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~終わらない夏への扉~
一度目の接触は、落日の路地裏で
二度目の遭遇は、闇夜のレストランで
三度目の邂逅は、青天の瓦礫の王国で
「――“お姉様”――」
一回目は、嘲笑を湛えた形良い唇が
二回目は、冷笑を浮かべた切れ長の瞳が
三回目は、憫笑を描いた横顔が
「愛してるわ…――――」
氷雨の中での顔合わせ
涙雨の中での鉢合わせ
驟雨の中での巡り合わせ
昔、誰かが言っていた
『一度出会えば偶然で、二度出逢えば必然だ』と――
元スレ
麦野「ねぇ、そこのおに~さん」2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1291819165/
~第十五学区・とある映画館~
「………………」
夜の帳を落としたかのようなミニシアターの一角に並んで腰掛けていた少年は唖然としていた。
その表情には一筋の冷や汗が流れ、その胸中では大粒の脂汗が滲むほどに。
「………………」
その少年の右肩に緩やか栗色の髪を流れるままに持たせかけていた女性は憮然としていた。
その表情には明らかな嘆息が浮かび、その胸中では盛大な溜息が零れるほどに
「(なんでせうか…これは)」
出来立て熱々だったポップコーンが湿気るより早く、キンキンに冷やされたコカ・コーラが汗をかくより速く…少年は自らの選択を悔い、そして嘆いた。
無難な学園モノをチョイスしたつもりがどこをどう間違えたのか少女同士のガールズラブへとシフトした頃には後の祭り。
スクリーン一面に大開きとなる少女同士の官能的なラブシーンに白痴のように開いた口が塞がらない。
「あんたさあ…こういうの好きだったの?」
「!?」
「とんだサプライズだねー…かーみじょう?」
上条「サプライズってかハプニングですよ麦野さん…」
麦野「私はハプニングって言うかショッキングだよ。彼氏の教育間違えたかにゃーん?」
肘掛けに置かれた上条当麻の手の甲を、その煉乳を塗り固めたかのような人差し指でクルクルとなぞり書きする麦野沈利。
薄く淹れた紅茶を溶かし込んだような優麗な栗色の髪から香るヘアフレグランス。
その表情には不平と不満と憤懣の色が暗がりの中でもありありと見てとれるほどで
上条「…不幸だ…」
第三次世界大戦から生還…及び『凱旋』後初となるデートは出だしから躓きと相成った。
何故か?答えは最愛の恋人が指文字でなぞり書きするメッセージにある。それは――
『オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね』
猟奇的な女王様(かのじょ)が、この上なく御機嫌斜めだったからである――
~第十五学区・カフェ『デズデモーナ』~
麦野「出てくんの遅すぎ。つーか何これ。バニラ溶けすぎでぬるくなってんじゃん。普通ならこれやり直しが基本のクオリティだぞ」
店員「…ごゆっくりおくつろぎくださいませ…」ビキビキ
上条「すいません!本当にすいません!!」
13:50分。映画鑑賞を終えた上条当麻と麦野沈利は劇場通りの一角にある喫茶店『デズデモーナ』にて遅めのランチを取っていた。
内装から調度品にいたるまで全て純白で統一された店内にて…麦野はあいも変わらずシャケ弁を平らげた後、運ばれてきたスイーツのハニトースト・バニララテ・クイニーアマンにフォークを突き刺しながら不平と不満を漏らしていた。
それも店員に対してクレームをつけるでもなく、聞こえよがしに吐き捨てる傲岸不遜っぷりである。
麦野「御坂オススメの店だっつーから来てみれば…とんだババ引かされた気分だわ。二度と来るか」
上条「…多分二度と来れないのは俺達の方だぞ沈利…」
舌打ちを堪え背中に鬼の貌を浮かび上がらせ去り行く店員を見やりながら上条は嘆息した。
しかし対面に腰掛けハニートーストのボックスを切り崩す麦野はどこ吹く風とばかりに
麦野「当麻、あん
たも食べる?」
ニコッとフォークに突き刺したハニートーストを差し出して来る麦野。
心底嬉しそうに、真底楽しそうに、溶けかかったバニラアイスより甘い笑みを浮かべて。
されど差し出したフォークは突きつけた銃口のように有無を言わさぬ迫力を湛えて。
上条「あ、ああ…あ、あーん?」
麦野「あーん♪」
誰が信じられよう?学園都市二百三十万人の学生達の中にあって、彼女が頂点から数えて四番目にあろうなどと
麦野「美味しい?」
上条「ああ。すげー美味いぞ」
麦野「私の作るお菓子より?」
上条「いや、沈利の方が美味いって」
麦野「よく出来ました」
誰が信じられよう?学園都市暗部の跳梁跋扈の中にあって、彼女が組織の一角を率いていた事があろうなどと
麦野「インデックスにも作ってやるかなー…どうせ帰ったら拗ねてるだろうし。御機嫌取りにちょうどいいでしょ?」
上条「作れんのか?」
麦野「レシピと材料さえあれば私に作れないもんなんてないわ。それに今食べたじゃない。この程度なら私の方が上手く作れる」
誰が信じられよう?学園都市より飛び出し、第三次世界大戦の最激戦区にて彼女が大立ち回りを繰り広げたなどと
上条「悪いなほんと…沈利にばっか作ってもらっちまって」
麦野「私は作る人。あんたは片付ける人。アイツは――」
上条「食べる人だな」
麦野「“働かざる者食うべからず”って事でこの間おにぎり教えたんだけどさ、どうしても三角に出来ないの。真ん丸か俵」
上条「洗剤で米洗ってお粥になった時より進歩したじゃねえか。洗濯機も回せるようになったし」
麦野「服の色落ちとか素材分けはまだ出来ないけどね。ネットに入れればなんとかなるって思ってるみたい」
上条「…なんか、子持ちの夫婦みたいだよな俺ら…」
麦野「悪くないかな。それはそれで」
初冬の陽射しが射し込む窓際の席を麦野は見送る。店内全体を見渡せる奥の席から。上条に気取られぬよう、ごく自然に。
麦野「ただ、あんたより年上に生まれてちょっと悔しいかな」
上条「何でだよ?」
麦野「私は16過ぎてるから結婚出来るけど、あんたはまだ18にもなってないからさ」
二十億の信徒を束ねる教皇自ら、十字教最暗部手ずから命を狙われたその日から麦野は陰ながら上条を守っている。
同様に、学園都市暗部からも多大な遺恨と強大な怨恨に晒されている自分の身に降りかかる火の粉を上条に飛ばさないようにとも気を配っている。
麦野「あんたより、年下に生まれたかったな。それだけは第三位がうらやましい」
窓際は狙撃と鴨撃ちの標的だ。そして出入り口からの客をさり気なくチェックする。敵か、まだ敵ではない人間かを選別するために。
暗部を引退しようが、暗部が解散しようが、麦野沈利が定め、己に課した生き方に変節はありえない。
命を懸けて盾となりえる事を上条当麻は許さない。ならば死を賭して剣となりえる事で上条当麻の敵を討つ。
それが彼女の志向であり、思考であり、至高である。
麦野「…その前に、当麻はちゃんと進級出来るのかにゃーん?あんたの欠席日数、もうあんたの平均点より多いんじゃない?本当に大丈夫?」
上条「だっ…ぜっ、絶対なんとかする!上条さんだって留年は絶対にイヤだイヤですイヤなんだ三段活用!」
麦野「インデックスにおにぎり教えるよかあんたに勉強教える方が骨が折れんだよ。マジでダブったらフライパンで往復ビンタだからね」
呆れ顔でデボンシアティーを口に運ぶ麦野。懊悩に頭を抱え唸る上条。
端から見ればあまり釣り合っていない年上女と年下男の取り合わせ。
ツバメを飼っているというより出来の良い姉、出来の悪い弟に周囲は見るだろう。
されど麦野にとっては唯一の、上条にとって無二の、それが互いの存在であった。
麦野「さてと…腹ごなしも済んだ事だし、ちょっとブラブラしない?」
上条「良いぞ。前にお前が言ってた冬の新作、見に行くか?」
麦野「うん。ついであんたの冬服も新調しようよ一緒に」
上条「んな金上条さんにはないっての!あのエリザリーナ独立国同盟産で十分です」
麦野「あれ分厚過ぎ。それにデザイン二の次じゃん」
上条「俺は垣根先輩みたいなおしゃれさんじゃねえからな。一方通行みたいなのも似合わねーし」
麦野「比較対象が悪い。あんなホスト崩れとヴィジュアル系連れて歩くとかどんな罰ゲームだよ」
そう言いながら二人は喫茶店を後にした。ごく自然に組んだ腕から手を繋いで指を絡ませて。
店員「…またのご来店を…」ビキビキ
空になったシャケ弁の容器を、ごく自然に放置したまま。
~第十五学区・とあるファミレス~
絹旗「あれ超麦野じゃないですか?」
浜面「おっ、本当だ。腕なんか組んでやがる」
滝壺「かみじょうと一緒。デートかな」
14時20分。第十五学区の歩行者天国に面したファミリーレストランにて、『アイテム』の面々が卓を囲んでいた。
四人掛けのテーブルの奥に絹旗最愛、手前に滝壺理后、通路には両手にドリンクバーのコップを携えた浜面仕上がウィンドウ越しに素通りして行く二人を見送って。
浜面「(いいなあ…俺もアイツらみたく滝壺と)」
絹旗「とか思ってるに違いありませんね。やっぱり浜面は超浜面です」
浜面「他人のプライバシーを覗くなよ!?って言うか読めんの?心読めんの!?」
絹旗「スケベ心は顔に出るんですよ浜面。浜面の超わかりやすい丸見えの下心なんてリーダーの私にはお見通しなんですよ!」
滝壺「大丈夫、わたしは未だに繋ごうとする手をワキワキさせて結局引っ込める意気地無しのはまづらを応援してる」
浜面「ひでえ言われようだ」
腕を下げず肩だけを器用に落として浜面は溜め息をついた。
端から見れば両手に華に見えなくもないが一方は棘を潜ませた徒花である。
更に一方の華はタンポポの綿毛のようにフワフワと揺蕩い、そこに吹く風は浜面にとって追い風とはならなかった。
唯一の救いは、この場に更に毒を孕ませたマリーゴールドが不在であるという事。
浜面「(珍しい事もあるもんだな。フレンダが集まりに顔出さないってのも)」
そう。麦野沈利が引退し、入れ替わりに補充された浜面仕上が顔を突き合わせていた仲間…
麦野の後を継いでリーダーとなった絹旗、その右腕となる滝壺、それを支える第三の少女…
フレンダ=セイヴェルンの姿が見当たらないのである。
何でも急用が入ったとかなんとかで土壇場でのキャンセルと相成ったのである。
絹旗「まったく。浜面といいフレンダといい超たるんでます。春はまだ先なのに今から平和ボケですか?色ボケですか?」
腕を組みながら鼻を鳴らす絹旗。暗部が解散となり、未だ身の振り方も定まらず長い年月を経て尚…
滝壺「(きぬはた、もっと肩の力を抜いてもいいんだよ)」
麦野からアイテムを引き継ぐと言う重責を背負い、難行に気負う部分があったのだろう。
生来の気質から外れた張り詰めた空気の残滓は未だに絹旗の纏う雰囲気をやや硬質なものに変えていた。
一時ながら頭を張る重圧から解放されたのはとある夏の事件の時のみであったが、それはまた本編とは関係ない話である。
浜面「まあまあ。特別急ぎの用件も大事な案件もねえし、そうプリプリすんなって」
滝壺「きぬはた、かみじょう見るとピリピリする」
絹旗「ちょっ、超関係ないですよあのバフンウニは!プリプリもピリピリもしてませんってば!」
バッと浜面からドリンクをひったくるようにして一息に飲み干す絹旗。
そして空になったコップをぬるい!ともう一度浜面に取りに行かせる。
それをハイハイと頷きながら歩みを進める浜面は、さながら機嫌を損ねた妹を宥める兄のようであり――
滝壺「(きぬはたにとって、むぎのはお姉ちゃんだったんだね)」
上条が現れるまでの麦野は紛れもなく畏怖される存在であった。
恐怖政治とまでは行かないが絶対君主であった。しかし戦力的にも精神的にも支柱の一角を担う存在であった。
麦野が引退した理由や経緯は絹旗も当然理解出来ている。
しかし上条への感情的な反発までは未だ拭い去れてはいない。
上条と麦野が共に生きる事を最後まで認めなかったし、最大に尊重したのもまた絹旗だからだ。
絹旗「(あのバフンウニ超嫌いです)」
暗部が総解散し、目下荒事から些末な雑事まで引き受ける『便利屋』に転身した後も、麦野はあまり顔を出さない。出してくれない。
自分の都合で暗部を抜けアイテムを辞めた自分がいつまでも顔を出しては新リーダーである絹旗の立つ瀬がないと言う麦野の考えも理解している。
されど一抹の寂しさは拭いきれない。それは置き去り(チャイルドエラー)と言う出自を経て、『暗闇の五月計画』の被験体となった過去に起因すると絹旗は己を分析する。
絹旗「(超無意味ですね。こんな自己分析)」
脳裏を過ぎる、己と同系統の能力を持ちながら相反する運用方法を体得したとある『少女』の姿。
漆黒の夜の海を渡る鳥のような雰囲気を身に纏った『彼女』の嘲笑。
こんな詮無い物思いに耽っていると知れば、如何な哄笑と呪詛を唱えながら自分を侮蔑するだろうかと。
同じ穴の狢、蠱毒の中の蛇蝎、それは言葉尻ではない同族嫌悪、揚げ足取りではない近親憎悪。すると…
PiPiPiPi…PiPiPiPi
浜面「ん?絹旗、着信来てるぞ」
絹旗「!。メールです。ちょっと失礼しますね」
そんな思い煩いを断ち切るかのように鳴り響く着信音…そしてディスプレイに浮かび上がるは…
絹旗「…フレンダ?」
フレンダ=セイヴェルンの文字。それだけならば取り立てて柳眉を逆立てる必要はない。
問題は開かれたメールボックスの内容…そこには件名も添付ファイルもなく、ただ一行…
漢字変換すらままならない、たった八文字の用件…それを目にし、絹旗は目を見開いた
―――『ふれめあたすけて』―――
第十五学区・とあるゲームセンター
御坂「もう一回!もう一度!もういっぺん勝負よ!」
御坂妹「何度やろうと同じ事です、とミサカはスッポンのようにしつこいお姉様を死んだ魚のような目で見つめます」
14時21分。御坂美琴と御坂妹はとあるゲームセンターの筐体の前にて控え目な胸を張り合っていた。
至る所から眩い光と軽快な音楽、そしてコインがジャラジャラと吐き出される金属音…
そんな喧騒の坩堝の最中、ヒートアップの一途を辿る美琴が指差す先…其処には学園都市製のダンス・ダンス・レボリューションのエントリー画面。
御坂「やっとリズムとかパターンが読めて来たのよ!次は勝つわ!絶対に勝つ!」
御坂妹「考えるな、肌で掴め、とミサカは非業の死を遂げた伝説の功夫の言葉を引用します。それよりも抜け出して来て大丈夫なのですか?とロシアでの戦い以来監視の目が厳しくなったお姉様に遠回しに水入りを求めます」
御坂「うっ…そ、それは…」
その指摘に対し思わず御坂が口籠もる。寸鉄が如く放たれた御坂妹の舌鋒の鋭さに対し…
今頃かぶる予定もない角隠しすら意味をなさないほど怒髪天を衝いているであろう寮監の怜悧な眦より鋭く…
同時に、御坂の胸の深奥に潜む傷口に痛苦が走った。
御坂妹「…お姉様のお心もわからないでもありませんが、今しばらくは謹慎の手と監視の目が緩む時期を待たれては?とミサカは促します」
御坂「…そうなんだけどね…あはは…」
御坂妹はMNW…ミサカネットワークを通じ、ロシアに拠点を置くミサカ10777号を介して事のあらましを知っていた。
戦闘機を奪い取り、ただ一人の思い人の元に馳せ参じ、差し伸べた手が迎えた結末を。
それが初冬の兆しが見え始めた学園都市に吹き荒ぶ寒風よりも御坂の中に穿たれた心の虚に吹き込んでいる事も、全て。
御坂「…そうだよね、帰らなくちゃね…」
御坂妹「………………」
御坂「わかってたんだ。きっとあの時から。私はあの娘に勝てない、最初から勝負の土俵にすら立ってなかったんだって」
御坂「それは結果論では?とミサカはうなだれるお姉様の肩に手を置いて諭します」
御坂「ううん、もう結果は、結論は、結末は、出ちゃったから」
何とはなしに気まずい思いのまま御坂妹は画面の切り替わったネームエントリーに目を走らせる。
アーケードモードの第一位は『MSK』の文字が、協力モードの第一は『HMGM&MSGM』の文字がそれぞれ皓々と浮かび上がる。
同時に、影を落とし憂いを帯びた御坂の横顔をも光は否応無しに照らし出す。
御坂「言ったんだ。あの娘。“お前は、私を選んだじゃないか”って…それで、アイツは私の手を取らなかった」
御坂妹はロシア上空にて、『ベツレヘムの星』にて、如何なやり取りが上条当麻と御坂美琴の間に起きたかを知っている。
しかしそれはあくまで『情報』だ。一万人近い妹達と脳波と電磁波と感覚共有で繋がろうとも…
決して当事者(御坂美琴)の痛みを分かち合う事は出来ない。
それが傍観者でしかなかった10777号や10032号である自分達(シスターズ)の限界。
同位体(クローン)であろうと姉妹であろうと…独立した一人の人格と、一個の個性と、一つの生命と、唯一の存在であるが故の『人間』としての壁。
御坂「やる事が残ってるからって、巻き込みたくないからって、自分がやらなきゃいけないからって…取らなかった私の手を、アイツはあの娘と結んだ」
そう言いながら御坂は筐体の前から離れ、ゲームセンター内の休憩所の椅子に腰を下ろした。
後を追うようについて来た御坂妹は、自販機の前に立ちながらその話を聞く。
ジュースの銘柄を聞いて話の流れを変えようとしても、口を挟む事すら叶わない。
御坂「見たの。沈んでいく要塞の中に、キラキラ光る翼で飛び込んで行くあの娘を。その顔を見て思ったのよ。ああ、かなわない。ああ、負けちゃったんだなあ…って」
プラプラと子供のように投げ出した足を揺らしながら御坂は御坂妹へと肩越しに振り返った。
御坂妹にとっては鏡で見る自分よりも身近な親しみを覚える顔が、今は精一杯の笑顔を振り絞っているように見えてならない。
御坂妹「挽回の余地は本当にないのですか?とミサカは答えのない質問をお姉様に投げ掛けます」
御坂「わからない。でも、これが三度目だから。三度目の正直にならなかったから」
御坂は止めようとした。死地に赴かんとする上条当麻を。
一度目は『絶対能力進化計画』に絡んで、二度目は『後方のアックア』に対して、三度目は『ベツレヘムの星』にて。
しかしいずれも…上条は御坂を生かすために巻き込まず、麦野を連れ立ち、伴い、従えて…
幾度も巨大な敵に挑み、何度も強大な敵を阻んだ。
御坂「私とあの娘の何が違ったんだろうって思った事もあった。序列だって一つしか変わらない。私だって戦えた、アイツと闘えたはずだったのにって」
それは麦野が恋人で、自分は友人に過ぎないからか?
そう己自身と上条自身に何度となく問い掛けて、問い掛けかけて止めるのを繰り返した。
ただ一つの引かれた線が、例えようもなく深い溝と高い壁に阻まれているようにすら感じられてならなかった。
御坂「あんた、インデックスって覚えてる?」
御坂妹「はい。ミサカにくーるびゅーてぃーなる渾名をつけた彼等の同居人ですね、とミサカは真っ白な修道服を脳裏に思い浮かべます」
御坂「そのインデックスも私と同じだった。力になりたいのに、助けてあげたいのに、蚊帳の外に置かれる、入り込めないって」
暖かいご飯、朗らかな団欒、他愛のない喧嘩、『家族』としてのぬくもりの中にあってさえ…
いざ闘争の幕が上がると、インデックスは舞台の演者でなく最前列の観客に戻されてしまう。
ただの恋人同士の間柄に入り込めない程度ならばやきもきこそすれど、こんな火を飲み込むような思いなどせずに済むのにと。
御坂「それはあんたが大事な家族だからよ、って言ったら“じゃあたんぱつは?”って聞き返されちゃった…ぐうの音も出なかったなあアレには…」
答えのない間違い探し。いや、自分では気づいている、気づいていた間違いと言う正解を認めたくないだけだ。
御坂「(きっと、あの時取れなかった手の距離が…そのまま私とアイツの距離だったんでしょうね)」
空を切る手、重ならない指先、風にかき消されてしまった叫び。
上条当麻が生き延び、命長らえていたからこそ浸れる悲嘆。
あれが今生の別れとなってしまっていたら、先に息絶えてしまったのは自分の心、先に死に絶えてしまったのは自分の魂だったであろう事は想像に難くない。
御坂「(私、負けてすらなかったんだ)」
失恋ならばいつか傷は癒やされるだろう。悲恋ならばそれは自らの礎となるだろう。
されど…種無くして草は生えず、草生えずして花開かず、花開かずして実は結ばれない。
そのいずれの道筋も道程も道行も開かれぬままに、ゴールテープを切る事はおろかスタートラインにすら自分は立てなかったと…御坂は携帯電話を取り出し現在時刻を確かめた。
―――そこに、あの日のストラップは既にない―――
~第十五学区・とあるショッピングモール~
麦野「う~ん…あんたって何着ても今一つパッとしないわねえ」
上条「悪うござんしたね…つか上条さんはいつまで一人マネキン5をやれば良いんでせうか?」
麦野「う~ん…あんたモード系も映えないわね…どうするか」
上条「…聞いてねえし…」
14時35分。上条当麻と麦野沈利は学園都市最大の繁華街を有する第十五学区のブランドショップに足を踏み入れ…もとい引きずり込まれたのである。
店内はシックながらも目玉が飛び出しそうな…そして値札の桁数を見て目を疑いそうな品々ばかり。
その明らかに浮き場慣れしていない様子で上条は居心地悪そうに肩を竦めていた。
上条「余所行きの一張羅なんて別に良いんだけどなあ」
麦野「彼氏改造計画」
上条「!?」
上条当麻はレベル0(無能力者)である。微々たる奨学金と実家からの仕送りをやりくりしつつ、同居人の高すぎるエンゲル係数に毎月頭を悩ませながら火の車で自転車操業する苦学生である。
物持ちの良い彼の所有するそれらは着古した部屋着が大半で、ワンシーズンに一着、気に入った服を購入するにとどまるささやかな金銭感覚の持ち主なのだ。
しかしながら、今彼を着せ替え人形のようにとっかえひっかえしている女性はそれを是としない。
麦野「あんた素材はいいんだし、磨けば光るし伸びしろだってある。こんなの飾りみたいなもんだけど、私が連れて歩いてるのに頭打ちなんてイヤだから」
上条「なんだかなあ…」
麦野「それにさ」スッ…
上条「!」
上条の身体に寸法を合わせるようにして重ねた服ごと、麦野は腕を回して抱きつく。
試着室の遮られたカーテン内とは言え、傍目から見れば寄せた身を擦り付けるように。
麦野「あんたと付き合うまで、こんなのくだらねえって思ってた。だけどさ、今なら少しわかる気がするんだ」
回したか細い腕がその背に触れ、たおやかな指先が彫刻を愛でるように滑り落ちる。
寄せた鼻面が上条の胸元に擦り付けられ、鼓動に耳をそばだてるようにして。
麦野「ハズレの映画にガッカリして、一人前なのは値段だけの店でお茶して、今もこうやって何着せたらあんたに似合うかウンウン頭悩ませて…私が馬鹿にして来た事が、あんたがいるだけで今こんなに嬉しい」
猫が身を擦り付けて匂いつけするそれにも似て、縋るそれとは似て非なる行為。
微睡みの中見る夢に笑みを浮かべるように目を細め、僅かにこもる手指の力。
かつて名を馳せた文豪は言った。人間が一生の内、真に幸福だと感じられる月日は二週間に満たないと。
なればその二週間の内のほんの数分、ほんの一時であろうと願わずにはいられない。永遠に時が止まれば良いのにと
麦野「取り戻した平穏も、満更馬鹿にしたもんじゃないんだってさ」
上条「………………」
麦野「こんな事、私が言うのは似合わない?」
上条「いいじゃねえか」
同時に上条の指先が麦野の栗色の髪に埋まる。その手付きに麦野の眦が下がり瞳が閉ざされる。
インデックスがスフィンクスを撫でている時と同じアクションだなと胸中で独り言ちながら。
上条「お前は変わったんだよ、沈利。でもきっとそれは悪い事じゃない。これからだってどんどん変わっていけるさ」
麦野「――私の世界を変えたのは、あんただよ当麻」
転戦に次ぐ転戦、連戦に次ぐ連戦。潜り抜けて来た戦禍、生き抜いて来た戦渦、駆け抜けて来た戦火。
今手にしている平穏が一時のそれなのかはわからない。されど
麦野「(あんたなんだよ。お前だけなんだよ)」
願わくば、その仮初めの平和が一時でも長く続きますように…そう二人は願った。
そして、星に祈るより儚い願いは終ぞ果たされる事はなかった。
星の瞬きのように短い、束の間の平穏の終わりはこの数時間後の事であった。
~第十五学区・噴水広場、時計台付近~
スキルアウトA「ようよう!こんなところで誰と待ち合わせしてるんだい?」
スキルアウトB「友達と待ち合わせ?彼氏と待ち合わせ?」
スキルアウトC「暇してるんなら待ち人来るまでお話しようよ」
フレンダ「(結局、こういうカス当たりしか寄って来ないって訳よ)」
時は僅かに遡り12時00分。フレンダ=セイヴェルンは噴水広場にある時計台にて人待ちをしていた。
次第に冷え込みが増し行く中、僅かに猫背になりつつポケットに入れ、その脚線美を摺り合わせるようにして暖を取っていた矢先にかかった声音…
フレンダの同僚とはまた異なる雰囲気のスキルアウト達に声をかけられたのである。
されどフレンダの碧眼には面倒事を厭う諦観にも似たくすんだ光だけが宿り、そこに喜色の色はない。
スキルアウトA「あれー?君ガイジンだよね?もしかして日本語わからない?」
スキルアウトB「英語で話し掛けたらわかるかあ?今ヒマってなんつったっけ…are you free?」
スキルアウトC「ギャハハハ!そりゃ“タダでヤラしてくれ”だろ!」
フレンダ「(浜面よりキモいって訳よ。どうしよっかな。息臭いし殺っちゃおうかな)」
カップル達の待ち合わせ場所として名の知れたそこで一人佇む自分に声をかけて来るのだから最初からろくでもない人種である事に疑いようはない。
しかし、ろくでなしはろくでなしであって自分達のような人でなし(暗部)ではない。
周囲は関わり合いになるまいと遠巻きに見やるか、目を合わさず足早に通り過ぎて行くのみではあるが――
ここで一悶着やらかせばすぐさまアンチスキルがやって来るだろう。
良くも悪くも暗部の後ろ盾を失ったフレンダにとって今や殺しは御法度なのだから。すると――
「ジャッジメントですの!」
スキルアウトABC「!?」
徹底して無視を決め込んでいたフレンダに対し尚言い寄ろうとしていたスキルアウト達の背後からかかる声色。
やや大人びた声にお嬢様然とした言葉使い、そして名乗られた所属――
「迷惑防止条例をご存知ありませんの?そちらの女性に何かご用がおありで?」
スキルアウトA「はあ?なんだよテメーには関係な…」
スキルアウトB「よっ、よせって…コイツはやめとけって…」
スキルアウトA「ああ?たかが風紀委員だろなにビビって…」
スキルアウトC「チッ…オイ行くぞ」
フレンダ「?」
最初に目についたのは、名門と名高い常盤台中学の制服…に、『霧ヶ丘女学院』のブレザーが肩掛けに羽織られた小柄な体躯。
「災難ですの。お怪我はございません事?」
フレンダ「大丈夫って訳よ」
「それは重畳ですの」
次に目についたのは、そのか細くもしなやかな二の腕に巻かれた『風紀委員活動第一七七支部、JUDGMENT 177 BRANCH OFFICE所属』の腕章…
そして細く括れた腰に巻かれた、円環を連ねたような『金属製のベルト』
「この辺りもだんだんと…この時間から良からぬ輩が闊歩し始めておりますの。お気をつけあそばせ?」
その可憐さと上品さのちょうど中間点で折られたスカートの中には『鉄矢』を束ねるホルスターが太腿に巻かれ…
いつの間に手にしていたのか、大ぶりの警棒にも似た『軍用懐中電灯』が弄ばれていた。
フレンダ「…風紀委員(ジャッジメント)?」
「ですの」
そして…フレンダは預かり知らぬ事だが、トレードマークでもありチャームポイントでもあったリボンを解き…
緩やかでなだらかなウェーブのかかった髪を初冬の風に靡かせるままにしているその立ち姿が、ひどく目に焼き付いた。
「―――白井黒子、と申しますの―――」
~第十五学区・噴水広場、木陰のベンチ~
白井「待ち合わせ?」
フレンダ「妹。結局、待ち合わせ時間に遅れたって訳よ」
12時10分。フレンダと白井は何とはなしに自販機にてクリームティーとアールグレイを買い、話し込んでいた。
白井からすれば先程絡んで来たスキルアウト達が戻って来る事、ないしそう遠くない場所からまだこちらを窺ってないかと言う考えからその場に留まっていた。
巡回パトロールの交代時間が過ぎ、ゆとりが生まれたのもその一因であろう。
白井「迷子になっている可能性はございませんの?貴女の妹とおっしゃるならば、良くも悪くも目立つと思いますの。支部に問い合わせて…」
フレンダ「そこまでしてもらわなくても構わないって訳よ」
反面、フレンダはやや居心地悪く感じていた。いくら暗部が総解散となった現状があると言えど…
フレンダ「(…はあ…)」
元、闇の住人と現、法の番人の取り合わせは得も知れぬ疼痛を伴って肩身を狭める。
後ろ暗い過去を持つ人間特有の、ある種の習い性と言って良い。
それをクリームティーの缶を口に運び、一口飲み干した後白井は向き直った。
白井「そうですの…もし何かありましたら最寄りの支部にお問い合わせ下さいな」
フレンダ「どういたしまして、って訳よ」
そこで会話は一応のスタッカートを刻んだ。すっくと白井は立ち上がり、空になった缶を――
ヒュンッ…カラン!
フレンダ「(テレポート?)」
フレンダの目の前で手中にあった空き缶がゴミ箱に転送された。
空間移動能力者。かつて、フレンダといがみ合った赤髪の少女を彷彿とさせる立ち姿。
その去り行く後ろ姿に覚える奇妙な既視感、異物感すら覚える看過出来ない引っ掛かり。
しかし白井はそんなフレンダの向ける眼差しに気づいているのかいないのか
『フリソソーグネガイガイマメザメテクー♪カギリナイミライノタメニー♪』
白井「はい、白井ですの…えっ?また“御坂先輩”が抜け出しましたの!?」
フレンダ「(御坂!?)」
取り出した近未来的なフォルムを持つ前衛的過ぎる携帯電話の着信に出る白井。
その通話口から漏れ聞こえた『御坂先輩』という忘れがたい名前。
以前、麦野が引退してすぐに舞い込んで来た『絶対能力進化計画』に絡んだ研究所で会敵したレベル5(超能力者)…『御坂美琴(レールガン)』の名前が想起された。
フレンダ「ちょっ、待っ――」
ヒュンッ…
しかし、引き留めんとするフレンダの制止の声が届くより早く…白井は先を急いだのか空間移動にてその姿を消失させていた。
呆けたように空を掴んだ手を引っ込め切れないフレンダを残して
フレンダ「…結局、なんな訳よ?」
見え隠れする御坂美琴の影、重なる赤髪の少女の面影。
待ち人は来たらず、去る人のみがフレンダを通り過ぎて行く。
手にしたアールグレイの缶が熱を失う程度の短い時間。その時――
「―――フレンダお姉ちゃん―――」
彼方より駆けて来る、軽やかな足音と甘やかな声音。
純白とピンクを基調とし、ふんだんにあしらわれたフリルとレース。
豪奢な金糸の髪を揺らしながら石畳を蹴るワインレッドのタイツを纏った姉譲りの脚線美
フレンダ「フレ―――あれ?」
「まっ、待って欲しいんだよ!いきなり走らないで欲しいかも!」
…と、駆けて来る金髪の少女の後に追いすがるようにして走って来るもう一つの人影。
それは少女達とは対照的な白銀の髪と、純白と白金を基調とした修道服。
フレンダ達がかつて居を構えていた国にあっては珍しくもない修道女、されど目にした事のない型の法衣。
フレメア「フレンダお姉ちゃん!」
フレンダ「フレメア!」
飛び込んで来る小柄で華奢な肢体…フレンダの実妹、フレメア=セイヴェルンを抱き止める。
久方振りの再会、今し方の邂逅、そしてそんな姉妹の抱擁を見やり…微笑みかけるは件の修道女
「良かったねふれめあ!お姉さん見つかったんだよ!」
フレメア「うん!ありがとう!」
フレンダ「…フレメア、結局、その娘はどこの誰って訳よ?」
「うん?私の事を聞いてるのかな?ふふん!なら答えてあげるが世の情けなんだよ!」
かくして物語はここにて第二幕を上げる。これより紡がれるは新たな歴史、ここより開かれるは新たな世界の入口――
禁書目録「―――私の名前は、インデックスって言うんだよ?」
――科学と魔術が交差する時、物語は始まる――
~第十五学区・カフェ『サンクトゥス』第十五学区店~
12時45分。フレンダ・フレメア、セイヴェルン姉妹とインデックスは繁華街の中心にあるカフェにて一息入れていた。
初冬と言えど気温は低く、また風も決して穏やかならざる勢いであったが故である。
その悴んだ指先と荒れた唇を労り暖を取ろうととくぐった扉。
しかしそれこそが地獄へ連なり、かつ外気以上に財布を底冷えさせる結末となろうとは…というのが後のフレンダによる偽らざる本心であった。
フレンダ「(麦野…大食らいとは聞いてたけど物事には限度ってものがある訳よ)」
フレメア「グリーンピース。にゃあ」
禁書目録「いらないならいただかれるんだよ!ん~美味しいかも!」
カフェには珍しいランチバイキングは全滅、ドリンクバーは壊滅、次から次へと督促状の束のように差し込まれる伝票、積み重ねられる食器の山…
せっかくのサバカレーの味がわからなくなるほどの金額が脳裏をよぎり、金に困っていないフレンダの財布は今厳冬を迎えようとしていた。
しかし対面に位置するインデックスは春の訪れを歌い上げるような喜色満面の笑みで
禁書目録「ありがとうふれんだ!しずりの友達はみんな優しいかも!」
フレンダ「私の財布には優しくないって訳よ…結局、いつもこんな調子で食べてるって訳?」
禁書目録(インデックス)…その名を聞いてフレンダは初めてこの修道女の顔と名前を一致させたのだ。
麦野沈利はアイテムを引退した後、ほとんど元メンバーの前に姿を表す事はなかった。
それは脱退した人間が元いた組織と接触を避けるためと、それによって降りかかる火の粉を上条当麻やインデックスに飛ばさないために。
だから紹介もされなかったし、全学連の集会所でもさほど目に止まる事もなかった。そして
フレンダ「(――あれから、随分時間が経ったって訳よ)」
あの『0930』…暗部抗争が勃発した時といくつかの例外を除いては。
それに前後した時期…麦野はフレンダに一度だけ接触した。
その時の事があったからこそ…フレンダはアイテムを『裏切る』事をギリギリの線で踏みとどまる事が出来たのだから
フレメア「フレンダお姉ちゃん、フレンダお姉ちゃん」
フレンダ「?」
そんな回顧録を紐解いていると…フレメアが服の袖を引っ張った。
いつぶりになるかそれすら思い出せないほど久しい再会。
けれど変わらないのはその仕草。されど変わったのは『にゃあ』という語尾と口調。
フレメア「遅れたけど久しぶりだね。大体、一年ぶりくらい?」
フレンダ「結局、そんくらいになる訳よ。私もまあ…色々あった訳だし。フレメアは?フレメアは結局、どうしてたって訳よ?」
フレメア「色々。優しいお兄ちゃん達に助けてもらったり、大体なんとかやってこれたよ」
フレンダ「お兄ちゃん!?」
ガタッ!と思わず椅子を蹴ってテーブルを叩いて立ち上がってしまう。
お兄ちゃんとは誰だ?お兄ちゃんとは何だ?
