【まどか×PSYREN】ほむら「結構よ、指を咥えてそこで見ていなさい。夜科アゲハ」
の番外編となります。
番外編~どこかの国の魔法少女とW.I.S.E.~
act.1
柔らかな砂の上を少女の体が転がる。水切りのように二度、跳ねるとゴロゴロと砂の上を転がり、やがて静止した。
ライトパープルのマーメイドライン型のドレスを身に着けた少女は頭を振るいながらゆっくりと起き上がる。
「キュゥべえいるんでしょう?」
体の芯が定まらないままに立ち上がった少女に呼ばれた。
「当然だろう?僕の役目は魔法少女を導くことだからね」
淡い光と共に少女の瞳に光が戻る。勇み足で少女は前方へと歩を進める。
眼前には無数の魔獣がひしめいている。
魔獣の基本形である人型。この砂漠の地の情念を取り込んで変質したサソリと呼ばれる甲虫の形。同じくサボテンと呼ばれる植物の形をしたもの。世界のどこにも現れる四足歩行の哺乳類、確かイヌと呼ばれている生き物の形をした魔獣。暗い夜空を旋回し続ける空飛ぶ哺乳類、コウモリと呼ばれる生き物を模した魔獣。
それらが、みっちりと蠢いている。
見える範囲だけでもおおよそ五十はくだらないだろう。そして、その奥にも控えていることは立ち込める瘴気の濃さから考えても想像に難しくない。
「昼は戦車と占領兵。夜は魔獣。本当にここは地獄だよ。せっかく願い事叶えてもらったのになんだか無駄になった気がする」
「どうしてだい?君の思いは間違いなく遂げられたじゃないか」
少女は頭を振りながら右手に武器を生成する。
「まったく、どうしてニュアンスが伝わらないかな。まぁいいや。そういう事じゃなくてね、後悔だのがあるわけでもなしにただ、別の可能性を思い浮かべただけ」
少女の手にシャムシールと呼ばれる剣が握られる。ただし、それは剣というにはわずかに長さが足りない。全長は大凡成人男性の上腕骨ほどの大きさだ。
「また突っ込むのかい?」
「当然。まぁ、全部倒す必要はないから最低限ジェムの浄化に必要なグリーフシードを集めたら逃げるけどね」
左手にも同じ剣を生成すると、青い刀身を正面へと構え魔獣の群れへと突進していく。彼女が蹴った砂の上は僅かに水分を得たように色が濃くなっていた。
魔力と瘴気がぶつかり、交じり合う。
少女は向かい来る魔獣たちを手当たり次第に両断していく。小手先の戦術や緻密な魔法制御など知ったことかという風にすら見受けられる。
たった一人で数多の魔獣の群れに飛び込んだ彼女に言えることは一つ、無謀すぎるってことくらいだ。
それでも少女は敵を切り伏せながら闇雲に魔獣たちの中心地へと足を進めてしまう。恐らく自身が群れの中へと誘導されていることにすら気づいていないだろう。
ゆるりと、魔獣の群れが少女を中心に円陣のような形へと変化していく。
少女はその事実に全く気付いていないようだった。
「辺りをよく見て、まずいよ。取り囲まれた」
「――ッ! 上等ォ!一網打尽時にしてあげよう」
少女は両手に携えたシャムシールを勢いよく砂地に突き刺す。
そして、これまで使うそぶりを見せなかった彼女の固有魔法を発動する。
砂が勢いよく噴き上げる。
直後、突き立てられた剣を起点に圧倒的な量の水があふれ出す。
少女の立っているところを避けるように辺り一面を水が制圧していく。
深さ一メートルほどの水が放射状に広がっていく。その速度は決して速いとは言い難いが、それでも地に足をつけている魔獣どもを押し流すには十分だ。
「途中で逃げると言いつつ君はいつもこうだね」
「しょうがないだろ。いつもこうして囲まれるんだ」
言いながら彼女はサークレットの中央部に嵌められたソウルジェムを取り出す。
「あぁまたこんなに濁っちゃったか」
限界ギリギリまで濁ってしまったようで元の色がライトパープルだとは分からないほどだ。
「ニホンではこういうのを『アイ』だとか『コン』だとかいうんだっけ?」
「そうだね。その色なら濃紺で間違いないよ」
「ノウコン?なんだそりゃ?まぁ、いいか早く浄化しよ」
彼女がジェムの浄化に取り掛かった瞬間に両腕が跳んだ。
少女が間の抜けた声をあげる。
「うわあぁぁぁぁぁぁ!!まだっ!」
浄化してない。そう言いたかったのだろう。けれど言葉は続かなかった。
穢れをため込み過ぎたソウルジェムにはうっすらとヒビが刻まれている。
「キュウべえどうしよう!?」
もはや襲撃者を確認するということに思考を回す余裕すらないらしい。
「それよりも、あの鳥型の魔獣をどうにかするのが先じゃないかい?」
その言葉で少女はようやく後ろを振り向いた。
「狩り残しがいたの?」
どうやら、事実を認識できていないようだ。
「狩り残しというより、あの高さを飛んでいたら君の攻撃はまず当たらないんじゃないかいかな?」
少女の顔に絶望が広がる。そんな予想はあっさりと覆された。
鳥型の魔獣が何か見えない力によって地面に叩きつけられたからだ。
「お前は魔法少女か?そいつがそこにいるってことはそういうことだな?」
声のする方を見ると、赤毛の男と、白髪の男が悠然とこちらに歩いてきていた。
「あなたたちは誰?」
「W.I.S.E」
赤毛の男。天戯弥勒は短くそう答える。
「俺たちは異能者が迫害されない世界を作るために同志を集めている。噂を集めてここにきた。しかしあてが外れた」
「私たちとは別の『力』ある人なの?それじゃあ私を助けてくれないかな」
「君を助けることは出来る。ただし、それは俺が搾り取った他人の命を使ってだ。誰とも知らない人間の命を背負って生きる覚悟があるなら助けてやる」
冷たい声だった。ぞっとするほど冷たい声だ。それは人を強制的に冷静にさせるほどの何かを秘めた声らしい。何故ならば先ほどまで青ざめていたはずの少女が、芯を取り戻しているのが見て取れたからだ。
「そっか。うん。じゃあいいや。私は結構満足してるんだ。たださ、一つ伝言を頼まれてくれないかな」
「面白いな・・・。この俺に頼みごととは、聞いてやる」
「この町にさ、閃光の魔法少女ってのがいるんだ。その子に一言だけ頼むよ」
一瞬の沈黙。天戯弥勒は無言で先を促しているようだった。
「『無茶はしないでゆっくり生きろ』ってさ」
「そうか・・・。もう寝ろ」
「最後に会ったのがあんたでよかった気がするよ」
少女は最後に微笑んだ。そして、導かれていく。
「おい、インキュベーター」
「なんだい天城弥勒。それとグラナ」
二人の強い敵意を感じる。どうやら一歩踏みとどまっているらしい。
「貴様は不愉快だ」
「それには同意見だぜ。弥勒」
天城弥勒の力が膨張する。それは樹だった。
それが放たれる直前に金髪の青年が突如として現れた。
「お二人とも収穫は?」
「無しだ」
そして樹が体を貫く。突き刺さった樹との接地面が融けだし繋がる。そんな感覚に支配される。
「これは、もしかして僕という個体の命を吸い上げているのかい?」
「無駄な殺しを止めてから命の貯蔵(タンク)が減る一方なんだ・・・。だから貴様の命を搾取してやる」
「無駄、とは言わないよ。けどね、天城弥勒僕の子の体に宿る命のエネルギーは人間のそれと比べれば遥かに少ないんじゃないかな」
「確かに、貴様一匹の量は大したことはない。だが、すぐに次の貴様がこちらに召喚されるのだろう?」
「なるほど、それが狙いなわけか。それならこちらもこの個体は即刻破棄とさせてもらうよ」
「ふん。勝手にしろ」
生体ダメージ。瀕死。
再召喚。不可。
個体接続。断絶。
意識断絶。再起動不可。
――。――。
act.2
爆発、爆発、爆発。
圧倒的なエネルギーが辺り一帯を粉砕していく。
「おいおいおい、魔獣ってのはもっと骨があると思ってたのによォ! とんでもない思い違いだったぜェ!」
怖気が走るような量の魔獣たちを相手に一方的な殺戮を繰り広げている男、ドルキが高笑いをしながらそう叫ぶ。
「にしても次から次へとわらわらと溢れてきやがるな」
ドルキが爆塵者(イクスプロジア)で倒した魔獣の数はその名にたがわず、星の数ほどといってもいい量のはずだ。だけれども、魔獣の数は一向に減る気配が見えなかった。
「ねえキュゥべえ。私たちの生き残りがどれくらいか分かる?」
呆れるほどの爆発の中で一人の魔法少女が尋ねる。
「集まってもらった十三人の中で生き残りは君一人だね」
そちらに視線を向けるとエメラルドグリーンのメイド服を纏った魔法少女が、断崖に背を預けた体制で座っていた。
「そう。ずうっと思ってたけどさ、なんであんたはそんなに淡白なのさ」
「いや、ぼくとしてもこの損害はかなりの痛手だよ」
爆発はなおも続く。人々に世界の中心と呼ばれるこのあたり一帯が更地になるのではないかと思えるほどの断続的な爆発だ。
「クククッ!おいおい、そろそろ諦めたらどうだよ」
しかし、どれだけ爆発が魔獣を屠ろうとも魔獣たちの流出は止まらない。
「これってどうなってるわけ?」
ボロボロの魔法少女に問いかけられた。
「どう、というのは魔獣のことかい?それともこれを引き起こしている彼のことかな?」
「どっちも、といいたいけど取りあえず魔獣のほう」
浅い呼吸音を繰り返しながらの言葉だった。
「何の因果かは分からないけど、この場所に瘴気の特異点が出来てしまっているみたいなんだ。それ自体はそこまで珍しいことでもないのは君も知っているだろう?問題は出来た特異点が一向に萎まないことなんだ。これは極めて奇異なことだよ」
「なんで、萎まないのかはわからないのかい」
「残念ながら期間が短すぎてまだ確証が得られていない。ただ、似たような特異な事例が一人だけいるのも確かだね」
満身創痍の彼女の顔が一層険しくなる。
「じゃあ、そいつがこの騒ぎに関係しているっていうのか? それならぶっ殺してやる!!」
「いや、恐らく彼女、暁美ほむらは関係がないだろうね。何せ彼女は日本にいるわけだし」
「ニホン? つまりジャパンか? 確かにそれじゃあ色々無理があるな」
「それよりも、ようやく特異点の蓋が閉じたみたいだ」
瘴気の流れは止まったが、あふれ出した瘴気がすぐになくなることもないので、爆発音自体は鳴りやまない。
辺りを埋め尽くすほどにひしめいていた魔獣たちが徐々にその数を減らしていく。
「冥土の土産に爆塵者の終極を味わえ!!」
爆塵者星船形態。全方位、全ての魔獣を補足し攻撃した。
桁違いの爆発音が響く。
横目でメイド少女が耳を塞いでいるのを確認する。
振動、許容外。
身体ダメージ、修復不能。
ネットワーク接続確認、認証。
代替個体の召喚、許可。
記憶引継ぎ、完了。
「貴様、生き残りだな?」
「おかげさまでね。ありがとう、そういえばいいかな?」
「勝手にしろ。精々クソみたいな人生をクソみたいに生きるんだな」
「いいや、きっとこの世界は優しいよ」
