ミステリー風、東方SS
元スレ
The Murdercase of Marisa(東方)
http://hibari.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1300705128/
イントロダクション
霧雨魔理沙は死んでいた。
魔法の森にある自宅のリビング、その床に仰向けに倒れた状態で。
呼吸はすでに止まっているし心臓も動いていない。間違いなく死んでいた。
彼女は病気によって死んだのではなく、事故死でも自殺でもなかった。
彼女は殺されていた。
それは、死んでいる彼女を見れば一目瞭然、なにしろ胸にナイフか刺さっている。
物語の舞台が幻想郷である以上、胸にナイフが刺さっていても、それでも生きているなんて
事も在りえる。
例外的にそんな連中も幻想郷には住んでいる。ひょっとしたら今から生き返るなんてことも
無いとは言い切れない。
しかし彼女は例外に含まれない。人間は胸にナイフが刺されば、間違いなく死ぬ。
誰が彼女を殺したのか?どのようにして彼女を殺したのか?何故、彼女を殺したのか?
今のこの部屋とこの死体から得られる情報では、全て不明。それらも追々明らかになってい
くのだが、現状で確実にわかっていることは、ひとつだけ。
かわいそうな魔理沙は何者かに殺された。
あと二時間もすれば、この部屋に第一発見者のアリス・マーガトロイドがやって来る。
彼女がかわいそうな魔理沙を発見することで事件は白日の下に晒され、物語が動き出す。
物語が動き出せば、謎となっている真相も少しずつ明かされていくのだろう……たぶん。
魔理沙は硬い床に寝て、ただじっと待たなければならない、二時間も。
それは気の毒に思う。
しかしいくら気の毒であろうとも、今の魔理沙にはアリスを待つことしかできない。
なにしろ死んでいるのだから。
1.物語は霧雨魔理沙が埋葬される場面より始まる
その日の幻想郷の空は、厚い雨雲に覆われていた。
今にも雨が降り出してきそうな空模様の下で、魔理沙は埋葬されようとしている。
色とりどりの花を敷き詰めた棺、大切に納められた金髪の少女。
ふわふわとした黒いドレスを着せられた、小柄な少女。
それはまるで、お人形。肉でできたお人形。
薄く死化粧の施された顔には、生きている者にあるはずの表情が見られない。
少女に魔理沙の面影は見られない。
霊夢は棺に横たわる魔理沙を前にして、言葉を失う。
目の前のそれが間違いなく魔理沙だと理解していても、心がそれを魔理沙だと認識できない。
霊夢は手に持っていた花を取り落とす。指を滑り抜け足元にはらりと落ちた花をぎこちなく
拾い上げると、霊夢は棺に跪き、そっと魔理沙に添える。
一刻も早く、そこから離れたかった。いま行なわれていることを、心が強く拒絶していた。
少し離れた木陰で、永琳に慰められて、アリスが別れを悲しみ泣いていた。
霊夢はそれにさえ嫌悪感を抱いていた。この空気が耐えられなかった。
形だけの挨拶をしてその場から離れる、少しでも遠くに。
射命丸は、遠ざかっていく霊夢の頼りない背中を呆然と眺めていた。
強い風が吹いて、空を覆う暗い雨雲が複雑に模様を変えながら流されていく。
2.射命丸は呆れていた
事件が発覚したのは、埋葬より二日遡る24日の11時。
この日、アリス・マーガトロイドは人形劇の演出を手伝ってもらうため、魔理沙と待ち合わ
せをしていた。約束の時間になっても魔理沙が現れないため、アリスは様子を見に魔理沙宅を
訪れ、遺体を発見することになる。
仰向けに倒れて胸にナイフの刺さった魔理沙を見たアリスは、パニック状態に陥りながらも
八意永琳に助けを求めるため竹林へ向かう。この時点で魔理沙に息があったかどうかアリスは
確認していないが、「生きているとは思えなかった」と証言している。
永遠亭を目指し急ぐアリスだったが、道に迷ってしまい永遠亭に辿りつくことはできなかった。
竹林をうろうろしているうち、様子を見に現れた因幡てゐと遭遇。アリスはてゐに事情を説明
し、助けを求める。
状況を把握したてゐは、永琳を向かわせることを約束し、アリスに警察の手配を指示する。
アリスは一旦里に行き、警察とともに再び魔理沙宅へと向かう。警察とアリスが到着する頃に
は既に永琳が到着しており、魔理沙の死亡を確認していた。
里の警察は形ばかりの調査を行い、事件を物盗りの犯行と断定。犯人は捜索中となっている
が、積極的に捜索が行なわれている様子も見られず、事実上の捜査終了と言えた。
「と、まぁ魔理沙さん殺害事件の概要はざっとこんな所なんですが、不審な点だらけで呆れち
まいますよね」
「里の警察がアンポンタンなのは今に始まったことじゃないじゃない。わけのわからない妖怪
だらけで手も足も出ないんだろうけど」
魔理沙の埋葬の翌日、博麗神社を訪れた射命丸は霊夢に事件の概要を説明していた。頬杖を
ついて気の無い様子で射命丸の説明を聞いていた霊夢だったが、話の区切りが付いたところで
とりあえずの感想を漏らす。
「ですよね!警察に任せておいたら、魔理沙さんは未知の物盗りXにたまたま運悪く殺されて
しまいました残念でした!で終わっちゃいますもんね」
「で、何が言いたいの?どうせあんたの事だから、なにか企んでて私を巻き込もうとしてるん
でしょ?」
悪戯っぽく笑って小さく頷く射命丸は、腰に付けた鞄から一枚の写真を取り出し、霊夢に差
し出す。
「これは?」
「魔理沙さんの胸に刺さっていた凶器です」
刃渡り15cmほどの鈍く光るナイフ、霊夢はそのナイフに見覚えがあった。
「これ、咲夜のナイフ?って、どういうこと?」
「そのナイフがもし咲夜さんのナイフだったとしたらつまりですね、魔理沙さんを殺した犯人
は、私たちの知ってる人物の可能性がある、ということです」
射命丸は鋭い視線を霊夢に向ける。その表情に緊迫した雰囲気が浮かぶ。
「咲夜が犯人だって、言いたいの?」
「その結論は短絡すぎますね。ただ見知らぬ物盗りが犯人だとすると、凶器が咲夜さんのナイフ
という事実は不合理です。強盗に入って人殺しをするにせよ、普通は自前で凶器を用意してきま
すよね?そのナイフが刺さっていたという事には、なにかしらかの意味があると思うんです」
霊夢は写真をにらみ付けて、真剣な表情でなにごとか考えはじめる。しばらくの間思考を巡
らせていたが、ふと顔を上げると写真を射命丸に放って返す。
「誰に殺されたのかが問題なら本人に聞けばいいんだわ」
「本人に聞くって、降霊でもするんですか?」
「会って確かめればいいでしょ!」
霊夢は不機嫌に言い返すと、振り返りもせずにそのまま歩いていってしまう。慌てて射命丸
は、その後を追った。
3.確実で無駄のない解決策(A案)
三途の川
深い霧に覆われ音も無く流れる川のほとりに船を留めて、小野塚小町はなにをするでもなく
佇んでいた。
「そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」
霊夢と射命丸の来訪を、小町は皮肉を込めた笑みで迎える。
「魔理沙に聞きたいことがあるの、会わせて」
「昨日渡したよ。あいつ自分が死んだこと判ってなくって、しばらくそのへんウロチョロして
