【前編】 【中編】 の続き

346 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 20:53:04.75 zpEVZyvAO 216/335

~とある高校・保健室~

結標「あらっ…秋沙、こっちのと交換してもらえないかしら?豚の脂身苦手なのよ」ヒョイ

姫神「ダメ。私ももう。豚カツを食べてしまったから交換出来ない。代わりに。サラダを」ポイッポイッ

結標「ミニトマトばっかり押し付けるのやめてもらえないかしら?ってなんなのよこのサラダの量」ムシャムシャ

姫神「わからない。キャベツの量が。ご飯より多い」モシャモシャ

18:37分。二人は午後から入り浸っている保健室にて夕食を取っていた。
二人揃って窓辺に腰掛け、夜空に揺蕩う満月を見上げながら素足を投げ出して。
その手には豚カツ・サフランピラフ・ナポリタン・夏野菜サラダの乗った長崎風トルコライスである。

姫神「煮物ばかりだって。放送室のアナウンサーが愚痴ったら。献立を仕切ってる人が怒って。今夜はこれになった。私は大阪風の方が。好きなのに」

結標「ああ…貴女確か関西出身だったかしら…その割に話し方にイントネーションとかクセがないのね(ボソボソしゃべるから関係ないのかしら)」

姫神「そう。私は京女。そして貴女は今。とても失礼な事を考えた」

結標「(ギクッ)京女って何よその新しいキャラ付け…今朝だって小倉トースト食べてたじゃない。あれ名古屋じゃないの?」

姫神「食べ物に。国境はない(キリッ」

結標「国境じゃなくて県境でしょうそれを言うなら!」

柔らかく爽やかに吹き込む夜風が二人の前髪を揺らして行く。
グラウンドでは座り込んでだべる者、未だに光の落ちないテント、ドラム缶にゴミを放り込んだ焚き火をする発火系能力者もいる。
二人は放り出した素足をプラプラ揺らしながら他愛もない話題に華を咲かせていた。
それこそ本当に、気の合う十代の女友達のように。

347 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 20:54:11.75 zpEVZyvAO 217/335

結標「大阪風トルコライスって…これとは全然違うの?たこ焼きとかお好み焼きが乗っているだとか?」

姫神「全然違う。まず。ライスがサフランじゃなくてチキンライス。そこに卵焼きを敷いて。豚カツを乗せて。デミグラスをかけて。出来上がり」

結標「ふーん…美味しそうね。今度作ってくれるかしら?」

姫神「………………」コクッ

その問いに、姫神は無言で首肯した。同時に思う。もっと色んなものを食べさせてあげたかった。
好き嫌いはあまりなさそうだが貧しい食生活を送る結標が、自分が消えてしまった後果たして大丈夫なのかと。

姫神「(料理を教えたり。してあげられたら良かったのに)」

年上なのにそういう事にてんで無関心で無頓着。
野菜炒めの一つも作れなくてご飯をよく抜く。
結標の華奢さは他ならぬ姫神自身が一番良く知っている。もしかすれば本人以上に。

姫神「(私がいなくなったら。きっとこの娘は泣く。けれど。淡希はもう大丈夫)」

避難所での水先案内人をする内に、色んな人達と知り合ったり話し始めたりしているのは姫神にもわかった。
我が事ながら無責任だと思わなくもない。しかし月詠小萌もいる。
吹寄制理にも結標を紹介したかった。『彼女』とは言えないから『友達』として。

姫神「(まるで。私が。お母さんみたい)」

生活力の低い年上の恋人、そう内心で姫神は苦笑する。
戦う時の凛々しい横顔が、どうすれば目も当てられないほど溶けてしまうかを姫神はもう知っているから。
しかし、そんな姫神の内心を知ってか知らずか――

結標「秋沙。ミートソースついてるわよ」ペロッ

姫神「…大胆。人に見られたらどうするの」

結標「あら?貴女の困った顔だなんてレアな物が見れるなら安いものだわ。人に見られるくらい」

姫神「…お仕置き」サワッ

結標「!?ちょっ…止めて…そこっ…秋沙ダメッ」

348 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 20:55:11.11 zpEVZyvAO 218/335

クスクスと意地の悪い笑みを浮かべて戯れて来る結標。当人同士にしかわからない制裁を加える姫神。

一見すると年上で動の結標、年下で静の姫神に見えるが、実際の力関係は姫神が主導権を握っている。

結標「秋沙の馬鹿ぁ…誰かに見られたらどうするのよ」クター

姫神「そんな露出の多い格好をしてるから。前から思っていた。貴女は肌を出し過ぎ」

結標「へえ…心配してくれてるの?人をこんなにしといてどの口が言うのかしら。保健室で良かったわ。絆創膏がいっぱいあって」チラッ

姫神「淡希が。つけてつけてって言うから」

結標「…欲しかったから…秋沙の…」ゴニョゴニョ

姫神「M。」

結標「五月蝿い!!」

呼び方が下の名前になって、並んで座る距離が近くなって、意地こそ張れど最後には素直に寄りかかってくる。

それが愛らしく思える。手放したくないと思えるほどに。

恐らく『私と一緒に来て』の一言で結標は姫神についてくるだろう。だが

姫神「(だから。ダメ)」

愛しいからこそ側に置きたがる結標、愛しいからこそ側から離す姫神。

愛情には様々な形がある。それは誕生日のように一人一人違い、同時に全て正しくて全て間違っているとも言えた。そこに――

349 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 20:57:40.95 zpEVZyvAO 219/335

御坂妹『全学連復興支援委員会よりお知らせです。本日19:00より避難所・体育館に於いて上映会を執り行います、とミサカは…あっ』

絹旗『提供は超C映画愛好家、絹旗最愛が超オススメする、超C級ラブストーリー“とある星座の偽善使い(フォックスワード)”!この春上映されたばっかりなのにもう製品化された超ガッカリ具合の――』

御坂妹『放送ジャックしないで下さい、とミサカは奪われたアナウンスマイクを取り返すべく実力行使に出ます…あっ』

フレンダ『結局、娯楽が必要な訳よ!って訳でポップコーンもコーラもないけど暇な人は見に来て欲しい訳よ!』

黒妻『ハッハッハ!オレのブースが占領されちまった!もうどうにでもなれー!』

舞夏『これ兄貴と観に行ったぞー!』

結標「…上映会?」

姫神「そうみたい」

その時、校内放送による入るアナウンス。どうやら体育館で映画の上映会をするらしい。
確かにプロジェクターは生きているし、キャパシティにも今ならゆとりがある。
結標は知らなかったが、週に二度ほどそういう事をやっているらしい。
娯楽の少ない避難所生活の一イベントと言って良いだろう。

結標「…行きましょう秋沙!」グイッ

姫神「えっ。今から?」

結標「今からに決まってるじゃない。それとも食べ過ぎで動けない?」

姫神「(イラッ)」

結標が食べ終えたトルコライスの紙皿をゴミ箱に捨て立ち上がる。姫神の手を引いて。
そこではたと姫神は思う。今夜は最後の夜になる。
なら最後くらい…二人で映画を見た思い出があっても良いではないかと。

姫神「…行こう。淡希。良い場所を。知ってる」

結標「ええ!」

デートもしたかった。ショッピングもしたかった。旅行にも行きたかった。
クリスマスや、バレンタインや、二人だけの記念日を祝ったりしたかった。
けれどもう出来ないから。もう二度と叶わないから。ならせめて――

姫神「(優しい時間を…少しだけ)」

二人の記憶が、思い出に変わる前に。

姫神「(最後は。私が終わらせる)」

その為に打った策は、もう手の中にあるから。

350 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 20:59:00.70 zpEVZyvAO 220/335

~避難所兼体育館・上映会~

『私と!テメエの!住んでる世界が!立ってる場所が!どれだけ違うか能天気にぬくぬく生きてるテメエが考えた事が一度でもあるのか上××麻ァァッ!』

『住んでる世界?お前は世界を見て回った事あるのかよ?立ってる場所?――周りを見ろよ!今ここに立ってるだろうが!お前も!!オレも!!!』

結標「(何でかしら…この口と性格の悪いヒロインどっかで見た気がするわ)」

姫神「(どうしてだろう。この俳優。あの人に。良く似てる)」

20:00分。姫神と結標は学生達に混じって体育館での上映会に見入っていた。
なんとか立ち見に回らず、二階部分の渡り通路の手摺り近くに座りながら。
暗がりの中、プロジェクターで踊る閃光や爆音に互いの相貌が照らされる。

結標「………………」キュッ

姫神「(甘えん坊)」

暗がりの中、結標が姫神に自分の手を重ねて握る。
皆、スクリーンに視線を向けている中とは言え大胆だなと思わなくもない。
ただの友達なら気にしなかったが、今なら少しは気になるから。

結標「(あっ…キスした。血の味がするファーストキスかあ…思えば私達の初めてって、私の…ああああああ)」

姫神「(救いの物語。私にはありえないもの)」

映画の内容そのものは、非常にありふれたストーリーだった。
裏社会で生きる年上の女性が、表の世界で生きる男子高校生と出会い恋に落ちるというシナリオ。
最後は、神がスティールメイトした悲劇のチェス盤を、そのまま力技で引っくり返すようなラストだった。
姫神は思う。自分達にこんなラスト(結末)はありえないと。

結標「…ねえ、秋沙?」

姫神「上映中は。お静かに」

結標「静かにさせてみたら?」

姫神「馬鹿」

351 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 20:59:54.32 zpEVZyvAO 221/335

暗闇の中、結標の手を引き暗幕の中へ引き込む。
皆、終盤に差し掛かった物語に目を奪われ誰もこちらを向いていない。
最後だから、大胆にもなれる。もう、これが最後だから。

結標「っ…キス…だけって…!」

姫神「淡希が。声を出さなければいい」

首筋の絆創膏を乱暴に剥がす。もう一度口をつける。してはいけない事を、してはならない場所で、見られてはいけない人目を盗んでする。
ひどく爛れたやり取りだと姫神は思う。もし、別れを人知れず決意しなければ、乱れた共同生活を続けていたかも知れないと。

結標「赤く…なっちゃ…うっ」

姫神「…脚を開いて。淡希」

暗闇の中で抱き合い、暗幕の内で口づける。まるで奈落の底だと姫神は韜晦する。
光の射さない、陽の当たらない、隠花植物のような自分達。
でもそれで良い。全ての花が、太陽の祝福を受けられるハズがないのだから。

結標「…っ…秋…沙…痛い…」

姫神「こういう時。貴女の服装は便利。脱がさなくて済むから」

花は咲いても実は結ばない関係。蕾のまま枯れるくらいなら、咲き乱れて散りたい。
神に摘まれるまでに、運命に踏みにじられる前に。
狂い咲きのような、一つの季節すら越える力も持たない自分達。

結標「―――ッ…!」

姫神「…暗くて。良かったね」

ハッピーエンドは、バッドエンドに向き合う事の出来ない人間の逃げ道だと姫神は思った。
ハッピーエンドを目指す力が自分達にはない。バッドエンドから逃げ回るだけ。
スタッフロールの余韻すら残らない、幕そのものが落ちる…そんな悲劇。

姫神「綺麗にして。淡希」

結標「……んっ……」

指先に這う舌が熱い。指の指紋まで舐めとるような舌使い。
指の股まで零れ落ちてくる唾液。一度落ちてしまって、付け直したクロエの香り。
忘れないでおこう。そう新たに姫神は思い直す。

姫神「いい子」

映画が終わったようで、遠くからエンディングテーマが聞こえて来る。
まばらにパイプ椅子から立つ音が耳につく。時刻は消灯時間を過ぎた21:30分。
映画の内容はあまり頭に入って来なかった。それだけが少し、残念に姫神には思えた。

352 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:01:55.05 zpEVZyvAO 222/335

~とある高校・保健室~

21:45分。二人はこの一日で根城のようにしてしまった保健室へ戻っていた。
僅かに火照りの余韻を残した結標と、表面上は平然としている姫神の二人きり。
辺りも次第に消灯時間を迎えて話し声や物音のボリュームが下がって行く。

姫神「映画。どうだった?」

結標「う~ん…キャストやロケ地にばっかりお金かけて中身はスカスカだったような気がするわ。典型的な邦画の失敗作って感じかしら」

姫神「そして。恋愛もののはずなのにアクションシーンがやたらと多かった。あと挿入歌が四本は多すぎる」

この第七学区はほとんど壊滅状態にあるため夜は明かりに乏しく、先程も見上げた蒼白い月が目映いほどであった。
窓辺から見える、第七学区を除く他の学区は戦争前と変わらぬネオンと光に包まれまるでホタルの群れのようで。

結標「けれど、ラストはまあまあで良かったんじゃないかしら?映画って最後はやっぱりハッピーエンドじゃなくっちゃ」

姫神「そう?」

結標「だって後味悪いと思わない?作り物の中でくらい、無責任なくらいのハッピーエンドがあったって良いと思わないかしら?現実なんてバッドエンドより質が悪いわ。だって終わらないんですもの」

爽やかな夜風が残り少なくなってしまった木々を揺らし青葉を散らして行く。
今日は星が見えないが、月だけが淡く妖しく輝き天上に座している。
姫神の切りそろえられた前髪を揺らし、結標も翻る二つ結びを押さえながら微笑んだ。

姫神「(綺麗)」

一種、幻想的な趣さえあった。窓際で満月を背負って、月明かりを後光のように浴びる結標淡希の立ち姿が。
普段はサバサバして見えて、ふとした瞬間目を見張るほど魅入られてしまう一瞬が結標にはあった。
これが惚れた弱みか、と姫神は内心でそうごちた。だが――

結標「私達も――そうでしょう?秋沙」

ビュウッ…という一際強い風が、二人の間を通り過ぎて行く。

姫神「…うん。そう」

ザワザワザワと木々の葉が鳴る音が響き渡る。姫神の制服のスカートを揺らして行く。

結標「ええ――そうよね」

そして結標は風に揺れる二つ結びを押さえる手を離して――



結標「こ  の  嘘  つ  き」



その手で、姫神の頬を張った。

353 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:02:51.36 zpEVZyvAO 223/335

~保健室・結標淡希~

思ったより、大きく渇いた音が出て自分でも内心驚く。
手加減しようとしても、湧き上がる自分の中の怒りがそれを許さなかった。

姫神「―――…!?」

結標「――謝らないわよ?」

打たれた頬を押さえる秋沙を見つめる。なるほど、そう言う顔も出来るのかと新しい発見をした気分だ。場違いにも。

結標「言ったでしょう?餌付けしようが首輪をしようが…調子に乗ったら引っ掻くって」

美味しいご飯を与えてくれても、身も心もさらわれてしまいそうな愛を与えてくれても――譲れない想いが、私にもある。

結標「言ったわよね?私を飼い慣らしたければ、ただ一緒に眠ってくれるだけで構わない…そう言ったはずよ、秋沙」

貴女が望むならどんな辱めだって甘んじて受けてあげる。
貴女が命じるなら跪いて足だって舐めてあげる。
けれどそれでも聞けない頼みが、私にもある。

結標「騙すなら、上手に嘘をついてとも言ったわよね?秋沙」

姫神「なん…。どう。して…」

信じられないって目をしてる。初めて貴女に勝てた気さえするわ。
けれど達成感も優越感も爽快感も何もない。今この胸にあるのは、どうしても許せない怒りだけ。

結標「何をコソコソ企んでいるんだか、何を自分一人で悲劇のヒロインに酔ってるんだか知らないけれど…酔い醒ましには持って来いの一発だったでしょう?秋沙」

目を見ればわかる。暗部でも何度か目にして来た目だ。
生死を問わずに腹を括った人間の目くらい見抜ける。
暗部での経験がこういう形で生きるとは思っていなかったけれど。

354 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:03:59.37 zpEVZyvAO 224/335

結標「――行くんでしょう。私を置いて。捨て猫が可哀想だと思わない?置き去りにされた野良猫が可哀相だと思わない?」

姫神「!!!!!!」

結標「私を手込めにするのは一学年差だからまだ許してあげる…けれど手玉に取ろうだなんて十年早いのよ!!」

私の叫びに、秋沙の肩と背中がビクンと震える。けれどそれを見ても愉悦も喜悦も湧いて来ない。
秋沙の言う通り私はマゾヒストなのかも知れない。
貴女を責め立てるように問い詰めても、ただ泣きたくなるばかりだ。サディストの素養は薄そうだ。

結標「口で何度言ってもわからないなら、身体にわからせてあげるわ。貴女が忌み嫌う血を流させてでも」

軍用懐中電灯を取り出す。それを突き付ける。図書室の時と違って今度は止めない。
そして今度こそ止めてみせる。全て一人で抱え込んで私から去り行く貴女を。


結標「――私の座標移動(ムーブポイント)から逃げられると思わないで!!!」


力ずくでも――止めてみせる。

355 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:07:32.36 zpEVZyvAO 225/335

~保健室・姫神秋沙~

最初に感じたのは、痛みではなく熱さ。そして痺れが後からやって来た。
そして、信じられない思いだった…淡希が私に手を上げるだなんて。

結標「どうしてバレたか教えて欲しい?わかるものなのよ。今にも消えてしまいそうな貴女の身体にすがりついていた私だからこそ」

座標移動で物をぶつけられたり、放り出された事は何度かあった。
それを掛け値なしの真っ向から、平手打ちを食らうだなんて想像だにしなかった。

結標「残念ね…悪いけれど家出は認められないわ。鎖で縛り付けてでも行かせない。貴女を監禁して家で飼ってあげるわ」

淡希を甘く見ていたと思わざるを得ない。同じ女の勘を舐めていた。

結標「しばらくはハードに愛してあげる…私の腹の虫がおさまるまで。“ごめんなさい”だなんて言わさない。“許して下さい”なんて言わせない」

淡希は怒っている。正真正銘の怒髪天。女の本当の怒りとは、マグマではなくドライアイスのような冷たい激怒であると今更ながら思い知らされる。

結標「“側にいさせて下さい”って、声が枯れるまで私の名前を呼ばせるわ。何もわからなくなって、逃げ出す気さえ起きなくなるくらい可愛がってあげる」

淡く柔らかな輝きを放つ月は既に無慈悲な夜の女王。
姫神秋沙は知らない。今の結標淡希がかつて白井黒子と初めて対峙した時と同じ目をしていると。

結標「断っておくけれど、私は正気をなくしてる訳でもなんでもないわ。当然、本気だって事もわかるわね?」

淡希が一歩前に出る。キュッと唇を結んで私は耐える。
後退る事はしない。淡希に背を向ける事はしても、逃げたくはなかったから。だって

姫神「…狂ってる」

結標「そう?人を好きになって、愛して、マトモでいられる人間なんているのかしら。それを教えてくれたのは貴女よ。秋沙」

姫神「――そう。私が。貴女を壊したから」

さっきまで雑談し、映画を見て笑っていた淡希は、私の腕の中で、手の上で、指の先で喘いでいた淡希はもういない。
淡希の目はもう戦う時と同じ目をしていた。だから私は逃げない。

356 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:09:52.35 zpEVZyvAO 226/335

結標「そうよ。今ここで、座標移動で貴女の服だけテレポートさせて欲しい?逃げられないように」

姫神「――――――」

淡希が私の手首を掴んで頬から引き剥がす。これが最後になる。
だから――私を好きにさせてあげたかった。淡希が望むように。してあげたかったけれど――

姫神「……――のクセに」

結標「…なんですって?」

姫神「聞こえなかった?なら。わかるように。言ってあげる」



――イジメられて喜ぶ。マゾのクセに――


結標「―――!!!」

姫神「してみたら。出来るのなら」

強引に抱き寄せられた。形ばかり抵抗する。

強引に口づけられた。形ばかり顔を背ける。

強引に舌を入れられた。形ばかり歯を閉じる。

強引に手を入れてきた。形ばかり身体をよじる。

強引に指を這わせて来た。形ばかり手を押さえる。

強引に首筋に噛みついて来た。形ばかり押し返す。

強引にベッドに突き飛ばされた。形ばかり小さな悲鳴を上げる。

姫神「…貴女に。出来るの?」

結標「簡単な事よ…貴女が私にしたようにしてやるの」

姫神「…貴女に。出来るの?“結標さん”」

結標「―――ッ!!!」

357 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:11:29.75 zpEVZyvAO 227/335

鼻で笑った頬を張られた。黒髪が流れてかぶさる。同じ所を二度打たれるとより痛い。
声を出さずに、呻く。静かに、仰け反る。構わない。これでいい。
貴女を傷つけたのは私だから。貴女にも私を傷つける権利がある。
貴女が私を憎むまで、そうさせてあげたかった。けれど


姫神「――ごめんなさい。淡希――」


もう時間がなかった。でもこれで良いと思った。
後ろ髪引かれて名残りを惜しむより、傷つけあって別れたい。
猫の兄弟や親子が巣立ちの時を迎えるように。


姫神「――本当に。ごめんなさい――」


カチッ、と壁掛け時計の針が22:30分を指し示す。約束の時間。
『運び屋』オリアナ=トムソンとのタイムリミット。


姫神「――ここで。お別れ――」


結標「!?貴女何を―――」

最後くらい、負けてあげたかった。貴女を、勝たせてあげたかった。ふふ、私って最後まで上から目線。
保健室全体に、見た事のない光が満ち充ちて行く。魔術の光。終わりの光。


姫神「――私。魔法使い――」


魔法使いに憧れて、それでも魔法なんて使えない私に出来る、最後の魔法。
淡希の頬に触れる、光の中で驚いた顔の淡希。涙で濡れた瞳。


姫神「――さようなら。淡希――」


最後まで。優しかった。貴女へ――

358 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/22 21:13:32.34 zpEVZyvAO 228/335

~保健室~

姫神「…もういい。入って来て」

オリアナ「………………」

22:38分。姫神秋沙は寝乱れた髪を直しながら、乱れた制服を整えながら、至極冷静な声音で入って来たオリアナを見やった。

オリアナ「んー…っと、悪いんだけど、お姉さん全部聞こえてきちゃって…ちょーっと気まずくってなかなか入ってこれなくって」

姫神「ごめんなさい。聞かせてしまって」

姫神の傍ら…そこにはオリアナの『速記原典』の中から選ばれた、意識と身体の自由を奪う魔術により眠らされた結標の姿があった。
22:30分になったら保健室に来て、その時居る自分以外の人間を傷をつけずに昏倒させて欲しいと螺旋階段の時から打ち合わせていた。

結標が感づいたのは想定外だったが、最後まで側にいるのは想定内だったから。
いつ襲撃があっても対応出来るよう…片時も側を離れようとしなかった結標の思いを逆手にとったのだ。
それを思うと、一生憎まれても仕方無いと姫神は胸を痛めた。

オリアナ「お姉さんも色々経験豊富だからそう言う偏見はないわ。ただし、この術式は一時間しか持たないから急いでね」

姫神「…女同士で。気持ち悪いと。思わないの?」

オリアナ「男でも女でも――同じ人間でしょう?お姉さんはそう思うわ」

そう微笑みながらオリアナは再び退室した。これがステイルならば狼狽えるか、無駄に煙草の本数が増えるかだろう。
そして再び取り残された姫神は――横たわる結標へと手を伸ばした。

姫神「結標さん。貴女は一生。私を恨んで。憎んで。呪ってくれて。構わないから」

シュルッ…と結標の二つ結びを縛る髪紐を抜き取る。
最後の最後まで、自分は最低の卑怯者だと心の中の自分を殴りつけながら。

姫神「だから――私を忘れて欲しい」

その髪紐を形見分けのように手にして…もう一度だけ、唇を寄せる。

姫神「さようなら――淡希――」

止め処なく零れ落ちる涙流れるままに交わした最後の口づけ。
唇が震える。頬が熱い。喉が痛い。手が戦慄く。これが本当に――最後なのだから。

姫神「――愛してる――」


その言葉を最後に――姫神秋沙は保健室から去っていった。

振り返って、駆け戻りたくなる自分を、髪紐を握り締める事で耐えながら。

362 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:26:00.35 ScLD0fzAO 229/335

~第七学区・とある高校裏門~

ステイル「ふー…」

22:45分。ステイル=マグヌスは上条当麻らが通う高校の裏手で煙草をくゆらせていた。
数時間ぶりの一服は待機時間も合わせて一本、また一本と本数を増し、気がつけば片手を超える吸い殻が足元に転がっていた。

ステイル「………………」

立ち上る紫煙につられて見上げる月は蒼白く、どこか病的な輝きがあった。
思えばインデックスを追跡していた時もこんな夜だったかと懐古する。

苦々しく、そして彼女の記憶が奪われずに済んだ数日間の出来事…
思えばそこで上条当麻と縁を持った事がケチのつき始めだと思わなくもなかった。同時に――

ステイル「まさか再びあの吸血殺し(ディープブラッド)と関わる羽目になるとはね…仕事とは言え僕もツキがない」

一度目はアウレオルス=イザードが絡んだ三沢塾での一件。
二度目は『刺突杭剣』絡みでの大覇星祭にてオリアナ=トムソンが誤って姫神秋沙に重傷を負わせた一件。
そして三度目の正直とも言うべき今回は…

ステイル「(あまり愉快な巡り合わせでない事は確かだ。あの女狐め…今度は何を企んでいる)」

アウレオルス=イザードがかつて属していたグノーシズム(異端宗派)から姫神秋沙を守りつつ、かつて刃を交えたオリアナ=トムソンと組んでロンドンまで連れ帰るというこの任務。
あの最終戦争でローラ・スチュアートが命を落とさなかった事が悔やまれる。
組織の存続を安堵すると共に、半ば本気でステイルはそう思っているのだ。

黄泉川「そろそろじゃん。いざという時は私がオフェンス、そっちはディフェンスで良いじゃん?」

手塩「私達は、構わない。優先、されるべきは、安全度と、能率だ」

そして警備員(アンチスキル)のメンバーも姫神を護送するための特殊装甲車の前で最終確認に入っている。
物々しい限りだ、しかし魔術師達を相手にこの護送団でも十分過ぎるとは言えない。
そうステイルが七本目の煙草を吸い終えると――

オリアナ「はぁいお待たせ…皆さんお揃い?」

姫神「………………」

ステイル「(…来たか…)」

対象(パッケージ)のお出ましだ、とステイルは歩を進めた。
インデックスはある人物の所へ預けている。上条当麻が不在の今、実務的な信頼は置けずとも信用には足る人物の元へ――

363 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:26:43.40 ScLD0fzAO 230/335

~とある高校・保健室~

小萌「…結標ちゃん…」

禁書「(…あいさ…)」

23:12分。月詠小萌とインデックスは保健室にいた。
小萌は姫神秋沙からオリアナ=トムソンへ言伝られた『伝言』に導かれて保健室へ、インデックスはステイル=マグヌスからこの避難所に残るように言われての事だ。

禁書「(こもえにはわからないけど、これは魔術なんだよ。多分、効力の薄い時限式の魔術かも)」

横たわる結標の額に手を当て目を瞑りながらインデックスは思案する。
僅かながら力の残滓が場の空気に残されている事、結標の身体が通常よりも穏やかな脈拍、低い体温と言ったまるで仮死か冬眠に近い状態からそれを推察する。

小萌「し、シスターちゃん…結標ちゃんは大丈夫なのですかー?」

禁書「大丈夫なんだよ。じきに目を覚ますはずなんだよ」

小萌「…先生は、先生は力のない自分が悔しくって、悔しくって仕方無いのですっ…!」

小萌は歯噛みする。自分にもっと力があれば、強さがあれば、姫神秋沙や能力者狩りに晒される学生達を守れるのに、望まぬ疎開をただ見送る事などさせないのにと。
姫神は別れが辛くなるからと、吹寄を始めとするクラスメートに別れを告げなかった。
小萌にも感謝の言葉を捧げるも、顔を合わせれば気持ちが挫けてしまうと『伝言』のみを願った。
生徒をそうさせてしまう自分に、小萌は教育者として胸を痛めた。

禁書「それは…私も同じかも」

友人として姫神秋沙を見送れなかった。ステイル達のように護送につく事は出来なかった。
10万3000冊の魔導書を保管する『図書館』たるインデックスの所在がグノーシズム(異端宗派)に割れれば、その矛先がどう向かうかわからないからだ。
今は上条当麻も側にいない。神裂火織も側にいない。身を守る術はただ一つ――

禁書「(とうま…今どこにいるの?)」

鳴らない携帯電話。ようやくメールを少しずつ打てるようになってきたのに。
もう電子レンジを壊さなくなってしばらく経つのに、それを伝えたい上条当麻はいない。
こんな時、上条当麻ならどうするだろうか…それは完全記憶能力を持つインデックスをして、未だ紐解けない命題であった。

364 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:29:46.16 ScLD0fzAO 231/335

~第七学区・発電所~

御坂「!?」

23:17分。第七学区の電力のほとんどを賄う発電所にて御坂美琴は目を見開いた。

ほとんどの風力発電を戦禍によって望めなくなり、絶対的に不足している電力を補うべく力全てを注ぎ込んでいたレベル5第三位『超電磁砲(レールガン)』のレーダーに引っ掛かるものがあったのだ。

御坂「初春さん!全チャンネル開いて!何かおかしいわ!」

初春「はっ、はい!回線616から666、最大望遠でモニタリングします!」

傍らにて生き残っている監視衛星、監視カメラを開くべくキーボードを叩く初春飾利。

就寝時間はとうに過ぎ去っているが、朝から晩まで必要最低限以外は決して離れない御坂のサポートに回るためにこの時間まで起きていたのだ。しかしそれが――

御坂「…なによこれ!?」

御坂の『超電磁砲』は派手な攻撃にばかり目を奪われがちだが、自身を中心とし微弱な電磁波の反射でソナーのように周囲の状況や死角を拾える。

初春「372…1618…4257…まだです!まだ出て来ます!?」

その御坂の警戒網に『突如として』引っ掛かた『ソレ』の数…

今の今まで影も形も感知出来なかった『ソレ』が『忽然と』降って湧いてくる様子が…初春が操作するパソコンの画面に映し出される。

御坂「これは―――?!」

365 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:31:06.21 ScLD0fzAO 232/335

~第七学区・とある高校~

白井「鎧の騎士!?」

御坂『嘘みたいだけど本当なの!夢でも寝ぼけてる訳でもないわよ!初春さん!黒子の携帯にリンク出来る!?』

初春『でっ、出来ます!白井さん!今送りますから通話を切らないで見て下さい!』

23:19分。白井黒子は瞠目していた。交代時間を迎え、これより就寝しようかと思った矢先のエマージェンシーコール。

それは相変わらずほとんど不眠不休で発電所に詰めている御坂美琴からの緊急通信。
その切迫した声色からただならぬ異変を察知した白井は言われるままに耳から携帯を離し画面に目を落とす…するとそこには

白井「…お化けが出て来るにはまだ早い季節ですの。まして足が二本ありますの」

時空を越え中世から抜け出して来たかのような…白銀色に輝く甲冑の騎士団が映り込んでいた。

画面左端には初春がつけくわえたのか、カウンターまでついている、
その数6859…信じられない思いであった。それがこの避難所へ向かうルートを辿っているのだから…!

