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322 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:00:39.98 lrjKmZUAO 221/670

第十話

~1~

モノクロの人波、セピアの人集り、タールの人山、色褪せた学園都市(まち)、艶消しの世界。
黒蟻の行進(マーチ)のようだと麦野沈利は第七学区のターミナル駅の柱に凭れかかりながら何くれなく視線を走らせる。
雑踏の中を、往来の外を、喧騒の内を、自分にとってのただ一人のウォーリーを探すゲームだ。

禁書目録『じゃあ行ってらっしゃいなんだよ!ちゃんととうま返してね!』

麦野「(残念だったわねかーみじょう。世間一般から見ればあんたは両手に花なんだろうけどね、あんたの方が私達の共有財産みたいなもんなんだよ)」

出掛けにそう言って自分を送り出してくれたインデックスの言葉を胸裡にて反芻しながら無意識に緩む唇をなぞる。
不思議なもので、キスを誘うはずのグロスなのにいざ事に及ぶ時はそのべたつきが癪に触る。
共有財産、に位置づけられるその男はどう感じているのだろうかと弄ぶ思考。

麦野からすれば自分が本妻、インデックスからすれば自分が正妻と言った所だろうか。
昼休みを終え、一時間だけ授業を受けて今ここに息急き切って駆けて来る男はそれを知らない。
どんなプランを用意しているかは窺い知れないが、それで頭が一杯になっていてくれるならこんなに嬉しい事はない。

麦野「(……ワクワクしてるんだ、私)」

見上げる電光掲示板、自分と同じように待ち合わせをしていたらしい少女が想い人との合流を果たすのが見える。
麦野はその光景を見やりながら手にしたメトロミントを一口含む。
スペアミントの甘く爽やかな香りが喉に流れて行く。
この待ち合わせの時間、というのが麦野は存外嫌いではなかった。
時間に遅れて来るのは勿論の事許し難いが、それでもどこかウズウズしているその愛おしい焦れったさが気に入っていた。

麦野「(――早く、早くきなよ当麻)」

知られた非科学的な話であるが、人間が生涯に打つ鼓動は皆決まっているという眉唾話がある。
それが本当だとすれば……自分の今早鐘を鳴らす胸は正しく生き急いでいる。
柱の陰から出て来ないか、キオスクに立ち寄ってはいないか、階段を上って来てはいないか――
無地白色のミルクパズルのような世界を変える色付きのマスターピースを麦野は探す。

麦野「(早く、私を見つけてよ)」

鬼のいない隠れん坊に興じているような、そんな心持ち。
――冷めているだけで、熱がこもらない訳ではないのだから――



323 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:01:07.48 lrjKmZUAO 222/670

~2~

吹寄『何?貴様は今日のすき焼きパーティーにこないの?』

赤から青に変わる信号を走り出し、動き出す人波を掻き分けて上条当麻は奔る。
薄っぺらな学生鞄を担いで、逸る胸と踊る足のまま駆け出す。
脳裏を過ぎるは両手を合わせて拝み倒した吹寄制理の腕組みと仁王立ち姿。

姫神『残念。もしかして。大事な用事?』

二段飛ばしでエスカレーターの右側を駆け上がり、モールへ向かって右手に曲がる。
自分が昼休み中抜けしている間に決まったすき焼きパーティー。
胸裡を過ぎるはその議題に清き一票を投じた姫神秋沙の小首を傾げた姿。

土御門『くはーっ!カミやん率先してクラスの輪を乱しまくってるんだにゃー!いいぜい?明日散々肉の旨味と鍋の奥深さをこんこんと語って聞かせてやるからとっとと行くんだぜい!』

宝石店を、花屋を、アパレルショップを、成城石井を、不二家をグングン視界の端に追いやりながら走り続ける。
先に約束しちまってたから勘弁してくれ!と平謝りする背中と肩を思いっきり張り飛ばされた部分がヒリヒリする。
目蓋を過ぎるは人を食った笑顔と共に送り出してくれた土御門元春の笑顔。

青髪『ああ、二日続けてご馳走にありつけるやなんて僕ァ幸せもんやなあ……せやから“デートあるから悪いまた今度!”なんてリア充な友達も寛大な心で許したるわ早よ行ってまえカミやんの裏切り者ー!!』

モールを抜け、長く広く張り巡らされた歩道橋を走り抜け、迷惑そうに秋空へと羽ばたいて行く鳩を尻目に駆ける。
心中を過ぎるは全授業終了を告げるチャイムと共に椅子を蹴った上条をエスコートするようにスライドされたドア。
僻みと泣きとエールが綯い交ぜになった絶叫で呼びかけてくれた青髪ピアス。

禁書目録『ちゃんとお土産買ってくれないと家に入れて上げないんだよ!オズマ姫のクッキー缶がいいかも!!』

飛び込むようにターミナル駅のエントランスを潜り抜け、改札口を目指し、ゲートから下校に伴いわらわらと湧き出す学生らをかわして行く。
記憶を過ぎるは昼休みの終わり、公園での別れ道、そう人差し指を突きつけて真面目な顔作った後に微笑んでくれたインデックスの立ち姿。



―――そして―――



麦野『―――かーみじょう―――』

この道の先、百メートルも十秒もない距離で自分を待ってくれているであろう最愛の――



324 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:05:06.56 lrjKmZUAO 223/670

~3~

マヨエー!ソノ……ピッ

上条『沈利か?』

麦野「お掛けになられた番号は現在……」

上条『繋がってるな』

麦野「他に誰がいんのよ」

15時00分。駅構内に飛び交うアナウンス、足音、話し声、電光掲示板、音楽、ニュースの雑音の中にあって――
条件反射のように取り出されたVertuの携帯電話、脊髄反射のように飛び出す悪態、そしてクリアの声音。
それはカクテルパーティー効果のように麦野の鼓膜に響き耳朶を震わせ心に染み入って行く。
支柱に寄りかかる自分を通り過ぎて行く男の視線すら気にならないほどに。

麦野「今どこ?」

上条『すぐ近く』

麦野「だからどこだよ」

上条『だからすぐ側』

そこで麦野は視線を張り巡らせ黒山の人集りと黒蟻の行列のような人の行き来に意識を集中させる。
しかし上条の姿は見当たらない。自分が今立つ中央改札口から見て右から左へ視線を一周させて尚見つからない。
それどころか――携帯電話から聞こえて来る声が二重に聞こえて来る。
それに対して勘働きの優れた麦野はすぐさま察する。

麦野「ああ、私もあんたを見つけた」

上条『どこだと思う?』

麦野「――そんなの決まってるじゃない」

そこで――麦野は凭れ掛かっていた支柱から背中を離して一歩前に出る。
そして踏み出した足の、その踵を翻して自分が立っていた支柱を見やって笑みを深める。
成る程これは隠れん坊だ。どうやら自分一人ではなかったらしく――

麦野「――柱の裏、私の後ろっ」ガシッ

上条「あっ、ちくしょう!もうバレちまったか」

麦野「慣れないキザったらしい真似したってすーぐわかるわよ。これ、一一一のドラマでやってたヤツでしょ」

上条「クソッ……せっかく格好良く現れようと思ってたのに……ダセえ~~」

麦野「私もあんたもインデックスも同じドラマ見てたじゃない。バレッバレだよ?かーみじょう」

麦野は呆気なく柱に隠れていた上条の腕を捕まえた。
もう少しわからないふりをして上げた方が可愛かったかな?などと思いつつも――

麦野「――ドラマの続き、しないの?」

上条「いっ……今、ここで……か?」

麦野「かーみじょう」

捕らえた腕、伸ばす背、爪先立つ足元、捧げる唇が頬を掠め、麦野が笑う。

麦野「――私を出し抜こうだなんて百万とんで十年早いのよ。この馬鹿」

インデックスの前でも、御坂の前でもない、上条にしか見せない笑顔で――



325 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:06:56.66 lrjKmZUAO 224/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十話「女帝と女王と」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


326 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:07:26.97 lrjKmZUAO 225/670

~4~

上条「………………」

麦野「グロスついちゃった?」

上条「いや、今日こそは奇襲攻撃で先制点取って主導権握ろうとしたんだけどなー……逆に手玉に取られちまったみてえだ」

Suicaで改札口を抜けた後、手繋ぎで階段を下りる上条と麦野。
一段先に降りてお姫様をエスコートするようにして二人は下りる。
上条はそんな麦野を時折振り返り、麦野はそんな上条の旋毛を見ていた。
流石に背中を押して驚かすのは躊躇われた。が、代わりに――

ビュオオオオオッ

麦野「!?」ブワッ

上条「うわっ!?すげー風っ……麦野大丈」

麦野「こっち見んな!!」バッ

上条「うわっ!?すげー下g」

麦野「言うなってんだ!!」ガッ

相変わらずの強風が電車の発着により生じた瞬間的な突風となり麦野のコートを吹き上げた。
慌てて押さえるも振り返った上条がバッチリそれを目撃し、羞恥と吃驚に瞬間的な湯沸かし器のようになった麦野が旋毛目掛けて殴りつけた。

上条「痛っ……痛たたた……ちょ、ちょっと待ってくれ……すげー痛い!」

麦野「私は周りの目が痛えよ馬鹿野郎!」

上条「んなカリカリすんなって……おー痛い痛い……」

麦野「(……っあー思いっきり……見られたー……中……見られたー)」

思わず上条を殴りつけた手でコートの裾を押さえながら階段から降り立つ。
恥ずかしい恥ずかしくないではなく、突発的にノーマ・ジーンのような役回りを演じてしまったのだ。
周りに見られたかも知れない、こんなにいやらしくて寒々しいデザインの……
と思うともういても経ってもいられない。伏せた顔が上げられないのだ。

麦野「ほらっ……きびきび進めっ」

上条「(そんなに恥ずかしいなら穿いてくんなよ……いやでも待てよ?)」

麦野「前の車両!」

上条「沈利」

麦野「!?」

上条「紫ってのも(ry」

麦野「かーみじょォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォう!!」

ゴォォォォォォォォォォー!!!!!

が、ランジェリーのチョイスを誉めるタイミングを明らかに間違えた上条の断末魔はホームを通過する特急快速の音に掻き消された。
その後、上条は麦野の紫が赤に見えるまでラピッドスタンプされ、あわや人身事故と間違われかけたのは言うまでもない……



327 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:09:31.40 lrjKmZUAO 226/670

~5~

ガタンガタン、ガタンガタン

上条「不幸だ……」

麦野「一日に二度も言わせないでくんない?自業自得よ自業自得」

上条「あんくらいでカリカリすんなって……上条さんは社会の窓が開いてたってあんなキレねえよ」

麦野「男と女を同じ物差しで計んな!!あんた私が他の男に見られて平気な訳!?」

上条「いや、それはイヤだ。絶対イヤだ」

麦野「……私だって」

上条「?」

麦野「私だって……あんたしか……こんなの見せられないし……あんただから……見せられるし」

上条「~~~~~~」ギューッ

麦野「ちょっ、ちょっと苦しいっ」

そしてトマト祭りから帰って来たばかりのようになった上条を引きずって麦野はモノレールに乗り込んだ。
しかしちょうど一回目の帰宅ラッシュにぶつかったためか二人は座席に腰掛けるゆとりもないまま吊革に掴まる。
それも上条がぶら下がっている一本しか空きがないため、麦野は必然的に上条にしがみつくような体勢になっていた。

麦野「(んっ……?)当麻……今日体育かなんかあった?」

上条「あ、ああ……四時間目に合ったんだけど……悪い、汗臭かったか」

麦野「……汗の匂いはするけど、別に臭くないわよ(当麻の匂いがする……)」

故に――麦野は上条の胸元から首筋にかけて鼻先を埋めるように身体を持たせかけるような体勢となってしまっている。
麦野はフラゴナールの香水を愛用しているが実は欠点とも言うべき体質が一つある。
それは暗部に長く身を置いていたため、血腥さや死臭で鼻があまり良くないのだ。
そのためか、匂いに敏感な人間よりも逆に匂いにうるさい。
垣根やステイルなどの喫煙者に嫌味を言わずにいられないのはそのためだ。しかし

麦野「(ヤバい……私変態みたいだ……変態って言うか頭おかしい女みたい)」

この時麦野が上条の汗の匂いに感じたのは、若い男女の旺盛な好奇心と貪欲さに流す汗に対する条件反射。
ベッドの上でそういう事をしている訳でもないのに一瞬身体が誤認し誤作動し、それを恥ずかしく思ったのだ。
上条のパジャマの匂いを嗅いだりワイシャツを寝間着代わりに使うのも、上条の匂いに安心するからかも知れない。

麦野「(初めてのお泊まりの時もこうしてたっけ……なんか懐かしいにゃーん)」

上条「どうした?」

麦野「なんでもねえよ!!」

プルースト効果が褪せるほど馴染み慣らされきってしまって。

328 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:09:59.80 lrjKmZUAO 227/670

~6~

麦野「でもさ」

上条「うん?」

麦野「これから行く遊園地ってどんな所?4Dアトラクションが出来たって事以外チェック入れてないのよねえ」

上条「んー……遊園地っつっても“外”のオズワルドランドくらいあるみたいなんだ。俺も初めて行くんだけどさ」

麦野「オズワルドランドって、あの千葉にあるくせに東京とか言ってるヤツ?」

上条「そうそう。あれなんで千葉にあんのに東京なんだろうな」

こうやってあんたの身体にしがみつきながらモノレールに揺られてると、いつも考える事があるんだ。
7月7日。私とあんたが付き合った日。初めてお泊まりした日。初めて交わした日。初めて尽くしの日。
あの日がもし晴れじゃなくて雨だったら、私達はどうなってのかなって思う時があるの。

織女星祭。学園都市の七夕祭り。あの日私達があれだけ大胆になれたのはきっとイベントの空気というか……
雰囲気の後押しもそう軽くないウェイトであったと思うのよね。
私は素直じゃないから遠回しにあんたを引き出して遠回りに思いを伝える事しか出来ずにいた。

あんたは素直で嘘のつけない馬鹿だけど、色々鈍感過ぎて本当は結構ヤキモキしてた。
初めてのキスが血の味だなんて、人殺しの私にはお誂え向きだけど……
本当は少し恥ずかしくて、本当は少し怖かった。
キスした後さえそんなにブレないあんたを見てて、舞い上がってるのは私だけなんじゃないかってさ。

上条「俺さ、もう少ししたらスクーターの免許取りてえなって思ってんだ」

麦野「スクーター?どうしてよ」

上条「んー結構俺達が遊んだりとかどっか行くともう最終下校時間過ぎで電車とかバスない時あるだろ?それで」

麦野「――スクーター、ねえ?」

上条「あと……ちょっとだけ男の子の憧れっつうか夢って言うか」

麦野「?」

上条「その……沈利をさ、後ろに乗せてさ?こう……」

麦野「おいおい。これから寒くなんのに原チャリとか……そうねえ」

でもこんなガキみたいな事ちょっと恥ずかしそうにして言うあんたと、それに少し真剣さをプラスしたあの時のあんた。
本当はスッゴく嬉しかった。私と同じ真剣になってくれた。私はそれが嬉しかったんだよ。当麻

麦野「――あったかくなる春になったら、考えてあげる」

片思いだけで満足だったのに、それが両想いになれただなんてさ。

あの空に瞬いていた織姫と彦星みたいに。

329 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:11:59.71 lrjKmZUAO 228/670

~7~

上条「おお……ここがもう既に遊園地っぽいぞ」

麦野「そうね」

上条と麦野は第六学区内にある遊園地前の駅へと降り立った。
清掃ロボットが他のエリアよりも数多く巡回しているのか、この遊園地のイメージでもある御伽の国……
ないし地中海風の石畳が駅周辺から地続きである事に上条は素直に感心した。

麦野「あれね。学舎の園に似てる」

上条「ああ……そう言えばお前が通ってる事になってる学校ってあの中だったもんな確か」

麦野「うん。とは言ってもあそこは気取ってて女臭くてあんまり好きじゃないの。それにさ……」スッ

絡める指、繋ぐ手、組む腕、寄せる肩。ほとんど変わらぬ目線から見上げるように――
麦野は駅エントランスを出るなり再び吹き荒ぶ風を厭うように上条に寄り添った。

上条「うっ……」

麦野「あの中じゃこんな事出来ないでしょ?許可があろうがなかろうが男子禁制の場所なんだから」

上条「そ、そうだな(なんでこいついつもこんないい匂いするんだろうなあ……)」

風に翻る巻き毛が鼻先を掠めて上条はやや不意打ちを食らったような顔をした。
それは麦野の使っているクリーンのオーデパルファムの香りでもあるのだが――
顔が、表情が違うのだ。二人きりの時しか見せない姿とその素顔。
言うなれば家族の前での素っ気ない鬼嫁が、二人になった途端結婚前のような雰囲気に戻るような……
と、日常から入れ替わり非日常へと切り替わるその佇まいが何ともなしにドキッとさせられた。

麦野「手荷物検査ってかスキャンあるっぽいね」

上条「ああ、出ないと入園出来ないって書いてたな確か……麦野、ペットボトル持ち込めないぞ。飲んじまえ」

麦野「なにそれ?なんで??」

上条「いや、なんか前に気体爆弾イグニス?とか言うのがペットボトルに詰められてテロ未遂事件があったみたいなんだよここ。だからだ」

麦野「ちっ……仕方ないわね。あんた飲んで」

上条「おう」

エントランスからはまるでそこしか行きようがない一方通行のようにぞろぞろと遊園地へ向かう来場者達。
麦野はエルメスのバーキンからメトロミントのペットボトルを手渡し、その傍らバックの中身を整理していた。
それを横目で見ながらスペアミントの液体を一口口に含む。
スーッとしたクールな味わいが、煽り立てる強風を伴って寒いほどに感じられる。



330 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:13:13.06 lrjKmZUAO 229/670

~8~

上条「おおーなんかスッキリするけど口ん中寒みー……ミントガムを水にしたみてえだ」

麦野「最近ハマってるの。朝起きて飲むと目覚めるわよ?今朝は切らしててグダグダだったけどね」

上条「ああ、なんか下手なコーヒーより目冷めそうだ……でもコンビニとかで見た事ねえな」

麦野「成城石井学園都市支店なら置いてるわよ。まあ200円ちょい」

上条「200円!?高いな!!」

一気飲みしてゴミ箱に放り投げたのが一瞬勿体無いとさえ思える値段に上条は仰天した。
しかし麦野はガサガサといじり終えたバックを再び持ち直すと、あっさり上条の手を引いて行列に加わる。
入園ゲート前にある手荷物検査場はパーテーションとガードマンに仕切られており横から割り込む事は出来ない。
その上広大な駐車場のようなスペースは遮るもののない吹きっさらしでやや肌寒く感じられた。

上条「流石お嬢様……」

麦野「おいおい。たかが200円の市販品でお嬢様とか私が安く見えるからやめろ」

上条「いやー……なんか学生服のままお前と一緒にこうしてると……」

麦野「私の美しさが引き立つでしょ?」

上条「ちげえよ!!つか俺引き立て役!?」

麦野「あはははっ!確かに飼われてるツバメか姉弟っぽくは見えるわねえ?」

と、そこで行列を振り返ると――他のカップル連れの視線がちらほら自分達に向いていた。
男の視線は『いい女だな』と『おいそこのウニ頭俺のとトレードしねえか』?であり――
女の視線は『なにあの女そのバック私に寄越せよ』と『あの男の方は彼氏?弟?』と『おい私の彼氏、私にもあのバックプレゼントしろよ』と言った具合に。と

係員「魔法の国“オズマランド”へようこそ!チケット売り場は向かって正面になります!」

上条「だってさ。急ごうぜ」

麦野「うん。とっ、とっ、とっ」

手荷物検査を滞りなく終え、二人はパーテーションの仕切りから一直線にチケット売り場へと直走る。
その手を引くのは上条である。それが麦野には何とはなしにいつも不思議な気持ちにさせられるのである。

麦野「(2つ違いだってのに……あんまり私にそういう事意識させないのよね、こいつ)」

年下の男、というのは女の視点からすると相手が年下というより自分が年上だと強く意識させられる事が多い。
それは麦野をして、生まれて初めて出来た彼氏だと言う事もあるが――



331 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:15:29.45 lrjKmZUAO 230/670

~9~

年下の男、というのは私の目からするとガキ以前の子供のように見える。
例えば私とこいつは二歳離れてる。この二歳というのを仮に身長に置き換えてみよう。
イメージで言えば20センチくらいあるような気がする。
けれど――こいつは背伸びというものをしない。知らないんじゃないかとさえ思う時がある。

上条「ファストパス……えーっと指定時間の……」

麦野「まっ、無駄に並ばず時間になったら行きたいアトラクションに乗りゃいいって訳」

上条「ああそうそうそれそれ。流石にこの風の中吹きっさらしで待つのは勘弁だもんな」

麦野「馬鹿ね。その間に色々見て回れたり食べたり出来るでしょー?」

上条「あっ、そうか」

麦野「(ダメ男……いや、この年のヤツなんてみんなこんなもんか?まあ変に手回しから根回しからバッチリ仕込んでるこいつってのもキモいし)」

自慢じゃないけど私の身長がだいたい160半ば。少し高いヒールだと170近くにはなるでしょうね。
でもってこいつが170行くか行かないか。こいつは現実と同じ私の身長差で私と接する。言わば同じ目線だ。
恋人なんだからそれは当たり前でしょ?って普通思うでしょうね誰だって。けど

上条「そうだなあ……沈利、何から攻めてみる?」パラッ

麦野「パンフ?うーん……このグルグル回るのは別にいいな。このジェットコースターは?」

上条「(ジェットコースター……か)……いや、こっちの水に落ちるみたいなヤツがいいな?」

麦野「なに?あんた怖いの?ビビってんのー?かーみじょう」ニヤニヤ

上条「にゃろう……あのですね麦野さん?上条さんにもこれは深い考えが」

麦野「はいはい。じゃあ深い考えより浅い水のやつにしようか」タッ

上条「待て麦野!」

私はプライドが高い。欠点と呼んで良いレベルで。
でもこいつはそんな事お構い無しだ。プライドが邪魔して言えない事出来ない事……自分でさえ無駄と思えるこだわり。

麦野「待たないわよ!散々待たされたからね!」

プライドは私の武装だ。私を守ってくれるけど、同時に重くて動きが悪くなる。でもこいつは――
ベッドの上にいようが下におりようが私の有り様を裸にする。

当たり前だけど、裸って恥ずかしいんだよ。すごく寒いの。

こいつの前以外じゃ脱げないし、あたためてもらえないとダメなんだ。

抱きしめてもらわないと、怖くてたまらないんだ。

安心して、泣けないんだ。



332 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:15:55.24 lrjKmZUAO 231/670

~10~

ウサギ『助けてェー!』

キツネ『ヒャッハー!逃げる奴は肉のパイだ!逃げない奴は良く訓練された肉のパイだ!』

クマ『本当、いばらの茂みは地獄だぜ!フゥーハハハハハ!!』

麦野「オラぁ逃げんなウサギ!追い込みかけられた途端ケツ振りやがって!逃げた先にテメエの行きてえ国はねえぞ!!」バンバン!

上条「(安全レバーの意味ねえー!!)」

麦野「早い早い早い!!結構早いわねえ当麻ー!!」

上条「あ、ああそうだなー!!」

チャプチャプと絶え間なく流れる水がフルームを走り、その上を丸太をくり抜いたボートが進む。
常時時速60キロほどで前進するウォータースライダーに乗り込み、山岳地帯を模したセットの中を駆け抜け、時折上がる夕陽に輝く水飛沫へと麦野は手を伸ばす。
そして山岳地帯を逃げ回る目つきの悪いウサギを爛々とした目で追い掛けるクマとキツネに指差しまでしてみせる。

麦野「あははははっ!冷たーーー!!!」

つい数分前まで



麦野『チープな作りねえ?水の上流れるだけならそうめんだって出来るわよ』


上条「(とか言ってたの誰だよ!つかお前が誰だよ!?)」

などとのたまっていたにも関わらず、丸太ボートが発進するなり御覧の有り様である。
最初は安全レバーから手を抜いて水に触れ、その冷たさにキャッキャと笑い出し、キャラクターが登場した辺りで目を奪われ……
何度かバウンドする急斜角と急上昇を繰り返した後には完全にニコニコ顔である。

麦野「来る来る来る!来る来る来る!当麻当麻写真来る写真来るポーズポーズ!」

上条「お、おう!やっ、ヤッホー!?」

麦野「ヤッホー!!」

バッシャーン!!

麦野「ぎゃはははは!気持ち良いー!!スカッとするわー!!」

上条「(……こいつの子供時代の話ちらほら聞いてっけど、マジで初めてなんだなこういうの)」

以前上条の両親が麦野と初めて顔を合わせた際、外資系企業の証券取引対策室に勤める父・刀夜が目を剥くほどの財閥のお嬢様だと言う事が判明したが――
どうやら有り余る資産や裕福な暮らしの中に、こんな風に遊園地に連れて行ってもらった事のない子供時代。

上条「(まっ、いいか。こいつが楽しそうなら俺も楽しいし!)」

麦野は今、失われた幼年期を取り戻そうとしているのかも知れないと上条はフッと微笑んだ。

333 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:17:39.79 lrjKmZUAO 232/670

~11~

麦野「ふふふ……あんたすっげー変な顔してる……くくく、お漏らししてないかにゃーん?いくら水場ったって誤魔化せないわよーん?」

上条「お前だってなんだこのバンザイポーズ!人の事言えねーだろ!!」

麦野「う、五月蝿いわねえ……」

そしてアトラクションから降り立った後、滝壺(理后ではない)に至る最後の山なりの頂上に設置されたカメラでの撮影の現像が上がった。
若干引き笑い気味の上条と諸手を上げて喜色満面の麦野。
舞い上がった飛沫が前髪に水滴となって落ちたのを払いながら今更のように取り繕う。
『あんたが乗りたいって言うから仕方無く付き合ってあげたのよ』と言わんばかりに。

麦野「んん……?」

上条「どうした麦……ああ、あれか」

現像された写真を手渡された後、再び赤煉瓦風の石畳に目を向けると……
そこには行き交う学生やカップルらの制服姿の中、ひときわカラフルなキャンピングトレーラー。
そこでクレープやワッフルやチュロスを販売しているのが目についた。

上条「麦野、あれ食うか?」

麦野「えっ」

上条「?。お前甘いの苦手だったっけ」

麦野「~~耳貸して~~」

地中海の建物が立ち並ぶ中にあって目立つパステルカラーの看板を指差す上条に対し、麦野がそっと顔を寄せて耳打ちする。
最近目に見えて早くなった夕暮れもまだまだ日が高い光の中を、二つの影絵を一つにするように。

麦野「(止めとくわ。ちょっと最近食べ過ぎてる気がするから)」

上条「(お前の量で食べ過ぎならインデックスどうなるんだよ?)」

麦野「(違うわよ……胸)」

上条「(?)」

麦野「(最近また胸が大きくなって来てんの……私ね、落とす時はほっぺたと胸に来るけど、肥える時もそこからくんのよ……だから、ダイエット……)」

食欲の秋、と言えば聞こえは良いが実際のところ上条家での二重生活をするようになってからの麦野の悩みの一つである。
以前までの朝は食べる気がせず、昼間はシャケ弁、夜は軽く適当にと言う食生活から……
ほぼ三食しっかり食べる生活にシフトしてからジワジワと体重とプレッシャーが増し行く。
ホックだと締め付けが窮屈に感じられ、形が悪くなるかもと思いつつの紐ブラだったのだ。が



334 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:18:57.12 lrjKmZUAO 233/670

~12~

上条「じゃあさ、俺頼むからお前一口ずつ食えよ。それなら問題ねえだろ?」

麦野「(~~~~~~)」

バ上条。その一口に何人の女が泣きみてきたと思ってんのよ。
そりゃあ私だって色々考えてるわよ?例えば昨日はミルク粥抜いて、シャケ弁を一番小さいサイズにした。
あとダイエットする時は昼食を夕方三時四時にずらすの。
で、夜は出来れば六時半から七時の間に食べられるように調節する。その時間が消化と吸収の兼ね合いの限界点。

実はね、食べないダイエットなんて無理なのよ。つうかそれもう昔やった。
ただいくら抜いてもいざ食べた時の栄養の吸収率が半端じゃなくなるの。そもそも肌に悪いし。
けどね、間食と夜につまむの止めれば緩やかに落としていけるのよ私の場合……
本当のダイエットは誰かに教わったり本で読んだものなんてクソの役にも立たないわ。
むしろ自分の体質に合わせて調節を……ってちょっと聞いてる人の話?