まさか寝食に困って年嵩も行かぬ目に入れても痛くない妹が(ryとベレー帽ごと髪をかきむしり苦悶するフレンダ。
しかしフレメアはポイポイとインデックスの更にグリーンピースを放り込みながら
フレメア「駒場のお兄ちゃんだよ。でも、お電話にも出てくれないし、見つからないの。どこに行っちゃったのかな」
フレンダ「(駒場?)」
フレンダに話し掛けると言うより、自分自身に語り掛けるような遠い眼差しを何処へと向けるフレメア。
しかしフレンダの脳裏に過ぎったのは、『駒場利徳』というスキルアウトを束ねていたリーダーの名前であった。
フレンダ「(確か、浜面の馬鹿がそんな感じの名前言ってたって訳よ)」
浜面仕上。麦野が引退して一、二ヶ月後にはアイテムのメンバー入りした無能力者。
その前身はごく短期間ながらスキルアウトのリーダーの座に収まっていたはずだ。
フレンダ「(学園都市上層部に“花火”を打ち上げようとした無能力者、だったっけ?けどそんな事いちいち確認するのも馬鹿らしいって訳よ。フレメアも何かされた様子もないし)」
互いに抱えた事情をなるべく詮索しないのが暗部の流儀。
しかし思わぬ所で繋がった点と点が結んだ線が如何なる面を生み出すか…
それは未だ整理のつかぬフレンダにとってさえ想像の翼を羽ばたかせるには至らなかった。が
禁書目録「ふれんだ、どうしたのかな?お腹痛いならご飯食べてあげるんだよ!」
フレンダ「(フレメア、今度から知らない人についてっちゃ駄目な訳よ)」
思案顔のフレンダを米粒をほっぺたにつけたインデックスが覗き込む。
そもそもが、フレンダとの待ち合わせ場所が途中でわからなくなって困っていたフレンダに助け舟を出したのが…通りがかったインデックスだったのだ。
しかしその恩を安くランチで返そうとして仇となって戻って来たのは誠に皮肉な話である。
フレンダ「(結局、知り合いの知り合いにぶつかるだなんて世間は狭い訳よ)」
久方振りの再会に思わぬゲストを招いてしまったが、僅かながら安堵もしている。
凡そ一年ぶりとなる実妹との再会。何から話せば良いかわからないし、どう接して良いかの距離感もすっかりわからなくなってしまっていた。
たった二人の姉妹だと言うのに、分かたれた道筋はまるで真逆のそれ。
間にインデックスというクッションが一つ入ってちょうど良い塩梅だと。
フレメア「フレンダお姉ちゃん、どうしたの?具合良くないの?」
フレンダ「何でもないって訳よ。それよりフレメア…結局、グリーンピース嫌いは治ってないって訳?」
フレメア「苦手なんだもん。大体、フレンダお姉ちゃんだってサバばっかり食べてるよ?そういうの偏食って言うんだよ」
フレンダ「はあ…結局」
暗部に身を落としてより、アイテムの他にも参加したプロジェクトがいくつかある。
それら全てに身辺整理がつくまではなるべくフレメアを遠ざけておきたかった。
故にこの一年は地下銀行を通じた送金と僅かな電話とメールの遣り取りに終始していた。
麦野がインデックスや上条を自分達から遠ざけたのと同じ気持ちが、今ならわからないでもない。
しかし、その別離の日々も今日やっと終わりを迎えられそうな気がする。
フレンダ「――姉妹だから、そういう所も似るって訳よ――」
そう、取り戻した平穏な日々を――
~第十五学区・歩行者天国~
上条「インデックスの晩飯どうすっかなあ…俺達だけで外食して帰ったら怒るよなきっと」
麦野「一応、一万円札だけ置いてきたんだけどね…お昼ご飯代になるかどうかも怪しいもんだわ」
上条「…ほんと所帯じみて来たよな俺達。子供がいる夫婦ってみんなこんな感じなのかなあ」
麦野「せっかく送り出してくれたんだからもう少しくらい良いんじゃない?ほら、お土産もある事だし」
15時05分。ショッピングモールから出た上条当麻と麦野沈利は行き交う人混みの中を腕を組みながら歩いていた。
そして空いた上条の手には紙袋。ちなみに中身はインデックスの新しいコートである。
見立ては麦野によるもので、微細なチューブの中に空気を閉じ込めるタイプの超軽量耐寒繊維、らしい。
上条「喜んでくれるといいよな。ほんとお母さ…じゃねえ。お姉さんみたいだぜ」
麦野「こっちは手のかかる妹が出来た気分だわ…そう言えばフレンダにも妹がいたとかなんとか言ってたっけ」
上条「あのサバ缶の娘か?」
麦野「そう。改めて聞いた事も間近で見た事もないんだけどね」
上条「………………」
アイテム。かつて麦野が率いていた治安維持を名目とする暗部組織。
麦野がそこから脱退したのは忘れもしない…あの三沢塾に監禁されていた姫神秋沙を救出するにあたって乗り出した一件。
『黄金錬成』アウレオルス=イザードとの死闘の末、上条は右腕切断という致命傷にも等しい戦傷を負った。
その直後であった。麦野が暗部組織を脱退し、それを統括理事長に認められ開放されたのは
上条「(…沈利…)」
以降、麦野は如何なる戦場であろうと強敵であろうと絶えず上条と共に在った。
暗部にて屍山血河を築く修羅の道を行くより遥かに険しい道のりを、引退後もずっと。
そして元の仲間達とも必要最低限、迫られた時以外接触も避けている。
しかしそれを嘆いた事も悔いた事もない。麦野が自ら選んだ道筋だからだ。
上条「…本当に、いつもありがとうな?」
麦野「…ばっ、ばーか」
絡む手指、重なる掌。僅かに込めた力を微かな力で握り返して来る。
冷めた空気、冷えた風。されど伝わる、確かな互いの体温。
手を握る事など慣れっこのはずなのに、感謝される事に未だ慣れない微かに赤らんだ横顔がそっぽを向いている。
それを見ると、つい覗き込みたくなってしまって下から顔を近づける。
麦野「なによ。私の顔なんか見飽きてるでしょうが」
上条「いや、こっち向いてくれよ。どうして顔を背けるんでせうか?」
麦野「止めろ。目垢がつく。磨り減る。穴が空く。なにニヤニヤしてんだよ!」
絶対等速「(バカップルうぜえ)」
刺すような視線もなんのその。往来の人波を掻き分けながら進む二人の足取りは軽い。
こうやって無目的に、行き当たりばったりでぶらぶらするなどいつぶりだろうか?と互いに思わずにはいられない。
なるたけインデックスを交えた三人で行動を共にするようにしている。
麦野はそれを『家族ごっこ』と渇いた笑いで評していたが
上条「いえいえ?上条さんは決して面白がっている訳ではありませんの事ですよ」ヒョイッヒョイッ
麦野「ウザい!ウルサい!!こっち見んなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
家族の嫌な記憶しかない麦野、家族の記憶すらないインデックス。
大きな喧嘩をたまにしたりするが、概ね三人の共同生活は順調である。
今日とて『たまには一人になりたいんだよ!』とツンデレながら二人を送り出してくれたのは他ならぬインデックスなのだから
麦野「いい加減にしねえと×××を×××…!」
上条「ヒィッ!?」
青筋を立てて空いた手で拳を固める麦野。二人はちょうどスクランブル交差点前の信号待ちに捕まっていた。
上条が麦野絡みで最初に生死の境を彷徨う羽目に陥ったあまり嬉しくない始まりの場所。
殴るふりをする麦野と頭を紙袋で庇う上条。その時だった。
麦野「(………………)」
不意に鼻につく懐かしい匂いがした。それはプルースト効果よりも遥かに鋭敏な…
嗅覚というより第六感に訴えかけてくるような匂いだった。
麦野「かーみじょう」
上条「?」
そこで麦野は振り上げた拳を下ろし、組んでいた腕をほどいた。
そして…まるで咲き誇る花束のような笑顔を浮かべ、言った。
麦野「ごめん。この先のサンクゥス入って席取っといてくれない?さっきの店に忘れ物した」
上条「?。そうなのか?なら俺も一緒に…」
麦野「デボンシアティー。私をからかった罰。払いはあんた。それじゃあね」
上条「おっ、おい沈利!」
そう言うや否や、麦野は再び雑踏の中へ消え行く。
麦野は呼び止められる声を背中越しに聞きながら今し方感じ取った直感に殉じていた。
麦野「(掃き溜めの匂いがする)」
胡散臭い、きな臭い、血生臭い匂い。汚辱と汚濁と汚泥の放つ腐臭と死臭。
紛れもなくこちらに対し敵意と悪意と殺意を向けて来た何者かの意志と意思を感じた。
暗部から手を引き、足を洗い、縁を切り…暗部が解散して一年余りたった今頃になって、何故?
麦野「あれか」
そしてスクランブル交差点からやや離れた大通りにて…
麦野沈利は嗅ぎ付けた。大海を行く鮫のように、草原を往く肉食獣のように。
一見すると観光バスに偽装されたそれを麦野沈利は探り当てた。
そしてその周辺に配置された…麦野の鋭敏な感性に引っ掛かった、暗部の構成員らしき男の姿を認め…近づいた。
麦野「ねぇ、そこのおに~さん」
~第十五学区・とある路地裏~
麦野「おいおい。まだ痛みを感じる感覚残ってるかにゃーん?恐怖を感じる思考は生きてるかにゃーん?」
構成員「おっ…おっ…おっ…」
麦野「人の言葉喋れよ」
ジャグッ
熟れ過ぎ、腐り落ちた果実を踏み潰すような靴音が路地裏の壁面にまた一つ名状し難い染みを刻む。
パラパラと靴底から剥がれ落ちるは膠のようにへばりつく血糊。
そして黄ばんだ歯を顔をしかめ眉を顰めながら砂利と共に踏みにじる。
まるで犬の排泄物か、吐き捨てたガムか、酔っ払いの吐瀉物にするように。
構成員「き…さ…ま…な…にを」
麦野「聞かれた事に答えろよ。テメエの足りねえ頭にゃミソの代わりにクソが詰まってんのかあ?空っぽのド頭風通し良くされてかァァァ!?」
構成員「ァア゛ァアギィヤァァア!?」
瞬間的に、頸椎を踏み砕かんとする爪先を構成員の耳朶に向けて放った。
耳回りは意外に脆く、柔らかく、頼りなく、容易く付け根から千切れる蹴撃が突き刺さる。
既に鼻骨を粉砕され、呼吸すらままならない構成員の叫びは既に末魔のそれである。
しかし一方的で、圧倒的で、絶望的なまでの暴力を振るう麦野沈利にとってそれは引き出すには至らず満足には程遠い回答であった。
麦野「聞こえる?耳片一方残ってるんだから聞こえるよな?私の質問に答えなよ。何でオマエら(暗部)が陽も沈まない内からあんな着ぐるみ積んで張り込んでた?」
暗部が定めた殺傷領域内に一般人は入り込めない。
故にそのフィールドを熟知している麦野は容易くその間隙を縫って特殊工作車両と人員の全てを『無力化』した。
その度合いは、少なくとも自分の足元に蹲う構成員を除いて『喋る事も出来ない』状態にしたまでだ。
もちろん、砲弾にすら耐えうる装甲板に守られた駆動鎧(パワードスーツ)に至るまで…
所詮、原子崩し(メルトダウナー)の前には濡れたウエハースも同然であった。
麦野「狙いは私の男(上条当麻)?それとも別口?」
かつて一方通行(アクセラレータ)が学園都市上層部に半ば掛け合い、半ば脅して暗部は解散となったはずだ。
それだけならばわざわざ麦野は再結成された暗部に対し牙など向かない。
共食いなり潰し合いなりげっぷが出るまでやれば良い。
麦野にとって思い当たる節…それは『上条当麻』という圭角に、触れざる逆鱗に手を伸ばせる距離にいた事が問題なのだ。
麦野「(当麻は統括理事長のプランとやらに組み込まれてた)」
麦野が暗部を引退出来たのは…ひとえに統括理事長からプランに必要な右腕を持つ上条当麻の護衛につけという新たな任務に専念すべしと下されたが故だった。
そしてアウレオルス=イザードに死に傷を負わされた上条当麻を目の当たりにし、麦野は公私の区別なくその話に乗った。
暗部としての原子崩しと、恋人としての麦野沈利、その両方が合致した命令。
麦野「(宗教かぶれの連中に“神浄”とかなんとか言って右腕を狙われてた。その口じゃあない?)」
そもそもアレイスター・クロウリーがそのような命を下したのには理由がある。
それは本来ならばアウレオルス=イザードとの戦いの中で覚醒するはずであった竜王の顎(ドラゴン・ストライク)…
それが前倒しでインデックスを救う事件の中で発現した事にある。
同時に、アレイスターのプランの中にあった上条当麻の記憶喪失のシナリオすらもねじ曲げてしまったのだ。
いずれも麦野沈利という唯一無二の恋人を救うために顕現された事象。
アレイスターはこれら不正因子と不確定要素を新たにプランに取り込む事にしたのだ。
麦野の存在が上条の進化を促し、上条の危うい局面を麦野を捨て駒に使う事で幻想殺し(イマジンブレイカー)の保護に当てる、一石二鳥の案として――
構成員「…“新入生”…さ」
麦野「はあん?」
構成員「す…ぐに…分か…る」
と…思考の迷宮を進んでいた麦野の形良い耳に飛び込んで来たのは…またもや思わせぶりな単語。
しかし構成員はそれだけ放言するとすぐさま意識をブラックアウトさせ思考をホワイトアウトさせた。
対拷問用チップによる感覚の遮断と、麦野手ずからの拷問によってだ。が
麦野「“新入生”ね…他になんかないかな…ん、当たりか」
麦野が気絶した構成員の身体を改めると、懐には呑んでいた一丁の拳銃…
そして折り畳まれた地図、そしてマーカーで名前の書かれた写真…
麦野「フレメア=セイヴェルン?」
そこには、麦野も良く知る少女の子供時代を想像させるに足る…
今し方上条との話題に花咲かせるために撒いた種…フレンダの妹の姿。と――
ガウン!
麦野「うわっ…汚ねえ。やっぱ銃はダメだわ」
物言わぬ構成員を事切れた死体に変えて麦野はその場を去る。
殺す理由は希薄だったが、生かしておく理由もまた絶無だったからだ。
~第十五学区・カフェ『サンクゥス』第十五学区店~
フレンダ「!?」
時は遡り14時15分。いつまでも食べ続けるインデックスといつまでもしゃべり続けるフレメア=セイヴェルン…そして
フレンダ「(見られてるって訳よ)」
フレンダ=セイヴェルンもまた異変を肌身に感じ取っていた。
それは浜面仕上の評する所の『使い手』であり『戦いを楽しむ』質である所に起因する。
フレンダ「(…どこで買った恨みかな)」
今の今までランチを楽しんでいたカフェがフレンダの視界から一転して戦場に切り替わる。
何処からか注がれる剣呑な眼差しは紛れもなく自分達に注がれている。
フレンダ・フレメア・インデックス…この面子の中にあって火の粉を呼び込む可能性が最も高いのは自分だとフレンダは確信していた。
フレンダ「(出よう。私の得物は人混みの中じゃあ力が発揮出来ないって訳よ)」
思わずたすき掛けにしたポシェットの中には缶詰めに偽装した爆弾、着火テープにワイヤー、鉄塊入りのぬいぐるみを頭に思い浮かべる。
フレンダ「フレメア、インデックス、もう出るって訳よ」
フレメア「にゃあ?」
禁書目録「えっ!?まだ食べ終わってないんだよ!」
暗部が解散した後も暗器を手放せずにいるのは、闇に深く長く居すぎたせいかも知れない。
フレンダ「いいから。早く出ないと――」
しかし、この場にフレメアとインデックスがいる以上、無用な巻き添えは避けたい。
そうフレンダが腰を上げ、卓から離れようとすると――
「―――座ったら?―――」
フレンダ「…!」
その声は、フレンダの真っ正面…インデックスの隣のスペースから呼び掛けて来た。
「店のお勧めって割には不味いのは間違いないけど、最後の晩餐には悪くないんじゃない?ランチなんだけどさ」
年の頃は絹旗最愛とさほど変わらぬ程度、肩甲骨当たりまで伸びた黒髪の一部が金色に脱色されたアクセント。
フード部分に引っ掛けた白いコートに、黒革と銀鋲のレザー…
そんな舞台に上がったアーティストのような悪目立ちする格好の少女を…
フレンダ「(結局、いつからそこにいたって訳よ!?)」
見落としようもないはずの存在が今、容易くフレンダ達の首を落とせる位置と距離にいる。
店内にて感じた視線と存在、間違いなく疑いなく…この少女がその中心点。
そしてド派手なファッションに似つかわしくないビニール製のイルカの人形。フレンダの注視はそこに向けられた。
フレメア「フレンダお姉ちゃん、知り合い?」
禁書目録「ふれんだのお友達なのかな?私の名前は――」
フレンダ「結局、こんな奴は知らないし、ランチに招いた覚えもないって訳よ」
「そうだよねえ?するつもりもないけど自己紹介だってまだなんだからさ」
呆けたようなフレメア、のほほんとしたインデックス、笑みを消すフレンダ、笑みを湛える少女。
その少女がフレンダのポシェットからはみ出したウサギのぬいぐるみを見やる。
そして――先程とはまた異なる角度に唇の端を釣り上げ、頬を醜く歪めた。
「アンタも“使う”んだ?気が合いそうなのに残念だよ。私も“隠す”のが好きだからさ」
フレンダ「似た者同士って訳?」
互いに武器を推理、確認、看破する。フレンダは探る。
能力に突出した戦力を有し得ない彼女は心理戦と観察眼を以て敵戦力を推察する。
敵に何ができ、自分に何が出来ないかを考える。それは演算とは異なる頭の巡り。が
「おいおい。勘違いしてもらっちゃ困るんだよ。これから死ぬ人間とどう友達になるんだ?なあ卒業生(センパイ)?」
少女は見渡す。最初にフレメアを、次にインデックスを、最後にフレンダを。
張り詰めて行く空気、引き締まって行く雰囲気、そこでフレンダははたと気づく。
フレンダ「(似てる?)」
それは感覚的なものであり直感的なものだったのかも知れない。
しかし目に見えない力場の収束が、フレンダにとって親しい仲間のそれに似通って見え――
そして…その想像と推察は、最悪の方向で確信へと変わった。
黒夜「… 世 の 中 全 て の 人 間 が 、 仲 良 し こ よ し に な り て ェ と か 思 っ て ン じ ゃ ね ェ ぞ」
圧縮されたように凍てつき、鉛のように重苦しく空気が爆ぜた
フレンダ「逃げて!!!」
フレメア「!?」
インデックス「?!」
それは新たに切って落とされた火蓋への号砲。
それは平和の終わりへと手向けられた弔砲。
それは『新入生』から『卒業生』へと放たれた礼砲。
――フレンダ=セイヴェルンと黒夜海鳥の戦いが始まる――
~第十五学区・カフェ『サンクゥス』第十五学区店前~
上条「なんだよ…これ」
15時10分。フレンダが交戦を開始してより数十分後…上条当麻は麦野沈利との合流点として指定されたカフェテラスの前にいた。
周囲には黒山の人集り、店外を封鎖し検証を始める警備員(アンチスキル)の人員…
上条「ガス爆発とか…なのか?」
一枚たりとて無事なウィンドウのないカフェテラス、僅かな硝子の欠片がしがみつく窓枠には焼け焦げた煤と、血糊がべったりとこびりついていた。
瓦礫と化した壁面にはいくつもの戦槍の穂先が穿ったような穴。
そして紛れもない火薬の匂いが漂う。まるで爆弾テロでもあったように。
「痛え…痛えよ…足が寒い…足が寒いよお」
「早く!早く医者を呼べ!!」
上条「………………」ギリッ
足を失った客と思しき男性が担架に乗せ運ばれて行くのを上条は歯噛みし握り拳を震わせながら見送った。
戦争はもう終わったはずだ。二重の意味で。それが何故ここに繰り返される?
何故、皆が勝ち得た平和が、救われたはずの世界が、その中の誰かの命や人生が危機に見舞われなくてはならない?
上条「…………!?」
そして、遠巻きに見やる野次馬の間から覗ける、真っ二つに転がったテーブル…
店内の全てが将棋倒しよりも酷い暗澹たる壊滅具合の中…上条の目はそれを捉えた。
上条「と、通してくれ!」
警備員「コラ!君!入っちゃいかん!!」
封鎖し野次馬達を立ち入らせまいとしていた警備員の制止を脇から潜り抜け、上条は瓦礫の山に埋もれた『それ』に駆け寄る。
それは見間違えようもなく、それは見慣れていた『同居人』が常に身に纏っていた――
上条「これ…インデックスのだ…!!」
そこには…以前にもビル風によって飛ばされた事もあるウィンプル。
尼僧の髪を纏める、上条からすれば帽子かフードのようなそれが落ちていた。
麦野とのデートを送り出し、留守番をかって出たはずの修道女(インデックス)のウィンプルが血染めのまま取り残されていた。
上条「―――!!!」
瞬間、血液が沸騰し脳髄が炎上し、心胆からしめる背筋が凍てつく思いだった。
最初に思い浮かべたのは、十万三千冊の魔導書を狙っての襲撃者か…
はたまたこれらの惨状を生み出した人間の思惑に巻き込まれたのか――
上条「クソっ!!」
上条は紙袋を放り出し、携帯電話を取り出し、両足を蹴り出し、雑踏を駆け出した。
~第十五学区・大通り~
絹旗「浜面超飛ばして下さい!信号とか良いから超急いで下さい!」
浜面「わかってる!わかってるって!!滝壺!!!」
滝壺「この先、五百メートルだよ、はまづら」
一方その頃、フレンダと麦野を除くアイテムの面々は浜面が転がすワゴン車に揺られていた。
フレンダからの『ふれめあたすけて』というメールを受け取るや否やすぐさまかけ直し、それも通じないとわかると絹旗の判断は早かった。
絹旗『滝壺さん、能力追跡でフレンダの居場所を割り出して下さい。浜面は車出して下さい超特急で!』
そこからは追跡と追撃であった。『体晶』を必要とせずに能力を発動させ、無能力者の微弱極まりないAIM拡散力場まで割り出せるようになった『八人目のレベル5』滝壺理后がフレンダの行方を追う目となり…
浜面仕上はそれを支える足、絹旗最愛は指揮を執る頭となった。
絹旗「(超何があったんですかフレンダ。暗部の残党?上層部の刺客?超情報が足りません)」
時に進行方向から逆走し、赤信号を振り切り、ノーブレーキのレッドシグナルで大通りを疾走する車内の中で絹旗は腕組みしつつ目蓋を閉じる。
自分達に恨みを持つ者は多いし、暗部という内部事情から知りすぎた機密も多い。
なればこそ、暗部が解散した後も自分はこの異能集団を率いている。
浜面が所有する素養格付(パラメータリスト)を盾にし、迂闊に手を出せぬように天秤の均衡にも力を注いで来た。
絹旗「(それとも、これも何かのプロジェクトの超嚆矢なんですか?)」
ただの不意打ち、闇討ち、騙し討ちであったなら良い。
問題はフレンダからのSOSに絡む人間が『潰しておしまい』にならなかった場合だ。
自分達は学園都市そのものに牙を剥き反旗を翻した受け取られた場合だ。そちらの方が遥かに根の深い話になる。
終戦後と解散後の自己防衛のためにアイテムとして固まり続けた事そのものが付け入られる致命的な隙になりかねない。
絹旗「(フレンダ。勝手に死んだら超許しませんよ。リーダーとして)」
そして目蓋を開き、スモークガラスの外を透かし見る。
足を組み替え、いつでも飛び出せるよう己を研ぎ澄ませる。その時――
上条「ハッ…ハッ…ハッ…!」
アイテムを乗せたワゴン車と、全力疾走する上条当麻がすれ違った。
~第十五学区・とあるゲームセンター前~
御坂「あ~ん黒子ちょっと待ってよ~…あとワンコインだけ…」
白井「“御坂先輩”。早く戻らないとまた寮監にどやしつけられますの!わたくしとて御坂先輩との一時を血涙を飲む思いでこらえてお願いしておりますのォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
一方…御坂妹から迎えに寄越された白井黒子は未だに未練たらしくゲコ太ぬいぐるみの備えられたクレーンゲームにかじりついていた御坂美琴を引き剥がそうと躍起になっていた。
御坂妹とのダンレボ対決は言わば負けず嫌いからの発露であるが…
このゲコ太のクレーンゲームに対し向かうのは妄執に等しい愛情が故であった。
白井はそんな御坂の細腕を綱引きのように引っ張りながら説得を続ける。
白井「御坂先輩!以前とは事情が違いますの!ようやく冷めたほとぼりに油を注いでなんといたしますのォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」
御坂「ううっ…じゃあ、前みたいに“お姉様”って呼んでくれたら帰る!」
白井「それは出来ませんの」キリッ
御坂「どうしてよぉっ!ああっゲコ太っ、ゲコ太っ!こうなったら電流飛ばして無理矢理アーム動かして…!」
白井「アームはともかくバネは電流ではどうにもなりませんの!往生際が悪いですの!」
御坂「ああー!」
そうして御坂はズルズルと白井に腕を引かれ連行されて行く。
第三次世界大戦の折、学園都市を飛び出して行ったのが寮監の目はおろか理事長クラスに知れ渡ってより…
紆余曲折あって謹慎は解かれたが自由時間が極端に減らされたのである。
ゲコ太ゲコ太と我が子から引き離されたように名残を惜しみ後ろ髪引かれる未練を捨て切れずにいるのも無理からぬ話である。
御坂「黒子のケチ、いけず」
白井「わたくしとて御坂先輩と遊びたいですの…ですがこれ以上問題を起こすと相部屋はおろか独居房のような部屋に回されますの…」
御坂「ふえええ~ん」
そして、手を引く白井もまたその辺りの心情を汲み取っている。
ロシアから帰還した御坂の状態は文字通り心身共に磨耗していた。
失われた恋の悲嘆を言葉に表す事が出来たなら…感情に乗せる事が出来たならどれだけ楽だった事だろう。
それは白井自身が経験し、乗り越えた部分と重なる。
白井「(しかし、その諦めの悪さはわたくしは尊く思いますのよ。御坂先輩)」
いつからか羽織り始めた霧ヶ丘女学院のブレザー、愛用されていたベルト、象徴的ですらあった軍用懐中電灯。
御坂も何も言わない。呼び方を変えた事も咎めない。
拭い切れない一抹の寂寥も、拭い去れない一片の寂寞も、いつか笑って振り返る事が出来る日が来る。そう信じて
御坂「…ちょっと待って、黒子。なんかおかしい…」
白井「?。どういたしましたの?」
そこで引きずられていた御坂が足を止めた。耳を済ませるように瞳を閉じて。
御坂「…気持ち悪い電波がこの辺りからする…なんか変だわ」
御坂の意識に引っ掛かって来たもの。言葉尻だけ捉えるならば文字通り電波発言だが…
学園都市最高峰の『電撃使い』、第三位『超電磁砲』の圭角に触れたもの…それはジャミング(妨害電波)
御坂「ビビビー。ビビビビビーってスッゴい五月蠅いの…なんなのかしらこれ」
『外』の世界でも諜報機関や軍事作戦において、目標とする区画の通信を断絶するために特定の周波数の妨害電波を流す事は初歩中の初歩である。
御坂の能力は超電磁砲に代表されるド派手なそればかりが強く印象を残すが…
周囲の微弱な生体電流や電磁波をソナーのように拾う事だって出来る。
その感覚網に引っ掛かったのは『暗部』が流したジャミングだった。
御坂「(また、この街で何かあるの?)」
思わず、冬の訪れも間近に迫った空を見上げる。
白墨で塗り潰したようにスッキリとしない曇り空。
そこに薄墨を流したような夜の帳が訪れるのは…その数時間後。
黒き夜を身に窶したような大鴉が、電柱の上でガアと不吉な鳴き声を上げた。
~第十五学区・地下立体駐車場~
黒夜「逃げ足に限れば元暗部なだけの事はある。足手まといを抱えて大したもんだ。なあそうは思わないかシルバークロース?」
『遊び過ぎだ。仕留められる内に仕留めておくのが現暗部の流儀ではないのか?』
黒夜「剪定の基本はまずは一番太い幹と枝葉落としからだろう?シルバークロース。今の私の役回りは狐狩りを追い立てる猟犬のようなものだ。旨味はお前に譲ってやるさ」
『何を言っている。一番骨を折らなくてはならない作業を丸投げしておいて』
黒夜「私にはあるのさ。巣穴にこもった残りの狐を煙で燻し出す役割がな」
黒夜海鳥は歩を進める。カフェテラスで窒素爆槍(ボンバーランス)を食らわせ、フレンダとフレメアを追い立て、この追い詰めた地下立体駐車場のコンクリートの上を。
耳に当てた通信機越しに呼び掛けるは、別方向からアプローチをかける『同僚』に対してだ。
黒夜「予定を確認する。お前はフレメア=セイヴェルンを、私はフレンダ=セイヴェルンを、それぞれ切り落とす。後は騒ぎを聞きつけているだろう浜面仕上らをおびき寄せる。あの訳のわからんシスターもまあ…切ってしまったて構わんだろうさ」
強襲にて退避行動を取らせ、追撃にて確実に狩れる地点まで恣意的に誘導する。
目的であるフレメアの拿捕、目標であるフレンダの捕獲、その後『アイテム』殲滅へと移る。
当初の予定とはややズレた形だが十分に修正可能な範囲だろう。が
『撒き餌にしては派手にやり過ぎたな。おかげ“やられ役”の連中が使い物にならなくなったぞ』
黒夜「なんだって?」
黒夜が追い立てる最中、第十五学区内に待機させていた暗部の構成員らが鏖殺に等しい状態にされたとシルバークロースは語る。
もとより外堀を埋めるための基盤固めに連れて来た捨て石も同然の連中だったが…と黒夜は意外そうに聞き返した。
黒夜「どこのどいつだ?まさかアイツ(絹旗最愛)か?アイツなのか?」
仮にも手足となる人員が目減りしても黒夜の表情に驚愕はない。
あるのはまるで胸焦がす火酒のように脳髄を黒く燃え立たせる存在、絹旗最愛の姿が脳裏をよぎる…しかし
『残念だが“暗闇の五月計画”絡みではないようだぞ黒夜。お前がご執心のアイツ(絹旗最愛)の前にアイテムを束ねていた女だ』
フレンダを追うアイテム、インデックスを探す上条当麻、そしてそれら両方に属していながら未だ不透明な動きを見せる『卒業生』…
その字をシルバークロースは口にし、その名を黒夜海鳥は耳にする
―――麦野沈利か―――
~回想・8月9日~
絹旗『辞めるって超なんなんですか…一体どういう事なんですか麦野!!』
麦野『言葉通りよ絹旗…私は“アイテム”を引退する』
絹旗『答えになってません!超説明になってません!!』
バンと行き場のない不鮮明な感情と不透明な情動の全てを叩き付けるようにして絹旗最愛は身を乗り出した。
テーブルを挟んで窓際の席に陣取る麦野沈利に対して。
その剣幕は隣に腰掛けた私の心臓が竦み上がりそうなくらいだった。
麦野『………………』
絹旗『どうして黙るんですか?黙ってられたら超わからないじゃないですか…答えて下さいよ!フレンダに!!滝壺さんに!!!私に超わかるように説明して下さいよ麦野!!!!』
フレンダ『きっ、絹旗、落ち着いて欲しい訳よ!そんなまくし立てたら結局わからないって訳よ!』
今にも胸座に掴み掛かりそうな形相で声を荒げる絹旗の怒声にファミレスの客や従業員の視線が一気に集中し
絹旗『………………』
野次馬『(ビクッ)』
フレンダ『(結局、障らぬ神に祟り無しって訳よ)』
絹旗はその好奇の視線を、睥睨するだけで平伏させた。
もともと起伏の激しいタイプでもなく、どちらかと言えばこの奇人変人の人格を寄せ集めたアイテムの中で…
C級映画を偏愛すると言う趣味嗜好を除けば私より没個性なんじゃないかって勝手に思い込んでた。だけど
滝壺『きぬはた。まず、むぎのの話を聞こう?ね?』
絹旗『…超わかりました…』
フレンダ『(結局、一番肝が据わってるのは滝壺って訳よ)』
『キレたら私よりヤバい』と麦野が評した絹旗の豹変ぶりを目にしても…
いつも通りスローテンポな話し言葉に私は胸を僅かながら撫で下ろす思いだった。
と言うより、私が最も恐れているのは絹旗の逆鱗より麦野の沸点だ。
その決して高くない沸点を越えたが最後、熱湯による火傷だなんて生温い結末はありえない。
そんな事はアイテムに属しているメンバーなら誰だってわかっているはずだ。
なのに尚も食ってかかる絹旗に対し、私は正直止めてくれと言いたかった。
フレンダ『(これ以上面倒事を持ち込むのは止めてもらいたい訳よ)』
麦野引退――予想だにしない爆弾発言、想像だにしない爆弾宣言にも関わらず私の頭はどこか冷め切っていた。
もちろんそれは重大な意味合いを持つ事くらいは認識出来ていた。
しかし私が一番可愛いのは私で、私は私だけの味方だ。
もちろんアイテムにだって愛着はあるし、情だって涌くし、友誼を感じたりする瞬間がないでもない。
けれど私達は暗部だ。仲良しこよしのガールズサークルじゃない。
互いを利用し、能力を含め或いはそれ以外の技能ありきで、利害の一致がそれぞれの抱えた事情にリンクしているに過ぎない。
絹旗『…超取り乱しました。麦野、お願いします』
絹旗のそれは暗部にとって御法度でもある馴れ合いの延長上にあるのではないか?
確かに麦野が離脱する事で失う戦力は絶大で、脱退する事で被る被害は甚大だ。
こんな時でも私は頭の中で、この国で言う十露盤を弾くのを止めない。が
麦野『――私の話はそれで終わりよ』
絹旗『!!?』
フレンダ『(結局、また振り出しって訳よ…ああもう話す度に噛み付くの止めてよ絹旗お願いだから)』
私を巻き込まないで、とばっちりなんて食らいたくない。
私だって麦野は好きだ。綺麗だし有能だし頭だって切れるし。
ただ器がちょっと小さいと感じる時もある。とどのつまり、完璧じゃあない。
結局――麦野ラブを公言する私だって、決して盲信に陥ってるって訳じゃない。
フレンダ『(抜ける抜けないったって、結局決めるのは麦野だし決めたのも麦野って訳よ。上層部からそれを許されたんでしょ?でなきゃ今生きてここにいられる訳ないじゃない)』
私の言う『好き』はセーフティー付きだ。もし私が命の危機に陥り敵地に囚われたと仮定しよう。
そこで月並みな取引を持ち掛けられたら?仲間の情報や命を秤に乗せられたら?
私は裏切るかも知れない。裏切らないと言い切れない。
想像の中ですら私は仲間のために命を投げ出す自己犠牲精神溢れるヒロインだなんて役回りは出来そうにもない。
フレンダ『(学生のアルバイトじゃあるまいし、引き止めて結局どうしたい訳よ?それより考えなきゃいけないのは麦野が抜けた後どうするかじゃないの?)』
絹旗は顔色を赤くしたり青くしたり白くしたりで忙しい。
滝壺は話を聞いているのかいないのか、話を理解しているのかいないのかわからない顔。
麦野は…一言で言えば無表情。でもそれは感情を色に表すなら様々な色がごっちゃになった鈍色。
それくらいわかる。おっかない麦野の顔色をうかがいながら私は生きて来た。
フレメアみたいに純真無垢、天真爛漫になんて生きられない私はそうやって色んな事をやり過ごして生きて来たのだから。
麦野『絹旗。質問を質問で返すようだけどね、なら私がなんて言えばお前は納得するんだ?』
絹旗『そっ…れっ…はっ…!』
麦野『私はお前が納得するような理由も持ち合わせてちゃいないし、お前を説得するような言葉も持ち合わせてないんだよ…』
つっかえつっかえの絹旗はもうあっぷあっぷに見えた。
酸素の足りなくなった金魚が溺れかけてるみたいに。
それじゃあ結局何も変わらない訳よ絹旗。麦野を引き止めたいなら今の置かれてる状況が、立場が逆じゃないと意味がない。
絹旗『そう言うのを超居直りって言うんですよ!超開き直りって言うんですよ!わかってんですか麦野!』
フレンダ『絹旗言い過ぎ!ストップ!!ストップ!!!』
麦野『………………』
滝壺『むぎの』
ヒートアップの一途を辿る絹旗を私が押さえる。こんなの私の役回りじゃない。
麦野の決めた事に、時に嫌々ながらも従うだけだった私達の役割分担はこんなに脆かったのか?
