「くすくす…久しぶりねぇ、真紅…」
「…ええ、久しぶりね、水銀燈」
「あいかわらず不細工な子……くすっ、『それ』があなたの新しいミーディアム?
情けなぁい…腰抜かしちゃってるみたいよぉ?あなたにお似合いねぇ」
「なにやってるのジュン。それでもあなたはこの真紅の下僕なのかしら。しっかり…」
「あ…あぁ…」
「…ジュン!いい加減に…」
「あはっはははっ!真紅!あなたのミーディアム、もう壊れちゃったみたい!さすがあなたのミーディア…」
「ああ…なんて…なんて…………
なんて綺麗なんだ…!」
元スレ
ジュン「水銀燈……なんて綺麗なんだ……!」
http://yutori.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1219076918/
ジュン「水銀燈……なんて綺麗なんだ……!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/part4vip/1219251289/
「………はぁ?」「………ジュン?」
「美しい…美しすぎる…!この世にこんな美が存在したのか!存在できたのか!
黒!くろ!!B L A C K ! ! !全ての色を包括し全ての色を体現する色の究極!
その究極に染められたドレス!まさに究極の美衣!羽衣!!
そう、羽衣!なにより翼!天使の象徴!それが黒!究極!究極の天使!!」
「ちょっと、ジュン」
「うわぁ究極だって!ただでさえ天使美しいのに!それが究極!究極の美天使!
それだけじゃない!銀!白の極致!究極の逆の極致!T H E S I L V E R ! ! !
銀の髪!究極の中で映える逆究極!いやもはや至高!?究極を越えた至高!
至高の美!至高の美天使!!うわもうなにこれ美なんて超越した!神!いや神すら凌駕して久しい!!!」
「…なにこの人間…」
「神じゃない!神なんてもんじゃない!じゃあなに!?なんて言えばいいの!?
言葉がないよ!この地上にこんな奇蹟の言葉はないよ!!
!!!!!ああ!!そうだ!!そうだよ!!奇蹟そのものの名前!!水銀燈!?水銀燈だよね!?
そうだ!!水銀燈だ!究極の至高!超越の凌駕!世界の奇蹟!水銀燈!!!!」
「そう…そうだよ……ふふ…は…うふふ…」
ジュンは陶然と自分の世界に浸り、うすらわらって天井を見上げたまま動かなくなった。
「…この人間頭おかしいんじゃなぁい?真紅、さすが貴女のマスターねぇ」
「…ホーリエはなんでこんなのを選んだのかしら」
「ふふっ…でも私の美しさを理解してはいるみたいねぇ
あなたには見向きもしてなかったんでしょう?可笑しぃぃ、やっぱり貴女はアリスには程遠いのよ。
まあ、こんなのに認められたくもないけどぉ…、貴女はこんなのにも認められなかったのよねぇ…
くすくす…恥ずかしいわぁ?」
「くっ…!」
「うふふ…気分がいいし、今夜はもういいわ…
じゃあねえ真紅。今度はnのフィールドで…きゃっ!?」
鏡の向こうに去ろうとする水銀燈の腕を、いつの間にか傍まで来ていたジュンが掴んでいた
「だっ駄目だ!奇蹟が!水銀燈が!!」
「なっ…!離しなさいっ!」
「い、行かないで!水銀燈!僕を置いてかないで!君を見てしまった!
君の美しさを知ってしまったんだ!もう君無しではいられない!」
振り払おうとする水銀燈に必死でしがみつきながら叫ぶジュンに、
水銀燈は恐怖の混じった嫌悪の表情を向ける
「このっ…!気持ち悪い!」
「駄目だ!行かないで!」
「きゃあっ!」
その瞬間ジュンはひきこもりとは思えない機敏な動きで、手近にあった布で水銀燈の両手を縛り上げた
「なんてことするのよぉ!死になさい!」
黒い羽根が、ジュンの肌を切り裂く。
「痛っ……はっ!?ぼ、僕は何を…」
黒い羽根の攻撃は止まない。
「イタっ!痛っ!痛い!…あ、でも皮膚が切れるぐらいでそれほど危なくはないな」
「なっ!?」
「紙で指を切るみたいなものか…」
「こ、このっ!」
「痛っ、あっ、アッ……これは新しい快感…」
「変態…!!?」
大きな鏡の置かれた物置に、黒い羽が舞う。
「水銀燈…綺麗だな…本当に奇蹟としか言いようがない…」
「いいかげんに放しなさい。さもないと…」
「綺麗だ…美しすぎる…水銀燈…」
捕われた美少女。
見下ろす男。
薄暗い物置。
誰もいない。
抵抗できない。
ふたりきり。
美少女、
男、
物置、
ふたりきり…!
「う…ぉ…あ…」
「な…なによ…」
侵食される。
思考が染められる。
体の一部に血が集まる。
「あ…あぁ・・!ダメだ!だめだ!汚すことに…っ!そんなこと!」
「ちょっと…なにを…」
(ちょっと…ちょっとくらいなら…)
(いやダメだ美を侵す気か)
(美を変化させないなら)(僕は汚い、汚れる)(美少女)(穢しちゃダメだ)(女の子)(だめだって…)
(女)(だ、だめだ…)(美少女)(だめ)(美少女)(だm(美少女美少女美少女美少女美少女美少女美少j
「……さ…さわるだけなら…」
「…!?なにするつもり…!?」
「…さわるだけ…さわるだけ…」
「……」
震えた手を、水銀燈の頬にあてる
「お…おぉ…」
「…っ、触るんじゃないわっ、気持ち悪い!」
片手で頬をなで、首やうなじに反対側の手をまわす
「やめなさい!人間ごときが!」
水銀燈が暴れ、黒いゴシックドレスのすそから白い細足が覗く
うなじをなでる一方で、そちらに手が向かう
わずかに覗くひざの部分に触れ、そしてドレスの内側へと、撫でるように移動させる
「やっ…!この…!」
「ぎゃっ!!!」
うなじをさわっていたほうの手首を噛まれた。
とっさに、彼女を拘束している布の余った部分で、彼女の口を覆い、そのまま縛る
「ん゛ーーー!!」
ふう、と一息つき、あらためて水銀燈と向き合う
(…服の下…裸…)
「……」
(美少女)
「見るだけ…見るだけ…」
水銀燈のドレスに手をかける
「ん…んーーーー!!」
上着のような黒いドレスを丁寧に脱がし、白い薄着だけの姿にする
すでにこの時点で、かなり卑猥な姿。欲情をそそった
「…さわるだけ…さわるだけ…」
薄着ごしに水銀燈の胸に触れる。
「ん゛ーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「柔らかい…」
それほど大きいものではないが、柔らかく張りのある膨らみから、両手が離れない
「ん゛っん゛ん゛ん゛っ!!!!」
ふたつの膨らみを優しくゆっくりと、手のひらで味わうように揉みしだく
「ん゛ん゛ん゛っ」
水銀燈はいやいやをするように暴れるが、まったく気にすることなく胸を揉み続ける
揉んでいるうちに、薄着の胸の先端部分に、小さな突起があらわれた。
「あ…乳首…人形も反応するんだ…」
「ん゛ん゛ん゛ん゛っ!!!」
胸を揉む動作のなかに、突起をさすったりつまんだりする愛撫を加える
執拗に弄り続けるうち、水銀燈のうめき声に、違う色が混じり始める
「んん………んっ……」
罵声を浴びせようとする「声」ではなく、抑えようとしてなお漏れ出る「反応」が、彼女の口から聞こえてくる
そのことに若干どころではない喜びを感じながら、水銀燈の胸を弄り続ける
ふと、水銀燈の様子がおかしいことに気付く
「…?」
なんだかもじもじしている。
両足をこすり合わせ、なにかかゆそうな、物欲しそうな。
「…あ…そっち?」
問いかけるが、水銀燈は怒ったように睨みつけてくる。声をだす気力はないのか、無言のまま。
わずかに、悩む。
(…さわるだけ…彼女もやって欲しいみたいだし…)
ゆっくりと、内腿からドレスの内側へ手を進めていく
「ん゛ん゛!!!」
久しぶりに、水銀燈が怒りの声をあげる
それにかまわず、ドレスをめくりあげながら、女性の秘所に触れる
清廉なシルクのショーツが、溢れた愛液にしとどに濡れていた
ショーツ越しに見えるワレメに指を添え、軽く優しくこする
「ん゛ん゛ん゛!!!!」
軽く触れられただけだというのに、水銀燈は体を弓なりにしてのけぞった
その素直な反応に愛しさを感じながら、何度も割れ目を指でこする
「ん゛ん゛っ!ん゛っ!ん゛ん゛ん゛!!ん゛ん゛!ん゛ん゛ん゛!」
水銀燈の反応は嬉しいが、びちゃびちゃのショーツに透けて見える大事な部分を、直に見たくなってきた
「ん゛…?」
愛撫の手が止まったことに、安堵したような、あるいは拍子抜けしたような表情で、水銀燈はジュンを見る
だが、ジュンがショーツに手をかけ、脱がしにかかったのに気付き、今度こそ悲鳴をあげる
「ん゛ーー!!ん゛ん゛!!!!」
だが何ができるわけでもなく、すんなりと最後の鎧は剥ぎ取られた
「わあ…やっぱり…すごく、綺麗だ」
「ん゛ん゛!ん゛ん゛!!」
「ここから出る愛液・・・どんな味かな…」
「ん゛ん゛!?」
毛などわずかにも生えていない少女の割れ目に口をつけ、なめる
「ん゛!!!!!!」
「おいしい…!ぴちゃぴちゃ…じゅるっじゅるるっ」
「ん゛ん!!ん゛ん゛ん゛ん!!!!!」
…ぴちゃぴちゃ…じゅる・・・ぴちゃ…じゅる…れろ…ぴちゃぴちゃぴちゃ…
…かれこれ、三時間ほど味わい続けただろうか
「ほんとうにおいしい…いくらなめてもまだ足りないや…」
一息ついて、三時間ぶりに立ち上がる
水銀燈は、もうどこを見ているかも分からない目で、天井を見ている
体はビクビクと痙攣し、弛緩した両足を放り出している
その姿は、どこまでも、卑猥で、淫靡で、そして美しい。
いくらかして、刺激がなくなったことに気付いたのか、水銀燈はぼやけた表情のままジュンを見る
そして、何か言おうとしたようだが、布に遮られ聞き取れない。
「ん?どうした?」
もう噛まれる心配もなさそうなので、口の布を取ってやる
「………ぃ……」
「え?」
「…せ、つなぃ…、………どうに、か・・・して……」
「…」
それは、つまり。
「…欲しい、の?」
水銀燈は、答えない。
「…うん、じゃあ、…いい、よね」
ズボンを、脱ぐ。カウパーで、先走りの精液で、パンツがぐちゃぐちゃだった。
その惨状にうわあ…となんとも言いがたい感覚になりながら、パンツも脱ぎ捨てる
せつなそうに待つ水銀燈の両足を掴み、ペニスを割れ目にあてがって…
真紅「・・・・・・・・」
「あああ!ああああぁぁっ!っあうぅぅ!」
美しく濡れそぼる水銀燈の割れ目に、ジュンのペニスがゆっくりと侵入していく。
「うあぁ!水銀燈!すごいよ!気持ちいい!ああ!あはは!なにこれ気持ちよすぎっ…!」
ジュンは初めての快感に、我を失い、水銀燈の小さな体を好き勝手に蹂躙する。
「ああぁんっ!あっ!あっ!やあああぁ!あぁああああぁ!!」
快楽とも恐怖ともとれない悲鳴が、幾度も部屋にこだまする。
「ははっ!はっ!あはははは!」
「あぅん!あああ!あああああぁ!」
その行為に、理性など欠片もない。
「気持ちいい!いいよ!うああ!こんなの初めてだ!」
「やあっ!あっ!んっ!あああっ!」
その言葉に、思い遣りなどわずかすらない。
「出る!ダメだ!射精るよ!射精ちゃう!」
「ぅああ!ああんん!!あっああぁ!」
ただ、一方的に。ひたすら、蹂躙する。
「うあああああ!」
「あああぁ!んぅっ!?あああぁやああぁっ…!」
「はあっ……はあっ……」
「…はっ…、…あっ…」
部屋に、静寂が戻る。
「はあっ…、はあっ…、…ふぅ」
「……んっ…」
「気持ち、よかったよ、水銀燈」
「………」
「…水銀燈?」
「………ひぅっ」
「…え?」
「ひぅっ、えぅっ、うぁ…」
「あ…」
「…汚れ、っ、ちゃった、ひぅっ、…おとうさまぁ…」
「…水、銀…燈」
「うぁぁぁぁぁっ、ぁぁぁぁぁぁん…」
「……」
水銀燈は、無言で、嗚咽を漏らしながら、ドレスを身につけていき、そして鏡の中に消えていった
「……」
水銀燈が消えていった鏡を見つめ、ジュンは立ち尽くす
そして
ドガアッ!!!
「っ!!!」
これまでに出したことのないような力で、自分の顔面を殴る。
「…僕は何をやっている…」
再び鏡を、鏡に映った己の姿を見る。
「奇蹟を、水銀燈を踏みにじり、汚し、あまつさえ涙まで流させるだと…
いや、涙する水銀燈も美しかったが…
いや違う!あれは違う!断じて違う!
あれでは駄目だ!水銀燈を、彼女自身を汚した上の美しさだ!
汚れてる!そんな美しさは汚れてる!許しようのない汚れだ!!
畜生が!僕自身が許せない!奇蹟を汚した桜田ジュンが!
僕ごときが『水銀燈』を汚してしまった!こんなくだらない僕ごときが!!!」
ドゴッ!!!
割れたメガネの破片が、拳にいくつも突き刺さる。
鉄錆のような味が、口の中に広がる。
「僕はなにをやっている…!!!」
「…これじゃ、駄目だ」
いくら自分を殴っても、失われた彼女の純潔は戻らない。
「何をするべきだ」
償わなくてはならない。そして彼女の美しさを取り戻さなくてはならない。
「僕に何が出来る」
何が出来るか、それを知るためにはまず、
「彼女のことを知らなければ…!」
水銀燈。ローゼンメイデン第一ドール。
ローゼンメイデンについて調べる。
人形師ローゼンが生み出した幻の傑作、ローゼンメイデンシリーズ。
人形師ローゼン。『お父様』とは彼のことか?
情報が足りない。ローゼンについての情報はあまりに少ない。
手詰まりか。インターネットで調べられることなどたかが知れている。
水銀燈のことを、まだ何もわかっていない。
「どうすればいい、どうすれば…ん?…何か忘れているような…」
真紅「なぜあんなのを選んだのホーリエ。私にはふさわしくないわホーリエ。
待ちなさい逃げるのではないわ泣き言を言っても許さないのよホーリエ」
とことん忘れられて不機嫌な『ご主人様』をなだめすかし、
ジュンはなんとかローゼンメイデンシリーズやアリスゲームの情報を手に入れることに成功した
「…つまり、ローゼンのドールはみんなアリスになることが目的なのか?」
「どうかしらね。この『真紅』はもちろんアリスになるために戦うけれど、他の子も全てそう、ではないかもしれないわ。」
「『翠星石』『蒼星石』はお互いを最も大切に思っている二人でひとつのドールであり、
『雛苺』は難しいことは考えない子よ。
『七番目』のことは知らないけれど、正直アリスになろうと必死な子はあまりいないわね。
…けれど、『水銀燈』はその、『必死な子』ね。
あの子は、特殊だから」
「特殊?」
「ローゼンメイデン第一ドール。最初のドール。
契約者から、強制的に力を引き出す能力を持つドール。
…そして、唯一の未完成のドール」
「未完成だって?あんな美しいのに?」
「…あなたの基準は知らないわ、この不誠実な下僕…。
…あの子はね、体の一部、お腹とか腰と言える部分が、つくられていないのよ」
「…そういえばなかったな」
ジュンは一度水銀燈を薄着に剥き、その全身を堪能している。
だが、その欠損はたいして気にしなかった。その理由は、
「…別になくてもいいように思うな。全体として美しいし」
それに比較対象もなかったというのもある。
ドールはそういうものなのか、とどこかで思ったのも確かだ。
「あなたが気にしなくても、あの子はそれをひどく気にしているの」
「お父様は自分をどうして不完全な状態にしたのか。
お父様は自分をどう思っているのか」
「それが分からなくて、不安で、怖いから、
あの子はアリスになって、お父様に愛して欲しいのよ。
そのためにも、完全になりたいと思っている」
「未完成な自分を、完璧な少女にしたいと、ね」
「…つまり、水銀燈の目的は、ローゼンに愛されること、そのためにアリスになる、つまり完全になること、か」
アリスゲームで勝つことが水銀燈の目的。それをサポートするのが自分の役割かもしれない。
「…いや、でも」
ローゼンはアリスを「完全な少女」と言ったらしい。
もし水銀燈が本当に『未完成』ならば、アリスゲームで勝ったとして、
水銀燈はアリスになれるのか?
ジュンからすれば水銀燈は完全無欠のアリスだが、ローゼン、そして水銀燈にとってそうであるとは限らない。
「…まず、水銀燈を完成させることが必要なのかもしれない」
朝起きたら、鞄がふたつに増えていた。
「…おい、呪い人形。なんだこのちっこいのは」
真紅の後ろに隠れているのは、結構可愛らしい、はじめて見るドール。
「雛苺よ。話したでしょう?ローゼンメイデンのドールの一人よ」
「だからなんでもう一体増えてるんだよ」
「私の下僕になったのよ。…アリスゲームが始まったの」
「!」
「雛苺、これがもうひとりの下僕よ。仲良くしなさい」
「・・・にゅ~、しらないひとなの・・・トモエがいいの~」
「ワガママ言うんじゃないのよ」
「きゃあっ!いたいのお!トモエ~!」
「この子はもう…」
姉妹喧嘩?を前にしながら、気になる単語があった。
「…巴?」
話を聞いてみると、どうやらこの幼女のミーディアムはジュンの幼なじみの柏葉巴だったらしい。
そういえば数日前彼女がジュンの家に来たと聞いた。
そのときジュンは近所の骨董屋や人形屋を訪ねてまわっていて、家に居なかったが。
真紅はその際に彼女がミーディアムであると当たりをつけていたらしい。
そして昨夜、柏葉家を急襲し、幼女をかどわかしてきたということだ。奴隷として。
「なんという人でなし…いや人形だから当然か?」
「ジュン、貴方なにか曲解しているような気がするわ」
かくしてドールは増えた。
(…真紅は絶対させてくれないから先送りしてたけど、この子なら…
いや、それは人として…だが手段を選ぶ権利が僕にあるとでも…)
あることでジュンが悩んでいたとき。
「うにゅーがたべたいの~!」
「あらあら、困っちゃったわねぇ」
「…なにやってんだ」
いつのまにか人形と打ち解けている姉ののりが、雛苺をあやしている。
「雛苺ちゃんが何も食べてくれないのぅ」
「うにゅーがいいの~!う~にゅ~う~!」
「あーん、、、うにゅーってなんなのぅ?わかんない、、、っは!絵に描いてみたらいいかしら!?
