~とある驟雨の空間座標(レイニーブルー)32.5~
結標『――まるでハリケーンね』
窓硝子を穿つ飛礫のような雨と、ヒステリックな夏の嵐、そして稲光る遠雷を――
結標淡希は初めて目にする天井に取り囲まれながら見やっていた。
彼方には時計盤のような風車が狂ったように廻り、夜の帳を紫電が切り裂く度に不吉な影が浮かび上がる。
白井『怖いんですの?いつもあんなにおへそを出されておりますのに』
結標『ただ五月蝿いだけよ。雨音が耳鳴りみたいでね』
そして傍らには――下ろされた栗色の髪と流された赤髪を絡ませて遊ぶ『仇敵』が微笑んでいた。
結標はそれにどんな表情を向けられば良いのかわからなかった。
憎しみを込めた眼差しを送れば良いのか、愛しさを含めた流し目を向ければ良いのか。
白井『――では、こうなされては如何ですの?』
結標『んっ……』
白井『聞こえますの?わたくしの音が』
抱き寄せられ胸元に押し付けられる耳朶。伝わって来る鼓動が、ノイズのような雨音に上書きされて行く。
トクン、トクンという穏やかな心音とせせらぎのような血流。
結標『……聞こえるわ』
白井『これで雨音も気になりません事?』
結標『――そうね』
塞ぎたかったのは内なる罪悪感を訴える声だったのかも知れないと薄暗闇の中結標は思った。
昨夜まで側にあった、子守歌を思わせる心音とは異なるリズム。
最も愛おしかった存在から逃げ出し、最も憎らしかった存在へ飛び込んだ自分の心臓こそ止まってしまえば良いのにと考えながら。
白井『――雨、お嫌いですの?』
結標『……少しね、思い入れがあるのよ』
白井『そうですの』
四つ違いの少女はそれ以上の事を深く追求して来なかった。
聡いと言うか、弁えがあると言うか……少なくとも、今結標の抱えているものを理解した上で――
少女は側にいるのだろう。片翼のもげた黒揚羽を両手ですくいあげるように。
結標『――去年の秋頃も、こんな嵐の夜だったわね』
それは結標にとっても忘れ得ぬ日。10月3日。
断崖大学データベースセンターでの一件。自分達『グループ』が各々の利害関係のために手を組んだ夜。
あの夜もこんなハリケーンじみた吹き荒ぶ嵐のようだったと。そして――
結標『……もっと、音を聞かせて……“黒子”――』
あの夜、『私達』が出会わなければ自分はどうなっていたのだろうかと――
番外・とある星座の偽善使い:第十三話「Witch's dozen」
~1~
――――――時は僅かに遡る――――――
スキルアウトa『セキュリティー切れてんじゃねえのか!?話が違えじゃねえか!』
スキルアウトb『馬鹿落ち着け!動いてんのは火災報知器だけだって!』
スキルアウトc『兎に角例の女探そうぜ。時間がねえ、見張り減らして代わりに中入れろ!早く!!』
スキルアウトd『ったく浜面の野郎杜撰な絵描きやがって!だから言ったんだ!』
スキルアウトe『いや、火そのものは全部点いた……このハリケーンのせいか』
スキルアウトf『ツイてねえなあ……ツイてねえよ』
スキルアウトG『………………』
美鈴『(な、なんなのよこれは!!?)』
御坂美鈴は直径50メートルほどのドーム型の施設、断崖大学データベースセンターのそのまた隣接したキューブ状の建物に身を隠していた。
そこはサブ演算装置保管庫であり、美鈴は蛍光灯の切れた真っ暗な部屋、マザーボードに頭を低くして縮こまった。
調べものをしている最中に突如として起こった爆発、火災、そして鎮火と共に雪崩れ込んで来た靴音。
それがハリケーンの吹き荒ぶ音と相俟って、美鈴の精神の均衡に爪を立てて行く。
美鈴『(探されてる……さっきの爆発がこいつらのやったものなら、見つかったら私は殺される!!)』
今施設を利用しているのは自分一人、そして先ほどから耳朶と心臓を震わせる男達の怒号。
酔いの回った頭でも覚えている警備員への三桁から成る緊急通報番号へのコールは既になされた。
『妙に丁寧な口調の男』が応答に出てから既に十分近く経過しているのに梨のつぶて。
何一つとして間違っていない手順をなぞりながらも、酔いすら消し飛ばすほどの恐怖に美鈴は震えていた。
恐怖だ。このハリケーンと、迫り来る死と、辺りを包む暗闇が蝕んで行く。
美鈴『(一人はまずい。独りはマズい。ひとりは追い詰められる。誰か、誰かお願い!!)』
破裂しそうな心臓と共にせり上がりそうな叫びを、誰かへの言葉に伝えたかった。
夫は連絡がつかない、さりとて娘・美琴への電話はプライドが許さない。
娘を戦場と化しつつある学園都市より連れ戻すと説得を重ねていた自分が何故娘に寄りかかれるか。と――
麦野『――友達なんかじゃない』
その時美鈴の脳裏をよぎったのは、昨夜と今夜にかけて二度見かけた冷たい美貌、脆い横顔。
美鈴『はは……』
指先が、登録したばかりの番号に伸びた
~2~
――――そして時は巻き戻る――――
麦野『クソッタレが!!!』
麦野沈利は足元に原子崩しを放ちロケット噴射の要領で宙から空、街路樹から風車へと飛び石伝いに直走る。
原子崩しを放つ左手とは逆に右手で持った携帯電話。
暴風雨の夜駆け抜け前髪が額にへばりつき、嵐の中突っ切って下着の中までビショビショになる。
あまりの風雨の勢いに怒鳴り返すように叫ばねば電話口の相手に伝わらぬほどであった。
麦野「さっき武器持ってるって言ったわねえ!?ならそれはスキルアウトよ!!」
美鈴「な、なにそのスキルアウトって?」
麦野「武装したギャングみたいな連中だと思えばいいわ!!」
美鈴との会話から分析する。恐らく美鈴は昨夜麦野が懸念した通り、回収運動に熱を入れ上げ過ぎて『剪定』される事になった。
しかし『剪定』にあたっての意思決定は上層部からなされるのが通例だが――
恐らく襲撃の実行部隊は暗部ではく駄賃目当てのスキルアウトが動員されたのだと麦野は推理する。
暗部ならば最初の一撃で全てカタをつけるはずだし、第一陣が空振れば第二波は全力で縊り殺しに来る。
そうなれば美鈴は今頃生きていないだろうし、そもそも暗部ならば作戦行動前から妨害電波を含んだ一切の通信手段を断ち切ってから事を起こす。
こんな穴だらけのチーズのような計画に食いつくのはそれこそ溝鼠(スキルアウト)のような溝鼠だと麦野は断定する。
美鈴『そ、そのギャングだかチーマーだかヤンキーがどうして私を狙うのよ!?』
麦野「あんた、御坂を取り返そうとしたろ?似たような親達煽って、事をデカくし過ぎたんでしょ!?だからだよ!!」
美鈴『……!!』
麦野「馬鹿がッッ!!!」
受話器越しにも息を飲む美鈴に、麦野は年長者と言う事も忘れて怒鳴りつける。
しかし口調とは裏腹に麦野の頭脳は氷の湖のように澄み、冷え切っていた。
暗部を動員していないと言う事は美鈴の後ろ盾と背景を調査した上で『念の為』殺すと言った程度。
故に手際の悪いスキルアウトに撃たせ走らせ囲ませている段階に留まっているのだ。
麦野「(敵は潰す。敵は殺す。その後でこの馬鹿を街の外に放り出す!それしかない!!)」
美鈴にとっての最悪の不運は、麦野にとっては最大の幸運であった。
今ならばまだ取り返しがつく。まだその分水嶺に踏みとどまれていると。
~3~
麦野「御坂は!?」
美鈴『え?』
麦野「御坂は呼んだの!?ムカつくけどあいつは私と同じレベル5よ!まだなら今すぐ――」
美鈴『ダメよ!!!』
麦野「!!?」
美鈴『美琴ちゃんはダメ!美琴ちゃんがどれだけすごくても、沈利ちゃんと同じくらい強くてもダメ!!あの子を危ない所から連れ戻そうとした私が、どうしてあの子を頼れるって言うの!!!』
麦野「……っざけんなこのクソ馬鹿が!!!」
嵐の音すら静まり返るほどのガテラルボイスで麦野が叫ぶ。
この抜き差しならぬ状況下で、戦場に放り込まれたも同然の中にあってまだ正論を吐くかと。
しかし――この剣ヶ峰の上に立ちながら命綱を即答で拒絶する美鈴に、どんな説得も無駄だし何より押し問答している時間が惜しい。故に
麦野「――サブ演算装置保管庫だったわね?だったらそこで死ね」
美鈴『?!』
麦野「私が行くまで間に合わなかったらそこで死ね!!」
美鈴『えっ、待って沈利ちゃん!私そこまで貴女に――ッ!!』
麦野「だったらハナから電話かけてくんじゃねえ!!!」
ブチッと通話ボタンを切って麦野は雷雨の中宙に身を踊らせる。
麦野は苛立っていた。どうしようもなく怒り狂っていた。
麦野「(――出会わなければ良かった)」
美鈴と出会ってさえいなければ、顔さえ合わせていなければ、言葉さえ交わしていなかったら――
麦野は誰も助けない。救わない。守らない。上条当麻以外の誰がどこでどう野垂れ死のうが知った事ではない。
麦野「(――出逢わなければ良かった)」
御坂と食事を囲み、同じ屋根の下で眠り、共に朝を迎えていなかったら――
麦野は、その笑顔にどんな奇跡が起きようと拭い去れない影が落ちるのを想像せずに済んだのにと。
麦野「(――殺してやるよ。どいつもこいつも。動いてるやつが一人もいなくなるまでね)」
麦野は思う。上条当麻、インデックス以外の誰かを初めて救出するための戦いにあたって――
やはり表の世界は、陽の当たる場所は、自分には向いていないと。
好き嫌いの問題ではなく、深海魚は浅瀬には住めないのだ。そういう風に出来ているのだ。
麦野「(――頭のネジ、締め直しね――)」
鎖に繋がれた内なる獣を目覚めさせる。
手足の先に行き渡る血が氷点下にまで下がって行く。
ブチブチと、引き裂いたような狂笑が浮かび上がり――
~4~
警備員A「(クソッ、黄泉川隊長さえいれば……)」
断崖大学データベースセンターの周辺に、この暴風雨の中にあってさえ集まる物好きな野次馬らを制止していた若き警備員は内心舌打ちしていた。
メインとなる大学より二回りは大きいドーム型の施設から散発的な銃声と断続的な怒鳴り声が聞こえてくる。
そして――怒号は自分達の側からも響き渡っている。
警備員B「応援はまだなのか!!」
警備員C「これ以上待機していられるか!突入するしかないだろう!」
警備員D「落ち着かんか馬鹿者!このまま突っ込めば狙撃の的だ!」
警備員E「待機!?“上”からの厳命……でありますか!?」
警備員A「(……一体何がどうなっているんだ)」
――たった今、バリケード代わりにしている車両の裏手で交信している無線機は混線状態だった。
待機か突入かで揉めているだけならばまだ良い。
その上何故か……『学園都市上層部』から圧力をかけられているのだ。加えて
「………………」ニコッ
警備員A「(何者なんだ?この優男は)」
いつの間に自分達をやや遠巻き気味に見守っている蝙蝠傘の青年……
一着三十万円は下らない銀座英國屋のスーツにダレスバックを手にしたその『学園都市上層部からのオブザーバー』がにっこりと微笑みかけていた。
どうやら自分達警備員が迂闊な動きをしないよう見張っているように感じられたし――またその通りなのだろう。
「お互いに骨が折れますね。“雑用”は」
警備員A「………………」
「ああ、また勢いが増して来ましたね。せっかくのスーツが台無しです」
人の生き死にがかかった局面で尚スーツの方が大事なのか、甘いマスクに男の自分ですら見とれてしまうほど美しく青年は微笑む。
『雑用』とは何を指して言っているのだろうと問い掛けたくなった、その時――
???「………………」
ザッ
警備員A「き、君!中は危険だ!入っ――」
「――おや?これはこれは」
肌を石飛礫のように叩く横殴りの暴風雨の中、一人の女性が人垣から抜け出しデータベースセンターより駆けて行く。
持ち場を離れる訳にいかない若き警備員の制止の声は嵐にかき消された。そう
「――引退した、と聞いていましたが」
若くして成功を収めたビジネスマンのような青年の声も、また。
「いやはや、困ったものです」
~5~
浜面「まだ見つからねえのか!例の女は!!」
スキルアウトb「ヒッ!?」
ドンッ!!と常より『大きな』音を立てて壁を殴りつける浜面の怒声にスキルアウトの一人が肩を竦めた。
ゴツッ、ゴツッと鉄板入りDr.マーチンのブーツがデータベースセンター内の廊下に響き渡り、歩を進める。
そう――浜面仕上は苛立っていた。半ばで脆くも崩れ去った己の作戦の脆弱性と――
たった今も『補強』している己の手足以上に思い通りにならない仲間……否、部下に対して。
浜面「まだ見つかんねえのかって聞いてんだよ!俺達に後なんてねえんだ!!早く探せ!!!」
スキルアウトb「は、はい!!」
浜面が描いた絵図は文字通り嚆矢から折れた。手製の焼夷ロケット砲は全弾命中し爆炎を噴き上げたが――
この季節外れの暴風雨によって燃え広がる前に火の手が弱まり、さらに自動消火器で消し止められてしまったのだ。
故に浜面は作戦を変更し、燻り殺す前に逃げ出した『写真の女』を直接始末するために出張って来たのだ。
不確実なロングキルより確実なショートキル。
ただでさえ写真以外の素性はあの背広の男から知らされてさえないのだ。
それこそ帽子に眼鏡といった簡単な変装で外に群がる野次馬の群れにでも逃げ込まれれば見分けがつかない。と
美鈴「きゃあっ!」
スキルアウトb「見つけたぞ!写真の女だ!!」
浜面「(――当たり、か)」
浜面が考え込み始めた矢先、数人のメンバーが集っていたドアをこじ開けると中から女の短い声が聞こえた。
対照的にメンバーの喜色に満ちた声が上がり、浜面は静かに頷いた。
浜面「……連絡入れるか。こちら中央ドーム。ターゲットをサブ演算装置保管庫で捕獲。こっちで始末すっからお前ら足の用意しろ!ずらかるぞ!!」
頷きながら無線機で他のメンバーに呼び掛ける。
自分の足元をすくおうと狙っているメンツの、そのまた足手まといな人間を使う事の難しさを浜面は痛感していた。
自分は駒場のようなカリスマ性で人を率いる事も、半蔵のような知性で人を従える事も出来ない。
故に恫喝めいた物言いでしか人を束ねられない自分を、浜面は舌打ちしたくなりなりながらも指示を出す。が
浜面「……おい?聞こえてんのか?お」
スキルアウトa『ぎゃああああああああああああああああああああー!!?』
浜面「!?」
――舌打ちが凍てついた。僅かばかり込み上げた達成感ごと
???『ねぇ、そこのおに~さん』
~6~
浜面「……ッッ!!」
スキルアウトa『助げっ…助げでっ……』
???『あれ?さっきまでと勢いが何か違う気がするけど……あれー?』
グジャアッ!!と何かが引きちぎられる音と、ベチャアッ!!と何かが潰れる音が無線機から聞こえて来る。
スキルアウトa『ァ、ああああああああああああああああああああッ!?』
???『おーおー出る出るデカい声。“こんなん”なっても人間ってまだ生きてられんのねえ?ちょっとした驚きだわ――ハイ無線機の前の君!』
浜面「!!?」
???『こいつの身体は今“どうなって”るでしょうか?三秒以内に正解したら止めてあげるよ。どうせ助からないし生きていけないけどね“こんな身体”にされたら』
浜面の全身から血の気が失われて行く。無線機越しに聞こえて来る断末魔。
それはもっとも浜面がリーダーの座に就く事を渋がっていたスキルアウトの悲鳴。
そして――震える耳朶にドライバーでも突っ込まれているような、怖気をふるう冷たい声音。
???『さーん……』
スキルアウトa『や゛、や゛め゛で……』
浜面「よせ……!」
???『にー……』
スキルアウトa『ゆ゛る゛じで……!!』
浜面「やめろ……!!」
???『いーち……』
スキルアウトa『だずげでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』
???『どばーん!!』
浜面「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
???『ぎゃはははははははははははははははははははは!!!』
ボチュウッ!!と何かが踏み潰され弾け飛んだような音と、狂ったような……否、言葉通り狂った哄笑が炸裂した。
無線機越しですら呪われそうな、聞く者に笑い声だけで絶望を与えるような呪詛に満ちた狂笑。
浜面の叫びすら黒く塗り潰す、まさに悪魔的な嗤い。
???『――女、まだそこにいんだね?』
浜面「……誰だ、テメエ……!警備員じゃねえな!!?」
???『――謎の侵略者(インベーダー)』
浜面「!!!!??」
???『女返してくれたら帰るけど、面倒臭いから返す気になるまで一人ずつ殺して行くわ。まあ――』
浜面は、確信する。
???『止める間もなく始めちゃうけどね』
自分は、とんでもない怪物(モンスター)を呼び込んでしまったのだと。
~7~
麦野「ふう……」
トクトクトク、バシャバシャバシャと頭からメトロミントのボトルをかけながら麦野はかぶりを振る。
頭からかぶった大量の返り血が、歯磨き粉を高い濃度で溶かしたようなミントウォーターに洗い流されて行く。
麦野はまるでシャワーを浴びた後のように髪をかきあげ、ひと息つく。
麦野「――テメエら殺して回る手間と暇なんざ誰がかけるかっての」
パン!パンパン!!と至る所から響き渡る銃撃音をBGMに麦野はサーバールームから出、廊下を歩み始める。
人体の尊厳に至るまで徹底的に蹂躙し尽くした肉片だか肉塊だかの赤絨毯を背に。
すると出たすぐの所で――麦野の足元に額からブチ抜かれ事切れた射殺体が転がっていた。
麦野「仲間割れ?まあドブネズミに共食いは避けて通れないもんだけど」
これで四体目か、と死体が手にしていたスタンガンと蹴飛ばす。
スキルアウトならば拳銃を持っている事も珍しくなく、スタンガンなどまだ良心的な部類だが――
麦野にそんなもの関係ないのだ。自らが手にしている能力以上の武器などないのだから。
麦野「(揃いも揃って馬鹿ばっかりね。まあ学校もロクに言ってないような連中に数の使い方なんて学びようがないか。って私も学校行ってないけど)」
麦野は歩みを早めながら考える。確かに読み通り敵対勢力はスキルアウトのみで構成されているようだ。
暗部ならば最低でもツーマンセルかスリーマンセルで行動するし、何よりこんな雑多で不揃いな武装などしない。素人だ。
故に麦野はあえて無線機にて殺害現場を実況して脅しをかけた。
敵に存在を警戒されるリスクを、そのまま恐怖によるプレッシャーに変えて注意を向けさせる。
美鈴というチーズにかぶりつこうとするネズミを鈍らせるには、自分というネコの存在を匂わせれば良いのだから。
麦野「ん……あれがサブ演算装置保管庫かな?」
麦野は虐殺による示威行為と殲滅の重要性を理解している。
美鈴が捕まってさえいなければ良かったのだが、敵の手に落ちた以上こうするしかなかった。
麦野「さて、どうするかな」
そして――スイッチの切り替わった麦野にはもう『人間』が『物体』に見えている。
つまり――上条当麻らの側で回復しつつある『人間性』をシャットダウンしている。
麦野「――まあ、やる事は決まってるんだけどさ」
――自らの怪物性を、露わにして――
~8~
スキルアウトb「ど、どうすんだよ浜面!!なんかドンパチ始まっちまったぞ!?」
スキルアウトc「お、おい!女始末してさっさと引き上げねえとヤバいぜマジで!!」
スキルアウトd「馬鹿!女人質にして盾にすんだよ!盾だ盾!!」
スキルアウトe「そんな時間ねえよ!警備員に囲まれてんだ!」
スキルアウトf「どうすんだ浜面!!」
浜面「五月蝿え!!今考えてんだよ!!」
美鈴「(な、何がどうなってるの!?)」
御坂美鈴の混乱は頂点に達していた。麦野から通話を一方的に切られた後、ついに少年達に捕まってしまった。
ドーム状の建物の中、擂り鉢型になっている大講堂の中心に引きずり出されて頭に拳銃を押し付けられた時には流石に死を覚悟した。
しかし――警備員がやっと来てくれたのか銃撃戦が始まってから少年達の動きに迷いが生じたのがわかった。
否――恐怖だ。特にリーダー格と思しき鼻ピアスの少年……
浜面と呼ばれた少年の顔に色濃い恐怖が刻まれているのが美鈴にもわかった。
浜面「さっ、さっきの無線機の女が誰だか知らねえがまだ取り引きは有効だ!この女を死体にしてあの背広の男に引き渡しゃまだ匿ってもらえるかも知れねえ!おい女!!」
美鈴「な、なに……?」
浜面「テメエ……女に心当たりあるか?」
美鈴「お、女……なんの事よ?」
浜面「とぼけんじゃねえ!!あの化け物みたいな女呼び込んだのはテメエじゃねえのかよ!?巫山戯けんな!他にもいんのか!?三秒以内に答えろ!早くしろ!!」
美鈴「……!!」
ジャキッと美鈴の頭部に大ぶりな拳銃が押し当てられる。
美鈴にもわかっている。化け物、というのが誰かはわからないが女、というのは誰だかわかる。
――自分が弱かったばかりに、巻き込んでしまったあの少女だ。
美鈴「……知らないわね!!」
浜面「!!?」
美鈴「人に銃突きつけて話するもんじゃないわよこのガキが!大人を舐めるんじゃない!!」
浜面「……のアマぁっ!!」
美鈴の思わぬ決然さに、浜面が引き金に指をかける。しかし――引けない。
浜面「……くっ」
――人は、人の目を見て撃てない。軍隊という様式、戦場という舞台にあってさえ――
知らない誰かを、厳然たる命令の元遠巻きにならば撃てても……
人は、人の目を見て撃つ事に自分が銃を向けられるのと同じだけの重さを持つ。
しかし――
~9~
カッ!!