たみたいだけど、自分の葬式やってるの見て死んだことに気づいたって。気の毒にな」
「だったら私たちも、あっちに渡してよ!」
喧嘩腰で詰め寄る霊夢を後ろから射命丸が宥める。小町はまぁとりあえず落ち着けと言いな
がら、団子を霊夢たちに差し出す。
「あんた達はまだ生きてる、生きてる者を彼岸に渡すことはできない。知り合いだから、とか
かわいそうだから、とか、そういうのも一切ナシだ」
「ちょっとぐらい融通してくれてもいいじゃない、ケチ!」
団子を乱暴に食べながら詰め寄る霊夢を、またも射命丸が宥める。
「さっき、魔理沙さんが死んだ自覚が無かったって言いましたよね?だとすると誰に殺された
かも、魔理沙さんは知らないということですか?」
「多分、知らないんだろうな」
「知らない?じゃあ魔理沙に聞いても犯人が誰か分からないってことじゃない」
当てが外れたと、霊夢は団子の串を地面に打ち付けて当り散らす。苛立ちながら引き返そう
とする霊夢を小町が呼び止める。
「あんた達、魔理沙を殺した犯人を捜してるのか」
「まぁ、一応は」
「それってどうしてもやらなきゃいけない事なのかなぁ」
小町の不用意な発言を聞き、霊夢の顔が怒りに染まる。
「魔理沙は訳も分からず殺されちゃったのよ!せめて誰が犯人か突き止めなけりゃ、浮かばれ
ないじゃない!!」
「此岸に恨み辛みの未練を残したのなら浮かばれないってのも分かるけど、魔理沙本人は死ん
だことに納得してる。なら話を蒸し返すのは余計なお節介じゃないか?」
「そんなの私が納得できないわよ!」
怒りのあまり小町に掴みかかろうとする霊夢を射命丸が冷静に宥める。
「小町さんの言いたいこと、なんとなく解ります。藪をつつけば蛇が出るかもしれない。でも
それでも見て見ぬ振りして過ごすべきじゃないと思います」
寂しそうに微笑む射命丸を見て、小町は小さく溜め息を吐く。
「三途の渡しなんてやってると、聞かないほうがよかった事もいろいろ聞く羽目になるんだよ
今回の魔理沙も嫌な予感がするんで、あんまり掘り返さないほうがいいと思う」
「そんなの絶対おかしい、理由にすらなってないじゃない!!いいわ、あんたにはもう頼らな
い、私は私で気が済むまでやらせてもらうわ!」
「なら、まぁ好きにするといい。力になれなくて済まなかった」
霊夢と射命丸が立ち去り、三途の川に再び静寂が訪れた。
小町は目を瞑り、しばし物思いに耽る。
4.確実で無駄のない解決策(B案)
「さて、魔理沙さん本人が知らない以上、正道かつ地道な捜査をするしかありませんね」
メモ帳を見ながら今後の方針を話す射命丸。霊夢は湯飲みを握り締めて黙って聞いていた。
「今のところ想定される容疑者は第一発見者のアリスさん、検死をした永琳さん、凶器の所有
者だと思われる咲夜さん」
「三人とも疑いたくはないわね」
「気持ちはわかりますが、今のところ他の情報がありませんからね」
「うーん仕方ないか。じゃあ悪いけど、文は三人を私のところに連れてきて」
「はい。って、霊夢さんは一緒に来ないんですか?」
「私は地霊殿に行って、さとりを連れてくるわ」
「あー、なるほど!」
地霊殿
地中深くにあるそこには日の光が届かない。人工の光で照らされた洋館には、豪勢な装飾が
施されているにも関わらず、どこかしら寂し気な印象が付きまとう。
突然の来訪であったが、さとりとこいしの古明地姉妹は霊夢を快く迎えてくれた。
「魔理沙のことは聞いているわ、残念だったわね」
質の良さそうな古びたソファに身を預けた地霊殿の主、古明地さとりは霊夢に同情する言葉
をかける。
「その事であなたにお願いがあって来たの」
さとりは霊夢の表情を見るでもなく眺めると、小さく息を吐く。
「残念だけど、捜査には協力できないわ」
「お姉ちゃん!」
横に座るさとりの妹、こいしが、霊夢より先に抗議の声を上げる。
「魔理沙が殺されたんだよ!お姉ちゃんが捜査に協力すれば、犯人が分かるんでしょ?だった
ら協力しようよ!」
「駄目よ」
さとりは俯き、静かに語り始める。
「ある日、地上からあなた達が来て、大騒ぎになった。それ以降、地上ももちろん地底も徐々
に変わり始めた。忌み嫌われて地底に追われた妖怪たちを地上の妖怪は受け入れ始め、地底の
妖怪たちも少しずつ心を開いていった。だから私は霊夢にも魔理沙にも、言葉で表すことがで
きないぐらい感謝してるの」
「だったら……」
「もちろん私も協力したいわ、でも、もし今、地上に行って私の能力で魔理沙を殺した犯人を
見つけ出したとしたら……地上の妖怪は再び私たち地底の妖怪に偏見を持ちはじめるんじゃな
いかしら?私は……それが怖いの」
長い沈黙の後、霊夢は出された紅茶に口をつけて静かに立ち上がる。
「わかった……犯人が見つかったら知らせに来るから」
「ええ、力になれなくてご免なさい」
軽く会釈して霊夢は立ち去る。
残されたさとりは紅茶を片付けはじめ、こいしはうな垂れていた。
「お姉ちゃん、私、魔理沙のこと好きだった。だからお姉ちゃんの話も分かるけど、それでも
魔理沙を殺した犯人が許せない」
こいしの声は震えていた。
「お姉ちゃんに協力しろだなんてもう言わない。でも、私が地上に行って一人で犯人を捜すの
も、止めないでほしい」
心配そうにこいしの視線を受け止めていたさとりだったが、こいしの真剣な表情に根負けし
たのか、溜め息を吐いて、こいしに微笑む。
「……わかった」
5.非日常的な図書館の日常
紅魔館の地階にある大図書館。見渡すかぎりどこまでも続く巨大な本棚と、そこに隙間無く
収まる大量の本。
その本の海の中を、小悪魔とメイド妖精たちがせわしなく飛び回る。
図書館の主パチュリー・ノーレッジは、重厚な机の上に広げた紙に、忙しく羽根ペンを走ら
せていた。
紅茶を運んできたメイド長の十六夜咲夜が音も無く近づく。
「失礼します。図書館は大掃除ですか?」
「魔理沙が持ち出した本をリストアップしてるのよ」
「あぁ……」
魔理沙の名前を聞いて、咲夜の表情が僅かばかり曇る。
「あの子たいしたものね、調べてみるまで気づかなかったけど、この図書館の最深部付近まで
手を出していたみたい」
「それは、凄いことなんですか?」
「蔵書の数が大量すぎるから、最深部まで見て回っただけでも褒められるものよ。このリスト
が完成するのも何年先になることか」
「はぁ」
パチュリーと咲夜の目の前では見上げるほど巨大な本棚を背景に、メイド妖精が忙しく飛び
交っていた。
「リストが完成したら、魔理沙から回収するのですか?」
「回収はしないわ、香典代わりとでも思っておけばいいわね」
「そうですか、でも中には貴重な本もあるんじゃないんですか?」
パチュリーはペンを止めて、咲夜に向かい僅かに微笑む。
「これは私個人の考えだけれど、どんなに貴重な本でも、人の命よりも価値があるなんてこと
は有り得ない。確かに中には何世代、何人もの魔法使いが一生涯を賭けて研究し、何千年とい
う時間を経た研究の結実としての魔道書も存在する、それらは人の命以上の価値という言い方
もできるかもしれない。……でもやっぱり本は本ね。命より重いなんてナンセンス」
「そうですか」
「よく分からないって顔ね、まぁいいわ」
