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652 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:02:02.52 ZZxx+9zAO 431/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十八話「無能力者(はまづらしあげ)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


653 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:02:55.03 ZZxx+9zAO 432/670

~1~

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!

浜面「ッ」

上条「っ」

二度目の激突は、浜面の左フックと上条の右ストレート。
拳と拳がぶつかり合い、次の瞬間浜面の指の付け根の皮が剥げ上条の指の股から血が弾ける。

上条「らあっ!」

浜面「おおっ!」

左足で踏みとどまり、返す刀で浜面の右ハイキックが上条の左頬に深々と突き刺さる。
発条包帯の巻かれた左足。鉄骨を容易く拉ゃげるその破壊力は既にないが――

上条「おっ……」

足の甲が奥歯をヘシ折り、爪先がこめかみをえぐる。
意識を刈り取るには十二分な威力と精度。しかし――

上条「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

喰らいながら上条は振り下ろす。打ち下ろすような右拳をもう一発、鼻ピアスのちぎれた鼻骨目掛けて。

浜面「ぶふっ……!」

再び噴き出す鼻血。傾ぐ肉体。今度はバランスを崩し、よろめく。
しかし――よろめくだけだ。倒れはしない。だからこそ

上条「があっ!!」

体勢を立て直すより先に上条が頭から突っ込み、浜面の腹部に闘牛のように頭突きを喰らわす。
浜面の鍛え抜かれた腹筋に走る鈍い痛みと鋭い衝撃。
更に上条が両腕を回し、突進からつかみかかる形になる。しかし

浜面「――雑な戦い方しやがって!!」

浜面は迷う事なく立てた肘鉄を上条のがら空きの背中に叩き込み、重い一撃を突き刺す。
その上で握り締めた拳を振り上げ――固めた手の小指側で、ハンマーで釘を叩くように何度も何度も上条の頭に叩きつける。だが

上条「――!!」

歯を食いしばってそれに耐え、回した腕が浜面の腰に回されたベルトを掴んでいた。掴んだら離さない。故に――

上条「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

浜面「!?」

掴んだベルトを引きちぎるような勢いで持ち上げ、浜面の身体を僅かに浮かせると――
食いしばって耐える力を、そのまま突っ切るパワーに変え……
全体重をかけて浜面を押し倒し、瓦礫の山に後頭部から突っ込ませるように――馬乗りになる!

浜面「がはっ!!」

上条「ぐっ!?」

倒れ込みながらも、腕の力だけで振り抜いた警棒が上条の目元に叩きつけられ、今度は上条が悶えた。



654 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:03:25.10 ZZxx+9zAO 433/670

~2~

後頭部に感じる眩暈にも似た痛苦が浜面を襲い、目元を狙われ目眩に浮かされるように上条は右目を押さえる。
そこで浜面は鍛え上げられた腹筋で上半身を起こし、右手で地面を掴んでは起こした瞬間横倒しに流れ雪崩込む。
そして互いに地を這う形から――浜面の靴底が目元を押さえる上条の脇腹を蹴り剥がした。

上条「ッッ!!」

浜面「多少喧嘩慣れしてるみてえだけどな……」

浜面が立ち上がり、曲がりかけた鼻の穴に指を突っ込み鼻息を飛ばすようにして溜まった鼻血を噴き出させる。
渇いた口呼吸から取り戻した酸素を味わう間もなく――

浜面「こちとら路地裏で能力者と渡り合うために鍛えてんだよ!!」

うずくまる上条の頭をサッカーボールに見立てたように蹴り飛ばし、再び上条が地面に転がされる。
発条包帯は既に人体を弾け飛ばせるほどの威力こそないが――
人を蹴り殺すには十分な破壊力は未だ健在であり、鉄板入りDr.マーチンのブーツがそれを支える。

上条「うごっ……」

浜面「まったく馬鹿だよな……そこらのアスリートと同じ事やってんのに、誰も誉めちゃくれねえんだからよ!!」

呼吸を整えた浜面が走り出す。転がされた上条はまな板の鯉も同じだった。
浜面は助走をつけ、フットサルのような動きから三度上条を蹴り上げんと――

上条「ああ……」

浜面「!!?」

上条「テメエはどうしようもねえ大馬鹿野郎だよ!!」

うずくまる上条が、倒れ込んだ際に握り締めた手のひら大のコンクリートの破片を浜面目掛けて投げつけた。
それに一瞬、浜面が竦む。しかし怯む事なく直走から逸れた形で避けると――

上条「こんだけすげえ力持ってんのに……!!」

投げた瓦礫より一回り小さい破片を握り込みながら上条は既に立ち直っていた。
走り込んで来る浜面目掛け、握り締めた破片が割れるほど強く固めた右拳が

上条「なんでこんな事にしか使えねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

浜面「……っは、あ……!!」

浜面の鳩尾をそのまま背骨ごとぶち破るような渾身のかち上げ。
胃の内容物が、肺の空気が、血液の流れが、全て口から噴き出しそうになる。
そんな浜面を――上条は警棒で打たれ充血した右目で見下ろした。



655 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:05:33.89 ZZxx+9zAO 434/670

~3~

上条「……立てよ」

身体がくの字に折れたまま鳩尾を押さえ膝をついた浜面の襟首を左手で締め上げ――
上条は冷静ささえ感じさせる声音で、水鏡を思わせる抑揚で浜面に告げ――

上条「――立てェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

掴んだ襟首を引き寄せ、踏み込んだ足で、捻る腰で、振り上げた拳で、フルスイングでの一撃。
今度は錐揉みしながら吹き飛ばされた浜面が地べたに転がされる。
この豪雨によりスープを吸い尽くしたリゾットよりもドロドロに溶けた地面に顔面から突っ込んで。

浜面「ぐっ……」

上条「……何でだ?」

その中を多少ふらついた足取りで、傾いで揺れる身体で上条がザックザックと歩み寄る。
浜面の呻く呼吸、悶え苦しむ表情、地面を掻く手指。
大地に爪を立てるようにうつぶせで泥を掴む浜面を見下ろしながら上条は叫ぶ。

上条「何で麦野を、美鈴さんを狙う!?何でだ!?美鈴さんは学園都市の人間じゃねえのに何でここまで追い込みかけられなくちゃならねえんだ!!?」

浜面「――依頼だよ!!」

バッ、と浜面が掴んでいた泥が上条の顔にぶつけられ、目が塞がった。
そこで浜面は――右膝を突き、左足で立ち、振り向き様のバックハンドブローで振るった警棒を――
素人がやる縦振りでも達人がやる突きでもなく玄人がやる横薙ぎに上条の顔面を打ち据えた。

上条「……ッッ!!」

浜面「駒場の野郎は死んだ!代わりに俺がアイツらまとめなきゃならねえんだ!!金がいるんだ!!!“奴ら”に取り入るしか俺に道はねえ!!」

蹈鞴を踏んだ上条の腹部に靴底から叩き込むような前蹴りが放たれ、身体がコの字に曲がるほどの衝撃が襲う。
しかし浜面は手を緩めない。攻撃を休めない。目を切らない。

浜面「さっきの女も“奴ら”と関係ねえなら、テメエも関係ないよな?なら交わした取引きはまだ有効だ!ターゲットを死体にして持って帰ればまだ……!!」

だが……豪雨が土を泥に変えるように、雨は泥を洗い流す。その言葉に――

上条「もう一度……言ってみろテメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

カッ、と闇夜を切り裂く稲光と共に目を見開いた上条の眼差しが

浜面「――――!?」

ドゴン!!と浜面の顎目掛けて下からかち上げるような音と共にその石頭で打ち抜いた。



656 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:06:07.37 ZZxx+9zAO 435/670

~4~

麦野『――私に、人の親になる資格なんてない』

――燦々と降り注ぐ夏の陽射しの中、木漏れ日に手を翳しながら麦野沈利が目を細めて見送る先……
それは少子化が叫ばれる昨今にあって、学園都市でも非常に稀な光景……ベビーカーを押す若い夫婦。
それを並んでベンチに腰掛けていた上条当麻も共に見やっていた。そのボールを転がすような麦野の言葉に耳を澄まして。

上条『……どうしてそんな事言うんだ?』

麦野『――思うのさ。仮に私とあんたが将来結婚して、子供が出来たとするじゃない?』

上条『ああ』

麦野『……その子供を抱くには、私の手は血に汚れ過ぎてる。それに子供だって可哀想だからよ』

上条『………………』

麦野『父親は兎も角、母親が殺人者だなんて知れば……自分は呪われた子供だって、そう思わないなんて誰にも言えないでしょ?』

溶けかかった三段重ねのアイスクリームのチョコミントを舐めながら麦野は遠い眼差しで夏空を見上げる。
その横顔がひどく美しく、そして物悲しく、上条はともすれば麦野の細い身体が折れそうになるほど抱き締めたくなる衝動に駆られた。

麦野『これ以外の生き方が見つからなかったなんて綺麗事は言わない。私は仕事として、報酬をもらって人を殺してきたの。戦争でもなければ正当防衛でもなく、自分の大義名分も相手の人生も何もなく』

そうでもしなきゃ人なんて殺せない、と麦野は足元に落ちた蝉に集る蟻の群れを見下ろしていた。
こいつらみたく食うために、生きるために仕方無くって訳でもないしねと付け加えて。

麦野『――人を殺すと、自分の中の何かが取り返しのつかない壊れ方をするの。殺せば殺すほど狂って行って、その血塗られた部分がどんどん大きくなって行って――』

そうやって、人間は怪物(モンスター)になるのと締めくくった。
人間として壊れた人間は、怪物としてしか生きられなくなると。そして

麦野『――あんたは、絶対に人を殺すな』

上条『………………』

麦野『あんたは、私みたいにならないで』

その言葉の重みに、上条は正解ではない答えも不完全なイエスも返せなかった。
そんな上条に、麦野はチョコミントのアイスクリームを差し出して来た。

麦野『私は、そのまんまのあんたが好き』

――もう戻れない、あの夏の日の午後――



657 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:08:07.55 ZZxx+9zAO 436/670

~5~

浜面「がああああああああああああああああああああッッ!?」

上条「ふ、ざ、け、んな、ボケ!!!」

仰け反る浜面に、上条は更に胸倉を掴んで頭突きを一発、二発、三発、四発と叩きつけ――
自分自身が額が割れるほどそれを繰り返すと、踏み出した左足から担ぐように振りかぶった右拳が思い切り振り抜かれる。

上条「人を殺す事がどんだけ重てえもん背負う事になるか……テメエは自分の頭で考えた事が一度でもあんのかよ!!?」

上条は知っている。人を殺した人間がどれだけ重い十字架を背負わなくてはならないかを……
麦野沈利という、分かちがたい半身を通して知っている。誰よりも。

上条「依頼依頼って、宿題こなすみてえな感覚で、物でも金でも釣り合わねえ天秤に生き死に乗せて……人の命で遊んでんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

浜面「宿題だよ……やりたくもねえもんに変わりはねえってとこがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

ズバン!!と上条の左拳をかいくぐって交差し放たれた浜面のクロスカウンターが上条の顔面に突き刺さり殴り飛ばす。

浜面「宿題とでも思わなきゃやってらんねえよ!!」

それにより液状化した泥土が砂を噛み、再び両者の間合いが開く。

浜面「学校行かなくなった後の方が宿題山積みだぜ!補習も追試も取り返しもつかねえ!!なあそうだろ!?」

紫色に腫れ上がった拳、青黒い痣と赤黒い傷にまみれた二人はよく似ている。
髪型も背丈も顔立ちも異なりながら――二人はまるで生き別れた兄弟のようですらあった。

浜面「駒場は死んだんだよ!このクソッタレな学園都市(まち)の、クソッタレな能力者(れんちゅう)に殺されたんだ!!」

上条「――駒場……」

浜面「ああそうだ!ガラにもねえ正義の味方(ヒーロー)みてえな真似して死にやがった!!この世界そのものに殺されたんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

浜面が警棒を振りかぶって突っ込んで来る。あまりにも救いようのない雄叫びを上げて――



上条「――俺は」



ドンッッ!!

浜面「ごっ……!?」

それに合わせて叩き込んだ上条の膝蹴りが、浜面の下腹部を強かに打ち据えた。

上条「俺は……そいつを知ってるぞォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

崩れかけた浜面を、更なる横蹴りで首が曲がりそうな勢いのまま薙ぎ倒して――!

658 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:08:35.94 ZZxx+9zAO 437/670

~6~

浜面「ぐふっ!?」

上条「――黄泉川先生から聞いた。無能力者狩りから小学生を守ったスキルアウトがいるって……」

浜面「(あの巨乳が……!?)」

上条「駒場……そう言ってた」

横倒しになった浜面を見下げながら上条は語る。
昨日の夕方、第七学区のスクランブル交差点での会話。
駒場利徳――そう黄泉川から聞いた名前を、上条は歯軋りと共に反芻する。

上条「テメエはそいつの仲間なんだろうが!!」

浜面「……ああ、仲間だよ」

上条「だったら何でこんな事すんだ!?俺達と同じ無能力者を守った無能力者の仲間のテメエが、何だってその仲間の顔に泥塗るような真似しやがんだ!!」

そして浜面は奥歯が砕けんばかりに食い縛ってノロノロと立ち上がる。
その名を他人の口から語られる事に――行き場のない怒りさえ覚えて。

浜面「――仲間だったさ!!」

轟ッッッッッッ!!

上条「!?」

発条包帯を纏った両脚が0から100へのトップスピードに一気に乗り、上条の背後へと回り込む。
そして両手指を組み合わせて二つの拳を一つにし――鉄槌を振り下ろすように上条の後頭部を殴り倒した。
もんどりうって前のめりに崩れ落ちた上条の頭を何度も何度も……
地団駄を踏むように蹴りつける度に上条の顎や頬に砂利が食い込んでは裂け、血が流れる。

上条「げっ、がっ、ばっ……!」

浜面「俺達のリーダーで、俺の親友だった!もういねえ!!」

浜面は元来、粗で野であるが卑ではない男である。
故に苦しむ。上条が指摘した点は浜面が苦汁を飲んで腹に収めたつもりだった点だった。
それを再び突きつけられた事が、浜面の逆鱗に触れた。

浜面「わかってんだよ!!わかってんだそんなもん!!!けどなあ、泥食ってでも俺が前に進まなきゃ、駒場のした事は無様な犬死にで終わっちまうだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

上条「ふざけんじゃねえよテメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」

上条も受け身から寝返る事で背から腹へ移して繰り出される踏みつけを両手で掴み、傾いだ浜面の軸足とその狭間……
股関を思い切り蹴り上げ、押し返す。不利な体勢からの無理な脱出に浜面も顔を歪めるが――

上条「テメエのしてる事はマイナスだ!!レベル0ですらねえただのマイナスだろうが!!!」

浜面「!!?」



659 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:10:44.88 ZZxx+9zAO 438/670

~7~

グンと仰向けから跳ね起き、更に浜面の軸足を外側から蹴りつけ上半身が揺らいだ所を上条の左フックが脇腹に突き刺さる。
しかし浜面もまた切り返し、回し蹴りで上条を文字通り蹴散らし再び上条は瓦礫の山に背中から叩き落とされた。
肉体を、精神を、己の全身全霊をもって相手の全存在を殴りつけるような、そんな死闘。

浜面「俺がマイナスだと!?」

上条「ああそうさ……無能力者ですらねえ美鈴さんを食い物にしようとしてるテメエと、無能力者狩りの連中、どこが違うか言ってみろ!それがマイナスでなくてなんだってんだ!!」

浜面が痛打された股関から立ち上る圧迫感に顔を歪め――
上条が頭部から流れ出る流血に眉をしかめる。
それでも二人は戦う事を止めない。決して譲ろうとはしない。
どれだけ身体が苦しくとも、どんなに心が痛くとも止められない。

浜面「マイナスだっていい……」

上条「――――――」

浜面「どこ行ってもレベル0だって馬鹿にされて、居場所ぶっ壊されて、仲間ぶっ殺されるくらいならマイナスに振り切った方がまだマシじゃねえかよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

上条「だから他人を踏みつけにすんのか!?それは前に進んでんじゃねえ、ただ沈みそうな泥沼渡んのに他人を踏み台に使ってるだけだろうが!テメエが溺れたくねえためだけに!!」

浜面は既に自分の足で踏みとどまれる一線を越えてしまった。
ブレーキの壊れた機関車のように、先に待つは断崖絶壁。
早い破滅か遅い絶望かの違いしかない所まで追い詰められているのだ。

浜面「テメエだってそうだろうが!レベル0は、無能力者は、いつだって能力者の食い物にされて来たろ!!奪われたもん奪い返して何が悪い!力を持ってたって何一つ与えてくれねえあいつらから、俺達が奪われる前に奪って何が悪い!!」

そんな暴走を止めるには二つしかない。正面から叩き潰すか――
崖っぷちへと向かうレールそのものから脱線させる以外他にない。

浜面「お前だって同じだろ!レベル0ってだけで謂われない陰口叩かれて、鼻で笑われながら踏みにじられて、ゴミ扱いされて来ただろうが!!違うだなんて言わせねえぞ!!!」

上条「……ああ、そうさ」

――御坂のような正義の味方でも、麦野のような悪の華でも浜面仕上を止められはしない。

上条「――俺はテメエとは違う!!」

同じ人間を除いては――



660 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:11:26.25 ZZxx+9zAO 439/670

~8~

麦野「………………」

雨が降ってて本当に良かったと思うわ。ってもう泣き声上げちゃったから意味ないんでしょうけどね。
でもいい――来てくれたのがあいつで良かったって本当に思う。
御坂だったら……戦わなくちゃいけなくなる。あいつは私のやり方を決して認めないだろうから。
だってあいつは正義の味方だから。だって私は悪だから。

美鈴「し、沈利……ちゃん」

麦野「……オバサン……」

もう屋根から降りて来たのか。足でも挫いたっぽいけど折れては無さそうね。
でも残念。私は骨折以前の問題よ。体力、気力、演算能力、全部振り絞って使い果たした。
けど思ったよりタフねこのオバサン。御坂の母親なだけの事はあるわ。

美鈴「良かった……生きててくれて」

麦野「……死に損なっただけ。まあそれも時間の問題なんだけど」

雨が止まない。嵐が止まない。血が止まらない。自分の身体だからわかる。
もう持たない。あいつらの戦いを見届けるより先に私は死ぬかも知れない。
つうか……おいクソババア!何するつもりよ!?何の真似だ!!

美鈴「おんぶよ。十年ぶりくらいだからちょっと腰に来るけど……って沈利ちゃん重い!ダイエットしなよ!!」

麦野「巫山戯けんな!テメエも足やってんでしょうが!!足手まといは捨てて……」

美鈴「――その言葉、さっきまでの沈利ちゃんにお返しするわ」

麦野「――――…………」

美鈴「――久しぶりだわ“子供”を背負うのは。さあ、上条君が戦ってくれてる今の内に!」

――さっきまで死にたくない、生きたいだの泣き喚いてたくせに……
クソッ……助けに来た人間に助けられるだなんて私はピエロか!この身体じゃ……抵抗出来ないよ。

美鈴「子供達が必死に戦ってるのに、大人がメソメソしてたら恰好つかないわよ」

麦野「……足手まといのくせに」

美鈴「そうよ。私は沈利ちゃんみたいに強くない。上条君みたいに戦えない……だけどね」

――雨が冷たいのに、寒くない。細い背中なのに、広く感じる。
泣いて、喚いて、叫んで、逃げる事さえロクに出来ない甘ちゃんのクセに

美鈴「子供を背負う事は出来るわ。私にはそれしか出来ない。でもね?」

麦野「……」

美鈴「なんでも出来ちゃう沈利ちゃんや美琴ちゃんでも、これだけは真似出来ないでしょ?」



――この大人(ヒト)に、勝てる気がしない――





661 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:13:25.08 ZZxx+9zAO 440/670

~9~

浜面「待っ……」

上条の言葉に引きつけられている間に屋根から降りて来た美鈴が麦野をおぶって嵐の夜に駆けて行くのを浜面は見た。
見たという事は、目はあらざる方向へと向いたという事。つまり――

上条「――どこ見てやがる」

浜面「……っっ!!」

上条「テメエの相手は……」

浜面「――――!!!??」

上条「この俺だろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

浜面の前歯をへし折るような渾身の右ストレートと、上条の奥歯までさらう会心の左ストレートが交差する。
激突の瞬間濡れた髪から、汗の流れた額から、切れた頬から血が飛び散る。
もう互いに殴り合うスタミナすら切れかけ、タフネスを誇る身体は折れかけていた。
今の衝突で両者とも弾き飛ばされ上条は崩れかけの校舎に、浜面は雨晒しの泥土へ。

上条「ごっ……」

浜面「がっ……」

上条浜面「「ああああああああああああああああ!!!」」

折れかける膝、笑う足、割れた拳、腫れ上がった顔、無事な場所などどこにもない。殴られていない箇所などどこにもない。

浜面「テメエと俺の何が違う!!」

浜面のハイキックが上条の手首を蹴り上げ、更に反対の足から繰り出す爪先蹴りがガードを突き破って上条の脇腹に突き刺さる。
しかし上条は息の塊を吐き出しながらもその左足を右手で掴み、左肘鉄を叩きつける!

浜面「ぐっ……!」

上条「俺はスプーンが曲げられねえ!!」

更に掴んだ足とは逆の足を踏みつけ逃がすまいとし――
三度繰り出す頭突きが浜面の胸板から心臓に重い衝撃を浴びせる。

上条「トランプの絵札を透かし見る事も出来ねえし身体検査だって毎回憂鬱だ!万年レベル0だって思い知らされてきた!!けどな!!!」

浜面「……!!」

上条「それが他人を食い物にして良い理由になんてなる訳ねえだろ!俺の学校だってレベル0のヤツはいっぱいいる!!でもな、レベル0だからって人に馬鹿にされる事はあってもレベル0を理由に人を傷つけていいなんて思ってるヤツは一人だっていねえ!!それが俺とテメエの違いだ!!」

浜面の胸倉を両手で掴み、闘牛同士が角を突き合わせるように睨み合う。
もう腕を振るう力も拳を握る力もほとんど残されていない。それは浜面も上条も同じだった。



――だがしかし――





662 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:13:53.76 ZZxx+9zAO 441/670

~10~

フレメア『駒場のお兄ちゃーん!こっちこっちー』

駒場『……うっ……うむ』

服部『ククク……見ろよアレ』

浜面『まるっきり親子だなありゃ』

――あれは今年の夏だった。コブつきでナンパもへったくれもねえのに水着姿の姉ちゃんの尻追っかけてる半蔵。
やたらホットドッグやらかき氷持たされた俺と、駒場のリーダーを引っ張り回す舶来の四人でプール行ったのは。

フレメア『大体この辺りから足つかないの。肩車して?』

駒場『……そ、それは……』

フレメア『お兄ちゃん……?』

駒場『……は、浜』

浜面『あーやべ俺ジュース買い忘れてたわ!ひとっ走り行ってくる!』

服部『お、俺急に持病の癪が!!』

駒場『……後で覚えていろ』

フレメア『お兄ちゃんはーやーくー!!』

あん時もそうだったな。傍目から見てわかるくらいしどろもどろになってやがんの。フランケンシュタインみたいないかつい顔して。
あんまり面白くって二人の水遊びを遠くから半蔵と見てたっけな。ニヤニヤしながらさ。

浜面『泳ぐよりあいつら見てる方が面白いな』

半蔵『まあな……あれが俺らの担いで神輿かと思うとちっとばかし複雑だが』

浜面『たまにはいいじゃねえか。湿っぽい路地裏抜け出してお天道さんの当たる場所に繰り出したって』

半蔵『これで舶来が十年……いや五年育っててくれりゃ』

浜面『そん時ゃ俺らも同じだけ年食ってるからやっぱりロリコン扱いだぞ』

半蔵『……グスッ』

浜面『泣くなって』

イモ洗いみたいなプールを遠巻きに眺めてるベンチの俺らの横をとんでもないイイ女が通り過ぎて目で追ったが――
そっちは男連れだった。なんか頭がツンツンして背中にすげー爪痕立った冴えねーヤツ。
クソッ、男が顔じゃねえのは自分に当てはまらなきゃ意味ないっての。

浜面『眩しいな……』

服部『ああ』

――水が弾けて、光が溢れて、風を受けて、そこで太陽みたいに笑う舶来。
駒場も照れくさそうにぶきっちょに笑ってた。みんな笑ってたんだ。
今ならわかる。駒場、あんたが命懸けでも守りたかったもんが


もう戻れないあの夏の日が


あの太陽みたいな微笑みが


そこで馬鹿笑いしてた俺ら


――あんたは、こんなありふれた世界を守る、ちっぽけなヒーローになりたかったんだって――

663 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:15:38.01 ZZxx+9zAO 442/670

~11~

浜面「――いねえだろうが」

上条「!!?」

浜面「ヒーローなんて……どこにもいねえじゃねえかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!

上条「ぶっ……はぁっ!?」

瞬間、発条包帯に補強され繰り出した浜面のショルダータックルが上条を押しやる。
瓦礫の山を押しのける勢いで猪突し、上条を校舎の壁面と自分の肉体で挟み込み――
ただでさえ脆くなっていた壁ごとブチ抜いて校舎に突入し、猛牛が角をしゃくりあげるように上条を天井まで叩き上げる!

浜面「ああそうだ!俺はテメエと違う。土壇場で女助けるような器量もねえ!駒場みてえに人を束ねる度量もねえ!!」

そして浜面はビジネスデスクを頭上まで高々と持ち上げ――
芋虫のように天井から床面に叩きつけられた上条の身体目掛けて投げ下ろす!

上条「がああああああああああああああああああ!!?」

浜面「今だって誰か助けに来てくれるどころか仲間同士でドンパチだ!あんな馬鹿共引っ張ってこのザマだ!!」

ビジネスデスクが真っ二つに割れるほどの威力で叩きつけられ上条が絶叫する。
しかしそんな上条の悲鳴を上回る勢いで雄叫びを上げる浜面にはそれさえ聞こえず――
浜面は砕け散ったビジネスデスクの包丁大の破片を自分の流血も厭わず握り締め……上条の太ももに振り下ろし、突き立てた。

上条「うがああああああああああああああああああああー!!」

浜面「ガラでもねえリーダー、やりたくもねえ宿題、全部ケツ回されて尻拭いやらされて!駄賃目当てのガキの使いで良いように利用されて!!」

――状況は殴り合いから潰し合い、潰し合いから殺し合いに移行していた。
現実への絶望が浜面という学園都市への怒りの炎へ油となって注がれる。

浜面「なんで俺がこんな事しなくちゃいけねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

ドゴン!!と発条包帯の破壊力を上乗せされた鉄板入りブーツが上条を教室内のガラスへと猫の子を放り投げるように叩きつける。
同時に窓枠ごと巻き込んで上条はもんどりうって廊下に叩き出される。
これが一方通行が、垣根が、麦野が体得し御坂や食蜂が手にしえぬ能力とは別のファクター……『暴力』である。



664 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:16:05.09 ZZxx+9zAO 443/670

~12~

仮に麦野沈利と御坂美琴が全ての柵を取り払って殺し合わせれば――
能力戦では御坂の勝利に疑いはない。しかし総力戦となれば御坂は麦野に敗北するだろう。それは何故か?
それは己の手足がなくなろうが首一つで敵の喉笛を食いちぎる『暴力』が源泉にあるからだ。
自分の首を刎ねられるまで殺し合いを止めない『暴力』を――浜面は麦野との戦いを通して会得してしまった。

滝壺『“心せよ。怪物を打ち倒す時汝怪物にならん事を。深淵を覗き込む時、深淵もこちらを覗き込んでいる”』

かつて第十九学区で麦野と上条が最終決戦を繰り広げた時滝壺の脳裏によぎった言葉の意味。
浜面は今呑まれかけていた。あまりに耐え難い現実と、駒場を失い仲間に見限られそこに一人きり放り出された事実に――



上条「――だったら、テメエは一度だって誰かに手を差し伸べた事があんのかよ」



浜面「なっ……!?」

上条「……ねえよな。だから今も一人の仲間をテメエを助けに来ねえ!!」

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

打ち砕かれた窓枠を飛び越え、廊下に投げ出された際に巻き込んでしまった四つ足の椅子を思い切り浜面の顔面と頭部に叩きつける。
血の登りきった浜面の脳天気から噴き出さんばかりの勢いで。

浜面「ぐうう、ぐぅぅぅううう……!!」

上条「……一度だって他人に手を差し伸べた事もねえテメエが、自分が困った時だけ助けられんのが当たり前みてえな顔してんじゃねえよ!!」

ガランと四つ足の内一本だけになった椅子を捨て、上条は夥しい出血に染まった浜面の顔を――

上条「座って待ってりゃオヤツが出て来んの期待して!気にいらなきゃ泣き喚いて!!テメエのしてる事とガキの駄々、どこが違うってんだ!!!」

握り込むだけで激痛が走るほどずる剥けになって肉が見える拳を固める。
指の股から流れ込む血潮を振り払うような勢いそのまま――

上条「泥沼は一人じゃなかなか抜けられねえ。でも誰かが外から手を差し伸べてくれりゃ案外簡単に抜けられるもんなんだよ!それをテメエは!!」

――――殴る――――

上条「テメエの泥沼に……自分が助からねえからって人の足引っ張ってんじゃねえ!!!」

殴る、殴る、殴る、殴る……!!



