~8月13日~
御坂「くっ……」
麦野「――――――」
御坂「(もうスッカラカンだわ……電磁バリアー一つ起こせやしない)」
バビロンタワーにおける頂上決戦を制したのはやはり“常盤台の超電磁砲”御坂美琴だった。
しかしその代償は大きく、御坂は疲労困憊のあまり麦野を膝に横たえさせたまま動けなくなっていた。
御坂「(回復まで一日二日でどうにかなるもんじゃない……)」
スーパーセル(雷雲群)をも取り込んで得たレベル6(絶対能力者)の力の片鱗なくば……
0次元の極点を振るう麦野には勝てなかっただろう。だが最大にして最強の障害を取り除いてなお
御坂「(早く黒子の下へ行かなくちゃいけないのに!)」
御坂の内部に山積する問題。それはタワー最深部にいるであろう白井の安否と仲間の行方だ。
その上胸骨、鎖骨、肋骨まで打ち砕いた麦野をどうするかが問題であった。このまま放っておく事など考えられなかった。
それに御坂にはまだ聞き出していない事がある。それは何故麦野が自分の前に立ちはだかったのかと言う――
ババババババババババババババババババババ
御坂「ヘリ!?」
疑問を覚えた瞬間、『六枚羽』に似た一機のヘリがバビロンタワーの頂点にまで上昇して来たのだ。
滝壺「むぎの!」
御坂「!?」
自動操縦のヘリの縄梯子に片手で捕まりながら姿を現したのは学園都市第八位に登り詰めた滝壺。
思わぬ新手の出現に御坂は今度こそ覚悟を決めた。相手は対能力者に限れば麦野以上に厄介な存在に。が
滝壺「………………」
御坂「…………あん」
滝壺「むぎのを返して」
ホバリングするヘリを背に降り立った滝壺は麦野の姿を目にするなり御坂へと駆け寄って来た。
その静謐な眼差しには大きな悲しみと小さな怒りが宿り、同時に形容し難い感情に揺れていた。
御坂「……引き渡すには条件があるわ!」
滝壺「ダメ……どんな内容でも飲めない」
御坂「………………」
滝壺「むぎのには手出ししちゃダメって言われてたけど、ごめんね。こんな姿見せられたら」
御坂はそこで駆け引きに打って出ようと考えた。麦野達の目的を知ろうと。だがそれはすぐに無駄だと悟らされる。
滝壺「――頭でわかってても、気持ちが押さえられないの――」
滝壺の目は本気だった。純水を思わせる静謐な泉の水底に沈む、殺意の氷が透けて見えるほど。
~1~
御坂「……わかったわ」
滝壺「――ごめんね、どうしてもありがとうって言えないんだ」
御坂「……そうでしょうね」
滝壺は意識を失っている麦野を御坂から奪い返すようにおぶって背を向けた。目を合わせたくないのだろう。
滝壺は浜面のために生きるという意思と、麦野のためなら死ねるという意志さえ御坂には感じられた。
御坂から戦闘力が失われたのと、九人のレベル5一穏健派と言われる滝壺だからこそ回避出来た争い。
滝壺「でも、みさかも謝らないでいいよ」
御坂「………………」
滝壺「むぎのが自分で考えて自分で決めた事だから。だから私はみさかと戦わない」
だがヘリに麦野を乗せ振り返った滝壺の眼差しを見て決して甘さや弱さから来る言葉でない事を御坂は知った。
滝壺は麦野の意志を最大限に汲み取った上でそれに従っているのだろう。多少八つ当たり気味だとしても。
滝壺「――みさかの仲間はもう、タワーの中に入ったよ」
御坂「何ですって!?」
滝壺「もう“終わった”から通してあげたの」
終わった?一体何がいつから始まりどこで終わったと言うのだ?そう御坂は柳眉を顰める。
しかし滝壺はそれに構う事なくヘリのスライドドアに手をかけ、締め切る直前にこう言い残していった。
滝壺「早く行かないと――」
御坂「ちょっとあんた待ちなさいよ!!」
滝壺「――手遅れになっちゃうかも、ね」
御坂「!?」
滝壺「バイバイ」
そうして重傷を負った麦野を乗せたヘリは帝都タワーから離陸し飛び立っていった。御坂を残して……
御坂「……なんなのよ」
これで終わりではないのか?それともこれは始まりに過ぎないのか?そうへたり込む御坂の元へ――
佐天「御坂さん!!」
御坂「佐天さん!?」
佐天「白井さんが……白井さんが」
先程の戦いの余波でエレベーターまで使用不能になったのか、佐天が息せき切らして階段で上がって来た。
だがその顔色は決して芳しくない。むしろ突入前までより悪くなっている。そう御坂が察すると――
佐天「白井さんがどこにもいません!!」
御坂「!?」
予想は、状況は、悪化の一途を辿るばかりで一つの光明を見出す事さえ御坂に許さなかった。
~2~
固法「手塩先生!しっかりして下さい!!」
手塩「くっ……、とんだ、不格好さ、だ」
初春「ひどい……」
バビロンタワー最深部にある病室の壁面に手塩は『埋め込まれて』いた。
白井の能力が暴走した事により、まるで壁に飾られた牡鹿のトロフィーのような有り様であった。
固法は透視能力(クレアボイアンス)を使ってサーチしながら慎重にハンマーで壁を壊して手塩を救い出すも……
五体満足であろうはずもなく、特に左足首の皮膚がゴッソリ持って行かれており初春は思わず目を背けた。
固法「どうして!?どうして電話も無線も通じないの!!?」
白井の凶行、断線されたままの通信、増援も救急車も来ない。だが手塩は鉄面皮に脂汗を滲ませながら
手塩「“こういう状況”は、何も、初めてではない」
固法「どういう……意味ですか?」
手塩「――君の、能力を、もってしても、底すら見えぬ、“闇”の世界の話だ」
初春「………………」
手塩「恐らく、今夜起こった出来事は、全て“なかった事”にされる……だが、そんな事は今はどうでもいい」
手塩は初春に止血剤を塗られながら包帯を巻きとりあえずの応急処置を施されている間に二人に伝える。
それは手塩がかつて学園都市暗部に身を置いていた過去ではなく、この手傷を負わせた存在――
手塩「白井黒子を、追ってくれ。私はもう、歩く事さえ出来ない。応援も見込めない、君達の手で」
固法「手塩先生!!」
手塩「彼女を、止めるんだ。彼女は、恐らく死ぬつもりだ」
初春「……!!」
手塩「“あの子”と、同じ目をしていた……“あの子”と、同じように言葉を……」
手塩を巻き込んだ後、白井は『何故か』能力暴走を止め、このバビロンタワーから出て行ったと言う。
その後に麦野らがこのタワーを支配下に置いていた事を感じながらも手出し出来なかったのだ。
そして手塩の過去と白井の現在は今合わせ鏡のように重なる。故に手に取るようにわかるのだ。
手塩「――警備員として、子供達に、こんな真似はさせたくない。だが、一人の人間として……」
初春「……わかりました」
手塩「……ありが、とう」
そこで手塩は力尽きてしまった。初春はその手を握り締め、誰よりも冷静な判断を下した。
初春「――固法先輩、表の車で早く手塩先生を病院へ!!」
~3~
固法「後は頼んだわよ、みんな!」
初春「――お願いします!」
佐天「………………」
御坂「――任せて」
そしてタワー上層部から佐天に肩を借りて降りて来た御坂と、突入に使ったレクサスGSに乗り込んだ固法と手塩。
見送る三人を残して車は病院を目指し闇夜を駆け抜けて行く。全ては御坂達の手に託された。
御坂「――黒子は私が止める」
佐天「御坂さん……」
御坂「初春さん、黒子の足取りは追える?」
初春「出来ます。ただ、私はもうこのバビロンタワーから出られません」
佐天「……どういう事?」
初春「如何に小規模な新設支部とは言えまだ収監されている能力者は軽く十人いるんです。私はここに残ってシステムを復旧させなくちゃいけないんです」
地下道を逆戻りしながら初春はノートパソコンを開き、御坂の質問と佐天の疑問に同時に答えた。
白井の足取りは御坂が発した常識外の放電現象にも地下道に潜っていた事で免れたパソコンで追える。
学園都市中の生き残っている監視カメラにハッキングすれば良い。だが同行すれば一体誰が……
収監されている警備員支部を蛻の殻に出来よう?初春は活動停止処分を受けていても風紀委員なのだ。
御坂「流石に冷静ね……」
初春「スーツを着た非常識みたいな人と色々ありましたから……」
佐天「垣根さんか……」
同時に、とある事件を通じて垣根と縁を持った事が初春を飛躍的に強くした。そんな彼女は今や
初春「佐天さん!」
佐天「な、何だい初春!?」
初春「――御坂さんの事、お願いしますよ!!」
佐天をギュッと抱き寄せて頬擦りしたのだ。あのオリエンテーリングの輪にもなかなか馴染めなかった初春が
初春「御坂さん!」
御坂「う、うん……」
初春「――白井さんを、よろしくお願いしますね」
誰よりも冷静に大局を見て皆に指示を飛ばせるようになるまで成長したのだ。佐天が寂しく感じるほどに。
――――そしてついに――――
初春「これが最後のマスターピースです」
超電磁砲の力の枝葉も回復出来ないほど消耗しきった御坂に代わって初春がハッキングでかき集めた白井の足跡。
そのデータがついに御坂の携帯電話へと転送される。白井が向かう先、辿り着く場所を示すマスターピース
初春「――耐えて下さい。どんなに残酷な現実を目の当たりにしても」
~4~
佐天「こんな無能力者(わたし)でも、誰かの役に立てて嬉しいです」
御坂「そんな風に言わないでよ。今佐天さんがいなかったら私歩けないんだから」
初春が警備システムを復旧させたバビロンタワーを後にして、佐天は御坂を乗せたママチャリを漕ぐ。
雨上がりの夜空、見上げる夏の大三角を仰ぎながら佐天は荷台に腰掛けた御坂に訥々と語る。
スーパーセルが去り、どこからか歌い上げ始めた虫の音と名残を惜しむ雨垂れを背に二人は行く。
佐天「――さっきは、すいませんでした」
御坂「もういいよ。私も気にしてないし佐天さんももう気にしないで」
そんな道行きの中、佐天は水晶宮での言い争いを御坂に詫びた。だが御坂もまたカラッとした物言いで。
佐天の腰に回した腕で感じる、自分にさえ乏しいくびれがしっかりある事を少し恨めしく思って。
佐天「……寂しかったんです。みんなどんどん変わって行くのに、私一人だけ取り残されちゃったみたいで」
御坂「……そうだね、私達も色々変わっちゃったねこの一年間で」
初春はもはや佐天の手から離れてしまうほどしっかりしてしまった。白井は女として目覚めてしまった。
御坂は長らく迷いの直中にあり、佐天はそんな三人にいつしか距離を感じてしまった。上辺をどれだけ取り繕おうと。
御坂「……だから、黒子は私から離れて行っちゃったのかな?」
