関連記事
番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」
【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】 【後日談】
一方通行「俺が一生オマエの面倒見てやる」番外個体「……うん」
【1】 【2】 【3】 【4】 【5】 【6】 【7】 【8】

361 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:41:11.99 DfwoBD+y0 843/1089



―――


第七学区では一部地域がパニックに陥っている中、隣接する各学区では何やら怪しい動きが
起きていた。
暗部組織の著しい減少による摂理か、現在で使われていない廃屋や廃ビルは学園都市全体に
有り余っている。
ゴロツキの集まりにすぎないスキルアウトからしてみれば、正に『棚から牡丹餅』だった。

そんな元暗部組織がかつて使用していた隠れ家やアジト等も今では『無人区域』として制定
され、一般学生の立ち入りは禁止になっている。

だが、新たに導入された衛星中継の映像が送ってきた情報によると、


「―――― 七箇所の『無人区域』で集会を確認……。いずれも『暗部推進派』に加入した
       組織の“元たまり場”か。……狙いは差し詰め“増援”って所だろうな」


手に持った端末機のような物体を眺めながら、土御門元春は鬱陶しそうに吐いた。

「思った通り、『反政派閥』は息をかけていたみたいですね。『新入生』はあくまで最前線
 に起用し、残りは“陽動”か“混乱”……そして『第一位勢力』の削減要因に割り当てられ
 そうです」

「つまり、俺らの“敵”だと確定してるってワケだ」


362 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:43:47.95 DfwoBD+y0 844/1089



『新入生』を主戦力とし、上下左右を暗部改変に反発の意思を持つ『暗部推進派』で固めて
包囲網を形成し、一方通行や一方通行に加担する勢力を徹底的に毟り取るというのが上層部
(反省派閥)の抱く具体的な構成らしい。サイドに布陣する組織の一角をこれから強襲する
予定なのだが、生憎まだ全員揃っていなかった。

「……『暗部の復活』を切望している、というのはフェイクでしょう。騒乱に乗じて“彼”
 の首を狙い、多大な報酬を掴み、やがて復活を遂げた『暗部』の高峰に君臨……といった
 ところでしょうか……。薄汚い野望ですね」

「ああ、要するに“漁夫の利”ってヤツだ。最高に潰し甲斐のある連中さ」

海原光貴の容姿に身を包んだ元同僚の肩をポンと一叩きしたすぐ後、待ち合わせていた人間
がゲンナリした足取りで歩み寄ってきた。

「よう、早かったな。もっとゆっくりでも良かったんだぜい? そんなに俺たちに逢いたか
 ったのかにゃー?」


「貴方たちの顔なんて、二度と見たくないに決まってるでしょ? ……さっさと終わらせて、
 早いトコ永遠にお別れしましょう」


「直接会うのは久方ぶりだというのに、開口一番から手厳しいですね。ははは」

さして傷ついたわけでもない調子の男二人を呆れた目で見る結標淡希。不本意なのが態度に
表れている。それも恐ろしく露骨な程に。


363 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:45:27.24 DfwoBD+y0 845/1089



「……で? 一体何のつもりで呼び出したワケ? 私は貴方たちになんか、何の未練も無い
 のよ? 情の移るような出来事も、悪いけどさっぱり思い当たらないし」

「おいおい、そりゃちょっと薄情すぎるんじゃねーかい? 俺たちの英雄が命の危機に瀕し
 てるってのに、その言い種はあんまりぜよ」

「おどけてんじゃないわよこのピエロ。その洋画みたいなオーバーアクションの所為で余計
 なストレス溜まるのよコッチは。……しかも、要点を見事なまでに穿き違えてるみたいね」

呆れた目から汚い物でも見るような目に変わる。
あからさまに不機嫌な口調だが予想でもしていたのか、土御門はニヤケたままだ。
それが余分に苛々を募らせる。

海原の方も普段と何一つ変わらない“触らぬ神に祟りなし”状態で、苛立ちをぶつける気に
もなれなかった。

「要点? どういう事か、説明が欲しいにゃー」

「私は私で義理を果たすつもりよ。薄情だなんて言われる覚えは無いわ。大体、『グループ』
 の解散と同時に貴方たちとの縁は切れてるのよ。そっちもそのつもりだと思ってたけど?」

「その割りには、ちゃんとここまで来てるじゃん。本音はやっぱり俺たちとの再会に胸躍らs」

「口を閉じなさいよアンポンタン。貴方が私のプライベート番号を知ってる件について、まず
 はじっくりと追及させてもらうわ。ていうか、呼び出しに応じた理由の殆どが“その件”よ」

「悪いな。『グループ』が無くても俺には様々な“ルート”が健在してるんだ。闇に生きる分
 としては特に困る事もねーしな」


364 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:47:03.11 DfwoBD+y0 846/1089



「ふざけんじゃないわよ何勝手に人のマジ番調べてくれてんのよ! 貸しなさい! ケータイ
 ブチ壊してあげるから!」

「ダミーで良ければどうぞ。ちなみに、お前に掛けた俺の番号も当然ダミーですたい」

「どこまでも不公平な野郎ね……。だから会いたくなかったのよ。あー、不愉快だわ……」

腕を組んでソッポを向く結標。どうやら完全に機嫌を損ねたようだ。
再会のじゃれ合いも程々にしておくか……と土御門は内心で呟き、口調と雰囲気を“仕事用”
に切り替えた。

「よし。約一名“欠席”だが、場合が場合なだけに止むを得ないか……。んじゃ早速作戦に
 移るぞ」

「……概要ぐらいキチンと話してくれないかしら?」

「なあに、“これまで”と何ら変わらないさ。俺らは俺らのやり方で助力するまでだ。その
 ためにまず、『金魚の糞』の掃除から済ませるのさ」

「第一標的に直接危害が及ぶ前に排除、ですか……。まさに影の功労ですね」

「内容自体に文句は無いけど、私が貴方たちと共に行動しなきゃならない理由は皆無よね?」

「結標、そんな寂しい事言うモンじゃねーぜ? 確かに『グループ』が破綻した今、俺たち
 を結ぶ接点は何も無い。……だが、利害は一致してるハズだ」


365 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:52:08.32 DfwoBD+y0 847/1089



「……“馴れ合い”は規約違反じゃなかったの?」

「んなモン、解散と一緒に白紙化だ。……最後の最後くらいは自己意思で共同作業するのも、
 悪くないんじゃないか?」

「…………」

少し考え込む。
どの道、この非常事態を看過するつもりはなかったのもあるが、最後にもう一度だけ『この
面子』に付き合ってやるのも悪くない、……のかもしれない。

「……にしても、連中がここまで早期決着に精を出すとは思わなかったな。昨日の今日では
 流石に無い、と踏んでいたコチラが甘かったらしい……」

「考えてみれば、アチラには長引かせる理由が存在しませんからね……。自分は一応ですが、
 ある程度予感していましたよ」

「『番外個体』、『最終信号』、『妹達』……。もしこれらがヤツらの手によって落とされ
 た場合、第四位だけに任せておけなくなるぞ。数だけで言えば、一方通行サイドの不利はどう
 しても否めんからな……」

「……まさか、また“彼”を?」

「幸いなことに、“アイツ”は俺が頼む必要もなく動いてくれるだろう。一方通行の状況が
 優か劣かは不明だが、これ以上の兵力増加を抑えるに越したことはない……。っと、そろ
 そろ答えは出たか? 結標」


366 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:53:56.45 DfwoBD+y0 848/1089



「………えぇ――――」

海原と土御門の会話も耳に入れずに葛藤する結標だったが、どうやら決断したようだ。

「――――わかったわよ。『今日限りの復活』ってことで割り切ってあげる」

「ん、良い答えが聞けて良かったぜ。そうと決まれば早速制圧に取り組むとしよう」

そう言って複数の人物と通信機でコンタクトを取り始める土御門。
まさかとは思ったが、現在は堅気の暮らしを送っている元『グループ』関係者が総勢で今回
の作戦に協力しているらしい。
その大半が土御門たちと同じ思想だったのも案外驚きだが、もっと驚きのニュースが実は隠
されていた。

「元『ブロック』や元『メンバー』、その他の組織からも全員じゃないが加担してくれてる。
 “裏方兵力”なら向こうとの比率は大差無いだろうな」

一体どういう風の吹き回しなんだか……と、結標は軽く溜め息を吐く。
暗部解体によって自由となり、発端となった第一位に恩義でも感じているというのか。
それは彼等にしか分からない事である。

「……もういいわ。けど、これだけは言っておく」

結標がターゲット先の『無人区域』を睨む。
沢山の人が集まっているらしき気配が外にいても判る程だった。内部にいるのが『敵』である
事は既に断定されている。
ならば、遠慮はいらない。


367 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:54:44.27 DfwoBD+y0 849/1089



「私は、一方通行に恩義なんて感じちゃいない。ただ―――――」


懐中電灯にしては長めの棒を一振りした結標。すると、


「―――――“借り”を作ったままなのが癪なだけよ!!」


『無人区域』上空に出現した何台かの乗用車が斜め下方向へ重力に従い、霰のように落下して
いった。
突然の事態に混乱したまま飛び出してくる“暗部推進派集団”。
その様子を眺めながら静かに交戦準備に掛かる元“グループ構成員”。



「少し時期は早いが、『同窓会』の時間だ。一般人の被害は出さない様、くれぐれも注意しろ」



土御門による通信機越しの最終伝達に、各自が頷く。
他の暗躍活動部隊も、これを合図に各地で開戦、恐慌状態となった。


368 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:56:51.95 DfwoBD+y0 850/1089


―――


大規模な抗争へと発展していく中、元凶とされている第一位は第四位と共に『本陣』へと駒を
進めていた。

閑散としてしまった交戦跡地から能力で移動すること約三分。
第五学区方面へ向かう四tトラックの荷台に侵入した二人の超能力者は、今後の流れについて
軽く討論した。

第七学区の境まで到達すれば、目的地は目と鼻の先である。こうして身を潜めるように移動し
ていれば余分な襲撃も回避できる確率が跳ね上がるし、得はあっても損はない。
とにかく今は、『新入生』指定の場所に着くまで温存しておきたい。この先に何が待ち受けて
いるか……。一方通行の予想が正しければ、おそらく最大の修羅場となる可能性も高い。

気を引き締めるために、気を休める時間も時には必要だった。
移動中の狭い荷台に揺られながら、一方通行は本心を誤魔化すように雑言を漏らす。

「あの無能力者、まだ生きてンのかねェ……。俺らが抜けた直後に敵襲受けたとして、アイツ
 に打開策はあンのか? ……その辺考慮すっと、軽率な真似しちまったかもしンねェな……」

「大丈夫よ。……多分ね」

「自信無さげに聞こえたのは気のせいか?」


369 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 21:59:00.94 DfwoBD+y0 851/1089



「……そういうワケじゃないんだけどねぇ。アイツにはロシアでデケェ借り作っちまったからさ。
 んな簡単に撃沈されちゃ、色々と困んのよ。主に私の立場的に」

「オマエらの内部事情は未だに良く把握できちゃいねェが……そンなに心配ならアイツの所まで
 もォひとっ飛びして送ってやろォか?」

「……!? し、心配とかじゃないわよ! ……ええ、あの馬鹿ならきっと大丈夫。悪運強いし、
 マグレとは云えこの私に白星挙げてんだし……心配する要素皆無よ、皆無。どこまで役立つかは
 分からないけど、“エモノ”なら持たせてあるし……あとはアイツで何とかするでしょ。うん」

「……今、クチから心臓飛び出かけてたぞ? まァ、必要ねェンなら良いが……」

「アンタの能力使用時間を削ってまで頼もうと思わないっつーの。……あとどれくらい保ちそう?」

「……まだ二十分以上はいけそォだな」

「何もかもケジメつけるには、ちょーっと心許ない気がするわね……」

「どォせフルでも三十分が限度だ。そォ大差ねェよ」


いざという時に備えて能力使用を控えるのは、何も今に始まった境遇ではない。
その故か的確に状況を把握し、あらゆる要所で頭を素早く回転させる技術力が目覚ましく向上した。
これらの経験は、こういった『団体戦』と非常に相性が良い。


371 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:02:28.27 DfwoBD+y0 852/1089



知識の応用。
臨機応変。
創意工夫。

そんな言葉に頼る必要さえ無かった『以前』とは違う。
そう考えれば、暗部の世界で培ったものが決して無駄では無かったと自覚できる。

しかし幾ら己磨きのために場数を踏んだとしても、必ず全てのパラメータが上昇するとは限らない。
例えば『心』が強くなったという喩えは、同時に“弱点”とも言える。
鉄のように何の感慨も持たない心だったとしたら、まだ救いがあるのかもしれない。

だが、一方通行は紛れも無い人間である。

経験と並行して洗練された精神力や適応力。
そういった材料をどれだけ並べても、『無情』の境地へ立つことは不可能だった。

現に『愛すべき存在』を楯に取られている今も、こうして平静を装うのが実は精一杯だったりする。


「……………」


沈黙は物事を一層深く考えさせる魔力を併せ持っている。
だから無言の空間を極力作りたくはなかった。のだが、延々と口を開き続けるというのもまた酷な
話である。当然、麦野も別段口数が多い性質ではない。


372 : >>370は無しで(ry ◆jP... - 2011/10/17 22:03:55.24 DfwoBD+y0 853/1089



閑寂は自らの“黒い”心情を顕著にさせる効果を持つ。
この法則には抗えず、一方通行は会話の尽きた荷台の隅で感情の抑制に努めた。
麦野は、眉間の皺を寄せて内心を表に漏らさない様に装う一方通行に的確な言葉を見出せず、ふと
視線を床へと移す。
やがて、昔話でも聞かせるような声色で優しく語り出した。

「……心配なのね、第三位のクローンたちが……。アンタってさ、やっぱ噂に聞いてた『一方通行』
 とは別人だわ」

「………急に何を言い出すンだ?」

「まあ聞けよ。……なんつーかさぁー、イメージ通りの『一方通行』って外道は、自分以外の誰か
 に興味も情も持たない。冷徹で非道で、私以上にネジが飛んだ化け物だったのよ。……まぁ、最初
 会った時にそんな上辺だけのイメージなんて崩壊してたんだけどね」

「回りくどい言い方は好きじゃねェぞ?」

「私もどう表現して良いか、決めかねてんだよ。……頭ん中ぁ好き勝手に弄られて、能力の発現を
 口実にテメェの利益欲しさでフザけた計画を発案するイカれた科学者共……。私の周囲にはそんな
 大人しかいなかった。アンタも似たような境遇だって聞いてるけど?」

「…………」

麦野沈利は第四位で自分は第一位。
一見すると“たった三つ程度”の誤差と感銘するかもしれないが、実際は大きく違う。
確かに境遇自体は似たようなものである。が、しかし、彼は抱えている『力』そのものが強すぎた。


373 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:06:31.15 DfwoBD+y0 854/1089



数多の研究者が『一方通行』の驚異的な能力値に震え、匙を投げ、辞職していった。
木原数多のような人間ですらも怯えを感じさせるほどに……。
研究施設も彼の所有する爆弾を抱えきれず、次々に盥回しされる日々。
いつしか、そんな毎日を当たり前のように感じてしまっていた。

目の前にいる大人びた色香を漂わせる少女も、そんな神経の狂いそうな日常を経て育ってきたのか……。
そう考えてしまうと、普段通りの言動で否定する気分にはなれなかった。
他者が易々と踏み入って良い領域ではないと、即座に直感したからだ。
どう返すべきかぼんやり耽っている内に、麦野が乾いた笑顔混じりに吐く。

「……まぁ、そういう幼少時代な上に、そろそろ自我も確立できる年迎えたと思った時には『アイテム』
 が設立されてた。そっから先は、つい最近までと何一つ変わらねぇ生活よ……。時には血を浴び、流し、
 命懸けの任務にすら、いつしか何にも感じなくなってた……。自分以外の他人に全幅の信頼なんて心底
 有り得なかったし、“仲間意識”なんて概念も必要ないと思ってた……」

「…………」

「けど私は、今じゃそんな自分を“ただのクソ野郎”だって思ってる……。それもこれも、取り返しの
 つかない過ちを犯したのに気づくのが遅すぎたから……」

「…………」

「わかってたんだ。全部、私が弱かったから招いただけなんだってことも……。けどさ、弱いままなん
 てのは、私の性に合わないんだよ。――――だから私は、“今生きてるアイテムの仲間”を守りたい。
 ………勝手にこんな話して、何のことやらって思うかもしんないけど………今のアンタに何も共通して
 ないとは思えなくってさ……」

「……オマエは後悔してねェのか?」

何故だか、そんな事を訊き返していた。


374 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:08:51.40 DfwoBD+y0 855/1089



「ふふ、どうだろうねぇ……。“後悔していても始まらない”って奇麗事があるけど、人の心ってのは
 そんな単純に作られてないからねぇ。寧ろ成長のために“後悔する時間”ってのは必要なんじゃないか
 って、私は捉えてるのよ」

仮に麦野が『後悔してる』とはっきり答えていたら……、ふとそんな事を考えてしまう一方通行。
わかっている。いくら自己投影した所で、自分と重ねた所で所詮は他人の見方でしかないことも。
その程度で自分の『答え』が明確になるのなら、どんなに楽だろう。
尋ねた後で愚問だったと悟る一方通行に、今度は麦野が質問した。

「アンタはどう? 今でも一万人以上の“人間”を虐殺したことを後悔してたり、する?」

「……オマエの答えとほぼ同じだよ。“これから”についてなら幾らでも決められる。自分勝手だろォと
  何だろォと、俺は俺の思想に沿って進ンでいくし、過去に今後の生き方を縛られたくもねェ……。
 ―――――だがな……」

「……?」

「その“過去”が一番の問題かもしれねェ……。結局俺は昔の自分と、どォ向き合えば良いのかが……
 まだ掴めてねェンだろォな」

「割り切るには残酷すぎる、ってヤツ?」

「そンな泣き言を漏らすつもりはねェよ。オマエの科白を引用するみたいで悪いが、全部“俺の弱さ”が
 招いたンだ……。俺にもっと反発の意識があったら……。もっと早くテメェの間違いに気づけたら……。
 ハッ、今更ンな事言い出したらキリがねェけどな」


375 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:11:00.12 DfwoBD+y0 856/1089



「……結局そう。この街に来た時点で、この街に生まれた時点で……私ら子供の未来は確定されてんのよ。
 無知で何の抵抗力も満足に持てない内に『罪』を背負わされ、『罪の意識』に気づいた時は既に手遅れ……。
 自業自得なのかもしれないけどさ、始めっから大人が子供の自然な成長を歪曲させてる実態について、いざ
 客観視してみると……やっぱり納得できないっつーか……」


「あァ、理不尽な話かもなァ。“何が悪いか”も正しく認識できねェ世代で“道具の使用方法”を仕込ま
 され、手に入れた時にはどれだけ恐ろしいモノを脳に植え付けられちまったかも理解できてる。……そこ
 で引き返しが利くンなら、まだ救いは在ったかもしンねェ……。その段階で“引き返せなかった”事こそ
 が、俺の“弱さ”だったンだよ。強い能力に味を占めて、血の味を覚え、人体の素敵な神秘に甘美してた
 時点で、俺らはもォとっくに狂っちまってたンだ……」


――― それが幾ら脅威のチカラだったとしても、誰かを傷つけて良いとは限らねェ ―――
 

僅かな抵抗の表れと称していたこの朧げな信念が消えてしまったのは、いつからだろう?
大人に反抗するつもりで掲げていた当時の安い意地やプライドは、いつから淡く儚い夢物語へと昇華され
てしまったのだろう?


