『続・魔女のお出かけ』
元スレ
東方SS『続・魔女のお出かけ』
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1
パチュリーと行く人間の里へと続く林道。
彼女は魔理沙との会話のネタの為に里へ行く。
私は特に理由も無く彼女に付き合っている。
里にほど近くになった頃、野草でも取りに行くつもりなのか、
大きな籠を背負った四人の薄い着物のような格好の人間の女性が楽しげに歩いていた。
パチュリーがふよふよ浮きながらそれとすれ違うと、彼女らは化け物でも見たかのように目を剥いて恐ろしげな顔で足を止めた。
私が軽く挨拶して手を振ると、彼女らは皆、硬直したままの顔で腕だけを振り返した。
それから少し歩き、私達の姿はあまりに目立つのかもしれないと思った私は、パチュリーに呼びかけた。
「パチュリー様、少々問題が」
「里の中では歩こうかしら。たまには足も使わないと衰えるからね。あと服もせっかくだから何か買いましょう」
彼女は既に承知していた。
人間の里に着くと、遠巻きにこちらをじろじろみる大量の落ち着かない視線を感じながらも、
私達は見事に平静を装って着物屋を探した。
しかし一町歩き、二町歩いても着物屋は見つからない。
いつの間にか後ろにつぎはぎを着た子供が私の尻尾を興味深そうに指でつつきながら付いて来ていた。
パチュリーは特に相手せず、私も広い道の両脇に並ぶ長屋の商店の中に着物屋を探してそれどころではなかった。
また一町歩く頃には子供が一人増えていて、もう一町歩くと子供は四人になっていた。
彼らは次々に私の尻尾をつつき、時々掴んだ。
大事な尻尾で遊ばれるのも気分が良くないので、私は尻尾をピンと立てて子供の手の届かない所にやった。
これで諦めるかと期待したが、子供の一人が私のお尻に走って飛びついて、ヤモリのようにくっついた。
子供の重量でお気に入りのこげ茶のスカートがずり落ち、私はいい加減我慢をすることも無いと判断した。
「こら!」
と、怒鳴るとくっついた子供も、周りの子供も、あっという間にどこかへ走って行った。
人目を集めてしまい、数人の大人の刺すような視線が痛かった。
私はスカートを直し、彼らにできるだけ優雅に一礼した。
「こあは子供に好かれやすいのかな」
パチュリーが横目で言う。
「あんまり嬉しくないですね」
スカートを抑えながら私はため息を吐いた。
再び歩き始めてほどなくして、視界の端に『服』と示した布看板を見つけた。
私は何かから避難するような気持ちでそこに足を踏み入れた。
2
ひさしが高く、陽の光が入って店内はかなり明るい。
壁際には桜色や浅葱(あさぎ)色の鮮やかな着物と、着物のような薄い服が掛けられて、華やかな様相だった。
板の間で胡坐(あぐら)をかいて眠っている白髪混じりの店主の後ろにある、梅をあしらった紅色の一際立派な着物が目を引いた。
「あのう」と私が声を掛けると、目を開けた店主が「いらっしゃい」と、低いしゃがれ声で言った。
「着物よりも、襦袢(じゅばん)の方が楽そうね」
パチュリーが言う。
「襦袢ってなんですか?」
「ほら、あそこに掛けてある着物が薄っぺらくなったようなやつよ。庶民の人間の普段着よ」
と、彼女は壁際の一つを指差した。
一見着物と似ているが、確かに着物よりもずっと薄い生地で出来ているらしい衣服がある。
他を見回すと、中には真っ白で向こう側が薄っすら透けて見えるものもあった。
透けて見える服は、衣服として役に立つのだろうか。
「今は七月だから生地は紗(うすぎぬ)がいいかしらね。
色は浅葱とか涼しいのにしましょうか。
でも二人とも同じ色というのも妙に見えるから、私は違うのにしようかな。
抹茶なんてのもいいかもね」
彼女は掛けられている襦袢の前をあちらこちらと移動しながら、独り言のように喋っていた。
「こあはどんなのにする?」
唐突に振り向く彼女。