佐天「どうなんでしょう……御坂さんにわからない事なんて、私じゃもっとわからないですって」
御坂「私だってわかんない事だらけだよ。黒子がどうしてこうなっちゃったのか、どうして……」
麦野が自分の前に立ちはだかったのか?と言いよどんだのを佐天は汲んだ。麦野沈利。もう一人の御坂美琴。
佐天「――あの人、何だか御坂さんに止めて欲しかったように見えました」
御坂「ええっ!?」
佐天「あの人、御坂さんと戦ってた時ずっと泣きそうな顔してました。心が悲鳴を上げてるみたいに」
スロープを下りながら佐天は麦野をそう評した。四人の中で最も情に厚い佐天だからこそわかるもの。
同時に御坂と麦野の関係の枠外にいるからこそ見えて来る距離感。真っ正面だけでは見えて来ないもの。
佐天「――今思えば、ですけどね?」
~5~
佐天「私昨日もあの二人に会ってるんですよ。アイスもらっちゃったりなんかして……えへへ」
佐天は語る。二人で一つのアイスを舐めていた麦野と滝壺。その後の電話の際に見せた麦野の横顔。それは
佐天「……でもイヤな話ですよねー昨日までアイスくれた優しい人達と殺し合いしなくちゃいけないだなんて」
御坂「ふふっ、そうね……」
佐天はもらったラズベリーアイスの味を、御坂は何度目かのキスの味を思い出して笑いあった。
真夏の夜、雨上がりの街、二人乗りの自転車、そんな当たり前の日常はきっと今夜が最後になると……
どちらともなく理解していた。初春から聞かされた手塩負傷と、脱走に際して白井が持ち去った『もの』を考えると。
佐天「なんか御坂さん、あの人と戦ってから吹っ切れたっぽく見えますけど?」
御坂「――うん、覚悟が決まったからかも知れない」
佐天「………………」
御坂「これ、内緒にしてね?二人だけの秘密だからね??」
佐天「はい!」
御坂「――私、きっと麦野さんに恋してたんだと思う」
御坂の言葉に佐天の細い肩がビクッと震えたのがわかった。確かに予想外だろうなと苦笑して。
御坂とて、殺し合いに等しいあの死闘なくばこれから先に待ち受けるものに果たして心乱されずにいられたか。
御坂「皮肉な話よね。横並びの友達ゴッコじゃ見えてこなかった想いが、敵同士になって初めてわかるだなんて」
佐天「……私が言うのも何ですけど、それって悲し過ぎません?」
御坂「――悲しいよ。好きな人が男の子と女の子一人ずつ、二人の内どっちとも結ばれないんだもん」
佐天「あんなにモテまくってるクセに本命が落とせないなんてかわいそう~」
御坂「佐天さん、もっぺんぶつよ?」
佐天「えへへ、ごめんなさい」
しかしその通りだろうなと御坂は苦笑した。そんな繰り言を口にしなければ胸が張り裂けてしまいそうだった。
白井の今を思うと泣き崩れてしまいそうになるからだ。心折れるのは全てが終わってからでも遅くはない。
――――そう、白井を『殺さなくてはならない』その後にでも――――
~6~
麦野「……また振り出しね」
滝壺「良いんだよむぎの。もう頑張らなくても」
同時刻、麦野は滝壺に付き添われてカエル顔の医者の病院にいた。
ヘシ折られた胸骨と肋骨と鎖骨には包帯が巻かれており……
冥土帰し特製の麻酔により発熱や激痛も抑えられている。
だがそれにも増して痛む胸裡を知る滝壺は麦野の手を握る。
麦野「別にそんなつもりなんてねえよ。私は私なりにあいつとの白黒(ケリ)を着けたかっただけの話」
滝壺「――それもお仕事のうちだから?」
麦野「って言いたいところだけど、タイムアップ過ぎたら頭から吹っ飛んじまった」
滝壺「………………」
麦野「全身全霊(ほんき)だったよ。まさかあのタイミングで来るだなんて思ってなかった」
麦野は動かない左腕を右手で触れた。折られた鎖骨は痕が残らないように治してもらえた事は幸いだった。
お気に入りのワンピースが着られなくなるのは御免被ると。そして何よりこれでまた当分お預けかと。
麦野「殺すつもりでやらなきゃ私が殺されてた。まあ途中殺されてもいいかなんて思ったりしたけど」
滝壺「ダメだよむぎの。そんなの絶対に許さないから……!!」
麦野「滝壺……」
そう冗談めかして笑う麦野の側で、滝壺は肩を震わせていた。
涙を堪えているのか怒りに耐えているのか、ポツリポツリと
滝壺「ごめんね……わたし、みさかに嫉妬してる」
麦野「………………」
滝壺「むぎのに“殺されてもいい”だなんて言わせるくらい想われてるみさかに嫉妬してる」
麦野はそんな滝壺の頭にヒョイと右手を乗せた。白く細長い手指でその黒髪をサラサラと撫でながら。
麦野「……そう言えばあんたにゃずいぶん頑張ってもらったね。ギャラ半分やるからそれで勘弁して」
滝壺「そんなのいらない」
麦野「ちゃんと受け取りなさい。今度はアイスじゃなくて」
金もらって仕事してんだからギャラもらわなきゃそれこそ『偽善』でしょ、と麦野は呆れた風に言う。
浜面と二人暮らしなのだから色々と物入りでしょうし暗部が解散してからこういうデカいギャラあんまないよ?と
滝壺「じゃあ、ちゅー、して?」
麦野「テメエ頭のネジ緩んでんの!!?」
~7~
滝壺「やだ。わたし見てたんだよみさかがむぎのにちゅーしてたの」
麦野「あのガキやっぱり……ってそれは違うだろ!むしろ私が被害者でしょ!!?」
滝壺「ずるい。みさかばっかりずるいよ」
麦野「何対抗意識燃やしてんだよ!だいたい私もあんたも彼氏持ちでしょうが!!」
滝壺「むぎの、なんでそんなにムキになってるの?」
麦野「うっ……」
滝壺「そんなに、みさかの残していった痕が愛しい?」
麦野「(やべえ、ガキがありんこ踏み潰す時と同じ目してやがる)」
意外に嫉妬深い質なのだろうかコンクリートの打ちっ放しにさえ手形が残りそうな迫力で滝壺が見つめて来る。
蟻を潰す時の子供の目、というのはバビロンタワーで滝壺が御坂に向けたそれと本質的には同じである。
滝壺「ダメ?」
麦野「ダメって……」
滝壺「………………」
麦野「――わかったよ、目閉じてて。開けたらやめるからね?」
滝壺「いい、よ」
手指を滝壺の滑らかな頬に添える。縁取られた睫毛が意外に長く、小顔だと麦野は思った。
キスする時目を開ける女は例外なく性格が悪いが、この際見られて恥ずかしいのは自分の顔だ。
頬、輪郭を、這う指先が形を確かめるようにして黒髪をより分け耳朶に触れるとくすぐったがる。
麦野「んっ……」
滝壺「ふっ……」
唇を軽く合わせ、麦野の目が細くなる。男のそれとは違う感触、温もり、柔らかさに意外に相性が良い事を感じる。
焦れて来るまでこうしていたい。そう思いながら下唇を食むようにして軽く一舐めすると滝壺がピクリと震えた。
二度三度と挟んだ唇を微かに尖らせた舌先で小突くと滝壺が逃げる。甘ったるく鼻を鳴らして誘っている。
滝壺「ふっ……うっ、んっ……」
追い掛けた舌先が、トロリと力の抜けた舌と触れ合った。逃げるくせに、追い詰められる受け入れる。
おずおずと絡めると、ヌルリと生暖かい唾液と冷たい舌を捉えた。手指が頬を撫でるのを止めてしまう。
麦野「滝壺……」
右手を滝壺の背中に回し、手の平ではなく指で背骨から肩甲骨の曲線をなぞりあげて行く。
ハアッ、と漏れ出す吐息にゾクゾクとして来る。どこを触られるのが気持ち良いのか自分で知ってる?と
滝壺「むぎの……」
名前を呼ばれるともうたまらなかった。もっと、もっとと。
~8~
ピチャ、クチャと恥ずかしさが先立って忍ばせていた音が高くなる。絡ませた舌が離れて行かない。
強く吸い立てられれば後戻りが出来なくなる。力の抜けきった舌が思うがままに応えて来る。
ほとんど初めてだと言うのに、何をどうすれば良いのかがわかる。子宮(ほんのう)が教えてくれる。
滝壺「あっ、むぎの、やっ」
交換しあう唾液に溶かさるように舌先をくすぐりたて、舌の裏の柔らかさを楽しむように舐めしゃぶる。
絡ませる舌が、離れがたい唇より連なる架け橋が落ちる前にすくい取っては舐め上げる。
いつしか無意識(ほんのうてき)に弄る手の平が膨らみに触れ、その柔らかさに反比例して滝壺が身を固くする。
滝壺「むぎの、ダメ、怖い……」
麦野「………………」
滝壺「怖いよむぎの……」
首筋に鼻先を寄せると、滝壺は両手で受け止めるだけで押し返しはして来なかった。だから――
首筋にうっすらと透けて血管に沿って熱のこもった舌をなぞらせた。それに滝壺がついに喉を晒した。
白い喉に赤い舌。まるで吸血鬼にでもなった気分だった。強く吸い立てもしないし歯も立てない。
麦野「私が怖いか?滝壺」
滝壺「むぎのに食べられちゃいそう……」
麦野「んっ……」
滝壺「へ、んに、なっちゃう……むぎの、目怖いよ」
服も脱がさなければ手も入れない。体温に触れてしまえば何かが壊れてしまうという確信。
故に麦野は唇を離し、同時に納得する。白井と結標は恐らくこれに狂って壊れたのだろうと――
麦野「――大丈夫、これでわかったから」
滝壺「はっ、えっ……?」
麦野「あんたは知らなくていい事。目開けたからおしまいね」
次第に吐息がかすれ、潤みだした目元の柔らかい皮膚にキスを落として麦野は遊びを締めくくった。
やはり女同士は最悪だと改めて認識を強くしながら、抱き寄せて来る滝壺の肩口に顎を乗せて。
麦野「あー浜面に本当悪い事したわ。これ内緒にしといてちょうだい」
滝壺「嘘つき……」
麦野「え?」
女同士に『終わり』は来ない。狂ったように壊れるまで互いを求め合い、擦り切れて死んで行くであろうと
滝壺「――本当は、みさかとこうしかったんじゃないの?」
麦野「………………」
たった今キスした唇を尖らせて少しばかりむくれる滝壺の表情に、麦野は溜め息をついて目を逸らした。
~9~
滝壺「いいよ。私じゃみさかの代わりになれないかも知れないけど、それでむぎのを慰められるなら」
麦野「……馬鹿言ってんじゃねえっての。あんたを綺麗な身体のまま返すって浜面に約束してんだから」
だいたいこんな身体で抱けるか麦野はかぶりを振って滝壺から離れる。恥かかして悪いけどねと付け加えて
麦野「――私も化け物だけど、あいつらみたくなりたくないし」
滝壺「しらいの事、だね?」
起き上がらせたベッドに背をもたれかけさせながら麦野は滝壺の黒髪をいじる。その目蓋に浮かぶは――
麦野「“あれ”を見たらさしものの御坂も心折れるかも知れないね。私と殺し合ってた方が兆倍楽だろうさ」
滝壺「だから私にしらいを押さえさせたんだよね」
白井黒子。滝壺が麦野に押さえておけと言われたのは有象無象の佐天達などではなかったのだ。
