嘗て、大陸を二分する大国が在った。
赤の国、そして黒の国。
この二つの国、何れは衝突し、戦争に発展する事は当然の流れと言えた。
互いの戦力は同等、
当然戦争は長期化し、終わる気配を見せない。
当初は自国の勝利を信じて疑わなかった国民も、不安を抱き始めた頃、
両国共、長引く戦争に終止符を打つべく、兵器の開発を始めた。
赤の国は槍や剣に代わり、銃や戦車を、
一方、黒の国が造り出そうとしたのは、
銃や戦車等では無く、
人間だった。
元スレ
青年「ああ、認めるよ……」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1368626296/
ーーーーー
実験内容は悼ましく、極めて非人道的。
あらゆる病原菌の投与、暑さや寒さを、痛みを与えた後、その身体を治癒。
当初は戦地へ赴く兵士の為に薬を作り出す、筈だった。
だが、そんな万能薬など早々造れる訳が無い。
実験は狂い始め、遂には人間その物の進化を目指す実験へと変貌していった。
治癒力の増加、力の限界、精神力等々…
人間を超えた人間を、造り出す為に。
【治癒力】
薬を投与した後、指を切り落とす。
結果、指が増殖。最終的には身体中から指が生える等。
適応者、少数。
【力】
筋肉質の変化。破損困難な物を殴らせる等の実験。
上記に適応した者は、治癒力の大幅な増加により傷付いた身体は治癒したものの、
激痛により精神に異常を来す者、多数。
痛覚の完全消去、成らず。
【精神】
上記二つに適応した者にあらゆる苦痛を与え、耐え得るかを実験。
身体は治癒するも、ショック死等、多数。
適応者未だ無し。
ーーーーー
成人した者は初めの実験で全員死亡。
その為、今後の実験では子供を対象とする。
勿論、男女は問わない。
ーーーーー
「また失敗か」
「ええ、最終段階で全ての者の死亡を確認しました」
研究者の男と、その助手の会話。
此の会話、最早何度交わされたか分からない。
「廃棄したか?」
「ええ、何時も通り馬車に乗せ廃棄場所へ向かわせました」
この研究施設は戦闘地域から離れた場所に在り、現在、表向きは孤児院となっている。
戦争が激化すれば、何れは此処も戦火に晒されるだろう。
「実験を、続けるのですか?」
「当たり前だ。成功すれば即戦地に投入、そうすれば一個大隊すら壊滅させられる」
ーーーーーー
もう、この人は終わりだ。
叶う筈の無い夢、幻想、夢想に取り憑かれている。
私は此処に来て二ヶ月、狂った実験の数々を目の当たりにして来た。
私も狂っているのだろう。子供達を助ける事もせず、実験に加担したのだから。
あの子は、私を……
ーーーーーー
惨い……恐らく孤児を別の施設に移す為の馬車なんだろうが、襲撃された様だな。
此の有様では助かりはしないだろう。
見る限り、遺体は二十以上。
しかも、まだ十にも満たない子供ばかり。何故、赤の国は孤児を狙った?
いや、儂が考えても仕方が無い。
分かる事は、戦地から離れているとは言え、そろそろ此処も危ないと言う事くらいか。
目の前に広がる光景が、現在の日常、現実と乖離している為か冷静だ。
嘔吐しないのが不思議でならん。
「………っうぅ」
早いとこ家に…? 今、微かに何か…
まさか、生きているのか?
「お、おい!! 聞こえるか!? 聞こえるなら手を上げろ!!」
とは言ったものの、老眼にはちと厳しいな…
親に先立たれたか、戦火に巻き込まれたか、そんな所だろう。
此処に居れば、そんな事は儂には関係無いだろうと、そう思っていたが…
目の前のこれを無視出来る程、薄情な人間では無い。
………むっ、彼処か?
「ま、待っていろ!! 今、助けるからな!!」
ーーーーーー
「……っ、あぁ」
……奇跡だ。
馬車は倒壊していたし、原形を留めている遺体は殆どなかったと言うのに。
この少年を家に運んだ儂は、
何を思ったか全ての遺体を埋めた後、簡易だが墓を建て弔った。
毎日通る道に遺体が在っては気持ちが悪いからか、同情か、
人ってのは分からんもんだな……
この少年を助けた事も、あの場限りの正義感か何かだろう。
妻も娶らず、畑を耕す日々。
儂は、退屈していただけかも知れん。
この子が目を覚ましたらパンでも与えて、近いとは言えないが、街までの道筋を教えよう。
それで、終いだ。
明日から畑を耕す日々か……いや、それでいい。
それが儂の人生だ。
こんな事をするのは、これっきりだ……
ーーーーーー
その後、黒の国は敗れ、大陸は赤の国によって統一される。
ーーーーーー
……四年後
「おぉーい!! そこらで終いにしろ、家に帰るぞ!!」
「分かった!! 今行く!!」
畑の外から呼んでいるのは、僕の爺ちゃん。
本当の爺ちゃんじゃないけれど、道端で倒れてた僕を拾って育ててくれた……らしい。
僕には、爺ちゃんと会う前の記憶が無い。
血は繋がって無くても、本当の爺ちゃんだと、僕は思ってる。
ーーーーーー
「明日は街に行って野菜を売って来る。今年は出来が良いから、きっと沢山売れるよ」
「馬鹿たれ、ウチの出来が良けりゃ他のトコの出来も良いって事だ。そう上手く行くか」
結局、育てちまった。あれから四年、もう十二・三歳か。
何やっとるんだ儂は……妻も子供も居ないのに孫が居るとは、滑稽な話しだ。
この子は無知で無垢で素直だった。
あの時の儂には、どうしても突き放す事は出来なかった。
「爺ちゃん、どうしたの?」
「……いや、何でもない。明日は気を付けて行くんだぞ?
大陸が統一されたとは言え、野盗の類が居なくなった訳じゃあ無い」
「そうだね。うん、分かった」
何を、『らしい』事を言っとるんだ。
儂は何故、この子を育てた?
普通の、真っ当な、人間らしい事をしたかったからか?
そんな人生を送りたかったから、独りは寂しかったから、それとも憧れか。
気付けば七十だ……もう、儂に先は無い。
その時、この子は悲しんでくれるだろうか?
儂は、この子に何か与える事が出来たのだろうか?
……二年後
爺ちゃんには色々教わった。
読み書き、話し方、剣術、人、生き死に、戦争とか沢山。
『今や銃の時代。剣術なんぞ何の役にも立たん』
とか言っていたけれど、木剣を振るう爺ちゃんの姿は、とても格好良く見えた。
僕は、何度も真似をした。
それに、何時も顰めっ面な爺ちゃんだけど、
木剣を振るいながら僕に教える時だけは、笑っている様に見えた。
「……はぁ」
僕は、爺ちゃんが遺してくれた畑を耕してる。
もうすぐ陽も落ちる…こんな風にしていると、
『おぉーい、帰るぞ!!』
なんて、いつもは爺ちゃんが呼んでくれた。
何で、死んじゃったんだろう。
病気でも、怪我した訳でも無い。爺ちゃんは年老いて亡くなった。
『お前は、自由に生きろ。儂の様にはなるな。お前と過ごした時間は、幸せだった』
『……ありがとう』
爺ちゃんが、最期に話した言葉。
「自由にって言ったって…僕にはコレしか」
それに、此の土地から離れたら、
爺ちゃんとの繋がりが無くなってしまいそうで、僕は寂しかった。
もう、帰ろう。
ーーーーーー
あれ、家の前に誰か居る、誰だろう?
爺ちゃんの知り合いなんて一度も来たこと無かったし、
ウチの周りに他に家なんて無いから、お客さんなんてのも来たこともない。
どうしたんだろう? まあ、いいや。
「あの、ウチに何か用ですか?」
若い女の人だ。あれ? 腰に剣なんて差してる…変わった人、なのかな。
「ディノス殿は居るか?」
「え? いえ、そんな人知りませんけど」
「此処に住んでいた老人だ。知らぬか?」
爺ちゃんの事かな?
「ああ、爺ちゃんか。でも名前はダリオですよ? ディノスさん、なんて人は知らないです」
「偽名……まあ良い。そのダリオ殿は何処に居る?」
騎士か剣士か分かんないけど、
普通の人って自分の身分も明かさず、こんなに質問するものなのかな。
「爺ちゃんなら、先日亡くなりました」
「無駄足だったか。嘗て、誰もが目指し憧れた剣士が、こんな辺鄙な場所で死ぬとはな…惨めだな」
「……礼儀も弁えず、人に散々質問した上に死者を惨め呼ばわりですか。随分と残念な頭ですね」
初対面で良くそんな事を言えるな、でも怒っちゃダメだ。
思った事が口から出ちゃったけど、悪いのはこの女の人だし、僕は間違ってない。
「何だと?」
この人、耳も悪いのかな?
「礼儀もなってない馬鹿な人だなって言いました。今度は聞こえました?」
「……ああ、良く聞こえたよ」
「そうですか、もう用は無いですよね。さっさと帰って下さい」
「おい、貴様」
まだ何かあるのか、人と話すのって結構疲れるものなんだなあ。
何時も野菜買ってくれる人ともこんなに話した事ないよ。
「何ですか? 名前も名乗らず聞くだけ聞いて爺ちゃんを惨め呼ばわりした無礼者」
「うぐっ…済まん、名乗りが遅れた。私はイレーネだ」
最初からそうすれば良いのに…何故堂々と出来るのか全く分からない。
「イレーネさんですか、僕はロイです。それで、僕に何か?」
「ディ…ダリオ殿に剣術を習った事はあるか?」
「まあ、習った…のかな」
「そうか、ならば勝負して貰う」
は? 僕にはこの人の思考がさっぱり分からない。
人の事情なんてお構いなし、自分の用さえ済めば良い、何て我が儘な人なんだろう。
「別に良いですけど、もう真っ暗だし明日にしませんか? だから今日は、速やかに、今すぐさっさと帰って下さい」
「あうっ…その、済まないが、泊めてはくれないか?」
そして厚かましい。
何だこの人…街や都に住む人は皆こうなのか? 僕が変なのか? 分からなくなってきた。
「……分かりました」
「そ、そうか、助かる」
「その前に一つだけ」
「む、何だ?」
「爺ちゃんを惨めだと言った事を、謝って下さい」
「済まなかった」
「じゃなくて、ごめんなさい。でしょ?」
「うっ…ご、ごめんなさい」
僕より年上の筈なのに……
色々残念な人だけど、キリッとしてて見た目は良いし、
こういう時は、ええっと、何だっけ? ああ、勿体無い人だなあ、だ。
「金輪際、爺ちゃんを悪く言わないなら、良いですよ」
「分かった。約束する」
何か、落ち込んでる……最初からこんな感じなら良かったのに。
ーーーーーー
怒られてしまった。まだ十四・五の少年に……
確かに礼節を欠いた私が悪いのだが、少し来るものがあるな。
嘗て、大陸に知らぬ者無しと呼ばれたディノス殿と会えると思い、少々気が高ぶっていたようだ。
反省しなければ。
しかし驚いた。まさかディノス殿に孫が居るとは……
とてもしっかりした少年だし、野菜中心の料理も美味しかった。
口は少々アレだが、それよりも、何というか……
男性にこんな事を思うのも可笑しな話しだが、可愛いし綺麗だ。
畑仕事をしている姿など、とても想像も出来ん。
そして台所に立つ姿の似合うこと似合うこと、
だが袖を捲った時に見えた腕は引き締まっていて、鍛え上げられているのが分かった。
立ち会ってみなければ実力は分からないが、弱くは無いだろう。
明日が楽しみだ。
【資質】
「イレーネさん、朝ですよ。起きて下さい」
初めて合った人間の家に泊まったのに、良く此処までぐっすり眠れるなあ。
と、言うか、
何故此処に来たのか、目的は何なのか、それを全く聞いてないから勝負する意味が分からない。
「うぅ…もう朝か? まだ早い様だし、寒いし、もう少し」
朝、弱いのか。と言うか、人の家でそれは……何かもう、凄いよ。
「はぁ…勝負するんでしょ? 早く朝御飯食べてやりましょうよ」
「んぅ…ああ、うむ。そうだったな」
結構ずぼらな人なんだな。見た目は良いのに、勿体無い。
イレーネさんは、起きてからは早かった。
寒いと言っていたのに近くの川に水浴びに行き、
帰って来くると僕の作ったご飯を凄い勢いで平らげ、
「何をぼさっとしている、外に出ろ。始めるぞ」
などと言った。
「……はい、分かりました」
流石にいらっと来たけれど、
コレが終われば帰るだろうし、僕は何とか我慢した。
【試合】
さて、朝ご飯も美味しく頂いた事だし、始めるか。
「試合は木剣で行う。勿論、当てても構わない」
「分かりました。でも何故こんな事を? 何か理
「それは、この試合で貴様が私に勝ったら話す。そう簡単に話せる事では無いのでな」
「はあ、そうですか。分かりました」
「では、始める。構えろ」
「はいはい」
何だか私に対する態度が雑になって来ている気もするが、まあいい。
しかし、構えろと言った筈なのにダラリと腕を下げたままだ。
挑発しているのか?
ならば、見せて貰おう。
ディノス殿に教えを受けた唯一の者、ロイよ……
ーー
「……此方から行くぞ」
凄い、あの距離から一瞬で間合いを詰めて来た。
流石に爺ちゃんより速い…って当たり前か。でも、驚く程速い訳でも無い。
「上手く避けたな。だが、それが構えで良いのか?」
構えなんて教えて貰った事は無い。僕が爺ちゃんに教えられたのは、
「行きます」
「っ!?」
何処からでも、どんな体制からでも、
自然に剣を振れるようになれ、と言う事だけだ。
「終わりですね」
ーー
「行きます」
……!! 速い…いや、速過ぎる。一旦距離を空けて正解だった。
腕は下げたままか、それでは此方の攻撃を防ぐ事は出来まい、
それにその速度だ。止まる事は不可能、打ち込めば間違い無く、当たる。
「っ!?」
何だそれは!?
前傾姿勢から上体を反らし、剣を躱した。
此処までは良い。
だが、それをあれ程速度の乗った状態でやってのけるとは、最早ヒトの出来る動きでは無い。
しようと思えば出来るかも知れんが、身体に凄まじい負荷が掛かる。それも関節が軋み、筋肉が断裂してしまう程の、だ。
しかも、そんな動きをしたにも拘わらず、
「終わりですね」
躱した直後、速度を変えず私の目の前に一瞬で…
「ああ、そうだな」
甘いな、こう密着した状態では剣は振れない。だが、
「いてっ」
体を回転させ腹に肘鉄を見舞う事くらいは出来る。
「ふふん、どうだ?」
「イレーネさん、ずるくないですか? 終わったのに攻撃して来るなんて」
「ま、まだ参ったとは言っておらんだろうが!!」
「あ、そっか、確かにそうですね。じゃあ、僕の負けです」
随分あっさりしている、案外素直なのだな。
「だが本来なら、あの時点で私の負けだ。私が此処に来た訳を話そう」
「いや、何か色々と面倒そうなので、あまり聞きたくないです」
……素直、なのか?
