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時系列 古い順 本筋の物語順序は数字順 番外編は#
13:男の過去~少年編~(前日譚)
14:男の過去~喪失編~(前日譚)
7:男と騎士の始まり(前日譚)
12:エルフ、その始まり(前日譚)
4:旧エルフと男(前日譚)
5:男がエルフに出会うまで(前日譚)
1:エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」(本編)
#:ある男の狂気(番外編)
2:男がエルフに惚れるまで(後日談)
6:エルフが嫉妬する話(後日談)
8:男の嫉妬とエルフの深愛(後日談)
9:二人のちっぽけな喧嘩(後日談)
10:女魔法使いたちとの和解(後日談)
#:かしまし少女、二人(番外編)
11:戦乱の予兆(後日談)
3:結婚、そして……(後日談)
当記事は、【 男の過去~戦争編~(前日譚) 】です。
目の前でひと組の兄妹が怯えた目をしていた。妹は命の終わりを悟り、身体をその場に縮こまらせてその時が来るのを待っている。対して、兄はそんな妹を守ろうと必死に体を殺人者と妹との間に挟みこんだ。
彼らは人にあらず、駆られるべき対象であった。この戦争の敵であり滅ぼすべき存在、エルフ。幼いからといって見逃せば後の禍根に繋がる。容赦をする必要ない。今までどおり、目の前にいる敵の命を刈り取るのみ。
まずは、目の前にいる邪魔な存在を退かし、奥で縮こまって必死に震えている少女の命を狩る。そして、大切な存在を守ることのできなかった無力さをこの子供に与えてから殺す。
殺人者はそんなことを考えながら一歩、一歩と兄妹に向かっていく。両手を広げ、妹の盾になる兄。そんな彼を排除するために殴り飛ばそうとしたところで殺人者は兄の瞳に映る己の姿を目にした。
そこにあったのは、かつて同じように自分の大切な存在を奪っていったエルフと同じ顔をした己の姿だった。
?「……行け」
兄エルフ「……えっ?」
?「さっさと行けと言っている! 僕の気が変わらないうちに、どこへでも消えろ!」
一瞬、兄エルフは目の前の殺人者が何を言っているのか理解できなかった。つい数瞬前まで自分と妹を殺そうとしていた存在がいきなり命を見逃すと言っているのだ。彼が戸惑うのも無理はなかった。
何か罠でもあるのか? そう思った兄エルフだったが、ここで迷っていて殺人者の気が変わってしまっても同じこと。ならば、罠かもしれないとしてもこの場から逃げることが先決。
決断すると同時に兄エルフは妹の手を引きその場から駆け出した。遠く、少しでも遠くあの殺人者の手から逃れるために……。
そして、その場には一人の青年が残された。
?「……何をやっているんだろうな、僕は」
そう呟く青年の瞳にはつい先程まであった妄執が消えていた。
?「殺されて、憎んで、殺して、また殺されて……。ずっと、僕が進んできた道は正しいと思ってきた……」
脳裏に蘇るのは過去の出来事。心を闇へと落す、悲劇の数々。
?「家族や友人を殺され、立ち直るきっかけを与えてくれた大切な人たちを奪われた。だから、憎んで、憎んで、憎んで、全部を奪ったあいつらを殺すために、自分の身を守るために力をつけた」
短剣を握り締める己の手を見れば、そこにはあるはずのない鮮血がベッタリとこべりついていた。
?「でも、途中からそんなことを考える余裕もなくなって、ただやられたからやりかえして、今を生きるためだけに殺した。殺らなきゃ殺られる。それだけになった。
けど、その結果がこれ……か」
先程までの自分を思い出す。仲の良さそうな幼い兄妹。自分たちの命を奪おうとする敵に対して兄は妹を守るために必死に身体を張った。
そう、まるでかつて自分に起こった出来事の焼き直しのような事態が目の前で起こっていたのだ。
違う点があるとすれば、かつて兄の立場にあった自分は憎むべき対象へと変貌してしまっていたということくらいだろう。
あの時、兄と思われるエルフの瞳に映った己の姿を見ていなければ、きっと自分はあのまま少女を殺していただろうと青年は思った。
?「なんなんだよ。なんでこんなふうになっちゃったんだよ……。
なんで、なんで、なんでっ! 戦争なんてしてるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
青年は叫んだ、かつてのように天に向かって叫んだ。
この数日後、戦争は終わる。人の勝利で終わり、終戦を祝うため人々は宴を開く。飲み、食い、踊り、騒ぎ、乱れ狂う。
誰もが喜びを分かち合うこの中に、戦争を勝利に導く要因の一つとなった隊のリーダーである青年の姿はなかった。
エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 Final before days 男の過去~戦争編~
そして、話は終戦からしばらく時を遡る。彼が正式な軍の一員として戦場を駆け巡り始めた頃へと……。
暗雲が空に大きく立ち並んでいる。今にも雨が降りだしそうな空は見ているだけで気分を沈ませた。そんな空に合わせるように前線へと向かう新兵たちの気持ちは重々しい。
軍の訓練施設での一通りの指導を終えた男女の新兵たち。同僚たちとの交友を深め、早く敵であるエルフを討ち滅ぼさんと意気込んでいた彼らのもとに北方にある交戦地域から招集がかかったのは数日前のことだった。前線からの招集命令書を受け取った施設の司令官は直ちに前線へと送るメンバーを厳選した。総勢五十名の男女が選ばれ、前線へと送る補給物資の警護を任務として託され、北方へと送り出された。
ついに訪れた出番に最初は意気揚々としていたメンバーであったが、街を出てからというものの日を追うごとに彼らの気分は落ち込んでいった。
肌にまとわりつくベタリとした嫌な空気。徐々に前線へと近づいていく実感が増していくと同時に無意識のうちに緊張が彼らの周りに漂った。
一部を除き実戦を経験したことないひよっ子ばかり。だが、そんな彼らでも感じたのだろう。
そう、前線へと一歩足を進めるたびに濃い死の気配が漂っていたのだ。まるで、新しい生贄を歓迎するかのように手招きをして彼らを待ち構えているそれは、死。
交戦地帯からは未だ距離があるというにも関わらず、空へと登りゆく黒雲。それは自然に生まれた物とは違う。魔法により人工的に生み出された炎により生まれ、木々を焼き、人の肉を焼いた際に生まれた煙により空へと昇っている。
毎日、毎時間、毎分、毎秒。必ず誰か人が死んでいる。それでも戦いは終わらない。どちらかが降伏を宣言するか、相手を全て討ち滅ぼすまで誰も戦いを止めようとはしない。
そんな状況の一端を遠く離れた地から目にしていた彼らは異常だと思うと同時に、今から自分たちがそんな場所へと送られるという恐怖を抱き、萎縮してしまっていた。
未だ敵に出会ってすらいないのに、恐怖に呑まれ、存在しない敵に怯え、戦争の異常さを怖がっている。
これが軍施設の教育を受け、前線に送るに足る厳選された者たちだという。笑い話にもならない。だが、一方でそれは、そんな者でさえもを戦いの場に送らなければならないといけないほど状況は切迫しているということでもあった。
しかし、この中にいる全てのものが恐怖に呑み込まれているわけではなかった。その中には純粋な使命に燃え、やる気に溢れる少女や、復讐の機会が訪れたことを喜ぶ青年や、冷静にこの状況を観察している青年といった三人の男女の姿があった。
男(……この状況は少しまずいな。最初に比べてみんなの足取りが重くなってる。このままじゃ、予定より遅れて前線に到着することになる。ただでさえ補給物資が足りていないのに僕たちまで遅れることになったらどうなることか。
明らかに兵たちの士気が落ちる。しかも、空腹でまともに戦闘も行えなくなるだろうし、何より内輪もめの原因にもなりかねない)
皆の様子をジッと見つめながら男は新兵たちの心配をするより、合流することになる前線の兵士たちの心配をしていた。内輪揉めなど起こして、部隊が瓦解し、その隙を突かれて全滅なんてことになったら何のために今まで努力してきたのかわからないからだ。
だが、ここで自分が皆に行進の速度を上げる指示を出したところで誰も彼の言うことを聞かないであろうことは男自身が理解していた。
体術や剣術を除けば知能面、魔法面では男は同期たちから群を抜いていた。だが、彼は極力人との関わりを避けていた。それは、過去の出来事が関係しているからなのだが、その結果として男は施設の中でも孤立していた。当然、そんな人間がいきなり皆に対して提案をしたとしても相手にされない。それどころか、余計に彼らの機嫌を損ねてますますやる気をなくすことになってしまう。
では、どうするか。そう考えたとき男は一度近くにいる青年を横目で見た。
彼にとって唯一の友人といえる青年、騎士。体術、剣術に優れ、同時に社交性もある。明るい性格に諦めない根性。おおよそ人から好かれる要素を兼ね備えている彼はリーダーに向いている。
現状、まとめ役が存在しないこの行進郡を首尾よく率いるには形だけとはいえリーダーが必要だった。そして、その役目がふさわしいのは騎士であると彼は考えていたのだ。
男「騎士、少しいい?」
騎士「ん? どうした……」
男は騎士を呼び寄せると、自身の考えている懸念を語った。そして、リーダーとしてみんなを纏めて欲しいという願いも。
騎士「なるほど、男の言いたいことはわかった。とりあえず、行進の速度を早めるのと、みんなの士気をあげればいいんだな」
男「うん」
騎士「ただ、この人数になるとさすがに俺も知らない奴もいるし、全員が全員指示を聞いてくれるとは思えないんだよな。
できるなら、もうひとりまとめ役が欲しいところなんだが」
騎士のその発言を聞き、男は思考する。
確かに、これだけの人数になると顔は知っていても実際に関わりを持っていない人も多いだろう。特に、女性の兵士などは訓練での付き合いはともかく個人的な関わりなど皆無といってもいい。
なら、騎士の言うように誰かもうひとりまとめ役を選ぶとすれば、女性兵士の中からそれなりに顔が広く、かつ責任感があってこの状況でも冷静さを保てている人物が好ましい。
そこまで選択を絞込み、再び男は周りを見渡した。
男「……あ」
と、周りを見渡すこと数秒。男は一人の女性を発見した。
女騎士「……」
誰もが暗い表情を浮かべ、下を向いている中、一人だけ視線を上げて決意を秘めた光を瞳に宿している女性の姿を男は見つけた。
男(彼女は、確か……女騎士っていったっけ)
新兵の中でも男剣士に次いで体術、剣術が優れていた女性兵士の中では群を抜いた実力者の持ち主である女性。直接言葉を交わしたことはなかったが、ほかの女性隊員からも評判がよく、面倒見がいいことでも有名だった。
男は少しの間女騎士の様子を眺めていた。そして、それから少しして彼女のもとへと近づいていった。
男「ごめん、ちょっといいかな? 相談したいことがあるんだけど」
女騎士「なんだ?」
どこか硬い空気を漂わせながら女騎士は男の呼びかけに応えた。
男「うん、実は……」
初対面だから硬い態度を取られるのは仕方ないと思い、男は先ほど騎士に語った内容を女騎士にも聞かせた。
女騎士「……それで、私にそのまとめ役をやってほしいってことでいいんだよね?」
男「そうだね。一応騎士と二人でやってもらいたいんだ。どうかな、できそう?」
女騎士「たぶん、大丈夫。でも、よくそんなことに気がついたね。私も一応みんな疲れてきているなとは思っていたけど、私たちが遅れることで前線に出る影響のことにまでなんて気が回らなかった」
男「まあ、一応これでも戦場に出るのは初めてじゃないからみんなより少しは落ち着いていられるってだけだよ。実際のところ、僕一人じゃどうにもならないことだし、二人がいてくれないとこんなことすらできない」
女騎士「そんなに自分を卑下しなくてもいいと思うけど。だって、それを伝えてくれなかったら現状にすら私は気がつかなかったんだから」
男「そう言ってもらえるとありがたいよ。それで一応次の小休憩を挟んだ時に皆に行進速度を早めることを言ってもらっていいかな? ついでに言えばその時に士気をあげるようなことも言ってもらえると嬉しい」
女騎士「ん、わかった。任せてくれ、男」
男「あれ? 僕名前教えたっけ?」
女騎士「いや。でも、お前は訓練施設では色々と有名だったからな。名前くらいは知っている。ただ、噂を聞いて抱いていたイメージのお前は結構陰険で澄ました奴だと思っていたが、実際に話してみると案外そうでもないんだな」
自分に関する噂はそんなに酷いものなのかと内心ショックを受けた男だったが、その原因はやはり他者との接触を拒んでいた自分にあるため仕方ないかと納得する。
男「まあ、全部とは言わないものの誤解でもない部分はあるからそんなイメージを持たれても仕方ないけどね」
女騎士「そうだな。でも、こうして話してみて思ったことだが、私は男みたいなやつは結構好きだぞ」
男「あ、えっと……うん。ありがとう……」
笑顔を浮かべ、そう告げる女騎士。おそらく人としての好意を表してくれているのだが、女騎士は腕前だけではなく容姿も女性兵士の中では群を抜いている。そんな彼女に深い意味はないといえ〝好き〟と言われて心躍らない男性は少ない。そして、男もまたその一人として、不覚ながらドキドキとしてしまった。
顔を赤くし、無言になる男の様子を見てようやく己の言ったことがどんなものだったのか悟ったのか、女騎士は慌てて前言を否定する。
女騎士「あ、その、違う。違うぞ! べつにそう言う意味じゃないからな。人柄のことだからな!」
慌てふためく女騎士の様子を見た男は、真面目だと思っていた目の前の少女にもこんな一面があるんだと思い、クスリと微笑んだ。
男「うん、わかってる。それじゃあ、よろしく頼むね」
女騎士「ああ。任されたからには精一杯やらせてもらう」
そう言って男は女騎士の元を離れた。そして、そんな彼の後ろ姿を女騎士はそっと眺めるのだった。
そして、兵士たちの体力が限界に達し始め、誰かが口々に休憩を求め、一同はその場に立ち止まり小休憩を取り出した。
それを確認した男は、騎士に目配せした。男からの合図を受け取った騎士は声をあげ、みんなに語り始めた。
騎士「みんな、疲れているところ悪いが少しいいか?」
声の張った騎士の言葉に人々の視線が彼に集まる。
騎士「今、俺たちは前線に向かって進んでいる。だが、出発当初よりも今はだいぶ足取りが重くなっていると俺は思う。もちろん、みんな疲労が溜まっているからそれは仕方のないことだ。
けど、前線では俺たちの到着を待っている兵士たちがいる。食料や包帯など彼らに必要な物を俺たちは届けることを任務として言い渡されているはずだ。
そう、任務だ。もう俺たちはこれまでのような見習い兵士じゃない。訓練を重ね、選ばれた兵士なんだ。そして、任務をいち早く遂行するのが兵士としての義務だ。
キツイことを言っているかもしれないが、こうしている今も交戦を続けている兵士たちは苦しんでいると思う。だから、少し。少しでいいんだ。この後からの行進はペースをあげようと思っているんだが、みんなどうだろうか?」
騎士の語りにみんな静かに聞き耳を立てていた。彼らとて早く前線へと物資を届けたいと思っているのだろう。だが、あと少し押しが足りないのか未だに後一歩が踏み出せないでいた。
そんな時、他の兵士たちに語っていた騎士の横に女騎士が歩るいていき、隣に立った。
女騎士「私は騎士に賛成だ。みんなもいつまでもこんなふうに歩きづくめでいたくないだろう? それに、このままだとエルフが襲ってきたときに私たちだけじゃ戦力に心もとない。相手はどんな攻撃をしてくるかもまだわからないんだ。先達である先輩兵士たちの元へ辿りつけばとりあえずある程度の危険は回避できると思う。
もっとも、そこから先の危険は今の私たちには計り知れない。本物の戦場だから一瞬で命を落とすかもしれない。
でも、私たちは望んで軍に入ったんだ。弱きものを私たちの手で守るために進んで志願した。ならば、ここで足を止めているべきではないと思う。
進もう、みんな。私たちの手でエルフから力ない人々を守るために!」
その言葉を聞いて、共感を覚えた誰かが「そうだな……そうだよ! 二人の言うとおりだ」と呟いた。それを皮切りに口々にやる気に満ち溢れた言葉が彼らの口から溢れ出た。
男の指示通りに二人が動いてくれたため、行進の速度を上げることについてはこれでみんな納得しただろう。さらに、予想以上に士気も上がった。その結果を見て、男はただひたすら二人の話術に感心していた。
騎士「あんなもんでよかったか?」
男の隣へと帰ってきた騎士が少し照れくさそうにそう言った。
男「ああ。正直予想以上だ。まさか騎士と女騎士がここまでやってくれるとは思わなかった」
騎士「よせよ。あんまり柄じゃねえんだよ。さっきも自分で話をしていて鳥肌が立っちまった。あんなの俺じゃねえよ」
男「そうかな? 案外似合ってるような気もしたけど」
騎士「あ~もう、痒くなるから止めろって!」
からかいも込めて騎士に賞賛を送る男。それを素直に受け入れるのも気恥ずかしいものがあるのか、騎士は男の方を小突いて場を茶化した。
女騎士「うん、確かに騎士の発言は中々いいものだったと私も思ったぞ」
と、いつの間にか二人の傍にちょこんと立っていた女騎士がそう呟いた。
騎士「お、おおっ!? いつの間に……てっきり女衆の元にでも戻ったのかと」
女騎士「失礼な。騎士が男の傍に向かった時に後ろから付いていたぞ?」
騎士「お、おう。そうか……なんかすまん」
なんだか、自分が悪くなったような気がした騎士は思わず女騎士に謝った。そんな二人の様子を苦笑しながら男は見ていた。そして、先ほどの騎士と同じように女騎士にもお礼の言葉を述べた。
男「女騎士も協力してくれてありがとう。おかげで助かったよ」
女騎士「私は私に出来ることをしただけだ。別に特別なことをしたつもりはない」
男「それでもありがとう。ただ、前線につくまでは今みたいに二人をリーダーとして指示を出してもらうようなことがまたあるかもしれないけれど、そのこともお願いしても大丈夫かな?」
女騎士「それが必要で、私にできることなら力を貸す。だって、私たちは同じ敵と戦う仲間だろう? そんないちいち他人行儀にお願いなんてしなくても力になるさ」
女騎士のその言葉に男は一瞬呆けた。彼女が言っていることは至極当然のことなのだが、そのあまりの真っ直ぐさに思わず言葉を失ったのだ。そして、そんな男の様子を横で見ていた騎士はニヤニヤとし、先ほどからかわれた仕返しをしてきた。
騎士「そうだよな~。男はまだまだ皆に対して壁があるんだよな。俺とは文字通り苦楽を共にしてきたから遠慮なんてほとんどないけど、他のやつに対してはそうじゃないからな~」
いつかのようにそう話す騎士。そして、その指摘が事実なため言い返すことができない男はムッとし、騎士に文句を言う。
男「確かにまだ壁があるって言われればその通りだけど。でも今更仲良くっていうのもなんだか変な気もするっていうか……。それに、僕は別に困っていないんだからいいだろ?」
騎士「でも、今みたいな状況になった時には一人じゃ困るだろ?」
男「それは……そうだけどさ」
同期のみんなと交流を深める機会を逃してしまった男は今更自分がでしゃばって悪い結果を生むくらいなら、淡々とした関係の方がマシであると思っていたのだ。
そんな二人のやり取りを見ていた女騎士が不意に男に問いかける。
女騎士「……男は私たちに対して何か思うところがあるのか?」
男「別にそうじゃないけど。ただ、最初の頃は僕人との関わりを避けていたから今更みんなと仲良くなるのもどうかなって思ったんだ。それだったら、希薄な関係性でも力を合わせるところだけ協力すればいいかなって思ってて……」
言葉にするとなんとも情けない言い訳である。まるで、子供が意地を張って、それをいつまでも引っ込めることができなくなっているようだった。
そんな男の考えを聞いた女騎士はしばらく思案していたが、やがて男の前に手を差し出しこう告げた。
女騎士「なら、私が友になる。いや、この場合は仲間か? ともかく、私は男と仲良くなる。だから、男も私をきっかけにしてみんなと仲良くなってみてくれ」
差し出された手を前にして男は僅かにだがその手を握り返すのを躊躇った。なぜなら、彼の記憶にはかつて同じように差し伸べられ、握り返したその手の温もりが失われたのを覚えていたからだ。
そんな男の事情を知っている騎士は最初は黙って男がどう反応するかを見守っていた。だが、いつまでも迷っている様子の男に痺れを切らしたのか、
騎士「いいんじゃねえか。もう自分を守る力は身につけたんだろ? だったら、お前がその手で守ればいい」
と言って彼の背中を押した。
そして、騎士からのエールを受け取った男は改めて女騎士が差し出した手と彼女の真剣な表情を見返し、
男(そうだね……。騎士の言う通りだ)
大切な存在を自分の手で守ると改めて決意し、女騎士の手をそっと握り締めた。
男「うん。よろしく、女騎士」
女騎士へ向かって笑顔を浮かべる男。そんな彼に女騎士はギュッと手を握り返し、
女騎士「ああ、私もよろしく頼むぞ男」
太陽のように眩しい満面の笑みで彼を受け入れるのだった。
それからさらに数日の行進の末、男たち一同はようやく前線へと辿りついた。途中、魔物とも遭遇し、負傷者を出しもしたが騎士と女騎士の鼓舞が聞いたのか、脱落者は一人も出なかった。だが、負傷者の中には深手を負った者もおり、彼らはしばらくの間は前線の医療場にて傷を癒すことになった。
そして、前線基地となっているのは交戦地帯となっている場所から数キロ離れた小さな村。既に住む人のいなくなった家屋を寝床として使い、現場の司令官はその村の村長宅であった建物を使い、彼らを待っていた。新兵を代表する二名、騎士と女騎士が司令官の元へと現地到着の報告のため向かい、他の人々は建物の外で待機となった。
ここまでほとんど気力だけで持たせてきた彼らの体力もとうとう限界が来たようで、皆その場に座り込み、今にも倒れそうなほどであった。
男もまた同じように地面に座っていた。だが、そうしながらも彼はこの前線の様子を観察していた。
見れば、兵士たちはまるでここが戦場であるということを忘れているかのように普通に生活を送っていた。想像していた重い空気や鬱々とした雰囲気はどこにも漂っていない。
どうも、今はエルフとの直接手的な戦闘は一時的に休止しているようであった。それは、お互いに戦力の補強や食料の調達など様々な事情があるのだろう。だが、きっかけが何か一つでもあればすぐにでも状況は動き出すに違いない。
男(……交戦地帯から戦闘の音が聞こえないから、一時的な休戦状況だっていうのはわかる。でも、それにしたって何かこの場所は異常だ……)
本能的にこの基地に漂う不気味な何かを感じ取る男。だが、その正体が一体なんなのかが彼にもわからない。
口元に手を当て、そのことについて男が考えていると報告のため建物へと入っていった騎士と女騎士が帰ってきた。
だが、帰ってきた二人の表情は浮かないものだった。男は、疲れきった身体に喝を入れて起き上がると、二人のもとへと駆け寄った。
男「おかえり、二人共。ここの司令官から何か指示を受けたりした?」
なんの気なしにそう問いかけた男だったが、二人は顔を見合わせると顔を青くして彼に告げた。
騎士「男、マズイぞ。ここは俺たちの想像以上に異常だ……」
男「どういうこと?」
女騎士「私たちは今司令官に会ってきたんだが、建物を入った時に司令室までは真っ直ぐに長廊下を歩いていくだけで着いた。だが、重要なのはそこじゃない。その廊下に飾られていた異様な光景だ」
今にも胃の中のものを吐き出しそうに口元を必死に抑える女騎士。とても続きを口にできそうでない彼女の代わりに騎士が男に対して答える。
騎士「廊下の壁にな、保存処理のされたエルフの耳がぎっしりと貼り付けられていたんだよ。それはもう、壁の隙間をなくすほどにな……。
しかもそれだけじゃねえ。司令室に入ってすぐにそのことを司令官に聞いたらなんて答えたと思う?