羽根ペンを持ちなおすパチュリー。そこへメイド妖精に連れられて射命丸がやって来る。
「どうも今日は」
「こんにちは、生憎だけど取材して面白いこと今日は無いわよ」
「いえいえ今日は取材じゃないんです、その、咲夜さんに用事がありまして」
「私……ですか?」
閲覧机に案内された射命丸は、椅子に座るのももどかしく話を切り出す。例の写真を机の上
に置き、咲夜の反応を伺う。
「これが魔理沙さんの胸に刺さっていた凶器です」
ナイフの写真を咲夜に手渡す。魔理沙の胸に刺さっていたと聞いて顔をしかめていた咲夜は
写真を一瞥して、射命丸へ返した。
「確かにそれは私のナイフね」
「犯行に使われたのが咲夜のナイフだから、咲夜が容疑者ってことかしら?」
パチュリーも射命丸からナイフの写真を受け取り眺める。確かに記憶にある咲夜のナイフと
非常に似ている。
「容疑者じゃなくて重要参考人ですね。どちらにしても博麗神社に来ていただいて、くわしい
話を聞かせてもらいたいのですが」
「それは新聞の取材として?」
「新聞は関係ありません、私個人の活動です!」
いつもの営業じみた笑顔とは違う、真剣な表情の射命丸を見て咲夜は少し戸惑う。
真意を探るようにその表情を伺い、信用してみようと咲夜は思った。
「わかりました。あなたのためではなく魔理沙のために、事情聴取に応じます。パチュリー様、
しばらくお暇をもらいますと、お嬢様にも伝えておいて下さい」
「わかったわ」
射命丸に連れられていく咲夜を、無言で見送るパチュリーと小悪魔。
「いいんですかパチュリー様!咲夜さんがもし犯人ってことになったら」
「もちろん良くないわ。咲夜の潔白を証明する必要があるわね」
羽根ペンを仕舞い、咲夜の持ってきた紅茶を手繰り寄せる。
「リスト作りは一時中断よ。小悪魔は今からあの烏天狗に付いて、見たことや聞いたこと、分
かったことを私に報告するの。ただし、主観的な情報は邪魔になるから報告しなくていいわ」
「えっ?は、はい」
「あなたからの情報を元に私が推理して、咲夜の潔白を証明するわ。安楽椅子探偵ね」
パチュリーの指示を受け、小悪魔は慌てて射命丸と咲夜の後を追う。
それを見届け、パチュリーは冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。
6.霊夢は人を疑うのに向いていない
博麗神社の居間が急場の取調べ室として用意された。事情聴取に呼ばれたアリスは放心した
様子で、霊夢の出すお茶に軽く会釈を返す以外は、定まらない視線で呆けているだけだった。
「永琳と咲夜は後から来るみたいだから、先にあなたの話を聞くわ」
「……うん」
「あなたを疑ってるわけじゃないけど、第一発見者が怪しいってのは定石だからね」
「魔理沙のためだもん、協力するわ」
霊夢はすこし間をおいてから湯飲みに口をつける、どうもやりにくい。人を疑うのは合わな
い性分なのだろうか。
無意味に咳払いをして事情聴取を始める。
「アリスが魔理沙を発見したのが24日の11時、それ以前、最後に魔理沙が目撃されてるの
が23日の16時、八百屋で買い物してたらしいんだけど、犯行が行なわれたのは23日16
時から24日11時の間ということになるわ。この間のアリバイを聞きたいんだけど」
「その日は、次の日が人形劇だから準備で人形を作っていたわ。昼ごろに魔理沙と打ち合わせ
してたんだけど、それ以降はずっと家に居たわね。24日は10時に魔理沙と待ち合わせして
たから、9時ごろ家を出て、里に着いたのは9時30分ごろ」
「アリバイを証明できる人は、誰かいる?」
アリスは寂しそうな表情で首を横に振る。
「それで待ち合わせの10時になっても魔理沙が来なかったから呼びに行ったのね。魔理沙を
見つけたとき、なにか気づいたこととか無い?」
「……部屋が荒らされてるみたいだった。前の日に来た時より部屋が散らかってた」
「魔理沙の様子は?」
「胸に……ナイフが根元まで……服も血に染まってて、一目で死んでるってわかった」
ハンカチで目元を押さえ、鼻を啜りながら答える。霊夢はそれを無表情で眺める。
「ありがと、もういいわ。また聞きたいことがあったら呼ぶから」
静かに泣きながらアリスは頷く。
「事件に目処がつくまで、しばらくここで寝泊りしてほしいんだけど、いい?」
「……うん、わかった」
顔を覆い嗚咽を漏らすアリス。霊夢には、アリスのその様子が人を殺した人間の演技だとは
思えない。
確信するのはまだ早いと思いながらも、アリスは犯人候補から外しても問題ないのではない
かと、霊夢は考え始めていた。
7.永琳の疑問
程なくして射命丸が咲夜と永琳を連れてきたため、霊夢はアリスを別室で休ませて事情聴取
を再開することにした。
パチュリーに指示されて訪れた小悪魔は、丁度いいということで記録係として証言を書き留
めることになった。
「じゃあまず咲夜から聞くわね。23日から24日のアリバイなんだけど」
「アリバイは証明できるけど……私に限っては意味がないわよね」
「咲夜さんは時を止めれますからね、厄介なことに」
「そう、こんな時ばかりは自分の能力が恨めしいわ」
自傷気味な微笑みを浮かべる咲夜。射命丸はナイフの写真を取り出す。
「じゃあ、これについて聞きましょうか」
「このナイフはもともと10本で一揃えの物なのだけれど、三ヶ月ほど前から一本紛失してい
たのよ。魔理沙が持っていたとは気づかなかったわ」
「市販品ですか?」
「妖怪にも効力のある特注品よ」
淡々と淀みなく話す咲夜の様子には不自然なところが見られない。その場しのぎの嘘だとは
思えなかった。
「ちょっといいかしら」
横で静かにお茶を飲んでいた永琳が、軽く手を上げる。
「そのナイフはスローイングナイフよね?」
「ええ、そうです」
「魔理沙の遺体を見て少しひっかかってたんだけど、ナイフは左胸の肋骨の隙間を縫って根元
まで刺さっていた。その刃先は正確に心臓を貫いていたの……こんなこと投げナイフで可能な
のかしら?」
永琳の説明に霊夢は顔を歪ませる。
「しかも身長の低い魔理沙の胸に、垂直に突き立てられていたのよ」
「条件しだいですが」
しばらく思考を巡らせていた咲夜が静かに答える。
「肋骨の隙間を縫って根元まで、というのは相当難しいです。もし相手が動いていたら不可能
ですね」
「なら、止まっていたら?」
「相手が止まっていて慎重に行動する余裕があれば可能ですが、その状況なら投げずに直接刺
したほうが話が早いです」
重い沈黙。湯飲みを置いた霊夢が口を開く。
「つまりは……どういうコトなの?」
「通り魔的な強盗殺人の可能性がほぼ無くなったわけですね」
「そうね、咄嗟の判断で心臓を狙うのは少し考えづらいし傷口が一つだけというのも不自然。
なにか計画的な事件だと考えたほうが納得がいく」
「そして時を止めることができる私が、更に不利になったわけね」
「そこはまだ断定できないけど、なんにせよ魔理沙の遺体をもう少し詳しく調べたいところね
もう埋葬されちゃったけど、可能かしら?」
とつぜん話を振られた霊夢は少し考える。
「私からはなんとも言えないけど、霖之助がたしか魔理沙の両親と仲良かったはずだから頼ん
でみるわ」
「ええ、お願いね」
8.第二の犠牲者?