(あの頃は、チッポケながらも『正義感』ってヤツに縋ってた……。一体、いつから俺はこンな風に変わ
 っちまったンだか……。ふン、そりゃ憶えてるワケねェか……)


「……なーに笑ってんのよ? 不気味ね……。はっ!? ま、まさかテメェ! ふ、不埒なこと考えてた
 んじゃないでしょーね!?!?」

「……なワケねェだろ馬鹿か?」


376 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:14:01.88 DfwoBD+y0 857/1089



「………あー、やっぱ聞かなかったことにしといて……」

冷めた目で見返され、何故か居た堪れなくなった麦野は口走った科白の無効を要求した。

「けど……今の話聞いて思ったわ。……能力に差はあれど、やっぱり境遇自体に大きな違いは無いのね。
 浜面みたいな無能力者が、実際のところ一番優遇されてんのかも……。見なくていいものを見てない。
 知らなくていいことを知らない、って意味で量ったら……ね」

「………一概にそォとも言い切れねェさ。“人間性”次第でヒトってのは際限なく変われる。そこじゃ
 『超能力者』だ『無能力者』だっつー隔ては、ただの装飾品に過ぎねェよ。『境遇』だって同じよォな
 モンだ。“人格の形成”こそ補助しよォが、そいつ本来が生まれ持った“性質”までは歪曲のしよォが
 ねェだろ? ……結局はテメェの芯がどれだけ頑丈か。原点に返るみてェな物論だが、意外に的を射て
 ると思わねェか?」

「第一位の持論、か……。覆してやろうとも思わないわね。……けど、一個共感できるとしたら―――」


――― 『超能力者』も『無能力者』も、人間性に優劣は付けられない ―――


「………ふん」

「オイ、一人でボソボソと何喋ってやがる?」

「くだらない独り言も吐きたくなるわよ。こんなクソ狭いトラックの荷台で野郎と二人きりなんてさ……。
 どんなシチュエーションよ? 古い映画の駆け落ちシーンみたい……」


377 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:18:18.93 DfwoBD+y0 858/1089



「贅沢ぬかしてンじゃねェよ。スペース的には特に問題ねェだろ?」

「構図的には異議を唱えたいわね。タクシーか普通の車でも捕まえた方が良かったんじゃない?」

「それだと、連中の車にすぐ見つかる恐れがあンだろォが。ここなら身を隠すには申し分ねェ」

「……見つかったらさっきみたいに戦乱起こしゃ良いのに」

「ドライバーを含めた余計な被害は、極力出さねェ方針なンだよ」

「それもアンタの自分勝手な信条?」

「そンな大層なモンじゃねェ。ただ、そォなるのが胸糞悪いだけだ」

「ふふっ、冗談よ。……私も今は無差別な破壊とかに気が咎められるクチだしね」

「そォかい……」

正義だの悪だの、そんな形ばかりの拘りはいつしか捨てていた。
悪人だから正義を振り翳せないとか、正しい事は必ずしも悪事に繋がらないとか、世の中にはそう云った
齟齬など幾らでも実在している。

そんな世でどちらかに傾いたとして、すぐ矛盾に苛まれて嫌気がさすのは目に見えているからだ。
学園都市の恐ろしさを初めて実感し、心に恐怖が芽生え、悟ったのだ。
救いたい人を救うには、時として己の築いた信条が邪魔になってしまう場合もあるのだと。

だから彼は、一方通行は自分が『悪人』か、『善人』かのどちらかに拘ろうとしない。


「………実を言うとさ」


378 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:21:46.27 DfwoBD+y0 859/1089



再び訪れかけた沈黙を嫌うように、麦野が言葉を紡いだ。

「嫌なんだよ……。『アイテム』のリーダーとして皆を引っ張ってた頃の自分に、どうしようもないくらい
 嫌気が差してるんだ……」

「……やっぱ、後悔してンじゃねェか」

「ああ、してる……んだね、やっぱ……。取り返しなんてつくはずないのに……過ぎた時間が巻き戻るわけ
 じゃないのに……割り切ったつもりでも、無理なんだよ……」

「…………」

「“仲間を殺した”時の話、覚えてる?」

「あァ……。やっちまったモンは仕方ねェ、で済む話じゃねェだろォな」

「………どんなに更生したつもりでも、過ちが記憶から消去される事はない。一生胸に刻み付けて、生きる
 しかない……。残酷だって自分を慰めるのも筋違い。……アンタの『絶対能力進化計画』とは状況も立場も
 違うけど、不思議と似てる気がしない?」

「互いに後ろめたい過去を背負ってる……って言いてェのか?」

「………少し前の私なら、今のアンタの考えを欠片も理解できなかったでしょうね……。何せ、『罪の意識』
 すらまともに感じちゃいなかったんだから……」

「……同情でも求めてンのかよ?」

「違うわよ。……無理に平静を装うのは無意味だっつってんの。ちょっと遠まわし過ぎたことは詫びるわ」

「…………」


379 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:22:55.68 DfwoBD+y0 860/1089



「そんなんじゃ、“あの子”たちと向き合った瞬間………アンタの精神(こころ)は間違いなく崩壊するわ。
 懸けてもいい」

「……なンで、そンな風に言い切れる?」

「言ったでしょ? ……わかるのよ。アンタの表情や仕草、言動、どれを取っても……。アンタ自身、本当は
 気付いてるってことも、ね……」

「……………」

「………そりゃそうよ。アンタも私も、ほんの少し前までは“自己犠牲”を生温い奇麗事としか思わず、自分
 以外は全て下にしか見ていなかったんだから」

「まるで、俺とオマエが同類っつってるよォに聞こえるンだが……?」

「違うんなら否定すればいいわ」

「……っ」

否定できなかった。
悔しいが、この女は何もかもを見透かしている。薄い外膜で感情を隠す行為を、無益と評するような瞳。
一方通行は、他の超能力者について考えた事などこれまでで一度たりとも無かった。

所詮は自分より下の人間。どんな環境を経て育っていようと、自分以上の壮絶な生き方は見込めないだろうと
決め付けていたのかもしれない。

しかし、その観測は間違っていた。
他人の環境や立場を何度明細に聞かされたところで、それがどれほど非道で残酷かを本人以上に知る事はでき
ないのだ。共感はできても、決して主観的な感覚を味わうには到らない。


380 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:26:11.31 DfwoBD+y0 861/1089



その点なら麦野にとっても同じ条件な筈だが、そこの所は流石女性特有の観察力とでもいうのだろうか?
確証はないのに確信めいた発言を耳に入れても、一方通行は否定する気が起きなかった。

「………オマエ、何でそこまで的確に人の心を突ける? ンで、何故今俺にそンな話をした? 意図が全然見
 えて来ねェ……」

「アンタの経緯と私の経緯を重ね合わせてみただけよ。アンタにも私にも、“命を危険に曝してでも失いたく
 ない存在”がいる。……この共通点に気づくだけで、今のアンタが考えることは簡単に見通せるってわけ」

「…………」

「意図は、アンタも薄々予感してる筈……。このまま心を処置ぜず、自分の中だけで溜め込んだ状態で臨んだ
 としたら………アンタは自分を見失わずにいられるって断言できるかしら?」

「……オマエは精神治療師《カウンセラー》でも目指してンのかよ?」

「ふん、まさか……。自分でもガラじゃないってわかってんのよ。けど、私はアンタの敵じゃない。それどこ
 ろか、同じ数少ない超能力者としての理解役を買ってやらなきゃならない立場よ。迷いを持ったまま“第五位”
 の手駒に堕ちた存在と向き合えるの? ……私じゃ残念だけど、アンタの不安を取り除いてやるまでの役目は
 こなせない。けれど、和らげるくらいならできるわ。……それだけでも大分違う筈」

「俺を何から何まで手助けしようってか? ……何で」

「死なせたくないからに決まってんでしょ? ……上層部の欲望に塗れた笑顔なんて、想像しただけで吐き気
 がするし」

「…………」


381 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:31:33.70 DfwoBD+y0 862/1089



麦野がそれ以降、口を閉ざしてしまったので一方通行の胸中は一層複雑に鬩ぎ合う。
結論を言うと、『心理掌握』の策略で番外個体と打ち止めの命運を敵に握られてしまった事実に、言い様のない
憤りを感じていた。
最悪の場合を想定するだけで、脳が強い拒絶信号を送ってくる。

しかし、現実はそんな淡い願望を何の情もなく残酷に破壊してしまう。
麦野の言う通り、こんな不安定な精神を携えたままでは相手の思惑に沿って動くようなものだ。
その未来が容易に想定できてしまったから、麦野は一方通行の心を覗くような言動をとったのだろう。


「………駄目、なンだよなァ……」


捗らない作業に隔靴掻痒する仕草で額に手を当て、溜めていたモヤモヤを口から吐き出す。
麦野は黙りこくったままで、耳だけを傾けた。

「こンな感情が非効率にしかなンねェのは、百も承知なンだけどな……駄目なンだよ」

「…………」

「頭で解っちゃいるが、いくら脳に命じても言う事を聞きゃしねェ。 理屈じゃもはやどォにもならねェンだ……。
 どォしても抑えらンねェンだよォォ……。あいつ等が敵の手に掛かっちまったのは俺のミスからだ。完全に自業
 自得だよクソったれが……。“アイツら”に手を出した『新入生』も、裏で糸を引いてる上層部の『反政側』も、
 何度叩き潰したって足りねェ程に昂ぶっちまってる……。冷静にならなきゃ駄目なのが判っていても、歯止めが
 利きそォにねェ……。だが、それ以前に何より、腑抜けていた俺自身を今すぐこの場でブチ殺してやりてェよ……」

最後に「畜生……」と漏らした。それは醜い心を曝した事による自身への侮蔑か、或いは今の状況に対する憤りか……。
麦野には判定できなかった。


382 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:35:38.73 DfwoBD+y0 863/1089



「なんだ……、ちゃんと本音が言えるんじゃん。それでいいのよ。厄介で邪魔な鬱憤はそうやってクチから吐いて、
 体内の淀んだ空気をしっかり換気しとけば対処するための余裕も持てるし、機転だって利き易い。……なんなら、
 もっと吐き出したって構わないのよ? ちゃんと聞いててやるからさ」

「いや……もォ充分だ。かなり落ち着いたわ……」

深い呼吸を繰り返し、麦野を真っ直ぐ見つめて感謝の意を告げる。

「……悪かったな。変に気ィ遣わせちまってよ……」

「暴走でもされたら流石に私でも止められる気がしないからね。自身への保険も兼ねて、よ」


「……そォか。――――――!?」


「おでましね……。安息の場所なんて、もはや何処にもないか……」


「初めから覚悟の上だがな……」


場の空気が一変し、二人の眼に緊迫感が戻る。
束の間の小休止が終了を告げた瞬間だった。


「―――――囲まれてるわね。どうする? 第一位」


「―――――蹴散らしてやるまでだ」



383 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:40:35.22 DfwoBD+y0 864/1089



顔を出して外を確認するまでもない。
車外から一定の間隔で並走しているらしき複数の音だけで状況は簡単に把握できる。
こちらの動きを待つ戦法か、或いは監視役として泳がせているだけか……。
いずれにしろ、素通りさせてくれる気はなさそうだ。

となれば選択肢は一つ。
障害として阻んでくるものは排除の一択。

しかし、闘争心露にチョーカーのスイッチへ手を伸ばした一方通行を何故か麦野は制止した。


「待ちな。無駄に制限時間を削らせるのが向こうの狙いだってことぐらい、アンタも気づいて
 んだろ?」

「……だったらどォした? 生憎だが、大人しく捕虜されるつもりはねェぞ?」

「おいおい。テメェの目の前にいるのが一体誰だか、分かった上でモノ言ってんの?」

「あァ?」


「私一人で充分だっつってんのよ。アンタが立つべき舞台は、ここじゃないでしょうが」


「オマエ、急に何言って……!」


384 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:44:56.49 DfwoBD+y0 865/1089



「アンタの能力使用時間が限られてる以上、無駄な浪費は避けるに越したことないでしょ?
 あいつ等は私が引きつけるから………アンタはその隙に行きなさい」


真剣な瞳を真っ直ぐに向けて言い放つ麦野。
その言葉は確かに正論だが、一方通行がすんなり納得できるはずもない。

「正気で言ってンのか……? 包囲してるヤツらが、さっきと同じよォな雑魚部隊だって
 確証は何もねェンだぞ!?」

「アンタこそ、私が何処の誰なのか忘れてんじゃないでしょうね? 私は学園都市第四位
 の超能力者よ? 駆動鎧が何百体集結しようが、恐れるに値しねえんだよ」

「そォいう問題じゃねェだろ!! オマエはヤツらの恐ろしさを何もわかっちゃいねェ!!
 ……木原の遺志を継いでるってのがどォいう意味か……わかってねェンだよ」

「……それでも、私はアンタを逃がす。……勘違いすんなよ? 別にアンタを守ってあげ
 たいだとか、そんな乙女チックな感情で動くわけじゃねえんだからな?」

「何で、だよ……」


385 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:48:45.89 DfwoBD+y0 866/1089



「――――自分のためよ。私はいつでもそうやって生きてきた。これからも、その生き方
      を変えるつもりはない」


――――それが、大切だった“あの子たち”に向き合うべき、本当の私――――


――――そして、もう二度と還らない“あいつ”に対する……私なりのケジメ――――


「…………」


一方通行はそれ以上声を発せなかった。
何故なら、世から“怪物”のレッテルを貼られているはずの麦野が――――、


「……ねぇ、第一位……ううん、一方通行(アクセラレータ)」

「もし、こんな私でも変われるチャンスが有るんだとしたら……」

「今だけは……掴ませて欲しいの」


――――ほんの一瞬だけ、聖母のような優しい顔を覗かせたから。

    この純真な印象さえ受ける微笑みこそ彼女本来の素顔、本当の姿。

    麦野沈利と言う名を持つ、能力という殻を破り捨てた少女の姿。

    醜悪も邪心も一切無い、ごく普通の女の子としての―――――姿。


386 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:53:19.33 DfwoBD+y0 867/1089



たった一瞬で充分だった。
一方通行は、麦野の本来在るべき姿を瞳に映してしまった。

他人に対し、『美しい』という感性を本気で抱いたのは生まれて初めてだった。
    
この少女は、『怪物』なんかではない。

ただ強い力を持ってしまっただけの、ただそれだけの人間だったのだ。


「………そろそろ、区の境に差し掛かる頃よ」

「勝負は一瞬……。飛び出してすぐ、先制で全放出するから、タイミングを絶対に逃さないで。
 振り返ったり迷ったり、手ぇ出してきたら……その時点でアンタも敵と看做す」

「……わかったわね? 一方通行」



「…………あァ、わかった」



低い声だったが、鮮明で力強く響いた返事に麦野は満足気な笑みを零す。


387 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/17 22:57:29.40 DfwoBD+y0 868/1089



「最後に、約束して?」

「……何だ?」

「アンタの“大切なもの”、絶対に取り戻しなさい。失ったとかほざいたら、ブチ殺し確定だからね」

「ああ、約束する」

「ふふっ♪」


会話はそこで終わる。
最後にもう一度だけ、優しい微笑みを浮かべた麦野は一方通行に背中を向けた。
そして、全身に薄い微光を纏い―――――、


――――――上部の鋼板を破壊し、そこから凄まじい勢いをつけて飛び出していった。



一方通行は、鮮烈な光に包まれたまま飛び立っていく麦野の燦爛たる姿を最後までその目に焼き付けた。
こじ開けられた大きな穴から外界を仰ぎ、静かに時を待つ。直に空が眩い光で覆われるであろう、その時を……。
また一つ生まれた、新たな覚悟と共に。


405 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 21:59:41.04 uZsYV5yn0 869/1089



―――


浜面仕上の様子に上条が異変を感じたのは、眼前に立ちはだかる『ガトリング・レールガン』
から呻くような肉声を聴き取って寸分先のことだった。


『ォォオオ……ウオオオオ……!!』


まるで獣のような機械のノイズ混じりの音だが、良く耳を澄ませてみれば確かに男性の声だ。
上条はあの駆動鎧が『無人型』ではないのを確信したと同時に隣りにいた浜面へ視線を配る。

そこで異変が起きているのが判った。


「………ッ……ッ」


目を大きく開き、指を震わせながら絶句している浜面の姿を異常に思わないのが無理だった。

「……お、おい……? どうしたんだよ?」

敵から注意を逸らさないまま浜面に声を掛ける上条。
しかし、浜面はその言葉に反応を見せず、正面を睨んだまま硬直していた。


406 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:01:27.49 uZsYV5yn0 870/1089



「………………………」


が、やがてその表情がみるみる内に険しさを増していく。
時折呻く『鉄の塊』に呼応するかのように。

「その……声…………」

「?」

ポツリと呟いた浜面を怪訝な目で見る上条。

「その声は………まさか…………」

「な、なぁ……だからどうしたんだって……」



「テメェ………か……?」



途端、浜面の表情が鬼の形相にシフトチェンジした。
突如、激しい憎しみに支配された浜面の豹変に上条は取り残される。





「―――――テメエかァァああああああああああああ!!!!!」


407 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:02:36.45 uZsYV5yn0 871/1089