しかしそんな時、流れを変えうる唯一の人間が向けた水を私は横目で見やる。
滝壺『変な事聞いたらごめんね。これは、かみじょうと何か関係あるの?』
麦野『…そうとも言えるし、そうとも言えない』
絹旗『!?』
滝壺『あんまり答えになってないよ。でもわかった』
何がわかったのか、どうしてそこであの絹旗の言う所のバフンウニの名前が挙がるのか…
それは私にもわからない。けれど滝壺は勘でも鋭いのか思い当たる節でもあるのか
滝壺『むぎの、一度言い出して決めた事絶対曲げたり変えたりしないもんね』
麦野『………………』
滝壺『でもむぎのが、暗部に落ちた時の私達より苦しそうな顔してるの、わかるよ』
そして…滝壺はテーブルから身を乗り出してポンポンと麦野の肩を叩いた。
まるで長い勤めを終えたか、長い務めに出る人間をねぎらう別れのように。
私や絹旗にはわからない。けれど麦野にはより険しい荊の道筋が待ち受けているだろう事は察する事が出来た。しかし
絹旗『はっ…ははっ…はははっ…なんですかそれ?巫山戯けないで下さいよ麦野…私達にも言えない事ってなんなんですか?そんな超くだらない事のために…足ぬけして私達を放り出すんですか?』
物分かりが良過ぎる滝壺とは対照的に、絹旗のリアクションは当然と言えば当然だ。
私だって…結局、100%納得している訳って事じゃない。
絹旗より物分かりが良くて滝壺より物分かりが悪いだけだ。
麦野『…絹旗』
絹旗『男のために辞めるんですか?抜けるんですか?いつから麦野はそんな超安っぽい女になったんですか?』
麦野『絹旗』
絹旗『麦野おかしいですよ…こんなの麦野じゃない…私の知ってる麦野じゃない…あんたなんか麦野の仮面被った超偽者ですよ!』
麦野『絹旗!』
絹旗『(ビクッ)』
短い一喝。しかしそれに怒声の色合いは薄く感じられた。
自分だけの現実が揺らぎかけている絹旗を立ち返らせるための成分が多分に含まれているように。
しかし…それが絹旗にはたまらなかったようだった。
絹旗『むぎ…のぉ!』
ポロポロと零れ落ちる真珠のように大粒の涙。
まるで駄々をこねて母親に一喝された子供のようだ。
そして…絹旗はそれすら経験出来なかったはずだ。
絹旗『麦野…麦野…私達を置いていかないで下さいよ…超お願いですよ…麦野…むぎのぉ…』
フレンダ『…絹旗…』
絹旗『怒って下さいよ!いつもの麦野なら私の質問に意味なんてないって!余計な口挟むなって!こんな口の聞き方超怒るじゃないですか!?どうして大事な時に怒ってくれないんですか!!!』
置き去り(チャイルドエラー)、暗闇の五月計画。
絹旗の出自、絹旗の過去、絹旗の恐怖…それは誰かに置いて行かれる事、己の居場所を失う事。
もちろんこれは私の想像だ。けれどそれ以外に絹旗が泣いている理由が私には浮かばない。
絹旗『抜けて何するんですか…私達じゃ手伝えないんですか…この間の時みたいに、またアイツに絡んで超ボロボロになりに行くんですか!?』
この間の件…それは、上条と麦野と名前もわからない修道女と、ウエスタンなサムライガールと神父とまとめて病院送りになった一件。
それは私達が久方振りにファミレスでだべり、麦野が私から拡散支援半導体(シリコンバーン)と偽IDカードを調達した日。
後で聞き及ぶに幻想御手に絡んだワクチンソフトが店内にまで響き渡ったあの集まり。
麦野『ないわ。あの時も私はあんた達の手を借りなかったし、これからもあんた達の手を借りるつもりはない』
その日の夜に、学園都市中で目撃された光の柱。
それが樹形図の設計者を破壊したなんてくだらない噂を私も後に耳にした。
しかし、麦野と上条がそれに絡んでいたらしい事だけはわかっていた。
絹旗はそれを指摘し、麦野はそれへの解答をなさなかった。
そういう意味では冷めた私だって熱くなった絹旗だってアルプススタンドの観客に過ぎないのだから。
麦野『――ただ、私の都合で始めた戦いで、あんた達に――』
絹旗『やめて下さい!言わないで下さい!超聞きたくないです!麦――』
麦野『あんた達に迷惑かける…本当に、ごめんなさい』
絹旗『――――――』
滝壺『…むぎの…』
フレンダ『………………』
麦野が私達に頭を下げたのは、それが最初で最後だった。
その短い言葉は、麦野がアイテムを『辞める』だなんて言うよりずっと想像出来なくて
その短い言葉に込められた意味の重さを私は持て余したし、絹旗は受け止め切れなかった。
あの傲岸不遜で、生まれついての女王様気質で、人に頭なんて下げた事の無さそうな麦野が。
自分が悪かろうと相手が正しかろうと、謝罪するくらいなら舌を噛み切った方がマシだと言わんばかりの麦野が。
それは、この上なく『アイテム』はもう終わってしまったんだと感じさせるに足りた。
フレンダ『…麦野、私からも質問があるって訳だけど…いいかな?』
麦野『いいわ』
根掘り葉掘り問い質したい事が、一から十まで問い詰めたい事など山ほどあった。
これまでの不平や今までの不満など洗いざらいぶちまけたい事など売るほどあった。
これからの私の身の置き所、この先の私達の身の振り方など聞きたい事など掃いて捨てるほどあった。けれど
フレンダ『結局…麦野は私達よりアイツを選んだって訳?』
最も建設的でない質問をしたのは、他ならない私だった。
麦野『――そうね。だから何?――』
他に答えようのない質問を、その答えを言わせたかったのかも知れない。
絹旗みたいに正面切ってぶつかれない。滝壺みたい波風立てずに聞き出す事も出来ない。
ただ、大きな不満を小出しにするみたいにするのが一番底意地が悪いと知りながら――
フレンダ『別に…麦野にそこまでさせるアイツのどこが良いんだろうって』
私は、可愛い女の子になれなかった。
麦野『――アイツが、私を選んだからじゃないか――』
麦野みたいに、変われなかった。
~第十五学区・地下立体駐車場B1F~
フレンダ「(何でこんな時に、何でこんな事、思い出しちゃう訳よ)」
フレンダ=セイヴェルンは駆け抜ける。血を分けたただ一人の妹、フレメア=セイヴェルンの手を引いて走り抜ける。
瞬き一つで上半身と下半身が泣き別れにされそうな窒素爆槍(ボンバーランス)が掠め血を流す脇腹を庇いながら。
禁書目録「ふれんだ!ふれめあ!」
フレンダ「(余計なお荷物まで背負い込んじゃあ…結局、本末転倒って訳よ)」
その後に続くは禁書目録(インデックス)。
咄嗟に黒夜海鳥が放った窒素爆槍から身を挺して庇ったフレンダの返り血を浴びたウィンプルは既になく…
金糸の髪を振り乱す二人の後に続き広がる白銀の髪を靡かせて逃亡劇に加わる。
金髪の少女二人、銀髪の少女が一人、平時であれば異国の血を引く美少女達に注がれる耳目は感嘆と賛美に包まれるだろう。
しかし否が応でも目立ち過ぎるその容姿は、今や三人にかかる追っ手に取っては恰好の的でしかない。さらに
禁書目録「二人とも!止まるんだよ!!」
フレンダ・フレメア「「!?」」
二人の背中に飛ぶ制止と静止の檄。それに思わず反射的に、つられるように二人の駆け足がやや鈍った。すると――
ゴバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
フレンダ「駆動鎧(パワードスーツ)!!」
地下立体駐車場の天井部を踏み抜き躍り出るは八本足の駆動鎧。
風穴の空いた天井部すれすれの全長は目視出来うる限り5メートルは下らない。
文字通り網を張って待ち構えていた機械仕掛けの蜘蛛。
彼我の距離にして凡そ300メートル…そこに降り立ったかと思えば
フレメア「ふ、フレンダお姉ちゃん!あれ!あれ!!」
フレンダ「あれは―――」
待ち受けていた駆動鎧がその歪な腕を持ち上げる。
平均身長の二倍ほどに達する左腕、四倍ほどに達する右腕。
蜘蛛が剥き出した毒牙を連想させるそれら…逃れようのない死を撒き散らす砲口の照準が――
ガコンッ
フレンダ「滑腔砲!?」
セイヴェルン姉妹目掛けて…鉄火の萼が食い破らんと殺到し――
禁書目録「―――!!!」
フレンダ・フレメア「―――!!?」
そこへ割って入り二人を突き飛ばし覆い被さるインデックス!
刹那、伏せた三人の脇をすり抜け…地下立体駐車場の壁面に砲弾が直撃する!
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
圧倒的破壊…!戦車の主砲に用いられるそれはまさに吸い込まれるように壁面を吹き飛ばした。
同時に、爆風だけで鼓膜を破り、脳を頭蓋ごと揺るがせ、熱量が肌を焼けただれさせる直撃から…
フレンダ「ガハッ…ゴホッゴホッ!」
インデックスの機転が繋いだ紙一重の可能性が、間一髪でセイヴェルン姉妹へのダメージを最小限に食い止めていた。
しかし他ならぬフレンダ自身、受け身を取らずフレメアを腕の中に抱き留め離れ離れにならなかった事以外に救いなど見出せない状況であった。
フレンダ「(傷…口…があ!)」
喫茶店で掠めた窒素爆槍の脇腹の戦傷が今の衝撃で完全に開いた。
致命傷にはいたらないが無理を押すには重い傷。
タール色をしたコンクリートに流れる血潮が熱い。
痛みはなく焼けたような熱さ。それが冷え切り凍てつくように感じ始めれば敗れは近い。だが
フレンダ「ふ…れ…めあっ!」
フレメア「………………」
手足のもげた芋虫のように這い、真夏のアスファルトの上で焼け焦げるミミズのように身を捩らせてフレンダは呼び掛ける。
恐らくは脳震盪だろうか、気を失っているものの腕に感じる息遣いは未だフレメアが現世に繋がれている事を示している。そして
禁書目録「うわっぷ!ぺっぺっぺっ!お口の中がジャリジャリするんだよ!」
フレンダ「(う…そ?)」
互いにどれだけ吹き飛ばされたかわからず、聴覚の片方が完全に死んで尚…
残された耳朶を打つは、身を挺して姉妹の命を繋げた敬虔なる神の仔羊の声音。
禁書目録「い、今のは危なかったかも…!」
インデックスである。第三次世界大戦後、一度は失われた霊装『歩く教会』…
後に復元、修復、再生を経て復活したそれを身に纏うインデックスを殺める事は如何なる近代兵器にも不可能に近い。
それを身につけたインデックスがセイヴェルン姉妹に覆い被さったからこそ、彼女等は五体満足でいられたのだ。
禁書目録「いけない…!ふれんだ!ふれめあ!逃げるんだよ!」
フレンダ「あっ…ぐっ…うっ!」
ドォン!!ドォン!!!
再開される砲撃が三人を狙い撃たんとする。しかし、歩く教会の加護を受け全くの無傷のインデックスが――
禁書目録「危ないんだよ!!」
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
着弾、直撃、爆裂――しかしそれらはインデックスの絶対不可侵領域に飛ばした火の粉で焦げ跡さえ残せない。
飛来する破片や瓦礫までその彼女は再び絶対防御の霊装と挺身を以て防ぎ――
フレンダ「あうっ!」
生じた爆風までは受け止められないが、それらが三人をノーパウンドで…
幸運にも追い風のように地下駐車場B1Fから1Fへ連なる昇降口付近まで吹き飛ばす!
歩く教会の守護を受けたインデックスは揺らぐ事なく、フレンダの手を引き上げ駆け出す!
フレンダ「けっ、結局、あんたは一体何者な訳よ!?」
フレンダはそれを信じられない思いで歪む視界で捉える。
迷子になっていた自分の妹を導き、今は自分の手を引いて導く修道女の横顔を。
ありえない。絹旗最愛の誇る窒素装甲(オフェンスアーマー)ですらあそこまで完璧に、完全に防げるかどうかフレンダにもわからない。だが
禁書目録「私は、迷える仔羊を導く修道女(シスター)なんだよ!!」
砲撃の轟音に揺るがされ平行感覚を失った三半規管をねじ伏せ…
笑う膝と震える足と抜けそうになる腰を叱咤しながら…
フレメアという守るべき命と、澄み切った笑顔で導くインデックスがあればこそフレンダは駆け抜ける事が出来―――
黒夜「残念。ゲームオーバーだにゃーん?」
~第十五学区・地下立体駐車場1F~
フレンダ「…結局、こうなるって訳よ」
思わず渇いた笑みが浮かぶ。B1Fの駆動鎧を振り切ったかと思えば…
何の事はない。自分達をここまで追い詰め追い立てた黒夜海鳥が1Fで待ち構えていた、それだけの話だ。
馬鹿げている。駆動鎧の存在に気圧され、完全に黒夜に寄る追跡を失念していた。
禁書目録「さっきのイルカなんだよ!いい加減しつこいかも!」
他ならぬフレンダの脇腹を窒素爆槍で抉った張本人を目の当たりにし、フレンダを庇うように前に出るインデックス。
フレンダも以前止まらないジワジワした出血と、度重なる砲撃による蓄積ダメージ…そして何よりも
フレンダ「…これが、この国で言う“前門の虎、後門の狼”って訳?」
黒夜「試してみるかい?人類史上、成功した試しがない二正面作戦。もっとも、数限りなくある失敗例の一つに増える方に私は賭けるけどね。賭けにならないか?」
ブオンッと黒夜の両手にそれぞれ浮かび上がる、3メートルほどの窒素の先槍。
昇降口の上り口から、下り口のフレンダ達を見下ろす窒素爆槍の少女。
そしてガシャンガシャンと不吉な金属音を撒き散らしながら歩み寄ってくる駆動鎧…
フレンダ「賭けてみるね…結局、ギャンブルなんて勝ちの目があってはじめて成立するって訳よ」
眼前の少女、背面の駆動鎧、いずれも万全の態勢であってさえ出来るならば避けて通りたい難物。
手持ちの武器でどうにか出来るほど甘い敵ではない。
両方相手取れば勝ち目など小数点以下だ。0だと言い切らないのは――
禁書目録「ふ、ふれんだ――」
チラッとこちらを見やるインデックス。それに対しフッと笑みを浮かべるフレンダ。
そう、賭けはまだ終わっていたない。ダイスの目は出ていない。
―――だから―――
フレンダ「インデックス!」
黒夜「!」
その時、フレンダは腕の中のフレメアをインデックスに押し付け――
フレンダ「――走って!!」
フレンダが飛び出す、ポシェットから抜き取った爆弾入りのぬいぐるみ片手に――
禁書目録「――う、うん!!」
唯一の昇降口をフレンダが駆け上り、その後を一瞬遅れてフレメアを抱えたインデックスが続き――
黒夜「まだレイズを受けちゃいないよ!」
それを窒素爆槍で迎え撃たんとする黒夜!そしてフレンダが爆弾入りぬいぐるみを――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
フレンダが叩き付けるように投擲し、黒夜が投げ槍のようにそれを撃墜する!
狭い一本道の通路で炸裂する爆薬は、コンクリートを吹き飛ばして粉塵を舞上げ――
ドンッ!
黒夜「教えてやるよパツキン(外国人)…この国じゃこういうのを」
そこに無傷の黒夜が襲い掛かる!残されたもう一本の窒素爆槍を片手に――
黒夜「“犬死に”ってんだ!」
フレンダの脇腹に再び…刺し貫く!
フレンダ「がはっ…!」
黒夜「馬鹿だねー。自爆覚悟の特攻仕掛けるなら相手を見……!?」
そこで…黒夜の愉悦に満ちた笑みが不快に歪む…
窒素爆槍の持ち手を…フレンダが両手で、万力が如く締め上げ――
フレンダ「走って!!インデックスー!!」
黒夜「まさか!?」
ダッ!
次の瞬間、粉塵舞い上がる昇降口をフレメアを抱えたインデックスが脇をすり抜けていく!
カフェテラスで印象づけた仕込みぬいぐるみに注意を引きつけ
通用しないのを承知で撃墜させ、爆発を巻き起こして粉塵を舞い上げ視界を一瞬でも奪い…
窒素爆槍を発動させる手を文字通り己の身と引き換えに片方封じる…
積み上げた伏線と積み重ねた一瞬が紡ぐ、万金に値する光陰!
黒夜「ちいっ!」
血染めのフレンダを振り払い、煙幕の中を直走るインデックスの背中にめくらめっぽうに放つ窒素爆槍!
しかし――戦車の主砲すら防ぎ切る『歩く教会』の前にその命は奪えない!
それもフレンダに封じられ、片手だけの釣瓶撃ちなど!
そして窒素爆槍が煙幕を晴らす頃には、インデックスはフレメアを連れて脱出を果たした後!
フレンダ「あっはっはっは!自信満々な能力者をはめたこの瞬間が最っ高ーに快感な訳よ!」
黒夜「…っ!」
そう、黒夜や駆動鎧を撃破する勝率が限り無く0に近くとも…
『フレメアを生かして逃がす』だけならば小数点以下の成功率は跳ね上がる。
勿論の事ながらフレンダは『歩く教会』の原理など知らない。
ただ滑腔砲を防ぐだけの防御力がインデックスにあると駆動鎧との戦いで知り、それに全てを託した。
そこに至るまでの一瞬一瞬を、自分の流した血と懸けた命をベットにした。それだけの話だ。
フレンダ「(さて…意地汚く生き汚く来たけど…これが私のマキシマムベットって訳よ)」
限界だった。この戦いの中で血を流し過ぎた。この様では逃げ切る足も残されていない。加えて…
黒夜「ひっはは。ひひひひひひひひひひ…はははははははははは…潰す!!」
自身を踏みにじる黒夜の哄笑。なんの事はない。
少女が虫螻を踏み潰すのと変わらない労力をかけるだけでフレンダの命の灯火は消える。
だが――フレンダはさほど悪い気分ではなかった。
血を失い過ぎて、寒いを通り越して軽くすら感じる身体には否定しきれない満足感が確かにあった。
フレンダ「(フレメア…フレメア…グリーンピース、ちゃんと食べなきゃダメ…好き…嫌い…する…娘…は…大きく…な…れない…って…訳…よ)」
眠気が押し寄せてくる。これが『死』かと、閉ざされんとしていた目蓋に浮かぶは妹の姿。
フレンダ「(あった…か)」
黒夜「決めた。上下切断。お別れさせてやるよ、その貧相な身体」
ついさっきまで腕の中にあったぬくもりの残滓が愛おしい。
迫り来る窒素爆槍の切っ先。わかっていた。暗部に身を堕とした以上、最期はこんなものだと
――こんなものだと、思っていたのに――
ガウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…!
黒夜「!?」
フレンダ「?!」
その時、渇いた銃声が地下立体駐車場に響き渡った。
「フーレンダー…なーに自己犠牲の精神に満ち溢れたヒロイン面してるのかにゃーん?そのやり遂げた感が見てらんないっての」
パラパラと天井に向けて放たれた銃弾。同時にそれに対し興味をなくしたかのように放り投げ、床面に滑るように打ち捨てられた。
「おいおい。お前ん所の下っ端連中、こんな安物しか持ってねえのか?腕が悪いんならせめて装備くらいは金かけろよ」
地下立体駐車場の入口から吹き込む風に優麗な栗色の髪を靡かせ、逆光の中浮かび上がるシルエットに見覚えがあった。
フレンダ「ど…して…が…こに…い…訳よ」
「どうしてはこっちの話よフレンダ。どうしてあんたの妹が狙われてるんだとか、なんでうちのガキが巻き込まれてるんだとか…とりあえず全部話してもらうまで勝手に死ぬなよ?」
コツコツ…カツカツとヒールを鳴らして進める足がちょっと太目なのを気にしている所だとか…
実は下着が寒そうなくらいスケスケでセクシー系なのだとか…
そんなくだらない事ばかり思い出す。ついさっき彼女が引退した時の事を思い返していたばかりだと言うのに
黒夜「おいおい。人の頭越しに話進めてんじゃ――」
「顔じゃねえんだよ。新入生(ガキ)」
その歩みには淀みはない。迷いはない。最初から敵など存在しないように。
不貞不貞しいまでの傲岸不遜さの尻馬に乗っかる事で、どれだけ頼りにして来ただろう。
「帰るよフレンダ。地べたに捧げるキスの味はいかが?」
死にかけている人間にかける言葉じゃない。性格と口の悪さも変わらない。
きっと墓場に持って行くまで変わらないキャラクター…でもおかげで、自分が入る墓場は遠退きそうだと…
フレンダは黒夜の靴底に踏みにじられながら、力無く微笑んだ。
フレンダ「口直しは…麦野の熱いヴェーゼが良い訳よ…」
麦野「残念。私が許す唇は当麻だけよ」
今も昔も、変わらぬリーダー(麦野沈利)に向けて
~第十五学区・地下立体駐車場~
黒夜「カッコイいー!!」
パチ、パチ、パチとおざなりな拍手を持って出迎えるは黒夜海鳥。
それを白けた表情で見やり、呆れたような溜め息を吐き出すは麦野沈利。
両者に挟まれるようにして地に倒れ伏すはフレンダ=セイヴェルン。
卒業生(元暗部)と新入生(現暗部)。その顔合わせが仄暗い地下とは御誂え向きだなと誰ともなしにそう感じた。
黒夜「“やられ役”の連中からこの殺傷領域を聞き出したか?それとも経験則からの作戦区域を割り出したか?アイツらの手足を2、3本でも切り落として?」
麦野「当たりで外れ。切り飛ばす手足が残るような温いやり方しねえよ“新入生”」
黒夜「聞きしに勝るイカレ具合だ…新入生って単語を知ってるって事は、私の代わりに使えない部下共を片付けてくれてありがとうと礼を言うシーンかね?」
麦野「使えない部下を持つのはお互い様だけど、私の部下(フレンダ)からその趣味の悪いブーツどけろ」
ゾワリ…
黒夜「(こっちのヤツとはモノが違うな。けれど私達の目標はオマエじゃないし、私の目標はアイツなんだよ)」
その一言は、麦野にしてはらしくないほど強い力の込められていない声音だったが…
黒夜は自分と同じ…汚濁を塗り込め、汚辱を塗り潰し、汚泥を塗り固めた『優れた闇』の匂いを麦野に感じ取る。
だがフレメア=セイヴェルン、絹旗最愛に比べれば黒夜のモチベーションを引き上げるにはいたらない。
黒夜「いいよ。返してやるのを考えてやってもいい。その代わりこっちの質問に答えてもらおうかい」
麦野「………………」
黒夜「で、アンタ何なの?」
背負ったイルカのぬいぐるみを無意識に撫でたくなる。
それは思わぬ闖入者に対して感じたストレスを軽減するのと、思わぬ乱入者に対する迎撃の前準備でもある。
黒夜「アンタらを縛る暗部組織の構造は消えたんだぜ?そもそもアンタはいのいちに抜けた人間だろ?それを何でわざわざ噛み付いてくる」
黒夜はせせら笑いながら問い掛ける。オマエはこっち側の人間か?それとも向こう側の人種かと。
麦野は暗部解散前に引退している。その上で手にした生活…
そう、黒夜からすれば日和ったぬるま湯のような安穏と平穏を享受し謳歌しているはずだった。
黒夜「元仲間を助けにかあ?引退して丸くなったってか?なあ、そんなお綺麗な生き方が、さんざドブさらいして来た私達に出来るとか思い上がってんじゃねえぞ!」
フレンダの事、フレメアの事、アイテムの事…
それら全てを見殺しにするでなく、見捨てるでなく、ただ見過ごすだけでぬるま湯に浸かっていられるはずだ。
何故わざわざ割に合わないリスクにリターンもなく首を突っ込んでくるのかと黒夜は問い掛けているのだ。
足元に平伏すフレンダの後頭部を軽く踏み鳴らすようにしながら
黒夜「未練ったらしい。惨めったらしい。嘴挟んで来るなら余所の餌場漁りなよ。私はお前に興味が」
ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
麦野「おい」
黒夜「…!」
麦野「私は“フレンダ”を“返せ”って言ったよな?」
言い終わるより早く、黒夜の耳回りの金糸の髪を掠めるように放たれる光芒。
それは地下立体駐車場の闇を切り裂き、黒夜の後方に控えていた駆動鎧の、コックピット部分を射抜いて――
麦野「私は“お願い”しに来たんじゃねえんだよ――新入生(ガキ)が」
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ…!
次の瞬間、黒夜は信じがたい光景を目の当たりにする。
フレンダ「うっ…麦…」
麦野「フレンダ」
黒夜の足元に転がされていたはずのフレンダが…麦野に抱きかかえられていたのだ!
黒夜「―――!!?」
既に麦野は黒夜を『見て』いなかった。相対する黒夜は一瞬たりとて麦野から目を切っていない。
なのに…存在の消失した靴底の空虚感は、そのまま麦野の両腕の中に…!
黒夜「(どういう事だ!?アイツの能力は粒機波形高速砲…空間移動の能力なんてあるはずがない!デュアルスキルは存在しないんじゃ…いや、待てよ?)」
書庫(バンク)で確認した麦野沈利の能力は『原子崩し』一つきりのはず…
しかし、この時黒夜の脳裏をよぎったのは…あの『暗闇の五月計画』。
学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)の演算方法の一部を植え付ける計画。
そのプロジェクトに他ならぬ最強(アクセラレータ)のデータを提供した…顔にトライバルのタトゥーを彫り込んだ異相の科学者の顔。
木原『0次元の極点か…こいつの“切断方法”さえわかりゃあなあ…あークソッ。どっかにサンプルねえか?こんなクズ共(被験体)じゃなくてよおー』
一方通行のデータをプロジェクトに貸し与えながら、独自の理論体系の構築に頭をかきむしりながら…
そう独語しながら自分達を出来の悪いモルモットのように見下ろして来た科学者…
何故今になって思い出す?そう黒夜の思考が一瞬逸れたその瞬間――
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!
『原子崩し』により撃破された駆動鎧が、背負ったバッグパックから次々と予備の砲弾や銃弾を引火させ…
さらに爆発は地下立体駐車場に駐車されていた無数の車両を巻き込んで誘爆する!
加えて『原子崩し』の一撃がこの地下立体駐車場の基幹であり、ビルの支柱の要ともなる構造部分を破壊する。
つまり…組み上げられたジェンガの抜いたら崩れるパーツを打ち崩したのだ。
ズドドド…ゴゴッ…ガガガ…!
麦野「ベッドには向かないけど、カンオケには上等でしょ?」
崩落し始める地下立体駐車場。倒壊し始めるビル。
雨霰と降り注ぐ瓦礫と、舐め尽くすように広がる火の海の中、麦野はフレンダを抱えながら言い放った。
熱を感じさせない声音、されど浮かぶは妖絶な狂笑。
麦野「入学祝いだ、受け取りな“新入生”」
黒夜「―――!!!!!!」
ゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
そして瓦礫が全てを飲み込み崩れ落ちて行く中、麦野沈利は飛び出した。
フレンダを抱え、空が落ちてくるような質量を『原子崩し』で薙払い、道を切り開いて脱出した
それは紛れもない宣戦布告
それは疑いようもない開戦の狼煙
休息を終えた戦士が舞い戻るように
麦野沈利は戦場へと帰還した。
~第十五学区・路地裏の迷宮~
禁書目録「はっ…はっ…はっ」
インデックスはフレメア=セイヴェルンを抱きかかえて細く狭く曲がりくねった路地裏を直走る。
そう、彼女は脱出に成功したのである。フレンダ=セイヴェルンが文字通り命懸けで紡いだ綱渡りの道筋を。
禁書目録「こっ、ここまでくればもう大丈夫かな?追いかけっこは久し振りかも…」
ズルズルと路地裏のポリバケツを背もたれにインデックスは座り込んだ。原因は息切れとスタミナ切れである。
禁書目録「ご飯いっぱい食べて来て本当に良かったんだよ…あれがなかったら捕まってたに違いないんだよ」
如何な10歳未満の小柄な少女であろうとも、さほど年嵩に隔たりのないインデックスの膂力で抱えて逃げ回るには荷が勝ちすぎた。
ステイル=マグヌス、神裂火織の追っ手をかいくぐってきた頃は身一つの空手であった。この差は大きい。
禁書目録「…ふれんだ…」
そして今ひとたびはフレンダの捨て身があったからこそだ。
インデックスはその生み出された間隙を縫って逃げおおせた。
そして飛び出した先ですれ違い入れ違ったのが麦野沈利だとインデックスは知らない。
禁書目録「(この先どうすれば良いのかな?お家まで遠いんだよ…しずりからもらった“いちまんえん”でどこかいけないかな?)」
デートに出たはずの麦野、お留守番していたはずのインデックス…
二人は地下立体駐車場の乗り入れ口でタッチの差で巡り会わなかった。
麦野からすれば観光バスに偽装した特殊工作車から引っ張り出したフレメアの所在確認と、無線の中にあった『白服の修道女』というキーワードを確認すべくあの場にいたのだが――
その先で事切れんとしていたフレンダを見つけ出したのはまさに僥倖と言って良い。
禁書目録「(とうまにもしずりにも電話も繋がらないし、ちょっぴり心細いかも)」
御坂美琴が察知した暗部組織の妨害電波はかなりの精度でこの周辺一帯の通信機器を麻痺させていた。
少なくとも市販の携帯電話ではどうにもならない。
今やインデックスは孤立無援に等しい状態になっていた…が。
フレメア「スー…スー…」
禁書目録「でも、諦める訳にはいかないんだよ」
自分の腕の中にある命の重さが、インデックスの意思と意志を確かなものとする重石になっていた。
重なるのはかつて追われる身であった頃の自分自身。
そんなインデックスを助け出したのが麦野、救い出したのが上条だった。
禁書目録「そうだよね?とうま、しずり」
考えてみるならば、人は一部の例外を除いて誰だって戦いたくなんてない。
傷つける事の恐ろしさ、傷つけられる事の怖ろしさ。
人の歴史を闘争の歴史と仮定するならば、それを紡ぐペンは人骨でありインクは血。
そうやって書き下ろされた十万三千冊の魔導書がインデックスの頭の中にはある。されど
禁書目録「二人だってきっと…私と同じ事をするに違いないんだよ」
手持ちの札は魔導書の知識、歩く教会、お昼ご飯代にもらった一万円札、そして揺るがぬ精神。
これだけ揃えたならショウダウンせねばならない。
僅かな手札でコールをかけたフレンダのように。そして
禁書目録「とりあえず、隠れる所を探すんだよ!」
いつだって一枚切りのカード(幻想殺し)で鬼札達に立ち向かって来た少年、上条当麻の背中をインデックスは知っている。
その記憶は、十万三千冊の魔導書にだって記されていない…
『誰かを助けたい』という、誰かと戦いたい人間より遥か多くの人々が持ち得る思いと共に――
~第十五学区・ハイウェイ~
滝壺「ふれんだ。しっかりして。大丈夫だよ、もう大丈夫だよ。みんないるからね」
浜面「麦野!繋がったか!?」
麦野「ダメ。ジャミングが強過ぎる。このまま『元』第七学区の病院まで飛ばして。そこにいるカエル顔の医者が腕がいい」
絹旗「(傷が超深いです…でもこの傷口、超どこかで見覚えが…)」
一方その頃…黒夜海鳥の魔手よりフレンダ=セイヴェルンを救い出した麦野沈利が地下立体駐車場を飛び出したのと…
滝壺理后の『能力追跡』によって辿り着いた『アイテム』が鉢合わせたのはほぼ同時であった。
双方ともに一も二もなく浜面仕上の運転するワゴン車に乗り込み目指す先は冥土帰しのいる病院。
麦野「いいタイミングだったよ絹旗。一手違いでなんとか望みが繋がりそうだ」
絹旗「――超同感です」
運転席に浜面、真ん中の席には絹旗最愛と麦野、後部座席に滝壺がフレンダを膝枕にしピンク色のジャージでくるんでいた。
フレンダも弱々しい吐息を荒げながら苦しげに呻いている。
その様子を振り返り、新旧リーダーは顔を合わせる。
絹旗「だいたいの事情は超把握しました。追われてるのはフレンダの妹、そのフレメアって娘が昔超浜面がいたスキルアウトのリーダーの知り合い、そう言う事ですよね?」
浜面「ああ…舶来…駒場のリーダーがそう呼んでた。まさかあれがフレンダの妹だったなんてな」
麦野「私だって本当にいるなんて思ってなかったわ。こんな事にならなきゃね」
ハンドルを握り締めながら浜面の前を見据える眼差しが険しくなる。
駒場利徳。学園都市に反旗を翻そうとして道半ばで倒れたスキルアウトのリーダー…浜面の仲間。
その忘れ肩身とも言うべき少女に絡んでの今回の騒動。
それに対し…息も絶え絶えなフレンダが滝壺の膝から手を伸ばすように
フレンダ「…結局…麦野は…頼りになるって…訳よ」
麦野「しゃべんなフレンダ。黙って寝てな」
フレンダ「ごめん…ごめん…結局、麦野も…あのシスターも…巻き込んじゃった…訳よ」
麦野「………………」
フレンダ「麦野…私達じゃ手に入らなかった…大好きな人…大切な暮らし…『闇』から抜けられたのに…私の…せい…って訳…」
麦野「私の心配より自分と妹の心配しなよ。あんたそんなキャラじゃないでしょ。それにさ」
見捨てられなかった、などと口が裂けても言葉にしたくなった。
これは麦野の中での『偽善』なのだ。自分の都合で暗部を抜けた自分が…
今もまた自分の都合で首を突っ込んだとそう言いたいのだ。だから
麦野「…落っこちてるもんがあると、拾いたくなるんだよ。どっかの馬鹿の貧乏性が移ってさ」
フレンダ「…むぎ…の…」
麦野「それだけ。この話はこれでおしまい」
気遣うフレンダに対しに麦野はヒラヒラと手を振っていなした。
感謝される筋合いなどない、そう言外に言っているのだ。
麦野「後は黙って病院のベットでサバ缶でも食べて待ってなさい。面倒見てやるよ。あんたの妹の分まで」
上条と出会う前の麦野沈利を知る者なら愕然とするだろうが、これもまた、第四位という人物を示すパーソナリティーの変化である。
絹旗「…麦野、やっぱり超変わりました?」
そう…黒夜海鳥に指摘された通り、セイヴェルン姉妹の一件に首を突っ込まなければ麦野は上条とのデートの続きに戻れただろう。
もっとも効率的に考えれば関わり合いにならず、自分の事だけ考えていれば平穏無事なままでいられた。が
麦野「馬鹿ってさ、伝染るんだよ。死ななきゃ直りそうもなくて」
絹旗「…馬鹿って、私の思ってる浜面以上の超馬鹿の事ですか?」
麦野は出会った、出逢ってしまったのだ。こんな時いの一番に飛び込んで、誰一人見捨てられなくて何一つ手放そうとしない男…上条当麻に。
浜面「さりげなく人を馬鹿にしてんじゃねえ!傷つくだろうが!」
滝壺「はまづら。前向いて運転して。ふれんだに障っちゃう」
そんな男を知ってしまっているから。誰より近くに、誰よりも深くに、誰よりも側に、麦野はその男を感じている。
誰も助けられない善より、誰かを救える偽善を選ぶ…そんな偽善使い(フォックスワード)を
麦野「人の旦那捕まえて馬鹿とは言うようになったじゃない絹旗。太いのブチ込んでやろうか?」
絹旗「太さ大きさには超興味ないので遠慮しますよ。先に馬鹿って言ったの麦野じゃないですか」
麦野「私はいいの。私は」
新入生達の思惑は未だ不鮮明で、この事件の先行きは更にに不透明だ。
だが麦野は上条へのコールを鳴らさない。これは暗部の戦いだ。
上条が知れば激怒するに違いない…が、全ての『闇』は自分の所で止める。
フレメアを助ける。インデックスを救う。両方やらなくてはいけないのが元リーダーの辛い所だ。
悔いはない。やむを得ない。覚悟は出来ている。既に。
麦野「(私よりインデックスが心配だね…当麻と連絡がつかないのが痛いな)」
布告は為され、火の手が上がる。祈る神を持たぬ者達の聖戦が――
~第十五学区・繁華街~
上条「(どこだ!どこなんだインデックス!)」
上条当麻は火の手があがったビルディング周辺から繁華街へと駆け抜けて行く。
麦野への、インデックスへの電話が繋がらない。
それが暗部の作戦行動に起因する妨害電波だと上条は気づかない。しかし
上条「(また魔術師の仕業なのか!?)」
この時の上条の思いは幾許かの真実を捉えていた。
『新入生』を名乗る新体制の暗部が再編されたのは、魔術サイドの蠢動と魔術師達の胎動も理由の一つである。
だが現時点でフレメア=セイヴェルンの存在を知らず、血染めのウィンプルだけを手掛かりにインデックスを探し回る彼はそこまで頭が回らない。
これが『地続き』なのか『新しい』戦いなのかまでは。すると
「ちょっとアンタ!待ちなさいよ!」
上条「!?」
掻き分ける人混み、駆け抜ける人波の彼方から呼び掛けて来る声色。
聞き覚えがある。ロシアの時ほど切羽詰まっていない、されど耳慣れた声音。
上条「ビリビリか!?インデックスを見なかったか?!」
御坂「えっ!?アンタの所のシスター?み、見てないけど…」
上条「インデックスが誰かに浚われたかも知れないんだ!ケータイにも出ないし、沈利にも繋がらねえんだ!」
御坂美琴である。第三次世界大戦後、もはやお約束とさえなっている『勝負』の声はかからなくなったが…
つい呼び止めてしまったのは、条件反射ないし脊髄反射のようなものなのだろう。
しかし予想以上に切羽詰まった声音に、御坂はややたじろいだ。
御坂「ちょっ、ちょっと待って!アンタまた何かに巻き込まれてるの!?」
御坂がそう言うのには理由がある。麦野と黒夜の交戦により倒壊したビルディングの騒ぎに白井黒子は飛び出していった。
それと入れ違いのタイミングで現れた上条からインデックス行方不明の報を聞けば想像の翼を羽ばたかせる余地は十分にある。
上条「わからねえ…けどまたなんか起こってる気がするんだ。御坂!インデックスを見かけたら電話してくれ!じゃあ俺急ぐから!!」
御坂「ちょっ…ちょっと!」
そう言い放つと上条は再び雑踏の中へと消えて行く…しかし。
御坂「………………」
御坂はその背中を負えない。回り込んで立ちはだかる事も出来ない。腕を伸ばして引き止める事も出来ない。
御坂「っ」
あの背が預けられるのは、自分が勝負の土俵にすら立てなかったあの女だけだと。
挫けてしまう。折れてしまう。屈してしまう。格付けを済まされてしまった気さえするのだ。
御坂「私が…私が!」
私がアンタの特別(麦野)だったなら…私は置き去りにされずその腕を取られただろうか?
