関連記事
える「古典部の日常」【第一章】
える「古典部の日常」【第二章】
える「古典部の日常」【最終章】
~短編一話~
2月のとある日の事です。
私は折木さんに、ある事を相談していました。
内容は「入須さんの卒業祝いに何かをあげる」と言う単純な物でしたが……折木さんは快く賛成してくれました。
ですが、卒業まであまり時間はありません。
出来れば、何かしらの映像等を撮って観て貰おうと思ったのですが、折木さんに却下されてしまいました。
曰く、それだと時間が足りなすぎる。 だそうです。
確かに、ぐうの音も出ないほどに正論だとは思いました。
でも、そうしたら何をプレゼントしたら良いのでしょうか?
そうして休みの二日の内、一日を使って考えたのですが……何も思い浮かばなかったんです。
私としては……こう、楽しめる映像を撮って観て貰う事しか考えていなかったので……
元スレ
える「古典部の日常」【短編集】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1349003727/
える「古典部の日常」その2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1352561755/
それ以外となると、全く頭に浮かびません。
その事を折木さんに相談したのが、昨日の夜の事でした。
私が話すと、折木さんは「お前、何の映像を撮るかも考えていなかっただろ」と仰いまして。
……全くその通りだったのが、少し悔しいです。
何かしら反論をしようと思い、しかしその言葉すら出てこず、あたふたしていると折木さんは言ってくれました。
明日、会えるか? 会えるならプレゼントの内容を考えよう。 一緒に。
こうしてやはり、助け舟を出されるのでした。
いつか、何かしらの形で恩返しをしなければなりませんね。
~千反田家~
奉太郎「おい、話聞いてるか?」
える「え、あ、ごめんなさい」
おいおい、俺が折角案を出していると言うのに……
奉太郎「と言うか、千反田が話を聞き漏らす何て珍しいな」
奉太郎「何か気になる事でもあったのか?」
える「い、いえ。 そう言う訳では無いです」
奉太郎「……まあいいか」
奉太郎「んじゃ、もう一度話そう」
える「すいません、お願いします」
千反田が軽く頭を下げたのを見て、俺は先程出した案をもう一度説明し始める。
奉太郎「まず、あの入須が喜びそうな物だが」
奉太郎「そうだな、辞書とか喜ぶんじゃないか」
える「辞書、ですか?」
奉太郎「ああ、勉強が好きそうだし」
える「あの、真面目に言ってます?」
奉太郎「……半分くらいは」
いかん、千反田が少し怒っている気がする。
奉太郎「ええっと」
一度小さく咳払いをし、次の案を出す。
奉太郎「そうだな、それなら」
奉太郎「季節にあった物とかが良さそうだが……」
奉太郎「何かあるか?」
える「季節にあった物ですね」
える「なら、そうですね」
える「手袋等は、どうですか?」
奉太郎「手袋か、良いかもな」
うむ、良い案だと思う。
……でも、卒業式は3月だったよな。
今ならまだ良いが、3月ともなると少し季節外れじゃないだろうか。
千反田は本当に、どこか抜けている部分がある。 今もその事実に気付いていない様だし。
まあ、いっか。
奉太郎「手袋だけだとなんか寂しいな」
奉太郎「マフラーとかも、一緒に渡すか?」
える「良いですね、賛成です」
おし、話は決まった様だな。
奉太郎「なら、次の休みにでも買いに行こう」
奉太郎「駅の方に行けば何かしらあるだろ」
える「え? 何を買いに行くんですか?」
奉太郎「決まっているだろ、手袋とマフラーだよ」
える「ですが、わざわざ買いに行かなくても……」