「そうかい。じゃあな」
「ドルキさん首尾は?」
「上々」
「そうですか、では強制連行です」
「なんでっ」
act.3
驚くほど澄んだ輝きを放つ白い防寒着を身に着けた魔法少女が雪原をかける。
両手で握り締めたスレッジハンマーを白のロングコートに青い耳あてとマフラーを纏った赤茶色の髪をした男、ウラヌスへと叩きつける。
破壊、単純にそれだけを突き詰めた魔法少女の一撃はいとも容易く阻まれる。
「悪くない一撃だ。だが、足りないな」
少女と青年の間には分厚い氷が鎮座していた。
「あんた、何者だよ」
「俺は何者にもなれないほどにからっぽだ・・・」
ウラヌスは禅問答のようなことを言う。
そんな回答で少女が納得するはずもなく、眉間のしわが深くなるばかりだ。
「そんなことはどうでもいいんだよ! あんたのその力はなんだ? あんたはなんの目的であたしに近づいてきた!!」
叫びながら少女はハンマーを振るう。
ガゴン、ドゴン、バゴンッ! と鈍い音が響く。
幾度も幾度も少女は力を振るうがウラヌスの前に鎮座している分厚い氷を砕くことは叶わない。砕くどころか亀裂一つ出来ないし、破片一つ散らない。
「無駄だ。その程度のライズでは俺の氷碧眼(ディープフリーズ)は砕けない」
青年の腕が動く。それは軽く振るわれる程度の動きでしかなかった。ただ、その動作がもたらした『結果』は驚嘆に値した。
大気が凍る。
比喩でも何でもなく実際に気温が三十度ほど下がった。
その影響で空気中の水分が凝結し氷霧が立ち込める。
「ライズってなんだ!」
少女が固有の魔法を行使し、攻撃を仕掛けた。
大きく振るわれたスレッジハンマーは吸い付くように氷壁の中央へと突撃する。
「お前、サイキッカーじゃないのか・・・?」
彼女の固有魔法が上乗せされたスレッジハンマーの一撃がどれだけ殴打してもビクともしなかった氷壁をいとも容易く砕いて見せた。
だが、ウラヌスはその一撃を易々と手で掴む。
「不思議なものだ・・・。どれほど重い一撃かと思えばこの程度だとは。逆に疑問だ、この程度でどうして俺の氷碧眼を破ることが出来るのか」
瞬間、少女に怯えが走ったようだった。
掴まれたハンマーを手放し分解。そして、一気に五歩ほどの距離をとる。
けれど、恐らくその程度の距離はウラヌスにしてみればあってないようなもののはずだ。
「あたしはサイキッカーなんていう訳の分からんもんじゃない。魔法少女だ」
「魔法少女・・・。そうか、お前が。01号、いやグラナから聞いていたな」
ウラヌスはいつの間に取り出したのか両手に二挺の銃が握られていた。
フッ、と姿が揺らぎ、消える。
「あたしの負けだね、こりゃ」
ボスッとハンマーが雪原へと沈む。
少女の後頭部へとウラヌスが氷で作られた銃を突き付けていた。
ウラヌスと視線がかち合う。
「おいお前、キュゥべえだろう。なんでこいつが魔法少女だと俺に教えなかった」
「そんなこと一言も聞かなかったじゃないか」
「そもそもお前がさっさと俺の前に出てくれば早かった」
氷の拳銃から氷弾が射出された。
それは耳を掠める。
傷口が急速に凍りついているらしかった。
「次は気をつけろよ」
顔が殆ど凍りついてしまったようで声が出せなかった。
金髪の男シャイナが突如湧いたようにウラヌスの後ろに現れた。
「聞くまでもなさそうですが、一応聞きましょう。首尾は?」
「なかなか楽しめた」
「やはりゼロですか」
シャイナはため息をつくのとウラヌスの体が消えるのが重なった。
「どうも迷惑をかけたみたいで、悪かったね」
少女にそう声をかけ、返答も聞かずにシャイナの姿が消える。
身体凍結、異常値。復旧不可。
ネットワーク接続確認、認証。
代替個体の召喚、許可。
記憶引継ぎ、完了。
それは私、巴マミが暁美ほむらに説得されて、久方ぶりにクラスメートたちと出かけていた日の出来事だった。
正直に言って、今思い出しても背筋がぞっとする、そんな出来事だった。
目いっぱいウィンドウショッピングを楽しんだ後、チェーンのファミリーレストランでドリンクバーだけで粘っていたときだった。
平和な光景、平和な会話。他愛ない日常、帰るべき日常。
私は一日で縁遠かったそれらを目いっぱい補給するべく楽しんでいた。
カッコいいタレントの話に何とかついていき、流行のドラマのあらすじを説明してもらう。朝の情報番組で扱っていた流行の話題で何とか盛り上がって、長い名前をした流行のアーティストを呼び間違って笑いあう。そんな他愛のない、だけれども何よりも大切な日常。暁美さんや佐倉さんといるときでは絶対にありえない空気感。そんなものに身を沈めている時に異常が私の目に映りこんできた
人の形をしたそれは、ガラス一枚分の距離で私とすれ違った。
目に映りこんだその表情はまるで悪魔のようなで、私の危機意識を猛烈に逆なでする。
そして何よりその男とばっちりと視線がかち合ってしまった。
瞬間、私は今この日常を放棄することを決断した。
私の勘が告げていた。きっと私が一緒にいると彼女たちも巻き込んでしまうと。
羽織っていたパーカーのポケットに手を突っ込むと設定しているダミー着信を起動する。
携帯の震える音が私のポケットからささやかに主張を始める。
着信など入っていない携帯電話を取り出して、中身を確認するふりをする。
「ごめんなさい、急用みたい」
私は申し訳なさそうにみんなに聞こえる声でいう。
「えー?巴さんってほんっとうに忙しいね。もうちょっとゆっくりしてこうよー」
「マジ?んじゃあしょうがないかなあ?」
私を引き止める言葉と、用事ならしょうがないという言葉。どちらもとても嬉しい言葉だと思う。
「また今度埋め合わせできるように頑張るわ。だから、今日はこれで」
ガッツポーズをしつつ頭を下げる。
席を空けてもらって座席から立ち上がる。そこからバックに手を突っ込んで財布を取り出す。
「あー、いいよ。あたしらで払っとくから早く行っといでっ」
「えぇー。私今月ピンチなんだけど!」
「あんたはいっつもそういってほかの子に集ってるだろ」
「なんだか悪いわ」
私は戸惑う。
「気にしない気にしない。珍しく巴ちゃんと遊べたからね。それでチャラでいいよ。さっき埋め合わせしてくれるって言ったしね」
「そうだぞー。友達に遠慮はいらないんだぜー?」
「お前は少し遠慮しような」
微笑む姿が眩しい。
少しの逡巡後に言葉を選び出す。
「ありがとう。埋め合わせは必ず」
「またね」と手を振る二人に手を振りかえして私は店の自動扉をくぐる。
店を出て駆け出す。方向はさっきの男が歩いて行ったのと同じ方向だ。
ガラス越しに二人がもう一度手を振ってくれたのでそれにも手を振りかえす。
さてがんばろうか。
密度の低い人ごみをすり抜けて前へと進む。
隙間を縫うように体を捻じり、走る。
そして、見つけた。後ろからその姿を捉えると実に不思議だ。
とても目立つ栗毛色の髪がもっさりと広がっているのに誰も彼の姿を視界に映していない。
ゆっくりと、辺りを観察しながら男の後をつける。
そこで気づく。男の歩き方に奇妙な違和感がある。より正確に表現するならば恐らくそれはリズムだ。
歩くリズムが普通の人のそれとはどこか違っている。具体的にどこが、とは言えない。けれど、確実に違う。
男と私の距離は凡そ十メートルほどだ。だというのに少し意識が逸れると見失いそうになる。
私の魔法少女としての経験が明らかな異常だと告げていた。
男が人気の少ない路地へと身を滑り込ませた。
もしかすると気づかれたかもしれない。
が、ここで引くことも出来ず、私は路地の中を覗く。
「いない?」
明らかにこの路地を抜けるには時間が足りなかったはずだ。なのにどうして?
考えながら路地へと歩を進めると、砂利を踏みしめるような音が聞こえた。
振り向く。
「い、いい・・・。すごくいいな。お前のその体綺麗だ」
どうやって私の後ろに回った?いやそれよりもこの男は今なんといった?
「あなた、何者?一般人ですとは言わないわよね」
背筋に嫌な汗が流れる。あれは明らかに危ないタイプの人種だ。
例えるならば、そう魔女の口づけを飼いならしたような、そんな狂った人間だ。
「鬼瀬鋭二。今はヴィーゴだ」
男が微笑む。不敵にというよりも不気味にという形容詞がよく似合う。
この男はいとも容易く私の背後を取ってみせた。ということは全力で逃げた方がいいのだろう。
こんな普通の人に魔法を使うのは気が引けるが本気で仕掛ける!
私は変身すると同時にリボンを操り、男の四肢を拘束する。
「も、もしかして、お前魔法少女か」
男は拘束された、そんなことを口にした。何故、そんなことを知っているのか。
問いただすか、そのまま逃走するか。選択肢が増えてしまった。
奇妙な感覚が体を襲う。これは、まさか。
見ると、男の体がリボンと一体化して、すり抜けた。
即断だ。マズイ。一人はマズイ。
男は多分、サイキッカーだ。暁美さんや雨宮さんが使う魔法とは別の不思議な能力。しかも、力を使いこなしているタイプの相手だ。
踵を返し、駆ける。一応、変身も解いておく。
走りながら携帯電話を取り出すと、電話帳を開く。目的の相手は一番上だ。なのでボタンを連打する。
お願い早く繋がって。
「もしもし?マミどうしたの?今日はゆっくりできた?」
「暁美さん、ちょっとそれどころじゃなくなったわ。サイキッカーらしき男と遭遇しちゃって、どうもその人頭の螺子が飛んでるみたい。拘束してみたけど、簡単に抜けられちゃったわ。今から、廃ビルに向かうから応援に来て!!」
私の問題に巻き込んでしまっても構わない相手。いや、安心して問題に巻き込める相手。
「そう、サイキッカーと。災難だったわね。分かったわすぐ向かう。杏子とは今連絡つかないから、私一人だけれど」
「ありがとう」
パチンッ、と携帯を閉じる。さあ反撃開始と行きましょう。
廃ビルの三階中央部。私の現在位置。
一階の入り口に張った感知結界に反応あり、だ。
〈近くまで来たわ。あと五分ほどでそちらに着く〉
〈了解。例のサイキッカーは今建物の中に入ってきたわ。中と外から挟撃しましょう〉
〈分かったわ。テレパシーは繋いだままにしておくからタイミングの指示をお願い〉
ビルのいたるところに張り巡らせたリボンの結界から男の足取りを掴む。
この状態なら奇襲を喰らう恐れはまずないはずだ。
それならば、今できることは下準備だろうか。
原理は分からないがこちらの拘束は簡単にすり抜けられ、無効化される。
ならば、対抗手段はおのずと限られてしまう。つまりは発砲だ。
魔獣以外に武力を行使するのは気が引けるが恐らくやるしかない。
つらつらと、そんなことを考えていた私は感知結界に訳の分からない反応が出てギョッとする。
まさかッ!どうやって?