雛苺ちゃん?絵に描いてくれるかしらぁ?」
そして出来上がる物体。
「………これは何なのかしら雛苺」
「あらあらピカソに通じるものがあるわぁ雛苺ちゃん」
「びええええええええん!!!!!」
それを尻目に、
(…なんで分かっちゃうんだ僕…)
迷い、
(…ああ、しかたない)
外に出る。
一時間ほど後。
「おい、ちびっこ。さっき言ってたやつって……あ」
「…お邪魔してます」
久々に会う幼なじみの少女。学校の制服を見るのも久しぶりのこと。
「雛苺がこれを欲しがってるんじゃないかと思って…」
そう言って巴は皿に山積みにされたいちご大福を指さす。
「あ…やっぱりそうだったか。さすがにそれ以上はいらないかな…」
「…桜田君の持ってるそれ、もしかして」
「あぁ、うん、まあ…なんか泣いてたから。でも余計だったか…」
「…そう、でも、大丈夫よ」
「え?」
「うにゅーがいっぱーい!わあーい!」
「ほら、ね?」
「…結構食うんだな」
「にゅー!」
『うにゅー』を頬張りながら雛苺は笑む。
「ジュン大好きー!」
「ふふ…、良かった。桜田君なら、雛苺を預けても安心できる」
「柏葉?」
「ちょっと不安だったの。長い間、桜田君とは話してもなかったから。でも良かった。…変わってない」
「まあ、ひきこもってたしな…いや今も学校は行ってないけど」
不登校の理由は、以前とは違っている。
恐怖や恥が原因だった以前とは違い、今は大事な目的がある。
学校に行くことより遥かに優先される目的。
ふと、その為に考えていたことが、頭に浮かぶ。
「…柏葉」
「桜田君?」
「…話があるんだ」
声を潜め、切り出す。
「……何?」
「その、だな」
口を濁させる羞恥心とプライドを、振り払う。
「…雛苺を調べさせて欲しい」
「…雛苺を?調べるって、雛苺の、何を?」
「…身体とか。…いや、『とか』じゃないな。身体を。
雛苺の身体を調べさせて欲しい」
「なぜ?それにどうして私にそれを言うの?」
「僕は本人の理解を得て調べさせてもらおうと思ってる。でも、雛苺は子供だ。
簡単に騙せてしまうし、本当に理解してもらえるか、あやしいよ。
だから、まずあの子のことを本当に想ってる、保護者みたいな立場の柏葉に僕のしようとすることを伝えて、
そして柏葉から雛苺に是非をきいてほしい。僕が尋ねるより、そのほうが雛苺に正しく伝えられそうだ。
自分で話すと、どうしても自己擁護してしまうだろうし。雛苺を騙すことになるかもしれない」
「…なぜ、桜田君は雛苺を調べたいの?」
「…話すと長くなるし、真紅や雛苺がいると話がなかなか進まなそうだな…僕の部屋でいいかな」
「ええ。雛苺は食べるのに夢中だし、当分はここに置いておいてよさそうね」
にゅー、にゅー、にゅー!と楽しげに歌いながら頬張っている雛苺。
「…だな。じゃあ、こっちに」
「あら、ジュン。部屋に戻るの?私も…」
「あらあら真紅ちゃん駄目よう、大人のじかんよぅ」
なにか勘違いしたのりが真紅を捕獲しながら親指を立てて見送っているが、気にしないことにした。
ジュンは巴に、全てを話した。
水銀燈と出会い、魅了され、そして踏みにじってしまったこと。
それを償うと決意し、水銀燈をアリスとして完成させてあげたいと思っていること。
そのために、ローゼンメイデンを知り、ローゼンを理解しようとしていること。
「…その手段のひとつとして、ローゼンメイデンの雛苺を調べたいと思ってる」
「………」
巴はジュンの話を無表情に聞いていた。水銀燈を陵辱した話のときも、わずかに眉を寄せた程度で、何も言わなかった。
(…軽蔑されたよな。…されて当然だ。これはどこまでも、僕の自分勝手だからな)
話すことは全て話した。あとは、巴の言葉を待つだけだ。巴はずっと、ジュンの目を見ている。
そして巴は口を開く。
「……自分勝手だね」
「…っ……その、通りだよ」
直球の批判に一瞬怯むが、目は、そらさない。
巴が再び口を開く。次なる批判の言葉を覚悟する。だが、
「…だけど、前を見てるんだね」
「…え?」
巴の瞳は、優しかった。
「自分を責めて、でもそこでどどまらない。自分を嫌って、でもそこで何もしなくなったりしない。
奪ってしまって、踏みにじってしまって、でもそれを正当化しない。忘れたりもしない。
奪ってしまったから、踏みにじってしまったから、その子を幸せにしてあげようと考える。
自分勝手だと分かっているのに、自分を軽蔑しているのに、その子のために、嫌いな自分をやめない。
…うん、…優しいね。変わってない…ううん、昔より……」
巴は、どこか嬉しそうな苦笑を浮かべる。
「…柏葉?」
「…わかった」
「え?」
「…雛苺に話してみるね。あの子も優しいから、きっと分かってくれると思う」
「え?…ええ?いや、いいのか?こう、頼んでおいて言うのもなんだけど、
僕は、僕の自分勝手のために雛苺を裸に剥こうとしてるんだぞ?」
「…そうね。桜田君は自分の性欲を抑えきれず女の子を辱めたことを後悔して、
その後始末のために今度は小さな子供の裸が見たい、って言ってるのよね。…自分勝手とかそういう話じゃないような気もするわ」
「うぐっ………、で、でもそれが分かってるなら、なんで…」
「…もう起きてしまったことはどうしようもないわ。その子は傷ついてしまった。その傷はなかったことにはならない。
…だったら、癒してあげないといけない。あなたがそうしたいと思っているなら尚更。その子の幸福を、築かなくちゃいけない。
自分勝手な行動でも、それで悲しんでいる子が幸せになれるのなら、するべきだと思う。
雛苺の姉妹だもの、私だって、幸せになって欲しいと思うわ」
凛とした声で、瞳で、宣言する。
「…これは桜田君の自分勝手から始まったことだけれど、だからこそ、桜田君は償いきらなくちゃいけないと思う。
…私は、その手伝いをするわ」
「…あ、ありがとう…柏葉。じゃ、じゃあ、早速雛苺を…」
「…ねえ、桜田君」
「え?」
「…雛苺を調べるのはいいけど…桜田君って、その、女の子の身体のこと…知ってる、の?」
「…へ?」
「だ、だって…ローゼンのドールが、どういう特徴を持つのか、どういうつくりをしてるのか、とか、調べるんでしょ?
それだったら、人間の女の子の身体についても知らないと、どこが人間と違うのかとか、わからないと…思うんだけど…」
「そ、それはそうかもしれないけど」
確かに、最初に水銀燈の腹部の欠損に気付かなかったのも、ドールの本来の構造を知らなかったからだ。
ローゼンメイデンが普通の人形とどう違うのかは、一般的な人形を見ていけば分かるだろうが、
人間と比べてどうなのかは、実際に人間の少女を知らないとわからないだろう。
巴は目を伏せ、視線をさまよわせながら問いかけてくる。
「だから、その…、知って…るの?」
「い、いや…」
人見知りの引きこもり少年に経験があるわけがない。
以前居間で姉が『やん…だめ、私たち姉弟よジュン君…あっああんっ』とか一人でなにかをしていたのを見たことはあるが、
光の速さで部屋へ引き返したため何もなかった。というかあれは幻覚だ。きっとそうだ。
言いにくいことに口を濁していたところに、忘れようとしていたことを思い出し、
完全に無言になったジュンに、巴は追い討ちをかける。
「…水銀燈の話のとき…『そういう経験なかったし…』って言ってたよね…」
墓穴はすでに掘られていた。諦めざるを得ない。
「…ああ、うん、経験ないし、知らないよ……。でもこう、知りようがないっていうか、
僕みたいなのがどうやって知ればいいんだっていうか…」
「…だったら、その、」
「…私で、どうかな」
「………は?」
「…何回も言わせる気?」
「え、いや、ちょ、意味が」
「わからない?」
「わ、わからないっていうか、なんで」
「…私じゃ、…嫌?」
声に、わずかな悲しみが混じる。
「いやいやいやいや違嫌じゃなくていやいやいやだよ嫌じゃなくていやいや嫌じゃないよいやいやいあいあ」
「桜田君、…深呼吸」
「スー・・・はー・・・・・・」
「…いや、だからさ、柏葉はなんでそんなこと言うんだよ…こう、そんな感じで言っていいようなことじゃ…」
「…桜田くんの、手伝いをしたい、って…そう思ったから」
「手伝いにしてもさすがにそれは…」
「…いいよ、私は。」
一呼吸。
「私は、桜田君が好きだから」
「………………は?」
「…二番煎じ?」
「え、いや、ちょ、二番煎じにはしないけど」
「好きな人を手伝いたいって思うし、好きな人に触れて欲しいとも思うわ。
私にとってこの『手伝い』はなんの問題もないの」
「いや、え?な?ぇえ?」
「…あなたは今水銀燈のことを見ているようだけど、そんなこと関係ない。
それでもいい。私はあなたを支えるわ」
「い、いや、でも、なんで」
「これ以上の言葉は、蛇足だと思うわ」
ベッドに腰掛けた少女が、みつめてくる。
「………」
「………」
「…柏葉。…ありがとう」
少女を、抱き寄せる。
「…っん…」
「…柏葉は、こういうこと、経験あるか?」
「…ないわ。…キスだって、今のが初めてよ」
「じゃ、初めて同士だな……ん」
「…ちゅ………んっ……水銀燈のときはいれないの?…人形だから?」
「あのときは、一方的だったから。でも柏葉はさ、……ん」
「ん…?……くちゅ………ちゅぅ………ちゅっ……んちゅ……」
「ん…、…ちゅ…………ほら、柏葉は、…すごい求めてきてる」
「……嫌?」
「…うれしいよ」
「じゃあ、もっと……ん……」
こちらに強く抱きつきながら熱く甘えるように唇を貪ってくる巴が、とてつもなく可愛い。
舌で巴の甘えに応えながら、指先が緩やかな動きで巴の制服をはだけさせていく。
「ちゅぅ……ん…………あ…」
指先が、スポーツブラの内側に入り込み、少女の胸に触れる。
「…桜田君………その…ごめんなさい…」
「え?…何?」
「えっと…そ、の、…小さくて…」
なんかすごいきた。
「…可愛いよ、柏葉」
胸の先端に、指が行きつく。
「あ………っ、……桜田君に触れられるの、…嬉しい」
微笑みながら、再び甘い口付けをはじめる。
「ん……、柏葉、柔らかいな。それに、熱い…」
「…恥ずかしい……ん、ちゅ…」
さわさわと、優しく、胸の突起を愛でる。
「ん…」
「気持ちいい?柏葉」
「…ふふ、なんだか、くすぐったいわ」
巴は、うれしそうに笑う。
「ん…」
「ちゅ、……んん、…ふふっ」
互いの唇と舌、そして唾液を求め合い、お互いの体を確かめるように触りあう。
ジュンはいつもの私服で、巴はいつもの制服で、恋人のようにささやき合う。
唇を求めれば幸せそうに応え、胸を愛でればくすぐったそうに笑う巴。
どうしようもなく、可愛らしい。
「ん……なんだか、変な気分」
「どんな?」
「…幸せすぎて、溶けちゃいそう」
ふふっ、とまた、巴は幸せそうに笑う。
その表情をいとおしく思いながら、ジュンは巴の太ももに手を伸ばす。
「あ…」
「嫌?」
「…ううん」
どちらからともなく唇を触れあわせる。
巴と舌を絡ませながら、太ももを撫で上げるように、巴のスカートを上にずらしていく。
「ん…ちゅ…んん…」
巴の太ももを、愛でる。
「…ちゅう、…ん、…ちゅ、んぅっ」
巴の下着に、下着越しの大事なところに、触れる。
「ちゅ、…ちゅう、ん」
大事なところを、優しく、撫でる。
「ちゅう、ちゅっちゅっ…」
ゆっくりと、下着の中に手をいれ…
「……あ」
突然、巴は思い出したような声を上げる。
「え?…どうしたの?」
「えっと、その、待って…」
ジュンの腕を掴む。
目を伏せ、考えるように黙り込む。
「どうしたんだよ、柏葉」
「その、…忘れてたけど、
…これはあなたが女の子の体を知るためのものなのに、説明とか、してなかったね」
「え?」
巴は少し身体を離し、自らの秘部に触れる。
「えっと、ね。ここには、大陰唇とか、色んなものがあって…」
「柏葉」
「…何?」
「…確かに、僕は柏葉の身体のことを知りたい。僕の目的のために、柏葉を利用したい」
「…うん」
「でも、それは後でもできる」
「え?」
「これから、僕を手伝ってくれるんだろ?こういうことも、これ一回きりじゃ、ないだろ?
だったら、『そういうこと』はあとでいい。また今度でいい。今じゃなくていい。今は…」
離れていた少女を、
「柏葉の初めての今は、柏葉を幸せにしたい」
ふたたび、抱き寄せる。
「……もう…」
巴が苦笑する。
「本当に…優しいんだから」
目尻に溢れてきたものを隠すように、強く少年を抱きしめる。
再び、お互いの唇を、求め合う。
体を、求め合う。
巴の下着を脱がし、大事な部分に触れ、
「…すごい濡れてるね」
無言ではたかれた。
「いやごめん悪かった」
可愛らしい唇を吸いながら、
(…大丈夫だよ、な。これだけぬるぬるなら)
自分のモノを出し、巴の『そこ』に当てる。
巴の動きが一瞬止まるが、すぐにまたこちらの舌を求めてくる。
その目は、微笑んでいた。
挿れる。
抵抗はある。
が、押しのけた。
巴は一層、こちらを求めてくる。
少女の腕に込められた意思を感じながら、最後まで、貫く。
巴は、痛みを堪えるような、だがそれ以上に幸せそうな笑みで、受け入れた。
互いの唇をむさぼる音、
ジュンが腰を打ちつけ、巴がそれを受け止める音、
淫靡な音が、部屋に満ちる。
いつしか、打ちつける音はしなくなる。
唇をむさぼる音も、やむ。
「…ふふっ…」
「…ん」
軽く、唇をつけるだけの口付けの音が、した。
「…はぁ、部屋に入れないのだわ」
「真紅なにしてるのー?」
「こら静かになさい」
「…ジュン君…大人になったのね……あっ…」
部屋の前で盗み聞きしていた赤いのとでかいのを蹴っ飛ばし、
ちっこいのを巴に渡す。
「…じゃあ、頼んだ」
「うん。話しておくわ」
「なあに~?」
「雛苺にね、ちょっとお願いがあるの」
雛苺の説得を巴に任し、居間で時間を潰す。
ジュンのベッドでごろん、と穏やかに寝そべりながら雛苺を抱いている姿が、なんだか印象的だった。
そして。
(どうやら僕にロリ属性は無いらしい)
心中で安堵しながら、雛苺の体を撫でまわす。
「きゃはははっ!くすぐったいのー!」
「こら、裸で逃げ回るな」
「だってくすぐったいんだもんー」
説得は20秒程だったらしい。
彼女の姉でもある水銀燈を幸せにしようとしているジュンの、
手伝いをしてほしいと言われ、迷いもせずうなずいたという。
水銀燈を好いているわけではないけれど、幸せになってくれるならその方がいいと。
ジュンに裸を見せることにも、抵抗は無いようだ。
きゃっきゃと楽しそうに騒いでいる雛苺をあしらいながら、
雛苺というローゼンメイデン第六ドールを観察する。
最初に真紅を見たときにも、水銀燈を犯したときにも感じたが、
おそろしくリアルな、人の質感をもっている。
そのくせ、関節は極めて人形的な球体関節。
異常なアンバランス感。
「雛苺。口開けて」
「はいなのー」
唾液は出る。歯や舌はもちろん人形のものなのに、その機能は人間と変わらない。
「舌とか口の中、舐めるよ。口ふさぐから息は鼻でな」
「んむー」
…うん、人形とは思えない。
「…排泄器官はないのか?…食ったものはどこ行ってんだ」
「きゃははっジュンのえっちー」
「でも女性器はあるのな」
「うにゃう!?」
「きゃ、あう、や、へんなの、くす、ぐった?、い、の?や、だめ、なんかへんなの…!」
「そんでもって愛液はでるんだよな…」
「ふぇ!?なめ!?や、なんかうにょって!?うにょって!!」
「…ん。水銀燈とも柏葉とも味は違うな」
「まあこんな感じかな」
「腹部、か…。どうも胴体って感じじゃなくかなり大きい球体関節って感じだ」
「んにゃあ、ジュン、ジュン、へん、やあ、にゃう」
「関節なら、曲がるかどうかが要点なわけで、曲がりさえすれば必要ないのか?」
「ふぇ、うゃ、やぁ、ぁあっ」
「いや、第一ドールの水銀燈になくて、それ以降のドールに皆あるなら、やはり必要なのか」
「えぅっ、あぁぁっ、にゃぁあ!」
「桜田君。さっきから真面目な顔しながら雛苺のアソコをいじってるのはなぜ?」
「え?ああ、さっき止めたら続けたがったんだよ。しつこかったからとりあえずやってるんだけど」
「…そう」
「さて」
雛苺の観察は一通り終わった。
また必要になったら頼む、と言っておいたが、あのぐったりした雛苺に届いたかはわからない。
真紅はもう鞄の中でおやすみ中だし、のりは入室禁止にした。
雛苺はまたなにか物欲しそうにしていたが、「私があやすから」と巴が自宅に連れて行ったので今は居ない。
「浮かんだことのメモをしとこう。そして、これからどうするか、だけど…」
視界の端に空から飛来する鞄が映った。
鞄が窓をぶち破り、ガラスの破片を撒き散らしながら目の前を通過する
「んなあ!?」
どごうっ!
そして壁に突き刺さる
「な、な、なあ!?」
意味が分からない。
鞄は壁から抜け落ち、ごどん、と床に転がる。
「な、なんだ?これ、鞄?て、まさか…」
鞄はひとりでに開き、そして、
「いたい、ですぅ…」
鞄の中から、長い髪の、小さな少女が這い出てくる。
「…ふゅぅ…くらくらするです…」
それはどう見ても、『ローゼンメイデンシリーズ』のドール。
「真紅…そう、真紅です…真紅はどこで…」
目が合った。
「ひゃあああああああ!?人間んん!?真紅!たすけて真紅う!」
「なんだよいきなり!?」
怯え、助けを求めるように部屋を見渡し、真紅の鞄を見つける。
「真紅う!たすけてです!人間が襲ってくるです!」
「襲ってねえよ!?」
「やあ!?鳴いたですう!」
「『鳴いた』!?っておい!」
「…何かしら、騒々しいわね…」
鞄が開き、眠たげな真紅が頭を出す。
「真紅!真紅う!よかったです!会えたですぅ!」
「…翠星石?」
「どうしたの、翠星石。何をそんなにあわてているのかしら」
「人間が!人間が襲ってくるです!助けてです!」
ジュンから身を隠すように、真紅の背中に隠れる翠星石。
「…ジュン?貴方はこの子にまで手を出したの?ものには限度というものがあるんじゃないかしら」
「いや出してねえよ!」
とりあえず真紅の誤解を解き、翠星石を落ち着かせる。
「翠星石。これは私の下僕のジュンよ。あなたは襲わないらしいから安心なさい」
「…翠星石『は』襲わないってどういうことです?」
「前科があるのよ。でも今のところ一度だけだからきっと大丈夫だわ」
「安心できないです…ケダモノですぅ…」
「うぅ…」
反論できないのが痛い。
とりあえず落ち着いた翠星石に、あらためて話を聞く。
「で、お前は何しに来たんだ。窓突き破って」
「近づくなですケダモノが!ですぅ」
「……」
とりあえず落ち着いた翠星石に、あらためて話を聞く。真紅が。
「翠星石。用件はなんなのかしら。私に、用があるんでしょう」
翠星石はうつむく。
「…アリスゲーム、かしら」
慌てたように顔を上げる。
「ちがうです!翠星石はそんなことしたくないです!」
「そう、ね。貴女は、あまり乗り気ではなかったものね」
真紅は安堵にも見えるため息をつく。
「…それなら、貴女は、どんな用件で私のところに来たの?」
「……」
翠星石はまたうつむき、
そして、意を決したように顔を上げる。
「…真紅なら、人間を見る目があると思ったんです」
「…どういうこと?」
「マスターを、探しているです」
「…?貴女はゼンマイを巻かれたのでしょう。その人間は?」
「あいつはだめです!!」
翠星石の目に、怒りが宿る。
「…あいつは、ローゼンメイデンの力を、悪い事に使おうとしてるです。
人を、殺せ、って、言ったです」
「……」
真紅が眉を寄せる。
「…貴女の人工精霊が選んだ人間、ではないの?」
「……」
口をつぐむ。
黙ってしまった翠星石に、真紅は諦めるように息をつく。
「まあ、ローゼンメイデンを人殺しに使おうとする人間と、契約したくないのは分かるわ。
でも、別の契約者を探したいなら、人工精霊に頼ればいいのではないの?
貴女に合った人間を、選んでくれるでしょう」
「…翠星石のマスターなら、そうするです。…ううん。翠星石はマスターなんていらないです」
「…どういうこと?貴女のマスターを探してるわけではないのなら…」
何かに気付いたように、真紅は息を止めた。
「…貴女…」
「そう、です。翠星石が探してるのは、真紅に探して欲しいのは、」
翠星石は、自分が入っていた鞄をゆっくりと開く。
その中には。
「…この子のゼンマイを巻く、人間です」
短髪の、翠星石にそっくりなドールが、眠っていた。
「翠星石と蒼星石は、いつも一緒です。
双子の、大事な姉妹です。
…スィドリームは、翠星石の人工精霊は、いつも蒼星石のレンピカが選んだ人間のところに、
翠星石を連れて行くです。…スィドリームは人間を選ばないです。蒼星石についていくです。
だからずっと、二人は一緒で、
今度も二人で、一緒の人間のところに。
あいつは、まず翠星石のゼンマイを巻いたです。
それで、目覚めた翠星石に、言ったんです。
……『おまえたちの力で、殺して欲しい人間が居る』
…冗談じゃないです。
ドールは、『わたしたち』は、そんなことのために、力を持ってるわけじゃないです。
あんな人間と、契約なんてできるわけがないです。
だから、まだゼンマイの巻かれていない蒼星石を連れて、逃げ出してきたです」
「でも、このままじゃ蒼星石は眠ったままです。
誰かにゼンマイを巻いてもらわないと目覚めないです。
だけど、適当な人間にゼンマイを巻かせて、そいつが蒼星石のマスターになったりしたら。
そいつもあいつみたいにドールの力を悪用しようとしたら。
そんなのは嫌です。
蒼星石のマスターには、ちゃんとした人間がならないとだめなんです。
…でも、翠星石には人間の良し悪しなんて分からないです。スィドリームもそう。
レンピカはあいつをマスターにしたいみたいで、『次』なんて教えてくれないです。
だから、姉妹のなかで、一番人間を見る目がありそうな、真紅に探してもらおうと思ったんです」
「…それで、スィドリームに私の居場所を探させて、ここに来たってことね」
「はい。お願いです真紅!
ドールの力を正しく使うような、蒼星石にふさわしい人間を探してです!」
「そう、ね。確かに、ドールの力を悪用するような人間に、ゼンマイを巻かせたくはないわね」
「その通りですぅ!」
「でもね、翠星石」
「はい?」
「誰をマスターにするかは、蒼星石が選ぶべきではなくて?」
「…え?」
「ドールと契約者はお互いが唯一にして無二。
その大事な人選を、他人が決めるのはどうなのかしら」
「た、他人じゃないです!翠星石は蒼星石のお姉ちゃんです!」
「そうね。でも、蒼星石の意見も聞かずに、押し付けていいなんてことにはならないわ」
「で、でも…」
「なによりもまず、蒼星石を目覚めさせて、彼女の意見を聞くべきではないの?」
「う…で、でも!目覚めさせるには人間がゼンマイを巻かなきゃですし、
ゼンマイを巻くのは契約の始まりですぅ!