事情聴取を一旦切り上げた霊夢は、霖之助に検死の件を相談するため魔法の森に向かった。
霖之助の答えは、魔理沙の両親と相談してみなければ返事はできないが、できる限りの説得は
してみるという予想通りの返答だった。霖之助も魔理沙の死に疑問を持っていた。
香霖堂を後にした霊夢は、実際に犯行の行なわれた魔理沙の家を見ておきたくなった。本心
としては魔理沙の死という現実を直視することになる行為は避けて通りたいといった気持ちも
あるのだが、事件解決を望む立場としては、現場検証はするべきだと最終的には判断した。
魔理沙の家が近づくにつれ、足取りが重くなる。頭の中が真っ白になったようで思考がまと
まらない、まるで白昼夢の中にいるかのように。
気がつくと霊夢は魔理沙の家の中で、呆然と立ち尽くしていた。
洋風の部屋を一望する。キッチンとリビングダイニングが兼用された部屋。噂に聞いていた
とおり、様々な物が所狭しと置かれており、足の踏み場もない。
キッチンの使い込まれた鍋やフライパンを手に取る。魔理沙とは長い時間を一緒に過ごして
いたはずなのだが、霊夢が魔理沙の家を訪れるのは珍しいことだった。今になってそのことに
気づき、もっと頻繁に訪れるべきだったと後悔する。
貴重な物なのかガラクタなのかわからない雑多な物が乱雑に置かれた部屋を散策する。物の
比較的少なそうな場所を探していると、床に扉のような物が設けられているのを発見する。
「なんだろ……地下室?」
扉の縁を持ち上げてみる。鍵が架かっているのか、ガタがあるだけで開かない。扉の周りを
よく見てみると、床にいくつもの傷が付いている。まるで開かない扉を道具でこじ開けようと
したかのような……。
霊夢は考える、恐らく犯人の目的は地下室にあるのだろう。鍵がかかっているので今は調べ
ることができないが、魔理沙の家によく出入りしてたアリスなら何か知ってるかもしれない。
ひとまず神社に帰ろうと顔を上げた霊夢は、目の前のガラクタの陰から、白い、人の足のよ
うな物が出ていることに気づく。
「!?」
ガラクタを掻き分けて近づく。そこには古明地こいしが、頭から血を流して倒れていた。
「ちょ、ちょっと、大丈夫?」
思わず体を揺さぶろうとしたが思いとどまる。呼吸を確認、息はしているし心臓も動いてい
る。急げばきっと間に合うはず。
霊夢は取るものもとりあえず、永琳のいる神社へ急いだ。
9.それは助かる
霊夢の報告で一旦神社に運ばれたこいしは、永琳の診察を受ける。
「命に別状は無いからとりあえず安心していいわ。ただ気になるのが」
「なに?」
「頭の怪我はそんなに重傷ではないけど、意識が回復しないのよ。恐らく心因的なショックを
受けたのが原因なんじゃないかと思うけど」
「こいしは、心を読もうとしたのよ」
射命丸に呼ばれた古明地さとりが、静かにこいしの枕元に近づく。
「第三の目が開きかけてる……この子はもう長いこと第三の目を閉ざし、心を読まないように
努めてきた。あまりにも長い間、閉ざしたままだったものだから……それを急に開いて」
「能力に精神がついていけなかった、かしら?」
「……そんなところね」
さとりはこいしの手を握り、包帯の巻かれた額をそっと撫でる。
>>27
まだ読んでない
「ゆっくり休めばいつかは回復するわ。でも私は、こいしをここまで追い詰めてしまったこと
に憤りを感じる」
「さとりが責任を感じることないんじゃない?こいしは運が悪かっただけよ」
「一歩間違えば、こいしは殺されていたかもしれない」
俯くさとりに掛ける言葉が見つからず、霊夢は黙り込むしかなかった。
そんな霊夢の肩を軽く叩いて、永琳がさとりに優しく声を掛ける。
「確かに災難だったけど、この子は私たちに重要な手がかりを残してくれたわ」
そう言って永琳が差し出したのは、ビニール袋に入れられた髪の毛。
「なにコレ?」
「この子のポケットに入っていたのよ、銀色の髪の毛が」
「銀色の、髪?」
「この子の物でもないし魔理沙とも違う。だとしたら犯人の髪かもしれないわね」
永琳の手から銀色の髪を受け取りまじまじと眺める霊夢。隣りに座るさとりが、小さく呟く。
「霊夢、今更なんだけど、私も捜査に協力するわ」
さとりの言葉に、霊夢は少し驚く。
「今更だなんてことないけど……いいの?」
「魔理沙を失って、もう少しでこいしまで失うところだった。ここで捜査に協力しなかったら
私は残りの生涯を後悔の中で過ごすことになる、そんな気がするの」
こいしの手をそっと撫でながらさとりは呟いた。彼女は地底の妖怪のまとめ役としての自分
よりも、こいしの姉としての自分を選んだ。霊夢には、感謝こそすれども、それを責める気持
ちは微塵も無い。
「わかった。それなら言っておくけど、私たち、あなたの能力、本気で当てにしてるから」
「ええ、期待には応えられるはずよ」
「頼りにしてるわ」
霊夢はさとりの肩を叩いて、嬉しそうに微笑んだ。
10.八意先生は信用されている
こいしのいる寝室から永琳が出たところで、射命丸に声を掛けられる。
「霖之助さんが検死の件で来ています」
永琳が射命丸と共に居間に入ると、霖之助が静かに会釈をする。どことなく以前より痩せた
ように見えるのは気のせいではないかもしれない。
「霧雨の家から魔理沙の検死の許可が下りました。最初は渋っていましたが、やはり魔理沙の
両親も魔理沙の死を疑問に思っていることもあって、八意先生が検死なさるのだったら信用し
ようということで話がまとまりました」
「検死には解剖も伴いますが、それは了承していますか?」
「ええ、問題ありません」
永琳は小悪魔の淹れたお茶を受け取り、一口啜る。
「信用されているのは里で診療してたからかしら?人には親切にしとくものね。わかりました
先方に不都合が無ければ、明日の15時に立ち会ってもらって、棺を開けましょう」
「伝えておきますが、恐らく大丈夫でしょう」
「それからは里の診療所を少し借りて、助手も要るわね。悪いけどうどんげを呼んでもらえる
かしら?」
「了解です」
話がまとまり、射命丸と霖之助がそれぞれの用件を抱えて急ぐ。永琳は再びこいしの様態を
診ながら、明日の計画に考えを巡らせていた。
11.私が保証します
さとりが捜査に協力することとなり、再度、事情聴取が行なわれることとなった。
「あらかじめ言っておくわ。確かに私には心を読む能力があるけど、もし質問している相手が
犯人だとしたら、向こうも心を読まれないようにするはず」
「そんなことできるのかしら?」
「自分の不利になることは考えないようにするでしょうね。つまり重要なのは、私の能力より
あなたの質問内容なの。相手が逃げられないように核心を突く質問をしないと」
「うーん、よく分からないけどやりながら覚えるわ」
最初に第一発見者のアリスが居間に呼ばれる。
「魔理沙を殺したのはアリスね」
「そんな……私じゃないわ!」
霊夢の質問にあきれて、さとりは頭を掻く。
「確かに核心を突く質問だけど、犯人だってそんな質問がくることは重々承知でしょ?もっと
外堀から埋めていかないと。ちなみに今の質問、アリスは本気でショックを受けたみたいよ」
「む、難しいわね。じゃあ事件の夜のアリバイを確認するわ」
「……あの夜は家で人形を作っていたわ」
「嘘はついてないわね、アリバイを私が保証する」
「……便利ね」
アリスに続いて咲夜と永琳、そして鈴仙の事情聴取が行なわれた。
「ナイフは本当に魔理沙が持ち出したの?」
「魔理沙が持ち出したかどうかは私にはわからないけど、手元になかったのは本当よ」
霊夢の目配せにさとりが頷く。
「23日から今日まで、時を止める能力を一度でも使った?」
「使ってないわ」
さとりが静かに頷く。
「23日から24日にかけて永遠亭に居たんだっけ、一歩も出てない?」
「てゐから知らせを受けるまでは、一歩も出てないわ。うどんげも同じよ」
「ええ、確かそうです」
さとりは軽く目を瞑る
「二人とも本当のことを言っているわ」
ひととおりの事情聴取が終わり、今はお茶を飲んでくつろいでいる。容疑が晴れたからなの
か、場の空気も心なしか明るくなった気がする。
「みんなを疑わなくてよくなったのは有り難いんだけど、解決に近づいてるのかどうなのか、
難しいところね」
「まだやることは沢山ありますよ。魔理沙さんの検死に、魔理沙さんの家の現場検証、こいし
さんの持ってた銀の髪も調べないと」
「銀の髪ねぇ……咲夜と永琳以外だと誰がいたっけ?」
「妖夢さんと霖之助さんはアリバイがあるみたいです。妖夢さんは風邪で寝込んでいて幽々子