浜面「!!?」
刹那、大講堂の扉が目映い光に包まれ瞬く間に融解するのを浜面は見た。
ドォッ!!
浜面「危ねえっ!!」
瞬きすら遅きに逸する反射神経で飛びすさった浜面の危機察知能力はまさに驚嘆に値した。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……!
崩れ落ちて行く扉の向こう、氷のように冷たい光芒と共に姿を現すシルエット。
それは女だった。濡れた栗色の巻き毛を濡らした、半袖コートの女性。
???「あんまり静かだから殺られちゃったのかと思ったけど」
浜面「!!」
この時浜面の脳裏をよぎったものは二つ。一つは無線機越しに聞こえて来た、あの魔女めいた哄笑。
窄まる肛門に氷柱をねじ込まれ背筋まで凍らされるような冷たい狂気。
???「危機一発だったみたいね。オバサン」
駒場『……見たところ光を司る能力者だったらしい。後ろ姿からすれば女、茶髪のロングヘアーだった……らしい』
浜面「……嘘だろ」
二つはたった今目にした光芒……浜面からすればビームに見えるそれは紛れもなく『光を司る能力者』の特徴に当てはまる。
――昨夜聞いたばかりの、舶来を助けたという茶髪の女。
浜面「なんだよ……これ」
浜面の中の思考が追いつかない。目の前の現実が受け入れられない。
目の前のこの障害となる魔女が、舶来を救った女神かも知れない言う事。
美鈴「沈利ちゃん!!」
???「全く……学園都市(まち)の仕組みも知らずに跳ね回った挙げ句とっ捕まって、くだらねえプライドで娘にかっこつけて、ケツ回された私はいい面の皮ねえ?」
コツ、コツと光の魔女が歩み寄って行く。怯える風もなく、構えた様子もなく、気を張った表情すら浮かべない。
ただ自分達の存在に無関心なのに自分達の武装に目を光らせる冷眼。
気怠けそうな足取りながら、肉食獣の攻撃性を秘めた雰囲気。
???「で、テメエらか。私のデートの余韻台無しにしてくれた糞袋共は」
――それは怪物の目だ。人を人とも思っていない、美しい女の姿をした怪物だ。
路地裏の影に巣食うスキルアウトらとは違う、学園都市の闇に棲む怪物。
能力による自信以上に、経験による自負がこの女を揺るぎないものにしていると。
~10~
あーあ。下着までビチョビチョ。いつホテル入ってもいいように気合い入れて来たヤツなんだけどね。
あいつが昼休み学校帰った後、シャワー浴び直して余所行き用の服に着替えたってのに全部おじゃん。
始まる前って無性にあいつが欲しくなるんだ。どうしようもなく。
あと――今日みたいに人殺した後。やってる時のテンションはクールかハイなんだけど、終わった後――
麦野「その女、返してもらうから」
死にたくなるほどダウナーな気分になる。何もかもメチャクチャにしてやりたくなって、あいつにムチャクチャにされたくなる。
この土砂降りの雨に濡れるより冷たく重くなった身体を、あいつの熱で溶かされたくなる。
血より熱いもので汚されたくなって、そう言う時の私は終わった後自己嫌悪に陥るくらい淫らになる。
我ながらイカレてる、と思う。でも今夜はもうあいつに会えない。
浜面「巫山戯けるな……テメエは何なんだよ!何でこのタイミングでやってこれんだ!!あの依頼はデコイで、俺達はハメられたのか!!?」
麦野「――あんた、頭のネジ緩んでる?」
浜面「な……」
麦野「私はそこのオバサンの迷惑電話に呼び出されただけ。テメエらみてえな路地裏のドブネズミがなに幻想(ゆめ)見てんの?」
罪悪感と絶望感、孤独と狂気、『怪物』から『人間』に戻った時私に襲って来るもの。
ああ、初めての殺しの日もこんな雨の日だった。こういう夜には決まってその時の悪夢を見る。
悪夢を見るのは罪悪感の現れって言うけど――当たり前でしょ?人殺してんだからさ。
麦野「つまりあれね。テメエらは警備員に捕まって青春が終わるか、私とやり合って人生終わるかしかないの。まさかあんた、自分がとんでもなく切れ者の策士の陰謀に巻き込まれて終わるだなんて……そんなカッコいいバッドエンドでも期待してたー?」
――人を殺した人間は、絶対人間に生まれ変われない。
地獄って言うのはそういうヤツらを生まれ変わらせないためにある。
だから私は生ある限り当麻の側にいたい。来世なんてものは私にはないから。
麦野「――この学園都市(まち)の闇は、そんなに浅くねえんだよ」
――ああ、子宮がうずく。痛いくらい――
麦野「――あんた
あんたが、欲しい。
ブ ・ チ ・ コ ・ ロ ・ シ ・ か ・ く ・ て ・ い ・ ね
第十四話
~15~
麦野「 ブ ・ チ ・ コ ・ ロ ・ シ ・ か ・ く ・ て ・ い ・ ね 」
浜面「――――ッ!!」
ドン!と言う蹴り出しの音と共に浜面はその場が飛び上がるようにして後退った。
次の瞬間、コンマいくつかのタイムラグと共に浜面の立っていた場所が――
ドジュウウウウウウウウウウ!!
浜面「な……」
瞬き一つ遅れた後、リノリウムの床面が蒸発……否、消滅した。
駒場の残した発条包帯(ハードテーピング)により膝にある六つの靭帯を保護し、大腿骨・脛骨・腓骨を繋ぐ各部筋肉を外側から補強し――
それにより駆動鎧並みの瞬発力を可能としたダッシュがなければ――
殺られていた。間違いなく。訳もわからぬままに……!
麦野「良い反応ね」
コツ、コツと身の毛もよだつような破壊を事も無げにやってのけた怪物がヒールを鳴らしてやって来る。
大講堂中心部より左斜め奥へと飛び込んで浜面へ向かって。
麦野「あの露出狂ジーパン女に続いてテメエで二人目だよ。見てからかわした奴は」
スキルアウトc「て、テメエ!動くな!!下手な真似したこの女が死ぬぞ!!!」
美鈴「ひっ!?」
麦野「――けどテメエの仲間はどうかな?」
カッ!と麦野が左手をドーム型の天井へとかざした光芒が放たれた瞬間――
美鈴に銃を突きつけたスキルアウトは信じられないものを眼にした。
ゴゴゴ……ゴゴゴゴゴ……!!
スキルアウトb「な」
スキルアウトc「え」
スキルアウトd「ば」
スキルアウトe「が」
スキルアウトf「ま」
天蓋が一気に溶断されるかのように青白い光芒に切り分けられた断面が赤銅に染まり――
ミシ、ミシミシと天蓋を支える構造全てを焼き切って行く。
結果――耐えられるはずがないのだ。宙に浮かべたケーキを八等分したような天蓋が、その自重になど――!!
麦野「――人様の視界に入って来たネズミは――踏み潰されても文句ねえよなあ!?」
ゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
スキルアウトbcdef「「「「「がっ!?ああああああああああ!!?」」」」」
天が、空が、星が落ちてくるような瓦礫の雪崩が大講堂上層部を決壊させる。
逃れようもない崩落、光の魔女が振り下ろす鉄槌の元――!!
~14~
美鈴「――――ッッ!!」
天蓋が落盤し、降り注ぐ瓦礫の雨が美鈴の周りのスキルアウトらをその一山に埋もれさせて行く。
両手で頭を抱えて縮こまる美鈴の頭に、円形に切り取られた大講堂上層部より暴風雨が吹き荒れる。
しかし――美鈴には瓦礫はおろか欠片すら降り注がない。
美鈴の周囲のみが台風の目のように全ての破壊から無縁であり、代わりに横殴りの雨を乗せた颱風だけが舞い上がる。
浜面「な、な……!?」
麦野「――どうしたの?楯突いて来たんならもう少し気張りなよ」
ビュオオオオオオオオオオ……
直前に大講堂左斜め奥に逃げ込んでいた浜面はその大崩落の後、舞い上がる粉塵すら暴風にかき消される彼方で――見た。
これだけの破壊を生み出しておきながら破片一つ美鈴に飛ばさないその能力者を。
麦野「この辺に使われてる建築材なんて、金魚すくいのポイだよね。もっとも、有機物だろうが無機物だろうが――」
浜面「(まさか……こいつ)」
麦野「――私の原子崩し(メルトダウナー)の前じゃ処女膜ブチ破るくらいの手間しかかかんないんだけど」
浜面「(超能力者……レベル5!!?)」
轟々と雨粒を乗せた突風が逆巻き渦巻く中片膝をついて顔を上げた浜面が固唾を飲む。
飲み込んだツバを吐く事も出来ず、呑み込む側から戻しそうになる圧倒的なプレッシャー。
確信する。浜面はレベル5など今まで知らなかったが――
レベル4の無能力者狩りのメンバーが手品に見えるレベルだ。
間違い。メルトダウナーという能力がどういう性質のものかはわからない。が
浜面「(……死ぬ)」
当たって痛いなどという路地裏のやり取りの埒外にある破壊。
当たるどころかかすれば死ぬ。間違いなく殺される。
そしてこの魔女は決して自分を見逃さないだろう。
この死の恐怖で研ぎ澄まされた五感と、発条包帯で手にした身体能力でやっとかわした初撃。
背中を向けて逃げ出せば間違いなく……命を落とすのではなく奪われる。
麦野「――墓穴掘ったね。さっき見た限りじゃ警備員は突入して来れない。つまり――テメエはもう捕まって“保護”してもらうのも無理って訳」
浜面「(……殺される)」
麦野「喜べ。掘った墓穴(ぼけつ)がそのままテメエの墓穴(はかあな)だよ。準備が良くて助かるにゃーん?」
――この、死と絶望を撒き散らす魔女に……殺される――!!
~13~
浜面「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!」
ダンッ!!と突いた片膝から蹴り出す瓦礫の一部が砲弾のように魔女へ向かって殺到する。
駒場利徳が人体を跡形もなく破壊し鉄骨すら粉砕するのと同じ蹴撃を、立ち尽くす魔女目掛けて。
バスケットボール大の瓦礫が十数、そこから空気抵抗と大気摩擦、加えて破壊衝撃により分裂し数百の破片が飛来する!
麦野「――ふん」
フォンッと突き出した左手から生み出される光の楯がその瓦礫と破片と砂利とをボシュボシュボシュ!と焼き尽くして行く。
砂粒一つ肌に触れさせず、変わって降り注ぐ驟雨が原子崩しの熱に焼かれて蒸発する。が
麦野「――ん?」
浜面「(今だ!!)」
ザウッ!と蹴り出したコンクリートの散弾が原子崩しの盾に吸い込まれて行くのと同時に再び駆け出した浜面が10メートルという彼我の距離を一瞬で詰め――
さながら瞬間移動のように回り込んで魔女の背後に踊り出る。
浜面「(自分で……自分を誉めてやりてえよ!!)」
視界を一瞬前方に集中させ、飛来物に意識を向けさせた瞬間に視界の外側に消える。
さらに発条包帯により強化し上昇した身体能力と、誰も誉めてなどくれないアスリート並みのトレーニングを積んだ肉体のみが可能とする死角からの逆撃!
が
麦野「 遅 え よ 」
浜面「!?」
ブンッと振り下ろした拳が、振り向きざまに魔女が無造作に振るった右手により手首から先を鷲掴みにされ……!
ゴキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
浜面「がっ……!ああああああああああああああああああああ!!?」
手首から先の変則アームロックの状態から引き寄せられ――
同時に叩き込まれた膝頭が腹部に突き刺さり、さらに膝蹴りから変化した前蹴りが浜面を蹴り剥がす!
肺の中の空気全て……否、酸素を運ぶ血管が内側から破裂するような衝撃と共に、ノーバウンドでビジネスデスクに突っ込む。
浜面「うぐっ……ぐうううううううううう!!」
麦野「――ご愁傷様。こちとらテメエよりもっとすばしっこい露出狂女と張ってんのよね」
――魔女が、首だけ動かして身体の周囲に四つの光球を浮かび上がらせる。
浜面は知らない。この魔女がかつて世界で二十人といない『聖人』相手に一矢報いた経験があるなどと。
~12~
……痛え、痛えよ……痛えなんてもんじゃねえ。
ゲロと一緒に口からハラワタ吐き出しそうなぐらいキツい……!
腹の下から力入らねえ。女のパワーじゃねえ……いや、人間のパワーじゃねえ!
麦野「――オイオイ。お粗末な上にもうイッちまったかあ?」
キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン……!
来る……!来る……!!来る……!!!あのヤバい光が来る!動け!動け!!動け!!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
浜面「――ッッ!!!」
光が来た。立ち上がれねえから転がって逃げる、避ける、かわす!
机がブラインドになった。転がる。ダンゴ虫みたいに転がる!
とんでもねえ熱と光と爆発が来る。身体を丸めて水浸しの床を利用して滑って転がる。
運がいい。この雨がなかったら今ので死んでる……!!
浜面「ぐっ……がはっ!!」
血の味と匂いがする空気の塊が喉から飛び出して来る。
ズレた内臓が元の場所に戻ってくる。やべえ、吐き気で頭が冴えて来るとかどうなってんだよ!?
今までの路地裏で、昔駒場と殴り合った時でもこんな死にそうな痛みなんてなかったぞ!?
麦野「あァン?どうした?」
ザリ、ザリ、ビチャ、ビチャって水浸しの瓦礫を踏み越えて女が来る……
稼げ、少しでもいい。時間を……何でも良いから稼ぐんだ!
浜面「お゛……まえ」
麦野「………………」
浜面「はぐらいを……助けたんじゃねえのかよ?」
麦野「――――――」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
うっ、撃って来やがる!瓦礫ぶっ飛ばして……近づいて来る!
話も聞かねえのかよ!?時間稼ぎもお見通しだってのか!?
なんなんだ……なんなんだ、この化け物は……ゲームだったらラスボスより強い隠しの裏ボスかってんだ!
麦野「……私は誰も助けない。救わない。守らない」
巫山戯けんな……こんな、こんな、訳のわからない『上』の連中に取り入るために……
駒場のやらかした尻拭いの途中で……駒場の残したもん守らされて……
何で……どうして、死ななくちゃ、殺されなくちゃ、こんな目に合わされなきゃならねえんだ!!
麦野「何勘違いしてるのかにゃーん?私はそこのオバサン助けに来た訳じゃないから」
ちくしょう……ちくしょお……
麦野「殺しに来たんだよ。テメエらをね」
チク……ショウ!!!!!!
~11~
浜面「!!!!!!」
その瞬間、浜面は身体を覆い隠すようにしていたビジネスデスクとコンクリートを跳ね飛ばして飛び上がり――
浜面「があっ!!」
真上に達した跳躍の限界点、発条包帯の引き出せる身体能力の極限点から……
切り崩された天蓋より伸びる四角柱の鉄筋を、空中からのボレーシュートのように高速で魔女へ叩き込む!
麦野「馬鹿の一つ覚えね」
ドウッ!ドドウッ!!と麦野は襲来して来る黒金の毒牙を冷めた眼差しで見上げながら――
麦野「チョロチョロ跳ね回りやがって!!ベンジョコオロギかテメエは!!」
ドンッ!と足元に原子崩しを放ってロケット噴射のように身体を空中に向かって飛び出させる。
四角柱の鉄筋をかざした光の盾で消失させながら、浜面の落下運動が始まった地点から更に上回って――
麦野「死ね!!」
光の盾をかざした左手が浜面に伸びる。触れるもの全てを焼き尽くす防盾はそのまま、有象無象を焼き滅ぼす篝火となる。
だが浜面は突き出された左手を空中で猫ひねりのように身体を回転させてそれをかわし――
魔女の左腕を右足で踏みつけ、そこから魔女の左肩を踏み台にして更に飛び上がる。
駆動鎧並みの超人的な機動力を生み出す発条包帯があるからこそなせる、軽業師のような身こなしで!
浜面「っらあ!!」
魔女の肩口から再び身を踊らせた空中にて浜面は踵落としを見舞う。
ブオン!という人間の身体能力を凌駕した横殴りの音を振るいながら叩き込む変則胴回し蹴りが、魔女の左肩を捉え――
麦野「っ!!」
が、魔女もまた光の楯を再び原子崩しに変えて放ち、空中で逆噴射するように無理矢理体勢をねじ曲げて蹴撃を回避した。
そのあまりの反応速度に、浜面の表情が再び凍りつく。
浜面「(嘘だろ!!?)」
文字通り空を切る足、空中で逆さまに揉み合いながら頭から真っ逆様に墜落して行く中浜面は驚愕する。
ありえない。スタント無しのワイヤーアクションも同然の動きの中、並みの身体強化能力者を軽々と超える力を手にした自分を――
麦野「墜ちろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
掴まれる襟首が布地から引きちぎられるような握力で掴まれ、空中からハンドボールのように投げ捨てられる!
密着した状態で能力を使えば我が身さえ焼くとわかっているがために。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
~10~
浜面「ぐはっ!!」
七メートルの高度から放り出され、ビジネスデスクを叩き割るようにして投げ出される浜面。
同時に魔女も再び原子崩しを落下地点に叩き込んで着地する。
仰向けに突っ込んだ浜面はビジネスデスクが衝撃を和らげてくれていなければそのまま意識を失っていただろう。
浜面「クソ……がぁ!」
しかし――浜面今し方何合か交わした攻防の中で――
いくつかの情報を得た。得たが故に立ち上がる気力を振り絞れた。
麦野「チッ!」
再び魔女が左手をかざして光芒を奔しらせて来る。
風穴の空いた天井から注ぐ、バケツをひっくり返したような豪雨の中を突っ切って。
浜面「ちくしょう!」
まな板の上の鯉のようだった浜面が死力を振り絞って寝返りを撃つように転げ落ちる。
しかし机に隠れる前に吹き飛ばされ、爆炎に巻かれながらまたもや弾き飛ばされる!
だが浜面は破裂しそうな耳朶の鼓膜を両手で塞ぎ、頭部を守り、目を焼かれぬよう固く瞑って爆風に身を乗せた。
数メートル、いや数センチ、否数ミリで良いから魔女から逃れなくてはならないのだ。
麦野「見たところ発条包帯(ハードテーピング)でも仕込んでるのかしらねえ?」
浜面「!!!」
麦野「それもそうか。無能力者だったねテメエらは。もっとも、そんなもんライオン狩りにはクソの役にも立ちゃしないけど」
既に台風一過の後のようになっている大講堂は既に瓦礫の山とひっくり返ったビジネスデスクで見る影もない。
ザーザーと数百本のシャワーノズルを全開にしたような土砂降りの雨がざんざんと床面を穿って行く。
浜面は崩れ落ちて来た講義に使うのだろうスクリーンを遮蔽物に使いながら身を隠す。
幸いにも、この耳鳴りがしそうな雨音が気配と足音を消してくれる。
浜面「(少し……わかって来たぞ)」
浜面は機を伺いながら、恐怖より凍てついた血液が戦闘により頭に登った巡りが雨によって鎮められて行くのを感じていた。
それは生命の危機を前にして取り戻しつつある冷静さと、この僅かなやり取りの間に得た情報、そして路地裏での対能力者戦に当てはめて考えて行く。
麦野「――もういいや。ちまちまやっても埒が開かないなら」
恐らくは浜面仕上の生涯にあって最凶最悪のこの能力者を相手に――浜面は一つの策を見いだしていた。
~9~
浜面「(――あいつは、能力者は、一回につき一つの事しか出来ない)」
浜面は数秒にも満たない星の砂を詰めた時計のように貴重な一瞬を積み重ねた。
あの光を司る魔女の能力の展開パターンは約3つ。
ビームと、シールドと、ブースターだ。そのどれもが触れただけで死に至る。
しかし――能力が如何なる大規模破壊を生み出そうと精密な制御を行おうとあくまで一度につき一つの種類しか出せない。
浜面「(さっきの鉄筋コンクリートでわかった。盾とビームは一度に出せねえ!)」
まず初撃のコンクリートは光の楯で防いだ。しかしそれに乗じた背面攻撃を魔女はわざわざ近接格闘で引き剥がした。
空いていた右手はビームを撃ってこなかった。そうすれば浜面の身体は今頃上下に泣き別れている。
そこから導き出される答えは、盾を発現しながら射撃というような同時展開は出来ないという事。
浜面「(――それから、あのビームは狙いを付けるまでほんの少し……ほんの少し、タイムラグがある!)」
もう一つは四角柱の建築資材による攻撃……鉄筋コンクリートがあくまで『面』での質量攻撃だったため盾を使うのはわかる。
しかしあくまで『線』でしかない建築資材による攻撃を魔女はビームによる撃墜をなさなかった。
弾丸並みの速度を誇る強襲攻撃に狙いをつけて撃ち落とす事が出来ず、ゆえにジェット噴射でこちらに飛び込み盾で浜面を焼こうとしたのだ。
そして――弾丸並みの機動力で移動する浜面を、あの女は狙って来なかった。
二度も浜面が叩きつけられ地べたを這いつくばって来たタイミングでしか撃って来なかった。
浜面「(……駒場のリーダーに、救われたな)」
発条包帯による連続回避がなければとっくに光の雨で焼き尽くされている。
補強のない生身だったならば駆け出す前に撃ち殺されている。
しかし近寄ればあの人間離れした肉弾戦の餌食にされる。
故に浜面は――あえて、火中の栗を拾う決断を選ぶ。
――――――しかし――――――
麦野「――根刮ぎ、持ってってやるよおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
浜面「!?」
魔女が歌い、怪物が吠える。同時に四つの光球が再び魔女の周囲に浮かび上がり――
浜面を狙ってでの射撃ではなく、『浜面を含んだ全て』を狙っての砲撃を敢行するのだ。
即ち……この大講堂をコンパスで円形を描くようにして、破壊する――!!