白井「(ありえませんの!これだけの人数が!大部隊が!誰にも気付かれずにこの学区までやってこれるハズが…!?)」

何もない虚空からいきなり現れでもしない限り、ここまで誰の目にも触れずに侵攻してこれるはずがない。
しかも中世的な甲冑の騎士団はそれぞれ刀剣のみならず、銃器などの近代兵器まで携えている。

その足並みは軍勢である事を差し引いても一糸乱れず、あるで統率された操り人形のような――

白井「固法先輩――!」

366 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:32:00.23 ScLD0fzAO 233/335

~とある高校・放送室~

御坂妹「わかりましたお姉様。直ちに避難勧告を発令させます、とミサカはメタルイーターを組み直しながらスピーカーをオンにします」

23:23分。御坂妹は鉄鋼破り(メタルイーター)を担ぎながら放送室のコンソール全てをオンにしながら御坂美琴と通話していた。

御坂『危ない事は絶対にしないで!もしもの時は逃げて!もしかしたら、もしかしたら…相手は人間じゃないかも知れない!』

御坂妹「…?人間でないとはどういう意味ですか?とミサカはお姉様の言葉に疑問を差し挟みます」

御坂『わからないわよ!ただ、生体電力だとか磁場だとかが全然感じられないの!中身の入ってない人形が歩いてるみたいな感じで!!』

御坂妹「人形…」

場違いに『人形』という言葉という単語に御坂妹は反応する。
それはかつて実験動物として扱われ、唯々諾々と『絶対能力進化計画』に携わっていた頃の自分を思い出すから。

御坂『いい!?約束よ!何があっても!絶対に死――』

御坂妹「わかりました。姉妹の約束ですね、とミサカは電話越しに小指を差し出します」

それを思い返せるだけ、御坂妹にも自我や感情が芽生え始めていた。
少なくとも『姉』に対し、安心させるために軽口を叩ける程度には。
そして無表情ながらもその言葉に嘘はない。『もう一人だって』欠けてやる訳には行かないから。

御坂妹「それでは避難勧告を発令するので通話を終了します、とミサカは礼儀正しく一礼しながら電話を切ります」ピッ

いつだったか、この避難所でのボランティア活動の中で『置き去り』の子供達に読み聞かせた『ピノキオ』の話を思い出す。
木彫り人形であったピノキオが『良心』を手に入れて人間になると言う話のあらましを。

御坂妹「女達の聖戦(ジハード)です、とミサカはアナウンスマイクの調子を確かめながら弾を込め直します」

『お前は世界に一人しかいない』と言ってくれた少年(ヒーロー)はもういない。
だが彼はどこかで生きている。その彼が帰って来る場所を、御坂美琴の世界を、そこで暮らす人々の営みを守るために。
御坂妹は戦う。そう、それはシンプルで――ひどく人間くさい感情。

御坂妹『皆さん―――』

彼女を『人間』にしてくれた、少年の背中が忘れられないがため――

367 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:33:49.47 ScLD0fzAO 234/335

~第七学区・瓦礫の王国~

魔術師C「おいおい!バレんの早いな!やっぱガチャガチャ鳴っから起こしちまったか!?」

兵士「さっ、さあ…私には…」

魔術師C「かーっ!夜這いの基本は抜き足差し足忍び足ってか!ま!いーや!」

とある高校に白銀の騎士団が侵攻する様をモニタリングしていた、数百名から成るグノーシズム(異端宗派)の中の魔術師が高らかな声で歌うように言った。
黒衣の魔術師達の中にあって純白のローブを身に纏った、声が大きいというより『音が外れている』ような話し方で。
御坂妹が出した避難勧告にも眉一つ潜める事なく。

魔術師C「お前らも油売ってねえで行けオラ!ブリキの兵隊(ポーン)ばっかじゃチェスにならねえだろうが!吸血殺し(クイーン)が詰めねえってなあ!」

兵士「は、はい!」

調子っ外れの声音、子供が目を輝かせるような眼差し、そして手にした興奮剤をザラザラとおやつ代わりに食らう。
――誰が信じられよう?この路地裏でくだを巻いている薬物中毒者のようなこの男が…
今や万に届こうかと言う白銀の騎士団を『操って』いる魔術師そのものだと。

魔術師C「ハッ!アウレオルスの野郎もハナからこうしてりゃ良かったんだよ!まっ!いいや!面白いおもちゃをありがとう!気が向きゃガキ共のもいだ首土産に地獄に遊びにいってやるよ!」

それは壊滅した三沢塾から回収したアウレオルス=イザードの黄金錬成(アルス・マグナ)の魔術理論体系を簒奪し…
グノーシズム(異端宗派)の構成員を偽・聖歌隊に仕立て上げ、彼がインデックスを救うために全身全霊を傾けた理論を非常にねじくれ歪んだ形で横取りした魔術

魔術師C「さあて!白銀錬成(テルス=マグナ)のお目見えだ!お代は命で払えクソムシ共があああ!!」

黄金錬成のデッドコピー、下位変換とも言うべき不完全な魔術。
グノーシズム(異端宗派)が目指す、『完全な存在』からすら外れた存在。
だが魔術師にとってはそれで構わない。劣化粗悪の力であろうとこれほどの力を引き出せるならばと

368 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:36:05.61 ScLD0fzAO 235/335

~第七学区・瓦礫の王国2~

本来、アウレオルス=イザードが組み上げた黄金錬成(アルス=マグナ)とは世界の全てをシミュレーションし、呪文で変換し、それを詠唱完了することで神や悪魔が如く力を奮う錬金術の到達点である。

しかしこの魔術師が行使する白銀錬成(テルス=マグナ)は三沢塾から回収した微々たる研究資料、魔術師の独自解釈、口伝にすら劣るねじ曲がった伝言ゲーム、それを異端宗派の構成員を聖歌隊として詠唱させ無理矢理魔術の形にしているに過ぎない。

当然、アウレオルスのように『記憶の忘却』『生命活動の操作』『空間を移動する』などといった生命や意思を持つ人間や生物などには何一つ働きかけられない。
出来る事と言えば無機物…それこそラテン語でテルス(地球・土)からなる物質を操る事だけである。
無から有を生み出すアルス(創造)など望むべくもない。だが

魔術師C「面倒臭え面倒臭え!ノック代わりに一発ぶち込んでやれ!」

命を持たず死を恐れない白銀の騎士団(マリオット)を創製し、チェスゲームの駒のように操る事は出来る。
命令に必ず従い、決して死を厭わず、近代兵器で強化し、魔術の力と聖歌隊の生命が続く限り万に匹敵する不死身の軍勢をどこにでも『錬成』出来るのだ。

御坂美琴のレーダーに突如として触れたのは、文字通り一瞬で『錬成』された軍勢が現れたからだ。
アウレオルス=イザードが『我が名誉は世界の為に』と唱えたなら、それを最低最悪なまでに歪曲した不完全な魔術、それが白銀錬成(テルス=マグナ)

魔術師C「早くしろ早くしろぉ!おっ勃ったもんが萎えちまうだろうよぉ!」

もちろん、発動にはアウレオルスのように『言葉』にせねばならず、それが現実になるには数秒から数分のタイムラグがあるため即応に難がある。
加えてアウレオルスが『鍼』で自らを奮い立たせたそれとは異なり、この魔術師は即効性のある興奮剤を発動の度に服用せねばならない。
異常なまでのハイテンションはその副次作用であり、溶けかけた脳はただの魔術を吐き出すための装置に成り下がっている。

魔術師C「ロケットランチャー!射出数は全弾!対象は…目の前だあああ!!!」

間もなく鳴き出す蝉より縮めた命を、ただ力を得るためだけに捧げた魔術師。
その命を受けて意思無き白銀の騎士達が錬成された近代兵器を構え――

369 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:37:18.75 ScLD0fzAO 236/335

~とある高校・保健室~

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

小萌「シスターちゃん!」

禁書「わぷっ!!」

23:38分。白銀錬成(テルス=マグナ)の一斉掃射を受け校舎が激しい破壊音が包む。
地鳴りのような揺れが腹の底まで突き動かすような衝撃、そして一瞬ではあれど闇夜が赤い閃光に塗り替えられる。

小萌「大丈夫ですか!?」

禁書「こほっこほっ…だ、大丈夫なんだよ!」

着弾の瞬間、小萌はその小さな身体を盾にしてインデックスとベッドの結標淡希を庇った。
衝撃に保健室の薬品棚が倒壊し、吊り下げられていた蛍光灯が全て砕け散る。

小萌「(逃げなくちゃ…!)」

また戦争だと月詠小萌は肩を震わせた。手を震わせた。足を震わせた。しかし

小萌「――シスターちゃん!手を貸して下さい!!」

禁書「!!」

歯は決して震わせない。唇を噛んでそれに耐える。
恐怖がある。不安がある。絶望がある。出来るならへたり込んでしまいたくなる。
それでも――月詠小萌は

小萌「結標ちゃんを!連れて逃げるんです!」

禁書「わ、わかったんだよ!!」

二人で未だ目覚めない結標淡希を、インデックスと共に左右より肩を貸すように引きずり下ろす。
このままでは全員の命がない。しかし小萌は小さな身体で、必死に結標を連れて出口を目指そうとする。

小萌「(もう…もう嫌なのです!)」

月詠小萌は逃げ出したくなる『人間』である前に、逃げ出さない『教師』だった。
生徒を後ろに庇えば、戦車の前にだって立ちふさがる。そういう人間だった。

小萌「(嫌なのです!!)」

自分が死を迎える事以上に、生徒が命を落とす事を恐れる…それが、月詠小萌の最大の武器にして信念だった。


そして――



370 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:39:40.53 ScLD0fzAO 237/335

~第七学区・瓦礫の王国3~

魔術師C「撃ち方止め撃ち方止め!弾幕で見えねーだろうが馬鹿野郎!!」

一方、露払いの一斉掃射を叩き込んだ魔術師は爆炎と土煙に吹き荒れた映像ばかり流すモニターを叩いて怒鳴っていた。

自分で白銀錬成(テルス=マグナ)を叩き込んだにも関わらずに、だ。

魔術師C「オラオラオラ!藁の家だろうが土壁の家だろうがレンガの家だろうが狼から逃げらんねえぞクソ豚共!尻尾出せ!噛み切ってやっから!」

興奮気味にモニターを足蹴にしながら魔術師は高らかに笑った。

警告と挨拶代わりに校舎の一つも吹き飛ばせば流石に吸血殺し(ディープブラッド)を引っ張り出せるだろうと。

もちろん、残りの能力者達も残らず回収するつもりではあるが――

兵士「映像、回復します!」

傍らの兵士がモニタリングの解析度を上げる。何割か死んだら死んだらでそれはそれ。

残った死体だって切り刻めば金になる。十字教徒にあるまじき発想である。しかし――


魔術師C「…ああー!?」



その時、モニターに映り込んだのは――

371 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/23 17:41:35.20 ScLD0fzAO 238/335

土煙が晴れて行く。


爆炎が引いて行く。


旋風が巻き起こる。


画面が正常に戻る。


熱狂が冷めていく。


魔術師C「オイオイオイ!オイオイオイ!なんだなんだなんなんだコイツはよぉ!?」


闇夜の中にも瀟洒なスーツ姿


アクセントとして鈍く輝くガボールのチェーン


洒脱さと剣呑さと皮肉っぽさを湛えた甘いマスク


それでいて視線で心臓を握り潰すかのような鋭く獰猛な眼差し


そしてなにより目立つのは――背負った月すら霞むほど真白き三対六枚の――


バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…!


「中身空っぽのダッチワイフが夜這いだあ?なんの冗談だクソッタレが」


天空を埋め尽くすかのような羽を舞い散らせて降り立つその男――


月明かりの下、闇夜の深きより出でし暗部の皇帝


所属――『スクール』リーダー


序列――『レベル5』『第二位』


能力――『未元物質(ダークマター)』


「悪いが今夜はそういう気分じゃねえんだよ。寝入り端叩き起こしやがって…マジでムカついたぜクソ野郎共が」


名前――『帝督』




垣根「絶  望  し  ろ  テ  メ  エ  ら」




――レベル5第二位『未元物質』垣根帝督、降り立つ――

378 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:35:32.34 kAy517YAO 239/335

~とある高校・グラウンド~

魔術師C「ひゃっひゃっひゃひゃっひゃっひゃっ!質の悪い冗談だ!おい見ろよ!オレ薬のやり過ぎか!?メルヘンな天使サマが見えんぞオイ!」

兵士A「(…なんだ…アレは)」

兵士B「(…ミサイルランチャーとロケットランチャーの一斉掃射だぞ…百や二百じゃきかないんだぞ)」

兵士C「(…それを…)」

とある高校から遠く離れた瓦礫の王国より、モニタリングの前でゲラゲラと溶けた歯を剥き出しにしながら腹を抱えて笑う魔術師。
その画面に映し出された光景にそれぞれ唖然・愕然・呆然とする近衛兵達

垣根「………………」

降り立つ垣根帝督。その後方に聳え立つとある高校の校舎は…元々脆く、崩れかけていた箇所を除いては―――

兵士ABC「「「(無傷で!?)」」」

そう、校舎の表面には一発も痕跡が刻まれていないのだ。
着弾した衝撃こそ校舎を揺るがせたものの、炸裂の威力を完全に遮断して…!

垣根「俺の未元物質(ダークマター)に常識は通用しねえ」

既にこの高等学校の敷地は垣根帝督が生み出した対衝撃・対高熱・対爆発に特化した『未元物質』の制圧下にある。
それこそ、核ミサイルでも叩き込まれない限り垣根に揺らぎは有り得ない。

垣根「テメエらみてえなドブ臭えネズミ如きの歯が立つほど、レベル5の看板は安かねえんだよ」

轟ッッ!と竜巻をも凌駕する暴風を生み出しながら垣根は眼下を埋め尽くし、今にもグラウンドに突入して来そうな一万弱はあろうかと言う大軍団を前に一歩も引かない。

魔術師C『おーおー格好いいねえ優男(ロメオ)!ジュリエットとのお楽しみでも邪魔されたか?ああ!?』

それを一体の白銀の騎士を通して吠える魔術師。
実力が未知数であろうと過小評価しない。自分の実力も過大評価しない。
それに垣根帝督の舞い散る六花のような白き翼が――

垣根「前半は多いに認める所だが――」

カッ!と背負った満月よりの月灯りを『回折』し、それを岩をも溶かす殺人光線に変えて放つ!
かつて一方通行に放ったそれとは比べ物にならない、正真正銘の殺人光線。

魔術師C『!』

垣根「後半はいただけねえなドブネズミ。ムカついた」

光の硫酸とも言うべき月灯りを受けて瞬く間に溶解して行く白銀の騎士団。
万を越す錬金術の騎士達の一部が飴細工よりも煮詰められたように溶け落ちて行く。しかし――

379 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:36:18.30 kAy517YAO 240/335

魔術師C『錬成する。現出はチャレンジャー2、対象は翼の男、弾丸は全弾発射』

次の瞬間――垣根の眼下に最新鋭のイギリス軍戦車、チャレンジャー2が何十台と『錬成』される!

垣根「!?」

さしものの垣根もこれには目を剥いた。それは戦車にではなく、いきなり虚空から現出された現象に対してだ。
同時に理解する。この声の主が用いる力は自分と同じ、常識の通用しない力…
それは垣根の未元物質(かがく)に対する白銀錬成(まじゅつ)!

ドン!ドン!ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!

轟音と共に横一列から放たれる砲撃。それは垣根・校舎・避難所を含めた全て!

垣根「通すか馬鹿野郎!!!」

それを舞い散る羽の嵐に宿した未元物質でまとめて撃墜して行く。
半ばで撃ち落とされて行く砲弾が爆裂し、夜空を赤く染める爆炎の華が次々に狂い裂く。
熱風が吹き荒れ業火が燃え盛る。大気中の酸素全てを焼き尽くすような炎の蜃気楼。

魔術師C『錬成する。現出は“六枚羽”、対象は翼の男。数は――20!!!』

ブウン!と今度は夜空に白銀のアパッチ戦闘機が『錬成』される。
それはかの浜面仕上を追跡し、絹旗最愛に撃墜された学園都市最新鋭の無人攻撃ヘリ。通称『六枚羽』…それが20機も創製される!

垣根「芸達者な野郎だ。もちっとこじんまりやりゃあパーティーで受けるぜ。ガキにな」

魔術師C『この学園都市を調べる内に気に入っちまったんだ…コイツは格好いいってな!』

垣根「いい歳こいてラジコン遊びかクソ野郎!クリスマスにでも売れ!!」

20機もの戦闘ヘリが猛禽類のように垣根目掛けて空中突進してくる!
垣根は自らの翼を未元物質に変え、熱さ数ミクロンの分子レベルで分断する刃に変える。
疾風のように襲いかかる白銀錬成の六枚羽、閃光のように夜空を旋回しながら一機、二機、三機四機と切り飛ばし宙を舞う垣根!

垣根「(なるほどな。こりゃレベル5以下は相手にならねえ)」

切り飛ばし、吹き飛ばしながらも『解析』と『逆算』を試みながら垣根は戦闘機そのもののように降下し、地面スレスレで白銀錬成の戦車を撃破、誘爆させながら思考する。

垣根「(物質が普通のものと違え。得体の知れねえ何かでねじ曲がってやがる。生成を止めんのは無理だ)」

380 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:38:46.38 kAy517YAO 241/335

白銀の騎士、白銀の戦車、白銀の六枚羽、みな通常の鉄鋼などの物質に混じって垣根には理解出来ない力…
『魔術の力場』に歪められ、物理的に破壊する事は出来ても生成そのものを止める手立てがない。

垣根「(質量保存の法則もへったくれもねえ。生成を止めようにも潰すアタマが見当たらねえ。消耗戦か、持久戦か、長期戦か)」

鼓膜を震わせる爆音、皮膚をあぶる業火、巻き起こるグラウンドの土埃、熱を帯びて吹き上がる風。垣根帝督1人対白銀の騎士団10413体という絶望的な兵数差。

魔術師C『どうしたどうしたぁ?オレを絶望させるんだろ?なあさせてくれよ…早くしろよおおおおおお!!!』

一方通行を除いて、御坂美琴ですら捌き切れないかも知れない戦況を互角以上に渡り合っているのはひとえに彼の絶対的戦力による。
しかも垣根の背後には学生達が未だ避難しきれていないのだ。
無辜の避難民へ一つの火の粉も飛ばさず、一万の侵略者を一つも討ち漏らせない。

垣根「慌てんじゃねえよ早漏野郎。こちとら一晩に女四人相手にした事はあるが、男相手じゃ気分が乗らねえんだよ」

だが垣根はそんな神経が焼き切れそうなプレッシャーを前にして笑う。笑いが勝手に出てしまうのだ。
敷地全体を覆う未元物質全ての演算、多数の避難民、一万体の敵兵、最低の人海戦術、最悪の物量作戦を前にして、だ。

魔術師C『出せよおおお…吸血殺し(ディープブラッド)を!姫神秋沙を!あの女を出せえええ!』

垣根「ああ?ああ…あの屋根修理の時いた嬢ちゃんか…お断りだクソ野郎。ツラがあんなら洗って出直せ」

魔術師C『?!』

かつて一方通行と交戦した時を思い出す。垣根にとって憎悪に近い敵愾心を持って挑んだ男との戦いはこんなものではなかった。
一方通行は、垣根と戦ってすら周囲に一切の被害も出さなかった。それに比べればこんなものは戦いと呼ぶに値しない。

381 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:41:14.24 kAy517YAO 242/335

垣根「(あのクソ野郎(第一位)に出来て…この俺に!垣根帝督に出来ねえ訳がねえだろうが!!)」

友誼や目標などでは断じてない。それは帝(みかど)の字を背負う者の矜持

いずれ倒すあの男以外の誰にも負けてなどやらないという山より高いプライド。

目の前の一万を越す敵より、ただ一つ敗北を喫しただ一人敗れ去った一(いち)の字を持つ男に対する、意地であった。

垣根「女口説くのにツラも出せねえチキン野郎が。数でゴリ押しゃ勝てると思ったか?馬鹿が。お人形遊びやりたきゃテメエの右手で一人遊びしてろ」

魔術師C『チ…キン!!?』

垣根「図星突かれてトサカに来たかチキン野郎?ポーンを(白銀兵)進めようが、ルーク(戦車)を出そうが――キング(帝督)詰ますにゃあテメエじゃ役者不足だ。こそこそ隠れるしか能のねえビショップ(魔術師)に…クイーン(女共)を守るナイト(騎士)はやれねえんだよ!!」

垣根帝督の翼が巨大に、長大に広がる。一方通行との戦いで掴んだ覚醒と進化の力。その力の全てを…今解き放つ。


全てを薙払う右の翼を羽ばたかせ


垣根「(今なら認めてやるクソ野郎(一方通行)…テメエが何を守りたかったかなんざ知ったこっちゃねえ。知りたくもねえ。けどな)」


全てを薙ぎ倒す左の翼をはためかせ


垣根「(――俺にもあんだよ!!譲れねえもんがよ!!!!!!)」


――目蓋をよぎる、花飾りの少女の笑顔―

垣根「お待ちかねだ…もういっぺん絶望しろ」


そして…極限にまで膨れ上がった力の力場…振り上げた翼成る剣が…!


魔術師C『―――!!!』


凱嵐の奔流となって振り下ろされる――!!