665 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:18:12.46 ZZxx+9zAO 444/670

~13~

浜面「う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ああああああああああああああああああああ!!」

しかし引きずり出され連続して殴打を受ける浜面もまた、床に落ちて割れた蛍光灯を……
その切っ先を上条の顔面に突き刺さんとし、上条が慌てて離れ――

浜面「ふざけろ!!」

た出足を浜面が飛びつき、上条がひっくり返される。
しかし上条がいくら蹴りつけても浜面は決して掴んだ足首を離さない。それどころか

浜面「そうやって……!!」

上条の片足を右腕の脇の下に抱え込み、伸ばした左手で顔面を鷲掴み――
持ち上げる、落とす。上げて、叩く。何度も何度も床面に後頭部をバウンドさせて頭が割れるまでそれを繰り返す。
足を掴んでいるため脱出も許されないい無間地獄を与えて!

浜面「そうやって弱者を助けようとして、ヒーローになろうとした駒場が死んだつってんだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

上条「その駒場の顔に、沈みかけてる泥沼の泥塗ってんのはテメエ自身だってなんでわかんねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

上条も下から吠えながら殴り返し、更に顔面を押さえつけている浜面の掌が食いちぎれんばかりに噛みつく。
鋭く走る激痛に手を引っ込めた浜面のそのまた脇腹をもう拳も固まらないがために掌の底と手首で殴りつけ……
遮二無二に暴れて二匹の獣が離れる。既に両者とも頭から肩口にかけて真っ赤に染まるほどに。

浜面「フー……フー……」

上条「はー……はー……」

浜面「テメエに俺の何がわかる!!?」

上条「じゃあオマエは俺の何がわかる!?」

浜面「……知らねえよ」

上条「――知りたくもねえよ」

浜面が教室内に備えつけてあるパソコンのモニターを回線ごとブチブチと引きちぎり――
フラ、フラとそれを抱え――発条包帯の巻かれた右腕から振りかぶるようにして――

上条浜面「「知るかってんだ!!」」


飛び込んだ上条のすぐ側を通り抜け壁にぶち当たりボンッッ!!とパソコンが爆発した。
チリチリとジリジリと、焼け付いた浜面と焦げ付いた上条のように。

上条「テメエの事なんざ知らなくても、その駒場ってヤツの世界はきっとテメエより広かったって事くらいわかる!こんな泥沼の殺し合いの中、自分さえドブに捨てるようなテメエより!!」

火花散らす、男の戦いのように――



666 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:18:54.57 ZZxx+9zAO 445/670

~14~









轟ッッ!!

上条「器量だ人格とかの問題じゃねえ!テメエはもっと違う部分、そう言う所でそいつに負けてんだよ!!」

上条は右拳を振るう、上条は足をを震う。拳に乗せた先にしか届かぬ、あり得たかも知れないもう一人の自分へと









轟ッッッ!

浜面「ああそうだ!俺は俺だ!!浜面仕上だ!!!駒場みたいなリーダーにも!テメエみたいなヒーローにもなれねえ!!」

浜面がイヤというほどの体重を乗せた拳を、怒りを乗せた肘を、雄叫びを乗せた蹴りを放つ。
叩いても叩いても伸びる、熱した鉄のような……ありえなかったもう一人の自分へと。

上条「そうだろうな……けどな!!」

上条が浜面の横っ面を殴り飛ばし

上条「俺は認める。その駒場ってヤツを。戦って死んだ事じゃねえ、そんくらいの覚悟で人を守ろうとしたヤツは俺達無能力者、レベル0の誇りだろうが!!」

浜面がグラウンドに再び投げ出され

上条「虐げられて来た?ああそうだろうさ俺だって身に覚えの一つや二つじゃねえ。不幸自慢してりゃこの夜が明けたって終わらねえよ!
でもそうじゃねえ!そんな痛みを知ってる俺達だからこそ、このクソッタレな世界に、終わらねえ泥仕合に“それは違う”って言えんだろうが!!
そうやって困ってる人や虐げられてる人達に手を差し伸べられたなら、テメエらスキルアウトも!俺達レベル0も!!学園都市の人達から認められたんじゃねえのか!!?」

浜面「んなもんただの言葉だ!テメエが正しけりゃ俺が悪いなんざ誰が決めた!?昨日ああすりゃ良かった、明日こうすりゃマシになる、挙げ句今日この様だ!!
何も変えられねえなら、こんな計画ハナから乗らなきゃ良かったんだ!駒場のやつが無能力者狩りだの言わなけりゃ、学園都市への反撃だのやらなけりゃ、俺達の世界だって壊れやしなかったってのによお!!」

ドオン!!とサンドバックをハンマーで殴り抜いたような音と拳がぶつかり合う。
浜面の左拳に罅が入り、上条の右手が割れ、舌戦と殴打の応酬の中――
浜面は引かない、止めない、下がらない。曲げられない、折れない、譲れない――

667 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:21:32.03 ZZxx+9zAO 446/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――じゃあ、テメエはなんでその“計画”とやらに乗った一番最初の理由はなんだ?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


668 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:22:02.62 ZZxx+9zAO 447/670

~15~

浜面「――!!」

上条「なら、お前はどうしてその駒場ってヤツの代わりにリーダーになろうとした?」

――その言葉に浜面の雄叫びが、唸りが、嘶きが止む。
痛みが、熱が、怒りが、一瞬にして水を打ったように冷めて行く。

上条「――答えられる訳、ねえよな」

上条が鼻から流れ出す血を、口内に入り込んだ砂利ごと吐き捨てる。
割れた右手の甲で拭い、腫れ上がって塞がりかけた目蓋を開いて。

上条「テメエは何すんのも“他人ありき”じゃねえか」

浜面「……ッッ!!」

上条「そいつの側でなら何か変えられると思ったんだろ?ならそいつに触れたテメエは自分自身の何を変えた!?
リーダーなんてやりたくなかった?当たり前だろ!自分の足で立って自分の手で何も掴もうともせず、ただ流されるまま嫌々やってるようなリーダーに誰がついてくるってんだ!!」

それは浜面の最も根元的な部分を撃ち抜く銀の弾丸(シルバーブレッド)だった。
再び雨のグラウンドで向かい合う両者。されど――伸びた訳でもない身長が、膨らんだ訳でもない体型が……
何故か逆転したようにさえ見えた。少なくとも両者にとっては。

上条「上手く行かなきゃ他人が悪い、能力者が悪い、学園都市が悪い、レベル0が悪い、弱者が悪い、駒場が悪い、そのくせテメエが追い詰められたら俺がヒーロー呼ばわり?ふざけんじゃねえよ!!
俺はテメエを倒しに来た正義の味方なんかじゃねえ!俺はただ沈利を止めに来ただけだ!!」

浜面「黙れ……」

上条「テメエが変わりもしねえで、世界が変わるのを待ってんじゃねえ!他人、他人、他人の中でテメエは!オマエは!!“浜面仕上”はどこにいんだよ!!
テメエがはまってる泥沼は自分の足で立とうともしないでいつも言い訳に使ってる他人に流されて辿り着いた場所だろうが!!
テメエの手で何の選択肢も選ばねえで、与えられた結果だけにふてくされて“世界”が悪いとか言ってんじゃねえ!
そんなんだから依頼、依頼ってまた他人から流されるまま人殺しが出来んだろうが自覚もなく!!」

浜面「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

人は歩む道の中で開き直る事が出来る。人は進む道の果てに居直る事も出来る。
しかし――ただ一つ誰にも言い訳出来ないものがある。
それは『最初の一歩』で『始まりの場所』だ。そこを突かれ、浜面は憤った。

669 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:22:33.84 ZZxx+9zAO 448/670

~16~

浜面「……来いよ、レベル0(ヒーロー)」

わかってる。俺だって本当はわかってる。俺が何しようが駒場の居なくなった世界は変わらねえ。
俺達がいた未来はなくなっちまった。俺達の『昨日』は『過去』になっちまった。
二度とあの夏の日なんざ戻れない。ただ秋が来て冬が訪れて春を迎える。
世界は俺達に関係なく回る。何事もなかったように廻って行く。

そこでドブネズミみたいに地べた這い回る俺達だけを残して、季節は変わって行く。

なあ駒場よ。俺はこうする以外どうすりゃ良かったんだ?
出来ねえよ。ただ諦めて、あんたを忘れて、何事もなかったようになんて生きられねえ。
小狡く立ち回るネズミになったって、ただ眠りこけて食われるだけのブタになんてなれる訳がない。

俺達はウサギだ。こいつが何をほざこうが、畑泥棒してでも泥まみれの人参にかじりつかなきゃならない。
逃げるしか出来ねえすばしっこい足を前に出して、野菜にしかありつけねえ前歯で噛みつくしかな。
あのライオン女みたいな羽根もない俺は、これ以外の生き方がわからねえんだ。

浜面「――オマエのごたくはもうウンザリだ」

信じられねえんだよ。昨日も安酒飲んで、夏にはプール行って、春には花見に行って……
あんたサンタクロースの衣装探してたろ?これから来る冬に、舶来にプレゼントやるって。
それをからかう俺がいて、殴られる半蔵がいて、笑ってる舶来がいて、あんたがいて

あんたが守ろうとしたこのクソッタレな世界に、俺はいる。俺はまだここにいる。

俺達があんたを忘れない。このぶっ壊れた世界の誰があんたを忘れても――
頭吹き飛ばされて死んでも、心臓撃ち抜かれて死んでも、心に宿んのが思い出だってなら……
俺達があんたを忘れねえ。どうせ俺は頭悪い。だから都合のいい事しか覚えてられえ。それでいい。

浜面「……決着(おわり)にしようぜ」

誰かがお情けで寄越す後ろ向きの祝福(ハッピーエンド)なんざクソ食らえだ。
無様な結末を前のめりでやってやる。止まらないだけなら俺でも出来る。
だから駒場、あんたにぶん殴られて怒られんのはそっちに行くまで待っててくれよ。


勝手に俺達を置いて先逝っちまったんだ。それくらいいいだろ?
 
 
 
 
浜面「――来いよ。テメエの全てを否定してやる」
 
 
 
 
なあ、駒場よ――



670 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:25:06.35 ZZxx+9zAO 449/670

~17~

上条「俺はヒーローなんかじゃない」

そう……俺は正義の味方でもなけりゃ救世主でもないただの偽善使いだ。

上条「俺が本当にそうなら、あん時助けられたかも知れねえ」

沈利。お前はよく俺の事をヒーローだって言うけどな……
俺がもし本当に生まれついてのヒーローだったら――

上条「あのスキルアウト達も、沈利も」

あの時路地裏に連れ込まれてレイプされそうになってたお前が人を殺す前に助けられたかも知れない。
小萌先生の言ってた正当防衛と過剰防衛の話そのままに。

上条「俺の一番大切な女の子に……人殺しなんてさせずに済んだかも知れない」

あいつらを殴り倒して、お前を綺麗なお姫様のまま連れ出してやれたかも知れない。
ガラスの靴持って迎えに行く白馬の王子様(ヒーロー)みたいに。

だからスクランブル交差点での自己犠牲(じこまんぞく)の身投げをした俺は偽善者なんだ。
沈利にもスキルアウトにも青髪にも、もう誰一人死なせたくねえって思ったら考えるより先に身体が動いちまったんだ。

上条「――白黒(ケリ)、つけよう」

俺が善人だったら、自分を人殺しだって言うお前さえ許せなくなっちまう。
俺が悪人だったら、お前のして来た事も仕方無いの一言で済ませちまう。
善人で助けられないなら、悪人で救えないなら、俺は偽善使い(フォックスワード)で十分だ。

もう二度とあんな悲劇を繰り返したくないって後悔が俺の中に根付いてるから……
俺はお前の重さも闇も罪も全部抱えて引きずりあげてやるって腹を括れた。

沈利、お前は『人間は都合良く生まれ変われない』って良く言うけど……
俺は信じてる。『人間は生き直す事が出来る』って信じてる。



さっき泣き叫びながら美鈴さんを守ってたお前を見て、俺はそう感じられた。



お前が俺以外の誰かを守るために初めて立ち上がってくれた事が。
『人間は自分以外の何者にもなれない』って言ってたお前が変わり始めた事が。
俺は今、涙が出そうなくらいお前が誇らしくてたまらねえんだ。


人は変われるって事を、俺にもう一度信じさせてくれたお前の事が。


プライドの高いお前が、涙と鼻水で顔グッチャグッチャにして……
泥と血と雨と灰にまみれながら守ったダイヤモンドを、底無し沼になんざ沈めさせない。


迷いはない。

覚悟はある。

俺は戦う。


――――お前の世界を、終わらせたりしない――――

671 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:25:59.93 ZZxx+9zAO 450/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――いい加減始めようぜ、無能力者(はまづらしあげ)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


672 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:26:31.81 ZZxx+9zAO 451/670

~18~

ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!

その瞬間、二人の無能力者(レベル0)が弾かれたように動き出した。

上条「っっっっっ!」

上条が駆け出し

浜面「ッッッッッ!」

浜面が飛び出し

上条「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

浜面「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

両者が走り出す。

上条「!!!」

上条が最後の力を込めた拳を振るい

浜面「!!!」

浜面が全ての力を振り絞った拳を奮い

ゴキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

上条「……!」

浜面のアッパーカットが上条の顎をかち上げ、跳ね上げ、打ち上げ

浜面「――!」

上条のボディーブローが浜面の腹部を突き刺し、突き通し、突き崩し

上条浜面「「がっ……!」」

後ろに倒れそうな上条、前に崩れそうな浜面が一瞬交差し、すれ違い――

上条「俺は……!」

上条が左足を踏ん張って持ち直し、軸足をそのままに腰を捻って振り返り

浜面「テメエを……!」

浜面が右足を踏み鳴らして立ち直り、利き足をそのままに背を翻して向き直り

上条浜面「「越えて行く!!!!!!」」



673 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:27:05.41 ZZxx+9zAO 452/670

~19~

浜面の固められた拳の強さは何物も持たざる者の強さ。故にそれはアダマントよりも強い。

上条の握り締めた拳の強さは希望(ほし)を掴んで離さない力。故にそれはダイヤモンドより硬い。

上条「テメエを越えねえと……!」

背をぶつけあった二人が己の全てを乗せた拳と共に向き直る。

浜面「オマエを超えねえと……!」

互いに譲れぬ想いを抱いた胸を晒して二人の少年はぶつかりあう。



上条浜面「「オレはアイツに届かねえんだ!!!!!!」」



恋人の背を追いかける上条、親友の影を追いかける浜面。

ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!

上条「――!!」

上条の右腕と浜面の右腕が交差した瞬間

浜面「……!!」

浜面の右拳と上条の右拳が交錯した刹那

上条浜面「「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!」」

同時に倒れ込む二人の拳に優劣は、強弱は、勝敗は、全くと言っていいほど差がなかった。

上条は砂を噛み

浜面は泥を舐め

二人は土を味わった



674 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:29:44.38 ZZxx+9zAO 453/670

~20~

上条「……ッッ!!」

上条の立ち上がろうとする両足が生まれ立ての小鹿のように震えていた。

浜面「――ッッ!!」

浜面の起き上がろうとする両脚が産み落とされた子馬のように戦慄いていた。

浜面「勝つのは……俺だ」

しかし……ここで浜面に限界が訪れた。発条包帯の加護が失われ、肉離れ寸前の足が言う事を聞かないのだ。

上条「負けんのは……テメエだ」

しかし……そこで上条は限界を超える。それは拳の強さではなく……立ち上がる力、それが二人を分かった。

浜面「テメエが……強いからじゃねえ」

誰かの力を借りて戦った浜面と、誰かの力に頼らず闘った上条……差と呼べる差などまさに紙一重だった。

上条「オマエが……弱いからだ」

浜面の力は全くの互角どころか一回り上条を上回っていた。

浜面「……ああ」


ただ心の強さだけが、上条は浜面より一回り上回っていた。

浜面「――その通りだ、クソッたれ――」

英雄(かみじょう)の勝ちでもなく


勇者(はまづら)の負けでもなく


ただ、戦士(ふたり)に決着だけがついた



675 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:30:26.68 ZZxx+9zAO 454/670

~21~

……立てねえよ。

『………………』

さっきから、地べたに駒場の安全靴の足元が見えてんだ

浜面『……よお』

……顔、上げられねえんだよ。きっとすげえおっかない顔してるに違いねえ。

怒られんの待ってるガキの気分だ。学校通ってた頃の事思い出すぜ。

浜面『……幽霊でも、足はついてんだな』

……わかってる、わかってるって。俺があんまり馬鹿だから死ぬに死にきれねえんだろ?

だからってよお……化けて出てくんなよ。それとも殴られ過ぎて頭おかしくなったか?俺。

『………………』

浜面『とっとと……天国でも地獄でも行っちまえ』

早く行けよ。もう、雨がザンザン降って来て前が見えてねえんだ。

オマエの足元がぼやけて、滲んで、霞んで、前が見えねえんだよ……!

『……フッ……』

行っちまえ。オマエのツラはもう見飽きた。やっと消えたか。

せいせいするぜクソッタレが……もうそのフランケンシュタインみたいな顔は当分見たくねえ。

少なくとも……あと十年以上は見たくねえよ馬鹿野郎。



だから……だから……



――また会うそん時に、そのマズいツラ見ながら美味い酒飲もうぜ



なあ、駒場よ――



676 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:31:18.05 ZZxx+9zAO 455/670

~22~

雨だけが降っていた。いつしか荒れ狂っていた嵐は止み……静かな音だけが夜に響いていた。

浜面「お……い」

上条「……なんだよ」

土砂降りのグラウンドの中、うつぶせに横たわる浜面が去り行く上条の背に話し掛けた。
それは最後にどうしても聞いておかねばならない事があったからだ。

浜面「あの女……レベル5第四位」

上条「……沈利の事か」

浜面「お前……あいつの仲間なんだろ?」

上条「そうだ。俺の全部だ」

上条が立っているのは精一杯のやせ我慢だと浜面は悟る。
自分が全てを使い果たしたように、この男も全てを振り絞ったのだと。

浜面「――あの女は……」

上条「………………」

浜面「舶来を……金髪の小学生……女の子だ……その娘を、助けたか?昨日……第七学区の交差点で……」

どうしても聞いておきたかったのだ。自分達を見下し、奪い、狩る高位の能力者が……本当に自分達を助けたのかと。

上条「――お前の言う舶来って子がその子なのかどうかはわからねえ。俺も駆けつけた時には遠かったし後ろ姿しか見えなかった。ただ――」

浜面「………………」

上条「――赤いベレー帽の女の子を、沈利は助けた。あいつ意地っ張りだから絶対認めないけど……無能力者狩りの連中から、御坂と一緒に守ってた」

浜面「み……さか?」

上条「……テメエが殺そうとした、美鈴さんの娘だ」

浜面「――……!!」

上条「……良かったよ」

そこで上条は踵を返し、浜面へと向き直り……そして

上条「……な?人なんて殺そうとするもんじゃねえって」

――手を、差し伸べたのだ。当たり前のように

浜面「!!?」

上条「生きてりゃ、何度だってやり直せるさ」

そして、浜面を起き上がらせたのだ。ボコボコに腫れた顔のまま笑って。

上条「一人じゃ立ち上がれなくても、誰かが手貸しゃ意外と立てるんだぜ」

浜面「………………!!!!!!」

上条「――簡単なもんだろ?」


人と人は決してわかりあえない。

しかし、歩み寄る事が出来る。

手を差し伸べる事が

肩を貸す事が

共に歩む事が出来る。

上条当麻とは、麦野ですら足元にも及ばない偽善者(エゴイスト)なのだ。
破滅も、悲劇も、絶望も、上条はその全てを引きずりあげる。
それくらい強欲でなければ、麦野の恋人などやっていけない。

浜面「――……」

雨が、浜面の傷ついた頬を濡らして行く――


677 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/28 21:32:04.41 ZZxx+9zAO 456/670

~23~

――――しかし――――

スキルアウトG「コ……ロス」

白い飛沫を上げて夜の帳を染め上げる雨の中、蠢く影が泥濘に足跡を刻んで行く。

スキルアウトG「殺して……殺る」

引きちぎられた肘から先を失った右手もそのままに……

浜面が手放した演算銃器を左手に携え、更に蒼白となった顔色に浮かぶ憎悪が全てを黒く塗り潰して行く。

スキルアウトG「あのおんな ころす」

切れ込みの入ったズボン、安っぽいチェーンの巻かれた手首、青白い顔。

それは麦野が『殺す』事の出来なかったスキルアウト。

スクランブル交差点にて身を挺した上条が命を『救った』少年。

スキルアウトG「……………―――――」

鬼火に導かれる幽鬼のようににじり寄り、美鈴と麦野の後を追うスキルアウト。

殺人者である麦野をGuilty(有罪)であると断じ、Gespenst(亡霊)は彷徨う。

逃れ得ぬ魔女への鉄槌を下すためにスキルアウトは行く。

スキルアウトG「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!!!」

未だに止まぬ雨

後ろ向きの祝福を引き金に乗せて

絶望を糧とする死者の手が、末魔を断たんと迫り来る
 
 
 
 
 
――ヴァルプルギスの夜はまだ終わらない――
 
 
 
 
 


690 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:01:55.92 v3OANEYAO 457/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十九話「殺人者(むぎのしずり)」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

691 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:02:25.71 v3OANEYAO 458/670

~1~

「(浜面仕上が苦戦しているようですね)」

時は僅かに遡り……断崖大学データベースセンター正面玄関前に詰めていた『妙に丁寧な口調の男』はやや落胆していた。
未だ待機命令を出されるに留められまんじりとしている警備員らの中心にあって佇まいを崩す事なく……
土御門曰わく『遠距離から聞く』という手段によって内部事情の把握につとめながら。

「(一方通行に加えて学園都市第四位の介入が仇となりましたか……はてさて、次の一手を考えなければなりませんね)」

まるで夕食のメニューを考えるように男は方策を巡らせる。
『この程度』の問題にグループの面々や下部組織を動かすまでもないと高を括ったのが良くなかったと自省しつつ。

「(しかし学園都市第四位を無力化した所までは評価しましょう。後は猟犬部隊の残党でも投入すれば問題なく片付けて――)」

そして男は改めて携帯電話を取り出し、木原数多亡き後飼い殺しにされている猟犬部隊へのコールを鳴らそうとする。
既に断崖大学周辺の包囲網、埒外の封鎖線に至るまで猫の子一匹這い出る隙間もありはしない。が

警備員?「お話があります」

「……こんばんは」

飛び交う無線と行き交う警備員らの坩堝の中にあって凪の水面のような男の背後に一人の警備員が話し掛けて来た。
その声に男は聞き覚えがあった……というよりも『有り過ぎた』。
それは奇しくも両者にとっての共通認識であった。

「何の用ですか?海原光貴。貴方はこの作戦に乗り気ではなかったようですが」

海原「……参りましたね」

ヘルメットとスコープで顔を覆い隠した茶髪の少年……海原光貴の存在を男はすぐさま認めた。
それに海原も思わず苦笑する。全てお見通しかと。

海原「――御坂美鈴の件ですが」

「そんな所だろうと思っていました」

男は既に海原が『かなり醜い手』を後ろから回している事も熟知していた。
しかしその手にはあと一手足りない。最初から存在していながら未だ出されていない一手が。

海原「――では、手短に」

こうして素顔を晒していない自分に有視界で接触を試みて来る辺り根回しのほとんどを終えているのだろう。
油断ならない土御門、不安定な結標、制御の聞かない一方通行、何を考えているかわからない海原……
つくづく自分は部下に恵まれない上司だと嘆きつつ――

「――質問を承ります。海原光貴」


692 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:02:54.42 v3OANEYAO 459/670

~2~

麦野「………………」

美鈴「(マズいわ)」

御坂美鈴は致命傷を負った麦野沈利をおぶりながら顔を歪めた。
撃たれてからそれなりの時間が経過し、次第に背中にかかる重みが増して行く。
どうやら自分の体重を支える力も失われ始めたのか口数もめっきり少なくなった。
既に美鈴のブラウスはインナーが透けるほど濡れ、ベットリと流血が染み込む。
正面玄関口まで後数分の距離がひどく感じられ、そこで――

美鈴「や、やっぱり学園都市も安全じゃないのね」

麦野「………………」

美鈴「いや、それを言ったらどこだって同じでしょうけど」

麦野「……オバサン」

美鈴「もうこの国には、安心して子供を預けられる場所って――」

麦野「無理すんな、オバサン」

美鈴「……ッッ」

麦野「……そういう強がりは背中の震えを隠してからにするんだね」

何とかして意識を繋ぎ留めようとしている美鈴の思いを麦野は見抜いていた。
そう、美鈴は震えている。最早自分の生き死にではなくおぶった麦野(こども)の命が今にも失われそうな事に対して。

麦野「――あんた、もう回収運動なんて止めな」

美鈴「!?」

麦野「あんたが命を狙われる羽目になったのもそもそもは回収運動が原因でしょう?こんな目に会えば余計御坂が心配になるのもわかるけど――」

あんたに出来る事はもう何もない。手を引けと麦野は突き放すように告げた。
ここまでの大規模破壊を目の当たりにしてなお警備員が突入して来ないのは――
美鈴が最初のコールの際に入れた連絡さえ『割り込まれた』からだ。
そしてもう一つ、麦野にはもう美鈴を学園都市の外に逃がすだけの力は残されていない。
先ほど美鈴を放り投げた左手のみ、ショックを受けたのか動きを取り戻したが――それだけだ。
その薬指に嵌った二万五千円のブルーローズの指輪は未だ赤く染まっている。

麦野「(状況はもう限界ね)」

その指輪の贈り主を守るために存在する自分が贈り主に救われ……
助け出す相手におぶわれている皮肉さに笑う力も残されていない麦野が唇を歪める。

麦野「――次はない。今だって危ないのに、これ以上ボランティアで戦えるほど私は人間が出来てないわ」

キッパリと突き放すようにそう告げた。自分は誰も助けない、救わない、守らないと。


693 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:05:10.41 v3OANEYAO 460/670

~3~

美鈴「……そうね。戦争始まると危ないからって、連れ戻しにきたのに本当に薮蛇になっちゃったもん。沈利ちゃんがいなかったら私今頃――」

この鉄風雷火の修羅場と、屍山血河の修羅道を抜けた後腰が抜けてしまうのではないかとさえ思えるぐらい美鈴は追いつめられていた。
一晩で十歳は老け込んでしまったような錯覚さえ覚えるほど疲れ切ってしまった。