~8~
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
麦野「ぎゃはははははははははははははははははははは!!」
魔女を中心として時計回りに放たれて行く原子崩し。
リノリウムを、ビジネスデスクを、モニターを、ドームを次々に巻き込んで『溶解』させて行く。
ピンポイント射撃から虱潰しのローラー射撃で、圧倒的な熱量と攻勢で魔女は全てを薙ぎ払う。
浜面の狙い全てを見越した上で、一縷の希望に至る命を含めた全てを奪い去るために。
麦野「おらおらおらぁっ!プチっと潰してやるから噛みついてこいよ!!マウスにもなれねえドブネズミなら、せめて優しく駆除してやるかさァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
水滴が蒸発し、瓦礫が消滅し、空間が破壊される。
天空から降り注ぐ雨粒に濡れた髪が額に貼り付くより早く風穴から吹き荒ぶ嵐がそれを舞い上げる。
星はおろか月さえ見えぬ暗雲の下、原子崩しの放つ光量が狂気に歪んだ妖絶なる艶笑を浮かび上がらせる。
だが
浜面「――ッッ!!」
美鈴「!?」
――浜面が飛び出した先、それは時計回りの中心点……麦野の背中、美鈴の背後!
仲間を今も押し潰している瓦礫の絨毯の物陰から躍り出、手にした演算銃器(スマートウェポン)を――
麦野「!」
浜面「やっと……笑いが消えたな」
浜面が演算銃器の引き金に人差し指をかけ肩越しに振り向いた魔女の背中に狙いをつけた。
演算銃器。赤外線を用いて標的の材質・厚さ・硬度・距離を正確に計測し、破壊に最も火薬をその場で精製する。
合成樹脂を瞬間的に凝固し弾頭を形成する、発条包帯に次いで駒場が遺していったもの。
浜面「――最後に笑うのは、俺だ」
浜面が取り得た作戦。それは魔女が如何なる精密な制御と緻密な演算を駆使しているのかはわからないが――
どれだけこの大講堂に吹き荒れる暴風のような破壊を生み出そうとも、必ず台風の目がある。
それは破壊を生み出している魔女と、それに守られている美鈴だ。
あの大崩落の中にあって美鈴に破片一つ飛ばさない安全地帯からの奇襲。
いわば人質を盾にしての射撃を敢行する事により魔女の判断と反撃をコンマ数秒でも遅らせる、まさに一度きりの奇襲!
浜面「この俺だァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
ドン!
そして、向き直りきらない魔女の背中目掛けて弾丸が発射され――
麦野「――踏み殺すぞ、無能力者(ドブネズミ)」
~7~
ガシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!
浜面「――……
その時、浜面は信じられないものを目にした。
麦野「――“0次元の極点”」
浜面の放った演算銃器の弾丸が、魔女の腸(はらわた)を食いちぎるより早く――
まるでテレポーテーションでもしたように、魔女の身体の前に突如として出現したコンクリートの壁面がそれを食い止めたのだ。
浜面が知らない、0次元という空間を原子崩しで切断し、切り裂いた次元からこの世のありとあらゆる物質を手元に引き寄せる能力が。
麦野「――面白いオモチャ残してってくれたわ。あの入れ墨男」
浜面「……あ」
麦野「でもまだスマートには行かなかったわね……調整が必要か」
この瞬間、浜面は悟った。あの絨毯爆撃は自分を吹き飛ばすためではなく――
文字通り逃げ回り隠れ潜む自分を燻り出すために放たれたものなど。
最初から、浜面が何らかの形で人質を利用すると見越した上で……
『囚われた哀れな人質』『救出すべき弱い対象』である美鈴すら『おびき寄せる撒き餌』に使ったのだと。
浜面「――ありえ、ねえ……」
浜面が膝から落ちる。それは発条包帯による、身体的プロテクトを無視した負荷が今更のように襲って来た事以上に――
浜面は絶望したのだ。圧倒的戦力と、自分など足元にも及ばない本物の『悪』に。
そう――浜面は何一つ間違っていなかった。限られた条件の中、常に最善手を取り続けた。ただ一点を除いて。
麦野「ドーブネーズミー」
それは魔女を救出者(セイバー)と思った所だ。人質を取り戻しに来た正義の味方だと心のどこかで思っていた。
――違っていたのだ。相手は、浜面が小悪党に見えるほどの『巨悪』だったのだ。
頭の良し悪しではなく、『悪』のメソッド・ロジック・ノウハウの元に動いている――
言わば『黒が黒を喰う』本物の怪物だったと言う事だ。
麦野「……どうやって死にたい?」
浜面「――ッッ!!」
しかし――浜面は懐からスタンガンを取り出す。
狙う先は……この水浸しの床面。これならば、これならばコンクリートでも防げまいと……
振り下ろす、自らも感電死しかねない地の利と天候を活かした乾坤一擲の窮鼠が一噛み――!!!
~6~
バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!
浜面「(これで……!)」
突き立てるスタンガン、水浸しの床、暴風により不純物を多分に含んだ水面を走る電撃。
ここでも浜面は間違ってはいなかった。間違っていたのは――
麦野「はっ!」
ズギャン!と魔女が左手をタクトを操るように振ると……電撃が散らされるように、魔女を避けるように消えて行く。
あまりに強力過ぎたが故に発禁となった違法スタンガンをさらに改造したそれは――
魔女に静電気を纏ったドアノブほどにもダメージを与えなかった。
麦野「死を賭した反撃、か。痺れるねー」
浜面「――――――」
麦野「でも、それだけ」
浜面は知らなかった。知らな過ぎたのだ。原子崩しは破壊をもたらす光の能力などではない。
その根元は電子を司る能力であると。その気になれば『最強の電撃使い』御坂美琴の能力さえねじ曲げられる。
スタンガン程度では文字通り歯が立たないどころか言葉通り指一本触れられない。
浜面「(……俺は)」
ビーム、シールド、ブースター、テレポーテーション、エレクトリック……
そのどれをとっても浜面の手に余る厄介以上に憎らしい力の全て。
そこに加えて――この魔女はレベル0(無能力者)相手にさえ『油断』しない。
麦野「――私相手にここまで張ったレベル0はテメエで“二人目”だ」
浜面「………………」
麦野「うち一人目には“三回”負けてる。だからテメエはここで殺す」
浜面がうなだれた。あまりの絶望はついぞ恐怖すら生み出さない。
バシャッと両膝をつき肩を落とし、スタンガンを取り落とす。
演算銃器から引き金から人差し指を離す気力さえ残っていない。
浜面「(……ここで、死ぬ)」
誰がこの絶望を具現化したような怪物を三度打ち倒したと言うのだ。
全てを薙ぎ払う能力、補強無しでの化け物じみた身体能力、脳細胞まで黒に染まった悪の経験則……
しかもこの怪物は未だ『本性』を見せていないという事すらわかる。
麦野「――テメエの顔は結構私好みだったんだけどね。今の男よりよっぽど聞き分け良さそうだ」
浜面の顔を見下ろしながら怪物が笑いかけた。
ブウン……と鬼火のような光球を揺蕩わせて。
こんな怪物を飼い慣らしている男は誰だと言うのだ。もし……もしそれが本当ならば
麦野「――じゃあね」
――その男の方がよっぽど『怪物』ではないか――
―――やめなさい!沈利ちゃん!!―――
~5~
浜面「――……」
その時、予想だにしない人間の声が大講堂内に木霊した。
この嵐の中にあって霹靂のような力強く鋭い声が。
麦野「……はあ?」
美鈴「もういいじゃない!彼はもう戦えないし貴女に勝てない!外に警備員が来てるんでしょう!?」
麦野「――そうね。だから何?」
美鈴「……学園都市の条例はよくわからないけど、このまま引き渡せば彼は然るべき法の裁きを受ける事になる。これ以上貴女が手を下す必要なんてどこにもないのよ!」
――御坂美鈴が、原子崩しを放とうとしていた麦野の前に両手を広げて立ちはだかっていた。
肌寒い豪雨と、晒され続けた恐怖を噛んで青紫になった唇を震わせながら。
死刑執行寸前であった浜面に背を向けて庇うようにして。
麦野「……頭のネジ緩んでる?オバサン。一度しか言わない。どいて」
美鈴「……どかないわ」
麦野「血の巡りの悪い母娘ね――」
そんな美鈴の必死な……そう必死というより悲壮なまでの表情に魔女が巻き毛をかき上げた。
まるで何度掛け算のやり方を教えても九九も満足に出来ない子供を見る教師のような……曰わく冷めた表情。
麦野「あんたも一度や二度警備員に連絡してそれでも来なかったでしょ?今も来ないでしょ?つまり“そういうこと”なんだよ……こいつを生かしておいて得な事は何一つない。なんでわかんないかな」
美鈴「……人の命を損得ではからないで!!」
麦野「――いい加減にしろこのクソババア!!!」
魔女が美鈴の胸倉を掴んで締め上げた。駄々をこね癇癪を起こした子供に苛立ったような形相。
――否、逆だ。まるで魔女が地団駄を踏んで美鈴がそれを許さないようにさえ見える。
麦野「テメエの命狙ってた人間の盾になるってか!ここまで火点いたケツ私に回して拭わせといて自分はマザーテレサ気取りか!!テメエの手は汚さねえ、血も流さねえでなに“外側の世界”の綺麗事語ってやがる!!」
そう、凍てついていた魔女の顔からみるみるうちに狂気が消え失せて行く。
それどころか――必死に怒りの形相を作ろうとして顔をクシャクシャにしているような……
美鈴「――なら」
しかし……見据える美鈴の表情は対照的に揺るがない。
美鈴「……どうして貴女はそんなに泣きそうな顔をしているの?」
麦野「!?」
~4~
……怖いわ。この雷雨の寒さ以上の震えと冷たさで歯が鳴りそう。
足が震えて、本当は上手く立ってられない。腰が抜けそうよ。
だけど――私は『母親』だから。泣きそうな『子供』の前で膝を折る訳には絶対に行かないの。
美鈴「……目の前で人を殺そうとしている子供を止めない大人がどこにいるの」
麦野「巫山戯けんな!あんたは御坂の母親であって私のママじゃねえだろうが!!どけ!!どかねえならテメエごとブチ抜くぞ!!!!!!」
美鈴「――いいえ、出来ないわ」
私は今、一人の『親』として怒ってる。それは沈利ちゃんにじゃないわ。
それは――この学園都市という街そのものに対してよ。
美鈴「――貴女は、いい娘よ。優し過ぎるくらい」
麦野「!?」
美鈴「貴女がどんな世界で生きて来たかは私も詩菜さんもわからない……今日みたいな、殺し殺されるような場面が一度や二度じゃない事も見てわかった」
麦野「だったら……!!」
美鈴「それでも貴女は私を助けに来てくれたじゃない!!!」
――誰が、この娘をこんな風にしたの?躊躇いなく人の命を奪わせるような問題の解決を……
この心を鬼にしなければ正気も保っていられないような幼く弱い子に教えたと言うの?
美鈴「一度か二度しか顔を合わせてない私を、電話一本で助けに来てくれるような貴女が……私を守ってくれた手で人を殺すところなんて見たくないわ!!」
――誰が、この娘に人の殺し方を教えたというの?
美鈴「――“子供”が武器を振り回して戦場に向かうのを本当に喜ぶ“親”なんて一人だっていない!!」
麦野「――――――」
美鈴「……だから私は美琴ちゃんを連れ戻しにこの学園都市に来たわ。そしてその美琴ちゃんの“友達”の貴女に――」
ものの例えで言う、子供が『どうして人を殺しちゃいけないの?』って質問に正解なんてない。
だって――『どうして人を殺しちゃいけないの?』だなんて子供に質問させる時点と地点からもう間違っているからよ。
美鈴「人を……殺して欲しくない」
この娘は、まだ間に合う。手遅れなんかじゃない。取り返しがつく。
この学園都市の『大人』の誰かがこの子に人殺しを強いたと言うなら――
美鈴「――貴女は誰も殺さなくていいのよ!!沈利ちゃん!!!」
――同じ大人(おや)が、それを変える事だって出来るはず――!!!
~3~
麦野「………………」
降りしきる雨の中、ジュッと最後の水蒸気を残して……麦野の原子崩しの光球が掻き消えた。
呆気に取られたような茫然としているような……曰わく、形容し難い表情と双眸にかかる濡れた前髪。
麦野はただ立ち尽くしていた。驟雨に濡れ冷え切った身体を……
美鈴「もう……やめてちょうだい」
抱き寄せて来る、美鈴の両腕があたためて来る。
人を殺し物を壊す事しか出来ない麦野の手からもう何一つとして奪わせまいとするようにキツく、固く、そして強く。
麦野「………………」
麦野の中から、狂気を具現化させたような獣の唸りが遠ざかって行く。
御坂美鈴がした選択は決して間違いではなかった。
それは未だ娘・美琴では御せない麦野の心の在り方に対しての、かつて上条が行った事とよく似ていた。
麦野「……やめろよ!」
麦野を止めるには言葉であれ武力であれ、真っ正面から麦野の狂気や暴力をねじ伏せた上で『戦い』そのものを取り上げなくてはいけないのだ。
病的なまでの異常に高いプライドの上に立ってやっと対等なのだ。
それは麦野は相手が死ぬか自分が殺されるまで戦う事を止めない狂気の女王だからだ。
麦野「やめろよ!はなせよ!!ここまでやって、ここまできて、ここでおりるだなんてできるわけねえだろうが!!」
人の血と肉を食む怪物は鎖や檻では囲えない。倒す事などもってのほかだ。
優しさや許しや慈しみでは決して消えない。罪とは、罰とは、業とは、そんなに軽くも甘くも温くもない。
ならばどうするか――答えは、狩る獲物のいない世界に導いてやるのだ。
美鈴「いいえ……終わりよ、沈利ちゃん」
牙を奮い、爪を立てる相手を取り上げれば――怪物は何も出来ない。
戦いそのものが生まれない場所に、怪物はその存在意義を失う。
怪物を倒すために怪物になったところで、また別の怪物がまた生まれるだけだ。何も変わらない。
少なくとも美鈴の判断は正解とは言えなくとも解決策の一つではあった。
美鈴「――終わりにするの」
美鈴が麦野を抱き寄せる。それは麦野が持ち得るメスライオンの母性とはまた異なる――
美鈴「終わらせなくちゃいけないの」
――人の親と言う、麦野の知らない母性の在り方だった。だが
美鈴「貴女は――
世 界 は そ ん な に 優 し く な ど な い
スキルアウトG「見つけたぞ売女ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!!!!!」
~2~
麦野「――ッッ!!」
崩落した大講堂、麦野が焼き切った扉の彼方から姿を現す……
妙に青白い顔の、安物のチェーンを手首に巻いた切れ込みズボンのスキルアウトが
ドンッ!!
手製の焼夷ロケット砲を麦野目掛けて放って来る。
土砂降りの黒風白雨の中、その瞋恚の炎が散らす赫亦を散らして――
麦野「!!!」
フォンッ!と麦野はすぐさま原子崩しによる防盾を展開し抱き締めて来る美鈴と自分の前を守らんとする。
そう、狂気は消えども麦野の冷静さは些かも損なわれてなどいない。
何故ならば麦野は元暗部だからだ。敵意、悪意、殺意に対する第六感はもはやDNAに刻み込まれた『本能』だからだ。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
麦野「( ― ― 今 の )」
美鈴「きゃっ!?」
焼夷ロケット砲が巻き起こす爆風と舞い上がり爆炎をも防ぎ切る光の楯。
水浸しの床面まで焼き尽くす大火力から美鈴を守り抜き、既視感を覚える声音の在処、敵の居所へと麦野が視線を向ける。
麦野「( ― ― 今 の 声 ― ― )」
麦野の中の記憶の鍵が、扉が、蓋が、箍が開いて行く。
トラウマの水底に沈む岩のように、ジレンマの森に朽ちた虚のように、白紙に落とした墨汁が広がるように――
麦野「( ど こ か で )」
ザッ
――そう、麦野は何一つ間違っていなかった。
思わぬ敵の強襲に対し、美鈴に毛ほどの傷もつかせず原子崩しを発動させた。が
浜面「オ」
美鈴「……!?」
――防盾を展開したと言う事は、光芒を放てないと言う事。
それは呼吸より早く、鼓動より速く、瞬きより疾く――
縫う間隙すらない針の穴に、運命と言う糸を通すような――
浜面「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!」
ガウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
スキルアウトからの砲撃から美鈴を守った麦野の背面――
麦野「――――――………………
怪物を討ち滅ぼす銀の弾丸(シルバーブレッド)……浜面仕上の演算銃器の魔弾が
スキルアウトG「……ギャハッ」
麦野沈利の背中から腹部にかけて――突き刺さった。
~1~
スキルアウトG「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――ッ!!!」
美鈴「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーッッ!!!」
麦野を抱き締めていた美鈴の両腕にかかる重みが一気に増し、代わりに伝わる力が一気に失われて行く。
麦野が倒れる。美鈴が支える。麦野が斃れる。美鈴が押される。麦野が殪れる。美鈴も倒れる。
ベシャリと水浸しの大講堂の床面、風穴の開いた天蓋から降り注ぐ暴風雨の中……麦野は力尽きた。
美鈴「沈利ちゃん!沈利ちゃん!!沈利ちゃん!!!沈利ちゃん!!!!!!」
スキルアウトG「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
麦野に覆い被される形で下敷きになった美鈴が上げる絶望の雄叫び。
麦野が斃れ伏した瞬間、星月夜も彼方へ過ぎ去った暗雲に向かって歓喜の勝ち鬨を上げるスキルアウト。そして
浜面「はあっ……ハアッ……」
――言葉を紡ぐ力まで使い果たした浜面の青息が双肩でなされる。
浜面は撃った、最強の超能力者(レベル5)を。
浜面は討った。最悪の怪物(モンスター)を。
引き金を引けたのは、スキルアウトの絶叫により我にかえったその刹那――
魔女(かいぶつ)が少女(にんげん)に戻ったその瞬間だった。
浜面「……ちくしょう」
しかし――浜面の表情に喜色の色はない。あれだけ、あれだけ二日酔いの夜に見る悪夢から這い出して来たような……
正真正銘、最低最悪の怪物が……一瞬見せた少女の表情を浜面は撃ったのだ。
人を撃った事も死体を見たのも初めてではない。ただ
浜面「……これで」
軽い引き金、重い圧迫。美鈴に向かって躊躇った銃口が、少女へ躊躇なく向けられ放たれた。
たった今まで吹けば飛ぶようだった自分の命が、相手の死にすり替わる。そう
浜面「――俺もめでたく殺人者(ひとごろし)の仲間入りか……ははっ」
人の目を見て銃を撃つ重みを背負いたくなかったからこそ、美鈴暗殺の最初のプランは遠距離攻撃だったのだ。
『煙と火で死に追い込む』事で、『人を殺す』と言う行為に対する無意識下の欺瞞、精神面に対する一種のプロテクトとして。
~0~
思い出した。私を殺そうとして私が殺し損ねた破落戸(スキルアウト)だ。
想い出した。当麻が私を庇って、当麻が助けたあの溝鼠(スキルアウト)だ。
忘れたんだね。あんまりにも居心地の良いあいつの側と、居心地の悪いあいつらの側にいて。
雲川『Deadman’s hand……』
あの時の当麻の手役。スペードのAと8のツーペア。
死んだスキルアウトの生き残りと、死に体だったレベル0の溝鼠。
『死者の手』……この手を作ったガンマンは酒場で背中から撃たれて死んだんだっけ確か。
……あれは、運命からの皮肉だったんだね。私がこうなる事への。
嗚呼……水溜まりかと思ったら全部私の血じゃないの。
雨が降っても薄まらない。風が吹いても流れない。
ダメだねこりゃ。助かりっこない。助かる方がおかしい。
あんまり人を殺し過ぎると、いざ自分の番になると他人事みたいだ。
当たり前ね。他人事と思わなきゃ仕事で人なんて殺せるか。
美鈴「――!――!!――!!!」
五月蝿えよ。雨が煩くて、風が喧しくて聞こえねえんだよ。
あれ?オバサン私の身体の下だよね?耳元で叫ばれてんのに聞こえないっておかしくない?
ダメだ。聴覚から来た。もう嵐の音も聞こえない。
寒さも、震えも、冷たさも感じられなくなって来た。
目だけ動かせる。手……指輪が見える。ブルーローズのリング。
真っ赤だ。真っ赤な薔薇になってる。指が動かない。
――そうか。こんなもんで死ぬくらい私は弱くなってたのか。
あのオバサンの、御坂の母親の、一般人の前で人殺しを見られんのを躊躇うくらい甘くなってたのか。
私がいい娘?馬鹿言わないで。一人助けりゃ善人か?
一回救えば私がして来た事がチャラになるって?
馬鹿馬鹿しい。人殺しは死ぬまで人殺しのままなんだよ。
誰かに許される事は甘えだ。自分を赦すのは逃げだ。
ガン細胞みたいに生きてる限り無限増殖する絶望に食い尽くされて死ぬか――
こうやって、惨めったらしく血を吐いて死んで行かなきゃダメなんだ。
罪が許されるのと、罰が赦されるのは別の話なんだよ。
許しを乞うのは、いつだって加害者の側だけだ
麦野「――――――………………
とーま。とーま。みえないよ。なにもみえないよ。
おほしさまもみえないよ。まっくらだよ。とーま。
とーま。まっくらだよ。とーま。
とーま。どこ?
