前編の続き
~第七学区・ファミレス『ジョセフ』~
禁書「ぷはー!やっとお腹が動いて来たんだよ!」
麦野「…アンタまだ食べるつもり?暴食はアンタの宗派じゃ七つの罪の一つにあたるんじゃないの?」
禁書「私にはインデックスって名前があるんだよ!ちゃんと呼んで欲しいかも!」
麦野「…話し聞けよクソガキ。さらっと流してんじゃないわよ」
禁書「このくらい朝飯前だから罪にはあたらないんだよ!」
麦野「私と当麻の朝ご飯まで食べといて何言ってんの?その小さい顔、ステーキプレートでジュージューされたい?」
禁書「しずり、見た目より怖いかも!」
麦野「馴れっ馴れしいんだよクソガキ!!」
麦野沈利とインデックスは行き着けのファミレス『ジョセフ』の窓際席にいた。
回転寿司かわんこそばの空き皿のように堆く積み上げられた食器を前にして、眉間に寄った皺を解きほぐす。
つい先程まで上条当麻のベランダに引っ掛かっていたこの禁書目録(インデックス)を名乗る少女に愛情込めた朝食はおろか冷蔵庫にあった腐りかけた焼きそばパンまで食べられてしまった。それが低血圧気味の麦野の機嫌をより斜めにしている。
上条『沈利。なんだかちょっと訳ありそうだ。なるべく早く補修は切り上げて帰るからこの子を見ててくれないか?』
麦野「(当麻のお願いじゃなきゃ誰がこんなクソガキの面倒なんか)」
ベランダでの遭遇、食い散らかされる食卓のイベントを経て麦野が得たインデックスの情報…それは彼女が十字教に所属する修道女であり、魔術結社に追われる身である事、七月七日の織女星祭に上がった花火を標に学園都市に逃げ込んで来た事、そして…
禁書『私の頭の中には10万3000冊の魔導書があるの』
という追われる事情。当然ながら聞かされた上条は半信半疑であり、麦野に至っては夢見がちな少女の眉唾物の話として取り合おうとしなかった。当初は。だがしかし
麦野「(あのイケすかないグラサン野郎と、ツラも名前も拝んだ事のない第六位の警告がなければ到底信じられなかったでしょうね)」
話半分だった疑念が、証拠はどうあれ上条に関する不吉な予言の骨格を肉付けて行く。
完全に信じ切ってはいないが警戒には値する。だからこそ麦野は『あるモノ』を懐中に忍ばせ、こうしてファミレスまでインデックスを連れて来たのだ。
麦野「(消した方がいいかしら?当麻に、クソガキはどっかに言ったって丸めこんで)」
警告にあった七月二十日の朝に現れた謎の少女…幾多の不確定要素のいずれが麦野の最愛の男の運命を歪めるか知れない。
上条には指一本触れさせなかったが、念の為少女の身体をボディチェックした。完全な丸腰だった。
消すのは容易い。これまで消して来た命と同様に。
麦野「(誰に追われてんだか知らないけど、私らには関係ねえよ。カァァァンケイねェェんだよ。下手に巻き込まれでもしたら、それこそ警告通りだ)」
麦野にとっての最優先すべきは上条当麻。自分の命すら二の次三の次である麦野からすれば、目の前のイレギュラーはただの疫病神に過ぎない。
善悪の如何に囚われず誰も彼も助けようとするのが上条なら、善悪の区別に拠らず上条を救おうとするのが麦野だ。
麦野「(けどまあ…昔の私ならベランダの時点で消し炭にしてるんだろうね)」
三度の戦いを経て、麦野も上条に感化されてしまったのだろうと微苦笑を浮かべる。三度の戦いを経て、彼の偽善が本物だと認めてしまったから。その生き方を
禁書「…うん!」
麦野「?」
ふと思考と回想の迷路から出た時、積み上げられた皿の山の向こうからインデックスが微笑みかけてきた。
禁書「そうやって、そういう風に笑えるんだね!しずり!」
麦野「…な、なに言ってんのよ…」
禁書「また変な顔してるんだよ!さっきの方が良かったかも!」
上条の事を思い浮かべていたのが顔に出ていたのか、インデックスが笑みを浮かべたままそれを指差してきた。
今し方まで抹殺する算段をつけていた相手にそう言われ、麦野は珍しく狼狽した。
禁書「モシャモシャ…ねえねえしずり?さっきの…ゴクッゴクッ…“とうま”って人は…ムシャムシャ…しずりの恋人?」
麦野「…お堅い十字教のシスターは口に物入れたまま食べるのが作法なの?」
禁書「答えてほしいんだよ!」
麦野「デザートつけてあげるから口を閉じてなさい」
禁書「わかったんだよ!ならここからここまでのメニュー全部食べたいんだよ!」
麦野「………………」
なんとなく、上条が帰って来るまでは消さずに取っておこうと麦野は思った。少なくとも、確実な裏が取れるまでは。
やり方は他にもある。『暗部』仕込みのえげつないやり方が
~第七学区・とある高校~
上条「ってな事が今朝からあってさ…信じられねえかも知れないけど本当なんだ」
青髪「朝っぱらからそないな空から落下して来た系のヒロインとかなんやねん!カミやん病はもはやアウトブレイクや!ち○こもげろ!」
麦野とインデックスがファミレスにいる間、もはやお馴染みの補習仲間である青髪が二人きりの教室で喚いていた。
小萌は二人の補習課題を持って職員室へと戻っている。今は帰り支度をしながらの他愛ない馬鹿話である。
もちろんその話題は…今朝方ベランダに引っ掛かっていたインデックスの事だ。
上条「マジでオレだって驚いてるんだよ…沈利…麦野も朝から機嫌悪いし…あああ~不幸だ…」
青髪「美少女独占禁止法が適用されたんや。あの別嬪さんむっちゃ気ぃ強そうやから後が怖いで~今頃キャットファイトしてるんと違う?」
上条はふとその光景を頭に浮かべる…異国の修道女を苛む自分の彼女が真っ黒な笑顔でそれをやってのける様を…
上条「(…信じてるから止めてくれよな沈利…)」
青髪「ところでカミやん?」
上条「お?」
懊悩としている上条の様子を知ってか知らずか、青髪がカバンを手に取りながら話し掛けて来た。
青髪「なんか思い出さへん?こういうの」
青髪が周囲を顎でしゃくって見せる。二人以外誰もいない教室。窓辺から射し込む西日。いつも通りの補習の光景…に見えたが…
上条「ああ、お前と初めて話した時だったっけ?確か」
青髪「覚えててくれたんか…」
入学し、同じクラスになってからも席が少し離れていたためか最初は互いに挨拶を交わす程度の中だった青髪と上条。しかし…
上条「ああ。最初の小テストが全然ダメで、オレとお前だけ残されたんだよな。それから話し始めて…」
青髪「そや。お互いアホやな~って言うて。一発目で僕らクラスのアホ扱いや」
懐かしむように笑い目をさらに深くする青髪、破顔する上条。そこにちゃかしに来た土御門がいて…他愛もないデルタフォース(三馬鹿)のささやかな結成秘話だ。
上条「ホントだぜ…上条さんもまさか一学期の頭に馬鹿のレッテル貼られるなんて――」
青髪「――カミやん」
上条「…?どうした?」
二度目の呼び掛け。その特徴的な笑い目はすでになく、どこか真摯な光があった。
いつも馬鹿話ばかりしている変態という名の紳士である青髪が。
青髪「――僕ら…友達やんな?――」
痛いほど真っ直ぐな眼差しで
~第七学区・とある高校~
上条「青髪…」
思わぬ問い掛け、思わぬ態度であった。常に飄々とした態度の青髪ピアスが見せた、上条も初めて見る表情…しかし上条は
上条「当たり前だっての。なに今更言ってんだよ」
変わらぬ笑顔でそれに答えた。キッパリと、一分の淀みも迷いもつかえも見せずに。
上条「いっつも馬鹿話して一緒に吹寄に怒られて、お前やオレや土御門も一緒にメシ食って、この前なんか盗んだバイクで3ケツしたろ?この間お前とやりまくったガンシューティング、おかげで彼女とハイスコア取れたんだぜ?」
青髪「………………」
上条「オレ、お前と同じ馬鹿だから難しい事わっかんねえけどさ…お前の事友達だと思ってんのオレだけか?」
青髪「………!」
上条「友達だろ、オレら」
上条当麻は知らない。青髪ピアスが行方不明の第六位であるという事も。その真の能力…『俯瞰認識』も知らない。神の眼にも等しいその力を。世界の果てから世界の終わりまで見通す悪魔の力を。
青髪「――かなわんなあ、カミやん」
青髪にとって上条当麻は、学園都市上層部や統括理事長絡みの繋がりである土御門とは違った角度の『友達』であった。
故に…青髪は苦悩していた。近い未来、逃れようのない最悪の『死』が訪れる事を『俯瞰認識』を通して知ってしまったから。
青髪「――なんや、僕だけアホみたいや」
しかしそれを告げる事は出来ない。告げれば青髪そのものが運命の『特異点』ないし『破局点』となり、未来の可能性を歪め、観測すら不可能になりかねない。故に
青髪「――しゃあないなあ、ならカミやんの言う友達(デルタフォース)のよしみでオマケさんつけたるわ」
上条「?なんだよ。この間みたいな賞味期限切れの焼そばパンはなしにしてくれよな」
土御門を通して麦野沈利には布石を打った。ならば自分は…上条当麻に布石を打つ。これが良い事なのか悪い事なのか『自分の未来』だけは見通せない青髪にはわからない…が
青髪「…“羽”に気ィつけや…」
上条「“羽”…?」
青髪「せや、“羽”や」
青髪は知っている。麦野沈利とアイテムが自分と上条の命を狙った時、上条は自分の身を捨て瀕死になりながらも麦野に助命を乞うた事を
上条『だから…青髪を…青髪だけは』
その言葉を『俯瞰認識』で聞いた時、青髪は自分を恥じた。
第六位という正体を隠し、能力を偽り、嘘だらけの自分を上条は血塗れになりながらも助けてくれようとしてくれたのだ。
作り笑いのような自分、作られた似非関西弁、嘘だらけの自分を友達として扱かってくれた上条、命を懸け身体を賭けてくれた上条。
だから青髪は第一九学区の事件の際、助け船を出したのだ。土御門にバイクを盗ませてまで。
青髪『借りは返したで、カミやん』
だが…友達を助ける事にすら『借り』という理由をつけねば何も出来ない臆病な自分を…上条は今また『友達』だと言ってくれた。ならば
青髪「(借りは前に返したで…けどな、新しく“貸し”にしとくんは僕の勝手や)」
ならば、自分も踏み出す。青髪には戦う力がない。自分の能力は決して他人に明かせない。だから自分に出来る中での戦いをする。
上条「“羽”って…あの鳥とか天使のか?」
青髪「僕に言えるんわここまでや。あの未来から来たムチムチボインなドジッ娘メイド風に言うたら“禁則事項”や」
上条「はあっ…わかったわかった。とりあえず、“羽”に気をつけるようにするよ…なんせ」
『借り』は返したが『貸し』をするのは自由…青髪もまた、一歩踏み出した。
上条「――友達の言う事だからな――」
誰もが笑って迎えられる、最高のハッピーエンド(運命)を願って。
第七学区・三九号線木の葉通り
禁書「ねえねえしずり」
麦野「………………」
禁書「しずりってば!無視して欲しくないんだよ!」
夕刻。二人は通称『ケンカ通り』と呼ばれる大通りにいた。
脇道に一本逸れればスキルアウト達がたむろしている裏路地に入り込んでしまう、お世辞にも治安が良いとは言えないエリア。
そこに女二人はいた。麦野沈利はガードレールに腰掛け、その傍らにはインデックスが。
麦野「五月蝿いわねぇ…アンタの口は食べる時以外は閉じられないの?」
禁書「こういう事にも使えるんだよ!」ガー!
麦野「噛みついたらもうご飯食べさせないからね」
禁書「理由を話して欲しいんだよ!このままじゃ…また追っ手の魔術師がくるんだよ」
そこでインデックスの表情が曇り、声のトーンが落ちる。
魔術師…学園都市で能力開発を受けた麦野達とは異なるロジックで現実を歪める存在。
この科学万能の街では到底受け入れられないオカルト(非科学的存在)…インデックスを追う、刺客の字。
麦野「そうね。だから何?」
禁書「…無関係の人を巻き込む事は出来ないかも…」
麦野「そうね。私もそう思う」
禁書「ならどうして?」
10万3000冊の魔導書?魔術結社による追っ手?見た事も聞いた事もない存在を、出会ったばかりの少女の口から語られるままに鵜呑みにするほど麦野の歩んで来た血の斑道は平坦ではない。
禁書「“汝の隣人を愛せよ”って教えは、日本にも浸透してるのかな?」
麦野「残念。私が愛してるのは当麻だけ」
ならば…見て確かめる。ただでさえ目立つインデックスを街中へ連れ回し、刺客をおびき寄せるエサに使う。
沈みかける夕陽、人目につかない路地裏、そして女二人…追っ手が来るなら今このタイミングだ。魔術師であるかの真贋は引っ張り出してから見極める。
魔術師がどんな力を持っていようが所詮は『人間』だ。まして刺客につくような人間のなど、思考の面から言って後ろ暗い背景があるに違いない。ならば――学園都市『暗部』に属する自分のロジックやメソッドは無駄にはならない。
麦野「その当麻がアンタを頼むって私に言ったからよ」
禁書「しずり…」
これは共食いだ。上条やこの少女には無縁の世界に住まう、闇の住人同士の共食い。何が予言だ。何が魔術結社だ。
「もし―――そこのお嬢さん」
禁書「!!!」
麦野「はぁい、おにーさん」
エサ(禁書目録)に食いついてきたエモノ(刺客)を…麦野沈利はナンパされなれている女のように左手を上げた。
~第七学区・三九号線ケンカ通り~
インデックスを追ってこの学園都市に潜入してより、ステイル・マグヌスは一度は手中に納めかけた星の砂を取りこぼしてしまった。
第七学区まで追いつめながらも、インデックスを今一歩の所で取り逃がしてしまったのは昨夜の事だ。
だが…そう遠くまで行けはしないとつけた当たりは正解だった。第七学区に張り込み続けた結果…彼女はいたのだ。この街の女学生に連れられて。
ステイル「もし―――そこのお嬢さん」
好都合にも、人払いのルーンを刻む必要もないほど人通りの少ない場所だ。
イギリス清教と学園都市の関係性を鑑みて、事を荒立てる事は好ましくない。ましてや潜入と追跡の密命を帯びている身だ。
だが、これで何とか間に合いそうだ…インデックスに残された『時間』には
?「はぁい、おにーさん」
後はこの女学生から後腐れなくインデックスを引き渡してもらえばいい。
拒めば最悪、実力行使しかない…だが、どういう成り行きかわからないがインデックスと共にいるこの女学生は満面の笑みを浮かべ左手を上げ――
?「さんにーいちドバーン!!!」
ステイル「!?」
ドオオオオオオオオオオオオン…!!!
いきなり、女学生の左手から光球が現出した直後、閃光と爆発が炸裂した
~第七学区・三九号線路地裏~
禁書「!?」
インデックスは驚愕に眼を見開いた。1つは自分の纏う霊装『歩く教会』の魔力を追ってきた刺客との遭遇。
もう1つは…自分にご飯を食べさせてくれた、冷たい物言いながらも笑うと可愛い「むぎのしずり」という女性が――
麦野「あれー?あれー?なんか手応え違うわねえ…あれー?」
そのたおやかな左手から、眩いばかりの閃光とも放った光芒が路地裏の一区画を軽々と薙払う。
インデックスの頭の中にある、幾多の魔術数多の魔法のように…!
麦野「久しぶりだから演算狂っちゃったかしらねえ?」
禁書「し、しずり!」
麦野「なによ」
プラプラと左手を揺らしながら麦野は振り返りもせず、赤い髪の刺客と思しき青年のいた方向を見据えている。もうもうと巻き起こる粉塵の彼方を。
禁書「しずりは…魔術師だったの?」
ここは科学の最先端を行く学園都市。魔術と決して相容れない異国の地。だが…今麦野が放った光芒はまさに『魔術』に匹敵する。
麦野「違うわ」
粉塵が薄れて行く。麦野の優麗な栗色の髪がザワザワと逆立ち、ドス黒い笑みと犬歯を剥き出しにし、暗い笑みを浮かべた横顔がインデックスには見えた。
麦野「ただの――超能力者(レベル5)よ」
~第七学区・崩落の路地裏~
ステイル「…ッ!なんだアレは!!」
ステイル・マグヌスは出会い頭の一撃を寸での所で回避し、路地裏を駆けていた。
幸いにも破壊の余波となった粉塵のヴェールと瓦礫の山がステイルに後退のいとまを与えた。
ステイル「(このままでは…!)」
ステイルの魔術には下準備が不可欠である。こうして逃走しながらもいたるところにルーンのカードを貼り付ける。
確かに先手は思わぬ奇襲に取られたが、相手が調子づいて追ってきたならそこを叩けば良い。拠点防衛、待ち伏せ、トラップはステイルの領域だからだ。
ステイル「これが…学園都市か!」
路地裏の行き止まり、開けた場所に辿り着く。そこは奇しくも上条当麻と麦野沈利が最初に会敵した元工事現場である。
出口は1つ。姿を現した途端に叩く。焼き尽くす。路地裏への下準備は今終わらせた。ルーンは手の中にある。
だがステイルは煙草のフィルターを噛み潰しながら歯噛みした。
ステイル「クソッ」
油断していたつもりはなかった。だが結果としてペースを乱されまたインデックスへの道のりが遠くに感じられた。
だがステイルは不運であった。初めて対峙した能力者が
?「はぁ~い?そこのおにーさん?」
カツン、カツンと聞こえよがしに靴音を立てながらにじりよるその女学生が…この学園都市230万人の上から四番目に位置する超能力者…原子崩し(メルトダウナー)麦野沈利であった事が。
ステイル「…ずいぶん手荒な歓迎をしてくれるんだねこの街の人間は…おかげで肝が冷える思いだ」
?「アンタらの宗派ならそれを『洗礼』って言うんじゃないの?ねえ?マ・ジュ・ツ・シ・のおにーさん?」
ステイル「…残念だ…!もう既にそこまで知られてしまっているなら、尚の事君を生かして帰す訳には行かなくなった…!」
?「“君を帰さない”って?大胆なお誘いだけど…私、もう“彼氏”がいるから」
ステイル「僕の尊敬する女性はエリザベス一世で、好みのタイプは聖女マルタだ。君じゃあないよ」
?「そうね。私もアンタの香水のセンスは嫌いじゃないけど…鼻につくんだよその煙草の匂いがさァァァ!!!」
ステイル「―――!」
?「決ーめた…アンタ…」
夕闇の逆光の中、ステイルは見た。玲瓏たる美貌に狂笑を浮かべた…妖絶なる魔性の徒の口元がこう動いたのを
ブ ・ チ ・ コ ・ ロ ・ シ ・ か ・ く ・ て ・ い ・ ね
~第七学区・打ち捨てられた工事現場~
麦野「ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね」
ステイル「…Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)…!」
共に『必殺』を名乗り上げ、闘争の女神に宣誓しあうかのように言葉を紡ぐ両者。
ルーンカードを片手に咥え煙草を放り捨てる…ステイル=マグヌス!
ステイル「Kenaz PuriSazNaPizGebo(炎よ!巨人に苦痛の贈り物を)!!!」
放物線を描く煙草の軌道がそのまま炎成る剣と化し…ステイルは眼前に立ちはだかる名も知らぬ魔女に対峙する。
麦野「へえ…?それが魔術…?発火能力で言えばレベル4の上位ってとこかしら?」
初めて目の当たりにする非科学(まじゅつ)にドス黒い笑みが浮かぶ。インデックスの言葉の裏は取れたと言わんばかりに。
ステイル「光栄の至り…と言って欲しいかい?僕のレベルが君達能力者で言う4ならば…そういう君のレベルはいくつかな!」
轟ッ!とステイルが手にした炎剣を振りかぶる。3000度を優に越す灼爛の一撃が、刃の軌道を持って麦野へと飛来し―
麦野「合ってるのは『4』だけだよ!!オカルト野郎ォォォォォォ!」
麦野が左手を振るう。瞬時に光の糸で編まれたような防盾が麦野と炎剣の狭間に生み出され――
ドオオオオオオォォォォォォン!!!