常盤台のエース、第三位、超電磁砲…有した最強の電撃使いという立ち位置さえも、御坂にとって『最悪』だった。
御坂「馬鹿!アンタなんて知らないんだから!!」
御坂を修飾する肩書きに拠らず対等に見てくれると言う美点。
しかしそれは裏を返せば肩書きを頼ってもらえないという事。
一人の人間として認められる反面、レベル5の能力者としてあてにされないという事なのだ。
上条がもう少しなりふりかまわず他人に助力を乞える人間だったなら、この時御坂の手だって借り受けたかも知れない。
ある意味、上条の美徳とされる点全てが…御坂の立ち位置を定めてしまっているのかも知れない。御坂「何よアイツ!あんなヤツ…あんなヤツ!」
が…御坂美琴は当然の事ながら己が能力を熟知している。
通信機器が麻痺しているこの周辺部に置いてさえ…それが妨害『電波』ならば…
御坂「ギャフンと言わせてやるわ!!!」
そこで御坂は歩道から抜け出し、並木道の側にある電話ボックスに入り…こじ開ける。
脳神経の束のように連なる電話回線の基盤の開閉蓋をこじ開け、手指を当てて
御坂「(見つけだす…探し出す…)」
学園都市中の監視カメラ、監視システムに侵入しハッキングする。
何百通りという痕跡を求め、何千通りという足跡を追い、何万通り追跡を続ける。
昆虫の複眼にも似た情報処理を同時並列で行う。
学園都市230万人の第三位の頭脳はそれを可能とする。
御坂「(絞り込めた…第十五学区内。ここからそう遠くないわ)」
初春飾利の手は借りない。御坂は風紀委員ではないし、ましてや先程のビルディングの一件でスクランブルがかかっていると思って良い。
この学園都市の中にあって、滞空回線にこそ及ばないもののウィザード級の電子戦を御坂は展開出来る。
そしてついに…御坂はインデックスの所在地を突き止める事に成功した。
――しかし――
御坂「何よ…これ!?」
~第十五学区・廃ビル~
フレメア「………………」
フレメア=セイヴェルンが意識を取り戻した時、そこはがらんどうの違法建築ビル群の一室であった。
寝ぼけ眼で見渡す室内はコンクリートの打ちっ放し、自身の身体には広げられたダンボールが敷かれており…
禁書目録「気がついた?」
フレメア「…インデックス?ここは?大体、どこ?」
禁書目録「どこかのビルなんだよ。私にもわからないかも」
その傍らにはインデックスが居り、横たわるフレメアを覗き込んでいた。
耳は聞こえる。鼓膜も破れていないし、聴力にも異常はない。しかし
フレメア「フレンダお姉ちゃんは?」
禁書目録「………………」
フレメア「フレンダお姉ちゃんは!?」
フレメアが察した異常は姉フレメアの不在である。
フレメアは砲撃の余波によって気絶したため、フレンダのその後を知らない。しかし
禁書目録「ふれんだは…ふれんだは、先に行ったんだよ!ここには後で迎えに来るからって!私達は隠れてるんようにって!」
フレメア「…本当?」
禁書目録「シスターは嘘をつかないんだよ?」
もちろんそれは嘘である。フレンダの生死など答えてくれる人間がいるならばインデックスの方が問い掛けたい。
だがインデックスはフレメアを不安にさせる真実より、フレメアを安心させる幻想を語ってみせた。
心中で神に許しを乞いながら。だがしかし
フレメア「嘘だ!!」
禁書目録「!」
慣れない嘘など容易く看破されて当然だった。
人は己すら欺けない嘘で他人を信じさせる事など出来はしない。
自分のついた嘘を自分で信じられる程度に『大人』にならなければ。
当然、大人でもなんでもないインデックスにそれは無理だった。
禁書目録「う、嘘じゃないんだよ?ふれめあ、聞いて。ふれんだは本当に――」
フレメア「やだよ!本当の事教えてよ!」
禁書目録「――――――」
フレメア『フレンダお姉ちゃん、あの時と同じ目してた!私とお別れした時と同じ目!駒場のお兄ちゃんと同じ目!みんなみんな、私の前からいなくなっちゃった時の目!!!」
禁書目録「…ふれめあ…」
そしてフレメアもまた子供だった。正しく子供であった。
フレメア「大体、どうしてみんな私の前からいなくなっちゃうの?どうしてみんな大事な事私に隠すの?」
正体不明の能力者、八本脚の駆動鎧と立て続けに襲われ…
フレメア「みんな背中を見せて本当の事言ってくれない!!みんな嘘つき!みんな嘘つき!!みんな嘘つき!!!」
自らの命の危機のみならず、それは生き別れた肉親の別離…永別とすらなりかねない『失う』恐怖。
フレメア「お姉ちゃん…お姉ちゃん…フレンダお姉ちゃん…嫌だよ…こんなのないよ…やっと会えたのにこんなのないよ…!」
禁書目録「(…この娘は…)」
重なる。相反する姿形ではない。それを何者かを失う絶えざる恐怖に耐えうる重圧。
禁書目録「(私と同じなんだよ)」
フレメアにとってそれは既に失われた駒場利徳であり、今喪われつつあるフレンダだ。
対するインデックスはどうであろうか?紛れもなく上条当麻である。
禁書目録「(帰りを怯えながら待つ事しか出来ない、私と同じなんだよ)」
好きな人が、恋しい男が、愛しい者が、戦地に赴く背中しか見送れない。
意を決して回り込んだ立ちふさがり、意を正そうにも彼等は口を閉ざす。
ただこちらを諭すだけだ。『大丈夫だ』と、『心配するな』と、笑顔のままで。
禁書目録「(同じなんだよ。今の私と、それから――)」
自分のために涙を見せず、誰かのために笑顔を見せる。
それが大人への第一歩と言うならば、待つ事を是とせず耐える事を否とした女性を…インデックスは知っている。
禁書目録「(――あの時のしずりと――)」
~回想・八月九日~
麦野『………………』
禁書目録『しずり…しずり』
八月九日。麦野沈利とインデックスは冥土帰しの病院にいた。
時刻は既に夜半をとうに過ぎ、それでも尚麦野は片時も離れようとしなかった。
禁書目録『とうまはもう大丈夫なんだよ…このままじゃしずりが倒れちゃうかも』
麦野『………………』
禁書目録『しずり、ごはん食べてる?おトイレ行ってる?ちゃんと寝てる?』
麦野『………………』
禁書目録『…しずり…』
上条『――――――』
三沢塾における姫神秋沙監禁事件、アウレオルス=イザードとの死戦。
麦野が評する所の『タバコ臭い赤毛デカ物』ステイル=マグヌスと共に死地に赴いた上条当麻の状態は暗澹たるものだった。
麦野『…本当に…』
暗器銃による致命傷の銃創、右腕切断による致死量の出血。
いずれも生きているのが不思議なくらい重傷で、死んでいて当たり前なくらい重体であった。
麦野と出会って都合四回目の入院…しかも今回は、麦野のいない所で起きた事態であった。
麦野『…本当にさ、コイツったら馬鹿だよねえ…』
禁書目録『………………』
麦野『誰か助けに行って、彼女(わたし)泣かせてたら意味ないじゃん』
禁書目録『(…しずり…)』
麦野『今度から鎖でふん縛ってやろうかと思うわ。本当に。二度と馬鹿な真似が出来ないように』
麦野に絡んで二回、上条は生死の境を彷徨っている。
インデックスに絡んでは右腕があわや再起不能となる所だった。
自分の最愛の恋人が死の淵に溺れかかって平気でいられる女などいない。
それはインデックスにとっても同様であった。
麦野『今までもこうで…これからもこうかと思うとさ』
禁書目録『…危ない目にって事?』
麦野『そう。不幸だ、不幸だ口癖みたいに言ってるけど悪運だけは人の二十人前持ち合わせがあるよコイツ。でもいつもいつも都合良く死神が居眠りしてる訳ないっての』
麦野沈利は知っている。人の命がどれだけ軽く、安く、脆く、儚く、弱く、小さいかを誰より知っている。
それは麦野が暗部だからだ。数限りない死を食事を取るように撒き散らして来た側の人間だからだ。
人は呆気ないほど、時に素っ気ないほど簡単に壊れる。
上条のような戦い方をしていては一つきりしかない命をダースで運んで来たって間に合わない。
麦野『…クソガキ…』
禁書目録『…なあに?』
麦野『今日はもう遅いから先に帰りな…私も朝には帰るから』
禁書目録『………………』
麦野『…一人にさせて…いえ、当麻と二人にさせてちょうだい…』
禁書目録『…わかったんだよ…』
そう言って、インデックスは病室に麦野を残して廊下に出る。
そして…ズルズルと扉を背に座り込んでしまった。
ただひたすらにやるせない思いは、インデックスから力を奪った。そして
『うっ…ううっ…うううっ…』
扉一枚を隔てた内外から、どちらともなくしゃくりあげる嗚咽が響き渡る。
歯を食いしばり損ねた喉から湧き上がる低いそれは、涙を振り絞るようだった。
十万三千冊の魔導書の知識が、学園都市第四位の能力が、何の意味も為さない現実。
この日、麦野沈利は『アイテム』を引退した。
その流した涙の理由、秘めた決意の強さを知る者は誰もいない。
上条当麻を除いて、誰一人
~第十五学区・廃ビル~
禁書目録「ふれめあ」
フレメア「………………」
禁書目録「聞いて欲しいんだよ」
そう、自分達は微力で非力で無力な存在だった。
『歩く教会』は自分の身一つしか守れはしない。
『dedicatus545』…献身的な子羊は強者の知識しか守れはしない。
自分を守る事、誰かを護る事、一回きり助ける事、一度ならず救い続ける事…
みなそれぞれ違う角度と異なる深度を持つ。それをあの日の夜に思い知らされた。
禁書目録「ふれんだは、ふれめあを助けるためにあそこに残ったんだよ。私に、ふれめあを連れて逃げてって言ったんだよ」
インデックスは語る。地下立体駐車場での戦いの真実を、フレンダが捨て身であの場に残ったという事実を、そして今も自分達は追われる身なのだという現実。
フレメア「でも、それじゃフレメアお姉ちゃんが…それに、大体、あんなの襲われたらフレンダお姉ちゃんだって…!」
禁書目録「死なないんだよ!!」
インデックスはフレンダ=セイヴェルンという人間を麦野の仲間である事以外あまり知らない。
フレメア=セイヴェルンでさえ、迷子になっていた所を導いたに過ぎない。
それでも…インデックスは感じた。フレメアを逃がそうとする瞬間…
フレンダの中にある『死を賭してでも貫きたい何か』を。
禁書目録「待ってる人がいる人は、絶対に死んじゃったりしないんだよ。死なれたりする悲しさを、今のふれめあみたいに知ってるんだよ」
それは全てを助けようとする上条当麻、上条当麻を救おうとする麦野と同じ背中。
彼等の強過ぎる背中に時に涙した。インデックスさえも。故に知る。
上条は言った。あの『ベツレヘムの星』の中で。必ず帰る、生きて戻ると。
そして彼は帰って来た。彼女と共に。そう、偽善使い(ヒーロー)だ。
禁書目録『そういう人達は絶対に死なないんだよ!ふれめあみたいに残された人が泣いて、助けて満足して笑って死んじゃうなんて事は絶対にないんだよ!!』
誰かのために命を懸ける人間は、誰かのために命を落としてはならない。
この紐解けない絶対矛盾を、残された人間が涙に沈むような結末は認めない。
禁書目録「――ふれめあは、ここにいるんだよ」
フレメア「ここに…?」
禁書目録「そうなんだよ。ふれんだが守りたかったふれめあはここにいるんだよ。だからふれめあが生きてる限り、ふれんだは死んだりしないんだよ。絶対に」
それは祈りに似ていた。祈るだけで奇跡が起きるならばこの世に『神』は必要ない。
だから祈りは無力だ。果たされないから祈りなのだ。だが祈りを聞き入れない『神』など、人は何千年も信じたりしない。
『神』に祈る事で、『人』は願いを叶える力を手にする。
それを奇跡とするならば、十字教とは『祈り』の歴史に他ならない。
フレメア「本当に…?本当に?フレンダお姉ちゃん、死んだりしない?」
禁書目録「――死なないんだよ」
ならば自分は『祈り』に仕える修道女(シスター)だ。
日夜、国の名前も使う言葉も肌の色も異なるこの世界の中で祈り続けるただの、ただ一人のシスター(修道女)だ。
禁書目録「――神様に誓って!!!」
ゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
そして――二人の逃亡劇に割って入る…巨大な駆動鎧。
フレメア「―――!!?」
30機以上のエッジ・ビーを従えて降り立つは強大なる敵。
SC「お話中すまないね…これでも私はTPOをわきまえている人間なのだが」
――黒夜海鳥と同じ『闇』に属する…シルバークロースが廃ビルの壁面を突き破って突入し――
禁書目録「――dedicatus545(献身的な子羊は強者の知識を守る)――」
SC「!?」
インデックスがフレメアの前に背を向け、シルバークロースの前に胸を晒す。
迫り来る強大な『闇』に、祈る事しか出来ない無力な『光』が対峙する。
禁書目録「私の魔法名なんだよ。今まで一度も名乗った事なかったかも。けど」
SC「(コイツ…まさか“別の法則”を使う“ヤツら”か!?)」
インデックスに魔術は使えない。魔滅の声もスペルインターセプトも意味を為さない『科学』の敵を前にして…
立ち向かう、上条当麻のように。引き下がらない、麦野沈利のように。
禁書目録「――今度は私が誰かを守る番なんだよ」
もしかするとこの時初めて…彼女の少女時代は終わりを迎えたのかも知れない。
禁書目録「――この幻想(希望)だけは誰にもブチ壊させないんだよ!!!!!!」
SC「―――!!!」
Index-Librorum-Prohibitorum(禁書目録)…紡がれし十万三千冊の新たなるページは、ここより始まる――
~第十五学区・廃ビル~
轟ッッ!と空気を切り裂く音と共に滞空するは直径70センチほどの円盤。
内部に取り付けられたシャンプーハットを連想させるプロペラ、外部を取り囲むチェーンソーエッジ。
その上部に刻印された『Edge_Bee』の文字が禍々しい唸りをあげる。
禁書目録「(刃の蜂?蜂の刃?)」
機械類に疎いインデックスにあってさえ羽撃く毒蜂より不吉な予感を禁じ得ない。
今の今まで『能力』『魔術』という目の当たりにした事象の埒外にある『科学』。
それらを操るシルバークロースは睥睨する。追われる立場でありながら挑まんとしている修道女(インデックス)を。
SC「挑むか逃げるか…どちらにせよこちらのやる事に変更はない」
ゴバッ!と空気が爆ぜた。
禁書目録「ふれめあ!」
四機ものエッジ・ビーがインデックスの身体目掛けて襲い掛かる!
されどインデックスはフレメアに飛びつき、もんどりうつに庇い立てる!
一つきりしかない出口はシルバークロースの背後、自分達の背後は嵌め殺しの窓が一つきり!
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!
耳障りな音を軋らせインデックスごとフレメアを吹き飛ばすエッジ・ビー。
それは容易く人体を両断し輪切りにするには十分に過ぎる破壊力。
激突の瞬間、二人を弾き飛ばした刃が数十センチ大の穴を壁面に穿つ!
そして勢い良いそのままに窓枠ごと壁面を突き崩すようにして――
SC「割れて砕けろ」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
衝突!エッジ・ビーはチェーンソーエッジの立て方によって『斬る』と『掴む』を使い分ける。
インデックスに向かって放たれたそれは爪で裂き指で毟るような一撃。
SC「(さもあらん。“外側の法則”を使うと言ってもこの程度か?)」
老朽化したコンクリートは容易く切り崩され濛々と粉塵を巻き起こらせる。
硬度の高い建築物ですらこの様だ。ましてや人体…乙女の柔肌を持ってして耐え得るほど生易しい威力ではない。
――だがしかし――
禁書目録「走ってフレメア!」
SC「!?」
粉塵の彼方にセンサーが音を拾った。瞠目するシルバークロース。
今の一撃で仕留め損ねたかと訝る。しかし彼はその逡巡に足を取られない!
SC「逃がすか!」
即座に背面の一つきりの出口へと振り向きざまに裏拳を叩き込み突き崩す。
シルバークロースの駆る重機のバケットより強大な鋼鉄製の指はその破壊を可能とする!
偶発的に生み出された煙幕に乗じてすり抜ける事を許すほどシルバークロースの脇は甘くない!が
禁書目録「――飛ぶよフレメア!」
SC「なに?!」
インデックスはフレメアを『抱えた』まま、破壊された嵌め殺しの窓枠から外界へと身を投げ出す!
シルバークロースの破壊を利用し、先程のフレンダが使った詐術を応用し、フレメアを『逃がす』と見せかけ煙幕に身を潜めたまま、シルバークロースが背後の脱出口を封じんとした刹那を出し抜いて!
SC「くっ!」
すぐさまシルバークロースも追撃態勢に移行し、破壊された窓枠から三階部分より下界を見下ろせば
禁書目録「はっ!はっ!はっ!」
インデックスはフレメアを連れて駆動鎧の巨体では入りにくい細い路地裏を駆け脱出に成功した。
先程フレメアを連れて逃げた際にインデックスの完全記憶能力は路地裏のマッピングを完全に把握し、最短距離で駆け抜ける。
エッジ・ビーはおろか、三階部分から落下しても傷一つない『歩く教会』の加護を受け、付随して腕の中のフレメアと共に。
SC「逃がすか!」
シルバークロースに少女二人を舐めてかかった気持ちはなかったはずだった。
形はどうあれ黒夜海鳥の囲い込みから身をかわしたのだから。
しかし虚と思えば実、実と思えば虚をついての遁走。
神裂火織をして『天才』と言わしめた逃亡術は未だ健在である。が
SC「(この勝負、勝ち負けの定義は力技じゃない!)」
バクン!とシルバークロースは纏っていた駆動鎧を脱ぎ捨てた。
あまりにも細く入り組んだ路地裏は象の巨体で獣道を行くようなもの。
そこでTPOを弁えた彼が選択したのはアルマジロを思わせる極めて小さな駆動鎧。
姿勢制御装置と感知センサーを総動員させ、彼もまた中空へと身を投げ出す!
SC「(このままさらう!それで決着が、俺達の勝利が確定する!)」
学園都市第四位を呼び込んだ。『外側の法則』を用いる修道女を引き込んだ。
後は素養格付を持った浜面仕上と、駒場利徳を殺害した一方通行を引きずり込んで自分達の勝ちだ。
揃い過ぎるほど出揃った手札。コールは目の前、テーブルホッパーじみた逃走劇の幕引きを期待し、シルバークロースは空中より追撃戦に移った。
~第十五学区・崩落した立体駐車場~
黒夜「がはっ!」
一方その頃…麦野沈利とのファーストコンタクトを取った黒夜海鳥は瓦礫の山から腕を突き抜けさせた。
幸い、崩落の際に炸裂させた窒素爆槍(ボンバーランス)によって生き埋めにされる難から逃れる事となった。
黒夜「ひはっ…ひっはは…ははははははははははははははは!」
焼け焦げさせられた髪の一部を払いのけながら黒夜は立ち上がる。
手足は生きている。両目も両耳も死んでなどいない。頭と額から流血はあるものの、重傷には程遠い。
黒夜「甘ェよ!甘ェんだよ卒業生(センパイ)!こんなんじゃ全っ然足りねえんだよ!!」
黒夜海鳥はややもするとバトルマニアに陥りかねない己自身の救われぬ性を楽しめる人種である。
暗部解体の折も、暗部再編の流れも、自ら望んで闇に舞い戻った事がその証左である。
故に感じ取る。あの女(麦野)は自分と同じ側だと。
血の河で漱いだ口から紡がれる怨瑳と呪詛と末魔を『何のつもりでそのチョイスなの?』とばかりに切り捨て、時代遅れのポップスを聞き流すより無感動でいられる同類だと。
黒夜「“入学祝い”のお返し…何倍にして返してやろうかなぁ!!!」
麦野がもし全盛期にして最盛期…現役第一線の暗部の頃であったなら黒夜は初撃で絶命に至ったはずだ。
それを自分の抹殺より元仲間の救出を優先した結果に黒夜は理解も納得も満足も得ない。
あれが絹旗最愛の『元上司』かと。あれが第四位『原子崩し』かと。
黒夜「あぁ…まだだ…まだラインが繋がるにゃあ細すぎる…水も肥やしも足りてねえ…シルバークロース!」
牙も爪もありながら進んで自らを囲う檻に身を置く獣にあるまじき生温さ。
羽も翼も持ちながら高みを目指さず鳥籠に歌を囀る鳥にあるまじきぬるま湯。
思い知らせてやる。敵に命を拾わせる愚が、どれだけ高い利子を伴うやくざな借り金であるかを!
黒夜「必ず釣り上げろ!海老(フレメア)で鯛(アイテム)をな!点と点を結んで繋がる線を面ごと叩いて潰せ!コレクションを、ファイブオーバーを、用意しろ!」
日当たりの良い小春日和の中、微睡みながら逝けるような『死』など用意してやらない。
暗く冷たい懐かしき穴蔵をそのまま墓場に変えてやる。
光の世界の中で得た全てに、闇の世界の汚物をなすりつけてやる。
そして黒夜海鳥は通信機片手に再び立ち上がる。
それは闘争の女神に愛された悪鬼が如くにじりよりであった。
~第十五学区・大通り~
フレメア「痛いよ…足痛いよっ」
禁書目録「止まっちゃダメなんだよ!今頑張らないともっと痛いんだよ!!」
インデックスとフレメアは逃避行を繰り広げていた。
駆け抜ける二人、どよめき思わず道を譲る通行人達、そこへ割って入るエッジ・ビーとシルバークロース。
高性能の偵察機としての機能も兼ね備えるエッジ・ビーは映像情報から電波傍受、地下網との連携まで取れる市街戦にも対応出来る兵装である。
アルマジロの駆動鎧に切り替えたシルバークロースに代わり、彼の部下等がそのエッジ・ビーの遠隔操作にあたる!
禁書目録「曲がって!」
大通りに面したファミリーレストランを突っ切り脇道へと折れ曲がる少女達、追いすがるエッジ・ビー。
内二十七機が狭く入り組んだ路地裏を俯瞰的に視認すべく上空へ、共に巻き込み合わぬよう三機が追跡する!
文字通り群蜂と化して追いすがるその刃が再びインデックス達へと――
禁書目録「これでも喰らうんだよ!」
ブンッ!
迫る瞬間、打ち捨てられたファミレスの残飯をしまうゴミバケツの蓋を投げつけるインデックス!
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!
しかしステンレス製のそれはエッジ・ビーの回転鋸を前に呆気なく巻き込まれ、掴み取られ、砕け散る!
足止めにすらならず無残な結末と相成ったそれは阻む行く手などないとばかりに再び唸りを上げて襲い掛かる!
禁書目録「(もっと…もっと!)」
しかしそこでインデックスは飛来する三機のエッジ・ビーを前に顔をあげる。
まるで銃弾飛び交う戦場の中、聖書片手に歩を進める従軍聖職者のように!そして
ズギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!
フレメア「ああー!!」
皆中!木材を切り倒すより容易くインデックスの身体に突き刺さるエッジ・ビー。
ギャリギャリギャリと鎖鋸を引くようなそれに対し上がるフレメアの悲鳴。だが
禁書目録「大丈夫なんだよ!!」
インデックスは血の一滴はおろか傷の一つも追わぬままにエッジ・ビーの刃を任せるがままにしながら叫ぶ…そして!
ガガガ!ガガガ!ギギギ!ゴゴゴ!
SC「!」
インデックスの『歩く教会』を『斬る』ことが出来ず、『掴む』ように立てた刃がその絶対防御の布地を巻き込み、絡まり、空転するばかり!
加えて三機同時に叩き込むも、切断に至らず互いに押し合いへし合いするように――
禁書目録「私には神様のご加護があるんだよ!!」
バキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
SC「馬鹿な!」
斬ろうとして空転し、掴もうとして回転するも傷一つつかない霊装の布地に一極集中するエッジ・ビー。
しかしそれが仇となる。絡まった絶対敗れない布地に回転鋸のチェーンが正常を動作を為さず落ちたのが一機。
そして隣接し過ぎた刃と刃が互いを潰し合い、内部から基盤を破壊し煙を上げて破壊されるが二機!
SC「――爆破しろ!」
禁書目録「何度やっても無駄なんだよ!」
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
シルバークロースに変わって遠隔操作していた部下が応報にエッジ・ビーを爆破する!
内臓されていた数百に渡るJのアルファベットに似た釣り針が飛び散り、爆ぜる。しかし
禁書目録「ふれめあこっちなんだよ!」
フレメア「!」
インデックスは爆破すらも裾長の包囲で顔面から頭部を覆って凌ぐ!
滑腔砲の破片すら防ぎ切る『歩く教会』を前に釣り針など文字通り歯が立たない。
さらに爆破に連なり吹き飛んだファミレスの裏口の扉にフレメアを引き込み、尚も逃げる!
SC「くっ…エッジ・ビーを回せ!奴らはファミリーレストランに入った!」
部下『は、はっ!』
シルバークロースは苛立ちを隠しきれない。駆動鎧では入れない裏路地に逃げ込まれ、やむなくアルマジロに切り替えざるを得なかった事。
さらに市街地に引きずり出され、エッジ・ビーのチェーンソーを文字通りあんな搦め手で手玉に取られた事に。
SC「(くっ…このままではラインが繋がらん…やはり黒夜の言う通りコレクションを投入するか?)」
もちろんインデックスは駆動鎧やエッジ・ビーに関する知識も対処法も持ち合わせていない。
ただ彼女は『歩く教会』の絶対防御の特性を知り抜いている。
エッジ・ビーが『斬る』『掴む』という用途もまたビル内で身を以て思い知らされた。
一度『見て』しまえば完全記憶能力を持つ彼女はその時の様子を事細かに脳内で組み立てられる。
故にエッジ・ビーに対しゴミバケツの蓋を投げつけ確認し…
巻き込む回転鎖鋸の原理を『歩く教会』の布地で構造上避けえない穴を突いたのだ。
絶対防御の加護、完全記憶能力による分析、『神』と『人』の力を併せ持つインデックスにしか出来ない逃走(闘争)である。
~第十五学区・カフェ『サンクトゥス』付近の路地裏~
禁書目録「はあっ…はあっ…大丈夫?」
フレメア「ふうっ…ふうっ…大体、大丈夫」
二人はシルバークロースの追撃をかわすべく飛び込んだオープン前のファミリーレストランを中抜けし…
密林のように聳え立つビルの狭間、最初の事件現場近くまで戻って来ていた。
禁書目録「(最初にチェックされた場所は穴になるんだよ。まさか戻って来てるとは思わないはずなんだよ)」
無論腰を落ち着ける暇はない。息を整えるためだ。
インデックスはともかく、幼いフレメアの体力気力には限界がある。
二人は上空のエッジ・ビーに見つからぬように路地裏ではなくビル同士の隙間を縫ってここまで戻って来たのだから。
フレメア「スゴい…大体、あんなのフレンダお姉ちゃんみたい」
禁書目録「はあっ…はあっ…スゴくなんか…全然ないんだよ…逃げ回るのでいっぱいいっぱいなんだよ」
肩で息咳ききるインデックスとて青息吐息である。
誰かを守る事は自分を守る事より難しく、一度ならず助け続ける事の精神的重圧は息をする双肩に重くのし掛かる。
禁書目録「(とうまはいつもこんな事をしてたんだね…そんなとうまを、しずりはずっとこうしていたのかな)」
離れて思い知らされる、彼等が選び取った道程の険しさ。
その荊棘の道筋に今日、インデックスは最初の一歩踏み出した。
インデックスとて『必要悪の教会』に所属する人間である。
魔法名を名乗る事のその意味を知っている。
禁書目録「(すているも、かおりも、こんな気持ちだったのかな?)」
最強である理由を証明し続ける赤髪の神父、神にすら救えぬ人間を、同じ人間の手で救わんとする黒髪の女剣士。
インデックスの完全記憶能力は写真よりも鮮明に、映像より鮮烈に彼等の勇姿を浮かび上がらせる。
禁書目録「…あのねふれめあ?私はスゴくなんか全然ないんだよ。本当にスゴいのは、私のともだちなんだよ」
フレメア「ともだち?」
禁書目録「そうなんだよ。みんな、私に出来ない事が出来るんだよ」
姫神、風斬、御坂、ステイル、神裂、皆インデックスにとって『友人』だった。
上条当麻と麦野沈利は『家族』だ。完全記憶能力を持ちながら記憶すらないインデックスに…様々なモノをを与え、教え、感じさせてくれた。
禁書目録「私は魔術師なのに魔術が使えないし、家事だってしずりに教えてもらってるけど、おにぎりがなかなか三角にならなくて弱ってるかも」
フレメア「(魔術師?魔法使い?)そうなの?」
禁書目録「うん。でもね?なかなか色んな事がうまく出来ない私とみんなともだちになってくれたんだよ」
彼等を脳裏に、目蓋に、胸中に浮かび上がらせる事でインデックスは己を保ち、鎮め、奮い立たせる。
神を思い浮かべるよりも早く、強く、愛しく、頼もしく。
フレメア「なら…」
禁書目録「ん?」
フレメア「私も大体、出来ないよ?」
そこでフレメアがインデックスの瞳を覗き込んで来る。
その眼差しは確かにフレンダに似ていた。フレンダが幼い頃はフレメアに、フレメアが成長すればフレンダに、それぞれ思い浮かべる事が出来るほど似通った姉妹だった。
フレメア「…私もフレンダお姉ちゃんや、あなたに助けてもらってるから…大体、何も」
禁書目録「………………」
フレメア「何も出来ない私は…あなたのともだちになれない…?」
そのインデックスと似通った碧眼がぼやけたように揺らめいた。
相対するインデックスは座り込みながらもフレメアの金糸の髪を引き寄せ…
禁書目録「何を言ってるのかな?」
その形良い耳朶に、秘密の内緒話をするように唇を寄せる。
見た目だけならさほど開きを感じさせない年齢差はそう…まるで
禁書目録「ふれめあはもう、私の大切な“ともだち”なんだよ?」
フレメア「!」
禁書目録「“大体”、ともだちになるのに神様が決めたルールなんてないんだよ?」
フレメア「ふぎゃあああ!私の口調!」
ニッコリと笑みを浮かべながら囁きかけた。口調までインターセプトされ軋るフレメア。
そう、これで良い。彼等は皆インデックスにこうしていたのだからと、友達同士のひそひそ話を終えたインデックスは息をついた。
禁書目録「(これでいいんだよね?)」
ともすれば不安から泣き崩れてしまいそうな自分を強く保ち、自分よりも泣きたいだろう相手に笑顔を向け笑顔を引き出す。
初めてわかった、上条や麦野の気持ち。インデックスは今初めて…彼等と心を一つに出来たようにすら感じられた。
禁書目録「(さて…これからどうしようかな?振り出しに戻っちゃったんだよ)」
そしてインデックスは辺りを伺いながら路地裏より顔を覗かせる。
追っ手は一時的に緩めても止まる事はない。そう――
――SC「フレメア=セイヴェルン」――
~第十五学区・路上~
最初に降ってきたのは、今し方振り切ったはずの追跡者の声音。
フレメア「!」
次いで降ってきたのは、ガードレールごと吹き飛んで来る路上駐車のいくつか。
禁書目録「危ない―――!!!」
飛び出したのは反射だった。回避しようとする本能が裏切った、文字通りの挺身であった。
ゴバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
「―――ッッッ!!!?!?」
目撃者などお構い無しの、まるでボールでもぶつけるように投擲された車両がインデックスを下敷きにした。
同時に行き交う通行人が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、男女複数名の悲鳴が繁華街の路上に木霊する。
禁書目録「あっ…ううっ…!」
フレメア「あっ…ああっ」
SC「やはりな」
人垣を割開くように歩を進めるは…依然として健在なエッジ・ビーを部下達の操作に任せ…
再び八本脚とは異なる二腕二脚の駆動鎧を身に纏ったシルバークロースだった。
その人間離れしたフォルムから放たれるは生身の人間からしか発しえない、研ぎ澄まされた殺意だった。
SC「どういう原理かは知らんがお前に傷をつける事が出来そうにもない事はさっき理解した。ならば点で撃つも線で斬るもない。面で押し潰す。黒夜のアドバイスも聞き入れてみるものだ」
禁書目録「くっ…ううっ…」
ガシャン、ガシャンと鋼鉄の騎士のように勇壮な跫音を立ててにじりよるシルバークロース。
その歩みはへたり込むフレメアと、自動車の下敷きにされたインデックスの前で止まる。
禁書目録「(もっ、盲点を突かれたのは…私だったんだよ)」
如何に『歩く教会』の防御力が神域の領域にあろうとも、それを纏うはあくまで生身の人間。
ましてやインデックスの膂力は一般的な十代の少女達となんら変わらない。
下敷きにし押し潰してかかる自動車の重量は霊装が無効化しても、それをはねのける腕力が、筋力が、体力がない…!