とーま。
とー
と
番外・とある星座の偽善使い:第十四話「D O O M S D A Y C L O C K」
――――――この悲劇(ものがたり)に、救世主(ヒーロー)はいない――――――
第十五話
~-15~
スキルアウトG「はは……ははは……ははははッッ!」
降り注ぐ墨汁のような驟雨の中、スキルアウトは破顔する。
妙に青白い顔色は隠しきれない歪んだ喜悦と暗い愉悦に満ち充ちていた。
ガシャン、と手製焼夷ロケット砲を肩口から取り落とし――
切れ込みの入ったズボンの腰元に突っ込んでいたオートマチックを握り締めた。
ブルブルと武者震いに戦慄くその手首に巻かれたチェーンを鳴らして。
浜面「お前……」
スキルアウトG「やったぞ!やったぜ浜面!!あいつだよ……あいつが“茶髪の女”だ!俺の探してたクソ女だ!!」
――浜面仕上は、その様子を疲弊しきった表情で見るともなしに見やった。
演算銃器のグリップから指を一本一本引き剥がすようにして行く。
あまりに固く握り締め過ぎて手中から離れていかないためだ。
同時に――死の緊張と生の安堵による弛緩が浜面の全身から力を奪っていた。
もう腕を上げる事すら億劫に感じるほど気力をすり減らした、一種の虚脱状態。
美鈴「沈利ちゃん!沈利ちゃん!!目を開けて!息して!!返事して沈利ちゃん!!」
そして……御坂美鈴が自分を庇うようにして覆い被さったまま動かなくなった麦野に必死に呼び掛ける。
力が抜け切った全体重がのしかかり、この暴風雨以上に体温が下がっている。
背中の肩甲骨辺りから血が流れ出し、折り重なって尚感じられないほど小さな呼吸。
即死を免れたのは幸運だったが、瀕死である事は依然として変わりない。そして
スキルアウトG「俺がよお」
美鈴「!?」
スキルアウトG「俺が殺してやりたかったのによォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
ガウン!ガウン!!ガウン!!!とオートマチックから放たれる発砲音。
その銃弾が既に虫の息の麦野の背中に新たな赤い花を咲かせて散らして行く。
麦野「……ッッ!!」
美鈴「やめて!もう撃たないで!!お願いやめて!!!」
スキルアウトG「うるせえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
その度に麦野の身体が見る者に危機感を抱かせるような痙攣の仕方をした。
皮肉にも、死の淵にぶら下がっていた麦野を呼び戻したのはその苦痛。
脇腹と腰元にそれぞれ一発ずつ食い込んでいる。
~-14~
浜面「おい!!」
スキルアウトG「俺に指図すんな浜面ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
浜面「……!!」
ガウン!とスキルアウトが制止しようとした浜面の足元に一発撃ち込んだ。
そのあまりの剣幕たるや、浜面に二の足を踏ませるほどに。
スキルアウトG「邪魔すんなよ……今の俺は言葉じゃ止まんねーぞ」
激昂と消沈、呪怨と悲嘆、その狭間を彷徨う夢遊病患者のような足取りでスキルアウトがにじり寄って来る。
美鈴「わっ、私を撃ちなさい!!」
スキルアウトG「………………」
美鈴「貴方達が狙ってるのは私でしょう!?私だけ狙えばいいでしょうが!!この娘は関係ない!!!」
スキルアウトG「黙れってんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
ドン!と仰向け寝に横たわる美鈴の側に散らばっていたビジネスデスクに弾痕による風穴が空く。
その耳の真横を掠めていった弾丸に美鈴も思わず鼻白む。
暴力とは無縁の世界に生きる一般人たる美鈴にあって、悲鳴を上げないだけ賞賛に値するほどの緊張感。
スキルアウトG「関係ねえのはテメエだよクソババア……俺が用があんのはなあ」
そう言うや否や――見開きのまま凍てついた美鈴、物言わなくなった麦野を見下ろし――
スキルアウトG「――俺の仲間皆殺しやがったこの茶髪女だよォォォォォ!!」
その頭蓋骨に突き立てるような爪先蹴りでのサッカーボールキックで麦野を蹴り飛ばした。
それにより麦野が美鈴の上から蹴落とされ引き剥がれ、建築資材の粉塵と自らの出血とが相俟った赤茶色の血溜まりに沈み込む。
麦野「ぐぶっ……」
スキルアウトG「俺の!仲間を!!ダチを!!!虫螻みてえに殺しやがって!!!!!!」
横っ面を蹴り飛ばし、胸を踏みつけ、脇腹の傷口を抉るように執拗に蹴撃を叩き込む。
スキルアウトの必需品、鉄板入りの安全靴。内臓まで破れよとばかりに、全ての怒りの万分の一でも晴らさんように。
美鈴「死んじゃう!そんな事したらこの娘死んじゃう!!あっ」
スキルアウトG「落とし前つけてんだ引っ込んでろこのクソアマ!!」
止めようと足に縋りつく美鈴の頭を、未だ発砲したばかりの焼けた銃身で横殴りに薙ぎ払い、こめかみを穿つ。
美鈴の身体が車に轢かれた猫のように吹き飛びもんどりうった。
その勢いのまま泥水に顔から突っ込み、強かに打ちつけられる。
~-13~
スキルアウトG「はあっ……はあっ……」
麦野「――――…………
スキルアウトG「オラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」
細かい小休止、短い一呼吸の後、際限なく繰り返される暴力。
痙攣を通り越して既にショック状態に等しい麦野の腹部が真紅に染まるほど蹴りつける。
顔を踏みつけ、頭を潰さんばかりにし、麦野は口から血の泡すら吐かなくなった。
血を吐き出す力さえ失われ、自分の血で溺れ死にかけていた。
スキルアウトG「俺のダチはなあ!テメエが引きちぎった右腕しか見つかんなかった!!花供える墓も!死体もねえ!!どうやって殺した!!?」
蹴りつける傍ら、思い出したように引いた引き金が麦野の右肩を穿って穴を開ける。
すぐになど殺さない、楽になど死なせない、殺された仲間と同じようにしてやると言う歪な決意。
スキルアウトG「なあ痛いだろ?おい辛いだろ?そら苦しいだろ?」
今まで強大な能力者に狩られるばかりだったスキルアウトの……
誰かにとっての悪役、学園都市にあっての落伍者として扱われて来た怨念全てが人の形を取ったように。
スキルアウトG「檻ん中でテメエを殺す想像してたのと同じように!アイツが痛えって!!アイツらが苦しいって!!テメエを殺せって毎晩頭ん中ガンガンすんだよォォォォォ!!」
麦野「げ……ぼっ……」
スキルアウトG「死ねよ……!!」
馬乗りになったスキルアウトが、麦野の細首に両手をかける。
絞殺ではなく、首の骨をヘシ折るためのそれ。
上がる顎、一気に血の気を失った顔が不自然に紅潮して行く。
スキルアウトG「苦しんで死ねよ!!俺のダチ殺したのはテメエだろうが!!俺の仲間殺したのはテメエだろうが!!テメエが!テメエが!!テメエが!!!テメエが!!テメエがよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
美鈴「うわああああああああああああああああああああ!!」
スキルアウトG「ぐあっ!!?」
――美鈴が、瓦礫の一山をスキルアウトの側頭部にしたたかに投げつけた。
黒風白雨の中にあって、麦野の返り血に濡れたワイシャツ。
美鈴の精神力も今や極限に置かれ、半ば恐慌状態に陥っていた。
スキルアウトG「テメエ……!!」
浜面「いい加減にしやがれこの馬鹿野郎!!!!!!」
そこで――遂に浜面仕上が立ち上がった。
~-12~
浜面「俺達の仕事はその写真の女を殺す事だろうが!履き違えてんじゃねえぞ!!」
スキルアウトG「――――――」
浜面「テメエの都合は後に回せッッ!!」
その一喝が、麦野の首をヘシ折ろうとしていたスキルアウトの隆々と張り詰めた腕の筋肉を弛緩させた。
同時に、もう泣き叫ぶ事も出来なくなった美鈴が膝からガクンと崩れ落ちる。
浜面「――その女はもう死んでるのと変わらねえ。ほっといてもくたばる」
状況は、もう誰の目にも明らかなほど限界に達していた。
浜面「――トドメ刺すのはやる事やってからにしろってんだ!冷やす頭ん中までヤキ回ってるってならテメエから風通し良くするぞ!!」
スキルアウトG「浜面テメエ!!」
猛るスキルアウトに先んじて浜面の演算銃器がスキルアウトの身体に向けられる。
銃口の狙いはもっとも狙い易く打ち損じが少ない胴体部。
だがしかし――浜面のこの行動は突如として正義感に芽生えたためなどと言った類のものでは決してない。
浜面「――今のリーダーは俺だ」
浜面は既に人一人を撃った。見知らぬ相手の顔を見、憎くもないのに目を合わせた上で弾いた。
一線を越えてしまったのだ。その踏み出した一歩の持つ重みは、どんなに小さくともなにより強い。
浜面「文句があるのか……!?」
威嚇を越えた殺るか殺られるかの戦いは、時と場合によっては暴走した味方へとその銃口が向けられる。
二重の意味で弾丸は前から飛んで来るとは限らないのだから。
スキルアウトG「……チッ」
憎々しそうに鳴らした舌打ちと共にようやくスキルアウトは麦野から離れた。
そう、もはや麦野が助からないであろう事は誰の目にも明らかだった。
遅かれ早かれという違いと、浜面の威圧が冷静さを取り戻させた。そして
浜面「あんた……」
麦野「………………」
浜面「一つだけ教えてくれ」
浜面は粗で野であるが卑ではない。女だから殺さないなどと言う甘さはないが、嬲り殺しを楽しむ趣味嗜好もない。
浜面はスキルアウトに向けていた銃口を油断なく麦野に向けながら――口を開いた。
浜面「あんたは……舶来を助けてくれたのか?」
麦野「………………」
浜面「ちっちゃい外人の女の子だ。昨日の第七学区の交差点……そこであんたは舶来を助けたんじゃないのか!!?」
~-11~
なにやってんだよ俺は……こんな事聞いてどうすんだ?今更何になるってんだ?
この女が首を縦に振ろうが横に振ろうが……下の人間の、それもこの女を殺したいほど憎んでるヤツの前で……
リーダーの俺がイモ引く訳にもケツまくる訳にも行かねえのに……
どっちに転んだって撃つしかねえってのに……これじゃまるで
浜面「その娘はな……今日死んだ俺達のリーダーが目に入れても痛くねえくらい可愛がってた、それこそ死んでも守りたかったもんなんだ」
――これじゃまるで、本当は撃ちたくねえみたいじゃねえか!
『舶来を助けたのは自分だ』って、嘘でも良いから言って欲しいみたいじゃねえか。
『この女を撃たなくても済む理由』を探してるみたいじゃねえかよ!!
浜面「答えてくれ……舶来の事も、この女みたいに助けてくれたんだろ!?」
スキルアウトG「浜面!!」
浜面「すっこんでろ!!!」
――どうしてだ?いつから、どうして、なんでこうなった?
こんな後戻り出来ねえ道に、二度と抜け出せねえ底無しに足突っ込んじまって、俺はこんなんになっちまった!?
昨夜のこの時間、俺はホットドッグ咥えたまま半蔵とだべりながら作業してたじゃねえか。
もう少しすりゃ、駒場のリーダーと安くて酔いが早いだけが取り柄の酒飲んでただろ!?
浜面「なんとか言ってくれ!しゃべれねえならうなずくだけでもまばたきだけでもいい!!」
何でだ!?何でたった一日で俺の現実は、俺達の世界はこんなになっちまったんだよ!?
俺達がスキルアウトだからか?無能力者だからか?レベル0だからか?
居場所作ってもこんな風に壊れて、選ぶ間もなくこんな所でドンパチかよ!
迷う暇も、悩む時間もなく、他人から命令された駄賃欲しさの殺しで!
麦野「……ペッ!」
浜面「っ」
麦野「死……ね……!!」
――そんな俺を、この心臓ブチ抜いて来るようなイカレた目で女が睨んで来る。
どんな非道い地獄と、どんだけ人間の醜い所を見りゃこんな目が出来る?
……決まってる。多分この長い夜が終わったら、俺はこの女が見てるような闇に堕ちる。
こいつは、一体どれだけ深い闇を見て来たってんだ?
美鈴「うぐっ……ううっ」
スキルアウトG「あァ?」
美鈴「……ご……めんね」
――写真の女が、膝と手突いて泣いてる。大の大人が、ガキみてえにポロポロ泣いてやがる。
~-10~
麦野「……が」
美鈴「ごめんね……ごめんね沈利ちゃん」
撃たれる雨が狙うように血塗れの麦野に降り注ぎ、暗雲を仰ぎ見る美鈴の涙を洗い流して行く。
麦野はもうしゃべる気力も、指先一本動かす力も残されていなかった。
そんなもがれる手足も残っていない麦野を、ノロノロと四つん這いで寄って来る美鈴が――
美鈴「……私、大人(おや)なのに」
麦野「――――――」
美鈴「子供(しずりちゃん)を……守ってあげられなかった――」
麦野「………………」
美鈴「私のために……巻き込んでごめん」
麦野「‥‥‥‥‥‥」
美鈴「守ってあげられなくて……ごめん!!」
麦野の頭をかき抱いた。麦野の腫れた左頬に、雨以外の雫を落として。
それに辛うじて自由に動かせ、しかし視力も落ちきった麦野の目が開く。
大量出血による間近に迫る死にあって、その言葉は最期を看取る無力なナイチンゲールのようで――
スキルアウトG「おい」
ジャキッと遊低をスライドさせ、オートマチックのハンドガンをスキルアウトが二人に向けて来る。
妙に青白いその顔が、氷雨を受けてより抜けるように。
スキルアウトG「人殺しがなに安らかな終わり迎えようとしてんだコラ」
麦野「……ッッ!!」
スキルアウトG「この女、そんなんなってまで守りてえか?」
キキッ、とせせら笑うような引き金に力が込められる音に麦野は辛うじて蘇った聴覚で聞き取り、感じ取る。
スキルアウトG「――決めた。テメエの目の前で、この女の頭吹き飛ばしてやる」
麦野「……ろっ!」
スキルアウトG「脳味噌拾い集める時間くらいやるよ……なあ!!」
――麦野の目の前で、美鈴の頭を吹き飛ばすつもりなのだ。
命を奪う前に心を壊し、地獄に落とす前に生き地獄を味あわせるために。
スキルアウトG「それがフェアってもんだろ?」
麦野「や゛……め゛ろ゛」
スキルアウトG「テメエがオレから奪ったもん考えりゃよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
麦野「巫山戯け……!!」
目を閉じる美鈴、唸る麦野、吠えるスキルアウト、見開く浜面。
これは、許されざる罪の物語。
これは、赦されざる罰の物語。
これは、終わらざる業の物語。
ズギュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!
――血で記された物語の終止符は弾丸にて打たれる――
番外・とある星座の偽善使い:第十五話「Starless and Bible Black」
~-9~
『デ、データなら引き渡す!金も全部あんたらにやる!!だ、だから!!!』
こいつは命乞いがあんまり五月蝿くって首を刎ねた。確か研究者だったと思う。
よくある研究成果の外部漏洩。外部の人間に娘を人質に取られて仕方無くだってさ。
だったらなんで命乞いすんの?って話よね。だから――殺した。
『もう抜けようなんてしませんから!二度と逃げたりしませんから!!』
こいつは鼻水垂らした泣き顔が見てられなくて、福笑いみたいになるまで顔を焼いて骨が見えて来たあたりで殺した。
確か下部組織の新入り。見せしめとして全員の前で公開処刑。
抜けようとした理由?自殺志願者の動機なんてどうでもいい。
『殺さないで!殺さないで!!お腹の赤ちゃんを殺さないで!!』
こいつは上層部の理事に囲われてた愛人。もう誰が父親かわかんなくなるまで散々ヤラれて、それでもお腹の子を庇いながら死んでいった。
ううん。私が殺した。中身が見たいって言われて、腹を引き裂いて殺した。
中身は黒い肌をしていた。その理事は白い肌に賭けてたみたいね。
『こんな真っ暗な世界で真っ黒な場所で子供達が犠……』
こいつはよくわからない。何でも学園都市の在り方に異を唱える教育者だったみたい。
見せしめとして手足を切り落とし、死なないように内臓を一つ一つ引きずり出して並べた。
それを口に突っ込んで食わせ、窒息するまでそれを続けた。
『……なんで、君のような子供が――』
こいつは暗部絡みの事件に再三に渡る警告を無視して捜査を続けてた警備員。
上層部の汚職の裏付け資料を始末する時、デスクに家族の写真が飾ってあった。
片足を失ったらしい車椅子の弟みたいな男の子と二人で映ってた。
何故だか、その写真までは焼き捨てられなかった。
『は……く……殺……して……!』
もう胸から上しか残ってない女の子が培養基に入ってた。
私が焼き尽くした研究施設のラボにいた同じくらいの年の娘。
何百本ものチューブを身体に挿されてそれでも生きていた。
殺して、と頼まれたのは初めてだったからよく覚えてる。
『――――――………………』
こいつは私が生まれて初めて殺した人間。今でも雨の夜になると悪夢(ゆめ)に出てくる。
私が人間を辞めたきっかけ、怪物が生まれた瞬間、実在する地獄が開いた日。
これは私が殺して来た人間の『ほんの』一部だ。
~-8~
『ぎゃああああああああああああああああああああ!!』
殺した。殺して来た。怖くなって数えるのをやめた後も増え続けた。
その内数えるのを止めて、考えるのを止めて、感じるのを止めて――
私の中に残ったのは、命の数じゃなくってギャラの額に変わった。
『死にたくねえよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
口座に入る報酬の額を見る度思ったもんね。なんだこいつの命の値段はたった150万ぽっちかってさ。
最初は虚しくなって、次は泣けて来て、最後は笑えて来た。
なんだ大した事ないじゃん。人間の命、明日の値段、未来の価値ってね。
『来るな、来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
アイテムの連中に聞いた事がある。殺して稼いだ金で買った最初のものなんだった?って。
私はシャケ弁だった。バックでもコートでもなく――
いつもと変わらないシャケ弁といつもと同じように食べた。
しょっぱかった。
『お前なんて生まれて来なければ良かったんだ!!』
――当たり前よね。人殺してる時点で、そいつはもう人間が人間として受けられるどんな権利も放棄してる。資格も喪失してる。
だって他人の人生を破壊してるから。だって他者の存在を否定してるから。
『こいつと来たらー!ごちゃごちゃ言ってないで仕事しろ~~!』
善悪じゃなくて足し算引き算で考えれば演算も出来ない子供だって理解出来る。
仮に80歳まで生きられたかも知れない人間を20代そこそこで殺して――
10年かそこら檻だか牢だか入ってチャラになるなんて本当に思う?なる訳ねえだろ?
許すも
許されるも
許されないも
許さないもない
『許す』なんて言葉があるから、私みたいな人殺しがいくらでも増える。いつまでも減らない。
人を殺したらもう全てを諦めろ
殺されたやつの諦められなかった全てを奪っておいて
やり直せる、変えられる、正せるなんてありえない
いくら傲慢な私だって、恥を感じるわきまえくらい持ち合わせてる。
善性の選択なんてクソくらえだ
~-7~
これだけ殺してやっとわかった命が持つ重さ。
ここまで殺してやっとわかった死の持つ重み。
当麻と出会って、インデックスと暮らし始めて、御坂達と付き合う今になって――
私は震えてる。脅えてる。戦慄いてる。戦いてる。恐れてる。
――私と、当麻達(あいつら)が違っている事に――
私だけが違ってる。私だけがあいつらみたいになれない。
あいつが繋いでくれる手はあんなにあったかいのに、あいつらの手はあんなにきれいなのに……
私だけがいくら洗っても消えない血と落ちない死の匂いで汚れてる。
身の内の狂気が、胸の中の絶望が、背に負った後悔が重い。
あったかいひだまりは、どんな裁きより残酷に私の罪を暴いて行く。
瞳を背けていたもの、眼を切っていたもの、目を瞑っていたもの。
瞼の裏に広がる暗闇に、私が殺して来た人間の顔が焼きついてる。
雪(わたし)が太陽(とうま)に溶けても、氷(つみ)が全て水(ゆるし)に変わって流れるだなんてありえない。
摘んで、奪って、消して、潰して、壊して、殺してきた私があいつらの側でもがいていたのは、ありえたかも知れない世界をそこに見るから。
償う事も贖う事も取り消す事も取り返す事も取り戻す事も出来ない私があいつらの傍で足掻いていたのは、ありえたかも知れない未来をそこに感じるから。
人を殺さず6570日を生きれたかも知れない優しい世界と綺麗な私をそこに見るから
そんな御都合主義のもし(if)なんて私の過去のどこにもない。
if(もし)があるのは未来だけ。でも未来を語る資格を私はなくした。
自分の手で破壊した。笑いながら人から奪った。
血で濡れた汚れた左手、血に塗れて穢れた右手で、ダイヤモンドを受け取る事なんて出来ない。
――そんな手に刺した感触も、銃を撃った衝撃も、人を殺した自覚さえ希薄な能力で殺して来たんだ。
殺意と、演算と、命令一つで何度となく繰り返して来たからこうなる。
ちゃんと、自分の手を通して人を殺さなかった。
命を奪う感触が手に残ったなら、その一度で止める事が出来たかも知れない。
嫌悪感も、恐怖感でも、罪悪感でも何でも良い。ブレーキになったかも知れない
だけど私はそれをしなかった。
最初の一回を踏みとどまれなかった。
二度と戻れない道だと考えもせずに。
私は人を殺したんだ。
~-6~
青髪『彼氏の影響バリバリや。アホアホやんお姉さん』
ああそうだよ。私は馬鹿だ。私は阿呆だ。つける薬も見当たらない、死ななきゃ治らない馬鹿だ。
人殺しのくせに、あったかい部屋で、あったかい奴らと、あったかいメシ食って、あったかい時間過ごして……
禁書目録『だよね?私もしずりもとうまが大好きだからここにいるんだよ。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもないんだよ。“好き”以外の理屈とか、“愛してる”以上の理由とか“そんなの関係ねえ”んだよ!』
――それは私が他人から奪って来たもんでしょうが。
笑いながら殺して、踏みにじって、ツバを吐きかけて、蹴飛ばして来たもんだ。
雲川『どうする?もういっそこのまま撮ってみるのも面白いと思うけど』
綺麗な思い出、優しい想い出、都合のいいところだけを切り取った写真をコルクボードに貼り付けて……
もう『写真の中でしか笑えない誰か』の笑顔を永遠に奪って永久に失わせたのは私だ。
御坂『私が、あんたを許すよ。あんたはここにいていいんだって』
いい訳ねえだろ!神が許そうが死人が赦そうが、私が私を許さない。
楽な方に浸って、甘い方に流されて、温い方に溺れて……挙げ句この様だ。
私の弱さがテメエの母親を殺すんだぞ!!このどこまでも弱くなった私が!!!