「私は人間の衣服のことを知らないので、選んでいただけませんか?」
「それじゃあ私はやっぱり浅葱にしようかな。
こあは髪が赤いから暖色にしようかな。
いえ、それより黒に近い色の方が似合うかな。
でも普段から黒い服だし、どうしようかな。
とりあえず桜色は時期が違うから置いといて……」
板の間には様々な色の生地が入った木箱が整然と並べて置いてある。
彼女は太い棒に丸められた生地を手に取って見比べていた。
両手に生地を持ち、うんうん唸ってはまた違うのを手に取り、
時々私の服や髪を見ながら、また新しい生地を手に取り、
私の前にぶら下げて吟味したりした。
そして十回ほど生地を持ち替えて、彼女は店主に二つの生地を手渡した。
「浅葱と炭色、でよろしいですか?」
「ええ、小悪魔はやっぱり黒が似合うわ」
その後二人で簡単な寸法を取ると、既に在庫に同色の襦袢があることが分かった。
「お客さん運が良いね」
私達はその場で襦袢を手に入れることができた。
「これ一つ作るのにどれくらい掛かるんですか?」
私は聞いてみた。
「一着縫うのに一晩かかるよ」
「それはそれは、運が良かったです」
「店主、一つお願いが」
と、パチュリー。
「この子の襦袢には、羽と尻尾の穴を作ってくれないかしら」
「へい、そうですね。それではしばしお待ちを」
3
半刻ほどで私の襦袢は完成し、店の奥で二人とも着替えた。
今まで着ていた服は、親切な店主からもらった風呂敷に包んで背負うことにした。
店を出て太陽の下に出ると、私達は二人でくるくる回って遊んだ。
「涼しくて軽いです。人間はいつもこんなにいいものを着ているんですね」
「人間も侮れないわね」
彼女は息を切らしながら楽しそうな顔をしていた。
これでもう何も気にすることなく大手を振って歩けると思ったが、そうはいかず、
また一町も歩かない内に、先ほどの子供達が私にまとわり付いてきた。
おねえさん、きれいなお服だね。
おねえさん、頭から翼が生えてるよ。
おねえさん、髪の毛が紫色だよ。
目の色も紫だ。
おねえさん、おねえさん。
四人の子供が私達に付いて来て、同時に様々なことを口々に言い、
少々やかましかったが、涼しい襦袢を着ている気持ち良さからか、あまり気にならなかった。
さて、次はどこに向かおうかとパチュリーに相談しようとして横を向いた時、また後ろから子供の一人がお尻に抱き着いてきた。
「あのねえ、私はあなたのお母さんじゃないのよ」
足を止めず注意したが、声が届いているのかいないのか、子供は私の羽を掴んでよじ登り、
肩まで上がって座り、頭の羽を掴んで肩車に乗った。
「やっぱり、すごく乗り心地がいいよおねえさん」
なるほど、頭の羽を掴むことで肩車が安定するのだ。
と納得したが、しかしなぜ、この子供はこれほどまでに肩車が好きなのだろう。
振り落とすつもりでは無いが、私はなんとなく軽く頭を揺らした。
「おお、おお、おお!」
子供は初めはおそるおそる、やがて楽しげに声を出し、掴んだ私の羽を乱暴に引っ張った。
「いたたたたた」
普段触られない羽は思いのほか敏感で、予想外の痛みだった。
「こら! おねえさんもしまいには怒るわよ!」
いっそ空でも飛んでやろうかと思った時、ふいに子供の体重が肩から無くなった。
「おお、おお?」
不安げな声が上から聞こえ、見上げると子供が空中に浮いていた。
「すげえ! すげえ!」
子供はそれでも満面の笑みをしていて、よほど楽しいようだった。
4
そば屋に入るとようやく子供達を振り切ることができた。
「助けてくれてありがとうございます」
私はとろろそばをすすりながら言った。
「羽、敏感なのね。今度触らせてくれる?」
彼女は月見そば飲み込むと言った。
「いいですけど。乱暴にしないでくださいよ」
「ちょっとだけ乱暴にしたいわ」
昨夜は私が誘ったが、彼女は今夜もするつもりなのだろうか。
他の想い人の為にわざわざ人間の里にまで来ておいて?