『ああ、あれかね。素晴らしいだろう? 我が前線で今まで我が前線の兵たちが殺してきたエルフの耳だよ。こんな場所だ、兵士たちの死体を一々埋めていられる余裕がなくてね。彼らの墓標替わりにこうして使っているのだよ。
そうすれば、私のところに来たときにみんなのことを思い出せるだろう?』
だとよ。もう、俺は途中からすぐに司令官の前から逃げ出したくなったぜ。まるで、これが〝普通〟のように話をするんだ。気が狂っているとしか思えない」
騎士から語られた話を聞いて男は言葉を失った。そして、先ほど抱いた不気味な何かの正体を掴みかけた。そして男は先ほどと同じようにもう一度、周囲へと意識を向けた。耳を澄まし、兵たちの会話を盗み聞く。
男兵士A「おう、何してるんだよ。こんなところで一人酒か? 男兵士Cはどうしたよ」
男兵士B「それなんだけどさ、聞いてくれよ。あいつこの間の戦闘の時に俺の目の前でエルフの土魔法を受けちまってよ。地面から生えてきた土の柱に腹部を思いっきり貫かれちまったんだよ。
グチャッて音が聞こえたと思ったら男兵士Eの腹部から腸とか臓器が出てきてさ。俺の顔にもあいつの血が滅茶苦茶かかったんだよ。
で、どうにかエルフのやつは殺したんだけどさ。あいつやっぱり即死だったみたいで、死体処理する暇もなかったからそのまま置いてきちまったよ」
男兵士A「なんだよそれ! まったく、しょうがねえな。まあ今頃魔物の腹の足しにでもなってるかもな」
男兵士B「ハッハッハ。そうだとしたらあいつもかわいそうにな。エルフに殺されて、死体も魔物の胃の中とはな」
男兵士A「全くだ! あ、そうだところでその肉いらねえなら俺がもらうぞ」
男兵士B「おお! 食え食え。この肉意外とうまいんだよな~。近場で殺した魔物だけど、案外いけるもんだな」
その会話を聞いて男は思わず絶句した。そして、先程から感じていた不快な感じ、その正体がなんなのかを理解する。
そう、それは〝狂気〟。一見すると普通に見えるこの基地。だが、前線で毎日死と隣り合わせな状況に居続けた兵士たちは、もはや狂うことでしか自我を保てないでいるように見えた。
そして、そんな彼らの姿はこれから先に自分たちがこのようになるかもしれないという未来の自分たちの姿を男に想像させた。そう思ったとき、彼は心の底から恐怖した。敵対するエルフや、今の彼らにではない。
戦争というものが人に与える影響。その大きさについて……。
そして、そのことに対する危惧を男が抱く中、騎士と女騎士による指示でそれぞれに割り当てられた家屋へと一同は向かった。久方ぶりの温かなベッドでの睡眠に誰もが喜びを顕にする。
そんな中、ほかの兵士たちとは違い、同じ家屋へと割り振られた男と騎士の二人だけは暗い面持ちでいた。
男「ねえ、騎士」
騎士「ん、どうした?」
男「僕たちも……あの人たちのようになっちゃうのかな?」
騎士「……さあな。少なくとも俺はあんな風になりたいとは思わねえよ。自分たちの異常さを自覚できないようになるなんて……な」
男「そうだよね。ごめん、変なこと言って」
騎士「気にすんな。そんなことより早く寝ようぜ。さすがにずっと歩きづくめだったからもうクタクタだ」
男「ふふっ。そうだね、騎士たちのおかげでみんな無事ここまでたどり着けたんだ。今日はもう考え事をするのはやめてゆっくり休もうか」
そう言って二人はそれぞれのベッドに入り、睡眠を取り出した。目を閉じると同時に猛烈な睡魔が襲いかかり、一瞬にして意識は暗闇の中へと落ちていった。
……
…
ドンッ! と鼓膜を破るほどの大きな音が聞こえ、男と騎士はベッドから飛び起きた。
騎士「なんだっ!?」
男「今の音は……」
二人は家屋から窓の外を見る。見れば、ここから数キロ先の交戦地帯となっている場所から火の手が上がっていた。
男「戦闘が、始まった……」
空はまだ暗闇に覆い尽くされており、彼らが睡眠を取り始めてから数時間しか経っていないことを示していた。
男と騎士は今後の状況について指示を仰ぐために急いで戦闘の準備をし、家屋の外へと飛び出す。
二人と同じように他の新兵たちも次々と寝床として利用していた家屋から現れた。そんな彼らのもとに先輩兵士の一人が訪れる。
女兵士A「あんたたち、今から広間の方に移動しな! そこで今からのあんたたちの行動についてを指示を通達する」
女兵士Aの指示を受けた彼らは即座に村の広間へと集まった。横二列に並び、姿勢を正して指示を与える上官の到着を待っていた。
やがて、待機する彼らのもとに頬に大きな切り傷のある女性が現れた。
女上官「ふむ、揃っているようだな。いいか、お前たち! 今交戦地帯でエルフたちを見張っている監視隊から派遣された連絡係が情報を持ってきた。
現在、前線ではエルフと我が隊の魔法部隊が魔法による交戦行なっている。だが、やはり魔法に関してはあちらに分があるためにこちら側は劣勢だ。
だが、エルフ共は近接戦闘に対しては弱い。どうにか奴らの魔法を防ぎ、近接戦に持ち込めばこちら側に流れを持ち込める。
諸君らには我が魔法部隊の支援としてエルフへの近接戦の役割を与えようと私は思っている」
女上官の発する命令の内容に思わずその場にいた誰もが言葉を失う。彼女が言っているのはようは特攻である。降り注ぐ魔法の嵐の中を掻い潜り、エルフたちの命を奪って来いと言っているのだ。
だが、いかに理不尽な内容であろうと上官からの命令に彼ら新兵が逆らえるはずもない。一同は心の中に生まれた動揺を隠しながらも、必死に声を貼って命令を受諾した。
一同「はっ! その指示。我ら一同必ずや成功させてみせます」
訓練施設にて幾度も復唱した命令受諾の返答。だが、それを初めて口にした実戦での命令がこのような過酷なものだとはいったい誰が想像しただろう。いや、きっと誰も想像しなかったに違いない。
女上官「いいか、必ずやり遂げろ。この命令に失敗の二文字はない! 先に言っておくが、お前たちはこの戦いで真の意味で兵士に生まれ変わる。
エルフは殺せ。身体を焼かれ、四肢を弓矢で打ち抜かれたとしても持ち前の武器である歯を使ってでも奴らに傷をつけろ。
死んだ仲間には情を抱くな。それはもはやただの肉の塊だ。悲しみを抱くくらいならエルフの奴らを憎んで、一人でも多くあいつらの命を刈り取れ!
この程度で死ぬような奴はどこの戦場に行っても真っ先に死ぬ。そんな奴はこの北方地帯の部隊には必要ない。
いいか、生き残った奴が全てだ。無様でも、醜くても、意地汚く生き残れ!
死ねば全てが無意味となる。敗北者が何かを得ることはない。勝者こそが全てだ。勝利しなければこの戦争にはなんの意味もない。
さあ行け! 今すぐに戦場に躍り出ろ! そして己の価値をこの場に残った我々に示してこい!」
女上官のその言葉を聞くと同時に一同は村から交戦地帯に向かって駆け出した。そして、彼女の話を聞いていた男はこう思う。
男(女上官の言うことも一理ある。この初陣で死ぬようなら所詮その程度の力しかなかったってことじゃないか。それはつまり、自分を守る力すらついていなかったということになる。
死んだら、何もかもが無意味になる。あのエルフへの復讐も、また僕に出来た大切な友人を守ることもできない。
なら、僕はこの戦いを絶対に生き延びてみせる。そして、僕から全てを奪っていったエルフたちを一人でも多く殺してやる……)
己の内に湧き上がるドス黒い感情を肯定し、男は戦場に向かって駆けてゆく。視線の先ではいくつもの光が眩く輝き、耳をつんざく轟音を生み出している。
正式な軍の一員としての彼の戦いが、まさに今始まろうとしていた……。
戦場へとその身を投じた新兵たち。だが、勇気を振り絞って死地へと飛び込んだ彼らを待っていたのは、これまで腕利きの人間たちと死闘を繰り広げながらも生き残ってきたエルフたちの手厳しい洗礼だった。
上空にて魔法と魔法がぶつかり合う中、自身やその周囲めがけて放たれるそれに新兵たちは無謀にも立ち向かっていった。
逃げ場などここには存在しない。引いた先に待つのは死。ならば、前へと突き進み、己の未来を掴み取るしかない。
腕を射抜かれ、頭を切断され、足を砕かれ、身体を焼き散らされ、目の前で次々とこれまで共に過ごした仲間たちが死んでいく。悲しみを感じる間もなく、彼らは自分の命を守るためにエルフに立ち向かっていった。
男「あああああああっ!」
周囲から一斉に放たれる幾つもの炎球を全身のバネを使い男は必死に避けた。次の行動など考えている暇はない。一瞬、一瞬ほとんど反射的に身体を動かしエルフたちに対抗する。
流れるように動く指先。幾多の紋様が素早く描かれ、先ほど男に向かって炎球を放ったエルフたちに今度は男の元から土の塊が凄まじい勢いで飛び立った。
そのうちのいくつかがエルフたちの身体を打ち抜く。肉をえぐられ、骨を砕かれ、その場に倒れこむエルフ。男はその隙に彼らに接近し、抜き放った短刀で彼らの首を切り裂き、死に至らしめる。
男は切り裂いた際の感触で相手を殺害したことを確認し、次の標的めがけて彼走った。一歩でもその場に止まってしまっては彼が今殺したエルフのように自分がなってしまうのをわかっていたからだ。
周りを見渡せば見知った者の姿は随分と減っていた。ほんの数時間前まで一人の脱落者も出さずにこの前線へと共に進んできた仲間たちは今ではその大半が無残な姿で地に伏し、交戦する兵士たちの足の踏み場となっていた。
男「畜生、畜生……。許さない、絶対に許すもんか! お前たちエルフがいるから僕たちはっ!」
己のうちから無限に湧き出る怒りや憎悪を宙へと吐き出し、男は一人、また一人と敵を葬っていく。その数は既に二桁を超えていた。
そんな彼の視界に見知った者の姿が移った。女騎士の姿だ。戦場に来るまでは一緒に移動していた彼女だったが、戦闘が始まりエルフの元へと突撃してすぐにはぐれたのだ。
だが、それも仕方のないことである。ほとんどの者にとっては初めての実戦。自分の身を守ることに精一杯になっているのが普通だ。男は過去に女隊長達と共に戦場にその身を置いていたからこそ他の兵士たちより落ち着けていたというだけのことである。
そんな彼は今、エルフと交戦する女騎士に意識を向けていた。エルフ集団の懐に入り、次々と敵を切り伏せる彼女だったが、その意識が目の前にいるエルフたちに集中してしまっており、背後から彼女に向かって弓を引くエルフに気がついていない。このままでは確実にその身を弓矢に射抜かれる。
それを理解すると同時に男は駆けた。同時に指先を動かし魔法を発動させるための紋様を書き連ねてゆく。
放たれる弓矢。発動する魔法。風を切り裂き、女騎士目がけて放たれた弓矢は矢尻がまさに女騎士の身体に突き刺さろうとした瞬間、男が発動した風の魔法によって防がれた。
ガンッ! と空気の塊に防がれ音を立てて上空へと弾かれる弓矢。そこでようやく女騎士も自分の身に迫っていた危険に気がついた。
男「女騎士、無事!?」
女騎士の元へと辿りついた男は彼女に背中を向けて問いかける。
女騎士「大丈夫。ありがとう、男」
男「お礼は後で。それよりも今は目の前にいる敵に集中して。こっちは僕がどうにかする」
そう言って男は次の矢を射ろうとするエルフに向かって再び魔法を放った。先ほど同じ風系統の魔法だが、今度は塊ではなく、鋭利な刃と化した風が弓を持つエルフの腕を切断する。
女騎士「任せる! 頼んだぞ、男!」
背中を男に預け、女騎士は先ほどよりもさらに集中し、前方の敵を薙ぎ払う。初めての連携。ぎこちないながらもどうにか形を作り、敵を討ち取っていく二人。敵を一人倒していくたびその連携はより息のあったモノへと変わっていく。
演習と違い、死と隣り合わせな戦場は彼らの内に潜む潜在的な能力を次々と引き出していった。
次第に合い始める二人の呼吸。己の背中を友に託し、自身は目の前の敵へと意識を向ける。
そうして、彼らにとって軍に所属してからの初陣はしばらく時間が経ってエルフ側が発した撤退の合図と共に終わりを告げるのだった。
……
…
男「……」
女騎士「……」
二人は無言のまま基地へと戻る。既に身体は満身創痍。気を抜けば意識を持って行かれそうな身体に喝を入れてどうにか歩いていく。
彼らの全身はエルフたちの返り血に染まり、巻き上がった泥や土で服はベタベタだった。
そんな中、それまで足元を見て前へと進んでいた男が不意に視線を上げた。そして、彼の視界に映ったのは同じようにボロボロな姿になった騎士の姿だった。
騎士「……」
騎士は心ここにあらずといった様子で先を歩いていた。彼の無事を確認し、ホッとすると同時に男は愕然とした。
視線を周りへと散らした彼の瞳に映ったのは、数時間前までは全員いたはずの新兵の数が半数以下にまで減っているという現実だった。
あまりの出来事に彼は思わず言葉を失った。こんなにも、あっけなく人は死んでしまうのか……。そう思う彼にかつて失った人々の姿が重なる。
妹『お兄ちゃん! 今日は何して遊ぶの~』
女隊長『男はこれからどんな成長をするんだろうね~。あ、別に深い意味はないよッ! ただ、男の成長した姿が楽しみだな~って』
もう二度と触れ合うことのできない温もりや笑顔。そんな彼らとの思い出を命とともに奪った敵。
固く握り締めた手に爪が食い込む。奥歯を強く噛み締め、怒りを必死に抑え込む。胸の内はドロドロとした暗い感情だけが湧き上がった。
男(絶対に、絶対に滅ぼしてやる……)
決意、というよりはもはや執念に近い何かを心に深く刻み男はその場を後にした。
だが、彼は気がつかない。己が既に戦争という人を狂わせる装置を動かすための歯車の一部へとなりつつあることを……。
……
…
男たちが北方の前線へと配属されてから二ヶ月の時が過ぎようとしていた。絶望の初陣を終えたあと、大きな戦闘が二、三度ほど行われたが基本的には互いに睨み合いを続け、たまにある小競り合いで負傷者を出しながら相手の様子を伺うという膠着状態が続いていた。
その間にも何名もの兵士たちが犠牲になっており、北方へと配属された新兵の数は今や数える程まで減ってしまっていた。
また、膠着状態が続いているといってもいつ本格的な戦闘が始まるかわからないという緊張感からストレスが溜まり、兵士たちの心は限界まで擦り切れてしまっていた。そして、その結果どのようなことが起こったかといえば……。
男兵士A「おらっ! とっとと来い!」
男兵士B「おいおい、あんまり乱暴にすんなよな。こんなんでも今の俺らには大切な捌け口なんだからよ」
女エルフ「離せっ! この薄汚い人間が!」
男兵士A「うるっせえ! 黙れよこの牝豚が! てめえは大人しく俺らの言うことを聞いていればいいんだよ!」
生け捕りにした女エルフの髪を掴み、乱暴に己に割り当てられた建物へと連れて行く兵士。エルフ側の情報を引き出すという〝拷問〟という名目でのストレス発散がこの後行われることは誰の目にも明らかであった。
女エルフ「死ね、死ね! 貴様らのような汚らわしい種族はこの世界に存在するべきではない! きっと我が同胞たちが貴様らに裁きを下すはずだ!」
男兵士B「聞いたか! 裁きを下すだってよ。笑わせるぜ。なんだったら、今すぐにでも下してくれたっていいんだぞ?