上条『――お前が弱くなってくってなら、その分俺が強くなりゃいい話じゃねえか――』
――私は、あんたに命を助けられた。魂を救われた。
だから私はあんたに命を預ける。魂を捧げる。
身体だってあんたの好きなようにオモチャしたって構わない。
人しか殺せない私が、あんたに分けられるものなんてそんなもんしかない。
だけどね
美鈴『ごめんね……ごめんね沈利ちゃん』
――何でテメエが謝る?何でテメエが泣く?私とあんたは昨日今日顔を合わせただけの赤の他人なんだぞ。
美鈴『……私、大人(おや)なのに』
自分の母親の顔もろくすっぽ思い出せない私でもわかる。
今のあんたの表情は、私の実の親だって向けてくれた事なんてない。
美鈴「子供(しずりちゃん)を……守ってあげられなかった――」
……守る?この私を?このレベル5(バケモノ)を、この超能力者(バケモノ)を、この第四位(バケモノを)?
『人間』のあんたが……私を守る?
―――巫山戯けるな―――
ふざけ……!!
麦野「ふざけんじゃねえぞオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!!」
~-5~
スキルアウトG「な……!?」
――渇いた銃声が、バギンッッ!という硬質な破壊音にとって代わった。
浜面「……!!?」
御坂美鈴の後頭部に向かって放たれた無慈悲な弾丸が……
中空にて螺旋を描きながら静止する。逃れ得ぬ距離、防ぎ得ぬ威力、免れ得ぬ死が――
スキルアウトG「は……」
浜面「……羽根?」
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ
美鈴の胸に抱かれ、視力を取り戻した麦野の背中から伸びた一枚の『光の翼』が……
弾丸を受け止め、同時に鋼鉄を蒸発するように溶け行き、炭化し、灰すら残さず燃え尽きる!
麦野「……関係ねえよ」
見えざる神の手が握り潰した悲劇の終止符。麦野の背から伸びる『光の翼』が二枚になる。
麦野「関係ねえよ!!カァンケイねェェんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
浜面「(嘘だろ……!!?)」
血反吐を吐きながら雄叫びを上げるガテラルボイスに、浜面の二の足が竦む。
もう指一本動かせないはずだ。一歩だって進めないはずだ。
それだけのダメージを与えたにも関わらず――翼が、三本に増える。
麦野「何が罪だ!何が罰だ!!何が業だ!!!」
そう――麦野はもう首から下がほぼ動かせないほどの瀕死の重傷を負っている。
だが――麦野にとっては『首から上』が自由になるならば『何も問題はない』とばかりに……四本目の翼が起きる。
麦野「“それ”は私のもんだ!私だけのもんだ!!“それ”だけはねじ曲げられねえんだよ!!!」
――そう、能力者に必要な『演算能力』……それらの機能が集中する真っ黒な脳細胞さえあれば……
『殺意』と、『狂気』と、『演算』一つで……『人を殺せる力』を放てると、麦野の五枚目の翼が伸びる。
麦野「このゴミ溜めの世界と!この肥溜めの場所と!この掃き溜めの私らと……この女は関係ねえだろうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
六枚目の翼が輝く。麦野の叫びに呼応するように……!
~-4~
私は否定して来た。優しい世界を、あたたかい光を、仲良しこよしの人間を、ぬくもりに満ちた時間を。
だって私は人殺しだから。否定して、拒絶して、排除して、自分の幻想をそうやって破壊して来た。
否定して否定して否定して否定して……何一つとして私を救う何物も残らないよう否定して来た私。そんな私が
青髪『姉さーん!』
今更何かにすがってたまるか
雲川『上条の彼女ー』
そんな恥知らずな真似が出来るわけない
禁書目録『しずりー!』
この罪は私だけのものだ
御坂『第四位ー!』
この罰は私だけのものだ
フレンダ『麦野麦野ー!』
私は色んなものを捨てて来た。
絹旗『超麦野ー!』
仲間さえも捨てて来た。
滝壷『むぎの』
自分のエゴのために捨てた。
上条『沈利』
捨てたんだよ!!
麦野「……ぐ!」
私が捨てて来た者に、私が否定して来た物に、今更縋りつけるはずねえだろ。
当麻。私はあんたに命を預けた。背中を預けた。剣を預けた。だけどね……
私の『弱さ』まで!『脆さ』まで!!『甘さ』までテメエに預けたつもりはねえ!!
そんな甘っちょろい女になって、そんな情けない人間に……私はプライドまで預けた訳じゃねえんだよ!!
~-3~
私の立ってる場所はここだ。暴力と殺し合いと裏切りしかないこのドブドロの世界だ。
私が選んだ道だ。私が望んだ末路だ。だけどねえ……だけどなあ!!
美鈴『守ってあげられなくて……ごめん!!』
――この女は関係ない。ここは『私達』の世界だ。
気に入らなきゃ殺す、動きを止めたきゃ殺す、金が欲しいから殺す。
そんなクズとゲスとカスの吹き溜まりに……テメエは関係ねえんだよ!!
テメエみたいな……テメエみたいな口先だけの『偽善者(イイヤツ)』がいて良い世界じゃねえんだよ!!
私は否定する。優しい世界にいる残酷なこの自分を否定する。
――ならこんな残酷な世界にいる優しいその女を否定してもいいよな?
私が『あの場所』にいちゃいけないように!
テメエも『この場所』にいちゃいけないでしょうが!!
科学者『殺してやる……』
暗部『殺してやる!』
女性『殺してやるっ!!』
教師『殺してやる!!!』
警備『殺してやる!!!!』
少女『殺してやる!!!!!』
死者『殺してやる!!!!!!』
――私の悪夢(ゆめ)に出て来ていいのは、私が殺した人間だけだ。
私の罪悪感(じこまんぞく)のために殺されるような偽善者(イイヤツ)を……
悪夢(ゆめ)の中に入れてやるほど……私の心は広く出来てねえんだよ!!!
~-2~
麦野「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
バギン!バギン!!バギン!!バギン!!!
麦野の翼が牙のように背中から突き立つ。七枚、八枚、九枚、十枚と。
自分を抱く美鈴を守る翼有る盾のように、美鈴に向かう敵を屠る翼在る剣のように。
スキルアウトG「死ねやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
スキルアウトがオートマチックを狂ったように乱射する。
『ここで倒さねば』『これで倒さねば』『これを倒さねば』とんでもない事になると。だがしかし――!
麦野「――!!」
バギン!と十一枚枚目の『光の翼』が飛来する弾雨を次々と薙ぎ払いって消滅させ、叩き落として消失させる。
降り注ぐ雨すらも一閃の後断ち切るような光刃を以て、美鈴を守るように。
麦野「手足が動かなかろうが、内臓が破れようが、戦力差はひっくり返らねえ!」
スキルアウトG「!!!」
麦野「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
そして奮った十一枚目の翼が……スキルアウトの右腕、肘から下、手にした銃ごと――断ち切る!
スキルアウトG「ぐあっ!?ああああああああああああああああああああ!!?」
麦野「これが超能力者(レベル5)だ……これが第四位の原子崩し(メルトダウナー)だ!!」
さらに……その原子崩しで形作られた光の翼が巻き起こす颱風が、文字通りスキルアウトの右腕から噴き出す血の雨と共に――
横殴りの暴風雨と共に吹き飛ばし、瓦礫を山ごとひっくり返すように叩き伏せる。
指先一本自由にならずとも、立ち上がる力がなくとも――
麦野「つけ上がってんじゃねえぞクソ野郎!テメエら無能力者(レベル0)なんざ、指一本動かさなくても100回ブチ殺せんだよォおおおおおッ!!」
心臓に近い位置に風穴を開けられた致死量の出血、運動機能を司る神経の一部に傷を負っても……
麦野の『人を殺す力』は失われてなどいない。それは
美鈴「沈……利ちゃん!」
裏を返せば――『人を殺す剣』は『人を守る盾』にもなれるのだ。
~-1~
人を殺した罪悪感は、殺した奴が死ぬまで無限増殖する悪性新生物だ。
背負った罪が、泣き叫ぶ声さえ枯れるほどの罰(いたみ)が背中に走り続ける。
命ある限り増え続ける。そして最後はその痛みに狂って、最期はその痛みに殺される。
――人を殺すって言うのは、そう言う事だ――
私は治療薬(すくい)なんて求めない。私は痛み止め(たすけ)なんて要らない。
そんなもののためにねじ曲げちゃいけないもんがある。
善性の選択なんざクソでも喰らえ。罪の清算はここでしてやる。
ただし――それはこの場違いも甚だしい人間(みさかみすず)を放り出した後だ。
御坂美鈴。テメエみたいな偽善者(いいやつ)に、こんな悪人(わるいやつ)だらけの場にいる『資格』なんてない!
ここにいていいのは暴力を振るえる手と、引き金を人差し指と、薄汚ねえ金をさらう腕を持ったやつだけだ!
敵をかばって身体を盾にするような、私の代わりに死のうとするような、テメエのガキのために必死こくような……
そんな偽善者(あまちゃん)がいて良いスペースなんて一歩だって譲ってやらねえ!!
これは当麻を支えるための戦いなんかじゃない。
これは御坂を救うための闘いなんかじゃない。
誰に強制された訳でも選ばされた道でもない、自分で選んだ私の死に場所だ。
断崖大学データベースセンター。文字通り崖っぷちってか。良い場所ね。
――良いセンスだよ。死ぬ時は一人の方が良い――
こんな天使の真似事みたいな原子崩しの翼。クソッタレな私の力。
これは――天使の翼なんかじゃない。
これは――光の十字架だ。
これは――私の剣だ。
人殺しの私に与えられた罪の証だ。
罪が重くて重くて重くて重くて重くて重くて重くて……
罰が痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて痛くて……
痛くて、重くて、辛くて、苦しくて、背負ったものに潰されそうになって
それでも
上条『俺は』
あいつは……一人も見捨てなかった。
あいつは……一回も投げ出さなかった。
あいつは……一言だって言い訳しなかった。
あいつは
それでもあいつは――
上条『俺は誰かを助けられる――偽善者でいい』
あいつは、当麻は
――――――こんな怪物(わたし)を、あいつは好きだと言ってくれたんだ――――――
~0~
バギン!!
浜面「……ッッ!!」
そして――星の光も届かぬ黒風白雨の中……浜面仕上は目を見開く。
暗雲を切り裂き、曇天を染め上げ、闇夜に走り抜ける稲光の中……十二枚目の翼が天へと伸びるのを。
麦野「……」
手足も動かぬまま、しがみつく写真の女を、まるで卵を守る親鳥のように……
不健康な色をした光の奔流を羽根の形に変えて大きく広げる。
浜面「(能力者どころの話じゃねえぞ。同じ人間の気がしねえ……!)」
――誰もが神々しさを感じる『天使の翼』……忘れてはならない。そのモチーフが猛禽類の羽根である事を。
そして――空を渡る鳥が地に落とす影は十字架に良く似ている。
止まり木なくば翼を休める事すらかなわぬ、飛ぶという自由と引き換えに神が鳥に与えた十字架である。
十字架は言うまでもなく罪と罰の象徴である。それは幾多の生を奪い数多の死を与えて来た麦野が背負う呪い。
殺して来た人間の怨嗟と呪縛と絶望が渦巻き逆巻く墓標そのものだ。
美鈴「沈利ちゃん!動かないで!!動いたら死んでしまうのよ!!?」
……十字架とは神の加護を表す。御坂美鈴という死に至る病に冒されざる者を守護する十字架となって麦野は顔を上げる。
十字架は逆様にすれば剣の形になる。麦野はその切っ先を浜面に突きつける。今にも消え入りそうな光を掲げて。
浜面「……最後に、もう一度だけ聞いとく。もうあんたが死ぬのが先か、俺が殺されんのが先かわかんねーからな」
そして――浜面もまた演算銃器を握り締め、発条包帯の巻かれた足を踏み込む。
学園都市にとって最悪(レベル0)の烙印を押された少年が、学園都市が生み出した災厄(レベル5)に……
今、再び怪物に挑む。死を超えた先にある生を掴むために。
浜面「――舶来を助けたのは、あんたか?」
麦野「……私は」
そして――麦野も、また
麦野「――誰も助けない。救わない。守らない」
――世界はそんなに優しくなどないと『否定』する――
浜面「そうか」
麦野「ああ、そうさ。私は――」
――人と人は、決してわかりあえない。
麦野「――テメエの仲間を殺した女だ。よろしく」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
天からの号砲のように雷が落ち――
浜面「……ッッ!!」
麦野「――ッッ!!」
それが、引き金となった。
倍増しとなる苦痛も苦悩も火にくべよ。
燃えて、燃えて、煮え滾れ。
釜の中の蛙の指先
蠑の目
蝙蝠の羽根
犬の舌
蝮の舌先
切り刻まれた蛇の牙
母喰鳥の羽根
蜥蜴の手
苦痛と苦悩の呪いに
地獄の大釜よ煮え滾れ。
苦痛も苦悩も火にくべろ、
燃えて、燃えて、煮えたぎれ。
浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォー!!」
奈落の縁が見えるまで
麦野「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァー!!」
地獄の底が覗くまで――
浜面・麦野「「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
生 あ る 全 て に 呪 い あ れ ― ― ― ―
番外・とある星座の偽善使い:第十六話「Lasciate ogne speranza, voi ch' intrate」
~12~
麦野「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
光の翼が羽撃いては黒風白雨を切り裂き、大講堂の天蓋を木っ端微塵に引き裂いて行く。
一閃の後生まれた切れ間は瞬く間に自重を支えきれずに雪崩れ込み――
振り下ろされる断頭台のような死の翼が、瓦礫ごと浜面を押し潰さんとする!
浜面「――ッッ!!」
シュオッと言う風切り音の後降り注ぐ瓦礫を発条包帯で補強された浜面の両足がジグザグの軌道を描いて潜り抜けて行く。
踏み出し、飛び出し、頭上を掠めれば身を引くくして転がり、横転しながら演算銃器の引き金を引く。
ドドドドドドと言う滝を思わせる破壊音の中、盲滅法にガウン!ガウン!!ガウン!!と乱射して行く。
麦野「(クソッ……速すぎるッッ!!)」
飛来する銃弾を手足のように操り、光の翼を繭のように折り畳んで銃弾から身を守る。
合成樹脂の弾頭と精製された火薬の爆発が翼成る盾を隔てた空間で破裂し――
麦野は喉元からせり上がる吐血を食いしばった口から吐き出さぬよう飲み下す。それは
美鈴「……!!――ッッ!!!」
麦野「(足手まとい抱えて戦うのが……こんなにキツいだなんてねえ!!)」
自分の胸元に必死に顔を伏せて身を固くする御坂美鈴の存在。
浜面の銃撃から自分だけを守るならば容易い。しかし――
今や麦野は自分の死以上に美鈴の生に重きを置いていた。
浜面を殺しても自分が死んでは駄目なのだ。美鈴を生かさねばならないのだ。
麦野「(――あいつは、こんなに重いものを背負って戦ってたのか)」
既に麦野は死に体である。心臓付近を撃たれ出血が止まらず呼吸も危うい。
背中を穿たれた事により四肢の動きを司る神経にダメージを受け、実質しゃがみ込んだまま戦っているのと変わらない。
その上さらに悪条件はいくつも重っている。一つは出血多量による視野狭窄と思考の鈍麻。
この暴風雨により出血と相俟って体温の低下が著しい。加えて
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!
麦野「(長くは……保たない!!)」
砕け散る十二枚目の翼。残る十一枚の翼を支える演算力も体力も既に限界に達している。
そもそも『何故か』この力は異常に体力気力精神力を消耗するのだ。
インデックスの記憶を巡る戦いでは一度の発動で力尽きるほどに。
麦野「(――私は、こいつに勝てるのか!!?)」
そして浜面もまた――
~11~
浜面「(――俺に、こいつを倒せるのか!!?)」
ドウッドドウッ!と十一枚の翼から放たれた横一線による光芒を浜面は発条包帯の恩恵を受けた跳躍力により飛び上がってかわし――
崩落した天蓋の剥き出しの鉄骨に左手で掴まってぶら下がり、右手の演算銃器でガウン!と撃ち返す!
狙いは美鈴でも麦野でも良かった。美鈴を殺さねば浜面に未来はない。麦野を倒さねば浜面に明日はないのだ。
しかし麦野は光の翼を鞭のように振るって弾丸を叩き落とし、返す刀で猿のようにぶら下がる浜面を串刺しにしようと切り返してくる。
浜面「(この怪物に!この化物に!!)」
浜面が手を離し重力に従って落下し始めた瞬間、毛先を焦がす光の翼が通り抜け頭上でオレンジ色の爆発が起きる。
そして着地点目掛けて十一本もの原子崩しが突き刺さるも、完全に地に足をつける前の浜面はその着弾と爆風に吹き飛ばされた。
浜面「ぐはっ!!?」
爆破の衝撃と爆音に転がされ、浜面の右耳から血が溢れ出す。
鼓膜をやられたかと思ったが、耳鳴りを感じ取るとそのまま後転しながら浜面は溶解した鉄扉まで押し流された。
そこへさらに――強風と豪雨と暗闇の中光を放つ毒牙が浜面に迫る!!
轟ッッッッッッ!!
浜面「――――!!!」
見てくれも何もなく大の字になった鼻先を死の光芒が通り抜け壁面に風穴を空ける。
散らばった破片が背中に食い込み擦過傷は数限りないが――
浜面は生きている。当たり前である。掠っただけで死に至るのだから。が
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
麦野「……ッッ!!」
浜面「(やっぱりだ……あいつももうとっくに限界を振り切ってる!!)」
十一枚目の翼が砕け散り残り十枚となる光の翼。浜面は察する。
光芒・防盾・噴射・次元切断と数限りなくあるあの原子崩し(メルトダウナー)と言う能力。
恐らくあの翼は切り札だ。それも本来は見せたくない奥の手。
浜面「(やるしかねえ)」
麦野が四肢動かせぬほどの致命傷を負っているという天の利。
そしてこの暴風雨という地の利。駒場の遺品を用いた人の利。
そして浜面自身も機転や間隙を縫う素養を覚醒させつつあった。
浜面が麦野らを殺さねば明日がないように、麦野は浜面を倒さねばこの場を離れる事が出来ない。
どちらもただ背を向け逃げようとした瞬間背中から撃たれるだろう。戦況はまさに互角であった。
~10~
美鈴「もういいわ!もうやめて!!もう戦わないで沈利ちゃん!!!」
麦野「黙ってろ!!!!!!」
美鈴「……!!」
麦野「テメエは自分が助かる事だけ考えてろ!!」
美鈴は最早腰が抜け立ち上がる事さえ出来ない。当然である。
このデータベースセンターに来てから絶え間ない壮絶な破壊と凄絶な暴力の嵐が吹き荒れているのだ。
銃弾が、ロケット砲が、ビームが飛び交う本物の戦場。
娘・美琴はこんな戦場に放り込まれるのかと思うと空恐ろしくなる。しかし
麦野「……点で駄目なら線で行く。線で無理なら面で潰す!!」
四肢動かせず自分がかき抱くこの少女は――『自分が死ぬ事』を何とも思っていなくとも――
『美鈴に生きる事』を強烈に意識させる。諦めすら否定する、狂的で暴力的で破壊的な情念。
大瀑布をひっくり返したような大雨の中、美鈴の返り血に染まったブラウスから下着も何もかも透けている。そんな中
麦野「……しっかり掴まってて」
美鈴「!!」
麦野「振り落とされたらもう二度と手貸してやれないわ!もう腕も上がんねえんだよ!!」
この少女は、大人の自分ですら折れそうな心を尚も強く保ち続ける。
その源泉が大人の美鈴にはわかる。生来のものもあるだろう。
しかしそれ以上――少女はここまで『強くならざるを得ないほどの』絶望があったに違いないと。そして
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
麦野「飛ぶぞ!!」
美鈴「う、うん」
バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
原子崩しによる連続集中砲火を翼から叩き込みながら二人は浮上する。
ジェット噴射にも似た現象を巻き起こしながら麦野は羽撃く。
麦野「ぐ……あっ……ああああああああああああああああああああ!!!」
麦野の身体が限界を超えて軋みを上げる。しがみついて来る美鈴を抱き上げてもやれない。
呼吸器系は既に塞がりかけ、口からドボドボと鮮血を垂れ流し続ける。
自分にここまで絶望的なダメージを与えたのはあの無能力者が初めてだった。
そして、相手の死より足手まといの生を優先させ逃げる事も――
~9~
浜面「させるかよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
麦野「!!?」
暴風雨吹き込む天蓋の大穴から浮上し脱出しようとする麦野らを――
奇跡的に無事だったのか、出入り口付近に放り出されたまま瓦礫の下敷きになる事を免れた――
スキルアウトの武器が詰まった薄汚れた鞄から浜面が取り出したもの。それは
麦野「(棒火矢だと!!?)」
ドン!ドン!!ドン!!!