ステイル「クッ…!」
衝突の瞬間、麦野は原子崩しの防盾の制御を放棄し、瞬間的に暴走状態と為して指向性を無くした力場を破裂させた。
飛来した炎剣は爆裂によりちぢに乱され工事現場の粉塵が舞い上がる。
ステイル「AshToASh…DustToDust…SqueamishBloody Rood(灰は灰に…塵は塵に…吸血殺しの紅十字)!!!」
即座に追加呪文を詠唱し、真紅の炎剣に次いで蒼白の炎剣を現出。二刀流に構えそれをXのアルファベットをなぞるように粉塵ごと切り裂く!
が
ステイル「消えた!?」
圧倒的な熱量を湛えた熱風が切り開いた彼方に麦野の姿はない。止むを得ない近接戦を強いられたステイルにとって、目視の埒外に消えた麦野を視界を探すには――
麦野「さーんにーいちドバーン!!!」
ステイル「!!?」
ゴオオオオオオォォォォォォ!!!
ステイル「チィッ!」
ステイルから向かって左側、死角に入るか入らないかの煙幕の位置から原子崩しの光芒が殺到した。
ステイルはそれを地面に転がりながら回避する。粉塵の中、原子崩しの光球を見落としていれば…間違いなく首を落とされる直撃コースだった。
ステイル「(僕の炎剣を…目印に!)」
視界の利かない粉塵を打破しようと振るった炎剣を逆に目印にされ、原子崩しを放たれたのだ。闇夜に浮かぶ蛍を狙うように。
麦野「ケツまくって地べた舐めてんじゃねえぞデカブツ!!魔術ぅ?オカルトぉ?関係ねえよ!そんなのカァァンケイねェェんだよぉっ!!!」
激昂し尚もにじりよる魔女。ステイルは考える。コイツは狂ってる。マトモじゃない。しかし恐ろしく…戦い慣れていると!
麦野「パリィ!パリィ!パリィってか!舐めてんじゃねえぞ煙草野郎!魔術師(マジシャン)気取るなら鳩の1つでも飛ばしてみなよねェェェェェェ!!!」
ステイル「(やるしか…ないのか!)」
ステイルは超能力(レベル5)を、麦野は魔術(オカルト)を、それぞれ目の当たりにするのも初めてだ。
だが共に麦野は暗部組織(アイテム)、ステイルは必要悪の教会(ネセサリウス)と…学園都市とイギリス清教という違いはあれど闇の底を知る人間同士。
それを肌身で感じ取ったステイルが取った道…それは
ステイル「MTOWOTFFTOIIGOIIOF IIBO LAIIAOE IIM HAIIBOD IINFIIMS ICRMMBGP!!!(世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ…それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。具現せよ、我が身を喰いて力と為せ!!!)」
麦野「!!?」
全力で、目の前の魔女を狩るという事
ステイル「イノケンティウス(魔女狩りの王)!!!」
地獄の釜を開いたかのような火炎が天を衝いて現出される。逃走中に貼り付けた裏路地中のルーンが輝き、紅蓮の巨人が光の魔女の足を止めた。
麦野「お熱いのは…嫌いなんだけどねぇぇっ!!」
吠える超能力者
ステイル「さて…続けようか!」
」
吼える魔術師
決着、迫る。
~第七学区・裏路地~
禁書「ハッ…ハッ…ハッ!」
インデックスは駆けていた。迷路のようにうねる路地裏を。逃げ出した魔術師と追い掛けた麦野を辿って。
禁書「しずり…!」
彼方から爆音と爆炎が噴き上がるのが暗い路地を走るインデックスにもわかった。
戦っている。麦野が。文句を言いながらもご飯をくれて、愚痴を言いながらもインデックスの身柄を預かると言ってくれたあの女性が――
麦野「出来の悪いパペットの陰に隠れてんじゃねぇぞデカブツ!焼きごてにされたいところから出てきなぁぁぁ!!!」
毛先は焼け焦げ、衣服を煤だらけにしながら光芒を十重二十重に乱れ撃つ。
しかし相対する紅蓮の巨人は穴をいくつ穿たれようと即座に逆再生するようにしてその穴を塞いでしまう。
ステイル「薙払え!イノケンティウス!」
ドゴオオオオオオォォォォォォン!
手にした麦野の身の丈を遥かに越す炎剣を横薙ぎに振るう巨人。捨て置かれた鉄骨や足組を積み木の城でも倒すように吹き飛ばす。
建設機材を跳ね飛ばし、熔解しかかってマグマ状の沼すら生まれる中、麦野は原子崩しを駆使し飛来する鉄骨を片っ端から撃墜して行く。
麦野「しつっこいんだよ木偶の坊!赤く擦り切れるまでヤるのがお好みぃ…?ならデカいだけが取り柄のソイツが立たなくなるまでイカせてやるよ遅漏野郎がァァァ!!!」
麦野は一歩も引かない。耐えざる3000度の炎剣と巨人が生み出す熱気に喉を焼かれながらも尚叫ぶ。それが…インデックスにはたまらなかった。
禁書「もうやめてぇぇぇ!!!」
麦野「!?」
ステイル「?!」
巨人と魔女の激突が…止んだ。
禁書「もういいんだよ…もういいんだよしずり…もう…いいんだよ…」
たまらない。もうたまらなかった。記憶を奪われるのも、逃げ続けるのも、それ以上に――自分のせいで、自分にあたたかいご飯をくれた人達が苦しむのをインデックスはもう見たくなかった。
禁書「ごはん…ありがとう…」
なのに
麦野「――黙ってなさい――クソガキ」
麦野沈利は諦めない。
ステイル「…インデックス!こっちに来るんだ!」
インデックスのためではない。
麦野「黙ってろ赤毛野郎!!!」
レベル5のプライドでもない。
ステイル「…まだやるつもい!?」
この男に負けたくないからでもない。
禁書「しずり…!」
アイツなら――諦めない。
麦野「…なぁぁにが魔術師だ、なぁぁにが魔術だ…!」
あのツンツン頭のお人好しなら諦めない。
麦野「いいわ…そんなくっだらない手品でこのレベル5第四位原子崩し(メルトダウナー)をどうにか出来るだなんて思ってるなら…」
あの偽善使い(フォックスワード)なら諦めない。
麦野「こんな図体だけデカい赤毛野郎にこの私が負けるとか思ってんなら…!!」
――上条当麻なら決して諦めない!!!――
麦野「そ の 幻 想 を ぶ ち 殺 す」
ステイル「!?」
麦野が懐中に手を突っ込む。その手にしているものは…トランプ大の拡散支援半導体(シリコンバルーン)。麦野の原子崩しを一枚の拡散支援半導体につき、14本まで拡散させ乱れ撃たせる…麦野沈利の切り札。
麦野「そっちがキング(魔女狩りの王)なら私はクイーン(原子の女王)…なら、キングに勝つには…!」
ステイル「(マズい!!!)」
バッと空中に何十枚もの拡散支援半導体がバラまかれる。ステイルにはそれの正体はわからない。
だが直感で、本能で、理解する…あれは必殺の一撃だと!
麦野「ジョーカーしかないわねェェェェェェェェェェェェェェェ!!!」
ステイル「潰せェェェェェェイノケンティウスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」
禁書「しずりぃぃぃ!」
インデックスは見た。空中に放られたカード全てを麦野の原子崩しが貫いたのを。
ステイル「(しまった…ルーンが)」
ステイルは見た。乱れ撃ちの光の豪雨が、ルーンの仕組みもイノケンティウスの弱点も知らない能力者が、ルーンを設置した裏路地ごと、工事現場全てを斜線で薙払うのを。
麦野「伏せなインデックスゥゥゥゥゥ!!!」
麦野は見た。光に全てが包まれていく中…赤毛の神父が倒れ、紅蓮の巨人が崩れ落ちて行くのを
ズッ…ドドドドドドドドドドドドドド…
~第七学区・崩壊した裏路地~
禁書「しずり…しずり…!」
麦野「…な…によこれ。これも魔術?それとも地獄?修道女に看取られる義理はないつもりなんだけど?」
光が全てを薙払っていった光景の果てに…麦野はインデックスの膝の上で目を覚ました。あれだけの光の豪雨の中を…伏せろとは叫んだがインデックスは全くの無傷だった。それをぼんやりした頭で問うと
禁書「違うんだよ!これは私の“歩く教会”のおかげなんだよ!どんな力も通さない霊装なんだよ!」
身体が動かない。全て使い果たした気さえする。起き上がれない。あの魔術師は?どうなった?
禁書「わからないんだよ…しずりを引っ張り出してくるので、せいいっぱいだったんだよ」
麦野「…そう」
戦いの狂気の後は決まってこうだ。会話をする事さえ億劫で…虚しくて…
禁書「しずり」
麦野「…なに」
禁書「助けてくれて…ありがとうなんだよ…」
麦野「…そう」
禁書「名前…初めて呼んでくれて嬉しかったかも」
麦野「…そう」
禁書「…帰ろう?」
麦野「…うん」
禁書「立てる?」
麦野「…ううん」
禁書「…じゃあ、起きれるまで膝貸してあげるんだよ!」
麦野「…そう」
禁書「エラい?ねえわたしってエラい?」
麦野「(ウザい…)」
こんなにも、ぬくもりが愛しい。
この日、麦野沈利は『二人目』の人間を助けた。
壊すことしか知らない、その左手で
~第七学区・とある廃ビル~
ステイル「ぐはっ…!」
?「ステイル!まだ起き上がらないで下さい!傷が開きます!」
放置されて久しいビルディングの一角に響き渡る一組の男女の声音。
打ちっ放しのコンクリートの壁面にベッタリとその燃えるように赤い髪と同じ色の血を流しながらステイル=マグヌスはもたれかかっていた。
ステイル「すまない神裂…また今一歩の所で力及ばなかった…この街の広さを、僕は甘く見ていたようだよ」
神裂「彼女に傍らにいた栗色の髪の能力者…ですね?」
ステイル「ああ。原理はさておき…光を司る力に僕は思えた。それもとびきりの破壊力だ。おかげでこのザマさ」
拡散支援半導体(シリコンバルーン)を用いた原子崩しによる一掃攻撃に、ステイルは空中分解寸前であった魔女狩りの王を盾に瓦礫の崩落から辛うじて難を逃れ潜伏先のここまで逃げおおせたのだ。
傍らの神裂がその軽くない戦傷のカバーに当たる。恐らくステイルはもう前線には出れない。出来ても後方支援が精一杯だと神裂は見立てた。
神裂「わかりました…次は私が出ましょう。もう彼女に残された時間は、私達に許された時間は…あまりにも少ない…」
ステイル「情けない…話だがね…」
時間…インデックスの一年置きの記憶消去の術式を執り行う時間。
10万3000冊の魔導書を完全記憶能力を以て保管する『魔導図書館』の代償として、彼女は脳の八割以上の容量を占められ、残る二割足らずの記憶を消去し続けなければ…彼女は絶命してしまうのだ。
ステイル「クソッ…」
二年前彼女と出会ってから、少なからぬ力をつけたつもりだった。インデックスのために、最強である理由を証明するために。
それを…あの能力者…レベル5を自称し、インデックスが他称した『しずり』なる栗色の髪の女はその全てを粉砕した。
教皇級の魔術『魔女狩りの王』を前に一歩も譲らず、あまつさえ魔術の知識もないままに全てのルーンを瓦礫と灰燼の山に埋もれさせて。
ステイル「どうなっているんだ…この学園都市(まち)は」
~第七学区・とある病院~
上条「クソォッ!!」
ガンッ!
禁書「(ビクッ)」
一方その頃…上条当麻は冥土帰しのいる病院の待合室にいた。
小萌の補習を切り上げ、青髪からの助言を受けた後帰路に掴んとした…その道の途中、通称ケンカ通りで上条は出くわしたのだ。
禁書『とうま!とーま!しずりが!しずりが!』
麦野『五月蝿い…喚くんじゃないわよクソガキ…おかえり、当麻』
ボロボロに服を焼け焦がされ、自慢の栗色の髪も痛み切って、至る所に擦過傷を負い疲労困憊の…最愛の恋人の姿だった。
麦野『しつこいナンパに当たっちゃってね…携帯もあの瓦礫の下。ごめんね当麻』
上条はすぐさま遅れて来たアンチスキルが来る前にインデックスを連れ麦野を抱えてケンカ通りを離れ、冥土帰しの病院に飛び込んだ。それが一時間前の出来事であった。
禁書「ごめんなさい…とうま」
上条「あっ…」
そこで壁に叩きつけた拳を離し…上条はやっと待合室の椅子でしょんぼり俯くインデックスに気がつき我に返った。
上条「悪い…えーっと…インデックス…本当に悪い…怖い目にあったのに…また怖がらせちまった…本当にごめん」
禁書「ううん…わたしこそごめんなさい…ごめんなさい…!」
インデックスは今にも泣き出しそうだった。無理もない。彼女の話を聞く限り…絶えず追っ手の影にさらされ続けていた彼女の心労は今現在の上条の比ではない。
上条「謝るな、インデックス。お前が悪いんじゃない…悪いのは…!」
補習だからと麦野一人にインデックスを預け、あまつさえ追っ手という話もどこか話半分で聞いていた…今殴りつけた壁よりも憎い己の甘さに、インデックスや麦野を傷つけたその魔術師の追っ手に…そして何よりインデックスを泣かせてしまいそうな自分に上条は憤っていた。
――しかし―
麦野「かーみじょう」
禁書「!」
上条「麦野…!」
そこへ…所々に包帯を巻きながらも、しっかりとした足取りで…麦野沈利が姿を現した。
声は若干ハスキーになっている。熱と煙に巻かれ喉を痛めたのだろう。だがそれ以外は見た目にはいつも通りに見える。
麦野「なーに幽霊でも見たような顔してるのかにゃーん?勝手にお通夜してんじゃないわよバ上条」
上条「沈利…!お前歩いたりして大丈夫なのかよ!?怪我は?身体は?!」
麦野「かーみじょう」
ドンッとその豊かな胸から上条に当たりに行き、ポスッとその首筋に鼻先を埋めた。もたれかかるように。
麦野「アンタの女は誰?」
上条「えっ、そ、そりゃ…沈利…だろ」
麦野「でしょ。私は誰?レベル5の四位、原子崩し(メルトダウナー)麦野沈利。忘れちゃったなら補習ばっかの緩んだ頭のネジ締め直してあげよっかー?かーみじょう」
上条はその華奢な身体をしっかり抱き寄せた。傍らのインデックスが驚いたような、恥ずかしがっているような視線を向けてくる。実にイタい眼差しで。
麦野「アンタの女はね、こんなくっだらない所で死んでやるほど出来た女じゃないの…だからちゃんと私を支えてて」
上条「…沈利…」
麦野「クソガキ」
禁書「!」
麦野「アンタもこっち来なさい」
ジト目でインデックスを呼ぶ麦野。インデックスは胸中穏やかではない。自分が関わったせいで傷ついた人間に呼びつけられては誰しも同じ反応を示すだろう。だが
ギュッ…
禁書「し、しずり…?」
麦野「ガキがいっちょまえに年上の心配してんじゃないの。こんな傷、暗部ならザラよ。あんなタバコ臭いデカブツなんて私の敵じゃない。100人いようが指先一本でブチコロシかくていよ」
インデックスを囮にステイルをおびき寄せた罪悪感による代償行為か、はたまた純粋に母性が為せる業かは他ならぬ麦野自身にもわからない。だがこうしてやるべきだと本能の囁くままに、麦野はインデックスを抱き締めた。
麦野「それにね…コイツ(上条)私より強いから。アンタらの魔術の世界がどうとか、強い魔術師がなんとかそんなの関係ないから」
禁書「…うっ…」
麦野「アイツらは私達に牙を剥いた。だから潰すの。敵は潰す。徹底的に。別にアンタのためじゃない」
禁書「…ううっ…」
麦野「アンタなんて足手まといになる重みもない。アンタがいたって問題にもならない。わかるー?」
禁書「…うううっ…!」
麦野「泣いちゃいな、インデックス」
禁書「…ううっ、ううぅっ、ううう!」
その先はもう言葉にならなかった。インデックスはもう涙を止める術を知らなかった。
一年おきに消される記憶は彼女の過去を白紙にしてしまった。それでも――
上条「……沈利……」
母のぬくもりにも似た何かは、本能が覚えているものだ。
―第三学区・ホテル『ミネルヴァ』―
麦野「…すっかり泣き疲れね。まさかこの歳で子守りさせられる羽目になるなんて思ってなかった」
上条「いや…本当のお母さんみたいだったぜ」
麦野「やめて。子供は嫌いなの」
結局、麦野は冥土帰しの診療もあって一日の入院の必要もなくなった。
手持ちの拡散支援半導体(シリコンバルーン)全てを用いた原子崩しによる爆撃攻撃による消耗の方が重かったためだ。
今三人は第三学区にある超高級ホテルにいる。垣根帝督が逗留しているようなVIP専門のスイートルーム。警備、監視体制、いずれも万全だ。
レベル5の財力の面目躍如である。
麦野「ムカつくわあの赤毛野郎。おかげで髪の毛ボロボロ。最悪短くするしかないわね」
インデックスは緊張の糸が切れたのか泣き疲れて眠ってしまい、上条はそんなインデックスに布団をかけてやる。麦野は痛んだ毛先をいじりながら腹を立てていた。
上条「悪い…麦野。ありがとうな。こんなボロボロになるまで、インデックスを守ってくれて…マジでありがとう」
麦野「…アンタならどうするかって」
上条「え?」
麦野「アンタなら、助けようとしたでしょう。だから」
誰かのためになんて偽善はごめんだ。自分のための偽善ついでに勝手にインデックスが助かった、それだけだと言外に麦野は言うのだ。
麦野「…ま、アンタと出会う前の私なら多分負けてた。少なくとも勝てなかった」
上条「…そんなに強かったのか…魔術師ってヤツらは」
麦野「違う」
麦野が煤けたジャケットを脱ぎ捨て、胸元を緩める。少し太めだと気にしている脚のストッキングを脱ぐ。もうボロボロではけたものではない。
麦野「――アンタなら諦めなかったろうなって、そう思えたから勝てた」
上条「………………」
麦野「ありがと」
麦野沈利は変わりつつある。胸の奥底に闇の怪物を住まわせながら、その手綱を完全にさばいて。
身の内の狂気を、上条と同じ生き方を選ぶ中で奮おうと。
麦野「さてっと…じゃあお風呂行こうかしら…当麻もくる?」
上条「ぶっ!!!」
麦野「あれー?今日一番頑張った人のお背中も流してくれないほど私の彼氏は薄情だったっけ?あれー?どうしたのかーみ~じょーう~?」
が、途端にいつもの狡猾極まりない笑顔でからかう口調といじる雰囲気を全開にする麦野。それを見た上条は思わず後退りする。
上条「インデックスがいますいるだろいるでしょの三段活用!だいたいお前怪我してるだろ!今日はやめとけって!」
麦野「あれー?お背中流してってお願いしてるだけなのになにいやらしい事考えてるのかなーん?か~みーじょ~う?」
上条「だあああ!わかった!背中流すだけだからな!それで我慢しろよ!」
麦野「うん。お風呂って響くしね。私声出る方だし」
上条「何の話だ何の!!」
禁書「うるさいんだよ!!!眠れないんだよ!!!」
出会ったばかりの三人が、ほんのわずか歩み寄れた夜。
インデックスとの遭遇、魔術世界の存在、魔術師との戦闘、山積する問題は未だ片付いていない。
ともあれ三人は今日という日を生き延びた。誰一人欠ける事なく
上条「一年前の…記憶がない!?」
一夜明け…三人はホテル『ミネルヴァ』のレストランで朝食をとっていた。
激動の一日の中で知り得る暇もなかった、インデックスの抱えた事情。その脳髄に収められた10万3000冊の魔導書、この世の真理をねじ曲げ、神の摂理を行使する知識…追っ手はそれを狙ってきているのだと。
麦野「…最初は半信半疑だったけど、あんな出来の悪いパペット振り回せる所を実感として見せられるとね…」
給仕が顔を青ざめさせながら皿を片付ける傍ら、麦野は時鮭をほぐしながら一人ごちた。
インデックスが言うにはあの紅蓮の巨人はイノケンティウス(魔女狩りの王)というらしい。
予めルーンの刻まれた媒体を至る所に貼り付けて結界と為し、術者の魔力を触媒に顕現されルーンを破らない限り幾度も復活する類の術式だと教えられた。
麦野「(つまり結果として、あの一帯全てを消し飛ばしたのは正解だった訳か)」
上条「だからその秘密を守るために…お前を…インデックスをそいつらは狙ってるんだな!?」
上条はコーヒーが冷めるのも気にとめずインデックスの説明に聞き入っていた。麦野曰く、軍事機密かそれ以上の秘匿性を持った情報がインデックスの頭脳に一極集中されているのだ。
その知識が他の勢力に渡る前にインデックスを回収するか、さもなくば始末するか…刺客はそのためにいるのだと。
禁書「そうなんだよ。だから昨日…しずりは戦ってくれたんだよ。その刺客と…でも刺客は一人じゃないかも」
麦野「言わばアンタは“知りすぎた人間”ってヤツね…だとしたら次は全力で来るわよ。私を見てるからね」
上条「!?」
麦野の言葉に上条が目を見開く。だが当の麦野は素っ気ないほど当たり前に。
麦野「私はあのタバコ臭い赤毛野郎とやりあった。つまりこのクソガキの回収に当たる障害と見なされた。私が相手ならもうそんな事態を舐めてかからない。様子見もしない。必ず潰しにかかる」
インデックスを秘密裏に回収するため不当な方法で学園都市に潜入しているだろう内情を鑑みれば、刺客は目立つ事や荒事を避けるために少数精鋭で来るだろう。
そして敵は麦野の存在を知った。麦野は刺客を退けた。次に来る時はそれを念頭に入れてくるだろうと。
上条「…上等だ」
それを聞いて上条は拳を固く握り締める。機密保持だかなんだか知らないが、こんな少女の記憶を奪い、永きに渡って追い続け、さらに麦野まで傷つけられ…黙って見ていられるほど、出来た人間ではなかった。
上条「魔術師だろうとなんだろうと…やってやる。どんなヤツらかなんてオレは知らない…勝てるかなんてわかんねえ、負けるかも知れねえ、でも…それでもインデックスと沈利を狙うなら、オレはそいつらに刃向かってやる。何度だって」
幻想殺し…上条の右手に宿る異能を打ち消す力。異能しか打ち消せない力。テストで百点が取れる訳でも女の子にモテる訳でもない、スキルアウトにナイフでも出されたら逃げるしかない右手。
その力だって魔術に果たして通用するかどうか…だが、追われている少女を、それに立ち向かった女性を、その手を取れずに終わる事など、上条の中の『上条当麻』が許しはしない。断じて
禁書「…二人とも、ありがとうなんだよ…ごめんね…でもありがとう…ごめんね…ありがとう…なん…だよ…でも…危なくなったら…ちゃんと逃げて欲しいかも…」
上条「…任せろ。インデックス」
麦野「(記憶…か)」
再び目に涙の滲み始めてきたインデックスにハンカチを差し出す上条を見ながら麦野沈利は思う。もし、今までの記憶が一切合切奪われ、白紙にされてしまったら…?