ほら、どうしたよ。なんだ、お前の仲間たちはこんなピンチな状況を黙って見過ごすような玉無し野郎か? なっさけねえな。
あっはっはっはっは!」
男兵士A「あ~もうホントうるせえな。久しぶりなんだから少しは楽しませろよ」
そうして兵士二人と女エルフは建物の中へと消えていった。そして、その光景を配給される食料を取りに指定場所へと行っていた男は無言で見つめていた。
男「……」
見れば、同じような光景は基地内のいくつかの箇所で見られていた。無論、全てがエルフ相手に行われているわけではない。同意の上でお互いに乱れ、身体を交じ合わせる男女の兵士たち。
溜まりに溜まった行き場のない衝動をこのような形でしか皆解消できないのだ。それに、ここは死の気配が強すぎる。いつ自分が死ぬかもわからないということを誰もが悟り、生殖本能が高まっているということもあるのだろう。
中には精神が限界に達し、無理やり女兵士に手をつける者もいるが、女兵士の側にも気が狂ってしまい無理やり手を出されることに愉悦を感じるものもいた。誰かに助けを求めたい者と誰かに頼りにされたい者。
この者には自分が必要であるという実感を得たいというために行為を正当化し、歪な形の愛を育んでいくものがこの数ヶ月で増えていった。
そして、それは男の身近の者も例外ではなかった。
男「騎士……帰ったよ。君の分の食事は机の上に置いておくから」
自身に割り振られた建物の一室に入り、男は中にいる騎士へと声をかける。だが、今の騎士に男の声は聞こえていない。
騎士「ほら、大丈夫。もう大丈夫だから」
女兵士A「うん、うんっ。ありがとう、ありがとね……」
行為に夢中になり男の声が届かない騎士。ここに来た当初は気丈に振る舞い、皆を助けるためにどんなに辛くても明るく振舞っていた彼だったが、それも限界だったのか、ここ数日は任務以外の時は様々な女兵士と身体を重ねて己の弱さをさらけ出していた。そして、同じように弱さを抱えるものを受け入れることによって、ギリギリのところで精神が破綻するのを踏みとどまらせていた。
最初は驚きを顕にした男だったが、彼も既にどこか壊れてしまっていたのかその光景に特になにも感じることもなく淡々と必要事項だけ伝えて部屋を後にする。
配給されたパンを片手に基地内を歩く男。だが、どこに行っても嫌な臭いが鼻につく。無意識のうちに人のいない場所へと移動し、基地から少し離れた場所にある平地に腰を下ろし、食事をとる。
男「……」
基地内の兵士で行為に及んでいないものは少ない。何か心に決めたものがあり、ギリギリ正常を保てている者か完全に壊れてしまい誰の相手にもされない者のどちらかしかいない。
後者はほどなく前線から外されてしまうため、放っておいたところで問題はない。前者の場合であればそれを保てているのも時間の問題だろう。
現に、ここまでどうにか弱さを見せずにいられた男ですら、いつ己のうちに存在する欲望が溢れてしまうかわからない。もしそのような行為に及んでしまった場合、彼は自分が汚れた存在になってしまうのではないかと思っていたのだ。
それは、男にとって初恋の相手である女隊長との思い出が綺麗なものであったからだといえる。亡くなったことによって彼の中で神聖な存在となった女隊長。彼女との思い出があるにも関わらず、自分も周りのようになってしまったら彼女に対するひどい裏切りになってしまうのではないかと彼は感じていた。だからこそ、最後の一線だけはギリギリ守れていたのだ。
男「……女、隊長……」
膝を抱え、顔を俯け、愛していた者の名を呟く男。もはや誰の目にも彼の限界が近づいているのは明らかだった。
そのまましばらく男はその場から動かなかった。シンと静まり返る周り。まるでこの世界に自分一人しか存在しないような気分だと男は感じた。
だが、そんな彼の元に一つの人影が近づいてきた。
女騎士「男……こんなとこにいたのか」
男「女……騎士?」
呼びかけられて顔を上げてみればそこには心配そうに己を見つめる女騎士の姿があった。
女騎士「隣、いいか?」
男「うん、どうぞ」
そう言うと女騎士は男の隣へと座り込んだ。特に何をするわけでもなく二人の間に沈黙だけが漂う。
男「……」
女騎士「……」
だが、言葉にしなくても伝わることもある。しかも、周りの様子を見ているのであればなおさらだ。しばらく、黙っていた男だったがうまく話を切り出せずに困った様子を見せる女騎士をこれ以上見ているわけにもいかず、彼の方から話題を振った。
男「それで、要件はなに?」
女騎士を顔を見ないようにしてさりげなく男は問いかけた。正直、彼女のような魅力的な女性が隣にいてまともに顔を見てしまってはこれ以上本能を繋ぎ留める理性を抑えておくことができそうになかったからだ。
女騎士「あ、うん……。その、なんだ……」
うまく言葉が出てこないのか女騎士は何度も言葉に詰まりながらどうにか要件を伝えようとする。
女騎士「……なあ、男。男さえよかったら、その……私と一晩を過ごしてくれないか?」
男「……」
その言葉に男はどう返事をしようか迷った。理性は拒否しろと叫んでいる。本能はようやく訪れた時に歓喜の声を上げている。だが、彼の中にある女隊長という存在がどうにか本能を抑え込む。
男「もしかして、それ誰かれ構わず言ってるの?」
女騎士を突き放すように刺のある言い方をする男。視線は先ほどよりもさらに女騎士から遠のいていた。
だが、自分の言葉を聞いて女騎士が悲しそうな反応を示したのを、男はその場に漂う雰囲気で感じ取った。
女騎士「……いや、お前が初めてだ。だが、お前から見た私はそのように見えるんだな……。すまない、今言ったことは忘れてくれ」
そう言って立ち上がる女騎士。そのままその場を離れようとする彼女だったが、男に背を向けたところでその腕を彼に掴まれた。
驚いた表情で振り返ると、そこには同じように驚いた様子の男がいた。どうも、ほとんど反射的に女騎士の手を掴んだようで、彼自身自分の行動を測りかねているようであった。
男「あ、えと。これは……」
しどろもどろし、己の行動の理由を探す男。慌てふためく彼の様子を見てそれまで呆然としていた女騎士は思わず苦笑した。
女騎士「何をそんなに慌てているんだ。全く、男は可笑しいな」
いつぶりかもわからない微笑み浮かべ、女騎士は笑い声を上げた。
男「う、うるさいな……」
そして、当の男も絶対に見まいと決めていた女騎士の顔を見てしまい反応に困っていた。戦場に入り浸り、肌は荒れ、瞳に浮かぶ光は濁り始めてしまっていたが、それでも彼女は相変わらず魅力的な女性だった。ここ数ヶ月で伸びた髪の毛が吹き抜ける風で揺れ、艶かしいうなじをより強調する。
女騎士「なあ、男。私じゃ、ダメかな? 私に魅力がないのはよくわかっている。剣にばかりかまけて町娘に比べて筋肉もついているし、その……色気だってない。男性とまともに付き合ったことだってないから、知識はあるものの実際にこうした時どうしたらいいかわからなくて……。
かといって、誰でもいいわけじゃないんだ。だって、いくらこんな状況だからって私は自分が心を許せる相手以外にこの身体を、心を預けたくないんだ。
でも、男。お前だったら、お前にだったら託せるんだ。私の身体も、心も。だから……」
女騎士の顔が徐々に男の元へと近づいてくる。まるで時の流れが遅くなったと感じるほどゆっくりと近づく彼女の唇に男は金縛りにでもあったかのようにその場で硬直していた。
そして、ついに女騎士と男の唇は触れ合い、女騎士は男の体をギュッと抱きしめた。
女騎士「……ンッ……ハムッ……チュッ……」
男「……チュッ……フムッ……」
タガが外れたようにお互いの唇を貪り合う二人。そのまましばらくキスを交わし、互いの瞳を見つめ合う。
男が危惧していた不快感は不思議とわかなかった。それは女騎士だからなのかわからないが、少なくとも彼女ならば自分は受け入れることができるということを彼は感じていた。
そして、男に拒絶されず受け入れてもらえたという事実は女騎士にとっては喜ぶべき出来事であった。
女騎士「ねえ、男。この続きは……」
続きの言葉を口にしようとする女騎士の唇を再び男は塞いだ。
男「うん、もっとちゃんとしたところでしようか」
そうして二人は基地へと戻り、女騎士の部屋にて身体を重ね合わせる。周りで同じような行為に及んでいるものと似て非なるもの。
恋をしたわけではない。この胸に宿るものはおそらくこの状況だからこそ生まれているものだということを二人は理解している。だが、互いに相手のことを大切に思っているということだけは事実だ。
キスを交わし、身体をまぐわせ、互いに抱きしめ合うたびに胸に温かい何かが生まれるのを二人は感じた。
恋心とも愛情とも違う何か。言葉にできないそれを相手に与えながら、同時に自分も与えられる。そうしているうちに時間は流れ夜が訪れた。
部屋の窓からたくさんの星がキラキラと輝いていた。昨日まではそんなことにすら気がつかなかったのに今だけは世界が煌めいて見える。
男「ねえ、女騎士。見なよ、星が綺麗だ」
服の代わりにシーツで身体を隠しながら女騎士は窓越しに星を見る男の傍に寄り添う。
女騎士「ああ、本当だな。本当に……綺麗だ」
そう言いながら女騎士は男の背中に抱きつく。そして、そんな彼女の頬を男はそっと触れ、彼女の身体を優しく撫でた。
女騎士「なあ、男。たまにでいいんだ。私が生きている間、いやここにいる間だけでもいい。こうして私を受け入れてくれないか?」
男「……うん。女騎士が僕を必要としてくれるのなら、僕はそれに……応えたい」
二人共頬を上気させ、見つめ合うこと数秒。先程までしていたようにキスを交わし、再びベッドへと倒れこむ。
壊れかけの人間二人。それぞれの胸にポッカリと空いた空虚な想いを埋めるために互いの心を補填し合う。
堕落し、壊れてゆく人々。そんな中、男と女騎士の二人は、そのような人々とは少し変わった関係を築いてゆくのだった。
そして、さらに月日は流れた。男が女騎士と身体を重ね合うようになってから数週間が過ぎた頃、それは起こった。
男「……伝達兼偵察任務ですか?」
司令官「ああ、そうだ。君、騎士、女騎士の三人には少数精鋭の偵察隊としてエルフたちの動向を観察してきてもらいたい。そして、奴らの動きに少しでも不審な点があればそれを村や街に配属されている兵士たちを通じて私の元へと届けてもらいたいのだ」
男「それに関してはわかりました。では、任務の期間と捜索範囲についてお聞かせください」
司令官「そうだな……。期間は三ヶ月といったところか。その間君たちは平時は民間人として行動して移動し、なるべくエルフたちにこちらが様子を探っていることを悟らせないようにしてくれたまえ。
それと、君にはその分隊のリーダーとして行動してもらうつもりだ。これはここに配属されてからの戦績を鑑みて君こそがふさわしいと私が判断したからだ。
期待しているよ、男くん」
男「ハッ! ご期待の添える結果を必ずやお持ちしてみせます」
司令官「うむ、話は以上だ。下がりたまえ」
男「失礼いたします」
……
…
…
……
男「とりあえず、そういうことになったから今日を持って僕、騎士、女騎士の三人はエルフ側の動向を探るためにこの前線から離れることになる。
昼過ぎにはここを出立できるようにしたいから、それぞれ必要なものを準備しておいてくれ」
騎士「全く、今度はどんな無茶な任務を言い渡されると思ったら、ありがたい話だな。こんな地獄のようなところから離れられると思うと嬉しすぎて思わず叫んじまいそうだ」
女騎士「なんなら、今すぐに叫んでもいいんだぞ? どうだ、広場あたりで全裸になって奇声でもあげるなんていうのは」
騎士「おお! それいいかもな。意外とみんなからウケそうだ」
新しい任務を言い渡された男に呼び出され、女騎士は彼と騎士の共同部屋を訪れていた。
だが、二人共任務を言い渡されたという話を男から聞いてもまるで緊張した様子もなく、それどころかそんなことなど知ったことではないと言わんばかりに別の話ばかりを持ち出していた。
女騎士「そういえば、この間女兵士たちがお前のことを話していたぞ」
騎士「本当か? なんて言ってたんだ?」
女騎士「誰かれ構わず自室に連れ込む変態野郎だって。騎士、お前だいぶ私たちの間で評判悪いぞ」
騎士「そんなことになっているのか……。まあ、それならそれでもいいや。もう、何か色々どうでも良くなっててさ、いいやつでいるのにも疲れちまったよ」
女騎士「そんなものか?」
騎士「まあな。俺らがどれだけ頑張っても状況なんて何にも変わらないってことがわかったろ? 仲いいやつらはみんな死んじまうし、エルフのやつらは殺しても殺しても懲りずに向かってくるし。一体この戦いいつ終わるのかって思うようになってきたよ、最近」
女騎士「何を言っている、そのために私たちがいるのだろう。エルフたちを殺してこの戦いを早く終わらせるんだろうが。
家族の仇を討つって言ってたお前はどこに行ったんだ?」
騎士「……そういや、そうだったな。なんか、ここ最近そんなことも考えてる余裕もなくてさ。なんだろう? 殺してやりたいって思うのは確かなんだけど、それはエルフのやつらに遭遇した時ぐらいでさ、今はなんていうか殺さないと俺が死ぬことになるから戦っているような気がするんだよな。
というか、ここ最近ちょっとヤバイんだよ。もうさ、死んじまった家族がどんな顔してたのかって思い出せなくなってきてんだよ。
おかしいよな? 絶対に忘れるもんかって思ってたはずなんだけどな……」
腕を組み、不思議そうに首をかしげる騎士。そんな彼の様子を見ていた男はあくまでも冷静に状況を観察していた。
男(……騎士もだいぶここに染まってるな。いい具合に壊れてる。でも、それは僕や女騎士にも言えるか……。僕も、ここ最近家族や分隊のみんなの顔が思い出せない時がある。
そんなことに思考を咲いている余裕がない。ううん、違うか。そんなことを考えていたら心が壊れるから思考停止しているんだ)
これ以上この前線に留まり続けることは自分たちにとって悪影響でしかないと、ここしばらく男は思っていた。だが、軍人となった以上自分勝手な行動が許されない彼らにとってそれはどうしようもないことであった。
だが、そんな男たちの元に今回言い渡された任務は今の彼らにとってまさに渡りに船であった。
男「まあ、それはともかく。これからは今までより一層周囲に気を配らないといけなくなる。エルフたちがどこでこちらの情報を掴んで攻撃を仕掛けているのかも現状は分かっていない。そういったことを探るためにも、僕たちはできる限り民間人として振る舞い、多くの情報を仕入れていこう。
それと、今回僕が二人を率いるリーダーになっているからあらかじめ禁止事項を伝えておく。
一 緊急時以外は戦闘行為は一切禁止する。これは、自分は軍人ではなく民間人であるという意識を己の内に刷り込ませておかないといけないからかな。
二 できる限り一人で行動をしないこと。待機は別だけど、どこかに行くにしても誰か一人は連れて歩くこと。
それと最後に……」
そう言って、男は女隊長がかつて自分に言った言葉を思い出す。戦場の空気に呑まれ、記憶が薄れることはあっても、悔恨の思いと彼女たちと過ごした思い出が彼の心に深く刻ませた言葉を。
男「絶対に無茶はしないこと。もし仮に、エルフを見つけてそれを自分ひとりで倒せると思ったとしても、無茶はせず仲間を呼ぶこと。
そして、万が一エルフと交戦するようなことになった場合、勝ち目がないと思ったらすぐに逃げること。生きてさえいればどうにかなるから。死んだら、もう何をすることもできないから」
騎士「……」
女騎士「……」
男「と、僕がリーダーとして伝えたいことはこんなところ。あとはある程度各々の好きにしてもらって構わない。なにか提案があれば僕が聞いて対応するからいつでも話を持ちかけて」
そう言って男は話を終えて二人の反応を待った。
気心知れた二人が相手とは言え、これから隊を率いる身として二人の命を預かる立場になったのだ。たとえ自分自身が危険な目に会い、心壊れようともこの二人だけは守らなければならない。そう、かつて命を賭けて自分の命を守ってくれた分隊の者たちのように。
そんな風に珍しく次々と蘇る過去の出来事に僅かながら心喜ばせていると、いつの間にか騎士と女騎士が立ち上がり、不満げな表情で男を見下ろしていた。
騎士「……なんでそうやって自分で全部背負い込もうとするかね。どうせなら一蓮托生だくらい言ってくれりゃいいのにな。もう、ここに配属された新兵で生き残ってる仲いい奴らはお前らくらいしかいないんだ。
もっと、無茶言ってくれよ……」
女騎士「男……私もそう思う。どうせここまで来たなら私たちは運命共同体。死ぬときは一緒だ。なら、三人で協力し合って生き残れるところまで生き残ろう」
男「……そう、だね。二人共僕のために死んでくれる?」
騎士「ああ、もちろん」
女騎士「構わない」
男「ありがとう。なら、僕は二人のために命を賭けよう。この先、どんなことがあっても僕の全力を尽くして二人の力になる」
そうして三人は拳を重ね誓いを刻んだ。この先どのようなことが起ころうとも、仲間のために己の全てを捧げるという決意をその胸に秘め、彼らはこの基地を後にするのだった。
……
…
男たちが任務を言い渡されてからさらに数週間の月日が流れた。北方での戦闘はここしばらく落ち着いており、代わりに他地域での戦闘は激化していた。この地域に住む者はこれが大きな戦闘の前触れではないかと怯えながら、それでも束の間の平和を享受していた。
そんな中、ある街の市場を歩く三人の男女の姿があった。
騎士「おい、男。こっち見てみろよ、すげえうまそうな果物があるぜ!」
男「はぁ……もうその言葉を聞くの何回目だよ、騎士。僕たちはお金に余裕があるわけじゃないし、冷やかしは店側にも迷惑だからもうやめなって」
女騎士「そうだぞ、騎士。全く、基地を離れて女癖がなくなったと思ったら今度は食べ物を荒らすような真似ばかりして。これじゃあ色気が食い気に変わっただけじゃない」
騎士「うっせえな~。硬いこと言うなよな今くらいは楽しませてくれよ」
男「……わかったよ。でも、あんまりはしゃぎすぎないでよ。僕たちはあくまでも〝任務〟の最中なんだから。それも忘れないでね」
騎士「おう、任せておけ」
そう、一見するとただ市場をうろつき、特産物を漁っているようにしか見えない三人だが、その実言い渡された任務をきちんと遂行している最中であった。
すれ違う人々、商品を販売する店主、その他にも酒場での噂話などエルフに関する情報に耳を澄ませて少しでも現実味のある話は詳しく聞いてその場へと向かっているのだ。
この街に滞在しているのもあくまでも情報収集である。有力な情報を手に入れたのなら、すぐさま現場へと向かい、そこからエルフに関する何かを仕入れれば近くにある軍の駐屯地に向かうという次第である。
現に、この数週間で二度エルフの情報を手に入れ、結果としてその内の一つがエルフたちが隠れ住んでいる場所だとわかり、殲滅隊を送りエルフたちを殺害することに成功した。もっとも、殺したのは反抗の意思を特に強く示した男勢のみで、女子供は命を見過ごされたとあとになって報告を受けたが、それもどこまでが本当だかは彼らにはわからない。実際、捕虜となった女子供がどのような扱いを受けていようと彼らにはどうすることもできないし、どうする気もなかったからだ。
自分たちに出来ることをするのみ。エルフは滅ぼす対象であり、人類の敵。それが今の彼らの精神に深く刻まれた考えであった。
そんな風にして、周囲の人々の話しに男が耳を傾けていたとき彼の視界の端に一人の少女の姿が目に入った。
服はボロボロで髪の毛も長いこと洗っていないのかくすんで汚れている。瞳に浮かぶ光はひどく濁っており、身にまとう空気は他の物を寄せ付けない拒絶の意志が強く示されている。
まるで、この世界の全てのものが敵だと言わんばかりに敵意を振りまき、己以外の全てを睨みつけて地面に座り込む少女。その姿を見た瞬間、男の胸に凄まじい衝撃が走った。
男(……似てる)
思い出すのは家族を失い軍の前にて座り込んでいたかつての自分の姿。誰のことも信じられず、己だけの力でどうにかしてみせると思い、心の壁を作って周りの優しさを拒絶していたころの自分に視界に映る少女の姿が重なるのを男は感じた。
ただ、違う点があるとすれば当時の自分は今の少女よりもまだマシな状況にあったということだろう。エルフとの戦闘がまだそれほど激化しておらず、被害にあったといっても戦争孤児として預けられた施設で衣食住は確保されていた。だが、あの少女は違う。見たところ、施設に入れてもらえている様子もなく、食事もろくにとっているとは思えなかった。
女騎士「男、どうかした?」
急に立ち止まり、少女を凝視する男に疑問を感じたのか女騎士が問いかけた。
男「いや、あの女の子が少し気になって」
女騎士「あの子?」
男「ほら、あそこにいる……」
女騎士に問いかけられて少女がいる場所を指差した男だったが、一瞬目を離した隙に少女の姿はどこかへと消えてしまった。
女騎士「どこ? どこにも女の子の姿なんてないけど」
男「どうも、今目を離した隙にどこかに行っちゃったみたい」
女騎士「そうか。まあ、いなくなってしまったのなら仕方ないじゃないか。今は情報収集を優先するべきだ」
男「うん、そうだね」
そうして男は女騎士とともに先に進んでいく騎士の後を追った。ただ、最後にもう一度だけ男は先ほど見た少女がいた場所を振り返った。
そこには虚ろな瞳でこちらを見返す少女の姿が、確かにあった……。
……
…
騎士「……とこ、男!」
男「えっ?」
騎士「え? じゃないだろ。どうしたんだよ、なんか今日のお前ボーッとしてるぞ」
男「あ、うん。ごめん」
騎士「どうした、体調でも悪いのか?」
男「いや、そういうわけじゃないんだけど。ちょっと気になることがあって……」
騎士「ふ~ん。まあいいけどな。とりあえず飯食いに行こうぜ」
男「ああ、わかった」
そうして二人は現在宿泊している宿屋の一階にある酒場兼食事場に移動した。
女騎士「二人共遅かったね。私はもう食事頼んじゃったよ」
一足先に食事場に来ていた女騎士がカウンター席に座りそう呟く。
騎士「悪い悪い。なんか男の奴がボーッとしててさ」
女騎士「そうなの? 大丈夫、男」
男「大丈夫。ホント、なんでもないから」
女騎士の隣の席に二人は座り、それぞれ料理を注文する。そして、注文した酒が料理を先に三人の前に来た。三人はグラスの取っ手に持ち、コツンとグラスを重ねる。
女騎士「それじゃあ、今日もお疲れ様」
騎士「おう、お疲れさん」
チビチビとゆっくり酒を飲んでいく女騎士。対照的に騎士は一気にグラスの中身を飲み干した。
騎士「カ~ッ! やっぱ酒は最高だな! 早くもつまみが欲しくなってきたぜ」
女騎士「騎士、それだけ聞いてるとおっさんにしか見えないわよ。というより、なんというかホント少し性格変わったわね」
騎士「そうか? まあ、細かいことは別にいいじゃねえか。色々あったんだし多少なりとも性格は変わるだろ。そういうお前だって最初に会った時に比べたら堅さがだいぶ取れた気がするけどな。まあ、何がきっかけかは言わんでおくが」
そう言って騎士は隣にいる男をチラリと見た。
男「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」
騎士「べっつに~。俺はお邪魔じゃないのかな~とか時々思うときはあるかもしれんがね。いいんだぞ、そういうことしたい時は気を利かせて出てくから。遠慮せずやってくれても」
女騎士「別に……その、私はそんなしょっちゅうは……それに、我慢はできるし……」
男「ちょ、女騎士まで。全くもう……」
騎士「なんだ、なんだ。お前ら結局デキてるのか? ったく、いつの間にそんな関係になったんだよ」
軽いノリで茶化す騎士。女騎士も恥ずかしそうにしながらまんざらでもないという様子であったが、そんな空気に冷水をかけるような勢いで男が断言する。
男「違うよ。僕と女騎士はそんな関係じゃない」
その言葉に三人の間の空気が一瞬静まり返る。それに気がついて男が慌てて言葉を訂正する。
男「あ、いや。違うんだ、そういうことじゃなくて……。僕は、僕は女騎士にはもっとふさわしい相手がいると思っている。あんな状況だったし、ああいうことになったことには後悔していないけど。
でも、僕らは戦友だろ? それ以上でもそれ以下でもないんじゃないかな?」
隠すつもりはないのか男は本心を話した。あのような状況だ自分も女騎士も誰かのぬくもりを求めていただけなのだろう。それに、正直に言ってしまえば今の男には誰かに愛されたり、自分が愛するという感情が少しわからなくなってしまっていた。どこまでが傷の舐め合いで、どこまでがそうでないのかが……。
だからこそ、そんな状態で女騎士と愛し合っているような関係だと軽々しく言いたくなくて彼は騎士の言葉を否定した。
女騎士「そ、そうだな。私たちは〝仲間〟だからな。そういう関係じゃないんだ。それに、それを言うなら騎士だって女兵士たちとそういった関係になってたってことになるでしょ?