昨夜、服部半蔵らと作り上げていた棒火矢……樫の木材をくり抜き爆薬を詰めた直径五センチ、全長70センチのロケット兵器。
流線型のラインに加え側面に塩化ビニール製の羽根が三枚取り付けられた江戸時代の試作兵器。
飛距離は約2000メートル。これだけならば戦闘力が著しく下がりきった瀕死の麦野であろうと問題ない。
しかし問題なのは――その爆薬が『高級プラスチック爆弾』だと言う事だ。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
麦野「がああああああああああああああああああああ!!」
美鈴「わああああああああああああああああああああ!!!!??」
炸裂……!大講堂という広大なスペース、爆風が天蓋目掛けて吹き抜けると言えど高級プラスチック爆弾搭載型の棒火矢の威力は凄まじく――
光の翼で命中前に蠅叩きのように撃ち落とすも、その破壊力たるや凄まじく麦野らは一発で撃墜される。
その爆炎はモニターを木っ端微塵にし、教壇を跡形もなく吹き飛ばし、黒板がガラスのように砕け散る。
麦野「(力の落ちきった今の私でカバー出来る威力じゃない!爆風も弾き返せないってか!?)」
浜面「これでも期待薄かよ!!」
さらに参謀である服部半蔵の発案もあり、この高級プラスチック爆弾搭載型棒火矢は一定の指向性がある。
訓練もろくに受けていないスキルアウトの射手がまかり間違って爆発に巻き込まれないように破壊は常に前方を向く。
元々は『計画』における駒場のみが知る爆破ポイントに使われる特別製だったのだが――
駒場亡き後使い道のなかったその棒火矢が、浜面の武器となる。
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
麦野の九枚目の翼が今のプラスチック爆弾撃墜にて砕け散る。
後先も是非もない浜面はそれを躊躇わない。この機転と判断力が浜面仕上の最大の武器なのだ。
~8~
美鈴「死んじゃう!死んじゃうよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
麦野が咄嗟に美鈴を身体で庇うように落下したおかげで閃光に目を潰される事も爆炎に肺を焼かれる事も……
鼓膜を破られる事も免れたが美鈴は完全なパニック状態に陥ってしまった。これは美鈴の精神が脆弱なのではない。
美鈴はあくまで一般人であり、被害者なのだ。彼女の状態を責める事は誰にも出来ない。だが
麦野「(何度も撃たせたらやられる……だったら仕掛けて来る前に撃ち落とす!)」
そこで麦野は八枚にまで目減りした光の翼を広げ――
浜面「やっ……」
麦野「撃たせねよねえんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」
轟ッッッッッッ!!
上下左右からしなる鞭のように原子崩しで構成された光翼が、触手が如く軌道を描いて浜面へ殺到する。
浜面を中心としてミキサーにかけるような死の刃が繰り出され、原子にいたるまで切り刻むために――
浜面「べェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!」
発条包帯、発動。麦野が翼を広げた瞬間棒火矢を抱えながら浜面は横っ飛びになり、次の瞬間浜面のいた場所が翼により『消滅』する。さらに
ブオンッ!
麦野「(チョロチョロと!!)」
駆動鎧並みの身体能力を与え、人体の機動力を十倍にも高める発条包帯。
その速力たるや麦野が正面に向かって攻撃から壁面を沿って走る所謂『壁走り』に近い離れ業すら可能とする。
人間のものとは思えない唸りを上げ、ダンプカーが横切ったような鈍い烈風を巻き起こして浜面は走る。
麦野「ウザってえんだよドブネズミがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
残り七枚となった翼の連撃が浜面を狙う。瞬く間にドガドガドガと次々壁面に大穴が空くも――
それは常に半歩先行く浜面の後追いにしかならず、捉え切る事が出来ない。
麦野「……!!」
美鈴「怖い……!!」
不自由な四肢、足手まといな荷物、出血多量による反応速度と演算能力の低下。
その上この暴風雨が降り注ぐ雨粒が、能力発動に現出させる光球に触れて蒸発し、それが攻撃の予兆となって敵の回避に有利にさせてしまう。
今の麦野は先程浜面を圧倒した時の三分の一……いや十分の一程度の戦闘力しかない。
~7~
加えて麦野の原子崩し(メルトダウナー)は正確な照準を定める時間が必要である。
だがかつて『聖人』神裂火織と会敵した際にはその常人の二十人力の身体能力による回避運動にてほぼ封じられた事がある。
その際は見越し射撃で応戦したが結果は惨敗。つまり――発条包帯のような機動力でかき回されるのは最悪の相性なのだ。
かと言って能力の使用圏内を無視してバックファイアを無視して発動すれば美鈴を巻き込んでしまう。
さらに麦野の身体は背中を打ち抜かれた事で四肢が言う事を利かないのだ。先程のように体術で圧倒する事も叶わない。
麦野「チッ……面倒臭い真似しやがる!!」
この時麦野は拡散誘導支援体(シリコンバーン)を放る指先すら動かせなかった。
これらの悪条件の積み重ねと、浜面仕上の持つ戦術的能力、アスリート並みのフィジカル、そしてスキルアウトとして積まれた対能力者に関する洞察力、加えて多くの武器――
麦野が以下にハンディを負ったと言えど、他の人間ならばここまで苦戦しない。
上条のようにメンタルで麦野をねじ伏せたタイプとはまた異なる強者。それが浜面仕上――!
浜面「一発でダメなら……!!」
そして浜面は駆け抜けながらプラスチック爆弾搭載型棒火矢を構える。
本来走りながらの射撃は非常に照準を合わせるのが難しく、また熟練を要する技術だが――
浜面「沈むまで――叩き込む!!!」
ボン!ボン!!ボンボンボンボンボンボンボンボン!!!
更に連射してくる『高級プラスチック爆弾』に狙いなど必要ない!
文字通り標的を木っ端微塵にするための連鎖破壊。細かな照準より大きな威力。
それらが流星雨のように次々と麦野らへと押し迫る。
シュバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
麦野は座り込んだ七つの砲門を開き、同じく原子崩しで一気に薙ぎ払う。
更に一箇所の爆発が空中で次々と誘爆を引き起こし、闇夜を焼き尽くす劫火となって両者の間で炸裂する。
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
麦野「(もう半分か!?)」
ついに七枚目の翼が折れ、十二枚あった『光の翼』が半分にまで目減りする。麦野最大の誤算。それは
浜面「(まだ半分か!?)」
学園都市第四位原子崩しという最狂の怪物を敵に回した事で――
ある種の戦闘の天才とも言うべき浜面仕上を覚醒させてしまった事だ。
が
~6~
麦野「ぎゃはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」
浜面「!?」
次の瞬間、天蓋の彼方に広がる暗雲が加速し降り注ぐ雨が焼け落ちる水蒸気の中――
六枚の翼が再び羽撃き、狂人めいた哄笑が雷鳴を推して響き渡る。
渦巻く颱風が、逆巻く風切りに蜷局を巻いて吹き荒ぶ。
同時に――六枚の翼全てから現出された妖光の砲門が無差別爆撃と集中砲火を繰り出し、大講堂全体が一瞬で『破裂』する――!!
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!
浜面「――――――!!!??」
狙いも何もない光の大瀑布がドームを吹き飛ばし、風車を薙ぎ倒し、敷地内の土壌を切り崩し、破壊する!
光芒の奔流と、光刃の凱嵐が建築物を破壊し、瓦礫が砂粒に変わるほどの一方的な暴虐。
核爆発でも起こったような閃光が闇夜を塗り潰し、浜面は何が起こったかもわからぬまま大講堂から吹き飛ばされた。
浜面「ぐっ、あああああッ!!」
麦野「パリィ!パリィ!!パリィってかァ!?笑わせんじゃねえぞクソガキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!」
無造作に炸裂させた大破壊が浜面を瓦礫の山から放り出し、隣接する施設の二階部分の窓枠にまで叩きつける。
外側から教室に投げ入れられ、衝撃でガラスが全て砕け散り……
それにより床に投げ出された浜面の後頭部と背中をガギン!!という鈍い音と重い激痛が身体を走り抜ける。
あまりの衝撃に血の混じった胃の内容物を嘔吐し、正中線から広がるダメージに手足に広がる。
浜面「(あ、あれ……でまだ……本気じゃなかった……のかよ!?)」
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
麦野の翼が割れ砕け残り五枚。半分を切ったにも関わらず――
浜面は驚愕を隠しきれない。相手は『全力』だったかも知れないがまだ『本気』などではなかったのだと。
麦野「死ね」
キィィィィィィィィィィとという光の収束が五つに目減りした原子崩しの砲門を一つにして――放つ。
束ね合わせた光の柱、インデックスが放った竜王の殺息(ドラゴンブレス)のように――
スタンドに投げ入れられたホームランボールのような浜面目掛けて!
~5~
轟ッッッッッッ!!
美鈴「――……ッッ!」
麦野「オバサン!!」
グラウンドゼロと化した大講堂より隣接した施設の二階右半分に巨砲を打ち込みながら麦野が叫ぶ。
美鈴は必死に麦野の腰に両手を回し爪を立ててしがみつきながら、目を開けていられないほどの光量の中それを聞く。信じがたい言葉を。
麦野「――今のは……当たったか?」
美鈴「え……」
麦野「当たったかって聞いてんだよ!!」
美鈴「(まさか……この娘!?)」
首だけ振り返ると二階部分から上を無くした施設が崩れ落ち瓦礫に変わって行くのを見届け……
そこで美鈴は愕然とする。叫ぶ口から入り込む雨水を吐き出す事さえ忘れて
美鈴「あ、貴女……目が!?」
麦野「………………」
――そう、麦野はもはや全力も本気を出す余地さえ残ってなどいないのだ。
先程の一斉射撃は浜面という単一の標的を狙ったそれではない。単に目標を『前方』に切り替えただけなのだ。
点で撃つ力も線で捉える力もない。面で放つ他ないほどまでに。
麦野「(血を流し過ぎた)」
あまりに大量の出血は視力をも奪う。スキルアウトから受けた銃撃が気付けとなったがそれも長くは続かない。
出血と豪雨が体温を、流血が思考と視野を真綿のように締めて行く。
麦野「(もう……もたない)」
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
再び翼が割れ砕け、残る四枚。もはや周囲には野晒しとなった鉄骨の花しか残らぬまでの圧倒的破壊。
屋内を壊滅させ屋外に身体を晒した結果となったが、疑似竜王の殺息とも言うべき原子崩しを放った今……
今の一撃で浜面が死んでくれていなければもう麦野が立ち上がれない。
しかし
ブオオオオオ……ガタン!ゴトン!ゴオオオオオ!!
麦野「!!?」
その時、周囲一帯が瓦礫の王国と化した闇夜の中……
耳鳴りがしそうな雨音を切り裂いて轟くエンジン音。
瓦礫の石畳を跳ね飛ばし、へたり込む麦野らに向かって直走って来る――1台のステーションワゴン!
浜面「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
逃走用に乗り付けて来たステーションワゴンのアクセルを限界まで踏み込んで浜面が突っ込み――
十分な加速を乗せ、麦野らを標的に捉えると……蹴り破ったドアから身を投げ出し盗難車を投げ出す!
~4~
麦野「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
文字通り走る凶器となったステーションワゴンを、音だけを頼りに麦野が光の翼を振るってボンネットを突き刺す。
しかし止まらない勢いを更に殺すために二枚目の翼で叩き潰し、三枚の翼で串刺しにする。が
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
美鈴「きゃあっ!!?」
麦野「――――がはっ…………!!」
四枚目の翼は振るう前にかき消え、代わって残りの高級プラスチック爆弾搭載型棒火矢を積んだ車がガソリンに引火し大炎上する。
夜の帳が白色から赤色へとその色を変え、麦野の霞がかった視界に青色の残光を焼き付けて大爆発した。
麦野「ごぼっ……」
美鈴「助けて!助けて!!誰か助けてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
瓦礫と共に転がされ、ついに溜まりに溜まった血を残らず口からぶちまけて麦野がうつ伏せとなる。
その身体の下に発狂寸前の美鈴を庇って。既に麦野のコートを引き裂き、剥がれそうなほど爪を立てて美鈴は泣き叫ぶ。
もう麦野は意識を保っているのが奇跡だった。
麦野「(外したか……!!)」
麦野が放った原子崩しは確かに浜面を放り出したアルプススタンド、二階部分を粉砕した。
しかしそれは二階の右半分であり――浜面は左半分に転がされていたのだ。
地上から、闇夜から、遮蔽物越しに放ったが故に仕留め切れなかった。
恐らく浜面はその際空いた穴から校舎一階へと降り立ち車を確保したのだろう。
麦野と浜面が初めて会話を交わした無線機越しに言っていたように、部下に撤収作業のために用意させていた車を。
麦野「(もう……動け……ない)」
ここでついに麦野は限界に達した。これまで暗部にて幾多の『能力者』を、今まで上条と数多の『魔術師』を相手どって来た。
しかし――これほどまでに厄介な『人間』など今までただの一人もいなかった。
仕留め損なうほどに相手の死が遠ざかり、自分の敗れが近づく。
もう身体が言う事を聞かない。麦野ほどのタフネスさを誇って尚――
麦野「(動け……動け!!この女を放り出したら眠らせてやる……動けよ!)」
状況は絶望的だった。
~3~
浜面「死ぬ……死んじまう……どうすりゃ勝てんだ……何すりゃ倒せんだ!?」
そして――浜面もまた麦野達から離れた瓦礫の山に身を隠しながら荒い息を肩でついていた。
もう発条包帯がかける反動と重圧が極限にまで達しているのだ。
身体は至る所擦り傷と泥にまみれ、欠片や破片がリッケンバッカーのギターピックのように何本も背中に刺さっている。
浜面「残り……あと一発か……」
手に残っているのは手製の焼夷ロケット砲一発きりと、腰に差した警棒のみ。
外傷がまだ致命的でないのはかすっただけで死ぬからだ。
怪我以上に体力の消耗と精神力の磨耗が激しいのだ。
一発ももらえない重圧の中、学園都市第四位を名乗った怪物と戦うという極限状態はそれほどまでに浜面の全てを削る。
浜面「――楽に……なりてえ!」
浜面はもう全てを投げ出してしまいたくなるほど追い詰められていた。
だが逃げられない。死力を振り絞り、鬼気迫る戦いに身を投じる者にしかわからない境地……
『逃げたら殺される』『投げたら死ぬ』という脅迫観念。
浜面は今やネメアの谷にて、背後に断崖を背負って不死身のライオンと戦うヘラクレイトスも同然であった。
駒場『……俺達はウサギだ。生き死ににこだわるならば勝敗は捨てた方がいい』
浜面「ああ……俺はウサギだ……」
だが――浜面は立ち上がる。演算銃器もさっきの衝撃でどこかに落とした。
もうこの肉体以外何も残っていない。逃げる足ももはや意味をなさない。
浜面「けどよう……目の前にニンジンぶら下がってたらよお」
――死ぬか、殺すしかない。それ以外の道など最早浜面にも麦野にもない。
浜面の世界は今日壊れた。持たざる者は何より強い。
――今の麦野がこれだけ追い詰められているのは、間違いなく美鈴という荷物を背負い込んだ側面も否め切れないのだ。
浜面「……食いついちまうよ。だってウサギだもんな」
浜面は立ち上がる。ロケット砲を担いで一歩進む。
仲間が誰も来ないところを見れば逃げ出したか、逃げ出した先で捕まったか。
駒場の遺したものを守ろうとし、それにさえ見捨てられた気がした。
浜面「畑泥棒したって……ニンジン喰わなきゃ死んじまうんだよ!!」
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
三枚目の翼が燃え尽きる音と共に――浜面は駆け出した。
~2~
私は誰も助けない。救わない。守らない。あいつ以外の何者も。当麻以外の何物も。
なのに、私を今突き動かしているものは何?私を支えているものは何?
――わかってる。それは当麻が私を導いてくれた世界のぬくもりだって。
認めたくない。信じたくない。否定したい。でも出来ない。
あの何気ない日々が、破れない約束が、交わした言葉が。
出会った人間が、過ごした夜が、迎えた朝が、囲んだ食事が。
だけど――それは私が縋っていいものなんかじゃない。
私が殺した路地裏のスキルアウト。あれが真実だ。
私の中のどんなに優しい記憶でも決して曲げられない事実だ。
ねえ当麻、私の隣にいるあんたにはこの世界がどう見えてた?
なあ御坂、私の背にいたおまえにはこの街がどう感じられた?
ああインデックス。私の前にいるおまえはどう受け止めてた?
美鈴「ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいでごめんなさい……」
麦野「………………」
身体に食い込んで来るこのオバサンの爪が腰に刺さって痛い。
痛いって事はまだ私は生きてる。血が流れてるって事はまだ私は死んでない。
オバサン、泣きすぎだろ。大人大人言うならガキの前で泣くなよ。
私はね、泣かないって決めてんの。泣いたら負ける。自分に負ける。
だけど……あんたはこんな時まで私に謝るのか。
泣き叫けべよ。大の大人がみっともなく泣く所、アリーナで見てやるからさ。
麦野「……なあ……オバサン」
美鈴「えっ……」
麦野「……生き……たい?」
私がここまで戦えたのは、お荷物なテメエの重さがあったからだ。
私がここまで闘えたのは、この雨の中でも私にしがみつくあんたがあったかかったからだ。
美鈴「生きたい……私は生きたい!!生きて美琴ちゃんに、パパに会いたい!!」
麦野「――……ああ」
ククッ……何だこのオバサン。私の罪よりあんたの体重(いのち)の方がずっと重いわ。
私の罰より、あんたが立てる爪の方がよっぽど痛いよ。
笑えて来る。くだらねえ。本当にくだらねえ。ああ馬鹿馬鹿しい――
麦野「……そうね」
――答えは、最初から出てるじゃないの
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
麦野「――――――私もだよ――――――」
~1~
バサアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
片翼を背負って麦野は暴風雨の中を飛ぶ。これが最後の羽撃き、最期の輝きだった。
背負った全てを翼に変えた一枚きりの翼で麦野は脱出の可能性に懸ける。
相手がもし棒火矢を一本でも残していれば麦野の負けで美鈴は死だ。
既に一度も脱出しようとして阻まれている。それでも――麦野は諦めなかった。しかし
浜面「――――――」
麦野「……ああ――」
浜面は持っていた。最後の焼夷ロケット砲を。
最後の一枚、最後の一発。麦野は断崖大学を見下ろせる高さまで、倒壊寸前の風車の上まで。
狂ったように回るプロペラと、荒れる暴風雨。
射手のミスを期待したかったが――この男は外さないだろう。そして
ボッ
地上の星のように放たれた焼夷ロケット砲が正確に麦野らに向かって――
ボシュッ
麦野は当然のようにそれを光の翼で薙ぎ払った。
翼二枚を捨ててまで溜めて振り絞ったか弱いの羽撃き。
しかし――それが麦野の限界……いや、『人間』の限界だった。
パキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン!!
最後の翼が砕けて散る。質量を持たぬ電子線の翼は羽を舞い上げる事もなくその力を失った。
フィラメントが焼き切れる前の輝きのように瞬き――断崖大学上空にて力尽きる。
同時に重力が思い上がった人間に絶望(ばつ)を与えるように麦野らを引きずり下ろす。
麦野「――――――………………」
美鈴をしがみつかせたまま麦野は仰向けに落下して行く。
この瞬間学園都市第四位の怪物、暗部の女王、最狂の超能力者は『死んだ』。
悲劇を終わらせる事が出来ず、惨劇の夜を超えられぬまま少女は闇に沈む。
美鈴「――神……様」
麦野「……!」
落下する直前……能力を振り絞った麦野が……一つだけ奇跡を起こした。
ブンッ
美鈴「!!」
麦野「……重いんだよ」
今の今まで動かせなかった四肢……左腕だけ、生命力の全てを振り絞って――麦野は美鈴を上空から屋上の屋根に投げ捨てた。
浜面すら圧倒する、女性離れした腕力で……地上にて墜落死するより、骨折程度で済むように。
麦野「――ダイエットしな、クソババア」
『生きたい』と願った女性の望みをほんの僅かかなえる、流れ星のように――
美鈴「沈利ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
麦野は、初めて上条達以外の誰かを助けた。
~0~
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
落下して行く麦野はほとんど失われた視力の中見た。
この惨劇の夜の、そのまた闇の底で――地獄の門が開き、魔女の大釜が煮えるのを。
それは『オズマ』の中ではシャットダウンされていた麦野の心象風景――
人殺しの業、麦野が心に宿した『地獄』が、地上にて亡者のうめきに変わる。
麦野「(ああ――)」
十字架にかけられた首無し死体の森、瓦礫の山が亡者が腕を伸ばす墓石となり――
赤い屋根の白い家軒を連ね、その中で親達が子供を頭から喰い殺しているのが見える。
麦野が殺して来た人間達が、男の顔には黒い布が、女の顔には白い仮面が被せられ――
その誰もが手を叩き、足を踏み鳴らし、背を合わせて踊り狂う。
ヴァイオリンを持った四人の死神が髑髏の顔を笑みに変え歯を鳴らし楽器を演奏する。
麦野「(――あのオバサンの爪、食い込んで痛い)」
麦野は救いを、助けを、許しを求めない。何故ならば人殺しだからだ。
人殺しに許されるのは、地獄を真っ直ぐ見つめて死んで行く事だけだと思っているからだ。
百の罪も、千の罰も、万に一つの救いも求めない。
麦野「(……そうか)」
腐り落ちた果実と、ひび割れた砂時計と、朽ち果てた髑髏の山に麦野は堕ちて行く。
数秒後に激突する地面から、触手のように死者の手(デッドマンズハンド)が伸びる。
天を目指す木々がその枝葉を伸ばし、絡め取るように。
麦野「(私が当麻の背中に爪立てんのは――)」
血塗られた手、腐り果てた腕が麦野を闇の中へ引きずり下ろす。
『おかえり』
『おかえり』
『おかえり』
『おかえり』
『おかえり』
人は決してわかりあえない。世界は誰にも優しくない。
神は残酷である事のみ平等で、運命は絶えず死へといざなう。
人殺しは死ぬまで人殺しであり、行き先は地獄しかない。
麦野「(……私は……あいつにしがみついてたんだ)」
怪物が人間に、魔女が少女に。麦野の背負った罪の重さがそのまま速度に繋がるように――
麦野「“生きたい”って……しがみついてたんだ」
―――――この悲劇(ものがたり)に、救世主(ヒーロー)はいない―――――
沈利い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
美鈴「ああ……!!」
ドン!