美鈴「……ニュースじゃ国内の他の都市よりは学園都市の方が安全だって言ってたけど……」

麦野「そうね。だから何?どこに逃げた所で安全地帯なんてない。誰かの都合、それこそ電話一本紙切れ一枚で殺し合いは始まる」

美鈴「沈利ちゃん……」

麦野「――私は、そんな世界でずっと生きて来た。当麻と出会うまでは」

美鈴にとってそれほどまでの衝撃を受けた体験を、麦野は重みを感じさせない声音でそう言い切った。
そこで美鈴は改めて思う。子供に人殺しを教える世界とそこに潜む闇。
御坂からすれば4つも開きのある年齢も、美鈴から見れば差ほど開きのない同じ子供。
彼女は一体どれだけの絶望をその心と目に焼き付ければ――
あれほどまでの凄惨な暴力を身につけたテーブルマナーのように振るえるのかと。

麦野「(――当麻と出会ってからの方が、ノーギャラのトラブルが多いか)」

これから上条は世界を相手に否応無しに巻き込まれ、是非もなく戦争に立ち向かわなくてはならない。
その背を麦野は守らねばならないのだ。統括理事長からの命を受けたレベル5として……
そして、上条当麻に命を助けられた心を救われ魂を捧げたパートナーとして。

美鈴「どうしたらいいのかしらね――……」

麦野「さあ」

麦野の中のいくつかの決めごとの一つ。例えば上条とそれ以外の人間が同じ天秤に乗せられたとすれば――
麦野は躊躇いなく上条を取るし、躊躇なく自分の命をドブに捨てられる。
麦野の力とは『否定』であり、強さとは『捨てる』事だった。

美鈴「……――もし」

麦野「えっ?」

美鈴「もし、沈利ちゃんが――」

しかし……あの自分を救い出した少年は、その天秤(げんそう)すらぶち殺すだろう。
昨日は無能力者狩りを、今日は自分を助けに。上条とは見限る事も見切る事も見捨てる事も出来ない。
麦野はそれを誰より深く重く知っている。何故ならば――

美鈴「美琴ちゃんを――……」

何故ならば――……


694 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:06:30.08 v3OANEYAO 461/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
スキルアウトG「見つけたぞ売女アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

695 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:07:06.79 v3OANEYAO 462/670

~4~

正面玄関口まで後数分の道程の途中に立つ十字架のような風車、卒塔婆のようなプロペラの下――
立ち塞がるは麦野に右手をもぎ取られたスキルアウト。
駒場利徳より浜面仕上に受け継がれた演算銃器を構えていた。
妙に青白い顔からは更に血の気が失われ、かわって切れ込みの入ったズボンを赤く染めて尚……
麦野の悪因悪果が形代を為したような亡霊はそこにいた。

美鈴「……!!」

麦野「――下ろして」

美鈴「沈利ちゃん!?」

麦野「いいから下ろせ。あんたには関係ないでしょ?」

そのスキルアウトは風車に寄りかからなければ立っていられないほど消耗し、雨に撃たれながら二人に照準をつけており……
それに対して麦野の声音はひどく冷めていて投げやりだった。
対照的に声色を失う美鈴が肩越しに振り返り耳を疑うほどに。

麦野「――もうあの羽根は出せないけど、一発くらいなら撃てる。最低でも相討ちに持ち込める。だからあんたはその間に走って逃げて」

美鈴「出来る訳ないでしょ!!」

麦野「出来る出来ないじゃない。これは私の問題よ。私はもう歩けないし能力は撃てて一発。足手まといは必要ない」

この降りしきる氷雨より冷たい声音に美鈴の顔が引きつる。
そう……今浜面と交戦中ながらも上条が到着したならば――
麦野は躊躇いなく命をドブに捨てられる。麦野にとって命は道具(アイテム)で死は手段(ツール)だった。

美鈴「(どうすれば……)」

スキルアウトG「来いよ売女……テメエを殺して俺も死ぬ!そうすりゃ女だけは見逃してやる!!そんな女なんざもうどうでもいい、テメエさえ殺せればもう何もいらねえ!!!それが因果応報(フェア)ってもんだろうが!!!!!!」

麦野「……またフェアか。馬鹿の一つ覚えね」

美鈴「(どうすればいいの!?)」

この時、間に挟まれた形になった美鈴は懊悩し煩悶し苦渋を覚えた。
前には殺さずにはいられない人間、後ろには死んでも構わないという少女。

麦野「――短い付き合いで良かったよ、オバサン。私あんたみたいなタイプ苦手でさ」

血讐の罪業(カルマ)を目の当たりにした

麦野「――あんた、御坂に似すぎ」

美鈴が下す選択は――


696 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:09:33.09 v3OANEYAO 463/670

~5~

私の一番の罪は、ただの人殺しでいられなかった事だ。

どこかで、この世界に上手く折り合いをつけて生きようとしてた。
どこかで、人殺しのくせにイイヤツになろうとしてた。
当麻と愛し合う中で、インデックスのご飯を作る中で、御坂と喧嘩する中で

どこかで、この世界で生きる術を求めてた。自分を弱くしてまで。
馬鹿な話よね。ライオンが草だけを食んで生きて行けるはずがないのに。
いつからか生きようとする幻想を抱いてたのね。
このぬくもりの中に見る微睡みの夢のような生き方を。
何度となく考えて出して来た答えを、私は希望(げんそう)に縋る事で覆そうとして来た。馬鹿ねえ?



――この世界に、購える罪なんて一つもありはしない。



あの科学者には娘がいた。

あの暗部の下っ端は自由を求めた。

あの妊婦には赤ん坊がいた。

あの教師には生徒がいた。

あの警備員には家族がいた。

あの女の子はあんな姿にならずに生きたかったろう。

そして私はこいつの仲間を殺した。

そんな命を奪って来た私が許されて良いはずがない。
それを許すようなヤツは偽善者ですらない極悪人だ。
なら当麻はどうなんだって?決まってる。あいつは私の罪を許した訳でも私の罰を許した訳でもない。



あいつは、こんな私を見捨てられないだけなんだ。



だから私はあいつを愛した。愛される事を受け入れた。
あいつが私の全部を引きずり上げるというのはそういう意味だ。
許すという逃げを自分に与えず、赦すという甘えを私に与えず……
それでも私を見捨てないあいつのために、私は自分を投げ出さずに来た。
あいつは真っ直ぐだ。私を許すという楽な生き方を、私と生きる中で敢えて選ばずに向かい合ってくれた。
その真摯さに私は撃たれた。『なら私も偽善者でいい』と思えるほどに。



だから、さっき私を地獄の底から引きずりあげてくれた時――私はもう死んでもいいと思った



当麻が来てくれたなら、きっとこの女も私より上手に救ってくれる。
そのために私はこいつをここで殺さなきゃいけない。
こいつを撃たなきゃこの御坂の母親も殺される。
こんなイカレ野郎が私だけで済ませるはずがない。
このオバサンの暗殺計画はまだ終わってないんだから。

697 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:10:06.01 v3OANEYAO 464/670

~6~

誰に許されたい?

神様?

殺した連中?

当麻?

それとも自分?

ねえよ。人を殺す事で何かを得た時点で――そいつは救いの全てを放棄してる。
心の破産。自己破産は新しい生き方の第一歩って話だけど、そんなもん人殺しには関係ない話。
例えば――滝壺はあんなんだし、絹旗は置き去りだから『妹がいる』とか私にだけ言って来たフレンダの話をしようか。



もし私が何らかの理由でフレンダを殺したとしたら、その残された家族は殺した私が誰かに許されて罪を贖うような生温いハッピーエンドを望むと思う?



ねえよ。私なら許さない。家族だ恋人だ友人だなんだかんだ、そんなもん殺されて尚許せるのは自分以上に譲れないもんがないヤツ。
よくドラマで言うじゃない『復讐なんてしても死者は喜ばない』って。
本当にそうかしら?誰も死人と話した事なんてないのにどうしてそんな事が言えるのかしらねえ?



私は見て来た。私が殺して来た人間は皆脅え、私を憎み、運命を呪い、世界を恨みながら死んでいった。
私は全て見て来た。あの命以外何もかも失ったクソッタレな人生の中で。



全ての死者が生者に優しいなら、この世界の非科学(オカルト)はここまで広まってない。
特にこの学園都市で暮らしてると尚更そう思う。
あの目を見て来てまだそんな綺麗事をのたまえるヤツなんていないよ。人を殺すってのはそれくらい重い。
よくドラマで言うじゃない?『一生罪を背負って生きる』って。



一生背負わなきゃいけないほどの罪抱えて、まだ『生きる』事が前提か?



命に縋ってんじゃねえよ。捨てる事を躊躇うなよ。
だから私は自分の命をドブに捨てる。躊躇なく捨てられる。
あのグラサン野郎が言ってた、戦争から解放された少年兵が平穏の中自分の銃で自分の頭を吹き飛ばす話を思い出す。



こんな業(おもさ)背負って前に進めるほど、人間は上等な生き物じゃない。



自分の手元も見えないほどの暗闇の中から陽の当たる場所に出て気づく、洗い流せないほどの血に汚れた手に。
そして生きるために振るって来た暴力(ぶき)を最後まで手放せず――
この偏頭痛よりひどい頭の罪悪感(いたみ)を消したくて頭を吹き飛ばす。

だからもういいオバサン。これは殺人者(わたし)の物語だ。あんたは関係ない。
だから早く私を下ろせよ。あんたはこの世界にいて良い人間じゃ――


698 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:10:57.59 v3OANEYAO 465/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――大人を舐めるんじゃないわよ、子供(クソガキ)――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

699 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:13:10.27 v3OANEYAO 466/670

~7~

スキルアウトG「!?」

麦野「?!」

美鈴「――そんな子供の屁理屈が本当に大人の論理を覆せると思ってるからあんた達はガキなのよ」

美鈴は前に進む。背ける事なく顔を上げ、閉ざす事なく目を開き、スキルアウトへと一歩前へ。
その今までにない決然とした表情と気迫と佇まいに、スキルアウトならずとも麦野まで飲み込まれそうになる。

美鈴「馬鹿も休み休み言いなさい沈利ちゃん。貴女は生きる事を根っこから勘違いしてるわ」

決して声を荒げず、しかし一歩も譲らない。麦野が初めて触れる、美鈴の『大人』としての背中に……
そして美鈴が今どんな目で見ているのかはわからないが、スキルアウトが蛇に睨まれた蛙のように金縛りにあっている。

美鈴「貴女、よく人から完璧主義者って言われるでしょう?そういう子はね、他人以上に自分を許せない子よ。今の沈利ちゃんみたいに」

美鈴は構わず前に出る。麦野を背負う重みなど羽根一枚ほどもないように。

美鈴「――貴女、自分が死ねばそれで終わるだなんて本当に思ってる?馬鹿ね。死ぬだけなら今も誰かが交通事故にあってるかも知れないし、美琴ちゃんが80歳過ぎたら老衰で死ぬかも知れない。私の言ってる事わかるわね?」

麦野「……!」

逆に、麦野はその背中を岩の山のようにさえ感じていた。この背中はもう揺るぎはしないと。

美鈴「――死ぬだけなら、誰にだって出来るのよ」

麦野「な……」

美鈴「そして貴女が殺されれば、上条君は必ず彼を殺すでしょう。彼が貴女を殺したいように。私だって美琴ちゃんが殺されれば同じ事をしないなんて言えない」

逆に……麦野の身体が震え出す。それは恐怖ではなく――畏怖によって。

美鈴「そして――彼を殺してもよ。沈利ちゃん。貴方、彼を殺して自分の罪を投げ出そうとしてない?彼に殺されて罰を受けようとしてない?甘いのよ」

それは――断罪者でも偽善者でもない、一人の母親(おとな)だけが持てる力。

美鈴「――自分を投げ捨てて責任を取ろうなんて綺麗な生き方は大人の世界じゃ通用しないわ。責任を取るという道はね、もっと泥臭くて、しんどくて、嫌な事ばかりで、誰にも誉めてもらえなくて、自分で誇る事も許されない事なのよ、沈利ちゃん」

――麦野沈利が、触れた事のない強さ――


700 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:13:39.26 v3OANEYAO 467/670

~8~

この娘は、あんまりにも綺麗で優し過ぎるわ。本人がどれだけ否定してもね。
よく子供が大人は良い子悪い子の見分けなんてつかない節穴の目だって思ってるけどね――
大人だって昔は子供だったのよ?良い大人悪い大人を見分けられる力を持っていた、子供の頃が。

美鈴「命を捨てられるのは確かに力の一つかも知れない。けれど強さの全てなんかじゃないわ」

――この娘に人殺しのやり方を教えたのは誰?
自分の許し方も知らず、命をドブに捨てる生き方を強いたのは誰?
決まってるわ……悔しいけれど、それは私と同じ大人よ。

美鈴「沈利ちゃん。さっきね、私貴女にひどいお願いをしようとしたの」

――だったら――

美鈴「――貴女のように強くて、綺麗で、優しい子に、美琴ちゃんを守って欲しいって……そうお願いしようとしたの」

同じ大人が、それを正してあげる事も出来るはず。
確かに私はこの子みたいにビームも打てない。
あんなパンチやキックも出来ない。頑張ってもビンタするのが関の山。
けどね沈利ちゃん――私にあって貴女にただ一つだけない強さが何かわかるかしら?

美鈴「ひどいでしょ?こんな痛い目見て、怖い目にあって、戦争みたいなところに放り込まれて……それでも貴女に美琴ちゃんを守って欲しいって思える程度に大人(わたし)は汚いのよ?」

それはね沈利ちゃん、私が母親だからよ。子供を産んだからよ。
私に貴女の罪の重さはわからない。けれど貴女の背負う痛みの重さは少しわかる。
そして痛みを比べっこする訳じゃないけれど――

私は今でも覚えてる。あの死んだ方がマシな痛みの中で、それでも美琴ちゃんという命を産み出せた喜びを。
生まれたばかりの美琴ちゃんが上げる泣き声に、私は初めて『イノチ』というものを学んだ気さえしたわ。
同時に、生み出した三千グラム足らずの重さが私には地球よりも重く、尊く、美しく思えた。

美鈴「――けれど、それでも私は貴女に――」

沈利ちゃん。貴女はきっと多くの死に触れて来たんでしょう。
そして頭の良い子だって言うのもわかる。けれどそんな貴女がまだ知らないであろう事……
それは命(みこと)よ。貴女が知らなくちゃいけないのは命(みこと)の重さ。
私が美琴ちゃんに『イノチ』という名前を与えたのは



――私自身が、イノチを学んだからよ――



701 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:14:34.72 v3OANEYAO 468/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
美鈴「――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

702 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:16:59.96 v3OANEYAO 469/670

~9~

そして――麦野を背負った美鈴がスキルアウトへと……
その先にある正面玄関口を目指して一歩一歩進んで行く。
まるで立ちはだかる死の向こう側にある生へと挑むように。

スキルアウトG「……オ」

美鈴「そうね。どんな事情があれ沈利ちゃんが貴方の仲間を殺した事は貴方の言う因果応報だわ。貴方にはきっと彼女を裁く権利があるんでしょう」

その立ち姿は、何百何千という銃弾飛び交う戦場にあってさえ……
かすり傷一つ負わないのではないかと敵対者に思わせるほどの威容。
しかし――現実に美鈴は拳銃の有効射程距離の内側へ達しようとしていた。

美鈴「けれどね……私は沈利ちゃんに命を助けられた。死から救ってもらったわ」

――美鈴一人でも良い鴨撃ちの的だと言うのに、麦野を背負ったまま逃げ切れるはずがない。
スキルアウトはなけなしの力を振り絞って必ずや二人を殺しに来る。

美鈴「だったら――彼女に守られた私が彼女を守るのだって因果応報よ!!」

誰も死からは逃れられない。この場には『殺さなければ気が済まないスキルアウト』と『死んでも構わない麦野』。
そして『人を殺すのも殺されるのも死んでもごめんだ』という美鈴しかいないのだから。

麦野「やめろオバサン!!」

美鈴「――沈利ちゃん」

この雨ですら洗い流せない血と死と炎の赤の中を美鈴は行く。
この誰かが死ななければならないという世界(ばしょ)にあって――

美鈴「――信じてる」

麦野を死なせず、麦野に殺させないという分かち難い絶対矛盾。
命をドブに捨てられる力を持っているならば、命をドブから救いあげるやり方が……
この自分を許す事も救う事も助ける事も出来ない少女にしか出せない答えを。

美鈴「私は貴女を信じてる」

今麦野に求められているのは、正解ではない答え。
今麦野に求められているのは、不完全なイエス。
今麦野に求められているのは――命と向き合う事。



美鈴「――大人は、いつだって子供を信じてるものなのよ」



スキルアウトG「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

そして、スキルアウトの演算銃器が二人へと向けられ――


703 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:18:01.42 v3OANEYAO 470/670

~10~

出来る訳がない

私の能力(ちから)は、人を殺す事と物を壊す事にしか使えない。
そして私自身そういう事にしか使って来なかった。
屍の山を越えるために、血の河を渡るために私はそうして来たんだ。

当麻みたいに誰を助けるでもなく、御坂みたいに誰を守るでもなく、ただ私自身が生きるためだけにに殺して来た。

それを今更あんた(美鈴)を助けるためだなんて言い訳はしたくない。
テメエが死ぬのを惜しくなった理由を人に預けるなんてクソでも食らえ。
人殺しは死ぬまで人殺しだ。さっき覗き見た地獄に堕ちるその時まで。それを

美鈴『――死ぬだけなら、誰にでも出来るのよ』

私には死(ばつ)って言う御褒美すらないって言いたいのか。
惨めったらしく、ブザマに、格好悪く、不細工に

美鈴『貴女、よく人から完璧主義者って言われるでしょう?そういう子はね、他人以上に自分を許せない子よ。今の沈利ちゃんみたいに』

――白も黒もなく、ただこの色褪せた世界で足掻いてもがいて生きろって言いたいのか。

美鈴『――それでも大人(わたし)は、子供(あなた)に生きていて欲しいんだと思う』

あんたは、満点じゃない生き方を選べって言うのか。
完璧じゃない答えを、不完全なイエスを、受け入れた上で生きろって言うのか。
――それで十分だって、あんたはテメエを死に目にさらしてまで私にそれを教えたいのか。

御坂『器用なのは料理の手先だけで、生き方ぶきっちょ過ぎ。まるで、自分はワルいヤツだって言い聞かせて、そうしなくちゃいけないってムキになってる……自分に厳しいのと自分を許さないのは違うのよ』

――テメエら母娘(おやこ)にはもううんざりだ。
私は当麻に言った。『ロバが旅に出たからって馬になって帰って来る訳じゃない』って。
私の本質は変わらない。どうしようもなく歪んでる。歪んだままここまで来てしまった。

土御門『役立たずの宝物を――捨てきれないのは俺も同じだ』

私は馴れ合いが嫌いだ。誰かに優しい世界が大嫌いだ。
ひだまりの中祝福されて、どいつもこいつも仲良しこよしの人の輪を憎んで来た。
私は当麻みたいに出来ない。私は御坂みたいになれない。



私し(人殺し)は、私(人殺し)だ



704 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:20:14.27 v3OANEYAO 471/670

~11~

上条『――ダメだな。死ぬとかそう言うの前提で話すのは止めにしようぜ、沈利』

どうして、テメエら母娘はあいつと同じ事を私に言うんだ。
自己否定と自己破壊と自己嫌悪の塊のような私にとって――

上条『生きよう。何が何でも何があっても三段活用』

どうしても捨て切れない役立たずの宝物が、私に呼び掛けて来る。

上条『――生きるんだ。どんなに格好悪くて、みっともなくても、情けなくても。死んじまったら何も変えられねえ。だけど生きてりゃ何か変えられる。それが運命だったり未来だったり自分だったり』

出来る訳がないって言いたいのに……あいつが助けた人間、救った世界、守ろうとした場所がそれを否定する。

麦野『――私は、ここ(あんたのそば)にいていいの?』

上条『いいに決まってんだろ』

言葉で抗って

麦野『――私は、ここ(このせかい)にいていいの?』

上条『誰かがダメだって言っても』

態度で逆らって

麦野『――私は、ここ(いっしょに)にいてもいいの?』

上条『お前がダメだって言ってもだ』

それでも半分に出来ない魂が

上条『――重くたっていいんだ、沈利。重いのが悪いだなんて誰が言って、どいつが決めたってんだ?少なくとも俺はそう思わねえ』

どうしようもなくあんたの存在に惹かれていく

上条『――お前の重さが、俺の中の揺るがないもんになるんだ。もうなってんだよ、沈利』

私がどれだけ今いる世界を否定しても、自分を拒絶しても……
そこにいるあいつと出会ってしまった事だけが取り消せない。
私達が出会ってしまった血塗れの路地裏は今も続いてる。

御坂『――ねえ』

その上で紛い物の羽根を背負って、絶望(じべた)の上に立たなくちゃいけないって言うのか。
壊す事しか出来ない左手と、殺す事しか知らない右手で、私にしか出せない答えを出せって、あんたはそう言いたいのか。

私は当麻のように人も救えない

私は御坂みたいに誰も助けられない

私がこいつを殺しても何も変わらない

私が死んでも何も変えられない



御坂『――ねえ、あんたはこの世界が眩しいものだって思う?』



――ああ、ちくしょう――




705 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:21:08.26 v3OANEYAO 472/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――眩し過ぎて、前が見えねえよ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

706 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:21:40.09 v3OANEYAO 473/670

~12~

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!

スキルアウトG「……!!?」

麦野「……――」

その瞬間、美鈴の背中から伸ばした左手……麦野の原子崩しがスキルアウトの頭上を通り抜けた。
同時に――麦野らの前に立ちはだかるようにしていたスキルアウトの背後、十字架のような風車が半ばで切り落とされた。

麦野「……生きる理由じゃない」

スキルアウトG「あっ……」

麦野「――死ねない言い訳が出来た」

スキルアウトが突きつけていた演算銃器が……瞬時に次元を切り裂いて麦野の左手へと収まる。
それに対し空手となったスキルアウトが驚愕に目を見開く。
10メートルは離れていた距離から、二人は全く動いていないのに――

麦野「……何ボサッと突っ立ってやがる?テメエは私と殺し合いに来たんだろ。私は狩られるだけの獲物(ブタ)じゃねえぞ」

スキルアウトG「て、テメエ……!」

『0次元の極点』……それは今は亡き木原数多が提唱した理論。
0次元の『1点』という『世界の全て』さえ手元にあれば、3次元の全ての座標とリンクしワープやテレポートの為の中継ポイントにできるというそれ。
その気になれば銀河の綺羅星すら手元に引き寄せられるという世界の在り方を『否定』する力。

麦野「私を殺しに来たんならテメエも殺される覚悟があんでしょう?それがテメエの言う因果応報(フェア)ってヤツよ」

その理論に必要不可欠な次元の切断方法……それは『量子論を無視して電子を曖昧なまま操る』という粒機波形高速砲。
『壊す事』と『殺す事』しか出来ない麦野だけの原子崩し(メルトダウナー)。

スキルアウトG「ぐううう……!!」

麦野が美鈴の背から身体を落とす。地べたにへたり込みながら、左手で握り締めた銃を突きつけて。
それにスキルアウトはそのままずるずると半ばで焼き切られた風車のシャフトに寄りかかりながら呻く。
出血多量により自分の身体を支えていられないのだ。今の麦野のように。



――――だからこそ――――



麦野「……ッッ」

麦野は手にした演算銃器の重みを感じながら……
一度瞳を閉じ、歯を食い縛り、大きく息を吸い込む



――――そして――――



美鈴「え……!?」

麦野「……――」

――美鈴へとその銃口を突きつけ、引き金に指をかけながら――


707 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:22:33.60 v3OANEYAO 474/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野「――“遠くから”“聞いて”んだろ!クソッタレ共!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

708 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:25:08.50 v3OANEYAO 475/670

~13~

「!」

海原「これは……」

その雄叫びとも言うべき麦野の血を振り絞るような声が――
すぐさま状況に対応出来るよう警備員らが詰めていた断崖大学データベースセンター正門前にいた『グループの上役』と海原の耳朶を震わせる。
暗部特有の『遠距離から話を聞く』というツールを用いられている事を前提に麦野は叫ぶ。
いつでもどこでも『割り込んで』来る暗部のやり方を熟知しているが故に。

麦野『――御坂美鈴は回収運動を放棄する!保護者会は解散、第三位“超電磁砲”を連れ戻す事もしない。学園都市第四位“原子崩し”がそれをさせない!!』

そしてどうやら海原や『グループの上役』が『遠距離から』見るに麦野が美鈴に銃を突きつけており……
それに対して美鈴がしどろもどろになっている。
今の今まで自分を守り、自分が守って来た相手に銃口を向けられれば驚愕に目を見開くより他ないだろう。

美鈴「沈利……ちゃん」

麦野「――――――」

その麦野の眼差しは、見開かれた美鈴以上に真摯だった。
自分が銃口を突きつけられてもこれ以上必死の形相になどならない。
故に――美鈴はその眼差しに込められた光の意味を探り、知り、そして――

美鈴『――全部止めます!だから殺さないで!!お願い!!!』

「――――…………」

海原「……と、言う訳です」

思わぬ美鈴の全面降伏宣言に、その直前まで『グループの上役』及び学園都市上層部へ交渉していた海原が再び言葉を紡ぐ。
結標淡希辺りが知れば『醜い手』と歎息するような交渉材料をちらつかせていた所を中座させられた形ではあったが――

海原「“先程の件”と合わせまして、何卒御一考願えませんか?」

御坂美鈴の全面降伏宣言だけという曖昧な結論ではこの暗殺計画を上層部は中止などしないだろうし――
海原一人だけ肩に力を入れてもそれは変わらない。だが

「――いいでしょう。今の成り行きは当然“上”にも伝わっているはずです」

しかし、二つで一つの要素が組み合わさった時はその限りではない。
残りの足場固めは『御坂美琴の世界』を守る海原の仕事である。

海原「ありがとうございます……では、続けてもよろしいでしょうか?」

例えヒーローになれずとも、それは銀月の騎士のような海原にしか出来ない事なのだから――


709 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:26:02.87 v3OANEYAO 476/670

~14~

麦野「――はっ、はっ、はっ、はっ……」

美鈴「沈利ちゃん!!」

麦野「こ……れ、で――」

次第に聞こえて来る警備員らが鎮圧を始めた足音に麦野は演算銃器を取り落とした。
これが正真正銘の限界だった。こんな不様で不格好で不確実な大博打に打ってでねばならないほどに。
そして改めて泥濘の中に身を横たえた麦野を美鈴が抱き起こす。
麦野は賭けに勝ったのだ。生贄無しには乗り越えられないこのヴァルプルギスの夜を。

麦野「――……オバ、サン」

美鈴「しゃべらないで!!」

麦野「……――これで終わりよ。オバサン」

美鈴「沈利ちゃん……!!」

麦野「あんたの娘は……御坂は私が“背負う”。だからもうこの学園都市(まち)の闇に踏み込むな」

――そう、麦野も死なず、スキルアウトも殺さず、美鈴を救い出すにはもうこれしかなかったのだ。
それは『回収運動』そのものから全面的に手を引く事。
暗部が動き出す前の、スキルアウトに駄賃をやって使い走らせる程度の重要度の低い計画だと言うのもわかっていた。
もちろんこんな曖昧な結論はもうワンランク上の重要度ならばどうあっても覆す見込みなどなかっただろう。

麦野「……戦争が起きても、私が御坂を殺させない。御坂に人も殺させない……これでいい?」

美鈴「沈……利ちゃ……ん」

故に美鈴に拳銃で脅しつけるような即興の道化芝居までやってのけた。
これ以上膠着状態が続けばスキルアウトらだけで話は収まらず暗部が繰り出して来る。
そして美鈴もまた……必死に拳銃を突きつけてくる麦野の眼差しに宿る光を信じてそれに乗ったのだ。

美鈴「ありが……とう」

麦野「――……ふんっ」

麦野は誰も助けない。救わない。守らない。ただ――御坂の敵を討ち、御坂を戦争に巻き込まない事を美鈴に約束したのだ。
こうでもしなければ美鈴は納得しないだろう事は今夜一晩でいやというほど思い知らされたのだから。

麦野「一人殺すも二人殺すも今更変わらないなら――」

美鈴「………………」

麦野「――1人抱えるも2人背負うも今更変わらない」

麦野が否定したもの……それはこのヴァルプルギスの夜に満ち充ちていた『死』そのものだ。
罪は消えない。罰は終わらない。ただ業の中から『死』だけを断ち切ったのだ。

警備員A「――いたぞ!こっちだ!!」

スキルアウトG「くっ……」

『命』だけを残して――


710 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:28:44.37 v3OANEYAO 477/670

~15~

警備員A「さっさと立たんか!」

スキルアウトG「……死ね」

警備員A「無駄口を叩くな!!」

スキルアウトG「死ね!死ねよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

――私が断ち切ったのは『死』の部分だけだ。
復讐は終わらない。禍根は消えない。カルマは変わらずそこにある。
だから私は――ただ黙って連れて行かれるそいつを見つめる。

麦野「………………」

目に焼き付けろ。私を殺したがってる人間の顔を。
――戦争に巻き込まれれば、御坂だってこんな目を生きてる限り向けられるだろう。
それをさせない事を私はこのクソババアに約束した。このオバサンの命を拾うための代償として。

スキルアウトG「くたばれ!俺を生かして返した事を後悔させてやる!!」

例え私がこいつに殺されても……あいつらは私のために復讐しなくていい。そんな価値は私にはない。
第二のこいつ、第三の私に当麻や御坂がなる必要なんてどこにもない。
私は毒麦で良い。一粒も残さず刈り取られ枯死する毒麦でいい。

スキルアウトG「……忘れねえぞ!」

麦野「………………」

スキルアウトG「死ぬまでテメエの面は忘れねえぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

――私が自分の罪を忘れないために。そしてこいつが拾った命をどう扱うかを確認するために生かして帰す。
その上でまだ復讐の権利を行使するならそれでもいい。
私は今度こそこいつを殺してやろうと思う。私から解き放って楽にしてやる。最悪の意味で。

私は決して謝らない。この首を下げるのは、断頭台の刃が落ちる時だ。
許しなど乞わない。贖いなどない。もうそんな逃げ道はどこにもない。
さっき見た地獄と、そこから救い出してくれたあいつが、同じくらい恋しい。

麦野「――――――」

私の残りの人生はただの執行猶予だ。絞首刑に至る十三階段を登り終わるまでの



生きる理由なんて一つも見つからないのに


死ねない言い訳だけが増えて行く



他の誰でもない自分(あいつ)のためにと



私はまだ生きる事にしがみついてる



あんたの言う通りだねオバサン


人間とかじゃなくて、私自身の生き方はそんなに綺麗じゃないみたい





パシンッ!