彼女がどうするつもりなのか判断がつかなかった。
「とりあえず三つは確保したわね」
話を変え、彼女が切り出した。
「魔理沙との話のネタをですか?」
「襦袢の素晴らしさと、子供のやかましさ。あと、こあの弱点」
「私の弱点をあまり話して欲しくはないですね。あの子だったらいきなりもいできそうで恐ろしいです」
私は唐辛子をそばに振り掛けた。
「それで、あの子の家にはいつ行くんですか?」
「明日。昨日今日と連続も迷惑だろうから」
「ま、妥当なところでしょう。この後はどうしますか?」
「お土産でも買って帰りましょう。もう疲れたわ」
普段は浮いて移動する彼女が、これほど歩くのは珍しいことだった。
5
私の隣でずっとヒューヒューとかすれた口笛を吹いていた彼女は、人間の里から出ると、
懐から青緑をしたプラスチックの妙な形の器具を取り出して口に当てた。
彼女の指が器具のどこかを押し込むと、シュッ、っと涼しげな音がした。
器具を口から離し、何度か深呼吸をすると、苦しげな呼吸は少しずつ穏やかになった。
「サルタノールが無かったら危ないところだったわ」
私はよく知らないが、その器具はある部分を押すと気体状の薬品が出てきて、
それを器官に取り入れると喘息の発作が収まるらしい。
「やっぱりメプチンよりベロテックよりサルタノールよね。ベロテックより心臓に優しいのよ」
彼女はまだハアハア言っていた。多分薬品の名前なのだろうが、それを言われても私にはなんとも言えなかった。
人間の里を出てからはいつものように飛んでいた。
が、彼女はやはり疲れているようで、その速度はいつもより遅い。
魔法は子供を浮かせた以外に使っておらず、魔力は十分にあるはずだが、
肉体が疲れていると浮いて移動するにも支障をきたすらしい。
「でも、目的は達成しましたよね」
「お土産も買えたし、十分だわ」
6
翌日の午後、入道雲の見える妖精の湖のほとりで一人で考え事をした。
今日は一人で出てきた。いつまでも小悪魔に頼っては居られない、というのではなく、ただ邪魔になるからだ。
小悪魔もそれを承知していて、図書館で私が何も言わずともそのように振舞っていた。
それにしても小悪魔がこの世にいる安心は、私の欺瞞(ぎまん)と傲慢(ごうまん)を浮き彫りにする。
魔理沙がダメでも彼女が居れば、と考えるのは本当に醜い。
けれど、そう分かっていても二人に対する感情は変わらない。
そして私は小悪魔に対する濃密な感情を持ちながら、若い魔理沙の元へ行くのだ。
二人に対する感情はかなり違うけれど同系等のもので、色々読んだ書物によると、
普通の人間はそういう時、その感情を思い悩んだり、軽蔑したりするはずだった。
けれど私達は違う。小悪魔は私が魔理沙の元へ行くのを責めない、怒らない、焦らない、嫉妬しない。
どうせ上手くいっても魔理沙は百年もせずに死ぬのだ。
人間なんて歯牙にも掛けないのは長い寿命の悪魔の当然。
そしてもし、同じように魔女にとっても当然だとしたら、私は魔女としてはかなり奇妙な精神を持っているようにも思えた。
湖のさざなみを見つめながら、長いこと悩んだつもりだったが、結局、私は魔理沙の元へ飛んでいくことにした。
大量の妖精を横目に見ながら湖を超え、魔法の森を飛び、再び森の奥深くの一軒家にやってきた。
ドアをノックするとすぐに快活な魔理沙の声がした。留守なら良かった、と少し思った。
今回は何の問題も無くことが進んだ。
昨日の里での出来事を話して魔理沙も笑ってくれたし、私も話してて楽しかったし、