屋根に叩き落とされ九死に一生を得た御坂美鈴は聞いた。
この嵐の夜の雷(いかずち)よりも雄々しく轟く少年の叫びを
浜面「なっ……」
麦野を撃ち墜した浜面仕上は見た。この嵐すら道を空けるような速力で大地を踏み越え、石畳を駆け抜け、瓦礫を蹴り飛ばして――
空から降って来る翼を持たぬ天使の元へと走る少年の背中を
麦野「……!!」
麦野沈利は感じた。盲目も同然だった暗黒の世界の中にあって……
目蓋の裏に浮かべたその笑みを絵に描き起こせるほど愛しい存在を。そう
「まだだ!」
烈風を掻き分け、逆風を切り裂き、暴風をねじ伏せ、少年は一陣の神風となって嵐の夜へと手を伸ばす。
少年は認めない。無慈悲な神が押し付けた残酷な結末など、ただ美しく終わる悲劇(バッドエンド)を認めない。
「まだ終わりじゃねえ!!」
人と人は決してわかりあえない。しかし人には歩み寄る事が出来る。
罪は許されず罰は赦されない。しかし人には手を差し伸べる事が出来る。
業は決して終わらない。しかし人には悲劇を打ち破る事が出来る。
「お前の世界は終わらない!!!」
――だから少年は破る。悲劇を、破滅を、絶望を。
ありとあらゆるバッドエンドを少年は否定する。
「言っただろ……!!」
少年は走る。墓石のような瓦礫の山を登り、十字架のように倒れた風車の上を駆け……
並み居る死者の腕の中、ただ一人汚れを知らない手を伸ばす。
流れ星をその手で掴むように少年は手を手を伸ばし――傾いだ風車から、翼も持たぬまま……飛ぶ!跳ぶ!!翔ぶ!!!
そう――この悲劇(ものがたり)に救世主(ヒーロー)はいない。
ここにいるのはただの少年だ。
悲劇だけでは終わらせないただの偽善使い(フォックスワード)だ。
「おまえの全部抱えて、引きずり上げてやるって……!!」
人を救うのは神ではない
ましてや正義の味方(ヒーロー)などでもない
人間は……同じ人間にしか救えない――!!!
上条「そこが地獄の底だってなああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
~1~
麦野「――――――………………!!!!!!」
上条の腕が墜落する麦野を受け止めたその瞬間、幻想(じごく)が壊された音が聞こえた気がした。
空から降って来るヒロインのようだと上条は思った。
だが残念な事にそのヒロインはどうしようもない性悪で、お姫様というよりそれを苛める継母か意地悪な姉のようであるが――
麦野「バカヤロウ……なんできたんだよ……どうして……!!」
上条「――訳は後で話す」
涙声を震わせて麦野は泣く。地獄を目にしてさえ涙一つ流さなかった少女が泣いている。
――それだけで十分だった。上条が戦う理由など。
麦野「……ちくじょお゛……テメエ……ふざけ……んなよぉ!人殺し(わたし)には誰も助けられない!救えない!!守れないんだよォォォォォ!!」
上条「………………」
麦野「前にも進めない!後ろも下がれない!!私はあんたみたいに出来ねえんだよォォォォォォォォォォ!!」
その感情の爆発を、上条は静かに受け入れ――そして言った。
上条「――お前が、罪を背負ってる事に変わりがないように」
屋根の上の美鈴を見上げながら
上条「――お前が、最後まで必死になって守った手の中のもんも変わらねえよ」
腕の中の麦野を見下ろしながら
上条「前にも後ろにもいけなくても――お前は誰かのために立ち上がれたろ?」
麦野「――」
上条「――――ありがとう。お前のおかげだ、沈利」
――静かに、優しく、笑いかけた。
麦野「……っうう!うぅぅうあわぁぁぁぁぁァァァァァああぁああァァァァァああア゛ア゛ああぁあああぁぁァァァァァ!!!!」
翼という十字架は、裏返せば剣となる。しかし十字架には――道標という意味もある。
十字架の下で誓う永遠の愛があるならば、同じ道標を見つめて共に歩む事もまた出来る。
十字架という、線と線の交差に神が宿ると言うならば
人と人との交差に宿るものを上条当麻は信じる。
傾いだ十字架のような風車の下、墓標のようなプロペラを道標に、少年と少女はここに再会した。
かつて崩落したブリッジが、麦野という椅子の子供に、上条という梯子の子供が架け橋をかけたように。
神は罪を許さない。神は罰を赦さない。
ただ人だけが、人に手を差し伸べられる。涙を拭える。
それは奇跡でも、魔法でも、ましてや運命などでもない
―――この幻想(ものがたり)に、英雄(ヒーロー)はいらない―――
禁書目録「……そして王子様は、ガラスの靴の良く似合うエロかっこいいシンデレラを探しに街に出掛けました」
スフィンクス「にゃー」
禁書目録「あっちこっちを走りつづけて、王子様は求めてやまないシンデレラを一所懸命探しました」
スフィンクス「みゃーん」
禁書目録「そこで見つけたシンデレラは、本当に灰をかぶっていて、綺麗なのは顔だけで心は泥まみれな女の子でしたが、王子様はそんなシンデレラの欠点も含めてマジ惚れしてしまったのです!」
スフィンクス「なー」
禁書目録「王子様は見事シンデレラにガラスの靴を履かせ、ハートを鷲掴みにし、死ぬまで幸せ太りしたシンデレラの尻に敷かれました!めでたしめでたし……って」
スフィンクス「んにゃ?」
禁書目録「シンデレラってこんなお話だったかな?何だかこのシンデレラ、すごく意地悪そうな顔で性格も歪んでるんだよ!」
スフィンクス「あーお。あーお」
禁書目録「とうま遅いねー。鰻重まだかな?お前もお腹空いたね。すふぃんくす」
スフィンクス「うなー!」
禁書目録「だいたいとうまがいけないんだよ!オズマ姫のクッキーお土産に頼んだのに忘れて!」
スフィンクス「みゃう……」
禁書目録「うん……昼間にコンビニで見た1680円の鰻重買って帰って来るまでお家に入れないなんて言わなければ良かったんだよ。こんな嵐になるならね」
スフィンクス「(ゴロゴロ)」
禁書目録「……ねえすふぃんくす?」
スフィンクス「?」
禁書目録「シンデレラにかかった魔法は、本当に12時までだったのかな?」
スフィンクス「???」
禁書目録「私はね、こう思うんだよすふぃんくす」
禁書目録「きっとシンデレラにかけられた魔法は、12時までなんてケチケチしたものじゃなくて」
禁書目録「――日付が変わっても、年を重ねても、おばあさんになっても、いっしょのお墓に入っても」
禁書目録「たった一人の王子様に愛されるって言う、永遠の魔法だったんじゃないかな?って思うんだよ」
スフィンクス「にゃんにゃーん!」
禁書目録「永遠の愛ととうまみたいなお馬鹿さんの頭を直す魔術は私の魔導書にも書いてないけど」
禁書目録「――この魔法は、誰にでも使えるのかもね?」
スフィンクス「みゃーん!」
禁書目録「……今はそれよりお腹いっぱいご飯が出てくる魔術が欲しいんだよー!」
禁書目録『あっ、今日しずりの星座がビリなんだよ』
――運命は時として残酷で
上条『おっ、本当だ』
――その中で生きる人々に優しくなど決してない
禁書目録『“非常に運勢が低下する一日です”』
――しかし、人は運命を変えられる
禁書目録『“出来るだけ外出を控えましょう”』
――絡まった運命さえも越えていける
禁書目録『“運勢向上のラッキーカラーは”』
――例えばこの朝に見た星占いの事さえ忘れ、昼間に見た鰻重を忘れないような
禁書目録『―――“白です”―――だって」
――白銀の髪と純白の法衣を纏った修道女のわがままが一人の少女の運命を“救済”へ導いたように
――全ての人間を救える救世主(ヒーロー)などこの世界に一人もいない
――しかし、この世界に生きる全ての人間に、誰かを救う事が出来る
――神に救われなければならないほど、この世界は弱くなんてない――
番外・とある星座の偽善使い:第十七話「偽善使い(かみじょうとうま)」
――偽善使い(フォックスワード)と原子崩し(メルトダウナー)が交差する時、物語は始まる――
――――俺はヒーローなんかじゃない――――
~15~
上条「……不幸だ……」
―――時は僅かに遡る―――
上条当麻は第七学区にあるコンビニにて雨宿りしていた。
事の発端は麦野沈利と別れた後、帰宅の旨を告げるべくインデックスの携帯電話へコールを鳴らしたまさにその時であった。
禁書目録『とうまとうまー。私が頼んだお土産ちゃんと買って来てくれた?』
上条「えっ……」
禁書目録『オズマ姫のクッキー缶お願いしたんだよ!私お昼休みにとうまに言ったかも!!』
上条「(しっ……しまったぁぁぁ!?)」
禁書目録『……忘れたんだね?』
上条「……ち、違う!」
禁書目録『しずりとばっかりイチャイチャして、とうまは私の事なんてどうでもいいんだね!?』
上条「言えねえ!ガラスの靴選びで忘れてたなんて言えねえ!(落ち着けインデックス!これにはワケがあるんだ!!)」
禁書目録『建て前と本音が逆なんだよ!とうまのバカ!ダメンズ!!ロクデナシ!!!』
上条「ひいっ!?」
――結果、怒り狂うインデックスから昼間コンビニで見かけた1680円もの鰻重弁当の買い出しを上条は告げられた。
買って帰って来るまで絶対家には上げないとまで言われてしまったその理由はもはや語るべくもないだろうが――
上条「やっぱ腹減って気立ってんだなインデックスのヤツ……」
知らぬは当人ばかりなり。インデックスはお土産を忘れられた事以上に――
上条が麦野にガラスの靴を買った事に対するジェラシーがあるのだ。
無論それに気づいていないのは上条ただ一人。
かくしてこの朴念仁もとい唐変木は同じ系列のコンビニを梯子しては空振りに終わり……
ようやく断崖大学付近にある三軒目にて財布に痛すぎる1680円の鰻重弁当を手にする事が出来た。だがしかし
上条「今月どうやって暮らして行こう……いやホント。割とマジで」
――清算すべくレジ待ちに並んでいた所、季節外れのハリケーンを思わせる荒れ模様の天気と相成り上条はしばし雨宿りせねばならなかった。
何分、今日のデートと鰻重弁当のおかげでビニール傘を買う小銭すらないのである。
上条「……不幸だ……」
――――かくて場面は冒頭に戻る――――
~14~
雨降りの夜になると、俺はよく思い出す事がある。
それは忘れもしないあの6月21日……俺が麦野を追っ掛けて第十九学区までデルタフォースのみんなでバイク3ケツで走ったあの夜の事だ。
俺が、沈利から思いを告げられた日でもある。
上条「痛かったな……あん時」
もう二回目になる立ち読みの週刊雑誌をめくりながら俺はぼそりと口をついた自分の言葉に少し驚く。耳元で囁かれたような気がしてさ。
思わず誰かに聞かれてやしないかって周りを見渡すとそんな事はもちろんなく……
店内は俺みたいに足止め食らった人間達が迎えの車がどうこう言ってた。
そりゃそうだろ。この風じゃ傘さしたって傘ごと飛んでっちまう。
上条「(この漫画みてえには上手く行かねーよな)」
前に立ち読みした時は飛ばしてたラブコメ漫画のちょうど告白シーンにあたるページをパラパラ流し読みしながら俺は思う。
俺達が出会ったのは、あの血腥いの路地裏での殺し合いからだった。
再び出逢ったのも、あの血塗れの交差点での巡り会いからだった。
俺達が分かり合えたのは、血深泥の果たし合いからだった。
俺達はいつだって傷や血や痛みを避けては通れなかった。
けどその度に少しずつ少しずつ前に進めて来たような気がする。
上条「………………」
今度は他の漫画に移ろうかと思ったら、坂上にある断崖大学に向かって警備員の装甲車が走って行くのが見える。
ここに来る前になんか炎上したみたいなすげえ音と光が遠くから見えたのを思い出す。
大学って言えばなんかの研究で爆発事故でも起きたんだろうか?
上条「(ってやべえな。あんまりウダウダしてたら警備員が見回りにくんじゃねえか?)」
読み差しの漫画を戻して、ちょっとばかし無理してでも帰ろうかと思った。
すると――この雨風の中で、何かが飛んで来るのが見えた。
垣根「おえっぷ……」
上条「!!?」
垣根「……ああん?」
こんな嵐の夜の中でも目立つデカくて白い六枚の羽。
小脇に抱えた高そうでオシャレなスーツ。窓ガラスを挟んで見るその姿。
上条さんのお馬鹿な頭でもよく覚えてる、忘れられっこねえ人。
上条「艦長さん!!?」
垣根「……またお前か」
―――学園都市第二位、垣根帝督―――
~13~
垣根「何でまた雨の日に出会すんだ……」
上条「そんなの上条さんにもわかりませんの事ですよ。つかそのスーツどうしたんだ?」
垣根「思い出すとムカつくから言いたくねえ」
御坂美鈴へのナンパに失敗し、挙げ句スーツをゲロまみれにされた垣根は過ぎた悪酔いを覚ますべくウコンの力を買い求めるためにコンビニへと立ち寄った。
そこでばったり再会したのである。あの雨の夜に拾った少年、上条当麻と。
二人は挨拶もそこそこにコンビニの駐車場で立ち話をしていた。
目を開けていられないほどの嵐ではあるが、そこは垣根の未元物質による支配下に置かれた空間であり雨粒一つ入り込む余地もない。
上条「(すげえ……だからこの前会った時も濡れてなかったんだな。うっかり右手で触んねーようにしねえと)」
垣根「………………」ジッ
上条「いくら艦長さんでもこの鰻重はやれねえぞ」
垣根「いらねえよ。こんな悪酔いした日にんな脂っこいもん食ったら吐く。ってこんな時間にそんな重たいもん食うつもりか?」
上条「いや、食うのは俺じゃなくて俺の同居人なんだ。これ買って来るまで家に入れないって言われて……」
垣根「ほー」
未元物質を隔てた一寸先で荒れ狂う暴風雨の中垣根はウコンの力を飲み干し、ゴミ箱にそれを放り投げながら意地の悪い笑みを浮かべた。
この学園都市のシステム上、ルームシェアという言葉が指し示す意味合いは一つしかない。
何せ昨日送り届けたフレメア=セイヴェルンのような幼い子供でさえ姉とは離れて暮らしているらしいのだから。
垣根「(って野郎とばっか縁が出来ても嬉しくも何ともねえよ)」
そして駒場利徳と、フレメアと、自分が出会い別れたこのコンビニに再び立ち寄り――
奇妙な縁を感じさせるこの少年と再び顔を合わせる事になった偶然に、垣根は何かしらの感慨を覚えた。
まるで見えざる何者かの手繰る運命の糸に引き寄せられているかのようで。
垣根「吹くじゃねえか。それ、前に言ってた女か?」グイッ
上条「うおっ!?艦長さんやべえ!!!」
垣根「ああ?」
パキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ……ザァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
垣根「!!?」
上条「不幸だー!!」
垣根にどんな女を連れ込んでいると聞かれ、バツが悪そうに頭をかいた上条に絡むように垣根が肩を組んだその瞬間……
未元物質が一瞬の余韻すら残さず砕け散ったのだ。
~12~
垣根「(俺の未元物質が……)」
上条「やべー!濡れる!!濡れる!!」
垣根「(消滅しただと!!?)」
未元物質による防壁が粉砕された後降り込み吹き荒ぶ暴風雨にも構わずに――
垣根は目を見開いた。右往左往しながら軒下に逃げ込む上条へと視線を向けて。
垣根「……おい」
上条「やべえ!やべえ!!ってなんでせうか!?」
垣根「お前、今俺に何をした?」
上条「?」
垣根「お前に触れた途端俺のダークマターが消し飛んだ……これはどういう理屈だ」
上条「ああ……」
雨風に濡れて落ちた黒髪からしたたる水滴をかきあげながら上条が垣根へと向き直る。
コンビニの照明を後光のように受けて立つ上条と、駐車場の暗闇の中雨に打たれる垣根。
光と闇の相剋のような立ち位置の中、上条がかきあげた右手に視線を落としながら語る。
上条「俺の右手……つか能力って呼んで良いのかな?幻想殺し(イマジンブレイカー)ってんだけど」
垣根「(――“幻想殺し”――)」
上条「異能の力っつうか、超能力とかでも消しちまえる力が宿ってるんだ。っても消したり掴んだり出来るだけで、後は使い道のねえ消しゴムみたいな能力なんだけどな。俺自身は無能力者だし」
垣根「………………」
幻想殺し(イマジンブレイカー)。その単語に垣根は覚えがあった。
統括理事長アレイスター・クロウリーが推し進める幾つもの枝分かれし並列化された『プラン』……
その中で学園都市第一位(アクセラレータ)を中核と為すプランと比肩し得る重要度と機密性を単語。
それは統括理事長との直接交渉権を狙う垣根だからこそ知り得た情報である。
垣根「お前は――」
上条「はい?」
垣根「学園都市第一位……一方通行(アクセラレータ)のクソ野郎を知ってるか?」
上条「………………」
垣根「沈黙は肯定と受け取るぜ……上条」
そしてもう一つ。くだらない風の噂と聞き流していた『学園都市第一位が無能力者に敗北した』という情報の真偽。
そこで沈黙した上条の無表情を見て垣根は察する。
そのくだらない与太話が、垣根すら詳細を知り得ない幻想殺し(イマジンブレイカー)の字を持って信憑性が増し行く。
垣根「なら――」
???「ちょっとあんた!こんな所で何してんのよ!!」
~11~
あーもう最悪……黒子達と別れた後、第四位にコート返しに行こうと思ったらあいつら家にもいないし……
こっちからメールしても全然返って来ないし、諦めて学生寮から帰ろうと思ったらあのシスターにとっつかまってこんな時間までご飯奢らされた。
私と会う前にファミレスで一万円分食べたらしいけど相変わらずお構い無しよねあの食べっぷり。
そう言えば初めて会ったあの夏の日もホテルのレストランで散々食べ散らかしてたっけ……なんか懐かしいなー
御坂「……ってなんで別れた途端にこんな土砂降りになんのよー!!?」
て懐かしむのもそこそこに私は雨の街をバシャバシャ踏み鳴らしながら常盤台女子寮を目指して走ってる。
結局コートは返せなかった。ちゃんとあの女の顔を見て返したかったら。
他人から借りたものをそのまた他人伝手に返すのってなんかヤじゃない?
だけど……せっかく借りたコート水浸しになるくらいならやっぱ返せば良かった……
御坂「どっか……どっか傘買える所!!」
折り畳み傘はこの暴風雨で壊れちゃって使えない。
って言うか今日は流石に誰のフォローも入らないからきっと寮監にひねられるわ……
あの壊れた傘みたいに首を……首をコキャッてひねられて……嗚呼憂鬱。
御坂「(あっ……そう言えば黒子が言ってた)」
―――学園都市第六位って……一体誰なんだろう?―――
???「不幸だー!!」
御坂「あれ?」
どこかで雨宿りしようって学生鞄を頭の上に被せて走ってた私の耳に入って来たお馴染みの声。
それは何の変哲もないコンビニから聞こえて来た。あそこでならビニール傘くらい置いてるかしら?
なんて思いながら横殴りの雨とスカートが捲れ上がりそうな風の中振り返った私が見たもの。それは――
御坂「ちょっと!あんたこんな所で何してんのよ!!」
上条「ビリビリ!!?」
御坂「ビリビリって言うな!私には御坂美琴って名前があんのよ!」
???「――テメエは」
昨夜別れたきりのアイツと、見た事もない男の人。
何だろう?アイツの友達にこんなタイプの人っていたっけ??
???「常盤台の超電磁砲(レールガン)か」
――私の事知ってるみたい。テレビで見たのかな?
~10~
垣根「(幻想殺し、第三位とが知り合いだと?)」
御坂「あんたこんなところで何してんのよ?あの女は?」
上条「えっ……何でお前がそんな事……」
御坂「あんたん所のシスターから聞いたのよ。夕方にばったり会ってね」
上条「他人様にあれだけ迷惑かけんなってあれほど言ったのに……悪い御坂、俺からも謝る」
御坂「べっ、別にいいわよ!昨日ご飯ご馳走になっちゃったし……こ、これで借りはチャラよ、チャラ!!」
上条「みっ……御坂大明神様ー!!」
垣根「(こいつは一体何者なんだ?)」
顔を合わせるなりいつも通りのやり取りを交わす二人を見比べながら垣根は情報を整理して行く。
一つ、自分がかつて気紛れで拾い上げた少年、上条当麻は統括理事長にとって一方通行と並ぶほどの重要人物であるという事。
二つ、幻想殺しは第三位と知り合いであるという事。
そこから導き出される答えに、垣根の中の暗黒面がその虚を覗かせて行く。
垣根「(――お前の事は嫌いじゃなかったんだがな)」
10月9日の独立記念日までまだ時間はあるが――
『超微粒物体干渉用吸着式マニピュレータ』の在処は掴んでいるしそのための下準備も既に終えている。
後は統括理事長の同時並行で進める予備プランを全て破壊した上で一方通行を殺害し、自分がその中核に座るのみ。
垣根「(さて……どうするか)」
その為には今ここで早々に幻想殺しというプランを潰しておくか――
はたまた決行日まで隠忍自重につとめるかと。
既に垣根の目には二人は獲物として映っている。そこに情などというものは既にない。
暗部の皇帝としての冷徹な判断と非情な決断のみがそこにある。
―――だがしかし―――
ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!
上条「……あれは!?」
御坂「――あの光!!」
垣根「――――…………」
その時、三人のいるコンビニ駐車場から見上げた坂上にある断崖大学データベースセンターより……
暗雲を切り裂くようにして放たれた光芒が闇夜の中一条の輝きを放ち、同時にドーム状の施設が崩落して行くのが見えた。
垣根が自らの戒律に則った天秤を動かそうとしたまさにその瞬間に。
~9~
上条「……あれは!?」
上条は二人から目を切る形でその破壊音へと振り返り目を見開いた。
蒼白の妖光。それは見慣れた麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)の輝きだった。
上条は思わず息を飲む。何故麦野があんな所で戦っている?