一階中央部から反応が消失して、いきなり二階中央部へと移った。そして――。
「ク、クク。俺の潜航師(ゾーンダイバー)からは逃げられない」
突如、真後ろにッ!?
咄嗟にリボンで男を拘束。それと同時進行で前方へと大きく飛び込む。
振り返ると、コンクリートの床から上半身が生えていた。
何も言わず、相対したままジリジリと距離をとる。
男の体が徐々にコンクリートに埋没しているような気がする。
いや、確かにしている。
さっきは胸部が完全に露出していたのに今は半分ほどが埋まっている。
ということはやはりこのコンクリートを伝って移動してきた、そういう事なのだろう。
思考に意識を裂いている間に男は完全に姿を消した。
けれど焦る必要はない。五分時間を稼ぐことくらいは余裕だ。
部屋の壁に隙間なくリボンを巡らせる。出てきた瞬間に即射撃すればいいだけだ。
反応が出る。絶句した。
目の前の不気味な光景に言葉を失った。
「腕だけが四本も!?」
腕が、伸びる。私を捉えようと迫ってくる。
ギョッとして理解が追い付かない。体が反応しない。危機意識がマヒしたみたいに思考が流されていく。
首元に腕が迫り、そして――。
輝く紫の矢が迫りくる四本の腕を同時に打ち滅ぼした。
「マミ!! 呆けてる場合じゃない! ここの場所はマズイわ、開けた場所で戦った方がいい」
窓の外から黒い翼を携えた暁美さんの声が聞こえた。
そして、突風と共に私を捕まえて空へと昇る。
これは所謂お姫様抱っこ、だろうか。
「屋上に行くわ。恐らくその方が相手の行動を絞れるはず」
刹那の浮遊感を味わい、屋上のど真ん中へと着陸する。
「このまま逃げてしまってもいいんじゃ?」
抱っこ状態を解除されつつ私は尋ねる。
「それも一つの手ではあるけど、そうするよりも今ここで再起不能にした方が安全だと思うわ」
彼女はシレッと物騒なことを口にする。
「それに、なんにしても向こうの手札はなるべく暴いておくべきだわ」
そうね、と同意の言葉を口にしようとしたその瞬間。地面が軋む。
そして、不気味な顔が現れた。
「お、お前も綺麗だ・・・。今日はついてるぞ。意味のある殺しを一日に二階も楽しめる・・・」
空気が凍る。静寂が場を支配した。
刹那。私を含めた三人が一斉に動く。
男を拘束するべくリボンを飛ばす。逆に、私を拘束するべく男の腕が地面から生え、私を襲う。
跳び上がった暁美さんが弓の速射で生えた腕を打ち滅ぼしつつ男へも襲撃をかける。
そして、そのどれもが相手を捉えることがなかった。
「もう、ヴィーゴさん。魔法少女を殺しの材料にするのは駄目だってグラナさんにいわれてるでしょう?」
その場に居なかったはずの金髪の青年が男の腕を掴んでいた。
だけれど、位置がおかしい。
なぜならばその位置はさっきまで暁美さんがいたはずなのだ。
そして、当の暁美さんは飛び上がって空中にいたにもかかわらず私の正面七メートルほどのところに足をつけている。
というかそもそも、私の位置すら違う。私はいつの間にこんなに端に来たのだろうか。
「瞬間移動(テレポーテーション)。あなたたち、W.I.S.Eなのね」
「ご明察、理解が早くて助かります。ですが、誤解されているようなので訂正しておきます。我々は別にあなた達の敵ではありません。ただ、この人に見境がないだけですので」
W.I.S.E。確か今朝のニュース番組で紛争地帯に突如現れ全てをなぎ倒していく正体不明のテロ組織、だとか言われていた気がする。
「シ、シャイナ、邪魔するな。俺の芸術はまだ終わってない」
「まったく、ドルキさんといいウラヌスさんといいどうして、こうも見境が無いんですか。もう少し僕を見習ったらどうですか」
「お、お前に俺の芸術が分かるとは思えない」
シャイナと呼ばれた金髪の青年はヤレヤレといった表情を浮かべつつ、突如その場から消失した。私を追いかけてきた男を連れて。
どうやら危機は去ったらしい。
正面にいる暁美さんが盛大にため息を吐いて肩を落とす。
つられて私も床にへたり込んでしまった。
「暁美さん、これからケーキバイキングに行きましょう!」
「なんで私が?分かったわッ!?だから引っ付かないで。というか立ち上がりなさいよ、もう!!」
頬の筋肉が妙に緩むな、笑いながらそんなことを考えた。
fin.
番外編 (#.3 >>98からの別視点)
~さやかちゃんのその後/マミ杏の密談/暗躍する雨宮さん~
「ねぇ、まどか。あんたが何を遠慮してるのか分からないんだけど」
何処でもないこの場所で世界に固定された私に対してさやかちゃんが呟く。
「それでも、あたしには知る権利があると思うんだよね」
でも、さやかちゃんが何を願ってどういう結末を迎えたのかは教えたよ?
「それじゃなくて、私の願いが私にもたらした一週間が、さ」
もう、しょうがないな。少しだけだよ?
何処にでも遍在するこの世界がゆっくりと劇場を形作る。
「本当にここはどうなってるんだか」
ここは何処でもないけど、世界の総てが此処にはあるから。
「またそれぇ?何言ってるか全っ然わかんないわー」
ちゃんと集中してないと見逃しちゃうよ?一回しか教えてあげないからね?
さやかちゃんは慌てて居住まいを正す。
それじゃあ、始めるね。
今日はマミさんと二人で魔女探しです。さやかちゃんは甲斐甲斐しくも上条くんのお見舞いへと足を向けました。ほむらちゃんは誰か私たちとは別の人と約束があるようです。なので私たちは二人きりで魔女探しをしています。
「鹿目さん?やっぱり今日は帰った方がいいんじゃないかしら?」
「えっと、私って足手まといですか?」
「そういう訳じゃないわ。ただ、暁美さんもいない以上やっぱりあなた一人を危険に晒すのは良くないかなって思ってね。それに、美樹さんはここ最近何かを思いつめているみたいだし。できれば鹿目さんには美樹さんについていてあげてほしいのよ。あなたたち親友同士でしょう?」
マミさんは少し真剣な表情でそういいました。
そして、マミさんの言葉は正鵠を得ています。どうも最近は上条くんが相当参っているらしく、それに吊られるようにさやかちゃん自身も相当参っているみたいです。だけど、さやかちゃんはそれを隠す様に明るく振舞います。
そうやって無理をするさやかちゃんが最近少し心配になります。
「そう、します!」
私はマミさんに押されるように決断を下しました。
「うん。美樹さんのことお願いね?」
「はい!」
私はペコリと頭を下げてから後ろを向いて病院の方へと駆けだしました。
立ち並ぶビルを通り抜けて、小さなアパートを通り過ぎて、並ぶ一軒家を抜き去って、私は見滝原病院へと向かいます。といっても、私はあまり足が速い方ではないので、一生懸命に走ってもたかが知れているのですが。
そうして、二十分ほど一生懸命走りようやく病院に着きました。
切れた息を自動ドアの前で整えていると、扉が開きます。
「あれ、まどかじゃん?マミさんとパトロールじゃないの?」
中から、さやかちゃんが出てきました。なんとなく憑き物の落ちたような表情をしているように思えます。
「最近さやかちゃんが参ってるみたいだから一緒にいてあげなさいってマミさんに怒られちゃって」
「やっぱ、マミさんには敵わないな」
さやかちゃんは両手を後頭部に回してアハハと笑います。その時、私は見逃しませんでした。さやかちゃんの左手中指にマミさんやほむらちゃんが嵌めているのとよく似た指輪があるということに、です。
「さやかちゃん。それって、ソウルジェム、だよね?」
言葉の直後、さやかちゃんの笑顔が凍りつきます。
すぅっと視線が私から外されました。多分、目が泳ぐっていうのはこういう事を言うんだと思います。それから口もさっきより少し開き気味になっています。
「あはは、もうちょっと隠しとくつもりだったんだけどな。なんて言うかな、心境の変化ってやつ?」
多分、さやかちゃんは嘘をついています。
さやかちゃんは幼馴染の上条くんが事故にあってからずっと気に病んでいました。
「そ、っか。やっぱり上条君の?」
「そう。もう一度さ、恭介のバイオリンが聞きたくて。あたしは恭介のバイオリンが聴ければそれで満足なんだ」
これもきっと嘘です。さやかちゃんは絶対に認めようとはしないけど、多分上条くんのことが『好き』なんだと思います。恋してるって言ってもいいと思います。
「さやかちゃん、がそう決めたんなら私はそれを応援するよ」
ソウルジェムは魔法少女の魂だって、ほむらちゃんはそういっていました。小さな石ころになるのと引き換えに奇跡を一つだけ叶えられる、そう言っていました。
「でも、無理はしないでね」
「本当にまどかは優しいな」
さやかちゃんの笑顔はとても晴々としていました。
そして、私たちはどちらともなく帰路につきました。
夕方、空が赤くなり始めています。私はさやかちゃんと連れ立って街を歩いていました。すると見覚えのあるふんわりとした深緑の髪が視界に映ります。
私たちの親友の仁美ちゃんに違いありません。
さやかちゃんも気づいているか確認しようと視線を移すと、なぜか少し不自然な方向を向いていました。
「さやかちゃん、あそこに仁美ちゃんが」
仕方がないので少し気を引くつもりで声を出します。
そして、すかさず手を引いて仁美ちゃんに近づいていきます。
近づいてみるとどうやら少し様子がおかしいように感じました。
「仁美?どうしたの、こんな時間に?」
近づいた途端にさやかちゃんが声をかけます。
ピクリと、さやかちゃんが何かに反応したような気がしました。
「あらぁ、鹿目さんに美樹さん。ごきげんよう」
振り向いた仁美ちゃんの目は淀んでいました。
けれど、大事なところはそこじゃなかったみたいです。
首筋に奇妙な紋様が浮かんでいました。確か、マミさんが魔女の口づけと呼んでいたもののはずです。
「さやかちゃん!」
「分かってる、まどか。ねぇ仁美、こんな時間にどこに行こうっていうのさ?」
さやかちゃんが踏み込むように仁美ちゃんに問いかけます。
「どこって、ここよりもずっといいところですのよ。そうだ!お二人も是非ご一緒に」
浮かれるように仁美ちゃんは私とさやかちゃんの手を掴んで引っ張ります。
普段の仁美ちゃんならあり得ないほどに強く私たちの手を引いて人ごみをかき分けて進んでいきます。
「さやかちゃん、どうしよう」
「取りあえず、行くとこまで一緒に行こう。まどかは隙を見てマミさんに連絡して、あたしは魔女を探すから」
私たちはひそひそ話をしながら仁美ちゃんに連れられて古い工場まで来ました。
確かこの工場は先月、何かの事情で閉鎖になっていたはずです。
そして、工場の中には私たち以外にも十数人ほどの人がいました。どの人も首筋に魔女の口づけを宿しています。
「俺は駄目なんだ、こんな小さな町工場一つ満足に切り盛りできないんだ」
作業着を着た中年の男の人がパイプ椅子に座ってもぞもぞとそんなことを言っています。多分ですけど、この工場の社長さんだった人みたいです。おじさんの足元には何かの液体が注がれたバケツが置いてあります。
社長さんと思わしき人の隣には社長さんと同年代くらいに見える女の人がいます。なんとなく、奥さんなのかなと思えました。その女の人の手には私がよく知っている漂白剤のボトルが握られています。