さんが看病していたそうで。霖之助さんは里の人間とお酒を呑んでいるのをミスティアさんが
目撃してます」
「うどんげとはちょっとだけ色が違うみたいね。あとは……上白沢慧音か藤原妹紅」
「うーん、そのへんも順を追って調べてみるか」
霊夢は少し面倒臭いなと思いながら、ちゃぶ台に顎を乗せてダレていた。
12.魔理沙の密かな楽しみ
翌日
霊夢の見つけた地下室の件で、 アリスの案内の下、魔理沙の家の現場検証が行なわれるこ
ととなった。
魔理沙が殺害された場所ということもあり、訪れる人の表情は自然と硬くなってしまう。
部屋の中は当然ながら昨日霊夢が訪れた時のままで、一行は足の踏み場も無いガラクタの山
を避けながら、地下室の扉に辿りつく。
「普段はもう少し片付いてるんだけど、たぶん犯人がなにか探し物をしてたんだと思う」
「部屋に対して物が多すぎるのよ」
霊夢の悪態を聞いて、アリスは寂しそうに微笑む。後ろから付いてきた小悪魔は周囲のガラ
クタをキョロキョロと眺めまわしている。
「いろいろ物があるわりに、うちから持って行った本があんまり無いですね。もっと沢山ある
ハズなんですけど」
「地下室にあるんじゃないかしら?」
地下室への扉は昨日と同様、鍵がかかっているため開けることができない。
「霊夢の言ったとおり、強引に開けようとした跡があるわね。刃物を使ったのかしら?」
「アリス、開けれる?」
「仕掛けが壊れてなければ開くはずだけど、やってみるわ」
アリスは壁に架かる壊れた柱時計に歩み寄り、柱時計の振り子を左いっぱいに傾ける。
バネ仕掛けが作動するような音がして、地下室の扉が少し持ち上がる。
「この仕掛けは、魔理沙に頼まれて私が作ったものなの。魔理沙ったら、秘密基地みたいな
仕掛けが欲しいって」
懐かしそうに柱時計を撫でて、アリスは微笑んだ。
「……じゃ、行きましょうか」
ランプを片手に狭い階段を降りていくと、地上よりもは若干狭い地下室に行き着いた。
アリスが壁際の燭台に灯りを点す。ロウソクの灯りに写し出された部屋は、簡易式のベッド
を囲むように無数の本がうず高く積まれた光景。
「上にも寝室があったけど、ここにもベッドがあるのね」
「魔理沙は上の階はお店だと思っていたから。ここは誰にも邪魔されない魔理沙だけの場所。
ここで横になって、好きな読書をするのが魔理沙の密かな楽しみだったみたい」
「うちから持ち出した本がほとんどのような気もしますが……」
霊夢は数え切れないほどの本の山を見て、腕組みして考え込んでしまう。
「犯人の探し物がこの中にあったとしても、ノーヒントじゃあ見つけるのは無理ね」
「時間も掛かりそうですね」
「そうね、ここは後回し。鍵を掛けて現状保存ね」
魔理沙の家を出た一行は、裏庭に人の気配があることに気づく。
赤いチェックのスカートに日傘を差した人影は、霊夢たちを見つけ陽気に手を振っている。
そこに居たのは花の妖怪、風見幽香。
「また珍しいところに、珍しいのが現れた」
「魔理沙のことは聞いているわ、寂しくなるわね」
幽香の足元には花壇がある。小さな物だがよく手入れされていて、色とりどりの花が綺麗に
咲いていた。
「あの子は花の好きな子だった。私が種をあげると小まめに世話をして、綺麗な花を咲かせて
はとても喜んでいた」
「……意外ね」
「この花壇を見れば、わかるでしょ?」
霊夢は何度か魔理沙から花を貰ったことを思い出していた。本人は森に生えていたとか通り
道に咲いていたとか言っていたが、実際は魔理沙自身が世話をして咲かせた花だったというこ
とに、今になって気づく。
「ここの青い花は、摘み取られてますね」
「誰かが持っていったのかしらね?」
幽香は目を細めて、僅かに微笑む。
「ねぇ、私たち魔理沙をあんな目に遭わせた犯人を捜しているの。幽香を疑うわけじゃないけ
ど、参考人として事情聴取を受けてほしいんだけど」
「必要ないわ、私は犯人じゃない。そのことを私が知っていればそれで十分」
「でも、みんなにそのことを証明しないと、疑われちゃう」
「疑いたいなら疑えばいいわ。どうなっても私が犯人じゃないという事実は変わらないのだも
の、問題にすらならない事よ」
幽香の頑なな態度を前にして、霊夢は引き下がるしかなかった。
13.あなたたちの髪は銀色だ
魔理沙の家を後にし一旦神社に戻った一行は、そこでさとりと合流した後、銀色の髪を持つ
上白沢慧音の事情聴取のために里の寺小屋を訪れた。
「確かに魔理沙の死には不審な点がある。協力するのはやぶさかでないのだが、生憎と寺小屋
の授業がまだ残っていてな」
「じゃあ終わった後でいいわ」
「すまんな、15時以降ならいつでも構わないから、自宅のほうに来てくれ」
慧音の事情聴取を後回しにすることにした霊夢は、もう一人の銀髪の持ち主、藤原妹紅に会
うために竹林へとやって来た。
妹紅がどこに住んでいるか具体的な場所を知らない霊夢だったが、30分ほど竹林を散策す
るうちに相手のほうから声をかけてきた。
「魔理沙の件か……惨いことする奴もいるもんだな」
「それでいろいろとあって、あなたにも事情を聞きたいんだけど」
「それは構わないけど、立ち話もなんだから家まで来てほしい」
案内されて来た妹紅の家は、永遠亭のように立派な屋敷ではないが、小奇麗に整理されてい
て居心地の良さそうな場所だった。
「何もない所だけど、お茶ぐらいは出すよ」
「そのへんはお構いなく。早速なんだけど、魔理沙が被害に遭ったのが23日の夜から24日
の朝にかけて、この間のあなたのアリバイを聞かせてちょうだい」
「23日か……」
妹紅は腕を組んで、しばらくの時間、記憶を辿る。
「たしか23日の夜は、慧音が夕食をご馳走してくれるってことで慧音の家に居たな。そのま
ま夜中まで二人で酒を呑んで、日付が変わるぐらいに家に帰ってきて、あとは寝てたな」
「それは間違いない?」
「慧音の家に日めくりがあったから、間違いないよ」
霊夢はさとりを見る。さとりは僅かに頷く。
「今の証言に嘘は無いわ」
妹紅の事情聴取を終えて里に帰った一行は、頃合を見計らって慧音の家を訪れる。
里の中でも比較的離れた場所に建つその屋敷は、古い歴史を感じさせる建物で、初めて訪れ
たにも関わらずどこかしら懐かしさを感じさせる、不思議な空間だった。
「魔理沙のことは残念に思う、せめて安らかな眠りを祈ることしか私にはできないが」
「うん、それでいきなりだけど本題に入らせてもらうわ」
「あぁ、構わない」
「妹紅の話だと、犯行の行なわれた23日の夜から24日にかけて、あなたと妹紅は一緒にこ
こに居たらしいんだけど、それは確かなの?」
柱時計の規則的な音が部屋に響く。柱時計の横には妹紅の証言どおり、日めくりが架かって
いた。
「あの日か……そうだな間違いない」
「妹紅が帰った後のあなたの行動は?」
「妹紅が帰った後はそのまま床についた。次の日も寺小屋があったからな」
真剣な表情で慧音を見つめる霊夢、そっと横に座るさとりを突付く。
「彼女の証言にも嘘は無いわ」
静かに首を振りながら宣言するさとり、霊夢は小さく溜め息を吐いて小声でつぶやく。
「だとしたら、みんなアリバイがあるし嘘も吐いてないってことにならない?」
「あるいはまだ事情聴取をしていない人が犯人なのか……」
状況を見守っていたアリスは、ふと慧音の書道机に一冊の本が置かれていることに気がつく。
アリスはその本に見覚えがあった。
「あぁ、この本か。魔理沙が読み終わって要らなくなったからといって、くれたんだ。残念な
がら形見になってしまったがね」
「……そうですか」
慧音は本を手に取り、悲しそうな表情を浮かべる。しばらくの沈黙の後、ふと何かに気がつ
いた慧音が小悪魔に声をかける。
「まさかこれは紅魔館の本じゃないよね?だとしたら返さないと」
「いえ、多分違います。それにうちは魔理沙さんの持っていった本を回収しないことにしたの
で、どちらにせよ慧音さんが持っててください」
「そうか、わかった」
霊夢がそっとさとりの様子を伺う。さとりはそれに気づき、力なく首を振る。
「今のも嘘は吐いてないわ……残念だけど」
14.魔理沙のご両親には気の毒だけど
両親立会いのもと墓から掘り起こされた魔理沙の遺体は、永琳による検死のため里の診療所
に運ばれた。
診療所では永琳と助手の鈴仙が検死の準備を黙々と進めていた。
「うどんげ、あなたは無理そうだったら手伝わなくてもいいのよ」
「いえ、大丈夫です」
「そう……辛いだろうけどがんばってね」