続く
【魔獣】
「ま、まあ聞いてくれ。これは貴様の祖父、ダリオ殿に話そうとした事だ」
「爺ちゃんに? と言うか昨日、爺ちゃんを剣士とか言ってましたけど」
まず其処から話さねばならないか…長くなるが仕方無い。
「貴様の祖父は、大陸で知らぬ者無しと言われた程の剣士だ。
何人斬ったかは未だに不明だが、多くの剣士を斬り伏せ、名を上げた」
「……………」
自分の祖父が人を斬り殺したと知れば、そうなるだろうな…済まない。
だか話さねばならないのだ。
「……まあ、この話しは良い。問題は最近出没し始めた『魔獣』についてだ。これも今から説明する」
「魔の獣と書いて魔獣。奴等は自然に生まれたのでは無く、人によって生み出された化け物だ。
知性が高い者も居れば、完全に無い者も居る。私は、その魔獣を刈る為に創設された部隊の一員だ」
「何故爺ちゃんに? 剣より銃の方が
「当たらんのだ……奴等は速く、力も凄まじい。
的を絞る間に殺されてしまう。ならば剣等による近接戦闘しか方法はない」
「そんなに速いなら、人間が戦ったって勝てないんじゃないですか?」
「我々には特殊な薬が打たれていてな。まあ、身体能力を上げる様な薬だ。その薬に適応した者が部隊に入る」
「何だか怖いですね。副作用とか…」
「完全に適応出来る者にしか打たないからな、その辺りは大丈夫だ。
そして剣術が廃れ、銃の時代となった今、我々を指南してくれる者を捜し訪ねて来た訳だ」
「なる程。あの、その魔獣って誰が?」
「間違い無く、黒の国の残党だろう。魔獣とは元は人間なのだ…嘗て存在した魔物の血肉を使って造られている。
黒の国の一部は戦時中、親を亡くした子供に惨い実験をしていた。自国民だろうと躊躇いもせずに…狂った連中だ」
「……人間を『使う』? そんな事」
「やるさ。奴等ならな」
「じ、じゃあ、その魔獣になった人達は」
「二度と元には戻る事は無い。魔獣は人を喰らう…放置は出来ん」
「…そう、ですか」
まあ、急に話されても理解出来んだろうな。
しかし、この少年が我々に協力してくれるなら、間違い無く即戦力になる。
出来れば協力して欲しいが……そうなるには、時間が掛かるかも知れんな。
続く
【幸福】
「糞ッ!! こんなの聞いてねえぞ!!」
「ああ、まさか人の形を保てる魔獣が居るとはな。
おい新米、俺達が時間を稼ぐ、だからお前は逃げろ。そして伝えろ」
「わ、分かりしひゅっ
新米と呼ばれた青年の目の前には、少女が立っていた。
身の丈の半分はある凶悪な爪で、地面に絵を描いている……
斬り落とした青年の頭部を持ちながら。
「あはっ、逃がすワケ、ないじゃない」
「……っ、てめえっ!!」
「部分的に、変化させられる、のか……」
「安心してね。痛くなぁい、痛くなぁい」
腰まである金色の髪に、青い瞳、白いワンピース。
見た目は、何処からどう見ても普通の少女。
だが、その凶悪な爪と、
『普通の』少女がする事は決して無いであろう残虐な笑みが、
この少女は、魔獣であると証明している。
「ワタシ、あんまり食べるの好きじゃないのよ?
アンタ達って、なんかクサいし、血塗れになって食べてるトコロ見られたら、恥ずかしいじゃない?」
残った二人は動けずに居た。
どれほどの速度で移動したかは分からないが、少女は二人の間に立ち、
その凶爪は、首筋にぴたりと当てられていた。
少女がすうっと動かせば、次の瞬間に首は飛ぶだろう。
「変わるはキライ、だってスッゴく怖いでしょ?
でもでもっ!! これは好きなの、この時は、スッゴくスッゴく、だぁい好きなのっ」
少女は、微笑みながら、二人の首を跳ねた。
「あとね? 赤は、スッゴく、キライなんだぁ」
続く
【選択】
『被害は拡大し、魔獣の数も増え続けている。我が部隊は創設されたばかりで、人員も少ない。
魔獣による被害が大陸全土に広がる前に、何とかしなければならない』
「でしたよね? 確か」
「……ああ、そうだ」
彼は試合の後、私に何度も質問した。
被害人数、魔獣を刈った時の事、彼等を救う術は無いのか等、
私は、聞かれた事全てに答えた。
その後、暫く考え込み、彼は選択した。
「僕には、協力出来ません」
理由は、魔獣を魔獣として見れないだろう、と言うものだった。
元は人間、彼等も被害者なのでは無いか?
その思い、分からないでもない。
無理矢理に魔獣にさせられた者も、確かに居るだろう。
だが現実に、奴等は人を襲い、喰らっている。
その行為は、ヒトのする事では断じて無い。
協力を得られなかったのは残念だが、仕方無い。
何より、まだ少年だ。無理強いなどしたくはない。
「では、私は行くよ」
「はい。色々教えてくれたのに、ごめんなさい」
「いや、いいさ。達者でな、ロイ」
続く
【遭遇】
魔獣か、確か人に魔物の血肉を移植して…だったかな。確かに狂ってるとしか言えないな。
ん、あれ? イレーネさんの剣だ。忘れた、訳がない……わざとだな。
まぁ、ついさっき出たばかりだし。直ぐに追い付くだろう。
ーーー
達者でな、などと言いつつ諦めきれずに、剣を置いて来た訳だが……
「やあ、赤い制服のお姉さん」
まさか陽がある内に魔獣と遭遇するとはな…しかも男、知性在り、拙いな。
「私に何の用だ? 猿の化け物」
「用? 用なんか無いさ」
でかい、力型の魔獣か。ふん、用は無いなどと言いながら、殺気が滲み出てるんだよ。
「ほう、変わった奴だな。用も無く話し掛けるのか、化け物」
「キミに見せたいんだ。この姿をね」
「なっ!?」
馬鹿な!! 獣の姿からヒトの姿に戻っただと!?
「おお、びっくりしてくれて嬉しいよ。ん? 誰か来る……折角だから、喰べちゃおうかな」
「……っ、ふざけッ
「びっくりした? ヒトの姿だと速く動けるんだよね。力は結構落ちるけどさ…って、聞こえてないか」
ーー
あれイレーネさんだよな。何か、倒れてる?
全く、そんな態とらしい演技までしなくても良いのに。
「イレーネさん、剣忘れてますよ。イレーネさん?」
本当に気絶してる。野盗か? でも、この人は野盗に後れをとる様な人じゃない。
「やあ、少年」
黒いローブ……何だ、この男の人。
何か上手く言えないけど、得体の知れない、身体の奥が気持ち悪い。
「貴方は?」
「ああ、オレは魔獣だよ? 其処の姉さんはオレが気絶させたんだ」
魔獣? 魔獣は人には戻れない筈だ。
そうだ。二度と元の姿には戻れない、イレーネさんに確かにそう聞いた。
なら何故、この人は自分を魔獣だなんて、
「あれ? びっくりしないんだ。
なにキミ、田舎者なのに魔獣知ってるの? つまんないな。じゃあ……ほら? どうどう?」
身体が変わった。猿、猿の魔獣か。
「キミ、びっくりしないね? んん?
何か、キミは変わった香りがするねえ。取り敢えず、今からキミを喰うから」
「待って下さい。貴方は、何故魔獣にされたんですか?」
「冷静だねえ。詳しい事は言えないよ。でもオレは、なりたくてなった」
自分から魔獣に?
自ら望んで、人を喰らう化け物になったのか?
「なに? 連れ去られて…とか想像してんの? 魔獣にされた? 違う違う、そんなんじゃないよー」
……僕は、そうであって欲しかった。
「んじゃ、頂きまーす」
「……ッ、痛ったいな」
鈍重そうに見えるけど、見かけによらず、かなり速い。
「キミさ、絶対絶対おかしいよ?」
おかしい? そんなの知ってる、僕の身体は普通じゃない。
「右腕噛み千切られて、痛ったい、で済むわけ無いよ。それに……」
魔獣って、お喋りなのが多いのかな? 少しは黙ってられないのか?
「なんで、右腕生えてんの?」
続く
【最期】
僕は傷の治りが異常に早い。
僕が僕の身体をおかしいと確信したのは、
まだ拾われたばかりの頃、爺ちゃんが斧で倒した樹の下敷きになった時だった。
痛みもそれ程感じなかった。
樹の下から這い出た僕を見た爺ちゃんが、凄く難しい顔をしていたのを今でも覚えてる。
「ねえ、なんで右腕生えてんの?」
知らない、教えて欲しいくらいだ。
でも、これで分かった。
『魔獣』がどう言うものなのか、何故イレーネさんが爺ちゃんに会いに来たのか。
魔獣と言う生物の怖ろしさ、ヒトを人と思わず、喰らう化け物。
取り敢えず、生えた右腕の事は頭の隅に置いておこう。
「どうしたの、黙っちゃって。
それにさ、キミ細いけど美味しいよ? しかも何度でも喰えるもんね? 最高だよキミ」
もう躊躇いは無い。この魔獣は人を棄てた魔獣なんだ。
自らの意志で魔獣になったんだ。
「なになに? 剣なんか抜いちゃって、戦う気? そんな細い身体してるのに?」
……爺ちゃん、僕は今から『魔獣を』殺すよ。
「じゃあ、もう一度、頂きまーす」
よし、大丈夫。ちゃんと見える。
突進と共に突き出される拳を避けて、思い切り、振り抜く。
「ひェッ? ナニ? キミ、化け物?」
頭だけなのに、喋れるのか。
それより、魔獣に化け物って呼ばれるのは嫌だな。
「……そうかも知れない。でも、僕は猿にもならないし、人も喰わない。魔獣とは違う」
「ははは、ソうカナ? 案外、同ジかモヨ?」
「僕は貴方とこれ以上喋りたくない。じゃあ、さようなら」
続く
【子供】
「まだ、辛いか?」
「いえ、大分落ち着きました」
あの後、イレーネさんを家に運び事情を説明した。
その間、僕は何度も吐いた。
あれは魔獣だと、斬った事は正しいと、何度自分に言い聞かせても、
身体に拭えない何かがこびり付いた様な気がしてならなかった。
「ロイ、済まない。私が悪かったのだ」
最初に会った時とはまるで違う。
とても悲しそうな顔で、イレーネさんは僕に何度も謝った。
「大丈夫です。だから、もう謝らないで下さい。それより」
「……お前の身体の事か?」
「……はい」
僕は自身に起きた事も、話した。
僕は自分の身体が怖かった。分からないから、凄く怖い。
恥ずかしいけど、泣きながら、イレーネさんに伝えた。
「ダリオ殿がお前を拾った年は、まだ戦時中…
先の話しを聞く限り、黒の国が行っていたと言われる人体実験の被験者であった事は、間違い無いだろう」
「じゃあ、僕は、人間じゃ、ないんですか?」
ーー
「じゃあ、僕は、人間じゃ、ないんですか?」
私が余計な事をしなければ、
ロイが魔獣に出会う事も、自分の身体を怖れる事も無かった。
私は一人の人間の人生を、狂わせたのだ。
「私が言うのも可笑しな話しだが、泣かないでくれ。ロイ、大丈夫だ。お前は間違い無く、人間だ」
葛藤、後悔、不安、涙、
化け物には、そんな物は無いのだから。
「僕は、怖い、んです」
……っ、まだ十四・五、こうなって当たり前だ。
まだ、子供なのだから。
「あっ…イレーネ、さん?」
「私には、これくらいの事しか出来ん、許せ」
私には、抱き締める事しか出来なかった。
魔獣を魔獣と割り切れず涙を流す、当たり前の、普通の、心優しい少年を……
「私は、明日の朝に発つ。魔獣が人の姿に戻る、これは非常に拙い事態だ。
それに、お前が倒した魔獣は今までの魔獣とは違う。一刻も早く皆に伝えなければならない」
最低だ。心に傷を負わせながら、何もせずに……
「あの、僕、知りたいです。だから、僕も行きます」
「……辛くなるぞ?」
「それでも、知りたいです」
この子は、前に進もうとしている……
怖くて、不安で、堪らない筈なのに、真実を見つけようとしている。
「……そうか、分かった」
この子の心は、私が守らなければ。
「……ん? ロイ?」
「………ぅん」
ふふっ、寝てしまったのか。
言動は大人びていても、やはり寝顔は子供だな、可愛らしいじゃないか。
いや……それより、
ロイが受けた実験は、戦後六年経つが未だ謎が多い。
だが、何れ魔獣を造り出した者と相対した時、
全てとは行かなくとも、何かが分かる筈だ。
続く
【変化】
戦前の黒国、その主な領地が以前から魔獣によって頻繁に襲撃されている。
この事から、奴等の目的は国の再建であるのでは無いか、とも考えられている。
魔獣を製造したと思しき場所も、前黒国領に多数確認された。
それと我々、魔獣討伐部隊を好んで狙う魔獣も多数いる事もあり、
赤国に何かしらの怨みを持つ者達、とも推測出来る。
最近は知性持ちが多く確認され、極少数だがヒトの姿に戻る種も確認された。
ヒト型の魔獣は総じて能力が高く、高確率で単独行動している。
その理由は最近になって偶然発覚した事だが、
ヒト型は同族、つまり魔獣と接触するとヒト型を保てない事が分かった。
その為、我々は常時、魔獣の欠片を所持しなければならない。
とは言え、ヒト型が確認された事で、魔獣と言う一つの種が完成されて来ている感がある。
それと、我々が投与された薬も改良が進んだ為、
ヒト型との戦闘でも単独で無い限り、まず負ける事は無いだろう。
だが、同じヒト型でも強さには大きな開きがある。
油断はするな。
「説明は以上だ。各自、訓練に励め」
ーー
「お疲れ様です、イレーネ隊長」
「ああ、本当に疲れたよ。私は大勢の前で話すのが苦手らしい」
「前の隊長って、やっぱり…」
「ああ、ヒト型にやられたのだろう」
「あの、イレーネ隊長」
「ん? 何だ?」
「説明長くて疲れました。半分以上聞いてなかったです」
「……もう一度、説明しようか? ロイ君」
「いや、全然大丈夫です。それに、僕はこれから訓練なので、そんな時間無いです」
「はぁ…なら早く行け」
「はいはい。ああ、イレーネさんも早く来てくださいね?」
「おい、隊長と呼べと何度言ったら…」
ロイが入隊して二ヶ月か……
私の推薦で入れたのだが、やはりと言うべきか、ずば抜けて能力が高い。
我々が投与された薬は、ロイには投与されていない。
にも拘わらず、他の者と比べる迄も無く、部隊一の強さを誇っている。
入隊当初は自身も戸惑っていたが、今は多少吹っ切れた様だ。
それに、笑顔も見せるようになり、随分明るくなった。
子供っぽくなったとも言えるが、部隊最年少。年齢を考えれば当たり前の事だろう。
まあ、手の掛かる可愛らしい弟が出来た様で……うん。
………悪くは無い。
続く
【二人の青少年】
「ロイ、君に質問だ」
彼はレイニー、僕より三つ上の十八歳。まあ、僕が十五歳だとしたらだけど。
それに背が高くて、黒髪だから良く目立つ。
部隊に来て、最初に話し掛けて来たのがレイニーだった。
「え、うん。と言うか、急にどうしたの?」
「良いから良いから。じゃあ質問です、
部隊内で一番可愛いと思う女子は誰!? さあ、お答え下さい!!」
今は訓練中、僕達は剣術稽古をしてる。
木剣とは言え、今まさに戦っているのに、何時もこんな感じだ。
「えっ? うーん。誰かな……」
「あの子なんてどうだ? 剣を振る度に揺れる、大きな胸」
前にイレーネさんに怒られたばかりなのに、懲りないなぁ。
絶対に僕も巻き添えを喰うから、勘弁して欲しい。
「胸が大きいのが好きなの?」
とは言っても、レイニーとの会話は楽しい。
僕は、お喋りが好きじゃ無かったけど、今は楽しく感じる。
「そりゃあもう!! 挟まれたいよな!?」
鍔迫り合いをしながら鼻息を荒くしないで欲しい。
声がでかいから丸聞こえだよ。
それに、皆がちらちらとこっち見てるし、恥ずかしいから止めて欲しい。
「えぇ…そこまでは思わないよ」
「またまたぁ、えっ、何? もしかして尻好き?」
そう言えば、ちょっと前にレイニーがふざけて女の子のお尻を触ったっけ…
そしたらその人が泣いちゃって、袋叩きにされてたなあ。
今も此方を睨んでるのはその人達だ。レイニーは全く気にして無いけど。
ーー
「可愛いって、胸とかお尻で決まるの? 普通は顔とかじゃない?」
コイツはロイ。
まだ十五の癖に髪が真っ白で、変な奴だなってのが第一印象だった。
「まあ、うん。じゃあ可愛いと綺麗だったら?」
だから初めの頃、周りの奴等は気味悪がってた。
まあ、コイツは強いからな、色々嫉妬とかあったんだろけどさ。
後、コイツはそんな事無いって言うだろうけど、
「綺麗」
俺には、何だか寂しそうに見えた。
「即答だな。そりゃなんで?」
俺も此処に初めて来た時、髪が黒いから、陰で色々言われた。
『黒』なんて呼ぶ奴も居た。
それで、何だか気になって話し掛けた。そしたら、
『僕はお喋りな人は好きじゃない』
とか、ボロクソに言われたけど、
「えっ? だって強そうだし、頼りになりそうでしょ?」
話していく内にこんな感じになった。
「お前さあ、顔にまで強さを求めんなよ……」
変わった奴だけど、今じゃ大事な友達だ。
続く
【先輩】
都か、何度来てもやっぱり慣れないな。
人は多いし店も沢山、何だか目が回りそうだ。
討伐部隊の本部は都の中に在る。
だから偶に来たりするんだけど、何度来てもこんな感じだ。
『お前の気に入った物を買ってこい』
って言われたけど、まず店が見つからない。
もう結構歩いたんだけどな。
「あれっ、ロイ君?」
同じ制服。部隊の人、見た事ある気がする……けど、
「ええっと、誰ですか?」
「えぇ…あ、でも直接話した事ない、よね」
あれ、何か落ち込んじゃった。
悪いことしたな、でも、確かに顔は……
「ああっ!! レイニーにお尻触られて泣いた人だ」
「そうだけど!! 確かにそうだけど!!