禁書「えへへ…なんだか話してスッキリしてまたお腹空いてきたんだよ!もっと食べたいかも!」
上条「どうなってんだよお前の身体!?まだ入るのか!?それも魔術なのか?ブラックホールなのか!!?」
禁書「れでぃーに対して失礼なんだよ!」ガブッ!
上条「んがあ!?痛っ!痛たたた!?」
たった今、自分達を助けると言ってくれた…この最愛の少年の記憶が自分の中から消えてしまったら?
麦野「(私なら生きていけない)」
二人で見た星空
二人で見た花火
二人で見た夜明け
二人で見た夏の青空
その全てが、喪われたら…生きていけない。麦野沈利はそう思った。心の底から
~第三学区・ホテル『ミネルヴァ』~
禁書「しずり、行っちゃうの?」
麦野「服の替えを調達しに行くだけよ。当麻、お願いね?」
上条「ああ、なるべく早く戻って来いよ。携帯もないんだからな」
麦野「平気。アンタ達こそ気をつけなさいよ…それと当麻?」
上条「ん?」
麦野「私がいない間にクソガキと乳くりあってたらオ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね」
上条「するか!!!」
禁書「いってらっしゃいなんだよ!帰りにアイスくれるとうれしいな」
麦野「(…どんな胃袋してんのよ…頭じゃなくてお腹に魔導書詰まってんじゃない?)」
七月二十一日。朝食を済ませると、麦野はステイルとの戦闘で駄目にしてしまった服と携帯電話を補充するために一度街に出る事にした。
当初、上条達も同行しようとしたがインデックスの守りを揺るぎない物にするためにホテルに留まっているように麦野が伝えたのだ。
白昼堂々街中で襲ってくるような荒事に相手がそうそう出れないという事情も相俟っての外出だが…
~第七学区行きモノレール車内~
麦野「(また狙ってくるとしたら、このタイミングでしょうね)」
麦野はモノレールに揺られながら街を見下ろし思案する。
相手が自分なら、籠城戦の最中ノコノコ街に出て来た敵勢力の人間を捕まえ人質ないし人質交換に使おうとする。
昨日がインデックスを囮にしたなら、今日は自分を餌に使う。それだけの話だ。
麦野「(当麻なら考えつきもしないんだろうな)」
だがそれで良い。『暗部』仕込みの思考法など上条には不要なものだ。
次は敵も腹を括ってくる。ならば面が割れている自分一人の方が動きは軽い。
こうした交通機関、人通りの多い道を選んで歩けば必ず向こうの網に引っ掛かる。
麦野「(蛇の道は蛇…たーのしみだねー)」
上条には見せられない真っ黒な笑顔のまま、麦野は第七学区へと降り立った。
~第七学区・カフェ『サンクトゥス』~
麦野「…なんでてめえがここにいる訳?ガキは貧相な尻突き上げて地べたの泥水でもしゃぶってろ。消えな」
御坂「たかがお茶しに来たくらいでなんでそこまで言われなきゃなんないのよ!」
服を調達しに行ったセブンスミストが何故か半壊しており(虚空爆破事件が原因だと麦野は知らなかった)出鼻を挫かれた麦野は昨日痛めた喉を潤すために近くのカフェレストランに立ち寄った。
その店先でばったりであったのが…目下の恋敵である第三位『超電磁砲』御坂美琴であった。
二人は今、お互い以外誰もいないオープンテラスの席で互いに背中合わせで舌戦を繰り広げていた。
麦野「アンタ当麻を一晩中追っ掛け回してたんだって?その挙げ句一昨日の停電騒ぎ。アレもアンタなんでしょ?」
御坂「うっ…それは…」
麦野「二重の意味でムカつくてめえのツラのおかげでせっかくエスプレッソが泥水だわ。最悪の気分。さっさと私の視界から消えてくれない?」
御坂「…人が黙って聞いてりゃ…言・い・た・い・放題言ってくれるじゃないのゴラアアアァァァ!」
常ならばストッパー役となる白井黒子が傍らに控えているが、七月二十一日現在『幻想御手』の音楽ファイルを追って捜査中のためにこの場にいない事が災いした。
対する麦野も握り締めたエスプレッソの取っ手を握り潰さんばかりで、さらに店内が何故かガラガラで二人しかオープンテラスにいない事が拍車をかけた。
麦野「ああん?テメエが当麻の友達だからって私が手加減するとか思ってる?なら考え違いね…私はテメエの事が会った瞬間から気に食わねえェェんだよォォ!!」
似たような能力、同じレベル5、学園都市暗部と学園都市広告塔。相似形を描きながら相反する麦野と御坂。どちらも低い沸点の上好いた男まで同じである。
現時点で御坂に自覚は芽生えていないが、同じ女で当麻と肌を重ねた麦野にはわかる。目下最大のライバルはこの超電磁砲だと…
しかし
麦野「…やーめた」
御坂「えっ!?」
麦野「私、今アンタと揉めてる暇ないの。それどころじゃないってんだよボケ」
あっさり矛を収める麦野、出鼻を挫かれる御坂。麦野はヒビの入ったカップをソーサーに戻し座り直す。
同時に席を蹴ったにも関わらず、振り上げた拳を一方的におろされては御坂でなくとも戸惑う。
御坂「なっ、なによ!いきなり喧嘩売って来たりいきなり引っ込めたり!訳がわかんないわよ!」
麦野「ヘラヘラ愛想笑い浮かべてカメラの前で手振ってりゃいいアンタには関係ない世界の話。いい気なもんねー常盤台のお嬢様(エース)は」
御坂「…!」
再び煽られ今度こそ許すまじと言った表情の御坂。互いに背中越しに睨み合う。だが麦野は更に言葉を紡ぐ。
麦野「――出て来なさいよ。せっかく仕込みが終わるまで待ってあげたんだからさ」
御坂「?…アンタなに言って――」
?「気が付いていましたか…ステイルに人払いのルーンを刻んでもらっていたのですが」
御坂「!?」
麦野「昼下がりだって言うのに『不自然』に私達しかいなかったし誰も入って来なかったからねえ?この電気ウナギがそれを『不自然』に思った様子もしなかったし」
そこには…天鵞絨のように艶めかしい黒髪を結い上げた、片足だけジーンズを切り詰めシャツ一枚にブーツとウエスタンスタイルに似つかわしくない…令刀と言われる儀式用の日本刀を佩いた女性がいた。
御坂「(私が…気づけなかった!?)」
御坂美琴の『超電磁砲』は派手な攻撃にばかり目を奪われがちだが、自身を中心とし微弱な電磁波の反射でソナーのように周囲の状況や死角を拾える。
その御坂美琴の警戒網を『誤認』させ、周囲の無人状態を『不自然』と認識させなかった…この奇抜なファッションの女性は何者なのだと御坂は訝った。
神裂「…話が早くて助かります。私は神裂火織と申します…貴女が察しの通り――“魔術師”です」
御坂「(魔術師…!?)」
~第七学区・『サンクトゥス』オープンテラス~
麦野「へえ…その魔術師さんとやらはあの赤毛のデカブツみたいに自分の…ええっと“魔法名”って奴は名乗らないの?」
インデックスからイノケンティウス(魔女狩りの王)やルーンの魔法の説明を受けた際に聞いた。魔術師は魔法名なる者を名乗ると。
神裂「…出来ればもう一つの名は名乗りたくありませんね」
麦野「そう。で、何の用?まさか一緒に午後のお茶しに来ました…なんて雰囲気じゃないわよねェェ?」
御坂「(魔術師?魔法名?なんなのこいつら…なんなのこの雰囲気…)」
昼下がりのオープンテラスは一触即発だ。空を駆ける鳥すら避けて通る。ステイルの人払いのルーンと、神裂の張り詰めた空気と、麦野の胎動し始めた狂気で。
神裂「手短にいいましょう…インデックスを引き渡して下さい。もう彼女には…私達には…時間がないんです!」
麦野「あ、そう。てっきりあの煙草野郎の敵討ちかなーって思ったんだけど…残念、そんなつもりはないわ…消えなアバズレ…!」
御坂「ちょっ、ちょっとアンタ達!なにさっきから訳わかんない事言ってんのよ!人を無視して勝手に話進めてんじゃ…」
麦野「関係ねえよ!テメエにはカァァンケイねェェんだよ売女ぁぁ!」
麦野の目が爛々と煮えたぎるような黒い炎を宿していく。神裂もステイルが麦野を評した言葉に得心がいった。
確かにイカレてる。間違いなく狂っている。しかしそれを暴力として奮うだけの術を持っていると。
神裂「…どうしても話し合う事で解決は出来ませんか?失礼ですが、貴女とあの少年は…彼女と、インデックスと面識を持った事すら昨日が初めてではないのですか」
麦野「そうねえ?のべつまくなし食い散らかす、馴れ馴れしい、テレビのリモコンも満足に回せない、正直当麻の側に居られるだけで私も迷惑なのよねえ?」
麦野はインデックスや御坂美琴のようなタイプが嫌いだ。生まれながらにどんな闇に落ちようと輝きを失わない『光』を持ったタイプが。
最初は上条当麻が守ると決めたから守る、ただそれだけだった。
インデックスを守ろうとする上条を守るために。だが今は少し違う。
麦野「けどねー…アンタ達、あのクソガキの記憶消しくってんだって?プチプチプチプチスライム潰すみたいにさあ?」
神裂「っ!…それは!」
麦野「考えたのよねー…大事な人生の記憶を消すなんてふざけた真似されたら私なら生きていけない…でもね?あのクソガキ笑うんだよ?」
自分なら当麻の記憶を奪われたら生きていけない。もう笑う事すら出来ない自信がある。なのに
麦野「ご飯が美味しいって喜んで、寝るの邪魔されて怒って、私が傷ついたの見て泣いて…アイス買って来てって笑ってんだよぉアバズレェェェ!!!」
神裂「…ッッ!!」
自分は人殺しの化け物だ。誰かを助けるために戦うんじゃない。誰かを救うために闘うんじゃない。それは偽善使い(フォックスワード)の生き方だ。
でも麦野はそんな生き方をする少年に救われたから。そんな少年に救われんとする少女の涙を見たから
神裂「…交渉決裂…ですね…」
神裂が諦念と覚悟の両方を決めたように佩刀『七天七刀』に手をかける。
その目蓋には、今麦野が叫んだように、喜んで怒って悲しんで笑う…インデックスの姿が映っていた。
御坂「なんなのよ…なんなのよアンタ達…一体なんなのよ!」
御坂美琴は懊悩する。魔術師、魔法名、インデックス、記憶、上条当麻…知らぬ言葉と知っている単語の中で…
それらを語る麦野の横顔を見てしまったから。
アルカディアの時のような狂気を宿しながら…それでも『何か』を守ろうとするように見える麦野を見てしまったから
麦野「…だから消えなさいって言ったでしょお子さま中学生…巻き込まれたくなかったからさっさとケツ振って逃げればどう?」
麦野沈利は覚悟を決める。暗部で鍛えられた嗅覚が告げる。この日本刀を佩いた女性が、あの赤髪の魔術師より数段ランクの高い魔術師であると。
神裂「参ります…!」
魔女狩りの王(キング)にシリコンバルーン(ジョーカー)は使い切った。
相対するはアイテムの女王(クイーン)と元女教皇(クイーン)
それを見守るは常盤台の第三位(エース)
――クイーンは二枚いらない――
~第七学区・『サンクトゥス』オープンテラス~
麦野「っらああああああぁぁぁぁぁぁ!」
神裂「っはああああああぁぁぁぁぁぁ!」
爆風にテーブルが吹き飛び、剣風に石畳が薙ぎ倒される。オープンテラスは連続した爆撃でも炸裂しているかのような惨状を呈していた。
神裂「七閃っ!!」
一度の抜刀に見せかけ七筋の鋼糸を投擲する『真っ正面から裏をかく』攻撃が麦野へと飛来する。
それも抉れた石畳や切り倒された街路樹まで巻き込んだ質量攻撃となって。
麦野「ッッッ!!」
左手を横薙ぎに奮い、粒子と波形の狭間を揺蕩う電子を光のカーテンのように展開し、飛来する物体全てを焼き尽くす。
原子崩しの威力がそのまま防盾となったそれは容易く神裂の放った一手を熔解させ炎上させる。
神裂「それがステイルの言っていた『光を司る力』ですか」
麦野「だったらなんだよ露出狂女ァァァ!こぉぉんな形で割れんならあの赤毛のデカブツ野郎の首をしっかりもいでりゃ良かったかしらねェェ!?」
左文字の流れを組む頑健な鋼糸は溶鉱炉に浸したように形を失い、神裂はそれを巻き戻す事なく手から放る。
しかしその顔色に揺らぎはない。むしろ…吠える麦野が自らに生まれた揺らぎを鼓舞せんとしているようだった。
麦野「(原子崩しが…撃てない!!)」
速い。速すぎるのだ。神裂の動きが速すぎて『原子崩し』の照準が合わせられないのだ。
慎重に座標を割り出し照準を定め放とうにも、神裂の速力が麦野の演算を凌駕しているのである。
麦野「ちょこまかケツ振ってんじゃねぇぞアバズレェェェ!テメエの脚に見とれてやるほど落ちちゃねぇぞぉぉ!!」
神裂「…ッ!」
放つ、放つ、放つ。無数の原子崩しを目視射撃ではなく見越し射撃で。一発一発が大砲のように地面を穿つ。
神裂の駆ける地点、方向、座標を予測し撃つ。だが神裂はそれすら裏切って跳び、伏せ、かいくぐる。
神裂「(ステイルから聞いた以上の破壊力ですね)」
神裂はその視力8.0という常人離れした目の良さと、聖人として常人を遥かに上回る動体視力から麦野の左手の角度…すなわち、原子崩しの射出角度を見抜き撃たれる前に回避しているのだ。
さらに、あくまで直線的な砲撃である原子崩しの狙いを曲線的な動きで掻き回し、脚力で掻き乱す。
神裂「(ならば――砂かぶりの位置まで!)」
ドンッ!と足元が爆裂したようなロケットダッシュで距離を詰め七天七刀を居合いに構える。すれ違いざまの疾走居合い。
麦野「女に迫られる趣味はねぇぇんだよぉぉぉ!」
麦野も自らの足元に原子崩しを放ち、加速。飛び込む神裂、飛び出す麦野。
神裂「ハアアアァァァ!!」
未だ納刀されたままでの鞘突きが麦野を襲う。狙いは鳩尾。射抜き、その衝撃で膝を突かせんとする。
ゴッ!!!
麦野「グガッ…アアアァァァ!!」
一撃の元、水月へと突き刺さる鞘頭。仰け反る麦野。しかし
麦野「バァァァ…カがぁぁぁ!!!」
神裂「!?」
スキルアウトを素手で殴り倒すほどの、聖人には遠く及ばずとも強い肉体を持った麦野はその鞘ごと七天七刀を掴み――
ドジュウウウゥゥゥ!
神裂「そんな…!」
零距離から左手の光球…粒子と波形の中間点に留めた力場の射出口で七天七刀を熔解させたのだ。
核シェルターをも易々と貫通せしめる熱度の原子崩しで…!
麦野「そんな皮被り(さやつき)の長物振り回してれば…私に勝てるとか…思ってたー?」
神裂「―――!」
麦野「ブンブンブンブン…ブンブンブンブンうっとおしいハチは…」
半ばから溶け落ちた七天七刀を掴んでいた左手を…そのまま突き出し――
神裂「しまっ…!」
麦野「掴んだら…潰さないとねェェェェェェ!!!」
ドオオオオオオォォォォォォン!!!