ふと、ママの言葉が頭をよぎりました。「いいか、まどか。こういう塩素系の漂白剤はな、他の洗剤と混ぜるととんでもなくヤバいことになる。あたしら家族全員、猛毒のガスであの世行きだ。絶対に間違えるなよ」丁度、ママが見せてくれたのと同じ洗剤が二つ揃っています。
私はとっさに叫びました。
「駄目!! それはとっても危ないんだよ!! みんな死んじゃうよ!!」
私は思わず駆け出します。
でも、その直後に腹部に強烈な痛みがはしりました。
「仁美!!」
さやかちゃんの叫び声が聞こえます。
「あれは神聖な儀式ですのよ。私たちはこれから素晴らしい世界へ旅に出ますの」
「ふざけんなぁ!」
さやかちゃんが仁美ちゃんを押さえつけてくれてるみたいです。
私は無理を通してバケツまで駆け寄ります。
しっかりとバケツを掴むとそのまま持ち上げて近くの窓に駆け寄って、投げます。
ガラスが割れる甲高い音が響きわたります。
「はぁ、はぁ、はぁ」
取りあえず、毒ガスの心配はなくなりました。
だけど、集まった人たちの目が、怖いです。今にも襲われそうです。
「まどか! こっち!」
さやかちゃんが私の手を取って部屋の奥の方にある扉へと連れて行ってくれました。
大急ぎで扉を閉じて、鍵をかけます。取りあえずは凌げたみたいです。
「出口はどこだろう」
「ごめん、ここ物置みたい」
どうしよう。
私とさやかちゃんはどんどんと扉を叩く音と共に途方に暮れてしまいました。
その時です。ゆっくりと景色が変わっていきます。
ただ薄暗いだけの物置が泣きたくなるような青い空間へと変貌を遂げました。
どうやら、ここには上だとか下だとかいったことはまるでないみたいです。地面というものも無いようで、ふわふわと私たちは宙に浮いているようでした。
「とうとうお出ましか!」
隣でさやかちゃんが綺麗な青い光に包まれて変身しました。
青を基調として、所々に白を組み込んだ露出の多い騎士のような恰好で手には剣を持っています。ライトアーマーというのに近そうです。
飛び出したさやかちゃんは迫りくる傀儡のような使い魔を正面から両断してみせました。
「とりゃあああぁぁ!!」
さやかちゃんの叫び声で我に返った私は携帯電話を取り出しました、どうやら魔女の結界の中でも電波は通じるみたいです。取りあえず電話帳の一番上にあるほむらちゃんに通話を繋ぎます。
プツッ、という音と共にほむらちゃんの声が電話越しに響きます。
「まどか、どうしたの?」
「えっとね、町はずれの小さな廃工場で魔女の結界が開いちゃってるの。だからすぐ来てほしいなって」
「分かったわ、すぐ向かう。五、六分で着くわ」
プツッ、という音で通話が途切れます。
その間も、使い魔を蹴散らし続けていたさやかちゃんが見切りをつけたようで、そのままの勢いでブラウン管テレビのような魔女へと突進していきます。
ゴウンッ! と重い音が響き渡ります。
「かったぁい!」
剣を突き立てたさやかちゃんは手がしびれてしまったみたいで、すぐに距離をとって手をプラプラと振っていました。
「今度こそは本気の本気だぁ!!」
使い魔の群れをなぎ倒して、旋回するように魔女の周りをグルリと廻りはじめます。まるで青い閃光のようでした。
そして、先ほどよりも酷い音が鳴り響きます。
さやかちゃんの体が仰け反ってこっちに飛んできます。
きっと時間にしたらとても短いはずです。でも、私にはひどくゆっくりと捉えることが出来ました。
魔女に突き立てられたさやかちゃんの剣は先からグニャリと潰れていきます。
多分、さやかちゃんもそれにギョッとしていました。そして、刀身が全て潰れてしまいます。
刀身が潰れていてもさやかちゃんは止まることが出来ません。そのまま柄だけを握りしめて魔女にたいあたりを仕掛けるような感じになってしまいます。当然のように身を守ることを放棄したような状態で、です。
聞いたこともないような酷く鈍い音が響きました。まるで内臓を直接揺らされたみたいな衝撃音です。
ぶつかってきたさやかちゃんを押し返す様に魔女の体がほんの少しだけ膨張しました。
膨張した魔女の体に撥ね退けられる様にさやかちゃんの体が後方に大きく仰け反ります。頭から突っ込んでいったから頭に一番大きな衝撃が跳ね返されたみたいです。
そのまま、五メートルほどの距離を跳びました。そして、どういう訳か私と同じ高さの場所をゴロゴロと転がります。どうも、見えないだけで床があるようでした。
「さやかちゃん!? さやかちゃん、さやかちゃん!!」
ゴロゴロと転がるさやかちゃんの元へと駆け寄ります。
見れば、体の右側が真っ赤に染まっていました。
それ以外にも両手の肘から骨が露出してるように見えます。首が曲がっちゃいけない方向に曲がっているみたいに見えます。右足のつま先とかかとがひっくり返っているようにも見えました。
荒い呼吸音が聞こえてくるのは幸いでした。
私はさやかちゃんの名前を呼び続けます。残酷かもしれないけれど、意識が戻れば何とかなるような気がしたからです。
けれど、意識が戻らなくてもどうやら何とかなるみたいでした。
さやかちゃんの体の酷いところに青くて音符を重ねたような魔法陣が浮かび上がってきました。さっきさやかちゃんが魔女に突撃するときに見えたものと似ています。
それらが、くるくると回転します。そうすると、体の傷は見る見るうちに治っていくみたいでした。
「まどか! 美樹さん!」
ほむらちゃんの声が聞こえて私ははっとすると同時にほっとしました。
「ほむらちゃん!さやかちゃんが!さやかちゃんが!!」
さやかちゃんの体の傷は相当酷いものでした。早くしないときっとどうにかなってしまいます。
「まどか落ち着いて。大丈夫美樹さんは気を失っているだけよ。それより何があったか分かるかしら?」
!!! どういう訳か、さやかちゃんの体の傷は完全に治ってしまっています。
「えっ、と。えとね。さやかちゃんがあの魔女に思いっきり、剣で攻撃したの。そしたら机を叩くみたいな大きな音がして、そしたら、さやかちゃんが凄い叫んで!!それで吹き飛ばされて動かなく、なっちゃって、」
そこで私は漸くさやかちゃんの魔法で無意識のうちにけがを治していたのだ、ということに気がつきました。
ほっとして、目頭が熱くなっていることに今さらながら気がつきます。
「私が魔女の注意を引き付けているからそのうちに美樹さんをたたき起こして結界から脱出して、まどか!」
険しい表情で少しだけ焦ったようなほむらちゃんは魔女に向き直りながらそう言います。
「大丈夫。巴さんとももう連絡を取ってあるから」
少しだけ優しい声色でそう付け足してくれました。
「ほむらちゃんはどうするの!?そんな、一人じゃ危ないよ?」
さやかちゃんはまるっきり手も足も出なかったのです。ほむらちゃんがいくら強いといっても間違いが起こらないとも限らない、そう思ってしまいました。
「はっきり言うわまどか。二人を庇いながら魔女と戦う方が危険なのよ。私は巴さんと違って結界も作れない。
足手まといだから一度離脱しなさい」
そうだね、私は足手まといです。だけど、少しだけ寂しさを感じます。
「ほむらちゃん」
「早く!」
ほむらちゃんは魔女に近づいていきます。
私はさやかちゃんを起こすためにすっかり体の傷が消えたさやかちゃんを揺すります。
「さやかちゃん!! さやかちゃんってば!!」
ん、という小さな呻き声の後にさやかちゃんが目を覚ましました。
「まどか!?」
少し驚いたような声色でさやかちゃんがゆっくりと上半身を起こしました。
「そっか、あたし」
さやかちゃんは自分の体をあちこち触って状態を確認しています。
「今、ほむらちゃんが戦ってるから私たちは外で待ってよう?」
ほむらちゃんに言われたとおりに私はここから出ることをさやかちゃんに提案します。
「まどか、ゴメン」
さやかちゃんが勢いよく立ち上がり、クラウチングスタートの構えを取りました。足元には魔法陣があります。
「さやかちゃん!!」
さやかちゃんは凄い速度で駆け出しました。また、突っ込むつもりです。
もう一度魔女にぶつかります。
音が鳴らず、さやかちゃんの体だけが放り投げられたようにこちらに戻ってきました。
「美樹さん。無茶をするのは止めて。二度も同じことを繰り返してどうするの!」
さっきまでとは全然違う位置からほむらちゃんがそう言いました。
「転校生!邪魔すんな。あいつは私が倒す!」
さやかちゃんはほむらちゃんに食ってかかります。
「あの魔女は巴さんクラスの攻撃力じゃないとダメージが通らないわ。今さっき契約したばかりのあなたじゃ足手まといよ」
ほむらちゃんは一度言葉を切ると改めて口を開きました。
「それに美樹さん、今はまどかの安全を優先して!」
ほむらちゃんの声には強烈な威圧感が込められていました。
「てん、こうせい?」
「つべこべ言わずに行きなさい。早く!」
ほむらちゃんはさやかちゃんを睨むような鋭い視線で見定めていました。
「さやかちゃん、今はほむらちゃんに任せよう?」
固まったように動かないさやかちゃんに声をかけます。
「さやかちゃん!」
「転校生任せるよ」
諦めたように悔しそうな表情を見せるさやかちゃんはようやく、そういうと私の手を取って結界をこじ開けて、外へと脱出しました。
私たちが外に出ると、そこは工場の外側でした。どうやら、少しズレタ位置に出てきたみたいです。
「ねぇ、まどか」
さやかちゃん声は無理もないことですが、妙に沈んでいました。
「転校生はさ、どんな修羅場を抜けてきたのかな。あんなの絶対に中学生がだしていい殺気じゃないよ」
確かに凄い威圧感だったけれど、殺気というほどだったかは私にはよくわかりませんでした。
「いろんな秘密を見てきたって言ってたし、多分私たちが想像もつかないことだよ」
それから私たちはお互いに黙ったまま空を見上げていました。
少しして、ほむらちゃんが姿を現しました。どうやら、魔女をやっつけたみたいです。
「ほむらちゃん!」
「まどか、大丈夫よ?」
私は慌ててほむらちゃんに駆け寄ります。どうやら、心配は杞憂だったみたいです。
「美樹さんは少しは頭が冷えたかしら」
「転校生。やっぱりあんたはヤな奴だ」
涼しい顔をしているほむらちゃんと険しい顔をしているさやかちゃん。一触即発っぽい雰囲気を漂わせています。
だけどさやかちゃんはさっと、背を向けると足早にその場を後にしてしまいます。
「さやかちゃん!」
もう、どうして素直にお礼を言えないんでしょうか。さやかちゃんは意地っ張りです。
「ごめんねほむらちゃん。それからありがとう!」
私はさやかちゃんを追いかけます。
「ごめんねまどか、巻き込んじゃって。送ってくよ」
さやかちゃんは少し痛々しい笑顔でそう言いました。
私はとっさに「無理しないで」という言葉を飲み込みました。なんだか、そんなこと言えないと思えてしまったのです。
今日は、さやかちゃんと一緒にパトロールです。マミさんとは少し遅れて合流する予定になっています。ほむらちゃんは一人で別のところを見て回るそうです。
ほむらちゃんは多分、さやかちゃんに気を使っているんだと思います。