その形相のまま大音量で叫び声を上げ、怯んだ上条を置いて突進した。
何が何やらさっぱりだが、浜面の行動が無謀を通り越していることだけは判断できる。

「ば、馬鹿野郎……ッ!!」

完全に出遅れてしまったが、浜面の速度は緩むどころか加速していく。
咆哮を撒き散らし、我を忘れて襲い掛かる浜面に向けて、三段式の銃口が装填される。



「―――――テメエが滝壺をォォおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」



腹の底から吐き出す怒号と共に肉薄する浜面。
まるで何かに憑りつかれたような彼に、死の迎撃が放たれようとする。

が……。


「ォおおおお――――!!!?」


危険を予兆した上条が激昂のあまり真正面しか見ていなかった浜面にタックルする。
真横から体ごと飛び込んだ上条と重なり、地面に右半身から転倒した。

“迎撃”が実行されたのは、正にその直後だった。
ほんのニ~三秒の誤差で、浜面は直撃を免れたのだ。
上条の身を挺した行動によって。


408 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:03:49.59 uZsYV5yn0 872/1089



「………ッッッ!!」


上半身だけ起こした状態の二人。そのすぐ傍を通過していく『“擬似”超電磁砲』。
あのまま突っ込んでいたらどうなっていたか……。冷却された頭で想像し、体を震わせる。

しかし、あの“金属装甲”の中身は浜面の推察通りなら、一瞬とはいえ冷静さを失うほど
激情してしまうのも無理はなかった。

一言で述べるなら、全ての“張本人”―――――。


「……す、すまねぇ。助かった……」

「いや、それは別にいい……。……って! そんなやりとりしてる暇ねえぞっ!!」

「――――!!」


すぐさま立ち上がり、分散する上条と浜面。
追撃体勢に移っている異型の武装甲から距離をとる。

安全地帯、と呼べる場所は少ないが、無法地帯なだけあって他人を巻き込む心配が要らない。
まずは先と同様に撹乱し、無駄撃ちを誘う。

足を止めた時がデッドラインだ。

しかし―――、



409 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:05:10.05 uZsYV5yn0 873/1089



「……ッ!」

「うぉ!?」


金属砲弾の貫通力は大抵の遮蔽物を無効化させ、周囲に瓦礫が散漫する以外の進展がなく、
十代後半男子より平均的にやや高い程度のスタミナが磨り減っていくばかりである。

埒が明かない以前に、現状を保っているのが奇跡だった。

連射機能は無いらしいが、代わりに三つの銃身それぞれが違う方向に狙いを定め、同時に
発弾してくるため、爆風や余波に生身の肉体は翻弄され尽くす。
ついには風に乗って飛ばされて塀に全身を強打し、浜面と上条は一太刀浴びせる事叶わぬ
まま窮地に追い遣られた。

「クソォ………近づくどころか逃げることさえ満足に行かねえってか……。こんなの反則
 だろうがよぉ……」

ヒビだらけで何時倒壊しても不思議ではない塀にに背を預けながら愚痴る浜面。
しかし上条は無言で立ち上がり、浜面に言い放つ。

「お前はこんな所で死にてえのか? ……俺はゴメンだ」

「……俺も願い下げだよ。クソったれ」

「なら、絶対生き延びてやろうぜ? “無能力者を軽く見てるアイツ”に、一泡吹かして
 やらねえとな……」

「…………どうやって?」


410 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:06:06.72 uZsYV5yn0 874/1089



「それを今から考えるんだ!」


浜面の腕を掴み、強引に立たせた上条は塀沿いに走る。
すぐ後ろで射出された電磁の塊が塀を直撃、貫通し、再度轟音が響き渡った。


「格好いい科白吐いといて、結局打開策は何も無えんじゃねえか!!」

「仕方ねえだろ!? あんなのと生身の人間が相対する時点で、ハンデとか言うレベルの
 話じゃねえだろうが!! まともにぶつかったら消し炭にされて終わりだよ畜生!!」

「コッチには『思考』が残ってんだろ!? そいつを有効に使うしかねぇ! 実力じゃあ
 話にならねえのは一目で判るさ! だったら“知恵”で何とかするっきゃねえのも判る!
 けど残念、俺はまともに教育すら受けてねえ馬鹿組だ! ここはアンタの振り絞った知恵
 で逆転を狙う以外にねえぞ!?」

「んなスマートに事が運べたら必死に全力疾走する必要もねえんだよォォ!! っつーか、
 あからさまな他力本願は止めて、お前も少しは知能を振り絞りやがれ!!」

「だから俺は考えんの得意じゃねえっつってんだろうがァァ!! うおおお!!? やべえ
 死ぬ!!」

「でええい!! 条件は一緒だろ!? 俺だって知識レベルは能力レベルと一緒でゼロなん
 だよ!! 上条さんに頭脳戦とか期待するのがそもそも間違いなんだよォォおおおおお!!!
 ぬォお!! あ……熱ィィいいいいいい!!!?」


逃げ回りながら大声で口論する二人だが、この時点でまだ一発も直撃を喰らってはいない。
数メートル後ろは地獄絵図と化しているが、背中が火傷しそうなくらい熱いだけでまだ済んで
いた。


411 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:07:39.15 uZsYV5yn0 875/1089



だが、当然ながら安心できる状況ではないのもまた事実。

爆風で視界が不安定にも拘わらず、射出の方角に“ブレ”が見られない。
蛇行することにより電磁砲撃自体は空を走らせているが、直線上に逃げていたとしたらとっく
に全身爆ぜているだろう。
最低限の対人捕捉能力も備わっているのが窺える。

辺り一面が焼け野原になるのも時間の問題だった。
そろそろ体力的にも限界が近い。
大通りへ続く小道の狭間で逃走中の二人は立ち止まった。


「ゼェ……ゼェ……」

「ヒィ……ヒィ……」


一心不乱に走り回ったのと生か死かの瀬戸際に立たされた事による緊張感で、心身共に疲弊
しきっている。
このまま逃走を続けても、終着駅が近いという命運は避けられそうにない。

苦虫を噛み潰すような表情を作った浜面は、息絶え絶えに呟く。


「くっそ……。できりゃあ使いたくなかったんだがな、もうそんな悠長なこと言ってる場合
 じゃねえ……か」


412 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:11:04.06 uZsYV5yn0 876/1089



この言葉に上条の眉がピクリと動いた。

「おい、何だよその意味深な発言は……? そ、そう言えばお前……! 『隠し種』がある
 とか言ってたよな確か!?」

「ああ、まあな……」

しかし、浜面は気が進まないといった調子で頭を掻いた。
何かリスクでも付属されているのか? と上条が気にかけた所、浜面は重々しく告げた。

「いや……気にならねえと思えばならねえんだけどよ。ちょっとなぁ…………っと、やっぱ
 気にしてる余裕はねえ……っ! 死ぬよりはマシ、ってなぁ!!」

追いつかれた事に心を切迫され、躊躇いや迷いが消える。
決心を固めた浜面は、ジーンズのベルトに着用されたホルダーに手を伸ばす。
素早い動作で取り出された物体に上条も目を奪われる。

が、


「………は? ちょっ……いやいや、流石にそんなモンが効くとは……」


相当の期待感を抱いていただけに落胆する。
上条が肩を落とすのも当然、浜面が手に持っているのはそこいらの黒服でも所有してい
そうな一丁の拳銃だった。
モデルガンにも見え、特別不思議に感じる要素はどこにもなく、上条は失笑気味に指摘
する。


413 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:12:30.49 uZsYV5yn0 877/1089



ところが、浜面はフフンと鼻を鳴らし、


「まあ、見てろって」


と、自信満々に告げた。
そして次の瞬間、


「―――ッッ!!?」


上条の苦笑混じりな目が最大にまで開かれた。
良くガンアクション映画などで聴くような発砲音も響かない。

射出されたのは鉛弾ではなく、“火”。

小さな銃口から規模を拡大させた炎は、膨大な火力を帯びて最新兵装(ファイブ・オーバー)
を瞬く間に包み込んだ。正面の視界は炎渦に埋まっていく。

良くあるデザインの“拳銃型ライター”では象と蟻の差だった。一般的に最も良く知られて
いるサイズの変哲無き銃。一体どこにこれほどの火力が備わっているのか、是非とも解明を
求めたい上条。

「………す、すげぇ……!!」

ゴオオオ! と、勢いの収まらない“拳銃型火炎放射器”の威力に呆然とする上条だったが、
銃撃手の浜面はどういう現象か苦悶の表情を浮かべている。


414 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:14:59.28 uZsYV5yn0 878/1089



使用することで何らかの副作用が働く仕組みにでもなっているのか。

まるで頭痛を堪えているかのような印象を上条が受けたとほぼ同時、銃口から噴く炎がガス
の切れた状態みたいに鎮火された。
充分だと判断した浜面が引き金から指を放したからだ。

「や……やったか……!?」

上条が思わず期待に満ちた声を出す。

だがしかし、

炎上網は消え、煙も晴れた直後にこの期待は裏切られた。
大火に呑み込まれる前と何ら変わらない状態のまま、再び最新兵装がその巨体駆を露にする。
目立つ焦げ跡が殆ど見つからず、浜面は苦痛に歪んだ顔のまま舌打ちした。

「全くの無傷……? う、嘘だろ…!? あれだけの火力ならどんな鋼鉄だって溶けるだろ
 普通……!」

「耐火コーティングもバッチリ施されてやがんのか……!」

ようやく訪れた反撃の時間もこれで終わりか。
そう思った上条だったが、浜面の瞳からは何故か光が消えていない。

まるで『絶望に瀕するには早い』とでも言いたげに――――。


「――――けど、残念だったな。悪いがそいつも予想通りだ!!」


415 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:16:01.36 uZsYV5yn0 879/1089



威勢良く言い放ち、“拳銃型火炎放射器”をホルダーにしまう。
そのまま流れる動きで反対側のホルダーに手を掛け、またもや“拳銃”の形をした物体を引き
抜き構えた。




「よう化物、『蒸発熱』って知ってるか?」




ニヤリと口元を歪め、照準を定めたまま引き金を弾く。
すると今度は銃口から玩具の水鉄砲など比較にならない圧力の“水”が噴出した。

“消防用ホース型拳銃”から放出される水圧をまともに受けた装甲は、再度の一時停止を余儀
なくされる。
浜面の表情がまた苦痛に染まるが、上条は成り行きを見守る以外の行動をとれない。
浜面に何かの策があるなら、余計な手出しは慎むべきと踏んだからだ。

そして、その判断が正解とでも告げるような変化はすぐに現れた。

途切れなく放出され続ける水流と装甲を中心に、霧状のモヤが発生する。
熱の冷めない空気中に水素が結合し、水蒸気化したのだ。
やがて霧は範囲をどんどん広げ、上条達の位置にまで及ぶ。

「………視界を奪ったって、アッチに探索機能があるんじゃ意味ねえんじゃねえのか?」

そう指摘した上条に背を向けたまま、浜面は強気に返答した。

「目眩ましだけが目的じゃねえよ。……もちろん、ブッ倒すためさ」


416 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:18:05.45 uZsYV5yn0 880/1089



「え……?」

「屋外じゃ成功率は低いらしいけど、これだけの質量なら多分上手く行くはず……ってか頼む、
 上手く行ってくれ……ッ!」

祈るようなその口調に上条の疑問は深みを増す。
既に正面は濃い霧で覆われ、コチラからは敵の様子を確認できない。

しかし、そんな状況下でも確実に次の行動を捕捉できるパターンが一つ残っていた。


「に、してもスゲェ霧だな……、何も見えねぇ……。これじゃあコッチからも手の出しようが
 ないんじゃ……?」

「いや、そうでもねえさ。……気づいてるか? あいつが砲撃する寸前は、射出口が光り出す。
 幾ら霧がかった視界でも、その光は肉眼で捉えられるはずだ……」

「それが攻撃の合図みたいなモンか……?」


「ああ……そして――――その一瞬こそが明暗を分ける」


右手に火、左手に水。
二丁の拳銃を前方に向け、浜面は地を踏む両足にグッ、と体重を乗せた。

「……その武器、何かリスクでもあるのか? 使用した時、随分辛そうに見えたけど……」

「…………ひと仕事片付いたら、まとめて説明してやるよ」


417 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:19:10.33 uZsYV5yn0 881/1089



(さあ……来るなら来やがれ!!)


生唾を呑み、緊張の一瞬を待つ。

そして――――、


(――――今だ!!)


霧の向こうに一瞬浮かんだ微かな蒼い光を浜面は見逃さなかった。


「おい!! 俺から離れてろ!!!」


そう叫びかけ、左右の人差し指に力を込め――――両方の引き金を同時に弾いた。
浜面の持つ二丁拳銃から噴出する容量を無視した四大元素の内の二つ。
片方は“火力”、もう片方“水力”。
それぞれ異なる自然の驚異が浜面の手で一点に掌握され、蒼白い光へ向けて交じり合うよう
に放たれる。

向こうも砲撃体勢に移行しているのは承知。
だからこそ、浜面は敵の射出に合わせて“火”と“水”を同時にぶつけたのだ。

これらが導き出す結果は……、



418 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:19:59.54 uZsYV5yn0 882/1089




「―――――ッッ!!!?」




「ッ……ふ、伏せろォォおおおおおおっっっ!!!!!」




突然、前方で起きた謎の大爆発と轟音が解明してくれた。



419 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:21:29.60 uZsYV5yn0 883/1089



―――


第五学区の外れ。
学園都市内でも開拓を放逐している土地が極めて多いのは第十九学区だが、この周辺も人が
住むにはあまり適さない環境といえる。

そして、そういった土地は不適合者の集まりや裏世界の住人たちにとって恰好の場所だ。

統括理事会の方針、思想に反感を持つ権力者一派を総称して『反対政策派閥(反対派・反政派)』
と呼ぶ。現在、確たる敵として道を憚らんとする新星組織、『新入生』を裏で動かし、一方通行
の発現させた『自分だけの現実』を独欲しようと目論む背徳者たちである。
つまり、最終的に叩き潰さねばならない『中心核』だ。

遥か後方の大通りで、時折凄まじい爆音が微かに耳を振るわせる。
自分を行かせるために多大な兵力を請け負ってくれた唯一の理解者、麦野沈利が今も孤軍奮闘し
ているのだろう。

彼女の痛烈な気持ちに応えるためにも、今自分のすべき事を見失うわけにはいかない。

『番外個体』――――。

『打ち止め』――――。

そして、『妹達』――――。


420 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:23:03.40 uZsYV5yn0 884/1089



実験が凍結され、新たな道を歩み始めた生命。
それらを脅かす存在を、野放しにはしておけない。

打ち止めと出会い、自分自身の生き方を見つめ直すことができた。

番外個体と出会い、温もりや愛情に触れることができた。

今の自分を形成する上で、身体も心もかけがえのない存在と化した彼女たちを標的にした彼等
だけは―――――絶対に許せない。

『無人区域』に足を踏み入れた一方通行。
今の彼には何の迷いもなかった。


(ここか)


絹旗最愛から聞かされていた『旧柊工場』。
元々は何かの研究施設として稼動していたらしいが、今はただの廃屋である。
付近に幾つかの倉庫みたいな建造物が見えるが、やはりそちらも現在は空き土地のようだ。

(やけに静かだな……。隙でも窺ってンのか? 狡い真似しやがる……)

正面に聳える一際大きく目立つ建造物の中へ、侵入する。

(ここも倉庫か……? っつか、盛大に歓迎されるのを想定してただけに、コイツァ……)

不気味だった。


421 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:27:19.47 uZsYV5yn0 885/1089



警戒心を露にし、注意を張り巡らせる。
いつ襲撃を受けても対処できるように、チョーカーへ指を当てておくのを忘れない。

ここは敵地の中心地。
油断は即、命取りに繋がるのだ。

広く薄暗い倉庫内部を一通り見回す。

と、その時だった。



「あらあらぁー? もう御到着ですかぁ? 第一位さまぁ☆」



このヤル気を根こそぎ奪ってくれそうな声には聞き覚えがある。それもつい最近に。


「………『心理掌握』、食蜂操祈」


「ふふん、憶えててくれたみたいで嬉しいわぁ。つっても昨日の事だし、流石に痴呆症
 でも忘れないわよねぇ?」


首を四十五度ほど上に向ける。
視線の先には、二階足場の手摺りに腰を乗せた食蜂操祈が陽気な笑顔を提げて一方通行
を見下ろしていた。長めの金色髪(ブロンドヘア)が窓から射し込む日光に映えており、
甘え口調に不相応な気品と優雅さが演出されている。

「思ったより早い再会だったわねぇ。意外と縁があるのかも、ウチら」

「そォなる様に仕向けた癖して、良く言いやがる……」



422 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:28:48.85 uZsYV5yn0 886/1089



魅惑を誘うような少女の視線が癪に障る。
眉間に皺が寄り、苛立ちにも似た不快感が心を占拠する。
友好的とは決して呼び難い眼差しを食蜂へ浴びせつつ、そういった心理を一切隠さない
調子で単刀直入に尋ねた。


「番外個体と打ち止めはどこだ?」


ここへ来た最大の理由である。
たとえ罠だと理解していても、“慎重に賢く動く”という理論的な手段より感情が優先
する要素として、これ以上の材料は無い。

これよりも死に物狂いになる理由が在るのだとしたら、寧ろ食蜂が知りたい程だ。
様子を見るからに、思惑通りの状況が出来上がったといったところか……。

一方通行の冗談、誤魔化しを欠片も許さない低声。
しかし、食蜂の顔は強張るどころか更に不敵な笑みを深まらせた。
一方通行は気持ちが急く感覚を自認しながらも、もう一度同じ事を訊ねようと唇を微動
させる。

が、それよりも先に食蜂が透き通った声をぶつけてきた。


「あははっ、良い感じに荒ぶってるわねぇ。所詮、アンタも自然の定理に基づいて誕生
 した人間(ヒューマン)に過ぎないってコトかしらぁ? まぁ、もっとも全ての感情
 を無にコントロールする術なんて、『絶対能力』の域に達しても身に付くかは怪しい
 だろうから、別に恥じる必要なんかないのよぉ?」


423 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:31:41.14 uZsYV5yn0 887/1089



