第二十三話
~10月8日~
一度会えば偶然、二度逢えば必然って言葉があるらしい。
フィクションの中でよくある曲がり角でパン咥えた女の子とぶつかって一悶着あって、その後バッタリ……ってヤツだ。
そんなコテコテのラブコメのはしりを最近じゃ『フラグ』って言うんだと。
絹旗『グァバジュース超特急で』
フレンダ『私トマトジュースね』
浜面『………………』
フレンダ『ハリー!ハリー!!ハリー!!!』
断言しよう。ん な も ん ね え よ 。
何?何だってんだ?どうなってんだコレ。どうなんだオレ。
ライフカードが見当たらない。つうか俺のライフがもう0だよ我慢の限界的に。
浜面『(俺の仕事ってドリンクバー職人?これが裏社会?冗談だろ?どう見てもただファミレスでだべってるガールズサークルじゃねえか!)』
威勢がいいのはこのガラスの少年時代の心の中だけ。
まるでというか本当のパシリよろしくドリンクバーを往復させられ恨みがましく『先輩』2人と『上司』1人を見る。
まず一人目はこのニットのワンピース着た一番ちっこい俺の上司。
絹旗『嗚呼……超楽ちんですね人を顎で使える立場って』
絹旗最愛。もあいって読んだらいきなり肩パン喰らって脱臼しかけた。
何でもこんなランドセルが似合いそうなナリしてこのアイテムとか言う治安維持部隊の司令塔を張ってる。
このちっこいヤツが?とも思ったが中近東辺りじゃ少年兵のみで構成された部隊は最年少の人間をリーダーにする事が多いと聞く。
何でも『残虐行為に歯止めがかからない』『何をするかわからない恐怖』からなんだと。
浜面『(……見た目じゃわかんねーもんだな)』
絹旗『なんですか?ガン見とか超いやらしいです!』
浜面『みっ、見てねえよ!!』
少なくともこの下着が見えそうで見えないって言うか見えてる角度で脚組み換えてる小悪魔っぷりからそんなアブナそうなヤツには見えないんだが――
この間『スクール』とか言う組織のスナイパーの頭をトマト祭りみたいに潰した時点でそんな甘い認識は捨てた。
人は見た目じゃないって言うけど、女を見た目で判断すると痛い目に遭うって言うサンプルみたいなヤツだ。それに
フレンダ『結局、浜面ってキモいんだけど』
浜面『(イラッ)』
フレンダ=セイヴェルン。この女もだ。
~2~
フレンダ『ねえねえ絹旗。ところでその右手どうした訳よ?』
絹旗『別に超なんでもないですよ』
こっちは絹旗と違ってその自慢の脚線美とやらをストッキングでより引き立てる方向性に進んでるらしい。
見た目だけなら金髪碧眼の美少女で通りそうなもんだが――
とっ散らかしたテーブルの上に転がってるドアを焼き切るためのツールと電気信管がそれを裏切ってくれる。
これで捕まえたスナイパーを散々活き活きと拷問してやがった。こいつもアブナいヤツだ。
フレンダ『浜面ー喉渇いたってばー!!』
浜面『今持ってくよ!!』
俺からすればマグロの解体ショーを人間でやられてるようなもんだがそれでも『先代に比べりゃ全然優しい方』なんだと。
このアブナい連中を束ねてた前リーダー。何でも恐ろしく強くて怖いくらい美しかったって話だが――
その話は絹旗の前ではNGだとアドバイスされた。
どんな女かは知らないがこいつらの様子を見る限り尊敬半分恐怖半分のブレンド。一体どんなアマゾネスだよ。
滝壺『はまづら』
浜面『あ』
滝壺『私、抹茶オレが飲みたいな』
浜面『……へいへい』
……それからあの雨の夜、全てを失った俺の前に舞い降りたピンク色のジャージの女の子。滝壺理后。
10月3日の夜に出会い10月4日の朝に別れた忘れがたい少女と俺はこのファミレスで再会した。
それにも驚いたがそれより驚かされたのはあのか弱そうな女の子がこのアイテムの中核を担ってるという事。
浜面『ほい、オラ、はい』
絹旗『ちょっと』
フレンダ『浜面?』
絹旗・フレンダ『『私達の時と滝壺(さん)への態度(超)違ってない(ません)?』』
浜面『違ってねーよ!!』
絹旗『いやいや。私の時“ほい”とか超適当でしたって』
フレンダ『私なんて“オラ”よ“オラ”!浜面(下っ端)のクセにエラそうな訳よ!!』
絹旗『浜面超生意気です新入りのくせに。滝壺さん超気をつけて下さい!男はみんな狼って言いますが、こいつからは超洗ってない犬の匂いがしますよ!!』
浜面『ひでえ言われようだ』
滝壺『大丈夫、私はそんな犬呼ばわりされるはまづらを応援してる』
フレンダ『結局、滝壺と浜面はどういう知り合いな訳よ?なんか最初から顔見知りっぽいし』
そこでピタッと空気が止まった。イヤな空気だ……読みたくねえ
~3~
浜面『……あー』
滝壺『ナンパした』
絹旗・フレンダ・浜面『『『!?』』』
滝壺『“ねぇ、そこのおに~さん”ってナンパしたの』
と思ったら読みたくねえ空気がいっぺんで凍った。一足早い冬が来たみてえに。つうか今の何?ギャグ?ジョーク?
つかフレンダが雪みたいな目で、絹旗は氷みたいな眼でこっちを向いて来た。おいおいマジでなんなんだよこの空気!?
絹旗『嗚呼……浜面は超最近アイテムに補充されて来ましたもんね?』
フレンダ『ああいいのいいの。ルールがわかってないなら教えてあげる訳よ!』
絹旗『私達には命以外何もかも失った超クソッタレな人生がお待ちかねです!!』
フレンダ『結局、道具(アイテム)の補充なんていくらでも利く訳よ!!』
絹旗『私達の超大事な大事な滝壺さんに色目使うってならブッ殺しても構わないんですよ♪』
フレンダ『わかってもらえた?浜面今一度死んだよ☆』
絹旗『超確認しますよ?わ か っ て ン で す か ?』
怖えええええ!なんか目つきとか話し方とかもうなんか全体的に怖えよ!
ニットは目から光が消えてるしベレー帽は目が輝いてるよ!リアクション正反対なのに考えてる事同じだよこの二人!
女ばっかりの中に一人だけ男がいるとか言うレベルの居心地の悪さじゃねえ!
ハブの巣放り込まれたガマくらい脂汗出て来たぞ今!
滝壺『まあ、冗談は置いておいて』
巫山戯けんなぁぁぁぁぁ!今その冗談で俺死にかけたんだよ!
人の命って軽いな!枯れ葉一つの重さもねえってか!
滝壺『はまづらは私がスキルアウトに絡まれてるところを助けてくれたんだよ』
絹旗『……へえ、そうなんですか』
フレンダ『あちゃー……』
……の上に本当の事話したら今度は絹旗がまた不機嫌そうに!
フレンダはなんか『やっちまったなあ』みたいなお手上げポーズだし!
俺が何したってんだ?こいつらの怒りのツボがまるでわからねえって。
絹旗『……フレンダ、私ちょっとお花摘んで来ます』
フレンダ『雉を撃って来てもいい訳よ?』
滝壺『ふれんだ相変わらず日本語上手いね。私も行くよきぬはた』
浜面『花って……ここファミレスだぞ?んなもんどこに(ry』
絹旗『』ゴッ
浜面『ごっ、がああああああああああああああああああ!!?』
また肩パンかよ!脱臼しそうになるから止めてくれよこのちびっ子は!
~4~
浜面『痛え……痛えよ』
フレンダ『はー……』
浜面『……何だよ。溜め息つきたいのは俺の方だっての』
フレンダ『ああ違う違う。何て言うか皮肉な巡り合わせに思う所がある訳よ』
でもって滝壺と絹旗がいなくなった後のテーブルに残された俺の顔を見るなりフレンダがベレー帽を脱いで髪をかきあげた。
こいつ俺の事キモいキモい言いまくって来るからあんまり好きじゃねえんだよな……
そのクセすげーおしゃべり好きだから正直コミュニケーションは取りやすくて助かってるけど。
フレンダ『この間浜面に言ったよね?絹旗の前にいたリーダーの話』
浜面『あ、ああ……確か“むぎの”って言ったっけ?』
フレンダ『それよそれ。その麦野さ、男絡みで引退してるって訳。ちょうどあんたみたいに絡んで来たスキルアウト蹴散らして助けようとした男と』
浜面『……そうだったのか』
フレンダ『そう。でも勘違いしないで欲しい訳よ。この世界色恋沙汰で足抜け出来るほど甘くないから』
グサッと釘を刺された気がした。わかってる。ここ数日新入りとして関わった仕事のいくつかで――
これがアルバイトでサークル活動でない事くらいは。
そして俺が早くもこの仕事に嫌気がさして吐き気を覚えてる事も含めて。
浜面『じゃあそいつは何で抜けれたんだ。おかしいだろ』
フレンダ『“主は主あるを知る”』
浜面『?』
フレンダ『私達の“上”のそのまた“上”の話って訳よ』
浜面『………………』
フレンダ『でも一応言っとくね?ここ恋愛禁止だから。絹旗はキレたら麦野よりヤバい訳よ』
フレンダは続ける。絹旗はその一件で男嫌いに近い状態になったらしい。
その姿を消したリーダーの事を上司と部下という関係性を越えた思慕の念を抱いていたとも。
そりゃそんだけ重なればそうなるよな……ってこれ俺関係なくね?
フレンダ『幸いこんなキモい浜面でも絹旗は気に入ってるっぽいし?私としてはつまんない波風は立てて欲しくない訳よ』
浜面『キモいって言うな。俺だって立てた波に呑まれて溺れ死にたかねえよ』
フレンダ『――私だって』
浜面『?』
フレンダ『仲間が仲間に殺されんのもう見たくないしねー』
……なんだろう?今すげーゾッとしたぞ。やっぱあんのか味方殺しって。
フレンダ『麦野がいた頃一度ね。ありゃひどかった』
……なんなんだろうな、人の命って
~5~
絹旗『………………』
滝壺『きぬはた』
絹旗『なんですか?滝壺さん』
一方、化粧室にて手洗いを終え鏡を睨むようにしていた絹旗とそれを気遣うように並ぶ滝壺の姿がそこにあった。
滝壺『――ごめんね』
絹旗『……良いんですよ滝壺さん。別に滝壺さんが何かした訳でもないんですし、物の好き嫌いだけで人の好き嫌いするほど子供じゃありませんよ私は』
右手に巻かれた包帯。鏡を割った時に生まれた疵痕。
それはあの6月7日、左手に包帯を巻いて姿を現した麦野の姿と重なると滝壺は考え……
6月21日の雨の日も、その後の入院も含めて絹旗はあの日上条を殺しておくべきだったと今でも思っている。
絹旗『……まあ、こんな格好だから舐められたり比べられたりするのも超わかりますけど』
滝壺『きぬはた……』
絹旗『私は麦野の後継ぎですからね。麦野みたいになりたいとも思いますし、麦野みたいになりたくないとも思いますけど』
絹旗『違うよ』
ふるふると黒髪を流すようにかぶりを振って見つめながら滝壺が包帯の巻かれた絹旗の右手を労るように包み込む。
滝壺『きぬはたはきぬはただよ。むぎのじゃないよ』
絹旗『――……』
滝壺『私はそのままのきぬはたが好きだよ。私はこのままのきぬはたでいてほしいな』
絹旗『滝壺さん……』
滝壺『頼り無い年上だけど、私はそんなきぬはたを応援してる』
滝壺は思う。麦野が引退してから絹旗は前より己を出さなくなったと。
絹旗は想う。麦野が離脱してから滝壺は前より優しくなったと。
二人は思う。欠けた四人が再び揃った今という時を。
絹旗『……よし!行きましょうか滝壺さん!』
滝壺『うん』
絹旗『あっ、それから』
そして二人は化粧室のドアを開き通路を出んとした時、ついと絹旗が振り返る。
絹旗『――あの浜面が何かいやらしい事したら超言って下さいね?シメてやりますから』
――もうここにはいない麦野の影を振り切るように、勢い良く
絹旗『――なんせ、私は超リーダーですからね!』
今もどこかで戦い続けているであろうその背に届くようにと――
~6~
フレンダ『じゃ、私達ここで』
絹旗『浜面。滝壺さんに変な事したら超お仕置きですからね?』
浜面『入って一週間もしねえ内にそんな事するかよ』
フレンダ『ふーん?じゃあ一週間が一ヶ月になったら違うって訳?』
絹旗『入って一週間足らずでタメ口とは超なってませんね新入りのくせに』
浜面『(お前らこそ会って一週間経ってねえのに何でこんな砕けてんだよ)』
そして一行はファミレスにて流れ解散の後、各々の行く先へと歩を進めた。
絹旗は毎度の事ながらC級映画鑑賞へと、フレンダは何やら待ち合わせがあるらしく先を急いでいるようだった。そこに取り残されるは――
滝壺『………………』ボー
浜面『(……二人っきりか)』
浜面はポリポリと頭を掻いてやや手持ち無沙汰にしていた。
何とはなしに上手く話題が見つからない。一晩中話せたにも関わらず――
まるで朝露のように消え失せた少女との再会はこの上なく浜面の心を掻き乱した。
陳腐な表現だとわかっていながら『運命』という言葉が過ぎるほどに。
浜面『あっ、あのさ……』
滝壺『?』
浜面『この間はその……すまなかった』
滝壺『どうして謝るの?はまづら』
浜面『い、いや……』
未だに高く登る秋空より吹き付ける風が滝壺の切りそろえられた黒髪を揺らし、二人の視線がぶつかる。
それに浜面は言いようのない感情を持て余した。
浜面『いきなり泣き崩れたり、一晩中話し相手になってもらったり、ジャージ貸してもらったり、あとなんか雰囲気悪くしたりして悪かった』
滝壺『そんな事ないよ、はまづら』
抜き身の暴力(つよさ)、剥き出しの心根(よわさ)、浜面仕上という人間の地金の全てを晒したあの雨の夜。
滝壺理后という己の全てを知る少女と期せずして再会してしまった事への気恥ずかしさ。
それが男としてのささやかなプライドが今更のように鎌首をもたげさせ所在なくさせるのだ。が
滝壺『私もずっとはまづらの事が気になってたから』
浜面『えっ……』
滝壺『はまづら、車の中で話していい?少し寒い』
浜面『お、おおわかった。今出すよ』
ここで浜面はようやくここが駐車場である事を思い出し、慌てて車のキーを取り出す。すると
浜面『……でけえ』
二台分の駐車場スペースを占拠するキャンピングカーが見て取れた。
~7~
絹旗『フレンダ』
フレンダ『なーにー?』
絹旗『どうして超ついて来るんですか?』
フレンダ『たまたま行き先が同じな訳よ。結局いつもの映画館でしょ?駅前の』
絹旗『それはそうですけど……フレンダはまたなんで?』
フレンダ『ふふふ♪私はこれからデート』
絹旗『!!?』
フレンダ『第六学区の遊園地で待ち合わせな訳よ。それでね』
絹旗『』ギュウウウウウ
フレンダ『痛い痛い締まってる締まってるってば!!』
一方、絹旗とフレンダは枯れ葉舞う並木道をサクサク踏みしめながら駅方面を目指していた。
そこでである。絹旗がフレンダの首を締めOK牧場の決闘が始めたのは。
フレンダ『ゲホッゲホッゲホッ……ちょ、ちょっと絹旗!』
絹旗『超知りません!フレンダなんて!』
フレンダ『違う違う聞いて聞いて!結局誤解な訳よ!恋愛禁止の御法度は破ってないって!』
絹旗『………………』スタスタ
フレンダ『絹旗!!』
咳き込んでいたフレンダを置いて歩み去って行く絹旗の手首を掴み、引き止める。
そこでようやく絹旗はフレンダに背を向けたまま立ち止まった。
その頑なさにハアと小さく溜め息をつきながらベレー帽を直しつつフレンダは対話を試みる。
フレンダ『デートって言っても女の子な訳よ女の子。絹旗が考えてるようなんじゃ全然ないから……』
絹旗『いやあフレンダってレズじゃないですか』
フレンダ『レズじゃなくて百合!じゃなくて絹旗!!ちゃんとこっち向いてよ!!』
フレンダが見た絹旗の背中。それは今はもういない麦野の後ろ姿に似ていた。
頑なで、寂しげで、誰にも預けない小さな背中と細い肩。悪い意味で麦野と重なるそれ。
絹旗『………………』
フレンダ『もうっ』
掴んだ白い手首。包帯の巻かれた右手。いつも通りの眼差し。
ようやく振り向いた絹旗の見返りが秋風が揺れるショートボブを靡かせる。
フレンダ『絹旗、やっぱり変わっちゃったね。前みたいな柔らかさが全然ない訳よ』
絹旗『超変わらざるを得ないじゃないですか』
フレンダ『………………』
絹旗『私は、リーダーなんですから』
フレンダ『違う』
絹旗『???』
フレンダ『それは違う訳よ。絹旗』
――そして一陣の風が隔たれた二人の間に吹き抜けて――
フレンダ『私はリーダー(あんた)じゃなくて絹旗(アンタ)に話してる訳よ』
~8~
絹旗『………………』
フレンダ『もうね、ぶっちゃけ見てらんない訳。私達いつからこうなっちゃったの?二人の時くらい上とか下とか持ち込まないで話しようよ』
絹旗『フレンダ……』
フレンダ『滝壺からも言われたんじゃない?麦野の真似なんてしなくていいって。結局、私もそこんとこは同意見な訳よ』
並木道の側を八十九年モデルのブースタが駆け抜け、枯れ葉の絨毯が捲れ上がる中フレンダは思う。
確かに自分は麦野に対し恐怖と好意が半々、アイテムに対する所属も利害と愛着の半々だったはずなのにと。
フレンダ『……一番年下の絹旗に頭張らせてるのはほんと情けないけど、それでも何もかも一人で背負い込んでるみたいな顔されるのは勘弁して欲しい訳よ』
絹旗『別にそんなつもりじゃ超ないですよ?ただ……』
フレンダ『ただ?』
絹旗『先に断っておきますけど、私は浜面にどうこうは全くないですよ』
フレンダ『………………』
絹旗『また“四人”に戻った事に少し違和感というか……超落ち着かないんですよ』
フレンダ『絹旗……』
絹旗『……あーもう。だからあんまり素とか超出したくないんですよ。あんまり内面見せるとかリーダーとして超どうなの?って話じゃないですか』
そこでようやく絹旗はほうっと一息つくようにしてかぶりを振った。
気心知れたフレンダが相手では、本音を話さなければいつまでも食い下がるだろうと秤にかけた上での話である。
絹旗『わかってますって。もういなくなった人間の事こんなにウジウジ考えるとか超ナンセンスだって話』
フレンダ『………………』
絹旗『一番引きずってるのが他ならぬ私自身だなんて超格好つかないじゃないですか。あまりにも』
降り注ぐ木の葉を遠くを見るような眼差しで仰ぎ見ながら絹旗は語る。
今まで空席だった場所に入って来た新入りに対し絹旗なりに思う所があるのだろう。
組織運営を任され三人での新体制から早二ヶ月の時が経ち一つの季節を越えて尚……
絹旗『捨てられたのと超変わらないって言うのに……一番大人になりきれてないのは私自身だなんて』
絹旗もまたどこかで麦野の影を探していたのだ。
~9~
ズルいですよ麦野。私達を置いて、私に全部丸投げして……
『アイテム』を頼むだなんてあんな優しい笑顔で見つめられたら、私は麦野を超恨む事さえ出来ないじゃないですか。
だいたい麦野は昔からズルいんですよ。面倒臭い事私達に投げて自分は美味しい所ばっかり……
フレンダ『……そりゃあ私も変わんない訳よ。けど私はお世辞抜きで絹旗がリーダーで良かったって思ってるって』
絹旗『私に超リップサービスしたってキスなんてしてあげませんよ』
フレンダ『ううん。本当にそう思ってる。だってさ』
でも今ならちょっと麦野の気持ちもわかるんですよ。
後を継いでから急にフレンダの気持ちがわからなくなったり、滝壺さんと距離を超感じたり……
リーダーって孤独なもんなんだなあって。だから何?って話なんですけど
フレンダ『結局、あんたが私達の“居場所”になってくれてる訳よ』
絹旗『………………』
フレンダ『滝壺はここ以外に居場所がないって言ってたし……結局、私も居場所を守ってあげたい身内がいるからここで踏ん張れてる』
居場所。それは私にとって失われ続けるもの。
最初は家族、次に置き去りの養護院、次は暗闇の五月計画、今はアイテム。
それでも私が何とかやれてるのは……みんながいてくれるからです。
例え道具としてだって、私達に居場所をくれた麦野から託されたものだからです。それに
フレンダ『ここは絹旗の居場所でもあって、私達皆の居場所でもある訳よ!』
……あの時の麦野の顔は、全然幸せそうじゃなかったです。むしろ超悲しそうな顔をしてました。
あれは恋を楽しんだりしてるお気楽な笑顔じゃありませんでした。
自分の居場所を失った時の私の顔と同じでした。
だからかも知れませんね。麦野を憎む事も忘れる事も出来ずにいるのは。
フレンダ『おかしな言い方だけど、麦野がいた頃よりずっと一蓮托生な訳だし……結局、それを支える私達にも頼って欲しい訳よ』
命以外何もかも失った超クソッタレな人生の中ですら――
こうして真っ先に裏切りそうな頼りない『仲間』がいて――
絹旗『……ふー』
絹旗最愛(わたし)がここにいて――
~10~
絹旗『……フレンダは超バカですね?』
フレンダ『んにゃっ!?』
絹旗『そんな事わざわざ言いに私を追っ掛けて来たんですか?前に私に“私達は仲良しこよしのガールズサークルじゃない”とか超エラそうな事言ってたくせに』
それに伴って絹旗の手首を掴むフレンダの力が緩み、絹旗の頬も緩む。
抜けるような溜め息と抜ける肩の力。それは果たしてどちらのものか。
絹旗『早く行っちゃって下さいよフレンダ。待ち合わせがあるんでしょう?』
フレンダ『……もう良い訳?』
絹旗『良いも何も私は最初から超大丈夫です』
アスファルトを滑って行く風に追い立てられ、木の葉が足元を転がって行く。
頂点より僅かに傾いた太陽が、二人の影を薄めて行く。
フレンダ『そ!じゃあ私もう先行くね!』
絹旗『………………』
フレンダ『絹旗!』
絹旗を追い抜いて行くフレンダが街路樹に身を隠すようにして顔だけ覗かせて来る。
さながら隠れん坊に興じる子供のように八重歯を覗かせて。
フレンダ『今日はダメだけど、今度二人で遊園地行かない?』
絹旗『はあ?』
フレンダ『結局、絹旗は知り合いに依存するタイプな訳よ。なんか今の絹旗って、私の妹に似てる気がするしさ』
絹旗『妹って……』
フレンダ『あっ、いっけない』
そこでフレンダが自分の頭を小突きながら舌を出してウインクを飛ばして来た。
妹、という単語に小首を傾げる絹旗へと笑って誤魔化すように。
フレンダ『じゃあね!絹旗約束だよー!』
絹旗『ちょっ……』
フレンダは駆けて行く。己の発した言葉に覚えた照れを隠すように。
絹旗はそれを唖然として見送り……舞い散る銀杏の葉の中薄く微笑んだ。
絹旗『そういう約束って超死亡フラグって言うんですよ?まったくもう……』
約束。黒夜海鳥とは果たせず終いだった映画館に行く約束。
守られるでも破られるでもない約束……それが妙にくすぐったっかった。
絹旗『――私も超まだまだですかね――』
そして絹旗は再び歩み出す。果たされるかどうかわからない約束を胸に。
その約束がどうか果たされる事を、信じる事を止めた神に祈るように――
~11~
盗んだバイクもとい、盗んだバンで走り出す。
ぶっちゃけて言えば女の子を後ろに乗せて走りたかった。チャリでもバイクでもなんでも。
幹線道路を直走りながら図らずも叶ってしまった幻想(ゆめ)は間を持たせるためのタバコの苦い味がした。
表の世界で叶わなかった夢が裏の社会で叶ったなんて思うと少しやりきれない気持ちになる。
滝壺『………………』
浜面『(き、気まずいぜ……)』
助手席に乗り込んだピンク色のジャージの女の子、滝壺は車酔いでもしたように黙り込んでいた。
なんてこったい。と思いながらウインカーを左に切る。これってドライブって呼んでいいもん?
滝壺『はまづら』
浜面『お、おう』
滝壺『さっきの話だけどね』
浜面『………………』
滝壺『10月3日の夜と10月4日の朝から、私はずっとはまづらが気になってた』
飲み込んだ唾が、呑み込んだ煙と一緒に落ちて行く。
秋空が妙に晴れがましいのに物寂しい。そう感じるのは――
隣にいる滝壺の儚さか、それとも色々あった俺の心境の変化か。
滝壺『とっても強くて、すっごく弱くて、ちょっと怖そうで、それでも寂しそうなはまづらの事が……ずっと』
浜面『……そうか』
滝壺『うん。はまづらとは初めて会ったはずなのに、私はなんだかずっと前からはまづらを知っていたような気がしてた』
お、落ち着け浜面仕上……本能のアクセルと理性のブレーキを踏み間違えるな。
心のシートベルトと魂のエアバッグの貯蔵は十分か?大丈夫だ問題ない。
ドキドキすんじゃねえ。信号見ろ。車間距離開けろ。
ルームミラー見てもいつもの俺だイケメンにはなれねえから落ち着けHAMADURA
浜面『ど、どうしてなんだ?俺と滝壺はあの夜の前まで会った事なんて――』
滝壺『……鏡』
浜面『!?』
滝壺『はまづらは、私と同じ目をしてる』
その言葉に俺はナビ画面に走るノイズのような気持ちが胸を騒がせるのを感じた。
それは不愉快だとか恋愛感情的な意味じゃなくって……
あれだ、ズレたチューニングを元のツマミに戻して音を作る時みてえな――
滝壺『――私と同じ、居場所を探してる人の目をしてた――』
……あーちくしょう……俺は、俺達どこに向かって走ってるんだ?
~12~
浜面『同じったって……滝壺はレベル4でアイテムの構成員で、俺はしがないレベル0で下部組織の下っ端だぜ?』
滝壺『でも、同じ人間だよ?』
浜面『……同じ』
滝壺『同じだよ。私はそれを見てきてるから』
浜面『見て来た?』
滝壺『――むぎのと、かみじょうを』
浜面『(また“麦野”か……)』
『むぎの』というその名はこのアイテムの面々にとって、浜面にとって『駒場利徳』のようには感じられた。
そしてバンは幹線道路を抜け、ゲートを抜けて第七学区へと入る。
数日前となんら変わらぬ街の風景が、何故だか違ってみえる。
それは心境の変化以上に浜面の『目』と『芽』が開いたからなのだが――
滝壺『むぎのはレベル5で、かみじょうはレベル0だった』
浜面『(俺が戦ったあのバケモノみたいな魔女も確かそうだったかな……たしか“しずり”とか呼ばれてたか)』
滝壺『――むぎのは最初、かみじょうを学園都市のゴミとかレベル0のクズとか無能力者のカスだとか……そんな風に言ってた』
浜面『……そうだろうな。俺もそう言われてきたし俺達はみんなそう言われて来た』
滝壺『……むぎのは、かみじょうを殺そうとしたの。生きたまま電子炉に入れてやるって』
浜面『!!?』
滝壺『私はそれがとっても怖くて、すごく悲しかった』
あのウニ頭はなんて名前だったんだろう?と過ぎらせた思いを凍てつかせるような……
滝壺が発した不吉な単語にあわやハンドルを切り損ねそうになる。
それを淡々と語る少女の透徹さに、改めて自分はガールズサークルの使い走りでない事を思い知らされる。
滝壺『でも、むぎのはかみじょうを殺せなかった』
浜面『……そりゃまたなんで?』
滝壺『レベル0のかみじょうが、レベル5のむぎのの命を助けたから』
浜面『……――!?』
滝壺『“善悪とか敵味方とかレベルなんて関係ない”って……三回も殺し合いをして二度死にかけて、それでもかみじょうは“化け物”って人から言われたり“怪物”って自分で言ってたむぎのを“人間”に戻してくれたの』
煙草の先端に溜まっていた灰がペダルを踏む浜面の膝の上に落ちる。
一瞬よぎったまさかという予想、馬鹿なと頭から追い出す想像。
ありえない。出来すぎている。そんな三文小説の筋書きのような巡り合わせなどありえないと。
~13~
滝壺『……その時私は思ったの。むぎのは本当の居場所を手に入れられたんだなあって』
浜面『居場所――』
滝壺『うん……居場所。私の居場所はここだけだけど』
浜面『………………』
滝壺『ふれんだが前に言ってくれたの。“いつか他にも滝壺の居場所が出来るといいね”って……』
頭から奇妙な既視感を無理矢理追い払って尚、口に咥えているフィルターだけになった煙草に含まれたタールのような思いが浜面の中へとゆっくり降りて来る。
浜面『(――似てるんだ、俺とこいつとその麦野ってやつは)』
浜面は唯一の居場所を失った。滝壺は無二の居場所を喪わないためにここにいる。
そして滝壺が未だ麦野を忘れられないのと同じように、浜面も駒場を忘れられない。さらに……
浜面『(……レベル5ってバケモノも、レベル0ってゴミも、どっちも“人間”扱いなんてされてねえ……)』
見えざる相似形。あの夜対峙した魔女を怪物と呼んだ自分もまた……
ベクトルこそ正反対なれど今まで自分達レベル0を人間扱いしなかった連中となんら変わらなかった事に気づく。
ならばこの滝壺理后なる少女はどうなのだろう?