「お嬢さん、少しいいかしら?」
さやかちゃんのマンションの前で待っていた私に白に近い淡い水色をした髪の綺麗な女の人が声をかけてきました。
私はキョロキョロとあたりを見回すと、他に誰もいないことを確認してから返事をします。
「私、ですか?」
アンダーリムの眼鏡をかけたその人をマジマジと見つめます。
「そう、あなた」
「えっと、」
どことなく居心地の悪さを感じた私は何を言っていいのか分からなくなり、言葉に詰まってしまいました。
「あぁ、ごめんね。初めまして、私は雨宮桜子。なんだか思いつめてるみたいに見えたからつい声をかけただけなの。特に他意があるわけじゃないのよ」
どうやら、はた目から見ても私は悩んでるように見えるみたいです。
「話せることならお姉さんに話してみない?」
壁に背を預けていた私の隣に同じように背を預けて雨宮さんはそう尋ねてきました。
なんだか、不思議な人です。ただ、そばにいるだけで心が落ち着くような、そんな感覚がしました。マミさんが二回り位大人になるとこんな風になるんじゃないか、なんとなくそんな感想を覚えました。
「あんまり詳しいことは言えないんですけど、友達が凄く悩んでるんです。でも、私は力になってあげられなくて、精々そばにいて励ましてあげること位しかできなくて、それでこのままいくと酷いことになりそうで、」
ごちゃごちゃと、整理されない言葉が溢れてしまいます。
「そうね、一つだけ。一人じゃないって、それだけで心強いものよ。だから、せめて絶対に手を離さないようにしてあげたらいいんじゃないかな?」
何かとても大切な思い出を語るような柔らかい笑みで雨宮さんは私にそう言いました。その時にちらりと、左手の薬指に指輪が嵌められているのに気がつきました。
「結婚、されてるんですか?」
「あぁこれ?結婚じゃなくて婚約なんだ。まだ、ね」
雨宮さんはそう言って指輪がよく見えるように手を持ち上げてくれました。
「凄い、いろんな色ですね」
「この宝石はラブラドライトで、素材はプラチナとイリジウムの合金なんだって。私によく似合うからって」
そう言った雨宮さんは本当にうれしそうに微笑みました。
「とっても素敵ですね。それになんだかイメージとぴったりです」
「ふふふっ、ありがとう。ごめんね邪魔しちゃって。お友達も来たみたいだし、私はこれで」
指されて指の先にはさやかちゃんとキュゥべえがいました。
「あの!」
振り返ると、もう、雨宮さんの姿は消えていました。
お礼、言いそびれちゃいました。
「あれまどか? どうしたのいいことあった?」
「うん。さっき素敵な人と会ったんだ」
「それって、どんな人?」
「うーん?少し陰のあるお姉さん?」
「私のまどかが、どこの馬とも知らない人に目移りだなんて!」
さやかちゃんは私の脇腹をくすぐってきます。
「アハハ、止めてよさやかちゃん」
私の息が少し苦しくなるくらいまでくすぐるとさやかちゃんは真面目な顔をして解放してくれました。
「まどか、やっぱり危ないからさ。今日は私一人で」
案の定でした。さやかちゃんは私を巻きこみたくないみたいです。
だけれど、さやかちゃんの足は少し震えていて、たった一人で怯えているようにも見えたのでした。
「駄目だよさやかちゃん! このままいくときっと無茶、しちゃうよね。だから、せめて一緒に行くよ。何にも出来ないけど、せめて一緒にいる」
私は、さやかちゃんの両手をぎゅっと握りしめます。
多分、今私の目は潤んでいることでしょう。もしかしたら、卑怯だとか、ズルいだとか思われるかもしれません。だけどしょうがないんです。
「まどか。分かった、無茶はしないって約束するよ」
さやかちゃんは笑いました。
〈まどか、君には君の考えがあるんだろう?〉
キュゥべえがテレパシーを送ってきました。
〈君がさやかのそばにいれば僕は、何かの時の切り札を一つ用意できる。まぁ、マミも後から合流するようだし、心配はいらないかもしれないけどね〉
ほむらちゃんの話を聞いてから、キュゥべえを信用しすぎるのは少し怖い、そう思うようになりました。
夕方、日が落ちる前の街を私とさやかちゃんは歩きます。
噴水を横切って、レンタルショップを通り過ぎ、薄暗い路地へと歩を進めます。
「このあたりかな?」
さやかちゃんはソウルジェムを眺めながら呟きました。
私たちの足がある一点を越えるとぼんやりと、景観が変わっていきます。
幼い子が絵にかいたような小さな飛行機が目の前を通り過ぎます。
使い魔です。
「ふむ、やっぱり使い魔の結界みたいだね」
「楽に越したことないよ。あたしは初心者なんだし」
そうこうしているうちに使い魔が私たちとは逆の方向に進んでいきます。
「逃げちゃう!」
「よっしゃ!」
さやかちゃんは青い衣装へと変身して、使い魔に剣を投げつけました。
投げられた剣は甲高い金属音を発して、使い魔に命中することなく地を転がりました。
「はっ、弾かれたぁ!?」
大げさだよ、さやかちゃん。
コツンコツン、と足音を響かせながら路地の向かい、使い魔の正面から誰かが歩いてきます。
「ちょっとちょっと、何やってんのさ。あれ使い魔だよ。グリーフシード持ってるわけないじゃん?」
スカートの正面部分が大胆に開いた真っ赤なコートドレスを身に纏い、槍を携えた魔法少女が姿を現しました。
「おや?きたのかい、杏子」
「キュゥべえお前には関係ないだろ?」
杏子ちゃんと呼ばれた魔法少女の横を、使い魔が通り過ぎて行きます。
そして、杏子ちゃんはそれを止める素振りは見せず、たださやかちゃんの前に立ち塞がりつづけます。
「どいて!! さもなきゃ力づくでどいてもらう!!」
さやかちゃんは正面に立った魔法少女に向かって思い切り剣を振るいます。
甲高い金属音が響きます。
杏子ちゃんはさやかちゃんの剣を片手で持った槍で受け止めていました。明らかに涼しい顔をして。
「あんたさぁ、卵を産む前のニワトリ締めてる自覚ないの?」
「あんたみたいな魔法少女がいるから!! ほかの人を食い物にして言い訳なんてない!!」
さやかちゃんは完全に頭に血が上っているみたいで、乱暴に券を振り回しています。
「さやかちゃん!!」
「弱い人間を魔女が喰う。その魔女をアタシ達が喰う。それが当たり前のルールでしょ? ガッコーで習ったよね、食物連鎖ってやつ」
挑発するように、杏子ちゃんは続けます。
「まさかとは思うけど、人助けだの正義だのそんな冗談かます為に契約したわけじゃないよねぇ?」
その言葉にさやかちゃんの目の色が変わりました。明らかに、あからさまに。
「こんのぉぉぉ!!」
それまでとは明らかに威力の違う一撃が振るわれました。
けれど、その一撃は杏子ちゃんによって簡単にいなされてしまいました。
攻撃をいなした反動を利用するように、杏子ちゃんの体が回転します。
ジャリリッ、と鎖を引きずるような音が響きました。
回転した杏子ちゃんはさやかちゃんを槍で一閃しました。
「さやかちゃん!」
咄嗟に体が動きます。さやかちゃんの元に駆け寄るためです。
それなのに、目の前に突然現れた赤い鎖に阻まれてしまいました。
さやかちゃんの体も、赤い鎖にぶつかって地に転がります。
とても、出血が多いみたいで地面に小さな血だまりがいくつも出来ていました。
それでも、さやかちゃんは立ち上がります。よろよろと、ふらふらと。
「さやかちゃん!! 無理しないで!!」
ちらりとこちらを向いたさやかちゃんは口からも、血を流してるみたいでした。
「あれ? おっかしーな、全治三か月ってくらいにはかましてやったはずなんだけどな」
さやかちゃんの体の傷は見る見るうちに治っていってしまいます。
「あんたなんかに、あんたみたいな魔法少女には絶対負けない!!」
さやかちゃんは再び杏子ちゃんに突っ込んでいきました。
対する杏子ちゃんは悠然と、槍を振るいます。振るわれた槍は、どういう訳か八つ位に分割され、鎖のようにさやかちゃんを捉えました。
「そんな、多節根だったなんて」
多節根というのは、節によって形を変える棒状の武器の通称です。多分、もっとも有名なのはヌンチャクじゃないかと思います。
この武器は扱いが難しい代わりに、複雑な接近戦闘を可能とします。複雑に変化するこの武器を捉えきるのはとても難しいのです。
そして、案の定さやかちゃんは完全に手玉に取られてしまいました。
ガリガリ、ギリギリ、ザザザ、ギギギと刃物が擦れる音が響きます。
さやかちゃんは幾度も幾度も肌を裂かれています。その度に回復の魔法で傷を治していきます。だけど、それにもやっぱり限界があるようで、少しづつ動きが鈍ってきてしまっています。
「言って聞かせて分からねー、殴っても分からねー、バカとなりゃ」
杏子ちゃんは獰猛な声色で、叫びます。
「後は殺しちゃうしかないよねぇ!!」
だけど杏子ちゃんの叫びは別の轟音によってかき消されてしまいます。
音の正体は砲撃でした。そして、杏子ちゃんの足元、ギリギリの位置に小さな弾痕が一つ、つけられています。
「マミさん!!」
「私の大事な後輩に手を上げるなんて、あなたは何を考えているのかしら?覚悟はいい?佐倉さん」
私の後ろからマスケット銃を携えたマミさんが歩いてきます。
「なぁんだ、てっきりくたばったもんかと思ってたよ。マミ先輩?」
「それで、まだ続けるつもりならここからは私が相手になるわよ」
剣呑な雰囲気を湛えたマミさんは、それでも笑みを絶やさずにゆっくりと歩み寄ってきます。
「いいや、二対一でもきついのにあの巴マミがいるんだ。アタシはここらで退散させてもらうよ」
「賢明ね」
硬直したさやかちゃんを無視して二人は一瞬だけ視線を合わせました。
そして、杏子ちゃんは踵を返して路地を出て行きます。
「あんた!! どういうつもりだ!」
その背に向かってさやかちゃんが怒鳴りつけます。
「アタシの名前は佐倉杏子だ。リベンジならいつでも受け付けるよ」
そう言って後ろ向きに振る手にはどこから出したのかたい焼きが握られていました。
「怪我はない?美樹さん、鹿目さん」
マミさんの優しげな声に安心した私とさやかちゃんはその場にへたり込んでしましました。
「何とか、ですよ。マミさん。いや、怪我はもう治っちゃっただけなんですけど」
「二人とも、今日のことは暁美さんには内緒にしておいてくれないかしら?」
少しだけ、寂しげにマミさんは微笑みました。
佐倉杏子と名乗った魔法少女との出会いから数日が経ちました。
そして、昨晩さやかちゃん、マミさん、ほむらちゃん、杏子ちゃんの四人が偶然一堂に会してしまいました。
それまでも少し元気がないだったさやかちゃんは目に見えて落ち込んでいるようで、少し心配になります。
ふらふらと紐の切れた風船みたいにどこかに飛んで行ってしまうような、そんな危うい雰囲気を醸していました。
今日のさやかちゃんの様子を思い返しながら私はため池のある公園で、柵に寄り掛かって池を走るカルガモたちを眺めています。
「げっ」
不意にそんな声を聞いた私は反射的に後ろを振り向きました。
そこにはげんなりした様子の杏子ちゃんが立っていました。
「杏子ちゃん、だよね?あっ、自己紹介してなかったよね。私、鹿目まどかって言います」