奉太郎「ならどうするんだ、まさか使った奴でも渡す気か?」
える「いえ、違いますよ」
える「作るんです、手作りですよ」
これは俺のミスだ、仕方ない。
手袋やマフラーでは無く、ペンダントとかにしておけば良かった。
そうすればさすがの千反田も、手作りしようとは言わなかった筈だ。
奉太郎「あ、ああ……そうだな」
俺は顔を引き攣らせながら、そう答える。
える「材料はあるので、早速取り掛かりましょうか」
奉太郎「ああ、分かった」
える「折木さんは、作った事あります?」
奉太郎「……あると思うか?」
える「そうですよね、でしたら私が教えながら作りましょう」
そうですよねとは、失礼では無いだろうか。
まあ、事実だから何も言えない。
奉太郎「そりゃどうも」
奉太郎「ところで、一つ聞いてもいいか」
える「はい、何でしょう?」
奉太郎「里志や伊原に声を掛けなくても良かったのか?」
える「私も最初は相談しようとしたのですが……」
える「お二人とも、最近忙しそうだったので」
ああ、確かに里志は最近、何かと慌しい。
まだ委員会の仕事が完全には終わっていないのだろう。
伊原もそうだ。 里志ほどとは言わないが……忙しそうではあった。
そこで千反田は俺に声を掛けたという事か。 一番暇そうな俺に。
奉太郎「なるほど、俺に声を掛けた理由は分かった」
える「ふふ、それでは始めましょうか」
える「私は手袋の方を作るので、折木さんはマフラーの方をお願いしますね」
奉太郎「了解」
そうして、入須へのプレゼントを作り始めたのだった。
える「今日はこの辺にしておきましょうか」
奉太郎「……ああ」
返事はあったのですが……折木さんは随分と集中して取り掛かっている様です。
動かしている手は、止まる様子がありませんでした。
える「折木さん?」
奉太郎「……もう少しだけ、切りが良い所までやらせてくれ」
える「ふふ、分かりました」
私は自分の方はそこで辞め、しばらく折木さんの作業を眺めます。
……本当の所を言えば、福部さんや摩耶花さんは声を掛ければ時間を空けるくらいの余裕はあったと思います。
ですが少しだけ、折木さんと一緒に居たかったのです。
私は一度その場を離れ、台所へと向かいました。
既に日は随分と傾いている様に見えます。
時計を見ると、丁度17時を指している所でした。
卒業までには何とか、間に合いそうなペースです。
折木さんも意外と、しっかりやっていますし……
私は台所に着くと、お茶を淹れ先程まで居た部屋へと戻ります。
える「折木さん、お茶が入りましたよ」
奉太郎「……ん、ああ。 すまない」
折木さんは一度手を止め、お茶を取りました。
える「随分と集中していましたね」
奉太郎「……そうだったかな」
える「もう17時ですよ、ほら」
私はそう言い、時計を指さします。
奉太郎「本当だ、もうそんな時間だったか」
える「ええ、まだ日にちはあるので……今日はここまでにしておきましょう」
奉太郎「……だな」
奉太郎「よし」
折木さんはそう言い、腰を上げます。
奉太郎「それじゃ、俺はそろそろ帰る」
える「ええ、お疲れ様です」
奉太郎「えっと、これはどうすればいい?」
先程まで取り掛かっていた物を指さし、折木さんは言いました。
える「あ、大丈夫ですよ。 片付けておきますので」
奉太郎「そうか、悪いな」
える「では、玄関まで」
奉太郎「ああ」
その後、玄関まで折木さんを送ると私は片付けをするため部屋へと戻りました。
それにしても、あそこまで集中してやっている姿は中々見れる物では無いですね……
昔だったら、同じお願いをしたらどうなっていたのでしょうか。
……いえ、折木さんは折木さんですね。
そう考えながら、私は作りかけの手袋とマフラーを崩さないよう、ゆっくりと仕舞いました。
入須さんは喜んでくれるでしょうか?