永琳に付いて診療室に入る鈴仙。
ベッドの上には、一糸纏わぬ姿の魔理沙が横たえられていた。……それは、先週まで魔理沙
であった物と表現したほうが適切かもしれない。
「っ……」
死後の変色により痛々しい様相となったそれに、鈴仙は思わず声を漏らす。
生気の感じられない魔理沙。その左胸には、申し訳程度の縫合がなされていながらも、塞が
ることのない黒く深い穴が開いていた。
「思っていたより腐敗は進んでいないようね。じゃあ始めましょうか」
永琳は鈴仙から受け取ったメスを魔理沙の身体に当て、そっと力を込める。
メスの刃先が魔理沙の身体の奥に、深く沈みこんでいく。刃先は魔理沙の身体の中を縦に移
動する。喉元から鳩尾、腹部を通り、臍の寸前まで。
まるでチーズをスライスするかのように呆気なく、魔理沙の胸は切り開かれた。
永琳が魔理沙の薄い胸に手を架け、筋を丁寧に剥がしていく。胸が開かれるに従い、魔理沙
の中身のどろりとしたものが徐々に露わになっていく。
そこまでが鈴仙の限界だった。彼女の精神は、それを直視することを拒んだ。
逃げ出さずにその場に居続けること、それが彼女にできる精一杯だった。
診療所の待合室に霊夢たちが到着すると、そこでは永琳に抱きすくめられ鈴仙が嗚咽を漏ら
していた。
「よくがんばったわうどんげ。もう大丈夫、すべて終わったから」
「師匠ぉ……」
霊夢たちに気づくと、永琳は顔を上げる。
「検死は終わったわ。この子が落ち着いたら結果を報告するから、先に神社へ行っててもらえ
るかしら?」
「わかったわ」
神社の居間に遅れてやってきた永琳は、ちゃぶ台の上にいくつかの書類と写真を広げる。
「専門的な書式じゃわからないと思うから口頭で説明するわね。まず結論から言ってしまうと
魔理沙はナイフじゃなくて毒によって殺されたの」
「え、毒殺?じゃナイフは……」
「ナイフは魔理沙が息を引き取った後に刺されたものね。使用された毒の種類はアコニチン、
死因は中毒症状による心停止」
「毒を盛られたってこと以外よくわからないわ」
首を傾げる霊夢に、永琳が一枚の写真を見せる。
「アコニチンは花から採れる毒なの。ヤマトリカブトって聞いたことない?入手はそれほど困
難じゃないわね」
永琳の差し出した写真を見て霊夢の顔が蒼ざめる。
「これ、魔理沙の家の花壇にあった花じゃない!!」
「あらー、そうなの?」
写真を見ていた小悪魔が、何かを思いついたのか顔を輝かせる。
「じゃ、じゃあ、ひょっとしたら魔理沙さんは毒があるって知らなくて誤って食べてしまった
とか」
「そんなわけないじゃない!仮にそうだとしても、どこの馬鹿が事故死した魔理沙にナイフを
刺すっていうの?理由がないわ」
「そ、そうですね……」
「まぁとにかく、事件当初に分からなかったことが分かっただけでも収穫は大きいわ。魔理沙
のご両親には気の毒だけど、検死しただけの甲斐はあった」
永琳は書類を片付けて、安堵の息を吐きながら冷めたお茶を一口飲んだ。
15.推理してみた
「魔理沙さんが毒を盛られて死んだとなると、少し変ですね」
「そうね……変な話ね」
「なにが変なのよ!」
永琳は落ち着いた表情を崩さず、静かに呟く。
「さっきあなたが言ったことよ」
「はぁ?」
「毒殺ならナイフを刺す必要は無いでしょ?もう死んでいるのだもの。つまり既に死んでいる
魔理沙にナイフを刺す理由がない。にもかかわらず犯人はナイフを刺した。わざわざ無駄な行
為をしている。だったら、ナイフを刺す理由があったのね」
「本当に毒で死んだかどうか不確定だったというのは?」
「アコニチンは即効性の毒なの、遅くとも1時間もあれば効能が現れるわ。ひとけの無い森の
中だもの、1時間ぐらい待っても問題ないんじゃないかしら」
「あんまり考えたくないけど」
アリスが遠慮がちに口を開く。
「犯人は魔理沙に恨みを持っていて、ただ殺すだけじゃ気が済まなかったとか」
「怨恨が理由なら遺体はあんな物じゃ済まないわね。所構わず滅多刺しにするでしょうから、
あまり間近で見たくない状態になるはずよ」
微笑みながら答える永琳に、思わずアリスの顔が引き攣る。
「どうせあんたの事だから、ナイフを刺す理由とやらも分かってるんでしょ?」
霊夢の面倒くさそうな視線を受けて、永琳は答える。
「私は犯人じゃないから正確な理由はわからないわ。でもそうね、可能性としては、ナイフで
殺したと思い込ませたかった、というのはどうかしら?」
「ナイフで殺したと思い込ませたい……毒殺だと都合が悪いってこと?」
「そうなるわね。毒を使って殺したのだけど、毒を使ったとバレたくなかった」
霊夢は魔理沙の花壇を思い出す。確かに花壇のトリカブトには摘み取られた痕跡があった。
しかしその事実も犯人の特定には繋がらない気がする。あの花が毒だという知識さえあれば
誰にでも入手する機会はあったはずだ。
「もうひとつ考えられる可能性としては、ナイフの持ち主、十六夜咲夜の犯行と思い込ませた
かった」
名前を出されて、咲夜は戸惑いの表情を浮かべる。
「捜査の目をあなたに向けたかったのか、それともあなたに恨みがあったのか、そのあたりは
わからないけど」
「……恨みを買うような心当たりがありません」
「単に状況から考えられる可能性の話よ。あなたが他人から恨まれるような人だなんて、私も
思ってないわ」
そう言って永琳は優しく微笑むが、咲夜は複雑な心境でそれを受け止めていた。
「ナイフの他にも、もうひとつ気になる点があるのですが」
軽く咳払いをして、射命丸が切り出す。
「こいしさんの行動を追っていくと、どうにも納得できない部分があるんですよ」
「あの子のアリバイなら私が保証するわ」
「いえいえ、そういう意味じゃないんです!」
小さく呟くさとりの疑念を大げさに手を振り否定する射命丸。
「順を追って説明しますね。犯人を捜すために地上まで来たこいしさんは、手がかりを求めて
魔理沙さんの家に行きます。そこで運悪く、地下室を開けようとしていた犯人と鉢合わせてし
まいます。こいしさんは犯人の心を読もうとして身体がついていかずに意識を失ってしまい、
犯人はこいしさんの頭に傷を負わせて逃亡します。こんな感じですよね?」
「特におかしいとは思わないけど」
「じゃあ、こいしさんはいつ、銀色の髪を入手したんでしょう?」
「あ!」
思わず霊夢は声を上げる。
「例えば……心を読む前に犯人に捕まりそうになって、咄嗟に犯人の髪を掴んだとか」
「着衣に乱れがなかったから、犯人と揉み合いになって、とかは無いわね」
アリスの思いつきは永琳に否定されてしまう。
「なら、魔理沙の家に先にいたのはこいしで、こいしが銀の髪を見つけた後に犯人がやって来
たとか」
「そうすると犯人が地下室を開けようとする時間が無くなってしまいます。警察に行って確認
しましたが、床の傷は前日までは無かったそうです」
「そんなの、こいしが気を失ってからなら、いくらでも時間があるじゃない」
「私が診た時点で、頭の傷はほとんど血が固まっていなかった。つまり霊夢が魔理沙の家に着
く直前に、あの子は襲われたのよ……ひょっとしたら犯人と入れ違いだったかもしれないわ」
「む……」
反論の余地が無くなり、霊夢は考え込む。
「それと霊夢さんに確認したいのですが、逃走する犯人を見かけたりしてないですよね?」
「見てない……と思う」
「そうですか。それは困りました」
「困ったって、何が?」
腕を組んで考え込む射命丸。
「犯人がこいしさんを襲ったのは、姿を見られたから、つまり口封じですよね……だったら何
で殺さなかったんでしょう?」
「それは……え、私が来たから?」
「殺そうとしたけど仕留め損ねた。そこに霊夢さんが来たので慌てて逃げた……のなら、霊夢
さんは逃走する犯人を見ているはずです」
「あ、でも私、あの時リビングと地下室の扉しか調べてなくて、こいしを見つけて……犯人は
逃げずに寝室に隠れてた!?」
射命丸は首を横に振る。
「霊夢さんはこいしさんを見つけて、すぐに永琳さんを呼びに行ったんですよね。だとしたら
霊夢さんがいなくなった隙に止めを刺せばいいんじゃないでしょうか?」
答えの出ない問題に、皆が考え込んでしまう。
部屋に沈黙が訪れる。
「あなたはどう考えているのかしら?」
永琳に問われ、射命丸は遠慮がちに答える。
「あくまでも憶測ですが、銀色の髪のほうはこいしさんが見つけたんじゃなくて、犯人がこい
しさんのポケットに入れたんじゃないかと……こいしさんを襲ったのに殺さなかった理由は、
残念ですがわかりません」