711 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:29:44.91 v3OANEYAO 478/670

~16~

――その時、渇いた平手打ちがスキルアウトの横っ面を叩いた。

スキルアウトG「!!?」

美鈴「いい加減にしなさい!!!!!!」

麦野「……オバサン――」

それは警備員に抱えられながらも呪詛の声を浴びせかけていたスキルアウトから……
麦野を守るように間に入って仁王立ちする美鈴が叫んだ怒りの声だった。

美鈴「――君に、人を責める資格があるなんて思い上がってるならそれは大きな勘違いよ」

スキルアウトG「――……」

美鈴「銃を取って私達を殺そうと追い掛け回した君だけに、この娘を責めるだなんてむしの良い話通る訳ないでしょうが!!」

スキルアウトG「っ、このババ……」

警備員A「――御婦人方、失礼つかつまります……吻破ッッ」

バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!

スキルアウトG「ぽっ……ごっ」

麦野「!!?」

警備員A「……失敬。これは始末書ものですなあ。また黄泉川隊長に……叱られませんな。うむ」

そして美鈴に食ってかかろうとしたスキルアウトが――
前歯と鼻骨ごと根刮ぎもって行かれるようなパンチによって意識を失い気絶した。
それは上条より鋭く、浜面より腰の入った、麦野より重い『大人』の鉄拳だった。
その警備員は待機ばかりさせられてついカッとなってやったなどと付け加え、そして――

警備員A「――ありがとう」

麦野「えっ……」

警備員A「君のおかげで尊い命が救われた。警備員として情けない限りだが、恥を偲んで礼を言いたい」

上役が馬鹿な待機命令出すからだとボヤキつつ、ぺこりとした警備員の一礼に麦野は面食らった。
へたり込んだまま鳩が豆をグリースガンで食らったように。

警備員A「――生きていてくれて、ありがとう」

麦野「………………」

警備員A「おかげで気持ち良く仕事が出来る。ほら行くぞ!!」

そして警備員はスキルアウトを引きずって連行していった。
ポカンとした麦野と、その頭に手を置いてよしよしと撫でる美鈴を残して。

美鈴「――帰りましょう?沈利ちゃん。ほらもう一回おんぶ!」

麦野「うわっ!?」

誰かに感謝される事、守られる事……初めて大人からされた事にキョトンとする麦野をおぶって美鈴は再び立ち上がる。



おぶわれた視点は、幼い頃麦野が座っていた椅子より高かった。




712 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:32:44.08 v3OANEYAO 479/670

~17~

そして――浜面仕上と上条当麻の決着がついた頃、麦野沈利と御坂美鈴は警備員に保護され救急車にて搬送されながら緊急輸血を受けていた。
失血死寸前であった麦野と共に、美鈴がそれに付き添う。
麦野の血塗れの左手を握り締めながら、冥土帰しの病院を目指して。

麦野「……フー……フー……」

美鈴「沈利ちゃん……」

雨に濡れたアスファルトを照らす赤いランプ。そして目に痛いほど白々しい車内の光を浴びて――
麦野はさせるがままにその左手を握らせている。拒むでもなく。
酸素マスクに浮かぶ白露が一呼吸ごとに浮かんでは消え……
その上にポタポタと美鈴の涙がこぼれる。説教したり叫んだり泣いたり忙しい女だと思いつつ。

麦野「……そんな顔されても困るんだけど」

美鈴「ごめん……なんか、安心したら涙出て来ちゃって……あははは」

麦野「――そう」

反対に麦野は涙を零さなかった。車内にあって雨のせいにも出来ず、また上条もいないためだ。
麦野は上条のいない所では決して泣かないと決めているからだ。

美鈴「実はね……」

麦野「………………」

美鈴「土砂降りだったからわからなかったろうけど……本当は漏らしちゃった」

麦野「………………」

美鈴「ダメな大人よね、私って本当に」

しかし――麦野はそれを笑い飛ばさなかった。昔ならば破裂した笑い袋のように腹を抱えて転げたろうが……
麦野はそんな美鈴を馬鹿になどしなかった。ただ左手を握り返す事でそれに答える。

麦野「……そんな事ねえよ」

美鈴「えっ……」

麦野「私は……あんたみたいになれない」

本当に弱い人間は、漏らしたなどとわざわざ言わない。
余計な荷物(むぎの)など背負わず自分だけ逃げられるだろう。
銃を持った男達の前に膝を屈しても誰も責めはしない。
しかし美鈴はそのどれにも当たらなかったのだ。

美鈴「そりゃこの歳でチビっちゃうのは……ってそれはこっちの台詞なんだけど?」

麦野「……ちょっと誉めるとつけあがる所は娘そっくりね」

美鈴「うふふふ……もしかして反抗期?」

麦野「巫山戯けろ。私はもう十八だ」

美鈴「じゃあまだまだ子供じゃない?」

麦野「……チッ」

美鈴「ふふふっ♪」

――『心』で負けたのは美鈴で二人目だとは、言わなかった。


713 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:33:13.91 v3OANEYAO 480/670

~18~

道中、麦野は途切れ途切れになりながらも意識を保つために美鈴と少なからず言葉を交わした。
その中で麦野は美鈴との取り決めにあって一つだけ条件を付けた。それは

麦野『――今夜あった事、私と話した事、何一つ御坂には伝えないで頂戴』

美鈴『ええっ!!?』

麦野『それが条件よ。安いもんでしょ?』

美鈴『どうしてよー!?』

麦野『……馴れ合いは嫌いなの』

麦野にとって御坂は正義の味方(てき)でなくてはならないのだ。
友達と観念に吐き気を催すほど嫌っているのは今も変わらない。
そして生半可な友情ゴッコなど背負い込めば――
決定的な場面で御坂と対峙出来なくなるからだ。

麦野『オバサンと同じ。余計なアクション起こされてこれ以上トラブル増やされてもたまったもんじゃないのよ』

美鈴『……私は兎も角、沈利ちゃんはいいの?』

麦野『――貧乏くじ引くのは慣れてる。どっかの馬鹿のせいで』

後にこの時の約束が『新入生』事件の際、麦野と御坂の激突に深く関わって来る事は御坂は知らぬまま終わり……
『御坂は人を殺せない』『御坂に人を殺させない』『御坂を人に殺させない』という未来に繋がる事を、この時麦野は知る由もなかった。
代わって……美鈴が麦野の左手をヨシヨシと撫でながら車内の蛍光灯を見上げた。

美鈴『――それって、上条君の事?』

麦野『………………』

美鈴『親の私がこんな事言っちゃあおしまいだけど……美琴ちゃん、本当に沈利ちゃんに勝てるかしら?』

麦野『叩き潰す。全力で』

美鈴『恋も戦争なのに?』クスクス

麦野『戦争にルールは必要ないでしょ?』

美鈴は思い返していた。旅卦との大恋愛はどうだったかなと。
決まっている――麦野らに負けないほどスペクタルでスリリングなものであったと。
そして得心もいった。詩菜が何故自分と麦野が似ていると評したのかを。

美鈴『……本当にありがとう。沈利ちゃん』

麦野『………………』

美鈴『あの娘の事、よろしく頼むわね?』

麦野『………………』

美鈴『――貴女が、美琴ちゃんの友達でいてくれて良かった』

麦野『……ふん』

そして麦野は――その美鈴の微笑みを断ち切るように目蓋を閉ざし、口の中でのみ言い返した。


714 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:34:59.77 v3OANEYAO 481/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
麦野『――絶対、止めに行ってやるわよ。きっと、当麻がいてもいなくてもね――』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

715 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:37:27.83 v3OANEYAO 482/670

~19~

斯くしてここに最初のヴァルプルギスの夜(Die erste Walpurgisnacht)は終わりを迎える

罪は消えず、罰は変わらず、業は終わらない

しかし麦野は『死』の連鎖を断ち切り『命』の連環を残した。上条当麻とは全く真逆のやり方で

前にも進めず、後ろにも退けず、それでも尚立ち上がる事を決め

震えながらでも、何度転んでも、何回も倒れる事を受け入れ

紛い物の翼で羽撃くのではなく、二本の足でこの世界の上に立ち上がる事を麦野は選んだ

十字架は神の加護であり、翼を広げた鳥のようであり、裏返せば剣となり、突き立てれば道標となる

そして十字架とは磔を意味し、処刑を司る神罰の証であると共にもう三つほど意味がある

それは『神の子』と『復活』と『死を滅ぼしし矛』という尊名

麦野は己の死とスキルアウトの死と美鈴の死を討ち滅ぼした

上条のように命の麦を救うのではなく、死の毒麦を刈り取る事で種を残した

彼女の『否定』する力が――後にフレンダ=セイヴェルンの、御坂美琴の、そして上条当麻の死を断ち切る

新約聖書はかく語りき。『一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし』

後に麦野は自らの命と引き換えに『もう一人の自分』を討ち滅ぼすため、『上条当麻の世界』を守るべく二度目のヴァルプルギスの夜に挑む事となる。

しかしその際一粒の麦の犠牲すら許さない『神の子』のような少年の手に再びすくい上げられ、麦野は人間として『復活』を果たす。

これは、彼女が辿った荊棘の道のほんの一ページに過ぎない。

これは、彼女の背負った十字架(ものがたり)の少しばかり長いプロローグだ。

人には全てを手離して生まれ変わる事は出来ない

しかし人には全てを抱えて生き直す事が出来る

共に歩む誰かがその歩みを支え、道を誤りまらぬ限り


例えそれが――


上条「だから!上条さんはスキルアウトじゃないじゃねえじゃん三段活用!!」

警備員A「ええいそんなボコボコの顔で何を言うか!!それに我等が敬愛する黄泉川隊長の口調までパクって!」

上条「つかさっき会ったろ!美鈴さーん!?沈利ー!!?だ、誰かー!!!」

警備員A「キリキリ歩かんか!!」


――ひどく運が悪く、肝心な時『しか』頼りにならないような……

上条「ふっ、ふっ……」

そんな、世界で一番不幸せ(こうふく)な王子様と共に――

716 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:38:45.44 v3OANEYAO 483/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「不幸だああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

717 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/01 21:42:04.88 v3OANEYAO 484/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――偽善使い(フォックスワード)と原子崩し(メルトダウナー)が交差する時、ヴァルプルギスの夜は終わりを迎える――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

729 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:08:11.60 G+RwveOAO 485/670

第二十話

~1~

姫神「結局。こんな時間」

青髪「吹寄さんがマイク離しよらんかったからなあ~次ボウリングとか身体もたへんよ」

走り去って行く救急車を尻目に、青髪ピアスと姫神秋沙が遊歩道の水溜まりを避けて歩みを進めて行く。
既に嵐は過ぎ去り、肌寒い雨だけが夜の学園都市に降り注ぎ……
硝子張りの建築物と鏡張りの研究施設に伝う水滴に濡れた二人が写り込む。

青髪「でもほんまにええのん?女子寮まで送ってったるで?」

姫神「いい。小萌先生の家で。雨宿りして行くから」

青髪「いやいやそない言わんと」

姫神「……それに。一緒にいるの。噂されると嫌だから」

青髪「酷ッッ!こんな時間誰に見られんねん!?」

二人は三次会を欠席し帰路につく途中であり……
ちょうど姫神が目指す月詠小萌の住まうアパートへ通じる分かれ道に行き当たったのだ。
そこで青髪は二晩続けて違う女の子にエスコートを断られた事にガックリと凝った肩を落とす。

青髪「(きっと僕がカミやんやったら断られへんのやろうけど……まあ無理やね。あのいかつい鬼嫁はんが許す訳ないし)」

姫神「……。青髪君」

青髪「なんやー?気変わった??」

と、そんな青髪の大仰なリアクションに対し姫神が濡れ羽色の髪から水滴を滴らせ俯き加減に切り出した。
青髪はその抑揚に乏しい声音に乗せられた硬質な響きにあえてとぼけた風を装う。

姫神「青髪君は。誰かを好きになった事って。ある?」

青髪「……――そらなんべんもや」

例え今、姫神が降りしきる驟雨に乗せるように双眸から流すものを知りながらも――青髪は敢えて見て見ぬふりをした。

姫神「私は」

青髪「………………」

姫神「……初めてだった」

青髪「(失敗やったかな。学園都市walker見せたん)」

運命の歯車を回すため、青髪は敢えて上条をけしかけ麦野の元に向かわせた。
その事で深く傷ついている少女に青髪はかける言葉を持っていなかった。

青髪「――やっぱ、小萌先生のアパートまで送ってくわ」

姫神「………………」

青髪「(見てられへん)」

そして青髪は一歩先行く形で歩を進めて行く。
それは背後の姫神の顔を見ながら上手く笑える自信がなかったからだ。



ごめんな、と心の中で一人詫びながら




730 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:08:40.69 G+RwveOAO 486/670

~2~

本当はわかってた。あのどこまでもどこまでも広がる夏雲と青空の下で出会った彼の隣にはもう……
私とは全く正反対のあの女の人がとっくの昔からいたって事くらいわかってた。
今日だって勇気を出してお弁当のおかずを分けてあげようと思ったけどそれも無理だった。

姫神「……雨。いつ上がると思う?」

青髪「わからんなあ~今日は天気予報見てけーへんかったし」

男の子はわからない。それ以上に私は私の気持ちがよくわからない。
例えば同じ男の子でも、上条君と青髪君だと一緒に歩いてても全然違う気持ちになる。
……上条君とだったら、送ってもらう所を見られて噂されても嫌じゃない。
上条君に迷惑をかけたり、申し訳なく思ってしまう事もあるだろうけど。

姫神「……明日。晴れると思う?」

青髪「それもどないやろな~」

今日も本当は上条君がすき焼きパーティーに来れなくなったのがとても残念で……
あの綺麗なお姉さんとデートって聞いて、楽しみが半分くらいどっか行ってしまった。
ご飯を食べてる時も、いる筈がないのにどこかの座敷で上条君がいるんじゃないかって探してた気がする。

青髪「姫神さんは雨嫌いなん?」

姫神「好きじゃない。嫌いとまでは。言わないけれど」

何だか胸の辺りがモヤモヤして、声を出せばスッキリするかも知れないってカラオケにも行ったのに……
結局疲れて虚しいだけだったからボウリングには行かなかった。
でも女子寮の一人部屋は少し寂しくて、それで小萌先生の所に行こうとしているのかも知れない。


――そうしたら――


青髪「太陽は、いつも登っとるんよ?」

姫神「?」

青髪「どんな雨の日も曇りの日も、それこそ今日みたいな嵐の日も」

姫神「………………」

青髪「太陽はいつもその向こう側に出とる。ほら着いたで?」

そして気がつけば、少し懐かしく感じるボロなアパートの前まで来ていた。
部屋に灯りが着いてる。やっぱり帰って来てるみたい。

青髪「ほなおやすみ~」

そう言うと彼は片手を上げて帰ってしまった。もしかして気を使わせてしまっただろうか。

姫神「………………」

階段を上って、小萌先生の部屋の前に立つ。接触の悪かったインターホン。昔みたいに強く押す。すると

???「おかえり小も……誰?」

姫神「……貴女こそ。誰?」

血のように赤い髪と、甘いクロエの香りがする女の子がそこにいた。


731 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:10:46.79 G+RwveOAO 487/670

~3~

青髪「――次の主役は君やで。姫神さん」

そして青髪は水溜まりを子供のようにジャブジャブと踏みしめながら小萌のアパートへと振り返る。
片手に握り締めた携帯電話で迎えの車を呼び出し終えたその後に。

青髪「誰かを愛せる人は、ちゃんと誰かに愛してもらえるんよ?僕と違うて」

それは独り言というより泣き言に近い響きさえ漂っていた。
あのアパートで姫神を迎えた人間こそが、後の人生にあって半身も同然の存在である事に――
青髪は僅かばかり羨望を覚えた。相手の未来が見えない、というごく当たり前のファクターが青髪には通用しない。
その能力故に、誰を好きになってもその相手の運命の相手から迎える死の瞬間まで見通してしまえるのだから。と――

プップー!

青髪「来た来た!悪いなあこんな時間にわざわざ車出してもろうて」

???「当然。逆に連絡が無さ過ぎて店主まで心配していたぞ。こんな嵐の夜に出歩いてはいけない」

やって来たハイマー社製Sクラスのキャンピングトレーラーの運転席へと乗り込み――
、青髪はすぐさま住居スペースへと移動し制服をハンガーにかけタオルを探す。
同時に水晶髑髏のシフトレバーがガコンと動き、ウロボロスの意匠があしらわれたハンドルが切られ発進する。

青髪「僕にも色々あんねん友達付き合いとか。あっ、レッドブルあるやん一本もらってもええ?」

???「好きにするといい」

青髪「おおきにー」

夜の街を飛沫を上げて直走るキャンピングトレーラーに揺られ、タオルで頭を乾かしつつレッドブルを一口飲み干しながら横目で運転席を見やる。
身元不明の記憶喪失者であっても裁判所に申請すれば二重戸籍を承知の上でならば戸籍は獲得出来るし免許も取得出来る。
そしてこのキャンピングトレーラーは彼の城なのだ。焼け落ちた三沢塾に代わる、彼の城。

青髪「――運命っちゅうのは皮肉なもんやね、ほんまに」

たった今青髪が送って行った少女と運転手の間には浅からぬ因縁がある。
そしてこの第二の人生を生きようとしている青年の残した『負の遺産』が――
後にとある少女らを終わらない夏への扉へ導く事をこの時誰も知らない。

青髪「なー後で肩揉んでーめっちゃ凝ってんよ」

???「憤然。それくらい自分でやりたまえ」

この青髪ピアスを除いては――


732 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:11:31.19 G+RwveOAO 488/670

~4~

絹旗「……と、まあそういった方向性で超進めたいと思います。“勧告”が意味を為さなかったならそれはそれ。三日後に改めて“警告”を発しましょう」

フレンダ「結局、それで構わないって訳よ」

滝壺「きぬはたがそう言うなら」

そしてキャンピングトレーラーが通り過ぎて行くのを雨に濡れたファミレスの窓際席より見送りながら滝壺理后が頷く。
その対面には絹旗最愛、フレンダ=セイヴェルンが並んで腰掛けており――
当然の事ながら残る一席はずっと空いたままである。

フレンダ「でも結局、何で親舟最中な訳よ?確かに統括理事会の一人だけどほとんど名ばかりの役立たずだし影響力あんまりないし、殺すだけの価値なんてない訳よ」

絹旗「超同感ですけどね。“スクール”もなんだってこんな余計な仕事増やすんだか」

金華のサバの水煮缶をほじくりつつ、最近カレー味のサバがさ……
などとのたまう傍ら“親舟最中暗殺計画”について話し合うのを滝壺はボンヤリと見聞くともなしに聞く。
既に『スクール』に勧告は発している。これが受け入れられない場合は計画に必要不可欠な狙撃手を殺害する事で警告とする、と結論を出した上で。

滝壺「(むぎのなら、こんな時なんて風に言うかな)」

忘れもしない8月9日……麦野沈利は『アイテム』を引退した。
統括理事長直々に許しを得、『幻想殺し』のパートナーに従事するために。
その後継者には最年少である絹旗が指名され、アイテムは一人欠けながらも滞りなく任務をこなしている。
だがそれはまだ壁とも言うべき大きな仕事が回って来ていないという部分も決して少なくない。が

滝壺「そういえば、前からお願いしてる新しい人ってまだ来ないね」

絹旗「“電話の女”も超困ってるみたいですけどね。人材不足でいいのが見つからない、みたいな事ボヤいてましたし」

フレンダ「結局、麦野クラスの抜けた穴はそうそう埋まる訳な……」

絹旗「………………」

滝壺「………………」

フレンダ「……ごめん……」

滝壺「だいじょうぶ、私はそんなうっかり屋さんのふれんだを応援してる」

外に振り込む雨が窓ガラスを通り抜けて来たような湿っぽい空気が、そのまま解散の流れに繋がった。

『帰るよー』と手を叩いて場を締める彼女は、もういないのだ。


733 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:14:19.03 G+RwveOAO 489/670

~5~

滝壺「(お腹空いて来ちゃった)」

何か頼めば良かった、と思いながら滝壺は流れ解散となったファミレスを後にし近くの24時間スーパーへと立ち寄る事にした。
バサバサとビニール傘を入口で開いたり閉じたりしながら水気を飛ばして雨傘袋に入れて店内へ。
が、その際視界が一瞬揺らいで霞んだ。まるで立ち眩みのように。

滝壺「(おかしいな。最近体調あんまりよくない)」

買い物カゴを手に取りながら目頭を押さえる滝壺はこの時まだ気がついていなかった。
彼女が能力を使用するに当たって必要とする『体晶』が自らの身体を蝕んでいる事に。
しかし仲間の前で体調不良を口にしたくなかった。
それは麦野が欠けた後より一層顕著となった滝壺の傾向でもある。

滝壺「(私の居場所、ここだけだから)」

そう思いながら滝壺は惣菜コーナーへと向かう。
居場所。かつてフレンダが『ここ以外にも見つかるといいね』と言ってくれたそれが滝壺の胸裡を過ぎる。
その事がかつて常盤台の超電磁砲と会敵した際……
滝壺は体晶をケースごと噛み砕いて御坂の能力を乗っ取るという荒業に出させるほどだった。

滝壺「あ」

するとそこで――滝壺の目に入ったもの。それはごくありふれたシャケ弁。
そう、どこにでもあるシャケ弁を見る度過ぎるのだ。
あの気高く美しい横顔を。かつてこの24時間スーパーで買った食材を使い麦野に料理を教えた事を。

滝壺「……これにしよう」

今もたまに麦野を街中で見かける事がある。それは時に自分達にも見せた事のない穏やかな表情の時もあれば……
どんな仕事の時より張り詰めた表情の時もあった。
彼女が今も戦い続けている事を滝壺は知っている。
そして滝壺はそのシャケ弁を買い物カゴに入れてレジを済ませ、外に出る。と

ドンッ

滝壺「あっ」

その時、滝壺が誰かにぶつかりシャケ弁をひっくり返してぶちまけてしまった。

「おいおいどこ見て歩いてんだよお姉ちゃん?目ついてんのか?聞こえてんのか?耳ついてんのかアア!?」

「あー弁償だな弁償。これ狼のファーなんだぜ?どうしてくれんだよマジで」

「まーまー落ち着けって。金なんかよりいいもん持ってるぜこの女」

「まあそういう事だからさ?大人しくついて来てよお姉さん?」

悲劇は、繰り返される――


734 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:15:33.07 G+RwveOAO 490/670

~6~

浜面「クソッ……」

同時刻、浜面仕上は逃げ出すような形で雨の街を彷徨っていた。
血で血を洗う死闘の後すぐさま警備員らが踏み込み、上条と共にその場で逮捕された。
しかし何故か浜面だけが――逮捕を免れすぐさま釈放されたのだ。
一体何故?という疑問はすぐさま氷塊した。いや、させられた。

『お疲れ様です。浜面仕上』

あの銀座英國屋のスーツを身に纏った青年実業家のような男から電話があり――
事件の首謀者である浜面は刑務所送りと引き換えにある取引を持ち掛けられたのだ。
それは期せずして学園都市第四位を撃破した事により、とある世界と組織のために働いてみないかというスカウト。
もとい断る余地も選択肢もない浜面の足元を見た上での徴集に等しいが。

浜面「ははははは……ひでえ泥沼だ。抜けられるもんじゃねえ。足掻けば足掻くほど深みに嵌りやがる」

そして浜面は後払いの報酬を支度金として手渡され、夜の道をうろついていた。
筋肉痛と殴打された身体が熱を持ち、火照りを冷ますためにこの雨の夜を一人彷徨っているのだ。と

???「離して」

「いいから来いよ!!」

浜面「………………」

満身創痍で夜道を彷徨く浜面の視線の先……ピンク色のジャージの少女がスキルアウトらに手を掴まれ路地裏に引きずり込まれて行くのが見える。
駒場亡き後歯止めのかからぬ跳ねっ返りが憂さ晴らしに因縁でもつけたのだろうと浜面は思う。
残念だが運が悪かったと思って諦めるんだな、と浜面は腫れ上がった目を切って顔を背ける。が

浜面「………………」

浜面の内面にあって、つい今し方その心を殴りつけた一人の少年の声がした。
自分の女を助け、友人の母を救うために徒手空拳で飛び込んで来たあのレベル0……
自分と同じ無能力者の少年。敵である自分にさえ手を差し出したあの少年の声が。

浜面「……ふざけやがって」

浜面の内心にあって、つい今し方その目蓋に浮かんで来る友人の姿があった。
舶来を助け、能力者と戦い、学園都市の在り方に反旗を翻したあの無能力者……
自分と同じレベル0の友人。路地裏でくすぶっていた自分を迎え入れてあの友人の姿が

浜面「ふざけやがって――ッ!!」

浜面の足を、前に進ませた。
 
 
 
 
 
 
――駒場利徳が、笑った気がした――
 
 
 
 
 
 

735 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:16:32.29 G+RwveOAO 491/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十話「たとえヒーローにはなれなくても」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

736 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:18:57.18 G+RwveOAO 492/670