SC「美味しい状況だ。フレメア=セイヴェルン、そして『外側の法則』を使う人間、両方を手の内に入れられるんだからな」
禁書目録「…そういうのを、この国では“二兎を追う者は一兎も得ず”って言うんじゃないかな?」
SC「罠にかかった兎など、切り株に躓いたそれ以上の無様さだ。居眠りしていた兎には及ばんがな」
にじりよるシルバークロースを前にインデックスは言葉を紡ぐ。
僅かで良いから時間を稼ぐ、微かで良いから注意を逸らせる。
そう、フレメアが逃げ出すに足るタイミングを掴むまでは――
フレメア「あ…ああ…あああ」
禁書目録「(――ふれめあ――)」
しかし…今の一撃がフレメアにとってのトドメの一撃だったのだろう。腰を抜かしている。
十歳に満ちるか満ちないかの年齢でここまで走り続け、修羅場鉄火場を潜り抜けて来た事自体が既に驚嘆に値する。しかし――
禁書目録「なら、この国で言う“冥土の土産”に教えて欲しいんだよ…どうしてふれめあを狙うのかな?」
SC「…何?」
禁書目録「ふれめあはただの女の子なんだよ。それをどうして――ぐうっ!」
SC「貴様には関係ない事だ。貴様は見るに修道女だな?神の国で言いふらされても困るんで、な」
重石となる自動車から辛うじて抜け出せていた頭を、シルバークロースは踏みにじる。
インデックスは予定外にして予想外のイレギュラーだが、今この場で必要なのはフレメアのみ。
それ以上に、インデックスの逃亡術はシルバークロースを苛立たせるに足りた。
禁書目録「あぐっ…うあっ…あああ゛ああ゛あああ゛あああああ゛あああ!!!」
フレメア「やめてえ!やめてえ!!やめてえェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
SC「麗しい友情だ。反吐が出るくらいにな」
インデックスの小さな頭蓋骨が、十万三千冊にも及ぶ魔導書の知識を収めた脳髄をシルバークロースの駆動鎧の脚部が圧迫して行く。
それは万力で締め上げるよりも強く、アスファルトとの間で砕き潰さんばかりに
フレメア「いや!いや!いや!!いやいやいやいやこんなのいやこんなのいやこんなのいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
喉から血が振り絞らんばかりのフレメアの悲鳴すら霞んで行く。
インデックスの頭蓋を、頭脳を、頭部を、シルバークロースの圧力がかかって行く。
ウィンプルを失った剥き出しの部分を防ぐ手立てはない。何一つ。
禁書目録「(ふ…れ…め…あ)」
今し方出来たばかりの『友達』の声が遠のいて行く。
魔導図書館としてのみ存在に許されたインデックスの、一年余りの『記憶』に靄がかかって行く。
それは食べ散らかして怒られた料理の数々だったのかも知れないし、それを怒り文句を言いながらも作ってくれる『誰か』だったのかも知れない。
禁書目録「(し…ず…り)」
美人なのに口が悪く、ぶっきらぼうなのに優しくて…
そんな彼女に『家族』として感謝し、一人の『女』として嫉妬もした。
禁書目録「(と…う…ま)」
自分もなりたかった。上条の側で戦う彼女のように。
自分もなりたかった。上条の『特別』になれなくても、共に戦いたかった。
同じ男を愛してしまった一人の『女』として。
そうなりたかった。そうありたかった。そうでなければつけられない折り合いが、わだかまりがあった。
禁書目録「(わ…た…し)」
ずっと前に進みたかった。ずっと前から変わりたかった。
『力』がある彼女が羨ましかった。愛する人の助けになれる彼女妬ましかった。何も出来ない自分が涙が出るほど悔しかった。
自分は『特別』にも『パートナー』にもなれなかった。
消去法で『家族』になる事を選んでしまった自分に、二人はいつだってどこだって三人一緒でいてくれた。
禁書目録「…わた…しも…」
私は強者の知識を守る敬虔なる子羊
牙も爪も保たぬ迷える仔羊。
神に仕える身でありながら、悪魔に魂を売ってでも欲しかったもの
原罪の果実(かみじょうとうま)
届かぬ祈りならば、せめて
禁書目録「…―――守り(戦い)たかったんだよ―――…」
残酷な神が支配する、この世界で――
――――――久しぶり――――――
~第十五学区・路上~
ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ
SC「!?」
その時、シルバークロースの顔面に…過去の制裁で焼かれ、上塗りのように築き上げた顔に、死に絶えた汗腺から脂汗と鳥肌が沸き立った。
SC「(!!!?!?)」
瞬間、飛びすさって距離を取らざるを得なくなった。
それは駆動鎧に身を包み、心の在り方如何によって八本脚の動物にも四本脚の動物にもなりえる彼の…
醜く歪め続けていた彼の心を凍てつかせるほどの『何か』。そして――
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!
フレメア「!」
刹那、インデックスを下敷きにしていた車が…跡形もなく粉微塵に『切り裂かれ』た。
それはかの『聖人』神裂火織を彷彿と…いやそれ以上の『人外の太刀筋』。
如何な研ぎ澄ませた刀剣でも成し得ないであろうその破壊…
まるで『斬る』過程が無視され『斬られた』結果のみが事象と存在するような
SC「な…ん…だ…」
ここに来てシルバークロースは自らが招いた『災厄』の強大さに己が震えている事を知る。
人間を超えるというおぞましさが児戯に等しく、今目の前にいる『それ』が稚気を逆立てればと思うと…
大自然の暴風を前に立たされているただ一匹の蟻にすら劣る己をそこに見たからだ。
SC「お前は…誰だ!?」
そこには…フレメア=セイヴェルンを守るように立ちふさがる『修道女』。
死の赤、血の紅、炎の緋をそのまま具象化し顕現させたかのような『紅き翼』。
そして中空に揺蕩う三振りの『豊穣神の剣』。
それは舞い降りた守護天使のようであり、冥府へと導く死天使のようでもあった。
SC「お前は一体…誰なんだ!!?」
禁書目録「私の名前は、インデックスって言うんだよ?」
『首輪』『自動書記』…それは十万三千冊にものぼる魔導書(禁書目録)を管理する『魔導図書館』インデックスを、『非人道的な防衛手段』より守護する…
英国がインデックスに対して施した処置であり、鎖である。
フレメア「…インデックス…?」
ステイル=マグヌスをして『彼女と戦うことは、一つの戦争を迎えることに等しい』とまで評されるそれ…
被術者の生命の危機など特定の条件を満たすと発動する安全装置にして防衛装置、最終装置にして暴力装置。
かつてそのくびきは上条当麻の『幻想殺し』にて解き放たれたかに見えた、がその枠外から手を伸ばした者がいる。
――フィアンマ『俺様はこの世界を救う』――
彼の者の名は『右方のフィアンマ』…『聖なる右』を持ち、『神の子』に最も近い力を有していたローマ正教最暗部『神の右席』の指導者。
彼が行使していた『遠隔制御霊装』による強制干渉により不完全ながらもインデックスの中の『自動書記』が発動した経緯がある。
ならば今回のケースは?
それはシルバークロースによってインデックスが頭脳ごと生命の危機に晒された事による防衛反応なのか?
それは魔法名を名乗ってまでフレメア=セイヴェルンを『守る』と決めた事による覚醒と進化なのか?
それは今輪の際『禁書目録』の意志が溶け合い、『自動書記』の意思が融け合った事による奇跡なのか?
恐らく全てが正しく、同時に誤りだ。この場に正誤の審判を下せる者はいない。
しかしもしそれを近い言葉で表すとするならば――
禁書目録「下がってて、ふれめあ」
それは『獣』のように牙も爪も持たず、『鳥』のように羽も翼も持てず、ただ二本の手と足で地を蹲う事しか出来ない、『人間』にしか持てぬ『祈り』だ。
何十、何百、何千年と人の一生が儚い星座の瞬きのようにすら感じられる月日、歳月、幾星霜を経て尚変わらぬ『祈り』だ。
人の祈りに応報し自動書記が『神の啓示によって記された』とされる『奇跡』そのままに。
『神』に仕える修道女であり、『魔神』へと至る知識の守護者であり、演算能力と対を為す完全記憶能力を有する『人間』だ。
その三位一体の聖絶の力が今、並行励起にて解き放たれて行く。そう――
禁書目録「――今、終わらせるんだよ」
今や彼女は、十万三千『一冊』目のIndex-Librorum-Prohibitorum(禁書目録)なのだから――
~第十五学区・路上~
SC「ッッッッッッ!!!!!!」
ファーストストライクを打って出たのはシルバークロースだった。
正体不明の障害物の、解析不明な力場を、説明不能な『力』を前に、確認不要とばかりに羽撃くエッジ・ビーを全機展開させる。
目視出来る距離にある敵に対し、彼が取った作戦は極めてシンプルな…そう。
SC「叩いて潰せ!!!」
轟ッッ!!と百機近くに渡るエッジ・ビーが群蜂の尖兵となってインデックスとフレメア目掛けて殺到する!
上下前後左右同時多角にして死角なき物量作戦…圧倒的火力による一大攻勢!!
ゴバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!
それは瞬き一つが永久の闇に連なる回転鎖鋸が二人に襲い掛かる!
駆動鎧を身に纏って尚、生物が生まれ持ち兼ね備える『恐怖』が鳴らす警鐘…
『ここで倒さねば』『これで倒さねば』『これを倒さねば』という絶対的確信!!
禁書目録「――1――」
されどインデックスの周囲を滞空していた三振りの『豊穣神の剣』の内一振りが…
斬ッッ!
フレメア「!」
一太刀にてエッジ・ビーの郡蜂を切り裂き、泣き別れに終わった回転鎖鋸が空中にて分解し、残骸と化し、砕けて割られて墜ちて散る!
禁書目録『―2―』
残ッッ!!
次いで振り下ろされた二振り目がシルバークロースの二腕二脚の駆動鎧を…
一閃にて切り飛ばして行く!野戦、市街戦、いずれもTPOをわきまえた彼が備えた『科学の結晶体』が…
玉葱の皮か、甲殻類の外殻でも毟るように無造作に、切り離し切り飛ばし切り裂いてパージして行く!
SC「なっ…」
禁書目録「3」
ビタッ!と丸裸も同然にされたシルバークロースの、再生治療により取り戻した端正な鼻面へと三振り目の切っ先が突き付けられる!
エッジ・ビーという兵隊を総滅させられ、駆動鎧という城壁を切り崩され、アルマジロのような姿を晒しながら向けられた刃。
さながら落城となった暴虐の王のように屈してしまう膝が言う事を利かない!
SC「(戦力差が…埋まらない!!)」
『外側の法則』を使う者達に備えて再編された人員、そのために編成した『まともではない戦力』…
粋を尽くした科学の結晶体、駆動鎧が何一つなせない…シルバークロースは確信する。
一方通行と浜面仕上を繋ぐラインと同等に、麦野沈利(学園都市第四位)この少女(外側の法則)の結び付くラインもまた危険であると!
禁書目録「もうやめるんだよ」
紅き翼を背負いながらこちらを睥睨して来る少女…その気なればシルバークロースの首など露を払うより呆気なく刎ねられる。
禁書目録「私はシスター(修道女)だから、人を殺めてはならないんだよ」
今のインデックスにとっては、殺さぬように払う注意の方が比重は重い。
言わば飛び回る蠅を叩いて潰すより、その羽を掴んで飛び回るのを押さえるのと同じ、無駄な労力。
しかしそれが…たったの三手の詰め将棋でシルバークロースを封殺とする!が!
SC「それが甘いというのだ!!!」
ダンッ!とシルバークロースは空中へと身を翻しながら次なる手を打つ。
化け物との詰め将棋になど付き合っていられない…ならば盤外からの一手!
フレメア「キャッ!?」
小さく響くフレメアの悲鳴の先…その先には後部に巨大な推進機を兼ね備え、四本の足を水を滑る水馬のように滑らせる…
滑走補助(スリップオイル)の加護を受けて時速800キロを叩き出す、高速移動用モデルの駆動鎧!
それがフレメアとインデックス目掛けて突っ込んで来て――
禁書目録「もう…やめてって…」
ブワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
それを迎え撃つは禍々しいまでの紅き翼、神々しいまでの羽撃きがまるで冥府から伸びる無数の毒手のように広がり…!
禁書目録「言ってるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
振り下ろされる断罪の鉄槌。インデックスの遠隔操作を受け、彼女の意志に従う紅き翼が…
滑り込んでくる高速移動用モデルの駆動鎧を
バキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
一撃で縦に『圧し潰し』た。数発で聖ジョージ大聖堂を崩落に陥らせる一撃。
それが一撃の元で四本脚を形を成さぬ残骸へと…!
SC「(桁違いの威力だ…!が!!)」
シルバークロースによる盤外からの奇手は敢え無くインデックスによる鬼手によって打ち砕かれる。
想像以上だ、予想以上だ、期待以上だ。そうシルバークロースは宙を舞う僅かな時間の間に確信する…
SC「黒夜のアドバイスも聞き入れてみるものだ!」
禁書目録「!?」
高速移動用モデルとは反対方向より迫り来る…シルバークロースの切り札。
もはや美学はかなぐり捨てる。奇手が通じぬ鬼手ならば、鬼を狩るは『禁じ手』!!
SC「ファイブオーバーァァァァァァァァァァァァァ!!」
~第十五学区・路上~
高速移動用モデルをインデックス達への陽動にぶつけると共にシルバークロースが用意させていた駆動鎧が走り込んでくる。
SC「――整えられた死へ向かえ」
飛びすさるシルバークロース、割り込んで来るは最新鋭の駆動鎧。
全長5メートル、二本の腕、二本の脚、二本の鎌を備えたマンティスを思わせるフォルム。
そこへ飛び込み乗るシルバークロース!同時に開閉された半透明の羽が渦のような気流を生み出し浮かび上がる!
SC「演算コア設定…シナプスネットワーク接続」
三つの銃口が回転するように唸り、金属砲弾が背部のドラムマガジンより軋る。
それはかの『常盤台のエース』『第三位』『最強の電撃使い』『超電磁砲』の能力をモデルケースとしたそれ。
そう、魔神人にも等しき相手ならば――それを穿つはこれにおいて他はない!
SC「これには神でも耐えられまい!!!!!!」
FIVE_Over.…Modelcase“RAILGUN”…通称…Gatling_Railgun(ガトリングレールガン)!!!!!!
ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!
禁書目録「――――――!!!!!!」
刹那、轟音を消し去るばかりの破壊音。一分間に四千発もの鉄風雷火をインデックス達に浴びせかける!
無人とかした繁華街の路上が直径1メートルほどの穴と共に粉砕され…
吹き飛ぶ瓦礫がさらに粉微塵に打ち抜かれる圧倒的破壊――
SC「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
シルバークロースがファイブオーバーの中で絶叫する。
今や彼の絶叫は自身が末魔を断たれんばかりの血声。
純粋な工学技術で元となった才能を超えるように作られたそれが頼みとする神であった。
これで沈め、これで沈めと祈りにも似た砲火は弾切れとなり銃身が焼け付かんばかりだった。
SC「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
ガチン!ガチン!と狂ったように弾が尽きたトリガーを引き続ける。
予備パックまで総動員した、全弾発射の一斉掃射。
これで終わりだ。これで終わりだとシルバークロースは当初のライン作りの失敗以上に、安堵する自分を―――
禁書目録「――もう、やめよう?――」
再び、紅き翼がシルバークロースを襲い――
ゴバアアアアアァァァァァ!!!!!!
~第十五学区・崩壊した路上~
SC「――――――」
ファイブオーバーを粉砕され宙を舞うシルバークロースは白痴のように呆けていた。
それは破産宣告を受けた経営者より、余命宣告を受けた大病人よりも茫然自失のまま…ノーバウンドで吹き飛ばされて!
SC「ぐがう!!!」
絶望…余剰兵力、予備戦力無しで放たれたガトリングレールガンは…紅き翼を広げたインデックスの周囲『のみ』しか破壊出来なかった。
禁書目録「お願いだから…もう下がって欲しいんだよ!このままじゃ私…私!」
一分間四千発のガトリングレールガンは全て紅き翼と『歩く教会』によって完全に完璧に防御されていた。
世に数えるほどしかない教皇級の霊装は、幻想殺しのような例外を除いては、竜王の殺息(ドラゴンブレス)でくらいしかダメージは与えられない。
十万三千冊の魔導書を纏め束ね、折り重ね、練り上げ、研ぎ澄ました一撃でなければ負わせられない傷は…
たかだか四千発の金属砲弾では傷一つつけられはしない…!
フレメア「こほっ…こほっ…」
SC「馬鹿な…」
インデックスが背中に隠していたフレメアにすら毛ほどの傷も負わせられない。
シルバークロースは戦慄する。相手はいつでも自分を潰せる。
しかし今それをせず、駆動鎧のみ粉砕し自分を放り出したのはインデックスが拠る信仰か、上条当麻が貫く信念をインデックスが見ていたからか。が
SC「(美味しくない状況だが…!)」
それを受けて折れかかっていたシルバークロースが再び立ち上がる!
ファイブオーバーも二腕二脚も高速移動用モデルも破壊された!だが彼にはまだある…
搭乗者の命を守る事については折り紙付きのアルマジロが!
剥き出しの素顔に、好機胸躍る喜色が浮かんで醜悪に歪む!
SC「無駄だ…私は殺されない限り…歩みは止めん!」
禁書目録「――!!?」
SC「不殺か…立派な信念だが…それはこの場において何よりの枷だ!!」
シルバークロースは『歩く教会』の盲点を見抜いたように、『インデックス』の欠点を見抜いていた。それは――
SC「お前は――私を“殺せない”!!」
禁書目録「!!!」
インデックスが絶対に『人を殺せない』人間だからだ。
それが信念であろうが信仰であろうが、魔神に等しい力を持っていようが…
その気になれば指一本動かさず百回はシルバークロースを殺し尽くす事が出来ながら…
インデックスはエッジ・ビー、駆動鎧、ファイブオーバーのみを破壊して来た。
獅子の爪と牙は折れても、獅子そのものを狩る事が出来ない…!
SC「神に仕える身というものは尊いものだな…だがここは“科学の街”だ!ここは“学園都市の闇”そのものだ!!」
もはや自分にはアルマジロのみ。だがそれでいい。インデックスが攻撃を加えれば自分はアルマジロごと絶命する。
どんなに巨大な力を、強大な力を持っていようが…命を奪われないなら恐れる事はない…!
手足がもげようが、『自らの外観、輪郭、印象に対して、全く執着を抱いていない』心の在り方は崩せない!
SC「そんな甘く弱い光(やり方)で…照らせるほどこの“闇”は浅い底ではないぞ!!!」
シルバークロースが手を伸ばし駆けてくる。これ意地攻撃すれば『殺し』てしまうインデックスが、これ以上手を出せないと知って――!
禁書目録「―――!!!」
豊穣神の剣を突きつけても
SC「何度やろうが同じだ…人を殺める事の出来ん力など」
紅き翼を振るっても
SC「巨砲を持ちながら拳銃以下の脅しにも劣る!!!」
シルバークロースは止まらず進撃してくる!
『インデックス』である限りこれ以上振るえない!
『歩く教会』が肉体を完璧に守り抜いても、それを纏う『心』までは守れない。
インデックスは圧倒的だった。負ける要素は零に等しく、シルバークロースが勝てる見込みは小数点以下だった。
禁書目録「ふれめあァァァ―――!!!」
だがインデックスがインデックスであった事。それがそのまま敗因に繋がる。
誰かを守りたいという思い、人を殺したくないという想い、それがそのまま裏目に出た。
言わばこれは、冷笑的な神が為せる、残酷な世界の縮図そのものであった。
SC「これで…!」
フレメア「ひっ…!」
シルバークロースが二人目掛けて突進してくる。
『人を殺められない』インデックス、『何も出来ない』フレメア。
既に局面はチェックメイト、既に盤面はスティールメイト…!
SC「終わりだァァァァァァァア!!!」
――――神よ、何故お見捨てになられたのですか――――
「インデックスウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
SC「――!!!?!?」
その時…全てを切り裂いて駆け込んで来る声音が全てを押し黙らせた。
轟ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
それは『少年』だった。
取り立てて特徴のない顔
テストで100点がとれる訳でもなく
女の子にモテまくる訳でもない
どこにでもいる、ありふれた『学生』
しかし
禁書目録「ああっ…!」
彼は偽善使い(ヒーロー)だった。
少女(インデックス)にとってのヒーロー(英雄)だった。
彼女(麦野沈利)にとってのヒーロー(偽善使い)だった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
瞬間、アルマジロから剥き出しとなっていたシルバークロースの…
あらゆる技術と、あらゆる手段で得た資金全てを注ぎ込み修復された端正な顔立ちに―――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!
SC「ガッ…!」
全ての想いを乗せた拳が――横合いから鼻骨がねじ曲げ歯列を粉砕し頬骨を破壊せんばかりに突き刺さり――ブッ飛ばす!!!
フレメア「…!!?」
フレメア=セイヴェルンは知らない。たった今嵐を引きつれて来たように割って入り、自分達を救い出したのが何者なのかを。
フレメア「…だ…れ?」
買ったばかりのブルゾンを着込み、二人の少女の前に背を向け、瓦礫の山にブッ飛ばされたシルバークロースを睨みつける、その横顔――
「よく頑張った――インデックス」
インデックスの変わり果てた姿を認めても、その声に揺らぎはない。迷いはない。怯えはない。
「沈利が戻るまで…その子を守ってくれ!!!」
それは二十億人の信徒を向こうに回してすら一歩も引かなかった男。
残酷な神が支配するこの世界の中で、運命(死)にすら反逆して見せた少年――
禁書目録「……とうまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
幻想殺し(イマジンブレイカー)、上条当麻は現れた。
~第十五学区・路上~
SC「…貴様は…」
横合いから渾身の力で殴り倒され、満身の拳で殴り飛ばされたシルバークロースが片膝をついてその闖入者を睨み付ける。
それは過去の制裁から火傷顔にされ、福笑いのように修繕し、それすらも醜悪な内面によって改竄され、ついぞ美的感覚すらも捨ててしまう前のようにいたくプライドを傷つけられた。
SC「…何者だ…」
上条「関係ねえよそんなもん!!」
ザッと一歩踏み出した足。なんの事はない、この街では掃いて捨てるほど売られている学生靴。
そう…どこからどう見ても単なる一学生だ。先程からのこの騒動で蜘蛛の子を散らしたように遁走していった連中となんら変わりない。なのに――
上条「俺が誰だとか、お前がどこから来たのかなんてもう関係ねえんだよ!!」
そこでシルバークロースはふと思ったのだ。この瓦礫の山となった惨状の中で、インデックスを名乗った修道女とフレメア=セイヴェルンを庇うように立つこの男。
SC「ああそうだ――私にとってもお前など関係ない。が、そうまでして死に急ぎたいか?学生。周りをよく見てみろ」
その光景、その立ち位置。
SC「そっちの修道女はともかくとして、貴様は知るまい?フレメア=セイヴェルンなど。考えてやらんでもないぞ?その少女を引き渡せばな」
それは、シルバークロースがどんなモデルの駆動鎧に搭乗しても、決して得られるものではないのかも知れない、と。
上条「出来っかよ!!…インデックスは俺の“家族”だ。お前の言う通り、俺は“この子”の事だって知らねえし何もわからねえ…でもな」
そう感じざるを得ない何かがその少年にはあった。それはシルバークロースがとうの昔に捨ててしまった…
『身一つで戦う』人間の匂いがしたからだ。肉体のみ頼みに闘う兵にしか纏えないオーラを感じ取ったからだ。
上条「知ってるから助けて、知らないから助けない、そんな区別のせいで目の前で泣いてる女の子一人も助けられねえ事が正しい事なのかよ!?見捨てられる訳ねえだろそんなもん!!」
SC「――ヒーロー気取りか!この偽善者が!!」
少年が、シルバークロースが、共に一歩踏み出す。
上条「ああそうさ…なら俺は偽善者でいい」
固める拳、握る指、見据える眼、吠える魂。
上条「誰かを助けられる――偽善使いで十分だってんだ!!」
―――激突!!!!
~第十五学区・路上~
上条「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
踏み出した一歩に全体重を乗せた右拳を振るう上条!
SC「止まって見えるぞ!!」
ガッシィ!!と軋んだ音が一方的に響いた。それは上条が放った拳を、シルバークロースが右手でいなした衝突音。
上条「ならっ!!」
今度は体重を乗せた『押すストレート』ではなく、足を踏ん張り腰を据えた左手による『引くアッパー』!
ビアージオの十字架を殴り抜いた時のような囮とは違う、本命そのもの!が!
SC「やはりな…」
上条「!!?」
それは敢え無く空を切ってシルバークロースの肩口すら掠りはしない!
それは駆動鎧に組み込まれたコンピューターを介して知識・技術・検索・補強。
それは先読み、軌道計算、いなし、次の手を可能とする。
一秒間に3つものアクションをこなすそれに対し、上条の拳など児戯にも等しい!
SC「多少喧嘩慣れした学生風情が…!」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
上条「がっ…はっ!」
返す刀で繰り出されたシルバークロースのボディブローが上条の腹部に突き刺さる!
自動車をドアに風穴を開けるショットガン並の威力に上条の身体がくの字に曲がる!
禁書目録「とうま!」
思わず叫ぶインデックス。そう、彼女の危惧する所――
上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)はあくまで異能の力を打ち消す事にのみその効果を発揮する。
裏を返せば肉体そのものが武器となる神裂火織やウィリアム・オルウェルのような『聖人』、戦闘訓練を積んだ土御門元春のようなタイプとの相性が非常に悪い。さらに
SC「なァめるなああああああああああああああああああああ!!」
バランスを崩した上条の腹部へ、シルバークロースの強烈な蹴撃が叩き込む!
上条が背中から瓦礫の山に突っ込み、積み上げられたそれがさらに崩れる!
禁書目録「(とうま…!!)」
幻想殺し…それは触れられるならば神の力すら打ち砕ける。
しかし皮肉な事に…彼の力は、本来人の手にあってはならず神の領域になくてはならない『異能の力』から遠ざかれば遠ざかるほど『生身の人間』に戻されて行く。
それこそ街一つ吹き飛ばせる異能の力は防げても、一発の銃弾は防げない。
スキルアウトにナイフでも向けられれば本来逃げる他ないのだ…!
SC「生身の身体で挑んだ所で、埋まらない現実は変えられはせんのだ!」
二発、三発と更に蹴撃が加えられる!
上条「がっ、ッッッあああああああああああああああ!!!!!!」
上条の体内で肋骨が纏めて折れる音がする。内臓のいくつかが破れるか潰れるかしているかも知れない。
身体の奥底から今まで聞いた事もない音がする。失神したくても激痛が意識を呼び覚まし、呼び戻された意識がブラックアウトとホワイトアウトを繰り返す。
SC「出張って来る場所を間違えたな学生…女の前で格好をつけるならばな!」
そこへ――更に振りかざされる拳が、上条を横合いから瓦礫ごと吹き飛ばすように――
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
フレメア「―――!!!」
思わずフレメアは目を瞑り顔を手で覆って背けてしまった。
それほどまでに凄惨な暴力であった。猫が鼠をいたぶる要領で一撃一撃が確実に上条の意識と生命を刈り取るように放たれているのだ。
そう、上条当麻とシルバークロースの相性は最悪である。
彼自身が同じように駆動鎧を身につけていればまだしも勝機と勝算と勝率があったかも知れない。
しかしそうはならなかった。最初の剥き出しの顔面への一撃を除けば、シルバークロースの身体は外殻と甲殻に覆われており生身の拳ではどうあっても貫けない。
この場に御坂美琴がいたならば、学園都市最高の電撃の能力でシルバークロースを下すだろう。
この場に一方通行がいたならば、学園都市最強のベクトル操作でシルバークロースを破るだろう。
この場に浜面仕上がいたならば、その懸絶した機転と知略でシルバークロースを負かすだろう。
この場に麦野沈利がいたならば、その圧倒的破壊力を持つ『原子崩し』でシルバークロースを倒すだろう。
だが彼は上条当麻だ。幻想しか壊せない右手と、多少喧嘩慣れした体躯しか持ち合わせていないレベル0だ。
そう、彼は万能でも無敵でも最強でも…それこそ周囲が彼を評する所の生まれながらの英雄(ヒーロー)とすら自分で思ってない。
そう…彼は偽善使い(フォックスワード)だ。善悪の彼岸にすら拠らない、ただ誰かの涙を見たくないというだけで命を懸け身体を張り魂を削り誰をも助け彼をも救おうとする『偽善使い』だ。
だからこそ――上条当麻(かれ)は――
~回想・埴生の宿~
上条『んなっ!?なんで上条さんのが上下左右前後からマルチロックオンされてるんでせうかー!!?』
麦野『かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃじょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!下手踏みやがったなテメエェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!』
禁書目録『………………』ブスー
スフィンクス『にゃーん』
それは、私こと上条当麻が珍しく補習も追試もなく無事家に帰れたある夏の日の事。
外は青空が晴れ渡っちゃいるんだが、どうにもクーラーの利いた部屋から出たくない、そんな茹だるように暑かった真夏日の事だった。
上条『仕方ねえだろ!?この相手滅茶苦茶強えーし無茶苦茶ハメてくるじゃねーか!!』
麦野『私は対戦でもノーミスで勝ちてえんだよ!最低でもハイスコアだ!なんなんだよこのGoalKeeperって奴はよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
そんな時だった。沈利が衝動買いしたって言うゲームを持ち込んでウチに遊びに来たのは。
タイトルは確か『ブラッド&デストロイ』…前に沈利と制服デートした時にやったグチャグチャシューティングだった。
如何にもザ・海外向け!!な真っ赤なパッケージのそれは家庭用オンラインゲームになってた。けど…
麦野『頭ん中のイライラが収まらねえんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!暑いんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!』
ゲーセンでやった時は一位になれた俺らだったけど、世の中上には上がいるようで…
俺達2人はオンライン対戦で『GoalKeeper』ってソロプレイヤー1人にボコボコにされた。
腹の虫が収まらない沈利は最後はコントローラーを投げ捨ててやがった。
こんな事ならふわふわペットとか人魚姫のお散歩とかやりたかった。
正直今は沈利の方がゲームの中のいかつい顔の男達より怖え…
禁書目録『むー!とうま!もー!しずり!二人ともー!』
上条『お?』
麦野『ん?』
そんな時だった。胡座をかいてゲーム機の前に座ってた俺達の背中から、インデックスが声をかけて来たのは。
なんだよ。飽きた飽きたっつったって一番素麺食ってたじゃねえか。もう腹が減ったのか?ってその時はそう思ったんだ。
だから俺達2人はほとんど息ピッタリで身体の向きをインデックスに直した。
麦野『なに?ファミレスなら涼しくなってから行こうよ』
上条『もう腹減ったのか?おやつまでだいぶあるぞ?』
禁書目録『違うの!!私はつまんないんだよ!!』
ムスッとした膨れっ面で、ブスッとしたジト目でインデックスは俺達を見て来た。
ははーんそうか。コイツ機械オンチだからゲームに混ざれなくって拗ねてんだな。
禁書目録『2人でばっかりイチャイチャイチャイチャ…ちょっとは人目を気にして欲しいんだよ!お部屋が暑くてたまらないかも!』
麦野『そりゃあアンタ、私は当麻の女だし』
禁書目録『せめて彼女って言うんだよ!なんか卑猥かも!そ・れ・に!』
そこでインデックスが沈利の紫色のワンピースをピッと指差した。
沈利はポカンとしたまま胡座をかいてたけど、インデックスが言いたかったのはまさにそこだったんだろうな。
禁書目録『お行儀が悪いんだよその脚!中身が見えてるかも!!いつものしょーとぱんつはどうしたの!?』
麦野『スケスケなのは当麻の趣味です。コイツの好みには私も苦労させられるのさ』
上条『バラすな沈利ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!』
思わぬ所に火の粉が飛んで来た。家族の前でバレされたエロい秘密ってのはいつになっても恥ずかしいもんだ。
こういうのなんつーんだっけ?飛んで火に入る夏の虫?
禁書目録『脚ちょっと太いの気にしてるんなら隠れるような服着れば良いのに』ボソッ
麦野『上等だテメエ表出ろやァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
上条『だー!2人ともそんなイライラすんなよ!ますます暑くなるだろうが!!』
全く。上条さんはそんな沈利の脚が結構好きだったりする訳ですよ。
鶏ガラみたいにガリガリなのより、こうムチムチ肉付きの良い太もも…
って言えねえけどな。言ったらインデックスにエロ呼ばわりで噛みつかれるし、沈利にはあのビーム食らっちまう。
上条『ったく…そんな喧嘩はスフィンクスも食わないっつの』
禁書・麦野『『ギャーギャー!!』』
上条『さて、スフィンクス水代えるか?毛浮いちまってるしな』
スフィンクス『みゃーん』
そんな二人を置いといて俺はスフィンクスの水換えがてら冷蔵庫から麦茶を取り出す。
夏はやっぱり麦茶に限る。緑茶も良いんだけどなんか違うんだよなあ…
上条『ふー…』
キッチンから望む空が青く澄み渡ってる。あの入道雲が綿アメならインデックスのおやつに困らねえんだけどなあ…
なんて俺は我ながら馬鹿な事を考えてる。そこではたと思い出した。もう一つの夏の風物詩を。
上条『(そういや沈利達と行くって言ってた肝試し、いつ行くんだろうな)』
最近、学園都市の海側にある『軍艦島』って言う廃墟スポットが話題になってるらしい。
何でも霧ヶ丘女学院の生徒の幽霊が出るって言う噂だ。
上条さんもさんざん魔術師とか見て来たけどお化けはまだ…
上条『おーい二人共!けっきょく前言ってたヤツいつ行くんだー?』
そう思いながら俺はキッチンから顔を出して2人を見た。すると…
禁書目録『こここ怖いよ!いっぱい来たんだよ!あわわわ!』
麦野『おいおいリロードリロード!太いのブチ込んでやるにゃーん!!』
そこには、胡座をかいた沈利がインデックスを乗せてゲームしていた。
一つのコントローラーを、2人で手を重ねるみたい後ろから回して。
機械オンチでゲームが苦手なインデックスでも楽しめるように、一緒に。
上条『………………』
それを見て俺は思ったんだ。こんな特別(普通)がずっと続けば良いって。
そりゃあ大当たりのイタリア旅行行きみたいな幸福がたまにあったっていいけど…俺は
上条『どれどれ、上条さんも混ぜてもらいますよっと』
麦野『こうたーい。足痺れた』
禁書目録『とっ、とうまとうま!なんかおっきいゾンビが追っ掛けて来たんだよ!』
上条『よっこらせ、そいつはボスだけどまだ倒せねえぞ?よし右に逃げろインデックス!』
麦野『かーみじょう、私もー』
そうしていつしか、膝にインデックスを乗せて一緒にゲームをしてると…
その俺の背中に沈利がくっついて腕を回して来た。
なんかあれだな、動物園にいるらしいプレーリードッグの家族みたいだ。
上条『暑い暑い言ってたじゃねえか』
麦野『こういう暑いのは嫌いじゃないの』
上条『しょうがねえなあ…』
そう、俺の大事なものってこんなもんなんだ。
戦って、学校行って、闘って、家に帰って…極限の戦場と平穏な日々を交互に繰り返して、違和感や疲れがない訳じゃない。だけど。
禁書目録『とうま!』
待っててくれてる家族(インデックス)がいて
麦野『かーみじょう!』
いつも側にいてくれる恋人(麦野沈利)がいて
だから――上条当麻(オレ)は――
~第十五学区・路上~
上条「(ああ…そうだった)」
今この身にのしかかる瓦礫の山より重い物が上条当麻にはある。
しかしそれは手を引いて導く物でも、背に負って運ぶ者でもない。
上条「(俺はフィアンマに言った。“世界を救う”だなんてヤツに救われなきゃいけないほど、俺達の世界は弱くなんてないって)」
今視界を覆い尽くす闇より深い世界の底を上条当麻は知っている。
しかしそれは誇る事でも厭う事でも、ましてやそれを“救う”などとは決して言わない。
上条「(俺が守れるのは世界なんてデカいもんじゃない、自分の手の届く範囲の中にしかねえのかも知れねえ)」
今この身を引き裂かんばかりの痛みより深い悲しみを上条当麻は感じた事がある。
それは治す事も癒やす事も出来ない、取り返しのつかない傷にも似ていた。
上条「(俺は無能で、最弱で、守りたいもんなんてちっぽけなガラクタみたいなもんなのかも知れねえ)」
だが
上条「(けどよ…あるじゃねえか!戦える力が!!闘える腕が!!)」
この痛みは御坂美琴があの鉄橋で放った心の痛みそのものの電撃に比べれば何ほどの事がある?