滝壺『でも、初めてはまづらと会った夜……レベル0なのに私を守ってくれた強いはまづらと、私の胸で泣いてた弱いはまづら……“人間のはまづら”を見た時』
滝壺は車酔いがひどくなったのかやや具合悪そうな顔色ながらも――
うっすらと、まぶしい太陽に目を細めるようにして微笑んだ。
滝壺『――私はこの男の子を守ってあげたいって思ったの』
浜面『……!!』
滝壺『はまづらをギュッてしてあげてた時、私はここにいるんだ、ここにいたいんだ、ここにいてもいいんだって……』
幹線道路を抜け、第七学区の中心街へと入り、ガタガタと背後の工具入れが浜面の内面と連なるように揺れる。
滝壺『あんな怖い目にあったのに、生まれて初めて男の子と一晩中お話して……それでも私はまづらは怖くなかった。私に優しくしてくれた』
浜面『お、オレは……』
滝壺『――同じだよ』
浜面『!!?』
浜面がギアを落とそうとシフトレバーに伸ばした手に、滝壺の柔らかな手が重なった。
滝壺『――あの時の私達に、レベルなんて関係なかった。同じ人間だったんだよ。はまづら』
~14~
キッ、と浜面は道路端に車を横付けしバンを停めた。
これ以上気もそぞろに滝壺と接していては運転も誤りかねないと判断して。
その横をもちろん何も知る由もない学生らが通り過ぎて行くばかりだ。
滝壺『なに?はまづら』
言葉が出て来ず、声にならず、意味を為さない短い沈黙が続いた。
真っ黒なバンへチラと横目を向けて来たツインテールの少女の姿がミラーに映るも、すぐさまシャンパンゴールドの髪の先輩らしき少女に呼び掛けられ走って行くのが見えた。
浜面『……俺も、滝壺と同じような事考えた』
滝壺『はまづらも?』
浜面『ああ、まだ返せてないあのジャージを見る度に……またいつか会えるかって、ずっと滝壺の事を考えてた』
まるで告白のようだ、と浜面はそんな自分を内心で窘めた。
滝壺は表情から察するのがやや難しいタイプではあるが――
少なくとも今の会話から『差別される側』だった浜面に対し……
人間として好意を抱いてくれたのだと言うニュアンスを感じ取れた。
浜面『俺さ、滝壺に会う何時間か前に同じレベル0に言われたんだ。“助けが欲しいってならテメエは誰かを助けた事があんのか”って……』
滝壺『……うん』
浜面『最初は何巫山戯けた綺麗事言ってやがんだこいつって思ったさ。そりゃテメエが出来るだけの強さと立場がある成功した側の人間だろうがって』
故に浜面は取り繕う事をやめた。さりとて偽悪的に振る舞うでもなく露悪的に話すでもなく――
浜面『こうも言われた。“テメエはいつも他人ありきじゃねえか。テメエ自身はどこにいる”って』
滝壺『……はまづらはここにいるのにね』
浜面『――ああ、その通りだクソッタレ』
居場所という立ち位置を挟んで似通う滝壺と浜面を隔てるもの……
それは揺るがず流されぬ『自分自身』を有しているか否か。
浜面『そんな当たり前の理屈さえも……駒場(あいつ)らがいる時はそん中に埋もれて、アイツ(駒場)らがいなくなってからは自分を見失って』
鳥の巣を育むように居場所を作れどそこに『己』だけがいない。
更に今も浜面は『誰かが作り出した流れ』の中に放り込まれている。だが
浜面『……でも、滝壺を助けた時わかった』
―――――俺はまだここにいる―――――
~15~
滝壺『………………』
浜面『何もかもヤケクソになって投げ出そうとした俺を引き戻してくれたのがアイツなら、折れかけた俺をもう一度立ち直らせてくれたは滝壺、お前なんだ』
あのレベル0の少年は目を背けていた自分自身を突きつけて来る真実の鏡だった。
同時にあのレベル5がレベル0のフレメアを助けたという事実が浜面をこの世界に引き止めた。
そして冷たい雨の中、汚れる事さえ厭わずに抱きしめてくれた滝壺の存在が浜面を奮い立たせた。
どれか一つ、誰か一人欠けていても浜面は今のように自分を取り戻す事は出来なかっただろう。
浜面『……ありがとう滝壺。お前に会えて本当に良かった』
滝壺『!』
浜面『――ずっと、それを伝えたかった』
無能力者狩りに、学園都市に、人間そのものに半ば絶望しかけていた浜面を救ったのもまた同じ人間のぬくもりだった。
それは耳を澄ませていた滝壺にも伝わって来るようで――
滝壺『……ありがとう、はまづら』
浜面『よせよ。お互いにありがとうって言い合うのってなんかくすぐったいっつの』
滝壺『……ううん。良かったよ、はまづら』
照れ隠しのようにピアスの千切れた鼻の頭を掻く浜面の僅かに赤らんだ顔を――
滝壺『……最後(最期)に、はまづらに会えて(逢えて)良かった――』
浜面『えっ?』
滝壺『――――――………………』
――白蝋のように青ざめた顔色の滝壺が……そこで言葉を途切れさせた。
ガクンッ
浜面『!?……滝壺?おい、滝壺!!!』
滝壺『………………』
フィラメントの切れた照明か、糸を失った操り人形のように……
事切れた死人が如く滝壺はシートベルト以外の支えの全てを失った滝壺が意識を手離した。
呼吸が口元に耳を近づけないとわからないほど小さく、弱く、儚く――
魂が抜け落ちた骸も同然の滝壺に浜面の声は届かない。
浜面『滝壺ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーッッ!!』
学園都市暗部にあってすら禁忌とされる『体晶』……
その溜まりに溜まった毒素が葡萄酒の澱のように滝壺の身体を蝕み、体内から喰らうかのように舞い上がった。
~16~
冥土帰し『“体晶”だね?』
そして浜面は切羽詰まった状況下から覚えたてのコード五ニを引っ張り出すまでもなく――
冥土帰し『“暴走能力の法則解析用誘爆実験”に用いられていたものだ。意図的に拒絶反応を起こし、能力を暴走させるための』
第七学区にいた事から最寄りの病院、冥土帰しの元へ滝壺を担ぎ込んだ。
冥土帰し『暴走能力者の脳内では通常とは異なるシグナル伝達回路が形成され、各種の神経伝達物質、様々なホルモンが異常分泌されているんだ。体晶とはその分泌物質を採取し、凝縮、精製した能力体結晶だ』
そのカエル顔の医者からの説明を呆然と、診断を茫洋と浜面は聞いていた。
奥歯を噛み砕かんばかりに食い縛り真一文字に結んだ唇を戦慄かせて
冥土帰し『彼女はなんとかRSPK症候群の一歩手前で踏みとどまっている。今ならまだは彼女の健康を取り戻す事が出来る』
己の無力さと現実の無情さに打ち震える膝の上で
冥土帰し『その代わり約束して欲しい。二度と彼女に能力を使わせないと。一度でも発動させたが最後、彼女は“崩壊”を迎える事になる』
浜面「クソッタレ!!!」
グシャッ!と手にしていた紙コップを握り潰し、浜面は談話スペースでこらえきれぬ呪いの声を吐き出した。
火傷しそうな熱さのコーヒーがぬるま湯にさえ感じられるほどの熱度と怒りを湛えて。
浜面「こんな……こんな馬鹿な話があってたまるかってんだ!!」
手の平からこぼれ、指の股から滴り落ちるコーヒー。
そこに熱を失って行った滝壺の体温がまだ残っていた。
それは浜面の手に再び見出せたかも知れない掛け替えのない物が零れ落ちて行くようですらあった。
浜面「ちく……しょう!」
生まれて初めて自分の手で守れたかも知れない少女の命が今まさに失われようとしている現実。
取り戻した己を見失わぬよう、浜面は全身全霊でそれに耐えていた。
麦野「………………」
その場より程近い渡り廊下に佇む、サイドポニーにリムレスの眼鏡をかけた少女の視線にも気づかずに――
~17~
麦野「(そういう事ね……)」
麦野沈利は背にしていた柱より身体を離し踵を返し先程の様子を目蓋の裏で反芻する。
担ぎ込まれて来た滝壺、言うまでもない『体晶』による中毒症状。
それは他ならぬ麦野自身も幾度も目にして来た光景である。
麦野「(滝壺のAIMストーカーは能力を意図的に暴走させる事で発動する無理筋の力。その負荷が限界に達したって事か)」
もう一箇所の自動販売機のあるコーナーへ重い足を進めながら麦野は現状把握に務める。
冷静に思考し、冷徹に思索し、冷厳に思案しつつ歩みを進める。そこへ――
冥土帰し「おや?」
麦野「……先生?」
冥土帰し「動き回ってはいけないとは言わないが歩き回ってはいけないよ?君の傷は思っている以上に深いんだからね?」
麦野「大丈夫よ。食後の軽い運動だから」
辿り着いた先。そこには食事休憩中と思しき冥土帰しの姿があった。
白衣の医者と入院着の患者、二人が初めて顔を合わせ言葉を交わした時のように。
冥土帰し「そうかい?なら食後のコーヒーに付き合ってくれないかい?」
麦野「別に構わないけれど夜眠れなくなったら先生のせいだからね」
冥土帰し「ふむ?では一杯ご馳走しよう」
腰掛けていたソファーから立ち上がり、冥土帰しは麦野の分のコーヒーを選ぶべく自販機のボタンを押す。
そこで麦野も冥土帰しの座っていた隣に腰を下ろして足を組む。
それは幾度も生死の境を彷徨って来た上条を現世へと連れ戻して来た神の手の持つ医者に対する麦野なりの信頼の表れでもある。
冥土帰し「……その様子だと、全て察しがついていると考えて良いかい?」
麦野「相変わらず鋭いわね先生は」
冥土帰し「あのジャージの彼女は夏に二度見かけているからね?彼の見舞いに来ていた君が連れ歩いていた女の子達の内一人だ。あれだけ騒がしくしていていればイヤでも記憶に残るよ?」
麦野「ふん……」
長い永い夏。麦野が上条と出会い、アイテムへ別れを告げた季節。
自分が必要とする人間と手を結ぶために、自分を必要とする人間達と手を切ったあの日。
悔いがなかったとは言えなかった。しかしやむを得ないと言うにはあまりに――
麦野「……あのジャージ悪目立ちするからね」
透徹な眼差しが、余人の介入を許さなかった。
~18~
冥土帰し「……彼女は意識を取り戻したよ。五分以内ならば話も――」
麦野「いい」
冥土帰し「………………」
麦野「私はあいつらを自分の都合で切り捨てて、アイツと天秤にかけた上で放り出したんだ」
麦野は受け取った紙コップのコーヒーよりも苦い感傷を飲み干しながらサイドポニーをいじる。
麦野「“体晶”なんてもんを使わずには生きられないような闇の中にアイツらを置き去りにして、私は自分一人自由の身になったんだよ。先生」
冥土帰し「………………」
麦野「滝壺に“体晶”を使わせ続けて来たのも他ならぬ私自身。だけどね先生。私は命令を出した自分に責任は感じてるけど後悔はしてないし、滝壺に負い目も引け目も感じちゃいない」
努めて淡々と語るその横顔を月灯りのような自販機の光が照らして行く。
麦野「――私は効率良く敵を殺し追い詰めるのと同じくらいアイツらを死に目に追いやって来たんだよ。死にたくないから。殺されたくなかったから。だから私はアイツらを使い潰しの道具として扱って来たし、アイツらも生き延びたいから、生き長らえたいから従って来たのよ。それを今になって」
冥土帰し「……だから顔を合わせられない、と?」
麦野「そうよ」
眼鏡のズレを直す。病院での暮らしが肌に馴染むとどうにも家にいる時のような地が外見に表れて来るのだ。
人は死や、痛みや、恐れに対してなるべく身軽でいようとする。
だが同時に、常日頃押し殺している本音を吐露しやすいのもまた病院という環境だった。そこで
冥土帰し「――そんな事は、ないんじゃないかな?」
麦野「……?」
冥土帰し「君の言う通り、君は色々な物を切り捨て様々な者を投げ捨てて来たのだろう?それは誰にも変える事の出来ないものなのかも知れない。けれどね?」
生を拒絶する殺人者(メルトダウナー)の対局に位置する、この死を否定するカエル顔の医者(ヘブンキャンセラー)は
冥土帰し「――君が捨ててきたモノたちは、果たして本当に君を見捨てたのかい?」
麦野「………………」
冥土帰し「いいかい?」
麦野が撒き散らして来た『死』以上の『生』を万人の下へ返して来た医者……
星座の蛇遣い座(アスクレピオス)のような神の手を持つこの老人は――
――この世界で取り返せないものは、奪われた命と失われた時間だけだよ――
~19~
麦野「………………」
冥土帰し「それは、孫娘とお爺ちゃんほど離れた君と僕が唯一同じくする価値観ではないのかね?」
麦野「――そうかもね」
生を拒絶してきた殺人者と死を否定する医者が共有する唯一の事柄。
神の奇跡すら手を伸ばし得る科学万能の学園都市にあって……
神の奇蹟すら人の御業で御する術のあるこの世界にあって――
未だ為し得ぬ生命の復活と時間の回帰。共に滅びと終わりを知る二人の見て来た地獄(やみ)そのもの。
冥土帰し「人は良く言うね?“振り返るな”“迷うな”“捨てよ”と。僕もこれは曲げられない摂理だと思う。だが変えられない真理などでは決してないと想う」
麦野「――もっともらしく聞こえるけど?」
冥土帰し「生きる事を山登りに置き換えればわかるだろう?後ろを振り返らねば今自分が何合目に差し掛かったかわからない。選ぶ道を迷わなければ先行きさえ不確かだ。
例え荷を捨てて頂きに登りつめてもその後暖も取れなければ水や食料も得られない。生きて降りる事まで含めて“山”なんだ。
それをせず身軽さに任せ、己が望む場所だけを目指して遭難し、挙げ句人を心配させ、それを助ける者の手を患わせる愚かしさを――君は誰よりも知っているだろう?」
麦野「先生」
冥土帰し「……いや、柄でもない御説教のようですまないね?」
一見して耳障りの良い言葉の裏に潜み、人を死に追いやる欺瞞を老医師は知っている。
子供もしくは若者の価値観ならばそれでも良いだろう。
されど老人は知る。子供や若者より遥かに成熟した大人でさえ迷っていない者など一人もいないのだと。
冥土帰し「……ただ、これだけは君に知っていてもらいたい」
右から左か、前か後ろかしかない道しか人生にないのなら
麦野「……うん」
人は道を誤りなどしない。この老医師の『友人』のように。
冥土帰し「一度の戦いや二度の闘いで出した答えもまた、一回や二回の過ちでまた覆ってしまう」
人は道に迷いなどしない。この孫娘を思わせる『患者』のように。
冥土帰し「――その全てを背に負って、僕は君に生きて欲しい。君の背を追う者達が道に誤らぬよう」
君は全てを投げ捨てて死ぬにはあまりに若すぎると――冥土帰しは笑いかけた。
冥土帰し「……もう、その背に重過ぎると言う事はないだろう?」
~20~
……いつしか麦野が手にしていた紙コップの底には僅かにコーヒーの名残を残すのみとなった。
反対に冥土帰しは手にしていたコーヒーはまだ半分以上残っている。
しかしもう時間はない。食事休憩が終わりつつあった。
冥土帰し「……僕はそろそろ行くとしよう」
麦野「うん……」
冥土帰し「最後にもう一つだけ。この中身を覗き込んでごらん?」
冥土帰しが手にした紙コップを麦野に差し出して来た。
半分以上残ったコーヒーの表面は波打ち、そこに訝る麦野が映り込み、揺れる。
冥土帰し「君が映っているだろう?」
麦野「そうね。だから何?」
冥土帰し「――揺れて、歪んで映っているのが見えるだろう?」
麦野「そりゃ……」
冥土帰し「歪んでいるのは君の顔かな?それとも揺れているコーヒーのせいかな?」
麦野「――……」
冥土帰し「そう言う事さ」
冥土帰しが伝えたい事。それは心の在り方。己の内なる水面を凍てつかせるのではなく、鏡のように静める事。
心静かに保つ事が出来ぬ者にはいつまで経っても己の姿が歪んで見える。
実際の己の姿は何一つ変わってないにも関わらず、自分が本当に歪んだ人間だと思い込んでしまう。
麦野「(――静かに自分に向き合えって事ね)」
この医者はいつからカウンセラーに職替えしたのかと麦野はアップにした後ろ髪を払って溜め息を一つついた。
麦野「――先生?」
冥土帰し「何だい?」
麦野「やっぱりコーヒー飲んだら寝れそうにもないわ。もう少しウロウロしてくる」
冥土帰し「そうかい?」
麦野「――眠くなるまで、話し相手でも見つけてね」
冥土帰し「……1935号室。君も彼女も手短にね?」
麦野「……わかった」
冥土帰しから離れ、サイドポニーを揺らして麦野は再び渡り廊下へ向かう。
背中越しに笑みを浮かべ、肩越しの謝意を言葉に乗せて。
麦野「ありがとうね、先生」
そうやって取り戻した足取りのまま去り行く麦野を、冥土帰しは薄くなった頭をかいて見送った。
冥土帰し「――患者に必要なものを用意するのが、僕の仕事だよ――」
~21~
滝壺「ん……」
一方、小康状態から回復し点滴を受けベッドに横たわっていた滝壺は暗澹たる思いを煩っていた。
それは胸裡にて反芻されるはカエル顔の医者の下した診断、実質的な最後通告。
滝壺「(……もう、みんなといっしょに戦えないのかな?)」
『体晶』を用いれば人間として死を迎え、『体晶』を用いなければ能力者としての終わりが待っている。
それはとりもなおさずアイテムの構成員としての役割と居場所を失う事に直結していた。
滝壺「(もう、みんなを応援出来ない)」
しかしアイテムは基本的に正規メンバーであったとしても使い捨ての消耗品である。
これが麦野ならば例え滝壺が死のうと最後の最期まで能力使用に踏み切るだろうが――
奇しくも現在のリーダーは絹旗である。恐らく絹旗の性格上、滝壺は足手まといとしてメンバーから外されるだろう。
いずれにしても滝壺は悲観的な物思いに耽らざるを得なかった。
滝壺「(はまづらを守ってあげるって、約束したのにな)」
滝壺は考える。お払い箱となった自分は果たしてこれからどうなるのか?
組織から切り捨てられただ一個人として生きて行けるのか?
もしくは学園都市の闇に関わり多くを知りすぎた者として処分されるのか?
三人しかいない正規メンバーである絹旗とフレンダのみとなれば次の補充要員が来るまでアイテムはどうなるのかと――
――キィンッ
滝壺「……扉の前から信号が来てる……」
半ば虚脱状態の身体を横臥させるに任せた滝壺の意識野に引っ掛かる懐かしいAIM拡散力場。
それは暗澹たる気持ちを持て余していた滝壺にとって一縷の光のようにさえ感じられた。
滝壺「いいよ。入ってきて」
ガラッ
???「………………」
ノックも声掛けもなくスライド式のドアを開いた先に佇む少女……
それは滝壺が見た事もないリムレスの眼鏡と、見覚えのある栗色の髪をサイドポニーにした――
滝壺「美人なのに眼鏡だけ似合わないね」
???「五月蠅いわね。わかってるって」
同じ入院着を纏って姿を現したアイテム前リーダーにして現レベル5第四位。
滝壺「……むぎの、久しぶり」
麦野「――久しぶり……」
原子崩し(メルトダウナー)麦野沈利がそこにいた。
番外・とある星座の偽善使い:第二十三話「Pray~祈り~」
~22~
麦野「(……おかしなもんね。袂を分かった人間とこうして膝交えて顔を突き合わせてるだなんて)」
滝壺「(むぎの、変わったけど変わらないね。でもこうして久しぶりに見ると何だか知らない人みたい)」
麦野「(……何て言えば良い?どんな顔すりゃ良い?)」
滝壺「(聞きたい事、話したい事、知りたい事、いっぱいあるな)」
麦野「滝……」
滝壺「むぎ……」
麦野「………………」
滝壺「………………」
麦野「あんたから」
滝壺「むぎのから」
麦野「~~~~~~」
滝壺が横たわるベッドサイドに置かれたパイプ椅子に腰掛けながら麦野は小刻みに肩を震わせた。
入室より見交わしたまま数分、二人はこの有り様であった。
麦野「……何であんたがあの団子鼻ピアスと一緒にいんの?」
滝壺「なんでむぎのまで入院してるの?かみじょうのこっこ出来たの?」
麦野「おいコラ。私はジョークが嫌いだってもう忘れたのかにゃーん?」
滝壺「ジョークじゃなくて真面目に聞いたのにな」
麦野「余計タチ悪いわよ!!」
滝壺「でも良かった。むぎのが元気そうで」
麦野「……元気じゃないのはあんたの身体の方でしょ?」
滝壺「うん……」
枕に顔を横向け仰臥する滝壺が黒真珠を思わせる双眸を麦野へと投げ掛けて来る。
どうして私がここにいるのがわかったの?どこまで私の身体の事をわかっているの?と。
しかし滝壺は自然とそれが受け入れられた。如何に袂を分かち道を別ったと言えど――
滝壺「そうだったね。むぎのは昔から私達の事みんなお見通しだったもん」
麦野「……そうでもない。こんな眼鏡かけなきゃいけない程度には目が悪くなったわ」
滝壺「そう?でもむぎのの目、昔よりずっとずっと……優しくなった」
麦野はいつだって自分達より遠く、深く、鋭く、冷たく物事を見極めて来た。
それを思えば別段どうと言う事はなかった。語るべきところはそこではないとも。
滝壺「――今も」
麦野「!」
滝壺「私の事、心配してくれてる。わかるよむぎの」
滝壺の低い体温を乗せた指先が、点滴を刺された白い手首が麦野の頬に触れる。
同性の目から見てさえ欠点の方が遥かに多いが、それでも嫉妬さえ起きない美貌を慈しむように。
滝壺「――私、もうダメみたい」
麦野「――……」
滝壺「もう、みんなの力になれないんだって……言われちゃった」
~23~
麦野「………………」
滝壺「……むぎの」
麦野はその手を払い除ける事もせず滝壺の好きなようにさせる。
しかし聡い滝壺は指先から伝わる麦野の表情を瞳を閉じる事によって目蓋の裏に描き――そして告げた。
滝壺「――いいんだよ、むぎの。私がこうなったのはむぎののせいじゃないんだよ。だって私が私の居場所を守るために戦い続けて来た事だから」
麦野「……私はあんた達を使い捨ての消耗品として、死んでも結果を出させる使い潰しの道具(アイテム)として扱って来たんだぞ」
滝壺「……知ってるよ?」
麦野「だったらなんで」
滝壺「――それでも、むぎのは私達を一度だって自分のためだけに“無駄使い”しなかった」
麦野「……!!」
滝壺「私達を道具として活かす事で、私達を人間として生かしてくれたのはむぎのなんだよ」
点滴が落ちる音にならない音が空気を震わせ、薬品秋の匂いがする病室に吹き込んで来る秋風がそれを洗い流す。
滝壺は言葉を紡ぐ。限られた時の中で、残された刻の中で。
滝壺「むぎの覚えてる?私達がお別れする前の七月にファミレスに集まった時の事」
麦野「……ああ、フレンダにうちの大飯喰らいの偽ID作らせた時だったわね」
滝壺「むぎの、あの時なにか事件に巻き込まれてたよね?かみじょうといっしょに」
麦野「………………」
滝壺「あの時むぎのは私達に一言も手伝えって言わなかった。私達を巻き込まないように、きぬはたが何聞いても知らんぷりしてた。私、覚えてるよ」
麦野「……別に」
もう戻れないあの夏の日。インデックスの記憶を失わせまいと各方面を奔走していた麦野はアイテムの戦力を動員する事なく独力で事態の解決に当たっていた。
その時の麦野の横顔を見て、滝壺は絹旗に対して『私はむぎのを信じてる』と言ったのだ。
麦野「任務でもない案件に、ギャラも出ないトラブルにボランティアであんたら引っ張り出すほど私は落ちぶれちゃない。って当麻を殺しに行く時あんたら引き連れて行った私の言うこっちゃないけどね」
そうやって添えられた指先から逃れるようにそっぽを向いた麦野の横顔は……
やはりあの夏の日となんら変わりはなかった。優しくなった眼差しを除いて何一つ。
滝壺はそれが嬉しく、また羨ましく思えてならなかった。
~24~
カラカラとリノリウムの床面を滑り行くワゴンの音が廊下より響き渡り、二人の間に落ちた沈黙をより際立たせる。
麦野の胸の奥底にある思いが、滝壺の心の深奥にある想いが、二人の言葉が上手く声に乗らない。
滝壺「……ふれんだは表の世界に出られない。きぬはたは外の世界に戻れない。私は裏の世界でしか生きられなかった」
麦野「そうね。私らはみんなそうだった」
滝壺「それでも――お仕事がない日でも、私達よくあのファミレスに集まってたね」
麦野「………………」
滝壺「あそこはむぎのが私達を活かして、生かして、行かせてくれた場所なんだよ」
麦野はふと考える。自分は今までこんな風に腹を割って滝壺と言葉を交わした事があったろうかと。
滝壺はふと考える。自分達が今までこうして心を開いて互いと向かい合った事はあっただろうかと。
滝壺「私はまだ生きてる。むぎのがくれた命があって、私が見つけた居場所があるんだよ。だから」
麦野「………………」
滝壺「――最後に、むぎのに会えて嬉しかった」
麦野「……ッッ!!」
滝壺「……最期に、むぎのに逢えて良かったよ」
そして麦野は滝壺を『抱き寄せて』いた。入院着の肩掛けから羽織っていたピンク色のジャージごと。
滝壺もそれに応えるようにゆっくりと麦野の背中に手を回す。二度目の別れを惜しむように。
滝壺「私もむぎのみたいに大切な居場所(ひと)、見つけられたかも知れない」
麦野「うん……」
滝壺「初めて、むぎのの気持ちがわかったんだ」
麦野「……うん」
滝壺「――大切な人を守りたいって思う気持ちがあると、何も怖くなくなるんだね」
麦野「うん」
滝壺はまだ知らない。浜面と麦野が互いに殺し合った事を。
麦野は知らない。滝壺を守ったのがその浜面だと言う事を。
もし出会う形が違えば、辿る道筋が異なれば――
麦野は今もアイテムのリーダーであり、滝壺を死地に向かわせんとした果てに浜面に討たれる未来もあっただろう。だがしかし
麦野「――そうだね」
運命は変わる。変えられる。
麦野「――――私もそうだよ――――」
他ならぬ、人の手によって
麦野「………………」
今、この瞬間にも――
~25~
絹旗『はっ……ははっ……はははっ……なんですかそれ?巫山戯けないで下さいよ麦野……私達にも言えない事ってなんなんですか?そんな超くだらない事のために……足抜けして私達を放り出すんですか?』
私は一人を選ぶために独りを選んだ。私を必要としていたあいつらを放り出して、私が必要としているあいつのために。
私自身のエゴであいつらを夜より深い暗闇の中に置き去りにしたんだ。
フレンダ『結局……麦野は私達よりアイツを選んだって訳?』
どこかで綺麗でいようとした醜く汚れた私。あいつらを重荷のように切り捨てた弱く力無い私。
自分で選んだつもりになった戦場に逃げ込む事で、私に追いすがるあいつらの眼差しを振り切った私。
私はいつだってそうだ。一番大事な時に限って自分のエゴを頼みに独りを選んでしまう。
そんな私に今更あいつらにかけられる言葉も申し開きの言い訳も何もない。
なのに
フレンダ『麦野ー!!』
絹旗『超麦野ー!』
滝壺『むぎの』
私の胸で燻ぶり続けているこの星の光のような灯火になんて名前をつければいい?