~7~

そして――滝壺理后は連れ込まれた雨の路地裏で信じられないものを目撃する。

スキルアウト1「ああ?なんだテメエは」

その少年は降りしきる雨の中、鉄パイプ片手に佇んでいた。

スキルアウト2「こいつ、見た顔だ。駒場ん所の」

痣と、傷と、そして泣き腫らしたようなひどい顔のまま

スキルアウト3「駒場?あいつ今日死んだって聞いたぜ」

金に近い茶に染めた痛んだ髪、ピアスのちぎれた団子鼻

スキルアウト4「おいおいヒーロー。なんだなんだあ?テメエも混ぜて欲しいのかあ?」

泥と血と雨にまみれたその姿は決して見栄え良いものではない。だがしかし

スキルアウト5「ちょうどいいわ。駒場のやつが鬱陶しくてここんとこおまんま食い上げだったとこだ。殺っちまおうぜ」

滝壺は本能的に理解した。この少年はヒーローであると

スキルアウト6「そんなこんなで、テメエの顔潰して少年Aにするぐらいはムシャクシャしてんだわ」

???「ああ……俺もムシャクシャしてんだ。どうしようなく」

ガラン、と鉄パイプを引きずりながら少年は自虐的な笑い方をした。
何もかも失ったような、行き場のない怒りと悲しみが滝壺に伝わって来る。

スキルアウト1「はあ?」

???「居場所もダチも何もかもなくして、こんな泥沼に嵌り込むまで……何もわかっちゃいなかった自分の馬鹿さ加減に」

滝壺「(……居場所……)」

居場所、というその言葉が囲まれ腕を取られた滝壺の琴線に触れた。
恐らくこの少年は決して取り戻せない何かを大きく失ったのだろうと。

???「……こんな簡単な事だったんだな」

スキルアウト2「何だヒーロー!さっきから何言ってやがる!?」

???「……あのウニ頭の言う通りだ」

スッ、と少年が鉄パイプを肩に担いでスキルアウトらと睨み合う。
一触即発の空気の中、自嘲的な笑みに唇を歪めながら――

???「――その通りだ、クソったれ」

スキルアウト「「「「「「やっちまえ!!!」」」」」」

少年が飛び出し、滝壺を捉えていたスキルアウトの一団に踊りかかる。

???「俺はヒーローなんかじゃねえ……」

一陣の風のように

???「――ただの、無能力者(レベル0)だよ!!!!!!」

――吹き荒ぶ


737 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:19:26.11 G+RwveOAO 493/670

~8~

スキルアウト1「ぐほっ!?」

スキルアウト2「がはっ!!」

目の前のスキルアウトの鼻っ柱を横薙ぎに振るった鉄パイプで殴り倒し、返す刀で背後に回っていた少年の腹を突く。
そして屈み込み下がった顔面を浜面の左ミドルキックが躊躇なく蹴り飛ばす。

浜面「(悪い、駒場のリーダー)」

更にそこから飛び上がり、空中蹴りを三人目のスキルアウトに浴びせかけて少女から引き剥がし――
着地と同時に回転し左手のバッグハンドブローを目元に叩き込む。
浜面は止まらない。左手で少女を抱き寄せ、迫り来る四人目をローキックで打ち据え、更にミドルからハイキックでこめかみを打ち抜く。

浜面「(俺はあんたみたいに格好良くも生きられねえ。潔く死ぬ事さえ出来ない)」

倒された四人を踏み台に前後から挟み撃ちで迫ってくるバールとスタンガンを持った二人を――
浜面は少女を庇って真横に逃げると標的を見失った二人が互いの武器で同士討ちとなった。
そこで浜面は手にした鉄パイプでスタンガンを持った少年の手首をヘシ折る覚悟で振り抜き、打ち砕く。

スキルアウト6「テメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」

浜面「ッッ!!」

ガギン!と縦に振り下ろされたバールが横に構えた浜面の鉄パイプで受け止められ鍔迫り合いになるが――

浜面「……全ッッ然だな」

スキルアウト6「!?」

浜面「話になんねえよ!!」

浜面は蹴り上げた。最後の少年の股間を蹴り潰さんばかりの勢いで。

スキルアウト6「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!?」

浜面「あの女の蹴りはこんなもんじゃなかったぜ……」

浜面は少女を手放した左手でその悶絶する少年の顔を鷲掴みにし、思い切り路地裏の壁面に後頭部から打ちつける。

浜面「あのウニ頭はこんなヤワじゃなかったぞ!!」

バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!

トドメの一撃が、リーダー格の少年の鼻っ柱を真っ向から叩き折った。
今の浜面は誰にも止められない。敵などいない。負ける気がしない。

浜面「(でも、俺はまだここにいる)」

浜面は左手で少女を抱き、右手で鉄パイプを突き出しながら構える。
まるで后(クイーン)を守るナイトのように。

浜面「……どうした?」

スキルアウト6「ヒィッ!?」

浜面「来いよ!!」

浜面は、上条当麻が越えられなかった悲劇を自分の足で乗り越えた。


738 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:21:54.74 G+RwveOAO 494/670

~9~

スキルアウト「「「「「「お、覚えてやがれ!!」」」」」」

浜面「はあっ……ハアッ」

浜面仕上はスキルアウトらを追い払った後薄汚れた路地裏の壁面に寄りかかる。
鉄パイプ一本という乏しい武装ではあったが――
それでも6対1という圧倒的不利を覆すだけの地力が既に浜面には備わっていた。何故ならば

上条『そうやって困ってる人や虐げられてる人達に手を差し伸べられたなら、テメエらスキルアウトも!俺達無能力者(レベル0)も!!学園都市の人達から認められたんじゃねえのか!!?』

あの少年の拳はこんなものではなかった。浜面も今の大立ち回りで多少は疲れたが――
痛いのは身体だけだ。あの少年のように心まで殴りつけて来るような痛みなどスキルアウトらの拳に宿っていなかった。

麦野『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね』

あの女の攻撃は掠っただけで死ぬ能力であり、浜面はそれを全て紙一重でかわして来た。
当たって痛いだけの拳ならば一発も当たる気がしない。
最強のレベル5(超能力者)を討ち果たしし、最弱のレベル0(無能力者)に打ち倒され――
目覚めの時を迎えた浜面の相手ではなかった。

???「だいじょうぶ……?」

浜面「……平気だ。このケガ、あいつらのじゃねえし」

???「痛い……?」

浜面「――痛えよ」

カラン、と浜面の手から鉄パイプが取り落とされ水溜まりに沈む。
呆気なかった。拍子抜けするほどあっさりと浜面は少女を助け出せた。
自分の手で何一つ変える事も選ぶ事も貫く事も出来ないと腐っていた浜面の手は……
今、例えようのない何かが確かな重みと形を持って浜面の手に宿っていた。

浜面「――ここが、痛え……」

???「………………」

浜面「穴が空いたみてえに空っぽなのに……痛くて痛くてたまんねえんだよ!!!」

押さえた胸、こちらを覗き込んで来る少女にも構わず地面を殴りつける。
紫暗に腫れ上がった拳に新たに生まれる傷と食い込む砂利、そして流れる血と溢れる涙。

浜面「なんで!どうして!!」

浜面は何故あの少年を下せなかったのか今はっきりと理解した。
勝てるはずがない。こんな力を乗せた拳の持ち主に、勝てるはずがなかったのだと。


そして―――



浜面「なんで俺はこんなちっぽけなんだよ!!」



739 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:23:10.10 G+RwveOAO 495/670

~10~

滝壺「………………」

少年は泣いていた。滝壺はその姿にかける言葉が見当たらなかった。
生まれて初めて見る、命乞い以外の異性の嗚咽に。

???「どうしていっつも取り返しのつかない所で取り戻せねえもん落っことしちまうんだ!!」

少年が流している涙。それが悔し涙である事は滝壺にもわかった。
この力をもっと早く手にしていたならば何かを変えられたかも知れないと。
友人を死なせる事もなく共に戦えたかも知れない。

命令以外の形で仲間を束ねる事が出来たかも知れない。
もう終わってしまった昨日を、乗り越えられたかも知れない今日を、変えられたかも知れない明日を……
夜の帳さえ白く染める驟雨に乗せて、少年は血を吐くように嗚咽を絞る。

???「なんで無くしてからじゃねえとそれに気づかねえんだ……!!」

取り返しのつかないモノ、取り戻せたかも知れないものが少年に重くのしかかる。
中腰で覗き込む滝壺を前に、頭を垂れて咽び泣く罪人のように少年は歯を食いしばる。

滝壺「――――――」

滝壺は、泥に汚れる事も躊躇わずにその場に膝をつく。
雨に濡れた黒髪が頬に張り付き、渇いた唇が上手く動かない。
それでも構わず滝壺は――少年へと、両腕を伸ばす。

滝壺「泣いていいんだよ」

滝壺は異性を知らない。恋を知らない。愛を知らない。
しかし滝壺は知っている。6月21日、あの夜もやはり雨が降っていた。
麦野沈利が心の闇をさらけ出したあの日、滝壺は手を差し伸べられなかった。

滝壺「あなたはちっぽけなんかじゃない」

滝壺は少年を胸に抱き寄せ空を仰ぎ見る。星一つ見えぬ闇の中、上がらぬ雨に撃たれ、晴れぬ暗雲の向こうに浮かぶ月を探すように。

滝壺「つらかったね」

???「うっ…ぐっ!!」

滝壺「もう、頑張らなくていいんだよ」

この、名も無き傷だらけのヒーローに向かって囁く。

滝壺「――助けてくれて、ありがとう」

???「――……オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

少年は泣き叫ぶ。この世界に生を受けた赤子の産声のように。
生まれて初めて助けた名も知らぬ少女の胸に抱かれて、少年は滂沱の涙を流す。
 
 
 
 
 
 
これが浜面仕上と、滝壺理后の最初の出会いだった。
 
 
 
 
 
 


740 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:25:40.89 G+RwveOAO 496/670

~とある夏雲の座標殺し・0日目~

結標「――貴女、名前は?」

姫神「――秋沙。姫神秋沙。貴女は?」

結標「――淡希、結標淡希」

姫神「淡い希(のぞみ)だなんて。幸が薄そう」

結標「秋(あい)の沙(すな)だなんて不毛な名前よりマシよ」

小夜時雨が降りしきる夜に、私が居候している部屋に駆け込んで来た一人の少女。
何でも彼女もかつて月詠小萌を家主としたこの部屋に転がり込んで来たらしい。言わば居候の先輩である。
名乗り合った後はお定まりの自己紹介。聞けば彼女は私より一つ年下で、特別留学扱いとして籍だけ置いている霧ヶ丘女学院に通っていたらしい事もわかった。つまり私の後輩に当たる。

姫神「雨が止んだら。寮に帰るから」

結標「好きにしたら?私だって居候なんだし、元々貴女の方が先輩なんでしょう?小萌だってそろそろ帰って来るでしょうし、ゆっくりしていったら?」

ゴシゴシと手渡したタオルで墨黒を流したような艶やかな髪を拭く。
その煉乳を溶かし込んだような肌と、この上なく整っていながら表情というものに乏しい横顔を私は卓袱台に頬杖をつきながら見やった。

結標「(変わった娘ね……この娘といい私といい、変わり者ばっかり拾って来るあんたも相当変わってるわよ、小萌)」

目を切って閉ざした瞼に浮かぶのは年齢不詳はおろか歩く年齢詐称とも言うべき家主の姿。
今日もあの小さな身体で生徒のために駆け回っているのだろうななどと思う。
学校には『窓のないビル』の『案内人』を務めてより通っていない。
もし小萌のような教師が担任だったならそれはそれで退屈しないだろうなとも。

結標「(……コーヒーくらい淹れてあげるべきかしらね。雨に当たっちゃったみたいだし)」

などと考えながら瞼を開く。するとそこには――

姫神「………………」

結標「……何かしら?私の顔に何かついてる?」

卓袱台を挟んで何処へと視線を向けていた彼女が身を乗り出してその微睡みの彼方を透かし見るような眼差しを向けて来た。
やっぱりお茶の一つも出さなかった事に腹を立てているのだろうかと訝ってみたが……

姫神「髪。赤い。地毛?」

結標「地毛よ。それがどうかした?」

彼女の視線は二つに結わえられた私の髪に注がれている。
別段染めている訳でもさほど目立っているとも思えない。
仕事で顔を突き合わせている男など若くして総白髪であるし昔『案内』したゲストに至っては髪が青かった。

741 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:27:02.71 G+RwveOAO 497/670

姫神「まるで。血の色――」

一房、髪に触れられた。一瞬喧嘩を売られているのかと思った。
女にとって同じ女に髪を断りもなく触れられると言う事は男同士で肩がぶつかるのと同じ意味を持つ。

姫神「私と。同じ――」

その一人言ちるような抑揚のない声音と、平坦な表情が何故か強く焼き付けられた。同時に、剣呑な毒気も抜かれた気がした。

結標「――やっぱり変わってるわ、貴女」

後に私は思った。『この娘』と出会わなければ、果たして私はどんな運命を辿ったのだろうと。

後に私は考えた。『あの娘』と出逢わなければ、果たして私はどんな未来を迎えたのだろうと。

この娘と一緒に生きたい、あの娘と一緒に死にたい。
分かち難く隔たる二人の狭間で壊れた私の弱さ、甘さ、脆さ。

結標「……コーヒーでも淹れるわ。貴女、お砂糖やミルクは?」

姫神「ありがとう。お砂糖はいらない。そのかわり。ミルクを少し」

あの夜、迷い込んで来たずぶ濡れの黒猫のような貴女に淹れたコーヒー。
ドリップもへったくれもないインスタント。安っぽい苦さと薄い味。
台所に立って、貴女に背中を向けて、それでも私はガラス越しに貴女を見つめてた。

姫神「あの」

結標「何かしら?」

姫神「いつから。ここにいるの?」

結標「最近よ。小萌から聞いた限りだと、貴女と入れ違いくらいだと思う」

ガラスを叩く雨の音の穏やかさ。お湯を沸かすガスの炎のあたたかさ。
それが貴女の寝息の静けさと低めの体温にとって変わるまで……
私達は一年近くを要して、そこから一週間かからなかった。

姫神「また。ここに来たら。いる?」

結標「どうかしらね?私もいつもいる訳じゃないし、いつ出て行くかもわからないわ」

今でも思う。私達は出会って良かったの?それとも出逢わなければ良かったの?
貴女に抱かれて、『あの娘』を抱いて、その度に胸を過ぎる答えのない質問。
でもただ一つ……『この娘』も『あの娘』も『自分』も裏切った私のただ一つ確かな事。

結標「はいコーヒー。熱いから気をつけてね」

姫神「ありがとう。貴女。ミルクは?」

結標「入れるわ。砂糖とミルクが入ってないと飲めないのよ」


貴女に巡り会っていなければ、今の私はここにいない。
 
 
 
 
 
 
――これが私と姫神秋沙の最初の出会いだった――
 
 
 
 
 
 

742 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:31:10.95 G+RwveOAO 498/670

~11~

上条「……不幸だ……」

一方その頃……上条当麻は冷たい鉄格子の檻の中にて泣き暮らしていた。
そこは世に言う留置場であり、不当に法を犯した者が正当な報いを受ける場である。

上条「上条さんも今まで色んなトラブルに巻き込まれて来たけど、流石に留置場なんて初めてですよ……」

絶対等速「(……ここのメシ、ひじきがちょっととたくあん二枚しか出ねえんだよなあ)」

上条「尻の穴に指突っ込まれるなんて……もう男として終わった気がする」

絶対等速「(味噌汁ついてくるだけマシか)」

上条「もう沈利の顔が真っ直ぐ見れねえー!!」

絶対等速「(卵くらい欲しいよなあ……)」

服部「お前初めてかここは?力抜けよ」

雑居房の片隅にて流した涙で『の』の字を書いて打ち拉がれる上条に服部半蔵が声をかけ、絶対等速は留置場の食事に思いを馳せていた。
そして呆れたような半蔵の声に、踏みつけられた豚まんのように顔を腫らした上条が振り向く。

上条「ははっ……まあそんなところです」

絶対等速「俺もそうさ。最近じゃ捕まった時の事考えて悪さする前に風呂入るようにしてる……あんたら何やったんだ?」

上条「……ケンカ」

服部「ATM強盗。急ぎで金が要ったんだが焦り過ぎてな」

絶対等速「そうか。俺も昔強盗やって風紀委員にぶち込まれた。世知辛いぜ」

上条は断崖大学データベースセンターの件で、半蔵は結標に破壊された隠し金や活動資金を取り返すために浜面抜きで事を起こして捕まった。
当の絶対等速はというと――昨日より八九年式モデルのブースタ(オーナー:垣根帝督)を窃盗した疑いで縄についている。

上条「顔写真撮られたり指紋取られたり尻の穴検査されたり……もうダメかも知れねえ」

絶対等速「そんなもんどうって事ねえよ。“無能力者狩り”の連中なんて手足どころか命まで持ってかれてんだ。生きてるだけ儲けさ」

服部「ああ……」

更に彼等ら以外にも……無能力者狩りに加わっていた能力者達まで続々と自首ないし連行されて来ているのだ。
その事に対し半蔵はやや皮肉な面持ちで疲れた溜め息を吐き出した。何故あと一日早くこうならなかったのかと。


743 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/03 21:32:15.13 G+RwveOAO 499/670

~12~

上条「どう言う事だ?それ」

絶対等速「シャバにいたくせに知らねえのか?今日一日で無能力者狩りの連中が次々ブチ殺されてったんだとよ。殺し屋でも雇われたか……とにかく悲惨らしいぜ」

そう……駒場利徳の遺志を受け継いだ一方通行により無能力者狩りのメンバーは次々に射殺されて行った。
その数およそ30~40人ほどであり、残りのメンバーは死を恐れ、余罪の追求覚悟で警備員への保護を申し出たほどであった。
特に主だった三人のメンバーの内一人は昨日逮捕され、一人は廃工場にて射殺体で発見され……
残る一人は潜伏先の病院で狙撃され死亡したと絶対等速は付け加えた。なかなかの情報通らしい。

服部「で、今更ビビって駆け込み寺かよ。つくづく自分に都合良く出来てやがるな能力者(アイツら)は」

上条「……そっか」

絶対等速「自業自得ってヤツだ。多分無能力者から“人材派遣”辺りに雇われた殺し屋か?手口が徹底してる」

服部「――因果応報さ」

思わぬ形で半蔵の双肩にかかっていた荷が下ろされ、代わって虚脱感が襲って来た。
罪悪感など微塵もない。されど達成感も欠片もない……そんなやり切れない気分だった。

服部「(思ったよりスッキリとは行かねえもんだな駒場のリーダー……あんたが生きてりゃもう少し手放しで喜べそうなもんだが)」

半蔵とてわかっている。今日一日で無能力者狩りもスキルアウトも共倒れに終わった。
特に代を取ったばかりの浜面にそれは荷が勝ち過ぎる状況だった。
誰が頭を取ろうと遅かれ早かれ自分達は潰れていただろう。
それでも諦め切れずに資金調達に打って出てたのは――
『はいそうですか』と過去を捨て真っ当な生き方を選べるほど半蔵自身が器用ではなかったせいだ。

服部「(懐かしいな……俺が計画練って、駒場が指揮して、浜面がアシを確保して――……)」

悪事の果てに黄泉川に三人まとめてぶち込まれ一晩中この留置場で喚いていた頃が遠い昔のようだと半蔵は懐古する。



――すると――



警備員A「上条当麻!釈放だ!!」

上条「!!?」

警備員A「こちらです」

???「んまー!上条ちゃんひどい顔なのですよー!!」

上条「なん……だと」

その時、鉄格子越しに姿を表した人物……安っぽい蛍光灯照らされ逆光を背負った小さなシルエット――

月詠「まるでサンドバッグなのです!!」

月詠小萌が、そこに佇んでいた。

751 : 今日はこれだけです ◆K.en6VW1nc - 2011/09/04 17:29:12.20 TPkhWv4AO 500/670

~簡単な人物紹介Ⅳ~

海原光貴……御坂美琴の世界を陰から日向から守る銀月の騎士。
グループの上役や垣根帝督相手に一歩も譲らない交渉力と粘り強さを持つ。

結標淡希……小萌のアパートに居候している赤髪の案内人。
後に黒い髪の少女と白の字の少女の狭間で大きく揺れる事になる。

絹旗最愛……麦野の後を継ぎアイテムを率いる事となったリーダーにして最年少者。
麦野を慕う反面上条を毛嫌いしており、いつか挽き肉してやろうと思っている。

フレンダ=セイヴェルン……金華のサバ缶味噌煮込み味と水煮を行ったり来たりし最近はサバカレーがマイブーム。
フレメアとは離れて暮らしているため、無能力者狩りの事を知らなかった。

滝壺理后……体晶をケースごと噛み砕いて能力発動するなどしたため中毒症状がかなり進行している。
ピンク色のジャージにちゃんと自分の名前を書いていたりと意外にしっかり者。

服部半蔵……駒場の死、浜面の失踪後に留置場に放り込まれる事に。
焼酎の牛乳割りで薩摩揚げをツマミにするなど悪食の気がある。

絶対等速……垣根の愛車を盗むなどして警備員に逮捕された留置場の牢名主。
『人材派遣』を知っているなど裏社会の事情にも精通している。

警備員……上条を逮捕し留置場へと放り込んだ若き隊員。
過去に兄が殉職しており、その志を継いで警備員となった経緯がある。

761 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:00:40.46 r59ePYOAO 501/670

第二十一話

~冥土帰し~

打ち止め『あの人は……あの人は何処?ってミサカはミサカは尋ねてみたり』

ソファーとテーブルだけが置かれた簡素な談話スペース。
冥土帰しはリノリウムの床面を照らす自販機の予め焙煎された豆を擦り潰す音と

打ち止め『うん……ミサカも早く会いたい、ってミサカはミサカは頷いてみる』

脳裏に蘇る打ち止め(ラストオーダー)の言葉を反芻しつつ腰を下ろした。

冥土帰し「ふう……」

更にピーという電子音が重なり、冥土帰しは自販機の取り出し口からコーヒーを取り出し苦い液体を一口含む。
そこへザーという雨音が加わり、立ち登る湯気が鼻腔をくすぐる。
たった今手術を終えた患者との出会いもまた、この談話スペースだったと思い返して。

麦野『――……お願いね、先生』

冥土帰し「(全く、“君達”は本当に医者泣かせなお得意様だね?)」

四肢動かせぬほどの致命傷、出血は命に関わるほどの致死量ながらも……
そのお得意様(かんじゃ)は寝かされたストレッチャーの上で平然と言ってのけた。
それは冥土帰しへの揺るぎない信頼と、自分の身体を入れ物程度にしか思っていない投げやりさが綯い交ぜとなっていた。
そこが『生きよう』とする打ち止めや妹達と対照的だと冥土帰しは感じている。

冥土帰し「(もう少し、自分を大切にしてもらわないと困るんだけどね?)」

故に冥土帰しは『これだけは使いたくなかった』と考えていた『負の遺産』を麦野に施した。
油脂系の『溶ける骨組み』を使って肉の再生ペースを整えた上で、急速な細胞分裂を促すそれを。
『生きるための身体』ではなく『戦うための肉体』を欲している麦野に。

しかしそれが時に――ひどく痛々しく感じられてならない瞬間がある。
かつて二度上条を死に目に追いやり、今自らが死に傷を負った少女、麦野沈利。

彼女は今手術を終え深い眠りに就いている。戦士の浅い微睡みと短い休息を思わせる寝顔を、打ち止めの遺伝子上の母にあたる御坂美鈴に見守られて。

冥土帰し「一応“彼”に連絡を入れておこうかな?」

――冥土帰しは空になった紙コップをゴミ箱に捨て、静かに立ち上がった。
孫娘のような年頃の麦野からすれば、差し詰め自分はおじいちゃんかと腰をさすりつつ。



762 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:01:08.75 r59ePYOAO 502/670

~御坂美鈴~

美鈴「この娘は本当に強いわね……」

御坂美鈴は手術を終え深い眠りに就いた麦野の寝顔を……座りの悪いパイプ椅子に腰掛けつつ見守っていた。
その眼差しの先。湿布や絆創膏の貼られた頬、包帯の巻かれた額。
静謐ながらどこか張り詰めたその寝姿は、まるで枕元に銃を置いて眠る世界の人間のようだと感じられた。

美鈴「子供が強過ぎると大人がせつなくなるわ」

間接照明に照らされたその寝顔から、内に秘めた強さが滲み出ているようだと美鈴は感じていた。
それは自分が同性であり子を持つ母親だからかも知れないが――
麦野という少女は恐らく異性より同性にモテるタチだろうなと感じられて。

美鈴「んっ……ちょっとコーヒーでも飲んで来ようかしらん?」

そんな風に考えながら、美鈴は疲れ切っていながらも眠りに就く事を拒んでいる身体を立ち上がらせ廊下に出る。

美鈴「(そう言えば上条君ってばどうしたのかしら……まさか捕まっちゃったとか?ないない)」

涼しさと冷たさと寒さの入り交じった薄暗い廊下の空気を感じながら美鈴は歩く。
興奮という訳ではないが身体が依然として気を張った臨戦態勢のままで寝付けないのだ。
そして何より上条が姿を現すか彼女の身内とも言うべき人間にバトンを渡すまでは眠る訳に行かないと美鈴は感じていた。が

???「クスン……クスンクスン」

美鈴「……――?」

その時、通り過ぎた個室病棟から幼子が啜り泣く声が美鈴の耳朶を震わせる。
最初は病院にありがちな怪談ないし幽霊絡みの話が頭を過ぎったが――

美鈴「……開いてる」

僅かばかり開いた扉の隙間から漏れ出す啜り泣きの声に美鈴は何故か既視感を覚えた。
自分はどこかでこの啜り泣きの声を聞いた事があると。それもとても身近でありながらひどく遠い昔に。
それがどうにも放っておけず、せめて声だけでもかけてみようかと扉に手をかけると……

美鈴「ごめんなさい。どうかしたの?」

打ち止め「え……?」

美鈴「あらら……?」

愛娘がそのまま記憶の宮殿から抜け出して来たような少女が、そこにいた。

美鈴「……美琴ちゃん?」

打ち止め「!」

その少女もまた、何かに気づいたように両手で口を押さえて――



763 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:03:16.19 r59ePYOAO 503/670

~御坂美琴~

御坂「――!!?」

白井「お姉様!?」

初春「御坂さん!」

固法「気が付いたのね」

一方その頃、御坂美琴は第一七七支部の仮眠室にてガバッと身体を跳ね起きさせる。
それを取り囲むは白井黒子、初春飾利、固法美偉の三人。風紀委員の面々である。

白井「お姉様あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ー!!」

御坂「ちょっ、ちょっと黒子!!?どうしたのよ急に!?」

固法「どうしたはこっちの台詞よ御坂さん……貴女、ずっと眠っていたのよ」

御坂「えっ!?」

初春「そうですよ御坂さん」

御坂が目を覚ますなり号泣し飛びついて来る白井をなだめなつつ状況把握に務めようとする御坂に、初春からフォローが入る。
御坂は数時間前、警備員に抱きかかえられてここまで連れられたのだと。
そしてその警備員は三人に御坂を預けるなり忽然と姿を消してしまったのだと。

御坂「嘘……私が?」

固法「本当よ。最初は何かされて気を失ってるのかと思って透視させてもらったけれど……」

初春「外傷らしい外傷もなくてただ眠ってるだけみたいだったので……ここで」

白井「一体どうなさいましたのお姉様……何か覚えていらっしゃいませんこと?」

御坂「う、うん……」

身体に付きまとう奇妙な違和感と記憶の不鮮明さに当惑しつつ御坂は身体にかけられた毛布をはぐってベッドから下りる。
断崖大学付近のコンビニで上条当麻と初めて見るタイプの遊んでそうな優男と出会った所まで記憶はある。
だが御坂は白井の余計な勘ぐりを避けるためにあえて上条の事だけを伏せてその時の状況を説明した。が