上条「ベリーチーズワッフルと、アップルシナモンクレープ一つずつ」

かーみじょぉぉぉぉぉう!!何でテメエは肝心な時に人の話聞かねえんだよ!?
私だって頑張ってんだよ!甘い物抜いて耐えてんだよ割と必死に!
いつもほかほかご飯をお腹いっぱい食べても太らないインデックスとは違うんだよ憎たらしいけど!

上条「さっ、食おうぜ食おうぜ」

麦野「テメエ人の話聞いてねえだろ!?」

上条「聞いてたさ。けど一回食ったくらいで今までの苦労が水の泡になっちまうくらいなら、そんなくだらねえ幻想はブチ殺してやらなくちゃな!」

って何人の胸見て『大きくなーれ大きくなーれ』みたいな笑顔してんだ!
私の胸吸ったり!揉んだり!挟んだり!枕にしたりやりたい放題ねえ!?
お前私が痩せて綺麗になるより胸がちっちゃくなるほうがイヤなんだろ!?そうなんでしょ!?

上条「こんな日くらいいいじゃねえか。明日からやればいいんだ」イケメンAA

麦野「明日頑張るじゃダメなのよ!今日頑張らないやつに明日は来ないんだよ!」

上条「明日って今だぜ、沈利」イケメンAA

……いいの?

上条「いいんだよ」イケメンAA

……足太くなっちゃうよ?

上条「その代わりおっぱい大きくなるだろ?何もなくしてなんかねえ」イケメンAA

いや、その理屈はおかしい

上条「さあ、俺のクレープをお食べ」イケメンAA

オカシイケド モウガマンデキナイ

ダイエットハ アシタカラ!



335 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:21:02.69 lrjKmZUAO 234/670

~13~

上条「(これで俺に無理矢理食わされたから、って言い訳立つだろ)美味いか?」

麦野「スッゴク オイシイ」ムシャムシャ

メリーゴーランド付近のベンチに並んで腰掛けながら麦野は頬張る。
まずふんわりクレープに包まれた焼きリンゴの甘味とシナモンシュガーの香りを楽しむ。
次に濃厚なチーズが焼きたて熱々のワッフルに溶け、ベリーソースが後味を引き締めるそれを食す。

麦野「……もし太ったらA級戦犯は間違い無くあんただからね」

上条「全然太ってねえって。つか女の子ってダイエットとか気にすっけど、男の俺からすりゃ本当にしなくちゃいけないほどか?むしろやんなきゃいけねえタイプほどやらねえだろ」

麦野「馬鹿ねあんたは。厳密に言うと太ってからじゃ遅いの。正確に言えば太らないためにやらなくちゃダメなの」

上条「そんなもんか」

麦野「そんなもんなの。服入らなくなるほど太った事なんてないけど、服がキツくなるとやっぱり焦るよ」

と、行き交う来場者の足音やアトラクションのアナウンスや子供のはしゃぐ声をBGMに麦野がチラッと横目で上条を見やる。
クレープを包む紙を下ろして折るようにしながら恨みがましく。
上条はベンチの背もたれにダラリと腕を垂らしながらその眼差しを受け止める。

麦野「……私が連れて歩くの恥ずかしくなるくらい太っちゃったらどうするの?」

上条「見た目が変わったって別にお前の中身が変わる訳じゃないだろ?」

麦野「………………」

その言葉に麦野がツンと唇を尖らせた。別に誰に見せるための服ではなく自分が着たい服がキツく感じるのは女として焦る。
が、そんな風に言われてしまえばつい低い方に水を流してしまうではないかと。

麦野「私は……あんたのために綺麗でいたいんだよ」ボソッ

上条「ん?何か言ったか?」

麦野「別に。テメエと付き合ってる時点で私が面食いって線は消えたなって思っただけ」

上条「ひでえ!」

食べ終えた包み紙をクシャクシャに丸めながら麦野は思う。
ぽっちゃりなんて誰に通じる言い訳だ、自分にも通じない嘘だ。
そして……今のままで良いと言われている内が花だ。

麦野「(あんたは、私の身体を世界で二番目に良く知ってるからね)」

灯りを消しても、脱げばわかってしまうのだから。



336 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:21:34.92 lrjKmZUAO 235/670

~14~

「それでは宜しくお願いいたしますよ。浜面仕上」

浜面「………………」

一方その頃……オーセンティックバーのカウンターに置かれたダレスバックを引き取り、『妙に丁寧な口調』の男がカウンターから離れる。
このソリッドブルーの眼鏡と銀座英國屋のスーツとパネライの腕時計に身を固めた青年実業家風の男のオーダー……
それは手渡された『写真の女』を始末せよとの依頼であった。

「どういたしました?前金、としてはそう悪くない妥当な線だと思いますが」

浜面「……いや、そうじゃねえ」

金払いもそう悪くはない。写真の女の素性も何もわからないが――
その女が『いる』と言われた断崖大学のデータベースセンターの見取り図なども渡されている。
つまり絵図は既に相手方が引いており、それを受けた自分達は言わば実行部隊にあたる。
しかしそれに浜面は薄気味悪さを感じずにはいられないのだ。

浜面「話がうますぎる。その裏にある背景まで突っ込むつもりはねえ、だがせめてこの女が何者かくら――」

「世の中には」

浜面「………………」

「知らなくても良い事と、“知ってもどうにもならない事”の二種があります。おわかりですか?」

浜面「答えるつもりは……ねえんだな?」

「ええ」

甘いマスク、上等なスーツ、ビジネスライクな語り口でありながらその男の放つ雰囲気はこの裏路地のドブ板以下の匂いがする。
浜面の中に浮かんだ漠然したイメージでは、コーヒーブレイクを優雅に楽しむビジネスマンの笑顔のまま電話一本で人を殺せる人種と同じ匂いが。

「それでは失礼いたします。最高の結果を期待していますよ。浜面仕上」

そう言って男は握手を差し出して来たが――浜面はそれを視線を切る事で拒絶した。
しかし男は些かも落胆した様子もなく、踵を返すとダレスバックを下げてバーの扉を押して出て行く。

「(この様子ではあまり期待出来そうにもありませんね……しかし露出の面を鑑みて“グループ”を使うのは最善手とは言い難い)」

男は裏路地を行く。通りの外に停めてある大切なアウディにイタズラされていなければ良いが、などと思いながら。

「(御坂美鈴。貴女は少々派手に動き回り過ぎたのですよ)」

男は行く。強い風の中を足音を立てない歩き方で。
それは暗部に身を置く者の、一種の習い性であった。



337 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:23:36.54 lrjKmZUAO 236/670

~15~

スキルアウトa「(本当にあいつで大丈夫なのかよ……)」

スキルアウトb「(駒場さん、本当に殺られちまったのか!?)」

スキルアウトc「(半蔵さんもいねえのにあいつの考えに従って……それでヘマやらかしたら誰がケツ取るんだよ!?)」

スキルアウトd「(もう終わりだよ俺達……この仕事終わって金もらったら抜けようぜ)」

スキルアウトe「(俺は駒場さんを慕ってついて来たんだ。浜面は嫌いじゃねえけどあいつの下はごめんだ)」

スキルアウトf「(これでやっと売春とか他の御法度も解禁だな……金だ、金しかねえだろ信じられるもんなんて!)」

スキルアウトG「………………」

浜面「……クソッ」

男が立ち去った後、浜面は主だったスキルアウトのメンバーを収集しバーで一通りの計画案を提示した。
その内容とは暗闇に紛れて断崖大学データベースセンターに盗難車で近寄り、手製の焼夷ロケット砲を十発ほど打ち込むというそれだ。
あのスーツの男から渡された見取り図と、どこをどう焼けば全ての入り口を塞いで効率良く煙を内部に充満させターゲットを炎と煙で燻り殺すという手である。しかし

浜面「(コイツら……!)」

当然の事ながら、衆目の中正式な代替わりを経てなお新たなリーダーの座に就く者に最初に向けられるのは期待ではなく猜疑の目である。
『お前に何が出来るか力を示せ』『俺達には何を回すんだ。金か?車か?地位か?』『なぜお前が頭を取るんだ』etc.……

浜面「(……俺を舐めてやがる……駒場のリーダーと比較して、馬鹿にして、腹になんか抱えて、腹の底で笑ってやがる!)」

それが浜面のように旧リーダーの死を以て継承されたケースならば尚更である。
頭を潰されて尚どれだけ早く組織を束ね、立て直し、立ち向かわせるかが最初にかかる重責。
誰もが初めて人を使う側になって初めてぶち当たる壁は、自分以外の人間の大小様々な不満なのだから。

浜面「(ちくしょう……これがあんたの見てた景色かよ!駒場!!)」

この時、相棒である半蔵がいない事が浜面にとって災いした。
頼りになる右腕も、仲間も、手下も、全ては駒場ありきの上にあったのだと……
誰が頭をとっても遅かれ早かれ潰れるという見通しも開き直りさえ出来ぬまま――
浜面は駒場の死を悼む感傷に浸る間もないまま、憎みたくもない親友に憤りすら覚えていた。

338 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:24:04.45 lrjKmZUAO 237/670

~16~

『ギャアアアアアアアアアア!!』

麦野「……!!」ギリギリギリ

上条「(すげえ力だ……手痛い)大丈夫か沈利?やっぱり止めるか?」

麦野「止めない」

『グアアアアアアアアアア!!』

麦野「……っ」

上条「(なんだ?麦野のヤツ……そんな怖えのか?)」

窓の無いビルならぬ扉の無い部屋、そこは666の亡霊達が飛び交い絶叫と哄笑が木霊する幽霊屋敷……
『スケルトン・イン・ザ・クローゼット』と呼ばれるアトラクションに上条と麦野はやって来た。
が、入口の断末魔のエフェクトと己の手元足元すら見えぬ真っ暗闇に麦野の足が竦み、笑い、覚束無いものとなった。

上条「(まあ確かに怖いっちゃ怖いけど……側にもっと怖がってるヤツがいるとあんま怖くなくなるよな)」

麦野「当麻?私の側を離れるんじゃないわよ?いい?」ギュッ

上条「へいへい……でもさ、あんまくっつくと歩きにく」

麦野「ほら手繋げよ!手掴めよ!手握れって!!手離すなってんだ!!」

上条「(痛たたたたた……力強過ぎだろ……つか必死過ぎ)」

まず最初に入口にある肖像画の貴族らしき男性が壮年より白骨化するまでの絵が変化する演出に麦野の顔が引きつったのである。
“外”にあるオズワルドランドがコミカルでファンシーな雰囲気だとすれば、こちらは井戸の中から出て来てはいけない白ワンピースの女性や

『オ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛』

麦野「……!!」ブルッ

上条「ほーら大丈夫だ大丈夫だー……よーしよし怖くない、恐くないぞー」

やたら身体の色が白いクセに目の回りが真っ黒な不健康な子供。
さらには天井裏から血塗れのメッタ刺しでアシストする母親など……
とりあえず和洋折衷、古今東西のコワいものを666種類集めましたと言った具合のちゃんぽんなお化け屋敷である。

上条「(コイツ、ゲームとかは平気っぽいけどこういうのダメなのか)」

その上血の海のような赤錆、墓場のようにさえ見える寒々しい風景が部屋の窓から伺える。
外は荒涼とした不毛な土地、内は暗く陰鬱とした情景。
まさに学園都市の最先端技術の映像美を無駄使いしまくったホラーハウスである。と



339 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:26:18.01 lrjKmZUAO 238/670

~17~

ゴゴン!とその時部屋全体が稼働したような振動が足元に伝わったかと思えば――
視点が低くなり、擂り鉢を下るように足元から沈み込んで行く感覚を上条は感じた。

上条「すげーな……上がってんのか?それとも下がってんのか?」

麦野「………………」ブルブル

上条「……震えてるな」

飛び出す書物を収めた本棚や髭を手にしたイタズラなお化け達。
上条はそれを自分達が下がっているのか彼等が上がっているのかに感歎の声を上げるも……
腕にしがみついてもう何も見まいとする麦野にその意識を戻した。

上条「よしよし……俺がいるからな?」

麦野「……怖くねえよ」

ちょうど不気味な洋館内を、人間の顔を剥ぎ取り自分の顔に貼り付けたままジャラジャラと鎖を引きずる少女が麦野の側を通過して行く。

上条「ああ、俺がいるから怖くないな?」

麦野「……うん」

肩口に埋めたまま顔を上げられない麦野を上条は腕の中に抱き寄せ胸に身体を預けさせる。

上条「初めてだもんな。お化け屋敷」

麦野「……違うわ」

上条「いいんだいいんだ。笑ったりしねえし、泣いても構わない」

赤錆の水の中、のっぺらぼうのような金属製の顔をした看護婦が獲物を求めてうろついている。
自分より背が低い位置にいる人間を手にした巨大なハサミで狙っている背虫男までもが。
モチーフになった怪物らの細部まで精密に精巧に再現された立体映像は、触った質感が存在しないだけでほとんど実物そのものである。しかし

麦野「……絶対に克服してやる。私はね、こんなみっともない自分絶対に認めない」

上条「んな極端な……一つや二つくらいあったっていいじゃねえか苦手なもんくらい」

麦野「冗談じゃないわ」

麦野が自分を指して怪物(バケモノ)と自嘲気味に語るのを上条は知っている。
自分に弱さなどない、自分は強くなくてはならないと常に張り詰めているような性格の持ち主であるとも。

麦野「――冗談じゃない」スッ

そこで麦野は肩口から顔を離す。矜持というよりほとんど意地である。しかし

上条「――じゃあ」ギュッ

麦野「!?」

上条「暗いからな。お前とはぐれないようにさ。いいか?」

麦野「……うん」

繋ぎ直した手から伝わる震えが、いつしか力強く握り返された。
暗いせいか麦野の表情を上条の側から伺い知る事は出来ない。
そして――それが結果的に麦野にとって幸いした。



340 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:28:14.08 lrjKmZUAO 239/670

~18~

――怖いよ。今まで私が殺して来た人間が亡霊になって帰って来たみたいでね。
首のないヤツ、手足のないヤツ、半身のないヤツ……
全部全部、私がやって来た殺し方でぶっ壊して来た人間みたいに見えるよ。

――あんたと出会って、あんた達と暮らし始めるまでこんな事考えなかったし感じなかった。
ううん……多分、深く考えたり直に感じたりしないようにして来たんだろうね。

『人体』を『物体』と認識出来るレベル、再生治療が不可能なまで破壊しないと……
『生き返ってくるかも知れない』って意識が、冷感症みたい閉ざしている心を揺さぶるから。
おかしな話ね。狂ったみたいにならなきゃ正気を保てないだなんてさ。

もうこの思考自体が多分おかしいんだ。人間として大切な何かが決定的に欠けてる。

あの単価18万のクローンを一万体以上ぶっ殺しまくったヤツがどうだったかなんて知らないけど――
多分、最後の方は自分が何やってるかわかった上で自分でも何してんだかわかんなくなってたろうね。

上条「大丈夫か?」

当麻。私の手を繋げ。手を握れ。手を掴め。手を離すな。
私を逃がさないで。私が逃げないようにしなさい。私が殺して来た人間から目を背けないように。
本当はこれが立体映像か、私の歪んだ心が生み出した幻想かの区別も実はついてないくらいイカレた私を。

麦野「――楽勝ね。やった事ないけど肝試しだって出来そう。来年行く?」

上条「本当に意地っぱりだなあ沈利は……お化けが苦手とか別に女の子なんだから恥ずかしくないってのに」

麦野「可愛げなくて悪かったわねえ」

破裂した内臓拾い集めてる化け物。首から上が吹き飛んで胸のあるなしでしか女ってわからない死体。
『人間』ってわからないようになるまで殺し尽くして来たんだ。それこそこのお化け屋敷の怪物みたいに。

目を開けろ、麦野沈利。目を閉じたって、見えなくなるだけで消える訳じゃない。
殺した人間の影や幻覚が街中や家で見えるだなんて、暗部で駆け出しだった頃の話でしょう?

麦野「――ねえ?こんな可愛くない私でも、あんたは私の事好き?」

――さあ、こいつに嘘をつこう

上条「当たり前だ。可愛くても可愛くなくても俺はお前が大好きだ」

涙が女の武器なら、笑顔は女が一番吐く嘘だ

麦野「――私も」

嘘じゃないのは、あんたの手の温もりとそれが好きな私の気持ち。



341 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:30:15.49 lrjKmZUAO 240/670

~19~

白井「ぐぬぬぬぬぬ……」

初春「うわースゴい……なんか女の子同士のなのにラブラブですね!」

佐天「流石ー!ってカンジ。でも御坂さん女の子も行けちゃう人だったんですか?」

御坂「あははは違う違う。ないわよ女の子同士だなんてそんな気持ち悪」

白井「きええええええええええええええええええええい!!」

全員「「「!!?」」」

一方その頃……御坂美琴率いる超電磁組はファミリーレストラン『ジョセフ』の窓際席を囲っていた。
色とりどりのドリンクやスイーツを粗方平らげた後、場の中心には件の携帯電話……
昨夜麦野と御坂のツーショット写真が白井以外のメンバーにも公開され話題に華を添えていた。
そんな中である。抱えた頭をヘッドバンキングしながら怪鳥のような叫び声を上げた白井に一同の視線が集中したのは。

白井「あの類人猿の家にお呼ばれして食事まで囲みあまつさえあの第四位麦野沈利さんと一夜を共にしこのような扇情的かつこれだけでご飯三杯は軽くいただけるようなしどけないお顔とあられもないお姿を晒すなどと黒子こんな現実認めねえですのォォォォォ!!」

初春「また始まりましたねー白井さんの病気」

御坂「だからただお泊まりしただけだって言ってるのに……別に黒子が考えてるようないやらしい事何もないわよ?」

白井「ならば!でしたら!そのコートは何ですのォォォォォ!!!」

行儀悪く人差し指で突きつけた先。それは白井・初春の座る席よりテーブルを挟んで対面に位置する御坂・佐天の……
学生鞄の置かれたスペースに綺麗に折りたたまれたSee by Chloeのホワイトコート。
麦野が汚れた常盤台のブレザーのままでは見栄えが悪いだろうと貸し与えたそれである。

御坂「だからー……上着が汚れちゃってそのボロ隠しに貸してもらっただけなんだって」

白井「制服が汚れるような激しい睦み合いをなされ二重の意味で汚されてしまいましたのお姉様ァァァァァ!?」

御坂「汚れてんのはあんたの心でしょうが店の中でデカい声で阿呆な事言ってんじゃないわよこの馬鹿黒子ォォォォォ!」バリバリバリ!

白井「あばばばば!?」

佐天「(……レベル5第四位、原子崩しかぁ……)」

そして――愛の鞭ならぬ牛追い棒の刑に処される白井をいつもの事とスルーしつつも、いつもと違う人物の話題に佐天は天井を回るファンを見上げた。



342 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:30:47.83 lrjKmZUAO 241/670

~20~

佐天「(怖かったなあ……あの時)」

グランベリージュースを啜りながら思い返されるは数ヶ月前の6月21日。
第六学区のショッピングモールにて御坂と共に歩んでいた際、初めて麦野と顔を合わせた時の事を思い出す。
あの狂気に歪んだ表情と殺意に染まった眼差し。根刮ぎの絶望を撒き散らすような深い闇の匂い。
あの場に上条当麻なる御坂の懸想する少年がいなければ自分は果たしてどうなっていただろうと。

佐天「あ、あのー」

御坂「ん?どうしたの佐天さん」

白井「」

初春「あっ、店員さんこれ下げちゃってください」

店員「……こちらの方を……ですか?」

佐天「あっ、いや、ただちょっとした好奇心なんですけど」

黒焦げのパンと成り果てた白井を指差す初春を横目に、佐天が隣の御坂へと一瞥を送った。
その疑問はちょっとした好奇心の発露であったが、以前から気にはなっていた事でもある。それは――

佐天「このお姉さん、御坂さんより一つ序列が下ですけど……やっぱり強いんです……よね?」

御坂「何で?藪から棒に」

佐天「あっ、いやー……同じレベル5同士が戦ったらどっちが強いんだろ?やっぱり序列通りなのかなーって……あはっ」

御坂「うーん……どうなんだろ?」

と素朴な疑問を投げかけられたその時、御坂はブラッドオレンジジュースをストローを押さえて飲みながら小首を傾げた。
御坂にとって思い出したくもない……されど忘れられない学園都市第一位、一方通行の会敵。
同じ超能力者でありながらその序列にはレベル以上の懸絶した差異がある。
実際の所は『戦ってみないとわからない』としか答えようがないのだが――

御坂「――私、第四位と正面切ってぶつかった事ってないから」

佐天「えっ!?」

御坂「佐天さん……その驚き方ひどくない?」

佐天「一度もないんですか?あんなに仲悪くて有名なのに?」

御坂「それは間違ってないけど……」

――そう、御坂は麦野と真っ向から対峙し互いに後には引けないほどの闘争を経験した事が『ない』のだ。
その機会があった8月19日の研究所襲撃の件の十日前には既に麦野は『アイテム』を正式に引退していたのだから。

8月9日……アウレオルス=イザードと三沢塾、姫神秋沙を巡る事件にて……
それをきっかけに麦野は統括理事長の許しを得て暗部から解放されたのだから

343 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:32:38.18 lrjKmZUAO 242/670

~21~

御坂「(あの女の仲間とはやりあったけど……あの女、どうしてあの時いなかったんだろう。何度聞いても無視されるし)」

白井「お姉様は誰にも負けませんのっ!」ガバッ

初春「あ、復活しましたねー白井さん」

佐天「あはははっ……じゃあ結局そういう事が一度もなかったならそれに越した事ないですね」

御坂「そうね……」

ふっとたった今皆に見せていた携帯電話の画面を見る。
パジャマ姿の自分とワイシャツ姿の麦野が、絡むように一つのソファーに寝転んでの笑顔の一枚。
これまで数限りない舌戦や小競り合いで張り合って来た、大嫌いなはずの相手だと言うのに――

御坂「(男の子みたいに上だ下だにこだわる訳じゃないけど……あの女と私、本気でぶつかり合ったらどうなるんだろう?)」

同じ皿から料理を食べ、同じ屋根の下で共に眠り、コートまで貸し与えてくれた一宿の恩義と一飯の友誼。
ふとした瞬間見せる柔らかい眼差しと優しい笑みとあたたかみを感じさせる美貌。
それがなければ歩み寄ろうなどとは決して思わなかったと言うのに。

御坂「(今だって頭の天辺から好きって訳じゃないけど……でももう爪先まで嫌いだなんて簡単に言い切れないよ)」

血を流す以外に納める術を持たない剣を持つあの狂気の女王が敵として立ちはだかった時……
自分は佐天の言うように麦野を斃せるだろうかと御坂は己に問い掛ける。
一度でも昨夜の記憶が、一瞬でも昨日の笑顔が、戦いの中過ぎりはしないだろうかと――

佐天「(み、御坂さんものすごい真剣な顔で麦野さんの写メ見てるよ初春!?これひょっとしたらひょっとしちゃったりして!!)」

初春「(それまで相手に抱いてた憎しみが愛情に変わる瞬間ってお約束ですけどたまらないものがありますねー佐天さーん)」

佐天「(うんうん!ああいうドSな人がふっと見せる優しさとかもー心鷲掴みだよね!)」

初春「(えーそうですかあ?一度しか会ってませんけどあの人多分Mですよ?)」

白井「(わたくし白井黒子はお姉様の求めに応じてSMリャンメンリバーシブル着脱可ですのォォォォォ!!)」

と、麦野とのツーショットを前に真剣に黙り込む御坂を小声で囃す少女らの鼎談の中――

ハナテ!コーコローニキザーンダ……

御坂「……お母さん?」

『着信・お母さん』という表示と着うたが御坂の視界に飛び込んで来た



344 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:34:19.81 lrjKmZUAO 243/670

~22~

『667人目の住人にならんか~~』

上条「死亡診断書持参が入居条件って……」

麦野「よくもまあこれだけ凝りも凝ったもんね」

幽霊屋敷の出口付近、この666人の幽霊や怪物らが住まう部屋の新たな住人を勧誘する係員を横目に上条と麦野は無事はアトラクションをクリアした。
周囲の来場者も皆一様に安堵の溜め息や声を漏らし、『怖かったねえ』『また来たいな』などと言い合っている。
二人はそんな中を手が汗ばんで感じられるほど固く結びながら進む。
遠くには夕陽を背に直走るジェットコースターから歓声と絶叫と悲鳴が木霊し、今更ながら現実世界へ帰還したのだと言う実感が込み上げて来た。

上条「ああ、かなり凝ってたな……ここはインデックス連れて来ねえ方がいいだろう」

麦野「こーら」ビシッ

上条「って!」

麦野「かーみじょう」

と……そこで上条の鼻先に麦野が人差し指を突きつけスイッチを押すようにした。
背中を折り、片目を瞑ったまま眉だけあげる呆れたような不機嫌そうな表情で下から上条を見上げる。
それに足を止めた上条の周囲を、ゴールした来場者らが追い越して行く。

麦野「デート中は私の事だけ見てて。他の事考えないで」

上条「あっ……悪い、つい」

麦野「ふんっ……」

上条「悪い悪い……」

そこで麦野がわざとらしくそっぽを向き、上条が『しまったな……』とバツが悪そうに頭を掻いた。
こうやって三人暮らしをするようになってから『インデックスも今度ここに連れて来てやろう』という父性的な思考が作り上げられてしまいつい陥りがちな失敗である。
麦野はそんな上条に瞑っていた目蓋を薄く開いて流し目を一つ送り、ある一点を見やると――再びツンとしてしまった。

麦野「あんたが誰も彼も気にかけんのは今に始まった事じゃないけど、今は私の方だけ向いてて」

上条「ああ……本当にすまねえ」

麦野「まあ、別に良いんだけど――その代わり、あれ」スッ

上条「……土産屋?」

麦野「あそこで何か買ってくれたら許してあげる。さっ、行くよー」ズルズル

上条「おおっ!?」

次第に落ちかける夕闇の中麦野が指差した先、そこは暖色系の灯りの灯る魔法使いの城のような……
魔法の国オズマランドのグッズが並ぶショップであった。



345 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:36:29.90 lrjKmZUAO 244/670

~23~

上条「すげえな……土産物屋って言うか、ここも一つのアトラクションみてえだ」

麦野「そうね」

二人が立ち入ったショップ内はまさに一つのアトラクションばりのスペースと内装であり、そこをキャラクターの着ぐるみに身を扮した従業員らが他の来場者と記念撮影をしたりオススメ商品などの説明をしていた。
入り口から向かって正面が多種多様なお菓子やグッズ。
左側が大小様々なぬいぐるみ、右側がキャラクターのラインを控え目にした免税店という作りになっていた。
魔女の館か魔法使いの城のような調度品の数々が置かれ、工房らしき物まで備えられているのが奥に見えた。

麦野「さて、ここであんたに問題」

上条「何ですと!?」

麦野「この店の中で何でもいいわ。“私だけの”のものをちょうだい

上条「――お前だけの?」

麦野「そう。お揃いでもない、私だけの」

上条「……う~~ん」

麦野「じゃあ私店の中適当に見て回ってるからよろしくね?かーみじょう」

そう言うと麦野はスッと上条から離れて一歩前に進み、一度だけ振り返って一瞬微笑んだ。
先程までのアトラクションでの硬質な空気が嘘のように、暖色系の間接照明が灯る店内に溶け込むように。
そこで鳩が豆をグリースガンで食らったかのように取り残された上条は文字通り棒立ちである。

上条「ちょっ、もう少しヒントかなんか――……って行っちまった」

伸ばしかけた手が虚しく空を切る前に頭へと持って行き、特徴的なツンツンヘアーを描いて上条は考え込んだ。

上条「(“私だけ”のプレゼント……あれか?インデックスの話したからかな)」

それが原因か?とも思ったがインデックスと麦野の関係性は比較的良好である。
今更それに腹を立てるも何もないだろう。かと言ってお揃いの物……
今麦野が左手の薬指につけ、自分も服の下に首からチェーンを通してつけているブルーローズのリングとも違う物。

上条「(何だろうなあ……言っちゃ悪いけど、ここに売られてる中でそんな特別なもんなんて……)」

最初は免税店のそれか?とも思ったが上条はブランド品に明るくない上にそんな持ち合わせなどない。
その辺りは麦野も期待していないだろうしそもそも今麦野が身に付けているブランド品さえわからないのだ。

上条「麦野だけのもの……一つだけのもの」

取り敢えず、上条は店内を見て回る事にした。
何かしら琴線に触れる品の一つや二つはあるだろうと。

346 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:36:57.33 lrjKmZUAO 245/670