杏子ちゃんは歯をむき出しにしてものすごい勢いで頭を?き始めました。
「佐倉杏子、だ。よろしくね。あんたの友達を散々痛めつけたアタシによく平然と話しかけられるね」
杏子ちゃんにそう言われ、私は自分でも驚くほど杏子ちゃんに対して親しみを持っていることに気がつきました。
「なんて言うか、本当は悪い子じゃないんじゃないか、って思えちゃって」
私が素直にそういうと、杏子ちゃんは眉間に皺を寄せつつ策に寄り掛かると、どこからか細長い棒状のお菓子を取り出して口に咥えつつ空を見上げました。
「あんたさ、はなっから、魔法少女になるつもりなんてないんだろう?」
「えっ?うん。まぁそうなんだけど、でもどうして?」
「なんとなく、さ」
杏子ちゃんは自分が咥えているの同じお菓子を私に差し出して、分けてくれます。
「ほむらちゃんにも、マミさんにもならない方がいいって止められてるんだ。だけど今はそれよりさやかちゃんが心配だから」
「へぇ、友達思いなことだ。なんだかさ、自分のことを思い出すよ」
杏子ちゃんはそう言って微笑みました。なんだか少し吹っ切れたような表情に見えます。
「マミの奴からもう聞いてるかもしれないけどさ、アタシはマミの弟子だったんだよ。そんで、まぁ色々あってアイツのそばを離れちまった。だからさ、美樹さやかのことを聞いたときに、気になっちまったのさ」
「それで、様子を見に来て早速喧嘩を吹っ掛けちゃったの?」
「まぁね。なんていうか、一目見見て分かっちまったのさ、コイツはアタシと同じ間違いをするタイプだって。
きっと根本的にマミの奴と一緒にはいられないんだってさ」
懐かしくもあり、寂しくもある、そんな昔を思い出すように杏子ちゃんは語ります。
「だから、ついね。あのときは手酷くやっちまって悪かったよ。んで、昨日マミの奴と話をしたんだ、丸々一晩かけて。そしてたらさ、お互いに色々勘違いしてたのが分かってね、ついぞ言えなかった一言をぽろっと言っちまった」
「なんて言っちゃったの?」
「ん?友達というよりは、本当のお姉さんみたいに思ってたんだって。やっぱ、恥かしいなこれ」
杏子ちゃんは嬉しそうに顔を赤らめました。
「きっと私もさやかちゃんに同じようなことを言ったら恥ずかしいんだろうな」
思ったことがそのままスルリと口から出ていました。
「ハハハっ、多分誰だってそうだろうな。邪魔して悪かったよ」
「そんなことないよ、杏子ちゃん。もう行くの?」
「あぁ、ちょっと合いたい奴がいるからね。あんたもこの間会った奴さ。霧崎兜ってんだけど、なんていうかまぁ、マミと離れてた間はあいつに救われてたのかもしれないな、なんて思っちまったのさ」
「会えるといいね」
「会えるさ、まったくおせっかいな奴らだよほんと」
そう言った杏子ちゃんは、だけれど嬉しそうに笑っていました。
今日、さやかちゃんは学校をお休みしました。普段、休む時は前もって私たちに連絡をくれるのに、今日に限っては何もなしでした。それどころか、学校にも連絡をしていないみたいです。
私は居ても立ってもいられなくなり、お昼休憩の時間にほむらちゃんとマミさんに相談しました。
すると、ほむらちゃんもさやかちゃんの様子がおかしいことには気がついていたみたいで、真っ先に「探した方がいいでしょうね」と言ってくれました。その時は時間もあまりなかったので、取りあえず探すことだけを決定して、そのほかのことは放課後にマミさんの家で打ち合わせをすることにしました。
そして、私とほむらちゃんはマミさんの家にお邪魔しています。
「まどか、美樹さんの行きそうなところに心当たりはない?」
ほむらちゃんにそう聞かれて、さやかちゃんにとって関係が深そうな場所を思い浮かべてみます。
だけれど、こんな風にさやかちゃんが傷ついていたことなんてこれまでなかったから、そういうときに行きそうな場所に心当たりがありませんでした。
「さやかちゃんのいきそうなところ。駄目、全然わかんないよ」
私のその言葉にほむらちゃんとマミさんは少しだけ諦めたような表情を見せました。
「それじゃあしょうがないわね。足を使って虱潰しに探しましょう」
一呼吸分の間の後にほむらちゃんが極めて冷静にそう提案します。それ以外に方法は無いので、私もマミさんもただ黙って頷きました。
「それじゃあ、巴さんは廃ビル街の方を。まどかは繁華街をお願い。私は大通りの裏手を重点的に見ます」
「そうね、そうしましょうか。鹿目さん、いいかしら」
「はい!」
私はさやかちゃんを見つけるために張り切って返事を返しました。
「何かあれば必ず連絡を取り合いましょう?」
マミさんは念を押す様に言います。
そして、私たちは一斉に飛び出しました。
私は町を歩きながら道行く人にさやかちゃんと一緒に取ったプリクラを見せて、見かけてないか聞いて回っています。
何人に聞いても一考に成果は得られないけれど、それでも諦めるわけにはいかないので、根気強く人を捕まえては尋ねるのを繰り返します。
収穫もなく焦りだけが募り始めたころに見覚えのある赤毛が視界に映りこんできました。
「杏子ちゃん!」
私は慌てて声をかけて走り寄ります。
「ん?なんだよ、あんたか」
「はぁっ、はぁっ。あんたじゃなくて、まどかだよ。それより、杏子ちゃん! さやかちゃんを探すの手伝って!」
「はぁ?」
すっとんきょうな声をあげる杏子ちゃんに簡単に事情を説明すると、面倒臭そうに頭を?きながらも協力してくれると言ってくれました。
「ちょっと待ってろよ。アタシが魔力を探知してみるから」
杏子ちゃんはそう言って指輪にしていたソウルジェムを元に戻します。
赤いソウルジェムがパタパタ、と不規則な明滅を繰り返して、次第に規則的に変化していきます。
「見つけた、こっちだよ。ついてきな」
杏子ちゃんに手を引かれ、人の流れをかき分けながら進みます。
店の間を通り抜け、細い路地を経由して私たちはドンドンと人の少ない一画へと向かっているみたいです。
「こっちの方はマミさんが探してるはずなんだけど」
けれど、そのマミさんからの連絡は来ていません。
「んじゃどっかで、鉢合わせになるかもね。いいじゃん、そんときゃ挟み撃ちで逃げられないようにすれば」
杏子ちゃんはワザとらしく犬歯をむき出しにして粗暴に笑います。
私はそれを見ても、嫌な気分にはならず、それどころか多分テレ隠しなんだとそんな風に考えている自分に気がつきました。
「うん、しっかり掴まえる」
私が杏子ちゃんにそう笑うと、杏子ちゃんは私から目をそらしてしまいました。
「ったく、調子くるうよ。ホント」
立体駐車場の近くを通り抜けて、細かく入り組んだ路地へと進みます。
きっとこの場所にはこんなことがない限り一生縁がなかったんだろうな、なんとなくそんなことを考えました。
「いた!」
「さやかちゃん!」
路地の中央辺りでさやかちゃんの後ろ姿をみつけました。
私と杏子ちゃんは慌てて走り寄ります。
「まどか、それと杏子か」
振り返ったさやかちゃんはとても酷い表情をしていました。
この世の不幸を一身に背負ったような表情です。
「さやかちゃん、帰ろう? マミさんやほむらちゃんだって心配してるんだよ? それにさやかちゃんのお母さんとお父さんだって、仁美ちゃんと上条君もだよ」
まずはさやかちゃんを説得するべきだと、そう思えました。だからゆっくりと近づきながら私はそういったのです。
「っ! 来ないでよ」
小さな声でさやかちゃんが呟きます。
「えっ?」
「来ないでって言ってんの!!」
剥き出しの感情を爆発させるようにさやかちゃんは叫びます。
私は身をすくませながらもさやかちゃんの手を掴まえるために踏み込みました。
「心配してる? 笑わせないでよ! いつでも戦う力を持てる立場にいるのにそれを拒んでるあんたにそんなこと言う資格があるわけないでしょ!? それとも何?私に代わってあんたがこんな石ころになって戦ってくれるっていうの?」
なおも叫びは続きます。もしかしたら言っている本人が一番傷ついているのかもしれません。
「お前! 心配してくれてる友達に何て言い草だ!! ふざっけんな!」
何も言わずに歩み寄る私の代わりをするように後ろから杏子ちゃんが叫び、カツカツと私を追い越してさやかちゃんに詰め寄っていきました。
「来るなって言ってるだろ!!」
もはやそれは絶叫でした。
ドス黒い感情の発露となって口から飛び出したそれは、私どころか杏子ちゃんですらすくみ上がらせて、その場に縫いとめるほどです。
直後、さやかちゃんは踵を返して走っていきます。
追いかけないといけない、なのに足が動きません。息がつまりそうで、呼吸が明らかに乱れます。
追いかけないと、追いかけないと、追いかけないと、意識がそれに終始して体の硬直が酷くなります。
「ぼやぼやすんな! アイツあのままだとヤバイぞ!!」
杏子ちゃんは私の目を真っ直ぐに捉えます。
意志、強い芯のある意志が杏子ちゃんから私に伝番してきた気がします。
「うん! 追いかけよう!!」
走り出しました。さやかちゃんを見失う前に追いつくために。
バチンと私は携帯電話を閉じました。
細かい裏路地をグネグネと移動するさやかちゃんを私たちは追いかけ続けています。多分時間にすれば十分そこらなのだと思います。けれど、私にはとても長い時間に感じられました。
「チッ! こんなときに」
杏子ちゃんがそう叫んだと同時にさやかちゃんの姿が消え失せました。
「さやかちゃん!?」
「大丈夫、魔女の結界に巻き込まれただけさ。けど、これで一応追い詰めるのには成功したね」
杏子ちゃんは魔法少女の姿に変身しながらそう言います。
「中入るよ。ついてきな」
魔女の結界を開いた杏子ちゃんは私の手を引っ張って中へと入っていきます。
その結界には祈りを捧げるような黒い影の女性と絵にかいたような形をした太陽しかありませんでした。
そして、さやかちゃんは黒い影のと対峙して笑っていました。
陰から伸びる魔手がさやかちゃんを捉えます。そして、飛沫が飛び散りました。
「さやかちゃぁん!!」
さやかちゃんのが地面を転がります。辺りには考えられない量の血だまりが出来上がっていました。
伸びる魔女の黒い手は好機と見たのか、追撃を仕掛けるみたいでした。
「ったく、見てらんないっつーの。手本みせてやるから、すっこんでなよ」
私の隣にいたはずの杏子ちゃんがいつの間にかさやかちゃんの前に立ちはだかって魔女の手を切り払ってくれました。
「邪魔しないで、一人でやれる」
杏子ちゃんの横をすり抜けてさやかちゃんが魔女に突進していきます。
さやかちゃんの咆哮が轟きました。
線のように魔女へと突っ込むさやかちゃんは傷だらけですでにボロボロです。
魔手を躱し、叩き、切り払い、猛然とした勢いでひたすらに魔女に向かっていきます。
そうして魔女に辿り着いてたさやかちゃんは当身をするように魔女に剣を突き立てました。
同時に影の手がさやかちゃんを完全に捉えます。
「さやかちゃああん!!」
血飛沫が舞います。少し湿っぽい音が辺りに響きます。肉を切り裂く音でした。
私と杏子ちゃんはただその光景を見ていることしかできませんでした。