滝壺の仕事は『タイムアップまで白井を帝都タワーから出さない事』であり……
麦野の仕事は『タイムアップまで御坂を帝都タワーに入れない事』だったのだから。
滝壺「ならどうしてほっといたの?」
麦野「――あいつには借りがある。リハビリ手伝ってくれた時の」
思い起こされるのは去年の暗部抗争前夜の事。その日も麦野と滝壺は病院にいた。今では逆の立場だが
麦野「――思いを遂げさせてやればいい。私の仕事の中に誰かを救い出すなんてオーダーは入ってないよ」
その言葉に滝壺は再びむくれた。どれだけ御坂の事を宿敵(ともだち)として信頼しているのかと。
だが麦野は麻酔の効き目もあってか欠伸を噛み殺し眠りに入る心積もりであったようで付き添いの滝壺もまた――
滝壺「私も朝までむぎのといっしょにいる。今夜は帰りたくない」
麦野「そう、今日はお疲れ様……ってあんた何してんの!?」
当然のように革張りのソファーを麦野のベッド側まで寄せ、肌掛け布団を一組引っ張って来たのである。
滝壺「むぎの……」
麦野「おい待てコラ!怪我人相手に――」
麦野にはわからない。知らず知らずの内に御坂と連呼し続けた事が滝壺の内なる『鬼』を目覚めさせた事に
プツン……パサッ……
麦野「んっ……!」
滝壺「はまづらには、ナイショ、ね……」
微かな衣擦れの音と共に、麦野の大事な何かが失われ――
否、“奪われる”事になるのはまた別の話である……
~10~
そして一晩中二人乗りの自転車を漕いでいた佐天の濡れ羽色の黒髪に目映い朝焼けの光が反射する。
御坂はもはや言葉もなくひたすら携帯電話に目をやり演算を繰り返しながら来るべき時に備え――
二人はついに辿り着いた。約束の地、約束の時、約束の相手と巡り会うその場所へと。
佐天「御坂さん、こっから先は自転車入らないんで掴まって下さい」
御坂「うん……」
佐天の肩を借りて御坂は瓦礫に塞がれた道を行く。未だ蝉さえ目覚めていないこの『最終処分場』を。
佐天「……まるでお墓みたいで薄気味悪いです。何でこんなところに……」
御坂「――そうね。私もそう思うよ」
至る所に咲き乱れているマリーゴールドを掻き分け二人は地図から消された海上学区へと足を踏み入れて行く。
神奈川県まで跨る学園都市にあって二十年前に開発途上で放棄されたアクアライン『軍艦島』。
白井が海を見に行きたいとねだり、結標と死に別れたという終の地。滅美の廃墟(まち)である。
御坂「こんなところ、どんなに綺麗でも二度と足を踏み入れようだなんて思わないわ。だから――」
佐天「――帰りましょう。今度は三人で」
二人は行く。長い年月をかけ潮風がもたらした赤錆にまみれた市街地を抜け、時によろめきながら進む。
御坂「三人で帰って、また四人で集まろうね佐天さん。何年先になるかわからないけど」
佐天「待ちますよ何年だって。その間にも変わらない自信、私ありますから」
御坂「……うん」
目指す先は白井が結標と共に海を眺めた場所だ。携帯電話のGPSはそこで止まったままだが――
佐天「……いましたよ」
御坂「――うん」
御坂達は辿り着いた。朝焼けの青海を臨むタワーとタワーの狭間に架かる下弦の月のような回廊(はし)へ。
その人物はその回廊の終わり際にて膝を抱えて海を眺めていた。そのあまりにも変わり果てた姿に――
御坂「――――帰るわよ――――」
洗い晒しの髪を潮風に靡かせるに任せ、海を見つめる光を失った虚ろな眼差しが此方を向いた。
黒揚羽の翅を思わせる『霧ヶ丘女学院』のブレザーを肩に羽織り、胸元は包帯をサラシのように。
彼女が履いていたミニスカート、身に付けていた金属製のベルトに軍用懐中電灯を差し込む――
――――死んだはずの『結標淡希』を想わせるその亡霊の名は――――
御坂「―――――“黒子”―――――」
~11~
白井「………………」
佐天「(……白井さん、何て眼をして)」
そこにはバビロンタワーにて手塩が押収物として管理していた『結標淡希』の遺品を身に纏った……
『結標淡希』の死に装束で己を飾った白井黒子がいた。光さえねじ曲げる重力の虹を宿した双眸を湛えて。
振り向くなどと言った動作を行わなければ死体と思うほど生気というもの欠落した出で立ち姿で――
白井「………………」
御坂「――帰るわよバカ黒子」
白井「………………」
御坂「……ごめんね、今のあんたしゃべれないんだったっけ。木山先生のカルテに書いてたね」
今の白井は精神崩壊を招きかねないほどの衝撃を受け口をきく事も出来ないのだと佐天も思い当たる。
まるで人魚姫のようだと思った。結標という魔女に声を奪われ言葉を失った可哀想な人魚姫だと。
しかし御坂は努めて明るく、出来る限りいつものように『バカ黒子』と呼んだ。
支える佐天の肩に伝わるほどの……絶望に必死に抗うような震えを隠しながら。
佐天も覚悟だけはしていたつもりだった。だがしかし
佐天「(……“死者との同一化”……)」
予想以上に白井の精神状態はその暗黒面に身を堕としていた。死者と自分との一体化などと……
いったいどれだけの暗い淵に飲み込まれているのか見当もつかない。精神科医ならばこれにどんな診断を下す?
自分が殺したかも知れない相手の衣服を纏い、白井黒子から『結標淡希』そのものになりたいのか
御坂「帰るわよ黒子!そんな格好してちゃダメ!!“戻れなくなる”わよ!!?」
白井「………………」
御坂「黒子!!!!!!」
歪みなどというわかりやすい愛情の発露なのか、狂ったという単純な罪悪感がなせる行為なのか……
結標に包まれていると感じたいのか、死に装束を纏った姿を鏡に映してそこにいなくなってしまった――
佐天「白井さん!!!」
白井「…………!!!」
もうこの世界にいない『結標淡希』を鏡に見出したいのか、恐らく全てをひっくるめての事だろう。だがそこで
御坂は気づかなかった
佐天も知らなかった
彼女の美しい濡れ羽色の黒髪が
白井「あ」
――――『姫神秋沙』の姿を白井の脳裏に蘇らせてしまった事を――――
白井「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
~12~
その瞬間架け橋全体を揺るがすような獣の咆哮が轟き渡り、白井の精神がついに破綻を迎えた。
それに合わせ白井を中心点にして半径10メートルに『空間移動』が能力を暴走させ吹き荒れる!
佐天「白井さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
御坂「下がって佐天さん!!」
佐天「!?」
御坂「黒子に佐天さんを“殺させ”たくない!!!」
轟ッッ!と暴れ狂い射程も質量も何もなく瓦礫が、鉄骨が、小石が、スーパーセルのように渦巻く。
そこで御坂は佐天を架け橋の始点まで突き飛ばして逃がす。状況はまさに最悪そのものであった。
あれでは恐らく御坂の顔すら認識出来ていない。発話が出来ないからコミュニケーションも取れない。
殺意などなくとも周囲の人間を殺しかねない白井の、皮肉にも架け橋になるとかつて残骸事件で啖呵を切った能力が――
御坂「“ブレンターノのローレライ”……まさに人魚の歌声が嵐を呼ぶってね!!」
この虹の架け橋(レインボーブリッジ)で荒れ狂っている。
幻想の中で結標との逢瀬の場になった虹の架け橋の鏡写しのように。
3月9日に食蜂が御坂に語って聞かせた不吉な預言の成就そのもの。
白井「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
『結標淡希』に魅入られ、その亡霊となり、さらに今彼女が甘く優しい声で手招きする地獄へ飲み込まれかけていた。
風紀委員としての正義、御坂の露払いとしての信念、生来持つ優しさ、全てが呪われ汚穢に染まって闇に堕ち行く。
紋白蝶のようだった白井は結標という黒揚羽を失い、今や絶望を撒き散らす骸骨蛾へと羽化した。
佐天「もう……」
佐天はレインボーブリッジの始点にて涙をこぼして這いつくばった。もう誰も白井を止められない。
自ら黒死蝶(むすじめあわき)にいざなわれるがままに闇に飲み込まれて自滅して死ぬか
佐天「おしまいだよ……!!」
自分達を殺してしまうかも知れない。白井にはもう自分達の顔もわからない。声も届かない。もはや神ですら救えない。
そう、世界は誰にも優しくなどない。
だがもし、その死に至る病(ぜつぼう)から解き放たれる時があるならば
それは――
御坂「――殺してあげるわ、黒子――」
~13~
佐天「!!?」
御坂「私の手で殺してあげる。あんたを解き放ってあげる」
御坂が、朝焼けの虹の架け橋(レインボーブリッジ)に佇みながら吹き荒れる白井を見据えてそう言った。
佐天「御坂さん!?」
御坂「……ごめんね佐天さん。これだけは私にやらせて欲しいんだ」
驚愕と衝撃と戦慄の三重奏に見舞われた佐天に背を向けて御坂は言った。
あの最強の敵たる麦野沈利さえ殺さずねじ伏せた御坂が……
いま最悪の敵となった白井黒子(むすじめあわき)を殺すと告げたのだ
御坂「先輩らしい事、何もしてあげて来れなかったから」
佐天は思った。もはや白井を止める事など誰にも出来ない。
それどころか御坂にはもうほとんど超電磁砲のパワーなど残されていない。
コインさえも麦野に焼き尽くされて失ってしまったと言う。なのに
御坂「――ありがとう佐天さん」
佐天「!?」
御坂「佐天さんがここまで自転車漕いでくれたおかげで少し回復出来たんだ。って言っても」
10秒分しか充電出来なかったけど、と御坂は笑って言った。
レインボーブリッジを吹き抜ける潮風が前髪を目元に被せる。
夜明けの空の下、シャンパンゴールドの髪を輝かせながら。
佐天「御坂さんやめて!白井さんを殺さないで!!」
潮風がビリビリと震わせるレインボーブリッジのワイヤーが軋る音が全てを掻き消して行く。
まるでG線上のアリアのように物悲しく空気を震わせる。
今にも千切れそうな白井に残された最後の弦(G線)。
御坂はそれを断ち切ると言った。他ならぬ自分自身の手で。
白井「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!!!」
かくしてここに『常盤台のエース』御坂美琴と『風紀委員』白井黒子の最初で最後となる『鏡鬼』が始まる。
御坂「――行くわよ“人魚姫”」
誰かが言った。この戦いは運命だったと。誰かが言った。この闘いは宿命だったと。