「……俺の質問に答える気は無ェ、か」

「答えたとして、その後どうしようっての? 自から身を差し出して、潔く散るつもり?
 第一位さまにマゾっ気があったとは知らなかったわぁ」

「何があったとしても、俺はアイツらから逃げたりしねェ。そォ誓ったし、約束もした。
 オマエに理解されよォとも思わねェ」

「真っ直ぐで馬鹿正直な志し立派ー、って褒めてやりたいトコだけどさぁ……どんなに
 覚悟を改めたって、現実はそれに応えてくれるほど易しくない。そして、アンタはこれ
 からすぐにソイツを強く実感する。……その強固な姿勢をどれだけ保ってられるかしら?」

「………」

「ううん、訂正。いつまでその虚勢を維持できるか、って言うべきね。“あの子たち”に
 弱い姿を見られたくないから? ……それとも、格下に主導権を握られたくないっていう
 第一位としての意地?」

「…………」


「もしかして、第四位の生き様に絆された……とか? ハハッ、流石にそれはないかぁ」


この言葉が出た瞬間、一方通行を包む空気がそれまで以上に禍々しく変異する。


424 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:33:19.46 uZsYV5yn0 888/1089



「…………………クソったれが、いちいち騒がしいガキだ……」


第四位の単語が耳朶を揺らし、一方通行の眉が不快そうに吊る。

「……無駄な時間をオマエと共有する気は無ェ。俺がここに来た目的は、オマエもご存知
 の通りだ」

チョーカーに指を当て、食蜂の口車に掻き乱されないように己の意志を反芻させる。
強く思念することにより、自意識をしっかり保つ。
自分を見失いやすい、最悪の場合暴走してしまう恐れも起こり得る状況の中、一方通行は
“飛んで”しまいそうな感覚を懸命に抑えているのだ。

まして、すぐ目と鼻の先には“実行犯”がいる。
昂ぶる気持ちが溢れそうにもなる。
しかし、理性を失わせて付け入るという敵の打算に敢えて乗るつもりはない。

「あら、やあねぇ。仕組んだのはコッチなんだから当然じゃなぁい? ……で? どうす
 るのぉ? まさか、私を拷問に掛けてでも居場所を聞き出そうって物騒なコト考えてたり
 するぅ?」


「―――――あァ、その“まさか”だよ」


スイッチが入り、障害者は能力者にシフトする。
それも右に並ぶ者が現時点で一切存在しない、最強の能力者へと。


425 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:34:47.72 uZsYV5yn0 889/1089



伸縮した杖が仕舞われたと同時、一方通行は“跳んだ”。
いや、正確には“地面から打ち上げられた”という表現に近いか。
大気中を流れる気体の“流れ”を捉え、最短で食蜂との距離が縮まる。

瞬きをする間もなく肉薄されたにも拘わらず、食蜂の笑顔は崩れない。
これも筋書き通りだと語っているようなその楽観的な瞳に、一方通行は憤懣した顔つきで
乱暴に手を伸ばし、足を組んだまま手摺りに腰を掛けた食蜂の身体を引き寄せる。

胸元を片手で掴まれ、食蜂の体重が一方通行の腕一本に支えられる。
しかし食蜂に苦悶の表情は見られない。
一方通行の計らいで幸い窒息には到っていないらしいが、こめかみに拳銃を突きつけられ
ているに等しかった。

あっさり、本当にあっさりと食蜂操祈の命を握れたことに肩透かしのような気分を味わう
一方通行。
今は空気のベクトルで自らと食蜂を浮遊させているが、気分次第では何時でも食蜂を始末
できる。たとえば食蜂の胸元を掴んでいる手をフッと放すだけで、死にはしなくても意識
を断ち切らせる程度なら欠伸をするよりも容易いだろう。


「いやぁーん、乱暴ねぇ♪ ちょっとぉ、制服に皺寄っちゃうじゃないのよぉー」


こんな状況に一転させられても、まだ食蜂は余裕綽々としていた。
危機感を持たない馬鹿にしか見えなかったが、これでも“七人の怪物”の一角。
裏があるのは一方通行も感じている。


426 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:37:20.75 uZsYV5yn0 890/1089



「オマエがこれから生きるか死ぬのか、俺の匙加減ひとつでどォにでもなるのは分かって
 るハズだ。その上でもォ一度だけ訊いてやる」

「………」

「番外個体《ミサカワースト》と打ち止め《ラストオーダー》はどこだ? 直接攫ったの
 がオマエだって事ぐらいは知ってンだよ。手遅れになる前に吐いちまえ」

「……私を殺す気ぃ? こぉーんな花も恥らう乙女を? 今のアンタにそんな度胸がある
 のか、正直疑問なんですケドぉ?」

「悪いな、コッチはとっくに腹ァ括ってンだ。あのガキ共に危害を及ぼすヤツには容赦し
 ねェし、区別もしねェ」

「恐いわねぇ。敵意を通り越した殺意なんて久しぶりに向けられたわ。今夜、夢にでも出
 てきそう……うふふ」

「死にたくねェなら素直になれよ。別の場所にいるンなら正確な位置を教えろ。もし近く
 で待機させてるンなら今すぐここに呼べ。オマエに拒否権はねェし、与えてやるつもりも
 ねェぞ?」

「ッ……」

掴んだ手に力を込める。食蜂の顔が微かな痛覚に歪んだ。

この時点では“まだ”脅しだ。
実際に彼女を殺す必要はないし、今殺してしまっては肝心の情報源が損失するだけに終わる。


427 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:38:29.85 uZsYV5yn0 891/1089



それに、

『心理掌握』の能力が番外個体たちの自律心を制御しているのだとしたら、単純に意識を
奪うだけで事足りるはずだ。
食蜂が番外個体たちの居所を吐くか、この場に“呼んで”しまえば一方通行の勝ちである。

だが、この後の応対次第ではこの予定を変更させる必要もある。
できればそうなる前に番外個体たちの無事を確認したいところだ。

明らかとなった直後に食蜂の意識を刈り取る寸法の一方通行をまるで嘲るように眺め、制
服のポケットから小型の機械部品を取り出したことでその工程を覆した。

「ふふふっ……」

ここまで全て食蜂の工程内だった。
何の保険も掛けずに『格上』と相対するほど、彼女も馬鹿ではない。

「そんな“複製品”を死ぬほど助けたい第一位さまに問題でぇす。これは一体何でしょう?」

一方通行の眼前に提示された謎の小型部品。
まるでテレビのリモコンを一段階縮めたような形状のそれに、自然と注意が傾く。

「……?」

「ハイ、時間切れぇ。正解は―――――」


「――――― バ  ク  ダ  ン  ☆」



428 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/10/25 22:40:20.47 uZsYV5yn0 892/1089



「――――ッッ!!!??」


「…………の、起爆スイッチ♪」


悪戯心溢れる口調で喋る食蜂。
“爆弾”という単語に一方通行の眉が大きく吊り上がる。
同時に心中がざわめき、言い様の無い不安感に駆られてしまう。
食蜂を拘束する右手が、わなわなと震えだす。


まさか……


まさか……ッ!!


「“あの子たち”のお腹の中にある爆弾。その起爆スイッチがこれよぉ。……じゃ、改めて
 訊くケド、今の心境はどうかしらぁーん?」

「………っっ!!」

「私が憎い? 殺してやりたい? ……ケド残念ねぇ、殺されるのはアンタの方。アンタが
 私の“シナリオ”通りに動き出した時点で、この結末は約束されてるの。折角の忠告も無駄
 に終わっちゃったみたいで、少し拍子抜けだわぁ。せめてもっとチャンスを与えてやるべき
 だったかしらぁ? ふふふっ」

「っ……こ……」

「“乱れ”が隠せてないわよぉ? ここまで顕著だと、能力が効かない分も充分補えるくらい
 に、ねぇ。そんな精神状態で“あの子たち”の相手が務まるのかしらぁ?」

食蜂の上品な笑みが、小悪魔の放つ雰囲気を匂わせている。
一見して不利な立場の食蜂が、事実上優位に立っていた。


442 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:30:02.45 51IQKJzu0 893/1089



食蜂操祈の追い討ちは続く。
揺れた心の隙間に付け入るように、“言葉”という矛を用いて一方通行の精神面をじわじわと
侵蝕していく。

「可哀相だからもう一つ良い事を教えてあげる。『番外個体』『最終信号』の体内に仕掛けた
爆弾は時限式☆ そうねぇ……大体あと二時間くらいでグロテスクな人間花火が完成するわぁ」

「私の意識を断ち切って安全牌を取るのもイイけどぉ、起爆解除は私にしか出来ない。特殊な
 設計を用いて作られてるヤツだから、アンタの能力でも探知できない構造になってんのよねぇ。
 つまり、私を眠らせたら自動的に“あの子たち”は爆ぜ死ぬ運命」

「さぁ、困ったわねーぇ。どうするのぉ? 第一位さまぁ。因みにこの“遠隔操作装置”で起爆
 解除は出来るケドぉ、結構並びが複雑なのよねぇ。すぐ隣りは“起爆ボタン”だしぃ……。違う
 ボタン押して、ドカーン☆ ってなっても怒らないなら渡してあげなくもないわぁ」

「もちろん、どれが解除ボタンかまでは教えないけどねぇ♪ 流石にそこまで親切にする義理は
 ないわよぉ。ふふっ」


「事前情報は以上ぉ。今後の動きの参考程度にはなったかしらぁ? あとはアンタの自由。私を
 殺すも良し、意識を奪うも良し、無様に尻尾振って私の機嫌取りに努めるも良し。本当に彼女等
 を救いたいなら、どうすべきなのかも見えてくるわよねぇ?」


「…………っ!!」


こめかみの辺りにチクリと針で突かれたような刺激が走った。


443 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:32:48.24 51IQKJzu0 894/1089



殴り飛ばしたい衝動に駆られて腕を振り翳すが、残った理性がブレーキを掛ける。
行き場を失った手が虚空を泳ぐ。食蜂の言葉が事実なら、ここで叩きのめしても番外個体たちの
危機に拍車を掛けるだけである。

潰すべき相手がすぐ目の前にいるのに、既に手も届いているのに、あと一歩が踏めない。
手が、出せない。

全て、この女の計算通りに展開していた。
番外個体と打ち止めを楯に利用するかと予測していたが、甘かった。

残酷で、想像もしたくない結末。
そう、“彼女達の死”という最悪の結末に、より現実味を与える食蜂の打算。
後ろ盾にされるよりも性質が悪く、難易度も一層跳ね上がっていた。

しかし、


「……ッ…」


一方通行にとっては、“究極の選択”とまでに到らない。
食蜂に手を出すことで番外個体たちの身が危うくなるのなら、考えるまでもなかった。

食蜂と共に埃だらけの床へ着地し、歯痒い感情を剥き出しにしたまま、


「……………クソが」


彼女の胸元から静かに手を放した。


444 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:38:38.22 51IQKJzu0 895/1089



「……何が望みだ?」


自由の身となった食蜂へ問う。
可能な限り、要望は呑む。一方通行の苦渋に満ちた瞳がそう述べているようだった。
態度をガラリと変えて大人しくなった一方通行に、食蜂は高笑いしたくなる衝動に駆
られる。
だが、あくまで冷笑のまま言い放つ。

「あらあらぁ、随分と素直になっちゃって……そんなに“あの子たち”が大切ぅ?
 格上の威厳を捨ててでも守りたいワケぇ? そぉいうトコ、やっぱ私には理解でき
 そうにないわぁ」

「オマエに分かってもらおうとは思わねェよ……。俺をどォしよォと構わねェがな、
 アイツらは関係ねェだろ? 最終的に俺の頭さえ手に入れりゃ、オマエらの目的も
 達成になるンじゃねェのかよ? ……だったら、せめてアイツらは解放すると約束
 しやがれ。……ソイツさえ保障できりゃあ、後は何処だろォが付き合ってやるさ」

「ふーん……。泣かせる話だけど、信憑性はゼロね。口先だけなら幾らでも人は強く
 なれるし、在り得ない浪漫世界だって好きなだけ創造できるわ。“言葉”で私を誘導
 しようとか目論んでるなら、相手が悪かったとだけ言っておくわぁ。上面だけで人を
 信用しない性質なのよ、私ぃ」

「………っ」

舌打ちしそうになるのをグッと堪える一方通行。
搦め手からという人生で初めて行った試みも、残念ながら不発に終わったようだ。
この女は他人に媚を売っていそうな印象の反面、実に用心深くて隙がない。

実力的に差が開いているとは云え、腐っても自分と同じ『超能力者』。
人間の心を扱うジャンルなら、自分以上に頭がキレると考えて間違いはないだろう。


445 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:47:01.64 51IQKJzu0 896/1089



更に、他人の言葉になど最初から耳を貸さないまでに彼女自身の心の防壁は徹底されて
いる。
その上で人間の深層心理を知り尽くし、自身の思い描いた絵の通りに他者を動かせる女。

『心理掌握』の通り名は、伊達ではなかった。

そんな、言わば『心理学のプロ』を相手に巧みな言葉選びで好転を狙うなど、流石の
一方通行と云えど厳しい面がある。

「……どォすればガキどもを解放する? その爆弾とやらを解除させるために、俺は
 手始めに何をすりゃ良い? 犬みてェに跪いて、オマエの靴底でも舐めりゃあ良いのか?」

「………できるの?」

「それでアイツらを助けて貰えるンなら、安いモンだ」

「……もはや呆れを通り越して滑稽ねぇ。敵に献身してでも救い出したいなんて……。
 プライドとか無いワケぇ?」

「拘りや意地じゃ、実際誰も救えやしねェ。そンな事は嫌って程に学ンでる。ほらァ、
 遠慮しねェで好きなよォに命令してみろよ。こンな機会は滅多にねェぜ? 言った
 よなァ? 覚悟なンざとっくに決まってるってよォ」

「………ふふっ、いいわぁ。その正直な姿勢に免じて、まずはアンタの要望に応えて
 あげる☆」

一定の距離を開き、唐突に手に持っていた遠隔操作器のような物体を弄る食蜂。
静寂な空間に響いた機械音を合図に複数の人影が浮かび上がり、食蜂と一方通行の
立ち位置に次々と集結していく。


「……!」


446 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:50:02.80 51IQKJzu0 897/1089



人影の正体が明らかになった途端、一方通行は言葉を失ったまま直立不動と化す。
予想以上に最悪の結末が手を招き、彼を歓迎しているようだった。

十人近い同系統の姿と顔立ちをした少女たちが、食蜂を崇める形で取り囲む。
同時に一方通行へ収束される強い敵意。
無感情から発せられる氷のような冷たい視線が、一方通行を容赦なく貫いていた。


「オマエ…………学園都市近辺の『妹達』まで手駒に………!」


スーッ……と、全身の血が抜かれていくかのような錯覚を味わいながら、掠れる声を
零す。食蜂はそんな一方通行を査定でもしているみたいに眺めてから、軽やかに口を
転がした。

「ここまでは想定できなかったみたいねぇ……。まぁコッチとしては予想通りの反応
 で、今ひとつ面白味に欠けるケドぉ」

「………最高の嫌がらせじゃねェか……。ハッ、確かにこンな光景は悪夢以外に表現
 のしようがねェよ、クソが………。ンで、“コイツら”を俺の前に集合させて、どォ
 しようってンだ? くだらねェ悪巧みの予感しかしねェぞ?」

「安心しなさいよぉ。その子たちは私の護衛を兼ねた背景みたいなモノだから。アンタ
 に裁きを下す役目なら、もっと相応しい適任者がいるじゃなぁい。そこだけは、アンタ
 の期待通りに進捗させてもらおうかしらねぇ」

「……?」


――――その直後。


447 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:56:24.19 51IQKJzu0 898/1089


「ッ……!?」


右斜め上の天井付近が蒼白く発光した。
次いで轟く雷鳴に、一方通行は思わず身構える。

が、すぐに敵対心は露の彼方へ消し飛ばされる事となった。


「番外個体………!!」


見上げた先に映った少女。
それは、彼が現時点で最愛の想いを抱いている『番外個体』に間違いなかった。

そして、一直線に一方通行と『妹達』、食蜂の近くへ降り立った番外個体の肩に腰を乗せ
ている未熟個体。


「打ち…………止め……………」


枯れそうな声しか出せなかった。
精神が激しく掻き乱されているのが自身でも分かる。
いくら平静を装っていても、簡単に見破れる食蜂相手では意味を為さない。


448 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 20:58:39.74 51IQKJzu0 899/1089



打ち止めの自分へ向けられた表情を見た瞬間、一方通行は心臓が停止してしまいそうな程
の衝撃を受けた。
天真爛漫で無垢だった打ち止めは、もうそこにいなかった。

タネは理解できている。“あれ”は『心理掌握』が創り出した一種の“幻想”みたいな物
だということは。

しかし、まるで己の意思とは一切無関係のアレルギーでも発動したかのように、頭の中が
真っ白に染まっていくのを抑制できない。

更に、番外個体の親の仇でも睨むような憎悪に満ちた瞳も精神崩壊への片棒を担ぐ。
“あの時”、木原数多の施設で見た時と全くと言っていい程に同一。
二度とあんな悪夢のような体験はしたくない、と切に願っていたのに……。
『妹達』とは違う制服姿の番外個体を見つめながら、一方通行は悲しげな表情で奥歯を強く
噛み締めた。

一方通行の生存に欠かせない人間が今、確実な“敵”として立ち塞がっている。

『妹達』の蔑んだ眼。それはまるで、“実験”に従って自身が虐殺した少女たちの怨念の
ようにも見受けられる。

打ち止めの自身へ注がれる顕著な嫌悪感。
番外個体の明確に突き刺すような殺意。


449 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:00:14.19 51IQKJzu0 900/1089



嘘。

幻影。

作為。

そう、全て“まやかし”だと解っているのに……。
理性や意識とは別の“本能”が一方通行から判断力を奪い、思考回路を狂わせていく。


「その子たちの存在こそが今のアンタの存在意義。……だったらさぁ」


食蜂は『妹達』のバリケードに身を引いて残酷に告げるだけ。


「そいつらの手で葬られる事こそが、アンタにとっては最も相応しい最期なんじゃない
 かしらぁ?」


「…………………………ッ」


既に言い返すほどの余裕も失った一方通行は、口を堅く噤ませたまま同じ顔から発せら
れる敵視の的となっていた。

そして、時は無情にも一方通行に猶予を与えてくれなかった。



450 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:02:03.62 51IQKJzu0 901/1089