適当な人間に巻かせるわけにはいかないですぅ!」
「そうね。
けれど、契約のことなら、それは蒼星石の決めることよ。
それに、適当な人間はだめ、というのなら、そこに問題ないのがいるわ」
「…はい?ですぅ」
「ジュン。蒼星石のゼンマイを巻きなさい」
「…僕が?」
かなり長い間空気になっていたところに、いきなり話を向けられた。
「な、なに言ってるです真紅!こんなケダモノでちびでヘタレなんかに巻かせられるわけないですぅ!」
「おい緑人形表出ろ」
「確かに初めて会ったドールを襲うようなケダモノだし背は低いし情けない風貌だし頭も悪いけれど、」
「おい赤いの」
「でも、悪い人間ではないわ」
「そ、そんなはずないです!見るからにいろいろと悪い人間です!」
「あー…こいつ腹立つけど、それは置いとこう。
…真紅、なんか変なものでも食べたのか…?」
「あら、二人とも。私の目が信じられないの?」
「う…」
「…なんか変な感じなんだよ」
くすっ、と、真紅は穏やかに微笑む。
「いいから、蒼星石のゼンマイを巻きなさい。ジュン」
「…まあいいけど」
「うぅ…蒼星石ぃ…」
ゼンマイを巻く。
蒼星石というドールは宙に浮かびあがり、そして目覚める。
「ん…」
目が合った。
「…はじめまして。ローゼンメイデン第四ドール、蒼星石です」
「おお…」
これまでにない丁寧で静かなファーストコンタクトに、ちょっと感動すr
「蒼星石いいいいいい!!!!!!!」
突き飛ばされた。
「翠星石。やあ、おはよう…あれ?真紅もいるんだ」
「ええ。久しぶりね、蒼星石」
とりあえず、蒼星石に事態の説明をする。
翠星石の説明を聞くごとに蒼星石が困ったように眉を寄せていき、
それを見て慌てた翠星石が持論を展開しさらに蒼星石が困る。
(ずいぶん出来た妹だ。全然似てないな)
口には出さずに感想を述べる。
「僕は…本来の契約者と契約するべきじゃないかと思うよ」
事態を理解した蒼星石は言う。
「だめですぅ!…蒼星石は人殺しをしたいんですか?」
「そんなことはないけど…、でも、レンピカが選んだんだ。何かがあるんだよ、きっと」
「レンピカだってたまには間違えるです!今度のはその間違いです!」
「うーん…」
双子のやり取りを見ながら、
(…どうしようか)
悩む。
だが、それもわずかな間だけ。
(水銀燈)
感情が、ためらいを振り払う。
(水銀燈のために)
想いが、口を開かせる。言わなければ始まらない。
「なあ。二人とも。頼みがあるんだが」
真紅は、その横顔を、見つめている。
「はい、なんですか?」
「なんですぅ?」
「僕は、水銀燈を幸せにしたい」
「…え?」
「…はぁ?ですぅ」
「水銀燈は、ローゼンに愛されたがってる。
そのために、アリスになろうとしてる。
僕は、その手伝いがしたい。
そのために、僕は、ローゼンのことや、ローゼンメイデンのことを知ろうと思ってる。
それに、協力してくれないか」
「…何言ってるです。なんでお前や水銀燈のためにそんなこと…」
「…ジュン、くん」
「…蒼星石?」
「なに?蒼星石」
「ジュン君はなぜ、水銀燈を幸せにしたいんですか?」
真剣な顔で、聞いてくる。
一瞬すら迷わなかった。
「水銀燈が、好きだからだよ」
「ま、マジですぅ!?に、人形にマジボレしたですか!?」
全力でひく翠星石。
その一方。
「…なるほど。やっぱり真紅は人を見る目があるね」
蒼星石はなんだか嬉しそうだ。
「当たり前でしょう。私の下僕よ。…悪くないでしょう?」
「うん。ドールを、幸せにしようなんて…ふふっ、悪くないね」
「そ、蒼星石?何言ってるです?」
「分かったよ、協力する、ジュン君。……ううん、マスター」
蒼星石が錯乱したですぅ!ちび人間死ねえ!と暴れる翠星石を真紅が押さえつけ、
蒼星石との契約を始める。
「…誓ってください。この指輪に。僕と共に在り続けると」
「…ああ。誓おう」
「…そして僕も誓います。僕のローザミスティカが尽きるまで、貴方の力であり続けると」
指輪に、口付けをする。
「うわああああん蒼星石いいいい!!!」
「静かにするのだわ翠星石」
「でかくなるんだな、指輪って」
倍近く大きくなった指輪を見る。
「そうね。貴方の指輪は契約の証だから、二人と契約したら二つの契約を表すのでしょうね。
これまで複数の契約なんて見たことなかったけれど、そのまま倍の大きさになるのね」
「マスター…体は大丈夫ですか?力の消費も倍になると思うんですけど…」
「ああ、今のところ大丈夫だよ。心配しなくていい…ありがとな、蒼星石」
「いいえ。体には、気をつけてくださいね」
「…ジュン。紅茶を入れて頂戴」
「なんだよいきなり」
「真紅、紅茶が飲みたいの?茶葉の場所とかを教えてもらえたら僕がいれるよ」
「蒼星石はいいのだわ。ジュン。さっさとなさい」
「はいはい…」
ジュンが紅茶をいれに行っている間。
「翠星石は認めないですぅ!正気に戻るです蒼星石!」
「翠星石。落ち着くんだ。まず深呼吸から…」
「こんちくしょうですぅ!あんなケダモノ蒼星石にふさわしくないですぅ!
純粋な蒼星石をたぶらかしやがってですぅぅ!!」
「…翠星石。マスターへの侮辱は許さないよ」
「うああ!蒼星石が怒ったですぅ!
…うぅ…全部あのケダモノが悪いんですぅ…」
「…それで、本題なんだけど」
いじけて鞄に引きこもりふて寝してしまった翠星石と、また眠りに戻った真紅は置いておき、
「はい、マスター」
蒼星石のことを知ることにした。
蒼星石の能力やローゼンメイデンについて知っていることを聞く。
「庭師の鋏、か」
「はい。『切る』事、『取り除く』事に特化しています。
…とても、攻撃的な力です」
「羽、花びら、いばら、と来て、鋏か。確かに、攻撃力が高そうだ。
翠星石は、ジョウロ、なんだよな」
「はい。僕の『庭師の鋏』の対である、『庭師の如雨露』が、彼女の力です」
「対、か。でもなんか如雨露って大したことなさそうだけど」
「いいえ、翠星石の力はすごいです。僕の鋏なんか、話になりません。
…僕たちは対だから、同等の力のはずなんですけどね」
「へえ…見てみたいな」
「あ、翠星石の力は彼女に頼まないと見られないですけど、僕の鋏なら見せられますよ。
…失礼します」
そう言って、蒼星石はジュンの頬に触れる。
「レンピカ。開いて」
急に、眠気に襲われる。
「…ここ、は…?」
「貴方の夢の中です、マスター。ここでなら、僕の力を見せられます」
奇妙な風景。
ところどころに廃墟のある荒野のように見えるが、砂や岩の下から瑞々しい緑が突き出ている。
現実ではありえない、異常な光景。
「…マスターは、変わったんですね。それも、つい最近」
「え?」
「夢の世界を見れば、その人の心が分かります。
マスターがずっと、停滞していたことも。
そして、また歩き出したということも」
嬉しそうに蒼星石は笑うが、どうも気恥ずかしい。
「いや…頼むからそんな楽しそうに分析しないでくれ」
「ごめんなさい。でも、マスターがいい人だって、あらためてわかって、嬉しいんです」
そして蒼星石は上、空を見る。
「そして、マスターがどれほど水銀燈のことを想っているのかもわかって、
…ちょっと水銀燈が羨ましい」
「え…」
空を見る。
その空の色。
美しい黒天と、まぶしいほどの銀の月が、世界を照らしている。
「ここです。マスター」
蒼星石が案内したのは、荒野の奥、小さな森の中央。
「これが、貴方の心の樹です」
そこには、小さな、大きめの草ぐらいの、小さな樹があった。
「たくさんの草に邪魔されてたみたいですね。でも…ふふっ、もうほとんど自力で引きちぎっちゃてますね。
僕の出番はあまりなかったかな?」
「どういうことだ?」
「心の樹は、いろんなものに成長を妨げられるんです。それは自分の迷いだったり、恐れだったりします。
それの表れが、この樹の周りに生えてる草です。
僕の力は、この草を切りはらって、その人の本来の成長を促すことが出来るんです…切りますね」
いつのまにか蒼星石の手には大きな鋏。
さくん、と。
樹に絡み付いていた数本の草を、なんでもないようなしぐさで切る。
「あ…れ…?」
「どうですか、マスター?」
「いや…なんか、よくわかんないけど…、なんだかさっぱりした気分だ」
「ふふ、これが、庭師の鋏です」
「…ああ、なんか、なんていうか、…すごいな」
素直な感想が、口からこぼれた。
「ありがとな、蒼星石。おかげでなんか、もっと迷わずにいけそうだ」
「いいえ、僕なんかが力になれるなら、いくらでも」
蒼星石は微笑む。
「……」
きっと今から僕の口から出る言葉は、その微笑を崩すだろう。
けれど。
今はやけに、迷いがない。
「マスター?」
「蒼星石」
「はい」
「軽蔑されるのを分かった上で言う」
「え?」
「お前の体を、見せてもらえないか」
「え?……え?」
「お前の体を、見せてほしい」
「ま、ますたー?からだって、え?」
「体は、体だよ。蒼星石の、体」
「え?え?えぇ!?つ、つつつ、つまり!?」
「裸が見たい」
「すごいストレート!?」
「僕は、ローゼンメイデンのことを知りたいんだ。
それは、構造とかも含めて、だ。
だから、蒼星石。
僕は、お前の体が知りたい」
「う、うう…でも、そんな…からだって、うわあっ」
蒼星石の顔は、すでに真っ赤だ。
「無理やり、なんてことはしない。
だけど、できるなら、協力してほしい。
…頼む」
ジュンの真面目な態度に、蒼星石も少し落ち着きを取り戻す。
「…ローゼンメイデンを、知るために?」
「ああ」
「…水銀燈を幸せにするために?」
「ああ!」
「……」
「頼む、蒼星石。このとおりだ」
「や、やめてよマスター!そんな、頭下げられたりしたら…っ」
「頼む」
「ああ…うう…」
「蒼星石」
「………その、………………………………はい」
「…いい、のか」
「…はい、ええと、お、おねがいします」
「…恥ずかしいから、後ろ向いててください」
言って、その身に着けているものを脱いでいく。
背中を向けていても、衣擦れの音だけは聞こえてくる。
(これはこれでなんかエロいな…)
そんなことを考えながら待つ。
「…いいですよ、マスター」
許可を得たので、振り向く。
「…下着も靴も全部脱いだのか」
「え!?だ、だってマスターが、その、裸を見たいって…」
恥ずかしがって下着ぐらいは残すかと思っていたが、本当に素直だ。
「いや、それでいいよ、蒼星石。あとその両手をどけてくれるともっといい」
「うう……だって恥ずかしいよ…」
「…うん、やっぱり基本構造は同じなんだよな」
雛苺との違いはパーツの尺が違うというだけで、構造は同じようだ。
「関節の具合を見るか…蒼星石、バンザイして」
「はい…」
「ん?首は結構違うな。ちょっと頭右に傾けて」
「はい…」
「今度は左に」
「はい…」
「ちょっと上向いて」
「あ、はい…」
「…なあ蒼星石」
「…え、あ、はい」
「そんな表情されるとこっちもなんか恥ずかしくなる」
「だ、だって…」
「胸、触るよ」
「はははははははははははいっ!」
ふにゅ。
「……っ!」
やっぱり女の子だ。柔らかい。
さわさわ。
「…っ!…っ!」
「やっぱり他のところとは感覚が違うのか?」
「は、はい。腕とかとは全然ぁんっ」
咄嗟に口を押さえる蒼星石。
「…マスター。話してるときにさわらないでください」
「嫌か?ごめん」
「あ、う、嫌とかじゃなくて、その」
「ここ、触るよ」
「………(こくん)」
さわっ
「…っ(びくんっ)」
こすこす
「っ(びく)!っ(びくん)!っっ(びくびくっ)!」
「…愛液が出てきた」
「…言葉に出さないでください」
「蒼星石。舐めるよ」
「え…え?な、なめるんですか!?」
「嫌か?」
「え、えっと…いえ、その、それはなめるものなんですか?」
「そうだぞ?」
「そ、そうなんですか…な、なら、どうぞ」
「よし」
「~~~~~~っ!!!!!」
「…ん。これぐらいかな」
うつ伏せで顔を隠している蒼星石の頭を撫でる。
「はっ…はっ…はぁ……、お、終わりですか、マスター」
「ああ。ありがとうな。蒼星石」
「はい、いえ、僕で力になれるなら、いつでも…」
夢の世界から戻る。
まだ夜は明けていない。
「あ。そういえば、僕の鞄がない」
「あ、そうか、翠星石の鞄に入ってたんだっけ」
「えっと、どうしよう、寝られない」
「え?じゃあ、僕のベッドで寝ろよ。蒼星石ぐらいなら、一緒に寝ても狭くない」
「あ、その、いいんですか?…じゃあ、お言葉に甘えて」
……
エロい夢を見た。
と思う。
蒼星石の体を調べたのには下心などなかったが、
あの状況で欲情しないほど男として終わってはいなかったのだろう。
それを夢で発散したのだ。
つまり。
夢精した。
………
「……あれ?」
ねばねば感やグチョグチョ感がない。
「いや、…あれ?」
いや、確実にやってしまったと思うのだが。ちょっとカピカピしてるし。
「…んん?」
首をひねっていると、
「あ、おはようございます。マスター」
「あ、ああ、おはよう、蒼星石」
「どうかしました?」
「いや、ええと…」
ジュンの視線の先を見て、蒼星石は、恥ずかしそうに笑う。
「あ、すいません、僕がしておきました」
「え?」
「マスターが苦しそうだったから、どうしたのかな、って思って。
そしたらマスター、その、アソコから、出してたので…」
はにかむ。
「舐めておきました。…そういうものですよね?」
「ただいまなのー!」
朝から騒がしい。
「おはよう、桜田君」
「よう、柏葉」
昨日雛苺を連れ帰っていた巴が、朝から家に来ていた。
「今日は休日だもの。あなたと一緒に居られるわ」
「…ああ、ありがとな」
「あー!翠星石と蒼星石なのー!なんでジュンのおうちにいるのー?」
「お馬鹿の雛苺です!なんでお前がここにいるですか!?」
「ヒナはおばかじゃないのー!」
「雛苺もこの家に住んでたのかい?でも、誰かと契約はしていないようだし、どういうこと?」
「雛苺はこの真紅の下僕になったのだわ。…アリスゲームから、棄権して、ね」
「…そう、なんだ。でも、なんで昨日は居なかったんだい?」
「そうね、昨日は…」
「うふふ、ヒナはねー、きのーは、トモエといっぱいあそんだのよー。うふふ・・・」
「蒼星石とも契約できたし、今日はローゼンメイデンの力について、もっと調べようと思う」
左手にある巨大な指輪を見る。
「ドールは、契約者の力を使って、能力を強化できるんだろ?でも僕はそれを、まだ見たことがない。
だから、それを実際にやってみようと思うんだけど」
「そうね、最初に契約したときに力は使ったけれど、僅かなものだったしね」
「ああ、僕は真紅の力も雛苺の力も、あと翠星石の力も、
話に聞いてるだけで実際ほとんど見たことないからな」
「あら、蒼星石の力は知っているのね」
「あ…うん、僕は昨日見せたんだ」
ちょっと顔が赤くなってる。何かを思い出したようだ。
「…そう」
真紅は蒼星石の表情で、昨夜何があったのか、察したようだ。
「そ、蒼星石いつの間に!?おのれ、翠星石の目から逃れてこそこそしやがってですちび人間!」
「お前は勝手に寝たんだろ」
「それでさ、nのフィールドってとこにも行ってみたい。そこでなら、ドールの力も存分に使えるんだろ?」
「あ、そうか。マスターはnのフィールドに入ったことがないんですね」
「ああ。どういうものか見たいし、それに…、ことあるごとに自分の夢の中に入るのもなんていうか気恥ずかしい」
「そう?私はジュンの夢の中を見てみたいわ。悪い世界ではないのでしょう?」
「夢の中に入るの?…私も桜田君の夢って、興味あるな」
「ふん、です!どうせちび人間にふさわしいしみったれた世界ですぅ!見せてみるです!」
「みんな行くのー?だったらヒナもいくー!」
「行かないって」
何を満場一致してんだお前ら。
「僕の夢を見るのなんて、蒼星石だけで充分だ」
「…はい、マスター」
何を照れてるんだ蒼星石。
物置の鏡から、nのフィールドへ。
「…ふぅん?なんだここ。よく分からないところだな」
「雲と、霧、かしら?足元まで雲でできてるみたい」
「そうね。どこかに行こうとしたわけじゃないから、ただの『場所』に来たのね。
世界を形づくる心や思いが、ほとんどないところだわ」
「心や、思い?」
「ええ。世界は人の心によって彩られるの。nのフィールドは『夢の狭間』。
人の心や思いで形づくられる、人の夢から溢れた場所。
幾億の形を持つ、そしてただ一つの『世界』。
ここは誰の夢にも近くない、誰にも彩られていない世界ね」
「へえ。……よし、とりあえずここで力を試そう」
真紅の花弁。雛苺の蔓。蒼星石の鋏。そして、
「どりゃあですぅ!」
「ぐほぅ!」
足元からいきなり生えてきた巨大な蔦に、吹っ飛ばされた。
「桜田君!?」
「マスター!?大丈夫ですか!?」
「はっはっはです!翠星石の如雨露の力、とくと味わいやがれですぅ!」
「のごぅ!?ごはっ!」
翠星石の如雨露。能力は『育てる』ことらしい。
「ごめんなさいですぅ……うぅ……」
「分かればいいのよ、翠星石ちゃん」
「もうあんなことしちゃ駄目だよ、翠星石」
翠星石は正座したまま小声でつぶやく。
「…ちくしょうです……蒼星石はともかくこの人間恐ろしいです……夜叉ですぅ…」
「何か言ったかしら?翠星石ちゃん」
「ひぃっ!なっなんでもないですごめんなさいぃ!」
「…柏葉の意外な一面を見たな」
「…トモエ怖かったのー…」
「…恋する乙女は強いものなのだわ」
nのフィールドでいろいろと試して、現実世界に戻った。
「ふぅ…なるほど、かなり疲れるな」
「三人分の力だもの。ジュンは大丈夫そうだけれど、人によっては倒れてもおかしくないわ」
「そこらへんの加減も知らないとだな……ん?」
ふと、翠星石のドレスが目に付く。
「そういえば翠星石、ドレスがぼろぼろになってるな」
「うっ…、これはあの女が…」
「何かしら?」
「うわあ!ごめんなさいですぅ!」
「翠星石…マスターを攻撃する君が悪いんだ。…でも、これはたしかにちょっと…」
「…翠星石、ちょっとドレス貸せ」
「な!?ついにケダモノが翠星石に狙いを定めたですぅ!」
「違うわアホ」
「桜田君?ドレスをどうするの?」
「直してやるよ。これじゃみっともないだろ」
「すごい…わ、ジュン…。…すごい」
「…マスター。素晴らしいです」
繕い直した翠星石のドレスを見て、感嘆の声があがる。
「…そんな大したことじゃないだろ。ほつれとかを直しただけだ」
「そんなものじゃないでしょう。これはお父様の仕立てたドレスよ。
大したことのない人間が手を入れて、こんなに自然に仕上がるはずがないでしょう」
「そうです。…なんだかお父様が繕いをしてるような気がしました」
「…大げさな」
「…でも、本当に上手いのね、桜田君。驚いたわ」
「…昔、すこしやってたんだよ」
「…ちょっと、見とれちゃった」
なんだか悔しそうな顔をしている翠星石にドレスを向ける。
「ほら」
「うううう……」
「どうしたんだよ。…どっか不満か?気になるところがあるなら言ってくれ」
「うううううう…!」
ばっ、と、翠星石はドレスを奪いとる。
「ふんだ!ですぅ!受け取ってやるからありがたく思いやがれですぅ!」
「いや、お前な…」
「ちょっとぐらい上手いからって調子に乗るなです!お父様はもっと上手いですぅ!」
やはりなにか悔しそうにまくし立て、飛び出していく。
が、扉のところでふと、止まって、
「………いちおう礼は言ってやらなくもないですぅ!」
走り去った。
「…なんだあいつは」
横で、真紅と蒼星石がため息をついた。
「…ああ、しまった。もうすぐ時間だ」
「どうしたの?桜田君」
「いや、この前骨董屋とか人形屋とか巡ってたときに、すごい人形師を紹介してくれる、って人に会ったんだ。
その日はもう夜だから、って会わせてくれなかったんだけど、今日会わせてくれるって約束してくれたんだ」
「人形師?…あ、ローゼンメイデンのことを知るため?」
「ああ。やっぱり、ローゼンを知るためには、同じ人形師の人の話を聞きたいと思って。
それに、人形づくりっていうのがどんなものかも、興味がある」
とりあえず、ドール達と巴には家に残ってもらい、約束の場所に来た。
約束の時間より早く着いたのだが、そこにはすでに、約束の人物が待っていた。
「あ、すいません。待たせちゃいましたか?」
「いえいえ。私もつい先ほど着いたばかりですよ」
男はまるで『型通り』の反応を返す。
「では、約束した時間より少し早いですが、ご案内しましょう、ジュン君」
「はい。お願いします。―――白崎さん」
「…ここですか?」
目の前にあるのは、小さな店。
「はい。ここの人形師の方は、間違いなく世界屈指の技術を持つ方です」
「そう、なんですか…」
そんな風には見えない。
が、とりあえず店に入ってみる。
「すいません…」
誰も居ない。
「…あれ?」
「工房のほうでしょうね。この店は基本売り場に誰も居ないんですよ。彼は朝から晩まで工房に居ます」
それは店なのか?疑問には思うが黙って白崎についていく。
店の奥の部屋に入っていく。どうやら、人形を作る工房のようだ。
そこに、金髪の青年がいた。
「――槐さん。話しておいた少年を連れてきました」
「…君が、桜田ジュン、か」
その青年――槐は、なんだか不機嫌そうな声で聞いてきた。
「は、はい。すいません、お邪魔しちゃいましたか?」
「いや…」
槐は自分を落ち着かせるように息をつく。
「…話はこいつに聞いている。人形作りに興味があるそうだな?」
喋り方は無愛想だが、さっきの不機嫌そうな感じは消えている。
「はい、人形を作るということがどういうことか…」
「で、お前は何ができるんだ?」
ジュンが用意していた言葉を遮って、槐は聞いてくる。
「え?」
「だから、お前は人形作りのために何を学んだんだ?まさか、自分でなにかする前に人に聞こうとか思ってないだろうな」
「え、ええと…」
困った。
そもそも、ジュンは人形を作りたいのではない。人形師の気持ちを知りたかったのだ。
(いや、でも、自分が人形をつくればそれが一番いいのか…?)