「面白い考えね。もし、銀色の髪が犯人の仕込んだ物だとしたら、どうなるかしら?」
「どうなるって……」
霊夢は首を傾げて真剣に考える。
「それだと、犯人の髪の色が銀色だと錯覚させたいってのが狙いになるから……本当は犯人の
髪は銀色じゃない、ってこと!?」
「そうなるわね。ついでに銀色の髪の人物を犯人に仕立て上げたいのかしら?」
咲夜の艶やかな銀髪に視線が集まる。咲夜は複雑な心境でそれを受け止めていた。
16.小悪魔は仕事が無いと落ち着かないタイプ
「その後もみんなで夜中まで話し合ったのですが、なにしろ疑わしい人にみんなアリバイがあ
るので、犯行は不可能だろうという事で、とりあえずの手詰まりです。ですので恥ずかしなが
ら帰ってまいりました」
「そう……ご苦労様」
紅魔館地下の図書館。朗報をもたらすことのできなかった小悪魔は、主であるパチュリーに
歯切れの悪い報告をする。
パチュリーはそんな小悪魔の心中を知ってか知らずか、魔理沙の持ち出しリストを目で追い
ながら気の無い返事を返す。
「こいしさんの意識が回復すればもう少し進展があるだろうとは思いますが、これはいつ意識
が回復するか目処がたっていません。あと、咲夜さんはもう少し捜査に付き合うそうです」
「咲夜の紅茶がしばらく飲めないのは残念だけれど、レミィも今のところ大人しくしてるし、
当面は問題ないでしょう」
パチュリーが顔を上げて小悪魔に微笑む。
「あなたも慣れないことで疲れたでしょ?今日はゆっくり休むといいわ」
「は、はい。でも持ち出しリストがまだ」
「こんなの重要じゃないわ、暇でしかたない時にでもやればいいのよ。もしどうしても仕事が
したいのなら……そうね、お茶を淹れてくれるかしら?」
「わかりました!」
嬉しそうにお茶の準備をする小悪魔。パチュリーは再び持ち出しリストに目を落とす。
本の書名が延々と続くリストを目で追うパチュリー、その視線が一点で止まる。
彼女は一瞬、怪訝な顔をし、続いて目を瞑り深い思考に入る。無意識のうちに人差し指が机
をリズミカルに叩きはじめる。
やがて小悪魔がお茶を用意して運んでくると、パチュリーは人差し指の動きを止めて、薄っ
すらと目を開く。
「小悪魔、申し訳ないけどゆっくり休むのは又の機会に。お茶を飲んだら出掛けるわよ」
「えっ、パチュリー様?」
「魔理沙をあんな目に遭わせた犯人がわかったわ。いえ、まだこれも正解だとは言い切れない
わね。今の時点では、犯行可能な方法を思いついた、と言っておこうかしら」
「わ、わかりました!じゃあ出掛ける準備をしておきます!」
驚きと喜びで、小悪魔の瞳は輝いていた。
17.魔法使いのロジック
パチュリーの呼びかけにより、事件関係者全員が神社に集められた。
霊夢、射命丸、アリス、咲夜、永琳、慧音、妹紅、そしてさとりと小悪魔。
「さすがにこれだけ沢山いると手狭ね」
「大丈夫、たぶんすぐ終わるから」
「でも犯人がわかったって本当なんでしょうね?今さら間違いでしたじゃ済まない雰囲気なん
だけど」
「もし間違っていても私が恥をかけば済むこと。あなたは心配しなくていいわ」
一同が集まったところで、パチュリーが説明を始める。
「永琳の検死で魔理沙の死因が毒殺だったと分かったわけだけど、犯行時間は23日の夜とい
うことでいいのよね?」
「おおよそそうね。遅くとも24日の夜明け前には」
「23日の夜ということで話を進めるわ。この夜、犯人はなんらかの方法で魔理沙にトリカブ
トの毒を摂取させる。おそらく食事かお茶に混入させたのでしょうけど」
「でも23日の夜は、ここにいる全員アリバイがあるのよ。誰にも犯行は不可能だわ」
「犯人がこの中に居なかったらお手上げだけど、もしこの中にいたとしたら……上白沢慧音、
あなたになら犯行が可能よね?」
呟くようなパチュリーの発言に一同は水を打ったように静まりかえる。名指しされた慧音は
目を瞑り、成り行きに身を任せるように押し黙っている。
「あくまでも私の推理だから詳細は違うかもしれないけど、順を追って説明するわ。23日の
夜、あなたは藤原妹紅とともに魔理沙の家を訪れる。おそらく事前に約束があったのね、なに
かのお礼に食事を作ってあげるとか、そんな感じ。魔理沙の家に着くと、あなたはあらかじめ
用意しておいたトリカブト入りの食事をご馳走する。あなた自身はなにかしら理由をつけて口
にしなかったけど、魔理沙と妹紅は口にした。そして魔理沙は死に、妹紅は一度死んで、生き
返った」
「デタラメを言うな!!……慧音はそんなことしないし、私も毒なんて飲んでない!!」
パチュリーに掴みかかろうとする妹紅を射命丸が抑える。場の混乱に動じず、パチュリーは
小さく呟いた。
「……そして妹紅とあなた自身の、歴史を消した」
パチュリーのその一言に、この場にいる全員が動きを止めた。
まるで時が止まったかのような緊迫した空気の中、パチュリー本人はそれに気を遣う様子も
なく悠々と説明を続ける。
「正確には違うわね、歴史を消したのは妹紅を引きずって帰宅してからだから。魔理沙を殺害
したあなたは目的の物を手に入れるため魔理沙の家を捜索。でも残念ながら見つからなかった。
あなたは仕方なく、魔理沙の家で見つけた咲夜のナイフを魔理沙の心臓に突き立てた。捜査を
錯乱させて時間稼ぎをするのが狙いね」
「目的の物って」
「本よ、まぁ順を追って説明するわ。魔理沙の葬儀が終わった頃合で、あなたは魔理沙の家の
捜索を再開する。そこで地下室の扉を見つけるのだけれど開くことができなかった。うろうろ
するうちに、独自に犯人探しをしていた古明地こいしと鉢合わせてしまう」
こいしの名を聞き、さとりの表情が硬くなる。
「こいしはあなたの心を読もうとして卒倒してしまう。あなたは気絶したこいしの歴史を消し
て、頭を鈍器で殴って傷を負わせた」
「……なぜ?」
「恐らくあなたを捜査に駆り出すため。アリバイ工作にはさとりに心を読んでもらうことが必
要条件だったから。銀の髪を仕込んだのも、たぶん慧音自身」
慧音は黙ったままパチュリーの話に耳を傾ける。
「もちろん、こいしに見つかってしまったのは全くの偶然でしょうけど、あなたは機転を利か
せて、その不運を自分の有利になるよう利用した。……でも不運はそれだけじゃなかった。魔
理沙の家を調べるため訪れた霊夢に、こいしを襲うところを目撃されてしまう。あなたはそれ
に気づき、状況が飲み込めずに混乱している霊夢の歴史を消して逃走……つまり霊夢は一度、
犯人を目撃しているのよ」
唖然とする霊夢。確かに彼女の中には、あの時魔理沙の家に『入った』記憶が無い。森を歩
き魔理沙の家が近づき、次に気がついた時には魔理沙の家の中にいた。
「質問、いいですか?」
射命丸の問いかけにパチュリーは小さく頷く。
「慧音さ……いえ、犯人はなんでこいしさんの命を奪わなかったんでしょうね?」
「殺さないほうが有利な状況になるからよ」
「殺さないほうが有利?捕まった時のことですか?」
首を振るパチュリー。
「あなた達、昨夜もいろいろ話し合いをしてたみたいだけど、最終的にどういう結論に至った
のか、覚えてるかしら?」
「うーん、確か手詰まりなので、こいしさんの回復を待とうって…………あぁ、成る程!」
「犯人を目撃してるこいしが生きていることにより、あなた達はそれを切り札と考えて捜査を
止めてしまう。実際は犯人どころか、魔理沙の家に行った歴史すらこいしの中には無いのかも
しれないのに……そして捜査を中断してこいしの回復を待つという状況は、すでにアリバイの
確立している慧音がこっそり探し物をするには願っても無い状況」
「そんな……」
怒りを堪えてパチュリーを睨みつけていた妹紅だったが、パチュリーの説明を聞いているう
ちに怒りの表情は戸惑いへと変わり、明らかな動揺を隠すことができなくなっていた。
「……だったら23日に慧音の家に居たという私の記憶は!?」
「それは簡単なカラクリ。日めくりは23日だったけど実際は22日だっただけのこと。実際
の23日の歴史が空白ならば、日めくりで保障された偽りの23日の記憶を本当の記憶と錯誤
しても、なんの不思議もない」
「……慧音、こいつの言うことは本当なのか?こんなの嘘だよね?」
すがる様な妹紅の視線を受ける慧音。
慧音は一度だけ、妹紅をとても悲しそうに見つめて、そして諦めたように首を横に振る。
「上白沢慧音の心が、全ての犯行を認めたわ」
さとりの発言も、重苦しい空気を払拭することは叶わなかった。
18.Why done it?