―――


路上の中央で折り重なるように横たわっていた異端の女子中学生二名。
グッタリと脱力しているツインテール少女の下敷きになっていた短髪短パン少女が薄っ
すらと重い瞼を開く。

「………ぅん……?」

耳鳴りが酷く、意識も半分寝惚け状態な短髪短パン少女こと御坂美琴。
が、ぼんやりとしたまま記憶を遡るに連れて脳が徐々に覚醒してきた。

「っっ……!!」

確か、上条の乗っている車を追跡していた最中の出来事だった。
突然動きが止まったと思った矢先、遥か前方にカマキリみたいな形状の武装兵機を捉えた。
嘗て幾度か直面した駆動鎧とは全く異なる姿形。
だが、あれが味方でないのは一目で判断できた。

そして、正体不明の武装機が問答無用の砲撃に移った時、不運にも自分たちは車体のほぼ
真後ろに転移してしまっていた。

車のボンネットを軽々貫通し、数え切れない量の金属弾が唖然としている少女たちに襲い
掛かる。まさしく“流れ弾”というやつだ。

美琴の咄嗟に張った『自動防御』が無ければ、おそらく肉片と化していたに違いない。
多角方位からの慈悲なき衝撃に、純粋な身体強度なら平均の女子中学生程度の二人は周囲
の爆風に翻弄される。その辺りで何処かに頭でも打ったのか、美琴は呆気なく意識を手放
してしまった。


451 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:03:21.24 51IQKJzu0 902/1089



「う……何が起こったってのよぉ………あー、痛ったいわねぇ。もう……」

一体あれは何だったのだろう……。
目覚めた美琴が真っ先に思慮する項目に不自然はないが、まずは今もまだ意識不明に陥っ
ている後輩の安否確認が最優先だ。

「……黒子……!? 黒子っ!!」

呼びかけに対し、返事がない。
がっしりと乗せられた体重。基本的に軽いとは云え、脱力しきった白井黒子からは圧迫さ
れるような重みが感じられる。それが不吉な予感を連想させ、美琴の語尾に緊張感が走る。

「ねえ……ちょっと! しっかりしてってば! 黒子…………っ!?」

「………………ん~ぅ」

微かに黒子の首が動いた。
次いで呻くような声が耳に届き、美琴の顔色が安堵に包まれる。

「ホッ………良かったぁぁ……。大丈夫? 起きれる?」

「う~……お……姉さま……?」

まだ夢の中から戻ってないのか、美琴を見つめる黒子の目はやや虚ろ気味である。

「ほら、しっかりして。……どこか怪我してない?」

「う~ん……どうやら駄目、みたいですの……」


452 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:05:56.05 51IQKJzu0 903/1089



「!? そ、そんな……っ! 気をしっかり持って! 嫌よ、こんなの………。ねえ、黒子ぉ
 ……黒子ってばぁああ!!」

「お姉様……最期にお願いがありますの………聞いてくださいますかしら……」

「嫌……やめてよ! 縁起でもないこと………言わないでよぉぉ……っ!」


「死ぬ前に一度で良いですから『愛してる』と耳元で囁いてくださいですの。それから頬を
 スリスリしてその豊満なバディで窒息死させるほどにわたくしの全てを包み込み、お姉様の
 温もりを隅から隅まで植え付け、あとできれば顔じゅうをベトベトになるまで舐め回し、全身
 を愛撫、いや介護して頂けたら安らかに天国へ昇れそうな気がしますの。何でしたらわたくし
 もお姉様のお身体を最後のチカラを振り絞って奉仕し―――」


「一瞬でも本気で心配したのが間違いだったわ」


一気に熱が冷めていく感覚を味わった美琴。
危うく涙まで出そうになった自分を心底戒めてやりたい。

何はともあれ、大した怪我も負っていないようなので取り敢えずは安心だ。


453 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:08:01.39 51IQKJzu0 904/1089



「な、何ですの? この惨状は……か、上条さんはっ!? 上条さんは何処ですのっっ!!??」


起き上がった第一声がこれである。
思っていたよりも元気な後輩の様子に改めてホッとするが、確かにそちらの方もどうなっているの
かが知りたかった。

「落ち着いて、黒子。……あの馬鹿だったら多分大丈夫よ。車が爆発する前に運転手と脱出したの
 を見たわ……。ってか、アンタは見なかったの?」

「お恥ずかしながら………。突然の事でしたので確認する余裕もございませんでしたの」

「………まぁ、いきなりあんな洗礼が来るなんて思わなかったもんね……。にしても、酷い有り様
 だわ。辺り一面焼け野原じゃないの……。空襲後の市街地って正にこんな風景よね……」

「……これもあのヘンテコな駆動鎧の仕業ですのね……。なんて非道いことを……」

「とりあえず、ここに居ても仕方なさそうね……。歩ける? 黒子」

「ええ、問題ありませんの。……それにしても、お姉様のおかげで助かりましたわ。お姉様が能力
 で『自動防御』を展開していなかったらと思うと、……ゾッとしますの」

「咄嗟の事だったから完全には防げなかったけどね……あはは」

「いやいや、あれほどの衝撃波の中心で五体満足なだけ充分凄いことですわ。流石お姉様ですの」

「や、やめてってば……。それより、さっさとあの馬鹿を捜さないと……」

「えぇ、そうですわね……。無事でいてくれると良いのですが……」


454 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:10:01.29 51IQKJzu0 905/1089



「…………」

上条の無事を切実に願う黒子の姿を見ていると、何故だか心中複雑になってくる美琴。
だが、今は言及している暇すら惜しい。

亀裂の入ったアスファルトで燻る火種を跨ぎ、少女たちは密かな想いを寄せる少年の行方を探索
し始めた。


―――


化学反応を活用した戦略で、浜面仕上と上条当麻は最新型駆動鎧の無力化に辛くも成功する。

晴れた爆煙の奥で機動回路のショート音をコンスタントに鳴らしながら動かなくなった『ファイブ
オーバー』の主兵装、『超電磁砲』の模造品。
能力開発部門最下層に位置する彼等にしては偉業すぎる功績に見えるが、実質この二人は“特殊”
な位置づけにランクされている。つまり、“この勝利は過去と比較すると霞む程度”ということだ。

「じゃあ、そいつは“能力補助道具”みたいな認識で良いのか?」

「厳密に言うと少し違うらしい。……つっても、俺も口頭で聞かされただけだから専門家みたいに
 詳しい解説はできねえんだが……」

会話の内容は、浜面が使用した火や水を有り得ない威力で放出する“ビックリ拳銃”についてだった。
こんな代物が普通に出回っている筈がない事ぐらい、銃機の知識に乏しい上条でも解る。

「“持ち手”の脳神経を伝ってAIM拡散力場を“無機物”に生み出させる……ってことか」

「お? そうそう、それだよ。何だ知ってるんじゃん。……ってか、何で知ってるワケ? 超極秘
 の研究レポートだって聞いたんだけど……?」


455 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:14:32.11 51IQKJzu0 906/1089



「いや、前に似たようなヤツを見た事があるんだよ。……確か、“能力物”とか言ってたっけな。
 元々は無能力者や低能力者の能力向上を補う目的で発案されたらしい。俺が見たのは“試作品”
 だったけど、完成したら軍事兵器として利用されるって話を聞いたんだ……。正直言って、良い
 イメージじゃないな……」


―――― 無能力者が『発火能力者《パイロキネシスト》』でもないのに火を使う方法は何だ?
      ライターを使えばいい。そういった単純な話よ。――――


(………なるほどな。“コイツ”もその一環で製造された試供品か)

監禁された御坂美琴を救出するため、木原数多の研究施設へに乗り込んだ際に交戦した科学者の
言葉が脳裏に過ぎる。
情報の断片がパズルのように組み合わさり、不明点が解消された気分に浸る上条の隣りで浜面は
顔を顰めた。

「……そうか……。確かに、もっと開発が進んで……こんなチンケな拳銃じゃなく、戦争に使わ
 れるような兵器にこの性能が加わったと考えると……あんま笑える話じゃねえかもな」

両手の“試作段階”を眺め、未来に戦慄を覚える浜面。
もしかしたら、今自分の持っている武器がこの先に途轍もない数の犠牲者を生む結果に繋がるの
ではないか……。そう思うと、それに助けられただけに複雑な気分だった。

「こんなことなら、麦野にもっと詳しく聞いておくんだったぜ……。いや、でも麦野も『知人から
 の横流し物だ』っつってたし……もしかしたら訊いても無駄かもな」

浜面の独り言に首を傾げつつ、上条が不意に尋ねた。


456 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:21:20.58 51IQKJzu0 907/1089



「なあ……。それ、一体どこで入手したんだ?」

「……聞いてどうすんだよ? 手回ししたヤツに喧嘩でも吹っ掛ける気か? だったら悪いこと
 は言わねえから止めとけ。……相手が悪すぎる」

「誰なんだよ……? 別に喧嘩売りに行ったりしねえって。……ただ、気になるんだよ。あんま
 出回ってねえような事を、確か聞いたような気がするし……」

「………“リーダー”だよ。これ以上は言えない……悪いけどな」

「……わかった。無理に聞くつもりはねえんだ。すまなかったな……」

「気にすんな……。にしても、能力者のAIMが原料だったのか……。道理で使うと頭痛がヒデェ
 わけだ」

「知らなかったのか?」

「原理とかまでは聞かされてねえもんよぉ……。覚せい剤とかドーピングとか、そういう非合法
 な部類の物だったとはな……。機密事項に引っ掛かってる謎が解けたわ」

「無理矢理に脳を活性化させてるようなモンか……。無能力者の俺たちじゃ、きっと相当負担が
 デカいんだろうな」(多分、“右手”のせいで磁場が派生しない俺じゃ扱えないだろうけど……)

「実際気をしっかり持たないと意識失いかねないから、あんま人には勧めらんねえな……。開発
 が進んで問題が改善でもされりゃ別なんだろうけど……」

「ソイツも含めて“試作品”か……。あともう一つ気になってる事があるんだけどさ。そっちが
 発火能力者《パイロキネシスト》モデルなのは分かるが、もう片方はどうなってんだ? 水系統
 だと水流操作《ハイドロハンド》ぐらいしか思いつかないぞ?」

「ああ、元々火薬の代わりに水を詰めてるだけだから……多分そいつで正解なんじゃないの?」


457 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:24:11.18 51IQKJzu0 908/1089



「に、しては水の量が異常だったような……」

苦笑いの上条に、浜面も今ひとつ原理が掴めていない口調で解釈する。

「そうだな……。もしかしたら、単に『能力補助』以上の機能が備わってたのかもしれねえが……
 詳しい事は開発者本人じゃなきゃ何とも……。能力開発分野に関しちゃ落第点だからなぁ……。
 知識も頭に入ってねえ段階じゃ、考えてもピンと来ねえや」

「水の流れを変化させる上に増量って……。つくづくデタラメな性能じゃねえか」

「威力自体は両方とも強能力者(レベル3)クラスらしいけど、他にもオプションが隠されてた
 って別に不思議じゃねえし……。――――ん?」

と、そこへ鉄の擦り合うような音が二人の耳に入った。
同じタイミングで音がした方に首を向ける。


「あ……!?」


機能停止かと思われた武装兵器が錆びた鉄独特の軋み音を漏らし、身じろぎしている様子が目に
止まる。
これにより、議論は一時中断せざるを得なかった。

「あの野郎! まだ生きてやがったか……!!」

『ファイブオーバー』は元々『シルバークロース=アルファ』という男の所有物である。
正確には“コレクション”の一部に過ぎないのだが、搭乗者が所有者本人なのは浜面にとって
最も忘れてはならない確定事項だ。


458 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:25:31.87 51IQKJzu0 909/1089



生き延びている現実と勝利の余韻を噛みしめていた浜面の眼に、再び憎しみの色が表れる。

大切な恋人に直接手を下した人間を前にして、穏やかでいられないのは決して異常ではない。
むしろ、それが当たり前。そう主張するかのように、乱暴な足取りでスクラップ寸前の鉄塊に
近づいていく。上条も慌てて後に続いた。

「しぶてえ野郎だな……。どのツラ下げて生きてんだよ? あ?」

チンピラに相応しい啖呵の切り方だが、肩がぶつかったとか足を踏まれたからだとか、そんな
小事ではない。正式な男女関係に成り立てで、クズな自分に光を灯してくれた少女をこの男は
撃ったのだ。
既に取り返しなど、つくはずもなかった。

『ゴ……オオオ……ゴ……グゴ…』

「……憐れだな。テメェがやらかした罪と向き合うことさえできねえ程に壊れちまってる……。
 もういいからそのままでいろよ。今……楽にしてやるから」

憎悪に駆られるままに、浜面は先の拳銃を“ガラクタに埋もれた”シルバークロースに向ける。
直接裁ける機会が訪れたことに心底感謝しながら、銃身を固定させた。

だが……。


「!?」


それを阻む者が、たった一人だけ存在した。


459 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:28:59.84 51IQKJzu0 910/1089



それは、先程まで肩を並べて共闘した少年に他ならない。


「……何、やってんだよ?」


引導を渡してやる寸での所で割り込んできた上条。
制止に立った上条は両手を開き、浜面の問いに問い返した。


「お前こそ、何しようってんだよ……。まさか殺すつもりか?」

「このまま放置しとくよりは、いっそ楽にしてやった方がまだタメになるだろ」

「それを俺やお前の一存で決めるのはおかしいだろ」

シルバークロースと浜面の間に立ち、食い下がってくる上条に苛立ちを覚える浜面。

「……退け。俺はそいつを殺す。どうしてもやらなきゃいけねぇんだよ……。頼む
 から邪魔しねえでくんねえか?」

「駄目だ」

即答で却下され、こめかみ辺りに力がこもる。

「どんな事情があるかは知らないけど、目の前で人が殺されるのを黙認するわけに
 はいかねぇ……」

正論だ。だがその正論が、今の浜面には酷く煩わしかった。


460 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:30:34.73 51IQKJzu0 911/1089



「アンタ、馬鹿かよ? そいつだって俺たちを殺そうとしてきただろうが。これは
 立派な正当防衛なんだよ」

「そんな理屈で誤魔化すな。……殺す必要なんて、もう何処にもないだろ?」

「……何も知らねぇ癖に、んなこと勝手に決めてんじゃねえよ!!」

「もうコイツが俺たちに何もできねえのは、お前だって判るだろ!? これ以上は
 何の意味も為さねえって、本当はお前自身も思ってんじゃねえのか!!?」

「…………アンタに解ってもらおうなんて思わねえよ……。あぁあ、そうだよ!!
 コイツをぶっ殺してやりてえのは完全に俺の我が儘だよ!! そうでもしなきゃ
 俺の気が済まねえんだよ!! じゃあ訊くが、アンタは大事な“居場所”を奪った
 張本人を前にして、俺と同じ感情を抱かないって断言できるか!?」

「……っ!?」

「世間や神が許したとしても、俺は絶対に許さねぇ……許しちゃいけねぇ……っ。
 なんで……なんでこんなクズのために、滝壺が……滝壺がぁ……ッッ!!」

「お前………」

醜く、黒い。
偏にそう表現せざるを得なかった。
一体何が彼をここまで駆り立てているのか、上条には知る術もない。

「……っ…」

だが、何となく分かる。
おそらく彼にも身を危険に曝してまで守りたかったものがあり、それが叶わなかった
元凶が自分の真後ろで死に瀕していることが。


461 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:32:24.99 51IQKJzu0 912/1089



確証はないが、確信は持てた。
同じ“失いたくない者がいる”人間として、浜面の葛藤は共感できるし理解もできる。

だからこそ賛同や肩担ぎなど絶対にできはしないし、そういった明確で重大な理由が
あるのなら、全力で止めてやらなければならない。
そう、上条が今している事は、間違った道へ進みかけた親友を正しき方向へ導いてや
る行為そのものだった。

しかし、そんな上条の心情など今の浜面にとって気にするような概要でもなく、頑な
な姿勢を崩さずに通告する。昂ぶりかけた感情は無理矢理に抑えたらしいが、する事
自体に変更の意思はないようだ。

「……できれば、もうアンタとは敵対したくねえんだ。そこを退いてくれ……。我が
 儘なのは承知してんだよ。けど、そんな御託で罷り通るような問題じゃねえんだ……。
 頼むから、退いてくれよォォ」

「……そうはいかねえ、って言ってるだろうが。どんな言葉や持論を並べた所でお前
 が譲りたくないのと同様に、人の命を奪って良い理屈だって存在しねえんだ。なんで
 そいつが分からないんだよ……! 傷つけられた人間が、お前に仇を討ってくれって
 頼んだのか? 俺の後ろで今にも死にそうなヤツをその人が見たら、息の根を止めさ
 せるのか? お前にとって大切な人間は、そんな薄情なヤツなのかよ?」

「黙れ!! テメェが滝壺の何を知ってんだよ!? 分かった風な事ばっか言ってん
 じゃねえっ!! 俺たちに何があったかなんて知りもしねえテメェが、全部分かって
 るみてえに語ってんじゃねえよ!!!」

「……その人の事は知らないけど、傷つけたヤツを真剣に憎むぐらいの存在なんだろ?
 そこまで想われてるヤツが薄情な人間だなんて、俺には思えない。……違うか?」

「………ッ!」


462 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:34:12.05 51IQKJzu0 913/1089



「もしこの場にいたら、きっとお前を止めようとするんじゃねえのか? お前が手を
 染めちまうのを、決して望んだりはしないんじゃねえか!? もしそうなら……それ
 でもお前はコイツを殺すのか!? そいつが制止する手を振り払ってでも、引き金を
 弾いちまうのかよ!!?」


「………ちく……しょう……っ!!」


「だとしたら、俺が止めてやる。お前の大事にしていたモノの代わりに、俺がお前の
 目を覚まさせてやるよ」



「―――――ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」



精一杯の絶叫と共に、手に握られていた凶器が火を噴いた。
先と同等、もしくはそれ以上の豪炎が上条の全身を包もうと畝る。が……。



「―――――ッッ……!!??」



グチャグチャに引ん曲がった浜面の形相が、驚愕の様に変わる。
『避けろ』という僅かな理性の元で放った爆炎が、掃除機にでも吸い込まれるように
消失していく。


463 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/03 21:35:45.01 51IQKJzu0 914/1089



「は……………!!??」


浜面の耳に届いたのは、どこか神秘的な“掻き消し音”。
そして目に映ったのは、火傷一つ負わずに勢い良くコチラへ猛進してくる上条の姿。


「こいつは“引き止め賃”代わりだ。釣りまで取っとけ、馬鹿野郎が!!」


「グブォバッッ!!?」


思考が完全にストップしたまま上条の振り下ろした右拳を鼻面に受けた浜面は、物理
の法則に従う形で地面を転がった。





503 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:21:16.36 HdMl5Hxn0 915/1089



―――


四面楚歌。
総勢十人余りの妹達が食蜂操祈を護衛する。
奥で凛と佇む食蜂の姿は、まさに女王様と呼ぶに相応しかった。おそらく他人を楯と
して扱うことに手慣れているのだろう。
同顔の少女たち。その隙間から覗かせる厭らしい笑みは一方通行の癇に触れるに充分
な役割を果たしていた。

悪状況に輪をかけて前線に立つ、『妹達』の中でも異端の二名。
肉体の成長が特逸している『番外個体』と、それとは逆に幼い体つきの『打ち止め』。
両方とも一方通行にとっては己の命以上の存在である。
そういう意味では、最も敵に回したくない人物とも云えるのだ。

今、まさにその悪夢が現実のものとなっている。
逃げ出したい気持ちが全く無いかと問われれば、嘘になる。
彼女たちに敵視されることが、これほどまでに辛いとは予想していなかったのだから。


(どォする………?)