これまでとは違う思考にたどりつきかけるが、
「おい。本当に何もできないのか」
槐の呆れたような声が遮る。
「あ、いえ、実は僕は…」
(『すごい…わ、ジュン…。…すごい』)
(『…マスター。素晴らしいです』)
(…あ)
「…僕は人形づくりをしようと思っていたわけじゃないです。あなたの話が聞きたかった」
人形作りのために何を学んだかといえば、何も学んでいない。
「ですけど、」
何ができるかという質問なら。
「人形じゃなくて、人形の着る、ドレスなら、作れます」
即座に、
「作ってみろ」
と言われた。
そのまま槐は作業に戻り、こちらの話など聞いてられない、といった感じだった。
「ふふ。彼は能力のない者は相手にしないんですよ。彼と話をするには、彼が認めるような能力を示さないと」
白崎が楽しそうに言う。
ジュンは一瞬むっ、とするが、確かに自分が何も見せていないことを思い出す。
「…はい。槐さんに認められるようなものを、作ってきます」
店を、後にした。
「ジュンだー!おかえりなのー!」
「あ、お帰りなさい、桜田君」
雛苺と遊んでいた巴が、微笑む。
「ああ、ただいま。…ごめん、柏葉。ちょっと部屋にこもる。あいつらの相手、頼めるか」
「え?」
ジュンの表情と、両手に抱えている何かの袋を見て、
「…うん。なんだか知らないけど、頑張って」
やはり微笑む。
「…ありがとう」
居間では、真紅が本を読んでいた。
「あらジュン。その荷物はなにかしら?」
「生地とか装飾関係」
「…作るの?」
「ああ」
「そう、期待してるわ」
部屋に入る。
双子が座っていた。
「マスター。おかえりなさい」
「…ふん、ですぅ」
「悪い。ちょっと部屋から出てもらえるか?一人になりたいんだ」
「え?…はい。分かりました」
「何するつもりですぅ?怪しいですぅ」
「…すこし、創作活動を、な」
…指が、自分の言うことをきかない。
作ろうとするイメージはあるのに、現実がついてこない。
かつての自分を再現しようとする。
だが。
数年のブランクは、大きかった。
それでも何度も。
何度も。何度も。何度も。
指がかつてを再現するように。
ひたすら。
微細に。自然に。緻密に。大胆に。
作り上げるために、指を動かす。
…感覚が、もどってきている。
できる。
かつて、必死になって勉強し、身に着けた技術を、完全に取り戻した。
一日では終わらなかった。
指が確かに動くように、頭がはっきりとイメージを捕まえ続けるように、休憩を入れながら、
二日でも終わらなかった。
指が技を忘れぬように、頭がイメージを失わぬように、常に意識を向けながら、
三日目で完成した。
「駄目だな」
一言で斬り捨てられた。
「な…!?」
間違いなく、自分の全力を注いだ会心の出来だった。
「なんで…!」
「お前は分かっていない。作るということが分かっていない。これでは駄目だ。帰れ」
「……!」
自分の全てを注ぎ込んだドレスを持っていったのに、槐にはほとんど相手にされなかった。
「なんだよそれ…!何が分かってないっていうんだ…!」
自宅に帰る道を歩きながら、悪態をつく。
「そもそもあいつが凄腕の人形師だって話も、ほんとかどうか怪しいもんだ…!」
家に到着する。
出迎えた姉やドールたちへの挨拶もそこそこに、自室に戻る。
「くそっ!」
乱暴にベッドに腰掛ける。
「…何が悪いっていうんだ…!」
自作のドレスを広げ、見る。
そこかしこにさまざまな趣向を凝らし、最終的に確かな統一感を持たせた黒のドレス。
何度見ても改心の出来だ。
「…なんなんだよ、くそ」
「…ジュン、入っていいかしら」
「…珍しいな。いつもはそんなこと聞かないだろう。変なもんでも拾い食いしたか?」
とりあえず軽口をたたく。
気は、晴れない。
「入るわよ」
ステッキを使って、開けようとしている様子が分かる。
「……」
苦戦しているようだ。
「…待ってろ。今開ける」
「あら、ありがとう」
いつも通りのやけに偉そうな態度をした真紅が言う。
そして、そこにいたのは、真紅だけではなかった。
「マスター…大丈夫ですか?」
蒼星石は心配そうな顔で見上げてきて、
「ジュン、どおしたの?なんかへんなのよ?」
雛苺はもはや泣きそうだ。
そして、
「…なんですか。翠星石は別に心配なんてしてねーですよ」
翠星石はこちらが何か言う前に否定してきた。
「………」
さすがにこれは、悪いことをしたと思った。
「ごめん。心配かけたな」
思ったままに、謝る。
真紅は、ジュンの顔をじっ、と見つめ、
「いいのだわ」
と、息をつく。
「でも、そろそろ、貴方が何をしていて、何があったのか、話してくれないかしら」
蒼星石も。雛苺も。翠星石さえも、同じ意見なようだ。
槐のこと、ドレスを作ったこと、そしてそのドレスが槐に一言で切り捨てられたことを話した。
「そう、なんですか…。でも、こんなに綺麗なのに…」
「うん、きれいなドレスなの」
「…これのどこが悪いんですぅ…?」
「……」
皆はジュンの自作したドレスを囲んで、感心したり、首をかしげるなりしている。
(…あ、れ?)
その光景を見て。
(なん、だ?)
違和感。
(違う)
ドレスを囲む、四人のドール。
(何かが、違う)
四人のドール。―――四人のドールの、ドレス。
「………!」
違和感の正体に気付く。
真紅。雛苺。蒼星石。翠星石。
その四人のドレスと、自分が作ったドレスは、何かが違った。
(何だ?何が違うんだ?なんで僕の作ったドレスはこんなに……『薄っぺらい』んだ!?)
ローゼンメイデンのドレスは、確かに素晴らしい。
だが、ジュンの作ったドレスも、それに技術で大きく劣る、というわけではない。
(だけど、違う…!何かが決定的に、『足りない』…!)
掴めない。それが一体何なのかが、いくら考えても理解できない。
(くそ、なんだこれは…!僕に何が足りないんだ…!?)
「ねえ、ジュン」
はっ、と、我に返る。
「な、なんだ、真紅」
そして、やはり『それ』が何なのか考えなくてはならないとすぐに思考に没頭し…
「一つ聞きたいのだけれど」
「このドレスは、誰のために作ったの?」
「…………!!!!!」
一瞬で、もやが晴れたような。
そんな、驚愕。
違いを理解する。自分に足りなかったものを、理解した。
「そう、だ。そうだな。それを、考えてなかった」
ジュンが作ったそのドレスは、誰かが着ることなど、考えていなかった。
「そうだ。これは、…作るために作っただけの、ドレスだ」
納得する。これは、これでは。
「…ただの技術の寄せ集め」
(『作るということが分かっていない』)
「…まったくだ。僕は何も、分かっちゃいなかった」
作るということは。
「ものを作るということは、…技術をみせびらかすことじゃない」
「…ありがとうな。真紅。…おかげで助かった」
「そう。ならいいのだわ」
心の底から礼を言う。そして真紅はそれを微笑みながら受け取る。
「マスター…また、作るんですか」
「ああ。悪いな、また心配かけることになるか」
「…いいえ。大丈夫です。だって、マスター、すごく力強い顔してますから」
四人は、静かに部屋を出て行った。
「…よし」
(…誰のために、作るのか)
自問する。
(…そんなの、決まってる)
イメージが沸いてくる。形を求めて暴れだす。
「さあ、…今度こそ、始めよう」
ジュンが、己の全てをドレスに注ぎ込んでいるとき。
ジュンたちとは、違う場所では。
歌が、聞こえる。
…からたちの
とげは痛いよ
あおいあおい
針のとげだよ…
ふと、歌が止まった。
歌っている者が、こちらに気付いたようだ。
「…天使さま。いらっしゃい。…どうしたの?」
「…なんでも、ないわ」
水銀燈は、答える。
「そう?なんだか、悲しそうに見えるわ」
「…なんでも、ないのよ」
「そう」
沈黙。
「……」
「……」
沈黙。
「……ねぇ、めぐ」
「なに?天使さま」
「…私は天使なんかじゃないって言ってるでしょう」
「そう?天使さまは天使さまよ。…でも、そうね。じゃあ、…なに?水銀燈」
「……私は、…」
うつむく。
「水銀燈?」
「…いいえ。なんでもないのよ」
その様子を、見ている瞳がある。
「…なんでも、…ないのよ…」
それは、水晶に映った、左目を薔薇で隠した、無表情な顔。
「…ああ。お前が何ができるかは、分かった」
槐はそう言って、ジュンの作ったドレスを返した。
「…ありがとうございます」
嬉しさを隠そうとしているが、声には認められた喜びが混じる。
「…言うまでもないと思うが」
「はい」
「これが、作るということだ」
「…はい」
そう。人形師が人形をつくる気持ちというのは。
結局のところ、ジュンがドレスを作るときの気持ちと、根本的には同じなのだ。
「槐さん」
「なんだ」
褒められた礼とは別の意味で。
「…ありがとうございます」
大事なことを教えてくれた恩人に、敬意と感謝を。
「…ふん」
「ところで、お前」
「はい」
「この技術。どうやって身に着けた」
「え?」
「…お前のこれは、独学でなんとかなるようなものじゃない。
まして、お前のような歳でたどり着いていい領域じゃない」
それは、疑問。おだてなど全くない、純粋な疑問。
「え…でも…」
「そうだ。お前は現実に、その技術を持っている。だから、どうやって身に着けたと聞いている」
槐は答えを求めてくる。
「ええと…」
なんでだろうか。
分からない。
勉強は一人でしてきたし、その知識を実践できるよう練習もした。
だが、
「…特別なことは、していないと思いますけど」
「そんなはずがあるか」
信じてもらえないらしい。
「いや、でも、ほんとに…」
「ああ、まったく、埒のあかない」
「そもそもお前、なんで洋裁を始めたんだ?」
それは、とても大事なことのように思えた。
「それは…」
なぜ、自分は洋裁を始めたのか?
…光景が、…蘇ってくる。
「子供の、頃に」
そう、あの時。
「かなり昔、に。服を作って、みせてもらって」
あの、公園で。
「それが、すごく綺麗だったから」
あの人に。
「それを、自分でも作りたいと思って…」
…あの人?
「あ…れ?顔が、思い出せない?」
確かに会ったのに。
「顔が…空、白?」
それはまるで、最初から存在しなかったかのように。
「……」
槐は、混乱するジュンを、見ている。
「そうか」
槐の声が、ジュンを現実に呼び戻す。
「…え」
「幼少時に、マエストロに、会ったのか」
「…マエストロ?」
「職人だ。神業をその手に持つ、職人だ。その芸術を、お前は見たんだろう?」
「…あの人が」
あの人。顔は、思い出せないけれど。…思い出せない?何か違う。
「…そいつの顔が、存在しなかったように思えるか?」
こちらの考えていることを、そのまま槐が聞いてくる。
「え…は、い。…分かるんですか?」
はあ、と、槐はため息をつく。
「…あの人か……感受性の高い時期にあの人に干渉されたのなら、
…あるいは天性の才も目覚めるか」
なにやら独り言をつぶやく。
「あの人を、知っているんですか?」
「……」
槐は、答えない。
「あの…?」
「…それで、そのマエストロに教わったのは、ドレスだけなのか?」
「え?」
「人形に関しては、全く教わっていないのか」
「え、いえ、教わったっていうか、ドレスを作って見せてもらっただけで…」
「…そうか」
それ以上、槐はその話題については触れなかった。
こちらの質問にも、我関せずだ。
だが、人形作りや、人形のことに関して質問すると、なぜか素直に教えてくれるようになった。
とりあえず興味のあること、気になっていたことを全て聞き、
そして人形作りの実践を少しだけ教わって、その日は店を後にした。
今日はドールたちの能力を体感するべく、nのフィールドで模擬戦闘のようなものをやってみた。
「…真紅はなんていうか、実戦向きだな」
真紅の能力は非常にバランスがいい。遠距離も近距離も関係なく、攻撃できる。
どちらかというと遠距離系の能力のようだが、本人が意外と近接格闘にも積極的なため、隙のようなものがない。
「雛苺は、補助、か?」
直接の契約ではなく、真紅を媒介にしての力の供給ということで、本来よりかなり性能が落ちているらしい。
できることは、苺わだちで相手の動きを阻害する程度のようだ。
「蒼星石は…極端だな」
蒼星石の鋏は、リーチが短い。近接戦闘しかこなせない能力。
そしてその一方で、相手の防御など全く意味がなさない、圧倒的な破壊力を誇る。
「…で、あれは…」
「えいですぅ!」
渾身の一撃、らしい。
「……」
その太い蔦は、真紅に素手であっさりと叩き落された。
「こ、このぉ!」
今度は如雨露を武器のように振り回し、突進していくが、
「……」
「ぼふぅ!」
真紅を守る薔薇の花の壁に吹き飛ばされる。
「…弱いな」
「うるさいですぅ!」
ぼそりとつぶやいたら、蔦がまっすぐにこちらに向かってきた。
「おっと」
指輪を付けた左手で、はじく。
「なあっ!?ちび人間にまで避けられたですぅ!?」
衝撃を受ける翠星石。
「あら、ジュン。力を使えるようになったの?」
「ああ、お前らの動きを見てたら、なんとなく分かってきた」
「さすがです、マスター。僕たちに力を回すだけじゃなく、僕たちの力を使うなんて」
感心している二人はよそに。
「ちくしょうですぅ…こんなに悔しいのははじめてですぅ…」
「翠星石よわっちいのー」
「黙れです馬鹿苺!翠星石とほとんど変わらないくせにです!
……うぅ、こんなちびと同じ程度の力なんて、ですぅ…」
「なかまなのー」
「うるさいですぅ!うわああん!」
「契約していないのだから、当然でしょう。私達が本来持つ力なんて、微々たるものなんだから」
真紅は、翠星石に諭す。
「…そろそろ契約したらどうかしら?」
「嫌ですぅ!なんで翠星石がこんなちび人間なんかとです!」
「あら。私はジュンと契約しろだなんて言ってないわよ。のりだっているじゃない」
「うぅっ!?…でも、あいつじゃなんか頼りないですぅ…」
「あら。ジュンは頼れるってことかしら?」
「な!?そ、そんなこと言ってないです!勝手なこと言うなです!」
「…素直になりなよ、翠星石」
「そ、蒼星石まで何言ってるですか!翠星石はほんとのことしか言ってないです!」
「…貴女最近、度々ゼンマイが切れるじゃないの。力が足りないんでしょう?」
「う…」
「そうだよ。その度にマスターに巻いてもらってるんだから。
…いい加減に契約しないと、そのうち満足にも動けなくなるよ」
「ううう……」
「…まあ、どうしようもなくなったらのりと契約すればいいだろう。
今はまだそこまで切羽詰まってないんだし、無理する必要ないだろ」
なんだか翠星石をいじめるような光景になってきたので、助け舟を出す。
「…あなたはそれでいいの?ジュン」
「…ほんとのこと言えば、翠星石と契約できたほうが助かるけどな。
ローゼンメイデンを理解するためには、翠星石の力も感じたいし。
でも僕は、嫌がる相手に何かを強制するのは、好きじゃないんだ」
「…やっぱり、優しいですね。マスター」
そんな貴方が大好きです、みたいな目をして、蒼星石が言ってくる。
「…そんなんじゃないって」
「貴方も素直じゃないわね。賞賛は受け取っておくものよ」
「……」
気恥ずかしい。
「…ふん、ですぅ」
翠星石はそっぽを向く。
「あのね、翠星石」
とてとてと、走りよってきた雛苺が話しかける。
「…なんですぅ、ちび苺」
「翠星石はね、ジュンとけいやくしたほうがいいとおもうの」
「お前まで言うですか。翠星石はあんなのとは…」
「ヒナはね」
「…話を遮るんじゃないです」
「ヒナはね、もうぜんぜん『ちから』がないの」
翠星石の睨みにも、雛苺は構わない。
「…?」
「真紅を『ばいたい』にしてるから、ってだけじゃないの。
雛苺は、もう、指輪もないから。
アリスゲームの、『しかく』もないから。
雛苺のちからはね、どんどんなくなってるの」
「え…」
ジュンたちは、少し離れたところで話している。
その言葉は、翠星石だけにしか届かない。
「雛苺は、そのうち、うごかなくなると思うわ。
ゼンマイをまいても、真紅のちからをもらっても、うごけなくなる」
そして、言う。
「こわいわ」
「ちびいちご…」
「うごけなくなるの。もう、めざめることのない、ねむり。
いやよ。ヒナは、いや。
ジュンや、トモエや、真紅や、蒼星石や、翠星石と、もっとあそびたいの。
でも、しかたないの。
ヒナは、もう、おわってしまっているから」
「……」
「だけど。翠星石は、おわってないの。
まだ、はじまってないの。
このままだと、翠星石も雛苺みたいになってしまうけれど、
翠星石は、まだ、おわってないの。
だから」
雛苺は、笑んでいる。
「翠星石は、雛苺みたいに、ならないで」
真紅、蒼星石と力の使い方について話していた。
ふと、雛苺が翠星石に、何か話しているのに気付く。
翠星石の表情は、優れない
「雛苺、翠星石。なんかあったのか?」
雛苺は笑って、答える。
「ふふ、なんでもないのー」
なんだかものすごく、楽しそうだ。
現実世界に戻って来た。
「あら、ジュンくんおかえりなさーい」
「ああ、ただいま」
のりが、出迎える。
「うふふふふ、みんな、晩ごはんははなまるハンバーグよぉ」
「わーい!はなまるハンバーグなのー!いっぱいたべるのー!」
「雛苺。騒がしいわね。それぐらいでドタバタしないのよ」
「お前も恐ろしく早足じゃないか…」
「……」
「ん?」
いつもなら、雛苺や真紅の騒ぎように一言言うはずの、翠星石が何も言わない。
「どうした翠星石。なんか大人しくないか」
「…なんでもねーです」
「…翠星石?」
蒼星石も、心配そうに声をかける。
「大丈夫?…力がきれかけてるとか?」
その言葉に、翠星石は辛そうな顔をする。
「そうなのか?おい、ゼンマイ巻きなおそうか」
「…違う、です」
辛そうな顔のまま、翠星石は否定する。
「じゃあどうしたんだよ。…そんな顔して」
「…ちび人間」
「ん?」
呼ばれ慣れた言葉。だが、なにかいつもと違う。
「ちょっと、話があるで…」
す、とは続かなかった。
今出てきたばかりの鏡が、いきなり割れた。
「な…!?」
鏡の割れる音に、身がすくむ。
「何が…!?」
「何ですぅ!?」
蒼星石と翠星石が身構える。
割れた鏡の破片から、それぞれ、なにかが突き出てくる。
それは――水晶の、刃。
「くっ…!マスター!下がって!翠星石も!」
あらゆる方向から突き出してくるその刃を、蒼星石が、切り払う。
「蒼星石!無茶を…!」
「…痛ぅ!」
無数の刃を捌ききれず、蒼星石はいくつかの刃に切り裂かれる。
蒼星石の動きが鈍り、そこにさらなる無数の刃が殺到し、
薔薇の花弁と苺わだちが、それを防いだ。
「蒼星石!大丈夫!?」
「間に合ったのー!」
「真紅!雛苺!…ありがとう」
真紅と雛苺が、音に気付いて戻ってきたらしい。
「くそ、これはなんなんだ!?」
事態が呑み込めない。誰にともなく叫ぶ。
「何かは分からないけれど、攻撃されてるのは確かです!」
まだ続いている刃の嵐を切り払いながら、蒼星石が叫び返す。
鏡から出てきた刃は他の鏡の欠片を斬り飛ばし、常に移動しながら攻撃してくる。
「く…!ここじゃ攻められる一方だ!nのフィールドに入るぞ!」
「そうね。こっちでは私たちの力も制限されるわ。
相手はnのフィールドから攻撃してきてる。さすがに不利ね」
「でも、鏡は全部相手の武器です!どうするですか!」
確かに鏡に入るにも入れない。
考える。
危機に際して、頭はやけに、冷静に回る。
「…いや、鏡が相手の武器なんじゃない。相手は鏡から自分の武器を出してるだけだ」
だったら。
落ち着いて、相手の攻撃を観察する。
大きい鏡からは大きな刃が、小さな鏡からは小さな刃が、飛び出してきている。
一つの鏡からは、一つの刃しか出てきていない。
「狙いの鏡を定めて、そこから出てくる刃を破壊しながら入る!
