張れなくていつ頑張るんですか?」
エルフ「だって、だってぇ……」
旧エルフ「それじゃあ、一緒に笑ってお別れしましょう。
……せーの!」
合図に合わせて旧エルフがニッコリと笑顔を向ける。そんな彼女の願いに応えるためにもエルフはぎこちない笑顔で旧エルフに微笑みかけた。
旧エルフ「よくできました。それじゃあ、私は男さんと出かけてきます。
……お留守番、お願いしますね」
エルフ「……はい、わかりました」
そうして、家を出ていく男と旧エルフの背中をエルフは見送った。
……
…
…
……
家を出た男と旧エルフは、まず町中をうろついた。途中、出店にて売られている食べ物を昼食代わりに買って、食べ歩く。
周りの者たちは、彼らが既に先の戦いの英雄であることを知っているため、未だに物珍しく眺めたり、中には声をかけてくるものも多かった。
そんな町の人たちの反応に驚いたり、二人だけの時間に割って入られて困った男たちはそそくさと町から離れ、静かな森の方へと向かうことにした。
町を一歩出れば、そこは静寂さが漂う静かな自然に満ちあふれた平原が続いている。二人は仲良く手を繋ぎ、のんびりと雑談を交えながら森へと歩いていった。
旧エルフ「あっ、これ……」
長い時間歩いた末、森の入口へと近づいた旧エルフと男は、そこにある小さな墓に気がついた。それを見た旧エルフは可笑しなものを見たように呟く。
旧エルフ「ふふっ、これ私のお墓なんですよね? 面白いですね、自分のお墓をこうして眺めているだなんて」
笑いのツボに入ったのか、旧エルフは自分でそう言ってクスクスと笑っていた。
男「そこ、笑うとこなのかな?」
そんな彼女の反応に困惑する男は苦笑いを浮かべていた。
旧エルフ「それもそうですね。すみません、ちょっとおかしかったです」
旧エルフがそう言った後、二人の間に言葉はなくなる。そよ風が草木を揺らし、日は少しずつ落ち始める。
旧エルフ「ねえ、男さん。私と始めて出会った時のこと覚えています?」
男「ああ、覚えているよ」
今となっては懐かしい。もう遠い昔のことのように思える二人の出会い。心が壊れかけていた青年とそんな彼に買われた少女の始まり。
旧エルフ「……知ってました? 実は私、あの時の男さんのことがあまり好きじゃなかったんですよ?」
男「うん、知ってた。まあ、当然だと思うよ。あの頃の僕って本当に酷かったもん」
旧エルフ「そうですね。本当にどうしようもない人でした。子供みたいな文句を言って、それでも冷酷になりきれないでいたあなた。
嫌だなって思った時も、こんな人の傍にいるなんて辛いと思ったこともありました。
でも……そんなあなたを私は好きになった」
男「僕も、ありえないと思っていたエルフに恋をした」
旧エルフ「あなただから」
男「君だから」
旧エルフ「私は人を好きになれた」
男「僕はエルフを好きになれた」
本来なら甘く、心地よいそれぞれの告白も、この時ばかりはやたらと切なく聞こえた。
旧エルフ「男さん、あなたのおかげで私は本来ありえない二度目の人生を歩むことができました。
この数ヶ月、私は本当に身に余る程の幸せを感じました」
男「そう。君がそう感じてくれてるなら僕も嬉しいよ。それに、そんな日々はこれからもずっと、ずっと続いていくさ。
君が……それを望むなら」
そう語る男の声はいつの間にか震えていた。そんな彼に、旧エルフもまたくぐもった声で答える。
旧エルフ「それは……できません。男さんも、気づいていますよね?」
男「気づいているって……何に?」
旧エルフ「私が、これ以上この世界にいられないことに……」
彼女の口から語られる衝撃的な言葉に、しかし男は驚くことはなかった。
旧エルフ「ほら、驚かないんですもん。……いつから、気づいていました?」