必死に思考を働かせる。
自分の意思とは無関係に踊らされている彼女たちに危害を加えるなど、以ての外だ。
とすれば、“原因”となっている彼女本体を直接叩く以外に選択肢はない。


504 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:24:19.22 HdMl5Hxn0 916/1089



そう。『心理掌握』という超能力を解かせるためには、奥に引っ込んで見物と洒落込
んでいる食蜂自身に接触する必要がある。

しかし、無論そんなことは食蜂も分かっていた。
その対策として、『妹達』をバリケード役に起用したのだ。
一方通行が『妹達』の壁を壊すという強行に及ばない事実を想定して……。

(確かに“対俺用”として、あれ以上に完璧な手はねェ。多分どっから攻めよォとも、
 躊躇無くクローンを身代わりにできる様計算されているハズだ……)

(その上、番外個体と打ち止めを惜しげなく活用して俺の精神力を奪うやり口………。
 あァ、正解だわ。完璧すぎて白旗振りたくなるぐれェだ)

(……『心理掌握』だけを的確に狙うのは、幾ら俺でも至難の業すぎる……。やはり
 あのSPみてェにほぼ全部の軌道を塞いでやがる妹達をどォにかしねェと……)

どうやら電気信号に干渉してミサカ妹達を集めたわけではなさそうだ。
あくまでも近辺の研究施設にいた彼女達の精神に作為を加えて引っ張り出した。ただ
それだけの事らしい。
もっとも世界に散らばる他の妹達を呼び寄せる様、打ち止めに指令を送信させた所で
時間的な問題がある。
現状でこれ以上の増加が無い分、まだ救いが残っているようにも思える。

たとえば“十人”ではなく“二十人”だったら、僅かな希望すら潰えていただろう。
約十人が一人の護衛に付いている。一見すると手の出しようがない布陣に思えるが、
妹達一人一人の間には狭いとはいえ“隙間”がある。
能力使用時に音速を超えられる一方通行(自分)なら、その小さな狭間を縫って食蜂
本体に肉薄する技も可能である。


505 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:27:10.22 HdMl5Hxn0 917/1089



(同じ手口がアイツに通用するとは思えねェ。……つまりチャンスは一度きり)

“通路”を目視で念入りに計る一方通行。
弾丸に勝る速度で通過する以上、派生した余波等で傍のクローン個体を傷つけてしま
う危険性も否めない。
角度、距離、速度、そしてタイミング。ありとあらゆる方向から計算し、遂に一箇所
だけだが突破口を見つけ出した。


(誰も反応できねェ内に『心理掌握』を人質にとる……。番外個体と打ち止めの爆弾
 を除去させるのが最優先だ。今度は安い脅しなンかじゃあ済ませねェ。俺が本気だと
 さえ判れば、命の危険を感じてまで反発するよォなヤツにも見えねェ。あァいう野郎
 はテメェの命を何よりも一番に扱うタイプだ)


予定はとりあえず決まった。
ともすれば、あとは実行に移すだけなのだが……。

食蜂がそれに対して先手を打つかのように動き出す。

『打開策なんてあると思ってるの? 仮にあったとして、そっちの好条件にコチラが
 合わせるとでも?』

食蜂の高飛車な目線は、そう述べていた。
そして、一方通行が狙い澄ませていた斜線上に影が二つ割り込む。
まるで何もかもが仕組まれ、見通されていたかのようなこの対応に動きかけた脚が停止
を余儀なくされた。


506 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:33:54.44 HdMl5Hxn0 918/1089



逡巡する一方通行に、唐突で過酷な試練が音も無く馳せ参じる。

「よっと」

番外個体の腕の中から軽やかに降りた未成熟体。それが始まりの号令となる。
打ち止めは軽快な足取りで一方通行にゆっくりと歩み寄った。
そして、言葉を投げた。


「アナタ、まだ生きてたんだ? ってミサカはミサカは残念そうに呟いてみたり」


「ッッッ……!!」


鈍器で頭を殴られた。それに近い衝撃が一方通行を襲う。
少女の容姿、少女の声、惑わされてはいけないと思っても能動的に疼いてしまう。
こんな事で揺さぶられている自分を情けないと意識しつつも、少女へ向ける眼は悲哀
に満ちていた。
打ち止めの後ろで笑いを堪えている食蜂の姿など、もう目に入っていない。

「打ち止め……!」

「馴れ馴れしくミサカを呼ばないで! ってミサカはミサカは嫌悪感のあまり身震い
 してみたり……! 何なのアナタ? 何でまだ生きてんの? あれだけの事しといて、
 何ミサカ達の守護神ぶってんの? ヒーローにでもなったつもり?」

「……!」


507 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:36:15.44 HdMl5Hxn0 919/1089



「ミサカ達がアナタなんかに心を許すとか、本気で思っちゃってるワケ? あははっ、
 なんだか可哀相に見えてきたかも。ってミサカはミサカは嘲笑うようにアナタを見下
 してみる」

「……………ッッ!」

耳を貸すな。
これは幻聴のようなものでしかない。
打ち止めの本心とは一切関係ない。

自らにそう言い聞かせる一方通行だったが、悲痛な色は何故か顔に表れたまま消えて
くれなかった。

あのガキの姿だから? あのガキの声だから?

精神力が激しく磨り減らされているのが判った。
ボディブローみたくじわじわと、抉り取るように。内部から身体を破壊されているか
のように。


「アナタに現実を教えてあげる。ってミサカはミサカは微笑みを浮かべてみる」


やめろ……。


「アナタはその手で一万人以上のミサカ達を―――――」


やめてくれ……。
オマエのクチから、その言葉だけは―――――


508 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:37:18.46 HdMl5Hxn0 920/1089






          「殺した」









509 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:40:48.86 HdMl5Hxn0 921/1089



――――――。




「憎い。アナタが憎くて憎くて仕方ないの。…………だから、いい加減にミサカ達
 の世界から消えてくれないかなぁ? ってミサカはミサカはお願いしてみる」



「…………………」


小さくて愛らしい容姿に似合わない冷酷な眼。吐き出される言葉。
胃の辺りがキリキリと痛み、胸を手で押さえたくなる。
空虚へと意識が飛ばされそうになる。


しかし、それでも打ちのめされるわけにはいかなかった。

こんなセリフを喋らせている人物が明らかとなっている以上、ここは堪えきらな
ければならない。
だが、それ以前に、

(その通りじゃねェか。打ち止めは何も間違った事を言ってねェ。……全て事実
 なンだよ……。受け入れるならまだしも、心に傷を作るなンざァお門違いも良い
 トコだ……)

正面を向いたまま、洗脳状態の打ち止めと番外個体を見つめる。
表情を変えない一方通行に、チッと舌打ちした打ち止め。
やがて、交代するように番外個体がザッ、と前に躍り出た。


510 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:43:36.56 HdMl5Hxn0 922/1089



「やっほう。第一位」


どこか明るい感じだが、目は笑っていなかった。
そして、気を落ち着ける間も与えないとばかりに罵倒が始まる。


「死ぬ前にさあ、せめてミサカたちの前で土下座でもしたらどう? ま、そんな
 んで水に流せるはずもないんだけどね」

「そうだよ。許されるなんて到底有り得ない話だけど、クズでも人間なりの誠意
 ってヤツ? 最期にそれくらい見せて欲しいな。ってミサカはミサカは賛同して
 みたり」


二人の冷笑が痛い。
が、何も言い返せない。言い返す資格など、あるはずもない。
紛れも無い事実なのだから。

そして、外野の妹達も食蜂の傍から少しずつ離れだし、一方通行に非情な言葉を
投げつけ始める。


「全く以って遺憾です。どうしてミサカ達の命を笑いながら奪った人間をミサカ
 達が支えなければならないのでしょう? 
 と、ミサカ10032号は不快感を露にしつつ嘆きます」


「『守る』だなんてどのクチが言うのでしょうか? あなたのような大量殺人鬼
 にそんなセリフを吐く資格が、一体どこにあるのでしょうか? 
 と、ミサカ13577号は当然の疑問を投げ掛けます」


511 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:46:59.99 HdMl5Hxn0 923/1089



「確かに救ったのはあなたに違いありませんが、だからといって当然の様に末妹
 や上位個体と親しむなど……同じクローンとして我慢なりません。
 と、ミサカ10039号は拒絶反応により吐き気を催します」


「……ミサカの先任、いわば『姉』……更に言うなら家族同然……。それを何の
 ためらいもなく虐殺したあなたを、ミサカ達は絶対に許さない……。
 と。ミサカ19090号は……あなたを呪い殺してやりたい気持ちでいっぱいです……」


報告業務みたいな罵声が、精神のゲージを刻々と削っていく。
その後も止まる所を知らない詰りと非難に、とうとう一方通行は頭を両手で押さ
えた。


「………う…………ァ………」


そして苦しみ、呻き、喘ぎだす。


「…うゥ……ァ…あ……ァ………ッッッ」


夢で何度か体験した地獄の映像が、現実の光景として現出している。
誰にも見せたくない“弱さ”が、表へ出んと押し寄せてくる。
どうしようもない。抵抗の術もない。


512 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:49:53.32 HdMl5Hxn0 924/1089



“本能”にまでは能力の応用も適わない。
これは教科書を読む以前の基本的で根本的な定義である。
第一位である前に能力者、能力者である前に人間であり、未成熟な少年。
どれだけ頭脳明晰だろうと、強大な力を所持していようとも、人間である以上は
生態学の基づきに逆らえないのだ。
世界はその秩序を乱すことを許さず、逸した者の誕生を特殊な例外でもない限り
は認めようとしない。

経緯、過去の塗り替え、記憶の改竄が利かない一方通行を蝕むように、罪という
名のロープが巻きついた体を締め上げていく。

許されない過去の悪行を贖罪するために彼女達の未来を守るわけではない。
しかし、心のどこかで無意識にそんな決意を抱いていたのではないか? と問わ
れれば、否定のしようもない。

罪悪感や罪滅ぼしの意思も、少なからず持っていたのだ。
こうして苦渋に満ちた顔で唸っているのが、その証拠に繋がる。


そして、“トドメ”の一言が番外個体の口から発せられる。
一方通行のこれまで全てを否定する言葉と同様に希望すらも刈り取り、正気を
保つことすら無意味に思えてしまう、決定的な一言を。


一方通行がこれまで歩んできた人生全てが否定されるに等しい言葉を――――。



513 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:54:09.92 HdMl5Hxn0 925/1089






「ミサカはあなたが大嫌い。ううん、好き嫌い以前に、そういう対象としても
 見たくない。わかる? 顔も見たくないんだよ。こうして同じ空間内にいる事
 さえ苦痛なんだよ? ………だから………お願いだから、もう死んで? 消え
 て無くなっちゃってよ。そのためなら、ミサカは何でもする。アナタがいない
 世界で暮らせるなら、それ以上の幸せはないんだから」






514 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:57:37.59 HdMl5Hxn0 926/1089



「ァ……ッ―――――――」



それがスイッチとなった。
一方通行を支える二本の脚は自立性を失くし、糸の切れた人形のようにクシャリ
と折れ曲がる。

生きる意味、それさえも捨ててしまった第一位は埃舞う床に伏したまま、死んだ
ように動かなくなってしまった。

痙攣みたいな身体の震えも、いつの間にか停止していた。


「精神破壊完了(メンタル・デストラクション・コンプリリート)ね……。案外
 呆気なかったわ。せめてこういう事態を想定して、耳栓くらい持参してくるかと
 思ったケドぉ……考えすぎだったみたいねぇ」


悠長に傍観し、苦悩する第一位の姿を存分に堪能した食蜂操祈は満足そうに笑う。
ここまで工程通りに事が運ぶとは想定してなかったのか、少しだけ意外そうな顔
を窺わせる。

何はともあれ、もう目の前の男は心を奈落の底まで落とした廃人も同然だ。
学園都市の頂点という大層な肩書きも霞み、同情すらしたくなる程に憐れな様と
化した一方通行に、靴音を鳴らして近寄る食蜂。


515 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:58:52.60 HdMl5Hxn0 927/1089



「だから言ったでしょう? 能力順位なんて、所詮は能力強度の値しか重視され
 ちゃいないんだからさぁ。純粋な能力の強さで敵わないんなら、他で補っちゃえ
 ば良いだけの話よぉ。今回は応用力と情報力が鍵を握ったって所かしらねぇ?」


食蜂の声が聴こえていないのは、無反応な様子から楽に推測できる。
もう誰の言葉も届かない状態、と言った具合か。
ここまで壊せばもう何の脅威も感じる必要はない。人間の精神状態に詳しい食蜂
はそう判断した。
だから不用意に一方通行へ接近しても問題はないのだが、念のため二人の妹達を
すぐ楯に回せる様に護衛させておく。

食蜂が一方通行へ近づいたのは、彼が唯一起こしている動作が気になったならだ。
うわ言のように何かをブツブツと呟いている。精神疾患者には良くある症状だが、
意味不明に聴こえても大半は自身の強い願望を囁いていたりするものである。

精神異常を起こした一方通行が何を口走っているのか、女子中学生特有の好奇心
が疼いて仕方が無かった。

「なぁに? ブッ壊れた頭で何を伝えようとしてるのか、是非聞かせて欲しいなぁ」

手を伸ばしても届かない程度にまで頭を垂らし、耳を傾ける。
すると、食蜂にとってはある意味で予想通りだった言葉が耳朶を揺らした。


「――――ォ……ろ……く、れ……」

「――――こ…ろ……て…くれ………」

「――――ころして……くれ……」


516 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 22:59:52.54 HdMl5Hxn0 928/1089



「殺して、くれ………」



「……あはっ」


懇願に近い声に、表情筋が崩れそうになる。
緩めてしまえば大爆笑なのは必至だった。


「殺して……くれ…………せめて………あいつ…らの………手で………」


単語をただ漠然と読み上げているだけに聴こえた。
イントネーションも何もなく、夢遊病患者のように生気の抜けた声を垂れ流し続ける。
何度も同じ言葉を鬱らに語り、妹達の手で直接裁かれる道を望む一方通行。

いや、もはや“食蜂に頼んでいる”と表現するのも疑わしかった。
それほどまでに瞳は虚空のみを照らし、声も人に向けて発しているとは思えなかった
からだ。


「ふふふっ、いいわよぉ。最期くらいアンタの要望を通してあげる。ていうか、初め
 からそのつもりだったしね。私が直接葬ることに拘る理由もないし、この年から血の
 味なんて憶えたくないしぃ」


そう言って数歩下がり、リモコンを操作する。
まるでラジコンのような規則正しい動作で、下がった食蜂と入れ替え式に一方通行へと
進行する妹達、そして打ち止めと番外個体。


517 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 23:01:05.80 HdMl5Hxn0 929/1089



卑下の意味を籠めた目線が、一斉に下へ向く。
当然、それは同情さえ誘う姿に成り果てた一方通行に対して向けられたものだった。

10032号、19090号が一方通行の腕をゴミでも拾うように掴み上げる。
顔は伏せられていて表情は窺えないが、されるがままに脱力しきった状態を見れば充分
だった。

畏怖と侮蔑、両方が混じった目で一方通行を睨みながら番外個体の背後へ隠れる打ち止め。
彼女のそんな挙動も、一方通行にとっては内臓が抉られる程に辛い。
元々見返りなどは求めていなかったというのに、何故拒絶されるとこんなにも胸に激痛が
走り、死にたい衝動に駆られるのだろうか……。一方通行自身もその心理については良く
理解できていない。

ただ、明らかな可能性を理論的に挙げられないわけではなかった。

そう、たとえば。
彼女達と過ごした緩く、温く、そして優しい時間に身体が慣れてしまったのだ。
だから無意識の内に確信していたのかもしれない。

“こいつらが自分を敵視するのは、絶対に有り得ない。そんな日は訪れない”と。

別に一方通行がそう望んでいたわけではない。
邪気の感じられない彼女達と接している内に生まれていた一つの結論。
そして、自身の臆病な側面が自己防衛のためにいつからか創り出していた慢心。

嘗て自分の犯した行為を棚に上げた“逃げ論”と指摘されれば、それまでだ。
しかし、過去がどうやっても塗り替えられない以上、そうやって精神を安定させなけれ
ば生きる気力を損なう時の対処法が塞がれる。


518 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 23:02:33.79 HdMl5Hxn0 930/1089



こうして『ミサカ妹達』から直接の罵倒を受けることで、精神安定の役割を担っていた
ロープは全て切れてしまったのだ。
表面に出さずに抑えていた“本来の年相応の少年が持つ弱い内面”が、充満するように
身体を蝕んでいったのだ。

思考も運動も、今の一方通行には一切期待できない。
罪の重さと堕落に沈んだ“ただの心なき器”。そんな人形同然の男を相手に警戒心など、
抱く自体で馬鹿馬鹿しい話だ。

食蜂が番外個体に命ずる。


“彼の命を奪う適任者、それは貴女だ”―――――と。


放心状態にも見える、俯いた顔。
番外個体はそんな一方通行の下顎に指を掛け、クイッと上げて強制的に正面を向かせた。

予想通り、その眼は酷く濁っていた。
何もかもを否定するような、腐敗しきった瞳。
だらしなく半開きのままで固定された唇。

自分の存在さえも認めようとしない表情の一方通行と向き合い、番外個体は一瞬だけ眉
をピクリと動かした。
食蜂が気づかない角度を保ったまま意味深に顔を顰めたが、すぐに唇の端を歪め戻して
宣告する。