~24~

麦野「さーて……どんなお宝見つけて来てくれるかにゃーん?」

私は普段あまり『どこ行くの?』『何でもいいよ』『あんたが選んで』という言い方を当麻にしない。
別に何もかも自分で決めなきゃ気がすまないほど仕切り屋でも何でもないけど――
ただ、あいつは二つのものを示すとだいたい間違った方を選ぶから。

麦野「……キャラ物のまな板、バスマット、傘立て……何でもありね。商魂逞しいって言うかなんて言うか」

けど、当麻は『これが欲しい』と言って買ってくれたら早々に店を出てしまうのだ。
私だってこれでも女の端くれ。目的のもの以外だって見て回りたい。
そもそも自分の男と買い物しながらああでもないこうでもないと話してる時間の方がもしかすると好きなのかも知れない。
初めてあいつと服屋に行った時そう感じた。あいつとウロウロした時と、一人で見た時では明らかに密度が違って感じられたから。

店員『はい、今ならば専用のアドレスもお付け出来ますよ!』

麦野「(スマートフォンのアドレスまでこのキャラクター会社直通に出来るんだ……まあやらないけどね)」

免税店に目を向けてみる。キャラクターのラインを抑えた大人向けのブランド品みたいだけど私はいらない。
御坂のゲコ太やインデックスのカナミンみたいな特定の好きなキャラクターなんてないし、そこまで少女趣味でもない。
私は何となく今ぶら下げてるバーキン30のヴォー・スイフト白にネズミだウサギだがくっついてるのを想像する。
ないな。ないない。これはない。イタいのを通り越して死にたい。

麦野「(……本当はなんだっていいのよ。当麻。あんたからもらえるもんならそれはもう“私だけ”のものなんだから)」

別に高級品じゃなきゃ絶対ダメって訳じゃあない。プイのレザーウォレットとか使ってるし。
でもバックか時計かの一点豪華主義で明らかに服とか靴とかが負けてるような女ってのは見てて情けない。バランス考えろよ。

麦野「(私は、あんたが足りない頭からひねり出した答えが欲しいんだ)」

これはこれで甘えなんだろう。私からあいつへの甘え。
別に試してる訳じゃない。ただ私は信じたいんだ。
インデックスにあって私に足りない物、御坂にあって私が勝てない物。
あいつの助けを必要して、あいつに救いを求める何人もの女達の中で。

ただ一人、私だけを愛してくれていると感じられる瞬間が欲しいんだ。



347 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:39:00.63 lrjKmZUAO 246/670

~25~

上条「どうすりゃいいんだ……」

開始早々五分も立たぬ内に上条の頭の中身は外見よろしく焼け付き焦げ付いていた。
俗に言うウンコ座りで頭を抱えるその様はさながら網の上で焼かれるウニが如く泡を吹いて湯気立つ。
確かにこの遊園地のマッピングやアトラクションに関しては授業より真面目に覚えていたが――

上条「ぬいぐるみ……ダメだ。沈利の部屋にあのボロいクマがいる……食器はなんか違う。アロマポッド……ってんなもんここじゃなくたってセブンスミストでだって買えるっての!」

当然、上条当麻の頭に分刻みのスケジュールを組み立てつつ如何なるアドリブにも対応しかつサプライズを仕掛けるような経験値や知識は刻まれていない。
当然女性に人気のあるグッズであるなどと言った下調べなどたかが2ページ足らずの学園都市walkerの特集記事になど載っていない。
思いつきで誘い行き当たりばったりでここまで来たのだから。

上条「“自分だけのもの”……オーダーメイド?ってんなもんある訳が……」

まずキャラクター商品の大概が全滅。お菓子関係の線は最初からない。
日用品関連も望み薄、免税店は最初から手が出せない。
あと残るはガラス工房や遊園地内のケータイショップやブティック関連だが――

上条「(お揃いのもの……でもねえからアクセサリーか?リングはもうあるしな)」

上条は南瓜をくり貫かれたランプのお化けの頭を撫でながら考え込む。
首からぶら下げたブルーローズのリングをチェーンに通した、麦野曰わく『首輪』。
そこで思い当たる。何故自分達はこれを選んだのだろうか?
世間一般のカップルがそうしているからそれをなぞった部分もある。だがその時――

麦野『――シルバーがいいな。重さがそのまま愛情に繋がってるみたいで』

そう語った麦野の横顔が、上条にとって何故か『年上』という事を強烈に意識させられた。
良い意味で何を考えているかわからない、そんな表情をしていたの――上条は鮮明に覚えている。と

「あーこれすごくない?」

「ええっ!?お前これはないだろ~~」

上条「ん?」

カボチャのお化けを撫でていた上条が何の気なしに振り返ったその先に――
自分達と同じようなカップルがとあるスペースで立ち止まっていた。

上条「あれは――」

それは最初から目を切っていたガラス工房であった。

348 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:39:29.58 lrjKmZUAO 247/670

~26~

御坂「だから……もういいっ。今友達と一緒だから切るわね!」

美鈴『ちょっと、美琴ちゃんまだ話は』ブツッ

ツー……ツー……ツー……

御坂「はあっ……」パタン

御坂は着信を受けて一時離席し、ジョセフの外に出てガードレールに腰掛けながら母・美鈴との会話を打ち切った。
朝から止む事のない風が地面を舐めるように吹き上がり、さながら台風でも訪れる前触れのように感じられた。
未だ沈まぬ茜色の夕陽の中を、狂ったように回り続ける風車が陽射しが聳え立つ墓標のようにさえ見えて。

御坂「……お母さんに会ったんなら言いなさいよあのバカ女!おかげでやりにくいったらないじゃない!」

会話の内容は凡そ三点。一つは昨夜御坂が半ば酩酊状態にあった際それを伴って歩いていた麦野と美鈴が顔合わせをした事。
二つはその麦野と仲良くしなさい、ちゃんとお礼もするのよと言った小言。
そして三つは……これより戦争状態に突入する学園都市から実家に戻って来なさいという言葉であった。

御坂「なんでどいつもこいつも私を蚊帳の外に置いて勝手に話終わらせたり進めちゃったりすんのよ!!」

店内から歩道の御坂を見やる超電磁組の面々には見えぬように御坂が息巻く。
身に覚えのない泥酔状態を母に見られたバツの悪さ、それを隠していて今このタイミングでこうなる事がわかっていたような麦野。
そして――御坂の意思を尊重しつつも自らの意志を曲げるつもりもない母美鈴の言葉。
親の心子知らずと言ってしまえばそれまでだが、御坂はそれを受け入れられる事が出来なかった。

御坂「(そんなすぐに出たり離れたり出来る訳ないよ……お母さんわかってない)」

親の目からすればこれから戦場となるかも知れない学園都市になど子供を預けられないのは感情でわかる。
しかし御坂はその学園都市のレベル5第三位であり――この学園都市には『妹達』もいる。
今もファミレスの窓辺からこちらを見守っている超電磁組、この場にいない上条当麻ら、そして――

御坂「(――ずるいよ、麦野さん)」

こんな時まで何一つ言ってくれなかった麦野沈利の後ろ姿が目蓋に浮かぶ。
一体麦野と母はどんな会話を交わしたのだろうか、眠り込んでしまった自分を挟んで何を語ったのだろうと――

ブワッ

御坂「……!!?」

その時、一際膨れ上がる風の奔流に御坂が弾かれたように振り向いた。



349 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:42:54.62 lrjKmZUAO 248/670

~27~

白井「ぐぬぬぬぬぬ……お姉様、どなたとお電話なさっておられますのぉ……まさかあの類人猿!!?それとも第四位??!」

初春「白井さーん。窓に脂ついちゃいますよー?」

佐天「ん~~でもあんまり良さそうな雰囲気じゃないっぽいね。なんか喧嘩腰みたい……やっぱり話し相手は麦野さん!!?」

と、御坂が母からのなだめすかしての硬軟織り交ぜた説得を打ち切り憮然としている様子を見やりながら――
各々思い思いに、もとい口々めいめい好き勝手に囃し立てるは鼎談の三人である。
わりと聡く状況の把握と観察と分析に務める初春は御坂の様子を見てとり、あまり景気の良い話ではないなとあたりをつけて静観していた。しかしその一方で

白井「ありえませんのォォォォォ!!お姉様から歩み寄ったらしい事は明々白々!しかし!しかし!そこに特別な何かなどありえませんのあってはなりませんのォォォォォ!!」

佐天「やだなー白井さん。嫉妬ですか?ジェラシーですかー?でも考えてみればなんかドラマチックですよねえ好きになった男の子の彼女惹かれちゃうとか!初春はどう!?」

初春「あははは(佐天さん腐ってますねー)」

燃え上がる嫉妬の炎を囲んで疑念と疑惑が手と手繋いでオクラホマミキサーを踊らせるは白井。
それに合いの手を入れて茶化すは佐天、初春はそんな二人を渇いた笑顔で見比べながらジュースに口をつける。
ゴールデンキウイの酸味以外の酸っぱいものが込み上げて来そうだと。

白井「そんなはずございませんの。あの二人はもはや犬猿の仲などと言う生易しいものではございませんのよ?ほとんど天敵同士ですの」

佐天「いやいや白井さん王道じゃないですかこういうの。今までライバルだった相手が向けて来る意外に優しい笑顔とか、どうしようもなく傷ついて壊れそうに脆い素顔とか見ちゃうと“あれ?この人本当はもしかして”みたいになりません?」

白井「わたくしにそういう属性はございませんの!」

佐天「いやー白井さんって物凄く情に厚くて懐深そうですから、例えライバルでもその相手が雨に打たれながら涙を流してるようなシーンだったりするとつい傘差し出しちゃうとか似合いそうですって」

腐ってやがる、遅過ぎたんだと初春が呆れながらそんな二人から再び視線を御坂に移す。すると

初春「――あれは!?」

その時、初春の外を見つめた眦が見開きの形で固まった。



350 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:43:22.64 lrjKmZUAO 249/670

~28~

上条「麦野!」

麦野「ん?」

と、麦野が免税店内にあるウブロの腕時計を見つめていると――
その背中に上条の声がかけられ、肩越しに振り返る。
一度離れてからおよそ十分足らずである事が目だけつけた腕時計の文字盤が指し示していた。

麦野「見つかった?」

上条「ああ!お前だけのもん、見つけたぜ!!」

麦野「(ネックレスあたりかにゃーん?)」

上条「じゃあついて来てくれるか?ちょっとばかしお前にいてもらわないといけないから」

そこで麦野も上条に導かれるまま他の買い物客の行き来の合間を縫って進む。
ズンズン進む上条の背に、少なくともぬいぐるみなどと言ったあからさまにハズレのそれを選ばなかった事は評価出来た。
かと言って食器やマグカップのような日用品といったものも今の気分ではない。
そんな期待と不安が綯い交ぜとなった胸を膨らませながら歩を進めたその先には――

麦野「硝子工房……??」

そこは様々なグラスなどが並び、妖しい虹色が艶めかしく煌びやかに輝くゴブレットまであった。
さらに進むとこちらは展示用なのか、ガラスで作られたグランドピアノやアルモニカ、ヴァイオリンなどもある。
様々な光を浴び、人の衣服の色に合わせて文字通り万通りもある万華鏡の森がそこには広がっている。

麦野「……あんたにはしちゃセンスは悪くないかな」

上条「すいません!こっちの娘になんですけど」

職人「はいはい。そちらのお嬢さんかね?」

麦野「!」

すると工房の更に奥……店売りの店員らとは一目で違う老人が目を細めて麦野を見やった。
同時に紹介するような形となった上条がやや照れ臭そうに鼻の頭を掻いてはにかんだ。
麦野も訳もなくついつられて会釈してしまう。一体何が始まると言うのか

職人「なるほど、彼女が君にとってのシンデレラか」

上条「あー……うん、まあ。そうなるな」

麦野「???」

上条「麦野」

そこで上条が麦野に向き直った。煌びやかな星屑を散りばめたようなこの硝子の迷宮のような場所で。
切り出すのも恥ずかしそうに少し赤らめた顔を俯いた顔を……やがてきっぱりと上げ、そして言い放った。

上条「お前、足のサイズいくつだ」

麦野「はあ!!?」

上条「靴だよ靴!!ガラスの靴作ってもらうんだよ!!」

麦野「!!?」

プロポーズでも申し出るような真剣さで



351 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:45:20.72 lrjKmZUAO 250/670

~29~

麦野「びっくりしちゃったわよ……何言い出すかと思ったら」

上条「――俺も結構迷ったんだ。……けどこれ以外思い浮かばなかった。嫌だったか?」

麦野「い、いやなんて一言もいってないじゃない」

そして――麦野は足形と採寸を計り終えた後、椅子に腰掛けて足を投げ出していた。
あまりに予想外の選択肢に当初はかなり面食らったが……
それも少しずつ少しずつ冷静さを取り戻して来た。

麦野「が、ガラスの靴なんて思いもよらなかったわね正直……」

上条「最初他の客が見てるのを見てさ……それで気になってさっきのおじいさんに聞いたら作ってくれるって」

上条がチョイスしたのはガラスの靴であった。
それも店内にあるサイズごとのガラスの口に恋人の名前を彫り込む店売りのそれではなく……
職人が実際に女性の足に合わせ、さらにその当人を見て浮かんだインスピレーションからデザインを起こすと言うものだ。

上条「本当なら子供とかが履いて歩いて割れて怪我しないように右足分しか作らないようにしてるらしいんだけど……」

麦野「まあ子供なら両揃えにしたら間違いなくやるでしょうね。だから店の中も片方しかないのか」

上条「ああ。けどこれから作ってもらうのは一応歩きにくいけど履けるらしいんだ……ちょっとしたお姫様気分、って事で」

麦野「……馬鹿」

思わず椅子に腰掛ける左側に佇む上条に、麦野は肘掛けから手を伸ばしてその頬に触れた。
馬鹿が馬鹿なりに真面目に考えて出した答え。ガラスの靴。

麦野「……12時過ぎたら、魔法解けるのよ?」

上条「解けねえって」

麦野「……ガラスの靴持った王子様が、その持ち主にどうするか知ってるでしょ……?」

上条「ああ……プロポーズでもない普通のプレゼントで頼んで来るヤツは珍しいっておじいさんにも言われたよ」

麦野「……馬鹿」

上条「――お前だけのもんだ。沈利」

それに麦野の目が細くなる。それは世界に一つしかない自分のために作られたガラスの靴が私だけのもの?
それともそれを、その意味を理解した上で贈ってくれた上条が私だけのもの?と問い掛けるように。

麦野「……あんたは、私だけのものだよ。――本当にいいの?」

上条「ああ……昨日の事、昼間の事、さっきの事……色々誤解されたけどさ」

麦野「――――――」

上条「俺が選んだのは、お前だけだから」


352 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:46:03.40 lrjKmZUAO 251/670

~30~

お姫様になんてなれる訳がない。王子様なんている筈がない。
夢見る御伽噺の優しい魔法や奇跡なんて学園都市どころか現実にだってない。
ましてやこいつも私もあの赤頭や露出狂女みたいな魔術師ですらない。
ただのレベル5とただのレベル0……ただのありふれたカップルだ。

麦野「……サイズ24センチのシンデレラでも?」

上条「俺だって王子様じゃねえさ。生まれだってお前と違って普通の家だし」

私はシンデレラと違って灰なんてかぶって来なかった。
かぶって来たのは他人の返り血。ドレスの元の色がわからなくなるくらいかぶって染まって来たのよ?
それなのにあんたはこんな私をお姫様扱いしてくれるって言うの?

上条「レベル0だし、オシャレセンスも0だし、今日だって白馬どころか全力ダッシュでモノレール。頑張ってスクーター取れりゃいいかぐらいの普通の高校生だよ」

やめろよ。泣きそうになるじゃないか。私はこんなにお前に依存してるんだぞ?
よしなよ。そんなに優しい顔で私を見ないで。どんな顔すればいいのかわからない。
私のちょっとしたヤキモチと意地悪でお前をわざと困らせたこの性悪女がシンデレラだなんて。

麦野「……関係ねえよ。そんなの関係ねえんだよ」

ガラスの靴。きっと世界で一番壊れやすい永遠の欠片。
履けるったって、歩けるったって、体重増えたら割れちゃうでしょうが。
さっきダイエットの話したばっかだってのにもう頭から抜けてる。

――それに、私は重い女よ?重さでしか愛情が表現出来ない面倒臭い女なんだぞ。
それをいっつもいっつも何でもないように背負って、抱えて、どうして私はいつもあんたの前じゃ……
強いだけの私でいさせてくれないんだ。王子様に救われるまでさらわれるくらいしか能のない役立たずのお姫様に戻されちゃうんだ。

麦野「――今日は靴だけで勘弁してあげる」

上条「………………」ヨシヨシ

麦野「なんだその“わかってるわかってる”みたいな撫で方はァァァァァ!!」

――今日はあんたの馬鹿さ加減に免じて、この靴で許してあげる。

一人じゃ着れないドレスは、何年か後の私に任せる。

ヒラヒラした服、大嫌いなんだけどさ

一生に一回、一日だけなら我慢してやるから

だから

だから早くさらいに来いよ



―――私だけの上条当麻(おうじさま)―――





353 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:48:03.59 lrjKmZUAO 252/670

~31~

御坂「あんた……!!」

「あらぁ?随分なご挨拶ねぇ……こんな吹きっさらしの中一人でケータイいじくっちゃったりしてぇ……ひょっとしてお話相手は貴女がお熱な男の子?あはっ、中にいるのはあなたの“お友達ぃ”?」

荒れ狂う狂風さえも周囲に配置した大名行列のような人間を風除けのようにして現したその姿。
豪奢な金糸の髪を風に遊ばせるがままにして佇むその姿。
否応無しに目につく蜘蛛をモチーフにしたハイソックスと白手袋、肩から下げた星のマークの入ったバック。
暗部の女王とはまた違った意味で御坂の圭角に触れたその女王が、ファミレスの窓辺にその眼差しを向ける。

「この230万人が住む養蜂場(がくえんとし)に来た頃は思ったわぁ……“友達百人出来るかな♪”って。でもぉ……私の魅力を以てしても貴女は私のお友達になってくれないのねぇ?あんな蜜蜂四匹ぽっちで本当に本当に寂しくなぁい?」

御坂「――人の友達指して蜜蜂呼ばわりとは相変わらずイイ性格してるわねえ……」

「うふ……前にも言ったけどぉー私達のレベル5の能力とぉ……それ以外のレベルの人間との戦力って雀蜂と蜜蜂くらい違うのよぉ?馬鹿にしてるんじゃなくてこれはジ・ジ・ツぅ~~!」

その少女は語る。蜜蜂と雀蜂の体格差は種類によっては約五倍。
七匹に満たぬ雀蜂で十万匹以上もの蜜蜂を殲滅し鏖(みなごろし)にする事さえ可能なのだと。
同じ蜂でもまさに生物としてのレベルが違うと言いたいのだ。
学園都市を養蜂場、常盤台は巣、派閥は働き蜂、自分を女王蜂になぞらえて語った――常盤台のもう一つの『顔』

「ふ~ん……でももう一匹の女王蜂とは仲良くなれたのねぇ?ねーえ?第六位ってどんな人?私まだ見た事ないなぁ……」チラッ

御坂「!?」

その少女が視線を向けた先。窓辺の白井黒子。御坂はそれに思わず目を剥く。
まさか読み取ったというのか?電磁波の干渉により読心出来ない自分に代わって白井の心を覗き見るように。

御坂「ちょっとあんた!!!」

「あはっ。これくらい私の解析力を持ってすれば斜め読みから立ち読みまで自由自在なのよぉ?乙女の秘密、付録つきで見ちゃったぁ」

少女が率いる大名行列が道を塞ぎ、ファミレスを囲み、人垣の中二人のレベル5が対峙する。
全力を出せばリモコン一つで常盤台を集団自殺に追い込む事さえ出来るのではないかとさえ思える――『常盤台の女王』



354 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:48:59.57 lrjKmZUAO 253/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
食蜂「ねえ……ちょーっとだけ、先輩(わたし)とお茶してくれなぁーい?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


355 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/02 21:49:51.00 lrjKmZUAO 254/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
レベル5第五位……心理掌握(メンタルアウト)食蜂操祈、御坂美琴と対峙す――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


370 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:01:13.05 UIeiMW9AO 255/670

第十一話

~1~

麦野『……眩し過ぎるくらいね』

この世界が眩しいと思うかどうか、私はふとあんたに問い掛けてみたくなった。
私自身どうしてそう思ったのかはわからない。ただ、布束砥信が私に語って聞かせた――
10031人の妹達の一人から見た世界が、自分もそれ以外の人間も全て否定して生きているようなあんたにどう映ったのか――それを知りたかったのかもしれない。

御坂『……そっか』

麦野『なんだよ』

御坂『何でもない♪じゃあ行って来るね!コート必ず返すから!』

だけど、私はその答えを聞いて本当は少し後悔したんだ。
そう言ったあんたの顔が――何だか私には泣きそうになっているように見えたから。
どうしてそう感じられたのかはわからない。だけど、それを見た私は何だかいたたまれなくて――
借りたコートを羽織って駆け出した。雪みたいに白いのに、けっこうあったかいそれ。まるであんたみたいね。

御坂『(――ちゃんと、返しに来なきゃ)』

マンションから降りるとそこにはタンブルウィードみたいに地面を転がっては空へと舞い上がる枯れ葉。
衣替えした並木道を駆けて行く私は、いつあんたに返そうかってそればっかり考えてた。
物を借りるという事は、当たり前だけど返すためにまた会いに来るって事だから。

御坂『……なんでだろう、ちょっと胸が痛い』

顔を合わせるのも姿を見るのも嫌だったあんた。って言うか嫌いなのは今だって変わらない。
変わったのは、せいぜいが威嚇や牽制や舌戦に対する停戦協定。
そして――困った時、辛い時、苦しい時、そんな時はお茶でもしながら話し合ったりしようって言う相互互助。
本当は『テメエと友達に何て括りに入れられるなんて吐き気がする』って言われた時ちょっと傷ついたんだ。
これだけ譲っても手を伸ばしても、最後まで突っぱねるあんたにはもうどんな言葉も思いも届かない気がして。

御坂『……何でかな』

――なのに、とてもとても寂しそうに見えたあんたが目に焼き付いて離れない。
私はこのコートを手にした事で、そんなあんたとまた顔を合わせる一回限りの回数券を得た気がした。

御坂『――何で、あんな女に……』

次あんたに会った時、私は上手く笑って『ありがとう』って言えるかどうか――……
そんな、そんな事を私に考えさせるあんたがやっぱり私は嫌いだった。



371 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:01:43.74 UIeiMW9AO 256/670

~2~

御坂『……って言う事があったの』

舞夏『そうかそうかーお食事会かー』

――何とか常盤台に戻った後、私はいつも通り授業を受けて繚乱家政女学校との合同研修に望んだ。
予定通り昨日あの女に分けたディルを使っての調理実習。
オーブンでの焼き上がりまでの待ち時間の間、私と土御門舞夏とシンクによりかかりながら少しだけおしゃべりをしてた。

舞夏『うんうん。仲良き事は美しき事哉美しき事哉ー』

話す事なんて本当に他愛のない事で、最近兄貴に会いにいけないんだー、とか。
そんな時だった。アイツの部屋の隣にこの子のお兄さんが住んでて、シチューを届けに行った時――
あの女といくつか立ち話をしたって言う話題に飛び火したのは。

舞夏『ふふん!麦野沈利とは夏に兄貴達と一緒に流し素麺をやって以来の仲だからなー。それからだなー料理を教えたりするようになったのは』

御坂『……あんたが教えてるの?』

舞夏『そうだぞー。何せ最初は鮭が絡む料理以外はほとんどレパートリーがなかったんだ。ただ兎に角負けず嫌いで、その分飲み込みが早いから教える分にはとても楽しい相手なんだなー』

少し意外だな、と思ったけど流し素麺ってところでピンと来た。
そうだった。アイツの部屋のコルクボードにたくさん貼られてた写真の中に確かあったはずだ。
でも、あの病的なくらいプライドが高いあの女が……人に料理を習うだなんて。

御坂『料理好きなんて家庭的な面があっただなんてねー……まあ私も昨日お呼ばれしなかったらとても信じられなかったけど』

舞夏『ああー違う違う』

御坂『?』

舞夏『あれは料理が好きなんじゃなくて、ただ料理を振る舞う相手の喜ぶ顔が好きなのだよ。麦野沈利自体は自分の作る料理に舌が全然追いついてないからなー』

御坂『――……悔しいけど、結構美味しかったと思うけどな。あれで満足出来ないってどんだけ完璧主義者なのよ』

舞夏『うーん……それもちょっと違うんだなー』

そう言いながらもオーブンに向ける目は油断なく焼き具合を見てる。
あまり表情に変化のない子だけど、その目はちょっと驚かされるぐらい鋭い時がある。例えば

舞夏『――自分を愛せない人間は、自分の作る料理を美味しいって感じられないんだなー』



372 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:03:38.64 UIeiMW9AO 257/670

~3~

御坂『自分を愛せないって……あの女、自分の武器と欠点知り尽くしてる鼻持ちならないナルシストよ?なまじ元が良いから余計鼻につくって言うか……』

舞夏『ちっちっちっ♪』

御坂『……違うの?』

舞夏『うむ。料理には人柄が出るんだ。麦野沈利は自分を嫌ってる。エゴイストなのは本当だし、ナルシストはナルシストでも自分が大嫌いなタイプのナルシストもいるのだよー』

オーブンのガラスに映るその表情。私と対して歳も変わらないはずなのに、この子は私と違う眼鏡をかけているみたいだった。
確かに女の子って、自分が大嫌いって言うタイプのナルシストもいる。
誰かに『そんな事ないよ』って言ってもらいたくてね。
なんか……こういうと私もあんまり性格良くないな。

舞夏『ただ、嫌いと言っても……話してみる限り、色んなものを拒絶して排除して否定して、それでも最後に残されたたった一つの捨てられない“何か”を大切にしてるタイプなんだろうなー……良くも悪くも』

その言葉に、今朝とは違う痛みが私の胸に突き刺さった。
あの女が捨てられないもの。それはあの病的なプライド?無駄なこだわり?……アイツ(上条当麻)の笑顔?