……多分、大丈夫でしょう。
そこでふと、ある事に気付きます。
もう、今更と言った感じですが。
……この手袋とマフラー、渡す時には季節外れですね。
おわり
~短編二話~
おかしいな、始まるとされていた時間はとっくに過ぎている筈なんだけど。
僕がうんうんと頭を捻っていると、横で摩耶花が口を開く。
摩耶花「時間、ちょっとずれてるのかな?」
里志「かもしれないね、何かトラブルでもあったのかな」
摩耶花「そっかぁ」
僕と摩耶花は周りに誰も居ない、ちょっとしたビルの屋上から花火が始まるのを待っていた。
何でこんな所にって言われると、夏休みだからって言うのが合っているのかな。
それにしても……
うーん、ここで静かに花火が始まるのを待つってのも1つの選択だとは思うけど……僕のキャラじゃないなぁ。
里志「摩耶花はさ」
そう切り出すと、摩耶花は僕の方に顔を向けた。
里志「どうだい、古典部」
摩耶花「どう……って言うのは」
摩耶花「楽しいーとか、何が目的なのか分からない! とかそう言う事?」
里志「あはは、最後のはどうかと思うけどね」
摩耶花「でも、そうじゃない?」
里志「……ここで何か言い返せればいいんだけどなぁ」
摩耶花「あはは」
良かった、摩耶花が笑ってくれた。
里志「ええっと、それでどうかな?」
摩耶花「ううん……」
摩耶花「楽しいよ。 古典部」
里志「そっか、それなら良かった」
今が楽しければいいとは思っていた。
でも1つ、僕には謝らないといけない事があった。
里志「摩耶花が漫研に居たときの事、話してもいいかな」
摩耶花「うん、いいよ」
少しだけ、摩耶花は暗い顔になっていた。
里志「僕はさ」
里志「摩耶花が辛い思いをしている事に、何一つ気付かなかった」
里志「結局は摩耶花が一人でけりをつけて、最後の最後まで僕は何も出来なかった」
里志「だから、ひと言謝りたかったんだよ」
里志「ごめんね」
僕がそう言うと、摩耶花は少しの間を置いて口を開いた。
口を開いた……と言うよりは、吹きだした。
摩耶花「あは、あはは」
里志「ま、摩耶花?」
摩耶花「ご、ごめんごめん」
摩耶花「その、あまりにもふくちゃんが真剣だったから……つい」
僕って、いつもそんなふざけている様に見えるのかなぁ
摩耶花「それで、何で謝るの?」
里志「そりゃ、摩耶花を助けてあげられなかったからだよ」
摩耶花「でも、あの時はまだ付き合ってもいなかったし……」
里志「それでも、助けてあげる事は出来た筈なんだ」
摩耶花「……私は」
摩耶花はいつになく真剣な顔をしていた……気がする。
摩耶花「助けてもらいたかった訳じゃないよ」
摩耶花「自分でけりをつけたかった、ってのもあるし」
摩耶花「それに、何でも手を差し伸べるのは違うと思う……絶対に間違っているなんて、言えないけどね」
里志「そうかな」
摩耶花「そうだよ」
摩耶花「ふくちゃんはさ」
摩耶花「折木と喧嘩した事はある?」
里志「ホータローと喧嘩?」
あったような、無かったような。
里志「あったかもしれないけど、殴り合いとかは無いよ」
摩耶花「それは分かるよ、だって折木相手だし」
里志「あはは、喧嘩と言うか……言い合いならあったかもね」
摩耶花「うん、そっか」
里志「それがどうかしたの?」
摩耶花「やっぱりさ」
摩耶花「友達とか仲間とかって、そうやって成長していくと思うんだ」
里志「……」
摩耶花「くだらない事で笑いあって、相談して、時々……喧嘩とかしてさ」
摩耶花「それでもまた、最後には一緒に笑っていられるのが友達なんじゃないかな」