「じゃあ、もういいかな? あなたには姉さま方の強い要望で、少なくとも“一万人に
 比例した苦痛の時間を味合わせる”手筈になってるの。一瞬で楽になりたそうなトコ、
 申し訳ないけどねえ……」


519 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 23:03:29.36 HdMl5Hxn0 931/1089



一方通行の項垂れた頭に手を置き、お別れを惜しむように一撫でする番外個体。
そして出力を言葉通りに少しずつ、少しずつ高めていく。
肉眼でも直接確認できる程の電子が番外個体に現れると同時、茫然自失状態の一方通行
の身体がビクンと震動した。


「ッ! ……がァ……っっ!!」


番外個体の手は頭に乗せられたまま。
そこを通じて流れた電流が、一方通行に裁きを与え始める。


「っぐ……ご、ァァァあああああああああああああああああああ!!!!!」


体内の許容量を大幅に超える電気を頭から全身に浴び、喉の奥からはち切れんばかりの
叫び声が溢れる。
番外個体が調整しているせいか、一方通行の叫びは途切れる所を知らなかった。本当に
じわじわと、長い時間を掛けて生命を削り取るつもりらしい。
飴玉を一気に噛み砕かず、溶けるまで舐め回すように。

打ち止めもその様子に御満悦そうな笑みを零した。まるで「いい気味だ」とでも言って
いるようにも見える。


「あぁァ………ぐ……ォオオおおおおァァァ!!!!!」


あまりの激痛に全身が麻痺して跳ね上がるも、いつの間にか食蜂の配下となった『妹達』
が一方通行の肢体を総勢で押さえつけているせいで、実刑を下している番外個体の妨害
には到らない。


520 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 23:06:31.57 HdMl5Hxn0 932/1089



身体は床に寝かされ、馬乗りになった番外個体が醜悪な顔のまま裁きの放電を流し続け、
意思とは関係なくジタバタと暴れてしまう手足を各個体が強く押さえている。
打ち止めは食蜂と共に上位個体らしく見物し、時折「フフフ……」と子供らしくない声
を発していた。

正に、集団リンチという名の『公開処刑』だった。

それも刑は、これ以上に無い適任者が行っている。
全くの部外者でもない食蜂にとって、このイベントこそがある意味最大の見所だった。
ゴミを捨てるも同然に殺していた実験道具に、最終的には殺される。
普段の日常ではまず見られない光景な上に、『学園都市最強』が堕ちる決定的な瞬間に
こうして立ち会えているのだ。
歴史上の事件に遭遇するほど貴重な体験と言ってもおかしくはない。これで感極まらず
にいろと命じる方が酷である。


「あははははははは!! なによそれぇ? 本気ぃぃ? 本気で命捨てようってのぉ!?
 その“玩具”に過ぎない子たちになら、それも構わないってワケぇぇえ!?」

「わかんないなぁぁ……ワケわかんねぇぇ!! どうやったらそんな新境地が切り開か
 れるってのよぉ!? 甘んじて罪を償います、ってかぁ!? んな武士みたいな潔さは
 ナニよ??? 人の手で勝手に生み出されて、社会的な地位すらも満足に与えられない
 ただの“玩具”に、一体どうやったらそこまで執着できんのよぉぉぉ!!??」

「誰だって自分の命が一番大切でしょ? アンタだって例外じゃないはずよぉ? あの
 『実験』の時だってそう、アンタが他人を想いやるような人種じゃないってコトぐらい、
 とっくに知ってるのよコッチはぁぁ!! あっはぁははははははははははは!!!」


521 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 23:09:52.48 HdMl5Hxn0 933/1089



「……ふふっ……まぁ、もう聴こえちゃいないだろうけどさ……。やっぱり驚きよねぇ。
 まさか本当に無抵抗を貫きやがるなんてさぁぁ……“学園都市最強の馬鹿”って称号の
 方がしっくりくるわね」


ギリギリまで粘っておいて、いざ自分の命が失われようとする時の人間がどんな行動に
出るのかを食蜂は知っている。知っているからこそ、一方通行の曲がり無き信念が本物
であった事に驚愕したし、戸惑いもした。

何より、理解ができなかった。
今までにここまで真っ直ぐな意思を持った人間が周りに居たかと問われれば、首を縦に
振れない。人間などはどれもこれも醜い欲望の塊で、自分に危険が及べば平気で他人を
見限ってしまうもの。なかには例外もいるが、そういった人間は逆に自分の強い願望を
表に出せずに四苦八苦し、結局周りに流されるままでしか生き残れないのだ。

一度決めた事を貫き通す。この難しさを食蜂は良く知っていた。
何しろ、これまで出会ってきた中で実行できそうな人間などは片手で収まる程度でしか
存在しなかったのだから。


「カッコつけてるだけの自己愛主義……。それが今じゃこのザマですかぁ? はははっ、
 笑えないジョークもいいトコだわねぇ。誰も寄せ付けない、寄せ付けたくない立位置を
 目指して落馬し、堕ちる所にまで堕ちた後に成長していく……。そして最後には全盛期
 以上の強さを取り戻す。……ふぁ~あ、つくづく欠伸が出る人生よねぇ。アンタって……」


見下すような否定論も、感電に悶え続ける一方通行には届いていない。食蜂もそれを承知
で喋っていた。
よく映画などを一人で視聴している際に意味も無く口走ってしまう独り言などと一緒だ。


522 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/11 23:10:48.04 HdMl5Hxn0 934/1089



調節された電磁量は一方通行だけを的確に痛め、各助手(妹達)に損害はみられない。
もっとも、彼女らも劣化版の模造品といえど『電気使い』の資質を持っている。
電気融合の要領で彼女たち自身も電磁波を発する事で避雷を可能としている節も生まれて
くるが、一方通行の絶望的な状況が好転する要素とは全く無関係だった。

このまま、意識を保ち続けたまま、身体じゅうを襲う痺れに苛まれたまま、最期を迎えて
しまうのか。

心のどこかで『それも悪くない。寧ろそれこそが本望であり本懐。そして今の自分に最も
適した断罪の手段ではないか』と、考えていたかもしれない。

意識外の願望だったが、今になって真実味が迫る。
これも『死』が目の前に近づいている予兆なのだろうか。
走馬灯みたいに、深層心理に宿る『本音』しか脳に浮かばない現象。
一方通行は正に今、その現象を体感しているのだろうか。
死ぬ間際の言葉で普段は絶対に言ってくれないようなセリフが多い理由とやらも、今なら
何となく分かる気がした。



541 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 20:58:50.51 AIUzUsmE0 935/1089



「……ッ……」


自ら死を敵に切願し、承諾されてから一体どれ程の時間が経ったか。

聴いていて耳を塞ぎたくなるほどの絶叫が突如収まり、とうとう一方通行の全身から防衛
反応が消えた。

脱力し、首をカクンと落とし、声も漏らさずに痙攣しながら電気を浴び続ける一方通行に
食蜂は興が殺がれたような顔を作る。

「あーあー、駄目じゃないのぉ。意識は残しておきなさいってばぁ。第一位の断末魔よ?
 わかってる? そこいらのゴロツキなんかと違って、一生に一度聴けるか聴けないかの
 旋律(ハーモニー)なんだからさぁ……。もうちょっとぐらい堪能させなさいよぉ」

“実行役”のメインを張る番外個体に不満を漏らし、無防備に電撃地帯へ足を伸ばす食蜂。
だが心配は無用だった。

「ハイハーイ、“私には間違っても当てないようにねぇ”。感電とか、静電気レベルでも
 願い下げよぉ」

バチバチと飛び交う紫電が、まるで意思を持っているかのように食蜂を避ける。
されども“中断命令”は下されていない。
尚も番外個体を中心とした“復讐クローンたち”の人誅は尚もまだ継続されていた。

だが、対象が気絶してしまったのでは面白くない。
そこで自らが出張ったのだ。


542 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 20:59:48.08 AIUzUsmE0 936/1089



能力で洗脳している“生人形”共に命令してもいいのだが、放電量の調整と兼用して操作
するよりはそっちの方が負担も少なくて済む。
複数を操るより各々に異なる“声”を伝える『同時命令』は勿論可能だが、これもこれで
結構面倒だったりするのだ。

「ほらぁ、起きなさいよぉ。もう御臨終ぅ? そんなあっさり逝かれちゃあ色々と困るん
 ですケドぉ~? 主に私の気分的に」

コツリ、と爪先で頭を小突く。

「うふふっ、格下だからって軽く見た結果がこれよ。よぉく分かったでしょう? アンタ
 は様々な困難を乗り越えて強くなったつもりらしいケド、私みたいな第三者からすれば
 “弱点が増えて難易度が下がった”ようなもの。自分以外に感情移入しちゃった時点で、
 アンタは私の敵にすらならないのよぉ。……って、聞いてるぅ? それとも、もう天に
 召されてたりぃ? あはははっ」

横を向いたままダラリと下がっている上、前髪に隠れているせいで目元は窺えない。
意識が落ちているのは見れば判る。だからこうして目を醒まさせに出向いた。
“気絶”という名の逃亡を阻止するために――――。

「やれやれ、参ったわぁ。こんな簡単に終わりを迎えるなんてねぇ……あー、つまんない。
 このまま起きなかったら達成感通り越して興醒め…………?」

と、丁度その時。

「……んん……?」

ふと、妙な違和感のようなものを探知した。
何か、自分の構成したストーリーに異変が起きている。
余裕そうな微笑みを崩して疑問点を模索する食蜂だったが、すぐにその正体を知った。


543 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:01:34.26 AIUzUsmE0 937/1089



「――ッ……!?」


半開きだった一方通行の口角が、斜めに吊り上がっている。
この状況で、匙加減で何時でも死をプレゼントできる状況で、



この男は、笑っている???



目と鼻の先にある奇異を直視した瞬間、食蜂は殆ど反射的にそこから飛び退いた。
再び距離をとり、不気味な物でも発見したような目線を一方通行に遣る。


(……なによぉ、ビックリさせちゃってぇ……。ひょっとして、アレ? 人って死ぬ前に
 至福の笑みを浮かべるとかって良く聞くケド……、そういうヤツ?)


まだ動悸の収まらない胸を押さえながらも自身を安心させようとする。
だがそんな縋る気持ちで用意した仮定も、あっさりと裏切られてしまう。
その事実に気づいたのは早かった。


544 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:03:40.31 AIUzUsmE0 938/1089



(な……!? え、ちょっ……なによコレ!? どういう……っ!?)


信じられない現実に直面した。
何かの間違いに決まっている、そう思いたい一心で電撃少女たちを凝視する。


『妹達』、そして番外個体を纏う紫電は収まっていない。
尚も夥しい電圧が仰向けで押さえられた一方通行を情け容赦なく虐げている、様にしか
見えなかった。


彼女達には現在、侮蔑と憎悪の感情を埋め込ませて一方通行を見下ろしている筈だ。


「はぁ……!? ちょっと…………」



その氷のような冷たい眼差しが、“何故自分に対して向けられている”???



伝達の変更は行っていないし、演算に支障はなく、『心理掌握』の代表的な能力である
『精神操作(マインドコントロール)』も間違いなく発動している筈だ。
たまらず手に持つ“リモコン”を眼前に翳し、修正を試みる。
手つきが自然と乱暴になり、心に忙しさが生まれ始めていた。


545 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:07:04.03 AIUzUsmE0 939/1089



「何やってんのよアンタたち……? その眼を向ける相手が違うでしょお!? まるで
 私がアンタたちの敵みたいな…………ちょっとぉぉ、やめなさいよぉぉ……。そんな眼で
 私を見てんじゃないわよぉぉおおおおおおおおお!!!!!」


誰も首を動かさず、食蜂をじっと睨んだまま一方通行に電気を送り続けている。
そんな不可解で不気味な光景に泰然自若が売りの自我は酷く混乱していた。
憤りが膨れ上がり、遂には“手駒”に向かって怒鳴り散らす始末である。


「何なのよコレぇ………一体全体、何がどうなってんのよぉぉぉ……何で私の意思に従わない
 ワケぇぇ!???」


一人呻くように呟く食蜂。その疑問符に答えを贈呈するように、為すがままだった“標的”が
斜め下に俯かせていた顔をグルリと上げた。


「っっ!?」


首を正面に戻し、今まで前髪に隠れていた一方通行の目元が露となる。
その瞳は全ての“負”を薙ぎ払うように紅く輝いていた。
先ほどまでの“心が抜け落ちた状態”が嘘みたいに――――。


――――嘘……?



546 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:08:56.26 AIUzUsmE0 940/1089



「まさか……そんな……」


食蜂の戦慄に満ちた声の直後、一方通行は静かな動作で首だけを起こした。
そのまま約数メートル前方で固まっている食蜂を見つめ、口端を僅かに上へ歪ませてから
告げた。



「オイ、もォいい。……いや、この場合はメガホンでも取って“カーット”っつった方が
 良いのか?」



「!!!??」



幽霊でも見たかのような表情を浮かべている食蜂を他所に、事態は緩み無しに進行する。
夥しく流れていた稲妻は消え、一方通行を拘束していた『妹達』がゆっくりと彼から手を
放す。

唖然、呆然としたまま直立不動の食蜂に真横から駄目押しの無邪気な声が飛ぶ。


「何だか状況が今ひとつ掴めてないんだけど、あなたの陰謀もこれまでなのだ!! って
 ミサカはミサカは悪役と思しきお姉さんにビシッと宣言してみたり!!」


「……は???」


547 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:10:38.56 AIUzUsmE0 941/1089



未だに何が起きているのか理解できず、目をパチクリさせるしかない。
そんな食蜂に同情するような視線が注がれた。主に一方通行から。


「……オイ、大事な場面をちゃっかり横取りしてンじゃねェよ。このクソガキが」

「えへへー♪ ってミサカはミサカはペロッと舌を出して可愛らしく装ってみたり」

「チッ……ハイハイ、そォだな。オマエにはやっぱそっちの方が似合ってンよ……」



「………………わけがわからないわ」



素でそう漏らすしかなかった。
このまま時間を掛けて一方通行を蹂躙し、最終的には殺す。
その結末しか頭になかったから。自身の能力を心の底から信用しきっていたから。

彼女が唯一信頼を寄せている『心理掌握』。

失敗などは在り得ないと確信していた。慢心でも驕りでもなく、これまでの過程で築き
上げてきた実績。『超能力者』という限られた人間しか立てない領域に到達した意地。
『自分だけの現実』に、一体何の弊害が生じたというのか?
食蜂はただ答えを求めた。
頭で考えても解らないし、この逆転した状況を素直に受け止められるわけもない。


548 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:12:00.43 AIUzUsmE0 942/1089



そんな食蜂を見て、一方通行は少しだけ逡巡した。
憐れむような表情で起き上がり、まずは身体に付いた汚れを弾き飛ばす。
すぐに敵対していた筈の『妹達』が一方通行を取り巻き、あたかも味方のように食蜂を
睨んでいる。

一番近くにいた番外個体が一方通行の袖を握って、不安げに寄り添う。その様子からも
判る通り、食蜂の『洗脳』は完全に解除されているようだ。

「アクセラレータ……」

「後でな」

説明を求めるよう目で訴える番外個体の肩にポンと手を乗せた。まるで、彼女が今抱え
ている不安を一抹も残さず取り除くように優しく。
それだけで、番外個体には充分伝わったらしい。一方通行の横顔に向けた微笑みがそれ
を立証していた。

「……不思議現象過ぎて何が何やら……。アンタたち、これは一体どういうつもりぃ?」


「どういうつもりも何も、ミサカ一同は“上位個体命令”に従ったまでです。
 とミサカ10032号は返答します。……っていうか、あんた誰?」

「ミサカの行動、思考、ネットワークの権限は上位個体、通称『最終信号』が握ってい
 ます。なので上位個体が反旗を翻せば、ミサカもそれに従事せざるを得ません。
 とミサカ10039号は懇切丁寧に解説します。……で、あなたはどこのどなた?」


549 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:13:40.10 AIUzUsmE0 943/1089



「あの……最終信号からの強制通信指令で、ミサカたちの意識も記憶も正直曖昧で……
 何がどうなっているのか上手く説明が……。
 とミサカ19090号は……うぅ」


「……チッ!」


要領が全く得られず、焦燥感だけが募った。
口々に喋り続ける妹達を尻目に、一方通行がうんざりした調子で口を開く。

「なァ、あンまりにも憐れだからよォ……せめて何処に穴があったかぐらいは教えて
 やろォか?」

「“アナ”、ですってぇぇ……?」

「あァ……小難しい話一切抜きの、な」

「……???」

「俺を虐げるのにオマエが番外個体を使ってくる事ぐらい、ハナから読めてンだよ」

「――!? な、なん……」

「番外個体を“俺に触らせた”のが一番の敗因だったなァ? 俺には『精神操作』なン
 ていうくだらねェ小細工は使用できねェが、他人の電気信号や血管、更には脳の働き
 まで触れただけで弄れるンだぜ? オマエの『洗脳』が俺には通じない理由の一つが
 それだ。“自分より強度の高い外部干渉”を阻害するってのは、流石に無理だったか?」


550 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:14:37.25 AIUzUsmE0 944/1089



「……ってコトは…………番外個体がアンタに触れた時点で!?」


「ま、そういうこと。気づいたら“あなた”が今にも自殺しそうな顔でミサカを見てた
 から、一瞬『悪い夢でも見てるのかな?』って思ったよ」


“操り人形”という呪縛から解放された番外個体は飄々と語る。
しかし、食蜂の中で不明点はまだ尽きない。


「嘘よ……確かにアンタが体内の異常信号をどうにかした所で、コッチには『最終信号』
 がいるのよぉ!? この子がミサカシリーズの指揮権を握ってる存在だってコトは調査
 済み……! 常に『上位命令』ってヤツを発信させていた……ッ!! なのにどうして
 番外個体の記憶回路は改竄されないのよ!? アンタから手を放した時点で『上位命令』
 が上書きされるはずでしょうがァァあああ!!」