垣根「チェックメイトだ――クソ野郎!!!」


その瞬間、白い闇が全ての銀の兵団を『粉砕』した

382 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:43:58.29 kAy517YAO 243/335

~とある高校・校舎内~

白井「皆さんお急ぎになって!荷物は捨てて!第六学区まで駆け足ですの!!」

初春「押さないで下さい!押さないで下さい!小さい子から先に出して上げて下さい!!」

固法「こっちよ!裏門から!裏門から出て!早く!!」

未元物質と白銀錬成の激突の最中、風紀委員(ジャッジメント)は校舎内に取り残された学生達を避難誘導していた。
体育館に残された避難民は心理掌握(メンタルアウト)がただ一つ、『第六学区の第二避難所まで逃げよ』という命令を下している。
心理操作など誉められたものではないが、恐惶状態となり暴動に等しいそれらを統率するにはそれが最も適しているからだ。

初春「(垣根さん…!)」

幼い子供から優先して連れ立つ初春飾利の胸は今にも張り裂けそうだった。
最後にカウンターに表示された10413体という数の敵兵を相手取り、自分達を逃がすために戦っている垣根帝督を思うとだ。

初春「(絶対…絶対帰って来て下さい…垣根さん!)」

洒脱で、瀟洒で、飄々としていて、皮肉っぽくって、すぐ子供扱いして、それでもちゃんと話を聞いてくれて――

初春「(やっと戦争が終わったのに、離れ離れになるだなんて…嫌です!)」

面白い話をたくさん知っていて、それと同じくらい意地悪な悪戯をしてきて、でも泣いてる時は優しくしてくれて――

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

383 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:47:35.90 kAy517YAO 244/335

男子生徒A「またかよクソぉっ!オレらがなにしたってんだよ!!」

鳴り止まない轟音に苛立ちの声を上げる者

女子生徒A「もうイヤ!もうヤダぁ!」

へたり込み泣き叫ぶ者

固法「泣いてるヒマなんてどこにもないの!立って!立ちなさい!!」

その腕を引っ張り上げ奮い立たせる者

男子生徒B「お、表!表になんか魔法使いみたいなのがいるぞ!」

青ざめた表情で悲鳴を上げる者

女子生徒B「こっち!こっちに銃持ってるヤツが来る!」

目尻が裂けんばかりに見開く者

白井「お下がりになって!初春!彼等を連れて逃げて!!」

そんな彼等を守ろうとする者

初春「はい!!!」

初春飾利は駆け出す。生徒達を連れて、『能力者狩り』の人間達の手から逃れるために。
今すぐ全てを捨てて飛び出したい気持ちを押さえ込んで

初春「皆さん!こっちです!右に曲がって真っ直ぐに――」

「誰か!誰か手を貸して欲しいんだよ!!」

初春「!?」

その時、崩落の音に混じって聞こえて来た、切なる声が初春の足を止めた

禁書「わっ、私とこもえの二人じゃ…難しいかも~!」

小萌「結標ちゃん!結標ちゃん!起きて下さい!目を開けて下さい!お願いです結標ちゃん!!」

その声のする方…そこには子供のように小さな少女と、自分とそう年の変わらない…一目見れば忘れられないような修道女姿の少女。

初春「待っ、待って下さい!今助けに行きます!そこを動かないで下さっ…貴女は!?」

慌てて駆け寄る初春が見たもの…それは両脇から肩を貸し、引きずられて意識を失っている赤髪の少女――

384 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:50:37.80 kAy517YAO 245/335

小萌「結標ちゃん!立って!立って下さいなのです!結標ちゃん!!」

初春「(やっぱり、この人)」

それは白井黒子が事件を追っている過程の中で知り得た情報の二重写し。
特徴的な赤毛は顔写真と異なり二つ結びではなくほどかれたまま、まるで死人のように意識を失っている。
その肩に無造作に羽織られただけの霧ヶ丘女学生のブレザーに見覚えは確信に変わる。

初春「(レベル4の…名前は確か!)」



しかし、そこへ――



ガシャン!ガシャン!ガシャン!ガシャン!ガシャン!

傭兵1「クリア(突破)!!」

バリケードを

傭兵2「クリア!クリア!クリア!」

窓ガラスを

魔術師1「油断するな!噛みつかれるぞ!」

防火扉を

障壁を破って続々と侵入して来る兵士達、次々と雪崩込んで来る魔術師達。

初春「―――!!?」

禁書「魔術師!!!」

小萌「みんなっ!!!」

その手には軽機関銃、アサルトナイフ、古めかしい紋章の刻まれた刀剣――

白井「初春!!!!!!」

人を殺めるためだけに生み出された武器達が、人を守るために組織された風紀委員、初春飾利、月詠小萌、インデックスへと殺到する。

白井「(間に合わな―――!?)」

初春「(――死――)」

鉄矢を抜いて構える白井、矢面に立たされ動けない初春。

小萌「やめて…くださいっ!!!」

禁書「こもえ―――!!!」

飛び出し両手を広げる小萌、結標を抱えた悲鳴を上げるインデックス。

この世界にヒーロー(上条当麻)はいない。

この場にピカレスク(垣根帝督)はいない。

この物語に、救いなどない――

ドン!ドン!ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!


渇いた、銃声と共に―――

385 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:53:56.68 kAy517YAO 246/335

~3~

姫神『淡い希(のぞみ)だなんて。幸が薄そう』

初対面で人の名前にケチをつけるような失礼な娘に会ったのは、貴女が初めてだった。

姫神『まるで。血の色――』

初対面で人の髪に触れて来るような、喧嘩を売るような真似を許したのは貴女が初めてだった。

姫神『ない。私には帰る場所も。待っていてくれる人も。もういないから』

殆ど初対面で家に連れ帰って住まわせるような、そんな大胆な事をしたのは貴女が初めてだった。

姫神『だから。今日から少しでも大きくなりたい。背伸びじゃなくて。大きく』

私より年下なのに、それを感じさせなかったのは貴女が初めてだった。

姫神『ホタルブクロ。花言葉は。“熱心にやり遂げる”』

私より少女趣味で

姫神『―――“悲しい時の君が大好き”』

私より少しだけ物知りで

姫神『自分だけが。汚いだなんて思わないで』

私に、初めてキスしてくれた貴女――

386 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:55:31.86 kAy517YAO 247/335

~2~

白井『“この後”どうするかではありませんの。“この先”どうするかですの』

わからないわよ、わからないまま、ここまで私は来てしまったのだから。

削板『いや。コイツはここ(第七学区)まで自分の足で来た。誰に言われた訳でもなく!迷いながらも自分の出来る事を探して迷っていた目だ!!それにコイツは――根性が、ありそうだ』

やめて。私は貴方達のように健やかでも、逞しくも、まして強くもないんだから

フレンダ『お綺麗な生き方に逃げてるだけでしょ!汚れた自分と向き合いたくないから!誰かのためにって言い訳が自分に欲しいだけ!誉められて罪悪感を忘れたいだけ!気持ち良いよね自分の能力(ちから)を大義名分(ボランティア)に使えるのは!』

そう。これが私。貴女の言う事は間違ってないわ。腹ただしいほどに正論。
悔しいけれど完敗よ。認めたくないけれど、認めざるを得ないわ

フレンダ『わかるわよ!自分だけ可哀想な子にしないで!私だけ悪い子にしないで!結局、同じ――人殺し(あんぶ)のクセに!!』

自分でも理解してた。こんな私が、こんな眩しい世界で、こんな輝いている人達の中で生きていけるハズなんてないって

木山『――人を愛する事を“病気”などと、どの医学書にも一行たりとも書かれてなどいないよ――』

こんな私が、誰かを好きになるだなんて間違ってたんだ。こんなにも、夢に見るまでに、誰かを思うだなんて間違ってたんだ。

黄泉川『守りたいものがあるからじゃん』

私だって、守りたかった。他人(ヒーロー)任せじゃなくて、汚れた手でも良いから、大切なものを守りたかった。


姫神『―――淡希―――』



ただ、秋沙(あなた)だけを――




387 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 18:57:48.84 kAy517YAO 248/335

~1~

赤(血)と黒(死)の世界しか知らない私達が出逢った、あの青空が眩しくて。

見上げた入道雲が真っ白で、あそこへ向かって飛べる鳥はなんて羨ましいんだろう。

私は飛べない。翼も持てない私は、ただ輝かしい夏の空をなじるだけ。

貴女といるこの場所(せかい)も悪くはなかった。

貴女と見上げた夏雲(そら)も嫌いじゃなかった。

二人で受けた風が、遠くまで飛びたくても飛べない私達を慰めているみたいで。

変わった貴女、変われなかった私、こんなにもチャンス(希望)はあったのに、失って初めて気づいた、貴女という存在。

私だって本当は変わりたい。遠く遠く、離れて行く貴女の手を掴めるまで座標移動(飛び)たかった。

赤(血)と黒(死)だけじゃない。

青(空)と白(雲)もある未来(せかい)が欲しかった。

二色しかない以外の、違った世界を貴女と見たかった。


結標『私と一緒に来るなら、この手を掴んで』


違う、違う、言葉で誤魔化すな。

ありのままの自分の

本当の結標淡希(わたし)が

本当の私(むすじめあわき)が望んでいたものは―――



結標『イエスなら優しく連れて行く。ノーなら乱暴にさらって行く。選んで。好きな方を』



手を引いて欲しかったのは…私だ


誰よりも何よりも…本当に手を引いて欲しかったのは…私だ!



救 わ れ た か っ た の は … 私 の 方 だ ― ― ― ― ― ― ! ! ! ! ! !




388 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/24 19:00:58.72 kAy517YAO 249/335

~とある高校・校舎内2~

ドン!ドン!ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!

兵士1「ぐあっ!?」

兵士2「ぐはぁっ!!」

魔術師「ぐっ…ほ…っ!」

渇いた銃声が、全てを塗り潰したかに見えた。

初春「…!」

確かに銃弾は三人に向かって放たれた。至近距離で放たれた弾雨の全てが、三人の生命を喰い破る――はずだったのに。

倒れ込んだのは、生殺与奪の全てを握っていたはずの――侵入者達だった。

白井「マシンガンを…テレポートさせましたの!?」

放った銃弾の全てが、三人に触れる事無く

『消失』し

『転送』され

射手目掛けて『空間移動』で突き刺さったのだ。


「―――最悪の、寝覚めだわ―――」


こんな、飛来する銃弾の嵐を空間移動でカウンターを浴びせるだなんて離れ業は自分でも出来はしない。そう白井黒子は息を飲む。


「―――最低の、目覚めだわ―――」


それを可能とするならば、自分と違い手に触れる事無く物質を転送させるような高位の空間移動能力者…
そして唾を飲む白井の知る限り――そんな能力者はただ一人しかいない!!

白井「――遅刻ですのよ?寝坊でもされましたの?」

三人の影から、突き出された軍用懐中電灯、下ろされた赤髪が広がり、怜悧な美貌と鋭利な眼差しと玲瓏たる声音の――


「ええ…あんまり“目覚まし”が五月蝿くってね…こんなに気分の悪い寝起きは自分でも初めてよ」


開いた胸元、伸びやかな足、羽織っただけの霧ヶ丘女学院の制服――

白井「――おはようございます、とでも言えば満足ですの?」

同じレベル4、同じ空間移動能力者、ツインテールと二つ結び、相似形を描きながら決して交わらない光と影――


「なんとでも、おっしゃいなさいな」


風紀委員と暗部、常盤台と霧ヶ丘、鉄矢とコルク抜き、コインの裏と表――


白井「――おはようございます、結標淡希さん?」


0:00分


七日目


結標淡希の日付が変わった――

397 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:49:44.96 gF8c244AO 250/335

~とある高校・裏門~

七日目…0:17分。正門よりグラウンドにかけて垣根帝督が10413体の白銀の騎士団を相手取る中、裏門での戦闘もまた激化していた。

狙撃兵A「ガッ!?」

狙撃兵B「撃つな!射線が割れてるぞ!引け!一度引くん…グウッ!?」

狙撃兵C「クソッタレ!クソッタレ!何がどうなってやがるんだ!!?」

裏門付近に広がる雑木林に息を潜めて狙撃兵が次々と撃ち落とされて行く。
統率など望むべくもない学生達、避難民など目を瞑っていても鴨撃ちの的でしかなかったはずだった。なのに――

御坂妹「初めて学園都市の先端技術の恩恵に預かれました、とミサカは暗視ゴーグルを直しながら次の標的を狙い撃ちます」

砂皿「………………」

鉄鋼破り(メタルイーター)を携え屋上より狙撃兵を狙い撃ちにする御坂妹。
磁力狙撃砲を構えて脱出する学生達に迫る傭兵達をヘッドショットで撃ち抜く砂皿緻密。
狙撃手だからこそわかる経験則から次から次へと撃墜して行く二人、その眼下で――

白井「送り狼は一匹も通しませんの!」

ダンダンダンダンダンダン!カッカッカカッカッカ!

魔術師a「くっ!」

魔術師b「止めろ!これ以上好きにさせるな!」

十指に挟み込んだ黒金の鉄矢を文字通り矢継ぎ早に繰り出すは――白井黒子。
それに長裾の黒衣を纏う魔術師達の衣服を刺し貫き壁面に、地面に縫い付け金縛りにし、空間移動を連続で繰り出し魔術師達に狙いを定めさせない。

――そこへ――

結標「女の尻ばっかり追い掛けてるんじゃないわよ!!」

敵兵が一瞬奪われた『目』そのものへワインのコルク抜きを座標移動(ムーブポイント)で抉り抜く――結標淡希!

突撃兵A「がああああああ!?」

突撃兵B「このアマッ…ぐぶっ!?」

白井「目移りの激しい殿方は好みではありませんの!」

眼球を鮮血を迸らせる突撃兵、狙いを結標に変える兵士の一人の後頭部目掛けて空間移動にて出現、両脚を綺麗に揃え全体重を乗せたドロップキックを浴びせる白井。

398 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:50:37.32 gF8c244AO 251/335

突撃兵C「このクソガキ共がああああああ!!!」

その白井の背後に激昂しアサルトライフルを突き付ける突撃兵。
狙いなどつけない。逃げ出す避難民もろとも肉塊に変えるべく、その引き金を――
引く!

ガガガ!ガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

弾丸が射出される刹那

結標「させるわけないでしょう!!」

横薙ぎに振るう軍用懐中電灯

突撃兵C「!?」

弾雨の全てを明後日の方向へ『転送』させられ、愕然とする突撃兵

白井「せいっ…やあっ!!」

突撃兵C「がはっ!?」

その腕を取り、足に爪先をかけ、相手の体重を利用し、合気にも似た1・2・3の呼吸で横倒しに投げ飛ばす白井。
しかし次の瞬間、更に追撃を加えるべく獄炎の魔術を篭手に宿し狙う魔術師の魔の手が迫る――!

魔術師c「ちょこまかと往生際の――」

白井「ハッ!」

それをリンボーダンスのように上体をそらせて魔術師の炎の手をかいくぐる白井、その生まれた空いたスペースに目掛け――

結標「往生際が悪いのは――そっちでしょうが!」

割り込んで来た結標が上体をそらせる白井の真上から、魔術師の鼻骨ごと叩き割るように軍用懐中電灯を振り抜き、叩きのめす。
更に怯んだ魔術師を、上体反らしから地面に片手を付き、体勢を低く前のめりに、屈んだ状態から独楽回りに足払いを繰り出す…白井!

歩兵A「撃て!撃て!!撃て!!!」

ジャキジャキジャキジャキジャキジャキジャキ!

一斉に横一列に片膝をついて軽機関銃を構える歩兵。しかし――

結標「何度やろうが…無駄なのよ!!」

そこへ、低い姿勢となった白井の肩を踏み台に足を蹴り出し、月下の満月の中を文字通り月面宙返りで――舞う結標!

歩兵BCD「「「!!?」」」

一瞬見上げ、銃口を上向かせ、それがそのまま徒となり――結標は空中で身を捩りながら

結標「引かせない!!」

ブンッ!と指揮者がタクトを切るように空中で軍用懐中電灯を振り切る結標!
すると結標が着地する地点に…兵士達の握り締めていた軽機関銃の全てが、着地した結標の足の下に『座標移動』される!そこへ――

白井「女性を銃でものを言わせるなど殿方の風上にも置けませんの――」

ベキィッ!

歩兵B「ぐべぇっ!」

白井「花束の一つでもお持ちになって――出直してくださいまし!」

399 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:51:36.68 gF8c244AO 252/335

空間移動で眼前に躍り出、右足で前歯を根刮ぎさらうような跳び蹴りを食らわせる白井!
さらに相手の顔面を踏みつけにし、そこから無着地に飛び上がり――

結標「白井さん!」

白井「結標さん!」

白井の手に、結標の足元に『転送』された軽機関銃が再び『座標移動』で『再転送』され

ゴキャッ!

歩兵C「グッ…ハッ!」

結標から白井へと、空中から兜割りのように軽機関銃の銃尻が歩兵の額と眉間に叩き込まれ、昏倒させられる!
長年連れ添ったダンスパートナーのような、幾たびも死線を越えた戦友のような息のあった二人のコンビネーションを前に…残す所あと一人!

歩兵D「ウオオオオオオ!」

そこにアーミーナイフを振り上げて突進してくる歩兵。
次々と理解不能な『テレポーテーション』に振り回され接近戦に挑むも――

結標「力押しで迫って来る男も――好みじゃないのよ!!」

結標の怜悧な美貌を、その刃先が全てを引き裂く刹那――結標はついに軍用懐中電灯を振るう事もせず

ボゴンッ!

歩兵D「…?わっ、あああ!?」

歩兵を校舎の壁面の『内部』に埋まり込むように『空間移動』させた!
手足と頭部だけ出たような、かつて自分が陥ったような悪夢めいたオブジェへと歩兵を仕立てて…!

結標「…安心しなさい。命まで取らないわ。出る時、多少皮膚が持っていかれるだけでね。夜明けまでそうしていなさい」

髪留めを姫神に引き取られ、流れるような赤髪を払いのけながら結標は振り返りもせずに言い捨てた。

白井「ふう…固法先輩との組み手と、寮監の身こなしが活きましたの」

いつしか校舎内の学生達はロングレンジからの御坂妹・砂皿緻密、ショートレンジでの結標淡希と白井黒子の獅子奮迅の働きで脱出を終えたようで――

400 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:53:50.39 gF8c244AO 253/335

~とある高校・屋上~

砂皿「…傭兵16名、正体不明16名、一個小隊が2つ…か」

御坂妹「危ない所でした、とミサカは無表情の中にも今更流れ出した脂汗を拭います」

屋上にて敵対勢力の無力化を確認すると御坂妹はこめかみを流れる一筋の冷や汗を拭う。
一方通行の時や、他の妹達が原石を保護すべく臨んだ戦いとは異なる『誰かを守る戦い』。
そのために引いた引き金の重さ、握った手の汗が――またひとつ、御坂妹の中の『確かな何か』になる。

砂皿「…次だ。間を置かずにまた来るだろう…セカンドポイントは体育館だ」

一方、砂皿の顔色に汗はない。感慨はない。あるのは緊張と意識と目を切らぬための一息。
自分達の持ち場は白井黒子、御坂妹、結標淡希、砂皿緻密は対32名の混成部隊。
彼の雇い主たる垣根帝督は対10413体の騎士団。ここで息は切らせない。

砂皿「…行こう。次の戦場へ」

絹旗最愛に撃破され、ステファニー=ゴージャスパレスに救い出された後、再び『スクール』に雇われ、彼はまた学園都市に来たまでの話だ。
もしグノーシズム(異端宗派)に雇われていたならまた立場は違っていただろう。

だがプロである以上、全うせねばならない任務がある以上、砂皿緻密はやり遂げる。

御坂妹「燻し銀ですね、とミサカはメタルイーターを担ぎながら月夜の下をおっかなびっくり歩きます」

そして御坂妹は、今手に握った『何か』を確かめるように二、三度手のひらを握り、開き、拳を固めて駆けて行った。

401 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:54:57.38 gF8c244AO 254/335

~とある高校・裏門2~

白井「壁に埋め込むだなんて…相変わらずえげつないやり口ですの。とても誉められたものではありませんの。“水先案内人”さん?」

結標「貴女達と違って仕事のやり方を選んでいられないのよ“風紀委員”さん」

ドン、ドオンとあちらこちらから響き渡る轟音、爆音、破壊音。
闇夜が赤く、白く、黄色く、移り変わり染め上げられて行く。
32人の兵士と魔術師を全滅させた中、二人は互いを見交わす。

結標「――まさか貴女と手を組んで、足並みを揃えて戦う日が来るだなんて思ってなかったわ」

蒼白い月の光の中、吹き荒ぶ爆風に髪紐を失った赤髪がそよぐのを手で抑える結標淡希。

白井「わたくしも、貴女に背中を預け、呼吸を合わせて闘う時が来るとは思ってもいませんでしたの――」

真白き月明かりの下、吹き荒れる熱風に真紅のリボンで纏められたツインテールを翻るに任せる白井黒子。

結標「――――――」

白井「………………」

既に校舎内に取り残されていた学生達、避難民は固法美偉と初春飾利による誘導と引率によって脱出に成功している。
しかし二人の眼差しは――先程の互いを知り尽くしたような戦友のような動きとは裏腹に、長年の好敵手を見交わすように静謐なそれだった。

白井「…その様子なら、もう吹っ切れたと思って構いませんの?」

本来交わる事のなかった、光(法の番人)と影(闇の住人)の二人。

結標「ええ。そう思ってもらって構わないわ。私はもう――迷わない」

同じ性別、同じ能力者、コインの裏と表のように似通いながら相反する二人。

白井「――あの女性は?」

結標「連れ戻しに行くのよ。なんでもかんでも背負い込んで、勝手に家出した大飯喰らいで馬鹿な黒猫をね――」

白井「たった一人でも?」

結標「たった独りでもよ」

402 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:57:46.81 gF8c244AO 255/335

御坂美琴を慕う白井黒子。

姫神秋沙を想う結標淡希。

今二人の胸を去来するものは、恐らく同一。

白井「そうですの――」

結標「――貴女が私の立場でも、同じ事をするでしょう?」

白井「ええ。ですからわたくしは止めませんの」

それぞれ出会いの形が

それぞれ出逢う場が

それぞれ歩む道が

それぞれ交わる道が異なっていたならば――

自分達はどうしていただろうというif(もし)

『ガガ…吸血殺し(ディープブラッド)を捕捉…ガガ…の者は…ガガ…直ちに…ガガ…第九学区のハイウェイへ…ガガ…』

結標「…行くわ」

白井「わかりましたの…」

兵士達が備えていたトランシーバーから漏れ出すノイズ交じりの指令が二人のif(もし)を断ち切る。

背を向けて歩み出す結標、解かれて風に舞う赤髪を靡かせるその後ろ姿を見送る白井は――

403 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 19:59:20.70 gF8c244AO 256/335

シュルッ…

白井「結標さん!お待ちなさって!」

ヒュンッ!

すると…白井はツインテールの内、左側のリボンを外して――空間移動でそれを結標の手の中に転送した。

結標「これは?」

白井「髪がまとまらないようでしたので」

それを受け取り、肩越しに振り返る結標。フワフワと左側の髪を夜風に遊ばせる白井。

結標「ありがとう、と言えば良いのかしら?」

白井「勘違いなさらならないように。お貸しするだけですの」

結標「返せなくなったらどうするつもり?」

白井「帰って来ますの。貴女は、必ず…」

結標「お守りの効果まであるだなんて御利益あるわね…これでどう?」

そして結標は赤い後ろ髪をポニーテールのようにまとめ、白井に見せた。

結標「似合う?」

白井「ええ」

それを見やり、白井はクスッと笑い、結標はフッと笑んだ。

結標「私が返しに来るまで、せいぜい生き延びる事ね」

白井「貴女が帰って来るまで、せいぜい生き長らえる事にいたしますの」

結標白井「「お互いに」」

自分達にif(もし)はない。それは止まらない時の中で長針と短針が交錯したような、一瞬の交差。

光と影がほんの僅か重なり、ほんの微かに重なった、ただそれだけの事だった。

それだけで十分だ――そう互いに、一度も振り返る事なく二人は別々の道を駆け出す。


――互いが選んだ、それぞれの戦場へと――

404 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 20:01:40.88 gF8c244AO 257/335

~第七学区・瓦礫の王国~

魔術師C「なんなんだよアイツはよオオオォォォ!!!」

近衛兵A「…!」

ガシャン!とモニターの内一つを持ち上げ、振り上げ、叩き壊す白雪のローブを纏った魔術師。
砕け散る画面を更に憎いとばかりに踏みつけ、地団駄を鳴らすように犬歯を剥き出しにして口から泡を飛ばして激昂する。
その激怒を通り越してヒステリックじみた、子供の癇癪が爆発したような様相に近衛兵らが息を飲んだ。

魔術師C「クソが!クソが!!クソが!!!聞いてねえぞ!知らねえぞ!認めねえぞ!ふざけんじゃねえぞオオオォォォ!」

送り込んだ白銀の騎士団10413体…一個大隊はおろか一師団に匹敵する兵力の全てを垣根帝督は粉砕した。
操り人形とは言え、兵の練度は意思を持たぬが故に並の軍隊など及びもつかない規模であった。それを…

垣根『所詮“白銀”なんざ“黄金”になり損なった二番手の勲章だ。ブリキの兵隊にカメオの城は落とせねえ。一昨日来やがれクソッタレ』

それをチェスボードごと引っくり返すように垣根帝督は勝利をもぎ取った。
その上完成された『黄金錬成』を知らぬ内に、下位互換たる『白銀錬成』を嘲笑って。
戦略上の勝利から相手の矜持まで二度打ち砕くその様はまさに不遜な王(キング)のそれだった。

魔術師C「おい!グレゴリウスの聖歌隊の数を増やせ!詠唱を加速させろ!たがが一万そこらじゃあの優男(ロメオ)のイケすかねえスカしたツラ潰すにゃ足りねえんだよオオオォォォ!」

近衛兵A「はっ、たっ、ただちに…!?」

過剰摂取した興奮剤の影響からか血走った目を見開いて吠える魔術師。
それを受けて慌てて無線機にて本部に連絡を取ろうとコールサインを確認しようとして――

近衛兵A「観測部隊から打電!吸血殺し(ディープブラッド)は避難所じゃありません!第九学区です!第九学区から車両で移動中です!」

飛び込んで来た、監視・索敵・探知の魔術に秀でた部隊からの第一報。
それを受けて魔術師は一度ポカンとし…そこから笑い始めた。
それは人格としての正常な機能を放棄したような、そんな笑い方だった。

魔術師C「ふへうへへうふぇふぇ!!錬成する!場所は第九学区!標的は姫神秋沙!現出するは―――」

避難所への能力者狩り、姫神秋沙の追跡、その両方を行うに充分過ぎる。
偽・聖歌隊3829名、魔術師567名、傭兵達も数限りなくいる、撃ち漏らしのないウサギ狩りを――

405 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 20:02:47.71 gF8c244AO 258/335

~第九学区・ハイウェイ~

姫神「………………」

黄泉川『避難所が訳わかんない連中に襲われてるじゃん!?どうなってるじゃん!?』

ステイル「…能力者狩り、だね」

手塩『恐らく、彼等は、痺れを、切らした。この埒のあかない、膠着状態に』

七日目…0:47分。姫神秋沙をイギリス・ロンドンへと脱出させる道中…ステイル=マグヌス、オリアナ=トムソンの二名は姫神と向かい合わせの形で護送車の席に腰掛けていた。

オリアナ「貴女のせいじゃないわ。この学園都市(まち)には昨日着いたばかりだけど、お姉さんはいずれこうなると思っていたもの。遅かれ早かれ」

ステイル「魔術師から予言者に職替えしたのかい?事が起きてからそれを言うのは予言の範疇から悖ると僕は思うがね」

オリアナ「あら?女の予言って当たるのよ?預言者エリヤのようにね」

ロケット弾を喰らっても横転しないハンヴィー型特殊装甲車の小窓から流れ行く景色、本部と連絡を取り合う黄泉川愛穂と手塩恵未の声音。
芸術や工芸に特化した学区らしく、そこかしこに前衛的なオブジェや巨大な彫刻など見える。
しかしそんな中、オリアナのフォローやステイルの混ぜっ返しにも――

姫神「(私が。いるから。こうなった)」

その中の女神像の一つにでもなったかのように憂いを帯びた表情で姫神は俯いていた。
確かに自分が標的とされる前から能力者狩り、原石狩りは他の学区でも数少なくとも横行していた。
しかし姫神には、全ての災厄の源が自分であるように思えてならなかった。
それほどまでに姫神の精神活動は鈍麻していた。
結標淡希の傍らで芽吹き始めていた感情表現まで麻痺しつつあるほど。

ステイル「(恐らく、グノーシズムの魔術師だね。既に手は打っているが僕が戻るまで持ちこたえられるかどうか)」

そんな中、ステイルが案じるのは避難所に置いて来たインデックスの事である。
同時に避難所を襲撃したならば程度の差こそあれど姫神がその場にいない事が割れるのは時間の問題…
息詰まる物思いから、ふと外の空気を吸いたいとステイル小窓を覗き込み――

ステイル「姫神秋沙」

姫神「なに」

姫神も呼応して顔を上げる。心がズタズタでもボロボロでも、呼び掛けられれば応えるくらいのやりとりはまだ出来た。
だが姫神の見やった視線の先のステイルは――

406 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 20:05:08.20 gF8c244AO 259/335

ズウン…ズウン…

ステイル「この学園都市(まち)では」

遠くから低く、重く、鈍い音が断続的に鳴り響いてくる。

それは姫神の感覚の中で、近い言葉で言えば『足音』に似ていた。

オリアナ「あらあ…?お姉さん達の愛の逃避行、もう無粋な追っ手にかかっちゃった?」

ズシン…ズシン…

まるで幼い頃テレビに流れていた怪獣映画の効果音のような、想像上では有り得ても、現実的にまず有り得ない…破壊音――

姫神「…あれは。…なに」

小窓から姫神の目にも見て取れたのは――男のような身体に女の顔を持った…周囲の風力発電の風車がその影の『足』くらいの大きさほどにしか感じられない巨大な――


ステイル「この学園都市(まち)には――巨人像が歩き回るだなんてギミックまであるのかい?」


ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

姫神「…!!?」

その轟音が、全長が計れないほど巨大な白銀の巨人像が奮った拳の先――立ち並ぶビル群を砂城を崩すように殴り抜いた音だと姫神が理解した瞬間――

オリアナ「姫神さん!!」

薙ぎ倒されたビルが、護送車の走るハイウェイを塞ぐように横倒しになる。
姫神達の行く手を阻み、闇夜の中にも禍々しく輝く白銀の巨神兵が…舞い起こる粉塵すら踏み潰して…

姫神「あ…。ああ…」

ハイウェイを跨ぐように歩を進める白銀の巨人…この装甲車などあの巨人のサイズからすれば落ちた本を拾い上げるようなものだろう。
それが…無骨な男の肉体と優麗な女の美貌を持つ醜悪な巨神兵が…姫神達の元へ…!