当麻に導かれたこの世界にあって未だ私の手に残り続けるこの欠片に。
あいつらと過ごした何気ない日々が、見交わした笑みが、どうしようもなく私を突き動かす。
麦野「……そうだったのか」
幸せな記憶。掛け替えのない居場所。私を支える温もり。
忘れようもなく刻まれたものが、今になって思い出せる。
自分の居場所と守りたい誰かを見つけた滝壺の姿の見て。
麦野「あいつらは、こんな気持ちで私を送り出したのか」
これが最後、これが最期と微笑んでいた滝壺。
生きる意味でも死ねない言い訳でもない力強い笑顔。
私が投げ捨て、投げ出し、投げ打った場所で今も戦い続けてるあいつら。
麦野「――……」
受け入れなきゃいけないのは、自分の弱さ。
向き合わなきゃいけないのは、自分の過去。
乗り越えなきゃいけないのは、自分の暗闇。
麦野「――行かなきゃ」
私の悪夢(ユメ)に出て来て良いのは、私が殺して来た人間だけだ
私の幻想(ゆめ)の中で、今も現実に生き続けてるあんたらを
放り出したのが私のエゴなら
取り戻そうとするのも私のエゴだ
そのための『鍵』は、たった今手にした
~26~
マヨエー!ソノテヲヒクモノナド……ピッ
上条「もしもし?」
麦野『私』
上条「ああ沈利か」
五和「!!?」
土御門「(あちゃー……)」
同時刻、負傷しながらも『左方のテッラ』を下しアビニョンより学園都市へと向かう超音速旅客機の中――
五和がおしぼりを差し出そうとしたまさにその瞬間、上条が携帯電話に出たのだ。
当然、学園都市製の最先端技術で作り上げられた超音速旅客機は携帯電話の電波程度ではビクともしない。
五和「(で、電話の相手ってまさか!)」
土御門「(カミやんの嫁ですたい。本当にはかったように横槍が入るにゃー)」
上条「そうか……うん、うん、わかった」
五和「(よっ…嫁って……)」
土御門「(オルソラ教会とベネチアで顔を合わせたんだろう?お前さんこそおしぼりが必要なくらい汗が出てるにゃー)」
五和「(うああああああああああああああああああああ)」
土御門「(また一つフラグと共に乙女の幻想がブチ殺されたんだぜい)」
いつもならば連絡待ちに徹している麦野からのコールに満身創痍の身体を座席に横たえ上条は相槌を打つ。
その出張帰りの夫が妻へかける電話のような上条の横顔に五和は動揺を隠しきれない。
同様にサングラス越しにもニヤニヤ笑いを隠そうともしない土御門を除いて。
上条「ああ、今代わる……土御門!」
土御門「ん?」
上条「麦野がお前に代わってくれって」
と、そこで上条から土御門へと携帯電話が手渡される。
麦野とは10月3日の午前に会ったきりではあるが別れ際が最悪であった。が
土御門「何ですたい?」
麦野『ふん……電話に出れなくなってりゃ良かったもんを』
土御門「相変わらず随分なご挨拶だぜい。で?死んで欲しいくらい俺を嫌ってるお前さんの用件はなんだにゃー?」
麦野『……とう』
土御門「………………」
麦野『――当麻を連れて帰って来てくれて、ありがとう』
麦野の口からついて出た言葉に土御門はやや目を丸くし……それから不敵な笑みを浮かべた。
土御門「――その様子じゃどうやら吹っ切れたようだな」
麦野『死ね』
その声に最早揺らぎはないと確信し、土御門は上条に携帯電話を返した。
~27~
麦野『当麻?』
上条「ああ俺だ……もういいのか?」
麦野『――うん。さっきも言ったけど、私少し開けるから。区切りがついたらまた連絡する』
五和「(なっ、何話してるんだろう……)」
縁取られた二重瞼を小鳥のようにして見やる五和を余所に、上条は何やら真面目な表情で受け答えしている。
上条「……ほんとの事言うとな、お前を一人で行かせたくなんかねえ」
麦野『でしょうね。私があんたの立場でもそう思うよ』
上条「それでも――お前は行くんだな?」
麦野『行くわ。他の誰でもない、私自身のエゴのために。あんたの事も御坂の件も全部含めてね』
上条「………………」
麦野『あんたが私を信じてくれてるなら止めないで。あんたが私を好きでいてくれてるなら助けに来ないで』
恋人と言うよりも、運命共同体という言葉の方がしっくり来そうな……
上条という光に対する影。日の元にあれば絶えず寄り添い、闇に溶け込めばば無類の力を発揮する……それが麦野沈利。
麦野『あんたが私を愛してくれてるなら――わがままな私が帰って来た時、叱ってちょうだい』
上条「――わかった」
麦野『ありがとう』
上条「……ったく。ガラスの靴が届くまでに帰って来いよ?」
麦野『そんなにかからないってば』
五和「(ガラスの靴ー!!?)」
五和がガラスの靴という単語に過敏に反応する中暫くして上条は通話終了ボタンを押した。
幸福が逃げそうなほど大きな溜め息をひとつつき、頭をガシガシと掻いて。
上条「はー……」
『仕方無えなあ』と言った具合に微苦笑を浮かべ一瞬寂しげな横顔を見せた後、上条はいつも通りの表情へ戻る。
それを肘掛けに乗せた腕で頬杖を突きながら土御門が茶化すような意地の悪い笑みで見やって来た。
土御門「――お互いじゃじゃ馬娘には手を焼かされるな、カミやん」
上条「……ああ」
五和「(ガラスの靴+お姫様×女の子の夢=結婚!?)」
殻より出でてよりずっと巣で帰りを待っていた雛が、自分の翼を以て羽撃かんとする姿に目を細めるようにし……
同時に帰る場所と果たすべき約束がある今の麦野ならば大丈夫だろうという揺るぎない確信が上条にはあった。
――確かにあいつは、ただ守られるだけのお姫様なんてガラじゃねえよな――
~28~
白井『息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?』
もう十分休んだよ。そう思いながら私は最初に下着の左側の紐を緩く結び、次いで右側の紐を固く結ぶ。
意外に左右のバランスに気を使うのよね。って言うかヒーター効き過ぎ。
御坂『――今度は、一人じゃない――』
気持ちだけもらっとく。そう反芻し反復し反響する胸の内を締め付けるようにブラジャーの紐を後ろ手で結ぶ。
あまり大きいのも考えものね、なんて言ったらあのお子様の中坊は怒るだろうか。
冥土帰し『――その全てを背に負って、僕は君に生きて欲しい。君の背を追う者達が道に誤らぬよう……もう、その背に重過ぎると言う事はないだろう?』
結い上げていたサイドポニーを下ろして髪を広げ、後ろに送る手櫛で払う。
それから眼鏡を外してベッドのサイドボードに置く。
滝壺『私もむぎのみたいに大切な居場所(ひと)、見つけられたかも知れない。初めて、むぎのの気持ちがわかったんだ――大切な人を守りたいって思う気持ちがあると、何も怖くなくなるんだね』
あいつから返してもらったオフホワイトのコートに袖を通してベルトを結ぶ。
いつもと色合いが違うのは気に入らないけどこの際仕方無いと割り切る。
たった今脱ぎ捨てた入院着のまま出歩くよりはずっと良いし。
麦野「――――――………………」
抱き締めた時滝壺から勝手に拝借した携帯電話を開いて操作し、私がいた頃と変わらない作戦コードを打ち込む。
何?このバニーガールのエロ動画。とスルーして行く内にヒットした。
親船最中狙撃計画、首謀者はスクール、現在のアイテムの状況、その全てを頭に叩き込む。
上条『一緒に征こう、沈利』
私の後ろに見えるロダンの『地獄の門』。そこに刻まれたLasciate ogne speranza, voi ch' intrateという文字。
上条『――俺と一緒に、生きてくれ』
私の前に広がる線路と有刺鉄線に彩られた『死の門』。そこに描かれたArbeit macht freiという言葉。
麦野「――いかなくちゃ」
腐り落ちた果実、朽ち果てた髑髏、罅割れた砂時計のイメージを頭から追い出し――
私は病室の窓枠に手をかけ足を乗せ、そこから一気に夜の学園都市へと飛び出した。
~29~
絹旗「そうですか……」
浜面『ああ、連絡が遅れてすまなかった。正直気が動転して――』
絹旗「浜面。嘘をつくなら声の震えくらい隠したらどうです?電話越しじゃなきゃお仕置きしなくちゃいけないくらいの超お粗末さですよ」
浜面『……お見通し、って訳か』
絹旗「私はこれでもリーダーです。下っ端が何考えてるかくらいわかります」
同時刻、絹旗最愛は映画館より出た矢先に鳴り出した携帯電話より浜面から受けた報告に対しクールに切り返した。
辺りは翌日10月9日の独立記念日前夜とあって常より人混みがその密度を高め――
幸いにして二人の通話は誰の耳に止まる事もなかった。
絹旗「(おおよそ滝壺さんを連れて逃げ出す算段と私達を敵に回す腹を括ったってとこですか。なんか滝壺さんの電話も繋がらないし)」
絹旗は洞察を深め考察を広げる。恐らく浜面は崩壊寸前の滝壺でさえ『アイテム』は容赦なく能力を使わせると判断したのだろう。
しかし同時に、絹旗ならばそれをしないかも知れないという一縷の望みを捨てきれずにいたのか――
或いはどちらに転んでも打てるだけの手を用意した上でのこのコールだろうと。
絹旗「まあ合格点には程遠いですが及第点は上げましょう。滝壺さんは浜面に任せますよ」
浜面『……信じて、いいのか?』
絹旗「これはただの悪口です。貴方や滝壺さんみたいな超使えない人間を我々“アイテム”の中に留めていても足手まといになるだけと言ってるんですからね」
回る風車、煌めく街、妖しいネオン、輝くテールランプを見送りながら滝壺はガードレールに腰掛け素気なく伝える。
こういう時リーダーで良かったと初めて思えたかも知れない。
少なくとも効率的に殺さなくてはならない味方を選べるという一点のみにおいて。
浜面『――ありがとう』
絹旗「……その代わり、浜面には二人分働いてもらいますからね。少なくとも滝壺さんを養える程度には超コキ使ってやります!」
そこで絹旗は『電話の女』に新たな補充要員を申し立てようと考えを巡らせる。
流石に自分とフレンダだけでは組織は立ち行かない。最低でもあと一人欲しいと――
絹旗「(……とりあえず、ハケンって事で)」
――この日、浜面仕上は正式なアイテムの構成員となった。
~30~
浜面「……首の皮一枚繋がったって、そう考えりゃいいのか?」
浜面仕上は眠りに就いた滝壺の病室から程近い喫煙所にてマイルドセブン・セレクトを吹かしていた。
ガラス張りの室内にあって皓々と灯る照明を見上げながら文字通り一息つく形で。
浜面「(――ハケン、見習い、アルバイト……呼び方なんてどうだってもいいさ。これでまた一歩、闇ん中に堕ちちまった)」
絹旗から持ち掛けられた滝壺に関する安全保障と引き換えに浜面は正式なアイテムへの加入を果たした。
言わば補充要員が来るまでの身代わりのようなものだったが――
浜面はそれでも良いと思っていた。滝壺へこれ以上負荷がかからなければと。
浜面「……星、見てえな」
星。それは暗い場所でのみ輝くもの。手を伸ばしても届かないもの。
しかし浜面は闇に堕ちて尚、数日前までの後悔など跡形もなく消し飛んでいた。
どんな先行きの見えぬ夜の道にあっても、もう迷う事なく星の標を目指す事を決めたのだ。
滝壺『でも、初めてはまづらと会った夜……レベル0なのに私を守ってくれた強いはまづらと、私の胸で泣いてた弱いはまづら……“人間のはまづら”を見た時――この男の子を、守ってあげたいって思ったの』
弱さの全てをさらけ出し、強さというものを見つめ直した。
この学園都市の底知れぬ闇にあって人の命などこの煙草の煙のように軽く……
己の生など穂先に溜まった灰のように呆気ないものだと受け入れた上で。
浜面「(俺はあいつを死なせたくない。あいつの居場所を守りてえんだ。グダグダと迷ってばっかだったけど、やっとそれがやりたい事だって分かったんだ)」
道に迷い、己を見失い、仲間と別れ、辿り着いた先は更に深い闇。
滝壺を居場所を無くした自分のようにしたくないという思いと、滝壺を駒場のように死なせたくないという想い。
意を決したように燃え尽きかけた煙草を灰皿にねじ込み、目を閉じる。
浜面「クソッタレなウニ頭野郎」
滝壺『レベル0のかみじょうが、レベル5のむぎのの命を助けたから』
浜面「確かテメエもそうだったな」
浜面の瞼の裏を過ぎる少年と、滝壺の胸裡を掠める少年が同一人物である事を――二人はまだ知らない。
浜面「――今なら」
そしてこの夜――
浜面「テメエの気持ちがよくわかる」
浜面仕上の少年時代が終わりを迎える――
~31~
心理定規「何を作ってるの?」
垣根「ロングアイランド・アイスティー」
心理定規「……貴方紅茶なんて飲むの?」
垣根「名前だけだ。紅茶なんざ一滴だって入っちゃいねえ。つうか来る時はコールの一つくらい鳴らせよ」
同時刻、垣根帝督と心理定規は『スクール』の隠れ家にいた。
垣根はシャワーでも浴びていたのか上半身裸のジーンズ姿であり――
五種のアルコールを一つのグラスに注ぎながら未だ水滴滴る頭には無造作にタオルを乗せてミニバーに立っていた。
心理定規「失礼。で、それはどんなカクテル?」
垣根「ラム、ウォッカ、ジン、テキーラ、オレンジリキュールをレモンジュースにぶち込んだカクテルだ。見た目だけは紅茶だがな。飲むか?」
ソファーに腰掛けつつファッション雑誌のページを手繰っていた心理定規の視線が垣根の上半身に注がれる。
五種のアルコール……ラムはメンバー、ジンはブロック、オレンジリキュールがアイテム、ウォッカがグループでさしずめ自分達スクールはテキーラかと。
その全てを混ぜ合わせて飲み干すという行為の意味。
心理定規は垣根の水滴したたる鎖骨から視線を外し、言った。
心理定規「……アルコールも良いけど、明日に差し支えないようにしてちょうだい」
垣根「言われるまでもねえよ。つうか何しに来たんだお前は」
心理定規「ベッドを半分借りに来た――って言ったら……どうする?」
一息にグラスを煽って飲み干した垣根がガシガシとタオルで髪の水気を拭き取って行く。
心理定規の言葉を聞いているのかいないのか、新たに取り出した黒色の煙草に火を点けて。
垣根「好きにしろ」
心理定規「……そう。じゃあそうさせてもらうわ」
消沈したように呟き、怒ったように雑誌を投げ捨て、心理定規は垣根とすれ違う形で空いたばかりのシャワールームに向かう。
心理定規「――貴方、いつか必ず誰かに背中を刺されるわよ」
垣根「安心しろ。自覚はある」
薄暗い室内、窓の外に広がる紛い物の地上の星々。闇を照らせど晴らす事の出来ない脆弱な光達。
心理定規「――刃が、真っ正面からだけ飛んで来るだなんて思わない事ね」
夜の底を這いずり回り、朝陽の光に集る自分達は火に焼かれる虫のようだと心理定規は思った。
~10月9日・独立記念日~
浜面「親船最中が狙撃されかけた……?」
フレンダ「結局、私達の警告は無視されたって訳よ」
絹旗「それも超始末したはずのスナイパーを補充してです。殺すだけの価値もない親船最中を、目つけられるリスクを天秤にかけた上で無理矢理でも予定を合わせて」
翌日、戦力外通告を出された滝壺理后に代わって浜面仕上を加えたアイテムの面々はファミレスに集結していた。
そのテーブルの上にはオズマ姫のクッキー缶と香港赤龍電影カンパニーが送るC吸ウルトラ問題作『とある忘却の黄金錬成(アルスマグナ)』のパンフレット。
何でも記憶を失った錬金術師と名前の無い超能力者と年齢不詳の天才少女のハートフルラブコメディらしいがそれはさておき
フレンダ「結局、スクールはなんだってそんな割に合わない事しなくちゃいけないって訳よ?おかしくない?」
浜面「……絹旗、ちょっと良いか?もしかして親船最中は本命じゃないんじゃないか?」
絹旗「発言を超許可します。そう思う根拠は?」
浜面「……似たような計画に、つい最近まで俺も乗ってたからさ」
絹旗・フレンダ「「???」」
浜面は語る。駒場利徳という名を伏せた上で彼が練っていた『計画』を。
一見本命を叩くように行動して警戒レベルを恣意的に混乱させ、その隙に真の獲物を狙うやり口。
風紀委員や警備員の体制を揺るがせ、その間に無能力者狩りのメンバーを襲おうとした手口。
これを今回の件に当てはめるならば親船最中を襲う事で警戒レベルに偏りを生じさせ、手薄になった別口に当たるのではないかと。
絹旗「――愚考、というには一考の価値がありますね。街の脆弱性を突いて超本命を狙うという一点においては」
浜面「俺にも確証なんてない。ただ――」
フレンダ「――絹旗、今現在警備が手薄になってる施設にチェック入れてみたらどうかな?」
浜面「!」
絹旗「ありですね。浜面車出して下さい。私は“電話の女”を通じて今から洗い出しを始めます。超念には念をという事で」
浜面「……ありがとう。俺の話聞いてくれて」
フレンダ「――結局、スクールに警告出しといてこのザマじゃギャラに関わるって訳よ!」
新生アイテムの面々もまた席を立つ。己が戦場へと向かうために。
そして――
~33~
土御門「“回収”だ。護送車じゃなくて収集車で良い……念の為人材派遣のDNAの照合もあたってみてくれ。見ただけじゃ誰だかわからないぐらい“破壊”されてるからな」
土御門元春が
海原「……とりあえず人材派遣の部屋に到着しました。こちらもパソコン、録画用のHDレコーダ、ゲーム機、炊飯器、洗濯機のAI設定用メモリ、全てやられてますね」
海原光貴が
結標「一応、家電の中でも残っているものもあるみたいだけどね」
結標淡希が
一方通行「……、あン?」
一方通行が
佐久「スクールの連中の動き出しが思ったより早い。もう少しアクションを遅くしてくれりゃあ良かったものを」
佐久辰彦が
手塩「是非もない。私達は、ルビコン河を、渡った。もう、後戻りは、出来ない」
手塩恵未が
鉄網「うん……」
鉄網が
馬場『博士。スクールとグループに動きが』
馬場芳郎が
博士「わかっている。いずれにしても、他の連中も動き出すだろう」
博士が
査楽「そろそろ頃合い、ですかね」
査楽が
ショチトル「――ああ」
ショチトルが
土星の輪の少年「砂皿緻密は無事撤収。これより現地で合流するとの事」
土星の輪の少年が
心理定規「……始まるわよ」
心理定規が
垣根「――行くぞ」
垣根帝督が
フレンダ「結局、行き先はどこな訳よ?」
フレンダ=セイヴェルンが
絹旗「第十八学区・霧ヶ丘女学院付近の素粒子工学研究所です。親船の騒ぎに乗って私設警備や機材運搬の混乱が生じたのはあそこ一箇所です」
絹旗最愛が
浜面「(――勝って、生きて、帰りてえ)」
浜面仕上が
滝壺「………………」
――10月9日、独立記念日。学園都市暗部抗争、勃発――
番外・とある星座の偽善使い:第二十四話「The Divinity」
――ゼロサム・ゲームの幕が上がる時、ドッグ・イート・ドッグ(咎狗達の共食い)は始まる――
第二十五話
~0~
Life is not a problem to be solved, but a reality to be experienced(人生は正答ある問題ではなく、経験の積み重ねが続く現実である)
~1~
浜面「ぐっ……」
フレンダ「ごほっ……ゴホッ」
絹旗最愛「――……!!」
崩落し炎上する粒子工学研究所。蹲う浜面、這うフレンダ、跪く絹旗。
皆一様に満身創痍であり、その身を朱に染めていないものなど誰も居はしない
???「――憐れみすら湧かねえもんだな」
――ただ一人を除いては
???「アスファルトに焼かれてのうたつミミズを見下ろしてる気分だ」
赤き火の海、紅き血の海、朱き死の海の中判決を待つ罪人のように首を垂れる三人を前に青年は佇んでいた。
浜面「テメエ……!」
???「………………」
浜面「何者だ……!!」
???「――化け物だよ」
最早内外を隔てる壁面すら意味を成さない凱嵐が青年を中心に吹き荒れている。
資材から瓦礫から何から無重力状態で中空を揺蕩い、浮遊する欠片が少年の身体に触れただけで崩壊し砂塵に還る。
見えざる玉座に腰掛ける王の威光に焼かれるように。
フレンダ「聞いて……ない訳よ!」
身体を上下に分断されそうな傷口を押さえ息も絶え絶えにフレンダが呻く。
確かにスクールが暗躍している事はわかっていた。
しかし本命中の本命……チェスで言うなればキング自らが前面に出て来るとは思っていなかった。
絹旗「学園都市……第二位」
絹旗の能力『窒素装甲』の雛型となった学園都市第一位に次ぐ実力者。
それは230万人の学生と研究者が集うこの学園都市(セカイ)で二番目に危険な人物。
そうと余人に伺わせない洒脱な立ち振る舞いは既になく、今や抜き身の刃を振るう裁きの王がそこにはいた。
フレンダ「……未元物質(ダークマター)」
かつて自分達を率いていた麦野より二つ上、かつて自分達と会敵した御坂と一つ上しか序列が変わらないというのに――
横たわる懸絶が、隔絶が、聖絶の力となって越えがたい壁となる。
絹旗「垣根帝督!!」
垣根「………………」
死に至る病(ぜつぼう)の顕現化のように立ちはだかる皇帝を前に、三人は為す術もなく敗れ去った。
時は僅かに遡る――
~2~
フレンダ『来るかどうかも分からない相手をただ待ってるだけってのも……』
浜面『退屈か?』
フレンダ『まさか。本音で言えば何事もない越した事はないけど、結局私もギャラが欲しい訳だから何かあって欲しいのと半々くらいかな』
数十分前、スクールに先んじて素粒子工学研究所に到着したアイテムの面々は網を張っていた。
フレンダは各種トラップを散りばめ、浜面はと言うと――
浜面『……俺だってこんなもんさっさと脱ぎてえよ。何があってもなくても』
浜面は両手を開閉し手応えを確かめる。それはフルフェイスのヘルメットを取り付けたような……
灰を基調とし要所に黒のプロテクトを取り付けた駆動鎧。その名も
浜面『しっくり来すぎているのが逆に変な感じだ』
フレンダ『HsSSV-01“ドラゴンライダー”……これから始まる戦争用に作られたとかなんとか言ってたねそれ』
絹旗『超苦労しましたよ。駆動鎧の大半がアビニョンに駆り出されてましたからね。開発途中の物を無理矢理引っ張って来ましたがまあ超浜面に使えそうなのはそれくらいでしょう』
浜面『……どっから取って来たんだこんなもん』
絹旗『工廠に決まってるじゃないですか。本来ならバイクを含めて運用されるものらしいですがそこまで超贅沢言ってられないので』
はあ、と浜面は溜め息をつきながらHsLH-02をブンと取り回す。
警備員らが鉄扉を打ち破るために使うリニアハンマーに、メタルイーターM5まで攫って来た辺りの裏事情を鑑みて。
何でも絹旗曰わく警備員の新型警邏バイクのモデルだったものらしい。
とは言ってもバイク自体は未だ開発途中であり、ライダースーツ型駆動鎧を徴収する際にも『丈澤道彦』なる技術者がかなり渋ったとの事だった。が
浜面『……ちっこいだなんて言って悪かった。確かにあんたは俺の上司(リーダー)だよ』
絹旗『部下に最高の仕事をさせるのが上司の役割ですので』
麦野の後を継ぐという重責を担えるだけの器を絹旗は既に有している。
そんな絹旗を、フレンダは気体爆弾イグニスの詰まった香水瓶を手にしながら見やった。
~3~
フレンダ『……私さ』
浜面『?』
フレンダ『暗部で長い事してて、死ぬのが怖くてやってられるかって訳だけど……なんかこうしてると結局、まだ生きたいとか思う訳よ』
フレンダは小型クローゼットほどあるピンセットを運び出す下部組織の人間らを横目に訥々と語る。
それはフレンダの行動原理の一つ、『死にたくない』という意識。
フレンダ『標的の人生なんてどうでもいいし?まあ止めを刺す時の命を摘むまさにその瞬間……相手の運命を支配した気分、コイツは私に殺されるために生まれて来たんだって言う快楽は別に嫌いじゃない訳』
そんなフレンダの独白を浜面は着込んだ駆動鎧にメタルイーターM5を担いで見つめる。
やっぱり危ないヤツだなコイツらと思う反面、やはりフレンダが一番人間臭く、俗っぽいなとも。
フレンダ『けど――私には身内がいる。でも私は自分が一番可愛い訳よ。まだ死にたくないし、誰よりも長く生きたい。あんた達だって結局そうでしょ?』
浜面『――……まあな』
絹旗『命以外何もかも失った超クソッタレな人生ですが、それさえ無くしてたら超意味ありませんからね』
浜面は路地裏の青春から、絹旗は元いた居場所から、フレンダは家族から引き離された。
しかし浜面は滝壺、絹旗は受け継いだアイテム、フレンダにはフレメアが……生きる意味と死ねない理由がある。
フレンダ『――生きよう。結局、どんな人生だろうと命がなくちゃ何も変えられない訳よ』
絹旗『そう言えば超約束しましたもんね、一緒に遊園地行きましょうって』
浜面『俺もだ。こんな所じゃ死ねねえよ。カッコ良い死に方選べるほど真面目に生きてないし』
フレンダが手の甲を上に差し出し、そこへ絹旗が掌を重ね、更に浜面のグローブが包み込んだ。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
フレンダ『……絹旗(リーダー)、命令を』
絹旗『――決まってます。誰も超欠ける事なく終わらせます』
浜面『楽勝だ、リーダー(絹旗)』
施設を揺るがす爆破衝撃の中、三人の重なった手が応、という掛け声と共に離れて行く。
絹旗・フレンダ・浜面『――――――』
各々が選んだ戦場を背に、戦う理由を胸に、少年少女らは駆け出して行く。
絹旗『来ますよ!』
帰る場所と
浜面『行くぞ!!』
そこで待つ者と
フレンダ『出るわよ!!!』
今を生きる自分達のために
~4~
垣根『――砂皿、テメエは施設外周部で待機。ピンセットの運搬に従事する人間から敷地内で覗かせた頭まで全部吹き飛ばせ。やり方は任せる』
砂皿『……心得た』
垣根『お前らはピンセットの探索及び奪取を最優先に。念動力系と念話能力の応用が利くお前らなら訳ねえだろ』
土星の輪の少年『了解』
心理定規『それはいいけど……貴方はどうするの?』
垣根『決まってる。網から罠まで根刮ぎ“喰い破る”んだよ』
一方『スクール』は施設に張り巡らされた防壁を突破し、そこで垣根が各メンバーに指示を飛ばした。
アイテムに先回りされたのは予想外ではあったがあくまで想定内。
垣根は揺るがない。勝利は揺るがせられない。そう語る背中が三人の目に映る。
心理定規『――信じて、いいのね?』
垣根『信じる?安い言葉使ってんじゃねえ』
ただ一人、その背中を砂皿や少年とは違った色合いの眼差しで見つめるドレスの少女を除いては……
垣根『覆せない絶望を奴等に、覆らない勝利をテメエらにくれてやる。差し出口叩く暇がありゃ頭回して身体使え』
心理定規『……行きましょう』
土星の輪の少年『了解』
砂皿『ああ』
振り返りもせず三人から離れて行く背中を心理定規は遠く感じていた。
手を伸ばせば、声を掛ければ、あの背中に届くのにと。
心理定規『(馬鹿よ……貴方は)』
あの背中はまるで、誰かに刺されるのを待っている孤独の王のようだと心理定規は感じていた。
そんな少女の横に並んで歩く少年はと言えば――
土星の輪の少年『――信じよう』
心理定規『………………』
土星の輪の少年『こんな暴力と裏切りの世界の中でも……あの人が僕等の信頼や期待を裏切った事なんて一度だってなかった』
去り行く垣根の背中に寄せられるそれはやはり信頼だった。
幾度とない屍の山を、何度とない血の河を、垣根は彼等を率いて越えて来たのだから。
土星の輪の少年『そんなあの人だから――僕等はあの背中に全てを託せたんじゃないか』
心理定規『――そうね』
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
二度目の爆発が火柱を昇らせ施設天蓋を吹き飛ばす。
それが号砲の合図となり、応報の烽火となって空を焼き尽くした。
心理定規『――彼は、そう言う男だったわね』
~5~
――戦闘が始まる。
フレンダ『ハッ!』
素粒子工学研究所中央部にて、フレンダが十重二十重に張り巡らせた着火テープに電気信管で火花を散らし――
それにより天蓋から壁面に至るまで雪崩のように降り注ぐ瓦礫が垣根に対し質量攻撃を仕掛ける。
垣根『くだらねえ』
パンッ!と振るった翼が蠅を叩き蚊を潰すように崩落して来る瓦礫を払いのけて塵に帰す。そこへ――
絹旗『超合わせなさい浜面!』
浜面『おう!!』
窒素装甲を纏った絹旗が垣根目掛けて駆け出し、右拳を振るう。
駆動鎧に身を包んだ浜面が走り出し、HsLH-02をハンマーのように振り抜かんとする。
猪突が左側から、猛追が右から襲い掛かるも――
垣根『はっ!』
垣根はポケットに手を突っ込んだまま上体を僅かに逸らした髪の毛数本の見切りで絹旗をいなし……
その側から追撃を加えんと振り下ろされたHsLH-02の銃身を、軽やかなサイドステップでかわす。
絹旗『(こいつ……!)』
垣根『――俺と踊りたきゃ、もう少しヒールを高くする事だ』
絹旗『――!!?』
左フックでの目くらまし、右アッパーによる揺さぶり、両手を組み振り下ろしてのハンマー。
垣根はそれらを悠々と『未元物質』を纏わせた右手で受け止め――
垣根『寝てろ。背が伸びるぜ?』
ガッ!と足払いでもかけるように繰り出した垣根の蹴りが窒素装甲越しにも絹旗を揺らがせ……
傾いだ側面から未元物質の翼を平手でも見舞うように薙ぎ倒し吹き飛ばす!