昨日それとなく調べた流行のお菓子を渡すと、魔理沙はまた笑顔になってくれた。
その時間は本当に楽しかった。口もすらすらと動き、魔理沙の話すことにも上手いこと返事をできた。
魔法に関する話題もあったが、ほとんどは他愛の無い世間話で、
紅魔館の何気ない日常風景やレミリアのこと、咲夜や美鈴のことを話しても魔理沙は楽しそうにした。
紅魔館の中のことはその外の人間には新鮮なのかもしれない。
長い時間話して、ずいぶんと打ち解けた雰囲気になった頃、蝉時雨が鳴り続ける窓の向こうでは、陽が沈みかけて赤みが出ていた。その陽光に赤く染められた彼女の顔が、最初に彼女を押し倒した時と似ていた。
「きれいな夕焼けね」
「ん? ああもうそんな時間か。そうだ、飯食ってかないか? たまには豪華じゃないディナーもきっといいもんだぜ」
何気無くもらした感想に意外な返答が返って来て戸惑ったが、その提案を断るわけは無かった。
7
思えば、そうがっつくことも無いのかも知れない。
今のままで十分幸せなのだ。それにまだ若い彼女が私のどす黒い感情に当てられて傷つく所を見るのも心苦しい。
食後に魔理沙のお手製の日本酒を飲みながら、そんな風に考え始めた。
いつの間にか二人ともソファーに腰掛けていて、赤ら顔の魔理沙は私の肩に手を回してきた。
博麗神社の宴会に参加しない私は、普段の魔理沙がどれくらいのペースで飲み、
どれくらいで潰れるのか知らなかったが、それでも魔理沙は酔うのが早いように見えた。
「気になることがあるんだ」
魔理沙が私の肩に顔を乗せて耳元で言う。
「あの時は、結局なんだか分からない内に終わっちまったから」
私はいつの間にか、自分の行動によって襲うも襲わないも選べると考えていて、
彼女の意思や思考には考えが至っておらず、彼女の方から誘ってくるのは意外だった。
己の傲慢を自覚して彼女に悪い気になったが、それにしてもその提案もまた、断るわけは無かった。
8
窓の外はすっかり暗く、蝉の声が低くなっていた。
私達は上を脱いでキスをして、ベッドで静かに抱き合った。
目を閉じて柔らかい唇と魔理沙の匂いを感じながら、私はまた考え事をした。愛が一つなどと誰が決めたのか。
いくつあってもいいのではないか。
私の小悪魔に対する感情と魔理沙に対する感情は似て非なるものだが、二つとも私にとって大事な真実だ。
その二つを余さず抱きかかえて何が悪いのか。愛の本質が何なのか分からない私が魔理沙を抱いて何が悪いかと言えば、
それはただ、彼女を傷つけるかも知れないこと、その一点のみのはずだ。
それならきっと魔理沙は私を許すから、私は思いのほか自由だ。
そう考えたが、『好きだ』、と以前のように口にできなかった。言えば感情がいよいよ止められなくなる確信があった。
魔理沙は人間で、それもまだ十数年しか生きていない。
魔理沙はきっと私のようには考えない。
読み漁った本によると人間にとって愛は一つなのだ。
だからきっと魔理沙が私の小悪魔に対する言葉にし難い深い感情を知ったら、きっと『裏切られた』と思うのだ。
それを知りながらも己の欲望を魔理沙に差し向ける私はフェアじゃなく、本当に醜い。
今一度私が愛の告白をするのは、魔理沙を嘲笑っているようですらあった。
「何も言わないのか?」
唇を離して、火照った顔の魔理沙が言う。
後ろ向きな衝動に任せて謝ってしまいたかったが、それは魔理沙から見てどう考えてもおかしかった。
そして、けれども、結局……
「私は、魔理沙のことが好きよ、本当に。嘘っぽく聞こえるかもしれないけど、信じて欲しい」