黄泉川「降りるじゃん!こっからは徒歩(かち)で行くじゃん!姫神!」

姫神「あっ…!」

運転席から飛び出して来る黄泉川が姫神の手を引く。
その脳裏に過ぎるは、シェリー=クロムウェルがかつて学園都市に侵攻して来た事件の再来。

手塩「ルートを、切り換える、本部に報告のあった、去年侵攻してきた、正体不明の、巨人に酷似している」

同じく、迫る巨人を前に手にしたアンチスキルの標準装備…暴動鎮圧用ライフルを背負って駆け出す手塩。
もちろん、優先すべきはなりふり構わない逃走手段。

407 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 20:06:18.57 gF8c244AO 260/335

オリアナ「うふっ…やっぱり、女は追い掛けるより追い掛けられる内が華って言うのはお姉さんも同感よお?けれど、大きいだけの男の子じゃお姉さんはイカせられないわよ?」

手にした『速記原典』の一枚をその艶めかしい唇に咥えながら嫣然と微笑むオリアナ。
その頭脳には既に最適な逃走経路の割り出しを終えている。そして―――


「――君達は先に行け」


迫る巨人、逃げ出そうとする女性陣の狭間でライオンハートの『ハウル』のジッポーで煙草に火を点けるは――

オリアナ「貴方一人で大丈夫?あの巨人さん、貴方より更に大きいわよ?」

黒衣の神父服、十指に嵌められたシルバーアクセサリー、耳にも同様のピアス、特徴的な目元のタトゥー、そして――

「…どうやら今夜の僕は、らしくもなく苛立っているようでね――」

姫神「(淡希と。同じ――)」

燃えるような、鮮血のような、赤い長髪をなびかせて、懐から数万にも登る――魔法陣の刻印されたルーンのカードをばらまく!!


ステイル「――周りを巻き込まない自信がない!!!」


轟ッッ!と姫神達の逃走経路を除くハイウェイ全体を火の海に変える地獄の業火が巻き起こる。
夜空まで焼き尽くし塗り潰すような煉獄の炎上網を展開させ、ステイルは天をも衝く白銀の巨人に対峙する。

姫神「(――似てる)」

その赤い髪が、姫神に結標を想起させる。彼女は今どうしているだろうか。
既に避難しているだろうか、それとも再び戦っているのか。
それを知る術は今の姫神にはない。だがしかし――

姫神「――死なないで」

それは目の前のステイルか、遠く離れてしまった結標に向けた言葉か、それは姫神にもわからない。
しかし、その言葉は共に偽らざる姫神の心からの本心であった。

ステイル「…行け!!」

その言葉を背に、黄泉川・手塩・オリアナ・姫神は駆け出した。

白銀の巨人と、ステイルを残して

408 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 20:08:17.64 gF8c244AO 261/335

~第九学区・炎上するハイウェイ~

ステイル「…なるほど、それがアウレオルス=イザードの負の遺産か。相続人が悪かったようだね。ちっとも運用出来ていない」

魔術師C『なぁぁんだオマエぇぇアイツを知ってるかなぁ?』

ステイル「知っているだけさ…会って、話して、戦って…そして――僕が奴を“殺し”た」

白銀の巨人を通して何者かの声音がステイルの耳朶を不快に震わせた。
周囲の風車が脚部部分にしか相当しないほど巨大な敵を前にしながら、新たに煙草を取り出して火を付け、紫煙をくゆらせながらそう言った。
道端の吐瀉物を目にしたように眉根を潜めながら。

魔術師C『へえ?なら知りたいもんだな。あの気取った骨董屋がどうくたばったかよ?』

ステイル「――答える必要はない」

魔術師C『…なにぃ?』

ステイルは周囲の真紅の炎と比べ、その内面に蒼白の焔を宿していた。
それは、形は違えど道は違えど、気に食わなかろうが気に入らなかろうと――

ステイル「聞こえなかったかい?墓荒らしで身につけた安っぽい銀細工を見せびらかすような盗人に答えてやる必要はない、と言ったんだ」

あの男(アウレオルス)はインデックスのために世界の全てを敵に回してでも、自分の生命を、人生を、全てを捧げ、それでも叶わず『死んだ』のだ。
ステイルが決して相容れないアウレオルスを唯一認める一点…その一点を奴等(グノーシズム)は汚したのだから。

ステイル「死んだ亡霊(アウレオルスの遺産)が生者に危害を加えるのを――この神父(ぼく)が見逃すとでも思ったか?馬鹿め」

インデックスが側に居なくて良かった、とステイルは思った。
今の、静かながら臨界点を超えた激怒、限界点を超えた激情を湛えた顔を見られずに済むのだから。

409 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/25 20:10:32.40 gF8c244AO 262/335

ステイル「――戦う理由が、増えたようだ」

これは弔い合戦などではない。これは必要悪の教会から下された任務だ。

ステイル「君は、魔法名を名乗るにも値しない」

そう、これは――神父としての戦いだ。

ステイル「Kenaz PuriSazNaPizGebo(炎よ!巨人に苦痛の贈り物を)」

これは死に損なったアウレオルス=イザードの遺産(たましい)を冥府を送るための――神父(ステイル)の闘いだ

ステイル「AshToASh…DustToDust…SqueamishBloody Rood(灰は灰に…塵は塵に…吸血殺しの紅十字)」

二刀に構えた炎の剣を重ね合わせる…まるで墓標に刻む十字架のように

ステイル「MTOWOTFFTOIIGOIIOF IIBO LAIIAOE IIM HAIIBOD IINFIIMS ICRMMBGP(世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ…それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。具現せよ、我が身を喰いて力と為せ)」

白銀の巨人と――

ステイル「イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス ( 魔 女 狩 り の 王 ) ! ! !」

赫怒の巨人が――

魔術師C『くたばれええええええええええええええええええ!!!』

ステイル「さあ…始めようか――魔術師…!」

――業火の中――激突する!!!――

418 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:32:34.90 3nSo0P7AO 263/335

~第九学区・『黄色い家』~

手塩「数が、多過ぎる。このままでは、弾丸(タマ)が尽きるぞ!」

黄泉川「持たせるじゃん!今救援を呼んだじゃん!!」

姫神「ッ!」

2:06分。芸術と工芸に特化した第九学区の学生街、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホがかつて作り上げようとした芸術家達だけの村に由来する『黄色い家』と名付けられたアトリエに四人は立て込もっていた。

特殊兵A「吸血殺し(ディープブラッド)を連れて投降しろ!そうすれば命だけは保証してやる!」

狭い路地を擦り抜け、所構わず据え置かれたオブジェを掻き分け、満月が照らす石畳を駆け抜ける敵兵。しかし――

オリアナ「イヤねえ?ここにこーんなイイ女がまだ三人もいるのにお目当てさんしか口説かないだなんて――」

ピッ!とワードレジスターの形を模した『速記原典』の内一枚を噛みちぎると

ドオオオオオオン!

特殊兵A「がはっ!?」

手榴弾でも炸裂したかのように突入部隊の先陣を切った特殊兵を閃光と共に吹き飛ばす。
そしてその閃光の一撃から身を踊らせ飛びかかるは――

オリアナ「お姉さん拗ねちゃうわよ?」

バキィッ!

特殊兵B「ぐべぇっ!」

急角度に跳ね上がる右ハイキックで特殊兵の顎骨を蹴り砕くオリアナ=トムソン

黄泉川「生徒じゃないなら――キッツいお仕置き、お見舞いするじゃんよ!」

ゴッ!と全身を覆う防盾をハンマー代わりに横殴りにフルスイングする黄泉川愛穂

手塩「だから、足を、すくわれる!」

ガウン!ガウン!とオートマチック拳銃で物影から四人を伺っていた特殊兵の一人の右腕と右膝を撃ち抜く手塩恵未。
ステイル=マグヌスが魔術師を引きつけている間に少しでも距離を、時間を稼がねばならない。だが――

419 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:33:37.37 3nSo0P7AO 264/335

姫神「(どうすれば。私は。私はどうしたらいいの)」

アトリエのマホガニーデスクの下に身を隠し、頭を庇いながら姫神秋沙の顔色は蒼白になっていた。
耐えざる緊張、絶えざる銃声、堪えざる重圧に押し潰されてしまいそうだった。

姫神「(また。私のせいで。誰かが。命を落としたら)」

三沢塾では死に絶えていた感情が、上条当麻との出会いで、月詠小萌との巡り会いで、吹寄制理との語り合いで、結標淡希との触れ合いで芽吹いた感情が寒風に晒される。

姫神「(お願い。誰も死なないで。お願い。お願い)」

今や姫神にとって、周囲の誰かが自分のために命を落とすという現実はあの寒村での惨劇を想起させる。
吸血鬼であろうと人間であろうと、自らの『吸血殺し(ディープブラッド)』が招く災厄がもたらす『死』は。

姫神「(――淡希――)」

ギュッと結標淡希の赤髪から形見分けのように引き取った髪紐を握り締めながら姫神は耐えた。
破綻しそうな叫び声を、決壊しそうな涙を、辛うじて踏みとどまる。
微かに香るクロエの残り香、つい数時間前に離れたばかりなのに、今生の別れを告げたばかりなのに――

姫神「(無事で。いて。逃げて。生きて。淡希)」

姫神にはオリアナやステイルのような魔術も、黄泉川や手塩のような戦闘技術も使えない。
頭を低くし、背を屈め、声を出さないという『耐える戦い』しか出来ない。
避難所で決めた、姫神秋沙の戦いはまだ終わらない。終わらせる事など出来はしない。
『生きる』のではなく『死なない』事…それだけが今姫神に出来る全てだった。

420 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:36:10.66 3nSo0P7AO 265/335

~第七学区・学舎の園~

結標「秋沙…!」

2:07分、結標淡希はとある高校から旧学舎の園まで座標移動を繰り返しながら第九学区を目指す。
火を飲み込む思いで、無尽蔵とすら思える敵の進軍の真っ只中を突っ切る!

魔術師d「屋根だ!狙え!一人も生かして出すな!」

轟ッッ!とミサイルのような氷柱が円陣を描いて結標の周囲を旋回する。
同様に地中海風の石畳を直走る魔術師が、次々と氷飛礫を雨霰とばかりに結標目掛けて撃ち放つ!

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!

結標「いい加減しつこいのよ!私の道に――立ち塞がらないで!!」

座標移動・座標移動・座標移動―!

窓ガラスを粉々に打ち砕く氷の弾丸を

石造りの壁面を軽々と貫通する氷の矢を

屋根瓦に易々と風穴を開ける氷柱を

繰り返す空間移動で

地面を転げ回って

物影に飛び込んで死に物狂いで回避する!

結標「キリがないわ!ゴキブリの方がまだ慎みがあるわよ!」

既に避難所を覗いて第七学区の至る所に『原石狩り』の魔術師が、『能力者狩り』の傭兵が次から次へと侵攻してくる。
それだけならまだ良い。問題は――その後に次から次へと虚空より出現してくる――

魔術師d「チャリオッツだ!チャリオッツを投入しろ!一気に踏み潰せ!」

魔術師e「“六枚羽”を展開させよ!制空権を奪って虱潰しだ!」

魔術師f「テルス=マグナ=オルデン(白銀近衛騎士団)!押し潰せ!」

見た事のない白銀の戦車が瓦礫の山すら押し潰し、見た事のある無人戦闘ヘリが宙を舞い、見たら忘れられない白銀の騎士が次々に学舎の園を埋め尽くして行く…!

結標「ゴキブリじゃなくてネズミ算式ね…こっちは!時間がないのよ!」

結標は知らないが、垣根帝督が撃破し、ステイル=マグヌスが交戦している今はその白銀錬成(テルス=マグナ)は大幅にその力を削られている。
しかしそれでも一個中隊を下らない軍勢に、結標は――

結標「―――!!!」

迷う事なく、地面を蹴った

421 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:37:45.43 3nSo0P7AO 266/335

~旧学舎の園~

安っぽく命を懸けて、馬鹿っぽく身体を張る。


闇の底(暗部)に身を置いていたクセに、偽善者ぶって避難所のボランティアまでやってる。


誰かの笑顔って、お金より尊い物?


感謝されるのって、気持ち良い事?


恋をするのって、幸せな気持ち?


わからない。


わかりたくもない。


理解しようとも。


理解したいとも思わない。


そもそも、興味が無い。


そもそも、関心が無い。


他人がどうとかよりも。


自分がどうしたいかの方が大事。


なのに。


何で一度も言い訳しないかな。


あんな酷い事言われて、何で続けられるかな。


ああ――そうか


馬鹿なんだ。


頭が悪いんだ。


レベル4の癖に。


ああ――そうか


馬鹿なんだ。


私も。


―――――――結局――――――



――「みんな馬鹿ばっかって訳よ!!」――

422 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:40:20.33 3nSo0P7AO 267/335

~第七学区・学舎の園2~

ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!

結標「!?」

魔術師def「「「!?」」」

結標が地面を蹴り出した瞬間、侵攻していた戦車部隊の先頭部分が『爆破』された。
キャタピラー部分が吹き飛ばされ、底部から炸裂した爆発が下から上へ吹き抜けて炎上して…!

魔術師d「――対戦車地雷だと!?引け!この瓦礫はカモフラージュだ!前進止め――」

しかし――それを見やっていた少女

「ブービートラップって知ってる?」

闇夜の中にも光輝く金糸の髪をちょこんと乗せたベレー帽

「この国じゃ“馬鹿”とか“間抜け”って意味なんだけど」

学園都市ではやや珍しい碧眼を、飛びっきりの悪戯が成功したように輝かせ

「私も麦野から馬鹿とか間抜けとか詰めが甘いとか口が軽いとか言われるんだけど――結局、爽快な訳よ」

伸びやかな脚線美を振り上げ――踏み鳴らす!!!



フレンダ「自信満々の馬鹿(マヌケ)を嵌めたこの瞬間が最っ高ーに快感な訳よ!!!」」



ドガンッ!ドオンッ!ボオンッ!ズガアアアアアアアアアアン!!

魔術師def「「「何だとオオオオオオオオオオオ!!?」」」

爆発、爆破、爆裂。フレンダが手にした着火装置をオンにした瞬間、学園都市の科学技術を結集させた対戦車地雷が次々に戦車部隊を誘爆させて行く!

フレンダ「あっはっはっは!どや顔で突っ込んで来た自慢のやわらか戦車が木っ端微塵!って訳よ!」カチッ

ズガン!ズガン!ズガンズガンズガンズガンズガンズガン!!!

さらに廃虚と化していた学舎の園の地中海風の建築物にまで爆弾を仕掛けていたのか、次々に石造りが雪崩となって後続の戦車隊の行く手を塞ぐ!

結標「貴女…どうして…」

突如として始まった、フレンダの手による火祭りに茫然自失気味に口を開く結標。
それをそっぽを向きながら狂乱状態の戦車隊を見やり――

423 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:41:54.55 3nSo0P7AO 268/335

フレンダ「どうしたもこうしたも、避難所外部の守りは“アイテム”の仕事って訳よ。そういう貴女こそどうしてここにいる訳よ?」

そう。避難所の外の『狩り』はアイテムが担当する。オリアナが手渡したハザードマップを元に、フレンダは待ち構えていたのだ。
突如として現れた白銀錬成の騎士団に出鼻こそ挫かれたものの。

結標「あ、貴女には関係な――」

フレンダ「フレンダ」

結標「―――?」

フレンダ「私の名前。結局、私達お互いの名前も知らない訳よ」

そう…四日目に無理矢理組まされた時は険悪を通り越して最悪の空気のまま物別れに終わったのだ。
お互いの名前すら知ろうとしない、暗部同士の流儀。

結標「――保健所に連れて行かれそうな馬鹿猫を奪り還しによ、フレンダさん…私は淡希、結標淡希」

フレンダ「ふーん。変な名前――」

魔術師d「キサマらァァァァァア!!」

そこに、戦車隊の大半を壊滅させられた魔術師が

結標「危な―――」

魔術師d「死―――」

目を見開く結標目掛けて何やら魔法陣の描かれたカードを取り出す――



ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!



「背中ガラ空きでしょうが、この馬鹿」



…より早く、その魔術師の上半身は闇夜を切り裂いて放たれた…

結標「…えっ…」

アイスブルーの閃光により『食いちぎられた』。まるでライオンに頭から喰われたように

フレンダ「馬鹿だねー…結局」

彼方から放たれた光芒の御手…有象の障壁など、無象の防壁などものともしない――魔弾の射手


麦野「フーレンダぁ…」

レベル5第四位『原子崩し』麦野沈利


絹旗「フレンダ超油断大敵です」

レベル4『窒素装甲』絹旗最愛


滝壺「ふれんだ、余所見はめっ」

『八人目のレベル5』滝壺理后

フレンダ「結局――“アイテム”は一人じゃない訳よ」

そして――フレンダ


学園都市暗部『アイテム』…再集結――

424 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:43:48.08 3nSo0P7AO 269/335

~第七学区・学舎の園3~

結標「(これが)」

赤々と燃え盛る学舎の園、口の中の飲み込めない唾液、鼻につく火薬と人間の焼ける匂い、産毛がチリチリと焦がれるような感触、阿鼻叫喚の断末魔。

結標「(これが―――アイテム)」

男所帯だった『グループ』とは違い、『アイテム』は噂に聞いていた通り女所帯だった。
だが実際目にすると――その若さ、統一性のなさ、そして――

麦野「パリイ!パリイ!パリイ!てかァ?笑わせんじゃねえぞ糞袋が!!戦争ごっこのケンカ程度でこの街の闇(暗部)をどうにかできると思ってんのかァ!!?」

暗部に身を置いていた結標ですら目を背けたくなるような残虐性に戦慄する。
特に今、『元リーダー』らしい麦野沈利の『制裁』は群を抜いて凄惨だった。
小萌と約束した焼き肉の時に思い出したら嘔吐を催すほどに。

フレンダ「今日の麦野は気分ルンルンな訳よ!一人生かして帰すみたいだし。あんなんなっちゃってるけど」

結標「…あれで機嫌悪かったらどうなるのよ…」

フレンダ「大丈夫大丈夫!だって今日――」

麦野「フーレンダぁ…余計な事言わないの…」

3:36分。アイテムと結標淡希の一時的な共闘によって侵入して来た敵軍は全滅した。

戦車部隊はフレンダが

戦闘ヘリ部隊は麦野が

騎士団は絹旗が

魔術師は結標がそれぞれ撃破した。

同時に敵の包囲網も解け、後は突破を残すのみ。

結標「…ありがとう、私だけじゃ突破出来なかった」

滝壺「避難所は、みんな助け合いだよ」

絹旗「超ついでです」

フレンダ「目障りだったんで一緒に吹き飛ば…人助けって訳よ!」

麦野「フレンダ、アンタしゃべるととことんダメな娘ね…」

結標「(………………)」

425 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:45:09.63 3nSo0P7AO 270/335

結標もふっ…と思う。もし避難所で水先案内人などという仕事をしていなければ、今頃自分はどうなっていただろうか。

白井黒子と出会わなければ、あの場から月詠小萌や生徒達を救出する事など出来なかった。

削板軍覇が迎え入れてくれなければ、そもそも水先案内人になどなろうとしなかっただろう。

フレンダとぶつかり合わなければ、自分は今この場で敵陣を突破する事など不可能だった。

木山春生と話し合わなければ、姫神秋沙への恋心を認められず、今の自分などありえなかっただろう。

黄泉川愛穂と差し向かなわなければ、誰かを守るために、もう一度立ち上がろうなど思いもよらなかった。

そこへ――


『ヒトミニウツス ミライニダッテ イツモツヨクテ コンナキミハボクサ キミハマダマブシイケド オナジキモチデ コノテノバシテ~♪』


鳴り響く、着信音

結標「…出て良いかしら?」

アイテム「「「「ご自由に」」」」

携帯を取り出し、開かれた画面


発信者――『ナンバーセブン(削板軍覇)』――

426 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:47:31.60 3nSo0P7AO 271/335

~第七学区・全学連復興支援委員会本部~

削板「オレだ!!」

結標『着信見ればわかるわよ。それで何かしらナンバーセブンさん。私今忙しいんだけど』

雲霞の湧き出る敵対勢力が避難所目指して侵攻してくる。

削板「うむ!頼みと言うのは他でもない!」

減らしても減らしても止む事のない魔の手

削板「お前に、迷子の案内をしてもらいたい!さっきアンチスキルの黄泉川先生から援軍要請があってだな――」

結標『ちょっ、ちょっと待ってちょうだい!私今――』

何度『幻想(ぜつぼう)』をひっくり返しても、何回でも押し寄せてくる『現実』

削板「――迷子は第九学区を抜けて第二十三学区を目指してる。女の尻ばっかり追い掛けてる根性無しどもから逃げながらだ!!」

結標『―――!!!』

単騎で軍隊と渡り合えるレベル5が全員結集してすら、支えられるギリギリの限界点。

削板「水先案内人!仕事だ!迷子(姫神)を案内(導いて)してやれ!右も左も敵ばかりだが――根性でなんとかしろ!!」

結標『…!貴方…どこまで知って…』

削板「返事はハイかイエスだ!!」

夜明けまで持ちこたえられるかなど誰もわかりはしない。敵も味方も誰も彼も。

結標『――やってやるわよ!!根性で!』

削板「よしよく言った!!お前の根性、確かに受け取ったぞ!!」

通話を切る。携帯をしまう。戦う相手は倒せば終わる軍隊などではない、敵は終わらない絶望(げんじつ)だ。

427 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:49:01.85 3nSo0P7AO 272/335

~避難所・表口~

この世界に英雄(ヒーロー)はいない。

いるのは

災誤「吻ッッ!!」

寮監「破ァッ!!」

鍛え抜かれた身体で生徒を守るべく兵士達に拳を振るう大人。

月詠「もっと重いものを!このままでは破られてしまうのです!」

戦う力がなくとも、バリケードを築き上げて生徒達の盾になろうとする教師。

禁書「杜撰だね!外側にばかり意識が向いているから簡単に割り込まれるんだよ!」

謎の力で魔術師の魔法から避難所の狙いを逸らせるシスター

初春「だ、第27番カメラに異常!来ます!」

固法「私が行くわ!初春さんはここにいて!」

鉄装「わ、わっ、私だっています!行きます!」

白井「出ますわ!…これで最後ですの!!」

戦えない生徒達の代わりに闘う風紀委員(ジャッジメント)と警備員(アンチスキル)

佐天「て、てりゃー!!」

金属バットを振り回して戦う無能力者(レベル0)

坂島「こ、ここは通さないぞ!!く、くっ、来るな来るなー!」

ハサミに代わって日曜大工のトンカチを握って虚勢を張る美容師

黒妻「スキル」

「アウトを」

服部「舐めんじゃねえええええええええええええええ!!」

侵入して来た兵士を袋叩きにして放り出すスキルアウト(武装無能力者集団)

絶対等速「やっとこ見つけたオレの居場所に入ってくるんじゃねええええ!!」

刑務所帰りの能力者までいる。

芳川「この中に隠れなさい。大丈夫、ここの守りは甘くないから」

木山「みんな、終わるまで出てきちゃダメだ」

吹寄「大丈夫、お姉さんがいるからね」

子供達を地下収納室へと隠れさせ、そこを守る女性達もいる。

心理掌握「――――――」

心理定規「えげつない力ね。敵が可哀想になるわ」

人間の深層心理に働きかけ、自我と人格が崩壊するような心の傷を広げて兵士達を昏倒させる少女達――

この世界に、ヒーロー(英雄)はいない。

428 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:52:32.09 3nSo0P7AO 273/335

~避難所・裏口~

雲川「お馬鹿の大将」

削板「おお?」

体育館の裏手より、迎撃に移るべく歩を進める削板の背にかかる声音。

非常用避難口のライトグリーンの光の下、カチューシャにまとめられた髪を退屈そうにいじるは…全学連復興支援委員会副委員長、雲川芹亜。

雲川「行くの?」

削板「決まってるだろう!オレは根性を決めたぞ!女が根性を見せたってのに、男のオレが根性を見せん訳にはいかん!」

雲川「…普通リーダーはどっしり構えるもんだと思うんだけど?」

削板「机の前であれこれ頭を悩ませるのはお前に任せた!オレに出来る事は身体を使う事だけだ!なんせここが――ここが根性の見せ所だからな」

削板は振り返らない。鳴り響く轟音がパラパラと体育館の壁から粉を散らす。

その背を見つめていた雲川は、リノリウムの床に落ちる影に視線を落として

雲川「…お前みたいなお馬鹿な大将でも一応居てもらわなきゃ困るんだけど。だから――」

雲川の表情は俯き加減であり、薄暗がりで伺う事は出来ない。しかし削板には背中越しにも

雲川「だからとっとと片付けて――さっさと帰って来て欲しいんだけど」

雲川がどんな表情をしているのか――見ずともわかるようで。

削板「任せとけ!!!」

そう言って削板は駆け出す。外に広がる『戦場』へ向かって。

一度も――そう、今の表情の雲川を見まいと、見られたくはなかろうと。

雲川「…戻ってきたら、覚えておけバカ大将。言いたい文句が山ほどあるんだけど。溜まってる書類、全部押し付けてやりたいんだけど」

そして…雲川は独り言ちた。



雲川「――前ばっかり見てないで――たまには振り返って欲しいんだけど」




429 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:56:01.78 3nSo0P7AO 274/335