絹旗『ううっ!?』
フレンダ『絹旗ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
浜面『っ』
フレンダが叫び、スカートから取り出した携行型対戦車ミサイルを放つ。
箭を引き絞るように十指に構え、口で咥えて紐を引き抜き、圧縮空気が後押した爆炎が――
フレンダの絶叫に意を向けた垣根目掛け、駆動鎧の恩恵を受け疾風となった浜面が絹旗を抱きかかえた頭上を通り過ぎ
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
浜面『やったか!?』
複数のミサイルが施設を根幹から揺るがすような大爆発を引き起こし、絹旗を抱き上げた浜面が爆炎の彼方へ見返る。
だが
垣根『今――』
浜面・絹旗・フレンダ『『『!!?』』』
垣根『――なにかしたか?』
『皇帝』は倒れない――
~6~
垣根『テメエらはいつもそうだ』
着崩したヴァレンティノのスーツに焦げはおろか煤一つなく
垣根『ああすりゃ勝てる。こうすりゃ負けない。強けりゃ粋がる。弱けりゃ群がる』
チャラチャラと鳴るガボールのチェーンが不吉な響きを奏でて耳朶を軋らせ
垣根『生きるのは自分。死ぬのは他人。こんなオモチャで俺を倒せるとでも?馬鹿が。頭使う以前に現実を見る目ってのがまるでなっちゃいねえ』
浜面『嘘……だろ』
浜面のその呟きはフレンダ・絹旗両名の心の声でもあった。
絞り出したその声さえも、ともすれば恐怖を通り越した感情に塗り潰されそうになる。
それは人に生を受けた以上『死』と並んで避け得ぬもの。
垣根『数の暴力、力押し、知略機略戦略……』
人はそれを『絶望』と呼ぶ――
垣根『俺の“未元物質”に、その常識は通用しねえ』
轟!!という風の唸りと共に『死の翼』が広がる。
その翼に崩落し剥き出しとなった青天井から降り注ぐ太陽光が当たり……
それを垣根の翼が回折し、未元物質により物理法則を歪められた殺人光線へと性質を変えて放たれる。
浜面『がああああああああああああああああああああ!!?』
絹旗『浜づ……きゃああああああああああああああああああああ!!?』
フレンダ『(ヤバい!!)』
駆動鎧を溶かし窒素装甲越しにも肌を焼く光線に対しフレンダがリモコンを押す。
施設内及びこの戦場に設置した陶器爆弾と人形爆弾で根刮ぎ吹き飛ばすように。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
垣根『泣かせる努力だ』
が
フレンダ『!?』
垣根『報われない努力ってのは見てて涙が出そうになるぜ』
轟!!とスーパーセルを思わせる颱風がた酸素まで焼き尽くす勢いの爆炎を……
それに勝る勢いで渦巻いて衝撃を引き剥がし、逆巻いて炎を引き離し、嵐は一瞬にして凪へとその様相を変え――
垣根『ましてやそれが虫螻の足掻きなら尚更な』
ザシュッ!
フレンダ『――かっ……はっ』
浜面『フレンダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
垣根の翼がフレンダの腹部を刺し貫き、そのまま無造作に瓦礫の山に放り出した。
垣根は殺意はおろか敵意すら、もしかすると悪意すら三人に向けて来ない。
垣根『一人』
象は蟻に注意など払わない――!!
~7~
そして時間は巻き戻る――
浜面「垣根帝督ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
垣根「!」
激昂した浜面が駆動鎧の速力を活かし、一瞬にて背後へと回り込む。
人体の限界と人間の潜在能力を凌駕するこの駆動鎧なくして垣根の反応速度をかいくぐる事は出来なかっただろう。そして
浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
バズーカのような電磁力式ハンマーを垣根へと叩きつけ、ズドン!!重量20キロの亜音速の楔を背中に打ち込む。しかし
垣根「俺は挿す側に回りたいんでな――」
浜面「!?」
垣根「生憎と男は受け付けてねえんだよ」
シュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ……!
HsLH-02の楔は垣根の翼に阻まれ、水に石を落としたような手応えのみを浜面に伝え『蒸発』した。代わって――
垣根「気は済んだか?」
未元物質を纏った腕で浜面軽々と持ち上げ、シェイクハンドするようにし……そこから一気に――
垣根「――ブッ潰れろ」
ゴガン!ゴガン!ガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!
手にしたビニール傘から水滴でも払うように無造作に――
浜面を壁面に、床面に、研究資材に、繰り返し振り回し繰り返し叩きつける。
浜面「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!?」
垣根「二人」
ドゴン!!と浜面を投げ捨て、垣根はパンパンと両手の汚れを払う。
反対に放り出された浜面は一合にて半死半生の重傷を負い、駆動鎧の至る所に罅が入り血が流れ出した。
理論上は最高速のドラゴンライダーから転げ落ちても操縦者の生命を保証する駆動鎧を以てしても――垣根の前にそれは意味を為さない!
絹旗「っ」
ドン!と投げ出された浜面の陰より絹旗を人形爆弾を放っても――
垣根「気の強い女は嫌いじゃねえが――」
ガギン!と垣根の未元物質が象る不可視にして不可知の防壁がそれを撃ち落とし
絹旗「……!」
垣根「――高校生以下は受け付けてねえんだ」
絹旗は再び横殴りの翼に身体を縦に叩き潰され――
垣根「三人」
垣根という王の足元に平伏した。
~8~
フレンダ「み……んな!」
浜面は呼吸すらままならない衝撃に膝を屈し、絹旗は四肢動かぬ圧力に膝を折った。
二人とも駆動鎧や窒素装甲の守護が無ければとっくに肉塊か肉片に変わり果てていただろう。
それほどまでに垣根は強かった。桁でも格もレベルですらない。文字通り立っている次元そのものが違う。
その事が瓦礫の山に仰向けに倒れ込み、はみ出しそうな内臓を手で押さえるので精一杯のフレンダにもわかった。
垣根「さて、と」
彼の立つ場所は玉座であり、ただ一人を除いて彼以外の全ての能力者を平伏させる。
それは圧倒的な暴力であり能力であり演算力でありカリスマ性である。
垣根「別にテメエじゃなくても良かったんだが、一番話が早そうなタイプに見えたんでな」
フレンダ「ひっ……!」
垣根「質問。まずピンセットの在処だ。それからテメエらん所に確かサーチ系能力者がいたな?どこに雲隠れしてる?答えやすい順から話せ」
そんな絶望を司る魔王がフレンダへと向き直る。
フレンダは知っている。自分が今生かされているのは情報を引き出すためであると。
フレンダは知らない。自分が今生かされているのは垣根が自分にフレメアの面影を見いだしているからだと。
フレンダ「ひっ……ぐっ……ううっ……」
麦野の狂気も人間離れしているがそれはまだ怪物性の発露でありまだ理解や恐怖が及ぶ範囲の話だ。
しかし垣根のもたらす絶望は最早災厄の域に達している。津波や地震でも相手にしているような途方もなさ。だが
フレンダ「み、……み、みみんな」
浜面「フレ……」
絹旗「……ンダ」
垣根「――こいつらの手前話し辛いってなら、しゃべり安くしてやってもいいんだぜ?」
垣根の翼が断頭台の刃のように絹旗へと差し向けられる。
話さなければ自分が殺される。仲間も殺される。どうあがいても絶望以外の選択肢を垣根は与えない。
フレンダの恐怖と苦痛と絶望に歪む顔に脂汗が滴り落ち、瘧のように手が震えて歯が鳴り膝が笑い――
フレンダ「ごっ……ごめん、みんな……」
痺れそうになる舌を何とか動かし……フレンダは――
フレンダ「Miji cavino capri citreva sigichovire sgicacci slano happa fumifumi?!」
~9~
死ぬのが怖い。殺されるのが恐い。あいつが強い。全部がコワい。
でもっ、でもっ、私は……私は結局、私は結局臆病者な訳で――
垣根「……今なんつった?」
フレンダ「……あ……あんたに話す事なんてねぇっつの!!」
私は死にたくない。フレメアを独りぼっちで置いて行きたくない。
だけど……麦野が、麦野がいなくなってからもずっとやって来たみんなが欠けてまで生きたくない。
本当は裏切って楽になりたい。みんながここにいなきゃ寝返って安全な方につきたい訳よ。でも
フレンダ「み、みんな本当にゴメン……私と、私と一緒にここで死んで――」
浜面「……く、く……くくく……」
絹旗「……本当に……超……馬鹿ですね」
――久しぶりに、三人になっちゃった私達が四人になれた訳よ。
絹旗と遊園地に行くって約束しちゃって、キモい浜面と滝壺の事まだいじりたくって……
言わなけりゃ良かった。みんな一緒に生きるだなんて格好つけなけりゃ良かった訳よ。そうすれば――
フレンダ「り、リーダー命令な訳よ!結局誰か一人死んで欠けて生きるくらいならみんな殺された方がマシな訳よ!!!」
浜面「……ああ、どうやら最後は笑ったまま死ねそうだ」
絹旗「嗚呼……浜面も、超馬鹿ですねえ」
麦野の言う通り馴れ合いなんてするもんじゃない訳よ。
結局、馴れ合った連中と心中なんて馬鹿みたいな話。
でも……でもこんなチャラ男、ブチ切れた麦野や絹旗に比べりゃ全然怖くない!
生きたまま拷問受けて死ぬより、ただ殺されて楽になれる方がまだマシな訳よ!
垣根「――誇りと死を天秤にかけたか。感傷的だが、現実的じゃねえな」
浜面「――ああ、そうだろうさ」
浜面……キモい顔が余計キモくなるまでボコボコにされてまだ立ち上がる訳?
私達死ぬんだよ?今私が、あんた達の前だから裏切れなくて切った啖呵で結局殺されるんだよ?
絹旗「私も……馬鹿が超移っちゃいましたよ」
絹旗……もう骨砕けてるんでしょ?左腕ブラブラじゃん。
右足も本当は折れてるじゃん!立ったって……立ったってもう何も――
絹旗「――確かにうちは馬鹿ばっかですが……臆病者は一人もいないんですよ。第二位」
何も変えられないのに――私までつられて立ってる。はは……
~10~
垣根「そうか」
轟!!と垣根の『死の翼』が天へ枝葉を伸ばす木々のようにざわめき……
打撃に特化した翼が斬撃へ突出した刃へとその様相を変えて行く。
王の威光に身を焼かれながらも掲げた旗に取りすがる民へ振り下ろされる裁きの剣のように。
浜面「(……悪い駒場、思ったより早くテメエのマズいツラ拝みそうだ)」
駆動鎧の中で肉も骨も血も持って行かれそうになって尚立ち上がるは浜面仕上。
その脳裏に過ぎるは滝壺理后。彼女をこの戦場に連れて来ずに良かったという満足感と……
居場所を守るという約束と、生きて帰るという誓いを果たせずに終わったという絶望に満ちていた。
フレンダ「……ごめんね」
はみ出しそうな内臓を押さえる手から鮮血を滴り落とすはフレンダ=セイヴェルン。
その胸裡を過ぎるは昨日遊園地に行くという妹との約束と……
いつか絹旗を遊園地に連れて行くという約束を果たせずに終わった絶望が満ちていた。
絹旗「――――――」
血染めのニットのワンピースから剥き出しの折れた右足と砕けた左腕を引きずり、それでも立ち上がるは絹旗最愛。
その目蓋の裏を過ぎるはやっと『アイテム』を取り戻したという満足感と……
『アイテムを頼んだ』という麦野との約束を果たせずに終わった絶望が満ちていた。
垣根「あばよ三銃士。テメエらのマスケットは枢機卿(オレ)に届かなかったな」
そして炎上する素粒子工学研究所に皇帝の裁きが下される。
右の翼は断罪の、左の翼は審判の、空の鳥が野の百合を啄むように双翼を広げる。
垣根の相貌に最早色も笑みもない。粛々とギロチンの刃を下すのみ
浜面「(悪い、滝壺――)」
白銀の刃が天蓋より広がる空を断ち割るように振り上げられ
フレンダ「(ごめん、フレメア)」
純白の剣が見上げた三人の六つの瞳ごと切り裂くように振り下ろされ
絹旗「(超すいません、麦野)」
逃れ得ぬ死と共に、空が三人を見下ろし――
――――――いいえ。四人よ――――――
~11~
ズギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!!
垣根「!!」
その瞬間、垣根の振り下ろした未元物質のギロチンが天来の光柱によって撃ち抜かれ――
三人の首を刎ねる刹那、半ばにて焼き切られ消失する!
垣根「上か!?」
垣根が弾かれたように顔を上げ振り向きざまに目を開いた先より……
轟ッッ!!と舞い降りた翼が太陽を背負って急降下して来る。
雨霰とばかりに矢継ぎ早に、妖光の射手が次から次へと釣瓶撃ちに閃光を放って来る。
垣根「ちっ!!」
垣根が『死の翼』を広げて後退り、その場で光の繭のように身を固めて衝撃に備え……
フレンダ「嘘」
キィンッ!と星の瞬きを思わせる煌めく光が一点から複線に、複線から全面に空を覆い――
王の裁きに対する神の裁きのように、唖然とするフレンダ、呆然とする絹旗、愕然とする浜面を守るように――
生み出された光の坩堝が、流星の大瀑布のように降り注ぐ!
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!
浜面「この光……!!」
光の津波が鉄槌に、星の雪崩が破城鎚に変わって垣根の立つ足場を畳返しのようにめくれ上がらせ吹き飛ばす!
自分達が触れる事も出来なかった垣根を、後退させたこの魔弾の射手を浜面は知っている。
絹旗「――まさか!!?」
目が潰れそうなほど眩い光の在処を絹旗は知っている。
絶望のブラックアウトすら焼き尽くすほどの破壊のホワイトアウト。
天空から舞い降りたその光が地に下り、描かれる影の形を絹旗は知っている。
バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
垣根「――テメエは」
垣根の広がる六枚の『死の翼』に対する十二枚の『光の翼』。
燃え上がる炎すら一瞬で消し飛ばし、瓦礫の山に光臨したその見覚えある後ろ姿。
見慣れぬ純白のコートを羽織っていながらも聞き間違えようもないその声が
「――二ヶ月ぶり、って所ね」
絹旗「……!!」
さらけ出された背中が、透き通った横顔が、冷め切った声が絹旗を揺さぶる。
舞い散る雪のような光の粒子と、降り注ぐ『原子崩し』の羽が
「――背、相変わらずちっちゃいね――」
絹旗の頬から落ちる涙の雫に映り込む、その姿は――
麦 野 「 ― ― ひ さ し ぶ り ― ― 」
番外・とある星座の偽善使い:第二十五話「fortissimo-the ultimate crisis-」
~12~
絹旗「どう……して」
麦野「――忘れ物を取りに」
嗚呼……ひっでえツラしてるねコイツら。って言ってもツラが吹き飛ばされる前に間に合って良かった。
オイオイ何泣いちゃってんの?優しくさすってやりゃ泣き止……む訳ねえな。
こいつら泣かしたのはあの腐れホストだけど、こいつ泣かしてんのは私の責任。
フレンダ「麦野……どうやってここに?」
麦野「それは私がお前らの元リーダーだからです」
滝壺の携帯パクったり人材派遣を拷問したりしてやっと辿り着けたとは言わない。
本当にまあ色々あったけどギリギリ滑り込みセーフの今別にどうでも良い。
今大事な事は、今大切な事はそんな事じゃないから。
浜面「お前が……“麦野”!!?」
麦野「そうね。だから何?」
私の背中に穴空けやがった男の声がする。ちょっと見ない間に面白い格好してるね。
次見かけたらブチコロシかくていのつもりだったけど取り敢えず後回し。
曲がりなりにも私を追い込んだんだから使いではあるでしょうし
垣根「――痛ってえな」
麦野「ノックが強過ぎたかしら?」
痛い?嘘吐けこの新人ヤクザが。今のでかすり傷一つ負ってねえくせにどの口がほざく。
これが噂の未元物質か。予想以上に厄介な能力ね。
素粒子を司り机上の上にすら存在しない物質を生み出す力だったっけ?確か。
垣根「あのプールバーで俺に酒ぶっかけた時から何も変わらねえな、テメエは」
麦野「あのプールバーで私に酒ぶっかけられた時から何も変わらないわね、アンタは」
――確かに当麻と会う前の私なら相手にもならないだろう。
有り得ないけど御坂と手を組んでも勝てる気がしない。
けれど当麻と逢った私なら負ける気がしない。
垣根「――ムカついた。よほど死にてえと見える」
麦野「――初めて気が合ったね。私もテメエをブチコロシてやりたいよ」
――勝たなきゃいけない戦い、負けられない闘い。
そこで手にした力が私にはある。そこで背に負った物が私にはある。
垣根「嫌われたもんだな……まあいいさ」
――こいつらの前で、膝なんてつけない――
垣根「――三人が、四人に増えるだけだ」
~13~
浜面「――――…………」
浜面仕上は感じ取る。十二枚の光の翼を負う女王を前に、六枚の死の翼を担う皇帝のオーラが一変し……
自分達を文字通り歯牙にもかけなかった絶望的存在が臨戦態勢に入るのを。
しかし相対する麦野は背中越しに『アイテム』守るように立ちはだかる。
その後ろ姿に浜面は奇妙な気分の高揚を覚えた。
麦野「――私は、あんた達を放り出して投げ出して逃げ出した」
それは自分と殺し合いをした敵が味方に回るという心強さ。
麦野「今から言う事はそんな私のエゴよ。良かったら聞いて」
対する絹旗の眼差しは涙に潤み、フレンダの面立ちは形容し難い色に染まる。
麦野「――私の背中をあんた達に預ける」
絹旗「!」
麦野「背中を預けるって事は、あんた達が私を許せなかったらいつでも刺せるって事」
フレンダ「………………」
麦野「けれどもう一度あんた達が私と一緒に戦ってくれるなら……手を貸して」
そしてそれ以上に麦野の横顔は透明だった。全てを受け入れた上で尚、全てに挑むように……
麦野「――あんた達に向けた背中で、あんた達を背負わせて」
――微笑んだのだ
~14~
垣根「っ!」
麦野「ッ!」
それを引き金にドン!と双翼が羽撃き、横殴りの麦野の翼と横薙ぎの垣根の羽が激突し、ぶつかり合った場所から弾け飛ぶ衝撃波が瓦礫の山を吹き飛ばし――
その刹那二人は同時に大穴の空いた天蓋より飛び出し、晴れ渡る大空へと舞い上がる!が
垣根「――逆算、終わるぞ」
麦野「!?」
垣根「テメエの牙はもう俺に届かねえ!」
轟ッッ!!と垣根の翼が無数の鞭のように麦野へと迫り来る。
見開いた眼差しの瞬き一つで人体を分解する羽根が、視界を埋め尽くさんばかり殺到し――
麦野「!」
麦野はそれらを背負った翼で錐揉み飛行するようにかいくぐりつつ原子崩しを撃つ!放つ!!穿つ!!!
されど垣根は振るう翼でそれらが接触する寸前に打ち消し、掻き消す。
麦野「(当麻みたいに無効化した!?)」
垣根「――真似事が通じる程度の浅い底だな。それがテメエの器(げんかい)か?」
麦野は知らない。10月3日の夜垣根と上条が再会した事など。
そこではからずも垣根は未元物質を消失させた幻想殺しの現象に瞠目した。
故に垣根は幻想殺しが引き起こした事象からヒントを得、特定の能力の無効化を思いついたのだ。
この場合は麦野が操る粒子でも波形でもない中間点を揺蕩う対電子線に特化した新物質を生み出して。
垣根「なら器ごと砕いてやる。欠片も残らねえようにな」
垣根の逆算は原子崩しの光芒と翼撃、二度接触すれば十分に過ぎるのだ。
麦野の不覚は初太刀でこの皇帝を討てなかった事。
さらに垣根の翼を走る力場が収束して行き……今度は電子線から身を守るのではなく、電子線を無効化した上で麦野を天空から叩き落とさんとする!
垣根「――異物の混ざった空間。ここはテメエの知る場所じゃねえんだよ!」
ドン!!と電子線を無力化させる素粒子の集合体が麦野へ撃ち出される。
かすっただけで発動させた原子崩しの翼を打ち消してしまう新物質を前に、麦野は――
麦野「――焼け死ぬのはテメエだ。イカロス(鑞の翼)」
垣根「!!」
ズギャン!と麦野の突き出した左手より迸る原子崩しが――
垣根の放った『未元物質』を根本から『別次元』へと『切り飛ばす』。
最初から『この世界に存在しなかった』ように――
麦野「――0次元の極点」
~15~
浜面「俺の銃を防いだ時の…!」
学園都市上空で相見える死の天使達の闘争。絹旗を担ぐ浜面はその現象に見覚えがあった。
0次元の極点。木原数多が提唱し構築していた空間理論。
それはこの世界においてn次元の物体を切断すると、断面はn-1次元になり……3次元ならば2次元、2次元なら1次元。
ならば1次元を切断すると0次元になるはず、という理論を基礎とし――
麦野は既にその『切断方法』に不可欠な『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』刃を持っている。
絹旗「麦野……!」
抱えられた絹旗が天空で激突する二人を歯噛みしながら見上げる。
0次元の極点は理論上ならば銀河の果てにある物質まで手中に収め、また銀河の果てまで飛ばす事も出来る。
そんな想像を絶する領域にまで上り詰めた麦野が――
フレンダ「……麦野が」
浜面「!?」
フレンダ「あの麦野が私達に“手を貸して”だなんて……結局初めて聞いた訳よ」
仲間だった頃ですら『手伝え』と命令する事はあっても……
『手を貸して』などと言ったのはフレンダが知る限り初めての事だった。
フレンダ「――みんな」
だから――
~16~
麦野「(……クッ)」
天空を翔るイカロスの翼は折れない。紛い物の翼であろうともあれはダイヤモンドの翼だと麦野は確信していた。何故ならば
垣根「――応用だけは磨いたもんだが基礎からしてなっちゃいねえな。見たところまだ“調整”が必要なんじゃねえか?それ」
ビュウッ!と旋風を纏い未だ傷一つ負っていない垣根に揺らぎは微塵もない。
麦野は既に最後の切り札とも言うべき『0次元の極点』を見せてしまったが……
垣根の手の内は未だ見えず、実力の底など読めはしない。
垣根「空間を切り飛ばしてあれこれ出来るってならせめて反物質(アリスマター)か本物の暗黒物質(ダークマター)くらい引っ張って来るんだな」
麦野「……吹いてんじゃねえぞ腐れホスト野郎!!」
垣根「吹くさ。吹くどころか噴き出さねえように真面目な顔作る方に気使う」
0次元を司る麦野、未元を統べる垣根。共に似通った棲息領域にあって異なるもの。それは
垣根「――笑える話だろう?」
麦野「……!?」
世界の有り様を『否定』する麦野の原子崩しと、世界の在り方を『支配』する未元物質という差異に止まらず――
垣根「同じ鳥類でも、ハトがタカに挑むなんざ狂気の沙汰だ」
バン!!と生み出された竜巻が麦野へと迫り来る。
幾重にも折り重なり逆巻き渦巻く真空波が空気を切り裂いて吹き荒れ、施設周辺をひっくり返す勢いで襲い掛かり――
垣根「――二万五千の新物質、断ち切れるもんなら断ち切ってみやがれ!」
麦野「――!!」
ドバァッ!未元物質を乗せた竜巻のような烈風が麦野をミキサーに放り込んだ果実のように切り刻む。
0次元の極点で断ち切り消し飛ばすにはあまりに多く、またあまりに凶悪な一撃を前に――
麦野「……があっ!!」
麦野は文字通り身体を血染めにし、原子崩しの翼も半ばもぎ取られ、噴き出す血煙を口から吐き出した。
垣根「――0と無限は等価だが、限りなく0に近いのと限りなく無限に近いのとじゃ意味が違う」
暴君(ネロ)の大火に如雨露の水をかけても無駄だと言わんばかりに――
垣根「――テメエの0と1の世界は、俺の無限の未元(せかい)に及ばねえんだよ」
皇帝は揺るがない――!
――――ハトだろうがタカだろうが、鳥は鳥だろうが!!!!!!
~17~
麦野「!?」
浜面「オラァッ!!!」
垣根「!」
ッッッドン!!!!!!という音すら置き去りにするかのような号砲と共に地上より天空へ向け放たれる一撃。
それはメタルイーターM5。来る戦争に備え制式採用が決まったばかりの対戦車仕様ライフル。
絹旗「虫螻に足元すくわれてりゃ超世話ないですねえ!!」
駆動鎧の加護を受けた浜面が構え、窒素装甲の守護を授かった絹旗が銃身を支えるフルオート射撃。
それが垣根の不可知にして不可視の防壁ごと弾き飛ばす不可避の連撃となる。
物理攻撃のダメージこそ通らないものの、物量攻撃に押し流され垣根が麦野から引き剥がされる!