入りやすい、刃を壊しやすい中ぐらいの破片……!
蒼星石!真紅!そこの破片だ!」
「はい!マスター!」
切り裂き、刃を壊す。
「行くのだわ!」
「いくのよ!」
周りから突き刺そうとしてくる刃を、花弁と苺わだちが防ぐ。
破片に走り寄る。
「マスター!」
鏡に、触れた。
nのフィールドに、入る。
日の落ちた、荒野のような世界。
そこにいたのは。
「お前は、誰だ…!?」
紫色のドレスの、左目に薔薇の眼帯をした、小さな少女。
「……お前は、……誰だ…」
少女が、舌足らずな声で、つぶやく。
「な、おい!それはこっちのセリフだ…!」
「……それはこっちの、セリフ……」
舌足らずな声で、オウム返ししてくる。
「くそ!なんなんだよ!真紅!あれはなんだ!」
「…分からないわ。見たことがないもの」
真紅は、困惑している。
「…でも、もしかしたら、…いいえ。きっと他にはありえない」
少女を、見据える。
「あの子は、ローゼンメイデンの…」
「…七番目…」
「!!」
少女はここにきてはじめて、オウム返しでない言葉を出す。
「…ローゼンメイデン、第7ドール……薔薇水晶」
小さな声で、名乗りを上げた。
次の瞬間。
「マスターあぶない!」
蒼星石に突き飛ばされる。
ジュンのいた場所に、いきなり水晶の柱が突き出てきた。
「うわっ!」
「くっ…ジュン!下がりなさい!」
それを皮切りに、無数の水晶の柱が、地面を突き破って現れる。
「きゃあ!」
「ちび苺!避けるです!」
雛苺が柱にかすり、突き飛ばされる。。
「このっ…!」
雛苺を庇い、翠星石が蔦で防御しようとするが、水晶の柱は易々と突き破る。
「あ…」
「翠星石!」
蒼星石が叫ぶ。
柱が、翠星石に激突する。
先端の刃になっているような部分が、翠星石を、突き刺した。
「翠星石ぃ!」
貫かれ、吹き飛ばされた翠星石に、ジュンが走り寄る。
「くそお!!」
蒼星石も、必死の形相で、翠星石のもとに走る。
「くっ…!」
真紅は、離れたところで、宙に浮かんでいる薔薇水晶を睨む。
薔薇水晶は、何の表情も浮かべない。
「…あ、れ?…力が、はいんねー、ですぅ…」
「おい!しっかりしろ!翠星石!」
ぐったりとした、翠星石を、抱きかかえる。
その背後に、水晶の刃が迫る。
「くっ…!」
蒼星石が、刃を切り払う。
「翠星石!マスター!」
「……なにしてるですか、人間。…こんなとこに座ってると、…あぶないですよ」
「何言ってんだ!今一番危ないのはお前だろうが…っ!」
叫ぶ。
「くそ!起きろよ!このままじゃ…!」
「……だめ、です。力が、入らない、です…。…起き上がるのは、むり、ですぅ……」
翠星石は、ぼう、としている。
「くそ、こんな、こんな…!」
周りでは、蒼星石が、必死に迫ってくる刃を切り払っている。
「なにやってる、です…。このままじゃ、ちび人間も、蒼星石も…」
「その前にお前だ…!黙ってろ!すぐに外に連れ出してやる…!」
「…ちび人間……」
「…雛苺は、どうしているです」
唐突に、翠星石は聞いてくる。
「雛苺、か?今は…真紅が守ってる、いや、真紅と一緒に戦ってるな」
「そう、ですか…」
翠星石の声は、どこかうつろになってきた。
「あのおちびが、おわってないのに、翠星石が、おわるわけには、いかない、ですね」
「翠星石?どうした」
「なにが、できるか、わからないですけど、
なにも、できないかも、しれないですけど、
…なにもしないより、そっちがいい、です」
「…翠星石、何を…」
「…誓え、です、…ジュン。
…翠星石の指輪に。
翠星石を、雛苺を、みんなを、守ると」
「この…!」
真紅は、襲ってくる水晶の柱を破壊しながら、回避しながら、薔薇水晶に花弁の斬撃を放つ。
「……この…」
花弁は薔薇水晶に届く前に、水晶の柱に邪魔され、散らされる。
「あぶないの!」
真紅に向かってきた柱を、雛苺が止めようとする。
苺わだちはすぐにひきちぎられるが、わずかに方向を逸らされる。
不意の攻撃だったが、回避できた。
「ありがとう。雛苺」
「うん、なの」
これでは、埒が明かない。
こっちは防御に手一杯で、薔薇水晶にはまったく触れられない。
(それになにより、翠星石の身が…!)
光。
「…え?」
翠星石の倒れていた場所から、光があふれる。
「あの光は…」
横で。
「うん。それでいいのよ。翠星石」
雛苺が、微笑む。
「翠星石…」
「…ですぅ」
指輪がさらに一段と、大きくなる。
翠星石と契約したのだ。
これで、翠星石にもジュンの力が流れるはず…。
だが。
「…翠星石、お前…!」
指輪を通じて、分かる。
翠星石はもう、
おわりかけている。
「…やっぱり、ですぅ」
翠星石は、諦めたように、ため息をつく。
「…だめです。…力は流れてくるですけど、…体が駄目です。
力がすぐに、抜けていってしまうです」
「翠星石…!」
「…へんなかおすんなです、ジュン。
どうしようも、ないんです。
…なんとかしたかったけど…だめ、だった、です」
翠星石は、とても優しげに、笑う。
「…翠星石はもう、だめです。
だから、蒼星石のこと、雛苺のこと…
…任せたですよ、ジュン」
翠星石の、動きが、止まっていく。
「…やめろ、待てよ」
翠星石はもう、何も言わない。
「嫌だ。いくなよ」
微笑んでいる。
「おい…翠星石…!」
それは、指輪の力か。
その動きも、もうすぐ、止まるのだと、分かった。
「だめだ。いかせない」
誓ったのだ。ジュンは、翠星石に。
「お前を守ると、誓っただろうが」
いいんですよ、と、声が聞こえた気がした。
「よくないだろ。誓ったんだ。…誓いを、破りは、しない」
そして、こんどこそ、宣言する。
「僕が、お前を、守る」
指輪が、輝きを放つ。
もうほとんど止まっている翠星石と、ジュンの指輪が、赤い光で結ばれる。
「いかせないぞ、翠星石」
糸のような赤い光が、翠星石の傷口に集まる。
「何度でも言うぞ。何度でも言ってやる」
自分の中身が吸い出されていくような感覚を、受け入れる。
「僕がお前を守るから、お前は僕に守られてろ」
傷口はもはや、あとかたもない。
「……え?」
翠星石は、呆然としている。
「…直ってる、です…」
呆然とした表情のまま、自らのマスターを見上げる。
「…ジュン、お前…」
マスターに、抱きしめられた。
「あ…」
「…大丈夫なんだな、翠星石」
「あ、は、はい…」
「よし、じゃあ、行くぞ」
翠星石の契約者は、薔薇水晶を睨む。
「…さすがは、私の下僕だわ」
言葉とは裏腹に、その声には確かな尊敬があった。
「ジュン、やっぱりすごいの」
ひたすらに、嬉しそうだ。
「マスター…」
感謝と、敬意が、声ににじんでいる。
「…ジュン」
さまざまな感情が、溢れている。
「行くぞ。5対1だ。負けるわけがない」
敵を、見上げる。
ジュンは、薔薇水晶との、戦闘をはじめようとする。
…が。
「……ぁ…」
薔薇水晶は、誰かに呼ばれたように、空を見る。
そして、
「…はい……」
ゆらりと。
無数に屹立する水晶のうちの一つに、溶け込む。
それと同時に、全ての水晶が、溶けるように消えた。
「なんだ?」
警戒する。
が、なにが起こるわけでもない。
「…逃げた、のか…?」
その後、しばらく待っても、何も起きなかった。
どうやら本当に逃げたようだ。
「…確かに、あの状況なら普通逃げるだろうけど…」
あのドールが、そんな普通の反応をするとは思っていなかった。
「…最後に誰かに呼ばれたような仕草をしていたわ。
きっと、あの子の契約者の指示だったんじゃないかしら」
「あいつの契約者、か」
あの場には他に人間はいなかったと思う。
では、その契約者は、どのようにあの状況を把握していたのか?
「…得体が知れないな」
現実世界に戻ると。
「ジュンく~ん!よかった!大丈夫!?みんないきなり居なくなるから心配したのよ!?」
「ああ、うん」
姉があたふたしていた。そういえば放置しっぱなしだったと気付く。
「鏡がすごいことになってるし!どうしたらいいのかってすごい困ってたのぉ!」
「まあ、いろいろあって」
のりはアリスゲームのことを理解していない。子供の遊びのようなものだと見ている節がある。
そののりに状況を説明するのは面倒くさかった。
「…まあ、とりあえずご飯にしよう」
「…あの、」
「ん?どうした、翠星石」
人形たちは皆でテレビを見ていたはずだが。
翠星石がひとりでジュンの部屋まで来たらしい。
「…その」
何か言おうとしている。
「どうした?」
「その、」
はっきりしない。
「…なんだよ、言いたいことがあるなら…」
「…二度とは言わないからよく聞くです」
ジュンの言葉を遮って、言う。
ありがとう、です。マスター。
とてて、と階段を下りていく音がする。
「…そこまで、顔を真っ赤にして、言うことか」
…あいつ、あんなに可愛かったっけ?
今日も、槐の店に行く。
店に向かいながら考える。
昨日、翠星石の傷を治せたのは、槐に人形の構造を聞いていたからだ。
おそらく、槐に会っていなかったら、翠星石を直すことなどできなかっただろう。
ジュンは、少し前まで、洋裁の知識しか持っていなかったのだから。
ジュンは、槐への感謝と尊敬を、新たにする。
「こんにちは」
「…お前か」
なにやら少し不機嫌そうだ。
「あ、すいません。忙しいなら出直します」
「…そういうわけじゃない」
前と同じように、息をつく。
「…で、今日はなんだ」
すでに声に不機嫌はにじんでいなかった。
大人だ、と思う。
「はい。人形作りの実践を、もっと教えてもらいたいと思って」
そう。今日訪れたのは、よりドールへの理解を深めるために、人形作りを学ぶためだ。
なぜならば、ジュンはまだ、ローゼンを理解していない。
ローゼンにとっての水銀燈を、理解していない。
「……」
槐は何も言わず、ジュンへの教授を始めた。
「どうですか、槐」
ジュンが帰った後、工房で。
いきなり出現したかのように、白崎が槐に話しかける。
「何がだ、白崎」
槐は、動じない。
「彼ですよ。ローゼンメイデンを四体所有し、
そしてほぼ壊れかけていたローゼンメイデンを修復する、あの少年です」
「……」
「ローゼンメイデンの修復。ローゼン以外の人間にそんなことができるとは、はじめて知りました」
「…ふん。あれは、ローゼンの弟子のようなものだからな」
「ですが、貴方にはできないでしょう」
なにも含みがないような声で言う。
「……黙れ」
「おや、怒らせてしまいましたか。これは失礼。では口うるさい『兎』は、これで失礼します」
現れたときと同じように、唐突に姿を消す。
「……」
それには、槐は何の反応も示さない。
少しして。
疲れたように、つぶやく。
「…ローゼン。貴方はなんてものをつくりだしたんです。
技術だけじゃない。吸収能力が異常だ。
あれは間違いなく、――――怪物になる」
そして、
「……惜しいな」
心底、といった言葉を、つぶやく。
「惜しいが、それでもあれは、ローゼンメイデンのマスターだ。
どう転んでも、戦うことになる…、…倒すことになる」
天井を見上げる。
「だが、あれに率いられたドールズを倒すのは簡単には行かんな」
天井の明かりに、目をやる。
「…ならば。他で力を付けてから、だな」
部屋は、緊張に包まれていた。
帰宅してから、ほとんど時間は経っていない。
「…真紅。捕まえた?」
緊張の面持ちで蒼星石が聞く。
「とりあえずあの屋根の上全部さらってきたわ」
こちらも真剣な表情で、真紅が答える。
目の前には、薔薇の花弁の山。
先ほど、蒼星石が何者かの視線を感じたという。
薔薇水晶が現れたのかと、臨戦態勢に入り、真紅が視線のもとらしき影を、花弁の津波で捕らえた。
『……』
その場の全員で、すぐに攻撃できるように備えながら、花弁を引かせる。
その中にいたのは、
「…うぅ……いたいのかしら…」
時間は少し遡る。
「…ふっふっふっ。ついに見つけたのかしら」
桜田家の窓を、双眼鏡で見ている者がいる。
「やったわやったわピチカート!雛苺かしら!これは楽勝かしら!」
ふよふよと金色の光の玉、人工精霊ピチカートが舞う。
「え?…あらホント。翠星石もいるのね。…でも大したことないわ。
一気に二つもローザミスティカが手に入るなんて素晴らしいかしら!」
さらにピチカートは舞う。
「え?……あら、ホント。真紅ね。…あれはちょっと手強いかもだけど」
まだまだピチカートは舞う。今度は、慌てたように。
「え?…そ、蒼星石?なんだか異常に手強そうな…
…あ。目が合っちゃったのかしら」
ピチカートが何か叫ぶように舞う。
「だ、大丈夫よピチカート。あっちからこっちの姿がみえるわけ……」
ピチカートはなにか諦めるように止まった。
「きゃーーーーーーー!」
悲鳴が上がった。
そこにいたのは、黄色とオレンジの衣服の、おそらくはドール。
「う……は!?な、何があったのかしら!?」
きょろきょろしている。元気そうだ。
「…あなたは……」
「し、真紅!いまのは貴女かしら!?いきなりなんてひどいんじゃないかしら!」
「……うーん、ですぅ」
「す、翠星石!?ふ、ふんだ!貴女なんて怖くないかしら!やるんならやったろうかしら!」
「………ええと」
「そ、蒼星石!?あ、貴女はちょっと怖いかもだけど、屈することはないかしら!」
何か、部屋は奇妙な空気になっている。
「…な、なにかしら、この空気は」
そこで、雛苺が、皆の言葉を代弁する。
「…だあれ?」
黄色の少女の怒りの声が炸裂する。
「ああ、うん、ごめん金糸雀。ちょっと思い出すのに時間がかかって」
一番最初に思い出した蒼星石が言う。
「いくらなんでもそれはひどいんじゃないのかしら!?
姉妹の顔も忘れるなんて、薄情にもほどがあるかしら!」
「違うよ、金糸雀。名前が思い出せなかっただけで姉妹ってことは覚えてたよ」
「なんの慰めにもならないかしらーーーー!!!」
「…ああ、そういえばいたわね。ええと。そう、かなりあ?」
「カナリアだったですか?たしかイタリアですぅ」
「いたりあー」
「あんたらはもっとひどいかしらーーー!!!!」
「で、こいつは結局なんなんだ。ローゼンメイデンなんだろうけど」
「こいつとは失礼ね!カナは由緒正しきローゼンメイデンの第二ドール、
薔薇乙女一の才女、金糸雀かしら!」
「金糸雀、か」
つまり、これで全てのローゼンメイデンに会ったことになるわけか。
「そういうあなたは何者かしら。薔薇乙女を四人も囲ってるなんて非常識かしら!」
「会ったばっかだけどお前に常識を語られるとなんか腹が立つな」
金糸雀は他のドールのローザミスティカを狙ってきていたようだが、
さすがにこの状況で喧嘩を売るほど無茶ではなかったらしい。
「新しいお友達ね!」と誤解?したのりが用意した晩ご飯を食べてから、
「次は目にものみせてやるかしらー!」と捨て台詞を残して帰っていった。
「まあ実害はなさそうなあれは放っておいて。
今は薔薇水晶のことが気になる」
部屋には、真紅と蒼星石がいる。
最近一緒に遊ぶことの多い翠星石と雛苺は、居間で遊んでいる。
「気になるって言っても、分かることは限られているのではなくて?
私たちは誰もあの子のことを知らないし、私たちが知らないようなことを他の手段で知れるとは思えないわ」
「いや、それはそうなんだけど。なんていうか…」
「マスター?どうしたんです?あの七番目の、何がそんなに気になるんですか?」
「なんていうか、言葉にしづらいんだけど……何か、違う」
「違う?…そうね。あの子はやけに能力が強かったわね。
もしかして、七番目はドールズのなかでも、特別、ということかしら」
「いや、そういうんじゃなくて、その、」
「マスター…?」
考えを、まとめる。
一番気になることは。
「…あいつ、本当にローゼンメイデンか?」
ジュンの呟いた疑問に、真紅と蒼星石はそろって眉をひそめる。
「……どういうこと、ジュン。…あれが、ローゼンメイデンではないというの?」
「…マスター。どういうことです」
二人がジュンの疑問を理解できないような反応を返すのも分かる。
あれは、ローゼンメイデンとしか思えないような力を持っていたし、
そして彼女自身が自らそう名乗っていたのだから。
だが、ジュンは納得できなかった。
「いや……理由とか証拠とかがあるわけじゃないんだけど、あれ、なんか違う気がするんだよ。
なんて言えばいいかな…、
…そう、…『ローゼンがいない』」
「…お父様が、いない?」
「ああ。…これは、僕の感覚でしかないけど、
ローゼンメイデンには、同じ『空気』がある気がする。
『真紅』、『水銀燈』、『雛苺』、『翠星石』、『蒼星石』。
能力も性格も違う五体のドールに、『それ』を感じてた。
でも、『薔薇水晶』には、『それ』をほとんど感じなかった。
全てのドールがその『空気』じゃないのか、と思ったけど、
今日『金糸雀』を見て、やっぱりその『空気』を感じた」
「『空気』、ですか」
「…たぶんその『空気』は、ローゼンっていう人形師の『空気』なんだと思う。
思想とか、性格とかの、その作り手をカタチづくる空気。
…作り手の思想は、作られたものに現れる。
だから、ローゼンが作ったものには、必ずローゼンの思想がある。
そして、きっとローゼンは、ローゼンメイデンを生み出すのに全身全霊をかけたはずだ。
そうして作られたローゼンメイデンには、思想だけじゃなく、ローゼンの全てが刻まれてるはずなんだ」
「それが、『お父様がいる』、ということね」
「そう。なのに、薔薇水晶にはそれがほとんどない。
ローゼンの考え方が変わったとか、そんなレベルじゃなく。
ローゼンという人形師を、全然感じない。
それどころか、全く別の人間の、全身全霊が刻まれてる感じすらするんだ」
「…つまりあの子は、別の人が作ったということかしら?」
「…なんの証拠もないけど、僕はそう感じた」
「…そう」
真紅は黙り込む。
「…でも、マスター。ドールを見てそこまで分かるものなんですか?