摩耶花「色々あると思うよ、傷付け合う事だってあると思う」
摩耶花「それにやっぱり、友達の事だからって何でも手を貸すってのも違うと思うんだ」
里志「……そうかもね」
摩耶花「私だって、本当に助けてもらいたかったら皆に言うよ」
摩耶花「ふくちゃんもちーちゃんも、折木だって……その」
摩耶花はそのまま口を少し噤んだ、でも言いたい事は僕には分かった。
摩耶花「私は皆の事は友達だと思ってるし」
摩耶花「ふくちゃんはちょっと違うけど……」
里志「うん、そうだよね」
僕がそう言うと、摩耶花は何か思い出した様な顔をしてすぐさま話を続けた。
摩耶花「ごめんね、偉そうな事言っちゃって」
摩耶花「私はそう思うって言う、ちょっとした感想だね」
里志「あはは、摩耶花の方がよっぽど僕なんかより考えていたみたいだ」
摩耶花「そう、かな?」
里志「そうだよ」
その時、辺りが光で溢れた。
遅れて「ドン」と言う音が響く。
里志「始まったみたいだね」
摩耶花「うん」
僕は少しの間、花火の明かりに照らされた摩耶花の横顔を見ていた。
そして、こう思う。
本当に、この子には敵わないなぁ……と。
でも、そんな子を彼女にしている僕も、案外捨てた物じゃないかもしれない。
……あ、これはあれか。
前に確か部室で話していたなぁ……7つの大罪。
それの1つ「傲慢」って奴かな。
でも少しだけ、傲慢でもいいかなと僕は思った。
おわり
~短編最終話~
三年生となり、様々な事があった。
里志や伊原の事、入須の事、古典部の事、そして何より千反田の事だ。
他にも学校の行事等もあった。
そして最後の……と言っても、期末テスト等はまだ残っているが。 楽しめるイベントとしては最後の修学旅行も終わった。
……俺が楽しめると思うのも、変わったからだろうか。
人はそんなすぐには変われない、だろう。
それを考えると、三年と言う時間は変わるには十分だったのだろうか?
思えば一年のあの日、千反田と会った時から少しずつ、俺は変わり出していたのかもしれない。
それが良い事なのか、悪い事なのかと聞かれると迷うが。
それでも今の俺にとっては、多分。 良い事かもとは思う。
ああ、またこんな無駄な事を考えている。
まあそれも、暇潰しと考えれば良いだろう。
こうして目的地も見えてきた訳だし、全てが無駄と言う訳でも無いか。
奉太郎「にしても」
奉太郎「あいつが風邪とは、珍しい事がある物だ」
そう、目的地を見ながら一人呟く。
修学旅行が終わって、丁度土日の休みに入ろうとした所で伊原から連絡があった。
何でも「ちーちゃんが風邪を引いちゃったみたい」との事だった。
伊原や里志も心配そうにしていたが、俺が一度見舞いに行くと言ったら「よろしく」との返答が来た。
あいつらも薄情と言う訳では無い。 それは断言できる。
何故かと言われると悩むが、今までの付き合いからして……と言った所か。
多分、大勢で押しかけるのは迷惑と思っているのだろう。 そういう気配りが出来るのは良い所だろう。 あいつらの。
……面と向かっては絶対言わないが。
ああ、いつまでこうして居るんだ。
何となく、顔を合わせづらいと言うのはある。
修学旅行の時に、あんな事を言われてしまったら……仕方の無い事だろう。
だが、今はそれより元気になって欲しい。
多分、風邪の原因の一端には俺も関係あるだろうし。
あんな寒い中、一時間近く話していたら風邪を引くのも無理は無い。
……くそ、俺はいつまでこうして考えているんだ。 とっとと会って、とっとと帰るべきだろう。