そんな覚え方しないでよ……私はリリア、よろしくね?」
ああそうだ、リリア先輩だ。
皆が可愛い可愛いって言ってて、男子にも女子にも人気がある。
『強さに可愛さは必要無いと思う』
以前、レイニーにそう言ったら、
『えっ、お前、ゴツい女の子が好きなの?
うわぁ…ありえねぇ。コイツ、絶対正気じゃねえよ……』
とか言われた気がする。いきなりお尻を触る変態よりは正気だ。
でも、リリア先輩の周りには何時も女友達が居る。
レイニーを袋叩きにしたのもその人達だ。今日は一人なのかな?
それに、大人しめに見えるけど意外と元気…と言うか、気持ちの落差の激しい人だな。
ーー
「はい、宜しくお願いします。リリア先輩」
「ほあぁ…あっ、うん」
先輩なんて呼ばれたの初めてかも…
スッゴい嬉しいなぁ、殆どの人は、ちゃん付けだし。
ロイ君、みんなが言うほど変わってる感じはしないけどなぁ、
最初は見た目が見た目だから、色々言われてたみたい。
だけど、最近はそう言うのも薄れ始めて来て、
最強少年、シロ、弟(妄想)、弟(癒し)、剣術万歳ロイ君、口撃兵器ロイ……等々
まあ沢山のあだ名が付けられている。主に女子から。
この子にだけは、リリア先輩と呼び続けて欲しい。
「リリア先輩も買い物ですか?」
「え、うん。もう終わったけどね、ロイ君は?」
「あ、僕はイレーネさんから剣を買って来い。
って言われたんですけど、場所が分からなくて迷いました」
………これは、良い機会かもしれない。
「じゃあ、私が案内するよ」
「良いんですか? じゃあ、お願いします」
「えっと、討伐部隊専用の武器を造ってる武器屋さんで良いんだよね?」
「あ、はい。そうです」
「分かった。じゃあ、行こっか」
よしっ、なんか先輩っぽいぞ、私。
続く
【表情】
「なるほど、自分に合った剣を買いに」
「イレーネさんに、その武器屋になら在るだろう、と言われたので」
「ロイ君って隊長と仲が良いよね。
イレーネさん、なんて呼ぶのはロイ君だけだよ? 怖くないの?」
「怖くなんか無いですよ? 優しいし、よく笑うし」
えっ? みんなに怖れ敬われてる隊長が優しい? 全く想像出来ない。
強くて格好良いから、私を含め、女子隊員全員が憧れている。
「あの、優しいって、どんな風なの?」
そんな隊長が、凄く気になる。
「……撫でてくれたり、とか」
……顔真っ赤だ。何か、急に子供っぽくなった感じがする。
こんな顔するんだ…って言うか、撫でる?
「それは、どんな時に?」
「えっ? あまり無理はするなよ、とか言ってくれて」
あっ、ちょっと想像出来る。と言うか、私もされたい。
「あの、今のは忘れて下さい。恥ずかしいので」
「うん分かった」
忘れる事は、決して出来ないだろう。
「後、ロイ君って何か苦手な物あるの?」
「車の運転が苦手です。未だに怒られます」
意外だ。何でも出来そうな感じするのに。
やっぱり得手不得手はあるんだ。
「リリア先輩は運転出来ますか?」
「うん。でも、一々がちゃがちゃしなきゃならないから、大変だよね」
「ですよね……僕、何回も止まっちゃいました。二輪は大丈夫なんですけど」
「そっか、でも早く乗れるようにならないとね。魔獣討伐の時とか支障出ちゃうし」
「……そう、ですね」
何だろう。こんな顔、初めて見た。
痛そう…と言うか、酷く辛そうな……いや、怯えてる?
「あの、大丈夫? 顔色悪いけど」
「大丈夫です。あっ、この店ですよね」
「……うん。じゃあ入ろっか」
魔獣が出現し始めてから、家族を亡くし、孤児になる子が増えてる。
私も両親を亡くして、それから部隊に志願した。
薬に適応出来るのは成人前の者だけ、私は迷わなかった。
辛いと言うより、怒りや憎しみの方が強い。部隊のみんなもそうだろう。
だけど、さっきのロイ君の表情…
怒りや憎しみと言うより、不安と恐怖、
そんな風に、私には見えた。
続く
【剣】
「おうっ、いらっしゃい!!」
「イザークさん、こんにちは」
「今日はどうした? まさか剣が壊れ、る訳ねえか。このオレが造ってんだからな」
凄い自信だ。でも、確かに魔獣との戦闘中に武器が壊れたなんて一度も聞いた事が無い。
剣だけ残ってた、なんて話しは聞いた事がある。
「僕に合う剣を買いに来ました」
「お前、細いな。ちゃんと飯食ってるか? そんなんじゃ剣振れねえぞ?」
筋肉、結構付いたと思うんだけどな。でも、この人に比べたら僕なんて小枝みたいなものか。
「そんな事無いですよ? この子は部隊内で一番強いんですから」
「へぇ、こんな細っこいのにか?」
背中をばしばし叩くのは止めて欲しい、ちょっと痛い。
「まっ、ゆっくり見て決めろ」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ、私も見るだけ見ようかな。終わったら声掛けてね」
「分かりました」
槍、斧、鉄槌、剣以外にも沢山ある。
どれが良いだろう?
『自由自在、右手だろうが左手だろうが、同じ様に振れ』
爺ちゃんなら、これを選ぶのかな。ちょっと他のとは造りが違うけど…
えっと、イザークさん、だったっけ。
「イザークさん。これを僕に下さい」
「……裏に来い」
何か様子が変だ。気に入らないのかな? でも、僕はこれが良い。
「分かりました」
イザークさんに着いて裏口を抜けると、空き地に出た。
空き地と言うより、庭か。
「振ってみろ」
「……はい。じゃあ、行きます」
僕は鞘から剣を抜き、身体が動くまま、剣を振った。
ーー
こんな細っこいガキが、あれを選ぶとは思わなかった。
大方、と言うか殆どの奴は大剣や鉄槌を選ぶ。
薬や何やらで力が付いたからか分からんが、オレから見たらつまんねえ話しだ。
オレは、造った全ての武器に自信がある。
手抜きはしない、だから皆がオレの造った武器を買う。
だが、若いのは見てくれだけで選ぶ奴が多すぎる。デカけりゃ良いってモンじゃねえんだよ。
その辺、イレーネは分かってやがる。髪の黒いガキと、リリアもそうだった。
今挙げた奴等は、自分に合う物を選んだ。イレーネの場合、他の奴等が持つ剣より細い、片手直剣。
だがこのガキは何だ? 何を思って選んだ?
造ったモンに優劣を付けたくはねえが、
このガキが選んだのは、オレが一番気に入ってるヤツだ。
製法から何から必死に考えて造った、最高のモンだ。
早々簡単に渡す訳には行かねえ。
「振ってみろ」
「……はい。じゃあ、行きます」
……なんだ、このガキ。
刀身は太めに造ってる。だが片刃で若干の反りがあるから、かなり扱いは難しい筈だ。
しかも二本だぞ?
同じ長さの物を二本…同時に、振ってやがる。
淀みなく、詰まる事も、止まる事も無く、延々と……
造っといて何だが、扱える奴が居るとは思わなかった。
何処に居るのか、生きてんのか、死んでんのかも分からねえが、
扱えるとすれば、ディノス。
大陸最強の剣士、ディノスぐらいなモンだと思ってた。
正直、ディノスに渡すなら?
何て事を考え始めて、色々と試行錯誤して、やっと造り上げた。
いや、正確には、この製法は昔からあった。
だが今は造る奴が居ねえ。いや、『造れる奴』が居ねえ。
此の世で、最も美しく、最も斬れる刃物。
ガキが振ってんのは、『刀』だ。
続く
【交差】
今、目の前で見てるが、鍛冶屋のオレでも良く分かる。
間違いねえ、コイツなら、この刀を扱える。
「おい、ガキ。名前は」
「ロイです」
「ロイ、それはお前にやる。それはオレの造り上げた最高の剣だ。大事に大事に使えよ?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
本来、人を殺す為の物が、魔獣なんてのが出た所為で、人を救う為の物になった。
鍛冶屋としちゃあ嬉しい限りだが、魔獣に感謝する気には…なれねえな。
「あの、この剣は他のとは造りが違いますね?」
「ああ、そりゃあ刀ってヤツだ。大昔には在ったらしいが、今は無いだろうよ」
「カタナ…」
はっ、変なガキだ。まあ、悪い気はしねぇがな。
『警報・都に魔獣が侵入しました』
『現在、商業地区に向かっている模様。直ちに指定されている避難所に向かって下さい』
「おいおい…此処は赤国領の都だぞ? 今まで
「……っ、イザークさん、逃げて下さい!!」
おいおい……勘弁してくれよ。
都って広いんだぜ? オレの庭以外にも落ちる場所は幾らでもあるだろうがよ。
ーー
「早く!!」
「あ、ああ、分かった」
まだ被害は無いのか? いや、都は城壁で囲まれてる。
入るなら正面しか無い。正面から入ったとすれば、少なくとも四・五人は……
それに、もし複数居るなら、かなり拙い。
イザークさんには申し訳無いけど、此処に落ちて来て良かった。
土煙で見えないけど、ヒト型か、知性アリか…
「ロイ君!! 大丈夫!?」
「「グッフッ…ゥハァッ…アアア」」
……知性ナシ・男・合成型。
「大丈夫です。リリア先輩は其処に居て下さい」
「「ギヒャッ」」
噛み付き……前は腕を喰われたけど、
「「ゥぎャアァッ!!」」
もう、喰われる訳には行かない。
ーー
「……凄い」
知性ナシとは言っても、魔獣は魔獣。
それに、知性アリと比べて行動予測が出来ないから、対処には時間が掛かる筈、なのに。
抱き付く様に跳び掛かって来た魔獣を上体反らしで躱し、剣を交差……
一瞬で、首を斬り落とした。
一歩も動く事無く、魔獣を倒すなんて。
「あの、リリア先輩、信号拳銃持ってますか?」
「えっ? うん」
「忘れて来ちゃったので、お願いします」
ずっと変なのと一緒に居るから、ずぼらになっちゃったのかな?
部隊に来た当初は、本当に真面目だったのに。
「はぁ…ちゃんと携帯してないとダメだよ? 規則なんだから」
「……ごめんなさい」
恐らく歴代最速で魔獣を倒したであろう少年を、
先輩らしく、優しく叱った後、
私は少し呆れながら、青空に向けて信号弾を放った。
続く
101 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/05/18 19:30:56.91 9OoyDiJ1o 68/181乙
鍛冶屋でイザークって他のSSでも見たな
同じ人?
102 : ◆B/NHzKmv/c[sag... - 2013/05/18 21:50:01.24 CVqqoqOp0 69/181>>101 はい、同じです。ありがとうございます。
105 : VIPにかわりましてNIPPER... - 2013/05/19 06:34:12.57 iQ4NMNvDO 70/181ーー「そうだ、俺の名は…」
だったっけ?
すげえ面白かったよ
【種の確立】
今回の襲撃事件によって、新たに発覚した事がある。
知性ナシの魔獣を操作、又は命令を下していた存在だ。
姿は少女、腰まで届く金髪、青い瞳、白いワンピースを着用していた、との報告がある。
その少女は都には入らず、城門の手前で引き返した。
挑発か、或いは実験の類と思われる。
今朝の説明で、ヒト型は同族、つまり魔獣と共に居た場合ヒト型を保てなくなる。
そう話したが、どうやら認識が甘かった様だ。
これは推測だが、ヒト型の中の最上位種……いや、
最早、完成種・完全種と言える存在が居るのでは無いか、と言うことだ。
そして、完成種・完全種は、知性ナシの魔獣を使役出来る可能性が在る。
魔獣を放った少女は、魔獣と共に居た際、瞳全体が『暗黒』の様だったと報告された。
魔獣の側に居ながら、瞳の色が変わる程度の変化だが、少女は魔獣と見て間違い無いだろう。
少女を魔獣と断定した理由だが、
城門の隊員五名の内、三名が殺害され魔獣は都に侵入した。
三名の遺体を見る限り、侵入した魔獣による傷では無かった。
そして、この殺害された三名の隊員は、少女を追った者達だ。
これから話すのは、命令だ。
絶対に忘れるな。
『魔獣の欠片』は皆所持しているが、もし、ヒト型の魔獣と接触した際、
魔獣にならず、瞳が暗黒に変化したのなら、迷わず逃げろ。
説明は以上だ。最後に、
「隊員三名の冥福を祈り、黙祷」
「……以上、解散」
続く
【結果】
「そうか……」
「うん、なんかね? セツビは残ってるし、おじちゃんは要らないかなあって」
遂にこの時が来たか、
まあ初めから制御出来るとは思ってはいなかったからな、
それに、完成したとは言え急造品だ。
私が目指したものには、遂に届かなかった。
あの助手を逃がしたのは、予想以上に痛かったな。
「そうか、まあ良いだろう。お前達を造れただけでも、良しとしよう」
「うんうん。だから、サヨナラだね? おじちゃん」
赤だの黒だのはどうでも良い、私が造りたかったのは人を超えた人。
あの子は出来が良かったのだが、最後に失敗してしまった。
生きていれば十三・四か? いや、十二だったか?