僕は、そのローゼンメイデンそのものですけど、薔薇水晶にそんな感覚は感じませんでしたよ?」
「…うーん…」
そう。薔薇水晶を見て違和感を感じているのはジュンだけらしく、
ローゼンの作品そのものである四体のドールたちは全員が、
薔薇水晶をローゼンメイデンだということに疑問を持っていない。
「それに、あんな力を持つドールが、ローゼンメイデン以外にいるなんて…」
蒼星石は困っている。
ドールの中でも特段に見識のある彼女は、自分たちが特別な存在であることを、誰よりも分かっているのだろう。
「……うーん」
ジュンが感じていることはあくまでも感覚に過ぎないので、どうも強弁することはできない。
だがふと、真紅が呟く。
「…作り手には、作り手にしか分からない何かがあるのかもしれないわね」
「え?」
「私達には分からないことも、ジュンになら分かるのかも知れない、ということだわ。
私達は作られたもの。お父様とジュンは作る者。
だったら、私達では分からないお父様の気持ちを、ジュンは理解できたとしても不思議ではないわ」
真紅は、真剣なまなざしをして考え込んでいる。
「…作る者、作られたもの、か。…そうだね。そういうものかもしれない」
何か思うところがあるのか、蒼星石も考え込む。
少しして、真紅はため息をつく。
「でも、薔薇水晶が誰に作られたものであっても、私達のやることは、変わらないでしょうね」
「…そうだな」
薔薇水晶は、何の前触れもなく襲ってきた。
前回は事なきを得たが、このまま終わるはずはないだろう。
「襲ってくる薔薇水晶を、迎え撃って、倒す。それだけだろうな」
真紅も蒼星石も、異論はないようだった。
「…はぁ、…はぁ、………っ、このぉっ!」
行く手を遮る水晶の柱を撃つ。柱は砕けず、避けるしかなかった。
「…うざったいわねぇ!」
積もる苛立ちに、悪態をつく。
「……うざったい、わね……」
舌っ足らずな声が、こちらの言葉を繰り返す。
「…あんたいい加減にしなさい!」
「……あんたいい、加減にしなさい……」
「ああああもおぉう!!!」
こちらの言葉を真似るという行動も、その舌足らずな声もとてつもなく苛立つ。
その苛立ちの全てを込めて、羽根の嵐を撃ち込む。
「……あああ、あ、も、う…」
あっさりと、水晶の柱に防がれた。
「くっ……!むかつく子ね……!」
水銀燈は、逃走を再開する。
「……むかつく子、ね……」
薔薇水晶が、追う。
十分ほど前。
めぐの病室で考えにふけっていた水銀燈を、窓や鏡から突き出てきた水晶の刃が襲った。
とっさに眠っているめぐを起こして人の居た中庭に連れ出し、
空を飛ぶ人形や突き出てくる水晶の刃に騒然となった中庭と、
水銀燈に何かを叫ぶめぐを放ったまま、nのフィールドに退避した。
そこで第七ドールを名乗る眼帯の少女に遭遇し、一戦交えるも全く歯が立たなかった。
水銀燈は仕方なく逃走をはじめ、追いかけっこを続けて今に至る。
「…全く、なんなのよあれは。出力が明らかに段違いじゃない」
次々と襲ってくる水晶の柱を避けながら、ぼやく。
羽根を使った攻撃は水晶の柱に阻まれ、翼の壁は水晶の剣に切り裂かれる。
能力の優劣は、明らかだった。
「私の能力だって弱くないのに…!」
水銀燈は、契約者無しでも契約者を連れたドールと同等の戦いができる。
そもそもの出力が高めなのに加え、羽根を操るという能力が使い勝手がいいためだ。
しかし、薔薇水晶には出力という点で恐ろしいほどの遅れがあった。
「……この私が、逃げるしかできないなんて…!」
屈辱に、怒りに、表情が歪む。
水銀燈の飛行能力は、nのフィールドにおいても高い性能を示す。
ドールは皆、重力の概念のないnのフィールドでならある程度空中を移動できるが、
普段から飛ぶことに慣れている分、水銀燈の動きは速く、鋭い。
容赦のない圧倒的な攻撃から逃走と回避を続けられているのは、その鋭さ故にだ。
だが、その能力をもってしても、このままでは。
「時間の問題ですね。水銀燈は」
白崎が、薄く笑む。
「だろうな。水銀燈は今、契約者がいない。
あいつは特殊ではあるが、契約者無しで長時間の力の行使はできないからな」
槐は、淡々と返す。
二人は、何を見ているわけでもない。
ただ、どことともなく見ているだけ。
それで、状況を把握している。
「これで、とりあえず一つ。水銀燈のローザミスティカで、薔薇水晶はより強力になる」
槐は水銀燈の陥落を確信したように言う。
だがそれに、白崎は同意しない。
何かに気付いたように、笑う。
「…おや。どうやらイレギュラーが現れそうですね」
「わあっ!ここがえぬのフィールドってやつ?なんかもくもくしてて綺麗ね!」
「ふふふふ。みっちゃんに喜んでもらえて嬉しいかしら」
草笛みつと金糸雀は、雲のような地面に降り立つ。
「やっぱりローゼンメイデンはすごいのね!こんな不思議なところに行けるなんて!」
「当たり前かしら!薔薇乙女はすごいんだから!その中でも薔薇乙女一の頭脳派、金糸雀は特にすごいかしら!」
「きゃー!カナ可愛いー!」
「むぐう!?み、みっちゃん、苦しいのかしら!」
「あ、ごめんね?ふふ、でも可愛いんだもの!」
「みっちゃんは相変わらずかしら…」
楽しげに笑う。
「ねえねえカナ。ここでカナの演奏を見せてくれるんでしょ?早く見たいなー?」
「ふふふふ。そう。ここでならカナのチカラを、思いっきり使えるんだから。
じゃあ、みっちゃん、よく見て……え?何?ピチカート」
光の玉が、舞う。
「…え?お姉ちゃんが?」
「カナ?どうしたの?お姉ちゃんって誰?」
「……みっちゃん。ごめんかしら。ちょっと、急ぎの用ができたかしら。家に戻って、待っていてもらえるかしら」
「うん?いいけど、カナ、どうかしたの?」
「…少し、大変なことになってるみたい、かしら」
水晶が翼を貫いた。
「ぐっ…!?」
続けざまに突き出してくる水晶の柱をなんとか避ける。
が、目の前には、水晶の剣。
「……おしまい…」
無表情な薔薇水晶が、やはり舌足らずな声で告げる。
「くっ!」
水銀燈は力をほとんど使い果たしている。
回避も、防御もできない。
(ここまで、なんて…!)
悔しさを、噛み締める。
剣が、水銀燈の胸を貫こうとして、
薔薇水晶が、吹き飛んだ。
「…え?」
水銀燈は呆然とする。
そこに。
「お姉ちゃん!大丈夫かしら!?」
バイオリンを携えた、
「…金糸雀?」
そもそも、ローゼンメイデンは、姉妹でありながら姉妹ではない。
全てが皆ローゼンの娘でありながら、かといって家族意識を持つわけでもない。
翠星石と蒼星石は双子として作られたが故に、お互いを姉、妹としてみるが、
他のドールは基本的に、姉妹としての感覚をもたない。
それは、戦い壊し合い奪い合うゲームの中で、当然のことでもあった。
だが、その中でも。
二番目に作られた金糸雀は、唯一の姉である水銀燈を「お姉ちゃん」と呼んだ。
水銀燈もまた、初めての妹に懐かれ、振り払いはしなかった。
その後、姉妹でそのローザミスティカを奪い合うさだめを知った後も、
金糸雀は無邪気に水銀燈を慕い、
水銀燈もまた、攻撃的な自らを恐れも見下しもせず慕ってくる金糸雀に、態度を決めかねていた。
「どうしたの、お姉ちゃん。あれは、何かしら」
金糸雀が、水銀燈に走り寄る。
「…七番目だそうよ。そんなことより金糸雀。あなた上手く飛べないでしょう。
あいつに狙い撃ちされるわよ」
「むう…地面からいっぱい生えてるかしら。確かにちょっと避けられなそう…」
むくりと。まさに人形らしい動きで、薔薇水晶が起き上がる。
そして小さく呟く。
「……増えた…」
やはりその目には、何の感情も浮かんでいない。
「…うう。なんだか怖いかしら…」
「あいつなんか頭がオカシイのよ。…厄介よ。あなたじゃどうしようもないわ。
逃げなさい」
他の姉妹には決して言うことはないだろう言葉を、水銀燈は言う。
「…でも、お姉ちゃんを放っておくなんてできないかしら!」
「あなたねぇ…。…っ!」
水晶の柱が、足場から突き出てくる。
「きゃあっ!」
「避けなさいよ!もう!」
水銀燈が金糸雀を突き飛ばし、かろうじて二人とも避ける。
「仕方ないわね…、金糸雀。戦うわよ」
水銀燈の翼はもうほとんど役に立たない。
金糸雀は、トロい。
逃げるのも、受けるのも、無理だ。
ならば。
「あいつを…ジャンクにすれば済むわ」
それしか生き残る術はない、とも言える。
「わかったかしら!」
金糸雀が、バイオリンを構える。
が。
動きを止めた二人を、圧倒的な水晶の柱が蹂躙した。
「がっ…!なっ…?」
これまでになかったような、戦場全てを埋め尽くすような攻撃。
(これまでは、本気じゃ…なかった!?)
最初からこんな攻撃をされていれば、おそらくすぐに水銀燈は壊されていた。
(っ、違う、遊ぶようなやつには見えない…!)
ならば、これは。
(…逃げていたときと、違うのは)
薔薇水晶の、地面から水晶の柱を出す能力。
それには、一度に作られる数に限界があると、逃走の中で見極めていた。
だが、もし、その作られる数が、「地面の表面に」、ではなく、「地面の下に」、ならば。
(止まっていたから…!)
金糸雀と話している間に。薔薇水晶が倒れていた間に。
その一撃は、張り巡らされていた。
右腕が砕かれた。
翼もほとんどもぎ取られ、新しく出すこともできない。
(お父様に、作っていただいた体が…!)
声は、出ない。狂乱のあまり、出せない。
(嫌、いやぁ…!)
喪失感と、絶望が、全身を引きずり込む。
(私は、わたしは…!!)
水銀燈の体が、衝撃に飛ばされる。
水晶ではなく。
音の衝撃。
(かなり、あ…?)
絶望に歪む思考で、妹を認識する。
近くでバイオリンを弾いている金糸雀が、水銀燈に微笑む。
後ろでピチカートが開いた扉に、水銀燈は投げ出された。
「これでおーけい、かしら」
金糸雀は、満足したようにつぶやく。
「よく分からないけれど、攻撃を止めてくれてるんですもの。
逃げなきゃ損ってやつかしら」
薔薇水晶の攻撃は、強烈だった。
だが、その後は攻撃が止んだ。
薔薇水晶も動かない。
さっきの技は、強力な代わりにものすごい消耗をするのかもしれない。
「でも、せっかく逃げても追われたらどうしようもないかしら」
水銀燈はすでに限界だった。
逃げることも、戦うこともできなかったに違いない。
そして、今扉を開けて逃げだしても、すぐに薔薇水晶は追ってくるだろう。
「だから、足止め、ってやつかしら」
金糸雀は、バイオリンを奏でる。
両足を失ったことなど、気にも留めず。
音の槌が、振りかざされる。
薔薇水晶は、滑るように避ける。
音は地面に衝突した後、大蛇のように形を変えて逃げる敵を追う。
以前。こんな会話がどこかでなされていた。
「はた迷惑な奴だったな、あの金糸雀ってやつ」
「まあ、困った子ではあるけど、悪い子ではないわ。
ローザミスティカを集めるって言ってるけど、そこまで本気じゃないようだし」
「ドジだしね。正直脅威じゃない」
「…厳しいな蒼星石。まあ、つまりあいつは弱いのか?」
薔薇水晶は音を回避しながら、金糸雀のもとへ向かう。
音の蛇は消え、違う曲が奏でられる。
薔薇水晶は、音の竜巻に吹き飛ばされる。
「…ううん。金糸雀の能力は、遠距離にも近距離にも使えるから。
戦闘タイプとしては真紅や水銀燈に近い、実戦向きの能力です。
しかも、攻撃力は二人より高いんです」
「…へえ。意外だな」
「でも、金糸雀は戦闘に本気で取り組むことが滅多にないんです。
いつもどこか遊び気分みたいで。
…僕も、彼女の本気を見たことは一度だけです」
「戦ったのか?」
「…はい。敗けました」
「え?」
吹き飛んだ薔薇水晶に、音の竜が喰らいつき、叩き落す。
薔薇水晶は金糸雀に向かい、手をかざす。
水晶の柱が、四方から金糸雀を襲う。
音の竜が前方の一本を砕き、金糸雀を乗せて宙を舞う。
「そ、そこまで強いのか?」
「僕とは相性もあるんでしょうけど。
僕は彼女にまったく触れられませんでしたし、
そのくせ彼女は見えない攻撃を途切れることなく放ってくるんです。
あの時は、退かざるを得なかったですね」
無数の水晶の欠片が、宙空の金糸雀に放たれる。
音の弾丸が、その全てを撃ち落す。
再び、音の槌が薔薇水晶を潰さんとする。
二本の柱が槌の前に立ち塞がる。
槌は風となり柱をすり抜け、薔薇水晶を撃つ。
紫のドレスに覆われた右腕が、宙を舞った。
同時に。
負荷に耐え切れなくなったパイオリンの弦が、全て切れた。
金糸雀は、微笑む。
水晶の柱が。水晶の欠片が。水晶の剣が。
金糸雀を貫いた。
(ピチカート)
声は出ない。すでに喉はない。
(あなたは賢い子だから、きっと分かるかしら)
周りは見えない。すでに瞳はない。
(わたしの願いが。わたしの思いが)
周りは分からない。すでに体はない。
(だから、あなたに託すかしら)
飛び散る破片の中から。
金色の人工精霊が、赤い光を連れて飛び出した。
それは、薔薇水晶が追うより早く、現れた扉に消えた。
「………」
ぼう、としていた。
薔薇水晶に奪われた右腕を、考えていた。
いや、考えられも、しない。
ただ、ぼう、としていた。
人間が、横で何か騒いでいるが、分からない。
それが、金糸雀の契約者だというのは、聞いた。
けれど、分からない。
ただ、ぼう、としていた。
金色の光が、目の前に来た。
それが何か、考える前に。
赤い光が、入ってきた。
それは。
その光は。
分かる。
「………かなり、あ……」
「めぐ」
柿崎めぐの、病室。
「水銀燈!?大変!大怪我してるじゃない!」
ぼろぼろの翼。欠けた右腕。
「どうしたの!さっきのは!?あれにそんなことされたの!?」
朽ちる直前のような体で。
「…水銀燈…?どうしたの、何か言ってよ」
ローゼンメイデン第一ドール。水銀燈は。
「めぐ。貴女の命。使わせてもらうわ」
決意に満ちた瞳で、宣言する。
「失敗しましたね」
いつもと全く変わらない、楽しそうな声で、白崎が言う。
「…人工精霊にローザミスティカを託す、か。そんなことができたんだな」
槐は、対照的な、疲れたような声で、言う。
「金糸雀の人工精霊は全ての人工精霊の中でも特に優れてますからね。
戦闘能力は無いに等しいですが、抜群に知能が高い。
何の命令も無しで主の意思を実行するのは、あの人工精霊だけでしょうね」
「あのローザミスティカは…、……水銀燈が手に入れたか」
「それだけでなく、水銀燈はどうやら契約もしたようです。格段に手強くなりますね」
「大したことじゃない。今回は桜田ジュンの一党と水銀燈との戦闘の後だったから不覚をとったが、
本来の薔薇水晶はローゼンメイデンごときに遅れはとらん」
「ごとき、ですか」
本当に楽しそうに、白崎は笑う。
「ごとき、だよ」
何の感情も見せず、槐は言う。
「、あ………」
めぐが、倒れる。
「…大丈夫?めぐ」
水銀燈が、翼で支える。
「…翼の修復でかなり力を使ったわね。…少し、休みを入れないと駄目、ね」
相変わらず水銀燈の体はぼろぼろだが、翼だけは修復されている。
「…今すぐ、行きたいけれど、これは…」
水銀燈は悩む。このまま戦いを始めたりしたら、おそらく、めぐは。
だが。
「…いいのよ。水銀燈」
めぐは、むしろ嬉しそうだ。
「…めぐ」
「必要なんでしょう、水銀燈。
私の力、ううん、私の命が。
だったら、使って。
あなたに使い切ってもらうのが、ずっと夢だったんだから。
私は、あなたに、私の命、好きなだけ使って欲しいな」
本当に、嬉しそうだ。
水銀燈は、目を伏せる。
「…そう。なら、使わせて、もらうわ」
翼を開き。
「でもね。あなたが死んだら私も動けなくなるわ。
だから、死なないようにしておきなさい」
nのフィールドへ。
「…本当に綺麗。水銀燈の翼」
めぐは微笑む。
「いいなあ。私も翼が、欲しいなあ」
窓の外を、空を見る。
「でも、あれは天使さまのものだものね。わたしには、似合わないよね」
左手についた、指輪に触れる。
「…ちゃんと、戻ってきてね。水銀燈。
そのためなら、私の命、迷わないで使い切ってね」
祈るように、目を閉じた。
薔薇水晶を探し出すのに、大して苦労はしなかった。
先程金糸雀と分かれた場所を、ピチカートに案内させた。
そこにまだ、薔薇水晶は居た。
何を考えているか分からない、その無表情に。
一切の容赦の無い、羽根の豪雨を叩き込む。
「……ぁ…」
薔薇水晶が、今初めて水銀燈の姿に気付いたように、小さな声を上げる。
その身を守るように、水晶の柱が三本、立ち塞がる。
津波が都市を呑み込むように、羽根は柱を砕きすり抜け呑み尽くす。
薔薇水晶は回避に移るが、その左上半身を黒い津波が喰らう。
「…いた、い……」
やはり表情は変わらないが、言葉は痛みを訴えていた。
「…その右腕、金糸雀がやったのかしら」
水銀燈は、今自分が破壊した左半身ではなく、
先程見つけたときにはすでになかった、右腕の欠損を見る。
「あの子は本当、何を頑張っちゃったのかしらね。
弱いくせに、戦いなんか大嫌いなくせに」
突き出てくる水晶の柱を、避けようともせずに、砕く。
「いつもいつも。楽とかズルとか策だとか言って。結局は戦いが嫌だっただけの癖に」
雨のように襲ってくる水晶の欠片を、翼で払い落とす。
「本当に、…何を頑張っちゃってるのよ」
翼を、大きく広げる。
地面に散らばっている肌色の破片が、かつて何と呼ばれていたものかなど、とうに気付いている。
薔薇水晶の右肩の傷口から、水晶の剣が生え出す。
何の表情も浮かべずに、水銀燈に飛び掛る。
「…まあ、あの子のことなんて、どうでもいいのよ。これは、アリスゲームなんだから」
黒い翼が、薔薇水晶にからみつく。
薔薇水晶の左半身の傷口から、数十本の水晶の刃が突き出す。
右の剣と左の刃で、翼を切り払う。
「そう。これは、アリスゲームなんだから。だから。あの子のことなんて、どうでもいいけれど」
突き出された水晶の剣を、素手で掴む。
もう一本しかない腕の、その掌が、剣の刃で傷付く。
「金糸雀のことなんて、どうでもいいけれど。
アンタは私が、ずたずたに壊してあげるわ」
紫色の光の玉が、薔薇水晶の腹をぶち殴った。
メイメイの一撃で吹き飛ばされた薔薇水晶に、刃と化した羽根が襲いかかる。
防御もできず、薔薇水晶は切り刻まれる。
肌が、ドレスが、髪が、顔が、ことごとく刃の餌食になる。
切り刻まれながらも、水晶の欠片を水銀燈に向かって放ち、同時に水晶の柱を地面から突き出す。
水銀燈の翼が、一段とその威容を増し、暴虐を尽くす。
欠片は、圧倒的な黒い刃の激流に呑まれ、水晶の柱は水銀燈に届くことなく微塵に砕かれる。
「……ぁ、ぁ…!」
初めて、薔薇水晶の声に苦悶が混じる。
その苦悶を。
黒い暴虐が、喰らい尽くした。
破片が、飛び散る。
その薔薇水晶というドールの名残りさえも、黒が喰らう。
切り裂かれ、飛び散り、切り刻まれ、散り消える。
まさに微塵となるまで、それは続く。
戦場に、静寂が帰る。
水銀燈は何も無くなった地面を見ている。
その翼は、元の大きさ。
「…ふん」
敵は砕いた。
後は、あの敵のローザミスティカを―――
赤い光が、視界を埋め尽くした。
「何…!?」
とっさに翼で身を守る。
しかし、衝撃などはない。
見ると、いつのまにか、さっきまで見ていた場所に男が立っている。
光は、その男の手から、発されていた。
男の手からは、無数の赤い糸のような光が現れていた。
光の糸は、戦場を埋め尽くすように方々に伸び、戦場を赤く染める。
「お前…!何なのよぉ!」
得体の知れない感覚に、怯えるように羽根を撃つ。
その羽根は、地面から突き出した水晶の柱に阻まれた。
「…え?」
赤い光は、収まっていた。
男の姿はすでになく。
そこには。
「薔薇水晶…!?」
微塵に消し飛ばしたはずの敵が、一切の欠損なく、立っている。
薔薇水晶は、水銀燈を見上げる。
「な…何よ今のは!?なんでアンタ…!!」
微塵に砕かれたはずなのに、再びそこにいるのか。
薔薇水晶の体に、欠損はない。左半身も、右腕すらも、傷一つない。
「一体何をしたのよ…っ!」
困惑と驚愕と、そして得体のしれないものに対する恐怖から、叫ぶ。
それに、薔薇水晶は。
「…お父様に……直して、もらった…」
相手の言葉を真似するのではなく、答えた。
「な、ん…!?」
薔薇水晶の答えに、水銀燈は言葉を失う。
(お父様に…!?)
だが確かに、それならば理解できる。
ローゼンメイデンの修復など、それも、微塵にまで砕かれた状態からの修復など、
そこらの人間、いや、たとえマエストロ級の職人であっても不可能だろう。
しかし、製作者であり至高のマエストロでもある父ならば、それを行えても不思議ではない。
(でも、じゃあ、なんで…!)