そうなったら、騎士はいったい何人の女性を愛していたのかしらね」
騎士「あ~そりゃそうか。それは確かに男の言うことにも一理あるわな」
これ以上この場の空気を悪くしたくないと思ったのか、騎士と女騎士がどうにか男に合わせて場を和ませる。
そして、それを見ていた男は自分の発言で二人に気を使わせてしまったことを後悔していた。ふとした拍子で戦争の影響によっておかしくなってしまった自分を実感させられる。それはなにも男だけではなく、他の二人の言えることではあるが……。
男「とりあえずその話はこれで終わろうか。ほら、食事がきたよ」
男がそう言うと彼らの元に注文した料理が届けられた。
騎士「お~きたきた。待ってたぜ、肉だ肉。腹減ってるし早速食べさせてもらうかね」
カウンターに置かれたフォークを手に取り、炒められた肉料理をほおばり始める騎士。そんな彼を呆れた様子で女騎士は見ていた。
女騎士「ちょっと、騎士。もう少し上品に食べたらどう?」
騎士「いいじゃねえか。俺たちは今民間人なんだぜ? そんなこと気にしていたら馴染めねえよ」
女騎士「はぁ、もういいわよ。言っても治りそうにないしね」
ため息を吐き、自分の分の食事を食べ始める女騎士。そんな中、男は一人だけ酒も、食事のどちらにも手をつけずにいた。
男(……やっぱり、あの子気になるな)
今の時勢、戦争孤児など珍しくもない。前に訪れた街でも昼間見かけた少女のようなものはたくさんいた。ただ、あの少女だけは別だった。性別も、年も違うのになぜか気になる。そのことについて宿に帰ってきてからずっと答えを考え続けていた男だったが、本当に不意にその答えが脳裏に浮かび上がった。
男「ああ、そうか。あの子、妹に似ているんだ」
気づけばそんなことを口にしていた。境遇は自身に似ているかもしれない少女。だが、その容姿や年齢をだいたい推測すると、死んでしまった男の妹が生きてそのまま成長すればあれくらいだったのだ。
そして、一度そうと決め付けてしまうともうダメだった。彼女がどうしても自分の家族のように思えて仕方なく、このまま少女を放っておくことは今の彼にはできなかった。
代替とも、偽善とも言われようとも今の彼には少女がこれ以上あのような状況に放り出されていることが我慢できなかったのだ。
それは、奇しくも女隊長が男を弟の姿と重ねて放っておけなかった時の状況に似ていた。
男「騎士、女騎士。ごめん、ちょっとでかけてくる」
そう言い残して急いで男は酒場を後にした。
騎士「あ、おい。ちょっと待てよ」
突然の男の行動に思わず騎士が静止の言葉を投げかけるが既に男は席をたち、外に出ていた。
騎士「なんなんだよ……」
残された二人は彼の行動を疑問に思いつつも、出された食事を堪能するのだった。
暗闇に染まる街中を男は一人駆け回った。暗い路地裏、食事場の店裏、寒さを凌げそうな橋の下。行き場をなくした人間が行きそうだと思うところを手当たり次第に探した。だが、一向に少女は見つからない。
男「……どこだ、どこにいる?」
既に人が寄り付かないところはあらかた探し終えた。あの格好だ、普通の人であれば哀れみこそすれ関わろうとはしないはず。まして、周りに対して拒絶の姿勢を示している少女であれば自ら進んで他者と関わるような真似もしないだろう。
だからこそ男は人が寄り付かなさそうなところを重点的に探していたのだがどこにも少女の姿はなかった。このまま闇雲に少女の行方を追っても仕方ないと一度宿へと帰ろうとする。
だが、その途中。予想に反して男は少女を見つけることになった。
男「……あっ」
そう、それはあまりに意外な場所であった。街にあるいくつもの宿屋の一つ。男が宿泊しているそれとは別の宿屋前に少女はいた。
虚ろな瞳で、他者への拒絶はそのままに。どこか遠く、自分の手に届かないものを見るかのように建物の中、窓の向こう側にある明るい世界を少女はそっと眺めていた。
たった一人で……。
それを見た瞬間、男の中に猛烈な庇護欲が湧き上がった。それは、かつて妹の面倒を自ら進んでみていた頃と同じような家族に対する情愛であった。
今まで長い間ずっと忘れられていたそれは、覚醒と共に溜まりに溜まっていた欲求を男の体の隅ずみまで満たした。もういないはずの妹と少女に姿を重ね、妹にできなかった全てを少女にはしてやりたいと思った。そう、男は目の前にいる少女の幸せを第一に考えたのだ。
そうして、男はゆっくりと少女に近づいた。だが、自分に近づいてくる存在に気がついた少女は遠く、明るい世界への羨望を即座に心の奥底へと隠すと再び敵意をより色濃くし、男をキッと睨みつけた。
だが、男はそれでもなお少女に向かって突き進んだ。かつて、自分に優しい言葉を投げかけてくれた全ての人を拒絶していた自分を救ってくれた女隊長と同じように。
男「大丈夫、大丈夫だから」
優しく言葉を投げかけながら、ついに少女の目の前に辿りつく男。逃げなかったところを見ると、まだ人を受け入れる余地はあるのかもしれない。そう思った男は少女の前にそっと手を差し伸べた。
だが、差し伸べられる救いの手を少女はすかさず払い除けた。拒絶されることはある程度予想していたのか、男は再び少女に手を伸ばす。
しかし、今度ははっきりとした形での拒絶をされた。少女は男の手に思いっきり噛み付き、物理的に敵意を表したのだ。
少女「ふぅぅっ……ぐうぅっ!」
まるで獣のようにギロリと男を睨みつける少女。肉が食いちぎられるほどの強さで歯は食い込んでいく。その痛みに男は一瞬顔をしかめたが、歯を食いしばり痛みに耐えた。そして、空いているもう片方の手を少女の背中に回し、その身体を抱きしめた。
男「大丈夫。怖くないよ……」
本当ならば叫び出したいほどの痛みであるにも関わらず、男はそれをグッと堪え、少女をなだめた。だが、それでも少女は先ほどよりも強く、強く男の手を噛み続けた。
少女の気が収まるまで必死に苦痛に耐える男。痛みのせいか、顔からは脂汗が滲んでいた。
そして、そんな男の態度に少女も疑問を抱いたのか、手を噛む力がほんのわずかに弱まった。
どうしてこの男性は逃げ出さないのだろう?
どうしてこんなにも優しく自分を包み込もうとしてくれているのだろう?
もしかして、この人は敵ではないのかもしれない。
そんな考えが少女の脳裏に浮かんだ。だが、次の瞬間に思い出したのは自分を裏切った二人の人間の姿。愛している。そう言っていたはずなのに自分を裏切り、捨てた肉親の姿を……。
怒りに駆られ、憎しみに呑まれ、少女は再び男の手に歯を食い込ませた。そして、空いていた両手の爪で自分を抱きしめる男の背中を何度も何度も引っ掻いた。
長い間手入れもされず伸びきった爪は服越しに男の背中の皮を削り、やがて血を流した。
だが、それでも男は少女を離そうとはしなかった。
男「……」
もう男は何も言わなかった。ただ、黙って少女の行動を許していた。
少女「ううぅっ! うぅっ」
初めは怒りの呻きを上げていた少女。だが、しばらく男に対して敵対行動を示した後、その様子に変化が訪れた。
少女「うっ……ううっ……うぇっ……うぇぇっ」
怒りはまだ表していたものの、その瞳からポロポロと涙がこぼれ始めたのだ。そして、それは徐々に敵意を収めることにもなり、男の手に噛み付いていた少女の歯が少しずつ肉から離れていく。
そして、口を男の手から離し、自分を抱きとめる青年の顔を見た瞬間、それまで我慢していたものが限界に達したのか少女は嗚咽を漏らしながら思いっきり泣いた。
少女「うえっ、ふぇぇっ、ふええええええええええええん」
その叫び声に一瞬店の中にいたものが何事かと外の様子を見に来たが、男がなんでもないと客たちを店の中に戻した。
そして、己の腕の中で涙を流し続ける少女の背中を何度もさすり、彼女をあやした。
少女「ふええええん。えぐっ、ひっく」
一向に泣き止む様子の見られない少女に少しだけ苦笑する男。結局、彼女が完全に泣き止むまでには小一時間を要し、その間男は噛み付かれて抉られた手と何度も引っ掻かれて血が滲んでいる背中の痛みに必死に耐えるのだった。
騎士「で? その子どうしたんだ?」
宿屋に戻った男は部屋を共同で使っている騎士にそう告げられた。その光景はどう見ても、浮浪児を男が連れて帰ってきたようにしか見えない。騎士からすれば、突然酒場を抜け出し少女を連れて帰ってきた男の行動が理解できず、そのように問いかけるのも無理はなかった。
男「えっと、拾ってきた」
どう答えればいいのか迷ったものの結局男はそう答えるしかなかった。それが一番真理であるからだ。
騎士「拾ったって……おいおい。犬や猫じゃねえんだからよ。それに、お前わかってるんだろうな……」
あえて言葉を濁した騎士が言いたいことは自分たちは今任務の最中だということだろう。いくら日常に身を寄せていたところで彼らの本職は軍の一員としてエルフの動向を探るということなのだ。浮浪児を拾ってきて相手をしていることなど彼らの行動の足枷にしかならない。
男「うん、わかってる。これが軽率な行動だってことも。でも、それでも僕にはこの子が放っておけなかった」
真摯な瞳でジッと騎士に視線を向ける男。どこか納得のいかなかった様子の騎士だが、男の真剣な様子を見て、とうとう根負けした。
騎士「はぁ……。ったく、しょうがねえな。俺らのリーダーはお前だからそのお前が決めたことなら従うよ。けど、どうすんだその子? 言っとくけど俺らもいつまでもこの街にいられるわけじゃねえぞ。
そうなった時にこの子は施設にでも預けるつもりなのか?」
そう言って騎士は先程からずっと男の後ろにその身を隠している少女を見た。未だ男以外には心を許していないのか、少女は騎士に対して鋭い視線を向けていた。
そして、彼の発言が理解できているのか、また自分が捨てられてしまうかもしれないという未来を想像し、不安そうな様子で上目遣いに男の顔を見た。
そんな少女に男は怪我をしていない左手で優しく少女の頭を撫でて彼女の不安を取り除いた。
男「ううん。それはしないつもり。僕は出来ることなら彼女をこのまま同行させようと思ってる」
騎士「おいおい。それがどういうことかわかっててお前は言ってるんだろうな? お前、その子に殺しをさせる可能性を持たせるつもりか?」
男の発言を聞いた騎士だが、さすがに今後少女を同行させるつもりとは思っていなかったのかこれには厳しい言葉を投げかけた。
男「……わかってる。僕が今どんなにひどいことを言っているのかも、全部。だから、僕は今後この子の面倒は全て見るつもりだ。ひとまずこの子が一人で生きていけるようになるまでは……。
迷惑はかけない。だから、頼む騎士。この子が今後同行することを認めてくれないか?」
騎士「……先に行っておくぞ。面倒は全部見ろよ。あとは、その子の身の安全もお前が絶対に守れ」
男「うん」
騎士「それと、この話をもう一人しなきゃいけない奴がいるだろうが。あいつもいいって言うんなら俺はその子が今後俺たちに同行することを認める」
男「わかった。ありがとう、騎士」
そう言ってすぐさま部屋を出てもう一人に動向の許可をもらいに行こうとする男だったが、騎士にその行動を止められた。
騎士「その前に、お前その手と背中の手当をしてから行け」
騎士に止められ、すぐにでも許可をもらいに行きたい衝動を抑えながら男は彼の手当を受けるのだった。
男「女騎士、ちょっといい?」
騎士と男とは別の女騎士一人の部屋の前に立ち男は扉越しに彼女を呼びかけた。
女騎士「ん? 男、いつの間に帰ってきたんだ。用はもうすん……だ」
扉を開き彼を部屋に招こうとして女騎士は固まった。見知らぬ少女の姿が彼の後ろにあったからだ。
女騎士「えっと、この子は?」
男「実は昼間言っていた女の子。ちょっと、色々あって……」
女騎士「う~ん。まあ、男がそう言うならそうなんだろうけど。とりあえず中に入ったら? 何か話があるんでしょ?」
男「うん、ありがとう」
そう言って室内に男と少女を招き入れる女騎士。少女は先ほどと同じように男の背中にずっと隠れていた。
女騎士「それで、どうしたんだ?」
女騎士にそう問いかけられて男は先ほど騎士に話したのと同じ内容を女騎士に語った。やはり女騎士も騎士と同じように男の話す内容に驚きを顕にしていたが、それでいてもどこか納得したような様子だった。
女騎士「なんとなく昼間の時からこんな風になりそうな気はしていた。それに、男が決めたことだ。きちんと責任は取るつもりなんだってこともわかっている。
けど、ひとつだけ聞きたい。どうしてそんなにその少女にこだわるんだ?」
男「……死んだ妹と年が近いんだ。生きていればこれくらいの年だったかなって思ったら放っておけなくて」
女騎士「……そうか。正直に言えば反対したいけれど、男が面倒を見るって言ったからには任せるわ。けど、これから私たちに同行するってことになるんだから、この子は私にとっても仲間だから。
今は心を閉ざしているみたいだけど、そのうちちゃんと話せるようになれれば嬉しいかな」
男「うん。きっとそうなるよ。今はまだ、無理みたいだけどね……」
そう言って少女の方を見るが、やはり少女は男以外に心を開くつもりがまだないのか前に出そうとする男の手にイヤイヤと首を振って強く背中にしがみついていた。
女騎士「まあ、仕方ないな。ただ、気になっていることがあるんだがその子結局どうやって寝かすんだ?」
男「えっと、今のところはこの宿の店主に一人分多く値段払って僕の部屋で一緒に寝かそうかと……」
女騎士「そ、そうか。まあ、まずは体を綺麗にしないといけないがな」
男「そうだね、とりあえず近場の風呂屋にでも連れて行くよ」
そう言って男は部屋を後にした。残された女騎士はお人好しな彼の背中を見送り、ひとり残された部屋でつぶやく。
女騎士「男は優しすぎるな……。でも、誰に対しても優しすぎるそれは時に人を傷つけるんだぞ」
二人の了承を得られた男はさっそく少女の身を整えるためまずは風呂屋に向かった。番台に金を渡して中に入ると、少女に中で身体を洗ってくるように指示した。本当ならば男がどうにかしてあげたいところであるのだが、さすがに一緒に入るほど少女が幼くなく、自分自身でどうにか出来る年齢であったため以降は彼女身を清めるのを任せた。
そして数十分の後、身を清め、別人のように変わって戻ってきた少女が男の元を訪れた。
少女「あ、あの……。ありがとう、ございます」
長いこと手入れしていなかった髪の毛の先は未だ傷んでおり、長さも伸び放題といった様子ではあったが、体に溜まっていた垢や汚れは幾分か取れてだいぶマシになっていた。
ただ、食事はまともに取れていなかったため少女の身体の線はひどく細くなってしまっていた。
こればかりは一朝一夕でどうにかなるものではないため、時間をかけてゆっくりと健康的な体型にしてあげるしかない。
そんなことを思っていると、安心して気が抜けていたのか少女のお腹が音を立てた。
少女「あっ……」
恥ずかしそうにしながら視線を逸らす少女。男はそんな彼女の様子を見て苦笑した。
男「お腹が減ったんだね。よし、それじゃあご飯食べに行こうか」
そう言って二人は再び宿に帰る。包帯が巻かれた男の右手と少女の左手がギュッと固く、固く結ばれる。
兄妹のように、親子のように、まるで家族のような二人の関係はこの時結ばれた。自覚なく壊れていった青年と最愛の人に裏切られた少女。
この先の未来で一度は別れ、すれ違うことになる青年と少女。その最初の出逢いはこうして終わりを告げるのだった。
少女を男が引き取ってから二週間が経とうとしていた。既に以前いた街を彼らは離れ、あとひと月となった任務のために新たな情報を求めて西へと向かっていた。今彼らが向かっている場所はエルフと軍の争いが激化している地域でもある。
そのため、民間人のほとんどは主に中央都市に避難しており、ここでは民間人としての行動は厳しくなる。あくまでも軍の一員として他地域の戦闘状況の観測。及び、北方地域への影響を調べることが彼らの次の行動だった。
もっとも、場合によっては西方軍の手助けをする場合もあるかもしれないが、それは状況が劇的に変化した場合だ。
そして西方にある平原の一角、偵察のために移動している四人。現在は一時の休憩のためその場に腰を下ろして各々好きな行動をとっている。
そんな中、男は少女に付いて身を守るための術を伝授していた。
男「それじゃあ、まずは昨日の復習から」
そう言って少女の目の前で紋様を描いていく男。少女はそれを真剣な表情でじっと見つめていた。
知識のないものには理解しがたい幾何学模様の紋様が描かれていき、やがて一つの円を形作った。そして、それは即座に虚空へと溶け、紋様があった場所には代わりに一つの炎の球が現れていた。
男「と、こんな風にして魔法を発動したわけだけど、どうして魔法が発動できたかわかるかな?」
少女「はい!」
男「どうぞ」
少女「それはですね、人の中には魔力があることが関係してます。量の大小はあるものの人には魔力が存在し、魔法を使う人はその魔力を使っているんです」
男「うん。でも、それはあくまで魔法を使うために必要な材料のようなものだよね。魔法が発動する理由にはならないね」
少女「ですから、人はその魔力を元とし、ある法則に基づいて魔法を発動させるんです。今目の前で見せて頂いた紋様にもきちんとした法則性が存在して、それを正しく理解することで魔法が発動するんです。
つまり、魔力を流した指で紋様を描くということは料理で言うところの元となる材料を調理することをいうのです。
結果として作られたその炎の珠は料理の完成品ということになります」
少女の例えを交えた答えに男はニッコリと笑顔を浮かべた。
男「うん、ちゃんと魔法の発動については理解できてるみたいだね。そう、つまり魔法を発動させるといってもその手順をきちんと理解していないと失敗してしまうんだ。
それは今例をあげてもらった料理のように調理の手順を知らないで適当に作った料理が失敗するのと同じことだね」
少女「はい、わかりました」
男「それじゃあ、知識としての復習はここまでにしておいて。今からは実技をしてみようか。
今僕が作ったのと同じ炎球を作ってみようか。手順がわかっているなら問題ない。魔力を流す量の調節で最初は失敗すると思うけれど初めてなら仕方ないから何度でも挑戦してみよう」
そう言って男は少女に初めての魔法発動に挑戦させた。彼女を引き取ってから最初の一週間はまず常に一緒に行動することになる騎士と女騎士に慣れさせることに努めた。
これから一緒にいることになるのだ、長い時間を共にする相手と会話もロクにできないようでは話にならない。かといって、無理矢理仲を取り持っても関係がうまくいくとも思わなかったので、男は少女の自主性に任せてどうにか二人に心を開かないか見ていた。
とはいっても、別段なにかしていたわけではなく主に騎士と女騎士が男と話しながら少女にも声をかけてきたということ。それと少女が男にくっついて二人の様子をこっそり伺っていたというくらいである。
ただ、それが良い方向に働いたのか、少女はその一週間で少なくとも二人が悪い人間ではないと判断し、僅かながら心を開き始めた。といっても、未だ男を介して会話に参加する程度ではあるが……。
少女「……えいっ」
ゆっくりと男と同じ紋様を描いていく少女。その姿は微笑ましく、どこか見守りたくなるような愛らしさを兼ね備えていた。
そんな彼女に男が魔法の知識を与え始めたのが一週間前。これから旅を共にするということは必然危険から身を守る術を知らなくてはならないということ。かといって、身体を鍛えるには少女の線は細く、時間がかかる。そのため、男は素質次第で直ぐにでも戦力になる魔法を教えることにした。
幸い、彼にとって魔法は専門分野。人に教えることは初めてであったが、彼の言うことには素直な少女は飲み込みが早く、どんどんと知識を吸収する少女に同じ知識を共有する喜びを感じた男はノリノリで講義をした。
それは、端から見れば普段の男からは考えられないようなノリの良さで、たまたま食事のために講義をしている男を呼びに来た女騎士が素で引いたほどであった。
そんな風に初めて出来た素直で可愛らしい教え子にある程度の知識を与え、今日ついに初の魔法実践の機会の場を設けた。
これは男も女隊長の隊に入って女魔法士によって教えられたことをそのまましている。当時は中々魔法がうまく発動できずに長い時間をかけて発動させて隊のみんなに発動した時の喜びを報告にいった。
そんなことを思いだし、少女が最初から魔法をうまくできると思っていなかったため、これからやる気をなくさないで頑張る方向に彼女を導くにはどうすればいいかと男は思っていたのだが、そんな彼の目の前で予想外の出来事は起こった。
少女「で、できた! できました!」
男「えっ?」
意外な少女の言葉に男は一瞬放心する。見れば、少女の頭上には確かに炎球が出来上がっていた。……それも、四つも。
その光景を見た男は思わず背筋がゾクリとするのを感じた。予想以上。いや、もはやそんなレベルではない。天才的な才能の片鱗をわずかながらでも感じさせた少女を目の前にし、興奮すると同時に恐怖した。
男「ちょ、ちょっと待って」
そう言って男は新たなる紋様を描き出す。そして、少女は男のそれをじっと見ていた。
男「これは、これは作れる?」
そう言って男が紋様を書き終えると今度は大気中に漂う水の塊とそれを凍結させた氷の刃ができた。
一見すると先ほどと同じように紋様を書いていただけにも見えるが、こちらは違う。氷を作るにはそもそも水の魔法を生み出す法則を正しく理解し、なおかつそれを凝固させるための別の手順が必要になるのだ。
初見でこの違いがわかるものはほとんどおらず、現に男もこれを同時に発動させるのには長い年月を必要とした。
だからこそ、これはある意味で彼女の才能を確認するのにはふさわしい試験であった。基礎的な知識しか与えてない状態で彼女がこれを生み出せるようであるのならば、それは彼女の持つ才能が本物であるということだからだ。
少女「やってみます」
そう言って、少女は男が行ったのと同じように紋様を書き連ねていく。淀むことなく流れゆく指先。それは光り輝く軌跡を宙に記し、やがて一つの芸術が完成した。
男「……」
そして、それを見た男は今度こそ本当に言葉を失った。少女は先ほどの男のように水球と氷の刃の二つをそれぞれ作るのではなく、それを合成したものを生み出したのだ。半分は液体、もう半分は固体。こんなことは今の男にはできないし、手練の魔法使いですら作り出すのは困難だろう。
少女「……あ、えと。やっぱり……失敗でした?」
ゾクゾクと背筋が震える。少女の才能は本物だ。本物の天才が目の前にいることに男の胸の内は歓喜に震えた。
男「……いや。失敗なんかじゃない! それどころか、こんな事僕にもできないよ! 伸びしろの塊だ! すごい、すごいよ」
喜びに任せて少女の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる男。少女は、突然の行動に驚いているものの、彼の期待に応えられたことが嬉しいのか終始笑顔を見せていた。
少女「本当ですか! えへへっ。よかったぁ……」
男「うん、本当にすごい! これは教えがいがあるな。うん、とりあえず今までどおり基礎を教えながらそれを使った実践も並行して行っていこうか。これならすぐにでも魔法を自分の手足のように使えるようになるよ」
少女「は、はい! よろしくお願いします」
少女は両手を胸元でグッと握りしめてやる気を見せる。だが、それと同時に可愛らしい音が彼女のお腹から聞こえてきた。
少女「す、すみません……」
魔法を発動させることに緊張をしていたのだろう。そして、成功したことで緊張の糸が解けたのか空腹が表に出てきたようだ。
男「ひとまず、一度腹ごしらえをしてから続きにしよう」
少女「わかりました」
そうして二人は休憩をとっている騎士と女騎士の元に歩いていく。少女は男の手をギュッと強く握り締めて満面の笑みを周りに振りまきながら隣を歩いていく。
だがそんな少女を見て先程まで喜びを見せていた男は一抹の不安を抱いていた。
男(この子は確かに魔法を扱う才に長けている。でも、今のこの子はあまりにも無垢だ。そんな子を僕らのように戦いの場に出していいのか?)