白井「どこの憎いアンチクショウですのォォォォォ!わたくしのお姉様に狼藉を働いた痴れ者はァァァァァ!」

御坂「(やっぱりこうなった……)」

一人ボルテージを上げてヘッドバンキングする白井をスルーしつつ御坂は更にもう一つの隠し事に思いを巡らせる。
麦野沈利、上条当麻、そして海原光貴と思しき声の主に対して。
そんな思案顔の御坂を見やりながら、固法は眼鏡を直しつつ訝しんだ。

固法「だとしたら相当な使い手ね」

御坂「……?」

固法「御坂さんの不意を突いて、尚且つ無傷で帰せるような凄腕の持ち主がこの学園都市に何人いるって言うの?」

学園都市第三位を赤子の手でも捻るようにあしらえるほどの実力者……もしそんな人間が存在するならば――



764 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:03:43.75 r59ePYOAO 504/670

~垣根帝督~

心理定規「アイテムから勧告があったわよ。親船最中の件について」

垣根「そうか」

心理定規「そうか……って貴女ねえ」

一方、第七学区の路上にて返還されたブースタ八九年モデルのシートに身を横たえ……
車内に酒精の残り香と紫煙を立ち込めさせる垣根に対し派手なドレスに身を包んだ少女が溜め息をついた。

心理定規「計画が漏れているのよ?どんな見込みがあればそんなに悠然と構えていられるのかしら」

垣根「決まってる。勝ちの目は揺るぎようがねえからさ。なんせ――」

咥えた煙草から落ちそうで落ちない灰を見やる心理定規に構わず垣根は語る。
その瞳に上条と言葉を交わしている時のような鷹揚とした雰囲気は既にない。
ブラックダイヤモンドのような眼差しが雨の街と夜の闇を無感動に見つめているだけだ。

垣根「情報を流したのは他ならぬ俺自身だからな」

心理定規「……!!」

垣根「親船最中が死のうが生きようが、狙撃手が殺されようが殺されまいが俺の勝ちは動かねえ。まあ警告がてら狙撃手が見せしめに殺されるかも知れねえがそんなもんは“人材派遣”の所で補充すりゃいい。もう手は打ってある」

ほれ、と垣根が投げて寄越したUSBメモリーを心理定規がパソコンに繋いで開くとそこには『紹介料70万円』『砂皿緻密』とあった。

心理定規「本来の目的(ピンセット)に目を向けさせないためのブラインドってわけ?」

垣根「最近、そういう賭けに失敗した男と知り合ってな」

心理定規「………………」

垣根「俺は、もっと上手くやる」

そう言い終えると垣根はシートを倒して横になった。
心理定規に『送って行く』とも『出て行け』とも言わなかった。
ただフロントガラスを叩く雨粒とネオンの光をただ黙って見つめている。

心理定規「……馬鹿な男ね」

垣根「心配するな。自覚はある」

能力を使わずとも理解出来る。この男にとって野心以上に魅力的な『女』などいないのだと。
その証拠に用は済んだとばかりに、ドレスの少女に一瞥すらくれないのだから。

心理定規「(……馬鹿な女ね)」

ルームミラーに映るその端正な顔立ちが、ひどく憎たらしかった。



765 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:05:56.32 r59ePYOAO 505/670

~禁書目録~

禁書目録「とうまの馬鹿!しずりの馬鹿!!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!!」

土御門「(エラい事になったんだぜい)」

禁書目録「もとはる!もとはるー!?ねえ聞いてるの!!?」

土御門「き、聞いてますたい!」

一方、土御門元春は帰って早々に隣室のインデックスに捕まった。
同じ必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師同士、『現在』のインデックスとも『過去』のインデックスとも土御門は接した事がある。
しかし今夜のインデックスはとことん質が悪かった。それは何故かというと――

禁書目録「きっと“また”二人でいやらしい事してるに違いないんだよ!」

土御門「そ、そんな事ないんじゃないかにゃー?カミやんはお前さんの事を本当の家族みたいに……」

禁書目録「もとはる!!」

土御門「はひぃっ!?」

禁書目録「い ま 私 が 話 し て る ん だ よ ?」

土御門「……はい」

――最初はこの暴風雨に乗ったゴミが上条家の窓ガラスを割り、生まれた穴から風が吹き荒び雨が入り込み……
『今一人ぼっちだから助けてほしい』と修繕に呼ばれたまでは良い。
『お腹すいた』と義妹・舞夏が作り置きしてくれたシチューを鍋から一気飲みされた事も許せないがまだ堪えられる。だが

土御門「(シャトー・ディケムにアネホ・インペリアルが……)」

麦野所有の白ワインとテキーラの空き瓶が転がった頃には後の祭。
立派な絡み酒のご相伴に不本意ながら預かる形となった土御門は何故か正座までさせられている。
既にフラフラになるまで追い込まれている事から如何な惨状を辿ったかお察しいただきたい。

土御門「(昔とエラい違いなんだぜい……)っておい何してる!?」

禁書目録「わからないの?もとはるを逃がさないためだよ!」

土御門「逃げないからどいてくれい!こんな所カミやんと麦野と舞夏に見られたら幻想じゃなくてブチコロシかくていなんだぜい!」

禁書目録「逃げたらもとはるにいやらしい事されたってある事ない事ぶちまけてやるんだよ!!」

その上土御門の膝を椅子代わりに座り、かつ据わった目で至近距離から蛇のように睨まれ……
土御門は蛙になれるならばこの雨の中高らかに歌い上げただろう。

土御門「ふっ、不幸なんだぜいー!」

禁書目録「とうまの馬鹿野郎ー!」

――インデックスが覚えていない頃の土御門のように――

766 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:06:26.11 r59ePYOAO 506/670

~食蜂操祈~

食蜂「あらぁ、窓にカエルさんが来てるわぁ?」

ルームメイト「ひいっ!!?」

食蜂「ここ二階なのにスゴい跳躍力ねぇ?生命の神秘だわぁ」

一方、食蜂操祈は派閥の人間に煎れさせたセイロンミルクティーを口にしながら窓辺に張り付いたカエルを見やっていた。
設えられた安楽椅子に腰掛けつつ、ショパンのような雨音に耳を澄ませて

ルームメイト「(き、気持ち悪いわ!早くいなくなってしまえばいいのに……)」

食蜂「………………」

ルームメイト「(はっ、叩き落として追い払ってしまえばいいんだわ!)しょ、食蜂さ」

食蜂「――――――」

ルームメイト「」ガクン

食蜂「……五月蠅いわねぇ?」

――いた所、ルームメイトの心に走ったノイズが風情をぶち壊しにした事に食蜂は気分を害した。
どうやらこのルームメイトは蛙が生理的嫌悪の対象らしく……
その心のざわめきが食蜂には調律のズレたピアノの音色を聞かされたような気持ちにさせられた。
おかげでセイロンミルクティーの香りまで飛んでしまったような気がしてカップをソーサーに戻す。

食蜂「カエルさんの方がよっぽど静かよぉ?ねぇ?」

カエル「ゲコゲコ」

食蜂「……本当に」

棚から落ちた糸の切れた操り人形のようなルームメイトを無視して食蜂は窓ガラス越しにカエルと睨めっこする。
やはり人間以外では心の声は聞こえてこない。この雨垂れの音色より静謐だと感じながら――
ハアと甘い吐息をかけ白く曇った窓ガラスに相合い傘を描き、うち右側に『みさき』と書き込む。

食蜂「あの御方、なんてお名前なのかしらぁ……私の読解力をもってしてもわからないなんてぇ」

その左側に書き込むべき名前がわからない。あのひまわり畑の少年の顔も、名前も、能力も……
何一つとしてわからない。あの太くも深いテノールボイス以外には。

食蜂「“井の中の蛙大海を知らず”」

どこに行けば会えるのか、会ってなんと礼を言えば良いのか

食蜂「“されど空の青さ(深さ)を知る”――」

あの青い髪の後ろ姿に抱いた思いにつける名前が、食蜂にはまだわからない。

一年後……本物のひまわり畑が咲き誇る、終わらない夏への扉が開くその時までは――



767 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:08:40.17 r59ePYOAO 507/670

~警備員~

警備員A「痛たたた……」

黄泉川「大丈夫じゃん?」

警備員A「心配には及びません黄泉川隊長!いつもの事ですから!」

同時刻。警備員第七三支部にて若き警備員が『片足の手術痕』をさすりつつ朗らかな笑顔で黄泉川愛穂に答えた。
この若き警備員は学生時代事故に巻き込まれて膝から下を失った事がある。
その後暫くして冥土帰しなる医者に再生治療を施され足を取り戻した。
しかし雨の日はやはり疼くのか、時折さすっている事を黄泉川は知っている。

黄泉川「お前はいつもよくやってくれてるじゃん。けど無理は禁物じゃんよ」

警備員A「はっ!肝に命じます!!」

黄泉川「(こういう熱血な所は兄貴譲りじゃん)」

この若き警備員の兄……かつての黄泉川の同僚は学園都市上層部の汚職の証拠を握り事件を追っていた所――
何者かによって証拠物件もろとも灰にされた。
弟と一緒に映っていた一枚の写真を除いてその全てを。

黄泉川「(――あれからもう何年経つか……)」

同時は学園都市の暗部に深く踏み込み過ぎたとも、そこに住まう掃除屋に消されたとも噂された。
皆がその死を痛み、また憤ったものだが――その兄の死はまだ学生であり車椅子に乗っていたこの若き警備員を打ちのめした。
それからしばらくしてからである。若き警備員の口座で匿名ながら莫大な額の金が振り込まれたのは。

黄泉川「(こいつはその寄付金で再生治療を受け、自分の足で立ち直り、それを乗り越え、兄貴と同じ道を選んだ)」

それらの経緯について黄泉川なりに調べた所、何度か焼け落ちた事件現場時に花を供えに来る少女がいたらしい事もわかった。
おぼろげな目撃情報のみで顔まではわからなかったが『茶色い髪の少女』という事のみわかった。
ここで夢想癖のあるものならば、その少女が何らかの形で事件に関係していたのではないかと勘ぐる事も出来ただろう。
しかし、真相は今もなお深い闇の中である――

黄泉川「……よし、今日はみんな頑張ったから私から一杯おごるじゃん!」

警備員一同「「「「「よっしゃー!!」」」」」

例え若き警備員とその少女が街中で出会したとしても互いに気づく事は永久にないだろう。
片足を失い車椅子に乗っていた少年は足を取り戻して警備員となり……
幼かった少女は既に歳不相応なまでに大人びてしまったのだから。


例え、既にこの雨の中巡り会っていたとしても――




768 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:12:40.76 r59ePYOAO 508/670

~麦野沈利~

麦野「………………」

手術後しばらくして……麦野沈利は冥土帰しの病院のベッドで目を覚ました。
その茶色というより栗色に近い巻き毛まで寝汗で濡らし、汗ばんだ額に張り付く前髪をより分けて。

麦野「……上手くやってくれたみたいだね。カエル顔の医者(せんせい)」

髪をいじる左手を念の為に指先まで開き、閉じるように握り込む。
同じく右手も動作確認し、足の爪先も確かめる。
四肢の動きも戻っている。手術後の熱や痛みは冥土帰しが調合した特別製の麻酔薬によって打ち消されているが――

麦野「……ひでえツラになったもんだね。女の私が男前が上がったって仕方ないのに」

胸元から腹部にかけて包帯が巻かれているのをパジャマの上から確認出来た。
それから頬にも絆創膏や湿布、額にも包帯が施されているのが手触りでわかる。
鏡を見る気にもなれなかった。同時に人に見せる気もなかった。だがしかし

麦野「……まあ、しゃーないか。あんまり贅沢も言ってらんないし?」

???「そうだぜ。んな事言ったら俺なんて豚まんみたいになっちまってんだからさ」

麦野「……本当、お互いひどい顔してるわねー」

???「ああ、暗くて本当に良かった」

いつしか止んでいた雨が、月に照らされて虹を描いているのが開け放たれた窓辺から伺えた。
暗雲の名残を引く星月夜をバックに、夜風に翻るカーテンがそのシルエットに一瞬重なっては離れ行く。
夜空にかかる三日月のような白虹。そこに佇む少年の声。

麦野「……どうして?」

???「……お前、今自分がどんな顔してるかわかってねえだろ?」

麦野「………………」

???「ほら――」

その朧気なシルエットが麦野へと歩み寄って来る。
麦野の滲んでぼやけた視界にもはっきりと、くっきりと、ゆっくりと歩を進めて。
術後の痛みや傷口の熱など麻酔で打ち消されているのに、ひどく胸が痛む。
雨は上がり雲も薄まっているのに、シーツの上にポタポタと水滴が落ちる。

???「こんな近くまで来ねえとわかんねーだろ?」

風が吹く

麦野「……まだ」

雲が散る

???「……これくらいか?」

月が輝き

麦野「……まだ遠い」

影が重なり

???「――こうか?」

時が止まり

麦野「――――ッッ」

言葉が

???「――ただいま」

奪われる――



769 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:14:13.86 r59ePYOAO 509/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――――上条「もう、泣いていいんだぞ?」―――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


770 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:15:10.98 r59ePYOAO 510/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十一話「L'alba separa dalla luce l'ombra」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


771 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:15:54.50 r59ePYOAO 511/670

~月詠小萌~

月詠「……スゴい声なのですよー」

雨に濡れ風に揺れる一輪の百合を見やりながらショートホープに火を点け、旨そうに吸い込んで吐き出すは月詠小萌。
上条をここまで乗せて来た愛車に身を凭れさせながらトントンと携帯灰皿に灰を落とし、目を瞑る。
耳を澄ませるまでもなく二階からさえ聞こえて来る麦野の泣き声に、小萌は上条を連れて帰る事を諦めた。

月詠「上条ちゃんは本当に女泣かせの悪い子なのです!先生はそんないけない子に育てた覚えはないのですよー!」

サンドバックにされた男の子と夜泣きの赤ん坊のような女の子、どちらを優先すべきかはこの月灯りより明らかである。
故に小萌は煙草一本分だけ待つという体裁をとって置いて行く事にした。
何せ灰皿がいっぱいになるよりも長く待たせた女の子がそこにいるのだから。と

???「あら?」

月詠「あ……」

???「もしかして大覇星祭の時の……上条君のクラスの先生でしたっけ?」

月詠「あっ、確か、ええっと……」

???「ああ、良いんです良いんです」

と……月灯りの下姿を現した意外な人物に小萌は見覚えがあった。
慌てて煙草をもみ消そうとするその手を遮る声音。
それは大覇星祭で上条夫妻と共にいた保護者にして……

美鈴「――夫が吸いますので」

月詠「あうー……」

学園都市第三位超電磁砲(レールガン)の母、御坂美鈴である。

美鈴「……彼も無事だったみたいですね」

月詠「たった今まで留置場で社会勉強していた所です」

美鈴「あちゃー……」

月詠「(でもどうして親船理事から釈放要求が??訳がわからないのですよー)」

そこで美鈴と小萌はニ三言葉を交わし、夜も遅いので共に帰る事にした。
『後は若い二人に任せて……』という年長者からのささやかな気遣いである。そして

美鈴「――――――」

美鈴はもう一箇所の病室を見上げ、フッと微笑みかけると――

打ち止め「――――――」

その病室から手を振る少女の姿は美鈴は認め、同じように手を振り返した。

月詠「どうかなさいましたか?」

美鈴「――いえ」

そこで打ち止めと美鈴が如何なる言葉を交わしたのか……それを知るのは――

美鈴「――“娘”に会ってたんです」

――夜の海を揺蕩う、水母のような月ひとつ――



772 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:17:54.54 r59ePYOAO 512/670

~フレンダ=セイヴェルン~

フレメア『お月様綺麗だね。フレンダお姉ちゃん』

フレンダ「まあそうね……ってフレメア、結局もう三時間は話してる訳よ。いい加減通話料ヤバ……」

フレメア『えー……大体、いつも電話もメールも出てくれないフレンダお姉ちゃんがいけないんだよ?たまにはお話したい!』

フレンダ「(結局、そのたまにが長い訳よ)はいはい……じゃあフレメアが眠くなるまでは付き合ってあげるから」

遠く離れたセイヴェルン姉妹は携帯電話片手に同じ月を見上げていた。
フレメアはベッドに寝そべりつつ、フレンダは窓枠に腰掛けつつ。
通話時間は既に三時間を越えても尚話が尽きず、特にフレメアの声は時を追うごとに饒舌になって行く。まるで

フレンダ「(結局、大事にするつもりが寂しい思いをさせてるのは私って訳よ)」

フレメア『フレンダお姉ちゃん!私のお話ちゃんと聞いてくれてる?』

フレンダ「はいはい聞いてる聞いてる。オズマランドの話でしょ?」

フレメア『うん、大体いつでも良いからフレンダお姉ちゃんと行きたいなあ、って』

フレンダ「……出来れば他の遊園地にしない??お姉ちゃんあそこはちょっと苦手な訳よ」

フレメア『いーやー!たまには私のわがまま聞いてよー!!』

フレンダ「(ああ、結局こういう強情な所は私譲りな訳よ)」

寂しさを紛らわせるような原因を作っているのは自分のせいだとフレンダは電話越しだからこそ渋面を作る。
オズマランド。フレンダがペットボトルに気体爆弾イグニスを詰めてテロを起こそうとした遊園地。
アイテム加入前に加わっていた計画での苦い思い出が胸によみがえり、正直あまり良い気分ではない。が

フレンダ「はいはいわかったわかった……結局、いつがいい訳よ?」

フレメア『いいの!?』

フレンダ「(結局、言い出したら聞かない訳よ)」

遊園地一つ行くのにさえ躊躇う、姉妹で異なる世界とその立ち位置。
しかし結局妹に甘いフレンダはフレメアとオズマランドに行く約束を交わし、キャッキャと喜ぶフレメアの声を聞きながら思った。

フレンダ「(……絹旗はどうだったのかな)」

自分はどれだけ闇に身を窶しても『家族』がいる。血を分けた姉妹がいる。

しかし彼女は……置き去りの子(きぬはたさいあい)はどうだったのかと――

773 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:18:22.52 r59ePYOAO 513/670

~絹旗最愛~

ザアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

絹旗「………………」

???『絹旗ちゃんはさ、研究所(ここ)から出たらどこ行きたい?』

???『映画館?絹旗ちゃん映画館行った事ねーの?』

???『ヒッハハハ……悪い、実は私も行った事ねえんだ』

???『……私も、親いねえからさ』

???『だからさ、いつかここ抜け出したら一緒に映画見に行こうぜ』

???『――約束な?絹旗ちゃん――』

ガシャン!と絹旗はシャワールームの鏡を殴りつけ粉々に破壊した。
降り注ぐ白湯に鮮血が混じり、濡れたニットのワンピースが雨から湯に変わっても凍てついた心は溶かせない。
散々いじくられたドス黒い脳細胞の、数少ない真っ白な記憶だけが消えてくれない。

絹旗「……嘘吐いたのは私ですか?約束破ったのはあンたの方ですか?」

音を立てて排水溝に消えて行く鏡の欠片に絹旗は濡れたニットのワンピースのままへたり込む。

絹旗「超壊れたのは私ですか?超狂ったのはあンたの方ですか?」

鏡に映ったもう一人の自分達が、この鏡のように壊れてしまったきっかけは何だったのか。
絹旗は怪我をするのも構わず鏡の欠片を拾い、握り締め、血を流し、涙する。
わかっている。壊れた欠片をいくら拾い集めて元になど戻らない。あの頃になど帰れない。

絹旗「超寒いです……」

自分をどれだけ抱いてもシャワーを浴びてもあたたかくならない。
当たり前だ。冷め切っているのは自分だからだ。
どれだけシャワーを浴びてズブ濡れになっても、泣いても叫んでもあの頃になど帰れない。
いっそ壊れてしまえたらどれだけ楽だったろうと

黒夜『私、黒夜海鳥ってんだ。よろしくな!……えーっ、えーっと』

黒夜『ヒッハハハ……ごめん、私馬鹿だから下の読み方わかんねーわ』

黒夜『でもいいよな。“最愛”って名前』

黒夜『一番大好きって意味だもんな!!』

黒夜『私も絹旗ちゃんの事大好きだぞ?』

黒夜『私らが姉妹(かぞく)だったらなー』

黒夜『泣くなよォ……絹旗ちゃンは泣き虫だなァ』

黒夜『絹旗ちゃーン……』

黒夜『絹旗ちゃァァァァァン!!!!!』

――彼女のように、彼女と一緒に壊れてしまえたらどれだけ楽だったろうと――



774 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:20:39.76 r59ePYOAO 514/670

~滝壺理后~

???「グー……ゴゴ……」

滝壺「……あったかい……」

滝壺理后は第七学区にある公園の東屋にて、夜明け前の空を眺めながら少年と身を寄せ合っていた。
霞行く空は既に月を追い落とさんとし、雨は止んで久しい。
聞こえて来るのは雨垂れの名残、そして少年の寝息。
よほど疲れ切っていたのだろう。少年は数時間に渡って泣き続け、雨上がりと共に泣き止むと――
そのまま絹旗の胸で眠ってしまったのだ。まるで泥のように。

滝壺「(……男の子の肩って、ゴツゴツして固いんだ)」

濡れた服のままでは風邪を引いてしまうかも知れないと思い、先程の24時間スーパーで適当なシャツを買って着替えた。
秋の夜は少し冷え込んだが、そのせいか少年の肌身の暖かさがより伝わって来る。
少年は兎も角、滝壺は持ち合わせに困ってなどいないのだから個室サロンなりなんなり移動しても良かったのだが――

???『だ、ダメだ!会ったばっかの女の子とこ、こ、個室サロンなんて!半蔵じゃあるまいし!』

???『俺男だぞ!?スキルアウトだぞ!?さっきあんな目にあったばっかじゃねえか!もっと自分を大事にしろって!!』

???『い、いや……別に二人きりになったからって何する訳でもないんだけど……しねえとも限らねえだろ!しちまうから間違いってんだ!!』

???『な、名前は勘弁してくれ……こんなカッコ悪いとこ見られてまだ名乗れるほど図太くねえよ、俺』

滝壺「(かみじょうとは全然違う、ね)」

滝壺は恋を知らない。愛を知らない。異性を知らない。
しかしこの少年が悪く言えば意気地無しで、良く見れば純粋なのが滝壺にはわかった。
故に一晩、ほとんど人生の中で初めてと言って良いくらい異性と話をした。
それは少年も同じだったようで、ほとんど少年が語り手、滝壺が聞き手であったが――

滝壺「……いいんだよ」

滝壺は登る曙光に目を細めながら考える。麦野が上条の強さに魅せられたのならば……
自分はきっと、誰かの弱さに惹かれるタチなのだろうと

滝壺「――大丈夫、私はそんな弱い(つよい)君を応援してる」

滝壺がそっと立ち上がり、少年の肩にピンク色のジャージを羽織らせる。
そして東屋から出、一度だけ振り返って少年の傷だらけの寝顔に……微笑みかけた。

滝壺「また、ね」

『一度会えば偶然、二度逢えば必然』という麦野の言葉が何故か頭をよぎった。



775 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:21:05.44 r59ePYOAO 515/670

~一方通行~

一方通行「夜明け……か」

一方通行はビル群の彼方より登り行く夜明けを見上げながら『仮眠室』を出、雨上がりの街を行く。
カツ、カツという杖の立つ音の響きが右手に馴染むようになって約1ヶ月。
そして未だに馴染まない拳銃の握りが左手に痺れをもたらし早三日となる。

一方通行「………………」

水溜まりを避け、人通りと同じく行き交う車もないスクランブル交差点を行く。
目指す先は濡れたアスファルトの上に描かれた黒白の鍵盤を思わせる横断歩道。そしてコンビニと御坂美鈴と邂逅した郵便ポストが見える。
同時にゴミ収集所にたかるカラスの群れがガアと不愉快な一鳴きを上げた。

一方通行「(……翼か……)」

自らの身の内に目覚めた黒翼を連想させるカラスの羽根に一方通行はその優麗な白眉を歪ませる。
翼。それは昨夜断崖大学データベースセンターで目の当たりにした『光の翼』をも思い出させる。加えて

一方通行「(……なンだったンだ?あれは)」

遠目から見つめるに誰かの能力なのかも知れなかったが――
心当たりがなくはなかった。ただそれを確かめるだけのゆとりがなかった。
美鈴を逃がすべくスキルアウトらを屠るのに手一杯で。

一方通行「(……コーヒーでも買って行くかァ)」

思わず携帯電話で現在時刻を確認しようとし――そこで気付く。
ポケットに入れっぱなしにしていた駒場利徳が遺した携帯電話に。
そして……待ち受け画面の少女。打ち止めと同じような年頃の金髪碧眼の少女。

一方通行「………………」

首筋のチョーカー(電極)に手をかけ、能力が戻っているかを確かめる。
電極は正常に作動し、代理演算機能も復活している。そこで――

バギンッッ!

一方通行「クソッタレが」

その携帯電話をベクトル操作で粉微塵に破壊した。
ひとかけらの証拠も残らぬよう朝風に乗って消えるまで。粉末状になるまで徹底的に破壊する。

一方通行「――取り戻す」

それは電極の正常な機能を指してなのか、はたまた打ち止めを指してなのか……その胸の内を知る者はいない。

一方通行「――ふン――」

ゴミ漁りをするカラス。忌み嫌われる不吉な凶鳥。最低辺の存在。
何故か自分と重なって見え、一方通行は鼻を鳴らすとコンビニのドアをくぐっていった。



776 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:22:59.76 r59ePYOAO 516/670

~浜面仕上~

浜面「う……」

ひりつく傷と痣に障る爽やかな朝風に眉を顰めて浜面仕上は目を覚ます。
筋肉痛と打撲と擦過傷に痛む身体。傷口から体内から発せられる熱が寝汗となって額を滲ませているのが感じられる。
そして左肩口から消え失せた柔らかい感触とあたたかい体温に代わる、ピンク色のジャージも。

浜面「……行っちまったか」

肩にかけられたジャージ。互いに名乗らなかった名無しの少女。
年の頃は自分と同じか、一つ上か、一つ下か……
だが浜面にとって、大事なのは彼女が何者かなどではない。

浜面「――ありがとう」

一つの区切りと立ち直りのきっかけ。駒場のいた一昨日の世界。駒場が死んだ昨日の世界。駒場のいない今日の世界。
浜面仕上のいる世界。生き延びたいと昨日願った明日が今日になる。
浜面は一つ拳を握って東屋の長椅子から立ち上がると大きく背と両腕を伸ばして深呼吸した。

ガサガサ……

浜面「……グッチャグチャだな」

そんな爽やかな朝の陽射しの中、浜面はポケットの中からマイルドセブン・セレクトを取り出す。
雨に濡れたためシケっており、散々大立ち回りを繰り返したためヨレヨレに折れてしまった煙草。
まるで今の自分のようだと思いつつ一本口に咥え、火を点けた。

浜面「……マジい」

生乾きの煙草、最悪の味、炙った穂先から立ち上る消化不良気味の紫煙。
目にしみる。フィルターがしょっぱい。それでも――

浜面「……誰だよ、こんなもん人生の味なんて言ったやつ」

死体すら残らなかった駒場利徳への墓引きの煙として浜面は朝焼けの空にそれを手向ける。
長い目で見ればこの煙草のように灰になるか煙になるか燃え尽きるしかない人の一生。
しかしこの人生を自分の足で生きて行かねばならない事を浜面は知っている。

浜面「……このジャージ」

羽織っていたジャージを広げ、裏返してよく目を凝らしてみる。
どことなく香水とは違った甘い香りと煙草の煙が混じり、浜面はそこにもういない少女の存在を感じた。

浜面「“RIKOU TAKITSUBO”……たきつぼ、りこう??」

ジャージの内側のタグに書かれたその少女の名前にどんな漢字を当てるのか……
浜面がその字を知る日は、もうすぐそこまでやって来ていた。


暁の空に座す、夜明けの太陽と共に――



777 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/05 21:24:06.07 r59ePYOAO 517/670

~上条当麻~

上条「……朝か」

麦野「すー……すー……」

登りきった太陽が病室を照らし、涙の跡が残った麦野の寝顔に光を注ぐ。
上条の手を握ったまま、静かな寝息だけをゆっくりと立てて。

麦野『私は私が嫌いだけど、あんたが好きでいてくれる私はそんなに嫌いじゃない』

眠る前に話した多くの事。ポツリ、ポツリと紡がれた言葉。
普段見せない素顔と口にしない本音。今回の一件はそれなりに堪えるものがあったのか麦野は常より饒舌だった。
自己嫌悪と自己破壊と自己否定の源泉たる心の闇に飲まれまいとするように。

麦野『――もう、ガラスケース越しに世界を見るのを止めただけよ』

いっそ突き放したような冷たい声音と渇いた口調。
皆との夕食会、御坂とのお泊まり会、インデックスとのおにぎり作り、オズマランドでのデート。
そして罪業に満ち充ちた過去との対峙と、御坂美鈴という大人の存在が麦野を立ち上がらせるきっかけとなった。

麦野『背負ったものの重さは一生変わらないわ。ただ、私がそれに潰されない程度に不貞不貞しくなったってだけの話』

麦野は過去を乗り越えたとは言わず、受け入れたと言った。
御坂を守るとは言わず敵を討つという表現を使った。
そして自らを取り巻く世界に迎え入れられるのではなく、傍らに寄り添う事を選んだ。
どこまでもひねくれていて――どこかしら真っ直ぐだった。

上条「学校行かなくっちゃな……その前に家帰って、シャワー浴びて」

上条は思う。麦野は上条以外の何者も守らない。しかし美鈴との約束はきっと守るだろうと。
あの第十九学区での戦いで自らの殻を破った麦野が……
まるで生まれて初めて目にしたものを親と思い込む刷り込みのように上条を愛した麦野が――
何者の意思にも拠らず自分の意志で弱々しくも立ち上がったのならば、自分はその歩みを支えたいと思った。

上条「洗濯機回して、スフィンクスにエサやって、インデックスにメシ作って」

それが長い時間を、それも一生という時間をかけたとしても――
上条は麦野とそれを取り巻く世界の全てを守りたいとそう強く誓った。
二万五千円の指輪が、五千円のガラスの靴が、いつの日か本物になるように。

上条「――今日も一日、頑張るぞ!!!」

麦野「ブツブツうるせー!」バシーン!