そうだ、そうしよう。 無駄な時間の浪費だけは、せめて避けよう。
無理矢理にも手を動かし、インターホンを押す。
体調が悪いのを知っていてこうするのもあれだが、無言で入って行く訳にはさすがに行かない。
……と言うか、事前に電話くらいしておくべきだったか。 家に居ないって事もありえるだろうし。
まあ、今更だが。
そんな俺の想いも杞憂に終わる。
インターホンの奥から、千反田の声が聞こえてきたからだ。
見舞いに来た旨を伝えると、少しだけ焦りながら千反田は「今開けます」と言った。
その声はいつもより弱々しく、やはり来るべきでは無かった等と俺は考えてしまう。
しかし「開ける」と言われた手前、流石に帰る訳には行かなかった。
やがて鍵を開ける音がし、扉が開く。
える「わざわざすいません」
奉太郎「別にいいさ、俺が風邪を引いたときも来てくれてたしな」
ううむ、いつもとはやはり違い、元気が無い。
話すだけ話したら、さっさと帰る事にしよう。
える「立ち話もあれですので、どうぞ」
確かに、病人に辛い思いをさせるのは良くない。
俺は千反田の要求を飲む事にした。
したのはいいのだが……場所が悪かった。
通されたのは、千反田の部屋だったからだ。
昔、一度だけ見た事はあるが……しっかりと中に通されたのは初めてだった。
物はきちんと整理され、無駄な物も余り無いように見える。
える「あの、あまり見られると少し恥ずかしいです」
奉太郎「あ、そうだな。 すまん」
いかんいかん、気持ちを切り替えなくては。
千反田は今まで寝ていたのだろうか、敷かれたままの布団に座った。
奉太郎「悪いな、具合悪いときに」
える「いえ、構いませんよ」
奉太郎「体調はどうだ?」
える「まだ少し熱はありますが、休み明けまでにはなんとかなりそうです」
奉太郎「そうか」
少しの沈黙。
の後、俺はある事を思い出した。
奉太郎「ああ、と言うか、なんだ」
える「どうかされましたか?」
奉太郎「いや、なんかこう。 手土産でも持ってくるべきだったなと思って」
える「ふふ、大丈夫ですよ」
える「折木さんが来てくれただけで、十分です」
こいつはまた、こう恥ずかしい事を真面目な顔で言うから困る。
……嫌では無いが。
奉太郎「あー」
奉太郎「って事で、そろそろ帰る」
奉太郎「長居しても、迷惑だろうしな」
俺は恥ずかしさを紛らわす様に、千反田にそう言った。
返事を待たず、立ち上がり部屋から出ようとする。
一歩踏み出そうとした時、何かに足を取られ転びそうになった。
える「ま、待ってください。 折木さん」
原因は、千反田が俺のズボンの裾を掴んだから?
奉太郎「な、何だ。 と言うかいきなり危ないぞ」
える「あ、ごめんなさい」
しゅんとなる千反田を見て、少しだけ罪悪感に苛まれる。
……いや、俺は何も悪い事はしていないと思う。
奉太郎「それで、何かあったか?」
える「あ、いえ。 何かと言う程でも無いんですが」
える「あの、ええっとですね」
える「……折木さんとお話していると、少しだけ楽なのでもう少し居て欲しいんです」
何故か今度は恥ずかしそうに言う。 さっきの「来てくれただけで十分」の時は真面目に言っていたのに。
……よく分からん、本当に。
そのまま手遊びを始めた千反田に、俺は声を掛けた。
奉太郎「まあ、千反田が良いならいいが」
える「本当ですか、ありがとうございます」
本当に気を使っていないだろうか。 と心配してしまう。
だが、本人が良いと言うなら……良い、のか?