旧エルフの問いかけに、答えたくない男は首を振った。だが、いつまでも彼の答えを待つ旧エルフに根負けした彼はついに口を開いた。
男「疑問に思ったのは、君が涙を流したあの日だ。その時は特に何かを考えたりしなかったけれど、〝黄昏〟の正体を知り、〝救世主〟について改めて考えたときに気づいたんだ。
過去の〝救世主〟。つまり、褐色エルフは〝黄昏〟との戦いに勝利した後、一体どうしたんだろうってね」
旧エルフ「それで、男さんはどう考えたんですか?」
男「人とエルフが協力して戦いを終えた後、待っているのは何も平穏とは限らない。冷静に考えれば、〝黄昏〟が消えたあと最も力を持つ単一での個体は〝救世主〟になる。
もし、その〝救世主〟の力が人かエルフどちらか一方に与すれば、それだけで種族のパワーバランスは崩れる。
つまり、〝救世主〟を味方につけた側が実質的な支配者になるんだ」
旧エルフ「でも、〝救世主〟はどちらにも与しないかもしれませんよ?」
男「本人がそう思っていても、周りはそう考えないものだ。きっと、今旧エルフがいったように、褐色エルフはどちらの側にも付かなかったんだろう。
けど、結果として彼女を求めて人とエルフは争った。かつての〝導者〟はそんな両種に絶望してしまい、静かに消えて行ったんじゃないかって僕は思うんだ」
男がこれまでに抱いていた疑問を己の中で消化し、立てた推測がこれだった。そして、この推測はおそらく正しい。何故なら、先ほど旧エルフが口にした言葉がこれが事実だという裏付けをしているからだ。
旧エルフ「よく、ここまでたどり着きましたね。きっと、全ての事実を知っているのはこの世界に私と、男さんの二人だけですよ」
男「そんなことを言われてもちっとも嬉しくないよ。できれば否定して欲しかった。だって、今の君は過去の〝救世主〟と同じ道を歩もうとしているんだ」
旧エルフ「仕方がないんです。遅かれ早かれ、私の力を狙う人たちは現れます。
その前に、私自身がこの世界から完全に消え、争いの火種を予め消しておかないといけないんです」
男「そんなことない! だったら僕たちを、仲間を頼ってくれればいいんだ。争いが起こるというのなら僕たちがきっと止めてみせる!」
旧エルフ「……ありがとう、男さん。でも、もう決めているんです。これは、私が〝救世主〟としての使命を背負うと決めた時に定まっていた運命なんですよ」
男「旧エルフ……」
いつの間にか男の瞳からは涙が流れていた。それに気がついた旧エルフはゆっくりと彼に近づき、己の手でそっと男の涙を拭い取った。
旧エルフ「ずっと……こうしてあなたの瞳から溢れる涙を拭い取ってあげたかった。あの時叶わなかったことを、今こうしてできるんですね」
かつて、死の間際に己の死に涙する男を慰めたいと思っていた旧エルフの望みは、このような形で実現することになった。それを彼女は嬉しく思うと同時に、これが別れの象徴だと理解し、悲しくも思った。
男「やっぱり……駄目だ。僕の我が儘で君を生き返らせた。だから君がいなくなるかもしれないって気づいたときには、君の意思を尊重しようと思っていた。
けど、無理だよ。君がまたいなくなるなんて、そんなこと……耐えられない」
俯き、泣き言を口にする男。そんな彼の頭を胸元へと引き寄せ、旧エルフは抱きしめた。
旧エルフ「男さん、そんなこと言わないでください。もう、昔とは違います。
男さんの周りには大切な仲間が集まって、その隣にはエルフちゃんもいる。
私と二人きりで過ごしていたあの頃とは違うんです。今のあなたの傍にはあなたを支えてくれるたくさんの人やエルフがいるんですよ」
男「でも! そこに君はいない!」
顔を上げ、男は叫ぶ。魂を震わす悲痛な叫びだった。
旧エルフ「私は……あの時既に死んでいます。こうして、今日までこの場にいられることが奇跡なんです。