さやかちゃんの狂ったような笑い声が場を支配します。
「アハハハハハハハッ!! アハハハハハハハッ!! 痛みなんて完全に消しちゃえるんだああ!」
「やめてよ、もうやめて」
私の声はもう届かないのかもしれません。
さやかちゃんの笑いが止むと魔女の結界も姿を消し、私たちは元の路地に戻ってきました。
杏子ちゃんの足元に魔女のグリーフシードが転がります。
それに気づいた杏子ちゃんは拾い上げ、さやかちゃんに駆け寄ります。
「あんた、早く浄化しな! もう持たないよ!!」
けれど、振り返ったさやかちゃんはそれを受け取ろうとはせず、逆に自身のソウルジェムを掲げて言い放ちました。
「希望と絶望のバランスは差し引きゼロって話、今ならよくわかるよ。見て私もうだめみたいだ。まどか、ごめ」
青く輝いていたはずのさやかちゃんのソウルジェムは色の判別がつかないほどに黒く濁っていました。そして、その黒く染まった魂は内側から膨張して自壊するように破裂してします。
「さやかちゃあああん!!」
破裂したソウルジェムの中からはグリーフシードが姿を現していました。
「嘘だろ!?なんなんだよ、これッ!!」
ぐったりとしたさやかちゃんの体を抱え、杏子ちゃんは呟きます。
「さやかちゃん?ねぇ、さやかちゃん!」
さやかちゃんの魂だったはずのソウルジェムはもうどこにもありません。
だとすれば、このさやかちゃんは死んでしまった、ということなのでしょうか。
「いやだよ、そんな。こんなのってないよ」
抱えられたさやかちゃんに触ってみると、ぐったりとした体からは熱が感じられませんでした。
バタンッ、と何かが開く音がしました。
振り返るとマミさん、ほむらちゃんとテレビで見たことのある男の人がやってきたみたいでした。
「まどか!怪我はない?」
「ほむらちゃん!マミさん!」
ほむらちゃんが真っ先に私に駆け寄ってきます。
「マミ!お前遅いんだよ!!」
杏子ちゃんはマミさんに軽く悪態をつきました。
「佐倉さん!鹿目さん!それは美樹、さん?」
どうやら、マミさんたちも今のことを見ていたみたいです。
人魚と騎士を足して二つに割ったような魔女が私たちに狙いを定めたみたいです。
「やはり気のせいじゃないみたいだ」
ほむらちゃんと一緒に来た男の人が呟きました。その表情にゾッとします。
「ほむらちゃん。あれがその倒れてる子の魂のなれの果てだね?」
「っ!!そうよ!でも、戻せるの?」
ほむらちゃんはそう言いました。
「出来そうだね。何の因果か知らないけど、あれの胸のところにイルミナが埋め込まれてる。あれの力を利用すれば造作もないことだ」
なんだかよくわかりません。
「赤毛の君!その抜け殻ちょっと借りるよ。ほむらちゃんは僕があいつに近づくまで囮になってくれるかい」
そう言って、男の人は杏子ちゃんからさやかちゃんの体を引き離し、お姫様抱っこで抱えこみました。
「全員!目と耳を塞ぎなさい!!」
ほむらちゃんが叫びました。私は慌てて目を瞑り、耳を塞ぎます。
辺りに閃光が散らされた、そんな感覚が肌を通して伝わりました。それに、耳を塞いでいても大きな音が鳴ったことが分かりました。
それが終わったころに私がゆっくりと目を開くとほむらちゃんが拳銃と翼で私たちと別の場所から魔女と対峙しているのが見えました。
「その程度では私は倒せないわよ!無様ね!!」
ほむらちゃんは叫びながら、大きな音がする銃を連射しています。
ほむらちゃんに向けられる攻撃は徐々に激しさを増していきます。
四つほどだった車輪の弾幕はそのネズミ算式にその数を増していきます。
崩れた木の車輪はほむらちゃんの足元へと瓦礫となって積み重なっていきます。
これ以上増えると、きっと捌ききれなくなる、それほどまでに車輪の数は膨れ上がっていきます。そして、
「ほむらちゃん。おつかれさま。これが僕の生命融和(ハーモニウス)だ」
いつの間にやら魔女に近づいていた男の人はそういって魔女に手を伸ばしました。
見る見るうちに魔女の姿が小さくなっていきます。
どうやら、男の人の手のひらに集まっているみたいでした。
そうして、魔女の姿は完全に消失してしまいます。
男の人の手のひらにはさやかちゃんのソウルジェムのように青い輝きが集まっていました。
男の人はその青い輝きをさやかちゃんの体に押し込みました。
さやかちゃんの体が大きく一呼吸したのが遠くからでもわかりました。
「なんだもう終わりか。それじゃあ僕は帰るよ」
魔女の結界が解けます。男の人の姿はもう路地を曲がって消えるところでした。
私は倒れたさやかちゃんに駆け寄ります。
しっかりと息をしています。ほっぺにもちゃんと血が通っているみたいです。
トクンッ、トクンッとしっかりと脈拍もありました。
気を失っているというよりは眠っているみたいに思えました。
さやかちゃんはちゃんと生きているみたいでした。
さっきまでは死んでいたのに今はしっかりと生きているみたいでした。
思わず、涙が零れます。
ほむらちゃんたちは少し遠くで何かを話しているみたいです。
多分重要な話をしてるのでしょう。
なので私は取りあえずこの場所から離れずに大きな声を出しました。
「ほむらちゃーん!さやかちゃん寝ちゃってるだけみたいだよ」
「ありがとうまどか。もう少し待っていて?」
ほむらちゃんはすぐさまこっちに叫び返してくれました。
「さやかちゃんが風邪ひいちゃうかもしれないから、なるべくなら早くしてほしいなっ」
私はほっとしてそう返します。
私は背中にさやかちゃんを背負ったほむらちゃんと一緒に夜の道を歩いています。
「ねぇほむらちゃん。キュゥべえから聞いたんだけどね、ワルプルギスの夜って言う魔女がこの町に現れるっていうのは本当?」
キュゥべえが言っていたことをほむらちゃんの口から確認したくてそう尋ねました。
「えぇ、間違いないわ。というか、まどかアイツに会っていたの?」
ほむらちゃんは少し意外そうな顔をしています。
「実はちょくちょく私の部屋に来ては魔法少女の勧誘をしていくの。もちろん毎回断るんだけどね。それでね、その時にキュゥべえが色んなことを私に教えてくれるの。やれマミさんに厄介者扱いされるだの、やれ杏子ちゃんにゴキブリ扱いされるだの、ほむらちゃんにゴミを見るような目で蔑まれるだのってね」
部屋に来たキュゥべえの様子を思い出しながら私は正直に答えます。
「そうだったの。私はここのところアイツを見かけてすらいないからなんだか以外だわ」
「うん。それでね、この間キュゥべえが来た時にね『最強の魔女、ワルプルギスの夜が来る。この魔女を倒せる可能性があるのは君だけだ、鹿目まどか』ってなんだか真剣に言うの。そのキュゥべえがちょっと面白くってね」
「へぇ、インキュベーターがそんなことを言ったの。だけれど、私たちは倒すわ。ワルプルギスの夜を。あの最強の魔女を。数多の魔法少女を屠ってきたあの化け物を」
そう言ったほむらちゃんは決意に溢れていました。何がほむらちゃんを動かしているのか、私はそれが少しだけ気になります。
だけれど、あまりそういう事を聞くのは良くないと、これまでの経験から私は学びました。
「じゃあ、やっぱり来るんだね。ワルプルギスの夜が来ると、町も人も根こそぎ無くなっちゃうんだってね。私も魔法少女になって戦った方がいいのかなって、」
だから、別の角度からほむらちゃんを助けてあげたいと思ったのに、当のほむらちゃんは私に最後まで言葉をしゃべらせてくれませんでした。
「止めてまどか!そんなことを言わないで。大丈夫、私たちは勝つわ!確かにこの町が全部綺麗なままなんて生ぬるいことを言っていられる相手ではない。けれど、絶対に勝つわ。あなたに誓って!」
私に誓って?というのは良くわかりません。だけれど、真剣な目をしたほむらちゃんを押しのけることは私には出来そうもありませんでした。
「そっか。やっぱり私じゃ力になれないよね。ごめんね、ほむらちゃんなんだか調子に乗っちゃったみたい」
「それは違うわ、まどか。あなたがいるから私は頑張れるの。あなたがいるから私は戦える。まどかはそこにいるだけで私に勇気と力をくれるの。それが何より私にとっては大切だから」
どうして、私なんかのためにそんなことを言ってくれるんだろう、と不思議に思ってしまいます。卑下するわけじゃないけれど、私なんか何の取り柄もない人間だっていうのに、です。
「ほむらちゃんはさ、何か大事なことをまだ隠してるんだよね?もしかして、私とは小さいころに会ったりしてるのかな。もしそうならごめんね、全然覚えてないの」
もしかして、と思ってそんなことを言ってみます。
「いいえ。気にすることないわ。それに小さいときに会ったこともないはずよ」
ほむらちゃんは笑いました。少し無理をした、だけれども暖かい微笑みでした。
「だから、そうね。私たちがワルプルギスの夜を越えたらその時に私の、私自身の秘密をあなたに話させて?」
「うん。待ってるよ。ほむらちゃんとマミさんと杏子ちゃんがみんな元気に帰ってくるのを。約束だよ?」
「えぇ、約束ね」
そう言って、私たちは笑いあいます。
とある事情によってお見舞いのために病院に足を運んだ私は、話を聞いて少しショックを受けてしまいました。
どうやらさやかちゃんは記憶喪失になっているらしいのです。
失った記憶の期間は一週間。
そう、丁度さやかちゃんが魔法少女になって、魔女になり生き返るまでの間の期間です。
だけれど、辛い思い出をすべて忘れてしまえるのならそれはそれでよかったのかな、とも思えました。
私は意を決して病室の扉を開きます。
中には仁美ちゃんと上条くん、それになぜか雨宮さんがいました。
「こんにちは。ようやく役者がそろったね」
微笑みながら雨宮さんがそう言います。
「えっと、こんにちは。上条くんと仁美ちゃんも」
「ごきげんよう」
「あっ、うん。こんにちは」
「さやかちゃんは?」
「眠っていますわ。まだ、あまり体調がよろしくないみたいで」
「そっか。仁美ちゃんたちは聞いたの?」
「記憶喪失、なんだってね」
沈黙が、辺りを支配します。
「まどかちゃんは、さやかちゃんの記憶喪失に心当たり、あるんだよね?」
雨宮さんは突然、私のそう切り出しました。
「えっ、と」
何も知らない二人の前でそんなことを言ってしまってもいいのかどうか、私にはとっさに判断がつきませんでした。
だけれども、きっとさやかちゃんはそれを望まないだろうなともすぐに思えました。
「じゃあ、こうしよう? これからすることは私が勝手にやった。三人は巻き込まれただけの被害者」
ふふふっ、と雨宮さんは笑いました。そして、私の頭を右手で軽く撫でました。
「なんですの!?」
「なんだこれ!?」
仁美ちゃんと上条くんは頭を抱えています。
雨宮さんの左手から線のようなものが伸びている気がしました。
だけれど、もう一度見直してもそんなものは何処にも見えません。
「何か、したんですか?」
「ちょっと、ね?」
いたずらっぽく笑って雨宮さんは病室を出て行ってしまいます。
「まどかさん、これは本当ですの?」
「鹿目さん! 本当にさやかが?」
私は、ギョッとしました。
こういうときってどうしたらいいんだろう。
fin.