上条「(泣いてる女の子がいて、テメエは地べた舐めてそれを見てるだけなんて出来るかよ!!満足なのかよ!!違うだろうが上条当麻!!!)」
この悲しみはインデックスが『誰かを守りたい』と願った心の叫びそのものの祈りに比べれば何ほどの事がある?
上条「(ついてんだろ!立ち上がる足が!!踏み出せる脚が!!今ここで、心より先に膝を折っていいのか?良いわけねえだろ!!!)」
この苦しみは麦野沈利が第十九学区のブリッジで放った心の闇そのものの原子崩しと比べれば何ほどの事がある?
上条「まだ何も終わっちゃいねえ…」
血声が枯れ果てるまで叫び続けろ
上条「始まってすらねえ…」
血涙が涸れ果てるまで振り絞れ
上条「立てよ…偽善使い」
血潮が燃え尽きるまで守り抜け
残酷な神が支配するこの縁無しの世界を食い破れ
牙を剥け、天に吠えろ今一度
インデックスを助けたあの日のように
麦野沈利を救ったあの時のように
上条「立てええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
――ゼロからの反撃を、今、ここから!!!――
~第十五学区・路上~
SC「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その時、シルバークロースは己のセンサー群が捉えた認識に目尻が裂けた。
SC「なんだ…あれは」
それは墓標も同然だった瓦礫の山に向けられていた。
崩れた土砂のように上条当麻は埋もれ、手足をもがれた虫螻のように――
手足を持たぬ芋虫のように地に臥せ、自らが生み出した血溜まりの海に沈んだはずだった。
そうでなくてはならず、そうでなければあらなかった。
SC「なんだ…お前は」
精神論ではどうにもならない人体の構造上避けえない重体だったはずだ。
精神力でどうにかなるような生易しい重傷ではなかったはずだ。
骨が折れ肉が裂け、内臓は潰れて臓器は破けているはずだ。
満身の力と渾身の殴打と会心の一撃と全身全霊を懸けた攻撃だったはずだ。
SC「何故…立てる!」
先程のインデックスと相対した時シルバークロースは思い知らされた。
羽蟻と巨象ほどもある絶望的かつ圧倒的かつ暴力的なまでの戦力差を。
しかし『アレ』は違う…今シルバークロースが目にしている『アレ』はそんな次元にすら存在していない!!!
SC「なぜ立ってこられるんだ!!」
倒しても倒しても立ち上がってくる。悪い夢から抜け出して来た死人のようだ。
『不死』などと言う、科学の範から悖る概念、宗教の枠からはみ出すような疑念が浮かび上がって来る。
上条「テメエがそこにいるからだ」
唇の端から流れる血の泡を手の甲で拭いながら上条は立ち上がる。
上条「インデックス達がそこにいるからだ」
悲鳴を越えて、末魔を超えて、軋む身体を、己を容れる器を、決して折れぬ旗を掲げて偽善使いは立ち上がる。
上条「――俺がここにいるからだ!!!」
そう、何度でも
~第十五学区・路上~
上条「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
SC「がああああああああああああああああああああ!!」
走り出す上条!迎え撃つシルバークロース!
アルマジロの駆動鎧の中の細胞が、遺伝子が、本能が鳴らす警鐘
SC「(人間を超えたつもりか…ならば見せてやろう!それがどれほどおぞましい事かを!)」
シルバークロースの外殻が変化して行く。科学繊維が蠢動し、艶めかしいまでの凹凸を描いて『Emergency』の赤文字が浮かび上がる。
シルバークロースの中のレッドアラームに呼応して、蜘蛛のように何本もの腕が生えて…!
上条「っらあ!!」
繰り出される右拳!それに対しシルバークロースは腰を低く落とし、カメラのモードをハイスピードに切り替える!
初動の一手目、0.1秒で無数に枝広がりする上条の攻撃パターンを分析する!
叩き込むは一撃必殺のカウンターアタック、七本ものアームは待ち構える!その瞬間を!!
バキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィイ!
SC「ぐうっ!」
鉄槌で歯列から歯茎、頬から顎まで突き抜けるような重い重い一撃にセンサーがブレる!
怪物を打ち倒す銀の弾丸にも匹敵する衝撃にたたらを踏みそうになる!
しかしシルバークロースは待っていた。攻撃の直後に生じる不可避の間隙を!!
SC「――脇ががら空きだ!!」
殴り抜かれた瞬間、網を張って待ち受けていた七本の蜘蛛の豪腕が上条に襲い掛かる!
逃れようのない距離、避けようのない刹那、肺と心臓と背中まで刺し貫く毒牙の連撃が上条に迫る!
上条「――!!!」
しかし!しかし!だがしかし――!!!
SC「なに!?」
上条は毒牙の連撃の間をすり抜けた!空を切るような半身構えで、雲を掴むような動きで身を翻し、踏み込んだ足のステップにさらに足首のスナップを効かせ…!
上条「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ゴキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!
SC「グガアッ!!?」
かわした足運びを攻撃への布石にし、踏ん張りと踏み込みから生まれた左拳がさらにシルバークロースの顔面をカチ上げる!
先程とは反対方向からの殴打に、眼球内にしばたく火花が散る!
SC「(バカな…!かわせるはずが!)」
回避も防御もかなわない蜘蛛の魔手を『予め知っていた』かのような上条の反撃にシルバークロースは肉体的なダメージ以上に精神的なダメージを隠し切れない。
シルバークロースは知らない。上条当麻が歩んで来た道筋を。
上条「インデックスがお前に何をした!!あの子がテメエに何したってんだよ!!!」
データから外れた回避、そして攻撃、対駆動鎧用に搭載しシルバークロース自身の補助もあって可能とする逆算スクリプトをすら上回る反応速度と変化する行動パターン!
上条「命を狙われなきゃいけない事でもしたのかよ!殺されなくちゃいけない事でもしたのかよ!!こんなになるまで追っ掛け回して、それをお前にどんな理由が語れるってんだよ!!!」
SC「黙れ!!」
肉斬骨断のカウンターアタックから、先読み、先回りのクロスカウンターへとプログラムへと切り替える!
先の後手を取るべく、シルバークロースは毒牙の魔手を広げ――
SC「いい加減…倒れろォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
一本目は顔面、二本目は喉元、三本目は胸部、四本目は心臓、五本目は肺、六本目は腹部、七本目は右腕を!
今度は外さない!今度はかわせない!今度は耐えられまい!
上条「まだ倒れねえ…もう倒れねえ!!」
だが――上条もまた見てから回避するのではなく
SC「馬鹿な!?」
即座にスウェーからバックステップ、毒牙の連撃が迫る『前』に、『予備動作』の段階から上条は飛んだ!
そこを半瞬遅れた七本腕の悪魔が虚しく空振りするばかり!
上条「二度と倒れねえってんだよ!!!」
そしてバックステップから再び飛び込んでの右拳が鼻骨を完全に、敢然と捉えて再びめり込む!!!
SC「ガフッ…!」
上条当麻は幾度となく御坂美琴の『電撃』をいなして来た。
人間の反射神経、反応速度の極限を究めて尚置き去りにされる『電撃』をだ
上条当麻は一度ならず一方通行の『黒翼』をかいくぐって来た。
回避も防御も人の身では間に合わない、数百にものぼる『黒翼』をだ。
上条当麻は何度となくフィアンマの『神の子』の力を退けて来た。
最も神に近い『聖なる右』を、火の魔術を、神の加護全てをだ。
上条「…立てよ。地べたの味ならイヤってくらい舐めて来た。今度はお前の番だ!!」
彼等との激闘が身体に、彼等との死闘が心に、彼等との血闘が魂に、刻まれたものが蘇る。
故に引き出せる。『攻撃の予兆』を感じ取れる
SC「ふざけるなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
端正な顔を醜悪に歪め、虫食いだらけにされた歯を剥き出して遮二無二突っ込んで行くシルバークロース!しかし…
上条「――ふざけんてんのは、テメエの方だろうが!!!」
上条はそれをマタドールのようにひらりと身をかわし…
そこから遠心力と体重がキッチリ乗った、腰をひねってのフックでシルバークロースの残りの歯を殴り抜く!
SC「ぶほぉっ…おぐ!」
上条「戦争が終わって!平和になって!!そこで普通に暮らしてるだけのインデックス達が、どうしてテメエの勝手な都合に巻き込まれなきゃいけねえんだ!!」
上条の右拳が蠢く。シルバークロースの装甲を右手などでは破れない。外殻を幻想殺しなどでは壊せない。
銃弾はおろか、生半可な砲弾すら駆動鎧の前には通用しないだろう。
剥き出しの顔面を狙っても、痛みは与えられてもダメージには程遠い。
SC「おああああああああああああああああああああ!!!」
シルバークロースが駆動鎧のリミッターを外して突っ込む!
防ぐ腕ごと叩き潰し、かわす身体ごと押し潰す、肉体を弾丸にした乾坤一擲の一撃を…
二撃目などない!初太刀で上条を斬り伏せるに足る猪突を!
上条「――いいぜ」
それを受けて上条が右手を突き出す。その右手から右腕にかけて…
インデックスの紅き翼が、シルバークロースの灰色がかった装甲が、色褪せ艶消しになるような半透明の力場が流動状に揺蕩い蠢動し…!
上条「テメエがソイツ(駆動鎧)で何でも出来るって思ってんなら…!」
唸りを、叫びを、嘶きを、産声を、凱歌を、勝ち鬨を上げるかのように…!
上条「自分勝手な都合に誰も彼も巻き込もうってんなら…!!」
―――逆鱗に触れし竜王の顎が今、再び!!――
上条「ま ず は ― ― そ の ふ ざ け た 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! !」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!
――剥き出しの萼牙と共に天を衝く!!!!!!―――
~PSI-missing~
禁書目録「とうま…!」
竜王の顎(ドラゴンストライク)。上条当麻の有する右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)をも超えた、神にも悪魔にも拠らない莫大な力。
聖ジョージの竜退治の伝説に比肩し得る、常識の秤と人知の枠と神の理を、全てを超えし者の証。
ステイル=マグヌスをして『聖座を追われし地に投げ落とされた偽神(サタン)』、神裂火織をして『神浄討魔』と字されたその力が今…解き放たれて行く。
麦野沈利とインデックスを救うべくあの日目覚めた、その力が!
上条・SC「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」」
シルバークロースの七本腕の悪魔が上下左右前後から上条に襲い掛かる!
上条当麻の竜王の顎がシルバークロースへと振り上げられる!
科学の結晶とも言うべき人造の『異形の手』と、莫大な力を秘めた『異形の手』とが交差し――!!
ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
上条「ぐはっ…!!」
禁書目録「とうま――!!!!!!」
両者が交差した瞬間、上条の身体が袈裟懸けに鉄爪によって切り裂かれる!
上条「…っだ!」
致死量に迫る鮮血が迸る!身体が内側から爆ぜ、口の中いっぱいに血の逆滝が昇り行く!
上条「まっ…だだ!!」
しかし…すれ違い交差し、互いに背中合わせとなり前のめりになるその足を
上条「ま だ だ ! ! !」
踏め締めるアスファルト!靴の型がめり込まんばかりに踏みとどまり、上条は竜王の顎を振り回すようにバックハンドブローにてシルバークロースへ向き直り
SC「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
同時にシルバークロースも身を捩り振り向きざまに七本腕の悪魔を繰り出す!
両者の交差は再び『異形の手』によって交錯し――!!
ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!
SC「これで――!!」
再び噴き出す鮮血!二度目を制するもシルバークロース!が!!
SC「!!?」
それは上条の左腕…シルバークロースの返す刀を、己の左腕を刺し貫かせて盾とする…流血を代償とした、伸るか反るかの大博打!
上条「―――また、“アイツ”に怒られちまうな」
駆動鎧のプログラムには…『回避』と『防御』のプログラムにはない、肉を斬らせて骨を断つ…
『身一つ』で戦う『人間』にしか出来ない肉弾戦の果てに――!
上条「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
逃れ得ぬ三度目の拳…竜王の顎(ドラゴンストライク)が振り下ろされる――!!!
SC「………………ッッッッッッ――――――!!!!!!」
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!
轟音ともに、下ろされた決着の幕。
爆ぜた空気が、死に耐えた街並みに木霊する。
臨終の弔鐘のように回る、風車の彼方に広がる空まで轟くように――
~第十五学区・遊歩道~
御坂「はっ…はっ…はっ!」
御坂美琴は殺到する人波に逆らって泳ぐように駆けて行く。
その足取りは影すら置き去りにするかに見えた。
しかし火を呑む気持ちで走る御坂はそれすら遅々として感じられる。
御坂「(なによ!一体何がどうなってるって言うのよ!)」
御坂が学園都市中の監視カメラ、防衛システムをハッキングして目にした光景…
それは紅き翼に三振りの剣を以て金髪碧眼の少女を守る修道女…インデックスである。
さらに付け加えるならば、彼女らに対峙していたシルバークロースもそこに含まれる。
御坂「(あの駆動鎧…私の事が刻まれてた!!)」
シルバークロースの駆っていた駆動鎧に刻印されし『FIVE_Over.…Modelcase“RAILGUN”』の文字。
それは御坂にとっては二重の意味で忌まわしく呪わしい意味合いを持つ。
一つにはかつて敵対せしテレスティーナ・木原・ライフラインの駆動鎧。
もう一つは『絶対能力進化計画』に用いられしDNAマップ。
それを利用された気がした。今度は遺伝子情報ではなく、己が『超電磁砲』という能力を。
御坂「(どうしてあんな物が、アイツの所のシスターに向いてんのよ!!)」
勿論、御坂とて学園都市第三位のレベル5(超能力者)である。
能力開発や生み出された研究成果が学園都市の利益となるべく工学的に用いられる事も当然知っている。
しかし、それが『人殺しの道具』に反映されている事が許せなかった。
それは妹達(シスターズ)が計画の実験動物に利用させているとわかった時のような、真っ白な怒りだった。
御坂「(アイツは…アイツはこれの事を言ってたの!?)」
上条当麻。インデックスの保護者。その彼の背中を御坂は見失ってしまった。
いや、見失ったのではない。見送ってしまったのだ。
思わざるを得ない。考えざるを得ない。あの去り行く後ろ姿の首根っこを掴んででも引き留めるべきだったと。
御坂「(馬鹿…馬鹿…馬鹿馬鹿馬鹿!アイツのバカヤロー!!)」
しかし、御坂は気づいている。それが出来なかった自分に。
あの時取られなかった手を、今度は自分から伸ばせなかった。
御坂「(馬鹿…馬鹿…馬鹿馬鹿馬鹿!私が一番のバカヤローだ!!私は、私は誰に負けてるつもりなのよ!!)」
そして御坂は人垣を抜け人波を潜り人混みを越えて辿り着く、少女らの元へ――
~第十五学区・路上~
御坂「―――!!?」
そこで御坂が目にした物…そこはまさに『戦場』だった。
見紛う事のない『戦争』の疵痕も生々しく、爪痕も荒々しい『戦地』だった。
御坂「インデックス!!」
はぐれた幼子へ呼び掛ける母親のように声を張り上げる。
右へ左へ視線を張り巡らし、身体の向きを変えて目で追う。あの純白の法衣を――
御坂「イン…―――!!?」
その時…御坂の澄んだ眼差しが見開きの形で凍てついた。
初冬を迎えつつある景色が一足先に訪れたように。
御坂「嘘…でしょ」
御坂の眦が戦慄に彩られた。それは一枚の絵画のようだった。そこには…
上条「………………」
右腕から竜王の顎(ドラゴンストライク)を現出させた上条当麻の左腕に突き刺さる、禍々しい蜘蛛の手足のようなギミックと
SC「………………」
そのギミックを突き立てるシルバークロースの頭から半身を呑み込み喰らい尽くすかのようにして牙を立てる竜王と
禁書目録「――――――」
フレメア「あっ…あっ…!」
それを見守るかのように三振りの『豊穣神の剣』を揺蕩わせ、紅き翼を広げるインデックス。
その背に庇われ守護されているかのようなフレメア=セイヴェルンであった。
御坂「!!!!!!」
心臓が停まり、呼吸が止まり、血液が氷結し、衝撃に精神が剥離し乖離し別離の極地へ運ばれた気がした。
この止まってしまった時の中で、針を刻んでいるのが自分だけに御坂は思えた。
――しかし――
SC「がっ…」
ドサァッ!とシルバークロースが地に伏し身を沈めた。
そのアルマジロを連想させる駆動鎧から唯一覗かせた端正な顔立ちから…
彼を構成していた『醜悪な内面』『凄惨な過去』全てがゴッソリ抜け落ちたように…!
上条「ぐっ…!」
シルバークロースがもんどり打つように力尽きたその時…上条もまた動き出した。
その顔は腫れ上がり、御坂が見た事のないブルゾンは引き裂かれて鮮血滴り落ちる素肌まで剥き出しになっていた。
上条「インデックス…大丈夫か?」
その表情には苦悶と苦痛と苦悩とが織り交ぜられ綯い交ぜられていた。
血を流し過ぎて震える身体を意志と意思と意地だけ支えながら…上条はインデックスへと振り返り…そこで気がついた。
上条「よお…ビリビリ」
~第十五学区・路上~
結論から言って…勝利したのは上条当麻であった。
上条「(本当に…俺は“ツいて”たんだ)」
生身の攻撃、抜き身の拳だけならば上条は相手にすらならなかった。
生と死が交差し、勝利と敗北の交錯したその刹那、再び覚醒させた竜王の顎(ドラゴンストライク)が…
駆動鎧ごとシルバークロースを呑み込まなければ敗れていたのは上条だった。
上条「(これは、俺一人の力じゃやれなかった事なんだ)」
もしインデックスが覚醒していなければフレメアは敢え無くさらわれ命を落としていただろう。
もしインデックスが進化していなければ、シルバークロースの保有するコレクションや保持するファイブオーバーによって上条は蜂の巣にもならない肉塊と化していたであろう事に疑いはない。
上条「(最後の最後で…また助けられちまったな)」
御坂「ちょっとアンタ!なんなのよこれは!!」
上条「うおっ!?」
役目を終えた竜王の顎が幻想殺しへと回帰して行くのを感慨深そうに見やっていると…
そこには食ってかかるように、しかし紛れもなく身を案じる御坂の声が被せられた。
上条「(なんて言やいいんだ…本当の所、俺だって絶対なんて言い切れる確信があって飛び込んじまった訳じゃねえんだけどな…)」
麦野沈利とデートしていた。その中で街に起こった異変に気づき、インデックスの窮地に割って入った。
その背に守られていたフレメアを見て、考えるより先に身体が動いた。後先など微塵もよぎらなかった頭に上手い説明など浮かんでは来なかったのだ。
上条「(インデックスは見つかった。後は沈利だ…沈利もまたどっかでこんなの巻き込まれてるんじゃねえか…!?)」
御坂「ちょっと!黙ってないで何とか言いなさいよアンタ!」
上条「ちょっ、ちょっと待ってくれビリビリ!」
そこで上条は手を突き出した形で御坂を制止する。
これがもし何らかの陰謀や闘争ならば、説明する事によって御坂を巻き込む事を上条は是としなかった。
彼の腕は二本しかなく、そしてそれは決して長い訳などではないのだから。
上条「わかった…でもちょっと待ってくれ。その前に話をさせて欲しいんだ」
そう…今この場において、上条は半死半生の己の身より顧みるべきものがある。
それは…上条と、そして麦野にとっての『家族』に他ならない――
上条「――インデックス――」
~第十五学区・路上~
禁書目録「…とうま…」
血だらけの身体。傷だらけの顔。とうまはいつでもそうだった。
血に染めるのは自分の流した血だけ。それは誰かの返り血をもたらさずにねじ伏せて来た代償だと私は思うんだよ。
上条「大丈夫か!?どこにも怪我はないか!!?」
禁書目録「大丈夫じゃないのはとうまの方なんだよ!」
でもねとうま、そんなにボロボロの身体で私を気遣わないで欲しいかも。
今の私の姿を、そんないつもと変わらない目で見て欲しくないんだよ。
禁書目録「またそんなにボロボロになって…またしずりが悲しむんだよ!私も見てるだけで痛いんだよ!」
上条「…そっちの子、大丈夫か?」
フレメア「う、うん!大体、大丈夫だよ。どこも怪我してないよっ」
禁書目録「とうま!!」
助けに来てくれたのは本当に本当に嬉しかったんだよ?
でもね?それと同じくらい今私の胸は痛いんだよ?苦しいんだよ?
あのロボットと戦ってるとうまを見て、自分が戦うよりずっとずっと…怖かったんだよ?
上条「悪かった…インデックス」
禁書目録「もう!」
そんなフラフラの足で何を言ってるのかな?
本当は支えが必要なんだよ。よりかかれる人がとうまには必要かも。
でもそれは私には出来ないんだよ。とうまは私の前で絶対弱い自分を出さないから。
上条「もう一つ…謝んなきゃいけない事があるんだ」
禁書目録「…私はシスターだからね。懺悔なら聞くんだよ」
上条「沈利と俺から…お前にプレゼントがあったんだけど…この騒ぎで放り出して、どっか行っちまった」
禁書目録「やっぱり許せないかも!!」
上条「すまん…後で沈利にも殴られてくる。買ったばっかの服もオシャカになっちまった…」
しずりはすごいよ。私は、こんな時真面目に怒ったフリしてないと泣いちゃいそうなんだよ。
短髪だってべそかきそうなのバレバレかも。ほら、ふれめあもまじまじ見てるかも。
しずりみたいに、呆れたポーズやクールにはまだ振る舞えないんだよ。
禁書目録「本当にとうまは!」
せっかく二人っきりにさせてあげたのに、私の事考えてたら意味ないんだよ!
それに…ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ嬉しかったりは…するんだよ?
禁書目録「――罰として、今度は三人で行くんだよ!!」
だから――今回は許してあげるんだよ――
~第十五学区・路上~
サアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…
御坂「…アンタ…」
その言葉と共に、インデックスの背負っていた紅き翼が風に散り行く花片のように散って行く。
それは宙を舞う紅き薔薇が空気に溶け込み消え行くような…静謐ながら劇的な消失。
御坂「(…翼…)」
麦野沈利が星空の下目覚めさせた『光の翼』とその光景が重なって見える。
翼…それは人ならざる天使か、空を往く鳥のみが背負える聖なる十字架。
御坂とて似たような事は出来る。しかし――それは渡り鳥を見送るより遠く感じられた。
御坂「(…そうやってアンタらは、私の手の届かない所に行くんでしょうね)」
麦野、インデックス、御坂…皆形は異なれど上条に救われた。
そして麦野は『恋人』に、インデックスは『家族』に…御坂だけが未だ寄る辺を持たなかった。持てずにいた。
御坂「(私達は、どこで道が分かれたのかしらね…)」
麦野が上条に出会ったからか、インデックスが上条達に救われたからか。
それとも…あの暑い夏の日、海原光貴の目を欺くための偽装デートを…
上条『悪い御坂…俺、麦野と付き合ってんだ』
上条が受けたなら、また何か変わっていたのだろうか?
『御坂美琴の世界』は守られていたのだろうか?
『後方のアックア』襲来を、『ベツレヘムの星』墜落を、上条が――
上条「サンキュな、インデックス」
そう言いながら上条はインデックスの頭を『左手』で撫でていた。
『歩く教会』を破壊せぬために、それが御坂には象徴的に思えてならない。
御坂「(満席、指定席、予約席ね)」
上条の『右手』は名も無き人々から多くの者達の助けになる。
上条の『左手』はインデックスに対して差し伸べられる。
上条の『背中』は麦野沈利がいる。それは背中合わせに共に戦う決意そのものだ。
御坂「(嗚呼…なんかスッキリしたわ)」
まるで三人用のゲームに混ぜてもらえなかった子のようだと御坂は微苦笑する。
問題は相手がいじめっ子でなく、御坂を『友達』として見てくれている事だった。
御坂「(友達になんかなれなくっても…私は)」
御坂「(私はアンタの)」
御坂「(私はアンタの――“特別”になりたかったんだ――)」
その時だった。
ビュオンッ!
御坂「!!?」
空気を切り裂き、大気を震わせ、何かが迫り来る予感が戦慄となって御坂は顔を上げた。
上条「!!!」
そこには既に――御坂が感じ取った『予感』より早く『予兆』に突き動かされていた上条が動き出していた。
フレメア「―――!?!?」
その先にはフレメア=セイヴェルン…今回の騒動の中心とも言うべき金髪碧眼の少女に向かって――
黒夜「チェックメイトだ」
向かいのビルの屋上から、シルバークロース沈黙の報を受けて駆け付けて来た『暗部』…
黒夜海鳥の窒素爆槍(ボンバーランス)が投擲され――
上条「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
そこへ…飛び込んだ上条が、フレメアを突き飛ばしたのと同時だった。
ブシュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!
禁書目録「とうまー!!!!!!」
もし、上条当麻が戦闘終了と思わず竜王の顎(ドラゴンストライク)を解除しなければ黒夜の魔槍は届きはしなかっただろう。
もし、インデックスが戦闘終了と思わず紅き翼を解除しなければ黒夜の魔手は捉えはしなかっただろう。
もし、御坂美琴が手を伸ばせなかった悔悟の念をもっと雑に、もっと軽く、もっと楽に扱えたなら黒夜の凶行に気づけたのかも知れない。
もし、麦野沈利がフレンダ救出より黒夜抹殺を優先していたなら黒夜の打った凶手は放たれずして終えていただろう。
フレメア「ふああああああ!!!!!!」
だが、そんなもし(if)は起こり得なかった。
上条は少女達の幻想(希望)を守れはしても、己の身に降りかかる現実(不幸)を振り払う事が出来なかった。
御坂「あ…あああ…ああああああ!!!」
御坂美琴の可憐な美貌に飛び散り降り懸かる鮮血…その主の名は――
上条「――――――」
上条、当麻
御坂「うわあああああああああああああああああァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
背中より穿ち抜かれた窒素爆槍に、血の海へと沈んだ偽善使い(かみじょうとうま)を前に御坂は魂の底から叫んだ。
かつて、上条が麦野を救った時のような、血を振り絞るような慟哭が―――
麦野「―――当麻…?―――」
遠く離れた、麦野沈利と繋がる空まで響き渡った。
~回想・水底に揺蕩う夢~
上条『風邪引くぞ、そんな格好のまま出たら』
麦野『その時はお粥作ってよ。上乗せはシャケフレークがいいな』
修道女(インデックス)が押し掛け女房のように転がり込んで来て、私が通い妻のように足繁く当麻の部屋に行き来するようになったのはいつからだろうか。
今、私は当麻のワイシャツを羽織っただけのだらしない格好のままベランダで朝の光を浴びている。
真夏の夜明けに注ぐ陽射しは目に痛いほど眩くて、私を時々ひどく憂鬱にさせる。
上条『梅干しじゃねえのか?』
麦野『酸っぱい物が食べたい…なんて言ったらどうする?』
上条『ぶほっ!?』
麦野『馬鹿』
それはかつて所属していた『暗部』の名残、その残滓のようなものだ。
闇眩ましの水底に息を潜める異形の深海魚にとって、『光』は救いに成り得ない。
『光』を求めて浅瀬を目指す同類達がその海の深さに力尽きて行く所も、例え深海から抜け出せて変化する内圧に耐えきれず自壊して行くのも見てきた。いや…
麦野『(馬鹿はテメエだろ麦野沈利。テメエに子供を産んで育てる人の親になる資格があるとか思ってんのか?)』
私は縊り殺して来た。躊躇も逡巡も憐憫もなく、出来うる限り惨たらしく。
どれだけ残酷に、残忍に、残虐に命を刈り取れるかを己に課していた気さえする。
私は、深海の中にあって鮫として生まれて来たのだから。
上条『脅かすなよ…そろそろインデックス起きてくるぞ。ちゃんと服着ろって』
麦野『脱がせて』
上条『い゛っ!?』
麦野『脱がせてよ。あんたの手で』
それを時折夢に見、魘される夜もある。そうして目覚めた日、私はひどく乱れる。
自分のものとは思えないほど淫らな女の声を、私は他人事のようにどこか遠くで聞いているもう一人の自分をそこに見る。
そしていつしか、指が何本入ったかわからなくなる頃にはそれすら消えている。
麦野『脱がせて、着せて、また脱がせて』
そうしていないと息詰まりそうになる。この取り戻した平穏の中で息継ぎが出来なくなる。
上条当麻の側で生きるという事。闘争の中にあって牙を研ぎ、平穏の中にあって翼を休めるという事。
麦野『それから、抱いて?』
暗部にいた頃が懐かしく思えるほど、タフでハードで優しい日々。
そんな日常(上条当麻)を、私は愛していた。
~とある病院・冥土帰しの診察室~
麦野「…悪いわね。いつもいつも。今日はフレンダまで診てもらっちゃって」
冥土帰し「全くだ。君達ほど医者泣かせな“お得意様”は他にいないからね?願わくば、そういう人達を少しでも減らす事が出来たらば僕はそれに越した事はないんだ」
麦野「それじゃあ商売上がったりでしょうに。でも同感ね。いい加減ここの病院食の献立のルーチンがわかるようになって来た」
冥土帰し「君くらいのものだよ?ウチの病院食のシャケに文句をつけたのは」
麦野「あんな塩分抜けたシャケなんてシャケじゃない」
冥土帰し「なにせ、ここは病院だからね?塩分は控え目だ」
麦野「ならアドバイス。あの金髪はサバ缶隠し持ってるから目を覚ましたら没収した方がいいわ」
一方…麦野沈利はフレンダの手術を終えた冥土帰しの診察室にいた。術後の経過をより正確に把握するためである。
そして話が一段落した二人の手には缶コーヒーが握られている。
それは、初めて上条が麦野絡みで運ばれて来た時に自販機で買った銘柄とは異なって…
それを一口含むなり…麦野は優美な眉をしかめて唇を尖らせた。
麦野「苦い」
冥土帰し「僕の患者がこれを気に入っていてね?試しに飲んでみたがなかなかどうして悪くない」
麦野「――人生みたいに?」
冥土帰し「君の舌が、それに追い付いた時にわかるんじゃないかな?」
上条が事件に巻き込まれる度に担ぎ込んで来る麦野と冥土帰しはいつしか言葉を交わしたり話し込んだりする機会が増えていった。
初めて上条が生死の境を彷徨っていた時、今にも崩れ落ちそうな麦野に水を向けて一息入れさせて以来の縁でもある。
麦野「どうかにゃーん?私、コーヒーより紅茶党なのよね」
冥土帰し「ふむ?」
麦野「何でかわかる?」
冥土帰し「はて?」
麦野「当麻なのさ」
両手で缶コーヒーを包み込み、立ち上る柔らかな湯気を見やりながら麦野は語る。
そんな穏やかな様子を見せるのは、冥土帰しが幾度も上条の命を繋いだ、その信頼故なのかも知れない。
麦野「アイツが最初にここにブチ込まれた時、お見舞い代わりに紅茶持って来たの。そしたらアイツね?“こんな美味しい紅茶飲んだ事ない”って…言ってくれたんだ」
冥土帰し「………………」
麦野「それからかな。もっと勉強して、上手く淹れられるようになりたいなって…」
麦野は乱れない。揺るがない。少なくとも今がその時でないと知っている。
そこに冥土帰しが声を掛けた時のような危うさはそこにはない。
冥土帰し「ふむ?今度彼が訪れたら言うべきかな?“君の彼女にノロケられて仕事にならない”とね?」
麦野「やめて。あいつすぐ調子に乗るから」
そう語る麦野の表情は笑みすら浮かんでいた。彼女は人前でノロケる事は意外に少ないのだ。
上条の立てたフラグをへし折るために人前でわざとイチャつく場合を除いては。
麦野「あいつも奥手で初心だった頃が懐かしいわ。今じゃすっかり可愛げがなくなっちゃって…」
冥土帰し「ほう?」
麦野「その代わり、頼もしくなったよ。危なっかしいのは毎度の事だけど」
冥土帰し「うん。彼を見ていると僕の若い頃にそっくりだ…もっとも、僕の方がぶいぶい言わせていたものだがね?」
麦野「出来ないわよ。先生の若い頃想像すんのが」
冥土帰し「うん?自分で言うのもなんだがモテた口だよ」
麦野「どうせナースでしょ」
冥土帰し「まさか。患者だよ?退院後にラブレターをもらった事もある」
麦野「職権乱用ー」
冥土帰し「もちろん辞退したさ。仁術の範に悖るからね?」
フレンダが一命を取り留めた事により一息ついた事も関係しているのだろう。
そこには、飾り立てるでもなく気負うでもない年相応の麦野の姿があった。
麦野「どうだかね…じゃっ、行くわ。話も済んだ事だし、いつまでも先生の相手もしてらんないしね」
冥土帰し「ずいぶんな言いようだね?」
麦野「墓場まで持ってくもんなんだよ。性格(キャラクター)ってのは…コーヒーありがとう、先生」
冥土帰し「うん。君も気をつけなさい」
これは心の整理と、思考の区切りと、感情の切り替えのための儀式。
冥土帰しもそれはわかっている。彼は医者であり、多くの血と涙と悲劇と地獄と闇を知っている。
だからこそヒラヒラと手を振りながら診察室を後にした麦野を、冥土帰しは静かに見送った。
冥土帰し「ふむ?孫を持つおじいちゃんの気持ちというのは、こういう物なのかな?」
しかし…その静寂は今ひとたび破られる事となる。
プルルルルルルルル…ガチャッ
冥土帰し「…急患かい?」
一本の電話と共に
~回想・水底に揺蕩う夢Ⅱ~
――『テメエはブッ壊す事しか知らねえライオンだ。それも檻ごと食い破るイカレ具合のな』――
そう私を評したブチコロシかくていモノの失礼な野郎は誰だったか、なんて何故こんな時に思い出すんだろう。
上条『…沈利、重(ry』
バチーン!
麦野『その歳でもう生きるのに飽きたのかにゃーん?』
上条『ずびばぜん゛でじだ…』
麦野『腰が立たなくっても手は上げられんだよ』
未だ抜けきらない火照りと気怠さと、否定出来ない満足感の残滓を引きずりながら、私は下から見上げて来る当麻をひっぱたいた。
女に向かって重いとはなんだ重いとは。本当にデリカシーに欠ける男だ。×××喰い千切るぞ。
上条『メチャクチャ痛え…奥歯持ってかれるかと思った』
麦野『良かったな私が弱ってて。本調子なら首ごと持っていけたのにね』
上条『上条さんの首にスペアはございませんの事ですよ!』
絡まるシーツが汗ばんだ肌に張り付く。私自身もまだ少し息が乱れてる。
私にこんな追い込みかけたのは今だらしなくベッドと私の間に挟まれたコイツだ。
事あるごとに『不幸だ』を連呼する幸薄いこの男だ。
何が不幸だこの野郎。こんなイイ女抱けてまだ不幸とのたまうか。
麦野『サロメじゃあるまいし、男の生首持って踊る趣味はないわよ。これ以上あんたの身体に傷増やしたくないし』
上条『そう思うんならもう少し優しくしてくんねえかなあ…』
麦野『してるじゃない。こんなに』
私がつけた爪痕、私以外の人間がつけた傷痕。
お風呂に入って赤らむくらい温まると浮かび上がって来る、当麻の身体に走る白い疵痕。
これが、誰かを殺さずねじ伏せて来た代償かと思うと愛おしさと泣きたい気持ちで私の胸はいっぱいになる。
その代償がいつか、一つきりしかない命を上乗せされてしまいそうで。
麦野『私がこんな事するのは、あんたが初めての男』
上条『…だったよな』
麦野『でもって、あんたの最後の女は私だ』
上条『ああ』
麦野『前に言ったわね…“私と出会った事、いつか後悔させてやる”って』
その時を私は恐れている。怖れている。懼れている。畏れている。
自分の命なんて惜しくない。自分の死なんて怖くない。
私が恐れているのは、今この私の身体を受け止める当麻が永遠に消えてしまう事。ただそれだけだ。
麦野『後悔、した事ない?』
上条『ねえよ。何を後悔するってんだ?』
麦野『私より強い子、私より綺麗な子、私より女の子らしい子、あんたの周りはそんなんばっかりだ。彼女って立場じゃなきゃ気が気じゃないんだ。思った事ない?他の女と付き合ってたらどうだったんだろうって…そういう後悔』
上条『関係ねえっつの!』
麦野『私の立場にもなってみろ。私の周りにわんさと男が群がってたら、あんたどうする?』
上条『そりゃあ………すんだろ』ブツブツ
麦野『えー?えー?なにー?なにー?聞こえなーい』
上条『イライラするに…決まってんだろ!』
うわっぷ。上下入れ替えられた。今度は私が下か?