佐天「お願いやめて……!」
レベル5“超電磁砲”御坂美琴(レールガン)対レベル4“空間移動”白井黒子(むすじめあわき)
佐天「二人ともやめて……!!」
決戦の舞台は旧電波塔(バビロンタワー)より移り変わり――
佐天「誰か二人を止めてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
――虹の架け橋(レインボーブリッジ)にて火蓋は切って落とされる
~14~
この瞬間、御坂美琴は全てを捨てる事を決めた。
上条当麻への深く分かち難い愛情も
麦野沈利への淡く離れがたい恋情も
常盤台の女王という地位も名誉も何もかも
己の全てを捨てて白井に捧げる事を誓った
吹き荒れる暴風
吹き抜ける潮風
終わらない夏への扉
滅美(ほろび)の廃墟(まち)の果て
――――カシャンッ――――
白井の胸元より、結標から贈られたオイルクロックがひっくり返って落ちた。
――――――“ 1 ”――――――
破滅へのカウントダウンが始まった
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十五話「mind as Judgment」
――――下される審判(さばき)の時、打たれる黒白(けっちゃく)の刻――――
~0~
あいつと鉄橋で対峙した過去(きのう)
あの女と陸橋で対立した現在(いま)
あんたと桟橋で対決する未来(あした)
予感さえ感じなかった
予知さえ出来やしない
予想すら不可能だった
それもこの最悪のタイミングで
それもこんな最低のステージで
私とあんたが敵になるだなんて
海に照り返す朝焼けがいやに眩しくて
吹き付けてくる潮風がやけに五月蝿い
去年の今頃、来年が来るだなんてとても思えなかった
あんたと迎える二度目の夏がこんな形で終わるなんて
あんたと過ごして来た365日の全てが
私に残されたたった10秒にかかってる
終止符は私が打つ
決着は私がつける
最後は私が決める
安っぽい悲劇(ストーリー)も
薄っぺらい絶望(シナリオ)も
浅はかな御伽噺(フェアリーテール)も
みんなみんなまとめてブチ壊してやる
だから神様、あんたは手を出さないで
押し付けられた後ろ向きの祝福も
押し売りされる偽物の奇跡なんて
もう一つだっていらない
そんなものに救われなきゃいけないほど
――――“私達”の世界は弱くなんかない!!!――――
~1~
ズバァッ!と御坂の肌蹴た肩口から鮮血が迸り縦に走る傷が深く刻み込まれた。
御坂「――――!!!」
空間移動の能力暴走により飛来した硝子が鎖骨を断ち割ったのだ。
だが御坂は悲鳴すら上げずに駆け出した。この嵐を呼ぶ人魚の元へ。
御坂「私は進む……」
次々に飛来する廃材、鉄骨、大釘の中へ御坂は飛び込んで行く。
噴き出した血飛沫の一滴一滴がスローモーションに見えるほど――
白井「ぐがああああああああああああああああああああ!!」
御坂の集中力は高まっていた。同時に演算しながら肌身に感じる。
今の白井は暴走も相俟って姿形のみならず能力までもが『結標淡希』そのものだ。
射程距離、最大重量はおろか手にさえ触れずに空間移動を可能とする。
御坂「前に進む!!」
空間移動の嵐に巻き込まれればそれだけで容易くこの廃墟を飾り立てるオブジェの一つとなるだろう。
白井の足元に落ちたオイルクロックの雫が落ちるところはおろか巻き上がる塩の一粒まで数えられる。
―――――――“ 1 ”―――――――
その瞬間、伸ばした左手に白井の飛針が突き刺さって貫かれた。
~2~
佐天「御坂さ」
佐天の叫びが響き渡るより御坂の脇腹に、右腕に、左大腿部に飛針が突き刺さる方が早かった。
御坂「……!!」
白井「る゛ああああああああああああああああああああ!!」
白井がついに御坂を排除すべき『敵』として認識してしまった。
否、今の白井には御坂美琴(おねえさま)が見えていないのだ。
思わず御坂は膝がよろめき前につんのめりそうになりながら――
御坂「がっ……」
血を吐き出しながらも踏み出した足を、駆け出した足を止めない。
麦野との戦いで体力気力精神力演算力全てが限界を越えている。
故にわかる。この膝を折る事即ち心が折れると言う事を。だから
御坂「あんたを……」
御坂はレインボーブリッジを疾風迅雷が如く駆け抜ける。
麦野との戦いで得た、筋肉組織に電流を流し込んで加速する力を。
破壊の余波にワイヤーが千切れボルトが砕け散る嵐の中を――
―――――――“ 2 ”―――――――
自殺行為に等しい吶喊をもって御坂は一陣の神風となる。
自滅行為に走る白井の元へと一歩でも前に進むために
~3~
その瞬間、白井が動き出した。影すら踏ませぬ空間移動。
見失う御坂、見上げる佐天、弾かれたように気づく両者に
轟ッッ!
御坂「っ」
上空から兜を割り面を断つような軍用懐中電灯による奇襲。
御坂はそれを前髪数本切らせてバックステップする――
白井「があっ!!」
より早く!再び白井が連続で空間移動を繰り返して御坂の頭蓋骨を叩き割ろうと襲い掛かる。
空間移動のタイムラグは暴走状態のためか一秒にも満たない。まず御坂の鳩尾を軍用懐中電灯の尾で突き
御坂「ぐっ……」
返す刀で顎を打ち抜き、平らな喉仏を突き、更には額を割るように叩きつけられ血が流れる。
全てを捨て全てから解き放たれた白井はあまりにも強過ぎた。これが本来の力と言わんばかりに
御坂「(……痛いよ)」
正義を、信念を、優しさを失った抜き身の暴力(やいば)。
それを受け蹈鞴を踏んだ御坂は涙が溢れそうになった。
御坂「(――こんなあんたを見せられるのが、一番痛い)」
―――――――“ 3 ”―――――――
常人(さてん)の目では追う事すら出来ない高速を越えた光速を思わせる戦闘。だがそこで気づく。
――――御坂が、一度も白井を攻撃していない事に――――
~4~
上条『……、それでも、嫌なんだ』
あんたはもっと痛かったでしょうね。私も今スッゴく痛い。
御坂『今回ばかりは負ける訳にはいかない』
死ぬ気で拳を握るより、死ぬ気で拳握らない覚悟の方がずっとずっといるんだって初めてわかったわ。
上条『“戦わない”』
でも、私はあんたみたいなヒーローじゃないしヒーローになんてなれない。
上条『――それでも、戦いたくない……っ!』
私ね、これからひどい事するんだ。黒子を……殺さなくちゃいけない。
この子の自分に向かう痛みを、受け止める事を言い訳にして――
黒子を殺さなくちゃいけないんだ。そうしないとこの子はもう止まれない。
私の痛みなんて全然対した事ない。この子が背負ってしまったものを考えたら。
きっとこの子、もう自分が何をしてるかさえわかってないんだと思う。
上条『もうこれ以外に方法がなくたって、他にどうして良いのかわからなくたって、それでも嫌なんだよ!』
―――――――“ 4 ”―――――――
そんな風に言い切れるあんたの気持ちが
あの時感じる事しか出来なかった思いが
この子に、届くかな?
~5~
佐天「御坂さん!!!」
白井「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
御坂の左頬に叩き込まれる白井の右拳、よろめいた所へ左拳が腹部に突き刺さって身体が浮き上がる。
それを見て佐天は確信する。今の自分の知らない白井は自分の知っている中で最凶の存在であると。
恐らく御坂が麦野との戦いによって限界を迎えずとも苦戦は必至だった事に疑いはない。
誰かの盾となると誓った剣が誰かに刃を向けるという事の恐ろしさ。このままでは御坂は
佐天「白井さんやめてえ!!」
白井を殺すどころか自分が殺されてしまうだろう。更に駄目押しとばかりに白井の空間移動からの――
佐天が受けたならば首の骨が折れるほどの空中回し蹴りに御坂が吹き飛びレインボーブリッジを舞う。
―――――――“ 5 ”―――――――
だがこの数秒に満たない戦闘の中にあって佐天は気づけない。
いつの間にか白井の周囲に吹き荒れていた能力暴走が僅かに
御坂という標的を見つけた事により勢いを緩めている事に
御坂「――――!!」
白井すら気づかない。御坂がそう導いている事に
~6~
わかるよ黒子。好きになっちゃいけない人を好きになっちゃった時のあんたの気持ち。
私もあいつにそうだったから、私もあの女にそうだからわかるんだ黒子。
諦めと聞き分けと物分かりのいい女の子でいたかったよね。
惨めな無い物ねだりなんてせず、他人以上に自分で自分を哀れむような
そんな恋じゃなくて、誰からも祝福されて心から笑える
そんなハッピーエンドが欲しかったんだね。わかるよ黒子
今のあんたは、あの日の私の合わせ鏡だ
結標さんを殺してしまったかもって言う罪悪感(ぜつぼう)の中で
もう自分が死ぬしかないって、こんなにボロボロになるまで苦しんで
北極海で私があいつの手を掴めなかったように、あんたも結標さんを……
慰めてあげたい。叱ってやりたい。その後に優しく抱き締めたい。
一緒に苦しんで、一緒に泣いて、一緒に痛みを分かち合ってあげたい。
でも
―――――――“ 6 ”―――――――
もう時間が残ってないみたい。だから、私があんたを解き放ってあげる。
こんな辛い現実認めたくないけど
ここに来れた事に感謝したい
送り出してくれたみんなに
支えてくれた佐天さん達に
力を貸してくれた亡き妹達に
それから――
~7~
そこで状況は一変した
御坂「ッッッッッ!!!!!」
白井「!?」
欄干に叩きつけられた御坂に白井が軍用懐中電灯を一文字に振り切ろうとして
御坂「いいわ……」
ガギィィィィィン!と御坂が左手を貫いていた白井の飛針を鮮血と共に握り締めその一撃を押し返し
佐天「!?」
更に切りかかる白井の一撃を受け止め、そこから二人は剣の舞のように火花を散らして行く。
突きを浴びせる切っ先を御坂が飛針でかち上げ、振り下ろされる連撃を薙ぎ払って凌ぐ。
麦野との戦いの中で切り結んだ経験が、フェンシングの心得さえない御坂にそれを可能とした。
白井「………………!!!!!!」
―――――――“ 7 ”―――――――
白井が再度振りかぶる軍用懐中電灯を、亜脱臼して使い物にならない右腕を盾に受け止め手指を伸ばす。
そこで御坂は白井の手を包み込むようにした自分の手もろとも左手の飛針を器用に操り――
佐天「っ」
自分の手の甲から白井の手の平まで繋げるように飛針を突き刺し楔を打ち込み逃げられなくする!