~削板軍覇~

削板「だァァァらっしゃァァあああああああああああああああああああああああああああ!!」

削板軍覇は駆け抜ける。

グラウンドを、敷地内を、残す所1000を切った白銀錬成の兵団目掛けて。

削板「最低だな、オマエら。やる事為す事闇討ち紛いの根性無しめ。たかだか“能力者狩り”のために――オレ達にケンカを売るってか」

根性(なかみ)のない白銀の騎士などものの数ではない。

何故ならば――削板軍覇は知っているからだ。


削板「見せてやるよ!本物の根性ってヤツを!!」


――かつて魔術サイド全てを敵に回し――


削板「大それた理由なんかいらねえ!」


――学園都市最暗部にたった一人で喧嘩を売り――


削板「曲がらず!腐らず!正面を行く男は!!」


――さらに自分を打ち破った男――『北欧玉座のオッレルス』を知っているからだ。


削板「赤の他人だろうが…何だろうが!」


オッレルスの力は、強さは、優しさは、こんなものではなかった。


削板「傷つけられた女の子のために立ち上がる事が出来るんだ!!」


そう、この世界に英雄(ヒーロー)はいない。

いるのは、傷付きながらも今日を生きようとする者達

痛みに耐えながら明日を目指す人々がいるだけだ。


削板「――来い!!さもなきゃこっちから行くぞォォォォォォ!!!」


英雄(ヒーロー)に救われなければならないほど――自分達の世界は、弱くなどないと


削板「お 前 ら の 根 性 叩 き 直 し て や る ! ! ! ! ! ! 」


そして――削板は敵軍の真っ只中へ、敵陣の真っ正面から、敵兵を真っ向から打ち破って行く。

『世界最高の原石』と『人工の白銀』の戦いへと――

430 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/26 18:57:51.95 3nSo0P7AO 275/335

~第九学区・『黄色い家』~

黄泉川「いっ…生きてるじゃん?」

手塩「死、死んでは、いない」

4:16分…黄泉川愛穂と手塩恵未は追っ手を全滅させ、黄色い壁面から屋根の上半分が消失するまで戦い抜き…
今、二人は流血の後も生々しい満身創痍の状態で瓦礫の山に寄りかかっていた。

黄泉川「あ…あいつら…無事空港…ついたじゃん?」

手塩「恐らく、な。そうだと、信じ…たい」

姫神秋沙をオリアナ=トムソンに託し、二人は今頃第二十三学区まで辿り着いているかと…二人は言った。
絶え絶えでの青息吐息の中…黄泉川はニカッと笑った。

黄泉川「これで…あいつらに顔向け出来るじゃん?」

壊滅させられた第十五学区のアンチスキルの隊員達の顔が浮かぶ。
彼等は『被害者』ではなく『殉職者』と黄泉川は呼びたかった。
同時に自分に問い掛ける。彼等の無念を万分の一でも晴らせたかと。

手塩「そう、ありたい、ものだな」

徐々に白み始めようとしている初夏の夜明けを探すように手塩は空を仰ぐ。
暗部にいた頃、眩し過ぎて見上げられなかった空を、疲労困憊の中で――


フッ…


手塩「…ああ」

見上げた夜明け前、空を舞う赤髪、あの時と違う二つ結びでは無くポニーテールを靡かせ、空を見えない階段でも駆け上がるような…少女の姿が見えた

手塩「全く、眩しいな」

かつて少年院で対峙した時と似た露出度の高い服装。忘れようにも忘れられない、自分達を打ち倒した…あの能力者…名前は確か――

黄泉川「なに寝ぼけてるじゃん?寝たら永眠確実じゃん」

そう手塩がかつて激闘を繰り広げた少女がテレポートして行った後ろ姿を見やっていると…黄泉川が肩を貸して手塩を立ち上がらせた。

手塩「そう、だな、もう、夜が明けるのに、寝てはいけないな」

そして二人の女性(アンチスキル)は互いに肩を貸し合いながら瓦礫の中を歩み始める。

黄泉川「さっ、行くじゃん」

手塩「ああ、行こう」

間もなく昇る、朝陽に向かって――

449 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 22:55:43.78 OzOj6UCAO 276/335

~第二十三学区・ターミナル駅~

肋骨が軋む、心臓が破れそうになる、土踏まずから踵まで痛い、喉から血の味が登って来る。
鼻からの息どころか、口からしてすら足りない。肩と背中で息をしているようだ。

姫神「――はあっ。はあっ――」

背中が、鳩尾が、後ろ髪のかかる項が汗でへばりついて気持ち悪い。
額から滲む汗が珠になって、目に入りそうになる。

姫神「――はっ。はっ――」

階段で、エスカレーターで、歩く歩道で、一晩で擦り切れてしまった革靴が何度も引っかかる。
恐怖に震える爪先が、疲労に震える膝頭が、錆び付いてしまった自転車のペダルのように重く、進んでくれない。

姫神「――――――」

振る腕が上がらない、眩暈がする。通り越して吐き気さえする。けれど私は――走っている。
枯れたはずの涙が溢れそうな中、私はターミナル駅を走って走って走って――鉄身航空技術研究所付属実験空港を目指す。

エージェントA「居たぞ!追え!追え!」

その背後から迫り来るは――厳重な第二十三学区の警備すら突破し、追跡して来るブラックスーツの男達。
姫神はその姿を視線に入れまいと懸命に折れそうな身体に鞭を打つ。そして――

オリアナ「――悪いけれど」

その姫神の横を併走しながら、豪奢な金糸の巻き髪と豊満な肢体を揺らして駆けるオリアナ=トムソンが

オリアナ「お姉さんもう一晩中頑張らされちゃったから――」

爪先から踏ん張り、足首を返し、横滑り気味にロビーの床面を踏み締め――ピッと手榴弾のピンでも開けるように

オリアナ「これでイッちゃいなさい!」

ワードレジスターの『速記原典』の一枚をその艶っぽい唇で食み…引き破って舌を出す!

エージェントA「グワアッ!!!」

エージェントB「コイツも能力者か!?」

次の瞬間、蒼氷色の熾炎がルート66番待合い席から搭乗口に燃え広がる!
通常の物理法則から外れた魔術による火の海は瞬く間に姫神の後方を焼き尽くして行く。

オリアナ「あら?お熱いのはお嫌いだったかしら?お姉さんはまだ燃え足りなくって火照っちゃってるんだけど」

450 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 22:56:57.29 OzOj6UCAO 277/335

オリアナ「――お姉さんはこっちの坊や達とR指定のパーティーが待ってるの。残念だけれど二十歳以下の未成年は参加出来ないわ。だから…先に行って待っててくれないかしら?」

姫神「でっ。でも。貴女――」

その言葉に姫神の足が止まる。黄泉川愛穂が、手塩恵未が、そうしたように――
オリアナはここで全ての敵を食い止めるつもりだ。そう悟って制止をかけようと振り返ろうとして

オリアナ「うふふ、お姉さん足腰強いのが自慢なの。このくらいじゃ腰砕けにも骨抜きにもされてあげないわ。それから――」

オリアナは振り返らない。四十人は居ようかと言うエージェント達を見据えたまま、背中越しに――投げかけた。

オリアナ「――あの時は、ごめんなさいね」

姫神「――――――」

大覇星祭の時、誤って姫神を血祭りに上げてしまった事を…オリアナは詫びた。
先程までの陽気で妖艶な声色と違ったそれに、姫神は止めようとした言葉を失った。

オリアナ「あの時の償いを、ここでお姉さんにさせてちょうだい」

姫神「……………!」

オリアナ「さ!行って!それともその安産型のお尻に、お姉さんのスパンクが欲しい?」

姫神「…わかった。先に行って。待ってるから…!」

もう姫神はそれ以上何も言わなかった。言えなかった。駆け抜ける。走り抜ける。
今自分が為すべき事は、オリアナの意思と意志と意地を無駄にしない事だと悟ったから。

オリアナ「…さ・て・と…」

そして姫神が去り行くのを足音で感じ取ると

エージェントA「猪口才な真似をしてくれたものだな…推し通るぞ!」

向き直る先。軽機関銃を携えたエージェント達

451 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 22:58:22.90 OzOj6UCAO 278/335

オリアナ「ダメよお?そんな危ないもの空港に持ち込んだら手荷物検査で引っ掛かちゃうわ」

オリアナも手中で『速記原典』の残り枚数を数え上げる。その整えられた指先で。

オリアナ「(これじゃああともう1Rも頑張れないわねえ?困ったわあ…お姉さん、そういうパーティーより一人とじっくり愛し合いたいタイプなのに)」

既に手持ちの魔術が底を尽きかけていた。

目の前の敵を倒すにも、自分が逃げ出すにも手札が足りないほどに。

オリアナ「(ごめんねリトヴィア。お仕事は成功で、お姉さんは失敗しちゃった。もうアイスクリーム一緒に食べられないわ)」

姫神を逃がすので精一杯だった。だがそれで良いとオリアナは思った。

オリアナ「くすっ…ベッドで夜明けのコーヒーを一緒に飲みたくなるようなタイプはいないけれど…いいわ」

Basis104(礎を担いし者)…その魔法名を名乗った日から、覚悟はしていた。

プロ(運び屋)としての感覚が告げている。自分は夜明けを迎えられないと。

オリアナ「お姉さんのスゴいトコロ…見・せ・て・あ・げ・る」


――ここで自分は、礎(いしずえ)になると――



452 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:01:51.99 OzOj6UCAO 279/335

~姫神秋沙1~

『秋(あい)の沙(すな)だなんて不毛な名前よりマシよ』

初めて出会った時は、少し素っ気なくて怖い人に思えた。


『――やっぱり変わってるわ、貴女』

つっけんどんで、雨宿りに来た事が申し訳なく思えた。

『――もし、行く所がないんだったら、私の余ってる部屋、使う?』

だから、そう言われた時はとても驚いた。

『貴女も、私も、変な娘ね』

優しい人だと思った。

『えっ、Mよ!かも知れないってだけよ!!何言わせるのよ貴女は!!!』

からかうと面白い人だとも思えた。

『赤と黒だなんて…スタンダールみたい』

見た目より聡明だとも

『だ、誰にだって苦手な分野や不得手な領域があるじゃないの!わ…私はそれがたまたま料理だったってだけで…』

その割に料理下手で

『…何馬鹿な事言ってるの。“先輩”が“後輩”からお金もらう訳に行かないでしょう?』

けれど、いなくなってしまったお母さんみたいで

『貴女が居てくれたから、私も自分の気持ちに仕切り直しが出来たのよ』

そんな貴女に出会えて、私も変わる事を決めた

『見ないで…見ないでよぉ!!わからないわよ…貴女みたいな綺麗な子に…私みたいな汚い人間の――』

だから――キスした

『素敵な口説き文句ね?そんな殺し文句で迫られたらどんなの男の子もイチコロだわ』

拒まれても、放っておけなくて

『そのクロス(十字架)いつもつけてるわよね…ちょっと貸してもらってもいい?』
そのせいで、お互いの距離を読み間違えた事もあった。

『うん。そうだよね姫神さん…私達、友達だよね』

お互いを、深く傷つけあった事もあった。

453 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:03:40.00 OzOj6UCAO 280/335

『私にはコレ(座標移動)しかないから…姫神さんみたいに何でもオールマイティーには出来ないわ。特に炊事なんて頼まれたってね』

当たり前の事しか出来ない私を、認めてくれて

『パイナップルはいるでしょう!取り消しなさい!』

くだらない事で喧嘩して

『夏がそろそろ近いから降りやすいのかも知れないわね。ふふっ…思い出さない?私と姫神さんが初めて話したのもこんな雨の日だったの、覚えてる?』

私にとって大切な事を覚えていてくれて

『――こんな事なら、私達もっと早く出逢えていれば良かったわね――』

私と似たような事を考えていてくれて

『聞いた事ないわよそんな当たり前!消して!消して姫神さん!チャンネル変えて!!私達未成年でしょ!?』

私でも見て知ってる事を、初めて見たようにリアクションする貴女が新鮮だった。

『おっ、お化け!お化けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!』

戦う時は勇ましくて

『一緒に暮らさない?私達。今みたいな仮住まいじゃなくて』

一緒にいる時は優しくて

『そうよ。私って実は性格悪いの。貴女には負けるけどね。人の身体をオモチャにするようなサディストが何言ってるの?』

私が言いたくても言えない事を

『私と一緒に来るなら、この手を掴んで。イエスなら優しく連れて行く。ノーなら乱暴にさらって行く。選んで。好きな方を』

一番言って欲しい時に言葉をくれる貴女。

『戦う事より、傷つく事より、死ぬ事より――私が恐ろしいのは…貴女よ姫神さん――貴女が消えてなくなるより怖いものなんてない!!!!!!』

怒ってくれた

結標「それが姫神秋沙(あなた)の全てなんかじゃない!それが私が貴女を見捨てる理由になんてならない!!!」

叱ってくれた

結標「貴女がさらわれたら、貴女が自分で自分の命を断ってしまったら――私は貴女と同じになるのよ!?私が貴女を守れなくても!見捨てても!私は一生悔やむ!一生自分を呪って生きる!!今の貴女のように!!!」

私を見てくれた

結標「貴女のいない世界(へや)で…ずっと一人で生きていく(くらしていく)のは…嫌なのよ…!」

一緒に泣いてくれた

『――言ってよ!!!助かりたいって!救われたいって!生きたいって!死にたくないって!一度で良いから!自分の言葉で叫んでよ!!!』

そんな貴女が――

結標「貴女が――好きだからよ」

私も、好きだった。

454 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:05:25.54 OzOj6UCAO 281/335

~第二十三学区・鉄身航空技術研究所付属実験空港、滑走路~

姫神「…もっ。もうっ…」

姫神秋沙はイギリス・ロンドンへと向かう超音速旅客機を目指して滑走路を駆ける。
既に空港内の搭乗口は戦場と化し、彼方から警備隊とグノーシズム(異端宗派)は交戦を開始していた。
あちこちから爆発音と銃声、火災と発煙が巻き起こり、有人バスが横転している。

姫神「もう。少し…」

冷や汗が止まらない。脂汗が引かない。恐怖から来る悪寒が、絶望から来る戦慄きが、疲労からくる吐き気が姫神を苛んでいた。
初夏の季節を前にして、震えるほど空気が冷たく感じる。
不意に脳裏を掠める言葉。一日の内、最も暗い時間帯は夜明け前だとも。

姫神「うっ。ううっ…」

一晩中駆け抜けた足を折らずに引き摺るように歩む。
膝を屈してしまえば、もう立ち上がれる気がしなかった。
至る所が吹き付けてくる風が黒髪を煽る。遮る物のない、滑走路の風が

姫神「…っ」

思い知らされる。今自分が一人きりなのだと。手のひらに食い込む僅かな砂利の痛みと共に。
もう黄泉川愛穂は、手塩恵未は、オリアナ=トムソンは、上条当麻は、『彼女』は、姫神の手を引いてくれる者は誰一人居なくなってしまったのだ。

姫神「(…怖い?)」

慣れ親しんだはずの『孤独』が、姫神の心を死に絶えさせていた『絶望』が、まるで見知らぬ来訪者のように感じられた。
同時に思い知らされる。自分がどれだけこの学園都市(まち)に守られてきたのか、上条当麻を心強く思っていたのか、『彼女』の側でその心を支えられて来たのかを。

姫神「行か…なきゃ」

戦う力も持たず、逃げる足は潰れ、生きる術を手探りで求める。
煤だらけの制服、擦りむいた膝、ボロボロのスカート、クシャクシャの髪。
痛くて、辛くて、苦しくて、しかし…それでも姫神は

姫神「まだ。…生きて。私は。生きているから」

足のもげた虫のように、翼の折れた鳥のように、地を這うように歩を進める。
もう数百メートル、闇夜の彼方に辛うじて見える超音速旅客機に向かって――


――スティンガーミサイル、発射!!!――


姫神「――――――」


次の瞬間、姫神の最後の希望は目の前で手折られた。


455 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:08:55.25 OzOj6UCAO 282/335

~姫神秋沙2~

冥く、深く、冷たく、陽の光が二度と射し込まない闇の奥。

太陽の光も、月の灯りも、星の輝きすら届かない闇の底。

一緒に堕ちようと、一度ならずも、一瞬なりとも、望まなかったと言えば嘘になる。

破滅の園に逃げ込んで、甘美な死に酔いしれて、奈落の絶望の果てで睦み合いたかった。

身体を合わせる温もりの中で、肌を重ねる暖かみの中で、夢に堕ちて行くように散ってしまいたいとさえ思った。

世界は自分達に優しくなくて、神様は残酷で、自分は微力で非力で無力だった。

しかし――もう幻想(ゆめ)の時間は終わってしまったのだと。

残されたのは苛酷で、残酷で、冷酷な現実(ぜつぼう)だけ。

秋沙『貴女は馬鹿。本当に救われるだなんて。本当に思っていたの』

嘲るように、苛むように、貶めるような冷笑を湛えた幼い少女が幻視出来た。

それは惨劇の中、白雪と死灰の中に置き去りにされた――幼き日の自分。

秋沙『貴女は。自分すら騙せない嘘で。彼女を欺いて。ありもしない救いに。ただ縋っていただけ』

死に絶えた感情と共に埋葬された幼年期の終わり。

自分の影だなんて、心の闇だなんて、そんな逃げ口上で片付けられない“本当の姫神秋沙”

秋沙『貴女は知っていたはず。わかっていたはず。遅かれ早かれ。こうなる事が』

目を逸らしたいのに、眼を背けたいのに、瞳を閉じてしまいたいのに、それすら出来ない。

秋沙『たかだか。一週間足らずの相手に。貴女は何を期待していたの。みんなだって。彼女だって。貴女とさえ出逢わなければ。こんな目に合わずに済んだのに』

心の隙間に、疵に、罅に、綻びに、緩みに、毒を孕んだ言葉の刃が灼けるように食い込んで来る。

456 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:10:51.74 OzOj6UCAO 283/335

秋沙『貴女さえ生まれて来なければ。お父さんも。お母さんも。村のみんなも。吸血鬼も。誰も死なずに済んだのに』

芽生えかけた感情が、芽吹きかけた情動が、根刮ぎ蹂躙されて行くような、凍える声音に耳を塞ぐ事すら許されない。

秋沙『貴女さえ居なければ。三沢塾の人間も。イギリス清教の人間も。アウレオルス=イザードも。みんな死なずに済んだのに』

心臓に氷の刃を、背筋にドライアイスの剣を突き刺してくるような言葉。
一言一言が消耗した精神を、磨耗した感情を削り、抉り、穿って行く。

秋沙『貴女が彼女と出逢わなければ。彼女だって自分の手を汚さずに済んだのに。守られる事に甘えて。助けられる事に甘んじて。救われる事に甘ったれて』

これが、本当の私。醜くく、卑しく、浅ましく――
他人に見せられず、自分ですら見たくない本当の自分。

秋沙『教えてあげる。どうして貴女が。彼女に執着するのか。依存するのか』

巫女服姿の『秋沙』が、制服姿の『姫神』へと指を突きつける。
救いようもない咎人、贖いようのない罪人への死刑宣告のように。

秋沙『――自分と重ねているから。血に汚れているのは自分だけじゃないって。側で確認して安心したいだけ。“自分だけが汚いんじゃない”って。身勝手な親近感――』

無慈悲な真実を、無情な事実を、無惨な現実を突きつける。

秋沙『上条君が眩しいから。あの人の。彼の周りの子達が綺麗だから。汚い自分に負い目を感じているから。汚れた彼女なら引け目を感じないから』

否定も、反駁も、拒絶も、峻拒も、一切を許されない。

秋沙『貴女は出逢った時も。彼女の血の匂いに惹かれたはず。自分と同じ臭いがする彼女に』

それは言わば、同じ罪業で同じ檻の中に入れられた、囚人同士の親近感。
利己的で、一方的で、禁治産的で、自己陶酔的な連帯感。

457 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:12:21.00 OzOj6UCAO 284/335

秋沙『彼女と唇を重ねたのだって。彼女と肌を合わせたのだって。同性が相手なら。自分の忌まわしい血を。呪われた子を。宿す必要がないから』

それは意識化された思考でもなければ、無意識下での計算でもなかったのかも知れない。
だが『秋沙』は笑う。貴女も『女』ね、と。

秋沙『彼女を責めて。苛んで。弄んで。身体も。心も。欲しくなったんでしょう。恋ですらなくて。愛でさえなくて。ただ貴女の。捻れた思いと。歪んだ想いのために』

『秋沙』が『姫神』の背中を抱く。左手を胸元に、右手を太ももに、耳朶に唇を、『彼女』を責め立てる時のように。

秋沙『今だって。貴女は彼女を守るために。離れたんじゃない』

死人のように冷たい吐息が、亡霊のように幽かな声色が

秋沙『――彼女を。道連れにしたい自分に気がついたから』

姫神を誘う、死者の手招きのように鮮血で真っ赤な手で

秋沙『――彼女が欲しくて。地獄に一緒に堕ちたいと願った自分が。怖くなって逃げただけ。それで。彼女を守ったつもりでいる貴女が。とっても滑稽。』

自己満足、自己陶酔、自己欺瞞、自己憐憫と断ずる。

秋沙『貴女なんて。生まれて来なければ良かった』

生きる力の全てを奪うように

秋沙『貴女なんか。ここに居なければ良かった』

姫神の心の全てをヘシ折るように。



秋沙『貴 女 さ え 死 ね ば み ん な 助 か る の に』




458 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:15:27.99 OzOj6UCAO 285/335

~第二十三学区・管制塔~

魔術師C『やっど見づげぃだぞぉぉディィィィープブラッドぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

頼みの綱であり、最後の希望であった超音速旅客機に目の前でスティンガーミサイルで爆破したグノーシズム(異端宗派)は狂喜していた。

魔術師C『手こずらせやがって!悪足掻きしやがって!!鬼ごっこは終わりだクソがアアアアアアァァァァァァー!!!』

中でも純白のローブを見に纏った魔術師の顔は狂気に染まっていた。
限界を超えた致死量の薬物投与で既に脳は溶解状態。
加えて白銀錬成(テルス=マグナ)の酷使により限界状態だった。

魔術師C『どいつも!こいつも!!オレの邪魔ばっかりしやがって!くたばれ虫螻!死で償え塵屑!これ以上オレをイラつかせるんじゃねえよオオオオオオォォォォォォ!!!!!!』

『超能力者』垣根帝督に一万弱の兵力を全滅させられ

『原石』削板軍覇に一千強の騎士団を壊滅させられ

『魔術師』ステイル=マグヌスに切り札たる白銀の巨神兵を足止めさせられ

もはや遠隔操作もままならぬまま、魔術も半分以下の出力しか出せないが故に引っ込む事を止めて飛行場まで出張って来たのだ。

姫神「…ッ!来ないで」

そして姫神秋沙は――目の前で攻撃された超音速旅客機の乗り場から身を翻し、管制塔の頂上にまで逃げ込んでいた。
疲れ切った身体を、手摺りを掴んで支えながら夜明け間近の風に耐えながら。

姫神「来たら。飛び下りる…!もう。私の。吸血殺し(ディープブラッド)で。誰も死なせない。殺したくない…!そんな事をさせるくらいなら。自分で自分を…!」

管制塔の下に集結した魔術師、兵士による包囲網に向かって、五月蝿いほどの強風の中姫神は声の限り叫ぶ。

しかし、黒衣の集団の中にあって一際光輝く白衣の魔術師が叫び返す。

459 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:16:46.42 OzOj6UCAO 286/335

魔術師C『馬ぁぁぁぁぁぁ鹿!誰が死なせるかよ!手足がなくなろうが、顔が潰れようが、脳みそと心臓だけはくたばってもブッ生き返してやるよ!テメエの考えなんざ知るかぁぁぁぁぁぁ!』

姫神「っ…!」

魔術師は叫ぶ。そこから飛び降りて死を選ぼうとも無理矢理蘇生させる。延命させると。
吸血鬼を呼び出し、誘き出し、その力を異端宗派の物とするまで自殺も自決も自死も自由にさせないと。

魔術師C『この街じゃ内臓グチャミソのシェイカーでミキサーでミンチメーサーでも生きたヤツがいるんだろォ!?馬鹿デカい冷蔵庫でもとっつけて、生理食塩水と電解質流し込んで生かしてやる!テメエの意志なんか知るか!テメエの意思なんざいらねえんだよォォォ!』

姫神の体温が一気に氷点下まで下がる。姫神の精神が一気に絶対零度まで下がる。
生きる術はおろか、死を選ぶ自由から、人間としての全てを奪われる事に。
自分は吸血殺しという能力を吐き出すための撒き餌に、装置に使われるのだと。
人格の全てを破壊された後まで道具として使われるのだと。

魔術師C『決めた。脳みそと心臓以外に子宮も残しといてやる。ディープブラッドが量産されるまでな!腐り落ちるまで×××に突っ込んで掻き回してやるよ!能力を受け継ぐガキが生まれて来るまで、失敗作は目の前で刻んで潰してテメエに食わしてやるから腹いっぱい食えやァァァァァァ!』

姫神「あっ…。ああ…」

人間とはここまで暗黒面に堕ちるものなのかと姫神は絶望する。
生きても死んでも、勝っても負けても、どちらに転んでも姫神の地獄は終わらない。
血液が氷水に、脳髄が氷塊と化した、氷象のようになった姫神の精神を破壊する、この夜より深い『絶望』

魔術師C『テメエが死んだ所で誰も救えやしねえんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』

姫神「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

それが最後の砦で、最後の一線で、最後の光で、最後の希望で、最後の無花果の葉だった。
姫神の精神が決壊する。崩壊する。圧壊する。
眼下にいる全ての人間の全てが、彼等を操る全ての人間が、姫神を殺しに来る。
姫神はもう――心が白紙に、魂が暗黒に、全てが無色になってしまった。

460 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:20:44.95 OzOj6UCAO 287/335

姫神「――――――」

この世界に救いなんてない。

この世界で生きて行こうだなんてもう思えない。

死を選んでも地獄にすら落ちる事すら許されない。

延々と続く生き地獄

永久に続く無間地獄

絶望すら生温い本物の地獄。

姫神「――ああ――」

この夜は明けない。

この闇は終わらない。

もう二度と陽の光を浴びる事も

もう二度とあの澄み渡る空を仰ぐ事は出来ない。

もう二度と――――――

姫神「あわき」

彼女に会えなくなるとわかっていたのに、彼女に逢わないと決めていたのに。

姫神「あわき…」

朝焼けの光を浴びて燦々と輝く雨上がりの街が目蓋に蘇る。

姫神「あわき……」

徐々に鳴き始める蝉の声まで耳朶に蘇る。

姫神「あわき………」

夏の始まりに差し掛かった汗ばむ陽気の感触すら肌に感じられた。

姫神「あわき…!」

行き交う人々の中で、飲み込んだ唾の味さえ忘れられない。

姫神「あわきっ…あわきっ…あわきっ…」

回る風車が起こす風が運んだ、彼女のクロエの香りまでさえも。

そして最後に見たのは、青空を行く―――

姫神「淡希…」

それが―――人間としての姫神秋沙の全てだった。

姫神「…淡希いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

魔術師C『捕まえろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

魔術師の軍勢が

傭兵達の集団が

包囲網を敷いていた管制塔に殺到した来た。

逃げ場はない。

身を投げようが

舌を咬もうが

『死』にすら逃げられない――――――






――――――私達って。救われない――――――

461 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:24:13.32 OzOj6UCAO 288/335











―――その時―――










―――風が吹いた―――











462 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:27:35.05 OzOj6UCAO 289/335

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ…!!!!!!