おいおい、そんなマジな顔で見下ろさないで欲しいにゃーん?
嗚呼…本当に馬鹿だなあコイツ。肝心な所で冗談が通じない。
でも誰かが言ってたなあ…男なんてちょっと馬鹿なくらいが一番可愛いって。
麦野『…そんなに、私が好き?』
上条『好きだよ…好きに決まってんだろ』
麦野『私より綺麗で、優しくて、あんたの言う事ハイハイ聞く子がいても?』
上条『それでも、俺が好きなのは沈利だ。これはずっと変わんねえ』
麦野『私が、シワクチャのババアになっても?』
上条『なってもだよ。つか、やけにしつこく引っ張るよな』
麦野『だからテメエは女心がわかってねえんだよ。当麻』
抜け落ちて行く体温が名残惜しくて、それを繋ぎ止める言葉が聞きたくって。
男からすりゃウンザリするだろうがめんどくさかろうが、欲しい物は欲しい。
気持ち良いだけで満足するほど、私の中の女は貞淑なんかじゃない。
麦野『――言ってよ。私が一番欲しい言葉』
誰かが言っていた。私を頭のイカレた人喰いライオンだって。ムカつくけど、それは事実だ。
そして誰かが言う。今の私は飼い慣らされた猫のようだと。ムカつくけど、それもまた事実だ。
上条『――俺が選んだのは、お前だ。沈利――』
檻に入れられたライオンを見て哀れんだ事がある。狩りも出来ず、誇りを失った生き方だと。
けれど今はこうも思う。ライオンはその檻によって守られてもいるのだ。
正解はない。答え合わせはない。出題者の意に沿うような解答を、私は持ち合わせちゃいない。
麦野『――私もだよ、当麻――』
私にとって、あんたは窮屈な生き方を強いる檻なんかじゃない。
あんたは今の私の世界そのものだ。狂い死ぬまで暴れ続けるはずだった私の救いだ。
そんな私は、よくインデックスと自分を比較してみる。
インデックスを『白』で『光』で『善』に置き換えるならば、私の本質は『黒』で『闇』で『悪』だ。
当麻なら言うだろう。そんな色分けにまだ拘ってるのかって怒るに違いない。でもね、違うんだ。
私はもう善悪の彼岸だってどうでも良いんだ。関係ないんだ。
闇の深奥で手にして来た力を、私はあんたのする事の手助けに使いたい。
狭い了見だろうが、偏った思考だろうが、病んだ物思いだろうが、なんだろうが。
世界中の全ての人間があんたのする事を『偽善』と断じても…
私は誇る。あんたの選んだ道を。あんたと共に往くこの道を。
私は御坂美琴のように王道を行く人間じゃない。
私はインデックスのように正道を行く人間じゃない。
私は外道を、裏道を、血道を、獣道を行く人間だ。
人を殺した人間の世界は広がらない。どんな名目があろうが題目を唱えようが、人を殺した人間の世界は閉じて行く。必ず。
私だってそうだ。いつか罰が下される。いつか裁きが訪れる。
でもそれは私がやった事だ。私だけが仕出かした事だ。
それに当麻達を巻き込まないで欲しい。私はずっとそう思ってた。なのに
禁書目録「とうま!とうま!!」
今私の前で担ぎ込まれて来た担架
フレメア「助けて!お医者さん!ツンツンのお兄ちゃんを助けてあげて!」
その上で血に塗れ、ストレッチャーの上で苦しげに呻く事も出来ないほどの重体。
御坂「しっかりしなさいよ!アンタ寝てる場合じゃないでしょ!!」
点灯する緊急搬送専用の手術室のライト。
冥土帰し「君達、下がっていてくれないかい?ここから先は僕の戦場だよ?」
フレンダの一命を取り留めたばかりの医者が再び走る。
上条「――――――」
上条当麻。私の初めての男。私が最後の女になるはずの男を救うために
麦野「――――――」
空いた風穴、夥しい出血、その傷口、その手口、そのやり口
麦野「テメエ(新入生)か」
地下立体駐車場で対峙した『優れた闇』、フレンダが負わされた傷と同じ。
私が仕留めず、土俵にすらあげなかった格下(新入生)
麦野「新入生(テメエら)か」
この時、私のをよぎった殺意の矛先は、あんなイルカ女じゃない。
麦野「……!!」
それを喰い逃した――私自身だった。
~回想・八月九日Ⅱ~
麦野『リーダーは絹旗、アンタだよ』
絹旗『――私ですか?』
麦野『そう』
麦野の引退がいよいよ誰にも覆す事の出来ない事実だとようやく沸騰して来た頭が冷えて来た頃…
一足先に別れを告げたフレンダ、別れを終えた滝壺さんを見送って…
未だに別れを超惜しんでた私に、麦野は言いました。
絹旗『待って下さい麦野!!私、メンバーの中で超年下ですよ!?』
麦野『それがどうした。私だって言いたかないけど年長だからってリーダー張ってた訳じゃない』
絹旗『滝壺さんやフレンダが超いるじゃないですか!何故、どうして、私なんですか…』
麦野『私の後を継げるのが、アンタしかいないからさ』
麦野はシャケ弁もないまま手持ち無沙汰な指先でテーブルをトントン叩いてました。
綺麗に整えられた指先。同じ女でもつい目で追ってしまう仕草。
そこに被さる麦野の声。淡々としていて、温度や感情のこもらない、仕事の時の声。
それだけならいつもと超何も変わらないのに…これが最後だなんて思えないのに。
麦野『滝壺はあんたほど冷静に…いや、冷徹に、冷酷になりきれない。フレンダは言うまでもなく詰めが甘いしムラがある。アンタが一番穴が少ないからね』
絹旗『…知りませんでしたよ。麦野がそんなに風に私を超見ててくれただなんて』
麦野『仮にもリーダーだったからね。私も色々考えなくちゃいけなかった』
絹旗『例え、超消去法で選ばれたとしても超嬉しいですよ。一番嬉しいのは、麦野がずっと私達のリーダーで居てくれる事だったんですけどね』
麦野『………………』
チクリとした棘を言葉尻に含ませます。けれど麦野は超気にした様子もありません。
何ですか。どうしてそんな大事な事をさっき言わないんですか。
本当なら、私達にはもう引退する麦野の、これが最後の命令だとしても従わなくちゃ行けない義理なんてどこにもないんですよ?本当なら。でも
絹旗『でも…ちょっとだけ、ちょっとだけ嬉しかったですよ。麦野』
麦野『何が』
絹旗『麦野、今私達を…超人間として見てくれたじゃないですか』
麦野『そんなんじゃない。アンタらが生き残るにはそれが一番高い確率だって思っただけ。それだけの話』
そう言って麦野は頬杖をついて外を見てます。
その物憂げな横顔。私は後何年すればこういう仕草が超似合うようになるんですかね。
絹旗『――麦野、本当に変わっちゃったんですね。今まで私達、麦野の超駒だったじゃないですか。上層部の都合でいつでも切り捨てられる、使い捨ての捨て駒。寄せ集めの道具(アイテム)だったじゃないですか』
麦野『そうね。だから何?』
絹旗『でも、言ってくれたじゃないですか今。私達が生き残るには…って。言いましたよ。超言いましたよね?』
麦野『…忘れてちょうだい。口が滑った』
絹旗『忘れませんよ。本当に麦野が私達を駒扱いするだけなら、こんな話出て来ませんよね?』
そう、元を辿れば私だって滝壺さんだって超実験動物です。計画の被検体です。
聞いた事ないけど、フレンダだって麦野だってこの闇に堕ちて来るだけの何かがあった。
きっと、プロジェクト破綻の切っ掛けになった『奴』もどこかの闇でその牙を研いでる。
絹旗『…本当に、本当に超残念ですよ…』
麦野『………………』
絹旗『変わり始めた麦野と、これからのアイテムを始めていけなかった事が』
麦野『………………』
絹旗『麦野を超変えたのが…あのバフンウニだって事が』
麦野『………………』
絹旗『私はっ…!』
その時でした。
スッ…
絹旗『あっ…』
麦野『……絹旗』
麦野の手が伸びて来て、私の頬に触れたのが。
麦野『アイテムを、頼んだよ』
絹旗『―――!!!』
そこで私は泣き崩れました。もう重ねて来た我慢が超吹き飛んで。
後から後から流れて来る意味がわからなくて。
声を上げて泣いた事なんて、あの『暗闇の五月計画』ですらなかったのに。
私にそうさせた麦野を、こんなにもこんなにも変えてしまったあの男に超嫉妬しました。心の底から。
もう麦野は居なくなる。私達を率いてなどくれなくなる。
その手は、あの世界で二番目に気に入らない男と結ばれている。
私達がどんなに望んでも手に入らない世界に、麦野は行ってしまう。
けれどそこは平々凡々と暮らしていけるだけの甘く優しい光じゃない事もわかってる。
私が見たあの光の柱。あんなものが飛び交う世界に麦野は行ってしまう。
麦野が別れを告げに来たのは、まるでこの遺言のような言葉を届けに来たようで。
だから私は超思うんです。
バフンウニ(上条当麻)
誓って下さい。私達の麦野を
今の私みたいに、超泣かせるなって
私は――
~とある病院~
絹旗「(超嘘吐き)」
絹旗最愛は冥土帰しの病院の一室にいた。壁に背をもたせかけ、腕組みをしながら天井を仰いで。
フレメア「フレンダお姉ちゃん…」
その近くには未だ麻酔が聞いており静謐な寝顔で横たわるフレンダ=セイヴェルンの寝顔。
それを覗き込むようにしているのは妹、フレメア=セイヴェルンである。
滝壺「大丈夫だよふれめあ。もう峠は越したよ。カエルのお医者さんと、ふれめあの応援のおかげだね」
そんなフレメアの肩に手を置き共に寝顔を見やるは滝壺理后である。
かつて『体晶』の後遺症と中毒症治療のために通院しており、全快となり『八人目のレベル5』となった今では懐かしささえ覚えていた。
浜面「(問題は山積みだ…フレンダに続いてアイツまで運び込まれちまうだなんて…クソッ)」
そして病室の入口付近でパイプ椅子に腰掛けるは浜面仕上である。
上条当麻と拳を合わせたのも今は昔。彼もまたフレメアから全ての事のあらましを聞き及んでいた。
彼女が駒場利徳の置き土産にして忘れ形見であるという事も。
絹旗「――敵は現学園都市暗部」
全員「「「「!」」」」
そこで絹旗は瞳を閉じながら言うともなしに言葉を紡ぐ。
どこか独語めいたその語り口は、仕事に取り掛かる時の麦野沈利を思わせた。
絹旗「フレンダとあのバフンウニを超やりやがったのは、多分“黒夜海鳥”…私と同じ暗闇の五月計画の被検体です。中心はそいつですね」
浜面「なっ…」
絹旗「傷口からの超推理です。後はフレメアちゃんから聞いたその女の特徴…確か槍みたいなものであのバフンウニをやったんですよね?」
フレメア「うん…大体、間違いないよ」
絹旗「当たりですね。多分カーテンコールは超当分先の話ですよ。あのクソ野郎がこんなもので済ませるほど甘い奴ならプロジェクトは破綻しちゃいません」
浜面「ちょっ、ちょっと待てよ絹旗!そいつがお前の知り合いだとしよう。な?って事は今の話の流れからすると」
絹旗「超狙われます。恐らく今夜中にも、この病院ごと吹き飛ばしに」
浜面「――…マジかよ」
絹旗にも察しはついている。このフレメアは敵勢力が送り届けた毒饅頭だ。
『素養格付』を持つ浜面、アイテムであるフレンダ、既にフレンダを救うべく足を踏み入れてしまった麦野。
彼等のラインが確定されてしまえば『新入生』達は『卒業生』を縊り殺しに来る。
浜面「――チクショウ――」
浜面の呟きには万感の意味合いが込められている。
ようやく手にした平和が、駒場利徳の忘れ形見が、自分達の安穏な日々が再び闘争の中へ没入されると言う事。
――それら全てを守り抜くための、覚悟という弾丸を填め直すという事。
絹旗「腹を超括って下さい」
つとめて装う平静。自分はリーダーだ。最年少ながらも、不甲斐なくも、歯噛みしながらも自分はアイテムのリーダーだ。
麦野沈利に託された、浜面・滝壺・フレンダ・自分からなる『新生アイテム』だ。
絹旗「(フレンダ。詳しい事情は知りませんが、やっと家族に会えたんです。超死んでも生きて下さい)」
家族。
絹旗最愛(チャイルドエラー)にとってそれは、既に遡れない記憶。
自分がどんな子供であったか、両親がどんな顔や名前をしていたか、絹旗の深奥に在って芽吹かぬまま枯死した種の名前。
背景はどうあれ、セイヴェルン姉妹は確かに血の繋がりがある『家族』なのだ。
上条・麦野・インデックス達もまた血の繋がりがなくとも『家族』なのだ。
人の繋がり、口にするのも憚られる『絆』などという手垢のついた言葉にあって『血』は決定的な決め手とはならない。
絹旗「(…家族、か…超柄でもない事考えてますね。私の超大好きなC級映画以下の筋書きです)」
絹旗の知る限り、この世で上条当麻以上に気に入らない男にもまた『家族』がいる。
幼年期を、人間性を、己の名前すらも捨てた男が最後まで捨て切れなかった『家族』。
そんな『家族』という枠組みから切り捨てられ踏み入れた闇に堕ちた過去。
眩くなどない。羨ましくなどない。欲しくなどない。
忌み、嫌い、厭い、憎み、嘲り、罵りすら浮かんで来る『家族』というキーワード。
滝壺「(大丈夫。私はそんな優しいきぬはたを応援してる)」
絹旗は気づいているだろうか?浜面仕上をして『知り合いに依存するタイプ』という評を。
闇が終わった後もアイテムを率い、また属している己の心の在処を。
今も、その夢見るような眼差しに暖かな光を宿す滝壺の瞳を。
彼女がその朧気な答えを手にするのは、もう少し先である――
~とある病院・集中治療室~
禁書目録「………………」
麦野「………………」
術後、インデックスと麦野沈利は集中治療室に移された上条当麻を硝子越しに見守っていた。
二人の眼差しに映るは、未だ現世にその生が繋ぎ止められている事を指し示す波形。
取り付けられた酸素マスクの内側に浮かんでは消え行く白露。
それを除けば微動だにしないその寝姿は、いっそこの眠りから覚めないのではないかと言う不吉な考えさえ浮かんで来る。
禁書目録「とうま、まだ戦ってるんだよ」
麦野「そうね――アイツはまだ、闘ってる」
その二人の姿があって…御坂美琴の姿はそこにない。
インデックスはその縁取られた長い睫毛を伏せ、硝子越しの上条に触れるように指を滑らせた。
禁書目録「(――とうま、早く目を覚まして欲しいんだよ。短髪が大変なんだよ)」
手術の間、御坂美琴はずっとその扉の前でへたり込んでいた。
その青ざめた横顔から、感情すら抜け落ちたかのような虚を覗かせて。
『友達』としてそれなりの時間を共有して来たインデックスをして洞穴のような眼差しだった。あの時のように。
禁書目録「短髪が…」
麦野「?」
禁書目録「短髪があんな顔したの、本当に久しぶりかも」
麦野「(…“絶対能力進化計画”…か)」
二万体の妹達(シスターズ)を殺害することによって一方通行をレベル6(絶対能力者)へと押し上げる狂気の計画。
それが御坂に露見したのは奇しくも麦野がアイテムを引退したその前後。
その数日後、研究所にて麦野という核を欠いたままのアイテムと御坂が会敵したのはまさに運命の為せる皮肉な悪戯であろう。
そこで麦野は一度目を伏せ、その形良く瑞々しい唇を開いた。
麦野「インデックス――」
禁書目録「うん」
その一方通行を下したのは上条当麻だった。計画を凍結させ、御坂とその妹達を救ったのは上条当麻だった。
恐らくは、御坂の中に思いが芽生えたのはその時だ。
麦野が、インデックスが、上条に救われたように。
しかし三人の女達の道は分かれた。御坂はジュリエット(麦野)にもロザライン(禁書目録)にもなれなかった。
麦野「――話して。当麻の身に何があったかのか。御坂の身に何が起きたのか」
禁書目録「うん――」
御坂は――
~数時間前・第十五学区~
禁書目録『とうまー!!!』
御坂の慟哭、上条の昏倒を目の当たりにしたインデックスが駆け寄る。
シルバークロースで完膚無きまでに打ち据えられた肉体は既に限界に達していた。
そこへ放たれた不可視の魔槍は文字通りブリューナクも同然だった。
禁書目録『とうま!とうま目を開けるんだよ!!とうま返事してとうま!!とうま!!』
上条の背中には紛れもなく風穴が開いていた。先程までの鮮やかな赤ではなく、どこかくすんで濁ったような黒い血。
その前のめりに膝から折れた倒れ方は見る人間から見れば二度と立ち上がれない、そう言う倒れ方であった。
フレメア『ツンツンのお兄ちゃん!ツンツンのお兄ちゃん!!嫌だあ!死んじゃ嫌だよお!!』
その惨状に対しフレメア=セイヴェルンが火が点いたように泣き出す。
彼女は上条当麻という少年を知らない。だがその血染めの身体、血塗れの肉体、血溜まりの肢体を目の当たりにし…
何処へと姿を消し、またその末路を予感させるに足る駒場利徳をフラッシュバックさせてしまったのかも知れない。
御坂『うあっ…あああ…ああ』
さながら磔刑に処された救世主に縋る信徒のように御坂美琴は狼狽していた。
内臓は?血管は?神経は?そもそも目に見えぬ命が未だ現世に繋がれているのかすら恐慌状態の御坂にはわからない。が
黒夜『ダーツは嫌いじゃないんだが、この手はバーストだったかにゃーん?』
禁書目録『イルカ!』
その声の主は一塊になった四人を見下ろすように向かいのビルディングから顔を覗かせ身を乗り出していた。
さながら獲物に撃ち込んだ矢の在処を確かめるように黒夜海鳥はそこに佇んでいたのだ。
黒夜『へえ…第三位のオマケ付きか。第四位といい男の趣味は今一つだね』
クックックと喉を鳴らし吊り上げた唇を頬ごと歪めるような笑み。
値踏みするような視線には紛れもない嘲弄と、ある種の確信に満ちたゆとりすら感じられた。
御坂『アンタが…アンタがアイツを!!』
御坂の泣き濡れた瞳に宿した赫亦が瞋恚の炎となって黒夜を睨み付ける。
だが黒夜はそんな御坂の逆鱗に触れながらも至って揺らぎを見せない。
背に負ったイルカのビニール人形を愛でる余裕さえも感じられる。
黒夜『おっと。熱くなるのは構わないけど…そうこうしてる内にくたばるんじゃないか?そっちの男』
御坂『……!!』
黒夜『わかるよな?第三位までいる状況じゃ私が勝てる見込みはそう高くない。どう自分に甘く採点したってな。けどそいつがくたばるまで粘るくらいは出来るぞ』
その弱みに付け入るような、足元を見るような物言いに眉間に寄った皺がより強く刻まれる。
この時点で両者の思惑はベクトルこそ異なれど合致していた。
御坂『ふざけんじゃないわよアンタ!!』
黒夜『ほんの親切心からくる忠告さ。聞かないでくれる方が私は楽しめるんだけど?』
御坂は上条達を救い出したい。黒夜は上条達を『嵌めたい』のだ。
ババ抜きの要領でフレメアというジョーカーを相手に押し付けるために。
ここでフレメアを泳がせればより価値のある大魚を釣り上げる事が出来るのだ。
黒夜『いいのかい?私はこの後アンタらとマズい店のイチ押しでもやりながらガールズトークに花咲かせたって構わないんだ。けどこうして話してる間にもう何分経ったかにゃーん?』
禁書目録『ううっ』
黒夜『戦うか救うか。長くない腕はどっちを選ぶつもり?』
フレメアと御坂ではラインは繋がらない。最低でも『外側の法則』を使うインデックスを『学園都市第四位』麦野沈利と接触させる撒き餌になってもらう。
『素養格付』を持つ浜面仕上と『学園都市第一位』一方通行に比べれば見劣りするが…
数々の駆動鎧に加えファイブオーバーまで単騎で殲滅するほどの戦力は、十二分に学園都市にとっては脅威なのだから。
禁書目録『顔、しっかり“覚え”たんだよ』
黒夜『私も覚えたよ。可愛い顔してコワーいシスターをさ』
インデックスもまた黒夜が一計を案じている事を感じている。
しかしこれ以上是非の問答を行っている時間はない。
だからこそ…御坂は肩で上条を担ぐようにして背を向け
御坂『忘れるな。私もアンタを忘れない』
そしてインデックス達は瀕死の上条を担いでその場を後にした。
黒夜は思う。枝は繋がった。後は切り落とすのみだと。
見送るその背を撃つ事を一瞬脳裏を掠めたが…黒夜はそれをせずに待機していた部下達にシルバークロース回収の命を下してその手を下ろした
黒夜「(命拾いしたのは、私とあの男、どっちかな?)」
その手は、ひどく汗ばんでいた。
~数時間前・第十五学区~
SC「おお…ああ…うう」
シルバークロースは…否、シルバークロース『だった』男は頭を抱えてうずくまっていた。
わからない。何もわからない。その苦悶と苦悩と苦痛の源泉たる恐怖の正体がわからない。
自分の名前が、自分の居る場所が、自分の為すべき事も、そして――
黒夜「そう、そうだ。コイツの“コレクション”を全部出せ。バイタルもクソもない。コイツはもう“ブッ壊れ”ちまって使えない。保管しているだけ経費の無駄だ。後でまとめて出しちまえ」
部下「はっ!」
瓦礫の山の中で座り込んでいる自分、それを取り巻いて動き回る黒ずくめの男達。
彼等を束ねる白いフードにイルカのビニール人形を背負った少女。
彼等がこちらに一瞥をくれてくる。それに対し『男』は
SC「えへっ…えへへへっ…」
黒夜「………………」
少なからず年輪を刻み年嵩を積んだ青年が無邪気な子供のように黒夜のイルカに笑みを送っている。
黒夜は機密保持とシルバークロースの『リサイクル』のためにこの場に出張って来た。
必要なのはシルバークロースのシナプスネットワークを含めた脳を演算コアに据える事、だが今はそれすら疑わしい。
黒夜「…これが何かわかるか?」
青年「えへへへっ…へへへっ…」
『黒夜海鳥』も、『イルカ』も、『人形』もシルバークロースだった男にはわからない。
黒夜はその様子に得も知れぬ胸のざわつきを覚えさせられた。
黒夜「(フォーマットだなんて生易しい代物じゃない。機械そのものを破壊されたみたいだ)」
記憶というデータに『消去』のコマンドを実行し上書きするような甘い代物ではない。
それを可能としたのは、今し方死の淵を彷徨っているであろうあの黒髪の少年だと黒夜はあたりをつける。
黒夜「フレメア=セイヴェルン…まったく大した“人材”だよ」
『0次元の極点』を我が物とする麦野沈利(元暗部の第四位)、『外側の法則』を使うインデックス(魔術サイド)、どちらにも拠らない正体不明の能力者…
浜面仕上や一方通行のような内部の不穏因子とは異なる外部の危険因子。
こうでなくてはならない。自分達『新入生』はそのために組織されたのだから。
黒夜「さて…シルバークロース」
SC「?」
呼び掛けられた名前すら己のそれとわからぬ男に、黒夜は優しく優しく…言い含めた。
黒夜「働いてもらうぞ。最後にもう一仕事」
~第十五学区・ハイウェイ~
御坂『…私のせいだ…』
一方…騒ぎを聞きつけた警備員の先導車の誘導ともに、四人は救急車の中で揺られていた。
血塗れの上条を収容し、同乗していた御坂の眼差しは完全に光の死に絶えたそれだった。
御坂『…私…あんなに側に…こんなに側にいたのに…“また”何も出来なかった』
返り血を拭う事もせず、茫然自失のままインデックスとフレメアに引っ張られるようにして…
御坂は上条の乗せられたストレッチャーを前にして呻きのような呟きを唱えながら…
御坂『どうして…?どうしてなの?どうして私の手は届かないの?』
上条の死亡が確定されてもいないのに、目の前で施される処置すらも…
泣く事も喚く事もせず、生来の輝き全てがくすみ、艶を失い、色褪せた御坂の目には映っているかどうかすら危うかった。
御坂『答えてよ…ねえ!答えてよ!!目開けてよ!!ねえってば!!』
救命士『き、君!離れなさい!!』
禁書目録『短髪!?やめるんだよ!落ち着くんだよ短髪!!』
かと思えば錯乱したように上条の身体を揺すり立てもした。
それは砂を掴むような手だった。掬えど掬えど指の隙間から滑り落ちる砂。
手の平から零れ落ちて行く、生命の砂時計。
叶わぬ願いを昇華するにも埋葬するにも、御坂という少女は純粋過ぎた。
その強すぎる思いは、今ここで上条に新たな心臓が必要だと言われればその場で抉り出す事すら厭わない鬼気迫るものすらあった。
御坂『死なないでよ!!?あの時だって、あの時だってアンタは帰って来たじゃない!!ヘラヘラ笑って生きてたじゃない!!!』
しかし上条にその声に答える力は最早ない。恐らくは届いてすらいない。
少女の心の叫びに呼応して舞い降りた偽善使い(ヒーロー)にその声は響かない。
目に見えて失われて行く血液、肌を通して失われて行く体温、そして確実に失われて行く生命。
御坂『しっかりしなさいよ…』
守る事も庇う事も、仇を討つ事さえ出来なかった無力な自分。
何が学園都市最強の電撃使いだ、常盤台のエースだ、第三位だ、超電磁砲だ
御坂『――上条…当麻ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!!!』
まるで己の身を切られるような悲痛な血声が、インデックスの耳朶にこびりついた。
~とある病院・集中治療室~
麦野「(――そういう、事か…)」
御坂美琴の身に起きた事。それは麦野沈利の身に幾度も起きた『現実』だ。
目の前で上条当麻を喪失する恐怖。麦野が幾度となく苦しみ、何度となく悩んだ『現実』だ。
ましてや御坂はその恐怖を既に三度経験している。
麦野「(馬鹿が。アンタにしおらしさなんて上等なもんが今更身に付くとか思ってんのかあ?)」
操車場での一方通行、学園都市での後方のアックア、ベツレヘムの星でのフィアンマ…
いずれも御坂が時に止めようと、助けようと、救おうとした手を上条は取らずに立ち向かって行った。
その都度御坂の手は苛まれたはずだ。無力感と疎外感と絶望感に。
それは麦野自身も少なからず味わった経験だ。
言葉で止まるような扱いやすい男なら麦野とてここまで苦労はしない。
麦野「(ふざけんじゃねえぞ御坂)」
戦っている時より、それ以外で募る心労の方が遥かに鉛のような鈍重さでのし掛かって来る。
助けられなかったら、救えなかったら、守れなかったら…
麦野が夜一人、しめやかに泣き暮らしていたそれに御坂は今とらわれているだろう。
麦野「ふー…」
麦野は長い息を吐いた。自分以外の女に色目を使ったらブチコロシかくていとは言った。
しかしそれも場合によりけりだ。鈍感さ以上にその真っ直ぐさが罪だと麦野は硝子越しに眠る上条を見やった。
麦野「インデックス、私トイレ」
禁書目録「わかったんだよ。ゆっくりしていくんだよ」
麦野「ありがと」
禁書目録「ここは私が見ておくんだよ」
そうして麦野とインデックスは顔を合わせず言葉だけを交わして互いに背を向けた。
いつから自分達はこんなにも女としてのレベルが上がってしまったのかと思うと溜め息が知らず知らずに出てしまう。
インデックスは今日既に少女時代を終えてしまった。次は御坂の番だと。
禁書目録「とうま」
そう硝子一枚隔てた場所に眠る少年は見やる。
聖書にも載っていない、されど女の敵とも言うべき罪作りな最愛の男に。
禁書目録「起きたら、噛み付き百回の刑なんだよ」
少女は祈った。神の加護を
~とある病院・屋上~
御坂「………………」
屋上に吹き荒ぶ初冬の寒風が冬服に衣替えされた御坂美琴のスカートを翻す。
されど少女は既に日も落ちて久しく凍えも身に染みるコンクリートに根でも下ろしたかのように抱えた膝に顔を埋めていた。
巣に取り残され親鳥の帰りを待つ雛鳥のような…覇気の感じられないその姿。
麦野「おい」
そこへ…屋上へと登って来た麦野が御坂を見据えた。
空は既に夜の帳が落ち、学園都市のビル群がもたらす青白いネオンが麦野の横顔を照らす。
その足取りは…御坂が座り込む貯水槽へと向かって行く。
麦野「中学生日記のつもりか。お子様の中坊」
夜風が紅茶を溶かしたような栗色の髪を揺らし
御坂「中学生だったのは何年前よ。おばさん」
秋風の終わりがシャンパンゴールドの髪を翻らせる。
麦野「歳食うと丸くなるなんて誰が最初に言ったんだろうなあ?クソガキ」
常ならばブチ切れている麦野が、御坂の横に腰を下ろし
御坂「何しに来たのよ」
それに対し、顔をあげる事すら億劫そうな御坂が声だけ返す。
麦野「ブザマでミジメでアワレなテメエを笑いに来たっつったらどうなんだよ」
麦野と御坂。四位と三位。原子崩しと超電磁砲。元学園都市暗部と現学園都市広告塔。
対照的な外見、年齢、年嵩、経験、性格…本来であれば二人は決して相容れない。
合い見えれば必ず激突する陰と陽、光と影、水と油、表と裏、相反と相剋。
御坂「…笑えばいいじゃない。そうやって高い所から何もかも見下ろして、誰も彼も笑えばいいじゃない!!」
隣に腰掛けた麦野の横顔を、視線が矢ならば射るような眼差しを向ける。
それは深く傷ついた人間にしか持ち得ない、自分すら傷つけかねない匕首の切っ先。
御坂「笑えばいいじゃない!!アンタ、アイツのパートナーなんでしょ!?恋人なんでしょ!?彼女なんでしょ!!?」
麦野「そうね。だから何?」
御坂「だったら!」
バンっ!と給水塔の貯水槽に手を叩きつけるようにして御坂は吠える。
それを麦野は聞くともなしに聞く。少なくとも表面上は。
御坂「アイツの所についててやりなさいよ!アンタの居場所はアイツの所でしょうが!起きて、目を覚まして、一番最初にアイツが見たいのはアンタの顔でしょ!!」
その胸の内に去来する思いは、アルカディアでのショッピングモールでの激突。
ただし、その時食ってかかり、上条に手痛い平手打ちを食らったのは麦野だった。
御坂「私を笑いに来たなら笑いなさいよ!!アンタも知ってるんでしょうが!私がアイツの事好きなんだって!!私以外なら…私以外ならアンタが一番良く知ってるじゃない!!アイツよりも!!!」
その時、麦野は御坂に憎悪に等しい序列への敵愾心、殺意に等しい女としての敵対心を持って御坂に挑んだ。
御坂「笑いなさいよ!慰めも同情もいらない!!アンタが何考えてたって、私にはあんたが優位に立ってるからそうしてるようにしか見えない!!もう帰って!今はアンタの顔なんか見たくない!こんな風に考える自分が、アイツを守れなかった自分が、大大大大っ嫌いなのよ!!」
アルカディアで、病院見舞いで、カフェでの『聖人』神裂火織との激闘、『自動書記』との死闘の中で…
犬猿の間柄だった二人は、いつしか友人とまでは言わないがたまにあってお茶を飲む程度にまで歩み寄れた。
底意地の悪い麦野、意固地な御坂、対照的な二人の、唯一の共通点――
御坂「――アンタは、アイツに選ばれたじゃない!!!」
上条当麻。麦野が愛した男、御坂が恋した少年。
御坂「私は…選ばれなかった!気づいた時にはアンタがいた!アイツへの思いに気づいた時にはアンタがいた!アンタだって気づいてたじゃない!ずっと!ずっと!!ずっと!!!」
異なる道筋、道程、道行の中にあって、唯一の存在、無二の相手。
二人の関係は拳でも武器でも能力でもない、視線と言葉と心の殴り合いだった。
御坂「伸ばした手も、叫んだ言葉も、アンタの前じゃ霞む!私だってなりたかった、アンタみたいな特別じゃなくたって、千人くらいある名簿の中で、アイツが私の名前を見かけた時、少しでも気に止めてくれる“何か”になりたかったのよ!!」
麦野が常々語る『馴れ合いは嫌い』という言葉の裏にはそう意味もある。
後ろめたさはない。されど、平然と笑みを交わすほど傲慢でもなかった。
御坂「私は…選ばれなかった…!!」
麦野は感じていた。あの三人でホテルに泊まり、お風呂で突きつけたあの宣戦布告からずっと。
御坂「――アンタみたいに、私だってなりたかった!!!!!!」
いつか、こんな日が来ると――
麦野「――私は、アンタみたいになりたかったよ」
~とある病院・給水塔~
御坂「――えっ」
沸騰した熱湯がふきこぼれるかのような御坂の激情に対し、麦野のそれは冷水に一滴の雫を落とし波紋を描いたように静謐な声だった。
麦野「――私だってなりたかった。テメエみたいな“女の子”に」
恋人たる上条当麻、家族たるインデックス、仲間たるアイテム…
本来上条以外に見せる事のない、澄んだ眼差しが御坂に向けられていた。
麦野「――こんな風に、言いたい自分の言葉と気持ちを真っ直ぐぶつけてこれるアンタが、私は泣きたいくらい羨ましいよ」
その目は、御為ごかしも、取り繕う事もない、ただありのままを告げる眼差しだった。
麦野「――私はテメエがずっと嫌いだった。ガキ臭え向こう見ず、そのクセ序列は上、やる事全てが正しくて、そんなテメエに向けられる世界の眼差しは私みたいな人間に向けられるそれよりずいぶんマシな口に見えた」
御坂「――――――」
その、怒鳴り返されるよりも衝撃的な言葉に御坂は二の句が告げない。
何度となく見かけたはずの恋敵が、まるで別人に見えた。
麦野「なあ御坂」
御坂「………………」
麦野「私は人を殺してるんだ」
自分の血液型を明かすような簡単なその声色に含まれたそれに御坂は連想する。
それは子供の頃、パレットに全ての色を落として混ぜたような曰わく形容し難い色。
麦野「アンタが言ったように、私はアンタが当麻を好きになる前からアイツの側にいた。そして私はアイツを好きになる前から誰かの返り血に染まって生きて来た」
出会いは屍山血河の裏通りから。これが優しい物語ならば、麦野はスキルアウトを原子崩しで屠るより早く…
上条当麻が口八丁手八丁で救い出してくれただろう。しかしそうはならなかったのだ。
麦野「そんな血塗れの私を、アイツは今みたいに命懸けで助けてくれたんだ。今あの集中治療室で戦ってるのと同じようにね」
麦野は語り掛ける。自分がもし暗部にも堕ちず、人も殺めず、御坂のように学校に通い、友人がいたならばと。
麦野「――私だって、もっと綺麗な身体でアイツに抱かれたかったよ」
そんな『綺麗な女の子』として、上条に出会いたかったと。
そんな誰にも変えられない禁治産的な筋書きを夢想するほど――
麦野「――アンタみたいに、ただアイツを好きでいられたら良かったのにね」
麦野は上条を愛していた。そして御坂に――ありえたかも知れない『自分』を重ねていた。
~2~
御坂「…巫山戯けないで!」
麦野「巫山戯けて言えるか。こんな話」
御坂「私は!!アンタが思ってるような女の子じゃない!!知ってるでしょ!?」
『絶対能力進化計画』…御坂の中に降り積もり降り注ぎ降り続く溶けない雪。
その六花の一片一片…一万人以上の妹達の死。今日もゲームセンターに一緒に行った10032番目の妹。
御坂はかつて語った。『妹達を殺したのは私だ』と。
自分がDNAマップを提供しなければ、自分にもっと力があればと
御坂「そんな私を、アイツは妹達ごと救ってくれた!そんなアイツを私は守れなかった!!また!また!!また!!!」
『超電磁砲』の力をもってすれば、微弱な生体電流から黒夜海鳥の潜んだ位置だって割り出せたはずだ。
それが出来なかった、迷い故に。それを出来なかった、怯み故に。
御坂「あの場にいたのがどうして選ばれなかった私で、手も届かない私だったのよ!!何をするにも蚊帳の外で、安全地帯から見てるだけしか出来なかった私でどうしてアンタじゃなかったのよ!!」
誰かを守る事、助ける事、救う事がこんなに難しい事くらい知っていた。
白井黒子、初春飾利、佐天涙子、彼女らといくつかの潜り抜けて来た事件の中で。
それでも尚、黒夜海鳥の引き連れて来た『学園都市の闇』が上条を貫いた瞬間、その苦い認識は更に上書きされた。だが――
麦野「巫山戯けてんのはテメエだろ、クソガキ」
次の瞬間、給水塔が破裂した。
御坂「――――――」
それは、御坂の側を駆け抜けて行った原子崩し(メルトダウナー)の光芒。
麦野「――それじゃあ、私と同じだろ」
破裂した給水塔から噴き出す冷水がまるで雨のように二人に浴びせかかる。
瞬く間にスプリンクラーを頭から被るよりも激しい水が肌を叩いて弾いて流れ行く。
そんな中、水滴に前髪が落ち目元に被さり…しかし麦野はそれを払う事もせずに言葉を紡ぐ。
麦野「私が、当麻を無傷のまま連れて帰ってこれた事なんてねえんだよ。ただの一度だって」
それは御坂への失望以上に、自分への深い絶望だった。
麦野「ただ命を繋いでこれただけだ。今だってこれが水なのか自分の涙なのかの区別さえつきゃしない」
――無力感に苛まれていたのは、御坂だけではない。
麦野「――同じなんだよ!テメエと!!私は!!!」
麦野もまた、そうだったのだ。
~回想・八月八日~
麦野『(やってらんない)』
禁書目録(クソガキ)の記憶を巡る戦いから早数週間…
私、麦野沈利の機嫌は最低に最悪だった。それは茹だるような真夏の陽射しがアスファルトに照り返して蒸して来る不快指数でもあり…
上条『麦野…何でそんな機嫌悪いんだよ』
麦野『別に』
上条『まだ怒ってるのか…』
麦野『怒る?んなもん通り越して呆れて物も言えないわね』
それは既にセールも終わり通常価格に引き戻された参考書をああでもないこうでもないと頭を悩ませている上条当麻(彼氏)だ。
そんな事に使う頭があるんなら補習にでも課題にでも何にでも回せば良い。
今私達がいる本屋の外の暑さに比べ、私の機嫌は斜めに冷め切っていた。それは…
禁書目録『とうまー!しずりー!お腹減ったー!』
上条『インデックス!ちょっと待てって!まだ選んでんだよ!』
麦野『(あの赤毛と露出狂、余計な置き土産こさえて行きやがって)』
禁書目録(インデックス)…イギリス清教『必要悪の教会』所属の修道女だと言うその少女はあろうことか上条の家に転がり込みそのまま居着いてしまった。
それが私を苛立たせ、こうも感じの悪い態度を取らせている要因だ。
麦野『(当麻も当麻よ。これから助けて回る女全員家に上げるつもりか?私ですら通い妻だってのにコイツは押し掛け女房?巫山戯けんなよクソッタレ)』
紆余曲折を経て同居と相成ったが、それに際して私は本気で当麻と大喧嘩をした。
だってそうでしょ?やっと付き合い初めて一ヶ月の彼女にロクな相談もなくそんな無茶を通されて『はいそうですね、今日から私達は家族です』だなんて馬鹿な話が呑めるか。
私は菩薩様でも女神様でも聖母様でもましてや都合の良い女でもない。
私の言ってる事、間違ってる?私の思ってる事、そんなに悪い?