~8~
そう、御坂は結標が評したようにある種のサイコパスなのかも知れない。
性善に振り切ったそれは時に性悪よりも手に負えないのだ。
自滅へ向かう白井の狂気すら飲み込むほどのそれに、麦野は魅せられた。
『観念の化け物』とまで言われる『優しさ』は正しく狂気の沙汰だ。
御坂「あんたが、“もう自分が死ぬしかない”とか思ってんなら」
白井が恋し、焦がれ、憧れたそれ。御坂が背負う10031本の十字架。
麦野が惹かれ、魅せられ、殺されてもいいとすら感じたそれは正しく
御坂「“もうこうするしかない”とか思ってんなら……!」
『上条当麻』の合わせ鏡のような御坂美琴が持ち合わせる『助けたい』『救いたい』『守りたい』というそれ。
御坂を敵に回そうとも『守らなければならない』と麦野が立ちはだかった理由はここにある。
御坂「――それをこの御坂美琴(わたし)が“許す”とか思ってんなら……!!」
―――――――“ 8 ”―――――――
御坂が白井を抱き寄せる。己の身体を的にして暴走にある一定の方向性をもたらすように誘導し……
動きを封じる最初で最後の千載一遇(チャンス)に、御坂は白井を『殺す』その一瞬に全てを懸ける――!!!
御 坂 「 ― ― ま ず は そ の ふ ざ け た 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! ! 」
とある白虹の空間座標(モノクローム):第十六話「only my railgun」
~9~
白井「ぐああああああああああああああああああああ!!!!!!」
―――――――“ 9 ”―――――――
御坂「御伽噺(ゆめ)の時間は終わりよ人魚姫(くろこ)!」
―――――――“ 9.9 ”―――――――
抱き締めたまま浴びせかける御坂の電撃、残り一秒に満たぬ正真正銘最初で最後の全身全霊全力全開。
―――――――“ 9.99 ”―――――――
御坂は上条当麻のような全ての人間を救い出し異能の力を打ち消す幻想殺し(イマジンブレイカー)などない。
―――――――“ 9.999 ”―――――――
御坂は麦野沈利のような全ての物質を断ち切り次元を切り裂く原子崩し(メルトダウナー)などない。
―――――――“ 9.9999 ”―――――――
御坂「泡になって消える事なんて許さない!!」
―――――――“ 9.99999 ”―――――――
御坂「――人間(げんじつ)に戻るのよ黒子!!!!!!」
―――――――“ 9.999999 ”―――――――
だか御坂には自分だけの現実(only my railgun)がある――!!!
~10~
結標『――愛してるわ……“秋沙”――』
御坂の中に白井の記憶が流れ込んで来る。木山春生が引き起こした幻想観手事件の時のように。
姫神『 』
灯台にて向かい合う姫神が、その言葉を引き金に白井へと迫る。
この暗い夜より深い海より黒い眼差しに『女』としての鬼気を宿して。
何故愛していると言われて姫神が狂ったのかは御坂にはわからない。
白井『――――――………………』
だが白井は全てを受け入れたように頭を垂れ、悟ったように力無く微笑み、諦めたように迫って来る姫神に……
突き飛ばされ海に落ちて死ぬ事を選び、それを罪に対する罰として贖おうとする白井と償わせようとする姫神の
結標『――好きよ……“黒子”――』
二人の間に割って入り、白井を庇うように両手を広げて背を向ける結標。
しかしそれさえも許せないのか姫神は止まぬ勢いのまま両手を突き出し……
それに対して弾かれたように顔を上げた白井に対し、洗い流されたように透き通った声で結標は――
結標『――――もっと、早く貴女に会いたかった――――』
突っ込んで来た姫神を両手で愛おしそうに抱き止め、白井を守り抜いて海へと落ちて行った。
それはかつて麦野が自分の胸に抱かれて眠る御坂に対して囁いた言葉である事を御坂は知らない。
ただ一つわかった事は、結標は姫神に対し共に死を選ぶほど深く愛し、白井に生きて欲しいと願うほど強く恋していたのだ。
白井『“お姉様あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ”ー!!!!!!』
地獄の底のように暗く深い海に堕ちて行った二人に対し、白井は確かに『お姉様』と叫んだ。
誰よりも力になりたいと願った強い御坂に対しではなく、誰よりも守りたいと望んだ弱い結標に……
白井は死をもって許されざる恋に終止符を打つ事さえも出来ず、結標達の命によって清算されてしまったのだ。
御坂「――――――」
いつの間にか、結標が白井に贈ったオイルクロックが止まっていた。
二度と戻る事のない二人の生きた時間(あかし)を刻むように……
そして全てを知った御坂の目から溢れる涙が代わりに雫を落とす。
1と0の刹那(はざま)の中で
~0~
佐天「御坂さん!白井さん!!」
御坂「………………――――――」
白井「うっ、ううっ、うううっ」
横倒しとなったオイルクロックはもう時を刻む事はない。御坂は泣きじゃくる白井を抱き締めながら――
駆け寄って来る佐天ではなく、物悲しいほど涼やかな海の風と爽やかな夏の朝を見上げていた。
佐天「ヒドいケガ……早く抜かないと!」
御坂「いいの佐天さん……」
佐天「でも!!」
御坂「――そのままにしておいて欲しいの。もうしばらくの間」
御坂の膝にて幻想を打ち砕かれた白井が嬰児のように啜り泣いている。
我に返ったのだろう自分のして来た事全てに懺悔しているようだった。
御坂は白井と自分を刺し貫き繋ぎ止めている飛針を佐天に外させない。
代わりに辛うじて動く左手で白井の頭を優しく撫でてやる。
登り行く太陽に、白い虹が貫くようにかかっているのを見送りながら。
御坂「――――少し、疲れたわ――――」
結標の残した霧ヶ丘女学院のブレザーとミニスカートを纏い、軍用懐中電灯と金属製ベルトを手離さない白井。
御坂は暫く動けなかった。白井は結標を殺してなどいなかった。だが白井はそうは思わないだろう。
佐天「……御坂さん」
膝の上には泣き疲れて力尽き眠る白井、佐天はそれを受け止める御坂を胸に抱いて涙を零している。
本当に大変なのはこれからだ。無罪である事は同じく生き残った吹寄の証言と合わせれば何とかなるが……
今日の正午から開かれる保護者説明会及び常盤台理事会、並びに脱走した警備員支部など問題は山積している。が
御坂「……これからきっと、生きてる方が辛い事がいっぱいあると思う」
これから白井をどうやって支えて行き、守り抜き、立ち直らせて行けば良いかと思うと崩れ落ちそうになる。
それには恐らく御坂の全てを捧げなければならないだろう……いや、それでさえ利息分にもなるかどうか。
それほどまでに白井の抱えた負債はあまり大きく重いものだった。御坂はそんな先行きを見通しながら
御坂「死んだ方が楽かも知れない」
御坂は一言だけ、この朝焼けの海に沈み泡となって消えてしまった結標淡希に対して別れを告げた。
御坂「――それでも私は」
夏への扉の向こうへと――
御坂「――――それでも私は、きっとあんたに生きて欲しいんだと思う――――」
~8月13日~
御坂「――佐天さん、初春さんに電話お願いしていいかな?」
アクアライン“軍艦島”
佐天「わかりました。ついでに救急車も呼んでもらいますね」
“レインボーブリッジ”最終決戦
初春「もしもし?……おはようございます佐天さん」
“超電磁砲”御坂美琴VS“空間移動”白井黒子
滝壺「“向こう”も終わったみたいだね、むぎの」
所要時間10秒
麦野「……電話来てる」
勝者――――“常盤台のエース”御坂美琴
白井「お゛、ね゛、え゛……」
敗者――――“風紀委員”白井黒子
雲川「58-1+50-1=51か……予定通りでもちっとも嬉しくないけど」
――――人魚姫は二度と歌わない――――
御坂「――――さようなら、もう一人の人魚姫(むすじめあわき)――――」
~15~
初春「ふう……」
8月13日早朝、初春はレインボーブリッジにて白井を保護したとの報を佐天から受け一息ついた。
既にバビロンタワー内のセキュリティーシステムは復旧しており、後は警備員らが戻って来るのを待つのみであった。
初春「(白井さん良かった……御坂さん達間に合ったんですね)」
目映いばかりが射し込む陽光に朝露が輝き、夜明けの空が一部壁の崩れたサーバールームから伺える。
恐らく白井は手塩を無力化した後、このスーパーセルの直撃を受け生じた穴から脱獄したのだろう。
ここにあるサーバーは外部侵攻出来ないように切り離された捜査情報や機密が集積されている。
内外から切り離され独立した上に最高度のプロテクトをかけられており情報の持ち出しすら出来ない。
バビロンタワー内部に突入出来なければ自分はおろか御坂さえも発見出来なかったであろうブラックボックス。
初春「(……本当に“無駄足”にならずに済んで何よりですよ)」
そこにあった捜査情報を閲覧した初春は当初愕然とさせられた。
それは吹寄の証言が添えられ白井の無実が証明された事ではなく
初春「(……どうして貝積副理事長から釈放命令が?)」
前統括理事長の行方不明と共に親船による現体制に移り変わり、副理事長には貝積が据えられている。
その貝積が白井に対し釈放命令及び一切を不問に付すようにという要求まで添えられていたのだ。
白井と全く接点のない貝積副理事長の名前に初春は喜ぶより先に眉を顰めた。それに付け加えて
初春「(第一発見者のリストの中に“彼女”の名前があります。これはどういう意味なんでしょうか?)」
その時初春の脳裏に宿ったのは、このバビロンタワーで御坂と敵対し……
同時にあの空中庭園のBBQパーティーで長々と話し込んだ麦野の姿。
その二つの顔がどうしても重ならない。何故麦野は御坂と敵対せねばならなかったのだ?