最初は自衛のためにと教えていたつもりだった魔法だが、彼女ならばすぐにでも男と変わらないほどの魔法を扱い立派な戦力になれるだろう。
だが、彼女はあくまでも男達に同行している民間人なのだ。ロクに訓練も受けていないただの少女が戦場にその身を晒してしまっては、技術はともかく心がきっとモタない。
訓練を受けていた男たちですらあのざまであったのだ。それがただの少女であれば言わずとも結果はわかる。
戦いの熱に当てられ、狂気に囚われてしまわないか。それが男が感じる懸念だった。
男(いや、だからこそ僕が責任を持ってこの子を守らないといけないんだ。でも……もし彼女も僕らのようになってしまう時がきたのなら……)
今はまだ何もわからない先を考え、男は己の手を握る小さな温もりを絶対に守り抜こうと一人誓うのだった。
そしてそれからさらに十日ほど月日が流れた。現在男たちはある森を抜けた先で戦闘を繰り広げている軍とエルフたちの行動を遠くから観察していた。
喉が張り裂けんほどの叫びをあげ、敵に向かって斬りかかる軍の兵士。それに負けじと次々と魔法を放っていくエルフたち。人数は明らかに軍側が優っている。だが、兵士一人あたりの質はやはりエルフたちの方が上であった。
そして、今問題なのは軍側の連携が取れていない点だった。遠くから見ている男たちだからわかることであるが、軍の者の多くは迫り来る死、圧倒的に数で優っているにもかかわらず押され気味という点から兵士たちの士気が明らかに落ちていた。そして、数の少ないエルフたちの鬼気迫るほどの勢いに次第に押され、彼らは少しずつ後退していた。
男「……マズイな。このままじゃ統率が取れなくなった場所から切り崩される」
軍の様子を静かに観察していた男がそう呟く。
騎士「どうする、加勢するか? 今ならエルフ側もこっちの存在には気づいていないだろうし、奇襲をかければ状況を好転させられるかもしれないぜ」
女騎士「だが、こちらは四人だ。引き際をわきまえないと直ぐに包囲されるぞ」
男「わかってる。だから、もう少し様子を見る。あまりにも状況が悪化するようであればこのまま黙っているわけにも行かない。ここでエルフたちに勝利を持たせてやつらを活気づかせては不味いだろうしね」
そう言って男は再び戦場を眺めた。そして、彼の横に立つ少女に問いかける。
男「女魔法使い。どう? 今の状況を見ていて何か思うことはある?」
少し前まで己の身を守る術も知らなかった少女は男の質問に対して頷き、答える。
女魔法使い「はい、先生。そうですね……。今エルフたちが使用している魔法ですが、火と土を使ったものがほとんどです。土はともかく火の場合ですとこれだけ人数差がいたとしても対象がある程度絞られてしまいます。
私であれば風の魔法を使用して多数の敵を討ち取ります」
男「うん、僕も同じ意見だ。なら、向こうはなぜ風の魔法を使わないと思う?」
女魔法使い「えっとですね、普通であれば魔法自体を使用できない可能性を考えますが、人よりも魔法を扱うことに長けているエルフが使えないということはありえません。
ですから、何か別に狙いがあると思うのですが……」
そこまでは考えが回るものの、結論までは導き出せないのか女魔法使いは考え込んでしまう。まだ対人戦での実戦経験がない彼女が知識だけで予測できるのはここまでということだろう。
男「そこまでわかれば十分だよ。要はね、あいつらは待ってるんだよ」
視線を鋭くし、エルフたちを睨みつける男。そんな彼に女魔法使いは答えを求める。
女魔法使い「何を……ですか?」
男「自分たちに不利な状況にもかかわらず、多人数戦用の魔法を使わずに互角以上に戦えるということをわざわざ軍の兵士たちに見せつけ、それでいて恐怖が頂点に達した瞬間にその枷を外すんだ。
そうすることで、兵士たちにさらに絶望を与え、逃げるという選択そのものをなくすつもりなんだよ、あいつらは……。
エルフは知能が高いって言われている。だからこそ、考えることがえげつないんだよ」
ギリっと強く奥歯を噛み締めて、憎悪を顕にする男。そんな彼の気持ちが分かるのか、騎士と女騎士も静かに怒りをその身から滲ませる。普段は見ることのない彼らのエルフに対する敵意の深さを目の当たりにして一瞬女魔法使いの身がすくむ。
そして、そんな彼女の様子に気がついたのか、いつものように優しい微笑みに戻り、男が彼女の緊張を解きほぐす。
男「そんなわけで、僕らがもし出ていくとするならエルフたちが行動を起こす直前だ。奇襲を仕掛け、奴らの出鼻を挫くことでこちらに流れを引き戻す。
騎士、女騎士。いつでも行けるように準備だけはしておいてくれ」
隊のリーダーとしての男の言葉に二人は深く頷いた。
騎士「任せろ。言っておくが俺は今からだって行けるぜ」
女騎士「騎士に同じく。エルフのやつらの鼻を私たちの手で明かしてやろう」
男「ああ、信頼しているよ二人共」
二人の快い返事に男がそう答えると、隣に立つ女魔法使いが男の服の裾を引き、控えめに自分の存在をアピールしていた。
男「うん、大丈夫。女魔法使いのことも忘れてないから。ただ、女魔法使いは自分の身を守ることを考えて。初めての実戦だし、今まで魔法がうまく使えていたとしてもこの戦場の空気に呑まれてテンパっちゃう可能性もある。
誰かを守ろうとして自分が死んじゃったらなんにも意味がない。だから、今回の女魔法使いの課題は自分の身を守ること」
女魔法使い「は、はい……。わかりました」
初の実戦ということもあってやはり不安なのか女魔法使いの肩はわずかに震えていた。そんな彼女の肩を男はそっと掴んだ。
男「大丈夫、心配いらないよ。女魔法使いが僕が絶対に守るから」
女魔法使い「……先生」
そんな二人のやり取りをみて少し疎外感を感じていた騎士と女騎士が会話に加わる。
騎士「おいおい。戦いに参加するんだから女魔法使いはもう俺にとっても仲間だぞ。男一人にいい格好させるわけにはいかねえな」
女騎士「そうだな。成り行きとはいえこうして行動を共にすることになったんだ。これからは互いの背中を預ける関係になっていくだろうし。まあ、今はまだ私たちがその背中を守る番だけどね」
女魔法使い「騎士さん、女騎士さん……」
ここしばらくでようやく男を介さずとも二人ともコミュニケーションを取れるようになりだした女魔法使いは二人の言葉に喜びを感じていた。
その証拠に、もじもじと身体をくねらせて頬を染めて視線をさまよわせながら小声でお礼の言葉を二人に向かって呟いた。
女魔法使い「あ、ありがとう……ございます」
そうして彼らは新しく仲間に入った少女を交えて自分たちを結ぶ絆をより強固なものとした。
そして、それからしばらくの時間が流れ、ついに状況が動いた。
とうとうこの状況に耐え切れなくなった軍の脆い部分が崩れたのだ。そして、それをエルフ側が見逃すはずもなく、集中的にそこをより打ち崩していこうとする。
それを見ていた男たちは頷き、動き出す。
男「さあ……行くぞッ!」
一斉にその場から駆け出し、エルフ側へと走り込む。奇襲の際の初撃は男が担当する。走りながらいくつもの魔法を多重起動し、それらを今まさに軍の兵士たちの壁をうち崩そうとするエルフたちの横っ腹に一斉に打ち込む。
火、土、風、水、氷。様々な魔法が絶大な威力を持って打ち放たれる。突然現れた敵の存在にエルフたちは完全に不意を突かれ、防御をする暇もなくその全てを容赦なくくらった。
陣形は乱れ、崩れるエルフ勢。そして、その隙を逃さず男たちは一斉に彼らの元へと切り込んでいく。
騎士「オラァッ!」
怒声とともに騎士が力任せにエルフの身体を切り裂いていく。次々と倒れ行くエルフに目もくれず、次から次へとエルフに手傷を負わせていく。
女騎士「邪魔だっ! 消え去れ」
そんな騎士に続くように女騎士もまたエルフたちに切りかかり、隊列を戻そうとする彼らを妨害する。
軍の兵士たちは突然のことに動揺していたが、少なくとも男たちが敵ではないと察しすぐさま隊列を整え始めていた。
ひとまず奇襲は成功した。あとはどのタイミングでこの場から引くかが問題だ。近いエルフから順に持っている短剣を使い、一撃で素早く彼らを殺害しながら男は離脱の機を見計らっていた。
だが、そんな彼の後ろでヒッ! と女魔法使いの悲鳴が上がった。振り返れば彼女めがけて持っている剣をふり下ろそうとしているエルフがいた。
男「させるかっ!」
簡略化した紋様を描き男は女魔法使いに危害を加えようとするエルフを風の魔法で切断する。胴から下を切り取られたエルフはそのまま地面に倒れ伏した。
男「女魔法使い、大丈夫!?」
女魔法使い「は、はいっ! すみません、先生」
男「気にしないで。ただ、僕もずっと常に気を回せていられないかもしれない。だから風の魔法で自分の前に盾を作っておくんだ。そうすれば少なくとも相手の一撃は確実に防げる」
女魔法使い「わかりました。やってみます!」
男の指示を素直に受け入れ、女魔法使いは風の盾を自身の前に展開した。彼の言ったとおり、それはすぐさま効力を発揮することになる。明らかにこの場に不釣り合いな女魔法使いが彼らの弱点だと感じたエルフが彼女めがけて魔法で作り上げた氷柱を撃ち放った。
何か防御の手段があったとしてもこれならば貫けると思っての行動だったのだろう。だが、彼らにとって誤算であったのは女魔法使いの魔法を扱う才が群を抜いていたということだろう。
同じ魔法でも使い手の力量によってその精度は変わる。まだまだ魔法の扱いには慣れていない女魔法使いだが、その才覚は並び立つほどがいないほどだ。そんな彼女が発動させた風の盾は、本来であればそれを突き抜け、獲物を貫くはずの氷柱をいともたやすく弾き飛ばした。
その光景を見て驚愕し、その場に固まるエルフ。そして、それを男が見逃すはずもなく、すぐさま土の魔法を発動させる。先端の尖った土の杭が女魔法使いを狙ったエルフの腹部を突き刺し、絶命させる。
男「次ッ!」
すぐさま次の標的めがけて魔法を発動させる男。だが、状況は徐々に彼らに不利な方向へと動いていた。
最初は突然の奇襲に動揺していたエルフたちだったが、さすがに場慣れしているのか、一度は崩れた陣形をすぐさま組み直し、男たちを少しずつ追い詰め始めた。
男「……潮時か」
それを悟った男はすぐさま三人に向かって退却の指示を飛ばす。
男「騎士! 女騎士! 撤退だ! 郡の兵士たちの方へと逃げて、そのまま後方へと下がるぞ!」
騎士「了解!」
女騎士「わかった!」
そう言って退路を切り開くため再び大量の魔法を作り、打ち放つ男。それによって開いた道を素早く騎士と女騎士が抜けていく。
それに続く形で女魔法使い、そして最後に男が進む。だが、思ったよりも多く魔力を消費したせいか、走っている途中、一瞬男の視界が揺らいだ。
女魔法使い「先生!」
それに気がついた女魔法使い。だが、この一瞬に気がついたのは彼女だけではなく、男の魔法によって吹き飛ばされたエルフも同じだった。
男めがけて発動する炎の魔法。瞬きするほどの刹那の時間、男は迫り来る危機にまだ気がつかない。
代わりに、その危機に気づいた女魔法使いは彼を守るために決断する。
女魔法使い(死なせない、死なせない。先生は絶対に死なせない。両親に裏切られ、誰からの優しさも拒絶していた私を救ってくれたこの人を、絶対に死なせたくない! 私はこれからもこの人の傍でたくさん教えてもらうことがあるんです!
まだ短い時間しか一緒に過ごせていないけど、私の一番大好きな人。
そんな人を、お前たちみたいな奴に奪わせたりさせません!)
そして、女魔法使いは動き出す。
男に向かう魔法目掛けて彼女は立ちふさがる。
迫る、魔法。
動く、指先。
刻む、紋様。
そして、彼女の魔法がこの世界に現れる。
女魔法使い「消えなさい!」
彼女がそう叫ぶと同時に男に迫っていた魔法は掻き消えていた。いや、正確にはより大きな魔法によってかき消されていた。
奇襲を仕掛ける前に男が多人数戦に使用すると言っていた風の魔法。男も先ほど使用していた風の刃。それを直に見ていた女魔法使いはその法則をすぐさま理解し、己のモノにして発動した。
彼女の持つ常人以上の魔力と、魔法を扱う抜群のセンス。それが合わさり、無数の風の刃が周囲に降り注ぎ、男めがけて放たれた炎の塊を削り取り、この世界から消し去った。
そして、それと同時に大多数のエルフを彼女の魔法で切り刻み、文字通り死体の山を周囲に築き上げた。
一瞬にして多数の味方を失ったエルフ側は二度目の動揺を胸中に抱いた。しかも、先程とは違い、今度は自分たちが敵を追い詰めようとして味方の命を多く失ったのだ。そのショックは冷静さを取り戻すのに時間がかかるほど大きかった。
目の前の敵への戦慄から思わず身を震わせるエルフたち。そんな彼らに女魔法使いは最愛の存在を傷つけられそうになった怒りを視線に乗せてぶつけた。
だが、すぐさま男によって抱きかかえられてその場を後にすることになった。
女魔法使い「あっ! せ、先生。待ってください、まだ奴らが……」
男「そんなことはいい! それよりもどうして……」
女魔法使いを抱きかかえる男の表情は悲しみに満ちていた。本来ならば自分が彼女を守らなくてはならなかったのに、逆に守られてしまった。そのこともあるのだが、結果として彼女の手を血で汚してしまったことが彼にとっては悲しかった。
戦場に出る以上そうなることはわかっていたはずだったのに、いざ事が起こってしまっては女魔法使いのような幼い少女の手を人殺しの手にしてしまったことへの後悔が男を襲った。
だが、彼女はそんなことをまるで気にした様子を見せず、むしろ男を守ることができたことを誇らしげにしていた。
女魔法使い「先生、どうです? 私も、戦えますよ。先生の教えてくれた魔法で、私から全てを奪ったエルフを殺しましたよ」
嬉しそうに語る女魔法使い。褒めて欲しくて仕方がないといった様子だ。男に対してのみ純真無垢な少女のその行動を、彼女を拾い、身を守るためと言って教えた魔法で成し得た成果を全ての責任を持つと己に誓った彼が否定するわけにも行かなかった。
それが、どれだけ歪んでいて、間違っていることだとしても……。
男「……うん。よくやったね。えらいよ、女魔法使い」
軍の兵士の間をすり抜け、安全な場所へと移動した男は彼女を腕から離し、褒めてあげた。そんな彼の言葉に心底嬉しそうにする女魔法使い。
そんな彼女を見て男は罪悪感から胸に鋭い痛みが走るのを感じた。
そして、戦況は彼ら四人の行動によって一気に軍が優勢になり、エルフたちを撤退させるまでに至った。
こうして、この戦いを勝利に導いた立役者として彼ら四人は西方の軍基地へと招かれることになる。
だが、結果としてそれが彼らを更に過酷な戦いへと駆り出すことになることになろうとは、この時はまだ誰も気がつかなかった。
エルフとの戦いを勝利で終えた人間側はその夜、一時的とは言え彼らを完全に退けたことを祝福し、小さな宴を開いていた。
酒場に集まる人々の表情は笑顔に満ちており、そんな中今回の戦いを勝利に導いた立役者でもある男たち一同は西方の兵士たちに絡まれていた。
お礼の言葉を述べ、酒を勧めるものや、酔った勢いでセクハラをしようとするもの。だが、この手の者たちの対処はみんなわかっているのか程ほどにあしらい、時にその流れに身を任せていた。
もっとも、こんな雰囲気に慣れていない女魔法使いだけはオロオロとしていたが……。
そんな中、男は一人基地の酒場を離れ、この基地の司令官の元に向かっていた。それは、男たち一同の身分を明かすためと、今後この基地を拠点として情報を収集する許可を得るためであった。
司令所の前に立つ門番に話を通してもらい、建物の中へと入っていく男。そして、そんな彼を柔和な笑みで西方の司令官は迎え入れた。
西方司令官「やあやあ。よく来てくれたね」
ニコニコと笑顔を絶やさず、砕けた雰囲気で話しかける西方司令官。身体は細く、とても軍人とは思えない。むしろ、書記官などと言われた方がピンとくるような男性がかれの目の前に立っていた。
西方司令官は男に楽にするように告げ、部屋に設置された椅子に座らせた。
男はその指示に従い椅子に座り、西方司令官が彼の対面に座るのを確認したあと、今回の件について話を始めた。
男「まずは、今回の件について謝罪を。我々は北方軍の一員でして、エルフたちの動向を調べる偵察任務のためここしばらく各地を見て回っておりました。
その際こちらで軍とエルフが戦闘を行っているのを発見し、しばらく状況を見守っていたのですが、エルフたちの勢いがやや軍を優っているように思えて誠に勝手だと思ったのですが手を出させていただきました。
もちろん、西方の軍が弱いというわけではありません。ただ、追い詰められた奴らの力は侮れるものではなかったため微力とはいえお力添えになればと思い、行動をとらせていただいた次第であります」
なるべく、西方軍の顔を崩すことないよう言葉を選んで発言する男。本来であれば彼らはこの戦いにおける部外者である。
奇襲がうまくいき、軍の勝利で終わったからこそ彼らは受け入れてもらっているが、そうでなければただ無為に戦場を混乱させに現れた存在でしかない。更に、兵士たちは勝利の立役者として彼らを受け入れているが、上の立場のものからすれば、自分たちの手柄を他地域の兵士たちに奪われたようなものだ。そうなると、男たちは彼らから怒りを向けられてもおかしくないのだ。
西方司令官に頭を下げ、彼のプライドとこの軍が他人の力など借りずともエルフたちに勝てたという尊厳を守るため男は下手に出た。
そんな彼をしばらく黙って見ていた西方司令官だったがやがてゆっくりと口を開いた。
西方司令官「いやいや。何を言っているのか私にはわからないな。我々は同胞だ。そんな者たちが力を貸してくれて勝利に導いたことを褒めこそすれ、どうして非難などできる。顔をあげてくれ、君たちは我々にとって英雄のようなものだ」
優しい声色で男にそう語る西方司令官。その言葉に男も内心でホッとし、ゆっくりと顔を上げた。
男「そう言っていただけると非常にありがたいです。出過ぎた真似をしでかしたと、事を起こしてから後悔していたもので」
西方司令官「ハッハッハ! それはまた大したものだ。普通のものならそもそも事を起こそうだなんて思わないものだからね」
男「何分未熟者でして、どうしても思慮が浅くなってしまいがちで……・」
西方司令官「構わんよ。若者は考えるよりも行動で示すものだ。下手に考えすぎて身動きが取れなくなるよりはよほどいい」
男「ありがとうございます」
つまらない世辞の応酬はこのあたりにし、男は本題に入ることにした。
男「話は変わるのですが、実を言いますと今後の我々の行動における拠点としてこちらを利用させていただきたいのです。
これまで民間人に扮して情報を収集していたのですが、ここしばらくエルフと人との対立が激化しているようで民間人の殆どが各地における主要の街か、中央都市へと流れていってしまっていて、その条件で情報を集めるのが限界になっていたところなのです。
今回の件で顔も割れてしまったと思いますし、この際軍人としての身分を明かして堂々と情報を集めようかと思っているのですが、いかがでしょう? 許可をいただけますか?」
男の提案に西方司令官はしばし、何かを考える様子を見せていた。男としてはこれが形としての思案だと思っていた。
しかし、その後西方司令官が男に向かって告げた言葉は彼にとって予想だにしないものだった。
西方司令官「ふむ、それならばちょうどいい。君たちは残りの期間我々の指揮下に入りエルフたちの情報探索をするといい。
なに、君たちほどの腕ならば少数で危険地帯の情報を探ったとしても無事に切り抜けるだろう。先の戦闘での実績を考えればそれくらい容易いだろう?」
男「……は?」
その言葉に男は唖然とし、その意味を理解すると同時に内心で怒りをぶちまけた。
男(この……狸野郎が!)