舞夏『――御坂美琴。母性愛って何だと思うー?』

御坂『母性……うーん』

そこで胸によぎったのはうちのバカ母、もといお母さん。
私が幼い頃、お気に入りのゲコ太ぬいぐるみが破れたのを繕ってくれてる姿……
言うのは恥ずかしいけど、それに泣いちゃった私をあやしてくれた柔らかい匂い、優しいイメージ。

御坂『優しさ……かな?』

舞夏『私もそう思うしそう思いたいなー。ただ、麦野沈利のそれはもっと――歪んだラブなんだなーこれが』

御坂『歪んだラブって……』

舞夏『………………――ライオンの母性なんだってさー……』

御坂『あっ……』

その言葉に私は思い当たった。メスライオンは、自分の子供に人間の匂いがついたり、まずめったにないけど外敵に脅かされると……その子供を自分で噛み殺してしまう事がある。
或いは他の群れのオスがそのメスの群れにいるリーダーのオスライオンを殺して権力を奪うと……
そのリーダーとの間にもうけた子供を目の前で噛み殺され、それによって母ライオンが発情に至るってケース……



373 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:04:05.44 UIeiMW9AO 258/670

~4~

御坂『(うっ……)』

この子が言葉にするのを躊躇った理由がわかった気がする。
そして納得も行く。あの女は『母性なんて男の幻想で女の才能』って言葉がよみがえって来る。
――あの女が、自分の中の母性を否定する意味はそう言う事なのかと。

御坂『(じゃあ……あんたは)』

胸が痛みから重さへその質を変える。母性という一般的に『優しい』『愛しい』『尊い』というファクターさえ……
あんたにとってはそんなに残酷で、絶望的で、救いがないって言うの?
アイツに向ける母性的な眼差しに、そんな怖くて暗い側面があるだなんて思いたくない。

舞夏『でも――麦野沈利は本当に上条当麻を愛してると私は思うぞー?』

そんなの悲し過ぎる。辛すぎる。少なくとも――私がアイツを好きな気持ちとあまりに種類が違い過ぎてる。
私だってあの女と何を比べて引き合いに出すつもりもないけど……
病んでるだとか、重いだとか、そんなわかりやすい言葉さえ否定するような愛情の種類が私には理解出来ないよ。

舞夏『愛情って言うのは、本当に人それぞれだと思うんだなー。細い針金一本一本を束ねて太くした真っ直ぐな愛情もあれば……ぐっちゃぐっちゃにこんがらがった雁字搦めで、もう本人にも解けない継粉結びみたいな愛情もあるってなー』

もちろん、本当のところなんてあの女にしかわからない。
それが正しいとか間違ってるとかって問題でもないって言う事くらいわかる。
――私は良く黒子にゲコ太の事で少女趣味って言われるけど……それくらい、わかるよ。

舞夏『それをナチュラルに受け入れられるあたりが、上条当麻のいい所なんだろうなー』

アイツは……全てわかった上であの女を受け入れてるんだろうか?
ううん……多分きっとそう。アイツはどうしようもなく鈍い馬鹿だと思うけど……
その辺りを受け流して付き合えるほど器用でも賢いとも思えない。

チンッ

舞夏『焼き上がったぞー』

――あの女に負けたくないって思って、アイツが食べたらなんて言って食べてくれるかなって思いながら作った料理。
だけどなんとなく……今食べても美味しくないだろうなって思っちゃう。

舞夏『んーディルと魚料理の組み合わせは抜群だなー』

ディル。アングロサクソン語で『あやす』って聞いた事がある。

――やっぱり、あんたがどれだけ否定しても……私はあんたが母性の強いタイプだと思う。



374 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:05:57.33 UIeiMW9AO 259/670

~5~

私はアイツが好きで、あの女が嫌い。アイツが私に見せない種類の笑顔をあの女に向ける度苦しくなる。
あの女しか知らないアイツの表情を知っていると思うと辛くなる。
人がこの思いを初恋と呼ぶなら、初恋ってなんて残酷なんだろう。

私のイメージだけど……まるで初めての自転車みたいだ。
真っ直ぐ走れない、こけそうになる、補助輪をつけてちゃスピードなんて出ない。
ベルを鳴らしてもアイツは私に振り返ってくれるだろうか?
ライトをつければどんな暗闇の中でもアイツを照らせるのかな?
カゴなんかじゃ収まり切らないほどの思いを乗せて、私はアイツに向かって走っていけるのかしら。

人によっては山だって越えられるギア付きマウンテンバイクみたいな人もいるかも知れない。
だけど私はそんなに器用じゃない。素直じゃない。強くない。
アイツを見て痛む胸の種類が、ときめきなのか苦痛なのかわからない。
叶えたい願いと適わない相手。それが同じだなんて辛すぎるの……

もう、あの女の立っている場所を自分に置き換え幻想に浸っても……
自分だけの現実が、二人だけの世界に適わないのがわかるから。
 
 
 
 
 
私の恋は、不治の病に対する延命措置だ。 
 
 
 
 
生まれて初めて好きになった男の子が、大嫌いで終わるはずだった女の子と一緒。
これだけなら、何も私だけが世界で一番不幸な訳じゃない。
――私の『大好き』は揺らがない。けどあの女が『大嫌い』が揺らいでる。

ねえ麦野さん。どうして私に優しくしてくれたの?
私にはあんたがわからない。そんなあんたに対する自分の気持ちもわからない。
結局朝から、あんたは一通のメールも私にくれない。私も一通のメールも送れない。返ってこないのが怖いから。

わかりやすいライバルだったなら、はっきりした敵だったなら良かった。
歩み寄れる距離が、踏み込める余地が、友達と呼び合えるほど近づけたなら――
こんな宙ぶらりんの気持ちになんてならなかったのに。

そして、きっとこんな事を思ってるのは私だけだ。
あんたは変わる事なく私を見下して、鼻で笑って、馬鹿にするでしょうね。
――あんたの性格なら、そう思われるだけまだマシな部類なんだろうけど。


遠過ぎて触れられないアイツ、近過ぎてぶつかるあんた。


その狭間で揺れる私は


私は――




375 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:06:54.77 UIeiMW9AO 260/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十一話「枯葉のヴァイオリン、六花のヴィオラ、向日葵のチェロ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


376 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:08:56.49 UIeiMW9AO 261/670

~6~

食蜂「私ぃ、パッションフルーツのパンナコッタとグアバジュースぅ☆」

女生徒×99「「「「「かしこまりました食蜂様!!」」」」」

御坂「………………」

佐天「(こ、この人が……常盤台の女王……)」

初春「(レベル5第五位……心理掌握)」

白井「(食蜂操祈……王城よりお出ましですの)」

ファミリーレストラン内外を埋め尽くし貸し切り状態にする派閥の人間らを伴っての包囲網に御坂を除く全員が息を呑む。
六人掛けのテーブルにあって四人と相対する食蜂はサッと片手を上げてオーダーを告げる。
我先にとスイーツバイキングからドリンクバーへと殺到する働き蜂の統制された動きと抑制された心理。
文字通り一声かければ常盤台の過半数を顎で動かせる最高権力者にして絶対支配者。

食蜂「あはっ。みんな表情が固い固い~!もっとくつろぎましょぉ?せーっかくの放課後☆ティータイムなんだからぁ」

唇の押し当てた白手袋に包まれた左手人差し指をメトロノームのように振り、それに合わせて小首を傾げる。
片目を瞑った小悪魔チックなウインクと共に舌先を出した微笑みは一見すれば女王というよりもおてんばな姫君に見えるほどに。

御坂「一応、お茶の一杯だけは付き合ってあげるわ。こんな銃突きつけられて取り囲まれてるみたいな状況でコーヒーブレイクが楽しめるほど私は人間が出来てないのよ」

白井「(……気を抜けば、飲み込まれてしまいますわ)」

――九十九人にものぼるレベル3~4よる包囲網。
そんな中レベル0の佐天、レベル1の初春など99の銃口を向けられているのと差ほど変わらないほどのプレッシャーなのだ。
もちろん食蜂に敵意も悪意も殺意もない。童女のように天真爛漫とした純粋無垢さがあるだけだ。しかし

食蜂「ねえねえ!そこの小パンダちぁ~ん?」

白井「……なんですの?」

食蜂「余 計 な 邪 魔 し な い で ね ぇ ?」

白井「……!!?」ゾワッ

白井の気構え身構え心構えを読み取ったのか食蜂が微笑みかけて来る。
氷水の風呂に叩き込まれたような寒気と震えと怖気が毛穴を開かせ、そこから一気に脂汗と冷や汗が吹き出す。
麦野が放つ狂気とは全く別次元の、理解の及ばない領域からの重圧。



377 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:09:25.94 UIeiMW9AO 262/670

~7~

御坂「――ちょっと。私の後輩イジメたら店ごと吹き飛ばすわよ?」

食蜂「あははははは!私の実力をもってしても貴女とやり合うのはちょーっと割に合わないかなぁ?それにぃ……私は貴女とお茶したいなぁ、お話ししたいなぁって思ってるだけなのなぁ」

御坂「……黒子。良いから普通にしてて」

白井「で、ですがお姉様……」

食蜂「あれれれれれぇー?貴女、後輩の教育が行き届いてないんじゃなぁい?」

そこで食蜂が運ばれて来たグアバジュースを一口飲むと……うんうんと楽しそうに頷いた。
それはジュースの味が気に入ったのか白井の態度が気に入らないのか一見判断に苦しむほど自然なそれだったが――

食蜂「まるでナイトみたいねぇ?お姉様の露払い……いいなぁカッコいいぃ~!……で・も」

白井「――……?」

食蜂「守られてるのは貴女の方なんだなぁ小パンダちゃん?さっきから見ててわからなぁい?感じられなぁい?彼女がビリビリ張り詰めてるのはぁ……“足手まとい”の貴女達を守るためだよぉ?」

白井「!?」

食蜂「このコップとおんなじにならなぁーいようにぃ?」

ガチャン!と空になったジュースが食蜂の手からパッと落とされ床面に割れ砕け、血のように流れ出し広がる液体。
同時にジュースに入っていた氷をガリッ、ガリッと噛み砕くチャーミングな八重歯。
そう――食蜂からすればレベル4など存在しないのと同じ。
子供が『いらない付録』を見るのと同じ眼差し。

佐天「(この人、怖い……麦野さんと違った意味で……恐い!!)」

子供が捕まえた昆虫の手足や羽根を毟り取ってもぐのに悪意も殺意も敵意もない。
食蜂の笑顔、立ち振る舞い、物言いはひどく無邪気で子供っぽい。
子供特有の利害の絡まない残虐性を見る者に感じさせるように。

食蜂「いいお友達がたくさんいていいなぁ……いいなぁ?」チラッ

御坂「あげないわよ。そもそも友達は、オモチャみたいに貸し借りしたり貰ったり捨てたり出来るもんじゃないの。能力頼りで人の心は読めても気持ちや痛みもわからないあんたにはわからないでしょうけどね!」

しかし――『梯子の子供』はそれに異を唱える。



378 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:11:23.84 UIeiMW9AO 263/670

~8~

食蜂「――真っ直ぐねぇ貴女は……私の権力能力魅力女子力人間力ぜーんぶぜーんぶ注ぎ込んでも……貴女だけは、貴女だけが私の思い通りにならないんだからぁ……百人目の“お友達”は貴女のためにっていつも空けてるのになぁ?埋めて欲しいな☆私の心のス・キ・マ♪」

御坂「人の心を私の立ち読みしてる漫画みたいに見て、リモコンでオモチャにするようなあんたの思い通りになんて誰がなるもんですか」

食蜂「あー~~人聞き悪いぃ……第四位とは仲良くしてるのにぃ……私も“お友達”に入れて欲しいなぁ」

されど食蜂はパンナコッタをスプーンでつつき、プルンと震わせた箇所から切り崩して行く。
同時に上に乗っていたイチゴを転がし、その瑞々しさに目を細める。
しかし御坂の柳眉は顰められたままだ。第四位、という白井から盗み見たキーワードを口にされて面白かろうはずがない。

食蜂「貴女は綺麗ねぇ……そのフローレンスダイヤモンドみたいな意思能力が、あのブラックダイヤモンドみたいな第四位さえ魅かれるほど目映い引力を放ってるのぉ……」

御坂「第四位が?あんた心が読めるって割に何も見えてないわね。私とあの女はあんたと私以上に仲が悪いのよ!」

食蜂「またまたぁ☆先輩の前だからって謙遜しなくて良いんだゾ♪」

食べる?と差し出した一口大のパンナコッタを御坂は拒否し、食蜂はなーんだと言って自分で食べてしまった。
御坂と食蜂の確執は白井が入学して来る前から、図書室、婚后の一件と数限りない。
それなのに食蜂は事ある毎に御坂に絡み、ちょっかいを出し、からかい、いじり……
そのクセ御坂の周囲を囲い込むようにし、追い込み、一人になった所にモーションをかけて来るのだ。

食蜂「……あんな人食いライオンみたいな子ぉ……」

御坂「……?」

食蜂「人食いライオンってねぇ?群れから追い出されたり飛び出したりしたはぐれがほとんどなんだぁ……特徴はねぇ?他の個体より遥かに大きな身体と高い攻撃力、それから――ぱっと見てメスと間違えちゃうくらい鬣(たてがみ)が全て抜け落ちてて……そんなになるまで精神に致命的なストレスや異常を抱えてるコワ~~い生き物なのぉ」

御坂「……何が言いたいのよ!!?」

食蜂「――悪い友達と付き合うのはどうかと思うなぁ?あの子は貴女に相応しいお友達にはぜーったいならなぁい」



379 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:11:52.70 UIeiMW9AO 264/670

~9~

バンッ!!

白井「お姉様!!?」

佐天「御坂さん?!」

初春「――――――」

御坂「――あんた、いい加減にしなさいよ……人が黙って聞いて大人しくしてればつけあがって!!」

その時、御坂が両手をテーブルに叩きつけて身を乗り出した。
それを食蜂がパンナコッタをすくうスプーンを持つ手とは逆手で頬杖をつきながら目線だけ上向かせる。

御坂「人の後輩馬鹿にして、人の知り合い指差して勝手に知った風な口聞いてんじゃないわよ!!!」

女生徒「「「「「「食蜂様!!」」」」」

食蜂「んー大丈夫大丈夫……静かにしててねぇ?お口チャック。シー」

文字通りの霹靂、雷鳴が如く一喝を受けてなお食蜂は揺るがず、浮き足立つ派閥の人間をせき止めるよう軽く手を振った。
ダイヤのエースとハートのクイーン、漂う空気は気体爆弾イグニスのように火花一つで爆発しそうなほど張り詰めているにも関わらずだ。

食蜂「……あはっ」

御坂「何ヘラヘラ笑ってんのよ!!」

食蜂「んー?ふふふっ♪ちょーっと突っついただけで心の応力、精神の反発力がスゴいなぁーって♪ねぇねぇ?仲悪いんじゃないの?嫌いなんじゃなかったの?第四位の事ぉ」

御坂「今私が一番ムカついてんのはね……私が大嫌いなあの女の事を、ろくに知りもしない部外者のあんたが訳知り顔で語ってる事に一番ムカついてんのよ!!」

今にも掴みかからんばかりの剣幕の御坂がそれでも手を出せないのは周りに白井らがいるためだ。
食蜂には麦野のような凶暴性はない。しかし何をしてくるかわからない危険性がある。
故に舌戦に留める必要がある事を御坂は熟知している。

食蜂「――じゃあ、貴女はその大嫌いな第四位の“本当の素顔”を……ちゃーんと正しく理解してるのかなぁ?」

御坂「………………」

食蜂「私はねぇ?恋人同士が百年間語り合ってもさらけ出せない心の裏も奥も闇も全部ぜーんぶ……見えちゃうんだぁ。聞こえちゃうんだぁ」

人食いライオン、本当の素顔、不吉な想像を聞く者に過ぎらせる断片を放りながら食蜂は御坂を見上げる。
知るものが聞けば、麦野が歴とした殺人者である事を遠回しに指しているとわかるだろう。
麦野沈利は御坂美琴の友人に相応しい存在ではない、と言外に言っているのだ。が

御坂「――そうね。だから何?」

食蜂「!」

――御坂は敢えて麦野と同じ口ぶりで、食蜂の続く言葉を遮った。



380 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:13:52.36 UIeiMW9AO 265/670

~10~

御坂「――たかが街中で何度か見かけて、コソコソ心の中覗き見したくらいで……顔合わせる度に喧嘩してる私と比べて、あんたがあの女の何を知ってるって言うのよ!!!」

私、なんでこんなにムカムカしてイライラしてるの?
この女が前に私と第四位が街中で喧嘩してるのを見たって言った時の……
『椅子の子供』『梯子の子供』の話をされてた時はこうじゃなかったのに。

御坂「あんたがなぞれるのは薄っぺらな上っ面だけよ!心?精神?だから何?あんたは何もわかってない!
理解出来たってあんたには絶対共感出来ない!知ったって感じる事なんて出来ない!あんたがあの女の何を見て知ってるのか言ってみなさいよ!
あんな寂しそうに輪から離れて、文句言いながらでも受け入れてくれて、大嫌いな私に食べる物も着る物も寝る所も分けてくれて……
そんなあの女の顔見た事があんたにあんの?ないでしょうが一度だって!!」

私だってあの女は嫌いだ。あいつの側にいて優しく笑う所も、私達を見て寂しそうに見守るのも……
あの月明かりの下の綺麗な顔も、お日様の下の眠そうな目も……
わかってしまう。あの女の壊れそうなくらい切なくて脆い素顔を、あいつがどうしようもなく愛してるのが。

御坂「人の心のごく一部、目立って悪い所だけあげつらって自分の物差しに当てはめるな!!狭い見方と歪んだ目線だけでその人間の全部を物差しではかる権利なんてあんたにない!!そんな資格誰にもないでしょうが!!」

あの夏の日、あの女が必死にあいつを守るために戦ってる横顔さえ見なければ……
私だってあんたみたいにあの女を自分の物差しで見て嫌いになれたわよ!
あんな……あんな壊れそうな横顔なんて知らなければ良かったのに!!

御坂「あんたが言ってるのはただの言葉よ!!何がが間違ってるだ正しいだなんて誰に言えるのよ!!それ決めていいのは私達なんかじゃないでしょうが!!そんなもんあんたの幻想よ!!」

――この世界が眩しいって、そう言った時の顔さえ知らなければ……

御坂「――いいわ。これ以上あの女に文句があるって言うなら……」

あの泣きそうな顔さえ……知らなかったら

御坂「――これ以上私の“友達”に文句があるって言うなら……!」

――あの女はただ……ただ私の『敵』でいたのに―――



381 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:14:44.00 UIeiMW9AO 266/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「私があんたの相手になってやるって言ってんのよ、食蜂操祈!!!!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


382 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:16:36.43 UIeiMW9AO 267/670

~11~

女生徒「「「「「御坂美琴!!!」」」」」

ガタッ!!と御坂の切った啖呵と同時に九十九人の派閥の人間が一斉に立ち上がる。
その眼差しには宣戦布告とも言うべき御坂の言葉に対する明確な敵愾心がありありと浮かんでいた。

佐天「(やっ、やっ、ヤバいよ初春!)」

初春「……っ……」

白井「(やってしまわれましたわ……ですが!それでこそ!!わたくしのお姉様!!)」

怯える佐天、歯を食いしばる初春、我が意を得たりとばかりに身構える白井。
九十九人のレベル3~4の雀蜂とレベル5の女王蜂。
レベル0、1、4の蜜蜂とそれを率いるレベル5のエース。
彼我の戦力差は絶望的、むしろ一手合わせただけでこの区画が吹き飛ぶ事くらい誰にでもわかる。
しかし――まだ、応報に対する号砲は鳴らされていない。

食蜂「……ふぅ~~ん?」

カチャン、と食蜂が銀の匙をテーブルに置いて両手で頬杖をつきながら御坂の言葉を吟味していた。
そう……食蜂は九十九人の派閥の人間が臨戦態勢に入った事さえどうでも良さそうにしていた。
ただ――御坂のぶち上げた言葉の意味を、たった今食したパッションフルーツのパンナコッタを味わうように……
その歯応え、喉越しを吟味するようにウンウンと頷き――そして
 
 
 
 
 
食蜂「えーいっ☆」パチンッ
 
 
 
 
 
女生徒×99「「「「「   」」」」」ガクンッ

御坂「!?」

食蜂が高々とかざした右手で鳴らしたフィンガースナップがパチンッと店内に響き渡ったその瞬間……
全員がその意識を喪失し、糸の切れた操り人気が棚から落ちるようにテーブルに突っ伏した。
リモコンを使うまでもなかったのか、リモコン無しで出来る芸当なのか――

食蜂「ふうー……やめやめ。やーめやーめ。なんかつまんなくなっちゃったぁ」

御坂「……!?」

食蜂「せーっかくの貴女との放課後☆ティータイムだったのにぃ……こーんな表面張力いっぱいいっぱーいな空気じゃつまんなぁいのぉ……」

一つ言える事、御坂にもわかった事。それは食蜂にとってこの場はもう『白けて』しまったのだ。
つまり――暴発寸前の空気も爆発寸前の雰囲気も、今食蜂が子供のように唇を尖らせてブーブー言う以上の『価値』がないと判断されたのだ。
そう……最初から食蜂は御坂と『お茶会』をしているだけのつもりなのだ。ここまで事態を悪化させてなおあっけらかんと



383 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:17:02.29 UIeiMW9AO 268/670

~12~

御坂「なっ……」

食蜂「どうしていきなり怒ったりするのぉ?私のフリートーク力で貴女と仲良くおしゃべりして、甘いお菓子いっぱい食べて、日が沈むまで一緒に遊びたかったのになぁ……?」

純粋無垢、天衣無縫と言った様子は入店当初から食蜂はなんら変わっていないのだ。
あれだけの裂帛の怒りをぶつけられ、殺気立った一触即発の空気すら――
食蜂にとっては楽しいティータイム、優雅なコーヒーブレイクだったのだ。
つまり――御坂は『敵』としてさえ見做されていないのだ。
『戦うに値する相手』とさえ認識されていなかったのだ。

御坂「(この女……!)」

初めて御坂の額から冷たい汗が流れる。女王の度量や人間としての器量以前の問題だ。
食蜂操祈には『底がない』のだ。それに対して御坂は震えそうになる。
人格破綻者、社会不適合者の集団であるレベル5の中ですら異質な感性。

食蜂「あーあー……私の魅力をもってしても第四位には勝てないのねぇ……足だって私の方が細いしぃ、胸も私の方が大きくてぇ、背も高くて若いのになぁ?寂しいなぁ……寂しいよぅ」

心理掌握(メンタルアウト)と言う人間の感情の奔流、坩堝、荒波を読み取る能力。
当人でさえ直視を避け持て余す『心の闇』を長年に渡って触れ続けた結果こうなったのか……
或いは生まれつき底が抜けている異形の精神だからこそこの能力が発現したのかは御坂にもわからない。

食蜂「んもー……じゃあ、ここでバイバイ?」

御坂「……そうよ。しばらくあんたの顔は見たくない」

食蜂「そう……じゃあ私まだダークチョコレートデカダンス食べたいから、ここで見送るねぇ?」

御坂は全身から一気に力が抜けるのを感じる。恐らく食蜂は御坂が叫んだ声の大きさに吃驚しただけなのだ。
何を言っても、語っても、諭しても、この『椅子の子供』……
お菓子とぬいぐるみとおもちゃに囲まれた子供の女王様には何一つ響かないだろう。

御坂「……出ましょう、みんな」

佐天「は、はい……」

レベル5にもし心的要素を当てはめるとすれば――
一方通行が『孤独』、垣根が『絶望』、御坂が『正義』、麦野が『狂気』、削板が『根性』……
差し詰め食蜂は『無垢』という冠が与えられるかも知れない。

食蜂「またねぇ?私の可愛い可愛い後輩(みこと)」

レベル5第五位食蜂操祈……彼女もまた学園都市の生み出した天才(かいぶつ)なのだから



384 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:19:24.91 UIeiMW9AO 269/670

~13~

佐天「……なんか、スゴい人でしたね」

初春「常盤台の女王……って言われる理由が少しわかったような気がします」

白井「……お姉様、大丈夫ですの?」

御坂「うん……私は平気。ごめんねみんな。スゴく怖くてイヤな思いさせちゃったね」

ファミレスから出た後、御坂は麦野から貸し与えられたクリームホワイトのコートを小脇に抱えながら繁華街を歩いていた。
流石に肝を冷やした佐天も強風に靡く黒髪を押さえながら何とか一息ついたようで……
気弱そうに見えて実は芯の強い初春がそんな佐天の背中をさする。
白井もまた常盤台にいるため多少の耐性があるため平気だが……
友人らに不愉快な思いをさせ、また自らも被害を被った御坂の表情はやや疲れていた。

御坂「――と、まあ……これでわかった佐天さん?序列は私の方が二つ上だけど、ああいう苦手なタイプも少なからずいるのよ」

佐天「あっ、いや、そんなんじゃ……」

白井「いえ――あの女王に面と向かって天下御免を切れるのはお姉様にしか出来ませんの」

御坂「啖呵切っただけよ。実際、相手にすらされてなかったって言うのはちょっとショックだったわ。変な言い方だけど――格が違う。能力以外の部分でね」

麦野のような抜き身の刃を思わせる狂気の女王とは全く異なる次元に位置する怪物。
誰も食蜂が全力で戦った所など見た事はないが――断言出来る。
あの女王がもし戦うとすれば、蟻の巣穴に水を流し込むようなそれだろう。
殊更レベル5という言葉を使ったのは、せいぜい警戒心を解かなかった白井に対する――
『私の方がスゴいもん!だからその子より私とお話しようよ!』という子供っぽい自己顕示欲以外の意味など恐らくはない。

御坂「――つくづく、どっかおかしいわねレベル5って」

佐天「あれー?それだと御坂さんもおかしいって事になるんじゃ……」

御坂「わっ、私はフツーよフツー!!第四位や第五位に比べたら全然常識的よ!!」
白井「それはあくまでレベル5の話であって、一般常識的に考えて……」

御坂「私のベッドを変な汁で汚したあんたが言うなァァァァァァ!」

初春「あ、あのー……御坂さん?」

御坂「へ?どうしたの初春さん」

と、それまで言葉少なめだった初春が御坂に並ぶように駆け寄り

初春「あの、さっきのって――」

そして、言った。



385 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:20:18.39 UIeiMW9AO 270/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
初春「――麦野さんの事言われて本気で怒ったのって……やっぱりそういう事ですよね?」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


386 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:20:52.99 UIeiMW9AO 271/670

~14~

御坂「―――!!?」

初春「あっ、いえ、あんな物凄い真剣に怒ってる御坂さん見るなんてなんか新鮮だなーって」

佐天「うーいーはーるー!思った思った!私もそれ思ったよ!!もうね、自分の恋人の悪口言われたみたいな激怒っぷり!!あれもうすんごくかっこよかったー!!」

白井「んのぉぉぉぉぉ初春ぅぅぅぅぅ!!途中で明らかにわたくしに関する怒りより比重が高かったそれを何故あえて今口にしますのぉぉぉぉぉ!!!」

御坂「ちっ、違うわ!違うわよ初春さん!あれはただの弾み!!ただの弾みよ!!」

寸鉄のように放たれた初春の言葉が、往来の中で皆が振り返るほどの白井の絶叫を呼び覚まし佐天が食いつき御坂が狼狽した。
そう、先ほど食蜂に向かってぶつけた上条ばりのソウルフルな説教は傍目から聞けばそう受け取られてもおかしくないものだったのだ。

佐天「もーヤバかったよねー!あれって“麦野さんを悪く言う奴は私が相手だ!”って言ってるようなもんじゃん!私初春を馬鹿にされてもあそこまで怒れる自信ないって!しかもあの常盤台の女王相手に!!」

初春「その前にもお食事会とかお泊まりの事さりげな~くノロケてて、一体昨夜どんなお楽しみがあったのか想像させられるところがポイント高いですねえ」

白井「お姉様ぁ!お姉様ぁぁぁぁぁ!本当にあの写メはただのパジャマパーティーですの!?事後ではございませんのそれとも事前ですのぉぉぉぉぉ!!?」

佐天「あれだけ白井さんがアタックして落とせない御坂さんを一晩でどうやってあそこまで言わせるような事したんだろ麦野さん!あっちの方もレベル5なのかなあ?」

初春「最低でも唇は行っちゃってると見ていいでしょうねーこれは」

白井「唇!?唇ならばわたくし白井黒子、憚りながら博多明太子になるまで熱い口づけをこのわたくしにィィィィィ!!」

御坂「い・い・か・げ・ん・にしなさぁぁぁぁぁい!!」ビリビリバリバリ

白井「何故わたくしだけにあばばばばばぁぁぁぁぁ!!?」

そして繁華街での一角に、愉快で前衛的な黒焦げオブジェが一体出来上がった――



387 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:23:15.85 UIeiMW9AO 272/670

~15~

白井「」プシュー

御坂「だから違うって言ってるじゃない!私が好きなのは……私が好きなのは……あ、ァィッ」ズルズル

佐天「あはははははっ。わかってますわかってますって御坂さん」ズルズル

初春「佐天さん、どっちを指してわかってますって言ってます?」

超電磁組は繁華街の往来の中を行く。黒焦げ焼死体寸前のこんがりウェルダンな白井を引きずって。
さりげなくロズウェル事件の宇宙人のような白井を引きずらない初春がその後に続いて。
吹き抜ける秋風に、佐天のスカートめくり攻撃をされないよう鞄で押さえつつ。

初春「でも……」

御坂「ん?」

初春「それだけ真剣に大嫌いって言える相手って、それもう大好きと変わらないんじゃないですか?」

御坂「それは違うわ初春さん」

初春「え?」

御坂「――私達は、争うのをやめましょうって歩み寄っただけで、あの女は私を友達だなんて認めてない。そんなくくりに入れられるのは吐き気がするって」

そしてそれを語る御坂のシャンパンゴールドの前髪を秋風をそよがせて行く。
どこか遠い眼差しをしたその瞳が、見えざる上条当麻の幻想を宿すように。

御坂「――初春さんは大人だから言うけど――」

佐天「(あれっ?私は??)」

御坂「……私がアイツが好きなのを変わらないように、あの女もアイツを愛してる。だから私達は“友達”にはなれても初春さん達みたいな“親友”にはなれない」

初春「………………」

御坂「――私達のどちらかがアイツを諦めない限り、絶対に」

最愛を求める限り親友になれない。恋に太平楽な結末などありえない。
あるのは手にした勝者と失った敗者という現実のみ。
それが全てを受け入れようとする御坂と、上条当麻を除く全てを否定する麦野の唯一共有する価値観。

初春「――じゃあ」

御坂「じゃあ?」

初春「――麦野さんが、本当に助けを、救いを求めている時もそれは変わらないんですか?」

御坂をして『大人っぽい』と評された初春が笑う。
御坂さんは『子供っぽい』なあと微笑みながら。
一見ドライなようで、それを貫けるほど成熟しているならば何故麦野を貶されてあそこまで真剣に怒れるの?
とその風に揺れる花飾りの少女の微笑みは御坂の矛盾を愛しく感じていた。