もう一つの衝動に任せて、私はそう言った。
9
以前の経験から魔理沙の感じる場所は知っていたので、魔理沙が首筋まで桃色に染めるまで、さして時間はかからなかった。
喘息の発作みたいな魔理沙の不規則な生温かい呼吸を聞きながら、私は仰向けの彼女の体を弄んだ。
幼く可愛らしい顔は、困ったような眉の形でいやらしい感覚に酔いしれている。
小悪魔がいつもするような愛撫を、性感の鈍い私の体をも狂わせるあの指や舌を、私は魔理沙に真似している。
彼女は私よりずっと感じるようで、少々羨ましかった。
「魔理沙は絶頂したことある?」
そろそろ下の方に行こうとして、ふと起こった興味。
「分かんないぜ。どういうのがそれなのかも」
「一人でしたことは?」
「何回かやろうとしたが、やり方がよく分からなかった」
またあの時のような、魔理沙に告白した時のような邪悪な好奇心が起こった。
もし自分を見失うくらい絶頂させて、あの恐ろしい乖離(かいり)感と罪悪感を伴う甘美な高ぶりを味わった時、彼女はどんな顔をするだろうか。
慣れればどうってことないことでも、彼女には恐怖になるのではないか。
「一人でするのは安心できる。でも誰かに強制された絶頂は暴力に近い。
肉体は気持ちいいけど、心は無視されて、肉体が心を置き去りにする。魔理沙はそれ、味わいたい?」
私は彼女を何だと思っているのだろう。
今はおもちゃのように扱っている。
私は彼女に何を求めているのだろう。
このまま絶頂させるのも一興。
けれど、そうしたところで私は満足するだろうか。
そして、ようやく思い出した。
私はずっと、彼女に自分を求められたかった。
しかしそう気付いても今は、何かの流れ作業のように彼女を絶頂させようとしている。
またどこかで寂しくなった。魔理沙への純粋な感情に、小悪魔の影が混ざってくすんでいた。
「何事も経験だ。イかせてくれよ」
多分、どう返事をされても私はそのまま手を動かした。
10
「うあ、ああ、あああ……」
両足を大きく開いて絶頂する時、魔理沙の全身の筋肉が緊張し、私の指を締め付けた。
本来はよく通る高い声が、篭った醜い音になっていた。
目をきつく閉じ、眉間に皺を寄せ、淫乱に唇を歪ませている。
無言でぴくぴくと体を震わせるのが終わると、
彼女は汗でべっとり濡れた赤い顔でおぼろげに目を開け、腹部を大きく膨らませて呼吸をしていた。
何にしろ、彼女は愛らしく見えた。
「どう?」
魔理沙に指を入れたまま聞いてみた。
「すごかった」
「怖くなかった?」
「少し」
いつもの明るい調子の彼女は、私が思ったより平気なようだった。
11
翌朝、私は魔理沙より早く目が覚めた。
女同士だと自分が気持ち良くならなくても平気なのが便利だ、
ペニスは大したことのない一瞬の快楽しか実現しないわりに、
性欲が高まると精神に変調をきたすのが不便だ、と小悪魔の言葉をなんとなく思い出した。
私は裸の魔理沙を横目にベッドを降り、昨日は馳走になったからと、朝食を作ることにした。
紅魔館では料理は使用人がするが、私自身ができないわけではなく、
咲夜ほどの腕は無くとも、普通程度の料理を作れる知識はあるのだ。
確か魔理沙は和食が好きで、パンを13枚しか食べたことが無いとレミィが言っていた。
あえて洋食を作ってみようかとも考えたが、台所にある食材が和食に適していたので不自然な真似はしないことにした。
「ふむ、うまい」
と、魔理沙に褒められ嬉しかった。