麦野「あんた達……!」
絹旗「何一人で超戦ってんですか麦野!!私達は“アイテム”でしょうがっ!!!」
フレンダ「絹旗ヤバいヤバいヤバい!!」
垣根が急降下し狙いを切り替えるや否や浜面が駆動鎧の速力を生かしたジグザグ走法でメタルイーターM5の弾丸をバラまきながら注意を引きつけ……
ボロボロの絹旗をズタズタのフレンダが引っ張って二人は瓦礫を転がり地べたを舐めた。
絹旗「手を貸す!?自分の勝手で出てった人間が超エラそうに!」
麦野「絹旗……」
絹旗「どうせ命令するなら“私の背中を守れ”くらい超ふんぞり返って言えばいいんですよ!!」
オフホワイトのコートを鮮血に染めた麦野が上空より見下ろした先、フレンダの肩を借りて立つ絹旗が声を上げた。
それに目を見開いた麦野に、フレンダは鳩に豆鉄砲でも叩きつけたような快哉を叫ぶ。
フレンダ「背中くらいいくらだって預かってやる訳よ!!」
フレンダが傷口を押さえていた左手を天へ向かって差し伸べる。早く来いと急かすように
絹旗「“前リーダー”が言えないってなら“現リーダー”の私が超命令してやります!!」
絹旗が何とか生きている右手を空へ向かって突き上げる。早く行こうとせっつくように。
フレンダ・絹旗「「私達に麦野の背中を支えさせろって訳よ(です)!!」」
そして――
~18~
浜面「オラァッ!!」
垣根「はっ!」
ゴバッ!!!!!!と跳躍した浜面の飛び蹴りが繰り出され、砲弾のような衝撃波と共に爆ぜる。
しかし翼成る盾がそれを防ぎ、受け止めた状態から反転して六翼を広げ浜面を押し返す。
されど浜面は体勢を立て直すのではなく、零距離からメタルイーターM5をドン!!と放ち、その勢いに乗じ後方へ飛びずさる。
だが垣根は開いた距離に構わず踏み鳴らすように地面に叩きつけ
浜面「ッッ!!」
次の瞬間垣根と浜面を隔てていた地面が衝撃波によりクレーター状に陥没する。
だが浜面は駆動鎧による急加速で垣根の牙が届くより早くサイドロールし、五、六回横転して切り抜けていた。
垣根「大したもんだ。テメエじゃなくてそのパワードスーツが、だが」
第三次世界大戦に備え開発途中であったドラゴンライダーの駆動鎧は確かに浜面の命を拾わせた。
コンピューターによる知識や技術の検索と補強を司り、モーターや科学性スプリングが運動量やベクトルを修正する。
二本の足で法定速度を軽々と凌駕する機動力と反応速度なくして今の一撃は避け得なかったろう。だが
垣根「こいつは俺の流儀に反するが――」
浜面「!!」
垣根「言って聞かねえ馬鹿なら拳でわからせてやるしかねえな」
バォ!!と言う爆音が後からついて来た頃には――
浜面「ぐ、ああああッッ!?」
真っ正面から未元物質を乗せた垣根の拳が浜面を殴り飛ばした。
ベクトルを集めても動かせない巨大な質量を以て、その余波が衝撃波に転化し施設一帯を均等に破壊するほどの勢いで――
浜面は薙ぎ倒され、瓦礫とガラスと機材が木っ端微塵に粉砕される!
垣根「――よく馬鹿は死ななきゃ治らねえって言うが」
駆動鎧が無ければたった今浜面がノーバウンドで突っ込んだ瓦礫の山はそのまま墓標と成り果てていただろう。
浜面は強い。少なくとも麦野を打ち倒した事から鑑みて紛れもなくある種の戦闘の天才である。だが
垣根「――試してみる価値くらいはありそうだ」
浜面「……!?」
六翼から再び不可視の未元物質を、不可知の素粒子を、不可避の一撃を乗せるこの若き皇帝には……
獅子に生まれついた者は己以外の全てが獲物なのだ。
垣根「――絶望しろ、コラ」
そして死の翼が空を覆い――
~19~
ずっと遠回りして来た気がする。どこから道を間違えたのか、その分かれ目すら思い出せないほどに。
どこまで行けば良いのか、いつまで生きれば良いのか、何をすれば良いのかさえ。
わかってる。人を殺したあの日から私の世界は終わってしまった。
私に身内を殺されたヤツが現れたあの雨の夜が私の世界の果て。
何度考えても答えなんて出やしなかった。結論は最初から出てるんだから。
でも今はそれで良いと思ってる。紛い物の価値観に鍍金貼り付けたってそんなもんすぐ剥げ落ちる。
黄金律の方程式なんてどこにもない。ダイヤモンドみたいに変わらず輝く答えなんて有り得ない。
たかが炭素の塊に、鑿で砕けるような石ころに『永遠』なんて宿るはずがない。
私がガラスケース越しに見てたダイヤモンド(げんそう)は、やっぱりただの石(げんじつ)だった。
石。意思。意志。遺志。賢者の石でも愚者の石板でもない征服せざる者。
私と一緒に食事した連中、私と一夜を共にした御坂、私を一番に遊園地に連れてってくれた当麻。
私に生きろと言った大人、私に背負えと言った医者、私に手を貸してくれたあいつら。
私の閉じた世界の内側で今も生きてるあいつら。私の終わった世界の外側で今も戦っているこいつら。
迷走して、逆走して、奔走して、一周してやっと辿り着いた私の始まりの場所。
私が後にした賽の河原で今も石を積み続けているこいつらを見た時、私の中の何かが弾けた気がした。
私が犯した過ち、それはこいつらを勝手に過去にしてしまった後も続く現実。
ずっと前だけを見ているつもりで背を向け目を切っていた世界。
私はそこでこれからも悩み苦しむ。戦い続ける。答えなんてずっと出ないでしょうね。
――それでいい。答えを手にしていれば、きっと私はそれだけにこだわり続けて他の物に手を伸ばそうとはしなかったから。
美鈴『美琴ちゃんを守ってあげて』
殺す事しか出来ない右手に御坂を託されて
禁書目録『とうまを護って欲しいんだよ』
壊す事しか知らない左手で当麻を守ると誓って
滝壺『むぎの、私大切な居場所(ひと)、出来たんだよ』
あいつらに向けた背で、こいつらを背負いたいって。
~20~
スキルアウトG『苦しんで死ねよ!テメエ!!俺のダチ殺したのはテメエだろうが!!俺の仲間殺したのはテメエだろうが!!テメエが!テメエが!!テメエが!!!テメエが!!テメエがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!』
私は殺人者(ひとごろし)だ。これも誰にも変える事の出来ない事実で、私にも曲げる事の出来ない現実だ。
禁書目録『――帰る場所があって、待っててくれる人がいるって、当たり前だけどとっても幸せ、って』
そんな私をやっとトーストを焼けるようになって、おっかなびっくり洗濯機を回して、まだおにぎりが上手く作れないあいつは家族と呼んでくれて
美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――』
そんな私を酒にだらしないくせに、弱っちいクセに、本物の強さを持ったあのオバサンは大人として叱り飛ばしてくれて
警備員A『――生きていてくれて、ありがとう』
そんな私を名前も知らない一般人が、全くの赤の他人が、ありがとうと言ってくれて
御坂『今度は、一人じゃない』
そんな私を有り得たかも知れないもう一人の私が、友達に一番近くて一番遠い私の敵が勇気づけてくれて
白井『“私が私として生きる事を許してほしい”……でしたわね?』
そんな私をあの小パンダはリハビリに手を貸して励ましてくれて
冥土帰し『この世界で取り返せないものは、奪われた命と失われた時間だけだよ』
このゴミ溜めの眩しい世界で
土御門『――その様子じゃどうやら吹っ切れたようだな』
這い蹲ってでも立ち上がると決めた私の背中を押してくれた連中がいて
滝壺『私はまだ生きてる。むぎのがくれた命があって、私が見つけた居場所があるんだよ。だから』
絹旗『手を貸せ!?自分の勝手で出てった人間が超エラそうに!どうせ命令するなら“私の背中を守れ”くらい超ふんぞり返って言えばいいんですよ!!』
フレンダ『背中くらいいくらだって預かってやる訳よ!!』
最初から最後まで自分勝手な私をもう一度受け入れてくれたこいつらがいて
上条『……ったく。ガラスの靴が届くまでに帰って来いよ?』
私の帰りを今も信じて待ってくれているあいつがいるのに
――――いつまでも、自分の罪(おもさ)に負けてられるか――――!!!!!!
~21~
麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
垣根「!」
ドンッッ!!!!!!と原子崩しを足元に乱射し、その爆発的推進力を以て麦野が浜面に迫る垣根へ肉薄する。
しかし垣根は慌てる事なく振るう翼の標的を切り替え、剣の舞のように麦野へと殺到させ――
麦野「遅えよ!」
垣根「!?」
ドン!ドン!ドン!と直線から直角に、足元に叩き込んだ原子崩しの推進力でジグザグに高速移動し一撃の被弾もなく回避する。
これは『聖人』神裂火織が麦野に見せた神速の動き!
麦野「おいおいのんびりしてんじゃないわよ!!」
ザウッ!と半ばで折れた原子崩しの翼を交差させ垣根の翼を弾き返す。
これは『魔術師』ステイル=マグヌスが見せた炎剣の動き!
麦野「今からテメエにやられた分兆倍にして返してやるんだからよォ!!!」
砕けた瓦礫の鉄骨を走りながら拾い、それを電子を司る原子崩しの力で放つ!
これは『超電磁砲』御坂美琴のレールガンを模した技!
垣根「(こいつ……化けやがった!!)」
疑似レールガンを撃墜しながらもそこで初めて顔色を変えた垣根目掛け――
轟ッッ!!と全ての原子崩しを束ね、纏め、重ねて放つ光の柱。
これは『自動書記』インデックスが放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)を模した業!
麦野「関係ねえよ!カァンケイねぇんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
垣根すら一瞬押し流した疑似ドラゴンブレスにたたみかけるように振り上げる右拳……それは言うまでもなく
垣根「――!!」
ズバァッ!!と振り抜く拳は上条当麻の動き!
しかし……それだけで麦野は終わらない――!!
バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
垣根「なっ……」
麦野「――テメエの次元(セカイ)は、私の手の中だ」
麦野は右拳を振るいつつ、垣根という王を守る未元物質の牙城を――
原子崩しで『0次元の極点』を切断し、六翼を断ち切り、こじ開ける!
麦野「――砕けねえ幻想(ダイヤモンド)なんてどこにもねえんだよ!!」
痛みの中目覚めた翼を振るい、迷いの中振りかざした剣。
それはまさしく、次元(せかい)を切断(ひてい)する力――!!
~22~
麦野「絹旗ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
絹旗「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
垣根「(しまっ……)」
こじ開けられたダイヤモンドウイングへ絹旗が駆けて行く。
折れた足で、砕けた腕に『香水瓶』を手に垣根へと突っ込み――
フレンダ「――気体爆弾イグニス」
その絹旗が駆け出した地点で力尽きたフレンダが瓦礫から顔を上げニヤリと笑う。
気体爆弾イグニス。御坂美琴に対してフレンダが仕掛けた詐術でありこのサイズではフェイクに使った爆薬とさほど変わらない。が
フレンダ「自信満々の能力者を嵌めたこの瞬間が……最っ高に快感な訳よ!!」
一瞬でも未元物質を断ち切られ間隙が生じ、肉体をさらした垣根ならば――
この香水瓶程度ですら取り返しのつかないダメージを追うだろう。そして
絹旗「浜面ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
浜面「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
ガコン!と手にしていたメタルイーターを垣根へ差し向ける浜面。
浜面は内面で苦笑し外面で世界で一番人を馬鹿にした表情を作り――
人使いの荒い自慢の上司(リーダー)もろとも
垣根「テメエ!!」
絹旗「――私の窒素装甲はこンな爆薬程度では貫けませンので」
バギン!と手中の気体爆弾イグニスの香水瓶が割れ、大気に晒される。
ガラリと変わった絹旗の口調と窒素装甲の演算能力は爆発すら凌ぐ。
つまり――垣根だけを巻き込む乾坤一擲の自爆攻撃なのだ。
麦野「――これが」
ボッと浜面のメタルイーターが放った弾丸がイグニスへと撃ち込まれるのを垣根はスローモーションで見つめていた。
フレンダ「――アイテムって訳よ」
巻き散らす火花がイグニスへと伝播し、無色の大気が真紅の灼熱へとその色を変え
絹旗「地獄に着いても」
絶望の暴君、災厄の魔王、暗部の皇帝、学園都市第二位未元物質(ダークマター)垣根帝督を
浜面「――忘れるな」
瞬きすらも許さぬ劫火の扉が開かれ、煉獄の門へと誘う。
何人足りとも触れざる高みへと昇り行くイカロスの翼ごと
垣根「――!!」
パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!
浜面「楽勝だ、垣根帝督(レベル5)」
~23~
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
麦野「――――――」
フレンダ「――――――」
絹旗「――――――」
浜面「――――――」
素粒子工学研究所が崩落し炎上して行く様はまさに皇帝の落城であった。
しかし凱歌を上げる者もいなければ勝ち鬨を上げる者もいない。
戦闘開始から恐らく十分経つか経たないかの僅かな時間の中、精も魂も尽き果て全身全霊を使い果たしたのだから。
浜面「やった……よな?」
麦野「――冗談じゃない」
これで立ち上がってこられてはもはやこちらが立ち上がれない。それほどまでの相手だった。
フレンダ「これで死んでくれなきゃ」
絹旗「――もう」
しかし――その淡い希望は
PIPIPIPIPI!PIPIPIPI!PIPIPIPIPI!
全員「!!?」
す ぐ さ ま 絶 望 へ と 変 わ る
垣根「―――――俺だ―――――」
全員「!!!!!!」
心理定規『ピンセットは手に入れたわ。けど彼は死んでしまった……』
垣根「――そうか」
ガラガラガラと瓦礫の山より出でる垣根、その手には携帯電話。
それすなわち気体爆弾イグニスが及ぶより先に再び未元物質が展開し物理法則をねじ曲げ歪ませた事に他ならない。
浜面「……ははっ、ははは……」
消え入る爆炎と晴れ行く粉塵の彼方に浜面が見たもの。
それはヴァレンティノのスーツのみを焦がし、未だ健在な垣根の立ち姿。
渇いた笑いが意志に反して口からこぼれる。ここまで追い詰めたにも関わらず
心理定規『正直私と下部組織の人間だけで捌くには追っ手の数が多すぎる。砂皿が雑魚を散らしてくれてるけれど焼け石に水よ』
垣根「………………」
心理定規『どうしたの?』
麦野「――チッ」
携帯電話片手にこちらを睥睨して来る垣根は一筋紙で切られたような傷の走る頬を撫でるのみ。
四人の総力を結集した致死必至の連撃の報酬。それがたった一太刀報いたに過ぎないという絶望的な現実。
フレンダは既に言葉を失い絹旗は睨み付けるより他に力すら残されていない。
渇いた笑いを漏らす浜面と舌打ちを鳴らす麦野もそれは変わらない。
~24~
――ムカついた。何がムカついたってのはスーツを台無しにされた事だ。
確かに最後の動きは目を見張るもんがあったが見開くほどじゃねえ。
まさかこの俺に一矢報いたってのは予想外だが結果は想定内。
俺の優位は未だ揺るがねえし有利に変わりはねえ。が
心理定規『帝督!!状況はもう限界よ!!“メンバー”の連中が追って来てる!!』
垣根「………………」
心理定規『帝督!!!』
――大局を見ろ垣根帝督。目的は既に達成されてる。
ピンセットの奪取という絶対条件はクリアーした。
こんな局地戦にかまけた所で必要条件には繋がらねえ。
確かにこいつらはブチ殺さなきゃ気がすまねえくらい頭に来てるが――熱くなり過ぎるな。冷静に判断するんだ。
麦野「っ」
浜面「ッ」
フレンダ「……!」
絹旗「――!」
垣根「………………」
こいつらを死ぬまで殺す手間と、刻一刻と迫るメンバー、ピンセット、部下の尻拭い。
バッカじゃねえか。テメエらはもう死に体だ。誰がテメエらみてえな雑魚連中相手に五分五分の勝負なんて仕掛けるか。
面倒臭いってんだ。テメエらにそれだけの価値があると思ってんのか。
垣根「――40秒持たせろ」
心理定規『帝督……!』
少なくとも出だしからアイテムは潰せたし例のサーチ系能力者はこの行動の限界点にも姿を現さねえって事は既に戦力外と考えて良いだろう。
せいぜい拾った命とくれてやる目こぼしを噛み締めるこったな。
垣根「――部下に救われたな、原子崩し」
麦野「テメエ!!」
こいつのチンケな羽根と光に俺は見覚えがある。
上条。こいつがお前の言ってた『星』なのか?
フレンダ「む、麦野!!」
こいつのツラと、あのガキのツラがどうにもダブる。舶来とか呼ばれてたガキの身内か?
浜面「ふっ、伏せろ!!」
この黒っぽいライダースーツの野郎。あのフランケンシュタインと被るな。
もっともこいつはあいつみてえな頭の巡りは良くなさそうだが――
垣根「――遊びは終わりだ」
――認めてやる。テメエらの牙は俺に届いたぞ
~25~
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!
全員「――!!!」
その瞬間、垣根の引き起こした局地的な竜巻が瓦礫と砂塵とアイテムを巻き上げた。
それにより吹き飛ばされ残らず地面に叩き付けられた彼女等は見た。
土をつける事もなく堂々と立ち去り、未だ揺るがぬ威光を背負った王の背中を
麦野「……チクショォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
仰向けに転がされた麦野が吠える雄叫びすら掻き消すような暴風が過ぎ去った後――垣根は風と共に姿を消していた。
うつ伏せに倒れる浜面、横向きに伏したフレンダ、瓦礫に寄りかかったまま動けない絹旗を残して。
浜面「……野郎」
麦野「――逃げやがった」
フレンダ「たっ……助かった?」
絹旗「――ですかね」
もはや命だけを残して全滅させられたアイテムの面々は空を仰ぐより他なかった。
追跡するにも滝壺はおらず追走する手立てもなく追撃する戦力すら残されていない。
絹旗がピンセットを運び出すという判断をしておらず、メンバーが介入して来なければ間違いなく壊滅していただろう。
浜面「――マジな話クソ漏らしそうになった。つーか小便チビった」
フレンダ「……私、今にも内臓はみ出しそうな訳なんだけど」
絹旗「折れた骨が飛び出してます……もうピンセットの奪還は無理そうですし、超最悪ですよ」
麦野「……私も今ので傷開いちまったよ。またリハビリやり直しね」
全員満身創痍であった。気を抜いて意識を失えばそれがそのまま即、死に直結するほどの瀕死の重傷の中――
何故か全員苦笑いを浮かべていた。完膚なきまでに敗北を喫して尚一人も欠ける事なく生き延びた事に。
麦野「……テメエのせいだぞ団子鼻」
浜面「……人殺しかけといて何言ってんだこいつ」
フレンダ「あれ?結局、麦野とも知り合いな訳?」
絹旗「あー……超面倒くさいです。なんなんですかこのゴチャゴチャ」
絹旗らは知らない。浜面と麦野が断崖大学で死闘を繰り広げた事を。
しかしそれに対して突っ込むだけの気力すらどこを逆さに振っても出て来ない。ただ
麦野「……おい」
浜面「……なんだ」
麦野「――テメエ、名前は?」
何よりもブザマなこの敗北を
浜面「……浜面仕上」
麦野「――そうか」
――四人は、勝利より誇らしく思えた。
麦野「はーまづらぁ……コード五十ニ、隠蔽工作と救急車呼んで」
~26~
浜面「!?」
麦野「絹旗。辛いだろうけどフレンダが一番傷が深いからそっち優先するわよ」
絹旗「超構いませんよ。じゃあ次は私で」
フレンダ「ひゃあ!?む、麦野!!?」
その時――立ち上がった麦野が呼んだのだ。『はーまづら』と。
フレンダをお姫様抱っこする形で、オフホワイトのコートを血に染めながらも。
それに対し浜面とフレンダがそれぞれ異なる感想から同じリアクションを取った。
麦野「……つうかもう息すんのもしんどい。昨夜から寝てないし」
フレンダ「――ありがとう」
麦野「……ふん」
麦野は行く。抱えられたフレンダから見てすら血泥にまみれた頬を晒して。
気恥ずかしいのだろうかフレンダに対しあまり目を向けない。しかしフレンダは――
フレンダ「……麦野、優しくなった訳よ」
麦野「はあ?」
フレンダ「昔の麦野なら絶対“スクール”の連中殺しに追い掛けてったじゃない。例え私達や滝壺が体晶の使い過ぎで死ぬ事になったとしても……」
麦野「そうね。だから何?」
フレンダ「それに……結局、私」
フレンダは語る。きっとアイテムの人間が揃い踏みした衆人環視の中でなければ自分は垣根帝督に屈し仲間を売っていたかも知れないと。
しかしその吐露を耳にした麦野は顔色を変えた風もなくアッサリと
麦野「別に責めやしないわよ。先にあんたらを裏切ったのは私だし、それがたかが一回来たくらいで帳消しになるなんて思ってない」
フレンダ「麦野……」
麦野「むしろよくやってくれたわ。あんた達のお陰であの腐れホストに一太刀入れられた。それに」
ザッザッと砂を噛む音と共に紡がれる麦野の言葉は、上条と出会う前の麦野ならば考えられないほど穏やかだった。
以前の麦野ならば滝壺を死に追いやり、背信を働きかけたフレンダを容赦なく粛清しただろう。が
麦野「――罪だ罰だ業だ命だあれこれ色々背負い込む羽目になったけど」
フレンダ「………………」
麦野「後悔だけは背負いたくなかった。ただそれだけよ」
上条の手を離さず、御坂の手を掴み、塞がった両手の代わりに背負う事を麦野は選んだ。そう――
フレンダ「――結局、麦野のワガママな所は相変わらずな訳よ!」
麦野「……トドメ刺さたいのかにゃーん?」
取り返せない過去の先に今尚続く、現実の世界に挑み続けるために――
~27~
浜面「……あいつが、お前らのリーダーだったってのか」
絹旗「ええ。ただし頭に元とか前とかついちゃいますけど」
浜面「――どうりでな」
フレンダを運び終え戻って来る麦野を目で追いながら浜面は感慨に耽る。
麦野沈利。断崖大学で会敵し浜面が撃破したレベル5。
その事実に浜面はあの夜雨の中出会った滝壺がアイテムの人間だった事と同じくらい衝撃を受けた。
浜面「(一週間の間にレベル5の四位と二位とバトルとかこれから俺の人生どうなんだよ)つうか現リーダー……運ぶなら俺が」
絹旗「滝壺さんに超告げ口しますよ?浜面に変な所触られたって」
浜面「おい!!」
絹旗「――甘えさせて下さいよ、ちょっとくらい」
浜面「………………」
絹旗「……今だけは、超寄りかかりたい気分なんで」
麦野「おーい絹旗生きてるー?」
絹旗「超遅いですよ麦野。どれだけ待ったと思ってるんです?」
そこへ麦野が歩み寄り、対する絹旗が砕けた左腕と折れた右足を晒しながら口を尖らせた。
遅い、というその言葉に込められた様々な意味。複雑な思い。そして
麦野「持ち上げるよ。力抜いて楽にしな」
絹旗「はいっ」
慣れ親しんだ玲瓏たる美貌が間近に迫り、華奢ながら力強い膂力で絹旗が抱えられる。
あの8月9日よりこの10月9日、およそ二ヶ月ぶりの再会が戦場という皮肉に絹旗の唇が緩む。
会ったら会ったで言ってやりたい文句やこぼしたい愚痴などそれこそ山ほどあったというのに――
麦野「……重っ」
絹旗「はあっ!?」
麦野「フレンダといいあんたといい、重くなったね」
絹旗「な、何言ってるんですか!トッポは一日一箱に超抑えて――」
麦野「――重いよ」
絹旗「………………」
麦野「……手応えあるわ」
何も言えなくなってしまったのだ。その透き通った表情に。
例えるならば雨上がりの街、雲の切れ間から射し込む光の梯子のように澄み切った横顔に
絹旗「……引退してから超ナマったんじゃないですか?何か当たってる胸が前より超ボリュームが増して(ry」
麦野「私が引退してから態度悪くなったねあんた。尻叩くよ?」
浜面「おい!俺を無視すんな!!」
麦野「私達忙しいから後にしてくんない?」
――絹旗はゆっくり目を閉じた。これが夢ならば覚めぬようにと
~28~
麦野「………………」
浜面「(き、気まずい……)」
それから数分後に到着した救急車内にて浜面と麦野も共に直走り流れて行く景色を見つめていた。
されど対する浜面は気が気でない。曲がりなりにも殺し合いをした相手と隣り合わせという危機的状況に。
麦野「……まさか、あの時のテメエが私の古巣に居るなんてね」
浜面「それはこっちのセリフだ」
アイテムの面々も予想だにしない麦野の参陣に複雑な思いがあるがこの二人の比ではないだろう。
昨日の敵は今日の友、などという少年漫画的な精神構造など学園都市の影を生きて来た浜面と闇を歩んで来た麦野の間には存在しない。ただ
麦野「――あんたが、滝壺の居場所か」
浜面「!!?」
麦野「私も他人の事言えた義理じゃないけど、あの娘の男の趣味も大概ね」
浜面「(ブッ飛ばしてやりてえこの女王様キャラ……でも今手出したら病院は病院でも霊安室行き……)」
麦野「――でもまあ、男を見る目は確かか」
浜面「?!!」
麦野「仮にも私を倒した“二人目”の男だからね」
救急車内の小窓より伺える第七学区の道路標識を目で追う麦野。
そこから天井部分に取り付けられた蛍光灯を仰ぎ見、ついで併走するフレンダと絹旗を乗せたもう一台の救急車に一瞥をくれる。
滝壺の居場所。自分が二人目ならば一人目は誰なのかという疑問。その板挟みに口を紡ぐ浜面をよそに――
麦野「……滝壺の事、お願いね」
浜面「お願いされなくたって、自分で決めた事さ」
麦野「?」
浜面「――滝壺は俺が守る」
麦野「……そう」
この時双方は似通っていた事を考えていた。麦野が纏っていたある種の危うさが消え、揺るぎないそれに取って代わっている事に。
それは浜面にも同じが言えた。羽化という進化、進化というより深化を経て己が真価を目覚めさせたように。
麦野「――はあ」
浜面「……?」
麦野「……見なよ、あれ」
と……そこで冥土帰しの病院へと滑り込んだ正面玄関を指差す麦野。そこには
滝壺「――――――」
浜面「滝壺……」
ベッドを抜け出して来たと思しき滝壺理后がピンク色のジャージを肩から羽織って待ち構えていた。
~29~
滝壺「はまづら!むぎの!!みんな!!!」
浜面「滝壺!?ダメだろ外に出たら!!」
滝壺「ごめん……でも、わかったんだよ」
フレンダ「???」
滝壺「みんなの信号が北北東からきたの」
絹旗「滝壺さん……」
停車する救急車、下ろされるストレッチャー、緊急搬送口に集う『アイテム』の面々。
携帯電話を麦野に持って行かれ連絡手段など無きに等しいにも関わらず――
滝壺は『四人』の存在を感じ取ったのである。その事に麦野は微かな疑念を抱いた。
麦野「(まさか……能力が成長して?)」
ガラガラと絹旗とフレンダを乗せたストレッチャーが手術室に向かって走り去って行く傍ら麦野は腕を下から支えるように組む。
滝壺は既に『体晶』により死に体にも関わらず自分達の存在を探知し、顔色こそ悪いが不自由なく歩き回っているのだから。
麦野「(ひょっとして――!?)」
滝壺「むぎの」
麦野「……何かしら?パクッた携帯の件なら今度買って返すわよ」
滝壺「ううん。違うの」
入院着の上から羽織ったピンク色のジャージをはためかせ、浜面に支えられるようにして寄り添う滝壺。
切り揃えられた黒髪が秋風を受けて靡き、同じように麦野の栗色の巻き毛が翻る。
滝壺「――ありがとう」
麦野「………………」
滝壺「みんなを助けてくれて、私の代わりに居場所を守ってくれて」
浜面「……滝壺」
滝壺「――はまづらを、私の大切な人を連れて帰って来てくれてありがとう」
ビュウ、と三人の間を駆け抜ける秋風が物悲しくも優しく揺らして行く。
もし違う未来や別の世界や異なる時間があったと仮定して――
きっとこの三人が血深泥の殺し合いに興じるといった悲劇的な筋書きも有り得ただろう。
出会いの形や、些細なすれ違いや、譲れない思いの果てに。だが
麦野「――身体、大切にしなよ」
滝壺「むぎのもね」
麦野「おい、はーまづらぁ」
浜面「なんだよ」
麦野「入院中だからって滝壺を産婦人科にかからせるような真似したら私がテメエを殺すぞ!」
浜面「するか馬鹿野郎!!」
――互いを支え合う二人と同じように、麦野にもまた帰る居場所があり待っていてくれる人間がいる。
ただしその前に抜け出した病室に戻りカエル顔の医者からお説教を受けねばならない。と――
――――――おかえりなさい――――――
~30~
麦野「!!?」
禁書目録「……しずり?」
そこに姿を現すは病院内にあってさえ目立つ純白の法衣を纏った修道女。
麦野「な、何であんたまでここにい――」
禁書目録「………………」
パンッ!