御坂「――――そうね…………」



388 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:24:34.91 UIeiMW9AO 273/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
御坂「――絶対、助けに行くと思う。きっと、アイツがいてもいなくても――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


389 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:27:31.25 UIeiMW9AO 274/670

~16~

上条「出来上がり、一ヶ月後になるってさ」

麦野「結構かかるわね……」

少し無理させ過ぎちゃったかな、と反省しながら私は当麻の右腕を取りながら次第に日暮れを迎える遊園地を共に歩む。
ブルーローズの指輪、ガラスの靴、後はドレスでも誂えれば教会に殴り込みに行けそうだ。
何て思いながら私はこいつの体温に身を委ねる。
ここ何日か身体が冷たく感じる。そろそろ始まるのと季節の変わり目って言うのもあるんだろうけど。

麦野「ねえ、ポケットに手入れてもいい?」

上条「ん?いいぞー」

当麻の学ランのポケットに入れる手。冷たい指先が薄皮一枚隔てて流れる血に温められてるみたい。
私を溶かす36度の体温。空っぽな私の身体の中を埋め尽くして満ち充ちて行く温もり。
匂いだったり体温だったり、私はこいつの『存在』を感じられるものが好きなんだろう。

麦野「これからどんどん寒くなって行くのかしらね」

上条「だろうな。10月も半分越えた辺りじゃ夜もだいぶ冷え込んで来るだろうし」

麦野「……その時はあっためてくれる?」

上条「……おお」

麦野「何だよ歯切れ悪いな。何いやらしい事考えてるのかにゃーん?」

上条「か、考えてねえよ!」

嘘吐け。ヤリたい盛りのクセしやがって。ってあんまり私も人の事言えないか。
始まる前って無性に欲しくなるし、あまり表に出したくないけど情緒不安定になる。
昔なら殺し方がより一層残酷になったし、今なら滅茶苦茶デカい声で喘ぐ。
愛情の確認、なんて純愛めいた感覚は私に限っては有り得ない。
私がこいつと交わすのは単純に気持ち良いのと、存在が感じられるからだ。

麦野「でも、今年の冬はなんだか楽しみ」

上条「?」

麦野「こたつだ石狩鍋だクリスマスだお正月だ……冬休みに入ったら旅行なんかもいいね」

上条「――楽しいイベントいっぱいだな」

私の中に入って来るこいつの存在、それを飲み込む私の存在。
逃避のようで、依存のようで、狂気のようで。
私の中の歪んだ部分、狂った部分、壊れた部分が……
真っ黒に塗り潰された中身が真っ白に染まって行く瞬間が好きだ。

麦野「ま、それもテメエが補習で休みを潰さなきゃの話だけど?」

上条「が、頑張る!」

ズブズブに沈んで行くシーツの海と、浮き輪のようなコイツ。
息継ぎも出来ないくらい深い底で、泳ぐのを止めて波にさらわれるのが私は好きだ。


390 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:27:58.69 UIeiMW9AO 275/670

~17~

上条「イベントか……また写真増えるな。今日も来るってわかってたらデジカメ持って来たんだけど」

麦野「まあ、次来た時でいいんじゃない?ねえ、今度の土日泊まりがけで来ない?ホテルあるみたいだし」

つい数週間前渡ったヴェネツィアを模したようなテーマパーク内を二人は行く。
軒を連ねる赤煉瓦の街並みに灯る暖色系のランタンの数々がホタルの光のように柔らかく夕闇に輝く。
一つのポケットに二つの手。一度とずれていない二人の体温が重なる。

上条「それはいいけど……ホテルなんてあったか?」

麦野「あんた馬鹿ァ?さっきのチケット売り場でスリーデイパスポートとかホテルの案内あったじゃん。それにこれだけ広くて数も多いんだし、全部遊び倒して回るには一日じゃ足んないっての。そのためにあんでしょ?“外”のオズワルドランドと一緒でさ」

上条「(もしかしてハマったのか?)確かに全部回るのにはそんくらいかかりそうだな。でも飽きねーか?」

麦野「飽きたら飽きたで別の“お楽しみ”があるんじゃないのー?そのためのホテルでしょ」

上条「魔法の国で子供の幻想(ゆめ)壊すような事言うなって!!」

麦野「人の幻想ブチ殺して回ってるあんたがそれを言う?」

まるで学園都市製の『冷めないカイロ』のようだとどちらともなく思った。
ただ一つ違うのは、使い捨てでもなければ買い足しも出来ないという事。
麦野の左手薬指に嵌められたリングの感触が伝わり、チャプチャプと二人が渡る架け橋の下の水路が細波を寄せては返す。
今朝から吹いている秋風が水面に波を立たせ、夕闇の雲すら散らして行くのだ。

麦野「でも……」

上条「?」

麦野「何だか、幻想(ゆめ)の中にいるみたい。あんたと付き合うようになってから、私は長い夢の中にいるよう」

上条「………………」

麦野「――ありがとう。ここまで連れて来てくれて」

上条「……バーカ。まだ早いってんだ」

麦野の言葉。それが単純に幸せ過ぎて夢のよう、という意味合いでない事は上条にもわかる。
今更言葉にするまでもない共通認識。故に上条は少し強くその細く長い指と小さく白い手を握り返す。

上条「“オズマ”、行くぞー」

麦野「ん」

目指す先は二時間のファスト待ちであった今回の目玉、4Dアトラクション『オズマ』である――



391 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:29:57.27 UIeiMW9AO 276/670

~18~

係員「はいこちらになります!では専用のバイザーをお渡ししますので……」

上条「(なんか御坂妹のゴーグルみてえだな……)」

そして――上条と麦野は4Dアトラクション『オズマ』へと来場した。
地球儀を模したような建物は虹色のように七変化する色合いのドーム状の外観であり、内部は完全に白色で統一されている。
一見してプラネタリウムを思わせる造りになっているが、椅子や機器と言ったものは一切見当たらない。
ただどこまでもどこまでも真っ白な殺風景が続き、天井から奥行きまで計り知る事さえ出来ない。

麦野「……洋画で良く見る、精神病院の真っ白い部屋をデカくしたみたいね」

上条「怖い事言うなって……」

係員「はい!それではアトラクションの説明に移りますね」

卵の内側のようなドームの中、係員の説明が始まる。
何でもこのアトラクションは、専用のバイザーを装着する事により、脳波から『自分だけの現実』とも言うべきバーチャルシミュレーションを映し出すものらしい。
例えば上条が『海』を頭に思い浮かべれば文字通りドーム内は海の映像が具象化されるのだ。

麦野「軽くSFね。もしエロい事考えたらどうなんの?」

上条「やめろっての!」

係員「/////////」

麦野「(やったヤツいんだな)」

上条「(え、エロい事考えんの止めよう……)」

しかしこのアトラクションの妙味は、仮に上条が『海』を想像しそこが一般的なハワイのビーチだったとする。
しかし麦野が『海』を思い浮かべてもそこはビーチではなく海中、スキューバダイビングのように魚が踊る光景かも知れないのだ。
もしくは二人揃って『日本海』を思い浮かべても、上条が雪景色のような想像をするかも知れないし麦野は荒波を連想するかも知れない。
つまり『自分だけの現実』を他者と共有とする事に他ならないのだ。

係員「ただし、恐怖や苦痛、或いはそれに準じるネガティブなイメージをもたらす映像は自動的にカットされますので、ご了承下さい」

麦野「(成る程ね。つまり火傷しそうな熱湯や火傷じゃすまないマグマみたいなイメージは御法度って事か)」

上条「だよなあ……えーっとこれは五感にも連動してるんだっけ?」

係員「はい!ただし、あくまでお客様のイメージが元になりますので例えば……食べた事のない料理などはフィードバックされない場合もございます」



392 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:30:26.09 UIeiMW9AO 277/670

~19~

麦野「私の好きな鮭児の味はわかっても、食べた事のない料理は脳内のイメージやエピソード記憶にないから再現不可って事ねー」

上条「つまり……俺達の“記憶”と“イメージ”と“自分だけの現実”にないものは再現出来ねえんだな。わかった」

そしてこの『オズマ』の最大の特徴……それは具現化された映像を見るだけでなく……
森ならば木々の匂い、お菓子ならば味わい、演奏ならば聞け、天使を思い浮かべればそれに触れる事さえ出来るのだ。
“外”の世界でようやく普及し始また3D、せいぜいが『匂い』までしか再現出来ない4Dとは訳が違うのである。
まさに二~三十年先行く最先端技術の結晶体である学園都市にしかないアトラクションである。

麦野「(じゃあ童貞が悶々エロい事考えても、再現出来るのはせいぜい視覚情報だけで感触は伴わない訳ね。ご愁傷様)」クスクス

上条「(なんでお前はそんな下品な方にばっかり考えんだっつうの!)」

麦野「(目新しいもん見るとどう悪用しようかって頭の造りが出来上がってんのよ。あんた、私とのエッチ思い出したら殺すからね?)」

上条「(こんなところでそんなR18映画どころじゃねえもん思い浮かべたら学園都市にいられなくなんだろ!!?)」

係員「ちなみに青少年に悪影響を及ぼすようなイメージにもフィルターがかかります」

係員の説明は続く。この『オズマ』内では来場者の脳に直接リンクして具象化されるため、乱れがあればすぐさま強制的にシステムダウンされると。
『幻想御手事件』を例に出すまでもなく、脳に深刻なダメージが残る一切の危険性を考慮し尽くされているのだ。

上条「俺の幻想殺しで消えたりしねえよな?」

麦野「それはないんじゃない?能力でも魔術でもない“カガクのチカラ”なんだからさ。でも……」

上条「でも?」

麦野「記憶や知識やイメージやエピソードを基に作られんなら、残念だけどインデックスは連れてこないほうがいいわね」

上条「……だな」

ふと上条は思う。このシステムは例えば、インデックスのように頭脳に『猛毒』を孕んだ人間や……
『記憶喪失』の人間がプレイングすればどうなるのだろうか?と。
もちろん偽善使い(かみじょうとうま)は記憶を失ってなどいないが――

係員「それではアトラクションスタートです」

上条麦野「おおっ!?」

そこで、アトラクションが動き出して――



393 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:32:25.88 UIeiMW9AO 278/670

~20~

ゴゴン!と次の瞬間ドーム内が真っ白な世界から真っ黒な帳にとってかわった。
同時に係員の姿も見えなくなり、二人は暗闇の中なのに互いの姿だけは昼間のようにハッキリと見える――
曰わく漫画かアニメのような状態からスタートする事と相成った。

上条「まっ、真っ暗だな……」

麦野「そうね……かーみじょう。なんかイメージしてみてよ」

上条「お、俺からか?んじゃあ……空!空なんてどうだ?」

ブンッ!と奇妙な浮遊感が上条の言葉を引き金に二人を包み込み、夜の帳が――
見る見るうちに真夏の蒼穹を思わせるアクアブルーの碧、スカイブルーの蒼、クリアブルーの青へと変わる。
航空機でなければ鳥ですら辿り着けない空の上。しかし

上条「おおっ!?本当に空の上に出ちま……ってのわああああああああああ!?」

麦野「当麻!?」

二人は空の上に出たまでは良かった。しかし上条は空=高い所=落ちると連想してしまったため……
本当に空から落ちる夢そのままに真っ逆様に墜落して行ってしまった。
空の上から空の中へ落ちるという訳のわからない状態に陥り、そこで麦野は

麦野「雲!綿菓子みたいなフワフワモコモコ!!クッションになれ!!」

ブンッ

上条「落ちる落ちる落ちる……ぶふぇっ!?」ボインッボインッ

麦野「あら、本当に出来た」

反射的に麦野は空=雲=クッションという想像をしたため、上条は上空何百メートルから落下しながらも――
突如として現れた迷い羊のような雲に受け止められ、トランポリンの上で跳ねるようにして停止した。

麦野「あら?……これってまさか……じゃあ」

その現象にニヤリと真っ黒い笑顔を浮かべて麦野が左手を振る。
すると……眼下の綿アメのような雲に顔面から突っ込んだ上条に向かってスルスルと……
光で織り成すカスケード(流水階段)のようにガラスの螺旋階段が架かって行く。

上条「すっ、すげー……これが“オズマ”ってのか」

オズマ。それはオズの魔法使いに出てくる魔法の国の女王の字。
そう、このオズマ内では人を傷つける以外の全ての魔法が使えるのと同義なのだ。
科学、魔術、違いこそあれど両者共に天上に至るまでの力を有せば――それこそ『奇跡』に区別など必要ないように。

394 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:32:52.71 UIeiMW9AO 279/670

~21~

麦野「ふ~ん……確かに、この空間の中じゃなんだって思い通りになるっぽいね。人気があるのも頷ける」

上条「ああ……ちょっとした神様気分だな……よっと」ズボッ

麦野「色々試してみるか……雲、綿菓子、甘くなれ」

ブンッ

麦野「ん!これ本当に綿菓子の味がする……」ブチンッ、ムシャムシャ

上条「どれどれ……雲、全部かき氷になれ!!」

ピキーン!

上条「冷てええええええええええ!!?」

麦野「(こいつ本当に馬鹿だろ)」カツンカツン

雲を綿菓子に変え、ひとつまみちぎって食しながら麦野は光とガラスの螺旋階段を下りて来る。
当の上条はと言うと自分の乗っている浮き雲をみぞれ味のかき氷に変えてその冷たさにのた打ち回っていた。
それを見下ろす麦野はそれこそつける薬のない馬鹿を見る目でかき氷より冷ややかな眼差しを送る。

上条「くっ……かっ、かき氷じゃなくて羊になれ!」

メエエエエエー!

麦野「それは山羊でしょ!!?テメエ本当に馬鹿なんでしょ!!?」

上条「う、うるせえ!ちょっと間違えたんだよ!!」

メエエエエエー!ムシャムシャ!

麦野「おい!本当に山羊が雲食ってるぞ!?また落ちるからなんか別の事考えて!」

上条「わっ、わかった!や、山羊じゃなくてペガサス!ペガサスになれ!!」

リューセイケーン!!

麦野「テメエはもう何も考えるなあァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

これが『オズマ』である。上条は羊に乗る自分を想像しようとして山羊を連想してしまい、山羊=手紙を食べる=手紙は白=白は雲の負の連鎖。
あまつさえ空を翔るペガサスを想像しようとして某流星拳の御仁を思い浮かべてしまったのだ。
ある意味、これ以上内面をさらけ出させる……もとい被験者の知能や思考や想像力を如実に表す装置もない。
言うまでもなく上条は頭が良くない。悪いと言わないのは麦野なりの身内贔屓である。

麦野「ちっ……土台がなくちゃおちおち話もしてられないわねえ?しゃーない」

すると――麦野は流星群VS幻想殺しで殴り合う上条を無視して左手を天空にかざす。
雲上の彼方にあって降り注ぐ太陽を掴むように、仰ぎ見た天上に向けて、ただ一言。

麦野「――お菓子の国になりなさい!!」

上条「!?」

ブンッ!

次の瞬間、ブルーワールドよりパステルカラーへと世界が様変わりする――



395 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:34:59.81 UIeiMW9AO 280/670

~22~

上条「おー!すげー!!本当にお菓子の国になっちまったぞ!!!」

蒼穹より世界がアイボリーへと空の色を変え、大地がブラウニーに形を変えて行く。
お城を連想させるデコレーションケーキ、ないしウェディングケーキが見る見るうちに聳え立つ。
生クリームのガードレールとスポンジケーキのハイウェイが生まれ、信号機代わりにポッキーが生える。
赤黄青の信号は全て同色の飴玉にとってかわり、そこへと二人は降り立つ。

麦野「ちっ……さっきあんたからもらったクレープとかワッフルのイメージが強く残ってたみたいね」

上条「ここならいくら食っても太る心配ないしな!」

麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね・!」

上条「おいおいこの世界は暴力行為禁止だろ?つうか……」

麦野「……なんだよ」

上条「……お菓子の国とか、お前ちょっと可愛い所あるな?」

麦野「悪かったわね!!ずっと甘いもん我慢してたんだよ!!」

上条「悪いなんて言ってねえだろ?ただ可愛いって(ry」

麦野「女に“可愛い”は誉め言葉じゃねえんだよ!!」

もともとこの年になるまでお気に入りのぬいぐるみがないと眠れないような幼い部分が麦野にはある。
この『オズマ』はそう言った潜在的願望をも拾い上げてしまう面があり、このお菓子の国は麦野の感性の一部でもある。
やれやれ、素直じゃねーなと呆れた笑みでお手上げのポーズを取る上条にもそれはわかる。

上条「んじゃ……お菓子の国ならこういうのも出来るかな?」

ブンッ!

麦野「カボチャの馬車!!?」

上条「さっきガラスの靴作ったろ?ならカボチャの馬車があったって良いだろ」

麦野「……私の年考えなよ。18だよ18」

上条「全然お姫様だって!来いよっ!!」グイッ

麦野「きゃっ」

ふてくされ腕組みし、そっぽを向く麦野の手を取り現れたカボチャの馬車へ上条は乗り込む。
それに麦野はドキッとさせられされるがままに連れ込まれた。
『美しい』や『綺麗』という言葉は聞き慣れ言われなれても、良く言えば大人び、悪く言えば老けてみられる麦野は『可愛い』と言われた事がなかったからだ。

麦野「強引ねえ……」

上条「そうか?こういうのってテンション上がるよ。なんかちょっとした能力者気分で」

麦野「能力者?」

上条「ほら、俺の右手ってこうだからさ」


396 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:35:26.04 UIeiMW9AO 281/670

~23~

そうして乗り込んだカボチャの馬車がピンクやパステルの街並みを行く車窓を見つめながら上条は言う。
この学園都市製のバーチャルシミュレーションマシーン『オズマ』。
この中ならば無能力者の自分でさえもちょっとした能力者気分になれて少し面白いと。

上条「この幻想殺しって能力を別に恨んだり、他人と比べて劣ってるなんて思った事はねえんだけど」

麦野「………………」

上条「みんなみたいに裏返しにしたトランプの絵が透けて見えたり、スプーン曲げられたり出来ない自分よりも……それが出来るやつが少し羨ましいなって思った事は流石にあるよ。やっぱ人並みにさ」

麦野「……悔しい思いもして来たんじゃないの?レベル0だからって馬鹿にされたりさ」

私も最初はそうだったよ、と麦野は板チョコの屋根瓦の家々を見つめながら呟いた。
麦野も最初は上条を路地裏のゴミ(スキルアウト)として認識し殺しにかかった。
そして原子崩しを打ち破った上条を書庫(バンク)で調べ、レベル0のクズ(無能力者)と見下した。
そして今は――やはりレベル0を殊更ゴミ扱いするつもりもないが、路傍の石程度にしか見ていないスタンスは変わらない。が

上条「そうだな……馬鹿にされて来た事もたくさんあるし、カチンと来た事もいっぱいある。トランプの透視が出来たりスプーン曲げの出来る自分を想像したり、どうして自分にはそれが出来ないのか……卑屈になったり自虐的になった時だってあったぞ」

麦野「……やっぱりあんたでもあったんだね。そういうの。てっきり何も考えないで、ヘコむ事もない馬鹿だとばっかり思ってたわ」

上条「麦野さんは上条さんをなんだと思ってるんでせうか?」

麦野「――……最初は敵(ゴミ)、次は味方(ヒーロー)、今は――」

自分の能力が通用しない相手。それは麦野にとって……最初は殺人現場の目撃者以上に許せないものだった。
麦野はレベル5の地位と権力と矜持でありとあらゆるものを見下して来た。
暗部としての闘争と殺戮の中で己を練り上げ、研ぎ澄まし、勝ち取り、奪い去り、築き上げて来た。

麦野「――どうしようもない彼氏(バカ)、って所だね」

しかし――上条の右手と、麦野の命を助け、心を救った行為はその全てを否定した。
否定した、というよりも通用しなかったのだ。何故なら――上条は最初から、そして今も

麦野を『一人の女の子(にんげん)』として見ているからだ。



397 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:37:34.34 UIeiMW9AO 282/670

~24~

そう、上条は麦野をレベル5としてあてにした事も利用した事も一度もない。
超能力者としてでなく、常に『麦野沈利はどうしたいんだ?』と問い掛けて来る。
いつも『人間』として話し掛けて来るのだ。その上条にとっての当たり前が、麦野の『自分だけの現実』の中にはなかった。

麦野「――レベル0とか関係ねえよ。無能力者とか関係ねえんだよ、ってあんただけはそう思わされる。そういうのを差し引いてもあんまりにも馬鹿っぽくってさ、レベル5だって肩肘張ってる自分まで馬鹿馬鹿しくってね」

無論、麦野とて誰にでもそう接せられて容易く心など開かない。
むしろプライドが刺激されて逆に殺しにかかるだろう。
馴れ馴れしくレベル0程度が自分に同じ目線に立つなと。
三度に渡る殺し合い、その度に命と心と魂とを解きほぐされて――
そう、上条を二度死に目に追い込み、二度それ以外の人間を殺しかけてやっと麦野は折れたのだ。

麦野「――私、多分ダメ男好きかも知れないわってあんたといると思うわ」

上条「流石の上条さんも傷つくぞ!?ほら泣くぞすぐ泣きますマジ泣かせんな三段活用!!」

麦野「誉めてんのよ。私なりにね」

麦野の本質は病的なまでに高い自尊心と、際限ない暴力と破壊衝動、そして狂的な情念である。
自分の上に立つ者を認めず、並び立つ者を許さず、下に甘んじる者は利用価値を除けば歯牙にもかけない。
上条は文字通り命を三度矢面に晒し、言葉通り麦野にとっての『能力』という価値観と判断基準の埒外に立つ事で――
やっと、やっと、そこまでしてやっと……麦野は上条の腕に収まる事を選んだ。
ライオンと共に生きて行くのに、血を見ないで済むなどとという夢物語はありえないのだから。

上条「ったく……本当に口悪いなあ……」

麦野「顔と身体で十分カバー出来るでしょ?」

上条「いや、好きになったのはそこじゃねえよそれもあるけど」

麦野「まさか全部、なんて冬でもないのに寒い事言わないでね?あと笑顔だ中身だ、別にそんな私じゃなくたっていい理由なんていらない」

進むカボチャの馬車が、長いスプーンの橋を渡る中ほどで……
麦野はアイボリーの空へと再び左手を振るう。
すると――パウダーシュガーの雪が降り注いで来た。
一見して粉雪のようで、されど口に含めば砂糖の味が感じられるそれを。




398 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:38:50.68 UIeiMW9AO 283/670

~25~

私は雪が嫌いじゃない。少なくとも雨よりは好きだ。
音にならない音を立てて降り積り降り注ぎ降りしきる白雪。
この学園都市じゃ年に五回も振るかどうか、って言うのもポイントね。
冬の間ずっと降るとありがたみがないし、何より寒いし歩きにくいし。

――私から見て色褪せたこの学園都市(まち)が、歪んで醜く見える世界が、ほんの少し美しく見えるから。
汚い物、醜い物、形ばっかり綺麗な薄っぺらな物、それが雪に覆われて白く染まるのが好きだ。
冷たさにも心地良い冷たさって言うのがある。夏だったなら氷、冬だったなら雪って具合に。

上条「――そうだなあ」

麦野「………………」

雪って可哀想よね。例えばさ、長い冬の終わりに春が来て……
花も草木も鳥も獣も訪れたあたたかい陽射しを心の底から歓ぶのに――
雪だけが溶けて消えて行く。皆を包む光の中、焼かれて溶けて消えて滅ぶ。
美しかった白が泥にまみれて、濁った色のまま看取られる事なく死んで行くの。

上条「――強いて言うなら」

麦野「言うなら?」

上条「――お前といると、幸せだから」

麦野「―――………」

上条「不幸だ不幸だってつっても、お前とこうやって一緒にいれて、デート出来て、これが幸せじゃなきゃ何が幸せだってんだ?」

だけど――今ならこう思う。

上条「正直な所、お前追っ掛けんのに精一杯でさ」

消えて行く刹那、最初で最後に触れたぬくもりに最期を迎えた雪は

上条「――初めてお前に言った“好き”の後の事、何も考えてなかったんだ」

――そのぬくもりを呪って、憎んで、怨んで、消えていったんだろうか?

麦野「――もっと、具体的に。私しか持ってないもので、あんたが私を選んだ理由」

違うと思う。

上条「――その太い足と、悪い口、あとキツい性格」

麦野「ああん!!?」


雪は――その掌の中で消えて行く時……きっと、きっと満たされて消えて行ったんだ。

上条「つまり――」

ただ一言、ありがとうって

生まれて初めてのぬくもりに触れて

この世で最後のぬくもりに包まれて

冷え切った命と冬の終わりに

ただ、一度だけ

自分を包んでくれたぬくもりの中で、雪はきっと

きっと

冷たさしか伝えられない自分を、あたためてくれたぬくもりに

ありがとうって――

399 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:41:10.49 UIeiMW9AO 284/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――麦野(おまえ)が嫌いな沈利(おまえ)を、俺は好きになったんだよ――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


400 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:41:43.18 UIeiMW9AO 285/670

~26~

麦野「………………」

上条「?」

麦野「……かーみじょう」

ダメだ。コイツはダメだ。言えよ。頭の悪い事言えよ。
さっき私が禁止って言った、全部とか中身とか声とか目とか笑顔とか――
頭の悪い答えで良いんだよ。私は正解を用意してる訳でも、答え合わせもするつもりなんてねえんだよ。

麦野「……ねえ」

上条「な、なんでせうか?」

ぶっちゃけた話、身体の相性が良いからでも構わない。まあ言った後は絶対ぶっ飛ばすんだけど――
目に見えないもの、手で触れられないもの、肌で感じられないものなんて私には信じられない。
私は御坂とは違う。甘くて優しくて綺麗な純愛なんて、他人のを見るのも自分がやるのも反吐が出るんだ。

麦野「……充電切れちゃった。抱け」

上条「はあ!?」

麦野「良いから抱けよ!!……このままじゃ息も出来ない」

上条「こ、こうか……?」

麦野「そう」

――完璧主義者の私自身が嫌ってる欠点まで好きだなんて言われたら、私はこれ以上自分の何を嫌いになれって言うんだ?
出来る訳ないでしょうが。そんな事したら、私を好きなあんたを否定する事になるでしょうが。
クソッ、顔見せられない。幻想(バーチャル)の世界でも、涙だけは現実(ホンモノ)かよ。

麦野「――テメエのせいだ」

上条「い、今足太い所も好きって言ったのがか?」

麦野「違う。テメエが悪いんだ。お前がいるからいけないんだ。あんたのせいで私はどんどん弱くなる」

上条「………………」

麦野「毎日充電してるとバッテリー弱くなるでしょう?減りがどんと早くなって、満タンでいる時間がドンドン短くなる。充電器に挿しっぱなしだともっと弱くなる」

上条「沈利……」

麦野「お前の、せい……だ!」

ちくしょう。こいつの体温も本物だ。あったかくてあったかくて……
優しくって優しくって、死にたくなるくらいあったかいよこいつ。

上条「――馬鹿だなあ、お前」

ああ馬鹿だよ。テメエの馬鹿が移ったんだ。責任取れよ。
つける薬もない馬鹿さ加減も、カエルの先生も匙投げるくらいの愛情(びょうき)も

上条「んなもん、簡単な事じゃねえか」


全部全部――お前が私を選ぶからこうなったんだぞ。

勝てる訳ないだろ

こんな優しい馬鹿に

こんなあったかい馬鹿に



401 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:42:36.94 UIeiMW9AO 286/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
上条「――お前が弱くなってくってなら、その分俺が強くなりゃいい話じゃねえか――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


402 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:43:30.94 UIeiMW9AO 287/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――雪が、太陽に勝てるはずないでしょ――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


403 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:46:18.70 UIeiMW9AO 288/670

~27~

食蜂「つまんなぁい……」

超電磁組が立ち去った後、食蜂はダークチョコレートデカダンスに舌鼓を打ちながら独り言ちていた。
それを取り巻いていた九十九人の人間は粗方引き上げさせ、今は最低限の護衛を伴うに限らせている。
その様子はファミレスの外に吹く木枯らしを見てつくアンニュイな溜め息というより――

食蜂「つまんなぁいのぉ……寂しいなぁ……」

やっと遊べると思っていたおもちゃを取り上げられてしまった子供のような落胆さである。
食蜂にとって御坂は常盤台にあって唯一無二の――能力の通用しない人間である。
心の中、胸の内、秘めた影を覗き見る事の出来ない自分と『対等な存在』
小突き、怒らせ、構ってもらうとそれを面白がるというメンタリティーは正しく子供のそれである。