彼が憤るのも無理はない。つまり西方司令官は男たちの隊に向かってこう言っているのだ。
〝そちらの言い分を受け入れてやろう。代わりに、こちらの要望にも答えてもらおう。もし、拒否をするのならば上官に対する命令に背いたとして処罰する〟
地域は違えど同じ軍。しかも立場はあちらの方が遥かに上。そんな相手が脅しとしか言えない提案を彼に向かって突きつけている。
おそらく、本来であれば自分たちの手柄であった勝利を男たち一隊の活躍によって横取りされたのが彼の癪に障ったのだろう。その腹いせとして、男がこちらでの活動をするという提案がでるまでは自分たちの考えを明らかにしなかったのだ。
一時的とは言え自分の指揮下で彼らが活動し、活躍をしたのならばその功績は彼らのものになる。万一彼らがヘマをし、その命が失われようとも彼らからしてみれば元々自分たちの持つ戦力ではないため損害がない。
つまり、どう転んでも彼らにとって利益が生まれる展開になったのだ。
やられた。そう思う男だが、今更相手の提案を蹴るわけにもいかない。彼は怒りを堪え、無理やり顔に笑を貼り付けて西方司令官の提案に応えた。
男「ええ、もちろん。司令官の指揮下に喜んで入らせていただきます」
その返事に満足したのか、西方司令官は満面の笑みを浮かべるのだった。
西方司令官「では、今日より君たちにはエルフたちの偵察に向かってもらう。だが、ただ偵察するだけでない。できる限り相手の狙いを掴み、可能であるならば敵の戦力を可能な限り減らしてくるといい。
なに、我々は君たちであれば敵の本隊を叩くことも可能だと思っているよ。任務の期限はこの地域にいられるギリギリまで。ああ、それと。どのような結果になったとしても必ず報告をしにこの基地へ最後に戻ってくるように。でなければ逃亡したとみなし、軍法会議に処すかもしれないからね。
さて、私の話は以上だ。さあ、行きたまえ」
一方的に言いたいことだけ男たち四人に告げ、西方司令官は邪魔者扱いするように彼らを部屋から追い出されたのが既に三日前。今、四人はエルフたちが潜んでいるであろう森の中を一歩一歩息を潜めて進んでいた。
休みながらの行進とはいえ、足場の不安定な森の移動は彼らの体力を想像以上に奪っていた。中でも、身体が未発達で体力の乏しい女魔法使いは何度も倒れそうになっており、定期的に休息を挟まなければならなかった。
初めは会話を交えながらの行進であったが、体力の減少や敵にこちらの存在を悟られないためという理由から徐々に口数は減っていき、必要事項を伝達する際と休息の間の僅かな時間だけが彼らの主な会話の機会となっていた。
そして、今。本日何度目かになる小休憩を挟んでいる男の傍に女魔法使いがしょぼくれた顔をして近づいてきた。
女魔法使い「……すみません、先生。私のせいでこんなに休息をとることになってしまって」
男「もう、前の休憩の時と同じこと言ってる。何度も言うけど気にしなくていいんだよ。本当に無理を言うような状況だったら有無を言わさずに歩かせるから。それがまだ必要ないって判断しているからこうして休息をとっているんだ。
それに、疲れてるのはみんな同じだしね。少しでも体力を回復させておかないといざって時に困るから」
そんな風に女魔法使いが気を使わないように言葉を選んで話をしていると、そんな二人の元に近くで聞き耳を立てていた騎士と女騎士が寄ってきた。
騎士「そうだ、そうだ。まだお前はガキンチョなんだから、素直に年長者の言うことを聞いときゃいいんだって」
バンバンと勢い良く女魔法使いの背中を騎士が叩きながら騎士は言う。
女魔法使い「ケホッ、ケホッ。ちょっと、やめてください騎士さん。セクハラです」
ここ数日で騎士に対する接し方を覚えたのか、女魔法使いは冷めた目つきで騎士を睨んだ。
騎士「おい……男と俺で反応が違いすぎないか?」
女魔法使い「それはそうです。先生は私にいろいろなことを丁寧に教えてくれる尊敬に値する人です。でも、騎士さんはなんというか非常時ではまともなんですけれど、普段がだらしないせいで評価が下がるといいますか……。
この間の酒場での宴の時も酔った勢いで女性兵士の胸を揉もうとしていましたし。そういったところを見ていると自然と対応にも差が出ると思います。
あ、あと無駄にクサイ言葉をさらっと口にしたり、やたら暑苦しいところが時々ウザイです」
騎士「そ、そうか。にしてもお前もだいぶ印象変わったな。最初の頃なんてホント男の後ろにベッタリとくっついて俺たちと話をするのも拒んでたのに」
女騎士「そうね。そう思うと女魔法使いもだいぶ私たちに慣れたのかもね」
男「それ自体は嬉しいことなんだけどね。あとさ、女魔法使い。その、〝先生〟って呼び方いい加減やめない? なんだか呼ばれててくすぐったいし、僕は先生って柄でもないし……」
女魔法使い「いいえ、やめません。だって、私にとって先生は先生ですから」
男「いや、でもさ……」
女魔法使い「なんですか、先生?」
男「……なんでもない」
僅かな時間での人心地。四人だけの温かな空間が静かな森の中に生まれていた。
だが、そんな空気を壊すように木々を踏みしめる足音が聞こえた。
男「!?」
瞬間、女魔法使いを除いた全員が気配を極限まで薄めた。それができない女魔法使いはすぐに男に抱きかかえられてその身を隠された。
息を潜め、周囲を見渡す。すると、百メートルほど先に周囲を探索している青年エルフの姿が見つかった。
男たちは木々の間に姿を隠し、そのエルフの動向を探る。彼はキョロキョロと周りをいぶかしみながら見渡していたが、なんの気配もしなかったため、気のせいだと感じ、森の奥へと歩いて行った。
男「危なかった……」
騎士「だけど、あんだけ周囲を警戒してるってことはきっと何かあるな」
女騎士「もしかしたら、敵の本隊がいるのかもしれないな。どうする、男。このまま追う?」
その言葉に男は逡巡する。罠かもしれない。相手はわざとこちらの様子に気がついていないふりをしてこちらが来るのを待ち構えているのかもしれないと男は考える。
彼がそう考えてしまうのは慎重さもだが、西方司令官とのやり取りでヘマをし、こんな状況に仲間を導いてしまったことの責任もあった。
だが、もしそうでなかったのなら自分たちはみすみす敵の有力な情報を見過ごしてしまうかもしれない。
男(……どうする)
男たちの戦力は四人。だが、相手は未知数。そのようなあやふやな状況で動いていいものだろうか。
考える時間はあまりない。早くしなければエルフの後を追うのが困難になってしまう。
女魔法使い「……行きましょう」
だが、そんな彼の迷いを消すように女魔法使いが呟いた。
男「女魔法使い?」
女魔法使い「行きましょう、先生。ここで引いたら私たちは何のために戦っているんですか? このままエルフを見過ごせば、先生に会う前の私みたいな人がきっと増えます。あいつらは早く私たちの手で消さないといけません。
じゃないと、いつまで経ってもみんな暗い顔のまま毎日を過ごさないといけません。笑顔を浮かべられないかもしれません。
だから、行きましょう。エルフを倒すために、有力な情報を持っていって私たちをこんな目にあわせてる司令官にその結果を突きつけてやるんです!」
男たちと行動を共にしてまだ一番時間の浅い女魔法使いの言葉を聞いて男は決断する。
男(そうだ、何を迷っているんだ。早く奴らを倒さないといつまで経ってもこの戦いは終わらない。
誰かが動くのを待っているんじゃない。僕たちが動くんだ。もう僕や女魔法使いのような被害者を生み出さないためにも奴らを殺す必要があるんだ)
そう思い、ついに男は決断する。
男「みんな、行こう。あのエルフの後を追って何か情報を掴むんだ」
男のその言葉に三人は頷く。
騎士「ああ、その言葉を待ってたぜ」
女騎士「私と騎士で前衛を担当する。男と女魔法使いは後方の警戒を頼むわ」
女魔法使い「わかりました。行きましょう、先生!」
そうして騎士、女騎士を前衛に配置し男と女魔法使いはその後に続く形でエルフの追跡を開始する。
決断し、行動をする。仲間たちとの心も一つに纏まっており、不安など絆の前に霞んでいる。
だが、男の中には何か言いようのない得体の知れぬ何かが付きまとう。だが、そのなにかがどうしてもわからない。
理解できない〝それ〟を胸の奥に無理やり押し込み、男は騎士たちの背中を追った。だが、その正体はこの時よりしばらく後になって明かされることになるのだった。
……
…
騎士「ビンゴだ。見ろよ、みんな」
エルフの後を追うことしばらく。男たちはある茂みの影から先へ進んだエルフの様子を伺っていた。騎士の言葉を受け、視線の先を注視すると、何やらいくつもの人影が大量に動いていた。
女騎士「あれは……どうやらエルフの部隊のようだな。負傷している者もいるし、おそらく先日戦闘を行った者たちだろう。規模としては中隊くらいか……。
ただ、奴らはあの時私たちの介入で隊を崩して散り散りにならざるを得なかったはずだから、おそらくは生き残りの兵の寄せ集めだろう」
確かに、女騎士の言うように同じ仲間だというにも関わらず集まっているエルフたちの雰囲気は悪いものだった。
負傷者の手当は遅れているし、怪我をしているにもかかわらず取っ組み合いをするものもいる。罵声や嘲笑が飛び交い、とても人間を相手にするために集まった同胞とは思えない。
男「エルフたちも全員が纏まっているってわけじゃないってことか。まあ、打倒人間を掲げているって言っても、その思惑は様々ってことだね」
女魔法使い「それで、先生。ここに負傷したエルフたちが留まっているという情報を手に入れたわけですがどうします? これ以上はリスクの方が高くなると思いますが」
男「そうだね、確かにこれ以上ここにいる意味はなさそうだ。必要な情報も手に入ったことだし、早いところこれを西方司令官様に届けてあげて、僕らの代わりに満足のいく成果をあげてもらおうか」
そう言って男たちはその場を後にし、一刻も早く手に入れた情報を司令部へと持っていくため、この場を離れようとした。
だが、エルフたちの様子を静かに観察している男たちのような存在がいるように、彼らのことをまた静かに見つめる影があることに彼らは気がつかなかった。
立ち上がり、この場から離れようとする男たち一同に向かって不意にエルフたちの視線が集まる。
男「マズイ! 逃げろ、みんな!」
声を張り上げ、一刻も早くこの場からの離脱を命じる男。騎士たちはその言葉を聞き、自分たちの身に何が起ころうとしているのかを即座に察した。
獲物を見つけた狩人たちはそれまでのいざこざを忘れ、一斉に彼らに向かって駆け始めた。
騎士「チィッ! なんで急に……」
女騎士「わからない。だが、このままここにいたら私たちの命がなくなるってことだけは確かね」
迫る死神の足音。それを聞かぬようにし、前へ、前へと彼らは走った。ここまで来た道など気にする暇もなく、今はただ一歩でも多く彼らから離れなければと……。
だが、地の利は敵の側に有り、それを優位に使えば男たちよりも早くこの森の中を動くことなどたやすい。元より彼らは森の民なのだ。たとえ、自分たちの住んでいた森でなくとも、そこでの過ごし方などさして変わりない。それは当然狩りも含まれる。
エルフ兵A「いたぞ、人間のやつらだ!」
エルフ兵B「こんなところまで嗅ぎつけてきやがったか。しつこいやつらめ」
エルフ兵C「しかも見ろ! こいつらこの間俺たちの戦いに割って入って来たやつらだ」
エルフ兵A「こいつらが……。ちくしょう、お前たちさえいなければあいつらも無駄に死なずに済んだのに」
森の地理を把握し、男たちの前へと先回りしてきた数名のエルフたちが憎悪をぶつけ、彼らを睨みつける。その手に持った剣を構え、魔法を生み出す指を動かす。
男「やるしか……ないか」
引いたところでなんの意味もない。ならば少しでも可能性のある先に向けて目の前にいる敵を蹴散らすのみ。
男「騎士、女騎士。行け、相手の魔法は僕と女魔法使いがどうにかする」
騎士「おう、信頼してるぜ」
男「ああ。絶対にお前たちに魔法は当てさせない。だから、確実に仕留めてくれ」
そう言って男は相手に対抗するための魔法を描き出した。そして、そんな彼に続くように女魔法使いも指を動かす。
そして、騎士と女騎士は男の言葉を信用し、相対する数名のエルフの元へと突っ込んでいった。
エルフ兵D「来たぞ、迎え撃て!」
数では優位に勝るエルフたちの中から向かってくる二人に対し、倍以上のものが剣を持ち襲いかかる。
右、左、前。三方向から上段、中段、下段とそれぞれ別種の切り方を放つ。それに対し、騎士は中段から放たれた一閃を防ぎ、残り二つを後方へと後退することで回避した。
エルフ兵B「なっ!」
驚きを表すエルフだが、その顔が次の表情を写す前に騎士の持つ剣がその目元から頭蓋の中へと突き刺さる。その様子をただ呆然と見ていた残り二人に向かって間髪いれずに数瞬前に殺害したエルフの顔面から抜き放った剣を切りつける。
一人は喉元を掻っ切り、もう一人は腹部を切り裂かれた。
エルフ兵C「ぐ、ぐぇっ」
うめき声を上げることもなく、その場に倒れるエルフたち。だが、彼らは所詮は前座。本命は今から現れる。
エルフ兵D「よくも、同胞たちを。死ね、汚らしい人間が!」
魔法紋を描き終わった数名のエルフが騎士に向かって一斉に魔法を打ち放つ。突如宙へと現れた幾つもの火球が彼めがけて迫り来る。だが、騎士はそれを見ても少しも動じた様子を見せなかった。
騎士「任せたぜ、男」
その言葉に答えるように騎士の背後から凄まじい突風が彼の横を抜けて火球へと向かっていった。
そして、それは対象を焼き尽くさんと燃え上がっていた炎を上空へと押し上げ、空高くでそれらを爆散させた。
エルフ兵D「なっ!」
驚きも束の間、いつの間にか懐へと侵入していた女騎士が流れるような剣捌きで次々と彼らの命を奪い去る。
エルフ兵E「くっ! この……」
苦し紛れに女騎士の後方から持っていた短剣を抜き、切りつけようとする一人のエルフ。だが、それを手に持った瞬間、凄まじい勢いで地面が盛り上がり、短剣を彼の手にぶつかりその骨を砕いた。
エルフ「あっ、がああああああっ!」
痛みから折れた手を無事なもう片方で抑えてその場に崩れ落ちるエルフ。もちろん、それを女騎士が見逃すはずもなく、一刀の元に首を刎ねた。
女騎士「……ふう。ありがと、女魔法使い」
敵を倒し、肌に付いた返り血を拭いながら女騎士はお礼を述べた。
女魔法使い「いえ、当然のことをしたまでですから」
本当にそう思っているのか、それとも単に照れ隠しなのかわからないが、そっけなく女魔法使いは答えた。
邂逅から数分も経たずしてこの場には幾つもの死体が生まれた。だが、それを見る男たちの視線に含まれる感情に同情や憐憫などは一切ない。やらなければやられたのはこちらなのだ。
だが、やはり人を殺すことに慣れないのか、僅かな嫌悪感を胸中に抱き、騎士たちは顔をしかめていた。
騎士「……先に行こうぜ。このままグズっていても時間の無駄だ」
男「……ああ、そうだね」
そうして、彼らは先へと進んだ。文字通り、屍を踏み越えて。
……
…
彼らは走った、文字通り死力を尽くして。背中に伝わる幾つもの敵の視線。逃がすものか、逃がすものかとわざわざ現れた獲物を求めて追いすがる。
復讐のため、使命のため、本能に従い、己の欲求を満たすため、彼らは追いかけ続けた。そして、その結果として最も力ない弱者が人の死を願うエルフたちの執念に捕まったのも当然のことだった。
女魔法使い「はっ、はっ、はっ。……あっ」
これまで必死に男達の背を追いかけ、走り続けた女魔法使いの足がもつれ、その場に倒れた。
男「!」
それを見てすぐさま彼女のもとに駆け寄る男。すぐさま彼女をその場に起こすが、立ち上がった女魔法使いの足は小刻みに震え、これ以上走ることができないのは明白だった。
それもそのはず、元々なんの訓練も受けていない少女なのだ。魔法を扱う才があり、男の指導のもとその才を伸ばし、騎士や女騎士によって身を守る術を教わったとはいえ、まだ彼女は年幼い少女なのだ。身体も成長しきっていない少女がほんの僅かな間己を鍛えたからといってすぐさま体力がつくわけでもない。ここまでの行進を休み休みとはいえ付いてこれたことでも上等なのだ。そんな状況でこのような後先を考えない全力疾走を続けていれば彼女が真っ先に潰れるなんてことはいともたやすく想像できたはずだ。
騎士「男! 急げ、奴らが来る」
男「わかってる!」
もはや走れない女魔法使いをすぐさま抱きかかえ、男は少し先を走る騎士たちの後を追った。だが、人一人分の重さは疲労を抱えた彼の足を直ぐに鈍らせ、息を切らせた。
先程まではまだ遠く聞こえた己を追いかける敵の息がすぐ耳元で聞こえるような錯覚に陥る。
男「……チッ!」
一向に見えない光明。出口の見えない暗闇を走る彼の脳裏に苦い記憶が次々と蘇る。気づかぬ間に済ませた仲間との別れ、自分を守るため、命を張って散っていった者。茫然自失とし、生きることを放棄した自分を叱咤し最後まで愛してくれた女性の姿を。
女隊長『男!』
この状況、どこまでもあの時に似ていた。二度目の喪失を迎えたあの日に。
その時の結末を思いだし、自然と男の心臓は早鐘を打った。それを気にしないようにがむしゃらに走る。だが、そんな彼の前を走っていた騎士と女騎士がいつの間にかその足を止めていた。
男「どうした、二人共……」
その理由を問いかけようとし、男は言葉を止めた。聞くまでもなく、彼らの目の前に答えはあった。
エルフ隊長「密偵め。お前たちの運もここまでだ」
彼らの進む先には隙間もなくなるほどビッシリと周囲を取り囲むエルフたちの姿があった。それは、前方だけに限らず、気づけば横や後方も彼らによって取り囲まれていた。
男「……」
万事休す。もはやこれまでかと足を止め、男は抱えていた女魔法使いを離した。
エルフ隊長「さて、我らがこのままお前たちを逃がすなどと微塵も思わないほうがいい。むしろ先日の礼をたっぷりと返してやらねばならんからな」