上条「」

麦野「早く学校行け!……馬鹿」




――この、何度沈んでも陽が昇る世界の中で――






797 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 20:59:53.89 42BNj/aAO 518/670

第二十二話

~10月8日~

???「……位!」

麦野「(あれからもう四日も経つのねえ……)」

???「……四位!!」

麦野「(アビニョン……あのおしぼり女もいんのか。なんかすっげームカムカしてくんだけど)」

???「第四位ってば!!!」

麦野「五月蝿いわねえ……傷に響くからデカい声出さないでくんない?第三位」

御坂「もうっ……」

10月8日、16時6分。麦野沈利と御坂美琴は冥土帰しの病院のラウンジにいた。
そこは中庭のハーブガーデンを臨めるガラス張りの窓際席であり……
向かって左側に車椅子の麦野、右側に学校帰りの御坂がそれぞれ腰掛けている。

御坂「何よいきなり黙り込んでボーっとしちゃって……これじゃまるで私が一人で話し掛けてる変な子みたいじゃない」

麦野「一人デカい声出してる時点で十分変だっての……だいたいさあ」

麦野が空になったシャケ弁の容器を隅に追いやり、再び動くようになった右手で大きめのマグカップに入ったエスプレッソに口をつける傍ら――
チラッと通路を挟んだ向かいの席に冷めた眼差しを送る。そこには

白井「………………」ゴゴゴゴゴ

麦野「……あそこでストロー噛みながらレモンティーぶくぶく泡立ててる小パンダはなに?」

御坂「……気にしないであげて。四日前からずーっとこうなの」

ドス黒いオーラを隠しもせず漂わせ、麦野らをウォッチングしている白井黒子の姿があった。
確か上条二回目の入院の見舞いや『残骸』絡みで見た顔だなと麦野はつまらなさそうに見やる。
というより御坂とインデックス以外の名前を覚えないため白井への認識は『口喧しい小パンダ』にとどまっている。が

白井「(ドちくしょうがァァァァァ!お姉様があんなにも甘く優しくお声掛けなさっていると言うのにその素っ気なさはなんですのォォォォォ!!)」

一方的にメラメラと情念の鬼火を燃やす白井の心中は穏やかではない。
相手は敬愛する御坂の仇敵でありながら一夜を同衾した麦野。
敵視して良いのか嫉妬して良いやらわからぬ存在である。

白井「(ならばいっそわたくしこと白井黒子とその席を代わっていただきたいですのォォォォォ!!!)」

それも他ならぬ麦野自身が御坂を呼び出したのである。
そして御坂は一もニもなく病院へと駆けつけたのだ。
白井をして面白かろう筈がないのである。心配そうに麦野を見つめる御坂の横顔も、無味乾燥な眼差しで見返す麦野も。



798 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:00:23.19 42BNj/aAO 519/670

~2~

御坂「……それにしても本当にビックリさせられたわ。あんたがそんな大怪我してる所なんて初めて見た」

有り得ないと御坂は思った。このプライドが服を着て歩いているような相手が……
車椅子姿で人前に、それも自分の前に出て来る事そのものが怪我以上に有り得ないと。
そのくせ何があったか一切語らないスタンスだけがいつも通り麦野のままで、そのギャップに御坂はひどく戸惑った。

御坂「……あんたってさ」

麦野「なんだよ」

御坂「聞いた事は答えてくれないし、自分の事はちっとも話してくれないし……私ってばそんなに信用ない?」

白井「(お姉様が何やら切なげな横顔をなされておりますの……って思いっきりそっぽ向いてますのォォォォォ!!)」

溜め息をついて憂いの表情を浮かべる御坂を麦野は顔を横向けて目線を合わさない。
代わりに、ガラスに映った御坂の横顔と真っ直ぐな言葉に耳を傾けていた。

御坂「そのくせこんなメールでいきなり呼び出して来るしさ」

膝の上に畳んで抱えた麦野のオフホワイトのコートに置いた携帯電話を開いて見せる。
その画面には一通のメールと素っ気ない一文が映っていた。

――――――――――――――――――――
10/8 11:19
from:麦野さん
sb:コート返せ。
添付:
本文:
あと渡したい物あるから来て。いつもの病院
――――――――――――――――――――

白井「(お姉様を都合のいい女扱いしておりますのー!?)」

麦野は語らない。断崖大学での出来事も、負傷の理由も、美鈴との約束も、何一つとして。
事情を知る上条は既にアビニョンに飛び立ちインデックスにはしっかりと口止めしている。だが

麦野「――リハビリよ」

御坂「リハビリ?」

麦野「そう、リハビリ」

百合を敷き詰めた硝子の棺から抜け出し、『眩しい世界』への社会復帰(リハビリ)の第一歩として――
麦野は御坂を選んだ。好意とはまた異なる類の信頼の裏返しとして。

御坂「(……そっか)」

白井「!!?」

その時、御坂がふっと抜けたように微笑んだ。
側で見ていた白井がギョッとするほど、優しく爽やかで晴れやかな笑みを。

御坂「(覚えててくれたんだ)」

10月2日の夜、御坂から歩み寄り、手を差し伸べた手を、かけた言葉を。それが御坂の心根を解きほぐす。



799 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:02:21.46 42BNj/aAO 520/670

~3~

御坂『でしょ?だからさ、あんたが困ってる時、辛い時……逆に私もそういう時があると思う。そんな時さ、顔合わせてコーヒーでも飲めたらさ……いいと思わない?これなら重くないでしょ?』

麦野「(――ただの社交辞令じゃなかったって事か)」

図らずも神裂火織との戦いで御坂と鉢合わせたカフェで頼んだのと同じエスプレッソを口にしながら麦野は御坂を見やる。
その場の雰囲気と社交辞令だと思っていた誘いにあまり期待せず、あえて不躾なメールを送ったにも関わらず――
言葉通りやって来た御坂に対し、一瞬なりとも好悪の天秤があらぬ方向へと傾いだ。
そのひどく嬉しそうな表情に、一瞬釣られそうになる口元をマグカップで遮って。

御坂「――じゃあ、手貸してあげる」

麦野「………………」

御坂「手伝うよ。だってリハビリは一人じゃ出来ないでしょ?」

リハビリ。社会復帰を意味するその言葉はテーブルを隔てた二人の間ではそれぞれ異なる意味を持つ。
麦野は『眩しい世界』への回帰を、御坂は傷ついた麦野が頼って来てくれた事そのものに対して。さらに

白井「(お姉様マジ天使!)」

ベルサイユのばら風のショッキングな顔芸の白井が入り込めない世界が目の前に広がっていた。
上条譲りの不幸さとフラグを立てる能力と、女性版上条とも言うべき御坂のフラグメーカー能力が噛み合わさったのだ。
今や間に挟まれた白井は泡立てていたレモンティーに乗っているスライス並みにいらない子になりつつあった。故に

白井「わっ、わたくしもお手伝いいたしますの!」

麦野「パス」

白井「orz」

麦野「……安心しなよ。私はノーマルだし、あんたのお姉様取ったりしないから」


白井「本当ですの!?本当ですの!!?大事な事ですから二回聞きますの!!」ヒシッ

麦野「馴れ馴れしく手握んないでくれない?」

御坂「(あら?)」

御坂がはたと気づく。麦野は基本的に仲間か敵以外の人間に声掛けなどしない。それを――

御坂「(丸くなった……って言ったらまた頑なになるから言わないでおこうっと)」

白井が詰め寄っても、突っぱねるのではなく受け流したのである。
拒絶と否定と嘲弄以外の形で『表の人間』と関わろうとしなかった麦野が

御坂「……なんか、やっと猫に触れられたみたい」

麦野「はあ?」

ゆっくりと、歩み寄って来てくれたように感じられて。



800 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:02:47.96 42BNj/aAO 521/670

~4~

そして――リハビリが始まった。

麦野「……ッ」

御坂「無理しないで。掴まっていいから」

麦野の病室にて、ベッドから出入り口のスライドドアまでの短い道程。
冥土帰しの施術は完璧であり傷口が開く事はない。
障害も一切残らなかったし基礎体力も落ちていないが、当然ながらスムーズにとは行かない。
そんな麦野が自分を支えるのが辛そうになって来ると御坂がそれを受け止める。

麦野「……チッ」

白井「大丈夫ですの。ゆっくりでよろしいんですのよ?」

御坂「(黒子もいつもこうだと良いんだけどなあ)」

手すりから再スタートを始め、舌打ちする麦野を白井がなだめる。
風紀委員で鍛えられているだけあり、手を差し出すタイミングや肩を貸す力加減などもお手の物である。
元来白井は御坂に関する変態行為を除けば極めてに真面目な人間なのだ。

麦野「……走るのはまだ難しいか」

御坂「当たり前でしょ?って言うか一時間もしない内にここまで出来れば十分以上にすごいって」

白井「如何です?風紀委員は優秀な人材を歓迎いたしますの」

麦野「パス」

そして数十分後には麦野は歩ける程度にまで己を立ち直らせた。
フィジカル以上に元のメンタルがタフなせいか、麦野はもう真っ直ぐ立てるようになっていた。

麦野「……片足無くしても立ち直った人間がいんなら、最初から二本ついてる私に出来ない理由なんてない」

御坂白井「???」

麦野「(――私は進む。立って、歩く)」

この時麦野の胸に去来する物……それはアビニョンで戦う上条について行けず送り出す事しか出来なかった己への歯痒さ。
そして、かつて金で償いが買えると言う免罪符を信じていた過去に行った醜悪な偽善。
加えて自分を見ている御坂らの前で不様に膝を折る事など出来ないというプライド。

麦野「――案外、キツいわね」

御坂「うん……少し休もう?」

麦野「いい」

白井「いけませんの!」

と、そこで白井が麦野の肩に両手を置いて押し留める。
それに麦野は『なんで?』と言うように片眉をあげる。が

白井「息継ぎ無しで海を泳いで渡る事など誰にも出来ませんのよ?」

麦野「………………」

白井「休む事は息継ぎですの。でないと自分の重みで沈んでしまいますのよ?」

麦野「……そうね」

御坂「(あれ?なんか私より扱い上手くない??)」



801 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:04:48.96 42BNj/aAO 522/670

~5~

ギシッ、と白井の言葉に従い麦野はベッドの縁に腰掛けた。
微かに額に浮かぶ汗を、白井がハンカチでポンポンと当てて行く。
それをする白井にもされる麦野にも、御坂は驚きを隠せない。

御坂「(もしかして黒子って……思ってたよりずっと大人っぽいのかな?)」

ベッド側に備え付けられたミニ冷蔵庫からボルヴィックのレモンテイストを取り出し喉を潤す麦野。
御坂の知る限り、麦野の圭角に触れず意を通せるのはインデックスくらいのものだったはずだ。
上条という他の誰にも取って代われない異性を除けばの話だが――

麦野「(ただの馬鹿じゃないって事か)」

食べる?とサイドボードに置かれていた、インデックスが持ち込んだジェリービーンズの小瓶を手渡すと白井が笑顔でそれを受け取った。
そこで麦野は珍しく他人の評価に色を付けた。恐らくは三日前の自分でも聞き入れたかも知れないと。
ストンと胸に落ち腹に収まる言い回しが、自然と受け入れられた。

御坂「なんか不思議な感じね」

白井「?」

麦野「なにが」

御坂「いや、私達がこんな風に集まってるだなんてちょっと想像出来なくってさ」

ポスンと麦野の側に御坂が座り、白井がパイプ椅子に座る。
その窓辺から吹き込む風が枯れ葉の匂いを運び、穏やかな陽射しが肌に染みて行く。
麦野はボルヴィックを口に含みキャップを締めながら睫毛を伏せた。

麦野「――かもね」

白井「ここに佐天さんや初春が加われば大わらわですの!」

麦野「やめて。馴れ合いは嫌いなの。だいたいここは中坊の溜まり場じゃない」

御坂「(――ああ、そうか)」

そこで御坂は思い当たる。かつてこの病室で見た麦野の仲間らを。
後に絶対能力進化計画に絡んで彼女らと痛み分けに終わったが――
その後、いくら問い詰めても麦野は彼女らの事を語らなかった。
そして彼女らが麦野と一緒にいるのを見た事は一度もなかった。
彼女らのいた世界から足を洗い袂を分かったのかと今更思う。それは

御坂「(――この人、本当はずっと寂しかったんじゃないかな?)」

麦野が白井に向けた眼差しに、そこはかとない懐古の光を見出したからだ。


802 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:05:14.43 42BNj/aAO 523/670

~6~

麦野「(フレンダの馬鹿思い出すな。この小パンダ見てると)」

私は仲間を捨てて暗部を抜けた。私のエゴのためにアイテム(あいつら)を置き去りにした。
8月9日。私があの男だか女だかガキなのか年寄りなのかわからない統括理事長に呼び出されて引退した日の事。
絹旗が初めて泣いて、フレンダが失望した様子で、滝壺の笑顔が痛かったあの日。

麦野「(頭と性格はこっちの方が良いんだろうけど、このレズっぽい雰囲気が)」

後悔はしていない。いや、私には後悔する資格こそがない。
自分の都合と当麻を優先させるために私は取引に乗ったんだ。
道具を使い捨てるようにあいつらを放り出した。
仲間とは言わない。私にはあいつらを仲間と呼べない理由があって呼ぶ権利がない。だけど

麦野「……ああ、そうそう」

御坂「?」

麦野「忘れるところだった」

どうしてもふとした瞬間にあいつらの存在が頭を過ぎるんだ。
特にこいつらみたいな仲良しこよしの連中を見てると……
自分の中でしっかりした区切りがついてない事がわかるから。
別にこいつらが好きな訳でもあいつらが嫌いな訳でもない。ただ単に私の気持ちの問題だ。

麦野「今の内にこれ渡しとく。他の連中には今頃インデックスが届けに行ってるでしょうし」

御坂「???」

白井「便箋……これはまさかの恋文!?」

麦野「(やっぱり馬鹿だ)」

――特に、今こいつに手渡した便箋の中身なんかがそうだ。
私はあいつらと一度だってこんなやりとりをしただろうか?
いやない。私はあいつらを使い出のある道具(アイテム)程度にしか思っていなかった。
そういう線引きの元接して来た。それを何故だか惜しく思っている自分もまた私は否定しきれない。

御坂「い、今開けてもいい?」

麦野「ご自由に?(後輩の前で赤っ恥かくのはあんただしねえ?)」

御坂「な、なによそのニヤニヤ笑い……ちょっと怖いじゃない」

御坂が便箋を開けて中身を取り出そうとする。
こいつを呼び出したのは他でもない。これを渡すためだ。
三日前までならそんなつもりもなかったんだけど――

御坂「な、なによこれぇ!!?」

白井「んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

――少し、今までして来なかった事を始めようと思う。



803 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:07:14.57 42BNj/aAO 524/670

~7~

青髪「あ~~!出来上がったんやねこれ」

雲川「くっくっく。予想以上の仕上がりなんだけど」

禁書目録「しずりも大満足の出来映えなんだよ!」

同時刻、青髪ピアスが住み込みで働いているベーカリーにて……
学校帰りに立ち寄った雲川芹亜はカウンターにて二枚の便箋を手にしていた。
麦野から御坂へと手渡された物と同一のそれをインデックスから受け取って。

青髪「おおきに。それにしてもえらい格好っちゅうか何ちゅうか」

雲川「これ常盤台の超電磁砲にも見せるのか?どんなリアクションをするか楽しみで仕方ないんだけど」

禁書目録「たんぱつにはしずりから渡してると思うんだよ!今日呼び出すって言ってからね」

青髪「せやな。でも大丈夫なん?あの別嬪さん交通事故に遭うたんやろ?」

禁書目録「(ギクッ)う、うん大丈夫なんだよ!ピンピンしてるんだよ!!」

青髪「(ほんまは知っとるんやけどね)」

雲川「(そういうところがお前のダメな所なんだけど)」

インデックスが使っている起動少女カナミンの便箋の中身をしげしげと見やる雲川の傍らぬけぬけと青髪が語る。
それに対しインデックスは何とか顔に出さず口を滑らせる事なくやり過ごせたと一人安堵していた。
そんなインデックスを見やりながらトレーとトングを整理しつつ青髪がその細い眼差しを向け――

青髪「わざわざ届けてくれたんはありがたいけどええのん?別嬪さんの側ついたらんとって」

禁書目録「いいんだよ。しずりは“もう大丈夫”だからね!」

青髪「……そっかあ」

禁書目録「(本当はしずりのお酒飲んだ罰としてお使いに来させられたんだよ)」

なんとなくバツが悪いインデックスはその全てを見透かすような眼差しからやや顔を外す。
まるで頭の中に収められた十万三千冊の魔導書の中にある伝承『ホルスの目』のようだと感じられた。
そしてこのインデックスの直感を、あの最高の科学者にして最悪の魔術師が聞けば『着目点は間違っていないが着眼点が正しくない』と宣うだろう。

雲川「ほう?ならわざわざ届けに来てくれたお礼に青髪がパンをおごってくれるらしいけど」

禁書目録「ほんと!!?」

青髪「勘弁したって下さい!店潰れてまう!!」

未だ『オシリスの時代』の真っ只中にあって……『ホルスの目』を持つ少年は頭を抱えて心の底から悲鳴を上げた。



804 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:07:57.15 42BNj/aAO 525/670

~8~

御坂「いつ撮ったのよこんなもん!!?」

麦野「あんたが酒かっ食らって頭のネジゆるゆるん時だよ。ひとでえ馬鹿面だね?」

御坂「うああああああああああー!!!」

白井「うひょおおおおおおおおおおー!」

麦野が御坂や青髪らに手渡した封筒の中身。それはお食事会の最後に酔い潰れた御坂を中心に撮った記念撮影写真。
インデックスの膝枕に涎を垂らしながら眠りこけ、投げ出した腕が見下ろす上条の足の間に。
それを笑いながら見下ろす青髪と口元に拳を当てて笑みを噛み殺す雲川。
さらにスフィンクスを抱っこしながら指差している麦野が映っていた。

白井「これは焼き増し出来ませんの!?」

麦野「百万円」サッ

白井「ぐぬぬぬ……」スッ

御坂「勝手に人の恥ずかしい写真撮るなー!黒子!あんたも財布しまいなさい!!」

頭を抱えて髪をクシャクシャにかきむしる御坂をよそに白井が財布に手をかけ、麦野が掌を上向きに差し出していた。
ここに来て御坂はまたもや麦野にコロッと騙されたのだ。
麦野は態度こそ僅かに軟化し人格は微かに陶冶されたが性根の曲がり具合は一切変わってなどいない。

御坂「なんてもん撮ってくれんのよ!肖像権の侵害ってのよこういうのは!!」

麦野「ふーん?いらないんならこの小パンダにあげちゃうけど?」

白井「ばっちこいですの!!」

御坂「ダメー!!」

麦野「……これ、お前にやれって言ってたのは当麻なんだけどねえ?」

御坂「えっ……」

麦野「伝言。“またみんなでメシ食おうな”……だってさ」

その言葉に喚き散らしていた御坂がピタッとその動きを止め――
代わって真っ赤にしていた顔が笑気ガスでも吸い込んだかのようにニマニマと緩み始めた。
完成した福笑いをさらにひっくり返して分解したように。

御坂「(アイツが……)」

麦野「(あんだけ物欲しそうにコルクボード見てりゃいくらあいつが鈍感でも気づくっつーの)」

白井「(あんの腐れ類人猿がァァァァァァァァァァ!)」

御坂「し、仕方無いわね?せっかくの好意なら無碍にしたらあんたの立つ瀬がないもんね!うんうん!!」

麦野「別に?嫌なら返し(ry」

御坂「うるさいうるさいうるさい!!!」
そう言い切るや否や御坂は麦野に取られまいと、白井に奪われまいと――
わざわざ病室の片隅に猛ダッシュしてまで慌てて学生鞄に写真を突っ込んだ。



805 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:12:15.99 42BNj/aAO 526/670

~9~

御坂「はー……はー……はー……」

麦野「(あいつがエロ本慌ててしまう時みたいね)」

……なんだかねえ。こう必死だといじるのも腰が引けるって言うか。
悪いね小パンダ。あんたの分はどうやら回ってこないよ。

白井「ですが……」

麦野「?」

白井「お姉様が幸せそうでなによりですの」

麦野「………………」

白井「それがわたくしでない事が歯痒い限りですが」

レズとかありえないし気持ち悪いと思うし私には理解出来ない世界だけど――
わかる。この小パンダは他人のために貧乏クジを引かされるタイプだ。
確かに好みは御坂っぽいけど、きっと最後の最期に隣にいる相手は御坂とは真逆のタイプ。
ガラスみたいに繊細で、撒き散らした破片で自分も他人も傷つけるような相手が何故だか想像出来る。

御坂「で、でも……」

麦野「………………」

御坂「――ありがとう」

それからこいつもその手合いの人間だろうね。そこんとこがあのオバサンとかぶって仕方無い。当たり前か母娘なんだし。

御坂「……大切にする」

麦野「……あっそう」

――あんまり見たくないんだけどねこういう表情。
私はこいつと友達なんかじゃないし、こいつはいつか私の前に立ちはだかる敵になる。
その敵に塩を送るだなんて私もいよいよ焼きが回って来たか。

御坂「……あの、さ」

麦野「なに?」

御坂「あんたはあんまり私の事信用してくれてないみたいだけど」

麦野「………………」

御坂「あの夜何があったとか、今どうしてこんなんなのかとか色々聞きたい事あるけど」

けど、目の前の敵に塩どころか砂糖まで送って来るほど甘ったるいこのお子様の中坊は……

御坂「――私、あんたが困ってる時あったら絶対助けに行くから」

麦野「――――――」

私以上に甘いこの中坊は確かにあのオバサンの娘なんだろう。
だから御坂、気持ちだけもらっとく。それがあんたの母親との約束だから。
おい小パンダ。何ハンカチ噛んでこっち睨んでやがる。違うって言ってんでしょうが

御坂「必ず、助けるから」

――ガラスケースを取っ払った世界は、やっぱり変にこそばゆい。
 
 
 
 
 
御坂「――今度は、一人じゃない」
 
 
 
 
 


806 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:12:45.42 42BNj/aAO 527/670

~10~

麦野「――――…………」

御坂「――さっ、リハビリ続けよっか?」

そう告げながら私はこの女に手を伸ばす。何かリアクション取ってよね!私一人突っ走ってるみたいで恥ずかし……
って黒子、ハンカチ食い破るんじゃないわよ。泣くな泣くなー!

麦野「……そうね」

うわっ、すっごいバツが悪そうな顔してる。きっと『いつか私に手を貸した事を後悔させてやる』とか思ってんでしょうね。
後悔なんてする筈ないじゃない。今ここで手伝わない方が悔いが残るって。
でもちょっとは効き目あったかな?それも私の気のせい?

御坂「でも第四位、あんたどうしてそんなに急ごうとするの?」

麦野「決まってるでしょ?やる事があるからよ」

御坂「……あいつ絡み?」

麦野「ふん……」

やっぱりね。私もそうかなって思ってたんだ。
だっていつものドライアイスみたいな顔立ちに汗まで浮かべて頑張ってるんだもん。
この女の真剣な表情と一生懸命な様子見てれば何となくそれ以外ないかなって。

麦野「暑い!ちょっと待って髪結ぶ!!そこの髪ゴム取ってくんない?」

白井「これですの?あら……」

麦野「……なに見てんだよ」

白井「いえ、眼鏡があったもので……これは読書用ですの?」

麦野「そうよ。悪い?」

そんな事言いながらサイドポニーに髪を器用にまとめて行く第四位。
本当だ。よく見たら眼鏡も置いてるし本もある。
どんなの読むんだろう……えーっとSweetの11月号と……げっ、アンネ・フランク!!?どんな組み合わせよ!