そう疑問に思う間にも破壊音と閃光が絶え間なく断崖大学から響き渡る。加えて――
上条「ヤバい……!」
御坂「ちょ、ちょっと!!?」
上条「ビリビリ!この鰻重頼んだ!!」
――崩落したらしいドームから一瞬姿を覗かせ、消失した『光の翼』が……
風斬氷華がヒューズ・カザキリへと変貌する際のように夜空に伸びているのが見えたのだ。
それを確認するなり上条は麦野へ携帯電話さえ鳴らす事なく、買ったばかりの鰻重弁当を御坂に押し付け駆け出そうとした。が
御坂「待って!!」
上条「ビリビリ!俺は今――」
御坂「私も行く!!」
上条「!!?」
御坂「あの女があそこで戦ってるんでしょ!?私も行くわ!!」
上条「来るな!!!」
御坂「えっ……」
上条「――お前は来るな。来ちゃダメだ」
垣根「………………」
それを制止し、加勢しようとする御坂を上条の一喝が押し止めていた。
その剣幕に御坂がたじろぎ、垣根は雨に打たれながらその成り行きを静かに見守っていた。
昨夜、このコンビニで共に過ごしたフレメアと駒場の姿に二人を重ねるように。
御坂「どうしてよ!あんたがいくらあの女の……あの女の彼氏でも!!あんた一人で止められる訳ないじゃない!!!」
上条「――出来る出来ないの問題じゃねえ。御坂、お前だけは今のあいつに会わせられねえ」
御坂「なんで!!」
上条「――お前が!あいつの友達だからだ!!」
御坂「……ッッ!!」
上条「……あいつは今、お前にだけは見られたくねえ姿で戦ってる。それを止められんのは――」
垣根「………………」
上条「――俺だけだ」
そのきっぱりした物言いとはっきりした後ろ姿に、上条が自分が拾い上げた時とは異なるステージに立っているのを感じた。
御坂「でも!!」
垣根「――ウニ頭」
上条「……艦長さん」
故に――エース(御坂)をどかせてキング(帝督)はジョーカー(上条)へと歩み出る。
昨夜インデックスが揃えたポーカーの手役、K・Q・J・A・ジョーカーのように。
この場に不在のクイーン(麦野)と、未だ姿を現さないジャックを除いて――
~8~
垣根「一つだけ答えろ」
上条「……なんでせうか?」
垣根「――あの光が、お前の“星”か?」
……ひでえ夜だ。スーツはゲロまみれ、身体はズブ濡れ、挙げ句今夜も女を食い逃した。
そこに加えて幻想殺しだ超電磁砲だなんだかんだ……面倒臭えったらありゃしねえ。
上条「――ああ、そうだ。俺の希望(ほし)だ」
垣根「――そうか」
御坂「ちょっとあんた!人が話してんのに割り込ま――……なっ!?」
上条「ビリビリ!!?」
垣根「……安心しろ。眠らせただけだ。ガキには過ぎた夜更かしだからな」
――面倒臭えってんだよ。こんな時まで仕事以外で動いてやる価値はこいつらにはねえ。
こんな不意打ちの未元物質で眠りこけるような、第三位の格下ごときいつでも殺せる。
ライオンは狩りと縄張り争い以外じゃ無駄な殺しはやらねえ。
上条「……垣根さん」
垣根「行け。このガキは俺がどうとでもする。男の戦いに女は邪魔なだけだ」
上条「……ビリビリに手出さないでくれよな?」
垣根「ムカついた。いくら常識が通用しねえからって中坊にちょっかいかけるほど落ちぶれてねえよ!!」
――こいつは、闇に堕ちた俺に決して持てねえ何かを持ってる。
星の数ほどある悲劇に触れて壊れた俺が、どこのドブをさらってももう見つけられねえ無くし物を……
コイツは生まれながらにして持ってる。そう感じられる。
垣根「行け。クソヒーロー」
上条「俺はヒーローなんかじゃねえさ……でも、ありがとう」
……妙だな?この中坊、今日口説いたあの巨乳人妻に似てると思ったんだが――多分関係ねえ赤の他人の空似だろう。
こんな胸って呼ぶのも苦しい平野、草が生えてるかも怪しいもんだ。が
上条「俺、垣根さんに会えて良かったよ」
垣根「……~~とっとと行け!!」
上条「ああ!!」
そう言い切るとそのウニ頭は突っ走って行った。
オイオイ……これがあのパツキンロリの言う所の『フラグ』ってのか?
巫山戯けんな。俺はゲイでもホモでもねえし男に走るほど女に飢えてもねえ。そんくらいの常識はある。なあ――
垣根「――出て来やがれ。覗き魔のクソッタレ野郎が」
???「――自分なりに気配ってヤツを断ってみたんですけどね。やはりまだまだ修行不足のようです」
~7~
嵐という魔王が引き連れた亡霊のような暗雲の下にあって目立つ白を基調とした制服姿。
撃たれるような冷たい雨音にあってわざとらしい足音とカツッと垣根の背後から響き渡る。
スキルアウトらのような鉄板入りのそれではない、察するに真鍮入りの靴だろうと垣根は当たりをつけた。
海原「よろしければ、参考にしたいのですが。この闇夜と豪雨の中、音に頼っていた訳ではないでしょう。どうやって自分の存在を察知したのですか」
垣根「生憎だが、俺は自分よりおしゃべりな男は嫌いなんだよ」
それを知ってか知らずか……茶髪の少年こと海原光貴は絶やさぬ笑みを浮かべて垣根に話し掛けた。
しかし垣根は振り返らない。腕の中にいる御坂が邪魔なせいもあるが――
垣根「さっさと用件を言え。これ以上の厄介事はもうごめんだ」
海原「では手短に――彼女を、御坂さんをこちらに引き渡していただけませんか?」
垣根「イヤだと言ったら?」
海原「――戦います」
垣根はあえて振り向かない。何故ならば相手の顔を見ずとも殺せるからだ。
この暴風雨の中、海原が垣根に対抗し得る金星の光すら届かない闇にあってさえ二人の力量差は絶望的な開きがある。だが
海原「自分がいくら命を懸けた所で貴方に一太刀入れられるかどうかも怪しい所です。ですが――自分にも死を賭してでも守りたい“世界”があります」
垣根「――世界か。たかが女一人にデカく出たな」
海原「大きいですよ。何物にも代え難いほどに。そして彼は、上条当麻は――」
垣根「………………」
海原「彼はもう違う誰かの“世界”を守っています。そんな彼に御坂さんは守れない、任せられない。だから――」
垣根「絵札でもねえ端役が、キングに挑むと?」
海原「カードは絵札だけではありませんよ。自分はどんな手役にも数字にも姿を変えられます。ですが」
自分は上条当麻というジョーカー(御坂のヒーロー)にだけはなれないと海原は語った。
それに対し垣根は思う。また上条当麻かと。また幻想殺しかと。
一体あの男はどれほどの縁を人々と育み、そして繋がっているのだろうと。故に
垣根「――持って行け。この手のツラの女は俺にはどうもゲンが悪い」
海原「ありがとうございます」
垣根はそこで初めて――海原に振り返った。
~6~
御坂「うっ……」
どうしたんだろう私……なんだかすごく眠い。何でかしら……ええっと確か……あいつと会って……
麦野さんを助けに行かなくちゃって言って……それで、それから
上条『――あいつは今、お前にだけは見せられない姿で戦ってる』
何でよ。どうしてよ?私これでも学園都市第三位よ?
あんたより強いし、第四位より上よ。私だって戦える。なのにどうして?
上条『――お前があいつの友達だからだ』
友達なら、助けに行くもんじゃないの?あの女が私に見せられない姿ってなに?
私が力を貸してもどうにもならないって言うの?
上条『――あいつを止められるのは俺しかいない』
助けに行くんでしょ?救いに行くんじゃないの?
何であんたはそんな何かを挑むような顔をしてるの?
???「では、自分は御坂さんを送り届けます。ご心配ならばついてこられますか?」
???「調子に乗るなクソガキ。そのガキがどうなろうと俺の知った事じゃねえ」
???「……ありがとうございます。自分を信用してくださって」
???「どうでもいい。イイヒトごっこはもうたくさんだ」
……誰?視界がぼやけて良く見えない。さっきのチャラチャラした男の声が聞こえる。
それからもう一つ……この声、なんか聞き覚えがあるような――
???「その割に……彼女の身体に奇妙な違和感を覚えるのですが」
???「俺の能力だ。明日になるまでそいつに物理的な干渉は一切出来ないよう防壁をかけた。おいたした瞬間テメエがくたばるような、な」
???「――彼が信を置くだけの事はありますね“艦長さん”」
???「ムカついた。余程死にてえと見える」
???「冗談です。つい嬉しくなってしまいまして――これで、自分も“仕事”に精が出そうです」
???「自分と“同類”の人間と親しくなったところで嬉しくもなんともねえよ。何がそんなにおかしい?」
???「――いえ、彼自身が彼女の世界を守れなくとも……」
???「………………」
???「彼の“世界”が、彼女の“世界”を守ってくれている……そう思うと」
……私、お姫様だっこされてる?
???「参りましょうか、御坂さん」
――この声、海原光貴……?
あっ……また、眠くなって――
――――僕の勝ちや、アレイスター・クロウリー――――
~5~
姫神「何が。勝ちなの?」
青髪「んん?カラオケの得点♪」
吹寄「痛みを翼に変えーる!!止まる事は~もう出来ないから~瞳に炎を灯し……」
姫神「……吹寄さん。ちょっと」
青髪「……歌の点数はテストほどようないみたいやねえ」
一方その頃、すき焼きを囲む会を終えた一年七組の面々は月詠小萌と別れた後……
それぞれ気取られぬようバラバラに別れ二次会とも言うべきカラオケボックスに集結していた。
完全下校時間はとっくに過ぎているが、店によっては融通の利く所もあり……
最もお堅い吹寄がマイクを握って拳を利かせている辺りで察する事が出来るだろう。
そんな中、チューチューとコーラを啜りながら選曲する青髪の傍らにタンパリンを持った姫神が耳を寄せて来た。
しかし青髪はニッコリ笑ってそれを受け流す。94点を叩き出したご満悦な表情で。
青髪「(――これでもう、あの“三人”が集結する未来は変えられへん。僕らの勝ちで、あんさんの負けや。アレイスター)」
姫神「私は。t.A.T.u.にする。All the Things She Said。貸して」ピピッ
青髪「わーお……この二人百合百合やん。これって女の子同士の恋の歌やろ?あの雨降っとる中金網越しに見つめるプロモの」
姫神「彼女達は。イメージ作りのポーズ。本当の同性愛者じゃない」
青髪「そうなん?」ジー
姫神「やめて。私も。そっちの方向には。全く興味ないから」
青髪「(――未来っちゅうんは、つくづく残酷なもんやねえ)」
いつまでも次の曲が決まらない青髪からパネルタッチを奪い入力する姫神を見やりながら青髪は天井を見上げる。
全てのマスターピースは青髪の望む未来へと集った事に安堵するように。
今日一日の中であった予知出来なかったのは学園都市第五位……食蜂操祈との思わぬ顔合わせのみであったが――
青髪「(ラッキーカラーは“白”……どれがハマるかヒヤヒヤしたけど、これで誰も死なへんし殺し合わへん)」
今頃、断崖大学データベースセンターではあの『三人のヒーロー』が集結しているだろうと安堵した。
これで、アレイスターという神から与えられる不幸という贈り物から皆が開放されると……
今度ばかりは本当にギリギリの綱渡りだったと心の底から一息ついて。
青髪「――これで仕舞いや」
~4~
そう……青髪ピアスが見通したいくつかの未来、星座占いの結果、ラッキーカラーの『白』……
本来ならば麦野から借りた『白いコート』を着た御坂が断崖大学に向かうはずだった。
しかしそこで御坂が行けば見てしまうだろう。母・美鈴を守るために人を殺す瞬間の麦野の姿を。
その惨劇の瞬間を目にした途端、御坂が麦野に抱いた淡い友情は深い絶望に塗り潰され――
美鈴は自分を守るために麦野に人殺しをさせたと己を責め……
更に現れた美琴の存在により親としての最後のプライドまで失っただろう。
仮に『白い髪』をした一方通行が麦野らと出会せばどうなるか?
美鈴は兎も角、麦野は敵として認識され浜面共々射殺され未来は閉じてしまっただろう。
もし『白い翼』を持つ垣根が断崖大学に向かったとすれば――
一方通行との早過ぎる出会いを果たし、殺し合いを始めたに違いない。
そこに御坂が加われば、御坂は一方通行と出会してしまい――
また違った形の新たな悲劇と絶望が生まれてしまう。
そして『白い修道女』インデックスが御坂と出会さなければ彼女は早々に常盤台へ引き上げただろう。
インデックスが昼間に鰻重を見かけ、上条がお土産を買い忘れて使い走りにされなければ二人は断崖大学での異変にすら気づけなかった。
そう、最大の悲劇とは『御坂美琴が麦野沈利を助ける』という美しい友情そのものだったのだ。
自分の母を守るために人を殺した『悪』の麦野に『正義』の御坂は立ち向かえない。
殺さなければ母が殺され、母のために友人が人を殺したという絶望的な事実がいつか麦野と御坂を必ず避けられない激突へ導く。
するとどうなるか?麦野は相手が死ぬか自分が殺されるまで戦う事を止めない。
ならばどうするか?『二人の少女を戦いの舞台から下ろす』以外に未来はない。
インデックスの可愛らしいわがままが麦野を助け、御坂を救ったのだ。
そして『白い制服』の海原が美鈴を裏から、美琴を表から救い出す。
最後の決着は上条がつける事で、フレメア=セイヴェルンという少女がやがて『三人』を結びつける。
青髪「あー肩凝った……帰ったらジョンさんに揉んでもらお」
そう――この悲劇の物語は、一人の名も無きヒーローの導きによって終幕へと向かう。
それは上条でも、垣根でも、ましてや青髪でもなく――
~3~
上条「くそっ、通せ!通してくれよ!!」
警備員A「だ、ダメだ!これ以上進んじゃ行かん!!」
上条「頼む!中に!!中に俺の大切なヤツがいんだよ!!!」
警備員A「いかんと言っているだろう!!死にたいのか!?」
上条「くっ……!」
一方、破壊音や閃光すら止んでしまい荒れ狂う暴風雨の中――
上条はあまりの猛威に散り散りになってしまった人集りの波に逆らって断崖大学データベースセンターに辿り着くも――
そこで若き警備員に足止めを食らってしまっていた。
上条は知らない。断崖大学そのものを外部から封鎖するように取り囲むその布陣が
「………………」
学園都市上層部から命を受けた、上等なスーツを着こなした青年実業家風の『いやに丁寧な口調の男』の指示によるものだと。
上条「クソッ!!」
警備員から離れて大学の周囲を回り、何とかして侵入経路を探さんとするが――
至る所に警備員が……そう、内部に突入するでもなくただ外部に守りを固め蟻一匹通すまいとしている様子に上条は苛立った。
このままでは中に入れない上に積極的に見殺しにされているようなものではないかと。
――だがしかし――
『………………』
上条「……??」
土砂降りの雨、光源さえ死に絶えた闇の中にあって……
一人の巨漢が上条を見つめながら佇んでいた。
遠目からも2メートル以上あるのではないかと伺わせるに足る、安っぽいレザージャケットに身を包んだ強面の大男が。
スッ……
上条「あっ……」
『………………』
そのフランケンシュタインのような大男が指差した先。麦野の原子崩しや浜面の火器などで破れたフェンスの穴。
それはこの暗闇の中にあって誰しもが見落としてしまいそうな小さな穴。
上条「……ここから行けそうか?」
『………………』
上条「悪い!助かる!!」
上条は駆け寄りながらその大男に話し掛け、男はただ頷いた。
上条も先を急いでいたため、言葉少なくそのフェンスの穴からデータベースセンターへの侵入を果たした。
『………………』
もしこれが雨の夜でなく明るい真っ昼間であれば上条とて気づいたかも知れない。
その大男に有り得るべき『影』が地に落ちていない事を。
もし浜面仕上がその大男の顔を見たならば涙を流したであろう。
その厳つい強面の中に秘められた、誰よりも優しく不器用な笑顔の名は
―――――――駒場利徳―――――――
~2~
雨は降り止まず、風は収まらず、夜は未だ明けない。
上条が見たものが幻想であったかどうかさえ正誤や是非や真偽を問える者はこの場にいない。
仮に世を去った駒場利徳が肉の体を持たぬまま現世に降り立ったとしたならば――
それは科学のみを信仰し、非科学を否定するこの学園都市にあってどのような意味を見出せばよいだろうか?
上条は駒場を黄泉川から聞いた名前と行い以外何も知らない。
駒場もまたフレメアから話を聞いただけで上条の顔すら知らない。
それは上条がはっきりとしたフレメアの顔を見るでもなく……
その狙われていた後ろ姿を『無能力者狩り』から期せずして守った事に対する死者の導きなのか?
はたまた我を忘れ己を見失いかけている浜面仕上を止めてくれという……
浜面の、親友の明日無き暴走に胸痛めての事だったのだろうか?
上条はフレメアの後ろ姿しか見ていない。フレメアは麦野の背中しか見えていなかった。
そんな二人が顔を合わせるのは、奇しくも鏡合わせの未来の先。
フレメア「……お外、風が大体ゴーゴーしてる」
フレメア=セイヴェルンは季節外れのハリケーンに揺れる雨戸を見上げながら一冊のパンフレットをめくっていた。
フレメア「あ!これ行きたいな……駒場のお兄ちゃんと、大体クリスマスに……」
それは街中で無料配布されている学園都市walker。
今週の特集記事は第六学区にある『オズマランド』だと言うのにたったの2ページしか乗っていない事にフレメアは唇を尖らせた。
フレメア「駒場のお兄ちゃん、ちゃんと傘持ったかな?あったかくしてるかな??」
フレメアはベッドにゴロゴロ寝転がりながら枕元にある二つの写真立てを見やる。
一つは実姉フレンダ=セイヴェルンとのツーショット。
もう一つは……駒場利徳と、浜面仕上と、服部半蔵とお花見した時の写真。
フレメア「楽しみだなあ……クリスマス」
キング(垣根帝督)を、クイーン(麦野沈利)を、ジャック(駒場利徳)を、エース(御坂美琴)を、ジョーカー(上条当麻)を……
最もか弱く幼い少女が、知らず知らずのうちに救いへと導く。
今この場にいないジャック(駒場利徳)に代わって
もうこの世にいないヒーロー(駒場利徳)に代わって――
~1~
浜面「動くな」
上条「………………」
そして――雨と風と雷が渦巻く断崖大学データベースセンターにて――
二人の無能力者が向かい合う。上条は麦野にそっと上着をかけて奇跡的に無事な建物の屋根の下に横たえる。
上条は拳と決意と表情を固め、浜面へと向き直る。
屋根の上の美鈴、屋根の下の麦野……時間がなかった。
浜面「はは、なんだこりゃ……出来の悪い少年漫画かよ?絶体絶命のヒロインを華麗に救い出すヒーローか?これじゃまるで俺がヒールじゃねえか!!」
浜面が腰元に差した伸縮自在の特殊警棒を取り出し、泣き笑いのような表情を浮かべた。
それに対し――上条が歯を食いしばって睨み付けた。
浜面「たまんねえなあオイ……殴り殺さなくちゃ気が済まねえよ!!」
上条「――俺はヒーローなんかじゃない――」
上条当麻は戦って来た。それは時に能力者であり、それは時に魔術師であった。
そして今は――上条と同じ無能力者(にんげん)であった。
浜面「――じゃあテメエはどこのどいつなんだよ!!?」
浜面仕上は戦って来た。それは時に警備員であり、時に無能力者狩りの能力者であった。
そして今は――浜面と同じレベル0(にんげん)であった。
上条「――俺は、ただのレベル0だ」
上条は右足を一歩踏み出す。
浜面「――俺は、ただの無能力者だ」
浜面は左足を一歩歩み出す。
上条「――俺は、ただの学生だ」
上条が右拳を握り締める。
浜面「――俺は、ただのスキルアウトだ」
浜面が警棒を握り締める。
上条「ああ……!」
浜面「そうさ……!」
そして――二人が同時に駆け出した。
上条「俺と!!」
浜面「テメエは!!」
振り抜く上条の右拳と、振り下ろす浜面の警棒が交差し――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
鉄球と鉄球が激突したような轟音と共に火蓋を切って落とされる最後の死闘。
引きちぎれた浜面の鼻ピアスと、吹き出した上条の流血。
しかしどちらも蹈鞴を踏まず、互いに額をぶつけ合い、同時に叫ぶ
「「同じ(違う)人間なんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」」
駒場利徳に導かれた上条、駒場利徳を背負う浜面。
麦野沈利を倒した上条、麦野沈利を斃した浜面。
数奇な運命を歩む両者が、遂にヴァルプルギスの夜に激突する。
~0~
上条「(沈利より……当たりは軽い!)」
譲れぬは意思
浜面「(あの女の方が……拳は重い!)」
違えぬは意志
上条「テメエだけは……!」
退かぬは意地
浜面「オマエだけは……!」
引かぬは遺志
上条「絶対に……!」
無能力者が激突し
浜面「絶対に――!」
レベル0が衝突し
上条「負けねえ!!」
運命が交差し
浜面「勝つ!!!」
宿命が交錯し
上条「テメエの幻想を……」
上を見上げる者と
浜面「オマエの全てを……」
前を見据える者が
上条「ぶち殺してやる!!」
立ちはだかる壁を
浜面「否定してやる!!!」
立ちふさがる敵を
上条「――お」
己が拳で打ち砕く
浜面「……オ」
立ち上がれるのは
上条「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
ただ一人
浜面「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
――決着、迫る――