まあ良い、此の世界に新たな種を造り出せただけで十分だ。
まあ、繁栄するかはわからんが……
「あれ、何か、あれ?」
ほう…此処に来て興味深い物を見せてくれるじゃないか。
「それは涙だ。人は、悲しい時…感動した時に涙を流す」
「ふぅん、何かメンドクサイね?」
「ああ、そうだな。それと、最期に聞かせてくれ」
「なぁに?」
「お前は、自分を人間だと思うか?」
「うーん、ヒトを好きになったら、ヒトなんじゃないかなぁ?」
なる程、これも中々興味深い答えだ。
「そうか……では、後は好きにしろ」
「うん、分かった。バイバーイ」
まあ、何れにせよ、幸せなど訪れはしないだろうが……
続く
【自由行動】
うーん、好きにしろって言われたから来ちゃったけど、
「魔獣!? あの娘は人間か?」
「いや、瞳を見ろ。あれはヒトの物じゃない」
いきなり沢山連れて来たらつまんないし、この子だけで良いよね。
「ワタシ、やっぱり帰る。じゃあ、行ってらっしゃーい」
「なっ!? あの娘に従っているのか?」
「チッ、二人は魔獣を追え、オレ達はヒト型を追う」
「了解」
ーー
「ねぇ? なんで来ちゃったの?」
そんな気分じゃないから、殺さないであげたのに、バカみたい。
「……化け物」
「えぇー、アンタ達が勝手に追って来て、勝手に死んだだけじゃないの。ワタシは悪くないのに」
「……お前は、何なんだ? 魔獣なのか?」
なんか、おじちゃんみたい。
「ワタシ、アンタみたいなのキライなの。クサいし、マズそうだし、だから教えない」
「……っ、ふざけやがって!!」
あーあ、向かって来ちゃった。あんなカナヅチ当たるワケないのに。
あれ? 何だろ? 今、何か変なカンジ…
「きゃっ!!」
「はぁっはぁっ、どうだ化ぎャッ!!
「うぅ、頭がゴーンってなった。それより、さっきの何だろ?」
戻ってみよっかな、でも真っ直ぐは見つかるからなぁ。
ーー
「うっ…高い。ちょっとコワいかも知れない」
うーん、どこかなどこかな?
「あっ、花火だ」
あれ? まただ、また変なカンジがする。
何だろう? 他の子と一緒に居るワケでもないのに。
それに、スッゴいイイ匂いがする。
ーー
あの子、死んじゃったんだ。まあ、別にいいや。
それより、イイ匂いはどこから…
「あ、あのお兄ちゃんからだ」
ココまで匂いがする、この匂いスッゴい好き。
わっ、髪が真っ白だ。
でも、なんか優しそうだし、カッコいいかも。
ん? へぇ…あの子を殺したのも、お兄ちゃんなんだ。
強いのかな?
どうしよう、行ってみようかな?
でも、赤いのが沢山来たらメンドクサイし、
今日は帰ろっかな。
「お兄ちゃん、今後はちゃんと会いに来るからね?」
続く
【彼を想う者】
「以上で魔獣戦の詳細説明終了です」
「リリア、ご苦労だった。下がれ」
「はい、失礼します」
「それと、悪いがロイを呼んで来てくれ」
「はい、了解しました」
「済まないな」
ーー
僕は傷付く訳には行かない。
本来、失った腕が再生する事は無い。
傷が一瞬で治癒する事も無い。
傷付く事を怖れず戦えば、勝てるだろう。
でも、そんな戦いをするのは、人じゃない。
………化け物だ。
人は、身を守る為に技術を磨く。
魔獣戦に於いて、傷を負う事は、死と直結する。
幾ら薬によって、身体能力や動体視力が人の限界を超えても、
人で在る事に変わりは無いのだから。
僕は、人として戦いたい。
ーー
「ロイ、入って良いか?」
「うん、良いよ」
リリアちゃんと戻って来たロイは、皆から囲まれ賞賛された。
でも、ロイは一っ言も話さず、すぐに部屋に籠もっちまった。
対策会議が終わった後も、酷く苦しそうだった。
「大丈夫か? 顔色わりぃぞ?」
「……少し、気分が悪いんだ」
魔獣倒したってのに、何でそんな苦しそうな顔してんだよ?
「おい、何なら、飲み物でも買っ
「いや、大丈夫。それより、見て欲しい物があるんだ」
見る? 良く分かんねえけど、
「……ああ、分かった」
つーかお前、何で悲しそうな顔してんだ?
ーー
何時か、一緒に魔獣討伐に行くかも知れない。
その時深手を負えば、僕を見て混乱する人も居るだろう。
でも、レイニーには、そうなる前に知っていて欲しい。
「いや、大丈夫。それより、見て欲しい物があるんだ」
「……ああ、分かった」
例え友達じゃ無くなって、離れてしまうとしても……
「お、おいおい!! 剣なんか出して何すっ…」
「ごめん。僕にも良く分からないけど。こういう身体なんだ」
「指が、一瞬で…」
「気持ち悪いよね? 以前、ヒト型の魔獣に化け物だって言われたよ。自分でも…そう思う」
「………………」
あれ、僕は何でこんな事したんだろう。
そんなの、僕が一方的に避ければ良い話しじゃないか…
「もう、部屋を出て良いよ。ありがとう」
ああ、寂しいからか、
そして、嫌われるのが、気味悪がられるのが、
何時の間にか怖くなっていたからだ。
「お前は、オレを馬鹿にしてんのか?」
「えっ?」
「まあ、確かに斬り落とした指が生えたのはキモい、キモいよ。
でもな、それは指が生えたのがキモいんであって、お前がキモい事にはなんねえ」
「は?」
「うっせえ!!」
別に五月蝿くは無い。どちらかと言えばレイニーの方が…
「女みてえな顔して泣きやがって、このクソ馬鹿野郎が!!」
本当だ。僕、泣いてたんだ。気付かなかった…
「指が生えようが、チンコ生えようが、んな事は良いんだよ。お前は、あれだ……オレの友達だ!!」
もう、訳が分からない。
「だから、自分を気持ちわりぃなんて、言うな」
けど、こんなに嬉しい気持ちになったのは、初めてかも知れない。
「ははっ、うん。分かった」
「後、もう二度と、自分を傷付けたりすんなよ」
討伐隊に来て初めて、来て良かったと……そう思えた。
「うん。約束する」
ーー
どどどどうしよう。
全部聞いちゃった……と言うか、隙間から見てしまった。
だけど現実味が無くて、どうしたら良いか分かんないよ。
でも、それはそれとして、ロイ君はロイ君だ。
私達、隊員全員だって一般人からしたら、気味の悪い存在だろうし。
そこら辺りは、あんまり変わらない。
「リリア先輩、突っ立ってないで入ったらどうですか?」
「あ、うん。ありがとぅわッ!?」
「あの…リリア先輩、聞いてました?」
別に聞こうと思って聞いた訳では無く、自然と耳にすぅっと入って来ただけであって、
別に盗み聞きするつもりは全く無かった訳だけど……
「あ、はい、うん。聞いちゃった」
「リリアちゃん、最低だな」
「黙れ変態」
「うん、そう言われるのも嫌いじゃない」
ダメだ。何言っても悦ぶだけだ。
お尻を触られた時、泣き真似して友達に袋叩きにさせたのに、全く懲りてない。
「リリア先輩は、怖いですか?」
「えっ? うぅん…確かに気持ち悪いけど、うん。変態の言ってた通りかも。
だってロイ君は守ったんだよ? 本当の化け物や怪物なら、人を守ったりしないよ」
「だから、自分は化け物だ、なんて思っちゃダメだよ?」
「……あっ、はい」
「でもよ、あんまり気付かれねえ方が良いだろうな。髪の色だけで差別する、小せえ連中も居るしよ」
「うん。それは確かに変態の言う通りかもね」
「あの、リリア先輩、ありがとうございます」
何だか少しだけ、表情が柔らかくなった気がする。
あっ、そうだ……隊長から頼まれて呼びに来たんだった。
「それよりロイ君、隊長が呼んでたから行ってくれる?」
「あっ、はい、分かりました。じゃあ、行って来ます」
「……なあ、リリアちゃん。隊長は知ってんだろうな」
「うん。連れてきたのは隊長だからね」
「なんか、ありがとな。オレだけじゃ上手く言えなかった」
「お礼なんていい。あれは、私の本心だから」
はぁ…ふざけてなければ、良い男なのに……
本当に、勿体無い。
「そうか、二人に話したのか…」
「はい、何か……不思議な気持ちです」
だろうな、此処に来る前まで祖父と二人で暮らしていたのだから。
人と心を通わせる機会など殆ど無かった筈、戸惑うのも無理は無い。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます」
それに、魔獣と出会い、戦う事になったのは、私の責任だ。
最初は罪悪感からだったが、少しずつ心を開くこの子を、
心から、守りたいと思うようになった。
「ロイ、私が憎くはないか?」
「憎いとは思いません。最初に会った時は、嫌な人だなと思いましたけど。今は、大事な人です」
「……お前がそんな事を言うとは思わなかったよ。随分素直になったな」
「理由はどうであっても、僕が踏み出せたのは、イレーネさんと出会えたからですから」
「ロイ、無理はするなよ。死んだりしたら、許さんからな」
「部屋の掃除すら一人で出来ない人を残して死んだりしませんよ」
「……うるさい」
「いてっ」
「ふふん、生意気な事を言うからだ」
まだまだ心が脆いが、友が出来た事で変わるだろう。
「ロイ、自分を疑うな。心を強く持て」
「はい…あ、イレーネさん。僕、眠くなってきました」
ますます幼い、まあ可愛いが。本当は十二・三歳なんじゃないか?
と言うか、本当に何も知らぬ赤子の様な状態だったとすれば六歳だぞ?
「……ぅ、ぅん」
ディノス殿は、何を思って育てたのだろうな……
続く
【痕跡】
もう真っ暗。まだ着かないの?
「あっ、ここだ」
まだ匂いが残ってるし、うん、間違い無い。
色んなヒトに、白い髪のお兄ちゃん知ってますか? って聞いたら、すぐ分かった。
名前は、ロイ。ロイお兄ちゃん。
ロイお兄ちゃんは、ココで暮らしてた。
変わり者のおじいちゃんと二人で、畑をたがやしてたんだって。
「おじゃましまーす」
やっぱり、あんまり物が無い。
クワとか木の剣……よし、ベッドがあるから、今日はココに泊まろう。
うんうん。お家の中は、もっとイイ匂いがするね。
……あれ? ココの床だけ、ちょっと変かも。何かかくしてたりして、
「よいしょ…っと」
細いふくろになんか入ってる、中はなんだろ?
「あっ、剣だ!!」
お兄ちゃんが持ってたのとスッゴい似てる。よし、もらっちゃおう。
「カッコいい。コレを持てば、お兄ちゃんとおそろいだ。
でもお兄ちゃんのより長い、かな? よし、明日からはコレを持ち歩きましょう」
後は、うん。何もないね。
じゃあ、さっそくベッドに入ろう。
よし、イイ匂い。これなら良くねむれそうです。
今日は疲れたなあ、黒から赤に行って、それから黒に戻ったから、沢山歩いた。
みんなは元気かなぁ?
そう言えば、来る途中で、サルの子の匂いと、お兄ちゃんの匂いがした。
あそこで死んだのかな? お兄ちゃんが殺したのかな?
サルの子はけっこう強かったはずだけど…やっぱり、お兄ちゃんは強いんだ。
でも、ちょっとクサいのも居たのかな?
お家にも少し、匂いが残ってるし。
だめだめ、ちゃんとお兄ちゃんの匂いに集中しよう。
「はあぁ…なんでこんなにイイ匂いなんだろ?」
ヒトみたいに美味しそうな匂いとも違うし、気になる。
今後はいつ会えるかな? スッゴい楽しみ。
赤い服着てたから、他の子が居るトコロに行けば、お兄ちゃんが殺しに来るかも知れない。
沢山ヒトを喰べてる子がいるトコロなら、すぐに来てくれるのかな?
そうだ、明日からは色んなトコロに行こう。
「おやすみ、ロイお兄ちゃん」
続く
【出撃】
魔獣討伐の要請だ。
一夜にして町一つを壊滅、多くの住民が喰われた。
これは、町から逃れた者の情報だ。
対象は単体ーヒト型・女性・知性アリ。
髪色は赤茶、短め。瞳は緑、身長は高く、褐色肌、発育の良い身体。
服装、上は深緑のタンクトップ、下は膝下で切られた迷彩服。
「リリア、レイニー、ロイの三名での討伐になる。いいな」
「「「 はい 」」」
「では、直ちに迎え。決して気を抜くな。そして、早く帰って来い」
「「「 了解 」」」
ーーーー
「リリアちゃん、行こうぜ」
「ロイ君、行こっか」
「無視もありだな…」
変態は無視無視。
「はい、リリア先輩。よろしくお願いします」
先輩かあ……やっぱり良い響きだ。
それにロイ君、ちょっと変わった感じがして、年相応に可愛い。
「運転は私がするから、疲れたら変態に変わるね」
「あ、今更だけど、俺の名前はレイニーな?」
はいはい、無視無視。
ーー
気持ち悪い。
リリア先輩、運転下手過ぎる、なんで蛇行するんだろう?
早く町に着かないと、魔獣と戦う前に、やられてしまいそうだ。
「そう言や、お前は初めての討伐だよな?」
レイニー、君は何故、平気でいられるの?
「うん、そう、だよ…」
「あぁ…リリアちゃんって運転すげぇ下手なんだよ。わりぃ、言うの忘れてた」
此処まで具合が悪くなる程の運転を出来るのは、最早才能の一つかも知れない。
「レイニー、運転代わ、る、って、くれな、い?」
「無理無理、リリアちゃんって運転下手な癖に運転大好きだから」
前、運転面倒臭いとか、言ってなかったっけ…
「ロイ君!! 景色が綺麗だね!!」
それどころじゃない。こんな車に乗るくらいなら、徒歩で良い。
それより、早く運転覚えて、先輩の車に乗らなくて済むようにしよう。
「もう直ぐ着くから、ゲロすんなよ?」
僕はしたくない、身体がしたいんだ。
「分かった、だから、ゲロとか言うな」
「ははっ、お前のそんな顔初めて見るな。おもしれぇ」
……帰ったら、覚えてろよ。
続く
【考え事】
ああ、もう誰も居ないのか。
二・三日は保つかと思ってたけど、小さい町だし、仕方無い。
黒国領は邪魔される事もあんま無いし、次はもっとヒトの多い所にでも行くか。
兵隊さんの車があるし、乗って行こう。
オレ、車の運転好きなんだよね。
ーー
「はあぁ、風が気持ちいい」
そう言えば、久しぶりに施設行ったら、博士死んじまってたな。
大方、リズがやったんだろうけど、
オレ含め全員…いや、一人を除いて何とも思って無いだろう。
基本、造られたらポイだからさ、悲しめって方が無理な話しだよ。
リズ、リズか、今頃何してんだろう。一番年下だから、皆可愛がってたな。
会いたいけど、捜すの面倒臭い。
でも、なんつーか家族…みたいなモノ、なのか?
世間じゃ魔獣なんて呼ばれちゃいるけどさ、別に自分から名乗った訳じゃないし。
何かもっとマシなの付けてくれよ、良識在る奴も……何人かは居るし。
オレみたいに、ヒトの姿で居られる奴も居るしさ。
でも、どんな名前付けられようが、結局ヒトでは無いんだよな……多分。
なーんで博士はオレ達を造ったんだ?