麦野「!?」
禁書目録「謝らないんだよ」
――インデックスが背伸びするなり麦野の頬を平手打ちしたのだ。
名を呼ぶより早く、何故ここにいるのかを聞くより速く。
禁書目録「……どこに行ってたの?」
麦野「………………」
禁書目録「黙ってられたらわからないんだよ!!」
滝壺「………………」
浜面「(えっ!?えっ!?なにこれ?どうなってんだ??なんだこの蚊帳の外感)」
この場において最も訳がわからないのは浜面である。
いきなり一目見れば忘れられそうにもないプラチナブロンドの聖女が零れそうなほど大きな碧眼に涙を浮かべて麦野を打ち据えたのだ。
麦野と殺し合いをした浜面からすれば龍の逆鱗を鑢で削るが如く暴挙である。
禁書目録「勝手に病院抜け出して!あんなにヒドい大怪我したのにまたこんなに傷増やして!!」
麦野「………………」
禁書目録「どうしてもっと自分を大事に出来ないの!?私がどれだけ心配したかわかってるの!?しずり!!」
しかしながら部外者の浜面にも見て察せられた事、この二人がアイテムの面々とはまた異なる角度の関係性にあるという事。
それは学園都市に住まう学生らの大半にあってもっとも希薄なもの
禁書目録「馬鹿……」
麦野「………………」
禁書目録「しずりの馬鹿!!!」
うなだれる麦野を抱き締めるインデックスの姿は正しく『家族』の肖像だった。
異なるのは二人が血縁関係に非ず人種からして異なっている事。
だが病院を抜け出した事を真っ直ぐ叱り飛ばし、帰って来た事を迎え入れるその姿は
麦野「……悪かったわよ」
家出娘を叱る母親のようにすら浜面には感じられた。
フレンダや絹旗を抱き上げていた母性的な横顔は既になく、ふてくされた年相応の素顔がそこにはあった。
禁書目録「……ただいまは?」
麦野「はあ?」
禁書目録「ただいまは!?」
麦野「――――――」
麦野がガシガシと栗色の巻き毛をかきながらインデックスを見やるも、叶わないと根負けし観念したのか――
麦野「……た」
抱き締め返し紡がんとする言葉。すると
―――――よっ、沈利―――――
~31~
麦野「――――――」
浜面「おっ、お前!!?」
滝壺「ひさしぶり」
麦野の背に声がかかり、浜面の両目が見開かれ、滝壺の双眸が柔らかく下がる。
滝壺からすれば数ヶ月ぶり、浜面からすれば六日ぶり、麦野からすれば一日ぶりに聞くその声の主。
「滝壺……それに浜面!?どうなってるんでせうかこれは!!?」
浜面「どうしたはこっちのセリフだウニ頭!どうしてテメエがここにいんだよ!?」
「どうしたもこうしたもアビニョンから帰って来てすぐここに放り込まれたんだけど……」
麦野「……あ」
「そんで病室の空気入れ替えようって窓開けたら麦野が見えてさ……インデックス、オレ点滴台引きずってんだから一人で突っ走んのはやめてくれって」
禁書目録「ついカッとなっちゃったんだよ。反省はしてないかも」
「しろって!」
尖らがった黒髪に中肉中背、角度によっては見れる顔立ちと意外に筋肉質な右腕。
カラカラと点滴台を引きずり、ペタペタとスリッパを鳴らして麦野の背中に歩み寄るその少年。
「あーあーこんなに泥だらけにしちまって……血だっていっぱいついてるじゃねえか」
少女が背負ったものは罪と罰と業と命。その細い肩と小さな背中を支える者。
少女の帰る居場所(いえ)の家主にして恋人、半身にして相棒。
インデックスを抱き締める麦野の身体に回される腕。耳元にかかる声。伝わる体温。慣れ親しんだ匂い。
「――よく、帰って来た」
麦野「……うるせえ」
「――よく、頑張った」
麦野「うるせえ」
「――よく、無事でいてくれた」
麦野「うるせえよ!!」
麦野は振り向けない。インデックスの肩口に顔を埋めたまま背中を震わせて叫ぶ。
前の少女を抱き締め後ろの少年に抱かれる。麦野が送ったデュプイのストラップ……プレイリードッグの家族のように。
「あー……悪い。滝壺、浜面。ちょっと外してくれねえか?」
浜面「え、えっと……」
滝壺「うん。行こう、はまづら」
三人を残して立ち去る二人。そう、ここにはもう一人きりで戦う悲しい少女はどこにもいない。
「――人がいると見栄張るもんな、お前」
禁書目録「意地っ張りだからね、しずり」
殻を破り、翼を広げ、巣立ちを迎えて尚……止まり木を持たぬ鳥はいない。
―――空だけが、三人を見下ろしていた―――
麦野「ただいま……当麻、インデックス」
~32~
前に当麻と入ったアクセサリーショップで見たシルバーのウロボロスを思い出す。
二匹の蛇が互いの尾を永遠に喰らい合うループの象徴。
きっと私はこれからも廻り続ける。巡り巡ってたった今振り出しに戻ったように。
麦野「……少し、疲れた」
上条「ああ」
振り出しの場所から仰ぎ見る天使の梯子。私が座っていた椅子より高い脚。
オバサン、あんたの言う通りだね。認めたくないけどその通りだわ。
美鈴『――貴女、自分が死ねばそれで終わるだなんて本当に思ってる?馬鹿ね。死ぬだけなら今も誰かが交通事故にあってるかも知れないし、美琴ちゃんが80歳過ぎたら老衰で死ぬかも知れない。私の言ってる事わかるわね?――死ぬだけなら、誰にだって出来るのよ』
あの時私がアイツを殺しても殺されてもきっと何も変わらなかった。
美鈴『――自分を投げ捨てて責任を取ろうなんて綺麗な生き方は大人の世界じゃ通用しないわ。責任を取るという道はね、もっと泥臭くて、しんどくて、嫌な事ばかりで、誰にも誉めてもらえなくて、自分で誇る事も許されない事なのよ、沈利ちゃん』
当麻が私を受け止めてくれなかったら、オバサンが私を背負ってくれなかったら、アイテムが私を支えてくれなかったら――
麦野「……もう、倒れてもいい?」
上条「俺達が受け止めてやる。安心しろ」
麦野「……少し、休んでもいい?」
禁書目録「いいんだよ。もういいんだよ」
露出狂女や赤毛野郎と戦っていなかったら、御坂やインデックスと闘っていなかったら――
あいつらの技だの力だのを取り込んで引き出せなきゃあの腐れホスト野郎にかなわなかった。
麦野「……じゃあインデックス。一日一回シャケ弁届けに来て。ここの病院食のシャケ、マズいんだよね」
禁書目録「了解なんだよ!」
麦野「……当麻、色々背負い込んだけど、これからもよろしく」
上条「――こっちこそな!」
当麻の事、御坂の事、アイテムの事も含めた現実との折り合い。
私がくたばったって世界は変わらない。けれどこの壊す事と殺す事しか出来ない私だけの原子崩し(チカラ)で変えられる現実を私は見つけた。
麦野「――後、頼んだよ」
アイテムって言う始まりの場所と、当麻達って言う私の帰る場所で――
~33~
上条「――任せろ」
その言葉を最後に、麦野は力尽きたように気絶した。
それは負った外傷や出血やダメージ以上に、張り詰め続けた精神の糸が切れたような崩れ落ち方であった。
禁書目録「しずり!」
上条「大丈夫だ、インデックス」
慌てて支えようとして巻き込まれそうになる麦野を上条が引き取る形で抱き寄せる。
右手首に刺された点滴のチューブを引き抜き、その痛みに一瞬顔をしかめるも……
上条は力尽きた麦野をしっかりとお姫様だっこで受け持った。身動ぎ一つせずに
禁書目録「しずり……」
上条「休ませてやろう。こいつも限界だったんだ」
禁書目録「――うん!」
弦の切れた弓はもはや矢を放つ事はない。この一週間の間……否、数ヶ月から数年分の精神的疲労が頂点に達したのだろう。
己の罪業を受け入れ、過去と向き合い、仲間を救出し、巡り巡った荊棘の轍の果てに辿り着いた帰るべき居場所。
そこで迎え入れてくれたインデックスと信じて待っていただろう上条に抱かれ安堵したのだ。
上条「こんなんなるまでムチャしやがって……これじゃ説教も出来ねえじゃねえか」
禁書目録「とうまが言っても説得力がないんだよ!」
上条「い、痛い所を……」
禁書目録「しずり、本当にとうまの悪いところが似て来たんだよ。夫婦は顔が似てくるってテレビで言ってた通りかも!」
抱えられた麦野を覗き込みながらインデックスが薄く微笑む。
恐らくはここまで来て尚『生きたい』という意識は限りなく絶無に近いであろう麦野。
己を許す事も神に赦される事も望まないであろう少女。
しかし彼女は帰って来たのだ。己のいる世界と人間に折り合いをつける事で
上条「出来るなら顔が似てくるまで一緒にいたいもんだけどな~~……よっこらせ!」
禁書目録「え?」
上条「何でもありませんの事ですよ」
インデックスを伴い麦野を抱えたまま上条は緊急搬入口より病院の外に広がる秋空を見返す。
どこまでも澄み渡りどこまでも晴れ渡る空。数日前の暴風雨が信じられないほどの秋晴れの中――
上条「……雨、上がったな」
禁書目録「えっ?雨はこの前なんだよ?」
上条「いや、こっちの話」
少女は深い眠りにつく。広げた翼を止まり木で休ませるように――
上条「――もう、傘はいらねえな?」
それを見守る者達の笑みに看取られて――
~34~
かくて少女の中に降り続けていた雨は上がった。
雲間から射し込む光の檻の中へと、自らの意志と足によって収まる事を決めて。
土御門『俺だ。アイテムは全滅、メンバーは壊滅。そうだ。スクールの垣根帝督に潰された』
今尚闇の中を歩み続ける土御門元春は携帯電話越しに結標淡希へと伝える。
連絡を受けて少年刑務所内での戦いを終えた結標もまた――
結標「そう。こっちも終わったわ。ブロックの連中もまとめてね。海原の方は??」
土御門『そっちも片付いた。このゼロサムゲームもそろそろ佳境だ。準備はいいか?』
結標「こういう犬の共食いをドッグ・イート・ドッグ(同業者の潰し合い)と言うんでしょうね。いいわ、戻りましょう。あの闇の中へ」
己が過去を乗り越え、闇の檻から抜け出す。背後から届く仲間達の声に後押しされるようにして――
心理定規「行くの?砂皿」
砂皿「ああ。垣根帝督から新しいオーダーが入ったからな……お前は?」
心理定規「私はここに残るわ。“彼等”の戦いに割り込める余地も入り込める戦力もないし、止めるつもりもないのだから待つより他にないしね」
砂皿「そうか」
一方、心理定規と砂皿緻密はスクールの隠れ家にいた。
スーツケース片手に部屋を出て行こうとする砂皿……
そんな男の後ろ姿を、心理定規はメンバーから自分を庇って死んだ少年のヘルメットを膝に乗せソファーに腰掛けつつ見送る。
心理定規「男って馬鹿ね。一人の例外もなく」
戦場を渡り歩く傭兵たる砂皿、闇に堕ち若き命を散らした少年、己が野心のために学園都市に反旗を翻した垣根。
中でも砂皿より先に部屋を後にした反逆者との心の距離はドレスの少女をして縮める事さえ叶わない。
一晩を共に過ごしながら指一本触れてこなかったあの男の心には何者も存在していなかったのだから。
心理定規「――馬鹿は、私の方かしら」
心理定規には予感があった。部屋を出て行く際のあの不敵な笑顔が……
心理定規「……鳴らない電話を、いつまでも待ち続けて」
何故だか扉の向こうに広がっていた光の中に消えて行ってしまったような気がして――
~35~
垣根「待ちくたびれたぜ第一位(メインプラン)」
一方通行「ハッ。たかが顔合わせにずいぶン面倒臭ェ手間暇かけやがったな第二位(スペアプラン)」
初春「……!!」
倒れ込む信号機、ひしゃげた道路標識、歪むガードレール、陥没したアスファルト、砕け散ったATMから舞い散る紙幣。
それらを蹂躙されていた初春飾利は地面から舐めるように見上げていた。
一方通行「今のはほんの名刺代わりだ。来いよ格下(スペアプラン)。悪党の立ち振る舞いってヤツを教えてやる」
垣根「そうか。ならこいつは授業料だ」
轟ッッ!と降り注ぐ紙幣全てが垣根に触れた途端一気に燃え上がり、交差点を炎上させる!
垣根「――取っとけ。釣りはいらねえ」
ボッ!!!!!!と火の海と化したスクランブル交差点。
対峙するは学園都市第一位一方通行(アクセラレータ)。
対立するは学園都市第二位垣根帝督(ダークマター)。
一方通行「――足りねェな。不足分はオマエの命で支払えクソッタレ」
ズアッッ!と一方通行の背中から黒翼が噴き出し
垣根「取り立ててみやがれ。テメエごと踏み倒してやるこのクソ野郎が」
ズバッッ!と垣根の背後より白翼が飛び出し
一方通行「――高いもンにつくぜ」
垣根「――安い挑発だ」
煉獄の扉が開き、地獄の劫火が黒白の影を赤く朱く紅く染め上げる。
一方通行「垣根……帝督ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
ヒンノムの谷より来たりてゲヘナをぶつける黒翼を担う天使(ヒトアラザルモノ)と
垣根「一方……通行ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
キドロンの谷より出でてシュオルをぶつける白翼を担ぐ魔王(ヒトナラザルモノ)が
「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
白夜の闇と漆黒の光が交差し、檻から解き放たれた爪と鎖を引きちぎる牙が交錯し――
「………………ッッッッッッ!!!!!!」
一撃のもと折れた翼と一合のもと砕けた羽が舞い散る中一つの終止符がここに打たれた。
初春「ああ……」
その場に一輪の花だけを残して――
~36~
かくして10月9日、学園都市独立記念日に勃発した暗部抗争はここに終結した。
各々の胸に墓標を、礎を、爪痕を、誓いを刻んで。
ある者は一縷の光を見出し、ある者はより深い闇に飲まれて。
青髪「――どないするん?あの子ら“ドラゴン”の尻尾に辿り着いたみたいやけど」
《何も問題はないよ。何もね……》
青髪「ふーん。相変わらず余裕綽々やね」
そして闇でも光でもない無の空間に揺蕩うは聖人にも囚人にも、男にも女にも、子供にも老人にも見える――
最高の科学者にして最悪の魔術師、最強の超越者にして最低の人間。
フラスコの中の小人(ホムンクルス)と神託機械(オラクルマシーン)が向かい合う。
二人を隔てるビーカーのガラス以上の隔絶を挟んで。
青髪「……“左方のテッラ”はカミやんの秘密に気づきかけたみたいやけど?」
《彼が死した今それを証明する者もいないだろう。そもそも“彼等”の求める世界の有り様と、私の目指す世界の在り方はフォーマットが異なっているからね》
青髪ピアスは思う。自らの能力を以てしても見通せない者は約三つ。
それは月詠小萌の若さの秘密と、自分の未来と、目の前の人間の死。
《君の方はどうなのかね?》
青髪「何言うてるんかサッパリや」
《君が匿っているテオフラトゥス=フィリップス=アウレオールス=ボンバトゥス=フォン=ホーエンハイムの字を継ぐ者だ》
青髪「………………」
《それが君の答えか》
その問いに答える事なく返した踵と向けた青髪の背中。それが全てを物語っていた。
しかしビーカーの中の人間はそれを気にした風もなく見送る。
青髪「……さあ?せやけどこれだけは言わしてもらう」
10月9日が終わり、第三次世界大戦が始まり、人々の営みは劇的に変化して行く。
青髪「あんま、人間(ぼくら)を舐めへん方がええよ」
やがて辿り着く未来と明日と世界を目指して人々は歩み続ける。
青髪「――あんさんにどうこうされなあかんほど、僕らの世界は弱くなんてない」
《そうか》
砂を落とす事を止めた時計のような『人間』だけを残して――
~37~
「もしもし?」
――――one year later(一年後)――――
「はあ?また補習?懲りないわねあんたも……」
――――on a certain day in November(十一月某日)――――
「……ったく。荷物持ち頼もうかって思ってたのに使えないわね」
番外・とある星座の偽善使い(フォックスワード)
「まあ良いわ。ただしかさばる酒とかつまみとかはあんた達が持って来る事」
第二十六話
「うん、待ってるからね」
「Magic∞world」
「じゃ、また後でね?……かーみじょう」
~38~
麦野「……ネギがない」
麦野沈利は地下食品街にて買い物カゴ片手に歎息した。
食事会に使う長ネギがどうしても見当たらないのである。
既に鮭の切り身とアラ、豆腐、玉葱、キャベツ、大根、椎茸、人参、昆布などはある。
しかし長ネギだけがない。長ネギなどそうそう品切れになる類のものでもないにも関わらずに、だ。
麦野「まいったわね……どうするか」
麦野は完璧主義者である。少なくともレシピにある食材くらいはきっちり取り揃えておかなければ気が済まない質である。
例え振る舞う相手が手を抜いても抜かなくても嬉しそうに頬張る食べ盛りの高校生『達』であったとしても――
健啖家と呼ぶにはあまりにエンゲル計数を逼迫させる、暴力の独占ならぬ暴食の独占の権化たる『家族』であっても。
麦野「余所のスーパー回ろうかしら……」
麦野沈利の沸点は低い。流石に一年前に比べれば見違えるほど穏やかになったが、それは無闇に牙を剥かなくなっただけで折れた訳では断じてない。
それこそ場合によっては気体爆弾イグニスのように火花一つで自らを含めた全てを焼き尽くす鬼気は未だ健在である。が
麦野「(……この私がたかが長ネギに頭を悩ませるだなんて、ね)」
禁書目録「しずりしずりー!これ食べたいんだよ!買って欲しいかも!」」
麦野「ダメー」
禁書目録「見てから言って欲しいんだよ!?」ガーン
麦野「見なくてもわかる。ダメったらダメー」
禁書目録「ケチンボー!」
そこへスニッカーズ片手に駆け寄って来るインデックスに対し麦野は野菜売り場を見渡しながら素気なく却下した。
その手慣れた体温たるや駄々をこねる子供を華麗にスルーする母親にも似て。
麦野「昨日ブラックサンダース箱買いしてやったでしょ?どうしたのあれは」
禁書目録「……てへっ☆」
麦野「オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね」ギロッ
禁書目録「ち、違うんだよ!すふぃんくすが食べちゃったんだよ聖職者は嘘つかないかも!!」
麦野「神様にベロ抜かれてくるのと私にメシ抜かれんのどっちがお好みかにゃーん?」
禁書目録「」
中腰になりながら笑っていない眼差しでインデックスを見下ろしつつ指差した場所はお菓子コーナー。
戻して来いという無言の圧力に後ずさるインデックス。するとそこへ――
美鈴「あら?沈利ちゃん!」
~39~
麦野「……どうも」
美鈴「あらあら奇遇ねえ!元気にしてた?」
打ち止め「あ!寒そうな下着のお姉さんだってミサカはミサカは挨拶代わりのスカートめくり!」
麦野「おい馬鹿止めろ!離せってんだ!!」
番外個体「ひゃっひゃっひゃっ!これはこれは第四位様。エコバックがよくお似合いで」
麦野「ああん?なに?このスーパーじゃ喧嘩も売ってんの?テメエこそその買い物袋から飛び出したネギはなに?」
御坂妹「今日の食事会の材料ですよ、とミサカは彼の胃袋を掴もうと必死な番外個体の乙女の秘密をネタばらしします」
番外個体「ちっ、違うし!あんなモヤシ野郎輪の隅っこでマロニーちゃんでもしゃぶってれば良いんだって!!」
御坂妹「いい加減素直になったらどうですもう一年ですよ、とミサカはどうしようもなくツンデレな末っ子に呆れます」
禁書目録「くーるびゅーてぃー久しぶり!身体は大丈夫かな?」
御坂妹「おかげさまで、とミサカはこの一年で学んだ“笑顔”を向けます」
そこには美鈴を筆頭とした御坂一族が揃い踏みしていた。
何でも美鈴が麦野を病院まで付き添った10月3日の夜に打ち止めと出会ったのが縁らしく……
紆余曲折を経て他の姉妹らや黄泉川家、そして一方通行とも関係を築いているらしい。この場にいない長女・美琴を除いて。
麦野「御坂は?……って確か外出制限と小パンダの面倒見なきゃいけないんだったけ」
ギャアギャアとお菓子売り場に移って騒ぐ御坂姉妹とインデックスをよそに美鈴と麦野が話し込む。
この時御坂と白井は色々込み入った事情と確執があり食事会は欠席と相成っていた。それに対し麦野なりに思う所もあるのだが――
麦野「まっ、別に参加は強制って訳じゃなし、どうせ来月もやるだろうしね」
美鈴「……そうね」
麦野「――その内ひょっこり戻ってくるわよ」
そこで麦野はウブロの腕時計に目を落とし現在時刻を確認する。
少し早く出過ぎたかな、と思い至りどう時間を潰すか人差し指を唇に当てて考え込むと――
美鈴「ねえ」
麦野「はい?」
美鈴「まだ時間あるなら、ちょっとお茶しない?」
麦野「!」
思わぬ誘いが、向こうからやって来た。
~40~
番外個体「……キレイだね。ミサカこんなお茶見た事ないよ」
打ち止め「フルーツがいっぱい!ってミサカはミサカは果物の宝石箱なガラスのポットをうっとり眺めて見る!」
禁書目録「ホットティーパンチなんだよ。しずりが私のお誕生日に作ってくれたかも!」
御坂妹「シトラスの香りがなんとも芳しいですね、とミサカはマハラジャなメニューに瞳を輝かせます」
所変わって、麦野らは御坂一族に誘われサロン『リリー・オブ・ザ・バレー』の席についていた。
その中心にはガラスの大きなポットとカップ。中には濃いめに淹れたホットティーをジンジャーエール・オレンジジュース・レモン汁で薄め……
さらにスライスされたオレンジ・レモン・リンゴ・ミントを落としたティーパンチがあった。
ゆうに十人近いメンツを捌けるため、これくらい大勢でないと頼みにくいメニューである。
麦野「オバサンも来るの?」
美鈴「ううん。私はこの子達に持たせる材料の買い出しに付き合っただけよん。帰ってパパのご飯作らなきゃね♪」
カメラに撮って一方通行にメールを送る番外個体、人数分を取り分け注ぐ御坂妹、打ち止めとインデックスがキャッキャッと足を揺らしてそれを待つ。
一年前まで想像すら出来なかった平和な光景と平穏な日常がそこにはあった。
麦野「……平和ね」
美鈴「ええ……私自身、色々この娘達の事で思う所もあったし感じる所もあるけど」
御坂美琴の世界を守って欲しいと託された麦野も御坂妹から受け取ったティーパンチに舌鼓を打ちながら見やる。
目を細める美鈴と、瞳を輝かせる御坂姉妹らとを交互に。
美鈴「――こうしていると、やっぱり良かったと思うわ」
麦野「………………」
美鈴「ありがとう、沈利ちゃん」
麦野「――別に。ここまで頑張ったのはオバサンとあの娘達でしょ?」
御坂がこの場にいれば口に出しようがない謝辞を、麦野は馥郁たる甘い香りを楽しみながら目を閉じた。
麦野「――でも、お茶ありがとう。この店は当たりだわ」
美鈴「どういたしまして♪」
美鈴との約束はまだ続いている。第三次世界大戦、最終戦争、異端宗派(グノーシズム)などでも……
交わした約束を違える事なく、御坂に語る事もなく――
~41~
打ち止め「このマシュマロ可愛いね!ってミサカはミサカはあの人の分をお持ち帰りするためにラッピングに挑戦して見る!」
御坂妹「一方通行はギモーヴなど食べないと思いますが?とミサカは恐らく彼の嗜好を知り尽くしているであろう番外個体をチラ見します」
番外個体「なんでミサカの方ばっかり見んのさ!ねえねえ、これってどの順番で食べるの?」
禁書目録「イギリスでは焼き菓子が一番最後だからサンドイッチから食べるんだよ」
みんなのお母さんとしずりが何かお話してるんだよ。
多分たんぱつの事とか今までの事とか色々振り返ってるのかも。
美鈴「でも沈利ちゃんのお買い物姿も板についたものねえ……シスターちゃんといる所見てたらお母さんと子供みたい」
麦野「やめてくんない?私はまだ19よ。世間的に見て華の女子大生だっての」
美鈴「あら、私がパパと出会って美琴ちゃん産んだのも沈利ちゃんくらいの歳だったわよ?ふふっ、大学生かあ……」
麦野「……なによ」
美鈴「ううん。同じ大学だったら先輩後輩になれたのになーって。ほら、去年の件で長期休学しちゃって留年したからまだ大学生だしね私」
本当に色んな事があったこの一年間の中で、しずりも少しずつ変わって来たんだよ。
前ならこんな風に食事会に誘われても断ったろうし――
あんな風に今も肩の力を抜いてリラックス出来なかったかも。
禁書目録「たんぱつのお母さん!私これ食べたい!!」
美鈴「いいわよーん好きなの頼みなさい」
麦野「コラ。余所様に食べ物をねだるなっていつも言ってるでしょ」ゴンッ
禁書目録「痛っ」
美鈴「いいのいいの。この娘も美琴ちゃんのお友達だしね♪」
病院や避難所やバーベキュー大会で見かけたしずりの友達を助けに行ったあたりからかな?