姫神「…えっ」



彼方から吹き付けて来る風が強くなる。何処から轟いてくるエンジン音。



魔術師C『…なんだと』



夜明け前にかかる空の、暗雲すら吹き飛ばすように巻き起こる――疾風。

一陣の風などと生易しいものではない、まさに『暴風』を引きつれて来たような――


近衛兵「―――あれは」



管制塔目掛けて、雲を吹き飛ばし、風を切り裂き、空を突っ切ってくるは――



魔術師C『飛行船だとオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?』



それは、姫神が『彼女』と最後に見上げた…学園都市では珍しくもなんともない…無人飛行船だった



近衛兵「退避!総員退避イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイー!!!!!!!」



その巨大にして強大な質量の全てが、グノーシズム(異端宗派)の集団に影を落とす。


不時着でも強行着陸でもない体当たりの吶喊攻撃。


そしてエンジントラブルでも電子制御の暴走でもない――

463 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:30:00.35 OzOj6UCAO 290/335

「“どんなに遠回りしても”」


それは、ただ一人の少女が起こした飛行船ジャック。

電子制御の全てを手動に切り換え、特攻を仕掛ける飛行船の先端部分に片手片足をついて。

その好敵手から譲り受けたリボンで纏めた――赤髪を向かい風の中になびかせて


「“信じてた――絶対に貴女を見つけられるって”…そう言ったのは貴女よ、秋沙」


姫神が管制塔から、魔術師が滑走路から、兵団が地面をそれを見上げた。

暗雲を

絶望を

運命すらも

意図的に引き起こした暴走状態の飛行船から焼け付き炎上したエンジンから巻き起こる炎風で焼き尽くして行くのを――


「――言ったでしょう、秋沙――」


そして――少女は飛行船から身を投げる!!



「私の座標移動(ムーブポイント)から――」



墜落の瞬間

激突の刹那

風を受けて

投げ出した身体を

踊らせるように翻し

――手にした軍用懐中電灯を――振り抜く!!


「逃 げ ら れ る と 思 わ な い で ! ! ! ! ! !」



ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

464 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:35:35.80 OzOj6UCAO 291/335

激突

衝突

追突

爆発

炎上

衝撃

轟音

爆音

爆炎が明けの空を染める。



魔術師C『なんなんだよテメエはアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』



魔術師が吠える。かき集めた兵力の大半を押し潰され、吹き飛ばされ、形勢が、趨勢が、体勢が、原始的な神風特攻によるただの一手が覆され


姫神「―――な。なに―――」


疾風が

爆風が

熱風が

烈風が

血風が

暴風が上昇気流となって管制塔頂上の姫神に吹き付けて来る。

先程の寒風と比べようもない熱い風が、掴まった手摺りから姫神の腕をもぎ取らんばかりに。

「――勝手に家出する。高い所に登って降りられなくなる。ミーミー泣いてうるさくって叶わないわ」

そんな姫神の前に、飛行船が墜落する直前に『座標移動』で飛び降り立った少女は――

「ああ本当にもう―――馬鹿な黒猫(ネコ)を拾ったものだわ」

眼下で起こる赫炎の火祭りの照り返しを受けて笑う。呆れたように、困ったように、皮肉っぽく。

「迎えに来たわよ。家出猫(バカネコ)。終わらせて帰るわよ。――今度こそ、全てを」

465 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:37:52.49 OzOj6UCAO 292/335

姫神を庇うように背を向けて立ちはだかり

右手の軍用懐中電灯をビッと剣でも振るうように真横に構え

肩越しに振り返る――炎に照らされた横顔。

姫神「どうして。どうして来たの…どうして。どうして!!!」

涙が零れる。

涙が流れる。

涙が溢れる。

もう全てを諦めたのに。

やっと全てに絶望出来たのに。

もう奇跡なんて願わないと。

望まないと。

祈らないと。

求めないと。

決めた――ハズだったのに――!!!


「――決まってるでしょ?さらいに来たのよ」


彼女は来てしまった。


終わらない奇跡を引き連れて。


明けない夜を焼き尽くして。


翼を持たぬ守護天使のように――



結標「――貴女の全てをね!!!!!!」


結標淡希は、舞い降りた。

466 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:40:52.73 OzOj6UCAO 293/335

~第二十三学区・夜明け前の管制塔~

短いようで、長かった一週間の休息。

長いようで、短かった一夜が明ける。

今度こそ終わらせる。この醒めない悪夢を――

結標「帰るわよ、秋沙。私達の居場所(いえ)に」

姫神「…淡…希…」

眼下には炎上する超音速旅客機から逃げ出すクルー達が、眼前には爆発する飛行船から這い出す敵対勢力がそれぞれ見える。

背中越しに泣き疲れた子供のようにへたり込みながら呟く――私のルームメイト、姫神秋沙の姿も。

姫神「…どう。して…。…ここ。までして…」

結標「ここまで追い掛けなきゃ、ここまでしなくちゃ、貴女はわからないでしょう。何が猫は死期を悟ると姿を消すよ。馬鹿言わないで」

まるでジャンヌダルク(救国の聖女)にでもなった気分だ。

聖なるオルレアンの剣なんかじゃなくて手にしているのは軍用懐中電灯だけど…もうなんだって良かった。

結標「貴女は死なない。世界は終わらない。私達の明日はまだ続いて行く。勝手に諦めて、勝手に終わらせないでくれないかしら?」

この学園都市(せかい)を救うだとか、絶対悪の敵を倒すだとか、そんな英雄(ヒーロー)に私はなりたいんじゃない。

なりたくてもなれないし、なれたってなりたくない。そんなの私のガラじゃないしキャラじゃない。

結標「――考えたの。秋沙。ここに辿り着くまで、どうしたら貴女を助けられるか、そればっかり考えて飛んで来たわ」

私の力はちっぽけだ。レベル4であろうが座標移動(ムーブポイント)があろうが…
自分がこんなにも力無い存在だと思い知らされた夜はなかった。

結標「けどね、何度考え直しても何回思い返しても、貴女を救えるかわからなかった。当たり前よね。ゲームじゃないんだから」

467 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:42:38.53 OzOj6UCAO 294/335

同時に――こんなにも自分が周りに支えられ

生かされ

手を貸してもらえたか

背中を押してもらえたか思い知らされた夜もなかった。

結標「でもね、秋沙――私達、まだ生きてるのよ」

越えて行きたい。この夜を。

結標「うまが合いそうにもない風紀委員(能力者)と手を組んだりしたわ」

超えて迎えたい。朧気に、幽かに、登りつつある夜明けを。

結標「気にいらない女の子(暗部)が道を切り開いてくれた」

登り行く太陽を、訪れる『今日』と言う『明日』を貴女と分かち合いたい。

結標「根性根性うるさいヤツ(原石)が私の背中を押してくれた」

救いようのない景色だって、絶望的な世界だって、私達は生きてる。

結標「変な先生(科学者)が、私の中の貴女への気持ちを気づかせてくれた」

避難所のみんな一人一人が生き延びようとしていた中の一人に、私達だって含まれててる。

結標「ろくに話した事もない警備員達(人間)が、ここまで貴女を守ってくれた」

私達の世界にヒーロー(特別)なんていない。みんなちっぽけで、ちっちゃくて、ちんけなものだ。

468 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:45:43.51 OzOj6UCAO 295/335

結標「みんな、生きようとしてる」

結標「私達を救ってくれたんじゃない」

結標「私達だから助けてくれたんじゃない」

結標「みんなが必死に生き延びようとしたから」

結標「私はここにいられる」

結標「貴女はここにいる」

それでいい。この小さな世界の片隅で、貴女と生きていけるならば。

他愛もない日常と、時々刺激的な非日常を過ごせるならば。

結標「――私達は、生きてるのよ――」

何度だって戦う。この醜くくも美しい世界で――

笑劇は終わり

無言劇は終わり

喜劇は終わり

悲劇は終わり

茶番劇は終わり

惨劇は終わり

ここから先は…救出劇で幕を引く!!!


結標「――私はもう、貴女のために死を選ぶような未来(あした)なんていらないわ」


そう――


結標「――貴女が、私と生きるのよ」


もう、私達は――


結標「――私と一緒に生きて!!!秋沙!!!!!!!」


―――独りじゃない―――!!!

469 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:49:48.02 OzOj6UCAO 296/335

~姫神秋沙3~

死に際に見た最後の幻だと

散り際に見た最期の夢だと思った。

姫神「あ…わ…き」

結標「言って」

彼女がここにいる訳がない。

彼女がここにくるハズがない。

結標「助かりたいって」

これではまるで御伽噺だ。

絶体絶命の窮地に

駆けつけて

割って入って

救い出すだなんて自分は本当にお姫様のようだ。

結標「救われたいって」

そう言って手を差し伸べてくれる。まるで自分を助け出した上条当麻のようだ。

結標「生きたいって」

夜明けが見える。昇り行く太陽が見える。その手が自分を夏雲溢れる空の下、差し伸べたアウレオルス=イザードのようだ。

結標「死にたくないって」

けれど――彼女は違う。

彼女は

結標淡希は

上条当麻でも

アウレオルス=イザードでもない。

結標「一度で良いから」

だから私は――その手を取らない。彼女を地獄の底まで連れて行きたくないなら…

誰も自分達を地獄の底から引きずり上げてくれないなら…!

結標「自分の言葉で叫んでよ――秋沙!!!!!!」



自 分 達 の 足 で ― ― 地 獄 の 底 か ら 這 い 上 が る し か な い ! ! !



姫神「― ― さ ら っ て ! ! 淡 希 ! ! !」


夜明けへと、手を伸ばして――!!!

470 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/28 23:52:01.89 OzOj6UCAO 297/335

~第二十三学区・夜明けの管制塔~

魔術師C『撃て!撃て!!撃て!!!』

眼下より銃弾の雨霰が、鉄火の暴風が巻き起こる――けれど

結標「飛ぶわよ!秋沙!!」

姫神「うん!!」

座標移動で管制塔から夜明けの空へと飛び出す。もう何も怖くない。あんなチャチな弾丸なんて――かする気さえしない!

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ!!

空中から中空、中空から上空へ連続で座標移動を繰り返し弾雨を潜り抜ける。
まるで見えない翼でも生えた気分だ。秋沙が腕の中にいるだけで、どこまでだって高く飛べそうだ。

魔術師C『暗器銃を錬成!弾丸は十五!標的はあの赤髪!息絶えるまで狙い撃て!!』

ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!

下で白装束の魔術師が剣と銃が合体したような武器で撃ってくる。
それを私は空を切るように座標移動して、その横を銃弾がすり抜けて行く。

近衛兵「だ、ダメです!速過ぎて狙えません!!」

魔術師C『断頭台の刃を錬成!数は四十!標的を解体するまで降り注げ!』

次の瞬間、私の周囲にギロチンの刃が出現し、一気に飛来してくる。けど――

姫神「淡希!!後ろ!!!」

結標「わかってるわよ!!」

秋沙が見る。私が飛ぶ。空の中襲い掛かるギロチンの側面を蹴り出して跳び、ギロチンの刃を薄氷を踏むように翔ぶ!!

兵士「ダメです!手がつけられません!」

魔術師C『クソがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

――その瞬間、魔術師のいる場所から…

ズウウウウウウウウウウン…!

姫神「あれは」

ズウウウウウウウウウウン…!

ドロドロに溶解したような白銀の巨神兵が現出する。
妄執と妄念とが練り上げたかのような、奇怪で醜悪な造形。
人間の持てる負の感情全てを宿したような巨神兵を上空から見下ろす。

姫神「赤髪の人の時より。大きい…!」

結標「愉快なオブジェね…反吐が出るわ」

宙を舞う、空を飛ぶ、夜明けの空が青い、太陽が眩しい、雲が掴めそうなほど高くまで――

結標「―――秋沙」

姫神「信じてる」

辿り着いて――私は



姫神「――私は。――淡希を。信じてる――」



軍用懐中電灯を



ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!



捨てた。

471 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:00:24.21 ryKZzyBAO 298/335

~only my Deepblood~

いつも私の前には壁があった。

高く、厚く、冷たく、聳え立つ白い壁が

その壁はいつも四つだった。

一つめは容易く

二つめは普通に

三つめは難しく

四つめは高かった

結標「――――――」

軍用懐中電灯は捨てる。手が塞がる。この壁を乗り越えるには邪魔になる。

結標「――行くわよ――」

わかっている。この壁は私の限界そのもの。レベル4と言う壁そのものだと。

姫神「いい」

ずっと超えられずに来た、ずっと越えられずにいた壁。

最もレベル5に近いと言われながら、登り詰める事の出来なかった壁。

けれど、あの白井黒子との戦いの中で経験した『暴走』の力を

あの少年院での闘いの中で手にした『覚醒』の力を

この一週間の中で広がった演算の領域を

姫神秋沙との出会いで広がった『自分だけの現実』を


姫神「――私は。淡希を。信じてる」


私は無理だと思っていた。私には不可能だと思っていた。

私では自分を信じ切る事が出来なかった。私自身の弱さ――だけど


姫神「私は」


二人でなら立てる。


二人でなら飛べる。


二人でなら――乗り越えていける――


姫神「淡希を――」

結ばれなくても

標(しるべ)がなくても

淡く儚い願いだとしても

希(のぞみ)は捨てない


姫神「――愛してる――」



『結標淡希』をここから始める―!!!




472 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:02:08.37 ryKZzyBAO 299/335

~学園都市~

その時、学舎の園にいた滝壺理后は夜明けの空を見上げた。

滝壺「…第二十三学区から信号が来てる」

その時、とある高校グラウンドにいた削板軍覇は夜明けの空を見上げた。

削板「おっ!」

その時、学園都市の監視施設にいた青髪ピアスは夜明けの空を見上げた。

青髪「朝も早よからようやるわー」

その時、とある高校避難所にいた心理掌握は夜明けの空を見上げた。

心理掌握「………………」

その時、瓦礫の王国にいた麦野沈利は夜明けの空を見上げた。

麦野「ふんっ…」

その時、第七学区の要所にいた御坂美琴は夜明けの空を見上げた。

御坂「―――来たわ」

その時、とある高校上空にいた垣根帝督は夜明けの空を見上げた。

垣根「今日はバースデイパーティーだな」

レベル5全員が夜明けの空の彼方に聞いた。それは新たな仲間の――『誕生』――


垣根「九人目のレベル5…誕生だ!!!」

ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


第二十三学区から、学園都市全土に響き渡る激震(うぶごえ)と共に――



473 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:03:58.49 ryKZzyBAO 300/335

~LEVEL5-Movepoint~

魔術師C『あ…ああ…あああ』

魔術師は信じられないものを見た。それは限界を超えた過剰な薬物投与の幻覚かとさえ思った。

魔術師C『嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ嘘だアアアアアア!!!!!!』

最後の力を振り絞った、ステイル=マグヌスの時とは比べ物にならないサイズの巨人が…

魔術師C『なんだ…なんなんだよあれはああああああ!!!』

いきなり白い光に包まれた『門』か『扉』が現れたかと思えば…

先程航行不能に追いやったはずの超音速旅客機が『瞬間移動』して…

白銀の巨神兵にぶつけられ、粉砕し、爆発炎上したのだ。

大型旅客機と比べてさえ一回り巨大で長大な超音速旅客機を…

まるで窓ガラスにボールでも投げつけようにして破壊したのだ。

何トン?

何十トン?

何百トン?

何千トン?

何万トン?

そんな計る事さえ困難なほど大質量なそれを――

結標「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

あの赤髪の女が、懐中電灯を捨て、黒髪の吸血殺し(ディープブラッド)と共に堕ちてから…
まるで殻を破った雛鳥がそのまま見えない翼を広げたような、劇的な変化。

魔術師C『ひっ…ひっ…ひぃ!』

もう限界だった。

一万の軍勢を粉砕した垣根帝督(超能力者)

一千の精兵を撃破した削板軍覇(原石)

一軍に匹敵する巨神兵と渡り合うステイル=マグヌス(魔術師)

一度とは言え覚醒した結標淡希(レベル5)

そのどれにも勝てない。勝てる気がしない。

この学園都市には今、上条当麻(幻想殺し)も、一方通行(学園都市最強の第一位)も、浜面仕上(第三のイレギュラー)も、あのローマ正教最暗部…右方の―――



ステイル「夜明けだ。夢の時間は終わりだよ」

474 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:06:44.80 ryKZzyBAO 301/335

~第二十三学区・炎上する飛行場~


魔術師C『あわっ、あわっ、あっあっあっあっあっあ…!』

ステイル「なんだい。その歳で寝小便はどうかと僕は思うがね」

思わず後ずさる。尻餅をついて、首も座らぬ赤ん坊のように失禁しながら、伝い歩きもままならぬ赤ん坊のように這いながら。
それを――ステイル=マグヌスは力尽き眠り込んでいるオリアナ=トムソンを両手で抱き抱えながら。

魔術師C『なんでテメエがここにいるんだよおおおおおおおおお!!!』

ステイル「…まだ寝ぼけているのかい?君の出来の悪い木偶人形ならとっくに朝の燃えるゴミだ。あれならばシェリー=クロムウェルのゴーレムの方が数段出来が良いよ」

ステイルはさも当たり前そうに、それでいてさもつまらなそうに吐き捨てた。
両腕にお姫様抱っこしたオリアナの香水の香りが自分の趣味が合わないように。そして――

ステイル「そんな君の目を覚ますとっておきのニュースが二つある…良いニュースと悪いニュース…どちらから先に聞きたい?」

魔術師C『あっ…うう…ああ』

道端の酔っ払いが撒き散らした吐瀉物を見るような目でステイルは魔術師を見下ろす。
もう恐怖と絶望で歯の根が合わず、口も聞けない魔術師を見限ったように。

ステイル「――悪いニュースだ。第十二学区にあった君達グノーシズムの僧院はもう壊滅したよ。偽・聖歌隊と共に。必要悪の教会(ネセサリウス)の部隊と土御門元春が葬り去った」

魔術師C『―――!!!』

ステイル「君達も、そして認めたくはないが僕も…あの女狐の掌の上で踊らされていたんだよ。夜明けと共に終える死の舞踊をね。さっきの通信でわかった事だが」

そう…アウレオルス=イザード亡き後の異端宗派に吸血殺し(ディープブラッド)の情報を流したのは他ならぬ『最大主教』ローラ・スチュアート本人だったのだ。

ステイル「あの女狐は、君達をおびき寄せ引きずり出すために姫神秋沙の情報をわざと流した。君達は吸血鬼の力に目がくらみ、十字教に反旗を翻し学園都市に蜂起した。打って出れば本丸もわかるからね。僕はその大掃除に駆り出された下っ端という訳さ」

475 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:09:43.16 ryKZzyBAO 302/335

全てはローマ正教・イギリス清教の策の内。
反逆に出ても、吸血鬼という勝算に値する餌をぶら下げて打って出た所を叩く。
身内の後始末と、異端宗派の大掃除、その両方を一気に推し進めるために。

ステイル「話としてはそんな所だ。この話そのものが君達を一掃するためのブービートラップ(馬鹿者の罠)という訳さ」

オリアナは万が一にも、本当に姫神が敵の手に落ちないための保険だったのだ。
当然、オリアナも薄々は感じ取っていた。奇妙な依頼だと。

ステイル「あの女狐が言っていたよ。こんな初歩の初歩、謀略とさえ言えないお粗末なトラップにかかる時点で君達などたかが知れていると」

姫神を始めとする学園都市そのものを含めた『原石』『能力者』の保護を依頼した上条当麻・一方通行・浜面仕上・『もう一人』の依頼を全うしながらも、その合間にローラは策を講じた。
騙し合い、化かし合いの掛け合いにおいてローラの右に出る者は少ない。故に

魔術師C『じゃ、じゃあオレは…オレは…』

ステイル「――そう。良いニュースだ。君はここで灰も残さず僕に焼き尽くされる。異端審問にかけられる事なく逝けるんだ。吉報だろう?この裏話は君への――この国で言う“冥土の土産さ”――」

魔術師が血走った目を見開く。ステイルはピッと一枚、手品師のようにルーンのカードを取り出してそれを見やる。
その表情はせいぜい抱えたオリアナが重いな、と顔をしかめる程度で。

476 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:12:53.32 ryKZzyBAO 303/335

魔術師C『待っ、待っ、待っ…!』

ステイル「君は」

助命を乞う嘆願の声音を遮って、ステイルは言う。
昇った朝日すら色褪せるほどの赫怒の炎を湛えた瞳で。

ステイル「アウレオルス=イザードの遺産(誇り)を踏みにじった。君はアウレオルス・ダミー(偽物)にすら劣る。そして――君が仰ぐ朝陽はこれが最後だ。眠れ。永久に」

ステイルのルーンのカードが燃え盛る。
ステイルの怒りに呼応するように。
その瞬間、魔術師は理解した。全ては手遅れなのだと―――

魔術師C「許してくれええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!」

絶望の底から叫ぶ魔術師、それを見下ろすステイルの頭上には渦巻く業火が――



ステイル「僕は神父だが…君の懺悔だけは聞き入れられないな」



魔術師の血走った目に映った、最後の光景だった。



ステイル「――詫びるならアウレオルス=イザードにするんだね――」



そして、全てが闇に落ちた。

血の一滴

肉の一片

骨の一かけら

灰の一摘みも残さず

――ステイルは魔術師を『燃やした』

477 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:17:14.71 ryKZzyBAO 304/335

~第二十三学区・飛行場~

姫神「……淡希……」

結標「スー…スー…」

七日目…9:02分。全てを終えた二人は蜂の巣をひっくり返したような騒ぎに包まれた飛行場の救護所にいた。

既にニュースチャンネルは学園都市にテロリストが侵入しただの、飛行場がハイジャック犯に襲撃されただのと言ったダミー情報で埋め尽くされていた。

それが学園都市上層部と、雲川芹亜の情報操作によるものだと知る者はそう多くないが――

ステイル「――これでグノーシズム(異端宗派)の過激派はほぼ壊滅だろう。少なくとも戦力となる勢力は全滅だ。そして――今回の件で学園都市側も防衛機構の復旧をより急がせるだろう。君の安全は保証されたようだね」

姫神「…そう。――ありがとう。さっきは。逃がしてくれて。そっちの女の人にも」

ステイル「…仕事さ」

救護所の中で、裏の事情を知らない姫神の感謝の言葉に、ステイルはばつが悪そうに顔を背けた。
しかし、その背にオリアナをおぶったままでは格好も何もなかった。

ステイル「…避難所に戻るかい?警備員が送ってくれるらしいが?」

そう言ってステイルは片手を器用に差し出して来た。
英国紳士の鑑とも言うべき所作であったが…姫神は

姫神「――――――」

その手に、上条当麻を、アウレオルス=イザードを想起し…僅かにかぶりを振って。

姫神「私はもう。大丈夫」

もう、誰かに手を引かれる事などしない。そう姫神秋沙は決めたから。

姫神「淡希は。私が連れて帰る」

これからは――自分が結標淡希の手を引く。二人で、並んで、歩いて行くと決めたから。

ステイル「…そうかい。僕達は先に帰る。彼女(小萌)に伝えておくよ。君達の無事をね」

そうしてステイル=マグヌスは背を向けて歩き出す――背に、オリアナ=トムソンを背負ったまま――

478 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:20:19.84 ryKZzyBAO 305/335

~第二十三学区・空港ロビー~

ステイル「(ふう…さっきテレビにインデックスの後ろ姿が映っていた。もう安心と思って良いだろう)」

ステイル=マグヌスはおんぶ抱っこしながら空港内を歩いていた。

周りの視線が痛い。自分のような大柄な男がこんな派手目な女をかかえていればさぞかし悪目立ちするだろう。その上。

オリアナ「ねえ~お姉さん放置プレイは好みじゃないの…答えてくれないなら耳朶噛んじゃうわよ。ピアスだらけだけど」

ステイル「起きているなら下りろ!それからそんなふざけた真似をしたら灰にするぞ」

背中のオリアナがしなだれかかってちょっかいを出して来る。

空港に駆けつけた時に助けないで無視すれば良かった悔やまれてならない。

オリアナ「あら?こんなキレイなお姉さんの身体にタッチ出来てるのに…残念だわあ」

ステイル「僕の尊敬する女性はエリザベス一世で、好みのタイプは聖女マルタだ。君じゃあないよ」

今すぐ投げ捨てたいが、姫神秋沙のイギリス行きがなくなり、帰りの便が出る空港が復旧するまで放り出すのも得策ではない。
ステイル「(全く…あの男と関わってから僕のツキはガタ落ちだ)」

こんな場面をインデックスや月詠小萌に見られたらどうなるか…

神裂火織が見れば仰天されるだろうし、今仕事中の土御門元春に見られたら必要悪の教会で言いふらされるに違いない。

オリアナ「うふふ…さっきの貴方、とっても情熱的だったわ…お姉さん火傷しちゃった。ねえ?お仕事もなくなっちゃったし、これからお姉さんと火遊びしな~い?お姉さん今の貴方とだったら…」

ステイル「ああ…クソッ」

こういう役回りはあの男のものだ、と吐き捨てながらもステイル=マグヌスは気づかない。
自分が今、最も毛嫌いしている男と同じ――


ステイル「…不幸だっ」


というセリフを口にしている事を――

479 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:24:50.79 ryKZzyBAO 306/335

~第二十三学区・救護所~

ステイル、オリアナが先に帰った後…姫神秋沙は自分の肩に寄りかかる結標淡希の寝顔を見つめながら想起していた。この一週間の出来事を。

姫神「(本当に。いろいろあった)」

一日目は、一緒に同居生活を始め

二日目は、一緒で小萌に会いに行き買い物をして

三日目は、一緒にボランティア活動を始め
四日目は、一緒に寝て、その前にキスまでした。

五日目は、一緒にお風呂に入って、ゲームセンターに行って、ラブホテルに泊まった。

六日目は、一緒にいられないと離れ、戦闘が激化し、姫神は逃げ、結標は追った。

七日目は、一緒にいると決めた。一生側にいたいと、そう思えた。

言葉にすればこんな一週間だったはずなのに、何故こうも…長く早く感じられたのか
姫神「…ね。淡希」

姫神にはわからない。結標が一瞬であろうと、一度であろうと、レベル5(超能力者)の頂に辿り着いた事を。

結標「ん…んん?」

力の全てを使い果たし、己の全てを出し尽くした結標の身体を肩に抱き寄せる。

自分を守ってくれたその――小さく、細い結標の肩を。

結標「ん~…なによ…私疲れてるのよ…まだ朝じゃない…」

寝起きをいじられた猫のように嫌がる結標の顔を覗き込む。

形見分けのように持って行った髪紐も返そう。騙し討ちで出て行った事も謝ろう。そして、それより伝えたい事がある



――そう思っていると。





『―――――もう良いのか?―――――』






480 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:27:35.77 ryKZzyBAO 307/335