「おっ?」
まっ、好きに生きれば良いか。
続く
【豹】
「あの車、僕達のと同じ……」
魔獣も運転出来るのか…
「おい、降りたぞ」
「服装も身体的特徴も、隊長が言ってたのと一致してる」
遠目だけど分かる。あの魔獣は、強い。
ーー
先回りされちまったか。何人か逃げたみたいだし、仕方無いか。
えーっと、赤いのが三人…だけ?
舐めてんのか? それとも、考えた上で三人なのか…
どっちでもムカつく……ん? 何だこの匂い。めちゃくちゃ良い匂いだ。
誰の匂いだ? 一緒に居るから分かんねえな…取り敢えず、
「わざわざ待ってたのか? 暑くて大変だったろ?」
戦えば分かるか。
ーーーー
「わざわざ待ってたのか? 暑くて大変だったろ?」
魔獣化しない? まさかイレーネさんが言ってた暗黒型……
「あん? あぁ、お前等、オレ達の欠片みたいなの持ってるんだったな」
腕だけ変わった? でも、暗黒型じゃない。
「オレ、かなり強いよ? 三人で良いのか?」
「そんなの、戦えば分かるだろ?」
「ははっ、そうだな」
「ロイ君、作戦通り頼むよ?」
「はい」
ーーーー
さてさて、誰だろう?
「じゃあ、行きます」
おっ、初めて見る剣だな…しかも二本使う奴なんてのも初めて見た。
おっ、かなり速い。うん?
「白いの、ロイだったか? 匂いの主はお前だな。良い匂いだ、お前の匂い好きだぞ」
「匂い?」
「何だ? ロイを口説いてんのか?」
あぶねぇな、邪魔すんじゃねえよ。
なんだコイツの剣、デカい包丁みてえだな。
つーかさぁ赤い制服の奴等の武器って硬いんだよな……面倒臭い。
「お前等二人は臭いな。鼻が曲がりそうだ」
「私も、魔獣の臭いは大嫌い」
「……っ、痛ってえな!!」
こりゃ余裕かましてる場合じゃねえな。三人共にかなり強い、
「二人は殺す。白いのは…よし、連れてくか」
面倒だし、さっさと終わらせよ。
ーーーー
「こんな魔獣、初めて見る……っ、レイニー!!」
リリアの斬撃直後に魔獣化。姿は大型の黒豹。
「あっぶねえ…なっ!!」
剣を面にして突き立て防御、即座に反撃するが、其処に魔獣の姿は無かった。
「すげぇな。もう、あんなトコに居やがる。なあ、一旦引き返した方が良くねえか?」
「馬鹿、絶対無理だよ。しかも、ロイ君の事気に入ったみたいだし」
黒豹は距離を取り、三人の周囲に円を描くように歩いている。
ゆっくりゆっくり、段々と、範囲を狭めて行く。
「ロイ君、行けそう?」
「はい。僕が魔獣の脚を止めます。そしたら追撃して下さい」
「ロイ、無茶すんなよ」
「うん、ありがとう。じゃあ、行くよ」
一気に距離を詰め、黒豹に斬り掛かる…が、
「えっ?」
「よっ、捕まえた」
「ロイ!!」 「ロイ君!!」
一瞬でヒト型に戻り攻撃を躱し、羽交い締めにした。
「お前、良いよ。すっげー好き。だから、うん…オレの物になれ。
お前が喰うなって言うなら、ヒトを喰うのも我慢する。他の二人も生かしてやるから。なあ…ダメか?」
ヒト型に戻った全裸の魔獣、彼女はロイに向けて、畳み掛けるように言葉を紡いだ。
彼女はロイの首筋に鼻を近付け、すんすんと匂いを嗅いでいる。
「……ぅっ、あ、貴方も望んで、魔獣、に?」
ーーーー
「うん? そんなこと知りたいのか、変わった奴だな。まあいいや、教えてやる。
死にそうだった所を拾われてさ、気付いたらこの身体になってた。そんだけだ」
「何で、受け入れ、られる? 人で、無くなった事を、ヒトを、喰べる自分を」
「例え拒否しても現実は変わらないし、身体も戻らない。なら認めるしか無い…でないと、狂っちまうだろ?」
そうか、この魔獣は、望んでなった訳じゃないのか……
でも、僕は二人に打ち明けた後で決めたんだ。
僕は…人を守る為に戦う。
「……っ、リリア先輩!! レイニー!!」
「はあ? …っ!! ぁぐっ…!! お前、等、なん…で」
「うっせえ!! 俺達だってやりたかねぇよ。クソ馬鹿野郎が…」
「リリア先輩、泣かないで…下さい」
「だって、だってこんな事っ!!」
僕が二人に、頼んでいた事だ。
もしこんな事態になったら、僕諸共、突き刺してくれ、と。
この二人になら、構わないと思えた。
続く
【彼女が残した言葉】
「もう、大丈夫。傷は塞がったから」
そう言った僕を見て、二人は少し黙った。でも、その後、
「ねえ、変態」
「ん? どうしたリリアちゃん」
「強くなろう。ロイ君を、守れるくらいに」
「ああ、そうだな。友達を剣でぶっ刺すなんて二度としたくねぇ」
……そう、言ってくれた。
二人は示し合わせた様に、謝りの言葉も、感謝の言葉も言わなかった。
一切、何も、語らなかった。
ただ、僕の為に、涙を流してくれただけだった。
ーーーー
その後、魔獣の遺体を回収した僕達は、レイニーの運転で本部に帰還した。
僕が聞いていなかったのか、それとも、聞かされていなかったのかは分からないけど、
本部別棟には、魔獣研究所と言うのが在るらしい。魔獣の欠片を造ったのもその人達みたいだ。
所長は女性で、自ら魔獣の遺体を弔ったり、
魔獣の遺体を乱雑に扱った研究員を厳しく注意したり。変わってるけど、素晴らしい人物だと聞いた。
きっと、心が強い人なんだろう。
「はぁ…魔獣、魔獣か」
黒豹の魔獣は息絶える寸前、僕にこんな事を聞いてきた。
『なあ、オレがヒトだったらさ…お前は、オレと共に来てくれたのか?』
僕には、何も言えなかった。
ヒト型で死んだからか、彼女の言葉は心に残った。恨み言も言わず、ただそれだけを聞いて。
気丈で、強くて、我が儘な女性だった。
それが何だか、イレーネさんと被って見えた。
彼女は、人として生きたかったのか? 魔獣となった事を悲しんだりしたんだろうか?
帰り道からずっと、そんな事ばかり考えていた。
『例え拒否しても現実は変わらないし、身体も戻らない。なら認めるしか無い…でないと、狂っちまうだろ?』
彼女は認めたんじゃなくて、魔獣で在ろうとしたんじゃないか?
以前、人として生きていた事から目を背ける為に、『魔獣』の中に逃げていたんじゃないのか?
後悔や、悲しみ、寂しさが無ければ、
『なあ、オレが人だったらさ…お前は、オレと共に来てくれたのか?』
こんな事は言わない筈だ…と、思う。
人として出会えていたら…か、何だか虚しい感じがする。
彼女は、最初に戦った魔獣とは全然違う。死ぬ間際、とても悲しそうな顔をしてた。
「僕と、何が違う?」
そうだ。僕は姿が変わらないだけで、魔獣に近い存在なのかも知れない。
そう考えると、凄く怖い。
だけど僕には、大事な人、支えてくれる人、守りたい人が居る。
何時か、僕が何者なのか分かっても、それだけは変わらないと信じてる。
続く
【復讐】
何で怒ってるんだろ? ワタシには分かんないや。
それよりお兄ちゃんを捜してるんだから、ジャマしないで欲しいな。
「ねえ、もうやめようよ。アンタじゃワタシに勝てないよ?」
「黙れリズ、お前は博士を殺した。絶対に許さない」
はぁ…そうだったね。この子はおじちゃんが大好きで、よく一緒にいたっけ。
ん? 好きって、好きだって事なのかな?
「ねえ、おじちゃんのこと好きだったの? 男の子なのに、気持ち悪いね」
「ふざけるな……あの人はボクを助けてくれた。命の恩人なんだ」
なぁんだ。ただカンチガイしてるバカか…でも仕方ないよね?
そう思った方が楽だもん。
「アンタ、自分が嫌われてる、捨てられたって考えないの?」
「そんな人じゃない」
「じゃあ、何でココにいるの? おじちゃんの側に居れば良かったのに」
「……それは、新しい研究材料を
「くだらない。もうイイ、本気で来てもイイよ? 殺してあげる」
「……なら、死ね!!」
ぐちゃぐちゃしてて気持ち悪いなあ。なんか虫みたい。
そんな風にされてるのに、自分は好かれてるなんて、しかも命の恩人だなんてバカみたい。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!」
「ははっ、何それ? やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやっ!!」
「だめだ、息続かないや」
あっ、せっかくだから、この剣を使いましょう。
「あれっ、背中からじゃ抜けないや」
「うおぁあああッ!!」
「……うるさい」
「ァッ!! なッんで、? か、らだが」
あーあ、お兄ちゃんみたいに、カッコよくズバッてしたかったのに……
もうイイや、早く首切っちゃおう。
「よしっ、抜けた。わぁっ、スッゴいキレイだ。なんでも切れそう」
「う、ごか、ない。ボクのから、だな、のに」
こんなの切ったら汚れちゃいそうだけど、れん習しないと、お兄ちゃんみたいになれないし。
あんまり力入れない方がイイのかな?
こう、ツメでやる時みたいに、すって感じ? よっし、行っくぞぉ……
「じゃあ、バイバイ」
「ぐっ、リ、ズァッ
「スッゴい!! スパッて切れた。ふふっ、コレで少しはお兄ちゃんみたいになれたかな?」
剣じゅつ、習おうかな…でも見れば覚えれるし、早く会いたいからイイや。
次はドコに行こうかなあ。
続く
【罪】
私が此処へ来て一年半程が経つ。
そして二ヶ月前、書類上ではあるけれど、あの子と再会した。
運命など信じてはいなかったけれど、あの時ばかりは信じざるを得なかった。
あの子が生きていた。
それだけ知れれば良かった。
それなのに、寄りによって魔獣討伐隊に入隊して来たのだ。
私が、六年前のあの日、亡くなった子供達を廃棄する馬車に乗せて逃がした
被験者二千人以上、唯一の適性者。
けれど、あの頃の記憶は失っている。私は嬉しかった。
あの惨い実験の記憶を失い、人として生きていたのだから。
父は戦争で、母を病で亡くし、挙げ句、実験の被験者。
あの子は、私を慕っていた。私の為ならと、実験を耐え続けた。
今でも覚えている。
『僕、今日もちゃんと出来たよ。だから、絵本読んで』
………私は、
私はその姿が、その声が、あの子の思いが、痛々しくて、愛おしくて堪らなかった。
この子だけは助けようと、誓った。
そして最終実験の時、
私は、あの子を一時的に仮死状態にして、廃棄処分させた。
そして終戦後、私は暫く逃亡生活を送った。
それが間違いだったのだ。逃亡などせず、刑を受けるべきだった。
そして、出会ってしまった。
『この子を救う為に、君の力を貸してくれ』
私は馬鹿だ。所長が、あの狂った男が人を救うなど、ある筈が無いのに。
こうして私は、再び実験の片棒を担いでしまった。
魔物と人間の合成、実験は以前に増して狂っていた。
その後、所長の下から逃亡し、赤国に入り服役。
何年かを独房で過ごし、漸く死刑が執行される、筈だった。
だが、あの男が生み出さした魔獣、その魔獣が起こした事件がきっかけで、生かされてしまった。
私は魔獣研究の所長として、此処、魔獣討伐隊別棟に入った。
隊員に投与する薬を作ったのは、私だ。あの頃の技術を、応用して……
「運命は、そう簡単に逃がしてくれそうもないわね」
「……ぁ、おい、な…、オレは、生きて、のか?」
この子、運が良いのね。
「おめでとう。貴方は人間に戻ったわ、完全にでは無いけれど」
罪滅ぼし…あら、私の罪って滅ぼせるのかしら?
どう考えても、私が滅ぶ方が先になりそうなのだけれど。
続く
【問い】
「そう、所長は死んだのね……」
なんて羨ましい。
好きな事をして、我が儘を通して、死んで逝けるなんて…
所長は自業自得だとか、後悔するとか、そんな事は考えもしないだろう。
自分のした事が如何に残忍極まりない行為だろうと、お前は悪だと断定されようと、
『実験に善悪など無い。実験に善悪など持ち込んではならない。結果だけを求めれば良い』
そう言うに決まっている。
自らが造り出した種によって殺される、さぞ満足して逝った事だろう。
ある意味では、研究者の鏡と言えるかも知れない。
ーーーー
「もう一つ、質問があるのだけど」
「何だ?」
「何故、貴方達はヒトを喰らうのかしら?」
「あぁ…なんだっけな。確か、ヒトを喰う事で細胞の維持……だっけか。
だからヒトを喰いたくなる…うん。何だか、そんな事を言ってたな」
やはり、ヒト型を維持するにはヒトの血肉が必要だったのね。
確認出来て良かった。
「でも、リズは違ったな。アイツは喰わなくても良くなったみたいだし」
「リズ?」
「ああ、最後に造られた奴で、まだ子供だ。詳しくは分かんねえけど、オレ達とは違うらしい」
……魔物の細胞に完全適応出来る稀有な存在。そんな人間、この大陸に何人居るだろうか?
所長は本当に運が良い、この子と言い、他の子と言い、
リズと言う少女程では無いにしろ、何人もの適応者を引き当てたのだから。
「そう、貴方達と直接話すのは初めてだから、色々聞けて良かったわ」
「そんなのは良い。それより、オレはヒトなのか?」
「ある程度は…そうね。でも、ヒトを喰らわなくても生きれる筈よ。
後、魔獣だった頃の動きは勿論、完全な魔獣化は出来ないわね。けれど、それでも十分ヒトを超えている」
「まあ、かなり中途半端な存在ね。人に近い魔獣…とでも言えば良いかしら」
あら、少し落ち込んじゃったかしら? 男っぽいのに案外繊細なのね。
「はぁ…こんな事ってあるんだな。まだ信じらんねえよ」
「でしょうね。貴方を戻したのは、私の勝手、自己満足。
勿論蘇生させようとしたのもね。でも、本当に生き返るとは思わなかったわ」
そう、自己満足に過ぎない。
この子にとって、私のした事がどう作用するかなんて考えていなかったもの。
その場限り、この子の未来など考えていなかった。
命を救ったと言えば、聞こえは良いけれど、其処に死者の意思は介在しない。
皆が、生を望む訳では無いだろう。
「まあ、今更人間に戻れる、何て都合良く行かねえよな。まあ、好きに生きるさ」
「あら、意外ね。戸惑い狂った貴方に殺されてしまうとばかり思っていたわ」
「ははっ、そこら辺はもう超えた。それに、悪い気はしないしな」
……強いのね。
「貴方の名前、教えてくれる?」
「……良いけど、笑うなよ」
「ええ、そんな失礼な事しないわ」
分からないけれど……
「…ルル」
「あら、良いじゃない。私はもっと可愛らしいのを想像していたわ」
「例えば?」
「そうね……シンシアとかアリスとかオルエッタとか」
「もういい、痒くなってくる」
可愛らしい面もあるのね、どちらかと言えば凛々しい感じの子なのに。
「ルル、貴方はどうするの? もう自由なのよ?」
「あのさ、討伐隊に入りてえ」
狂っていると言うより、頭のネジが跳んでるわね。発想が予想外過ぎて、冷静で居られる。
「……それは何故?」
「気になる奴が居るんだよ。めちゃくちゃ良い匂いする奴」
「そう…で、魅惑の香りで貴方を虜にしたのは誰?」
「髪が白くて可愛い奴なんだよ。名前は確か、ロイだったな」
なる程、分からなくは無い。あの子は、そう…頂点。
人間を超えた人間。
魔獣とは違い、純粋な人の身のままで成った唯一無二の存在。
彼には、魔獣を惹きつける何かがあるのかも知れない。
それとも、生物として上位の位置する存在の匂いを、魔獣が感じ取れるだけなのか。
「なあ…ダメか?」
「私は知らないわ。隊長にでも話してみれば良いんじゃない?」
まあ、首を斬られて終わりでしょうけど……
「じゃあ、行ってくる」
「ちょっと待ちなさい、誰か来るわ」
……こんな夜更けに誰かしら?