麦野「おい。ジロジロ見ないでよムカつくわね」

御坂「ご、ごめん……ちょっと意外でさ」

……なんだろう、この女がなんだか近くに感じられる。
今まであった見えない壁が取り払われたみたいな、そんな感覚。
有刺鉄線は代わらず敷かれてるんだけど、その先が丸くなったような……

白井「“私が私として生きる事を許してほしい”」

麦野「………………」

白井「でしたわね?」

今のってアンネの日記の一節かしら?黒子の意外な一面を見た気がする。
私も彼女の悲惨な生涯と無惨な最期くらいしか知らないけど――

麦野「……さあ、どうだったかしらねえ」

この女はこの女で、何か思う所や響くものがあったんだろうなって思う。

そして面会時間の終わりには、第四位はもう歩けるまでになっていた。

この女も、必死に色んな事に足掻いてるんだなって思った。

807 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:14:47.42 42BNj/aAO 528/670

~回想・10月4日~

10月4日、04時56分。上条当麻は泣き疲れた麦野沈利を抱き締めながら夜風に翻る窓辺のカーテンを見やる。
天上に座す満月へ架かる白虹。ナイトレインボーと呼ばれる日本では珍しいその現象は……
降り注いだ雷雨と吹き荒れた暴風が残して言ったささやかな贈り物に上条には思えた。

麦野「――語るに落ちたもんね。私も」

上条「………………」

麦野「最初から答えの出てる出てる問題をああでもないこうでもないって重箱の隅突っついて……挙げ句あんたの存在にしがみついて身体に縋ってる。どこの安っぽいビッチだよ」

上条「そりゃしがみつくだろ?」

麦野「………………」

上条「誰だって崖っぷちから落っこちそうになったら藁でも何でもすがる。当たり前の事じゃねえか」

麦野「………………」

上条「お前も強情っつーか……意地っ張りだよな、ホント」

この身も心も深く傷ついた少女に、今自分が出来る事は胸を貸す事とその言葉に耳を傾ける事。
麦野はそれ以外の全てを拒否する……いや、拒絶する以外の術を知らないのだ。

上条「お前が手伸ばさなくっても抱き上げる。手伸ばしたら引きずり上げる」

麦野「………………」

上条「前も、今も、これからもずっと」

インデックスがかつて語った言葉がある。それは彼女が十字教に仕える修道女という観点からだが――
大罪を犯した者の中で、最も救いから遠い者。それは

禁書目録『――しずりは、自分で自分を殺そうとしてるんだよ』

己に絶望し、更に業を深め、神を否定し、救いを拒絶し、何一つ自分を許さない。
インデックスは語る。水と霊を以て生を授かった者ならば……
許しや贖いをどこかで求めねば己の『悪』に耐えられないのだと。
十字教の神の子は全ての人々の罪を背負って死を贖いとし、復活によって生まれ変わる事で浄罪の御業を果たしたのだと。
無神論者である上条にわかりやすく説けば『悪人にこそ神の愛が必要なのだ』と言う教えである。が

禁書目録『――でも、しずりは自分にそれを許さないだろうね』

麦野を麦野たらしめている狂的なまでのエゴイズムと病的なまでプライドをインデックスは正しく理解している。
負の潔癖症とも言うべき呪われた性を正す事を麦野は望みはしないだろうと。



808 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:15:34.06 42BNj/aAO 529/670

~12~

禁書目録『だからとうまにはしずりに“生きろ”って言い続けて欲しいんだよ』

希望も、慈悲も、救済も、贖罪も否定し続け、他者の死はおろか自分の生すら平気でドブに捨てる。
例え腕がもげようが目を潰されようが死ぬまで苦悩し続ければ――
殺されるまで絶望を撒き散らす本物の怪物に麦野はなってしまう。故に

上条「お前は今日、初めて自分一人の足で立ったじゃねえか」

麦野「……派手に転んだけどね」

上条「転んだっていいさ」

上条は麦野の髪を撫でつつその頬に手を添える。
酷く殴られ強く蹴られ腫れた頬に色濃く残る涙の跡。
恐らくこの腫れは泣き明かした事により目蓋にも及ぶであろうと。

上条「笑ったりしねえ。馬鹿にもしねえ。憐れみもしなけりゃ愛想だって尽かさない」

麦野「………………」

上条「転んだって事は立とうとしたんだ。歩こうとしたんだよ。沈利、お前赤ちゃんが転んで泣いたからって笑うか?」

麦野「……笑わないわね」

上条「だろ?」

髪を撫で、背中をさすり、肩を叩き、身体を抱き締める。
麦野の記憶の中にないもの。富める者でありながら恵まれぬ幼年期を過ごした少女。
ならば満たされるまでそれを続けてやれば良いのだ。噛みつかれても引っ掻かれても吠えられても。

上条「だいたい、お前が色々考え込んだり悩み抜いたりすんのもわかるけどさ……答えなんてもっと早い段階で出てたんだぜ」

麦野「何が」

上条「一昨日のスクランブル交差点。お前あの小学生の女の子助けたよな?」

麦野「――ものの弾みよ。考える先に身体が動いた」

上条「……つまり、そう言う事だろ?」

麦野「~~~~~~」

上条「(やっとらしさが戻って来たな)」

麦野が零した涙、流した血。誰よりも死を見つめ、絶望を背負い、それでも尚立ち上がった。
それは上条の中の父性にあって、初めて我が子が立ち上がったのを目の当たりにした気持ちに似ていた。

上条「泣きすぎて喉カラカラだろ?何か飲み物買って来る」

麦野「………………」

上条「すぐ戻って来るって。そんな顔すんなよ」

麦野「さっさと行けよ」

上条「へいへい」

――数年後、この気持ちを『二人』で分かち合う未来を『二人』はまだ知らない――



809 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:17:35.66 42BNj/aAO 530/670

~13~

麦野「――赤ちゃんね」

当麻が出て行った後の病室は当然の事ながらしんと静まり返った。
薄れ行く残り火のような体温がだけが離れて行かない。
赤ちゃん。私には作れないもの。産めないもの。けれど――

美鈴『美琴ちゃんの“みこと”って言うのはね、“いのち”って意味なのよ』

美鈴『初めて授かった“いのち”。その命ある限り生きて欲しい……そう願ってね』

美鈴『私の名前を一文字託してね。これだけはお嫁さんに行っちゃっても変わらないでしょう?』

麦野「(――私はどうだったかしらね)」

沈利。一般的に『お嬢様』と呼ばれる家柄と格式の子にあって『利が沈む』と字された自分。
もし私がまかり間違ってあいつとの間に命を授かったとしたら――

麦野「麻利……」

ありえない未来、望むべくもない幻想、かなうはずもない希望。
当麻の『麻』と沈利の『利』……浸るだけにしよう。溺れちゃいけない。

麦野「……なーんちゃって」

上条「何がなんちゃってなんだ?」

麦野「!!?」

上条「ほれ、ホットチョコレート」

麦野「~~~~~~」

上条「?」

手渡されたのは紙コップに入ったホットチョコレート。
私の内面みたいにドロドロしてて、こいつみたいにあったかい。
一口含んで、舌で味わう。当たり前だけど甘い。けれど切れた唇に染みて痛い。

麦野「――悪くないわね」

上条「素直に美味いって言えばいいのに」

麦野「嫌いじゃないって意味」

死にかけた夜の、殺されかけたその日に味わいホットチョコレート。
奇妙な感覚が沸々と私の奥底から沸いてきて、深奥に染み渡っていく。

麦野「――あんたと、こうしてる時間が」

上条「………………」

麦野「……ずっと、じゃなくていいから」

――認めよう。私はこいつの胸の中で死にたいと思う以上にこいつの腕の中で生きたいと思い始めてる。
生きる理由なんて前向きなもの全てを否定して来たくせに、死ねない言い訳ばかり増やして行ってる。

麦野「――少しでも長く、続いて欲しい」

あと少し、もう少しと思い始めている私と、そうさせるあんたがいるこの世界に生きて帰って来たんだって……思わされる。



810 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:18:07.27 42BNj/aAO 531/670

~14~

上条「……少しは素直になって来たか?」

麦野「――もう、ガラスケース越しに世界を見るのをやめただけよ」

上条「ガラスケース?」

麦野「そう」

ニ、三度吐息を吹きかけ立ち上る湯気が暗闇に溶け込んで行くのを麦野は見つめ、語り初める。
御坂美鈴と出会った経緯、話した言葉、交わした約束、その全てを。

麦野「今までずっと言えなかったけど……私はどこかで引け目や負い目を感じてた。あんた達と暮らすようになってから」

上条「……わかってたさ。俺もインデックスも……多分ビリビリ達も」

そこで上条も紙コップを両手で持ちながら天井を仰いだ。
やっと麦野が自分の口から本心を話してくれたかと安堵したように。
距離を置くために遠回りどころか逆走を続けた麦野。
その迷走が巡り巡って一周し――麦野はようやく元居た場所に帰って来たのだと。

麦野「ガラスの棺の中に百合の花敷き詰めて死ぬより、泥んこになって生きる方がよっぽど苦しいって言うのも教えられた」

上条「うん」

麦野「――で、そこで気づいた。その泥んこの世界に私もあんたも御坂達も含まれてるんだって」

上条「ああ」

麦野「………………」

上条「………………」

美鈴は言った。人は綺麗になど死ねないし生きられない。
泥に塗れ、這い這い蹲って足掻く世界の中にしか生も答えも求めるものもないのだと。
麦野が聞いて来た数多の死の静寂、幾多の終末の音の中には決してないのだと。

麦野「……御坂を守るんじゃない。御坂の母親との約束を守る。それが私なりの落としどころとあいつとの折り合いよ」

この世界を眩しいと言った少女の母親から託された願い。
自分に新たな道を指し示した大人との初めての約束。

麦野「一人殺すも二人殺すも変わらないなら、一人抱えるも二人背負うも変わらない。ただあいつを私みたいな人殺しにさせないって約束したの。私は言った事は必ずやるわ。どんな手を使ってもね」

決して友になりえず、いつの日か必ず敵となる『ありえたかも知れないもう一人の自分』。
自分が半ばで斃れても、自分の代わりに上条を支える人間としてという打算も含めて。

上条「……なあ、沈利」

――だがしかし――

麦野「なに?だからってあいつと仲良くなんてしないわよ。私はあいつが大嫌……」

上条「それさ」



811 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:19:29.02 42BNj/aAO 532/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――俺にも、手伝わせてくれよ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


812 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:22:04.17 42BNj/aAO 533/670

~15~

麦野「――……」

上条「忘れたか?御坂は俺の友達でもあるんだぜ。まあなんか喧嘩友達みたいなカンジだけど」

麦野「……――本気で言ってんの?」

上条「お前一人でやんなきゃダメだなんて今の話の中には一言だって出てないぞ?」

麦野「………………」

上条「それにビリビリはお前の友達でもあるし、インデックスにとってもそうさ」

思わず麦野は手にした紙コップを取り落としそうになった。
麦野が踏み込みを躊躇い踏み切る事を躊躇した地点を――
この男は生まれながらにして飛び越えているのだ。文字通り一足跳びに。

上条「一昨日の食事会の最後、みんなで記念撮影したろ?」

麦野「う、うん」

上条「思ったんだ。戦争とかゴタゴタしたもん全部終わったらまたこのメンツでメシ食ったり遊んだり馬鹿騒ぎしてえなって」

麦野「………………」

上条「そん時あの写真に笑顔で映ってたメンツの誰一人欠けても俺はきっと心の底から笑えないし、その写真を眺める度に楽しかった時の事と同じくらい後悔するんだと思う」

麦野「……当麻……」

上条「だから、これはお前のためとかっつうより自分のためなんだよな」

あいつビリビリすると周り見ないで突っ走っちまうからな、と付け加えて上条は破顔する。
まあお前も思い込んだら一直線だけど、とも付け加えて。

麦野「――なんかムカつくわねえ?」

上条「怒るなよ」

麦野「いいえ。ムカつくわ。あんたが私以外の女に向ける目と、私以外の女共があんた向ける目が」

上条の周りには多くの人間が集い、またたくさんの味方がいる。
対照的に麦野は全てを切り捨ててでも一つの物と一人の人間に固執する。
二人は本来正反対のベクトルを持った人種である。白と黒、光と影、表と裏と言った具合に。

麦野「知らないでしょ?あんた自分がモテるって」

上条「ねえなあ……」

麦野「知ってるでしょ?私がヤキモチ焼きだって」

上条「まあなあ……」

麦野は神に許しを乞わない。人に救いを求めない。少なくとも他者の手助けの一切に手を跳ねつける。
そんな麦野にとって一番近い他人である上条だけが――踏み込んでいける。拒む手ごと引きずり上げられる距離にいる。

813 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:22:47.95 42BNj/aAO 534/670

~16~

私の中には色んな私がいる。戦う時の狂的な私、こいつを愛してる病的な私、ごく普通の時の私、子供のままの私。
罪も罰も業も死も、後悔も絶望も堕落も何かも全てひっくるめて私は私だ。
綺麗で優しい女の子にも、物分かりと都合の良い女にもなれない私を……
私が嫌いな私を好きだと言ってくれたこいつ。
許すも赦さないもなくただ生きろと言ってくれたこいつ。

麦野「――でも」

上条「……うん」

麦野「私は私が嫌いだけど、あんたが好きでいてくれる私はそんなに嫌いじゃない」

私はこいつに選ばれた。私がこいつを選んだ。
人は死ねば灰になる。あの大金庫に良く似た電子炉で灰になる。
けれど灰になっても残るダイヤモンドを私はもう見つけてしまった。

麦野「――私が耐えられなかったのはガラスケース越しに見てた世界じゃなくて、そこに映った自分が醜過ぎて耐えられなかったんでしょうね」

たかだか18年、人を殺して数年程度で出せる答えになんて重みはない。
息一つで散り、風一つで舞う一握の灰みたいに。
だから私はこれからも煮え切らない悩みと、覆らない答えに死ぬまで頭を抱えて行くんだろう。

あの時見た実在する『地獄』からこいつに引っ張り上げられた時――
そこには白(きぼう)も黒(ぜつぼう)もなかった。
ただ色褪せた灰色の世界(げんじつ)と、罪深い私と、こいつって言うダイヤモンドと、あのオバサンがいた。


殺す以外で手にした銃は罪より重かった。生かすために抱えた命が罰より重かった。重いからこそ揺るがなかった。
その時は死ぬまでの悪あがきを、他の誰のためでもなく自分のためにしたいと思った。
わかってる。これはは悪人の居直りで罪人の開き直りだ。


私はずっと私に優しい味方ばかり多い世界が居心地悪くて仕方なかった。
殺人者が実は可哀想な身の上で、本当は優しい人間で、被害者にも非があっただとか……
そんな外付けも後付けも付け替え自由な価値観が私は嫌いだった。
けれど私はもう認めてしまった。一番大嫌いな女と同じ価値観を


――この世界が、眩しいものだって――




814 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:24:46.68 42BNj/aAO 535/670

~17~

麦野「ねえ当麻」

上条「……なんだ?」

麦野「――今から言う独り言を、ただ黙って聞いて」

麦野の声が震え出す。恐らくはこの広い世界の中で、上条ただ一人しか知らない顔。
それはドライでクールな仮面を脱ぎ捨てた、ガラスの素顔からこぼれる涙。

麦野「私は綺麗な子にも優しい娘にもなれない。イチャつくのも苦手だし、ヤキモチだって焼く。プライドだって高いし、エゴだって強い」

自分の善行すら受け入れられず、自分の悪行から目を切れない。
何をするにも無駄なこだわりの元、完璧でなければ自分にも他人にも折り合いがつけられない。

麦野「人は見下すし、あんたの気持ちより自分の都合を優先するし、構われ過ぎてもムカつくしほっとかれるのはもっとイヤ」

膨れ上がった自己矛盾と、広がる自家中毒、腐食にも似た絶望。
壊死して行く精神と、悪性新生物のように無限増殖する負の感情。
酒を酔おうがセックスに溺れようが死を夢想しようが忘れられないもの。
麦野は自分の記憶に殺されそうにすらなっていた。

麦野「あんたを生きる理由にして、他人を死ねない言い訳にして、追い込まれないと自分と向き合う事も出来ない」

麦野が仮に百人救う生き方を選んでも残された人間はそれを許さない。
麦野が千人救う罪滅ぼしを選んでも殺された死者がそれを赦さない。
殺された側から、残された側からすれば、それをやった人間がどう生きようとまるで関係ないのだ。

麦野「――こんなに汚くて」

助けての一言が、許しての一言が、例え首を締め上げられても麦野には言えない。一度でも口にしてしまえば……
麦野はもう地獄にすら行けない気がしていた。
一度でも荷を下ろしてしまえばもうこの煉獄は背負えないと。

麦野「――こんなに醜くて」

麦野は世界に価値など見いだしていなかった。それを守ろうとしている上条に価値を見いだしていたつもりだった。

しかしそれは逆だった。世界が眩しいと認めてしまえば、そこに自分が存在する価値を見いだせなかったのだ。
そんな醜い自分を飲み込む事で、麦野は今日初めて立ち上がったのだ。

麦野「――こんなにわがままな私だけど」

ガラスの靴もない裸の素足で、初めて刻んだ椅子の子供の小さな一歩。
変えられない過去を受け止め、その上で変えられる未来を受け入れて。

麦野「――私はあんたについて行きたい」

それは、麦野沈利の少女時代の終わり――


815 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:26:00.99 42BNj/aAO 536/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――馬鹿だなあ。もういるじゃねえか――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


816 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:26:29.45 42BNj/aAO 537/670

~18~

麦野「……っっ!!」

上条「お前が過去(むかし)した事を悔やんで、現在(いま)も苦しんで、未来(このさき)も辛い事があるって全部わかった上で……それでも自分で考えて、自分で決めて、自分で選んだってなら俺はお前をずっと支えてやりたいし、支えたいし、支えさせてくれよ三段活用」

上条の手が麦野の背中に回り、腕が肩を抱き、胸に顔を預けさせる。
身体をゆっくりと揺らし、後ろ髪を撫で、すっぽりと包むように。
その微笑はただひたすら優しかった。さながら幼子をあやす父性のように。

上条「だいたい、俺が居んのはになったのはお前が可哀想だからでも同情した訳でも見捨てられねえからでもないっての。上条さんはボランティア(無償の愛)で女の子と付き合えるほどマメでもなけりゃ器用でもないって俺以外ならお前が一番良く知ってるだろ?」

麦野「だっ……て!」

上条「それお前の重さが俺を支えてるとは言ったけど、そもそもお前の事本当に好きじゃなかったら受け止められねえよ。だから言ったじゃねか。恋人(ふたり)になれて良かったって。ただの他人ならどうしたって限界があるだろ」

湿布や消毒液、僅かに鉄錆のような血と汗の混じった上条の匂いに麦野は泣き濡れ潤んだ眼差しを上げる。

上条「お前、俺の事まだ神の子(ヒーロー)とか思ってねえか?」

麦野「………………」

上条「じゃあそんな幻想はもう一度ブチ殺してやらなくちゃな」

麦野「!」

そして――見上げた最後、絡め捕られた眼差しはすぐさま意地悪い笑顔に吸い込まれ――
続く反論は、反駁は、反抗は……あえなく奪われた唇にさらわれる。
麦野からせがむ事や恣意的に誘導する事はあっても、いきなりされた事などほとんどなかったからだ。

上条「――ほら、俺はここにいるぞ」

麦野「……バッ」

上条「……でもって、お前もここにいる」

麦野「――――――」

上条「少なくとも、こうしていつでもキス出来る距離に俺達はいる。俺がしたいと思ったからやる。俺だって男なんだぜ?」

麦野「あ……う」

上条「お前が怪我してなくてここが病院じゃなきゃその先に進みたいくらい俺はお前が好きだしその程度にはスケベなんだよ。男と女って違いはあっても、俺はお前と何も変わらねえ“同じ人間”だよ」



817 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:28:47.91 42BNj/aAO 538/670

~19~

常日頃発揮する説教スキルがそのまま殺し文句に転嫁されたように。兄貴分たる垣根が見れば苦笑いするように。

上条「……お前はここにいる。って言うかお前がいない部屋が上条さんにはもう想像がつかんの事ですよ」

麦野「……馬鹿野郎。テメエはただ黙って独り言聞いてって言っただろ」

上条「黙って聞くだけなら壁にでも出来るけど、壁は寄りかかれるだけで受け止めらんねえじゃねえか」


思わず指先で奪われた唇に触れる。ホットチョコレートの甘い味がした。
初めてしたキスが血の味だった頃に比べれば――
少なくとも自分を黙らせる程度に上手くなったのかと麦野は変な所で感心した。

上条「お前はここにいる。それが信じられなくなったり揺らいだりした時は“当麻(オレ)がそこにいる”って思えばいい。
そりゃお前が落ち込んだり沈んだりしてる時、俺に出来る事が話聞いたり抱き締めたりしか出来ねえ時もあるけど――」

いつしか声と肩の震えが止まっていた。冷え切っていた身体が、熱いくらいの身体に温められる。

上条「――俺がいる事忘れんなよ。お前の悩みにどう答えていいかわかんなくて時間かかる時もある。お前が俺を信じられないって思う事もあるだろうさ。
でも一つだけ確かなのは……言葉でわかりあえなくても、話し合わなきゃ何も変わんねえ。俺は馬鹿だし物覚えも悪い。けどお前といる時の事は忘れない。何を思ったかも何を感じたかも」

代わりに――目蓋の裏に広がる闇が滲んで行く。
どうしようもなく瞳の奥から込み上げて来るものがある。
胸が震える。その内側にある心臓のそのまた奥にあるものが。

上条「――俺は誰かと比べてお前を選んだ訳でも、お前の中の何かを人と比べて選んだんじゃない。お前しかいないって思ったからなんだよ。沈利」

鷲掴みにされている。麦野が唯一勝てない、倒せない、殺せない少年にその心を掴まれている。

上条「今いる世界を否定してもいい。俺を否定してもいい。自分を否定してもいい。百回でもそんなお前が好きだって言ってやる。千回だってお前はここにいて良いんだって言いたい。それでも足りねえってなら――」



――麦野は、大きな勘違いをしていた。





818 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:29:45.22 42BNj/aAO 539/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「百万回だって言ってやる。それを伝えられるだけの人生(じかん)を俺にくれ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


819 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:30:15.98 42BNj/aAO 540/670

~20~

それが麦野の限界だった。余りに多くを抱えた千丈の堤が、一つの蟻穴をもって溢れ出した。
子供のように弱々しく、罪人のように痛々しくしゃくり上げるその姿は……
紛れもなく偽らざる麦野の心底だった。言葉に出来ず声にならぬ、魂の苦悩を絞り出すような涙だった。

上条「だから、もっと自分の事を大事にしてくれ。俺達はみんなお前が大切なんだ。お前がいなくなった生活なんて考えられねえし、お前が消えた世界なんて想像出来ねえよ」

罪も許されない、罰も赦せない、業は終わらない。
闇の中で幾多の生を、闇の底で数多の死に触れて来た少女に上条が出した答え……
それは居場所だ。前にも進めず後ろにも退けない少女に対して、ひだまり溢れる木陰のベンチのような存在になると。

上条「写真だって思い出だって記憶だって……確かに俺とお前は2つ離れてっけど、それだって同じように歳取んのは変わらない」

自分の中の絶望から目を背けず、期せずとも御坂美鈴を守った麦野。
法が、神が、死者が、麦野自身が自分を許さないのであれば――
時間を、居場所を、生きる事を与えられるのもまた生者しかいない。
性善にも依らず、独善にも拠らず、偽善に因る手を上条は差し伸べる。
そこが例え世界の果てでも、麦野の世界は終わらないと。

上条「生きてる限り何度だって失敗していいんだ。失敗は“もうダメ”なんじゃねえ。“まだやれる”って事なんだ。お前は立とうとしたんだ。つまりそれって歩こうとしたって事だろ?」

麦野が『地獄』で見たもの。腐り落ちる果物を滅びゆく生、朽ち果てた髑髏を逃れぬ死、ひび割れた砂時計は限りある時を意味するヴァニタスそのものだ。
だが上条の右手はその砂時計をひっくり返す。零れ落ちる星の砂を拾い集めて。

上条「一緒に征こう、沈利」

麦野「……うっ」

上条「――俺と一緒に、生きてくれ」

麦野「――……ッッ!!」

朝風が涙を攫って行き、棚引く暁雲が明星を連れて来る。
戦ぎ、靡いて、翻るカーテンが二人の姿を覆い隠して行く。

止まない雨はなく

明けない夜はなく

晴れない闇はない

夜明けの空を、鳥達が羽撃いて行く。

いくつもの舞い散る羽根が、吹き上がる風に導かれ空に溶けて行く。

ガラスケース越しではない、手のひらの中の世界が始まって行く――

820 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:32:56.21 42BNj/aAO 541/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第二十ニ話「カルタグラ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


821 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:33:28.53 42BNj/aAO 542/670

~21~

それからしばらくし、麦野が手足の自由を完全に取り戻すと共に御坂らは帰って行った。
麦野は読み差しのSweet11月号を放り出すとサイドポニーに眼鏡姿のまま、渇いた喉を潤すための飲み物を買いに売店へと向かうべく廊下に出る。
上条と過ごした夜と迎えた朝を振り返りながら

麦野「(……生きろ、ね)」

途中、何の気なしに携帯電話使用エリアという事もあり端末を弄る。
上条からは当然連絡はない。アビニョンでの暴動や戦闘がそれだけ激しいという一つの証左である。

麦野「(――あんたこそ、生きて帰ってきなよ)」

遠く離れた異国の地で今も戦う上条を想い、胸の前で携帯電話を握り締める。
本音を言うならば連絡がないのも不安を掻き立てられるし……
あればあったで悪い報せかと胸をかきむしられる。と

ガラガラガラガラ……

???「××!××!!しっかりしろ!」

冥土帰し「動かさない方がいい。少し離れていてくれないかい?」

麦野「?」

その時、廊下を滑るストレッチャーとカエル顔の医者の声が聞こえた。
それだけではない。麦野の圭角に触れるもう一つの声音が響いて来たのだ。
思わず向き直ると、眼鏡越しの麦野の双眸そのまま見開きの形になる。

浜面「滝壺!滝壺!!」

麦野「……!!?」

滝壺「……ぅ……」

麦野「滝壺!!!」

浜面「?!」

そしてそれは――思わず口をついて出た叫びに反応し振り返った浜面仕上もまた同じであった。
しかし麦野はそれどころではない。見えてしまったのだ。
ストレッチャーの上で呻く、悪目立ちするピンク色のジャージ……
精も魂も尽き果てたような滝壺理后が顔を真っ青にして苦しんでいるのを。

浜面「………………」

麦野「………………」

浜面と麦野の眼差しがぶつかり合う。しかしそれもストレッチャーが運ばれて行く僅かな時間しかなかった。

麦野「……――」

先程までの若干浮かれていた精神に冷や水を浴びせられたかのような面持ちでそれを見送る他ない。
だが麦野は即座に平和ボケした思考回路を切り替えた。

麦野「っ」

サイドポニーを揺らしながらストレッチャーの向かう先を追い掛ける。
麦野も本当はどこかでその甘い認識に気づいていた。
心のどこかで苦い現実をわかっていたつもりだった。



822 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:34:22.14 42BNj/aAO 543/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
世  界  は  そ  ん  な  に  優  し  く  な  ど  な  い
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


823 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/09/10 21:36:05.31 42BNj/aAO 544/670

~22~

御坂「……で?」

食蜂「なあにぃ?」

御坂「どの面下げて私の部屋まであんたが来てんのよ!!」

食蜂「あはっ☆この前のお詫びとぉ……それから仲直りの印にぃ~?」

白井「(第四位の次は第五位!お姉様のフラグメーカーっぷりは本日も絶好調ですのォォォォォ!!)」

一方その頃、常盤台女子寮の御坂と白井の部屋に思わぬ珍客が菓子折りを持って訪ね……もとい押し掛けていた。
デズデモーナのあまおうのフレジェ片手に強引に押し入って来るは食蜂操祈。
先日のファミレスでの一件に対する謝罪の意味も込めての訪問である。しかし

御坂「結構よ!私今模様替え中なの!!そんな散らかった部屋に“先輩”に上がってもらう訳には行かないわ!!!」

食蜂「いやぁん?私の包容力をもってすれば下着が脱ぎっぱなしでも気にしないわよぉ?」

御坂「心読めるくせに空気読めないヤツね!イヤミで言ってんのよ!!」

白井「(ああ……またしてもお姉様との憩いの一時が)」

訪問販売のような押し問答を繰り返す二人の内、食蜂の中に起こった細波のような変化を白井は知らない。
『友達作り』という行為を非常に歪曲した感性こそ未だ修正されていないが……
食蜂なりにファミレスで出会った少年に多少なりとも感化されているのだ。が

食蜂「おっ邪魔しまぁすー♪」

御坂「ちょっと!コラー!!」

押し売りのように構わず部屋に侵入する食蜂に御坂が声を張り上げる。
しかし食蜂は御坂の制止も聞かずしげしげと部屋を見やり――

食蜂「えっ……」

ボトッ

御坂「!!?」

ある一点でその天真爛漫(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いが止み、手にしていた菓子折りがカーペットに取り落とされる。それは

食蜂「……あ、あれはぁ?」

御坂「何よ……友達と撮った写真よ。何か文句ある?」

ベッドサイドのボードに置かれた、今日麦野から手渡された夕食会の記念撮影の写真。
真新しい写真立てに入れられ飾られたそれを食蜂が珍しく驚きに満ちた表情で食い入るように見やる。それもそのはず――

食蜂「どうしてぇ……」

写真の輪の中にあって一際目立つ青い髪。インデックスをして『ホルスの目』のような少年――

食蜂「“あの方”が貴女といるのぉ?」
 
 
 
 
 
――青髪ピアスがそこに映っていた――
 
 
 
 
 


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