姫神「―――――!」

救護所の外に広がる、堆く広がる入道雲と、澄み渡る青空。

慌ただしく行き交う人々の黒山の雑踏の中――見えた、深緑色のオールバック。

冷たくて、優しくて、若々しいのに、深みのある声が聞こえて来た。


姫神「…うん。私は。もう大丈夫」


純白のスーツ姿

深緑色のオールバック

若々しくありながら、どこかその佇まいはどこか壮年のような雰囲気を醸し出していて。


姫神「私の世界は。――救われたから」


『当然。ならばそれで良い――全てはそれで良い』


これはきっと、夏の幻が見せた一瞬の幻想なのかも知れない。

だが姫神はその雑踏の中、淡く揺蕩う幻想に向かって



―――微笑みかけた。精一杯の笑顔で――


姫神「――さようなら。アウレオルス=イザード」


それを受けて、幻想は呆然としたような、唖然としたような、愕然としたような――それでいて、泰然自若とした笑顔で



『―――…さらばだ。姫神秋沙―――』



再び、雑踏の中にその影は消えて行った。
溶けるように

美しく

儚く

潔く―――

481 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/29 00:31:11.02 ryKZzyBAO 308/335

結標「秋沙?どうしたの?」

姫神「!」

そんな姫神の様子を訝ったのか、肩に寄りかかっていた結標が姫神の頬を指でつついた。
そのポカンとした表情に――姫神は薄く微笑んだ。

姫神「なんでもない。それより――」

結標「?」

このお化け嫌いの同居人が聞いたら卒倒するだろう内容はぼかした。

あれが本当に『彼』だったのか、そうでないのか、それは姫神秋沙にもわからないのだから。

しかし―――


姫神秋沙の長い一夜が明け


結標淡希の短い一週間が終わり


二人の新しい一日は、今ここで始まるのだ。


お化け嫌いで


料理下手で


寝起きが悪くて


それでも仕事熱心で


頼りになって


愛おしくてたまらない


最愛の同居人(こいびと)と共に


歩んでいこう。二人で。手を携えて。並んで。


今度は、一緒に


姫神「おはよう―――淡希」






この限りなく広がる、青空の下で―――







498 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 14:54:59.82 ZSUH3mRAO 309/335

~第二十三学区・飛行場滑走路~

上条浜面「「なんじゃこりゃああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」」

七日目…9:42。上条当麻と浜面仕上は超音速旅客機のタラップから降りるなり、寝ぼけ眼を見開かせて絶叫した。

上条「ひ、飛行場が…」

浜面「く、空港が…」

二人が目にしたもの…それは管制塔に白銀色の大巨人が横臥し、その胴体を今の今まで自分達が搭乗してきた超音速旅客機が十字架のように突き刺さり、燃え尽きた愉快なオブジェであった。

上条浜面「「………………」」

空港も空港で怪獣が暴れ狂ったような惨状であり…よく着陸出来たものだと思った。
同時に、自分達はまだ夢を見てるんだ、これは何かの悪い冗談なのだと言うのが二人の共通認識であった。
そして互いに顔を見合わせ…再び周囲を見渡し…そしてまた向き直る。

浜面「…悪い、ちょっと顔つねってくれないか?オレ多分まだ夢見てるんだわ」

上条「あっ、ああ…じゃあオレも…せーのっ」

ギュウウウウウウゥゥゥゥゥゥ…

上条浜面「「痛い痛い痛い痛い痛い痛い~!!」」

互いの頬をつねり合いながらタラップで地団駄を踏む。
約二週間ぶりとなる学園都市の土を踏む感慨も何もなく、起き抜けの頭を一瞬でフラットに戻す痛み。そこへ――

「下りろォ!三下共がァ!!」

ゲシッ

上条浜面「「うわわわわわわわわわ!?」」

一瞬スローな無重力感を味わった後、自由落下の法則に従って蹴り出された二人は上条が下敷きに、浜面が仰向けに…

上条浜面「「おあああああああああ?!」」

ドンガラガッシャーン!と背後からの蹴撃を受けてタラップから転がり落ちる二人。
上条「ふっ、不幸だ…」

頭に星が巡る上条の上で、未だ火花が瞬く浜面がかぶりを振りながら、叫ぶ。

浜面「~~~何しやがる一方通行!!!」

499 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 14:56:23.30 ZSUH3mRAO 310/335

一方通行「朝っぱらからくだらねェ漫談やってンじゃねェよ!後がつかえてンだろうがァ!!」

打ち止め「あなたもドリフみたいだよ!ってミサカはミサカは掌を返しながらいまいちなおめざなあなたにビシッとツッコミを入れてみる!」

タラップの上…そこには起き抜けのホワイトヘアーをガシガシと掻き回しながら不機嫌そうに見下ろす一方通行(アクセラレータ)と、対照的に元気一杯に飛び跳ねる打ち止め(ラストオーダー)の姿があった。

一方通行「~~~テメエがさンざっぱら騒ぐからだろうがクソガキィ!!!」

打ち止め「いっ、痛い痛いってミサカはミサカは千切れちゃいそうな自分のチャームポイントを押さえてみたり!」

フィアンマ「…貴様等も大概だ。早く下りろ。五月蝿くてかなわん」

そして更にその後ろに控えるは――ローマ正教最暗部、元『神の右席』指導者――『右方のフィアンマ』。
打ち止めのアホ毛を掴む一方通行の後ろで物憂げに、鬱陶しそうに、気怠げに手を振る。道を開けろと言わんばかりに。

一方通行「ああン?なンですかなンなンですかァ?一番遅く起きてきて命令口調とか舐めてンですかァ?」

フィアンマ「喚くな。頭に響く。俺様の手を煩わせるな」

至近距離でガンを飛ばす一方通行、それを冷めた様子で睥睨するフィアンマ。
ほとんど極道とマフィアのメンチの切り合いであり、一触即発状態だが――

上条「だあああぁぁぁもうっ!朝っぱらから喧嘩すんなよお前ら!そんな事してる場合じゃないだろ!?」

浜面「そ、そうだそうだー!暴力反対!マジ切れ御法度!つかお前らどんだけカルシウム足りてねえんだよ!?」

打ち止め「右に同じく!あなた達が暴れたらこの空港まで吹き飛んじゃうよ!ってミサカはミサカは演算補助の接続を――」

一方通行「打ち止めァ!」

フィアンマ「フンッ…」

上条がフィアンマをなだめすかし、浜面と打ち止めが一方通行を粘り強く押さえ込みながら四人の男と一人の少女がタラップを下りる。
二週間ぶりとなる地に足を踏みしめ、上条当麻は空を見上げる。
しみじみと感じざるを得ない。帰って来たのだと―――


―――上条「学園都市か」―――




500 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 14:59:10.09 ZSUH3mRAO 311/335

~第二十三学区・空港内~

浜面「うわっ…めっちゃメール入って来てる…滝壺に、フレンダに、絹旗に、半蔵に、郭に…ああ電池がぁぁぁ!スパムメールかよ!?」

上条「“夜にオ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね”…“噛みつき百回の刑なんだよ!とうま!”…“今更何しに帰って来てんのよゴラァァァ!後で罰ゲームだからね!”…ふっ、不幸だ…」

一方通行「“テメエの見せ場はもうねえよクソ野郎。くたばるまで幼女と一緒に砂遊びしてろ(笑)”…あのクソ野郎(スペアプラン)!!着いたら愉快なオブジェにしてやンよォォォ!!」

フィアンマ「(着信0件…メール0件…オッレルス…シルビア)」

打ち止め「友達いないの?ってミサカはミサカは手持ち無沙汰なあなたの後ろ姿に哀愁を感じてみたり」

10:05分。五人はそれぞれ携帯端末を操作しながら現状把握と生存報告に明け暮れていた。
最終戦争後の事後処理やその他諸々の案件を片付ける最中、振って湧いたグノーシズム(異端宗派)襲来の報に急ぎ帰国したは良いものの――

垣根『――死傷者0だ。でもってブリキの兵隊共は全滅だ。テメエらの出る幕はねえよクソッタレ』

垣根帝督のメールからわかった事…避難所が半壊してしまい、また焼け出されてはしまったが死傷者は0だと言う事。

上条「(そうか…みんな助かったんだな…)」

もちろん負傷者はいたが、一方通行を除くレベル5全員が防衛戦をやり遂げ、残る全ての人々が籠城戦を成し遂げた。

一方通行「(チッ…あのクソメルヘンが…)」

垣根帝督の未元物質(ダークマター)が避難所全域を完全にカバーし完璧にコントロールした所が大きい。

501 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:00:51.27 ZSUH3mRAO 312/335

浜面「(…ホッとしたぜ…マジで…)」

夜明けと共に帰還した黄泉川愛穂が全学区の警備員を総動員させ、残党狩りを含めた鎮圧行動に出、無事事態は収束されたようだ。

フィアンマ「(…生きている、人間達か…)」

同時に、上層部は隠蔽工作と事後処理と情報操作と対外折衝に死に物狂いで、必死に日本国政府の介入を阻んでいるらしい、とも付け加えられていた。

垣根『さんざっぱら甘い汁と他人の生き血啜って来た連中だ。テメエらの保身にゃ必死になんだろ?せいぜい苦い汁飲めってんだ。ところでオレの飾利を見てくれ。コイツをどう思う?』

一方通行「知るかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

打ち止め「あ!あの時の花飾りの人だ!ってミサカはミサカは運命的な出会いを思い返してみたり!」

今後の先行きを案じるメールもそこそこに、垣根帝督が初春飾利をぬいぐるみのように抱きながらドヤ顔で写っている写メールまで添付されていた。
惚気たっぷりのメールにブチ切れる一方通行とケラケラ笑う打ち止め、それを見やる――

フィアンマ「…奴等は何時もこうなのか?」

浜面「あれはあれで丸くなったと思うぜ。トムとジェリーくらいにはな」

フィアンマ「俺様には理解の外だ」

浜面「だろうなあ。あんたそういうキャラじゃねえしな…あっ、そうだそうだ。さっき案内所で聞いたんだが――」

右方のフィアンマ。彼もまた第三次世界大戦後、紆余曲折あって世界中をさすらう旅の途中である。
この三人の輪に加わっているのは、“上条当麻に借りを返す”ためらしい。

502 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:03:29.26 ZSUH3mRAO 313/335

浜面「ターミナルは封鎖、モノレールは閉鎖らしいぞ。最悪、陸の孤島だ」

上条「げっ…って事は」

打ち止め「えー!?ここで足止め?!ってミサカはミサカは駄々をこねてみる!」

一方通行「車かっぱらってこいよ。テメエの十八番だろうがァ」

浜面「この厳戒体制の非常線張られまくってる時に出来っか!!お前のカラスみたいな羽でブワーッて飛べねえのかよ?」

一方通行「バッテリーが持たねェよ。だいたい四人も抱えて飛べる訳ねェだろうが」

フィアンマ「チッ…使えん奴め」

一方通行「スクラップの時間だクッソヤロオオオオオオォォォォォォ!!!」

上条「喧嘩すんなって上条さんいつもいつも言ってる言った言いました三段活用そげぶ!」ガッシ!ボカ!

一方・右方「「~~~!!!」」

打ち止め「…本当に大丈夫かなってミサカはミサカは自分の先行き不安に頭を抱えてみる…」

上条「嗚呼…帰ったら沈利とインデックスとビリビリになにされるか…上条さんは今から不安で胃痛になりそうですよ」

帰りの足に頭を抱える浜面、上条の鉄拳制裁に頭を抱える一方通行とフィアンマ、この人達についていって大丈夫かと頭を抱える打ち止め、恋人と同居人と女友達の死より恐ろしいペナルティに頭を抱える上条当麻――すると


グウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…

全員「「「「    」」」」

503 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:04:42.92 ZSUH3mRAO 314/335

どこからか盛大に鳴る腹の虫、高らかに歌い上げるカエルの大合唱がガヤガヤと騒がしいロビー内であってさえ響き渡る。

上条「…誰だ?」

浜面「…お、俺じゃないぞ」

一方通行「…クソガキか?」

打ち止め「れっ、レディーにそんな質問はデリカシーないってミサカはミサカは女心のわからないあなたに無罪を主張してみる!」

フィアンマ「俺  様  だ」

全員「「「「お前かよ!!?」」」」

一斉に入る突っ込み。しかしフィアンマは動じずにかぶりを振り、恥ずかしがった様子もなく一同を見渡し。

フィアンマ「ともあれ、まずは食事にするとしよう。ここで空きっ腹を…いや頭を抱えていても埒が開かん。行くぞ」スタスタ

一方通行「なンでテメエが仕切ってンだゴラァァァァァァァァァ!!」カツンカツン

打ち止め「わーいご飯ご飯!ってミサカはミサカは食べ盛りの子供らしくはしゃいでみたり!」ピョンピョン

浜面「オレサマ系VSオラオラ系だなあ…まあ機内食出なかったしちょうどいいか。なあ?」テクテク

上条「いいんじゃねえか?そりゃ避難所も気になるけどさ…このままだと良い案も出ないだろうし…それに」トボトボ

上条は改めて携帯端末に目を落とす。本当は今すぐ飛んで帰りたい。
恐らくこの場にいる誰にも負けないほどに。しかし


上条「――大丈夫さ。あいつらなら」

504 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:06:58.35 ZSUH3mRAO 315/335

~第二十三学区・レストラン『スカイスクレイパー』~

姫神「食べ過ぎた。もう動けない」

結標「私を連れて帰るって言ったじゃない!!」

10:11分。姫神秋沙と結標淡希は救護所から退散し空港内にあるレストランで遅めの朝食をとっていた。
警備員の護送車で送られる前に、一晩中戦い通しだった結標も一晩中走り通しだった姫神も空腹の限界を迎えたのである。

姫神「聞いていたの。寝たふりをしていただなんて。いけないあわきん」プニッ

結標「あわきんって呼ばないで言ったでしょ!コ、コラ突っつかないで!」

結標はパスタとサラダを、姫神は朝定食だけでは足りずにサイドメニューにチキンや山盛りポテトなどを次々と注文し、気がつけば一晩分の疲労と眠気が一気に弛緩して動けなくなっていた。
対する結標はサラダをつつきながら姫神に頬に指差されるちょっかいから逃れようと身をよじっていた。しかし

姫神「食べても。お腹が出ない貴女が。心の底から憎らしい。これから夏の盛りなのに。妬ましい」

結標「肌を出すファッションの娘はスタイルにだって人一倍気を使うのよ。貴女だって手足長いじゃない」

姫神「スレンダーな貴女と並んで歩くと。比べられそうで嫌」

結標「あーそれはあるかもね?」ニヤニヤ

姫神「かっちーん」フミッ

結標「痛い痛い!足踏まないで!」

テーブルの下で足を蹴飛ばしたり脚を践んだりと水面下での女の戦いは続く。
つい数時間前での、世界の果てで永遠の愛を誓い合った姫君と騎士のような空気は微塵もない。
それこそどこにでもいる、女子高生同士のやりとりだった。

結標「はあー…なんかさっき寝たのにまだ全然寝足りない気分。小萌の所に顔出して、避難所の様子見たら早めに帰って眠りましょう」

姫神「…うん」

そこで姫神の表情がやや落ち込む。『能力者狩り』の標的は姫神を含めた学生全てであったが、悩み続け、思い詰めた末に出奔してしまった手前、諸手を上げて帰るのが憚られる気がしたのだ。だが結標は

結標「しゃきっとしてちょうだい。貴女は生きて帰って来て、みんな生き残ったわ。胸を張って帰って、色んな人にありがとうって頭を下げて回ればいいのよ。私もそうするつもりだしね」

505 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:08:39.78 ZSUH3mRAO 316/335

些細な事とは言わないが、悩み過ぎだと笑った。
一人のために戦争など起きはしない。一人の人間が戦争を終わらせる事など出来ないように。
そして一人の人間が帰って来るのを拒むような狭量な人間はあの避難所にはいないのだから。良くも悪くも

姫神「…わかった。ありがとう。淡希。お礼に。ケーキを奢る」

結標「あら?じゃあご馳走してもらおうかしら。でも貴女お金大丈夫なの?」

姫神「大丈夫。支払いは任せろー。バリバ―――」



………………シーン………………



姫神「」

結標「ちょっ、ちょっと秋沙?どうしたの?どうしてフリーズしてるの?」

姫神がボロボロになってしまったスカートから財布を取り出そうとして…固まった。
ただでさえ乏しい表情も相俟って、発条のネジが切れた人形のように。

姫神「…ない」

結標「えっ」

姫神「忘れた。第九学区の護送車の中に。鞄ごと」

姫神の表情が蒼白になる。黄泉川達に手を引かれ、無我夢中で、取る物も取らずに巨神兵から逃げ出したのだから。
ちなみに余談であるが、既に護送車はステイル=マグヌスが顕現したイノケンティウス(魔女狩りの王)で灰燼に帰している。

結標「…仕方無いわね。私が出してあげるわ。ここの払いもね」

姫神「…ごめんなさい。淡希。最後まで。役立たずで」

結標「良いわよ。生きて帰って来てくれただけで十分お釣りが来るわ」

姫神「代わりに。帰ったら。私の身体を。好きにしていい」

結標「ばっ、馬鹿!!!!!!」

鷹揚に微苦笑を浮かべながら結標は姫神を見やった。朝食代など安い物だ。
もう二度と手離せないダイヤモンド(永遠の輝き)が、自分の手に戻ったのだから。
姫神の最後のセリフにどぎまぎしつつ、自分のポケットを探ると―――



………………シーン………………



結標「」

姫神「…淡希?」

無表情で蒼白な姫神、微苦笑で脂汗をかく結標。
結標の微苦笑がひきつり笑いに、ひきつり笑いから泣き笑いに変わって行く。

結標「あは…あはは…あははは…ごめん秋沙」


姫神「…帰ったらお仕置き。今日は淡希に服を着せない」

結標も財布を無くしたのである。あれだけ座標移動を繰り返せば、あれだけ脇目も振らずに駆け抜ければ、あれだけ一騎当千の大立ち回りをすれば財布だってなくす。
しかし姫神の言葉にブチッとキレてしまった結標がテーブルを叩く。

506 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:11:31.92 ZSUH3mRAO 317/335

結標「な、なによ!貴女だって無一文じゃない!私一人悪いみたいに言わないでくれる!?」

姫神「貴女だって素寒貧。このままじゃ。送られるアンチスキルの護送車が。避難所でなく留置場に」

結標「そういうのが逆ギレだって言うのよ!私だって法律違反はたくさんして来たけど無銭飲食だけはした事ないわよ!そうよ秋沙!貴女ここでウエイトレスしなさい!それで勘弁してもらうのよ!」シャー!

姫神「テンパらないで淡希。目が濁ってる。それに。ここの制服は。私のクラスメートの。メイドマニアが喜びそうなデザインだから。いや」フー!

結標「私だって仕事仲間のメイドマニアが喜びそうなこんなエグいメイド服着れないわよ!絶対に着ないからね!土御門の馬鹿じゃあるまいし!」

姫神「えっ」

結標「えっ」

姫神「なにそれ。こわい」

くしゅんっ、とどこかのグラサン金髪男のくしゃみが聞こえたのは幻聴だったのか。
片や仕事仲間、片やクラスメートとという見えざる接点ではあるが。

結標「…どうしようかしらね本当に…」

姫神「…貴女の座標移動で。逃げ(ry」

結標「それはダメ!!人として!!!」

姫神「――私達って。救われない――」

結標「それ言いたいだけでしょ!?」

そこで途方に暮れる二人。携帯端末で誰かを呼ぼうにも遠過ぎる上に混乱の坩堝でそれどころではない。
頭を抱える美少女二人。まさか食い逃げ犯で小萌に泣かれるのは流石に嫌だ。すると――

打ち止め「わーい地中海風!ってミサカはミサカは店内の雰囲気を誉めてみたり!」

一方通行「走り回るんじゃねェクソガキ!あっ、どうもすいませン。今静かにさせますンで」

浜面「…子連れの若いパパさんかよ」

上条「沈利とインデックスみたいだなー…席どうする?窓際にするか?」

フィアンマ「俺様は食えれば席など関係ない。強いて上げるなら、神の(ry」

全員「「「「言わせねえよ!?」」」」

結標姫神「「!!!」」

その懐かしい声音に、二人の耳はうさぎのように跳ね上がった。

結標「一方通行!!」ガタッ

姫神「上条くん!!」ガタッ

席を蹴る二人、飛び出す二人、迫る二人

一方通行「テメエは!?」

上条「姫神?!何でここに!!」

この時、二人の心はまさに一つだった。



結標姫神「「お金貸して!!!」」



上条・一方「「はァ!!?」」


この世界に、ヒーロー(金主)はいると。

507 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:13:59.77 ZSUH3mRAO 318/335

~第二十三学区・レストラン『スカイスクレイパー』~

結標「…って言う事があったのよ」

一方通行「カカカ!じゃああの愉快で素敵なオブジェこさえたのはテメエかァ?。あンな真似オレだってやらねェよ」

上条「    」

浜面「オイオイ、ブイヤベース垂れてるぞ。あっ、店員さんすいません!追加いいっすか!」

姫神「モグモグ」

打ち止め「あー!ジェニィー!ってミサカはミサカは目の前でさらわれた最後のメルバトーストの名前を叫んでみたり!」

フィアンマ「つまり、あのジェット機を突っ込ませたのは…女、お前か」

結標「…そう言う事になるわね。大きい声じゃ言えないけど」

上条当麻はブイヤベースをすくうスプーンを持ったまま言葉を失っていた。
グノーシズム(異端宗派)による学園都市襲来のあらましから顛末まで知っているつもりではあった。だがしかし

上条「(…本当に皆無事で良かった…違った意味で)」

その中に無人飛行船をジャックして敵陣目掛けて吶喊攻撃を躊躇いなく敢行し…
怪獣と見紛うような巨神兵に超音速旅客機をぶつけるような無茶など…
さんざん無茶苦茶な戦い方をして来た自分でさえ素面では真似出来ない滅茶苦茶な闘い方だ。しかし

上条「あー…結標さん?」

結標「なにかしら?ええっと…」

姫神「上条くん」

結標「ああ!そうそう上条くん。なにかしら?」

一方通行「三下ァ。ンなヤツにかしこまる事ァねェぞ?目のやり場には困るだろうがなァ。カカカ!」

結標「混ぜっ返さないでくれないかしら一方通行?で…」

上条「…ありがとう!」

結標「!」

ちゃんぽん漫談を目の前で繰り広げる結標らの前で、スプーンを置いて上条は頭を下げた。
いきなりの行動に結標もやや目を見開く。そこで

508 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:15:11.67 ZSUH3mRAO 319/335

上条「オレの友達を守ってくれて…本当に…本当にありがとう…!ありがとう!」

結標「あっ、いやっ、別にそんなつもりじゃ…私もただ必死だった、それだけだから。ねえ秋沙?」

姫神「私からも。ありがとう。淡希」

しどろもどろになる結標に真横で姫神が、真向かいで上条が頭を下げた。
二人の背景を知らぬ上条は純粋に姫神の友人として感謝した。
ちなみに席順は向かって右側が打ち止め・結標・姫神であり、左側が一方通行、上条、フィアンマ、浜面である。

結標「(これが…小萌と秋沙の言ってた上条当麻…昔の一方通行を倒したかも知れないって少し噂になった…無能力者)」

いずれも伝え聞きであり、目の当たりにするのは初めてだが、一見どこにでも居そうな男子高校生だ。
しかし、一方通行と、他にも得体に知れない男二人の輪の中で平然と溶け込んでいる時点で普通でない事くらいは、わかる。

浜面「げっ…滝壺からまたメールだ…“自分達だけでおいしいもの食べてないで早く帰ってきて”って…どこから見えてんだよ!?ああまた電池がぁぁぁ!」

一方通行「あァ?テメエの女、AIMストーカーなンだろォ?バレバレだなァ。つうか売店で電池買ってくりゃいいじゃねェか」

フィアンマ「つまり貴様は姦淫や不義密通を働けんと言う訳だな。俺様には関わりのない事だが」

浜面「普通に浮気って言えよ!滝壺泣かしたら絹旗にフレンダに麦野に八つ裂きにされちまう!それにしねえよ!俺には滝壺だけだ!…でもなんでわかるんだオレ無能力者なのに」

打ち止め「愛の力だよ!カカア天下で尻に敷かれてるんだね!ってミサカはミサカはネットワークであなたの監視を考えてみたり!」

一方通行「止めろクソガキィ!おい三下ァ!結局どうすンだァ?」

上条「そろそろ出ないとなぁ…でも避難所までどうやって行くかなあ…」

姫神「!」

結標「?」

そこで姫神は閃いた。頭に電球でも浮かび上がったように。

姫神「一緒に。来れば良い」

全員「「「「「!」」」」」

509 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:17:27.39 ZSUH3mRAO 320/335

~第二十二学区・ハイウェイ~

結標「もうちょっと詰めてもらえないかしら?痛っ!足踏まないでよ一方通行!」

一方通行「テメエこそ隅に寄れェ!クソガキィ!膝の上に乗るんじゃねェ!」

打ち止め「だってキツキツなんだもーん!ってミサカはミサカはあなたのお膝が指定席!」

姫神「狭い。窓を開けて。息苦しい」

浜面「警備員!これ明らかに定員オーバーだろ!!それでいいのかアンチスキル!!」

フィアンマ「囀るな愚昧の輩共め。俺様の眠りを妨げるな」

上条「お前助手席じゃねーか!返事しろよフィアンマ!寝たふりするなっつの!」

警備員「(コイツら五月蝿い…)」

七日目…12:35分。一向は五人乗りのおんぼろセダンに揺られていた。
警備員達による厳戒態勢の中での護送で、車両も人員も足りずに差し向けられたのは警備員の自家用車。
こんな事で良いのかアンチスキル!というのが浜面仕上の主張である。
後部座席は鮨詰めないし缶詰め状態であり、食べて眠くなったのかフィアンマはうつらうつらと船を漕いでいる。

浜面「たはー…でもゴテゴテした装甲車よか良いか。あれには嫌な思い出しかねえ。黄泉川に追っ掛けられたりな」

一方通行「アイツのこった。笑いながらカーチェイスしてきたンだろうが。ハリウッドばりのアクションでよォ」

姫神「黄泉川先生は。私を何度も守ってくれた。とても。優しい人」

一方通行「優しい…なァ」

打ち止め「優しいよ!ってミサカはミサカは久しぶりに炊飯器料理が食べてみたくなったり!」

上条「黄泉川先生か…まだ学校残ってるといいな…小萌先生やみんなはどうしてた?インデックス達の事はわかるんだけどさ」

結標「元気よ。少し痩せたけれど。それから、貴女の彼女もね(まずい…食べたら眠くなってきたわ…)」

上条「…そっか」

510 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:19:12.35 ZSUH3mRAO 321/335