死者は土に帰らなければいけません。それが本来あるべき正しい理。
男さんたちとこれ以上一緒にいられないのは私も悲しい。でも、私は後悔していません。だって、私はもう充分すぎるほどたくさんの幸せをもらいましたから。
男さんと、エルフちゃんと一緒に暮らして。多くの喜びを分かち合って、私は幸せでした。
だから、男さん。以前はできませんでしたけど、今度は笑って見送ってください。
それが……私の最後のお願いです」
夕日が二人の間に落ちてゆく。別れの時はもう、すぐそこまで迫っていた。
男「どうしても、ダメなのか?」
旧エルフ「ふふっ。男さんも、エルフちゃんと同じことを言うんですね。どうしても……です。
だからこそ、最後は湿っぽくなく笑ってお別れしたいんです」
男「……」
旧エルフ「男さん」
男「ああ……わかった」
そう言って、男は己を抱きしめる旧エルフの身体を今度は自分の側に引き寄せた。
旧エルフ「……ンッ」
貪るように、己の全てを分け与えるように熱く、激しい口づけを二人は交わす。口に伝わる涙の味が、永遠の別れをより実感させる。
少しでも長く。一秒でも多く。同じ時を共有できるように……。そう思い、男は強く、強く彼女の身体を抱きしめた。
やがて、互いに息を切らしながら二人はどちらともなく身体を離した。
……それは、別れの合図。
旧エルフ「男さん、ありがとう。私を愛してくれて」
そう告げるエルフの身体は淡い光に包まれていく。そんな彼女の姿に、泣き出しそうになるのを必死に堪え、男は約束を果たすため無理やり作った笑みを顔に貼り付ける。
男「旧エルフ。君のことは、生涯忘れない」
お互いに笑い合い、別れの時を最後まで惜しむ。
旧エルフ「さようなら、男さん」
男「さようなら……旧エルフ」
そして、旧エルフの身体が眩い光に包まれ、彼女はこの世界から消えた。男はしばしその場に立ち尽くし、現実を受け入れることができるまで呆然としていた。
日が沈み、空に星が瞬くようになってようやく、彼は再び歩き出すことができた。思考の停止した頭で来た道を戻り、たった一人で家へ向けて歩いていく。
辿りついた我が家。窓から溢れる小さな明かりが、暗くなった庭を照らしている。
玄関から香る食欲をそそる香ばしい臭い。待っている者がいる家。そこにいるのは、彼にとって残されたもう一人の最愛。
〝救世主〟は世界を去った。それでも、旧エルフの心は今も男とエルフと共にある。
彼女と共に過ごした日々の記憶はきっと、これからの彼らを支えていくだろう。
彼女との想い出を心に秘め、全ての過去を思い出に消化した男は、本当の意味で新しい一歩を踏み出すために玄関の扉を開く。
そしてその先で夕食を準備し、彼の帰りを待っている少女に向けて帰宅の言葉を口にした。
男「ただいま、エルフ」
涙を流し、真っ赤に晴れ上がった瞳。それでも、悲しさを感じさせまいと笑顔を浮かべる彼に、エルフもまた笑顔で応える。
エルフ「おかえりなさい、男さん」
そうして、二人は旧エルフとの別れを終えた。
これから先、共に歩いていく新しい未来。楽しいことも、辛いことも、悲しいことも、嬉しいことも、きっと二人で分かち合っていく。
そんな二人をいつだって彼女は見守っているだろう。この世界を覆う、空の欠片となって……。
エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story 空の欠片 ――完――
時系列の最後の結婚の話に旧エルフはいなかったので、蘇ったときも再び消滅してしまうのだろうと、覚悟していたがやっぱり泣けてくる。
作者が本編である1作目を書いた時からこの結末まで
考えていたのかは分からないが、だとしたら相当すごいな……。