麦野『おいクソガキ。アイス食わしてやるから騒ぐな』
禁書目録『やった!とうまと違ってしずりは優しいんだよ!』
やめろ。私は今そんな屈託のない笑顔に返してやれる表情筋を全部無表情にフル稼働させてんだ。
演算よりよっぽど骨が折れる。確かに私達はアンタを助けて、救ったろう。
けどそれとこれとは話が違う。別物なんだよインデックス。
上条『………………』
やめろよ。そんな顔すんな。被害者は私だ。アンタじゃない。
~2~
禁書目録『アイス屋さん…』
上条『閉まってんな…』
麦野『(早く帰りたい…)』
それから本屋を出た私達の足の向いた先はここいらではそれなりに知られたアイス屋。
けどのっけからかかった『closed』のプレート。クソッタレ。
悪い巡りの時は何やってもダメだ。今日の星占いはきっと私が最下位だ。
上条『参ったな…どうすっか…』チラッ
麦野『パス』
上条『パスって…』
何でかな。大好きなのにちっとも素直になれない。ついつんけんしてしまう。
おかしいな。いつもなら、コイツの前なら、私はいつも笑顔でいれたはずなのに。
私の刺々しい部分をいつも包み込んでくれるコイツの笑顔が、今は真っ直ぐ見れない。
禁書目録『ねえねえ二人とも二人とも!あそこに入りたいんだよ!』
麦野『?…嗚呼、フレッシュネスか』
そしてそんなギクシャクした私達を知ってか知らずがグイグイ袖口を引っ張って来るコイツが指差す先はハンバーガーショップ。
ここじゃシャケ弁食えないじゃん…ってファミレスだろうがどこだろうが食べるんだけどさ。
上条『くうっ…上条さんのお財布さん、最後のお勤めだぞ!よし行くぞ二人と…も』
空元気が見え見えのコイツが振り上げた手…するとその表情がみるみるうちに凍り付いて行く。
何だってんだ。後ろ向いて誰かいるなんて古典的なオチ、今日日流行ん
青髪『カミやーん!!』
土御門『カミやーん!!』
麦野『!?』
上条『オマエら!?なんでここに!!?』
するとそこへ…忘れようにも忘れられない二人組が飛び込んでアイツに挨拶代わりのダブルラリアットを喰らわせ、そこからコブラツイストやら吊り天井を喰らわせていた。
麦野『(…あの時の青頭にグラサン野郎か…けたっくそ悪いのが胸糞悪いのにランクアップよ)』
今すぐにでも怒鳴り散らして喰ってかかる自分を何とか宥める。
コイツらとはインデックスの絡みがある前からの因縁がある。
特にあの金髪グラサンアロハは私と同じ側の人間だ。
そして私に二度に渡る警告を発した上層部からのメッセンジャーでもある。
土御門『うっひょー!これが噂のカミやんの彼女かにゃー?超絶美人さんなんだぜい!』
上条『ああ、沈利。紹介するよ。コイツ、土御門元春。俺のクラスメート』
なるほど、そうか。そういう役回りか。なら乗ってやるよ。
麦野『はじめまして。麦野沈利です』
その大根芝居にな
~3~
青髪『両手に花とかチ×コもげろ!むしろ爆ぜろ!』
上条『んなんじゃないっての!この娘は…』
禁書目録『とうまとうまー!まだ出て来ないの?もう待ちきれないんだよ!』
上条『今来るから大人しくしてろって!沈利、ちょっとインデックス見てて…』
麦野『(無視)』
そして私達は炎天下で立ち話というのもなんなのでという当麻の提案で全員でハンバーガーショップに入った。
わかってんだよ当麻。気まず過ぎて助け舟が欲しかったんだろ?
悪かったな。へそ曲がりで可愛げのない女で。
土御門『…苦労しているようだな麦野沈利』
麦野『し通しだクソアロハ。見返り求めた事ないけど、報われる事の方が少ないわ』
さりげなく列に並んだ当麻と青髪とインデックスから離れて私は席取りに移り、そこでこのグラサン野郎に話し掛けられた。
イライラする。ムカムカする。ブチコロシかくてい。
土御門『…いずれオマエも気づく。あの娘の重要性、その意味をな』
麦野『…おい、意味深なフリだけしてオチをつけないとか最悪だぞ』
土御門『なに…そう遠くない日、オマエは世界の底を知る事になるさ』
そこで私はこのグラサン野郎との会話の続行を認めなかった。
しかしその言葉の意味を私は間もなく知る事になる。
このグラサン野郎が暗部組織『グループ』の頭脳を担い…
インデックスが所属する必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師であると言う事もその時気づけなかったのだから。
麦野『(帰りたい…クソッ、フレンダでもイジメて憂さ晴らすか?)』
そんな事考えながらもう一度列待ちの当麻達を見やる…
するとそこに、私の知っている背中はなかった。何故ならば。
上条『なに…やってんだ?』
姫神『――食い倒れ』
アイツらは列から離れたテーブルで、馬鹿みたいにドカ食いしてる巫女服の女に話し掛けていた。
麦野『――――――』
誰も誉めてくれないなら、私は私を褒めてやりたかった。自分の堪忍袋の緒の強靭さを。
なにやってんだテメエ。テメエがほいほい家に住まわせたインデックスのおかげで私の機嫌は最悪だって事もう頭から抜けてんのか?
参考書の意味ねーよ。詰め込める側から、自分の彼女(私)まで忘れんだからな?
それともなにか?これはいつまで経っても不貞腐れてる私の当て付けか?
土御門『…糸が繋がったな』
グラサン割るぞ糞野郎
~4~
姫神『100円。貸して』
上条『だからないっての!!』
姫神『ちっ』
上条『舌打ちしやがった!?』
麦野『(私は舌打ちどころの話じゃねえよ馬鹿野郎)』
話もろくすっぽ聞くつもりも輪に加わるつもりもない私はライムソーダを啜っていた。
テメエの彼女の前で他の女の相談に乗るたあ大したもんだね。主に神経の太さが。
禁書目録『アイス、食べられなかったね』
麦野『…そうね。残念だったわね』
禁書目録『でも、あの時しずりと約束したアイス、いつか食べたいんだよ!』
麦野『まだ覚えてたんだ…あの時の約束』
禁書目録『私の完全記憶能力に狂いはないんだよ!』
麦野『………………』
禁書目録(インデックス)。実のところ、私はコイツがそんなに嫌いではない。
というより嫌いになりきれないのだ。どこか憎めなくて、私にはない力を秘めた笑顔に絆されてしまって。
例え嫌いじゃなくても彼氏が他の女と同居なんて無茶な話、常識的に考えてありえない。
ましてや…自他共に認めざるを得ないが私は気性が荒い。独占欲も執着心も嫉妬深さも人一倍だ。
麦野『…もう少し落ち着いたら、今度こそ買ってあげるから』
禁書目録『ほんと!?』
麦野『(私の気持ちの整理がついたらね。ただし当麻、テメエはダメだ)』
そんな私が、御坂美琴に対してしたみたいに原子崩しを向けられないのは…コイツは私に似てるからだ。
同じ男に血塗れの運命と血溜まりの地獄と血染めの自分を救い出されたからだ。
でもねインデックス。私は女としても人間としたもまだ完成されちゃいないんだ。
オマエを今すぐ認めて受け入れろなんて出来ない。無理なんだよ。
麦野『(バ上条…参考書の前に女心を何とかしろ。赤点じゃそろそろ済ませられないわよ)』
私はオマエを愛してる。好きなんて軽い言葉が溜め息より重く感じるほどに。
オマエが望むなら今ここで抱かれたって構わない。
コイツらに見せ付けて腰振って、オマエしか知らないデカい声で喘いでもやれる。
だからやめろ。私の我慢もそろそろ振り切れそうなんだよ――
黒服『姫神秋沙――』
麦野『(…何だ、コイツら?)』
そんな病的な愛情を弄んでいると――その巫女服女の周りに黒服が集まって来た。
当麻に危害を及ぼすなら店ごと吹き飛ばしてやると身構えて――
そして、何事もなく終わった。少なくとも『私にとって』は
~5~
ステイル『久しぶりだね上条当麻。君の顔など二度と見たくなかったんだがな』
上条『ステイル…ステイル=マグヌス!?』
ハンバーガーショップの一件後、ずーっと今の私より低いテンションで考え込んでた当麻に客が来た。
客は客でも招かれざる客、私の大嫌いな煙草臭い赤毛神父だ。
私が殺し損ねたクソ疫病神。今度はどんな厄介事持ち込んで来た。
そう思いながら玄関先の二人の会話に私は興味ないフリして耳を立てていた。
ステイル『…神…沙』
上条『三沢塾…?』
麦野『(…私、何でここにいんだ?)』
会話の内容は昼間の巫女服女がどこぞの学習塾に監禁されており、それに魔術師が絡んでどうのこうの…
くだらねえ。んなもんとっくに穴って穴に突っ込まれた後だよ。
男の性欲半端ないからね。そう言えばインデックス来てから私達交わしてない。
おいおい。もしかして私の苛立ちって欲求不満が原因かにゃーん?クソッタレが!
上条『その娘を助ける手伝いをすりゃいいんだな?』
麦野『(おいおい)』
何私の頭越しに話進めて決めちゃってくれてるの?
なあ当麻。私はオマエの何?彼女じゃないの?どうして一言も相談してくれないの?ねえ?
上条『――悪い沈利、ちょっとインデックスを頼む』
麦野『――好きにしたら?但しこれだけは言わせてもらう』
もう私は頭に来ていた。インデックスの時は例外中の例外だ。
私はアンタを危険に晒すくらいなら何人だって見殺しにするし見捨てるし見限る。
だけどさ…何で全部事後承諾事後報告なの?もういい加減にしてよ。
麦野『――私はベビーシッターじゃねえんだよ』
上条『………………』
麦野『行きなよ。どこへなり勝手にさ』
どうして、私について来いって言ってくれないの。
私、アンタのためなら世界中の人間と戦争だって出来るのに。
何で私、こんなにヒドい事言ってるのに怒ってくれないの?
そんなに悲しい顔で微笑まないでよ。それは私が大好きなアンタの笑顔じゃないよ。
――当麻――
上条『悪い…俺、行ってくる』
そう言って閉ざされた部屋のドア。
その数時間後だった。
私は人生最大の後悔と失敗に晒された。
当麻が、瀕死の重傷を負わされて
カエルみたいな顔した先生の病院に担ぎ込まれたって――
~6~
麦野『………………』
右腕切断、銃創多数、出血多量…駆け付けた病院でベッドに横たわる当麻。
もう私は言葉にならなかった。言葉に出来なかった。あまりの絶望感に。
ベッドの側に置かれたパイプ椅子から身体が動かない。足が立たない。
麦野『…ざまあないわね』
カサついた唇が、握り締め過ぎて真っ白になった指が、絞り出した声が震える。
この時、私の頭の中を占めていたものは殺意と憎悪と絶望だった。
それは当麻をこんなにしたヤツなんかじゃなかった。
麦野『…おいおい。私は誰を笑えばいいんだ』
それは私だ。優しい当麻に甘えていつまでもぶすくれてた救いようのないバカ女。
インデックスに嫉妬して、最後の会話になりかけた送り出しの言葉を当て擦りのイヤミで台無しにしたクソ女。
麦野『馬鹿だよ…アンタ』
馬鹿はテメエだ麦野。クソはオマエだ沈利。頭空っぽはアンタだよ。
なあ、私がこうなれば良かったんだよ。当麻の代わりに私がボロボロになれば良かったんだ。
私にはもう代われるものなら代わってあげたいなんて思う権利すらないんだ。
麦野『馬鹿だ馬鹿だとわかっちゃいたけどさ…つける薬もない馬鹿よ』
涙が溢れて、零れて、落ちて、流れて、止まらない。
謝りたい。謝りたい。あれを最後の言葉に、最期の会話になんかしたくないよ当麻。
麦野『ああ…もう』
見た事も信じた事も祈った事もない神様にお願いしたい。
私の体も命も心も魂も全部全部くれてやる。足りないならそれ以外だってなんだって構いやしないから。
麦野『…頼むよ…本当にさあ…!』
奪わないで。当麻を私から奪わないで。連れて行くなら私にして。
私が死んで当麻が死ぬなら喜んでそうするから。
だから当麻を救い出して。私に助けになれる事なら何でもするから
麦野『うっ…うっうっ…うううぅぅ…!』
この日、夜明けまで泣き続けた馬鹿な女が一人いて
過呼吸寸前のパニック状態にブッ倒れたクソ女が一人いて
そこから死に物狂いで立ち上がって、同じ事を繰り返したアホ女が一人いて
その救いようのないクソ馬鹿が選んだ道は、より頭の悪い選択だった。
――上条当麻のパートナーになる事――
――それが、この救いようのない私が選んだ、一人だけの戦争――
~7~
結論から言って、私の戦争はいつも負け戦だった。
まず、当麻を危険に晒さないという前提条件をクリア出来ない。
まず、当麻を怪我をさせないという必要条件を突破出来てない。
まず、当麻を死なせないという絶対条件しか解決出来ていない。
人助けをやめろと言っても無駄だ。そんな事で止まるくらいの男ならそもそも私は当麻と路地裏で出会っていない。
皆が良くも悪くもコイツの力を必要としている。私だけが当麻を必要としている訳ではないのが恨めしい。
私はゲームをノーミスでクリアするか、最低でもハイスコアで更新しなければ気がすまない質だ。けどこれはゲームじゃない。
当麻と私の命は繋がってる。少なくとも私から一方的に繋がってる。
自分の命は惜しくないけど、当麻の死はあってはならない。決して。
だから私は原子崩し、0次元の極点、光の翼、暗部でのメソッド、ノウハウ、ロジック、人より優れた運動神経と体力と演算能力、ありとあらゆるものを総動員させる。
それでも――ここまで懸けて、ここまで捨てて、やっと私は当麻の命を守れる程度だ。
むしろ、当麻は私の更に上を行って私を助ける、救う、守る。
私は言ってやりたい。コイツに言い寄る女共に、コイツがフラグを立てた女達に。
『テメエらに、コイツと人生共にする覚悟があんのか』と。
好きだ嫌いだ惚れた腫れた、んなもんだけでコイツの側に居れると思ってられんならソイツの頭にはミソの代わりにクソが詰まってる。
あの夜、当麻を失いかけて泣く事しか出来なかった頭のネジが緩んだクソ馬鹿女(私)と同じだ。
甘ったるいラブストーリーだけ摘み食い出来るんなら、私はブタになるまでそうしてる。
でも私が好きで選んで自分で始めた戦いにそんな都合の良い選択肢はありえない。
だから私はコイツに近寄る女がそういう意味でも嫌いだ。
少なくともそういう事がしたいなら他の男を当たれ。
コイツ以外の男と腰が抜けるまでアンアン言わされてヒーヒー泣かされて、終わった後ベッドでイチャイチャしてろ。
私だって当麻とそうするのは嫌いじゃないけど。
それでも
私以外に、それが出来る可能性があるヤツが一人いる。
私より序列が上で
私と同じくらい当麻が好きで
それでも私が絶対に認めたくない女
今、私の目の前にいるありえたかも知れないもう一人の私
――御坂美琴――
~とある病院~
浜面「うおっ!?」
浜面仕上はフレンダ達の警護を交代で行う中、病室からほど近い非常階段で煙草をふかしていた。
その時である。小さな爆発音と冷水が降り注ぎ、浜面の火の点いた煙草を湿気らせてしまったのは。
浜面「――敵襲か!オマエら――」
すぐさま非常扉を開け放ち病室に飛び込む浜面。しかし――
絹旗「浜面超五月蝿いですよ。静かにしてもらえませんか?」
浜面「な、なにのんびりしてんだよ!?敵が、敵が攻めて来てんだぞ!?」
滝壺「はまづら、違うよ。全然違うよ」
フレメア「んにゃあ…?」
フレンダ達が起きるじゃないですか、と病院の売店に売っていたプリッツを頬張るは絹旗最愛。
同じくリスが椎の実をかじるようにポッキーを咀嚼するは滝壺理后。
そして飛び込んで来た物音に目を覚ますは今日一日の疲れに眠り込んでいたフレメア=セイヴェルン。
その落ち着き払った様子に浜面はキョトン顔である。しかし
滝壺「上のはむぎのとみさかだよ。信号が来てるからわかるよ」
浜面「!?。なにやってんだアイツらこんな時に!!」
絹旗「はっ。これだから浜面は超浜面なんですよ。滝壺さん私にもポッキー下さい」
滝壺「いいよ。あーん」
フレメア「私も、あーん」
浜面「何やってんだオマエら!?ただの喧嘩の音じゃねえぞ今のは!?レベル5だぞ?三位と四位なんだぞわかってんのか!!?」
まるでいつものファミレスと変わらないような女子達に浜面は両手を大きく開いて言う。
何があったか知らんが止めなきゃヤバいだろうと。だが
滝壺「こんな時――だからだよ。はまづら」
浜面「ど、どういう事だよ」
滝壺は動じない。普段から微睡んでいるようでいて、どこか悟っているような雰囲気がある。
その能力とある種の視野視界の広さは、まるで屋上で起きている事態の本質を透かし見ているようでさえあった。
滝壺「あの二人は、思い込んだら一直線だから」
滝壺からすればなんの事はない――これは、姉妹喧嘩のようなものだと。
滝壺「ぶつからないと、前に進めないんだよ」
何も、女としてのレベルが磨かれているのはインデックスだけではないのだ。
滝壺「大丈夫、私はそんな不器用な二人を応援している」
そう微笑む滝壺にも、ヒーロー(浜面仕上)はいるのだから。
~3~
そう――同じだったのだ。麦野と御坂と、今この場にいないインデックスは。
麦野「…巫山戯けんな…テメエ程度の躓きで膝が折れてちゃ、私は今までなんべん絶望しなきゃならなかったんだ…!!」
破裂した給水塔から注ぐ水の冷たささえも二人の身を震わせる事など出来ない。
麦野「今までだってそうだった…訳のわからない魔術師連中、第三次世界大戦、数え上げたらキりがない…」
麦野の前髪の毛先から水滴が更に水滴によって洗い流されて行く。
同じく御坂の制服のブレザーも水を被ってぐっしょり濡れていた。
麦野「何度止めたかったかわかるか?アイツがボロボロになっても誰かを救うのを止めないのを側で見る辛さがわかる?わかるでしょ御坂!!私以外に、アンタだけは!!」
屋上に吹く夜風が冷たい。巡る季節が告げる冬の訪れ。
破れた貯水槽はまるで二人の心、噴き出す冷水は血か涙か。
麦野「――私が、いつも平気でいられると思ってんのか。今だってな、出来るもんなら一人の女に戻ってアイツの側でワンワン泣いてメソメソしていたい。出来るんならそうしてる」
学園都市、イタリア、フランス、イギリス、ロシア…闇の奥より深い世界の底。
そこでの戦いの中、麦野は味わって来た。今御坂が噛み締めている無念を。
麦野「――でもダメなんだよそれじゃ!!」
壊す事しか知らない左手で愛する者を守ると決めた日から麦野は捨てた。
アイテムを、自分の中の闇を、涙を、ここまで捨てたと言わんばかりに。
麦野「私はアイツに救われた!だから今度は私がアイツを助ける!腕が千切れようが目玉がなくなろうがなんだろうが!!望まれんなら心臓だって抉って捧げてやる!もし神様ってやらがいるんならねえ!!」
それでも上条を無傷で連れて帰れない歯痒さ、一つしかない命が何度も危ぶまれるために食いしばった歯噛み。
強くなる。強くある。上条の身体に傷が刻まれる度に強くして来た誓い。
麦野「――誇れよ。テメエは、当麻をここまで運んで来たでしょうが。私の代わりに、“また”“手の届かなかった”私の代わりに!」
擦り切れるほど引きずった後悔。その度に、思いを強くして来た。
麦野「――そんなテメエが無力だってんなら私のして来た事はなんだってんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
上条当麻と共に征く――ただ一つの願いのために
~4~
私は、最初からこの女(麦野沈利)が苦手だった。
麦野『何しに現れやがったクソガキ。のこのこケツ振りに来たんならとっとと消えろ。目障りだってーの』
御坂『なんでバッタリ会ったくらいでそこまで目の敵にされなきゃいけないのよ!』
まず口が悪い。意地が悪い。性格が悪い。
麦野『この無駄に広い学園都市で、よりにもよってテメエのツラ拝まされんのは横切った黒猫のクソ踏んづけたのと同じくらい私にとって“不幸”なんだよ』
御坂『どうして会う度会う度そんな親の敵見たいな目で見るのよ!?私麦野さんに何かした?その逆はあっても私からはないじゃない!』
次に顔が良い。スタイルが良い。家柄が良い。
麦野『あれだ、寝る前にゴキブリ見ちゃった時みたいな不愉快さね。蚊ならプチッと潰せるけどアンタすばしっこいしどこにでも出て来るししぶといし』
御坂『よくもよくも次から次へと人を馬鹿にした悪口が飛び出て来るもんねえ…ええ女王様(第四位)!!?』
麦野『私の料理のレパートリーよりはバラエティーに富んでるよ。料理にゃ愛情だけどテメエには憎悪しか湧いてこないわ』
初対面の時から『お子様』『中坊』『クソガキ』呼ばわり。
何よ。序列なら私の方が上だ。それを振りかざすつもりなんてないけど『女』として負けてる分そこは譲れない。
それだけが、この女と張り合う上での私の意地の拠り所でアドバンテージだった。
御坂『(アイツ、絶対騙されてるわよ)』ジロッ
上条当麻。もはや多くを語られ尽くした、私の知る限り最弱(さいきょう)の無能力者(レベル0)。
この女はそんなアイツの傍らに絶えずつかず離れずのパートナーだ。
アイツが首を突っ込む数々の事件の中で、私のあまり知らない私生活の中で、その両方を陰となり日向となり支える…恋人だ。
麦野『なにガン飛ばしてんだよ』
御坂『別に?』
私が何度夢見ても決して届かないポジションにいる女。
誰も彼も冷ややかに見下ろして鼻で笑う生まれついての女王様。
そんな一面的な印象と感想と評価で断言出来たならどんなに気が楽だろう。
あの夏の日…アイツを守ろうと必死に戦うこの女の横顔を見さえしなければ、私は単純にこの女を嫌いでいられたのに。
麦野『けっ』
御坂『ふんっ』
私の大好きなアイツを、私とは違った角度で、私と同じ深さで愛おしんでいるのがわかるから。
~5~
あの女はいつからアイツの側に居たんだろう。
アイツの所に居る修道女(シスター)絡みの事件の時の前には既に居た。
『絶対能力進化計画』、鉄橋でのやり取り、操車場での決闘、その傍らにはいつもあの女の影があった。
なのに決してアイツの戦いには手を出さない。本当に危ない時以外は。
大覇星祭の時も裏で何か動き回っていたようだった。
その後の罰ゲームの時も邪魔しに来た。9月30日の学園都市侵入者事件…アイツらの言う『0930』『ヴェント襲来』の時にもあの女の姿がチラついた。
シスターから聞く限り、イタリア・フランス・イギリス・ロシア…その全てについて回っていたとも。
彼女というよりも妻、恋人というよりも同志に近い関係性。
まるで相棒、もしくは騎士…そう、その姿は信仰とも愛情にも拠らない、忠誠のように感じられる瞬間がある。
そしてそれ以上に…アイツを見つめる時だけ、どうしようもなく幸せそうな微笑みと優しい眼差し。
私は感じる。正反対な私達、対照的な私達、相反する私達。
けれどその対立する表面より深い所で、あの女とこの私は似通っている。
素直になれない意固地さ
思い込んだら一直線な所
大切なものを譲れない頑固さ
そして…上条当麻(アイツ)――
だからこそ私は今…衝撃を受けている。アイツに選ばれて、それを鼻にかけ、かさにきて上から目線だとばかり思ってたあの女が――
血を吐くような声で
魂を差し出すように
泣きたくても泣けない涙を乗せたように叫んでる。
『アンタも私も無力だ』って
『私とアンタは変わらない』って
『アンタみたいに私もなりたかった』って
止めてよ。アンタは私にとってライバルだったはずだし私だってアンタのライバルだと思ってたはずよ。
『馴れ合いは嫌い』って、『アンタと友達なんてくくりに反吐が出そう』だって言い切る、そんなアンタの人を舐めきった態度が私は嫌いだった。
そんなアンタ(麦野沈利)と…私が同じだっただなんて――
~6~
麦野「…シケたツラしやがって。なんて目してんのよ。私にキャンキャン噛み付いて来た時の方が、同じムカつきっぷりでもまだしも見れたもんだったわよ」
ザッと露を払うように前髪をかきあげて首を回す麦野。
その表情に涙の跡は伺えない。例え心の中で流していたとしても…
そこにはいつもの不貞不貞しいまでの女王の相貌。
御坂「アンタこそいっぱいいっぱいじゃない…泣きたくても泣けない方が、泣き続ける事なんかよりよっぽど辛いに決まってるじゃない!」
その時、御坂美琴はふと思ったのだ。今の麦野沈利は上条当麻に似ていると。
本来ならば泣いている自分など物笑いの種にするか歯牙にもかけない麦野が…
恐らくは、一瞬なりとも己をさらけだしてまで御坂に活を入れに来た事を。
麦野「――人を“不幸”みたいに言うんじゃないわよ」
そうして麦野は座り込む御坂の目線まで腰を落とし、そのシャンパンゴールドの髪を抱き寄せる。
麦野「私は当麻の側にいて“幸せ”なんだ。世界の誰より一番」
自分の胸に御坂の身体を預けさせるように、幾多の命を奪い幾度も上条の命を救ったその左手で。
麦野「――そんな世界の中に、アンタだって含まれてるでしょうが」
微かに香る、自分とは違う香水の匂い。
麦野「私は当麻じゃない。誰も助けないし誰も救わない。だから私はアンタに手を差し伸べない。アンタだって私の手なんて借りたくないでしょ」
そう口悪く言いながら、こうまで優しい声音が
麦野「――立てよ御坂。当麻が救った女は、そんな所で地べた舐めてるだけの安い女じゃねえんだよ」
目の前の女王様から語り掛けられているのが信じられない。
麦野「私はテメエだ。テメエは私だ。足がついてんなら足掻けよ、手がついてんならもがけよ」
この女でさえなければ、自分は選ばれていたはずなのに。
麦野「私と同じ男に救われた、私と同じ女がブザマに膝折ってんじゃねえ」
何故か、この時だけは勝てる気がしなかった。
麦野「――アンタは、私と同じだろ」
その、傷ついた御坂の髪を撫でる手があまりに優しくて
麦野「――アンタと、私は、同じ男を選んだじゃないか――」
御坂「ッッ…ッッッ―――…!」
言葉にならない。声にならない。この溢れて来る感情に、名前がつけられない。
御坂「っぐ…うっうぅっ…!」
麦野「…ガキが突っ張りやがって。泣かない事がカッコいいとか思ってんのかあ?はっ」
麦野が憎めたら楽なのに、上条を恨めたら楽なのに、自分以外の誰かのせいに出来たら楽なのに。
麦野「一人の泣き方も知らねえ中坊が。だからテメエはお子様なんだっつーの」
自分から上条を奪った女だと思えたなら、単純に嫌な女だと考えられたならば良かったのに、御坂にはそれが出来ない。
御坂「ひぐっ、いぐ…ううっ…う゛ぅ」
それは御坂の持ち得る美徳の中で、尊ばれるべき何かだった。
自分勝手な物思いと、身勝手な胸煩いのまま誰かを傷つけられる人間ならばまだしも御坂には救いがあっただろう。
白井黒子をして『お姉様は優し過ぎる』というのはその辺りを指しての事であろう。
麦野「…泣いちまいな御坂。馬鹿になんか、しないからさ」
御坂の泣き顔を見ないように胸に抱きながら、麦野は夜空を仰いだ。
未だ眠らない街が地上の星のように瞬いて、溢れる光が闇夜を照らす。
麦野「(私が、本当に優しい人間ならこうしちゃいけないはずなんだ)」
泣き止ませるのではなく、泣かせるという事。それは母性とも友誼とも異なる。
自分がいつも上条にすがるようにして泣く時のそれを御坂に置き換えているのだ。
麦野「――いいんだ。私しか見ちゃいないよ」
御坂「えっぐっ…ひっ、ひくっ…ああぁぁあああぁあああぁ!」
麦野は考える。こんな行為は『偽善』だと。恋敵に慰められるなどと、同じ女としてどれだけ屈辱的だろうと。
自分なら例え死んでもしないだろう。しかしそれを素直に出来る御坂が、麦野はやはり羨ましかった。
麦野「(――お前を何とかしてあげたいなら、私が当麻から離れるべきなんでしょうね、けど)」
自分達はハリネズミだ。エゴとエゴの棘を、何とか測った距離感で身を寄せ合う二匹のハリネズミだ。
そして…失われた恋を揺るがぬ礎にするも朽ちた墓標にするも、それはきっと、御坂次第なのだ。
麦野「(――それだけが――私に出来ない事なんだ)」
その後、御坂美琴は枯れるまで麦野沈利の胸で泣き続けた。
埋葬する恋に手向ける花束もない、悲しい二匹のハリネズミ達。
御坂は、麦野の中に探しても見つからない上条当麻の残り香を求めていた
いつまでも…ずっと
~第十五学区・歩行者天国~
白井「御坂先輩…まだ繋がりませんの」
一方その頃、白井黒子は近未来的なデザインの携帯電話を耳に当てながら応答のない呼び出し音に頭を悩ませていた。
昼間の爆破事件、ビル倒壊、駆動鎧による市街戦と立て続けの事件調査も空振りに終わり疲れた身体を花壇のレンガに腰掛けて。
白井「もしや…また何かしらの事件に首を突っ込んでおいでですの?」
『常盤台中学』の制服の上に羽織った『霧ヶ丘女学院』のブレザー…かつて『彼女』が纏っていた外套のようなそれ。
腰元に回された金属製の円環ベルト、そのホルスターに差し込まれた軍用懐中電灯。
通行人「なんだあれ…風紀委員?」
そんな奇異な着こなしを、今もこうして通行人の無遠慮な眼差しで見られる事にも慣れてしまった。
事情を知る御坂美琴の悲しそうな視線さえも。
白井「御坂先輩…わたくしは心配ですのよ?」
その御坂もまた最近塞ぎ込みがちであった。それが白井にはたまらない。
いつ御坂は立ち上がれる?いつ白井は立ち直れる?いつ自分達は立ち返れる?
白井「――――――」
あの夏の日の自分…少女時代を終えてしまい、『彼女』と共に『死んで』しまった白井黒子はいつ蘇る?
そうごった返す人波の中…ふと見上げた夜空から視線を戻すと――
白井「――――――」
そこで、白井は瞠目する。何百何千という人混みと人波と人山の中にあって――
『くだらねェ…こンなもンはさっさと終わらせるに限る』
一際目につくホワイトヘアーに杖をつく男が
『まさか、またオマエ達と組む事になるとはな』
夜にもかかわらず怪しげなサングラスに金髪を逆立てた男が
『自分も同感です。全く、退屈しませんねこの学園都市(まち)は』
柔和な笑顔に白を基調とした制服…白井自身も見知った男が
――そして――
『――久しぶり――』
涼やかな声色、怜悧な美貌、鮮烈な赤髪が、懐かしいクロエの香りが、白井のすぐ目の前を通り抜けていった。
後編に続きます



麦野沈理と御坂美琴との相似性を通じて語られる、省略されていた三沢塾と絶対能力進化計画との回送。
白井黒子と結標淡希との関係。
再結成されたグループ。
続きが気になり過ぎて眠れないわ。
特に白井黒子と結標淡希、そして姫神秋沙との関係が妄想の斜め上に行きそうな予感。
ヤバいわ、この禁書SS。