初春「(調べてみる必要があるかも知れませんね)」
今からセキュリティーを破る時間は流石にない。故に初春は一言一句頭に叩き込んでサーバールームを出――
初春「(……誰かさんのせいでどんどん悪い子になっちゃってますね、私)」
???「本当よねぇ」
初春「!?」
ようとした矢先、初春の見開かれた眼差しに映り込んだのは
???「頭脳力はあの四人の中で一番キレるわぁ♪」
鮮烈な朝焼けの中佇む、闇より深い逆光の影法師――
~14~
佐天「(長い三日間だったなあ……何だかドッと疲れちゃった)」
8月13日9時1分。警備員及び救急隊の出動を要請した佐天と御坂達は一時間後に無事保護された。
今現在佐天は救急隊に揺られ、その傍らには拘束された上でストレッチャーに横たわる白井と見守る御坂。そして
黄泉川「全くお前達と来たら!どれだけ大事になってるかわかってるじゃん!?」
御坂「すいません……」
佐天「(でも“ごめんなさい”って言わないところが御坂さんらしいなあ)」
警備員らを率いて駆けつけて来た黄泉川がこんこんと叱り飛ばし、御坂も頭を低くして恐縮していた。
だが黄泉川も固法の手により搬送された手塩から粗方の事情を聞いており、その怒りには些か勢いが足りない。
黄泉川「(またぞろ“連中”に出し抜かれた形になったじゃん)」
スーパーセルが猛威を振るい各地で交通封鎖や避難誘導に追われていた黄泉川もまた舌打ちをしたくなった。
昨晩からかかった上層部の圧力、謎の情報統制にまんまとしてやられた形であった。それに加えて
黄泉川「……まあ今日のところはこれくらいで勘弁してやるじゃん。ほら肩を出せ。巻き直しじゃん」
御坂「すいません……ってて痛い痛い!」
まさか御坂達が白井を捕まえたなどと夢にも思わず、肩口を縛り直す包帯がややキツく締め上げられる。
御坂も全身血だらけで打撲傷なども決して少なくない。健気に振る舞ってこそいるがフラフラだろう。
これがもし動脈にでも達し大量出血を引き起こしていれば間に合わずに死んでいたかも知れない。
何せ地図にない廃墟な上最寄りの警備員支部や病院まで優に車で一時間はかかるのだから。
御坂「うわっ……今更痛い。生きてるって傷ついたり痛いって事なのね」
黄泉川「応急処置はしてやるから取り調べが終わったら病院行って検査してもらうじゃん。罅が入って――」
御坂「ごめんなさい先生、それ無理です」
黄泉川「?」
御坂「――常盤台に戻って、保護者説明会に出なくちゃいけないから……」
黄泉川「………………」
御坂「すいません、それ終わってから必ず行きますから」
そして御坂にはまだやるべき事が残っている。白井の進退がかかっている保護者会及び理事会に物申すために
~13~
佐天「本当にやるんですか?」
御坂「うん。黒子が無実なのもわかったし、あの子達が反対署名取り纏めてくれたって婚后さんから連絡あったの」
黄泉川が再び白井のバイタルと小型軽量化に成功したキャパシティダウンをチェックする傍ら御坂は佐天に耳打ちした。
白井を拘束し終えた後婚后から連絡があったのだ。御坂派の人間達が一致団結して一晩で反対署名を集めたのだと。
全てをかなぐり捨てて白井救出に向かった御坂を守る事、それはとりもなおさず自分達が生き残るためでもある。
長を守る事が自分達を守る事に繋がるとわかったのだろう。その素早さたるや婚后派にまで協力を要請したらしく
御坂「常盤台の三分の二、プラス何かあったらその半分が出て行くって息巻いてるみたい。困ったもんね」
佐天「(全然困ってなさそうじゃないですか)」
不当な処分が下されれば常盤台を割る、とまで運動は加熱しているようだが御坂はもうそれを止めはしない。
御坂「(――黒子を守るためなら、私はどんな汚い手だって使ってやる)」
数の論理(ぼうりょく)を用い、あれほど忌み嫌っていた食蜂と同じ道を辿ろうとももはや躊躇いはない。
白井の無実がわかった以上手をこまねいてなどいられない。既に派閥の人間で学園都市側に通じている者……
常盤台に多額の寄付をしている者や海原のように理事会側に身内を持つ生徒などが動き出していてくれている。
御坂「(今ならわかるわよ食蜂操祈。あんたの言う政治力ってやらの切れ端がね)」
それでもダメなら復興支援委員会にまでその運動を広めてやると御坂は頭を切り替えていた。
脱獄もまた罪であるし手塩に大怪我をさせた罰は当然受けねばならない。だがもし白井が常盤台を放校されたら
御坂「(――ここを“巣”にする。黒子を守るための“巣”に)」
あそこまで壊れてしまった白井を誰が支えるのだ。ならば派閥で囲い込み白井を守る巣を作り上げるまで。
今の今まで『清』のみを選び取って来た御坂は、今や『濁』をも併せ呑む女王への第一歩を踏み出していた。
佐天「そ、それでもダメだったら?」
御坂「そうねー常盤台に立て込もって武力闘争しようかしら」
佐天「え゛」
御坂「やだ佐天さん冗談冗談♪」
佐天「(目が笑ってない……)」
皮肉にもそんな清らかであった御坂を支えていた白井が壊れた事が、彼女を女王へと目覚めさせたのだ。
~12~
佐天「でも白井さんこれから本当にどうなるんでしょう……」
黄泉川「――これは私の大きな独り言じゃん」
佐天「?」
黄泉川「手塩はスーパーセルの煽りを食らって、急拵えの突貫工事で崩れ落ちた施設の壁の下敷きになった」
御坂「………………」
黄泉川「白井はその時心神喪失状態にあり、錯乱して飛び出してしまった……なんて事手塩が病院から電話で言ってたような」
佐天「!」
黄泉川「嗚呼、歳食うと独り言が多くなるじゃん」
遠ざかって行く海岸線を小窓から見送りながら黄泉川は大きな『独り言』を佐天と御坂に聞かせた。
手塩自身がかつて暗部に身を置いた理由が今の白井のように言葉と声を失ってしまった子供が要因であると
黄泉川「(甘過ぎるぞ手塩。でもそう言う甘さは嫌いじゃないじゃん)」
黄泉川は知っている。手塩が今もその子供を養い育てている事を。恐らくはそれを白井に重ねているのだろう。
もっともそれは吹寄の証言により白井が無実であり、かつ風紀委員としてこれまで貢献して来た功績を鑑みての事だが……
同時に御坂達が知り得ない貝積新副理事長直々のお達しを受け入れねばならない裏事情もあるのだ。
御坂「――支えてあげよう。私達の手で」
佐天「……はい!」
御坂「長い時間がかかるかも知れない。それでも……今まで黒子はみんなを守って来たんだもん」
黄泉川「………………」
御坂「今度は私達が黒子を守ってあげよう。そうでなきゃあの子に申し訳立たない」
佐天「はい!!」
小さくガッツポーズを取る佐天に微笑みかけながら御坂は誓う。
確かに白井は罪を犯した。好いてはならない相手に懸想してしまった。
挙げ句このような悲劇を引き起こした咎は極めて重い。
今でさえ他者から見て過ぎた身内贔屓との謗りも免れないだろう。が
御坂「(――あんたが命懸けで救った黒子を、見殺しになんてさせない)」
愛してしまった相手が間違いでも、誰かを愛した事は間違いではないと御坂は心中で言い切った。
だが白井をここまで壊してしまった悪因悪果(むすじめあわき)を決して許す事は出来ない。
しかし白井を姫神の手から守り己と引き換えに殉じた結標に御坂は誓う。貴女の分まで黒子を守ると。
御坂「(常盤台クーデター、本当に考えとこうかしら?)」
もうこの世界から消えてしまった、あの黒揚羽のような少女に――
~11~
雲川「いつにも増して面白い顔してるけど」
ジョン「哀然。絆創膏がかぶれて痒い」
8月13日11時23分。雲川は第七学区にあるベーカリー『サントノーレ』にてフルーツクリームサンドを頬張っていた。
カフェも兼ねている石作りの店内は涼しく、逆にカウンターに立つジョンなる外国人従業員と……
青髪「男前上がりました?」
やる気なさげにレジにて頬杖を突く青髪らの暑苦しいまでに殴られた痣や絆創膏の貼られた顔があった。
雲川「(また何かトラブったなこいつらは。見てて飽きないけど)」
どうせまた裏でこそこそと何か事件を引き起こしたか巻き込まれでもしたのだろうと雲川はさり気なく流す。
そんな事よりこの時間まで朝食さえ取れないほど忙しさにかまけ不平を鳴らす腹の虫を黙らせねばならない。が
青髪「今日は大将(そぎいた)さんと一緒とちゃいますん?」
雲川「おい!それだと私がいつもあの馬鹿大将とワンセットみたいに聞こえるんだけど!?」
ジョン「当然。なんのかんのとよく一緒に店に(ry」
そこで雲川はメロンサンドを咥えながらジョンなる外国人従業員に付け合わせのプチトマトをぶつけた。
対するジョンも新しい戸籍を与えてくれた名付け親に対して頭が上がらないのかそこで口を紡ぐ。しかし
青髪「わかってますって雲川先輩。この台風騒ぎでまた飛び出して行ったとかそんなとこちゃいます?」
雲川「わかってるならいちいち口に出さないで欲しいけど」
青髪「(やけ食い気味なん見ればわかりますってー)」
削板に対し未だ素直になれずとも意外にわかりやすい雲川をおちょくるのが青髪のささやかな楽しみである。
それは復興支援委員会の中にあって青髪の正体を知る、数少ない信頼出来る人間という事もあるが――
雲川「コピ・ルアクのおかわりが欲しいけど」
青髪「(一杯5000円するコーヒーばかすか飲んでくれる太客さんやしねえ~)」
ジョン「(莞然。商売繁盛で今日もメシが美味い)」
同じ学校の先輩後輩という間柄、加えて金払いの良い大事なお得意様という事も手伝って――
やたら上背のあるコンビはニヤニヤと気持ち悪い営業スマイルを浮かべて新たなコピ・ルアクを注ぐ。
ちなみにコピ・ルアクとはジャコウネコに食べさせた未消化物のコーヒー豆から取り出した変わり種のコーヒーである。
~10~
青髪「せやけど、それ以外にもなんぞイヤな事ありましたん?」
雲川「何故わかる。それも能力なのか?」
青髪「いえいえ、雲川先輩がやたらコーヒーおかわりする時ってストレス溜まってる時ですし」
ジョン「瞭然。雲川女史の機嫌が斜めな時は一目でわかる」
その言葉に雲川はふうと溜め息を一つ吐き、天井で回るプロペラファンを見上げた後に目を瞑った。
その通りだな、と知らず知らずの内に抱えていた苛立ちの逃がし弁を探るようにしてラフランスのサンドを頬張る。
相手は公式記録から抹消されたとは言え学園都市第六位と記憶を喪失したとは言え元錬金術師なのだ。
それを誤魔化すには些かささくれているし、同様に他者にもそれが伝わっているかも知れないと雲川は自省した。
雲川「――止められない悲劇」
ジョン「?」
雲川「(お前は覚えているのかいないのかわからないけど、姫神秋沙という女に絡んでの事なんだけど)」
青髪「???」
雲川「(お前のその全てを知っていながら知らん顔をしてとぼけるの、良くないと思うんだけど)」
昨晩日付が変わるまで雲川は気が気でなかった。常盤台の超電磁砲ならば事の真相に辿り着くかも知れないと。