憑き物が落ちたみたいに、しずりが吹っ切れたのは。
麦野「……ありがとうございます。ほらインデックス、あんたも」
禁書目録「ありがとうなんだよ!」
美鈴「どういたしまして♪」
この一年間、本当に色々あったかも。例えば――
~42~
フレンダ「結局、何度来ても楽しめる訳よ!ビバ魔法の国!!」
絹旗「フレンダ、超はしゃぐのはいいんですが何で腕絡めて来るんですか?」
フレンダ「結局、この国の秋は人肌恋しい季節な訳よ」
一方、絹旗とフレンダは第六学区の遊園地、地中海風煉瓦造りのテーマパーク内にある大桟橋を腕を組みながら闊歩していた。
じゃれついて来るフレンダの頭にはネズミのイヤーカチューシャ、絹旗は猫耳である。
絹旗「……やっぱりフレンダってそっちの気あります?私そういうの超興味ないんで」
フレンダ「あーあ、浜面と滝壺もくれば良かったのに」
絹旗「相変わらず人の話超聞きませんね。あの二人は例の月命日ですってば」
フレンダ「ああ、例の“駒場”とか何とか言うスキルアウトの墓参り?だったっけ」
肌寒さが染み入って来る11月の夕焼けの空の下、フレンダは絹旗のポケットに手を突っ込むようにして腕を組むが――
残る二人、浜面と滝壺の姿はそこにない。揃って第十学区にある駒場利徳の墓参に足を運んでいるのだ。
絹旗「まあ今日はみんなオフですし良いんじゃないんですか?ただ明日は集まりあるんで超遅れないようにして下さいね?」
フレンダ「(あっ……しまった。結局、頭から抜けてた訳よ)」
絹旗「?。どうしましたフレンダ」
フレンダ「(うーん……フレメアと会うって約束しちゃったけど仕事もあるし……これ以上伸ばせないし)」
この時フレンダの胸裡を過ぎるは翌日に控える久方振りとなる実妹との顔合わせであった。
一年前に顔を合わせたきり第三次世界大戦以降のゴタゴタに巻き込まれ続け、今や電話かメールでくらいしか互いの近況を知り得ずにいた。
そのドタバタもようやく一段落し、顔合わせと相成った矢先のダブルブッキングに今更気づいたのである。
フレンダ「あー……明日になってみないと結局わかんないんだけど、説得出来そうになかったら私出られないかも」
絹旗「……リーダーを前にドタキャン予告とは超良い度胸ですねフレンダ?」
フレンダ「あは、あははは……今日の食事会の材料費絹旗の分も持つからそれで穴埋めして欲しい訳よ!」
絹旗「フレンダ、それとこれとは」
フレンダ「まあまあ!ほら行こ行こ!!」
絹旗「ちょっ、フレンダ!」
絹旗の腕を引っ張って駆け出すフレンダ。彼女らもまた学園都市の闇から抜け出し、光溢れる世界への帰還を果たしたのである。
~43~
御坂10326号「寒くはございませんか?とミサカは膝掛けを携えてお客様の身体を気遣います」
滝壺「私は大丈夫。ありがとう」
同時刻、滝壺は第十学区にある立体駐車場にも似た墓地のあるビルの待合室にあるソファーに座っていた。
何故彼女一人きりかと言うと……たった今、浜面が射撃演習場を模したような墓石に献花を供えに行っているからだ。
遺骨も違灰も遺髪もない名前だけ刻まれた駒場利徳の墓。
ここの係員を勤める『御坂美弦』なるプレートを胸につけたフォーマルスーツ姿の妹達の一人に案内されて。
御坂10326号「そうですか。何かあればお声掛け下さい、とミサカは一礼して受付に戻ります」
妹達(シスターズ)の中にも次第に個性の細分化が顕著となり、御坂妹のように笑顔というものを覚えた個体もいれば――
10031人の死を悼み、その意味を考えるためにこうして墓守を担う個体もいる。と
ガコンッ
滝壺「……お疲れ様、はまづら」
浜面「ああ」
そこで自動ドアが開き、浜面が姿を表した。その手に携えられていた花はなく、代わりに無形の何かを手にしているように滝壺には感じられた。
浜面「終わったよ」
滝壺「――うん」
浜面「じゃ、食事会行くか。何買ってく?」
滝壺「しゃぶしゃぶのお肉」
浜面「!?」
駒場利徳の死と月命日の墓参を始めてより約一年。それは二人が出会ったあの夜から一年経ったという事でもあり……
流石に浜面の目にも涙が伝った跡や充血した様子もないが
滝壺「しゃぶしゃぶのお肉食べたい。こういう時以外むぎの達やみんなと会えないから、ちょっと贅沢」
浜面「(しゃぶしゃぶ……エロい響きだ)」
滝壺は知っている。浜面の流した涙、二人が出会ったあの夜。
故に滝壺は浜面と手を繋いで墓地を出る間際、一礼する御坂10326号とその向こう側にある――
滝壺「(ありがとう。これからもはまづらを応援してくれたら嬉しいな)」
骨も灰も残らぬままこの世を去った駒場利徳の幻影に対して滝壺は黙礼を送った。
AIM拡散力場を透かし見るように、上り詰めた『9人のレベル5』の八番目の能力とはまた違った不可思議な力で。
浜面「……また来るぜ。駒場のリーダー」
居場所を守ろうとした男の眠る場所を後にし、居場所を失った少年と居場所を求めた少女は共に歩み出す。二人で見つけた居場所に帰るために――
~44~
海原「冷え込みますねえ……この国は嫌いではありませんが、この季節だけはどうも好きになれそうにもありません」
土御門「……海原、そんなものを飲みながら言っても説得力がないぞ」
一方通行「(帰りてェ……)」
一方、結標淡希を除く元『グループ』の面々はコンビニにたむろしていた。
一方通行はBossのブラックを、土御門は黒烏龍茶を、海原はお汁粉をそれぞれ片手に携えて。
さながら同世代の仲間達が持て余した時間を潰すように自然体に。
海原「ショチトルが好きなんですよ。故郷でも小豆はたくさんありましたし」
土御門「日本に馴染み過ぎだろうお前達二人は」
一方通行「……おい」
土御門「?」
一方通行「いつまでオマエらに付き合わなきゃならねえンだ」
海原「まあまあ。久しぶりに顔を合わせた事ですしたまには良いじゃありませんか。どの道向こうで一緒になるんですから」
土御門「くくく……旅は道連れ世は情けってな」
一方通行「……クソッタレが」
三人がコンビニに集ったのは『現時点』ではほんの偶然である。
一方通行は食事会までの時間潰しに、海原はお菓子類を、土御門は成人用偽造IDでアルコールを買いに。
ただ結標だけがこの場にいない。というより『学園都市』そのものにいないのだ。
土御門「そう腐るな一方通行。少なくともこうして顔を突き合わせて食事を囲む程度には平和になったって事だ」
海原「貴方自身も随分と丸くなられましたしね。一年前とは大違いです」
一方通行「………………」
人を食った笑みの土御門と人の悪い笑みを浮かべた海原を無視して一方通行は杖をついて歩き出す。
今年の夏からなし崩し的に始まった食事会もこれで四度目になる。
その都度欠席しようとして打ち止めや妹達に担ぎ出され付き合う羽目になるのも最早毎度の事であった。
海原「待って下さい一方通行。今から行ってもまだ早いですよ?」
土御門「そうだぜい。それとも待ちきれないのかにゃー?」
一方通行「ついて来ンじゃねェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
海原・土御門「「行く方向同じじゃないですか(なんだぜい)」」
駆け抜けた闇の中、底、奥、果てに辿り着いた先。それは彼を待つ家族の肖像であった。
~45~
青髪「今日はヒマやねえ~~」
食蜂『冷え込むからかしらぁ?私の集客力をもってしてもお得意さんしか来ないなんてぇ……』
雲川「私も好きでこうしてる訳じゃないんだけど。というより第五位。念話が漏れてるんだけど」
一方その頃、青髪は住み込みのベーカリーにて店番という名のサボりを満喫するかのようにレジに突っ伏していた。
店内のボックス席には何やら苛立った様子でコーヒーを啜る雲川と、バイトのブロンズパロットの制服に身を包んだ食蜂の三人である。
店内は例年にない寒さに客足が遠のいているのか閑古鳥が鳴いており、青髪のぼやきと食蜂のテレパシーくらいしか会話がない。
と言っても食蜂が青髪に話し掛ける時は決まって念話のため端から見れば青髪が一人でしゃべっているようなのだが――
食蜂「………………」
青髪「んん?そろそろ時間やないかって?せやねえ……ほなジョンさんにバトンタッチしよか。雲川先輩コーヒーのおかわりどうですか?」
食蜂「♪」
雲川「待て。今お前達念話無しで会話したろ。どうやって意志疎通をはかってるのか気になるんだけど」
青髪「目と目で通じ合えるんよ!」
食蜂『私達お友達ぃ☆』
雲川「……じゃあ最後にコピ・ルアクのおかわり欲しいんだけど」
食蜂「はぁい♪」
和やかなジャズの流れる店内をカツカツと食蜂の靴音だけが響き渡る。
10月3日の顔合わせより年を越え迎えた夏に青髪と食蜂はひまわり畑で再会した。
その後紆余曲折を経て社会勉強がてら食蜂はこの店でバイトをしているのだが――
雲川「(……あの根性馬鹿は今頃横須賀と半蔵達と準備中だろうけど)」
食蜂『勇気を出して素直に誘えば良かったじゃなぁい?貴女ほどの会話力なら第七位くらい舌先三寸で丸め込めるでしょぉ?』
雲川「(心を読むな!話し掛けるな!)」
食蜂「あおくーん!コピ・ルアクのストックもうなくなりそうだけどぉ」
青髪「あーちょい待ってー」
雲川「(はあ……)」
そんな食蜂を見る度雲川は思う。自分にせめてこれくらいの可愛げか
雲川「(多分、女としても見られてないんだろうけど)」
食蜂『あらぁ?貴女とってもキュートだと思うけどぉ』
雲川「(だから心を読まないで欲しいんだけど!)」
さもなくばこの二人のような男女の友情でも育めればと――
~46~
心理定規「服部、削板、横須賀達からメールよ。鍋の準備終わったって」
佐天「わかりましたー。それにみんなだいたい集まって来たみたいだし出欠取るよー!一方通行さーん!」
一方通行「……面倒臭ェ」
打ち止め「ちゃんと手上げなきゃダメなんだよ!ってミサカはミサカは……」
初春「毎度の事ながら壮観ですよねこれ……」
心理定規「この面子だけで学園都市をひっくり返せそうね」
一方、第十五学区駅前広場には初春から見て馴染みの顔ばかりがごった返していた。
端から見れば性別も学校もレベルもてんでバラバラな群集が十数人から集っているのだ。
集合場所である河原には数十人は詰めており、ほとんどサークルというより愚連隊である。
その様子を初春と心理定規は点呼を取りに行った佐天の背中を見送りつつ白い息を吐きながら呟いた。
心理定規「……彼も」
初春「………………」
心理定規「彼も変わったわね。いえ、貴女が変えたというべきかしら」
初春「そんな……」
心理定規「謙遜する事はないわ。されたら私が惨めじゃない」
学園都市第七学区を焦土と化したアレイスター・クロウリーとの最終決戦の後――
今では月に一度その時の面子で食事を囲むのが通例にまでなった。
それを見るたびに心理定規が思う事。それはこの食事会を一番最初にやり出した垣根の変化である。
心理定規「私の能力は知ってるわね?」
初春「ええ……」
心理定規「――彼の心は飢えと渇きと身を焼く熱さと骨まで凍る冷たさを持った死の砂漠だった。それは仲間だった私にも変わる事はなかった」
初春を踏み台にし、一方通行と殺し合い、その後も数限りない暴虐の嵐を吹き荒れさせながら歩んだ再生と復活への道のり。
初春とは違った角度から垣根を見続けて来た心理定規にはその変化が信じられなかった。それと同時に
心理定規「そんな砂漠のようだった彼に根付いた花は貴女一人よ。おかげで彼を随分人間らしくしてくれた」
初春「………………」
心理定規「――ありがとう」
その変化を見届けた後、心理定規は垣根から心を離した。
この初冬の星空の空気に溶ける白い息のように。
心理定規「……常識だけは相変わらずないけど」
初春「……たまに私も頭が痛くなります」
そして――奇妙な共感を通じ合わせる二人は同時に笑い合った。
~47~
「どうもすいません艦長さん……わざわざ拾ってくれて」
「別に構わねえよ。行き先は同じだしな……って言うか前に買ったっつってたスクーターはどうした?」
「一昨日誰かにパクられてから見つかんねえんだ……不幸だー!!」
「俺も前に乗ってたブースタをパクられた事がある。アレイスターのクソ野郎がいなくなった後も相変わらずクソだなこの学園都市(まち)は」
ごった返す第十五学区駅前広場へと向かう一台のマイバッハに二人の男が乗り込んでいる。
一人は着崩したスーツ姿の青年であり、もう一人はありふれた学ラン姿の少年であった。
後部座席には買い込まれた鍋の材料と酒類がゴロゴロ転がっており――
「でもこうやってみんなとメシ食えるようになっただけ随分平和じゃねえか」
「えーっとこれで四度目か?仕切りの持ち回りが……」
「一回目が艦長さんのバーベキュー、二回目が食蜂さん行きつけのレストラン」
「三回目に滝壺がクラブ貸し切って、今回が削板だ。つうか河原で芋煮会とかこの時期やんなっつーんだ」
「“子供は風の子!根性があれば寒さなんて!”って言ってたもんなあ……」
「あいつ冬の朝でも乾布摩擦やるタイプだぜきっと……っ次の仕切りは第一位のクソ野郎にやらせるか」
そんな中ブラックルシアンを咥える青年がカッカッカと底意地の悪い笑みを浮かべる。
10月9日の戦いで身体を失った青年はその後の復活し、復讐戦で『勝ち』をもぎ取った。
その死闘たるや夜空の色が変わるほど激しいものであり、『学園都市が静止した日』として今も尚230万人の住人の記憶に刻まれている。が
「一番面倒臭い忘年会の仕切りをやらせてやる。せいぜい大恥かきやがれクソ野郎!ギャハハハハハ!!」
「(変わったなあこの人も……)」
そこで――
「ああん?」
「えっ!?」
マイバッハの運転席と助手席から見える駅前広場から何やら揉め事と思しき喧騒が二人の耳へと届いた。
それは平和の訪れた学園都市にあって今尚散発的に起こる――
「何やってんだアイツら!?」
「ケンカか?俺も混ぜろよ」
ドタバタのイザコザのハチャメチャである――
~48~
時は僅かに遡る――
少年A「殺してやる……」
少年b~z「「「ほ、本当にやるのか?街中だぞ?」」」
少年A「五月蠅い黙ってろよ!」
少年b~z「「「………………」」」
少年A「あの茶髪の女のせいで僕は捕まったんだ!オマエらだってあの髪の白いヤツのせいでムショにぶち込まれたんだろうが!!あの二人のせいで僕達の人生は台無しだ!!!」
第十五学区駅前広場にて、ボウガンを携えた少年とその一派が交差点付近よりジリジリと包囲網を狭めながら息を潜ませ牙を研いでいた。
彼等の集団に明確な呼び名はない。強いて言うなれば一年前に一方通行により壊滅に追い込まれた『無能力者狩り』の残党でありる。
彼等の目的は最早無能力者などではなく、自分達を一年間も少年刑務所へブチ込まれる羽目へ追いやった当事者らへの復讐。それのみが彼等を突き動かしていた。
少年A「思い出せよ!オマエらずっと待ってたんだろ!?僅かなたくあんとひじきを奪い合わなくても済む、あの絶対等速とか言う牢名主にイジメられなくても済む、僕達レベル4のエリートが笑って暮らせる生活を!そいつはまだ終わっちゃいねえ!始まってすらいねえ!(ryいい加減始めようぜ!!エリート(僕ら)!!」
少年b~z「「「………………」」」
少年A「返事しろよ!!」
少年b~z「「「(オマエが黙ってろって言ったんじゃねえか……)」」」
空回り気味の演説ながらも駅前広場を包囲する無能力者狩りの残党26名の殺意は本物である。
特にフレメアを狙い駒場に殴り飛ばされ、麦野に攻撃を防がれたリーダー格である少年の怨念は根深い。
他の面々も一方通行に仲間を始末され、エリートコースから転落させられ、散々な目に合わされた事に変わりはない。故に――
麦野「ああ第一位。この前送ったHavilandのカップどうだった?」
一方通行「あァ。ありゃァ良いもンだ。豆にばっかりこだわって来たがカップ一つでも味わいが変わって来るもンだなァ」
麦野「私はコーヒー詳しくないけど紅茶も似たようなもんだからね」
少年A「(完全に油断してやがる……ククク馬鹿め!)」
以前の反省を活かして少年が辿り着いた結論は『数の論理』である。
レベル3~4の能力者が26人いれば負ける訳がないと
少年A「お前達は……僕に殺されなくちゃダメなんだァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
そう、タカをくくっていた――
一方通行・番外個体・御坂妹・麦野・浜面・フレンダ・絹旗・浜面・海原・土御門・心理定規・食蜂・青髪・「「「「「は ァ ?」」」」」
~49~
少年A~z「「「「「」」」」」
……どうなってるんだ?
一方通行「あァ?なンだオマエら」カチッ
番外個体「ギャハッ、ねえねえこれ誰狙い?もしかして貴方?」バリバリ
御坂妹「また貴方が買った恨みですか一方通行?とミサカは溜め息混じりにクラリックガンを取り出します」ジャキッ
打ち止め「ゴム弾だけど当たると痛いじゃすまないよ!ってミサカはミサカは怪我しない内に逃げる事をお勧めしてみる!」
美鈴「ほら打ち止めちゃん、下がらないと危ないわよ」
何で……通行人全部がこっち向いて構えてんだ?
浜面「こいつら!無能力者狩りの連中じゃねえか!!」
フレンダ「ああ、じゃあ結局同業者の差し金とかそういう訳じゃなくて?」
絹旗「またお金にならないトラブルとか超面倒臭いですね」
滝壺「大丈夫。私が全員の能力(チカラ)を乗っ取るから」
お、おい……まさかこいつら全員――
海原「嗚呼、やはり御坂さんは欠席で良かったです。彼女に累が及ぶのは自分としても困りますので」
土御門「削板と垣根も外してて良かったにゃー。アイツらが暴れるとこの辺一帯が更地になるんだぜい」
心理定規「同感ね。佐天さん、貴女は下がってて」
佐天「初春こっちこっち!巻き込まれるよ!!」
初春「わ、私は風紀委員です!」
――仲間だって言うのか!?
食蜂『貴方は戦わないのぉ?』
青髪「(僕の力は戦闘向きやあらへんからね。バレとうないし)」
禁書目録「しずり、買い物袋預かるんだよ?」
麦野「ほい……悪いけど、ここにいる全員だいたいなんかしら怨みかってるから。テメエらが誰だかなんていちいち覚えちゃないのよねー」
まだ……まだ増える!?一体何人いるんだ!!?
雲川「よし、責任は私が取る。やれ!!」
やめろ……やめろ……やめろ!!
~50~
――そして時間は巻き戻る。
少年b「ギャァァァァァー!!」
御坂妹「これでは弱い者イジメですね、とミサカは彼等をこの前覚えたばかりのガン=カタの練習台にします」
浜面「構うこたあねえ!こいつらが散々して来た事は弱い者イジメなんてレベルじゃねえんだよ!!ゲーム感覚で無能力者を殺しやがって!!!」
そこから先はワンサイドゲームである。これまで散々無能力を狩り続けて来た彼等が今や駆られる立場に追いやられ――
彼等が推し進めた数の論理は彼等を押し潰す数の暴力に取って代わる。
少年A「(う、嘘だろ!?)」
絹旗「正義の味方がいなくて超残念ですねえ!!」
番外個体「ここには悪人しかいないっつーの!ギャハハハハハ!!」
滝壺「大丈夫。ターゲットのAIM拡散力場は“支配”した」
その上レベル5『第八位』へと上り詰めた滝壺は体晶無しで複数の能力者を同時に支配するまでに成長していた。
それにより今まで馬鹿にし虐げ続けて来た『無能力者』同然にされた無能力者狩りのメンバーは……
麦野「パリイ!パリイ!パリイ!てかァ?笑わせんじゃねえぞクソガキ共!!お子様のケンカ程度で“私ら”をどうにか出来ると思ってんのかァ!!?」
土御門「――十秒持ったら誉めてやる」
食蜂「貴方達まとめて操っちゃうぞ☆」
これまでの報いを受けるように次々と倒れ、あっという間に終わりつつあった。そこで――
少年A「くっ……どけっ!」
禁書目録「あっ!あれ!!」
少年Aは一昨日盗み出したスクーターに跨り、駅前広場から交差点へと逃げ出した。これもまた以前の経験を活かした逃走手段であるが――
「いいぜ……」
少年A「!?」
逆走した交差点中央に停車したマイバッハが行く手を塞ぎ――
「せっかくコツコツ貯めた金で買った俺のスクーターをパクろうってなら……」
少年A「!?」
疾走する『自分のスクーター』目掛けて突っ込む黒髪の少年と、気怠るそうな煙草をくゆらす――
「やっと沈利を乗せて走れる俺の夢を奪おうってなら……!」
垣根「ふー……」
少年A「お、オマエはァァァァァ!?」
ボンネットに寄りかかる垣根帝督が煙と共に吐き出したその溜め息が
垣根「――絶望しろ、コラ」
少年の見た最後の光景であった――
上条「そ の ふ ざ け た 幻 想 を ブ チ 殺 す ! !」
~51~
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
少年A「ごっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
垣根「オラよっと!」
激突する直前に右ストレートを放った上条にブッ飛ばされた少年は敢え無く宙を舞い、コントロールを失ったスクーターを垣根が未元物質の六翼で受け止める。
目配せ一つそれを行った二人は言わば先輩後輩のような間柄であり、阿吽の呼吸は遺憾なく発揮された。
上条「か~~……痛え!」
一方通行「ああン?三下と第二位(スペアプラン)のクソ野郎じゃねえか」
垣根「あ?なんだコラ?やんのかコラ?」
今の騒ぎを聞きつけてやって来た警備員らにより一時的に通行止めとなった交差点にて――
拳をプラプラと振る上条に見知った顔がいくつも歩み寄って来た。
浜面「よお……」
上条「おお……」
中でも浜面は長い間胸に刺さっていたトゲが抜けたのか、少しばかり面映ゆそうに上条へと手を上げた。
……一年越しに果たされた駒場の悲願と、やり遂げた自分を振り返って。
浜面「――終わったよ」
上条「……そっか」
少し離れた場所で伸びている少年と間近の浜面に目を走らせた所で上条はおおよその事情を察した。
自分のスクーターを盗み出した少年のその顔。忘れようもない無能力者狩りの首謀者とも言うべき存在。
上条「――お疲れ」
浜面「……おう」
浜面に肩を組んで言葉少な目に上条は頷き、浜面もまたそれに短く応えた。
浜面は思う。駒場の墓参りを終えた後、またしても導かれるようにして迎えた一つの結末に対して。
上条「……行こうぜ、浜面」
浜面「――行くか、上条」
上条「垣根さん!一方通行もほら!」
バンバンと浜面の背中を叩きながら上条は垣根と一方通行に呼び掛ける。
交差点の向こう側、大捕り物が始まった駅前広場を目指して。
垣根「おー今行く……ってまた面倒臭い事になっちまったぞどう収集つけんだこれ」
一方通行「俺が知るか」
垣根・一方「「はァ……」」
一方・垣根「「………………」」
垣根・一方「「真似すん(ン)な!!」」
二人の後に続く『無敵』と『最強』の両翼が心底ウンザリしたように同時に溜め息をつきながら向かった先。そこに待ち受けるは――
――――――かーみじょう――――――
~52~
上条「沈利……インデックス」
麦野「遅えよ。どこほっつき歩いてた?」
禁書目録「とうま、また遅刻なんだよ!」
打ち止めらと合流を果たす一方通行、初春と抱き合う垣根、アイテムの元へ向かう浜面を尻目に――
上条は頭をかきながら二人の下へ歩み寄る。少しバツが悪そうに。
上条「悪い悪い……道が混んでてさ」
それは何一つ特別でない日常のやりとり。『恋人』たる麦野。『家族』たるインデックス。
そして何よりも愛おしく、何物にも代えられない居場所……
この夜空に浮かぶ月のように一つしかなく、瞬く星全てをかき集めても足りないほど輝かしいもの。
麦野「――反省してる?」
上条「すごく……」
禁書目録「もう!とうまとかきねがビリだったんだからね!」
上条「すまねえ……どうしたら許してくれる?」
麦野「そりゃあ」
禁書目録「ねえ?」
麦野・禁書「「キスして」」
上条「!?」
禁書目録「ほっぺならいいよね?」
麦野「じゃあ私唇もーらい」
上条「~~~~~~!!?」
麦野・禁書「「出来ねえ(ない)とは言わせないわよ(ないんだよ)!!」」
弱る上条が右を向けば麦野が、左を見ればインデックスが。
さりとて周りを見渡せば青髪がニヤニヤと、土御門がニマニマと、垣根がニタニタと――
美鈴・打ち止め・御坂妹・番外「キース!キース!!」
上条「ちょっ……!」
一方通行「こっち見ンな三下ァ」
上条「おまっ」
土御門・海原「やーれ!やーれ!!」
心理・初春・佐天「そーれ!そーれ!!」
青髪・雲川・食蜂「チュッチュッ!チュッチュッ!!」
フレンダ「麦野が」絹旗「超汚されます!!」滝壺「大丈夫、私は期待に応えてくれるだろうかみじょうを応援してる」
浜面・垣根「ヒューヒュー♪」
上条「~~ああー!クッソー!!やってやるから見てろ見てみやがれ見せてやる三段活用!!!」
チュッ……
全員「Yahooooooooooooooooooooー!!!」
はやし立てる仲間が、後押しする戦友が、腕の中の二人が、上がる歓声が、吹き抜けるように秋の夜空へ舞い上がって行く。
たった今終わった最後の大掃除とも言うべき後始末も忘れ、何事かと駅から降りて来る学生らが見守る中――
上条はやってのけた。さながら一足早い結婚式のように
~53~
警備員A「何をしとるか貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!」
上条「げえっ!?アイツあん時の!!?」
垣根「ずらかるぞテメエら!集合場所まで散れ散れ散れ!!」
打ち止め「飛んで飛んで!ってミサカはミサカは貴方の背中に大ジャンプ!」
番外個体「ほら早く飛びなよ!こ、これは仕方無くこうしてんだからね!?落としたら殺しちゃうよ一方通行!!」
御坂妹「顔真っ赤にして何を言ってるんですか番外個体、とミサカは一方通行の左腕にしがみつきます」
美鈴「じゃあここは」雲川「私達に任せて先行って欲しいんだけど」
一方通行「ふざけンなクソッタレがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
と、乱痴気騒ぎにかけつけた警備員をよそに各々はそれぞれの持ち得る手段の限りを尽くして脱出をはかる。
まず一方通行は背中に打ち止め、左腕に御坂妹、胴体に番外個体にしがみつかれ無理矢理天使化して夜空を駆けて行く。
残った美鈴と雲川が口八丁手八丁で足止めし――
垣根「飛ばすぜ飾利!舌噛むなよ!!」
初春「私風紀委員なのにぃぃぃぃー!」
佐天「悪いのは向こうだって!無能力者を馬鹿にするなー!!」
心理定規「本当にあの超電磁砲と空間移動がいなくて正解だったわ」
垣根がマイバッハで女三人を拾い上げてその場からスピンターンし、重く長い車体を振り回してその場を離れ――
海原「おや、こんな所に彼のスクーターが」ニコッ
土御門「悪いなカミやん!後で返すんだぜい!!」
上条「ちょ!待て……不幸だぁぁぁぁぁ!!」
白々しい笑顔と共に再び掻払われたスクーターに海原と土御門が二人乗りし――
滝壺「はまづら」絹旗「超今すぐ」フレンダ「車盗って来て欲しい訳よ!」
浜面「字が違うだろォォォォォー!!!」
食蜂「あおくーん!私達どうするぅ?」
青髪「このまま行こ!カミやんお先ー!」
浜面が滝壺をおんぶして走り出し、後をフレンダと絹旗が競い合うようにし、青髪は食蜂の手を引いて駆け出した。
当然、取り残された形になった上条・麦野・インデックスはと言うと――
麦野「仕方無いわね……アレ、やるか」
~54~
上条「大丈夫か沈利!?」
麦野「平気。鍛え方が違うわ」
禁書目録「た、高いんだよ!」
そして麦野は原子崩しの翼を広げて夜空を舞い、追っ手を振り切って削板らが待つ会場へと向かう。
上条が左腕で肩を組むようにし、インデックスが胸元にしがみついて来る。
満天の星々が掴み取れ、満月に吸い込まれそうなほど高く高く――
上条「――まるで、地上の星みたいだな」
見下ろす下界の夜景はさながら逆転した天地が織り成すもう一つの銀河を思わせるほど皓々と輝いていた。
学園都市。230万人の人々が住まう街。上条が渡り、麦野が育ち、インデックスが流れて来た……
一人ぼっちだった少女らが二人として出会い三人として暮らす居場所(いえ)である。
麦野「230万の灯りね」