「シルヴィア所長、夜更けに済まない。入って良いだろうか?」
「……ルル、会いに行く必要は無さそうよ?」
此処で戦闘が起きれば死ぬかも知れないわね……まあ、良いけれど。
続く
【雲行き】
……二年後
「この裏切り者が!! 捕食者である魔獣がヒトに付くな
「何が裏切りだ? お前、好きなように生きてんだろ? だから、オレも好きなように生きてるだけさ」
……そうだ。魔獣だろうが、人だろうが、
オレの様な半端物だろうが、皆好きに生きている、それだけだ。
「おい、イレーネ!! やれ!!」
「私に指図するな。それと、隊長と呼べ」
「ぎッ!!」
「うっし、終わったな。早く本部に帰ろうぜ?」
「……今でもお前が生きて居られるのは、シルヴィア所長の助言と、ロイの情けがあったからだ」
「良いか…ルル、あまり図に乗るなよ」
「分かってるさ。それより、早くロイに会いてえ」
「おい、いい加減にしないと殺すぞ? 何時もロイにべたべたと……」
ん? ああ…なる程なる程。
「妬いてんのか? 隊長さん」
「……死ね」
「おっと危ない」
……っぶねぇ。マジで斬りに来やがった。やっぱ冗談通じねえな。
「ちっ、帰るぞ。運転しろ」
「はいはい」
オレはコイツとしか魔獣討伐に行けない決まりだからなぁ…
二年も一緒なのに、殆ど変わらねえな。
あぁ、でも最初は半端物呼ばわりだったけど、何時の間にか名前で呼ぶ様になった。
つーか、ヒト型のは殆ど殺したんだけど、リズと知性ナシの姿が全ッ然見つからねえ。
ヒト型の方が匂い強いし、刈るのはヒト型優先だし、良いんだけどさ。
オレはあの夜、この鼻のお陰で生かされた。
『イレーネさん、お願いします』
後、ロイのお陰。
「はあぁ、早く帰って匂い嗅ぎてえよぉ」
「……誰の匂いだ?」
「ん? あれだよ、シルヴィアに貰った良い匂いするやつ。ロイじゃないぞ?」
「はぁ…まあ良い。それより、本当に知性ナシの居場所は分からないのか?」
「ああ、皆一緒に隠れてるみたいな感じ」
「一年半前から殆ど見掛けなくなった。リズとか言う魔獣が、何か企んでいるのかも知れんな」
「でもさ、ヒト型は殆ど殺したしたろ? もう少しじゃねえのか?」
「……だと、良いんだがな」
続く
【安らぎの時】
「イレーネさん達、大丈夫かな?」
「もう二年近くも組んでるんだぜ? あの二人が傷を負った事なんてねえし、大丈夫だろ」
黒豹の魔獣、現在はルルさん。
二年前のあの日、僕達が回収した彼女の遺体は、シルヴィア所長の手で人になった。
完全な人では無いらしい。そこら辺、僕と似ている。
だからか分からないけど、僕はイレーネさんに願った。
『彼女の行為は確かに許される事では無いです。
だけど、彼女は魔獣としてでは無く、人として生きたかったんだと、僕は思うんです』
『ロイ、それはお前がそう思いたいだけだろう』
『……はい。でも、彼女を殺さないで下さい。お願いします』
僕の我が儘を、イレーネさんは聞き入れてくれた。
ルルさんが魔獣だと知っているのは、
僕とレイニーとリリア先輩、そしてイレーネさんとシルヴィア所長の五人。
リリア先輩は納得いかないみたいだったけど、
魔獣討伐の効率が良くなると聞いて、渋々納得してくれた様だった。
「しかし、魔獣が魔獣討伐か…変な話しだよな」
レイニーは、『お前が良いならそれで良い』とだけ言って、後は何も言わなかった。
「元・魔獣だよ。今は…」
「そうだな。今は今だ……それより、ルルの奴かなり人気あるよな」
「まあ、性格は置いといて…外見は良いよね。凄く強いし」
「えっ!? お前、ああ言うのが好みなのか!?」
「外見と強さだけならね……でも、この前もリリア先輩と本気で戦ってたし」
と、言うか、殺し合いに限りなく近い壮絶なものだった。
最早何度目か分からないくらい、死闘を演じている。
「あれは、うん。確かに引くよな。止めれんのは俺とお前、後は隊長くらいだしな……周りの奴等は、今でもビビって動けねえ」
「……女の人って、怖いね」
「……そうだな」
あれから二年が経ち、討伐隊は順調に魔獣を刈って来た。
もう、終わりも近いだろう。
気掛かりなのは、白いワンピースの少女、リズ。
都を襲撃して以来、姿を見た者は居ない。
「ロイ君、何してるの?」
「リリア先輩、いや少し話しを」
「リリアちゃん、俺も居るよ?」
「ははっ、黙れ変態」
この二人はとても仲良くなった。見ていて楽しい気持ちになる。
二年前、本部内でのルルさんとの戦いで、リリア先輩の化けの皮は剥がれた。
最初は、『私のイメージが……』とか言ってたけど、今や開き直っている。
「あれ? なんか、昨日より気持ち悪いね?」
「ありがとうございます!!」
後、レイニーを罵るのが大好きみたいだ。
「ロイ君、買い物行かない? イザークさんも会いたがってたし」
「あ、はい。行きます」
「俺も行きます」
「うん、良いよ。でも、私達が出発した十分後に来てね」
「尻揉んで良いか? それくらい許されるだろ?」
この二人と居ると、本当に楽しい。
後、ルルさんが討伐隊に入ってから、僕は自分が何なのか、あまり考えなくなった。
『好きに生きればいいのさ。考えたって何にも変わんねえし』
この言葉が大好きだ。
僕は僕で良いんだ、このままで十分良いじゃないかって思える。
「ロイ君、レイニー、早く行こっ?」
「あっ、はい。今行きます!!」
そして、魔獣との全てが終われば、全てが良くなると信じてる。
続く
【深夜来訪】
今日は楽しかったな。買い物して、イザークさんと色々話して、帰りは三人でご飯食べて……
買い物から帰って来たら、イレーネさんとルルさんが帰って来てた。
ルルさんに何時ものように匂い嗅がれて、イレーネさんは何時も通り怒った。
仲悪そうだけど、なんか似てるんだよな、あの二人。
「ロイお兄ちゃん」
「……っ、誰ッ…んぐっ…」
誰だ? 白い…ワンピース、瞳が……まさか、この子が、リズ?
城壁には見張りが居る筈だし、正面からは入れっこ無い。
警報も鳴ってない。
一人、単独で来たのか? それより、何故僕の名前を知ってる?
ダメだ。分からない。
「落ち着いて? ワタシは迎えに来ただけ。静かにしてくれたら何もしないよ?」
「……はぁっ、はぁっ、何も…しない?」
「うん。ちょっと離れた場所に、みんな、いるから。ワタシが言えばすぐに来るようにしてるの」
……皆、魔獣か?
「皆って言うのは、どれくらい居るんだ?」
「おじちゃんが造ったのと、ワタシが新しく造ったと併せて、うーん、八千……一万くらい」
……新たに造ったと言った。
でも、人が多数失踪した、と言うような話しは聞いて無い。
「どうやって増やした」
「沢山勉強して、複製させたの。スッゴいでしょ?」
……複製、こんな少女が?
「僕には、信じられない」
「うーん。じゃあちょっと来て? 証拠見せるから」
「……分かった」
ーーーー
「はい、双眼鏡。お兄ちゃん、向こうを見て」
「……っ。そん、な…こんな数、防ぎ様が……」
目を疑いたくなる光景だ。
まるで一つの塊、黒い波の様に、ぞわぞわと蠢いている。
僕の気のせいで無ければ、今尚、増え続けている。
この少女は、何を望んでいる?
「分かってくれた? ワタシ、お兄ちゃんに会いに来る為にスッゴい頑張ったんだよ?」
「それに、ほらっ」
少女が持っていたのは長い刀、
気が動転していたのか、僕は全く気付かなかった。
「……それは?」
「お兄ちゃんのお家にあったの。お揃いだね?」
まさか、爺ちゃんのなのか? いや、それ以外に考えられない。
「君の目的は? 都を滅ぼすのか?」
「ううん。ワタシね? ずーっと考えてたんだけど、分かったの」
何がだ? 僕には、全く分からない。
「ワタシね、お兄ちゃんが好きなの」
何を言ってるんだ?
「僕は君と会った事は無い筈だ。何故、君は僕を知っている」
「うーん。あんまり長く話してると見つかっちゃうから、ワタシのお家で話そう?」
「嫌だと、言ったら」
ああ、こんなのは聞く迄も無い、答えは分かってる。
「あの子達を、ココに呼ぶだけだよ? お兄ちゃん以外のヒトなんていらないし」
「……分かった」
「やったぁ!! あっ…静かにしないと……」
「ふふっ、嬉しいなぁ。じゃあ、早く行こう? ロイお兄ちゃん」
続く
【幕開け】
「なーんか、胸騒ぎがするな」
……っ、なんだ、この感覚。待て、落ち着け。
オレは、コレを知ってる筈だ。
……リズか!!
「糞ッ!!」
ーーーー
オレには分かる。狙いは、間違い無くロイだ。
何時だ? リズは何時からロイの存在に気付いていた?
嫌な予感しかしねえ、二年前から姿が見えない知性ナシの魔獣、そしてリズ。
もし、イレーネの言っていた通りだとしたら……
頼む、部屋に居てくれ。
「ロイ!! 糞っ、やっぱ居ねえ…」
匂いは……城壁。リズも一緒か、何があった? 何故ロイは着いて行った?
いや、着いて行かざるを得なかったのか?
匂いが遠ざかってる…早く、早く行かねえと拙い。
ーーーー
居ねえ…遅かったか。一体何処に行っちまったんだ?
ロイ、何でお前は……っ!?
「……何だよ、あんなの、どうしろってんだ」
こんなに何かを怖れたのは初めてだ。魔獣化出来ないとは言え、オレは強い。
でも、オレが幾ら強くても、側にイレーネ、リリア、レイニーが居ても、
こんな圧倒的な数の力の前では、無力だ。
「リズ、お前は何がしてえんだよ…」
続く
【扉】
まさか、魔獣の背に乗って移動するなんて思いもしなかった。
一体、何処に向かっているんだろう?
もう、前黒国領に入ってかなり経つ、周りは田畑や山ばかり、町や村などは見当たらない。
「お兄ちゃんごめんね? もう少しで着くから」
初めて会った少女と共に、魔獣に乗って……僕は、何をやっているんだ。
な、んだ? 痛っ!!
『向こうの孤児院なら安心だ。元気でねーーくん』
『うん。ありがとう、神父さんも元気でね?』
なんだ、今の、は…頭が、痛い。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「……っ、大丈夫だ、よ」
「辛いよね? でも、お兄ちゃんの為だから」
何故、辛そうな顔をするんだ?
つい先程、共に来なければ魔獣を率いて都を滅ぼす。
そう、笑顔で告げた少女とは思えない。
「あのね、お兄ちゃん」
瞳は暗黒のままだけど、それ以外は普通の少女にしか……
くりっとした瞳、華奢な身体、
肌が白いから赤い唇が強調されて、少し大人びて見える。
姿はヒトでも、この少女が魔獣の完全種である事には違い無い。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「えっ? ごめん。聞いて無かった」
「もう…あのね、今向かってるのは……」
その言葉は、ゆっくり、ゆっくりと、
「 ロイお兄ちゃんが 実験された 場所だよ 」
………紡がれた。
続く
【流入】
着いた場所には破壊された建物があった。どうやら孤児院だったらしい。
「お兄ちゃん、来て」
頭痛が酷く、朦朧としながら着いて行くと地下への階段があった。
地下は荒らされていて、物は殆ど残っていなかった。
「お兄ちゃん、ちょっと我慢してね?」
「……っ、何を?」
少女は僕の右の太股に爪を突き刺し、ぐりぐりと弄り始めた。
最初は拷問でもされるのかと思ったが、違った。
「……あった。お兄ちゃん、はい」
少女が僕の太股から取り出した小さな金属板には、名前が彫られていた。
「……ラキ?」
「それが、お兄ちゃんの本当の名前」
少女はニコリと笑って答えた。何処でこんな情報を手に入れたのだろう?
「何故、君はそんな事を知っているの?」
「えっとね、お兄ちゃんに実験したヒトは、私を造ったヒトなの」
「……えっ?」
「おじちゃんは、お兄ちゃんの事を沢山話してくれたよ? 素直で、スッゴくイイ子だったって言ってた」
少女の言葉に耳を傾けながら、僕は古ぼけた椅子を見つけた。
床と溶接されている、小さめの椅子。
肘掛けには拘束する革のベルト、膝や足首の所にもベルトがある。
「あっ、うぅっ……」
なんだ、頭の中から、何かがきこえる…きおく?
『ラキ君、君はヒトを超えるんだ』
『指を切り落とすけど大丈夫。すぐに生えるから』
『熱が出るかも知れないけど我慢するんだよ?』
『今から、お腹を見るからね? 大丈夫』
『 君 な ら 大 丈 夫 』
「あっ、あっ、ぐ、ぎゃあぁあああああああ!!!」
「お兄ちゃん、思い出した?」
「ははっ…あはッ、アハハハハハッ!! あハハハハハッ!!!」
そうだ……僕は 人間に、狂わされたんだ。
続く
【二人】
「お兄ちゃん、落ち着いた?」
「うん、もう大丈夫だよ。リズ」
あっ、名前呼んでくれた……
「お兄ちゃんは、ワタシのお兄ちゃんになってくれる? 最期まで一緒に居てくれる?」
「うん。だって、世界には僕とリズしか居ないじゃないか……リズも辛かったね。今まで、独りきりで」
「あっ…」
お兄ちゃんは、優しく微笑んでワタシを抱き締めてくれた。
優しくて温かい、ワタシのお兄ちゃん。
この世界に二人しか居ない、種。
「まだ夜中だし、今からでも間に合うかな?」
「ドコに行くの?」
「本部に戻るよ。お姉ちゃん…シルヴィア所長を殺しに行くんだ」
「ワタシは? ワタシも、何かお手伝いしたいよ」
「あははっ、ありがとう。じゃあ、一緒に行こうか」
「うん!!」
お兄ちゃん、さっきとは全然違う
スッゴく綺麗で、カッコよくて、澄み切った表情してる。
絶対絶対ありえないけど、今、ワタシがお兄ちゃんを殺そうとしたら、
お兄ちゃんは躊躇い無く、ワタシを殺すだろう。
続く
【想い】
「……間違い、無いんだな?」
「ああ、お前等が言う完全種、リズと共に何処かに行っちまった。
オレが見たのは都を確実に滅ぼせる数の魔獣の群れ。いや、山っつーか海だな」
「なら、都を人質にして連れ出したと?」
「そうだろうな」
「焦って動く訳にも行かんな。ルル、暫く一人にしてくれ」
そう言や、お前が一番付き合い長いんだったな。
お前のそんな顔、初めて見る。
「ああ、分かった」
ーーーーー
結果としてロイに救われた訳か、守るなどと言いながら、情けない。
魔獣討伐も佳境、全てが終わり、我々の役目も終わる筈だった。
なのに、今になって何故……
ロイと出会い二年二ヶ月、短い間だったが、私なりに心を通わせたつもりだ。
彼は、私を大事な人だと言ってくれた。
「それは、私も同じだ」
いや、今やそれは違う感情に変化した。
魔獣と戦う日々の中で、私に安息を与えてくれた唯一の存在。
ルルを理解し、認められたのも、彼の存在が在ったからこそ。
以前の私なら、そんな事は到底出来なかっただろう。
彼が居たから私は変われたのだ。
出会った頃は弟の様な存在だったが、今は違う。
共に居る、その意味が変わった。
完全種・リズの不可解な行動。
シルヴィア所長なら、何か分かるかも知れん。
「イレーネさん」
「……っ!! ぁっ…ロイ、なのか?」
音もなく窓から入って来たのは、紅い瞳をした青年。
これは誰だ? 本当にロイなのか?