なぜ、薔薇水晶を直す。
(まさ、か)
恐怖を、言葉にだす。
「…アンタの、契約者は……」
薔薇水晶が、答える。
「……契約者…いない、……お父様が、ゼンマイ、巻いた……」
その答えは、絶望以外の、なにものでもなかった。
お父様が、薔薇水晶を選んだ。
右腕を失った水銀燈ではなく、すでにカタチをなくした金糸雀でもなく、
薔薇水晶だけを直した。
それは、アリスゲームの根底を覆す事実であり、
水銀燈の存在意義を完全に壊す悪夢だった。
「……なに、 それ」
自分の内側を、根こそぎ奪われたような。
「い、や 」
自分の意味を、まるごとなくしたような。
「アリス は、… わたし、が」
全ての希望が、潰えた、感覚。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
壊れた水銀燈を、水晶の柱が刺し貫いた。
そのことには、誰も、気付かなかった。
水銀燈は薔薇水晶と自分の内側しか見ていなかったし、
薔薇水晶は水銀燈を壊しローザミスティカを奪うことしか考えていなかった。
そして槐は力の消耗で戦況の把握すらできていなかった。
ただ一人、白崎だけは、知っていたかもしれない。だが、何も言わなかった。
その戦場から、一つの人工精霊の姿が、消えていた。
壊されている、水銀燈を見た。
体も。
心も。
その光景は、
まるで。
かつての自分の、罪を見ているようで―――――
「真紅」
一言。名前を、呼んだ。
「、ええ」
真紅は一瞬怯んだようだが、『命令通り』、花弁で水晶を破壊して水銀燈を助け出す。
「翠星石」
やはり、一言。
「っ、は、い」
翠星石は明らかに怯えているが、こちらも『命令通り』、薔薇水晶に向けて巨大な蔦を伸ばす。
「蒼星石」
淡々とした、名前を呼ぶだけの、一言。
「…はい」
蒼星石は怯えを押し殺しながら、『命令通り』に、数多の水晶に切り裂かれている蔦を足場に、薔薇水晶に向かい走った。
「雛苺」
最後の、一言。
「う、ん」
雛苺は怖がりながらもこちらを気遣うような目をして、それでも『命令通り』、薔薇水晶に苺わだちを絡ませる。
動きを止められ、蒼星石の鋏をその身に受けた薔薇水晶は、こちらを見て、
「……桜、田……ジュン…?」
僕の、名前を呼んだ。
粉微塵にされた薔薇水晶が直された時点で、危機を感じ取ったピチカートが、
戦場を離れ桜田家の鏡から現れたのが五分前。
ピチカートから、真紅が大体の事情を『聞いた』後、nのフィールドへ駆け込んだのが一分前。
戦場に導かれたジュンと四体のドールは、その状況を見て、
即座に攻撃行動に入った。
自分でも意外なほどに、思考は冷静だった。
感情はただの一つが前面に出て、それが他の全てを制御した。
その感情は。
あらゆるものを含んだ、怒り。
それは炎のように激しくエネルギーを放ちながら。
しかし氷の冷たさで行き先を求める。
「…ジュン」
水銀燈を抱えた真紅が、横に降り立つ。
言葉を出すことなく、指輪を介して次の指示をする。
「…わかったわ」
強張った表情で、真紅は薔薇水晶のもとに走る。
(怖がってる、な)
真紅だけではない。翠星石も、蒼星石も、雛苺も。表情には怯えがある。
しかし、それは薔薇水晶を恐れてのことではない。
(僕の、感情)
ジュンとドール達は今、指輪を介して、思考を伝えている。
そして、伝わるのは、思考だけではなく、感情もある程度伝わる。
真紅たちは、ジュンの怒りに直接触れ、それに恐怖している。
(ごめん。…けど)
無意味に怯えさせてしまっていることを悪く思いながら、しかし、
(今は…あいつをコロすことが、先だ)
その『あいつ』が、薔薇水晶なのか、
それとも、それに重ねて見える『かつて』なのか。
そんなことは、分からない。
水銀燈の傷を、確認する。
右腕が、ない。体のところどころも、抉られている。
だが、これならば "―――なぜか確信を持って言える―――" まだ、壊れない。
気を失っているようだが、そのうちに目を覚ますだろう。
とりあえずは、薔薇水晶に集中してもいいだろう。
薔薇水晶を、見る。
四人のローゼンメイデンを相手に "―――やはりあいつはローゼンメイデンではない―――" 、
傷を負いながらも、奮戦している。
だが、確実に追い詰めている。
パワーは薔薇水晶のほうが強いようだが、所詮は一体。
処理能力の限界まで、波状攻撃を仕掛ければいいだけのこと。
向かってくる鋏に回避をとろうとすれば、苺わだちが絡みつき、
それをひきちぎる隙に花弁が体を縛ろうとする。
花弁をなぎ払い水晶を放っても、蔦が邪魔をして矛先を逸らす。
そこに苺わだちがまた絡みつき。花弁が縛り。鋏が向かう。
少しずつ。
確実に。
薔薇水晶は刻まれ。
ついに、倒れた。
一見、これで終わりだ。
しかし。
ピチカートが示唆していた、『お父様』。
薔薇水晶が本格的に危機に陥れば。
彼は。 "―――そう、ローゼンではなく―――"
娘を助けに。 "―――薔薇水晶を作った、―――"
きっと、現れる。 "――― 『彼』 ―――"
分かっていたから。
彼がいきなりそこに現れても。
ジュンは驚かなかった。
「―――槐さん」
「…どうやら、分かっていたようだな」
槐は、疲れたように言う。
「…はい。今なら、分かります」
冷たい炎を芯に据えたまま、ジュンは答える。
「ローゼンメイデンに、ローゼンが『いる』ように、
薔薇水晶には、あなたが『いる』、ということが」
ジュンは、完成した槐の作品をひとつも見たことがない。
人形制作を教わるときも、部分的な完成品しか見せてもらわなかった。
だが、ジュンは、槐その人を、何度も見て、話し、教わっていた。
槐の全身全霊が込められた薔薇水晶を見て、槐を感じたのは、当然だった。
「…まったく、嫌な目をしている」
呆れたように言う。
「ここに来たときの感情の飽和、か。殻をひとつ、破ってしまったようだな。
作品から作り手を知る。マエストロの目まで、手に入れたか」
そして、槐の表情は消える。
「…惜しい才だ。あるいは僕やあの人の領域に届くやもしれぬ才。
だが、所詮、才に過ぎんな」
槐の手から、赤い光が放たれる。
「本物のマエストロと、マエストロの才を持つだけの青二才。
その違いを、教えてやる」
一瞬で、薔薇水晶は本来の形を取り戻す。
地面から、無数の水晶の剣が突き出してくる。
薔薇水晶と槐は赤い光で繋がっている。
その光で、薔薇水晶に力を与えているのだろう。
「――槐さん。なぜ、こんなことを」
こちらもただ見ているだけではない。
翠星石の蔦で自らを守りながら、今の攻撃で傷付いた雛苺を修復する。
真紅と蒼星石に指輪を介して薔薇水晶への攻撃を頼む。
「なぜ、とはな。全く不必要な質問だ。
分かっているのだろう」
先ほどまでより格段に強固な水晶の攻撃に、真紅は手を焼いている。
真紅に割り当てる力を増し、雛苺に真紅のサポートを頼む。
「…そうですね。あなたが、ローゼンを超えようとしていることは、分かります。
だけど、ドールを壊すことで優劣を示せるとは、僕は思いません」
雛苺と真紅が薔薇水晶の動きを止め、蒼星石が一撃を入れる。
薔薇水晶もただでは喰らわず、三人に水晶の一撃を放ち返す。
「知った風な口を利くな。若造。
自らの存在をかけた戦いでこそ、そのドールの全てが現れる。
真に優劣を測るためには、極限点で見えるものを見なければならん」
三人の傷が直るより早く、完治した薔薇水晶が柱の連撃を見舞う。
動きの鈍くなっている三人を、翠星石の蔦で救う。
「…僕は、戦いだけが、全てだとは思いません。
強さとか、力とか、それでドールの優劣が決まるなら、
意匠も造形も、必要なくなってしまいます」
水晶の欠片の追撃を、真紅の花弁が逸らす。
傷が治りきった蒼星石が、翠星石のサポートのもと、薔薇水晶を襲う。
「それはその通りだともいえるがね。
だが、結局のところ、美というのは見るものが決めるものだ。
私もローゼンも、行き着くところまで行き着いている。
すでに作るもの全てが完成していて、その優劣など見る者の嗜好に依存する。
見かけの美しさで競える段階は、とうに超えているのだよ」
蒼星石の鋏が薔薇水晶に届く前に、巨大な柱の一撃で、蒼星石は吹き飛ばされる。
動揺した翠星石もまた、死角を突く柱を回避できず、逆方向に飛ばされる。
「すでに意匠や造形では競えないのだ。
あとは、極限の深さにおいてのみ、測るしかないのだよ」
蔦という足場を失った真紅、雛苺もまた、柱と欠片に狙い撃ちされ、地に落ちる。
戦局は、決していた。
力の差を、実感する。
それは、能力の出力だけではない。
傷を修復する速度。能力を行使する際の正確性。状況の激変に対する対応力。
力の使い方、ドールの扱い方。
技量に、ドールへの理解度に、格段の差があった。
「…薔薇水晶は、そもそもの出力が段違いでしょう。
それで、極限の深さを測れたりするんですか」
自分でも、負け惜しみと分かる言葉を口にする。
「ふん。その出力というものそれ単体が深さとも言える。
それもまたドールの力なのだから。
ローゼンは七つに自らの全てを使い、
僕は薔薇水晶に自らのほとんどを込めた。
ローゼンと僕の優劣を見るには、ローゼンの七体と僕の薔薇水晶で戦うのが一番だった」
槐は、余裕を見せつけるように笑う。
「七体目は、まだ見つからないが、これで、ローゼンの七分の六は超えたわけだ」
勝利を、宣言する。
真紅達はまだ壊れていない。
だがそれは、槐が勝利に酔っているからであり、
もし今真紅達の修復をしようとしたり何か動きを見せれば、
即座に薔薇水晶が攻撃を加え、負傷で存分には動けない真紅達は壊されてしまうだろう。
だから、真紅達には動かないよう指示している。
「そもそも、ローゼンのシステムは不完全なんだ。
人間を媒介にしなければ、まともに力も使えない。
足りない力を補うための苦肉の策なんだろうが、それではドールの力とは言えん」
嘲るように槐は言う。
「ドールの力とはつまり、ドール単体でどれほど完成しているか、だ。
僕の薔薇水晶のように、誰の援護なしでも強く在れるようなドールこそが、真の完成形だ」
「…でも、薔薇水晶は、真紅達四人に倒されたでしょう。
あなたに完全に修復された後の、本来の力だったはずなのに。
あなたの言い方で言えば、ローゼンの七分の四にも敗れたということではないんですか」
挑発のようなことを言う。が、槐はなんでもないように答える。
「それは違うな。お前も分かっているだろう。
ドール達四体だけで、薔薇水晶は倒せなかった」
事実を無視したようなことを言う。
だが、ジュンにもその意味は分かった。
そう。真紅達が四人がかりで戦っても、薔薇水晶の力押しに耐え切れず、
最初の戦いのときのように一人ずつ崩され、最終的に負けていただろう。
それなのに、薔薇水晶を倒せたのは。
「お前が居たからだ。お前が戦況を把握し、ドール達の動きを操り、
戦局を支配したからこそ、薔薇水晶は敗れた。
つまり、だ。
薔薇水晶が敗れたのはお前という人間に、であって、ローゼンのドールに敗れたわけではない」
それは屁理屈のようで、
しかし実際にローゼンのドールと槐のドールの強弱だけを見れば、
槐のドールが勝っていたというのが事実だった。
槐は、人間に対しての強弱など、考えていない。
ただ、ローゼンのドールより自分のドールが強いことだけを求めている。
だから、薔薇水晶がジュンに敗れたとしても、大したことだとは考えていない。
ローゼンのドールに勝ったと、確信している。
だが。
ジュンは、そうではないと考える。いや、理解している。
「槐さん。あなたの言っていることは、少し違います」
「何がだ。お前が何を言おうと、僕のドールがローゼンのドールを超えた、ということは変わらない」
「いいえ。あなたが求めていたことは、あなたが、ローゼンを、超えることでしょう」
「その通りだ。僕のドールがローゼンのドールを倒す。それが、僕がローゼンを超えた証明だ」
「やっぱり、違いますよ。
あなたのドールと、ローゼンのドールは、そもそもの思想が違う。
あなたとローゼンの戦いというのは、その思想の戦いでもあるはずです」
「…どういう意味だ」
「あなたはさっき、ドールとは単体で完成しているべきだ、と言った。
それが、あなたがドールを作るときに前提とする、思想でしょう」
「当たり前だ。ドールは作品なのだから、単体で完成していなくてどうする」
「ですが、ローゼンメイデンは人間を必要としています」
「それは、ローゼンのドールが不完全だからだ。不完全な力を補うために、人間を必要とする。
その点だけでも、僕とローゼンの力の差が出ている」
「いえ、違います。ローゼンのドールが不完全なのは、ローゼンの力不足じゃない」
「なんだと?」
「きっと、ローゼンの『そう在るべき』と考えるドールが、そういうものだったからです」
「…………!!」
槐の表情が、驚愕に染まる。
おそらく槐は、すでにジュンの言おうとしていることに気付いた。
だが、ジュンは言葉を続ける。
「人間の力なしでは存在もできない。
人間の協力なしでは、目覚めることさえできない。
それは確かに不完全です。存在としては、作品としては、欠陥品もいいところでしょう」
「…やめろ……」
「ですが、ドールはそういうものじゃない。
少なくともローゼンはそう考えた。
ドールとは……『人間と在るもの』だと」
「言うな」
「だから、人間の力を借りて薔薇水晶を倒したのは、ローゼンのドールとして、むしろ本来の形です。
単体として存在するのではなく、人間と共に在ることが、ローゼンのドールの姿なんですから」
「言うな…!」
「僕の指示で真紅達が薔薇水晶を倒した時点で、あるいはあなたとローゼンの優劣は見えたのかもしれない。
…でも、あなたはそれで終わらなかった」
「…やめ、ろ…」
「あなたは、薔薇水晶に力を貸し、それで、僕達を倒した。
それによって僕とあなたの優劣は、確かに決まった。
だけど、あなたは僕達に勝つために、『ドールは単体で在るべき』という自らの思想に、反した」
容赦なく、告げる。
「ローゼンの思想を超えられなかったから、あなたは自分の思想をかなぐり捨てた。
……あなたは、もう、ローゼンに。完全に、敗れています」
それは、ジュンの推測に過ぎなかった。
ローゼンが何を思ってローゼンメイデンを作ったのかなど、結局はローゼン本人にしか分からない。
だが、槐はジュンがローゼンの影響を受けていることを知っていたし、
なによりも、自分が自らの思想を踏みにじったことは、紛れもない事実だった。
自らのドールがローゼンのドールにやられるところを見ていられなくて、つい、手を貸してしまった。
だが、それは、槐にとって、ドールの『在るべき姿』を汚したことに他ならない。
そして、その行為は、自分の思想を捨てたどころか、ローゼンの思想を認めることになってしまったのかも知れず、
つまりそれは、長年培ってきた己の全ての、敗北に、他ならず、
「黙れ」
自らの感情を、叩き潰すかのように。
「黙れよ、小僧」
自らの思考を、焼き尽くすかのように。
なんの思想も、目的もなく。
ただ、攻撃衝動のままに。
「だまれええええええ!!!!!!」
槐は、薔薇水晶を差し向ける。
薔薇水晶は、こちらに向かってくる。直接、斬りつけたいらしい。
ジュンだけを、見ている。
これを、待っていた。
(真紅、翠星石、雛苺)
口には出さず、三人に合図する。
ジュンの中の冷たい炎は、一時すら消えていなかった。
先ほどから四人に伝えていた戦略を、実行する。
倒れている四人とジュンの足元から蔦が生える。
蔦はジュンと蒼星石、翠星石、雛苺を薔薇水晶から引き離す。
真紅だけを、槐に向かわせる。
槐が自分が狙われていることに気付き、薔薇水晶に指示するより早く、
苺わだちが薔薇水晶の足をとり、転ばせる。
真紅の花弁が、槐を捕らえる。
槐は赤い光を放ち、花弁を振り払う。
槐の意識が真紅に向き、薔薇水晶の意識が槐に向いた隙。
完全に修復した蒼星石が、薔薇水晶を切り裂いた。
薔薇水晶はとっさに反撃するが、蒼星石はすでに離れていて、届かない。
槐は真紅の花弁を振り払うのに力を使っており、そして花弁に妨害されて、
薔薇水晶の修復も、強化もできていない。
単体で存在するべく作られた薔薇水晶は、赤い光で槐と繋がらなければ、力の供与を受けられない。
しかし、指輪という繋がりを持つローゼンメイデンは、修復はともかく強化は常に受けられる。
これが、本来の、ローゼンメイデンと槐のドールの戦い。
翠星石の修復も完了した。
薔薇水晶は蒼星石を攻撃しつつ、槐の元に向かう。
雛苺の修復も完了した。
薔薇水晶の進路を蔦と苺わだちが阻み、それを切り払っているところに蒼星石の鋏が襲う。
薔薇水晶の反撃を蒼星石が避けている間に、蔦と苺わだちが再生する。
先ほどの戦いの繰り返し。
だが、真紅が槐を抑えている分、先ほどより決定力に欠ける。
薔薇水晶が、蔦も苺わだちも蒼星石もまとめて、水晶の柱で薙ぎ払う。
視界の開けた薔薇水晶は、真紅を狙い水晶を放つ。
翠星石が真紅の足場の蔦を動かしてかわす。
翠星石がそちらに気をとられ薔薇水晶への妨害が弱まる。
薔薇水晶は蒼星石に攻撃を加えつつ、苺わだちを引きちぎって、槐の元へ。
予定通りの戦況。
薔薇水晶、槐、蒼星石の位置関係は予定通り。
薔薇水晶の意識は、槐と蒼星石に向いている。
その背中は、
「隙だらけだな、…水銀燈」
薔薇水晶の無防備な背中を、黒い羽根が襲った。
水銀燈は、とうに目覚めていた。
槐とジュンの話を聞き、薔薇水晶と真紅達の戦いを眺めていた。
ジュンは槐と話している間に水銀燈が目覚めていることに気付いたし、
弱っている水銀燈がそのまま戦闘に参加しないことも予想していた。
しかし、だからといって水銀燈が何もしないとは思わなかった。
水銀燈は、機会を狙っていた。
弱っている自分でも、薔薇水晶が壊せるような、そんな機会。
だからジュンは、その機会を用意した。
薔薇水晶の背中が、切り裂かれた。
警戒していなかった方向からの攻撃と小さくない損傷に、薔薇水晶は一瞬動揺する。
その隙に、蔦と苺わだちの妨害は再開され、蒼星石が斬りかかる。
水銀燈は羽ばたいて浮き上がり、翼を広げる。
一瞥だけ、ジュンを見た。
憎悪。
「……っ 」
その目に込められた、自分へ向けられた感情を、受け入れる。
当然の話だ。
ジュンは、水銀燈を、汚したのだから。
水銀燈は、ジュンのことよりも、薔薇水晶を壊すことを優先した。
羽根を、撃ち出す。
ジュンも、水銀燈のことよりも、薔薇水晶を倒すことを優先した。
ドール達に、指示を送る。
刻むように。
削るように。
着々と。
確実に。
薔薇水晶を壊していく。
槐が薔薇水晶に指示を出したのか、
薔薇水晶は槐のもとに向かうのをやめ、戦いに専念していた。
だが、それでも。
一度やったのだから、分かりきっていた事。
槐のドールは。
ローゼンのドールと、その契約者に、
倒された。
黒い羽根の豪雨が、薔薇水晶を砕いた。
薔薇水晶は、動かなくなる。
翼の暴力も、止まる。
水銀燈の、息が上がっている。
弱っていたところで、無理をして力を振るったのだから、当然だった。
蒼星石や翠星石、雛苺も、相当に疲れている。
ジュンは微細な指示を出して細かい動きを要求していたし、
水銀燈は周りのことを考えず攻撃していたので、それを回避するのにも気をすり減らしていたのだろう。
ジュンもまた、今にも倒れそうだ。
絶えず戦況を追い、予想外の動きに対応し、力を供給し、
薔薇水晶の攻撃を受けたり、水銀燈の攻撃に巻き込まれた蒼星石を修復したりもした。
だが、勝った。
「槐さん」
真紅を修復しながら、花弁に捕らわれた槐に呼びかける。
「…ああ。僕の、敗けだ」
槐は、落ち着いていた。
「僕が、薔薇水晶のサポートとしてここにいながら、
薔薇水晶はローゼンのドールに負けた。
…ローゼンにも、お前にも、僕は、敗けたよ」
何を、思っているのだろうか。
ジュンには、分からない。
「く、く。…なんという、未熟。自らの思想すら、通しきれないとは」
自嘲する。
「…槐さん」
「薔薇水晶を、直してもいいか」
ジュンの言葉を遮って、槐は問う。
「あの子は、僕の娘だ。あのままにしておくなど、できない」
「……、」
「そんなこと許せるわけねぇです!」
ジュンの答えを遮り、翠星石が怒る。
「あいつは、金糸雀を壊したんですよ!?あいつは壊されて当然です!」
怒りと、悲しみと、憎悪。翠星石の目には、それらがあった。
「…翠星石」
真紅が、翠星石を、止める。
「なんです真紅!真紅はあいつを許すですか!?あいつは、金糸雀を…っ!」
「槐さん。金糸雀を、直せますか」
ジュンの質問に、翠星石が息を止める。
まさか、と翠星石は期待と疑惑の込められた視線で、槐を見る。
が。
「無理だな。すでにローザミスティカを失い、停止したローゼンメイデンの修復など、
僕にも、お前にも無理だ。それこそ、ローゼンが一から作り直すしかないだろう」
「でしょうね」
ジュンは、その答えを予想していた。
槐は薔薇水晶を粉微塵の状態から修復したが、それは薔薇水晶が槐のドールだったからだ。
ローゼンメイデンは、薔薇水晶と違い、『終わってしまう』ドールだ。
一度終わってしまえば、もう、どうしようもない。
一度死んだ人間が、生き返ることがないように。
それを、ジュンは感覚で理解していた。
「だ、だったら…!」
翠星石は期待を裏切られ、一段と怒りを増す。
「翠星石」
槐が、翠星石を呼んだ。
「なんですか!お前と話すことなんて翠星石にはないです!」
「薔薇水晶を、責めないでやってくれるか」
翠星石の怒りには動じず、槐は言う。
「なっ…!?」
「確かに、薔薇水晶はお前達を襲い、傷付け、そして、金糸雀を壊した。
だが、それは僕の命令だった。薔薇水晶は、僕の命令通りに動いただけだ」
「だ、だったら!お前が…!」
翠星石の怒りの対象が、槐に移る。
そして、槐はそれを受け入れる。
「ああ。僕が死のう。だから、薔薇水晶を許してやってくれないか」
平然と、言った。
「な…!?」
「槐さん…!?」
翠星石だけでなく、ジュンも言葉を失う。
「なに、娘を守るためなら、僕程度の命、たいして惜しむものでもない。
それで娘が幸せになってくれるなら、安いものだ」
「槐さん、そんな…!」
「だいいち、僕はすでに生きる意味を失ったんだ。
…なあ、僕が一体何年かけて、ローゼンを超えようとしてきたと思う」
「え…」
「二百年だ。僕は二百年の間、ひたすらにローゼンを超えようとしてきた。
その結果が、これだ。
僕は、二百年かけたところで、二百年前のローゼンにすら届かない」
「二百年、って…」
「ローゼンを追うために、ローゼンを学び、ローゼンと同じ道を歩いた。
死を超え、生を忘れ、業を極め、ただひたすらにこの道を来た。
薔薇水晶を作り上げ、今なら、ローゼンを超えられると思って、
そして、思い知ったのは、―――自らの未熟。
…僕はもう、これ以上は、無理だ」
疲れきった、声を出す。
そして、翠星石に向き直る。
「全ての罪は僕にある。僕が、君の、怒りを受けよう。
薔薇水晶は、まだ、幼い子供なんだ。僕の命令を、聞いていただけ。
だから、どうか、あの子を責めないでやってくれ」
「う…うぅ…」
翠星石は、どう答えればいいか分からず、何も言えない。
槐は、翠星石を見て、そのまま薔薇水晶のもとに向かう。
翠星石は、止めない。
ジュンもまた、何も言えない。
すでに破片となっている薔薇水晶を、赤い光が包む。
薔薇水晶の体が、少しずつ再生され、
槐は倒れた。
「槐さん…!」
槐に駆け寄る。
槐は、倒れ伏しながらも、薔薇水晶の修復をやめない。
「槐さん!待ってください!あなた、力が…!」
「そうだな。完全な修復を一度。お前との戦いで消耗しながらの修復。
その上でまた、完全な修復だ。僕の命ではぎりぎりだ」
平然と言う。
「なら、回復してから修復すれば…!」
「そうもいかん。薔薇水晶が壊されてから、修復できる時間には限りがあってな。
そして、僕の回復速度は特段に遅くてね。回復するのを待ってからだと、間に合わない」
「そんな…」
薔薇水晶の直りは遅い。
槐が、足りない力を無理矢理使おうとしているからだろう。
「待ってください…!じゃあ、僕が薔薇水晶を…!」
「直せんよ。お前が直せるのは、お前と契約したドールだけだろう。
指輪を介して、ドールの状態を理解し、ドールに力を与えて直しているはずだ。
他者と契約できず、僕の力しか受け入れない薔薇水晶は、お前には直せん」
そこで、槐は自らを嘲るように笑う。
「ふっ……僕であっても、今の僕が薔薇水晶を直せるかどうか、分からないがな」
槐は、どんどんと消耗していく。
そこで。
「……ぁ…」
薔薇水晶が、目を覚ました。
「槐さん!薔薇水晶は『戻り』ました!後の体の修復は後回しにして…」
「まだだ。薔薇水晶の機構は、精密なんだ。
一度体を失ったら、今度は完全に直しきらなければ、直してもすぐに崩壊する」
槐は、修復をやめない。
「……お父様…?」
流れてくる力の不自然さに気付いたのか、薔薇水晶が心配そうに槐を見る。
「安心しろ、薔薇水晶。すぐに、終わる」
槐はもはや、顔をあげることさえできない。
それでも、修復を、やめない。
薔薇水晶が、悲鳴をあげる。
「い、や……お父様、私、いや……」
自分を直すために、槐が死のうとしていることに、気付いたのだろう。
「お父様の、ために、…私は、お父様の、ために…」
薔薇水晶の哀願に、槐は耳を貸さない。
指一本、動かさない。
ただ、赤い光だけが、うごめく。
ジュンは、何も言えない。
何を言っても、槐は薔薇水晶を直すのを、やめないだろう。
「…槐、さん…」
だが、ジュンは、
「…僕は、あなたに死んでほしくない」
槐は、何の反応も返さない。
「あなたは、敵で。仇で。はた迷惑な人だけど」
赤い光だけが、うごめく。
「…僕に、色々と、教えてくれた人だ」
赤い光は、少しずつ、弱々しく、頼りなくなっていく。
「だから」
槐の手に、触れる。
ジュンは、ただの少年に過ぎない。
ローゼンや槐のような、神業級の作り手ではない。
ローゼンメイデンや薔薇水晶のような、生きた人形をつくることなどできないし、
死にかけている人間を治せるような、医者でもない。
だが。
ローゼンのドールをすべて見て。
四体のドールと契約して。
四体のドールと繋がって。
槐のドールを見て。
槐のドールと、四体のドールを率いて戦った。
ドールの作り方など大して知らないが。
『力』の使い方なら、知っている。
ここは、『力』が形を持つnのフィールドで。
ジュンは、『力』を使える作り手なのだから。
『力』を使って、単純なモノを作るぐらい、できないことでは、ない。
槐の指に、力を集め、『それ』を定義する。
『それ』は、単純なもの。
ジュンにとって、見慣れた、触り慣れた、使い慣れたもの。
ドールの傷に新しい体を作り直すように。
力を固めて。
ジュンは、槐の指に、『指輪』を作った。
(…なん、だ。これは)
文字通り命を削り、薔薇水晶の修復をしていた槐は、気付く。
(力が、流れてくる)
体の機能は停止していた。周囲など見えない。
(これ、は)
だが、感じた。
(…お前、か)
指輪を通じて、
力の共有を通じて、
槐は、ジュンの存在を、感じた。
(…貴様)
使え、と、ジュンの力は言っている。
(ふ、は)
笑いがこみ上げる。
(人間とまで、契約するか、貴様)
呆れのような、喜びのような、自分でもよく分からない感情が浮かぶ。
(いいだろう。使ってやる)
流れてくる力を自分のものとし、薔薇水晶の修復に利用する。
そして、力の一部を、逆に、ジュンの方向へ送る。
(聞こえるだろう。一応聞くが。お前、何のつもりだ)
確信を持って問い、そして予想通り、答えは返ってくる。
(あなたに死なないでほしい)
その答えは、少し、予想外だった。
死なないでほしい、という言葉自体は、予想していた。
ジュンは、普通の人間だ。しかも、若い。
目の前で、誰かが死ぬのをよしとはしないだろう。
つまるところ、その「死なないでほしい」は、死の拒絶に過ぎない。
死なれたら不快だから、死ぬんじゃない、という言葉。
そういう言葉が来るだろうとは、思っていた。
だが、ジュンの言葉は違った。
ジュンの「死なないでほしい」は、生の要望だった。
槐の生を、心から望む声。
(…なぜだ)
こちらの思考は、少しは伝わっただろう。
(私はお前の敵だろう)
(…やっぱり聞こえてなかったですか)
ため息をつくような気配。
(でも、もう一度同じ言葉を言うのもなんだか恥ずかしいですね)
(…なんだそれは)
どうやら、こちらが体の機能を停止している間に、その理由は言ったらしい。
だがもちろん槐には聞こえていない。
(分からんだろう。もう一度言え)
(仕方ないですね)
ジュンは、一息ついて、
(僕は、あなたにもっと、いろんなことを教えてほしいんですよ。……『先生』)
心からの感情をぶつけてきた。
薔薇水晶の傷は、内外の全て、修復された。
そのことを、槐は理解しながら。
呆然としていた。
(…槐さん?)