食蜂「私は貴女の事大好きなのにぃー……私の支配力をもってしても思い通りにならないお天気みたいなものなのになぁ」

食蜂の能力、心理掌握(メンタルアウト)とは見方を変えれば『人の器』を覗き込む能力に他ならない。
例えばどんな畏怖、偉容、威厳を示してもその内面は食蜂から見れば素通しのグラスも同然である。
どんな聖人君子のように振る舞えどその人間の内情など食蜂の前に取り繕う事など決して出来ないのだから。

言わば『人間の限界』を一目で計れてしまうという事。
ある意味において誰しもが人間に抱く幻想を食蜂は持ち得ない。
読みさしの文庫本を手繰るようにしてその人間の胸裡、心中、内面、深層、その全てが食蜂には読み取れる。

かさぶたを剥がす要領で容易く心の傷を開いてその人間を壊す事も……
当人でさえ目を背けたい心の闇を暴く事さえ食蜂には出来るのだ。
グラスの水嵩を増やして溢れさせるように、先程のように叩き割るも思いのままに。

そんな中――御坂美琴だけが、食蜂の手中の埒外にある。
ただ一人底をさらけ出さず手の内の見えない存在。
言わばぬいぐるみや玩具やお菓子のような一人遊びの派閥の人間とは違う……
一緒に砂の城を作ったり鬼ごっこをする『お友達』……
それが食蜂が御坂に与えた、歪んで捻れた正当な評価なのだ。と

???「お一人様なんだよ!」

店員「かしこまりました。ご案内いたします」

その時、一人の修道女が来店してきた。



404 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:46:45.41 UIeiMW9AO 289/670

~28~

食蜂「(あらぁ?とーっても可愛らしいシスターだわぁ……真っ白な服、まるで雪のようねぇ……)」

???「この“いちまんえん”で食べられるの全部持って来て欲しいかも!」

店員「ええっ!!?」

退屈と時間と怠惰とを持て余していた食蜂の眼差しが、木枯らしと共に姿を現した一人の修道女へと注がれる。
スノーホワイトのウィンプルから流れる目映いばかりのプラチナブロンド。
年の頃はわからないが、恐らく自分とさして変わらぬ事が異国の血流れる可憐な顔立ちからもわかる。が

???「バリバリムシャムシャバキバキゴクンッ!バリバリムシャムシャ(ry」

食蜂「(……まるでバキュームカーみたぁい……私の分析力をもってしても、明らかに体積を超えた分量がお腹に消えて行ってるわぁ)」

とかく耳目を引くのはその半神めいた容姿以上にその食べっぷりである。
思わずカメラが回っていないか店内を見渡すも、いやに目立つ青い頭をした学生の後ろ姿くらいで他に見るべきものはない。
つまり――テレビ番組の撮影やドッキリではないと言う事。

食蜂「(大食いに特化した肉体変化系能力者かしらぁ?)」

食蜂をして理解力の及ばぬまさに人外の領域。もし大食いにレベルを当てはめるならば間違いなくレベル6。
修道女とはもっと慎ましやかな食事風景を想像していた食蜂は――
その様子に食指が動いた。物珍しい動物を目にした時の子供のように。

食蜂「(うふふ……お腹の中がどうなってるのかはわからないけどぉ……私の解析力で、貴女の頭の中覗いちゃうゾ☆)」

入店よりわずか三十分足らずで一万円分のメニューを平らげた異国の少女に食蜂の興味の矛先と関心の手先が伸びたのはある種の必然であった。
そして食蜂はバックからリモコンを取り出し、それを件の修道女へと差し向ける。

食蜂「(さぁてさぁて……神に仕える女の子の中身、丸裸にしちゃうわよぉ……そーれ♪)」

???「ごちそうさまなんだよ!おつりはいらないかも!」

店員「(おつりなんてないんですけど……)」

修道女がレジにて一万円札を取り出し、店員がレシートを手渡すその瞬間――
食蜂はカチンとレバーを押した。そう、その修道女の内面を覗き見るために。





――――――しかし――――――







405 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:48:54.37 UIeiMW9AO 290/670

~29~

食蜂「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

女生徒A「食蜂様!!?食蜂様!!!」

女生徒B「食蜂様お気を確かに!店員さん!!早く誰かを!!!」

店員「は、はい!!」

食蜂「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

女生徒C「食蜂様しっかりしてください!食蜂様!!」

――修道女が店を出た直後、食蜂はテーブルの上のスイーツとグラスとリモコン全てをひっくり返して末摩の声を上げた。
その狂態を見るや、錯乱や恐慌や痛苦と行った生易しいレベルののた打ち回りようでない事が誰の目にも明らかだった。

食蜂「(な……なの……子……本……呪い!!?)」

食蜂は両手指のグローブから爪が飛び出さんばかりに頭をかきむしる。
イエローブロンドの髪の毛全てを引き抜き、毛穴全てから血が噴き出しそうな命に関わる苦痛。
外側から破壊され、内側から崩壊し、末摩を断たれんばかりの苦痛・苦痛・苦痛……!

食蜂「(私……の……改竄力を……超え……!!?)」

脳裏に焼き付いたのは、バビロンの無限図書館を思わせる広大な書架のイメージ。
修道女の脳内にコネクトを試み、深層心理の海に飛び込んだまでは良かった。
だが――今やその『原典』の孕む猛毒とも言える呪詛、劇薬とも言うべき情報量が……
食蜂の頭脳をコップとするならば、そこに世界中の海水全てを一度に流し込むような絶望的な状況。
修道女が何も知らぬ内にファミレスから引き上げねば間違いなく即死していたほどの衝撃が断続的に継続的に永続的に苛んで来る。
食蜂でなければ内側から破裂しかねないほどのそれに思考がホワイトアウトするのに意識がブラックアウトしてくれない。

女生徒A「食……蜂……!」

女生徒B「救急……く!!」

女生徒C「……!……!!」

声が遠のく。原典の情報量という雪崩に飲み込まれた食蜂に最早助かる術はない。
雪崩は最初の窒息死を除けば後は体温を急速に奪われての凍死より早い心停止。

食蜂「…………死…………」

今の食蜂は、最早逃れ得ぬ死の氷海に投げ込まれた蟻も同然であった。
 
 
 
 
 
――――――しかし――――――
 
 
 
 
 
 


406 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:50:11.70 UIeiMW9AO 291/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――大丈夫かいなー?ロリっぽい嬢ちゃーん――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


407 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:51:57.88 UIeiMW9AO 292/670

~30~

食蜂『!?』

???『生きとるかー?って死んどったら“繋がられ”へんか。ははは』

――次の瞬間、食蜂が目を覚ましたのは……食器が散乱しテーブルがひっくり返ったファミレスの床面ではなく……

食蜂『……ここ、はぁ……??』

???『あっ、起きた。早いなあ流石たいしたもんや……やはり天才か、なんちゅーて!』

開いた目に最初に飛び込んで来たのは、どこまでもどこまでも限り無く広がる夏空。
さらに天に向かい東へ顔を向ける無数の向日葵と、仰向けに寝そべる背中に感じる、太陽の匂いがする柔らかくあたたかい土。

食蜂『……向日葵畑ぇ?』

???『うん。ここんとこ寒うなって来し、秋ってちょい物悲しゅうてあんま好きちゃうねん。それで真夏の風景イメージしてん。やー危なかったなあ』

そして――食蜂を照らす、青天に座す太陽を背負ってこちらを見下ろして来る少年が見えた。
その表情は陽射しを受けて逆光の形となり、伺い知る事は出来ないが――
いやに野太く滋味深いテノールボイスと怪しいイントネーションの関西弁が耳についた。

食蜂『イメージってぇ……ここぉ、お花畑じゃないのぉ?』

???『ちゃうよー。これはやね、さっきショッキング映像見てもうた君への“しばらくお待ちください”の画面みたいなもん。テレビであるやろ?』

食蜂『ううん……よくわかんなぁい……私の理解力を越えてるわぁ……』

???『別にどうって事ないよ。君、リモコンつけっ放しで電波飛ばしまくっとったやろ?あれがあったから僕の能力っちゅうか、僕と繋がられたんや』

逆光の少年は語る。悶絶する食蜂が能力をオンのままリモコンを放り出して暴れ、そのおかげで少年は発狂寸前だった食蜂の精神に寸での所で介入出来たのだと。
この真夏の向日葵畑の風景は少年にとっての『自分だけの現実』という話だ。

???『世界の果てから世界の終わりまで覗き見する程度の能力や。あくまで視るだけ、ホンマは接続出来へんし、君ぐらいの精神系能力者やないとこの風景共有出来へんからね』

つまり、今の食蜂は崩落を迎えつつあった精神の牙城から一時的に少年の『自分だけの現実』に避難している形なのだ。
だが食蜂は疑問に思う。ならば何故この少年は自分の能力の支配力に押し潰されないのかと。

408 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:53:57.65 UIeiMW9AO 293/670

~31~

???『ははっ。それは僕がありとあらゆる女の子を受け入れる包容力を持ってるからなんよ?』

食蜂『……そうなのぉ?あなた、私が怖くないのぉ?どうして』

あなたはどこの誰なの?どうして私を助けてくれたの?なんのためにこんな事するの?
食蜂は矢継ぎ早に質問を繰り出す。まだ頭がガンガンと痛んで起き上がれない。
向日葵の頭をツンツンとつつく少年の、逆光の彼方にある顔が見えない。

???『――理由なんて別にないよ??』

食蜂『……?』

???『ただ、僕の大好きな友達やったらこないな時どうするかなーって思うたら、つい手が出てもうた』

僕が一番可愛いんは自分なんやけどねえ、と少年はこの青空にも負けないほど深いプルシアンブルーの頭をかきながら微苦笑したように見えた。
耳元のピアスが西日を受けて反射し、食蜂はそれが眩しくてつい目を細めた。

食蜂『友達ぃ……?』

???『そや。友達。でも君の友達作りは誉められたもんちゃうよ?』

食蜂『どうしてぇ?』

???『友達言うんは自分と対等な人間や。同じ人間なんやから“心”があんねん。その心をなんぼ便利やからってオモチャみたいにいじくる子は僕は嫌いやよ?』

食蜂『(……嫌い……)』

嫌い、という単語を食蜂は生まれて初めて面と向かって人に言われた事実を反芻していた。
今まで自分は“好き”と言われた事はあっても“嫌い”などと言われた事はなかった。
自分を悪く言う人間、自分を悪く思う人間、そのノイズやバグの垂れ流しを――
自分は従えた派閥の人間を風除けの城壁にし、常盤台を王城とし、そこに君臨する女王となって防いで来たのだ。
チューニングのズレたラジオのような、調律の甘いピアノのようにその不協和音は耳障りだったから。

???『まあ……僕もちょっと前まで、友達出来るまで君と似たようなもんやったから人の事言われへんけど』

自分の能力を、学園都市全体の監視網に技術転用されてグレて頭青くしたりなと少年はつけ加えた。
僕の能力で役に立ったんは、せいぜい遊園地のアトラクションに使われて子供に喜んで遊んでもらうくらいや、とも。

???『――でも、こんな僕でも』

食蜂『………………』

???『友達のおかげで変われて、今がある。昨日は晩御飯までご馳走になったし、毎日アホばっかやって楽しい』



409 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:55:14.34 UIeiMW9AO 294/670

~32~

友達、という言葉の意味と重み。今の食蜂にはまだわからないもの。
しかし――目の前の逆光の少年は、恐らく『椅子の子供』である自分を生まれて初めて叱った人間だとわかった。
親でさえも、教師でさえも、大人でさえも自分をたしなめた人間などいなかったとのにと。
御坂美琴は怒りはすれど同じレベル5で同じ常盤台中学だ。ならば――この少年は?

食蜂『……友達とお食事するのって、楽しい?』

???『楽しいよ。おかげでベロンベロンになったけど』

食蜂『もっと、聞かせてぇ?』

???『うーん。もうだいぶ“毒抜き”終わったみたいやし、ホンマはもう少しお話したいねんけど』

フワッ

食蜂『あっ……』

???『僕これからすき焼きパーティーあんねん。ごめんなあ』

向日葵畑が白く霞んで行き、風景が遠のいて行く。
食蜂は手を伸ばす。行かないで。もっとあなたとおしゃべりしたい、と。
 
 
 
 
 
 
――――――しかし――――――
 
 
 
 
 
女生徒A「……様!」

女生徒B「……蜂様!!」

女生徒C「食蜂様!!!」

食蜂「!!!!!!」

店員「い、意識が戻ったぞ!!」

――瞬間、食蜂の視界は再び向日葵からファミレスの座席の上に帰還した。
周囲から沸き立つ歓声。しかしそれすら――覚醒を迎えた食蜂の耳には届かない。
逆に起こした身体でファミレス内を見渡す。今のは夢か幻か、わかるのは未だ脳にズキズキと毒針の苛む痛み。そして

食蜂「…………!」

???「ああ土御門ー?店決まったん?うん?ごめんごめん今から合流するわー」

ファミレスの出口付近、携帯電話片手に出て行く後ろ姿……青い髪の少年。

食蜂「‥‥‥‥!!」

喉が破けんばかりに叫んだせいで声がかすれて届かない。
立ち上がろうにもまだ足に力が入らない。手を伸ばしてもガードレールを跨いで渡って行く少年には届かない。

食蜂「・・・・!!」

振り向いて、あなたと話がしたい、あなたは誰なの、名前を教えて、、だが

ブオオオオオ……

???「一度会えば偶然で――」

一台のトラックが通り、少年を一瞬覆い隠し、過ぎ去った後には青い髪の少年の姿は最早そこにない。

???「二度逢えば必然や」

しかし、トラックの音に紛れて送られた背中越しのテノールボイスが、確かに指を伸ばす食蜂の耳に届いた。

食蜂「待っ……」

背の高い向日葵に指をかける幼子のように――

410 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/07 21:57:44.37 UIeiMW9AO 295/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――また今度会おうや。ほんまもんの向日葵が咲く、その頃に――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


438 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:35:03.14 0rnOj66AO 296/670

第十二話

~1~

美鈴「はあ……美琴ちゃんったら」

御坂美鈴は学園都市第七学区地下街にあるオーセンティックバー『LEGROS』のカウンターにて嘆息していた。
左手にはブラッディシーザーのグラス、右手には押せど響かぬ携帯電話。
それを眺める横顔はバーの仄暗い照明と相俟って憂愁を帯びたそれであり……
中途で切られた通話、返って来ないメールの内容を反芻せど湿気った乾き物ほどにも肴にならない。

美鈴「(少し強引に行き過ぎたかしらね……反発されるのはわかってたけど)」

最初は記憶が無くなるまで酩酊した娘に対する叱咤。
次いでそれらの介抱をした麦野を話に絡め、ワンクッション置いてから本題――
戦争が始まりそうな学園都市から娘を連れ戻すにあたっての話し合いの場を持ち掛けようとしたが素気なく通話を切り上げられた。
二日酔いの頭痛よりマシとは言え、それ以上に根深い問題に美鈴は頭を悩ませた。

美鈴「(でもね美琴ちゃん……貴女が譲れないように、私も親としてこれだけは譲れないの)」

出来うる限り顔色や声色に出ぬよう努めているが、飲まずにはいられない気分であった。
昨日の散々だった保護者会や昨夜のけんもほろろな学園都市側の体温。
その上こなさなければならないレポートが控えており、この後申請許可の降りた時間になれば断崖大学のデータベースセンターに行かねばならない。
夫・旅卦も今現在電話に出られないようでこちらも音信不通なのだ。

美鈴「(はあっ……とりあえず、いったん時間と距離を置いて根回しと搦め手で少しずつ外堀から埋めて行くべきかしら)」

シャクシャクとブラッディシーザーに添えられたセロリをかじりながら美鈴は携帯電話をカウンターに置く。
とかく懸念材料がつい先程飲み干したダーティーマティーニのオリーブのように持て余されてならない。
我が子が戦渦に巻き込まれる事も、戦火に焼かれる事も、戦果を上げる道具にされる事も御坂美鈴は拒否する。

美鈴「………………」

学園都市とは一種の閉鎖都市である。万が一の有事の際、親だからと介入出来得る手立てはあまりに少ない。
何かあった時、親の目から見て14歳の少女に過ぎない娘を守り、助け、救い出してくれるような存在が果てしてこの街にいるかどうか

美鈴「……ないわねー」

その可能性を感じられた少年は、あのブラックダイヤモンドのような少女と既に結ばれているのだから――



439 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:35:40.03 0rnOj66AO 297/670

~2~

結標「……疲れたわ」

一方、御坂美鈴が杯を傾けているバーの横を一人の少女が歩みを進めている。
地下街出入り口から吹き抜ける狂風が逆巻く地下街を、渦巻く往来の中羽織った霧ヶ丘女学院のブレザーを靡かせていた。
その極めて肌面積の広く、高い露出度を引き立てているのはピンク色のサラシに似たインナー。
その鮮烈な赤髪も相俟って過ぎ行く男性らが皆一様に振り返るも――
結標の表情に喜色の笑みはない。ただ憮然とした表情でフォーションのアップルティーのボトルに口をつけている。

結標「(仕事は無事終わったけど……相変わらず先の見えないドブさらいの繰り返し)」

地下街にある観葉植物園の硝子に凭れかかりながら結標は皓々と輝く人口の星々を見上げる。
その一つ一つに今尚光射さぬ闇の底に囚われている仲間の顔が浮かんで来るようで――

結標「(絶対に勝てないゲームに挑んでる気分だわ)」

低周波振動治療器を取り付けた双肩と背中にかかる重圧。
こんなものをつけて街中を歩くなど女を捨てているようなものだと思わなくもないが――
見てくれや形振りなど構っていられる地点は既に通り過ぎて久しい。が

結標「(……匂ってないわよね?)」

駒場利徳の交戦の際に路地裏を転げ回り、返り血や料理店の裏手にあるゴミバケツから豚の骨や臓物をひっかぶってしまった。
一応クロエのインテンスを帰りの車の中で振り掛け最低限の身嗜みはと――

???「お店。この先?」

???「せやでー」

結標「(……何?あの青頭)」


そこで、どこかの高校の集団と思しき学生らが何処を目指して結標の前を通り過ぎて行く刹那――
結標は、黒曜石を連想させる一人の少女と目が合った。

???「……血の。匂い」ジッ

結標「……!!?」

その濡れ羽色の黒髪の少女が呟いた言葉に結標が表情を固くする。
しかし少女はそれきり前へ向き直り再び往来の中へと埋没して行った。
結標は知らない。この少女こそが、後に自分に栄光と破滅をもたらす運命の巫女である事を。

440 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:36:58.75 0rnOj66AO 298/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
夏雲の空の下、『永遠』という名の呪いを受けるその日まで――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


441 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:39:11.60 0rnOj66AO 299/670

~3~

海原「(おや……あれは)」

初春「じゃあ、ここでお別れですか?」

御坂「うん。第四位の所にこのコート返しに行かなくちゃ」

白井「ではわたくしもお供(ry」

御坂「あんたは来なくていい!先帰ってて!!」

佐天「白井さんダメですよー。二人っきりにさせてあげないとー」

御坂「ち、違うわよっ。何言ってんのよ佐天さん!!?」

海原「(御坂さん……ですか)」

時同じくして――海原は再建されたカフェ『サンクトゥス』の窓際席にて……
店の真横、流れる風のままに素通りして行く御坂らを見やる。
手にしたエスプレッソの馥郁たる芳香すら一瞬褪せるほどの驚きを以て迎え入れた視界。
それはそのまま海原光貴……否、エツァリの世界そのものだった。

海原「(――純白、というのもとってもお似合いですよ)」

白を基調とした己が纏う仮初めの制服と奇しくも同じ色のコートを羽織る御坂を見送りながら海原は静かに心の中で賞賛を捧げた。
早朝より上層部より寄越されたオーダーをこなす傍ら、一息入れようと立ち寄ったカフェで思わぬ天恵を授けられた気分ですらあった。
同時に――喉に流し込まれるエスプレッソより苦いものが二つ、海原の胸に落ちていった。それは――

海原「(――さて、どうしたものでしょうか)」

一つは、つい先ほど耳にし裏取りも終えた案件『御坂美鈴暗殺計画』。
さらにもう一つは……御坂の想い人『上条当麻』である。
第一の案件は、口にするのも憚られるダーティーな手段を用いれば回避出来る手立てはある。しかし第二の案件は

海原「(――自分も、思ったより諦めの悪い人間のようで)」

――上条当麻。御坂美琴が懸想し、彼女の世界を救った絶対的存在(ヒーロー)。
しかし海原が上条の存在を知ったその時には既に麦野沈利が側にいた。
それに対し、海原もまた忸怩たる思いを抱いていた。

海原「……苦いものです」

エスプレッソのカップを置き、海原は立ち上がって踵を返す。
『御坂美琴の世界』は、上条当麻の手によって守られていない。
彼はヒーローではなく――フォックスワードなのだから。

海原「(こんな思いを、彼女にさせる訳には行きませんね)」

既に唯一のものを抱いた男に、無二のものは託せない。
故に、持たざる者である自分にしか掴めない結末を手にするために海原は再び闇の中へと舞い戻る。


442 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:40:07.04 0rnOj66AO 300/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
―――悲劇だけでは、終わらせないために―――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


443 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:40:37.05 0rnOj66AO 301/670

~4~

土御門「(流石に堪えるな……風が吹き付けて来るだけで身体が軋む)」

同時刻、土御門元春はクラスメートらの集合を待って地下街出入り口付近木陰のベンチに腰掛けていた。
というより……立って歩くのもやっとのダメージをつい先日の『0930』で受けたばかりなのだ。
故に肌寒さを我慢してでもベンチに座っている。
自分でもわかるほどぎこちない歩き方になっているのを自覚しているがために。

土御門「(……目一杯笑って、精一杯楽しんで来いよ、カミやん)」

仲間という光を奪われた結標、御坂という光を守るために戦う海原、手にした光に背を向けざるを得なかった一方通行……そして自分。
蠢動する闇、胎動する世界にあって、上条当麻は事態の中心点であり最後の希望の光であった。
それが土御門にとって時にサングラス越しに見る太陽より眩しく感じられる瞬間がある。
恐らくは――その上条の傍らで侍る、あの血塗れの魔女も。

土御門「(……山積みなんだぜい)」

既に裏方がどう取り繕っても解れと縺れと破れのカバー出来ない魔術サイドと科学サイドの衝突。
その両方に属する土御門は知る。魔術サイド……
というよりイギリス清教含む必要悪の教会も虎視眈々とどちらの側につくかを計っているだろう。

土御門「(どいつもこいつも、役に立たない宝物を抱えてる)」

科学サイドとしての土御門元春もまた上層部を出し抜く手立てを模索している。
幸か不幸か、上層部が気にかけて止まない一方通行というワイルドカードが望むと望まざるに関わらず闇に堕ちて来たのだ。
場合によっては手を結ぶ事もやぶさかではないと土御門は考えている。

土御門「(捨てちまった方が楽なのに捨てられない……俺も、俺達も、そして――麦野沈利、お前もだ)」

土御門は背凭れに頭を預けて嵐の前触れのような強風荒ぶ夕闇を見上げ――
朝方、エレベーター前にての麦野との手荒い対話を思い返す。
土御門がサングラス越しに見る物事と人間の本質。
現在の麦野沈利の最大の武器にして最悪の弱点……それは――

土御門「(――お前はカミやんを深く愛し過ぎちまった)」

人殺しの世界は広がらない。ただ閉じて崩れて行くだけ。
そこに上条当麻とそれを取り巻く者達という新しい世界を放り込めばどうなるか?


水や空気を入れ過ぎたバルーンのように……内側から最悪の形で破裂するだろうと――



444 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:43:06.03 0rnOj66AO 302/670

~5~

科学者「……ううっ」

一人の女性が、第七学区にあるとある病院内にて泣き腫らした目の下に広がった隈をこすりながらしゃくり上げた。
既に病室に備え付けてあるソファーには点々と渇いた涙の跡が腰掛けた己の位置から見て取れた。
しかしその涙を拭ってくれる少年……年下の恋人はと言うと――

少年B「……シュー……シュー……」

昨日、交通事故に巻き込まれたきり未だ昏睡状態にある。
しかし女性はただの交通事故とは思えなかった。
それはこの恋人の悪癖――『無能力者狩り』に身を投じていたという事実に基づいている。
何度言っても聞かぬ自業自得の果て、無能力者に恨みをかって背中から交差点に突き飛ばされたのではないかとさえ思う。

科学者「顔……洗ってこよう」

女性は酸素マスクに呼吸を支えられる少年の側から離れて手洗い場に立とうとする。
同時に考える。これは天罰なのかと。だがそれとは別に何故彼だけがこんな目に合うのかと神を恨みたくなる。
何故名医として知られた冥土帰しの病院ではなく、こんなありふれた病院に搬送されてしまったのかと。

科学者「……帝督とも繋がらないし」

少年の仲間の内一人は騒ぎの中逮捕され、一人は音信不通。
事故の状況もわからず、昨日浮気相手だった男との逢い引きを本命の少年の事故とあってキャンセルしたきり電話もメールも繋がらない。
遊ぶつもりが遊ばれていたのかと、目をこすりながら少年から目を背けて部屋を出ようと扉に手をかけた。





その瞬間―――





パアンッ!