~第七学区・グラウンドゼロ~
御坂「…なん…なのよ…これ…」
第四位原子崩し(メルトダウナー)と女教皇(プリエステス)という科学と魔術の正面衝突を目の当たりにし、御坂美琴は茫然自失としていた。
御坂「だっ…第四位!」
麦野が七天七刀を破壊し、零距離から原子崩しを放った衝撃が爆心地同然となったオープンテラスにもうもうと土煙を巻き上げるのを見、御坂は駆け出した。
麦野「ゲホッ、ゲホッ…ガハッガフッ…ゲエッ…エ…エェ…ェェ…!」
御坂「ア、アンタ!大丈夫!?大丈夫!!?」
麦野「グッ…フーッ…こ…れが…大丈…夫に…見えんなら…アンタ眼科にいったら…?」
鳩尾を七天七刀の鉄鞘で撃ち抜かれ、呼吸も困難な中、血の多分に混じった吐瀉物を吐きながら麦野沈利は地面に手をついていた。
駆け寄る御坂の手を振り払い、悪態をつく。骨が砕かれたか折れたか…昨日のステイルとの激闘も重なり、麦野沈利の身体は軋みを上げていた。
御坂「びょっ、病院!早く、早く連れて行かないと!」
麦野「…逃げ…ろっ…て言ったで…しょ…この…売女…」
御坂「逃げれる訳…ないでしょうが!もうしゃべんなぁ!!」
御坂美琴にはわからない。なぜ麦野があの神裂を名乗る女性と戦わなくてはならないのか。
御坂美琴にはわからない。あの傲岸不遜を地で行き誰も彼も見下す第四位が…吐瀉物を吐き血を撒き散らしながら必死に抗うのか。
御坂美琴にはわからない。そんな泥臭く地を這いもがく麦野沈利を見て…得体の知れない激情が込み上げてくるのか。
それは奇しくも、血溜まりの中麦野に抗った、あのツンツン頭の無能力者と重なった。
麦野「バ…カ…」
まだ…終わってないんだよ…第三位(レールガン)
神裂「Salvere000(救われぬ者に救いの手を)」
~第七学区・グラウンドゼロ2~
御坂「…!」
精も魂も尽きたような麦野を抱えながら、御坂は愕然とした。
神裂「危ない…所でした…身かわしがコンマでも遅れれば…今頃私は生きてはいられなかったでしょう」
土煙の彼方…左肩口を抉られ焦がされた傷を抑えながらも…神裂火織を名乗る魔術師は立っていたのだ。
麦野「…チッ…人に…情けかけるから…痛い目見るんだよ…ビッチが…」
もし神裂が抜刀していればあの突きの時点で麦野は絶命していた。そのある種の優しさを指して麦野は言っているのだ。
神裂は強い。身を捨てて得た神裂の「優しさ」とという隙を突いて尚…届かない。
神裂「――もう一度言います。インデックスを…引き渡して下さい!魔法名を名乗った以上…もう私は手心を加える事は出来ません!」
傷口より痛む心を抑えつけて神裂は告げる。間もなく命を落としてしまうインデックス、今も戦えずとも後方から支えてくれるステイル、それを無碍に、無為に、無駄には出来ないのだ。
刺客として、追っ手として、あまりに優し過ぎるが故に。
――しかし――
麦野「関係…ねえんだよ…!」
御坂「あんた…!」
麦野「関係ねえよ!カァァンケイねェェェんだよォォォッ!」
麦野沈利は立ち上がる。寄り添う御坂の前に背を向けて。神裂に胸を晒して。
麦野「なーにが魔術師だ。なーにが魔法名だ。ここでテメエをブチのめせば、そんなの関係ねえって証明出来んのかねぇ!?」
後になど引けない。自分の後ろに御坂美琴が、インデックスが、上条当麻がいるのだ。だから…麦野沈利は立ち上がる。何度でも。
麦野「見くびらないで欲しいわねえクッソババア…私もね…アンタと同じ穴の狢よ…刀振り回して説得してるつもり?力振りかざして上から目線で“手心を加えられない”?神様にでもなったつもりかってんだよテメエはァァ!」
神裂「…!!」
神裂が戦慄く。戦力差は圧倒的だ。いかに麦野がレベル5と言えそれは軍隊クラス…対する神裂は聖人…魔術世界の核兵器だ。
その神裂が一瞬気圧される。その、先程までの狂気を越えた鬼気に。
麦野「――見せてみなさいよ…ご自慢のお家芸…魔術ってヤツをさあああぁぁぁーっっ!!!」
麦野が再び左手を突き出す。神裂が気圧されるながらも呪文を詠唱する。
神裂「くっ…!」
ゴッ…ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!
御坂「これが…魔術!?」
後に『後方のアックア』と渡り合うほどの水の魔法…大海原を思わせる大質量の水が…逆巻く萼となってオープンテラスを軽々と覆い尽くす異様を見せつけ
麦野「――巻き込んで、悪かったわね」
御坂「え!?」
ドオオオォォォンッ!
御坂「!?」
御坂の足元に原子崩しを放ち爆裂させ吹き飛ばした。迫り来る大海簫の一撃の直撃から外れるコースへ
御坂「だっ…第四位―――!!!!!」
大海原の一撃が迫る
死へ誘う死神の大鎌が
麦野「(…残念…)」
迫り来る一面の青。これが魔法かだなんてぼんやりと考える。
御坂「―――!―――!!!」
麦野「(うっせえんだよ売女…聞こえねえんだよ)」
地鳴りと共に遅い来る激流が御坂の叫びをかき消す。
麦野「(ああ…そう言えば…インデックスに…アイス買ってあげないといけないんだっけ)」
これが死か――そう薄ぼんやりと思う。
麦野「(こんな事なら…あいつにもう一回抱かれたかったなあ…)」
想う、最愛の少年。初めて出来た彼氏。私の――初めての男
麦野「(ごめんね、当麻)」
バキイイイイイイィィィィィィ…
その瞬間、迫り来る大海原が割れた
麦野「!?」
跡形もなく、粉々に打ち砕かれ
御坂「?!」
舞い散る水しぶきは虹を生み出す暇もなく
神裂「!!」
ただ一人の少年が…力尽きた麦野の前に舞い降りた。
「ウオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!」
ガッシャアアアアアアアアアァァァァァァン!!!
幻想を打ち砕く音と共に
麦野「――アンタ…なんで…」
夢かとすら思った。幻かとすら思った。
御坂「――遅いのよ!アンタは!」
もう、奇跡なんてたくさんなのに
神裂「――まだ、仲間がいたのですね」
もう、幻想(きせき)なんて望まなかったはずなのに
「言ったろ…助けてやるって…!」
まるで、御伽噺の英雄(ヒーロー)のように
上条「お前の全部抱えて…引きずり上げてやるってなあああああああ!!!」
上条当麻は、現れた
~第七学区・グラウンドゼロ3~
神裂「…まだ仲間がいましたか」
神裂火織は目の前で起こった現実に瞠目していた。
神裂「(かき消した…?いえ…打ち消した…?)」
満身の力を込めて放った大海の魔術を粉砕し降り立った少年…上条当麻の姿を刮目する。
とりわけ恵まれた体躯を持つ訳でも、魔術的な要素を持っている訳でも、まして自分と同じ『聖人』という訳でもなさそうな…
どこにでもいるような学生が…まるで自分達が属する十字教のモーセのように大海を割って入ってきたのだ。
上条「――御坂」
御坂「ふえっ!?」
少年が傍らにいたもう一人の少女に、自分を…神裂火織を見据えた視線を外す事のないまま呼び掛けた。
上条「麦野を――頼む」
御坂「あっ…う、うん!」
そう告げられたシャンパンゴールドの女学生が頬を朱に染めながら力尽きた栗色の髪の女性に肩を貸し、退いて行く。
上条「おまえか…魔術師ってのは」
神裂「…神裂火織と申します」
ザッと少年が一歩踏み出す。相対する自分は動かない。鋼糸は捨て、七天七刀は熔解され徒手空拳だ。
だが自分は…もう魔法名を名乗り上げた。どんな武器より強大な力を秘めた魔術と肉体が自分の武器だと知っている。
上条「おまえか…インデックスを追い掛け回して記憶を奪ってるヤツは…!」
神裂「…そうです」
必要悪の教会に属する自分を前に、絶対なる善の具現者のように現れた謎の少年…彼を打ち倒さなければインデックスへは辿り着けない。
上条「おまえか…こんなメチャクチャな話にビリビリを巻き込んだのは…!!」
神裂「…そうです!」
もう後には引けない。目の前の少年がどれだけ正しい理由を持っていたとしても…立ちはだかる全てを乗り越えねばインデックスへは届かない…!
上条「おまえか…麦野を…沈利を…オレの大切な人達を…!!!」
神裂「…!」
神裂は詠唱を開始する。今度は逆巻く大海を無数の大鎌へと作り変え、天空から降り注ぐ断罪の一撃へと…!
上条「傷つけたのは…おまえかあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」
ドバアアアアアアァァァァァァン!
少年が駆ける。神裂が爆ぜる。大瀑布がそのまま牙を向いたような先程より遥かに破壊を重視した魔法が放たれる。
ノアの箱船…『洪水伝説』を思わせる一撃が、飛び出して来た少年を飲み込む。
上条「おあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」
パキイイイイイイイイイン!
大海の雪崩を右手一本で『ねじ伏せる』少年。何トンもの大質量の水を、まるでハエでも叩くように…!
神裂「(やはりあの“手”が源泉ですか)」
即座に神裂は少年の秘めた力を見抜く。一度目で疑い、二度目で信じ、三度目で――
神裂「(ならば…逃れ得ぬ一撃を!)」
轟ッ!と大気が灼熱を帯び、少年の周囲一帯が地獄の業火に包まれる。
同時に数百数千の炎で象られた無数の槍が現出される。メギドの火(天の炎)そのもののように。
面で通じないなら点を幾重もの線に変えて撃つ。それは奇しくも麦野が上条に行った攻略法である。
上条「俺は――認めねえぞ」
だが上条当麻は動かない。四方八方全方位から放たれる炎の槍を前にして…!
上条「こんなすげえ力持ってんのに…オレなんかじゃ持てねえすげえ力持ってんのに…!」
ただ――かざした手を――奮う!!!
上条「こんな(奪う)ことにしか使えねえ“力”なんて…オレはいらねえ…認ねえってんだよ魔術師ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
ドゴオオオオオオオオオン!!!
神裂「(まだ届かない…また届かない!!!)」
展開された炎の槍の雨が少年の身体を刺し貫く極近領域の接触限界点で振るった右手がそれらを雲散霧消させる。
麦野との戦いで積んだ経験がなければ、ギリギリまで引きつけてまとめて打ち消すだなんて真似は出来なかったに違いない。
消せるかどうかもわからない魔術を前に、己の右手を信じきれるかどうかなど麦野がいなければ少年にすらわからなかっただろう。
しかし少年は超えた。致死の極狭領域を抜けた。麦野と超えた夜があるから少年はここに立てる。立っていられる。
上条「こんな力押しでインデックスを押さえ込んだのか?」
少年の目に恐れはない。
上条「こんな力任せで麦野をねじ伏せたのか?」
少年の目に迷いはない。
上条「確かにおまえはすげえ“力”があるよ魔術師…オレなんかじゃ一生かかっても持てない力を持ってる…けど…そんだけだ!」
再び歩み出す。左手に御坂美琴の無事を
上条「“力”だけだ…おまえは“強く”なんかない…だから全然怖くねえ…」
右手にインデックスの運命を
上条「最後まで逃げなかったビリビリの方が…最後まで戦った沈利の方が…おまえなんか足元にも及ばねえくらい強いんだ!わかるか!!」
背中に麦野沈利の諦めない意志を背負って
上条「おまえの間違った“強さ”なんてちっとも怖くなんかねえんだよ!魔術師!!」
偽善使い(ヒーロー)は立つ。
上条「いいぜ…そんな“力”でこのオレを倒せるとか思ってんなら…」
突き出す右手、踏み出す左足
上条「その“力”がオレの大切な人達を傷つけて奪うってなら…!まずは…!!」
叫ぶ――上条当麻は叫ぶ!!
上条「そ の 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! !」
~第七学区・グラウンドゼロ4~
御坂「あっ、あいつ…あのバカ!」
御坂美琴は麦野沈利を抱いて激戦の余波が及ばぬオープンテラスの外側にいた。
その視線の先には…神裂火織と対峙し互角に渡り合う上条当麻。
御坂「逃げなさいよ…なんで…なんであんなのと戦えるのよ!」
日本刀を無くしワイヤーも失い、それでも平然とレベル5並みの威力を誇る『魔術』とやらを軽々と放つような相手を前に…渡り合うそのその背中から目を離さない。
御坂「逃げなさいよ!レベル0のアンタが勝てる訳ないじゃない!逃げなさいよ上条当麻!!」
麦野もそうだった。上条もそうだ。絶対に引かない、逃げない、下がらない。
止めに入りたいのに入れない。力を貸したいのに足が動かない。
レベル5の四位をああもあっさり退けるような敵を前にして…御坂は…
?「逃げないよ…とうまは」
御坂「…誰?」
ふと気が付くと…傍らにこの街では見かけない純白の修道服の少女がいた。
倒れ伏す麦野の額を、これ以上なく涙をこらえて…それでも必死に笑みを浮かべて…インデックスは戦っていた。自分が連れてきてしまった現実(さいやく)と
禁書「しずりが言ってたもん…とーまはしずりより強いって!とーまは言ってたもん!とーまはわたしに“任せろ、インデックス”って言ってくれたんだよ!!」
砂粒のように小さい確率に、紙のように薄い勝率に上条当麻は全てをかけると…もうインデックスは信じてしまったから。
何億の敵を相手にしようが、世界を敵に回そうが、たった一人の少女と一人の女性のために刃向かうと偽善使い(かみじょうとうま)は言ったのだから
麦野「…手…出すんじゃないわよ…メスガキ」
御坂「!?」
麦野沈利が首を起こす。息も絶え絶えになりながら、それでも見届ける。自分達を助けようとする…上条当麻の背中を
麦野「イイ女ってのはね…男を立てんだよ…覚えときな…膜ついてんならね」
御坂「あんたは…!」
麦野沈利は信じる。星占いの結果より、学園都市の天気予報より、信じている。
麦野「…上条…当麻ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
上条当麻を信じている。
~第七学区・グラウンドゼロ5~
神裂「…“唯閃”…」
神裂火織は覚悟を決め、性根を据え、腹をくくった。
生半可な魔術などこの少年の前にはなんら障害になりえない。決定打はおろか足止めにすらならない。
砕かなくてはならない。その体を。折らねばならない。その心を…全身全霊の乾坤一擲で
神裂「(力…ですか)」
救われぬ者に救いの手を…神にすら見捨てられた人間すら余さず救うと誓った力で…インデックスの記憶を奪わねばならない絶対矛盾。
神裂「(ああ…そうでしたね)」
呼吸を整え魔力を練り上げる。七天七刀が麦野沈利に焼き尽くされた今…抜刀の代わりに素手で切り札たる『唯閃』を使わねばならない。
神裂「(私が守りたかった…人々は)」
思い浮かぶは出奔した天草式の面々。自分はそこを捨て、相対する少年は少女達の全てを捨てずに守ろうとしている。
神裂「(なんのために…私は力をつけたのでしょう…私はなぜこんなにも)」
一人の少女も救えず、一人の少年も倒せない…なんて…なんて…
神裂「(無能なのでしょう)」
ドンッ!!!!!!
引き絞られた矢弓のように『唯閃』は、神裂火織は放たれた。
上条当麻の、全てを粉砕するために
~第七学区・グラウンドゼロ6~
上条「(来る…!)」
神裂が全てを懸けた突進を以て迫り来る。それが上条当麻には見えていた。
全てがスローに見える。舞い散る砂粒の数から相手の鼓動まで聞こえて来る。
それは走馬灯のようにゆっくりと…上条の世界を埋め尽くす。
上条「(オレ――強くなるから)」
御坂を、インデックスを、麦野を、こんな目に合わせるこの絶望的な世界にもう好き勝手になどさせない『強さ』が欲しい
上条「(おまえ達をこんな目に合わせる連中を…全部ぶっ飛ばせるくらい強くなるから)」
もう不幸な脇役なんてごめんだ。主人公になりたい。この救われぬ少女達を守れる、ちっぽけな主人公になりたい。
ずっと待ってたんだ…悲劇(バッドエンド)なんかで満足などしていられない…!