そこで上条がやや恥ずかしそうに微笑んだ。これがあの女が選んだ男か、と思うと少々不思議な気持ちになる。

喧々囂々の車内にあって、結標はチラと姫神を見やる。そして姫神もまた――

姫神「淡希」

結標「ん?」

姫神「眠くない?肩なら。貸す」

結標「そう…じゃあお願いするわ。近くなったら起こしてちょうだい」

コテンと、結標は姫神の肩に頭を預けた。髪型は未だ白井黒子から借り受けたリボンである。

姫神「(少し。妬ける)」

後で髪紐を返そうと思う。ほんの少しだけヤキモチを妬いてしまうから。

一方通行「………………」

一方通行がこちらをキョトンとした眼差しで見つめている。

一方通行「(どうなってンだぁ?あの女人前で寝るようなキャラじゃねェだろ…)」

何か言いたそうにして、何と言葉にして良いかわからない。そんな表情に、姫神は――

姫神「シー…」

人差し指を唇に当て、悪戯っぽく笑った。

511 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:22:37.66 ZSUH3mRAO 322/335

~第七学区・とある高校避難所~

禁書「とうま達が帰ってくるんだよ!!」

麦野「!!!」

御坂「!!!」

一夜明け…学園都市中のアンチスキルからジャッジメントからボランティアから続々と集結しつつ避難所にて…
インデックスは覚えたてのメールを麦野沈利と御坂美琴に携帯電話の画面ごと見せた。

禁書「今車でこっちに向かってるんだよ!あと一時間くらいで着くって!」

壊滅状態の第七学区では既に携帯電話による電波受信すら困難な有り様で…

麦野「あ…ああ…あああ…」

もちろん上条も三人にメールを送ったのだが真っ先に繋がったのはインデックスだったのである。

御坂「しっかりして第四位!ほらちゃんと見なさいよ!アイツからのメールよ!!ああもう!もっとマメに連絡しなさいよね!あの馬鹿!!」

そのインデックスもまたこぼれんばかりの笑い泣きで、御坂美琴もまた溢れんばかりの泣き笑いで、麦野沈利にいたっては…

麦野「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

御坂「ちょっ、ちょっ、第四位!まっ、待ちなさいよ!泣くの早いって!!」

麦野「とぉぉぉぉぉぉぉぉぉうまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

禁書「し、しずり!落ち着くんだよ!うわっぷ!はなみずがつくんだよ!短髪!どうにかして欲しいかも!!」

御坂「わ、私に言わないでよ!わっ!ブラウスが!私のブラウスがー!!」

麦野「かぁぁぁんけいねえぇぇぇんだよぉぉぉ…かぁぁぁん…うわぁぁぁぁぁぁ…」

御坂禁書「ダメだこりゃ(かも)」

最狂の女王様、麦野沈利をここまでボロ泣きさせられるのはアンタくらいのもんよ、と御坂美琴は独り言ちる。

同時に御坂も空を仰ぐ。恋敵で、友人とは呼べないものの知らない仲とは言えない麦野の頭を撫でながら――ふと瓦礫の彼方を見やると

513 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:24:17.18 ZSUH3mRAO 323/335

滝壺「はまづら…帰ってくる」

絹旗「超朗報です!超速報です!フレンダー!超起きて下さい!やっぱりですよ!帰って来ますよ!超浜面!」

フレンダ「ふあ~…結局、徹夜明けはテンション低い訳よ…はあ。でも、おめでとう」

滝壺「ありがとう。ふれんだ」

絹旗「麦野ー!超チーンです!超チーンですよ!」

一晩中戦い続け、テントより惰眠を貪っていたフレンダが顔を覗かせる。
滝壺はその頭を撫でながらうなずく。絹旗もホッと胸を撫で下ろしながらビービー泣き続ける麦野にハンカチを手渡しに駆け寄る側を――

垣根「あのクソ野郎がもう帰ってくるだあ?言っとけ。“オメーの席ねーから!”ってよ。ハハハハハハ!」

心理定規「私は心理掌握から聞いただけよ。貴方とレベル5しか連絡先知らないのに伝えられるはずないでしょう?なんだかんだ言ってメモリーは消さないのね」

垣根「…飾利と付き合い始めて女共の番号消したら、お前ら(スクール)とアイツら(レベル5)の番号しか残らなかったんだよ…」シュン…

心理定規「(…戦ってる時と悪だくみしてる時以外は本当にダメな男ね)」

514 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:25:56.80 ZSUH3mRAO 324/335

しかし、その割に瞳が底意地悪い輝きに満ちている、と心理定規は思っている。

まるで、楽勝過ぎる相手ばかりに飽いて、自分の『敵』になりうる打ち手を待つ王様のようだとも。だが。

初春「よいしょ…よいしょ…」

そこに通りがかる…避難所から自分の荷物を両手に抱えた初春飾利と

佐天「うう、荷物多いし重いなあ…うんとこしょ…」

同じく背中に背負った佐天涙子が二人並んで通りすがると

垣根「飾利ぃぃぃ!そんな重いもん持つな!腕が太くなっちまうだろうが!」バッ

初春「垣根さん!?だ、大丈夫ですよぅ!これくらい持てます!」

垣根「ダメだ!女にはハンドバック以外持たせねえのがオレの美学だ!そんなもん持って転んじまったらどうするんだ!お前だけの身体じゃねえんだぞ!?」ガバッ

初春「なななな何言ってるんですか垣根さん!私達まだほっぺにチューしか…はわわわ…」

佐天「うわー初春愛されてるねー(過保護過ぎるでしょ…どれだけお姫様扱いなのよー?)」

困り顔ながらも頬を染める初春と、背景に薔薇でも咲きそうな笑顔の垣根。
それを見てどっ白けで肩が下がり棒読みの佐天。

垣根「いけねえ!大事な事忘れてた…飾利、お前確か――に詳しかったよな?」

初春「?は、はい!少しは」

垣根「…ちっとばかしお前のアドバイスが欲しいんだ…実は」ゴニョゴニョ

初春「!で、出来るんですかそんな事!?そんなの不可能ですよぅ!」

垣根「――忘れたか飾利?オレの“未元物質”に常識は通用しねえ。お前の男の辞書に不可能の文字はありえねえんだ」

もう初春が16歳になったら結婚してしまえ、嫁に出してしまえとさえ思う。
花束の代わりに塩を撒いてやりたい気分だ、と佐天が溜め息をつく傍ら――

515 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:28:40.59 ZSUH3mRAO 325/335

寮監「ふう…よし、全員揃ったな?直ちに場所を校舎から“アルカディア”へ移すぞ!校舎はもう立ち入り禁止だ!」

常盤台中学の女生徒達を引率する者

災誤「点呼始めー!!」

野太い声音を腹の底から出す教師

小萌「みんなー!上条ちゃんと姫神ちゃんが帰って来るのですよー!!って…きゃあっ!?」

生徒達「わーしょっい!わーしょっい!あのバカが帰ってくるぞー!」

生徒達の輪に飛び込み、胴上げされる担任

吹寄「姫神さん…!…上条!いったい今までどこをほっつき歩いて!」

安堵と膨れっ面を同時に浮かべるクラスメート

青髪「(…今回は読みが外れんで良かったわー…土御門はしばらく本業に忙しいんやろうなー)」

笑い目を遠くしながら彼方を仰ぐ悪友

黄泉川「痛いじゃん!巻き方ぶきっちょ過ぎじゃん!」

半死半生で生還して来た者

芳川「巻き方が甘いと血が止まらないわよ。私は自分に甘いけど」

不器用な手つきで包帯を継子結びする者

手塩「いい加減、ホチキスの、周りが、かぶれて来たんだが」

九死に一生を得た警備員

木山「待ってくれ。しかしこれを外したら傷が開いてしまうぞ…先生」

早く子供達に顔を出してやりたいと願う元科学者で現教師で養母まで勤める者。

冥土帰し「やれやれ。君達は本当に医者泣かせだね?」

ただ一人の死傷者も出しはしなかった名医

絶対等速「いやっほーい!お天道さんがまぶしー!!」

自分の居場所を見つけた刑務所帰りもいる

――彼等は、生きているのだ――




516 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:31:06.58 ZSUH3mRAO 326/335

~第七学区・全学連復興支援委員会本部~

ボランティアA「削板さん!サイン下さい!押忍!!」

ボランティアB「軍覇さん!ハンコお願いします!オス!」

ボランティアC「リーダー!この決済頼んます!ウス!」

ボランティアD「委員長!この書類見て下さい!ごっつぁんです!」

削板「ぬおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!今朝のマネキン共(白銀近衛騎士団)よりも終わりが見えん!だが根性ぉぉぉぉぉぉ!」

雲川「…そこの数字、違ってるんだけど」

削板「ぬああああああ!?修正テープをくれ!うわぁぁぁ崩れる!この根性無しめ!男がそんなに簡単に諦めるな!」

雲川「書類に性別があるなんて初耳なんだけど」

一方…学園都市側からの調査委員会との折衝を終えた雲川芹亜は優雅に午後の紅茶を楽しみながら…
ミカン箱の机の中で山と詰まれ崩れた書類と格闘する削板軍覇の背中に足を行儀悪く投げ出していた。

芹川「…忙しくなるのはこれからだぞ、馬鹿大将。お前が本当にわかってるかどうか疑問なんだけど」

雲川芹亜は憮然としていた。学園都市側としては昨夜から今朝にかけた一件をなんとしても取り繕いたいらしい。
第三次世界大戦から先の最終戦争、加えて二週間経たずに起きた今回の事件により…
紛争地帯認定を受けて日本国政府からの介入を受ける事は断じて許さないらしい。と

削板「学生達に箝口令を敷こうが、上層部が治外法権を声高に叫ぼうが、統括理事長が残した何万の隠蔽工作のマニュアルを総動員させようが、もう根性でどうにか出来るレベルでない事くらいはオレにもわかるぞ!政治の話だからな!この街に溜まった闇と膿はもう自家中毒の域だ!そう言いたいんだろう?」

雲川「お前やっぱり頭悪くないでしょう?」

517 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:34:23.21 ZSUH3mRAO 327/335

ゲシッゲシッと削板の背中を蹴る雲川。しかし山を蹴っているように動かない削板。
雲川は思う。たまにはこっちを向けと。何故自分ばかりいつもいつも前に立ちはだかって話をしなければならないのかと。しかし――

削板「だが――オレは信じてるぞ」

雲川「…何を言いたいのかわからないんだけど」

削板「――この学園都市(まち)で生きようとしている奴らの…根性をだ」

雲川「――――――」

その時、一瞬雲川の蹴り足が止まる。それは削板の言葉以上に…振り返ったからだ。削板が。

削板「あの戦闘で、正直オレも誰も死なずに済むだなんて思っちゃいなかった。だが――アイツら(学生達)は誰一人諦めなかった。すげー根性だ。頭が下がった」

雲川「………………」

削板「だからオレは信じる。生きる事を諦めなかったアイツらの根性を。神様の奇跡なんかじゃない、一人一人が築き上げたこの学園都市(せかい)にはまだまだ救いがあるってな!」

雲川「(…この男は、本当に――)」

救いようのない馬鹿だと雲川は思う。削板は全てわかった上で、消去法でもなく夢想論でもなく…
現実を見据えた上でそう言っているのだ。この街の表も裏も知りながら、だ。

雲川「…本当、お前の馬鹿さ加減につける薬が見当たらないんだけど」

削板「馬鹿は死ななきゃ治らんからな!だがオレは死なん!根性で生きる!」

雲川ほどの明晰な頭脳を持ちながら、その秤で計れない『器』を持つ男、削板軍覇。
確かに馬鹿だと思う。こんな腐り切って荒れ果て壊れてしまった世界を相手に、学園都市中の学生を巻き込んで復興支援で立ち上がろうだなんて本気で信じているのだから。しかし――

雲川「…まあ、そういう馬鹿は嫌いじゃないんだけど」

削板「そうか!」

518 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:35:57.93 ZSUH3mRAO 328/335

惚れ惚れするほどの突き抜けた馬鹿さ加減が、いっそ愛おしい。
まるで風車に挑むドンキホーテのようで、馬鹿と笑う事は出来ても誰にも真似出来ない馬鹿をやるなら――

雲川「(私も、馬鹿の一人って事になるんだけど)」

ならばなってやろう。サンチョパンサでも、ロシナンテにでも。
この馬鹿がどんな騒動をこの街で引き起こすのか、見届けてやろう。その背中を――

削板「ところで」

雲川「?」

削板「さっきから白のパンツが眩しくてかなわん!」

雲川「!!!??」バッ

削板「根性で目を逸らしていたが、いい加減言わんとお前が恥をかくと思ってな!まあオレは別に気にしな――ん?なんだ?そんなに足を上げて?また見え――」

雲川「馬鹿!!!!!!」ガッ!

削板「んが!!!ぐおおお根性の入った一撃だ…!南無三っ」ダッ!

…と思った矢先に、いきなり下着の事を指摘されて雲川は踵落としを思いっきり食らわせる。
それにたまらず削板がミカン箱の書類の山と雲川から逃げ出し、それを雲川が追い掛ける。

519 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:37:42.21 ZSUH3mRAO 329/335

雲川「三点バーストマグナムを寄越せ服部!あの馬鹿大将を初の死亡者にしてやりたいんだけど!!」ビュンッビュンッ!

服部「やっ、やめろって!おいよせ!削板!お前なにしたんだよ!?」

黒妻「おいおい!夫婦喧嘩は犬も食わないって…痛ぁ!?」ブスッブスッ

削板「うん?!雲川のパンツが(ry」

雲川「言うな馬鹿!もう我慢の限界なんだけど!!!」ポイッポイッ!

服部「痛っ!痛っ!なんでオレまで!」グサッグサッ

背後からボールペンや万年筆を投げつける雲川、ヒョイヒョイとジグザグでかわす削板、それに巻き込まれ共に逃げ出す服部と黒妻。

雲川「待て!待て!止まらないと足らない頭をブチ抜くぞ馬鹿大将!!!」

服部「やべえ!やべえ!完全にキレてるぞ!なんとかしろよナンバーセブン!!」

削板「女心と天気ばかりは根性ではどうにもならん!逃げるぞ!!」

黒妻「いつもの根性はどこ行っちまったんだよォォォ!!ウギャー!!!!」

雲川芹亜が怒っているのは下着を見られたからではない。
下着を見られたのに、削板がいたってノーリアクションだったからだ。
つまり、自分は女としてすら見られていないのかと逆上したのだ。

雲川「馬鹿馬鹿馬鹿!!お前なんて知るか馬鹿ー!!!」

鈍さまで原石級の削板軍覇、明晰な頭脳を持ちながら乙女心は年相応な雲川芹亜。
二人の追い掛けっこはまだまだ続く。この先も――

520 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:40:12.52 ZSUH3mRAO 330/335

~とある高校・屋上~

白井「何をしていますの…あの方々は」

御坂妹「キャッキャッウフフです、とミサカはハートフルコメディな学生生活の一幕をゴーグル越しに観察します」

一方…そんな二人の様子を呆れ半分で見下ろしていた白井黒子はリボンのほどかれた髪を風に揺らしていた。
屋上の手すりの外に座りながら、御坂妹は給水塔に腰掛けながら。

御坂妹「上位個体より連絡が…全員がこちらに向かっているようです、とミサカは踏みつけにされた男達を憐れみます」

白井「そうですの…」

避難所生活を営む内に知り合った御坂妹の言葉に耳を傾けながら、白井は憂いを帯びた表情のままそよぐ風に下ろした髪を任せる。
ひとつきりのリボン、その片割れを貸し与えた張本人――結標淡希が帰還すると聞いてからずっとこの調子である。

白井「(結標淡希(あなた)が、帰って来ますの)」

彼女は帰ってくる。最愛の恋人を奪い還して。以前より高い位置に上り詰めて。
当然、御坂美琴への想いは一ミリたりとも揺らいでなどいないが、白井は忘れられない。
昨夜、最初で最後となる共闘(ダンス)を結標淡希と繰り広げてから、ずっと。

白井「(貴女は、確かに変わりましたの。強く、大きく、見違えるほどに)」

フッと鼻から抜けるように微笑む。常より大人びた表情で。
あの流血と銃弾飛び交う戦場で、あれほど心強く感じたパートナーは…
御坂美琴を除いて恐らく結標淡希が最初で最後だろうと。そして――

白井「――認めて差し上げますの。結標淡希さん――貴女は――…」

自分達にif(もし)はない。結標は帰還し、白井にリボンを返し、話はそこでおしまいだ。
それ以上でもそれ以下でもない。ただ一夜、光(白井黒子)と影(結標淡希)が交わった…ただそれだけの話だと。

白井「――貴女は――…」

御坂妹「………………」

そこで御坂妹は再び追い掛けっこを始めた削板軍覇と雲川芹亜へ視線を向ける。
入道雲広がる青空向けて…白井黒子がつぶやいた言葉の続きは、風の悪戯と思う事にした。

御坂妹「(乙女心は複雑なのです、とミサカは再び始まったボーイミーツガールに思いを馳せます)」

それが、『人間』というものだと、御坂妹は知っているから―――

521 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:41:39.26 ZSUH3mRAO 331/335

~第八学区・ハイウェイ~

姫神「そんな事が。あったの」

上条「まだ誰にも言わないでくれよな。俺達も…色々あったからさ」

一方その頃…姫神と上条を除く全員が長旅で眠り込んでしまった中、姫神と上条は話し込んでいた。
上条達が終戦後、世界各国で何をし、何を見、何を手にしてきたかを。

姫神「(だから)」

何故だろうか、少し見ない間に少し大人びて見えたのは。
男子三日会わざれば刮目して見よ、という諺があるが…頷けると姫神は思った。
その横顔には確かな自信と、少しの落ち着きがあった。
恐らく以前の姫神が見たなら――頬を染めてしまうほどに。だがしかし――

上条「なんか姫神も大人っぽくなったよな」

姫神「そう。そういうものは。自分ではわからないもの」

肩にかかる羽のような重み、微かに香るクロエの匂い、サラサラとした赤い髪、そして安らかな寝顔――結標淡希。

姫神「ふっ…。私にも。色々あった」

上条「おっ…おおっ…姫神がまさに大人な発言で上条さんも驚きましたよ」

初恋だったかも知れなかった男の帰還、そしてそれ以上に愛しい存在が今、姫神の傍らにある。
今、日向ぼっこしている猫のように微睡んでいる――利かん防で、怒りん防で、暴れん坊で、甘えん坊な同居人(こいびと)結標淡希が。

フィアンマ「貴様等。いつまで眠りこけているつもりだ。もう着くぞ」

上条「んがー!飛行機で一番遅く起きて車で一番早く寝たのお前だろうがフィアンマ!上条さんの目は節穴ではございませんの事ですよ!」

フィアンマ「ふん。この俺様がそんな失態を見せるか。目を瞑って世界の行く末を憂いえていただけだ」

上条「授業中居眠りするヤツはみんな目閉じてただけって言うんだっつの!」

姫神「(あまり変わってない。かも知れない)」

そんなやり取りの傍ら――姫神は――



姫神「淡希。起きて」





522 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:45:00.72 ZSUH3mRAO 332/335

~とある高校~

そう、私はずっと長い夢を見ていたんだと思っていた。

この終わりの見えなかった、一週間前からずっと続く夢。

だから、私は信じられない。今自分の目に映っているものが。

白井「結標さーん!おかえりなさいですのー!」

校門の前で仁王立ちになっている白井黒子が手を振っている。

御坂「遅いのよアンタは!遅刻も遅刻大遅刻よ!」

その横で御坂美琴が真っ赤にした嬉し泣きの顔で指を突きつけている。

坂島「おお~姫神さん!どうにか生き延びたよ」

美容師もいる

舞夏「おおー!みんな久しぶりなんだぞー!」

メイドもいる

服部「浜面ぁぁぁ!!オレもう限界だ!気ままなスキルアウト暮らしに戻りてえええ!!」

スキルアウトもいる

黄泉川「打ち止め!一方通行!おかえりじゃん!」

芳川「愛穂、転ぶわよ、松葉杖なんだから」

手塩「姫神君、か、息災そうで、なによりだ」

木山「車椅子なのだから立ち上がらないでもらえるかい?やあ結標さん。おはよう。大変だったようだね」

警備員が二人、研究者崩れも二人いる。

滝壺「はまづらー!」

絹旗「超浜面ー!!」

フレンダ「変な名前のヤツー!結局、生きて帰って来たって訳よ!」

麦野「はーまづらぁ…上条!かみじょーう!とうまぁぁぁぁぁぁ!!寂しかったぁぁぁぁぁぁ!!」

禁書「しずりズルいんだよ!私も!とうま!あとふぃあんま」

暗部が四人、何故か修道女までいる。

吹寄「姫神さん!無事で良かった…本当に良かった…!あら?そっちの人達は?」

土御門「カミやーん!おかえりなんだぜーい!それと結標、一方通行、久しぶりだな」

青髪「(本業抜けてきおったな)カミやん!お勤めご苦労さん!」

友人達もいる

絶対等速「ばんざーい!ばんざーい!!」

刑務所帰りもいる。

523 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:48:51.06 ZSUH3mRAO 333/335

御坂妹「おかえりなさい上位個体、とミサカはおじぎしながら彼をチラ見するちゃっかりした自分が大好きです」

ステイル「ふんっ…悪運しぶとく帰ってきたか」

オリアナ「はあい坊やにお嬢さん?さっきぶりね」

人間が一人、魔術師も二人いる。

削板「案内人!いい根性だったぞ!これからもよろしく頼むぞ!」

雲川「案内人、二日も本部に顔を出さなかったな。仕事が溜まってるんだけど」

地べたに踏まれている委員長と踏んづけている副委員長もいる。

そして―――

サアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…

姫神「これ。…は?」

結標「青い…薔薇?」

青天から降り注ぐ、青い薔薇(ブルーローズ)の花片。
まるで翼が舞い散るような花が吹き踊るようにフワリフワリと…
結婚式の花のシャワーのように空から空から…後から後から――

垣根「よお“9人目”。歓迎するぜ――レベル5に。花束代わりに受け取んな」

結標「第二位!!?垣根帝督!!?」

初春「か、垣根さぁん!ここからだと私のスカートの中見えちゃいますよぅ!」

垣根「しまった!いけねえ!オレの飾利がぁぁぁ!」

遥か天空から、『未元物質』で青い薔薇を作り上げ降り注がせる垣根帝督。
その腕に慌ててお姫様だっこで抱えられる初春飾利。

そして…そんな二人を――



小萌「――おかえりなさいなのです、姫神ちゃん、結標ちゃん!青空教室なのですよー!」



姫神結標「「小萌…!」」

あたたかく迎えてくれる――教師がいる

上条「…行けよ姫神。家に帰るまでが遠足…だろ?」

背中を押してくれるクラスメートがいる

一方通行「――凱旋だ。いけよ。花道は譲ってやるからよォ」

尻を蹴飛ばす仕事仲間がいる


私達は、一人じゃない。

524 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:51:31.03 ZSUH3mRAO 334/335

~See visionS~

姫神「…行こう。淡希!」

結標「わわっ、ちょっと待って秋沙!」

私達は駆け出す。この限りなく澄み渡る青空の下、降り注ぐ青い薔薇の花吹雪の中を、互いの手を取り合って駆け出す。

姫神「大丈夫。離さないから。貴女の手を」

飛べない、届かない、掴めない空。それを地べたを這いながら生き、何度その青さをなじっただろう。

結標「年下のクセに…生意気ねっ」

でも、今なら思える。この場所だって悪くない。

羽根を持たない私達は、一歩一歩前に足を進める事しか出来ない。

それでいい。もうあんなに空を飛び回るのには飽きた。

地べただって構わない。泥にまみれたって構わない。

姫神「私が。上」

結標「私が下!?」

舞い散る青い薔薇の花嵐。終わりなく続き、限りなく広がる青空を見上げながら歩いていけたらそれでいい。

遠くに行けなくなったって、先に進めなくなったって、立ち上がれば良い。何度だって。

私達の瞳に映る太陽は、眩しくって、届かないかも知れない。

でもそれでいい。もう離さない。この繋いだ手を。もう二度と離さない。

結標「――秋沙、青い薔薇の花言葉ってなんだったかしら?」

姫神「――“不可能”――」

私達は超えて来た。レベルの壁(不可能)を、打ち破れない悲劇の夜を、二人で越えてきた。

結標「――もう一つは?」

姫神「――“神の祝福”――」

神様に見捨てられたって、神様に忘れられたって、私達の学園都市(せかい)は終わらない。終わらせはしない。

結標「――あと一つは?――」

姫神「――“奇跡”――」

奇跡はここから始まる。作り上げていく。一人一人の手から。私達の手から。
もう神様なんていらない。夏雲の彼方(そこ)から黙って見てればいい。

結標「――秋沙――」

姫神「――淡希――」

貴い物は、私達の手の中にある。血の繋がりより強いものが。

花嵐の中駆け抜ける秋沙、青空の下走り抜ける淡希、夏の陽射しが降り注ぐ、海のように青く澄み渡って――



「――――――愛してる――――――」


終わらない空の下――私達の世界は繋がっている。



私達はもう…



孤独(ひとり)じゃない――



とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)・終

525 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします - 2011/01/30 15:53:43.31 ZSUH3mRAO 335/335

>>1です。以上、全ての皆様のおかげをもって『とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド)』は終了となります。1ヶ月近い連日の投下にお付き合いいただき誠にありがとうございました。

終了という事で、少しばかり蛇足を…

前作のテーマが「救い」だったので、今作のテーマは「生きる」になりました。
前作が一巻再構成だったので、今作は二十二巻から先の未来予想図でした。
姫神、あわきん、軍覇くん、ていとくんを選んだのは前作の伏線からです。


そして恒例ですが…また今回もJanne Da Arcの曲を聞いていてこの月詠家居候コンビのストーリーが浮かんだため書きました。『Love is Here』という曲です。
最終投下だけPIERROTの『薔薇色の世界』でした。

ちなみに

あわきん→姫神が「mysterious」
姫神→あわきんが「ヴァンパイア」
垣根帝督→初春飾利は「シルビア」から「Neo Venus」へ
雲川芹亜→削板軍覇だけ篠原涼子の「愛しさとせつなさと心強さと」です。


小萌先生や吹寄さんは二人の関係の緊張感を維持するために出番を極力カットし、上条さん達を連想させないようインデックスと御坂の場面を大幅カットしてしまいました。ノープランのしっぺ返しですね…


他にも
1:姫神・あわきんイギリス女子寮行き百合百合新婚生活

2:あわきんの昔の仲間が『能力者狩り』で姫神をさらいにくる→あわきん葛藤するの巻

3:姫神(主)とあわきん(従)の主従逆転、ヤンデレ百合SMなお話

4:本物の吸血鬼VS右方のフィアンマ頂上決戦

5:姫神に冷たくされヤケクソになったあわきんが白井に迫り一夜の過ち→修羅場

なんてメチャクチャなアイデアなどもまだまだありましたが全てボツにいたしました…私なんかの力で書いたら取り返しがつかないので…

あまり蛇足が伸びてはいけないのでこのあたりで…お読みいただけた方々、たくさんのレスをくださった方々、ロゴを作っていただけた方、土下座で感謝させて下さい。本当にありがとうございました。
心の底から良かったです。ありがとうございます…では失礼いたします。

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