番外編~五年後の世界、飛龍さんとたっくん~
「ヒリューせんせー、さよならー」
「さよならー」
「おう、気を付けて帰るだぞ」
「デートがんばってねー」
「ませたことを言ってないで、早く帰れー」
「うわっ、ヒリューせんせーが怒った!」
「いこーぜ」
「いこいこ」
「ったく、よそ見してると怪我するぞー!」
「そんなことないや、ッ! あだぁ」
「ほら言わんこっちゃない。大丈夫か? どっかすりむいてないか?」
「これくらい平気だよ」
「さすが、男の子だ。今度こそ気を付けて帰るんだぞ?」
「うん! またねー」
「「「ヒリューせんせーまた明日ー」」」
「全く、ようやく帰ったか。さて、明日の教材の用意を、っと。鹿目、どうかしたのか?早く帰らないと親御さんが心配するだろう?」
「うん。ちょっとヒリューせんせーにききたいことがあって」
「ん? どうした悩み事か?」
「ううんと、ううん、なんでもない」
「駄目だぞ鹿目、そうやってなんでも一人で抱え込むのはお前の悪い癖だ」
「うん。でも、きっとしんじてもらえない」
「よし。じゃあ、先生の目を見てくれ」
「う、うん」
「それじゃあ、もう一度聞くぞ。鹿目、何か悩み事があるなら先生に言ってみな」
「わ、分かったよ。わらわないでね」
「おう」
「じつはぼく、見えちゃいけないものが見えるときがあるみたいなの」
「見えちゃいけないもの?」
「うん。えっとね、たとえば赤目で白いネコみたいないきものとか。とっても大きな白いおじさんみたいなのとか」
「そうか。鹿目、それはどんな時に見えたりするんだ?」
「ううんと、たぶん、おちこんでるときかなぁ? それと、見えるのはよるのときが一ばん多いいよ」
「よし、それならあんまり落ち込まないようにして、夜は遅くならないうちに早く寝るようにするといいぞ。そうすれば、もっと背も大きくなるしな!」
「うん! 分かったよ、せんせー。たくさんねていっぱい大きくなる! そうすればきっと、せのじゅんで、一ばんまえじゃなくなるよね」
「ちゃんとご飯もいっぱい食べないと先生みたいには大きくなれないぞ?」
「あしたからは、きゅうしょくのこさないようにがんばります」
「そうだな、じゃあ今日はもう帰って、ゆっくり寝るんだぞ」
「うん、さよなら! ヒリューせんせー」
「また明日な、鹿目!」
「まさかな、いやでも一応ってことで」
『ん? どうかしたか? ヒリュー? お前から電話なんて珍しいじゃねーか』
「ああ、ちょっとな。うちのクラスに一人インキュベーターと魔獣が見えてる子がいるみたいなんだ」
『なんだ、仕事の話かよ。んで、家庭環境に問題ありとか、じゃねーだろうな?』
「いや、まぁ普通にちょっといいとこの子なんだけどよ、ただ不思議なことにその子は男なんだよ」
『はぁ? んな馬鹿なことがあるかよ。んー、いやそうか。もしかすっとサイキッカーかもな』
「あぁ、もしかすると、な。だから夜科、お前の所に電話したわけだよ」
『悪ぃけど、その子の名前教えてくんねーか。できれば住所も』
「住所はちょっと教えられないんだよな。近いうちにこっちこれねーか?」
『だよな。教員が生徒の個人情報を漏らすとかありえねーよな。分かった、今週の土曜が開いてっからそん時に寄らせてもらう。んじゃ、名前だけ教えといてくれ』
「鹿目たつや。しかめって書いて鹿目な」
『かなめ、鹿目な。って! おい、俺はその苗字に妙に心当たりがあんぞ』
「なんだよ。もしかして知り合いか?」
『いや、知り合いの知り合いだな。多分ほむらの奴の言ってる鹿目さんちと一緒のところだろ』
「ほむらって、あれか、前に言ってた魔法少女の?」
『そう、そのほむらだよ。良かったなヒリュー、土曜まで待たなくてもよさそうだぞ?』
「は? お前が来ないでどうするんだよ。俺はサイキッカーだとかそういうのとは疎遠になってんだぞ?」
『いや、だからほむらの奴に連絡するんだよ。サイキッカーで魔法少女ならうってつけの人材だろ。大体週末は鹿目さんの家に泊まってるって話だし』
「ん?じゃあ、ほむ姉ちゃんってのお前の言ってる暁美ほむらのことだよな」
『アイツそんな風に呼ばれてんのかよ(笑)。まぁ間違いなくそうだろうな。んじゃ、ほむらの奴に伝えとくから後は二人で適当にやっといてくれよ』
「ったく、まぁ教え子をほっとくわけにはいかないからな情報提供ありがとよ」
『おう! 頼むわ』
「マジかよ、世間ってやつはあいも変わらず狭ぇんだな」
数日後
「何かしらね。まだ日も暮れていないっていうのにやたらと瘴気が濃いわ」
「確かに、ここ最近は落ち着いていたっていうのに突然流れが変わったみたいだね」
「こんな早い時間に魔獣に動き回られると普段は巻き込まれな人たちも巻き込まれそうね」
「そうだね。特に心が無防備な子どもなんかが危ないんじゃないかい」
「そうならないためにさっさと片付けてしまいましょう」
「賢明な判断だね」
「見つけたわ。ッ!」
「ほむら、気がついているかい?あれは鹿目たつやだよ」
「たっくん!! 消えなさい魔獣どもッ!」
「ぼむ姉ぢゃん?グスッ、グスッ。ごわがっだぁー」
「もう大丈夫よ。たっくん。でも危ないから私から離れないで」
「ほむら気を付けて、魔獣の増殖が留まるところを知らない勢いだ」
「くっ。何よこれ、退路の確保もままならないじゃない」
「ほむ姉ぢゃん?だいじょぶ?」
「平気よ、たっくん。何があってもあなたには指一本触れさせないわ。それに私にはまどかがついているもの」
「だから、このリボンをちょっと預かっててくれるかしら?」
「わがっだ!」
「キュゥべえ。たっくんのそばに居なさい。巻き込まれるわよ」
「久しぶりにあれを使うのかい?」
「えぇ、流石にこの数じゃ出し惜しみをするほど余裕があるとは言えないわ」
「ほむ姉ちゃんが、変しんした?」
「驚かせてごめんね?でも、すぐ済むわ」
「いつ見ても圧巻だね。その翼は」
「すごい!」
「はあああああああぁ!」
「ほむら、後方七十度に脅威判定、優先度四」
「そこね!」
「ほむ姉ちゃんの羽がグルグルしてる! すごい!!」
「たっくんここは危ないから大人しくしているのよ」
「分かってる!」
「ヤレヤレ、本当に分かっているのかい」
「分かってるもん」
「えっ?」
「ほむら、後方四十度、脅威判定、四だよ」
「ッ! たっくん、もしかして見えてるの?」
「うん、見えてるー」
「ほむら、右翼の第二節が破綻している。動揺しているのかい?」
「少し驚いただけよ」
「安心するといい。彼の素質は確かに凄まじいけれど、それは魔法少女としての物じゃない」
「それってどういう?」
「ほむ姉ちゃんすごい!! ブワーって、ブワーって!」
「何、今にわかるさ。それよりほむらちょっとまずいみたいだ」
「くッ! 後方、判定三に基準を下げるわ」
「了解。後方二十から百十五 百六十から百八十判定三だね」
「そんなッ! いいわやってやる!」
「ほむ姉ちゃん! 頑張って!」
「ああああああッ! ほむうううううぅぅッ!」
「後方四十五から七十、百六十から百七十殲滅完了、二十から三十の判定を四に引き上げるよ」
「ちぃッ! まだまだッ! 前も後ろもなんて、無茶苦茶よッ!」
「三十から四十五、百七十から百八十も判定四だよ」
「百から百二十殲滅完了、百三十から百五十判定四に」
「くッ! もう、キリがないわ」
「二十から四十五、七十から百十五、百七十から百八十、判定五だ、マズイ突破される」
「仕方ないッ!」
「後方脅威判定四推移だ。だけど、両翼を後方に回したりしたら正面はどうするんだい」
「そのくらい分かっているわ。弓だけである程度は凌ぐ!」
「後方脅威判定、ほぼゼロ。殲滅完了だ」
(前が弓だけじゃ、捌ききれない!! ダメッ! 押し負ける)
「ッ!」
「危なかったね、ほむら。どうやら救援が来たみたいだ」
「ヒーローは遅れて空からやってくる、ってな」
「ヒリューせんせー!!」
「色々話があるんだが、まぁ後だ。五分待ってろ、片付ける」
「ありがとう、えっと」
「鹿目たつやの副担任の朝河飛龍だ。分かると思うが、サイキッカーだ」
「そうあなたが、ヒリュー先生なのね。それにしても、とんだ偶然ね。事前に夜科アゲハに連絡をもらっていなければ、滅茶苦茶驚いたところだわ」
「あぁ、まさか俺もこんな近くに噂の暁美ほむらがいるとは思わなかったよ」
「それと、鹿目お前がこれほど才能あるサイキッカーだとは気がつかなかった」
「さいきっかー? ぼくよくわかんない!」
「そりゃそうか。しょうがないから力の使い方は俺がしっかり教えてやる」
「まって、たっくんがサイキッカーだなんて、嘘でしょう?」
「いいや、本当だぜ? 証拠がある」ウェヒヒヒ
「これは、ちっちゃなまどか?」
「まどかー。ほむほむもいるよー?」ホムホム
「ちっちゃな、わたしぃ!?」
「良いか? 鹿目、それの正しい使い方をヒリュー先生が教えよう。力っていうのは間違っちゃいけないからな」
「うん! ヒリューせんせー教えて!」
「それとインキュベーター。お前は気づいていて黙っていたな?」
「聞かれなかったからね」
「本当にあなたたちはぶれないわね」
「危機も去ったんだ。鹿目の副担任として二人を家まで送ってくぜ?」
「そうね、お願いするわ」
「いっしょにかえるー」
「あぁ、今日はいい天気だな」
fin
おお!番外編も来たか!
本編も番外編も完成度高ェなオイ!!
管理人様まとめ乙っした!!!!