上条「手を…」
命を懸けて一人の女の子を…誰かを救える偽善者に――上条当麻は今、なる。
上条「伸ばせば…」
もう二度と、誰も涙を流さずに笑って迎えられる幸福(ハッピーエンド)のために
上条「届くんだ…!」
神裂は強い。神裂は負ける。
上条「いい加減初めようぜ…偽善使い(フォックスワード)ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
麦野「…上条…当麻ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
インデックスと、麦野と
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
上条当麻に――負けるのだ
~第七学区・グラウンドゼロファイナル~
禁書「とうま…!」
インデックスは見た。『唯閃』で迫り来る神裂が振るう右手を
御坂「当麻…!」
御坂美琴は見た。上条が同じく振り抜いた右手が神裂の顎を捉えるのを
麦野「上条…当麻…!」
麦野沈利は見た。全力の『唯閃』が減速せず突っ込んだ勢いを…そのまま完全なカウンターで吹き飛ばす上条の右手を
神裂「…ァッ!」
神裂火織は見た。『唯閃』による一撃が、まるで最高速度で走る車がトンネルに突っ込み跳ね返され潰されたようになるのを
上条「――終わりだ。魔術師」
上条当麻は見た。減速の聞かないレッドゾーン(限界加速)を、マージンゼロ(余力無し)の一撃を、まるで150キロ越えの豪速球をバッドで叩き返したのと同じ原理で振り抜き…沈み行く神裂を
神裂「――私は――」
もし神裂が上条を完全にド素人とみなしていたなら『唯閃』など使わず単純な肉弾戦のみで勝てただろう。呆気なく。
だが、広範囲にして大規模な魔術を容易くねじ伏せ、その気迫で、言葉で、神裂の本気を引き出した事が…上条の勝因である。
神裂「――守りたかった――」
皮肉にも、守るべき者から身を引いた強者の本気が、守るべき者を手放さなかった弱者の窮鼠の一噛みに敗れたのだ
手加減していれば勝て、全力を出したから負けた…神裂の敗因は『強すぎた』事に尽きる。
強すぎる『唯閃』が、上条に向かうはずだった衝撃全てがカウンターパンチにより我が身に降りかかった…強者ゆえの弱点
上条「なら――今度は守ってみろよ…魔術師」
その声音に…神裂火織はゆっくりと意識を手放した。
抜けるような青空を見上げ…聖人は眠る。
全てから、解き放たれたように
第七学区・カフェ『サンクトゥス』跡地
ステイル「神裂!!」
轟音と共に決着の着いた上条当麻と神裂火織に元に『人払いのルーン』を刻み後方支援に回っていたステイル=マグヌスは駆け付けた。
何者かの手により『人払いのルーン』の効力が打ち消された事、そしてインデックスの『歩く教会』が放つ力場を追って辿り着いた先…そこには
禁書「…!」
御坂「また…!」
上条「…麦野…あれも魔術師なのか?」
麦野「ええ…私に飛びっきりお熱い一発をお見舞いしてくれたスカした赤毛野郎よ」
目標たるインデックス、見知らぬ女学生、特徴的な髪型の少年、そしてステイルに撤退を余儀無くした光を司る能力者…そして…力尽きた同僚の姿がそこに揃い踏みしていた。
ステイル「…!」
ステイルは歯噛みする。万が一にも敗れる可能性のなかった神裂が倒れ、未だ戦傷癒えぬ自分と、インデックスを除いて未だ敵となりうる存在が三人も控えている事に…そして
ステイル「インデックスを…引き渡してくれ」
上条「……………ッ」
禁書「…とうま…」
かつて己の居た立ち位置に、不安げに寄り添い上条の影に隠れるインデックスに…歯を食いしばり何かに耐えるように黙して耐える少年がインデックスを庇うように佇む姿に…ステイルは
ステイル「もう時間がないんだ!このままでは…彼女は!インデックスは!!」
叫んだ。恥も外聞も誇りも全てを投げ打って、憎き仇を前に誰よりも誇り高く気高いそのルーンの天才魔術師は血を吐く思いで叫んだ。
ステイル「彼女は死んでしまうんだ…!!死んでしまうんだよ!!!」
上条「…!?」
麦野「…はあ!?」
禁書「………………」
御坂「(何の…話?)」
~第七学区・カフェ『サンクトゥス』跡地2~
ステイル「完全記憶能力という言葉を…知っているかい?」
麦野「…このクソガキの頭の中にある、10万3000冊の魔導書の絡繰りがそれ?」
ステイル「そうさ」
ステイルは語る。倒れ伏した神裂の傍らに膝をついて。
インデックスが禁書目録(まどうとしょかん)と呼ばれる由縁…それは一度見聞きした事全てを砂粒の一つも漏らさず脳に焼き付けるギフト(懸絶した異才)
ステイル「彼女はそのために…脳の容量の八割以上を費やさなければならなかった…残る二割足らずの容量は…」
そこでステイルは奥歯が砕けんばかりに、握り締めた拳から血潮が滴らんばかりに叫ぶ。
ステイル「たった一年で埋まってしまうんだ!完全記憶能力を持つ彼女は!その二割足らずをたった一年で埋め尽くしてしまう!それを…その一年の記憶を消さなければ…!」
――脳の容量が十割に達した時、インデックスは絶命する――
上条「……ッ……」
禁書「(とうま…?)」
御坂「まさか…そんな…」
麦野「…はぁん…?」
ステイルに負けないほど苦悶の表情を浮かべる上条、そんな上条をたった今告げられた衝撃の内容も省みず気遣うインデックス…そして
御坂「まさか…そんな事…ありえないわよ」
ステイル「!!?」
呆然としたように口を開き言葉を紡ぐ御坂、目を見開くステイル、そして…
麦野「記憶のし過ぎて命を落とすぅ?赤毛…アンタ頭のネジ緩んでじゃない?」
呆れたような表情と冷めた目つきで髪をかきあげる、麦野がいた。
御坂・麦野「「ありえないっての」」
~第七学区・カフェ『サンクトゥス』跡地3~
ステイル「そ、そんな馬鹿な!確かに彼女は一年の時を境に、埋め尽くされる記憶の苦痛にもがき苦しんで…!」
御坂「だからそれがありえないんだってば!アンタ脳の容量って知ってる?人間の寿命よりずっと長くてずっと広いのよ?」
麦野「だいたい…人間の記憶の種類を大ざっぱに2つに分ければ“知識”と“経験”なのよ。その2つはそれぞれ別の領域に分かれてるわ。パンツのポケットが左右に分かれてるみたいに。1つのポケットに全部詰め込まれてる訳ないでしょ」
学園都市最高位のレベル5二人が口を揃えて告げる。レベル5とは大まかに分ければ戦闘能力、研究価値、そして演算能力の高さにある。
御坂「完全記憶能力って…それは確かにすごい才能だけど、前にテレビに出てたその完全記憶能力者はおじいさんだったけれど、このインデックスって子よりずっと長生きだったわ」
麦野「それに…私達レベル5が使う能力だって莫大な情報処理と膨大な演算能力無しじゃいられない。多分使ってる脳の容量はクソガキと同じそれ以上のはずだけどピンピンしてるわよ?」
御坂「あんまり言いたくないけど…能力開発や脳開発はこの学園都市でも当たり前に行われてる…でも、私はちゃんと生きてる」
麦野「アンタ…もしかして、誰かにいいように言いくるめられてんじゃないの?」
ステイル「………………」
ステイルは愕然としていた。少女と女性の二人から語られる言葉に。
麦野「…アンタらの言う魔術ってさ…“口封じ”みたいなもんもあるの?」
ステイル「…それは!」
麦野「機密の塊みたいなこのクソガキが自分達の手から離れないよう、口封じみたいな魔術や時限爆弾みたいな魔術がかかってない…なんて言い切れる?」
『暗部』に身を置く麦野沈利ならばそうする。科学と魔術という違いはあれど、後ろ暗い考えを持つ人間ならばそのような防衛装置の一つや二つは仕込んでおくものだと…
神裂「…だと…したら…」
ステイル「神裂!!」
そこで神裂火織が目を覚ました。傍らのステイルの肩に手をつきながら立ち上がり
神裂「私達は…騙されていたと言うのですか…?」
麦野「さあ?ただ一年を境にってくだりでそう思ったのよ…一年で脳の二割を記憶で占めるようなら、このクソガキは十歳までも生きられないんじゃない?」
その10万3000冊の魔導書があるなら尚更、と麦野は付け加えた。一年という区切りがキリが良すぎるとも。
神裂「だとしたら…私達は…今まで!あの子の…彼女の…インデックスの記憶を…!」
ステイル「神裂…」
禁書「………………」
御坂「(ぜっ、全然話が飲み込めないわよ!結局どうなってるの!?)」
三者三様の悔悟がそれぞれの表情に現れていた。それをどうして良いか所在なげに視線を這わせていた御坂の視線が…ある一点で止まる。
御坂「アンタ…ちょっとこれどういう事なのよ!説明しなさいよ!」
上条「ッ………………」
御坂「黙ってないでなんとか言ったら―――…えっ?」
その瞬間…体中から脂汗を噴き出していた…上条当麻が…
グラッ…
御坂「ちょっ、アンタ――」
ドサッと…意識を失ったように…前のめりに…
ポスッ…
麦野「…?当麻?…当麻!?当麻!!」
全員「「「「!?」」」」
麦野沈利に身体を預け…意識を手放していた。
グシャグシャに潰れた、右腕から血を流して
~第七学区・とある病院~
冥土帰し「命に別状はないようだけど、もう右腕を動かすのは当分無理だね?」
麦野「…どれくらい…どれくらいで…治る?治せる?」
冥土帰し「…早くて1ヶ月…」
麦野「…!」
上条当麻が神裂との一戦の後、ほとんど口を開かなかったのは…粉砕骨折などと生易しいものではなかった。
指先から手から腕から…骨から筋肉から神経から…冥土帰しの腕がなければ切断するしかないほどの重傷を負ってしまった。
不完全な形とは言え『唯閃』に対し真っ向からカウンターを放った代償は、それこそ迫り来る砲弾を拳で殴り抜くようなものだった。
発狂寸前の激痛の極致を押し隠し、現れたステイルや神裂に対し…彼女達を守らんと右腕を上手く隠し警戒していたが、それも限界に達し上条は倒れた。
今はオペを終え、眠りについている。神裂が治癒の魔術をかって出ようとしたが無意味だった。
異能の力を全てを打ち消す右腕は、聖人の恩恵を受けられなかったのだ。
冥土帰し「しばらくは端はおろか本のページすらめくれないだろうね?ひとまず安静に――」
麦野沈利は絶望に似た眩暈に襲われた。
もう、上条当麻の右腕を…右手を…イマジンブレイカーを当てにする事は…出来ないのだから。
~第七学区・とある病院~
ガンッ!
何かを壁に叩きつけるような音がした。時刻は七月二十一日夜…上条当麻の眠る病室の廊下でその音は響いた。
御坂「あんたの…せいだからねっ…!」
神裂「………………」
御坂「あんたの…あんたのせいでアイツは…!」
禁書「やっ、やめるんだよ!ケンカはよくないかも!」
ステイル「やめたまえよ…そんな事をしたところで何も変わらない」
御坂「…あんた、何言ってんの…?」
廊下に置かれた革張りのソファーに身を沈めうなだれる神裂火織の胸倉を、烈火の怒りを宿した御坂美琴が掴んで食ってかかる。
それをインデックスが何とか仲裁しようとするが功を奏さず、冷静に対処するステイルは文字通り火に油を注ぐ形になる。
御坂「なに他人事みたいに平気な顔して言ってんのよ!誰のせいでこうなったと思ってんの!!」
牙を剥く御坂
ステイル「他人事さ。僕らの任務の管轄外だ。言葉は悪いが僕らは人を殺める事も手段の中に含まれている…彼があの程度の手傷で済んでいるのはむしろ幸運な方だよ」
淡々と事実だけを述べるステイル。
御坂「―――!!!」
あまりに素っ気ない物言いに、神裂を突き飛ばしてステイルに矛先を向ける御坂。そして
麦野「湧いてんじゃねえクソガキ共!!!」
それ以上の怒りと絶望に耐える麦野沈利がいた。
麦野「あーだこーだピーチクパーチク囀りやがって…当麻が起きるでしょうが」
禁書「しずり…」
本当なら御坂に先んじてステイルと神裂を殴り倒したいのを必死にこらえている。
麦野は七天七刀の鉄鞘に打ち抜かれた鳩尾に握り拳を震わせ耐えていた。
麦野「…第三位…」
御坂「…なによ…」
麦野「…クソガキをお願い。ホテルに部屋を取ってあるから…そこまで送ってやって」
御坂「………………」
麦野「わかってる…普段から毛嫌いしてるテメエに頼めた義理じゃない事くらい…わかってる」
震える拳と震える声音。そこには絶えず他人を睥睨し君臨する第四位(クイーン)の面影はない。
ただ恋人の安否に必死に耐えながら、それでも恋敵の手を借りざるを得ない自分の力の無さに歯噛みする…一人の女性だった。
御坂「…なーにしょげてんのよ第四位(じょおうさま)…らしくないわよ!」
そんな麦野の手を…ソッと両手で優しく包み込む。太陽を思わせる、生命力輝く笑顔で。麦野もそれを信じられない思いで見返す。
御坂「いつもみたいにふんぞり返ってる方があんたらしいって。それに勘違いしないでよ!第三位(うえ)の人間が第四位(した)の人間を助ける事くらい当たり前じゃない!」
麦野「…こんな時まで序列引き合いに出してんじゃないわよ…第三位」
御坂「そうやってなさいよ第四位。しおらしいあんたなんて気持ち悪いったらないわ…インデックス!行こう!」
麦野「…インデックス…」
禁書「うっ、うん」
そこでようやく落ち着きを取り戻したのか、麦野はスッと廊下に膝をついて…インデックスを抱き寄せた。
麦野「…アイス買って帰れなくてごめんね…また今度でいい?」
禁書「いいんだよ!おいしいものはみんなで食べるほうがもっとおいしいんだよ!」
麦野「…そうだね。全部片づいたら、みんなでアイス食べようか」
禁書「うん!」
自分だってまだ整理のつかない現実に悩まされているだろうに、インデックスを安心させるどころか逆に励まされているようで
麦野「…その代わり、迎えに行くまであのクソッタレな第三位の金でたっぷり飲み食いしていいから」
御坂「ちょっとあんた何言ってんのよどさくさに紛れて!」
禁書「ごちになるんだよ!」
御坂「ああ~もうっ!わかった、わかったわよ!その代わり!なんかあったらここに連絡して!それが条件!」
そう言って御坂は自分の番号とアドレスの入ったメモを手渡してきた。麦野もそれを受け取り
麦野「当麻が目を覚まして落ち着いたら連絡する。そこの赤毛のクソ野郎とやり合って携帯無くしたからね」
ステイル「…フンッ」
御坂「わかったわ。じゃあ今度こそ行くわよインデックス」
禁書「れっつごーなんだよ!」
そうして御坂とインデックスは手を繋いで病院を後にした。その後ろ姿を見送りながら麦野はらしくないとは思いつつも
麦野「…この私もヤキが回ったもんね」
出会った形や序列が関係なければ、友人とは言わないまでも何らかの関係は築けたかも知れない…と
麦野「…さて…と。話の続きと行こうかしら、デカブツ、露出狂」
そこで麦野は表情と頭を切り替える。本題はここからだ。
~第七学区・とある病院待合室~
麦野「アンタらには…あのクソガキの身体に仕掛けられてるだろう魔術を割り出してもらうわ…もちろんイヤとは言わせない」
ステイル「…君に命令されるいわれはないハズだが?」
麦野「囀んなってんだろうが赤毛野郎!タバコ臭えクチバシ突っ込んでじゃねえ!!」
ダンッ!と1つ床を大きく踏み鳴らし、麦野はステイルに詰め寄る。ステイルはそれを冷めた目で見下ろしている。
麦野「なんで私がクソッタレなアンタらをブチコロシかくていしないかわかる?アンタらにはまだ働いてもらう。あのクソガキにかかった魔術を解くためにね」
神裂「…あの子にかけられた、一年を境に発動する魔術…ですね?」
麦野「ご名答。無駄にデカい胸の割に頭は悪くないのね」
神裂「胸の事は言わないで下さい」
一年を境にインデックスに起きる苦痛や意識の混濁、絶命の危機にまで陥る時限爆弾のような魔術とあたりはつけた。
麦野にもちろん魔術の知識など皆無だが…それは神裂やステイルの知識と経験に補ってもらう形だ。
麦野「どこぞの誰かさんに、虎の子の右手を潰されたからね」
神裂「ッ…」
麦野「少しでも責任を感じてるなら…手を貸して。今は猫の手だって借りたい」
神裂も目の当たりにした異能を打ち消す右手も、治癒の魔術を無効化したところを見ると力は失っていないだろうがしばらくは動かせない。
インデックスにかけられた魔術もどのような性質のものかわからなければ手の打ちようがない。
そしてインデックスに残された時間は…彼等が言うにあと数日しかないのだから。
麦野「話はそれだけ。全部終わったら覚悟しときなさいよ…あんたに抉られた胸の分兆倍にして返してやるんだからよォ」
神裂「…借りは必ず返します。あの少年と、貴女に」
麦野「(お堅い女…遊んでそうな格好の割に古風な物の考えね)」
アイテムにはいないタイプの神裂に、呆れ半分感心半分に麦野は内心ごちた。
だがもう一人のスカした赤毛よりよほど付き合いやすそうだとも思った。
ステイル「君はずいぶん他人に命令し慣れているんだな」
もちろん誉め言葉ではなく皮肉だともわかる。だからやり返す。
麦野「これでも人を使う立場(アイテムのリーダー)なんだよ。とっとと消えな赤毛デカブツ。私、タバコの匂い大嫌いなのよねー」
~第七学区・上条当麻の病室~
上条「んっ…」
麦野がステイル達と別れた頃…病室で安静にしていた上条当麻は目を覚ました
上条「また…病院(ふりだし)か」
覚えているのは神裂との激闘、そしてインデックスの完全記憶能力による絶命が脳医学的にありえないという話…そして…右手が潰された現実
上条「よりにもよって…こんな時に!」
ボスンッ、と『左手』を布団に叩きつける。
右手の感覚がない。右腕が消えたようにすら感じられる。右肩がまるで上がらないのだ。
指先すら開いているのかどうかも包帯に巻かれた添え木の形を見なければわからない。
左手で右手首を持ち上げる…まるで棒でも握っているような感覚だった。
上条「ちくしょう…」
まだだ。まだ終わっていない。インデックスの追っ手との戦いに一応の決着を見ても、インデックスを助ける闘いはまだ…終わっていないのに…!
麦野「かーみじょう」
上条「…沈利…」
麦野「おはよー。ってもう夜だけどね。気分はどう?」
そこへ麦野沈利が入室してきた。いつも通りの口調と抑揚で。
上条「大丈夫だ。それよりみんなは?」
麦野「クソガキは第三位にホテルまで送らせてる。赤毛と露出狂女はクソガキにかけられてるだろう魔術を調べにどっか雲隠れ。なんかわかったらまたこの病院に来るって」
上条「…また、魔術かよ」
そこで聞かされる。一年を境にインデックスに身に降りかかる異変は魔術による見込みが高い事、もう期日があまりない事、魔術師二人はその割り出しに全力を注いでいるという事。そして…右手の事
麦野「一ヶ月は見て欲しいって。あのカエルみたいな顔した医者。実際大した腕前だと思うわ。最悪切断もありえたんだって…さ」
上条「そんなに…かかるのか」
麦野「けれど間違いなく完治させる、障害も残さないって」
さしものの上条も素直に喜び切れなかった。インデックスに迫る期日は一週間とないのにその四倍は時間が必要だと。
唯一の救いは異能を打ち消す力が健在であると言う事。
上条「…悪い。この大事な時に…はは…本当にツいてねえ」
麦野「謝らないで。アンタが来てくれたから私も第三位も助かった。アンタも…生きてる。こういうのを“不幸中の幸い”ってんじゃないの?」
だが現実問題としてインデックスを救う手掛かりが見つからなければステイル達は再びインデックスの記憶を消去せねばならない。一種の延命措置として。
そしてインデックスが如何なる魔術を施されたかは記憶がない以上知る由もない。彼女は言ったのだ。自分には魔術を使う力がないのだと。
今尚力を保持する『歩く教会』も霊装の加護を受けているからこそだ。
上条「そうだな…グチグチ嘆いたって変わんねえ。これからどうするかを…考えなくちゃな」
麦野「よろしい。ウジウジしてたら気付け代わりにキツい一発お見舞いしてやろうと思ったけどその必要は無さそうね」
上条「いつまでもメソメソしてらんねえだろ?一番つらいインデックスが頑張ってるんだ」
麦野「おっとこのこねー…け・ど」
上条当麻は諦めない。右手が使い物にならなくなっても、上条が他人を助けようとする意志と意思と意地を折る事は出来ない。
箸も持てない手になっても、異能の力は失われていない。腕が上がらなくても、持ち上げる事は出来る。
やれる事はまだ、たくさんあるのだと上条当麻は己を信じる…その強さが麦野には痛々しく思えた。
麦野「…もう少し、誰かを頼ってもいいんじゃないの?」
上条「…悪い悪い…」
麦野「…寂しいなー…かーみじょう」
コテンと上条の肩に頭を乗せる。御坂美琴の前でも、ステイル達に見せた顔とも異なる“上条当麻の麦野沈利”の表情
麦野「(私より、年下のクセに)」
上条「オマエこそ…もう無茶するなよ。昼間は…ありがとうな」
麦野「はいはい」
私こんなに甘えん坊だったかなと麦野沈利は胸中でごちた。
麦野「…なんかこうしてると、恋人同士ってより夫婦みたいだねー」
上条「…麦野さん?上条さんはまだ学生ですよ?」
麦野「なに予防線張ってんのよ。私を傷物にしたくせによく言うわねーかーみじょう?」
上条「うっ…」
麦野「あんなに痛くしたくせに。本当に死んじゃうかと思ったわ」
上条「ぐっ…」
麦野「でもざんねーん…その腕じゃあ当分無理ねー。治るまでオ・ア・ズ・ケ・か・く・て・い・ね?かーみじょう」
上条「麦野さん!!?なんでせうかその真っ黒い悪い顔!?」
麦野「いつもいつもやられっぱなしでいらんねェェんだよォォ!!」
刺客を退けたら今度は魔術。一難去ってまた一難。麦野にまで上条の不幸体質が移ったかのような不運の連続だ。しかし
麦野「(…一緒に墓場に入るまでは付き合ってやるかしらね…こいつバカみたいに危なっかしいし)」
この先も、ずっとこの少年と不幸を分かち合う生き方も悪くないかと麦野沈利は思い…
上条「(今日も、誰も欠けなかった)」
腕一本でお釣りが来るほどの得られた幸運を、また一日生き延びられた事を上条当麻は想った。
~第三学区・ミネルヴァ内レストラン~
御坂「魔術師…ねえ」
御坂美琴は麦野沈利、上条当麻、そしてインデックスが逗留する第三学区のホテル『ミネルヴァ』に居た。
その呆れとも諦めともつかない表情はたった今までインデックスの口から語られた魔術の概要と、その食い散らかされた皿の枚数に向けられている。
御坂「魔術師ってみんなそんな変な服装してるの?あんたのその白い服とか、赤毛の大きいヤツとか、あのスゴいカッコのお姉さんとか」
禁書「着ている服にも魔術的な意味や要素がちゃんとあるんだよ。わたしの“歩く教会”もそうなんだよ!」
御坂「歩く教会?」
禁書「どんな魔術も攻撃も通用しない特別な霊装なんだよ!しずりの光も届かないんだよ!ねえスゴい?わたしってスゴい?」
歩く教会…キリストの処刑と生死の判別に用いられたロンギヌスの槍を包むトリノ聖骸布をコピーし、教会の持ちうる機能を抽出し織り込まれた特殊な礼装。