鋭い眼光で男たちを睨みつける男エルフ。他のエルフとは違い、この者は歴戦の将と言える風格を漂わせていた。
ザッと周りを見渡せば相手は一個中隊ほどの人数。対してこちらは四人。こちらにどれだけ力があろうと、覆せる人数差ではない。
では、諦めるのか。そう思い、仲間たちを見る男。だが、彼の仲間は誰一人として絶望していなかった。
騎士「……冷静に考えて、ここは降伏する場面なんだろうが、それをしたところで俺たちの命はねえんだ。だったら、ここは正真正銘命を賭けて一人でも多くお前たちの戦力を削いでやろうじゃねえか」
自身の愛剣を抜き放ち、騎士はエルフたちを睨みつけた。
女騎士「そうだな。約束したんだ、四人で生きてこの戦争を乗り切ると。なら、こんなところで私は、私たちは死ねない」
周囲の動きをジッと観察しながら女騎士が呟く。
女魔法使い「私たちは負けません。あなたたちには絶対に負けられない!」
指を動かし、魔法を作り出そうとする女魔法使い。
この状況でも希望を捨てず、最後まで生き残ろうとする仲間たち。そんな彼らを見て、男は思う。
男(そうだ、生きて帰る。そう約束したんだ。一度仲間を失った僕に、またこんなに心強く、信頼できる仲間ができたんだ。
死なせない、死なせてなるものか)
そんな彼らの意思を感じたのか、エルフ隊長は顔をしかめた。
エルフ隊長「ふん、どこまでも見苦しい。死ぬのなら潔く死ねばいいものの。それほどまでに我らエルフを傷つけ、生き抜こうとするか。意地汚いゴミ虫め」
これ以上目の前にいる男たちが生きている姿を目にするのも腹立たしいのか、エルフ隊長は指示を出す。
エルフ隊長「やれ、もはや一秒すら惜しい。一刻も早くこいつらを処分しろ」
手を振り下ろし、周囲にて待機するエルフたちが声を張り上げ、一斉に男達に向かって走り出した。
それに対し、男たち四人は身を固めた。その場で敵を迎え撃つためではない。唯一彼らに残された正気を自ら掴み取るためだ。
男「烏合の衆かと思っていたけれど、一応指揮官と思われる相手がいたみたいだね」
騎士「ああ、今の俺たちにとっては朗報だな」
そう、彼らの言うとおり指揮官がいるという事実はこの状況において彼らに差した唯一の光明なのだ。
彼らが指揮官もいない烏合の衆であれば、そのまま襲いかかられ、殺されることによってエルフたち一同が持つ人に対する敵愾心をホンの少し満たしただけで終わる。だが、指揮官がいるとなれば話は別だ。
性格などはともかく、指揮官に据えられるということは当然そのものは他者よりも抜きんでている。そして、実績を収めていることになる。これが人の世ならともかく、エルフの側ならば実力が確実にあるということだろう。
ならば、彼らは大なり小なりその指揮官を心の支えにしていることになる。仮に、エルフたちの数十分の一の人数である男たちがこの人数差を覆し、その指揮官を討ち取ればどうなるだろうか。
圧倒的な人数差をもろともせず、エルフたちの心の支えを砕く悪魔にしか彼らを見ることができなくなるだろう。
そして、指揮官を失った部隊ほど崩しやすいものはない。虚仮威しでもやればあとは勝手に自滅してくれるだろう。
男「役割は前に戦いに介入した時と同じだ。僕と女魔法使いで奴への道を切り開く。そして、騎士と女騎士で奴を討ってくれ」
そう言って男は向かってくるエルフたちの先にて悠然とこちらを見つめるエルフ隊長を睨んだ。
女騎士「わかった。責任重大だが、やり遂げるしかないものな」
騎士「ああ、その通りだな」
剣をグッと力強く握り締めて騎士と女騎士は男と女魔法使いが道を切り開くまで待っていた。
男「さて、それじゃあ行くよ女魔法使い」
一瞬だけ女魔法使いを見て、男は魔法を描き出す。
女魔法使い「はい、先生!」
そうして男は風の魔法紋を描き始める。そして、男の考えを理解し、その魔法に続くものを発動させるために女魔法使いは別の魔法紋を描き始めた。
そんな彼らに魔法を発動させまいと向かってくるエルフのうち、数名が足を止め、弓矢を放った。
騎士「やらせるかよ!」
だが、放たれた矢のうち男達に届きそうなものは騎士と女騎士の手によって切り落とされる。
女騎士「男、まだかかりそう?」
男「いや、もう終わった」
そう言って男は魔法を発動させる。一つ、二つ、三つと彼の上空に次々と火の玉が現れる。百を越す火球が宙に浮かび、やがてそれらは結合しひとつの巨大な火球を生み出した。
男「言っとくが、これで打ち止めだ。確実に仕留めてくれよ」
騎士「ああ、任せろ」
その言葉を聞いた男は強大な力の塊であるそれをエルフ隊長の方角に向かって投げつけた。
男「おおおおおおおおおおおおっ!」
叫びとともに火球が放たれる。射線上いるエルフや木々、そして地面を焼き尽くしながらそれは進んでいく。
そして、それに合わせるように女魔法使いが魔法を発動させる。
女魔法使い「はっ!」
火球の通り道、そしてその先に立つエルフ隊長の周囲を地面から飛び出した土の壁が覆う。一切の逃げ場を失くし迫り来る火球をただ防ぐしかない相手。
これで終わるとは男たちも思っていない。これだけの人数差、冷静な状況判断ができるものが対抗する魔法を発動すれば男の放った魔法も打ち消されるだろう。だが、彼の目的はそれではない。火の魔法はあくまでもおまけ。それで討ちとれるなら運がいいとくらいにしか考えていない。
彼の目的は最初からエルフ隊長への障害物のない一本道を作ることにあった。
騎士「いくぞ、女騎士!」
女騎士「ええ」
火球が焦がした道を騎士と女騎士が全力で駆け抜ける。そんな彼らより一足先に巨大火球がエルフ隊長の元に到着する。
だが、当のエルフ隊長は己の身に危険が迫っているにもかかわらず慌てた様子を見せなかった。
エルフ隊長「……はっ。この程度で我らを討ち取ろうとは。甘く見るのも大概にしろ、人間が!」
怒声と共に彼の傍に控えていたエルフが飛び出し、魔法を発動させる。一切を灰塵にするはずだった火球は地面に接する直前に停滞した。
男「なっ!」
驚きのあまり思わず声が溢れ出る男。彼は致命傷はともかく、多少の傷を負わせられると思っていた。だが、やはり魔法を扱うことにかけては相手に分があった。
エルフ鋭兵A「貴様らごときに我らが隊長をやらせるものか!」
エルフ鋭兵B「この程度の魔法など、なんともない!」
怒声と共に男の放った火の魔法に対する対の魔法がエルフ鋭兵たちによって放たれ、巨大な火球は跡形もなく消滅した。死力を尽くした一撃だったがために、次の一手を打つことができない男。そして、女魔法使いも男と自分の元に近づいてくる敵を近づけないように風の障壁を張るので手一杯。
結果として、エルフ隊長の命を奪うために先行した騎士と女騎士に全てを任せることになった。
敵の元まで一直線に作られた道を行く二人。だが、同時にそれは己の退路をも断つことになっている。先に進むしか選択しのないこの道を彼らは全力で駆け抜ける。
そして、近づく二人を冷たい眼差しで見下ろすエルフたちの元についに彼らは辿りつく。
騎士「はああああああっ!」
駆け抜けた勢いを活かし、上段から剣を振り下ろす。風切り音と共に振り下ろされた剣はエルフ隊長の頭蓋を打ち砕かんとするが、その一撃は彼の傍に控えるエルフ鋭兵の一人が発動させた風の障壁によって防がれる。
女騎士「もらった!」
だが、騎士の背後から死角を縫うようにして現れた女騎士の横一閃の斬撃が今度こそエルフ隊長を捉える。だが、肉を裂き、血を撒き散らすはずのその一撃は鈍い金属音を奏でて止まった。
エルフ隊長「先程から言っているが……。我らを甘く見るのも大概にしろ! 接近戦に持ちこめば勝てるとでも思ったか!」
額に皺を寄せ、怒りとともに一喝するエルフ隊長。女騎士の一撃を受け止めた剣を力づくで振り抜き、女騎士の身体を後方へと吹き飛ばす。
騎士「ッ! 女騎士!」
よそ見をする暇すらも与えまいとエルフ隊長は即座に騎士の前へと踏み込んだ。
騎士「チィッ! この野郎」
片手を剣の柄から離し、握り締めた拳をエルフ隊長に向かって打ち抜く騎士。だが、それすら手玉に取るように軽く受け流し、騎士の体勢を前方に崩すと、エルフ隊長はがら空きになった騎士の顎めがけて強烈な掌底を打ち込んだ。
騎士「ガハッ!」
苦悶の表情を浮かべ、無様に地を転げていく騎士。その光景を唖然とした表情で男と女魔法使いは見つめていた。
エルフ隊長「いいか、人間。我らエルフがいつまでも貴様ら人間に煮え湯を飲まされたままいると思うな」
そう言ってエルフ隊長は騎士の元にゆっくりと近づき、未だ立ち上がれずにいる彼の髪の毛を掴み、宙へとぶら下げる。顎を打ち抜かれ、平衡感覚を失っているのか、騎士の視線は未だ定まらず、どうにか敵意だけでエルフ隊長を睨みつけているものの為すがままになっていた。
エルフ隊長「ふん、威勢だけは一人前だな。だが、それだけではこの状況をどうにもできないということがわかっていないようだな。
お前の仲間の一人は倒れ、一人は力尽き、一人は我ら同胞の相手で手一杯。それもいつまでもつかわからない。万策尽きた今、お前の為すことはひとつだけ。このまま無様に我らに命乞いをし、その果てに死ぬことだ」
その様子を彼の周りで見ていたエルフたちは歓喜に満ちあふれた。憎き人間が彼らエルフに敗北しその頭をひれ伏す光景を想像して興奮しているのだろう。
だが、未だ視線の定まらない瞳で騎士はエルフ隊長をジロリと睨みつけ、反抗の意思を顕にした。
騎士「……はっ。だれが、てめえらに屈するかよ……。んなことするくらいなら、とっとと殺された方がマシだ」
エルフ隊長「そうか、ならさっさと死ね」
死の宣告を告げ、持っていた剣を騎士に突き刺そうとするエルフ隊長。だが、それを防ぐため女魔法使いが自身のもつ最大級の魔力を振り絞り、絶大な風の魔法を発動させた。
女魔法使い「だめええええええっ!」
嵐が女魔法使いを中心に生まれる。吹き荒れる暴風は敵味方問わず人々の肌を切り裂き、地を撒き散らし、肉を捻った。自分自身でも抑えのきかない魔法を発動させてしまった女魔法使いはその反動から気を失いその場に倒れた。だが、発動された魔法はその場に残り、まさに今騎士を殺害しようとしているエルフ隊長の元へと飛び込んだ。
エルフ隊長「チッ!」
咄嗟に騎士を持つ手を離し、絶大な威力を持つ魔法を止めようとするエルフ隊長。彼のそばに控えている鋭兵も彼の前に出て、同じ系統の風魔法を使いどうにかこの嵐を止めようとする。
だが、女魔法使いが込めた魔力があまりに大きすぎたのか、対抗するために放った風の魔法はあっけなく嵐の中に呑み込まれ消え去った。為す術を失った鋭兵の末路はその嵐に巻き込まれるしかなかった。
エルフ鋭兵A「隊長、逃げ……」
最後まで言葉を発することなく鋭兵が嵐によってその身体を細切れに裁断される。もう片方の鋭兵も必死の抵抗むなしく肉を捻られ、挽肉のように全身をバラバラにちぎられた。
そんな二人の部下の犠牲もあり、どうにか嵐の進路から回避することができたエルフ隊長。彼はわなわなと肩を震わせ、今まで以上の怒りを顕にした。
エルフ隊長「よくも、よくもやってくれたな人間がァッ!」
木々をなぎ倒し、なお進行する嵐を呆然と見つめる他のエルフたちをよそに単身エルフ隊長はこの被害を生み出した女魔法使いの元に飛び込んだ。
その光景を身動きの取れない騎士は唖然と見つめ、動きが戻ったがエルフ隊長から一歩行動が遅れた女騎士は絶望の表情を浮かべ、そして女魔法使いのすぐ傍でへたりこんでいた男は女魔法使いの盾になるべく二人の間に飛び込んだ。
男(間に合え、間に合えええええええええええええッ!)
世界がゆっくりと流れていく。伸ばす指先、迫り来る敵。速い、遅い、間に合わない。エルフ隊長が持つ剣の先が男の伸ばした手よりも先に倒れ伏す女魔法使いの喉元へと伸びる。
男の視界は真っ暗になり、全身の血の気が一気に引いていく。まるで、走馬灯のように今まで失った人々の明るい笑顔や最後の光景が一瞬で彼の脳裏を流れていく。
男(嫌だ、嫌だ、嫌だ! もう二度となくさないって誓ったんだ。この子を守るって誓ったんだ! 奪われてたまるか。絶対に、絶対に!)
そう思った途端、彼の中で何かが爆発した。
エルフ隊長「ガハッ!」
そして、気づけば絶対に埋められなかったはずの絶望的な距離を彼は埋め、女魔法使いを突き殺そうとしていたエルフ隊長を遠くへと吹き飛ばしていた。
誰もが少女の死を想像していただけに、この光景に驚きを隠せずにいた。
騎士「……男?」
唖然としたまま騎士が彼の名を呼ぶ。だが、その呼びかけに気がついていないのか、彼は無言のまま立ち尽くしていた。
男「やめろ、やめろ、やめろやめろやめろ! もうこれ以上お前たちに誰も奪わせやしない!」
既に魔力は尽き、今にも倒れる寸前だというのにも関わらず彼は魔法を作り出すため紋様を描き始めた。
鬼気迫る彼の様子に誰もが身動きを取れないでいる中、吹き飛ばされたエルフ隊長はゆらりと立ち上がり、血走った目で己に一撃を与えた人間を睨みつけ狂ったように叫び声を上げた。
エルフ隊長「この、下等人種めがあああああああああああああ!」
男よりも早く、魔法紋を描いていくエルフ隊長。大気中に漂う水分が一斉に彼の元へと集まり、凝固し氷となる。巨大な氷柱となったそれは一瞬とも呼べる時間で男めがけて放たれた。
一言を発するまもなく放たれたそれを、たった一人男だけはまるで時が止まったように見つめていた。
彼が魔法を発動させるために紋様を描いた指は既に止まっており、氷柱が彼めがけて放たれたその瞬間、彼の魔法もまた発動していた。
エルフ隊長「なっ! なんだ、それは……」
本来であれば男を含め周囲一体をえぐっていたハズの氷柱はいつの間にか真ん中からポッキリと折れ、その半身を左右に散らしてエルフ隊長の同胞たちめがけて巨大な氷の欠片を降り注いでいた。
一体何が起こったのか。それを理解しようと考えを巡らすその前に答えは目の前に現れていた。
赤黒い、本能的に恐怖心を煽る色をした巨大な柱がいつの間にか男の目の前に現れていた。
先ほどの氷柱に比べ、大きさとしては劣るものの、あれほど分厚い氷を真っ二つにして傷一つないそれは異常なまでの強度を誇っていた。だが、それは彼らエルフが知るどの魔法系統とも違う魔法だった。
強度とその形態を見れば誰もが土の魔法を思い浮かべるだろう。だが、絶大な強度を誇るその柱の内部は、まるで鼓動をするようにゆらゆらと液体のようなものが揺れ動いていた。
では、水の魔法系統か? それならば同じ系統を使い、なおかつ熟練度の高いエルフの魔法が破られたことの説明がつかない。
目の前にあるこれは一体なんだというのか? この場にいる誰もがそう思っていると、ふと一人のエルフがあることに気がついた。
先ほど、女魔法使いの発動した風魔法によって深く切られたハズの傷口から流れ出た血がいつの間にか消えているということ。そして、再びドクドクと溢れ出てきた血が柱に向かって徐々に移動しているということに……。
エルフ兵「ひ、ひぃっ!」
その悲鳴を上げたのがきっかけかわからないが、この場にいる誰もが柱の正体を理解する。あれは、この場から溢れ出た皆の血を集めて作られたものなのだと。
見たことも聞いたこともない全く新種の魔法を前に、エルフたちの恐怖心はこの瞬間一気に頂点に達した。
どのように生み出したのか、一体どのような効果があるのかもわからないそれ。理解しがたいものを前にした者たちの取る行動は単純で、戦うという選択よりも〝逃亡〟することが今の彼らの中では最優先になっていた。
エルフ隊長「なっ! 貴様ら、逃げるな! 戦え!」
逃亡を止めようと必死に声を張り上げるエルフ隊長であったが、その叫びもむなしくエルフたちは我先にと男の元から離れていく。
だが、そんな彼らにさらなる恐怖が襲いかかった。
男「……逃がさない」
そう呟き、男はさらなる紋様を描き出した。そして、それが完成すると同時に強固な固体であった血の柱は一瞬にして液体に変貌し、逃げ去るエルフの後を追った。
背を見せ逃げ去るエルフたち。その最後尾に位置していた者たちに、ついに血が追いつき再び強固な固体へと変化した。
今度は細く、鋭い柱が幾人ものエルフたちの背中を貫き、刺殺した。だが、前を走るエルフたちは後ろで何が起こっているのかを目にしたくないのか振り返ることなくそのまま逃げ去る。
男「逃がすか……。そうさ、女槍士や女隊長のときだってこんな風に必死に逃げてたんだ。でも、お前たちは僕らを逃がしはしなかった。
なら、僕だって……」
そう言って魔法によって動かした血にさらなる追撃を命じようとしたところで、男の耳に仲間の叫び声が聞こえた。
騎士「が、あああああああああッ!」
女騎士「う、ぐぐぐぐっ!」
その叫びを聞き、騎士と女騎士の方向を向くと、彼の視界に映ったのは二人の傷口から流れる血がエルフたちを貫いたものと同じように凝固し天に向かって伸びていたのだ。
男「なっ!」
その光景に驚き、咄嗟に魔法を解除しようとするが自分で作り出した魔法の構成が男にはわからなかった。ほとんど反射的に発動し、怒りに任せて動いていたそれは、彼にとってイレギュラーなものであり、解除するための法則が今の彼に浮かばなかったのだ。
男「なんで……。くそっ! 考えろ、どうすれば、どうすればいい……」
思考をフル回転させ、必死に解除の方法を探る男。必死に考えを絞る中、不意に彼の脳裏に少し前の女魔法使いとのやり取りが思い出された。
それは、女魔法使いが初めて魔法を発動させた際のことだ。
あの時、女魔法使いは天才的な才に任せ水を二つの状態に分けた。そう、液体と固体。水と氷を同時に生み出していた。先ほど男が作り出した柱もあれと同じような状況だった。
それに気づいた男は系統は違えどこれは水の魔法に近い法則を持っていると考えた。そして、どうにか本能的に作り出した魔法紋の構成を指の感覚を頼りに思いだし、それに適した解除紋様を描き出していく。
男(頼む、止まってくれッ!)