自分のように考え抜いた末に結論に行き着くのではなく、彼女は運命に導かれるように事の中心に辿り着く。
幻想御手事件、絶対能力進化計画、第三次世界大戦の北極海、雲川の理合でははかれない不確定要素。
雲川「(昨夜のバビロンタワーの騒ぎを見る限り、第四位はしっかり仕事をこなしてくれたようだけど)」
雲川が眉を顰める暗部の暴力(ちから)。万が一の時のためにかけておいた保険はその効力を発揮した。
残り三十分足らずのところでバビロンタワーに御坂達が現れたのは予想外だったがあくまでも想定内。
雲川「(――私にもっと力があったなら、こんな事にはならなかったはずだけど)」
だがあと一時間早ければどうなっていたかわからないザルなプランであった事は雲川自身も認めている。
雲川「(……新副理事長のブレーンが聞いて呆れるお粗末さだけど)」
もし御坂がもっと早くバビロンタワーに辿り着き、もし白井がもっと早くレインボーブリッジに辿り着き……
二人が合流を果たして『船出』に遭遇してくれたならばと、雲川は心のどこかで期待していたのかも知れない……
~9~
番外個体「ははっ、やれば出来るじゃんおねーたま」
一方通行「………………」
番外個体「ねえどんな気分?一瞬なりとも“二人目”のレベル6が生まれたのって」
一方、番外個体と一方通行らもまた第十九学区のバビロンタワー周辺にて事件現場を見やっていた。
硝子のほとんどが蒸発し、先端が傾ぐ旧電波塔。御坂がスーパーセル(雷雲群)を隷下に置いた証。
あまりに強力な電磁波が発生したため一時MNWが混乱をきたすほどだった大破壊を目の当たりにし……
番外個体はやや皮肉っぽく『おねーたま』の覚醒を賞賛した。御坂の中の一万三十一本の十字架。
通過儀礼的な墓参などよりよほど良いと評する番外個体に対し、一方通行は水溜まりに杖を突き――
一方通行「オレは帰ンぞ」
番外個体「あっ、ちょっと待っ……ん?」
踵を返して崩れ落ちた陸橋と外苑の堀を後にしようとし、番外個体が追いすがろうとした時それに気づいた。
初春「はい、全員無事です!タワー内部ですか?“何もありません”でしたよ固法先輩!!」
番外個体「あれ、おねーたまの取り巻きじゃない?」
一方通行「(クソメルヘンのところの)」
地下道から携帯電話で話しながら姿を現した初春の花飾りに番外個体が気がつき、一方通行が白眉を上げた。
初春飾利。風紀委員兼学生自治会の情報システム部部長。垣根が目をかけている少女だと知り
番外個体「おーい、ちょっとそこの貴女」
初春「あ、御坂さんの……」
番外個体「そ、遺伝子上の妹。どうしたのさこの有り様」
初春「ええっと……」
番外個体はあたりだけフランクに片手を挙げて初春に声掛けをした。
だが初春としても些か口の重くなる話題なのか歯切れは悪い。
一方通行はそんな二人のやり取りから距離を置き、素知らぬ顔を決め込む。
番外個体「まあまあ守秘義務に当たらない範囲で教えてよ。ミサカ気になっちゃってさ」
初春「うーん……なんて言えば良いのか」
番外個体「別にタワーの中で何があったかそのものズバリでも構わないにゃーん?」
ケラケラと笑う番外個体、そっぽを向く一方通行、おたおたする初春。
それだけならば何ら違和感を感じないやり取り。だがしかし――
初春「――何の事ですか?」
違和感がないからこそ拭い去れない異物感を、この時誰一人として気づく事はなかった。誰一人として
~8~
婚后「さて」
一方、婚后は水晶宮内部にある空中庭園にて蘭の世話をしながら水滴残る硝子張りの天井を見上げていた。
さんざめく陽光が降り注ぐ中、婚后は虫を取る手を止めて吹き抜けの下を見やる。するとそこには――
保護者A「いやあ昨日はひどい嵐でしたな。往生させられました」
保護者B「全くかないませんよ。前日入りしていて本当に良かった」
保護者C「はは、今年はどうやら我が社の株主総会より荒れ模様と聞き及んでおりますが?」
婚后「(いよいよ始まりますわ御坂さん。如何にわたくし婚后光子と言えど、手助け出来るのはここまででしてよ)」
次第に水晶宮の大会議場へと集い始めた保護者らの姿が見て取れる。
二ヶ月前に終息を迎えた最終戦争や一ヶ月の七夕事変に関する議題や――
学園都市の新体制、及び常盤台の監督不行き届きが改めて問われるだろう。
その中にあって白井の問題など上げられる槍玉の中では些細かも知れない。が
婚后「(どうか、白井さんをよろしくお願いいたしますわ)」
白井は無実であるという御坂の言に揺らぎはなかった。
そのために派閥の人間及び婚后にまで協力を申し出たのである。
処分は決して軽くはないだろう。しかし白井を常盤台から放り出させるような事にはさせないだろう。
署名運動や有力者への根回しなども可能な限り婚后も手を貸した。だがどう戦うかは御坂の双肩にかかっている。
女生徒達「「「「「お帰りなさいませ“女王”」」」」」
御坂「ありがとう、みんな」
御坂派の女生徒らが居並び作り上げる道筋を、御坂が堂々たる足取りで悠然と闊歩していた。
ところどころ包帯が巻かれた姿は痛々しくありながら、どこか庭園から見下ろす婚后の目には
婚后「――凱旋、と言ったところですわ」
今まで担ぎ上げられるばかりであった名ばかりの長、お飾りの女王と言った甘さが抜けきって見えた。
恐らくは一夜で顔つきが変わるほどに重いものを御坂は背負ったのだろう。揺るがぬほど重いものを。
婚后「どうかご武運をお祈りしておりますわ、御坂さん」
御坂が派閥の人間を束ね上げ、引き連れ、歩みを進めて行く。
婚后にはそれを頼もしくも感じ、同時に僅かながら哀惜を覚えた。
婚后「――いえ、新たなる“女王”」
その姿は、御坂があれだけ忌み嫌っていた先代常盤台の女王、食蜂操祈と二重写しに見えてならなかった。
~7~
固法「そう、なら良かったわ。ありがとう初春さん。お疲れ様」
一方、冥土帰しの病院に手塩を担ぎ込んだ固法は渡り廊下にて携帯電話を耳に当てながら初春の労をねぎらった。
御坂は手傷こそ負ったものの無事であり、白井は衰弱こそひどいが無傷で保護されたと聞き固法は胸を撫で下ろす。
おおっぴらに喜ぶ事などとても出来ないので胸裡にて留めるに限ったが、やはり涙が滲むのは押さえられない。と
寮監「……では失礼いたします」
手塩「ああ、“また”、な」
寮監「――はい」
固法「(後は私の進退問題もね。活動停止処分中に無免許運転で警備員支部に突入だなんてまずクビよね……)」
そこで手塩の病室を出、深々と最敬礼して渡り廊下に姿を表すは寮監である。
固法がスキルアウト時代に覚えた車泥棒の犠牲となったレクサスのオーナーであり……
避難所を通じて手塩と誼を結び、白井らを監督していた人物だが今現在無役である。
彼女もまた白井がために手傷を負った手塩に謝罪しに来たのと、固法が持ち出した車を引き取りに来たのだ。
寮監「………………」
固法「……ま」
寮監「鍵を返してもらおうか」
固法「………………」
寮監「全く、やってくれたものだ」
最敬礼を終えた後も張り詰めた雰囲気を漂わせる寮監は固法から車のキーを受け取り、謝罪を拒否した。
固法のような本来真面目な質の人間にはそれが一番良く効くとわかっているのだろう。固法も顔を上げられない。
しかし寮監はそれ以上続けるつもりもないのか、はたまた手塩から何か言い含められているのか――
寮監「……何をしている?」
固法「!」
寮監「早く来い。歩いて帰りたいのならば引き止めはせんが」
固法「は、はい!」
我が意を得たのか、申し訳なさそうに小走りで駆けて来る固法に背を向けながら寮監もまた一度目を瞑った。
誰も彼も甘過ぎる、と思いながら同時にこうも思った。自分も彼女等の年の頃でもここまで無茶は出来なかったと――
固法「あっ……」
寮監「!?」
そこで固法が渡り廊下の窓より見下ろした先、病院中庭にある小運動場。
そこに見出した人影に寮監も眼鏡越しに眼差しがややキツくなる。
寮監「……変わらないな」
今年の3月9日まで常盤台のもう一つの顔であった少女。初代であった自分から数えて十三代目にあたる――
~6~
美鈴「あれー?出ないなあ沈利ちゃん……せっかく保護者会終わったらデート誘おうと思ったのにー」
運転手「(あの時の半ドア協会の酔っ払いだー!!)」
一方、美鈴もまた水晶宮へ向けて直走るタクシーの中にて繋がらない携帯電話の画面を見ながら呟いていた。
美鈴は酔っ払っていて覚えていないが、奇しくも昨年の断崖大学事件の際に乗り込んだのと同じタクシーである。
苦笑いを浮かべる運転手の表情に気づかぬまま、美鈴は携帯電話をいじくりデータフォルダを開く。
美鈴「(まあまた会えるでしょ。次ここに来るのは大覇星祭かな?)」
麦野沈利。美鈴の命を救い、美琴を守ると約束してくれた少女。
美琴から昨日聞いた限り、どうやら共同墓地まで送ってくれたようだが――
美鈴「(美琴ちゃんの事お礼言いたかったんだけどな……残念!)」
一足違いで顔を合わせる事はかなわなかったようだった。
素直ならざるとも陰ながら娘を支えてくれている少女。
美鈴は開かれたデータフォルダの中から、娘が送ってくれた写メを見返していた。
美鈴「(でもお礼言っても素直に受け取ってくれないのよねえ~そういうところがまた可愛いんだけど)」
パジャマ姿の娘と男物のワイシャツを寝間着にしている麦野のツーショット。思わず美鈴の顔がニヤニヤと緩む。
その下には娘がトリミングしたのか『ず~っと友達だからね!』と文字スタンプがキラキラと踊っている。
美鈴「(仲良くしてるといいけど――)」
二万人の『妹達』を持つ美琴にとって、麦野はまるで姉のように接してくれていると美鈴は感じている。
親の目線からすれば二人はまるで姉妹のように似通った芯が通い合っている。一本気な部分が特にそうだ。
美鈴「(大丈夫でしょ♪)」
ツーショットの二人。美琴の知らない美鈴と麦野だけの約束。
『御坂美琴を守る』というそれが、麦野に弓を引かせた。
それを知らない御坂も無意識下のどこかで感じている。
御坂に敗れ去り、力尽きた麦野が流した雨とも涙ともつかない雫。
歩み寄る事は出来ても分かり合う事の出来ぬ二人のツーショットだけが、あの日のままの笑顔で輝いていた。
~5~
麦野「――――――………………」
滝壺「どうしたのむぎの?」
麦野「いや」
一方、麦野は滝壺に車椅子を押されながら病院の敷地内にある小運動場にて外の空気を吸っていた。
つんざく油蝉のコーラスが耳に、雨上がり特有のツンとした清風が頬に心地良く感じられ僅かに頬を緩めたのだ。
間近では少年達がバスケットボールに興じており、比較的カラッとした陽気にまた視力の落ちた目を細める。
麦野「いつも思うのさ。殺し合いだ何だかんだをした次の日の朝はどうしてこうも目に痛いくらい眩しいんだろうって」
滝壺「――生きてるからじゃないかな?」