その完璧な魔術的意味、その完全な魔術要素は他の防壁とは一線を画す存在であるとインデックスは言うのだ。
当の御坂自身はインデックスの食欲魔神ぶりの方が魔術だ。
御坂「未だに信じらんないけど…あんなメチャクチャな攻撃バカスカ打ってる所見ちゃうとね…私が読んでる漫画みたい」
インデックスは語る。魔術とは本来、才能の無い人間がそれでも才能ある人間と対等になる為の技術だと。
学園都市とは異なる世界にある技法、御坂の知り得ない世界。
そして…思い浮かべるは何よりも『才能』を欲し超能力者に憧れた少女。
佐天『私はレベル0ですから』
この日…白井黒子が『幻想御手』の捜査に乗り出し、その数日後佐天涙子『幻想御手』を使用し昏睡状態となる未来を御坂美琴は知らない。
そして、自らもその事件に大きく関わって行く事も…未だ彼女は自らに待ち受ける運命を、この時はまだ知る由もなかった。
『ハナテ!ココロニキザンダユメヲーミライサエオーキザーリーニシーテー…』
御坂「ん?公衆電話…もしもし?」
麦野「はぁい」
麦野沈利からの電話だった。
~第三学区・ホテル『ミネルヴァ』バスルーム~
御坂「なんで私まで一緒に入るのよー!!」
麦野「仕方無いでしょ?このバスルーム全部電子制御されてて、このクソガキが酷い機械音痴であっちこっちのボタン触って今朝ヒドい目にあったんだから」
御坂「だから一人で入れる訳にいかないってどこの子供よ!」
麦野「私疲れてるの。乗り掛かった船ついでに子守りが欲しかった所だし…わかった?もう触んじゃないわよクソガキ」
禁書「ヒドいんだよしずり!今朝はほんのちょっぴり赤いボタン押しちゃっただけなんだよ!これ!」ポチッ
御坂「熱熱熱熱ぅぅぅー!!?」
三人は逗留している部屋のバスルームにいた。
上条の容体が安定したのを見届けてから病院を出た麦野はインデックスの待つホテルへ向かい御坂と合流を果たした。しかし
御坂「こんな事になるならあの寮監にひねられた方がよっぽど良かったわよ!」
麦野「だから口添えしてやったでしょうが。急遽第三位と第四位の合同実験が決まっただなんてぶち上げて。それとも実は嘘でしたって今からチクってやろうか?」
御坂「うっ…」
寮の門限はおろか完全下校時刻を過ぎているのを、麦野のからの着信があってからようやく思い至った顔面蒼白の御坂に珍しく助け舟を出したかと思えば…
結果としてはどんどん深みにはまる泥船だった訳である。
禁書「お湯が熱いんだよ!もっと薄めてほしいかも!」
御坂「もっと下げなさいよ。歳食って肌の刺激鈍ってんじゃないの?」
麦野「そんなにドザエモンに化けてえか売女ァァァ!」
文句を言いながらも設定温度をいじる麦野。上条と言ったアルカディアのフィンランドサウナでもそうだが熱さに強い方らしい。
麦野「(う~ん…パッと見、変わった所は見えないけど)」
麦野は御坂に髪を洗われているインデックスの身体の身体を注視する。
麦野「(映画みたいに数字だの、あの赤毛野郎のカードみたいな魔法陣?みたいなのも見当たらないわね)」
インデックスを縛っていると思われる魔術は目に見える形では確認出来なかった。
絹旗が昔麦野を連れて入ったC級映画では頭頂部に666という数字があった。
やはり目に見えるような場所に施す処置ではないかと目を切ると
御坂「………………」
麦野「…なに見てんだ減るだろ売女」
御坂「…胸…」
麦野「!?」
こちらを見つめていた御坂が胸とつぶやくと慌てて隠し、そして叫ぶ。
麦野「あ、アンタ…まさかそっちの趣味が…悪いけど私はノーマルよ!?」
御坂「違うわよ!痣よ痣!胸の痣!」
御坂が指しているのは、神裂から七天七刀の鉄鞘で打ち抜かれた鳩尾部分の痣だった。
麦野「ああ…あの女にしこたまやられた所ね…私てっきりフレンダと同じで女が」
御坂「黒子と一緒にしないでよ!!!」
麦野「えっ」
御坂「えっ」
禁書「なにそれこわいかも」
~第三学区・『ミネルヴァ』バスルーム~
御坂「髪長いね…手入れ大変そう」
禁書「短髪のあなたと違って洗うのに時間がかかるんだよ。そうだ!あなたの事短髪って呼ぶんだよ!」
御坂「なんで第四位が名前で私が短髪なのよ!」
麦野「…あー思い出したクソッあの赤毛野郎にやられた髪と毛先いい加減なんとかしなきゃ」
禁書「しずり、触ってもいい?プカプカ浮いてて面白いんだよ」
麦野「ダメ」
禁書「しずりのケチ!あっ、そうだ――」
三人入って尚足を広々と伸ばせるバスルームに肩まで浸かりながら麦野は腹立たしい不良神父の顔を思い浮かべ、そこでインデックスが口火を切る。
禁書「とうまは…とーまは元気だった?」
御坂「そうよ。あのバカどうしてた?」
麦野「元気も元気よ。というより…私が近くに居ると元気でいざるを得ないんでしょ」
禁書「?」
麦野「アンタにはまだちょっと早いか…当麻は大丈夫。心配すんなすぐに戻るから…だってさ」
御坂「そう…」
禁書「良かったんだよ…」
御坂が口元を隠すように湯船に身を沈める。その唇に浮かぶのは安堵の笑みか焦慮の歯噛みか…素直にホッとした表情のインデックスと好対照である。
麦野「…アイツが心配?」
禁書「当たり前なんだよ!」
御坂「べっ、別に…あんなバカ殺されたって死なないに決まってるわ」
麦野「ふーん?」
それを面白げに見やる麦野。インデックスは純粋に好意からくる心配だが、御坂のそれは好意を素直に表せない心配だと見抜いた。
麦野「アンタらはアイツの事好き?嫌い?」
禁書「む…む、難しいかも…でも…わたしを助けてくれたんだよ!嫌いになんてならないんだよ!」
御坂「…嫌いってほどじゃないけど、別に好きってわけじゃ」
麦野「私は」
チャプ…と手のひらにすくった乳白色のお湯をこぼしながら、麦野は目を瞑ったまま天井を仰いで
麦野「アイツを愛してる」
禁書「ッ!!」
御坂「…!!」
素っ気なく感じるほどの声音で、麦野は告げた。思わず二人も息を飲む。
麦野「…私は、アイツに救われたから」
夜の月より無慈悲な女王が語る言葉に御坂は目を見開く。御坂は上条と麦野の出会いを知らない。
ファミレスでの会話でも頑なに答えを拒んだ麦野の答にインデックスは口をあんぐりとする。インデックスは上条と麦野の歩んだ道を知らない。
麦野「――だから、宣戦布告」
女の直感があった。いつかこの二人の少女に芽吹くであろう思いが、自分と同じそれに変わるであろうと。最大のライバル達になると。故に宣戦布告
麦野「――誰にも渡す気ないから――以上」
パチャッと湯船から抜け出し、麦野はバスルームから去っていった。
御坂「(救われたって…あの女とアイツの間に何があったの…?)」
その背中を見送る御坂と
禁書「(…?やっぱりお湯が熱いせいなんだよ。のぼせたかも)」
頭に微かな頭痛が一度…インデックスを襲った。それが来るべき…インデックスに襲い掛かる魔術の最初の足音とも知らずに。
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム~
麦野「じゃ、いただきます」
御坂「ルームサービス頼まないの?」
麦野「これが好きなの」
禁書「しずり、それなあに?なんだかいい匂いがするかも!」
麦野「“シャケ弁”ってのよ」
バスルームから上がった麦野達は、思い思いに激動の一日の疲れを癒やさんと羽を伸ばしていた。
中でも麦野は来る途中に買って来たシャケ弁をつつき、インデックスがそれをしげしげと見つめていた。
禁書「ひとくちくれるとうれしいな」
麦野「テメエの一口は一口だった試しがねえんだよこの2日間…あーん」
禁書「あむ!ん~ほいひいかも~」
御坂「…なんか親子みたいね…」
麦野「んな歳じゃねえんだよ売女。だいたい、私は子供が嫌いなの」
雛鳥に餌付けするように箸を運ぶ麦野を、御坂は珍しいものを見るような目で見つめている。
バスローブ姿でシャケ弁を食べる美女の絵など。ましてやそれが第四位ともなれば
御坂「そうかな?お母さんとか意外と似合って見えるけど」
禁書「わたしはシスターだから男性と接触する事は禁じられてるかも…しずりは将来結婚してお母さんになるのかな?」
麦野「やめて。ガラじゃない」
ふと自嘲したくなるような気分に麦野は襲われた。
麦野「(クソガキの信じてる神様は、こんな人殺しに幸せになる権利をくれるのかしらね)」
自分が暗部の中でしてきた事を懺悔するつもりも悔悟するつもりもない。
ただ、そんな資格が自分にあるかどうかと突きつけられれば是と頷く事は出来ない。そんな心持ちだった。
麦野「(当麻ならそんなの関係ねえって言うんだろうな)」
ただ…この先も上条当麻のいる世界の片隅でもいい、居させてくれたらいいなと麦野は思う。
麦野「さて…と。もう寝るわよ。私疲れてんの。パジャマパーティーって柄でもないし馴れ合いは嫌いなの。寝るわよクソガキ共」
御坂「その呼び方やめてよね。私には御坂美琴って名前があるんだから」
禁書「短髪の言うとおりかも!私の名前はインデックスなんだよ!」
麦野「はいはい…夜更かししないで早くベッドに入りなさい…インデックス、御坂」
禁書・御坂「「はーい」」
こうして、激動の二日目が終わる…
この三日後…御坂美琴は『幻想御手事件』へと身を投じる事となり…同時に、インデックスも不調を訴え始める事となる。
~第七学区・とあるファミレス~
絹旗「超久し振りですねこうして集まるのも…相変わらず麦野はあのウニ頭の所なんですかね」
フレンダ「結局、麦野も一人の女って訳よ。でも絹旗それ麦野の前で言ったらブチコロシかくていって訳よ。わかる?」
絹旗「超身に染みてわかってますよフレンダ。そうですよね、滝壺さん?」
滝壺「だいじょうぶ。私は最近めっきり女らしい体つきになったむぎのを応援してる」
絹旗「超からかってるじゃないですか!?今の超セクハラ発言も絶対ダメですよ?!超NGですよ!!?」
滝壺「それはふり?」
絹旗「ちっがーう!!!」
フレンダ「ん…キタキタキター!」
いきつけのファミレスに麦野を除く三人娘は集結していた。場所はいつもの指定席、そこへ遅れてやってきたのはもちろん麦野沈利本人である。
麦野「あれー?呼び出したのはフレンダだけだったんだけどなー?あれー?」
絹旗「超お久しぶりです麦野。ごめんなさい久し振りに顔見たくって超ついて来ちゃいました」
滝壺「ひさしぶり、むぎの。綺麗になったね」
麦野「変わらないわね絹旗。でも滝壺、そう言う事言うのやめな。どこぞのチャラ男思い出すから。フレンダ、頼んでた物持って来てくれた?」
フレンダ「うん。持って来てる。結局、私は体よく使われるアイテム(道具)って訳よ」
挨拶もそこそこに席につく麦野。傍らに座るフレンダ。向かいの椅子の奧がテーブルにうなだれる滝壺で、通路側に位置するのが絹旗だ。
そしてフレンダが真横の麦野に、分厚い札束でも入ったように膨らんだ茶封筒と、紙一枚ほどの白封筒を手渡した。
麦野「ん。ちょうど手持ちが切れて困ってた所だったの」
滝壺「仕事でもないのに?」
麦野「備えあれば憂いなし、よ」
絹旗「…麦野、超質問いいですか?」
麦野「なに?」
そこで絹旗が重い口を開く。元々絹旗は麦野に影響を与える上条の事が気にいっておらず、変わり始めている麦野へも戸惑いを隠しきれない。だが聞かなくてはいけない。
絹旗「どうして“それ”が仕事でもないのに必要なんですか?ここ最近携帯に繋がらなかった事と何か関係あるんですか?」
麦野「ああ、携帯ね。落としちゃったみたいで見つからなかったの」
インデックス絡みの一件をアイテムの面々に話すつもりがない麦野は、ひとつ目の質問をさりげなく流し、ステイルとの交戦で携帯電話を失った事も誤魔化した。しかし
絹旗「(麦野はいま超嘘つきました)」
上条と出会う前の麦野ならそもそも絹旗の質問に答えない。その意味を認めない。
同時にこんな出過ぎた口を叩けば激怒されるに違いないと覚悟を決めた絹旗の予想を裏切りあっさり答えた事それ自体がもう嘘なのだ。
絹旗「そうですか。ここ最近アジトにも超顔を出さなかったんで超心配したんです。超ホッとしました」
麦野「そ」
絹旗はそれ以上の追求を止めた。アイテムに所属する人間として、リーダーに対しこれ以上深くは突っ込めないからだ。しかし
絹旗「(私達は…麦野の超なんなんですかね)」
そこはかとない不安が訳もなく募る。もう絹旗の方を向かずフレンダと何やら話し始めた麦野の横顔が、ひどく消え入りそうに遠く感じたからだ。だが
麦野「ねえ滝壺…この曲なに?」
滝壺「わからない。きぬはたは?」
絹旗「え?ちょ、超わかんないです」
フレンダ「結局、誰も知らないって訳よ」
彼女達は知らない。店内はおろか学園都市中に響き渡るその曲が、『幻想御手』を解除させるためのワクチンソフトであると…それに御坂美琴が関わっている事に麦野が気がつくのはもう少し先の話である。
~第七学区・とあるファミレス~
麦野「…じゃ、私そろそろ行くから」
滝壺「もういっちゃうの?むぎの」
麦野「お見舞いにね」
誰の、とは言わなかった。それだけ告げると麦野は分厚い茶封筒と薄い白封筒を片手に伝票を持って軽い足取りでファミレスを後にした。
絹旗「………………」
フレンダ「結局、払いはリーダーって訳よ。この後どうする?私は――」
滝壺「きぬはた」
絹旗「!」
流れ解散となる運びの中、押し黙る絹旗の様子を見咎めた滝壺が口を開いた。フレンダは疑問符を、絹旗は感嘆符を、それぞれ浮かべた。
滝壺「いいの?」
絹旗「…超言ってる意味がわかりませんよ滝壺さん」
追いたい。そして知りたい。麦野が今なにをしているのか。何故仕事でもないのに“あんなもの”が必要なのかと…
何故、自分達に何も話してくれないのか…絹旗はそれを心配していた。
それを見抜いた滝壺は、絹旗に麦野を追わなくて良いのかと言っているのだ。
フレンダ「絹旗。結局、アイテムは利害の一致で繋がって上の都合で体よく使い捨てられる消耗品な訳よ…仲良しこよしのサークルじゃないってわかってる?」
絹旗「超見くびらないで下さい」
そこで絹旗は真っ直ぐにフレンダを見据え、言った。淀む事なくはっきりと。
絹旗「麦野(リーダー)になんかあったらアイテムが超崩壊するんですよ。じゃあ私超急ぎますんで失礼します」
リーダーの安否確認という建て前を胸に、絹旗は麦野の後を追いに出て行った。そして残されたフレンダと滝壺は
フレンダ「結局…絹旗は優しい子な訳よ」
滝壺「ふれんだは?」
フレンダ「私は麦野が話してくれるまで待つって訳よ…そっちは?」
滝壺「わたしはむぎのを信じてるから」
追う絹旗、待つフレンダ、信じる滝壺…こんな時まで纏まりがないと、フレンダは苦笑した。
~第七学区・とある病院~
上条「なんだビリビリ。来たのか」
御坂「ビリビリって言うな!勘違いしないでよね!友達のお見舞いに来たついでなんだからね!あんたなんてついでよついで!」
麦野「見舞いに来たんならここが病院ってわかってるわよね?頭のネジ締め直して欲しい?」
禁書「とうま、しずり。このアップルパイ食べていい?まだ三時過ぎたのにおやつ食べてないんだよ!お腹空いたかも!」
麦野「検査が終わるまで我慢なさい。とっといてあげるから」
夕刻…上条は右腕を包帯で吊しながら待合室のソファーに、御坂は『幻想御手』より意識を回復させた佐天涙子の見舞いに、麦野はファミレスから一度戻ってからインデックスを連れてきたのだ。
白封筒の中身はインデックス用の偽IDカードである…何故こんなものを用意したかと言うと
~~
麦野『一緒に入ったお風呂で見た限り、体表面上に魔術らしい痕跡は見られない…なら、体内はどう?』
神裂『体内ですか…確かに言われてみれば』
麦野『そ。目に見える場所にないなら目に見えない場所…試してみる価値はあると思わない?』
ステイル『だがそれをどうやって…まさか彼女の身体を切り刻むんじゃあるまいな!?』
麦野『そんな物騒な真似をする必要はないわ…アンタ頭のネジ緩んでる?ここは学園都市よ』
~~
という訳である。
インデックスが昨夜から頭痛を訴え始め…それをまずステイルと神裂に見せた所…一年を境に彼女に身に起きる異変そのものだと判明したのだ。
既に冥土帰しに渡りはつけてある。これからCTスキャンなりMRIなり…やり方はあの神の手を持つ医者に任せるより他はない。上条の右腕が動かせない今、他に方法がないのだ。だが冥土帰しは言った。
冥土帰し『―――僕を誰だと思っている?』
患者に必要なモノを揃えるのが自分の仕事であり使命であると。そして…ついに、検査の時がやってきた。
冥土帰し「はじめようか?」
待合室にやってくる冥土帰し
禁書「わたし…これからどうなるの?」
それを不安げに見つめ返してくるインデックス。
麦野「診てもらうのよ。アンタのその頭痛の種ってヤツをね」
そのインデックスの頭を撫でてやる麦野。
上条「大丈夫だ。絶対良くなるからな」
インデックスの肩に左手を置く上条。
御坂「頑張って。みんなあんたを助けたいって思ってるんだから」
インデックスの背中を軽く叩く御坂。
禁書「…うん!言ってくるんだよ!」
インデックスの身体が検査室へ消えて行く。己が運命に、抗うために
~第七学区・とある病院屋上~
ステイル「これだね…間違いない」
神裂「こんな場所に…」
麦野「思わぬ所に乙女の秘密…ってね」
検査が終わった後…麦野とステイル達は屋上へ、上条と御坂はインデックスの側についていた。そして麦野が手にしていたもの…
冥土帰しから手渡された、インデックスの体外から体内に至るまで隅々までスキャンしたカルテ写真に映し出されていたのは…
『2』と『4』が合わさったような不気味な刻印とも痣とも取れる紋章…それがインデックスの口腔と喉の狭間に禍々しく映り込んでいた。
ステイル「初めてみる種類の刻印だが…これが彼女を苦しめ縛りつけている正体そのものである可能性は高いだろうね」
麦野「決まりね。あとはこれを当麻に解除してもらう。右手は動かないけれど、触れさせるだけなら私が手を貸せる」
神裂「(…本当にこれでよいのでしょうか…?)」
この時、神裂は奇妙な違和感を覚えていた。上手く行き過ぎている。確かにこの街の住人の尽力あって、光明の兆しが見えて来た気がしてきた。だが…
上手く行き過ぎる事は時に何もかも思い通りに動かない時より見落としている穴は大きな物である。
ステイル「フンッ…またあのワケのわからない力の男か」
麦野「…男の嫉妬は醜いわよ」
ステイル「馬鹿馬鹿しい…だがそうと決まれば話は早いね。今夜にでも――」
張り合うように舌鋒をかわしながら、インデックスを縛る鎖を解き放つ算段をつける二人を横目に…神裂は胸騒ぎにも似た何かを拭い去れずにいた。
~第七学区・とある病院中庭~
上条「そうか…じゃあオレはその喉の所にある痣に触れればいいんだな?」
麦野「ごめんね。私が手を貸すから少しだけ我慢して…当麻」
上条「いいさ。それでインデックスが助かるならそれで」
麦野がステイル達と、上条達がインデックスと話し終えた後…二人は中庭のベンチにいた。大詰めは近い。
インデックス達は先にホテルへ返した。上条も冥土帰しに一時退院を願い出、これから戻る矢先であった。
上条「オレさ…検査が終わった後インデックスと色々話したんだ。今までの事とか、アイツらの事、オレの事、インデックスの事…」
麦野「………………」
上条「言われたんだよ…“私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?”って」
上条とインデックスが如何なる会話を交わしたのかその場にいなかった麦野にはわからない。だが…上条の真摯な横顔に、ただ黙って聞き手に回った。
上条「すぐに…答えられなかった」
微苦笑を浮かべながらつるされた右手を見やる上条。ほとんど皮一枚で繋がっているような右手。
上条はその右手があるから人を助けるのではない。あろうがなかろう必ず助ける。しかし…自分を支えているいくつかの内の柱の一つが揺らいでいるのも確かだった。
麦野「…かーみじょう…」
だから麦野は…そんな上条の俯く顔を胸に抱いた。麦野自身が否定する母性の象徴のように。
麦野「前にも言ったけど、アンタはいつも他人の事ばっかりね」
強くならねばならない。この男の生き方を認めてしまったからには…強くあらねばならないと麦野沈利は思った。
麦野「――もうそろそろ、誰かがアンタを救ってあげてもいいって思わない?――」
自分より年下、自分よりレベルが下、なのにこんなにも…近い。
麦野「――アンタは、それだけの事をしてきたんだから――」
上条を胸から離す。顔を上向かせ、ソッと目を閉じる。初めて交わした血染めのキスの時のように
麦野「――だから、胸を張って誰かに助けを求めたっていい。私だって構わない――」
重なりかける唇。驚く上条。笑む麦野。
麦野「愛してる」
目を閉じてするくちづけの闇が、心地良かった。
~第三学区・ホテル『ミネルヴァ』~
ステイル「…それじゃあ初めようか…」
上条「ああ…麦野、右手頼んでいいか?」
麦野「任せて」
冥土帰しの病院から戻った後…一同は上条達が逗留しているスイートルームに集結していた。
インデックスを縛る術式の在処がわかった今、千切れかけの右腕も麦野が左手を添えて補助してくれるなら異能を打ち消せる。
ベットに横たわるインデックスの表情は静謐そのもので、上条・麦野・御坂・ステイル・神裂はそれを囲むようにしている。
上条「…インデックス…」
麦野「…外すわよ…」
麦野が上条の右腕を左手で持ち上げ、包帯を外して行く…その下から現れるのは…
御坂「うっ…!」
思わず御坂が目を背けるほどにねじ曲がりひしゃげた右手と右腕…五指は添え木があってようやく開かれた形にされているだけだ。
腕を振るう、拳を固める、物を掴むなど望むべくもない、ほとんど皮と肉が繋がってぶら下がり腕の形を為しているだけ…
それでも、異能の力を打ち消す効力だけが失われていない。神裂の治癒魔術が通じなかった事が皮肉にもそれを裏付けていた。
神裂「…喉辺りになります…」
上条「ああ」
麦野「…開くわ…もう少しよ」
インデックスの唇を割り開き、慎重に上条の右手の指を差し入れて行く麦野…重々しい雰囲気を取り払うように、あえて饒舌になる。
麦野「なんだか…ウエディングケーキの入刀式みたいね」
上条「オイオイ…」
御坂「あんたねえ!真面目にやりなさいよ!!」
ステイル「もう一発お見舞いされたいかい?」
神裂「………………」
それを上条は苦笑いし、ステイルは顔をしかめ、神裂は固い表情になり、御坂はそれを叱りつける。
もうすぐ終わる――そんな安心と油断が麦野に毛ほどもなかったと言えば嘘になる。
パキィィィィィィン…
麦野「…終わった…?」
上条「ああ…感触はわからねえけど、手応えはあった」
御坂「じゃあ…!」
ステイル「…ふう」
感覚を伝える神経まで死んでしまっている上条にもわかる、異能を打ち消す力が魔術をかき消した感触が伝わってきた。
安堵と歓喜に輝く御坂、一つ息を入れてかぶりを振るステイル。そして――
バギンッ!!!