科学者「……えっ?」

何かが弾けるような音に、女性は振り返った。窓ガラスが割れるような、その不吉な音。

科学者「あ」

振り返る先。粉々に割れた窓ガラスに残る弾痕。そして飛び散った血痕。

科学者「ああ……」

朝から吹き荒れる秋風が、血飛沫に濡れ真っ赤に染まった窓ガラスから吹き込んでカーテンを揺らす。

―――ピー……―――

命の終わる音。地平の彼方を思わせる心電図、清潔な白のシーツが窓ガラスから滴る血液に雨漏りのように赤い雫を生み

科学者「あああ……!!」

外れた酸素マスクから血の泡すら止まり、その一瞬の出来事に女性は目尻が裂けんばかりに見開いた。

少年B「―――………

蓋を閉め忘れたペットボトルが転がり落ちるように噴き出し流れ出す血潮


誰の目にも明らかな、命の終わり――

445 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:43:59.62 0rnOj66AO 303/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


446 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:44:53.95 0rnOj66AO 304/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
番外・とある星座の偽善使い:第十二話「Die erste Walpurgisnacht」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


447 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:45:21.44 0rnOj66AO 305/670

~6~

麦野「……本当に御伽の国か魔法の世界か、って感じよね」

上条「そりゃあ、ここはお前の“自分だけの現実”の一部……つまりお前の心の中だからだろ?」

カボチャの馬車の終着駅、砂糖菓子の城へ連なる飴色の階段を麦野は登る。
一段先行く上条が引く手に導かれるままに、エスコートされて。

麦野「こんなファンシーでメルヘンなもん私としては認めたくないな。もう少しキッチュなもんだと思ってた」

僅かに頬を伝った涙の跡、麦野の眼差しは澄み切っていた。
その表情を見る度に上条は思う。まるで泣き疲れた子供が空を眺めるような顔だと。
握り締める手指。力のこもっていないそれを、上条はいつも少し強めに握ってやる事にしている。
少しでも目と手を離せば、たちどころに迷子になって消え入りそうな儚さをそこに見るからだ。

上条「悪い……キッチュってなんだ?」

麦野「うわあ……頭のネジ緩んでるって言うか、締め直す穴が見当たらない。ついでにかける言葉が見つからない」

上条「五月蝿えな!らくらく英語トレーニング日常会話編まだ3級なんだよ!まだ習ってねーよそんな単語!!」

飴色の階段を登り詰め、角砂糖の石畳を二人はゆっくりと歩く。
チョコミントの庭園の、そのまたチョコスプレーの土を踏め締める。
そんな上条の言葉に呆れたようにマーブルの庭石を蹴飛ばしながら――麦野は語る。

麦野「“Kitsch”。ドイツ語で毒々しい紛い物、安っぽいおぞましさ、まあネガティブなもんだってその××××女の×××よりユルユルガバガバの頭に入れておくんだねえ?」

上条「へいへい下品でわかりやすい解説どうもありがとうございました麦野大先生!だいたいドイツ語なんて学校で習わねえだろ!!」

麦野「そんな事言ってるからイタリアで迷子になりかけたくせに人に道も尋ねられないなんて不様な羽目に陥るのよ」

上条「うっ……」

麦野「楽しかったにゃーん……右往左往ってのはああいうのを言うんだろうね。物影から見てて爆笑もんだったわ」ククク



448 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:47:17.85 0rnOj66AO 306/670

~7~

そう――つい先日イタリア行き三泊四日のペアチケットを福引きの懸賞で当てた際上条はインデックスを伴い、麦野は別口の超音速旅客機に自腹で乗り込み、共にヴェネツィアに降り立ったのだ。
その時インデックスがはぐれ、それを捜している間に自分まで迷子になってしまった上条を――
物影から真っ黒な腹を抱えて笑い転げながらも助け舟を出したのが麦野だったのだ。

上条「それを言うなって……マジでどうしようかと思ったんだぞ。言葉も通じねえ文字も読めねえ人もいねえじゃ」

麦野「まあそれも含めて散々な旅行だったわね。最後らへんは実質強制送還みたいなもんだったし、観光も食べ歩きも何にも出来やしなかった。チッ」

飴細工の薔薇の庭園を横目に通り過ぎながら麦野が舌打ちした。
その後麦野は大の苦手なオルソラに出くわし、おしぼり女と毛嫌いする五和、上条が幻想殺しで引ん剥いたアニェーゼetc.……
シャワールームでばったり、ラッキースケベ、乱立するフラグetc.……
さらにはアドリア海の女王、ビアージオとの戦いetc.……
最後には溜まりに溜まった鬱憤が大爆発し、原子崩しで何隻か氷の船を沈める大暴れに至ったのだ。

上条「(お、思い出したら冬でもないのに寒気がっ)」ガクガクブルブル

麦野「本当、いつになったら私達って普通のカップルみたいに遊びに出掛けたり出来るのかしらねー」フー

バリバリとリンゴ飴の味がする薔薇をむしり取り、麦野は思い出しつつ苛々とそれを噛み砕く。
それは憤懣やるかたない現状への隠しきれない不満の現れである。さらに

オルソラ『貴女様のその“光の翼”……まるで“光を掲げる者”“宵の明星”のようなのでございますよ』

麦野「………………」

思い起こされるのは別れ際にオルソラが残した言葉。
第十九学区での上条との最終決戦の折に発現した六対十二枚の光の翼。
かつてステイルがルシュフェルと称した原子崩しの力。
十字教においてその天使はかつて『神』の側に侍る事を許された存在だと言う。
そして神裂火織をして『神浄討魔』と呼んだ上条を常に独占する自分……

麦野「(――これは、そんな綺麗なもんじゃねえよ)」

そんなこじつけなど犬にでも食わせろと麦野は刺のある茎だけを残して吐き捨てた。
確かにインデックスの件を通じて魔術の存在は証明された。
しかし上条との関係性に、そんな夾雑物も介在物も不純物も入り込む余地も麦野は認めなかった。


449 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:48:19.11 0rnOj66AO 307/670

~8~

上条「カップルらしい事か……ごめんな、本当に」

麦野「………………」

上条「――最近、色々考えてる」

同じく麦野の側に座り込むようにして上条の横顔に麦野はしまった、と自分の浅慮と短慮に舌打ちしたくなった。
お食事会の時も『戦争』というキーワードに触れて上条がトーンダウンしたのを目にしていながらこの体たらくはなんだと。

麦野「――別に、あんた一人のせいじゃないでしょ?」

上条「………………」

麦野「こういうのはね、元から至る所に火種がゴロゴロ転がってるもんなの。素人のあんたが火花を散らしたからって、それをボヤの内に消し止められなかったのは裏方がヘマやらかしたからよ」

麦野もよっこしょと並んで三角座りしながら指をパチンと鳴らす。
すると茨の道を指し示すかのような薔薇から蜂蜜とシロップで出来た砂糖水の小川がせせらぎとも流れ出す。
麦野は続ける。あんたはただ誰かを助けるのに必死だっただけでしょう?と

麦野「――あんたはただ胸を張ればいい。もし背中丸めたら、張り飛ばしてでも支えてやるからね」

上条「沈利……」

麦野「もし立ってもらんなくなったら、背中から抱いて受け止めてやる。それでもダメなら一緒に倒れてあげるわ」

上条「………………」

麦野「――それこそ地獄の底までだって、ね」

ギュッと上条のツンツンヘアーを抱き寄せて肩口にもたれかからせる。
麦野は『一緒に生きよう』とも『一緒に戦おう』とも言わない。
『一緒に死のう』という言葉以外に伝えようのない愛情も人や世にはあるのだ。

上条「――ダメだな。死ぬとかそう言うの前提で話すのは止めにしようぜ、沈利」

麦野「………………」

上条「生きよう。何が何でも何があっても三段活用」

麦野「……当麻」

上条「――生きるんだ。どんなに格好悪くて、みっともなくても、情けなくても。死んじまったら何も変えられねえ。だけど生きてりゃ何か変えられる。それが運命だったり未来だったり自分だったり」

麦野「――――――」

上条「俺だって、本当はもっとカップルらしい事いっぱいしたいんだぞ?デジカメも心のメモリー足んなくなるくらい」

それは奇しくも――駒場利徳がフレメアに語って聞かせた言葉とほぼ同じだと言う事を……二人は知らない。



450 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:50:14.52 0rnOj66AO 308/670

~9~

上条「今日はパスして来たから出来ねーけど……前にお前が言ってた石狩鍋つついたり、クリスマスに気持ち大きめのケーキ食ったり、ダラダラゴロゴロ寝正月したりさ」

麦野「……なんで全部私が太りそうな食い物イベントばっかなの?」

上条「幸せ太りさせてやれるくらい、上条さんはお前と一緒にいたいんですよ」

上条の肩口に頭を乗せながら麦野はその言葉に耳を傾ける。
全てがバーチャルシミュレーションのこの幻想の世界で、ただ一つの現実(リアル)に身を委ねて。

麦野「――私は、ここ(あんたのそば)にいていいの?」

上条「いいに決まってんだろ」

麦野「――私は、ここ(このせかい)にいていいの?」

上条「誰かがダメだって言っても」

麦野「――私は、ここ(いっしょに)にいてもいいの?」

上条「お前がダメだって言ってもだ」

麦野「……――わかったわよ」

いじけて不貞寝した猫のように背けた横顔、その頬に触れ髪を撫でる手に麦野は目を細め力を抜く。
上条も自分も今、インデックスにさえ見せられない素顔(よわさ)を持ち寄っている。
常ならば麦野はもっとギスギスドロドロとしているし、上条はもっと平々凡々としている。
誰も知らない、誰にも言えない、二人だけの秘密。

麦野「――その代わり、約束して」

上条「何をだ?」

麦野「この学園都市で……私を除いた229万9999人の人間の誰よりも私を愛して」

上条「………………」

麦野「私以外の女に、私が爪立てるその背中を預けないで。あんたは私のものよ当麻。あんたの苦しみも含めて全部を私にちょうだい」

麦野の女としての本質。狂的な執着心と、病的な独占欲。
異常なまでの愛情と過剰なまでの恋情。だが歪んでいるからこそそれは強い。
恐らくは御坂がどんなに年嵩を経て紆余曲折を迎えようとも決して辿り着けない――
恐らくは愛情という美しく綺麗な名前さえ当てはまらないもの。

麦野「――あんたが選んだ私の最初の男で、私を最後の女にして」

呪いのような愛情、ガン細胞のように無限増殖するそれ。
は息絶え死が二人を分かつその日まで麦野は上条を手放さない。

麦野「――――好きだよ、当麻」

寒さが増すほど凍てつき密度を高める雪のように。



451 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:50:41.91 0rnOj66AO 309/670

~10~

このアトラクションの中は、どうやら人の心を映し出す魔法の鏡みたいだけど――
私の心はこんなに綺麗なんかじゃない。御伽の国も魔法の世界も、みんなみんなバーチャルで作られた幻想だ。
私の中のグロデスクな部分やサイケデリックな箇所は悉くカットされてる。
でも今だけは偽物で良いから綺麗なお姫様でいたい。

係員『アトラクション終了まで後三分となります。来場者の方は……』

上条「――そろそろ、終わりみてえだな」

麦野「そうね。もうおしまい」

一足先に降らせる雪のイメージ。それを私達は見上げてる。
今年こいつと見る雪はきっと二重の意味で特別なんだろうね。
今年初めてのそれ、人生で初めて誰かと見つめるそれ。

上条「絶対、またここに来ような。沈利」

麦野「二人で?三人で?」

上条「両方で、って事でさ」

灰のような雪だと私は思った。さっきプレゼントしてもらったガラスの靴のイメージか――
はたまた私の中の幼い子供の部分が望んだシンデレラ・コンプレックスの裏返しなのかも知れない。
こいつと行く茨の道は、ガラスの靴なんかじゃ渡りきれないってわかってるのに。

麦野「――ねえ当麻?」

上条「ん?」

麦野「雪ついちゃった」

キョトンとした顔でポカンと口を開けるアホ面の私の王子様。
雪よもっと降れ。灰よもっと積もれ。私の中のキッチュな部分の全部覆い隠すように、もっともっと勢い良く。

麦野「――溶かして?」

一片の雪の華が私の唇に落ちる。冷たい。それをあんたの熱で上書きして当麻。
お菓子の国に降る初雪、幻想と現実の境目さえ曖昧なこの場所で――
ほら、重なった。感じられる。伝わる。溶けて行く。私の中の冷え切った何かも雪と一緒に。

麦野「――……」

上条「?」

麦野「ありがとう」

舞い散る百万以上の一片の雪達。大地に還って花を芽吹かせるなり、川を下って海に渡るなりすればいい。
雪と灰はよく似てる。雪の結晶はダイヤモンドに似てる。
『灰とダイヤモンド』はそんなお話じゃないのにね。
だけど私はここでいい。けれど私はここがいい。私はこいつの体温に溶ける、ひとひらの雪でいい。

麦野「――とーまに、あえてよかった」

――私の世界を変えてくれた、あんたの側がいい――

452 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:52:25.23 0rnOj66AO 310/670

~11~

一方……沈みきった夕陽に取って代わる夜の帳が上がる頃、浜面仕上は路地裏にいた。
一見どこにでもある普通の街並みの入口には長さ10センチから30センチほどの鉄杭が葦原のように突き立ち――
ドラム型の清掃ロボットと一般人の立ち入りを頑なに拒むバリケードが張り巡らされていた。

浜面「駒場のリーダー……」

胸に空いた穴を虚ろに響かせる吹き荒ぶ風が、聳え立つビルとビルとの間に張り巡らされたビニールシートを煽る。
その内の一つは何故か留め具が外れてはバタバタと捲れ上がり、そこから月灯りが射し込んでいた。
その光が照らす先、浜面が立つビルの壁面にぶちまけられた乾いた血糊。
それは佇む浜面に否応無しに一つの現実を突きつけて来る。

浜面「勝手過ぎんだろうが!最後の最後になってケツ回しやがって……俺に一体どうしろってんだよ!!」

駒場利徳はもういないという現実が、浜面の中で四つの考えとなってせめぎ合う。
一つ、駒場はただ雲隠れしているだけなのだと。
二つ、駒場は『計画』の最後の最後で臆病風に吹かれて逃げ出したのだと。
三つ……駒場は『死体も残らない』死に方をしたのだと。
一、ニは浜面の希望的観測……ないし願望に基づく仮定だ。形はどうあれ生きているのだと。
しかし浜面とて理解している。そんなものは逃避だ。
三の最も現実的な可能性を覆すには到底至らない。

浜面「(昨夜だって俺達と飲めねえ安酒飲んでたろうが!)」

浜面の精神の魂柱とも言うべき部分が軋み、内面から奏でられる旋律に歪みが生じる。
たった今も駒場のように『指揮』を執るでもなく半蔵のように『指示』を出すでもなく……
ただ自分に不信と不平と不満の眼差しを向けて来るスキルアウトのメンバーにただ『命令』を下すだけのミーティングが終わったばかりだった。
故に浜面はその場を離れて駒場が最後に目撃されたこの場所に佇んでいる。
誰も自分を追って来ない、探しに来ない、ついて来ない。
こうしている間にも自分を陥れる算段を取り付け密議を交わしている気さえする。

浜面「(これが……あんたの見てた世界かよ……あんたの見てた風景だってのかよ!!)」

浜面は思い返す。昨夜、食事休憩を終えて戻って来た駒場との最後の会話を――



453 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:52:53.58 0rnOj66AO 311/670

~12~

浜面『おいおい。あんま強くねえクセにガバガバ飲むとこの前みたいにひっくり返るぜ?』

駒場『……あれはお前達が俺の酒にスピリタスを混ぜたからだろう』

半蔵『いやいや、冗談で言ったのは俺だが本当にやったのは浜面だって』

駒場『……殺人の実行犯より殺人教唆の方が重罪に課せられるケースは多いぞ』

それは昨夜、垣根がフレメアを連れて別れた後――
塒(ねぐら)に戻った駒場が珍しく浜面と半蔵に、三人で飲まないかと自分から誘って来た時の事だった。
うらさびれたバーを自分達のアジトに作り変え、六人掛けのこじんまりしたスペースに三人は並んで腰掛けていた。

浜面『まあそう言うなよ。あん時のあんた見て舶来だってケラケラ笑ってたじゃねえか。良かったな身体張って笑い取れて』

駒場『………………』ゴンッ

浜面『痛えー!?』ヒリヒリ

半蔵『馬鹿……でも珍しいな駒場のリーダーから飲みに誘ってくんの。だいたいいっつも一人でチビチビ酒舐めてるか、ほとんど俺らが誘うかなのにさ』

駒場『……飲まずにはいられない夜もある』

拳骨を見舞う駒場、頭を押さえて悶える浜面、合いの手を入れる半蔵。
元はバーだったと言うのに適当に取り付けた剥き出しの裸電球に蛾が飛び込んでは落ち、また羽撃いては落ちを繰り返す。
そんな目映い光の下、言葉少なめにジャックダニエルを傾ける駒場の横顔に落ちる影を聡い半蔵は見落とさなかった。

半蔵『どうしたんだ?“計画”絡みなんかあったとか?』

駒場『……違う。舶来に会った』

浜面『舶来……ああ、フワフワした金髪のあいつ』

駒場が訥々と語り始める。食事休憩の際、フレメアと出会した事。
そのフレメアが日に二回も能力者絡みのトラブルに巻き込まれ、内二回目の窮地を救い出した人間に連れられていた事。
そして――彼女の無謀な勇気を、駒場なりの言葉で何とか諭した事。
イチゴのショートケーキとモンブランどちらにするかで悩んだ事……
宿題を少しだけその男と見てやった事。彼女が眠くなるまで話し相手になってやった事……
駒場はその男が何者かは明かさなかった。舶来の本名すら伏せて語るほど用心深い男である事は二人もわかっていたため、そこには敢えて触れなかった。
だが、そこで浜面が『二回トラブルに巻き込まれた』というキーワードに引っ掛かりを覚えた。



454 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:55:02.86 0rnOj66AO 312/670

~13~

浜面『一日に二回も巻き込まれるとか……いよいよ末期だなこの無能力者狩りも』

半蔵『悪運に救われた……ってところだな。運が良いんだか悪いんだか』

浜面『悪いに決まってんだろ。悪酔いしそうな胸糞悪い話だぜまったく……あ』

駒場『……なんだ、浜面』

浜面『舶来を最初に助けたヤツらってどんな連中だったんだ?』

掻っ払って来たビッグマンの4リットルボトルを牛乳割りにして薩摩揚げをツマミにする半蔵を尻目に――
内心『その組み合わせはねーよ』と思いつつアサヒをグッと飲み干し、浜面が疑問を投げ掛けた。
それに対し駒場はただ首を横に振る事で暗に不明を告げた。

駒場『……俺もその現場を知らない。舶来も気が動転してすぐさま逃げ出した。だから顔は見ていない……ただ』

半蔵『ただ?』

駒場『……見たところ光を司る能力者だったらしい。後ろ姿からすれば女、茶髪のロングヘアーだった……らしい』

半蔵『び、美人か!!?』

駒場『……知らんと言ってるだろう』ゴンッ

半蔵『痛えー!?』ヒリヒリ

浜面『お前黄泉川に惚れてたんじゃねえのか……そんな見境ねえからお前は童貞なんだよ』

半蔵『お前だって童貞じゃねえか浜面!!』

浜面『ば、馬鹿野郎!俺女の子と手繋いだりデートした事あるぞ!!』

半蔵『お、俺はき、キスまでならした事あるぜ!お前と一緒にすんな!!』

浜面『うるせえ死ね!ヤラはた過ぎて素人童貞のまま寂しく死にやがれ!!』

半蔵『なんだとこの野郎!お前こそ素人童貞も捨てられねえまま死んじまえ!!』

浜面『なんだとこの童貞!!』ガタッ

半蔵『やるかチェリーボーイ!!』バンッ

駒場『……醜い争いはよせ、童貞共』

浜面半蔵『『あんたは違うってのか!!!』』

駒場『………………』

浜面『ま……まさか』

駒場『……実は……』

半蔵『ははっ……嘘だろ?あんたも本当は童貞なんだろ?今更言い出しにくいんだろ?わ、笑ったりしねえから言ってくれよ……』

駒場『……夏に(ry』

浜面『聞きたくねえー!知りたくねえー!!信じたくねえー!!!』

駒場『……お前らが言えと言ったんだろう……』

半蔵『嘘だって言って欲しかったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉー!!!』



455 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:55:47.14 0rnOj66AO 313/670

~14~

焼酎の牛乳割り片手に咽び泣く半蔵、アサヒの空き缶を握り潰す浜面、チビチビとジャックダニエルを舐める駒場。
バーのカウンターに突っ伏し男泣きに打ち拉がれる仲間を何やら申し訳なさそうに見やる駒場の側で――浜面は考える。

浜面『(……茶髪の女……まさかな)』

スキルアウトの一人が血眼で探し追い求めている『茶髪の女』。
一瞬それが浜面の脳裏を過ぎったが、茶髪の女などこの学園都市には腐るほどいる。
光を司る、という能力は確かに稀少で特徴的かも知れないが――

浜面『(知ったこっちゃねえ。あいつらとはこれまで関わりなかったし、組むのだって今回の“計画”が初めてだしな)』

浜面にとってはあくまで他人事の範疇である。
何故ならばスキルアウトの一人がいたグループと、浜面らの間には抗争も交流もなかったのだから。
それに浜面らはATM強盗や車・板金を盗み出して売り払うなどが窃盗をメインにおいていたが――

浜面『(比べる訳でもねえけど、レイプ魔呼ばわりされるくらいなら童貞って罵られる方がまだマシだっつうの)』

彼等のいたグループは主に『女』を金蔓にするのがメインだった。
それこそ強姦や輪姦、誘拐や監禁、写真や撮影だので骨抜きし――
後はお定まりの売春を強要し、無理矢理客を取らせて金に換える。
いずれも駒場の縄張りでは御法度とされているものばかりである。

働く悪事や稼ぐ金銭に貴賎など持ち込まないが、浜面は粗で野であるが卑ではない。
自分の心に影を落とし良心の呵責に苛まれながら傷つき泣いている女を抱いて何が楽しいのかと。
それならばバニーガールのエロ動画を眺めている方がまだマシとさえ思えた。

浜面『……でも、それで舶来は助かったんだよな。変な話、俺達が憎くて仕方ねえ能力者に救われて』

駒場『……かもな』

浜面『もちろん、だからってコロッと能力者の見方変える訳でもねえし、計画から降りるつもりもねえって。けどよ……』

浜面とて能力者を憎んでいる。憎まずにいられたならばスキルアウトになど身を持ち崩す事などしない。
力がないと言う理由だけで排斥され、力ある者何一つ与えられぬまま奪われ見下され馬鹿にされ……
能力だけの醜くく歪んだ能力者を何人も何十人も見て来たその見方は一度や二度の美談と覆りはしない。ただ――



456 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:58:13.69 0rnOj66AO 314/670

~15~

浜面『けどよ――どうしてその能力者達は、俺達無能力者の側の舶来を助けたりしたんだ?』

駒場『………………』

言うまでもなく自分達のようなスキルアウト……もとい無能力者は『持たざる者』である。
誰かが誰かを助けるのに理由はいらない、というのはあくまで『外』での話だ。
学園都市におけるレベルとは時や人や場合によってはかつての日本における士農工商……
カースト制度にも匹敵する絶対的かつ絶望的なヒエラルキーが横たわっている。
それに晒され続けて来た結果……素直に人の善意を受け入れるには、浜面らはあまりの悪意に触れ過ぎて来た。
人間に虐げられた野良猫がもう二度と、決して人間を信じないように。

駒場『……舶来をモノレールで助けた男は……』

駒場はオイルサーディンを無骨で節くれだった指先で摘み上げ口に運びながら言葉を探す。
しょっぱさと共に込み上げる思いを咀嚼し、どう表したものかと模索するように。

駒場『……――ただ単にムシャクシャしてやったそうだ』

浜面『はあ?なんだそりゃ』

駒場『……舶来に絡んでいた連中が目障りだったから鬱憤晴らしにブッ飛ばした、とそう言っていた』

もちろん、駒場が指す件の能力者……垣根帝督からしてもそれ以上の意味などないのかも知れない。
それこそ王たる器を持つ者の気紛れな目こぼし、というのが一番近い表現だろう。

浜面『……訳わかんねえな、能力者』

駒場『……明確な悪意で無能力者を狩って回る能力者もいれば、気紛れの善意で無能力者を守る能力者もいると言う事か』

浜面『はっきりしねえなあ……俺頭悪いからよ、白か黒かごっちゃになると頭こんがらがるんだ』

駒場『……まあ、な』

浜面「――いる訳ねえんだ。俺達と同じような事考えて動く能力者なんて。気紛れで助けられて、遊びで殺されて、俺達の命を右から左にされてたまるかってんだ」

この時、駒場の脳裏によぎったもの。それはもし『能力者』『無能力』という垣根を越えた一個人の中に……
もしかすると『自分と似たようなもの』を抱えている能力者もいるのではないかと言う事。

浜面『でももし……』

駒場『………………』

浜面『善悪でも白黒でもなく、人助けに勝手に身体が動いちまうような……そんな優しい馬鹿がいたとすれば――』

善悪の是非、能力の有無によらず誰かを救えるような――


457 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:59:05.85 0rnOj66AO 315/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
浜面『――なんかそれって、ヒーローみたいじゃね?』
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


458 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 20:59:34.76 0rnOj66AO 316/670

~16~

駒場『……ヒーロー、か……』

浜面『わかってるって。俺達のこれからやる事、今までして来た事、とてもじゃねえけどヒーローなんて言えねえ』

半蔵『……そうさ。これは俺達のけじめを、あいつらに落とし前つけさせて、全部にカタをつけるためだろ?』

浜面『おっ、復活したか半蔵』

半蔵『計画実行前から潰れてたまるか馬鹿野郎!二人とも、俺は決めたぞ。上手く行ったら個室サロンで女を買う!売り出してる連中知ってんだ』

浜面『うわあ……』

駒場『……売春は(ry』

半蔵『言うな!あんたは女達に売るなとは言ったが男達に買うななんて言ってないし聞いてないぜ!』

――わかってたんだよ。俺達はヒーローになんてなれっこねえ。
少なくとも俺には駒場みたいに無能力者狩りを止めさせようだなんて……
テメエの足で立ち上がって、それに周りの人間がついて来て、何もかも引っ張っていける素質なんてこれっぽっちもない。
俺の能力がレベル0から1に上がるくらいありえねえよ。

駒場『……それはさておき、いつまでも深酒に浸っていては明日に響く。そろそろ締めにしよう』

半蔵『だな……最後に、一杯やろうぜ』

浜面『ああ』

でもよ――ここでなら、こいつらとなら、何か変えられる気がしたんだよ。
群れの強さ、数の力、自分達の居場所、色々あるけど――俺一人が無力なんじゃねえ。

浜面『――捕まった連中の分』

半蔵『――やられたヤツらの分』

駒場『……どこかの無能力者の分』

浜面半蔵駒場『『『生きようぜ』』』

――居心地が良かったんだ。俺達がかっくらう安酒に酔っ払うみたいに。
いつか醒める酔いだってわかってんのに、追いやられて、爪弾きにされて、白い目で見られて……
そんな連中の輪でなら、横並びの群れの中でならコンプレックスなんて感じなかった。
引け目も負い目もなく、ただ自分がここにいて良いんだって思えた。

駒場『……――美味い酒だ』

なあ駒場よ。今ならわかる。何であんたが俺達が誘わなきゃずっと一人酒ばっかしてたのかが。

駒場『……礼を言う』

わかっちまったんだよ。ちくしょう。あんたがいなくなって初めてわかったんだよ。ちくしょう。

ちくしょう……!