ま、考えても仕方ない。 今日くらいは流れに身を任せてみるのもありか。
俺はそう決断し、再び千反田の近くへと座り込んだ。
それからは本当に、どうでもいい話をしていたと思う。
お互いに、修学旅行のあの日の話は避けていたが、それでも十分に楽しかった。
奉太郎「あー、そうだ」
える「どうかしましたか?」
奉太郎「何かして欲しい事とか、あるか?」
える「して欲しい事……」
そう呟き、千反田は少しの間だけ考える。
える「あ、それでしたら飲み物が」
用は、何か飲みたいって事か。
奉太郎「分かった、何が良い?」
える「出来れば、お茶でお願いします」
奉太郎「ああ、了解した」
千反田は冷蔵庫に入っていると言っていたが、さすがに人の家の冷蔵庫を勝手に開けたく無い。
親は家に居ないと言っていたが、変なタイミングで帰って来られては俺が困ってしまう。
との理由で、俺は外にある自販機へと向かった。
ほんの10分程で、再び千反田の部屋へと戻る。
奉太郎「これで良かったか?」
える「あ、はい。 大丈夫です」
何だ、少し慌てている? とは違うな。 何だろうか。
そんな時、ふとある事に気付いてしまった。
奉太郎「それはそうと、一つ聞いてもいいか?」
える「はい、どうしました?」
奉太郎「俺が前にあげた、ぬいぐるみはどうしたんだ?」
それは本当に、ただ気になって聞いただけだった。
いつも「部屋に大事に置いてある」と言っていたから、ある物だと思っていたが……
それが無いのだ。
思えば、今は洗っているのかもしれないし、別の場所に移したのかもしれない。
える「あ、え、ぬいぐるみ、ですか」
しかし、千反田のうろたえっぷりは、普通では無かった。
奉太郎「ああ、別に問い詰めるつもりは無いさ」
える「い、いえ。 今はちょっと洗っていまして」
まるで、今考えた言い訳の様な言い方に、少しだけ俺も困惑する。
俺自身、記憶力はあまり良い方では無いと自分でも思っている。
けど、最初に部屋に入った時は確かに……あった筈の物が無いのだ。
だが、俺の思い違いって線もあるだろう。
……考えれば考える程、訳が分からん。
える「あの、折木さん?」
奉太郎「ん、ああ」
また余計な事を考えていたか。
全く、今日の目的は違うだろうが俺。
奉太郎「それはそうと、そろそろ帰っても大丈夫か?」
時計を見れば、既に夕方近くとなっている。
える「そうですね、そろそろ親も帰ってくるので」
おい、それは少し早く言って欲しかったぞ。
病気の娘の所に、よく分からない男が居たら心配するだろうが。
奉太郎「じゃ、俺は帰るとするか」
そう言い、立ち上がる。
える「あの、玄関まで……」
奉太郎「やめてくれ、病人にそこまでして貰えないぞ。 流石に」
える「……そうですか」
だから、何でそこでまた残念そうな顔をするんだ。
……駄目だ、今日は何か俺も調子が悪い気がしてきた。
まさか、風邪が移ったって事もあるまいし……
とにかく、帰って風呂にでも入ろう。
奉太郎「それじゃ、月曜日に」
える「ええ、今日はありがとうございました」
そうして、俺は千反田の家から出た。
何だか、今日は本当に変な気分だ。
……こんなの、いくら考えても埒が明かないだろうに。
気になる事は確かにあったが、多分俺の思い違いだろう。
千反田の動揺っぷりはおかしいと言えばおかしいが、風邪のせいもある筈。
何より、俺は一体何を考えているんだ。
千反田を疑う? 何故?
そしてある事に気付く。
何だ、これは。
ただ「千反田の部屋にぬいぐるみが無くて」それを「千反田が明らかに動揺していた」だけでは無いか。
本当に、たったそれだけの事じゃないか。
今大事なのは何だ?
……千反田の体調が元に戻る事。 だろうが。
それを考えれば、前に挙げた二つの事なんて本当にどうでもいいじゃないか。
信じている、あいつの事は。
何より俺が一番、好きな人だから。
……何か笑えてきたな。
やはり今日の俺は、少し変だ。
そんな考えを巡らせていると、いつの間にか自分の家が見えてくる。
~折木家~
奉太郎「ただいま」
供恵「お、どこ行ってたの?」
閉口一番、姉貴がそんな事を口にする。
奉太郎「別に、友達の所だ」
彼女の所、とは口が裂けても言えない。
何を言われるか分かった物じゃないしな。
供恵「ふうん」
そんな言葉を無視し、一度自分の部屋へと向かおうとした時に姉貴がふと声を漏らす。
俺はそれを聞き、やはり今日は妙な一日だったな。 と思う。
姉貴はこう言ったのだ。
「そう言えば、あんたが出て行ったちょっと後に友達来てたわよ」
「ええっと、千反田さんって言ったっけ? 奉太郎さんは居ますか?って」
おわり