神裂「!!?」
もう一つ何か破壊音が聞こえたような気がした神裂が目を見開く…弛緩しきった、一瞬の間隙にそれは起こった。
ドンッ!!!
上条「うおっ!?」
麦野「!?」
神裂「危ない!!」
インデックスを戒める刻印を破壊した同時に、不可視の力に弾き飛ばされたかのように吹き飛んだ二人を受け止める神裂。ベットを囲んでいた御坂とステイルも思わず後退る。
神裂「大丈夫ですか!?」
上条「だ、大丈…」
麦野「!?当麻!その手!」
思わず叫ぶ麦野…たった今まで添えていた上条の右手の先から…怪我とは別に新たな流血が行っているのが見えた。
御坂「なに!?何が起きたの?ねえ!」
ステイル「騒がないでくれ!今考えている!!」
ステイルは思案する。インデックスを縛る術式は、あの神裂の魔術を打ち消した気にいらない少年が解除したのではないのかと。
これで終わりではないのかと…!
「―――警告―――」
全員「「「「「!?」」」」」
その冷厳なる声音の出どころを全員が信じられない面持ちで注視する。
非人間的な声音。魂を持たぬ傀儡のような白面に浮かぶ…無機質な双眸に浮かぶ、鮮血のような『魔法陣』を
禁書「――第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録ノ『首輪』第一カラ第三マデノ全結界ノ貫通ヲ確認。再生準備――失敗」
上条「…インデックス?おい!インデックス!!インデックス!!!」
禍々しいまでに無垢な純白の法衣が淡く輝く。彼女が使えないと言っていたはずの魔術の力が満ち充ちて行く。
麦野「なるほど?漏洩防止のための自決措置じゃなくて対侵入者用の迎撃装置…ってわけね…いいセンスしてるわ。どこの誰だか知らないけど。反吐が出るくらいにねェェェ!!!」
この時全員が悟った。あれはもはや…インデックスではない。インデックスの肉体を借りた怪物(トラップ)そのものだと。
神裂「魔法陣…?そんな…!彼女には魔術を使う力なんて…!」
ステイル「…どうやら僕達は、二重の意味で騙されていた…そういう事らしいね」
おののく神裂、戦慄くステイル。彼等は悟った。自分達がパンドラ(災厄)の匣を開いてしまった事を。
禁書「『首輪』ノ自己再生ハ不可能、現状十万三千冊ノ保護ノタメ…」
御坂「あ、アンタ!そんな腕で何するつもりよ!?」
上条「――手を貸してくれ」
動かない右手も構わず抱き止めた神裂から、御坂の肩を借りて立ち上がる上条が、麦野を呼んだ。
麦野「――任せて」
一も二もなく首肯し、上条の右手首に左手を添える。先程飛ばしたジョークが脳裏をよぎる…とんだ共同作業だと。
麦野「――そう言えば、アンタと肩並べて戦うだなんて初めてじゃない?」
上条「ああ」
最後の最後で姿を現した、インデックスの中に眠っていた怪物(じどうしょき)…肌が粟立つ。背筋が凍る。怖気が止まらない。
ステイルより、神裂より、遥かに恐ろしい怪物が…最もか弱い少女の中に眠っていたという現実。
腕が一人で上げる事すら出来ない無能力者(レベル0)が、テストで百点を取れる訳でも女の子にモテる訳でもないただの高校生が…今伝説に、神話に挑む。
禁書「侵入者ノ迎撃ヲ優先サセマス」
たった一人の少女を救うために
ただ一人の女性と共に
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム~
「――『書庫』内ノ十万三千冊ニヨリ、防壁ヲ傷ツケタ魔術ノ術式ヲ逆算…失敗。該当スル魔術ハ発見デキズ。術式ノ構成ヲ暴キ、対侵入者用ノ特定魔術ヲ組ミ上ゲマス」
麦野「はぁい…はじめましてね化け物(インデックス)…お目覚めはいかが?」
上条の右手を捧げ持ちながら麦野が歩を進める。上条もそれに導かれるように歩む。彼我の距離は十メートル。
ドス黒く塗り潰したような微笑を浮かべながら麦野は見据える。
怪物(じぶん)と同じ化け物(なかま)に対する親愛の挨拶のように。
禁書「――侵入者個人ニ対シテ最モ有効ナ魔術ノ組ミ上ゲニ成功シマシタ。コレヨリ特定魔術『聖ジョージの聖域』ヲ発動、侵入者ヲ破壊シマス」
刹那、インデックスの双眸に刻まれた聖痕のような紋章とその身体の前に浮かび上がる魔法陣(エイリアス)…その機械的なまでに抑揚のない宣告に、ステイルが叫ぶ。
ステイル「避けろぉぉぉぉぉぉ能力者ぁぁぁぁぁぁ!!!」
上条「!?」
麦野「?!」
次の瞬間…空間が、次元が、時空が歪曲した。底無しの闇が萼を剥く。深淵へ連なる地獄の釜が開くのを…上条と麦野は目撃した。
上条「(ヤバい!!)」
麦野「(マズい!!)」
目にした瞳すら焼き尽くさんばかりの『光の柱』がその白き牙を剥く瞬間を…!
禁書「竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)――実行」
轟ッッ!と天来の光が二人を襲った。
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム2~
上条「ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!」
麦野「ッッッ…!ッッッ…!!」
異能を打ち消す右手を麦野の支えて突き出し光の柱を受け止める。
叫ぶ上条、歯を食いしばる麦野。上条の手は今麦野が支えている分の力しか入らない。
大津波を一杯のコップにすくい取るような、大雪崩を一本のストローに注ぎ込むような絶望的な足掻き。
上条の腕の縫合が次々開き、飛び散る血飛沫すら光の中に灼かれて消える。
上条「麦野…絶対手離すな!!!」
麦野「(マズい…当麻の腕が保たない!!)」
麦野沈利の能力『原子崩し』は別名『粒機波形高速砲』とも字される。
電子を波形でも粒子でもない中間点に留めそれを射出する能力…しかし、この『光の柱』の威力は麦野のそれを遥かに凌ぐ。
元々限界だった上条の腕では耐えられる負荷ではない…!
神裂「引いて下さい!それは竜王の殺息(ドラゴンブレス)!!私の放った魔法とは桁が違うんです!!!」
10万3000冊の魔導書を束ね、練り上げ、研ぎ澄ませたまさに必殺の一撃。
霊剣アスカロンを以て聖ジョージが討ち滅ぼした伝説のドラゴンの息吹と同じそれは、容赦なく上条のちぎれかけた右手を切り裂き、骨をヘシ折り、それを支える麦野の腕までさらおうとする。
禁書「――『聖ジョージの聖域』ハ侵入者ニ対シテ効果ガ見ラレマセン。他ノ術式ニ切リ替エ、引キ続キ『首輪』ノ保護ノタメ侵入者ノ破壊ヲ継続シマス」
麦野「今さら引けるかってんだよォォォ!ここで引いたらテメェら仲良くグリルパーティーなんだよォォォッ!」
上条「(光の粒子が一つ一つ質量が違う…てんでバラバラで…かき消し…切れねえ!?)」
人間の身で拮抗している事そのものが既に一つの奇跡。しかし下される神の奇蹟とも言うべき竜王の殺息を前に、徐々に踏ん張る二人の足が押されていく中…!
ピーン…
金属音が弾かれる音。裏と表を虚空に描き重力に従い落下する…一枚のコイン!
「下がって!!!」
『電撃使い』
『第三位』
『超電磁砲』
『常盤台のエース』
御坂「行っ………けええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!」
『御坂美琴』のレールガンが放たれる…!
~side Misaka~
御坂美琴は困惑していた。いきなり巻き込まれた魔術世界と上条達の戦いに。
御坂美琴は混乱していた。いきなり救われたはずの少女が放った光芒に。
『幻想御手事件』で精も魂も尽き果てるまで闘ってなお終わらない長い一日に。
なのに
上条「ガアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!」
麦野「ッッッ…!ッッッ…!!」
上条当麻が、麦野沈利が、インデックスが戦っている。
どこにでも顔を出し、首を突っ込み、誰も彼も、自分までスキルアウト達から助けようとした上条当麻。
傲岸不遜で、自分を毛嫌いし目の仇にし、なのにあんな強大な魔術師の攻撃から自分を逃がそうとした麦野沈利。
今も、後ろの自分達に光の柱が届かぬように必死に踏ん張る二人の姿に…御坂は
ピーン…
御坂「(返すわよ…あの時の借り!)」
木山春生、幻想猛獣との連戦を経て迎えた電池切れ。僅かな時の流れは僅かな力しか御坂を回復させなかった。だがしかし…
御坂「(これが…最初で最後の一回!)」
弾くコイン。見定める先は…砲台となって暴虐の嵐を吹き荒れさせる…インデックスの足元!
禁書『どんな魔術も攻撃も通用しない特別な霊装なんだよ!しずりの光も届かないんだよ!ねえスゴい?わたしってスゴい?』
御坂「信じるわよ…インデックス!!」
出来る。狙うは一点。威力は最小限に演算。舞い散る欠片は『歩く教会』といった彼女の修道服が防いでくれる。
あの大食らいで愛らしい少女が神に愛されない世界など――御坂美琴は認めない!!
御坂「行っ………けええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!!」
放たれたレールガンが…吸い込まれるようにインデックスの足元を爆裂させた。
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム3~
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!
上条「ビリビリ!?」
麦野「第三位!!?」
後方より放たれた威力を抑えたレールガンがインデックスの足場を破壊した。
飛び散る破片を『歩く教会』はモノともしなかったが、それにより固定砲台と化していたインデックスの瞳と魔法陣が天井へと仰向けに倒れそうになり――
ゴオオオオオオオオオオオオオオオッ!
天井を容易く破壊し、満点の星空目掛けて凄まじい光の奔流が矛先を変えた。
上条と麦野から…軌道がずれ、解き放たれる!
上条「沈利!!!」
麦野「当麻!!!」
駆け出す二人。上条の手を取る麦野、インデックスを見据える上条。二人で一つの生き物のように、走り出す。
上条・麦野「「インデックスぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」」
少女を苛む幻想(ぜつぼう)の全てを打ち砕くために
~第七学区・学生寮~
土御門元春は夜空を裂いて昇る光をサングラス越しに見つめていた。
土御門「始まったか」
~第七学区・とあるパン屋~
青髪ピアスは店仕舞いの最中、夜空を裂いて昇る光を笑い目から見つめていた。
青髪「こっからや、カミやん」
~第三学区・ホテル『カエサル』~
垣根帝督はシャワーを浴び終えた後、同衾していた女性と夜空を裂いて昇る光を斜に構えた笑みで見つめていた。
女「ていとくー!花火だよ花火!織女星祭もう終わったのに!」
垣根「ああ…花火だな。それもとびっきりイカした、デケぇヤツがよ」
~第三学区・路上~
絹旗最愛は路上からその他の通行人と同じように夜空を裂いて昇る光を見つめていた。
絹旗「超なんなんですかアレは!?」
~第七学区・とある病院~
冥土帰しは診察室の窓からその夜空を裂いて昇る光を見つめていた。
冥土「…流星のようだね?」
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム3~
上条・麦野「「ッらあああああああああああああああああ!!!」」
駆ける。走る。奔る。10メートルにまで引き離された彼我の距離をひたすらに!
禁書「――侵入者、再確認」
轟ッッ!と上向いた『光の柱』が再び、断頭台の刃のように振り下ろされる。
インデックスが――上条と麦野の姿を再確認する!
上条・麦野「「((来る!))」」
身構える上条、その手を勝利者の勝ち名乗りを支えるかのように支え持つ麦野。
そして
バサァッ!
上条「おまえ…!」
麦野「あんた…!」
そこへ舞い散る…漆黒の神父服より何万枚にものぼる…ルーンの刻まれしカード!
「Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)」
現出されし煉獄の巨人、顕現されし紅蓮の十字架…地獄の業火を纏いし彼の者の字は…
ステイル「イノケンティウス(魔女狩りの王)!!!!!!」
上条・麦野「「ステイル(赤毛)!?」」
魔女狩りの王が、光の柱と激突する。
~side magician~
ステイル=マグヌスは上条当麻を嫌っていた。
たった数日でかつて己が占めていたインデックスの傍らをさも当然のように寄り添っている事が。
ステイル=マグヌスは麦野沈利を嫌っていた。
たった一度の会敵で、己がインデックスのために研ぎ続けた牙を得も知れぬ力で打ち破った事が。
ステイルはたった今、目の前でインデックスの身に起きた異変に奥歯が砕けんばかりに歯噛みしていた。
やっと彼女の記憶を奪わずに済む、やっと彼女を呪縛から救い上げられたように思えた矢先の事だった。
上条・麦野「「ッらあああああああああああああああああ!!!」」
あの二人は、立ち向かう。巨象と蟻ほどもある絶望を通り越した戦いに、異能を打ち消す右手と、それを支える身体一つで。
ステイル「…!」
その姿に、ステイルはプライドに火を点けられた。魔術師でもない能力者(バケモノ)共が立ち向かう中…なぜ自分が背を向けられよう。
誓ったはずだ。たとえインデックスが全て忘れてしまうとしても、自分は何一つ忘れずにインデックスのために生きて死ぬと
ステイル「MTOWOTFFTOIIGOIIOF IIBO LAIIAOE IIM HAIIBOD IINFIIMS ICRMMBGP!!!(世界を構成する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ…それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣。具現せよ、我が身を喰いて力と為せ!!!)」
誓ったはずだ。インデックスの前では誰にも折れず曲がらぬ炎の剣となりて、我が名が最強である理由を証明すると
ステイル「イノケンティウス(魔女狩りの王)!!!!!!」
今ここから始めるのだ。魔術師(ステイル=マグヌス)を
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム4~
ステイル「行けえ!能力者ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
禁書「――警告、第六章第十三節。新タナ敵兵ヲ確認。戦闘思考変更、戦場ノ索敵ヲ開始…完了。現状最モ何度ノ高イ敵兵『上条当麻』『麦野沈利』ノ破壊ヲ最優先シマス」
激突する炎と光。神から賜りし始原の二元がぶつかり合う。光の柱を防ぎ切りながら。彼我の距離…六メートル!
上条「(手を…伸ばせば…届くんだ!)」
千切れかけた腕でも、壊れかけた手でも
麦野「(早く…速く…はやく!!!)」
それを支える麦野沈利がいる。その先にインデックスがいる。
禁書「――警告、第二二章第一節。炎ノ魔術ノ術式ヲ逆算二成功シマシタ。曲解シタ十字教ノ教義ヲルーンニヨリ記述シタモノト判明。対十字教用ノ術式ヲ組ミ込ミ中…第一式、第二式、第三式。命名『神よ、何故私を見捨てたのですか』即時実行シマス」
ドンッ!!!!!!
上条「色が…変わった!?」
ステイル「ここまでとは…!」
無限に等しい再生力を誇るイノケンティウスが、たちまちその力を奪われかきけされて行く…
真白き光から赤黒い光へと色を変えた竜王の殺息(ドラゴンブレス)によって!
麦野「(まだ…まだ…まだ!!!)」
まだ届かない。ステイルが稼いでくれた僅かな時間でもまだ…インデックスまでまだ…届かないにも関わらず…
麦野「(―――!!!)」
再び光の柱が迫る――
~side Kanzaki~
誰を守るために力をつけたのだろう。
力があるから誰かを守ろうとしたのか。
神の加護たる幸運を、『聖人』としての力を生まれながら手にしていながら
守りたかった人々に不運を押し付け、守れず、出奔し、さすらい、迷って
新たな仲間の元で手にしたモノ
旧き仲間の元に置いてきたモノ
肩を並べる者のいない『力』
背を任せる者を信じきれなかった『弱さ』
それをあの少年に…心ごと殴りつけられたようだった。
上条『なら――今度は守ってみろよ…魔術師』
短髪の少女は道を切り開いた。ステイルはその道を後押しした。ならば――自分は?
『必要悪の教会の魔術師』神裂火織は?
『元天草十字凄教の女教皇』神裂火織は?
『聖人』神裂火織は?
『神裂火織』はなにを為すべきだ?
神裂「救われぬ者に救いの手を」
決まっている――理由など、いらない。
神に見捨てられた人々さえ一人も残さず救って見せると決めた日から
インデックスの記憶を消したその日から
仲間を信じきれず出奔したあの日から
その全てをひっくるめて、今こそ名乗ろう、そして今こそ伸ばそう。
神裂「Salvere000!!!」
救われぬ者に、救いの手を
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム5~
神裂「Salvere000(救われぬ者に救いの手を)!!!」
ドンッ!!!!!!
神裂は飛んだ。光の柱に呑まれそうな上条と麦野の元へ。疾風すら遅きに逸し迅雷すら後塵に拝する速力で
上条「神裂!」
麦野「…飛ぶわよ?かーみじょう」
上条「え」
神裂「手を!!」
上条が言い切るより早く…神裂は二人の連なった手を掴み…インデックスの頭上へと投げ放つ!それと同時に
ドオオオオオオオオオオオオオオオン!