必死の願いを込め、男は解除の紋様を描き終えた。そして、その結果……。
騎士「ぐあああぁっ……」
女騎士「うぐぐっ……」
魔法は止まった。男は安堵から深く息を吐きだした。だが、これで終わりではない。まだ、最後にやることが残っている。
エルフ隊長「ふ、ふふふ。ははははははっ! なんだ、なんなんだ貴様は!」
逃げ去り、命を失わずに済んだエルフたち以外で唯一この場で生存しているエルフ隊長は狂ったように喚き散らした。彼がそうなるのも無理はない。圧倒的な人数差で敵を殺害するはずだった彼らの大半は今や男たち四人、実質一人によって大量の死体を生み出されていたのだったから。
仲間のほとんどは恐怖に負けこの場から逃げ去り、信頼していた部下は肉の破片と化した。自分が見逃してもらえるとも思えないエルフ隊長は最後の足掻きとして叫ぶことしか選択肢が残されていなかった。
男「……」
そんな彼に向かってゆっくり、ゆっくりと男は詰め寄る。腰にかけてある短刀を抜き放ち、人間達の代表とでもいうかのように命を狙ったエルフに向かって裁きを下そうとする。
エルフ隊長「……もはや、これまでか」
とうとうエルフ隊長も諦めがついたのか、目の前に立ち、短刀を握り締める男を握り締める男に向かって最後の一言を告げた。
エルフ隊長「我が同胞たちがいつか貴様に裁きをく……」
エルフ隊長が死ぬ前の一言として恨み言を男に告げている途中、そんなものを聞く気はないという意思を男は示した。エルフ隊長の顔面に短刀を突き刺すことによって。
男「く、くくくっ。はははははははははっ!」
既に肉の塊と化したエルフ隊長の顔面から短刀を抜き放ちながら男は笑い声を上げた。
男「やった、やった! 守った、守ったぞ! 今度こそ、僕はみんなを守ることができたんだ!」
仲間を守れなかったトラウマを乗り越え、とうとう己の力で仲間を守り切ることができた男は達成感から歓喜の叫びを上げた。だが、助け出した仲間の姿を見て、彼の喜びはすぐさま消え失せた。
女魔法使いは未だ意識が戻らず、倒れたまま。騎士と女騎士が服を破いて応急手当をしている箇所は先ほど男の魔法によって痛みを訴えていた場所だった。
男「……あっ」
そのことに気がつき、男の意識は一気に現実に戻された。確かに、仲間を守ることは出来た。だが、結局自分の未熟さによってその仲間を傷つけてしまっていた。
そもそも、本当に仲間のことを想っていたのなら、エルフたちに見つかるような可能性が少しでもある行動を取るべきではなかった。
男「あ、ああっ……」
すぐさま男は倒れている女魔法使いの元に駆け寄り、血にまみれた腕で少女を必死に抱き起こす。そのあまりにも軽い少女の重さを抱きかかえた際に実感し、同時にこの少女をこんなところに連れてきたことを今更ながら深く後悔した。
男「ごめん、また僕は……」
また間違えたと心の中で呟く。そんな彼のもとに騎士と女騎士の二人が駆け寄る。
騎士「大丈夫か、二人共」
この世の終わりのような顔をした男の肩に手をかけ、騎士は声をかける。女騎士は冷静さを失っている男の代わりに女魔法使いの状態を確認する。
女騎士「女魔法使いは魔力が切れたことによって一時的に意識がないだけみたいね。しばらくすれば目が覚めると思うわ。だから、男。そんなに力いっぱい彼女を抱きしめなくてもいいのよ」
男「……うっ、ううっ……」
いつの間にか目元から溢れ出した涙を男はただただ流していた。自分のせいで傷つけた仲間たちに返す言葉がなかったからだ。
かつてと違い、自分を守る力を手に入れた。他人の助けになるはずの力も得たはずだった。だが、本能に任せ憎しみに任せた力は大切な存在である仲間を傷つけた。もし、あのまま魔法が解除できなかったら……。そう思うと男の背筋に冷たいものが走った。
このままではいずれ自分は取り返しのつかないことをしてしまうのではないか? そんな考えが彼の脳裏によぎった。
騎士「……ひとまず、ここを離れよう。今はいいかもしれないがエルフたちが戻ってくる可能性がないわけじゃない」
女騎士「そうだな。男、立てる?」
男「うん……。騎士の言う通り、敵がいなくなった今のうちに基地へ戻ろう」
眠ったままの女魔法使いをその背に背負い、男は立ち上がる。そうして、敵を警戒しながら先導する騎士と女騎士の後に続いて歩いていく。
最後に、男は一度だけ後ろを振り返った。そこには、男が殺した無数のエルフの死体が無残に転がっていた。
男(……戦争なんだ。……やらなきゃ、やられるんだ)
今までは何も感じなかったエルフを殺害するための力。それが仲間たちを傷つけるかもしれないと知った今、男は初めて己の持つ力に疑問を抱いた。
だが、迷えば殺されるとその疑問を見ないようにし、無心を心がけ、騎士たちの背を追うのだった。
……
…
そうして、基地へと戻った男たちは今回起こった出来事を報告した。初め、西方司令官は彼らの言うことが虚偽だとし、自分たちに嘘をついているとして男たちを空家に纏めて放り込み、真偽の確認に向かわせた兵士たちの報告を聞くまでそこに彼らを閉じ込めていた。
だが、帰還した兵士の報告を聞き、驚きと喜びと恐怖を同時に感じ、彼らの傷が癒えしだいこの基地から元の北方基地への帰還を命じた。
おそらく、西方司令官はこう思ったのだろう。たった四人で中隊程の規模の敵を打倒したことは賞賛どころか勲章に値するものだ。それが自分たちの利益になるかもしれない。だが、同時に彼らはそれだけの力を持っている。もし、自分のこれまでの行動に腹を立て、私欲で反抗の意思を示されたときは自分の命などすぐに消されてしまうと。結果として、彼らとの関わりをこれ以上持ちたくないと彼は判断したのだ。
そうして、西方基地から男たちは再び北方へと向かう。これまでの功績や情報、その全てを報告するために。
だが、奇跡とも言える戦果をあげた彼らの噂は西方司令官から漏れ、兵士たちの口を通じすぐさま大陸全土へと広がった。
そして、それが僅かとは言えこの戦争の行く末に影響を与えた。
曰く、人間の側には恐ろしいまでの力を持った四人構成の分隊が存在する。
曰く、それは一瞬にしてエルフの中隊を打ち破り、四人は無傷で帰還した。
曰く、それは四人だけではなく各地域にそれぞれ四人ずつ存在する。
事実や脚色を織り交ぜられて伝えられたそれは、人間の側に戦争に対する勝機をより確信させ、兵士たちの士気を高めた。
対して、エルフの側にはこの噂を肯定する当事者たちの存在があり、人間側の持つ未だ見ぬ未知の敵への恐怖が兵士たちに伝染し、士気は果てしなく下がった。
そして、それは今後の戦いにて相対する敵の中にその四人がいるのではないかという先入観をエルフに与え、これまで均衡していた戦いのほとんどはほぼ一方的な虐殺となっていった。
そして、その戦いには実際に噂を作り上げた四人の姿も含まれており、戦いの中では実際に敵への脅しとして使われることもあった。
そうして、徐々に人間側がエルフたちの勢力を削っていき、とうとう戦争に終わりが見えだした。
連戦連勝の結果に、休む間もなく続く戦いの疲れを気にするものはほとんどいなかった。皆、勝利に浮かれ酒を飲み騒ぐことで疲れを誤魔化し、一気に戦いを終わらせようとしていた。親元に帰りたい、家族と共に過ごしたい。平和な世界でゆっくりと酒を飲み交わしたい。理由は様々だ。
そんな中、兵士たちの士気を上げる噂の張本人となった男は一人重たい空気を纏って人々の輪から離れ、座り込んでいた。
男(……)
目の下には深いくまができ、寝不足だということは誰の目にも明らかであった。
男(眠れない……)
眠気は来ている。身体も睡眠を欲している。だが、ここしばらく彼は眠ることができなかった。
それは、噂となったエルフとの戦いで己の持つ力に疑問を抱いた時から始まった。殺らなければ殺られる。復讐よりも先にそれを感じ、エルフたちを殺してきた。
だが、あの日に自分の魔法で仲間を傷つけて以来、殺したエルフが夜な夜な夢に現れる。それだけならまだいい。問題はそのエルフの姿が次第に最愛の仲間たちの姿に変わっていくことだった。
自分の放った魔法で仲間たちが死んでいく。騎士は身体を焼かれて炭化し、女騎士は土の塊に圧死させられ、女魔法使いは傷口から流れた血が凝固し首や目、心臓を貫かれていた。そんな光景を毎日のように見続け、それでもなお戦い続けた。擦り切れる心、覚めることのない悪夢。この戦争が終わればそれを見ることもなくなると、浮かれている他の兵士たちと同じように一刻も早く戦争を終わらせるために戦い続けた。
そんな彼の話を聞いた仲間たちは当然のように彼を励まし続けた。大丈夫だ、そんなことは起こらないと。鼻で笑って否定した。
だが、男は怖かった。もしも、その夢が現実に起こってしまったらと思うと彼は耐えられなかった。
女魔法使い「……先生?」
瞳を閉じ、下を俯いていた彼の元に女魔法使いが近づく。
男「女魔法使い……。どうかしたの?」
女魔法使い「いえ、実は少し先生に相談に乗ってもらいたい事があって……。今、大丈夫ですか?」
男「ああ、構わないよ」
女魔法使い「先生、この戦争ももうすぐ終わるんですよね」
男「たぶん……ね。状況は人間側に有利になっている。エルフたちがこれ以上抵抗の意思を示さなければあと数日もせずに終わると思う」
彼の言うとおり、既に西と南ではエルフたちの降伏が宣言されていた。残るは今現在彼らのいる北と東の戦いのみ。
女魔法使い「でも、戦いが終わってもエルフたちは滅ぶわけじゃないんですよね」
男「それは、そうだろうね」
そう、戦いが終わったとしてもエルフたちは全員殺されるわけではない。戦闘を指揮した地位のあるものは見せしめに殺されるかもしれないが、そうでないものたちは捉えられ、奴隷として人々の労働力になるだろう。
なにせ、戦争のせいで土地は荒れ、作物もロクに取れていないのだ。働き手は大いに越したことはない。
女魔法使い「その中にはきっと、逃げ延びて生き残るエルフも残るんですよね。そいつらが、隠れて力ない人たちを襲う可能性だってありますよね」
男「可能性がないとは言えないな。でも、どうしてそんなことを聞くんだ?」
女魔法使い「実は、私この戦いが終わっても軍にのころうと思っているんです。それで、先生に出会う前の私みたいな子や苦しんでいる人たちの力になろうと思っているんです!」
その言葉を聞いて、男は心底驚いた。目の前にいる少女はこの戦争の後の事まで考えているのだ。だが、軍に残るということがどれだけ危険が伴うか知っており、この道に仕方なくとはいえ彼女を引き込んだものとして男は確認しておかなければならなかった。
男「それがどれだけ危ないことかっていうのは、もう何度も戦場で戦ってきた女魔法使いならわかっているんだよね?」
男の問いかけに女魔法使いは真正面から彼の瞳を見返して頷いた。
女魔法使い「はい、わかっていて言ってるんです」
男「……そっか。なら僕が口を挟むことは何もないや。頑張れ、女魔法使い」
彼女を抱き寄せ、少し伸びた髪の毛に手を通し、そっと少女の頭を撫でる男。くすぐったそうにしながらも、嬉しそうにそれを受け入れる女魔法使い。
女魔法使いとしては、自分のそばにこれからも傍に男が一緒にいて、これまでどおり自分に色々なことを教えながら行動を共にしてくれると考えての発言だった。
だが、彼女の意見を聞いていた男の認識は違っていた。精神的疲労もあったのだろうが、彼女に意図するところに気がつけなかったのだ。
そして、初めて出逢った時からの少女の成長ぶりを目にし、もう自分の力がなくても彼女は大丈夫ではないかと男は考える。軍に残るというのであれば、同じく軍に残るであろう女騎士や騎士がきっと手助けになってくれるはず。
自分がもういなくても、この少女は大丈夫なのだ。
そう思うと同時に、それまで胸の奥に引っかかっていた重しが一つ取れ、彼の脳裏にある選択肢が浮かんだ。
今は戦争。自分は軍人。ならば戦うために力を使わなければならない。だが、戦争が終わり、軍人でなくなれば力を使わなくても済む。
そんな考えが彼の中に生まれた。
女魔法使い「先生、どうかしました?」
ボーッとしていた男を心配そうに見つめる女魔法使い。そんな彼女になんでもないと男は答えた。
先ほどの考えはいつの間にか消えていた。だが、男が己の今後に答えを出すのはこれからすぐのことになる。彼にとって最後の戦い、そこで全てが終わりを告げる。
……
…
もはや、何をせずとも人間側の勝利は確定していた。北方での最後の戦い、すべての戦力を集めたエルフとの戦いはあっけなく幕を閉じた。
特攻覚悟で突っ込んできたエルフの部隊を勝利の勢いそのままに次々と打ち倒し、殺害する人間側。敗戦色濃く、もはやこれ以上戦うことに意義を見出すことができなかったのかエルフのほとんどは戦場から逃げ出し散り散りになっていた。
今人間側の兵が行っているのは戦闘ではない。逃げ惑う獲物を一方的に殺す狩りだ。そして、男もまた仲間たちと離れ一人逃げたエルフたちを殺して回っていた。
抵抗するもの、命乞いをするもの、泣き叫ぶものなど多くいた。だが、彼はその全てを殺した。憎かったからではない。殺られそうになったからでもない。ただただ、早く戦争を終わらせたかったから。悪夢に終止符を打ちたかったから。
そうしてついに男が追うエルフはひと組になった。
兄妹と思えるまだ幼いエルフ。非戦闘員と思える彼ら。だが、幼いからといって見逃せば後の禍根に繋がる。
容赦はしない。そう思い、短剣を持つ手に力を込める。思考を占めるのはどのようにしてこの兄妹を殺すかということのみ。他は何も考えたくなかった。
そうして、一歩、また一歩と幼いエルフの兄妹に死を告げるため近づいていく。そんな彼から妹を守ろうと兄エルフが両手を大きく広げ男の前に立ちふさがる。
邪魔だ。そう思い兄エルフを殴り飛ばそうとした瞬間、彼の瞳に映る己の姿を見て男は驚愕する。
そこにいたのは、かつて自分の大切な存在を奪っていった傷エルフの姿と全く同じ表情を浮かべていた己の姿だった。
それを理解し、愕然すると共に男は悟る。このまま行けば自分は奴と同じところまで行き着くことになると。
そう思ったとたん、それまで何度も敵であるエルフを殺してきたはずの腕はピクリとも動かなくなった。この二人を見逃したところで自分がたくさんのエルフを殺してきたことには変わりはないのに、それでも……。
男「……行け」
兄エルフ「……えっ?」
男「さっさと行けと言っている! 僕の気が変わらないうちに、どこへでも消えろ!」
声を荒げ、戸惑いその場から動こうとしないエルフを追い払う男。それからすぐ、二人のエルフは彼の前から姿を消した。
一人になった男は誰に向けてでなく呟いた。
男「……何をやっているんだろうな、僕は」
そう呟く青年の瞳にはつい先程まであった妄執が消えていた。
男「殺されて、憎んで、殺して、また殺されて……。ずっと、僕が進んできた道は正しいと思ってきた……」
脳裏に蘇るのは過去の出来事。心を闇へと落す、悲劇の数々。
男「家族や友人を殺され、立ち直るきっかけを与えてくれた大切な人たちを奪われた。だから、憎んで、憎んで、憎んで、全部を奪ったあいつらを殺すために、自分の身を守るために力をつけた」
短剣を握り締める己の手を見れば、そこにはあるはずのない鮮血がベッタリとこべりついていた。それは、敵であるエルフのものでもあり、自分が傷つけた仲間のものでもあった。
男「でも、途中からそんなことを考える余裕もなくなって、ただやられたからやりかえして、今を生きるためだけに殺した。殺らなきゃ殺られる。それだけになった。
けど、その結果がこれ……か」
自分でも気づかぬうちに、己は憎かった相手と同じ存在になりかけた。ギリギリのところで踏みとどまれたものの、その身が血に染まっていることには変わりない。
男「なんなんだよ。なんでこんなふうになっちゃったんだよ……。
なんで、なんで、なんでっ! 戦争なんてしてるんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
憎んで、憎まれて。殺して、殺されて。そうして自分もその連鎖の中に存在していると男は感じた。
だが、その中にこれ以上い続ければ自分だけではなく仲間も傷つくことになるかもしれないという予感を抱いた。
無我夢中で怒りや憎しみに任せ敵を倒し、その結果として仲間が傷つく。今はまだそれを悔いているが、このままずっと戦い続ければそんなことすらも気にならなくなってしまいそうな気がしてならなかった。
叫び声に答える者は誰もいない。答えは自分で出さなければならない。
ギリギリで踏みとどまれたことを活かし、この輪から抜け出すか。それともこのまま輪に残り狂ったように戦い続けるか。
そして、男が選んだのは……。
……
…
北方での戦いが終結した夜、人々はもはや戦勝の雰囲気でいた。残るは東の戦いのみ。だが、それすらも残り数日で終わりを迎えるだろうと誰もが予測していた。もはや、誰もが完全に気を緩め、飲めや踊れやの騒ぎの中にいた。
そんな中、闇夜に紛れ一人この場から去ろうとするものがいた。
男「……」
広場にて木々を燃やし、集まる人々。その中に混ざっているであろう仲間たちのことを想い、一度その場に立ち止まった。
会ってしまえばきっと決意が鈍ってしまう。だから、別れは告げないつもりでいた。だから未練を断ち切り、再び暗闇に視線を向けたとき、背後から声をかけられた瞬間、男の心臓は飛び出しそうなほど跳ね上がった。
騎士「……行くのか?」
振り返りはしなかった。前を向いたまま男は答えた。
男「うん。このままここにいたら僕はきっとみんなを傷つける気がする」
騎士「前にも言ったけどよ、そんなことは気にするな。お前なら大丈夫だよ。これまでだってそうだっただろうが」
男「ダメなんだよ。多分僕は今正気を保っていられるギリギリの所に立ってる。これ以上戦いに関わっていたらもう後戻りができないと思うんだ」
騎士「……そうか。でも、きっと軍の方は逃しちゃくれないぜ。なんせ、あれだけの功績を立てたんだ」
そう話す騎士の声は震えていた。
男「……だろう、ね。未来のことは確かにわからない。でも、今僕はこれ以上戦いたくはないんだ。だから……お別れだ」
男の声も震えていた。
騎士「バカがっ。ならあいつらにも別れの言葉くらい言ってけよ。後始末をするのは俺なんだぜ」
男「ごめん。でも、騎士になら任せられるから」
騎士「……ったく、面倒事を押し付けやがって。あ~もう知らね。行くならとっとと行っちまえ。けどな、俺たちは諦めないぞ。
女魔法使いはきっと泣き喚いて文句ばっかり言うだろうけど、お前のことを追いかけるだろうし、女騎士だってきっとキレて殴りかかってお前を連れ戻すだろうな。
俺だってそうだ。今は無理でもいつかきっとお前とまた同じ道を歩むつもりだ。だから待ってる。お前が帰ってくるのをずっと待ってる」
男「……」
その言葉に男は無言のまま去っていった。暗闇に紛れて消えた彼の後ろ姿を最後まで騎士は見つめ続けた。
騎士「待ってる……からな」
……
…
…
……
暗闇の中、男は一人歩き続けた。謝罪と、後悔と、罪悪感にまみれながら最後に見送ってくれた親友への感謝を噛み締め歩き続けた。
やがて、そんな彼の前を日が昇り始める。夜明けの空は眩しく、美しかった。
長い、長い戦争はこのあとすぐに終わりを告げる。憎しみに囚われた少年は仲間と出会い、ギリギリのところで狂気から逃れた。
心も身体もボロボロになり、狂気から逃れてもなお、エルフに対する憎しみは未だ消えていない。
だが、そんな彼もこの後に運命に出会う。彼の荒れた心を癒し、敵対してきた者たちの間に新たな道を生み出す少女との出会い。
その出会いが後の未来にどのような影響を及ぼすのかこの時彼はまだ気がつかない。
過去は終わり、現在が生まれ、未来へと繋がる。
一人の少年は様々な経験を通して成長し、青年となった。これは、そんな彼がたどった過去の物語。最愛だった少女と最愛である少女の同胞を殺してきた彼の罪の物語。
すべてを語り終えた青年の元にひとりの少女が近づいてくる。満面の笑みを浮かべ、愛する青年の元へと一秒でも早く飛び込もうとする。
そんな彼女の姿を微笑ましく眺めながら青年は墓の前を立った。そして、彼めがけて走り込む少女の元へとゆっくりと歩いていく。
最後に一度、青年は墓の方を振り返り、告げる。
男「また来るよ。今日はありがと、旧エルフ」
そんな彼に再び風が答えた。それを感じた青年は一人微笑むのだった。
エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」 Final before days 男の過去~戦争編~ 完
961 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2012/12/31 21:18:40.48 EQvKQYAS0 774/1108どうにか、ギリギリ年内に過去編を書き終わることができました。
これで残すは未来編のみになりました。個人的には色々とグダった点や誤字脱字等はあるのですが、そこを見つけても目をつむっていただけるとありがたいです。
当初はこれほど長くなると思わなかった過去編最終章。結局今までで一番長かった喪失編の倍以上の量になってしまいました。
過去編だけで今まで書いた全部の話より多いと思われます。
さて、ひとまず区切りよく終われたので以前話に上がっていた別作品の宣伝をしておきたいと思います。
小説家になろうというサイトで書いている作品で「アルは今日も旅をする」です。こちらは現在このssよりも文章量が多いのですが、もし読んでいただける方がいれば嬉しいです。
http://ncode.syosetu.com/n9695z/
ちなみに、このssにここ一ヶ月ほど力を入れていて更新できていないのですがお話としては第一部のラスト手前で止まっているのでエルフssの方が今回でちょうど区切りよく終わっているので、向こうのラストを書き終わってからこちらの未来編を書こうと思っています。
それと、もう板の残りが少ないので次を書くときは新しい板を立てて書こうと思っているのですが、その際はこちらをHTMLの申請にすればいいんですかね?
それだけが疑問ですので答えていただける方がいるとありがたいです。