ヒステリックな喚き声に鬱陶しさを感じたのか、耳を穿る一方通行。


「やれやれ、肝心な情報を入手できていなかったらしいなァ……。そンなオマエに正解
 をくれてやるよ。番外個体は“ある事情”の所為で電気信号を他のクローンと共有でき
 ない状態なンだよ。ネットワークの接続や情報のリークも一切不可能になっちまってる
 ってワケだ。つまり、クソガキからの『上位命令』なンて拾集できるはずがねェンだよ」


「な……なによそれぇ……。それじゃあ番外個体は“ミサカシリーズの孤立個体”って
 事!? でも、それっておかしいわよねぇ!? だったら最終信号や他の妹達の洗脳が
 解除されてるのはどういう理屈よぉぉ!! ええ!?」


551 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:16:35.49 AIUzUsmE0 945/1089



「番外個体が自我を取り戻してくれりゃあ、後は『電撃使い』としての連鎖反応を利用
 するだけでイイ。『欠陥電気《レディオノイズ》』の中でも、コイツは出力が他に比べて
 高いからなァ。態々ミサカネットワークなンざ介さなくても、自律神経に少し刺激を加え
 てやるだけで脳を正常にできる。隔離されたとはいえ、基本的な構造は同一されてるはず
 だからな……。ンで、その原理を用いてクソガキを正常に戻したらもォ説明は不要だろ?」


「……聞いてないわよぉぉ……。番外個体に、そんな特質があったなんてぇぇぇ……ッッ」


「まァ、調べる術があるとすりゃあオマエ自身がネットワーク内に介入するぐれェしか
 ねェわけだからァ? ンな落ち込むよォな事じゃねェよ。『神の目』でも持ってるわけ
 じゃあるめェし、完璧な情報収集なンて新参者のオマエにゃ荷が重すぎたンだ」


「ぐ……うぅ……全部……全部演技だったっていうのぉ……!? あの苦悶も、希望を捨
 てた眼も……何もかも……?」


「クソガキの信号が届いたのは執行の最中だったが、生憎俺の能力(ベクトル操作)は
 “触れてさえいれば”都合が付くンだよ。俺の身体に直接電流を流し込む処刑方を選ンだ
 のは失敗だったなァ。演技とすら呼べねェよォな三文芝居でも、オマエを欺くには充分だ
 ったみたいで安心したぜ。オマエ、内面を能力で探ることに慣れ過ぎた所為かは知らねェ
 が、外面から真意を見抜くことに関しては平均以下だな。あンなモンですンなり騙される
 とは思ってなかったからよォ、内心は相当ヒヤヒヤしてたンだぜェ?」


「ぎ……ぃ……!!」


唇を噛み、怒りの感情を包み隠そうともせずに眼光を放つ食蜂。
化けの皮などとっくに剥がれ、少女とはかけ離れた本性をむき出しのままに喚く。


「ふ……ふ……ッ――――」



552 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:17:40.71 AIUzUsmE0 946/1089






  「――――ふざけんじゃねえよゴミ共がァァあああああああああああ!!!!!」






553 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:19:33.69 AIUzUsmE0 947/1089



打算に長けた微笑みも、余裕に満ちた気品も何もない。
残っていたのは醜い本性だけだった。


「アンタら如きに私の書いた“シナリオ”が崩される、だぁぁ!? そんなの納得で
 きるかぁぁぁ!!」

「“如き”たァ大きく出るじゃねェか。オマエの目の前にいる俺は、本来オマエ程度
 じゃどォ足掻いたトコで遠く及ばねェ存在なンだぜ? 寧ろ善戦した方だと俺は思う
 けどなァ?」

「んな肩書き知ったこったないのよぉぉ!! たとえアンタが学園都市最強の能力者
 だろうと、優れた知性を兼ね揃えてようと、私の応用力にアンタの適応力が追いつか
 れるなんて事ぉ……あっちゃならねぇんだよおおおおお!!!」

プライドがズタズタにされた上に、予定通りの結末が訪れない。
こんな経験を今までに味わったことがない彼女の自制心は、既に崩壊の末路を歩み出し
ていた。
そして、先とはまるで逆の立場から一方通行は駄目押しを打つ。


「“爆弾をコイツらの体内に仕掛けた”とか抜かしてやがったが、ブラフだったンだな。
 そンなモンがあったら体外放電と同時に作動してるだろォし、身体に触れた時に異物は
 探知しなかった……。大方、オマエ自身に手を出させねェための予防線だったンだろォが――」


「――そォと判れば俺が躊躇する理由も、もォ見つからねェよなァ?」


ニヤリ、と白い悪魔が笑う。
攻撃的で獰猛で、視界に入れたものを全部食い尽くしてしまいそうな形相。


554 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:21:03.70 AIUzUsmE0 948/1089


「ひぃ……ッ!!」

その笑みに食蜂の顔が強張り、引き攣り、そして怯える。
自分の犯した行為がどれだけ愚鈍で無謀で自殺に等しい度合いだったか、気づかないほど
食蜂も馬鹿ではなかった。

すぐ前方に佇んでいるのは、紛れも無く“最強”。
“能力開発”を受けている学生、数は軽く見積もって二百万人以上。
その中で最上位に登録されている『化物』。

「うそ……い、いやよこんなのぉ…………いやぁぁ」

渾身の策が不発に終わった今、“たかが第五位”の食蜂操祈は途轍もない恐怖に足を竦ま
せることしかできない。

しかし、まだ……。

そんな絶対絶命といえる状況の中で、生き残れるための“希望”がまだ転がっていた。
逡巡している余裕もなく、食蜂はその“希望の藁”に手を伸ばし掴む。

それは彼女にとって、あまりに酷く惨めで、最低の手段であった。




「――――こ、来ないで!!」



555 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:24:19.82 AIUzUsmE0 949/1089



「ッ!?」


すぐ隣りに、本当にすぐ隣りに打ち止めがいたのは幸いだった。
食蜂は心底そう実感しながら、護身用に所持していた果物ナイフを鞄から素早く取り出し、
切っ先を幼い少女へ突きつけた。

「あう……、ってミサカはミサカは……」

「動くんじゃないわよぉ!? そんな小せぇ姿形(ナリ)の内から大流血体験したいのぉ?
 下手すりゃ急所に刺さって即死も有り得るのよぉ? ……ふふふ、ふふふふふふ」

「チッ……」

「こうなったらもう過程なんか拘ってらんないわね! 要はアンタがこいつら“人工生命”
 を救えるか救えないかで勝敗が決まるんでしょう? だったら最終的にこのガキだけでも
 始末すれば……アンタの負けってコトになるんじゃなぁぁい?」

狂った笑顔で一方通行を眺めながら、打ち止めの首元に刃を当てる。
まるで蛇に睨まれたように硬直した打ち止めの表情は、一瞬で恐怖に染まっていた。
しかし、そんな畏怖に包まれた顔すら今の食蜂にとっては生死を分ける“最後の希望”で
ある。

「第一位ぃぃ……。こんな未完成以前のガキでも、アンタにとっちゃ生命線なのよねぇ?
 さっさと私から引き離しとけば良かったものを……詰めを誤ったのはどぉやらアンタの方
 だったみたいねぇ!? ひゃはははははぁぁ!!」

「…………」

「こんな屈辱まで味合わせてくれてさぁ……簡単には死なせてやらないから、今から凍え
 た小動物みたいにガクガク震えて、私の機嫌を少しでも取り繕えるように精々最強の頭脳
 忙しく働かせるのねぇ!」


556 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:26:08.99 AIUzUsmE0 950/1089



「…………」

「……ふん、まさかの形勢逆転に状況が認識できないってトコかしら? あは、やっぱり
 アンタは“そいつら”と関係を持った段階で脆くなってたのよぉ! 嘗ては自分さえ守れ
 てりゃ敵なんて何処にもいなかった。自分以外に気を配る必要が無かった頃のアンタなら、
 “最強”の称号を保持できていたのにねぇ……」

「…………」

「それに比べて今のアンタときたら……無様な甘ちゃんに成り下がったモンよ。ガキ一匹
 人質に取っちまえば簡単に身動きを封じられる。……容易いなんてレベルじゃないわねぇ。
 ある意味じゃ良い方向へ成長したんだろうケド、そいつは“表の世界”でしか通用しない。
 こういう場面じゃ足枷にしかならないの。“情”だの“責任感”だの、んな面倒臭い事象
 は他人からすりゃ“優位に傾かせるための材料”でしかないのよぉ!!」

「…………はァ」

「ふふ、平然を装ってるつもり? 悪いケドそんな演技はお見通しよぉ。アンタの心拍数
 が尋常じゃないコトぐらい、わかってるんだからぁ。……現に、打開策を見出すのに必死
 で声も出せないくせに……ふふふ……。私の改竄力と頭の回転力ならどうとでも軌道修正
 できるんだから、いっそのこともう抵抗なんて止めて潔く死を受け入れちゃいなさいよぉ☆」



「…………イヤ、ここまで惨めだとよォ……流石に何て言葉ァ掛けてやりゃ良いのかすら
 も、分かンねェわ」



「な……ど、どういうコトよッッ!!?」




557 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:29:02.91 AIUzUsmE0 951/1089



「そのまンまの意味として受け取ってくれて、問題ねェよ」


「ッ……!!」


どこまでも、どこまでもこの男は自分の希望に沿ってくれない。
食蜂の眉間や鼻筋に更なる歪が生じる。
それは、思い通りに物事が進まなくて憤慨する人間の顔と非常に酷似していた。


「……私? 私が、惨め……だぁぁ!?!?」


「あァ、心から同情したくなっちまう。そンな強盗犯や誘拐犯が追い詰められた時にやる
 よォな……如何にも小者臭せェ道しか残されてねェオマエに、俺は何て言ってやれば良い?
 ドラマみたいに熱い説得で更生を訴える刑事さンでも演じてやりゃ良いのか?」


「アンタ……マジで状況が分かってないのかしらぁぁ? それともただの脅しだとでもぉ?
 私をそこいらの無能力者共(ゴミ)と同等に扱ってんじゃないわよぉコラ。……今すぐこの
 ガキの首、バッサリ切り落としてやろうかぁ? ん? ほらほらぁ!」


つんつん、と切っ先で打ち止めの首を突付くが、一方通行の憐れむような視線は消えない。
そのことが遂に食蜂の逆鱗に触れた。


「…………チッ、だからぁ…………んな眼でぇぇぇ――――」


「――――私を見てんじゃないってのよォォおおおおおおお!!! 馬鹿にしてるワケぇ!?
    アンタら私をナメすぎてんじゃないのぉ!? そりゃ表舞台じゃ第三位を目立たせて
    るケドねぇ! 実質、常盤台の裏を仕切ってんのは他でもないこの私なのよぉ!!」


558 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:31:21.28 AIUzUsmE0 952/1089



「丸くなった元最強や、ましてやアンタたち人形風情が楯突いて良い人間じゃないのよぉ!!
 私を誰だと思――――ッ!?」


激昂が途中で寸断された。
目をギュッと瞑った打ち止めへ振り下ろされた刃物は、右手ごとプラズマのような物質に撃ち
抜かれ、衝動でナイフを落とした食蜂はそのまま右手を押さえて悶絶し絶叫した。

「あ、あァァああああああああぁぁぁああああああああッッッ!!!!?」

ごろごろと地べたを這うように転がり、被雷した右手を大切な宝物を庇うように覆い、息荒く
激痛にもがく。その姿に哀憫だけでは足らず、庇護欲すらも抱いてしまいそうだった。

「電気の流れよりも速くクソガキを刺す……。可能か不可能かの区別もできねェ程、頭が回ら
 なくなっちまったらしいな。基本的な物理法則すらブッ飛ンでるなら、もォこれ以上は時間の
 無駄でしかねェ」

「ぐぅぅ……ぉ……あぁぁ!! 痛い……痛いぃぃぃ!!」

ひとしきりのた打ち回った後、よろよろと右手を左手で摩りながら立ち上がる食蜂。
高電圧を受けた右手を伝って全神経が麻痺しているのか、足下はおぼつかない。

「こ、のぉぉ……人為的に生み出された第三位の模造品がぁぁ!! 端金程度の価値しかない
 分際でぇ……この私に刃向かってんじゃないわよぉぉ!!!」

電撃を放った番外個体に凄まじい殺気を送る。
が、一方通行と番外個体はそんな食蜂を眼中に入れずに言葉を交わした。


559 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:32:41.53 AIUzUsmE0 953/1089

蜂を眼中に入れずに言葉を交わした。

「悪りィな、手間掛けさせてよォ」

「ミサカが出来る子だって、ようやく分かったでしょ?」

「あァ、見くびってたわ……。まるで俺の考えが全部読めてるみてェに動いてくれたおかげで、
 思ったより呆気ない幕切れになった」

「ふふーん、伊達にあなたのパートナー務めてないよ。ミサカの知能はそこまで高くないけど、
 こういう時、あなたならミサカにどうして欲しいかぐらいは察知できるし」

「……助かった。今回ばかりはな」

「一か八かの賭けだったの? おいおい、ちっとはミサカを信用しなって。あなたを苦しめる
 ヤツはミサカの敵でもあるんだから、下手を打つワケないじゃん。……ま、そういう事だから
 最終信号! いつまでもアタフタしてないでコッチに来いっての! また人質に取られたいの?」

「う、あわわわ! ってミサカはミサカは迅速にエスケープしつつアナタに駆け寄ってみたり!」

怒りで視野が狭くなった食蜂の横を掻い潜り、そのまま一方通行の胸へ飛び込む打ち止め。

「うわああん! 恐かったよー! ってミサカはミサカはアナタとまた無事に会えて嬉し泣き
 してみる! ぐすっ……」

「あァ……オマエまで巻き込ンじまって本当にすまなかった。だが、もォ大丈夫だ」

「うぅぅ……ひぐっ」

腕の中で泣きじゃくる打ち止めを一方通行は優しく撫で、番外個体に預けた。

「ガキを頼ンだ」

「あいよ」


560 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:33:44.25 AIUzUsmE0 954/1089



「ぐすっ……番外個体ぉぉ」

「あーもう、ほらほら、涙と鼻水拭いて。後はミサカたちのヒーローがやってくれるから、
 あなたは何も心配しなくていいの」


「……さァて、『心理掌握』」


母親のような番外個体と、事の成り行きを黙して見守る『妹達』を背にし、第一位と第五位は
対峙する。


「オマエの一人遊びもこれまでだ。……オマエは、手を出しちゃいけねェモンに手を出しちま
 った。いくら俺が前より優しくなったっつっても、許してやるわけにはいかねェ……」


「……ッ」


「あながち、オマエが言ってた事も間違いじゃねェな。確かに俺には両手で掬っても掬いきれ
 ねェ程の命を勝手に背負ってる……。そいつはオマエらからすりゃあ立派な弱点にしか見えねェ
 だろォよ。……だがな」


「……?」


「同時に、オマエらの命を奪いかねない“一番危険な爆弾”でもあるンだよ。つまり、相応の
 リスクは覚悟してから臨め、ってなァ!!」



561 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:34:48.13 AIUzUsmE0 955/1089



風を切るような轟音が倉庫内に響き渡り、身の危険を直感した食蜂は再び打ち止めを洗脳しよ
うと“演算補助機能付きリモコン”を手に持つ。
先程までとは違い、冷静な思考力を戻していた食蜂の行動は速い。

確かに速いのだが……。


「きゃ……ッ!!?」


相手はケタ外れの演算力と超能力を持つ一方通行だ。
当然、この機転も一方通行はあっさりと予測し、食蜂の左手を華奢な指で掴む。

左手の感覚が無くなった。
何を持っているのかも識別できない左手から、命綱とも呼べる器具が滑り落ちる。

カラン、と地面から乾いた金属音がした瞬間、すぐ目の前に一方通行の白い頭があった。
次に見えたのは、肉食動物が獲物を仕留める時に放つものと似た凶暴な眼差し。
紅く光った瞳が食蜂の背筋を凍りつかせ、戦慄を覚えさせる。


「少ォォし、悪戯が度を超えちまったなァ? 第五位」


「ひぃ……ぃ、や……いやァァああああああああああ!!!」


これが第一位の恐怖。これが学園都市最強と謳われる所以。
自分も同ランクに属する超能力者だというのに、それでもこの男とは圧倒的で理不尽な力の差が
設けられている。


562 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:37:49.32 AIUzUsmE0 956/1089



押せば自分も死ぬ。それを知っていながら面白半分でスイッチを押してしまった。
至近距離で一方通行を見据えながら抱いた感情は、『恐怖』と『後悔』だった。

だがしかし、気づく頃には全てが遅かった。何もかもが手遅れの段階だった。
引き返しも取り返しも不可。この先を辿る道は文字通りの『一方通行』。

これから食蜂操祈を待ち受ける運命は、『絶対の死』。
一方通行という怪物に無謀な挑戦を仕掛けてしまった。その愚行の代償である。

顔中からの至る箇所から液体を漏らす憐れな少女に、鉄槌が迫る。



「っつーワケで、悪戯好きなお嬢様に今から御仕置きだ。コッチもちっとばかし度を越えさせて
 もらうが、お互い様って事で我慢しやがれェェ!!」




563 : ◆jPpg5.obl6[sag... - 2011/11/17 21:40:54.61 AIUzUsmE0 957/1089




「グポ……ァ――ッッ!!!?」



グッと堅く握られた右の拳が視界一杯になった途端、グニャリと世界が歪んだ。
一息の間に高速で鼻から下の顔面に拳を打ち込まれた食蜂は、もの凄い勢いで水平に吹っ飛ばされ、
倉庫の隅で山積みになっていた木箱に背中から激突した。

ガラガラ!! と音を立てて崩れていく木箱の山。


「……ぐふっ……ぁ……ぁ……ッ」


その上で横たわったまま顔を鼻血と口内出血で真っ赤に染めた食蜂は痛みに呻き、ニ~三回痙攣し
た後ガクッと失神した。


「……まァ、やり方次第で番狂わせも可能っつう点については否定しねェけどよォ」


振り切った拳を納めて木片に沈んだ第五位を一瞥し、一方通行は後味の悪そうな表情で囁く。


「オマエの場合は最も洒落にならねェンだよ。これに懲りたら、無闇に人の内情を弄ぶ真似は今後
 控えやがれ。……このアバズレが」


そう残して背を向ける。
彼が歩く先には何よりも替え難い少女達が待っていた。



続きます。

記事をツイートする 記事をはてブする