神裂「…ガッ…ハッ!」
上条達に代わって襲い来る、竜王の殺息の衝撃の余波に吹き飛ばされる。
光の柱の直撃を避けられたのは一重に、神裂の並み外れた身体能力が故である。
神裂「こ…れ…で!」
中空へ投げ出された二人を、インデックスはまだ捉えきれていない。
御坂美琴が足場を崩さねば、ステイルが足止めせねば、神裂が駆けつけねば、誰が欠けても成し得なかった『奇跡』
そして『奇跡』は空を舞う。眼下の『奇蹟』へと
~side Mugino~
傍らの少年との血塗れの路地裏の出逢いから
眼下の少女とのベランダでの出会いから
ずいぶん遠くまで、ずいぶん長くまで感じられる
満天の星空を背に、上条のちぎれかけた腕を支えながら…宙を舞う。
麦野「ねえ当麻…あんたを助けてくれる人、いっぱいいたでしょ?」
何度も、何回も、何遍も自分を支え、救い、守り、抱いてくれた右手を――離す
麦野「今度は――アンタが助けられる番」
宙を舞う上条の背中を抱く。為すべき事はわかっている。自信がこの胸に、確信がこの心にある。
麦野「今度は――私がアンタを助ける番」
電子よ跪け
麦野「だって」
光子よ首を差し出せ
麦野「アンタは」
原子よ平伏せ
麦野「私を」
私は女王
麦野「選んだじゃないか」
私は原子を統べる女王
麦野「だって――アンタは私を選んだじゃないか」
原子崩し(メルトダウナー)――麦野沈利
そして上条当麻の――麦野沈利
バサアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!
『光の翼』は、二度羽ばたく
~第三学区・『ミネルヴァ』スイートルーム6~
宙へ投げ出された上条当麻を守護するように広がる十二枚の光の翼を、自動書記に操られたインデックスは見上げた。
禁書「目標――索敵」
だがそれは遅きに逸した。上条当麻の右手を離し、その背を抱く麦野沈利の『光の翼』はそれよりも遥かに早かったのだから
上条「――待たせたな――インデックス」
上条当麻が千切れかけの右腕を…左手を添えて…空中からインデックスの頭上へと迫る。
上条「――帰ろうぜ――」
禁書「目標――視認」
掴む事も、握る事も、振るう事も出来ない右手…だが今はもうそれすら必要ない…触れるだけで終わる。
上条「おまえ言ったよな…地獄の底までついてきてくれるかって」
添えた左手で右手を差し出す。インデックスの表情が見える
上条「悪いけど…オレが地獄に行っちまったら、コイツ(麦野沈利)までついて来ちまうからさ…だから」
添えた左手で右手を差し出す。インデックスの髪に触れる
上条「だから――引きずり上げてやる」
添えた左手で右手を差し出す。インデックスの頭部に…触れた!!
上条「地獄の底まで、ついて行きたくなけりゃあ…地獄の底から、引きずり上げてやるしか…ねーよなぁァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
パキイイイイイイイイイイイイイイン…!
インデックスが解き放たれたその時…『羽』が舞った
~終章・1~
竜王の殺息(ドラゴンブレス)が開けた天井の風穴から降り注ぐ『羽』を…力尽きた麦野とインデックスの狭間から上条は見上げた。
上条「(あれが…青髪の言ってた…“羽”…なのか?)」
ちぎれかけた右腕を抱きながら上条当麻はぼんやりと舞い散る数百枚にものぼる翼の雨を見つめていた。
ステイル「――!――!!――!!!」
御坂は力を使い果たし、神裂は倒れ伏し、彼方のステイルの声は聞き取れない。だが上条にはわかった。逃げろ、と言われているのが。
だが上条当麻は動かない。力尽きた麦野と、インデックスを置いて逃げる事は出来ない。
この『羽』が危険だと言う事はわかっているのに
上条「――――――」
これが、神の下した答えか。逃れようもない不幸が贈り物だとでも言うつもりか。
自分が逃げれば少女二人が犠牲になり、自分が逃げず身を盾に犠牲をすれば二人は助かる――最悪の二者択一。
上条「――沈利――」
『かーみじょう』
そうさ
『ブ・チ・コ・ロ・シ・か・く・て・い・ね』
そうだろ?
『リンゴより甘いのがいーい?かー・み~じょ・う?」』
そうなんだろ?
『いくら一人暮らしだからってベッドの上に投げっ放しはお姉さん関心しないにゃーん?』
インデックスが犠牲になるんじゃない
『私に関わった事、いつか後悔させてやるんだからね』
麦野沈利が犠牲になるんじゃない
『それとも今頃はあの第三位の所かしらねえ!?自家発電覚えたての猿みたいに腰振ってねえ?こんな血で汚れたメンヘラ女よりかは腐れ売女の×××の締まり方がまだしもマシってさぁァ!』
俺が犠牲になるんじゃない
『私と!テメエの!住んでる世界が!立ってる場所が!どれだけ違うか能天気にぬくぬく生きてるテメエが考えた事が一度でもあるのか上条当麻ァァッ!』
帰るんだ
『おっかえりー。ねぇねぇ当麻?聞いて聞いて?この娘ったらねー…』
三人で
『にっ…似合う?久し振りに引っ張り出して着てみたんだけど…』
みんな一緒に
『関係ねえよ!!他人の目なんてカァンケイねェェんだよォォォ!!私は当麻と二人で回りたいんだよォォォ!!』
助かるんだ
『プリ帳の一番頭に貼ってやるよォォォ!ピンナップにして晒してねぇぇぇかーみ~じょーう~!』
誰一人欠ける事なく
『…二度目は、アンタから来て…』
終わらせるんだ
『わ、私だって初めてだってんだよぉぉぉ!!!』
掴め
『――アンタなら、諦めないって思ったから』
浚え
『そろそろ、誰かがアンタを助けてあげてもいい頃だと思う』
この手で
『あんたは、私を選んだじゃないか』
この腕で
『愛してる…当麻』
希望(ほし)を――掴め!!!
上条「いいぜ…」
ちぎれかけた右腕の断面から『力』が
上条「この物語(せかい)が…」
ゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾと何かが這い出してくるような感覚が
上条「神様(アンタ)の作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら」
透明な『なにか』が…上条当麻の中の『なにかが』…
上条「― ― ま ず は 、 そ の 幻 想 を ぶ ち 殺 す ! ! 」
今、その萼(あぎと)を剥き出す!!
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
~終章・2~
ステイル「なんなんだ…アレは!!?」
あの男がインデックスを止めた。魔術による逃れようのない翼が降り注ぐのも見えた。だが倒れ伏すステイルには今見ているモノが信じられない。
上条「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!!!!」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!!!
ちぎれかけた右腕に宿る半透明の竜王の顎と、上条当麻が雄叫びが少女達に降り注ぐはずだった『羽』を一枚残さず…かき消した。跡形もなく…!
ステイル「馬鹿な…」
恐怖でおかしくなった頭が見せた幻覚か…それともあれが本来の『上条当麻』の姿なのか…それすら判別がつかない。
ステイル「どうなってるんだ…この学園都市(まち)は…!」
先程の麦野沈利の翼…十二枚の『光の翼』…あれはまるで、聖座(せいざ)を追われた光を掲げし者…暁の明星(ルシュフェル)のようで…
眼前の上条当麻の腕…神への反逆であるかのように牙を剥く竜王の顎…あれはまるで、地に投げ落とされた竜…偽神(サタン)のようではないか
ステイル「なんなんだ…なんなんだ…君達は!!!」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!!!!!
神裂「神浄の…討魔!」
凱歌を歌い上げる『何か』の産声…『神浄討魔』の覚醒…その雄叫びを最後に…ステイルと神裂の意識は途絶えた―――
~エピローグ~
上条「だあああぁぁぁ!不幸だ不幸過ぎる不幸ですよの三段活用!!」
禁書「とうま!朝からうるさいんだよ!せっかくハンバーガーお腹いっぱい食べる夢見てたのに!」ガブッ!
上条「痛たたた!痛たたたたたた離して下さいインデックスさん!!上条さんの頭はハンバーガーじゃありませんよ!!?」
上条当麻は起き抜けに頭を抱えていた。目覚まし時計が故障し、あまつさえ二段構えであった携帯電話のアラームも充電切れ。
その上大騒ぎの大急ぎの大忙しで朝の支度を整えんとする矢先にインデックスから噛みつき攻撃を受ける始末。
禁書「もう…とうまはしずりがいないと本当にダメなんだよ!もっとしっかりしなくちゃダメかも!」
上条「それは言わない約束だろ…ってやべえもうこんな時間だ!インデックス!朝ご飯は冷蔵庫の中の昨日の残りな!じゃあ行ってきます!」
禁書「あっ!とうま!しずりに伝えて欲しいんだよ!今度はビーフストロガノフ作ってくれたらうれしいなって!」
上条「ああ!伝えとくよ!」
禁書「いってらっしゃいなんだよ!とうま!」
学生服を引っ掛け、靴に足を突っ込み、鞄を片手に開け放つ玄関。見送るインデックスが手を振る。それを背に受け上条は駆け出す。
季節は春。舞い散る桜の花片がいたるところを鮮やかに染め上げる。柔らかな春風がそれを吹き上げる――
上条当麻は無事留年の危機を乗り越え、高校二年生への進級を果たしていた。
~第七学区・とある高校~
青髪「アウト!」
土御門「セーフ!」
上条「よよいの…よいってなあ!」
キーンコーンカーンコーン…
吹寄「遅いぞ上条当麻!新学年早々まだ春休みボケが抜けきらないの!?」
小萌「はーい上条ちゃんギリギリセーフでーす。今日はツいてましたねー?」
上条「はっはっは!今年の上条さんは一味違うの事ですよ」
姫神「でも。一限目は小テストの返却。点数も一味?」
上条「姫神…今は素直に間に合った事を喜ばせてくれ…」
滑り込みで教室に駆け込んできた上条、それを茶化す土御門と青髪。たしなめる吹寄と姫神と小萌。
一年生の時とさして変わらぬ顔ぶれ。だがそれがかえって気のおけない和やかな雰囲気を醸し出している。
土御門「でも今朝は特にギリギリだったんだぜい…またあの彼女さんと朝までコースかにゃー?」
青髪「なんやて!?“昨夜はお楽しみでしたね”やって!?詳しく聞かしーやカミやん!」
上条「昨日はメシ作りに来てくれただけだっての!つか顔近い!目見開くな!」
小萌「はーい授業を始めますからおしゃべりはやめてくださいねー」
窓際に縦並びの三馬鹿(デルタフォース)。前が青髪、真ん中が上条、後ろが土御門の揃い踏みである。
小萌に注意され、それぞれ向き直る中、青髪ピアスはニヤニヤしながらも思案する。
青髪「(一度ならず二度までも“死”から逃れただけあって悪運強いなーカミやんは)」
レベル5第六位(ロストナンバー)…青髪ピアスの能力『俯瞰認識』を以て見通した上条当麻の未来…それは麦野沈利という存在を得て大きく変わった。
青髪「(一度目は、カミやんの記憶が失われる未来が半分…第四位の記憶が喪われる確率が半分やったはずやのに)」
土壇場の窮地に竜王の顎(ドラゴンストライク)を発現させ、本来存在しないはずの『2人とも助かる』という結末を掴み取った上条。
神の加護も運命の赤い糸も打ち消してしまう右手は、ついぞ神の摂理から宿命の因果律まで食い破ってしまった。
青髪「(二度目は…あの第三次世界大戦やな。あっこでもカミやんは“死”を迎えるはずやったのに)」
『右方のフィアンマ』を下した後、ベツレヘムの星と共に北海へと沈むその刹那…再び現れたのだ。
あの『光の翼』を持つ麦野沈利がまたも土壇場で光臨し上条当麻を救ったのである。
青髪「(あの人はプランの手順がワヤになるし僕は予言外れるし自信なくすで)」
統括理事長アレイスター・クロウリーのプラン、青髪ピアスのシナリオにはないイレギュラーの続発。
青髪「(まっ、ええか!友達失う未来なんて別に欲しないし!!)」
それはあの2人のみならず…あの2人に関わる人間にまで及んでいる。そう、例えば――
~第七学区・カフェ『サンクトゥス』~
麦野「………………」
垣根「よう、また会ったな第四位」
2人は麦野と神裂が激突した後、再建したカフェテラスに差し向かいでコーヒーを楽しんでいた。
というよりも…一方的に垣根が麦野に話し掛けているような形だが。
麦野「…勘定持ってやるからとっと私の視界から消えろホスト崩れ。キャッチ(客引き)かますなら暗くなってから湧いて来いゴキブリみたいに」
垣根「つれなくするなよ第四位。お前、今はただのカタギだろ?もう暗部でも何でもねえ女にどうこうする気はねえよ」
『前方のヴェント』が襲来した『0930事件』の前にはもう麦野沈利は『アイテム』から引退していた。
新たなリーダーに絹旗最愛を据え、フレンダがそれを補い、『八人目のレベル5』となった滝壺理后がそれを支えている。
滝壺からたまにメールが来る。なんでも元スキルアウトを束ねていた『浜面仕上』なるメンバーが新たに加わり、新生アイテムは立派に各勢力と渡り合っていると。
麦野「私がカタギに戻ったからなんだってぇ?関係ねえよ。テメェにはカァァンケイねェェんだよ。どうせならそのイケ好かねえツラも第一位にプチッと潰されちまえば良かったのにさあ?」
垣根「オレは構わねえがオレを必要とする女が悲しむだろ?」
そして垣根帝督もまた、一方通行との戦闘で重傷こそ負わされたものの健在である。
今現在も虎視眈々と学園都市を掌握するために動いているらしい。
麦野「だったらとっととその必要とする女の所に行けば?もうアンタの口から出る屁は嗅ぎ飽きたわ」
垣根「相変わらず口が悪いな…やべっ、メール来てたか…じゃあオレ行くわ」
携帯電話をいじる垣根。その画面には『初春飾利』の名が表示されていた。
そして垣根はおもむろに麦野の分の伝票も持って席を立ち上がった。
麦野「貸しでも作るつもり?」
垣根「まさか。他人の女には手を出さねえよ。そのくらいの常識はある」
そして垣根帝督は背を向けて手をヒラヒラと振りながら去って行く
垣根「――いい女になったな。麦野。見違えたぜ。お互いフリーだったら本気で口説いちまいそうだ」
麦野「――遠慮しとくわ。私にはもう目が離せない男がいるから。アンタもカッコ良くなったよ。少なくとも昔よりずっとね」
垣根「安心しろ。自覚はある」
麦野「テメェで言うなヤクザ予備軍」
垣根帝督。本来であれば肉体を失うほどの手傷を追い命を落とす運命であったが、その際関わった少女を通じて彼も新たな道を歩む事となる。
そして今この時は…出会った頃より髪の伸びた、花飾りの似合う少女の元へと彼は向かう
垣根「あばよ麦野。旦那によろしくな」
麦野「まだ早いっての。もうちょっと先」
そして学園都市第二位は颯爽と去って行く。『帝』の文字に恥じない、王者のように堂々とした足取りで。
~第七学区・カフェ『サンクトゥス』~
麦野「遅いわね…おかげで変なヤツに捕まるし――」
?「お待たせー!ごめん!また黒子に捕まっちゃって…げっ」
麦野「…オ・シ・オ・キ・か・く・て・い・ね…第三位」
御坂「いい加減その呼び方やめてよね。私には御坂美琴って名前があんのよ…遅れちゃったのは本当にごめん!」
垣根帝督が去った後、少し遅れて御坂美琴は麦野沈利と待ち合わせていたカフェにやって来た。
それを麦野沈利は頬杖をつきながら見やった。
麦野「いいわ。ケーキで許してあげる」
御坂「年下にたかるつもり!?」
麦野「序列はアンタのが上でしょうが。遅れてきた罰」
御坂「うう~…」
インデックスの一件以来、たまにこうして顔を突き合わせてお茶を飲む程度には関係は改善された。
上条を通じて時に肩を並べて戦う事も何度かあった。未だ第三位と第四位のタッグを阻めた者はいない。
だが、恋敵である事に変わりはない。今も昔も
御坂「大学はどう?」
麦野「そこそこ。そういうアンタは?」
御坂「変わらず、かな」
麦野「そ」
大覇星祭の際に上条の両親が来た時は我先にと張り合ったり、一歩も譲らない。
誰にでもフラグを立てる男の彼女というものは決して楽ではないのだ。
御坂「あー…なんかあったかいわねえ」
麦野「春だからね…けど花見にアンタは呼ばないわよ。前に飲ませたらアンタひどかったんだから」
御坂「嘘!?全然覚えてないし言ってくれなかったじゃない!」
麦野「言いたくないくらいひどかったって察しな御坂。アンタの家系って酒癖悪い?」
御坂「ちょっと!親は関係ないでしょ!親は!」
かしましい女の2人の戦いは続く…まるで似通った姉妹のように、気心しれた喧嘩友達のように――戦友のように
~第七学区・映画館前~
麦野「かーみじょう」
上条「はい…」
麦野「この私を一時間も待たせるだなんてエラくなったねー?んー?上条当麻くーん?」
上条「すいませんでしたァッ!!!」
待ち合わせに遅れた映画館前での見事な土下座を決め込み、地面に頭をこすりつける上条と仁王立ちの麦野。そのあまりの絵面は当然道行く通行人の耳目を引く。
打ち止め「ねえねえ?あれはなにってミサカはミサカは指差してみたり!」
一方通行「見ちゃいけませン」
黄泉川「男の方完全に尻に引かれてるじゃん。あれ?アイツうちの学校の上条じゃん?」
芳川「時間に甘い男は嫌われるのよ…私は自分に甘いけど」
絹旗「げっ…超会いたくない男見ちゃいました」
フレンダ「結局、ベッド以外じゃカカア天下な訳よ」
滝壺「はまづらも遅れたよね?」
浜面「うっ…」
削板「待ち合わせに遅れるなんて根性が足りん根性が!」
麦野「まっ…いいわ。どうせこんなこったろうって思ってた」
上条「悪い悪い…今朝返ってきた小テストが悪くってさ…それで補習が」
麦野「そ。なら罰ゲームね?」
立ち上がった上条の頭を撫でながら麦野は目線を合わせ…虫も殺さぬような笑顔のまま…
上条「…!」
麦野「んっ…」
公衆の面前で…見せつけるようなキスをした。それも長く、深く。
一同「「「「「「ゴクリ…」」」」」」
上条「~~~ッッッ!!!」
そして…名残惜しそうに唇を離し、途切れた銀の架け橋を舐めとるように麦野は舌舐めずりした
麦野「はあっ…ごちそうさま。続きは映画終わってからね?」
上条「さ、さいですか…」
勝ち誇ったような笑顔のまま腕を組む。壊す事しか知らない左手を、見捨てる事を知らない右手に絡ませて。
麦野「で?なに見るの当麻?最近チェックしてないから私わからないわよ」
上条「これ…なんてどうかな?なんかこのキャストってさ…俺達に似てないか?」
麦野「なになに?平凡な男子高校生と年上のお姉さんのラブストーリー?ありがちね…」
どんな未来が待ち受けようと、どんな運命が待ち構えていようと、2人でなら超えられる。2人でなら明日を迎えられる。
麦野「確かに似てるけど女優は私の方が綺麗ね。俳優はアンタより顔いいけど」
上条「なぬっ!む、麦野さん?そんなに遅刻を怒ってらっしゃるんでせうか…?」
麦野「嘘よ。私にとってアンタ以上の男なんていないし、いらない」
春の夜風が吹く。あたたかな空気と、舞い散る桜の花片を運んで、優しい時間を連れて来る。
上条「ほ、誉められても上条さんからは何も出ませんよ」
麦野「いいわ。身体で返してもらうから」
上条「!!?し、沈利??!」
麦野「あっ、すいませーん。学生で、タイトルは…」
満天の星空だけが知る、2人の行き先、2人の行く末に、誰もが笑って迎えられる、最高のハッピーエンドへ
上条・麦野「「とある星座の偽善使い(フォックスワード)二枚下さい」」
――永遠(とわ)の幸あれ――
とある星座の偽善使い(フォックスワード)・完