でも食事中、私はずっと何か魔理沙に言い忘れたことがあるような気分だった。
それは今後の魔理沙との関係に影響のある重大事と思われたが、
具体的に何を言うべきか、何を言い忘れているのかは、結局分からなかった。
大したことも話せず、とても平和なまま食事も終わり、私は別れの挨拶をして紅魔館へ帰った。
魔理沙は以前と変わらぬ笑顔で私を見送ってくれた。
12
「どうでしたか?」
門で待っていた小悪魔と紅魔館の図書館に戻ると、横から言われた。
「魔理沙はとてもかわいいわ」
率直な感想をだったが、自分がひどく間抜けなことを言ったように感じた。
「では、私は?」
「こあは、やっぱり分からない。好きだしきっと愛してる。濃密な友情? いやそれも違う。『私の一部』なのかもしれない」
「相変わらず上手くないですねえ」
小悪魔はニヒリストのような笑みをしていた。
「言葉に表しにくい関係なのよ」
「昨日、少し考えたんですけど、パチュリー様が言えないってことは、こういう関係を上手く表す言葉がそもそも存在しないんですよ」
小悪魔は小さく、やれやれという身振りをした。
「言葉って人間が考えたものだから、私達の関係を表す言葉が無くてもおかしくは無いわね」
そう言いながら、一つ気付いた。
「『好き』って言葉も、もっと複雑に分かれてしかるべきね。
それどころか『好き』に限らず、もっと感情に名前が欲しいわ。
このままじゃ、わけの分からない感情を、わけの分からないまま扱うことになっていろいろ不便だわ」
小悪魔は顎に手を当てて少し考えたようだった。
「なぜ人間は『好き』って言葉にそんなに種類を作らなかったのでしょう」
「考えるのが面倒だったのか、感情ってものがそもそもそんなに複雑じゃないのか、必要が無かったのか、もしくは……」
「もしくは?」
小悪魔は私を促した。
「種類が多すぎて分けようが無かったからか」
なんとなく思いついた考えだが、直感的にこれが一番説得力があった。『好き』は多種多様に過ぎていちいち名前を付けられない。私と小悪魔の関係などまさにそうだと思った。
「好きなことは間違いないけど、言葉に上手く表せないのは、『好き』って感情がそれだけ個別のものだから、ということかもね」
「『好き』は全部独特で特別。ロマンチックですねえ」
欠伸をしながらそう言う小悪魔は、真面目に聞いていない風に見えた。
「寝不足?」
「一応早起きして門で待ってたんですよ。いつ帰ってきてもいいように」
「それは悪かったわ。もう寝てもいいわよ」
「そうします。おやすみなさい」
小悪魔は尻尾をぷらぷらさせながら図書館を出て行った。
13
夏だというのに、図書館に一人でいると虚ろに涼しかった。
私も寝てしまおうか。
今日は何もする気が無くなっていた。
欠伸をしながら図書館を出て、長い赤い絨毯の廊下を飛んでいた。
昨夜は夢を見なかった。
これから私はどんな夢を見るのだろう。
魔理沙が出てくるのか、小悪魔が出てくるのか、どちらも出ないのか、どちらが出てきたら私は満足だろうか。
幸せで楽しかった三日間だったが、ずっと考え事をして少々疲れた。
ああ、どうしてこんなことになったのか。
それは私が魔理沙を好きになったからだが、何か釈然としない。
私の分裂した愛は、魔理沙が死ぬまで私を苛むのだろうか。
下手したら彼女が死んでも続くようでもある。
果たして私の悩みはどのように決着するのか、想像もつかなかった。
私は自室に戻るとベッドに無造作に倒れこんだ。
目を閉じると、遥か遠くに蝉の声が聴こえた。
おしまい