459 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:00:28.91 0rnOj66AO 317/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
浜面「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


461 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:02:28.03 0rnOj66AO 318/670

~17~

浜面は夜空に吠えた。ビニールシートの捲れ上がった一部から除く、額縁に切り取られたような月に向かって吼えた。
それは負け犬と謗られ、落伍者と罵られ、たった今もリーダーの器ではないと自他共に認める力無い自分への、そして――

浜面「ヒーローなんて……ヒーローなんてどこにもいねえじゃねえか!!」

ヒーローなどいないこの冷笑的な世界そのものへの怒りだった。
場違いにも弱者を守ろうとしヒーローに成り損ねて逝った駒場への。
それを見下ろしどこかでそんな自分達の綺麗事を鼻で嘲笑う者達への。
それはやり場もなく行き場もなく逃げ場さえない怒りだった。怒りだけが浜面を支えていた。

浜面「クソッ……!」

資金源のうち九ヶ所は破壊され、残る十四ヶ所は他ならぬスキルアウトの身内らが持ち逃げした。
船頭を失った泥船からネズミが逃げ出すのは当たり前である。
頼り無く心許なく覚束無い浜面というハーメルンの笛吹き男に、ネズミ達はレミングス(集団自殺)に向かう義理などない。
卑屈なプライドに後ろ足で砂をかけられた浜面を支えるもの。
それはあの『いやに丁寧な口調の男』から依頼された『写真の女』を殺害し受け取る報酬と勝ち得る手腕を示す事だけだった。

浜面「……駒場、あんたの形見もらってくぞ」

そして浜面は壁の染みになった男の前で宣言する。そこに立つ己に宣誓する。
その手には駒場が身体に仕込んでいた発条包帯(ハードテーピング)……そして予備の演算銃器(スマートウェポン)。
そう――受け継ぐのだ。駒場の遺志と意志を己の意思と意地に変えて。
器は継げなくとも、その力を受け継ぐのだ。勝ち負けにこだわる先に行き着く死より、意地汚く生き延びるネズミの力……窮鼠の一噛みを。

浜面「……クソッタレなヤツらからの、クソッタレな仕事を、クソッタレなヤツらまとめて……やってやるよ!!」

浜面は踵を返す。引き返す事も振り返る事も後戻りも出来ない道を行かねばならない。
もしその道の途中で、弱者も救ってくれないヒーローが、自分を悪者だと立ちふさがったとしても

そんな偽善者には、このありったけの怒りを込めた銃弾をくれてやると固く胸に誓って――



462 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:02:56.96 0rnOj66AO 319/670

~18~

美鈴「うえっぷ……また飲み過ぎたあー」

一方その頃……御坂美鈴は昨夜よろしく郵便ポストに対して熱烈な抱擁の真っ最中であった。
火照りを覚ますにはあまりに強い夜風もなんのその、天下御免の酔っ払いに怖い物などありはしない。
しかし唯一の相違点は――予想以上に足に来ていると言う事。

美鈴「あんのチャラ男……ちょー強えー」

それもそのはず、一人で杯を空けては憂さを晴らしていた美鈴に声をかけて来た男がいたのだ。
チャラチャラした見た目と、女慣れした口説き方、ゼニアのスーツとゼニスの腕時計をした青年。
人妻子持ちなのでナンパはお断りと告げても懲りず口説いて来たので、自慢のスーツがゲロまみれになるまで徹底的に潰して来た所である。

美鈴「いつぶりかしらねえ私をここまで追い込んだヤツ……ふへへへ、まだまだ若いもんには負けんぞー……美鈴さんに勝とうなんて十年早えー!」

ジョージ・T・スタッグス、ロンリコ151、最後はスピリタスで。
顔は見れたものだし若く見られてのナンパなので悪い気はしなかったが美鈴は既婚者であり夫に操を立てている。
故に哀れなチャラ男は今頃頭の中で三千本のリッケンバッカーをかき鳴らしているような頭痛に苛まれている事だろう。
現に美鈴も目の奥が痛いほどなのだが、自棄酒がほんの少しだけ愉快なものになったのも確かだった。

美鈴「ういー……断崖大学のデータベースセンターってけっきょくどこよー」

郵便ポストに寄りかかりながら開く携帯電話でナビウォークを起動させる指先すら覚束無い。
娘からの着信や返信も未だない。この酔いの火照りが覚めるか娘のほとぼりが冷めるのが先か――

美鈴「……沈利ちゃんからもメール来ねーし!」

そして昨夜より音沙汰無しの電話番号とメールアドレス。
娘の年上の友達、先輩格、恋のライバル……そして年下の『友人』。
手持ち無沙汰を慰めるために意味もなく電話でもかけようとした

――その時――

カツン……カツン

美鈴「……んあ?」

そんな美鈴のすぐ側を――闇夜にあって目立つ白い影がこちらを向いていた。
現代風デザインの杖と、それに負けず劣らぬ前衛的なファッションの

美鈴「おーい、そこの白いのー」

???「あァン!?」

痩身のシルエットが、そこに佇んでいた。



463 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:05:13.97 0rnOj66AO 320/670

~19~

カラーン……カラーン……カラーン……

上条「鐘が鳴ってる……向こうもちょうど閉園時間か」

麦野「――あっと言う間ね」

――吹き荒ぶ秋風に乗って響き渡る遊園地の鐘の音が夜に吸い込まれて行く。
月灯りが照らす光が、第七学区へ向かう二人の道行きを照らす。
闇夜の中にあって連なる二つの影が一つに重なり溶け込む。
その足元から麦野は視線を上げて傍らに見やる。
そして巻き起こる夜風に舞い上がる前髪が落ちた所で上条も振り向いた。

上条「ああ、本当にあっと言う間だったな……やっぱり今度から休みの日に来てえな。全然回れなかった」

麦野「そうね。けど半日足らずで三つも回れれば御の字じゃない?ディナーは今一つだったけど」

上条「かもな……でも、本当に行って良かった。思ったより楽しかったし、それに――」

麦野「――それに?」

上条「お前があんなはしゃいでて、なんかそれがすげー新鮮だった!」

麦野「ば、馬鹿!はしゃいでたのはあんたでしょ?私のレベルに追い付くならまだしも勝手にテメエのレベルに引き下げてんじゃねえよ!」

上条「嘘吐けよ。お前だっていっぺんも嫌がらなかったじゃねえか。お化け屋敷以外」

麦野「うっ……」

上条「――お疲れ、麦野」

既に最終下校時刻が過ぎているため、帰りのモノレールもなくなってしまっているが――
ほぼ第七学区と隣り合わせにある道筋は一駅分にも満たない距離である。

上条「はー……やっぱりいるよな、スクーターのライセンス」

麦野「……かーみじょう。あんたの頭で本当に受かんの?本当に大丈夫なのー?」

上条「馬鹿!上条さんを見くびり過ぎだっての!だいたい聞いた事ねえよ原チャリの免許落ちるヤツなんて!」

麦野「私だって聞いた事ないし自分の男が原チャリの学科試験も受からないお粗末な脳味噌だなんて思いたくないわ。でももし落ちたら――」

上条「……お、落ちたら?」

麦野「――テメエを“チンパン”か“ペニ公”って呼ぶ事にする」

上条「なんだそのあだ名!!?」

今更ながら必要性を覚える原動機付き自転車の取得に乗り気の上条の意気を挫くように弄る麦野。
歩くのは苦手、と以前織女星祭でのたまった事はあるが――
こうして肩寄せ合って歩む30分足らずの道のりも、この向かい風を除けばそう悪くないかと信号待ちしながら麦野は思った。



464 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:05:46.68 0rnOj66AO 321/670

~20~

美鈴「うあー……運転手さーん、まだー?」

運転手「はい、もう十分足らずで着くかと」

美鈴「あっはっはっはっはっは!早くしてねえ?出ないと……第二弾が……ウップ」

運転手「戻さないで下さいねお客さん!!?」

美鈴「へいへーいシートに吐いたらいち・まん・えーん!!全日本半ドア連合所属の名にかけてえ……美鈴さんはお口を半ドアにしない事をここに誓いまーす!!」

運転手「はいはい。その半ドア連合の話は聞き飽きましたんで、本当に危なくなったら言って下さいね。止めますから」

美鈴「何をー。早く断崖大学のデータベースセンター連れてってくんないと本当にやっちゃうぞー、へっへー」

運転手「(うああ、本当に嫌なお客さんだーっ!!)」

同時刻、御坂美鈴はつい先程まで絡んでいた『白いの』が呼び止めたタクシーに放り込まれて断崖大学を目指していた。
昨夜の回収運動のための保護者会とは違い、今日は大学に提出するレポート作成の資料集めのために学園都市を訪れたのだ。
AI・プログラム関連の電子情報群や演算ソフトを集めた閲覧保管施設(データベースセンター)がこの学園都市にしかなく、『この時間帯』にしか使用許可がおりなかったためである。と

運転手「また赤信号か……最近どうしてこんなに引っかかるんだ?」

美鈴「んー?……あれれ?」

タクシーが信号待ちに引っ掛かり停車すると……
青信号に切り替わった横断歩道を渡る二つの人影に、酒精の導きに彷徨っていた美鈴の眼差しが止まった。

上条「……っ……?」

麦野「……ん……♪」

美鈴「(うわー熱い熱い。若いねえー)」

それは奇しくも時同じくして同じ交差点に立ち……仲睦まじく腕組みしながら横切って行く上条と麦野の姿。
その光景に美鈴は若さを感じ、最後に旅掛とああして夜の散歩を楽しむなどと一体いつぶりだったろうかと思いを巡らせた。
同時に、愛しい我が子が……どう贔屓目に見ても親馬鹿を発揮しても――
美琴が介在する余地がコピー用紙一枚分の厚みもない事も美鈴は感じ取った。

美鈴「(美琴ちゃん……あれ落とすのはママのレポートよりよっぽど厄介よ)」


それは単に秋の肌寒さもなんのその、というお年頃のカップルにありがちな生暖かいいちゃつきぶりにではなく――

465 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:07:51.69 0rnOj66AO 322/670

~21~

コートを脱いで来ても良かったかな、とふと思った。
それはこの肌寒い秋風の中にあって私一人じゃないって事、この静かな月夜の下にあってこいつがいるって事。
指を絡める、手を繋ぐ、腕を組むだけじゃ物足りなく感じてる私。

コートは私を寒さから守ってくれる。あたためてもくれる。
だけどこいつから伝わる体温を感じるのに少し邪魔になる。
0.02の薄っぺらい膜が中でこすれて痛く感じる時のような焦れったさともどかしさと狂おしさと愛おしさ。

私の中のドロドロした部分は、時にこいつを溶かして飲み込んでしまいたいと感じているのかも知れない。
一つになるという行為。同化するという物事。深く繋がるほど感じる隔たりはそのままこいつと私の心の距離。
仮にこいつと良く似た子供を宿したとして、そいつが私の身体から離れて行くのをきっと私は惜しむだろう。

上条「でもいいのか?本当に家まで送ってかないで」

麦野「駅まででいいわ。一人で帰れる」

上条「でも女の子の夜の一人歩きは上条さんは感心せんの事ですよ」

麦野「大丈夫。絡んで来る馬鹿いたら×××ねじり切って咥えさせてやる」

上条「~~~~~~」キュッ

麦野「私はたださらわれるしか能のないお姫様でも、守られるばかりのお嬢様でもないんだよ。あんたと張っても負ける気しないし」

上条「ストーカー騒ぎん時のか弱い麦野さんはどこに言ったんでせうか……つか前に俺の方が強いって言わなかったか?」

麦野「私と戦わなきゃあんたの方が強いわよ」

こいつは私より強い。私だってメンタルの上から言えば並みの女の二十人力はある。でないとこいつの女なんてやってられない。
フィジカルの面は言わずもがな。調べた事ないけどミオスタチンも人より多いんじゃないかなきっと。
ただ一つかなわないのは――罅が入っても傷がついても決して折れないこいつの人間としての強さ。
というより惚れた弱味が根っこにある以上、こいつにまともにやり合う分だけ無駄な浪費ね。気力や時間の。

麦野「――けど」

上条「どうした?」

麦野「今日はちょっとしたお姫様気分だったわ。ガラスの靴だ御伽の世界だ魔法の国だお菓子の城だ……初めてだった」

上条「18歳にして初の遊園地デビューだな!」

麦野「そう言われるとなんかムカつくんだけど」



466 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:08:19.28 0rnOj66AO 323/670

~22~

交差点の横断歩道に横たわるゼブラを踏みつけながら狐と獅子は夜を行く。
ところどころで警備員が巡回しているが構う事なく歩を進める。
ダークグリーンやアイスブルーの輝きが彩る夜の中、ビュウビュウと吹き抜ける風がプロペラを回す。
それを見上げる麦野にはやはりそれが墓標か十字架のように見え――
対する傍らの上条にはそれが『道標』のように思えた。

上条「お姫様か……俺、王子様ってガラじゃねえんだけど」

麦野「王子様って言うか駄馬ね駄馬ね」クスクス

上条「とうとう人間ですらなくなった!?」

麦野「家畜にも向かないし奴隷にも使えない。まあ馬繋がりで馬子にも衣装の王子様でいいよ」ケラケラ

上条「覚えてろよ……」

鏡張りのビルに映る互いの微笑。麦野は麦野なりに今日という一日を楽しんだのだ。
今まで両親に遊園地に連れて行ってもらった事など一度たりとてなかった。
上流階級の人間の宿業と言ってしまえばそれまでだが、余りある金と物を与えられる中――
麦野は『思い出』だけが与えられなかった。家族の『記憶』だけが欠けていた。

上条「でもお前も変わってるよな」

麦野「何がよ?」

上条「デートの時は一緒に出りゃいいもんを、わざわざ待ち合わせにするし帰りは別々だし」

麦野「テメエは本当に頭悪いな。こういうのってムードの問題でしょ?」

麦野は語る。他の半同棲カップルがどうかは知らないが、常に一緒だとどうしても糠味噌臭いのだ。
一緒の家から出るお出掛けはどことなく買い物に行くような気分の延長でもから抜けきらない。
麦野にとっては誘ったり誘われたり、待ったり待たされたりという『時間』が大切なのだ。
別れた後一人の帰り道、その日一日を振り返って余韻に浸るという事。
生活感が滲み出るのは仕方ないにせよ、それが関係性にまで染み付くのを麦野は嫌う。

麦野「まあそれも寝る前まで何だけどさ。今日はせいぜい12時くらいかにゃーん?」

上条「あと二時間しかねえじゃねえか!」

麦野「――でも、想い出はずっと残るよ。心にね♪」

上条「うっ」

麦野「かーみじょう?」

そういう糠味噌臭い生活は、もう十年ほど先送りにしたって良いではないかと。
それこそ父親に似た面倒臭がり屋か、自分と良く似て負けん気の強い子供に手を焼きくような未来は。



467 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:12:46.36 0rnOj66AO 324/670

~23~

麦野「私さ、インデックスに絡んだあの夏の日……考えたのよねー」

上条「………………」

麦野「もし、あいつみたいに記憶を奪われたら、あんたとの思い出を無くしたら、あんたの中から私が消えてしまったらってね」

衣替えした枯れ葉の街路樹を突っ切る車道を走るバンの集団が暗がりに灯すテールランプを見送りながら麦野は紡ぐ。
有り得たかも知れない未来を、起こり得たかも知れない悲劇を。

麦野「――きっともしそうなったら、夏の頃の私だったらあんたと別れてる。どんなに好きでもどれだけ愛してても」

上条「そんな事……」

麦野「冷たい言い方かも知れないし冷めた考え方だとも思うわ。だけど……」

麦野が立ち止まり、その手を引いていた上条も同時に立ち止まった。
駅までもう百メートルもない距離、一メートルもない二人の距離。

麦野「あんたの中から私が消えてしまうって事は、それはあんた一人が失われるんじゃない。あんたの中にいる私も死ぬのと一緒、同じ意味なのさ」

もし記憶を永久に失い、永遠に取り戻せないとすれば――
それは一つの『死』だ。命もある。心もある。魂もある。
しかし幾多の『死』と数多の『終わり』を見て来た麦野の考え方は違う。それを『生きている』などとは考えられなかった。

麦野「――そうすればきっと、私はまたあの闇の中に舞い戻ってた。優しい幻想(ゆめ)の終わり、儚い夏の幻って言っちまえばおセンチな話だけどねえ?」

人は死ぬ。死なざるを得ないから死ぬ。どうせ死ぬ時は一人が良いとそう考えている。
それは殺す殺されるを繰り返して来た麦野の中の一つの真理。
『人は必ず死ぬ』という子供の頭でもわかる理屈を、経験によって身体に刻んだ人間の考えを覆す術など一般人にはない。

麦野「でも今は違うかな」トッ

上条「!」

麦野が上条の胸に飛び込む。爪先立ちの背伸びさえ必要ない同じ目線。
それを上条は黙って受け止める。静かに受け入れる。
有り得たかも知れない悲劇を超えた、今ここにある奇跡を。

麦野「例えあんたが全てを忘れてしまっても、何度だって“はじめまして”って言える。今の私ならね」

デジカメで切り取る思い出、それを貼り付けるのは何も百円均一の安物のコルクボードだけとは限らない。

『心』という曖昧模糊な、誰しもが持ち合わせるマスターピースに刻む事だって出来るのだから。



468 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:13:14.90 0rnOj66AO 325/670

~24~

上条「――俺だってそうだっつの。お前が俺を忘れても、無くしたのは俺の記憶であってお前の命まで失われる訳じゃないってなら……お前がどんな形であれ生きててくれんなら――俺はそれでいい」

麦野「――私から記憶を奪ったら、きっとどうしようもなく弱い女になりそうだね。戦い方も考え方も全部リセット、なんてなったらあんたを守れないじゃない」

上条「――いいんだ。それだって。なんべんも言ったけど、上条さんが麦野を好きになったのはレベルでも、能力でも、ましてや強さでもないんだって」

――俺がもっと強かったら、頼りがいがあったら、しっかりしてたら……
さっき言ってたみたいな普通のカップル……いわゆる『普通の女の子』のままでいさせてやれなかった事も。
いくら鈍感な上条さんでも、流石にわかる。8月8日にあったアウレオルス=イザードとの戦いの後のこいつの変化も。

麦野「……私は重いぞ」

上条「舐めんなよ。腕で担げなきゃ背中でおぶってやる。暴れたって引きずってくぞ」

その前の……6月21日。あの夜落ちたブリッジが、そのまま俺とこいつを繋ぐ架け橋になった日から俺は覚悟を決めてる事がある。
貫き通さなきゃいけない誓いを。どんな事があっても突き通さなきゃいけない事がある。

上条「――重くたっていいんだ、沈利。重いのが悪いだなんて誰が言って、どいつが決めたってんだ?少なくとも俺はそう思わねえ」

麦野「……当麻」

上条「――お前の重さが、俺の中の揺るがないもんになるんだ。もうなってんだよ、沈利」

それは、俺が今でも偽善使い(フォックスワード)を名乗る理由。
正義の味方でも救いのヒーローなんかでもない俺が人助けに必死になって駆けずり回る理由。
それは目の前で泣いてる誰かをほっとけねえ、って言うのが心の一番太い根っこにある。そして

上条「――こんな大事なもん重荷に思うってなら、俺の中に胸張って誇れるもんなんて一つだってねえよ」

――俺がヒーローなんかじゃなく、偽善使い(フォックスワード)を名乗り続ける本当の理由

……それは――



469 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:15:14.08 0rnOj66AO 326/670

~25~

――当麻と付き合う前、こんなだけど一応女の端くれでもある私だって少しくらいは考えた事がある。
誰かに恋するだの誰かに愛されるだの、そんな薄ら寒いぬるま湯に浸かる私を。そんな私を選んだ、隣を歩く誰かを。

安っぽくてくだらねえ愛の言葉だ、無責任な上辺だけの優しさだ、鼻で笑ってツバを吐いてやりたくなる本音だなんだかんだ……
馬鹿らしい。そんな甘ったるい世界なんて現実のどこにもねえっていい加減気付けよ。
誰も彼もが仲良しこよしで、そんな奴らの輪の真ん中にいるヤツが手放しで持ち上げられて幸せを祈られるなんて幻想――
想像しただけで火の通ってないシャケ弁食った時みたいな吐き気がする。

何かを許す、誰かを信じる、世界に認められる、幸せの中で笑う――私の大嫌いなもの。
シャケ弁の端っこについてる、漬け物コーナーにはみ出したミカンの切れっ端みたいな価値観。

この原子崩し(メルトダウナー)って力は私そのものだ。
破壊する、否定する、拒絶する、排除する。壊す事と殺す事にしか使えない。
だから私は誰も助けない。救わない。守らない。

ただ一つ、ここまでを捨てたつもりの私の中の残された上条当麻(モノ)を除いては。

麦野「――私さ、やっぱり男の趣味悪いみたい」

上条「上条さんは女を見る目があったと思ってるぞ」

麦野「節穴ね。目見えてないんじゃない?」

上条「恋は盲目、って昔のエラい人が言ってたぞ」ニヤニヤ

麦野「~~~~~~」バシンバシン!

上条「痛いっての!」

――私は偽善の言葉(フォックスワード)なんて信じない。
誰かがこの馬鹿に吹き込んだ台詞から引っ張ってくんなら『女は言葉じゃ納得しない』ってとこかね。

でも……三度殺そうとして、三度も私を止めるような行動を取ったこいつを否定するだけの言葉を、私はもう持ってない。持てない。
信じるというのとも少し違う。疑いたくても疑えないんだ。
何度投げ出したくなっても、こいつだけが変わらない。

上条「ほら、そろそろ駅着くぞ」

麦野「――うん……」

上条「……寂しいのか?」

麦野「別に?」

――『永遠』だなんてチープなキャッチコピーがつけられたダイヤみたいに輝くこいつが

麦野「――だって、明日また会えるじゃない?」

――こいつと同じくらい悪くなった私の目にも、星よりも輝いて見えるから

470 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:15:40.21 0rnOj66AO 327/670

~26~

そして麦野と上条は駅前の噴水広場にて別れた。
どちらともなく告げた言葉と重ねた唇に『おやすみ』を乗せて。
夜風と呼ぶにはあまりにも勢い良く吹き荒ぶ秋風に揺れる花壇を前に。
それが二人にとっていつもの、そして一つとして同じ日のない日常の風景であった。

姫神「(雨が。降りそう。二次会。やっぱり止めようかな)」

青髪「あーメッチャ食べ過ぎてお腹しんどいわー……こないなタヌキ腹やったら上手く歌うんキツいわー」

姫神「肉ばかりに箸を伸ばすから。野菜をバランスよく食べれば。胃の中でクッションになるのに」

青髪「そないな事今更言われたかて後の祭りやって~~」

姫神「自業自得。あれ。そう言えば。土御門君は?」

青髪「何や用事ある言うて先帰ったで?」

姫神「さっきまで。カラオケ。乗り気だったのに」

第七学区の交差点の東側から歩む二つの影。その頭上を押し流されるようにして広がる乳房雲の群れ。
季節外れも甚だしい雷雨を予感させるに足る、凶兆すら感じさせる怪しい雲行き、嵐の前の静けさ。

垣根「ムカついた。もう着れねえだろこれ……うっぷ、また吐きそうだ!」

そして西側から来たるは水洗いされたスーツを肩口に引っさげた咥え煙草の青年。
苛立ち紛れに噛み千切るフィルター、吐き出す紫煙が秋風の中溶けて消える。
辛うじて生き延びたクロノマスターの文字盤が示す時刻は既に最終下校時間を過ぎている。

「一方通行(アクセラレータ)。何か用件ですか」

更に南側より歩を進めるは銀座英國屋のスーツに身を包んだ青年実業家風の男性。
左手に携帯電話、右手にダレスバックを引っさげた甘いマスクと柔らかな声。
その爽やかな笑みと、いやに丁寧な口調がひどく演技がかって見えた。

御坂「はあっ、はあっ、はあっ」

北側より出でるは常盤台中学の制服の上にSEE BY CHLOEのホワイトコートを羽織った少女。
止まる車、切り替わる信号、動き出す雑踏、四方向からの通行。
少女は走る、駆ける。何かに追われるように、誰かを追うように。



轟ッッ



青髪の少年、茶髪の青年、黒髪の少女、シャンパンゴールドの少女が交差点にて一瞬交錯し――
そして各々の道筋へと向かって行く。振り向く事も振り返る事もなく。



吹き荒れる風だけを残して、交わる運命が放たれて行く――





471 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:18:17.30 0rnOj66AO 328/670

~27~

スキルアウトG「(ブチ込んでやるぞ)」

そして――上条と麦野が交差し始まった物語の舞台……
交差点にて会敵したスキルアウトもまた、断崖大学へと向かい直走る盗難車から降り立ち駆けて行く。
その手にはハンドメイドの手製の焼夷ロケット砲。
背を屈め頭を低くし、見取り図にある約八箇所もの出口の内一つに狙いを定めてスキルアウトは行く。

スキルアウトG「(ここいらで手柄を立てねえとどうにもならねえんだよ!!)」

スキルアウトの妙に青白い顔に汗が滲み出、焼夷ロケット砲を持つ手に巻かれたチェーンがチャラチャラとなる。
切れ込みを入れたズボンに包まれた足は今すぐにでも飛び出したいのを留めるので精一杯だ。
今まで女衒めいた仕事しかして来なかったスキルアウトは、浜面らほど荒事に長けていなかった。しかし

スキルアウトG「(帰る場所なんて……もうどこにもねえ!!)」

スキルアウトは考える。あの『茶髪の女』に全てを奪われた日々と現在を。
仲間は全て鏖(みなごろし)にされ、資金源も女達という商品も失った。
報復に打って出た交差点では無関係の人間を轢いただけで肝心の『茶髪の女』には近づく事さえ出来なかった。

スキルアウトG「(何も残ってねえ……どん底だ!!)」

スキルアウトは訴えた。自分を捕縛した警備員に。
自分を第十学区の少年院に自分を放り込んだ裁判所に訴えた。
仲間が殺された事。死体は残らなかったが血痕は残されていた。
状況証拠ならばそれだけでも事足りた。しかし――スキルアウトの訴えは揉み消された。
否、『訴えた事すら』なかった事にされたのだ。立件以前の問題、闇に葬られた見えざる神の手に握り潰されたのだ。

スキルアウトG「……狙え、狙え……!」

三ヶ月という月日、少年院から出所した後スキルアウトは浜面らのグループに新参者として加わった。
資金源もない、発言権もない、自分を拾ってくれた駒場利徳もいない。
浜面仕上には軽んじられ、服部半蔵には疎んじられ……
『居場所』を作るのだ。もう誰にも蔑まされないために。そして

スキルアウトG「ウオオオオオオオオオオ!!」

ドン!と焼夷ロケット砲が出口に着弾し夜空を赤く染める火の手が上がる。

憎き仇……『茶髪の女』の顔を思い浮かべて放った一打。

外すはずがない。どん底に落とされた人間に無くすものなどない。

――必ずやいつか、この絶望をあの女に叩き込んでやると――


472 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:18:44.55 0rnOj66AO 329/670

~28~

麦野「……どうしたもんかねー……」

一方、麦野は家路につく道の途中でドラッグストアに立ち寄っていた。
そろそろ始まりそうだし買い足しておくかと店内をウロウロと回りつつメトロミントを買い物カゴに放り込んだその時――
あらぬコーナーであらぬモノを見つけてしまったのである。それは

麦野「……奇跡!うすさ0.01ミリ……最先端技術の無駄遣い過ぎでしょ学園都市/////////」

――麦野の顔が真っ赤になる程度のモノである。
外部とはニ、三十年ほど先行く学園都市の技術力は実に様々な分野に行き渡っている。
ちなみにインデックスが上条家にやって来た際――

禁書目録『とうまとうま-!これ膨らむばっかりで食べられないんだよ!風船なんて冷蔵庫に入れても美味しくならないかも!』

上条『インデックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥー!!!』

麦野「(……あれからその手のもんはみんな私ん家に移したんだよね……)」

若さ故の過ちである。苦い思い出を頭から追い出すようにかぶりを振る傍ら――
はたと思い当たる。こちらのストックはどうだったかと。

麦野「(そう言えば昨日御坂にソルティライチ渡した時にはもうなかったっけ……この間のが最後だよね……ってこういうのは男が買うもんだろうが!つかあいつなくなったんならなくなったって言えよ!!)」

存外女の側からするととかく切り出し辛い問題である。
かと言って『買って来いよ』とも恥ずかしくて言い出しにくい。
さりとていざそういうムードになった時ないはないで困る。
一時期針で穴を開けてやろうかと言う病んだ時期(インデックスが転がり込んで来た辺り)もあったが今はそうも行かない。

麦野「(……私以外に客いねえよな?)」

ついつい辺りを見渡してしまう。店員は幸いにも深夜だと言うのにおばちゃんが一人だけである。
まるで万引き犯のように油断なく視線を這わせ……そーっとその箱へと手を伸ばした。

―――その時―――

♪とぅるるるるるるるる♪

麦野「!!?」ビクッ

鳴り響く携帯電話。取り落とす箱。思わず見開いた目を左右に走らせ、そこで気づく。
着信音からして上条以外の誰かからの電話だと思い当たった麦野は慌てて箱を商品棚に戻して携帯電話を取り出し、開く。

麦野「……!?」

その画面に映っていた、打ち込んだばかりの名前――



473 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:19:46.61 0rnOj66AO 330/670

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――――着信:御坂美鈴――――――
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


474 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:21:38.80 0rnOj66AO 331/670

~29~

『かの御坂美鈴様より、断崖大学のデータベースセンターの使用申請が出されていたものですから、そちらを襲撃させていただきました』

ポツ、ポツ、ポツと降り出した雨が一気にどしゃ降りのそれに取って代わる。
最初は飛礫のようなそれが、次第に雹を思わせるような黒風白雨に。
さながらハリケーンでもやって来たようなその雨風の中――一人の白い影が携帯電話を耳に当てながら顔をしかめていた。

『回収運動という言葉はご存じですか』

この暴風の中にあってさえハッキリと耳朶に響き渡る柔らかな声。
その紳士的な声音と悪魔的な声色に白い影はペッと唾を吐き捨てた。
かつてものの本にあった、長くて厚いだけが取り柄のその文章の海の中でただ一箇所心に留まった節。

『御坂美鈴様は回収運動における保護者代表の立場にあります。彼女の背後関係や我々との利害関係は必ずしも一致しませんが、念の為にここで摘んでおく事に決定しました』

――それは前線で銃弾を撒き散らし敵を殺すものより、銃弾の届かぬ場所から書類や電話一つで敵味方を死なせる人間が最も悪辣だと言うそれ。
白い影はそこで一言二言交わした後、ピーッという奇妙な音の後通話を断ち切った。

???「クソッタレが……」

白い影はしまい込んだ携帯電話に代わってポケットの中の拳銃。
弾丸は夕方、病院内に潜伏していた最後の無能力者狩りのメンバーを屠った際に一発使ったため残り四十九発。
四は死、九は苦にかけられる忌み言葉だと言うくだらない言葉遊びが脳裏を過ぎると

ダッ


???「―――――、」


その白い影のすぐそばを、栗色の髪の女がすれ違うように駆け抜けて行く。
ビルの林の向こうに広がる地平線、赤々と燃え上がる火の手、断崖大学データベースセンターに向かって走って行く。
白い影は垣間見たその美しい顔立ちに見覚えがあった。見間違えようもない顔の一つであった。

???「………………」

暴風が吹き荒れて行く。全てを飲み込み押し流して行くような豪雨が、灰色の街を黒ずんだ坩堝に変えて行く。
狂ったように廻る十字架のような風車が、歪み軋み捻れた音を立ててクルクルと回る。
この夜の先に待ち受ける、逃れ得ぬ死への手向けのように。

???「――行くかァ」

許されざる者達への墓標のように――



475 : 作者 ◆K.en6VW1nc - 2011/08/14 21:23:16.64 0rnOj66AO 332/670

~30~

かくて魔の山のような断崖大学データベースセンターにて運命は交差する。
 
 
 
 
 
生者と死者の境界が曖昧となる夜にあって、天に向かって掲げられた火の元に
 
 
 
 
 
重力の虹に引かれるようにして集う、罪人との狂宴と悪人の饗宴。
 
 
 
 
 
パンを模された肉が供えられ、葡萄酒を象る血が捧げられる魔女の大釜の底が抜けたような坩堝の中へと
 
 
 
 
 
幻想交響曲を背に向かう断頭台への行進へと光を司る魔女は駆けて行く。
 
 
 
 
 
明ける事のないヴァルプルギスの夜の中へ、星の光もさらえぬ闇の底へ魔女は行く
 
 
 
 
 
―――――伏魔が手招きする、絶望の地平線へと―――――
 
 
 
 
 


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