「イレーネさん、お別れを言いに来ました」
瞳が冷たい、言葉に温かさが無い、醸し出す雰囲気も全てが違う、
部屋の温度が急激に冷えて行く様な、そんな感覚がする。
「何を、言っている? 一体何があったんだ? 話してくれ…でなければ分からない」
現状に思考が追い付かない、何が起きている?
私には、問う事しか出来ない。
「全て思い出しました。ただ、それだけです」
その言葉を聞いた時、そして目の前の彼の姿を見た時、
彼が過去に何をされたのか、理解出来た気がした。
そして、この会話が終われば、もう二度と会えないであろう事も……
何より、私の希望を砕くのに十分な言葉だった。
「そう、か……だが、それでも、お前に伝えたい言葉がある。笑ってくれても構わない」
「何ですか?」
「私は、お前を愛している」
「僕も、イレーネさんが大好きです。でも、もう良いんです」
全てが変わってしまったのか、過去を思い出した事は……もう仕方の無い事だ。
だが、今までのお前を、想いを、それすら全て棄ててしまうのか?
「私は良くないぞ? お前が居なくなったらどうすれば良い?」
「泣かないで下さい。僕は此処に居るべきじゃない、ヒトと居るべきじゃない」
駄目だ。言葉が見つからない、頭の中が滅茶苦茶だ。
もう、繋ぎ止める事は出来ないのか? 心を通わせる事は出来ないのか?
「そんな事を、言わないでくれ。ロイ、今ならまだ、共に、居られるだろう?」
「……ごめんなさい。僕は、ヒトを愛せません。じゃあ、行きます」
「待て!! 行ッ…
「イレーネさん、貴女を愛しています……さようなら」
人を愛せません、などと言いながら、私を愛しているだと?
ふざけるなよ、大馬鹿者が…
全て諦めた様な、腑抜けた顔をして、
まるで、最早自分は人で無いような口振りだったな。
ならば、頬を伝うそれは何だ?
何故、お前は涙を流す?
続く
【望み】
漸く完成した。
正直、魔獣研究など私にはどうでも良かった。
これを造る為だけに、研究を続けて来たに過ぎないのだから。
私が犯した罪は、許される事は無い。
討伐隊が魔獣を全て葬り、後に討伐隊が解体されれば、
私は処刑されるだろう。
ほんの少し、生き長らえたに過ぎないのだから。
でも、私は満足だ。
……? 足音、誰かしら?
「あら、ロイ君じゃない。ノックもせずに入るなんて、貴方らしくないわね。それに、こんな夜更けに何の用かしら?」
「久しぶりだね? お姉ちゃん 」
今、何と言った? この子は、私を何と呼んだ?
「びっくりした?」
「……そう、そうなのね。何があったかは知らないけれど、記憶を取り戻したのね」
「うん。だから、お姉ちゃんを殺しに来たよ。
僕はお姉ちゃんの為に頑張って、我慢したのに、お姉ちゃんは僕を棄てた。裏切ったんだ」
……ああ、そうか。こんな風に私は死ぬのか、似合いと言えば似合いだ。
逃がしたのは私が勝手にした事、全ては私の我が儘、
私が見ていられなくて、助けた気で居ただけ。
「僕は、お姉ちゃんと一緒に居たかったから頑張ったのに、ヒトって本当に酷い生き物だね?」
この子の想いを考えもせず、
逃がす事が、この子の幸せだろうと決め付けて…
でも、この子はそんな事を望んではいなかった。
「あまり時間が無いから、殺すよ?」
「……構わないわ、でも一つだけ良いかしら?」
「いいよ」
「私を殺したら、其処に在る小さな箱を持って行って頂戴」
「最後のお願い?」
「ええ、私の最期の願いよ」
「うん、いいよ。分かった」
漸く、私は死ねるのね。
私は幸せだ…この子の手で死ねるのだから。
「さようなら、ラキ君」
「うん。さようなら、シルヴィアお姉ちゃん」
続く
【お使い】
「ごめんね。お兄ちゃんに頼まれたの、ルルはお鼻が利くから静かにさせてくれって」
イレーネの部屋を出た直後、ロイとリズの気配を感じて城壁に来てみれば、
「でもルルはヒトじゃないし、殺さないから安心して?」
このザマだ。
オレは、まんまと嵌められた訳か。
それより頼まれた? 何でロイがこんな事をする? 分からねえ。
「ぐっ…リズ。何故、ロイを狙った」
「好きだからだよ? ルルも分かるでしょ? お兄ちゃんのコト好きだもんね」
何って言った? 好き? コイツが?
昔のコイツは好きだの何だの言う奴じゃ無かった。
「ああ、好きだ」
子供の癖に変に大人びた所もあったし、妙な事に興味を示す奴だった。
博士の研究を理解してたし、それ以前の研究にも興味を示していた様だった。
「でも、ルルじゃダメなんだ。ワタシじゃないとダメなの」
「どういう事だ?」
「うーん。お兄ちゃんはね? ワタシ達より上、ううん、全ての頂点なんだ。だから、スッゴくイイ匂いがするの」
何を言ってる? 全然分かんねえ。
「良い匂いなのは分かる。でも、その匂いってのは何なんだ?」
「ワタシ達はね? 上位の生物に惹かれるの。
それがイイ匂い…ん、ちょっと違うかな、ソレを匂いとして感じる、が正解かな」
「ロイが、その上位生物だってのか?」
「うん。お兄ちゃんはワタシ達より前に造られたんだよ」
オレ達より前? 待て、そういや言ってたな、
確か『ルルさんと僕は似てるんです』とか何とか。
「お兄ちゃんは、ヒトの身でヒトを超えた純粋な存在。力も治癒力もワタシ達とは次元が違う」
「ワタシ達にもそれなりに治癒力はあるけど、魔物の血肉で造られた者達とは比べ物にならない」
全く、ガキの癖に小難しい事をペラペラ喋りやがって。二年間お勉強でもしてたのか?
つーか、ちょっと待てよ? それなら、
「だったら、オレとお前は同じじゃねえか。
確かに今のオレは魔獣じゃねえが、根本はお前も同じだろ?」
「ううん。ワタシは違うよ? 魔物の血肉なんて繋ぎに過ぎないし」
コイツは研究内容を全部知ってんのか?
「聞きたい事がある。博士は何でオレを…魔獣を造ったんだ?」
「魔獣を造ろうとした訳じゃ無いよ?
おじちゃんは、お兄ちゃんと同じ存在を造ろうとしてたの。その過程で生まれたのがルル達」
「……だったら、お前は何なんだ?」
「あのね? ワタシに使われたのは、魔物の血肉だけじゃないんだ」
コイツの存在は確かに異質、同種だけど、何かが違った。
「ワタシの中には、もう一つ入ってるの……」
なる程……畜生、胸糞悪い。
「もう、分かるよね? そう」
聞きたくもねぇ……
「 お兄ちゃんの 血肉 」
続く
【馬鹿】
昨夜、ロイ君は完全種の魔獣と姿を消した。
大戦中の実験施設に居るのが濃厚らしい。
私と変態は、隊長とルルから話しを聞いた後、暫く上の空だった。
私達以外には知らせていない。
ロイ君が行方不明、隊のみんなには、それだけを伝えていた。
居場所が分かっていても、
大陸各地に要る討伐隊員、全員を集めたとしても、一万以上の魔獣と互角に戦えるとは思えない。
だから、隊長は事実を伏せたんだろう。
「記憶が戻ったって、変わってたって言ってたけど……何があったんだろう」
「ロイは変わってねえ」
「何でそう思うの?」
「友達だからだ」
馬鹿みたいに真っ直ぐ、この変態は信じたら絶対に貫き通す、良い馬鹿だ。
「アイツは、誰が何と言おうと人間だ。誰よりも人で在りたかった筈なんだ」
「ロイ君の所に行くの?」
「ああ、隊長もルルも魂抜けちまったみたいになってるしな。俺しか居ねえだろ?」
「私も行くよ、一緒に行こう?」
私は、この変態が嫌いじゃない、仕方無い、最期まで付き合ってやろう。
「ん? ちょっと待て、頭に虫付いてんぞ?」
「えっ!? 早く取ってよ、変態!!」
うわぁ、私虫苦手なんだよね。と言うか、好きな人なんて居るのかなぁ……
「はいはい。じっとしてろよ?」
「うん」
この変態、猫っぽい顔なんだよね…目もぱっちりしてるし、口角上がってて羨ましいなぁ……
「わりぃな、リリア」
「えっ? あっぅ…
畜生、やられた。最初から、そのつもりで私を……
「心配すんな、大丈夫だ。絶対二人で帰って来る」
この、クソ馬鹿野郎……格好付けんな。
「んじゃ、ちょっくら行ってくる」
待て変態、戻って来い変態、思い切りぶっ飛ばしてやる。
待って、お願い…行かないで。私も連れて行って。
ねえ…行かないでよ、レイニー。
続く
【友として】
最期に胸か尻でも揉んどけば良かったな。
栗色でさらさらした髪、
少し童顔でめちゃくちゃ可愛くて、背が低い癖に胸がでけぇ。
恥ずかしがり屋で、見た目と違って気が強くて、凶暴。
髪型も顔も全部好みだし、性格も好み。
俺の黒い髪を見ても、差別しなかったしな。
あんな良い女とは、二度と会えねぇだろう。
「よし、行くか。一発ぶん殴らねえと気が済まねえ」
ロイ、俺は魔獣が一万居ようが戦うぜ?
たかが一万ぽっちだろうが、
それにビビって着いて行って? 記憶戻って? 僕はヒトが嫌いだ?
……ふざけんな。
『元・魔獣だよ。今は…』
ルルの事話した時、お前はそう言ったよな? 今は今だろうが。
何で後ろに引っ張られてんだよ。
何も言わず、頼らず、いきなり消えやがって、クソ馬鹿野郎が。
言わせてやるよ、僕は人だってな。
続く
【少女の愛】
「お兄ちゃん、早く二人だけになろう? ヒトなんて居ない方がイイでしょ?」
「すぐに消したらつまらないから、少しずつ減らせば良い」
「………それよりお兄ちゃん、イレーネってヒトを殺してないよね? なんで?」
「僕の勝手でしょ?」
「好きなの?」
「そんな事無い。ただ、お世話になっただけだよ」
「ワタシ、聞いてたよ?」
「……何を?」
「ふふっ、反応したね。やっぱり何かあるんだ?」
「リズ、いい加減にしないと怒るよ?」
「お兄ちゃんはヒトじゃない。全てを超えた存在なんだよ? ちゃんと分かって欲しいな」
「分かってるよ」
「分かってない。だから、コレ開けて」
差し出されたのは、四角い木箱だった。
「……中身は何?」
「いいから開けて? そうすればお兄ちゃんは本当に生まれ変われるから」
少女はニコリと笑いながら彼に促す。
ゆっくりと蓋を開けると其処には、
「そ、んな…」
金色でウェーブがかった長い髪、きりっとした眉に、
くりっとした青い瞳、薄く微笑んだ様な唇、
元々白かった肌は……青白く変色している。
それは見紛う事無く、彼の想い人、
………イレーネの首だった。
「ふふっ、もうお兄ちゃんを縛るモノはなくなったね? コレで、お兄ちゃんは自由だよね?」
「……殺す」
「ふーん、やっぱり人のままなんだぁ?
じゃあ、ワタシが分からせてあげる。お兄ちゃんは、ワタシと同じ、化け物だって」
「……黙れ。殺してやる」
「出来るかなぁ、人のままじゃワタシを殺せないよ?」
腕を斬られようが、脚を斬られようが、
腹に穴を空けられようが、首をへし折られようが、目を潰されようが、
もう、身を守る必要は無い、傷付く事を怖れる必要も無い。
目の前の化け物さえ、殺せるのなら……
「ああ、認めるよ……僕は、化け物だ」
化け物になっても、構わない。
続く
【魔群】
なる程、こっから先は通さないって訳か。
右も左も前も、ああ後ろもか……
「まあ、全部叩っ斬りゃあ良い話しだよな」
この剣は元々単体向きじゃねえし、丁度良い。
この数だ、技術じゃあどうにもならねえ。
一振りで三匹殺せば…三千回、これじゃ遠いな。
一振り六匹で千六百回か…まあ、こんくらいなら余裕だろ。
俺が生きて帰りゃ、イザークのオッサンも泣いて喜ぶだろうな。
「「「 ハッハッ…ぐルィァ 」」」
何せ、一万の魔獣を相手に戦ってもぶっ壊れない剣になるんだから。
……うっし、覚悟は出来てる。
「……行くぜ」
続く
【魔獣討伐隊・隊長】
何時までも、うじうじしては居られんな。
ロイは、人だ。
化け物が涙など流す訳が無い。
私はあの日、彼を守ると心に決めた。
一度拒絶されたからと言って、
はいそうですか、などと引き下がる訳には行かない。
私は、ロイを愛している。
我が儘で良い、厚かましくて良い、
過去に何があったかなど、最早関係無い。
私には私の理由がある。
同情など、もう必要ない。
滅茶苦茶な理由だが、どんな言葉を用いても、残るは一つだけだ。
私は、ロイに会いたい。
「隊長!! レイニーが!!」
そうか、レイニーは通したのか…良い友を持ったな。
「向かったのだろう? ロイの下へ」
ならば、私も通そう。
我が儘を、想いを、押し付けようじゃないか。
「え、あ、はい。だから、私
「ならば行こう。時間が惜しい」
リリアも、そうなのだろうな。
「……!? はいっ!!」
続く
【魔獣研究所・所長と元・魔獣】
あの子は人として踏み留まった。
嬉しいけれど、何だか不思議な気分ね。
何れは死んでしまうのに、まだ生きたいと思ってしまいそう。
『お姉ちゃん、ありがとう』
あの子は箱を開け、去り際にそう言った。
本来、討伐隊解体に合わせてあの子に真実を打ち明け、
その後で箱を渡す身勝手極まりない予定だっただけれど、
リズだったかしら? 本当に余計な事をしてくれたものね。
「それで、貴方はどうするの?」
「あ? 傷も癒えたしな…行くか」
はぁ…まだ傷だらけじゃない。
意地や根性でどうにかなると思ってるのかしら?