滝壺がいじって遊ぶルーズなサイドテールを更に三つ編みにしてヘアータイでまとめられた毛先に触れる。
左側の鎖骨を折られ胸骨に罅が入り肋骨も痛み左手も自由に動かせないがそれぐらいは出来た。
そして滝壺も自分ではいじれない長さの麦野の髪が気に入っているのか、サラサラと手に流すように触れた。
麦野『――滝壺、やっぱりこうなったよ』
滝壺「……予想以上に予想通りになっちゃったもん、ね」
麦野「――やっぱりあいつは“持ってる”んだろうね」
滝壺「……こういうのを“運命”って言うのかも」
思い起こされるのはタイムアップ寸前にバビロンタワーに突入して来た御坂達の姿と、対峙した自分達。
あの時点で御坂達は既に時間切れ寸前だったが0時を過ぎるまでは油断出来なかったのだ。
『軍艦島』より船出に出る『パンドラの匣』に、白井や御坂が運命に導かれるようにして出会さぬためにも。
麦野「“運命”ね……なら、今朝方私に電話寄越しやがったあの売女はどんな星の下に導かれてここまで辿り着いたんだろね」
しかし『もう一人』いるのだ。運命に導かれるようにして真実の手前まで辿り着い御坂とは異なる道筋で……
宿命をなぞるようにして真相の果てに行き着いた存在、明け方麦野に電話かけて来たあの声。
砂糖をまぶしたように甘く、水飴を絡めたようにねっとりと、蜂蜜を落とすように毒を孕んだあの声。
麦野「まあ何にせよ、あいつと御坂の関係性からするにおおよそ想像はつくけどね」
今、麦野と滝壷はその人物が姿を現すのを待っている。
密室の中二人きりで膝を交えるにはあまりに危険な存在。
さりとて黙殺するにはあまりに不気味な存在感を醸し出すあの『少女』を。
~4~
滝壺「どういう事?」
麦野「私と御坂が殺し合うところが見たかったんじゃない?高みの見物気取りでね」
滝壺「でも、会うんでしょ」
麦野「そのためにあんたがいる。って言うか能力封じられても別に構わないってさ」
九人のレベル5の中にあって未だ正体がわからない学園都市第六位。
噂では『世界の果てから終わりまで見通す』事が出来るらしい能力。
神託機械(オラクルマシーン)などと言われているらしいが……
そんな都市伝説めいた存在とはまた違った意味で底の見えない存在がいる。
先代常盤台の女王にして学園都市最高の精神系能力者、レベル5第五位――
麦野「――出て来いよ“腐れ女王蜂”が」
そこで麦野がじろりと運動場を見渡した同時に異変は起きた。今までバスケットに打ち込んでいた少年達が――
少年A「へぇ?野生の獣並みの第六感力ねぇ☆」
少年B「いつから気づいてたのかしらぁ」
少年C「御坂さんがお気に入りなだけの事はあるわねぇ」
少年D「でもぉ、そんな傷物にされた身体じゃ食指動かないしぃ」
少年E「貴女私の好みのタイプじゃないのよねぇ」
少年F「御坂さんも趣味悪ぅ~い」
麦野「滝壺、封じろ」
滝壺「うん」
大柄な少年、骨太な少年、日に焼けた少年、スポーティーな少年、やや肥満気味の少年、中肉中背の少年。
だのにその少年達の口から発せられるのは紛う事無き『少女の声』なのだ。皆一様にこちらを向いている。
ある者は焦点の合わぬ眼差し、ある者は涎を垂らし、ある者は白痴のように口を開けて笑顔を『作らされて』いるのだ。
麦野「――最初から何もかもわかってたんでしょ?心理掌握(メンタルアウト)」
いつの間にか風が止まり、蝉が泣き止み、午後の死が一足先に訪れたかのような沈黙が夏空の下に広がる。
そこへどこからともなくふわふわとシャボン玉が漂っては揺蕩い、パチンと麦野達の前で弾けて消えた。
???「――ええ、貴女の寒そうな下着の色までお見通しよぉ☆」
陽光に輝く金糸の髪をかきあげ、向かいにあるベンチに腰掛け艶めかしい脚線美を組み替えている。
纏うは全てを絡め捕る蜘蛛の巣、冠するは毒を有する女王蜂の字。鏡の国のアリスの世界から抜け出して来た……
クイーン・オブ・ハート(ハートの女王)のようなその少女、レベル5第五心理掌握(メンタルアウト)――
食蜂「――御坂さんの“ナイト”さん?」
~3~
いつからそこにいたのか、手にシャボン玉のオモチャを携えて食蜂は麦野達の前に姿を現した。
堆く聳え立つ雲の峰に届けとばかりにフーッと息を吹き込み空に向かってシャボン玉を飛ばす。
滝壺が能力を封じても動じた様子は全くなく、この澄み切った青空のように爽やかな笑顔にの中あって――
食蜂「昔ねぇ?御坂さんとファミレスでお茶した時に貴女の事話したのよねぇ。“貴女は御坂さんに相応しくない”ってぇ」
麦野「………………」
食蜂「そうしたら御坂さんなんて言ったと思う?“麦野さんを悪く言うヤツは私が相手になる!”だなんて友情力爆発させて怒ってたのよぉ」
麦野「――さっさと本題に入れよクソビッチ。テメエの甘ったるい喋り方には反吐が出るわ」
その魔星を宿した双眸だけが底が見えない。闇でも黒でも夜でもない、虚(うろ)のような眼差し。
車椅子を支え持つ滝壷が背中越しにも眉を顰めるのが伝わって来る、この陽気を数度下げるような笑顔。
子供が虫の足や羽をもぐ時のような、無邪気さと幼稚さと残酷さと無関心さ全て同居したような雰囲気。
食蜂「ずっとおしゃべりしてみたかったのよねぇ。御坂さんにそこまで言わせる存在(あなた)が」
麦野「………………」
食蜂「――ずっと、気に入らなかった」
滝壷「!」
滝壷は思う。白井は自分の心の闇に耐えきれず自壊した。
ならばそんな当人さえ気付かず、あるいは持て余すような……
何百何千という心の闇に触れ続けて来た結果食蜂はこうなったのか?
食蜂「さあ、本題に入るとしましょうかぁ?貴女や雲川さん達がひた隠しにしてる、真実力のお話ぃ☆」
否。底が抜けた瓶にいくら水を注ごうが満ちる事も涸れる事もない。その異形の精神こそが食蜂の有する怪才。
故に彼女は学園都市最高の精神系能力者として君臨し、常盤台の女王として政争を纏め上げて来たのではないか
食蜂『――見せてちょうだぁい?本当の“武力”と本物の“暴力”がぶつかり合う瞬間の――絶望に歪む、貴女の顔を』
食蜂が絶望に歪む顔が見たいと言ったのは、麦野の事だったのだ。
かつて食蜂に対して御坂が言い放った言葉、10月3日の一件から
食蜂「まず……」
自分に一度たりとて心を開いてくれなかった御坂が、無防備なまでに甘えられる麦野という名前は
食蜂の中の禍々しいまでに無垢な歪みに、しっかりと刻まれていたのだ。
~2~
かくしてここに物語は幕を下ろす
御坂「――行くわよ、みんな」
女生徒「「「「「「仰せのままに、我等が女王!」」」」」
常盤台の女王として目覚めた御坂美琴の
白井「お……姉……様」
レインボーブリッジから帰還を果たした白井黒子の
初春「あれ?私いつの間に表に??」
バビロンタワーを抜け出した初春飾利の
佐天「あー疲れた疲れた……もう寝る~」
自室のベッドに飛び込む佐天涙子の
婚后「始まりましたわね」
水晶宮にて見守る婚后光子の
固法「(これからどうしよう……)」
寮監「(これからどうしよう……)」
直走る車に揺られる固法美偉の
全ての少女達の物語はここに幕を下ろす
雲川「さて、そろそろおいとまさせてもらうけど」
全ての役者が下りた演壇に
滝壷「………………」
おざなりな拍手を送るはハートの女王
麦野「――言ってみろ」
――――最後に笑う者が最もよく笑うように――――
食蜂「――結標淡希が、本当は生きてるってところから始めちゃうゾ☆」
~1~
青髪「あーあかんねえ。もうめっちゃ遠くまで流されとって回収不可能や」
そう、青髪が言っていたのは結標達の遺体ではなく『吸血殺し』を抑えるための『歩く教会』の十字架。
結標「……血、出てる」
【うーん、星座の相性はバッチリっぽいけど血液型は同じなのが反発力の源よねぇ?長続きしないわきっと】
削板「58-1+50-1=51??」
【軍艦島より引き上げられ真空パックに詰められた霧ヶ丘女学院のブレザー。
切り裂かれたように縦に走り穴の空いた上着には結標の血糊がべっとりとこびりついている】
58人の空間系能力者が『一人減り』、50人あまりの原石が『一人増えた』という事を意味する雲川のメモ書き。
婚后「人の上に立つ、という事は多くを耐え忍ぶ事。今月頭に新たに統括理事長となった親船最中様はご存知?」
初春「(……どうして貝積副理事長から釈放命令が?)」
原石に関する一切を取り仕切る貝積が白井を自由の身にするよう取り計らったというその意味。
麦野「――それとも、アイツが臭い飯食わされてるブタ箱まで突撃して脱獄手伝って外国にでも逃がす?」
【8月7日前からアウレオルス=イザードの『負の遺産』を調査しに来たオルソラ=アクィナス。
8月7日に学園都市入りしたアステカの魔術師エツァリも海路を経由せねばならないほどの警戒レベル】
麦野の口からつい漏れ出てしまった『外国』という単語。
雲川「――あと、四時間だけど」
結標「そう。彼女はいつでもどこでも、運命に導かれるようにして必ず誰かの嘆きに応えてその姿を現すわ。そこがどんなに深い闇の奥であろうと」
【麦野の目は帝都タワーの電光時計へと向けられた。8月13日0時1分。麦野の勝利(まけ)で、御坂の敗北(かち)だった。】
食蜂「貴女の負けよぉみぃーさぁーかぁさぁーん」
滝壺「もう“終わった”から通してあげたの」
それは正しく時間稼ぎだったのだ。軍艦島へ向かおうとする白井とその後を追おうとする御坂達を……
0時まで軍艦島に向かわせる事なくバビロンタワーに足止めさせるための、麦野の捨て身の時間稼ぎ。
何故二人を軍艦島に行かせてはならないのか?全てが台無しとなり御坂が命を落としかねないからだ。
――――必要悪の教会の船に乗ってイギリスへ亡命する結標達、それを護衛する魔術師達に御坂を殺させないために――
~0~
何だか自分の身体じゃないみたい
オルソラ「気がついたのでございますね!」
身体が、手足が、動かない
オルソラ「無理に動いてはいけません。まだ傷口が塞がっていないのですから」
貴女は誰?
オルソラ「はい、オルソラ=アクィナスと申します。8月7日の晩餐会で席を同じくさせていただいた者でございますよ?」
背中が焼けるみたいに熱くて痛いの
オルソラ「……貴女様はずっと生死の境を彷徨っておいでだったのです」
ここはどこ?
オルソラ「イギリス、ランベスにございます」
イギリス?
オルソラ「……止むに止まれぬ事情があったのでございます」
………………
オルソラ「如何なされました?」
私は
オルソラ「?」
私は誰?
オルソラ「!?」
思い出せないの。いいえ、わからないの。
オルソラ「………………」
ねえ、私の名前は?
オルソラ「――結標淡希様、とお連れの方がから伺っているのでございますよ」
とある白虹の空間座標(モノクローム):最終話「FINAL FANTASY」
――――科学と魔術が交差する時、物語は始まる――――
【エピローグ】に続きます。


そして最後の……
凄まじい物語だ……