ジュンが、呼びかけてくる。
その声には、『先生』という声が伴って聞こえる。
どうやら、ジュンの尊敬や感謝が伝えようとした言葉以外のものまで、伝えてくるようだ。
(…あの…?)
こちらの思考が完全に停止していることを感じたのだろう。ジュンが怪訝そうな声で聞いてくる。
そう、完全に思考が停止していた。
(……先生、とは、お前……)
槐は、神業級の職人である。
他にも、いくつもの道を極めてきている。
だが、それは常に槐が学ぶ側であり、槐は、誰かに教えるようなことはしてこなかった。
そして、自分自身、誰かに教えるような人間ではないと、思っていた。
(…お前、な……)
だから、槐は、
自分を尊敬する者がいるなどと、初めて知った。
(く、は、)
何かが、こみ上げてくる。
(は、は。)
感情が、抑えきれない。
自分で自分の感情が、分からない。
だが、それでも。
これまでのことが、無駄ではなかったような、気に、なった。
槐の思考が届かなくなったことに、ジュンは疑問を感じる。
(あの、大丈夫ですか)
(…ああ、大丈夫、だ)
今度は声が返ってきた。
薔薇水晶が直ったことがよほど嬉しいのか、その声には歓喜が溢れている。
(じゃあ、槐さん。そろそろ『接続』を切っても大丈夫ですか?)
薔薇水晶は直っている。後は、槐の体がもつ程度の力を、槐に渡さなければならない。
(…ああ、いや、ちょっと待て)
その言葉と同時に。
槐に送っていた力の大半が、送り戻されてきた。
(槐さん!?)
槐の体ははっきり言って死にかけている。
長時間死に限りなく近い状態で命を分け与えていたのだ。当然そうなる。
だから、槐の体を元の生きている状態に戻すには、かなりの力が必要なはずだ。
(待ってください!それじゃあ足りないでしょう!?)
力の送り戻しは、まだ続いている。
(そうではあるがね。僕の体を直すのは、もう無理だ。お前の力など、何の役にも立たん)
槐の言葉には、まだ喜びと、そして悲しみのようなものが、感じられた。
(そんな、できるはずです)
人間の体がどの程度の力で大丈夫なのかははっきりとは分からないが、
自分の残っている力を使えば、できるような気がしていた。
(普通の人間なら、できるだろうな。だが、僕は普通の人間とは違う)
そして、唐突に、
(お前、ローザミスティカとは何か、知っているか)
聞いてきた。
(ローザミスティカ、ですか)
唐突の質問に困惑しながらも、ジュンは考える。
(ローゼンメイデンの、動力源みたいなものですよね。
アリスゲームは、それを奪い合うゲームだって、聞きましたけど)
(だろうな。ドール達自身が、そう聞いているんだろう。
ローゼンは彼女らに教えなかったし、彼女らもそれに疑問を持たなかった。
ローゼンを、妄信していたがゆえに、だな)
(どういう、ことですか)
(ふん。すこし違う質問をしようか)
(お前、生きた人形というのは、どうやって作るものだと思う?)
何か、ジュンの感覚が、気付いた。
だが、思考はまだ、届かない。
(僕もローゼンも、錬金術を極めていた。
生きたドールを作る過程で、そこにたどり着いた。不老不死は、その副産物だな。
しかし、な。錬金術をもってしても、無から有を生み出すことはできん。
ローゼンも、僕も、極めたからこそ、痛感した)
槐は、語る。
(はじめから生きているドールを作り出すのは、無理だった。
命というものは、作り出すことはできんのだよ。
だから、命を、ドールに分けるという手段で、生きたドールを作り出した)
ジュンの思考が、追いつく。
(それは、つまり、ローザミスティカ、っていうのは)
(そう。作り手の……ローゼンの、命だ)
槐は、言った。
(…ローゼンは、自分の命を、七体に分けたんですか)
信じられないような、だが確かに、納得もできる話。
普通、生きた人形など、作れないのだから。
(ああ。文字通り、自分の全てを、七体に込めた)
(……ローゼンは、七体を作って、それでも作りたいアリスが作れなかったから、
悲嘆にくれてドール達の前から姿を消した、って、聞きましたけど)
(ふん。ドール達は、六番目を作ったところまでしか、ローゼンを見ていないよ。
七番目の制作に入ってからは、一度も会っていないはずだ。
ローゼンは七番目を作ったときに、物理的な意味で、死んだ)
(…でも、真紅達はときどき、ローゼンの気配を感じることがある、って言ってましたけど)
(その身にローゼンを宿しているのだから当然とも言えるが。
まあ、おそらく真紅達がときたま感じるそれは、nのフィールドを漂っているローゼン本人だろうな)
(…死んだって言いませんでした?)
(物理的な意味で、と言っただろう。ローゼンは生も死も超越している。
命を失った程度で、その人格は消えんよ。
ローゼンは今も、nのフィールドのどこかを漂っている。
何をしているのかは知らんがな)
(なる、ほど)
ローザミスティカとは何か、は分かった。
ドール達は、自分達の知らないうちに、自分達の敬愛する父親の命を取り合っていたのだ。
それはわかった。
だが。
(…あの、なんで今、そんな話を)
それが分からない。
(ここまで言ってまだ分からんか)
槐の声には呆れと残念そうな気配が込められていた。
(ええと、ごめんなさい)
(まったく、不出来な)
槐の思考が途切れる。まるで、途中で思考が流れるのを止めたように。
(槐さん?)
(なんでもない。で、だ。
ローゼンはローゼンメイデンを作るために、命を使い果たしたと言っただろう)
(はい)
(そしてそれは、ローゼンに限ったことではない)
当たり前だろう、と、言われてないのに聞こえた。
(あ…まさ、か)
(やっと気付いたか)
槐がため息をつく気配。
だが、ジュンはそれどころではない。
(まさか、槐さんも)
(それはそうだ)
(僕もまた、薔薇水晶に、僕の命のほとんどを分けた)
いつも通り、平然と言う。
(……!)
(ローゼンが七体に全てを分けて、自身は死んだのに対し、
僕は薔薇水晶一体に自分の命のおよそ七分の五を分けて、自分の体は保った。
薔薇水晶の出力の高さは、そこから来ている。
単純な見方をすると、薔薇水晶はローゼンのドールの五倍の出力を持つ。
まあ、ローゼンのドールは契約者の力を上乗せするから、単純には言えんがな)
淡々と、槐は説明する。
(体力の源泉である命の七分の五を失っているわけだから、体力の回復がきわめて遅い。
体力のある程度の蓄積はできるが、一度使うと当分は戻らん)
(……それで)
槐の現状が、理解できた。
(そして、一度死にかけた体を直すのも、並大抵の力では足りんのだよ。
普通ならある程度の力があれば、あとは自力で何とかするものだが、
僕の場合は自力でまったくなんともできん)
(そんなに、足りないんですか)
(僕を生かそうとすれば、お前が死ぬ。必要量はそれぐらいだ)
(…っ!!)
(それ、は)
(諦めろ。僕は、もう、死ぬ)
話はそれで終わりだとばかりに、わずかに残っていた力が、送り返される。
それを、ジュンは受け取らない。
無理矢理に、押し返す。
(…諦めの悪い奴だな)
槐が呆れる。
力が、送り返されようとする。
やはり、押し返す。
(…僕は)
ジュンは、呟く。
(…諦めろと、言っているだろうが)
槐が、少しだけ、悲しそうな声を出す。
力を送り返す勢いが、強い。
だが、絶対に、受け取らない。
(…僕は、それでも)
それどころか、全力で、槐に力を送る。
(僕はそれでも、あなたに生きていてほしい)
心から、叫ぶ。
(………お前というやつは)
槐の、何度目かの、呆れ。
そして、不機嫌そうに、言う。
(…僕は、『弟子』の命を喰らって生きていこうと思うほど、堕ちていないぞ)
(……え)
槐の言葉は、不機嫌ではあったが、優しかった。
(二度は言わん。分かっただろう。諦めろ)
(…槐、さん。でも)
(ええい、しつこい)
力の押し付け合いはまだ続く。
(諦めろというのが、分からんのか)
(分かりません)
即答。
(…お前な)
(僕だけじゃありません。薔薇水晶が、あなたの死を受け入れるとは思えません)
その名に、槐の力の勢いが弱まった。
(…お前に、薔薇水晶の何が分かる)
(そうです。薔薇水晶のことは、槐さんが一番分かっているはずです)
(くっ…!)
槐こそが一番、分かっているのだろう。
薔薇水晶が、『お父様』なしで、生きられるのか。
(槐さん)
(く……)
(分かって、いるんですよね)
(…ぬううっ……!)
(それに僕も、あなたにいなくなられると、困るんです。…『先生』)
とどめとばかりに、心底からの言葉。
それに、槐は。
(ああくそわかったよくそ!!!)
怒った。
槐が生きる気になった。
だが、その手段はどうしたものか。
槐を生かすにしても、それでジュンが死ぬのは困る。
ジュンだけでなく、きっといろんな人が困る。
(手段も考えずに意見だけ言うのはやめろ、馬鹿弟子)
(すいません、先生。えっと、どうしましょう)
(ふん。要は僕が『いなくならなければ』いいんだろう)
力が、槐に流れていく。
ある程度で、止まった。
(…どうするんですか?)
(まあ、見ていろ)
(マエストロの技。神の領域の業。貴様に見せてやる)
「…ジュンはさっきから何をしているです?」
翠星石が座って動かないジュンの首を絞めながら言う。
「おそらく、かなり深い精神世界で槐と話しているのでしょうね。
槐は死に掛けているようだから、私達のように簡単にはいかないんでしょう。
それと翠星石。すっきりしないからってジュンに当たるのはやめなさい」
「マスター…大丈夫かな」
「ジュンはきっとかえってくるの。しんじてまつのよ」
「雛苺……うん、そうだね」
「…お父様……」
ぺちぺち
「……お父様…」
ぐにゅー
「お父様……」
ぺしっ
「あら」
「え?」
「にゅ?」
「…なんですぅ?」
「…お父様?」
赤い光が、槐を包む。
槐の体を覆うように。
槐の体を溶かすように。
槐の体が、光になっていくように。
そして。
「…すごいですね、先生」
ジュンの感嘆に、返る声はない。
だが、指輪を通して、
" これぐらいは当然だ "
槐の言葉が聞こえる。
しかし、槐の姿はない。
ジュンの前にいるのは。
「…お父様……かわいい……」
薔薇水晶と。
薔薇水晶の周りを飛び回っている、赤色の光の玉。
人工精霊、エンジュ。
「…これがあいつですかぁ?」
翠星石が光の玉をつつく。
エンジュは、翠星石の指先を避けている。
「む。こいつ、ですぅ」
翠星石の指の動きがスピードアップする。
エンジュの動きもスピードアップする。
翠星石の指はエンジュに触れられない。
「このぉっ!」
【 ふ。二百年早いわ 】
加速が重ねられていく。
なんだか楽しそうな二人の様子を見て、なんとなく安堵する。
と。
「ジュン。それで、あの子のことは、許す、のかしら」
真紅が、薔薇水晶を指差す。
「…そう、だな。あいつはただ、先生…槐の言うことを聞いていただけみたいだし…」
「ふざけないで」
憤怒と、憎悪。
その声は。
「…水銀燈」
右腕を失い、体のところどころを抉られたままの、ぼろぼろの体。
だが、その瞳は、ぎらぎらと光っている。
「命令に従っていただけ?何よそれ。知ったことじゃないわ。
…そいつは、壊さなきゃ、いけないのよ」
「…水銀燈」
水銀燈は、金糸雀のローザミスティカを持っているらしい。
金糸雀が、水銀燈を庇い、そして自らのローザミスティカを託したという。
金糸雀と水銀燈の関係はよく分からないが、
金糸雀を壊されて、一番悲しんだのは、きっと、水銀燈ではないかと、感じる。
薔薇水晶を一番憎んでいるのも、水銀燈だろう。
ジュンは、何も言えない。
その憎悪に、匹敵する理由などない。
だから、止められない。
「そいつは、私が、壊す」
水銀燈は、翼を広げ、
びくん、と、動きを止めた。
そして、
「めぐ……!?」
誰かの名を呼び、扉を開いた。
「くっ、は。」
息が、できない。
「っ、かっ、は。っ」
胸が、イタイ。
(最、悪…!)
めぐは、自分の体を、呪う。
(せっかく、使って、もらってるのに…!)
さきほどまで。
水銀燈が部屋からいなくなってから、
断続的、というか、たびたび、力が抜けるような感覚を受けていた。
ものすごく、疲れたけれど、立っていられないぐらいで、死にはしなかった。
けれど。
(こんなときに、発作なんて…!)
さきほど。
少しだけ、本当に少しだけ、力が抜ける感覚があって。
その瞬間。
心臓が、壊れるかのような、感触があった。
水銀燈に力を使われ、弱った体が、ついに、壊れた。
「めぐ!」
(…あ、水銀燈…)
すでに、見えない。
だが、声で、分かった。
(ごめん、ね。つかうことも、できない命、で)
もう、水銀燈が何を言ってるのかも、わからない。
腕に、痛みが走る。
(……?)
それが、指輪から伸びてきた茨だなど、めぐにはわからない。
ただ。
(…まあ、いいや)
突き刺すような痛みだが、胸の痛みに比べれば、大したことではない。
どうせ、もう、壊れきってしまったのだから。
(私は、もう、本当の、『ジャンク』に)
ぐいっ、と。
変な感覚。
(え…?)
誰かに持ち上げられたのだと、めぐにはわからない。
すでに、上下も分からない。
(ん…ん?)
でも、誰かがそばにいることは分かる。
(なに…?)
よく分からない。病院の人だろうか。水銀燈はどうしたんだろう、
とりとめのない思考……
なぜか、力が溢れてきた。
「…え?」
感覚も、戻ってきている。
「あ、れ?」
体が、なんだか、力強い。
「なに…これ」
「めぐ!」
「…水銀燈?」
ようやく、周りを見る。
よくわからないところ。
そこには、水銀燈と、見知らぬ男の子。
「…大丈夫、か」
一言だけ言って。
男の子は倒れた。
水銀燈の後を追ったのは、何かを考えて、ではなく、ついつられて、という感じだった。
扉がすぐそこだったので、つい入ってしまった。
そこで、水銀燈の契約者らしき少女が、指輪に食われかけているのに遭遇し、
とっさにnのフィールドに連れ込んで(パニックになった水銀燈に攻撃された)、
槐に行ったのと同じ要領で力を分けた(このときは真紅が守ってくれた)。
そして、体力の限界が来た。
指輪に、食われるところだった。
先生が、呆れながらも、薔薇水晶の力を分けてくれた。
「…うふふ。うふふふふ」
「…何よ、めぐ」
「水銀燈は、やっぱり天使さまだったなあ、って」
「…はあ?」
「だって、だって、ねえ」
「…なんなのよ」
「…王子様を、連れてきてくれるんだもの」
「はあ!?」
「かっこいいわよねえ…。
私が苦しんでるところに、ばっ、て現れて、さっ、て助けてくれるんだもの」
「ちょっとアンタ!ときどきテンションが変な子だとは思っていたけど!」
「うふふ。だって私の体、もう治りはじめてるらしいのよ。
そんな奇跡。うん、奇跡。運命の人にしかできないわ…!」
「ああもう!夢見がちなのもいい加減にしなさいよ!!」
「うふふふふ…」
続きます。