まあ、この子ならそうするんでしょうけど。
でも、流石に一万の魔獣と戦って生きて帰れるとは思って無いでしょうね。
「これを持って行きなさい」
「何だよ? 爆弾か?」
「まあ、そんな物よ」
「これ一つで何とかなる
「訳が無いでしょうね。だから、其処に積み上げている木箱、全てを持って行きなさい」
「中身は爆弾か? 無造作過ぎんだろ。爆発したらどうするつもりだ?」
「まあ、死ぬでしょうね」
「……で、どう使えば良いんだ?」
「魔獣に投げれば良いのよ」
「そりゃあそうだな。でもよ、こんなんで殺せんのか?」
「ええ、煙を吸えば死ぬわ」
「オレは?」
「大丈夫よ? だって中身は貴方だもの」
「は?」
「小さくなった貴方が魔獣の中に入って細胞を滅茶苦茶にするの。分かったわね?」
「……まあ、何となく」
「ヒト型や魔獣単体になら実用不可能だったけれど、一万も居るのだから投げれば当たるでしょう?」
「こんなの良く作れたな」
「隊長から言われたのよ。
知性ナシが姿を見せないのは裏がありそうだって。読みは当たったようね」
「……そうか。うっし、前はビビっちまったが…もう大丈夫だ」
気合いを入れる為に、頬を両手で叩くのを見るのは初めだわ。
仮にも女の子なのだから少しは……まあ、いいけれど。
「あの子を、お願い」
「任せろ。オレはロイが大好きだからな」
はっきりしてて良いわね。
「それは匂いが、かしら?」
「ははっ、匂いも好きだけど違うな……単純に、ロイが好きなだけだ」
あら、可愛い顔するじゃない。
「だから、リズになんざ負けねえ。
上位生物だろうが、頂点だろうが、ヒトを超えたヒトだろうが……」
「そんな理由で好きな奴に、オレは負けねえよ」
私もこのくらい素直なら、
あの子が最悪の形で記憶を取り戻す事も、無かったのかも知れない……
「じゃあ、行ってくる」
過ぎた事を考えても仕方無いわね。
「ええ、なるべく早く帰って来るのよ?」
「ああ、分かってるさ」
続く
【人で無し】
爆発、炸裂、破壊、地響き、爆音、
「うぉおおおあああ!!」
……雄叫び。
衝突と破壊、再生を繰り返しながら、青年は少女に二刀を振るう。
「あははっ、やっぱりスッゴい!!」
少女は笑う、
背には羽の様な刃が、指先からは凶悪な爪が生えている。
無尽蔵に生える爪と、背の刃を飛ばし、青年を攻撃する。
「……っ、邪魔だ!!」
弾き、躱し、進む。人を超えた速度で、進み斬る。
「あははっ、痛い、痛いよお兄ちゃん」
少女は長刀を抜き、互いに斬り合う。
「お前は、僕が殺す」
「うん。お兄ちゃんじゃなきゃ無理だよ? ワタシを殺せるなら、だけど」
腕を腹を……斬られた場所は瞬時に治癒し、元に戻る。
もう、何度死んでいるか分からない。
ヒトで、あったなら。
「まだダメなの? まだヒトで居たいの? 全てを思い出したのに」
「お前が言う全てが、僕の全てじゃない」
「でも、化け物は、化け物だよ?」
「違う。僕は、僕だ」
火花、斬る、斬り合う、速度は増して行く。
「そんなのは認めるのが怖くて、逃げてるだけだよ?」
「なら、お前は人から逃げた」
「むぅ…屁理屈だよ。ワタシはこんなに好きなのになぁ」
少女の右腕はまるで蛇がのた打つ様、刀は暴れ狂う。
「僕じゃない、種として好きなだけだ。語るな」
青年の両腕は流麗で正確無比、狂う刀を弾き、斬り返す。
「わあっ、やっぱりカッコイイ!! 大好き!!」
何処を狙い、何処を斬られているか、それは二人にしか分からないだろう。
剣戟の音は止まない。
続く
【狼煙】
「「「 あガッ!! 」」」
まだまだ、行ける。
つーか、増えんのは、止めろ。
流石に狡いだろ、それは…
「ロイ、待ってろよ!!」
友の名を叫び、
巨大な剣を振り回し、複数の魔獣を一刀両断。
黒髪の青年の周囲は、魔獣で溢れている。
空から見下ろせば、大きな瞳の様に見えるだろう。
「さっき斬った奴に似てるな」
もう、何度振っただろうか、三百か…五百か……
「「「 ヒャッぎッ!! 」」」
何時迄続くだろうか…まず、勝ち目など無いだろう。
「いっ、てえな!!」
無傷に近かったが、少しずつ動きが鈍って行く。
「ぐっ…邪魔、すんなッ!!」
少しずつ、確実に傷は増え、死に近付いている。
「終われねえ、終わらせねえ……」
息は荒く、呼吸の度に肩が上下する。
「……っ、はぁっ、あっぶねぇ」
「「「 ぐァッギァアアッ!! 」」」
「……爆弾? 煙……」
彼に勝ち目は無かっただろう。
『今行くからな!! 変態!!』
奇跡が、起きなければ。
続く
【溶解】
「今行くからな!! 変態!!」
「おい、もっと投げろ!!」
「命令するな。お前は運転に集中しろ。リリア!!」
「はい!!」
車に大量の爆弾を載せて走り、
密集する魔獣の群れに向かって投げ入れる。
「「「 ハッ…アギゃ…… 」」」
爆発し煙を撒き起こす、
その煙、魔獣にとっては猛毒、劇薬。
忽ちに倒れ伏し、溶解して行く。
「足りるか!?」
「知るか馬鹿者、無くなるまで投げ入れるだけだ!!」
「ちょっと!! ルル、前!!」
「……っと、あぶねえ」
「集中しろ!! 車がやられれば終わりだ!!」
「分かってるよ!!」
「でも、かなり減ってきてますよ!!」
「まだまだだ!! 気を抜くな!!」
彼女達は、決して諦めはしないだろう。
「ははっ、益々やる気出るな!!」
「「「 ハぎゃっ!! 」」」
そしてこの青年も、決して諦めはしない。
続く
【訪れ】
「あーあ、負けちゃった」
とは言いながら、身体は再生する。
「お前は、僕の……」
「そうだよ? お兄ちゃんの血と肉が入ってる。調べてびっくりしたけど、本当に兄妹だね?」
血肉があれば兄妹になれる、かも知れない。
少なくとも少女はそう考えている様だ。
「魔物の力を抑える為か?」
「ふふっ、違うよ?」
少女は得意気に笑う、自身だけが知る事実があるのだろう。
「お兄ちゃんの力を抑える為に魔物の血肉が必要だったの」
ヒトを超えたヒトは、魔物をも超えた。
「……僕は、それでも人だ」
青年の脳裏には、彼を想い、彼を慕い、人として生きる意味をくれた
祖父や友、想い人の顔が浮かんだ。
「ふぅん、それでも良いけどワタシを殺せないよ?」
半ば呆れながら、告げる。
「僕が人なら…だったかな」
「うん」
「じゃあ、お前が人になればどうなる?」
「えっ?」
青年は少女に馬乗りになり、ソレを首筋に押し当て注入する。
「お兄ちゃん? なに、コレ?」
青年が手にしていたのは……注射器。
「これは、シルヴィアお姉ちゃんが僕の為に造った……」
「あっ……カラ、ダがへ、んだよ?」
少女の身体は痙攣し、
背に生えていた刃も、凶悪な爪も、少しずつ、崩れて行く。
「僕をヒトに戻す為の薬だ」
「あっ…うぅ…お兄ちゃんは、そんなにワタシが嫌い?
そんなにヒトになりたいの? ワタシは、お兄ちゃんと生きたい、だけなのに」
少女は涙を流し、青年に問う。
「……リズ、僕は許せそうに無い」
立ち上がり刀を掲げ、振り下ろ
「ロイ!!」
「……えっ? な、んで?」
青年は困惑する。
無理もない、死んだ筈の想い人が現れたのだから。
「……ラキお兄ちゃんを、ワタシから、取らないで!!」
少女は、一つだけ残った羽を、
「ぅぐっ!!」
「……っ、イレーネさん!!」
彼女へ向けて、放った。
「お兄ちゃん、は、ワタシの、お兄ちゃんな、んだか、ら」
続く
【祈り】
それは、彼女の腹を貫いた。
「イレーネさん!!」
青年は駆け寄り、叫び、抱き寄せる。
流れは、止まりそうに無い。
「……ロイ、会いたかったぞ?」
彼女は微笑み。優しく、愛しむ様に愛する青年の頬を撫でる…
「僕も、会いたかった。貴女に会いたかった」
「ふふん、最初から素直にしていれば良かった、も、のを……泣くな、馬鹿者」
青年の頬を流れる涙を指で救いながら、気丈に笑って見せた。
だが彼女は、死ぬだろう。
「イレーネさん、聞きたい事があります」
「……ん、なんだ?」
別れは近い、だが青年には一つだけ術があった。
成功すれば生、失敗すれば死。
「僕の、 」
「そう、か……ロイ、お前になら、構わない。変わっても、かまわ、ない」
彼女は青年の瞳を見つめ、残った力で肩をぐいと引き寄せ、唇を重ねた。
「目を閉じて下さい。見られたくは、無いので」
彼女はすっと瞼を閉じ……
ーー頼む、成功してくれーー
ーー今まで散々な目に遭ったんだーー
ーー奇跡の一つ二つ、起きても良い筈だーー
……青年は祈った。
続く
【終戦】
死屍累々、魔獣の山、溶け出した身体は川を造った。
「終わったな……」
「うん。隊長はロイ君に会えたかな?」
酷い景色では在るが、三人の心は晴れている。
「でなきゃ困る。オレだって会いたかったのにさ…まあ、生きてるだけ良いか」
「そうだね。立ってられるのが不思議なくらいなのに……」
「もう直ぐで俺達も会える。早く行こうぜ?」
「ねえ変態」
「なんだッんっ!?
彼女が突き出したそれは、彼の口元に衝突した。
「……これで、許してやる。もう二度と、勝手に居なく…なら、ないで」
「……ああ、分かった」
「はいはい、仲が良くて羨ましいよ。オレも後でロイにしようかな……」
「うっさい!! 早く行こっ?」
二人は友の下へ、一人は想い人の下に歩みを進めた。
続く
【嘲笑】
成功するワケ無いのにバカみたい。
お兄ちゃんを受け入れられるのはワタシだけなんだから……
あんな奴に、お兄ちゃんを受け入れられる筈無い。
ワタシだけの、お兄ちゃん。
でも、あの時殺せたのに、あのヒトを殺せなかったなぁ…何でかな?
嫉妬してたし、大嫌いだし、クサいし、服は赤だし。
でも、やっぱりダメだった。
本当は、本当に殺して、首を跳ねて、その首をお兄ちゃんに見せて、
もう、ワタシしか居ないんだよ?
それを分かって欲しかった、壊れて欲しかった。
なのに、結局人を棄てずに…あーあ、ワタシは独りぼっちかぁ……
でも、今殺せたからイイや。
これで、お兄ちゃんも独りぼっちだね?
「おい、糞餓鬼」
「……えっ?」
何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で
そんな筈無いっ!! ウソだ、ウソだウソだ!!!
ワタシだけなのに、
ワタシだけがお兄ちゃんを分かってあげられる、
お兄ちゃんと一緒に居られるのはワタシだけなのに!!
「な、んで、死ん、でないの?」
「まあ、奇跡じゃないか? 私自身驚いているよ」
「死、ねば、良、かったのに…」
このヒトは狡い。ワタシは沢山沢山痛い思いをしてこうなれたのに……
「アン、タは、狡い」
「そうか、悪いな」
「バカにする、な…アンタなんか」
「黙れ糞餓鬼、泣くな、喚くな、鬱陶しい」
「うっ……あぅっ…グスッ」
悔しい、悔しい悔しい悔しい。
でも、今のワタシには、このヒトを殺す力は無い。
「うっ…ヒッグ…うわぁああああ!!」
「ふんっ…泣いても現実は変わらんぞ? どうした? 認めないのか?」
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
「はぁ…はぅ…ヒッグ…うるさい!!」
「なんだそれは? 止まって見えるぞ?」
「うるさい!! うるさいうるさい!!」
ワタシの背に、刃の羽は生えなくなっていた。
「糞餓鬼、今のお前は何だ!? 言え!!」
ワタシの指先の爪は伸びないし、飛ばなかった。
「うるさい、ヒッグ…えぅっ…うる…さい……」
分かってる…ワタシは、ヒトになったんだ。
続く
【その先】
今、イレーネさんと僕と……もう『一人』三人で歩いている。
リリア先輩は『良かった』って優しく笑っていて、
レイニーは、無言で僕を思い切り殴った後、泣いていた……今までで一番痛い気がした。
ルルさんには……うん。口に、深いやつをされた。
車には無理すれば皆乗れたけど、
話す事が沢山在る、だから僕達は歩いている。
暫くすれば、レイニーが迎えに来てくれる筈だ。
三人とは帰ったら沢山沢山話そう。
そして、ありがとう、と言うんだ。
「リズ、何故あんな事を?」
「……ワタシだけ見て欲しかったから、造った」
「何故だ? 直接私を殺せば良かっただろう」
「お兄ちゃんが、悲しくなるから」
言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だ。
「なる程、やはり糞餓鬼だな」
イレーネさんは、リズを魔獣とも化け物とも呼ばなかった。
「うるさい……お兄ちゃん泥棒」
少女はヒトになった。
僕の為に造られた物だから、本当にヒトなったのか、
それとも、ルルさんの様になったのかは分からない。
「イレーネさん、この子どうします?」
「シルヴィア所長に預けて、解剖して貰う」
「ヒトで無し」
冗談には聞こえない。後で説得しよう……
「確かに、人ではないかも知れんな。だが、ロイと共に居られるのだ……私は、幸せだ」
僕も、貴女が生きている、それだけで幸せです。
「いつか殺す」
「はぁ…リズ、そんな事言っちゃ駄目だよ」
「だって嫌いなんだもん」
「糞餓鬼、お前は人として生きたくないのか? お前が兄と慕う男は人で在り続けたのに」
「……知らない」
『おーい!! ロイ、隊長、あとチビ!!』
これからどうなるかは分からない。
でも、これから先も、
僕は、人として生きて行くだろう。
終わり
【ヒト】
あの後、僕達が帰ると都はお祭り騒ぎだった。
皆が笑い、泣き、喜び、抱き合った。
でも、そんな時間も長くは続かなかった。
数ヶ月後、魔獣討伐隊は解体され僕達は自由に生きる、筈だった。
けれど、僕達を待っていたのは新たな戦いの日々……
敵は、赤国。
この大陸を統一した国そのものだ。
魔獣が居なくなり、次に問題視されたのは僕達、魔獣討伐隊。
人の為に、自分の為に戦った事など無かったかのように、僕達に武器が向けられた。
ヒトは、醜かった。
そうで無い人も居たけれど、
眼前に広がるのは武装した兵士、戦車、大砲、銃……
戦わねば、生き残れない。
どちらかが滅びるまで、この闘争は続くだろう。
「ロイ、無事か?」
「はい、大丈夫です。ルルさん、リリア先輩、レイニーは?」
「ルルはヒトを殺してる。あの二人は戦車壊してるよ?」
「そうか。リズ、君は空から頼む」
「うん、分かった」
「ラキお兄ちゃん、ワタシ、やっぱりヒトにならなくて良かった。だって、ワタシ達の方が綺麗だもん」
「……そうだね」
「良いから早く行け、リズ」
「………ふんっ」
ーーーーー
「リリア!! 俺達は何だ!?」
「はあ!? 人間に決まってるでしょ!? 武器を向けるあいつ等よりは、人間だよ!!」
「なあ、オレ達が何て呼ばれてるか知ってるか?」
「……ッ!? ルル、急に出て来ないでよ!!」
僕達は、こう呼ばれている。
「 魔者、魔の者達だってよ 」
255 : ◆B/NHzKmv/c[] - 2013/05/23 12:57:53.42 fWmtrRG50 181/181
終わります。読んでくれた方、ありがとうございました。