禁書目録「私達のお家も、この中に含まれてるんだよね?」
上条「ああそうさ。変われば変わるもんだよな」
麦野「?」
上条「見る角度がほんの少し違うだけで、普段何気なく暮らしてる俺達の街ってこんなに綺麗だったのか……ってさ」
禁書目録「とうまが似合わない事言ってるんだよ!」
麦野「あーサムいサムい」
上条「んなっ!?」
星。それは天上にあって瞬く希望の象徴。しかし星は空のみ存在するに非ず。
星はそれを見上げる者に対して輝きを変えるのだ。
その形は時に死した眠りについた者の魂となり、その輝きは時に生きて迷う者の標となる。
麦野「冗談よ冗談……それじゃあ、集合場所の河原まで飛ばすとするか」
上条「ああ……行こうぜ」
禁書目録「お鍋ごと行っちゃうんだよ!」
上条・麦野「「それはよせ」」
三人は行く。過ぎ去りし日の真夏の大三角のように夜空を駆け高く舞い上がる。
彦星を意味するアルタイルが上条ならば、織姫を意味するベガは麦野、白鳥を意味するデネブはインデックスと言ったように――
麦野「さてと……飛ばすとするかにゃーん!!」
上条「振り落とされんなよ、インデックス!!」
禁書目録「お鍋食べるまで死ねないんだよ!!」
麦野沈利は知る。己を取り巻く世界も人間も実は一年前から何も変わってなどいないという事を。
色褪せた街並みが空から見渡せば何物にも代え難い地上の星に見えるように、ただ麦野自身が物の見方を変えただけなのだ。
一人きりで弱く淡く儚く輝く星さえも、連なる事で星座を描くように。
集えば夜の闇さえ照らす事の出来る星の河のように――
~55~
御坂「(あ、第四位からメールだ)」
一方、再建された常盤台中学女子寮にて食事会を欠席した御坂に麦野からメールが届いた。
その文面『やっぱあんたも来ない?』というものだったが――
御坂「(……まだちょっと無理かな)」
ストラップのない携帯電話を操作し丁重に断りのメールを入れる傍ら御坂はルームメイトたる白井のベッドを見る。
そこには『円環状の金属ベルト』と『軍用懐中電灯』と『霧ヶ丘女学院のブレザー』が置かれていた。
当の白井がシャワーに入っているのを見ると御坂はベッド側にあるサイドボードへと目を走らせる。そこには
御坂「――黒子を置いてなんていけないわよ」
古めかしいラピスラズリが散りばめられたウルトラマリンのオイル時計。
そして水没し壊れてしまった携帯電話が飾られていた。
8月10日を境に学園都市から、もしかするとこの世から消えてしまったかも知れない……
第八位滝壺に次ぐ新たなる『九人目のレベル5』の忘れ形見がそこにはあった。
御坂「また、こんな風にみんなで笑い会えたら良いのに」
御坂の眼差しが自らのサイドボードへと振り返られる。
そこにはインデックスの膝で眠りこけ、青髪が、雲川が、スフィンクスが、麦野が、上条が御坂を見守っている記念写真。
たった一年だと言うのに、まるで遥か遠く昔のように御坂には感じられてならなかった。
御坂「……メールくれたのに、顔合わせられないよ」
御坂は写真を見つめていた瞳を閉じて目蓋の裏に過ぎ去りし日々を仰いだ。
かつて御坂は麦野に手を貸した。されど今御坂は麦野が寄越す手を取れない。
御坂の手が沈み行くベツレヘムの星に残った上条に届かなかったように。
それでもあの光の翼で北海に飛び込んで行って上条の手を取った麦野に届く気がせずに。
白井「――どうかなさいましたの?“御坂先輩”」
御坂「……何でもないよ」
二度とツインテールに結ばれる事のない長い髪から水気を拭き取りバスルームから出て来た白井を見る度御坂は思う。
自分は麦野のように恋人に、インデックスのように家族にもなれなかった。
さりとて終わらない夏への扉の向こう側に消えた『彼女』と共に心を埋葬してしまった白井のようにもなれないと。
御坂「明日晴れるかなー……ってね!」
麦野が星ならば、インデックスが月ならば、御坂は太陽のように微笑み返し……そして
――――運命の朝がやってくる――――
~56~
禁書目録「いってらっしゃいなんだよ!」
麦野「うん、ありがとう」
上条「サンキューなインデックス!言って来ます!」
禁書目録「わかったかも!」
芋煮会の翌朝、上条と麦野は玄関口にて見送るインデックスの頭を撫でて家を出る。
そう、今日は久方振りとなる二人きりのデートでありそうするよう勧めたのは他ならぬインデックスである。
禁書目録「たまには二人にさせてあげるんだよ」
スフィンクス「にゃあ?」
禁書目録「ほらすふぃんくすどいてどいて。私もお散歩に行くんだよ」
インデックスは受け取ったお昼ご飯代の一万円を握り締めていそいそと支度を始める。
傍らのスフィンクスも連れて歩こうかとも思ったが――
初冬の目映くも暖かい陽射し射し込む窓辺で微睡んでいたので置いて行く事にした。
禁書目録「ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふ~ん♪」
姿見の前でプラチナブロンドの髪をとかすインデックスの真後ろにあるコルクボード。
そこには多くの仲間達と自分達の映る写真があった。
例えばオズマランドに御坂・麦野・インデックスの三人で行った時の写真や。
姫神『淡希。ピースピース』
結標『ちょっ、ちょっと恥ずかしいってば秋沙!?』
姫神秋沙と結標淡希が青薔薇の花束を抱えている写真。
後に起きた8月10日の悲劇の中、二人が恋人同士だったのだとインデックスは初めて知った。
食蜂『あおくんどーお?私の芸術力を以てすれば水槽だってジャングルにぃ☆』
青髪『増えるワカメちゃん入れたらあかんがなぁぁぁぁぁ!!』
食蜂と青髪が麦野の使っていなかった水の入っていない水槽に金魚を移したり水草を植えている写真。
織女星祭ですくった二匹の姉金に互いの名前をつけるほどの親友であるらしかった。
雲川『この馬垣根!馬鹿大将!!』
一方通行『俺は関係ねェ!おい垣根ェェェェェ!!!』
ハロウィンの際魔女に扮した雲川がフランケンの削板、ドラキュラの垣根、ミイラ男の一方通行を箒で叩いている写真。
聡明な雲川と天然の削板の歯車は今日まで空回りをし続け、きっとこれからもこうであろう。
禁書目録「よし!行って来るんだよ!!」
そしてインデックスは玄関に飾られたガラスの靴を一撫でし、おもむろに外へと飛び出した。
この先待ち受ける運命の出逢いも知らずに――
~57~
麦野「どこ行く?」
上条「う~ん……オズマランドは前行ったしなあ」
麦野「……昔みたいにこんな時間から回るベッドの遊園地とか考えてないかにゃーん?」
上条「ぶっ!?」
麦野「インデックスが来る前まではだいたいそんな感じだったでしょ?私達」
上条「……若かったもんなあお互い」
麦野「まだ一年しか経ってないでしょ」
上条「もう一年経ったんだな……」
上条は麦野は手を繋ぎながら繁華街を行く。次第に冷え込みを増しつつある学園都市。三人で迎える二度目の冬。
変わり行く街並みと人々の営み。されど人混みの中を連れ立って歩く二人だけが変わらない。
麦野「……まさか続くと思わなかったよ。この私に男が出来るだなんてさ。それも一年続くだなんて」
上条「そうか?確かに上条さんもこんな可愛い彼女が出来るだなんて思ってなかったけどな」
麦野「私もよ。ガチガチの石みたいだったこの私がよくもまあこれだけ転がされて、磨かれて、丸くなったもんだ」
クスクスと含み笑いを浮かべながら語る麦野の横顔に差し掛かる初冬の陽射し。
光の中映える栗色の髪がビル風を受けて靡き、上条の鼻腔をくすぐる。
麦野「――ねえ?今でも私の事好き?」
上条「当たり前だろ。一年前から何も変わらねえよ。お前の事が一番好きだ」
麦野「へえ……残念ね?私の好きは一年前に終わっちゃった」
上条「!?」
その言葉にブリザードにさらされた薔薇の花のように凍てつきムンクの『叫び』のように顔を歪める上条。
その横顔を満足げに見やると――麦野は耳打ちするように唇を寄せ――
チュッ……
上条「うっ……」
麦野「――今は“好き”じゃなくて“愛してる”かにゃーん?」
不意打ちのキス。すり減る所が無くなるまで転がり落ちて磨き抜かれた石。
それは麦野の中に宿った星より目映いダイヤモンドの結晶。
何者にも征服せざる女王の胸に宿る、無形のネックレス。
麦野「じゃ、行く?」
上条「お、おう!」
『永遠』は石などに宿りはしない。宿るとすればそれは――
幾多の研磨と数多の練磨の果てに辿り着く、各々の胸に瞬く星が如くダイヤモンドの心の中に――
これより訪れる、運命の時間に砕かれぬように――
~58~
フレメア「あれ?大体この辺りって聞いたのにな……」
一方、フレメア=セイヴェルンは第十五学区の駅前広場にて地図を片手にグルグルと歩き回っていた。
ベレー帽を乗せた豪奢な金糸の髪を揺らし、ワインレッドのタイツを纏った姉譲りの脚線美を動かしながら。
フレメア「フレンダお姉ちゃんどこにいるんだろ?この辺りに来たのも大体初めてだし……にゃあ」
一年前オズマランドに一緒に行ったきり電話やメール以外で顔を合わせる事が出来ずにいた姉フレンダ=セイヴェルンとの待ち合わせ。
しかしながら土地勘の薄い第十五学区とあってフレメアは地図と交互に街を見渡し、どうしたものかと途方に暮れていたが――
???「――どうしたのかな?」
フレメア「!」
???「ごめんね?何だか貴女が困ってるように見えたんだよ。迷子かな?」
そこへ自分と同じ異国の血を引いていると思しきプラチナブロンドの髪にスノーホワイトの法衣を纏った……
迷える仔羊を導く神に仕える聖女、学園都市では目にするのも珍しい『シスター』が話し掛けて来た。
フレメア「あっ……えっと、大体この辺りにある噴水広場の時計台を探してるの。お姉ちゃんと待ち合わせしてて」
???「噴水広場?それなら東口かも。こっちは西口だから反対方向なんだよ!」
フレメア「そ、そうなの?(あれ?なんかこのシスターさん、大体見た事ある……??)」
???「そうなんだよ!私もお散歩しててよく迷うかも。この学園都市(まち)は何かおかしいからね」
フレメアの金糸の髪が冬風に翻り、シスターの白銀の髪が寒風に靡く。
そう……二人はここに『再会』したのだ。一年という時を経て……
互いにそうとは知らぬまま、運命の悪戯に導かれるようにして
???「貴女、名前は?」
フレメア「ふ、フレメア……フレメア=セイヴェルン」
???「ふれめあだね?私もお散歩の途中だから、良かったら噴水広場まで送ってあげるんだよ!」
――それはとある星座占いにあった言葉。かつて麦野が上条に、そして垣根に語ったジンクス。
フレメア「だ、大体……名前は?」
???「ん……?あっ、いけない!この国では人に名前を聞く時は自分から名乗らなくちゃいけなかったかも!」
――『一度会えば偶然で』
???「ふふふ……私の名前はね?」
『二度逢えば必然』と――
禁書目録「――私の名前は、インデックスって言うんだよ?」
~59~
かくして長きに渡る序章は終わり、全ての役者はここに出揃った。
フレメア「イン……デックス(目次)?」
インデックス「よろしくね、ふれめあ!」
金糸の乙女と白銀の聖女が交差し、全ての刻はここから動き出す。
運命が導き、宿命が定め、天命が下し、作り上げられる新たな戯曲。
土御門「奴等が動き出したぞ。海原、準備は出来ているか?」
海原「もちろんですよ。ランベスにいる“彼女”も今朝発ったようです。一方通行にはまだ?」
土御門「“アイツ”が合流するまで伝えるな。それこそ“新入生”の思うツボだ」
必要悪の教会のエージェントが、アステカの魔術師が、学園都市最強の能力者が……
かつての『卒業生』が今、凶悪な『新入生』と対峙する。
御坂「はあっ……気晴らしにあの子誘ってゲーセンでも行こうかしら」
白井「ジャッジメントですの!」
何も知らぬまま巻き込まれて行く常盤台のエース、関わって行く風紀委員。
絹旗「結局超ドタキャンしましたねフレンダ……浜面、アーノルドパーマー氷入りで」
浜面「一年経ってもドリンクバー職人!ハハッ!!負け犬上等ォおおおおおおおおおおおおォォう!!!」
滝壺「大丈夫、私は氷の溶け具合まで計算出来るようになったはまづらの成長ぶりを応援している」
そこに絹旗を頂点に、滝壺を中核に、フレンダを手に、浜面を足に迎えた新生アイテムが加わり――
シルバークロース「――状況を開始する」
黒夜「ひっはは……久しぶりだねェ絹旗ちゃァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!」
ここに再び訪れる、ヴァルプルギスの夜の第ニ幕――
~00~
麦野「……で、映画館と」
上条「ああ、ここ最近インデックスに付き合った機動少女カナミン見たのが最後だろ?」
麦野「でもあんたが選ぶ映画って絹旗ほどじゃないけど当たった試しがないのよねえ」
上条「そりゃあお前が恋愛映画に五月蠅いからだろ?」
麦野「そういうあんたはこだわり無さ過ぎ。って言うかムードが足りなさ過ぎ」
訪れる夜、忍び寄る影、押し寄せる闇も知らぬまま上条と麦野はシアターホームの前に佇む。
絡ませる指、繋いだ手、組んだ腕、寄せる肩、分け合う体温。
上条「上条さんは男だからそういうの今一つピンと来ねえんだよなあ……だって」
麦野「だって、なに?」
七夕の日に契りを交わした冴えない怠け者の彦星と気性が荒くエゴイストな織姫。
されど流れぬ星の下巡り会い結ばれた二人の行く手を阻めるものなど居はしない。
無敵の盾を右手に宿す少年と、最強の矛を左手に秘めた少女の前には運命すらも道を開ける。
上条「――俺達、映画に負けねえくらい好きあってんだろ?」
そこで上条が麦野の腰に右腕を回してヒョイと抱き寄せ――
麦野「……恥ずかしい事言うの禁止!!」
突然の事と言葉に詰まった息の行方さえ見失った麦野を、一年間で五センチ背を伸ばした上条が支える。
高飛車で、傲慢で、我が儘で、やたらプライドが高く、欠片の可愛げもない上条だけのシンデレラを
麦野「――わかった、わかったわよ!つべこべ言わずに私を引っ張ってきなよ……ついてってやるからさ」
上条「――おう!」
指で弾かれたコインの裏表のような二人。神が下す運命(こたえ)すらはねつける上条。神からの贈り物(ふこう)をも突っぱねる麦野。
頼りない胸の内を時にさらけ出しながらも殴りつけるようにそれを支え、いずれかが迷えばいずれかが手を引き共に歩む。
上条「それじゃまあ……行こう!行くぞ!!行くぜ三段活用!!!」
死に至る病は絶望であると説いたセーレン・キルケゴールはかく語りき。
『人生は正答ある問題ではなく、経験の積み重ねが続く現実である』と。
麦野「わっ!?当麻待っ……」
科学と魔術の交差する物語(げんじつ)は長く険しい。されど二人に絶望(げんそう)など必要無い。
上条「――来いよ!沈利!!」
麦野「――うんっ」
互いという、ダイヤモンド(えいえん)に勝る地上の星(きぼう)が二人を照らす限り――
新約・とある星座の偽善使い:第0話「No buts!」
――少年少年達(かれら)は、戦い続ける――
968 : 終了です! - 2011/09/25 16:42:07.93 LC5MmfkAO 662/670以上、番外編終了となります。今回のテーマは『救い』『生きる』『祈り』に続いて『繋がり』でした。
皆さん長きに渡ってありがとうございます。お疲れ様でした!!
~恒例・本編でお蔵入りした没ネタ集~
・ブチギレむぎのんVSマジギレ御坂、友情決裂ガチバトル
・“神浄”上条さんVS覚醒ていとくん、運命の師弟対決
・青髪ピアスVS赤髪ステイル、錬金術師は二度死ぬ編
・青ピとみさきちのベットショップ巡り
・雲川芹亜は鍋奉行~削板軍覇の長い一日~
・ドキッ!スキルアウトだらけのプール開き!!フレメアもいるよ!!!
・絶対等速の栄養満点☆刑務所クッキング
・遊園地デート後の激しい濡れ場(激しめ)
・浜面&滝壺の楽しいキャンピングカーライフ
・垣根「一方通行のコーヒーがマズ過ぎて夜も眠れない」
・禁書目録「しずりととうまがキッチンで変な事してるんだよ」
・一方通行「ビリヤードでも二位なンですかァ?ていとくゥゥゥゥゥン!」
☆「待て。今の飛車は待ってくれ」冥土帰し「相変わらずのヘボ将棋だね?」
・???「ぱぱ?かんけいねえよ!ままのおせっきょうなんてかぁんけいねえんだよぉぉぉぉぉ」
・この中に一つだけ嘘が混じっています。では失礼いたします……
番外・とある星座の偽善使い:第?話「ONE MORE FINAL」
~~
「ねえ、じいちゃんせんせー」
「じいちゃンじゃねェっていつも言ってンだろうが。なンだ」
「ここのこうちゃ、ままのいれたのよりおいしくない」
第七学区にあるとある病院の談話スペースにて一人の少女と一人の医師が同じソファーに並んで腰掛けていた。
医師は若い頃から慣れ親しんでいた苦味走ったブラックコーヒーに口をつけていたが――
傍らの少女は紙コップに入った紅茶に一口をつけるなり不服そうに唇を尖らせた。もしこの少女の母親の言葉を借りるならば――
『っつーか何これ。ちゃんと茶葉開かせろよ!それにエグみまで出てるじゃん!!普通ならこれやり直しが基本のクオリティだぞ!!』
「……ママの紅茶は美味しいかァ?」
「おいしいよ!でもぱぱのいれるこうちゃはふつう。っていうかぬるくてうすい!」
「三し……じゃねェ。オマエのパパはな、お前が火傷しないようにぬるく淹れてんだと思うぞ?」
「えー……」
「ウチのガキも猫舌だからなァ……」
と、医師は自分でも苦しいと言わざるを得ないフォローを入れる少女は納得していないのか床に僅かに届かない足をぶらぶらと揺らしている。
その仕草に、医師は自分の家も他人の家も子供という生き物はさして変わらないのだなという奇妙な感慨を覚えた
「ねこじたってなに?すふぃんくすとおなじしたって事?」
「熱いのに弱い舌って事だ。オマエの所の猫も長生きだが」
「すふぃんくすもこうちゃのむよ?ぺろぺろー、ぺろぺろーって!」
何でも聞きたがる利発そうな所は母親似か、とそろそろ尻尾が二つに分かれそうな三毛猫の真似をする少女を見やりながら医師は思う。
母親譲りの美しい顔立ちから冷たさを除き、代わりに父親似の柔らかな瞳がキラキラと輝いている。
きっとこの少女には世界の全てが眩しく輝いているのだろうと見る者に思わせるダイヤモンドのような眼差し。と――
「麻利ー」
「!!」
「おォ?」
そこへ緩やかなウェーブの巻かれた栗色の髪の女性が少女に『麻利』と呼び掛けて来た。それを目にした医師は
「ままー!!」
「はいはい待たせてごめんね。ありがとう“鈴科先生”」
「構わねェよ。どうせ休憩中だしなァ」
――どうかこの可愛らしい少女が、この母親の若い頃に似ませんようにと切に願った。
~~
「まま!まま!おからだだいじょうぶ?どこもいたくない?」
「うん痛くないよー。ママはどこも悪くないからねー?」
「(学園都市最恐の鬼嫁も人の親かァ)」
幼い頃の打ち止めを思わせるタックルと父親を想わせる猪突猛進ぶりをこれ以上ないニコニコ顔で抱き寄せる母親。
まるで太陽に両手を伸ばすように、陽射しに目を細めるようにするその横顔は――
『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね』
「(……頼むから中身まで似るンじゃねェぞ)」
「じゃあままどうしておいしゃさんにみてもらったの?おなかいたいの?」
「んー……お腹に違いはないけど痛くないかな。痛くなんのはまだずーっと先だよ」
「???」
「麻利」
頭に疑問符を浮かべ小首を傾げていた少女が床に下ろされ、変わって母親が長いスカートを擦らないようにしながら目線を合わせて屈み込む。
チラッと医師の方を見上げ、医師が少しの間を置いた後頷くと母親もまた頷き返し――
「――麻利はこれからお姉ちゃんになるんだよ」
「!」
「びっくりしたかにゃーん?」
少女の浮かべていた疑問符が感嘆符に変わり、傾げていた小首が真っ直ぐになってうんうんと何度も縦に振られる。
傍らでその様子を見やっていた医師は白衣と同化しそうなホワイトヘアーをガシガシとかき……
「やったー!おねえちゃんだ!!まりおねえちゃんになるんだ!!!」
屈み込んだ母親の頭を小さな手と細い腕でしっかりと抱き寄せ……
少女が生まれる前から家にいる三毛猫にするように頬擦りするのを医師もまた僅かに緩められたネクタイと同じく口角を上げた。
「……まァ、なンだ……」
「うん」
「――おめでとう」
「……ありがとう!」
「いえーい!」
母親の幼い頃を彷彿とさせながら、それでいてひだまりのような笑顔を浮かべて少女は医師にピースサインを送る。
すっかり写真が趣味になってしまった父親にカメラを向けられる度そうするように誇らしげに。
「――さあ、お家帰ろうか麻利?」
「うん!ねえねえあかちゃんどこにかくしてるの?いないよ?」
「お腹おっきくなってないからね。麻利ーそんなにさすってもまだ赤ちゃん出て来ないよー」
「――お大事にィ」
これから四人に増えた写真を撮りまくるであろう少女の父親を想像して、医師は笑った。
~~
「で、相変わらず医者の不養生かよ鈴科先生。俺にも一本くれよ」
「もらい煙草たァ情けねえなオマエも」
「うるせえな。昼飯食っちまったら煙草代も残んねえんだよ」
「嫁に金玉も財布も握られて、次握られンのは命かァ?」
大破した救急車の査定に訪れたロードサービスの社員が一頻り見積もりを終えるのを医師は喫煙所から見やっていた。
吹かすキャプテンブラック・ダーククリームを寄越せと手を差し出して来るその団子鼻の社員の奥方はさぞかし切り盛り上手なのだろうと思いながら。
「仕方ねえっちゃ仕方ねえんだがな……二人目が来月小学校に上がるし、色々物入りだってのに管理職には残業代も営業手当てもつかねえし」
「もうそンなになるか。まァ結婚も出産もオマエの所が一番早かったしなァ」
地上へ至る地下道の側、霊安室近くに追いやられた喫煙者に厳しい時流に抗うように二人は煙草を吹かす。
チョコレートのほろ苦さとカカオの甘い煙が見上げる春の青空へと溶けて行く。
在りし日へ誘う朧気なノスタルジーを思わせるように。
「結婚って言えばあれだな、アイツらん時は本当ひどかったよな」
「あァ、海上ウェディングって聞いた時から嫌な予感はしてたンだ」
「魔術結社が氷の船で突っ込んで来てな……忘れられねえぜ。ドレス姿でビームぶっ放す花嫁なんて」
一度しか使われなかった霊安室。かつてこの病院にいたカエル顔の医者は一生涯死者を出す事なく天寿を全うした。
白髪の医師という後継者を得、その結婚式の仲人を務めた老人は『やっと向こうで旧い友人とコーヒーが飲めそうだね?』と思い残す事なく笑顔のまま命数を使い果たした。
最初で最後となった霊安室、そこは安らかな死に顔に彩られていた。
「……なあ」
「あン?」
「今夜飲みに行かねえ?アイツも誘って」
「煙草買う金もねェくせに何言ってやがる。だいたい今日アイツを誘ったら俺もオマエもあの鬼嫁にぶち殺されンぞ」
「理后に来月分前借りすりゃなんとか……ってなんでダメなんだ?」
「……面倒臭ェ。宿直もねェし俺ン家で飲むぞ。そン時話してやるよ、浜面」
「そりゃ助かるが、お前の方は嫁さん大丈夫なのか?」
「デキた女だからな。ただガキがうるせえぞ?」
――その死に顔に誓った思いを知るのは、この医師の伴侶のみ――
~~
「ねえ麻利?」
「なーにーままー?」
「麻利は男の子だと思う?女の子だと思う?」
「ん~」
舞い散る桜並木の中を歩む母娘。降り注ぐ木漏れ日を受けて映える栗色の髪が風にそよいで行く。
繋がれた手から伝わる幼いぬくもりと見上げてくるあどけない眼差し。
その問いに対し少女はスパゲティにするかハンバーグにするか悩むように小さく唸り……そして
「どっちでもいいよ!おとこのことかおんなのことかかんけいねえよ!かぁんけいねえんだよぉぉ!」
「(嗚呼……子供ってやっぱり親を良く見てるわ。おかしいなあ麻利の前で夫婦喧嘩した事ないんだけど)」
「だってね?だってね?」
ヒラヒラと春風に踊る花片がちょこんと鼻に乗ったのを取り除くと、少女は再び母親のお腹辺りに顔を埋めて抱きつき……
かと思えば両手を目一杯広げて顔を上げ、にっこりと笑いかけて来たのだ。
「おとこのこでもおんなのこでも、おなじ“にんげん”だもん!」
「――――…………」
「ぱぱと、ままと、まりとおなじにんげんだからそんなのかんけいないよっ。まま!」
それに対し、母親も細めていた眼差しに涙が滲みそうになって――
笑顔に変える。子供の前で決してすまいと決めている事。
一つは子供の前で喧嘩をしない事、もう一つは嬉しくても悲しくても泣かない事。
「そうね。男の子でも女の子でも、パパとママの子供に変わりはないわ」
「うん!」
母親は思う。この娘は父親に良く似ていると。父親からすれば顔立ちは自分に似ているらしいが性格は間違い無く父親譲りである。しかし父親と異なるのは――
この少女は、父親の不幸を打ち消して余りある『幸福』を自分達に与えてくれるのだと。
「さて、今日はお祝いにシャケでも……」
「まり、けーきたべたい!」
「ケーキ?」
「うん、うれしいことがあったひはけーきたべるの。まり、こうちゃいれるよ!おなかのあかちゃんにものませてあげよう?」
「はいはい。じゃあママと一緒にしようね。インデックスおばちゃんから届いた茶葉があるから」
――海の向こう、今や総大主教となった神の家を守る聖女(かぞく)がそう言っていた。
近々、終ぞ右方のフィアンマをも凌駕する力を手にした炎の魔術師を伴って来日して来るらしい。
あの燃えるように赤い髪をした、自分達の結婚式を取り仕切った神父を――
~~
「ふんふふん♪ふんふふん♪ふんふんふーん♪」
少女は夕暮れの中、尾が二つに分かれそうな三毛猫をお腹に乗せてゲコ太クッションに頭を寝かせる。
母親をして『御坂のお姉さん』からのプレゼントである。
『最近疲れが取れなくてさ……お酒も抜けにくくなってんの』
『私より四つも下なのに何ババ臭い事言ってんのあんた。私なんてもうすぐ』
『もうそんなになるっけ?にしても……』
『……なに?』
『子供一人産んでるとは思えないスタイルよねあんたって。昔より数倍綺麗じゃない』
『麻利がお腹にいるってわかってからお酒飲まなくなったからね。それでじゃない?』
そんな母親の友人がくれるゲコ太のぬいぐるみ。
やがて生まれて来る弟か妹の遊び道具になるであろうそれは現時点では少女ただ一人の物である。と――
ガチャッ
「!」
「おかえりー」
「ただいまー」
「ぱぱ!」
回る鍵穴、傾ぐノブ、開くドア、聞こえて来る父親の声。
くつくつと湯気が立つ台所、射し込む西日、回る風車が運ぶ桜の花片。
子供部屋から三毛猫を抱えた少女がフローリングを滑るように駆けて行き
「麻利ー!捕まえたぞー!!」
「きゃー!」
「お疲れ様……ってオイオイ。スーツにスフィンクスの毛つくでしょ?ほら貸して」
「悪い、頼むわ沈利」
「ニャー!(生え替わりの時期なんだ仕方ないだろ!)」
それを抱き止める父親からスーツを受け取り三毛猫の毛をロールで取り除いて行く母親。
玄関に飾られたガラスの靴以外に、大中小と並ぶ靴。三人と一匹の家。
「ねえねえぱぱ!ぱぱ!ほらほらままもままも!」
「???」
「ふふふ……そうだったねえ?よし麻利、当麻……じゃないパパに言ってごらん?」
「だめだよ!ままもいっしょにいうの!」
「はいはい。パパ、ちょっと耳貸して?」
右から妻の、左から娘の耳打ちに表情が驚きから笑顔に変わり、二人をガバッと抱き寄せる父親。
それを見届けた三毛猫はトコトコとカッペリーニのソファーに戻って丸くなり、夕陽に照らされた写真立てを見つめる。
『さーて、これでめでたしめでたしかにゃーん?』
写真立てに写る笑顔。それは海上ウェディングの船上。
『ねえ――』
『20XX 7/7 上条当麻22歳 麦野沈利24歳』と刻印された――
『あ・な・た……』
空と海の狭間で花束を抱えたシンデレラがそこにいた――
――――――愛を込めて、花束を――――――
992 : それではまた会える日まで - 2011/09/26 03:10:14.95 UGeb9RnAO 670/670皆様、本当に長い間お疲れ様でした。この物語を作り上げたのは皆様です。おやすみなさいませ。良い夢を……