自傷の笑みを浮かべる慧音が静かに口を開く。
「あなたの妹さんには気の毒なことをした。あの子は驚くほど勘が鋭い。……私を見た瞬間に
犯人だと見破り、心を読もうとした」
「……謝罪の言葉なら魔理沙にかけるべきね」
「そうだな……魔理沙にも悪いことをした、彼女にはなんの罪もない。ただ私のつまらない願
望の犠牲になっただけ」
「慧音、あなたの探していた本はこれね」
パチュリーが一冊の本をちゃぶ台の上に置く。慧音はそれを見て頷く。
「魔理沙の家の地下室にあったわ。元はうちの図書館にあった物だけど」
「何故そこまで何もかもわかっているのか、興味深いな」
「難しい話じゃないわ、魔理沙がうちから持ち出した本のリストを見て目に留まっただけ。
鍵が見つかればこのくらいの推理は不思議でも何でもない」
パチュリーは本の表紙を撫でて、慧音の顔を見つめる。
「蓬莱人の研究を纏めた本は確かに珍しいわ。これを使って、あなたは……」
「妹紅をただの人間に戻したかった。妹紅の苦しみを取り除いてあげたかった。そして外の世
界で、ただの人間として一緒に暮らしたかった」
「慧音……そんな」
「そんなの納得いかないわ!!」
霊夢が力任せにちゃぶ台を叩き、怒りのこもった目で慧音を睨み付ける。
「たかが一冊の本のために魔理沙は死ななきゃならなかったなんて、そんな馬鹿な話、納得で
きるわけないじゃない!どうせそんなの、魔理沙にとっては重要でもなんでもない本のはず!
殺すくらいなら一言相談すればよかったのよ!!」
「なんでたかが本のために殺したか……言葉では説明できないし、説明してもきっと解っても
らえないだろうな。ただ、この馬鹿げた方法が許されない行為だと理解していても、私はそれ
でもあえて……この方法を選びたかった」
慧音の告白が終わるのを待たず、さとりが小さな悲鳴をあげた。
「自殺する気よ、止めて!」
さとりの叫び声とほとんど同時に、慧音は懐から取り出した小刀で自身の胸を貫こうとした。
しかし次の瞬間、小刀は慧音の手ではなく咲夜の手に握られていた。
呆気にとられる慧音を、妹紅が抱き寄せる。
「なんの相談もなく好き勝手して……慧音の馬鹿!!」
「……済まない」
妹紅に力の限り抱きしめられて、驚き戸惑っていた慧音の表情が安堵に包まれていく。
まるでなにかから開放されたかのように。
19.そして霊夢は猫を飼うことにした
こうして、霧雨魔理沙殺害事件は一応の解決となった。
上白沢慧音は藤原妹紅同行の下、警察に自首することになり、今後の処遇は警察と霧雨家の
相談により決めていくこととなる。
慧音が講師を務めていた寺小屋では、代わりの講師が見つかるまでの代理として妹紅が教壇
に立っている。
魔理沙の経営していた霧雨魔法店は、霖之助が暇をみて整理しているらしい。将来的にどう
するのかは、まだ決まっていない。
「……まぁ、でも色々疑問も残りますよね?」
慧音と妹紅が退室した博麗神社。重苦しい沈黙を破って口を開いたのは射命丸だった。
「なんにしろ後味が悪いわね」
「後味の良い殺人事件なんてないわ」
パチュリーの無遠慮な発言に霊夢はむっとする。
「ねぇ、もし慧音がその本を手に入れてたら、本当に妹紅は人間に戻れたの?」
霊夢に聞かれたパチュリーは、ちゃぶ台の上に置かれた本を軽く叩いて溜め息を吐く。
「これは、一見もっともらしく書いてあるように見えるけど、魔法を齧った人間が見れば一目
瞭然……内容はデタラメ。まあ素人が騙されてしまっても不思議は無いけれど」
「デタラメって……そんな物のために魔理沙を殺したっていうのなら……やり切れないわ」
「私は、なんとなく慧音の気持ちが分かる気がする」
少し俯きながら咲夜が遠慮がちに呟く。
「慧音はきっと重荷を必要としていた。今の平和を壊してまで妹紅とたった二人だけで生きて
いく、それだけの覚悟があるのか自分の心に問うための……重荷を」
「そんなの、ただのわがままじゃない」
「そう、わがままで利己的。だからきっと、そんな行為をしようとしている自分を、自分自身
が許せるのか、長い葛藤があったのだと思うわ」
霊夢は不機嫌な顔をしたが、そのうち悲しそうな表情になり、溜め息混じりにちゃぶ台に
もたれかかる。
「魔理沙は……これで納得してくれるのかなぁ?」
「納得したら生き返るわけでもないのだから、死んだ本人に事件の真相なんて無価値よ」
パチュリーが立ち上がり、スカートの裾を直す。
「レミィが待ちくたびれてるわ。咲夜、小悪魔、帰るわよ」
紅魔館一行の退室をきっかけに、他の人たちも帰路に付きはじめた。
博麗神社の居間に残ったのは霊夢と射命丸の二人だけ。
庭をなにげなく眺めながら霊夢が寂しそうに呟く。
「魔理沙のこと……今回のことは記事にするの?」
「記事にはしません。記事にするために動いたわけじゃないですからね」
射命丸は静かにお茶を飲み、霊夢の目をみつめて微笑む。
「魔理沙さんの死を、あなただけが受け入れられずにいた、だから私は動いた。……まぁ余計
なお節介なんですけどね」
照れ笑いする射命丸から霊夢は目をそらす。
「ごめん……ちょっと一人にしてほしいの」
「わかりました、じゃ私も帰ります」
射命丸がいなくなり、静かになった博麗神社の居間。
霊夢は一人で座り、魔理沙のことを思い出していた。
いたずらっぽく笑う魔理沙。
霊夢の料理を美味しそうに食べる魔理沙。
困った顔の魔理沙。
こたつで寝てしまった魔理沙。
真剣にトランプをする魔理沙。
贈り物をもらって、照れながらも心から嬉しそうな魔理沙。
この部屋は、魔理沙との思い出があまりにも多すぎる……。
こみ上げる感情に、涙を止めることができない。
霊夢に会いにきたときの魔理沙は、霊夢と会えたことがとても嬉しそうで、いつでも眩しい
くらいの笑顔を見せてくれた。
その笑顔を思い出し、霊夢は堪えきれずに声をあげて泣いた。
魔理沙が死んだということを、魔理沙ともう会えないということを、霊夢は今ごろになって
やっと理解した。
「おーい霊夢!」
泣きつかれてまどろみの中にいた霊夢は、魔理沙のいつもの声を聞いた気がした。
縁側を見ると、そこには見慣れない黒猫がいた。
黒猫は縁台を昇り、霊夢の側まで歩くと、霊夢に擦り寄ってきた。
霊夢は黒猫を抱き上げる。
抱き上げて、愛しむように、そっと頬擦りをする。
黒猫は、くすぐったそうに小さく鳴いた。
20.花の唄
霧雨魔理沙の墓
墓石には、魔理沙の名前とともに生年と没年が刻まれていた。
墓石に刻まれた、彼女の生きていた時間は、あまりにも短い。
墓石を見下ろして立つ人影があった。
チェックのスカートを風に揺らす彼女は、なんの表情も浮かべずただ墓石を見
下ろしていた。
やがて少し屈んで、手に持った花を墓石に添えると
彼女は振り返ることなくその場を後にした。
後には誰もいない、霧雨魔理沙の墓
墓石に添えられた都忘れの花が、風に揺れていた。
終